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54 業務概要 • 業務名: みなべ・田辺システム世界農 業遺産活用検討業務 • 発注者: みなべ・田辺地域世界農業遺産 推進協議会 • 業務期間: 平成 28 8 月~平成 29 3 • 業務名: GIAHS 活用プラン推進業務 • 発注者: みなべ・田辺地域世界農業遺産 推進協議会 • 業務期間: 平成 29 6 月~平成 30 3 1. はじめに 1みなべ田辺地域の概要 紀伊半島南西部に位置するみなべ・田辺地域 (図 1では、 ウバメガシ等の薪炭林を残しつつ、山の斜面に梅林を配置 することで、水源涵養等の機能 を持たせながら高品質な炭と梅 を生産しており、梅の花の受粉 における二ホンミツバチの利用 や里山・里地の自然環境の保全 により、豊かな生物多様性を維 持している(図 2地域住民による世界農業遺産を次世代に継承するための取組 Passing on a Globally Important Agricultural Heritage System (GIAHS) to Future Generations with the Active Involvement of Local Communities – A Plan for the Effective Use of the GIAHS Designation of “Minabe-Tanabe Ume System” in Wakayama Prefecture – 本業務は、日本屈指の梅と炭の産地である和歌山県みなべ・田辺地域において、2015 年に国連食糧農業機関(FAO)よ り世界農業遺産に認定された「みなべ・田辺の梅システム」を活用するための戦略を地域住民と検討、作成するとともに、 その実践の初期段階を支援したものである。具体的には、ワークショップの運営支援等を通じて、地域住民のアイデアを 実践につなげるための具体化や地域住民が共有できるエピソードを織り交ぜた「みなべ・田辺の梅システム」の物語化に 取り組んだ。 In this project, a plan was developed for the effective use of the GIAHS designation of “Minabe-Tanabe Ume System” with a view to ensuring the implementation by local communities. Opinions and ideas of local key stakeholders, including the producers of the fruit of prunus mume, the processing industry (pickled and dry plums and plum wine), the forestry industry (white charcoal), and the tourism industry, were translated into specific projects through participatory workshops. 戎 勇樹 Yuki EBISU プレック研究所 PROJECT REPORT ─和歌山県みなべ ・田辺地域における 世界農業遺産「みなべ ・田辺システム活用戦略─ 1 みなべ・田辺地域の位置[12 みなべ・田辺の梅 システムの特徴[2

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業務概要•業務名: みなべ・田辺の梅システム世界農 業遺産活用検討業務• 発注者: みなべ・田辺地域世界農業遺産 推進協議会•業務期間: 平成 28年 8月~平成 29年 3月

•業務名: GIAHS活用プラン推進業務• 発注者: みなべ・田辺地域世界農業遺産 推進協議会•業務期間: 平成 29年 6月~平成 30年 3月

1.はじめに

(1)みなべ・田辺地域の概要 紀伊半島南西部に位置するみなべ・田辺地域(図 1)では、ウバメガシ等の薪炭林を残しつつ、山の斜面に梅林を配置することで、水源涵養等の機能を持たせながら高品質な炭と梅を生産しており、梅の花の受粉における二ホンミツバチの利用や里山・里地の自然環境の保全により、豊かな生物多様性を維持している(図 2)。

地域住民による世界農業遺産を次世代に継承するための取組

Passing on a Globally Important Agricultural Heritage System (GIAHS) to Future Generations with the Active Involvement of Local Communities

– A Plan for the Effective Use of the GIAHS Designation of “Minabe-Tanabe Ume System” in Wakayama Prefecture –

本業務は、日本屈指の梅と炭の産地である和歌山県みなべ・田辺地域において、2015年に国連食糧農業機関(FAO)より世界農業遺産に認定された「みなべ・田辺の梅システム」を活用するための戦略を地域住民と検討、作成するとともに、その実践の初期段階を支援したものである。具体的には、ワークショップの運営支援等を通じて、地域住民のアイデアを実践につなげるための具体化や地域住民が共有できるエピソードを織り交ぜた「みなべ・田辺の梅システム」の物語化に取り組んだ。

In this project, a plan was developed for the effective use of the GIAHS designation of “Minabe-Tanabe Ume System” with a view to ensuring the implementation by local communities. Opinions and ideas of local key stakeholders, including the producers of the fruit of prunus mume, the processing industry (pickled and dry plums and plum wine), the forestry industry (white charcoal), and the tourism industry, were translated into specific projects through participatory workshops.

戎 勇樹 Yuki EBISU

プレック研究所 PROJECT REPORT

─和歌山県みなべ・田辺地域における世界農業遺産「みなべ・田辺の梅システム」の活用戦略─

図1 みなべ・田辺地域の位置[1]図2 みなべ・田辺の梅システムの特徴[2]

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当戦略に基づく取組の一部について実践の支援を行った。

2.実践につなげる取組アイデアの具体化

 ―1年目 : 活用戦略の策定―(1)「わたしたちがはじめる 6のこと」の検討 本業務開始前より、「専門部会」は複数回開催され、「みなべ・田辺の梅システム」の活用について協議されていたが、短期的成果の実現を行政に求める声も多く、地域一体となった長期的な取組の検討には至っていなかった。 本業務において地域住民と議論を進める中で、地域の中には、みなべ・田辺地域の将来について熱心に考え、梅生産や製炭に関連する地域の課題解決のための取組アイデアをお持ちの方も多くいらっしゃることが分かった。そこで、

「専門部会」では、個々人の頭の中にある取組アイデアを、単なるアイデアに留めず、地域全体での議論の俎上に乗せ、行政の支援等を含めて推進していくため、個々の取組アイデアを実現するために必要となる取組やその取組順序、各取組に関わるべき主体等を整理した。 その結果、「専門部会」では、早期に取り組むべき 6 つの取組が定まった。この成果を「わたしたちがはじめる 6

のこと」と称して、地域の重点プロジェクトとして位置付

 地域の就業者の 7 割が梅関連産業に関わっており、梅は地域の基幹産業として人々の暮らしを支えている。製炭業もまた山間部の重要な産業となっている。 2015 年、この梅と炭を中心とした農業システムが、国連食糧農業機関(FAO)より「みなべ・田辺の梅システム」として評価され、世界農業遺産(以下、GIAHS)※ 1 に認定された。

(2)業務のポイント みなべ・田辺地域の統一品種である「南高」は梅干の最高級品、「紀州備長炭」は最高級燃料として高く評価されている。しかし、近年は消費量が伸び悩み、需要は頭打ちの傾向にある。また、生産者の高齢化と地域における担い手の減少によって、高度な生産技術の継承が危ぶまれている。 そこで、本地域では、GIAHS 認定を契機として、地域住民の地域への愛着と誇りの醸成、観光客誘致等、幅広い地域振興策を進めるための「みなべ・田辺の梅システム」の活用戦略を定めることとした。本地域は特に、地域の生活が梅産業と製炭業に密接に関わっており、地域住民が主体となった長期的、継続的な地域振興の取組が、梅と炭に囲まれた暮らしを次世代に継承していく上で最重要であるとの認識から、行政のみならず、地域住民が主体となった取組の立案に注力することとなった。 本業務は、2 か年にわたり、地域住民が主体となった取組の立案と実践について支援したものである。1 年目は、

GIAHS に特に関わりの深い 4 つの分野(梅生産、梅の加工販

売、林業・製炭、観光)の地域関係者が集まる会議(以下、「専

門部会」)を開催し、地域住民が主体となった「みなべ・田辺の梅システム」の活用戦略の検討を支援した。2 年目は、

写真1 ワークショップの様子

図4 スキーム化の一例[1]図3 わたしたちがはじめる6のことに位置付けた取組

※ 1:世 界 農 業 遺 産( 略 称:GIAHS:Globally Important Agricultural Heritage Systems)とは、社会や環境に適応しながら何世代にもわたり継承されてきた独自性のある伝統的な農林水産業と、それに密接に関わって育まれた文化、ランドスケープ及びシースケープ、農業生物多様性などが相互に関連して一体となった、世界的に重要な伝統的農林水産業を営む地域(農林水産業システム)を、国際連合食糧農業機関(FAO)が認定する制度である。2018年 5月現在、国内の認定地域数は 11地域。

わたしたちがはじめる6のこと①「みなべ・田辺の梅システム」に関する教材の作成

②地域の子どもたち向けの 体験プログラムの実施③地域資源の洗い出しと魅力の再発見

④地域の課題整理と共有⑤樹林管理勉強会の開催⑥森林資源を活用した モデル事業の実施

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実践段階であるワークショップ(「魅力再発見会議」)の運営支援にあたり、「地域住民が『みなべ・田辺の梅システム』を語る」ことを目指して、ワークショップの内容、方法を立案した。

(1)地域資源マップの作成 第 1 回「魅力再発見会議」(全 2 回)では、地域資源の洗い出しを目的とし、参加者※ 4 は、①地域資源の位置を地図上に示すともに、②地域資源の説明を記載するシートを作成した。地域資源の説明には、地域資源にまつわる個人のエピソードや、地域の暮らしとの関わり合いについて記載いただくことで、「みなべ・田辺の梅システム」と地域(住

民)との密接な関係性を浮かび上がらせることを目指した。 また、みなべ・田辺地域の大判地図(ガリバーマップ)※ 5

を用いることで、日頃関わり合いの無い他分野の参加者同士が、地図上で資源を落としながら交流することを促した。さらに、地図上に落とした資源の隣にある自分が知らない資源に気付くなど、参加者が新たな地域の魅力を知ることにつながった。

(2)「みなべ・田辺の梅システム」の物語化 「みなべ・田辺の梅システム」は、地域の人にとっては、約 400 年間続けてきたいわば当たり前のことであり、それが魅力的に「みなべ・田辺の梅システム」を語ることを困難にさせていた。 そこで、第 2 回「魅力再発見会議」では、第 1 回で地域住民が「地域の魅力」としてあげた資源同士の関連性

(資源成立の因果関係や時代背景の共通性等)や、地域の人々と地

けた。長期的な目標に向けて、地域住民が主体となって、短期的な成果を積み重ねながら取り組む戦略を示すことができた。

(2)住民提案型地域活動支援制度 今後更に、地域住民のアイデアを具体化できるように、住民提案型地域活動支援制度を立案した。同制度は、今回地域住民とともに策定した活用戦略の趣旨に合致する取組を住民が企画立案、提案し、みなべ・田辺地域世界農業遺産推進協議会の審査を経て、一定条件の下、事業費の補助が同協議会より支給される仕組である。早速、翌年度より制度運用が開始された。現在、ドローンを活用した薪炭林の実態調査や、「みなべ・田辺の梅システム」伝承のための絵本の作成など、地域住民のユニークなアイデアに補助金が支給されている。

3.地域住民による地域資源の洗い出しと物語化

 ―2年目 :「魅力再発見会議」の運営支援― 業務 1 年目に、地域住民からは、「みなべ・田辺の梅システム」を子供に伝承したり、観光資源として活用することが取組の方向性としてあがる一方、その実現上の課題として地域住民自身が「みなべ・田辺の梅システム」を語ることができない状況が挙げられた。FAO による評価は地域住民にとって分かりづらく、地域住民が「地域のもの」として愛着を持ち、誇ることができるように説明することが、今後の戦略実践に必要不可欠であった。 そこで 2 年目は、「わたしたちがはじめる 6 のこと」のひとつである「地域資源の洗い出しと魅力の再発見」の

写真2 ガリバーマップ上に地域資源を落とす参加者の様子

※ 4:「魅力再発見会議」には、公募と推薦による地域住民約 20 名が参加した。

※ 5:地域を俯瞰的に把握できる大判地図。地図を床に広げ、実際に地図の上に乗りながら、地域の情報を書き込んでいく。(写真2) 本業務では、6m× 6m(縮尺約1/7,000)の地図を使用した。

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学習ツールの検討等に当たり、活用される予定である。

4.おわりに

 みなべ・田辺地域では、GIAHS の認定を契機に、梅産業と製炭業の関係性が再認識され、観光業を含む地域全体で、地域振興について協議する場が生まれた。本業務では、その場を活用し、本稿で述べた取組等を支援してきた。 業務 2 年目の最後に開催した「専門部会」では、地域住民の主体的な取組の事業化に向けた話し合いが行われた。それらの取組は、地域の子供たちのための「みなべ・田辺の梅システム」の学習ツールや、地元農家や林業者による出前授業の充実など、業務開始時には、具体的に議論されることのなかった、地域住民による主体的な地域振興策であった。 GIAHS の認定から約 3 年が経過し、地域振興について主体的に考え、更なる発展を目指してアイデアを実現させていこうとする意識がみなべ・田辺地域の人々の間でより強くなったことが、GIAHS 認定後の最も大きな変化であると感じている。また弊社も、本業務を通じて、地域住民の意識の変化に、僅かながら貢献することができたと考える。

引用文献[1]「GIAHS活用プラン」(平成 29年 5月、みなべ・田辺地域世界農

業遺産推進協議会)[2]「GIAHS活用プラン【概要版】」(平成 29年 5月、みなべ・田辺 地域世界農業遺産推進協議会)[3]「みなべ・田辺の梅システム世界農業遺産活用検討業務報告書」(平 成 29年 3月、株式会社プレック研究所)[4]「GIAHS活用プラン推進業務報告書」(平成 30年 3月、株式会社

プレック研究所)

域の関係性(日常的な資源

の維持管理、資源にまつわる

生活様式等)について話し合った。魅力的な資源をつなぐことで、魅力的な物語として語ることのできるエピソードを発見、創出することを目指した。 その結果、FAO の評価には記載のない、「みなべ・田辺の梅システム」

の魅力が浮かび上がってきた。例えば、薪炭林については斜面における水源涵養等、自然科学的な価値に関する評価がなされてきた。しかし「魅力再発見会議」では、参加者は、地域資源マップを眺めながら、現代も離れた地区を結ぶ道の脇に置かれた地蔵が残っている点に着目した。薪炭林の貸し借りが行われていた歴史を再認識し、製炭業が、地区間の交流の創出や地域の結びつきの強化を、本地域にもたらしていたことに気付いた。 「魅力再発見会議」によって、「みなべ・田辺の梅システム」を継承するための取組の更なる展開が見えてきた。例えば上記の気付きからは、製炭業の価値を更に深掘りする必要があるのではないか、と参加者が認識を新たにし、製炭業を支えた高齢者の体験談を早期に取りまとめる必要性が言及された。 また、「魅力再発見会議」で発見、創出された物語は今後、地域の子供たちのための「みなべ・田辺の梅システム」の

図5 ワークショップの成果を反映した資源マップ[3]

戎 勇樹Yuki EBISU

2012 年東京大学大学院新領域創成科学研究科修士課程修了、同年入社。都市・地域計画部門主査