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金属・液体ハイブリッド型 MEMS 配線 MEMS conducting wire using combination of metal and liquid 2001002 研究代表者 東京大学大学院 情報理工学系研究科 [研究の目的] これまでの機械は固体の硬い構造が主であっ たが,人間との調和のためには柔らかい構造で あることが望ましい。そのため,「柔らかい機 械」で必要となる,曲げられかつ伸縮可能な電 気配線を目的とする。 近年フレキシブルデバイスの研究が盛んに行 なわれているが,これらの材料としては有機材 料やゲル材料が主であった。従来の伸縮可能な 配線としては導電性ゴムが挙げられるが,代表 的な導電性ゴム (ゴム材料にカーボン粒子を混 ぜたもの) の電気伝導率は 10 1 S/m 程度であ る。また,近年報告された高い伝導率をもつと されるゲル材料 (カーボンナノチューブをイオ ン液体に混ぜたゲル) でも 10 4 S/m オーダの 電気伝導率である。金属の電気伝導率は 10 6 〜10 7 S/m オーダであることを考えると,従来 の伸縮可能な配線は電気伝導率の点において性 能が低いといえる。 本課題では,Fig. 1 に示すような柔軟基板上 に金属の配線とそれを覆うように液体を配置し た 構 造 を 基 本 と し,MEMS (Micro-Electro- Mechanical Systems) の加工技術により製作す る。これにより,曲げや伸びによって金属部に クラックが生じたとしても液体部分が電子の授 受を行い,高い電気伝導率でかつ高い伸縮耐性 をもつ電気配線の実現を目指す。曲げられかつ 伸縮可能な電気配線という実用的な意義を持つ だけでなく,これまでは有機材料やゲル材料が 主であったフレキシブルデバイスの分野におい て,液体をデバイスに用いる点が特徴的である。 [研究の内容,成果] 柔軟基板上に金属の薄膜を蒸着し,その上に 液体を載せ,金属 液体ハイブリッド配線と した (Fig. 1(a))。金属としては Au を,柔軟 基板としてはシリコーンゴムの一種である PDMS (polydimethylsiloxane) を 用 い た。液 立石科学技術振興財団 助成研究成果集(第20号) 2011 ― 56 ― (a) 全体構成,(b) 変形による金属部へのクラックの発生 Fig. 1 デバイスの概要図

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Page 1: 金属・液体ハイブリッド型MEMS配線 - tateisi-f.org · PDF filePDMS(polydimethylsiloxane)

金属・液体ハイブリッド型MEMS配線

MEMS conducting wire using combination of metal and liquid

2001002

研究代表者 東京大学大学院 情報理工学系研究科 助 教 岩 瀬 英 治

[研究の目的]

これまでの機械は固体の硬い構造が主であっ

たが,人間との調和のためには柔らかい構造で

あることが望ましい。そのため,「柔らかい機

械」で必要となる,曲げられかつ伸縮可能な電

気配線を目的とする。

近年フレキシブルデバイスの研究が盛んに行

なわれているが,これらの材料としては有機材

料やゲル材料が主であった。従来の伸縮可能な

配線としては導電性ゴムが挙げられるが,代表

的な導電性ゴム (ゴム材料にカーボン粒子を混

ぜたもの) の電気伝導率は 101 S/m 程度であ

る。また,近年報告された高い伝導率をもつと

されるゲル材料 (カーボンナノチューブをイオ

ン液体に混ぜたゲル) でも 104 S/m オーダの

電気伝導率である。金属の電気伝導率は 106

〜107 S/m オーダであることを考えると,従来

の伸縮可能な配線は電気伝導率の点において性

能が低いといえる。

本課題では,Fig. 1 に示すような柔軟基板上

に金属の配線とそれを覆うように液体を配置し

た構造を基本とし,MEMS (Micro-Electro-

Mechanical Systems) の加工技術により製作す

る。これにより,曲げや伸びによって金属部に

クラックが生じたとしても液体部分が電子の授

受を行い,高い電気伝導率でかつ高い伸縮耐性

をもつ電気配線の実現を目指す。曲げられかつ

伸縮可能な電気配線という実用的な意義を持つ

だけでなく,これまでは有機材料やゲル材料が

主であったフレキシブルデバイスの分野におい

て,液体をデバイスに用いる点が特徴的である。

[研究の内容,成果]

柔軟基板上に金属の薄膜を蒸着し,その上に

液体を載せ,金属−液体ハイブリッド配線と

した (Fig. 1(a))。金属としては Au を,柔軟

基板としてはシリコーンゴムの一種である

PDMS (polydimethylsiloxane) を用いた。液

立石科学技術振興財団 助成研究成果集(第20号) 2011

― 56 ―

(a) 全体構成,(b) 変形による金属部へのクラックの発生

Fig. 1 デバイスの概要図

Page 2: 金属・液体ハイブリッド型MEMS配線 - tateisi-f.org · PDF filePDMS(polydimethylsiloxane)

体としては,イオン液体を用いることとした。

その理由としては,高いイオン伝導率を持つこ

とに加え,水に比べ広い電位窓をもつため電気

的に利用しやすいこと,化学的安定性が高いこ

とが挙げられる。イオン液体としては EMIES

(1-ethyl-3-methyl imidazolium ethyl sulfate)

を用いた。

まず初めに,柔軟基板 (PDMS 基板) 上で

金属 (Au) 薄膜のクラックに関して観察を

行った。Au は真空蒸着により 50 nm の厚さで

成膜した。PDMS は熱によって膨張するため,

蒸着条件に依っては成膜後のAuにクラックが

生じている可能性があったが,成膜レートを低

くすることで Fig. 2(a)のようにクラックのな

い Au 薄膜が得られた。これを 40% 伸ばした

後に SEM で観察したものが Fig. 2(b)である。

約 1 μm間隔でクラックが生じていることが観

察された。

次に,金属配線に収束イオンビーム (Focus-

ed Ion Beam : FIB) によって幅 0.03 μm から

0.9 μm までのクラックを作製し,クラック幅

と電気伝導率の関係を計測した。この計測では,

伸縮の必要がないことと FIBで加工すること

の理由から,PDMS 基板ではなくガラス基板

を用いた (Fig. 3(a),(b))。Fig. 3(c) に FIB

で加工したナノクラックの SEM写真を示す。

Tateisi Science and Technology Foundation

― 57 ―

(a) PDMS 上に蒸着したAu 表面の SEM写真,(b) 40%伸ばした

後のAu表面の SEM写真

Fig. 2 PDMS基板上にAuを蒸着した際のクラックの様子

(a) 計測用デバイスの概要,(b) 計測用デバイスの写真,(c) FIB

加工によるナノクラックの SEM写真,(d) クラック幅と電気伝導

率の関係

Fig. 3 クラック幅と電気伝導率の関係の計測

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計測において,イオン液体がAu配線を覆う領

域を変化させても全体の電気伝導率には大きな

変化はなく,クラック幅が電気伝導率に大きく

寄与していることが示唆された。Fig. 3(d) に

クラック幅に対する電気伝導率の計測結果を示

す。0.03 μm,0.4 μm,0.9 μm のクラック幅の

ときの電気伝導率はそれぞれ 2.6×107 S/m,

9.3×103 S/m,2.9×103 S/m であった。0.03

μm のクラック幅のときの電気伝導率は,Au

の電気伝導率である 4.9×107 S/m と同じオー

ダの値となった。Fig. 3(d)のグラフから,基板

の歪みが同じ場合において,狭いクラックが多

数ある方が,広いクラックが少数あるよりも電

気伝導率が良くなることが示唆される。

これまで,デバイスに液体が用いられなかっ

た理由として,電気化学的な特性のほかに封止

など取り扱いが難しいという点が挙げられる。

そのため,金属・液体ハイブリッド配線のデバ

イス化技術についても研究を行った。実際に,

Fig. 4(a)のようにイオン液体の上から硬化前の

PDMS を注ぎ,イオン液体を封じ込めようと

したところ,イオン液体により PDMS の硬化

阻害が起こり,単純には封じ込めることができ

なかった。PDMS としては東レダウコーニン

グ社製の SILPOD 184 を用いており,硬化阻害

が起こるとゴム状に硬化せず液状のままとなっ

てしまう。本課題では,液体の封止技術とし

て,蒸気圧の低い液体の上に直接有機膜を蒸着

する液体上パリレン直接蒸着法 (Parylene on

Liquid Deposition法,PoLD法) を用いること

とした。これはシリコーンオイルやグリセリン

など蒸気圧の低い液体の上に,有機膜であるパ

リレン膜を低真空 (〜10 hPa) で蒸着する方法

である。イオン液体もシリコーンオイルと同様,

低蒸気圧の液体であるため,この手法により金

属・液体ハイブリッド配線の封止が可能である

と考られる。ただし,パリレン膜は伸縮性が高

くないため,パリレン膜で封止した後,全体を

PDMS の中に埋め込む。これにより,伸縮さ

れたときにはパリレン膜は破れるが,デバイス

としては液体が漏れ出てくることはないという

構造となる (Fig. 4(b))。Fig. 4(c) は PDMS

基板上のイオン液体をパリレン膜で封止した段

階の写真である。

最後に,歪みに対する伝導率の変化の計測を

行った。Fig. 5(a)に計測セットアップを示す。

伸縮配線を抑える治具と計測用の電極端子が直

㈶ 立石科学技術振興財団

― 58 ―

(a) PDMSのみの封止方法,(b) PoLD法を利用したイオン液体の

封止方法,(c) PDMS 基板上のイオン液体をパリレン膜で封止し

た写真

Fig. 4 イオン液体の封止

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動ステージに取り付けられた構成となっている。

歪みが 0 % のときには 8.1×106 S/m,歪みが

24%のときには 2.5×106 S/m と電気伝導率が

得られた (Fig. 5(b))。これは 24%までの歪み

において,106 S/m オーダの高い電気伝導率を

維持したことを意味する。また,この結果は他

の実験結果とも整合した結果である。PDMS

基板を伸ばしたときのAu配線のクラックの観

察において,クラックは約 1 μm間隔で生じて

いた。PDMS 基板を伸ばしたとき,Au 配線は

伸びず,クラックの部分のみ幅が拡がると仮定

すると,24% の歪みのときには 1 つのクラッ

クの幅は 0.24 μmとなる。0 μm〜0.24 μmのク

ラック幅で,106 S/m オーダの電気伝導率とい

う結果は,FIB加工でナノクラックを製作した

ものと近い値である。

[今後の研究の方向,課題]

本課題では,PDMS 基板を伸ばしたときに

自然に生じるクラックを利用して, 0 % から

24%の歪みにおいて,106 S/m オーダの電気伝

導率を実現した。しかし,クラック幅と電気伝

導率の関係の計測結果から得られた結果に従う

と,より狭い間隔でクラックが存在すれば,よ

り大きな変形に置いても高い電気伝導率が維持

できることとなる。そのため,クラックをナノ

加工により製作することで,より性能の良い伸

縮配線が実現可能であると考えられる。

また,他の性能向上の方向性として,本課題

では金属としてAu,イオン液体として EMIES

の組み合わせのみであったが,他の各種金属と

各種イオン液体の組み合わせにおいて,どれが

電気配線として適しているかを調べる方法があ

る。これには,実験的な方法の他,イオン液体

と金属との接触面における電子の授受現象の解

明が役立つと考えられる。

Tateisi Science and Technology Foundation

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(a) 計測セットアップ,(b) 0 %から 24%まで伸ばしたときの電

気伝導率計測の結果

Fig. 5 歪みと電気伝導率の関係の計測