thermoacoustic phenomena and stirling engines new concepts

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特集:振動流によるエネルギー変換・熱輸送現象と応用技術 低温工学 43 12 2008 509 熱音響現象と Stirling エンジン ―エンジンを理解するための新しい概念― 矢崎 太一 * Thermoacoustic Phenomena and Stirling Engines New Concepts for Understanding Heat EnginesTaichi YAZAKI * Synopsis: About 30 years ago, Ceperley proposed “a pistonless Stirling engine”, which became sufficient motivation for thermoacousticians to regard thermoacoustic phenomena as a kind of heat engine. Since then work flux, heat flux, and their mutual conversion have been suggested to be fundamental ideas for understanding thermoacoustic engines. Such new concepts can be equally applicable to some reciprocating heat engines. In this paper, based on experimental results, I discuss the working mechanism of Stirling engines from the standpoint of a thermoacoustics framework. Keywords: thermoacoustic oscillation, Stirling engine, traveling wave, reversible thermodynamic cycle 1.はじめに 某検索エンジンを利用して,「thermoacoustic 」および Stirling Engine」の両方の Keywords を含むサイトを検索 してみた。ウェブ全体からの検索で 4320 件,その中には 日本語ページ 177 件が含まれていた。国内の件数こそ少な いが,この数字から見ても「熱音響現象」と「Stirling ンジン」との関連性が伺える。 熱音響現象と Stirling エンジンにはおよそ 2 世紀にわた る長い歴史がある。前者は Rott 1) の研究に代表されるよう に流体力学的な観点から取り組まれ,また後者は Urieli 2) のテキストでも良く知られているように,等温モデルによ り熱力学的観点からの研究がなされてきた。筆者の知る限 り,これら両者の類似性を学術論文としてはじめて指摘し たのは,米国 George Mason 大学の Ceperley だと認識して いる。 1979 年,“ A pisotonless Stirling engine – The traveling wave heat engine ”と銘打った彼の論文 3) は, thermoacoustic 」なる用語こそ使われていないが,熱音 響現象と熱機関を関連付けた最初の論文である。仕掛けは 単純である。本来音波が持つ流体の「圧縮」や「膨張」か らなる周期的運動に外部から「加熱」と「冷却」効果を組 み込み,往復運動する流体要素がこれらの4過程をタイミ ングよく経験するように細工すれば,それはある種の熱力 学的サイクルと同じである・・という発想である。タイミ ングは音波が本来持つ圧力と変位の間の位相に関連する。 基本的に進行波でも定在波音波でも熱機関が可能である。 熱音響現象は時間と空間を含まない熱力学と,時空を含む 音響学(流体力学)が融合された分野に属する。 当時, 4 He- 3 He 希釈冷凍機や超流動液体ヘリウムの研究 等,低温物理学の先導者であった Wheatley Ceperley 論文に刺激され 4) Los Alamos 国立研究所で熱音響現象を 研究するグループを立ち上げた。そして熱音響現象を流体 力学というよりはむしろ熱力学(熱機関)に近い観点から研 究に着手した。1983 年には,彼らの最初の成果が米国物 理学会速報誌に掲載された 5) 。単なる気柱の自励振動が, すこし視点を変えただけで「エンジン」に変身した。そし てその後,可動部を持たない冷凍機や MHD 発電 6) へと進 化することになる。 しかし,Wheatley 等が製作した可動部を持たない熱音 響エンジンは,150 年前に既に発見されていた Rijke 管や Sondhauss 管などの定在波型の気柱振動と同じ種類に属す るものであって,決して Ceperley が提案した Stirling エン ジンに匹敵するデバイスではなかった。Ceperley は気柱自 励音波を,圧力と速度の間の位相差から進行波型と定在波 型エンジンに分類し,それらのエンジンが熱力学的にそれ ぞれ「可逆エンジン」と「不可逆エンジン」に対応するこ * Received September 22, 2008 愛知教育大学 理科教育講座 448-8542 愛知県刈谷市井ヶ谷町広沢1 Department of Physics, Aichi University of Education, Kariya 448-8542, Japan E-mail: [email protected]

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Page 1: Thermoacoustic Phenomena and Stirling Engines New Concepts

                             特集:振動流によるエネルギー変換・熱輸送現象と応用技術

低温工学 43 巻 12 号 2008 年 509

解 説

熱音響現象と Stirling エンジン

―エンジンを理解するための新しい概念―

矢崎 太一*

Thermoacoustic Phenomena and Stirling Engines ―New Concepts for Understanding Heat Engines―

Taichi YAZAKI*

Synopsis: About 30 years ago, Ceperley proposed “a pistonless Stirling engine”, which became sufficient motivation for

thermoacousticians to regard thermoacoustic phenomena as a kind of heat engine. Since then work flux, heat flux, and their mutual conversion have been suggested to be fundamental ideas for understanding thermoacoustic engines. Such new concepts can be equally applicable to some reciprocating heat engines. In this paper, based on experimental results, I discuss the working mechanism of Stirling engines from the standpoint of a thermoacoustics framework.

Keywords: thermoacoustic oscillation, Stirling engine, traveling wave, reversible thermodynamic cycle

1.はじめに

某検索エンジンを利用して,「thermoacoustic」および

「Stirling Engine」の両方の Keywords を含むサイトを検索

してみた。ウェブ全体からの検索で 4320 件,その中には

日本語ページ 177 件が含まれていた。国内の件数こそ少な

いが,この数字から見ても「熱音響現象」と「Stirling エ

ンジン」との関連性が伺える。 熱音響現象と Stirling エンジンにはおよそ 2 世紀にわた

る長い歴史がある。前者は Rott 1)の研究に代表されるよう

に流体力学的な観点から取り組まれ,また後者は Urieli 2)

のテキストでも良く知られているように,等温モデルによ

り熱力学的観点からの研究がなされてきた。筆者の知る限

り,これら両者の類似性を学術論文としてはじめて指摘し

たのは,米国 George Mason 大学の Ceperley だと認識して

いる。 1979 年,“ A pisotonless Stirling engine – The traveling wave heat engine”と銘打った彼の論文 3) は,

「thermoacoustic」なる用語こそ使われていないが,熱音

響現象と熱機関を関連付けた最初の論文である。仕掛けは

単純である。本来音波が持つ流体の「圧縮」や「膨張」か

らなる周期的運動に外部から「加熱」と「冷却」効果を組

み込み,往復運動する流体要素がこれらの4過程をタイミ

ングよく経験するように細工すれば,それはある種の熱力

学的サイクルと同じである・・という発想である。タイミ

ングは音波が本来持つ圧力と変位の間の位相に関連する。

基本的に進行波でも定在波音波でも熱機関が可能である。

熱音響現象は時間と空間を含まない熱力学と,時空を含む

音響学(流体力学)が融合された分野に属する。 当時,4He-3He 希釈冷凍機や超流動液体ヘリウムの研究

等,低温物理学の先導者であった Wheatley は Ceperley の

論文に刺激され 4),Los Alamos 国立研究所で熱音響現象を

研究するグループを立ち上げた。そして熱音響現象を流体

力学というよりはむしろ熱力学(熱機関)に近い観点から研

究に着手した。1983 年には,彼らの最初の成果が米国物

理学会速報誌に掲載された 5)。単なる気柱の自励振動が,

すこし視点を変えただけで「エンジン」に変身した。そし

てその後,可動部を持たない冷凍機や MHD 発電 6)へと進

化することになる。 しかし,Wheatley 等が製作した可動部を持たない熱音

響エンジンは,150 年前に既に発見されていた Rijke 管や

Sondhauss 管などの定在波型の気柱振動と同じ種類に属す

るものであって,決して Ceperley が提案した Stirling エン

ジンに匹敵するデバイスではなかった。Ceperley は気柱自

励音波を,圧力と速度の間の位相差から進行波型と定在波

型エンジンに分類し,それらのエンジンが熱力学的にそれ

ぞれ「可逆エンジン」と「不可逆エンジン」に対応するこ

*

Received September 22, 2008 愛知教育大学 理科教育講座 〒448-8542 愛知県刈谷市井ヶ谷町広沢1 Department of Physics, Aichi University of Education, Kariya 448-8542, Japan

E-mail: [email protected]

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510 TEION KOGAKU(J. Cryo. Soc. Jpn.)Vol. 43 No. 12(2008)

とを論文の中で定性的に述べている。その後の 15 年間く

らいは,米国 Los Alamos 国立研究所を中心に定在波エン

ジンの研究が続くことになる。定在波型熱音響エンジンに

ついての彼等の研究成果を総括した Review Paper 7)が,

Wheatley の後を引き継いだ Swift によって 1988 年, 米国

の音響学会誌に掲載された。“Thermoacoustic Engines”と

銘打った彼の論文は,今では被引用件数が 300 に達する大

作となった。ちなみに Ceperley の論文の被引用件数は 70である。

1970-80 年前半,国内では熱音響現象の応用に向けた組

織的研究はなされておらず,熱音響の名前すら市民権を得

ていなかった。その一方で,ガソリンエンジンやディーゼ

ルエンジン等の内燃機関のため浮上の機会を逸していた

Stirling エンジンの研究開発が,オランダフィリップス社

に端を発し国内でも企業を中心に活発化していた。1982年には通産省・工業技術院の「ムーンライト計画」の一環

として,総額 100 億円規模の投資の基で Stirling エンジン

開発が始まり 1987 年まで続くことになる。しかし,解決

すべき多くの問題を抱え,実用化(商品化?)には至らな

かったようだ。 ムーンライト計画が終焉を迎えた2年後,国内では筑波

大学の富永等が中心となって「波動冷凍研究会」8)が発足

した。米国の熱音響に関する研究を意識したものではなく,

オリフィス型パルス管冷凍機を理解するための研究会で

あった。だから基本的には米国の定在波型とは異なった現

象を扱うことになる。すなわち結果的には進行波型エンジ

ン・冷凍機の研究である。国内独自のこの取り組みが,後

に Ceperley の予言していた「熱音響 Stirling エンジン」を

米国に先駆け,国内で実現できた最大の要因になった。パ

ルス管冷凍機の開発と連携しながら創られた富永の熱音響

理論は 9) 10),Stirling エンジン・冷凍機や G.M.冷凍機を含

む様々な熱音響現象を定在波型と進行波型に分類し,それ

ぞれに付随したエネルギー変換や熱流を数理的に提案する

ものだった。この理論は熱音響現象に関する最初のテキス

ト「熱音響工学の基礎」10)として出版され,デバイスの理

解に大いに役立っている。また計算コード Thermo-acoustica は Los Alamos 国立研究所で開発された DeltaE と

並んで,技術者や実験屋が熱音響デバイスを設計・開発す

るための有力な道具となった。熱音響理論を勉強した後で,

Ceperley の論文を読んでみると,熱音響現象に対する熱音

響理論の妥当性と Ceperley の洞察力にいたく感動する。

しかし後で述べるように,熱機関を理解するための伝統的

な熱力学の手法とはかなり異なっていたため,普及するの

に時間がかかっているのも事実である。 実験屋にとって,Ceperley は論文の中で2つの魅力的な

提案をしている。ひとつは Stirling サイクルによる音波増

幅(音響強度の増幅)であり,他は可動部を持たない Stirlingエンジン(進行波型熱音響エンジン)や冷凍機の提案である。

前者については,Ceperley 自身の実験では成功に至らな

かったが,後に東北大学の琵琶等が共鳴管内の特殊な場所

を利用して音響強度の増幅に成功している 11)。また後者

が試作されたのは,1996 年の日米合同音響学会(熱音響

セッションがはじめて設けられる)がハワイで開催された

2 年後で,Ceperley の提案から実に 19 年後のことであっ

た。ループ管を用いた進行波型熱音響エンジン 12) 13) の実

現を契機に,米国を中心にして 20 年ほど続いた熱音響エ

ンジンの研究開発が不可逆過程を利用した「定在波型エン

ジン」から可逆過程による「進行波型エンジン」へと移行

することになる。環境問題やエネルギー問題等の後押しも

あって,現在では熱音響や Stirling エンジンの研究は,中

国を含めて競争が一段と激化している。 国内には伝統的な Stirling エンジンを調査・研究してい

るグループ(主として機械学会に所属している)と,熱音響

現象を調査・研究しているグループ(主として低温工学会

に所属し,波動冷凍研究会の流れを汲む)が存在する。

2005 年 12 月,早稲田大学で両グループの合同会議が開か

れた。お互いの研究会の目的が違うのだから当然ではある

が,Stirling エンジンの捉え方や考え方に大きな隔たりが

あることを感じたのは筆者だけではないだろう。異なる学

問分野の交流が如何に重要であるかを思い知った。本稿は,

主として熱音響現象を研究している者の立場から見た

Stirling エンジンについての一方的な考え方である。

2.Stirling エンジンとループ管エンジン

Fig.1 に 2-ピストン型 Stirling エンジンと可動部分を持た

ない Looped-Tube 熱音響エンジンを模式的に示す。両者と

も作業気体が封じ込まれたシリンダー内部に高温(TH)およ

び低温(TC; 室温)熱交換器と,それらに挟まれた再生器(R)を有している。一見全く異なったデバイスに見えるが,両

者には多くの共通点がある。 再生器の温度勾配を増大していくと,内部の気体は不安

定になり振動し始める。発振する振動数は Stirling エンジ

ンがおよそ 1-10 Hz のオーダーで,高温部に投入する熱量

に依存する(ただし,スターターが必要)。しかし,ピスト

ンの変位振幅はクランクの振幅で決まり常に一定である。

(a) (b)

Fig. 1 (a) Stirling engine (traveling-wave thermoacousticengine) and (b) looped-tube thermoacoustic engine (pistonlessStirling engine).

TH TC TH TC

R R

Page 3: Thermoacoustic Phenomena and Stirling Engines New Concepts

低温工学 43 巻 12 号 2008 年 511

一方,ループ管エンジンでは内部の気柱がある決まった固

有(共鳴)振動数で発振する。その振幅は自励振動と同様

に無限少から指数関数的に増大し,定常的な安定振幅は投

入熱量に依存する。前者(a)は投入熱量がピストンを介して

動力に変換されるのだから誰でもが認める熱機関である。

しかし,音波といった波動のイメージは薄い。一方,後者

(b)は多数の圧力センサーを用いて振動流体の時空発展を観

測すると,再生器を低温部から高温部に伝播する進行波音

波に近いことが分かる。だから後者を波動(音波)として捉

えるのは抵抗がない。しかし,「熱を音に変換するエンジ

ンである」と軽々しく言うには抵抗を感じる。ともかく両

者は現在 Fig.1 のように呼ばれている。ともに熱音響現象

の範疇に属し,またある種の熱機関でもある。 よく一般人から「何故,温度勾配をつけていくと発振す

るの?」と素朴な質問を受けることがある。いかなる現象

でも何故?という質問に答えるのは難しい。この場合,も

し発振しなければ再生器内でのエントロピー生成は熱伝導

による不可逆性が主な原因である。熱力学第二法則からエ

ントロピー生成の問題は避けられないが,生成量をより少

なくすることは可能である。自ら発振することによって,

投入した熱量を動力あるいは音波に変換しながら,再生器

内でのエントロピー生成をより少なくしているに違いない。

温度勾配を増大させていくと,熱伝導によるエントロピー

生成がエンジンによるエントロピー生成を上回る閾値があ

ることが実験で報告されている 14)。それがエンジンとして

の機能が発現する分岐点であろう。重要なことは投入した

熱量を仕事に変換 (エネルギー変換)できるような環境を整

えておくことである。どこかの議員が言っていたように

「スカートを踏んで前に出ろといっても・・・」である。

いくら温度勾配をつけて再生器内の気体を平衡状態から遠

ざけても,Stirling エンジンにおけるピストン間の変位位相

Φが同位相に調整されていたら自発的なピストンの往復運

動は発生しないだろう。またいくら温度勾配をつけても,

ループ管ではなく両端の閉じた共鳴管を使えば,進行波が

発生しないことは明白である。 Fig.2 に示すように Stirling エンジンでは,膨張ピストン

(高温側)が圧縮ピストン(低温側)よりも位相が °90 程度

遅れて動くようにクランクを調整しておく。これがエンジ

ンとしての機能を発現させるための環境である。このよう

に位相を調整しておくと,再生器内の流体要素の圧力と流

速間の位相θは低温部から高温部へ伝播する進行波音波の

位相と同じになる( )0o=θ 。こうして結果的に,再生器の

中の流体要素は「膨張」→「冷却」→「圧縮」→「加熱」

なる熱力学的サイクルを実行することになる。再生器の中

で,流体要素と周囲の固体壁との間の熱緩和時間τが振動

周期よりも十分小さく,また粘性の効果が無視できれば,

このサイクルは等温可逆的なサイクルになる。しかし,も

しもピストン間の位相を同位相(Φ= °0 )となるようにクラ

ンクを調整すれば流体要素は「圧縮」や「膨張」がほとん

ど無い状態で,「加熱」と「冷却」だけを繰り返すことに

なるだろう。また位相がΦ= °180 ならば,流体要素は「加

熱」や「冷却」を経験せず,「膨張」と「圧縮」運動だけ

を繰り返すことになる。このようなピストン間の位相調整

はエンジンとしての機能が発現するための環境を整えたこ

とにはならない。 一方 Fig.1(b)に示すようなループ管エンジンは,Fig.1(a)におけるクランクのような位相調整する部分を全く持たな

い。エネルギー変換可能な熱力学サイクルを再生器の中で

実現するためにどのような細工が施されているのだろう

か? 答えは簡単で,ループ管を採用することで進行波を

含む様々な振動モードが発生できる環境を整えたことであ

る。可動ピストンによる位相調整のような積極的な細工は

行なわない。だから振動が発生したからといって必ずしも

進行波とは限らない。たとえば定在波エンジンが発現する

可能性もあるし,また再生器の中での圧力と変位の位相関

係が純粋な進行波音波から大きく離れているかもしれない。

もちろん発振しない可能性もある。実際に 1996 年のハワ

イで行なわれた国際会議では,ループ管を用いると発振し

ないとの実験結果が報告された。(熱音響エンジンを作っ

たが発振しない。あきらめず続けていると,同じ条件なの

に何故かある日突然発振することがある。するとそれ以後,

発振に悩まされることはない。実験屋は多かれ少なかれこ

のようなことを経験しているのではないだろうか? 今で

もハワイで報告された米国チームの実験装置で何故発振し

なかったのか分からない。「吉備津の釜」が原点だけに科

学以外の何かを感じる。進行波の重要性に早くから注目し

ていた我々に対する御褒美 12)ということだろうか?)

TH

TC

Fig. 2 Stirling thermodynamical cycle a gas parcel undergoes in aregenerator; expansion→cooling→compression→heating.

I TC TH

(a)

Fig. 3 Work flows around regenerator; (a) traveling-wavethermoacoustic engine and (b) standing-wave thermoacousticengine.

(b)

TC TH I

Page 4: Thermoacoustic Phenomena and Stirling Engines New Concepts

512 TEION KOGAKU(J. Cryo. Soc. Jpn.)Vol. 43 No. 12(2008)

ループ管エンジンを発振させることはそれほど難しいこ

とではない。しかし,ループ管を用いて発振したからと

言って常に進行波とは限らない。我々が最も知りたいこと

は,エンジンの分類,すなわち発振したモード(再生器内の

位相θ)の特定である。このためには再生器の前後(できた

ら再生器内部)で次章で述べる仕事流束 I (W/m2) を計測す

ることが不可欠である。Fig.3 に示すように,仕事流が増幅

されれば進行波型エンジン(a)であり,また仕事流が再生器

から湧き出せば定在波型エンジン(b)である。このような基

礎研究なくしてデバイスとしての応用発展はありえない。 ループ管エンジンに代表されるように,熱音響エンジン

は与えられた環境下で発生する振動モードの選択を自然に

委ねる「自然エンジン」である 6)。熱緩和時間τは決して

無限小にはできない。だから可逆エンジンは現実には難し

い。緩和時間が有限であれば Ceperley も指摘しているよう

に,純粋な進行波よりも定在波成分が加わったエンジンの

ほうが効率的には有利であろう。熱音響エンジンは何らか

の規則によって(たとえば再生器の中で生成されるエントロ

ピーが最小限になるような)最も効率の良い振動モードを自

ら選んで振動を維持しているに違いない。最近,この事を

裏付ける研究成果が東京農工大学の上田等によって実験的

に明らかになってきた 15)。 Fig.1(a)は誰がみてもエンジンとして役に立つことが分か

る。また,クランクを回して外部から仕事を投入すれば,

再生器内部の流体要素がエンジンとは逆の Stirling サイク

ルを実行し冷凍機が可能となる。Fig.1(b)のように,100 Hz程度で発振する進行波型気柱音波は何の役に立つのだろう

か? ループ管の中の再生器とほぼ対称の場所に別の再生

器を設置してみる。エンジン用の再生器によって生じる進

行波音波が可動部を介さず,直接ループ管の中を音波とい

う形でエネルギー輸送し,その音波が適当な位相θのもと

で圧縮・膨張運動を行い,別の再生器の中で冷凍のための

熱力学的サイクルを実行する 16) 17)。こうして別の再生器の

両端には温度差が生じ冷凍機が実現する。現在,滋賀県立

大学の坂本等は太陽光を利用して,可動部のない冷凍機の

実用化を目指している 18)。Stirling エンジンと同様に可動部

の無い進行波型熱音響エンジンも使い方によっては十分役

に立ちそうである。 Stirling エンジンの発見からおよそ2世紀経って,可動部

を持たないループ管エンジンが実現した。その一方,温度

勾配のついた共鳴管内の気柱自励振動である Sondhauss 管

や Rijke 管などは可動部を持たない定在波型熱音響エンジ

ンに分類される。これらの気柱自励振動の発見から2世紀

経って,明星大学の濱口のグループによって可動部を持つ

定在波型パルス管エンジン 19)の実現をみた。今後,定在波

や進行波型エンジンを組み合わせたどのような新しい熱機

関が誕生するか楽しみである。

3.エンジンを理解するための新しい概念

Fig.4(a)は熱機関の概念図を示す。高熱源 THから QHを吸

熱し,その一部を仕事 W に変換する。そして残り QC を低

熱源 TC に吐き出す。熱力学で誰もが目にした熱機関の概念

図である。ここで扱われる物理量は全て方向性を持たない

スカラー量であり時間や空間に依存しない。そして下記の

ような関係が成立する:

WQQ CH =− (1)

( )∫∫ ≡= wPdVωρTdSωρ mm

2π2π (2)

0≥−H

H

C

CTQ

TQ

(3)

ここでωおよび mρ はそれぞれ角振動数および作業気体の

平均密度を示し,また S および P は単位質量当りのエント

ロピーと圧力を示す。式(1)は熱力学第一法則である。また

式(2)は単位時間・単位体積あたりのエネルギー変換を示す。

さらに式(3)は熱力学第二法則で,等号は可逆過程の場合に

成立する。これらの関係は熱機関で成立する普遍則である。

エンジンの効率(W/QH)を評価するだけならともかく,空間

の情報を全く含んでいない物理量だけで現実の熱機関を詳

細に理解するのは難しい。現に,Fig.3 に示すような定在波

エンジンと進行波エンジンの違いは,Fig.4(a)の概念図では

全く区別できない。不可逆過程がどこにどれだけ存在する

か? また仕事はどこから出てくるのか? すなわち仕事の出

入り口も明らかでない。さらにエンジンを定常的に運転す

るために,生成されたエントロピーがどのような通路を

通って外部に吐き出されるのかもはっきりしない。熱機関

をより詳細に理解するためには空間に依存する新しい物理

量(概念)が必要である。 Fig.1(b)のような熱音響現象は非平衡系で起こる散逸構造

の典型例である 20)。この現象を非平衡の観点から理解する

ために,熱音響理論では「仕事流束」および「熱流束」な

る2つのエネルギー流束が提案されている: Fig. 4 Heat engine diagram; (a) traditional heat engine diagramand (b) heat engine diagram based on thermoacoustics.

TH

TC

TH

TC

QH

QC

QH

QC

W

(a) (b)

IH

IC

Page 5: Thermoacoustic Phenomena and Stirling Engines New Concepts

低温工学 43 巻 12 号 2008 年 513

仕事流束: uξI PdPω== ∫2π

(4)

熱流束: )(2π

SuξQ m mmmm TSρTdSTρω ≡== ∫ (5)

ここで ξ および uはそれぞれ注目する流体要素の変位と流

速の断面平均を示し,また-は時間平均を意味する。仕事

流束 I は流体要素の P−ξ 平面で軌道の囲む面積に比例し,

音響学で使われる音響強度に等しい。だから圧力と °90 の

位相差を持つ変位の振動成分(進行波成分)は仕事流束に寄

与するが,同位相成分(定在波成分)は仕事流束には寄与し

ない。また熱流は S−ξ 平面で軌道の囲む面積に平均温度

を乗じた量に比例する。S は単位体積当たりのエントロ

ピー流束である。これらのエネルギー流束は空間(軸方向)に依存する方向を持った物理量で,線形の範囲では座標系

(Euler 系あるいは Lagrange 系)に依存しない。断熱空間では

仕事流束は存在するが,エントロピー変動がないので熱流

束は存在しない。だから断熱に近い環境では,熱流束と仕

事流束の間のエネルギー変換によって生じるエンジンや冷

凍の機能は発現しない。音響学で熱流束を扱わなかったの

は,エントロピー変動を伴う音波を無視してきた為ではな

いだろうか? Fig.4(a)で議論した「熱」と「仕事」の代わ

りに,(4)ならびに(5)式で定義した「仕事流束」と「熱流

束」を用いることによって熱機関をより深く理解すること

ができる。熱音響理論は時空を含まない熱力学と,時空を

含む流体力学の中間に位置する。しかし,この階層での実

験は難しい。速度測定を通じて,エネルギー流束を計測す

る必要があるからだ。仕事流束の測定技術はほぼ確立され

つつあるが,熱流についての測定技術は三菱電機の田代等

によって始まったばかりだ 21)。 熱力学の普遍則である(1)から(3)は,熱音響理論では下記

のように記述される:

0)( =+⋅∇ QI (6)

I⋅∇=w (7)

0≥⋅∇ S (8)

(6)式は,熱流束と仕事流束の和であるエネルギー流束(エ

ンタルピー流束 H)が熱交換器を除けば下流または上流を

問わず常に一定に保たれることを意味している。熱力学第

一法則に対応しており,(6)式を再生器で体積分すれば(1)式が導出される。当然のことだが,Fig.1 の高温熱交換器(吸熱器)では 0>⋅∇ H が成立し,低温熱交換器(放熱器)では

0<⋅∇ H が成り立つ。 また(6)式は仕事流束の増加(減少)が熱流束の減少(増加)

に等しいことを示している。言い換えると仕事流束と熱流

束の相互変換(エネルギー変換)を表現している。エネル

ギー変換の測度として,(7)式のように「仕事源 w」を定義

しよう。このように定義された w は,(2)式の熱力学におけ

るエネルギー変換と基本的には等しい。ただし,(7)式には

粘性効果による仕事流束の散逸が含まれるが,(2)には含ま

れない。だから w>0 は熱流束を仕事流束に変換する熱機関

(エンジン)を示すが,w<0 は冷凍機だけでなく粘性散逸

の場合も含まれる。 熱力学第二法則は「エントロピー増大則」で表現される

が,エントロピー流束が存在する定常状態では(8)式のよう

に記述される。この表現はエントロピーが生成量であるか

ら下流のエントロピー流束は上流よりも小さくならないこ

とを意味する。(8)式を再生器で体積分すれば(3)式が得られ

る。熱伝導や粘性等の不可逆性を考慮した流体力学の基本

方程式は熱力学第二法則を自動的に含んでいるように見え

る。しかしながら,流体力学の基本方程式から得られる数

値計算結果の正当性を主張するためには,常に(8)式が満た

されているかを吟味しなければならない。計算で得られた

解の中で,時間または空間的に「発散」する解は現実には

起こり得ないとして排除することがある。これは熱力学第

二法則が自然界で起こり得る現象であるかどうかの判定に

使われているにすぎない。エンタルピー流束 H, 仕事流束 I,熱流束 Q およびエントロピー流束 S,そして,式(6)‐(7)を用いて熱機関における再生器の役割を考えてみよう。

次の章で示すように,Stirling エンジンにおける2つのピ

ストン間の位相調整は,適当な向きの仕事流束を創り出す

役割を担う。Fig.1(a)のような位相差(Φ= °90 )を選ぶと,仕

事流束は圧縮ピストンから °90 位相が遅れた膨張ピストン

への定常的な流れを生じる。すでに述べたように,仕事流

束の方向に正の温度勾配をつけると再生器内部の流体要素

は等温過程からなる熱力学的サイクルを実行する。式(7)によると,この微小サイクルによって発生した単位時間・単

位体積当たり発生した仕事は仕事流束を増幅する役割を担

う(w>0)。粘性散逸が極めて小さく,等温過程( 1≪ωτ )が成

立する理想的な再生器を考えよう。また外部とエントロ

ピーの授受が可能なのは熱交換器だけで,再生器は外部か

ら断熱されていると仮定する。さらに作業気体は理想気体

とする。このような理想的な再生器ではエンタルピー流束

H は零で,かつ(6)式および(8)式の等号が成立する。これら

Fig. 5 Spatial distributions of work flux I, heat flux Q, enthalpy flux H, and entropy flux S in a regenerator R.

I

H

S

Q

x

R

1≪ωτ TC TH

1≫ωτ 1≫ωτ

IC IH

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514 TEION KOGAKU(J. Cryo. Soc. Jpn.)Vol. 43 No. 12(2008)

の関係の一例を Fig.5 に示す。ここで,それぞれの流束の

符号が正の場合は低温部から高温部への流れを,負の場合

は逆の向きの流れを示す。再生器内でのエントロピー生成

が無視できるので,高温部から再生器へ流入するエントロ

ピー流束 SHと,再生器から低温部へ流出するエントロピー

流束 SC は等しい。この関係を用いると(5)式から下記の関

係が成立する;

C

CH QQTT H

=

さらに

0,0 =+=+ HHCC QIQI

を用いると,仕事流束が再生器によって温度比倍だけ増幅

されることが分かる。Stirling エンジンにおける再生器は

音響パワー増幅の役割を果たす。(7)式を再生器で体積分す

ると,再生器によって出力される仕事 W(J/s)は

2)( RIIW CH π−=

となり,その一部は動力として外部に出力され残りはクラ

ンクと圧縮ピストンを通して低温部に IC として帰還する。

こうして「仕事の出入り口」が明らかになった。 Fig.5 を Fig.4(a)に対応させて模式的に示した図が Fig.4(b)

である。外部出力こそ無いが,これらのことは Fig.1(b)に示したループ管エンジンの場合にも同様に成立する。等温

過程が崩れて熱損失がある場合や,また粘性散逸による仕

事流束の減衰がある場合に Fig.5 がどの様に描けるかを冷

凍機の場合も含めて考えて見てほしい。また熱交換器の温

度は制御できるが再生器は断熱されているのでその温度分

布を外部から制御することができない。温度分布は自然の

法則によって決められるべきであり,我々が勝手に決めら

れる物理量ではない。 熱流束や仕事流束などのエネルギー流束を考えることに

よって,再生器の役割が鮮明になったのでまとめておく: ① 冷凍機も含め,熱流束と仕事流束の間の「エネル

ギー変換」を遂行する熱機関の中枢である。再生器

内での仕事流束分布が分かれば,局所的なエネル

ギー変換を議論することができる。 ② 高温熱交換器(吸熱器)から流入したエントロピーと,

再生器内で粘性や熱伝導度よって生成されたエント

ロピーを,低温熱交換器(放熱器)を通して外界に

吐き出す「エントロピーの通路」の役割を果たす。

こうして熱機関の定常運転が可能となる。エントロ

ピー流束分布が分かれば局所的エントロピー生成が

議論でき,エンジンの性能改善に役立つ。 ③ 音波のような微小変位の場合,再生器の固体壁は

「エントロピーの一時預かり」の役割を果たす。こ

うして「エントロピーのバケツリレー」により長距

離のエントロピー輸送が可能となる 6)。 上記は Stirling エンジンに代表される進行波エンジンにつ

いての一例である。定在波エンジンの代表である共鳴管原

動器やパルス管エンジン 22)の場合も Fig.5 に対応する図が

描ける。これらの図を描いてみるとエンジンや冷凍機の理

解が容易になるばかりか,新たなデバイスの提案も可能に

なる 23)。種々のパルス管冷凍機やループ管を利用した可動

部の無いエンジン・冷凍機がそのよい例である。エネル

ギー変換や熱流束の具体的な表現については熱音響理論を

参考にしてほしい 10) 24) 25)。

4.仕事流束測定の実験例

仕事流束の測定を通じて Stirling エンジンの仕組みを検

証してみる 26)。Fig.1(a)におけるピストン間の位相差Φと仕

事流束との関係を調べるために,Fig.6 に示すような実験装

置を用いた。内半径 19.2 mm,長さ 0.34 m のガラス管内部

に大気圧の空気を入れ,両端をスピーカ (FOSTEX FW

108N)で閉じた。スピーカ(S1,S2)とガラス管の接続にはス

テンレス製ダイナミックベローズを用いた。スピーカの変

位をそれぞれ,

)(expexp

22

11

ΦωtiξΓ ωt iξΓ−=

= (9)

とする。変位振幅 21 ξξ , および位相Φは実験で自由に変え

LDV

Pressure sensors

tωiξΓ exp11 = )(exp22 ΦtωiξΓ −=

x

287K 523K

Regenerator and heat exchanger assembly

S1 S2

Fig. 6 Experimental apparatus.

S1 S2

x

-30

-20

-10

0

10

20

30

0 0.5 1x

I ( W

/m2

)

-1.2

-0.8

-0.4

0

0.4

0.8

1.2

I ( W

/m2

)● Φ=180deg■ Φ= 90deg□ Φ= 0deg

Fig. 7 Work flux distributions for Φ=180 deg, 90 deg, and 0deg. Only the data for Φ=90 deg follows the left hand scale.

Page 7: Thermoacoustic Phenomena and Stirling Engines New Concepts

低温工学 43 巻 12 号 2008 年 515

ることができる。また角振動数ωはベローズの固有振動数

(48Hz)を用いた。ガラス管の管壁に取り付けた 9 個の小型

圧力センサーと LDV(レーザドップラー流速計)を用いて圧

力と速度の同時測定を行い,仕事流束 I の空間変化と位相

Φとの関係を調べてみた。 位相差Φが 180°,90°および 0°の場合に得られた実験

結果の一部を Fig.7 に示す。正の仕事流束は S1から S2へ向

かう流れを,また負の値は S2 から S1 への流れを意味する。

Φ=0°の場合,圧力変動が小さいため管内の仕事流束は極

めて小さい。また,Φ=180°の場合は両方のスピーカが音

源となり,管の中央に向かう対称的な仕事流束が観測され

る。中央(x=0.5)で仕事流束が消滅するのは速度が零になる

のではなく,圧力と速度の位相差θが 90°になるためであ

る。この場合管内で発生する音波は定在波に近い。変位が

21 ξξ ≈ の関係にあるとき,これらの位相では管内に一様で

大きな仕事流束を発生することはできない。その一方,Φ

=90°の場合は,管内でスピーカ S1 から S2 に向かう定常的

な仕事流束が可能になる。管の中央付近で観測された圧力

と速度の位相差は同位相に近かった。これは自由空間中を

正の方向に伝播する純粋な進行波音波の位相と一致する(ただし,音響インピーダンスは自由空間中の進行波に比べて

4倍も大きい)。こうして「熱音響」の観点から見れば,

Stirling エンジンにおける「90°のピストン位相調整」の理

由は,圧縮ピストンから膨張ピストンへ向かう定常的な仕

事流束を発生するためである。スピーカやピストンなどの

可動部は振動源になる一方で,仕事流束の吸収源の役割も

果たすことに注目してほしい。 Stirling エンジンが持つ再生器内では流体要素がある種の

熱力学的サイクルを実行し,その結果発生した仕事が仕事

流束を増幅すると前章で述べた。このことを実験で検証し

てみよう。Fig.6 に示すように 2 つの熱交換器(TC=287 K,

TH=523 K)に挟まれた再生器(0.4 mm の正方形のセルからな

る長さ 40 mm のセラミックスタック)をガラス管の中央に

設置し,仕事流束の空間的変化を調べ Fig.7 の結果と比較

する。位相差Φが 90°の場合の結果を Fig.8 に示す。再生

器内では再生器がない場合(Fig.7)と同様に純粋な進行波位

相が形成される。圧力振幅 p は再生器の両端でほとんど変

化しないが,速度変動 u はおよそ温度比倍(TH/TC ≈ 1.82)だけ増加することが分かる。再生器外では固体壁付近での粘

性や熱伝導度による w 4.4−≈ W/m3 程度の僅かなエネルギー

散逸が観測される一方,温度勾配を持つ再生器では

3.0≈w W/m3 の仕事源が観測された。仕事流束が再生器に

よって 1.6 倍増幅されることを示す。この値は温度比 1.82に近い。仕事流束を測定することによって,Stirling エンジ

ンにおけるピストン間の 90°位相調整が正の方向に伝播す

る進行波音波を創る役割を果たし,また再生器はその進行

波音波が低温から高温に伝播するとき,「音響パワー増

幅」の役割を果たすことが実験的に明らかになった。 熱交換器の温度を固定して,位相Φを 90°から‐90°に

変えて同様の実験を行った。観測された仕事流束の方向(進行波の伝播方向)は S2 から S1 で,再生器の温度勾配に関係

なく 90°遅れたスピーカへの向きであった。また仕事流束

の大きさは 0.52 倍減衰することが分かった。この値は再生

器の温度比 TC/TH ≈ 0.55 に近い。琵琶 11)らが指摘している

ように温度勾配によるパワー増幅と同様に,音波減衰は消

音のための新しい技術につながる可能性がある。

前章で述べたように,進行波型エンジンは本質的に等温

可逆過程に対して有利である。再生器内の流体要素が等温

的に往復運動する環境を作るためにセラミックスタックの

代わりにステンレス網(60 メッシュ)を用いて仕事流束を測

定してみた。得られた実験結果は,再生器内の粘性散逸に

よる極めて大きな圧力損失のため,スタックで得られた温

度比に近い仕事流束の増幅は観測されなかった。理想的な

パワー増幅を得るためには,等温過程を維持しながら粘性

散逸に打ち勝つ大きな音響インピーダンスを実現する必要

がある。

5. おわりに

固体容器に閉じ込められた振動流体の温度やエントロ

ピー変動を支配するパラメータがωτ である。固体壁と流

体要素の間の熱交換によって起こる種々の熱音響現象に

とって最も重要なパラメータの一つである。 1≫ωτ であれ

ば流体要素の運動は自由空間中の断熱音波と同じであるか

ら熱流やエネルギー変換を伴わない。熱音響現象にとって

意味があるのは 1≈ωτ か 1≪ωτ の場合である。熱緩和時

間 τと角振動数ωから作られる無次元量ωτ を使うかわり

Fig.8 Acoustic field along the tube having a regenerator-heat exchanger assembly for 90=Φ deg; (a) pressure(■) and velocity(□), (b) phase between P and u , and (c) work flux.

0

60

120

180

240

300

p (P

a)

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

u (m/s)

-90

-60

-30

0

30

60

90

θ  (d

eg)

0

10

20

30

40

50

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1

x

I (W

/m2 )

T HT CS1 S2

x

T HT C

T HT C

T HT C

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516 TEION KOGAKU(J. Cryo. Soc. Jpn.)Vol. 43 No. 12(2008)

に,熱境界層 δと管の内半径 R から作られる無次元量 R/δを使う場合もある。これらの無次元量の間には

( )2R/δωτ =

なる関係がある。だから数学的にはどちらの無次元量を

使っても同じである。主として日本の研究者はωτ を使う

が,米国では R/δを使うのが一般的らしい。出来ることな

らどちらかに統一すべきだと考える。

熱境界層が内半径に比べて小さい場合( 1≥R/δ ),または

ランダウのテキスト 27)にあるように平面上の半無限空間に

おける振動流体を扱う場合は境界層を使う意味があるかも

しれない。しかし,円筒管のような容器内で R/δが十分小

さくなったとき,空間的無次元量(境界層)には意味がある

のだろうか? たとえば 1.0=R/δ と 10.0=R/δ の場合,内

半径 R が 1 mm ならば境界層 δはそれぞれ 10 mm および

100 mm である。数学的には問題ないが,この状況やそれ

らの違いを物理的にイメージすることは困難である。時間

的無次元量ωτを使ってみよう。もし角振動数ωが 10 rad/sならば,熱緩和時間 τ (管内流体と固体壁が熱平衡に達す

る時間)はそれぞれ 10-3 s および 10-5 s となる。これならば

物理的にも十分イメージできる。もちろん 1≥R/δ の場合

にも問題ない。熱音響現象のような管内流体の振動現象を

議論するときには,空間的ではなく時間的無次元量ωτ を使うことに合理性がある 28)。

参 考 文 献

1) N. Rott: “Damped and thermally driven acoustic oscillations in wide and narrow tubes,” Z. angew. Math. Phys. 20(1969)230-243

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富永 昭:「熱音響工学の進展と今後の展望」,低温工学 33

(1998)3-11 9) A. Tominaga: “Thermodynamic aspects of thermoacoustic theory,”

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20) T. Yazaki: “Experimental observation of thermoacoustic turbulence and universal properties at the quasiperiodic transition to chaos,” Phys. Rev. E 48(1993)1806-1818

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矢 崎 太 一 1951 年 9 月 24 日生。1976 年学習院大学理学

部物理学科卒業。1981 年筑波大学大学院物理学研究課博士課程

修了。現在は愛知教育大学で熱音響現象の実験的研究に従事。低

温工学協会,日本物理学会,日本音響学会会員。理学博士。