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2008 10 4 日受理.連絡責任者:古畑昌巳 〒 943-0193 新潟県上越市稲田 1-2-1 TEL 025-523-4131FAX 025-524-8578[email protected] 鉄資材のコーティングが湛水直播水稲の出芽・苗立ちに及ぼす影響 ―酸素発生資材との比較― 古畑昌巳 1・帖佐直 1・松村修 1・湯川智行 21中央農業総合研究センター北陸研究センター, 2農研機構本部) 要旨:寒冷地においてエアーアシスト条播機と鉄コーティング種子を利用した直播栽培法を確立する目的で,湛水直 播栽培における鉄コーティング種子の防鳥効果とその要因について検討し,湛水土中播種条件における鉄コーティン グ種子の出芽・苗立ち特性を催芽種子および過酸化カルシウムコーティング種子と比較した.鉄コーティング種子は, 圃場条件において過酸化カルシウムコーティング種子に比べて防鳥効果があることが確認された.この要因の一つと して,鉄コーティング種子表面の色差は,過酸化カルシウムコーティング種子に比べて L* 値(明度)が小さく,酸 化に伴って a* 値と b* 値が大きくなる(赤みと黄みが増す)ことによって土壌表面と似た色となるため,鳥害が生じ にくいことが示唆された.一方,鉄コーティング種子は過酸化カルシウムコーティング種子に比べて低温条件や播種 深が深くなるのに伴って出芽・苗立ちが遅れ,出芽・苗立ち率は低下して初期生育量が小さくなることが示唆された. 以上の結果,鉄コーティング種子を利用する場合には表面播種とし,寒冷地では出芽・苗立ちを早進化させる技術の 導入が必要であると考えられた. キーワード:イネ,出芽,湛水直播,鳥害,低温,鉄コーティング種子,苗立ち,播種深. 現在,過酸化カルシウムコーティング種子と播種後落水 管理を併用することによって湛水土中直播栽培の出芽・苗 立ちが向上・安定化することが全国各地で実証された結果, 条播および点播様式の湛水土中直播栽培が耐倒伏性を高め る目的で北陸および東北地域を中心に導入が進んでいる. 一方,土中点播機で湛水土中播種した種子の播種深はばら つきが大きく,土壌の種類や代かき作業などによって播種 深が変わることが報告されており(注:脇本賢三編 2002打込み式同時点播(ショットガン)直播マニュアル),播 種後落水期間の降雨に伴う表土流出によってコーティング 種子が露出した場合,鳥害も観察されることから,湛水土 中播種様式においても表面播種様式と同様に播種後落水管 理条件で鳥害が生じやすいことが考えられる. 近年,鉄資材をコーティングした種子を利用した湛水直 播栽培が低コスト,鳥害回避の点から注目されている(山 20042005a, b)が,鉄コーティング種子の出芽・苗立 ちの評価は十分行われていない.鉄コーティング種子の播 種は一般的には表面播種とし,土中播種は避けるとしてい る(山内 20042005a, b)が,現在最も広く普及している 過酸化カルシウムコーティング種子との出芽性の違いにつ いて異なる温度条件や播種深を用いて詳細な比較を行った 報告例はない.また,鳥害回避効果のメカニズムについて, コーティングの皮膜が堅いため食べられない物理的効果で あるとしている(山内 20042005a, b)が,根拠となるデー タは示されていないことから,鉄コーティング種子の鳥害 回避効果およびその要因については別途確認が必要であ る. 北陸研究センターでは,エアーアシスト条播機(第 1 図) の開発を行っている(帖佐ら 20072008).この播種機は 作業幅が 10 m で,トラクタの PTO を動力源とした送風機 により種子が吐出口まで送られ,条間 30 cm の条播を行う 構造をしている.また,この播種機の走行速度を 0.8m s -1 ,圃場作業効率を 70%と仮定した場合,播種作業量が 30 / ha となるため,今後,圃場の集積等により圃場の大 規模化および大区画化した場合にも十分対応が可能であ り,鉄コーティング直播栽培の省力・低コスト化をより推 し進める技術になりうると考えられる.一方,エアーアシ スト条播機を利用した湛水直播では耐倒伏性の強化や作業 管理性の向上を目的とした条形成を促すために吐出口を 絞った形にしているが,それによって吐出口での風速が強 まったため,条件によって土中に種子が深く入る事例も確 認されている. これまで湛水直播水稲の出芽・苗立ちを向上,安定化さ せるという目標に対して,古畑らは播種後落水が湛水土中 直播水稲の出芽・苗立ちを向上させるメカニズム(2005a), 播種後落水を適用するに当たっての留意点および局所施肥 や多肥による出芽抑制を軽減する効果(2005b, c, d2006a, b)について報告を行ってきた.さらに,古畑らは単一品 種(2006b),複数品種(2007a)において早期の出芽は, 最終的な出芽率を高め,同時に地上部形質を向上させるこ とを報告している.また,種子予措について,鉄コーティ ング種子に催芽種子を利用した場合,従来の活性化種子に 比べて低温条件で出芽・苗立ちが早まることを報告してい る(古畑ら 2007c).これらの報告は北陸や東北のような寒 冷地では鉄コーティング種子に催芽種子を利用することに よって出芽・苗立ちが早まり,出芽・苗立ちが向上,安定 日作紀(Jpn. J. Crop Sci.782):1701792009

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2008年 10月 4日受理.連絡責任者:古畑昌巳 〒 943-0193新潟県上越市稲田 1-2-1TEL 025-523-4131,FAX 025-524-8578,[email protected]

鉄資材のコーティングが湛水直播水稲の出芽・苗立ちに及ぼす影響―酸素発生資材との比較―

古畑昌巳 1)・帖佐直 1)・松村修 1)・湯川智行 2)

(1)中央農業総合研究センター北陸研究センター,2)農研機構本部)

要旨:寒冷地においてエアーアシスト条播機と鉄コーティング種子を利用した直播栽培法を確立する目的で,湛水直播栽培における鉄コーティング種子の防鳥効果とその要因について検討し,湛水土中播種条件における鉄コーティング種子の出芽・苗立ち特性を催芽種子および過酸化カルシウムコーティング種子と比較した.鉄コーティング種子は,圃場条件において過酸化カルシウムコーティング種子に比べて防鳥効果があることが確認された.この要因の一つとして,鉄コーティング種子表面の色差は,過酸化カルシウムコーティング種子に比べて L*値(明度)が小さく,酸化に伴って a*値と b*値が大きくなる(赤みと黄みが増す)ことによって土壌表面と似た色となるため,鳥害が生じにくいことが示唆された.一方,鉄コーティング種子は過酸化カルシウムコーティング種子に比べて低温条件や播種深が深くなるのに伴って出芽・苗立ちが遅れ,出芽・苗立ち率は低下して初期生育量が小さくなることが示唆された.以上の結果,鉄コーティング種子を利用する場合には表面播種とし,寒冷地では出芽・苗立ちを早進化させる技術の導入が必要であると考えられた.キーワード:イネ,出芽,湛水直播,鳥害,低温,鉄コーティング種子,苗立ち,播種深.

現在,過酸化カルシウムコーティング種子と播種後落水管理を併用することによって湛水土中直播栽培の出芽・苗立ちが向上・安定化することが全国各地で実証された結果,条播および点播様式の湛水土中直播栽培が耐倒伏性を高める目的で北陸および東北地域を中心に導入が進んでいる.一方,土中点播機で湛水土中播種した種子の播種深はばらつきが大きく,土壌の種類や代かき作業などによって播種深が変わることが報告されており(注:脇本賢三編 2002.打込み式同時点播(ショットガン)直播マニュアル),播種後落水期間の降雨に伴う表土流出によってコーティング種子が露出した場合,鳥害も観察されることから,湛水土中播種様式においても表面播種様式と同様に播種後落水管理条件で鳥害が生じやすいことが考えられる.近年,鉄資材をコーティングした種子を利用した湛水直播栽培が低コスト,鳥害回避の点から注目されている(山内 2004,2005a, b)が,鉄コーティング種子の出芽・苗立ちの評価は十分行われていない.鉄コーティング種子の播種は一般的には表面播種とし,土中播種は避けるとしている(山内 2004,2005a, b)が,現在最も広く普及している過酸化カルシウムコーティング種子との出芽性の違いについて異なる温度条件や播種深を用いて詳細な比較を行った報告例はない.また,鳥害回避効果のメカニズムについて,コーティングの皮膜が堅いため食べられない物理的効果であるとしている(山内 2004,2005a, b)が,根拠となるデータは示されていないことから,鉄コーティング種子の鳥害回避効果およびその要因については別途確認が必要である.北陸研究センターでは,エアーアシスト条播機(第 1図)

の開発を行っている(帖佐ら 2007,2008).この播種機は作業幅が 10 mで,トラクタの PTOを動力源とした送風機により種子が吐出口まで送られ,条間 30 cmの条播を行う構造をしている.また,この播種機の走行速度を 0 . 8 m

s-1,圃場作業効率を 70%と仮定した場合,播種作業量が30分 / haとなるため,今後,圃場の集積等により圃場の大規模化および大区画化した場合にも十分対応が可能であり,鉄コーティング直播栽培の省力・低コスト化をより推し進める技術になりうると考えられる.一方,エアーアシスト条播機を利用した湛水直播では耐倒伏性の強化や作業管理性の向上を目的とした条形成を促すために吐出口を絞った形にしているが,それによって吐出口での風速が強まったため,条件によって土中に種子が深く入る事例も確認されている.これまで湛水直播水稲の出芽・苗立ちを向上,安定化させるという目標に対して,古畑らは播種後落水が湛水土中直播水稲の出芽・苗立ちを向上させるメカニズム(2005a),播種後落水を適用するに当たっての留意点および局所施肥や多肥による出芽抑制を軽減する効果(2005b, c, d,2006a,

b)について報告を行ってきた.さらに,古畑らは単一品種(2006b),複数品種(2007a)において早期の出芽は,最終的な出芽率を高め,同時に地上部形質を向上させることを報告している.また,種子予措について,鉄コーティング種子に催芽種子を利用した場合,従来の活性化種子に比べて低温条件で出芽・苗立ちが早まることを報告している(古畑ら 2007c).これらの報告は北陸や東北のような寒冷地では鉄コーティング種子に催芽種子を利用することによって出芽・苗立ちが早まり,出芽・苗立ちが向上,安定

日作紀(Jpn. J. Crop Sci.)78(2):170―179(2009)

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古畑ら――鉄資材と酸素発生資材との比較 171

化することが示唆されている.そこで本研究では,試験区の種子はすべて催芽種子とし,コーティング後も密封保管によって乾燥を播種時まで抑制した種子を利用して鉄コーティング種子の出芽・苗立ちを過酸化カルシウムコーティング種子および催芽種子との比較で評価した.まず,エアーアシスト条播機で圃場に播種した鉄コーティング種子の出芽・苗立ちについて鳥害を含めて評価を行い,さらに鳥害回避効果の要因について検討した.また,ポットで表面播種から土中播種まで異なる播種深を設けて,出芽・苗立ちを詳細に評価した.さらに,寒冷地では播種後平均気温が 15℃前後となる低温条件で播種されることが多いため,異なる温度条件を設けて,出芽・苗立ちを評価した.そしてこれらの結果からエアーアシスト条播機と鉄コーティング種子を利用した湛水直播栽培体系を確立するのに必要な条件の検討を行った.

材料と方法

鉄コーティング種子では,浸種後に乾燥させた活性化種子を利用するのが一般的である(注:山内稔 2007.鉄コーティング湛水直播技術と飼料用稲栽培への適用)が,鉄コーティング種子に催芽種子を利用した場合,従来の活性化種子に比べて低温条件で出芽・苗立ちが早まること(古畑ら

2007 c),早期の出芽は,最終的な出芽率を高め,同時に地上部形質を向上させること(古畑ら 2006b,2007a),催芽種子のみを利用した場合にはコーティング資材の影響のみを評価できることから,種子はすべて催芽種子とし,コーティング後も密封保管としてコーティング種子の乾燥を播種まで抑制した.

試験 I

コシヒカリの催芽種子(種子消毒後,5℃で 5日間浸種した後に 50%程度発芽するまで催芽した種子)に対して,コーティング量が乾籾重の等倍量になるように鉄資材をコーティングした種子(以下鉄コーティング区とする),コーティング量が乾籾重の等倍量になるように過酸化カル

シウム資材をコーティングした種子(以下過酸化カルシウムコーティング区とする)の計 2区を作成し,播種日まで5℃で 4日間密封保管した.なお,試験 Iでは異なるコーティング種子の播種量調整に数時間を要すること,還元鉄をベースとした資材をコーティングした催芽種子がホッパー等で大量に集積する場合,還元鉄の酸化に伴う発熱によって発芽率が短時間で低下しやすいが,酸化鉄をベースとした資材をコーティングした催芽種子では同様の条件でも発熱による発芽率低下のリスクが小さいこと(関矢ら 2006,古畑ら 2007d),酸化鉄をベースとした資材をコーティングした催芽種子は還元鉄をベースとした資材をコーティングした催芽種子と同様の発芽率および出芽率を示すこと(古畑ら 2007b)から,試験 Iの鉄コーティング区は酸化鉄粉70%と還元鉄粉 30%の割合で混合したものをコーティングして用いた.また,試験 Iでは 1区当たりに準備した乾籾重が 3㎏と大量のため,資材のコーティングはカルパーコーティングマシン(ヤンマー製,YCT15)で行った.2007年 5月 1日に中央農業総合研究センター北陸研究センター(新潟県上越市稲田)内の圃場で代かき作業後 1時間以内にエアーアシスト条播機を用いて各区乾籾3 kg / 10 a設定で播種を行った.また,播種翌日に 60×60

㎝の枠(防鳥区・無防鳥区はそれぞれ隣接)を 6反復で設置後,播種後 10日目まで落水した後に湛水管理とし,播種後 28日目に苗立ち率,食害率,茎葉部乾物重,白化茎長,草丈,葉齢を調査した.なお,防鳥区は,亀甲金網(サンネット工業製,ビニール亀甲網 16×16 mm)でカバーを試作して枠全体を覆うことによって防鳥処理を施した.また,本研究では,出芽後に鞘葉から第 1葉を抽出し,第 1

葉鞘頂部から緑化した第 2葉の抽出した個体を苗立ち個体とし,苗立ち率は機械播種量から推定される単位面積当たりの播種粒数に対する防鳥区および無防鳥区それぞれの個体数の割合とし,食害率は,無防鳥区と隣接した防鳥区の苗立ち個体数に対する無防鳥区の苗立ち個体数の割合とし,それぞれ 6反復の平均値で示した.

第 1図 エアーアシスト条播機の概要.   帖佐ら(2008)より作成.

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172 日 本 作 物 学 会 紀 事 第 78巻(2009)

試験 II

1.コーティング種子表面の色差測定

試験 Iと同様に鉄コーティング区および過酸化カルシウムコーティング区を作成し,コーティング当日およびコーティング後 3日目(網箱に薄く広げて 1日 1回水をスプレーすることによって酸化を促進した)のコーティング種子表面の色差(L*a*b*表色系)を分光測色計(MINOLTA製,CM-3500 d)を用いて 3反復で測定した.なお,試験 IIの鉄コーティング区では,一般的なコーティング比(コーティング量は乾籾重の等倍量となるように還元鉄 90%と焼石膏 10%の割合で混合したもの)とし,催芽種子にコーティングして用いた.また,1区当たりに使用した乾籾重が100 gと少量のため,資材のコーティングはパン型造粒機(AS ONE製,PZ-01)で行った.

2.落水土壌の色差測定

北陸研究センター内の水田土壌(細粒強グライ土)を風乾砕土後にコンテナに入れて代かきした土壌を 500 mLのディスポカップに充填した.数時間後に表面水を除去した後,17℃とした恒温器に静置し,この日を落水後 0日として,落水後 0,2,4,6,8,10日目にそれぞれの表層土壌をサンプリングした.この土壌の色差(L*a*b*表色系)を分光測色計(MINOLTA製,CM-3500 d)を用いて 3反復で測定した後,同条件とした別の 500 mLのディスポカップから 100 mL土壌コアで表層土壌(地表面から深さ 5 cm

まで)を 3反復ずつ抜き取り,105℃,24時間乾燥後,秤量して乾燥前の重量との差から土壌含水率を求めた.

試験 III

試験 IIと同様に鉄コーティング区(コーティング比・量は試験 IIと同じ),過酸化カルシウムコーティング区を作成し,さらに催芽種子に対して資材のコーティングを行わない区(以下催芽区とする)の計 3区を設けて,コーティング後は播種日まで 5℃で 3日間密封保管した.あらかじめ風乾砕土した水田土壌(細粒強グライ土)を 1 / 5000 a

ワグネルポットに充填し,2006年 9月 27日に入水したポットで代かきを行い 1日間野外で静置し,翌日に表面水を除去した土壌に播種深 0 . 5,1 . 0,1 . 5 cmにピンセット播種した (20個体 /ポット).播種後は湛水深 2~3 cmの湛水管

理とし,14日間(平均気温 19 . 7℃)にわたって出芽率,第 1葉(不完全葉)抽出率,苗立ち(第 2葉抽出)率を調査して平均出芽日数(播種から出芽までに要する平均日数),平均第 1葉抽出率(播種から第 1葉抽出までに要する平均日数)および平均苗立ち日数(播種から苗立ちまでに要する平均日数)を算出した(古畑ら 2005c).さらに,播種後 14日目に未発芽個体を含む全ての種子(個体)を回収して草丈,葉齢,茎葉部乾物重を 3反復(ポット)で測定した.

試験 IV

試験 IIIと同様に催芽区,鉄コーティング区(コーティング比・量は試験 Iと同じ)および過酸化カルシウムコーティング区を作成し,播種日まで 5℃で 3日間密封保管した.播種前日にコンテナ内で風乾砕土した水田土壌(細粒強グライ土)を代かきし,500 mLのディスポカップに充填した.2007年 9月 7日に表面水を除去した土壌に播種深 1 . 0 cmにピンセット播種した(10個体 /ディスポカップ) 後に 15℃,20℃,25℃とした恒温機(12時間・明条件,12時間・暗条件)内に静置した.播種後の水管理は湛水区のみとし,1日 1回駒込ピペットで加水して約 1 cmの水深を維持しながら,播種後 14日間にわたって出芽率,第 1葉抽出率および苗立ち率を調査して平均出芽日数,平均第 1葉抽出日数および平均苗立ち日数を算出した.さらに,播種後 14日目に未発芽個体を含む全ての種子を回収して草丈,葉齢,茎葉部乾物重を 6反復(カップ)で測定した.

結   果

試験 I

1.異なるコーティング種子が圃場条件における苗立ち

と鳥害程度に及ぼす影響

圃場において機械播種を行った後の苗立ちと鳥害程度を第 1表に示した.鉄コーティング区は,防鳥条件では過酸化カルシウムコーティング区に比べて苗立ち率は低い傾向を示すが,無防鳥条件では過酸化カルシウムコーティング区に比べて食害率が低い傾向となり,苗立ち率は過酸化カルシウムコーティング区に比べて高くなる傾向を示した.また,無防鳥条件で調査した結果,鉄コーティング区は過

第 1表 異なるコーティング種子が湛水直播水稲の苗立ちと鳥害に及ぼす影響.

コーティングの種類 苗立ち率(%) 食害率 茎葉部乾物重 白化茎長 草丈 葉齢防鳥区 無防鳥区 (%) (mg/㎡) (cm) (cm)

過酸化カルシウムコーティング 53 . 1 23 . 1 54 . 4 386 0 . 55 11 . 2 3 . 8

鉄コーティング 40 . 9 36 . 0 14 . 1 503 0 . 45  8 . 6 3 . 8

t検定 ns ns ** ns ns ** ns

播種後 28日目の値.2007年 5月 1日に機械播種,播種翌日から 9日間落水した後に湛水管理とした(平均気温 16 . 8℃).茎葉部乾物重,白化茎長,草丈,葉齢は無防鳥区での値.食害した主な鳥はカラス,一部スズメの食害を受けた.**:対応のない t検定の結果,過酸化カルシウムコーティング区および鉄コーティング区間に 1%水準で有意差があることを示す.ns:有意差なし.

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古畑ら――鉄資材と酸素発生資材との比較 173

酸化カルシウムコーティング区に比べて白化茎長(播種深)と葉齢がほぼ同等であり,草丈は有意に低かったが,茎葉部乾物重は大きい傾向を示した.さらに播種から苗立ち期までの圃場を観察した結果,過酸化カルシウムコーティング区では播種後に畦畔から多くの種子表面が確認され,落水後 1~2日目からカラスが複数個体飛来して,過酸化カルシウムコーティング区のみ食害を受けているのが観察された.また,スズメは別の圃場の鉄コーティング区を含め播種後 10日間飛来が確認されなかったが,播種後 10日目には複数個体が飛来して鉄コーティング区も食害を受け始めたために入水し,その後,スズメによる食害を受けなくなった.

試験 II

1.異なるコーティング種子表面の色差の比較

異なるコーティング種子表面の色差の比較を第 2表に示した.コーティング当日で比較すると,鉄コーティング種

子は過酸化カルシウムコーティング種子に比べて,表面のL*値,a*値および b*値は有意に小さかった(明度は小さく,赤みと黄みは弱い).また,コーティング後 3日目で比較すると,鉄コーティング種子は過酸化カルシウムコーティング種子に比べて,表面の L*値はさらに小さくなる一方で,a*値および b*値は有意に大きくなった(明度はさらに小さくなり,赤みと黄みが増した).

2.落水土壌の色差の推移

落水後日数の経過に伴う表層土壌の土壌含水率と色差の推移を第 2図に示した.落水後日数の経過に伴って表層土壌の土壌含水率は低下した(第 2図 A).また,表層土壌の色差について,L*値は落水後 0~8日目まで 31 . 0~33 . 3の範囲で推移して値はほとんど変わらなかったが,落水後 10日目は土壌が明らかに白乾状態であり,L*値は46 . 6となって明らかに大きくなった(第 2図 B).a*値は6 . 0~8 . 0(第 2図 C),b*値は 14 . 2~20 . 9(第 2図 D)

第 2図 落水後日数の経過に伴う土壌表層の色差と土壌含水率の推移.   縦棒は標準誤差を示す.

第 2表 異なるコーティング種子表面の色差の比較.

コーティングの種類 コーティング当日 コーティング後 3日目L* a* b* L* a* b*

過酸化カルシウムコーティング 57 . 1 0 . 4 10 . 6 60 . 6 0 . 1  6 . 6

鉄コーティング 40 . 7 0 . 1  1 . 2 29 . 7 9 . 2 16 . 0

t検定 ** * ** ** ** **

L*は明度,a*と b*は色度を表す.**,*:対応のない t検定の結果,過酸化カルシウムコーティングおよび鉄コーティング間に 1%,5%水準で有意差があることを示す.

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174 日 本 作 物 学 会 紀 事 第 78巻(2009)

の範囲で推移して値は大きく変わらなかった .

試験 III

1.異なるコーティング種子と播種深が湛水直播水稲の

出芽・苗立ちに及ぼす影響

出芽率,第 1葉抽出率,苗立ち率の推移を第 3図に示した.過酸化カルシウムコーティング区の出芽率,第 1葉抽出率および苗立ち率は播種深が深くなるのに伴って低く推移する傾向を示したが,その程度は小さかった.一方,同様な低下傾向は鉄コーティング区および催芽区でも認められたが,第 1葉抽出率および苗立ち率の推移ではより顕著となった.出芽,第 1葉抽出,苗立ちそれぞれに要した日数および播種後 14日目の初期生育量を第 3表に示した.出芽,第

1葉抽出,苗立ちに要した日数についてみると,同一播種深で異なるコーティング区を比較した場合,平均出芽日数は過酸化カルシウムコーティング区,鉄コーティング区,催芽区の順に短く,平均第 1葉抽出日数,平均苗立ち日数も同様の傾向を示した.また,同一コーティング区で異なる播種深を比較した場合,過酸化カルシウムコーティング区では平均出芽日数および平均苗立ち日数について播種深0 . 5 cmと 1 . 5 cm間で有意差が認められたが,その差は小さかった.一方,鉄コーティング区では播種深 0 . 5 cmに比べて播種深 1 . 0 cmおよび 1 . 5 cmでは,平均出芽日数,第 1葉抽出日数および苗立ち日数は明らかに長くなった.また,催芽区では鉄コーティング区と同様の傾向が認められたが,出芽,第 1葉抽出,苗立ちに要する日数もより長くなる傾向を示した.

第 3図 異なるコーティング種子および播種深条件における湛水直播水稲の出芽率,第 1葉抽出率および苗立ち率の推移.   2006年 9月 28日に播種,播種後 14日間湛水深 2~3㎝の湛水管理とした(平均気温 19 . 7℃).●:播種深 0 . 5㎝,:播種深 1㎝,

■:播種深 1 . 5㎝.縦棒は標準誤差を示す.

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古畑ら――鉄資材と酸素発生資材との比較 175

初期生育について,過酸化カルシウム区では異なる播種深間で草丈,葉齢,茎葉部乾物重には有意差は認められなかった.一方,鉄コーティング区では播種深 0 . 5 cmに比べて播種深 1 . 0 cmおよび 1 . 5 cmの草丈は有意に低く,葉齢は有意に遅れ,茎葉部乾物重は有意に小さかった.催芽区でも鉄コーティング区と同様の傾向が認められたが,全体的に草丈は低く,葉齢は遅れ,茎葉部乾物重は小さくなる傾向を示した.

試験 IV

1.異なるコーティング種子と温度が湛水直播水稲の出

芽・苗立ちに及ぼす影響

出芽率,第 1葉抽出率,苗立ち率の推移を第 4図に示した.過酸化カルシウムコーティング区の出芽率,第 1葉抽出率および苗立ち率は温度の低下に伴って遅れる傾向を示した.また,同様な傾向は鉄コーティング区および催芽区でも認められた.平均出芽日数および播種後 14日目の初期生育量を第 4

表に示した.同一温度で異なるコーティング区を比較した場合,平均出芽日数は過酸化カルシウムコーティング区,鉄コーティング区,催芽区の順に短くなり,播種後 14日目の初期生育量は過酸化カルシウムコーティング区,鉄コーティング区,催芽区の順に大きくなる傾向を示した.また,同一コーティング区で異なる温度を比較した場合,温度の低下に伴ってすべての区の平均出芽日数は長くなり,播種後 14日目の初期生育量も小さくなる傾向を示した.

考   察

1.催芽種子と異なる鉄資材の利用について

本試験の鉄コーティング区では,すべて催芽種子を利用した.これに関して,山内が提唱する鉄コーティング直播栽培(2004)では,活性化種子(種子消毒後,常温で 1~

2日浸種後に乾燥させた種子)を利用するのが一般的とされているが,冷涼な地域では催芽種子の利用によって鉄コーティング種子の出芽が早まり,出芽・苗立ちが向上する可能性が示唆されている(古畑ら 2007c).この方法とは別の出芽・苗立ちを早進化させて出芽・苗立ちを向上させる方法として,過酸化カルシウム種子のコーティング後加温処理が報告されている(吉永ら 2000)が,この方法を鉄コーティング種子に導入できるかは現在検討中であり,詳細は別途報告する予定である.本試験の鉄コーティング区では,試験 Iおよび試験 IV

では酸化鉄をベースとし,試験 IIおよび IIIでは還元鉄をベースとしたコーティングであった.その理由として,試験 IIおよび試験 IIIを行った際は一般的な鉄コーティング資材である還元鉄をコーティング後に試験を行っていたが,催芽種子に還元鉄をコーティング後に集積した試験において発熱に伴った発芽率の低下が認められ(古畑ら

2007d),同様の現象も報告された(吉住ら 2006)ことから催芽種子に鉄コーティングした後の大量集積時の発熱対策を検討する必要があった.その後,酸化鉄をベースとしたコーティングが提案された(関矢ら 2006)ため,コーティング後の大量集積時発熱リスクを抑える目的で酸化鉄をベースとしたコーティングに切り替え,試験 I,試験 IVの順番で試験を行ったため,試験によって鉄コーティング区の資材が異なった.催芽種子に異なる鉄資材をコーティング後に大量集積した際の発熱とコーティング種子の発芽および出芽・苗立ちの詳細については別途報告する予定である.

2.鉄コーティング種子の鳥害回避効果について

本試験の結果,防鳥処理を行わなかった無防鳥区では,鉄コーティング種子は過酸化カルシウムコーティング種子に比べて食害率が低いため,有意ではないが苗立ち率が高くなり,初期生育量も大きくなる傾向にあった(第 1表).

第 3表 異なるコーティング種子および播種深が湛水直播水稲の平均出芽,第 1葉抽出,苗立ち日数および播種後 14日目の初期生育量に及ぼす影響.

コーティングの種類

播種深(cm)

平均出芽日数 (日)

平均第 1葉抽出日数 (日)

平均苗立ち日数(日)

草丈(cm)

葉齢茎葉部乾物重(mg/20個体)

過酸化 0 . 5 3 . 3 a  5 . 6 a  6 . 7 a 8 . 9 a 2 . 9 a 102 a

カルシウム 1 . 0  3 . 7 ab  5 . 9 a  7 . 0 ab 9 . 2 a 2 . 7 a 104 a

コーティング 1 . 5 4 . 0 b  6 . 0 a  7 . 2 b 8 . 7 a 2 . 6 a 101 a

鉄 0 . 5 3 . 6 a  7 . 4 a  7 . 8 a 4 . 8 a 2 . 2 a  52 a

コーティング 1 . 0 4 . 6 b  9 . 1 b 10 . 0 b 2 . 9 b 1 . 4 b  34 b

1 . 5 5 . 7 c 10 . 4 c 11 . 0 b 2 . 5 b 1 . 3 b  34 b

0 . 5 4 . 9 a  8 . 2 a  9 . 7 a 3 . 6 a 1 . 8 a  39 a

催芽 1 . 0 5 . 7 b 10 . 2 b 11 . 5 ab 1 . 5 b 1 . 0 a  16 b

1 . 5 7 . 5 c 11 . 9 b 12 . 9 b 0 . 3 c 0 . 4 a   8 b

草丈,葉齢,茎葉部乾物重は播種後 14日目の平均値(n=3)で示し,草丈と葉齢は未発芽個体および鞘葉のみ抽出した個体を 0として計算した.同一英文字間は,同一コーティング種子の異なる播種深間で 5%水準の有意差が無いことを示す(Tukey法).

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176 日 本 作 物 学 会 紀 事 第 78巻(2009)

第 4図 異なるコーティング種子および温度条件における湛水直播水稲の出芽率,第 1葉抽出率および苗立ち率の推移.   2007年 9月 7日に播種深 1 . 0 cmに播種,播種後 14日間湛水管理とした.●:15℃,△:20℃,■:25℃.縦棒は標準誤差を示す.

第 4表 異なるコーティング種子および温度が湛水直播水稲の平均出芽日数および播種後 14日目の初期生育量に及ぼす影響.

コーティングの種類 気温 平均出芽日数 草丈 葉齢 茎葉部乾物重(℃) (日) (cm) (mg/10個体)

過酸化カルシウム 15 10 . 3 a - 0 . 4 a  3 . 9 a

コーティング 20  6 . 0 b  7 . 7 a 2 . 4 b 38 . 0 b

25  3 . 6 c 19 . 2 b 2 . 9 c 96 . 7 c

鉄コーティング 15 11 . 9 a - 0 . 1 a  1 . 3 a

20  6 . 6 b  2 . 6 a 1 . 1 b 13 . 6 b

25  3 . 7 c 11 . 9 b 1 . 9 c 48 . 9 c

催芽 15 - - -  0 . 3 a

20  8 . 6 a  0 . 3 a 0 . 6 a  7 . 2 a

25  4 . 7 b  6 . 7 b 1 . 1 a 22 . 8 b

草丈,葉齢,茎葉部乾物重は播種後 14日目の平均値(n=6)で示す.草丈と葉齢は未発芽個体および鞘葉のみ抽出した個体を 0として計算した.同一英文字間は,同一コーティング種子の異なる温度間で 5%水準の有意差が無いことを示す(Tukey法).

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古畑ら――鉄資材と酸素発生資材との比較 177

これに関して,圃場に播種した場合,過酸化カルシウムコーティング種子に比べて鳥(スズメ,カワラヒワ)被害率が低下することを報告されている(渡邊ら 2006).鳥害程度が緩和された要因の一つとして,鉄コーティング種子表面の色差を測定した結果,鉄コーティング種子は過酸化カルシウムコーティング種子に比べてコーティング当日の明度は小さかった.また,コーティング後 3日目には鉄資材の酸化が進み,明度はさらに小さくなり,赤みと黄みが増していた(第 2表).また,落水した表層土壌の色差を測定した結果,白乾状態であった落水後 10日目を除いて L*値は 31 . 0~33 . 3の範囲で推移し,a*値は 6 . 0

~8 . 0,b*値は 14 . 2~20 . 9の範囲で推移していた(第 2

図).コーティング種子表面の色差と比較すると,過酸化カルシウムコーティング種子の L*値は表層土壌の L*値に比べて明らかに大きい値を示した.一方,鉄コーティング種子表面の色差は,過酸化カルシウムコーティング種子に比べて表層土壌の L*値との差は小さく,コーティング 3

日目(酸化が進んだ鉄コーティング種子)の種子表面の色差は表層土壌の色差と非常に類似していた.これに関して,松村・古畑(2007)は還元鉄粉と過酸化カルシウム剤(焼石膏等の鉱物質 84%含有)の混合比率を変えてコーティングした場合,過酸化カルシウム剤の比率の低下に伴って食害程度も低下することを報告している.また,鉄コーティング時に焼石膏を加えた場合,焼石膏の混入割合が高まるにつれて種子表面の明度(白度)も高まることが観察された(古畑ら 2007b).さらに,本試験の鉄コーティング区では,別の圃場の鉄コーティング区を含め播種後 10日間はスズメの飛来および食害は観察されなかったが,播種後 10

日目にスズメの飛来および食害が同時に観察された.この結果は,鉄コーティング種子表面と土壌表面との色差が小さいため,判別が困難となって食害が生じにくいが,鉄コーティング種子でも食害が生じる可能性を示唆している.また,酸化第二鉄は鳥に対する忌避剤として農薬登録されていること,鉄粉の混合割合を高めた場合,スズメについばまれたものの摂食されなかった種子の割合が高くなったこと(松村・古畑 2007)はスズメが摂食時に鉄粉を忌避する可能性を示唆している.このように鉄コーティング種子の鳥害回避要因は一つではなく複数あること,これには種子表面の色調によるカモフラージュ効果,摂食防止効果も含まれることが示唆されているが,今後鉄コーティング種子の鳥害回避効果のメカニズムの詳細についてはさらなる検討が必要であると考えられる.

3.播種深が鉄コーティング種子の出芽・苗立ちに及ぼ

す影響について

本試験の結果,催芽種子を利用した鉄コーティング種子は過酸化カルシウムコーティング種子に比べて播種深が深くなるのに伴って出芽,第 1葉抽出,苗立ちそれぞれに要する日数は遅れて出芽率,第 1葉抽出率,苗立ち率が低下

して,初期生育量も小さくなりやすいことを明らかにした(第 3図,第 3表).これに関して渡邊ら(2006)は,圃場に播種した場合,過酸化カルシウムコーティング種子に比べて鉄コーティング種子が同じ播種深で出芽率が低下することを報告している.渡邊らの試験では活性化種子を利用したことから,活性化種子,催芽種子に関わらず鉄コーティング種子は過酸化カルシウムコーティング種子と比べて播種深が深くなった場合に出芽率が低下しやすいことが示唆された.また,エアーアシスト条播機を用いた別の試験結果(古畑ら 2007e)では,鉄コーティング種子および過酸化カルシウムコーティング種子の播種深(白化茎長)はともに平均 5ミリ前後であったが,圃場内での鉄コーティング種子の平均苗立ち率は過酸化カルシウムコーティング種子に比べて同一圃場内での変動係数が大きかった.山内(2004)が提唱する鉄コーティング湛水直播においても表面播種することが前提とされていることから,エアーアシスト条播機で鉄コーティング種子を用いる場合,出芽・苗立ちを向上・安定化させるためにより浅い播種深に高精度で播種する技術が必要となる.この方法については現在,検討中である.山内は,鉄コーティング種子では土中播種ではなく表面播種とすることが必要不可欠であることを報告している(山内 2004,2005).このことは鉄コーティング種子には出芽促進効果がないことを示唆しているが,本試験では鉄コーティング区の出芽・苗立ちが催芽種子に比べて平均出芽日数は若干短く,播種後 14日目の初期生育量が若干優れており(第 3表,第 4表),鉄コーティングにも出芽促進効果がある可能性が示唆された.山内(2004)は,現在の普及品種は低酸素下での出芽能力が低く土中に播けないとしているが,良出芽品種との組み合わせによって土中播種が可能となるかもしれない.これについては更なる検討が必要である.

4.温度が鉄コーティング種子の出芽・苗立ちに及ぼす

影響について

本試験の結果,鉄コーティング種子は過酸化カルシウムコーティング種子に比べて温度が低くなるのに伴って平均出芽日数は遅れて出芽率,第 1葉抽出率,苗立ち率が低下して,初期生育量も小さくなりやすいことを明らかにした(第 4図,第 4表).これに関して,関矢ら(2006)は,

16℃および 30℃でシャーレを用いた発芽試験の結果,鉄コーティング種子は過酸化カルシウムコーティング種子に比べて低温時に初期生育が遅れて苗立ち不良になる可能性があると結論づけている.本試験の温度設定は関矢らの温度設定(16℃および 30℃)に近い温度設定(15℃~25℃)となっているが,低温・土中播種条件における鉄コーティング種子の出芽・苗立ち率および初期生育量の低下が過酸化カルシウムコーティング種子に比べて顕著であることが示唆された.さらに,北陸や東北のような播種時期が冷涼

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178 日 本 作 物 学 会 紀 事 第 78巻(2009)

な地域では,出芽・苗立ち確保のための播種後落水管理の導入によって除草剤投入のタイミングを逸しやすいことが報告されている(酒井・佐藤 1998,山本・菊池 2006).鉄コーティング湛水直播では生育の遅れによって,それがさらに助長される可能性があることから,寒冷地における鉄コーティング直播栽培では出芽・苗立ちを早進化させる技術の導入が必要であると考えられた.以上のことから,鉄コーティング種子は,圃場条件において過酸化カルシウムコーティング種子に比べて防鳥効果があることが確認された.この要因の一つとして,鉄コーティング種子の表面は,過酸化カルシウムコーティング種子に比べて明度は小さく,酸化に伴って赤みと黄みが増すことによって土壌表面との色差が小さくなるために鳥害が生じにくいことが示唆された.一方,鉄コーティング種子は過酸化カルシウムコーティング種子に比べて低温条件や播種深が深くなるのに伴って出芽・苗立ちが遅れて,出芽・苗立ち率は低下して初期生育量も小さくなることが示唆された.謝辞:中央農業総合研究センター北陸研究センター大麦研究北陸サブチームの山口修主任研究員にはコーティング種子表面および表層土壌の色差を測定するに当たりご協力頂いた.また北陸研究センター田畑輪換研究チームの大野智史主任研究員には落水表層土壌の色差の推移について適切なご助言を頂いた.さらに,本研究の遂行にあたって,細川寿北陸水田輪作研究チーム長および大嶺政朗主任研究員(現九州沖縄農業研究センター九州畑輪作研究チーム主任研究員),技術専門職の小竹剛志氏,栗崎利幸氏,浅野修氏,関口誠氏および研究スタッフの杉浦尚美さん,伊倉智子さん,渡辺梅子さんにはご協力頂いた.ここに記して感謝の意を表する次第である.

引 用 文 献

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古畑ら――鉄資材と酸素発生資材との比較 179

Effects of Iron-Powder Coating versus Calcium-Peroxide Coating of Seeds on Seedling Emergence and Establishment of Rice Direct-Seeded in Submerged Paddy Field : Masami Furuhata

1), Tadashi Chosa1), Osamu Matsumura

1) and Tomoyuki Yukawa2)

(1)Natl. Agr. Res. Cent., Hokuriku Res. Cent., Joetsu 943-0193, Japan; 2)Headquarters of NARO)Abstract : This research was conducted to establish the method of direct seeding of iron-coated seeds using air-assist row seeder in the cold district. The defensive effect of iron-coated seeds direct-seeded in a submerged paddy field against birds was examined. In addition, seedling emergence and establishment of seedling from directly seeded iron-coated seeds, pre-germinated seeds, and calcium peroxide-coated seeds were comparatively examined in pot experiments. Iron coating was more effective in defending the seeds from bird damage than coating with calcium-peroxide due to the reduced lightness (L*) and increased red (a*) and yellow (b*) hues caused by oxidation of iron. In short, the iron-coated seeds were not easily damaged by bird because the appearance was similar to that of the soil surface. On the other hand, the iron-coated seeds showed delayed seedling emergence and establishment compared with the calcium peroxide-coated seeds at low temperatures and under conditions of deep seeding. We propose that seeding of iron-coated seeds on the soil surface is preferable for direct seeding in submerged paddy fields. The introduction of new methods that promote seedling emergence and establishment may be advantageous in cold areas. Key words : Bird damage, Iron-coated seed, Low temperature, Rice, Seeding depth, Seedling emergence, Seedling establishment, Submerged direct seeding.