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市川学園山岳部報 11 その1 市川学園山岳部 市川市本北方2-38-1 047-339-2681 春合宿 南会津 菊地,原川,国枝,大内,中川,佐藤,宮城,一木,吉田, 山田,成田 3月25日 記:成田 5:00半分寝ぼけたまま起床した。忘れ物はないか頭 の中で考えながら集合場所の京成八幡駅へ向かった。初め ての2泊 3 日だったので、荷物は慣れてないため重たくそ れに電車は、ラッシュ時で混んでいたので大きな荷物が邪 魔だった。前回行ったことがある山なので緊張はそれほど なく、楽しみのほうが?大きかった。 集合場所には自分的には、「結構早く着いたかな~?」と 思ったが、国枝部長以外は全員きていたので意外だった。 ところで、国枝部長は…というと5分45秒ほど遅刻!珍 しい。 マスクをしていたので、風邪かな?と思ったが、吹雪や 風や煙を防ぐためのもので、後ですごく役に立ったらしい ので、僕も「今度の雪山に持っていこう!」と決めた。 予 定 の 電 車 も ラ ッ シュ で 混 ん で い たの で、「 み ん な 乗れ るのかな~?」とか思ったがバラバラだけど乗れてよかっ た。乗り換えではなんのトラブルもなく、目的地の「会津高 原駅」に着いた。外に出てみるともうそこは一面の銀世 界!?雪は、小雪でゆきはかき氷なみにやわらかく、(いや、 もっとやわらかかったぞ)さらさらしていておいしそうだ った。(笑)?僕は、切符をどこにしまったか忘れあせった が、バスには危うく間に合い胸をなでおろした。 かなりの時間バスにゆられ、目的地のバス停に着いた。 途中豆腐屋に寄り豆腐を5丁くらい買いここで一休みした。 すると、豆腐屋のおばあちゃんが出て来て、お茶や煮物み たいな物を出してくれ、とてもうれしかった。 それから、しばらくの後、おばあちゃんに見送られ出発 した。しばらく歩いているとだんだん吹雪っぽくなってき たため、みんなは雨男の(雪男か?)菊地OBのせいにして いた。僕もそう思った(笑) そろそろ雪も積もってきたので、ワカンをつけた。(雪に 埋まらないようにする道具)しかし、初めてだったので、 3回くらい外れた。すると、その度に中川先輩が、「え!ワ カンが外れたって?そりゃアカン!」など、寒いギャグを 連発。ただでさえ寒いのに余計寒くなりました。(笑) 途中山田君が足をくじいたり、僕のワカンが外れ少し遅 れたりしながら予定の時間を大幅に過ぎて、やっとのこと で山小屋に着いた。すると、あららびっくり!山小屋が雪 で半分以上埋まっていた!(先輩が言うには、今年の豪雪 の影響らしい)また、いつも近くを流れている小川も、雪 に埋まってたので高校生は山小屋を、中学生は小川を助け 出すことにした。そういえば山に行く前、3年生の先輩が 「窓から出入りすることになるぞ!」なんてこと言ってた のを思い出した。まさかとは思ったが現に今、そうなって しまった。 一方の川は?川は、1時間くらいかかって、佐藤先輩達 が、自分以上の身長(1メートル80センチくらい)掘っ てやっと水がでてきた。(砂漠でオアシスを見つけた、そん な気分になった。)僕は、小川から、山小屋までの道を歩き やすくするために雪道を作り、そこを何回も歩き、道を固 くする仕事を手伝った。無人島を開拓しているようなそん な感じで、気分がよかった。僕は、自分達が作った道にも し、水を張ったら、立派な水路になっているだろうと思う くらいよくできた。 それやっとのことで、まちに待った食事の準備!火をた くと、煙がたくさんでてきて、スモークサーモン?いやス モーク人間!?になったような?気持ちでした。また、目 も痛くなりスモークサーモンの気持ちになりました。すき 焼きとご飯を作り、空腹が満たされるのを感じながら、み んなに感謝しながら、のんびり食べた。 食後は、みんなと紅茶を飲みながら、ラジオでその日の天 気図を書く練習をして、ゆっくり、のんびりした。 今日は、いろいろな事がありすごく疲れたが、明日の山登 りに備え今日はもう寝よう。 3月26日 記:中川 周りが、ガヤガヤしてきたので今は朝です。起きてスグ 感じたことは、とても寒いと前から聞かされいたけれどそ れほど寒くはないということです。しかし、これは毛布と シュラフの二重構造のオカゲだとすぐ知りました。 その後 は、朝御飯までシュラフの片付けをしました。この時どれ が自分のカバーか分からなくなりました、が最終的に多分 これというやつを選んで一見落着。それから朝御飯の為の 食器を出したりしながら時間が過ぎました。 朝御飯は、 御飯と味噌汁ふりかけつきで何か普通の家の朝御飯と変わ らずおいしかったです。朝御飯を食べおわると、今日の山 行の為の道具(昼飯のパンとパンにつけるチョコレートな ど)を持ち出発。目標は『黒岩山』何処から、上っていく のかと思ったら小屋の後ろの斜面!もちろん道は、ないの で自分達でつくりながら進むことに、いつもなら多分 20 分 は頑張れば持つが、今回は雪があるため開始から 10 分とた たない内にクタクタ。しかし、この時はまだ中間より少し 後ろらへんを歩いていたから全然ましでした。その後ラッ セルは、一人ずつ交代でやろうということになり、さらに 疲れることに。ラッセルする時の一番目二番目は物凄く疲 れる。例えるなら 100m行くのに校庭二周分位疲れる。でも、 前をやり終え横にずれた後、後ろにいくことができる。こ の時、通り過ぎる人が『ご苦労様』等と声をかけてくれる のも結構嬉しい。 そんなこんなで、時間が思ったよりもたち黒岩山は、無 理かなみたいな雰囲気になってきたが、その前の保城峠ま では行こうということになった。行くまでに一番前を 3・4 回経験した。でも、結局その保城峠にもつけなかっ た。 帰りは、行きと逆転し物凄く楽でなるべく雪があ るところをふみながら進んだ。 途中、平地ポイところで、 昼飯のパンにチョコレートを塗ったりして食べました。で 自分のバックに入ってるパンを、だそうとしたらバッグの 開く場所が凍っていたため、空かずパンを 6 個渡せなかっ たので皆に迷惑をかけた、コノバを借りて謝罪します。す いませんでした。行きにはかなりの時間がかかったが帰り 30 分チョイで、小屋につき、少し悲しくなった。 まぁ 楽だったから良いけど。小屋で休んだら、『雪洞掘り』 先 にたしか、山田、成田、スティッチ、バリーがいて作って た。というか雪玉を作って投げていた。途中参戦し遊んで たら、菊池元部長も来た。 25 分位やったら、スティッ チがちょっと休んでくるといって小屋に戻った。スグ来る かなと思ったがまったく来ないので様子を見にいったら、 普通に暖まり雑談してる、『ナンスかそれ』と思いつつ、自 分も小屋に戻り暖まった。 その後、雑談してた らいつの間にか晩御飯の時間になった。2 日目の晩御飯はキ ムチ鍋でした。これは、今まで山で食べた御飯の中で、一 番おいしかった。御飯を食べ終りひとだんらくすると先生 が真面目な話をした。話したことは、この小屋と山行、後、 高一(現高二)について。一人ずつ意見を言ってって、先 生がまとめると、もう結構な時間で寝ることになった。皆 話しながらシュラフと毛布に入りこれで 2 日目終了。 3月27日 記:山田 時計のアラーム音で皆がいっせいに起きた。昨日の山行は あまりにもハードだった。

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市川学園山岳部報 11 その1

市川学園山岳部

市川市本北方2-38-1

047-339-2681

春合宿

南会津

菊地,原川,国枝,大内,中川,佐藤,宮城,一木,吉田,

山田,成田

3月25日

記:成田

5:00半分寝ぼけたまま起床した。忘れ物はないか頭

の中で考えながら集合場所の京成八幡駅へ向かった。初め

ての2泊 3 日だったので、荷物は慣れてないため重たくそ

れに電車は、ラッシュ時で混んでいたので大きな荷物が邪

魔だった。前回行ったことがある山なので緊張はそれほど

なく、楽しみのほうが?大きかった。

集合場所には自分的には、「結構早く着いたかな~?」と

思ったが、国枝部長以外は全員きていたので意外だった。

ところで、国枝部長は…というと5分45秒ほど遅刻!珍

しい。

マスクをしていたので、風邪かな?と思ったが、吹雪や

風や煙を防ぐためのもので、後ですごく役に立ったらしい

ので、僕も「今度の雪山に持っていこう!」と決めた。

予定の電車もラッシュで混んでいたので、「みんな乗れ

るのかな~?」とか思ったがバラバラだけど乗れてよかっ

た。乗り換えではなんのトラブルもなく、目的地の「会津高

原駅」に着いた。外に出てみるともうそこは一面の銀世

界!?雪は、小雪でゆきはかき氷なみにやわらかく、(いや、

もっとやわらかかったぞ)さらさらしていておいしそうだ

った。(笑)?僕は、切符をどこにしまったか忘れあせった

が、バスには危うく間に合い胸をなでおろした。

かなりの時間バスにゆられ、目的地のバス停に着いた。

途中豆腐屋に寄り豆腐を5丁くらい買いここで一休みした。

すると、豆腐屋のおばあちゃんが出て来て、お茶や煮物み

たいな物を出してくれ、とてもうれしかった。

それから、しばらくの後、おばあちゃんに見送られ出発

した。しばらく歩いているとだんだん吹雪っぽくなってき

たため、みんなは雨男の(雪男か?)菊地OBのせいにして

いた。僕もそう思った(笑)

そろそろ雪も積もってきたので、ワカンをつけた。(雪に

埋まらないようにする道具)しかし、初めてだったので、

3回くらい外れた。すると、その度に中川先輩が、「え!ワ

カンが外れたって?そりゃアカン!」など、寒いギャグを

連発。ただでさえ寒いのに余計寒くなりました。(笑)

途中山田君が足をくじいたり、僕のワカンが外れ少し遅

れたりしながら予定の時間を大幅に過ぎて、やっとのこと

で山小屋に着いた。すると、あららびっくり!山小屋が雪

で半分以上埋まっていた!(先輩が言うには、今年の豪雪

の影響らしい)また、いつも近くを流れている小川も、雪

に埋まってたので高校生は山小屋を、中学生は小川を助け

出すことにした。そういえば山に行く前、3年生の先輩が

「窓から出入りすることになるぞ!」なんてこと言ってた

のを思い出した。まさかとは思ったが現に今、そうなって

しまった。

一方の川は?川は、1時間くらいかかって、佐藤先輩達

が、自分以上の身長(1メートル80センチくらい)掘っ

てやっと水がでてきた。(砂漠でオアシスを見つけた、そん

な気分になった。)僕は、小川から、山小屋までの道を歩き

やすくするために雪道を作り、そこを何回も歩き、道を固

くする仕事を手伝った。無人島を開拓しているようなそん

な感じで、気分がよかった。僕は、自分達が作った道にも

し、水を張ったら、立派な水路になっているだろうと思う

くらいよくできた。

それやっとのことで、まちに待った食事の準備!火をた

くと、煙がたくさんでてきて、スモークサーモン?いやス

モーク人間!?になったような?気持ちでした。また、目

も痛くなりスモークサーモンの気持ちになりました。すき

焼きとご飯を作り、空腹が満たされるのを感じながら、み

んなに感謝しながら、のんびり食べた。

食後は、みんなと紅茶を飲みながら、ラジオでその日の天

気図を書く練習をして、ゆっくり、のんびりした。

今日は、いろいろな事がありすごく疲れたが、明日の山登

りに備え今日はもう寝よう。

3月26日

記:中川

周りが、ガヤガヤしてきたので今は朝です。起きてスグ

感じたことは、とても寒いと前から聞かされいたけれどそ

れほど寒くはないということです。しかし、これは毛布と

シュラフの二重構造のオカゲだとすぐ知りました。 その後

は、朝御飯までシュラフの片付けをしました。この時どれ

が自分のカバーか分からなくなりました、が最終的に多分

これというやつを選んで一見落着。それから朝御飯の為の

食器を出したりしながら時間が過ぎました。 朝御飯は、

御飯と味噌汁ふりかけつきで何か普通の家の朝御飯と変わ

らずおいしかったです。朝御飯を食べおわると、今日の山

行の為の道具(昼飯のパンとパンにつけるチョコレートな

ど)を持ち出発。目標は『黒岩山』何処から、上っていく

のかと思ったら小屋の後ろの斜面!もちろん道は、ないの

で自分達でつくりながら進むことに、いつもなら多分 20分

は頑張れば持つが、今回は雪があるため開始から 10分とた

たない内にクタクタ。しかし、この時はまだ中間より少し

後ろらへんを歩いていたから全然ましでした。その後ラッ

セルは、一人ずつ交代でやろうということになり、さらに

疲れることに。ラッセルする時の一番目二番目は物凄く疲

れる。例えるなら 100m行くのに校庭二周分位疲れる。でも、

前をやり終え横にずれた後、後ろにいくことができる。こ

の時、通り過ぎる人が『ご苦労様』等と声をかけてくれる

のも結構嬉しい。

そんなこんなで、時間が思ったよりもたち黒岩山は、無

理かなみたいな雰囲気になってきたが、その前の保城峠ま

では行こうということになった。行くまでに一番前を 3・4

回経験した。でも、結局その保城峠にもつけなかっ

た。 帰りは、行きと逆転し物凄く楽でなるべく雪があ

るところをふみながら進んだ。 途中、平地ポイところで、

昼飯のパンにチョコレートを塗ったりして食べました。で

自分のバックに入ってるパンを、だそうとしたらバッグの

開く場所が凍っていたため、空かずパンを 6 個渡せなかっ

たので皆に迷惑をかけた、コノバを借りて謝罪します。す

いませんでした。行きにはかなりの時間がかかったが帰り

は 30 分チョイで、小屋につき、少し悲しくなった。 まぁ

楽だったから良いけど。小屋で休んだら、『雪洞掘り』 先

にたしか、山田、成田、スティッチ、バリーがいて作って

た。というか雪玉を作って投げていた。途中参戦し遊んで

たら、菊池元部長も来た。 25 分位やったら、スティッ

チがちょっと休んでくるといって小屋に戻った。スグ来る

かなと思ったがまったく来ないので様子を見にいったら、

普通に暖まり雑談してる、『ナンスかそれ』と思いつつ、自

分も小屋に戻り暖まった。 その後、雑談してた

らいつの間にか晩御飯の時間になった。2日目の晩御飯はキ

ムチ鍋でした。これは、今まで山で食べた御飯の中で、一

番おいしかった。御飯を食べ終りひとだんらくすると先生

が真面目な話をした。話したことは、この小屋と山行、後、

高一(現高二)について。一人ずつ意見を言ってって、先

生がまとめると、もう結構な時間で寝ることになった。皆

話しながらシュラフと毛布に入りこれで 2日目終了。

3月27日

記:山田

時計のアラーム音で皆がいっせいに起きた。昨日の山行は

あまりにもハードだった。

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市川学園山岳部報 11 その2

市川学園山岳部

市川市本北方2-38-1

047-339-2681

山頂間近というところで強い風に大雪、更に急斜面、そのせ

いでその日の山行は中止になった。(正直ホッとした)今日

はそのせいで筋肉痛になっているところがあった。

三日目の朝ごはんも米と味噌汁だ。僕は今までインスタン

ト=まずいというイメージがあったのだがこの山行でイン

スタントもおいしいことを知った。

ごはんも食べ終わると食器洗いだ。ぼくは、これだけはや

りたくないというものにまず第一にこれを挙げる。とくに昨

日今日どちらも寒さはマイナス十度はしたまわるだろうと

思われる。そんな日に食器洗いなんて、と思った。しかも雪

の上に座ってでしか洗うことができないというありさまで

僕はその役を国枝部長に任されたのだった。

そんなこんなで先輩たちと何とか帰りの支度まで終わら

せた。(手はまだ真っ赤だった)

食器洗い組(自分)の終わりが遅れたので出発予定時刻間に

合わないかなと思ったら丁度その時間だったので少しホッ

とした。

そしてついに下山、初日の夜はさっさと終わって欲しいと

思ったがやっぱり今思うといい経験になったなと思えた。

さーて残すは下山だけだと思いワカンをはき楽勝ムードで

皆と気楽に話しながら悠々とと思っていたら雪がやんだは

いいもののひざしがつよくなりはんしゃこうもとてもまぶ

しいためにさんぐらすをそうちゃくしたが、あつい!もうは

んそでになるくらいにあつかった。そのせいか汗がだらだら

と出始めた。目的地に近づくにつれ僕らは時間を気にし始め

た。

なんとまだなんの建物も見ていないのに後十分ほどでバス

がきてしまうのだ、間に合わないとは思ったがペースを速め

たバス停に着いた頃は案の定もう 5 分以上オーバーしていた。

最後の最後で乗り遅れるというアクシデントに見まわられ

たが(このせいで後 1時間も待つ羽目になった)終わったと

いう達成感っぽいのがあった。そして、この 1時間あまった

行動職を食べたりしゃべったりして楽しんでいた。

一時間後、待ちに待ったバスがやっと着て僕らは乗った、

バスの中では最初は皆でしゃべっていたもののやっぱり皆

疲れていたせいか僕もだけどほとんどの人が寝てしまった。

僕が起きたのは、会津高原駅の 1 つ手前ぐらいのバス停で

目覚めがよかった。もう残すは温泉と昼食だけだ。そんなこ

とを思うと心がとても軽い気持ちになってきた。皆の話を聞

いているといつもお風呂の後に夕食を食べているらしい。僕

はその反対だ。まあ 1人で食べるのもなんだし。というわけ

で先にお風呂となった。僕も帰りの温泉に慣れたらしくバス

タオルを忘れないようになった。マル二日体を洗ってないの

で、入る湯が気持ちよく感じられる。温泉に入った後、僕ら

は駅前のラーメン屋さんに行った。二日ぶりにまともな物が

食えたといわれればそうでもなく一日目と二日目はどちら

とも鍋系でおいしい夕食が食べられたのだ。じつは会津山行

はそれほど夕食で苦しい思い出がなかった。前回の山行では

市川学園山岳部OBの買ってきた刺身を頂いたためにおい

しい夕食が頂けた。

そして昼食も終わり、僕はここに来たら絶対食べると誓っ

た山ブドウソフト、お菓子類を買って電車に乗りこんだ。

電車の中ではお菓子を食べながら皆でトランプをした。や

っぱり電車の中でも同様に、山行の疲れで寝る人が出て、ト

ランプは終わった。そして、僕が本を読んでいるうちに、春

日部に着き成田君が降りた。後は皆で上野駅を降りて京成線

に乗った。そのときもまた先輩達と話をした。

僕は友達に、「山登りってやってなんか意味あんの」と聞

かれることがよくあるが、僕はどうしてもまだこういう質問

に対してきちんと答えられない、空気が澄んでいるからとか

涼しくて気持ち良いとかそういうものではない気がする、将

来これに応えられたらカッコイイと思う。山岳部報を書くの

はこれが初めてなので今はまだ下手だけど、こういうのを積

極的に書いて上手くなっていきたいと思う。

夏合宿

奥穂高岳

神谷,岸,小池,宮城,中川,佐藤,吉田,一木

記:宮城

7月20日、終業式を終え家に帰ったあと20:21に稲毛

につく各駅に乗り、本八幡でハリー(佐藤諒)達と合流し、

新宿へ向かった。

新宿ではバスターミナルが見つからず、待ち合わせ時間の

22:30に遅れるかと思いきやなんとか間に合ったが、ま

ぁバスの発車時間には間に合ったが、中央線の電車がとまり、

庵原先生が22:50頃ハラハラしながら待っていた僕たち

の前に現れた。

22:30バスが上高地へ向かって発車した。バスの中で

は暗くて本も読めず、お世辞にも寝心地が良いとは言えず、

ほとんど眠れなかった。隣に座る岸先輩は初めの頃ついてた

明かりや休憩場所に着いた時につく明かりで勉強していた。

はっきりいって僕は山に来るまでの間勉強しようなどこれ

っぽっちも考えなかった。

7月21日7:30頃上高地に到着し、自分が買ってきた

朝食を食べた。僕はいつもパンなので次からはおにぎりにし

ようと思った。

8:00頃から登り始めた僕は今回初めて共同装備でテン

トを持ったが、ほんといって重い先輩達の苦労がよくわかる。

いつもの1.5倍か2倍くらい重いんじゃないかと思ったく

らいだった。途中の休憩所は初めのところから100,15

0?ぐらい次の休憩所にいくたび自動販売機の飲み物の値

段が上がっていった。確か僕が覚えているのは最高400円

まで上がってたと思う。僕は350円くらいの時に一本買っ

た。山の上の方を見るとまだ雪が残っていて暑いからうれし

いなぁと体は早くも限界を迎えながら気持ちはかなりのほ

ほんとしていた。途中疲れからか僕とハリーが鼻血を出すと

いうハプニングが・・・・ほんといって今回の山行はついて

ないんじゃないかとふと思ったりしたが、美しい光景と疲れ

のためすっかり忘れていった。

13:00頃涸沢についた。小屋はなんかすごくきれいで

泊まる所もあり、テントはもってこなくて良かったんじゃな

いかとも思ったが、かなり高いらしいのでこれで良かったと

思う。テントを張ったあと一,二時間ほど暇だったので、僕

は本を少し読んだ後先輩達三人が勉強しているのを横目で

見ながら寝た。

今日の夕食は肉なしカレーだった。他の中三がカップラー

メンを食ってたのがかなりむかついた。

テントは雪の上に立ててあって、すぐそばに雪渓があって

いつ雪崩が起きるかとすごく怖かった。

夕食の後、僕と岸先輩と小池先輩と神谷先輩で一つ、吉田

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市川学園山岳部報 11 その3

市川学園山岳部

市川市本北方2-38-1

047-339-2681

君とハリー、スティッチ(一木)、中川で一つテントを使っ

た。早く寝袋に入ったが、先輩達とガンダムの話で盛り上が

っていて細谷先生に怒られた。ハリー達も歌を歌っていたら

しく、同様に怒られた。その後は静かに寝ようとしたのだが、

ゴアテックスを着ても寒くて寝られず、結局2時間くらいし

か寝られなかった。

7月22日5:00頃起きた。他のみんなも先生達を除い

てすごく眠そうな目をしていた。今日早くいって帰るという

案もあったのだが、僕を含む三人ぐらいしか賛成がなくて否

決されてしまった。

6:00頃奥穂高目指して出発した。雪の上は歩きにくく

滑りやすく、荷物の大半をテントに置いてきたとはいえかな

りボロボロになった。穂高岳山荘で中三は僕以外疲れたとか

いってダウンしてしまい他の人たちが頂上に行って戻って

くるまで待っていることになった。

穂高岳山荘の先ははしごを登っていった。かなり怖かった

がこれで終わりだと思っていたので気が楽だったが、石でご

つごつした道がまた先に広がっていた。先輩や先生達につい

ていくのはかなり大変だった。

奥穂高岳3190m頂上についたとき、すごく登ってきて

よかったと思った。風が結構冷たかったけど、すごく日差し

が強かったのでちょうどよかった。けっこう他にも登ってき

ている人がたくさんいた。穂高岳山荘で待っていたのと合流

しておりてくる途中ですべってこけてとみんな大変だった。

降りてきた後、疲れて先生や先輩達はみんな寝ていたけど

中3は全員雪合戦をして遊んでいた。疲れてないんならちゃ

んと上まで登れよって感じだった。

今回の夕食はマーボーナスだった。僕のテントの方はマー

ボーナスを作るほうで、ナスや玉ねぎを炒めている途中置く

場所が無くてビニール袋に入れたのはほんといって嫌だっ

たなぁ。今度は何か持ってこよ。でもまぁけっこうおいしか

ったから良かった。

18:30頃なんとか普通とは言わないけどなんとか寝れ

た。

7月23日4:00頃起床朝ごはんはごはんとみそ汁だっ

た。

5:00頃涸沢を出発して下山。二日続けていい天気だっ

たからか曇っていると思ったら雨が降ってくる。今日は運悪

いなぁと思いながらおりていったらカメラを川におとして

しまった。せっかくいろいろ撮ったのに・・・・・

上高地には11:30頃に着いた。そこからタクシーで一

路松本駅に向かった。タクシーの中では眠くてこっくりこっ

くりしていた。

松本駅からあずさで新宿へ向かった。僕以外の中三組は電

車を一本遅らせた。行きのバスと違ってけっこう快適だった

のだが、新宿駅直前で地震のため止まってしまった。一応駅

には入れたのだが、ほとんどの電車がとまってしまい、新宿

駅に足止めをくらうことになった。1時間30分程待った後

なんとか回り道をして帰ることになって、僕は小池先輩と途

中まで帰ることにした。都営新宿線で本八幡へ行く途中で財

布をなくすというハプニング。結局帰ったのは24:00過

ぎで、起きていて僕を迎えてくれたのはお父さんだけだった。

今回の山行で夏といえど山の寒さをあなどるなというこ

とと、鼻血用にティッシュを多めに持ってくるという教訓を

得た。

かなりいろいろなハプニングが起きたが景色がほんとい

って良かったのでよしとしよう。

次は北穂高に登ってみたいと思います。

財布は無事戻ってきました。