Ⅱ 国際収支と国際投資ポジション テキスト:pp.18-37,...
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Ⅱ 国際収支と国際投資ポジション テキスト:pp.18-37, p.238-
1.BPM6に準拠した新国際収支統計 2.国際投資ポジション 3.対外インバランスと金融グローバル化の指標 4.ネット=フロー分析からグロス=ストック分析へ 5.評価効果と対外収益率格差 6.グロスの資本フロー
1
2
国際収支統計と国民経済計算 • 国際収支統計 ・IMF国際収支マニュアル第5版(1993)=BPM5によって、国際的に共通かつ比較可能な方法で作成。
http://www.imf.org/external/np/sta/bop/bopman.pdf ・国際連合の国民経済計算(System of National Account) =現在は「93SNA」(1993)との整合性が保たれている http://unstats.un.org/unsd/sna1993/toctop.asp • 2009年第40回国際連合統計委員会において、「2008年国民経済計算体系」(08SNA)が採択されたため、今後は08SNAへの移行が予定。
・2009年にIMFの国際収支マニュアルも「第6版」=BPM6が公表。 ・この第6版では、国際投資ポジションが正式な統計として格上げ。マニュアルの正式名称もBalance of Payments and International Investment Position Manual。
http://www.imf.org/external/pubs/ft/bop/2007/bopman6.htm
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国際収支 新統計(BMP6準拠) 大きな変更点
• 金融収支(Financial account) – 現行の「資本収支」(のうちの「投資収支」)と「外貨準備増減」を統合して「金融収支」とする。
• 資本移転収支(Capital account) – 現行の「資本収支」から「その他資本収支」を切り出して、「資本移転等収支」とする。
• 第一次所得収支(Primary income) – 現行の「所得収支」
• 第二次所得収支(Secondary income) – 現行の「経常移転収支」
日本銀行国際局「国際収支統計の見直しについて」2013年6月 http://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2013/data/ron131008a.pdf 4
旧統計(BMP5準拠)
新統計(BMP6準拠)
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金融収支(資金の流出入)の符号 • 現行の「投資収支」および「外貨準備増減」では、資金の流出入に着目し、資金流入をプラス(+)、資金流出をマイナス(-)。
• 「金融収支」(現行の「投資収支」と「外貨準備増減」を統合したもの)では資産・負債の増減に着目し、資産・負債の増加をプラス(+)、減少をマイナス(-)とする。
• この結果、負債(対内投資)側の符号は現在と同じであるが、資産(対外投資)側の符号が現在と逆になる。
• したがって、ネット収支の算出方法も現行の「資産+負債」から「資産-負債」に変更する。
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符号表示の変更
7
新旧比較
• 旧統計 経常収支+資本収支+外貨準備増減+誤差脱漏=0 2012年:4.8兆円ー8.2兆円+3.1兆円+0.3兆円=0
• 新統計 経常収支+資本移転収支ー金融収支+誤差脱漏=0 2012年:4.7兆円-0.1兆円-4.9兆円+0.3兆円=0 2013年:3.3兆円-0.7兆円+1.5兆円-4.1兆円=0
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日本の国際収支 1996-2013P (新統計:BPM6準拠)
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各国の国際収支 (単位 100万
米ドル)
国(地域) 年 経常収支
資本移転等収支
金融収支 外貨準備 誤差脱漏 貿易・サービス収支
第一次 所得収支
第二次 所得収支
日本 08 159,400 17,300 155,000 -13,000 -5,500 172,600 30,900 49,600
09 147,000 23,300 136,100 -12,400 -5,000 147,900 26,900 32,800
10 203,900 74,900 141,400 -12,400 -5,000 195,600 43,900 40,500
11 119,100 -42,900 175,800 -13,800 500 -18,800 176,600 38,300
12 60,900 -104,000 179,200 -14,300 -1,000 102,200 -38,300 4,100
中国 08 420,569 348,833 28,580 43,156 3,051 -37,075 479,553 18,859
09 243,257 220,130 -8,533 31,659 3,939 -194,494 400,508 -41,181
10 237,810 223,024 -25,899 40,686 4,631 -282,234 471,659 -53,016
11 136,097 181,904 -70,318 24,511 5,446 -260,024 387,799 -13,768
12 193,139 231,845 -42,139 3,434 4,272 21,084 96,555 -79,773
アメリカ 08 -677,100 -698,300 147,100 -125,800 6,000 -735,400 4,800 -59,400
09 -381,900 -379,100 119,700 -122,400 -100 -291,800 52,200 142,400
10 -442,000 -494,700 183,900 -131,100 -200 -384,700 1,800 59,200
11 -465,900 -559,800 227,000 -133,100 -1,200 -572,200 16,000 -89,100
12 -475,000 -539,500 198,600 -134,200 6,400 -404,200 4,500 68,800
出所『世界の統計 2014年版』 10
11
2.国際収支(BOP)と国際投資ポジション(IIP)
• 国際収支:BOP(フローの概念) ⇒一定期間における一国の代金の受取りと支払いの差額を、一定期間について、
集計したもの (=GDP、損益計算書)
• 国際投資ポジション:IIP(ストックの概念) ⇒一時点における一国の対外資産と対外負債を示したもの(=貸借対照表)
• 債権国→「対外総資産>対外総資産」である国は、対外純資産が+ • 債務国→「対外総資産<対外総資産」である国は、対外純資産が-
• 理論的には、 今年度の対外純資産(NFAt)=前年度の対外純資産(NFAt-1)+経常収支(CAt) 簡単に言えば、 経常黒字(資本流出)=対外純資産の増加 経常赤字(資本流入)=対外純資産の減少 ・ 実際には、ストックの概念である国際投資ポジションは、為替レートの変動をはじ
めとする資産価格の変化(評価調整)等が加わるため、上記のような理論的な関係とは一致しない
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経常収支(フロー)と対外純資産(ストック)の関係
CAt :t期の経常収支 (=-資本収支[-KAt])、 NFAt ,NFAt-1:t期末、t-1期末の対外純資産
とすると、為替レートの変動など資産価格の変動による評価損益(キャピタルゲインorロス)がなければ、理論的には次の関係が成立するはず。 しかし、現実には評価損益が存在するから、 となる。ここで、 KGt:t期中に発生したキャピタルゲイン(マイナスのときはロス)
1 ( )t t tNFA NFA CA CA NFA−= + = ∆
1 ( )t t t tNFA NFA CA KG KG NFA CA−= + + = ∆ +
日本の国際投資ポジション 1995-2013P
13
14
主要国の対外純資産
財務省資料 http://www.mof.go.jp/international_policy/reference/iip/2012_g4.pdf
15
債権国と債務国に関する注意事項 1.アメリカが世界最大の債務国? ・アメリカは、自国の対外債務を、自国通貨(ドル)支払えばよい(痛みを伴わない):基軸通貨国特権 ・アメリカ以外の債務国(多く途上国)は、自国の対外債務を、外国通貨(ドル)で支払わざるをえない(痛みを伴う)。 2.日本が世界最大の債権国? 世界最大の債権国(日本)が、世界最大の債務国の通貨(ドル)建てで、自国の対外債権を保有しているという事例は、歴史上存在しない。 自国通貨が強くなること(円高)→自国の対外債権の価値の下落(為替リスクの発生) [歴史的に見てノーマルなケース] ●1870年~1914年のイギリス:自国の対外債権は自国通貨(ポンド)建てで保有→自国通貨が強くなること→自国の対外債権の価値は上昇。 ●WW2後のアメリカ:自国の対外債権は自国通貨(ドル)建てで保有→自国通貨が強くなること→自国の対外債権の価値は上昇。 3.対外純資産から、対外総資産・総負債へ=ネットの資本フローから、
グロスの資本フローへ
16
3.対外インバランスとは何か 1. 対外的な均衡/不均衡は、黒字/赤字(surplus/deficit)、ないしは収
支(残高)がゼロかゼロでないか(balance/imbalances)であって、必ずしも需要と供給の均衡/不均衡(equilibrium/disequilibrium)を意味するわけではない。
2. したがって、しばしば改善/悪化(improvement/deterioration)とかいう言葉が付加して使われる、対外的な黒字/赤字という概念には、必ずしも規範的な意味を持つわけではない。規範的な意味を持たせるのは重商主義的な残滓。
–経常収支の動学的アプローチ(異時点間分析)の視点からいえば、ある一期間の経常収支不均衡を問題にすること自体が無意味。
–現在の経常収支赤字が、将来の経常収支黒字によって返済され、異時点間の消費が平準化されることが、最適な経常収支黒字と赤字の組み合わせになる。一期間の経常収支の不均衡(imbalances)は、異時点間の均衡(equilibrium)にとっては、何ら問題にはならない。
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3. フローの側面から把握する国際収支(BOP)分析 ⇒ストックの側面から把握する国際投資ポジション(IIP)分析
– 2008年に公表されたIMF国際収支マニュアル第6版(BMP6)*では、その正式名称がBalance of Payments and International Investment Position Manualと変更。国際収支(BOP)だけではなく、 (IIP)も正式な統計として格上げ。
– 第40回国際連合統計委員会において、2008年国民経済計算体系(08SNA)が採択されたため、今後は08SNAへの移行が予定。 現在は、93SNAと整合的なBMP5。
4. ネットの資本フロー分析 ⇒グロスの資本フロー
– ネットの資本収支=グロスの資本流入+グロスの資本流出 ⇒ネットの不均衡よりグロスの大きさ ⇒グロスの資本フローの内訳
18 IMF, World Economic Outlook , September, 2011
グローバル・インバランス(経常収支)
グローバル・インバランス (国際投資ポジション)
IMF, WEO, Sept, 2011 19
20
・Lane, P. and G-M. Milesi-Ferretti,[2001] “The External Wealth of Nations: Measures of Foreign Assets and Liabilities for Industrial and Developing Countries,” Journal of International Economics 55, 263–294.
・Lane, P. and G-M. Milesi-Ferretti [2007], “The External Wealth of Nations Mark II: Revised and Extended Estimates of Foreign Assets and Liabilities, 1970–2004,” Journal of International Economics 73, 223–250.
A LIFIGDP+
=
グロスの対外資産および対外負債が、両建てで1990年代から飛躍的に拡大。 ⇒1990年代以降、金融市場がグローバルに統合され、クロス ボーダーの資産取引がグロスで拡大。
ストックの対外投資ポジションから見た対外インバランス
金融グローバル化(金融市場の統合)の指標=IFI指標
A:対外総資産
L:対外総負債
21
金融グローバル化の指標 (Lane and Milesi-Firretti [2007])
it itit
it
FA FLIFIGDP+
=
22
米国の国際投資ポジション(1980年-2010年)
-50%
0%
50%
100%
150%
200%
1980198119821983198419851986198719881989199019911992199319941995199619971998199920
0020
0120
02200320
042005200620072008200920
10
対GDP比
対外総資産 対外総負債 対外純資産
53%
47%
159%
136%
Source:BEA
23
日本の国際投資ポジション(1995年-2010年)
0%
20%
40%
60%
80%
100%
120%
140%
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2001 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
対GDP比
対外総資産 対外総負債 対外純資産
118%
70%
54%
38%
Source:MOF, BOJ
24 Obstfeld [2011]
25
26
金融グローバル化(金融市場の統合)の指標
1A L
GLA L−
= −+
(1)GL指数:Obstfeld, M. [2004], “External Adjustment,” Review of World Economics, Vol.140, No4, pp. 541–568.
A=0 または L=0 ⇒ GL=0、 A=L ⇒ GL=1
GLが1に近いほど統合の度合いが高い
(2)IFI指標:Lane, P. and G-M. Milesi-Ferretti,[2001] “The External Wealth of Nations: Measures of Foreign Assets and Liabilities for Industrial and Developing Countries,” Journal of International Economics 55, 263–294.
Lane, P. and G-M. Milesi-Ferretti [2007], “The External Wealth of Nations Mark II: Revised and Extended Estimates of Foreign Assets and Liabilities, 1970–2004,” Journal of International Economics, 73, 223–250.
A LIFIGDP+
=
27
GL指数
0.5
0.6
0.7
0.8
0.9
1
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
GL(US) GL(JAP)
IFI指数
0%
50%
100%
150%
200%
250%
300%
350%
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
IFI(US) IFI(JAP)
金融グローバル化の日米比較
Financial Globalization
Global integration of financial markets
Increasing of two-way cross-border transactions in financial assets
Expanding of gross capital flows
Ballooning of gross international asset and liability positions
Establishing of one-way cross-border transactions in financial assets
Increasing of net capital flows
Increasing of net international investment positions(NIIP, NFA)
industrial countries emerging economies
28
過去20年間の国際的な資本フロー • 先進国間では、「双方向の資本フロー」(双方向での国際資産取引)が
活発となり、グロスの資本フローが流出・流入とも大きく拡大した。その結果、ストックとしての国際投資ポジション(IIP)も、グロスの対外資産・負債が両建てで膨張。
• 新興国では、1997年のアジア危機を契機として、経常収支黒字が定着し、それが外貨準備の著しい増加という形で「一方向の資本フロー」が続いている。その結果、ストックとしても、ネットの国際投資ポジション(NIIP)が拡大。
• どちらの資本フローのパターンも、伝統的な理論分析では説明が困難な現象
• 先進国間において、金利格差に基づく金利裁定が完全に行われるならば、グロスの資本フローは一方向となり、したがってネットのフローが拡大するはず。
• また資本の限界生産性と資本収益率の高い新興国から、それらが低い先進国への資本フローは、「ルーカスの逆説」として知られ(Lucas [1990])、しばしば「坂道を上る資本フロー」(capital flowing uphill)と呼ばれる。
29
flow stock
net gross
current account (net capital flows)
gross capital flows
net foreign assets
NFA C VAA L=∆ +
gross foreign assets and liabilities
( . )cf K I Kδ∆ = −
Global liquidity
30
31
評価効果(valuation effects)
(ⅰ) 経常収支(CA)と対外純資産(NFA)の関係 • ある年の経常収支黒字(赤字)は、その額だけ対外純資産を増加(減少)させる。
ΔNFA=CA (NFAt-NFAt-1=CAt) • 米国の場合、経常収支赤字を継続しているので、対外純資産も悪化し続けるはず。
• しかし、グロスの資産取引が拡大したことに伴い、フローの経常収支(CA)と、ストックの対外純資産(NFA) の関係が希薄化。
• 2001年以降、経常収支赤字は拡大し続けているのに対し、対外純債務は改善(ないしは安定的に推移)。
• このことは、アメリカが対外投資から巨額のキャピタルゲイン(評価益)を取得していることを意味する。
• したがって、対外純資産の変化を表すには、上式のかわりに、下記の式が正確な表現である(KGはキャピタルゲイン)。
ΔNFA=CA+KG (NFAt-NFAt-1=CAt+KGt)
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経常収支(CA)と対外純資産(NFA)の関係
• t期の経常収支が赤字となれば、t期末の対外純資産は、t-1期末の対外純資産に比べて、悪化するはず。
NFAt=NFAt-1+ CAt • しかし実際には、2005年の経常収支は、7500億㌦の赤字 CA2005=-7500億㌦ であるにもかかわらず、対外純債務は3200億㌦も改善。 NFA2005ーNFA2004=ー1.93兆㌦ー(ー2.25兆ドル)=3200億㌦ • このことは、2005年の1年間だけで1兆ドル以上ものキャピタルゲイン
(KG)を稼ぎ出したことを意味する。 KG2005=(NFA2005-NFA2004)-(-CA2005)= 3200億㌦+ 7500億㌦=1.07兆㌦ • 2005年中に発生したキャピタルゲイン1兆ドル(対GDP比8.1%)は、同年の経常収支赤字7500億ドル(対GDP比5.9%)をはるかに凌駕。
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経常収支と対外純資産(1995年-2010年)
-6%
-5%
-4%
-3%
-2%
-1%
0%
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
-30%
-25%
-20%
-15%
-10%
-5%
0%
経常収支(対GDP比) 対外純資産(対GDP比)
経常収支(対GDP比) 対外純資産(対GDP比)
悪化
改善
Source:BEA
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経常収支(CA)と対外純資産(NFA)の関係 • 対外純資産(NFA)が累積経常収支(ΣCA)に等しいとすると、理論的に
は
• 2002年から2007年までの間、米国の経常収支赤字は3.9兆㌦累積。この6年間の累積経常収支赤字が、2001年末の対外純債務1.9兆㌦(対GDP比18%)にそのまま蓄積されるならば、2007年末の対外純債務は5.8兆㌦[=1.9兆㌦+ 3.9兆㌦、同41%]にも達する(理論値)。
• しかし実際には、2007年末の対外純債務は1.8兆㌦(同15%)に過ぎず、この6年間で1000億㌦改善 (現実値)。
• このことは、この間で4.0兆㌦[= 5.8兆㌦- 1.8兆㌦]ものキャピタルゲイン(評価益)を稼ぎ出したことを意味する。
1
n
n t ii t
NFA NFA CA= +
= + ∑
35
現実のNFAと理論上のNFA(1995年-2010年)
-60%
-50%
-40%
-30%
-20%
-10%
0%
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
対GDP比
現実のNFA 理論上のFFA
36
日本の経常収支と対外純資産(1995年-2010年)
0%
1%
2%
3%
4%
5%
6%
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 20012003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
対GDP比
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
対GDP比
経常収支 対外純資産
改善
悪化
Source:MOF, BOJ
37
現実のNFAと理論上のNFA(日本:1996年-2010年)
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
1996 1997 1998 1999 2000 2001 2001 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
対GDP比
現実のNFA 理論上のNFA
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法外な特権 Gourinchas, P-O. and H. Rey [2007], “From World Banker to World Venture Capitalist: U.S. External Adjustment and the Exorbitant Privilege,” in Clarida R. ed., G7 Current Account Imbalances: Sustainability and Adjustment, University of Chicago Press., 11-66.
・法外な特権(exorbitant privilege):アメリカがネットの対外債務国で
あるにもかかわらず、グロスの対外資産によって外国から受け取る収益が、グロスの対外債務によって外国へ支払う収益よりも大きいこと。
・この法外な特権こそ、米国の対外制約を緩和し、ネットの対外投資ポジション(対外純資産)を大幅に悪化させることなく経常収支赤字を継続することを可能にしている。
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純債務国の所得収支がプラス 対外総資産をA、対外総負債をL、対外純資産(NFA)をFとすると、米国のNFAは、
0F A L= − <だから、世界利子率をr*とすると、米国の所得収支は、
* *( ) 0r F r A L= − <となるはずであるが、実際の米国の所得収支はプラスである。
対外総資産から受け取る利子率をrA、対外総負債に対して支払う利子率をrLとすると、米国の所得収支は、
( ) ( ) 0A L A L A A Lr A r L r L F r L r F r r L− = + − = + − >
米国の対外純資産はマイナス(F<0)なので、第1項はマイナスであり、これを上回って第2項がプラスであるためには、
rA>rL、かつ Lが十分に大きいこと
が必要である。
ただし、Lが大きくなりすぎて、 rA<rLとなると、所得収支はマイナスに転じる。
- ++
40
米国の対外総資産と対外総負債の収益率(1952年~2004年)
・対外収益率比率(ra/rl)がレバレッジ比率(L/A)を上回っている限り、対外純収益はプラスであるが、
・レバレッジ比率(L/A)が対外収益率比率(ra/rl)を上回ると、対外純収益はマイナスに転じる
対外資産(A)から受け取る収益率(ra)、対外債務(L)に対して支払う収益率(rl) とすると、一国のネットの対外総収益から得られるネットの総収益(NTR)は、
a
l l
a l NTR LNTR r A r L
Ar Arr
⇔= − = −⇔
a
l
rr
LA
NRA⋛0 ⇔ ⋛
41
米国のキャピタルゲインとインカム・ゲイン(1995年-2010年)
-6%
-4%
-2%
0%
2%
4%
6%
8%
10%
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
対GDP比
キャピタル・ゲイン インカム・ゲイン(所得収支)
Source:BEA
42
日本のキャピタル・ゲインとインカム・ゲイン(1996年-2010年)
-15%
-10%
-5%
0%
5%
10%
1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
対GDP比
キャピタル・ゲイン 所得収支
Source:MOF, BOJ
43
キャピタル・ゲインの日米比較
-15%
-10%
-5%
0%
5%
10%
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
対GDP比
KG(US) KG(JP)
Source:BEA, MOF, BOJ
44
「世界の銀行家」から 「世界のベンチャーキャピタリスト」へ
• Gourinchas and Rey[2007]は、米国が今なお享受している法外な特権(exorbitant privilege)の根拠を、米国が世界の銀行家(world banker)の地位から世界のベンチャーキャピタリスト(world venture capitalist)の地位へ変化していることにある、と表現した。
• かつて米国は、一国全体で外国に対して 短期借り・長期貸し(borrowing short, lending long) という銀行業の役割を果たしているという意味で「世界の銀行家」であった。
• これに対して、現在の米国は、一国全体で、 債券の売り越し・株式の買い越し (short in debt instruments [‘safe’ and liquid securities], long in equity instruments [‘risky’ and illiquid securities]) という意味で「世界のVC」になったのである。
45
高レバレッジ国家経営(世界の銀行家から世界のVCへ)
アメリカのグロスの対外資産・負債の内訳 ・対外資産:過半を株式の形態(equity instruments) 65%は外貨建て ・対外債務:過半は債券の形態(debt instruments) 95は%ドル建て
アメリカは一国全体で安い金利で資金調達、それを高い収益率で運用(高レバレッジ) 。 キャピタルゲインのボラティリティと為替レートの変動との間の関係。外貨建ての資産は、ドルの減価によって、アメリカにキャピタルゲインをもたらしている 。
46
キャピタルゲインと為替レート(米国:1995-2010)
-800
-600
-400
-200
0
200
400
600
800
1000
1200
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
キャピタルゲイン(10億㌦)
70
80
90
100
110
120
実質実効為替レート
キャピタルゲイン 実質実効為替レート
ドル安
KG増 ドル高
KG減
BIS, BEA
47
対外総収益の日米比較
-100,000
-50,000
0
50,000
100,000
150,000
1996 1997 1998 1999 2000 2001 2001 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
10億円
NTR(US) NTR(JP)
Source:BEA, FRB, MOF, BOJ, BIS
US平均:38.2兆円
JP平均:5.8兆円
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日米比較 •通商白書(2006)では、2005年に初めて日本の所得収支が貿易収支を上回り、絶対額で英米を抜いて世界一の規模になったことを受け、今後の「投資立国」の実現に向けて(251頁)、次のような政策提言を行っている。
•すなわち、我が国は「経常収支黒字→対外純資産増加→所得収支拡大」という「単線的」構造によって所得収支を拡大してきたのに対し、英国、米国については対外純資産(ストック)は減少しているものの、対内投資と対外投資の双方を拡大しつつ、対外資産収益率と対外負債収益率の格差を収益源とし、所得収支(フロー)の黒字を継続させてきたのであり、「複線的」構造によって所得収支を獲得しているといえる。…少子高齢化の中で、経常収支黒字が縮小し、対外純資産の増加幅が減少していくことが予想される中、我が国の所得収支を拡大するためには、これまで以上の対外投資の拡大とともに対内投資の受入れの拡大を行い、「単線的」な所得収支構造を脱して、「複線的」な所得収支構造を形成することが必要である(243-244頁)。
49
•我が国の投資収益率を英国、米国比で見ると、我が国の対外資産収益率は低い水準にあることが特徴として見てとれる。…「単線的」な構造から「複線的」な構造への
移行を図ることに加えて、対外資産収益率の改善も大きな課題である。我が国の対外資産収益の構造を英国、米国と比較すると、収益率が低迷している要因として、 ①資産種別ポートフォリオが証券投資に偏っていること、 ②地域別資産ポートフォリオが先進国に偏っていること、 ③直接投資収益率が相対的に低いこと、
が考えられる(246頁)。
50
日本から米国へ「富の移転」?
• 貿易収支黒字の激減と所得収支の増加⇒日本も「金利生活者」の国。
• ただし、米国とは逆に、日本の場合は、所得収支(インカムゲイン)の額が拡大しているのに対し、キャピタルゲインの額は小さい。
• 日米のキャピタルゲインが、ほとんど非対称的な動きを示している(例えば、米国が大幅な評価益を獲得している時期に、日本は大幅な評価損を計上している) 。
• インカムゲインと異なり、キャピタルゲインは、新たな付加価値の創出ではなく、「富の移転」を意味し、得をした人・国があれば、損をした人・国があるゼロサムの世界である。このことは、日本から米国へ「富の移転」があったことを意味するか? 「富の移転」の地理的分布 ⇒Gourinchas, Rey and Truempler [2011]
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グロスの資本フロー: 定義 ●グロスの資本流入(inflow) [+] capital inflows by foreign agents (CIF) =外国人による自国資産のネットでの買い (net purchases of domestic assets by non-residents) =[外国人による自国資産の買い]-[外国人による自国資産の売り] (purchases by non-residents of domestic assets less their sales of such assets) ⇒グロスの資本流入(inflow)が-になるのは、 [外国人による自国資産の買い]<[外国人による自国資産の売り] ex. 外国人投資家による日本株の売り越し⇒外国人による資金回収 ●グロスの資本流出(outflow) [-] capital outflows by domestic agents (COD) =居住者による外国資産のネットでの買い (net purchases of foreign assets by domestic agents) =[居住者による外国資産の買い]-[居住者による外国資産の売り] (purchases by residents of foreign assets less their sales of such assets) ⇒グロスの資本流出(outflow)が+になるのは、 [居住者による外国資産の買い]<[居住者による外国資産の売り] ex. 日本人投資家による米国株の売り越し⇒日本人による資金回収 ネットの資本フロー=(グロスの資本流入)-(グロスの資本流出)=経常収支 フローとしての資本流出と資本流入がグロスで拡大 ⇒ストックとしての対外資産と対外負債がグロスで拡大
米国のグロスの資本フロー • 2007年における米国の経常収支は7103億㌦(対GDP比5.06%)の赤字。
• グロスの資本流入は2.1兆㌦(14.72%)、資本流出は1.5兆㌦(10.36%)にも達する。
• 2008年のリーマン・ショックによって、経常収支赤字は6800億㌦(4.74%)へ減少。
• グロスの資本フローは、はるかに大きく縮小し、資本流入は4314億㌦へと80%近くも下落、資本流出は3321億㌦の売り越し(米国人による外国資産の回収)へと120%以上も減少した。
• つまり、ネットの経常収支よりも、グロスの資本収支の方が、はるかに変動幅が大きく(volatile)かつ景気循環増幅的(procyclical) 。
52
53
Fig 1. US gross capital flows and the current account
54
米国のグロスの資本フロー(地域別)
• グロスの資金流入は、欧州からのものが最大で、資金流出も、欧州からのものが最大。ただしネットの資本フローでは、
large inflows≈large outflows のため、ほぼ均衡(≈0)している。 • 中国や日本など東アジアの経常収支黒字国によるグロスの対米資本フローは、欧州と比べてはるかに小さい。ただし、ただしネットの資本フローでは、
small inflows<small outflows のため、米国から見てネットのinflow(>0)となっている。 • 要するに、グロスの資本フローで見る限り、 経常収支赤字or均衡国(UZ+UK)⇔経常収支赤字国(US) である。ネットの資本フローでは、もちろん 経常収支黒字国(CH+JP)⇒経常収支赤字国(US) である。
55
Fig 2. US gross capital inflows by region
UK and EZ
JP and CH
56
Fig 3. US Gross capital outflows by region
UK and EZ
Asia-Pacific
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米国のグロスの資本フロー(形態別)
• 米国へのグロスの資金流入の中では、民間部門の財務省証券以外の証券購入(=赤の部分)が最大、次に、銀行部門の貸出しも大きい。
• 米国へのグロスの資金流入の中で、外国の公的部門(財務省証券の購入=灰色の部分)の占める割合は、相対的に小さい。
• 米国からのグロスの資金流出は、例外を除いて、全て民間部門(緑の部分)。
58
Fig 4. US gross capital inflows by category
59
英 国
ユーロ圏 米
国
(-)1兆㌦
9600億㌦ 4300億㌦
(-)310億㌦
欧 州
日 本
中 国
アジア太平洋
4000億㌦ (-)400億㌦
アジア・米国・欧州のグロス・ネットの資本フロー(2007)
「経常収支黒字国⇒経常収支赤字国」へのネットの資本フロー
世界的過剰貯蓄(?)⇒グローバル・インバランス(?)
「経常収支赤字国⇔経常収支赤字国」のグロスの資本フロー
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英 国
ユーロ圏 米
国
(-)2400億㌦
5100億㌦ 2700億㌦
(-)1600億㌦
欧 州
日 本
中 国
アジア太平洋
1100億㌦ 2700億㌦
アジア・米国・欧州のグロス・ネットの資本フロー(2011)
「経常収支黒字国⇒経常収支赤字国」へのネットの資本フロー
世界的過剰貯蓄の縮小(?)⇒グローバル・リバランス(?)
「経常収支赤字国⇔経常収支赤字国」のグロスの資本フロー
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1990年代後半以降、世界的な金融危機前後までの グロスの資本フロー
神話 or 俗説(myth) 「世界的過剰貯蓄仮説⇒グローバルインバランス論⇒世界金融危機」で定型化されてきた「経常収支黒字国=貯蓄超過国である中国や日本などから、経常収支赤字国=貯蓄不足国の米国へ」という〈太平洋を跨いだ(公的)資本フロー〉
現実(reality) 「経常収支赤字国(ないしは均衡国地域)である欧州
から、経常収支赤字国への米国」という〈大西洋を挟んだ(民間)資本フロー
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European Banks in the US Shadow Banking System
Source: Hyun Song Sin