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1 ジャックと豆の木 「UD デジタル教科書体」サンプル(B5 判:22pt) 2 ジャックと豆の木 「UD デジタル教科書体」サンプル(B5 判:22pt)

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ジャックと豆の木

楠山正雄

さく

むかしむかし、イギリスの大昔、アルフレッド大王の御代

のことでございます。ロンドンの都からとおくはなれたいな

かのこやに、やもめの女のひとが、ちいさいむすこのジャッ

クをあいてに、さびしくくらしていました。かけがえのない

ひとりむすこですし、それに、ずいぶんのんきで、ずぼらで、

なまけものでしたが、ほんとうは気だてのやさしい子でした

から、母親は、あけてもくれても、ジャック、ジャックといっ

て、それこそ目の中にでも入れてしまいたい

くらいにかわいがって、なんにも

しごとはさせず、ただ遊ばせて

おきました。

こんなふうで、

のらくらむすこを

かかえた上に、この

やもめの人は、どういう

ものか運がわるくて、

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ジャックと豆の木

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ジャックと豆の木

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年年ものが足た

りなくなるばかり、ある年の冬には、もう手ま

わりの道具や衣い

類るいまで売って、手に入れたおかねも、手て

内ない

職しょく

なんかして、わずかばかりかせぎためたおかねも、きれいに

つかってしまって、とうとう、うちの中で、どうにかおかね

になるものといっては、たった一ぴきのこった牝め

牛うし

だけに

なってしまいました。

そこで、ある日、母親は、ジャックをよんで、

「ほんとうに、おかあさんは、自分のからだを半分もって行

かれるほどつらいけれど、いよいよ、あの牝牛を、手ばなさ

なければならないことになったのだよ。おまえ、ごくろうだ

けれど、市いち場ばまで牛をつれて行って、いいひとをみつけて、

なるたけたかく売って来ておくれな。」といいました。

そこで、ジャックは、牛をひっぱって出かけました。

しばらくあるいて行くと、むこうから、肉屋の親方がやっ

て来ました。

「これこれ坊や、牝牛なんかひっぱって、どこへ行くのだい。」

と、親方は声をかけました。

「売りに行くんだよ。」と、ジャックはこたえました。

「ふうん。」と、親方はいいながら、片手にもった帽子をふっ

てみせました。がさがさ音がするので、気がついて、ジャッ

クが、帽子のなかを、ふとのぞいてみますと、きみょうな形

をした豆が、袋の中から、ちらちらみえました。

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ジャックと豆の木

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ジャックと豆の木

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「やあ、きれいな豆だなあ。」

そうジャックはおもって、なんだか、むやみとそれがほし

くなりました。そのようすを、相手の男は、すぐと見つけて

しまいました。そして、このすこしたㅟ

りㅟ

なㅟ

いㅟ

こどもを、うま

くひっかけてやろうとおもって、わざと袋の口くちをあけてみせ

て、

「坊ぼうや、これがほしいんだろう。」といいました。

ジャックは、そういわれて、大にこにこになると、親方は

もったいらしく首をふって、「いけない、いけない、こりゃあ

ふしぎな、魔法の豆さ。どうして、ただではあげられない。

どうだ、その牝牛と、とりかえっこしようかね。」といいまし

た。ジ

ャックは、その男のいうなりに、牝牛と豆の袋ととりか

えっこしました。そして、おたがい、これはとんだもうけも

のをしたとおもって、ほくほくしながら、わかれました。

ジャックは、豆の袋をかかえて、うちまでとんでかえりま

した。うちへはいるか、はいらないに、ジャックは、

「おかあさん、きょうはほんとに、うまく行ったよ。」と、い

きなりそういって、だいとくいで、牛と豆のとりかえっこし

た話をしました。ところが、母親は、それをきいてよろこぶ

どころか、あべこべにひどくしかりました。

「まあ、なんというばかなことをしてくれたのだね。ほんと

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ジャックと豆の木

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にあきれてしまう。こんなつまらない、えんどう豆の袋なん

かにつられて、だいじな牝牛一ぴき、もとも子もなくしてし

まうなんて、神さま、まあ、このばかな子をどうしましょう。」

母親はぷんぷんおこって、いまいましそうに、窓のそとへ、

袋の中の豆をのこらず、なげすててしまいました。そして、

つくづくなさけなさそうに、しくんしくん、泣きだしました。

きっとよろこんでもらえるとおもっていると、あべこべに、

うまれてはじめて、おかあさんのこんなにおこった顔をみた

ので、ジャックはびっくりして、じぶんもかなしくなりまし

た。そして、なんにもたべるものがないので、おなかのすい

たまま、その晩ははやくから、ころんとねてしまいました。

そのあくる朝、ジャックは目をさまして、もう夜があけた

のに、なんだかくらいなとおもって、ふと窓のそとをみまし

た。するとどうでしょう、きのう庭になげすてた豆の種子たね

ら、芽が生えて、ひと晩のうちに、ふとい、じょうぶそうな

豆の大木が、みあげるほどたかくのびて、それこそ庭いっぱ

い、うっそうとしげっているではありませんか。

びっくりしてとびおきて、すぐと庭へおりてみますと、ど

うして、たかいといって、豆の木は、それこそほうずのしれ

ないたかさに、空の上までものびていました。つると葉とが

からみあって、それは、空の中をどんとつきぬけて、まるで

豆の木のはしごのように、しっかりと立っていました。

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ジャックと豆の木

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「あれをつたわって、てっぺんまでのぼって行ったら、ぜん

たいどこまで行けるかしら。」

そうおもって、ジャックは、すぐとはしごをのぼりはじめ

ました。だんだんのぼって行くうち、ジャックの家は、ずん

ずん、ずんずん、目の下でちいさくなって行きました。そし

ていつのまにかみえなくなってしまいました。それでもまだ

てっぺんには来ていませんでした。ジャックは、いったいど

こまで行くのかとおもって、すこしきみがわるくなりました。

それでもいっしょうけんめい、はしごにしがみついて、のぼっ

て行きました。あんまりたかくのぼって、目はくらむし、手

も足もくたびれきって、もうしびれて、ふらふらになりかけ

たころ、やっとてっぺんにのぼりつきました。

ジャックは、そのとき、まずそこらを見まわしました。す

ると、そこはふしぎな国で、青あおとしげった、しずかな森

がありました。うつくしい花のさいている草原もありまし

た。水すい

晶しょうのようにきれいな水のながれている川もありまし

た。こんなたかい空の上に、こんなきれいな国があろうとは、

おもってもいませんでしたから、ジャックはあっけにとられ

て、ただきょとんとしていました。

いつもまにか、ふと、赤い角かくずきんをかぶった、みょうな

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ジャックと豆の木

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顔のおばあさんが、どこから出て来たか、ふと目の前にあら

われました。ジャックは、ふしぎそうに、このみょうな顔を

したおばあさんをみつめました。おばあさんは、でも、やさ

しい声でいいました。

「そんなにびっくりしないでもいいのだよ。わたしはいった

い、お前さんたち一いっ家かのものを守ってあげている妖よう女じょなのだ

けれど、この五、六年のあいだというものは、わるい魔ま

もの

のために、魔ま

法ほうでしばられていて、お前さんたちをたすけて

あげることができなかったのさ。だが、こんどやっと魔法が

とけたから、これからはおもいのままに、助たすけてあげられる

だろうよ。」

だしぬけに、こんなことをいわれて、ジャックは、なおさ

らあっけにとられてしまいました。そのぽかんとした顔を、

妖女はおもしろそうにながめながら、そのわけをくわしく話

しだしました。それをかいつまんでいうと、まあこんなもの

でした。

「ここからそうとおくはない所に、おそろしい鬼の大男が、

すみかにしている、お城のような家がある。じつはその鬼が、

むかし、そのお城に住んでいたお前のおとうさんをころして、

城といっしょに、そのもっていたおたからのこらずとってし

まったものだから、お前のうちは、すっかり貧びん乏ぼうになってし

まったのさ。そうしてお前も、赤ちゃんのときから、かわい

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ジャックと豆の木

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そうに、お前のおかあさんのふところにだかれたまま、下げ

界かい

におちぶれて、なさけないくらしをするようになったのだよ。

だから、もういちど、そのたからをとりかえして、わるいそ

の鬼を、ひどいめにあわしてやるのが、お前のやくめなのだ

よ。」こ

ういうふうにいいきかされると、ぐうたらなジャックの

こころも、ぴんと張は

ってきました。知らないおとうさんのこ

とが、なつかしくなって、どうしてもこの鬼をこらしめて、

かすめられたたからを、とりかえさなくてはならないとおも

いました。そうおもって、とてもいさましい気になって、お

なかのすいていることも、くたびれていることも、きれいに

わすれてしまいました。そこで、妖女にお礼をいってわかれ

ますと、さっそく、鬼の住んでいるお城にむかって、いそい

で行きました。

やがて、お日さまが西にしずむころ、ジャックは、なるほ

どお城のように大きな家の前に来ました。

まず、とんとんと門をたたくと、なかから、目のひとつし

かない、鬼のお上かみさんが出て来ました。きみのわるい顔に似に

合あ

わず、鬼のお上さんは、ジャックのひもじそうなようすを

みて、かわいそうにおもいました。それで、さもこまったよ

うに首をふって、

「いけない、いけない。きのどくだけれど、とめてあげるこ

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とはできないよ。ここは、人くい鬼のうちだから、みつかる

と、晩のごはんのかわりに、すぐたべられてしまうからね。」

といいました。

「どうか、おばさん、知れないようにしてとめてくださいよ。

ぼく、もうくたびれて、ひと足もあるけないんです。」と、た

のむように、ジャックはいいました。

「しかたのない子だね。じゃあ今夜だけとめてあげるから、

朝になったら、すぐおかえりよ。」

こういっているさいちゅう、にわかにずしん、ずしん、地

ひびきするほど大きな足音がきこえて来ました。それは主人

の人くい鬼が、もう、そとからかえって来たのです。鬼のお

上さんは、大あわてにあわてて、ジャックを、だんろの中に

かくしてしまいました。

鬼は、へやの中にはいると、いきなり、ふうと鼻をならし

ながら、たれだってびっくりしてふるえ上がるような大ごえ

で、

「フン、フン、フン、

イギリス人の香か

がするぞ。

生きていようが死んでよが、

骨ごとひいてパンにしょぞ。」

と、いいました。すると、お上さんが、

「いいえ、それはあなたが、つかまえて、土の牢ろうに入れてあ

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ジャックと豆の木

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るひとたちの、においでしょう。」といいました。

けれど鬼の大男は、まだきょろきょろそこらを見まわして、

鼻をくんくんやっていました。でも、どうしても、ジャック

をみつけることができませんでした。

とうとうあきらめて、鬼は、椅い

子す

の上に腰こしをおろしました。

そしてがつがつ、がぶがぶ、たべたりのんだりしはじめまし

た。そっとジャックがのぞいてみていますと、それはあとか

らあとから、いつおしまいになるかとおもうほどかっこむの

で、ジャックは、目ばかりまるくしていました。さて、たら

ふくたべてのんだあげく、お上さんに、

「おい、にわとりをつれてこい。」といいつけました。

それは、ふしぎなめんどりでした。テーブルの上にのせて、

鬼が、

「生め。」といいますと、すぐ金のたまごをひとつ生みました。

鬼がまた、

「生め。」といいますと、またひとつ、金のたまごを生みまし

た。

「やあ、ずいぶん、とくなにわとりだな。おとうさんのおた

からというのは、きっとこれにちがいない。」と、下からそっ

とながめながら、ジャックはそうおもいました。

鬼はおもしろがって、あとからあとから、いくつもいくつ

も、金のたまごを生ましているうち、おなかがはってねむた

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くなったとみえて、ぐすぐすと壁かべのうごくほどすごい大いび

きを立てながら、ぐっすりねこんでしまいました。

ジャックは、鬼のすっかりねむったのを見すまして、ちょ

うど鬼のお上さんが、台所へ行っているのをさいわい、そっ

とだんろの中からぬけだしました。そして、テーブルの上の

めんどりを、ちょろり小わきにかかえて、すたこらお城を出

て行きました。

それから、どんどん、どんどん、かけだして行って、豆の

木のはしごのかかっている所までくると、するするとつた

わっておりて、うちへかえりました。

ジャックのおかあさんは、むすこが、鬼か魔女にでもとら

れたのではないかと心配していますと、ぶじでひょっこりか

えって来たので、とても大さわぎしてよろこびました。それ

からは、ジャックのもってかえった、金のたまごを生むにわ

とりのおかげで、おや子はお金もちにもなりましたし、しあ

わせにもなりました。

しばらくすると、ジャックはまた、もういちど空の上のお

城に行ってみたくなりました。そこで、こんどは、すっかり

先せんとちがったふうをして、ある日、豆の木のはしごを、また

するするとのぼって行きました。鬼のお城に行って、門をた

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たくと、鬼のお上さんが出てきました。ジャックが、またか

なしそうに、とめてもらいたいといって、たのみますと、お

上さんは、まさかジャックとは気がつかないようでしたが、

それでも手をふって、

「いけない、いけない。この前も、お前とおなじような貧乏

たらしいこどもをとめて、主人のだいじなにわとりを、ちょっ

くらもって行かれた。それからはまい晩、そのことをいいだ

して、わたしが、しかられどおし、しかられているじゃない

か。またもあんなひどいめにあうのはこりこりだよ。」とい

いました。

それでも、ジャックは、しつっこくたのんで、とうとう中

へ入れてもらいました。するうち、大男がかえって来て、ま

た、そこらをくんくんかいでまわりましたが、ジャックは、

あかがねの箱の中にかくれているので、どうしてもみつかり

ませんでした。

大男は、この前とおなじように、晩ばんの食事をたらふくやっ

たあとで、こんどは、金のたまごをうむにわとりの代りに、

金や銀のおたからのたくさんつまった袋を出させて、それを

ざあっとテーブルの上にあけて、一枚一枚かぞえてみて、そ

れから、おはじきでもしてあそぶように、それをチャラチャ

ラいわせて、さんざんあそんでいましたが、ひととおりたの

しむと、また袋の中にしまって、ひもをかたくしめました。

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そして、天井にひびくほどの大あくび、ひとつして、それな

りぐうぐう、大いびきでねてしまいました。

そこで、こんども、ジャックは、そろりそろり、あかがね

の箱からはいだして、金と銀のおたからのいっぱいつまった

袋を、両方の腕に、しっかりかかえるがはやいか、さっさと

にげだして行きました。ところが、この袋の番人に、一ぴき

の小犬がつけてあったので、そいつが、とたんに、きゃんきゃ

ん吠ほ

えだしました。

ジャックは、こんどこそだめだとおもいました。それでも、

大男は、とても死んだようによくね入っていて、目をさまし

ませんでした。ジャックはむちゅうで、あとをもみずにどん

どん、どんどん、かけて行って、とうとう豆の木のはしごに

行きつきました。

さて、にわとりとちがって、こんどはおもたい金と銀の袋

をはこぶのに、ほねがおれました。それでもがまんして、う

んすら、うんすら、ふつかがかりで、豆の木のはしごを、ジャッ

クはおりました。

やっとこさ、うちまでたどりつくと、おかあさんは、ジャッ

クがいなくなったので、すっかり、がっかりして、ひどい病

人になって、戸をしめてねていました。それでも、ぶじな

ジャックの顔をみると、まるで死んだ人が生きかえったよう

になって、それからずんずんよくなって、やがて、しゃんしゃ

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ジャックと豆の木

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んあるきだしました。その上、お金がたくさんできたときい

て、よけいげんきになりました。

こうして、またしばらくの間、ジャックは、うちで、おと

なしくしていました。するうち、だんだん、からだじゅう、

むずむずして来ました。もうまた天てん

上じょうしたくなって、まいに

ち、豆の木のはしごばかりながめていました。するとそれが

気になって、気になって、気がふさいで来ました。

そこで、ジャックは、ある日また、そっと豆の木のはしご

をつたわってのぼりました。こんども顔から姿から、すっか

りほかのこどもになって行きましたから、鬼のお上さんは、

まただまされて、中に入れました。そして、大男がかえると、

あわてて、お釜かまのなかにかくしてくれました。

鬼の大男は、へやの中じゅうかぎまわって、ふん、ふん、

人くさいぞといいました。そして、こんどは、なんでもさが

しだしてやるといって、へやの中のものを、ひとつひとつみ

てまわりました。そしてさいごに、ジャックのかくれている

お釜のふたに手をかけました。ジャックは、ああ、こんどこ

そだめだとおもって、ふるえていますと、それこそ妖女がま

もっていてくれるのでしょうか、大男は、ふと気がかわって、

それなりろばたにすわりこんで、

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「まあいいや。はらがすいた。晩飯にしようよ。」といいま

した。

さて、晩飯がすむと、大男はお上さんに、

「にわとりはとられる、金の袋、銀の袋はぬすまれる、しか

たがない、こん夜や

はハープでもならすかな。」といいました。

ジャックが、そっとお釜のふたをあけてのぞいてみますと、

玉でかざった、みごとなハープのたて琴ごとが目にはいりました。

鬼の大男は、ハープをテーブルの上にのせて、

「なりだせ。」といいました。

すると、ハープは、ひとりでになりだしました。しかもそ

の音ね

のうつくしいことといったら、どんな楽がっ器きだって、とて

もこれだけの音ね

にはひびかないほどでしたから、ジャックは、

金のたまごのにわとりよりも、金と銀とのいっぱいつまった

袋よりも、もっともっと、このハープがほしくなりました。

するうち、ハープの音楽を、たのしい子守うたにして、さ

すがの鬼が、いい心もちにねむってしまいました。ジャック

は、しめたとおもって、そっとお釜の中からぬけだすと、す

ばやくハープをかかえてにげだしました。ところが、あいに

く、このハープには、魔法がしかけてあって、とたんに、大

きな声で、

「おきろよ、だんなさん、おきろよ、だんなさん。」と、どな

りました。

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これで、大男も目をさましました。むうんと立ち上がって

みると、ちっぽけな小僧が、大きなハープを、やっこらさと

かかえて、にげて行くのがみえました。

「待て小僧、きさま、にわとりをぬすんで、金の袋、銀の袋

をぬすんで、こんどはハープまでぬすむのかあ。」と、大男は

わめきながら、あとを追っかけました。

「つかまるならつかまえてみろ。」

ジャックは、まけずにどなりながら、それでもいっしょう

けんめいかけました。大男も、お酒によった足をふみしめふ

みしめ、よたよたはしりました。そのあいだ、ハープは、たえ

ず、からんからん、なりつづけました。

やっとこさと、豆の木のはしごの所までくると、ジャック

は、ハープにむかって、

「もうやめろ。」といいますと、それなりハープはだまりまし

た。ジャックは、ハープをかかえて、豆の木のはしごをおり

はじめました。はるか目の下に、おかあさんが、こやの前に

立って、泣きはらした目で、空をみつめていました。

そうこうするうち、大男が追っついてきて、もう片足、は

しごにかけました。

「おかあさん、お泣きでない。」と、ジャックは、上からせい

いっぱいよびました。

「それよか、斧おのをもってきておくれ。はやく、はやく。」

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もう一分もまたれません。大男はみしり、みしり、はしご

をつたわって来ます。ジャックは、気が気ではありません、

身のかるいのをさいわいに、ハープをかかえたなり、はしご

の途と

中ちゅう、つばめのようなはやわざで、くるりとひっくりか

えって、たかい上からとびおりました。そこへおかあさんが、

斧をもってかけつけたので、ジャックは斧をふるって、いき

なり、はしごの根もとから、ぷっつり切りはなしました。そ

のとき、まだ、はしごの中ほどをおりかけていた大男が、切

れた豆のつるをつかんだまま、大きなからだのおもみで、ず

しんと、それこそ地びたが、めりこむような音を立てて、落

ちてきました。そして、それなり、目をまわして死んでしま

いました。

ちょうどそのとき、いつぞや、はじめてジャックにあって、

道をおしえてくれた妖女が、こんどはまるでちがって、目の

さめるように美しい女の人の姿になって、またそこへ出て来

ました。きらびやかに品のいい貴き

婦ふ

人じん

のような身なりをし

て、白い杖を手にもっていました。杖のあたまには、純じゅん金きんの

くじゃくを、とまらせていました。そしてふしぎな豆が、

ジャックの手にはいるようになったのも、ジャックをためす

ために、自分がはからってしたことだといって、

「あのとき、豆のはしごをみて、すぐとそのまま、どこまで

ものぼって行こうという気をおこしたのが、そもそもジャッ

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ジャックと豆の木

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クの運のひらけるはじめだったのです。あれを、ただぼんや

り、ふしぎだなあとおもってながめたなり、すぎてしまえば、

とりかえっこした牝め

牛うしは、よし手にもどることがあるにして

も、あなたたちは、あいかわらず貧乏でくらさなければなら

ない。だから、豆の木のはしごをのぼったのが、とりもなお

さず、幸運のはしごをのぼったわけなのだよ。」

と、こう妖女は、いいきかせて、ジャックにも、ジャックの

おかあさんにもわかれて、かえって行きました。

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ジャックと豆の木

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底本:「世界おとぎ文庫(イギリス・フランス童話篇)妖女のおくりもの」小峰書店1950(昭和 25)年 5月 1日発行

※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。

入力:大久保ゆう校正:秋鹿2006年 1月 21日作成青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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むかしむかし、イギリスの

大昔、アルフレッド大王の御

代のことでございます。ロン

ドンの都からとおくはなれた

いなかのこやに、やもめの女

のひとが、ちいさいむすこの

ジャックをあいてに、さびし

くくらしていました。かけが

えのないひとりむすこです

し、それに、ずいぶんのんき

で、ずぼらで、なまけもので

したが、ほんとうは気だての

やさしい子でしたから、母親

は、あけてもくれても、ジャッ

ク、ジャックといって、それ

こそ目の中にでも入れてしま

いたいくらいにかわいがっ

て、なんにもしごとはさせず、

ただ遊ばせておきました。

こんなふうで、のらくら

むすこをかかえた上に、

このやもめの人は、どういう

ものか運がわるくて、年年も

のが足りなくなるばかり、あ

る年の冬には、もう手まわり

の道具や衣類まで売って、

手に入れた

1「UDデジタル教科書体」サンプル(A4判:26pt)2 「UDデジタル教科書体」サンプル(A4判:26pt)

ジャックと豆の木

楠山正雄

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おかねも、手て

内ない

職しょく

なんかし

て、わずかばかりかせぎため

たおかねも、きれいにつかっ

てしまって、とうとう、うち

の中で、どうにかおかねにな

るものといっては、たった一

ぴきのこった牝め

牛うし

だけになっ

てしまいました。

そこで、ある日、母親は、

ジャックをよんで、

「ほんとうに、おかあさんは、

自分のからだを半分もって行

かれるほどつらいけれど、い

よいよ、あの牝牛を、手ばな

さなければならないことに

なったのだよ。おまえ、ごく

ろうだけれど、市いち場ば

まで牛を

つれて行って、いいひとをみ

つけて、なるたけたかく売っ

て来ておくれな。」といいま

した。

そこで、ジャックは、牛を

ひっぱって出かけました。

しばらくあるいて行くと、

むこうから、肉屋の親方が

やって来ました。

「これこれ坊や、牝牛なんか

ひっぱって、どこへ行くのだ

い。」と、親方は声をかけまし

た。

「売りに行くんだよ。」と、

ジャックはこたえました。

「ふうん。」と、親方はいいな

がら、片手にもった帽子を

ふってみせました。がさがさ

音がするので、気がついて、

ジャックが、帽子のなかを、

ふとのぞいてみますと、き

みょうな形をした豆が、袋の

中から、ちらちらみえました。

「やあ、きれいな豆だなあ。」

そうジャックはおもって、

なんだか、むやみとそれがほ

しくなりました。そのようす

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を、相手の男は、すぐと見つ

けてしまいました。そして、

このすこしたㅟ

りㅟ

なㅟ

いㅟ

こども

を、うまくひっかけてやろう

とおもって、わざと袋の口くち

あけてみせて、

「坊ぼう

や、これがほしいんだろ

う。」といいました。

ジャックは、そういわれて、

大にこにこになると、親方は

もったいらしく首をふって、

「いけない、いけない、こりゃ

あふしぎな、魔法の豆さ。ど

うして、ただではあげられな

い。どうだ、その牝牛と、と

りかえっこしようかね。」と

いいました。

ジャックは、その男のいう

なりに、牝牛と豆の袋ととり

かえっこしました。そして、

おたがい、これはとんだもう

けものをしたとおもって、ほ

くほくしながら、わかれまし

た。ジ

ャックは、豆の袋をかか

えて、うちまでとんでかえり

ました。うちへはいるか、は

いらないに、ジャックは、

「おかあさん、きょうはほん

とに、うまく行ったよ。」と、

いきなりそういって、だいと

くいで、牛と豆のとりかえっ

こした話をしました。ところ

が、母親は、それをきいてよ

ろこぶどころか、あべこべに

ひどくしかりました。

「まあ、なんというばかなこ

とをしてくれたのだね。ほん

とにあきれてしまう。こんな

つまらない、えんどう豆の袋

なんかにつられて、だいじな

牝牛一ぴき、もとも子もなく

してしまうなんて、神さま、

まあ、このばかな子をどうし

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ましょう。」

母親はぷんぷんおこって、

いまいましそうに、窓のそと

へ、袋の中の豆をのこらず、

なげすててしまいました。そ

して、つくづくなさけなさそ

うに、しくんしくん、泣きだ

しました。

きっとよろこんでもらえる

とおもっていると、あべこべ

に、うまれてはじめて、おか

あさんのこんなにおこった顔

をみたので、ジャックはびっ

くりして、じぶんもかなしく

なりました。そして、なんに

もたべるものがないので、お

なかのすいたまま、その晩は

はやくから、ころんとねてし

まいました。

そのあくる朝、ジャックは

目をさまして、もう夜があけ

たのに、なんだかくらいなと

おもって、ふと窓のそとをみ

ました。するとどうでしょ

う、きのう庭になげすてた豆

の種子たね

から、芽が生えて、ひ

と晩のうちに、ふとい、じょ

うぶそうな豆の大木が、みあ

げるほどたかくのびて、それ

こそ庭いっぱい、うっそうと

しげっているではありません

か。び

っくりしてとびおきて、

すぐと庭へおりてみますと、

どうして、たかいといって、

豆の木は、それこそほうずの

しれないたかさに、空の上ま

でものびていました。つると

葉とがからみあって、それは、

空の中をどんとつきぬけて、

まるで豆の木のはしごのよう

に、しっかりと立っていまし

た。

「あれをつたわって、てっぺ

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んまでのぼって行ったら、ぜ

んたいどこまで行けるかし

ら。」そ

うおもって、ジャックは、

すぐとはしごをのぼりはじめ

ました。だんだんのぼって行

くうち、ジャックの家は、ず

んずん、ずんずん、目の下で

ちいさくなって行きました。

そしていつのまにかみえなく

なってしまいました。それで

もまだてっぺんには来ていま

せんでした。ジャックは、

いったいどこまで行くのかと

おもって、すこしきみがわる

くなりました。それでもいっ

しょうけんめい、はしごにし

がみついて、のぼって行きま

した。あんまりたかくのぼっ

て、目はくらむし、手も足も

くたびれきって、もうしびれ

て、ふらふらになりかけたこ

ろ、やっとてっぺんにのぼり

つきました。

ジャックは、そのとき、ま

ずそこらを見まわしました。

すると、そこはふしぎな国で、

青あおとしげった、しずかな

森がありました。うつくしい

花のさいている草原もありま

した。水すい

晶しょうの

ようにきれいな

水のながれている川もありま

した。こんなたかい空の上

に、こんなきれいな国があろ

うとは、おもってもいません

でしたから、ジャックはあっ

けにとられて、ただきょとん

としていました。

いつもまにか、ふと、赤い

角かく

ずきんをかぶった、みょう

な顔のおばあさんが、どこか

ら出て来たか、ふと目の前に

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あらわれました。ジャック

は、ふしぎそうに、このみょ

うな顔をしたおばあさんをみ

つめました。おばあさんは、

でも、やさしい声でいいまし

た。

「そんなにびっくりしないで

もいいのだよ。わたしはいっ

たい、お前さんたち一いっ家か

のも

のを守ってあげている妖よう

女じょ

のだけれど、この五、六年の

あいだというものは、わるい

魔ま

もののために、魔ま

法ほう

でしば

られていて、お前さんたちを

たすけてあげることができな

かったのさ。だが、こんど

やっと魔法がとけたから、こ

れからはおもいのままに、助たす

けてあげられるだろうよ。」

だしぬけに、こんなことを

いわれて、ジャックは、なお

さらあっけにとられてしまい

ました。そのぽかんとした顔

を、妖女はおもしろそうにな

がめながら、そのわけをくわ

しく話しだしました。それを

かいつまんでいうと、まあこ

んなものでした。

「ここからそうとおくはない

所に、おそろしい鬼の大男が、

すみかにしている、お城のよ

うな家がある。じつはその鬼

が、むかし、そのお城に住ん

でいたお前のおとうさんをこ

ろして、城といっしょに、そ

のもっていたおたからのこら

ずとってしまったものだか

ら、お前のうちは、すっかり

貧びん

乏ぼうに

なってしまったのさ。

そうしてお前も、赤ちゃんの

ときから、かわいそうに、お

前のおかあさんのふところに

だかれたまま、下げ

界かい

におちぶ

れて、なさけないくらしをす

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るようになったのだよ。だか

ら、もういちど、そのたから

をとりかえして、わるいその

鬼を、ひどいめにあわしてや

るのが、お前のやくめなのだ

よ。」こ

ういうふうにいいきかさ

れると、ぐうたらなジャック

のこころも、ぴんと張は

ってき

ました。知らないおとうさん

のことが、なつかしくなって、

どうしてもこの鬼をこらしめ

て、かすめられたたからを、

とりかえさなくてはならない

とおもいました。そうおもっ

て、とてもいさましい気に

なって、おなかのすいている

ことも、くたびれていること

も、きれいにわすれてしまい

ました。そこで、妖女にお礼

をいってわかれますと、さっ

そく、鬼の住んでいるお城に

むかって、いそいで行きまし

た。や

がて、お日さまが西にし

ずむころ、ジャックは、なる

ほどお城のように大きな家の

前に来ました。

まず、とんとんと門をたた

くと、なかから、目のひとつ

しかない、鬼のお上かみ

さんが出

て来ました。きみのわるい顔

に似に

合あ

わず、鬼のお上さんは、

ジャックのひもじそうなよう

すをみて、かわいそうにおも

いました。それで、さもこ

まったように首をふって、

「いけない、いけない。きの

どくだけれど、とめてあげる

ことはできないよ。ここは、

人くい鬼のうちだから、みつ

かると、晩のごはんのかわり

に、すぐたべられてしまうか

らね。」といいました。

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「どうか、おばさん、知れな

いようにしてとめてください

よ。ぼく、もうくたびれて、

ひと足もあるけないんです。」

と、たのむように、ジャック

はいいました。

「しかたのない子だね。じゃ

あ今夜だけとめてあげるか

ら、朝になったら、すぐおか

えりよ。」

こういっているさいちゅ

う、にわかにずしん、ずしん、

地ひびきするほど大きな足音

がきこえて来ました。それは

主人の人くい鬼が、もう、そ

とからかえって来たのです。

鬼のお上さんは、大あわてに

あわてて、ジャックを、だん

ろの中にかくしてしまいまし

た。鬼

は、へやの中にはいると、

いきなり、ふうと鼻をならし

ながら、たれだってびっくり

してふるえ上がるような大ご

えで、

「フン、フン、フン、

イギリス人の香か

がするぞ。

生きていようが死んでよ

が、

骨ごとひいてパンにしょ

ぞ。」

と、いいました。すると、お

上さんが、

「いいえ、それはあなたが、

つかまえて、土の牢ろう

に入れて

あるひとたちの、においで

しょう。」といいました。

けれど鬼の大男は、まだ

きょろきょろそこらを見まわ

して、鼻をくんくんやってい

ました。でも、どうしても、

ジャックをみつけることがで

きませんでした。

とうとうあきらめて、鬼は、

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椅い

子す

の上に腰こし

をおろしまし

た。そしてがつがつ、がぶが

ぶ、たべたりのんだりしはじ

めました。そっとジャックが

のぞいてみていますと、それ

はあとからあとから、いつお

しまいになるかとおもうほど

かっこむので、ジャックは、

目ばかりまるくしていまし

た。さて、たらふくたべての

んだあげく、お上さんに、

「おい、にわとりをつれてこ

い。」といいつけました。

それは、ふしぎなめんどり

でした。テーブルの上にのせ

て、鬼が、

「生め。」といいますと、すぐ

金のたまごをひとつ生みまし

た。鬼がまた、

「生め。」といいますと、また

ひとつ、金のたまごを生みま

した。

「やあ、ずいぶん、とくなに

わとりだな。おとうさんのお

たからというのは、きっとこ

れにちがいない。」と、下から

そっとながめながら、ジャッ

クはそうおもいました。

鬼はおもしろがって、あと

からあとから、いくつもいく

つも、金のたまごを生まして

いるうち、おなかがはってね

むたくなったとみえて、ぐす

ぐすと壁かべ

のうごくほどすごい

大いびきを立てながら、ぐっ

すりねこんでしまいました。

ジャックは、鬼のすっかり

ねむったのを見すまして、

ちょうど鬼のお上さんが、台

所へ行っているのをさいわ

い、そっとだんろの中からぬ

けだしました。そして、テー

ブルの上のめんどりを、ちょ

ろり小わきにかかえて、すた

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こらお城を出て行きました。

それから、どんどん、どん

どん、かけだして行って、豆

の木のはしごのかかっている

所までくると、するするとつ

たわっておりて、うちへかえ

りました。

ジャックのおかあさんは、

むすこが、鬼か魔女にでもと

られたのではないかと心配し

ていますと、ぶじでひょっこ

りかえって来たので、とても

大さわぎしてよろこびまし

た。それからは、ジャックの

もってかえった、金のたまご

を生むにわとりのおかげで、

おや子はお金もちにもなりま

したし、しあわせにもなりま

した。

しばらくすると、ジャック

はまた、もういちど空の上の

お城に行ってみたくなりまし

た。そこで、こんどは、すっ

かり先せん

とちがったふうをし

て、ある日、豆の木のはしご

を、またするするとのぼって

行きました。鬼のお城に行っ

て、門をたたくと、鬼のお上

さんが出てきました。ジャッ

クが、またかなしそうに、と

めてもらいたいといって、た

のみますと、お上さんは、ま

さかジャックとは気がつかな

いようでしたが、それでも手

をふって、

「いけない、いけない。この

前も、お前とおなじような貧

乏たらしいこどもをとめて、

主人のだいじなにわとりを、

ちょっくらもって行かれた。

それからはまい晩、そのこと

をいいだして、わたしが、し

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かられどおし、しかられてい

るじゃないか。またもあんな

ひどいめにあうのはこりこり

だよ。」といいました。

それでも、ジャックは、し

つっこくたのんで、とうとう

中へ入れてもらいました。す

るうち、大男がかえって来て、

また、そこらをくんくんかい

でまわりましたが、ジャック

は、あかがねの箱の中にかく

れているので、どうしてもみ

つかりませんでした。

大男は、この前とおなじよ

うに、晩ばん

の食事をたらふく

やったあとで、こんどは、金

のたまごをうむにわとりの代

りに、金や銀のおたからのた

くさんつまった袋を出させ

て、それをざあっとテーブル

の上にあけて、一枚一枚かぞ

えてみて、それから、おはじ

きでもしてあそぶように、そ

れをチャラチャラいわせて、

さんざんあそんでいました

が、ひととおりたのしむと、

また袋の中にしまって、ひも

をかたくしめました。そし

て、天井にひびくほどの大あ

くび、ひとつして、それなり

ぐうぐう、大いびきでねてし

まいました。

そこで、こんども、ジャッ

クは、そろりそろり、あかが

ねの箱からはいだして、金と

銀のおたからのいっぱいつ

まった袋を、両方の腕に、しっ

かりかかえるがはやいか、

さっさとにげだして行きまし

た。ところが、この袋の番人

に、一ぴきの小犬がつけて

あったので、そいつが、とた

んに、きゃんきゃん吠ほ

えだし

ました。

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ジャックは、こんどこそだ

めだとおもいました。それで

も、大男は、とても死んだよ

うによくね入っていて、目を

さましませんでした。ジャッ

クはむちゅうで、あとをもみ

ずにどんどん、どんどん、か

けて行って、とうとう豆の木

のはしごに行きつきました。

さて、にわとりとちがって、

こんどはおもたい金と銀の袋

をはこぶのに、ほねがおれま

した。それでもがまんして、

うんすら、うんすら、ふつか

がかりで、豆の木のはしごを、

ジャックはおりました。

やっとこさ、うちまでたど

りつくと、おかあさんは、

ジャックがいなくなったの

で、すっかり、がっかりして、

ひどい病人になって、戸をし

めてねていました。それで

も、ぶじなジャックの顔をみ

ると、まるで死んだ人が生き

かえったようになって、それ

からずんずんよくなって、や

がて、しゃんしゃんあるきだ

しました。その上、お金がた

くさんできたときいて、よけ

いげんきになりました。

こうして、またしばらくの

間、ジャックは、うちで、お

となしくしていました。する

うち、だんだん、からだじゅ

う、むずむずして来ました。

もうまた天てん

上じょうし

たくなって、

まいにち、豆の木のはしごば

かりながめていました。する

とそれが気になって、気に

なって、気がふさいで来まし

た。そ

こで、ジャックは、ある

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日また、そっと豆の木のはし

ごをつたわってのぼりまし

た。こんども顔から姿から、

すっかりほかのこどもになっ

て行きましたから、鬼のお上

さんは、まただまされて、中

に入れました。そして、大男

がかえると、あわてて、お釜かま

のなかにかくしてくれまし

た。鬼

の大男は、へやの中じゅ

うかぎまわって、ふん、ふん、

人くさいぞといいました。そ

して、こんどは、なんでもさ

がしだしてやるといって、へ

やの中のものを、ひとつひと

つみてまわりました。そして

さいごに、ジャックのかくれ

ているお釜のふたに手をかけ

ました。ジャックは、ああ、

こんどこそだめだとおもっ

て、ふるえていますと、それ

こそ妖女がまもっていてくれ

るのでしょうか、大男は、ふ

と気がかわって、それなりろ

ばたにすわりこんで、

「まあいいや。はらがすい

た。晩飯にしようよ。」とい

いました。

さて、晩飯がすむと、大男

はお上さんに、

「にわとりはとられる、金の

袋、銀の袋はぬすまれる、し

かたがない、こん夜や

はハープ

でもならすかな。」といいま

した。

ジャックが、そっとお釜の

ふたをあけてのぞいてみます

と、玉でかざった、みごとな

ハープのたて琴ごと

が目にはいり

ました。

鬼の大男は、ハープをテー

ブルの上にのせて、

「なりだせ。」といいました。

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すると、ハープは、ひとり

でになりだしました。しかも

その音ね

のうつくしいことと

いったら、どんな楽がっ器き

だって、

とてもこれだけの音ね

にはひび

かないほどでしたから、

ジャックは、金のたまごのに

わとりよりも、金と銀との

いっぱいつまった袋よりも、

もっともっと、このハープが

ほしくなりました。

するうち、ハープの音楽を、

たのしい子守うたにして、さ

すがの鬼が、いい心もちにね

むってしまいました。ジャッ

クは、しめたとおもって、そっ

とお釜の中からぬけだすと、

すばやくハープをかかえてに

げだしました。ところが、あ

いにく、このハープには、魔

法がしかけてあって、とたん

に、大きな声で、

「おきろよ、だんなさん、お

きろよ、だんなさん。」と、ど

なりました。

これで、大男も目をさまし

ました。むうんと立ち上がっ

てみると、ちっぽけな小僧が、

大きなハープを、やっこらさ

とかかえて、にげて行くのが

みえました。

「待て小僧、きさま、にわと

りをぬすんで、金の袋、銀の

袋をぬすんで、こんどはハー

プまでぬすむのかあ。」と、大

男はわめきながら、あとを

追っかけました。

「つかまるならつかまえてみ

ろ。」ジ

ャックは、まけずにどな

りながら、それでもいっしょ

うけんめいかけました。大男

も、お酒によった足をふみし

めふみしめ、よたよたはしり

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ました。そのあいだ、ハープ

は、たえず、からんからん、

なりつづけました。

やっとこさと、豆の木のは

しごの所までくると、ジャッ

クは、ハープにむかって、

「もうやめろ。」といいます

と、それなりハープはだまり

ました。ジャックは、ハープ

をかかえて、豆の木のはしご

をおりはじめました。はるか

目の下に、おかあさんが、こ

やの前に立って、泣きはらし

た目で、空をみつめていまし

た。そ

うこうするうち、大男が

追っついてきて、もう片足、

はしごにかけました。

「おかあさん、お泣きでな

い。」と、ジャックは、上から

せいいっぱいよびました。

「それよか、斧おの

をもってきて

おくれ。はやく、はやく。」

もう一分もまたれません。

大男はみしり、みしり、はし

ごをつたわって来ます。

ジャックは、気が気ではあり

ません、身のかるいのをさい

わいに、ハープをかかえたな

り、はしごの途と

中ちゅう

、つばめの

ようなはやわざで、くるりと

ひっくりかえって、たかい上

からとびおりました。そこへ

おかあさんが、斧をもってか

けつけたので、ジャックは斧

をふるって、いきなり、はし

ごの根もとから、ぷっつり切

りはなしました。そのとき、

まだ、はしごの中ほどをおり

かけていた大男が、切れた豆

のつるをつかんだまま、大き

なからだのおもみで、ずしん

と、それこそ地びたが、めり

こむような音を立てて、落ち

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Page 33: w´ þ ý ] M b ÐéïÅïw NT qSXxs hMs

てきました。そして、それな

り、目をまわして死んでしま

いました。

ちょうどそのとき、いつぞ

や、はじめてジャックにあっ

て、道をおしえてくれた妖女

が、こんどはまるでちがって、

目のさめるように美しい女の

人の姿になって、またそこへ

出て来ました。きらびやかに

品のいい貴き

婦ふ

人じん

のような身な

りをして、白い杖を手にもっ

ていました。杖のあたまに

は、純じゅん金きんの

くじゃくを、とま

らせていました。そしてふし

ぎな豆が、ジャックの手には

いるようになったのも、

ジャックをためすために、自

分がはからってしたことだと

いって、

「あのとき、豆のはしごをみ

て、すぐとそのまま、どこま

でものぼって行こうという気

をおこしたのが、そもそも

ジャックの運のひらけるはじ

めだったのです。あれを、た

だぼんやり、ふしぎだなあと

おもってながめたなり、すぎ

てしまえば、とりかえっこし

た牝め

牛うし

は、よし手にもどるこ

とがあるにしても、あなたた

ちは、あいかわらず貧乏でく

らさなければならない。だか

ら、豆の木のはしごをのぼっ

たのが、とりもなおさず、幸

運のはしごをのぼったわけな

のだよ。」

と、こう妖女は、いいきかせ

て、ジャックにも、ジャック

のおかあさんにもわかれて、

かえって行きました。

31「UDデジタル教科書体」サンプル(A4判:26pt)32 「UDデジタル教科書体」サンプル(A4判:26pt)

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底本:「世界おとぎ文庫(イギリス・フランス童話篇)妖女のおくりもの」小峰書店1950(昭和 25)年 5月 1日発行

※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。

入力:大久保ゆう校正:秋鹿2006年 1月 21日作成青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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ジャックと豆の木

楠山正雄さく

むかしむかし、イギリスの大昔、アルフレッド大

王の御代のことでございます。ロンドンの都からと

おくはなれたいなかのこやに、やもめの女のひとが、

ちいさいむすこのジャックをあいてに、さびしくく

らしていました。かけがえのないひとりむすこです

し、それに、ずいぶんのんきで、ずぼらで、なまけ

ものでしたが、ほんとうは気だてのやさしい

子でしたから、母親は、あけても

くれても、ジャック、

ジャックといって、

それこそ目の中にでも

入れてしまいたい

くらいにかわいがって、

なんにもしごとはさせず、

ジャックと豆の木 1

「UDデジタル教科書体R」サンプル(A4判:30pt)

2 ジャックと豆の木

「UDデジタル教科書体R」サンプル(A4判:30pt)

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ただ遊ばせておきました。

こんなふうで、のらくらむすこをかかえた上に、

このやもめの人は、どういうものか運がわるくて、

年年ものが足た

りなくなるばかり、ある年の冬には、

もう手まわりの道具や衣い

類るいまで売って、手に入れた

おかねも、手て

内ない

職しょくなんかして、わずかばかりかせぎ

ためたおかねも、きれいにつかってしまって、とう

とう、うちの中で、どうにかおかねになるものといっ

ては、たった一ぴきのこった牝め

牛うしだけになってしま

いました。

そこで、ある日、母親は、ジャックをよんで、

「ほんとうに、おかあさんは、自分のからだを半分

もって行かれるほどつらいけれど、いよいよ、あの

牝牛を、手ばなさなければならないことになったの

だよ。おまえ、ごくろうだけれど、市いち場ばまで牛をつ

れて行って、いいひとをみつけて、なるたけたかく

売って来ておくれな。」といいました。

そこで、ジャックは、牛をひっぱって出かけまし

た。し

ばらくあるいて行くと、むこうから、肉屋の親

ジャックと豆の木 3

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4 ジャックと豆の木

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方がやって来ました。

「これこれ坊や、牝牛なんかひっぱって、どこへ行

くのだい。」と、親方は声をかけました。

「売りに行くんだよ。」と、ジャックはこたえました。

「ふうん。」と、親方はいいながら、片手にもった帽

子をふってみせました。がさがさ音がするので、気

がついて、ジャックが、帽子のなかを、ふとのぞい

てみますと、きみょうな形をした豆が、袋の中から、

ちらちらみえました。

「やあ、きれいな豆だなあ。」

そうジャックはおもって、なんだか、むやみとそ

れがほしくなりました。そのようすを、相手の男は、

すぐと見つけてしまいました。そして、このすこし

たㅟ

りㅟ

なㅟ

いㅟ

こどもを、うまくひっかけてやろうとお

もって、わざと袋の口くちをあけてみせて、

「坊ぼうや、これがほしいんだろう。」といいました。

ジャックは、そういわれて、大にこにこになると、

親方はもったいらしく首をふって、「いけない、いけ

ない、こりゃあふしぎな、魔法の豆さ。どうして、

ただではあげられない。どうだ、その牝牛と、とり

ジャックと豆の木 5

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6 ジャックと豆の木

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かえっこしようかね。」といいました。

ジャックは、その男のいうなりに、牝牛と豆の袋

ととりかえっこしました。そして、おたがい、これ

はとんだもうけものをしたとおもって、ほくほくし

ながら、わかれました。

ジャックは、豆の袋をかかえて、うちまでとんで

かえりました。うちへはいるか、はいらないに、

ジャックは、

「おかあさん、きょうはほんとに、うまく行ったよ。」

と、いきなりそういって、だいとくいで、牛と豆の

とりかえっこした話をしました。ところが、母親は、

それをきいてよろこぶどころか、あべこべにひどく

しかりました。

「まあ、なんというばかなことをしてくれたのだね。

ほんとにあきれてしまう。こんなつまらない、えん

どう豆の袋なんかにつられて、だいじな牝牛一ぴき、

もとも子もなくしてしまうなんて、神さま、まあ、

このばかな子をどうしましょう。」

母親はぷんぷんおこって、いまいましそうに、窓

のそとへ、袋の中の豆をのこらず、なげすててしま

ジャックと豆の木 7

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8 ジャックと豆の木

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いました。そして、つくづくなさけなさそうに、し

くんしくん、泣きだしました。

きっとよろこんでもらえるとおもっていると、あ

べこべに、うまれてはじめて、おかあさんのこんな

におこった顔をみたので、ジャックはびっくりして、

じぶんもかなしくなりました。そして、なんにもた

べるものがないので、おなかのすいたまま、その晩

ははやくから、ころんとねてしまいました。

そのあくる朝、ジャックは目をさまして、もう夜

があけたのに、なんだかくらいなとおもって、ふと

窓のそとをみました。するとどうでしょう、きのう

庭になげすてた豆の種子たね

から、芽が生えて、ひと晩

のうちに、ふとい、じょうぶそうな豆の大木が、み

あげるほどたかくのびて、それこそ庭いっぱい、うっ

そうとしげっているではありませんか。

びっくりしてとびおきて、すぐと庭へおりてみま

すと、どうして、たかいといって、豆の木は、それ

こそほうずのしれないたかさに、空の上までものび

ていました。つると葉とがからみあって、それは、

空の中をどんとつきぬけて、まるで豆の木のはしご

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10 ジャックと豆の木

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のように、しっかりと立っていました。

「あれをつたわって、てっぺんまでのぼって行った

ら、ぜんたいどこまで行けるかしら。」

そうおもって、ジャックは、すぐとはしごをのぼ

りはじめました。だんだんのぼって行くうち、

ジャックの家は、ずんずん、ずんずん、目の下でち

いさくなって行きました。そしていつのまにかみえ

なくなってしまいました。それでもまだてっぺんに

は来ていませんでした。ジャックは、いったいどこ

まで行くのかとおもって、すこしきみがわるくなり

ました。それでもいっしょうけんめい、はしごにし

がみついて、のぼって行きました。あんまりたかく

のぼって、目はくらむし、手も足もくたびれきって、

もうしびれて、ふらふらになりかけたころ、やっと

てっぺんにのぼりつきました。

ジャックは、そのとき、まずそこらを見まわしま

した。すると、そこはふしぎな国で、青あおとしげっ

た、しずかな森がありました。うつくしい花のさい

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12 ジャックと豆の木

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ている草原もありました。水すい

晶しょうのようにきれいな水

のながれている川もありました。こんなたかい空の

上に、こんなきれいな国があろうとは、おもっても

いませんでしたから、ジャックはあっけにとられて、

ただきょとんとしていました。

いつもまにか、ふと、赤い角かくずきんをかぶった、

みょうな顔のおばあさんが、どこから出て来たか、

ふと目の前にあらわれました。ジャックは、ふしぎ

そうに、このみょうな顔をしたおばあさんをみつめ

ました。おばあさんは、でも、やさしい声でいいま

した。

「そんなにびっくりしないでもいいのだよ。わたし

はいったい、お前さんたち一いっ家かのものを守ってあげ

ている妖よう女じょなのだけれど、この五、六年のあいだと

いうものは、わるい魔ま

もののために、魔ま

法ほうでしばら

れていて、お前さんたちをたすけてあげることがで

きなかったのさ。だが、こんどやっと魔法がとけた

から、これからはおもいのままに、助たすけてあげられ

るだろうよ。」

だしぬけに、こんなことをいわれて、ジャックは、

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14 ジャックと豆の木

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なおさらあっけにとられてしまいました。そのぽか

んとした顔を、妖女はおもしろそうにながめながら、

そのわけをくわしく話しだしました。それをかいつ

まんでいうと、まあこんなものでした。

「ここからそうとおくはない所に、おそろしい鬼の

大男が、すみかにしている、お城のような家がある。

じつはその鬼が、むかし、そのお城に住んでいたお

前のおとうさんをころして、城といっしょに、その

もっていたおたからのこらずとってしまったものだ

から、お前のうちは、すっかり貧びん乏ぼうになってしまっ

たのさ。そうしてお前も、赤ちゃんのときから、か

わいそうに、お前のおかあさんのふところにだかれ

たまま、下げ

界かいにおちぶれて、なさけないくらしをす

るようになったのだよ。だから、もういちど、その

たからをとりかえして、わるいその鬼を、ひどいめ

にあわしてやるのが、お前のやくめなのだよ。」

こういうふうにいいきかされると、ぐうたらな

ジャックのこころも、ぴんと張は

ってきました。知ら

ないおとうさんのことが、なつかしくなって、どう

してもこの鬼をこらしめて、かすめられたたからを、

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16 ジャックと豆の木

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とりかえさなくてはならないとおもいました。そう

おもって、とてもいさましい気になって、おなかの

すいていることも、くたびれていることも、きれい

にわすれてしまいました。そこで、妖女にお礼を

いってわかれますと、さっそく、鬼の住んでいるお

城にむかって、いそいで行きました。

やがて、お日さまが西にしずむころ、ジャックは、

なるほどお城のように大きな家の前に来ました。

まず、とんとんと門をたたくと、なかから、目の

ひとつしかない、鬼のお上かみさんが出て来ました。き

みのわるい顔に似に

合あ

わず、鬼のお上さんは、ジャッ

クのひもじそうなようすをみて、かわいそうにおも

いました。それで、さもこまったように首をふって、

「いけない、いけない。きのどくだけれど、とめて

あげることはできないよ。ここは、人くい鬼のうち

だから、みつかると、晩のごはんのかわりに、すぐ

たべられてしまうからね。」といいました。

「どうか、おばさん、知れないようにしてとめてく

ださいよ。ぼく、もうくたびれて、ひと足もあるけ

ないんです。」と、たのむように、ジャックはいいま

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18 ジャックと豆の木

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した。

「しかたのない子だね。じゃあ今夜だけとめてあげ

るから、朝になったら、すぐおかえりよ。」

こういっているさいちゅう、にわかにずしん、ず

しん、地ひびきするほど大きな足音がきこえて来ま

した。それは主人の人くい鬼が、もう、そとからか

えって来たのです。鬼のお上さんは、大あわてにあ

わてて、ジャックを、だんろの中にかくしてしまい

ました。

鬼は、へやの中にはいると、いきなり、ふうと鼻

をならしながら、たれだってびっくりしてふるえ上

がるような大ごえで、

「フン、フン、フン、

イギリス人の香か

がするぞ。

生きていようが死んでよが、

骨ごとひいてパンにしょぞ。」

と、いいました。すると、お上さんが、

「いいえ、それはあなたが、つかまえて、土の牢ろうに

入れてあるひとたちの、においでしょう。」といいま

した。

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20 ジャックと豆の木

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けれど鬼の大男は、まだきょろきょろそこらを見

まわして、鼻をくんくんやっていました。でも、ど

うしても、ジャックをみつけることができませんで

した。

とうとうあきらめて、鬼は、椅い

子す

の上に腰こしをおろ

しました。そしてがつがつ、がぶがぶ、たべたりの

んだりしはじめました。そっとジャックがのぞいて

みていますと、それはあとからあとから、いつおし

まいになるかとおもうほどかっこむので、ジャック

は、目ばかりまるくしていました。さて、たらふく

たべてのんだあげく、お上さんに、

「おい、にわとりをつれてこい。」といいつけました。

それは、ふしぎなめんどりでした。テーブルの上

にのせて、鬼が、

「生め。」といいますと、すぐ金のたまごをひとつ生

みました。鬼がまた、

「生め。」といいますと、またひとつ、金のたまごを

生みました。

「やあ、ずいぶん、とくなにわとりだな。おとうさ

んのおたからというのは、きっとこれにちがいな

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22 ジャックと豆の木

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い。」と、下からそっとながめながら、ジャックはそ

うおもいました。

鬼はおもしろがって、あとからあとから、いくつ

もいくつも、金のたまごを生ましているうち、おな

かがはってねむたくなったとみえて、ぐすぐすと壁かべ

のうごくほどすごい大いびきを立てながら、ぐっす

りねこんでしまいました。

ジャックは、鬼のすっかりねむったのを見すまし

て、ちょうど鬼のお上さんが、台所へ行っているの

をさいわい、そっとだんろの中からぬけだしました。

そして、テーブルの上のめんどりを、ちょろり小わ

きにかかえて、すたこらお城を出て行きました。

それから、どんどん、どんどん、かけだして行っ

て、豆の木のはしごのかかっている所までくると、

するするとつたわっておりて、うちへかえりました。

ジャックのおかあさんは、むすこが、鬼か魔女に

でもとられたのではないかと心配していますと、ぶ

じでひょっこりかえって来たので、とても大さわぎ

してよろこびました。それからは、ジャックのもっ

てかえった、金のたまごを生むにわとりのおかげで、

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24 ジャックと豆の木

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おや子はお金もちにもなりましたし、しあわせにも

なりました。

しばらくすると、ジャックはまた、もういちど空

の上のお城に行ってみたくなりました。そこで、こ

んどは、すっかり先せんとちがったふうをして、ある日、

豆の木のはしごを、またするするとのぼって行きま

した。鬼のお城に行って、門をたたくと、鬼のお上

さんが出てきました。ジャックが、またかなしそう

に、とめてもらいたいといって、たのみますと、お

上さんは、まさかジャックとは気がつかないようで

したが、それでも手をふって、

「いけない、いけない。この前も、お前とおなじよ

うな貧乏たらしいこどもをとめて、主人のだいじな

にわとりを、ちょっくらもって行かれた。それから

はまい晩、そのことをいいだして、わたしが、しか

られどおし、しかられているじゃないか。またもあ

んなひどいめにあうのはこりこりだよ。」といいま

した。

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それでも、ジャックは、しつっこくたのんで、と

うとう中へ入れてもらいました。するうち、大男が

かえって来て、また、そこらをくんくんかいでまわ

りましたが、ジャックは、あかがねの箱の中にかく

れているので、どうしてもみつかりませんでした。

大男は、この前とおなじように、晩ばんの食事をたら

ふくやったあとで、こんどは、金のたまごをうむに

わとりの代りに、金や銀のおたからのたくさんつ

まった袋を出させて、それをざあっとテーブルの上

にあけて、一枚一枚かぞえてみて、それから、おは

じきでもしてあそぶように、それをチャラチャラい

わせて、さんざんあそんでいましたが、ひととおり

たのしむと、また袋の中にしまって、ひもをかたく

しめました。そして、天井にひびくほどの大あくび、

ひとつして、それなりぐうぐう、大いびきでねてし

まいました。

そこで、こんども、ジャックは、そろりそろり、

あかがねの箱からはいだして、金と銀のおたからの

いっぱいつまった袋を、両方の腕に、しっかりかか

えるがはやいか、さっさとにげだして行きました。

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ところが、この袋の番人に、一ぴきの小犬がつけて

あったので、そいつが、とたんに、きゃんきゃん吠ほ

えだしました。

ジャックは、こんどこそだめだとおもいました。

それでも、大男は、とても死んだようによくね入っ

ていて、目をさましませんでした。ジャックはむ

ちゅうで、あとをもみずにどんどん、どんどん、か

けて行って、とうとう豆の木のはしごに行きつきま

した。

さて、にわとりとちがって、こんどはおもたい金

と銀の袋をはこぶのに、ほねがおれました。それで

もがまんして、うんすら、うんすら、ふつかがかり

で、豆の木のはしごを、ジャックはおりました。

やっとこさ、うちまでたどりつくと、おかあさん

は、ジャックがいなくなったので、すっかり、がっ

かりして、ひどい病人になって、戸をしめてねてい

ました。それでも、ぶじなジャックの顔をみると、

まるで死んだ人が生きかえったようになって、それ

からずんずんよくなって、やがて、しゃんしゃんあ

るきだしました。その上、お金がたくさんできたと

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30 ジャックと豆の木

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きいて、よけいげんきになりました。

こうして、またしばらくの間、ジャックは、うち

で、おとなしくしていました。するうち、だんだん、

からだじゅう、むずむずして来ました。もうまた天てん

上じょうしたくなって、まいにち、豆の木のはしごばかり

ながめていました。するとそれが気になって、気に

なって、気がふさいで来ました。

そこで、ジャックは、ある日また、そっと豆の木

のはしごをつたわってのぼりました。こんども顔か

ら姿から、すっかりほかのこどもになって行きまし

たから、鬼のお上さんは、まただまされて、中に入

れました。そして、大男がかえると、あわてて、お

釜かまのなかにかくしてくれました。

鬼の大男は、へやの中じゅうかぎまわって、ふん、

ふん、人くさいぞといいました。そして、こんどは、

なんでもさがしだしてやるといって、へやの中のも

のを、ひとつひとつみてまわりました。そしてさい

ごに、ジャックのかくれているお釜のふたに手をか

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32 ジャックと豆の木

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けました。ジャックは、ああ、こんどこそだめだと

おもって、ふるえていますと、それこそ妖女がまもっ

ていてくれるのでしょうか、大男は、ふと気がかわっ

て、それなりろばたにすわりこんで、

「まあいいや。はらがすいた。晩飯にしようよ。」

といいました。

さて、晩飯がすむと、大男はお上さんに、

「にわとりはとられる、金の袋、銀の袋はぬすまれ

る、しかたがない、こん夜や

はハープでもならすかな。」

といいました。

ジャックが、そっとお釜のふたをあけてのぞいて

みますと、玉でかざった、みごとなハープのたて琴ごと

が目にはいりました。

鬼の大男は、ハープをテーブルの上にのせて、

「なりだせ。」といいました。

すると、ハープは、ひとりでになりだしました。

しかもその音ね

のうつくしいことといったら、どんな

楽がっ器きだって、とてもこれだけの音ね

にはひびかないほ

どでしたから、ジャックは、金のたまごのにわとり

よりも、金と銀とのいっぱいつまった袋よりも、もっ

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ともっと、このハープがほしくなりました。

するうち、ハープの音楽を、たのしい子守うたに

して、さすがの鬼が、いい心もちにねむってしまい

ました。ジャックは、しめたとおもって、そっとお

釜の中からぬけだすと、すばやくハープをかかえて

にげだしました。ところが、あいにく、このハープ

には、魔法がしかけてあって、とたんに、大きな声

で、

「おきろよ、だんなさん、おきろよ、だんなさん。」

と、どなりました。

これで、大男も目をさましました。むうんと立ち

上がってみると、ちっぽけな小僧が、大きなハープ

を、やっこらさとかかえて、にげて行くのがみえま

した。

「待て小僧、きさま、にわとりをぬすんで、金の袋、

銀の袋をぬすんで、こんどはハープまでぬすむのか

あ。」と、大男はわめきながら、あとを追っかけまし

た。

「つかまるならつかまえてみろ。」

ジャックは、まけずにどなりながら、それでもいっ

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しょうけんめいかけました。大男も、お酒によった

足をふみしめふみしめ、よたよたはしりました。そ

のあいだ、ハープは、たえず、からんからん、なりつ

づけました。

やっとこさと、豆の木のはしごの所までくると、

ジャックは、ハープにむかって、

「もうやめろ。」といいますと、それなりハープはだ

まりました。ジャックは、ハープをかかえて、豆の

木のはしごをおりはじめました。はるか目の下に、

おかあさんが、こやの前に立って、泣きはらした目

で、空をみつめていました。

そうこうするうち、大男が追っついてきて、もう

片足、はしごにかけました。

「おかあさん、お泣きでない。」と、ジャックは、上

からせいいっぱいよびました。

「それよか、斧おのをもってきておくれ。はやく、はや

く。」も

う一分もまたれません。大男はみしり、みしり、

はしごをつたわって来ます。ジャックは、気が気で

はありません、身のかるいのをさいわいに、ハープ

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38 ジャックと豆の木

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をかかえたなり、はしごの途と

中ちゅう、つばめのようなは

やわざで、くるりとひっくりかえって、たかい上か

らとびおりました。そこへおかあさんが、斧をもっ

てかけつけたので、ジャックは斧をふるって、いき

なり、はしごの根もとから、ぷっつり切りはなしま

した。そのとき、まだ、はしごの中ほどをおりかけ

ていた大男が、切れた豆のつるをつかんだまま、大

きなからだのおもみで、ずしんと、それこそ地びた

が、めりこむような音を立てて、落ちてきました。

そして、それなり、目をまわして死んでしまいまし

た。ち

ょうどそのとき、いつぞや、はじめてジャック

にあって、道をおしえてくれた妖女が、こんどはま

るでちがって、目のさめるように美しい女の人の姿

になって、またそこへ出て来ました。きらびやかに

品のいい貴き

婦ふ

人じん

のような身なりをして、白い杖を手

にもっていました。杖のあたまには、純じゅん金きんのくじゃ

くを、とまらせていました。そしてふしぎな豆が、

ジャックの手にはいるようになったのも、ジャック

をためすために、自分がはからってしたことだと

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40 ジャックと豆の木

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いって、

「あのとき、豆のはしごをみて、すぐとそのまま、

どこまでものぼって行こうという気をおこしたの

が、そもそもジャックの運のひらけるはじめだった

のです。あれを、ただぼんやり、ふしぎだなあとお

もってながめたなり、すぎてしまえば、とりかえっ

こした牝め

牛うしは、よし手にもどることがあるにしても、

あなたたちは、あいかわらず貧乏でくらさなければ

ならない。だから、豆の木のはしごをのぼったのが、

とりもなおさず、幸運のはしごをのぼったわけなの

だよ。」

と、こう妖女は、いいきかせて、ジャックにも、ジャッ

クのおかあさんにもわかれて、かえって行きました。

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42 ジャックと豆の木

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底本:「世界おとぎ文庫(イギリス・フランス童話篇)妖女のおくりもの」小峰書店1950(昭和 25)年 5月 1日発行

※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。

入力:大久保ゆう校正:秋鹿2006年 1月 21日作成青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。