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統合失調症の発症リスク ARMS 松本 和紀  東北大学大学院医学系研究科精神神経学 分野准教授 ―精神医学においても予防医学的観点から早期介入の 重要性が説かれています。まずは早期精神病の概念に ついて教えてください。 早期精神病とは,主に,初回エピソード精神病と,それ より遡って将来精神病に発展するリスクの高い状態である at-risk mental state (ARMS)の2 つからなる概念です。 初回エピソード精神病は,生涯においてはじめて明らかな 精神病状態をきたした状態のことで,統合失調症,統合失 調症様障害,統合失調感情障害,精神病症状を伴う双極性 障害やうつ病,短期精神病性障害など,多様な病態から構 成されています。そのなかで統合失調症が出現している場合 は,初回エピソード統合失調症という呼び方となります。 初回エピソード精神病を発症後,適切な治療が開始さ れるまでの期間を精神病未治療期間(duration of untreated psychosis;DUP)といいますが,DUPが長いと治療予後が悪 くなることは,多くの報告によって示されています。そこで, DUP短縮に向けた取り組みや初回エピソード精神病への早 期介入を有効とする考え方が注目を集めるようになってきまし た。そして,その後には,さらに精神病状態に至る前段階で ある前駆期の段階での介入にも関心が高まってきたのです。 ただ,仮に前駆期にあることが疑われても,その後の経 過は一様ではなく,診断的な妥当性をもって真の前駆期を 同定することはできません。かといって特異的な診断の絞り 込みができるまで治療を待っていては,遅きに失する恐れ があります。 そこで,顕在発症前の臨床症状から精神病を発症するリ スクを評価し,捉えることを目的として,ARMSという概念 が提唱されました。つまり,前駆期を直接のターゲットとは せず,精神病に移行するリスクが高い精神状態に介入するこ とで,間接的に前駆期への早期介入を図るという考え方です。 実臨床で早期精神病を捉えるうえで,注意点はありますか。 精神病を発症するリスクが高いARMSの状態にある人 を,統合失調症の真の前駆期と決めつけないことに注意が 必要です。たとえば,統合失調症に対する早期介入は,初 回統合失調症エピソードを対象とした早期介入から,それ を発症する前のハイリスク群であるARMSへと裾野が広 がったわけですが,統合失調症への介入とARMSへの介 入は区別が必要です。ARMSでは,将来統合失調症にな らない人も含めたより多くの集団を対象にした介入が必要と なるため,統合失調症を前提とした介入とは異なり,より普 遍性が高く,侵襲性の低いアプローチが必要です。 つまり,ARMSの対象とすべき人を前駆期と捉えれば, 典型的な統合失調症に対する治療が前倒しで適用されるこ ととなり,それには多くの危険を伴いかねません。 ARMSと前駆期は,概念としてはっきり区別して捉えるべ きで,ARMSは前駆期の言い換えではないことに注意が必 要です(表1 )。実際,ARMSでとどまるのか,その後に精 神病に移行するのかをすぐに評価するのは難しいケースが多 いです。疾患の早期段階では確定診断をつけることは難しい ということを認識し,断定的に考えるのは慎重にすべきです。 早期精神病と早期介入の重要性 成因・危険因子 テーマ 精神科臨床 Vol.2 No.1 18 18 SAMPLE Copyright(c) Medical Review Co.,Ltd.

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統合失調症の発症リスク ARMS

Psychiatric Lecture

松本 和紀  東北大学大学院医学系研究科精神神経学分野准教授

―精神医学においても予防医学的観点から早期介入の

重要性が説かれています。まずは早期精神病の概念に

ついて教えてください。

 早期精神病とは,主に,初回エピソード精神病と,それより遡って将来精神病に発展するリスクの高い状態であるat-risk mental state(ARMS)の2つからなる概念です。 初回エピソード精神病は,生涯においてはじめて明らかな精神病状態をきたした状態のことで,統合失調症,統合失調症様障害,統合失調感情障害,精神病症状を伴う双極性障害やうつ病,短期精神病性障害など,多様な病態から構成されています。そのなかで統合失調症が出現している場合は,初回エピソード統合失調症という呼び方となります。 初回エピソード精神病を発症後,適切な治療が開始されるまでの期間を精神病未治療期間(duration of untreated psychosis;DUP)といいますが,DUPが長いと治療予後が悪くなることは,多くの報告によって示されています。そこで,DUP短縮に向けた取り組みや初回エピソード精神病への早期介入を有効とする考え方が注目を集めるようになってきました。そして,その後には,さらに精神病状態に至る前段階である前駆期の段階での介入にも関心が高まってきたのです。 ただ,仮に前駆期にあることが疑われても,その後の経過は一様ではなく,診断的な妥当性をもって真の前駆期を同定することはできません。かといって特異的な診断の絞り込みができるまで治療を待っていては,遅きに失する恐れがあります。 そこで,顕在発症前の臨床症状から精神病を発症するリ

スクを評価し,捉えることを目的として,ARMSという概念が提唱されました。つまり,前駆期を直接のターゲットとはせず,精神病に移行するリスクが高い精神状態に介入することで,間接的に前駆期への早期介入を図るという考え方です。

―実臨床で早期精神病を捉えるうえで,注意点はありますか。

 精神病を発症するリスクが高いARMSの状態にある人を,統合失調症の真の前駆期と決めつけないことに注意が必要です。たとえば,統合失調症に対する早期介入は,初回統合失調症エピソードを対象とした早期介入から,それを発症する前のハイリスク群であるARMSへと裾野が広がったわけですが,統合失調症への介入とARMSへの介入は区別が必要です。ARMSでは,将来統合失調症にならない人も含めたより多くの集団を対象にした介入が必要となるため,統合失調症を前提とした介入とは異なり,より普遍性が高く,侵襲性の低いアプローチが必要です。 つまり,ARMSの対象とすべき人を前駆期と捉えれば,典型的な統合失調症に対する治療が前倒しで適用されることとなり,それには多くの危険を伴いかねません。 ARMSと前駆期は,概念としてはっきり区別して捉えるべきで,ARMSは前駆期の言い換えではないことに注意が必要です(表1)。実際,ARMSでとどまるのか,その後に精神病に移行するのかをすぐに評価するのは難しいケースが多いです。疾患の早期段階では確定診断をつけることは難しいということを認識し,断定的に考えるのは慎重にすべきです。

早期精神病と早期介入の重要性1

 成因・危険因子テーマ

精神科臨床 │Vol.2 No.118 (18) SAMPLECopyright(c) Medical Review Co.,Ltd.