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Title 褐色細胞腫7例の臨床的観察 われわれの教室における副 腎疾患の臨床 - その3 - Author(s) 新島, 端夫; 高田, 元敬; 清水, 憲; 大橋, 輝久 Citation 泌尿器科紀要 (1973), 19(12): 1021-1029 Issue Date 1973-12 URL http://hdl.handle.net/2433/121601 Right Type Departmental Bulletin Paper Textversion publisher Kyoto University

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Page 1: Title 褐色細胞腫7例の臨床的観察 われわれの教室における副 …1911年黒田4)がpheochromoblastoma suprarenale としての2剖検例を報じているが,臨床例では,1942

Title 褐色細胞腫7例の臨床的観察 われわれの教室における副腎疾患の臨床 - その3 -

Author(s) 新島, 端夫; 高田, 元敬; 清水, 憲; 大橋, 輝久

Citation 泌尿器科紀要 (1973), 19(12): 1021-1029

Issue Date 1973-12

URL http://hdl.handle.net/2433/121601

Right

Type Departmental Bulletin Paper

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Kyoto University

Page 2: Title 褐色細胞腫7例の臨床的観察 われわれの教室における副 …1911年黒田4)がpheochromoblastoma suprarenale としての2剖検例を報じているが,臨床例では,1942

1021

〔禦騨踏琿〕

褐色細胞腫7例の臨床的観察われわれの教室における副腎疾患の臨床 一その3一

岡山大学医学部泌尿器科学教室(主任:新島端夫教授)

新島 端夫,高田 元敬,清水 憲,.大橋 輝久

SURGICAL DISEASES OF THE ADRENAL (3)

CLINICAL OBSERVATION OF 7 CASES OF PHEOCHROMOCYTOMA

Tadao NIIJ正MA, Motoyoshi TAKATA, Ken SHIMIzu and Teruhisa OHAsHI

From the DePartment of Urology, Okayama University Medical School

(0ゴプec’0プ’P70/. T.△flii/ima, M.1)..)

1) Seven cases of ・pheochromocytoma were operated in our clinic,5 of which were treated

for the past 5 years (1’968A-1972). As for the localization of tumor, 3 were left adrenal, 3

were right adrenal,一and one was the ectopic tumor being at the isthmus of the horseshoe

kidney. Maximum weight o’f tumor in our cases was 190 g’.

2) Preoperative, operative and postoperative management were discussed.

3) Of 7 cases with pheochromocytoma, 6 were ”cured” and one’ “’improved”. The normali一

・ati・n・f hyp・・t・n曲was recGgnized within 6 m・nth・excepゆ・imp・。v・d ca・e in which b1・・d

pressure changed from 250/140 preoperative to 170/100 postoperative.

緒 言

褐色細胞腫(pheochromocytoma)は,副腎髄質ある

いは傍神経節などのchrome親和性細胞より発生する

神経原性腫瘍の一種で,1886年Franke11)が18才女子

剖検例を報告したのが最初であり,1893年目anasse2)

は本腫瘍のクローム親和性を証明,1919年置ick3)が

pheochromocytomaと命名した.本邦においては,

1911年黒田4)がpheochromoblastoma suprarenale

としての2剖検例を報じているが,臨床例では,1942

年村上5)の発作性高血圧を示す症例報告が最初である。

近年,本症に対する生化学的,内分泌学的,、レ線学的

診断法の進歩とともに報告例も増加している.著者の

1人,新島6)は,さきに第50回日本泌尿器科学会総:会

(1962)シンポジウム“副腎の外科”において,本邦

報告例で文献上確実とみられる43例を集めて報告した

が,その後,天方ら7)は,1965年までに114例を集計

報告し,また,最近,宍戸ら8)に,1971年までの142

例を集計検討している.岡大泌尿器科学教室において

も,1960年田坂9・1。)の1例報告以後7例の褐色細胞腫

を経験したが,まだ原著として未発表であるので,そ

の臨床的観察成績につき,若干の文献的考察とともに

報告する.

症 例

(1)年令・性:

自験7例の年令,性別,症状などは,Table l tra一一一

括表示した.すなわち,年令では,10才台1例,20才

台1例,30才台3例,40才台2例で,性別は,男2例

女5例である.なお,家族的発生例がまれに報告され

ており.,宍戸ら8)の集計によれば,4組8例であるが

われわれは未経験である.褐色細胞腫の発生は,性別

による差なく,年令は,青壮年期に多いとはいえ,生

後5ヵ月から82才の例まで報告されている11).宍戸

ら8)の集計した142例をみても,30才台を頂点に幼児

から老令者まで広く分布しており,性別も,男43%,

女57%で,男女比は1:L3である.

(2)症状:

症状としては,一般に頭痛,心悸充進発汗など

が最:も多く,これは内外文献の一致するところであ

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1022 新島・ほか:褐色細胞腫

Table 1. Cases of pheochromecytoma.

Case l SexlAgeDuration

ofSymptoms

BloodPfessure

(mmHg)

Symptoms 囎㎜{・i・e…m・w離

工 F 31

l@ lI 7years

132/76 ・・useヨ6識臨、璃headach。1adrena1(R)

4.7。×4.を

@ X1.258.○

2 F 20 1year 178/86

.heart.c。nsci6usness, headache, exophthalmos

.adrenal(L) 4.5×4.0@ ×3.8

29.6

3 M 36 4yea「s 164/112 heart曜co盤sciousness, headache isthmus of

?盾窒唐?唐?盾?汲奄р獅?7.OX6.2@ ×4.5

89.7

4 M 32.

ll 6years1フ8/118 heεしrt騨consciousness, headache adrenal(R)

9.3×6.Q@ ×4.5

155.0

5 F 46 10years 250/140 headache, visual disorder adrehal(L) 5.5×3.5@ ×2.O

24.8

6 F 王4 1year 220/150 . 辱獅≠浮唐?=C vomltmg,

@ headache, hyperidrosis adrenal(R)8,.0~ぐ7.O

@ ×5.O190,0.

7 F 42 13years

u

200/IO8headach6, nauseal hyperidrosis, visual disorder

adrenal(L) 68x5.4@ ×4.2

75.5

り12,13),嘔吐,胸腹痛,顔面蒼白,瞳孔散大,四肢し

んせん,めまい,全身倦怠などがこれにつづくが,最

も特徴のある症状は,.発作性高血圧である.しかし,

一方この発作は,本症に必発のものではなく,持続性

の高血圧を示す例も多い..本症のうち,発作を伴うも

のは,Grahami3)の統計では51.9%, Greenら17)に

よると1/3,Goldenbergら18)は1/4という.本邦で

は,鳥飼ら.19)は37L5%,宍戸ら8)の集計では47%にみ

られているにすぎない。自験例では,発作型5例.(症

例1,2,3,6,7),持続型2例(症例4,5)である.

しかし,両型のいずれか明確に区別のつきかねるもの

もあり,持続型の一部は,発作型から移行したもので

あるという見解もある.一般に,noradrenalin(NA)

の分泌が多く腫瘤の小さい場合には持続型を,また

adrenalin(A)のみ,あるいは, A, NAの両老がと

もに過剰に分泌されれば発作型を示す傾向にあるとい

われている。また,)視力障害も本症の重要な症状の

1つであり,自験7例中2例にみられた.さらに,

catecholamineの過剰分泌は,尿糖,心筋障害,.冠不

全,胃腸症状などを招来し,しばしば,糖尿病,心疾

患,胃腸疾患,眼疾患などと誤診されている.このよ

うに本症め症状はきわめて非特異的,不定,多彩であ

り,また,褐色細胞腫に高血圧の印象が潜在意識的に

存在するために血圧に異常がないと潜過される率が高

い。最近では,典型的なものより非定型的な症例の報

告が多い.これは,catecholamine代謝に関する研究

の進歩とともに,この疾愚に対する認識の向上を示唆

するものといえよう.

一般検.査成績

自験例の一般検査成績は,Table 2に一括表示した.

本症における検査成績としてes ・,蛋白尿および糖尿,

泊血球増多,BMR充進,過血糖および糖負荷試験の

.異常などがおもなものである..自験例では,4例に糖

尿を認め,6例に過血糖をみたが,.いずれも腫瘍の除

去とともにご俄ら異常所見ほ消失した..心臓について

は,大多数の報告例19)で左室肥大が認められ,ECG

上,調律異常や心筋障害の像を示すといわれている.

また,眼底変化も本症の診断には重要で,鳥飼ら19)は

その自験5思いずれもKW III~lvで,うち2例に視

力障害があったと報告している.自験7例中では,正

常ECGおよび眼底所見を示したものは,それぞれ2

例であった.

副腎皮質機能は,一般に正常,もしくは低下してい

ると報告されている20).副腎皮質は髄質により圧排さ

れてうすくなり.,萎縮におちいっている場合が多いと

さ.れるカ㍉一方かかる場合には対側はしばしば胞大し

ていることが多いともいわれている.自験7例での尿

中17-KS,17-OHCSは,正常あるいはやや低値を示

した(Table 3).

診 断

(1)臨床診断法:

本症の診断は臨床症状がら・も.ある程度可能であるが

通常」薬物試験と内分泌学的方法が広くおこなわれて

いる.自験例での成績は,Table 3に一括表示した,

薬物試験としては, adrenolyticに作用する薬剤と

adrenal medullary stimulating agentを投与するこ

とにより生ずる血圧の変動をみる方法すなわち,遮

断と誘発試験であるが,後者は前者に比し特異性が劣

り,また,昇圧促進により高血圧的偶発事故の生ずる

おそれがあることなどにより前老がよくおこなわれて

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碧テ島.・をまカ:.1褐色細胞腫 1023

Table’2. Laboratory data in 7 cases ・of pheochromocytorna (1).

Urine

Blood

Albumin{

Sugar Hb (9/dl)

櫨漕BUN (mg/dl)

Total Protein ・(g/dl)

A/G

Cholesterol (mg/dl)

・一ャli

PSP.(%){器n

Liver Function

Blood Sugar (Fastirig) (mg/dl)

BMR (%.)

±

14.91 15.6

507 1 . 449

12250 ’ t 4800

42.0 1 ・ 40..0

9.8 F ・ ・ 9.4 L

7.0 1 ・ 8.O

O.921 . 0.90

210 1 276

142.0 i 142.0

4.31 4.7 97.0 1 95.0

35.0 1 34.5

78.0 1 90.O

normal 1 normal.

84

十5

P dextro一

’142

十35.5

±

14.6

483・

9350

34.5.

25

7.8

0.96

240

140.5

4.4

97.0

32.6

79.2

norma1

1・36

十2 J

王8.O.

528 ’

7150

48ワ.0

29 一l

ili,f

駕5

4. 1 ,’

王Q2,Q.1

[ 38.5 L

78.1

nor;rial ,’

156

一 7.’3’

十・

11.1

392

18200

29,5

22

8,5

0.82

・352

133.0

3.4

90.0

2.6

57.2

slightly .

disturbed

144

十!5

± 1 ±

十 1 一 15.s 1 ・ 13.3’

66フ .483

13ブOO 王2500 .

49.5 1. 39.0

6 1 9

8.01 ’7L7 1.331 . O.73

194 1 292

138.0 1 137.0

・4.41 4.2

96,0 1 95.0

20.8 1 38.Q

56.31 ’ 78.3

nor皿al norma1

176

十16

132

’十13

iECG ’

cardiale

奄濠寛㈲ハmyocardial@da皿age 吐

L.V.H.

.〔獅盾窒高≠戟D[

1.L.V,H. i

@ i LV.H,

@ …

normal

F.hyper一

F亘ndus

F E

獅盾窒高≠

Fundus?凾垂Ur- o tonlCUS norma1 hemor-

@ rhage

●@ ton1CUScegene・ 孕.

@ rat10PnaCUla

Fundus?凾垂?宙? , ton1CUS

Fundus?凾b?宙黶D

@ ■ .@ ton1CUS

.1廿tae

Table 3。 Laboratory. data. in 7 caSes of pheochromocyto血a(2).

CaseUrinary@17-KSimg/day)

UriロaryPフ・OHCSimg/day)

VMA 、@ i

UrinaryCatecholaπ1ine Serumbatechola-@ mine

Rigitin6@Test

Hista-

@ mine Others@Test

1

2

5.14

n. . 88

3’ P 7.12

4 1・3.0

.5 1.41

5.52

3.71

2.67 十

4. 68 1 一N±

4.96 十

lss r/day.

358 ptg/day

230 ptg/day

adrenalin 34noradrenalin 34s

4.2 yg/d1

7.8 pg/2

一ト

十.

adrenalin test

massage testcold pressor test

rnassage testpostural testcold pressor test

cold pressor testl

(暑)

(+)

(・一)

(+.)

(+)

(+)

(一)

noradrenalin test (十)(mcg/day) 1

6. 2.0呂 .5.40 十 954μ9/day 王0 μ9/丑 +i 一ト

7 148 3.8Q. .± 850γ/day 5.1μ9/旦 1

¥ 「F .

卜.1

いる.ようである1. シ者とも,種々の薬物が用いられてダ

きたがゴ現在一般におζなわれている代表的方法は,

遮断試験では,.Rigitine test,誘発試験では, hist-

amipe testであり,われわれもこれ.を試みている,.

Regitine testは,.7.例とも陽性であった,

本症の最も確実な診断法は;.いうまでもなく血中あ

るいは尿中catecholamine.の異常増量を証.明するこ

とである..血中catecholamineの定量がより直撲的

であるが,catecholarpine.の分泌は間欠的であり,し

かも速やかに代謝されるので,高血圧発作時あるいは

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1024 新島・ほか:褐色細胞腫

histamine誘発試験後 こ採血する要がある.なお,

cateCholamine代謝物のVMA(vanilmandelic acid)

の排泄量測定(呈色法)が,簡易なscreening法とし

て普及しており,自験7例では,VMAの明らかに陽

性なもの5例であった. また,catecholamineは,

noradrenalinとadrenalinと別々に定量されること

が望ましいが,自験例では,症例5のみに分別測定し

えたにすぎない.

(2)腫瘍の位置,大きさの診断:

褐色細胞腫の診断が確定すると,次に問題となるの

は腫瘍の位置および大きさの診断であり,これは手術

方法の決定上重要である.自験例7例では,右副腎3

例,左副腎3例,馬蹄鉄腎峡部1例の分布である.腫

瘍の部位診断は,本症の90%以上が副腎髄質より発生

し,また,通常は1~759,直径1~15cm程度14)で,

14%程度は腫瘍を外から触れるともいわれている13).

したがって副腎部のマッサージにより血圧上昇を誘発

する診断法もある.なお,腫瘍の発生部位と尿中cate・

cholamine排泄:型との関係については, von Eulerら

は,noradrenalin増加例では,腫瘍は副腎外に位置

することが多いとのべ,Crout and Sjoerdsma(19-

60)23)は,75例検討しadrenalinが著明に増加してい

る場合には,、その95%のものが副腎ないし副腎に接し

て腫瘍が存在し,逆にn’oradrenalin増加群では,そ

の1/3に副腎外の腫瘍を認めたとのべている.自験例

では,前述のごとく分別測定されたものが1例のみ

で,その関係に論及しえない.副腎外腫瘍の頻度は,

Grahamの統計では12. 5%,高羽の本邦統計では31.5

%とやや多い.部位は,腎門部,腹部大動脈前部,腎

静脈部,Zuckerkand1器管,膀胱内,胸腔内,総腸

骨動脈前方などである.われわれの症例でも1例(症

例3)が異所性で,腫瘍は馬蹄鉄馬峡部に介在してい

た. ノ

腫瘍の部位や大ぎさの診断に最も有用であるのは,

レ線撮影であり,腹部単純,IVP, PRPなどがあるが,

ことに,PRPとその断層撮:影が賞用されている. PRP

での腫瘍陰影の特徴として,Meyers27)は,副腎より

発生した例においては,副腎底部に変化が大であり,

副腎頂部はintactのことがあるとしているが,大き

い腫瘍によるものではその限りでないという,また,

東北大学泌尿器科の副腎腫瘍陰影形態の分類では,

pheochromocytomaは,第1型(卵型),第2型(ド

ングリ型)が多いとのべている.なお,angiography

は,危険であり禁忌となすものもあるが,注意深い管

理下にて施行すれば安全で,異常に発達した動脈を描

出したり,あるいet pooling像を認めたりする例も報

告されている.なお,pheochromocytomaの場合,

腫瘍が大きく,他の検査によって診断可能であること,

また,本法による危険1生も無視できないので特殊な場

合以外は,adrenal veno盧aphyの必要性は少ないわ

けである.そのほか大静脈血の採血によりcatechol-

amineを測定,部位診断の資とすることを推賞する報

告もある.自験例では,PRPは全例におこなわれ,

血管撮影は施行していない.また腹部単純撮影で,症

例4は右副腎部に腫瘤陰影を認め,症例6では右副腎

部にcalcificationを認めた(Fig.1). IVPでは,症

例4,6の2例において,著明な腎の下方移行を認め,

副腎腫瘍を疑わしめた(Fig,2).全例に施行された

PRPでは,7例中,症例1,3の2例を除いて診断可

能であった(Fig.3~5).このようにPRPでの診断

率は高く,江藤26)も,35例を集め31例診断可能とのべ

ている.

治 療

褐色細胞腫の治療は,手術で腫瘍をとり除くという

一言につきるが,従来,手術にはかなりの危険を伴っ

た.すなわち,第1に術中,主として腫瘍操作時にお

こるショックで,これは過度の末梢抵抗増大による心

負担と過度の心刺激作用とが相まっておこる急性心不

全である.また,術後短時間内におこるショックがあ

るが,これは腫瘍のとり残しに起因するcrisisによる

ものと,腫瘍摘出によりcatecholamineが急激に低

下しておこるものとがあるとされている.そのをまか腎

不全,肺水腫,高熱などの合併症も報告されてきた.し

かし,現在では,褐色細胞腫に特有な病態生理に基づ

いた手術管理方法がとられ本症の手術も比較的容易に

おこなわれるようになり,本邦における手術例は近年

急激に増加している.これは,catecholamine代謝の

研究が進み,血中,尿中の活性物質ならびに代謝産物

の定量法が確立され,術前に診断が容易につけられる

ようになり,また本症の麻酔管理法が進歩し,術前・

後の血圧変動に対する調整が容易になったことによる.

.ここで本症の手術管理上の進歩についてのべてみると

つぎのようになる.まず第1は,手術手技に対する慎

重な配慮であり,第2は,腫瘍摘出後の低血圧管理に

おける進歩である,従来は,術中腫瘍剥離時の高血圧

や不整脈に対し,Regitine, Inderalなどを使用,腫瘍

摘出後の低血圧に対しては,noradrenali耳, angioten-

sinの持続点滴がおこなわれていたが,最近では,過

剰輸血によるbloo“volumeの補正で管理している.

Schnelleら24)および遊佐ら25)によれば,放射性同位元

素を用いての測定により,楊色細胞腫において,循環

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新島・ほか 褐色細胞腫 1025

Fig.1. Plain film(Case 6),右副腎部のcarcification.

幽舞夙磁

騨叛

Fig. 2.

懲騨

「//,t,審

IVP(Case 4)t右腎の下方移行.

Fig. 3. PRP (Case 4), right adrenal tumor. Fig, 4. PRP (Case 6), right adrenal tumor.

Fig, 5. PRP (Case 7), left adrenal tumor.

一f} :le ’ {“ r, Fig. 6. Pheochromocytoma (Case 6).

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la26 新島・ほか:褐色細胞腫

血漿量は正常に比し増加しているが,循環血球量の著

明な減少があり,この血球量の不足分を全血輸血で補

うことにより腫瘍摘出後の低血圧を防止したという報

告がある.要するに,腫瘍摘出後の低血圧も,cate-

cholamineに対する血管感受性の低下,血液粘稠度の

低下,. z環血液量の低下など種々の要因が関与してい

ると思われるので,その補正に当っても種々の要因を

総合判定して補正につとめるわけである,ふつう,

blood volumeの補正は次のごとくおこなわれている.

すなわち,予測される不足血液量の半分を術前bloc-

kerの投与と同時に補正してお包腫瘍摘串と同時に

残り半分を投与する.

最近の最も目立った進歩は,強力なcatecholamine

blockerの’o現であり,これにより腫瘍操作時の危険

が防止される.catecholamine blocke「セこは・α’bloc-

ker(phenoxybenzamine-Dibenzyline)とβ一blocker

(P「oP「anolo1-lnderal)があるが,α一blockerを使用す

れば血管の収縮を抑えて高血圧を防止し, β一blocker

を使用すれば,心の収縮力も抑えられるが,頻脈,不

整脈を防止できる.catecholarnine.はα一,β一receptor.

への作用を併持しているので,α,β両blockerのうち

一方のみを使用すれば,一方のみのreceptorがblock

され,他方のreceptorへの作用が増強する.したが

って,blockerはできるだけ両方を同時に使用するこ

とが肝要とされている.ただしβ一blockerは,頻脈,

不整脈を防ぐと同時に心収縮力を低下するので,でき

るだけひかえめに使用せねばならない.

われわれも最近,麻酔科の協力のもとに,前述した

方法に従い本症の手術を比較的容易におこなっている

が,ここで自験7例における術前,術中,術後の管理

についてのべ,その変遷をみてみる.症例1,2では,

術前の処置はなく術中かなりの合併症をみており,と

くに症例2においては,心室細動からcardiac arrest

をきたし術中にheart massageをおこなっている.

症例3,4においては,Inderalを用いているが,頻

脈と低血圧は防止でぎなかった.症例5には,Inderal

とDibenzylineを併用したが,腫瘍摘出後血圧測定

不能となり,noradrenalin,輸血,輸液で危険を脱し

た.症例6,7では,術前に長時間作用のDibenzyline

の投与をおこない,また輸血,輸液をおこない末梢血

管をじゅうぶんに拡張させることにより,腫瘍摘出後,

noradrenalin,輸血の必要性も全くなく,不整脈も全

くみなかった.以下に,この2症例(症例6,7)の術

前・術後の管理に?いて詳述する.

症例6(Fig.6,7):

術前2日前にICUに入室, Dibenzylineの点滴と

輸血をおこない,血圧.とCVP.(central venous pres-

sure)の安定を試みた.入室1日目は, Dibenzyline

50mgと400 mlの輸血をおこない,血圧は235/165

mmHgが150/100 mmHgに, CVPは26 cmが11

cmになった,2日目は, Dibenzyline sQ mgと輸血

200mlをおこない, CVPを15c皿前後に維持し,

!5cmをこえるとDibenzyline, Regitineを投与した.

そのほか,ICU在室中に, Indera130 mg,輸液1,500

mlをおこない, sedativaも投与した,前投薬として

02V20

血圧(mmHg)

20,0

f50

ノ00

50

Ha/othat’Je

臨呼璽澱轍撫7償四)餓・噌型Traosfuston 200mL

vl ・;

cU入室

小田腫山刀瘍 操 作

腫 術抜瘍 終管摘 了出

0~ノ〆て~亡ior]0ヂqD、4台.45 min.

Duration ofAnesth. 5h, 30min.

董、,

響2Eヨ 日

,t 術 〃:0σ /2:00〆3=00 t4;00 術 〃 〃 〃 ,t ノ、 〃

当 後

1日 123456「ア日∂:30 日日日日日日日Fig.6. Case 6.術前・術中・術後経過。

Page 8: Title 褐色細胞腫7例の臨床的観察 われわれの教室における副 …1911年黒田4)がpheochromoblastoma suprarenale としての2剖検例を報じているが,臨床例では,1942

新島・ほか.:褐色細胞腫 1027

oleo

Hatothane

血圧’CmmHg)

20e

i50

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50

αゐ�剿雛�汾黷W卿照臨!鰭撫解

舳観卿77ra /tsfus ien 200mL

械 壷

g童

挿執 腫管刀 瘍 操 作

腫蕩摘.出

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警.晶三脚30”130撫3解3θ醤晶晶晶

Fig.7. Case 7.術前・術中・術後経過.

Table 4. Postoperative laboratory findings.

=mur.!,e . .!,一.Ll.L[“4rmmi, 5 1 6 [ 7

Blood Pressure (mmHg)

U血・ @{畿野’n

}1’b (g/dl)

・1…. G(卿 Nt .(%).

BUN (mg/dl)’

・臨.痘」iBlood Sugar (Fasting) (mg/dl)

BMR (%)

ECG

Fundus

VMAUrinary & Setum

Catecholamine

Regitine Test

Histamine Test

l16/ 84

15.0

509

6750

42.0

10

145.0

5.2

89, 0

84

sinustachy- cardia

norm母1

negative

!22/ 70

15.3

453

8600

30.0

13

140.0’

4.6

92.0

96

十!4

normal

.126/ 90 ii

14.9 i

zi.9e

7200

36.5

19

139.5

4.9

103.0

90

1

1 L.V.H..

Fundushyper一 1 normal tonicus

I normal Lnegative 1 negative

’ inegative 」

エ24/90

12.0

353

10100

28.0

10

142,5

4,8

105.0

92

一 7,3

normal

hemor- rhage

(slightly)

±

normal

negative

170/loo 1

IO.7

361

15700

25.5

王.6

137.0

3. 8.

98.0

90

十11.5

L.V.H.

Fundushyper一 .

tonicus

nor!皿al

negative

136/98

12.4

465

8500

38.5

8

140.O ミ 4・5i

104.G

90

十 1

coronaryinsuf- ficiency

Fundushyper- tonicus

norrnal

negative 1

130/ 90

工2..1

487

10150

39.5

9

135.0’

4L4

98.0

96

sinustachy- cardia

Fundushyper- ton・icus

normal

negative

c/, Ravona 100Mg, Opyst.a’h 35 mg,’s’copblamine

O.3mgを使用,術前の血圧は190/150血mHg,脈搏

は105/min, CVPは13 cmであった.手術は, GOF

全麻下にNagamatuの皮切で, thoracoabdominal.に

19G 9の腫瘍を摘出した.術中,血圧上昇trとet Regi-

tineがよく奏功した.腫瘍摘出後,.血圧低下,不整脈

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1028 新島・ほか:褐色細胞腫

Table 5

術後高血圧改善 術後下降した時期 他の症状の改善術後年数 症例数 術前高血圧

搗ア期 間 有 無 〈1月 2~6月半6月く 十← + 一

〈1年

рP年

16

〈3年1>3年

q3年рR年

1: 1葦

1 lI1

L

…i

工 1

P

もなく,手術終了時,血圧は 140/80mmHg,脈搏

96/min, CVPは17 cmであった.なお,術中出血量

は1,500 m1,術中輸血は400 mlである.

症例7(Fig.8):

症例6と同様,術前2日前にICUに入室,第1日

目Dibenzyline 50 mgと輸血400 ml,2日目Di-

benzyline 50 mgと輸血200 mlをおこなった.手術

は,GOF全麻下に上腹部弓状切開にて腫瘍を摘出し

た.術中,血圧上昇にはRegitineがよく奏功し,二

二摘出後,血圧低下,不整脈もなく,手術終了時,血

圧は160/90mmHg,脈搏90/minであった.なお,

術中出血量は1,200m1,術中輸血は1,400m1である.

手術時合併症は,副腎手術の中では最:も多くみられ,

宍戸ら8)は集計した142症例中17例(13%)にみられ

たと報告している,その内訳としては,各種心不全,

強い血圧変動,大量出血などである.

予 後

ここに報告した7例の術後経過期間は,Table 5の

ごとく1年未満の1例を除く他の6例は,3年以上4

例を含めすべて1年以上経過例であり,腫瘍は良性で,

患渚はすべて治癒の状態である.

本症の大部分は良性腫瘍であり,その予後は一般に

良好とされ,悪性のものはまれで,Sherwini5よウ引用)は,

107例中3例,Grahamエ3)は,207例中24例, Kavale

ら16)は,50例中8例,Humeli)は,626例中17例とい

っており,だいたい5~10%程度である.ただし両側

性のものは,30%程度とされている.また,褐色細胞

腫の組織像はきわめて多様で,細胞の形態や排列のみ

で本三三が良性か悪性かを判定することは不可能とさ

れており,ただ遠隔転移をもつものに対して,悪性の

診断が下されている.

自験7例について,術後の血圧の推移についてみる

と,術前よりは改善されているが,なお軽度の高血圧

を示すものが1例あるのみで,他はすべて完全に正常

化している.文献的には,術後1週間以内に正常血圧

となるが,すでに長い間,高血圧による2次的変化が

あれば,軽度の高血圧は残存するわけである.宍戸

ら8)の集計した症例の手術生存例の予後は,高血圧治

癒89%,その他の症状の治癒100%,社会復帰100%

ときわめて良好である.しかし,本症は,数年後に再

発・転移を示すものもあり,この面への配慮が必要な

ことはi論をまたない.

結 語

(1)1972年末までに当教室で経験した褐色細胞腫7

例をまとめて報告した.腫瘍の発生部位は,左副腎単

発3例,右副腎単発3例,異所性のものとして馬蹄鉄

腎峡部に発生したものが1例あった.腫瘍の大きさは,

まちまちで,最大の腫瘍は1909であった.

(2)手術前後の処置は,麻酔科と協力し,術前に

α一blockadeであるDibenzylineとβ・blockadeであ’

るInderalの投与と輸血をおこなっており,術中,術

後の著明な血圧下降や不整脈を防止し,重篤な合併症

をみなかった.

(3)術後の血圧正常化は,1例を除き全例正常化し

ている.なお,この1例も,術前よりは改善されてい

る(術前250/140 mmHg,術後170/100 mmHg).ま

た,全例,その他の症状も治癒しており,全例社会復

帰している.

本論文の要旨の一部は,第61回日本泌尿器科学会総会にて

発表した.なお,一部症例は,第114,123,129,134回日本

泌尿器科学会岡山地方会にて発表した.

文 献

1) Frankel, F.: Virchows Arch., ’103: 2t14, 1886.

2) Manasse, P.:Virchows Arch., 133: 391, 1893.

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5)村上元孝:診と療,29:981,1941.

6)市川篤二・ほか:ホと臨,11:703,1963.

7)写方義邦・ほか:泌尿紀要,14:127,1968.

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9)田坂純雄:泌尿紀要,6:1224,1960.

10)田坂純雄:日泌尿会誌,51:529,1960.

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12)吉植庄平:総合臨床,14:2148,1965,

13) Graham, J, B.: lnternat. Abst, Surg., 92:

105, i951.

14) Lance, Ei M. et al.: Surg. Gynec, & Obst.,

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15) 国友桂一・0まカli:麻酔, 6:224, 1957.

16) Kavale, W. F. et al, : J. A. M. A., 164 : 854,

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17) Green, D. N.: J. A. M. A., 131: 1260, 1946.

18) Goldenberg, M.: Arn. 」. Med,, 10: 627, 1951.

19)烏飼竜生・ほか:癌の臨床,8=501,1962.

20) von Euler, U. S. et al. : Acta Med. Scandinav.,

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21)池上奎一・ほか;皮と泌,29:1317,1967.

22)乾 成美。ほか:ホと隊6,.17:54,1969.

23) Crout, J. R. and Sjoerdsrna, A. : Circu14tion,

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25)遊佐津根雄・ほか:麻酔,16:396,1967.

26)江藤耕作・ほか:泌尿紀要,11:133,1965,

27) Meyers, M. A.: Diseases of the Adrenal Gland:

Radiologic Diagnosis, C. C. Thomas Publisher,

1963.

(1973年9月22日受付)

訂正とおわび

泌尿紀要 8月号 P.689斉藤・ほか論文の表題のなかで,

「ヒト精管副睾丸内観精子」を「ヒト精管副睾:丸内精子」と訂正いたします.

一 一 一 一 一