北海学園大学人文学部...執筆者紹介 安酸敏眞(北海学園大学長)...

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ISSN 0919 9608 北海学園大学 第 69 号 北海学園大学人文学部 2020 年 8 月

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  • ISSN 0919―9608

    北 海 学 園 大 学

    第 69 号

    北海学園大学人文学部2020 年 8 月

  • 執筆者紹介

    安 酸 敏 眞 (北 海 学 園 大 学 長)フリードリヒ・ヴィルヘルム・グラーフ (ミュンヘン大学:名誉教授)小 柳 敦 史 (英米文化学科:准教授)須 田 一 弘 (日本文化学科:教 授)ジェレミー・ブシャー (英米文化学科:准教授)森 川 慎 也 (英米文化学科:准教授)渡 部 あさみ (英米文化学科:准教授)関 本 真 乃 (日本文化学科:講 師)秋 元 裕 子 (北海学園大学人文学部:非常勤講師)髙 嶋 熙 和 (北海学園大学文学研究科博士課程)

    北海学園大学 人文論集 第 69 号2020(令和 2)年 8 月 31 日

    編 集 テレングト アイトル(日本文化学科)柴 田 崇(英米文化学科)

    発 行 者 大 森 一 輝

    発 行 所 北海学園大学人文学部〒062-8605 札幌市豊平区旭町 4丁目 1番 40 号電話(011)841-1161

    印 刷・製 本 ㈱アイワード札幌市中央区北 3条東 5丁目

  • ISSN 0919―9608

    HOKKAI-GAKUEN UNIVERSITY

    STUDIES IN CULTURENo. 69 August 2020

    CONTENTSHokkai-Gakuen University Society of Humanities 7th Symposium: How

    Can We Guarantee the Scientific Authenticity of the Humanities ?Background for the 7th SymposiumppppppppToshimasa YASUKATA 2How Can We Guarantee the Scientific Authenticity of the

    Humanities?pppppppppppppppppppppppppppppppppppppFriedrichWilhelm Graf 19Scientific Authenticity of the Humanities and Misconduct― a recent case―pppppppppppppppppppppppppppppAtsushi KOYANAGI 26

    Comment 1ppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppKazuhiro SUDA 36Comment 2ppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppJeremie Bouchard 49

    Theology as science without presuppositions- Troeltsch in the debateabout the “science without presuppositions”pppAtsushi KOYANAGI 57

    What Kazuo Ishiguro Inherited from His Grandfather and FatherpppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppShinya MORIKAWA 75

    Time and Memory in Jhumpa Lahiri’s The LowlandppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppAsami WATANABE 97

    Establishment of the Ishibashi Tanzan Cabinet: Exploring the FactorsBehind the Election of the PresidentpppTerukazu TAKASHIMA 164()六三

    Shūzō TAKIGUCHI and Mystical Worldview: Focus on the Receptionof William BLAKEpppppppppppppppppppppppppppppppppppppYuko AKIMOTO 192()三五

    A Study on Various Manuscripts of “Koke no Koromo” as Representedby the HonokuniBunko-bonpppppppppppppppppppppMasano SEKIMOTO 226()一

    FACULTY OF HUMANITIESHOKKAI-GAKUEN UNIVERSITY

    Sapporo Hokkaido Japan

  • 北海学園大学人文学会第⚗回大会シンポジウム 記録人文学の学問性をどう担保するか 1第七回シンポジウムのバックストーリー―深井智朗氏の研究不正事件とそこに含まれる人文学/人文科学の重要問題―安酸 敏眞 2

    ⚑.人文学の学問性をどのように担保するのかフリードリヒ・ヴィルヘルム・グラーフ 12

    ⚒.人文学の学問性と研究不正―最近の事例より―小柳 敦史 26

    コメント⚑須田 一弘 36コメント⚒ジェレミー・ブシャー 40

    無前提な学問としての神学―⽛学問の無前提性⽜論争におけるトレルチ―小柳 敦史 57

    祖父と父からイシグロが受け継いだもの森川 慎也 75Jhumpa Lahiri の The Lowland における時間と記憶渡部あさみ 97

    石橋湛山内閣の成立―総裁選選出の要因を探る髙嶋 熙和 164⟹六三

    瀧口修造と神秘主義的世界観―ウィリアム・ブレイク受容を焦点にして秋元 裕子 192⟹三五

    ⽝苔の衣⽞穂久邇文庫本系統諸本について―前田家本系統諸本との比較を通じて―関本 真乃 226⟹一

    北海学園大学

    第 69 号 2020 年 8 月

    目 次

    題字揮毫:島田無響氏

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    北海学園大学人文学会第 7回大会シンポジウム 記録

    人文学の学問性をどう担保するか

    【趣旨説明】第七回シンポジウムのバックストーリー―深井智朗氏の研究不正事件とそこに含まれる人文学/人文科学の重要問題―安酸 敏眞(北海学園大学学長)

    【講演⚑】人文学の学問性をどのように担保するのかF・W・グラーフ(ミュンヘン大学名誉教授)

    【講演⚒】人文学の学問性と研究不正―最近の事例より―小柳 敦史(人文学部准教授)

    【コメント⚑】須田 一弘(人文学部教授)

    【コメント⚒】J・ブシャー(人文学部准教授)

    日時 2019 年 10 月 7 日(月曜日) 15:00~17:30会場 北海学園大学豊平キャンパス国際会議場

    主催 北海学園大学人文学会共催 科学研究費補助金(基盤研究 C)⽛⽛キリスト教学⽜の範型

    としてのシュライアマハー=トレルチ的伝統の再検証⽜(16K02212)

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    北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 第七回シンポジウムのバックストーリー(安酸)

    第七回シンポジウムのバックストーリー―深井智朗氏の研究不正事件とそこに含まれる人文学/

    人文科学の重要問題―

    学長 安 酸 敏 眞

    昨年の十月にドイツからミュンヘン大学名誉教授のフリードリヒ・ヴィ

    ルヘルム・グラーフ博士を日本に招待する計画を立て,本学のほかに京都

    大学,東京大学,東北学院大学などでシンポジウムや講演会などを開催し

    た。わたしはこの一連の行事を⽛F. W. グラーフ博士日本ツアー 2019⽜と

    名づけ,その立案から具体的な実施にいたるまでの,ほぼすべてに主導的

    な役割を果たした。その主要な内容は,三月末に北海学園大学出版会刊行

    の第一号として世に送り出した⽝真理の多形性―F・W・グラーフ博士の

    来日記念講演集―⽞の⽛第一部 講演篇⽜に収録されているので,それを

    ご覧いただきたい。

    グラーフ博士の略歴と業績,および彼とわたしの三十数星霜にわたる交

    流についても,その書のなかの⽛解題⽜においてかなり詳しく綴っておい

    たので,ここで詳細を繰り返すには及ばないであろう。重要なポイントは,

    グラーフ博士は現代ドイツを代表する神学的知性であり,キリスト教とか

    神学に携わっている人は誰でもその名前は知っている有名人だというこ

    と,彼とわたしはトレルチ(Ernst Troeltsch, 1865-1923)という神学者=

    哲学者を研究する研究仲間であり,お互いが三十歳そこそこのときから日

    常的な交流を続けてきたということ,そしてわれわれの共通の友人であっ

    た故高野晃兆氏(大阪府立工業高等専門学校名誉教授)の強い要望で,グ

    ラーフ博士を日本に招致する今回の計画が持ち上がり,わたしがグラーフ

    博士と緊密な連絡を取りながら全日程を立案したことである。

    京都大学でのシンポジウムと東京大学での講演については,グラーフ博

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    北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 第七回シンポジウムのバックストーリー(安酸)

    士のまさに専門分野である近代プロテスタント神学史とエルンスト・トレ

    ルチ研究から,最もホットなテーマを選んだ。すなわち,前者では⽛リベ

    ラル・プロテスタンティズムと京大キリスト教学の伝統⽜,後者では⽛トレ

    ルチの⽝社会教説⽞の現代的意義⽜と定めたが,最も悩んだのは自分が学

    長を務めている本学での二つのシンポジウムと講演をどういうテーマにす

    るかであった。本学はキリスト教大学ではないので,グラーフ博士の主戦

    場である分野から適切なテーマを選ぶのが困難だったからである。いろい

    ろ思案した結果,まず開発研究所主催の国際開発キックオフ・シンポジウ

    ムの主題を⽛伝統・開発・グローバル化―国際開発の課題と展望⽜に決

    め,このシンポジウムのためにもう一人の特別招待講演者として,東京大

    学名誉教授で現学習院大学教授である末廣昭氏に依頼した。末廣氏は本学

    経済学部の宮島良明教授の恩師であると同時に,わたしの米子東高等学校

    時代の同級生でもあったので,宮島先生を介して比較的すんなり話がまと

    まった。

    次に,⽛ヨーロッパの多様性と EU の現状⽜と題してなされた公開講演で

    あるが,これはもともと札幌市とミュンヘン市の姉妹都市友好事業の一部

    として企画したものであった。そのためにわたしはグラーフ博士にお願い

    をして,ミュンヘン市長からの親書を携えて来日してもらい,公開講演の

    前日に札幌市役所に秋元克広市長を表敬訪問する機会も設けた。姉妹都市

    友好事業の計画が進捗する過程で,本来札幌市民を対象にした公開学術講

    演会は,北海学園大学人文学部特別講演会に指定していただき,学校法人

    北海学園から特別な経済援助もいただくことになった。わたしがグラーフ

    博士にお願いしたのは,現下のヨーロッパと EU の現状と将来的展望を,

    ヨーロッパに暮らす者の内側の目をもって,その深層部分まで掘り下げた

    講演を,学生や一般市民にわかり易く語って欲しいということであったが,

    グラーフ博士はわたしが予想していた以上に素晴らしい準備をして,この

    講演に臨んでくださった。

    さて,残る一つの北海学園大学人文学会の第七回シンポジウムとして開

    催された,まさに本誌にその詳細な記録が掲載される当のイベントである

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 第七回シンポジウムのバックストーリー(安酸)

    が,このテーマ設定の背後にあったのは,一昨年来,わが国のキリスト教

    学関係者ならびに人文科学者たちの間で大きな話題を呼んだ,当時東洋英

    和女学院院長の要職にあった深井智朗氏による研究不正疑惑問題であっ

    た。そこにはここではじめて明らかにする秘められたバックストーリーが

    ある。

    深井智朗氏の研究不正(捏造と盗用)問題は,本学准教授の小柳敦史氏

    が,日本基督教学会誌⽝日本の神学⽞第五十七号(2018 年)において提示

    した公開質問状に端を発して表面化した問題である。小柳氏の公開質問状

    とそれに対する深井氏の⽛回答(暫定的)⽜は,同誌二二四-二三二頁に収

    録されているが,ここに盛られた文字情報だけから問題を判断しようとす

    ると,小柳氏の指摘は正しいとしてもそこまでいきり立つ必要はなく,む

    しろ告発された深井氏が気の毒だとの深井同情論が,一定の範囲の神学者

    やキリスト教学者たち,とりわけ一般のキリスト教信者の間で起こったの

    も,理解できないことではなかった。有名な神学者であり説教者である深

    井氏に,一介の地方大学の未信者の准教授が売名目的で噛みついただけだ,

    と見る向きもあった。しかし事実はそういうことでは決してなかった。そ

    こには見過ごすことのできない重要な学問性の問題が潜んでいた。

    当初わたしは,以下に記すような特別な事情があって,この問題に関し

    て静観を決め込んでいた。深井氏に近い人たちの間では,小柳氏の背後に

    黒幕としてわたしがいるというような,実に赦しがたい憶測を述べる者も

    いたと耳にした。しかしこれはとんでもない誤解である。わたしは十数年

    に及ぶ経験を通じて,もはやこㅡ

    のㅡ

    手ㅡ

    合ㅡ

    いㅡ

    には一切かかわらず,ひたすら自

    分の研究に専念していたからである。にもかかわらず,この問題に対する

    キリスト教学会本部の首脳陣の対処の仕方に,わたしが内心少なからぬ疑

    問を抱いたこともまた事実である。というのは,事柄の真偽を責任的に解

    明しようとするのではなく,両論併記で学会誌に掲載し,あとは読者の判

    断に委ねるという,責任逃れの事なかれ主義が透けて見えたからである。

    ところが,⽝キリスト新聞⽞の Web 版⽛Kirishin⽜(二〇一八年一〇月四

    日)が⽛質問と応答 会員から会員へ⽜という学会誌の記事を取り上げて

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 第七回シンポジウムのバックストーリー(安酸)

    報ずると,すぐにハイエナのような週刊誌が飛びつき,次第に他のマスコ

    ミにも反響の輪が広がっていった。何せ名門のキリスト教女学院院長を務

    める有名神学者の不正疑惑問題なので,ニュース的価値が高かったのであ

    ろう。告発された深井氏はもちろん苦境に立たされたであろうが,告発し

    た側の小柳氏もまったく孤立無援状態にあった。わたしは学長という立場

    上,配下にある小柳氏の身を案じながらも,スキャンダルやゴシップとは

    明確に一線を画しながら,事態の推移を見守るしか手がなかった。わたし

    にとっては学問上の真偽のみが重要であり,週刊誌が喜んで取り上げるゴ

    タゴタに首を突っ込むことを潔しとしなかった(しかしのちには重い腰を

    上げて,自分にできる範囲で多少の援護射撃もした。しかしあくまでも友

    情出演の範囲内であったことを断っておく)。

    さて,問題となった事柄を少し具体的に記せば,深井氏の著書⽝ヴァイ

    マールの聖なる政治的精神―ドイツ・ナショナリズムとプロテスタン

    ティズム⽞(岩波書店,二〇一二年)には,実在しないカール・レーフラー

    という神学者が登場し,彼が書いたとされる捏造論文⽛今日の神学にとっ

    てのニーチェ⽜という論文が,まことしやかに議論の俎上に載せられてい

    る。もう一つの捏造記事は,⽝図書⽞(岩波書店)二〇一五年八月号(二〇-

    二五頁)に掲載された⽛エルンスト・トレルチの家計簿⽜という論考であ

    る。わたしは前者の問題には気がつかなかったが,後者の問題にはおそら

    く誰よりも早く気がついていた。わたしはトレルチ研究で最初の学位を取

    得したので,この記事を読んだときすぐに捏造記事であると直感した。お

    そらくわたしが訳したグラーフ氏の論考⽛エルンスト・トレルチ(一八六

    五-一九二三)⽜(F・W・グラーフ編⽝キリスト教の主要神学者(下)―リ

    シャール・シモンからカール・ラーナーまで⽞教文館,二〇一四年,二一

    一-二三五頁所収)から不正確な情報―グラーフ氏もそれが憶測に基づ

    く不正確情報であることを,わたしとの個人的会話のなかで認めてい

    た―を得,それを曲解する仕方で面白おかしく潤色した読み物として成

    立したのが,⽛エルンスト・トレルチの家計簿⽜である。しかし尊敬するト

    レルチが同性愛者に仕立てられ,愛人の男子学生を託ってそのアパートの

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 第七回シンポジウムのバックストーリー(安酸)

    家賃まで支払っていたなどと,虚偽の情報をまことしやかに撒き散らされ

    ると,トレルチ研究者としてはたまったものではない。たまたまその夏,

    わたしは科研費研究のためにドイツを訪れたので,ミュンヘンのグラーフ

    邸にも立ち寄ってこの話をしたところ,氏はひどく憤慨して何らかの対策

    をとる必要があると申された。しかしドイツと日本で連携してアクション

    をとるには,氏もわたしもそれぞれの仕事で忙しく,その時点で岩波書店

    に記事の訂正を求めるような,過激なアクションはとらなかった(ただし,

    その憤りは数名の人とは共有した。そのなかには小柳氏もいた)。

    さて,ここで触れないわけにはいかないことは,実はわたしもグラーフ

    氏も過去に深井氏と少なからぬ個人的関係があったことである。わたしの

    前任校は埼玉県上尾市にある聖学院大学であり,深井氏はそこの総合研究

    所の准教授(のちに教授に昇進)であった。深井氏は東京神学大学大学院

    を出たあと,ドイツのアウクスブルク大学に留学して博士号を取得したが,

    当時グラーフ氏は同大学の教授のポストにあり,二人の間に形式的な接点

    があったからである(ただし,グラーフ氏によれば,在学中の深井氏は彼

    の講義やゼミには参加しなかったそうである)。さらに,氏はこれまで何

    度か聖学院大学の大学院特別講義のために来日されたが,二〇〇〇年の初

    回を除いて―というのは,初回は当時聖学院大学教授であったわたしが

    すべてを取り仕切ったからである―あとの回はすべて深井氏が窓口と

    なっていた。

    当時の人間関係を窺わせるものとして,グラーフ氏の二冊の書物を挙げ

    ておこう。深井智朗・安酸敏眞編訳⽝トレルチとドイツ文化プロテスタン

    ティズム⽞(聖学院大学出版会,二〇〇〇年)と近藤正臣・深井智朗訳⽝ハ

    ルナックとトレルチ⽞(聖学院大学出版会,二〇〇七年)がそれである。し

    かし両書における深井氏の仕事の杜撰さは目を覆うものがある。まず前者

    について述べれば,あのような不良品を世に送り出してしまった責任の一

    端は,共同編集者であった自分にもある。わたしはドイツ帰りの新進気鋭

    の深井氏を信用しきっており,彼が訳出した訳稿を原文と照合する手間を

    迂闊にも省いてしまった。のちに教え子の大学院生と翻訳を照合しながら

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 第七回シンポジウムのバックストーリー(安酸)

    ドイツ語原文を読んだとき,そのあまりのひどさに呆然とした。ざっと数

    えて大小二〇〇箇所くらいの誤訳があった。しかも信じられないほど初歩

    的なものもあった。その後,後者の書物を手にしたとき,わたしはいわば

    堪忍袋の緒が切れて,非常に手厳しい書評を本学大学院の⽝新人文学⽞第

    四号(二〇〇七年)322-329 頁に掲載した。

    しかしまったく効果がなかった。キリスト教学会も世間も深井氏を褒め

    そやし,彼を持ち上げ続けた。その当時,グラーフ氏にも事実関係を伝え

    はしたが,日本語が読めない彼は,自分の目で検証できないから仕方ない

    ことではあったが,わたしの報告についても半信半疑であった。わたしは

    虚しさを感じて,その時点で深井氏の仕事については黙殺することを決め

    込み,批判はいっさい抑制した。しかし今になって考えれば,結果的には

    それが良くなかった。一番近隣の領域で研究していたわたしがダンマリを

    決め込んだために,いわばノーチェック状態を招いてしまったからである。

    挙句の果てには,わたしの母校である京都大学が彼に博士(文学)の学

    位を授与した。これによってお墨付きを与えられ,深井氏の知名度はうな

    ぎのぼりに高まり,ついにはわが国の神学界を担う若き第一人者のように

    世間はもてはやした。しかし学位授与や学術賞受賞とは逆比例的に,深井

    氏の仕事の粗っぽさはいよいよひどくなった。学術論文の書き方をわきま

    えていないとか,注の書誌情報が不正確だとの指摘は何度もあったが,当

    人はどこ吹く風で一向に改まる気配はなかった。こういうなかにあって,

    小柳敦史氏の正義感についに火がついてしまった。まさに新進気鋭のトレ

    ルチ研究者として,彼は勇敢にも不正疑惑を告発する挙に打って出たので

    ある。その後の経緯と展開については,新聞・週刊誌・テレビなどの報道

    が伝えたとおりである。

    さて,グラーフ氏の招聘が本決まりとなった時点で,深井氏の研究不正

    問題はすでに決着がついていた。学校法人東洋英和女学院は,深井氏の著

    書や論文での捏造や盗用を認定し,学院の院長であった彼を懲戒解雇した

    からである。つまり小柳氏の勇敢な告発行為は,佐藤智美氏(東洋英和女

    学院大学副学長)を委員長とする調査委員会の徹底的な調査によって,そ

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 第七回シンポジウムのバックストーリー(安酸)

    の正当性が決定的に確認された(二〇一九年五月一〇日付けの東洋英和女

    学院大学の⽛東洋英和女学院大学における研究活動上の特定不正行為に関

    する公表概要⽜参照)。それゆえ,不埒なデバンカー〔debunker:⽛嘘・ま

    やかし・虚偽を暴く人⽜の意〕の汚名を着せられた小柳氏の名誉は回復さ

    れなければならないが,わたしはそういう面で一肌脱ぐのではなく,むし

    ろ今回の事件を踏まえて,グラーフ氏の来日を学術的反省のための絶好の

    機会にしようと考えた。なぜなら,この一件には人文学/人文科学に関わ

    る重大な問題が絡んでいると思ったからである。

    今回の事件に関する一般人のネットの書き込みを読んでみると,自然科

    学と違って所詮人文学/人文科学は,フィクションや主観が多分に入り込

    む学問であって,深井氏が行った捏造や盗用は責められるべきであるが,

    果たして懲戒解雇に値するほどのものだったのか,程度問題ではあるが似

    たり寄ったりのことは,大なり小なり人文学者/人文科学者が日常的に

    やっていることではないか(たとえばウィキペディアの記事のコピペな

    ど),というのが少なからずあった。なかには,小保方晴子氏による

    STAP 細胞に関する研究不正と,深井氏の今回の研究不正とを比較対照し

    て,後者は前者に比べて圧倒的に軽微なものであって,したがって懲戒解

    雇という処分は明らかに不当である,という深井氏擁護論もあった。わた

    しは一般の人々のなかに,そのように考えている人が少なからずいること

    に愕然とすると同時に,人文学や人文科学に携わる者の責任も痛感した。

    自然科学は《サイエンス》であるが,人文学や人文科学は《サイエンス》

    の名に値しないのか? われわれ人文学ないし人文科学に従事する者は,

    自分たちが行っている研究の学問性あるいは客観的真理性をどう保証でき

    るのであろうか? わたしが⽛人文学の学問性をどのように担保するの

    か?⽜(How CanWe Guarantee the Scientific Authenticity of Humanities?)

    というテーマ設定を提案したのは,以上のようなバックストーリーがあっ

    てのことである。

    ところで,深井氏が犯したような研究不正事件は,実はそれほど珍しい

    ことではない。本誌に収録されているように,須田一弘教授は自らの研究

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 第七回シンポジウムのバックストーリー(安酸)

    分野から事例を引いて,非常に説得力のある興味深い発題をしてくださっ

    たが,たしかに研究不正というものはかなり古い昔から存在している。わ

    たしが以下に紹介するのは,文献学分野における研究不正の幾つかの実例

    である。

    たとえば,グライスヴォルトの文献学の教授であったクリスティアン・

    ヴィルヘルム・アールヴァルト(ChristianWilhelm Ahlwardt, 1760-1830)

    は,実際には存在しないナポリの写本の校合を捏造して,みずからのピン

    ダロス批判を支持しようと試みた。一八三七年,ブレーメンの古典文献学

    者フリードリヒ・ヴァーゲンフェルト(Friedrich Wagenfeld, 1810-1846)

    は,ポルトガルの修道院で発見されたといわれる写本に従って,捏造され

    たサンチュニアトン〔フェニキアの作家。生没不詳〕の著作を編集した。

    ギリシア人のシモーニデース(Constantine Simonides, 1820-1867)による

    偽物ウラニオスのパリムプセスト〔Palimpseste:もともと書かれていた文

    字を消して再使用したパピルスまたは羊皮紙による写本のこと〕のすり替

    えも,大いに世間を騒がせた。すなわち,古文書学者のシモーニデースは,

    広範な学識と写本に関する知識を有し,また卓越した能筆家でもあったが,

    同時に十九世紀の最も多彩な偽造者でもあった。彼は一八三九年と一八四

    一年の間,および一八五二年にふたたび,アトス山の修道院で生活し,そ

    こで聖書の写本を幾つか手に入れると,また大胆にもみずから写本の偽造

    を行った。ウラニオス作のエジプト王の歴史という触れ込みの写本も,実

    はシモーニデースが精巧に偽造した贋作であったが,偉大な古典学者の

    ディンドルフ(Karl Wilfelm Dindorf, 1802-1883)が一時これを本物と鑑定

    したために,やがてベルリンアカデミーを巻き込む一大事件に発展したの

    である。いずれにせよ,改竄や偽造,事実の捏造や意図的な歪曲などは,

    決して稀なことでないことがこれらの事例からもわかる。その際,各種の

    不正行為の主な動機は,名声欲しさや金儲けが原因となっていることが多

    いが,ときは根っからの虚言癖や虚栄心がなさしめる場合もある。

    こうした事例に事欠かないからこそ,人文学や人文科学においては,と

    りわけ文献学的な手続きや検証が不可欠なのである。実際,なぜわれわれ

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 第七回シンポジウムのバックストーリー(安酸)

    が学術論文に詳細な注を施すかと言えば,自らの主張の論拠・出典を明確

    に示すためである。それは決して自分の博覧強記を誇示するためではな

    い。読者が論述の一部に大きな関心を抱き,あるいは逆に少なからぬ疑問

    を抱いて,自分の目で検証しようと思ったとき,その目的に応えるだけの

    必要十分な書誌情報を提供することは,学術的著作物を執筆する者の最低

    限の義務でありマナーでもある。そこが学術論文と小説やエッセーなどの

    類との一番の相違である。後者の場合には,事実に基づかないフィクショ

    ンであろうと,いろいろ潤色されていようと,はたまた作者の主観的偏見

    やイデオロギー芬々であったとしても,それ自体は必ずしもその著作物の

    価値を損なうものではない。そこに読み物としての魅力を感じる読者もい

    るからである。またそこには通常脚注を施す必要はないし,逆にもしそん

    なものがあれば,興ざめしてしまうであろう。

    こう考えてみると,何度注意されても深井氏が不正確な書誌情報しか提

    供しなかったのも理解できる。つまり,深井氏は基礎的訓練を受けた東京

    神学大学で人文学や人文科学の基本的作法を学ばずに,研究者の道を歩み

    始め,やがて有名な著ㅡ

    作ㅡ

    家ㅡ

    になってしまったのである。彼にとっては,論

    文を書くことは小説を書くことと大差がなかったのであろう。そういう意

    味では,彼はたしかに特別の才能の持ち主であったと思う。しかし小説を

    書くようなやり方で執筆されたものが学術論文として認知され,アウクス

    ブルク大学と京都大学から博士号が授与されたとなると,われわれは博士

    の学位を授与した二つの大学の審査の甘さを厳しく指摘しなければならな

    い。いずれにせよ,二つの博士論文にも類似の本質的欠陥,つまり学術論

    文の基礎要件を欠いた点が潜んでいるはずだ,との推測が成り立つ。実際,

    すでにそのような検証作業を始めている一般読者がいることを,人づてに

    耳にしている。ちなみに,早稲田大学は本格的な検証チームを編成して検

    証作業を行い,小保方氏に一度は授与した博士の学位をのちに撤回したが,

    京都大学には今のところそのような動きはまったく見受けられない。これ

    は実に由々しき事態であるが,たとい自分の母校とはいえ,よその大学の

    審査に嘴を挟むことは適切ではあるまい。

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 第七回シンポジウムのバックストーリー(安酸)

    ともあれ,このようなことをあれこれと考えて,⽛人文学の学問性をどの

    ように担保するのか?⽜というテーマ設定となった。したがって,わたし

    が企画したシンポジウムは,深井氏個人を批判したり攻撃したりする意図

    は一切もっていなかった。グラーフ氏のみならず,須田教授,小柳准教授,

    ブシャー准教授も,わたしの意図を十分汲み取って,それぞれの立場に基

    づいて貴重な発題をしてくださった。京都大学でも日本基督教学会でも,

    未だにこのようなレベルで検証作業がなされていないなかにあって,本学

    人文学部でこのような意義深いシンポジウムができたことを,わたしは学

    長として誇らしく思う。⽛新しい人文学⽜ないし⽛人文学の新しい可能性⽜

    を追求する本学人文学部の先生方が,今後ますます精進を積まれ,国内外

    にその研究成果を発表されることを切に願ってやまない。そのことを畏友

    グラーフ氏も強く願っていることと思う。

  • ― 12 ― ― 13 ―

    北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 1. 人文学の学問性をどのように担保するのか(グラーフ)

    1.人文学の学問性をどのように担保するのか

    フリードリヒ・ヴィルヘルム・グラーフ(ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン)

    ⚔年前,2015 年の終わりに,ドイツと日本から 130 人以上の第一線の研

    究者や専門家が東京に集い,⽛研究公正を高める取組み⽜について議論しま

    した。この国際シンポジウムは,日本学術振興会(JSPS)・科学技術振興機

    構(JST)・日本医療研究開発機構(AMED)・ドイツ研究振興協会(DFG)

    という⚔つの組織によって合同で実施されました。シンポジウムでは,⽛科

    学と人文学における自己規制と自己拘束⽜という重要なトピックが扱われ

    ました。1990 年代の終わり以来,両国の,ならびに学問システムそのもの

    の研究者たちが学問不正のいくつもの事例に直面したのはなぜか,という

    疑問への回答を見出すことが目指されました。そのために,日本とドイツ

    の研究者たちは両者ともに,学問における不誠実な不正行為の原因を確定

    しようと試み,可能な予防策を模索したのです。

    研究不正はグローバルな問題です。それは,多くの先進国の学問システ

    ムにおける急激な構造上の変化と関係しています。近代の産業化された社

    会は,研究と技術の発展を,国家の富の増加と国民の健康と生活水準の増

    進のための基礎的な手段であると見なします。さらなる良好な繁栄を成し

    遂げるために,先進国は研究と技術の発展に GDP の 1.5 から 3.5%を投

    資しています。多くの国における学問システムの非常に急速な拡大はデー

    タによって証明されます。インターアカデミー・パートナーシップの⽝グ

    ローバルな研究事業における責任ある行為のためのガイド⽞によると,⽛世

    界で活動する研究者の数は 1995 年から 2008 年にかけて 400 万人から 600

    万人に増え,研究開発費は 1996 年から 2009 年にかけて(現在のアメリカ

    ドルで)5220 億ドルから 1.3 兆ドルに増えた⽜のです1。

  • ― 12 ― ― 13 ―

    北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 1. 人文学の学問性をどのように担保するのか(グラーフ)

    もう一度確認すると,ここ 10 年の間に学者の数は絶えず増加してきま

    した。このことが意味するのは,20 年前や 30 年前よりも多くの人が人文

    学の様々な分野で学問と研究を行うようになったことで,恐らくはグロー

    バルな学問共同体における〈黒い羊〉の数もまた増えた,ということです。

    このことは自然科学のみならず人文学にも同様にあてはまります。それゆ

    えに,一国のレベルでも,様々な国際的なレベルでも,大学や研究所といっ

    たアカデミックな機関,そして議会や学問と教育のための省庁といった財

    政上の主体および政治的な機関は,責任ある,つまり信頼できる研究行為

    のための規則や,アカデミックな健全性を守り,強化するためのガイドラ

    インを発達させました。科学と人文学における倫理的に責任ある振る舞い

    の向上のためのそうした国際的な勧告や行為規則のうち,⚕つだけを挙げ

    てみたいと思います。

    2007 年に OECD とグローバル・サイエンス・フォーラムは報告書⽛科学

    の公正性確保と不正行為防止のためのベストプラクティス⽜を発表しまし

    た。

    さらに,2010 年⚙月 22 日,⽛研究公正に関するシンガポール宣言⽜が発

    表されました。これは,研究公正に関する第⚒回世界会議に参加した 51

    カ国 340 人によって署名されたものです。この集団には,科学者,倫理学

    者,資金援助組織や大学などの研究機関の代表者ならびに学術出版社が含

    まれます。

    加えて,⽛境界を超えた共同研究における研究公正に関するモントリオー

    ル宣言⽜があります。これは,2013 年⚓月の研究公正に関する第⚓回世界

    会議によって,責任ある研究行為のグローバルな手引きとして展開された

    ものです。

    そして,ALLEA―⽛全ヨーロッパアカデミー⽜のネットワーク―に

    よって 2017 年に編集された,⽛研究公正のためのヨーロッパ行為規範⽜の

    1 The InterAcademy Partnership (Ed.), Doing Global Science: A Guide toResponsible Conduct in the Global Research Enterprise, Princeton 2016.

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 1. 人文学の学問性をどのように担保するのか(グラーフ)

    ⽛改訂版⽜があります。

    最後に,⽛アメリカ科学振興会⽜は⚒年前に,⽛科学と社会の政策決定の

    ための倫理と原則⽜に関する⽛ブリュッセル宣言⽜を発表しました。

    これらすべての宣言や規範が共有しているのは以下のような共通の見解

    です。すなわち,学問的な不正行為は,あらゆる学問にダメージを与え,

    専門的な責任を冒涜するだけではない,ということです。それは,研究者

    自身や研究者の仕事の結果への公的な信頼を掘り崩し,破壊しさえするこ

    とにより,社会全般に影響を与えます。学問的な研究は私たちを取り巻く

    (複数の)世界についての私たちの知識を増やすことを目的としており,有

    限な人間存在としての私たち自身についてのより良い理解を促進するで

    しょう。学問的な研究は,批判的な自己反省の能力と,同じ領域中の他の

    研究者とオープンにコミュニケーションしようとする意志に依拠していま

    す。⽛研究上の疑問を設定し,理論を展開し,経験的な素材を集め,適切な

    基準を採用することは自由によって支えられる⽜2 のです。

    そこで,学問的な研究は簡潔な倫理的原則,責任についての高度に発達

    した感覚,自己修正への準備,共同性,および世界の異なる見方の多様性

    を正当なものとして建設的に受容する能力を必要とします。良い研究者

    は,自分の個人的な視点を唯一の正当なものとみなす危険性に気づくべき

    です。良い研究者は知らなくてはなりません。他の人は正しく,自分より

    も優れているかもしれない,ということを。

    研究公正の強化において,日本とドイツは異なる道を選択してきました。

    ドイツの道は,⽛良い学問実践の保護⽜というタイトルで 1998 年に DFG

    により最初に発表され,2013 年に改訂されたガイドラインによって説明で

    きます。この文書は実際,全ドイツのアカデミックな機関と学問の組織に

    おける自己統制の包括的なシステムを樹立しました。1999 年に DFG に

    よって設置されたドイツのオンブズマン・システムについて簡潔に述べた

    2 ALLEA ― All European Academies (Ed.), The European Code of Conductfor Research Integrity, Berlin 2017, p.3.

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 1. 人文学の学問性をどのように担保するのか(グラーフ)

    いと思います。大学と研究機関のローカルなオンブズパーソンやオンブズ

    委員会とは別に,⽛研究オンブズマン⽜と呼ばれる全国規模の委員会が存在

    します。これは,独立的,中立的な団体です。自分たちの同僚の一人が不

    正を示していると考える研究者たちは,自分たちの所属する大学の(そし

    てそれぞれの研究所の)研究オンブズマンか,国のオンブズマンに彼らの

    疑念について通知し,良い学問実践やその誤用に関する助言とサポートを

    求めることができます。疑念が確定した場合,国の研究オンブズマンは,

    大学の(あるいは研究機関の)オンブズパーソンや,研究不正の申し立て

    に関するローカルな調査委員会に通知します。さらなる詳細を説明しよう

    とは思いませんが,強調しておきたいのは手続きの有効性です。告発者は

    保護され,不正行為の可能性がある者は自分の研究実践をオープンにし,

    説明することを強いられます。毎年,国のオンブズマンは,彼の(あるい

    は彼女の)仕事を公衆に通知し,学問的な不正のすべての事例が明らかに

    なるよう気を配ります。

    日本のシステムはまったく異なっています。おそらく,日本のシステム

    についてはみなさん全員が私よりも良くご存知でしょう。文部科学省は,

    学問の公正のための特別な部署を設置し,この部署が 2014 年に⽛研究活動

    における不正行為への対応等に関するガイドライン⽜を発表しました。さ

    らに日本学術振興会は学生と若い研究者に行為規則を教えるための⽛グ

    リーン・ブック⽜を発表しました。私はぜひとも,この国の大学がその学

    問的公正とアカデミックな名声を守るためにこれまで何をしてきたのかを

    知りたいと思っています。私の見るところでは,日本の大学は行為規則を

    奨励し,学生と研究者の間でこうしたルールを普及させることに強力な責

    任を持っています。日本の大学は⽛フェイク・サイエンス⽜の問題への意

    識を向上させるべきです。

    私に論じてもらいたいと依頼された問いは⽛人文学の学問性をどのよう

    に担保するのか⽜というものです。私は,人文学のすべての研究者たちが

    適切な倫理的基準を守ることを,私たちが本当に担保できるとは考えてい

    ません。誠実さや,率直さ,実直さ,判断の公正さ,忠実さ,正直さ,真

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 1. 人文学の学問性をどのように担保するのか(グラーフ)

    実性,信頼性ならびに誠意といった徳は,ルールや制度によって強制され

    うるものではないのです。こうしたものは性格形成,教育,モラル・マッ

    プ,宗教的信念や⽛心の習慣⽜(Ann Swidler/Robert N. Bellah)に関係して

    います。これらは文化と文化で異なるでしょうし,〈マフィア〉環境におけ

    る誠実さや信頼性がアカデミックな文脈と本当に同じことを意味している

    かどうかは私には定かではありません。私は,中国におけるアカデミック

    な詐欺というものはまさしく彼らの文化的伝統の一部であって,ヨーロッ

    パ人や日本人には受け入れられないものであると述べる文化相対主義者で

    はありません。しかし,最良のアカデミックな実践の本当にグローバルな,

    つまり一般的な基準があるかどうか,すなわち,すべての文化で共通に受

    け入れられた基準があるかどうかには疑問を持たねばなりません。疑り深

    いリアリストとして私は次のことを確信しています。私たちの中にはいつ

    も嘘つき,詐欺師および二枚舌の人がいるでしょう。そして,不運なこと

    に,自分個人の経歴だけを気にかけるがゆえに不正を働く高慢な孔雀がい

    るでしょう。しかしながら,アカデミックな不正行為と戦うために,少な

    くとも⚔つの基準があります。

    1:日本とドイツ両国の人文学は,私たちが現在持っているよりもさらに

    オープンに議論する文化を必要とします。私たちは,方法論についてのさ

    らなる討議や,私たちが直面している諸問題についてのさらなる論争を必

    要としているのです。私たちは批判的に,そして自己批判的に,イデオロ

    ギーや宗教的信念が私たちそれぞれの研究アジェンダに及ぼす影響につい

    て語らねばなりません。人文学はしばしば,〈時代精神 Zeitgeist〉と時の

    流行によって大きく影響を受けます。したがって,一方にある,尊敬すべ

    き,信頼できる,あるいは真摯な人文学と,悪しき精神科学あるいは文化

    科学をはっきりと区別することは難しいのです。とはいえ,公正さと敬意

    をもって議論されるさらに理知的な衝突は,悪しき学問を制約しうるで

    しょう。そして,学問的不正を防止することにさえ役立ちうるでしょう。

    各研究者は各自の洞察を正当化しなくてはなりません。このことが意味す

    るのは,各研究者は十分な根拠を必要とするということです。嘘つきや詐

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 1. 人文学の学問性をどのように担保するのか(グラーフ)

    欺師は十分な根拠を持っていないのです。

    2:ここで私は⽛研究公正のためのヨーロッパ行為規範⽜を再び引用した

    いと思います。⽛研究機関と研究組織は,違反についての透明で適切な取

    り扱いと良い研究実践についての明確なポリシーと手続きを提供すること

    にリーダーシップを発揮する⽜3 とされます。

    3:私たちはさらなる《PUS》の実践を必要とします。《PUS》とは,《学

    問についての公共的理解 Public Understanding of Science》の頭文字をつ

    なげたものです。私は学生時代以来,ドイツとスイスの一流紙に書評や

    エッセイを発表してきました。私たちの学者としての道徳的義務は,学問

    的研究の難しさ,緩慢さ(あるいは遅さ)や矛盾について人々に知らせる

    ことであり,明快な語りによってシンプルなストーリーを人々に伝えるこ

    とではないと確信しています。私たちが人文学の研究者として探求する

    《生活世界 Lebenswelten》は,文化的緊張,矛盾,アンビヴァレンス,曖昧

    さに満ちています。世界は簡単に取り扱えると信じ,拮抗する複雑さを単

    純なメッセージに還元するのは,〈フェイク・サイエンス〉のプロデューサー

    だけです。真摯な責任ある研究者として,私たちは公衆に,私たちが生活

    する世界と人間としての私たちの両方が,私たちの多くが描くよりもはる

    かに不明瞭で複雑であることを伝えるべきなのです。

    4:学問的な不正―それは偽造や,詐称,およびいんちき,剽窃あるい

    は曲解であったりします―を犯す者は制裁を受けなくてはなりません。

    ほとんどの〈フェイク研究者〉たちは,自分が何をしているかを正確に知っ

    ています。それゆえ,私たちは彼らの存在を深刻に受け止めなくてはなり

    ません。制裁の一つとしてありうるのは,彼らを学問組織やアカデミック

    な機関から除外することです。あるいは,彼らにさらなる〈研究〉のため

    の新たな資金を与えないこともできるでしょう。何よりも,透明性が求め

    られ,すべての違反事例が公表されるべきです。学問的な出版社は,まっ

    3 Ibid., p.5.

  • ― 18 ―

    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月)

    たくの疑似学問的フェイク・ニュースを含んだ書籍や記事が広まるのを止

    める責任があります。しかしながら,もちろん以下のことについて私たち

    の全員が合意できると確信しています。それは,学問的不正や無責任な研

    究活動を疑われた者は,有罪だと立証されるまでは無罪だと仮定されなく

    てはならないということです。不正の可能性についての調査は,疑義のあ

    る研究者を公衆の面前にさらしだすことや,誰かをまな板に置くことを意

    味することは許されないのです。

    (日本語訳:小柳敦史)

    【訳者付記】

    ここに掲載した訳文は,シンポジウムの会場で配布された資料に掲載さ

    れた日本語訳に軽微な修正を加えたものである。本講演の日本語訳は,一

    般の読者向けに訳文をさらに平易にし,訳注を付したものが次の書籍に収

    録されている。この書籍には,2019 年秋にグラーフ教授が日本各地で行っ

    た講演が収められているので,ぜひ手にとっていただきたい。

    フリードリヒ・ヴィルヘルム・グラーフ著,安酸敏眞監訳⽝真理の多形

    性―F・W・グラーフ博士の来日記念講演集―⽞北海学園大学出版会,

    2020 年。

  • ― 19 ―

    How Can We Guarantee the ScientificAuthenticity of the Humanities?

    Friedrich Wilhelm Graf(Ludwig-Maximilians-Universität München)

    Four years ago, in late September 2015, more than 130 high ranking

    scientists and other experts from Germany and Japan met in Tokyo to

    debate about the “Contributions to Promoting Scientific Integrity”. The

    bilateral symposium was jointly arranged by four organizations, that is to

    say by the JSPS, the Japan Society for the Promotion of Science, the JST =

    the Japan Science and Technology Agency, the AMED = Japan Agency for

    Medical Research and Development and the DFG, the Deutsche

    Forschungsgemeinschaft or German Research Foundation. The symposi-

    um dealt with an important topic: “Self-Regulation and Self-Commitment in

    Science and the Humanities”. Answers should be found to the question why

    since the late 1990s researchers in both countries as well as in the system of

    science as such have been confronted with quite some cases of scientific

    misconduct. So both, Japanese and German researchers, tried to identify

    causes for dishonest conduct in science and considered possible precau-

    tions.

    Scientific misconduct is a global problem. It has to do with the rapid

    structural changes in the scientific systems of many advanced societies.

    Modern industrialized societies see research and technological develop-

    ment as basic instruments for the increase of national wealth and the

    improvement of their peopleʼs health and standard of living. In order to

    achieve more and better prosperity they invest between 1.5 and 3.5 percent

  • ― 20 ― ― 21 ―

    STUDIES IN CULTURE No.69 (August 2020) Symposium: How Can We Guarantee the Scientific Authenticity of the Humanities? (Graf)

    of their gross domestic product in research and technological development.

    The very fast expansion of the scientific systems in many countries can be

    demonstrated by data. According to the “InterAcademy Partnershipʼs”

    “Guide to Responsible Conduct in the Global Research Enterprise”: “The

    number of researchers working in the world rose from 4 Million in 1995 to 6

    million in 2008, and worldwide Research & Development expenditures rose

    from $522 billion (current U.S. dollars) in 1996 to $1.3 trillion in 2009”.1

    During the last ten years again the number of scientists has been

    constantly growing. This means: With many more people doing science and

    research in the various fields of the humanities than twenty or thirty years

    ago, the number of black sheep in the global scientific community will

    probably increase, too. This does not only refer to the sciences but to the

    humanities as well. On a national level and on various international levels

    academic institutions like universities or research institutes, funding

    agencies and political institutions like parliaments or Ministries for Science

    and Education therefore developed codes of conduct for responsible,

    trustworthy research or guidelines for the protection and strengthening of

    academic integrity. Let me just mention five of those international

    recommendations and codes of conduct for the improvement of ethically

    responsible behaviour in science and the humanities:

    In 2007 the OECD, the Organisation for Economic Cooperation and

    Developlment, and the Global Science Forum published a Declaration:

    “Best Practices for Ensuring Scientific Integrity and Preventing

    Misconduct”.

    Furthermore, on September 22nd 2010 the “Singapore Statement on

    Research Integrity” was published. It was signed by 340 people from 51

    1 The InterAcademy Partnership (Ed.), Doing Global Science: A Guide toResponsible Conduct in the Global Research Enterprise, Princeton 2016.

  • ― 20 ― ― 21 ―

    STUDIES IN CULTURE No.69 (August 2020) Symposium: How Can We Guarantee the Scientific Authenticity of the Humanities? (Graf)

    countries participating in the 2nd World Conference on Research Integrity.

    This group included scientists, ethicists, representatives from funding

    organizations and research institutions like universities as well as scientific

    publishers.

    In addition, there are the “Montreal Statement on Research Integrity

    in Cross-Boundary Research Collaborations”, developed in May 2013 by the

    3rd World Conference on Research Integrity as a global guidance to the

    responsible conduct of research,

    and the “Revised Edition” of “The European Code of Conduct for Research

    Integrity”, edited in 2017 by ALLEA — the network of “All European

    Academies”.

    Finally, two years ago the “American Association for the

    Advancement of Science” published “The Brussels Declaration” on “Ethics

    and Principles for Science & Society Policy-Making”.

    All these declarations and codes share a common view: Scientific

    misconduct does not only damage any science and violates professional

    responsibilities. It affects society in general as it undermines or even

    destroys public trust in researchers and in the results of their work.

    Scholarly research aims to increase our knowledge of the world(s) around

    us and shall foster a better understanding of ourselves as finite human

    beings. It depends on the ability of critical self-reflection and the will to

    communicate openly with other researchers in the field. “It is underpinned

    by freedom to define research questions and develop theories, gather

    empirical material and employ appropriate measures.”2

    So it needs succinct ethical principles, a highly developed sense of

    2 ALLEA — All European Academies (Ed.), The European Code of Conductfor Research Integrity, Berlin 2017, p.3.

  • ― 22 ― ― 23 ―

    STUDIES IN CULTURE No.69 (August 2020) Symposium: How Can We Guarantee the Scientific Authenticity of the Humanities? (Graf)

    responsibility, the readiness for autocorrection, cooperativeness and the

    ability to constructively accept a variety of divergent world views as being

    legitimate. A good researcher should be aware of the danger of taking his

    personal point of view as the only legitimate one. He ought to know: Others

    may be right and even better.

    In strengthening research integrity Japan and Germany have chosen

    different ways. The German way can be explained by the guidelines first

    published by the DFG in 1998 and revised in 2013 under the title:

    “Safeguarding Good Scientific Practice”. This document in fact established

    a comprehensive system of self-regulation in all German academic

    institutions and scientific organizations. Please let me shortly describe the

    German Ombudsman-System which was installed by the DFG in 1999.

    Apart from local Ombudspersons or Ombudscommittees at universities

    and research institutes there is a nationwide committee, called “Research

    Ombudsmann”, which is an independent, neutral body. Researchers who

    think that one of their colleagues shows misconduct can inform either the

    Research Ombudsmann of their university (and respectively the institute)

    or inform the national Ombudsman about their suspicions and ask for

    advice and support in matters relating to good scientific practice and its

    abuse. In case the suspicions are confirmed the national Research

    Ombudsmann will inform the Ombudsperson of the university (or research

    institute) or the local Committee of Inquiry on Allegations of Scientific

    Misconduct. I will not explain any more details but what I want to stress is

    the efficiency of the procedure: Whistleblowers are protected, and possible

    wrongdoers are forced to lay open and explain their research practices.

    Every year the national Ombudsman informs the public about his (or her)

    work and takes care taht all cases of scientific misconduct are revealed.

    The Japanese system is quite different. Certainly all of you know it

    much better than I do. MEXT, the Japanese Ministry of Education, Culture,

  • ― 22 ― ― 23 ―

    STUDIES IN CULTURE No.69 (August 2020) Symposium: How Can We Guarantee the Scientific Authenticity of the Humanities? (Graf)

    Sports, Science and Technology, has set up a special department for

    Scientific Integrity that in 2014 published “Guidelines Responding to

    Misconduct in Research”. And the JSPS has published a “Green Book” for

    teaching a Code of Conduct to students and young researchers. I am eager

    to know what the universities in this country have done so far to protect

    their scientific integrity and academic reputation. In my view they have a

    strong responsibility for promoting codes of conduct and the dissemination

    of these rules among students and researchers. They ought to raise the

    awareness for the problem of ‘fake scienceʼ.

    The question I was asked to deal with is: “How Can We Guarantee the

    Scientific Authenticity of Humanities?” I do not think that we can really

    guarantee that all researchers in the humanities will observe proper ethical

    standards. Honesty and virtues like forthrightness, straightforwardness,

    fair-mindedness, fidelity, veracity, truthfulness, reliability and sincerity

    cannot be enforced by rules and institutions. They have to do with

    character-building, education, moral maps, religious beliefs and the “habits

    of the heart” (Ann Swidler/Robert N. Bellah). They may differ from culture

    to culture, and I am not sure whether honesty or authenticity in a ‘Mafiaʼ-

    environment really mean the same as in academic contexts. I am not a

    cultural relativist who would say that academic fraudulence in China is just

    part of their cultural traditions, but not acceptable for Europeans or the

    Japanese. But one has to ask whether there are really global, that means

    general standards of best academic practice, i. e. standards that are

    commonly accepted in all cultures. Being a sceptical realist I am convinced:

    There will always be liers, fraudsters and double-dealers among us and

    proud peacocks who cheat because they only care for their individual

    careers, unfortunately. But there are at least four measures to fight against

    academic misconduct.

    First: The humanities both in Japan and Germany need a much more

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    STUDIES IN CULTURE No.69 (August 2020) Symposium: How Can We Guarantee the Scientific Authenticity of the Humanities? (Graf)

    open culture of debating than we are having now. We need more

    controversies about methodology and more disputes about the problems

    we are confronted with. We have to talk critically and self-critically about

    the influences of ideologies and religious beliefs on our individual research

    agendas. Humanities are often strongly affected by the ‘Zeitgeistʼ and the

    fashion of the day. So it is quite difficult to differentiate between

    respectable, reliable or sincere humanities on the one hand and bad Geistes-

    or Kulturwissenschaft on the other. Anyhow, more intellectual conflict

    discussed with fairness and respect may limit bad science and could even

    help to prevent scientific misconduct. One has to justify oneʼs insights, and

    this means: one needs good reasons. Liers and swindlers do not have them.

    Second: Here I would like to quote “The European Code of Conduct for

    Research Integrity” again: “Research institutions and organisations

    demonstrate leadership in providing clear policies and procedures on good

    research practice and the transpaent and proper handling of violations.”3

    Third: We need more “PUS”-activities: “PUS” is an acronym for “Public

    Understanding of Science”. Since my student days I have published reviews

    and essays in leading German and Swiss newspapers. I am convinced that it

    is our moral duty as scholars to inform the people about the complexities,

    slowness (or tardiness) and contradictions of scientific research and not to

    tell them simple stories with clear-cut narratives. The “Lebenswelten” (life

    worlds) we explore as researchers in the humanities are full of cultural

    tensions, contradictions, ambivalence and ambiguities. Its only the

    producers of ‘fake scienceʼ who believe in an easily manageable world and

    who reduce antagonistic complexity to simplified messages. As sincere and

    3 Ibid., p.5.

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    STUDIES IN CULTURE No.69 (August 2020) Symposium: How Can We Guarantee the Scientific Authenticity of the Humanities? (Graf)

    responsible researchers we ought to tell the public that both the world we

    live in and we as human beings are much more opaque and complex than

    many of us may figure.

    Fourth: Those who are guilty of scientific misconduct, be it fabrication,

    fraud and swindel, plagiarism or falsification, must be sanctioned. Most of

    the ‘fake researchersʼ know precisely what they do. Therefore we have to

    take them seriously. One of the sanctions can be their exclusion of scientific

    organizations or academic institutions. Or they could be denied new

    funding for further ‘researchʼ. Above all, transparency is needed, and all

    cases of wrongdoing should be published. Scientific publishers are

    responsible for stopping the dissemination of books and articles that

    contain just pseudo-scientific fake-news. But I am sure we can all agree on

    the following matter, of course: Anyone accused of scientific misconduct

    and irresponsible research activities is to be presumed innocent until

    proven otherwise. Investigations in possible misconduct cannot mean to

    publicly pillory the researcher in question or put someone on the chopping

    block.

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    北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 2. 人文学の学問性と研究不正―最近の事例より―(小柳)

    2.人文学の学問性と研究不正―最近の事例より―

    小 柳 敦 史(北海学園大学人文学部)

    ⚑.はじめに

    私の発表では,日本で最近大きな話題となった人文学分野での研究不正

    の事例を取り上げ,人文学の学問性がどのように担保され得るのかを考え

    ます。取り上げる事例とは,東洋英和女学院の院長であった深井智朗氏に

    よる資料と人物の捏造です。私は深井氏と研究分野を同じくするため,今

    回の研究不正の発覚に中心的な役割を果たすことになりました。しかし,

    それは決して誇らしいことではありません。むしろ,このような重大な研

    究不正が自分の研究分野で起きてしまったことを大変残念に思い,なぜこ

    のような研究不正を私たちは許してしまったのかを考える必要性を痛感し

    ています。そこで,今日の発表でも,なぜ深井氏が研究不正を犯したのか,

    ではなく,なぜ深井氏が研究不正を犯すことができてしまったのか,そし

    て,犯されてしまった研究不正に対する対応は適切なものであったのかを

    反省したいと思います。この反省を通して,⽛人文学の学問性をどのよう

    に担保するか⽜という問いに対して,主に研究者集団としての学会の果た

    すべき責任という観点から回答を提示します。

    したがって,本発表では深井氏の不正行為について言及することになり

    ますが,それは深井氏の人となりを非難する意図を持つものではないこと

    はお断りしておきます。

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    北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 2. 人文学の学問性と研究不正―最近の事例より―(小柳)

    ⚒.深井智朗氏の研究不正

    今回,深井智朗氏に関して東洋英和女学院大学の調査委員会が認定した

    研究不正は以下の内容です。

    ①深井氏の著書⽝ヴァイマールの聖なる政治的精神―ドイツ・ナショ

    ナリズムとプロテスタンティズム⽞(岩波書店,2012 年)について:

    本件著書第⚔章⽛4 ニーチェのキリスト教批判の神学的援用⽜中に

    登場する⽛カール・レーフラー⽜なる人物は存在せず,当該人物が著

    したとされる論文⽛今日の神学にとってのニーチェ⽜は,被告発者に

    よる捏造であると判断する。また,本件著書の 197 頁から 198 頁まで

    において,ヴォルフハルト・パネンベルク著⽝組織神学の根本問題⽞

    (近藤勝彦・芳賀力訳 日本基督教団出版局,1984 年)の 277 頁から

    278 頁までにおける記述とほぼ同一の記述,同様の表現・内容の記述

    が,引用注が記されないまま計 10 か所認められたため,被告発者によ

    る盗用がなされたものと判断する。1

    ②⽛エルンスト・トレルチの家計簿⽜(⽝図書⽞岩波書店,2015 年⚘月号

    20-25 頁)について

    本件論考中に述べられている⽛エルンスト・トレルチの家計簿⽜の

    根拠資料となる 1920-23 年のトレルチ家の借用書や領収書等の資料は

    実在せず,被告発者による捏造と判断する。2

    さらに調査委員会は,深井氏が調査委員会に対する説明を二転三転させ

    たり,無関係な資料を提出したりしたことによる⽛立証妨害⽜も認定しま

    1 東洋英和女学院大学⽛東洋英和女学院大学における研究活動上の特定不正行為に関する公表概要⽜(2019 年⚕月 10 日)⚒頁。

    2 同上。

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 2. 人文学の学問性と研究不正―最近の事例より―(小柳)

    した3。

    ⚓.不正が生み出された要因

    今回の研究不正が生み出された要因としては,第一に深井氏の研究姿勢

    が問われねばならなりません。実は,⽛レーフラー⽜に関する記述の元に

    なったと思われる,1998 年に発表された深井氏の論文4 が存在します。そ

    の論文では,⽝ヴァイマールの聖なる政治的精神⽞ではカール・レーフラー

    のものとされていた意見が,(正しくも)パネンベルクのものとして紹介さ

    れています。しかし,そこに付された注は,パネンベルクの本の全く誤っ

    たページを指示しているのです。また,ドイツ語の原著ではなく,日本語

    訳を参照して引用していると思われますが,日本語訳については何も記載

    されていません。つまり,遅くとも 90 年代の深井氏の論文には研究上の

    望ましくない行為が確認できます。今回の研究不正は,深井氏の研究のこ

    うした杜撰さの延長線上にあるものと考えられます。

    次に,深井氏の研究を高く評価してきた学会あるいは学界の責任を考え

    たいと思います。深井氏の研究が研究公正の観点から問題のあるものであ

    ることについて,全く指摘がなかったわけではありません。深井氏の著書

    に対する書評などにおいて,数回にわたり指摘されていました。しかし全

    体として見れば,そうした懸念よりも,深井氏の研究の視点の設定のユニー

    クさや簡明で魅力的な文章に対する肯定的な評価が支配的でした。その結

    果として,深井氏は中村元賞(2005 年),日本ドイツ学会奨励賞(2009 年),

    読売・吉野作造賞(2018 年)を受賞しました5。日本基督教学会でも学術大

    3 ⽝朝日新聞⽞2019 年⚕月 11 日朝刊 35 頁。4 深井智朗⽛ニーチェとリッチュル学派⽜,⽝聖学院大学総合研究所紀要⽞No.

    14,1998 年,319-361 頁。特に,349-352 頁の⽛②パネンベルクとニーチェ⽜と題された節を参照。

    5 日本ドイツ学会奨励賞と読売・吉野作造賞については,今回の研究不正によ

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    会のシンポジストとして繰り返し登壇し,近代キリスト教思想研究の第一

    人者として扱われていました。

    最後に,深井氏の著書を出版した出版社の責任についても考えなくては

    なりません。研究不正の対象となりうる学問的な研究成果が,専門家向け

    の学術誌ではなく,一般の読者向けに販売される印刷物として出版される

    ことは,自然科学などと異なる人文学の特徴と言えるでしょう。特に今回

    の研究不正では,日本を代表する学術出版社と目される岩波書店から出版

    された本に,捏造された情報が含まれていたことが驚きを呼びました。こ

    れまで数多くの学術書を出版してきた岩波書店から,なぜ⽝ヴァイマール

    の聖なる政治的精神⽞が出版されてしまったのでしょうか。この点を岩波

    書店に尋ねたところ,以下の回答が得られました。

    岩波書店では,初めての著者である場合は,その分野の第一人者か

    らの評価をもらうようにしている。⽝ヴァイマールの聖なる政治的精

    神⽞の企画を決定した時点で,深井氏は初めての著者であったが,ア

    ウクスブルク大学と京都大学で博士号を取得し,それがすでに書籍に

    なっていること,その書籍も含め,二つの受賞歴(中村元賞および日

    本ドイツ学会奨励賞)があることから,第三者による評価は不要と考

    え,企画を決めるに至った。

    ここから分かることは,⽝ヴァイマールの聖なる政治的精神⽞の出版に至

    る経緯には,通常の手続きを省略する瑕疵があったということです。岩波

    書店には,既存の評判を鵜呑みにし,批判的な書評などに目を通すことも

    なく,出版を決めた責任があります。しかし,そのような判断を導く根拠

    を,学会や学界が提供してきたことは無視できません。学会が賞を与え,

    受賞歴を信用して出版社が本を出版し,大手の出版社から本を出版してい

    り受賞を取り消されている。

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 2. 人文学の学問性と研究不正―最近の事例より―(小柳)

    ることがまた権威となる……,そのような権威の再生産が生じています。

    学会と出版社の間には,そのようにもたれあう関係ではなく,もっと批判

    的な協力関係が求められるのではないでしょうか。

    ⚔.⽛神学史⽜の研究倫理

    深 井 氏 の 研 究 の 杜 撰 さ は,深 井 氏 が 2000 年 代 以 降,⽛神 学 史⽜

    (Theologiegeschichte)という研究方法と出会うことで助長されてしまっ

    たように思われます。⽛神学史⽜とは,グラーフ教授が主導して進めてきた,

    近代の宗教的言説と社会史的コンテクストとの関係を解明することを目指

    す,キリスト教思想研究と歴史学を架橋する学際的な試みです。私はこの

    方法論の意義を否定したいわけではありません。むしろ,私は⽛神学史⽜

    の方法論を自分のものにしたいと努力を続けているところです。

    ⽛神学史⽜についてもう少し紹介しておきましょう。⽛神学史⽜研究にお

    いて中心的な役割を果たしているのが,グラーフ教授を中心として編集さ

    れ て い る 雑 誌⽝近 代 神 学 史 雑 誌⽞Zeitschrift für neuere

    Theologiegeschichte(1994~ )です。この雑誌の創刊号の⽛編集者のこ

    とば(Editorial)⽜に,⽛神学史⽜研究の方針が掲げられています。

    本誌の論文は第一に,18 世紀初頭から現代に至るまでの政治的-社

    会的変動のプロセスにおいてそのつど神学をとりまいてきた文化的環

    境と神学とのさまざまな相互関係を探求する。

    (中略)本誌の論文は第二に,特殊に学問史的(wissenschaftsge-

    schichtlich)な性質,つまり諸学科の歴史(disziplinengeschichtlich)

    という性質を持つ。

    (中略)本誌の論文は第三に,近代の個々の神学者,そのもくろみ,

    文献上の著作を叙述する。6

    このような方針により,⽛神学史⽜研究では,出版されたテクストだけで

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    はなく,世界各地の資料室などに眠る未公刊の資料を活用することで,宗

    教的な言説がどのような社会的コンテクストで生成してきたのかを明らか

    にしてきました。しかし⽛神学史⽜は,キリスト教思想の研究に歴史学的

    方法論を導入することを目指しているだけではありません。⽛神学史⽜が

    目指すのは,歴史学のスキルや問題設定を身につけたキリスト教思想研究

    者が,キリスト教思想の専門家として,歴史学全般に貢献することです。

    グラーフ教授の言葉を紹介します。

    近代神学史の研究において,近代市民社会についての社会史的研究

    の問題設定を取り入れるという要求は,異なる学問の指導的問いを無

    批判に受け入れるということを意味しない。そのような結びつきがう

    まくいくならばむしろそれは,神学史研究という特定の視点により,

    市民社会とその様々な集団化についての近代的社会史的研究における

    特定の隘路(Verengung)を主題とするための媒体となりえるのだ。7

    深井氏も⽛神学史⽜を標榜し,ドイツやアメリカの資料室で見つけた,

    少なくとも日本では深井氏以外に誰も見たことのない資料を紹介してきま

    した。そうした研究はキリスト教思想研究者からも,歴史研究者からも,

    貴重な情報源として高い評価を受けてきました。しかしその反面,深井氏

    の紹介する⽛キリスト教思想関連の未公刊資料⽜について,キリスト教思

    想研究者も,歴史研究者も,直接はその妥当性を確認することは困難でし

    た。深井氏の研究の信頼性を保証するのは,深井氏個人に対する信頼だけ

    だったということです。しかし,深井氏は,以前から公刊されている資料

    の取り扱いすらも杜撰であったことは先に指摘した通りです。そのような

    6 Richard Crouter/Friedrich Wilhelm Graf/Günter Meckenstock: Editorial, in:ZNThG 1 (1994), S.7.

    7 F. W. Graf: Vorwort, in: F. W. Graf, (hrsg. von): Profile des neuzeitlichenProtestantismus. Band 1, Gütersloh, 1990, S.13f.

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 2. 人文学の学問性と研究不正―最近の事例より―(小柳)

    研究者が,未公刊の資料であれば厳密に扱うということがあるでしょう

    か? 今や,⽛トレルチの家計簿⽜という資料の捏造が明らかとなり,深井

    氏への信頼は失われました。そしてその結果,深井氏が紹介してきたその

    他の資料の信頼も失われてしまったのです。

    深井氏は⽛神学史⽜を乱用し,自らの杜撰さの隠れ蓑にしたと言わざる

    を得ません。⽛神学史⽜が神学研究を超えた,社会史や文化史全般への貢献

    を目指すものであるならば,不正な⽛神学史⽜がもたらす被害もまた,神

    学研究を超えた範囲に及びます。深井氏の著書が専門家のみならず,プロ

    テスタンティズムや近代ドイツ史に関心を持つ一般の読者にも届くもので

    あっただけに,被害はなおさら深刻です。

    ⚕.研究不正の検証

    日本で活動する研究者が守るべき規範としては,日本学術振興会による

    日本国内共通の行動規範と,研究者が所属している大学や研究所が設定し

    ている倫理規程,ならびに専門家集団としての学会が設定している倫理規

    範があります。国内共通の規範は,日本学術振興会が発行している⽝科学

    の健全な発展のために⽞という冊子,通称⽛グリーン・ブック⽜にまとめ

    られています。⽛グリーン・ブック⽜では,研究に関わる不正行為や望まし

    くない行為の中でも,捏造・改ざん・盗用を⽛特定不正行為⽜と呼び,と

    りわけ悪質なものとして注意を喚起しています。深井氏の研究不正は特定

    不正行為のうち,捏造と盗用と認定されました。

    日本では,研究不正の告発を受けて調査を行い,不正を認定するのは,

    被告発者が所属する大学や研究所などの研究機関です。そこで,今回は深

    井氏が所属していた東洋英和女学院大学が調査委員会を設置し,深井氏の

    研究について調査を行いました。深井氏の疑惑は,日本基督教学会の学会

    誌⽝日本の神学⽞誌上で私が深井氏に提出した公開質問状をきっかけに明

    るみに出たものであり,私が東洋英和女学院大学に深井氏の研究不正を告

    発したわけではありません。しかし,私の質問状の内容が⽝キリスト新聞⽞

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    北海学園大学人文論集 第 69 号(2020 年 8 月) 北海学園大学人文学会第 7 回大会シンポジウム 2. 人文学の学問性と研究不正―最近の事例より―(小柳)

    で報道されたことが調査委員会設置のきっかけとなったため,告発者に準

    じる立場として調査委員会の調査に協力しました。

    今回,東洋英和女学院大学の調査委員会は,外部からの協力も得ながら

    適切な調査を行い,信頼に足る調査結果を出しました。このことは賞賛さ

    れるべきですが,これは幸運な一例と言うべきものであるように思われま

    す。通常,被告発者が,被告発者の専門分野について,被告発者が所属す

    る研究機関において最も詳しい研究者です。被告発者と近い分野の専門家

    がいないということも日本の大学では珍しいことではありません。した

    がって,今回の深井氏の⽛立証妨害⽜のように被告発者が虚偽の証言や証

    拠を提出した場合,専門家を含まない調査委員会がその虚偽を暴かなくて

    はならず,それは大変難しいミッションとなります。調査委員会には多く

    の場合,学外のメンバーが加わりますが,必ずしも適切な専門家の協力を

    得られるとは限りません。被告発者が著名で影響力の強い人物であれば,

    調査に協力しようと思う専門家を見つけるのは一層難しくなるでしょう。

    今回の東洋英和女学院大学の調査委員会のメンバーにも,近代ドイツのキ

    リスト教思想の研究者はいません。深井氏の提出した資料について判断で

    きる協力者が,委員会の外部から得られたことは非常に幸運でした。

    こう考えてくると,専門家集団としての学会が,研究不正において積極

    的な役割を果たすべきであるように思えます。しかし,現状ではそのよう

    な制度は確立されていません。私の公開質問状を学会誌に掲載した日本基

    督教学会も倫理規定を持っていますが,規定に違反した際の罰則や,規定

    違反についての告発や検証の手続きは決められていません。そのため,日

    本基督教学会では,学会員の研究倫理の意識向上を目的に,私の質問状と

    深井氏の暫定的な回答を学会誌に掲載したものの,それ以上の対応はしな

    いと宣言し,質問と回答の正当性の検証などは行いませんでした。学会は

    専門家集団として,研究不正に対してもっとできることがあるのではない

    でしょうか。すでに,調査委員会の設置などの規定を持った学会もありま

    すが,そういった規定を持たない学会もたくさんあります。検証の手続き

    が決まっていないと,告発者と被告発者の個人的なやり取りに全てが委ね

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