日本語指導が必要な子どもたちの学力保障をめざして ·...

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K0501 報告 553 日本語指導が必要な子どもたちの学力保障をめざして -日本語の力や生活経験に応じた,各教科等の授業における支援の在り方- 日本語指導が必要な児童生徒の指導には,日本語指導担当者や,子ども たちが多くの時間を過ごす在籍学級の担任,そして,各教科指導担当者な ど,様々な指導者が関わっている。 昨年度は,日本語指導が必要な児童生徒が,在籍学級での一斉授業にお いて学習内容を理解し,理解したことを表現できるようになることをめざ して,それらに対する支援を採り入れた学習モデル例を提示した。 日々のどの授業においても,日本語指導が必要な子どもたちの状況に忚 じた支援を採り入れることができれば,子どもたちのさらなる学力保障に つながる。そのためには,対象児童生徒に関わる教職員の共通理解が必要 になる。 今年度は,日本語指導が必要な子どもに関わる教職員が,対象児童生徒 の生活経験や日本語の力を把握し,必要な支援について理解することが重 要であると考え,「個人カード」「日本語の力見取り表」を開発した。更に, 共通する支援を実際に複数教科で採り入れた結果,子どもの現状に忚じた 支援の視点に対する具体的な手だては,各教科等で共有できることが明ら かになった。

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K 0 5 0 1

報告 553

日本語指導が必要な子どもたちの学力保障をめざして

-日本語の力や生活経験に応じた,各教科等の授業における支援の在り方-

日本語指導が必要な児童生徒の指導には,日本語指導担当者や,子ども

たちが多くの時間を過ごす在籍学級の担任,そして,各教科指導担当者な

ど,様々な指導者が関わっている。

昨年度は,日本語指導が必要な児童生徒が,在籍学級での一斉授業にお

いて学習内容を理解し,理解したことを表現できるようになることをめざ

して,それらに対する支援を採り入れた学習モデル例を提示した。

日々のどの授業においても,日本語指導が必要な子どもたちの状況に忚

じた支援を採り入れることができれば,子どもたちのさらなる学力保障に

つながる。そのためには,対象児童生徒に関わる教職員の共通理解が必要

になる。

今年度は,日本語指導が必要な子どもに関わる教職員が,対象児童生徒

の生活経験や日本語の力を把握し,必要な支援について理解することが重

要であると考え,「個人カード」「日本語の力見取り表」を開発した。更に,

共通する支援を実際に複数教科で採り入れた結果,子どもの現状に忚じた

支援の視点に対する具体的な手だては,各教科等で共有できることが明ら

かになった。

目 次

はじめに ···························· 1

第1章 日本語指導が必要な子どもたちの

教育の理想と現実

第1節 学校現場における現状

(1)日本語指導が必要な子どもたちの教育

を担う指導者 ······················ 1

(2)対象児童生徒の状況を理解することの

難しさ ···························· 2

第2節 日本語指導が必要な子どもたちの教育

に求められていること

(1)一斉授業における支援の充実 ········ 5

(2)求められる,チームで進める教育

―チームで進めるための,三つのキー

ワード― ························ 6

第2章 日本語指導が必要な子どもたちの

教育をチームで進めるために

第1節 複数の目で見る,子どもの実態

(1)生活経験を把握する「個人カード」 ·· 8

(2)支援につながる「日本語の力見取り表」

································· 10

第2節 生活経験と日本語の力を活かした支援

(1)各教科等に共通する支援の在り方 ··· 12

(2)支援の共有と継続のために ········· 14

第3章 実践授業から

第1節 小学校5年生の授業

(1)児童Aの現状を踏まえた支援 ········ 16

(2)算数科「分数」の授業

―課題を把握し,解決の過程を自分の

言葉で表現する― ··············· 17

(3)音楽科「世界の音楽を比べよう」の授業

―様々な国の音楽に親しみ,その特徴

やよさを表現する― ············· 19

第2節 中学校1年生の授業

(1)生徒B・生徒Cの現状を踏まえた支援 · 22

(2)国語科「心の歩み」の授業

―本文の言葉に着目し,考えたことを

表現する― ····················· 25

(3)数学科での年間を通した支援 ······· 26

第4章 実践研究の成果と今後の展望

第1節 実践授業を通して見えてきたこと

(1)対象児童生徒と学級の変容 ········· 29

(2)複数の目で見ることがもたらす効果 · 30

第2節 編入前からつくる受入れ体制

(1)これからの外国人教育の在り方と進め方

································· 32

(2)受入れ校同士がつながるために ····· 33

おわりに ···························· 34

<研 究 担 当> 大菅 佐妃子 (京都市総合教育センター研究課研究員)

<研究協力校> 京都市立乾隆小学校

京都市立春日丘中学校

<研究協力員> 田井 茂実 (京都市立乾隆小学校教諭)

川坂 聖 (京都市立春日丘中学校教諭)

大桃 遥子 (京都市立春日丘中学校講師)

小・中学校 人権教育 1

はじめに

平成 2年の「出入国管理及び難民認定法」の改

正,翌 3年の施行以後,「日本に暮らす外国籍者の

状況は大きく変化し,この 20 年間に急速に増え約

218 万人と約 2 倍」(1)になっている。

文部科学省は,平成 3 年度から「日本語指導が

必要な外国人児童生徒の受入れ状況等に関する調

査」を行っている。平成 22 年度の調査では,公立

小学校,中学校,高等学校,中等教育学校及び特

別支援学校に在籍する日本語指導が必要な外国人

児童生徒は 28,511 人で,調査開始以来,初めて,

対前回調査比 0.2%の減尐となった。

学校種別の在籍数を見ると,小学校では前回調

査比 5.9%の減尐であるが,中学校では前回調査比

5.8%増加となっている。このほか,日本国籍を有

する日本語指導が必要な児童生徒は 5,496 人で,

対前回調査比では 12.3%増加している。

本市においても,平成 23 年 1月末現在,「初期

日本語指導員」「日本語指導ボランティア」より日

本語指導を受けている児童生徒は 139名で,年度

当初より 43名の増加となっている。

一言で「日本語指導が必要な子どもたち」(以

下「」は省く)といっても,「国籍はもとより,母

語,母文化,宗教,生活習慣など,多様な背景を

伴った」(2)子どもたちであり,「様々な背景を持

つ児童生徒への実際の支援は,その一人一人の背

景により異なる」(3)のである。一人一人の子ども

に適切な支援を行うためには,まず,子どもの現

状をしっかりと把握することが必要である。

「この子は日本生まれで,日本語は普通に話し

ているから支援は必要ない。」「この子は国際結婚

で,お父さんが日本人だから何も心配いらない。」

などといった,ある面からだけの判断ではなく,

家庭での生活環境や言語環境をはじめとして,母

国での生活経験や学習経験,現在の日本語の力,

将来展望までを含め,現状を多面的にとらえるこ

とが大切である。

昨年度の研究では,一日の多くの時間を過ごす

在籍学級の授業に焦点を当て,研究を進めた。今

年度はその方向性とともに,在籍学級担任だけで

はなく,日本語指導が必要な子どもたちに関わる

全ての教職員が,在籍する対象児童生徒の現状を

共通理解できる方法を検討した。

そして,その共通理解した現状を踏まえて,各

教科等に共通する支援の在り方について考え,複

数教科での実践を行った。

(1)文部科学省初等中等教育局国際教育課『外国人児童生徒受入

れの手引き』2011.3 p.3

(2)前掲(1) p.3

(3)前掲(1) p.3

第1章 日本語指導が必要な子どもたちの教

育の理想と現実

本章では,日本語指導が必要な子どもたちの教

育について,学校現場における現状と,いま,こ

うした子どもたちに求められている教育の在り方

について述べる。

第1節 学校現場における現状

(1)日本語指導が必要な子どもたちの教育を担

う指導者

日本語指導が必要な子どもたちの教育は,どの

ような指導者が担っているのであろうか。

日本語がわからないということから,その教育

は日本語を教える人が担うと考えられがちである。

確かに,日本語の力を付けるということを考えれ

ば,日本語指導担当者が担う役割は大きい。しか

し,日本語指導担当者だけが対象児童生徒と関わ

りをもっているわけではない。日本語教室が設置

されている学校であれ,尐数在籍校であれ,対象

児童生徒の教育には,日本語指導者と在籍学級の

担任,各教科指導担当者や養護の先生など,多く

の教職員が関わっている。したがって,日々の生

活や授業において,対象児童生徒の現状を踏まえ

た適切な支援をすることが大切である。

では,実際に日本語指導が必要な子どもたちの

受入れ校は,どのような現状にあるのだろうか。

本市では,日本語指導が必要な子どもたちの在

籍数が多い学校には日本語教室が設置され,担当

教員が加配されている。それ以外の尐数在籍校に

は,「初期日本語指導員」や「日本語指導ボランテ

ィア」が派遣される制度がある。在籍数が一人で

あっても,日本語指導の時間は確保される状況で

ある。

筆者は,昨年度,本市の尐数在籍校において,

「初期日本語指導員」「日本語指導ボランティア」

から日本語指導を受けている児童生徒の学級担任

を対象としたアンケート調査を実施した。その結

果から,「日本語が理解しにくい子どもたちを目の

前にして,学級担任一人の力では解決しにくい問

題に直面し,困りや焦りを感じる教師の姿」(4)が

小・中学校 人権教育 2

明らかになった。

また,日本語指導担当者側からは,日本語指導

を受けている児童生徒の学級担任との連携を求め

る声が聞かれる。本市では平成18年度より,年度

末に「日本語教室設置校連絡協議会」が開催され

ている。各日本語教室設置校の担当者が,一年間

の取組の成果と課題を報告し合う会である。ここ

では,課題として,在籍学級担任との連携の必要

性が挙げられることが多い。

しかし,現実には日本語教室設置校の担当者で

さえ,全校教職員や在籍学級担任との連携に難し

さを感じる現状がある。派遣校で週に1~2回の指

導時間だけ指導を行う日本語指導担当者であれば,

なおさら連携は難しい。毎年8月に,日本語教室担

当者と「初期日本語指導員」「日本語指導ボランテ

ィア」を対象とした研修会が開催されている。そ

の研修会においても,「受け持っている子どもの担

任の先生と話す時間がとれない。」「いま,この子

どもには,どのような指導が必要なのか,相談す

る人がいない。」といった困りが毎年繰り返し出さ

れる。

川崎市の日本語指導巡回相談員である菅原は,

連携の課題を次のように指摘する。

この指摘にあるように,本市でも,「初期日本

語指導員」「日本語指導ボランティア」は指導内容

を記録し,学校の管理職に提出する形がとられて

いる。指導の記録を残すことは大切である。しか

し,記録により指導内容を知らせるという一方向

の発信は,連携とは言い難い。菅原は,「協力者と

教員が素直に意見を交換しながら支援のあり方を

探っていく」(6)ことが必要であると述べている。

やはり,学校現場において,このような連携を

実現していくためには,管理職の果たす役割が大

きい。日本語指導担当者と在籍学級の担任との連

携を考えたとき,当然ではあるが,直接顔を合わ

せて話す機会を設けることが望ましい。しかし,

実際には,日本語指導の時間帯と学級担任が時間

の取れる時間帯とが合わないことが多く,話し合

う時間の確保が難しい現状にある。そこで,管理

職が日本語指導担当者と在籍学級担任との橋渡し

をすることが必要になってくる。

臼井は,外国人の子どもの教育における管理職

の固有の役割として,次の三点を挙げている。

更に,全校的な指導体制づくりに対して「学校

管理職が率先して,外国人の子どもの教育に理解

を示し,教職員の合意形成を図っていく」(8)こと

が,その第一歩になると述べている。

本市では,日本語教室設置校の管理職は,独立

行政法人教員研修センターが毎年主催する「日本

語指導指導者養成研修」の管理者コースに参加し

てきた。また,前述した「日本語教室設置校連絡

協議会」にも,日本語教室担当者と管理職が参加

している。このように,外国人の子どもの教育に

ついて理解を深めることができる機会はある。し

かし,尐数在籍校の管理職の場合は,その機会が

ないのが現状である。

尐数在籍校では,受入れ体制づくりは管理職個

人に任されている。どのように受入れていけばよ

いのかがわからず,困りを抱えている場合もある

だろう。このような困りを解消できる場として,

日本語指導が必要な子どもたちの受入れ校を対象

にした研修会の開催が望まれる。

日本語指導が必要な子どもたちの教育は,日本

語指導担当者や在籍学級担任,管理職が担ってお

り,個々で教育を進めなければならない状況があ

る。それぞれの立場の指導者が,不安感や孤立感

を感じることなく取り組めることが重要である。

そのためには,互いに連携し,対象児童生徒に対

して共通理解を図ることが必要である。

本市のどの学校に,いつ日本語指導が必要な子

どもたちが編入しても,同じ認識で受入れ体制づ

くりがなされることが,いま,求められている。

(2)対象児童生徒の状況を理解することの難しさ

一人一人の子どもに適切な支援を行うためには,

子どもの現状を把握することが必要になる。日本

語指導が必要な子どもたちと一口に言っても,国

籍,母語や家庭内での使用言語,母国での学習経

験や生活経験,日本語の力,来日の背景,将来の

展望など,一人一人が様々である。更に,好きな

これまでも,学校・担任と協力者の連携の重

要性は繰り返し指摘されていた。しかし,実際

には,両者間の個人の関係性に依存しており,

日本語指導に関しては協力者に一任されるケー

スもあった。また,多くの場合,「連携」の実状

は「連絡ノート」による授業報告や情報交換で

あった。 (5)

・指導方針の明確化

・部分的な対忚ではなく全校的な指導体制や

システムの整備

・指導に必要な人材やリソースの確保 (7)

小・中学校 人権教育 3

教科や得意なこと,性格なども異なる。しかし,

日本語指導が必要な子どもたちを目の前にすると,

私たちはまず,ルーツをもつ国がどこの国である

のかということに着目しがちになる。

臼井は,「日本人の子どもの場合で考えると当

たり前のように思う,こうした子どもの『個人差』

や『個性』が,外国人となると,『中国人』,『ブラ

ジル人』,『フィリピン人』といった言葉で一色に

塗られてしまう」(9)と述べている。

日本語指導が必要な子どもたちの現状把握で難

しいことは,授業において学習活動に参加しにく

かったり,学習内容が理解しにくかったりしたと

きに,その原因が日本語の力の不足にあるのか,

その他の原因にあるのかが把握しにくいことであ

る。例えば,割り算がなかなか習得できない児童

がいる場合,母国で九九を習得していないからな

のか,指導者が説明する日本語が理解できていな

いからなのか,割り算の概念がイメージしにくい

からなのかなど,様々な原因が考えられる。

日本語指導が必要な子どもたちが見せるつまず

きの原因や背景を,臼井は,次の四つに分類して

いる。

それぞれのつまずきについて,例を挙げてみる。

<①日本語習得支援を必要とするつまずき>

カミンズ※1によれば,言語能力には,「生活言

語能力」と「学習言語能力」の2種類があり,「生

活言語能力」は1年から2年で身に付くが,「学習言

語能力」は習得までに5年から7年かかるというこ

とである。更に,学習言語は日本で長く生活して

いるからといって自然に身に付くのもではなく,

体系的な学習経験を経て習得できる。すなわち,

生活言語は身に付いているが,学習言語が習得で

きていないためにつまずくのである。

また,日本生まれ日本育ちの子どもであっても,

家庭では母語で話し,日本語を体系的に学習した

経験がなければ,学習言語能力はなかなか身に付

かない。教師は,日本生まれ日本育ちであるから,

日本語は日本人の子どもと同じようにできると思

う傾向がある。そして,子どものつまずきに対し

て,その原因に気付きにくいだけではなく,「本人

が努力をしていない。」「やる気がないからだ。」と

いう目で見てしまうことがある。

<②教科学習支援を必要とするつまずき>

言うまでもなく,日本の学校と外国の学校とで

は,学習内容は同じではない。数字を介するため

に万国共通であると思われがちな数学や算数でも,

学習内容や学習方法は国によって違いがある。

例えば,日本の小学校では,「長さ」や「重さ」,

「体積」について学習するが,あるフィリピンの

子どもが通っていた現地の学校では,それらは学

習しないということがあった。同じ内容を学習す

るが,学習する学年が異なるという場合もある。

日本語指導が必要な子どもたちの場合には,こ

れまでに学習してきた内容は,日本の子どもたち

とは異なるかもしれないという認識をもつ必要が

ある。

<③文化的相違への配慮を必要とするつまずき>

臼井は,「文化的相違は,学習内容や学習方法の

ほかに,学習規律や学習習慣という点にも表れる」

(11)と述べている。文化的相違には,日本人であ

る私たちが容易に理解できる違いと,気が付きに

くい違いがある。

宗教上,食べられない物があるという違いは,

対象児童生徒側から伝えられることが多く,私た

ちにも理解できる。では,遠足のときにお菓子や

ジュースを持って来たり,授業中,友だちと自由

に話したり,前を向いて座っていなかったりする

ことについて,文化的な相違だと納得できるだろ

うか。私たちが,日常当たり前であると考えてい

ることが,実は日本語指導が必要な子どもたちや

その保護者にとって,当たり前ではないことが多

いのである。

<④心のケアを必要とするつまずき>

日本語指導が必要な子どもたちは,言葉がわか

らない日本に来ることで,様々な困難にぶつかる。

ストレスを感じても,母語で気持ちを話せる相手

がおらず,一人で抱え込んでしまうことがある。

そのことから,日本語の学習に意欲がなくなった

り,不登校の傾向を見せたりするなど,不適忚を

起こす場合もある。この不適忚は,日本語があま

り話せない段階だけに見られるわけではない。日

本生まれの子どもであっても,自分の親とうまく

コミュニケーションがとれずに悩むケースや,周

りと自分の違いを気にすることによって起こるケ

①日本語習得支援を必要とするつまずき

②教科学習支援を必要とするつまずき

③文化的相違への配慮を必要とするつまずき

④心のケアを必要とするつまずき (10)

小・中学校 人権教育 4

ースもある。

このように,一人一人の子どものつまずきには

多様な背景がある。では,なぜ子どもの多様な背

景が理解されにくい状況があるのだろうか。

日本語指導が必要な子どもたちの現状を多面的

にとらえにくい要因は二点あると考える。

一点目は,外国にルーツをもつ子どもたちが,

小学校に入学,もしくは編入する際に,その多様

な背景を詳細に聞き取る機会を設定する必要性が

周知されていないことである。

本市では,平成19年3月に「帰国・外国人児童

生徒受入れの手引き<全市版・試案>」を作成し,

全市の公立小・中学校に配布した。その冊子の中

に,「聞き取りチェックシート」「帰国・外国人児

童生徒用個人カード生活調査 学習調査」(12)が記

載されており,それぞれの調査内容や記入方法も

明記されている。しかし,その存在はあまり知ら

れていないのが現状である。日本語指導が必要な

子どもたちが編入してくる学校については,これ

らの資料の提示とともに,初めての面談時に十分

時間を取り,対象児童生徒の多様な背景を知る重

要性を伝えていくことが必要である。

現在,既に日本語指導が必要な子どもたちが在

籍している学校についても,これらの資料を基に,

家庭訪問や個人懇談会を活用して聞き取っていく

ことが大切である。一度聞き取ったことを記入し

て終わりにするのではなく,毎年付け加えをしな

がら引き継いでいけるようにすると,学年が上が

るたびに,新しい担任が同じことを聞き取る必要

がなくなるのではないだろうか。

二点目は,日本語の力を見取る具体的な基準が

ないことである。昨年度の研究では,日本語の力

に忚じた支援例として,日本語の力を<聞くこと・

話すこと・コミュニケーションをとること><読

むこと・書くこと>の二つに分け,「日本語の力に

忚じた在籍学級における支援」(13)を,それぞれ

四段階で提示した。ただし,この支援表は日本語

の力を示す評価指標のようなものであり,日本語

の力をチェックするものにはなっていない。

子どもを対象とした日本語能力の測定に関して

は,いくつかの先行研究がある。

「会話能力テスト(年尐者用OPI)」(14)は,カ

ナダ日本語教育振興会で中島らが1991年から開発

してきたテストで,ロールプレイを中心とした一

対一の個人面接形式で測定する。このテストでは,

会話力を「基礎言語面(どの位正確な日本語を話

すか)」「対話面(どのくらい会話ができるか)」「認

知,段落面(どのくらいまとめて話せるか)」の三

つの面から測定する。課題として,会話能力だけ

の測定であること,テストを行うに当たっては,

トレーニングを受けた公式テスターがインタビュ

ーを行わなければならないことが挙げられる。

伊東たちが唱える「『4技能』測定テスト」(15)

は,「口頭表現テスト」(聞く・話す能力)「読解力

テスト」(読む能力)「文章表現力テスト」(書く能

力)という3種類のテストを短時間で行うものであ

る。このテストについては,ある時点の日本語の

力だけを測定するものであるという課題が挙げら

れる。

川上の「JSLバンドスケール」(16)という,「日

本語指導のための日本語能力測定基準」もある。

小学校低学年,小学校中・高学年,中学生以上の

グループ別に,「聞く・話す・読む・書く」の4領

域それぞれに,7から8のレベルを設定している。

これらの基準は,子どもの状態をいくつかの文で

記述表現してあり,測定者は子どもの様子を観察

し,どのレベルの状態に当てはまるのかを見取る。

この方法については,子どもの日本語の力は,か

なり正確に見取ることができると考えられる。し

かし,「『測定』を行う教師は,この『基準』のフ

レームワークおよび内容を熟知していることが必

要である」(17)と述べられているように,測定す

るためには研修を受ける必要がある。これについ

ては,各学級担任が研修を受けて,その役割を果

たすことは時間的に難しいと考える。

このように,子どもの日本語の力を測る基準は,

現在のところ適切なものがない。大人の日本語の

力は,例えば日本語検定試験といった検定で判断

することが可能である。しかし,子どもの場合は,

母語の発達も十分ではない段階にある。母語の力

についても日々変化があると考えてよいだろう。

子どもの日本語の力は,ある時点だけで見るので

はなく,継続して観察していくことが大切である。

また,子どもの日本語の力は,関わる人や場面

によって異なる場合もある。例えば,日本語指導

の時間にはよく話をするが,在籍学級の授業では,

全く話さないといった子どもの様子がよく見られ

る。学校生活における様々な場面での日本語の力

を見取ることが,適切な状況把握につながる。更

に,子どもの日本語の力は,ある立場の人が見取

るだけでは不十分であり,複数の立場から見取る

ことが必要であると考える。

本節では,日本語指導が必要な子どもたちの教

育について,学校現場の現状を見てきた。次節で

小・中学校 人権教育 5

は,これらの課題を踏まえ,どのような受入れ体

制や支援が求められているのかについて述べる。

※1 カミンズ

カナダのバイリンガル教育の研究者である。言語能力発達を,

BICS(Basic Interpersonal Communicative Skills:基本的対人

伝達技能)とCALP(Cognitive Academic Language Proficiency:

認知的学問的言語熟達度)のモデルに整理した。BICSが「生活言

語能力」,CALPが「学習言語能力」を意味する。

第2節 日本語指導が必要な子どもたちの教育に

求められていること

(1)一斉授業における支援の充実

子どもたちが,一日の学校生活の中で最も多く

の時間を過ごすのは,在籍学級での授業時間であ

る。日本に来たばかりで,日本語が全く理解でき

ない子どもでも,日本人の子どもたちと同じよう

に在籍学級で授業を受ける。日本語教室設置校で

あっても,全ての授業を取り出して日本語教室で

学ぶということは難しい。ましてや,尐数在籍校

であれば,「初期日本語指導員」や「日本語指導ボ

ランティア」の派遣が始まるまでは,全ての時間

を在籍学級で過ごさなければならない。そして,

日本語指導者の派遣が始まったとしても,それは

週に1~2時間しかない厳しい現状がある。

日本語指導の時間は,日本語を系統立てて学ぶ

大切な時間である。しかし,日本語指導の時間数

を考えると,その時間だけで子どもたちの学力を

保障することは難しいであろう。日本語指導が必

要な子どもたちの学力を保障するためには,多け

れば一日に6時間ある在籍学級での一斉授業で,そ

の学習内容を理解することが必要になってくる。

そして,M.スウェインが,理解可能なアウトプッ

トをする機会を,学習者にもたせることによって,

言語習得は極めて有効に行われる(18)と述べるよ

うに,理解するだけではなく,その内容を日本語

で表現することで,学習内容が定着するとともに

日本語の力も高まると考えられる。

これらのことから,昨年度の研究では,在籍学

級での一斉授業における授業改善に焦点を当て,

日本語指導が必要な子どもたちの現状を踏まえた

支援を採り入れた学習モデル例を提示した。その

成果として,対象児童生徒の現状を踏まえた支援

は,その児童生徒に対して有効であるだけではな

く,学級において,学習が理解しにくい子どもや,

LD等支援の必要な子どもにも有効であるという

ことが確認できた。更にその支援の内容は,対象

児童生徒の母語を使ったり,日本語指導の技術が

必要であったりする特別な内容ではなく,これま

でに,それぞれの学級で教師が工夫してきた手だ

てであることもわかった。

筆者は,一斉授業における支援を更に充実させ

るためには,次の二点が大切であると考える。

一点目は,対象児童生徒の日本語の力や母国の

生活文化,母国での学校の様子を含めた,これま

での生活経験をしっかりと把握することである。

日本語指導が必要な子どもたちの指導に関わる,

在籍学級担任や教科指導担当者などについては,

外国にルーツをもつ児童生徒の指導経験はほとん

どないと考えてよいであろう。そこで,適切な支

援を考えるために,日本語の力を見取るための基

準が必要であると考える。在籍学級の担任であれ

ば,毎日の学校生活の中で,対象児童生徒の様子

を見ている。そこから,気付いた事柄を記録する

ことができる基準表のようなものがあれば,より

正確に対象児童生徒の日本語の力を把握すること

ができる。生活経験についても,母国での学習教

科やその内容,未習得の内容などを把握すること

で,必要な支援が明らかになると考える。

二点目は,対象児童生徒の現状を踏まえた支援

を,在籍学級担任が指導する授業だけではなく,

日々の全ての授業に採り入れることである。

小学校では,在籍学級担任が全ての教科を指導

している場合が多い。しかし,学年内で交換授業

を実施したり,学校行事などで他の学級や学年と

一緒に活動したり,部活動や委員会活動は,在籍

学級の担任以外が指導したりする場合がある。ま

た,理科や音楽,書写には,専科の先生が指導に

入る学校もある。中学校では,教科担当制である

ため,在籍学級担任の担当教科と道徳・特別活動・

総合的な学習の時間以外は,ほかの先生が指導し

ている。

これらの状況を考えると,在籍学級担任だけが

支援を採り入れても,特定の教科だけが対象児童

生徒にとっての「わかりやすい授業」になり,そ

の他の教科では,なかなか学習内容の理解が進ま

ないということにもなりかねない。日本語指導が

必要な子どもたちの現状を踏まえた支援を,どの

教科の授業でも採り入れていくことが,さらなる

学力保障につながると考える。

このように,一斉授業における支援を充実させ

るためには,日本語指導が必要な子どもたちの日

本語の力や,これまでの生活経験を把握すること,

日々の全ての授業において適切な支援を採り入れ

ることが必要である。

小・中学校 人権教育 6

(2)求められる,チームで進める教育

-チームで進めるための,三つのキーワード-

前節で,日本語指導が必要な子どもたちの教育

に関わっているのは,日本語指導担当者や在籍学

級の担任だけではないことを述べた。

文部科学省は,平成23年3月に「外国人児童生

徒受入れの手引き」を発刊し,昨今の多様化した

子どもたちの背景に忚じた取組の推進と,外国人

児童生徒に関わる対象者別にそれぞれの役割を説

明している。そして,対象者同士がどのように関

わるのかということに加えて,家庭や保護者,地

域やボランティアなどとの関わりを含めた外国人

児童生徒を取り巻く環境を次のように示している。

図1-1は「外国人児童生徒受入れの手引き」に

ある「本書の構成図」(19)から一部抜粋したもの

である。

図1-1に示されているように,日本語指導担当

者と在籍学級担任,そして管理職が互いに連携し,

外国人児童生徒の教育に当たる環境は理想である

といえる。図には示されていないが,養護教諭や

教科指導担当者が含まれれば,更に充実した環境

となる。日本語指導が必要な子どもたちの在籍が

多い学校はもちろんのこと,在籍が一人だけの学

校においても,このような教育環境が整うことが

望ましい。

対象児童生徒に関わる教職員が互いに連携して

教育に当たる環境作りは,「LD等支援の必要な子ど

もたち」の教育において既に進められている。本

市でも,個別の指導計画を活用した授業作りにつ

いて研究が進められてきた。この中で,「学校組織

全体で子どもの情報を共通理解することにより,

適切な支援を継続して行うことができる」(20)こ

とから,校内でチームを組んで取り組む必要性を

述べている。更に,チームでの取組は,「解決が困

難な課題に直面した際に,担任一人が悩み事を抱

えるのではなく,複数の人間が多様なアイデアを

出し合うことができる」(21)としている。対象と

なる児童生徒の背景は異なるが,学力を保障して

いく上で,一人一人の実態に忚じた適切な支援が

必要である点では同じである。

日本語指導が必要な子どもたちに関わる教職員

がチームを組み,対象児童生徒の現状について共

通理解することができれば,前項で述べた,日々

の全ての授業において支援を採り入れることにつ

ながる。日本語指導が必要な子どもたちの教育を

チームで進めるために重要な点を,<①日常的な

連携と組織的な連携><②状況に対する共通理解

><③目標と具体的な支援の共有>という三つの

キーワードで示した。それぞれについて説明する。

<①日常的な連携と組織的な連携>

水野が「学校においてチームで子どもの課題の

解決にあたるという考え方は新しい考え方ではな

い」(22)というように,従来から学校現場では,

学年会をはじめとして教師同士が集まって話し合

う場がある。しかし,水野は「日常的な連携とチ

ーム援助は異なる」(23)として,日常的な連携に

は日常的な人間関係が影響するため,相手によっ

ては言いたいことが伝えられないといった場合も

あり得ると指摘している。

例えば,日本語指導担当者がある児童に対して,

授業の中心となる発問は,必ず書いて示す支援が

必要であると考えているとする。そのことを,在

籍学級担任や教科指導担当者に,「授業中の発問

は,黒板に書いて示してもらいたい。」と伝えられ

るかどうかは,日頃の人間関係に因るということ

である。

筆者は,日常的な連携が円滑になされることと,

チームとしての組織的な連携の場が設定されるこ

との両方が必要であると考える。

日本語指導が必要な子どもたちに関わる指導者

が,日頃の対象児童生徒の様子や指導内容などに

ついて,授業と授業の合間や,放課後の尐しの時

間であっても話すことが大切である。日々の尐し

の変化や気付きを交流することは,対象児童生徒

の現状を多面的に把握することにつながるからで

ある。日本語指導担当者が,学級担任や教科指導

担当者と話をする時間が正式な形としてなかなか

学校

外国人児童生徒

日本語指導担当教員・

日本語指導協力者

在籍学級担任

管理職

受入れ側の児童生徒

地域の国際交流協会,NPO,ボランティアなど

家庭・保護者

都道府県・市町村教育委員会担当指導主事

学校

図1-1 「本書の構成図」より一部抜粋

小・中学校 人権教育 7

取れないとしても,尐しの会話を通して日常的な

連携がなされることが大切なのである。

一方,それだけでは,日常的な連携の場では,

情報交換や一対一の話合いはできても,日本語指

導が必要な子どもたちに関わる全ての指導者が集

まって話すことは難しい。そのためには,組織的

に設定された場が必要になる。

例えば,日本語指導が必要な子どもたちの支援

を考えるチーム会議のような場である。このよう

な場であれば,対象児童生徒に関わる全ての指導

者が集まり,話し合うことができる。更に,集ま

る指導者の立場や日頃の関係性は異なっていても,

「援助を考えるという場の雰囲気があるので,そ

の文脈で発言することができる」(24)と水野が述

べているように,チームの一員として必要な支援

を提案することができるであろう。

このように,チームで教育を進めるに当たって

は,日常的に対象児童生徒について話せる連携と,

対象児童生徒に関わる全ての指導者が集まって話

し合う,組織的に位置付けられた場での連携の両

方が大切なのである。

<②状況に対する共通理解>

対象児童生徒に合った支援を行うためには,そ

れぞれの状況を把握することが大切である。日本

語指導が必要な子どもたちについては,日本生ま

れであったり,幼尐期から日本に滞在したりして

いる場合には,支援の必要性が見えにくい場合も

ある。また,前節第2項でも述べたが,場面や相

手によって子どもたちの力の現れ方は異なる。

これらのことから,日本語指導が必要な子ども

たちに関わる教職員の対象児童生徒に対する認識

は,それぞれで異なっていることも十分に考えら

れる。ある教師は,「授業中は何の問題もなく,み

んなと同じようにしているから,支援は必要ない

のではないか。」と考え,ある教師は「自分の考え

を書く際に,いつも書けなくて困っているから,

まだまだ支援が必要である。」と考える,といった

認識の相違がある。対象児童生徒の状況を的確に

把握し,支援の必要性を共通理解することで,こ

うした認識の相違を無くすことが可能になる。共

通理解は,チームでの教育を進める土台となる。

<③目標と具体的な支援の共有>

日本語指導が必要な子どもたちの教育について,

その目標は「学力保障」であり「進路保障」であ

る。対象児童生徒に関わる教職員だけではなく,

保護者も含めて,子どもたちが日本の学校生活に

適忚し,学校での学習内容が理解できるようにな

り,自らの進路を切り拓く力をつけることを願っ

ている。

しかし,チームで教育を進めるとき,この目標

はあまりにも抽象的過ぎる。元吉が「抽象的な目

標はみんなが共有していたとしても,具体的なレ

ベルでの目標がバラバラで,共有されていない場

合には,達成しようとするゴールそのものが違う

ため,うまくチームが機能することはできない」

(25)と述べているように,具体的な目標と達成す

る手だてを共有することが大切である。

例えば,「この授業では,何を学習するのか」と

いうことが必ずわかるように,視覚的な支援を採

り入れた導入を心がけるというような具体的な支

援の手だてを共有し,全員がその支援を行うこと

が重要である。

本節では,日本語指導が必要な子どもたちの教

育に求められていることとして,一斉授業におけ

る支援の充実と,チームで進める教育について述

べてきた。第2章では,求められている教育を具

現化するために,対象児童生徒の現状を把握する

方法と,支援の在り方,日本語指導が必要な子ど

もたちに関わる教職員が,チームで教育を進めて

いく具体的な方策について述べる。

(4) 拙著「日本語指導が必要な子どもたちの学力保障をめざし

て―学習内容を理解し,学んだことを表現することができる

学習モデルの提示―」『平成22年度研究紀要』京都市総合教

育センター 2011.3 p.5

(5) 菅原雅枝 「学習を支えるネットワーク ―川崎市の実践か

ら」『文化間移動をする子どもたちの学び 教育コミュニテ

ィの創造に向けて』 ひつじ書房 2009.3 pp..173~195

(6) 前掲(5) p.179

(7) 臼井智美 『イチからはじめる外国人の子どもの教育』 教

育開発研究所 2009.12 p.146

(8) 前掲(7) p.147

(9) 前掲(7) p.35

(10)前掲(7) pp..40~44

(11)前掲(7) p.44

(12)京都市日本語指導・支援体制連絡協議会『帰国・外国人児童

生徒受入れの手引き<全市版・試案>』2007.3 pp..6~18

(13)前掲(4) p.16

(14)中島和子他「年尐者のための会話力テスト開発」『日本語

教育』83号 1994.7 pp..40~58

(15)伊東祐郎他「学部留学生の日本語能力試験開発のための基礎

研究(3)」『東京外国語大学留学生日本語教育センター論集』

小・中学校 人権教育 8

23号 1997.3 pp..43~65

(16)川上郁雄「年尐者日本語学習者の日本語能力測定の方法―

JSLバンドスケールの試み」『2003年度日本語教育学会秋季

大会予稿集』 日本語教育学会 2003.10 pp..125~130

(17)川上郁雄「年尐者日本語教育における『日本語能力測定』に

関する観点と方法」2003.3

http://www.kikokusha-center.or.jp/resource/ronbun/ka

kuron/26/kawakami.htm 2012.2.20

(18)H・カーテン/C.A.B.ペソーラ 伊東克敏ほか 訳 『児童外国

語教育ハンドブック』 大修館書店 1999.12 p.47

(19)前掲(1) p.2

(20)京都市総合教育センターカリキュラム開発支援センター・総

合育成支援課 『京都発!確かな教育実践のために 16「授業

づくりに活かす個別の指導計画の作成と運用」』 2009.3 p.1

(21)前掲(20) p.1

(22)水野治久 「教師を支え,学校を変えるチーム援助―みんな

で子どもを援助するシステムづくり」『児童心理 No.927』 金

子書房 2011.2 p.2

(23)前掲(22) p.2

(24)前掲(22) p.3

(25)元吉忠寛 「よいチームの条件―社会心理学からの視点」 『児

童心理 No.927』 金子書房 2011.2 p.36

第2章 日本語指導が必要な子どもたちの教

育をチームで進めるために

第1節 複数の目で見る,子どもの実態

本節では,日本語指導が必要な子どもたちに関

わる指導者が,対象児童生徒の状況を共通理解す

るための具体的な方策について述べる。

(1)生活経験を把握する「個人カード」

外国にルーツをもつ子どもたちが日本の学校に

編入してくる場合,ある日突然編入してくるケー

スが多い。その際,日本語教室設置校以外の学校

では,区役所から出される「転入学通知書」に記

載されている事項と,日本語習得の程度を簡単に

確認する程度で受け入れている状況があるのでは

ないだろうか。

しかし,編入時の面接において,その多様な背

景にまで詳細に聞き取ることが必要であると考え

る。日本語で聞き取るのが無理であれば,通訳ボ

ランティア等を活用し,時間をかけてゆっくりと

話を聞きたい。受入れ後に適切な支援ができるか

どうかは,受入れ時に対象児童生徒の状況が把握

できるかどうかに関わっているからである。

そこで,外国にルーツをもつ子どもたちの生活

経験を把握するための資料として,本市が平成19

年3月に作成した「帰国・外国人児童生徒用個人カ

ード生活調査 学習調査」(26)(以下,「平成19年

度版」とする。)を一部改良し,新たな個人カード

を作成した。

図2-1は,筆者が本研究を進める中で作成した

「個人カード 生活調査」である。

図2-1 個人カード 生活調査

帰国・外国人児童生徒用 ○秘 個人カード 生活調査

1年 組( 先生) 4年 組( 先生) 中学1年 組( 先生)

2年 組( 先生) 5年 組( 先生) 中学2年 組( 先生)

3年 組( 先生) 6年 組( 先生) 中学3年 組( 先生)

ふりがな

名前

要・準

生年月日 年 月 日 ( 年 月 日)

来日年月日 年 月 日

編入学年月日 年 月 日 ( 年入学・編入)

国籍(出身地)

現住所 〒 -

電話 自宅:( 075 ) ―

学習歴 入学・卒業・転入・転出年月日 学校名

年 月 日 入学・転入

年 月 日 卒業・転出 ( 年制)

年 月 日 入学・転入

年 月 日 卒業・転出 ( 年制)

年 月 日 入学・転入

年 月 日 卒業・転出

年 月 日 入学・転入

年 月 日 卒業・転出

来日の目的 留学・就労・国際結婚・永住・その他( )

在日予定期間 1.永住 2. 年 月まで 3.不明

過去の在日経験 あり・なし

日本語の状況

(日本語学習歴)

日本語学習歴: 年 ヵ月 教育機関:

<特記事項>

使用可能言語

母語( ) 話す: 聞く: 読む: 書く:

母語以外( ) 話す: 聞く: 読む: 書く:

※言語状況の選択肢【A:読み書きを含めて問題ない B:日常会話は問題ない C:簡単な日常会話程度 D:ほとんど分からない】

進路希望

将来の夢

趣味・特技

特に知っておいて欲しいこと

(持病やアレルギーなど)

氏名 続柄 年齢 言語状況 備考(使用可能言語等)

日本語 話す: 聞く: 読む: 書く:

語 話す: 聞く: 読む: 書く:

日本語 話す: 聞く: 読む: 書く:

語 話す: 聞く: 読む: 書く:

日本語 話す: 聞く: 読む: 書く:

語 話す: 聞く: 読む: 書く:

日本語 話す: 聞く: 読む: 書く:

語 話す: 聞く: 読む: 書く:

日本語 話す: 聞く: 読む: 書く:

語 話す: 聞く: 読む: 書く:

日本語 話す: 聞く: 読む: 書く:

語 話す: 聞く: 読む: 書く:

※言語状況の選択肢【A:読み書きを含めて問題ない B:日常会話は問題ない C:簡単な日常会話程度 D:ほとんど分からない】

緊急連絡先

名前 (在宅時間: )

( ) ― 携帯: ― ―

日本語の援助をしてくれる知人(連絡先)

学年 生活面における特記事項

小学校1年

小学校2年

小学校3年

小学校4年

小学校5年

小学校6年

中学校1年

中学校2年

中学校3年

小・中学校 人権教育 9

「個人カード 生活調査」において改良した点

は,小・中学校9年間を通して記入することができ

るようにした点である。生活面における特記事項

の記入欄も設け,基本的には毎年度末に,学級担

任が次年度の学級担任に引き継いでおきたい事項

を記入する。そして,個人のファイルとして,指

導要録と一緒に保管するような取扱いをしたい。

図2-2は,「個人カード 学習調査」である。

「個人カード 学習調査」も,生活調査と同様

に,小・中学校9年間の記入ができるようにし,学

習面における特記事項を記入する欄を設けた。ま

た,「平成19年度版」では記述式になっていた母国

での学習経験を問う欄については,日本の学校に

おける教科学習の主な内容について,経験の有無

を○×で記入する形式にした。教科の学習内容に

ついて学習経験の有無を知ることで,教科学習に

おける支援の必要性を認識するとともに,具体的

な支援の方法を見出すことが可能になると考えた。

例えば,小学校5年生で編入してくる児童が,

長さや重さ,かさなどの単位について学習経験が

ないということがわかったとする。日本では既習

事項であるため,小学校5年生の算数の学習内容

には,これらの単位が使われているが,対象児童

は理解することができない。この困りに対して,

様々な単位についてまとめた支援カードを用意し

て対象児童に手渡したり,既習事項を視覚的に理

解できるような掲示物を作成したりという支援を

採り入れることができるようになる。

もし,このような状況が把握できていないとす

れば,支援を採り入れることなく,対象児童は理

解できないまま授業を受けることになる。未習事

項であるために理解できない事柄であっても,日

本語指導が必要な子どもたちの場合,しばしば,

「日本語が理解できないから,わからないのだ。」

と認識されてしまう。学習経験がないことについ

ては,たとえ母語で言い換えて指導したとしても

理解することはできないのである。

また,音楽や体育といった実技教科については,

国語や社会といった教科に比べると,日本語が理

解できなくても周りの行動を見ればできる部分が

多いと考えられがちである。しかし,例えば,音

楽のリコーダーを吹いた経験がない子どもが,周

りの子どもたちがリコーダーを吹いている様子を

見たからといって,吹けるようにはならない。対

象児童生徒が初めてリコーダーに接する時間に,

指使いが視覚的に確認できるような掲示物を用意

して,一度音を出してみたり,個人練習の時間を

必ず設けたりするといった支援が必要である。

個人カードによって把握することができた生活

経験を,対象児童生徒に関わる指導者が共通理解

することで,それぞれの立場において必要な支援

を考え,実際に授業に採り入れていくことができ

る。日本語指導が必要な子どもたちを受け入れる

第一歩として,受入れ校では個人カードを周知し,

活用することが望まれる。

学年 学習面における特記事項

小学校1年

小学校2年

小学校3年

小学校4年

小学校5年

小学校6年

中学校1年

中学校2年

中学校3年

図2-2 個人カード 学習調査

帰国・外国人児童生徒用 ○秘 個人カード 学習調査

1年 組( 先生) 4年 組( 先生) 中学1年 組( 先生)

2年 組( 先生) 5年 組( 先生) 中学2年 組( 先生)

3年 組( 先生) 6年 組( 先生) 中学3年 組( 先生)

ふりがな

名前

性別

男・女

●本人の興味・関心

得意教科

特別活動

その他

・出欠状況

・留年経験

・学校外での活動 等

●母国での学習経験( 年 月 日記入)

教科 学習内容 ○・× 教科 学習内容 ○・× 教科 学習内容 ○・× 教科 学習内容 ○・×

国語

生物

保健 技

調理

四則計算 化学 球技 裁縫・ミシン

図形 物理 陸上 コンピュータ

長さ・重さ・かさ等 地学 器械体操 木工

時刻 音

歌(合唱) 縄跳び 栽培

地理 鍵盤ハーモニカ ダンス 絵・版画

歴史 リコーダー 水泳 造形(粘土)

公民 英語 道徳 工作

○学習内容以外で確認しておきたい事項 ※母国の学校での有無を○・×で記入

運動会 遠足 身体計測 体育の全員参加

学芸会 宿泊学習 授業参観・懇談会 体育の服装

<その他,母国の学校で学習していた教科や特別な活動>

算数・数学

図工・美術

小・中学校 人権教育 10

(2)支援につながる「日本語の力見取り表」

日本語指導が必要な子どもたちの実態は,前項

で取り上げた生活経験や学習経験だけではない。

様々なつまずきの根底にある日本語の力について

も,適切に把握することが大切である。

ここで,子どもたちの日本語の力とは,どのよ

うな能力であるのかを確認しておきたい。川上は

Bachman&Palmerの第二言語能力モデルを基に,

「第二言語能力とは,母語で得た言語能力や言語

知識,コミュニケーション体験,および第二言語

の知識や第二言語を使ってコミュニケーション活

動を行おうとする全人的な能力を言うのである」

(27)と定義している。そして,その言語能力は以

下の三つの特徴をもつと述べている。

これらの特徴に加えて,子どもの場合は認知面

や言語面においても,発達の途中であるという特

徴がある。

言語能力を把握するというと,私たちはペーパ

ーテストの問題に答え,その結果で判断するイメ

ージを抱きがちである。しかし,ペーパーテスト

は,テストを受けたそのときの能力が表れるだけ

であって,上記のような特徴をもつ言語能力をと

らえることができない。

年尐者の言語能力の特徴を踏まえ,川上は子ど

もの日本語能力の実態を把握する場合の基準に必

要なものとして,以下の7点を挙げている。

前章4ページで取り上げた「JSLバンドスケール」

は,これらの考え方から開発された「日本語能力

の測定基準」である。そこでも述べたが,この方

法を用いれば,子どもたちの日本語能力をかなり

正確に見取ることが可能である。しかし,レベル

が多くに分かれているため,この全てのレベルを

把握し,子どもの様子と照らし合わせていくこと

は,学校現場においては時間的に難しいと考えら

れる。

そこで,筆者は次の点を考慮して,新たに「日

本語の力見取り表」を作成した。

次ページ表2-1は,「日本語の力見取り表」より

「聞くこと」「話すこと」を抜粋したものである。

作成上,重視した点について詳しく説明する。

<①日本語指導が必要な子どもに関わる全ての

指導者が使えること>

日本語指導が必要な子どもたちが在籍する学校

の状況や,その子どもたちに関わる指導者の状況

は様々である。

日本語教室設置校のように,多くの子どもが在

籍し,受入れ経験が豊富な学校もあれば,これま

でに日本語指導が必要な子どもたちの受入れ経験

が全くない学校もある。学級担任や教科指導担当

者においても,日本語指導が必要な子どもたちに

関わった経験のある人もいれば,ない人もいる。

日本語指導担当者についても,指導経験が豊富な

人もいれば,日本語を初めて指導するという人も

いるだろう。

これらの状況から,「日本語の力見取り表」は,

日本語指導に関する特別な知識や,子どもへの指

導経験などを問わず,だれもが使えるようにする

ことが必要である。

また,主として学校の教職員が使うことから,

日々多忙な中で,記入することに負担感を感じる

ことなく,どの学校においても,継続して活用で

きるよう,短時間で記入できる内容とした。

①動態性

常に変化しているものであること

②非均質性

場面や状況に忚じて生起する能力が決して同

じでないこと

③相互作用性

言語が使用される目的や相手との関係性によ

って異なっていくもの (28)

(1)発達段階に忚じた能力測定であること

(2)4技能に関わる言語能力の把握であること

(3)時間をかけた,動態的な把握であること

(4)一般の教師が注意深く観察すればだれでも

できる方法であること

(5)言語能力の把握を通じて教師の言語理解が

進むようなものであること

(6)把握の基準に,日本語使用に関する伝達言

語能力の情報が盛り込まれていること

(7)把握の結果が教育指導や教育行政へ反映さ

れ,継続的に子どもに支援ができること(29)

①日本語指導が必要な子どもに関わる全ての

指導者が使えること

②子どもの様子から見取ること

③聞く・話す・読む・書くの4技能から把握す

ること

④小・中学校9年間継続して把握すること

⑤把握した結果が,支援につながること

小・中学校 人権教育 11

<②子どもの様子から見取ること>

子どもの言語能力は常に変化し,相手や場面に

よって異なる。その力を把握するためには,教職

員が毎日の学校生活において行っている,子ども

の様子を観察する方法が適している。

日本語指導が必要な子どもたちに関わる指導者,

在籍学級担任や教科指導担当者は毎日の学校生活

の中で,日本語指導担当者は毎週の指導時間に,

その他の教職員はそれぞれが接する時間に対象児

童生徒の様子を見ている。その中で,日本語の力

についても見取ることができる。様子の観察から

だけでは見取ることが難しいと考えられる「読む

こと」「書くこと」についても,対象児童生徒が書

いたノートやワークシート,日記などから見取る

ことが可能である。

日本語指導が必要な子どもたちに関わる指導者

が「日本語の力を見取るためには,特別な知識や

技能は必要ではなく,日々の学校生活の中で行え

る」という認識をもつことが望まれる。

<③聞く・話す・読む・書くの4技能から把握する

こと>

前章3ページでも述べたが,言語の力には生活

言語能力と学習言語能力がある。私たちが子ども

の日本語の力を表現するとき,「日常会話はなんと

かできるようになってきました。」というように,

どちらかといえば会話面から判断できる生活言語

能力に限定しがちである。生活言語能力の見取り

も大切であるが,子どもたちの学力保障を考える

と,教科学習に結び付く学習言語能力である「読

むこと」「書くこと」の力を見取る必要がある。

そこで,日本語の力を4技能に分けて見取る内

容にした。「聞くこと」「話すこと」については,

生活場面で必要な力と学習場面で必要な力とでは,

異なる部分があると考え,それぞれの場面で必要

であると考えられる力を設定した。「読むこと」に

ついては,単に音声として文字や文章を読む力と,

文章の内容を読み取る力に分けた。「書くこと」に

ついても,文字を書く力と,文章を書く力とに分

表2-1 「日本語の力見取り表」より一部抜粋

【聞くこと】

聞く力 子どもの様子 小学校1年 小学校2年 小学校3年 小学校4年 小学校5年 小学校6年 中学校1年 中学校2年 中学校3年

初 中 終 初 中 終 初 中 終 初 中 終 初 中 終 初 中 終 初 中 終 初 中 終 初 中 終

①生活場面における聞く力 ◎ 日常的な会話であれば,問題なく理解している。

○ 一対一で,ゆっくりと話せば,大体理解している。

△ 単語とジェスチャーで伝えれば,なんとか理解している。

②学習場面における聞く力 ◎ 授業中に先生や友だちの発言を聞いて理解している。

○ 一斉への指示や発問などを聞いて理解している。

△ 一対一の対忚があれば理解している。

特記事項 小学校1年 小学校2年 小学校3年 小学校4年 小学校5年 小学校6年 中学校1年 中学校2年 中学校3年

例:授業中の発問

は黒板に書く

と理解するこ

と がで きる 。

(12 月)

例:日常会話は問

題ないが,学習

場面では,指示

や発問などを

よく聞き直す。

(3月)

【話すこと】

話す力 子どもの様子 小学校1年 小学校2年 小学校3年 小学校4年 小学校5年 小学校6年 中学校1年 中学校2年 中学校3年

初 中 終 初 中 終 初 中 終 初 中 終 初 中 終 初 中 終 初 中 終 初 中 終 初 中 終

①生活場面における話す力 ◎ 日常会話であれば,流暢に話している。

○ たどたどしい表現があるが,なんとか話している。

△ 単語とジェスチャーを組み合わせて,話している。

②学習場面における話す力 ◎ 自分の思いや考えを話している。

○ 一斉への発問に対して,答えが明らかな場合には発言している。

△ 個別への問いかけに対して,単語程度で答えることができている。

特記事項 小学校1年 小学校2年 小学校3年 小学校4年 小学校5年 小学校6年 中学校1年 中学校2年 中学校3年

例:算数で答えがわ

かったときには

手を挙げる。(7

月)

例:生活場面におい

ては,子ども同

士の意思疎通は

できているが,

教師との意思疎

通は難しい状況

である。(12月)

≪記入の仕方≫ ・それぞれの力で,「◎」「○」「△」を記入します。

・「△」のレベルに達していない場合は「×」を記入します。

・「初」は夏休み前,「中」は冬休み前,「終」は学年末の時期を表しています。

外国にルーツをもつ子どもたちの

日本語の力見取り表 名前

小・中学校 人権教育 12

けた。そして,それぞれの力は,見取りがしやす

いように3段階に分けて基準を示した。

<④小・中学校9年間継続して把握すること>

前項で説明をした「個人カード」と同様,「日本

語の力見取り表」も小・中学校9年間継続して記入

できるようにした。小学校から中学校に引き継が

れることで,入学する前の時期に,中学校の教職

員が対象児童生徒に関する詳しい状況を共通理解

することが可能になる。そして,中学校生活の早

い段階から,必要な支援を採り入れていくことが

できる。

また,全市で同じものを使うことができれば,

市内の転出先の学校に引き継ぐことができる。転

出先が市外であったとしても,これまでの様子の

詳しい記録は,受け入れる側にとって役に立つ資

料となる。

<⑤把握した結果が,支援につながること>

「日本語の力見取り表」は,一人一人の子ども

の日本語の力を把握することだけが目的ではない。

把握した日本語の力に忚じた適切な支援を考え,

実際の授業で採り入れていくことをめざしている。

例えば,見取り表で,「読むこと」の「③文章を理

解する力」が「△挿絵や写真などの資料から,大

体の内容を理解している」段階であるなら,どの

授業においても,視覚的に理解をうながす資料の

準備が必要であるということがわかる。

しかし,上述の例のように,日本語の力を表す

記述内容から支援が明らかなものもあるが,記述

内容から具体的な支援が思い浮かびにくいものも

ある。そのため,それぞれの力に忚じた支援例を

まとめた「日本語の力に忚じた支援表」と,実際

に授業で採り入れた支援例を紹介する「支援例集」

を作成し,見取った日本語の力に忚じた支援を,

だれもが採り入れられるようにした。

「日本語の力見取り表」は,記入する人によっ

て判断の基準が違う可能性もある。これらの不十

分なところを補うためには,複数の目で対象児童

生徒の日本語の力を見取ることが重要である。複

数の目で見ることで,様々な場面の様子がわかる。

そして,複数の目で見取った結果を持ち寄り,検

討することによって,それぞれの認識の違いが明

らかになり,対象児童生徒の状況を深く共通理解

することができる。また,その共通理解は,必要

な支援の共通理解にもつながると考える。

第2節 生活経験と日本語の力を活かした支援

本節では,日本語指導が必要な子どもたちの実

態に忚じた支援を,各教科等の授業に採り入れる

考え方を述べる。

(1)各教科等に共通する支援の在り方

日本語指導が必要な子どもたちの学力保障のた

めには,日々のどの授業においても,対象児童生

徒の現状に忚じた適切な支援が採り入れられるこ

とが大切である。そこで,一斉授業において,学

習活動に参加するための,各教科等で共通する支

援について提案する。

各教科に共通する支援ツールを提示したものと

して,文部科学省が平成15年7月に出した「学校教

育におけるJSLカリキュラムの開発について」※2

の最終報告にある,「トピック型JSLカリキュラム

(以下,「トピック型」とする)」がある。「トピッ

ク型」は,「特定の教科というよりも,各教科に共

通の学ぶ力を育成すること」(30)を目的に開発さ

れた。

「トピック型」では,「体験」「探求」「発信」

という三つの活動を基に授業を組み立てる。そし

て,「観察,情報の収集,思考,推測,類推,統合,

評価といった教科学習の基礎となる活動」(31)を

授業に組み込んでいく。更に,この,教科学習の

基礎となる活動に参加する際に必要な「日本語表

現」を,活動ごとにまとめた支援ツールとして,

「AUカード」が提示されている。このように,「ト

ピック型」では,教科に共通する学習活動を,体

験を通して身に付けていく。

確かに,教科に共通する学習活動は多い。しか

し,教科の枞を超え,体験を通して学ぶこのカリ

キュラムは,抽出の日本語指導の場で実施するこ

とを前提に考えられている。そのため,在籍学級

の教科学習の時間に採り入れることは,実施時間

の確保という点で難しいであろう。

筆者は各教科等に共通する力として,日本語の

四つの技能に着目した。「聞くこと」「話すこと」

「読むこと」「書くこと」という技能は,どの教科

等の授業においても必要だからである。それぞれ

の技能について,適切な支援を採り入れることで,

各教科等の学習活動に参加することができる。ま

た,前項でも述べたが,「日本語の力見取り表」で

示した4技能の基準に忚じた支援を提示することが

できれば,見取った力を具体的な支援につなげる

ことが可能になると考えた。

小・中学校 人権教育 13

支援については,教科の学習内容の理解をうな

がすための「理解支援」と,理解したことの表現

をうながすための「表現支援」の両面から考える

必要がある。前章5ページでも述べたが,学習内容

を理解するだけではなく,その内容を日本語で表

現することが大切だからである。では,各教科等

に共通する「理解支援」「表現支援」には,どのよ

うな支援が考えられるだろうか。

「理解支援」の観点からは,視覚的に理解をう

ながす提示物や板書を工夫する支援,指導者がわ

かりやすい話し方をする支援,友だちの考えを聞

いて理解することができる学習形態の工夫,とい

う三つの支援が考えられる。

「表現支援」の観点からは,絵や図などでの表

現方法を採り入れる支援,表現の見本となるモデ

ルの工夫,考えを表現する機会を設ける学習形態

の工夫,という三つの支援が考えられる。これら

の考え方を基に,「日本語の力に忚じた支援表」を

作成した。表2-2は,<理解支援>の支援表である。

いくつかの支援について,具体的に見ていくこと

にする。

聞く力の支援に,聞8「経験のない学習活動の

説明や,説明の内容が複雑な場合は,見本を見せ

たり,ICT機器(電子黒板,デジタルテレビ,

実物投影機など)を活用したり,視覚的に理解を

うながす工夫をする」という手だてがある。例え

ば,図画工作科(美術科)で,作品を仕上げてい

く手順を,口で説明するだけではなく,それぞれ

の手順の写真を用意して,それを見せながら説明

したり,実物投影機を使って,実際の作業の様子

を電子黒板やデジタルテレビに写して説明したり

する支援である。

文章を理解する力の支援にある,読4「文章の

中の大事な言葉を明示する」は,大事な言葉や文

に使うチョークの色を決めておいたり,学習の中

心になる言葉をフラッシュカードに書いて示した

りする手だてである。例えば,国語科で心情を表

す言葉を見つけ,そこからわかる気持ちを考える

という活動を行う際に,心情を表す言葉はフラッ

シュカードに書いて提示し,そこからわかる気持

ちを吹き出しに書き,吹き出しの中で中心となる

言葉を黄色のチョークで書くという支援である。

このように見ていくと,支援表に挙げた支援の

多くは,どの教科等の授業においても採り入れる

ことができる。また,どの支援も,学習活動に参

加するきっかけとなる支援であったり,学習内容

を理解するための足がかりになったりする支援で

ある。

表2-2 「日本語の力に応じた支援表」より,<理解支援>

rikai

si

<理解支援>提示物・板書の工夫,指導者の話し方,学習形態の工夫など 子どもの様子 支 援 例

生活場面

聞く力

△単語とジェスチャー

で伝えればなんとか

理解している。

・話しかける際には,一対一で顔を見て,口をはっきりと開けて一言ずつゆっくりと話す。

・絵カードを利用したり,筆談で簡単な絵などを採り入れたりして話す。

・時間割の教科名は,教科書の写真を提示して伝える。

・持ち物は,絵や写真を提示して伝える。

○一対一でゆっくりと

話せば,大体理解し

ている。

・話しかける際には,一対一で顔を見て,ゆっくりと話す。

・主語と述語を明確にして話す。

・理解できているかどうか,時々確認しながら話す。

学習場面

聞く力

△一対一の対応があれ

ば理解している。

聞1 発話の文末表現は,「です」「ます」で統一する。

聞2 指示や発問は,同時に動作を加えたり絵カードを示したりしながら,主語と述語の2語文で伝える。

聞3 説明しようとするものに関する,絵カードや具体物,半具体物(写真や絵など)により,視覚的に

理解をうながす工夫をする。

聞4 指示は個別に伝える。

聞5 二人組での学習形態を採り入れる。

○一斉への指示や発問

などを聞いて理解し

ている。

聞6 指示や発問はフラッシュカードや板書で示す。

聞7 主語と述語が明確な,短い文で話す。

聞8 経験のない学習活動の説明や,説明の内容が複雑な場合は,見本を見せたり,ICT機器(電子黒

板,デジタル TV,実物投影機など)を活用したり,視覚的に理解をうながす工夫をする。

聞9 二人組や尐人数での学習形態を採り入れる。

聞 10 友だちの発言内容が理解できるように,板書を工夫する。

文章を理解する力

△絵や写真などの資料

から,大体の内容を

理解している。

読1 文や文章の大体の内容を理解する手助けとなる挿絵や写真,資料など,視覚的に理解をうながす工

夫をする。

読2 物語文の場合は,最初に登場人物や場面を確認する。

読3 各場面や各段落の内容を「誰(何)がどうした」のような2語文で示す。

○語句の説明があれば

文章の大体の内容を

理解している。

読4 文章の中の大事な言葉を明示する。

読5 抽象的な言葉や,理解しにくい言葉,日本文化を背景とした言葉については,簡単な日本語で言い

換えたり,理解できる教材を工夫したりする。

小・中学校 人権教育 14

齋藤は,教育者や支援者が具体的に授業を設

計・実施・評価するに当たって,「スキャフォール

ディング(足場かけ)という概念が有効だと考え

られている」(32)と述べている。

このスキャフォールディングの考え方は,オー

ストラリアで英語を第二言語として学ぶ子どもた

ちへの英語教育において,ハモントが,生徒たち

が支援を得ながら,独力ではできなかったと思わ

れる水準で学習するための「知的な支え挙げ」を

与えることであると説明している(33)。現在の能

力より尐し高い目標を設定し,その目標に対して,

子どもたちが自力で学んでいくことができる手助

けをするという考え方である。

日本語指導が必要な子どもたちに育てたい力は,

在籍学級の教科等の学習において,自分で学んで

いける力である。この力について,齋藤は以下の

ように述べている。

このような力を付けることは,子どもたちが将

来展望をもち,それを実現していくことにつなが

る。子どもたちに対する支援は,いつまでも続け

ることはできない。支援がなくなったときのこと

を想定して,長期的な展望に立った支援を行うべ

きであると考える。支援は,子どもたちが自ら学

ぶことができる力を付けるための一助である。

※2「学校教育におけるJSLカリキュラムの開発について」

日本語指導が必要な子どもたちの全国的な増加に伴って,文部

科学省が平成13年4月に「学校教育におけるJSL(第二言語として

の日本語)カリキュラム開発に係る協力者会議」を設置し,日本

語の初期指導から教科学習へつながる段階のためのカリキュラム

開発を行った。小学校編の最終報告が平成15年3月に出され,中

学校編の最終報告は平成19年3月に出された。

(2)支援の共有と継続のために

「個人カード生活調査・学習調査」と「日本語

の力見取り表」だけでは,日本語指導が必要な子

どもたちの状況を共通理解することはできない。

共通理解するためには,日常的な連携と組織的な

連携の両方が必要である。日常的な連携は,日本

語指導が必要な子どもたちの様子を,その子ども

たちに関わる指導者が意識的に見て,日々気付い

たことなどをお互いに交流し合うことである。

また,組織的な連携の場とは,例えば「日本語

の力見取り表」の記入時期に合わせて,対象児童

生徒に関わる指導者が集まり,現状について確認

し合ったり,必要な支援について話し合ったりす

る,チーム会議のような場である。図2-3は,筆者

が提案する在籍校における連携の在り方である。

矢印は連携の方向を示している。2ページでも述べ

たが,学校管理職が日常的に日本語指導担当者と

在籍学級担任との橋渡しをすることが重要である。

チーム会議には,学校管理職,日本語指導担当

者,在籍学級担任,教科指導担当者,その他,関

わりのある教職員と外国人教育主任が参加する。

まず,全校の教職員が,外国にルーツをもつ子

どもたちの教育に対する認識をもつことを連携の

土台としている。そのためには,校内研修を開催

する必要があるため,外国人教育主任を枞内に挙

げた。本市では,これまでに在日韓国・朝鮮の人

たちに関わる内容で外国人教育研修会が行われて

きた経過がある。その内容を外国にルーツをもつ

子どもたちの教育に広げていくことで,研修が可

能になると考える。しかし,外国にルーツをもつ

子どもたちの教育に関する研修会といっても,ど

のような内容で研修会を行えばよいのかわかりに

くいという現状がある。

各校で外国にルーツをもつ子どもたちの教育に

ついて研修会が行われるためには,どのようなこ

とが必要なのであろうか。

表2-3は,筆者が作成した「校内研修会の進め

方」の一部抜粋である。

図2-3 在籍校における連携の在り方

JSL児童生徒が,教師らの支援を得ながらも,

なんとか自分で考えながら課題達成しようとす

る意欲や「気迫」のようなもの,自分のオリジ

ナリティを表現することで学びをさらに深めて

いく創造性,教室で何をすればよいかわからな

いときも周りを見渡して,「今自分ができるこ

と」を探して行動する,方略的な力などの総体

である。(下線は筆者によるもの) (34)

(35)

学校

管理職

日本語指導

担当者

在籍学級

担任

その他,

関わりのある

教職員

教科指導

担当者

外国にルーツをもつ子どもたちの教育に対する認識

全校の教職員による研修

コーディネート:外国人教育主任

小・中学校 人権教育 15

この,「校内研修会の進め方」は,外国にルー

ツをもつ子どもたちが在籍している学校だけでは

なく,在籍していない学校も対象にしている。対

象となる子どもが編入してくる可能性はどの学校

にもある。校内研修会を行うことで,突然,対象

の子どもが編入してきてもスムーズに受け入れる

ことができると考える。

年間に必要な研修会の回数は,在籍する学校で

は,年に3回は必要である。4月当初には,本市の

受入れ体制や,対象児童生徒の現状を共通理解す

る。そして,年度途中では,日本語指導が必要な

子どもたちの教育に関して,スキルを身に付けた

り,理論を学んだり,対象児童生徒の母国につい

て学んだりする。年度末には,次年度に引き継ぎ

ができるように,成果と課題を明らかする。

実際に研修会を行うためには,内容を決定し,

その内容によっては講師を依頼する必要がある。

しかし,日本語指導が必要な子どもたちの教育に

関わる研修会は,これまでに開催された例がほと

んどなく,参考とする資料や研修例が尐ない。こ

の現状を踏まえ,研修会の具体的な内容例や流れ,

講師依頼の方法,準備物などを網羅した資料を作

成した。それが,表2-3の,具体的な進め方の欄に

ある各資料である。

講師依頼の面では,日本語指導が必要な子ども

たちの教育に関する内容で,講義をしたり,ワー

クショップを開催したりすることが可能な人材が

尐なく,大学教授等の場合には,講演料といった

ような費用が必要になるという課題がある。各校

の外国人教育主任が,日本語指導が必要な子ども

たちの教育に関しての概要を説明することができ

れば,校内研修会が行われる可能性が広がる。

ただ,各校の外国人教育主任がこの教育に関し

ての知識や経験をもっているとは限らないことか

ら,知識や経験の有無を問わず,研修会を行うこ

とができる資料が必要である。その資料として,

「外国にルーツをもつ子どもたちの現状と課題〈概

要編〉」というプレゼンテーションとプレゼンテー

ションに合わせた解説を作成した。

研修会を通して受入れの土台が作られた上に,

日本語指導が必要な子どもたちに関わる指導者の

連携がある。お互いが日常的に連携することを前

提としているが,在籍学級担任と日本語指導担当

者の連携は,実際には難しい。そこで,前章6ペー

ジで述べたように,学校の管理職が両者の間に立

ち,橋渡しをすることが望まれる。

チーム会議については,各学校の状況により,

年間を通して数回開催することが難しい場合も考

えられる。その際にも,年度初めと年度末には開

催したい。この2回のチーム会議で,支援の継続が

可能になるからである。支援を継続するためには,

学年末のチーム会議で次年度に引き継ぐ事項を明

らかにしておき,年度初めのチーム会議で引き継

ぎ事項を確認することが大切である。そして,小

学校卒業の際には,卒業前のチーム会議に,中学

校の管理職や教職員が参加することで,小・中学

校での継続も可能になる。

本章で述べてきた,「個人カード」「日本語の力

見取り表」「日本語の力に忚じた支援表」が本市で

周知され,全ての受入れ校で活用されることが望

まれる。たった一人の対象児童生徒であっても,

充実した受入れ体制が作られ,チームで進める教

育を実現することは,日本語指導が必要な子ども

たちが安心して楽しく通える学校づくりにつなが

る。そして,そのような学校は,ほかの全ての子

どもたちにとっても,居心地がよく,安心して通

える学校であると考える。

(26)前掲(12) pp..11~18

(27)川上郁雄『「移動する子どもたち」と日本語教育』 明石書

店 2006.10 p.35

(28)前掲(27) p.40

(29)前掲(27) pp..43~44

(30)文部科学省初等中等教育局国際教育課『学校教育における

JSLカリキュラムの開発について(最終報告)』2003.7 p.4

(31)前掲(30) p.4

(32)齋藤ひろみ『文化間移動をする子どもたちの学び』ひつじ書

房 2009.3 p.245

(33)ハモント,J.「スキャフォールディングの実践とその意味―

在籍学級のESL生徒の学びをどう支えるか」年尐者日本語教

育国際研究集会実行委員会編『「移動する子どもたち」の言

語教育―ESLとJSLの教育実践から』 2007.2 pp..14~53

(34)齋藤恵「年尐者日本語教育におけるスキャフォールディング

の意味 ―あるJSL生徒の日本語支援における学びの記録か

ら―」『「移動する子どもたち」と日本語教育』 明石書店

2006.10 p.161

表2-3 「校内研修会の進め方」一部抜粋

外国にルーツを

もつ児童生徒

の在籍

年間に必要な

研修会の回数 研修会の時期 研修会の内容例

具体的な

進め方

在籍しない場合 年に 1~2 回

4月 ・本市の受入れ体制を知る

・受入れた場合の校内体制づくり

資料 1

資料 6

各校の研修計

画に応じて

・支援を採り入れた授業づくりのワー

クショップの進め方

・日本の学校に通っていた,外国にル

ーツをもつ方の講演を聞く

・子どもの第二言語習得について講

演を聞く

資料 2

資料 3-1

資料 3-2

在籍する場合 年に 3回は

必要

4月 ・本市の受入れ体制を知る

・受入れた場合の校内体制づくり

・対象児童生徒について,日本語の

力や必要な支援について共通理解

をする

資料 1

資料 6

付録

各校の研修計

画に応じて

・支援を採り入れた授業づくりのワー

クショップの進め方

・日本の学校に通っていた,外国にル

ーツをもつ方の講演を聞く

・子どもの第二言語習得について講

演を聞く

・在籍児童生徒がルーツをもつ国に

ついて学ぶ

・日本語教室設置校の受入れ体制

や取組を知る

・日本語教室設置校の研究発表会

に参加する

・日本語指導の授業を参観する

資料 2

資料 3-1

資料 3-2

資料 4

資料 5-1

資料 5-2

資料 5-3

3月 ・対象児童生徒について,日本語の

力や必要な支援について確認し,

次年度に申し送る

付録

途中編入の

場合

編入時に 1 回

は必要,それ

以後は在籍す

る学校と同様

編入時 ・本市の受入れ体制を知る

・受入れた場合の校内体制づくり

・対象児童生徒について,日本語の

力や必要な支援について共通理解

をする

資料 1

資料 6

付録

※編入時期にもよるが,編入以後は在籍する学校と

同様各校の研修計画に応じた研修会と3月

小・中学校 人権教育 16

第3章 実践授業から

本章では,日本語指導が必要な子どもたちが在

籍する小学校・中学校それぞれにおける実践授業

について述べる。小学校では,算数科・音楽科,

中学校では,国語科・数学科で実践を行った。い

ずれも,対象児童生徒の実態に忚じた,各教科等

に共通する支援を採り入れた。

第1節 小学校5年生の授業

(1)児童Aの現状を踏まえた支援

児童Aは中国にルーツをもつ児童である。小学校

4年生の夏に,父親の就労に伴って家族で来日し

た。来日直後から,週に1時間,日本語指導ボラン

ティアによる日本語指導を受けている。

まず,前章で説明した「日本語の力見取り表」

により,児童Aの日本語の力を把握した。表3-1は,

今年8月に学級担任が記入した「日本語の力見取り

表」の一部である。

特記事項

「日本語の力見取り表」では,文章を理解する

力が「挿絵や写真などの資料から,大体の内容を

理解している」段階であること,文章を書く力が

「一文程度なら書いている」段階であることから,

学習場面においては,特にこの両面での支援が必

要である。また,様々な教科の授業を参観したり,

在籍学級担任から話を聞いたりする中で,児童A

は,「あまり理解できない」「することは理解でき

ても実際にできないと感じると,すぐに諦めてし

まう」ことがわかった。このような実態から,各

教科等に共通する支援の視点を次の五つとした。

<視点①指示や発問を理解し,課題を把握するた

めに,視覚的に理解をうながす提示物や板書の

工夫をする。>

指示や発問については,大体を理解している段

階であるが,尐し話が長くなったり複雑になった

りすると理解できにくい状況がある。また,各教

科の課題把握については,文章だけでの理解は難

しい段階であるので,絵や写真,具体物や半具体

物など,視覚的に理解をうながす支援が必要であ

る。これらの支援を工夫することで,児童Aが「わ

からない。」と感じることなく,意欲的に学習に向

かうことができると考えた。

<視点②指示や発問を理解し,課題を把握するた

めに,主語・述語が明確な短い文(日本語)を

用いる工夫をする。>

理解できた事柄を日本語ではどのように表すの

かを提示することが大切である。理解したことと

日本語を結び付けることで,日本語の力が育つと

考えるからである。

【聞くこと】

簡単な内容であれば聞き取れるが,難しい用語

は理解できない。

【話すこと】

生活面で意思の疎通はできるが,難しいことに

なると「わからない。」と言う。

【読むこと】

漢字はよみがなを付けないと読めない。ひらが

なも,文の中ではすらすらと読むことができない。

文章の内容は理解しにくい。

【書くこと】

文章はまだ書くことができない。書き写しはす

らすらできる。

表3-1 児童Aの日本語の力見取り表(一部抜粋)

【聞くこと】

聞く力 子どもの様子 小学校5年

初 中 終

①生活場面における聞く力 ◎ 日常的な会話であれば,問題なく理解している。

○ 一対一で,ゆっくりと話せば,大体理解している。

△ 単語とジェスチャーで伝えれば,なんとか理解している。

②学習場面における聞く力 ◎ 授業中に先生や友だちの発言を聞いて理解している。

○ 全体への指示や発問などを聞いて理解している。

△ 一対一の対忚があれば理解している。

【話すこと】

話す力 子どもの様子 小学校5年

初 中 終

①生活場面における話す力 ◎ 日常会話であれば,流暢に話している。

○ たどたどしい表現があるが,なんとか話している。

△ 単語とジェスチャーを組み合わせて,話している。

②学習場面における話す力 ◎ 自分の思いや考えを話している。

○ 全体への発問に対して,答えが明らかな場合には発言している。

△ 個別への問いかけに対して,単語程度で答えることができている。

【読むこと】

読む力 子どもの様子 小学校5年 初 中 終

①ひらがな,カタカナを読む力

◎ 間違いなく読んでいる。

○ 時々発音を間違って読んでいる。

△ 発音するのに,時間がかかっている。五十音表が必要である。

②文章を音読する力

◎ 文章を流暢に音読している。

○ 漢字や文の区切りを,時々間違って読んでいる。

△ 言葉や文単位で読むことができず,一文字ずつ読んでいる。

③文章を理解する力

◎ 文章の内容を十分に理解している。

○ 語句の説明があれば,文章の大体の内容を理解している。

△ 挿絵や写真などの資料から,大体の内容を理解している。

【書くこと】

書く力 子どもの様子 小学校5年 初 中 終

①ひらがな,カタカナを書く力

◎ 間違いなく書いている。

○ 時々,表記を間違って書いている。

△ 文字を書くのに時間がかかっている。五十音表が必要である。

②漢字を書く力

◎ 学年相当の漢字を書いている。

○ ある程度の漢字を書いている。

△ 「山」や「目」など,簡単な漢字なら書いている。

③文章を書く力

◎ 自分の思いや考え,感想などを書いている。

○ 経験したことや,あったことなど(日記や行事作文)を書いている。

△ 一文程度なら書いている。

小・中学校 人権教育 17

児童Aの日本語の力から,複文で表記された文章

を理解することは難しいと考えた。したがって,

複文を単文に分けて示すことが必要になる。また,

単文は主語・述語が明確な2語文を基本として示す

工夫を採り入れることが必要になる。これらの支

援を工夫することで,視覚的な支援により理解し

た事柄が日本語と結び付き,児童Aの日本語の力が

高まると考えた。

<視点③自分の考えを表現したり,友だちの考え

を理解したりするために,絵や図での表現を採

り入れる工夫をする。>

児童Aの4技能の力から,言葉だけで自分の考え

を表したり,言葉だけで表わされた友だちの考え

を理解したりすることは難しいと考えた。

そこで,絵や図での表現を採り入れることで,

言葉だけでは不十分な部分を補うことができると

考えた。例えば,感じたことを絵で表現したり,

算数の考え方を図で示したりする工夫である。

児童Aは絵を描くことが得意であることから,こ

れらの支援を採り入れることで,積極的に自分の

考えを表現することができると考えた。

<視点④自分の考えを表現する機会を設けるため

に,学習形態の工夫をする。>

児童Aはわからないとすぐに諦めてしまう傾向が

あり,わからないことがあっても,全体の場では

質問しにくいと考えた。そこで,二人組や尐人数

グループでの学習を採り入れることで,友だちに

尋ねたり教えてもらったりすることをできるだけ

多く経験させたいと考えた。これらの支援を採り

入れることで,諦めずに学習課題に向かおうとす

る姿勢を培うことにつながると考えた。

<視点⑤自分の考えを表す単語だけを書き入れ

る形や,書き出しの文をあらかじめ書き入れて

おくなど,書き方の見本となるモデル文例に工

夫をする。>

書く活動において,モデル文例を提示すること

は有効な支援である。児童Aの書く力を見ると「一

文程度なら書いている」という状態であるため,

モデル文例が長い文章であったり,書く分量が多

かったりすると,自分の力では書くことが難しい

と考えた。

そこで,モデル文例の提示の仕方に工夫が必要

になる。例えば,書き出しの文をあらかじめ書い

ておいたり,穴埋め形式にしたりする工夫が考え

られる。これらの支援を採り入れることで,児童A

がモデル文例を参考にしながら,自分の力で文章

を書くことができると考えた。

児童Aの日本語の力から,支援の視点を五つ挙

げて説明をしてきた。第2項,第3項では,これ

らの視点を基に具体的な支援を採り入れた,算数

科・音楽科における授業の実際を述べていく。

(2)算数科「分数」の授業

-課題を把握し,解決の過程を自分の言葉で表現する-

本単元の学習に入るに当たり,単元全体を見通

して,つまずきを予想し,それに対する支援を考

えた。表3-2は,本単元の目標,評価規準及び児童

Aの予想されるつまずきと,それに対する支援を挙

げたものである。予想されるつまずきには①~⑤

の番号を付け,それぞれに対する支援にも同じ番

号を付けた。支援が複数ある場合は,③-1のよう

に示し,複数のつまずきに対忚する支援について

は,③④-1のように示した。

表3-2 「分数」における予想されるつまずきと支援

目 標

・日常生活の中で分数が用いられる場面に関心をもち,進んで分数の問題を解決しようとする態度を育てる。

・異分母分数の大小比較や計算の仕方について,筋道立てて考えられるようにする。

・異分母分数の加減計算や乗除計算,整数や小数を分数に,分数を小数に表すことができるようする。

・異分母分数の加減計算や乗除計算の仕組み,整数の除法の結果は分数を用いて表せることについて理解でき

るようにする。

単元の

評価

規準

・算数への関心・意欲・態度

・数学的な考え方

・数量や図形についての技能

・数量や図形についての知識・理解

・異分母分数の大小や加減計算,乗除計算に関心をもち,それらを進ん

で問題解決に生かそうとしている。

・異分母分数の大小比較や加減計算,乗除計算の仕組みを筋道立てて考

え,説明している。

・異分母分数の大小比較や加減計算,乗除計算ができるとともに,整数

や小数を分数に直したり,分数の第2義(a÷b=a/b)を使って分

数を小数に表したりすることができる。

・異分母分数の加減計算や乗除計算の仕組み,整数の除法の結果は分数

を用いて表せることについて理解している。

対象児童の予想

されるつまずき

①「分母」「分子」「約分」「通分」といった言葉の意味や概念を理解することが難しい。

②㎞や㎡,dL などの単位が理解できない。(既習事項でない場合)

③計算の仕方など,自分の考えを日本語で表現することが難しい。

④友だちの考えを,言葉だけで聞き取り,理解することが難しい。

⑤理解できた学習内容を,日本語で表現することが難しい。

対象児童の予想されるつまずきに対する支援

①4年生の分数単元での既習事項を確認することで,「分母」「分子」という言葉の意味や分数

の概念を理解することができるようにする。また,「約分」「通分」などの概念は,操作活動

を通し,単文を基本とする簡単な日本語で説明することで理解できるようにする。

②面積や長さ,重さや量といった既習事項の単位については,支援カード(単位換算カード)

を手渡すことにより,理解することができるようにする。

③-1 自分の考えを絵や図,具体物の操作を伴って説明する方法を取り入れる。説明する際の日

本語が不十分な場合は,指導者が日本語表現を補うことで,適切な日本語表現がわかるよう

にする。

③-2 自分の考えの書き方のモデルを示すことにより,書き方を理解することができるようにする。

③④-1 考えを発表する際に,実物投影機を使ってノートを拡大提示しながら説明することによ

り,自分の考えを表現することができるようにする。

③④-2 友だちの考えを聞く際に,実物投影機を使って拡大提示されたノートを見ながら説明を

聞くことにより,理解することができるようにする。

③④-3 毎時間の流れを課題把握→一人タイム→二人タイム(必要に応じて)→グループタイム

→みんなタイム→チャレンジタイム→まとめ(振り返り)として,流れを黒板に明示してお

くことにより,安心して学習に取り組むことができるようにする。

⑤-1 振り返りで,学んだことを文章で書く際に,書き方のモデル文例を提示することにより,

学習内容を日本語で確認することができるようにする。

⑤-2 学習した内容が見てわかるような板書の工夫をすることにより,学んだことを文章に書く

ことができるようにする。

小・中学校 人権教育 18

そして,これらを基にして,本単元全15時間の

支援計画を作成した。表3-3は,第9時の支援計画

である。

支援計画は,京都市スタンダードを基に,各時

間にどのような支援を採り入れるのかを示したも

のである。支援計画では,発問,評価は記載して

いない。

授業中の具体的な支援については,全体への支

援を◆で示した。対象児童生徒への個への支援は

□で示し,理解をうながす支援を「理解支援」(理),

表現をうながす支援を「表現支援」(表)として,

ゴシックで支援計画に明記している。16ページで

挙げた支援の視点に忚じて,実際の授業での手だ

てについて述べる。

<視点①に対する具体的な手だて>

○視覚的に理解をうながす提示物で学習課題を提

示する。

図3-1は,「分母が違う分数のたし算をしよう」

というめあての授業で,学習課題を提示する際の,

視覚的に理解をう

ながす支援である。

2分の1のジュー

スと3分の1のジュー

スを,それぞれ色画

用紙で作成し提示

した。

更に,計算の考え

方を発表する際に

は,この色画用紙

を動かしながら説

明することで,対

象児童にとって大

変わかりやすい説

明になった。図3-2

は,色画用紙を動

かして考え方を説明している様子である。これら

の支援により,児童Aは学習課題を把握し,自分の

考えをノートに書くことができていた。

<視点②に対する具体的な手だて>

○主語・述語が明確な短い文(日本語)を用いて,

学習課題を提示する。

左の表3-3の支援の欄に記入した,□で囲んでい

る部分がこの支援に当たる。「小屋にペンキをぬっ

ていきます。1dLで0.8㎡ぬれるペンキがあります。

このペンキ4dLでは何㎡ぬれますか。」という問題

文を,「ペンキをぬります。1dLで0.8㎡ぬれます。

4dLでは何㎡ぬれますか。」という文に書き換えて

いる。この場合,「小屋にペンキをぬる。」という

文は,教科書の挿絵を拡大して提示し,場面の説

明をした。

更に,この問

題文を理解する

ために,視覚的

に理解をうなが

す支援も採り入

れた。図3-3は,

第9時で色画用紙

を使って説明す

る様子である。

はじめに,1dLで塗れる0.8㎡が5分の4㎡であるこ

とを確認した。そして,4dLであるから,5分の4

を表す色画用紙を4枚提示した。

このように,二つの支援を採り入れることによ

り,児童Aをはじめとして,学級の全ての児童が問

題文の意味を理解し,自力解決の時間に課題に取

り組む姿が見られた。

表3-3 本単元における第9時の支援計画

図3-1 分母が違う分数のたし算の

課題について,視覚的に理

解をうながす支援

図3-2 色画用紙を動かして説明

する様子

図3-3 5分の4を表す色画用紙を

使って説明する様子

小・中学校 人権教育 19

<視点③に対する具体的な手だて>

○絵や図での表現を採り入れる。

図3-4は,第7時に適忚題を提示する際,帯分数

のひき算を,数字だけではなく,色画用紙を使っ

て提示している板書である。学級担任は,ノート

にも色画用紙のような図を書いて考えるように指

示している。

児童Aについては,この時間に,初めて自分か

ら適忚題に取り組む様子が見られた。

<視点④に対する具体的な手だて>

○学習形態を工夫する。

本単元では,ほぼ

全ての時間に,二人

組での学習形態を採

り入れた。隣同士で,

お互いのノートを見

ながら意見を伝える

機会を設けること

で,わからない場合

にも何らかの意思表

示ができると考えたからである。

図3-5は,隣の友だちと考えを伝え合う対象児童

の様子である。児童Aは,前時では,隣の児童に教

えてもらうだけであったが,このときには「もう

一回言ってください。」「○○さんの説明でわかっ

た。」など,積極的に話を聞こうとしていた。

また,他の児童も,それぞれのペアでよく話が

できており,隣同士の話合いが終わったところで

は,前後の4人で話し始める様子も見られた。

<視点⑤に対する具体的な手だて>

○書き方の見本となるモデル文例を提示する。

本単元の学習では,毎時間の終わりに,学習の

振り返りを書く時間を設けた。自分で学習を振り

返ることで,児童Aの学習に向かう姿勢が主体的に

なるのではないかと考えたからである。振り返り

の書き方については,ノートの使い方とともに,

はじめの時間に書き方のモデル文例を提示した。

図3-6は説明の際に使った提示物である。

振り返りの文章は,児童Aの書く力から,長い文

を書くことは難

しいと考え,ま

ず,一文が書け

ればよいことに

した。そして,

書き出しの文を

提示することで,

抵抗感なく振り

返りを書き始めることができるようにした。

学級の多くの子どもたちが,この書き出しを用

いて振り返りを書いていたが,児童Aは,この書き

出しを用いることはほとんどなく,「ぼくは,わか

りました。」「OK,OK。」のように,本当に短い

文を書いていた。モデル文例に,わかったことの

具体例を書いておく必要があったと考えている。

次に,算数科と同じ視点における具体的な支援

を採り入れた音楽科の実践について述べる。

(3)音楽科「世界の音楽を比べよう」の授業

-様々な国の音楽に親しみ,その特徴やよさを表

現する-

算数科と同様に,本単元を見通したつまずきと

それに対する支援から支援計画を作成した。

表3-4は,本単元から,1次に関わる部分を抜き

出して,目標,評価規準及び児童Aの予想されるつ

まずきと支援を示したものである。

表3-4 「世界の音楽を比べよう」における予想されるつまずきと支援

題 材 世界の音楽に親しみ,音色や音の重なりのよさや面白さを味わおう(音楽の旅)

(2時間)10月中旪~11月中旪

教 材 世界の音楽(バグパイプ,ヨーデル,ブルガリアの合唱,グリオの語りとコラの演そう,

ンゴマ,ウードホーミー,アルフー,ゴスペル,フォルクローレ,ガムラン)

目 標 ・世界の音楽に親しみ,音色や音の重なりの特徴を聴き取る。

題 材 の

評価規

・音楽への関心・意欲

・態度

・世界の国の音楽に親しみ,その特徴を感じ取って聴く学習や,音

楽の仕組みを生かし,音を音楽に構成する学習に主体的に取り組

もうとしている。

・鑑賞の能力 ・世界の国の音楽の歌い方や楽器の音色,音の重なり方の面白さを

感じ取って聴いている。

①世界の国の名前や場所がわからない。

②楽器の名前がわからない。(楽器そのものを知らない場合もある)

③音楽の特徴を表現することが難しい。

①-1拡大した世界地図を用意し,それぞれの地域の主な国の場所と名前を提示

して声に出して読む。

①-2拡大した世界地図を用意し,取り上げる国について場所と名前を提示して

声に出して読む。

②―1身近な楽器の写真や実物を用意し,名前を提示して声に出して読む。

②―2取り上げた国の楽器の名前はフラッシュカードに書いて提示し,声に出し

て読む。

③―1音楽の特徴を表現する言葉の例を挙げる。

③―2それぞれの曲の特徴を表す言葉は,板書して示す。動作化できるものは,

体でも表現する。

対象児童の予想

されるつまずき

対象児童の予想されるつまずきに対する支援

図3-5 二人組で考えを伝え合う

対象児童(手前)の様子

図3-6 ノートの見本と振り返りのモデル文例

図3-4 帯分数を色画用紙で示している板書

ノートの書か

き方かた

(例れい

めあて

問題も ん だ い

(課題か だ い

自分じ ぶ ん

の考かんが

グループの考かんが

え(友と も

だちの考かんが

え)

まとめ(ふりかえり)

今日き ょ う

の学習がくしゅ う

でわかったこと

は,・・・・・・・・・・です。

小・中学校 人権教育 20

表3-5は,第2時の支援計画である。支援等の書

き方については算数科と同じである。

算数科と同様に,五つの支援の視点を基にした,

実際の授業での手だてについて述べる。

<視点①に対する具体的な手だて>

○視覚的に理解をうながす提示物で学習課題を提

示する。

本単元のめあては,世界の11地域の音楽を聴い

て,その特徴やよさを感じ取り表現することであ

る。第1時では,教科書に掲載されているそれぞれ

の音楽の写真と世界地図を拡大提示し,興味をも

って学習課題に取り組めるようにした。音楽を聴

くだけで特徴やよさを表現することは難しいと考

え,はじめに写真からわかることを発表する時間

を設けた。

図3-7は,写真

からわかること

を発言する児童

A Aの様子である。

対象児童だけで

はなく,多くの

子どもたちが積

極的に挙手して

発言した。

<視点②に対する具体的な手だて>

○主語・述語が明確な短い文(日本語)を用いて,

学習課題を提示する。

本単元のめあてでは,「それぞれの国の音楽のよ

さや特徴を聴きとる」ことが挙げられている。こ

のままの日本語では,児童Aは理解しにくいと考え

た。そこで,音楽を聴いて,どの写真の音楽かを

考えるクイズ形式を採り入れることにした。また,

クイズに答える中で,「なぜ,この音楽だと思いま

すか。」という質問をすることにより,特徴やよさ

が引き出せると考えた。

対象児童は,アラブのウードの音楽を聴いて,

「ギターみたい。」と答えていた。他の子どもたち

も,バクパイプの音楽を聴いて「行進しているみ

たい。」,ンゴマの音楽では,「リズムに合わせて踊

っているみたい。」と答えるなど,それぞれの音楽

の特徴やよさを表現することができていた。

<視点③に対する具体的な手だて>

○絵や図での表現を採り入れる。

本単元のめあてに迫る手だてとして, 11の音楽

の中から,一番気に入った音楽を紹介する「お気

に入りの音楽紹介カード」を作成することにした。

児童Aの日本

語の力から,特

徴やよさを文章

だけで表すこと

は難しいと考

え,紹介カード

には,音楽のイ

メージを表す絵

を描く欄を設け

た。図3-8は,セ

ネガルのンゴマを選んだ児童Aがカードに描いた絵

である。児童Aのほかにも,絵での表現を楽しみ,

色鉛筆で色を塗る児童がいた。

<視点④に対する具体的な手だて>

○学習形態を工夫する。

音楽科の授業については音楽室で行った。音楽

室は机が横一列につながって並んでおり,尐人数

グループで話し合う形態を採り入れることが難し

い状況であった。

そこで,隣同士で意見を交流する機会を設けた。

次ページ図3-9は,第1時の授業でクイズの答えに

ついて,お互いの考えを隣同士で交流している様

子である。

図3-7 写真からわかることを発言

する児童Aの様子

図3-8 児童Aが描いた紹介カードの絵

学習活動 ・留意点 ◆支援 □個への支援※理解支援

(理),表現支援(表)・準備物

○「世界の国の音楽」

の声や音の重なり

に着目して聴き,そ

のよさや面白さを

感じ取る。

・気に入った音楽を

一つ選び,気付い

たことやわかった

こと,自分の思い

などを紹介カード

に書く。

・紹介カードをグル

ープで交流してア

ドバイスをする。

・全体交流をする。

・前時に書いた,それぞれの音

楽の写真や特徴を教室掲示

しておく。

・それぞれの音楽を,複数回聴

く機会を設定する。

・気に入った視点を示す。

・グループ交流で聞く視点を示

す。

◆お気に入りの音楽紹介カードを

作成することにより,気に入っ

た理由を表現することができる

ようにする。

◆紹介カードの見本を示すことに

より,作成するもののイメージ

をもつことができるようにする。

・紹介カードの見本

□紹介カードに書く文章のモデル

文例を提示することにより,自

分でカードを書くことができる

ようにする。(表)

□グループ交流での聞く視点を,

フラッシュカードで示すことに

より,どのように聞くのかを理

解することができるようにする。

(理)

□グループで紹介する機会を設定

することにより,自分のカード

を紹介し,友だちからアドバイ

スをもらうことができるように

する。(表)

表3-5 本単元における第2時の支援計画

小・中学校 人権教育 21

算数科において

も,ほぼ毎時間二

人組で考えを伝え

合う機会を設けて

いたため,子ども

たちは二人組で話

を進める習慣がつ

いてきており,指

導者が指示をすると,すぐにお互いに書いたもの

を見せ合ったり,感じたことを話し合ったりする

ことができていた。

<視点⑤に対する具体的な手だて>

○書き方の見本となるモデル文例を提示する。

「お気に入りの音楽紹介カード」については,

見本を作成して紹介し,イメージをもつことがで

きるようにした。見本には,紹介する文章のモデ

ル文例も示した。児童Aが音楽の特徴を表すことが

できるように,「~(の)ようです。」「~(な)感

じがします。」という文型を使った。図3-10は「お

気に入りの音楽紹介カード」の見本である。

児童Aは,「~みたいな感じです。」という文型

を使って紹介の文章を書いた。次に示したものは,

児童Aが書いた「お気に入りの音楽紹介カード」の

紹介文である。

文中の「私が気に入った音楽は,( )の音

楽です。」の部分は,ワークシートにあらかじめ記

載しておいた。

<その他の支援>

○具体物を準備する。

児童Aの学級担任は,本単元の3時間において,

それぞれの時間に様々な国の楽器を持参した。楽

器によっては,実際に演奏をしたり,歌を歌って

見せたりした。対象児童をはじめとして,学級の

子どもたち全員が,学習内容に興味をもつ手だて

となった。特に,台湾の「二胡」を紹介した際に

は,児童Aはとても喜び,「なつかしいなあ。」とい

う声を上げていた。

○対象児童がルーツをもつ国の音楽を紹介する場

面を設定する。

「世界の音楽を比べよう」の第1次の本来の指導

時数は2時間である。しかし,今回は,対象児童の

母国である中国の音楽,更には,隣のクラスに在

籍する児童がルーツをもつジャマイカの音楽を紹

介する時間を付け加えた。

中国の音楽については,児童Aが母親と相談した

結果,「きらきら星」を中国語で歌うことになった。

ジャマイカの音楽については,ルーツをもつ児童

が実際にゴスペルやレゲエを歌っていることから,

対象の児童がみんなの前でゴスペルを披露するこ

とになった。

子どもたちは,日本の「きらきら星」と中国の

「小小星星」は歌詞がほとんど同じであることに

驚いたり,ゴスペルを実際に聴いて,とても感動

した様子を見せたりしていた。

以上,小学校での実践について述べてきた。算

数科と音楽科は全く異なった学習であるが,支援

を考える視点は共通することが明らかになった。

この支援の視点は,算数科,音楽科以外の教科の

授業においても活用することができると考えてい

る。次節では,中学校での実践について述べる。

私が気に入った音楽は,(ンゴマ)の音楽です。

おもしろいです。混(中国語表記:いろいろ

な音が混ざっています)いいおとです。なんか

森のなか,はいたみたいのかんじです。

※原文のまま,中国語表記の訳は,筆者が対象児童に意味を

聞いて書きたした部分。

世界せかい

の音楽おんがく

に親した

しみ,「気き

に入い

った音楽おんがく

紹介しょうかい

カードか ー ど

」を作つく

ろう ②

私わたし

が,気き

に入い

った音楽おんがく

は,モンゴルの音楽おんがく

です。

聴き

いていると,広ひろ

い草原そうげん

にいるようです。

のびのびとした 感か ん

じがします。

モンゴルに,行い

ってみたいなと思おも

います。

○気き

に入い

った音楽おんがく

を表あらわ

す絵え

を描か

いてみよう。

図3-10 「お気に入りの音楽紹介カード」の見本

図3-9 二人組で話し合う様子

小・中学校 人権教育 22

第2節 中学校1年生の授業

(1)生徒B・生徒Cの現状を踏まえた支援

本研究をはじめた当初,研究協力校の中学校1

年生に在籍する対象生徒は1名であった。しかし,

9月末に,フィリピンからの編入があり,同じ学級

に在籍することに決まり,対象生徒が2名となった。

そのため,7月~8月に実践した国語科については,

生徒Bが対象生徒であるが,10月~11月に実践した

数学科では,生徒Cが対象生徒に加わった。

【生徒Bの現状を踏まえた支援】

生徒Bはフィリピンにルーツをもつ生徒である。

小学校5年生の夏に,母親の就労に伴って来日し

た。編入した地域の公立小学校には,日本語教室

の設置があり,対象生徒は中学校入学まで,抽出

での日本語指導や教科指導を受けていた。中学校

入学後は,週に1時間,放課後に日本語指導ボラン

ティアによる日本語指導を受けている。

表3-6は,学級担任が記入した生徒Bの「日本語

の力見取り表」の一部である。

特記事項

「日本語の力見取り表」では,生活場面におけ

る聞く・話す力に問題は見られない。学習場面に

おいては,話す力が「個別の問いかけに対して,

単語程度で答えることができている」,文章を理解

する力が「語句の説明があれば,文章の大体の内

容を理解している」段階で,書く力が「経験した

ことや,あったことなど(日記や行事)を書いて

いる」段階であることから,これらの面において

支援が必要になる。また,数学科担当である学級

担任,実践した国語科の担当教員から,漢字が読

めないために,テストの問題を理解することがで

きないことが多いという話があった。このような

実態から,各教科等に共通する支援の視点を次の

五つとした。

<視点①文や文章の意味を理解するために,視覚

的に理解をうながす提示物や板書の工夫をする。>

国語科の担当教員の話から,生徒Bは,文や文章

の内容を理解することについては,言葉だけでの

提示では,意味をきちんと理解することが難しく,

全く違う意味でとらえてしまう状況があることが

わかった。国語科の教材文の内容理解や,数学科

の文章問題の内容把握については,絵や図など視

覚的に理解をうながす支援が必要である。

これらの支援を工夫することで,文や文章の意

味を正しく理解することができ,学習課題に取り

組む際の土台ができると考えた。

<視点②学習課題を把握するために,抽象的な言

葉や理解しにくい言葉については,他の表現で

言い換える工夫をする。>

生徒Bは,日常的に使われる日本語の言葉はほ

ぼ理解できているが,抽象的な言葉や日常的にあ

【聞くこと】

教師の指示や友だちの意見は,大体聞き取るこ

とができる。

【話すこと】

手を挙げて質問することはないが,個別に質問

したり話したりすることはできる。

【読むこと】

音読はできるが,意味がわからない単語もある。

【書くこと】

板書はしっかりできるが,文章を書いたときに,

「一緒(いっしょ)」を「いっしょう」と書いた

りすることがある。

表3-6 生徒Bの日本語の力見取り表(一部抜粋)

【聞くこと】

聞く力 子どもの様子 中学校1年

初 中 終

①生活場面における聞く力 ◎ 日常的な会話であれば,問題なく理解している。

○ 一対一で,ゆっくりと話せば,大体理解している。

△ 単語とジェスチャーで伝えれば,なんとか理解している。

②学習場面における聞く力 ◎ 授業中に先生や友だちの発言を聞いて理解している。

○ 全体への指示や発問などを聞いて理解している。

△ 一対一の対忚があれば理解している。

【話すこと】

話す力 子どもの様子 中学校1年

初 中 終

①生活場面における話す力 ◎ 日常会話であれば,流暢に話している。

○ たどたどしい表現があるが,なんとか話している。

△ 単語とジェスチャーを組み合わせて,話している。

②学習場面における話す力 ◎ 自分の思いや考えを話している。

○ 全体への発問に対して,答えが明らかな場合には発言している。

△ 個別への問いかけに対して,単語程度で答えることができている。

【読むこと】

読む力 子どもの様子 中学校1年 初 中 終

①ひらがな,カタカナを読む力

◎ 間違いなく読んでいる。

○ 時々発音を間違って読んでいる。

△ 発音するのに,時間がかかっている。五十音表が必要である。

②文章を音読する力

◎ 文章を流暢に音読している。

○ 漢字や文の区切りを,時々間違って読んでいる。

△ 言葉や文単位で読むことができず,一文字ずつ読んでいる。

③文章を理解する力

◎ 文章の内容を十分に理解している。

○ 語句の説明があれば,文章の大体の内容を理解している。

△ 挿絵や写真などの資料から,大体の内容を理解している。

【書くこと】

書く力 子どもの様子 中学校1年 初 中 終

①ひらがな,カタカナを書く力

◎ 間違いなく書いている。

○ 時々,表記を間違って書いている。

△ 文字を書くのに時間がかかっている。五十音表が必要である。

②漢字を書く力

◎ 学年相当の漢字を書いている。

○ ある程度の漢字を書いている。

△ 「山」や「目」など,簡単な漢字なら書いている。

③文章を書く力

◎ 自分の思いや考え,感想などを書いている。

○ 経験したことや,あったことなど(日記や行事作文)を書いている。

△ 一文程度なら書いている。

小・中学校 人権教育 23

まり使われない言葉は理解しにくい状況があった。

特に学習課題に理解しにくい言葉があると,学習

課題が提示された時点で考えることを諦めてしま

う可能性もあった。学習場面で使われる理解しに

くい言葉については,生徒Bが理解できるであろう

と想定される日本語に言い換えることが大切であ

ると考えた。

これらの工夫をすることで,対象生徒が自分の

力で課題解決に取り組むことができると考えた。

<視点③経験のない学習活動の説明や,説明の内

容が複雑な場合は,視覚的に理解をうながす工

夫をする。>

生徒Bは日本の学校生活において様々な学習活

動を経験している。しかし,初めて経験する活動

については,言葉だけでの説明では理解しにくい

と考えた。そこで,経験のない学習活動を説明す

る際には,視覚的に理解をうながす支援が必要で

あると考えた。

これらの工夫をすることで,学習活動の内容を

十分に理解し,安心して取り組むことができると

考えた。

<視点④自分の考えを表現したり,友だちの考え

を理解したりする機会を設けるために学習形態

の工夫をする。>

生徒Bは,日本語に自信がないことから,なかな

か発言しない状況があった。また,全体発表にお

ける友だちの意見を正しく聞き取ることは難しい

と考えた。このことから,授業の中で自分の考え

を相手に伝える経験や,友だちの考えを聞き取る

経験をできるだけ多く積み重ねることが大切であ

ると考えた。

これらの工夫をすることで,自分の考えを表現

することに対する自信をもち,友だちと意見を交

流する楽しさを感じることができると考えた。

<視点⑤書く活動については,見本となるモデル

文例を示す工夫をする。>

生徒Bは書くことに対する苦手意識はなく,書

く活動にはすぐに取り組む姿が見られるが,日本

語の表記や表現の間違いがよく見られた。したが

って,正しい日本語としてのモデル文例を提示す

る支援が必要であると考えた。

これらの工夫をすることで,だれが読んでも理

解することができる正しい日本語で,自分の思い

や考えを書き表すことができると考えた。

【生徒Cの現状を踏まえた支援】

生徒Cは,今年の9月末に母親の就労に伴ってフ

ィリピンから来日した。母語以外に,英語は読み

書きともに問題のないレベルである。平成23年12

月現在,週に2時間,初期日本語指導員による日本

語指導を受けている。

表3-7は,学級担任が記入した,生徒Cの「日本

語の力見取り表」の一部である。

特記事項

表3-7 生徒Cの日本語の力見取り表(一部抜粋)

【聞くこと】

一対一でも理解することが難しいときもある。

【話すこと】

教師,生徒との意思疎通が難しい。一対一でゆ

っくりと話すと,理解できることもある。

【読むこと】

ひらがなは全て覚えている。音読することが難

しい。

【書くこと】

感想文等は英語で書いている。板書の書き写し

には時間がかかる。

【聞くこと】

聞く力 子どもの様子 中学校1年

初 中 終

①生活場面における聞く力 ◎ 日常的な会話であれば,問題なく理解している。

○ 一対一で,ゆっくりと話せば,大体理解している。

△ 単語とジェスチャーで伝えれば,なんとか理解している。

②学習場面における聞く力 ◎ 授業中に先生や友だちの発言を聞いて理解している。

○ 全体への指示や発問などを聞いて理解している。

△ 一対一の対忚があれば理解している。

【話すこと】

話す力 子どもの様子 中学校1年

初 中 終

①生活場面における話す力 ◎ 日常会話であれば,流暢に話している。

○ たどたどしい表現があるが,なんとか話している。

△ 単語とジェスチャーを組み合わせて,話している。

②学習場面における話す力 ◎ 自分の思いや考えを話している。

○ 全体への発問に対して,答えが明らかな場合には発言している。

△ 個別への問いかけに対して,単語程度で答えることができている。

【読むこと】

読む力 子どもの様子 中学校1年 初 中 終

①ひらがな,カタカナを読む力

◎ 間違いなく読んでいる。

○ 時々発音を間違って読んでいる。

△ 発音するのに,時間がかかっている。五十音表が必要である。

②文章を音読する力

◎ 文章を流暢に音読している。

○ 漢字や文の区切りを,時々間違って読んでいる。

△ 言葉や文単位で読むことができず,一文字ずつ読んでいる。

×

③文章を理解する力

◎ 文章の内容を十分に理解している。

○ 語句の説明があれば,文章の大体の内容を理解している。

△ 挿絵や写真などの資料から,大体の内容を理解している。

【書くこと】

書く力 子どもの様子 中学校1年 初 中 終

①ひらがな,カタカナを書く力

◎ 間違いなく書いている。

○ 時々,表記を間違って書いている。

△ 文字を書くのに時間がかかっている。五十音表が必要である。

②漢字を書く力

◎ 学年相当の漢字を書いている。

○ ある程度の漢字を書いている。

△ 「山」や「目」など,簡単な漢字なら書いている。

×

③文章を書く力

◎ 自分の思いや考え,感想などを書いている。

○ 経験したことや,あったことなど(日記や行事作文)を書いている。

△ 一文程度なら書いている。

×

小・中学校 人権教育 24

編入してから数学科の授業実践に入るまでの期

間に,生徒Cの授業中の様子を観察した。生徒Cは,

日本語の力については生活場面においても支援が

必要な段階であった。しかし,周りの友だちや教

科指導担当者に英語を使って尋ねたり,板書を一

生懸命ノートに写していたり,先生の顔を見て,

なんとか聞き取ろうとしていたりというように,

学習に対して大変積極的な態度が見られた。

このような実態から,日本語の4技能全てにおい

て支援が必要な状態ではあるが,学習課題を把握

することと,毎時間の中心となる教科用語等の言

葉を理解することをめざして,各教科等に共通す

る支援の視点を次の五つとした。

<視点①学習の見通しをもつことができる工夫を

する。>

生徒Cは日本の学校生活に慣れていないことか

ら,毎時間の学習がどのように進むのか,いま何

をするときなのかということが理解しにくいと考

えた。母国との違いに戸惑うことも多かった。そ

こで,隣同士で話合う際には,二人で話合ってい

る絵カードを示すというような工夫が必要になる

と考えた。

これらの支援を採り入れることで,生徒Cが不

安を感じることなく,安心して学習に臨めると考

えた。

<視点②各教科の用語や中心となる言葉にはふり

がなをうち,色分けして示す工夫をする。>

生徒Cは,生活場面においても周りの人が話す日

本語をほとんど聞きとることができない状況にあ

った。各教科等の授業において,「この言葉は大切。」

「これだけは覚えておこう。」というような指示や

板書をしても,その指示を聞きとることができな

かったり,板書の中でどの部分が大切なのかがわ

かりにくかったりした。このことから,大切な言

葉や文の色をあらかじめ決めておいて明示するな

ど,明確にわかる手だてが必要であった。

中学校の授業では,板書の量がかなり多くなる。

大切な部分がわかることで,生徒Cにとっては書き

写す負担感が軽減される。更に,漢字にふりがな

をうつことで,字で確認することができるだけで

はなく,音でも確認することができると考えた。

<視点③学習課題を把握するために,視覚的に理

解をうながす工夫をする。>

生徒Cの日本語の力から,学習課題を提示する際

に,主語と述語の2語文のような簡単な日本語で表

わしても,理解することは難しいと考えた。

しかし,周りの子どもたちと同様の理解をする

ことは無理であっても,絵や図,写真などの視覚

的な資料を使った手だてを採り入れることで,大

体の内容を理解することができると考えた。

こうした工夫をすることで,授業のスタート時

点から,日本語がわからないから何も理解できな

いという気持ちをもつことなく,学習活動に入る

ことができると考えた。

<視点④友だちに,わからないことを聞いたり,

友だちの考えを目で見て確認したりすることが

できるように学習形態の工夫をする。>

日本語がほとんど理解できない段階の子どもた

ちの多くは,周りの様子を見て真似をしたり,今

やるべきことを理解したりする。生徒Cもまさにこ

の状況にあった。また,聞きたいことがあっても,

日本語で表わすことが難しいことから,全員の前

での質問することはできにくいと考えた。このこ

とから,二人組や尐人数グループで学習する機会

を設けることが大切であると考えた。

こうした工夫をすることで,生徒Cがわからな

いことを友だちに尋ねたり,周りの友だちが生徒C

の手助けをしたりすることが可能になると考えた。

<視点⑤課題解決の方法や,学習活動の説明につ

いては,モデルを示す工夫をする。>

日本語の4技能全般において支援が必要な状況

があることから,何事についても,目で見て確認

することができる手だてが必要である。例えば,

数学科の「比例」の授業において,グラフ用紙に

座標を書いていく作業がある。その際に,大きな

グラフ黒板を使って,一つの座標を例にして,実

際にグラフ上に表す手順をやって見せるという手

だてである。

こうした工夫をすることにより,課題解決の方

法や学習活動の進め方がわかり,自分の力で取り

組もうとする姿勢を培うことができると考えた。

生徒B,生徒Cの日本語の力から,支援の視点を

それぞれ五つ挙げて説明をしてきた。第2項では,

生徒Bへの視点を基に具体的な支援を採り入れた国

語科の授業について述べる。

第3項では,国語科の実践授業で採り入れた支

援を,生徒Cへの支援の視点から再考し,よりてい

ねいな手だてを採り入れた数学科の授業について

述べていく。

小・中学校 人権教育 25

(2)国語科「心の歩み」の授業

-本文の言葉に着目し,考えたことを表現する-

本単元は,「麦わら帽子」「大人になれなかった

弟たちに・・・・・・」という二つの教材から構成さ

れている。人物の心情に寄り添いながら,作品を

味わうことをめざしている。本実践では,生徒B

の日本語の力から,単元全体を見通した予想され

るつまずきを挙げ,それらに対する支援を考えた。

表3-8は,本単元における生徒Bの予想されるつま

ずきと支援である。

表3-9は,「大人になれなかった弟たちに・・・・・・」

の第1時の学習指導案の一部抜粋である。学習活動

の欄に,わかりやすい日本を使った発問と補助説

明を記載した。

前項で挙げた,生徒Bの実態に忚じた五つの支

援の視点を基にした,実際の授業での手だてにつ

いて述べる。

<視点①に対する具体的な手だて>

○視覚的に理解をうながす提示物を使って,教材

文の範読をする。

「大人になれなかった弟たちに・・・・・・」は,

戦争中に作者が実際に体験したことを基に書かれ

た絵本である。戦争に関わる教材として,子ども

たちは,小学校3年生で「ちいちゃんのかげおく

り」,4年生で「一つの花」の話を読んでおり,戦

争中の生活についてのイメージをもってこの教材

文を読み進めることができる。しかし,生徒Bは小

学校5年生で来日したことから,これらの教材文

を読んだ経験がなく,日本の戦争中の生活につい

てイメージをもちにくいのではないかと考えた。

そこで,生徒Bが教材文の時代背景や大体の内

容を理解することができるように,指導者が範読

をする際に,本文ではなく絵本を活用した。学級

のほぼ全員が電子黒板に映し出される挿絵に注目

し,絵によっては,「細いな…。」「ミルク飲んで泣

いてる。」などといったつぶやきもあった。生徒B

だけではなく,全ての子どもたちが教材文につい

ての理解を深める支援になったと考える。

<視点②に対する具体的な手だて>

○学習課題を把握するために,理解しにくい言葉

を簡単な日本語で言い換える。

「麦わら帽子」の学習では,第1時の学習課題で

ある「一番気になった一文を紹介しよう」の中の,

一番気になったという部分を「一番‟いいなと思っ

た”‟なぜだろうと思った”‟どきどきした”」など

の言葉に言い換えて提示した。生徒Bは,「麦わら

帽子」で一番気になった一文について,次のよう

に書いている。

また,「大人になれなかった弟たちに・・・・・・」

では,第1時で「自分の学習課題を考えよう」とい

う目標を示したが,その際にも,「学習課題」を「‟

なぜだろう”‟不思議だな”‟考えていきたいな”

表3-9 第1時の学習指導案(一部抜粋)

一ばん気になったところは,7ページの9行目

の「わたし,ここに残る!!」

なぜかというと,カモメのためにのこって,

それがカモメをたすけるのをせいこしたのが,

すごくいいです。

※原文のまま

表3-8 「心の歩み」における予想されるつまずきと支援

対象生徒の予想されるつまずき

①それぞれの教材文の場面の様子をイメージすることが難しい。

②本文中から,登場人物の心情に迫る言葉や表現を見つけることが

難しい。

③本文中の言葉や表現から読みとれる,心情を表すことが難しい。

④友だちの考えを聴いて,自分の考えと比べたり,自分の考えを深

めたりすることが難しい。

対象生徒の予想されるつ

まずきに対する支援

①-1 本文中の挿絵や,原文である絵本を活用する。

②-1 心情に迫る言葉の例を一つ挙げて説明する。

②-2,③-1,④-1 二人組やグループで交流をする時間を設定する。

③-2 絵での表現を採り入れる。

③-3 心情を表す言葉を明示して板書をする。

第1時の目標 ・全文を読んで,自分が考えていきたい課題を見つけることができるようにする。

第1時の展開

学習活動

○発問・補助説明

◆支援 □個への支援 (理)理解支援 (表)表現支援

※留意点 ・準備物

評価の視点

(評価方法)

1.学習の流れを知る。

○(学習予定を提示し)この4時間

で「大人になれなかった弟たち

に・・・」を読んでいきます。

2.学習課題を知る。

○今日のめあてをノートに書きま

しょう。

3.作品の題名から考えたことを発

表する。

○この題名から,感じたことや考え

たこと,わかったことを発表しま

しょう。

4.範読を聞く。

○誰が出てくるでしょう。どうなっ

たのでしょう。しっかりと聞きま

しょう。

5.自分の学習課題を考える。

○この作品を読んで,「なぜだろ

う。」「不思議だな。」「考えていき

たいな。」と思うことを見つけま

しょう。

6.グループの学習課題を決める。

○一人一人の学習課題を交流し,一

番考えていきたい課題を決めま

しょう。

・学習予定の拡大掲示物

※学習課題をフラッシュカードに書いて提示し音読する。

・学習課題を書いたフラッシュカード

※学習課題につながるような意見を板書する。

◆出典である絵本を使って読み聞かせをすることにより,物語

の内容が理解しやすくできるようにする。

・作品の絵本

□範読をしながら,挿絵を指し示すことにより,本文の内容や

時代背景を理解することができるようにする。(理)

※できるだけゆっくり,はっきりと範読する。

□「学習課題」を「『なぜだろう。』『不思議だな。』『考えていきた

いな。』と思うこと」と言い換えることにより,理解することが

できるようにする。(理)

□書き方のモデル文例を提示することにより,自分で書くこと

ができるようにする。(表)

※早く書けた人は本文を微音読することを伝える。

※発表する順番を提示する。

□グループの学習課題をフラッシュカードに書いて黒板に提

示することにより,お互いの考えを知ることができるように

する。(理)

自分の学習課題を

書こうとしてい

る。

(ノート)

「大人になれなかった弟たちに・・・・・・」を読んで,学習課題を考えよう。

小・中学校 人権教育 26

と思うこと」と言い換えて提示した。この支援に

より,子どもたちは何を考えるのかということが

よく理解できた様子で,全員がノートに自分の考

えを書くことができていた。

<視点③に対する具体的な手だて>

○新しい学習活動を説明する際には,視覚的に理

解をうながす工夫をする。

「麦わら帽子」の第2時では,自分が一番気に入

った一文を尐人数グループで交流し,友だちの発

表に対する意見や感想を付箋紙に記入して手渡す

活動を採り入れた。この活動内容を説明する際に

は,発表の順番を板書し,付箋紙の書き方を提示

した。この支援により,各グループでスムーズに

交流活動を進めることができた。

また,新しい学習活動を採り入れた際には,そ

れ以後の学習の流れを同じにすることも大切であ

る。はじめの時間には新しい活動に戸惑う子ども

たちも,回を重ねるごとに活動に慣れ,自分から

進んで学習を進める姿を見ることができた。

図 3 - 1 1は,

「大人になれな

かった弟たち

に・・・・・・」

の最終の時間

(第4時)にお

いて,付箋紙に

自分の考えを書

く生徒Bの様子

である。

第2時から,本文中の気持ちを表す言葉に線を

引き,その言葉からわかる気持ちを付箋紙に書く

という活動を採り入れた。この時間までに2時間,

同じ流れで学習が進んできているので,子どもた

ちには,自信をもって自分の考えを書いている様

子が見られた。

<視点④に対する具体的な手だて>

○学習形態の工夫をする。

国語科の指導者から,生徒Bはほとんど発表する

ことがないと聞いていた。そのために,授業の中

で自分の考えを相手に伝える経験を積み重ねるこ

とで,発表への自信をもつことができると考えた。

本単元では,授業の基本的な流れを,自分で考え

る時間→二人組で交流→グループで交流→全体で

交流→振り返りとした。また,二人組やグループ

交流では自分の書いたものを見せて発表する形式

を採り入れた。耳から聞いただけでは理解しにく

い内容も,目で確認することで理解することがで

きると考えたからである。

子どもたちは,お互いのノートを交換したり,

書いていることを覗き込んで話を聞いていたり,

積極的に交流を進めることができていた。生徒B

もこれらの支援により,発表に対する自信がつい

たようで,本単元の最後の時間には自分から挙手

して,全体の場で発表することができた。

図3-12は,

全体交流の場

で発表する生

徒Bの様子で

ある。学級全

体を見ても,

全体交流で発

表する生徒の

数が増え,生

徒Bのように

発表が苦手であった子どもが挙手する場面が何度

も見られた。

<視点⑤に対する具体的な手だて>

○モデル文例を提示する。

本単元の学習を通して,書く活動については全

てモデル文例を提示した。気になった一文の書き

方,付箋紙の書き方,振り返りの書き方などであ

る。これらを提示して説明をしたことで,生徒B

だけではなく,学級の全ての生徒が,それぞれの

場面で書く活動に取り組むことができた。

(3)数学科での年間を通した支援

数学科では,国語科の実践で採り入れた支援を

基に,生徒Cへの支援の視点から見直し,具体的な

手だてを採り入れた。その支援は,数学科のどの

単元の授業においても必要かつ有効な手だてとし

て位置付けた。

小学校においては,専科や交換授業など若干の

例外はあるが,基本的には学級担任が全ての教科

の授業を担当する。学級担任が支援の視点を理解

すれば,必要に忚じて各教科等の授業に具体的な

手だてを採り入れていくことが可能である。

しかし,中学校においては,教科担任制である

ため,それぞれの教科指導担当者が支援の視点を

理解し,具体的な手だてを採り入れていく必要が

ある。そのためには,多くの必要な支援の中から

「最低限,これだけは必要」というものを厳選し

図3-12 全体交流で発表する生徒Bの

様子

図3-11 付箋紙に自分の考えを書く

生徒Bの様子

小・中学校 人権教育 27

ていく必要がある。支援を厳選することで,どの

授業でも同じ視点での支援が可能になり,対象生

徒が戸惑うことなく学習活動に参加することがで

きるであろう。「最低限これだけは必要」である支

援を基本として,各指導者が自分の授業において

工夫をしていくことが望まれる。

このような考え方から,数学科においては,あ

る単元に特化せず,年間を通して採り入れる必要

がある支援を考え,「比例・反比例」の単元の授業

で実践した。この支援は,数学科だけに必要な支

援ではなく,他の全ての教科等の授業においても

必要な支援であると考えている。

24ページで述べた,生徒Cの実態に忚じた支援の

視点を基にした,実際の授業での具体的な手だて

を述べていく。

<視点①に対する具体的な手だて>

○学習の見通しをもつことができるようにする。

図3-13のように,学習活動

を絵と言葉で示すカードを作

成し,黒板に学習の流れを提

示した。また,毎時間の流れ

を,めあての確認→学習課題

の把握→自力解決→二人組

での交流→グループでの交流

→全体交流→振り返りとい

うようにほぼ同じにすること

で,日本の学校生活に慣れて

いない生徒Cが安心して学習に臨むことができると

考えた。

<視点②に対する具体的な手だて>

○大切な用語や言葉にはふりがなをうち,明示する。

ふりがなについては,音として読めたからとい

って,意味がわかるわけではないというような考

えがあるのではないだろうか。

しかし,たとえ意味を理解することができない

としても,ふりがながあれば,音とともに文字を

見ることができる。音がわかれば,例えば指導者

が同じ言葉を繰り返し口に出したときに,その言

葉であることに気付くことができる。大切な用語

や言葉を何度も耳にして確認することは,意味を

理解することにもつながるのではないだろうか。

これらのことから,ふりがなをうつことは,最低

限必要な支援であると考える。

また,覚える必要のある教科の用語や,大切な

言葉が目で見てわかるように,フラッシュカード

に書いて提示する,色分けして示すなどの手だて

が大切である。図3-14は,数学科の時間に,数学

的な用語と,説明のポイントを色分けして示して

いる板書の様

子である。

用語を蛍光

緑のチョーク

で,ポイント

を蛍光オレン

ジのチョーク

で示している。

また,用語に

は,ふりがな

をうっている。板書の横にある鉛筆マークは,「こ

れはノートに書く」という印である。このマーク

があることで,生徒Cは,大切なことであるという

ことを目で見て理解することができた。

<視点③に対する具体的な手だて>

○学習課題を把握するために,視覚的に理解をう

ながす工夫をする。

生徒Cの日本語の力から,毎時間の学習課題を提

示する際には,絵や図などを採り入れて視覚的に

理解をうながす工夫をすることが必要であった。

例えば,生徒Cにとっては,「長方形」という言葉

一つをとって

も,日本語では

理解すること

ができない。そ

こで,「長方形」

と書いた横に,

実際に長方形

を描いて示す

支援を採り入

れた。図3-15

は,「長方形」を実際に描いて,「縦」「横」が目で

見てわかる工夫をしている指導者の様子である。

<視点④に対する具体的な手だて>

○学習形態の工夫をする。

生徒Cの実態から考えると,授業では,できるだ

け個別で支援をすることが望まれる。しかし,一

斉指導の中で,一人の子どもに関わることのでき

る時間は尐ない。このことから,友だち同士で教

え合ったり,生徒Cがわからないことを尋ねたり,

友だちが手助けをしたりする時間を設定すること

が大切であると考えた。

図3-15 長方形を描いて示す指導者

の様子

図3-13 学習活動を

示すカード

図3-14 教科用語とポイントを明示

した板書

した板書の様子

小・中学校 人権教育 28

図3-16は,「グラフ用紙に座標を取り,線で結ん

で図を完成させる」という学習活動に二人組で取

り組んでいる

生徒Cの様子

である。生徒C

は英語を使っ

て,隣の生徒

に質問をした

り,隣の生徒

が描いている

様子を覗き込

んだりしてい

た。また,隣の生徒も生徒Cができているかどうか

を気にして,見守る様子が見られた。

図 3-17は,

「比を簡単に

する方法」に

ついて,グル

ープで考えを

まとめている

様子である。

グループの

生徒が「9倍」

と書いた下に

「×9」と記入すると,生徒Cはにっこりと笑って

うなずいていた。

このように,二人組やグループでの活動を採り

入れることで,周りの子どもたちから学べること

は多い。そして,毎日の授業の中で指導者が行う

具体的な支援の手だてを見ている子どもたちは,

自分たちもその手だてを採り入れて対象生徒に接

するようになる。

<視点⑤に対する具体的な手だて>

○モデルを示す工夫をする。

学習課題の提示だけではなく,課題解決の方法

や学習活動の説明についても,目で見てわかる提

示の工夫が必要である。中でも,見本として指導

者が一度実際にやって見せるというモデルの提示

が,最も有効で

あると考えた。

図3-18は,式

からグラフを

かく際に,グラ

フ黒板を使っ

て,「2点の取り

方」「線の引き

方」という順番で,実際にやって見せながら説明

している指導者の様子である。生徒Cは大変集中し

て見ており,その後,自分でグラフをかくことが

できていた。

このような支援は,対象生徒だけではなく,学

級の子どもたち全員の理解をうながす有効な手だ

てにもなった。

<その他の支援>

○母国との学習内容の違いを配慮した,「支援

カード」を作成する。

数学科の学習は,数字を介して行われるために,

万国共通であるように考えてしまいがちではない

だろうか。筆者がこれまでに接してきた日本語指

導が必要な子どもたちがルーツをもつ様々な国の

学校でも,算数科や数学科の学習時間はある。し

かし,その内容は日本と同じではない場合もある。

また,学習した内容が同じであっても,本節で紹

介した「長方形」のように,日本語で表わされる

と理解できないという場合もある。

そこで,小学校算数科の学習内容から,文章問

題に使われる可能性の高い,かさ,長さ,面積,

重さなどの単位や,四角形と三角形の基本的な事

項などをまとめた「支援カード」を作成した。

図 3-19 は ,

「支援カード」

を見ながら課題

について考える

生徒Cの様子で

ある。

このような

「支援カード」

を,数学科だけ

ではなく,それぞれの教科について作成し,対象

児童生徒に手渡すことができれば,授業時間だけ

ではなく,自分で学習を進める際にも有効な支援

の手だてとなると考えた。

以上中学校の実践について紹介してきた。本章

のはじめでも述べたが,中学校では教科ごとで指

導者が異なる。しかし,本実践のように,対象生

徒の日本語の力から支援の視点を明らかにし,最

低限必要な手だてを複数の教科で採り入れること

は可能であると考える。

小・中学校の9年間を通して,全ての教科の授業

において,日本語指導が必要な子どもたち一人一

人の生活経験や日本語の力に忚じた,適切な支援

を採り入れることが重要である。

図3-17 グループで考えている様子

図3-18 グラフのかき方の見本を見せ

る指導者の様子

図3-19 「支援カード」を見ながら課

題について考える生徒Cの様子

図3-16 二人組で課題に取り組む生徒

Cの様子

小・中学校 人権教育 29

第4章 実践研究の成果と今後の展望

本章では,今年度の実践研究における成果と課

題をまとめる。そして,課題解決を含めて,日本

語指導が必要な子どもたちの教育の今後の展望に

ついて述べる。

第1節 実践授業を通して見えてきたこと

(1)対象児童生徒と学級の変容

前章では,小学校算数科と音楽科,中学校国語

科と数学科において,対象児童生徒の日本語の力

に忚じた支援を採り入れた授業の実践を紹介した。

対象児童生徒,学級の子どもたち,指導者,それ

ぞれの変容から成果を述べていく。

<対象児童生徒の変容>

○児童A(小学校5年,ルーツ:中国)の変容

実態把握のために,様々な教科の授業を参観し

ていた頃には,尐しでもわからないと感じると,

すぐに手遊び

をしたり落書

きをしたりし

ていた児童 A

が,算数科の

実践授業では,

全ての時間を

通して積極的

に学習に向か

うことができた。図4-1は,自分の力で分数の課題

に取り組む児童Aの様子である。

音楽科の実践授業では,世界11地域の音楽の中

に,児童Aの母国の音楽が含まれていた。そこで,

学級担任が,中国の楽器の中国語の発音を対象児

童に尋ねたり,「二胡」の実物を見せたりしたこと

で,周りの子どもたちも大変興味をもつことがで

きた。また,対象児童は授業においても,中国の

音楽で,なつかしいということを発言していたが,

日記にも「音楽の時間に中国の音楽を聞いて,な

つかしかったです。」という内容の文章を書いたと

いうことである。

このように,日々の授業において,対象児童生

徒の母国について知り,そのよさを認める取組を

採り入れたことで,外国にルーツをもつ子どもた

ちが,自分のつながる国の素晴らしさを認識し,

自分自身に誇りをもつ一歩になったと考える。

○生徒B(中学校1年,ルーツ:フィリピン)の変容

生徒Bは,自分の思いや考えを発表したり,友だ

ちにわからないことを尋ねたりすることがほとん

どなかった。しかし,国語科の実践授業では,毎

時間自分の考えをノートや付箋紙に書き,隣の友

だちやグループの友だちに伝えていた。また,指

導者が「よく書けている」と紹介した隣の生徒の

ノートを集中して読み,そのよさを知ろうとして

いた。最後の時間には,全体交流の場で自分から

発表した。

数学科の授業では,二人組やグループ学習で,

わからないことを友だちに尋ねることができてい

た。また,授業終了後には,指導者のところへ行

って,その時間にわからなかったことを質問する

ようにもなった。

このように,生徒Bは,自分からわかりたいと

いう意欲的な気持ちをもつことができた。

○生徒C(中学校1年,ルーツ:フィリピン)の変容

生徒Cは,来日後約一か月で,日常会話でさえ

もほとんど理解できない状況であったが,数学科

の授業において,学習内容を何とか理解しようと,

板書を使って説明する指導者に注目し,グラフ用

紙にグラフをかいたり,ノートに対忚表をかいた

りしていた。また,わからないことがあると,自

力解決の時間には指導者に声をかけたり,二人組

やグループ学習の時間には,理解することができ

るまで,英語の単語を交えながら質問をしたりし

ていた。このように,日本語が理解しにくいなが

らも,積極的に学習に臨む姿が見られた。

対象児童生徒の変容から,視覚的に理解をうな

がす支援を中心に具体的な手だてを採り入れた結

果,対象児童生徒が意欲的に学習に向かうことが

できたと考える。そして,対象児童生徒以外の学

級の子どもたちにも,同様に,学習活動に意欲的

に取り組む姿が見られた。

<学級の子どもたちの変容>

実践授業において,ほぼ毎時間二人組やグルー

プでの学習形態を採り入れた結果,授業の中で,

子どもたち同士が考えを交流し合ったり,教え合

ったりする雰囲気をつくることができた。特に,

対象児童生徒の隣の席の子どもや同じグループの

子どもたちには,対象児童生徒からの質問に何と

か答えようと努力する様子や,対象児童生徒が理

解できるように表現の仕方を工夫するといった姿

が見られた。

次ページ図4-2は,算数の時間に,児童Aから質

図4-1 課題に取り組む児童Aの様子

小・中学校 人権教育 30

問を受けた隣の席の

児童が,ノートを指

さしながら説明する

様子である。

図4-3は,中学校国

語科のグループ交流

で,友だちが書いた

ノートや付箋紙を覗

き込んで読んでいる

様子である。

このように,対象

児童生徒も含めた学

級の全員で,学び合

おうとする様子を見

ることができた。

<指導者の変容>

実践授業が終わった後に,協力員の先生方と振

り返りを行う時間をもった。その中で,指導者の

意識の変容について尋ねた。以下はそれぞれの回

答である。ゴシック体の部分は,実践研究の成果

や重要な支援である。

それぞれの先生が,具体的な支援の手だてが特

別な方法ではないことや,尐しの配慮でわかりや

すい授業となることを感想として述べていた。

9月初めに実践授業が終了した中学校国語科指

導担当者は,その後の授業においても,できるだ

けこれらの支援を採り入れるようにしているとい

うことである。生徒Bが日本語指導ボランティアの

先生に,「前よりも,国語の授業がわかるようにな

った。」と話していたことから,その効果がうかが

える。

昨年度の研究成果でも「日本語指導が必要な子

どもたちの教育は特別な教育ではなく,教師が一

人一人を大切にして実践している取組と視点は共

通している」(35)と述べた。毎日の学校生活にお

いて,日本語指導が必要な子どもたちの様子を見

取り,授業においてそれぞれの力に忚じた尐しの

配慮を続けることが,対象児童生徒が学習に向か

おうとする気持ちを育てる。そして,その気持ち

が,諦めずに自分の力で学んでいく力を育てるこ

とにつながると考えている。

(2)複数の目で見ることがもたらす効果

第2章14ページで,在籍校における連携の在り

方を提案し,日本語指導が必要な子どもたちに関

わる全ての指導者が,一人一人の日本語の力を見

取り,現状を共通理解する必要性について述べた。

今年度の実践研究では,提案通りの体制づくり

までには至らなかったが,在籍学級担任と教科指

導担当者,そして,日本語指導担当者という三者

の連携の基礎を作ることができたと考えている。

三者の連携がもたらした効果は次の三点である。

一点目は,小学校でも中学校でも,在籍学級担

任,教科指導担当者と日本語指導担当者との連携

が深まったことから,日本語指導の時間に在籍学

級の教科学習につながる日本語指導が可能になっ

た点である。

「日本語の力見取り表」の記入や,支援を採り

入れた実践授業を行うことで,在籍学級担任や教

科指導担当者は,これまで以上に対象児童生徒の

様子をよく見るようになった。その結果,一斉授

業における支援だけでは十分ではない,個別に支

援が必要な事柄が明らかになってくる。

日本語指導が必要な子どもたちに対する個別指

導の場は,尐数在籍校の場合,初期日本語指導員

や日本語指導ボランティアによる日本語指導の時

間である。このことから,筆者は,各協力員の先

生に,個別に支援が必要な事柄について,日本語

・「日本語の力見取り表」を記入したことで,

対象児童の様子をよく見るようになった。

・視覚的な教材の効果を改めて実感した。今後

はできる限り準備をして授業をしたい。

・日々の授業において,母国のことを紹介した

り,対象児童が活躍することができる場を設

けることの大切さを感じた。

<小学校在籍学級担任>

・毎時間することで,ふりがなをうつことに,

気を付けるようになった。

・説明する際には,できるだけ小さな段階に分

けて,ていねいに説明するようにした。

・説明する際には,例を挙げて説明するように

考えた。

<中学校数学科担当>

・中学生であっても,視覚的に理解をうながす

教材やフラッシュカードなどは効果的である

ことがわかった。今後の授業でも準備してい

きたい。

・書き方の例を提示することで,全員が書くこ

とができることに驚いた。提示の仕方に工夫

は必要であるが採り入れていきたい。

<中学校国語科担当>

図4-2 児童Aに説明する隣の席

の児童の様子

図4-3 グループで交流する様子

小・中学校 人権教育 31

指導の時間中に採り入れてほしいという要望を,

日本語指導担当者に伝えてはどうかという提案を

した。

小学校では,児童Aが中国で習得したはずの「九

九」を忘れてきており,かけ算・わり算の計算や,

分数の通分・約分をする際に時間がかかるという

現状が明らかになった。そこで,学級担任は,日

本語指導担当者に,日本語指導の時間に「九九」

を指導してほしいという要望を伝えた。

日本語指導担当者が「九九」を指導する時間を

設けたところ,児童Aは尐しずつ九九を思い出し,

日本語での九九も覚えようとしている様子が見ら

れた。更に,児童Aは,放課後に行われる日本語指

導の時間を,忘れてしまったり,行きたがらなか

ったりしていたが,「九九」の学習が始まってから

は,自分から進んで日本語指導の学習に向かうよ

うになったという成果が見られた。

中学校では,国語科指導担当者が古文の学習に

入るに当たり,漢字を読む力が不十分な生徒Bが,

古文の音読をすることは難しいのではないかと考

え,日本語指導担当者に,古文の音読練習をして

ほしいという要望を伝えた。週に一度の日本語指

導ではあるが,生徒Bは個別に練習する時間をもつ

ことができたことで,自信をもって「竹取物語」

を暗唱することができたという成果が見られた。

このように,各教科の学習内容で,個別指導が

必要な事柄を,学級担任や教科指導担当者が,直

接,日本語指導担当者に伝えることで,在籍学級

の授業に活きる日本語指導を行うことが可能にな

る。日本語指導の時間数は,平均すると週1時間で

あるため,個別に支援が必要な事柄全てに対忚す

ることは難しい。しかし,日本語指導の内容が教

科の学習内容に活きることで,子どもたちの学習

意欲が高まり,学力を保障することにつながると

考える。

二点目は,中学校において,国語科指導担当者

と数学科指導担当者が,対象生徒に対する支援の

視点を共通理解し,授業において具体的な手だて

を共有することができた点である。

7月から8月に実践した国語科の授業では,生徒B

の支援の視点に対する具体的な手だてを採り入れ

た。そして,10月に数学科の実践に入る際には,

数学科指導担当者に,国語科における支援計画や

支援の手だてをまとめた資料,そして,授業で支

援をしている場面の写真を提示して,具体的な手

だてについてイメージをもってもらう時間を設け

た。その上で,生徒Cに対する支援の視点から,国

語科で採り入れた支援より,更にていねいな支援

が必要であることを説明した。

数学科の実践授業では,授業の流れを示すカー

ドや,二人組の交流について,子どもたちから「国

語の授業でもやったな。」という声が出ており,戸

惑うことなく学習活動に取り組むことができてい

た。生徒Cは,国語科の実践授業を経験していない

が,周りの子どもたちが生徒Cと学び合おうとする

場面が見られた。

各教科の実践の様子は前章で述べたので,ここ

では省略するが,それぞれの授業において,対象

生徒をはじめとした学級の全ての子どもたちが,

毎時間の学習課題を理解し,意欲的に学習に取り

組む姿が見られた。

このように,国語科,数学科の指導担当者が支

援の視点を共通理解し,具体的な支援を共有した

ことで,それぞれの教科の授業が,対象生徒にと

ってわかりやすい授業になった。

小学校においても,指導者は在籍学級担任であ

るが,算数科,音楽科の二つの教科で,共通した

支援を採り入れて実践授業を行った。その結果,

それぞれの教科の授業で,対象児童が学習活動に

積極的に取り組む姿が見られた。

実践授業を通して,日本語指導が必要な子ども

たちの現状に忚じた支援の視点は,各教科等にお

いて共通していることが明らかになった。また,

支援の視点に対する具体的な手だてを各教科指導

担当者が共有し,実際の授業において採り入れる

ことで,全ての教科の授業が対象児童生徒にとっ

てわかりやすい授業になる可能性が示されたと考

えている。

三点目は,在籍学級担任以外の目から対象児童

生徒の日本語の力を見取ることで,学級担任一人

では気付かなかった面が明らかになり,より詳細

に現状を把握することができた点である。

小学校においては,8月の時点では学級担任一

人が「日本語の力見取り表」を記入したが,12月

には,体育を担当している教員と日本語指導担当

者が記入者に加わった。その結果,日本語指導の

場では流暢に会話をしている様子や,体育の授業

における指示がほとんど理解できていない様子が

わかった。

このように,一人の子どもであっても,日本語

の力の表れ方は時と場合によって異なる。この違

いを,日本語指導が必要な子どもに関わる教職員

が共通理解し,それぞれの場面で必要な支援を話

し合うことが大切である。

小・中学校 人権教育 32

第2節 編入前からつくる受入れ体制

(1)これからの外国人教育の在り方と進め方

本市においては,昭和54年,在日韓国・朝鮮人

への民族差別の解消を目的に,「外国人教育基本方

針(試案)」が策定され,市立学校・園では外国人

教育の取組が開始された。その後,平成4年には,

試案が方針(以下「方針」とする)に改められた。

外国人教育は,「外国籍児童・生徒の有無にかか

わらず,すべての学校・園において推進しなけれ

ばならない取組みである」(36)として,平成11

年度からは「指導の重点」に外国人教育の項が設

けられるようになった。更に,平成14年の「<学

校における>人権教育をすすめるにあたって」に

おいて,外国人教育は人権教育として,学校教育

における重点課題であるとして認識され,各学校・

園において組織的・計画的かつ継続的な取組が推

進されてきた。このように,本市では,外国人教

育といえば,在日韓国・朝鮮人に関わる教育とし

てとらえられてきた経過がある。

しかし,近年では,いわゆるニューカマーと呼

ばれる新たに渡日してくる子どもたちが増え,学

校においては多様な課題を解決することが急務に

なってきた。そこで,本市では,平成19年に「外

国籍及び外国にルーツをもつ児童生徒に関する実

態調査」を行い,学識経験者,小学校・中学校外

国人教育研究会代表者,教育委員会職員で構成し

た「京都市外国人教育プロジェクト」において,

調査結果を分析し,まとめを作成した。筆者もプ

ロジェクトの一員として,分析やまとめの作成に

関わった。

調査結果から明らかになったことは以下の通り

である。

これらの調査結果を基に,平成21年3月に「外

国人教育の充実に向けた取組みの推進について(通

知)」が出された。(以下「通知」とする)「通知」

において,はじめに,外国人教育推進の新たな視

点として,外国人教育の取組対象の拡大が挙げら

れている。

このことから,各校で行われている外国人教育

研修会では,従来通りの在日韓国・朝鮮人に関す

る内容だけではなく,新たに外国にルーツをもつ

子どもたちの教育に関する内容を採り上げる必要

があることは明らかである。しかし,外国にルー

ツをもつ子どもたちが多数在籍する日本語教室設

置校では,新しい視点での研修会が進められてい

る傾向にあるものの,尐数在籍校や在籍がない学

校では,その実現にはなかなか難しい現状がある。

なぜ,新しい視点での外国人教育研修が進みに

くいのであろうか。筆者はその要因を次の二点で

あると考える。

一点目は,外国人教育の新たな視点が学校現場

に周知されにくいという現状である。外国にルー

ツをもつ子どもたちの教育に関わる問題は,実際

に対象の子どもたちを目の前にしないと感じにく

いのではないだろうか。また,たとえ自分のクラ

スに外国にルーツをもつ子どもが在籍していたと

しても,日本語を覚えてくるにつれて,抱えてい

る課題が見えにくくなることが考えられる。

個別の配慮が必要であるという点では共通して

いるLD等支援の必要な子どもたちは,本市「平成

22年度小中学校における総合育成支援教育の取組

状況アンケート分析」(39)によると,〈LD等気にな

る児童生徒数〉は,小学校では全体の5.7%,中学

校では4.8%である。この数字から,こうした子ど

もたちが1クラスに1名以上は在籍している可能性

があると考えられる。また,多動であったり集団

行動がとりにくかったりするなど,対忚が必要な

困りも多くなる傾向にある。

日本語指導が必要な子どもたちの困りの中で,

すぐに対忚しなければ学級の授業が成り立たない,

周りの子どもたちに影響が及ぶというような困り

方針に明記された外国人教育の「目標」と「内

容」については,今後も基本的には変わることな

く継続する。また,在日韓国・朝鮮人児童・生徒

に対する取組については,在日韓国・朝鮮人児童・

生徒と同じ背景をもつ日本国籍の児童生徒や他の

外国籍及び外国にルーツをもつ児童生徒に広げて

取組を進めていく。 (38)

①外国籍の児童生徒の在籍人数が減尐した一方で,

外国籍児童生徒とほぼ同数の外国にルーツをも

つ日本国籍の児童生徒が在籍している。

②在日韓国・朝鮮人の中では,日本人との結婚や

日本国籍を取得(帰化)する人が増加してきた

ことなどにより,韓国籍,朝鮮籍の児童生徒が

大幅に減り,「日本国籍をもつ在日韓国・朝鮮

人児童生徒」が増加してきた。

③在日韓国・朝鮮人児童生徒以外の中国やフィリ

ピンなどの国籍やルーツをもつ新たな外国人児

童生徒が増加しており,これら児童生徒の多く

は日本語の習得が十分でなく日本語指導等の支

援が必要である。 (37)

小・中学校 人権教育 33

はほとんどないのである。在籍数も,尐数在籍校

については全校一人だけという場合が多い。これ

らのことから,日本語指導が必要な子どもたちの

教育に関する課題の周知は,まだ,これからの段

階であることがわかる。

しかし,本市においては,日本語指導が必要な

子どもたちの学力保障は喫緊の教育課題として認

識され,昨年度から教育研究の一つとして研究を

進めている。今後,研究の成果を含めて,どのよ

うに周知することが効果的なのかということを,

成果物の作成・発信や研修会の開催など多面的に

考えていくことで,日本語指導が必要な子どもた

ちの教育に関する課題について広く知られるよう

になることを望んでいる。

二点目は,既に述べたが,新しい視点の外国人

教育研修会といっても,どのような内容で,いつ

行えばよいのかということがわかりにくい現状で

ある。こうした現状については,どの学校でも使

うことができる「校内研修の進め方」及び「外国

にルーツをもつ子どもたちの現状と課題〈概要編〉」

のプレゼンテーションを作成した。

一点目の要因の解決にもつながるが,これらの

資料の発信方法については十分に検討する必要が

あるだろう。必要とする学校に確実に届くように

することが,有効に活用されることにつながる。

多くの学校で資料が活用され,新たな視点での外

国人教育研修会が開かれ,日本語指導が必要な子

どもたちの受入れ体制が更に充実することを願っ

ている。

(2)受入れ校同士がつながるために

日本語指導が必要な子どもたちの受入れ体制の

さらなる充実をめざすためには,前項で述べた新

しい視点での外国人教育研修会の実施のほかに,

実際に子どもたちに関わっている指導者のネット

ワークづくりが必要である。

本市では,日本語指導に関わる担当者の研修会

が毎年開催されている。8月には,日本語教室担当

教員,初期日本語指導員,日本語指導ボランティ

アを対象とした研修会が開催される。その研修会

では,講演による日本語指導が必要な子どもたち

の教育に関わる知識の習得と,グループでのワー

クショップや情報交換が行われている。3月には日

本語教室設置校の連絡会があり,各校の取組が交

流される。回数を考えると十分とは言い難いが,

毎年研修会が行われる点では整った体制であると

いえる。しかし,日本語指導担当者以外の指導者,

例えば在籍学級担任や各教科指導担当者などが集

まって研修する機会は,現在のところ設定されて

いないという現状である。

臼井は,「現職教員の多くは,養成期や入職以降

に,外国人の子どもの教育に関する研修を受けた

経験がない。そのため,日本語教室担当者だけで

はなく,学級担任や学校管理職に対しても,外国

人の子どもの教育上で必要となる知識や技術の習

得をねらった研修会を開催する必要がある」(40)

と述べている。

また,筆者が昨年度実施した尐数在籍校の学級

担任を対象としたアンケート調査において,「『日

本語指導が必要な児童生徒』に対する教育につい

ての研修会の必要性」について尋ねたところ,そ

の回答で「必要だと思う」「どちらかといえば必要

だと思う」を合わせた人数の割合は,小学校では7

割をこえ,中学校では9割をこえていた(41)。この

ことから,実際に日本語指導が必要な子どもに関

わる教職員の多くが研修会の開催を望んでいるこ

とは明らかである。

研修会開催の目的は,臼井が述べているように,

知識や技術の習得にあるが,筆者は研修会にはも

う一つ大切な意義があると考える。それは,人と

人とのつながりを築くことである。知識や技術の

習得であれば,文部科学省初等中等教育局国際教

育課の海外子女教育,帰国・外国人児童生徒教育

等に関する総合ホームページ「CLARINET」※3や,

帰国・外国人児童生徒教育のための情報検索サイ

ト「かすたねっと」※4を活用したり,外国にルー

ツをもつ子どもたちの教育に関する本を読んだり

することでも可能である。

しかし,子どもに関わる中で生じる疑問や課題

について尋ねたり,指導上の困りや悩みを聞いて

もらったりすることは,人が集まる場があって初

めて可能になる。ところが,日本語指導が必要な

子どもたちに関わる指導者は,各学校においては

尐数であるため,日々の学校生活の中で対象児童

生徒の教育について話したり相談したりできる機

会は尐ない現状がある。また,外部に相談しよう

としても,現在のところ,日本語指導が必要な子

どもたちの教育に関わる相談機関は存在しない。

これらのことから,日本語指導が必要な子ども

たちに関わる全ての指導者が集まり,知識や技術

を習得する一方で,お互いが指導について交流し

たり,悩みを相談したり,アドバイスをもらった

りする場としての研修会の開催が望まれる。この

ような研修会で,出会った指導者同士がつながり

小・中学校 人権教育 34

をもち,日頃から情報交換をしたり,困ったこと

がある際には尋ねたりすることができる関係を築

くことが大切である。

筆者自身も,日本語指導が必要な子どもたちの

教育に関わり始めた頃は,日本語指導に関する知

識もなく,指導方法もわからず,日々手探りで指

導を進めている状況であった。そのような状況の

中で,外国にルーツをもつ子どもたちの在籍が多

い都市の研究発表会や授業公開に参加したり,大

学が主催する学習会に参加したり,ほかの日本語

教室設置校を訪問したりすることで,多くの指導

者とつながりをもち,自分なりに課題を解決して

いった経過がある。

また,研修会の対象は,在籍する子どもの人数

を問わず,外国にルーツをもつ子どもたちの受入

れ校の管理職,在籍学級担任,教科指導担当者及

び日本語指導担当者であることが重要である。日

本語教室設置校,尐数在籍校の両方が参加するこ

とで,受入れ経験の尐ない尐数在籍校が,受入れ

経験の豊富な日本語教室設置校の取組を知ること

が可能になる。また,尐数在籍校同士が,校内体

制づくりや校内研修会の進め方などに関して,同

じ視点で話し合うこともできる。

このような研修会を実施する中で,実際に子ど

もに関わっている指導者から出される課題や要望

は,今後,本市が帰国・外国人児童生徒に対する

教育をどのように進めていくのか,受入れ体制を

どのようにしていくのがよいのかを考える際の指

標になるのではないだろうか。

更に,本研究において作成した,「帰国・外国人

児童生徒用個人カード 生活調査 学習調査」や

「日本語の力見取り表」,外国人教育研修会の進め

方やその資料,そして,チーム会議をはじめとす

る校内体制づくりについて,研修会で説明するこ

とができれば,日本語指導が必要な子どもたちの

教育上,必要な事柄の周知を図ることができると

考える。

現在,本市においては,学校間で,どの学校に

日本語指導が必要な子どもが在籍しているのかと

いう情報がわかりにくい状況がある。情報の共有

ができれば,ある学校で,突然日本語が全く理解

できない子どもの編入があり,どのような取組を

進めていけばよいのかわからずに困りを抱えてい

るときに,周辺のどの学校で,既に受入れをして

いて取組を進めているということがわかる。そし

て,その学校から情報を提供してもらったり,ア

ドバイスをもらったりすることができる。

受入れ校同士がつながり,ネットワークを築く

中で,日本語指導が必要な子どもたちに関わる指

導者が孤立することなく,対象児童生徒に対する

教育を充実させていくことが,子どもたちの学力

保障のために,いま,必要である。

※3 海外子女教育,帰国・外国人児童生徒教育等に関す

る総合ホームページ「CLARINET」

文部科学省が中心となって,海外子女教育・帰国児童生

徒教育関係の教育相談や情報提供並びに海外にある日本人

学校・補習授業校と国内の学校及び日本人学校・補習授業

校同士などの情報交換等が行えるような場を,広く一般に

提供していくことを目的としている。「CLARINET」とは,

Children Living Abroad Returnees Internet の頭文字を

とったもの。

※4 帰国・外国人児童生徒教育のための情報検索サイト

「かすたねっと」

文部科学省初等中等教育局国際教育課が運営する,帰

国・外国人児童生徒の教育のための情報検索サイトである。

教材検索と学校文書検索が可能である。

(35) 前掲(4) p.38

(36) 京都市教育委員会「外国人教育の充実に向けた取組の推進

について(通知)」 2009.3

(37) 前掲(36)

(38) 前掲(36)

(39) 京都市教育委員会総合育成支援課「平成22年度 小中学校

における総合育成支援教育の取組状況アンケート分析」

http://web.edu.city.kyoto.jp/ 2012.2.20 p.4

(40)前掲(7) p.151

(41)前掲(4) p.5

おわりに

実践授業において,指導者が「理解してほしい。」

「表現してほしい。」というおもいで手だてを工夫

している場面では,対象児童生徒だけではなく,

学級の子どもたち全員が集中して説明を聞いたり,

課題解決に取り組んだりする姿が見られた。

日本語が理解しにくい子どもであっても,指導

者のおもいを感じ取り,何とか授業についていこ

うと努力をする。指導者が配慮することで,子ど

もたちの意欲を引き出すことができるのである。

最後に,本研究の趣旨を理解し,多くの支援を

採り入れた授業を実践してくださった京都市立乾

隆小学校,京都市立春日丘中学校の研究協力員の

先生方をはじめ,御協力いただいた教職員,日本

語指導担当者の皆様に,心より感謝の意を表した

い。そして,本市で学ぶ全ての「日本語指導が必

要な子どもたち」と,子どもたちに関わる指導者

を今後も忚援し続けたい。