「香りを感じる3ステップ」による飲料向け香料の開発「香りを感じる3ステップ」による...

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「香りを感じる3ステップ」による飲料向け香料の開発 誌名 誌名 日本醸造協会誌 = Journal of the Brewing Society of Japan ISSN ISSN 09147314 著者 著者 堀内, 政宏 巻/号 巻/号 113巻8号 掲載ページ 掲載ページ p. 468-475 発行年月 発行年月 2018年8月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

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Page 1: 「香りを感じる3ステップ」による飲料向け香料の開発「香りを感じる3ステップ」による 飲料向け香料の開発 香りが食品のおいしさに果たす役割は大きい。しかし,実際に食品を飲食する前後で香りの感じ方は変化

「香りを感じる3ステップ」による飲料向け香料の開発

誌名誌名 日本醸造協会誌 = Journal of the Brewing Society of Japan

ISSNISSN 09147314

著者著者 堀内, 政宏

巻/号巻/号 113巻8号

掲載ページ掲載ページ p. 468-475

発行年月発行年月 2018年8月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

Page 2: 「香りを感じる3ステップ」による飲料向け香料の開発「香りを感じる3ステップ」による 飲料向け香料の開発 香りが食品のおいしさに果たす役割は大きい。しかし,実際に食品を飲食する前後で香りの感じ方は変化

「香りを感じる 3ステップ」による

飲料向け香料の開発

香りが食品のおいしさに果たす役割は大きい。しかし,実際に食品を飲食する前後で香りの感じ方は変化

する。筆者らは,飲食中に人が感じている香りを解析するために,香りを感じる 3つのステップ,「ひと口

目の香り」,「のどごしからの香り」,「香りの余韻」を分析する装置を考案した。本稿では,これらの分析の

概要と飲料向け香料の開発への応用について,詳しくご解説いただいた。

1. はじめに

炭酸飲料や果実飲料などの清涼飲料水,チューハイ

のような低アルコール飲料は,新しい風味の商品が

次々に開発されている。これら商品の風味に対する香

料の役割は大きく,飲料の美味しさや独自性を決める

要素の 1つとなっている。飲料用の香料は商品イメー

ジに沿った香りの印象を与え,飲む前から飲んでいる

間,そして飲み終わるまで開発コンセプト通りに香り

を感じなければならない。しかし開発段階において,

思い描いた通りに香りを感じられない場合がしばしば

ある。飲む前後において香りの印象に違いが生じた場

合これまでは調香師が官能評価により補正していた

が,この手法だと多大な労力を費やし,知識や経験に

頼る部分も多い。飲料を飲む前の香りは,飲料から揮

散した香気成分が鼻に吸い込まれて鼻腔の嗅上皮で香

りを感じる。これに対し,口に入れた飲料中の香気成

分は,口中の唾液や咽頭中の粘膜,体温などの外部因

子の影響を受けながら鼻腔の嗅上皮で香りを感じる。

口中で揮散し鼻腔に到達する香気成分の組成は,飲む

前の成分組成から大きく変わり,結果として飲む前後

における香りの感じ方に違いを生じる。そこで,呼気

や鼻息中に含まれる成分を分析して得られだ情報と官

能評価の両方で風味を評価できれば飲んでいる間の

香気成分の揮散挙動の解明や飲んでいる間も美味しい

と感じる香料の開発に利用できる。飲む前の飲料から

堀 内 政 宏

揮散する成分はヘッドスペース分析法により機器分析

できるが,飲んでいる間や飲んだ後の成分の分析はエ

夫を要する。飲んでいる間に口中から揮散する成分を

捕集する手法の一つにレトロネーザルシュミレーター

(RAS) oがあり,口腔内モデル装置として幅広く利

用されている。その後実際に飲食している人間から

香気成分を捕集する手法として,例えばBuccalOdor

Screening System (Boss) 2,3l や RetronasalFlavor

Impression Screening System (R-FISS) 4lなどが考案

された。これらは口中香気や鼻から出てくる鼻息に含

まれる成分を吸着剤にトラップした後,ガスクロマト

グラフ (GC) やガスクロマトグラフー質量分析計

(GC-MS)で分析する。分析機器の進歩により,鼻や

口から出てくるガスを機器に直接導入し成分を分析す

る手法も開発され,これらには大気圧イオン化ー質量

分析計 (APCI-MS)5・6l, プロトン移動反応ぃ質量分

析計 (PTR-MS)7・8l, Direct Analysis in Real Time

Mass Spectrometry (DART-MS) 9lなどがある。こ

れらは呼気や鼻息中に含まれる成分をソフトにイオン

化し成分同定を試みるが, GCの様に成分を分離する

カラムがないため,呼気や鼻息中に含まれる多種多様

な成分を詳細に解析するには高度な技星を必要とする。

当研究室では飲料を飲む過程で感じる香りに含まれ

る成分を詳細に GC-MS分析するため,初めのひと口

目に感じる香気を分析する「ひと口目の香り」分析,

飲んでいる間の香気を分析する「のどごしからの香

Development of Food Flavor using by "The Three Steps in Drinking of Beverage"

Masahiro HORIUCHI (Takata Koryo Co., Ltd. Research & Development)

468 醸協 (2018)

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り」分析 10,11). 飲み終わった後の香気を分析する「香

りの余韻」分析の 3分析から成る「香りを感じる 3ス

テップ」 12-14)を開発し,香料開発に活かしている。

本稿では,「香りを感じる 3ステップ」の各分析に

ついて説明し,これらの手法による低アルコール飲料

用の香料開発の際に得られた知見をまとめた。

2. 香りを感じる 3ステップ

2-1. 「ひと口目の香り」分析

飲料を開封し初めて口に含んだ時に感じる香りは大

切で,美味しさを判断する 1つのポイントとなり,商

品の第一印象にも影響を与える。当研究室では,この

最初のひと口飲んだ時に鼻から出るひと息中に含まれ

る香気成分の分析手法を開発した。

「ひと口目の香り」分析は,人間が飲料を飲んだひ

と口目に口中から揮散して鼻から抜け出る鼻息をチュ

ーブに通して独自開発した「ARISE(Aroma Re-

search with Integrated System for Exhalation) In-

terface」に送り込んで成分をトラップした後,包括

的2次元クロマトグラフー質呈分析計 (GCx GC-

MS)に直接導入する。たった「ひと息」に含まれる

香気成分量は微量なため,汎用的な GCやGC-MSで

クロマトグラム上にピークとして表すことは難しい。

しかし「ARISEInterface」を通すと,ひと息中の香

気成分をピークとして検出できる。分析した結果は 3

次元クロマトグラムとして表され, より具体的にひと

口目に感じる香りを視覚化できる。さらに,この分析

1.2E+8

9

1

8

6

4

2

0

(88J¥f }!Bild)

噸令堡駅幽

は1息目だけでなく, 2息目だけ, 3息目だけ, 1か

ら3息目までをまとめてなど,任意に選択して分析機

器に導入できる。

糖酸バランスをアップル果汁に近づけたニアウォー

ターに香料を添加し, 1息目, 2息目の順に 4息目ま

でそれぞれ分析した。各成分の PeakAreaをその時

の香気成分量として表すと, ethylacetateの量は 1

息目から 4息目まで減少傾向を示した(第 1図)。 iso-

propyl acetateは2息目で半分近くに減少し, 3息目

以降は緩やかに減少した。これに対し, ethylpro-

panoateやethylbutanoateは, 2息且で大幅に減少す

るがそれ以降はほとんど減少しない。このように同

じエステル類でも揮散挙動が異なり,香りの感じ方に

影響すると考えられ,この情報を香料開発に活かして

いる。

2-2. 「のどごしからの香り」分析

飲んでいる間に感じる香りの成分組成を精確に知る

ため,鼻腔に到達した香気に着目し,その香気成分を

分析できる手法を開発した。この分析は,人間が飲料

を飲んでいる間に鼻から出てくる鼻息に含まれる成分

を独自開発した「のどごしからの香り分析装置」に取

り込んで濃縮し, GC-MSに直接導入する。飲んでい

る間に鼻から出て来る成分は,積算したクロマトグラ

ムとして表される。この分析で得られた結果を溶剤で

抽出した飲料中に含まれる香気成分とヘッドスペース

法で分析した飲料から揮散する香気成分(飲料からの

香り立ち)と比較する。これにより各成分が鼻腔に到

第 1図

第 113巻 第 8号

1.4E+7 一ethylacetate I —isopropyl acetate

_12E+7~ 一ethylpropanoate

< 芭1.0E+7 -o-ethyt butanoate 工

....... a.. ゚"'8.0E+6

囀醤 6 . 0 E + 6

~ 4.0E+6

幽2.0E+6

O.OE+O

2 3 4 1 2 3 4

息数 息数

アップル香料を添加したニアウォーターの「ひと口目の香り」分析

469

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達し易いか否かが分かり ,飲んでいる間の香りの感じ

方の違いを調整するために必要な情報が得られる。

ブドウの一品種である巨峰の香科を添加したニアウ

ォーターを「のどごしからの香り」分析,溶剤抽出法,

ヘッドスペース法でそれぞれ GCおよびGC-MS分析

し成分組成を比較した (第2図)。溶剤抽出法ではエ

ステル類が成分組成全体の 74%であ ったが,ヘッド

スペース法および「のどごしからの香り」分析ではそ

れぞれ 97%, 9996を占めた。エステル類はすべての

分析において高い割合で含まれておりその割合は飲

料からの香り立ちと「のどごしからの香り」で組成全

体の 9796以上を占め,フルーティーな香りの重要性

を示唆していた。エステル類の中では ethylacetate

がすべての分析において最も高い割合で含まれおり,

ethyl propanoateやethylbutanoateもすべての分析

のどごしからの香り

ヘッドスペース

溶剤抽出

0% 20% 40% 60% 80% 1 00%

成分組成

ロエステル類 • アルデヒド類・ ケトン類日アルコール類 •その他

第 2図 巨峰香料を添加したニアウォ ーターの溶剤

抽出法による分析,ヘッドスペース分析,

「のどごしからの香り」分析

で比較的高い割合で検出された。「のどごしからの香

り」分析からはエステル類の他にも炭素数 6のアルコ

ール類やアルデヒド類が検出され,これら成分は飲ん

でいる間のグリーンでフレッシュな香りに寄与してい

ると考えられる。ヘッドスペース分析ではケトン類や

含イオウ化合物が検出され,これらは飲む前の巨峰果

実の完熟感や果汁感を想起させる香りに貢献している

と考えられる。

実験は第 3図のように飲料であれば,ス トローで一

定の間隔で飲みながら鼻から出てくる鼻息を「のどご

しからの香り分析装置」に導入する。この分析では飲

料に限らず,固形食品でも対応できる。

2-3. 「香りの余韻」分析

飲料を飲み終わった後も香気成分は,しばらく □中

に残っており,この成分の揮散挙動を追跡するために

「香りの余韻」分析を開発した。この分析は,人工唾

液に飲料を添加した口腔内モデル装置から揮散する成

分を追尾方式 3次元ガスクロマトグラフに直接導入す

る分析技術である。結果として, X軸に飲み終わった

直後からの経過時間 Y軸に 2次元目のカラムで分離

された各成分のリテンションタイム,Z軸に各成分の

揮散量を表した 3次元クロマトグラムが得られる。こ

のクロマトグラムを見ると, X軸における各成分の揮

散パターンが異なる (第4図)。 この揮散パターンを

減衰する曲線として見ると,この減衰曲線の傾きが急

な成分は飲んだ後に口中から直ぐに無くなり,傾きが

緩やかな成分は飲んだ後も口中に残り揮散し続ける傾

向があると考え られる。これが香りのキレとコクに影

響していると考え,飲料を飲んだ後にも風味豊かに感

じる香科開発の情報の 1つになる。

ビール香料を添加した炭酸水およびエタノ ール濃度

X

第 3図 「のどごしからの香り」分析における鼻から 第 4図 「香りの余韻」分析から得られる成分の揮散

の香気捕集 パタ ーン

470 醸協 (2018)

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1, 5. 10%における 3-methylbutanolとその酢酸エス

テル体である 3-methylbutylacetateの揮散挙動を「香

りの余韻」分析により調べた(第 5図)。3-methylbu-

tanolはエタノール濃度 5と10%に比べ,炭酸水とエ

タノール濃度 1%でより揮散量が多い。減衰曲線の傾

きはエタノールの有無に関わらず緩やかであり飲ん

だ後 も口 中に 残り揮散し続ける。 これに対し,

3-methylbutyl acetateは飲み終わった直後の揮散量は

エタノールの有無に関わ らずほぼ同じだが, i咸衰曲線

の傾きはエタノール濃度 5%が最も緩<. 10%, 1%,

炭酸水の順で傾きが急になる傾向を示した。3-meth-

ylbutanolと3-methylbutylacetateの減衰曲線を比較

すると ,3-methylbutanolの方がすべてのアルコール

度数において緩やかな傾きであった。これを香 りのキ

1600

1400

1200

゜゚゚ー

云益運

e念笹

第 5図

800

600

400

200

3-methylbutanol

ごミ· • ... --

·· ·< .:-.:-.:-—_ .. --炭酪水 ....

` .. .. --..

`` ・・ 一.. ... --.... ---1%

-------5%

.............. 10%

レとコクとして考えると, 3-methylbutanolは香りの

コク ,3-methylbutylacetateは香りのキレに寄与して

いると考えられる。

分析により得られる 3次元クロマトグラムは自由に

回転でき ,どの方向からでも見 られる。この解析ソフ

トの機能を活かし,飲んだ後の経時時間を示す x軸

で切断し, Y軸方向から断面を見ると,この断面は任

意の経時時間における香気成分のク ロマト グラムであ

り,その時の成分組成の情報が得られる。巨峰果実を

人工唾液と共に口腔内モデル装置に入れ「香りの余

韻」分析し, 12秒後と 252秒後のクロマトグラムを

表した(第 6図)。 2つのクロマ トグラムはパターン

が異なる。12秒後では ethylacetateはhexanolより

ピーク強度が高く ,香り はフルーテ ィーな香り が強い。

9E益墜

eg笹

400

350

300

250

200

150

100

50

3-methylbutyl acetate

゜1 000 2000 3000 0 1000 2000

時間(sec) 時間(sec)

炭酸水およびアルコール濃度 1,5, 10%における 3-methylbutanolと3-methylbutylacetateの減衰曲線

゜゚

ethyl acetate

3000

` Y軸

12秒後のクロマトグラム 252秒後のクロマトグラム

第 6図 巨峰果実の「香りの余韻」分析における 12秒後,252秒後のクロマトグラム

第 113巻 第 8号 471

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252秒後では ethylacetateとhexanolのピーク強度は

ほぼ同じになりその時の香りはフルーティーの中に

グリーンな香りをやや強く感じる。実際に巨峰果実を

食べた時の官能評価と照らし合わせると飲み込んだ

直後は果実のフルーティーな香りを強く感じるが,暫

くすると青い リーフ様な香りが増加してくる。「香り

の余韻」分析では,実際に人間が飲食した時の香りの

印象を口腔内モデル装置と機器分析によりク ロマ トグ

ラムとして視覚化できる。

3. 「香りを感じる 3ステップ」によるアルコール

飲料向け香料の開発

エタノール濃度が 5%のアルコール飲料用の香料開

発を試みた。香料はフルーティーな香気を有するエス

テル類を多く含み, トロピカルフルーツ様な香気を有

する含イオウ化合物,その他アルデヒド類,ケトン類,

アルコール類など様々な化合物を含むメロンを選択し

た。今回はメロンでも果肉のミルク感が強い赤肉メロ

ンタイプの香料開発を目指した。

同じ香料を派加したニアウォーターと 5%アルコー

ル飲料を官能評価すると,ニアウォーターをひと口飲

んだ時の香りはフルーテイーでややフレッシュな香り

を強く感じたが,5%アルコール飲料ではフルーティ

ーさ,果肉のミルク感と赤肉感がやや弱<. シトラス

の様な雑味を感じた。

この結果を基に「ひと口目の香り」分析の結果を解

析すると,改良前のニアウォーター用の香料を添加し

た5%アルコール飲料では,エステル類以外の成分が

1sobutyl acetate

多数検出された (第 7図)。 第 7図 b)の点線で囲ん

だ範囲に検出された成分はテルペン系炭化水素類であ

り香料の処方中に使用されていた柑橘精油に由来し

ていた。これが 5%アルコール飲科の官能評価の際に

感じた雑味の原因と考え,柑橘精油の香料への添加量

を調整した。全体の香気バランスも整えて改良した香

科を添加した 5%アルコール飲料を再び「ひと口目の

香り」分析したところ,テルペン系炭化水素類のピー

クはほとんど検出されなかった(第 7固 c))。同時に

フルーティーな香りに寄与するエステル類の添加量も

調整したため. propyl acetateやisobutylacetateは

改良前と比べてより多く検出された。

飲んでいる間に感じる香りについて,「ひと口目の

香り」分析の時と 同じ香料を添加した 2種類の飲料を

試料として「のどごしからの香り」分析をした。これ

に加えて,各飲料中に含まれる香気成分を溶剤抽出法

で抽出し GCおよびGC-MS分析し,飲料からの揮散

する成分 (飲料からの香り立ち)をヘッドスペース法

により分析した(第 8図)。

ニアウ ォータ ーを各手法で分析したところ. エステ

ル類が飲料中に 88.9%, 飲料から揮散するヘッドスペ

ースガス中に 99.7%,「のどごしからの香り」分析で

98.0%含まれていた (第 8図 a))。その中で,propyl

acetateとisobutylacetateが,それぞれ 11.2- 19.1 %,

12.1 - 20.2%を占めた。その他アルデヒド類とケトン

類は飲料中に 8.8%, アルコール類は「のどごしから

の香り」分析に 1.8%含まれていた。含イオウ化合物

は.ヘッドスペース法で分析した飲料から揮散する香

1sobutyl acetate

a)ニアウォーター(改良前) b) 5%アルコール飲料(改良前) c) 5%アルコール飲料(改良後)

第 7図 改良前後の香料を添加した各飲料の「ひと口目の香り」分析

472 醸協 (2018)

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propyl

含イオウ化合物 (0.07%)ァルコール類

(1.8%)

a)ニアウォーター(改良前の香料を添加)

b) 5%アルコール飲料

(改良前の香料を添加)

含イオウ化合物 (0.2%)ァルコール類

(1.2%)

c) 5%アルコール飲料

(改良後の香料を添加)

第 8図 改良前後の香料を添加した各飲料の溶剤抽出法による分析,ヘッドスペース分析,「のどごしからの香

り」分析

り(飲料からの香り立ち)には含まれていなかった。

改良前の香料を添加した 2種類の飲料について「のど

ごしからの香り」分析の結果を比較すると,ニアウォ

ーターで検出された含イオウ化合物が 5%アルコール

飲料では検出されなかった(第 8図 a) とb))。5%

アルコール飲料だけからアルデヒド類,ケトン類.テ

ルペン系炭化水素類や未同定成分が検出された。これ

らの事からニアウォーター用の香料を 5%アルコール

飲料にそのまま添加しても,ニアウォーターを飲んだ

時の様に充分に満足できるメロン風味は得られない。

各飲料の分析結果と各成分の飲食時における香気成分

の揮散挙動の情報を基に香料の処方を調整した。改良

された香料を添加した 5%アルコール飲料を再び分析

し,改良前後の香料を添加したニアウォーターと 5%

アルコール飲料の「のどごしからの香り」分析結果を

第 113巻 第 8号

比較した。両飲料において香気成分の組成はほとんど

同じ様になり ,エタノールが入っていてもニアウォー

ターとほぽ同じ風味が感じられる(第 8図 a)とc))。

ニアウォーター用の香料を添加した 2種類の飲料を

試料とし「香りの余韻」分析したところ,フルーティ

ーな香りに寄与するエステル類の口腔内モデル装置か

らの揮散パターンはほぼ同じであった(第 9図)。改

良後の香料を添加した 5%アルコール飲料の「香りの

余韻」と比べても,エステル類の揮散パタ ーンにほと

んど違いはなかった。

ニアウォーター用の香科を添加した 5%アルコール

飲料の官能評価において,メロン果肉のミルク感と赤

肉感が弱いとの評価結果に着目し,「香りの余韻」分

析による補正を試みた。この 2つの感覚に寄与する成

分を探索すると,硫黄原子を有するチオエステル類だ

473

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isobutyl acetate ethyl butanoate

ヽ 2-methylbutyl acetate

.!!/,¥l!)吋 '(/,~:!, <J,ir,:;,~

a)ニアウォーター b) 5%アルコール飲料 c) 5%アルコール飲料

(改良前の香料を添加) (改良前の香料を添加) (改良後の香料を添加)

第 9図 改良前後の香料を添加した各飲料の「香りの余韻」分析

a)ニアウォーター b) 5%アルコール飲料 c) 5%アルコール飲料

第 10図 各飲料中におけるチオエステル類の「香りの余韻」分析

と分かった。その中でも,メロン果肉のミルク様な香

りには methylthioacetate, methyl thiobutanoate,

methyl 2-methylthiobuanoateの3成分赤肉メロン

の赤色を想起させる成分には 2-(methylthio) ethyl

acetate, 3-(methylthio) propyl acetateの2成分が

それぞれ寄与していた。これら 5成分だけを香料中に

含まれる濃度で混合し,それをニアウォーターと 5%

アルコール飲料にそれぞれ添加し「香りの余韻」分析

した(第 10図)。エタノールの有無に関わらず,

methyl thioacetate, methyl thiobutanoate, methyl

2-methylthiobuanoateは緩やかな傾きの減衰曲線を示

した。他のエステル類は減衰曲線の傾きが分かるほど

検出できなかったため,残りの 2成分だけ混合した溶

液を調製し同様に分析した (第 10図 c))。その結果,

この 2成分は口腔内モデル装置から揮散し続ける減衰

しない揮散パターンを示した。エタノールも減衰しな

い揮散パターンを示しており,赤肉感が弱く感じられ

る要因として,エタノールが 2-(methylthio) ethyl

acetate, 3-(methylthio) propyl acetateの香りをマ

スキングしている可能性が示唆された。エタノールは

474

水の次に高濃度で含まれており ,香 りに与える影響が

高い。これらの知見から香料を再調整し,飲んだ後に

もミルク様の香りと赤肉感を想起させる香りを感じら

れた。

このように「ひと口目の香り」分析,「のどごしか

らの香り」分析,「香りの余韻」分析から成る「香り

を感じる 3ステ ップ」により ,ニアウォーター用の赤

肉メロン香料を 5%アルコール飲料用に改良できた。

ニアウォーター用の香料がアルコール飲料に適さない

事は経験的に分かる。この 3ステップにより,飲み始

めから終わりまでの間で感じる香りのどこをどのよう

に改良すればよいか明確にでき ,迅速に香料開発がで

きる。今回は既存香料の改良に 3ステ ップを利用した

が,天然果実を食べている時の香りを香料で再現する

ために用いたり ,果汁感に寄与する成分の探索に用い

たりもでき利用範囲は広い。「香りの余韻」分析にお

いて,エタノールは減衰しない揮散パターンを示した。

これは高アルコール飲料を飲んだ時に感じるドライ感

や苦味に影響すると考えられる。アルコール飲料の開

発コンセプトによって,アルコールのドライ感が求め

醸協 (2018)

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られる場合は,傾きの急な減衰曲線を示す成分を使っ

て香りのキレを与える。逆にドライ感が不要な場合は,

エタノールと同じ揮散パターンの成分を使用し香りに

コクを与え, ドライ感をマスキングさせる。

4. おわりに

今回は「香りを感じる 3ステップ」による 5%アル

コール飲料向けの赤肉メロン香料の開発を「ひと口目

の香り」分析,「のどごしからの香り」分析,「香りの

余韻」分析の順で説明した。実際の香料開発ではこれ

ら分析を同時に実施し,得られた各分析データと官能

評価結果を合わせて評価し香料を改良する。そして改

良された香料が狙い通りに補正されているか,この 3

分析と官能評価でチェックする。分析には分析担当者

だけでなく,調香師も参加する。これにより頭だけで

なく体でも情報が共有され,お互いに主張する細かい

意見が理解でき迅速に開発が進む。

「香りを感じる 3ステップ」は飲料だけでなく,食

品であれば分析できる。スナック菓子やアイスクリー

ムなどのシーズニングや香料の開発にも利用されてい

る。当研究室の飲食時における香気成分分析は,実際

に飲食している人から香気成分を捕集し,分析機器に

直接導入する手法に拘ってきた。香りは目に見えず感

じるものであり,感じ方にも個人差がある。それを研

究者が分析技術を駆使し視覚化を試みる。その結果が

官能評価と近いと分析手法が間違っていないと実感で

き,研究者として励みになる。

今後も食品の香りに関わる研究者として,飲料に限

らず様々な食べ物の豊かな風味創りに少しでも貢献で

きれば幸いと思う。

〈高田香料株式会社技術開発部基礎研究課〉

第 113巻 第 8号

参考文献

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