tf3&6 臨床試験データの品質管理 20090612a iso 2859-1...

48
部会資料 臨床試験データの品質管理 平成 21 6 医薬品評価委員会 統計・DM 部会 発行 医薬出版センター

Upload: truongtu

Post on 15-May-2018

256 views

Category:

Documents


7 download

TRANSCRIPT

Page 1: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

部会資料

臨床試験データの品質管理

平成 21 年 6 月

日 本 製 薬 工 業 協 会

医薬品評価委員会 統計・DM 部会

発行 医薬出版センター

Page 2: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

目 次 1. はじめに............................................................................................................................... 1

2. 品質管理の原則と方法論 .................................................................................................. 2

2.1 品質とは ........................................................................................................................ 2 2.2 プロセス管理 ................................................................................................................ 2 2.3 品質マネジメント ........................................................................................................ 3 2.4 抜取検査 ........................................................................................................................ 4 2.5 リーン ............................................................................................................................ 5 2.6 シックスシグマ ............................................................................................................ 6

3. データの品質の確保 .......................................................................................................... 8

3.1 臨床試験データの特徴 ................................................................................................ 8 3.2 臨床試験の質 ................................................................................................................ 8 3.3 考え方の改革 .............................................................................................................. 10

4. 品質マネジメントの臨床試験への応用(CRF データ) ........................................... 12

4.1 試験計画段階の品質の作りこみ .............................................................................. 12 4.1.1 プロトコルの作成 .............................................................................................. 12 4.1.2 収集データの吟味 .............................................................................................. 12 4.1.3 CRF と CRF 記入の手引きの作成.................................................................... 14 4.1.4 CRF で収集しないとしたデータへの対応 ..................................................... 15

4.2 試験実施段階のデータの品質管理 .......................................................................... 17 4.2.1 データマネジメント業務のメトリクス .......................................................... 17 4.2.2 エラーの検出と対処 .......................................................................................... 18 4.2.3 CRF データクリーニング ................................................................................. 19 4.2.4 SDV...................................................................................................................... 20 4.2.5 SDV によるプロセス管理と Sampling SDV.................................................... 21 4.2.6 医療機関と治験依頼者の業務分担・責任範囲 .............................................. 23

4.3 医療機関の役割の重要性 .......................................................................................... 23 4.3.1 原資料の重要性 .................................................................................................. 23 4.3.2 ローカルデータマネジメント .......................................................................... 24

4.4 CRF の電子化、国際化 ............................................................................................. 25 4.4.1 EDC...................................................................................................................... 26 4.4.2 国際共同試験 ...................................................................................................... 26

5. 品質マネジメントの臨床試験への応用(データベース) ........................................ 29

5.1 データベース設計 ...................................................................................................... 29 5.1.1 データベースの標準化 ...................................................................................... 29 5.1.2 データベース仕様書の作成 .............................................................................. 30 5.1.3 データベース設計手順の見直し ...................................................................... 30

5.2 入力データの品質 ...................................................................................................... 31 5.3 データベース固定後に判明したエラーへの対応 .................................................. 31

6. 外部委託データの品質管理 ............................................................................................ 33

6.1 医薬品開発業務受託機関(CRO).......................................................................... 33

Page 3: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

6.2 中央検査機関 .............................................................................................................. 34

7. 後に................................................................................................................................. 36

Appendix 抜取検査 ............................................................................................................... 37

1.1 計数基準型一回抜取検査 JIS Z 9002 ...................................................................... 37 1.2 計数値検査に対する調整型抜取検査 ...................................................................... 39

1.2.1 AQL(Acceptance Quality Limit) .................................................................... 39 1.2.2 ISO 2859-1 ロットごとの検査に対する AQL 指標型抜取検査方式 ........... 39 1.2.3 関連する抜取検査規格 ...................................................................................... 42

Page 4: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

1

1. はじめに

2007 年 8 月 30 日に厚生労働省より発表された「新医薬品産業ビジョン~イノベーションを担

う国際競争力のある産業を目指して~」において、我が国では医薬品が上市されるタイミングは

世界的な水準から見ても遅い状況にある(いわゆる「ドラッグ・ラグ問題」)ということが指摘

された。その一因とされるのが「治験の空洞化」(製薬企業が治験を国内よりも欧米で先行させ

るケースの増加)であり、我が国の治験は欧米と比べ、①治験にかかる時間が長いこと、②治験

にかかる費用が高いこと、③治験データの品質管理・品質保証に過剰な対応をしていること等が

原因として挙げられている(“新医薬品産業ビジョン~イノベーションを担う国際競争力のある

産業を目指して~”)。このような状況の一方で、質の高い治験・臨床研究を推進するために重要

な役割を果たす Clinical Research Coordinator(CRC)が普及し、臨床研究・治験環境の整備が進

みつつある。また、2006 年 10 月 5 日に連絡された『「外国臨床データを受け入れる際に考慮す

べき民族的要因についての指針」に関するQ&Aについて(その2)』、いわゆる ICH E5 ガイド

ライン Q&A 11 以降、日本とアジア、日本と欧米等で同じプロトコルに基づいて同時に実施され

る多地域共同試験が増加しており、データの品質を地域間で一定に保つことが重要になっている。

さらに、臨床試験データを電子的に取得する Electronic Data Capture(EDC)が日本でも普及しつ

つあり、2007 年 11 月 1 日に「臨床試験データの電子的取得に関するガイダンス」が日本製薬工

業協会 医薬品評価委員会より発表され、臨床試験データの品質管理や試験実施の効率化のため

に EDC が果たす役割の重要性が認識されてきた。

このような背景の中で、本書は、臨床試験データを正確に効率よく収集し、解析に提供するた

めに、臨床試験の実施の際に行うべき臨床試験データの品質管理について提案することを目的に

している。品質と効率はトレードオフの関係にあるのではなく、品質を保った上で効率化するこ

とが可能である。そのためにキーとなるのが計画とプロセス管理である。臨床試験の目的を達成

できる実現可能な計画を立て、試験実施中にはデータ発生からデータ解析に至る各プロセスを十

分管理することが重要になる。

本書は、臨床試験データが 初に記録されてからデータベースに固定されるまでを主な対象と

し、以下のような構成となっている。2 章では品質管理の原則と方法論を簡単に解説する。品質

管理についてよく知っている人は 2 章を読み飛ばすことも可能であるが、製薬企業のデータマネ

ジメント担当者だけでなく、臨床試験のモニタリングを行う製薬企業のモニター、医療機関の

方々(特に CRC)等にもご一読いただきたい。3 章は臨床試験データの質や品質管理についての

我々の考えを総括した。4 章は症例報告書(Case report form, CRF)データを中心に、品質マネジ

メントの臨床試験への応用を記載している。3、4 章で想定している読者は、データマネジメン

ト担当者、モニター、医療機関の方々(特に CRC)等である。4 章では、医療機関で行うローカ

ルデータマネジメントやモニターが行うサンプリングによる原資料との照合(Source Document

Verification, SDV)、いわゆる Sampling SDV についても触れている。5 章以降はデータベースを中

心に、品質マネジメントの臨床試験への応用を記載している。5 章以降で対象としている読者は

主にデータマネジメント担当者である。

Page 5: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

2

2. 品質管理の原則と方法論

2.1 品質とは

品質は製品やサービスの質だけでなく、活動、工程(プロセス)、組織、人等の質に対しても

用いられる概念である。ISO 9000(JIS Q 9000)「品質マネジメントシステム-基本および用語」

において品質(quality)とは「本来備わっている特性の集まりが、要求事項を満たす程度」と定

義されている。ここでいう特性(characteristic)とは、「そのものを識別するための性質」であ

り、物質的、感覚的、行動的、時間的、人間工学的、機能的等の種類があり、定性的、定量的の

いずれでもありうる。要求事項(requirement)とは「明示されている、通常、暗黙のうちに了

解されている若しくは義務として要求されている、ニーズまたは期待」である。すなわち、要求

事項には、法律、規制等の当然遵守すべきものや、他人にわかるよう言葉で表現されているもの

だけでなく、組織、顧客、利害関係者の慣習、慣行や常識的に要求されることも含まれる。

「インプットをアウトプットに変換する、相互に関連するまたは相互に作用する一連の活動」

がプロセス(process)であり、プロセスの結果が製品(product)になる。「製品を受け取る組織

または人」が顧客(customer)で、顧客の要求事項が満たされている程度に関する顧客自身の受

けとめ方によって顧客満足(customer satisfaction)が決まる。日本語で一般的に用いられる顧客

満足は、相当高いレベルで満足した状態を示すことが多いが、英語の satisfactory(満足な)は誉

め言葉ではなく、優・良・可・不可の「可」程度に相当するので、ISO 9000 でいう顧客満足は顧

客要求達成というぎりぎりの達成度合いと考えるべきである。

以上をまとめると、品質とは、製品を受け取る顧客が、製品の特性に対して持っているニーズ

または期待を満たす程度であると言える。臨床試験のデータについては一次元的ではない多面的

な見方が必要である。臨床試験データの顧客はデータ発生より後のプロセスにあるモニター、デ

ータマネジメント、データ解析者、結果評価者、総括報告書や Common Technical Document(CTD)

の作成者、規制当局、薬の情報を利用する医師や患者等であり、要求事項には、薬事法、Good

Clinical Practice(GCP)等の規制、医師や患者の期待、後プロセスの担当者のニーズ、会社のト

ップマネジメントが要求するコストやタイムライン等が挙げられる。顧客のニーズや期待は変化

し、かつ、競争と技術の進歩があるので、組織には製品およびプロセスを継続的に改善すること

が求められる。

本書では、具体例を検討するとき、直近と 終の顧客を主に考えている。直近の顧客は次のプ

ロセスの担当者であり、総括報告書作成のために必要なデータという観点を中心に臨床試験デー

タの品質について論じる。

2.2 プロセス管理

ISO 9000 における品質マネジメントの原則の 1 つにプロセスアプローチがある。これは「活動

および関連する資源が一つのプロセスとして運営管理されるとき、望まれる結果がより効率よく

達成される」というものである。インプットをアウトプットに変換するために資源を使用する活

動がプロセスである。組織が効果的に機能するためには、組織内で用いられる一つ一つのプロセ

スとプロセス間の相互作用を明確にし、運営管理しなくてはならない。

Page 6: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

3

各プロセスを評価するためには、次の 4 つの基本的な質問をして確認する。

a) プロセスは明確にされ、適切に定義されているか。

b) 責任は割り当てられているか。

c) 手順は実施され、維持されているか。

d) プロセスは要求された結果を達成するのに効果的か。

品質を保つのはアウトプットの検査ではなく、プロセスを管理状態におくことである。品質目

標の達成に必要なプロセスおよび責任を明確にし、結果とプロセスを常に監視し、プロセスに対

して処置を行う。プロセスで品質を作りこむためには、プロセスがどのような要素から構成され

るかを明確にし、各プロセスの有効性(結果の達成)および効率(資源、時間の消費)を測定す

る方法を設定し、それを判定するための指標を適用する。そして、結果に与える影響が大きいプ

ロセスから重点的に標準化する。

品質とコストはトレードオフではない。プロセスを継続的に改善することにより、品質を保ち

ながら生産性を上げることができるし、品質の向上と効率化を同時に達成することも可能である。

2.3 品質マネジメント

ISO 9000 では「品質に関して組織を指揮し、管理するための調整された活動」を品質マネジメ

ント(quality management)という。品質マネジメントは、品質方針(quality policy)および品

質目標(quality objective)を設定し、それを達成するために品質計画、品質管理、品質保証、品

質改善という 4 つの活動を行うことである。品質計画(quality planning)は「品質目標を設定す

ること、並びにその品質目標を達成するために必要な運用プロセスおよび関連する資源を規定す

ることに焦点を合わせた品質マネジメントの一部」である。品質管理(quality control)は「品

質要求事項を満たすことに焦点を合わせた品質マネジメントの一部」であり、品質保証(quality

assurance)は「品質要求事項が満たされるという確信を与えることに焦点を合わせた品質マネ

ジメントの一部」である。すなわち、各プロセスにおいて品質要求事項を満たすように品質管理

を実施し、独立した者が品質要求事項を満たしているかどうか客観的に確認し、品質保証を行う。

品質改善(quality improvement)は「品質要求事項を満たす能力を高めることに焦点を合わせた

品質マネジメントの一部」である。

品質計画、品質管理、品質保証によって品質を保ち、品質改善を継続的に行うためには、トッ

プマネジメントによって品質方針が提示されていなければならない。方針を展開するためには、

品質目標を達成するためのプロセスや組織が定義され、マネジメントが組織を指揮し、人的資源

や予算等のリソースを管理・調整する活動を行うと同時に、活動する人々に対する教育による下

支えが必要である。また、個々の活動において的確な意思決定が行われるためには、事実を正確

に把握するためにデータを測定し、それを統計的手法で分析することが重要である。ISO 9000

では品質マネジメントの概念の相互関係がまとめられている(図 1)。

Good Clinical Data Management Practices(GCDMP)の Assuring Data Quality の章では、「データ

の品質は、独立した品質保証部門だけが責務を負っているのではなく、臨床試験実施に必要なイ

ンフラやリソースに対する組織のトップマネジメントのコミットメントに始まる」と記述されて

いる。データの品質を保証する 小限の基準として、次の 4 項目が挙げられている。これは品質

目標の一例であろう。

Page 7: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

4

・ 文書化された組織的な品質システムに従って、データハンドリングプロセスをデザイ

ンし、維持する。

・ ソースデータから、 終解析結果を再現できるように、データプロセッシングの文書

には十分な情報を記録する。

・ 規制当局のレビューに供するよう全ての試験についてデータの品質を評価する。

・ データの品質が試験の解析のために妥当であることを保証する。

図 1 品質マネジメントの概念の相互関係(JIS Q9000 図 A.5 より抜粋)

2.4 抜取検査

検査(inspection)とは、あるプロセスから次のプロセスへ製品が受け渡される際の関所であ

り、次のプロセスや顧客に不良品が渡らないように、品質を保証する方法の一つである。品質保

証は、検査部門のみで実施できるものではなく、設計部門、製造部門で品質を作りこむ活動を実

施しなければならない。検査部門での品質保証の位置づけは、検査部門以外の部門における品質

に対するあやしさに対処するものであり、品質を作りこむためのものではない。前プロセスの品

質の作りこみ能力等によって、検査の方法は変わる。検査には、全数検査、抜取検査、無検査が

ある。全数検査は、前プロセスの能力が不足しており、品質の確保が十分でない場合、あるいは

少数の不良品でも見逃すと重大な結果を招く恐れのある場合に行う。前プロセスが管理状態にあ

り、不良品がほとんど出ないことが確実ならば、無検査に移行することも可能である。抜取検査

は、ある程度の不良品の混入が許せる状況において、プロセスが多少不安定で、ときたま品質の

悪いロットが出る場合等に行う。ロットとは、実質的に同一の条件で同一の時期に製造されたと

思われる製品の集まりである。抜取検査では、あらかじめ定められた抜取検査方式に従ってサン

プルを抜き取って検査し、その結果を判定基準と比較して、ロットの合格/不合格を判定する。

2003 年の統計・DM 部会資料『「治験データの信頼性」の検討-CDM からの提案-』で紹介さ

れた抜取検査の規格 JIS Z 9002 は、ロットごとの不良率が基準を満たしていることを統計理論に

より保証するものであり、断続的なプロセスから得られるロットに対して用いられる。これに対

し、世界的に もよく用いられている検査方式である ISO 2859-1(JIS Z 9015-1)は、継続的にロ

ットの検査を行うときに用いられ、長い期間使用すると AQL(Acceptance Quality Limit: 合格

品質水準)として指定してある不良率が保証される。すなわち、1 つ 1 つのロットの保証ではな

Page 8: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

5

く、長い目で見た平均品質の保証に重点が置かれている。この抜取検査方式は調整型抜取検査と

呼ばれており、検査にロットが継続して提出される場合に、その過去の品質に応じて検査の厳し

さを変更する。定められた AQL に対し、なみ検査、きつい検査、ゆるい検査の 3 通りの検査の

厳しさが調整され、品質の良い製品の供給者には、ゆるい検査を適用して励みを与え、品質の悪

い製品の供給者には、きつい検査を適用して警告を与えるとともに、悪い品質のロットは極力合

格させないようにしている。この検査方式はプロセス管理により重点をおいた方法と言える。抜

取検査の詳細については Appendix に記載したので、参照されたい。

2.5 リーン

リーン思考(Lean thinking)とは、1980 年代にアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)

で、日本の自動車産業における生産方式(主にトヨタのカンバン方式)を研究し、その成果を再

体系化・一般化したものである。

リーン思考では、無駄を排除し、人手、設備、時間を 小限利用し、顧客の欲しがるものを提

供することを目的としている。無駄だと定義されるものの例として (1) あとから手直しを要する間違い (2) 必要のないものの生産や工程 (3) 目的のないモノの搬送や人の移動 (4) 上流工程の作業が遅れたために、下流工程が仕事が無い状態になること (5) 顧客の要求と合わない製品やサービス

等が挙げられる。

リーン思考の基本原理は以下の 5 つで定義される。 · 価値(Value):それぞれの製品の価値を正確に定義づける。

終的な成果物の価値を明確化することが重要である、というもの。 顧客により必要とされる価値が異なっていることもあり、明確な 終成果物の価値を

定義することで、各工程の無駄が明らかにされる。例えば、実用的な製品においては、

華美な装飾は不要であるが、美術的な製品については、装飾事態が目的となりうる。 · 価値の小川(Value stream):それぞれの製品の価値の小川を定義する。

それぞれの製品を作る上での業務フローや必要なアクションを明確に定義するとい

うこと。 終製品の価値だけではなく、それを作成する過程の価値を明確にすることで、やり

直し等の無駄を省き、適切な業務が行われる。 · 流れ(Flow):よどみのない価値の小川を作り上げる。

各工程をよどみなく流すこと。 上流から下流への流れを適切にすることで、待ち時間等の無駄が排除できる。

· プル(Pull):顧客が供給者から価値を引き出すようにする。 顧客が供給者から価値を引き出し、顧客の要求に応じて供給者の作業が始るというこ

と。 終的な製品の価値や必要量を判断するのは顧客であり、不要な在庫を持たないため

にも顧客からの要求により作業が始る。 · 完全性の追求(Perfection):完全性を追求する。

改善は一度で完了するのではなく、常に改善を繰り返し完全性を追及することが重要

だということ。

Page 9: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

6

リーン思考では、業務の流れやその段階における品質を重視する点から、当事者だけではなく、

その前段階での工程における改善も必要となってくる。臨床試験の場合は、医療現場で多くの作

業がなされていることから、医療現場の協力がこの思考を実践していく上では欠かせない要件と

なっている。また、製薬企業においては、プロトコル作成、CRF 設計、モニタリング、データ入

力、データクリーニング、データ解析等各々のプロセスについて、現場での業務改善を客観的に

評価すると共に、実感的に確認し、更なる改善につなげるために、業務時間等を数値化し、改善

の効果を客観的に把握させることが効果的である。

2.6 シックスシグマ

シックスシグマ(Six Sigma)とはデータの統計学的な解析に基づいて製品の不良率を引き下

げる品質管理手法のことである。シグマは標準偏差「σ」を語源とする。正規分布において、あ

る値が平均値から 6σの範囲に入らない確率は 100 万分の 3.4 である。転じて、「100 万回の作業

で不良が発生する回数を 3.4 回未満にする」ことを目標にする言葉として定着した。

特徴の一つが、顧客の視点から目標を設定することである。顧客は、自分が購入した製品やサ

ービスの品質を平均値で評価するわけではない。自分が使用している製品固有の品質で評価する。

企業は顧客に提供する製品の品質を、可能な限り均質にする必要がある。

そこでシックスシグマでは、製品に不良があった場合に発生するコスト:COPQ(Cost of Poor

Quality)を定量的に把握し、その改善の必要性を明確にする。COPQ としては、再生産にかかる

コストや廃棄コストといった顕在的なコストと、生産計画の変更に伴うコストや販売機会の損失

といった潜在的なコストがある。こうした数値から、解決すべき問題を決め、具体的な改革活動

を開始する。

シックスシグマの改革プロセスは、一般に Define(定義:D)、Measurement(測定:M)、Analysis

(分析:A)、Improvement(改善:I)、Control(管理:C)という DMAIC の 5 ステップのサイ

クルで実行する。目に見える問題を Plan(計画)、Do(実行)、Check(確認)、Action(処置)と

いう PDCA の 4 ステップで改善していく QC サークル活動と比べて、顧客の視点でかつデータ主

導で潜在的な問題も含めて見つけることを重視しているのが特徴である。改革の全体目標は、顧

客が品質評価で も重視する項目:CTQ(Critical to Quality)として、COPQ 等を考慮した上で

決定する。

まず D のステップでは、顧客の声(Voice of Customer)と問題を定義する。

M のステップでは、CTQ に関わるデータを徹底的に収集し、大きな影響を与えるプロセスを

見つける。収集したデータからそのプロセスの現状を正確に把握し、目標値を決める。

続いて A のステップでは、そのプロセスでなぜ不良が発生するのかを分析し、根本原因を特

定する。

I のステップでは、A で明確にした問題における主要変数のばらつきが許容範囲内に収まるよ

うに改善策を練り、プロセスに変更を加える。

後の C のステップでは、改善策の効果を測定して CTQ に与えた影響を見るとともに、不良

/ばらつきの再発を確実に防止する。さらに、改善結果を定着させる活動を進める。

実際の製造業では、まず主要部品ごとに重要寸法を抽出し、数値管理を徹底する。設備能力の

検証、測定データの検証等を通じてばらつきの原因を分析し、管理項目とその目標値を明確化す

Page 10: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

7

る。その上で管理項目のばらつきを抑える改善策を施す、といった流れになる。

Salsburg(2002)では、患者の来院から総括報告書作成までを 16 のステップに分け、品質を測

定するために各ステップの時間を取り上げることを提案している。多くの試験において、クエリ

ーの回答を医療機関から入手し、データを修正するステップの相対的な時間変動が一番大きいこ

とが判明し、このばらつきを抑えることが品質改善に効果的であるとしている。ここで注目すべ

きは、多大な時間を要するステップではなく、時間の変動の大きなステップに注目したことであ

る。

シックスシグマと日本の TQM(Total Quality Management、総合的品質管理)は、どちらも組

織的に品質を改善し続け成長を目指すこと、トップの重要性や顧客主義等品質管理のための行動

指針、用いる統計手法、改善のステップの本質(呼称は異なる)については共通であるとの見方

もある。ただし、TQM は日常組織をベースに改善するのに対し、シックスシグマは改善のため

の特別組織があること、TQM は顧客満足の獲得が利益をもたらすと考えるのに対し、シックス

シグマは利益を得るために顧客満足を考える傾向にあること、TQM はボトムアップ+トップダ

ウンであるが、シックスシグマはトップダウンが中心であること、TQM は自主的な改善プロセ

スであるのに対し、シックスシグマは標準的な改善プロセスであること等が違うと言われている。

【参考文献】 · “JIS Q9000:2006(ISO 9000:2005)品質マネジメントシステム-基本および用語” IN:

2007 年版 JIS ハンドブック、57 品質管理、日本規格協会、2007. · 山田秀 “TQM 品質管理入門” 日経文庫 1090、日本経済新聞出版社、2006. · 山田秀 “品質管理のためのカイゼン入門” 日経文庫 1092、日本経済新聞出版社、2006. · Society for Clinical Data Management “Good Clinical Data Management Practices” Dec.

2008. · 加藤洋一 “新版 QC 入門講座 9 サンプリングと抜取検査” 日本規格協会、2000. · 日本製薬工業協会医薬品評価委員会 統計・DM 部会 “「治験データの信頼性」の検

討―CDM からの提案―” 平成 15 年 3 月、 医薬出版センター. · “JIS Z9015-0:1999(ISO 2859-0:1995)計数値に対する抜取検査手順 第 0 部:JIS Z

9015 抜取検査システム序論” IN: 2007 年版 JIS ハンドブック、57 品質管理、日本

規格協会、2007. · “JIS Z9015-1:2006(ISO 2859-1:1999)計数値に対する抜取検査手順 第 1 部:ロッ

トごとの検査に対する AQL 指標型抜取検査方式” IN: 2007 年版 JIS ハンドブック、

57 品質管理、日本規格協会、2007. · ジェームズ・ウォーマック、ダニエル・ジョーンズ 著、稲垣公夫 訳 “リーン・シ

ンキング” 日経 BP 社、2003. · 青木保彦他 “シックスシグマ-品質立国ニッポン復活の経営手法” ダイアモンド

社、1998. · David Salsburg “Deming principles applied to processing data from case report forms” Drug

Information Journal, Vol. 36, pp. 135–141, 2002.

Page 11: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

8

3. データの品質の確保

3.1 臨床試験データの特徴

臨床試験において大切なことは、薬効評価するために適切な計画を立案し、計画に基づいて的

確なデータを収集し、得られたデータを正確に評価し、薬の有効性と安全性に関する情報を把握

することである。臨床試験で得られる情報は、 終的に患者に投与される医薬品の承認の可否の

判断や、適正な使用のために利用される。従って、情報のもととなる臨床試験データは高度の信

頼性、正確性等が確保されていなければならない。そのためにも医療機関でデータが実際記録さ

れる流れや状況を理解しておくことが重要である。

臨床試験データの基となる臨床データは、あらかじめプロトコルで原資料が特定されている。

原資料は、カルテ、看護記録、患者日誌、臨床検査伝票、X 線の画像データ等記録される形態が

多岐にわたる上に、原資料の作成者も医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、患者等様々である。

これらの原資料からプロトコルの規定に基づいて薬効評価に必要な情報を抽出したものが CRF

である。

臨床試験は人間が計画し、人間を対象として、人間が実施するものであるから、計画で意図し

たとおりのデータが得られないことがある。例えば、CRF の作成は、人間が行う作業であるため、

記入漏れ、書き間違い等の人為的なミスの入り込む可能性がある。また、試験計画が不十分なた

めに被験者選択の基準や有効性・安全性の評価がプロトコルで明確に規定されていない場合や、

CRF の記入方法が統一されていない場合もあり、数多くの要因や状況を考慮して試験計画を立て

ないと、臨床試験データには意図しないばらつきや誤りが混入する可能性がある。さらに、臨床

試験では、プロトコル逸脱の問題が存在する。例えば、プロトコルで規定された検査時期に予定

されていた検査項目の測定が実施されなかった場合が一つの例である。検査オーダーのし忘れと

いった人為的なミスが原因のこともあるし、被験者の来院日の都合、被験者の健康状態等といっ

た避けられない原因のこともある。

これら臨床試験で得られるデータの特徴を理解し、試験計画からデータの発生、データの収

集・処理に至る各々のプロセスにおいて、適切な品質管理を計画し、速やかに対処する方法を考

え、信頼性を保証していく必要がある。

3.2 臨床試験の質

臨床試験データの質は臨床試験の質に密接に関係する。データの質は臨床試験の質の一要素で

あるが、試験の質を確保することはデータの質の確保に通じる。上坂ら(2008)は、臨床試験の

質を考えるにあたっては倫理的観点を優先することが前提であるとし、その質の重要な要素とし

て、第一に科学的および医学的な妥当性を有することを挙げている。すなわち、質の高い試験を

行うためには、適切に設定された試験の目的に対して、科学的、倫理的に妥当な計画をたて、無

駄なく正確に実施し、全体として目的を達成するための必要十分なデータの質を確保することが

重要であると解釈できる。データの質を確保するためには、試験の目的に合うように適切に定義

された項目を、適切に観察・測定し、正確に収集し、データベースに入力して解析に用いること

が重要である。

Page 12: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

9

計画については、ICH E9 ガイドライン「臨床試験のための統計的原則」に述べられているよ

うに、偏りを 小にし、精度を 大にすることで妥当性のある結論を導くことを念頭におくべき

である。臨床試験に対する良い品質保証計画とは、事前に十分な計画を立てた上で、問題の発生

を予防し、問題を早期に検出し、対策できるようにするものである。その結果、エラーのいくつ

かは残ったとしても、主たる結論が影響されないことが必要である。

Society for Clinical Trials の分科会がまとめた、多施設臨床試験の品質保証についての標準ガイ

ドライン Knatterud et al.(1998)では、品質保証のステップを予防(Prevention)、検出(Detection)、

対策(Actions)の 3 つに分け、品質保証の第一の目的は、エラーや問題を予防することであると

述べている。

予防のために重要なことは、よく練られたプロトコル、必要項目に限定したデータの収集、記

入しやすい CRF とわかりやすい CRF 記入の手引き、参加医療機関の関係者へのトレーニング、

データの測定や処理の品質管理計画の立案等である。品質を保証するステップの中でもっとも費

用対効果が高いのは、この予防のステップである。GCDMP でも Assuring Data Quality の章で「

も大切なことは、プロトコルやプロセスの計画段階のうちにエラーを防止する対策を講じること

である」と強調している。

検出のステップで重要なのは、定期的なモニタリングで問題を検出することである。問題の検

出の方法として、SDV があるが、従来の SDV は、原資料と CRF をつき合わせ、齟齬を探すとい

った、データ集積後の間違い探し的な側面が強かった。しかし、臨床試験に求められる質を考え

たときに、重要なのは「CRF の内容が原資料と合っていること」だけではなく、データ集積過程

に間違いが起きないこと、例えば、プロトコルの誤解を防ぐこと、プロトコルの不備による違反

の発生を防ぐこと等である。したがって、重要なのはデータが集積された後の SDV ではなく、

特に初期の段階で、医療機関へのモニタリングを重点的に行い、SDV 等を通じてエラーがあれ

ばそれを検出し、次に同じエラーが起きないよう予防することである。

無駄の 小化の観点からは、必要性の曖昧なプロセスの廃止や、本質的なことにより多くのエ

ネルギーを費やすことを考慮する。例えば、臨床試験の品質保証の本質がデータ集積過程にある

ことを考えれば、原資料と CRF あるいは入力データ間の完全な一致だけを求めることは本質的

な質の確保という点では十分ではない。モニタリングの頻度や SDV の内容について重みを変え

ることで、一律の「エラー=0」にこだわるのではなく、品質管理プロセスで全体に一定以上の質

を確保しながら、真に重要な部分の間違いを可能な限り減らすことに重点を置くことがあるべき

姿である。例えば SDV についても、初期は重点的に行い、問題が検出されない医療機関では

Sampling SDV に移行する等の工夫がある。また、主要評価項目や同意取得、重篤な有害事象と

いった、重要なデータについては全数検査を行うが、それ以外の項目はサンプリングで検査する

といった項目に対する重み付けも考えられる。

「重み付け」や「品質基準の設定」については、GCDMP の Measuring Data Quality の章でも述

べられている。すなわち、「受け入れ可能なデータ品質レベルに対する適切な基準を設定し、デ

ータの品質を定量化する方法を活用し、データの品質保証を実践するために、データマネジメン

トのプロフェショナルが、積極的な役割を担うことが重要である。……エラーの原因を理解し、

検査を通じてエラーを確認し、データの品質を測定するために検査結果を使い、試験で導かれる

結果にデータの品質が与えるインパクトを評価せねばならない。……可能性のあるエラー全てに

対する品質点検をデザインすることや、全データの 100%マニュアルレビューを行うことは、現

実的でないし、必要でないし、効率的でない。」とされている。

Page 13: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

10

3.3 考え方の改革

品質はプロセスにより作りこまれる。効率的に臨床試験データの質を確保するには、試験に携

わる者全てが、品質の良いデータとは何かを理解し、常に念頭に置き、それぞれの責務を果たす

ことが重要である。医療機関、モニター、データマネジメントが協力し、品質に関する問題点を

明らかにし、場合によっては規制当局に働きかけ、解決していく必要がある。それらを推進し、

改革していくためには、我々自身の意識改革が必要である。

変えていかなければならないものの一つに、昨今、国内の臨床試験の質について揶揄されてい

る「オーバークオリティー」がある。これは言葉通りの「過剰な品質」ではなく、「やりすぎ」

の意であり、「オーバーワーク」という方がより適切であるとも言われている。問題となるのは、

必要以上に細部にわたる正確性や見栄えを追求し、作業に手をかけていることであり、原資料と

CRF の照合や CRF の不整合の確認、CRF データと入力データとの一致の保証等において完璧さ

を追求する行為や目的が曖昧なまま念のため実施する行為等が含まれる。何が過剰かを考えるに

あたっては、改めて、良い品質とは何かを考えてみる必要がある。IOM(The Institute of Medicine)

は、データの質を Error-free のデータから導き出した場合と同じ結論と解釈が得られる質と定義

している(Davis et al., 1999)。すなわち、エラーは 0 に近ければ近いほど良い品質だというのは

誤解であり、エラーを限りなく 0 に近づける必要はない。主要な解析項目でないデータのエラー

等、結果への影響が小さいもの、結論に影響を与えないエラーは許容できると解釈できる。例え

ば、データベース固定後、偶然判明したエラーについては、一律に修正し、再解析、総括報告書

改訂を実施するのではなく、試験の質や結果の解釈への影響や同じエラー発生の可能性を十分検

討した上で、修正の可否等の対応を決定すべきである。

また、上坂ら(2008)は、たとえ試験の目的が達成されても、必要以上に労力、費用、資源、

時間等が費やされた場合は、実施方法が適切でないことを意味するので、試験の実施における質

は低いといってよい、と述べている。ここでは、上坂ら(2008)が指摘する「必要以上に」がキ

ーワードとなる。重要なのは「必要」を超えて費やすエネルギーを、より本質的な質の確保に振

り向けること、つまり、とるに足らないところに掛けている必要以上のエネルギーを本当に重要

な部分に投じることである。

さらに、変えていかなければならないのが、全ての情報を CRF に収集しようとする「CRF 至

上主義」と呼ばれている考え方である。開発品目ごとに特徴ある申請パッケージを意識しつつ、

満足する結果を得るため、ひいては臨床試験の目的を達成するために、CRF には十分議論して取

捨選択した必要 低限の項目のみ(無駄な情報の排除)を記載すればよいはずである。しかし、

CRF で収集する項目の全てが必要とは限らないと言われているものの、いまだ多くの項目が CRF

で収集されている。その原因としては、「念のため」とりあえず集めておいて後で考えようとい

う問題先送りの体質や、適合性書面調査に対応するため適格性の確認や有害事象の評価に必要な

コメント情報を CRF に取得しておかねばならないという思い込み(過剰反応)が考えられる。

臨床試験データの流れの中で、品質を確保する上で も上流に位置するデータの発生段階(検

査・観察項目を測定・観察し、データを記録する段階)、CRF 作成段階(発生したデータを CRF

に記入する段階)が重要であることはいうまでもない。というのは、信頼性のないデータを入手

すればそれ以降のプロセスに影響を及ぼし、例えば、クエリーの発行、CRF や入力データの修正

等の余分な業務が生じ、エネルギー分散のための質の低下やリソースの浪費が発生するからであ

Page 14: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

11

る。したがって、信頼性のあるデータをいかに効率よく入手するかがキーになるのである。治験

依頼者は、収集データを絞り込んだ、よく練られたプロトコルを作成することはもちろんのこと、

試験開始後、あらかじめ規定されていなかった非本質的な詳細情報を問い合わせたりしないよう

にし、医療機関が本質的な活動に専念できるような環境を提供することが重要である。その上で、

医療機関と治験依頼者の役割分担をより明確にし、データ発生段階、CRF 作成段階にも品質マネ

ジメントの考え方を取り入れ、日本の臨床試験全体がより効率的に品質確保できる体制になるこ

とが望まれる。

【参考文献】 · 大橋靖雄、辻井敦 “臨床試験データマネジメント-データ管理の役割と重要性-” 医学

書院、2004. · 大橋靖雄、福田治彦、朴成和、辻井敦 “座談会 臨床試験データマネジメントの現状

と展望” http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2005dir/n2621dir/n2621_01.htm ( 終閲

覧日 2008/6/3) · 上坂浩之、狩野昌子、大久保こずえ “臨床試験の質とデータの質-臨床試験におけ

る品質管理-”(日本品質管理学会関西支部研究発表会予稿集 2008) · Genell L. Knatterud, Frank W. Rockhold, Stephen L. George, Franca B. Barton, C.E. Davis,

William R. Fairweather, Tom Honohan, Richard Mowery and Robert O’Neill “Guidelines for Quality Assurance in Multicenter Trials: A Position Paper” Controlled Clinical Trials 19:477–493, 1998.

· Society for Clinical Data Management “Good Clinical Data Management Practices” Dec. 2008.

· Davis JR, Nolan VP, Woodcock J, Estabrook RW. eds. Assuring Data Quality and Validity in Clinical Trials for Regulatory Decision Making. Workshop Report. Roundtable on Research and Development of Drugs, Biologics, and Medical Devices, Division of Health Sciences Policy, Institute of Medicine. Washington DC: National Academy Press, 1999.

Page 15: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

12

4. 品質マネジメントの臨床試験への応用(CRF データ)

4.1 試験計画段階の品質の作りこみ

品質の作りこみのためには、試験計画段階でどれだけ準備できるかが重要となる。本節では、

これまで述べてきた品質マネジメントの考え方を適用することにより、準備段階で考えておかね

ばならぬことを整理し、試験計画段階における収集データの吟味、標準化についてデータマネジ

メントの立場からの提言を述べたい。

4.1.1 プロトコルの作成

GCDMP の Data Acquisition の章に「臨床試験において、プロトコルの次に重要なのは、データ

収集のために設計され使用される文書であることは間違いない。収集されるデータの品質は、何

よりもこの文書の品質に左右される。」と書かれているとおり、収集するデータの品質はプロト

コルと、それに従いデザインされた CRF によるところが大きい。

質の良いプロトコルとは、医学的に有意義な知見をもたらす目的が設定され、その目的が達成

できるような方法が計画されていること、すなわち、誤った結果が導かれる可能性が十分小さく

なるように計画されていることが必要である。そのためには、有効性、安全性が正しく評価でき

ること、標準化され、実施方法・手順が明確にわかりやすく記載され、エラーを引き起こしにく

くなっていることが必要である。具体的には、有効性・安全性を示す測定項目や観察期間が無駄

なく、漏れなく規定されており、適格性や併用禁止薬等の基準や被験者背景として調査する既往

歴、合併症の調査期間(例えば、開始前 6 ヶ月等)等の詳細が決められ、収集すべき情報が明確

になっていること等が挙げられる。これらが実現しなければ、試験途中で収集情報の不足が発覚

し、プロトコル変更や遡っての問い合わせが発生したり、また逆に、症例やデータの取り扱いを

決定できず、考えられるありとあらゆるデータを収集しなければならなかったり、プロトコル違

反が頻発したりして、 悪追加試験もしくは追跡調査が必要となる等、大幅な開発の遅れや新た

なコストの発生につながる。

また、プロトコル作成に当たっては、標準化された手順や方法を用いることや、プロトコル自

身が必要以上に複雑でないことも重要である。GCDMP の Assuring Data Quality の章で「エラー

率とステップ数には関連性がある。したがって、転送する回数を減らし、可能な限り標準化、合

理化するべきである。標準化はエラーを減らす一助となる。」と標準化の効用について述べられ

ている。プロトコルの標準化に関しては、Clinical Data Interchange Standard Consortium(CDISC)

の Protocol Representation Group でも取り組まれている。

4.1.2 収集データの吟味

試験の目的を果たすための情報を漏れなくプロトコルに規定することの重要性は先に述べた

とおりだが、必要 小限の測定項目、観察期間で、薬剤の有効性・安全性を評価できるように工

夫し、CRF で収集するデータを吟味し、無駄を排除することも品質を考える上で重要となる。

Page 16: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

13

GCDMP の Data Acquisition の章には「プロトコルの内容から、試験中に収集するべきデータが一

意に特定されなければならない。不必要なデータの収集は、重要な変数に対する医療機関担当者

の注意を疎かにし、データの品質に悪影響を及ぼす危険がある(Califf et al., 1997)。重要なのは、

CRF 作成前または作成中に主要な変数が定義され、またこれらが CRF にきちんと収集されるこ

とを保証することである。」とあり、医療機関において不必要なデータを収集することが、必要

なデータの品質に悪影響を与えることが述べられている。医療機関だけにとどまらず、依頼者側

においても同様のことは言え、さらに試験実施中の品質管理活動において“使わないデータ”に

リソースをかけるという無駄につながる。

したがって、試験計画段階において当該試験を評価するために必要なデータだけを収集するよ

う計画することは、臨床試験データの品質の向上に寄与すると考えられる。

従来 CRF で収集してきたデータは、有効性、安全性にかかわるデータや背景因子情報のような

集計解析に使用するデータ、集計解析には使用しないが、安全性の評価や確認、適格性の確認の

ために使用するデータ、および規制当局対応の際に使用するデータ等に大別される。この中で

我々が考える「必要なデータ」とは、集計解析に使用するデータ、一覧表に掲載する必要のある

データ等であり、特に後者は規制当局の要求事項(例えば ICH E3 ガイドライン)を満たすため

の 小限のデータを意味する。逆に「不必要なデータ」とは、これらに該当しない全てのデータ

である。

我々の検討の中で、タスクフォース内 13 社の経験として CRF に収集したが、集計解析に使用

しなかったデータの具体例を調査したところ、併用治療関連のデータ(用法用量、投与経路、併

用理由)、コメント、同意取得年月日等が共通項目として浮かび上がってきた。さらに、わざわ

ざ CRF で入手しなくてもわかる項目の記入欄が準備される等の無駄も多く、必要以上のデータを

収集することで、実施段階において臨床試験データの品質確保に必要以上のリソースをかけなけ

ればならなくなっている現状がうかがえた。

また、総括報告書の一覧表に掲載するデータについては、試験の目的によらず必要となるデー

タも多数あるが、「それが何か」ということはあまり検討されていない。上記の事例でも、集計

解析に使用しないが、総括報告書の一覧表には必要として収集した項目もあるだろう。しかし、

現状では CRF で収集したデータを漫然と一覧表に掲載している場合も多く、その中には一覧表に

含めなくてもよい項目が含まれているのではないかと思われた。プロトコル作成時にはこういっ

た観点からの吟味も必要である。

CRF の収集データ項目の標準化を目的として Clinical Data Acquisition Standards Harmonization

(CDASH)version1.0 が公表されている。ここでは、CRF で収集することを推奨するデータ項目

を挙げるとともに、それらを下記の 3 つに分類している。

・ Highly Recommended:CRF 上に必須な項目(例:規制当局の要求等による)

・ Recommended/Conditional:特定の場合や領域によって CRF に必須な項目

・ Optional:必要な場合に使える項目

これらのうち「Highly Recommended」と「Recommended/Conditional」の項目は大多数の CRF

にあることが予想される(be expected)データ項目とのことである。

以下に、CDASH から、併用治療に関するデータ収集項目と分類を引用して示した。

Page 17: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

14

Data Collection Field 分類

1 Were any medications taken? 併用治療の有無 Optional 2 Line # 記入列の番号 Optional 3 Medication / Therapy Name 薬剤名、治療名 Highly Recommended 4 Active Ingredient(s) 有効成分 Optional 5 Indication 適応(併用治療の実施理由) Recommended/Conditional 6 AE Line # 治療対象となった有害事象の番

号 Optional

7 MH Line # 治療対象となった病歴の番号 Optional 8 Dose 1 回投与量 Optional 9 Total Daily Dose 1 日投与量 Optional

10 Unit 用量単位 Optional 11 Dose form 剤型 Optional 12 Frequency 服用頻度 Optional 13 Route 投与経路 Recommended/Conditional 14 Start Date 治療開始日 Highly Recommended 15 Mark if taken prior to study 試験開始前から治療が行われて

いたかどうか Recommended/Conditional

16 Start Time 治療開始時刻 Recommended/Conditional 17 End Date 治療終了日 Highly Recommended 18 Mark if Ongoing データ収集終了時点で、治療が継

続していたかどうか Optional

19 End Time 治療終了時刻 Recommended/Conditional

ここからわかる通り、推奨項目の中にも Optional に該当する項目が大変多い。つまり、我々が

常識と思って CRF に準備している項目についても、一つ一つの使用目的を確認し、その必要性を

検討していくことが必要なのである。

なお、詳細は CDASH を参照していただきたい。

4.1.3 CRF と CRF 記入の手引きの作成

必要なデータだけを収集することで品質の向上が期待されることを先に述べたが、それらのデ

ータが、使用目的に合致した形で収集されるようにするためにはどのようにしたらよいだろうか。

ここでは、CRF や CRF 記入の手引き作成時の考え方や工夫、標準化について述べる。

CRF 設計までに、データの使用目的を明確に規定しておく(できれば、統計解析計画書を早期

に作成し明記しておく)ことにより、無駄なく必要情報のみ収集できる。例えば、罹病期間をカ

テゴリー(1 年未満、1 年以上 3 年未満、3 年以上)のみで集計するならば、数値データで収集す

ることは不要である。罹病期間を月数で集計し、正確な診断確定日が不要な場合には、診断日の

年月のみ収集する等、目的に応じた必要 小限の情報にするように設計すべきである。合併症デ

ータに対しては、対象疾患に関連するリスクファクターとなる合併症をあらかじめリストアップ

し、該当疾患にチェックを入れる形式とし、それ以外の合併症は疾患名だけを記入する等、目的

に応じて必要なデータのみを収集すればよい。

Page 18: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

15

CRF 記入の手引きについては均一の CRF の品質を確保するために作成し管理する。内容は、

プロトコルで意図したデータが記入されるよう、わかりやすいものとし、特殊ケースの取り決め

や留意事項はあらかじめ何らかの手段で取り決めて別の手段(Q&A 集、事例集等)で提供する

ことが望ましいと考える。また、医療機関で原資料から容易に必要なデータを特定できるように、

記入内容や基準等を明確にして、解説をつける等の工夫も有用である。

また、医療機関からの要望という理由で、モニターから詳細な CRF 記入の手引きの作成を要求

されることもある。データマネジメントはモニター、また必要に応じて CRC から直接事情を聴

取し、オーバーリアクションになっていないか確認した上で、本当に必要な資料を提供するべき

であろう。

日本においては、プロトコルの不備の場合以外でも、日本人特有のきめ細かさに起因する多種

多様な記入方法、試験ごとあるいは依頼者ごとに異なる用語の使用等のため、記入する医療機関

側を混乱させる場合が時にあり、記入方法を詳細に記載した CRF 記入の手引きを作成することで

対応している現状がある。一方、海外では、比較的 CRF の標準化が進んでいること、CRF の構

造が比較的シンプルであること、さらに細かいところにあまりこだわらない国民性からか、詳細

な CRF 記入の手引きは必要とされていない。国際共同試験においても、日本のみ特別な CRF 記

入の手引きが作成されるという現実は、この実態を表すものであろう。

CRF の標準化が進んでも、記入方法の標準化が進まなければ、収集されるデータの標準化は困

難である。データ収集項目が標準化されていても、試験間でその記入方法や使用する用語が異な

っていれば、CRF を記入する者にとっては標準化がなされていないことと同じである。そのため、

CRF の標準化は各項目の記入方法の標準化とあわせて進められるべきであり、CDASH において、

CRF の収集項目、その定義、記入方法が含まれているのは注目すべきところである。

使用目的に合致したデータを効率よく収集するためには、詳細な CRF 記入の手引きが役立つが、

CDASH に基づいた会社間で標準化された CRF が作成されるようになれば、依頼者間の違いが生

じることはなくなるため、試験ごとに詳細な CRF 記入の手引きを作成するという無駄な作業は必

要なくなるかもしれない。

また、CRF や CRF 記入の手引きの標準化が進めば、試験ごとの CRF 設計や CRF 記入の手引き

作成の作業が簡単になり、作成時間の短縮、質の向上が得られる。さらに、データベース、入力

マニュアル、解析プログラムに至るまで一気に標準化が進み、データ入手後のプロセスに発生す

る業務の効率化の実現が容易になる。

4.1.4 CRF で収集しないとしたデータへの対応

次に、これまで CRF で収集していたデータを CRF で収集しないことにした場合に考えられる

対応について述べる。

4.1.2 項で CRF 上「必要なデータ」としなかった項目に関して、以下の種類が挙げられる。

1) 収集したデータから導出できるデータ

2) 重複データ

3) 安全性の評価や確認、適格性の確認のため利用されるデータ

4) GCP 適合状況の把握や適合性調査等の規制当局とのやりとりの際に使用するためのデ

ータ

Page 19: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

16

1)、2)に関しては収集する必要のないことは自明であるが、3)、4)は別の方法で入手・

管理しておく必要があることから、我々は、CRF 上「必要なデータ」としなかった項目に関して

対処方法を検討した。

まず、データの入手方法に関しては以下のような方法が挙げられ、それぞれの情報の特性に応

じ、これらを使い分けることができるのではないかと考えた。

CRF

モニタリング報告書、SDV 実施記録

原資料との矛盾に関する記録

重篤な有害事象報告書(重篤な有害事象以外の重要な有害事象にも使用可能)

有害事象報告書(CRF 以外に詳細有害事象の報告書を使っている場合)

例えば、CRF に「再同意取得日」を設けているケースがある。GCP では、被験者の意思に影響

を与える情報が得られた場合、説明文書・同意書を改定し参加の継続について改めて被験者の同

意を得なければならない。被験者ごとに再同意を取得したかどうかが必要であるならば、年月日

だけでなく説明文書・同意書の「版」情報も必要となる。このような管理は本来 CRF に求めるも

のとは異なり、モニタリング情報としての管理が適切である。

また、「医師のコメント」を CRF に収集しているケースも依然として見られる。これらの多く

はモニタリング情報であり、臨床担当の要望により CRF で収集することにしている場合が多い。

有効性や安全性に関するコメント等は CRF に必要なコメントかもしれないが、プロトコルからの

逸脱に関しては、逸脱が起こった経緯とその理由がモニタリング情報として記録されているはず

であり、さらにそれ以上の情報が CRF に必要ということはない。また、その他「原資料との矛盾

に関する記録」も用意されており、試験結果をまとめる上での必要な情報はこれらで十分である。

なお、CDASH の FAQ に次のような記述がある。「CRF で収集されたデータは全てデータベー

スに入れる必要がある。しかし、解析や総括報告書には不要だが医療機関やモニタリングのため

に必要な場合はワークシートを使って収集することを推奨する。ワークシートで収集したデータ

に関して一般的には依頼者は回収しない。また後にデータベースに入れることもない。(ワーク

シートの事例: 症例登録票、治験薬使用記録)」これについては 4.3 節にて詳細を述べるが、

データの信頼性を確保する方法のひとつとしてローカルデータマネジャーとともに取り組んで

いきたい方法である。

一方、集計解析には使用しないが、ある状況においてのみ総括報告書で使用するデータも想定

される。例えば、有害事象が発生した場合は併用薬の詳細情報の収集が必要になるが、それ以外

ではその利用価値はあまりない試験もある。このような場合、全ての併用薬を CRF に詳細情報ま

で記入するよう規定することは効率的ではなく、該当する場合のみ、別の方法で収集することが

推奨され、例えば、重篤な有害事象報告書等も利用可能である。ここでも、CRF に必要以上の情

報を収集していると、CRF と重篤な有害事象報告書に不整合が生じる可能性が増大するため、必

要情報と付加情報の切り分けを明確にしておくことが重要である。

このように、プロトコル作成段階で何を収集したいのかを明確にし、定義の曖昧なデータを減

らすと同時に、モニターが収集したい情報をどのように収集するべきかを提案することが、デー

タマネジメントの貢献できるところと考える。

Page 20: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

17

4.2 試験実施段階のデータの品質管理

ここでは、試験開始後のデータの品質管理上の問題や、メトリクス(基準とすべき尺度や指標)

の利用やエラー検出・予防策の構築等により品質を作りこんでいく、CRF データクリーニングや

SDV でのプロセス管理の実際について述べる。

4.2.1 データマネジメント業務のメトリクス

GCDMP の Metrics for Clinical Trials の章には、「臨床研究において、メトリクスを用いると、

プロセスが効率的で効果的かどうか、測定したプロダクトが期待された品質を持つかどうかを量

的、質的に評価することができる」との記述がある。GCDMP では、データマネジメントの 4 つ

のメトリクスとして、quantity(量)、cost(コスト)、time(時間)、quality(質)が挙げられ

ている。データの発生から収集までの各プロセスにおいて目標とする品質を規定し、結果を測定

し、プロセスを改善する。

データベースのエラー率は、入力されたデータベースからデータをサンプリングし、CRF(紙

を利用している場合)もしくは原資料(EDC を利用している場合)と比較することで測定でき

る。エラー率を測定し、エラーが発生している箇所と理由を分析することで、改善策が作られ、

高い品質と無駄を省いたプロセスが確立できる。例えば、新しく設計した CRF で収集したデー

タから、入力間違いの発生率が高いもの、問い合わせが多い項目を特定する。また、医療機関の

担当者やモニターから CRF 記入の手引きの改訂が必要であると指摘された項目も特定する。そ

の結果、記入しやすく間違いが発生しにくい CRF の作成、原資料からデータを入力しやすい画

面(EDC)、記入ルールの明確化、CRF 記入の手引きの充実、カテゴリーデータの選択肢による

正確なデータ入手等が実現できる。

データクリーニングプロセスは、解決までの時間や発生率を分析もしくは測定の指標とする。

クエリー解決に時間を要するものや発生率が高いものには、様々な原因が考えられる。例えば、

データマネジメント担当者が、クエリー解決に時間を要する項目の分析を実施し、わかり難いク

エリーの質問文の変更、モニターに対するクエリーの解説、CRF 記入の手引きの改訂等を行えば、

その結果、解決時間の短縮やクエリー発生の減少につなげることができる。また、医療機関別あ

るいはモニター別にクエリーやプロトコル違反の発生率を比較することにより、医療機関やモニ

ターの傾向を判定することができる。医療機関やモニターによる違いを分析し、問題があればそ

の原因を特定して、モニターを再教育することや、医療機関に対して収集するべきデータや試験

実施手順の追加説明をすることで、それ以降のデータ品質を向上させることができる。こういっ

た分析を、試験進行中に定期的に行うと、モニターの管理者や試験に関わる担当者等が状況を把

握することができ、早期の問題解決につながり、有効である。

モニターがタイムリーに SDV を実施することも同様に重要である。注意すべき点は、できる

だけ試験進行中の早い時期に問題点を分析し、速やかに対応・改善し、以降のデータ品質を向上

させることである。早期対応を実現するために、観察検査日から CRF 記入日や SDV までの時間

をメトリクスとして医療機関別に分析することも有効であろう。

試験実施中に改善できなかった項目や、CRF 設計ミスによる集計解析時の問題点等試験終了後

に判明した項目については、次の試験での対応とする。更なる試験期間の短縮、リソースの効率

Page 21: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

18

化、品質の向上のためには、それらを試験終了後に分析し、改善策を検討し、次の試験に活用す

るべきである。

また、問題認識がされていても、担当者以外に情報が流れない場合には、同じ間違いを繰り返

す可能性があるので、測定結果と分析結果は、全社・全ファンクション(プロトコル立案担当、

解析、データマネジメント、モニター)で共有する必要がある。

4.2.2 エラーの検出と対処

すでに述べてきたように、試験準備段階において、エラーを防止、検出するための手順をあら

かじめ構築しておくこと、試験開始後は、発生したエラーを早期に検出し、修正するだけでなく、

エラー内容を分析し、予防する手順の追加等適切な対処を実施することが重要である。また、収

集された全データを一律に同じレベルでクリーニングしたり、エラーのないデータベースを作成

しようとする必要はないが、データに存在するエラーを確認し、理解し、試験結果にインパクト

を与えるエラーを修正することは必要である。そのためには起こりうるエラーの発生源や内容、

試験に与える影響を理解し、メリハリのある効果的な予防法や検出方法を策定することが必要で

ある。

データエラーの発生源としてGCDMPのMeasuring Data Qualityの章では下記 18項目に分類し、

それぞれの主な検出方法について述べている。

① 被験者が質問票に対し不正確または不完全に回答(ツールバリデーションの不足やフォ

ームデザインの不備)

② 被験者が試験の実施指示に従わない

③ 被験者に対する指示が不十分

④ 医療機関の担当者の試験実施エラー(プロトコル違反)

⑤ 原資料自体のエラー

⑥ 医療機関の担当者の転記ミス

⑦ 医療機関の測定機器の誤差

⑧ 測定値の読み間違い

⑨ 入力ミス

⑩ 電子データ取得エラー(故障、バックアップなし等)

⑪ 被験者取り違え

⑫ データ修正ミス

⑬ データ欠損

⑭ 外れ値

⑮ 矛盾データ

⑯ 入力画面やデータベース、データ操作のプログラミングエラー

⑰ データ紛失

⑱ 不正

主なエラーの検出方法としては、SDV、データバリデーション、集積データの(症例間の比較

を含めた)チェックや集計、CRF との照合等がある。CRF 回収時や回収後に問題が発生、また

は、発覚するエラー(⑨~⑰)については、データバリデーションや CRF との照合により検出

Page 22: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

19

が比較的容易であるが、被験者に関わるエラーやプロトコル違反のような医療機関側で発生する

エラー(①~⑧)および不正によるエラーはいずれの方法を用いても検出が難しいとされている

(ここからも、医療機関側において、エラーの起こりにくい体制の整備や、「治験責任医師は

CRF のデータが正確、完全で読みやすい事を保証する」との意識すなわち、品質管理意識の向上、

ローカルデータマネジメントの重要性が示唆される)。

正しい解析結果を導く目的のために、プロセスごとに適切な検出方法が選定され、それにより

検出されたエラーは手順に則り修正される。一方、品質の作りこみで重要なのは、系統的なもの

であった場合、プロセスの変更追加を検討することである。系統的エラーとは特定の原因により

繰り返し起こりえるもので、一定の方法により発生を防止できるもの、つまり、発見が遅くなる

と臨床試験の質や効率に対する影響が大きいため、できるだけ初期に検出し防止策を講じる必要

のあるエラーである。これらは計画段階の想定不足やプロトコルの不備に起因して発生すること

が多く、早期の改善が必要である。したがって、質の良いプロセスとは、系統的エラーを早期に

検出できるプロセスであると言える。

4.2.3 CRF データクリーニング

ここでは、クエリーの発行、解決といった CRF データクリーニングの、現状の問題や、これ

までに述べた考え方に基づいた効率的な品質管理方法について述べる。

本プロセスは、本来、正しい解析結果を導く目的で、データのエラーを検出し正しく修正する

ために行う活動であるが、クエリーの発行と解決には、多大な時間とコストが消費されるため、

効率化の必要のあるプロセスと考えられている。

まず、我々は、タスクフォース内 13 社の経験としてのクエリー発行の内容や数について調査

し、発行される原因や減らすための方策を検討した。発行原因で多かったのは、プロトコルの不

備、何を収集したいか曖昧なデータ項目、記入方法の医療機関への説明不足等事前の取り決め不

足によるもので、4.1 節で述べたように、プロトコルの段階でよく練られ、収集データが必要項

目のみになっていて、かつ医療機関との認識の統一がなされている場合は不要と思われるもので

あった。解析に使用しない、プロトコル遵守状況チェックのためだけに CRF に収集する項目は、

クエリー発行の観点からも、別の方法で収集すべきと考える。万一、収集することになった場合

でも、データの使用目的により、データクリーニングのレベルを変える等の効率化を図る必要が

ある。主要評価項目のように重要度が高い項目は、問題点が全て解決するまでクリーニングを実

施すべきであるが、それ以外の項目で必要な関連情報は、解析結果に影響を及ぼさない程度のク

リーニングのレベルに設定する等の簡略化を実施すべきであろう。

速やかにデータを入手しクリーニングを開始することも効果的である。問題の早期発見・対応

ができ、その後登録された症例に対しては問い合わせが発生しない。試験の初期段階で発生した

エラーやクエリーを分析し、その結果をデータマネジメント部門がモニタリング部門に伝えるこ

とも、同様のエラーの発生やクエリー発行を防止する。

次に、具体的なクエリーの内容から、必ずしも医療機関に対してクエリーで確認する必要はな

いものとその対処について以下に示した。

併用薬の用法用量等詳細の確認

Page 23: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

20

→併用禁止/注意薬に関係する場合は詳細をプロトコルに規定しておく。それ以外のパップ剤

や市販の総合感冒薬の商品名や用量等の詳細の記入の要求等、解析に無関係なものはクエリー発

行不要。

臨床検査、バイタルサインでの安全性の判定に関わる問い合わせ

→検査値異常の評価の考え方をプロトコルで規定しておけば防げる。また、医療機関に対して

クエリーで確認する必要はなくモニタリング報告書等の口頭情報で十分。

コメント欄の記載に関する問い合わせ

→有害事象コメント、適格性確認等は上記と同様、医療機関に対してクエリーで確認する必要

はなくモニタリング報告書等の口頭情報で十分。

後に、その他のクエリー発行防止策として、有用と思うものについていくつか例を挙げる。

SDV では検出しにくいありえない日付や桁外れの検査値等は、SDV 前に論理チェックを

実施する(EDC の場合)。

明らかな誤記等を医師に問い合わせず、治験依頼者が修正する SEDC(Self Evident Data

Change)を活用する。ただし、手順書の作成や治験責任医師との事前の合意等実施には

注意が必要である。

以上のように、計画段階に十分準備していてもエラーは発生するし、想定外な事例も往々にし

て発生する。試験開始後も、試験全体の質の向上や効率化に貢献できる方策を講じるとともに、

試験の結論や結果解釈に影響しないエラーを見極め、そのようなエラーの修正や追記は要求しな

い(クエリーを発行しない)ことが効率的な品質管理につながると考える。

4.2.4 SDV

SDV とは「症例報告書の内容と原資料等の治験関連記録類を相互に照合し、これが正確である

ことを確認すること」(薬食審査発第 1001001 号“「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省

令」の運用について”第 21 条 第 1 項 8 (13))である。試験実施前に、医療機関と治験依頼者

で原資料や CRF の品質に関する認識を共有し、医療機関にて臨床試験データの品質確保のための

方法を策定する。治験依頼者から見た SDV は、医療機関の責任下で作成された CRF が、治験依

頼者に引き渡されるときの受け入れ検査として位置づけられる。すなわち、2.4 節で述べたよう

に、前プロセスの製品である CRF の品質に対する受け入れ可能性を評価し、是正するためのもの

である。医療機関での品質の作りこみが不十分な場合は、全症例全項目を原資料と照合し、CRF

に記入されるべき情報が、漏れなく正確に反映されているかを確認し、 終的にエラーが 0%に

なるまで繰り返し行う 100%SDV を採用することになる。また、試験の目的に直結する重要な項

目については、医療機関での品質の作りこみに関係なく、治験依頼者は 100%SDV をすべきとの

考え方もある。一方、CRF の品質が医療機関によって保たれていることが確認された場合には、

全数検査(100%SDV)から抜取検査(Sampling SDV)に移行することもできるであろう。

CRF の品質を保証する受け入れ検査としての SDV の基本的な考え方として、現状では 2 つの

方向からの考え方が存在する。一つの考え方は、CRF のデータが原資料によって担保されている

かを確認する(CRF に記入されているデータが原資料にも記入されていることが必要)、言い換

えれば CRF から原資料を見るという考え方である。一方、原資料に記入されているデータが全て

Page 24: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

21

漏れなく CRF に反映されているのかを確認する、すなわち原資料から CRF を見るという考え方

である。本邦においては、当局の実地調査時等の状況をふまえ、後者の考え方で SDV を実施し

ている治験依頼者が多いようである。一方、欧米では前者の考え方を基本として SDV を実施し

ているようである。CRF の作成責任が医療機関側にあり、SDV はそれをシステマティックに保証

するとの立場にたてば、CRF のデータが原資料によって担保されていればよい、すなわち SDV

に関しては先ほど述べた前者の考え方でよいとも考えられる。これに対し、SDV の現場では原資

料に記載された重要な有害事象が CRF に記載されていない事例を見かけることもあり、前者は難

しいとの意見もある。SDV に関する基本姿勢に関しては、今後の方向性を治験依頼者全体で共有

することが必要である。

4.2.5 SDV によるプロセス管理と Sampling SDV

SDV の目的は、CRF の記載が正確であることを確認することである。その目的を果たすため

には、単に間違いを検出することだけでなく、検出した間違いを次の問題発生の予防につなげる

プロセス管理を導入することが有効である。Visit 型 CRF の導入や CRC の登場により、CRF が逐

次作成されるようになり、SDV が試験開始後早期に実施できるようになってきたため、試験実

施段階での問題を早期に検出し、改善を依頼し、解決されたことの確認までが可能となってきた。

すなわち、SDV を初期段階から逐次行うことによりエラーを早期に発見し、医療機関が予防策

を構築して品質の作りこみを行うために活用することが可能となってきたと言える。このような

背景から、全ての観察終了後に行う旧来の 100%SDV から、より効果的な方法として観察開始直

後から逐次行う 100%SDV、そして 近では、逐次行う SDV に Sampling SDV が適用されるよう

になってきている。旧来の 100%SDV は、原資料とデータの一致を確認し、結果的なエラー率 0%

をもって目の前のデータの質を保証する「出口管理」という考え方が主であった。これに対し、

プロセス管理に基づいた SDV は、検出された目の前のエラーを修正するだけでなく、SDV を通

じてデータが生み出されるプロセスを試験実施中に改善し、そこから生じる未来のデータの質を

保証することに重きを置いたものになる。初期の SDV の時点で原資料と CRF の対応関係につい

て医療機関と確認しておくことで、「質の高い原資料(4.3 節)」に貢献することができる。原資

料と CRF データの一致に責任を持つのは医療機関であり、SDV は治験依頼者と医療機関の意識

を統一する機会と捉えるべきである。 近これが実現されつつあり、Sampling SDV に移行する

ことも可能になってきた。ただし、Sampling SDV とはいえ、医療機関での品質の作りこみの程

度により、抜取の率がほぼ全数に近くなることがあることも忘れてはならない。もちろん、重要

項目については 100%SDV をしていることも一般的であり、項目の重要度に応じた点検の重み付

けも重要な点である。

Sampling SDV の例

以下に我々のタスクフォースで入手した海外での実例を 2 つ挙げる。

A 社では、Sampling SDV のコンピューター・システムを独自に構築し、実用に供している。

その方法は、2.4 節で紹介した AQL を設定した調整型抜取検査法を基に、臨床試験の特性に合わ

せて、実施方法に若干の変更を加えたものである。抽出の単位は被験者の Visit で、対象医療機

関で試験実施中の全ての被験者の前回 SDV モニタリング時から今回までの間に発生した Visit か

Page 25: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

22

ら、システムが必要な数のランダムサンプリングを行う。抽出された「ある被験者の 1 Visit」内

のデータは全数検査される。サンプル数(検査対象総データ数)、合格・不合格判定は ISO2859-1

基準に従っている。すなわち、ISO2859-1 でのロット=SDV モニタリングあたりの SDV 対象デ

ータ(前回 SDV から今回 SDV の間に発生したデータ)と考えることになる。ゆるい検査、きつ

い検査へのシフトはないが、各医療機関の 初の SDV では 100%SDV を実施している。

AQL=0.0065、0.01、0.025 で考えた場合、抽出割合はおおむね 5%程度であり、A 社では、不合格

ロット(医療機関)があまり多くならない、エラー増加により試験の検出力が落ちない、という

二つの命題のバランスを取り、AQL=0.01 を推奨している。

B 社でも Sampling SDV が行われている。対象となるデータは、Visit 単位ではなく被験者単位

であり、対象となる被験者は、各医療機関での登録順に 1、3、5 例目、以降は 5 例ごと、という

規則的な抽出ルールである。何かエラーや問題が発見された場合、SDV 対象となる被験者を追

加することがあるが、対象被験者を追加するための客観的な判断基準はない。Sampling SDV と

いっても、同意と適格性に関わる項目は 100%SDV の対象である。また、各実施医療機関で 初

の重篤な有害事象が発生した症例及び因果関係の否定できない重篤な有害事象が発生した症例

は CRF の全ての項目について SDV を実施する。また、新しい CRC が加わった場合に、その CRC

の 初の被験者は SDV 対象とするといった、教育効果に重点を置いたフレキシブルな対応を行

っている。

A 社の方法は、ISO2859-1 に基づいているという意味で理論的な裏づけもある。しかし、抽出

対象となる Visit の特定や、データ数のカウント等は、データ集積状況が逐次蓄積されるコンピ

ューター・システムが構築されているからこそ可能な方法であり、全く同じ方法を他社が簡単に

導入できるものではない。しかし、ロットの定義やサンプリングの方法が上記の 2 つの例で異な

るように、設定を工夫することで実施可能な Sampling SDV の方法を検討する余地はある。

期待される効果と課題

プロセス管理に基づく SDV は、治験依頼者側、医療機関側を含めた双方の作業の効率化が期

待できる。すなわち、 初に治験依頼者と医療機関の認識をすり合わせることにより、以降のデ

ータが迅速に記入され、無用なデータの修正にかかる作業が軽減される。そのためには、データ

の集積状況をタイムリーに把握することが重要であり、その観点では EDC は強力なツールの一

つとなる。さらに、EDC によって集積されたデータを用いてデータマネジメント部門とモニタ

リング部門が協力し、4.2.1 項や 4.2.2 項で述べたようなデータの品質を高める活動を行うことも

重要である。

Sampling SDV では、SDV に要する時間が減ることにより、治験依頼者側のみならず、立会い

や原資料の提示を求められる医療機関側の利点ともなる。例に挙げたいずれの Sampling SDV も

医療機関単位でのサンプリングであるため、被験者数が多く、質の高いデータを集積する医療機

関では、 小限の SDV で継続的に高い品質のデータを得ることができる。しかし、医療機関あ

たりの被験者数が少ない場合が多い国内の環境では、同様の Sampling SDV を導入しても、

100%SDV からの負荷軽減効果が小さいことは容易に予想される。検出されたエラーをもとに改

善しても、次に生かす機会がないという状態では、Sampling SDV の利点を十分に生かすことが

できない。しかし、Sampling SDV は海外だけのものではなく、条件さえ整えば国内でも積極的

に導入していくべきものであろう。実際、少数ながら、国内での実施例もある。そこで、Sampling

SDV を実施可能とする条件を考えてみると、まず上述の理由から、医療機関あたりの被験者数

Page 26: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

23

(あるいはサンプリングの単位となるデータ数)がある程度確保されることが挙げられるので、

医療機関の数を増やすことによる被験者組み入れのスピードアップとのトレードオフになる。

4.2.6 医療機関と治験依頼者の業務分担・責任範囲

現状、本邦では、医療機関の責任範囲の業務の一部をモニターが担っている場合があるといわ

れている(医薬産業政策研究所“製薬産業の将来像~2015 年に向けた産業の使命と課題~”、2007

年)。CRF 作成段階の業務に関して言えば、正確な CRF の作成のための 低限の品質確認も、

モニターが SDV を実施するからという理由で十分に行われず、SDV を実施する前段階の原資料

間の不整合解消についても SDV 業務に組み込まれてしまっているケースがある。本来あるべき

姿として、プロトコルに従った試験の実施、原資料としての記録、十分な品質が確保された CRF

作成までが医療機関の責務である。CRF の作成責任は治験責任医師にあり、自己点検までが医療

機関側の責任である。CRF の品質保証のためには、医療機関の原資料に基づいて確実に CRF が

作成されていることを、作成者とは別の第三者が検査する必要がある。この第三者は治験依頼者

であるため、依頼者が CRF 作成に関わっていると検査の妥当性が損なわれてしまうのである。

今後、医療機関に CRF 作成における品質管理体制を整備していくためには、治験依頼者も十分

に責務を果たすことが重要である。治験依頼者側としては、3.3 節で述べたように、わかりやす

い、よく練られたプロトコルを作成すること、また、必要なデータが新たに生じた場合は、プロ

トコルの改訂等により改めてきちんと定義した上で収集することが重要である。さらに、標準化

された CRF や CRF 記入の手引きの作成、わかりやすい必要 小限のクエリーの発行等も治験依

頼者側の責務である。

今後、国際共同試験の機会が増加し、他国での状況に鑑み、Sampling SDV の導入が進むと考え

られる。Sampling SDV の導入に合わせて、その導入の趣旨を医療機関関係者に説明するとともに、

十分な品質が担保された CRF 作成までが医療機関の責務であることを啓蒙していくことが望ま

しい。

4.3 医療機関の役割の重要性

ここでは医療機関の役割、医療機関にて 初に記録される試験の根幹である原資料やそれを管

理するローカルデータマネジメントの重要性についてまとめた。

4.3.1 原資料の重要性

医療機関において、正確な情報やデータが原資料として記録され、常に見やすくわかりやすく

管理されていれば、容易に正確な CRF が作成できるだけでなく、何より試験の円滑な実施や被

験者の安全性確保が容易になる。また、4.1.4 項で述べたように、現在は医療機関の日常の診療

では保存することになっていないため CRF に収集している情報、すなわち、解析や総括報告書

には不要だが医療機関やモニタリングのために必要な情報を、ワークシートにより医療機関側に

原資料として残しておけば、CRF に収集するより、データの信頼性が高まり、試験全体としてそ

Page 27: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

24

の後の作業が大きく削減される。また、規制当局の適合性調査も CRF 中心である必要はなくな

る。このように、原資料の質はデータの質・試験の質の根幹となる重要なものであると言える。

しかし、医療関係者は常に多忙であり、また、プロトコルや CRF、観察項目の定義や記入ルー

ルが治験依頼者ごとに異なるため、必要情報や記録方法の解釈の個人差が生じやすく、プロトコ

ルに従って正確に試験を遂行することが困難になっている。3.1 節で述べたように、医療機関で

は、様々な役割の人が様々な形態でデータを記録するため、CRF データの根拠となるデータが複

数の原資料に分散して記録され、原資料間の矛盾が生じやすい状況にある。また、電子カルテを

導入している医療機関においては、部分的に紙のカルテが存在していることもあり、その場合、

電子と紙の間の不整合がみられることもある。さらに、試験の評価のための中央検査と被験者の

安全確保のための院内検査等重複データが存在する場合もある。

医療機関において、原資料間で矛盾がなく、CRF データに係る原資料情報(文書名、記録箇所

および記録内容)を簡単に特定・確認できる運用体制が構築され、維持管理されることが望まれ

る。

現状から考えると、それにはかなりのエネルギーが医療機関にて必要になるだろう。より厳密

な運用体制を維持するために必要な人員・費用をどのように確保するか等、課題も多い。とはい

え、これらの環境を整備すれば、試験全体を通して、被験者の安全性の向上(対象患者のより適

切な選定、副作用情報の確実な収集)、試験期間の短縮(CRF 作成、クエリーの発行および回答、

SDV に必要な時間の短縮)、データの信頼性向上(データ確認ミスの大幅な減少)等多くのメ

リットを得ることができる。

4.3.2 ローカルデータマネジメント

これまで述べてきたように、正確な CRF の作成や質の高い原資料の維持を目的とした、医療

機関における「データの品質管理」は非常に重要である。規制当局も医療機関での「データの品

質管理」の重要性を認識しており、「新たな治験活性化 5 カ年計画」(平成 19 年 3 月 30 日)の

「治験・臨床研究を実施する人材の育成と確保」に、(ローカル)データマネジャーの養成が挙

げられている。

<新たな治験活性化 5 カ年計画(平成 19 年 3 月 30 日)文部科学省・厚生労働省より抜粋>

2.治験・臨床研究を実施する人材の育成と確保

(5)データマネジャーの課題

治験・臨床研究を実施するにあたり、治験・臨床研究において収集される多数のデータ全体の

整合性を確認するという「品質管理」を十分に検討し、実施することは不可欠である。集積デー

タを管理し、高水準な質を維持するために、データマネジャーは、治験・臨床研究の目的を理解

し、データ登録から解析までの細部にわたり十分に把握していることが望まれる。また、モニタ

リングの効率を向上することは、治験・臨床研究の迅速化、低コスト化にも効果が期待されてい

る。しかしながら、データマネジャーの業務の内容が必ずしも明確に治験・臨床研究の中に位置

付けられるわけではなく、一般に医療における専門職ではないことも、人材の医療機関での配置、

活用が少ない一因と考えられる。

Page 28: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

25

ローカルデータマネジメントの具体的な業務範囲等については、今後の動向や各医療機関の状

況等により変動するが、主に下記のようになると考えられる。

・ 医療機関のデータを管理し、治験・臨床研究の目的やプロトコルの内容を理解し、デー

タ登録から解析までの医療機関の役割や業務を細部にわたり十分に把握する。

・ 治験・臨床研究において収集される医療機関内のデータ全体の整合性を確認。

・ 医療機関内のシステムの機能を利用したデータの質の向上。

(電子カルテ等を利用して、治験・臨床研究の参加状況、併用禁止薬等をアナウンスす

る等)

・ 通常の診療では発生しないような臨床試験特有のデータのカルテシールやワークシート

作成。

・ CRF の作成時の品質管理。

・ モニタリング、監査への対応。

次に、試験開始後、ローカルデータマネジメントにてチェックする具体的な項目を以下に示す。

Step チェック項目 チェック内容

同意取得時 選択基準、除外基準、背景情報 データの適格性

来院データ、投与データ スケジュール管理

データの整合性 薬剤、評価、観察項目、検査項目、臨床検査

逸脱・欠測の有無

試験期間中~

中止・終了時

記録(原資料やその他(服薬日誌等)) データの一致性

このように考えると、CRC の業務との区別が難しく、CRC の 1 つのタスクとして存在するこ

ともできるし、ローカルデータマネジャーという専任の担当者として存在することもできる。い

ずれにせよ、ローカルデータマネジメントの明確な役割が定まれば、医療機関のデータの品質が

高まり、医療現場で臨床試験に関わる人たち全体のレベルアップにもつながる。治験依頼者にお

いて、データマネジメントの適切な運用までに多くの時間・経験が必要であったことを考えると、

治験依頼者のデータマネジメント部門が積極的にローカルマネジメントに協力することが重要

であり、それは国内の臨床試験全体への貢献にもなると考えられる。具体的に、治験依頼者のデ

ータマネジメント部門が協力できる事項としては、治験特有な観察項目のワークシート(案)の

提供等だけでなく、品質管理の考え方の共有、すなわち、質の高い原資料の整備方法、系統的エ

ラーの検出方法や CRF 作成の品質管理体制構築の提案等がある。

協力の具体的方法については、治験依頼者同様、医療機関ごとに、人員・体制・業務分担等が

異なるため、治験依頼者が個別で対応することは難しい。業界全体の課題として今後当部会でも

取り組んでいきたい。

4.4 CRF の電子化、国際化

ここでは、昨今、急激に進んでいる臨床試験の電子化、国際化に関わるデータの品質上の留意

点について述べる。

Page 29: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

26

4.4.1 EDC

試験開始前にできる限りのことを想定して、準備しておく必要がある EDC は、必然的に品質

の作りこみがなされる。医療機関においては、CRF データ入力と同時に論理チェックが実行され、

未来日等の明らかな誤入力、入力忘れ等論理的なクリーニングがなされ、初回取得時のデータの

質が向上がする。また、早期に症例情報(CRF データ)を入手できるため、治験依頼者側は重篤

な有害事象症例の背景情報や医療機関側に自覚のない逸脱情報の早期入手だけでなく、系統的エ

ラーの発見も可能となり、早期の是正処置や予防策の実施が行え、より効率的に臨床試験の質、

データの質を確保することが可能となる。このように、EDC は、逐次、品質をモニターしてい

き、問題を早期に発見、問題が見つかったらプロセスを改善していくプロセス管理に適している。

次に、EDC は、SDV 前に依頼者がデータを確認できるという面で SDV の省力化、効率化につ

ながると考える。また、解析開始までのプロセスにおいては、社内のデータベースに入力するス

テップがなくなり、転送する回数が減るため、質、効率ともに向上する。医療機関ではダブルエ

ントリーされないので、CRF データの質が落ちることを危惧する向きもあるが、確かに電子化さ

れるときシングル入力しかされないものの、もともと、紙の場合でも原資料からの転記はシング

ルであったため CRF データの質に差はないと考える。むしろ、紙 CRF に記入する際と EDC に

入力する際の正確性について比較すべきである。また、もととなる原資料も紙カルテの場合と電

子カルテの場合がある。紙から紙、コンピューター画面から EDC、紙から EDC、コンピュータ

ー画面から紙等への転記(入力)における品質およびそれを保証する SDV の品質について、今

後考えていく必要がある。

ただし、これらは、EDC そのものがシステム、運用手順とも「医薬品等の承認又は許可に係

る申請に関する電磁的記録・電子署名利用のための指針」(平成 17 年 4 月 1 日)等を満たし、

バリデーションされていることが前提である。これについては製薬協の「臨床試験データの電子

的取得に関するガイダンス」(2007 年 11 月 1 日)を参照されたい。

4.4.2 国際共同試験

ここ数年、国際共同試験は増加傾向にあるが、解決しなければならない課題も多い。「新たな

治験活性化 5 ヵ年計画」(平成 19 年 3 月 30 日)でも述べられているように医療機関における契

約や IRB 等の手続き上の問題が大きな課題として取り組まれ、GCP の改正等により解消されつ

つある。一方、品質やデータ(原資料)に関しての、欧米と本邦での考え方の違いから生じる課

題については、文化や言語の違いに根ざすものでもあり、実施が進むにつれて明らかになってき

ている。本項では、国際共同試験を行う場合のデータの品質に関する問題点等について述べたい。

まず、日本と欧米諸国では、原資料に関する考え方が異なっている。例えば、日本では実施医

療機関によって原資料の種類が異なり、看護記録等、医師以外が記入する資料は原資料とはされ

ないことがある。一方、欧米では、いかなる情報であっても 初に記入された資料が原資料であ

ると考えられている。ICH-GCPにおいてSource Documentsは、「Original documents, data, and records

(e.g., hospital records, clinical and office charts, laboratory notes, memoranda, subjects' diaries or

evaluation checklists, pharmacy dispensing records, recorded data from automated instruments, copies or

transcriptions certified after verification as being accurate copies, microfiches, photographic negatives,

Page 30: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

27

microfilm or magnetic media, x-rays, subject files, and records kept at the pharmacy, at the laboratories

and at medico-technical departments involved in the clinical trial)」と定義されおり、原資料とは、ま

さしく Original の資料すなわち 初に記録された資料であることから、欧米では、医療機関にお

いて 初に記録されたデータが CRC の備忘録としての記録であっても、医療機関側に適切に保

管され、原資料とみなされる。日本ではプロトコルに原資料として定義すれば、2 次資料(カル

テから必要情報を抽出し、転記した CRF 様のワークシート)でも原資料とみなされ、CRF と 2

次資料との一致性を SDV で保証し、2 次資料とカルテとの整合性はモニタリング時に閲覧し確

認するような方法が往々にしてとられている。これは、本邦と欧米間の原資料の作成に対する

CRC の役割の違いや医療機関での原資料の整備・保存状況、日本の医療機関での SDV に纏わる

手続きの煩雑さを表している。日本では、この方法が SDV に要する時間を短縮でき、一見能率

的に見えるかも知れないが、複数の原資料の存在による不整合や無駄なステップの発生により、

データの品質も効率性も低下していると考えられる。

次に、翻訳の問題について述べる。国際共同試験を実施するにあたり、まずは試験を実施する

各国の共通言語を定めることとなる。多くの場合は英語が使用され、CRF、プロトコルおよび同

意説明文書等の試験に必要な文書は全て英語で作成されることとなる。しかしながら、同意説明

文書等の被験者向けの文書は当然のことであるが、それ以外の文書についても日本では IRB や

CRC 用として、あるいは当局への申請用として日本語版が補足資料として必要となる場合がほ

とんどである。もし、原文と日本語版との間に不整合等があれば、当然のことながら実施医療機

関に混乱を引き起こし、プロトコルからの逸脱の増加が予想され、臨床試験の品質が低下するこ

とは想像に難くなく、いかにして原文との整合を担保するかという翻訳上の課題が生じる。

CRF 作成に特化して考えれば、医療機関にて英語で CRF を記入する方法と日本語で記入する

方法がある。前者の場合、特に国際共同試験に慣れていない医療機関では(特に CRC の)負担

が大きくなるであろうし、スケジュール管理が厳しい国際共同試験においてはデータ回収に遅れ

が生じる可能性もある。英語で CRF を記入する場合は、医療機関側の負担を軽減し、効率的に

正確なデータを収集するために、CRF に収集するデータを可能な限り数値や選択肢にする等の工

夫をし、英語で記入するのは有害事象の症状名等 小限にする必要があろう。一方、日本語で

CRF を記入する場合、その翻訳には、医学的観点も必要であり、翻訳の妥当性や一貫性の観点か

らの品質上の問題が生じやすい。翻訳するために生じるクエリーもある。また、記入された日本

語データをどのタイミングで翻訳するかについての検討も必要となる。翻訳は、問い合わせが発

生した場合もその都度生じることとなり、翻訳に要する時間と業務量の増加が予想される。

英語記入の CRF での運用、あるいは日本語記入の CRF での運用のいずれを選択するかは、参

画する実施医療機関の国際共同試験の経験等を考慮の上、決定されるであろう。しかしながら、

後者の場合は、翻訳という一連の行為の発生により、データの品質や効率性に与える影響が大き

いため、品質マネジメントの観点からは、できるだけ英語で記述する項目を減らした上で、英語

の CRF を用いた方が適切と考える。なお、「新たな治験活性化 5 ヵ年計画」では、「医師等の

みならず治験事務局や IRB 等が、英語文書での対応を求められる」とされている。

【参考文献】 · Society for Clinical Data Management “Good Clinical Data Management Practices” Dec.

2008.

Page 31: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

28

· Clinical Data Interchange Standard Consortium(CDISC) http://www.cdisc.org/ · Califf RM, Karnash SL, Woodlief LH. “Developing systems for cost-effective auditing of

clinical trials” Controlled Clinical Trials 18:651-660, 1997. · Clinical Data Aquisition Standards Harmonization(CDASH)version1.0

http://www.cdisc.org/standards/cdash/downloads/CDASH_STD-1_0_2008-10-01.pdf · 薬食審査発第 1001001 号“「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」の運用

について”、平成 20 年 10 月 1 日 · 医薬産業政策研究所“製薬産業の将来像~2015 年に向けた産業の使命と課題~”、

2007 年 5 月 · 文部科学省・厚生労働省“新たな治験活性化 5 カ年計画”、平成 19 年 3 月 30 日 · 薬食発第 0401022 号“医薬品等の承認又は許可に係る申請に関する電磁的記録・電

子署名利用のための指針”、平成 17 年 4 月 1日 · 日本製薬工業協会 医薬品評価委員会“臨床試験データの電子的取得に関するガイダ

ンス”、2007 年 11 月 1 日

Page 32: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

29

5. 品質マネジメントの臨床試験への応用(データベース)

これまで CRF データの品質管理について述べてきた。本章では、CRF データを始め、解析に

必要な関連するデータを含めた臨床試験データを格納するデータベースの品質管理について述べ

る。ここでは、データベースの品質に与える影響の大きいデータベース設計業務における品質管

理、データベースに入力された臨床試験データの品質および固定後エラーが判明した場合の考え

方について述べる。

5.1 データベース設計

臨床試験のデータベースには、情報を正しく格納できる正確性、必要な情報を漏れなく格納で

きる網羅性、保存性、また、容易にデータの検索や抽出等ができること等が要求される。品質の

高いデータベースの設計のためには、データベースの標準化、および計画された手順に則った正

確で漏れのない仕様書(設計書、定義書)の作成とそれらが手順通りに行われたかの確認、そし

て手順自体が適切かの評価が重要である。

また、本節ではデータベース設計段階の品質管理について述べるが、論理チェックの設計、プ

ログラム作成等の一連の業務についても同様の考え方に基づいた品質管理が必要である。

5.1.1 データベースの標準化

標準化はデータベースの品質を向上させるだけでなく、セットアップ期間の短縮にも繋がる。

また、データベースの上流に位置する CDASH、下流に位置する SDTM(Submission Data Tabulation

Model)といった標準が CDISC により提唱されており、データの有効利用、下流のプロセスの効

率化といった観点から、これらも考慮したデータベースの標準化の必要性が増してきている。

データベース標準化のターゲットとしては以下のような項目が挙げられる。

・ データ区分(Relational データベースでの表)

(例:被験者背景と有害事象)

・ 各データ区分でのキー変数

(例:試験名、被験者番号)

・ 各データ区分での変数

(例:有害事象の事象名、発現日、因果関係、事象名のコーディング結果)

・ SAS での使用も考慮した変数名

(例:発現日→AESTDTC、転帰日→AEENDTC)

・ 変数のデータ形式

(例:有害事象名→テキスト、発現日→YYYY/MM/DD、重篤性→カテゴリーデータ)

・ カテゴリーデータの内容(コードリスト)

(例:重篤性→1:重篤、2:非重篤)

もちろん、臨床試験データの品質を考えた場合、データベースの標準化だけでは十分ではなく、

これまで述べてきたように、プロトコルや CRF/CRF 記入の手引き、入力ルール、解析プログ

ラムおよび集計ルールまでの一貫した標準化が必要である。

Page 33: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

30

5.1.2 データベース仕様書の作成

データベース自体の標準化が不可能な、領域/試験固有部分のデータベースの品質に関しては

データベース仕様書の品質に依存する部分が大きい。質の低い仕様書でデータベースを構築する

と質の低いデータベースしか作成されず、稼動後の修正が頻発する等作業の手戻りが発生するた

め、質の高い仕様書を作成することが重要である。しかしながら、データベース仕様書とデータ

ベースの整合性はある程度機械的に確認できるのに対し、データベース仕様書自体の妥当性を判

断するにはマニュアル的な部分が必要になり、その品質確保は容易ではない。以下に、データベ

ース仕様書の品質を確保するための具体的な工夫や留意点を挙げる。

・ データベース仕様書のフォーマット、履歴等の管理方法を標準化し、後から、あるい

は第三者が見ても確認できるようにしておく。

・ コードリスト、導出変数計算仕様書等の関連文書をデータベース仕様書の一部、ある

いは外部の文書として整備する。

・ 同一開発品目内では、試験ごとにゼロベースでデータベース仕様書を作成するのでは

なく、前相試験や類似試験の仕様の適用できる部分を利用し、CTD 作成時の統合解析

に備える。

・ CRF にある項目がデータベースに漏れなく存在することを確認する。CRF に変数名を

記入した Annotated CRF を作成することで、網羅性が高まる。

・ 作成者以外のデータマネジメント担当者がデータベース仕様書の確認を行う。

・ 実際に CRF を記入する施設に近い立場である臨床担当者、格納されたデータを使う解

析担当者等がレビューを行う。ただし、全ての要求に対応することは標準からの逸脱、

そしてその結果としての品質低下を招きかねないので、標準管理者を置き、標準を維

持する観点からレビューを行うと同時に、他部署からの要求受け入れの可否を判断す

る必要がある。

・ データベース仕様書に基づいてデータベースが作成されたかだけでなく、仕様書の不

備を稼動前に見つけるために、試験で要求されるデータ(ダミー)を入力して、それ

が正しく格納されるかを確認する。

・ 手順どおりにデータベース仕様書が作成されたことを確認する。

5.1.3 データベース設計手順の見直し

実際に試験の稼動後にデータベースの不具合が発見された場合、セットアップ時と同様に、仕

様書の修正→データベースの修正→確認というサイクルで修正を行い、作業履歴を残すことにな

るが、ここで重要なのは、不具合の原因を究明し、標準データベースの改定またはデータベース

設計手順自体の見直しの必要性を検討することである。検討結果の反映は即時行うべきであるが、

試験単位のサイクルでしか実施できない標準データベースの改定等は次回以降の試験で実施す

る。

Page 34: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

31

5.2 入力データの品質

臨床試験データはデータベースに正しく入力されていることが要求される。データベース中の

エラーの許容数について合意された基準はないが、3.2 節で述べたように、あらかじめ受け入れ

可能なデータ品質レベルに対する適切な基準(主要および副次的な変数に対する許容可能なエラ

ー率等)を設定し、データマネジメントが主体的にデータの品質保証を実践していくことが重要

である。また、データベースに入力されたデータの品質管理は、4.2 節で述べたように試験開始

早期から逐次行うことも重要である。Rostami et al.(2009)は、データベース固定前に 1 回大き

な点検を行うより、試験実施中に小さな点検を繰り返し行う方がデータの質がより高くなるだろ

うと述べている。

入力データは、データロックまでに少なくとも一度、あらかじめ設定した品質基準を満たして

いることを確認し固定する。ほとんどのデータ項目の入力が終了しているデータベース固定直前

に品質基準を満たしていないことが判明した場合は、判明したエラー箇所を修正するだけでなく、

それまでのプロセス全体についても見直しまたはやり直しの必要が生じる。データベース固定前

の時点では当然品質基準を満たしているように、初期段階から逐次各プロセスの品質評価を行い、

エラーの原因となるプロセスを改善しておくべきである。その結果、品質の作りこみがなされ、

常に品質基準を満たしている状態になれば、いわゆる「ゆるい検査」に移行することも可能であ

り、データベース固定にあたっては、データベース固定までの各プロセスが規定通りに実施され

たかを確認するのみで、品質を確保することも可能である。

データベース固定前の確認は、あらかじめ標準的なチェック項目をリスト化して、それに従っ

てチェックするとよい。データベース固定前の確認事項を以下に例示する。

1. CRF クリーニングが手順に従って実施されたか

・ 全ての CRF/DCF が回収されているか

・ クローズされていない論理チェックエラーが残っていないか

2. データハンドリングが手順に従って実施されたか

・ 不完全な日付のハンドリング方法の一貫性等

3. CRF 以外のデータが手順に従って入力されているか

・ 臨床検査基準値、施設情報、採否情報の確認等

・ コーディング結果の確認

4. 重篤な有害事象のリコンシリエイションが手順に従って実施されたか

・ 臨床データベースと安全性データベースの一致性の確認

5.3 データベース固定後に判明したエラーへの対応

データベース固定後に入力ミス等のエラーが発見された場合、データを修正するか否か議論の

あるところである。我々は、結果の数値は変わったとしても、結論に何ら影響しない場合まで、

データ修正、再解析、総括報告書の改訂という一連の作業を実施することが必要とは限らないと

考えている。ここで重要なのは、そのエラーの、試験の結果解釈に対する影響の大きさである。

また、そのエラーだけでは変わらない場合でも、エラーの原因がプロセスの不備によるもので、

類似のエラーが他にも存在し、結果的に結論に影響を及ぼす場合もあることから、見つかったエ

Page 35: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

32

ラーと同様のエラーが他にないかどうかを調査し、その原因を究明することも非常に重要である。

3.3 節で述べたように、我々は、エラーが発見されたとき、修正することだけがデータの品質向

上につながるとは考えない。品質はプロセスで作り込むものであり、偶然発見されたエラーを修

正するだけではデータの品質を保証することにはならない。原因究明方法やその後の手続き、修

正の要否を判断する基準をあらかじめ定義しておき、実際発生した場合は慎重に修正の必要性を

検討し、行った判断や行動を記録することこそが重要である。

品質が作り込まれた世界では、エラーの原因となるプロセスの不具合は既に改善されているの

で、エラーの発生率は許容範囲内にあるはずである。したがって、発見されたエラーが試験の結

果の解釈に影響しない場合、かつ同様のエラーがない場合には、要求される品質基準を満たして

いると考えられ、データを修正する必要はないと考える。

Hattemer-Apostel et al.(2008)は、規制当局の意思決定のために必要な臨床試験データの品質

と正当性の保証に関するワークショップの議論を次のようにまとめている。

(1) 臨床試験のプロセスにはエラーがある。

(2) エラーの存在は不正があることを意味するものではない。

(3) 適度な数のマイナーなエラーは、全体的なデータセットの信頼性や、薬の安全性や有効性

に関してデータから引き出された推論を損なわない限り、許容できる。

【参考文献】 · Clinical Data Aquisition Standards Harmonization(CDASH)version1.0

http://www.cdisc.org/standards/cdash/downloads/CDASH_STD-1_0_2008-10-01.pdf · Clinical Data Interchange Standard Consortium(CDISC) http://www.cdisc.org/ · Reza Rostami, Meredith Nahm and Carl F Pieper “What can we learn from a decade of

database audits? The Duke Clinical Research Institute experience, 1997-2006” Clinical Trials, 6: 141-150, 2009.

· Rita Hattemer-Apostel, Stefanie Fischer and Horst Nowak “Getting Better Clinical Trial Data: An Inverted Viewpoint” Drug Information Journal, 42: 123-130, 2008.

Page 36: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

33

6. 外部委託データの品質管理

6.1 医薬品開発業務受託機関(CRO)

データマネジメント業務を外部委託する際のデータの品質管理は、自社内で行う場合と根本的

に大きく変わることはない。品質の測定(指標としては、データのエラー、納品までの時間等)、

分析(設定した品質基準範囲内か、ばらつきのある場合一定の傾向があるか等)、改善を要する

事項のあった場合の改善要請、そして改善の確認と定着の推進を繰り返し、 終的な成果物の納

品時には、 低限の確認のみで品質が確保されるように管理する。CRO での業務がかなり進行

してから、あるいは終了間際に重大な不具合が見つかると 初から全てのプロセスをやり直さざ

るを得ないこともありえるため、委託業務開始早期から品質管理を行うことが重要である。その

ためには CRO 業務管理手順書や管理計画書を作成するとよいが、意思疎通や連絡不十分のよう

なコミュニケーションの不備により、品質が低下することも多いので、CRO とのコミュニケー

ション計画を盛り込むことも有用である。なお、委託先の品質の作りこみの度合いによって品質

管理方法にメリハリをつける。CRO の業務の品質を管理する際の留意点を以下に述べる。

(1) CRO 選定時

実際に CRO の標準業務手順書等を閲覧し、依頼者側の標準業務手順書で定められてい

る各種手順(データベース設計、CRF データクリーニング、システムバリデーション、デ

ータ入力・修正、データベース固定等)に準拠して、品質確保が可能であることを確認す

る。CRO で通常行っている手順で品質の確保が難しいようであれば、手順書の変更等を

実施した上で業務を委託し、業務開始の早い段階で改善されたことを確認する等の管理が

必要である。

(2) データマネジメント計画書/手順書の作成

依頼者側として確認すべき手順や資料、確認時期、各種仕様の作成担当(CRO、依頼者

のどちらか)をあらかじめ明確にしておく必要がある。

また、データマネジメント計画書とは別に、イレギュラーデータの入力方法や、読み替

えルール等、疑義が予想される項目について、想定される範囲内であらかじめ処理方法等

を協議し、合意内容の記録を残しておくことにより、実際の業務開始後に生じる問題を減

らすことができる。

(3) システムおよびプログラムのバリデーション

データマネジメントシステムや EDC 等のシステムバリデーションは、CRO により計画

書が作成され、それに従ってバリデーションが実施され、その結果が記録あるいは報告書

としてまとめられていることを、実際の業務開始に先立ち確認する必要がある。論理チェ

ックプログラム、帳票作成プログラム等のバリデーションや受け入れテストについては、

依頼者がどの程度まで実施するか、あらかじめデータマネジメント計画書等に規定してお

く。

Page 37: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

34

(4) 業務開始後の品質管理

実際の業務開始後、 初の数例については、事前に定められた手順書、基準に従った処

理が実施されていたかどうか、想定外の不具合がなかったかについて慎重に確認し、不備

がある場合は、原因を分析し改善策を実施する。例えば、あらかじめ設定したデータ入力

に関するエラー率が予想以上に高かった場合は、エラー内容を分析し、必要に応じて CRO

での作業記録等を確認し、問題点(入力規定が複雑あるいはイレギュラー入力が多い等、

手順に問題があるのか、業務担当者が不慣れなのか等)を明確にし、依頼内容の単純化、

手順の見直しや担当者のトレーニング等を実施する。

不具合や疑義が生じた場合は、CRO と依頼者がその都度協議し、方針を決定するよう

にする。協議内容については、後でその詳細を確認できるよう、口頭での協議についても

必ず記録として残すとともに、関係者に周知徹底し担当者間で異なる取扱いとならぬよう

留意する。

(5) データ固定時の品質保証

品質保証については、基本的には CRO の業務手順や品質保証体制が自社の標準業務手

順書等と比較して許容できる内容であり、CRO が定められた手順どおりに業務を実施し、

必要な品質保証が各手順ごとに行われていることを、依頼者として確認すればよい。

つまり、CRO での業務手順を適宜確認し、手順全体として適正に実施されたことが確

認できれば、基本的にそれ以上の確認を依頼者側で再度行う必要はないと考える。行うと

しても、重要な項目に関するデータのみのサンプリングチェック等で十分と考える。

6.2 中央検査機関

臨床検査等の中央検査機関データについてもデータマネジメント業務の外部委託と同様の品

質管理が必要である。検体の集荷、輸送に必要な資材、検体の取り扱い、測定等については、比

較的整備されているが、検査結果の電子的な授受に関しては、手順や依頼者に転送されるデータ

のバリデーションが不十分なことが多い。中央検査機関からデータを電子的に入手する時の品質

管理の留意点を以下に述べる。

(1) 事前協議

CRO の場合と同様、実際に標準業務手順書等を閲覧し、依頼者側の標準業務手順書で

定められている各種手順(システムバリデーション、プログラム作成および点検等)に準

拠して、品質を確保することができることを確認する。標準業務手順書が不十分な場合は、

CRO の場合と同様、不足の手順書を作成した上で業務を委託し、「きつい検査」による

品質管理を行い、業務開始の早い段階で改善されたことを確認する。

データ転送の方法・頻度、転送データの形式等を事前に中央検査機関と協議し、データ

転送手順書を作成する。また、転送データの構造定義等については転送データ仕様書を作

成する。イレギュラーなデータの取り扱い、データ転送手順書や転送データ仕様書等の変

更の手順についても事前に規定し、文書化しておく必要がある。

Page 38: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

35

(2) システムおよびプログラムのバリデーション

依頼者に転送される中央検査データを作成するためのシステムやプログラムのバリデ

ーションは、中央検査機関で実施される。その際、依頼者は中央検査機関で作成されたバ

リデーション計画書とその実施記録を確認する必要がある。

また、依頼者側では中央検査機関よりテストデータを受領し、テストデータが仕様どお

りに作成されていることを確認し、治験依頼者側の読み込みプロセスのバリデーションを

行う。

(3) 業務開始後の品質管理

データマネジメント業務の外部委託と同様に、 初の数例で実際に、正しいデータが作

成され、手順どおりデータ転送されているかを確認する。例外事項が発生した場合、デー

タ転送手順書や転送データ仕様書等の変更の必要が生じた場合には、中央検査機関、依頼

者ともに速やかに連絡を取り、協議することが重要である。試験実施後に 終的なデータ

を一括で取り込む場合でも、途中で転送データを確認することはデータ転送の手順や転送

データ仕様書の妥当性を評価する上で有用である。

なお、中央検査データの真正性、見読性、保存性の確保については、製薬協の「臨床試験デー

タの電子的取得に関するガイダンス」の「4.2 中央検査機関から電子的に入手するデータについ

ての要件」を参照されたい。

【参考文献】 · 日本製薬工業協会 医薬品評価委員会“臨床試験データの電子的取得に関するガイダ

ンス”、2007 年 11 月 1 日

Page 39: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

36

7. 最後に

本書では品質管理の原則と方法論、その臨床試験データへの応用について述べてきた。治験の

国際化が進展する中、臨床試験データの品質をグローバルに通用する水準に保つとともに、国際

的に競争力のあるスピードとコストパフォーマンスを実現することが本邦の治験に求められて

いる。そのため、統計学的に裏付けられた方法論に基づいて効率的にデータの品質を管理し、保

証することが必要である。臨床試験データの品質を保つためには、データベース固定前に読み合

わせを実施するか否か、Sampling SDV が可能か等のプロセスの一部分だけを切り取って議論し

ても意味がない。医療機関で 初にデータが記録されてから製薬企業でデータベースに固定され

るまでの全てのプロセスが明確に定義され、各プロセスにおいて試験実施に関わる医師、CRC、

モニター、データマネジメント等がデータの品質に関するそれぞれの責任を果たすことが重要で

ある。各プロセスのパフォーマンスを定量的に測定、評価し、全体を管理するとともに、各プロ

セスを実施する人たちへの教育訓練も品質マネジメントの重要な一部である。さらに、治験依頼

者側はトップマネジメントも含めて品質に対する意識改革も必要である。

品質管理の原理と方法論を理解すれば、十分な品質のデータを効率よく収集するプロセスが明

らかになるはずである。今一度、現状のプロセスを見直してみてはいかがだろうか。本書がその

参考になれば幸いである。

Page 40: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

37

Appendix 抜取検査

抜取検査とは、不良品が後のプロセスや顧客に渡らないように、品質を保証する方法の一つで

ある。抜取検査は、あるプロセスから別のプロセスへ製品が受け渡される際に行われる品質保証

のための活動である。検査を必要とする対象全体の同種の集まり(ロット)からあらかじめ定め

られた抜取検査方式に従ってサンプルを抜き取って試験し、その結果をロット判定基準と比較し

て、そのロットの合格・不合格を判定する。

抜取検査の種類は大別すると計数抜取検査と計量抜取検査に分けられる。計数抜取検査では、

品質が良品/不良品の二値で表されるのに対し、計量抜取検査では計量値で表される。本稿では

計数抜取検査を扱う。

1.1 計数基準型一回抜取検査 JIS Z 9002

ロットごとの合格・不合格を、一回に抜き取った試料中の不良品の個数によって判定する方法

である。「なるべく合格させたいロットの不良品率の上限」(p0)、「なるべく不合格としたいロッ

トの不良品率の下限」(p1, p0<p1)、生産者危険(合格としたい不良率のロットを抜取検査で不合

格とする誤り)の確率α、消費者危険(不合格としたい不良率のロットを抜取検査で合格とする

誤り)の確率βを事前に設定すれば、サンプルサイズと合格判定個数が算出・決定される。(こ

れは帰無仮説 H0: P=p0 に対し、対立仮説 H1: P=p1 を設定し、許容できないロットを棄却するよ

う判定方式を決めることである。後出の図 A.1 OC 曲線も参照のこと。)その後ランダムサンプリ

ングを実施し、試料を抜き取ったロットの合否判定を行う。この検査の狙いは、生産者と消費者

が相互に合意した水準以上の品質で生産者が各ロットを提供しているということを保証するも

のである。なお、p0 は AQL(Acceptance Quality Level、合格品質水準)、p1 は LTPD(Lot Tolerance

Percent Defective)、LQL(Limiting Quality Level、限界品質水準)と呼ばれることがある。

OC 曲線(Operating Characteristic Curve、検査特性曲線)は、ロットの品質(不良品率)に対し

てロットの合格率をプロットしたグラフで、抜取検査の特性を表すものである。横軸はロット不

良品率(p)を、縦軸はロット合格確率(P(p))を表す。関数は二項分布の累積確率(厳密には

超幾何分布の累積確率)であり、ロット不良品率(p)を変数、試料数(n)、不良品数(r)を定

数として表現している。

線が左に寄るほど厳しい検査(右によれば緩い検査)を表わす。またこの検査がα、β、p0、

p1 の事前設定水準を満たしているかを視覚的に確認する事ができる。

r

k

rnrrn ppCrXPpP

0

)1()()(

Page 41: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

38

図 A.1 OC 曲線

抜取検査の手順 (1) 品質基準を設定

· 「なるべく合格としたいロットの不良率の上限」p0 を設定する。 · 「なるべく不合格としたいロットの不良率の下限」p1 を設定する。 · 良い品質のロットが誤って不合格になる確率、すなわち生産者危険(α:通常 0.05)を設定する。

· 悪い品質のロットが誤って合格とされ、消費者に損失が生じる確率、すなわち消費

者危険(β:通常 0.10)を設定する。 (2) 分布の想定

(厳密には超幾何分布だが、N が十分に大きいとき、二項分布で近似できる。) (3) (1)、(2)からサンプルサイズ(n)および合格判定個数(c)を算出。 (4) ロット(N)から 1 回試料(n)をランダムサンプリングする。 (5) (抜き取った試料中の不良品の個数≦合格判定個数)ならば、その試料をとったロ

ットを合格とする。 (抜き取った試料中の不良品の個数>合格判定個数)ならば、その試料をとったロ

ットを不合格とする。

Page 42: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

39

1.2 計数値検査に対する調整型抜取検査

1.2.1 AQL(Acceptance Quality Limit)

AQL(Acceptance Quality Limit)は合格品質限界といい、抜取検査を行うために設定した工程

平均として、満足だと考えられる不良率の上限である。抜取検査を実施する場合に、AQL 程度

の不良品が稀に混入することは我慢しようという意味あいのものである。

AQLをどう決めるかは抜取検査の成果を左右するほど重要な影響があるが、実際の現場では、

あらゆる意味で満足だと言える AQL を設定することは不可能に近い。現実的な AQL の設定方法

としては、以下に述べる複数の方法(1)-(4)の中で、その製品に適した方法を選ぶことが必要であ

る。特に過去の実績がない場合には暫定的なものを決めた上、実績をみて修正する等の配慮が必

要である。 (1) 欠点または不良品の階級に応じて決める。

検査項目を致命欠点、重欠点、軽欠点等の階級に分け各階級ごとに AQL を決める。

重要な検査項目ほど、きつい AQL を指定する。 (2) 工程平均に基づいて決める。

検査実績がある場合、過去の AQL の情報を参考に、品質向上の刺激が与えられるよ

う考慮して AQL を決める。 (3) 要求品質に合わせて決める。

使用上の技術的、経済的条件から要求される品質水準が明確な場合、その上限を AQLにする。

(4) 納入側と協議して決める。 工程能力、経済性等のバランスを取るために納入者と協議して決める。

AQL は品質目標の 1 つとなり得るものである。「AQL が低いのでデータの質が高い」、「AQL

が高いのでデータの質が低い」ではなく、品質管理システム(プロセス)のパフォーマンスを示

すものであることに留意する必要がある。

1.2.2 ISO 2859-1 ロットごとの検査に対する AQL 指標型抜取検査方式

AQL 指標型抜取検査方式(調整型抜取検査)は、検査にロットが継続して提出される場合に、

その品質に応じて検査の厳しさを変えることからこの名称が付いている。抜取検査の中核を占め

るもので、世界的に もよく用いられている検査方法である。従来から用いられている購入検査

に限らず、工程検査、 終検査にも広く用いられている。

抜取検査の特徴

この抜取検査は、継続してロットの検査を行うときに、品質の良い製品が提出されるように、

品質向上の刺激(1-a)、1-b))を与えるのが大きな特徴である。

1-a) 購入者が検査の厳しさを調整する。

品質の良い供給者には、ゆるい検査を適用して励みを与える。品質の悪い供給者には、きつい

検査を適用して警告を与え、悪い品質のロットは極力合格させない。

Page 43: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

40

1-b) 購入者が納入者を選択する。

良い品質を供給している納入者と悪い品質を供給している納入者の格付けが行える。各納入者

間で品質の競争が行われて品質向上が期待できる。

検査の厳しさは、なみ検査、きつい検査、ゆるい検査の 3 種類があり、 初はなみ検査から始

める。ロットが継続的に提出される場合、その検査実績をもとにして、検査の厳しさの切り替え

(切り替えルール)を実施する。切り替えルールの概略を図 A.2 に示す。

図 A.2 切り替えルールの概略

この検査は 1-a)、1-b)の目的を達成するために、以下のような特徴も有している。

2) 3 種類の抜取形式(1 回抜取形式、2 回抜取形式、多回抜取形式)がある。

サンプルの抜取回数は 大 5 回まで許容されている。何れの抜取形式を採用しても、そのロッ

トの合格する確率はほぼ同じである。つまり、2 回抜取形式、多回抜取形式は、同じ AQL とサ

ンプル文字に対応する 1回抜取形式とOC曲線が近似的に合うように選んである。2回抜取形式、

多回抜取形式は、1 回目の検査で合格・不合格の判定がつく場合、サンプルサイズが非常に少な

くて済むのが特徴である。ロットの品質が極端に良い、極端に悪いと推定される場合、2 回抜取

形式、多回抜取形式は効率的な検査方法である。平均的なサンプルサイズは 1 回抜取形式を使用

したときに一番多くなる。

3) 長い目で品質を保証する。

抜取検査を長い期間使用すると AQL の品質が保証される。個々のロットに対する品質の保証

ではなく、長い目でみた平均品質の保証に重点が置かれた検査方法である。継続してロットの検

査を行うことが前提となっているため、実際の現場では、ロットをどのように定義して、継続的

な検査を適用するのかが重要な課題である。

抜取検査の手順

抜取検査の手順を以下に記載する。

1) 検査するロットサイズが決まったら表 A.1 からサンプル(サイズ)文字を探す。

例えば、ロットサイズが 5000 個であれば、通常検査水準の II の欄を見て文字が「L」である

Page 44: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

41

ことを確認する。検査水準は特に指定のないときには、通常、検査水準Ⅱを使用する。しかし、

抜取検査で判定を誤っても損害が少ないときには検査水準Ⅰを使用し、逆に判定を誤ると損害が

大きいときには検査水準Ⅲを使用する。特別な検査水準として、S-1、S-2、S-3、S-4 があるが、

これは例えば、サンプル 1 個当たりの検査費用が特に高いとき等のように、なるべく小さいサン

プルで合格・不合格の判定をしたいときに用いるものであるため、採用にあたっては注意を要す

る。

2) AQL、検査の厳しさ、抜取形式を指定して、主抜取表を確認する。

例えば、AQL=0.40%、なみ検査、1 回抜取形式であれば、表 A.2 のサンプルサイズ文字「L」

の行と AQL=0.40%の列の交差した部分を探し、サンプルサイズと合格判定個数(Ac)と不合格

判定個数(Re)の値を確認する。

表 A.1 サンプル(サイズ)文字

表 A.2 主抜取表(検査水準Ⅱ なみ検査の 1 回抜取形式)

0.010 0.015 0.025 0.040 0.065 0.10 0.15 0.25 0.40 0.65 1.0 1.5 2.5Ac Re Ac Re Ac Re Ac Re Ac Re Ac Re Ac Re Ac Re Ac Re Ac Re Ac Re Ac Re Ac Re

A 2 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓B 3 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓C 5 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 0 1D 8 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 0 1 ↑E 13 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 0 1 ↑ ↓F 20 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 0 1 ↑ ↓ 1 2G 32 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 0 1 ↑ ↓ 1 2 2 3H 50 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 0 1 ↑ ↓ 1 2 2 3 3 4J 80 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 0 1 ↑ ↓ 1 2 2 3 3 4 5 6K 125 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 0 1 ↑ ↓ 1 2 2 3 3 4 5 6 7 8L 200 ↓ ↓ ↓ ↓ 0 1 ↑ ↓ 1 2 2 3 3 4 5 6 7 8 10 11M 315 ↓ ↓ ↓ 0 1 ↑ ↓ 1 2 2 3 3 4 5 6 7 8 10 11 14 15N 500 ↓ ↓ 0 1 ↑ ↓ 1 2 2 3 3 4 5 6 7 8 10 11 14 15 21 22P 800 ↓ 0 1 ↑ ↓ 1 2 2 3 3 4 5 6 7 8 10 11 14 15 21 22 ↑Q 1250 0 1 ↑ 1 2 1 2 2 3 3 4 5 6 7 8 10 11 14 15 21 22 ↑ ↑

備考 ↓=矢印の下の最初の抜取方式を使用する。もしサンプルサイズがロットサイズ以上になれば,全数検査する。↑=矢印の上の最初の抜取方式を使用する。Ac=合格判定個数Re=不合格判定個数

サンプル文字

サンプルサイズ

AQL

Page 45: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

42

表 A.2 は「なみ検査の 1 回抜取形式」の場合の数表で、サンプルサイズが 200 個、不適合品が

2 個以内なら合格、3 個以上なら不合格と判定する。

他の検査方法についても主抜取表を確認することで、サンプルサイズ、合格・不合格の判定基

準を求めることができる。例えば、上の条件で、検査の厳しさを、「なみ検査」から「きつい検

査」にした場合、サンプルサイズは 200 個であるが、判定基準が変わり不適合品が 1 個以内なら

合格、2 個以上なら不合格になる。同様に、検査の厳しさを、「なみ検査」から「ゆるい検査」

にした場合、サンプルサイズが 80 個になり、判定基準は不適合品が 1 個以内なら合格、2 個以

上なら不合格になる。

検査特性曲線(OC 曲線)

ロットサイズ、サンプルサイズ、合格判定個数、抜取形式等によってグラフの形状は異なり、

OC 曲線によって抜取検査の厳しさを視覚的に把握することが可能になる。なみ検査、きつい検

査、ゆるい検査の 3 種類の検査の厳しさの切り替えの概略を図 A3 に示す。曲線が右にいくほど

合格しやすい検査方法であると言える。

図 A3 検査の厳しさの比較

図 A3 の横軸(不良率)の目盛は工程平均であって、ロットの品質ではない。また、縦軸(ロ

ットが合格する確率)の目盛は合格率の期待値であって、ある特定のシリーズのロットが合格す

る確率ではない。OC 曲線は、その抜取方式の長期間の特性に関するものであることに留意する

必要がある。

1.2.3 関連する抜取検査規格

(1) ISO 2859-2(JIS Z 9015-2)孤立ロットの検査に対する LQ 指標型抜取検査方式

ロットとは、合否判定のために提出されるアイテムのグループである。各ロットは可能な限り、

実質的に同一の時期に製造されたアイテムで構成することが望ましく、一連の各ロットは大なり

小なり独立した単位として取り扱われる。ISO 2859-1 は連続シリーズのロットの検査のために設

計されたもので、切替えルールが適用される。一方、工程が今回だけ特別である、あるいは連続

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

不良率 p(%)

ロット

が合格

する

確率

ゆるい検査

なみ検査

きつい検査

Page 46: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

43

して生産せず今回のロット限りである等の「孤立ロット」に適用されるのが ISO 2859-2 である。

この場合、悪いロットを通さないことが重要であり、AQL は直接の指標としては使用せず、限

界品質(Limiting Quality、LQ)を指標とする。AQL が生産者に対して抜取検査で合格する品質

水準の目安を与えるのとは異なり、LQ は消費者に合格ロットの真の品質に対して信頼できる目

安を与えるわけではない。このため、LQ は望ましい品質の 低 3 倍という選択がよい。例えば、

望ましい品質が 1%以下であれば、LQ を 3.15%と設定する。すなわち、不適合品パーセントは

LQ よりずっと小さく(通常は LQ の 1/4 以下に)しなければならない。

ISO 2859-2 では、手順 A と手順 B が規定されている。手順 A は、供給者と消費者の両者とも

ロットを孤立状態とみなすことを望んでいる場合に使用する。LQ が 8%未満の場合には ISO

2859-1 の検査水準Ⅰに、LQ が 8%より大きい場合には検査水準Ⅱに似ている。例えば、ロット

サイズが 3,201~10,000、LQ を 0.50%とすると、サンプルサイズは n=450、合格判定個数は Ac=0

となる。

手順 B は、供給者の方はロットが連続シリーズの一つとみなすことを望んでいるが、消費者の

方はロットを孤立状態で受け取ると考える場合に使用する。抜取方式は ISO 2859-1 で利用できる

抜取方式から選んだものであり、検査水準も指定する。例えば、ロットサイズが 801~500,000、

LQ を 0.50%、検査水準 II の場合、サンプルサイズは n=800、合格判定個数は Ac=1 となる。

(2) ISO 2859-3(JIS Z 9015-3)スキップロット抜取検査

ISO 2859-3 では、1 回ごとのサンプルサイズは減らさずに、提出されるロットについて、検査

するかしないかをランダムに決める。この規格は、供給者があらゆる面でその品質を効果的に管

理する能力があることを実証し、かつ要求条件に合致するロットを継続的に生産している場合に

適用できる。シリーズの全ロットは類似した品質であることが期待され、また検査しなかったロ

ットの品質は検査したロットの品質と同等と確信するだけの理由があることが望ましい。ISO

2859-1 と同じく合格品質水準 AQL(Acceptance Quality Limit)および検査水準を事前に決める。

AQL よりかなり良いと立証され、さらに所定の判定基準に合致したときに、スキップロット抜

取検査を始めることができる。スキップの割合は検査実績に応じて 1/2~1/5 を使い分ける。

供給者および製品には資格審査が行われる。供給者は次の 3 つの事項を満足しなければならな

い。a) 製品品質と設計変更を管理するための文書化されたシステムを備え、かつ維持している。

b) 品質水準の移動を検出修正し、また品質の低下を招くような工程の変化を監視する能力があ

るシステムを設けている。c) 品質の低下を招く恐れがあるような組織変更が行われていない。

製品は、a) 安定した設計によるものであること、b) 実質的連続生産の状態で製造されている

こと、c) 資格審査期間中、通常検査水準Ⅰ、ⅡまたはⅢのもとで、なみ検査またはゆるい検査

が適用されており、きつい検査がないこと、d) 安定期間中(6 ヶ月)AQL またはそれより良い

品質を維持していること、e) 直前の 10 ロット以上が合格し、直前の 10 ロットの累計サンプル

サイズが 小累積サンプルサイズ(AQL と 10 ロットの不適合数で決まる)以上であり、 近の

2 ロットの各サンプルの不適合数が合格判定数(AQL、各ロットのサンプルサイズで決まる)以

下である、という 5 つの事項を満足しなければならない。

初はロットごとの検査(状態 1)からスタートし、資格要求を満足すれば、スキップロット

検査(状態 2)に移行する。スキップロット検査中、品質管理手順を著しく逸脱した場合等は資

格喪失となり、状態 1 に戻る。また、スキップロット検査中に判定基準に合致しなかった場合等

Page 47: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

44

は、一時的にスキップロット検査を中断し、ロットごと検査を実施する(状態 3)。状態 3 の場

合は、 初ほど厳しくない条件で資格を再取得し、状態 2 へ戻ることができる。

【参考文献】 · 日本製薬工業協会医薬品評価委員会 統計・DM 部会 “「治験データの信頼性」の検

討―CDM からの提案―” 平成 15 年 3 月、医薬出版センター. · “ISO 用語ミニ辞典”(http://blog.isovocabulary.com/) · 加藤洋一 “新版 QC 入門講座 9 サンプリングと抜取検査” 日本規格協会、2000. · “JIS Z9015-1:2006(ISO 2859-1:1999)計数値に対する抜取検査手順 第 1 部:ロッ

トごとの検査に対する AQL 指標型抜取検査方式” IN: 2007 年版 JIS ハンドブック、

57 品質管理、日本規格協会、2007. · “JIS Z9015-2:1999(ISO 2859-2)計数値に対する抜取検査手順 第 2 部:孤立ロッ

トの検査に対する LQ 指標型抜取検査方式” IN: 2007 年版 JIS ハンドブック、57 品質管理、日本規格協会、2007.

· “JIS Z9015-3:1999(ISO 2859-3:1991)計数値に対する抜取検査手順 第 3 部:スキ

ップロット抜取検査手順” IN: 2007 年版 JIS ハンドブック、57 品質管理、日本規格

協会、2007.

Page 48: TF3&6 臨床試験データの品質管理 20090612A ISO 2859-1 ロットごとの検査に対するAQL 指標型抜取検査方式.....39 1.2.3 関連する抜取検査規格.....42

臨床試験データの品質管理

資料作成者

タスクフォース 3&6 合同チーム

渡橋 靖 第一三共株式会社 (副部会長兼タスクフォースリーダー)

薄井 勲 第一三共株式会社 (推進委員兼タスクフォースリーダー)

狩野 昌子 田辺三菱製薬株式会社 (推進委員兼タスクフォースリーダー)

中村 正人 旭化成ファーマ株式会社 五十嵐 東 テルモ株式会社

石田 美里 アステラス製薬株式会社 松本 淳一 富山化学工業株式会社

(平成 19 年 11 月~) 福田 裕司 日本イーライリリー株式会社

新冨 規行 アボット ジャパン株式会社 乙黒 俊也 日本たばこ産業株式会社

坂原 博 エーザイ株式会社 池田 利恵 日本ベーリンガーインゲルハイ

畑 芳幸 科研製薬株式会社 ム株式会社

高橋 宏 キッセイ薬品工業株式会社 松田 祐和 バイエル薬品株式会社

太田 絵里 協和発酵キリン株式会社 星井 尚樹 バクスター株式会社

釜井 正敏 協和発酵キリン株式会社 小林 純子 久光製薬株式会社

杉山 俊明 生化学工業株式会社 奥谷 礼奈 藤本製薬株式会社

青原 由記 千寿製薬株式会社 木下 元 ブリストル・マイヤーズ株式会社

仲子 晶也 シェリング・プラウ株式会社 矢吹 哲章 マルホ株式会社

大塚 晶仁 ゼリア新薬工業株式会社 柏木 東 明治製菓株式会社

福島 彰 大鵬薬品工業株式会社 粟田 志香 株式会社 大塚製薬工場

杉本 文康 武田薬品工業株式会社 畠山 大悟 東レ株式会社

川村 教子 大日本住友製薬株式会社 富永 幸夫 日本アルコン株式会社

西澤 拓 中外製薬株式会社 小坂 康之 富士フイルム RI ファーマ

堀島 正人 帝人ファーマ株式会社 株式会社

監修

統計・DM 部会 部会長 東宮 秀夫 大日本住友製薬株式会社

同 副部会長 酒井 弘憲 田辺三菱製薬株式会社

同 副部会長 小宮山 靖 ファイザー株式会社

以上の資料作成に当たり、医薬品評価委員会 川口委員長、臨床評価部会 作広部会長ならびに本

資料の査読を実施頂いた査読担当の諸氏に感謝致します。