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9第 1 講 製造業の 2 つの宿命
Part1 世界の会社の共通言語・お金
第1講製造業の2つの宿命――― 製造業は固定費業 ―――
第 1講の内容
1.製造業者と非製造業者の貸借対照表を比較します。2.製造業者というビジネスモデルには 2つの会計的特徴があることを確認します。
3.製造業者のビジネスモデルには幾つかのバリエーションがあることを見てみます。
「モノづくり」+「会計」「さあ、会計の話を始めましょう!」と言って、いきなりここに貸借対
照表やら損益計算書を並べると拒絶反応を示す技術者の方が多いかもしれません。ページをめくるどころか、手に取るのも嫌だなあと…。実のところ、かつて私自身がそうだったからです。
「お金の話? わからないし興味もない。僕らの仕事は良いものを安く作ることだ!」
私もそう考えていました。しかしながらその後、会社が何度も事業に失敗するのを目の当たりにして一つの疑問が湧いてきたのです。
第第 1講の内容講の内容講の内容
1.製造業者と非製造業者の貸借対照表を比較します。2.製造業者というビジネスモデルには 2つの会計的特徴があることを確認します。
3.製造業者のビジネスモデルには幾つかのバリエーションがあることを見てみます。
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「私は良いモノを安く作っているつもりだった。それで勝てると思っていた…。でも良いモノが安くできているかどうかを、私はどうやって判断していたのだろうか…」
若干異論はあるかもしれませんが、戦後の日本は一貫して「良いモノを安く作る」というモノづくりの国だったと思います。モノづくりの国、即ち生産技術の国です。そこには、カイゼン、QCサークル、日本的経営など、いくつもの成功体験がありました。そんな生産技術立国の技術者である私たちが、実のところ、たいていは原価計算や企業会計の仕組みについてきちんと学ぶ機会を持たないのは極めて不思議なことです。そして日本の上場企業の実に 98.4%の原価計算がどんぶり勘定になっている可能性があるという指摘さえあるというのです。日本が誇ってきた生産技術とは、合理的・科学的な方法論ではなかったのでしょうか?
日本の経済がすっかり苦境に陥ってしまった昨今、ものごとは以前ほど簡単ではなくなってしまいました。会計を知らずにモノづくりをすることは「目をつぶって車を運転する」ようなものです。製造業の復活のためには、どうしても一定水準の会計知識が不可欠なのです。新入社員教育、技術者教育、幹部教育等に会計や原価計算に関するカリキュラムを組み込む必要性を強く感じますし、大学の全ての工学部(!)においても、本来必修単位とされるべき科目なのかもしれません。
製造業の 2 つの宿命、固定資産と研究開発費ところで、会計という視点に立つと「製造業」には他の業種と際立って
異なる特徴が 2つあります。皆さんは何だと思われますでしょうか? それは 1つには会社の資産に占める固定資産(生産設備)の割合が高いこと、もう 1つには売上利益に対する研究開発費の額が大きいことです。「固定資産や研究開発費とどう向き合っていくか?」それが製造業というビジネスモデルの宿命であり、競争力アップを目指していく上でのカギとなります。
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もちろん一口に「製造業」と言っても多種多様なものがあります。小さな町工場では日々の生産活動に特化していて研究開発費の割合は小さいかもしれません。昨今話題の EMS(電子機器の受託生産サービス)でも、相対的に研究開発費の計上は小さく生産設備の額が大きくなるでしょう。逆に生産設備をほとんど保有せず研究開発活動に全力を注いでいる会社もあるかもしれません。資産をリース化して所有せず、貸借対照表上の固定資産額を目立たなくしている会社もあります。様々なパターンがありながらも、なお全体として見れば、製造業者とは大きな生産設備と大きな研究開発費を背負う業種であると言えるのではないかと私は思います。
日頃は直接目にする機会が少ないかもしれませんが、ここに財務諸表の例を少し掲げてみたいと思います。最初は会社の財政状態を示す資料(貸借対照表)の大まかな構造です。
貸借対照表の基本構造
借方 貸方
資産の部負債の部資本の部
資金の運用方法 資金の調達方法
表中、まず「借方」と「貸方」という言葉に違和感があるかもしれませんが、それぞれ「資金の運用方法」「資金の調達方法」と読み換えて頂ければと思います。お金を借りたり(負債)株式を発行したり(資本)して調達された資金が、資産として運用されているのです。この貸借対照表のサンプルとして、日本を代表する製造業者の雄トヨタ自動車、非製造業者の代表としてみずほフィナンシャルグループ の゚ 2 社を選んでみました。
さて、いよいよトヨタ自動車とみずほの貸借対照表ですが、表の構造は思い切り単純化しています。先程と同様、左側に資金の運用を示す借方、
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右側に資金の調達を示す貸方がきています。借方の最上部にある「流動資産」とは短期間に現金化できる資産のことです。流動性の高いものほどリストの上に書くのが貸借対照表の流儀なのです。金額の単位は 10 億円(!)ですから、トヨタ自動車(連結)の資産は合計で 35 兆 4830 億円、みずほで 177 兆 4110 億円ということになります。凄い金額ですね。またトヨタ自動車と比べてみずほの資本(純資産)がかなり少ないことが目立ちます。これは銀行が一般のお客様から預金等を預かって事業活動を行っているなどの理由によるものです。銀行から見れば預金は負債になりますが、みずほの場合、この預金が約 84 兆円にも達しているのです。銀行はこうして集めた資金を様々な資産として運用し収益を上げています。
トヨタ自動車の貸借対照表(連結・2013年 3月)
借方 (運用) 貸方 (調達)流動資産長期金融債権投資その他有形固定資産
13785694479036851
負債 22710
資本等 12773
合計 35483 合計 35483(単位:10億円)
みずほフィナンシャルグループの貸借対照表(連結・2013年 3月)
借方 (運用) 貸方 (調達)流動資産等有形固定資産無形固定資産その他
172382901478
3650
負債 169675
資本等 7736
合計 177411 合計 177411(単位:10億円)
更に両社の資産の内訳を比較して見てみると、有形固定資産についてもみずほフィナンシャルグループ の゚ 9010 億円に対して、トヨタ自動車は 6兆 8510 億円と圧倒的な差がありますね。これは一体なぜなのでしょうか? 製造業者の固定資産が大きい理由を調べるために、もう少し詳細に資産の内容を見てみましょう。今度は日本の製造業の代表としてトヨタ自動車とパナソニックの貸借対照表を並べてみることにします。
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トヨタ自動車の貸借対照表(連結・2013年 3月)
借方 貸方流動資産長期金融債権投資その他有形固定資産
13785694479036851
負債 22710
(内訳)土地建物機械装置賃貸用車両等その他
1304387497163038291
減価償却累計額 -11372 資本等 12773合計 35483 合計 35483(単位:10億円)
パナソニックの貸借対照表(連結・2013年 3月)
借方 貸方流動資産
投資その他有形固定資産
2494
2771675
負債 4094
(内訳)土地建物等機械装置等その他減価償却累計
31416392724
60-3062
その他 952 資本等 1304合計 5398 合計 5398(単位:10億円)
更に金額的な規模の差をキャンセルするために、百分率表示に直してみたものが以下の表です。両社とも「機械装置等」が目立ちますね。
トヨタ自動車の貸借対照表(連結・2013年 3月)
借方 貸方流動資産長期金融債権投資その他有形固定資産
39202219
負債 64
(内訳)土地建物機械装置賃貸用車両等その他
4112781
減価償却累計額 -32 資本等 36合計 100 合計 100(百分率表示)
パナソニックの貸借対照表(連結・2013年 3月)
借方 貸方流動資産
投資その他有形固定資産
46
531
負債 76
(内訳)土地建物等機械装置等その他減価償却累計
630511
-57その他 18 資本等 24合計 100 合計 100(百分率表示)
貸借対照表と並んで、ぜひ着目して頂きたいのが損益計算書です。同じくトヨタ自動車とパナソニックの例を挙げてみました。ここでは売上総利
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益に占める研究開発費の大きさを読み取っていただければと思います。
トヨタ自動車の損益計算書(連結・2013年 3月)
売上高売上原価等 売上総利益等
売上総利益等販売費及び一般管理費営業利益
22064 18641 3423
342321021321
100%61%39%
研究開発費 807 24%(単位:10億円)
パナソニックの損益計算書(連結・2013年 3月)
売上高売上原価 売上総利益
売上総利益販売費及び一般管理費営業利益
7303 54201883
18831722161
100%91%9%
研究開発費 502 27%(単位:10億円)
改めて整理しますと、ここまででぜひ読み取って頂きたいことは以下の2 点です。
貸借対照表:資産全体に対する機械装置等の占める割合が大きい損益計算書:売上総利益に対する研究開発費の割合が大きい
資産全体に対する「機械装置等」の占める割合は、トヨタ自動車で27%、パナソニックでは 51%にもなっていました。また売上総利益に対するグループ全体の「研究開発費」の割合は、トヨタ自動車で 24%、パナソニックで 27%です。これらの数値の大きさを実感して頂くために、非製造業者のセブン&アイと ANAホールディングスの財務諸表も掲げてみます。