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Title 発展途上国における税制・税務執行

Author(s) 栗原, 克文

Citation 經營と經濟. 2006, 86(3), p. 179-215

Issue Date 2006-12-25

URL http://hdl.handle.net/10069/9809

Right

NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE

http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp

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経営と経済 第86巻 第 3号 2006年12月

発展途上国における税制 ・税務執行

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栗 原 克 文

Abstr礼ct

ManydeveloplngCOuntrieshaveimplementedreformstotheirtax

systemsinordertomodernizethemandtocopewithchangesintheso-

cio-economy.Theyhavemademajorreformsintheirtaxadministration

aswell.Althoughchallengesconcernlngtaxpolicysuchcountriesface

vary,thereseemtobeacommonapproachinhandlingreformsoftax

systemandadministration.

Tlleaimofthisarticleistoclarifycommoncharacteristicsoftaxre一

gimesindevelopingcountriesandconsiderwhichdirectiontheirreform

shouldheadtorealizepropertaxationandtoimprovetaxcompliance.

TheconsiderationincludeslessonsJapanhadlearnedinitseffortto

boosttaxcompliancesinceitsintroductionoftheself-assessmentsys-

temin1947,andsomeimportantpointsintheShoupRecommendation

whichguidedpost-warJapanesetaxsystemandadministration.

Tllisarticlealsocoversissueswhicharetaxationonsmallbusi-

nessesundertheself-assessmentsystem,revenuetarget,taxincentives

toattractforeigndirectinvestment,taxadministrationandseveral

topicsineachtax.

Incometaxation,lnparticular,willincreaseimportanceasapoten-

tialrevenuesourceandameasuretoachievesocialequalitywiththede-

velopmentofeconomy.Incometaxation,however,isexpectedto

becomecomplicatedconsideringeverdiversifyingtaxpayerswhoare

obligedtofiletaxreturnsproperlyJnmanycountries,smallbusinesses

employ"deemedtaxation''inwhiclltheycalculatetaxamountbased

ontheirturnoverorscaleofbusinessbecauseoftheirinsufficientbook-

accounting.

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180 経 営 と 経 済

Inadditiontothefactthattaxsystemgeneratesrevenue,itex-

pandsbusinessthroughproperbook-accounting・Forthisreasori,certain

formofincentiveshouldbeconsideredtopromotebook-keepingprac-

ticeamongbusinessentities.

Enforceabilityandeconomicdevelopmentarecrucialfactorsin

reformingtaxSystem.Propertaxsystemandadministrationwillpro-

motenotonlyfairtaxationbutalsoeconomicgrowthinthedeveloplng

countries.

Keywords:taxsystem;taxadministration;self-assessmentsystem

目 次

はじめに

Ⅰ 税収の構成割合

Ⅱ 申告納税制度と小規模事業者に対する課税

Ⅲ 徴税目標

Ⅳ 税制上のインセンティブ

Ⅴ 適正な税務執行

Ⅵ 個別税制

おわりに

は じめ に

多くの発展途上国においては,経済社会の変化に対応して,税制を近代化

させるための税制改革や税務執行上の変革を行ってきている。各々の国にお

ける税制や税務執行のあり方は様々であるが,一方で共通する点も多 く,課

題解決に向けての取り組みは各国を通じて共準的なアプローチやミ当てはまる

点も多くみられる。

本稿においては,発展途上国が税制 ・税務執行を近代化し適正な課税を実

現していく方策について,多くの国の共通的特徴を整理し,今後目指すべき

方向性について考察する。多様な納税者に正しい申告 ・納税を促すために,

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発展途上国における税制 ・税務執行 181

日本は1947年の申告納税制度導入後大きな労苦を経験してきたが,発展途上

国においてもこの日本の経験が教訓となる点もあるため,日本におけるコン

プライアンス向上q)取 り組み,特に申告納税制度の定着のための取・り組みや

第二次世界大戦後に日本の税制 ・税務行政について勧告を行ったシャウプ勧

告の考え方も勘案しつつ,考察を加えていくこととする。

第 Ⅰ章においては,貧富の差が比較的大きい発展途上国において,関税等

に税収の多くを依存している状況と,今後の経済発展や自由貿易の潮流の中,

所得課税の重要性が増大していくことが予想され,その際,税制 ・税務執行

体制の整備が不可欠になることについて論述する。

第Ⅱ章においては,多くの発展途上国で導入あるいは導入を検討している

申告納税制度について,特に小規模事業者への課税の困難性と解決の方向,

事業者の記帳推進について考察する。

第Ⅲ章においては,多くの発展途上国が採用している徴税目標について,

申告納税制度との適合性の観点から論述する。

第Ⅳ章においては,海外からの投資を誘致するための税制上の優遇措置に

ついて,その効果と弊害を十分に吟味することの必要性について論述する。

第Ⅴ章においては,納税者の自主的な適正申告 ・納税の推進,ノン ・コン

プライアンスへの対応等,適正な税務執行に必要な事項について考察する。

第Ⅵ章においては,所得課税,消費課税,資産課税それぞれについて考慮

すべき事項や今後目指すべき方向性について考察する。

Ⅰ 税収の構成割合と所得の再分配機能

発展途上国においては,所得分配が比較的不平等である。1990年代におけ

る世界各国のジニ係数1の地域別平均値をみると,工業国 ・高所得国は

1 ジニ係数は,ゼロに近いほど所得分配の平等性が高く,1に近いほど不平等性が高い

という係数である。

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182 経 営 と経 済

0.3375であるのに対し,ラテンアメリカ ・カリブ海0.4931,サハラ以南アフ

リカ0.4695,東アジア ・太平洋0.3809となっている2。 こうした中,所得再

配分の機能を有する租税,特に個々の納税者の担税力に応 じて税負担水準を

設計することが可能な所得税の役割がより重要 となる。

しかし,税収の構成割合をみると,発展途上国における所得税の占める割

合は大きいものではない。発展途上国の GDPに占める各税の割合をみると,

OECD諸国に比べ関税の割合が高 く,所得税の割合は小さい(表 1)。関税

に比較的多 くの税収を依存 している発展途上国であるが,今後,自由貿易が

推進されてい く潮流の中,関税率が低下 し,また,経済の発展に応 じて所得

課税の役割が高まり,関税の租税収入に占める割合は低下してい くことが予

想される。

租税収入に占める関税の割合(1998年)は,OECD諸国では1.1%であるの

(表 1)GDPに占める租税収入の割合 (199511997年) [%]

1法人税 所得税 一般消費税 個別消費税 関税

OECD諸国(注1) 3.1 10.8 ・6.6 3.6 0.3

発展途上国(注2)_ 2.6 2.2 3.6 2.4 3.5

アフリカ 2.4 3.9 3.8 2.3 5.1

アジア 3.0 3.0 3.1 2.2 2.7

.串東 3.2 1.3 1.5 3.0 4.3

(注 1)チェコ,ハンガリー,韓国,メキシコ及びポーランドを除く。

(注2)アフリカ8カ国,アジア9カ国,中東7カ国,西半球諸国14カ国のサンプル。

(出所)VitoTanziandHowellH.Zee,"TaxPolicyforEmergingMarkets:De-

velopingCountries'',NationalTaxJournalγol.LIII,No.2(2000),p.304・

(原資料は,RevenueStatistics(OECD),GovernmentFinanceStatistics

(IMF))

2 峯陽一 「21世紀世界の不平等を考える-アマリティア・セソの経済思想とアフリカー」

日本国際経済学界第62回全国大会報告 (2003年10月5-6日)14頁。

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発展途上国における税制 ・税務執行 183

に対し,OECD以外の国々においては17.7% と高 く,特にアフリカ諸国に

おいては37.5% と大きな依存割合となっている。その割合は,経済成長に伴

い低下していく債向にあり,例えば,アジア太平洋地域においては,同割合

は1980年には29.0%であったものが,1990年は27.6%,1998年には19.2%に

低下し,また,他の地域においても同様に低下している(表 2)。日本におい

てもかつては15.6%(1934年度)であったが,現在は1.8% (2006年度当初予

寡)となっている。

(表 2)租税収入に占める関税の割合 [%]

地 域 1980年 1990年 1998年

OECD 4.7 2.7 1.1

OECD以外 24.2 20.5 17.7.

アフリカ 38.6 31.9 37.5

アジア太平洋 29.0 27.6 i9.2

中東 31.7 28.9 25.2

(出所)MichaelKeen(ed.)`̀changingCustoms:ChallengeandStrategiesforthe

ReformofCustomsAdministration'',IMF,P6(2003)

関税への依存割合の低下に伴い税収の中心となっていく租税は,個人や法

人の所得税及び付加価値税 ということになろう。 特に個人及び法人に対する

所得税は,経済が成長していく中,企業や個人事業者の利益又は所得の増大

に伴い,租税の中心的な役割を果たしていく可能性があり,税収ポテンシャ

ルが大きいものである。

一方,今後,経済発展が進むとその初期段階では所得分配の不平等度が拡

大していくことが予想される3。所得税の重要な機能 としては,累進所得税

3 クズネッツ仮説 (逆U字仮説)では,経済発展の初期段階では所得分配の不平等度が

拡大し,経済発展がより一層進むと不平等度は逆に縮小し始めるという慣向があるとさ

れる。

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184 経 営 と 経 済

率や個人ごとの状況を勘案したきめ細かい制度設計により,所得の再配分機

能を活用することが可能になることである。したがって,所得分配の不平等

の拡大を所得税のもつ再配分機能で補っていくことが有効と考えられる4。

しかしながら,多 くの発展途上国においては,所得税のこの利点を十分に

生かしていないと思われる。税収全体に占める所得税収の割合は低 く,また,

所得税納税者の範囲が狭いものとなっており,所得税の納税義務者がごく一

部の者に限定されていることが多いためである。

貧富の差が大きい状況の下で,所得再配分のために税制の果たす役割はよ

り重要であり,制度上及び税務執行上,高所得者から的確に徴税できる仕組

み及び体制になっているかという点に注視していく必要がある。多くの免税

や優遇措置により,高所得者層に対する課税ベースが狭められ,垂直的公平

を損なっている面がないかを考慮していかなければならない。一方,必要な

税収確保,社会的な公平性,あるいは社会の運営コストを皆で負担していく

という観点からは,平均的な所得を有する大多数の者にも応分の負担を求め

ていくことも重要であり,課税ベースを拡大し,より多くの納税者から租税

を適正かつ公正に徴収できる仕組みをいかに構築していくかが課題となる。

税務執行上においては,多 くの国において,税収に占める納税額の割合が

大きい大企業及び外資系企業に対する担当部署が存在するが,一方で,個人

納税者に対する課税が適正に行われることが公平性の観点から重要である。

所得に対する課税,特に小規模事業者に対する課税は税務執行上の困難度が

より大きく,今後,所得税の課税ベースを拡大していく一方で,所得税を適

正に徴収するためには様々な制度上,税務執行上の工夫が必要となろう。

4 もちろん社会保障その他の歳出面での所得再配分も重要である。

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発展途上国における税制 ・税務執行 185

Ⅱ 申告納税制度と小規模事業者に対する課税

A 申告納税制度の導入

現在,多 くの発展途上国において申告納税制度が導入されており,導入し

ていない国においてもその導入が検討されている5。

申告納税制度は,納税者が自ら税額を計算した上で,税務当局に対して申

5 例えば,アジア諸国において,申告納税制度の導入と定着に取 り組んでいる国,ある

いは導入を検討している国の状況と課題については,AsiaDevelopmentBankInstitute

(ADBI)"TaxAdministration2006SummaryReport"2ト23March2006(ADBIホーム

ページ:http://www.adbi.org/files/2006.03.20.cpp.taxadministration.2006.summary.

pdf)に,以下のように記述されている。(筆者仮訳)

「マレーシアにおいては,2001年に法人に導入した申告納税制度を2004年に個人にも拡

大したo申告納税制度は税務行政の効率化に資する面がある一方で,小規模事業者への

対応が大きなチャレンジである。その定着のため,税法や手続きの明確化のためのパブ

リック ・ルーリング,税務執行手続きの効率化,新コンピュータ ・システムの開発,租

税教育,納税者サービスの向上に取 り組んでいる。

ベ トナムにおいては,2004年から申告納税制度の試行を実施し,徐々にその対象を拡

大しているが,特に,(a)納税者サービス,(b)申告書の処理と納付,(C)租税滞納の徴収

事務,及び(d)税務調査の面で税務執行の抜本的改革を実施している。上記 4つの機能を

勘案し組織再編も実施しているところである。

カンボジアにおいては,2年間の試行を経て,1994年に首都プノンペンにおいて申告納

税制度 (RealRegime)を導入したが,小規模納税者については,、賦課課税制度 (Esti-

matedRegime)を適用している。(a)納税者サービスによる自主申告のインセンティブ

向上,(b)記帳の奨励,(C)小規模事業者に関する環境整備,(d)調査の充実,(e)エソフ

ォースメソト活動の強化,(f)人材育成に取 り組んでいる。

ラオスにおいては,大規模,中規模納税者には申告納税制度が適用され,小規模納税

者にはContractによる方式 (売上高に基づく総利益の推計)を採っている。申告納税制

度の下でのチャレンジは,税務執行の専門性を高めること,脱税への対応,人材育成,

ITの活用である。

現在賦課課税制度を適用しているミャンマーは,申告納税制度の導入も検討している。

また,現在の商業税を付加価値税にリプレースすることも検討中である。納税者への広

報や,コンピュータ ・システム,税制の簡素化,情報の活用などが課題である。」

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186 経 営 と 経 済

告及び納税を行うものである。この制度は,納税者が自ら税額を計算 ・確定

し,社会の運営コストを負担するという考え方が根底にあり,申告及び納税

の手続きに関する変更に止まらず,より民主的な国家運営,税制の構築とも

適合しやすいものと考えられる6。多 くの納税者が自主的に納税義務を履行

するとともに,税務当局の人的資源をより有効な分野に配分することができ

れば,税務行政を効率化させ,課税の公平につながり,税収の増加をもたら

すことが期待できる。

賦課課税制度を採用してきた国において,課税ベースの拡大,納税義務者

の増加により,すべての情報申告を税務当局が事前に査定して,納税義務者

に課税額を通知することが困難になったことが,申告納税制度へ移行する国

が多 くなってきたことの一因と考えられる。

日本においては,第二次世界大戦後,1947年に抜本的な税制改革が行われ

た。特に,それまでの賦課課税制度から申告納税制度への変更は,それまで

記帳慣習の乏しい小規模事業者,特に個人事業者についても自らの所得を計

算し,申告及び納税する仕組みへの変更であり,混乱も大きかった。

それまでの賦課課税方式は,税務署長が前年の所得に基づき算出した税額

を納税者に通知して,納税者は通知された税額を納めるというものであった。

戦後の超インフレーションの下,前年の所得に基づ く課税では十分な歳入を

確保することが困難となり,また,課税最低限の実質的な低下により,給与

所得者等に大きな負担感を感じさせた。一方,補足が困難な闇経済の存在が

不公平感を増大させた。

申告納税制度が導入されると,納税者自身が当年の所得を把握して,その

所得に基づいた税額を計算し,その税額を自主的に納付しなければならなく

なった。しかしこの方式は,納税者にとっては帳簿をつける習慣が少なく,

6 金子宏教授は 「この制度は,納税者が自分の税額を自ら計算し納付する制度であるた

め,民主的な租税思想にふさわしいものであると考えられた。」と述べている。(『租税法

(第十一版)』61頁 (弘文堂,2006年)

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発展途上国における税制 ・税務執行 187

正確な申告をすることが困難であり,税務職員にとっても新しい制度に不慣

れであったため,結果として大量の無申告や過少申告が相次いだ。日本にお

ける申告納税制度は,このような混乱から始まり,制度の定着に向けて試行

錯誤が続いた。

申告納税制度の下で,申告から納税までの手順をいかに組み立てるかにつ

いては多様な方法があるが,納税者が税制に対する正しい知識を持ち自発的

に正しい申告を行えるような環境を整えていくことが重要である。

税務当局にとって,申告納税制度の導入は,納税者の納税手続きや税務執

行の方法の大きな変更を伴うものであるため,組織の再編,コンピュータ ・

システムの充実,職員の育成などが大きな課題となる。納税者が自主的に適

正な申告を行うよう,税務当局は納税者サービスや広報に努める必要がある。

また,申告納税制度の下では,納税者の申告により納税額が一次的に確定す

るため,納税者の申告内容の誤 りを正すには,申告後の税務調査を充実させ

ることが重要になる。そこで,申告後の税務調査の分野へのより多くの人員

の投入,調査に必要な情報のデータベース ・システムの構築,多様な納税者

に対応した税務調査の体制,職員の能力向上など,様々な取り組みが欠かせ

ない7。

納税者,特に事業者が申告納税義務を適正に履行するためには,事業者の

記帳や税額計算,税務書類の作成を行う税務専門家の役割も重要であり,そ

の役割,資格,責務を明確にしていくことも有益である。

B 小規模事業者に対する課税と記帳の推進

申告納税制度は,大規模事業者については帳簿が既に存在しており,税務

7 IMFのCarlosSilvani氏とKatherineBaer氏は,自発的コンプライアンスと申告納税

制度は現代的税務行政の基礎であると述べ,申告納税制度に重要な事項として次の4項

目を掲げている。(1)納税者に納税義務 と権利を理解させる納税者サービス,(2)簡便な

手続き,(3)強力かつ公平なペナルティ,(4)効果的なエソフォースメソト・プログラムO

(IMFWorkingPaper,March1997,p12.)

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188 経 営 と 経 済

専門家の活用などにより比較的円滑に導入していけると考えられる。一方,

多くの小規模事業者は,適正な帳簿を作成しておらず,また,税務専門家に

記帳や税務申告を依頼する資力にも乏しいため,全ての個人を対象として申

告納税制度を導入した場合には,記帳慣習に乏しい小規模事業者の適正申告

の確保は,税務当局にとってより困難な課題となる。

事業規模が一定規模以上の事業者は実額により申告及び納税を行う一万,

-定規模以下の個人事業者に対しては,収入金額の一定割合を課税所得とみ

なして一定額を徴収する方式 (以下 「みなし課税」という。)を採用してい

る国が多い8。このみなし課税方式を採用している場合,収入金額の把握は,

事業規模などから推計している・。また,ト前年の納税額を基礎として納税額を

算定している国もある9。

小規模事業者に対して,所得税又は法人税と付加価値税とを区別せずに,

一体として収入金額に基づく事業利益税ともいえる統一の税としている国も

多く見られる。.さらには所得税又は法人税や付加価値税以外の様々な税も含

8 例えば,ベ トナムにおいては記帳が行われていないような中小事業者については,外

形的な事業規模に応じた一定額の資本税 と法人所得税 ・付加価値税を合わせた統一的な

事業税が業種により異なる利益率により算出される。(玉川雅之 ・栗原克文 「国税庁 ・

JICAのベ トナム税務行政整備支援プロジェクトについて」ファイナンス2006年 1月号,

46-47頁)ラオスにおいては,帳簿の存在しない事業者について,売上げをベースとして

業種により異なるみなし利益率が適用され,事業利益税が計算されるC(玉川雅之 ・鈴木

孝直 ・酒井克彦 「ラオスの税制と税務行政-ラオス税務行政実務研修を終えて-」ファ

イナンス2006年 4月号,20頁。)インドにおいては,課税ベースを拡大し,納税者の信頼

向上のために,小規模の家族経営の事業者を対象として∴課税所得q)みなし課税 と簡便

な納税方法を選択.できる制度を1992年に導入した。(SureshN・Shende,"Informal

Economy.TheSpecialTaxRegimeforSmallandMicroBusiness:Designandim-

plementation'',UnitedNations,2002,pp.20-22.)

9 RichardM.Bird教授はこの方式を,少なくとも前年並みの税収を確保するという意味

で "back-upsystem''として説明している。(RichardM.Bird,"AdministrativeDimen-

sionsofTaxReform",PaperforacourseonPracticalIssuesofTaxPolicyinDeveloplng

Countries,WorldBank,April28-May1,2003,p19.)

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発展途上国における税制 ・税務執行 189

めて一体 とした統一税 としている国もある。(このようなみなし課税や統一

税の仕組みは,EstimateRegime,SingleTax,SpecialTaxRegime,

PresumptiveTaxation,CompositeTaxationなどと呼ばれる・。)こうした小規

模事業者に対するみなし課税は,公平性,コソブライアンス ・コスト及び執

行可能性との較量のうえで,現実的なアプローチとして容認されるものであ

ろう10。

ただし,このような小規模事業者にも記帳を普及させ,申告納税制度のも

とで実額に基づく課税を推進していくべきである。みなし課税による場合も,

記帳を促しできるだけ実額計算へ移行させていくためには,様々な工夫を必

要とするが,制度上,みなし利益率を低すぎる割合に設定すべきではない。

みなし利益率が実額による所得税,付加価値税の計算よりも優遇されている

と記帳制度は普及していかないか らである。

しかし,多くの国においては,小規模事業者のみなし課税による税額は,

実額計算により本来納めるべき税額より少なくなっていることが指摘されて

いる11。発展途上国の小規模納税者に焦点をあてた研究をしたIMFのPar-

thasarathiShome氏は,小規模納税者の負担水準について以下のように述べ

ている12。

「アジアやラテン ・アメリカにおいて,小中規模の納税者はおそらく全体

の4分の 1にも及ぶような税収へ貢献する潜在力を秘めているにもかかわ

10 発展途上国8カ国の税制改革を分析した研究によると,税制改正の成功には執行の容

易性が重要であり,執行上の制約を緩和し,税務執行の向上に役立った成功例として,

銀行を経由しての納税,源泉徴収制度の活用による申告件数の減少,みなし課税方式の

活用の3つを挙げている。(WayneThirsk,`̀overview:TheSubstanceandProcessof

TaxReforminEightDevelopingCountries'',inWayneThirsk(ed.),"TaxReformin

DevelopingCountries'',WorldBank,1999,p.18.)

11 その結果,大規模事業者により多くの税負担が課せられることになる。

12 ParthasarathiShone,"TaxAdministrationandtheSmallTaxpayer'',IMFPolicy

DiscussionPaper,May2004,pp27-28.

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190 経 営 と 経 済

らず,みなし課税による `̀singleTax"により彼らの税負担は大きく軽減

され,理論的に負担すべき税額に見合うだけの納税を行っていない。また,

中小規模の事業者が優遇されたみなし課税方式から実額計算へ移行するこ

とを梼跨していることが,経済成長の妨げにもなっている。」

みなし課税による税負担を優遇されたものとすると,帳簿を作成して実額

により所得計算し申告していくインセンティブが働かないことになる。そこ

で,みなし課税により税負担が軽減されないようにしていく一方,記帳に対

して特典を与えることにより,みなし課税を行っている者が実額計算へ移行

していくよう促していくことが有効である。実額計算を優遇することは,衣

なし課税によりコンプライアンスコストが低 く抑えられているのであるから

許容されるものであろう13。

日本においては,正しい帳簿を作成している者へ優遇措置を与える青色申

告制度が記帳の推進に貢献してきた。1947年に申告納税制度が導入された当

時,個人事業者には,記帳,帳簿保存などの慣行がほとんどなかった。日本

において第二次世界大戦後の混乱期に税制についての勧告を行ったシャウプ

勧告は,当時の状況について,「申告納税制度の下における適正な納税者の

協力は,かれが自分の所得を算定するため正確な帳簿と記録をつける場合に

のみ可能であるということは自明の理である。今日,日本における記帳は既

嘆すべき状態にある。多 くの営利企業では帳簿記録を全然もたない。他の会

社は有り余る程沢山たくさんもっていて,その納税者のみがどれが本当のも

のでどれが仮面に過ぎないものかを知っている。その結果は悪循環 とな

13 税制調査会基礎問題小委員会の 「個人所得課税に関する論点整理」(平成17年 6月21日)

の中では,事業所得について,「売上げ,必要経費の記帳に基づく申告納税の趣旨の重要

性を再認識する必要がある。簡易な税制を構築する狙いから,事業所得に関しては,実

額での必要経費は正 しい記帳に基づ く場合のみ認めることとし,そうでない場合には一

定の 「概算控除」のみ認めるとの仕組みを導入することも考えられよう。」とされており,

一定の概算控除は実額での必要経費よりも低い水準とすべきと理解できる。

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発展途上国における税制 ・税務執行 191

る。・- この悪循環は切断しなければならない。14」とし,記帳に対して優

遇措置を与える青色申告制度を勧告した。この勧告を受け1950年に青色申告

制度が導入された。青色申告制度とは,帳簿に基づいて正しい申告をする者

については,損失の繰越控除など所得計算上有利な取 り扱いが受けられる制

度であり,申告納税制度の定着につながった。

1950年に青色申告制度が創設された時点で,個人の青色申告者数は11万人

で青色申告者の割合は4%であった。その後の税制改正で,青色申告者に一

層の優遇措置を与え,1952年には青色申告者に限り事業に専従する家族への

給与を経費とできる制度を創設し,1953年に小規模事業者に簡易簿記による

記帳を認める制度を導入した。これにより,前々年の所得が100万円以下の

小規模事業者は,正規の簿記の原則 (複式簿記)に従った帳簿でなくても,

現金出納帳などの損益計算が可能となる程度の簡易簿記による記帳をしてい

れば,青色申告を選択することができることとなった15。

国税庁においても,簡易簿記の標準様式を公開し,広報活動を推進してい

った結果,1953年以降青色申告者数は大きく増加していった(表 3)0

(表 3)個人の青色申告者数と青色申告者の割合16

午 青色申告者数 青色申告者割合

1950年 11万人 400

1955年 52万人 32%

1960年 58万人 33%

1965年 79万人 48%

14 シャウプ使節団 「日本税制報告書」附録巻ⅣD56頁。

15 簡易な簿記 とは,現金出納帳,売掛帳,買掛帳,経費帳,固定資産台帳及びその他必

要な帳簿により,収入,必要経費を中心に記録するものである。

16 国税庁統計

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192 経 営 と 経 済

このように日本において青色申告が急速に広まっていった要因の一つとし

て,記帳に対する優遇措置があげられる。特に,簡易簿記制度は正規の簿記

の原則に従った帳簿を作成することが困難な小規模事業者にとっても作成可

能な帳簿であり,発展途上国においても,記帳の普及のために簡易の簿記に

よる帳簿作成の仕組みを構築することは一案であろう。

小規模事業者の事業の成長は,経済発展の原動力である。記帳は税務上の

必要性からだけではなく,帳簿により事業の内容を分析し,事業の発展のた

めの方策を考えることが可能となる。日本が高度成長を遂げた背景の一つと

して,第二次世界大戦後,多くの事業者が記帳を行い,それに基づき事業を

分析したことが事業の発展につながっていったことが考えられる。

IMFのParthasarathiShome氏は,ブラジル,中国,イン ドの産業別

GDP構成の推移を分析し,いずれの国においても,小規模事業者が多いと

見込まれるサービスセクターが大きく成長しており,小規模事業者が市場原

理に基づき事業規模を拡大していくことを阻害せず,サポー トしていくこと

が重要であり,また,その一方で小規模事業者も応分の税負担を負うべきと

している17。こうした観点から,個々の事業の発展,さらには国の経済成長

のためにも,小規模事業者の記帳普及は重要性が大きい。また,税制は事業

の発展を阻害することのないように策定していくべきである。一定規模以下

の小規模事業者が有利なみなし課税を選択可能とすると,事業者が事業規模

を一定規模以下に抑えることにもつながり,マクロ面からみた資源の再配分

が非効率なものとなってしまう。

帳簿の普及を奨励していくためには,税務当局のみではなく,税務専門家

や民間セクターの協力も不可欠である。税務専門家や民間セクターの適正申

告に向けての協力は,適正な税務申告のみではなく,記帳水準の向上を通じ

た健全な事業経営.の観点から推進していくべきであろう。

日本においては,申告納税制度の確立と発展のため,各分野において民間

17 ParthasarathiShone,Supranote.12,p7.

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発展途上国における税制 ・税務執行 193

の納税協力団体が創設され,それぞれ自主的に記帳や適正申告を奨励する全

国的な活動を展開していった。

経済的混乱の下,滞納額が逐年累増し税収確保が容易ならざる状況に陥っ

たことから,1951年に納税貯蓄組合法が制定された。納税貯蓄組合において

は,納税準備預金制度を活用して納税資金を貯蓄し,これを取 りまとめて納

税するなどの活動を行った。

また,1950年の青色申告制度導入と同時に,「自ら記帳の勉強をし税務 と

経営q)健全化を図っていくことが申告納税制度を定着させる上で有意義」と

の認識の下,青色申告者が集い,青色申告会が結成された。そのほか,法人

企業の適正な申告納税制度の確立 と納税意識の高揚を目的とした法人会が全

国に設立された。こうした民間セクターにおける活動が納税コンプライアン

スの向上に大きな役割を果たしてきた。

納税者本人が税務書類を作成できなければ,税理士に依頼することになる

が,1951年に税理士法が制定され,税理士の業務の適正な執行のため試験制

度と登録制度が採用された。この税理士法は,無料であっても税務書類の作

成,相談は税理士しかできないという権限を税理士に与える一方,税理士に

は納税義務の適正な実現を図る使命が課されている (̀税理士法第一条)。現

在約69,000名の税理士がおり,申告納税制度を支えている。税理士が納税者

の記帳を促すことが,経営の近代化にもつながってきたといえよう。

発展途上国においては,各国とも公認会計士制度はあるものの,税務専門

家の役割,責務等を明確に位置づけてはいない。記帳の推進,適正な申告に

は税務当局のみの取 り組みでは限界があるため,税務専門家の位置づけを明

確にした上で,税務専門家の協力による記帳推進の取 り組みを高めていくこ

とが有益であろう。

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194 経 営 と 経 済

Ⅲ 微 税 目標

発展途上国の中には,徴税 目標 (RevenueTarget)を設定している国が

少なくない。徴税 目標制度は,国民総生産の予測値に対する一定割合などを

徴税額~の目標として設定し,それを達成するように努める歳入管理の方法で

ある。

日本においても,徴収目標を設定していた時期がある。1947年に申告納税

制度が導入されたが,当初連合国司令部は,全国の税務署に徴税 目標額と割

当額を示して徴税の強化を指示した。この割当課税は,財務局が,税務署ご

とに業態別の課税すべき人数,一人あたりの平均所得額の目標を示し,税務

署では,机上で所得の見込み額を推計し,大量の更正 ・決定を行うという方

法であった。税務署長には,目標を達成できなかった場合には厳しい懲戒,

達成した場合には報償が与えられた。その結果,1947年12月末の徴税成果が

目標の34%だったものが,その後の3ヶ月で110%に高まり,予算を達成した。

しかしながら,個々の納税者にとってみれば,調査に基づかない大雑把な推

計課税 となっていたため,納税者から大量の異議申し立てがなされ,また,

各地で反税運動が展開された。この徴税 目標については,その後,日本の税

制 ・税務行政のあり方をまとめたシャウプ勧告で強く反対され,短期間で廃

止されることになった。

徴税 目標の達成に固執するあまり,法に基づかない課税をすることになれ

ば,納税者の信頼を欠 くことになる。業種,地域ごとの割当的な課税を実施

すると,課税額が本来納付すべき税額より過大であっても,あるいは過少で

あっても,課税の公平を損ない,納税者の税務当局への信頼を欠 くことにな

る。シャウプ勧告は,「自発的な申告納税は納税者の正確な所得の確定を目

指している。その根本原理は,いわゆる 『目標額制度』と対照的なものであ

る。 - ・目標額制度は所得税,法人税の徴収が完全に崩壊するのを防止する

には当初は必要であったかもしれない。しかし,これをやめるのでなければ

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発展途上国における税制 ・税務執行 195

健全な税務行政の出現は望めない。」としている18。申告納税制度の下では,

徴収目標は 「税収見積もり」と 「税務調査による追徴税額」の管理に置き換

えた上で,納税者自らが税法に基づき適正申告を行う環境を整備していくべ

きであろう。

Ⅳ 税制上のインセンティブ措置

多くの発展途上国では,各種の投資優遇税制を導入している。経済発展の

ため,国内の貯蓄不足を補うため,あるいは先端技術の習得等のために海外

からの投資は有益なものであり,外国資本を呼び込むことを目的として,タ

ックス ・ホリデー (課税猶予措置),税率の低減,減価償却に関する特別償

却措置等のインセンティブ措置が設定されているが,外国投資を呼び込むの

にどれだけ効果があるかは必ずしも明確ではない。 トロン ト大学のRichard

Bird教授は,「多 くの研究によると,投資のレベルはタックス ・インセンテ

ィブにさほどセンシティブでないことを示している。」と述べている190

また,租税政策とアジア危機について分析したIMFのDavidC.L.Nellor

氏は,「インドネシアにおいては,外国からの資本に対して特別な取り扱い

をしなかったにもかかわらず,短期資本の大量の流入があったことや,外国

資本を呼び込むため多様なインセンティブを設けていたフィリピンにおいて

は,資本の流出入の変動はさほど大きくなかったことから,税制上のインセ

ンティブは資本流入の大きな要因ではなかったのではないか。」と述べてい

る20。

18 シャウプ勧告 前掲注14,巻ⅣD5貢。

19 RichardM.BirdandOliverOldman,`̀TaxationinDevelopingCountries",JohnsHop-

kinsUniversityPress,1990,p.130.

20 DavidC・LNellor,"TaxPolicyandtheAsianCrisis",IMFPolicyDiscussionPaper,

February1999,p.10andp.15.

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196 経 営 と 経 済

外国からの直接投資を促進させるには,税制も投資先決定の一つの要因で

はあろうが,多くの要因の中の一要素にしか過ぎない。外国投資を促進する

には,優遇税制だけではなく,(a)政治,社会の安定,(b)質が高 く安価な

労働力,(C)社会的インフラの整備,(d)国内市場の規模や市場へのアクセ

スの容易さ,(e)安定した経済,為替相場の安定性,(f)安定性 ・透明性のあ

る法制度など,多くの要因が考えられる。

税制上のインセンティブ措置は,一定の効果をもたらす可能性がある一方

で,以下のような困難な問題を惹起する可能性もある。

(a)外国資本 と国内資本との競争上の差が問題になり,不公平を生じる。

(したがって国内市場とは切 り離してオフショア市場のみ認めているこ

ともある。)

(b)国内資本でありながら,外国資本と仮装する可能性がある。

(C)優遇措置の適用要件を詳細に定めることになることが多 く,税制が複雑

になり,税務執行の困難度が増加する。

(d)優遇措置を一度設定すると,それを廃止することが困難 となる。

(e)資源の配分が非効率になる。

外国資本のみを優遇するよりも,簡素で安定した分かりやすい税制により,

全ての納税者に対する公平性を高めていき,透明な課税ルール及び税務執行,

予測可能性の向上 (一定の取引を行った場合の課税関係が明確になっている

こと),不服申立てや租税訴訟の機会及びその判断が適切に行われることな

ど納税者の権利が確保されることがより重要と思われる。

特に,政府に対する信顔が必ずしも高 くない国においては,法に基づいた

適正な課税は信頼確保のために不可欠である。税務当局の裁量的な課税では

なく,納税者への説明責任を十分に果たし,法に基づいた課税を徹底してい

くことが重要である。

特定の産業を育成するために特定業種を対象とした優遇措置についても,.

課税ベースの縮小,財政収入の縮減,投資の非効率な分配,租税回避の助長,

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発展途上国における税制 ・税務執行 197

水平的公平の阻害といった弊害をもたらす可能性がある。これを是正してい

くことが,税制の簡素化,事業活動の経済的中立性,公平性の向上に資する

ことになろう21。 したがって,タックス ・ホリデーや特定業種を対象とした

優遇措置をはじめとした税制上のインセンティブ措置を仮に設けるとして

ち,その対象,効果,内国企業や他業種企業との公平性など,優遇措置の効

果 と弊害とを慎重に吟味し,また,期限を設定するなどの方策 (ExitPolicy)

まで考慮に入れた検討が必要であろう22。 OECDのレポートにおいても,各

国の状況によりインセンティブの効果は異なるが,政策決定者は,その導入

に当たって,投資を阻害している障害は何か,それらは税制上のインセンテ

ィブにより,コストを抑えつつ是正することが可能かを十分に吟味すべきと

している23。

21 政府税制調査会 「我が国税制の現状と課題-21世紀に向けた国民の参加と選択-」(平

成12年 7月14日)では,租税特別措置法による税制上の優遇措置について,「租税特別措

置等については,そもそもその特定の政策 目的自体に国民的合意があるのかどうか,政

策手段として税制を用いることが本当にふさわしいのかどうか,『公平 ・中立 ・簡素』と

いう原則より優先してまで講じるだけの政策効果があるのかどうか,政府による裁量的

な政策誘導になりはしないかなどについて,慎重な検討が求められますOまた,公的サー

ビスの提供に必要な租税の量を一定 とすれば,特定の人々に対する負担軽減は他の人々

の負担増加につながるもq)であることも忘れてはなりません。租税特別措置等について

すべてを不合理と断じるわけにはいきませんが,税制によって経済社会を誘導しようと

することには自ずと限界があります。また,一旦優遇措置が講じられるとそれが既得権

益化し,政策効果の再検討が十分行われないまま優遇措置が長 く継続してしまうことに

なりがちです。租税特別措置等については,以上のような観点から,今後,そのあり方

を見直していく必要があります。」 とされている。

22 優遇措置の効果と弊害を含め, 8カ国の発展途上国の税制改正を考察し,その改正の

一般的傾向を分析し,途上国の税制改正にあたってq)留意事項を示したものとして次の

文献を参照 (WayneThirsk,"Overview:TheSubstituteandProcessofTax汝eformin

EightDevelopingCountries'',in"TaxReform inDevelopingCountries",TheWorld

Bank,1997,pp.ト32.)

23 0ECD"CorporateTaxIncentivesforForelgnDirectInvestment",TaxPolicyStudies,

2001.

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198 経 営 と 経 済

仮にインセンティブ措置を導入する場合には,タックス ・ホリデーよりも

投資控除 (ⅠnvestmentAllowance),投資税額控除あるいは加速度償却の方

が望ましいであろう。 投資控除や投資税額控除は,特定のタイプの投資を促

進し,透明性にも優れている。ただし,投資選択のディス トーションを招 く

ことや,優遇措置の適用可能企業が適用対象外企業に代わって資産を取得し

制度を悪用する可能性などの問題点もあることに留意が必要である24。また,

加速度償却は,優遇された税額は後年度に回収されるため財政負担がより少

ない,期間が限定されている場合には短期間に投資を拡大させる効果がある

といったメリットがあり,問題点が少ないとの指摘もある25。

Ⅴ 適正な税務執行

発展途上国において税務執行上取 り組むべき課題は多岐にわたるが,中で

も納税者の適正申告 ・納税のための環境整備,税務調査などノン ・コンプラ

イアンスへの対応,IT(InformationTechnology)の活用と税務職員の育成

などが重要である。

A 納税者の自主的な申告及び納税の推進

申告納税制度の下においては,納税者が租税の意義や役割を正しく認識し,

24 1997年からのアジア危機 と租税政策の関係を,グローバ)I/化と情報技術の進展の観点

から分析した研究によると,「グローバ)I/化により資本に対する課税が困難になり,可動

性の高い資本に対する税の減免措置が各種創設されることになったが,こうしたディス

トーションを排除していくことが,持続ある成長に不可欠である。特に,各種の税の免

除は,課税所得や控除可能な経費を操作することにつながり,税の抜け道を拡大し税務

執行の困難性を増大させた。」と指摘されている (DavidC.L Nellor,"TaxPolicyand

theAsianCrisis",IMFPolicyDiscussionPaper,Febmary1999.)

25 VitoTanziandHowellH.Zee,"TaxPolicyforEmergingMarkets:DevelopingCoun-

tries'',IMFWorkingPaper,March2000,pp26-27.

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発展途上国における税制 ・税務執行 199

適正な申告と納税を行うことにより,自ら進んで納税義務を果たすことが極

めて重要である。このため,税務当局は税知識の普及と納税コンプライアン

スの高揚を図るため積極的な広報活動を展開していくとともに,申告のため

の正しい計算方法について相談できる体制の充実に努め,納税者の利便性を

向上させていくべきである。

納税者が適正な申告 と納税を行うことがより一層奨励されるような環境

は,税務当局だけの努力で整えられるものではなく,税務専門家や民間の各

種団体とも協力していく必要がある。より多 くの納税者が必要に応じて税務

専門家のサポートを得つつ正しい申告を行うよう,税務当局としても支援を

行い,税務専門家が納税者の適正申告のために積極的な役割を果たしていく

ことが期待される。発展途上国における民間セクターの税務協力レベルは多

様であるが,アジア ・オセアニアの国々の租税専門家の団体で構成されるア

ジア ・オセアニア ・タックス ・コンサルタン ト協会が,税に関する情報交換

を行い協力を高める活動を推進しているなどの例もあり,今後,民間セクター

における適正申告に向けた運動の一層の広がりが期待される。

B ノン ・コンプライアンスへの対応

申告納税制度の下で,適正 ・公平な課税を実現する上で税務調査の果たす

役割は大きく,適正でないと想定される申告については,厳正な調査を行っ

てその誤 りを確実に是正し,また,調査を契機に,納税者が将来にわたり適

正な申告と納税を続けていくよう促すことにより,申告水準の一層の向上に

つなげていくことが重要である。

納税者サービスの質を落とすことなく,特に,申告納税制度の根幹を揺る

がす脱税行為や悪質な滞納事案等に厳正に対処していくためにも,各種資料

情報の収集と活用,データベースの構築など,税務調査を支援する仕組みの

充実が必要である。中でも,不正な手段を使って故意に納税を免れようとす

る納税者や,課税の公平の観点から大きな問題があると認められるような事

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200 経 営 と 経 済

案については,重点的な深度ある調査を行うなど,誠実な納税者との課税の

公平を図っていく必要がある。

多くの発展途上国では,税務調査や滞納整理などの直接的なコンプライア

ンス業務へ従事する税務職員の全職員に占める割合が必ずしも高 くない。こ

うした分野に従事する人員の拡充や体制整備を図っていくべきであろう。

ノン ・コンプライアンスに対する罰則については,現在,多くの発展途上

国において所得税の脱税に対して刑事罰を科していない。その理由として,

(∋刑事罰は民事罰よりもより厳密な証拠書類が必要となること,(9脱税者が

非常に多い場合に,ごく一部の者のみに刑事罰を科すのは総体的に不公平で

あること,(9刑事罰の導入は政治的に支持されにくいことなどが指摘されて

いる26。 コンプライアンス確保のためには,悪質な脱税行為に対して,刑事

罰を含め通常の税務調査よりも重いペナルティを課す仕組みも重要であろ

う 27。

また,帳簿をつけていない事業者や帳簿の信頼性が低い事業者に対しては,

税務調査により所得を推計して課税する権限が税務当局に与えられるべきで

ある。その際,税務当局においては,適切な数値に基づいて推計計算を行う

よう,推計の基礎となるデータの蓄積と適切な推計課税の手法の開発を図っ

ていかなければならない。

C 汀 の活用

税務当局の人的資源が限られている中,十分なコンプライアンスを確保し

ていくためには,税務当局におけるITの活用を積極的に図り,事務の合理

26 RichardK.Cordon,Jnr.,"IncomeTaxComplianceandSanctionsinDevelopingCoun-

tries'',in`̀TaxationinDevelopingCountries'',TheJohnsHopkinsUniversityPress,

1990,p.462.

27 刑事罰が導入されていない一方で,追徴税額の100%を超える過少申告加算税を課して

いる国も見られる。

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発展途上国における税制 ・税務執行 201

化 ・高度化を図っていくことが重要である。

税務執行が必要とする情報システムについて,RichardM.Bird教授は,

理想としては,以下の5つの要素から構成されるべきとしている28。

(a)経済の潜在的課税ベースを査定できるシステム、

(ち)潜在的な課税対象を把握し,それぞれの課税対象の課税ベースを推計

できるシステム

(C)潜在的納税者を種類別に分類し,税務行政がとるべき戦略を構築するシ

ステム

(d)異なる潜在納税者グループに対する税務当局の戦略の実効性をモニ

ターし,フィードバックするシステム

(e)手続法により公平性を阻害される事項をモニターするシステム

このような要素を具備した理想的なシステムに近づいていくためには,ま

ず実効的なデータベースの構築が必要である。データベースには,納税者の

基本情報 (氏名 ・名称,住所等),申告及び納税事績とともに,税務調査の

記録や滞納税額の徴収等の履歴が蓄積されているべきである。こうしたデー

タベースが,税調調査等のコンプライアンス活動や納税者サービスへの情報

活用の基盤となる。

データベースを構築していく際に留意すべきは,蓄積される情報が巨大に

なりすぎ,システム構築が大幅に遅延したり,データの活用が非効率になる

可能性があることである。データベースに蓄積すべき対象となる納税者を,

事業を行っている老のみとするか,事業者以外の者も含めるかで,データ量

に大きな違いが生じる。また,蓄積するデータの範囲についても,・課税上有

効なものを吟味しつつシステムを構築していくべきである。そのためには,

システム開発に当たっては,システムを実際に構築していく者とそれを活用

する者の意思疎通が重要であり,活用者のニーズを踏まえつつシステム全体

の負荷への対応可能性を考慮し,ニーズに優先順位をつけて開発していくこ

28 RichardM.Bird,Supranote9,p.12.

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202 経 営 と 経 済

とが肝要である。蓄積する情報の量についても十分な吟味が必要であり,あ

らゆる取引情報を入力し,それをマッチングする一ようなシステムは,その実

行可能性と費用対効果とを考慮していくべきであろう。

このように網羅的ではなくても実効性のあるデータベースをまず構築した

上で,拡張可能なシステムとし,対象となる納税者や情報を順次拡大してい

くべきであろう。また,当初からオン ・ラインによるネットワーク ・システ

ムが構築できることが望ましいが,技術上それが困難であれば,オフ ・ライ

ンによるバッチ ・システム (batchsystem)から開始しても,データベース

が適切なものであれば,活用に大きな障害とはならないであろう。

現在,ITの発達により納税者への情報提供や申告手続きのサポー トが容

易になってきている。納税者にとっても義務を履行しやすく,課税当局にと

っても処理が行いやすくなるよう一層工夫していくことが重要である0

D 税務職員の育成

コンピュータ ・システムはあくまで業務を支援するものであり,それを活

用するのは税務職員であるため,税務当局の人的資源の質的向上や組織体制

の改善も不可欠である。申告納税制度を円滑に執行していくためには,税法

に基づく課税,統一的な課税処理のために,税務職員は企業会計及び税法な

どの専門的知識 と高いモラルを持たなければならないら税務調査で追徴税額

があった場合,調査官は十分に説明をつくし納税者も納得した上で納付する

ことが重要である。行政裁量ではなく法律に基づく課税を行うことにより,

行政の透明性を向上させ,税務行政への信頼を高めていくことにつながる。

そのためにも職員教育を充実させ,職員の能力 ・資質の向上を図っていくこ

とは最優先の課題である。

発展途上国では体系化された長期にわたる人材育成プランや研修体系が未

整備の国が多く,実務 ・知識に優れた者を教官として,若手職員を含め多 く

の職員を育成していく仕組みが必要である。

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発展途上国における税制 ・税務執行 203

日本における税務職員の研修は,1941年に 「大蔵省税務講習所」が設置さ

れ 1949年に国税庁の発足に伴い 「国税庁税務講習所」に,さらに1964年に

「税務大学校」に改組され現在に至っている。税務大学校をはじめ,職場で

の研修などにより,人材の育成を図ってきた。

発展途上国の中には,税務職員の給与水準が民間セクターに比べて大幅に

低く優秀な人材が集まらない,あるいは知識を身に付けた税務職員は民間セ

クターに転出してしまうことが多いという問題を抱えている国もある。税務

職員のみの問題ではなく,各々の国における公務員制度のあり方に関わる問

題でもあるが,職務に対するインセンティブの向上,処遇の改善にも努めて

いくべきであろう。他方で,納税者の信頼確保の面から綱紀の保持の重要性

は高く,内部監察制度を含め非行防止に努めることが肝要である29。

Ⅵ 個 別 税 制

税制を構築する上では,所得,消費,資産に対する課税を適切に組み合わ

せ,全体 としてバランスのとれた租税体系を構築 してい くことが重要で

29 IMFのVitoTanzi氏は,世界の汚職の経済的効果を論考し,汚職の弊害を以下のよう

にまとめている。(VitoTanzi,`̀corruptionAroundtheWorld:Causes,Consequences,

Scope,andCures",IMFStaffPapersγol.45,No.4(December1998)IMF,p.585.)鍋

税者の信頼や透明性が重要な税務行政においては,より一層の清廉さが求められる。

(a)投資を阻害し,経済発展を減少させる

(ち)汚職と関連の少ない教育や健康への支出を削減する

(C)公共支出を増加させる

(d)ランニング ・コストや修繕の支出を減少させる

(e)公共投資とインフラ整備の生産性を減少させる

(i)税収を減少させる

(g)外国投資を減少させる

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204 経 営 と 経 済

ある30。経済発展のレベルに応じて,所得,消費,資産人の課税のバランス

は変化していく。

多くの国において,経済の成熟に応じて課税方法の変化が見られる。例え

ば,事業活動に対する課税の第一段階として,事業のライセ ンスに対ずる課

税が行われる。事業を行うに当たり,、政府等の許可を得て (あるいは登録を

行い),そのライセンスに対して課税されるものである。第二段階として売

上げに対する課税 (TurnoverTax)となり,さらには第三段階として利益

あるいは所得に対する課税となる。これらの各課税方法は,事業の規模等に

応じて併存していることもある。ライセンスへの課税から売上げに対する課

税へ,売上げに対する課税から利益に対する課税となるにしたがって,納税

者による課税ベニスの計算,税務当局による課税ベースの把握はより複雑な

ものとなる。消費課税においても,多くの国において,小規模事業者におい

ては売上げをベースとした税額計算が行われている。一方,大規模事業者に

おいてほ創出した付加価値により税額を計算しており,その計算はより複雑

となるが,より公平性が高まる面がある。

資産に対する課税は,担税力の一つの現れとしての資産の保有や相続等に

よる世代交代時の公平性を確保するという観点から行われるものである。特

に後者は,社会的公平の見地から,資産の再配分を図り,富の集中を排除し

ていくという機能を有しており,多 くの税収を期待するというよりも,所得

や消費に対する課税の補完的な意味合いを持っていると考えられる。

こうした特徴を認識しつつ,以下では発展途上国における所得課税,消費

課税,資産課税それぞれについて考察する。

30 こうした考え方についての詳細は,渡辺智之 「タックス ・ミックスについて」税研

Vol.22No.1(2006年 7月)89-97頁参照。

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発展途上国における税制 ・税務執行 205

A 所得課税

(1) 所得税の位置づけ

第 Ⅰ章で述べたように,多 くの発展途上国においては税収に占める所得税

の割合は高くない。また,所得税の負担は高所得者からの税収に多く依存

している傾向も見られる31。発展途上国において,所得税が主要な税源と

なっていない理由として,次のような事項が指摘されている32。

(a)所得を定義することが困難なこと。

(ち)仮に所得を定義できたとしても,所得を適正に算定することが困難

なこと。(例えば,自家消費やバーター取引の所得算定。)

(C)膨大な納税者数に対し,徴税コストと個々の納税者の納税額とのバラ

ンスを考慮すると,自発的なコンプライアンスが重要 となるが,発展

途上国においてはコンプライアンスレベルが十分に高いとはいえない

こと。

(d)発展途上国において,税率や控除額の設定は,高所得国からの 「デ

モンストレーション効果」であり,基礎控除が,平均的な所得の数倍

のレベルに設定され,ごく一部の高所得者のみしか課税対象とされな

いことが多いこと。

(e)税務執行能力が不十分であること。

(a)の所得の定義の困難性については,発展途上国だけではなく,先進

国においても同様の問題であり,議論のあるところである。むしろ事業以

31 例えば,ベ トナムにおいては所得税の課税最低限が高く,人口に比べて納税者数が限

定されたものとなっており,課税最低限の水準の再考が必要との指摘がある。(Shigeki

KuniedaandDoNgocHuyuh,"VietnamesePersonalincomeTaxReform",in"TheFト

nalReportoftheJointResearchProgramontheVietnameseTaxSystem",TaxPolicy

Department,MinistryofFinance,SocialistRepublicofVietnamandPolicyResearchln-

stitute,MinistryofFinance,Japan,March2006,pp.25-29.)

32 StephenR.Lewis,Jr.,̀ T̀axationforDevelopment'',oxfordUniversityPress,1984,

pp.54-56.

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206 経 営 と 経 済

外から生じる利得に対し,どこまで課税ベースに取 り込むかが論点であろ

う。例えば,事業者以外の者の非経常的な所得に対して適切に課税するこ

とは困難を伴う。多様な種類の所得をどこまで課税の対象とするか,執行

可能性を勘案しつつ税制を構築していくべきであろう。

経済発展に伴い,所得税は財政収入の中心的存在 と位置づけていくこと

が可能になると考えられるが,税収の安定確保や所得再配分機能を期待し

ていくためには,課税ベースを拡大し,高所得者のみではなくより多くの

納税者が応分の負担をしてことが必要であろう。

一方で,より多くの納税者から徴収するためには,税制及び税務執行上

の工夫が必要である。あらゆる所得を包括的に課税する包括所得税理論は,

理論上は明快であるが,実務上,多くの困難を伴う。 特に発展途上国の納

税コンプライアンスの状況,税務執行体制,限られた人的資源等を考慮す

ると,所得に対する課税をすべて包括的な所得課税 とする必要はないので

はないかと思われる。米国における所得税制改革の論点を整理した知原信

良民は 「個人所得課税において,課税ベースは包括的所得税の考え方をと

るのが普通であった。しかし,もとより,包括的所得税の概念は,理論的

には明快で説得的であるが,現実の世界では,概念の酸味さを払拭できず,

課税当局が所得額を十分に把握することが困難であった。」 と述べてい

る33。したがって,発展途上国において,源泉徴収制度を活用しつつ分類

所得税を維持することは,納税者の利便や税務執行の効率性の観点から十

分に許容される現実的な選択であろう34。

33 知原信良 「米国の連邦税改革の動向」国際税制研究No.16,67貢(2006年 5月)0

34分類所得税は,理想的な税制度の視点からは敬遠される (unattractive)が,源泉徴収

制度の活用した分頬所得税は,脱税の機会を大きく減少させる現実的な選択肢であると

の指摘もある (WayneThirsk,"OveⅣiew:TheSubstanceandProcessofTaxReform

inEightDevelopingCountries",in"axReform inDeveloplngCountries",Wayne

Thirsked.,TheWorldBank,1997,p.25.)

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発展途上国における税制 ・税務執行 207

(2) 源泉徴収制度の活用

所得に対する課税といっても,事業者の利益に対する課税と,給与,金

融資産の利子 ・配当,資産の譲渡所得等への課税は,それぞれ徴税の方法

が異なるため,各所得を分類して課税し,その際,源泉徴収制度を最大限

活用することにより,適正納税を担保するとともに,徴税の効率化を図っ

ていくことが有効である。

源泉徴収制度の活用は,多数の納税者が申告を行い,それを税務当局が

処理することに比べて,少数の源泉徴収義務者から確実に徴収することに

より,納税者の事務負担の軽減,税務執行の効率性の観点から有効である。

事業者以外の多 くの者に申告を義務付け,それを適正に執行していくこと

は大きな困難を伴うことを考慮すると,源泉徴収制度の重要性が認識でき

よう。源泉徴収義務者にとって負担はあるが,国によっては,源泉徴収義

務者に,源泉徴収事務に係る事務手数料を支払っている例もあり,若干の

手数料を支払っても,円滑な源泉徴収制度を運営していくことは有益であ

ろう。

例えば,給与所得については雇用者による源泉徴収,利子 ・配当等の受

け取 りについては支払者による源泉徴収により課税が完結され35,事業所

得については,報酬 ・料金等一定の受け取 りについては支払者による源泉

徴収が行われ,申告時に他の収入と合算した上ですでに源泉徴収により納

付した税額との差額調整を行う仕組みが,納税者の利便,徴税の確実性,

税務執行の効率性から有効であろう。

この場合において,納税者が包括的な所得を計算し,申告の際に,多 く

の納税者が追加的に納税するよりも,既に源泉徴収された税から還付を受

けられるように源泉徴収税率を高めに設定する方が,納税者の負担感が少

なく,適正申告を担保することにもつながるであろう。

35 多 くの国において,給与に対して雇用者による源泉徴収が行われている。その形態は,

給与所得者の月次申告を雇用者が従業員に代わって行う方法があるなど一様ではない。

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208 経 営 と 経 済

また,多 くの外国資本を受け入れている発展途上国では,海外への配当

支払いをはじめとしたクロスボーダーの取引,資金の受払いが増加してい

くであろう。取引のグローバル化が税務執行の困難性を増す中で,国際的

スタンダー ドに則った源泉徴収制度を一層活用していくことが重要であ

り36,こうした面からも源泉徴収制度の拡充は必要である。

国民の納税意識を高めるという観点から,納税者がそれぞれ申告 ・納税

を行うことも考えられる。確かに,申告書を作成し,提出することにより,

国民の税に対する意識向上につながる面はあるが,納税者のコンプライア

ンスコスト及び税務執行上の負担 といった点を考慮に入れた上で匡重に検

討していくべきであろう。検討に当たっては,納税者のコンプライアンス

レベル,税務当局の人的資源,資料情報制度,納税者番号制度の有無等を

勘案していかなければならない。

(3) 農業所得

農業からの所得については,農地面積を課税標準にするなど所得税 とは

別個の税体系とした上で,税負担を減免している国もある。第Ⅱ章におい

て,小規模事業者については,売上げを課税ベースとして,みなし課税に

より税額を算定する方法も,課税の困難性を考慮すると現実的な方法であ

るが,実額による課税へ徐々に移行していくインセンティブが必要と述べ

たが,農業所得への課税についても同様のことが当てはまると思われる。

シャウプ勧告においては,農業所得への課税について,「農業所得に対

して適用される所得税の課税手続は現在ほとんど全部標準率の使用に基づ

いている。- ・標準率は平均額 としては可成正確なものであろうが,しか

しそれは平均額以上のものではあり得ず,従って各個の場合においては不

当に公平を欠 くかまたは不当に寛大であることを意味する。それ故純所得

の客観的,個人的測定という目的に一致するためにはこの標準率制度は,

36 DavidC.LNellor,Supranote20,p.21.

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発展途上国における税制 ・税務執行 209

各農業者の段当りの所得造出力の差異をできるだけ考慮に入れた方法によ

って置き換えるべきである。」としている37。

農業からの所得についても実額計算へ移行させていくインセンティブの

仕組みを考えていく余地があろう。

(4) 現代的企業会計に則った法人所得計算

法人所得の算定上,費用の一部しか損金と認められない取り扱いをして

いる国がある。例えば,広告宣伝費や販売促進費などが利益の一定割合ま

でしか損金として算入できない,短期債務利子のみ控除が認められ長期債

務の利子は控除が認められないといった取 り扱いである。企業に対する課

税については,企業の所得を現代的企業会計制度にしたがって算定してい

くよう設計すべきであろう38。現代的企業会計制度にしたがって適正な所

得計算を行うことにより,企業経営の近代化につながり企業の発展に資す

ると考えられる。また,徴税面からは,法人税計算の適正化だけではなく,

法人税以外の税の計算の適正化にもつながるものである。源泉所得税,潤

費税,個別間接税,固定資産税など,法人が納める税は多岐に渡り,また,

その税収に占める割合は非常に大きい。これらの税は法人税の課税ベース

を算定する過程で計算されるため,法人における適正な計算及び多岐にわ

たる税目を法人から適正に徴収していくことが重要である39。

(5) 法人所得税の税率

法人所得税の税率については,内国企業と外国企業との間で税率が異な

37 シャウプ勧告 前掲注14,巻Ⅳ D15頁。

38 RichardM.Bird教授は,現代的な企業会計の仕組みは,特に所得税,法人税,付加価

値税といった多 くの近代的な税制の前提条件であるとしている。(RichardM.Bird,Supra

note9,p.ll.)

39企業を課税ポイン トとして他の税の執行を確保することの重要性については,渡辺智之

前掲注30,94頁参照。

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210 経 営 と 経 済

ったり,業種によって異なる税率を適用している国もある40。 先進諸国に

おいては,中小法人等への軽減税率はあるものの,基本的には業種にかか

わらず同一の税率を採用している。こうした複数税率は,外国企業が優遇

されている場合には内国企業が外国企業を装う可能性,業種間における不

公平性,業種分類の困難性等を伴うため,公平,中立,簡素の観点からそ

の意義,効果と弊害を勘案して税率の一本化の是非を検討していくべきで

あろう。

B 消 費 課 税

消費課税については,多くの国において,個別物品税のほか,付加価値税

が採用されている。物品の売上げに対して課税する売上税から付加価値税に

移行してきた国が多いが,付加価値に対する課税の税額計算は,売上に対す

る課税より複雑であり,付加価値税の計算上,売上げを課税ベースとした課

税を併存させている国も多い41。以下では,付加価値税のあり方に焦点をあ

てて考察する。

(1) 課税ベース

付加価値税を導入している国々においては,各国ともインボイスに基づ

く仕入税額控除方式を採用している。仕入税額控除の要件として,国が発

行するインボイスの使用を義務付けている国もある。また,固定資産の購

入時に発生する仕入税額が取引年度に全額控除可能となる消費型付加価値

税ではなく,固定資産の購入に係る仕入税額を控除不可あるいは固定資産

の減価償却に応じて仕入税額を控除する所得型付加価値税の仕組みをとっ

40 VitoTanziandHowellH.Zee,"TaxPolicyforEmergingMarkets:DevelopingCoun-

tries",NationalTaxJournalVol.LIII,No.2,2000,pp.31ト312.

41 日本の消費税においても,一定規模以下の事業者が適用可能な簡易課税制度は,売上

げをベースとした税額計算といえる。

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発展途上国における税制 ・税務執行 Wil

ている国もある。

発展途上国における付加価値税の課税ベースについては,以下のような

特徴が見られる。

(a)課税対象については,多 くの種類の物品やサービスが付加価値税の課

税対象から免除されている。

(b)納税義務者については,法人のみが納税義務者になっている国もあ

る。

(C)第Ⅱ章で述べたように,一定規模以下の小規模事業者については,所

得税 ・法人税や付加価値税に代えて,売上げの一定割合を税額とする

みなし課税により,両者を統合したような統一的な税として徴収して

いる国もある。

それぞれ社会的な政策や執行上の制約から設けられた制度であろうが,

広い課税ベースによる課税の公平性や中立性といった付加価値税の長所を

最大限活かすためには,課税対象となる取引はできるだけ広 くしていくこ

とが望ましい。また,小規模事業者に対する簡易な課税方法については,

実額による仕入税額控除への移行を促すように,みなし仕入率の水準はあ

る程度低めに設定することも一案であろう。さもないと,事業規模を一定

内に収めようとし,事業拡大を梼跨することにもなりかねず,税制が事業

の発展を阻害することにもつながるからである。

(2) 税 率

付加価値税の税率について,複数の税率を導入している国が多く,中に

は3つ以上の税率を導入している国もある。付加価値税の有する逆進性の

是正のために,生活必需品を低税率化あるいは非課税化など政策的に設け

られることや,個別間接税から付加価値税に移行し従前の個別間接税の税

率の影響が残っていることなどが背景と思われるが,物品間の課税のアン

バランスが少なく,経済的中立性がより高い付加価値税の長所を生かすた

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212 経 営 と 経 済

め,また,コンプライアンス ・コス トの低減や税務執行の容易性の観点か

ら,複数税率の設定は最小限とすべきであろう42。

(3) 直接税と付加価値税の一体的処理

今日では多くの国において付加価値税が導入されており,申告納税制度

の下で,所得税 ・法人税と付加価値税の双方を視野においた執行の検討も

一考の余地があろう。 すなわち,付加価値税についても納税者がインボイ

スに基づき帳簿を作成し,それにしたがって申告することとし,所得税 ・

法人税 と付加価値税を一体的に処理する方法も一方策と考えられる。イン

ボイスの偽造による不正還付が問題になっている国もあり43,申告の適正

性を確実にチェックできる仕組みと体制が必要である。付加価値税の納税

義務者は,インボイスをもとにした付加価値税計算書 (OutputVAT

Report及びInputVATReport)を作成しているが,正しい帳簿を作成し

ていれば,付加価値税についても帳簿に基づ く申告を容認することで,詳

細な付加価値税計算書を別途作成する必要がなくなり,納税義務者の負担

軽減になるとともに,税務当局にとっては帳簿により偽造インボイス等の

不正をチェックしやすくなると考えられる。また,公的なインボイスの使

用を仕入税額控除q)要件としている国もあるが,公的なインボイスに基づ

42 発展途上国の税制改革の経験を分析したWayneThirsk氏は,不十分な設計と脆弱な

執行能力の下で付加価値税が導入されると,多 くq)困難を伴い,それ以前の他の間接税

よりも状況は改善しないばかりか悪化することを,多数の税率や多 くの非課税を導入し

たモロッコ等を例に指摘している。(Supranote22,p.20.)

43 例えばベ トナムにおいては,架空インボイスを販売し,その後法人を解散して逃亡す

る者が問題になっている。(玉川 ・栗原 前掲注 8,49頁。)また,EUにおいても国境を

越える物品供給について,インボイスを発行した業者が納税をせずに行方不明となる

「回転木馬 (Carousel)」と称される脱税への対応が過大となっている。(一高龍司 「消

費課税の世界的潮流」租税法学会 『消費税の諸問題』租税法研究第34号 (2006年)5ト52

頁。)

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発展途上国における税制 ・税務執行 213

かないでも,正確な取引記録 と記帳があれば仕入税額控除を認めていくと,

記帳のインセンティブにもつながると考えられる。

なお,付加価値税の徴収を関税とともに直接税の徴税組織 とは別の組織

としている国も多いが,帳簿に基づ く仕入税額控除方式を採用していく場

令,税務執行の観点からは,所得税 ・法人税と付加価値税の執行をどこま

で共通化すべきかが大きな検討課題 となる。

C 資 産 課 税

(1) 資産の保有に対する課税

貧富の差が比較的大きい国においては,資産に対する課税は,税収の確

保 という面 とともに,所得の再配分 という観点から,その役割はより重要

なものとなる。日本の固定資産税に相当する土地等の資産の保有に対する

課税はいずれの国でも行われており,特に地方税 として徴収されているこ

とが多い。固定資産の保有に対する課税は,以下のような特徴があり,読

入の基盤として大きな役割を果たしている。

(a)所得課税に比べ景気による変動が小さく,安定した税収につながる。

(b)課税標準が固定されている。

(C)応益原則に則っている。(固定資産を有している者は,その価値に応

じた便益を享受していると擬制できる。土地等の価格が高いことは,

それだけ収益性のある資産であると考えることができ,また,生活の

本拠としての住居の資産価値にも反映される。)

(d)執行が比較的容易である。(固定資産台帳等に基づく課税により,鍋

税者の把握は容易であり,仮に固定資産台帳等の所有者名が名義人で

あったとしても,その名義人に課税することが可能であり,仮に納税

がない場合にも,その固定資産の移転は困難であり,当該固定資産を

差し押さえるという手段もあることから,徴収の確実性が高い。)

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214 経 営 と 経 済

(2) 相 続 税

一方,相続税を導入しているのは,限られた国のみになっている。国民

からの理解が得られず導入が困難な国もある。 所得再配分の観点から,将

来的には相続税の導入も一考の余地はあろうが,仮に導入する場合,資産

の評価が必要となるものについては,評価をどのように行うかが課題であ

る。評価の基準や方法を透明なものにすることと,インフレーションを勘

案した再評価を実施していくなど,適正な資産評価実務の実施可能性を勘

案しつつ,資産課税のあり方を検討していくべきである。

お わ りに

課税ベースを確保し,財政基盤を確固たるものとするのは,発展途上国の

みならず先進諸国においても重要な課題である。税は経済活動のあるところ

から,経済活動に見合って納めてもらうものである44。税制は,経済活動の

活発化に応じて,それが阻害されないよう,さらには促進されていくよう再

構築していくべきである。

その際,シャウプ博士が "Taxadministrationisthekeytotaxpolicy.''

と述べられているように45,執行可能性も十分に考慮すべきである。例えば

税理論としては明快な包括的所得税ではなく執行可能性を勘案して分類所得

税 とすることや,小規模事業者へのみなし課税も現実的選択肢 として容認さ

れるであろう。

よりよい税制を目指して税制改革を実施していくことも重要である。日本

44 こうした考えに基づき,大武健一郎氏が日本の税制や税務執行の経験からの教訓等を

述べたものとして,玉川 ・栗原 前掲注8,5ト55頁参照。

45 01iverOldman,"Comment''inCh.9,inRichardM.Birdand MilkaCasanegrade

Jantschered., "ImprovingTaxAdministrationinDevelopingCountries'',IMF,1992,

p.342.

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発展途上国における税制 ・税務執行 215

におけるシャウプ使節団による勧告 (1949年),コロンビアにおけるマスグ

レイブ使節団による勧告 (1971年)は,税制改正に反映され,その後の税制

論議の基礎となった。一方で,リベリアにおけるシャウプ使節団によるレポー

ト (1970年),ボリビアにおけるマスグレイブ使節団によるレポート (1980

午)は,その後の税制改革や税制論議へほとんど影響を与えなかったとい

う46。当初は必ずしも理想的な税制とならなくても,税制改革実施後に修正

していけばよい 47。

本稿は,多くの発展途上国に共通して見られる税制,税務執行上の特徴を

整理し,改善すべき方向性について一般化して考察したものである。当然,

各々の国の状況はそれぞれ異なり,それぞれの処方等があるべきであり,本

稿の指摘が必ずしも当てはまらないケースもあるであろう。今後,発展途上

国の方と議論しつつ,それぞれの国が目指すべき方向性について引き続き共

に考察を続けていきたい。

税制や税務執行の改善の取り組みは,税務の問題に止まるものではなく,

国への信頼の向上,個々の事業者にとっては正しい帳簿を通じた事業の発展,

さらには国の経済成長にもつながっていくものである。適正申告 ・納税を通

じて,開発途上国が一層の発展を遂げていくことを期待している。

46 AssarLindbeck,"TaxationinMarket-orientedDeveloplngCountries",inRichardM.

BirdandOliverOldman(ed.)"TaxationinDevelopingCountries",TheJohnsHopkins

UniversityPress,1990,p.71.

47 日本においても,シャウプ勧告に基づ く税制は,戦後復興期の社会 ・経済の実情に適

合しない面や,執行上困難な面があり,シャウプ税制の導入直後から修正が行われた。

(付記)本研究の一部は,「長崎大学新任教員研究支援プログラム」による支援を受けて行

われた。