第2節...

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- 41 - 第2節 言語を通した鑑賞 本節では、幼児対象プログラムのうち、言語を通した鑑賞である絵画鑑賞プログラム「対 話」、彫刻鑑賞プログラム「対話」、絵画鑑賞プログラム「お話作り」について考察する。 Ⅰ.絵画鑑賞プログラム「対話」 1.絵画鑑賞プログラム「対話」の概要 (1)実施手順 絵画鑑賞プログラム「対話」の実施手順は、表1に示す通りである。 表1.絵画鑑賞プログラム「対話」の実施手順 経過 活動 職員の行動と幼児の活動 00(分) 挨拶 ①幼児を迎える。挨拶し、歓迎の意を伝える。 03 移動 ①建物の中へ誘導する。②初めの展示室を一巡し、アトリウム(幼児が集まって座れ る広さと落ち着きのある場所)へ誘導する。 05 導入 ①美術館はどのような所か伝える。②美術館での約束を話し合う。 13 移動 ①活動する展示室へ移動する。 15 対話 ①幼児は自由に鑑賞し、職員は「好きな絵はあるかな」などと声をかける。②集合す るよう伝える。③好きな作品、その理由などを尋ねる。④1作品を皆で鑑賞する。 35 総括 ①活動を振り返る。 40 移動 ①出口へ移動する。 43 挨拶 ①挨拶し、再訪の期待を伝える。 実施手順の骨格となるのは、「挨拶」「導入」「対話」「総括」「挨拶」であるが、「対話」 は2種の活動から成る。表1の「対話」の①~③の「好きな作品を見つける活動」と、④ の「1作品を皆で鑑賞する活動」である。前者は、幼児が個々に作品を鑑賞することを重 視した活動であり、後者は、共同で1つの作品を鑑賞することを重視した活動である。「対 話」では、対話型鑑賞の手法を用いる。 (2)実施場所 第2章 第2節

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第2節 言語を通した鑑賞

本節では、幼児対象プログラムのうち、言語を通した鑑賞である絵画鑑賞プログラム「対

話」、彫刻鑑賞プログラム「対話」、絵画鑑賞プログラム「お話作り」について考察する。

Ⅰ.絵画鑑賞プログラム「対話」

1.絵画鑑賞プログラム「対話」の概要

(1)実施手順

絵画鑑賞プログラム「対話」の実施手順は、表1に示す通りである。

表1.絵画鑑賞プログラム「対話」の実施手順

経過 活動 職員の行動と幼児の活動

00(分) 挨拶 ①幼児を迎える。挨拶し、歓迎の意を伝える。

03 移動 ①建物の中へ誘導する。②初めの展示室を一巡し、アトリウム(幼児が集まって座れ

る広さと落ち着きのある場所)へ誘導する。

05 導入 ①美術館はどのような所か伝える。②美術館での約束を話し合う。

13 移動 ①活動する展示室へ移動する。

15 対話 ①幼児は自由に鑑賞し、職員は「好きな絵はあるかな」などと声をかける。②集合す

るよう伝える。③好きな作品、その理由などを尋ねる。④1作品を皆で鑑賞する。

35 総括 ①活動を振り返る。

40 移動 ①出口へ移動する。

43 挨拶 ①挨拶し、再訪の期待を伝える。

実施手順の骨格となるのは、「挨拶」「導入」「対話」「総括」「挨拶」であるが、「対話」

は2種の活動から成る。表1の「対話」の①~③の「好きな作品を見つける活動」と、④

の「1作品を皆で鑑賞する活動」である。前者は、幼児が個々に作品を鑑賞することを重

視した活動であり、後者は、共同で1つの作品を鑑賞することを重視した活動である。「対

話」では、対話型鑑賞の手法を用いる。

(2)実施場所

第2章 第2節

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1993(平成5)年から 2006(平成 18)年までの 14 年間に実施された幼児対象プログラムは

1122 回あり、その中で「対話」を含む活動は延べ 358 回ある。大原美術館は、本館、分

館、工芸・東洋館、児島虎次郎記念館から成るが、「対話」のほとんどは、本館全7室の

うち2階展示室(以下、本館2階)、新展示棟2階展示室(以下、新展示棟2階)のどちらか

で行われている。

両展示室で多く実施される理由を考えてみよう。プログラムの時期・場所・内容などは、

参加予定の保育施設の保育者と協議し決定する。本館2階には、一般的に大原美術館の代

表的所蔵作品と言われるエル・グレコ『受胎告知』の他、モネ『睡蓮』を始め印象派から

後期印象派の作品が展示されている。新展示棟2階には、主にエコール・ド・パリとその

周辺の作品が展示されており、ピカソ『頭蓋骨のある静物』など大原美術館の所蔵作品と

して広く知られている作品を見ることができる。

このような事情から、「幼児には、大原美術館の代表的作品を見せたい」という意識が、

保育者に働くのだと考えられる。また保育者には、作品に描かれている内容物や色調など

に幼児に受け入れられやすい要素が多い、という経験知があると考えられる。さらに、展

示室の床面積も一要因である。どちらの展示室も約 250 平方メートルあり、活動に適した

空間が確保できる。

(3)鑑賞対象となる絵画

幼児が鑑賞する絵画作品の一覧を、表2に示す。大原美術館は、所蔵作品の常設展示を

基本としているため、すべての展示作品が入れ替わるような大規模な展示替えは行わない。

しかし、定期的ではないが早ければ数週間から数か月の時間幅で、作品貸出などに伴う部

分的な展示替えを行う。そのため、次に示す作品を、すべての幼児が常に鑑賞しているわ

けではない。また、他の作品が含まれることもある。

第2章 第2節

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第2章 第2節

表2.幼児が鑑賞する絵画一覧

●本館2階 ○アマン=ジャン『ヴェニスの祭』、○ヴュイヤール『薯をむくヴュイヤール夫人』、○エル・グレ

コ『受胎告知』、○カリエール『想い』、○ギヨマン『自画像』、○クールベ『秋の海』、○ゴーギャン『かぐわし

き大地』、○コロー『ラ・フェルテ=ミロンの風景』、○シスレー『マルリーの通り』、○シダネル『夕暮の小卓』、

○シニャック『オーヴェルシーの運河』、○シャヴァンヌ『幻想』、○セガンティーニ『アルプスの真昼』、○セ

ザンヌ『風景』『水浴』、○ドガ『赤い衣裳をつけた三人の踊り子』、○ピサロ『りんご採り』『中庭』、○フォラ

ン『舞台裏』、○フレデリック『万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん』、○ボナール『欄干の

猫』、○マネ『薄布のある帽子をかぶる女』、○ミレー『グレヴィルの断崖』、○モネ『積みわら』『睡蓮』、○モ

ロー『雅歌』、○ラファエリ『アニエールの街路』、○ルソー『牛のいる風景』、○ルノワール『若い婦人の肖像』

『麦わら帽子の女』『泉による女』、○ロートレック『マルトX夫人の肖像―ボルドー』など

●新展示棟2階 ○ヴラマンク『静物』『サン・ドニ風景』、○カンディンスキー『尖端』、○キリコ『ヘクトー

ルとアンドロマケーの別れ』、○グリス『コップと瓶』、○シャガール『恋人』『アレキサンドル・ロムの像』、○

スーティン『鴨』、○デュフィ『ドーヴィルの競馬場』、○ドラン『イタリアの女』『静物』、○ピカソ『鳥籠』『頭

蓋骨のある静物』、○ブラック『裸婦』、○ホドラー『木を伐る人』、○マティス『画家の娘』『エトルタ』『マル

グリット嬢の肖像』、○マルケ『マルセイユの港』、○ミロ『夜のなかの女たち』、○モディリアーニ『ジャンヌ・

エビュテルヌの肖像』、○ユトリロ『パリ郊外―サン・ドニ』、○ルドン『鐘楼守』、○ルオー『道化師(横顔)』『呪

われた王』など

(作家名五十音順)

2.絵画鑑賞プログラム「対話」の実際

(1)「好きな作品を見つける活動」

この活動は、事例1に示すような手順及び言葉かけにより進行する。

事例1:シニャック『オーヴェルシーの運河』

進行:このお部屋の中で、自由に、絵を見てもらいます。し

ばらくしたら「集まって下さい」と言うので、この場所に集

まって下さいね。その時に、「このお部屋の中だったら、この

絵が好きだよ。こんなところが好きだよ」と言えるお友達が

いたら教えてね。では、ゆっくり見て下さい。どうぞ。

幼児:(個々が自由に、鑑賞する)

職員:(安全の確認や他来館者への配慮をしながら、展示室内

を巡り、作品を見ている幼児に適宜声をかける)この絵のどん

なところが気に入ったの。この絵には何が描いてあるかな。

この人は何をしているのかな。…

進行:集まって下さい。このお部屋の中に好きな絵が見つかった人、手を挙げて下さい。

幼児:(多くの場合、全員が挙手する)

進行:では、「この絵が好きだよ」と教えてくれるお友達はいるかな。

幼児:(A児、B児、C児他、挙手)

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第2章 第2節

進行:(挙手した幼児の中から、名札を見て指名する)では、Aちゃん、教えて下さい。その絵の前へ歩いて行っ

て、「これだよ」って示してくれたらいいからね。

A児:(『オーヴェルシーの運河』の前へ行き、指をさし)これ。

進行:そう。その絵が好きなんだ。皆、見えた。Aちゃんの好きな絵、わかったかな。

幼児:わかった。

進行:では、Aちゃん、戻って来て下さい。

A児:(集合場所へ戻って来る)

進行:Aちゃんは、あの絵のどんなところが好きだったの。

A児:風車のところ。

進行:そうなんだ。皆、Aちゃんは、あの絵の風車のところが好きなんだって。Aちゃん、ありがとう。どうぞ、

座って下さい。では、Aちゃんと同じ絵が好きなお友達はいるかな。

幼児:(B児、C児、挙手)はい。はい。

進行:Bくんは、どうして好きなの。

B児:色がきれいだから。

進行:なるほど。色がきれいだから好きなんだね。Cちゃんは、どうして好きなのかな。

C児:お城があるから。

進行:そうか。同じ絵を見てもそれぞれ違うところが好きなんだね。では、他の絵が好きなお友達はいるかな。

(以下、同じ手順で数名の幼児に尋ねる)

「好きな作品を見つける活動」は、幼児が個々に作品を鑑賞することを重視した活動で

あるが、A児がしているように、1人の幼児が好きな作品を発表することに加え、B児や

C児がしているように、初めにA児が示した作品に対し、複数の幼児が発言する活動も行

う。共同で1つの作品を鑑賞する活動に、接続する要素が含まれている。

この活動で、幼児が「好きな作品」として挙げた主なものを、これまでの実施記録をも

とに、展示室毎に挙げておこう。

本館2階では、エル・グレコ『受胎告知』、モネ『睡蓮』、図1に示すセガンティーニ

『アルプスの真昼』、シニャック『オーヴェルシーの運河』、ルソー『牛のいる風景』な

どが好まれる。理由は、『受胎告知』は「女の人がきれいだから」「ドレスがきれいだか

ら」「天使がいるから」など、『睡蓮』は「お花がきれいだから」「色がきれいだから」な

ど、『アルプスの真昼』は「ヒツジ(もしくはヤギ)がかわいいから」「色がきれいだから」

など、『オーヴェルシーの運河』は「風車が好き」「お花が咲いているから」「きれい」な

ど、『牛のいる風景』は「牛が好き」「牛がかわいいから」など牛に関する理由が多い。

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第2章 第2節

新展示棟2階では、ピカソ『鳥籠』、同じくピカソ『頭蓋骨のある静物』、図2のマル

ケ『マルセイユの港』、図3のキリコ『ヘクトールとアンドロマケーの別れ』などが好ま

れる。『鳥籠』は「鳥がかわいいから」など鳥に関わる理由が多く、『頭蓋骨のある静物』

は「角がかっこいい」「お花がきれい」などが理由となる。『マルセイユの港』は「船が

あるから」「船が好き」など船に関わる理由が多いが、その他にも「海が好き」「山が好

き」「街が好き」など風景の様々な要素に関心が持たれている。『ヘクトールとアンドロ

マケーの別れ』では、描かれたヘクトールとアンドロマケーを「ロボットみたい」と評し、

「ロボットが好き」「ロボットの黒い丸いところが好き」「ロボットの足がいい」などロ

ボットの構造を挙げている。

以上から、幼児は動物、人間、ロボット、自然など、直接、間接を問わず生活の中で経

験したり、親しんでいる対象が作品中に描かれている時に、好意や親しみを持つことが分

かる。色調は、明度・彩度の高いものを好む傾向がある。

図1.『アルプスの真昼』

図2.『マルセイユの港』図3.『ヘクトールとアンドロマケーの別れ』

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第2章 第2節

(2)「1作品を皆で鑑賞する活動」

鑑賞対象となる作品は、先行の「好きな作品を見つける活動」の際に、名前が挙がった

ものから選ぶことが多い。

事例2:モネ『睡蓮』

進行:じっくり見てみましょう。どのあたりが好きかな。

幼児:お花。

進行:お花のところが好きなんだ。お花はどこにあるかな。

幼児:(指で指し示す)

進行:本当だ。どんな色かな。

幼児:赤/黄/ピンク。

進行:(それぞれの発言にうなずく)いろんな色のお花がある

ね。お花以外に何か見えるかな。

幼児:葉っぱ/大きさが違う/大きいのと小さいの/水に浮

かんでる。

進行:(それぞれの発言にうなずく)水はどうかな。

幼児:流れてる/流れてない。

進行:そうか。流れてないと思うお友達は、どうしてそう思ったのかな。

幼児:波線がないから/流れそうにないから/深い/浅い/静か。

(茶屋町保育園年長/ 2005年1月 12日)

事例2で、先ず進行は、集中して作品を見ることを促してから、「どのあたりが好きか

な」と尋ねている。進行の発問に対し、幼児は「お花」と答える。進行は「お花はどこに

あるかな」と問い、幼児は指で指し示すことで答える。花が描かれているという認識が、

全体で共有できる。小学生以上であれば、画面のどこに位置するかを言語で説明すること

も、表現の訓練の機会になる。しかし、幼児は発達過程により空間認識及び言語化が難し

い場合もあり、指さしにより「伝えること」を優先させる配慮がある。先の事例1におい

ても、好きな作品を示させる際、「その絵の前へ歩いて行って、『これだよ』って示して

くれたらいいからね」と、進行は幼児に伝えているのも、同じ配慮からである。加えて、

キャプション表示にとらわれず、作品を見て欲しいという姿勢を伝えるものでもある。

次に進行は、花の色を尋ね、色への注意を喚起する。幼児は、「赤」「黄」「ピンク」と

答える。幼児が「赤」と答えた睡蓮は、実際には朱を含んだ赤であり、白の筆触もある。

同様に「黄」「ピンク」も、複数色の筆触によるものである。発達過程から、幼児は「赤」

「黄」「ピンク」としか言い表すことができないが、色への注意が喚起されたことにより、

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第2章 第2節

対象に注目していると言える。本事例では実施していないが、幼児に画面に近づいて筆触

を見るよう促すこともあり、その場合は詳細に筆触と色彩の確認ができる。

さらに進行は、「お花以外に何が見えるかな」と尋ねる。幼児は、葉が描かれているこ

とに気付き、大小様々な葉があると述べる。葉が水の上に浮かんでいることを、幼児が指

摘したため、進行は水に言及する。そして、水が流れているか、流れていないかで幼児の

意見が分かれる。そこで進行は、その理由を尋ねる。この記録では、流れていないことに

対する理由が残されている。幼児は「波線がないから」「流れそうにないから」と意見を

述べた後、「深い/浅い/静か」と、描かれた水あるいは池への観察を進めている。

事例3:ピカソ『鳥籠』

進行:何が描いてあるかな。

幼児:りんご/みかん/鳥/椅子/草/顔。

進行:いろいろ見つけてくれたね。(指さしながら)これをり

んごだと思うお友達と、みかんだと思うお友達がいるよ。り

んごだと思うお友達は、どうしてりんごだと思う。

幼児:形がりんごだから/(手で軸の形を作りながら)飛び出

してるところが、りんごだから。

進行:なるほど。では、みかんだと思うお友達は、どうして

みかんだと思ったの。

幼児:色がみかんだから/へたのところが、みかんみたいだから。

進行:そうか。それぞれよく見てくれたね。

幼児:その下にあるのは、草の根っこ。鳥籠の上の草とつながってるよ。鳥籠の上の草は今は少しだけど、こ

れからどんどん大きくなって、ジャングルみたいになるよ。

(万寿東幼稚園年長/ 2003年9月 26日)

事例3では、「何が描いてあるかな」の問いかけにより、「りんご」「みかん」「鳥」な

ど複数の答えがあった中で、進行は「りんご」と「みかん」を取り上げ、同じ対象でなさ

れた異なる判断への説明を求める。それぞれの立場の幼児が、彼らなりの言葉で、合理的

な理由を述べる。進行が、双方を受容し、よく見たことを賞賛すると、幼児は新たな対象

である「草の根っこ」に自ら目を向け、観察したことを述べる。受容され、賞賛されたこ

とにより、作品により積極的に関わろうとする様子を見ることができる。

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1)宮原英種・宮原和子:『応答的保育の研究』,ナカニシヤ出版,2002年,18頁.

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第2章 第2節

事例4:ピカソ『頭蓋骨のある静物』

進行:どこが好き。

幼児:頭の骸骨。

(中略)

幼児:あれ骨みたい/顔みたい。

進行:どんな顔。

幼児:牛/犬/ロバ。

進行:机の上に顔があるよね。

幼児:机の上に顔があったら生きてないよ/誰かが砂漠に

行って取ってきた/壷から出して、きれいにしたお面/タイムマシーンの中から出てきた/鼻が出ている/花

が魚の骨みたい。

(若竹の園年長/ 1998年5月 21日)

事例4の対話の後半で、幼児は「机の上の顔」すなわち頭蓋骨について、「誰かが砂漠

に行って取ってきた」「壷から出して、きれいにしたお面」「タイムマシーンの中から出

てきた」と説明している。色彩から想起させられる古びた印象への説明と推測できる。幼

児が事象への説明を、自らの経験や知識に当てはめて行おうとする様子が現れている。お

そらく日常では目にすることのない色であり、緑、灰色などの言葉では説明しきれない色

を、説明しようと幼児は苦心している。

幼児は、頭蓋骨の隣に描かれている花に注目し「花が魚の骨みたい」と述べている。頭

蓋骨を始め花や机も、黒く太い線で囲まれた四角や三角で構成されている。特徴ある描き

方を、幼児なりの言葉で説明している。

3.絵画鑑賞プログラム「対話」の教育的意義

(1)幼児と環境との相互作用と内発的動機

宮原英種ら(2002)は、発達心理学者ハント(J. M. Hunt)の発達理論の1つを「人間が環

境と行う相互交渉それ自体のなかに学習に対する動機付け「内発的動機付け」が存在するこ

とを明らかにし、発達を推進する大きな力として、主体が環境に対して絶えず興味や関心

をもち、それに対して積極的に働きかけることの重要性を論じている」1)と概説し、幼児

と環境の相互作用の重要性を示した上で、保育者らは、人的環境として幼児と相互作用を

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2)宮原・宮原,前掲著 1),24頁.

3)宮原・宮原,前掲著 1),31頁.

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第2章 第2節

持てるよう応答的に関わること、玩具などの応答性を理解した上で物的環境の構成に生か

すことが重要であるとしている。また、保育者らからの応答には、言葉、態度、表情、動

作などがあるが、特に言葉による言語的応答性を重視している2)。

(2)幼児と作品の相互作用を促す対話

環境との相互作用により発達する幼児にとり、絵画鑑賞に「対話」を用いることは、ど

のような意味を持つのだろうか。例えば、「対話」において、幼児に対する職員の発話は、

人的環境としての職員の言語的応答であるが、同時に、絵画という物的環境からの応答に

代わるものとなる、と考えることができる。

「人間が環境と行う相互交渉、それ自体のなかに学習に対する動機付け「内発的動機付

け」が存在する」というハントの説を前提にすると、幼児が職員と行う対話の中に、内発

的動機付けが存在することになる。さらに、内発的動機付けは、学習に対するものである

から、幼児が「絶えず興味や関心を持ち、それに対して積極的に働きかける」環境とは、

職員ではなく、作品であるべきである。すると、幼児と職員が対話をすることにより、幼

児が作品に対し興味関心を持ち働きかける時、幼児に対する職員の発話は、人的環境とし

ての職員の言語的応答であるが、同時に、絵画という物的環境からの応答に代わるものと

なる、と考えることができる。したがって幼児は、対話により作品と相互交渉を持つこと

ができ、発達を促されるだろう。

宮原ら(2002)による言語的応答性の3つの内容「発問」「過程」「受容」を指標とし、再

度事例を参照しながら検討してみよう。宮原らは、「発問」を「子どもに対する質問」、「過

程」を「子どもに説明したり、解釈を加えたり、比較したりして、子どもとの言語的交流

の内容を充足し、発展させるプロセス」、「受容」を「子どもの言葉を受け入れること」

と定義している3)。

「好きな作品を見つける活動」である事例1で、進行に促され、幼児は展示室内の様々

な作品に対し「見る」という働きかけを行う。それに対し進行が「どの絵が好きか」と「発

問」の応答をする。人的環境からの応答であると同時に、物的環境すなわち作品、あるい

はこの段階では美術館からの応答になる。それに対し「(作品を指さし)これ」と幼児は答

え、進行が「そう。その絵が好きなんだ」と「受容」する。受容されたことにより、幼児

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4)高階秀爾/監修・高階秀爾他/著:『大原美術館名作選 155』,財団法人大原美術館,2004年,46頁.

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第2章 第2節

は充足感を得る。続いて「あの絵の、どんなところが好きだったの」と、「発問」が加え

られたことにより、充足感と共に「内発的動機付け」となり、「どんなところが好きか」

への答えを画中に見出そうと、作品を凝視するという積極的な働きかけを行う。

「1作品を皆で鑑賞する活動」の事例2では、『睡蓮』に描かれた花の色を「赤/黄/

ピンク」と指摘した幼児に対し、うなずくという動作による応答と合わせ、「いろいろな

お花があるね」という言語的応答により「受容」している。さらに、「お花以外に何が見

えるかな」という「過程」を受け、幼児は再度作品を見て、「葉っぱ/大きさが違う/大

きいのと小さいの」と答える。ここで注目するのは「大きいのと小さいの」という発言で

ある。これは、描かれた睡蓮の葉1枚づつの比較ではなく、画面の下に描かれたおそらく

同じ株から生じている葉のうちの1枚と、画面右上に描かれたやはり同じ株から生じた葉

の群との比較である。すなわち幼児は、画中の視点移動というモネの特徴を、「(葉は)大

きいのと小さいの」という言葉により、指摘している。対話の中にある内発的動機に触発

され、作品と相互交渉を継続するうちに、より詳細な観察に進んでいる。

同様のことは、事例3においても言える。「何が描いてあるかな」という「発問」に始

まり、「過程」を経て、「りんご」もしくは「みかん」への判断理由が両者とも「受容」

され、内発的動機が強まり、幼児が自ら作品と交渉を持ったことは、既に見た通りである。

内発的動機により、自ら積極的に関わった作品の鑑賞において、幼児は作品の特徴を的確

に捉える。幼児が「その下にあるのは、草の根っこ」と言うのは、テーブルにかけられた

クロスの模様である。根ではなく、草紋と見られるが、幼児の指摘するように、形状が根

と類似している。幼児は「鳥籠の上の草とつながってるよ。鳥籠の上の草は今は少しだけ

ど、これからどんどん大きくなって、ジャングルみたいになるよ」と述べるが、草紋は、

画面の左下から右斜め上に伸びるような形に描かれている。鳥籠の上部に描かれた草と見

える部分へ視線を導くと同時に、紋様でありながら生命力を感じさせる。大原美術館館長・

高階秀爾(2004)は、この作品を「単純化された力強さを持って」4)いると解説しているが、

幼児の発言は、高階(2004)の記述を、彼ら自身の言葉で換言したものと言えよう。

以上から、「対話」において、幼児に対する職員の発話は、人的環境からの言語的応答

であると同時に、絵画という物的環境からの応答に代わるものとなる。絵画鑑賞のために

用いられる対話は、環境との相互作用により発達する幼児にとって、「何が描いてあるか」

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5)文部省:『幼稚園教育要領解説』,フレーベル館,1999年,199-200頁.

6)ミネルヴァ書房編集部/編:『保育所保育指針 幼稚園教育要領―解説とポイント』,ミネルヴァ書房,2008年,252

頁.

7)上野行一/監修:『まなざしの共有―アメリア・アレナスの鑑賞教育に学ぶ』,淡交社,2001年,53頁.

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第2章 第2節

という発見に留まらず、作品を詳細に観察し特徴を捉えるなど、鑑賞をより高次へ導く。

(3)幼児の言語発達と「対話」

幼児と物的環境である絵画の相互作用において、幼児からの働きかけは「見る」ことで

あるが、加えて、見た内容やそれによる新たな気付きなどを意識化し表現するための「発

話」という行動も、物的環境に代わる人的環境と相互に関わるために必要な働きかけとな

る。そこで幼児には、思考の言語化能力が期待される。しかし、個々に発達が異なるため

言語化が困難な幼児もあり、彼らに対し、指さしで好きな作品を表現させたりなどの配慮

をしている。ここでは、『幼稚園教育要領』に示される幼児の言語発達と、「対話」との

関わりを確認しておこう。

1998 年の『幼稚園教育要領』に示された領域「言葉」では、ねらいの「(1)自分の気持

ちを言葉で表現する楽しさを味わう」「(2)人の言葉や話などをよく聞き、自分の経験し

たことや考えたことを話し、伝え合う喜びを味わう」や、内容の「(2)したこと、見たこ

と、聞いたこと、感じたことなどを自分なりに言葉で表現する」「(4)人の話を注意して

聞き、相手に分かるように話す」「(8)いろいろな体験を通じてイメージや言葉を豊かに

する」が5)、「対話」に関連が深い。2008年の改訂において、内容(2)は「したり、見たり、

聞いたり、感じたり、考えたりなどしたことを自分なりに表現する」6)となり、新たに「考

えたり」が加えられている。作品を見て、感じ、考え、表現し、互いの意見を聞き合う「対

話」の活動と、内容はより合致したものとなる。

これらねらいの達成及び内容を促進するものとして、応答的な人的環境は有効であり、

「対話」は思考の言語化などの学習機会の1つになり得ると言えよう。日本への対話型鑑

賞導入と普及に影響を与えたアレナス(A. Arenas)の鑑賞法の基本姿勢を、上野行一(2001)

は、「受容」「交流」「統合」と分析している。特に「受容」を重視し、成立要素を「①受

け入れる」「②観衆の意見から始める」「③良さを見つける」「④ほめる」「⑤ともに喜び、

ともに楽しむ」の5つの観点から捉えている7)。これらは、宮原らの言語的応答性の分析

に類似する。宮原らは「受容」を「くり返し」「確認」「承認」「賞賛」「感情移入」「制止」

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8)宮原・宮原,前掲著 1),34頁.

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第2章 第2節

「非承認」に分類しており 8)、それらを上野(2001)の分析と照合すると、上野の「①受け

入れる」「②観衆の意見から始める」は、受容そのものであり「くり返し」「確認」「承認」

に現れる。「③良さを見つける」「④ほめる」は「賞賛」、「⑤ともに喜び、ともに楽しむ」

は「感情移入」に通じる。「制止」「非承認」は、保育現場では危険回避や教育的配慮を

もった指導として行わなくてはならない場面があり、鑑賞活動のみに焦点を当てた場合に

は、発生しないだろう。

以上から、「対話」は、幼児の言語訓練の機会と成り得ること、言語による対話型鑑賞

の基本姿勢は、小学生以上の子どもや成人ばかりでなく、幼児に対して有効であることが

分かる。

(4)「好きな作品」を選び出すということ

幼児は、「好きな作品を見つける活動」において、20 数点から 30 点に及ぶ作品が展示

される室内を自由に巡り、中から1点の作品を「好きな作品」として選び出す。30 点に

も及ぶ作品の中には、例えば、所蔵されているピカソの油彩画は2点あり、両作品とも原

則として常設展示されているというように、同一作家による2~3点が含まれているが、

ほとんどが異なる作家のものである。したがって幼児は、異なる特徴を持つ 30 点の絵画

作品の中から、唯一の「好きな作品」を選び出しているのである。

その基準は、直接あるいは間接に生活の中で経験したり、親しんでいる対象が画中にあ

ることや、色調の明度・彩度が高いことである傾向にあったが、対話の中で「なぜその作

品が好きなのか」を問うことにより、幼児は彼らの基準を用い、作品を吟味する。吟味す

る視線が、各々の作品の特徴を、より明らかなものにしている。作品との相互交渉には、

時に自分の率直な感情を言葉で上手く説明できない場合もある。かつてこの活動において、

長い時間作品を凝視した後「どの絵が好きかわかるけど、どうして好きかわからない」と

発言した幼児がいた。この言葉は、幼児の作品鑑賞が未熟であると解釈すべきではない。

幼児は、作品と真剣に関わろうとしているのであり、吟味の過程にあると指摘できる。

このようにして獲得された「好きな作品」は、例えば『睡蓮』は「かえるの絵」、『オー

ヴェルシーの運河』は「風車の絵」のように独自に命名された「お気に入りの作品」にな

る。プログラム後、保育施設に宛てた保護者からの連絡には、「自分のお気に入りの作品

を見せたいからもう一度美術館へ行こう、とせがまれ、休みの日に家族ででかけた」「祖

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第2章 第2節

父母が来た時、大原美術館へ案内したら、自分のお気に入りの絵はこれだと説明したり、

館内を案内した」などの記述がある。「好きな作品」が、プログラムだけに止まらず、彼

らの生活の中に浸透したことを示している。つまり「好きな作品」は、幼児の生活の中で、

美術や美術館への関わりの契機となる。さらには、生涯にわたる美術館との関わりの端緒

となると言えよう。

生涯にわたる美術や美術館との関わりの継続や発展は、内発的動機付けの継続によって

も促進される。「好きな絵」を選び出した経験、あるいは吟味の過程にあることは、造形

的な好みの形成に有効に働く。選び出した経験による充足感や、吟味の最中にある葛藤は、

内発的動機付けとして、新たな作品との関わりや同一の作品への凝視を誘発する。関わり

の継続発展は、幼児を含めた我々の造形的な好みの形成に大きく関与するものとなる。

(5)共同で1つの作品を鑑賞する意味

「対話」における「1作品を皆で鑑賞する活動」、すなわち、幼児が共同で1つの作品

を鑑賞することの意味を確認しておこう。

共同で作品と関わることにより、作品についての様々な意見を聞くことができ、多様な

視点に気付いたり、自らの発言に対し同意や共感、反論があることから、鑑賞の幅を広げ

ることができるのは、対話型鑑賞を用いた多くの実践の成果である。幼児が鑑賞する場合

にも、同様のことが言える。事例でも見たように、同じ対象について異なる見解があるこ

とを幼児は知り、それぞれを聞き、発信する。その過程において、自己の意見が発展した

り、あるいは修正されたりし、統合されていく。プログラムには、3年保育では年中と年

長に相当する4歳から6歳の幼児が参加している。自己中心性の段階にありながらも、自

分とは異なる他者の見方があることに気付き始めるこの時期に、鑑賞を通じ多様な見方や

価値観に触れ、その中で自らの意見を発信していくことは、鑑賞のみならず、あらゆる対

象との関わりにおける見方や関わり方の訓練にもなると言える。

また、発達速度が個々に異なる幼児は、対象への関わり方が分からない場合に、友達の

行動の模倣が大きな助けとなる。作品との関わりにおいても、同じことが言えるだろう。

プログラムでは、保育施設で組織されている学級毎に受け入れることを基本としており、

一時に 10数名から 30名程度の幼児が活動する。中には自分だけでは、関わりが持ちにく

幼児もいるだろう。共同で作品に関わるうちに、関わりへの糸口がつかめ、自ら興味や関

心を持ち作品に関わることを誘発することができる。

「好きな作品を見つける活動」でも、共同で関わる活動につながる要素があることを述

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第2章 第2節

べたが、その点において同様の考察をすることができる。

Ⅱ.彫刻鑑賞プログラム「対話」

1.彫刻鑑賞プログラム「対話」の概要

(1)実施手順

標準的な実施手順を、表3に示す。

表3.彫刻鑑賞プログラム「対話」の実施手順

経過 活動 職員の行動と幼児の活動

00(分) 挨拶 ①幼児を迎える.挨拶し,歓迎の意を伝える.

05 導入 (正面玄関で迎えた場合)①彫刻を鑑賞することを伝え,絵画との違いについて話し合

う.②近くに彫刻が展示されていることを伝え,どの作品かを確かめる.③正面玄関

に展示されている作品を鑑賞する.④美術館はどのような所か,美術館での約束を話

し合う(確認する).

15 鑑賞 ①展示室や敷地の各所を巡りながら,立体作品を鑑賞する.②各作品の前で立ち止ま

り,「これは何だろう」「何をしているのかな」「反対側から見たら、どう見えるかな」

などと対話をしながら鑑賞する.

総括 ①活動を振り返る.

55 移動 ①出口へ移動する.

58 挨拶 ①挨拶し,再訪を期待する意を伝える.

(2)実施場所と実施形態

大原美術館は、本館、分館、工芸・東洋館、児島虎次郎記念館から成るが、彫刻は、主

に本館玄関と本館各室、分館各室と分館前庭に展示されている。そこで「対話」では、彫

刻が展示されている各所へ順に行き、鑑賞する。展示室間や敷地内を移動するため、幼児

の安全確保や他来館者への配慮のため、10数名の幼児と1~2名の職員がグループになっ

て行動する。10 数名を超える幼児を一時に受け入れる場合は、小グループを編成し、各

グループが取る順路を事前に調整した上で実施する。

1993 年から 2006 年までに実施された幼児対象プログラム 1122 回のうち、彫刻鑑賞プ

ログラム「対話」を含む活動は、延べ 128回ある。

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第2章 第2節

(3)鑑賞対象となる彫刻

幼児が鑑賞する彫刻の一覧を表4に示す。大原美術館は、所蔵作品の常設展示を基本と

しているため、すべての展示作品が入れ替わるような大規模な展示替えは行わない。しか

し、定期的ではないが早ければ数週間から数か月の時間幅で、作品貸出などに伴う部分的

な展示替えを行う。また、大型の彫刻(立体作品)は、展示計画の都合上、格納期間が数か

年に及ぶ場合もある。そのため、すべての幼児が、次に示す作品を常に鑑賞しているわけ

ではない。なお一覧には、その形態などから彫刻の範疇に分類することに、議論が分かれ

る作品も含まれているが、本節では、これまでの幼児対象プログラムの実績と慣例に従う。

表4.幼児が鑑賞する彫刻一覧

●本館玄関 ○ロダン『洗礼者ヨハネ』『カレーの市民―ジャン=デール』

●本館 ○アルマン『絵の具チューブ』、○石井鶴三『大原孫三郎像』、○磯辺行久『作品』、○カルダー『波状

の舵』、○クライン『惑星レリーフ』『青いヴィーナス』、○コーネル『無題(ホテル:太陽の箱)』、○シーガル

『髪に手をやる女』、○清水多嘉示『大原總一郎像』、○ジャコメッティ『キュビスム的コンポジション―男』『ヴ

ェニスの女Ⅰ』、○ジャッド『無題』、○デュビュッフェ『テトラスコピーク』、○ノグチ『リチャード』、○ブー

ルデル『ベートーヴェン像』『年とったバッカント』『果物を持つ裸婦』、○マイヨール『坐せる女の像』『想い』

『イル・ド・フランスのトルソ』、○ロダン『ゴロツキの首』『或る小さき影』『ロダン夫人の像』(寄託作品)

●分館前庭 ○津久井利彰『樹にそまり 94』、○速水史朗『道しるべ』、○ムーア『横たわる母と子』、○ロダ

ン『歩く人』、○ノグチ『山つくり』

●分館 ○井上武吉『ういた箱』、○篠原有司男『モーターサイクル、ハワイ』、○北山善夫『ほんとうに言葉

は短いほどよい』、○高松次郎『布のたわみ』、○高村光太郎『腕』『坑夫』、○田窪恭治『黄昏の娘たち 83-1』、

○田嶋悦子『ヒップ・ガーデン』、○戸谷成雄『中庭Ⅲ』、○三木富雄『耳』、○三島喜美代『News Paper-P-91』、

○保田春彦『作品9、1970』、○柳原義達『道標―鳩』、○ヨシダ『ジャスト・カーブ'67』○木村賢太郎『祈り』、

○流政之『恋の背中』、○飯田善国『壁からの平均率』

(作家名五十音順)

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第2章 第2節

2.彫刻鑑賞プログラム「対話」の実際

事例1:ロダン『カレーの市民―ジャン・デール』

進行:これは何だろう。

幼児:昔のおじさん。大きい鍵を持ってる。

進行:大きい鍵だね。重そうかな。軽そうかな。

幼児:重そう。軽そう。(口々に)

進行:重そうだと思うお友達は、どうして重そうかな。

幼児:両手で持ってる。口がふんってなってる。

進行:軽そうだと思うお友達は、どうして軽そうかな。

幼児:両手で持ってるから、軽いんじゃない。大きい人

が持ってるから、軽いと思う。

進行:なるほど。皆が重い物を持つ時って、どうやって

持つかな。

幼児:ものすごい力を出して持つ。両手を使って持つ。

進行:このおじさんはどうかな。どこに力を入れているかな。

幼児:手。目。脚。

進行:おじさんの脚はどうかな。

幼児:かたそう。

進行:後ろから見ると、どうだろう。後ろに行ってみよう。

幼児:おしりがある。羽がある。天使みたい。紐みたいなのがついてる。ミミズ。毛虫。ヘビ。服がマントみた

い。

進行:そうだね。脚はどう。皆の脚と比べてどうかな。

幼児:大きい。お父さんより大きい。

進行:脚をどんなふうにしてる。真似してみよう。

幼児:(真似する)踏ん張ってる。ふんってしてる。鍵が重いからじゃない。

進行:では、もう一度、前から見てみよう。(皆で前へ行く)おじさんはどんな顔で、どこを見てるだろう。

幼児:まっすぐ。前。怒ってる顔。悲しい感じ。

進行:(作品の横に立つ)私と比べてどうかな。

幼児:彫刻の方が大きい。

(対話:若竹の園年長/ 2003年6月 11日)(写真:倉敷東幼稚園年長/ 2006年6月 23日)

プログラムの初めに、進行は、幼児に彫刻はどのようなものかを、「美術館には、絵の

他にも彫刻という宝物がある。絵は平たく、壁に展示されているが、彫刻は膨らみがあり、

台の上に展示されていたり、床や地面に設置されている。また、絵画は前から見るが、彫

刻は前ばかりでなく、後ろからも横からも見ることができる」と説明する。彫刻鑑賞プロ

グラムは、年間計画で行う幼児対象プログラムの2回目以降に設定されることが多いため、

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9)高階,前掲著 4),85頁.

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第2章 第2節

1回目で既に目にしている絵画との比較において説明する。説明を彫刻が近くにある場所

で行い、続けて「皆のすぐ近くに彫刻があるが、分かるか」と問う。ほぼ全員の幼児が、

「あった」「あれ」などと言いながら作品を指さす。幼児に説明を与え、彫刻を見つけ出

させることで、幼児が彫刻の存在に気付いたかどうかの確認となり、さらには、プログラ

ムを通じ積極的に彫刻と関わりを持とうとする姿勢につながる。

事例1で『カレーの市民―ジャン・デール』(以下、『カレーの市民』)の鑑賞を見てみ

よう。「鍵」は、幼児にとって魅力的なものである。ジャン・デールが持つ鍵も同様であ

る。彼は降伏の使者としてカレー市の城門の鍵を持っており9)、作品の主題においても、

鍵は重要な意味を持つ。進行は、幼児が見つけた鍵を手がかりに、鑑賞を進めている。幼

児は、鍵が重いか軽いかを判断しようとするうちに、ジャン・デールの地を踏みつける足

や脚の筋肉の張り、力を込めた手、強張った顔の表情に気付く。そして、市を包囲され降

伏を決意した市民の、怒りや悲しみにも到達している。その過程において、側面や後方な

ど様々な方向からも鑑賞している。後方からの鑑賞では、正面からでは見ることのできな

かったものに気付いている。幼児が「羽」と言っているのは波打つような衣服のひだや切

れ目であるが、その間から見える臀部や脚、また首に巻き付けられた紐状のものを見つけ、

口々に発言している。進行は自ら作品の隣に立ち、大きさを比べるよう幼児に促している。

途中にも、幼児が「お父さん(の脚)より大きい」と既知のものと比較して述べているが、

2 mという等身以上の高さを、より体験的に理解できるようにしている。

また、本事例ではないが、同じく『カレーの市民』の鑑賞で、進行の「何でできてると

思う」という問いに対し、「石で作って、油をかけた」「こういうもの(溝蓋を指す)」「土

を火にいれて固めた」と幼児が答えた事例がある。「石で作って」というところから、素

材の硬さを捉えていることが分かる。「油をかけた」というのは、作品保存のため表面に

皮膜処置をした後の鑑賞で、幼児は、滑らかさや光る質感を見ている。溝蓋を指し「こう

いうもの」というところから、金属でできていることを理解していることが分かる。「土

を火に入れて固めた」のは焼成のことであろう。いずれも、硬質であることを見て取り、

既知の事柄と照らし合わせ、作り方や素材を想像している。

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第2章 第2節

事例2:ブールデル『ベートーヴェン像』

進行:さっき見た彫刻と比べて、何が違うかな。

幼児:白っぽい。土。宝物の石みたい。きらきらしてる。

進行:これは何だろう。

幼児:人間だと思う。怒ってる。

進行:どうして怒ってると思うの。

幼児:口のところ。

進行:では、皆で真似してみよう。

幼児:(真似する)

進行:目を閉じてたお友達がいたけど、目はどうかな。

幼児:閉じてる。開けてる。

進行:少し離れて見ようか。今度は近づいたらどうなるかな。

幼児:やっぱり怒ってる。目は閉じてる。(など口々に)。

(対話:昭和保育園年長/ 2004年9月 21日)(写真:昭和保育園年長/ 2005年9月 21日)

『ベートーヴェン像』は、大理石で作られているが、事例2で、幼児は、初めに素材の

違いに気付いている。順路上、この作品以前にブロンズの作品を見ており、その比較から

事例のような言葉が発せられている。頭像の表情を、幼児は怒りと見る。進行はその理由

を問い、幼児は「口のところ」と答える。進行は、同じ表情をしてみるよう促すが、幼児

は口ばかりでなく、目の表情も真似をする。進行はそれを捉え、目に注目させている。幼

児対象プログラムでは、作者や作品などについて知識的情報を積極的に提示することはな

い。ベートーヴェンが音楽家でありながら難聴に苦しみ、後半生は聴覚を失っていたこと

を、幼児は知らないが、作品を通じ、ベートーヴェンの苦闘や、目を閉じ耳を澄まそうと

する姿、あるいは目を開き音さえも見極めようとする姿を、進行は見せようとしている。

なお、対話の展開など状況によっては、これらの情報を提示することもある。対話の終盤、

進行が「少し離れて見よう」と促しているのは、写真が示すように展示台が高く、近づき

過ぎると、鑑賞の範囲が限定されることに配慮するためである。

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第2章 第2節

事例3:ブールデル『果物を持つ裸婦』

進行:これは何だろう。

幼児:女の人。裸だから暑い国の人かな。お風呂に入ってるんじゃ

ない。石にタオルみたいなのかけてる。何か持ってる。

進行:本当だ。何を持ってるんだろう。

幼児:丸い物。りんご。穴のあいた物。玉。

進行:後ろの手は、どうかな。

幼児:持ってる。りんご。金魚。小さい魚。片手にりんごで、片手

に金魚を持ってるのは変。

進行:この人はどこを見てるかな。

幼児:前。ちょっと上を見てる。すましてる。

進行:皆でこの人の真似をしてみよう。

幼児:(真似る)

(対話:若竹の園年長/ 2005年6月 14日)(写真:昭和保育園年長/ 2005年9月 21日)

幼児は、裸婦であることに様々な理由を加えようとする。「暑いから」「お風呂に入っ

ている」など、自らの生活と照らし合わせて解決しようとする。本作品のように、何か小

さな物を手に持っていることは、幼児の関心をひく。それを契機に、進行は後方からの鑑

賞につなげている。また、作品の人物の視線を追ってみることで、作品と周囲の空間との

関わりにも気付かせようとしている。さらに、全身で作品の人物のポーズを真似るよう促

すと、幼児は写真のように様々な角度から作品を見て、手の向きや角度、脚を交差させる

角度などを確かめる。裸婦は、支柱(石)にもたれるように正面から見ると右に体を傾けて

いる。本事例ではないが、真似をするうちに「石がないと転んじゃうよ」など、作品とし

ての自立と、裸婦の自立の違いに気付く幼児もある。ブールデル『年とったバッカント』

の鑑賞においても、バッカントがどちらの脚で重心をとっているかを、幼児同士で意見を

交わしながら真似しようとする事例があった。自ら体を動かすことで、作家がどのように

作品の重心をとっているかに、身体感覚から気付いていると言えよう。

3.彫刻鑑賞プログラム「対話」の教育的意義

(1)幼児が「対話」を通じ学ぶもの

絵画鑑賞プログラム「対話」に関する論考において、幼児が絵画を鑑賞する際に対話を

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10)岡山万里・高橋敏之:「大原美術館における対話による幼児のための絵画鑑賞プログラム」,『美術教育学』第 30

号,美術科教育学会,2009年,161頁.

11)宮原・宮原,前掲著 1),36頁.

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第2章 第2節

用いることについて、「環境との相互作用により発達する幼児にとって、職員からの発話

は、人的環境からの言語的応答であると同時に、絵画という物的環境からの応答に代わる

ものとなり、対話は幼児と絵画作品の相互作用を促す役割を果たす。対話の進行に伴い、

幼児は、描かれた内容物の発見に留まらず、それらを詳細に観察して特徴を述べたり、自

らの見方に合理的な説明を加えたり、作品の特徴を指摘したりするようになる」10)と論述

した。彫刻鑑賞においても、同様の考察ができる。幼児が職員と対話しながら彫刻を見る

ことにより、鑑賞が深まることは、事例1・2・3に見てきた通りである。ここでは、鑑

賞対象が彫刻であることの独自性について考察してみよう。

彫刻鑑賞における対話は、職員と作品からの言語的応答であると同時に、彫刻の「物的

応答性」を引き出すものとなっている。物的応答性について、宮原英種ら(2002)は物的環

境としての「紙」を例に、次のように述べている。「子どもが環境に働きかけると、その

環境は子どもの働きかけに対してすぐに形を変え、音を出して応えてくれる。これが物の

応答性というものである。こうした応答性をもった物との相互的な交渉のなかで、子ども

はその物に興味をもち、自発的な行動を喚起する意欲を学習し(中略)活動様式を発達させ

ていく」11)。進行は、幼児に彫刻を異なる側面から見るよう促す。幼児は、自らが動くと

いう働きかけをする。すると、彫刻の新しい側面が現れ、これが彫刻からの応答となる。

すると幼児は、作品により関心を持ち、鑑賞を発展させていく。例えば、事例1では進行

の「後ろから見ると、どうだろう。後ろに行ってみよう」という呼びかけにより、幼児は

『カレーの市民』の後方へ移動するという働きかけをする。作品は、新たに背面を幼児に

見せる。すると幼児は、進行から尋ねられなくても、自ら「おしりがある」「羽がある」

などの新たな発見を口々に述べるという働きかけをする。これに対して進行は、「そうだ

ね」と受容した上で、「脚はどう」と言語的応答をし鑑賞を促進していると分析できる。

事例を見ていると、幼児が彫刻に対し、強い親しみを持って鑑賞していることに気付か

される。幼児にとって彫刻は、自らと同じ3次元空間に質量を持って存在するものとして、

親しみ易いもののようである。絵画鑑賞において幼児と作品は、あくまで個々に存在する

他者として、相互に関わり合っている。一方、彫刻鑑賞では、より直接的に相互の関わり

を持っていると言えよう。このことは、以上のように、対話が彫刻鑑賞と絵画鑑賞で果た

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第2章 第2節

す役割の違いに通じていると言える。

また対話は、彫刻鑑賞をより体験的なものにしていると指摘できる。彫刻の構成要素と

して、形態、質感、量感を挙げることができるが、質感、量感を理解するためには、視覚

だけでなく触覚による方法も効果があるだろう。しかし、多くの美術館では作品保護のた

め、作品に触れて鑑賞することを制限している。実施する場合も、作品が限定されていた

り、専用の複製作品であったり、学芸員などの立ち会いの下であるなど、機会は限られて

いる。対話は、実施できない触覚による鑑賞を補完するものとなる。事例では取り上げて

いないが、進行は「もし触れるとしたら、どんな感じがするだろう」などと問いかける。

幼児は、それに対し「つるつる」「ざらざら」などと答える。また、「もし持つことがで

きたら、重いと思うか、軽いと思うか」などと問いかけることもある。幼児は、作品に応

じ「重い」「軽い」などと答える。視覚から受けた質や量に関わる印象を言語化すること

により、触覚的感覚を意識化することができると言えよう。

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12)岡山・高橋,前掲著 10),152頁.

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第2章 第2節

Ⅲ.絵画鑑賞プログラム「お話作り」

1.絵画鑑賞プログラム「お話作り」の概要

(1)実施手順

標準的な実施手順を、表5に示す。

表5.絵画鑑賞プログラム「お話作り」の実施手順

経過 活動 職員の行動と幼児の活動

00(分) 挨拶 ①幼児を迎える。挨拶し、歓迎の意を伝える。

03 移動 ①建物の中へ誘導する。②初めの展示室を一巡し、アトリウム(幼児が集まって座れる広

さと落ち着きのある場所)へ誘導する。

05 導入 ①美術館はどのような所か伝える。②美術館でどのように行動するか話し合う。

13 移動 ①活動する展示室へ移動する。

15 お話作り ①絵画を見て、物語を作ることを伝える。② 10 数名から成るグループに分かれ、グルー

プ毎に1つの絵画を選び、物語を作る。

35 総括 ①集合するよう伝える。②グループ毎にできた物語を発表する。③活動を振り返る。

40 移動 ①出口へ移動する。

43 挨拶 ①挨拶し、再訪の期待を伝える。

(2)実施場所と実施時期

1993年から 2006年までの 14年間に実施された幼児対象プログラム 1122回のうち、「お

話作り」を含む活動は 128 回ある。大原美術館は、本館、分館、工芸・東洋館、児島虎次

郎記念館から構成されるが、「お話作り」のほとんどは、本館全7室のうち本館2階、新

展示棟2階のいずれかで行われている。2つの展示室で多く実施される理由は、絵画鑑賞

プログラム「対話」が、両展示室で実施される理由と一致する12)。

「お話作り」は年長児が行い、実施時期は年間計画の終盤に相当する 12月以降が多い。

物語の創作のためには、言語発達や他の幼児と協同できる調整力の発達が期待されるため

である。プログラムの実施場所が前述の2室になることは、実施時期とも関連している。

絵画鑑賞プログラム「対話」で鑑賞した作品を、年間計画の終盤で再び見ることにより、

作品の詳細な観察が進み、活動が発展することを期待するためである。

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13)岡山・高橋,前掲著 10),153頁.

14)岡山・高橋,前掲著 10),154-155頁.

15)岡山・高橋,前掲著 10),155頁.

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第2章 第2節

(3)実施形態

「お話作り」は、10 数名の幼児と1~2名の職員がグループになって行う。一時に 10

数名を超える幼児を受け入れる場合は、小グループを編成し、鑑賞作品が重複しないよう

職員同士が配慮し活動する。職員の役割は、プログラム全体を進行し、絵画について発問

して幼児の気付きや思いを引き出す「進行」と、幼児の言葉を書き留め物語に構成する「記

録」である。役割のいずれかを、保育者が担当する場合もある。「進行」は、対話型鑑賞

の手法を用いる。「記録」は、用箋挟に挟んだ白紙に鉛筆で、幼児の言葉を書き留める。

創作の進捗状況により、その時点までにできた物語を読み上げ、幼児の関心や集中を高め

ることもある。

(4)幼児が選択する「お話作り」のための作品

幼児が見る作品は、絵画鑑賞プログラム「対話」で扱うものとほぼ一致する13)。その中

からどの作品をもとに物語を作るかは、原則として幼児が選択する。1993 年から 2006 年

までに実施された「お話作り」のうち 95 回分 225 話が記録されており、44 種の絵画がも

とになっている。一覧を表6に示す。作品は、内容物の特徴から「人物・動物」「風景」

「風景と人物・動物」「静物」「抽象」に分類した。「人物」は、主題に関わらず人物が描

かれているものであり、一般的な分類である「人物画」と一致しない。

幼児は「動物、人間、ロボット、自然など直接、間接を問わず生活の中で経験したり、

親しんでいる対象が作品中に描かれている時に、好意や親しみを」14)持ち、「色調は、明

度・彩度の高いものを好む傾向がある」15)が、「お話作り」のために選択する作品にも同

様の傾向が見られる。加えて、画中の内容物同士に何らかの関係が見出せる作品や、動き

が見出せる作品が選ばれている。例えば、「お母さんと子ども」という関係に見なすこと

のできる「女性と子ども」や、「飼い主と飼育されている動物」という関係に見なすこと

のできる「人間と動物」が描かれている作品、『木を伐る人』などである。「人物・動物」

が描かれている 19作品から 91話という多くの物語が作られているのは、このためと考え

られる。

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第2章 第2節

表6.物語を作った作品一覧

●風景[9作品 63 話] ○シニャック『オーヴェルシーの運河』(17)、○モネ『睡蓮』(16)、○ヴラマンク『サ

ン・ドニ風景』(11)、○マルケ『マルセイユの港』(6)、○マティス『エトルタ』(5)、○シダネル『夕暮れの

小卓』(3)、○クールベ『秋の海』(2)、○セザンヌ『風景』(2)、○コッテ『セゴヴィアの夕景』(1)

●風景・人物・動物[7作品 35 話] ○モネ『積みわら』(10)、○ルソー『牛のいる風景』(10)、○ミレー『グ

レヴィルの断崖』(8)、○コロー『ラ・フェルテ=ミロンの風景』(4)、○シスレー『マルリーの通り』(1)、

○デュフィ『ドーヴィルの競馬場』(1)、○ボナール『欄干の猫』(1)

●人物・動物[19 作品 91 話] ○エル・グレコ『受胎告知』(22)、○セガンティーニ『アルプスの真昼』(14)、

○ホドラー『木を伐る人』(12)、○ピサロ『りんご採り』(10)、○シャヴァンヌ『幻想』(6)、○ゴーギャン『か

ぐわしき大地』(5)、○アマン=ジャン『ヴェニスの祭』(4)、○キリコ『ヘクトールとアンドロマケーの別れ』

(4)、○ルノワール『麦わら帽子の女』(3)、○シャヴァンヌ『愛国』(2)、○シモン『曲馬場』(1)、○シャ

ガール『恋人』(1)、○セルジエ『二人のブルターニュ人と青い鳥』(1)、○デスパニャ『幼児の鼻をかむ若い

母親』(1)、○ドニ『波』(1)、○ブラック『裸婦』(1)、○フレデリック『万有は死に帰す、されど神の愛は

万有をして蘇らしめん』(1)、○モロー『雅歌』(1)、○ルノワール『泉による女』(1)

●静物[6作品 23話] ○ピカソ『鳥籠』(13)、○ピカソ『頭蓋骨のある静物』(6)、○ヴラマンク『静物』(1)、

○クレー『燭台』(1)、○スーティン『鴨』(1) 、○フレデリック『花』(1)

●抽象[3作品 13話] ○ミロ『夜の中の女たち』(6)、○カンディンスキー『尖端』(5)、○フォートリエ『雨』

(2)

(本節で取り上げた作品に下線を引いた)

最も多く選ばれている作品はエル・グレコ『受胎告知』である。『受胎告知』は、聖母

マリアがキリストを身ごもったことを天使に告げられる、キリスト教の聖書に示された「既

存のお話」を描いたものである。このような作品に新たな物語を付与することの是非は、

議論が分かれるだろうが、幼児の作品への主体的な関わりを重視する幼児対象プログラム

では、幼児が希望すれば『受胎告知』を取り上げる。原則として、職員は「既存のお話」

について積極的な情報提供はしない。幼児は「既存のお話」の有無に関わらず、『受胎告

知』を「女の人」「天使」「鳥」という「人物・動物」が特徴となる作品として、好みの

理由から選択していると考えられる。

「風景」は 10作品 63話であるが、風景の一部に人物や動物が描き込まれた「風景・人

物・動物」を加えると、16作品 98話と「人物・動物」とほぼ同数になる。それに対し「静

物」「抽象」は少数であるが、これらが、活動場所の展示作品に占める割合が少ないこと

も関連があるだろう。その他の特徴として、セザンヌ『水浴』のように、画面が小さい作

品は、選ばれにくい。

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16)高階,前掲著 4),27頁.

17)高階,前掲著 4),27頁.

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第2章 第2節

2.絵画鑑賞プログラム「お話作り」の実際

(1)風景を描いた作品による物語

事例1:モネ『睡蓮』

昔、お金持ちの人の家に、大きな池がありました。そこには

カエルが沢山いました。でも、池から飛び出ると犬が吠えるの

で、お客がある時家の人は迷惑しました。犬が池を見ていまし

た。とてもきれいなので、お客の犬を呼んで来ました。その犬

も「きれいだなー」と言って一緒に見ました。お客さんは「こ

れで終わりだよ」と言って、犬を連れて帰って行きました。夜

になりました。(カエルは)風邪をひかないように、大きな石の

上に葉っぱで家を作り、石の鍵をかけて、そこで眠りました。

朝になっておじさんが池を見に来ると、カエルはびっくりして

ピョーンと飛び上がりました。そして、おじさんの顔にくっつきました。おじさんはびっくりして、走って逃げ

ました。カエルは池の中に戻りました。(中略)それから散歩に出かけました。お花畑の中でおやゆび姫に会いま

した。カエルはおやゆび姫のことが好きになって、アリさんの家に連れて行きました。魚をとって一緒に食べま

した。仲良しになって一緒に遊びました。カエルは誰にも見つからないように池に潜りましたが、サメに食べら

れそうになりました。家に入って鍵をかけました。当分出られないのでずっと待っていました。ずっと待ってい

ました。とうとう、サメは待ちくたびれて死んでしまいました。「ばんざーい!ばんざーい!」とカエルは喜び

ました。 (若竹の園・年長:1994年2月 23日)

「お話作り」は、進行の「この絵の中には、どんなものが描いてあるかな」などの発問

から始まる。幼児は、『睡蓮』を見ながら「池」「花」「水」などと答える。それに対し、

進行は「どんな池かな」などと問いかける。事例1では、幼児が「大きな池」と答え、物

語の始まりを「昔、大きな池がありました」とした。すると、幼児が「大きな池だから、

お金持ちの人の家じゃないかな」と発言し、進行は「では、『昔、お金持ちの人の家に、

大きな池がありました』にしよう」と取り入れ、物語に構成した。「お話作り」は、この

ように幼児と進行のやりとりの中で展開する。

『睡蓮』には「水や花はもちろんのこと、そこに映る空や雲の影、樹の葉の反射、微妙

な風のそよぎとそれによる水面の変化、そして何よりも、刻々と変って行く光の効果」16)

が描かれている。「ひとたびこの睡蓮の池に向う時(中略)他の何ものも映らなくなってし

まうかのようである」17)モネの眼により切り取られた『睡蓮』であるが、作品を見る幼児

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第2章 第2節

の眼には様々な生き物が映るようである。特に「カエル」の想像は共通しており、『睡蓮』

をもとに作られた 16話のうち 15話に「カエル」が登場している。

事例1では「カエル」に加え「犬」などが登場しているが、それらには幼児の生活が反

映されている。例えば、池の美しさを共有しようと「お客の犬」を呼んで来る「犬」は、

自らの発見を友達と共有することで、事物や友達との関わりを深める幼児の姿と重なる。

熱心に眺める2匹に対し、お客さんは「これで終わりだよ」と言い、「お客の犬」を連れ

帰るが、百貨店の玩具売場などで熱心に玩具を眺める幼児に対し保護者が発するような言

葉である。また「夜になり」「風邪をひかないように」対策をして「眠る」という一連の

行動や、好きになった「おやゆび姫」や「アリさん」と「仲良しになって一緒に遊ぶ」と

いう行動にも、幼児の生活を見ることができる。

(2)風景と人物を描いた作品による物語

事例2:ミレー『グレヴィルの断崖』

あるお昼のことでした。フランスの海に1人の少年がいま

した。少年の名前は、インディと言います。インディは、6

歳の男の子です。インディは、お昼寝をしながら、海や空を

眺めています。すると、台風がやってきました。雷も鳴って

きました。海がだんだん荒れてきました。雨も沢山降ってき

ました。インディは、べちゃべちゃに濡れてしまいました。

すると急に晴れてきました。今度はとても良い天気になりま

した。とても暑くなってきたので、今度はインディは水浴び

をすることにしました。崖から海に飛び込んで泳ぎました。

泳いでいると、クジラに出会いました。インディは、クジラとお話をしました。クジラは、インディに「遊ぼ

う」と言いました。インディとクジラは、ドッチボールをすることにしました。そしたら、クジラが潮を吹き

ました。潮を吹くと、ドッチボールがインディの家の窓ガラスに飛んで行って、ガラスが割れました。慌てて

家に帰って行くと、窓ガラスは割れていなくて、ボールは壁に当たって、庭に落ちていました。安心したイン

ディは、アイスを食べて、お風呂に入って寝ました。 (老松幼稚園・年長:2002年1月 18日)

幼児は、事例2に示すように、断崖の上に横たわる人物に注目し、「6歳の男の子」で

ある「インディ」という主人公に設定する。物語の前半は天候の変化により展開し、後半

は「インディ」と「クジラ」の関わりにより展開する。前半は画中の空、後半は海に着目

したものと言える。

「インディ」の行動にも、幼児の生活が反映されている。雨のため「べちゃべちゃに濡

れてしまう」が、天気が変わり「とても暑くなってきたので」「水浴びをする」という行

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18)有馬知江美:「哲学教育に関する考察(Ⅸ)―(財)大原美術館幼児対象プログラムにおける「お話づくり」と鑑賞

の深化の問題」,『作新学院大学女子短期大学部紀要』第 28号,2005年,53頁.

19)高階,前掲著 4),57頁.

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第2章 第2節

動には、環境の変化に伴う遊びの変化が見られる。「インディ」と「クジラ」の関わりに

は、幼児の友達との関わりが反映されている。「遊ぼう」という言葉は、友達との関わり

の端緒の1つであり、幼児の社会的行動の発達を見ることができる。家の窓ガラスが割れ

て驚くが、慌てて帰ってみると割れてはおらず、「安心したインディは、アイスを食べて、

お風呂に入って寝ました」という展開には、幼児にとって最も安心できる生活習慣が現れ

ている。有馬(2005)は、「お話作り」により「日常生活では子ども達のうちに潜在してい

る諸感覚が活性化され、また日常生活の上では意識化されにくい情緒面が言語となって現

れ」18)ると述べているが、幼児に形成された生活習慣そのものも、活動を通じ表出してい

る。

(3)人物と動物を描いた作品による物語

事例3:シャガール『恋人』

ある日、男の人と女の人が空を飛んでいました。山の中は迷路のようになっ

ています。男の人と女の人は、シューッと飛んでいました。男の人と女の人

を、ヤギが追いかけていました。男の人と女の人とヤギは仲間で、一緒に空

を飛んでいました。そして、「ねえねえ」と話しかけたり、トントンと肩をた

たいたり、「お化けがいるよ」と話していました。上の方には、お化けがフワ

フワと飛んでいます。お化けは、カメレオンのべろを触ろうとしていました。

女の人は、カメレオンのべろの上に乗っかっていました。カメレオンは、2

人をべろで隠して、お化けから守ろうとしていました。2人がカメレオンの

口の中に隠れたので、お化けは帰って行きました。実は、お化けは2人をさ

らって帰るよう、敵の大将に頼まれていたのです。しかし、2人はいなくなっ

てしまったので、お化けが「許して下さい」と頼んでも、敵の大将は「ばかもの!」と言うばかり。ついに、お

化けは大将に許してもらえず、お仕置きをされてしまいました。そして、お化けは、もう一度人間に戻されてし

まいました。男の人と女の人は、カメレオンに飲み込まれ「きゃー」と叫んでいましたが、お化けがいなくなっ

たので、カメレオンの口から外へ出ることができました。そして、2人とヤギは、再び無事に会うことができま

した。そして、2人はまた、フワフワと空を飛んで、旅を続けましたとさ。

(佐保幼稚園・年長:2003年 12月4日)

事例3は、幼児が気ままに空想した物語ではない。幼児は「非現実的な色彩で彩られ、

人物や動物たちは上下遠近が混在し、やがて空中に浮かび始める」19)と評されるシャガー

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第2章 第2節

ル作品の特徴を捉えている。非現実な色彩は「山の中」「迷路」であり、後半では口を開

け舌をのばした「カメレオン」になる。浮遊感は「飛んでいました」「シューッと」「お

化け」「フワフワと」などに表現される。幼児は、先ず内容物を確認し、次にそれらの状

況を説明し、続いて想像をふくらませ、最後に再び作品に戻っている。「ヤギが(男女を)

追いかけ」、男女は「『ねえねえ』と話しかけたり、トントンと肩をたたいたり、『お化け

がいるよ』と話してい」るというのは、幼児の言葉による内容物とそれらが置かれている

状況の説明である。我々も注意深く見れば「お化けは、カメレオンのべろに触ろうとして」

おり、女性は「カメレオンのべろの上に乗っ」ていることを確認することができる。

(4)静物を描いた作品による物語

事例4:ヴラマンク『静物』

この家のお父さんは、山に登って木を伐ったり、果物を採っ

て来たりします。お父さんは、パーティをするからと、友達を

招待しました。女の人たちは、ヒツジを育てたり、ヒツジの毛

を刈ったり、餌を買ったりします。夜にパーティをすることに

なったので、お皿やテーブルの用意をしました。テーブルの上

に、フルーツがありました。ブドウやナシや青リンゴ、テーブ

ルの上にはスモモもありました。黒いワインの瓶やコップも置

いてあります。お皿もあります。お茶を入れる入れ物も置いて

あります。パーティには、優しい人や友達が来ます。おめかし

をしたり、きれいな着物を着たりして、家の人たちは用意をしていました。でも、パーティの前に、泥棒が来て、

ジュースを飲んだり、ブドウを食べて、家に帰りました。泥棒は、お金も盗んで帰りました。ここにあったお茶

やフルーツは、全部なくなってしまいました。お茶を入れていたポットまで、なくなってしまいました。お客様

が来て、何もないので驚きましたが、冷蔵庫の中にジュースや食べ物があったので、お客様はそれを食べて、こ

の広いお家に泊まりました。そして次の朝、帰りました。 (老松幼稚園・年長:2002年1月 18日)

人物や動物などが描かれていない静物画でも、幼児は物語を作る。描かれた静物は何な

のかを確認し、なぜそこに存在するのかなどを発問することにより、静物を内包する空間

とそこに存在する人物などを想像し物語を展開させている。事例4では、先ず、果物やワ

インなどがテーブルの上に置かれている理由を想像することから作り出された。「夜にパー

ティをすることになったので、お皿やテーブルの用意を」したというのが理由である。次

に、どのような人が用意したのかを想像することで、「この家のお父さん」らが登場した。

この物語を仮に文学作品として読み解こうとすると、ある疑問が生じる。即ち、主人公

は誰なのかということである。始まりは「この家のお父さん」の紹介であり、彼が主人公

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第2章 第2節

のようであるが、順次「女の人たち」「家の人たち」「泥棒」「お客様」と登場し、彼らの

行動が紹介される。注目すべきは、一連の出来事が、描かれた静物の置かれた空間で起こっ

ていることであり、静物をめぐって引き起こされている点である。ここから、物語の主人

公と言えるのは静物であり、幼児は静物から乖離した連想をしているのではなく、作品を

もとに想像を広げ、物語を作っていることが理解できる。

(5)抽象を描いた作品による物語

事例5:カンディンスキー『尖端』

ある所に魔女がいました。魔女はまだ子どもだったので、あわてん

坊でした。魔法の勉強をしていましたが、杖で失敗ばかりしていまし

た。ある日、魔法が思うようにかからなくて、悔しくて悔しくて、他

の魔女を呼びました。そして、魔法を教えてもらいました。杖は使え

るようになったけど、まだあわてん坊だったので、こんなになってし

まいました(絵)。実は、魔女は料理をしたかったのです。「ハンバー

グにしよう!さあ道具たち!ハンバーグを作るのだー!」と言いまし

た。キッチンの道具に魔法をかけたつもりがあっちこっちの道具にか

かってしまい、あっちこっちのドアが開いて道具やおもちゃが出てき

ました。道具が顔に当たるし、思うように動きません。「もう杖なん

ていらない!私は魔女じゃない!」と、杖を燃やしてしまいました。

(中略)ビー玉が沢山あることに気が付いて、それを集めて水晶玉にすることにしました。ビー玉を割って、箒

のようなもので集めて、固めて水晶玉にしました。水晶玉の上に手をかざして「燃えた杖はどこへ行った?」

と聞いたら、杖はやっぱり燃えていました。でも、水色のものが、時間を遡ってついた火を消してくれ、水の

塊が杖を魔女のところに戻してくれました。(中略)動物たちのお陰で、部屋はきれいになりました。魔女は、

スプーンが割れていることに気付きました。スプーンがなければ、かぼちゃのスープもトカゲのスープも飲め

ません。ヒツジは「私の毛はどう」と言いました。ヒツジの毛は素敵だけど、スプーンにはなりません。ゾウ

は「ぼくの牙はどう」と言いました。ゾウの牙は、とがっていて肉はさせるけど、スープは飲めません。フク

ロウは「ぼくの羽はどう」と言いました。フクロウの羽も素敵だけど、やっぱりスプーンにはなりません。ペ

リカンが「私のくちばしは一杯スープが入るからどう?」と言いました。でも魔女には大きすぎます。こんな

時には魔法です。フライパンに魔法をかけて、小さくすることにしました。今度は失敗しないよう、ゆっくり

かけることにしました。(中略)フライパンは小さくなって、スプーンになりました。今度は、スプーンを大き

なフライパンにしました。「私、魔法が使えるわ!」(中略)魔女は、手伝ってくれた動物にお礼をすることにし

ました。直したフライパンとスプーンで、スープを作りました。そして、皆で一緒に食べました。

(昭和保育園・年長:2005年 12月 14日)

多様な色や形状の物体が画面の中央から放出されているのか、あるいは中央に引き寄せ

られているのか、その速度は速いのか遅いのか、様々な見方が可能な作品である。その特

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20)新村出/編:『広辞苑』第6版,岩波書店,2008年,633頁.

21)新村,前掲著 20),2939頁.

22)新村,前掲著 20),50頁.

23)新村,前掲著 20),1137頁.

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第2章 第2節

徴を、幼児は「魔法」と捉えた。『尖端』をもとにした物語は、他に4話あるが、「変な

生き物が、物を壊したり、いたずらをしたりする」「不思議な姿の何でも屋が活躍する」

「お城に住むフクロウの兄弟は、不思議な動きをするので何羽いるのか分からない」など

の話が作られている。幼児は、「不思議」「破壊」「散逸」「不規則で多様な動き」など「魔

法」に通じると思われる要素を『尖端』に共通して見出すようである。

事例5では、保育者が進行を、職員が記録を担当し、幼児もくつろいだ様子で活動して

いた。言い回しや、各動物の特徴を魔女とのやりとりに適切に取り入れている点など、幼

児の言葉が、豊かで多様な体験や読書などに裏付けられている様子が伺え、幼児対象プロ

グラムが保育施設や家庭における活動と連動するものであることが分かる。

3.絵画鑑賞プログラム「お話作り」の教育的意義

(1)鑑賞としての「お話作り」

『広辞苑』は、「鑑賞」を「芸術作品を理解し、味わうこと」20)と説明している。幼児

は、対象の理解を、既知の事柄や経験と照合して行う。経験には、直接体験によるものと、

読書や映像などによる間接体験によるものも含まれる。そのため、幼児が対象を理解する

ために発する言葉及び理解した内容を説明する言葉には、自身の経験に加え、絵本で読ん

だことなどが反映される。幼児が、言語において比喩的な表現をするのはこのためである。

「理解」とは「①物事の道理をさとり知ること。意味をのみこむこと。物事がわかること。

了解」21)であり、「味わう」とは「②物事の意味または趣旨を深く考える。玩味する③実

際に経験して感じとる。経験する」22)ことである。これらを手がかりにすれば、幼児の鑑

賞は、発達過程に適した方法で、作品を「理解」即ち「さとり知り」、また「味わう」即

ち「意味を深く考え」、「実際に経験して感じ取る」ことと考えられる。「さとる」ことは

「推しはかって知る」23)ことでもあり、幼児の発達過程においては、「想像」に通じるだ

ろう。

作家の小川洋子(2007)は、「とうてい現実をそのまま受け入れることはできない。その

とき現実を、どうにかして受け入れられる形に転換していく。その働きが、私は物語であ

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24)小川洋子:『物語の役割』,筑摩書房,2007年,25頁.

25)Michael J. Parsons: How We Understand Art― A congnitive developmental account of aesthetic experience, Cambridge

University Press, 1987. (尾崎彰宏・加藤雅之/訳:『絵画の見方―美的経験の認知発達』,法政大学出版局,1996年,25

頁.)

26)Parsons, 前掲著 25),7頁.

27)Parsons, 前掲著 25),44頁.

28)Parsons, 前掲著 25),44頁.

29)小川,前掲著 24),118頁.

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第2章 第2節

ると思う」と述べている 24)。家族の死などの厳しい現実を、理解あるいは納得できる形に

再構成し、自らの生きる糧に変換していく人々の姿に、作家として物語の意義を見出して

おり、幼児が絵画を見て行う「お話作り」とは異質な作業に見える。しかし、事実を事実

として受け止めた上で、再構成し、受容し、自らの糧とするという一連の作業は、同質の

ものである。つまり、幼児は描かれた内容物を観察し、存在を確認した上で、それらを受

容即ち理解できる形に再構成している。

また、パーソンズ(M. J. Persons, 1987)は、美的経験の発達段階を5段階に示し、第1段

階を「お気に入り」としている。その特徴は、「たいていの絵に直感的な喜びを感じるこ

と、つまり色に強く魅せられたり、題材に勝手な思い入れをすることであり」25)、絵の題

材に気付いても、そこから好きなように連想したり、勝手な空想の世界に遊ぶというもの

であり、「就学前の子どものほとんどは第1段階の観念を用いる」26)としている。第1段

階の鑑賞者が「デッサンに描かれているのが林檎だとする判断基準を(中略)まだ把握して

いない」27)のであれば、遊びを通して対象と関わることで発達をとげる幼児にとって、「表

現という観念とたわむれ」28)ることを十分行うのは、鑑賞の入口として意義あることとな

り得るだろう。

以上の考察から、幼児が作品を見て想像し「お話作り」をすることは、発達過程におけ

る「理解」の方法の1つになると言えよう。

(2)「お話作り」と幼児の経験

小川(2007)は、「物語とは(中略)人と人、人と物、場所と場所、時間と時間等々の間に

隠れて、普段はあいまいに見すごされているものを表出させる器」ではないか、とも述べ

ている29)。ここにも「お話作り」と同質のものを見出せる。幼児が、「お話作り」で作る

物語は、換言すれば幼児と絵画の関係性、及び幼児と環境との関係性を表出させるものと

言えよう。

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30)脇明子:『読む力は生きる力』,岩波書店,2005年,154-155頁.

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第2章 第2節

幼児の生活が、事例1と事例2に反映されていることは、既に指摘した。事例1と同様

に、『睡蓮』をもとにした他の事例でも、「カエル」の他「魚」「メダカ」「オタマジャク

シ」「アメンボ」「カッパ」などが登場しており、多くの場合「カエル」と「友達になる」

「一緒に遊ぶ」「遠足に行く」など、幼児の遊びにつながる内容になっている。事例2の

『グレヴィルの断崖』をもとにした他の事例にも、「海を眺める」「空を眺める」「お昼寝

をする」「海で泳ぐ」「崖から落ちる」「クジラ」「船」など、幼児の生活や遊びに親しい

事物が、共通して現れている。

事例3の『恋人』では、「空を飛ぶ」「お化け」「敵の大将」「カメレオンに飲み込まれ

る」など、絵本など間接体験をもとにした想像がなされている。同様に、事例5の『尖端』

では、「ビー玉」「水晶玉」「フライパン」などと、内容物を形状から説明しているが、そ

れら同士の関係性は、「魔女」「魔法」など間接体験をもとにした想像により説明してい

る。『睡蓮』『グレヴィルの断崖』では、幼児の直接体験に基づく想像が見られ、それら

より抽象的になる『恋人』や『尖端』では、間接体験に基づく想像が見られるのは興味深

い。

絵画に触発され表出した幼児の生活や経験に基づく想像は、幼児の生活習慣の形成や社

会的行動の発達、多様な経験の蓄積などを推量する指標になると言えよう。

(3)「お話作り」と物事を俯瞰する力

幼児は、「お話作り」で物語の作者であると同時に読者になる。活動を始めてしばらく

経過した時点で、進行は「できた所まで読むから聞いてね」などと声をかけ、記録が内容

を読み上げる。幼児は、即座に集中して聞き始め、物語が途中であっても満足した表情で

聞き終え、「続きを作ろう」と意欲的な発言をする。「お話作り」が順調に展開していな

かった場合は、特に効果があり、活動が活性化する。プログラムの最後には、できた物語

を読み上げる活動を設定しており、幼児は自らが作った物語でありながら、展開に一喜一

憂する。特に、個々の具体的な言葉が反映されている場合には、満足した表情を見せる。

ここに、幼児が作者と読者の両方の立場を獲得している姿を見ることができる。

脇明子(2005)は、読書に含まれるものとして「書き言葉レベルの言葉を使う力」「想像

力」「全体を見渡して論理的に考える力(メタ認知能力)」を挙げている30)。また、「メタ

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31)脇明子:『物語が生きる力を育てる』,岩波書店,2008年,163頁.

32)脇,前掲著 31),164頁.

33)文部科学省:『幼稚園教育要領解説』,フレーベル館,2008年,262頁.

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第2章 第2節

認知能力は、遅くとも小学校入学前後にはすでに芽生え始めている」31)と指摘し、「子ど

ものなかに芽生え始めているメタ認知能力が、質のいい物語を読むことによってしっかり

と育っていくのではないかと考えている。なぜなら、主人公に感情移入しながら、同時に

読者として客観的にながめるトレーニングは、自分という主人公を客観的に見つけること

にも応用できるはずだから」32)と述べている。

「お話作り」において、幼児は登場人物らに自己の生活や想像を反映させながら感情移

入しているが、一方で「お話を作る」という活動を自覚し、物語を組み立てている。例え

ば事例2で、物語の最後を、幼児の生活の最終場面である「お風呂に入って寝ました」に

設定するのは、幼児が「インディ」と同化していると同時に、物語の最終場面であること

を意識してのことと考えられる。また、多くのプログラムで、最終場面と位置付けられる

可能性のある言葉を進行が復唱すると、幼児が一斉に「おしまい」「めでたしめでたし」

など童話や昔話の最後の「決まり文句」を発言する。これらから、幼児は「お話を作る」

という活動を自覚していることが分かる。

幼児は、「お話作り」により、自身の中に萌芽しつつある物事を俯瞰する力を駆使し、

活動していると考えられ、同時に作者と読者の立場を行き来することは、物事を俯瞰する

力の発達を促すと考えられる。

(4)「お話作り」と幼児の発達

幼児対象プログラムは、保育施設と連携して行うことから、保育の観点ではどのような

意味を持つのか、2008(平成 20)年改訂の『幼稚園教育要領』との関連から確認しておこ

う。

『幼稚園教育要領』において「お話作り」と関連があるのは、領域「言葉」と領域「表

現」である。領域「言葉」では、「ねらい」の「(1)自分の気持ちを言葉で表現する楽し

さを味わう」「(2)人の言葉や話などをよく聞き、自分の経験したことや考えたことを話

し、伝え合う喜びを味わう」33)、「内容」の「(2)したり、見たり、聞いたり、感じたり、

考えたりなどしたことを自分なりに言葉で表現する」「(8)いろいろな体験を通じてイメー

ジや言葉を豊かにする」「(9)絵本や物語などに親しみ、興味をもって聞き、想像をする

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34)文部科学省,前掲著 33),262頁.

35)文部科学省,前掲著 33),263頁.

36)文部科学省,前掲著 33),263頁.

37)文部科学省,前掲著 33),263頁.

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第2章 第2節

楽しさを味わう」34)が関連深い。領域「表現」では、「ねらい」の「(2)感じたことや考え

たことを自分なりに表現して楽しむ」「(3)生活の中でイメージを豊かにし、様々な表現

を楽しむ」35)、「内容」の「(2)生活の中で美しいものや心を動かす出来事に触れ、イメー

ジを豊かにする」「(8)自分のイメージを動きや言葉などで表現したり、演じて遊んだり

するなどの楽しさを味わう」36)が関連深い。これらの箇所には、「想像」と「イメージ」

という言葉が多く見られる。2つの言葉は、領域「言葉」「内容の取扱い」の「(3)絵本

や物語などで、その内容と自分の経験とを結び付けたり、想像を巡らせたりするなど、楽

しみを十分に味わうことによって、次第に豊かなイメージをもち、言葉に対する感覚が養

われるようにすること」37)にも見られ、『保育所保育指針』においても同様の指摘ができ

る。(下線は筆者による)

「お話作り」において、イメージを構築することと想像することは、重要な活動になる。

事例に示したように、幼児は絵画の内容物を彼らの言葉で説明しようする。その過程に思

考があり、思考のもとになるのは、幼児の中に形成されたイメージである。イメージは、

絵画をもとに形成されており、「お話を作ろう」という刺激によって、想像が広がり多様

に変化する。プログラムでは、10 数名の幼児が共同で物語りを作るため、幼児は、自己

の想像やイメージを明確に伝える適切な言語表現を探し出さなくてはならない。ある幼児

によって伝達されたイメージや想像は、他の幼児に刺激を与え、さらなる思考、想像、表

現へとつながる。このような循環の中に幼児の言葉や表現の発達が見られるだろう。また、

幼児の発達は一時的なものではなく、保育施設や家庭での活動と関連しながら螺旋状に循

環しつつ発達する。「お話作り」は、単独で成り立つものでなく、他のプログラムと補完

し合い、また保育施設や家庭での活動と連動し補完し合うものとなるだろう。

Ⅳ.言語を通した鑑賞についての総括と今後の課題

本節では、幼児対象プログラムのうち、絵画鑑賞プログラム「対話」、彫刻鑑賞プログ

ラム「対話」、絵画鑑賞プログラム「お話作り」について考察してきた。

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第2章 第2節

絵画鑑賞プログラム「対話」において、環境との相互作用により発達する幼児にとって、

職員からの発話は、人的環境からの言語的応答であると同時に、絵画という物的環境から

の応答に代わるものとなり、対話は幼児と絵画作品の相互作用を促す役割を果たす。対話

の進行に伴い、幼児は、描かれた内容物の発見に留まらず、それらを詳細に観察して特徴

を述べたり、自らの見方に合理的な説明を加えたり、作品の特徴を指摘したりするように

なる。個々の発達過程により思考の言語化が困難な幼児にとっては、作品への気付きや感

想を十分に表現できない側面があるが、同時に言語訓練の機会にも成り得る。また、保育

施設や家庭では目にすることのない色、形、素材などに触れる機会となり、保育施設にお

ける保育の補完的役割を果たすことも指摘できる。さらには、絵画や美術館との関わりの

端緒を得ることとなり、対話により誘発された内発的動機付けの継続により、関わりは継

続発展される。そのことは、幼児の造形的な好みの形成に関与するものとなる。

彫刻鑑賞プログラムにおける「対話」は、絵画鑑賞プログラムにおける「対話」と同様

幼児に対する職員と作品からの言語的応答であることに加え、彫刻の物的応答性を引き出

すものであった。彫刻鑑賞プログラムを通じ、幼児は多様な彫刻と彫刻の構成要素に触れ、

素材体験や空間認識など様々な学びをしていると言えよう。

また、幼児が美術館において原作品を鑑賞する時、1つの契機となり媒体となるために、

「お話作り」という手法を採用した場合の分析と考察を論述した。事例として、一般的な

分類に従えば、風景画、想像画、静物画、抽象画を取り上げたが、結論として言えるのは、

幼児は生活体験と想像力を加味しながら、能動的に絵画鑑賞が出来るということである。

「お話作り」は、幼児の発達過程に応じた絵画鑑賞の1つの形であり、幼児なりに作品を

味わうために適当であると言える。活動を通じ、幼児は絵画と関わり、思考、想像、言語、

表現及び物事を俯瞰する力の発達が促進されていると言える。

幼児期の表現活動は、言語表現・音楽表現・造形表現・身体表現が、単独または様々な

組み合わせによって、遊びの形態をとりながら展開される。幼児に絵画鑑賞を言語表現さ

せる事によって、鑑賞の深化と表現様式の変換を意図した。一般的には、造形表現は造形

活動によって保障されると認識されている。しかし、造形表現の活性化は、造形活動だけ

に委ねられるのではなく、表現の他領域によっても活性化できるという新たな視点が必要

である。そのためには、幼児の表現活動を援助する保育者には、多様な表現に対する広く

深い理解が要求されるだろう。