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グローバル知財戦略フォーラム 2016 セミナーレポート 2016 年 1 月 25 日、26 日に開催された「グローバル知財戦略フォーム 2016」。「ものづくり・サービス・IoT の統 合と新たな知財戦略 ~オープン&クローズ戦略とソフトウェアをいかに駆使するか~」と題するパネルディスカッ ションでは、東京大学政策ビジョン研究センターの渡部俊也教授の進行にて、法政大学デザイン工学部の西岡靖之教 授、トヨタ自動車株式会社 知的財産部長 近藤健治氏、株式会社日立製作所 専門理事 知的財産本部長 鈴木崇、KDDI 株式会社 技術統括本部 知的財産室 室長 川名弘志氏が企業のこれからの知財戦略や、政策に期待することなどにつ いて議論した。 IoT/インダストリー4.0 時代における 「つながる」ことのメリットと課題 各企業の戦略上、IoT あるいはインダストリー4.0 の 重要度が非常に高まってきている。 事業戦略と知財戦略を統合させるべきと考えた時、知財 部門は何をすべきだろうか?冒頭、モデレーターの渡部 教授は、このように問いかけた。 東京大学政策ビジョン研究センター 渡部 俊也 教授 2016 年は「IoT×知財」 元年 オープン&クローズ戦略を 実践する先進企業の未来予想図

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Page 1: 年は「IoT 元年 オープン&クローズ戦略を 実践する先進企業の ... · 2019. 10. 7. · グローバル知財戦略フォーラム2016セミナーレポート

グローバル知財戦略フォーラム 2016セミナーレポート

2016年 1月 25日、26日に開催された「グローバル知財戦略フォーム 2016」。「ものづくり・サービス・IoTの統

合と新たな知財戦略 ~オープン&クローズ戦略とソフトウェアをいかに駆使するか~」と題するパネルディスカッ

ションでは、東京大学政策ビジョン研究センターの渡部俊也教授の進行にて、法政大学デザイン工学部の西岡靖之教

授、トヨタ自動車株式会社 知的財産部長 近藤健治氏、株式会社日立製作所 専門理事 知的財産本部長 鈴木崇、KDDI

株式会社 技術統括本部 知的財産室 室長 川名弘志氏が企業のこれからの知財戦略や、政策に期待することなどにつ

いて議論した。

IoT/インダストリー4.0時代における

「つながる」ことのメリットと課題

各企業の戦略上、IoT あるいはインダストリー4.0 の

重要度が非常に高まってきている。

事業戦略と知財戦略を統合させるべきと考えた時、知財

部門は何をすべきだろうか?冒頭、モデレーターの渡部

教授は、このように問いかけた。

東京大学政策ビジョン研究センター 渡部 俊也 教授

2016 年は「IoT×知財」元年

オープン&クローズ戦略を

実践する先進企業の未来予想図

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今、世界で 250億台もの機器がインターネットにつな

がるという話がよく話題にのぼる。つながることで生産

性が上がるのは間違いないが、同時に様々な課題が出て

くるだろうと渡部教授。

課題のひとつは、巨大なビジネスエコシステム上で、

各プレイヤーがどのような関係を結ぶかということにあ

る。つながればつながるほど、モノよりもソフトウェア

の価値が高まり、産業のサービス化が促進する。そのビ

ジネスエコシステムに参加する組織は、利益はどこに落

ちるのかを考慮しながら、オープンにする領域とクロー

ズにする領域の線引きを考えていく必要があるというわ

けだ。

オープン&クローズ戦略に基づいた知的財産マネジメント

図版出典:『オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件 増補改訂版』(小川紘一・著)より

日本のものづくりの強みを活かす

「つながる工場」の知財としての課題

渡部氏の問題提起を受け、パネルディスカッションの

前半では各パネリストが所属組織における IoTへの取組

状況や知財部門の対応等を紹介した。

法政大学デザイン工学部教授の西岡靖之氏は、インダ

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ストリアルバリューチェーンイニシアチブ理事長として、

「つながる工場」をキーワードに日本のものづくりの強

みを活かし、影響力を高めていく活動を推進している。

法政大学デザイン工学部 西岡 靖之 教授

西岡氏は、IoTの時代には、従来の知的財産権(特許)

の対象にはならない「第二種のシステム(業務システム)」

を、知財としてどのように扱うのかが課題となると指摘

する。「第二種のシステム」とは、これまで知財として

守られてきた「モノ=第一種のシステム(人工物システ

ム)」に対し、人およびその目的意識や行動規範なども

含む広い意味でのシステムを指す。

製造業は IoTで顧客との接点をつなげることで、モノ

の販売だけでなく、サービスによっても収益が上げられ

るようになった。一方でモノづくりの現場である工場は、

サービスの世界からはまだ遠い。しかし西岡氏によれば、

そこには大きな可能性が見いだせる。

“モノづくりの現場の強さは、現場に様々な知的なテー

マが転がっているところにあるのです。カイゼン、プロ

セス、プロダクション…、それはモノというよりコトと

言った方がいいでしょう。これらをいかにしてサービス

化できるのか。各現場固有のものを切り売りすることは

なかなか難しいし、切り売りすることでノウハウが失わ

れる危険性もあります。しかし、モノづくりのプロセス

あるいはプロダクションそのものを標準化し、つながる

しくみにすることで、世界中から、あるいは地方にいな

がらも使えるサービスとして、知的財産をお金に変える

ことができるわけです。“

また西岡氏は、つながっていることにより、戦略的に

「伸びゆく手」(自社が集中するコア領域と他社に委ね

る領域を線引きし、エコシステムを介して自社のコア領

域からサプライチェーンに、強い影響力を持たせるしく

みのこと)を形成することができると指摘する。

オープン&クローズ戦略の「伸びゆく手」

図版出典:『オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件 増補改訂版』(小川紘一・著)より

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「知財先進企業」が取り組むチャレンジとは?

個人向け、法人向け、海外向けの 3カテゴリーで携帯

電話、通信インフラやデータセンター、コンテンツなど

様々な事業を展開する KDDI。知的財産室 室長の川名弘

志氏によれば、IoT 関連ビジネスついては通信事業のさ

らなる成長を促進するものとして重視しており、また端

末との接続点を持っているという点で同社は有利な位置

にいると考えているという。

KDDI株式会社 技術統括本部 技術開発本部

知的財産室 室長 川名 弘志 氏

現在 KDDIが取り組む IoT関連事業のひとつは、法人

向けの M2M(Machine to Machine:機器同士の通信)

サービスだ。車両や産業機械、ホームセキュリティシス

テム等、様々なデバイスに通信機能を実装するためのサ

ービスで、KDDIは通信回線と通信モジュールのほかに、

各デバイスから収集されるデータを集約するプラットフ

ォームを提供している。

その他、個人向け商品としてスマートフォンと連携し

て情報を表示するインテリア雑貨を販売したり、複数の

IoT 関連スタートアップ企業の支援を行ったりしている。

川名氏によれば、インフラ、クラウド、端末のそれぞ

れの分野で「安心、安全、安定したサービスを提供でき

ること」が、KDDI の競争優位な点だ。また、将来的に

は IoTデバイスから収集するモノのログと、SNSなどに

投稿されるヒトのログとを組み合わせ、ビッグデータ解

析による予測を元にした付加価値の提供も視野に入れて

いるという。

知財に関する取り組みとしては、IoT がきっかけで増

えているパートナー企業と新たなビジネスモデルを共創

し、知財化していくことが挙げられた。また、「ビジネス

モデルに即した自社コア技術の特許化/ブラックボック

ス化の選別」を掲げ、経済産業省の「大規模 HEMS情報

基盤整備事業」においてユーザーのデータのプライバシ

ーを保護する技術を開発し、特許出願した事例が紹介さ

れた。

株式会社日立製作所 専門理事

知的財産本部長 鈴木 崇

日立製作所は IT とプロダクトによる顧客課題の解決

を目指す社会イノベーション事業を展開すべく、事業ポ

ートフォリオを組み替えている。中でも製品保守や業務

運用などのサービスの売上高は拡大中で、IoT は重要な

位置を占める。

知的財産本部長の鈴木崇は、集積・蓄積した生のデー

タをナレッジにまで高めるという IoT時代の価値創出の

プロセスにおいて、以下のような知財上のチャレンジが

要求されると述べた。

まず、現場の本質的課題を把握するための「お客様と

の共創」。次に、オープンなデータ連携環境を実現するた

めの「データの利活用の自由度の確保」、「標準化」「オー

プンソースソフトウェア(OSS)」の扱い。そして、人工

知能やセキュリティといった IoTに必須となる要素技術

の開発やその使い方について、「オープン&クローズの観

点から知財戦略を見直し、進化させること」だ。

鈴木は IoT 時代の考え方として、「競合他社に対して

優位性を確保するという特許権中心の知財の考え方を脱

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すること」、「自らの属する生態系の成長を目的とした、

秘匿/公開という二元論ではない多軸の知財戦略への転

換と、知的財産権だけではなく知的財産や契約関係を包

含する進化した戦略」の必要性を訴えた。

トヨタ自動車株式会社 知的財産部長 近藤 健治 氏

トヨタ自動車の知的財産部長 近藤建治氏は、「もっと

いいクルマ」の販売を通じて「いい町・いい社会」を実

現するという「トヨタグローバルビジョン」を紹介し、

その具体策のひとつとして「水素社会」の実現を挙げた。

実現するには他社との協業が不可欠で、そのための知財

による貢献として決断したのが、トヨタが持つ燃料電池

関連の特許実施権の無償提供なのだという。

市場ポジショニングや目的によって異なる

オープン化の戦略

パネルディスカッションの後半は、各社が考えるオー

プン&クローズ戦略と、知財政策への要望について議論

がなされた。

渡部(東京大学政策ビジョン研究センター):

まずはひとつ目の論点として、オープン&クローズで

の「つながる方」、顧客やビジネスエコシステムのさまざ

まなプレイヤーとの共創領域における知財の取り扱いに

ついて、具体的な工夫や課題をお聞きしたいと思います。

まずは近藤さん、例えばテスラは電気自動車関連の特

許を無償で開放するということで、特許権を行使しない

ことを宣言しています。これは、トヨタさんとは考え方

ややり方が違うということでしょうか?

近藤(トヨタ自動車株式会社):

弊社の場合はあまり無償開放という言葉は使っておら

ず、ライセンスの無償提供という言い方をしています。

それは将来の争いを避けるためで、一緒に水素社会を作

っていけるという会社さんと契約をし、どこまでの特許

はカバーしていて、どこからは違うのか、期間はいつま

でか、線引きを明確にしているのです。なぜオープンに

するのかという目的を互いに認識したうえで、取り決め

をすることが大切です。

渡部:

オープンとクローズの境界をかなりきっちり線引きし

ておかないとリスクがあるということですね。日立さん

の OSS(オープンソースソフトウェア)についても、そ

ういう課題は感じておられますか?

鈴木(株式会社日立製作所):

そうですね。IoTのパートナー企業との関係で言うと、

知財には協業する前からそれぞれが持っている「バック

グラウンド IP(Intellectual property)」と、協業を始

めてから出てくる「フォアグラウンド IP」があります。

どちらも、他の市場や他のアプリケーションにも使って

いくという横展開を考えますので、将来の可能性も考え

て、理想的には協業を始める前に知財の取り決めをする

必要があるのです。

渡部:

KDDI の川名さんがおっしゃった「パートナー企業と

共創したビジネスモデルの知財化」というのは、具体的

にはどういうことでしょうか。

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川名(KDDI 株式会社):

通信モジュールを今までになかった機器に入れた場合

などには、全く新しいビジネスモデルが生じる可能性が

ありますので、その知財をどう運用していくのかが課題

になります。私たちとパートナー企業とで知財を共有し

た場合、私たちはそのパートナーさんの同業他社とも同

じビジネスモデルで展開したいが、相手はそれを望まな

いということや、逆にパートナーさんが KDDIと保有し

ている知財をドコモさんやソフトバンクさんと組む中で

使いたいということもあります。そういった利害の衝突

が後から生じないように、事前に取り決めて契約をする

必要があると考えています。

渡部:

ありがとうございます。でも、事前にはなかなか決め

られないこともありますよね(笑)。西岡さんは IoT 推

進の立場から、もう少しアピールしたいことなどがある

のでは?

西岡:(法政大学デザイン工学部):

そうですね。お話を伺っていると、ぶっちぎりで勝ち

に行くというスタンスなのか、それとも部分的に守りな

がらしっかりと利益を上げるというスタンスなのか、市

場でのポジショニングによって違うような気がします。

例えば要素技術で差別化をするということは重要かもし

れませんが、エコシステムというのは要素技術の世界で

はなくなるので、そこでリーダーシップをとって一気に

攻めに行く時は、多少はオープンにしても良いというよ

うな、意識の切り替えが必要ではないでしょうか。

渡部:

前半のパネルディスカッションは、「少し思い切ってオ

ープンにしてもビジネスモデルで勝負できるんじゃない

か」という話でしたね。

クローズ領域のノウハウを開示するのはどんなときか?

渡部(東京大学政策ビジョン研究センター):

次に、クローズ領域の話に移ります。これだけ大きな

ビジネスエコシステムが形成されていく中で、クローズ

領域の課題や活用方法のアイデアがあれば伺いたいと思

います。まずは西岡先生、共創領域でのノウハウの位置

づけについて補足していただけますか。

西岡(法政大学デザイン工学部):

私は「つながる工場」というコンセプトでやっており

ますので、工場の内側、つまり「どういう作り方をして

いるのか」ということをある程度オープンにしなければ

いけないということがジレンマになります。製造ノウハ

ウは一番重要なところで、1 回見られてしまったらおし

まいということも確かにあるでしょう。ただ、モノづく

りにも段階があって、何でもかんでも隠す必要はないと

考えています。細かい粒度の製造プロセスはしっかり隠

し、生産管理や品質管理といった生産プロセス、つまり

現場の作業者がどういう順番でどんなことをやっている

のかというのはある程度オープンで良いのではないか。

逆にそのあたりをオープンにしないと、工場内の“コト”

をサービス化して生産現場をつなげるということができ

ません。全体的に日本の工場は、隠しすぎることで却っ

て孤立し、その技術がなくなってしまうという危機にあ

るのでは、と感じます。

渡部:

ありがとうございます。では、クローズ領域の使い方

について企業の皆さんに伺いたいと思います。

近藤(トヨタ自動車株式会社):

ノウハウと定義づけられるものは、基本的にはクロー

ズだと思います。ただし、海外の製造子会社といったと

ころには、当然きちんとしたスペックのものを作っても

らわなければいけないので、秘密が守られる前提で必要

なノウハウを開示します。では第三者とはどうかという

と、秘密が守られるという前提で目的やメリットをよく

考え、リターンがリスクより大きければ開示するという

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ことも中にはあります。

川名(KDDI 株式会社):

メーカーさんとはまた違うところがありまして、私た

ちのノウハウというと通信モジュールをいろいろな機器

に入れるためのチューニングの作業のようなことが、一

緒に組むパートナーさんに入り込む余地はあります。た

だ、そのノウハウを利用される可能性はあまりないわけ

です。リスクとメリットを考えて、出さざるをえないと

ころを出すという考え方です。

鈴木(株式会社日立製作所):

日立には自動車部品の事業があります。デンソーさん

なんかと争っているんですけれど、例えばトヨタさんか

らデンソーさんの工場と IoTでつないでほしい、つない

だら注文する、と言われるとちょっと悩ましいですね。

まさに何のためにやるか、どこまで出すか、それをよく

よく見極めないと、現場ではなかなか難しいと感じます。

渡部:

ありがとうございます。西岡先生は、今の皆さんのお

話をうかがってどうですか?

西岡:

私も、ノウハウは隠すものという大原則はその通りだ

と思います。しかし、今はノウハウがどんどんデジタル

化され、ソフトウェア化されていくのです。今は先端で

あるノウハウも、いずれはデジタル化・ソフトウェア化

を経て、世界中にばらまかれることを考えると、その前

に先手を打つことが戦略的には良いのではないでしょう

か。隠すのではなく、ある程度出しながら仲間を募って

いくという考え方も一方ではあるのです。

渡部:

ベンチャーを見ていると、それはありだなという感じ

がしますね。業界ですとか目的によってアプローチの仕

方が違ってくるのでしょう。

IoT 時代に必要とされる法制度

-人工知能が独自判断した特許侵害の責任は?

渡部(東京大学政策ビジョン研究センター):

ここまで特許だとかノウハウだとかの話をしてきまし

たが、少し欠けているところがあるとするとデータの重

要性という観点があるかと思います。データの利活用、

処分権といったものを確保していかないと IoTに活用で

きないといったことになるからです。

データの話でなくても結構ですが、IoT 全体の知財の

政策としてどういうことを考えていかないといけないの

か、知的財産のあるべき姿に対して政府がどのようにサ

ポートできるのか、ご意見を伺いたいと思います。

西岡(法政大学デザイン工学部):

そのあたりは専門ではありませんが、ひとつ申し上げ

るとすると「守る」というのとは別に、きちんとトレー

スができるしくみが必要ですね。誰かのアイデアなりノ

ウハウが流出、あるいは自らオープンにするにしても、

そのオリジナルはどこなのかをトレースできるしくみ、

これはある意味「つながるしくみ」ということになると

思うのですが、それがあれば次のビジネス展開があるの

ではないでしょうか。「持って行ったもん勝ち」というよ

うな、どこからどう持って行ったのか分からないのは問

題ですので、そこを制度としてフォローできるのであれ

ばとても良いと思います。

近藤(トヨタ自動車株式会社):

IoT の話になると、カバーする領域が一国では済まな

くなってきます。実施主体についても、人工知能がやっ

たことは誰の責任か、その行為は特許権の侵害になるか

というようなことも含めると、特許制度だけでカバーで

きる時代は終わってしまうのではないでしょうか。国を

超えた条約などの議論の必要性を感じます。もう 1 点、

国の政策として必要なのは、今議論しているようなオー

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プン&クローズ戦略を考える人材を育成し、裾野を広げ

ていくことです。そういった人材が中小企業にまで出向

いていけるような、そんなしくみが必要だと考えていま

す。

川名(KDDI 株式会社):

データについて申し上げますと、データはひとつひと

つでは価値がなく、集合体で財産的価値が高まるという

ものですから、価値があるレベルまで集まって初めて保

護されるべきものだと思います。また、データの鮮度な

どによっても、何が保護されるに値するかを見極める必

要があります。一方で、自分の個人情報がビックデータ

の中に入っているということに「気持ち悪さ」を感じる

国民はたくさんいるでしょう。利用される側の立場も考

慮したうえで、経済的な利用方法を確保してあげるとい

うことが、政策としては必要だと思います。

鈴木(株式会社日立製作所):

この領域はテクノロジーやビジネスモデルが日進月歩

ですから、「法律」のみで対処するには時間軸が全然合わ

ないですよね。当面は契約関係でやっていかざるを得な

いというのが現実だと思います。15年以上前に中山信弘

先生が、「知的財産法がカバーしない領域においても、デ

ジタル技術を用いた情報の囲い込みにより、契約がドミ

ナントになり、事実上の知的財産権が私的に創造される」

とおっしゃっています。今はまさにこの状況になってい

ると感じています。

渡部:

ありがとうございます。最後に言われた「事実上の知

的財産権」、それがオープンの世界を随分変えてきたと感

じています。特に OSSあたりからそういった傾向が強く

なり、いろいろなところに入ってきた。それらは法律で

はないけれども、例えば規範のようなものをどう扱うの

が合理的なのか、議論が必要だということですね。

本日は IoTという非常に巨大なビジネスエコシステム

の中での知財戦略について考えてきたわけですが、そこ

には「それに従えさえすれば良い」というような制度は

全くない、制度よりも先にしくみや契約を創造的に考え

ていかないといけないというお話だったかと思います。

そのためには戦略的な人材育成も非常に重要ですね。な

かなか簡単なことではありませんが、それをやっていか

ないと IoTの時代のエコシステムに参加し、収益化して

いくということは難しいかもしれません。

私は、今年が IoTと知財の、本当の意味での元年とな

ると考えています。データについてもしくみについても、

これからいろいろなところで議論がされていくでしょう。

今日はその頭出しとして非常に有益な議論ができたと思

います。

<了>

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『オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件 増補改訂版』

第 1章 エレクトロニクス産業の失敗を超えて

第 2章 製造業のグローバライゼーション

第 3章 欧米企業が完成させた「伸びゆく手」のイノベーション

シスコシステムズの事例/アップルの事例/インテルの事例

第 4章アジア諸国の政策イノベーション

トヨタの事例/三菱化学の事例

第 5章アジア市場で進む日本企業の経営イノベーション

第 6章オープン&クローズ戦略に基づいた知的財産マネジメント

我が国製造業の再生に向けて

補論 IoTとインダストリー4・0をめぐって

おわりに 2025年の日本