新規人工関節用セラミックス の開発と実用化¼ˆ2012 )no. 7 547...

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546 セラミックス 472012No. 7 1. はじめに リウマチや変形性股関節症などの股関節疾患は,関 節の機能,つまり荷重支持性や可動性を奪うことにな る.また,機能面だけではなく患者の痛みは日常生活 にも支障をきたし,精神面でも満足できなくなってく る.これらを外科的に治療する目的で,人工股関節置 換術が行われる.人工股関節製品を図1 に示す.人工 股関節置換術において,最も問題視されているのが材 料と骨との間での固定の緩み(ルースニング)である. この緩みは,材料の摩耗が原因であることが判明して きている.人工股関節の摺動面から発生した材料の摩 耗粉が生体の異物反応を活性化し,人工関節周辺の骨 融解を引き起こして緩みが発生する.この摩耗の解決 が人工股関節の更なる長寿命化や信頼性の向上には不 可欠である.そのため,摺動材料として耐摩耗性にす ぐれたアルミナセラミックスが用いられるようになり ₄₀ 年が経過しようとしている ₁) 2.アルミナセラミックスとジルコニアセラ ミックスの課題 人工関節摺動部材として使用されているアルミナセ ラミックスとジルコニアセラミックスは,それぞれ国 際規格 ₂),₃) が決められている. しかし,アルミナの機械的特性はさまざまな製品形 状を要求された場合には十分とはいえないため,人工 関節の長寿命化のためには,さらなる機械的特性の向 上が求められている.一方,強度をはじめとする機械 的特性に優れたジルコニアは,結晶の安定性に課題が あった.特に水分が存在する使用条件下においては, 製造条件が不適切であるとその優れた機械的特性を発 現させる結晶相変態が自発的に起こってしまい,表面 状態が変化して摩耗特性に悪影響を与えることが示唆 されている.また製造プロセスの問題により ₂₀₀₀ 年 頃海外製品が米国にてリコールされる事態 ₄) が発生し, 特に米国ではジルコニア骨頭が使用されなくなってし まった. 3. 新セラミック材料の必要性 アルミナやジルコニアの複合化による機械的特性の 改善も ₁₉₈₀ 年代多くの研究がされてきたが,複合材 料の出発原料として微細な粉末が得難かったこと,原 料調製プロセスが確立されていなかったことなどによ り大きな改善には至っていなかった. 当社ではこのような課題を改善しようと,次世代人 工関節摺動用材料ジルコニア強化アルミナ(製品名: BIOCERAM ® AZ₂₀₉)を開発し,昨年 ₃ 月に発売した. その材料特性とアルミナ,ジルコニアの材料特性を 表1 に,それぞれの結晶写真を図2 に示す. アルミナセラミックスを基材として約 ₂₀wt%の非 図1 人工股関節製品 © 日本セラミックス協会 第 66 回日本セラミックス協会技術賞を受賞して 新規人工関節用セラミックス の開発と実用化 Development and Practical Application of New Ceramic for Artificial Joints 中西 健文 *1 ・四方 邦英 *2 ・太田 光彦 *1 池田 潤二 *1 *1 京セラメディカル(株); *2 京セラ(株)) Takefumi NAKANISHI *1 , Kunihide SHIKATA *2 , Mitsuhiko OTA *1 and Junji IKEDA *1 *1 KYOCERA Medical Corporation; *2 KYOCERA Corporation) 表1 材料特性表 項 目 単 位 ジルコニア強化 アルミナ AZ₂₀₉ ジルコニア 高純度 アルミナ 化学組成 wt% Al O ₇₉, ZrO ₁₉, Others ₂ ZrO +HfO +Y O >₉₉.₀ Al O >₉₉.₅ 密度 g/cm ₄.₂₅ ₆.₀₈ ₃.₉₈ 平均結晶粒径 μm ₀.₄ ₀.₂ ₁.₃ ₄ 点曲げ強度 MPa ₁₃₀₀ ₁₄₀₀ ₆₀₀ 破壊靱性値 MPa・m ₀.₅ ₄.₅ ₄.₂ ₃.₇ 硬度 Hv ₁₇₀₀ ₁₄₀₀ ₁₉₀₀ ヤング率 GPa ₃₅₀ ₂₁₀ ₄₀₀

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Page 1: 新規人工関節用セラミックス の開発と実用化¼ˆ2012 )No. 7 547 以上の結果から,今回開発したジルコニア強化アル ミナセラミックスは人工関節用摺動部材として有用で

546 セラミックス 47(2012)No. 7

1. はじめに リウマチや変形性股関節症などの股関節疾患は,関節の機能,つまり荷重支持性や可動性を奪うことになる.また,機能面だけではなく患者の痛みは日常生活にも支障をきたし,精神面でも満足できなくなってくる.これらを外科的に治療する目的で,人工股関節置換術が行われる.人工股関節製品を図 1に示す.人工股関節置換術において,最も問題視されているのが材料と骨との間での固定の緩み(ルースニング)である.この緩みは,材料の摩耗が原因であることが判明して

きている.人工股関節の摺動面から発生した材料の摩耗粉が生体の異物反応を活性化し,人工関節周辺の骨融解を引き起こして緩みが発生する.この摩耗の解決が人工股関節の更なる長寿命化や信頼性の向上には不可欠である.そのため,摺動材料として耐摩耗性にすぐれたアルミナセラミックスが用いられるようになり₄₀ 年が経過しようとしている ₁).

2.アルミナセラミックスとジルコニアセラミックスの課題

 人工関節摺動部材として使用されているアルミナセラミックスとジルコニアセラミックスは,それぞれ国際規格 ₂),₃)が決められている. しかし,アルミナの機械的特性はさまざまな製品形状を要求された場合には十分とはいえないため,人工関節の長寿命化のためには,さらなる機械的特性の向上が求められている.一方,強度をはじめとする機械的特性に優れたジルコニアは,結晶の安定性に課題があった.特に水分が存在する使用条件下においては,製造条件が不適切であるとその優れた機械的特性を発現させる結晶相変態が自発的に起こってしまい,表面状態が変化して摩耗特性に悪影響を与えることが示唆されている.また製造プロセスの問題により ₂₀₀₀ 年頃海外製品が米国にてリコールされる事態 ₄)が発生し,特に米国ではジルコニア骨頭が使用されなくなってしまった.

3. 新セラミック材料の必要性 アルミナやジルコニアの複合化による機械的特性の改善も ₁₉₈₀ 年代多くの研究がされてきたが,複合材料の出発原料として微細な粉末が得難かったこと,原料調製プロセスが確立されていなかったことなどにより大きな改善には至っていなかった. 当社ではこのような課題を改善しようと,次世代人工関節摺動用材料ジルコニア強化アルミナ(製品名:BIOCERAM®AZ₂₀₉)を開発し,昨年 ₃ 月に発売した.その材料特性とアルミナ,ジルコニアの材料特性を表 1に,それぞれの結晶写真を図 2に示す. アルミナセラミックスを基材として約 ₂₀wt%の非図 1 人工股関節製品

© 日本セラミックス協会

第 66 回日本セラミックス協会技術賞を受賞して

新規人工関節用セラミックスの開発と実用化Development and Practical Application of New Ceramic for Artificial Joints

中西 健文*1・四方 邦英*2・太田 光彦*1・池田 潤二*1

(*1 京セラメディカル(株);*2 京セラ(株))Takefumi NAKANISHI*1, Kunihide SHIKATA*2, Mitsuhiko OTA*1 and Junji IKEDA*1

(*1KYOCERA Medical Corporation; *2KYOCERA Corporation)

表 1 材料特性表

項 目 単 位 ジルコニア強化アルミナ AZ₂₀₉ ジルコニア 高純度

アルミナ

化学組成 wt% Al₂O₃ ₇₉, ZrO₂ ₁₉, Others ₂

ZrO₂+HfO₂+Y₂O₃

>₉₉.₀ Al₂O₃>₉₉.₅

密度 g/cm₃ ₄.₂₅ ₆.₀₈ ₃.₉₈平均結晶粒径 μm ₀.₄ ₀.₂ ₁.₃₄ 点曲げ強度 MPa ₁₃₀₀ ₁₄₀₀ ₆₀₀破壊靱性値 MPa・m₀.₅ ₄.₅ ₄.₂ ₃.₇

硬度 Hv ₁₇₀₀ ₁₄₀₀ ₁₉₀₀

ヤング率 GPa ₃₅₀ ₂₁₀ ₄₀₀

Page 2: 新規人工関節用セラミックス の開発と実用化¼ˆ2012 )No. 7 547 以上の結果から,今回開発したジルコニア強化アル ミナセラミックスは人工関節用摺動部材として有用で

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 以上の結果から,今回開発したジルコニア強化アルミナセラミックスは人工関節用摺動部材として有用であると考えられる.

4. おわりに 人工関節の長寿命化を目的にセラミックスの更なる特性改善を目指してきた.その結果ジルコニアに継ぐ次世代人工関節摺動材料を開発できた. 全世界で高齢化社会が進み,活動的な老後を過ごせる手段として人工関節の担う役割はますます大きくなることが予想される.今後もセラミックスの技術開発を通じ人類の QOL(Quality of Life)に貢献していきたい.

文  献

₁) P. Boutin, "New materials used in total hip replacement", Cahiers d’ Enseignement de la SOFCOT, 10, ₂₇-₄₃(₁₉₇₉).

₂) ISO ₆₄₇₄-₁: ₂₀₁₀ Implants for surgery ― Ceramic materi-als ― Part ₁: Ceramic materials based on high purity alu-mina.

₃) ISO ₁₃₃₅₆: ₂₀₀₈ Implants for surgery ― Ceramic materi-als based on yttria-stabilized tetragonal zirconia(Y-TZP).

₄) I. C. Clarke et al., "Current status of zirconia used in total hip implants", JBJS, 85-A, ₇₃-₈₄(₂₀₀₃).

[連絡先] 中西 健文(なかにし たけふみ)京セラメディカル(株)

(受賞者の業績,推薦理由は本誌 4 月号参照)

安定化ジルコニアセラミックスを添加し,この材料特性を達成した.微細な結晶粒径と板状組織やジルコニア粒子を分散させた微細構造により,優れた機械的特性を示す. ジルコニアセラミックスで懸念される低温劣化が起こる可能性があるが,今回開発した製品ではジルコニアセラミックスの国際規格 ₂)に定める加速試験を実施しても結晶相の変化はおこらず,各種機械的特性の変化も認められなかった(図 3,図 4)ことから,体内で使用されても長期にわたり安定であることが示唆された. またポリエチレンとの摩耗特性を評価するため,股関節の耐久性等を検査する HIP シミュレーターを用いた摩耗試験を行い,既存製品との比較を行った

(図 5).ジルコニア強化アルミナ骨頭とポリエチレンカップの組み合わせにおける摩耗量と,高純度アルミナ製骨頭とポリエチレンカップの組み合わせにおける摩耗量は同等であることから,摩耗特性は同等であると考えられた.

図 5 ポリエチレンとの摩耗特性評価

周波数:₁Hz試験環境:₃₇℃,₂₇%牛血清AZ₂₀₉ と高純度アルミナは Aeonian,Co-Cr-Mo 合金はConventional ポリエチレンカップにて試験実施

図 2 人工関節摺動用セラミックスの結晶写真

図 3 ジルコニア強化アルミナ中のジルコニア単斜晶量の加速試験結果

図 4 ジルコニア強化アルミナ中の加速試験強度結果