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技術委員会 ESDコントロール部会 2009年5月22日(金)ワークショップより TMR ヘッドの ESD/EOS/EMI によるハード破壊痕実験の事例 Case of Hard destruction of TMR head by ESD/EOS/EMI 仲島智秀 富士通株式会社 ストレージプロダクト事業本部 共通技術開発統括部 製造技術部 現在の磁気ディスク装置に用いられている磁気ヘッドの主流はTMRヘッドであるが、素子端子にESDが印加されると、 ヘッド素子が破壊されてしまうことは周知の通りである。 一般にTMRヘッドにESDが印加されると、素子抵抗値は低下する傾向にある。一方、GMRの場合は上昇する傾向に あった。また、そのヘッド素子部の破壊状態は、ESD痕が残るハード破壊あるいは特性のみが劣化するソフト破壊の2通り に分かれる。これらのTMRの抵抗変化と破壊状態を見比べると、興味深い結果を得ることができた。 今回は、このハード破壊に焦点を絞り、ESDのみならず、過電圧であるEOS、金属間ESDに伴うEMIの印加形態により、 その抵抗値変化および破壊状態が異なってくるという知見も得られたので紹介する。 1.はじめに 弊社のHSA[H ead S tack A ssembly]工程において、QST[Q uasi S tatic T est]で不良と判断されたHGA[H ead G imbal A ssembly]は、分解され故障解析[FA:F ailure A nalysis]される。その中でTMRの抵抗異常となったものは、素子部のSEM 観察が行われる。 その観察の結果、不良品は痕跡の残るハード破壊と痕跡の残らないソフト破壊のものに分類されるわけだが、ハード破 壊品の中にはESD痕ともおぼつかない状態のものも散見される場合があった。 そこで、TuMRヘッドへの印加形態(ESD/EOS/EMI)、印加電圧によって、抵抗値変化、破壊状態に違いが出るのか 実験することとなった。 2.ESD印加実験による破壊事例 本実験を行う前に、HSA工程内におけるTMRの各ESDモデルを考慮したESD破壊メカニズムを想定してみた。 まず、チャージド・デバイス・モデル[C harged D evice M odel]を考慮してみる。現在のヘッド構造は、TMR素子の両端が数 ~数十kΩにて下部シールド経由にてヘッドスライダーのアルチックと導通させる「シャント構造」を成している。HGAはHS Aアクチュエータアームにカシメられ、アースされた設備/治具の金属部と常に接触することから、TMR素子部が直に帯電 することはないため、CDMの実験は不要と判断した。 次に、人体モデル[HBM]を考慮してみる。HSA工程では、作業者はリストストラップによる人体アース、更にはESD防 止のニトリル手袋を着用している為、指先がヘッド端子に触れたとしても、人体帯電圧は±1~3Vと低く、手袋素材の抵抗 値は高いことから、HBMによるESD破壊はまず考えられない為、HBMの実験も不要と判断した。 一方、金属の治工具類がアースされていない状態でハンドリングされた場合は、人体帯電圧が±1~3Vと低くても、その 表面抵抗は0Ωに近い為、例えば、もしもヘッド端子に金属ピンセットが接触してしまった場合は、マシンモデル[MM]系統 のESD破壊が懸念される。 以上のことから、ESD印加実験はMMを使用することとした。 ちなみに、弊社では、以上のメカニズムを想定し、治工具はアース接続あるいは金属部の人体アースによりアース対策 を万全にしており、HGAのハンドリングにはセラミックピンセットか導電性バキュームピンセットを使用している。 さて、MM実験手順は次の通りである。 TMR端子には、当然のことながら、行きMR+と帰りMR-の2端子あるが、 1 IDEMA Japan News Vol.91

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技術委員会 ESDコントロール部会 2009年5月22日(金)ワークショップより

TMR ヘッドの ESD/EOS/EMI によるハード破壊痕実験の事例

Case of Hard destruction of TMR head by ESD/EOS/EMI

仲島智秀

富士通株式会社 ストレージプロダクト事業本部

共通技術開発統括部 製造技術部

現在の磁気ディスク装置に用いられている磁気ヘッドの主流はTMRヘッドであるが、素子端子にESDが印加されると、

ヘッド素子が破壊されてしまうことは周知の通りである。

一般にTMRヘッドにESDが印加されると、素子抵抗値は低下する傾向にある。一方、GMRの場合は上昇する傾向に

あった。また、そのヘッド素子部の破壊状態は、ESD痕が残るハード破壊あるいは特性のみが劣化するソフト破壊の2通り

に分かれる。これらのTMRの抵抗変化と破壊状態を見比べると、興味深い結果を得ることができた。

今回は、このハード破壊に焦点を絞り、ESDのみならず、過電圧であるEOS、金属間ESDに伴うEMIの印加形態により、

その抵抗値変化および破壊状態が異なってくるという知見も得られたので紹介する。

1.はじめに

弊社のHSA[Head Stack Assembly]工程において、QST[Quasi Static Test]で不良と判断されたHGA[Head Gimbal

Assembly]は、分解され故障解析[FA:Failure Analysis]される。その中でTMRの抵抗異常となったものは、素子部のSEM

観察が行われる。

その観察の結果、不良品は痕跡の残るハード破壊と痕跡の残らないソフト破壊のものに分類されるわけだが、ハード破

壊品の中にはESD痕ともおぼつかない状態のものも散見される場合があった。

そこで、TuMRヘッドへの印加形態(ESD/EOS/EMI)、印加電圧によって、抵抗値変化、破壊状態に違いが出るのか

実験することとなった。

2.ESD印加実験による破壊事例

本実験を行う前に、HSA工程内におけるTMRの各ESDモデルを考慮したESD破壊メカニズムを想定してみた。

まず、チャージド・デバイス・モデル[Charged Device Model]を考慮してみる。現在のヘッド構造は、TMR素子の両端が数

~数十kΩにて下部シールド経由にてヘッドスライダーのアルチックと導通させる「シャント構造」を成している。HGAはHS

Aアクチュエータアームにカシメられ、アースされた設備/治具の金属部と常に接触することから、TMR素子部が直に帯電

することはないため、CDMの実験は不要と判断した。

次に、人体モデル[HBM]を考慮してみる。HSA工程では、作業者はリストストラップによる人体アース、更にはESD防

止のニトリル手袋を着用している為、指先がヘッド端子に触れたとしても、人体帯電圧は±1~3Vと低く、手袋素材の抵抗

値は高いことから、HBMによるESD破壊はまず考えられない為、HBMの実験も不要と判断した。

一方、金属の治工具類がアースされていない状態でハンドリングされた場合は、人体帯電圧が±1~3Vと低くても、その

表面抵抗は0Ωに近い為、例えば、もしもヘッド端子に金属ピンセットが接触してしまった場合は、マシンモデル[MM]系統

のESD破壊が懸念される。

以上のことから、ESD印加実験はMMを使用することとした。

ちなみに、弊社では、以上のメカニズムを想定し、治工具はアース接続あるいは金属部の人体アースによりアース対策

を万全にしており、HGAのハンドリングにはセラミックピンセットか導電性バキュームピンセットを使用している。

さて、MM実験手順は次の通りである。

TMR端子には、当然のことながら、行きMR+と帰りMR-の2端子あるが、

1 IDEMA Japan News Vol.91

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技術委員会 ESD コントロール部会 2009 年 5 月 22 日(金)ワークショップより

(a)MR-を浮かした状態

(b)MR-をアースした状態

の2条件で、MR+にESDを印加する。

① TMR抵抗測定専用のデジタルマルチメータ[ADVENTEST,R6552L]を用いて初期抵抗を測定しておく。

② コンデンサ 200pF の片側をアースしておく。

③ 安定化電源より定電圧を発生させ、コンデンサのもう片方の端子に接続し、チャージさせる。

④ チャージさせたコンデンサをMR+に接触させ、TMRにMMのESDを印加する。

⑤ TMR抵抗を再測定する。

⑥ SEM観察を行う。

⑦ 印加電圧を上げ、別サンプルを実験。

図1-1、2-1参照。

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技術委員会 ESD コントロール部会 2009 年 5 月 22 日(金)ワークショップより

その結果、aよりもbの方が、より低い電圧から抵抗値低下が起こり、素子部がパン!とはじけるようなESD痕が出現した。

図1-2、2-2参照。

また、抵抗値変化が無い限りはESD痕の出現は皆無であった。

以上をまとめると、図3のようになる。

3 IDEMA Japan News Vol.91

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技術委員会 ESD コントロール部会 2009 年 5 月 22 日(金)ワークショップより

3.EOS印加実験による破壊事例

本実験は、HSA工程でのTMR導通試験や抵抗チェックを想定し、以下の2通りの実験を行ってみた。

(1)直流電圧印加

本実験は、直流電源を用い、

(c)電流制限無し[一般の安定化電源]

(d)電流制限 0.5mA [ソースメータ電源]

の2条件で、EOSを印加した。

① TMR初期抵抗を測定しておく。

② 電源より直流電圧を発生させておく。

③ -端子をMR-へ接触させる。

④ +端子をMR+へ接触させ、TMRへ直流電圧を印加する。

⑤ TMR抵抗を再測定する。

⑥ SEM観察を行う。

⑦ 印加電圧を上げ、別サンプルを実験。

図4-1、5-1参照。

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その結果、cの場合は、ESDとは反対に抵抗値上昇し、素子部がモコモコと盛り上がるようなEOS痕が出現した。

図4-2、4-3参照。

一方、dの場合は、ESDと同様に抵抗値低下し、素子部が腫れ上がるようなEOS痕が出現した。図5-2参照。

5 IDEMA Japan News Vol.91

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(2)ハンディタイプデジタルマルチメータでの抵抗測定時のESD+EOS印加

本実験は、ハンディタイプデジタルマルチメータの測定端子の取扱いについて、次の3条件で、ESD+EOSを印加した。

(e)最初に+端子をアースされたHGA固定治具に接触しておいて、-端子をMR-に接続した後、+端子をMR+に接続す

る。図6参照。

(f)+端子,-端子をそれぞれ同時にMR+,MR-に接続する。図7参照。

(g)測定リードを摩擦した後、fの接続。

図8参照。

6 IDEMA Japan News Vol.91

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その結果、eの場合はTMR抵抗低下はあるものの、EOS痕は無かった。fの場合は、TMR抵抗値低下し、ESD痕が発生。

gの場合は、TMR抵抗値が更に低下し、素子部が溶断爆発し、飛び散ってしまっている。図6~8参照。

以上をまとめると、図9のようになる。

4.EMI印加実験による破壊事例

本実験は、HSA工程でのTMR端子へのプロービング中のEMIノイズ影響を想定してみた。

① 接地されたHGA固定治具にHGAをセットする。

② HGAテスト端子にTMR抵抗測定用デジタルマルチメータの測定リードを接続したまま、抵抗値をモニター。

③ チャージプレートモニタ[CPM : Charge Plate Monitor]のチェージプレート[CP : Charge Plate 10pF]にソースメータ

[KEITHLEY,2400]の印加電圧端子を接続しておき、電圧を印加してから、同端子を外す。

④ CPをHGA固定治具に接触し、金属間ESDを発生させ、EMIノイズを印加。

⑤ TMR抵抗を確認し、SEM観察。

⑥ CPへの印加電圧を上げ、別サンプルを実験。

図10参照。

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技術委員会 ESD コントロール部会 2009 年 5 月 22 日(金)ワークショップより

その結果、CP10pFへの印加電圧が、50VではTMR抵抗変化は無く、EMI痕も無い。100VではTMR抵抗値低下し、

微小EMI痕が出現した。200VでもTMR抵抗値低下し、更にEMI痕が大きくなりESD痕と同等な痕となった。図11参照。

5.まとめ

これらの実験を通して、ESD/EOS/EMIの各印加形態により、その抵抗値変化および破壊状態をまとめると、以下のよ

うになる。

(1)ESD/EOS/EMIの印加において、抵抗値変化の次に、ハード破壊痕が出現する。従って、抵抗値変化が無ければ破壊

痕跡は皆無と見てよい。

(2)一瞬のESD/EOS/EMIの場合、その強度が高くなるにつれて、

・その抵抗値は低下する傾向にあり、

・そのハード破壊痕は、抵抗値が低くなるほど大きくなる傾向にある。

(3)ある一定時間のEOSの場合は、その電圧が高くなるにつれて、

・その抵抗値は上昇(O.L.)する傾向で、

・そのEOS痕は4V位まではモコモコと大きくなり、

・5V以上では一気にパン!と破壊されるせいか、痕の成長は見られない。

これらは、一瞬の場合と全く異なる。

(4)これらのTMRヘッド抵抗変化およびハード破壊痕の状態は、FAに活用できると考える。

6.今後の課題

今回は、MR+に+電圧を印加したが、次回は、電流観測も含めて、-電圧を印加した場合のTMR抵抗値変化および

ハード破壊痕の実験を試みたい。

7.参考文献

[1]本田昌實:"ESD に起因する EMI 問題の変遷”、2003 第 13 回 EOS/ESD/EMC シンポジウム

[2]本田昌實:"金属間放電における単極性電磁界について”、2003 第 13 回 EOS/ESD/EMC シンポジウム 13E-10

[3]本田昌實:"微小ループアンテナによる ESD の測定”、2004 第 14 回 EOS/ESD/EMC シンポジウム 14E-03

[4]早田裕、小池志郎、本田昌實:"微小デバイスからの放電現象の検討”、2004 第 14 回 EOS/ESD/EMC シンポジウム 14E-08

[5]本田昌實:"衝突 ESD の発生とその電磁妨害作用”、2005 第 15 回 EOS/ESD/EMC シンポジウム 15E-05

[6] 本田昌實:"帯電極性と放電時のインパルス極性の関係”、2008 第 18 回 EOS/ESD/EMC シンポジウム 18E-12

[7]仲島智秀: "HGA アンテナモデルによる EMI ノイズ観測と GMR/TMR 破壊現象”、2008 第 18 回 EOS/ESD/EMC シンポジウム

18E-20

[8]仲島智秀:特開 2007-287275