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1.緒  言 超高齢社会を迎えた我が国において「健やかな老い」 を実現するために「栄養」や「食」は欠かせない要素で あるが、食生活を含めた生活環境の著しい変化から 種々の健康問題が生じている。例えば、主要死因別 にみた死亡率は、1950年以降は結核が大きく減少し、 2011年以降は悪性新生物、心疾患、肺炎、脳血管疾 患の順に多く、死因構造の中心が感染症から生活習慣 病へと変化してきた 1) 。総患者数でみると、高血圧性 疾患、糖尿病、高脂血症、心疾患、悪性新生物の順に 多く 2) 、これら罹患者の健康寿命の延伸には栄養と食 生活の改善がきわめて重要である。 人の健康の維持増進のために、栄養や食の支援を行 う専門職業人として管理栄養士が筆頭に挙げられ、医 療機関では栄養部門の管理栄養士が、医療の一環とし ての栄養・食事療法を「栄養食事指導業務」として担っ ている。 加齢とともに身体組成は変化し、耐糖能の低下、血 圧の上昇、脂質異常などの代謝異常の要因となる 3) 身体組成の変化は個人差が大きく、基礎代謝量に影響 してエネルギー必要量に関与するため 3) 、個別に代謝 量を実測してエネルギー必要量を求めることが望まれ る。このように対象者の身体組成や食事摂取量を把握 してオーダーメードの指導を実現するためには、管理 栄養士の適正配置が急務であるが、それを阻む経済的 な要因がある。 医療機関における収入源は、雑収入を除いた医業収 入が大部分を占め、患者が会計窓口で支払う自己負担 金と医療保険から支払われる診療報酬(自己負担を除 く)の2つに大別される。自己負担の割合は、保険の 種類によって異なり、診療報酬は原則として2年に1 度改定されている。栄養部門の主な収入源は、栄養食 人の健康と栄養支援につながる病院栄養部門の利益獲得システム 佐々木 正子 *1 ・佐藤 香苗 *2 A SYSTEM FOR A PROFITABLE NUTRITION DIVISION ESTABLISHED FOR PROMOTING THE NUTRITIONAL HEALTH OF JAPANESE PEOPLE Masako SASAKI, Kanae SATO Abstract Japan faces issues associated with a super-aging society. Thus, extension of healthy life expectancy of patients through dietary modification is extremely important. However, the number of registered dietitians is not enough to improve the nutritional health of patients with personalized nutrition care because of the lack of profit from hospital nutrition divisions. We clarified the strategies to gain profit and relevant challenges by using the SWOT analysis to improve the dietary department of hospital subject to intervention. Data gathered indicate that the charge for subsi- dies for providing therapeutic diet, and nutrition and meal counseling should be increased. The results indicated that the cost of subsidies for providing therapeutic diet and nutrition and meal counseling should be increased. The results also suggested the necessity of reducing tasks with opportunity losses. A hospital with the system newly established has already realized the benefits of the measures implemented through the system. The system supports patients to take in the appropriate nutrients by increasing the number of registered dieticians and calculating the estimated energy requirement from the actual measurements of resting energy expenditure for personalized nutrition care. キーワード: SWOT 分析,機会損失,入院時食事療養費,特別食加算,栄養食事指導料 Key words: SWOT analysis, Opportunity loss, Charge per inpatient dietary therapy, Subsides for providing therapeutic diet, Nutrition and meal counseling fee *1 社会医療法人母恋天使病院栄養科 Department of Nutrition, Tenshi Hospital Social Medical Corporation Bokoi *2 天使大学大学院看護栄養学研究科 Graduate Course of Nursing and Nutrition, Tenshi College ─ 25 ─ 日本生理人類学会誌 Vol.22,No.1  2017, 2 25 - 35 【研究報告】

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1.緒  言

超高齢社会を迎えた我が国において「健やかな老い」を実現するために「栄養」や「食」は欠かせない要素であるが、食生活を含めた生活環境の著しい変化から種々の健康問題が生じている。例えば、主要死因別にみた死亡率は、1950年以降は結核が大きく減少し、2011年以降は悪性新生物、心疾患、肺炎、脳血管疾患の順に多く、死因構造の中心が感染症から生活習慣病へと変化してきた1)。総患者数でみると、高血圧性疾患、糖尿病、高脂血症、心疾患、悪性新生物の順に多く2)、これら罹患者の健康寿命の延伸には栄養と食生活の改善がきわめて重要である。

人の健康の維持増進のために、栄養や食の支援を行

う専門職業人として管理栄養士が筆頭に挙げられ、医療機関では栄養部門の管理栄養士が、医療の一環としての栄養・食事療法を「栄養食事指導業務」として担っている。

加齢とともに身体組成は変化し、耐糖能の低下、血圧の上昇、脂質異常などの代謝異常の要因となる3)。身体組成の変化は個人差が大きく、基礎代謝量に影響してエネルギー必要量に関与するため3)、個別に代謝量を実測してエネルギー必要量を求めることが望まれる。このように対象者の身体組成や食事摂取量を把握してオーダーメードの指導を実現するためには、管理栄養士の適正配置が急務であるが、それを阻む経済的な要因がある。

医療機関における収入源は、雑収入を除いた医業収入が大部分を占め、患者が会計窓口で支払う自己負担金と医療保険から支払われる診療報酬(自己負担を除く)の2つに大別される。自己負担の割合は、保険の種類によって異なり、診療報酬は原則として2年に1度改定されている。栄養部門の主な収入源は、栄養食

人の健康と栄養支援につながる病院栄養部門の利益獲得システム

佐々木 正子* 1・佐藤 香苗* 2

A SYSTEM FOR A PROFITABLE NUTRITION DIVISION ESTABLISHED FOR PROMOTING THE NUTRITIONAL HEALTH OF JAPANESE PEOPLE

Masako SASAKI, Kanae SATO

Abstract

Japan faces issues associated with a super-aging society. Thus, extension of healthy life expectancy of patients

through dietary modification is extremely important. However, the number of registered dietitians is not enough to

improve the nutritional health of patients with personalized nutrition care because of the lack of profit from hospital

nutrition divisions. We clarified the strategies to gain profit and relevant challenges by using the SWOT analysis to

improve the dietary department of hospital subject to intervention. Data gathered indicate that the charge for subsi-

dies for providing therapeutic diet, and nutrition and meal counseling should be increased. The results indicated that

the cost of subsidies for providing therapeutic diet and nutrition and meal counseling should be increased. The results

also suggested the necessity of reducing tasks with opportunity losses. A hospital with the system newly established

has already realized the benefits of the measures implemented through the system. The system supports patients

to take in the appropriate nutrients by increasing the number of registered dieticians and calculating the estimated

energy requirement from the actual measurements of resting energy expenditure for personalized nutrition care.

キーワード: SWOT 分析,機会損失,入院時食事療養費,特別食加算,栄養食事指導料Key words: SWOT analysis, Opportunity loss, Charge per inpatient dietary therapy,       Subsides for providing therapeutic diet, Nutrition and meal counseling fee

*1社会医療法人母恋天使病院栄養科Department of Nutrition, Tenshi Hospital Social Medical Corporation Bokoi

*2天使大学大学院看護栄養学研究科Graduate Course of Nursing and Nutrition, Tenshi College

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日本生理人類学会誌 Vol.22,No.1  2017, 2 25 - 35【研究報告】

事指導料(診療報酬)と入院時食事療養費の2つあるが、栄養管理で利益を獲得することは難しく、病床数に応じて差異はあるものの、食事サービスに栄養部門の収益を依拠している4)。

2016年4月、22年ぶりに栄養食事指導料の大幅改定が実現した。個別栄養食事指導の初回は外来・入院ともに、これまでの2倍の260点(2,600円)へと増額され、継続についても約1.5倍の200点(2,000円)となった。さらに、がん、摂食・嚥下機能低下、低栄養の栄養食事指導料が、新たに加算対象として加わり、指導時間などの算定条件も拡充された。入院患者においては一人当たり460点(4,600円)が上限となる制約はあるものの、医療機関における管理栄養士業務が本来の栄養管理へとシフトすることが大いに期待されている。

これまでの主たる収入源であった食事サービスは、1950年に社会保険制度上の病院給食開始以来、1994年まで増加傾向にあったが、2004年に実施された全国の一般病院の入院時食事療養費コスト調査5)において、患者一人一日当たりの収支額はマイナス経常であることが報告された。社会医療費の抑制対策として、患者自己負担制度が開始されて以降、診療報酬改定で入院時食事療養費の総額は低下を続け、加えて2016年には費用対効果が最大ともいえる濃厚流動食関連が減算となったことから、食事サービスだけで巻き返しを図ることは困難である。

このように経営的には厳しい現状において、栄養部門の支出の見直しと新たな利益獲得のシステムを構築することは、喫緊の課題である。利益獲得には、ムダの発見が肝要であり、ムダの発見には、儲け損ないの行為、すなわち機会損失に立脚した見直しが考えられる。「機会損失」は、最善の決定をしなかったために利益を得る機会を逃した場合の差の費用概念をいう。

近年、職場を取り巻く内外の環境を「強み:Strength」「弱み:Weakness」「機会:Opportunity」「脅威:Threat」の4つのカテゴリーで分析して、経営戦略を打ち出すSWOT 分析6)が、診療科、看護部門等7)- 9) の改革に援用されている。さらに、SWOT の各項目を組み合わせる「クロス SWOT 分析」を行うことで、「機会」を「強み」に活かす積極戦略、「脅威」を「強み」で回避する差別化戦略、「機会」の障害になる「弱み」に対処する改善戦略、

「脅威」と「弱み」の致命傷を招かないための撤退・縮小戦略を抽出することで経営戦略の成功要因を導き出すことが可能となる10) 。

中でも自身の組織の「強み」を活かして「機会」を勝ち取り、シェアを拡大する積極戦略が最重要視されていることに照らせば、機会損失に立脚した見直しが特に効果的であると考える。これまで、機会損失の考え方を援用した報告は、診療科 11), 12) 、薬剤部門 13) 、医

療安全 14) でみられるが、栄養領域では著者らの知る限り、栄養サポートチーム(Nutrition Support Team :

NST)関連 15), 16) への導入に係る報告のみである。最終的に患者の健康の回復を人の生理機能に焦点を

あててアプローチすることを目指しつつも、経営面の問題解決が避けられない。本研究は、病院における栄養部門の収入獲得のための新規システムをクロスSWOT 分析10) を採用して構築し、その効果を検証することを目的とする。

2.方  法

2013年8月から2015年7月、札幌市 A 総合病院の診療第一部栄養科において、以下の手順で利益獲得システム構築とその効果測定を行った。

A 病院は、許可病床数260床・診療科19の急性期一般総合病院(包括医療費支払い制度対象病院)で、地域医療支援および臨床研修の中核病院として、NST

稼働施設、日本医療機能評価機構の認定を有している。職員数は、常勤職員476名、非常勤職員100名、委託職員123名である。このうち、栄養部門は常勤管理栄養士4名、非常勤管理栄養士3名、委託職員45名であり、給食業務は全面委託としている。

以下の SWOT 分析およびクロス SWOT 分析は、医療施設、管理栄養士養成教育施設等で30年以上の勤続経験を有する管理栄養士2名で実施した。

1)第一段階:SWOT分析栄養部門を取り巻く内外の環境の現状について、縦軸

に経営環境である「内部環境と外部環境」の2行、横軸に経営に対する「プラスの影響とマイナスの影響」の2列をとって、2×2のマトリクスとし、4区分ごとに情報を整理できるワークシートを作成した(図1)。1行目の内部環境要因のプラスの影響とマイナスの影響には、過去から現在までの栄養部門の経営資源や生産した価値の「強み:Strength」「弱み:Weakness」を抽出する。一方、2行目の外部環境要因のプラスの影響である「機会:Opportunity」には、現在から未来にわたりミクロ・マクロ環境双方の要因から鳥瞰したチャンスを示し、マイナス影響である「脅威:Threat」にはピンチについて抽出し、4つの基準を俯瞰できるようにした。

(1)内部環境と「強み」「弱み」の抽出内部環境として、セルフコントロールが可能な診療報

酬関連の経営資源(ヒト、モノ、カネ、情報、医療技術)について、①栄養食事指導などの「栄養管理」②食事サービス③他職種連携の下位尺度別に「強み」と「弱み」を抽出した。①については、2016年改定の診療報酬を、②については2016年入院時食事療養費を基準にした(表1)17)。

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佐々木 正子 他:人の健康と栄養支援につながる病院栄養部門の利益獲得システム日本生理人類学会誌

図1 栄養部門の SWOT 分析のワークシート・クロス SWOT 分析の組み合わせ

表1 栄養部門の収入源区 分 点数・金額 要 件

栄養管理外来栄養食事指導料(初回) 260 医師が必要と認めた者 *、月†1回、30分以上外来栄養食事指導料(2回目以降) 200 医師が必要と認めた者 *、月1回、20分以上入院栄養食事指導料(初回) 260 医師が必要と認めた者 *、週1回、30分以上入院栄養食事指導料(2回目) 200 医師が必要と認めた者 *、週1回、20分以上集団栄養食事指導料 80 医師が必要と認めた者 *、月1回、40分以上在宅患者訪問栄養食事指導料 530 月2回、30分以上(調理指導の緩和)

(栄養管理体制の基準) 11 栄養管理計画書作成、入院基本料に包括

栄養サポートチーム加算 200急性期病院のチーム医療、週1回、30人以下専任の医師、看護師、薬剤師、管理栄養士(うち専従者1人)

糖尿病透析予防指導管理料 350 専任の医師、看護師(保健師)、管理栄養士食事サービス

入院時食事療養費(Ⅰ) 640円 / 1食 適時適温(夕食18時以降)等経腸栄養製品 575円 / 1食 流動食のみを経管栄養法で提供する場合

特別食加算‡ 76円 / 1食 腎臓食(塩分6g 未満)、肝臓食、糖尿病食、胃潰瘍食、貧血食、膵臓食、脂質異常症食、痛風食等

食堂加算 50円 / 1日 病床1床当たり、0.5㎡以上特別メニュー § 病院毎に設定

* : 厚生労働大臣が定めた特別食を必要とする患者、がん患者、摂食機能若しくは嚥下機能が低下した患者又は低栄養状態にある患者。高血圧症の患者に対する減塩食及び小児食物アレルギー患者に対する小児食物アレルギー食については、特別食に含まれる。

† : 初回の指導を行った月にあっては1月に2回を限度とする。‡ : 病態用経腸栄養製品使用時除外§ : 病院毎に自由に設定し、患者の希望に基づき提供する特別メニュー(有料)医科点数表の解釈17) 平成28年4月版 社会保険研究所より改編

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(2)外部環境と「機会」「脅威」の抽出外部環境は、自身の栄養部門や関連部署(他職種連

携)の努力では不可変な因子、すなわち診療報酬に関連する政治動向、規制、経済・景気、社会動向、技術動向、業界環境の変化や患者ニーズ等の要因について、①栄養管理②食事サービス③医療連携及び地域包括ケアシステムの下位尺度別に「機会」と「脅威」を抽出した。

2)第二段階:クロスSWOT分析SWOT 分析で経営環境の中での栄養部門の位置づ

けを把握できたところで、戦略の方向性を共有し得る「クロス SWOT 分析」のためのワークシートを作成した(図2)。環境要因の重要性が高まりつつある今日、外部環境の機会、未来可能性やチャンスを中核に添えた戦略を立案するべきである。そこで、「攻め」と「守り」のマトリクスの外側に SWOT を組み合わせて分析した(図2)。「機会」と「強み」、「脅威」と「強み」、「機会」と「弱み」、「脅威」と「弱み」について各々クロスし、

「機会」を「強み」に活用する、利益獲得のための積極戦略、「脅威」を「強み」で回避する差別化戦略、「機会」に対して障害になる「弱み」に対処する改善戦略、「脅威」と「弱み」の相乗効果で致命傷を招かないための撤

退・縮小戦略を抽出した。各クロス分析でも「外部環境」を中心に「内部環境」をどう生かして戦略をたてるかに力点をおいてシステムを構築した。

3)利益獲得システムの効果の検証クロス SWOT 分析で構築した A 病院の利益獲得シ

ステムの効果測定は、導入前後で比較するとともに、全国栄養部門との比較により行った。比較の基準となる全国値として、病床数50床以上、平均在院日数13.9日の入院時食事療養費区分(Ⅰ)取得の628施設を対象とした全国急性期病院栄養部門実態調査・病棟業務調査報告書 18)から、「総食数、特別食加算数、特別メニュー実施割合、栄養食事指導件数」を得た。

4)統計解析と倫理的配慮システム導入前後の1か月間の1日当たり特別食加

算割合の変化および8か月間の1月当たりの栄養食事指導件数の加算・非加算割合の差について、χ2検定を用いて検討した。さらに、それぞれ全国平均と比較した。解析には統計解析パッケージ( IBM SPSS

Statistics 23.0 for Windows)を用い、有意水準は5%とした。

本研究は、A 総合病院栄養科における実態把握をも

図2 栄養部門のクロス SWOT 分析のワークシート

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とに構築した新システムの導入について、栄養管理委員会と総合企画調整会議において合意を得て行った。また、システム構築後の成果は A 総合病院職場代表者会議において報告した。

3.結  果

1)SWOT分析による栄養部門の収益獲得の現状栄養管理、食事サービス、他職種連携別に抽出した

(図3)。(1)栄養管理業務

内部環境としての「強み」は、ⅰ)外来及び入院患者への栄養食事指導料の算定である。その他、栄養管理計画書作成もあるが、2012年に栄養管理体制の基準

として入院基本料に包括されたため、作成数の多少に係らず病院収入に影響がないため棄却した。「弱み」として、2項目抽出された。ⅰ)栄養部門でコントロール可能な唯一の収入源である栄養食事指導料算定に係る提案漏れ、もう一つは、ⅱ)経営資源要素の「ヒト」、つまり、栄養食事指導従事者である管理栄養士数の不足であった。

外部環境として、超少子高齢社会、疾病構造の変化、医療保険制度改革、社会保障の安定財源の確保の観点から、「機会」には、ⅰ)栄養食事指導の算定機会の拡大が抽出された。許可病床数により入院患者への算定件数に限度はあるものの、各施設の医療圏内には相当数の外来の栄養食事指導算定可能な対象患者が存在する。同様に、外部環境の「脅威」には、ⅰ)栄養管理業

図3 栄養部門のクロス SWOT 分析結果

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務に係る診療報酬のマイナス改定が抽出された。2016年改定では、前述のとおり、22年ぶりの栄養食事指導料の大幅改定が実現したが、これまで過去2回栄養管理業務上の減算を経験している。2008年に新設された後期高齢者退院時栄養食事管理指導料(180点)は早くも2年後に廃止となり、2006年に新設された特別管理実施加算(12点)についても、2012年に11点に減算となった上に、さらに入院基本料に包括された経緯がある。

(2)入院時食事療養費の食事サービス業務内部環境の「強み」は、ⅰ)特別食加算(1食76円)と、

ⅱ)病院毎に金額を自由に設定し、患者の希望に基づき提供する特別メニュー(有料)が抽出された。他に食堂加算(1日50円)が考えられるが、病床1床当たりの面積などの外部要因も含まれるため、棄却した。

「弱み」については、ⅰ)特別食加算ができない食種の増加、ⅱ)標準化困難な個別対応食が抽出された。経営資源要素の「ヒト」では、ⅲ)調理スタッフの確保が困難であることが抽出された。

外部環境としての「機会」をみてみると、医療施設の食事サービス体制で実現可能な特別メニュー(有料)の拡大と、2014年に施行された医療施設における宅配食提供の規制緩和が抽出された。「脅威」については、入院時食事療養費の減額、患者自己負担額の増大、食材料および人件費の増大が抽出された。

(3)医療・福祉における連携内部環境として、栄養部門と院内の他職種連携の視

点から収益獲得可能な診療報酬上の「強み」は、栄養サポートチーム加算、透析予防指導管理料、在宅患者訪問栄養食事指導料の算定が抽出された。「弱み」は、

「強み」要因を算定するための専任の医師、看護師、薬剤師の人材確保や加算要件を満たすために体制を整えることの困難さが抽出された。

外部環境要因の「機会」については、2016年診療報酬改定の骨子である「医療連携及び地域包括ケアシステム」の観点から、医療・在宅ケア対象者の増大が抽出された。医療分野では、高齢化の進展とともに特に外来医療の増大が見込まれる。「脅威」については、医療費削減に向けた診療報酬の抑制と、全世界未踏の超少子高齢社会の到来が抽出された。

2)クロスSWOT分析による栄養部門の利益獲得システム構築クロス SWOT 分析から導き出される重要成功要因

をもとに、A 病院の栄養部門の利益獲得のための重要成功要因を探索した(図3)。

(1)診療報酬獲得のための積極的戦略(機会×強み)「機会」と「強み」の優性クロス分析から経営戦略を

導き出した。栄養管理カテゴリーでは、ⅰ)栄養食事指導の拡大が、食事サービスではⅰ)特別食加算の最大限まで拡大する、ⅱ)特別メニューの提供、さらに他職種連携と地域包括ケアシステムの視点では、ⅰ)A 病院における在宅事業の新たな構築が各々抽出された。

(2)診療報酬獲得のための差別化戦略(脅威×強み)栄養管理のカテゴリーでは、ⅰ)経費節減、ⅱ)ルー

ルの標準化、ⅲ)診療報酬に繋がらない業務の縮小が抽出された。食事サービスでは、ⅰ)食事経費のムダの削減が抽出された。他職種連携と地域包括ケアシステムの視点からは、ⅰ)他職種間情報共有の強化と、ⅱ)地域包括ケアシステムの強化が抽出された。

(3)診療報酬獲得のための機会損失改善戦略(機会×弱み)

栄養管理のカテゴリーでは、ⅰ)栄養食事指導加算算定を阻む「非加算」の指導機会の縮小と、ⅱ)非加算から加算算定機会への転換が抽出された。また、栄養管理業務のヒトの視点からは、ⅲ)管理栄養士業務へのパート人員の活用が抽出された。食事サービスの面では、ⅰ)特別食加算の拡大とともに、ⅱ)非加算食の機会縮小と、ⅲ)複雑化する個別対応食のルール化が抽出された。他職種連携と地域包括ケアシステムの視点からは、ⅰ)慎重な在宅事業への参入が抽出された。

(4)診療報酬獲得のための撤退・縮小戦略(脅威×弱み)「脅威」×「弱み」の劣勢クロスに該当する要因は、

栄養管理の視点からは、ⅰ)栄養食事指導加算算定できない機会の縮小、食事サービスのカテゴリーでは、ⅰ)煩雑な食事提供の整備とⅱ)食事提供の標準化の強化が抽出された。他職種連携と地域包括ケアシステム面では、ⅰ)現行組織の再整備と標準化や、ⅱ)診療報酬に繋がらない医療行為の縮小が抽出された。

これらから導き出された経営戦略としての要素は、特別食加算と栄養食事指導の拡大が2大積極的戦略として、一方改善戦略としてこれらの拡大戦略を阻む機会損失の縮小が重要な成功要因であった。

3)特別食加算と栄養食事指導加算の実態把握と改善策クロス SWOT 分析の結果から経営戦略の共通項目

として、特別食加算と栄養食事指導料の未算定という機会損失の解消があげられた。構築したシステムは、2014年12月から運用した。A 病院におけるシステム導入前の2013年8月の1日当たり平均食数における特別加算食の全科の割合は27.0%で全国病床別最大特別食加算割合(200 ~ 299床)の平均44.6%と比較して有意に低く、特別食加算算定の機会損失であった(表2)。

「一般食」を提供中の患者のおよそ半数に特別食加算

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対象者がみられたため改善したところ、特別食加算病名の該当者が少ない産科・小児・NICU を除外すると、33.0% から48.9%と有意に増加し(P < 0.001)、全国平均並みとなった(表2)。

一方、A 病院における栄養食事指導件数と機会損失についてみると、2014年4月から11月までの月平均加算栄養食事指導件数は40.8件で、非加算栄養食事指導件数は96.4件であった(表3)。非加算栄養食事指導の内訳は、調乳指導40.6%、NST 対象者への指導32.3%、入院中3回以上や加算病名以外への指導27.1%だった。その他、産科選択食聴き取りが85.1件あった。8か月間の平均栄養食事指導加算の割合は、導入前29.7% から導入後44.6% に有意に増加したが

(P < 0.01)、全国平均の91.0% よりも低かった(表3)。しかし、導入後の加算件数は95.9件であり、全国平均の72.8件を上回った。

構築したシステムの内容をまとめると、特別食加算の拡大のためには、管理栄養士主導で病名・服薬状況・採血データ・診察記事等から特別食加算要件該当患者を抽出し、医師に変更を提案し、医師の承認後、看護師に伝達し、食事オーダーの変更作業・特別食を提供する。患者に対して栄養食事指導を行うシステムとした。

栄養食事指導拡大策としては、概ね3日以上特別食加算を提供した患者を管理栄養士が病棟訪問し、患者の状態に応じた栄養食事指導をルーチン化した。実施内容を看護師に伝達後、外来時継続指導の必要性等特記事項を医師に確認した後、指導内容を電子カルテに記載し、情報の共有化を図るシステムとした。

常勤管理栄養士4名の栄養管理業務に費やす時間は、平均4.46時間で、このうち診療報酬に算定されない個別調乳指導と産科の和洋特別御膳の選択食の個別聴き取りに、それぞれ平均100分/日、80分/日を費やしていた。個別調乳指導を週3回の集団指導制に変更して、100分から27分に短縮できた。非加算栄養食事指導や病棟訪問の所要時間が85%削減でき、栄養食事指導拡大のための新ルールに業務時間をあてた。和洋特別御膳は、洋食の希望が7割以上だったことから、洋食提供に一本化し内容を刷新したことで聴き取り時間はゼロ分に削減された。同時に、非加算食事指導も1.3倍(調乳指導30.9%、NST 対象者への指導40.3%、入院中3回以上や加算病名以外の指導28.8%)に増加した。低栄養状態にある患者への介入頻度の高まりが要因だった。

表2 新システム導入前後の1日当たりの特別食加算割合の変化 n(%)

導入前* 導入後† 全国平均‡P §

導入前×後 導入前×平均 導入後×平均全科 加算 138.9(27.0) 172.0(33.6) 307.5(44.6)

0.026 0.000 0.000 非加算 375.6(73.0) 340.0(66.4) 381.3(55.4)産科・小児科除外 加算 111.3(33.0) 163.2(48.9)

0.000 0.000 0.224 非加算 225.8(67.0) 170.5(51.1)産科・小児科 加算 27.7(15.6) 8.9(5.0)

0.001 0.000 0.000 非加算 149.7(84.4) 169.5(95.0)    

* : 2013年8月の1日当たりの平均値† : 2015年3月の1日当たりの平均値‡ : 全国急性期病院栄養部門実態調査(2012年9月、200 ~ 299床)§ : χ2検定

表3 システム導入前後の栄養食事指導件数加算・非加算割合の変化 n(%)

導入前* 導入後† 全国平均‡P §

導入前×後 導入前×平均 導入後×平均加算 40.8 (29.7) 95.9 (44.6) 72.8(91.0)

0.008 0.000 0.000非加算 96.4(70.3) 119.3(55.4) 7.2(9.0)

* : 2014年4月~ 2014年11月の1月当たりの平均値† : 2014年12月~ 2015年7月の1月当たりの平均値‡ : 全国急性期病院栄養部門実態調査(2012年9月、200~299床、76病院)§ : χ2検定

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4.考  察

本研究は、医療分野では、診療科や看護部門等で用いられている SWOT 分析手法が、栄養部門の利益獲得戦略に有効であることを仮説として、それを検証するために、A 病院の栄養科を対象に特別食加算ならびに栄養食事指導料未算定の件数を介入の前後で比較した。A 病院は政令指定都市の総合病院で、地域の中核的な病院であることから、対象施設として適切であったと考えられる。

また、A 病院では、平成24年(2012年)4月に栄養科責任者が交代し、業務のシステム化・改善策を構築する好機であった。例えば、個別対応の多さ、締め切り時間以降の食事変更の電話の多さに代表されるように、管理栄養士の業務割合は食事サービスに重点を置かざるを得ない状況で栄養食事指導件数は少なく、注力している食事サービスにおいても特別食加算割合は低い現状にあった。2016年の栄養食事指導料の拡大・拡充は、栄養部門独自の利益獲得のための経営戦略を立案するチャンスである。本研究はこの改定に先駆け、2014年12月から導入しシステムを構築・運用し、その成果が透明化されているため、研究時期としても最適であったと考えられる。

本研究で導き出された栄養部門の利益獲得のための経営戦略としてクロス SWOT 分析の結果、特別食加算と栄養食事指導の拡大が2大積極的戦略として抽出された。全国の急性期病院の月間栄養食事指導は、加算対象となる疾患を多く有する。したがって A 病院だけではなく、他病院においても収入確保が期待され、積極的戦略として抽出されると考えられる。入院患者を対象とした場合、入院中2回までの算定上限と許可病床数と稼働率から、算定可能な最大件数に上限がある。しかし、外来患者には、初月2回その後の継続指導は毎月1回算定可能であり、対象期間に限度はない。2015年日本ドック学会の報告(3,162,817人対象)では、生活習慣病関連項目の異常頻度のうち高コレステロール33.4%、耐糖能異常24.7%、高血圧24.0%、高中性脂肪13.6%にあることから19)、医療圏内には栄養食事指導の対象となる潜在的な生活習慣病罹患者は相当数あることが推察される。栄養食事指導の対象となる外来患者を抽出し、栄養食事指導件数を増加させることは、単に栄養部門の利益増加にとどまらず、患者が有している疾病の重症化予防の観点からも重要である。

A 病院で、クロス SWOT 分析結果から、特別食加算の拡大のために管理栄養士が自律的に特別食加算要件該当患者を選択・抽出し、医師に変更を提案すると同時に、栄養食事指導を行うシステムを構築したことにより、特別食加算の割合は増加した。入院時食事療

養費における特別食は、医師の発行する食事せんに基づき提供するが、2010年厚生労働省医政局長通知では、チーム医療における管理栄養士の役割として、「特別治療食について、医師に対し、その食事内容や形態を提案すること(食事内容等の変更を提案することを含む。)」とある。管理栄養士が特別食への変更提案を行い、患者の状態に応じた管理・指導を適切に行うこのシステムは適切かつ妥当であったと考えられる。一方、加算特別食の全科の割合は全国値と比較して有意に低かったことについては、A病院は、開設当時の設立趣意から、産科、小児科、NICU に主眼がおかれ、入院患者割合が全体の40%を占めている。これらの患者には、特別食加算および加算栄養食事指導の要件を満たす該当疾患が少ないため、診療報酬上の加算収入が少ないことが大きな要因である。特別食加算による利益獲得は、診療科によって効果が異なると考えられる。

改善戦略として、栄養食事指導および特別食加算の機会損失の縮小が抽出された。A病院では、この分析結果に基づき戦略的に新ルールを導入し、加算算定を阻む機会損失業務を改善することで、特別食加算割合と栄養食事指導加算件数の有意な上昇を認めた。これについては、作業をルーチン化し、情報を共有化したことで新しいシステムの導入が円滑に行われたと考える。

クロス SWOT 分析の改善戦略要因として、パート人員の活用が抽出された。管理栄養士の職は女性が多く、育児や介護といったライフイベントのために時短勤務可能な職場環境の整備も必要となる。栄養食事指導実施者の平均年齢37.68歳(平均指導経験年数12.38年)18)の管理栄養士15年目1ケ月基本賃金273,465円

(諸手当除外)20)を160時間で除したパート時給は約1,709円、7時間実働で月額賃金239,269円となる。(15年目:年間賃金4,596,553円)これに対し、指導記録時間を含まない7時間実働時の1か月最大栄養食事指導収入は、初回指導限定時2,600円×14人×20日=728,000円、 2 回 目 限 定 時2,000円 ×21人 ×20日 =840,000円となる。実際、最大栄養食事指導件数の半数の実績と仮定しても、栄養部門収支額マイナス経常を補填できる計算となる。栄養食事指導による収入がパート時給を上回れば、パート人員を活用して栄養食事指導件数を伸ばすことは有効な戦略と考える。一方で、同時に患者の信頼を得て、セルフケア行動を促し生活の質の向上につなげるためには、人間の生命の尊厳と権利を尊重し、変容する社会のニーズに対応し、幅広く質の高い栄養食事指導を実践することが求められる。専門職者に対するリカレント教育のシステムを同時に検討する必要性がある。

差別化戦略としては、地域包括ケアシステムの強化

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が抽出された。在宅事業への参入は、初期投資が必要であるため慎重に行うべきであるが、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築が推進されている。一方、在宅患者訪問栄養食事指導料(530点)は2016年度の診療報酬の改定では増額とならなかった。入院または外来栄養食事指導料初回(260点)と2回目(200点)を2~3回実施すれば、その算定額はほぼ同一となる。医療においては、報酬額(保険点数)は決められ、新たな商品開発(新治療方法の確立や保険外の治療方法等)には膨大な投資が必要となるため 21)、現時点での在宅参入については、最終的には、経営戦略とすることは時期尚早であると判断した。但し、すでに在宅事業に参入している施設の場合は、経営戦略事業として継続することを推奨できる。今後は、病院の中だけにとどまらず、地域にも質の高いサービスを提供することにより、新たな在宅ニーズを発掘することも必要であると考える。

本研究では、SWOT 分析を用いて A 病院の栄養部門の経営戦略をたて、新システムを構築・導入することにより利益の増大につながった。これについては、SWOT 分析により経営環境の中での栄養部門の位置づけを明確にし、さらにクロス SWOT 分析により戦略の方向性を可視化することで、自部門の現状を客観的に認識でき、各人が取り組むべき課題が明確化されたこと、院内関係者に経営戦略への共通認識が得られ、他職種との連携がスムーズに進んだこと、優先される実現可能な計画策定が短期間で行えたこと等によると考えられた。

本研究は、A 病院、1施設への介入であったが、この手法は自部門の機会や強みを活かす戦略であるため、理解や使用がスムーズで気軽に試してみることができれば、他の医療施設への汎用性が高まることが期待できる。そのためには、適切な分析法と結果の解釈に係る教育啓発が今後の課題である。多くの施設で、人の健康・栄養支援に貢献し得る管理栄養士の適正配置が進んだ場合の効果について考察する。団塊の世代が75歳以上となる2025年を見据えた2016年の診療報酬改定では、「地域包括ケアシステム推進のための取り組みの強化」として、「栄養食事指導の対象および指導内容の充実」が位置づけられた 22)。SWOT 分析では、「お客さんが価値を感じる要素」が成功のカギ21)

だとされており、患者自身が有益性を感じる質の高い栄養食事指導の実践が栄養部門の利益獲得のカギを握る。栄養食事指導でエネルギー必要量を推定するには、Harris-Benedict の式で算出される基礎代謝量に活動因子とストレス因子を乗じて求める方法が医療現場で広

く用いられている。この方法は、Harris-Benedict の式が欧米人のデータから求められていること、活動因子とストレス因子は十分なエビデンスがないこと等の問題点が指摘されている 23)。このため、オーダーメードの支援には、間接熱量測定機器等を用いて個別の代謝量を実測してエネルギー必要量を推定することが望ましいが、手技者や機器費用の経費増加から実施率が低い 24)。加齢による身体組成の変化は代謝異常の要因にあることから、個別の安静時代謝量の実測や基礎代謝量の推定量を把握することは適正なエネルギー必要量の算出に必須であり、かつ、個別のエネルギーおよび各栄養素摂取量の把握は、質の高い栄養食事指導につながると考える。病院において、管理栄養士の適正配置が可能となれば、身体計測(体組成)、生理・生化学検査(血液検査、エネルギー代謝、肺活量、骨密度等の生理機能)、臨床診査(主訴、現病歴、既往歴、顔色、皮膚の状況)、食事調査(栄養素摂取状況)による丁寧なアセスメントを実施することでセミオーダーメードの食支援を実現でき、入院患者はもとより外来患者、すなわち地域住民の健康の回復・増進に貢献できると考える。

5.本研究の限界

本研究は、栄養部門の利益獲得のためのシステム構築を試み、札幌市の1総合病院において運用した結果に過ぎない。しかし、本研究は栄養部門の経営戦略にSWOT 分析を用い、機会損失の費用概念に焦点をあてて利益獲得のためのシステムを構築した。また、構築したシステムを実際に運用し良好な成績を得た。このようなデータは,これまで学術誌への報告はなく、一種の公定価格である診療報酬での収入の確保を政令指定都市の総合病院において検討した結果であることから、他の施設への応用も可能であると考えられ、医療機関における栄養部門の利益獲得のためのシステムの開発とその評価として貴重な資料となったと考える。

6.今後の展開

健康栄養科学研究部会では、地域で生活する人々の「健康」「栄養」をテーマに、人々の生活の質の向上に寄与する新規な健康・栄養ケアモデルの構築を目指している。また、構築したモデルの有効性を科学的に検証しながら、現場で実践可能な手法とその運用マニュアルの作成・普及に努め、常に現場の声を反映させるメンテナンスシステムの構築を同時に目指している。

本研究は、医療現場において「健康」「栄養」につながる「食べること」を主軸とした栄養食事指導を本業

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とする管理栄養士の環境実態を明らかにし、所属の栄養部門の経営基盤を盤石にするためのシステムを構築し、その効果を明らかにした。今後は、社会福祉施設や在宅医療等各現場においても管理栄養士の労働環境等、経済上の問題が共通にあるため、利益獲得のためのシステム構築の考えを普及し賛同を得て、多くの施設で展開することを目指したい。さらに、部会の活動方針に沿って、医療機関の管理栄養士が質の高い栄養食事指導を展開するための教育システム構築につなげたい。

7.結  論

入院時食事療養費が減収を示していることを背景に、病院栄養部門の課題と利益獲得の方策を「SWOT

分析」で明らかにした。積極戦略として特別食加算と栄養食事指導の算定拡大が、改善戦略として算定拡大を阻む機会損失業務の縮小、管理栄養士パート人材の活用、在宅事業への慎重な参入が示唆された。診療報酬未算定の機会損失改善策をシステム構築した A 病院では、特別食加算並びに栄養食事指導加算がともに拡大したことから、「SWOT 分析」の活用は栄養部門の利益獲得に有効であることが示唆された。今後は、管理栄養士の増員をはかり、人の健康と栄養支援につながる質の高い栄養食事指導につなげることが求められる。

《謝  辞》

本研究は社会医療法人母恋天使病院藤井ひとみ院長ならびに西村光弘診療第一部長の深いご理解の下に推進しました。ご協力をいただきました栄養科スタッフの皆様をはじめ関係各位に深く感謝申し上げます。

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《連 絡 先》

佐藤 香苗〒065-0013 札幌市東区北13条東3丁目1-30天使大学大学院看護栄養学研究科E-mail:[email protected]

(2016年11月14日受付,2016年12月16日採用決定,討論受付期限2018年2月末日)

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