the golden key · 2020. 10. 21. · 9 「父さんはそれをどうしたか、知 っ...
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THE GOLDEN KEYText by George MacDonaldPictures by Maurice Sendak
Pictures Copyright © 1967 by Maurice SendakAfterword Copyright © 1967 by W. H. Auden
First published 1967by Farrar, Straus and Giroux, LLC
d/b/a Macmillan Children’s Publishing Group, New York.
This Japanese edition published 2020by Iwanami Shoten, Publishers, Tokyo.
To Mary and the memory of RandallM. S.
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あるところに、一人の男の子がおりました。夕ゆう
暮ぐ
れどきになると、その子はいつもじっ
とうずくまって、大おお
伯お
母ば
さんが聞かせてくれるお話に耳を傾かたむけました。
大お
お
伯お
母ば
さんは、もし虹にじ
のはしっこにたどりつくことができたら、金の鍵かぎ
が見つかるんだ
よ、と話してくれました。
「それを見つけたら、どうなるの?」と、男の子はたずねました。「何の鍵か
ぎ
なの?
何が
開けられるの?」
「それはだれにもわからないのさ」というのが、大お
お
伯お
母ば
さんのいつもの返事でした。「見
つけた人が、自分で見つけるんだね。」
「金でできてるんだったらさ」
―あるとき男の子は、考えをめぐらしめぐらし、そう
言ってみました。「売ったら、たくさんお金がもらえるかもしれないね。」
「売るんだったら、見つけないほうがましさ」というのが、大おお
伯お
母ば
さんの返事でした。
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そのあと男の子はベッドにはいり、金の鍵か
ぎ
の夢ゆ
め
を見ました。
さて、大お
お
伯お
母ば
さんが男の子に聞かせてくれた金の鍵かぎ
の話は、この二人が住んでいた小さ
な家が、たまたま妖よ
う
精せい
の国との国くに
境ざかいにあったのでなければ、ただのおとぎ話にすぎなかっ
たでしょう。なぜなら、だれでもよく知っているとおり、妖精の国以い
外がい
では、虹にじ
のはしっ
こにたどりつくというのは、とうてい無む
理り
な相談だからです。金の鍵がだれかに見つかっ
たら大た
い
変へん
だというので、虹はいつもおそろしく気をつけていて、ここと思えばまたあちら
という具ぐ
合あい
に、居い
場ば
所しょ
を変か
えてばかりいるのです!
しかし、妖精の国では事じじ
情ょう
がまるで
ちがっています。こっちの世界ではありありと見えるのに、妖精の国へ行くとすっかり薄う
す
れてしまうものがあるかと思うと、こっちでは一いっ
瞬しゅんだ
ってじっとしていてくれないのに、
そっちでは動くのをやめるものもあるのです。ですから、この年取った大伯母さんが男の
子に金の鍵について言ったことは、ちゃんと道理にかなった話だったのでした。
「だれかそれを見つけた人、知ってる?」男の子はある晩ばん
、そうたずねてみました。
「ああ。おまえのお父と
っつぁんは見つけたんだと思うよ。」
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「父さんはそれをどうしたか、知ってる?」
「教えてくれなかったよ。」
「どんな鍵か
ぎ
だった?」
「見せてくれなかったよ。」
「だれかが鍵か
ぎ
を持ってったら、新しい鍵はどこから来るの?」
「さあ、知らないね。とにかくそこにあるのさ。」
「ひょっとすると、それ、虹にじ
の卵たまごかもしれないね。」
「ひょっとするとね。それがはいっている巣す
を見つけたら、幸せになれるだろうね。」
「ひょっとすると、虹にじ
を伝つた
って空からすべり落ちてくるのかもしれないね。」
「ひょっとするとね。」
ある夏の夕方、男の子は、自分の部へ
屋や
の格こう
子し
窓まど
のそばに立って、妖よう
精せい
の国のまわりを囲かこ
んでいる森を見つめていました。その森は、大おお
伯お
母ば
さんの庭のすぐそばまで迫せま
っており、
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庭の中へまぎれこんでいる木さえ何本かありました。森は家の東ひ
が
側しがわに
あり、ちょうど家を
はさんで反対側へと沈し
ず
みかけていたお日さまが、そのまっ赤か
な目で暗い森の奥おく
をまっすぐ
にのぞきこんでいました。森の木はみんな古くて、下のほうにはたいして枝え
だ
がなかったの
で、お日さまの目は森のずっと奥までとどきました。男の子も、とてもいい目をしていた
ので、お日さまとおなじくらい遠くまで見ることができました。お日さまの赤い光を浴あ
び
た木の幹み
き
は、まっ赤な円柱のように立ちならび、それが長い長い回か
い
廊ろう
のように、奥お
く
深ふか
く、
どこまでも続つ
づ
いています。見ているうちに男の子は、自分が早く行かないとお話が先へ進
まないので、木がみんな待ちきれないで、じりじりしているように思えてきました。でも、
ちょうどおなかがすいていて、晩ばん
ごはんが食べたかったので、決心がつかず、そのままぐ
ずぐずしていました。
そのときです。森の奥お
く
の、お日さまの光がやっと届とど
くあたりに、すばらしくきれいなも
のが見えました。それは、キラキラと輝か
がやく、大きな虹にじ
のはしっこでした。虹の七つの色が
全部ちゃんとそろっていて、おまけに、紫むらさきの内うち
側がわ
にもまだいろんな色が続つづ
いています。赤
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の外側にも、それよりもっと華はな
やかで、もっと不ふ
思し
議ぎ
な色が見えています。それは、男の
子が生まれてはじめて見る色でした。見えているのは、虹に
じ
の橋のたもとのところだけで、
森の上の空を見ても、そこには何もありませんでした。
「金の鍵か
ぎ
だ!」男の子はそう叫さけ
ぶと、大急ぎで家を飛と
び出し、森の中へ駆か
けこみました。
まだたいして行かないうちに、お日さまが沈し
ず
みました。でも、虹にじ
は消えないで、ますま
す明るく輝かがやきました。妖よう
精せい
の国の虹は、私たちのところの虹とちがって、お日さまの光が
なくても平気だったからです。森の木々は、男の子を歓かん
迎げい
してくれました。茂しげ
みは通り道
を空あ
けてくれました。近づくにつれて、虹はどんどん大きくなり、明るくなって、とうと
う虹とのあいだには、あと二本の木があるだけになりました。
それはまったく壮そう
大だい
なながめでした。すぐ目の前で、虹にじ
が静かに燃も
え続つづ
けていて、華はな
や
かで美しくて繊せん
細さい
な色の一つ一つが、くっきりと際きわ
立だ
ちながらも、やわらかく溶と
けあって
いるのです。ここまで来ると、さっきは見えなかったところも、ずっとよく見えるように
なりました。虹はほとんど湾わん
曲きょくすることなしに、まっすぐに青い空めざしてそびえており、
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この割わ
り
合あい
でいくと、アーチのてっぺんはどれほど高いところにあるのか、想そ
う
像ぞう
もつかない
ほどでした。男の子に見えていたのは、とほうもなく大きな虹に
じ
の橋の、ほんのちっぽけな
切れはしにすぎなかったのです。
男の子は我わ
れ
を忘わす
れ、探さが
しに来たはずの鍵かぎ
のことも忘れて、うっとりとそれを見つめてい
ました。見ているうちに、虹に
じ
はますますすばらしくなってきました。虹の色の一つ一つは、
まるで大だ
い
聖せい
堂どう
の円柱のような太さをしていましたが、その中はらせん階か
い
段だん
になっているの
か、美しい姿す
がたをした者たちがゆっくりと昇のぼ
っていく光こう
景けい
が、かすかに見えるような気がし
てきたのです。といっても、行列を作って昇っていくのではなく、一人行くかと思うと、
今度はたくさん、その次は四、五人、それからしばらくはだれも来ない、といった具ぐ
合あい
で、
男の人もいれば、女の人や子どもたちもおり、そのだれもが美しく、しかも一人一人みん
なちがっているのでした。
男の子は虹に
じ
に近づこうとしました。すると、虹は消えてしまいました。びっくりして、
思わずあとずさりすると、虹はもとどおりの美しい姿すがたを現あらわしました。そこで男の子は、な
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るべく近い場所に立つだけで満ま
ん
足ぞく
することにして、色とりどりの輝か
がやか
しい円柱の中をどこ
とも知れぬ高みめざして昇の
ぼっていく者たちをながめ続つづ
けました。円柱は高く高くどこまで
も続き、先へ行くほどかすかになって、どこで消えたともわからないうちに、いつしか青
い空にまぎれてしまっていました。
そうするうちに、男の子はふっと金の鍵かぎ
のことを思い出し、とても賢かしこく頭を働はたらかせて、
虹にじ
のたもとのある場所を頭に刻き
ざ
みつけておくことにしました。そうしておけば、虹が消え
てしまっても、どこを探さが
せばいいか、ちゃんとわかるわけです。見ると、虹のたもとは、
地面をびっしりと覆お
おっている苔こ
け
の上に、ほぼおさまっていることがわかりました。
やがて、森の中はまっ暗になってしまいました。それでも虹にじ
だけは、自分で光を放って
いるので、ちゃんと見え続つづ
けていました。しかし、しばらくしてお月さまが出ると、とた
んに虹はふっと消えてしまいました。今度は場所を変か
えてみても、もう何も見えませんで
した。そこで男の子は、苔こ
け
むした地面に横になって、朝が来るのを待ってから鍵かぎ
を探さが
すこ
とにしました。そして、まもなくぐっすりと眠ねむ
りこんでしまいました。
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朝になって目をさますと、お日さまが真正面からのぞきこんでいました。あんまりまぶ
しいので目をそらしたちょうどそのとき、顔から一フィート*と離はな
れていない苔こけ
の上で、何
か小さいものがキラキラ光っているのが見えました。それは金の鍵かぎ
でした。鍵は金も金、
この上なくまぶしく光る純じゅ
金んきんでできていました。頭の部分は風ふう
変が
わりな形に細さい
工く
してあり、
サファイアがちりばめてありました。男の子は有うち
頂ょう
天てん
になって手を伸の
ばし、鍵を拾い上げ
ました。
それからしばらくのあいだ、男の子はそこに寝ね
そべったまま、鍵かぎ
をあっちへむけたり、こ
っちへむけたりして、うっとりとその美しさに見とれていました。しかしじきに、鍵がど
んなにきれいでも、それだけでは役に立たないのだと気がついて、ぱっとはね起きました。
この鍵で開く錠じ
ょ
前うまえはどこにあるのでしょう?
開けられる錠前もないのに鍵だけ作るなん
て、そんな馬ば
鹿か
な話はありませんから、どこかに錠前があるはずです。どこへ行けばそれ
*訳注 一フィートは、約三十センチメートル。
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が見つかるでしょう?
男の子はまわりを見まわし、空を見上げ、地面を見下ろしました
が、雲の中にも、草の中にも、木々の中にも、鍵か
ぎ
穴あな
らしいものは見あたりませんでした。
男の子ががっかりして元気をなくしはじめたちょうどそのとき、森の奥おく
で何かがちらっ
と光りました。それはほんのかすかな光にすぎませんでしたが、きっと虹にじ
の切れはしにち
がいないと思った男の子は、そっちへ行ってみました。すると
―でも、その話はまたあ
とにして、もう一度森のはずれまでもどってみましょう。
男の子が住んでいた家からそう遠くないところに、もう一軒け
ん
の家がありました。それは
ある商人の持ち家でしたが、その人はめったに家にはいませんでした。その人の奥おく
さんは
数年前にこの世を去り、あとに残の
こ
された小さな女の子の世話は、二人の召めし
使つか
いに任まか
されて
いました。しかしその二人は、そろいもそろって怠なま
け者もの
で、いいかげんな人たちでした。
おかげで女の子は、いつも汚きたないまま放っておかれ、それどころか、ひどくいじめられるこ
とさえありました。