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プール学院大学研究紀要 第 56 号 2015 年,153 〜 168 子どもの表現のためのピアノ伴奏法 Ⅱ ―子どもの感性を育むピアノ伴奏力養成について― 田 原 昌 子 はじめに 小学校・幼稚園教諭、保育士養成機関において、教育・保育の実践現場で必要とされるピアノ伴 奏力 1) の養成のために、ピアノ実技のレッスン時間を必修科目、或いはそれに準ずる科目として設 定している場合が多い。各養成機関では、ピアノ伴奏力養成のために学習者のピアノ演奏力をグレー ドで認定する制度を設けたり、二人一組で共に学ぶ方法で授業を進めたりと、学習者のモティベー ションを高める工夫が凝らされている。 筆者は、先行研究「子どもの表現のためのピアノ伴奏法 Ⅰ -初級者を対象としたピアノ伴奏 力養成について-」で、小学校・幼稚園教員、保育士養成機関で学ぶピアノ初級者やピアノの苦手 意識を拭えない学習者が、実践現場に出るまでに身に付けておきたい基礎的なピアノ伴奏力 2) とは 何かを考察し、このピアノ伴奏力を養成することを目標とした学習プログラムを作成した。 しかしながら、この基礎的なピアノ伴奏力だけでは、音楽に対する感性を育み、子どもたちのイメー ジを豊かにし、表現の幅を拡げ、より多様な活動に寄与するのに十分とはいえない。小学校におけ る 9 教科中の 1 教科として位置づけられる音楽科より、子どもたちの日々の生活に音楽が密着して いる幼稚園や保育所では、ピアノ伴奏が実践現場で使用される場面は多く、特に幼稚園教諭・保育 者のピアノ伴奏力が不可欠であるといえる。      本稿では、幼稚園教育要領 3) で述べられている幼稚園修了時までに育つことが期待される 「健康」「人間関係」「環境」「言葉」「表現」の5領域のねらい、内容に関して、ピアノ伴奏がいかな る役割を果たすことができるか考察を行う。さらに、ピアノ初級者が培った基礎的なピアノ伴奏力 をさらに高め、子どもたちの多様な表現活動に対応し、感性を育むための応用的なピアノ伴奏力と は何かを考察し、その力を養成することを目標とした学習プログラムを作成する。 Ⅰ . 小学校・幼稚園・保育所におけるピアノ伴奏の役割 小学校の音楽科指導や、幼稚園・保育所の歌唱や身体表現活動でピアノ伴奏が使用される場面は 多くあるが、小学校教諭、幼稚園教諭・保育士養成を目指した教育機関で学ぶ学生は、実践現場で

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プール学院大学研究紀要 第 56 号2015 年,153 〜 168

子どもの表現のためのピアノ伴奏法 Ⅱ―子どもの感性を育むピアノ伴奏力養成について―

田 原 昌 子 

はじめに

 小学校・幼稚園教諭、保育士養成機関において、教育・保育の実践現場で必要とされるピアノ伴

奏力 1)の養成のために、ピアノ実技のレッスン時間を必修科目、或いはそれに準ずる科目として設

定している場合が多い。各養成機関では、ピアノ伴奏力養成のために学習者のピアノ演奏力をグレー

ドで認定する制度を設けたり、二人一組で共に学ぶ方法で授業を進めたりと、学習者のモティベー

ションを高める工夫が凝らされている。

 筆者は、先行研究「子どもの表現のためのピアノ伴奏法 Ⅰ -初級者を対象としたピアノ伴奏

力養成について-」で、小学校・幼稚園教員、保育士養成機関で学ぶピアノ初級者やピアノの苦手

意識を拭えない学習者が、実践現場に出るまでに身に付けておきたい基礎的なピアノ伴奏力 2)とは

何かを考察し、このピアノ伴奏力を養成することを目標とした学習プログラムを作成した。

 しかしながら、この基礎的なピアノ伴奏力だけでは、音楽に対する感性を育み、子どもたちのイメー

ジを豊かにし、表現の幅を拡げ、より多様な活動に寄与するのに十分とはいえない。小学校におけ

る 9 教科中の 1 教科として位置づけられる音楽科より、子どもたちの日々の生活に音楽が密着して

いる幼稚園や保育所では、ピアノ伴奏が実践現場で使用される場面は多く、特に幼稚園教諭・保育

者のピアノ伴奏力が不可欠であるといえる。     

 本稿では、幼稚園教育要領 3)で述べられている幼稚園修了時までに育つことが期待される

「健康」「人間関係」「環境」「言葉」「表現」の 5 領域のねらい、内容に関して、ピアノ伴奏がいかな

る役割を果たすことができるか考察を行う。さらに、ピアノ初級者が培った基礎的なピアノ伴奏力

をさらに高め、子どもたちの多様な表現活動に対応し、感性を育むための応用的なピアノ伴奏力と

は何かを考察し、その力を養成することを目標とした学習プログラムを作成する。

Ⅰ . 小学校・幼稚園・保育所におけるピアノ伴奏の役割

 小学校の音楽科指導や、幼稚園・保育所の歌唱や身体表現活動でピアノ伴奏が使用される場面は

多くあるが、小学校教諭、幼稚園教諭・保育士養成を目指した教育機関で学ぶ学生は、実践現場で

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154 プール学院大学研究紀要第 56 号

のピアノの役割をいかに捉えているのであろうか。

 筆者が指導を行っている小学校教諭、幼稚園教諭・保育士養成校である A 大学教育学部で、保育

内容(音楽表現)科目を履修している学生を対象に、「小学校、幼稚園・保育所で、教員、保育者の

ピアノ伴奏はいかなる役割があると考えるか」という学生の意識調査のアンケートを、自由記述の

方法で行った。

1 - 1 アンケートの概要

対象学生:A大学 教育学部教育学科 2 回生

     小学校・幼稚園教諭・保育士の免許・資格を取得希望の学生 49 名

実施日時:2015 年 10 月 5 日(月) 保育内容(音楽表現)の授業時間内

アンケート内容:<小学校と幼稚園・保育所でのピアノ伴奏・演奏の役割とは何か>

A)共通の役割は何と考えるか

B)個々の教育・保育機関で特徴的な役割は何と考えるか

1 - 2 アンケートの結果

 自由記述式の調査であり、回答の仕方は多種多様であったが、回答をまとめると表1のようになった。

表 1 <教育・保育現場におけるピアノ伴奏の役割に対する意識調査>

1 - 3  アンケート調査の結果考察

 学生は、ピアノ伴奏を、子どもたちの表現の幅を拡げ、子どもたちが音に親しみを持つことを支え、

子どもたちの表現活動や音楽を愛する心情を育てる役目を持つものであると捉えている。また、小

学校では、全教科の中の音楽科の授業や学校行事に関わる場でピアノ伴奏は役割を持つが、幼稚園・

設問 小学校 幼稚園・保育所

Aど ち ら の 現場 で も 共 通の役割

・子どもたちの表現の幅を拡げることを助ける。・子どもたちが音に親しみを持つことを支える。・合唱や合奏の伴奏・発表会などの行事の合唱の伴奏・活動の開始や終わりの合図

B個 々 の 現 場で の 特 徴 的な役割

・音楽の授業や合唱コンクールの伴奏・歌の音程を正しくとるための基準音を示

す。

・生活の活動時(登園・降園・弁当・掃除などの活動)や、季節の歌の伴奏

・リトミックなどの音楽を使った活動時の伴奏

・歩く、走る、踊るなどの動きの時の伴奏・音楽劇の時のバック・ミュージック・子どもたちを静かにさせ、心を落ち着か

せる。

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155子どもの表現のためのピアノ伴奏法 Ⅱ

保育所現場では、子どもたちの生活や活動の多くの場で音楽が関わり、よりピアノ伴奏の持つ役割

は大きいという意識を持っている。

 『実践しながら学ぶ 子どもの音楽表現』4)の中で、加藤は、「保育の場におけるピアノの活

用」を、「歌唱の伴奏」「動きの伴奏」「効果音と効果音楽」「その他」という 4 つの場面を挙げ、「そ

の他」の中では、行事や、合奏の中でのリード役として、また、「子どものつぶやきを歌に」したり、

「ピアノ曲を弾いて聞かせ」5)たりし、単なる音楽表現活動を支えるだけでない多岐に亘る活用があ

ると述べているが、この 4 つの活用場面は、学生アンケートの調査結果に対応していることがわかる。

 しかし、ピアノ伴奏の役割を、単なる音楽活動の伴奏としてや、子どもたちを統率する手段の一

つとして捉えるか、或いは、皆で心を合わせて一つのことを共有して楽しむ活動を支える役割を持

つと捉えるかで、その意義に大きな差異が生じる。

 例を挙げると、幼稚園・保育所で昼食時に用いられる「おべんとう」曲 1 の歌唱活動を、単なる昼

食時間の合図に用いるか、昼食の前後に皆で心を穏やかにし、感謝して食するという「食育」の一

環として用いるか、また、降園時に「おかえりのうた」曲 2 を、降園時間の合図として捉えるのか、

一日の無事を皆で分かち合い、明日の登園の期待へと繋げる歌唱活動と捉えるのかによって、ピア

ノの伴奏の役割は変わる。

 さらに、リトミックやダンスという身体表現と音楽が直接的に結びついた活動や、行進や駆け足

といった動きを導くピアノ伴奏をする場合、テンポを一定にして、リズムを正確に弾くだけである

のか、さらに和音の変化を加えたりペダルを用いたりすることによって音や音楽の表情をつけ、子

どもたちの表現の多様性を生むことができるピアノ伴奏をするかによって、子どもたちの感性の育

成に果たす役割は異なる。

 これらのことから、前稿で養成を目指した基礎的なピアノ伴奏力を高め、さらに子どもたちのイ

メージを拡げ、より多様な表現活動に寄与できる応用的ピアノ伴奏力とは何かを、音楽が子どもた

ちの生活に密接に結びついている幼児期に着眼し、幼稚園教育要領に挙げられている「健康」「人間

関係」「環境」「言葉」「表現」の 5 領域のねらい、内容に照合し、次章で考察する。なお、本稿の本

文中の曲 1 から曲 20 は、本稿の末尾 <本文中の曲番号で表した掲載曲一覧> に示している。

Ⅱ . 5 領域とピアノ伴奏力との関連

 幼稚園教育における 5 領域のねらいは、「幼稚園における生活の全体を通じ、幼児が様々な体験を

積み重ねる中で相互に関連をもちながらしだいに達成に向かうものであること」であり、「幼稚園修

了までに育つことが期待される生きる力の基礎となる心情、意欲、態度」に関わっている。

 従って、幼稚園教育の現場で必要なピアノ伴奏は、「表現」領域に直接的に関わりがあるだけで

なく、他の領域すべてと関わりを持ち、子どもたちの多様な活動を支え、子どもたちの心情、意欲、

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156 プール学院大学研究紀要第 56 号

態度に貢献する必要がある。

 前掲書で、加藤が挙げた「歌唱の伴奏」「動きの伴奏」「効果音と効果音楽」「その他」の 4 つの活

用場面をピアノ伴奏の役割と捉え、5 領域との関わりについて、曲例を挙げ考察する。

2 - 1 <健康>領域とピアノ伴奏

 

<歌唱の伴奏>「おててをあらいましょう」曲 3「おべんとう」曲 1

 幼稚園現場で歌われている子どもの歌唱曲には、園生活や行事、季節に関わる内容のものは非常

に多い。その中で、手を洗ったり、歯を磨いたりという健康的な生活の基本習慣となる態度の育成

に関わったり、食べ物に関心をもち、食事時に心を穏やかしにして感謝して食べるという「食育」

に関わったりする内容の歌唱曲が多く存在し、弾き歌いのピアノ伴奏は、内容の (4)(5)(6)(7)(8)(9) に関

わり、子どもたちが歌を歌うことを通して、ねらい (3) を達成しようとするものであるといえる。

<動きの伴奏>「みつばちマーチ」曲 4「おおスザンナ」曲 5「うれしや楽しや」曲 6

 様々な遊びを通して身体を動かす楽しさを子どもたちが経験する場で、音の強弱・音の高低・テ

ンポやリズムを正確に演奏するだけでなく、状況や場面に応じてピアノ伴奏に変化を加えることで、

子どもたちは音楽の表情に関わる調性や和音の響きを体験し、単に規則的に身体を動かすだけでな

く、身体の動かし方にも音楽の表情や響きに対応した多様な表現が期待できる。さらに、ピアノ伴

奏は、子どもたちが音楽に合わせて身体を動かす気持ちよさや楽しさの体感を導き、友だちとの行

動を共有し、皆で何かを一緒にするという協調性を育てる役目を担うことも可能である。

 これらのことから、ピアノ伴奏は内容の (1)(2)(3)(4) に関わり、また、動くことの心地よさや楽しさ

を子どもたちは共有できることから、ねらいの (1)(2) を達成することに役立つといえる。

健康な心と体を育て,自ら健康で安全な生活をつくり出す力を養う。

ねらい(1) 明るく伸び伸びと行動し,充実感を味わう。(2) 自分の体を十分に動かし,進んで運動しようとする。(3) 健康,安全な生活に必要な習慣や態度を身に付ける。

内容

(1) 先生や友達と触れ合い,安定感をもって行動する。(2) いろいろな遊びの中で十分に体を動かす。(3) 進んで戸外で遊ぶ。(4) 様々な活動に親しみ,楽しんで取り組む。(5) 先生や友達と食べることを楽しむ。(6) 健康な生活のリズムを身に付ける。(7) 身の回りを清潔にし,衣服の着脱,食事,排泄などの生活に必要な活動を自分でする。(8) 幼稚園における生活の仕方を知り,自分たちで生活の場を整えながら見通しをもって行動する。(9) 自分の健康に関心をもち,病気の予防などに必要な活動を進んで行う。(10) 危険な場所,危険な遊び方,災害時などの行動の仕方が分かり,安全に気を付けて行動する。

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157子どもの表現のためのピアノ伴奏法 Ⅱ

2 - 2 <人間関係>領域とピアノ伴奏 

<歌唱の伴奏><その他> 「おかえりのうた」曲 2「おほしさま」曲 7「もちつき」曲 8

 登園から降園までの活動の節目となる挨拶や、手洗いや片づけ、掃除といった、幼稚園での生活

の歌を歌って活動をする場面でのピアノの伴奏は、日常生活の基本的態度や、自分で行動したり、

友だちと一諸に活動したりするなかで、自己確立と他者とのコミュニケーション能力を身に付け、

相手を思いやる心情を育み、(1)(2)(3)(5)(6)(10)(11)(12) の内容に関わり、ねらいの (1)(2)(3) の全て達成に

繋がると考えられる。

 また、行事や季節の歌唱曲は、幼稚園だけでなく子どもたちを取り囲む地域や家族の人々との活

動に関わり、人々との関わりを深め、人間として他者との関わりに中で生きていくことを、歌唱を

通して子どもたちは学び、ピアノ伴奏は、一緒に歌う人たちの心を一つにまとめるリードの役割と

して関わることができる。この意味において、ピアノ伴奏は、単なる歌唱曲の伴奏としてだけでなく、

<その他>に含まれると考えられる役割を担い、内容 (13)、ねらい (3) に関わることができる。

<動きの伴奏>「ロンドン橋が落ちる」曲 9「アルプス一万尺」曲 10

 様々な遊びを通して身体を動かす楽しさを経験する場面で、歌を伴って友だちと共に動作をした

り、規則や順番のある活動をしたりと、友だちや人々との関わり活動するなかでその楽しさを味わい、

相手のことを思いやり、決まりの大切さを知ることができる。ピアノ伴奏は、個々の子どもたちの

思いを表現することを助けたり、全体の動きをテンポよく、リズムに乗って円滑に行ったり、活動

をさらに盛り上げたりすることを助け、(1) から (12) 全ての内容を実現し、特に、(2)(3) のねらいを達

成することができる。

他の人々と親しみ,支え合って生活するために,自立心を育て,人とかかわる力を養う。

ねらい(1) 幼稚園生活を楽しみ,自分の力で行動することの充実感を味わう。(2) 身近な人と親しみ,かかわりを深め,愛情や信頼感をもつ。(3) 社会生活における望ましい習慣や態度を身に付ける。

内容

(1) 先生や友達と共に過ごすことの喜びを味わう。(2) 自分で考え,自分で行動する。(3) 自分でできることは自分でする。(4) いろいろな遊びを楽しみながら物事をやり遂げようとする気持ちをもつ。(5) 友達と積極的にかかわりながら喜びや悲しみを共感し合う。(6) 自分の思ったことを相手に伝え,相手の思っていることに気付く。(7) 友達のよさに気付き,一緒に活動する楽しさを味わう。(8) 友達と楽しく活動する中で,共通の目的を見いだし,工夫したり,協力したりなどする。(9) よいことや悪いことがあることに気付き,考えながら行動する。(10) 友達とのかかわりを深め,思いやりをもつ。(11) 友達と楽しく生活する中できまりの大切さに気付き,守ろうとする。(12) 共同の遊具や用具を大切にし,みんなで使う。(13) 高齢者をはじめ地域の人々などの自分の生活に関係の深いいろいろな人に親しみをもつ。

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158 プール学院大学研究紀要第 56 号

2 - 3  <環境>領域とピアノ伴奏

<歌唱の伴奏>「雨ふりくまのこ」曲 11「めだかのがっこう」曲 12「すうじのうた」曲 13

 気候や動植物といった自然、数量や文字などを含めた子どもの生活を取り巻く社会環境に関わる

歌唱曲は、数多くある。とりわけ自然や動植物に関する歌唱曲は、その歌詞の内容と子どもたちの

実体験が結びついた時、興味や感情が豊かな表現へとなる。歌唱の伴奏を通して、子どもたちが身

の回りの環境に興味や関心をもつ意欲を高め、動植物を愛おしむ心情を育て、内容 (1) から (11) に関

わりを持ち、ねらいの (1) から (3) までの全てを実現することができる。

<動きの伴奏>「大きなくりの木の下で」曲 14「おはなしゆびさん」曲 15

 子どもたちが体験したことのある自然や動植物の様子を、自分のもつイメージを歌いながら身体

を動かして表現する場合のピアノ伴奏は、歌唱曲の伴奏と同様に、ねらいや内容の全てに大きな関

わりを持っている。また、個々の子どもや、子どもたち全体の動きに合わせたピアノ伴奏は、自分

と他人との表現の相違や共通の部分を見出すことを助けるだけでなく、身の回りの環境への好奇心

を高め、もっと知りたいという意欲を育てることができる。

 子どもたちが体験した環境を動きで表現しようとするとき、そのピアノ伴奏は、子どもたちのも

つイメージを引き出し、または広げる役割を持つことから、次の効果音や効果音楽としての役割が、

動きのピアノ伴奏には含まれると考えられる。

<効果音と効果音楽>「ぞうさん」曲 16

 ピアノの様々な奏法を用いて、子どもたちのイメージを拡げ、動作や様子を表す効果的な音を『幼

稚園教諭・保育士養成課程 幼児のための音楽教育』では「イメージサウンド」6)という捉え方で、

例を挙げて説明している。図 1 では、その例を引用して示す。

周囲の様々な環境に好奇心や探究心をもってかかわり,それらを生活に取り入れていこうとする力を養う。

ねらい

(1) 身近な環境に親しみ,自然と触れ合う中で様々な事象に興味や関心をもつ。(2) 身近な環境に自分からかかわり,発見を楽しんだり,考えたりし,それを生活に取り入れよう

とする。(3) 身近な事象を見たり,考えたり,扱ったりする中で,物の性質や数量,文字などに対する感覚

を豊かにする。

内容

(1) 自然に触れて生活し,その大きさ,美しさ,不思議さなどに気付く。(2) 生活の中で,様々な物に触れ,その性質や仕組みに興味や関心をもつ。(3) 季節により自然や人間の生活に変化のあることに気付く。(4) 自然などの身近な事象に関心をもち,取り入れて遊ぶ。(5) 身近な動植物に親しみをもって接し,生命の尊さに気付き,いたわったり,大切にしたりする。(6) 身近な物を大切にする。(7) 身近な物や遊具に興味をもってかかわり,考えたり,試したりして工夫して遊ぶ。(8) 日常生活の中で数量や図形などに関心をもつ。(9) 日常生活の中で簡単な標識や文字などに関心をもつ。(10) 生活に関係の深い情報や施設などに興味や関心をもつ。(11) 幼稚園内外の行事において国旗に親しむ。

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159子どもの表現のためのピアノ伴奏法 Ⅱ

図 1 イメージサウンド例

 様々な自然や動植物、身近な事象に対して、歌詞の内容をそのまま歌唱や動きで表現するのでは

なく、子どもたちが持っているイメージを豊かに膨らせることができるように、様々なピアノ奏法

や全音音階などを駆使したピアノ伴奏は、子どもたちの感性を豊かにし、多様な表現を可能にする。

 例えば、「ぞうさん」のピアノ伴奏を、歌唱曲伴奏としてや、曲に合わせて子どもたちが象になっ

て動くという動きの伴奏としてだけではなく、大きな生き物はどんな動きをするのだろうか、子ど

もたちのイメージを膨らませるためのピアノで表される様々な音(図表 2 例⑤)は、子どもたちの

イメージを膨らませ、声や身体を使って表現を楽しむことを支えることができる。また、その大き

な動物の代表として、象がノッソノッソ歩く様子や子ども象や親象の様子等を、音高や、テンポ、

音色をピアノ奏法で変えるなど、ピアノという楽器で可能な音の表現は、子どもたちの声や身体表

現を変化に富んだものに変えることができる。

 教師の感性、イメージで選び抜いて奏でたピアノの音は、効果音や効果音楽としてのピアノ伴奏

の役割をもち、環境の内容やねらいの全てに関連し、子どもたちの環境への好奇心を高める大きな

役割を果たすことができる。

2 - 4 <言葉>領域とピアノ伴奏

 経験したことや考えたことなどを自分なりの言葉で表現し,相手の話す言葉を聞こうとする意欲や態度を育て,言葉に対する感覚や言葉で表現する力を養う。

ねらい

(1) 自分の気持ちを言葉で表現する楽しさを味わう。(2) 人の言葉や話などをよく聞き,自分の経験したことや考えたことを話し,伝え合う喜びを味わ   う。

(3) 日常生活に必要な言葉が分かるようになるとともに,絵本や物語などに親しみ,先生や友達と   心を通わせる。

内容

(1) 先生や友達の言葉や話に興味や関心をもち,親しみをもって聞いたり,話したりする。(2) したり,見たり,聞いたり,感じたり,考えたりなどしたことを自分なりに言葉で表現する。(3) したいこと,してほしいことを言葉で表現したり,分からないことを尋ねたりする。(4) 人の話を注意して聞き,相手に分かるように話す。(5) 生活の中で必要な言葉が分かり,使う。(6) 親しみをもって日常のあいさつをする。(7) 生活の中で言葉の楽しさや美しさに気付く。(8) いろいろな体験を通じてイメージや言葉を豊かにする。(9) 絵本や物語などに親しみ,興味をもって聞き,想像をする楽しさを味わう。(10) 日常生活の中で,文字などで伝える楽しさを味わう。

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160 プール学院大学研究紀要第 56 号

<歌唱伴奏><動きの伴奏>「大きなたいこ」曲 17「しあわせなら手をたたこう」曲 18

 言葉は、単語一つ一つがリズム、アクセント、高低だけを持つだけでなく、単語がいくつか結び

つき、自分の考えや思いを表した文を話す場合には、音の流れという旋律が生まれる。従って、歌

曲の歌詞は言葉そのものであり、その歌詞の内容理解を通して、子どもたちの中にある体験やイメー

ジを表現することができる。さらに、歌曲には言葉としての意味を持たないオノマトペが歌詞に入っ

ている場合があり、それらを表した動きを伴うことが多く、動きの伴奏としてもピアノ伴奏を捉え

ることができる。

 例えば、大きな太鼓は「ドーンドーン」、小さな太鼓は「トントントン」という歌詞で、「ドーン」

はいかなる「ドーン」なのか、子どもたちの経験によってその表現は異なると考えられる。実際の

大太鼓や小太鼓の音を出して表現したり、子どもたちの中には、「ドーン」や「トントンントン」以

外の「ドッカン」「ポンポコポン」等の言葉でイメージを表現し、その言葉を動きで表現したりと、

表現の幅を拡げていくことができる。子どもたちが、いかなる環境、場面の下で経験した太鼓の音

なのか、また、その音を歌や楽器を使って音にしてみるとき、どんな歌い方や音の出し方がいいと

思うのかを考え、自らの言葉で他者に伝え、また友だちの経験を話す言葉に耳を傾ける時、その子

どもたちの表現を支える歌唱伴奏、あるいは器楽合奏の伴奏として、ピアノ伴奏の果たす役割は大

きい。

 このように子どもたちが先生や友だちの表現に興味をもち、また、自分の表現や考えを言葉で表

現し、自分と他者とのコミュニケーションを持つことで、歌唱が単なる歌唱としてだけではなく、

言葉で表現する楽しさを知り、友だちとその歌詞を共有することで思いを伝えようとする心情や意

欲、態度の育成に関わり、ピアノ伴奏は、内容 (1) から (9) の全てに関わり、ねらいの全てを実現す

ることに関わると考えられる。

<効果音と効果音楽>

 絵本や物語の読み聞かせ等で、子どもたちが自分のもつ想像の世界を膨らませる時、歌唱曲の一

部分のピアノ伴奏や、「環境」で挙げたように、情景や登場人物の心情を表すような音型や和音によ

るピアノ伴奏で、子どもたちのもつイメージの世界は各段に拡がる。また、ピアノ伴奏が入ること

によって情景や心情を思い浮かべやすくなり、話者の言葉を聴こうとする態度や意欲を育てること

ができると考えられる。これらのことから、ピアノ伴奏は内容 (9) に大きく関わり、ねらい (2)(3) の

達成に貢献できるといえる。

2 - 5 <表現領域>とピアノ伴奏

  感じたことや考えたことを自分なりに表現することを通して,豊かな感性や表現する力を養い,創造性を豊かにする。

ねらい(1) いろいろなものの美しさなどに対する豊かな感性をもつ。(2) 感じたことや考えたことを自分なりに表現して楽しむ。(3) 生活の中でイメージを豊かにし,様々な表現を楽しむ。

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161子どもの表現のためのピアノ伴奏法 Ⅱ

 ピアノ伴奏は表現の音楽表現に関わりをもつことは明白であるので、ここでは、造形表現との関

わりについて考察する。

<歌唱伴奏><効果音と効果音楽>「どんぐりころころ」曲 19「きのこ」曲 20

 絵描き歌で歌を歌いながら絵を描くという表現活動を造形表現の一つと考える場合、実践現場で

は、あまりピアノ伴奏に合わせて絵を描くという光景は見られないのではないだろうか。子どもた

ちが、無伴奏で思い思いに歌詞を口ずさみながら絵を描いている姿が見受けられる。このように、

ピアノ伴奏がなくても、子どもたちは描くことや製作を楽しむことができ、反対に、ピアノ伴奏が

ない方が、子どもたちのイメージを拡げることができることも事実である。

 しかし、例えば、幼稚園の遠足で行った公園で拾ったどんぐりで、「どんぐりころころ」の歌詞の

内容を、子どもたちが自らのイメージで絵に描いてみたり製作物を作ってみたり、或いは、絵に描

いたり壁面飾りを製作したものを、手に、目にして、「どんぐりころころ」を歌ってみたりし、また、

出来上がった絵や製作物のイメージを他者に伝え、自分がどんぐりになって動いてみようという動

きの活動へと発展させたりと、子どもたちの感性でイメージを膨らませることにピアノの伴奏の役

割は大きいといえる。

 このように、絵を描いたり製作をしたりする時、子どもたちの創造力を高めるだけでなく、効果

音や効果音楽としての役割も担うことができ、ピアノ伴奏は、造形表現においても、内容、ねらい

の全てに関わることができる。

2 - 6 応用的なピアノ伴奏力とは

 5 領域とピアノ伴奏の関連を考察し、歌唱や動きの伴奏としてだけでなく、効果音や効果音楽とし

ても、ピアノ伴奏は、子どもたちの「生きる力」となる心情や意欲、態度を育むという幼稚園教育

のねらいを達成する大きな役割を持っていることが明らかになり、ピアノ伴奏の役割の重さを推し

量ることができる。

 前稿で、ピアノ初級者を対象に、基礎的なピアノ伴奏力の養成を目指した学習プログラムを作成

したが、基礎的なピアノ伴奏力であっても、保育者、教育者のもつ感性、伴奏の表現力などで、子

どもたちの表現を支えることは可能である。

 しかし、子どもたちが無理のない声域で、快い響きの中で、また歌詞の内容や自らの心情を無理

内容

(1) 生活の中で様々な音,色,形,手触り,動きなどに気付いたり,感じたりするなどして楽しむ。(2) 生活の中で美しいものや心を動かす出来事に触れ,イメージを豊かにする。(3) 様々な出来事の中で,感動したことを伝え合う楽しさを味わう。(4) 感じたこと,考えたことなどを音や動きなどで表現したり,自由にかいたり,つくったりなど   する。

(5) いろいろな素材に親しみ,工夫して遊ぶ。(6) 音楽に親しみ,歌を歌ったり,簡単なリズム楽器を使ったりなどする楽しさを味わう。(7) かいたり,つくったりすることを楽しみ,遊びに使ったり,飾ったりなどする。(8) 自分のイメージを動きや言葉などで表現したり,演じて遊んだりするなどの楽しさを味わう。

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162 プール学院大学研究紀要第 56 号

なく表して歌い、自分や周りの声や音を聴き、自らのイメージをより豊かに膨らませ、音楽に対す

る感性を育て、豊かな情操を養うには、ピアノ伴奏を子どもたちの声の高さに合わせて移調するこ

とが、ピアノ伴奏力として重要である。また、ピアノ伴奏を主要三和音だけの響きではく、様々な

和音の使用や、ペダルをはじめとする様々なピアノの奏法の使用で、伴奏に豊かな響きを加えるこ

とができると、子どもたちの考えたことや感じたことを膨らませることができ、それらを表現する

内容が変わり、また、多様性のあるものとなると考えられる。

 従って、本稿では、前稿で養成したプログラム A、B の次の段階として、ピアノ初級者が基礎的

なピアノ伴奏力を駆使し、そのピアノ伴奏に少し工夫を加えて、子どもの声の高さに合わせて伴奏

する移調の力と、子どもたちのイメージや表現を拡げるための響きの豊かなピアノ伴奏力の養成を

目標とし、学習プログラム < C 移調と響きの幅を拡げる伴奏力養成のための学習プログラム> を

作成し、応用的なピアノ伴奏力の養成をめざしたい。

Ⅲ . 応用的なピアノ伴奏力養成のための学習プログラム

3 -1 プログラムの構成と学習目標

 応用的なピアノ伴奏力養成のためのプログラム C では、子どもが無理のない声の高さで歌えるように移

調する伴奏力と、歌唱曲のピアノの伴奏に表情や響きの変化を加えることのできる伴奏力という、2 つのピ

アノ伴奏力養成を目指している。各単元で、段階を追って、応用的な伴奏に必要な楽典と身に付けたいピ

アノ伴奏の内容が、学習曲例には、各単元の学習に相応しいと考えられる代表的な曲例が挙げられている。

3 - 2 プログラム C の学習対象者について

 このピアノ伴奏力養成プログラムの対象は、プログラム A,B を学習したレベルのピアノ初級者である。

プログラム A,B を経験したピアノ学習者を、ピアノ中級者と捉えていない。それは、筆者が、プログラム A,B

を1 年間で終えた学生に、週 1 時間、90 分の授業内に 10 人を指導している経験から、依然として譜読

みに時間がかかること、歌唱曲の旋律から C・F・G (G7) のコードを設定して伴奏をすることが辛うじてで

きるようにはなっているが、1 曲を習得するために時間を要する、という理由があるからである。

3 - 3 応用的ピアノ伴奏力養成のための学習プログラムの内容について

<移調について>

 移調奏を学習するに当たり、プログラム A,B では、長調の曲の伴奏の和音設定を、旋律の音からコード・

ネームを用いて和音を設定していたが、移調奏のためには、各調性の音階上に作る三和音という捉え方を

した方が有効であるため、各調性のⅠ・Ⅳ・Ⅴ( Ⅴ 7)の主要三和音の楽典的な理解の学習を取り入れた。

プログラム Aで、出来る限り譜読みに苦労をせず、また子どもの歌唱曲の主流を占めるハ長調を中心に、

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163子どもの表現のためのピアノ伴奏法 Ⅱ

ト長調、ヘ長調、ニ長調を取り上げた。プログラム C では、プログラム A の既習曲を中心に、ハ長調か

ら手のポジションを大きく移動せずに弾けるニ長調へと、ニ長調からハ長調の移調で、移調の仕方の基

礎を学習する。その後、既習曲や比較的学習者に馴染みのある歌唱曲を用いて、各調への移調へ取り

組み、弾き歌い伴奏力を高める。

<副三和音とドッペル・ドミナントの使用について>

 移調の際に学んだハ長調・ニ長調・ヘ長調・ト長調の4つの調性の主要三和音以外の三和音である副

三和音のうち、Ⅱ・Ⅲ・Ⅵの三和音を取り入れ、和音の響きに色彩をつけ、音楽に豊かな表情を加える。

Ⅱ・Ⅲ・Ⅵの副三和音は短三和音であり、暗い響きを持ち、長調の音楽の中で一時的に使用することによっ

て、長調の響きの中に短調の響きをいれることができ、歌詞の内容を表現する一助となることもあり、また、

主要三和音の構成音の 2 つ(V7 の場合は 3 つ)の共通音を含み、主要三和音と同一の和音機能を持つ

ことから、主要三和音の代理和音として扱うことができる。さらには、指のポジションが次の和音への移

行を円滑にするため、ピアノの初級者にとっても取り入れやすく、応用的なピアノ伴奏の学習に取り入れる

価値があると考えられる。

 ドッペル・ドミナント は、借用和音という一時的な転調を表す和音(ハ長調の はト長調のⅤの和音)

であり、和音にその曲本来の調性以外の和音が入ることによって、さらなる色彩を添えることができるだ

けでなく、副三和音と同様に、次への和音移行が円滑にできるためこの和音を取り上げている。

 Ⅶの和音は減三和音であり、不安定で緊張感のある和音の響きではあるが、短三和音のである他の副

三和音と異なる性格を持ち合わせるため、応用的なピアノ伴奏力の次段階の発展的なピアノ伴奏力の養成

で採り上げたいと考える。

<ペダルの使用について>

 ペダルはピアノの音の響きを多彩にすることができるために、豊かな響きで歌曲や楽曲を演奏するのに

不可欠なものである。ペダルを使用したピアノ奏法は様 あ々るが、ピアノの初級者にとっては、ペダルを踏

むと手の動きが止まってしまったり、ペダルを踏み換えて響きを豊かにしているつもりでも、実際には踏み

換えがうまくできずに音が濁ってしまったりと、ペダルを効果的に活かすことは困難である。

 したがって、まず、ペダルを踏むことに慣れ、打鍵と同時ではなく、わずかに遅らせてペダルを踏むことで、

澄んだ音の響きが膨らむことを耳と身体で体験する。次に、曲の一部分だけで使用したり、和音が変わ

る度に踏み換えてみたりと、基本的なペダルの使用を学習する必要がある。その段階を経験したのち、ペ

ダルを使用した伴奏へと段階を踏んで学習することが大切である。

3 - 4 プログラム C で採り上げる学習曲例について

 ピアノ初級者にとって、旋律の演奏(右手)に指かえやポジション移動が少なく、音価が単純で、プロ

グラム A,B の既習曲を中心に、親しみのある比較的短い曲が、1 曲をマスターするための時間が極端に

長くかからず、適した曲といえる。従って、プログラム C でも取り扱う学習曲例は、これらの条件に合い、

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164 プール学院大学研究紀要第 56 号

右手でメロディを演奏し、左手で和音伴奏が出来る弾き歌いのための歌唱曲を中心に、各単元で 1 曲を

代表曲として採り上げている。しかし、ピアノ初級学習者にもレベルの個人差があり、プログラム C を運

用するに当たり、少し進んだレベルの学習者には、伴奏の型を変えたり、学習曲の数を増やしたりして対

応することが必要である。

3 - 5 応用的なピアノ伴奏力養成のための学習プログラム

 以下に < C. 移調と響きの幅を拡げる伴奏力養成のための学習プログラム> を記載する。

 < C. 移調と響きの幅を拡げる伴奏力養成のための学習プログラム>

おわりに

 本稿では、幼稚園教育に的を絞り、応用的なピアノ伴奏力を身に付けることを目的とした学習プ

ログラムを作成したが、このプログラムの内容をマスターすることは、小学校学習指導要領 第 2

章 第 6 節 音楽 第1「音楽を愛好する心情と音楽に対する感性を育てる」「豊かな情操を養う」

という小学校音楽科教育の目標を達成するためにも意義があり、さらに、教育者・保育者自身の演

奏技術・表現力を高め、より豊かな音楽性・情操を育むことに寄与するものであるのではないかと

考える。

 今回作成したピアノ初級者対象の応用的なピアノ伴奏は、基礎的なピアノ伴奏力養成で培った右

単元 学習内容 学習曲例

1 調性の理解と主要三和音による和音設定

・ハ長調の音階の理解とⅠ・Ⅳ・Ⅴの主要三和音の理解・Ⅰ・Ⅳ・Ⅴの和音とコードネームによる和音との関係理解

2 弾き歌い伴奏の移調 (1) ハ長調⇔ニ長調

①ニ長調からハ長調への移調錬習②ハ長調からニ長調への移調練習

①「きらきらぼし」武鹿悦子日本語詞 / フランス民謡②「めだかの学校」茶木滋作詞 / 中田喜直作曲

3 弾き歌い伴奏の移調 (2) ハ長調⇔ヘ長調

①ヘ長調からハ長調への移調練習②ハ長調からヘ長調への移調練習

①「ぶんぶんぶん」村野四朗日本語詞 / ボヘミア民謡②「むすんでひらいて」作詞者不詳 / ルソー作曲

4 弾き歌い伴奏の移調 (3) ハ長調⇔ト長調

①ト長調からハ長調への移調練習②ハ長調からト長調への移調練習

①「うみ」林柳波作詞 / 井上武士作曲②「手をたたきましょう」小林純一作詞 / 作曲者不詳

5 響きを豊かにする副三和音の使用 (1)

①ハ長調の副三和音Ⅱ・Ⅲ・Ⅵの理解②ハ長調の曲で副三和音の響きを体験し、伴奏する。

「ゆうやけこやけ」中村雨紅作詞 / 草川信作曲

6 響きを豊かにする副三和音の使用 (2)

ハ長調以外の調性の曲で副三和音を使って伴奏する。

「おへそ」佐々木美子作詞作曲

7 響きを豊かにする借用和音の使用 (1)

①借用和音ドッペル・ドミナント の理解②ハ長調の曲でドッペル・ドミナントの響きを体験し、伴奏する。

「とんぼのめがね」額賀誠志作詞 / 平井康三郎作曲

8 響きを豊かにする借用和音の使用 (2)

ハ長調以外の調性の曲でドッペル・ドミナントを使って伴奏する。

「おつかいありさん」関根榮一作詞 / 團伊玖磨作曲

9 ペダルの使用 (1) ペダル使用法を理解し、ペダルを使用した響きを体験する。

「ゆりかごのうた」北原白秋作詞 / 草川信作曲

10 ペダルの使用 (2) ペダルを使用し、より高度な曲の伴奏に挑戦する。

「おはながわらった」ほとみこうご作詞 / 湯山昭作曲

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165子どもの表現のためのピアノ伴奏法 Ⅱ

手でメロディを弾き、左手でコード奏をするというレベルを、子どもが無理なく心地よく歌えるよ

うにメロディと伴奏の移調ができ、左手の和音の響きに少し工夫を加え、音楽の響きの拡がりを持

たせたピアノ伴奏力であった。

 しかしながら、教育・保育の実践現場で、子どもたちの音楽に対する感性や情操を、より豊かな

ものへと高めていけるピアノ伴奏力とは、旋律を弾かずに両手で伴奏する力、伴奏のリズムを変え、

歌唱曲や動きの伴奏を即興的に変奏する力、子どもたちの表情や動きを見て、あらゆる場面に対応

することができるように伴奏のレパートリーを増やし、初見や暗譜で伴奏する力が必要である。同

時に、真の意味で子どもたちの感性を育むためには、ピアノ伴奏をする指導者や保育者が、子ども

たちの音や音楽を「感じる心」と「聴く耳」を育てる指導力も必要である。

 今後は、教育・保育の現場で必要な、いかなる状況にも臨機応変に対応できるピアノ伴奏力の養

成を、発展的ピアノ伴奏力とし、子どもの表現のために必要な真の力となる発展的ピアノ伴奏力養

成のためのプログラムを作成し、教育者・保育者に必要なピアノ演奏技術と表現力の育成について

研究を深め、音や音楽を「感じる心」と「聴く耳」を育てる指導法の研究へと発展させていきたい

と考えている。

謝辞 本研究をまとめるにあたり、プール学院大学教育学部非常勤講師山田真由美先生にご協力い

ただきましたことを感謝申し上げます。

<注>

1)田原昌子『プール学院大学研究紀要 第 55 号』プール学院大学 2014 pp123-137

2)小学校、幼稚園・保育所の実践現場で、教員や保育士に必要とされるピアノ伴奏の力のことを、先行研究の

前掲書の紀要の中で、ピアノ伴奏力と定義づけている。

3)文部科学省告示第 26 号『幼稚園教育要領 第 2 章 ねらい及び内容』2008 

4)石井玲子編著『実践しながら学ぶ子どもの音楽表現』保育出版社 2010

5)同掲書 第 13 章 3 節 執筆担当者 加藤照恵 pp172-173

6)鈴木恵津子監修・編著『幼稚園教諭・保育士養成課程 幼児のための音楽教育』教育芸術社 2011  pp166-

167

<引用文献・参考文献・参考楽譜>

・文部科学省『小学校学習指導要領解説 音楽編』教育芸術社 2008

・文部科学省『幼稚園教育要領』2008

・厚生労働省『保育所保育指針』2008

・内閣府・文部科学省・厚生労働省『幼保連携型認定こども園教育・保育要領』2014

・長尾満里・山西和枝『子どもの歌 歌い方とピアノ伴奏へのアドヴァイス』共同音楽出版社 2008

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166 プール学院大学研究紀要第 56 号

・高野雅子『表現 幼児音楽① 幼児の表現活動と保育者の援助』保育出版社 2009

・高野雅子『表現 幼児音楽② 保育者の音楽的基礎技能と基礎知識』保育出版社 2009

・小林美実『こどものうた 200』チャイルド本社 2009

・小林美実 『続 子どものうた 200』チャイルド本社 2009

・石井玲子編著『実践しながら学ぶ子どもの音楽表現』保育出版社 2010

・小川宣子・木許隆・妹尾美智子『小学校・保育者をめざす 子どもの表現活動を導くコードネームによる伴奏法』

圭文社 2010

・甲斐彰『コード伴奏にチャレンジ らくらく弾けるピアノコード スリーコードから始めるステップ 17』音楽

之友社 2010

・田畑八郎『色彩的伴奏づけの手ほどき』ケイ・エム・ビー 2010

・中田喜直・小林純一編『二訂現代こどもの歌名曲全集』音楽之友社 2010

・神原雅之・鈴木恵津子『幼稚園教諭・保育士養成課程 幼児のための音楽教育』教育芸術社 2011

・石橋裕子・吉津晶子・西海聡子『新 保育社・小学校教員のためのわかりやすい音楽表現入門』北大路書房 

2012

・佐土原知子『コードがわかる!すぐ弾ける!新・やさしいピアノ伴奏法(1)』ドレミ楽譜出版 2013

・鈴木渉『教師のためのピアノ伴奏法入門』東洋館出版 2014

・深見友紀子・小林田鶴子・坂本暁美『保育士、幼稚園・小学校教諭を目指す人のために この一冊でわかるピ

アノ実技と楽典 増補版』音楽之友社 2014

・二宮紀子『歌って、弾いて、書いてわかる子どもの歌・ピアノ伴奏のしくみ』音楽之友社 2014

・鈴木恵津子『改訂 ポケットいっぱいのうた 実践子どものうた 簡単に弾ける 144 選』教育芸術社 2014

・柳澤邦子『領域「表現」子どもと楽しむための音楽表現〜のびのびと心と身体を育む〜』フレーベル館

 2014

・板野和彦『一人一人を大切にするユニバーサルデザインの音楽表現』萌文書林 2015

<本文中の曲番号で表した掲載曲>曲番号 曲名 作詞者 作曲者 特記事項

1 おべんとう  天野 蝶 一宮道子2 おかえりのうた 天野 蝶 一宮道子3 おててをあらいましょう 不詳 不詳

4みつばちマーチ 不詳 「こいぬのマーチ」久野静夫作詞 黒澤吉徳編

曲で、小学校音楽科教材として扱われることがある。

5 おおスザンナ S. フォスター

6 うれしや楽しや ストリーボッグ 「蝶々と追いかけっこ」というタイトルで扱われることがある。

7 おほしさま 都築益世  團 伊玖磨8 もちつき 小林純一 中田喜直

9 ロンドン橋が落ちる イギリスの遊び歌 高橋三九三日本語詞で、小学校音楽科曲教材として扱われることがある。

10 アルプス一万尺 アメリカ民謡 石丸寛編曲11 雨ふりくまのこ 鶴見正夫  湯山 昭12 めだかのがっこう 茶木 滋  中田喜直13 すうじのうた 夢 虹二  小谷 肇14 大きなくりの木の下で 不明 イギリス民謡

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167子どもの表現のためのピアノ伴奏法 Ⅱ

15 おはなしゆびさん 香山美子 湯山 昭16 ぞうさん まど・みちお 團 伊玖磨17 大きなたいこ 小林純一 中田喜直

18 しあわせなら手をたたこう アメリカ曲  木村利人作詞 一宮道子編曲で一般に知られている。

19 どんぐりころころ 青木存義  梁田 貞20 きのこ まど・みちお くらかけ 昭二

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168 プール学院大学研究紀要第 56 号

(ABSTRACT)

An examination of a piano accompaniment method for children’s music expression Ⅱ

―A study in the training of piano accompaniment for enhancing children’s sensitivity―

TAHARA Masako 

This study analyses the application of piano accompaniment for beginners and is a

continuation from a previous study, “An examination of piano accompaniment method for children’

s music expression Ⅰ .”

Piano accompaniment in kindergarten has more influence on children’s everyday

lives than primary school music education. The study confirms the role of kindergarten piano

accompaniment by verifying the aim and content from the five educational domains: Health, Human

Relationships, Environment, Language, and Expression from “A Course of Study for Kindergarten”

which was published by the Ministry of Education, Science and Culture in 2008.

One finding of the study is that children can sing comfortably with the accompaniment

by transposition. Moreover, by adding secondary triads( Ⅱ・Ⅲ・Ⅵ ), double dominant chord, and

pedal usage to the basic accompaniment, the variety of sound expressions are increased. Editing

the study program has revealed a way to improve the piano accompaniment for the beginner.