第1章 焼結nd 磁石を中心とする永久磁石材料 -...

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7 7 1 章 焼結 Nd 磁石を中心とする永久磁石材料 Nd Magnet Consulting 山本日登志 1 Nd 磁石の概要と市場動向 1.1 Nd 磁石とは 希土類(Rare Earth)という名称から想像されるような、「希土類元素は非常に稀な元素である」という しばしば誤った認識がある1-1 に種々の元素の地球上に存在する量を示す。水分を構成する H O 以外では、Si Al Mg CaFe 等が地球上で最も豊富な元素である。希土類の中の Nd(ネオジム) は、Ni Cr SnNb と同等レベルの存在量を有する。誰も、 Ni Cr SnNb を希少金属とは思ってい ない。Dy (ジスプロシウム)については Nd よりも若干存在量が減るが、それでも WMo CdTa と同 等レベル存在する。なお、最も地球上に少ない元素はいわゆる貴金属等であり、AuPt PdTe 相当する。希土類元素はその名前から類推されるような地球上に稀な元素というわけではない。 1-1 地球上に存在する元素量 現在までに見つかっている希土類鉱山の埋蔵量に対して、現在の世界のNdFeB磁石生産量で単 純に割ると約 840 年という数字が得られ、長期的な観点での主成分の Nd(ネオジム)元素の資源枯 渇の心配は非常に少ない 1) 。むしろ、問題は磁石の耐熱性に不可欠な希土類元素の1つである Dy (ジスプロシウム)が、 EV HV 等の環境対応車普及増大により今後大変厳しくなるという現状である。 市販されている焼結 Nd 磁石の磁気特性の 1 例を図 1-2 に示す ) 。 縦軸は磁石の強さを示す残 留磁束密度(Br)、横軸は磁石の熱的安定性や減磁界に対する安定性を示す保磁力(H cJ )である。 焼結Nd 磁石は、各種用途やその設計により 2030 種類ある磁気特性の中から選択が可能である。 高い磁束を必要とする HDD や医療用 MRI (核磁気診断装置)では 50 52 材等を採用、エアコンや

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    第1章 焼結Nd磁石を中心とする永久磁石材料

    Nd Magnet Consulting 山本日登志

    1 Nd磁石の概要と市場動向

    1.1 Nd磁石とは 希土類(Rare Earth)という名称から想像されるような、「希土類元素は非常に稀な元素である」というしばしば誤った認識がある。図1-1に種々の元素の地球上に存在する量を示す。水分を構成するH、 O以外では、Si、Al、Mg、Ca、Fe等が地球上で最も豊富な元素である。希土類の中のNd(ネオジム)は、Ni、Cr、Sn、Nb と同等レベルの存在量を有する。誰も、Ni、Cr、Sn、Nbを希少金属とは思っていない。Dy(ジスプロシウム)についてはNdよりも若干存在量が減るが、それでもW、Mo、Cd、Taと同等レベル存在する。なお、最も地球上に少ない元素はいわゆる貴金属等であり、Au、Pt、Pd、Te が相当する。希土類元素はその名前から類推されるような地球上に稀な元素というわけではない。

    図1-1 地球上に存在する元素量 現在までに見つかっている希土類鉱山の埋蔵量に対して、現在の世界のNdFeB磁石生産量で単純に割ると約 840 年という数字が得られ、長期的な観点での主成分の Nd(ネオジム)元素の資源枯渇の心配は非常に少ない1)。むしろ、問題は磁石の耐熱性に不可欠な希土類元素の1つである Dy(ジスプロシウム)が、EV、HV等の環境対応車普及増大により今後大変厳しくなるという現状である。 市販されている焼結Nd磁石の磁気特性の 1例を図 1-2に示す2)。 縦軸は磁石の強さを示す残留磁束密度(Br)、横軸は磁石の熱的安定性や減磁界に対する安定性を示す保磁力(HcJ)である。焼結Nd磁石は、各種用途やその設計により20~30種類ある磁気特性の中から選択が可能である。高い磁束を必要とするHDDや医療用MRI(核磁気診断装置)では 50、52材等を採用、エアコンや

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    汎用モータでは 37SH、41SH材、EV、HV用途では更に耐熱性が厳しいため、36EH、33UH材等を採用する。各材質共基本的な磁石成分は、Nd、Dy、Fe、B主要元素にCo、Al、Cu、Nb、Tb、Ga等の添加元素を含む金属間化合物合金系であり、機械強度や電気抵抗等の物理特性は各材材質共ほ

    ぼ同等である。強磁性を失う、いわゆるキュリー点(Tc)は Co含有量で若干上昇するが、約 310℃と他の磁石材料に比べてかなり低く、残留磁束密度(Br)の温度係数が大きいという Nd磁石の欠点の1つとなっている。

    図1-2 市販されている焼結Nd磁石の磁気特性

    表1-1 R2Fe14B化合物の磁気特性

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    Nd磁石の高い磁気特性は、主相であるNd2Fe14B化合物の磁気特性に起因する。表1-1に種々希土類(R)からなるR2Fe14B化合物の磁気特性を示す3)。表中の飽和磁化(Is)は残留磁束密度Brの理論限界を、キュリー点(Tc)は磁石の温度安定性を、異方性定数(K)と異方性磁界(HA)は保磁力の理論限界をそれぞれ示している。また、(BH)max 理論値は飽和磁化(Is)の値から計算できる。この表からわかるように、Nd2Fe14B化合物が達成できる(BH)max理論値が最も高く、ついで Pr2Fe14B化合物である。Nd2Fe14Bのキュリー点Tcは 586Kと他の磁石材料に比べて低く、残留磁束密度の温度係数の大きい本質的な理由である。異方性磁界HAはTb、Dy系で極めて高く、保磁力を向上させるため、これら元素がNd磁石に添加されている理由である。Tbは保磁力向上の効果が最大であるが、資源的に極めて少ないので市販されている実用磁石は主としてDyを添加使用している。 ジスプロシウム(Dy)は保磁力を高める極めて重要な元素で、その添加量は保磁力の高い磁石材質ほど多く必要である。その理由は保磁力の理論限界である異方性磁界(HA)の値がNd2Fe14Bに比べDy2Fe14Bの方が約2倍と大きいためであり、Dyは同じ希土類のNdを置換して(Nd、Dy)2Fe14Bという形態での金属間化合物として存在する。この(Nd,Dy)2Fe14B化合物において、Nd,Feはフェロ磁性結合、即ちお互い磁気モーメントが平行、Dy、Feはアンチフェロ、即ち磁気モーメントが反平行である。そのため、NdをDyで置換すると磁気モーメントが低下、即ち残留磁束密度(Br)が低下することが避けられない。ただ、耐熱性が要求されるHV、EVではこのDyは不可欠な元素であり、約5~10wt%の Dyの添加を必要とする。Dyは Nd と比較して資源量、生産量が少なく高価である。2009年10月現在でのNd、Dy金属の原料コスト国際市場価格を図1-3に示す。Nd金属の24$/kgに対して、Dy金属は 145$/kgと約6倍の価格である4)。よって、Nd磁石合金原料価格はDy金属の価格に大きく影響される。EV、HV用モータが大量に普及するためには、Dy金属の調達&供給の安定化、Dy使用量を低減するモータ設計技術が極めて重要である。

    図1-3 NdとDy金属の価格 (FOB中国価格、$/kg) Nd磁石の希土類原料として、NdとPrの希土類混合物ジジム合金がしばしば量産的に用いられている。Prは、希土類元素の分離工程中の最終工程でNdと分離される元素であり、このジジム合金は最終分離工程前の合金であり、その分原料コストが若干安い。Nd2Fe14B と Pr2Fe14B の飽和磁化と異方性磁界HAは、ほぼ同等の値を有しているので、NdをPrで置換してもそれほど著しい磁気特性の変化は現れない。この安価なジジムを原料として使った場合の最大の問題点は、Nd、Prの成分変動である。鉱山から採掘される希土類原料ロットにより、そもそもそのNdとPrの成分比率は決まってお

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    り、原料ロットが変われば成分変動が起こる可能性が大きい。低温温度特性に関して、Nd2Fe14Bは約100K 程度の低温からスピン再配列現象といって、磁化の容易軸方向がc軸方向から約 20°傾いた異方性を有するが、Pr2Fe14Bはスピン再配列現象がないので、低温使用時の問題はない。化学的性質に関して、希土類元素は原子番号の少ない順に酸化されやすく、ジジム原料を使った NdPr 磁石はNd磁石よりも酸化しやすいので、使用環境条件の十分な配慮が必要である。 上述した焼結Nd磁石と共に、ボンドNd磁石について若干説明する。焼結Nd磁石は 100%磁石合金であるが、ボンド磁石は磁石粉末に接合材、通称”バインダー”を含む磁石であり、射出成型で

    はナイロン 12や高耐熱性を有する PPC、圧縮成型ではエポキシ樹脂をそれぞれ混合している。その残留磁束密度は、これら非磁性である含有樹脂体積比に比例して直線的に低下する。 ボンド磁石は一般に PC、DVD 等のスピンドルモータ、ステッピングモータとして大量に使用されているが、含有されるエポキシやナイロン等の樹脂自身の耐熱性が使用温度上限とされ、通常 140~150℃がボンド Nd磁石の最高使用温度である。また、磁石の耐食性についても焼結磁石より劣るため、車載用途としては、シートモータ等室内用途として限定的に量産されているのみであり、使用

    環境の厳しいEV、HEV駆動用モータへの適用はかなり困難と思われる。 表 1-2 に、2008 年現在日本国内において入手できる量産磁石材質とその代表的な製造メーカを示す。なお、( )は見込みを含む製造中止の磁石材質である。国内磁石業界においても製造材質

    の選択と集中の動きが急速に進んでいる。

    表1-2 日本国内の永久磁石製造メーカと製造磁石の特徴、用途

    製造メーカ:H(日立金属)、S(信越化学)、T(TDK)、D(ダイドー電子)、MQ(マグネクエンチ)、A(愛知製鋼)、

    M(三菱マテリアル)、SK(住友金属鉱山)、TH(東北金属)、TS(東芝)、NA(日亜化学) *表中の( )内メーカは製造中止または中止予定

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    第2章 電磁鋼板を中心とする軟質磁性材料

    北九州工業高等専門学校 開道 力

    本章では、ハイブリッド電気自動車(HEV)に使用される軟質磁性材料、主に、駆動モータ用鉄心素材の電磁鋼板について述べる。HEV用駆動モータは一般に永久磁石で励磁されるので、鉄心は一定の磁束密度で励磁される。しかし、HEVのシステム設計、走行やシステム駆動条件が変わると、モータ駆動条件が変化し、鉄心の励磁条件も変化する。従って、HEV のシステムや走行条件により、モータ駆動条件を通して最適な鉄心素材は変化する。 そこで、初めに、HEVの駆動条件に対応した電機子鉄心素材への要求項目と、この要求に対する鉄心素材の種類と特徴を紹介し、HEV条件に対する最適素材選定について述べる。次に、モータの加工・組立における鉄心性能劣化抑制のための留意点を挙げる。最後に、HEVの更なる高性能化に対応して、鉄心素材の今後の見通しについて言及する。 1 電気自動車用モータにおける鉄心の具備条件

    1.1 電気自動車の駆動モードに対応する鉄心への要求項目 自動車は始動、加速、定速運転、追い越し、減速や停止などを行うので、現状の自動車と同等以

    上の性能が必要なHEVにも高出力や加速性などが求められる。従って、HEVの駆動モードに伴い、駆動モータは加速、坂道や追い越しでは高トルクが求められ、高頻度運転となる定速走行では低損

    失、高速道路走行では高周波鉄損低減や遠心力対応が求められる。また、安全性のために、モータ

    部材の金属疲労も考慮する必要がある。 この駆動モータへの要求と駆動モードに対して、図2-1のように、モータの鉄心には異なった性能が求められ、最適な鉄心素材も異なってくる。図には最適鉄心素材の実例を示すが、全てを満足す

    る素材は存在しない。

    (1)駆動モータと鉄心への要求 (2)要求に対応する鉄心素材 図2-1 自動車駆動モードにおけるモータ、 鉄心への要求と対応鉄心素材

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    始動や追い越しの場合は加速のため高トルクが求められるので、電機子鉄心には高飽和磁化の

    材料が使用され、高磁束が透る磁気回路を形成するには狭い空隙にできるための高寸法精度の鉄

    心が必要である。また、坂道走行や追い越しなどでは高出力駆動となるが、モータ出力は上昇温度

    でも決まるので、抜熱のための高熱伝導性も鉄心に求められる。市街地走行における定速走行など

    の高頻度モードでは低損失が重要であり、高効率制御も求められるので、鉄心には低鉄損材が使

    われ、界磁制御により中磁場特性も求められる場合もある。高速道路走行のように、モータが高回転

    される場合は鉄心が高周波励磁されるので、高周波鉄損の材料が必要となり、遠心力のため機械強

    度が求められる。自動車は安全性が非常に重要であり、鉄心の金属疲労も考慮する必要もある。駆

    動モータがホイールインタイプであれば励磁周波数が低くなるので、鉄損より高磁束密度が重要に

    なる。 以上のように、電気自動車の駆動モータ用鉄心には磁性部材としては勿論、構造部材や抜熱部

    材としての役割が求められるが、図 2-1に示すように、全てを満足する鉄心素材は存在しないので、HEVの要求性に対する鉄心の選定、設計が重要なポイントとなる。

    1.2 駆動モータの種類と鉄心への要求項目 駆動モータは希土類磁石を用いるモータが多い。磁石モータ用鉄心は高磁束密度で使用でき低

    鉄損であることが必要であり、埋め込み磁石型(IPM)モータでは高速回転時の磁石保持のため機械強度も求められる。高価で資源問題もある希土類磁石を用いないリラクタンスモータや誘導モータ

    を使用する場合は高透磁率であり、高寸法精度であることも重要である。

    1.3 駆動モータにおける鉄心方式の種類と具備条件 鉄心はモータ磁気回路を構成する磁気部材である。また、電機子巻線を収納し固定する役割もあ

    る。モータ鉄心には図2-2のように、打抜加工で一度に打ち抜く一体打抜鉄心、打ち抜きした鉄心片を組み合わせて使用する分割鉄心や曲げ加工して組み合わせる曲げ加工鉄心、また、普通のラジ

    アルギャップ鉄心に対して、アキシャルギャップ鉄心もある。

    1.3.1 一体打抜積層鉄心 一般のモータは図 2-2(1)に示すように、一度に全形を打ち抜き、積層した鉄心が使用される。この鉄心は回転軸に対して放射状に磁束が流れるため、使用される積層鉄心素材は全方向の磁気特

    性が使用されるので、鉄心素材には全方向の磁気特性が求められ、一般に、無方向性電磁鋼板が

    使用される。

    1.3.2 分割鉄心、曲げ加工鉄心 図 2-2(2)に示される分割鉄心や、同図(3)の曲げ鉄心もモータに使用される。これらの鉄心を用いると巻線作業が容易となり、鉄心スロット内に電機子巻線を高占積率で納めることもできる。また、リ

    サイクルする場合、鉄心素材と巻線の解体分離も容易である。曲げ加工鉄心では、曲げ加工性も求

    められる。 1.3.3 アキシャルギャップ用鉄心 一般の鉄心は回転軸に対して放射状に磁束が流れるが、アキシャルギャップ用鉄心は図 2-2(4)

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    のように、回転軸方向に磁束が流れる。磁路断面積を大きくとれるが、積層鉄心を用いると鋼板面に

    垂直に磁束が透り、損失が大きくなる。

    (1)一体打抜鉄心 (2)分割鉄心 (3)曲げ鉄心 (4)アキシャルギャップ鉄心

    図2-2 モータの電機子鉄心方式の種類 2 鉄心用軟質磁性材料の種類と性能 モータは電機子鉄心や界磁継鉄に軟質磁性材料が使用される。この軟質磁性材料には、1項で述べたように、多くの要求に対応して多くの種類がある。

    2.1 鉄心用軟質磁性材料の種類 モータに使用される軟質磁性材料には、表2-1に示すように多くある。電気自動車の駆動力に必要な飽和磁化は、Co-Fe-V が最も高いが、高価である。高頻度の定速走行や高速走行で問題となる鉄損は、圧粉磁心、アモルファス(非晶質)材などにが低いが、飽和磁化も低い。普通鋼板やケイ素鋼

    板の電磁鋼板は高飽和磁化、低鉄損で、更に低価格であるため、電気自動車用に多く使用されてい

    る。

    表2-1 鉄心用軟質磁性材料の種類

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    2.2 電磁鋼板の種類と性能 代表的なモータ用鉄心素材は電磁鋼板である。表 2-2に電磁鋼板の種類を示す。同表には、電磁鋼板以外でモータに使用される鋼板も示す。電磁鋼板は、初めは熱延電磁鋼板であったが、冷延

    技術の確立により、量産が可能な冷延鋼板が主流となり、日本では現在、冷延鋼板のみである。

    表2-2 電磁鋼板などの種類

    電磁鋼板は、ケイ素を含むケイ素鋼板とケイ素を含まない純鉄系鋼板に分けられる。 純鉄系鋼板としては、SPCC などの普通鋼板が自動車の電装用モータに使用されている。電装品では効率より、小形軽量化が自動車の燃費に向上につながるので、純鉄系鋼板が用いられる。電磁

    鋼板以外に、電磁厚板などが界磁継鉄に使用される。表面損低減や耐錆性のためには、フェライト

    系ステンレスなども使用される。 電磁鋼板は、全方向に励磁するための無方向性電磁鋼板(Non-oriented electrical steel sheet:NO)と、一方向を励磁することを目的とする方向性電磁鋼板(Grain-oriented electrical steel sheet:GO)がある。HEV用モータには、一般に NOが使用される。電磁鋼板の主成分である Feの磁化特性は、図2-3で示される。従って、磁気特性を大きく影響するFeの磁化容易方向は、図2-4のようになる。電磁鋼板における物理定数の Si添加量依存性を、図2-5に示す。Siを添加すると、電気抵抗率は高くなり磁気異方性は小さくなっているが、飽和磁化は低下する。従って、低 Si 材は高磁束密度で、高 Si材は高抵抗率のため低鉄損になる。