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「硬さ試験の理論とその利

用法」

サンプルページ

この本の定価・判型などは,以下の URL からご覧いただけます.

http://www.morikita.co.jp/books/mid/066941

※このサンプルページの内容は,初版 1刷発行当時のものです.

はじめに

我々は様々な製品に囲まれて便利な生活をしている。製品を構成する材料は

機能のほか,十分な強度が求められる。そこで,その材料の機械的強度試験が

必要となる。

材料試験にはいろいろあるが,材料の形状や大きさから適用できる試験は制

限を受ける。引張試験は変形が単純なので,そこから得られる情報(降伏応力,

引張強さなど)の物理的意味も理解しやすい。そのため引張試験が選択される

ことが多い。しかし,破壊試験であることも含めて適用できないことが多い。

それに対して,硬さ試験は微小部分の測定ができるので試料に対する制限が

少ない。試験でのダメージは小さく非破壊的な測定に相応し,方法も簡便なの

で,引張試験のできない場合に便利に使われている。ただ,測定された硬さ値

の物理的意味は必ずしも明確でないため,利用頻度の高さの割りには硬さ試験

に対する信頼度は低い。

硬さ試験自体は多用されているため,硬さ試験に関する著書は多い。しかし,

そのほとんどが引張試験法や X線回折法などを含んだ材料試験の中の一部と

して取上げられている。内容は硬さ試験機や試験方法で,求まる硬さ値の物理

的意味を扱ったものはほとんどない。その中で,吉沢1)は全体として硬さ試験

を取上げ,より詳しく方法や試験での問題点を扱っている。硬さの物理的意味

を取扱ったのは D.Tabor2)である。内容は球の押込みが主体で,彼の専門と思

われる球の押込みでの接触の問題や接触部の接合までも取扱っているが,必ず

しも硬さ試験の本質や様々な現象を理解するには十分とはいえない。

著者は専門とする塑性加工の研究の中で,特に塑性加工における材料の変形

に興味を持ち,硬さ試験についても圧子の押込みにおける材料流れに注目した。

そこで,材料評価の1つとして硬さ試験を用いた。硬さと変形抵抗の関係や圧

痕形状の異形化,硬さのバラツキなどについて,それらにはすべて物理的意味

1)吉沢武男編:硬さ試験法とその応用,裳華房,(1967)

2)D.Tabor:The Hardness of Metals, Oxford University Press, (1951)

1

があると考えて塑性的に検討してきた。その結果,従来不明確であった硬さの

物理的意味や硬さに現れる各種の現象と,その利用の方法を明らかにすること

ができた。

さらに,硬さ試験を理論的に考えたうえで,利用しやすく,物理的意味が理

解しやすい新しい硬さ試験法を開発した。本書はそれらの成果をまとめたもの

である。現時点で,ほかに類するものはない。

硬さの物理的意味がわかったうえで,硬さには魅力的な利用法が多くあるこ

とを知り,さらに新しい利用法の開発を待望してまとめたものである。本書の

特徴は,全編にわたって硬さ試験の基本である圧子の押込みによる材料流れを

取上げて,その材料流れから硬さに現れる現象を理解し,その利用法を開発し

たところにある。

特に,第2章,第3章は理解を容易にするため圧子の押込みにおける材料流

れを2次元として取扱い,モアレ縞法による実験と有限要素法による理論で調

べ材料流れの特徴を記している。押込み変形は複雑であるが,その中に硬さに

現れる現象に影響する変形があり,それがわかると硬さの理解が容易になると

いえる。

第4章では硬さ試験での材料流れは3次元なので,第2章,第3章の結果を

もとに硬さ試験に現れる現象を,3次元材料流れから説明している。

第5章では硬さから求まる材料強度の意味について記している。硬さは引張

変形での抵抗を含む各種変形での抵抗の平均を現しており,単純な引張試験で

の強度とは異なった材料特性値である。したがって,硬さで材料の強度を表す

と引張試験から求まる強度より的確に材料の強度を表せることができる。また,

硬さ試験を用いた応力―ひずみ曲線の求め方について示す。

第6章で異方性材料での圧痕形状は異形化するので,それを硬さの異方性と

して表現すると,材料の異方性の状態,板材では r 値が求まる。異方性が原因

となる加工性の評価ができる。特に,硬さ試験でしか得られない材料特性もあ

ることを記している。

第7章では硬さのバラツキを取扱った。硬さにはバラツキがある。これは材

質にバラツキがあるためで,これも材料特性である。このため硬さのバラツキ

2

から材質のバラツキが評価できる。材質の不均一が原因となる成形性もあり,

その判定には硬さでしか求まらない特性値があることを示している。

第8章では単結晶体の硬さを取扱う。従来はヌープ硬さが用いられていたが,

ここではビッカース硬さやブリネル硬さも扱った。異方性の測定には圧子の変

形拘束がなく,自由に流れて材料の異方性の状態がそのまま現れるブリネル硬

さが最適で,ヌープ硬さは不適であることを記している。

第9章では硬さに及ぼす負荷応力や残留応力の影響を扱った。引張応力や圧

縮応力による硬さおよびその異方性の変化は,圧子下の応力状態の影響である

ことを示す。ヌープ硬さが最も応力の影響を受け,逆にブリネル硬さが最も応

力の影響を受けない。

第10章では円錐形圧子を用いた硬さ試験を扱った。ブリネル硬さ試験が応力

―ひずみ曲線の測定に適し,圧子に方向性がないことから異方性の測定に適し

ていたので,円錐圧子による硬さ試験が硬さ測定にいっそう適していることを

示したものである。

第11章は,著者の硬さの研究からより適していると考えた新しい動的押込み

硬さ試験法を扱った。最近,関心が持たれている超微小硬さ試験(ナノ・イン

デンテーション)に先駆けて提案したものである。圧子を押込んでいる最中の

荷重と押込み深さを連続的に測定するもので,その押込み速度を大幅に変化で

きることが特徴である。これにより材料の速度効果が求まり,プラスチックや

ゴムなども測定できるなど,ほとんどの材料に適用できる。

第12章は山本卓3)らが見出した負荷時間の硬さへの影響を扱った。所定荷重

までの負荷時間を同じにすれば,負荷荷重の大きさにかかわらず材料の速度効

果があっても硬さ値は同じになるという,硬さ試験にとって魅力がある結果が

得られた。

なお,応力の単位は ISO規格ではパスカル P であるが,硬さは単位はつけ

ないが,現在も kgf/mm2で整理されているので,引張り・圧縮試験などから

得られる特性値の単位も理論的な根拠との関係が理解しやすいように kgf/

3)山本普・山本卓・川島博行・柴田幹枝・松本辰美・阿部真一:硬さ基準片における負荷

速度の定義,第57回日本熱処理技術講演大会講演概要集,(2003)17

はじめに

3

mm2で整理した。

以上のように,本書では硬さ試験に対して総合的に説明した。読者が従来硬

さ試験に対して持っていたイメージが変わっていただければと思う。そして,

硬さに新しい魅力を感じて,より多く硬さ試験が利用されるようになることを

望むものである。

なお,著者の硬さに関する研究は多くの方々からお世話になり,心より感謝

しております。著者が在職した名古屋大学,豊橋技術科学大学,千葉大学にお

いて卒業研究や大学院の研究で,硬さ試験をテーマとした学生の皆さんに多く

の貴重なデータを出していただきました。また,名古屋大学では上司であった

戸澤康壽名誉教授に硬さ試験を研究テーマにするきっかけを与えていただきま

した。さらに,豊橋技術科学大学では現在,三重大学教授である牧清二郎氏,

千葉大学では准教授である小山秀夫氏に学生の研究指導を通して,多くの研究

成果を上げていただきました。

本書は,2007年6月に工業調査会から出版されたものを継続して森北出版よ

り発行することになったものである。

2012年4月

中村 雅勇

4

目 次

はじめに

第1章 「硬さ」とは? ● 11

1.1「硬さ」は感覚的表現 ………………………………………………………11

1.2 硬さ試験とは何か? …………………………………………………………12

1.3 硬さ試験の種類 ………………………………………………………………12

ブリネル硬さ試験・13/ビッカース硬さ試験・14/ヌープ硬さ試験・15/

ロックウェル硬さ試験・16/ショア硬さ試験・17

1.4 硬さ試験に対する認識………………………………………………………18

1.5 硬さ試験を利用するうえでの問題点……………………………………20

1.5.1 硬さ値 ……………………………………………………………………20

1.5.2 圧痕形状 …………………………………………………………………22

1.5.3 硬さのバラツキ…………………………………………………………25

1.6 硬さ試験から得られる新しい材料情報の可能性 ……………………25

1.6.1 硬さ値 ……………………………………………………………………26

1.6.2 圧痕形状 …………………………………………………………………27

1.6.3 硬さ値のバラツキ………………………………………………………30

第2章 圧子の押込みにおける材料流れ ● 33

2.1 圧子下の材料流れの特徴 …………………………………………………33

2.2 材料特性の影響 ………………………………………………………………35

2.2.1 弾性変形 …………………………………………………………………36

5

2.2.2 加工硬化 …………………………………………………………………40

2.2.3 異方性 ……………………………………………………………………41

2.3 圧子形状…………………………………………………………………………43

2.3.1 くさび形圧子の場合 …………………………………………………43

2.3.2 円形の場合 ………………………………………………………………44

d /D の影響・44/材料特性の影響・45

第3章 圧子下の材料流れと押込み抵抗の関係 ● 47

3.1 押込み抵抗の特徴 ……………………………………………………………47

3.2 材料特性の影響 ………………………………………………………………47

3.2.1 弾性変形 …………………………………………………………………48

3.2.2 加工硬化(n 値)………………………………………………………49

3.2.3 異方性 ……………………………………………………………………51

3.3 圧子形状の影響 ………………………………………………………………52

3.3.1 くさび圧子の場合………………………………………………………52

弾性変形・52/加工硬化・53

3.3.2 円形圧子の場合…………………………………………………………53

弾性変形・53/加工硬化・54

3.4 材料流れと押込み抵抗に関する考え方 ………………………………55

第4章 硬さ試験における材料流れと硬さに現れる現象 ● 59

4.1 等方性材料の場合 ……………………………………………………………59

4.1.1 材料流れと表面状態 …………………………………………………59

4.1.2 圧痕形状の硬さへの影響 ……………………………………………61

4.2 異方性材料の場合 ……………………………………………………………64

4.2.1 ブリネリ圧子……………………………………………………………66

n 値の大きい材料の場合・69/n 値の小さい材料の場合・70

6

4.2.2 ビッカース圧子…………………………………………………………70

表面状態から見た圧子下の材料流れ・70/硬さの方向性への影響・71

4.2.3 ヌープ圧子 ………………………………………………………………73

表面状態から見た圧子下の材料流れ・73/硬さの方向性への影響・74

4.2.4 硬さの面内方向性………………………………………………………74

第5章 硬さ値から求まる材料情報 ● 77

5.1 硬さ値の物理的意味 …………………………………………………………77

5.2 降伏条件の影響 ………………………………………………………………78

5.2.1 予変形の影響……………………………………………………………79

5.2.2 熱処理の影響……………………………………………………………81

5.3 C 値に関係する変形抵抗 …………………………………………………83

5.4 材料の代表強度 ………………………………………………………………84

5.5 静水圧効果の影響 ……………………………………………………………85

5.6 応力‐ひずみ曲線の求め方 ………………………………………………86

5.7 ブリネル硬さ …………………………………………………………………88

5.7.1 n 値の推定 ………………………………………………………………89

5.7.2 応力‐ひずみ曲線………………………………………………………90

第6章 硬さの異方性から求まる材料情報 ● 95

6.1 面内異方性 ……………………………………………………………………95

6.2 測定面の違いによる硬さの異方性 ………………………………………99

6.2.1 各測定面での方向性の特徴 …………………………………………99

6.2.2 板厚断面内での方向性の硬さによる表現 ………………………100

6.3 硬さの異方性と変形抵抗の関係 ………………………………………102

6.3.1 1軸引張り・圧縮変形抵抗との関係 ……………………………102

6.3.2 平面ひずみ(せん断)変形抵抗との関係 ………………………103

目 次

7

6.4 硬さの異方性の利用 ………………………………………………………105

6.4.1 異方性の分布の測定 …………………………………………………105

6.4.2 加工材の変形状態の測定……………………………………………106

6.4.3 曲げ加工性の判定 ……………………………………………………109

第7章 硬さのバラツキから求まる材料情報 ● 113

7.1 硬さのバラツキの特徴 ……………………………………………………113

7.1.1 押込み荷重の影響 ……………………………………………………113

7.1.2 粒界の影響 ……………………………………………………………114

7.1.3 多相の影響 ……………………………………………………………115

7.2 硬さのバラツキの表現と特徴……………………………………………117

7.2.1 バラツキの程度の表現 ………………………………………………117

7.2.2 バラツキの特徴 ………………………………………………………117

7.3 硬さの異方性のバラツキ …………………………………………………119

7.3.1 異方性のバラツキの表現……………………………………………119

7.3.2 異方性のバラツキの特徴……………………………………………120

7.3.3 異方性のバラツキの意味……………………………………………121

7.4 塑性加工による表面荒れの評価 ………………………………………122

第8章 単結晶の硬さの異方性 ● 125

8.1 硬さの面内異方性 …………………………………………………………125

8.2 圧痕付近の表面形状および圧痕形状 …………………………………127

8.2.1 ブリネル圧子の場合 …………………………………………………127

8.2.2 ビッカース圧子の場合 ………………………………………………128

8.2.3 ヌープ圧子の場合 ……………………………………………………130

8.3 単結晶の硬さの異方性の発生原因 ……………………………………132

8.3.1 ひずみの異方性の影響 ………………………………………………132

8

rs値の面内異方性・132/rs値と圧痕付近の盛上がりとの関係・134/

rs値と硬さの異方性との関係・134

8.3.2 圧子下の材料流れ ……………………………………………………134

ブリネル硬さ・134/ビッカース硬さ・134/ヌープ硬さ・135

8.4 硬さの異方性に対する考え方……………………………………………136

第9章 硬さに及ぼす応力の影響 ● 137

9.1 応力と硬さとの関係 ………………………………………………………137

9.2 圧子下の材料流れに及ぼす応力の影響 ………………………………139

9.3 応力の影響に対する理解 …………………………………………………142

9.3.1 硬さ値の変化 …………………………………………………………142

9.3.2 硬さの方向性の発生 …………………………………………………143

9.3.3 硬さの種類による応力の影響の違い ……………………………144

9.4 応力の影響に対する取扱い………………………………………………145

第10章 円錐圧子を用いた硬さ ● 147

10.1 押込み荷重の影響 …………………………………………………………147

10.2 硬さに及ぼす円錐頂角の影響 …………………………………………147

10.3 硬さの異方性 ………………………………………………………………149

10.4 円錐硬さの魅力 ……………………………………………………………152

第11章 動的押込み硬さ試験法 ● 155

11.1 動的押込み硬さ試験法の特徴 …………………………………………155

11.2 試験機…………………………………………………………………………156

11.3 硬さの測定手順 ……………………………………………………………157

試験片・157/圧子・157/硬さ試験・157/動的押込み硬さ値DHの算出・157

目 次

9

11.4 試験結果の例 ………………………………………………………………158

試験から得られる結果・158/動的押込み硬さDH・159

11.5 動的押込み硬さの特性 …………………………………………………160

圧痕拡大速度 v/x・160/動的押込み硬さDHCと変形抵抗の関係・161/

動的押込み硬さDHと在来法での硬さHの関係・162/

圧痕拡大速度 v/x とひずみ速度の関係・164

11.6 動的押込み硬さ試験による材料速度効果の評価…………………166

応力‐ひずみ速度曲線の測定・166/ひずみ速度感受性指数m の測定・168

11.7 プラスチックの動的押込み硬さ ………………………………………169

プラスチックの動的硬さDHの特徴・170/ロックウェル硬さとの比較・173

第12章 硬さに及ぼす負荷速度と負荷時間の影響 ● 175

付録●本書を理解するのに参考になる事項 ● 179

1.材料の変形と強度に関するもの …………………………………………179

2.材料に現れる現象 ……………………………………………………………180

3.結晶に関すること ……………………………………………………………181

4.引張資料から得られる材料特性 …………………………………………182

5.押込みによる材料の変形の測定 …………………………………………183

6.押込み変形に対する解析法 ………………………………………………185

7.降伏曲線…………………………………………………………………………186

参考文献

索 引

10

第1章 「硬さ」とは?

1.1「硬さ」は感覚的表現

硬さは材料の剛さや強さなどを想像させる言葉である。「硬さ」の反対語は

「軟らかさ」である。「硬さ」とは本来感覚的な表現で,極端な場合は視覚でも

硬さを感じる。なんとなく硬さの程度を感じるものである。一般的に,人が対

象物の「硬さ」の程度を感じるのは,手を触れて指の変形が大きく,対象物の

変形が小さいほど硬いと判断する。したがって,測定子である指が軟らかい人

ほど対象物を硬いと判断することになる。

硬さは測定子と対象物との相対的な変形の様子から判断されるので,測定子

の硬さの程度によって対象物の硬さが変化することになる。硬さとは相対的な

もので絶対的なものではない。したがって,硬さを絶対的なものにするには測

定子を硬い物,すなわち,どんな対象物に対しても変形しない物にして測定す

れば,対象物の変形だけで硬さを定量的に評価できる。それが硬さ試験である。

「硬さ」という感覚的な言葉を使っていることから,なんとなく不明確な感

じを与えて定義もはっきりしない。ときとして引張試験から得られる強度情報

(引張強さ,降伏応力など)を硬さと呼ぶことさえある。また,対象物が塑性

変形しない材料の降伏応力が本来の硬さと考えることもある。そう考えると,

11

実際の硬さ試験では圧子により対象物に塑性変形を与え,それに対応して加工

硬化するので,測定されるものは真の硬さではないことになる。

1.2 硬さ試験とは何か?

角錐や球などの圧子を押しつけたり,ぶつけたり,引っ掻いたりして試料に

変形を与え,その変形が小さいほど硬いと判定するのが,硬さ試験である。

歴史的には,異種の材料を互いに引っ掻いて傷のつかないほうが硬いと判断

して,材料の硬さの順番が決まるモース硬さ試験に始まる。そして,近代的で

かつ現在まで使われている硬さ試験の始まりは,1900年の鋼球を試料に押しつ

けて傷をつけるブリネル硬さ試験である。これは大量に生産される歯車の硬さ

の管理が必要になったことによるものである。検査は抜き取りではなく全数な

ので,検査後に部品が使用できなければならない。したがって,測定のため部

品につけられるダメージは,問題にならない程度に小さな傷しか許されない。

これとは逆に,試料の微小部分の強度が求まることになる。また試料は硬さ測

定ができる程度の広さだけ仕上げればよいので,試料のための前処理が簡単で

ある。したがって,試料の形状に対する制限も少ない。

引張試験は延性材料では強度が精度良く求まるが,焼入れ材のように硬い材

料は一般に延性に乏しく脆性なので,塑性変形する前に破壊してしまい本当の

強度は求まらない。一方,硬さ試験では圧縮応力場での試験のため,よほどの

脆性材料でなければ破壊せず強度が求まる。多少の割れが生じても比較的正し

い強度が求まる。

硬さは圧子の押込みによる変形に対する抵抗なので,押込み抵抗と呼ぶとそ

の意味が明確になる。しかし,その押込み変形が複雑なので硬さの物理的意味

の理解は困難である。これも硬さ試験の特徴である。

1.3 硬さ試験の種類

硬さ試験として提案された方法はいろいろある。それらの提案者は,その方

1.3 硬さ試験の種類

12

法が試料の目的の強度測定に適していると考えたのではなく,利用しやすさと

目新しさに魅力を感じたもので,求まる値の意味に関心はあまりなかった。

硬さ試験は,大別すると試料に与えるダメージによって3つになる。

a.押込み硬さ試験法

ブリネル硬さ,ビッカース硬さ,ヌープ硬さ,ロックウェル硬さ

b.反発硬さ試験法

ショア硬さ

c.引っ掻き硬さ試験法

マルテンス硬さ,ビヤバウム硬さ

測定される硬さ値は単位はつけないが単位をつければ,応力の単位MPa(kgf

/mm2)のものと,その硬さ独自の尺度で評価するものに分けられる。利用価

値の点からは,引張り・圧縮などほかの材料試験との関係を求めやすい応力の

単位のほうがよい。

本書で取上げるものはビッカース硬さ,ブリネル硬さとヌープ硬さである。

以下,試験方法として説明に取上げるものは利用頻度が高く,興味のあるもの

だけである。硬さ試験にはほかにも多くあるので,それらについては材料試験

法などの本を参照されたい。

(1) ブリネル硬さ試験

①特 徴

球を試料面に押しつけて,荷重とそれによって生じた圧痕の表面積から圧痕

表面にかかる応力としてブリネル硬さ HBは求まる。

②試験機

ブリネル硬さ試験機は3000kgfまでの圧縮荷重を加えられるようになってい

る。著者は数 kgf~数10kgfでビッカース硬さ試験機を用いた。

③圧 子

10mmの鋼球が標準で,圧痕を小さくするため5mm,2mm,1mmの小径

のものもある。著者は0.5mmを主に用いた。圧子の材料は鋼を焼入れしたも

のが主であるが,硬い試料では塑性変形してしまうので,HB≒350くらいまで

しか使用できない。それ以上硬い試料には超硬合金(WC)が使用され,約 HB

第1章 「硬さ」とは?

13

=

d1

d d1+d2d2 2

≒650まで使用できる。超硬は弾性係数 E が鋼の約倍で圧子の弾性変形が小さ

いので有利であり,著者は超硬を用いた。

④硬さの算出

押込み荷重 P〔kgf〕を図1.1のように除荷後の圧痕寸法 d(=(d1+d2)/2)

〔mm〕から求まる球形状を仮定した表面積で除して,次式から得られるのが

ブリネル硬さ HBである。

HB= 2PπD(D ―�D2―d2

D:球圧子の直径〔mm〕

(2) ビッカース硬さ試験

①特 徴

四角錐ピラミッド圧子を試料面に押込んだ荷重と生じた圧痕表面積から,ビ

ッカース硬さが求まる。

②試験機

荷重用レバーの一端を支点とし,他端に錘を吊るし,支点の近くに圧子をつ

けるスピンドルを設ける。カムやダッシュポットで圧子の押込み速度を調整す

る。軽荷重の微小硬さ試験機では荷重が直接圧子に加わるようになっている。

③圧 子

ダイヤモンドの対面角が136°の四角錘ピラミッド形状である。図1.2のよう

に,この角度はブリネル硬さでは d /D=0.25から0.5の範囲でよく使われてい

るので,その平均として d /D=0.375での圧痕における表面での接線から決め

図1.1 ブリネル圧痕

1.3 硬さ試験の種類

14

d=0.375D

D2

136°=

d1

d d1+d2

d2

2

130°

(a)圧子 (b)圧痕

W

L

172°30

られた。

④硬さの算出

図1.3のように,四角形圧痕の対角線長さ d(=(d1+d2)/2 d1,d2は両方向

の対角線寸法〔mm〕)から圧痕の表面積を圧子形状をもとに計算して,押込み

荷重 F〔kgf〕とともに次式でビッカース硬さ HVを求める。

HV=1.8544Fd2

(3) ヌープ硬さ試験

①特 徴

極表面層や極薄板の測定ができるように、非対称にしたピラミッド圧子(図

1.4(a))を用いて圧痕の投影面積からヌープ硬さが求まる。

②試験機

微小ビッカース硬さ試験機にヌープ圧子を取付けて用いられる。

図1.2 ビッカース圧子角の決定 図1.3 ビッカース圧痕

図1.4 ヌープ圧子と圧痕

第1章 「硬さ」とは?

15

③圧 子

圧子形状は図1.4(a)において,第1の対稜角が172°30′で第2の対稜角が130°

の断面が菱形の四角錘ダイヤモンドでできている。

④硬さの算出

図1.4(b)において菱形の圧痕の短軸寸法W は無視し,長軸寸法 L〔mm〕の

みを測定し,それから圧痕の投影面積 A を圧子形状から計算して,押込み荷

重 F(kgf)をもとに次式でヌープ硬さを求める。

HK=FA=

F0.07028d2

=1.4229Fd2

(4) ロックウェル硬さ試験

①特 徴

工業界で最も多く使用されている。圧子をまず基準荷重で試料面に押込み,

次に試験荷重を加えた後,再び基準荷重に戻す。その基準荷重に戻したときの

押込み深さをダイヤルゲージで測定するので,測定が速く,現場的に適してい

る。

②試験機

基準荷重,試験荷重,基準荷重と荷重を変化させる。基準荷重10kgfはスプ

リングで負荷するようになっている。試験荷重(150kgf,100kgf,60kgf)は

錘で負荷する。圧子の押込み方向の動きはダイヤルゲージで測定する。

③圧 子

ダイヤモンド圧子は頂角120°の円錐形をしており,先端は0.2mmの球面に

なっている。

球圧子は直径1.5875mm(1/16in)または3.175mm(1/8in)の鋼または超硬

合金でできている。

④硬さの算出

多用されている Bスケールと Cスケールについて,

・Bスケール:直径1.5875mmの球圧子で試験荷重は100kgf

硬さ算出式;HRB=130-500h(h:基準荷重に戻したときの押込み

深さ〔mm〕)

1.3 硬さ試験の種類

16

σ y

σ z σ x

σ a

σ u

予変形方向

過剰硬化

バウシンガ効果

等面積円

降伏曲線

第5章 硬さ値から求まる材料情報

5.1 硬さ値の物理的意味

硬さは圧子の押込みにより生ずる材料流れに対する抵抗である。その変形は

第2章で示したように複雑なので,硬さには各種組合わせ応力での変形抵抗が

影響することになる。これら組合わせ応力状態での変形抵抗の様子は図5.1の

図5.1 予変形による降伏曲線の変化の特徴

77

σ x(a)

平面ひずみ変形(せん断変形)

トレスカ形ミゼ

ス形

(b)

σ uσ p

σ y

σ z 1 2 3

π平面で表した降伏曲線で表現できる。等方性材料では円になるが,異方性材

料では円にならず異形になる。原点から各方向がその組合わせ応力状態を示し

て,中心から各方向の曲線までの長さがその組合わせ応力での変形抵抗である。

長さが長ければ変形しにくく,逆に短ければ変形しやすいと判断すればよい。

硬さには降伏曲線のすべての方向の変形抵抗が平均して作用しているわけでは

ない。特に単純な引張りとなる応力状態は,圧子下の変形としては考えにくい

が,降伏曲線は理論的には凸形の曲線で連続である。したがって,大ざっぱに

は硬さに影響する変形抵抗は,降伏曲線と同じ面積の円の半径 σaと考えると

よい。いずれの硬さ試験でも同じようなことが言えるが,以下,ビッカース硬

さ HVを中心に説明する。

5.2 降伏条件の影響

図5.2のように等方性材料でもミゼス(円)形とトレスカ(六角)形では引

張変形抵抗 σuが同じであっても,σaはトレスカ形のほうが小さくなる。両者

の差が最大になるのは(b)方向の平面ひずみ(せん断)変形抵抗 σpであり,

一般の材料は両者の中間にあることが多い。そこで,σpと σuの比 σp/σuで C

(=HV/σu)値を整理した(図5.3)。C 値はトレスカ形では2.5,ミゼス形では

2.8である。両者の関係は直線的に変化している。C 値によって降伏曲線の様

図5.2 等方性材料での降伏曲線

5.2 降伏条件の影響

78

C(=

HV

/ σε =0.08)値

3.0

2.5

2.00.9 1.0 1.1

トレスカ形

ミゼス形

σ p/σu

子が推定できる。σuの代りに σaを用いれば,C 値は材料にかかわらず2.8に

なる。σa,すなわち各種組合わせ変形抵抗の平均値が,硬さ値に影響する変形

抵抗であることを示している。

なお,図1.8でアルミ合金(○)の C 値が低いのはトレスカ形材料のためで

ある。また領域Ⅱのせん断変形が容易になるので,硬さ値は小さくなると同時

に圧痕は沈み込み型になって圧痕形状は糸巻形になって,圧痕の表面積を過大

に評価して硬さはさらに小さくなる。このように,材料の性質は硬さ値や圧痕

形状からわかる。

5.2.1 予変形の影響

予変形による降伏曲線の形の変化は,予変形の種類にかかわらず図5.1のよ

うに予変形方向に対して,逆方向はバウシンガ効果で抵抗が低く,60°~90°方

向は過剰硬化で抵抗が高くなる。これらの効果の有無や大きさは材料によって

異なる。これらの効果は降伏曲線の面積に影響するので,バウシンガ効果は硬

さを下げ,過剰硬化は上げることになる。

図5.4は引張予変形(εt=0.1)材を逆に圧縮したときの硬さの変化である。

S10C(図5.4(a))では逆の圧縮変形を受けて,硬さは一度低下している。図

5.5は S10Cでの x 方向への引張予変形材と,それを逆に圧縮した材料の降伏

図5.3 C 値に及ぼす降伏条件の影響

第5章 硬さ値から求まる材料情報

79

S10C

60/40 黄銅

引張材(ε t=0.1)

引張材(ε t=0.3)

圧縮ひずみεc

140

130

120

(a)

(b)

180

160

45

40

20151050

0 0.2 0.4

HV

σ a〔

kg

f/m

m2 〕

ビッカース硬さ

HV

σ a

S10C

102030

40

σ y〔kgf/mm2〕

σ z σ x〔kgf/mm 2〕

引張材(ε t =0.1)引張後の圧縮材(ε c =0.02)

曲線である。予変形によるバウシンガ効果は x 方向の圧縮により,x 方向の圧

縮応力が高くなる。一方,x 方向の引張応力はバウシンガ効果の発生で低くな

っている。それ以上に興味のある特徴は,一点鎖線方向の過剰硬化の変化であ

図5.4 引張材の圧縮による硬さの変化

図5.5 引張変形(εt=0.1)材とそれを逆に圧縮した(εc=0.02)材料の降伏曲線

5.2 降伏条件の影響

80

60/40 黄銅

200 400

60%圧延材

600

200

100

0

軟鋼(SPCC)

熱処理温度〔℃〕

ビッカース硬さ

HV

る。すなわち,引張変形によって生じた過剰硬化が続く圧縮変形を受けて消滅

していることである。そのため,降伏曲線の面積は減少している。降伏曲線と

同じ面積の円の半径 σaの結果を図5.4(a)に破線で示す。逆の圧縮変形を受け

ると,変形抵抗 σaは硬さの変化と同じ傾向である。これに対して過剰硬化の

ない黄銅では(図5.4(b)),硬さの上昇はにぶいが低下はない。過剰硬化の現

れる方向の応力が減少しないためである。

以上から,降伏曲線の変化の様子が忠実に硬さに現れていることがわかる。

5.2.2 熱処理の影響

圧延材を熱処理したときの硬さの変化を図5.6に示す。軟鋼では400℃以上に

なると,また60/40黄銅では200℃以上になると再結晶により硬さは顕著に低

下している。それまでの加熱範囲では,回復といわれる転位の再配列が生ずる

と,一般に考えられている。この範囲では,軟鋼のように硬さはわずかずつ減

少する傾向がある。この原因は転位の再配列にあると考えられ,多くの材料は

この傾向になる。しかし,60/40黄銅の場合は200℃までの回復温度域で硬さ

は逆に上昇している。なお,両材料とも引張りでの強度は温度の上昇とともに

わずかずつ低下する傾向にあった。

図5.6 熱処理による硬さの変化

第5章 硬さ値から求まる材料情報

81

20

20

20

40

40

40

60

60

60

400℃熱処理材60%圧延材ε=0.002

σ x

〔kgf/mm2〕σ z

σ y〔kgf/mm2〕

(a)軟鋼(SPCC)

圧延予変形方向

20

20

20

40

40

40

6080

60

80

8060

200℃熱処理材(b)60/40 黄銅

60%圧延材

圧延予変形方向

ε=0.002

σ z σ x

〔kgf/mm2〕

σ y〔kgf/mm2〕

図5.7 圧延材と熱処理材の降伏曲線

5.2 降伏条件の影響

82

第11章 動的押込み硬さ試験法

11.1 動的押込み硬さ試験法の特徴

本硬さ試験法は押込み硬さ試験に属する。従来の押込み硬さ試験は,所定の

荷重で圧子を準静的に押込んで,除荷後の圧痕寸法を計測して硬さ値を求めて

いる。それに対して本試験法では,圧子の押込みの様式を規定して,試験中の

押込み深さ x と押込み力 P を連続的に計測して,硬さ値を求める。圧子の押

込みの様式についてはいろいろ考えられるが,代表的なものを次に示す。

(1)圧子の押込み速度 v を一定とする等速押込み

(2)圧子の押込み速度 v と押込み深さ x との比 v/x が一定となる等圧痕拡大

速度押込み

これらの押込み様式のもとで,その試験速度((1)では v,(2)では v/x)を

大幅に変化させて,試験速度による材料強度の変化,すなわち材料の速度効果

を求めるのが主な目的である。材料は変形によって性質が変化するので,変形

を規定した試験のほうが適当である。したがって,押込み様式では(2)が理想

的である。

この方法が開発された後,超微小硬さ試験法が提案されている。試験中に圧

子の押込み深さと押込み荷重を同時に計測するのは,本方法と同じであるが,

155

①②③④

1 ロードセル  2 圧子     3 試料      4 アンビル5 アーム    6 主スピンドル 7 制御スピンドル 8 カム9 差動トランス 10 スプリング  11 調整ナット

負荷方法は荷重を電気的に直線的に増加するようになっている。荷重の増加速

度には特に関心は持たれていない。

11.2 試験機

試験機の機構を図11.1に示す。圧子の押込み様式はカム機構によって制御さ

れる。したがって,カムの形状を変えることによって押込みの様式が変えられ

る。また圧子を押し込んでいるときの押込み力と押込み深さを測定するため,

ロードセル①と差動トランス⑨が用意されている。

試験機の動きについて説明する。カム⑧が回転するとカム形状に応じて制御

スピンドル⑦が下降する。そのときの変位はアーム⑤を介して,主スピンドル

⑥へと伝達されて,圧子②が試料③に押し込まれる。そのときの動きは差動ト

ランス⑨によって検出される。ここで,カムは電磁クラッチを介して定速回転

するサーボモータと連結しており,サーボモータの回転数によって押込み速度

が自由に変えられる。

一方,そのときの押込み力はスプリング⑩によって発生される。スプリング

図11.1 動的押込み硬さ試験機の構造

11.2 試験機

156

力はアーム⑤を介して主スピンドル⑥から圧子に伝達され,その押込み力は

ロードセル①によって検出される。

11.3 硬さの測定手順

(1) 試験片

本法では圧痕の大きさを圧子の押込み深さから求めるため,試験片の測定面

は測定に影響しない程度に仕上げれば十分である。一方,裏面の変位が圧子の

押込み深さとして測定されるので,アンビルに接触する裏面は平坦にする必要

がある。

(2) 圧子

使用する圧子はその形状に関して特に制限はない。しかし,材料の速度効果

を求めることを目的として,圧子の押込み速度による硬さ値の変化を測定する

には,圧子の押込み深さに対して,材料の変形が擬定常となる圧子が望ましい。

したがって,ビッカース圧子や円錐圧子,三角錐圧子などが適当である。超微

小硬さ試験法のように表面層だけの硬さを測定したいときは,2.3.1項で述べ

たように圧子角が小さいほうがよいので,90°以下が望ましい。さらに,90°以

下にすると盛上がりが大きくなり過ぎて圧痕形状の測定が困難になるので,押

込み深さから圧痕の大きさを測定することは有利である。

(3) 硬さ試験

試験片を試験機のアンビル上にセットする。まずサーボモータを始動する。

サーボモータが所定の回転数に達すると,カムに接続したクラッチが自動的に

入る。カムが回転を始め,定速回転になったところで圧子の押込みが開始され

る。圧子は所定の押込みを完了すると上昇し,初期の位置に戻る。

(4) 動的押込み硬さ値DHの算出

動的押込み硬さ DHは圧子の押込み中に測定される押込み力 P を,そのと

きの押込み深さ x から幾何学的に計算される圧痕表面積 Ax で除して求める。

すなわち,動的押込み硬さ DHは次のように定義される

第11章 動的押込み硬さ試験法

157

銅合金(C3604-0)

Pb-62wt%Sn 合金押込み荷重

P〔kg

f〕

押込み深さ x〔mm〕

30

20

10

00.10 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6

v=1.1mm/s0.11mm/s0.01mm/s P=336×1.97

P=335×1.98

P=350×1.98

v=1.1mm/s

0.11mm/s

0.01mm/s

P=70.4×

1.89

P=57.4×

1.86

P=43.7×1.83

DH=PAx=

Pkx2

式(11.1)

ここで,k は圧子の形状によって決まる形状係数,たとえば,頂角2θの円

錐圧子では k=πsinθsec2θ

11.4 試験結果の例

室温において顕著な速度効果を示す Sn-Pb2元合金(Sn-38wt%Pb)と,

速度効果の小さな銅合金(C3604-0)を試料とした。動的押込み硬さ試験は

頂角90°のダイヤモンド円錐圧子を用い,等速押込みの条件で室温(25°C)に

おいて行った。

(1) 試験から得られる結果

図11.2は本試験で測定された押込み力 P と押込み深さ x の関係である。両

者の関係はいずれも指数関数的になっている。押込み速度による押込み力の違

図11.2 圧子の押込み深さと押込み荷重の関係

11.4 試験結果の例

158

25

20

15

10

8

65

4

3

Pb-62wt%Sn 合金

3.11.03.1×10-11.0×10-13.2×10-21.0×10-23.4×10-31.2×10-34.0×10-4

10-4 10-3 10-2 10-1 1 10

押込み速度υ〔mm/s〕

動的押込み硬さ

DH

C〔k

gf/

mm2 〕

圧痕拡大速度 xυ〔1/s〕

いは速度効果の小さな銅合金では小さいが,Sn-Pb合金では大きい。押込み

速度の速いほうが押込み力は高くなっている。図上に示したこれらの曲線を指

数関数で近似した結果によると,指数はほぼ2である。これは圧子の押込みに

よる圧痕表面積の増加が押込み深さの2乗に比例することから理解される。し

かし,速度効果の大きい Sn-Pb合金では2より小さく1.85前後である。速度

効果の大きい材料ほど指数は小さくなる。この指数は材料の速度効果の様子を

現しており,貴重なものである。

(2) 動的押込み硬さDH

測定された結果(図11.2)から式(11.1)により求めた動的押込み硬さ DH

を押込み速度 v と押込み深さ x の比 v/x(圧痕拡大速度)で整理した結果が図

11.3である。いずれの材料とも1つの曲線上によく載っており,硬さ DHは圧

痕拡大速度 v/x で整理できることがわかる。

図11.3 硬さDHCと圧痕拡大速度 υ/x の関係

第11章 動的押込み硬さ試験法

159

υ

ΔxΔε∝

x

A

xΔx

11.5 動的押込み硬さの特性

(1) 圧痕拡大速度 v/x

円錐や角錐圧子の押込みでは,圧子下の変形は擬定常になるので,次の議論

が可能である。

図11.4において,深さ x まで押込まれている圧子が,時間 Δt の間に速度 v

でさらに Δx だけ押し込まれたとすると,任意の位置 Aにおけるひずみの変化

Δεは次式で表現できる。

Δε∝Δxx

時間 Δt で両辺を割ると,

ΔxΔεΔt∝

Δtx

Δε/Δt はひずみ速度・ε,Δx/Δt は押込み速度 v に対応するので,したがって,

圧子下の変形に対して,次のようである。

・ε=k・vx

(k:比例定数) 式(11.2)

動的押込み硬さでは歪み速度・εに対応する圧痕拡大速度 v/x が重要な意味をも

っている。したがって,図11.3は動的押込み円錐硬さ DHCのひずみ速度 εに

よる変化の様子を示している。

図11.4 圧痕拡大速度 υ/x とひずみ速度・εの関係に関する説明図

11.5 動的押込み硬さの特性

160

3

2

1

00 0.1 0.3 0.4 0.5 0.60.2

n値

CD(

DH

C/ σ

ε =0.22)

CC(

HC/ σ

ε =0.22)

CD

CC

(2) 動的押込み硬さDHCと変形抵抗の関係

頂角90°の円錐圧子での硬さ HCは,第10章の図10.3で明らかにしたように,

ε=0.22での変形抵抗とよい相関(HC=Cσε=0.22)があった。そこで速度効果

が小さな材料を用いて,動的円錐硬さ DHCも含めて ε=0.22での変形抵抗と

の相関をみた(C=HC/σε=0.22)。

図11.5はそれぞれの材料での C 値を n 値に対してプロットしたものである。

CC(=HC/σε=0.22)値は在来法での円錐硬さに相当するもので,圧痕直径から圧

痕の表面積を算出して求めた円錐硬さ HCに対するものである。CDは押込み

深さ x から幾何学的に算出した表面積から求めた動的円錐硬さ DHCに対する

ものである。Cc 値は n 値にかかわらず一定であるが,CD値は n 値の増加と

ともに減少している。この原因は,n 値が大きくなると圧痕は沈み込み形にな

るため,押込み深さ x から幾何学的に求まる圧痕面積は過大に見積もることに

なる。したがって,硬さ DHCは低くなって,CD値は小さくなる。

そこで,CD値が一定となる εを試行錯誤で調べた結果,図11.6に示すよう

に,動的硬さ DHCは ε=0.1での変形抵抗に対応することになる。

したがって,両者の関係は次式で与えられる

DHC=C・σε=0.1 (C=2.66) 式(11.3)

同じ硬さ試験でも,圧痕の表面積の見積もりの違いだけで,対応する変形抵

図11.5 硬さHと変形抵抗 σε=0.22との関係H=Cσでの C 値と n 値との関係。(CD:動的円錐硬さDHCに対するもの,CC:一般の圧痕面積から求まる円錐硬さHCに対するもの)

第11章 動的押込み硬さ試験法

161

著 者 略 歴中村 雅勇(なかむら・まさお)1962年 千葉大学工学部機械工学科卒業1962年 八幡化学工業入社1964年~1979年 名古屋大学工学部鉄鋼工学科助手,講師,助教授1979年~1996年 豊橋技術科学大学生産システム工学系助教授,教授1996年~2004年 千葉大学工学部電子機械工学科教授

千葉大学名誉教授,豊橋技術科学大学名誉教授現在に至る,工学博士

主な著書:「現代の金属学(金属加工)」共著,日本金属学会「塑性加工技術シリーズ9(板圧延)」共著,コロナ社「塑性加工技術シリーズ19(接合)」共著,コロナ社

硬さ試験の理論とその利用法 � 中村雅勇 ����

2012年5月11日 第1版第1刷発行 【本書の無断転載を禁ず】

著 者 中村雅勇

発 行 者 森北博巳

発 行 所 森北出版株式会社東京都千代田区富士見1―4―11(〒102―0071)電話03―3265―8341/FAX03―3264―8709http : //www.morikita.co.jp/日本書籍出版協会・自然科学書協会・工学書協会 会員

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