特別編集版 - nikkei bp m...価値観の 「所有から利用へ」への移行...

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この冊子は「メガトレンド2017-2026 自動車・エネルギー編」の一部を抜粋したものです。 禁無断転載 メガトレンド 2017-2026 自動車・エネルギー編 特別編集版

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Page 1: 特別編集版 - Nikkei BP M...価値観の 「所有から利用へ」への移行 価値観の「ハードから サービス・ソフトへ」への移行 世界的なエネルギー価格の

この冊子は「メガトレンド2017-2026 自動車・エネルギー編」の一部を抜粋したものです。禁無断転載

メガトレンド 2017-2026自動車・エネルギー編

特別編集版

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Index目次

1

序章 メガトレンドの読み方 : 1分冊の本文構成について 11 人口予測と経済予測 13 2016〜2045年の未来年表 17 全体の思想について 38 ❶ 課題から落とす 40❷ 三つの科学で考える 62❸ ライフサイクル(主役交代と成熟の視点)で考える 68

第1章 先進国の本格的老衰 : 成熟がもたらす新市場

総論 81 ベビーブーマーの老衰 埋蔵金1500兆円の使い方 宿命の少子化 遠因はメカトロニクスの成熟化 自治体やインフラも老朽化 個人から大企業まで含めた対応の方向性1. シニア支援 992. 観光ビジネス 1043. アナログ技術への回帰 1094. 癒やし機能への欲求 115

第2章 新興国の成長ラッシュ : 日本企業躍進の起爆剤

総論 123 新興国デビューの歴史 重大要因がメカトロニクス技術の成熟化 成長サイクルの圧縮化 インフラ輸出の全体像 国のライフサイクルと外貨を稼ぐ産業 インフラのゴールとは サービス収支 所得収支 リバースイノベーション化5. リバースイノベーション 139

第3章 成長ラッシュの穽 : 速すぎる変化がもたらす負の現象

総論 147 後発ほど加速する成長速度 高速成長で生じるゆがみ 成長優先で後回しになる課題とは6. 空気や水の汚染防止・浄化技術 159

第4章 市場の強大化 : 国家機能にも及ぶその影響

総論 165 すべてがオフショア化

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国家を超えるグローバル市場の影響力 通貨安競争や税制優遇競争 財政負担に苦しむ国家とNPO 官民公の境界が融合7. 開発〜製造〜消費のグローバル化 175

第5章 「消費が美徳」だった時代の終焉 : サステナブルな価値観の台頭

総論 183 力学の錯綜する環境問題 現実的な解釈とは 先進国の発展とベビーブーマーの消費文化 環境問題の全体構造8. エネルギー効率向上 1929. シェールガスによる揺り戻し 19610. 資源枯渇対策 201

第6章 ポスト工業化社会の実像 : 「人の心を算出する」機能の商用化

総論 207 サービス化は長い近代化プロセスの終着駅 製造業からサービス産業化するときの8つのパターン 目的の手段化 脳科学との連携11. 保守運用ビジネス〜BPO 21812. 保険・金融業化 22313. ファブライト開発へのシフト 22914. マーケティング手法の劇的進化 234

第7章 リアルとバーチャルの相互連動 : 脳から都市までスマート化が加速

総論 241 ヒト・モノ・空間の電装化とスマート化 リアル世界にタグを貼るという大脳の長年の夢 スマートコミュニティも拡張現実 脳直結コミュニケート ニアフィールドビジネス デジタルマニュファクチャリングは仮想現実ものづくり端末15. AR(拡張現実) 25016. 自動運転車 25617. おもてなしサービス 26118. デジタルマニュファクチャリング 266

第8章 会社も働き方も変わる : 一所一生懸命からオンデマンド機能提供型へ

総論 273 閉鎖系・秩序系に好適だった日本式経営 ノマドワーカー 社会貢献というモチベーション NPOがイノベーション創出起点になる オープン&シェア : 所有より利用、競争より共創 デジタルハイテク分野のオープン化 生産財インフラは仮想化とシェアリング いじりやすい構造 競争より共創、多様性を指向する世界 パトロンの財の余力から民の知の余剰へ19. ビジネスプラットフォーム設計 289

第9章 超人化する人類 : 生態と進化の人工操作への挑戦

総論 297 生命体の夢は永遠の命 メカトロニクスと情報工学

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ライフサイエンスの登場 脳インタフェース ライフサイエンスの別用途 : 動植物の品種改良 ロボティクスの発達 ライフサイエンス発達の影響20. 人体強化(非生物系技術) 309

第10章 メガトレンドがもたらす自動車・エネルギーの変化 自動車・輸送機器 317

2

第11章 自動車・エネルギーで大変化が起こる四つの分野総論 111. クルマの将来に影響を与える11の変化 132. クルマに大変化をもたらす四つの分野 253. 四つの分野のソーシャルグラフ的位置付け 29

第12章 クルマの知能化総論 351. 自動ブレーキの搭載は当たり前に 412. 搭載広がるADAS 523. 軍用技術から生まれた自動運転 574. 加速する開発競争 685. 自動運転を可能にする技術 836. 自動運転が実用化するための条件 887. 自動運転の実現を支えるセンサーの進化 998. 低コスト化が進むミリ波レーダー 1049. レーザーレーダーは高機能化へ 10910. 高解像度化・高感度化進むカメラ 12011. 自動運転の頭脳を担う半導体の進化 13012. アシストロボット 141

第13章 新興国への市場シフトとクルマの作り方革新総論 1531. ブランド価値の再構築 1612. コストと多様化を両立するモジュール化 1673. 材料革新で樹脂化が進展 1764. CFRPの活用とオープン・モジュール・プラットフォーム 190

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第14章 世界のエネルギー事情の変化とクルマのパワートレーン革新総論 2031. 世界のエネルギー予測 2142. エンジンの高効率化 2203. 電動化技術の将来 2404. 不透明な燃料電池車の将来 249

第15章 クルマのネットワーク化総論 2551. 光ファイバーを超える次世代ネットワーク 2592. 車載端末のスマホ化か、スマホの車載端末化か 2623. ビッグデータと機械学習で賢くなるクルマ 2764. 表示の多重化・AR化が進むインタフェース 285

第16章 自動車産業と社会の変化総論 2971. 完全自動運転はなぜ必然か 3042. クルマの主流はEVに 3123. 「自動車産業」の定義が変わる 3154. 日本企業の進むべき道 3265. 周辺産業も変わる 333

終章 新しい自動車社会が始まる 339

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 1〜9章では、これらから世界に起きるメガト

レンドを解説してきた。そして10章では、それ

らのメガトレンドが、自動車分野にどのような

影響をもたらすかをまとめた。11章では、10章

の内容をさらに掘り下げ、1〜9章で解説したメ

ガトレンドが、今後の自動車・エネルギー産業

の行方にどのように影響を与えていくのかを詳

しく考えていく。

 図11-1に、9章までの各章のメガトレンドか

ら、自動車分野に関連の深い11の社会の変化を

抽出した。11の変化は以下の通りだ。

(1)社会の急速な高齢化

(2)過疎化による公共交通・生活インフラの劣化

(3)クルマの「情報爆発」

(4)新興国の台頭とグローバル化への対応

(5)価値観の「所有から利用へ」への移行

(6)価値観の「ハードからサービス・ソフトへ」

への移行

(7)世界的なエネルギー価格の上昇と超省エネ化

(8)人の気持ちを推定する技術の進化

(9)製品の長寿命化、保守性・補修性の向上

(10)脳研究の進展

(11)人間をアシストするモビリティの普及

総論

図11-1 1~ 9章までのメガトレンドが自動車にもたらす11の変化と、それらの変化によって生じる技術視点、社会視点のメガトレンドの関係

社会の急速な高齢化

過疎化による公共交通・生活インフラ劣化

クルマの「情報爆発」

新興国の台頭とグローバル化への対応

価値観の「所有から利用へ」への移行

価値観の「ハードからサービス・ソフトへ」への移行

世界的なエネルギー価格の上昇と超省エネ化

人の気持ちを推定する技術の進化

製品の長寿命化、保守性・補修性の向上

脳研究の進展

人間をアシストするモビリティの普及

クルマは所有から利用へ

クルマの主流がEVに

自動車産業はインフラ産業へ

電池産業素材産業が重要に

保険、物流産業が激変

社会全体のメガトレンド クルマに与える影響の大きい社会の変化

自動車のメガトレンド(技術視点)

自動車のメガトレンド(社会視点)

先進国の本格的老衰成熟がもたらす新市場

新興国の成長ラッシュ日本企業躍進の起爆剤

成長ラッシュの穽、早すぎる成長がもたらす負の現象

消費が美徳だった時代の終焉、サステナブルな価値観の台頭

ポスト工業化社会の実像「人の心を算出する」機能の商用化

リアルとバーチャルの相互連動、脳から都市までスマート化が加速

会社も働き方も変わる、一所一生懸命からオンデマンド機能提供型へ

超人化する人類、生態と進化の人口操作への挑戦

市場の巨大化、国家機能にも及ぶその影響

世界のエネルギー事情の変化とクルマのパワートレーン革新・エネルギー価格の上昇と 天然ガスの台頭・エンジンの超高効率化・モーターと電池の進化・燃料電池

クルマのネットワーク化・次世代ネットワーク・車載端末のクラウド化・ビッグデータと機械学習・次世代HMI

新興国への市場シフトとクルマの作り方革新・ブランド価値の再構築・コストと多様化を両立する モジュール化・樹脂化・CFRP化・車体製造のオープン化

クルマの知能化・運転支援システム・自動運転技術・センサーの進化

出所:筆者作成

11

自動車・エネルギーで大変化が起こる四つの分野

11メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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 このうち、(1)と(2)は少子高齢化に関連する

変化であり、クルマは運転者の高齢化に伴う認

知・判断・操作能力の低下に対応する必要が

ある。そのためにクルマの「知能化」が進む。そ

の究極の姿が「自動運転車」である。(3)の「情

報爆発」は、「脳から都市までスマート化」する

時代において、クルマに流れ込む情報が加速

度的に増加することで起こる。近未来のクルマ

は高齢化によって低下する認知能力を前提に、

大量の情報を処理することを可能にするHMI

(ヒューマン・マシン・インタフェース)を備え

ることになる。

 (4)の新興国の台頭と、それに伴う世界的な

市場シフトは、自動車ビジネスを展開していく

うえでは、最も大きなトレンドといえるだろう。

現在45:55程度と言われる先進国と新興国の

販売台数比率は、約10年後の2025年には35:

65程度と、新興国が世界販売の約2/3を占める

ようになる。この変化に対応するために、ブラ

ンド価値をグローバルで維持しつつ、新興国の

多様な嗜好に合わせた車種を低コストで提供

できるクルマ作りの体制構築が進む。

 (5)と(6)は、世界の消費トレンドを流れる

最も大きな潮流の一つである。クルマでいえば

カーシェアリング会員数の急増であるが、これ

はモノでいえばレンタル化、コンピュータの世

界でいえばクラウド化、人の働き方でいえばフ

リーランス化というように、社会のあらゆる面

で進んでいる現象といえる。特に、人の運転手

を必要としない完全な自動運転技術が実用化

されれば、これまでの「所有」を前提とした自

動車産業のビジネスモデルは、根底から見直し

を迫られる。

 (7)と(9)は、環境問題と資源枯渇にかかわ

る変化だ。本レポートの5章で述べたように、新

興国の成長によって今後のエネルギー需要は増

加を続け、また世界的にCO2排出の抑制要求が

強まる。エネルギーが枯渇することはないが、

価格は上昇を続けると予想されている。これら

の課題に対応するために、クルマの燃費は今後

20年で、現在の1.5〜2倍程度に向上する。同時

に希少資源の使用を減らした設計が必要にな

る。

 (8)と(10)は、いずれもこれからの巨大なフ

ロンティアである「脳」へのアプローチが進展

することで起こる。脳を研究することによって、

これからのクルマの商品性にとって主要な付加

価値の一つとなる「人の感性に合った挙動」が

実現するだけでなく、脳の認識メカニズムを模

擬した「人工知能」が実用化され、クルマの知

能化は大きく前進する。

 最後の(11)は、モビリティという概念を広げ

る動きである。高齢化で低下した身体能力を機

械により補うことで、「移動や行動の自由」を維

持できるようになるだろう。こうした動きは、

高齢者や障碍者だけでなく、健常者の能力を拡

大する方向にも発展しそうだ。

 次節では、これらの課題について、より詳し

く解説していく。

12 メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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【変化1】社会の急速な高齢化

 第1章「先進国の本格的老衰 成熟がもたら

す新市場」で見たように、日本は今後、世界に

類を見ないスピードで少子高齢化が進んでい

く。2008年に1億2808万人のピークを迎えた日

本の総人口は緩やかな減少に転じ、2020年に

は1億2410万人に、2030年には1億1662万人に

減少する見込みである(図11-1-1)。このよう

に少子高齢化が進む主因は、子どもの出生数が

減り続ける一方で、平均寿命が伸びているから

だ。高齢化率(65歳以上の人口比率)は上昇を

続けており、2010年の23.0%から、2020年には

29.1%に、2030年には31.6%に上昇する見込み

である。

 こうした少子高齢化は第1章に見られるよう

に、先進国で普遍的な現象であるが、日本は少

子高齢化では世界のトップランナーであるだけ

に、こうした問題が他のどの地域よりも先に顕

著になる。

 こうした高齢化に対応して、第12章で詳しく

解説するように、今後「クルマの知能化」が急

速に進む。日本における交通事故死者の数(事

故から24時間以内に死亡した人の数)は、1970

年の1万6765人をピークに、2013年には4373人

1. クルマの将来に影響を与える11の変化

図11-1-1 日本の人口の推移と将来予測日本の人口は2008年に約1億2800万人でピークを迎え、以降減少局面に入った。2060年には9000万人を割り込み、65歳以上の高齢者の割合は4割に達すると見られている。

14,000

12,000

10,000

8,000

6,000

4,000

2,000

0

(万人)50.0

45.0

40.0

35.0

30.0

25.0

20.0

15.0

10.0

5.0

0.0

(%)

8,411

3,846

4,150

4.9

1950

309107309107

9,008

3,883

4,646

5.3

1955

338139338139

9,430

3,781

5,109

5.7

1960

376164376164

9,921

3,648

5,650

6.3

1965

434169434169

10,467

3,432

6,295

7.1

1970

516224516224

11,194

3,517

6,786

7.9

1975

602

264

602

264

11,70611,706

3,578

7,056

9.1

1980

699

366

12,105

3,501

7,353

10.3

1985

776

471

12,361

3,249

7,590

12.1

1990

892

597

12,557

2,857

7,861

14.6

1995

1,109

717

12,693

2,596

7,873

17.4

2000

1,301

900

12,777

2,409

7,752

20.2

2005

1,407

1,160

12,806

2,287(18.0%)

1,517(11.9%)

1,407(11.1%)

7,497(59.0%)

23.0

12,660

2,176

1,749

1,648

26.8

7,069

2010 2015

12,410

2,015

1,733

1,879

29.1

6,783

2020

12,066

1,849

1,479

2,179

30.3

6,559

2025

11,66211,662

1,698

1,407

2,278

31.6

6,278

2030

11,212

1,562

1,495

2,245

33.4

5,910

2035

10,728

35.1

1,645

2,223

1,467

5,393

2040

37.7

1,600

2,257

10,22110,221

1,386

4,978

38.8

1,383

2,385

9,7089,708

1,297

4,643

2045

1,225

2,401

39.4

9,193

1,199

4,368

2055

1,128(13.0%)

2,336(26.9%)2,336

(26.9%)

39.9

8,674

1,104(12.7%)

4,105(47.3%)

2,287(18.0%)

1,517(11.9%)

1,407(11.1%)

7,497(59.0%)

1,128(13.0%)

1,104(12.7%)

4,105(47.3%)

2060 (年)2050

高齢化率(65歳以上人口割合)

19歳以下人口

資料:2010年までは総務省「国勢調査」、2015年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」の出生   中位・死亡中位仮定による推計結果 (注)1950年~2010年の総数は年齢不評を含む

20~64歳人口 65~74歳人口 75歳以上人口

推計値実績値

総人口(棒グラフ上数値)

出所:平成24年版 高齢社会白書

11

自動車・エネルギーで大変化が起こる四つの分野

13メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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と、1/4近くに減っている(図11-1-2)。これに

は、飲酒や最高速度違反といった悪質な事故に

対する罰則が強化されて減っていることや、衝

突したときに乗員を保護する車体構造の採用、

シートベルトやエアバッグといった安全装備の

充実によって、乗車中の死亡が大幅に減ったこ

とが寄与している。

 このように、交通事故で亡くなる人は、全体

としては大きく減っているが、さらにここから

減らしていこうとすると、事故が起きてからの

対策だけでは不十分だ。自動車事故総合分析セ

ンターによれば交通事故の原因の9割以上は人

間の認知ミス、判断ミス、操作ミスが占めてお

り、こうした人間のミスをいかに減らすかが、カ

ギになる。逆にいえば、人間の認知ミス、判断ミ

ス、操作ミスを補うことができれば、事故の9割

を減らせる可能性がある。

 こうした人間のミスを補う必要性は、高齢者

ではさらに顕著になる。高齢者が運転中の事故

の原因を見ると、アクセルとブレーキの踏み間

違い、ステアリングの操作ミスといった運転操

作の間違い(運転操作不適)が16%程度と、高

齢者以外の7.5%に比べて2倍以上になってい

るからだ(図11-1-3)。また、高齢者で2番めの

事故原因となっている「漫然運転」とは、考えご

とをしていたり、ぼんやりしていたことで危険

を見落としたり、発見が遅れて事故を発生させ

た場合をいう。つまり、高齢者の事故では、判

断・操作の誤りが原因の多くを占めているとい

える。このため、これからのクルマでは、人間

の認知・判断・操作ミスを補うような機能が普

及する。

 人間のミスを補うシステムとして現在は、追

突しそうになると、それをレーダーやカメラで

認識し、クルマが自らブレーキをかける「自動

ブレーキ」の機能や、後方からクルマが接近し

てきているのに気づかず、車両変更しようとす

ると警告してくれる「後側方車両接近警告シス

図11-1-2 日本の交通事故死者数(24時間以内に亡くなった人の数)減少を続けているが、それでも年間4000人以上の人が亡くなっている。また死亡者に占める高齢者の比率は5割を超えている。

14,000

12,000

10,000

8,000

6,000

4,000

2,000

0

(人)

15年

7,768 7,4256,927

6,4035,782

5,197 4,968 4,922 4,663 4,411 4,373

16年 17年 18年 19年 20年 21年 22年 23年 24年 25年(平成)

出所:警察庁

14 メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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テム(BSW:ブラインド・スポット・ワーニン

グ)」などの「運転支援システム」がある。

 こうした運転支援システムは、事故が起こり

そうになったときに作動するものだが、同時に、

事故が起こるような状況になるのを未然に防ぐ

対策も求められる。55〜59歳の労働者は、20〜

24歳の労働者に比べて、平衡機能、聴力、薄明

順応(明るいところから暗いところに入ったと

きに、周囲の明るさに順応する能力)などの機

能が半分以下に低下するほか、視力、運動調節

能力なども6割程度に低下する。

 このため、事故を未然に防ぐには、こうした

能力の低下をクルマが補うような機能が必要に

なる。例えば、若年層に対して著しく低下する

薄明順応能力の低下に対しては、明るいヘッド

ライトや、暗いところで素早く歩行者や障害物

を発見するのに役立つナイトビジョン(赤外線

カメラを使った暗視装置)の装備などが進むだ

ろう。

 こうしたクルマの知能化の行き着く先とし

て、運転支援技術の先にあるのが「自動運転技

術」である。自動運転技術はまず高速道路で同

一車線上を走り続けるなど、限定された条件で

実用化され、次第に一般道路でも走行できるよ

うに範囲が拡大していくだろう。当面は、運転

操作が実用化されても人間が監視する必要が

あるが、2030年以降には人間の監視が必要な

い完全な無人運転が実用化されると見られる。

 完全自動運転が実現すれば、自動車産業のみ

ならず、社会全体に大きなインパクトを与える。

その変化については、16章の「自動車産業と社

会の変化」で詳しく解説する。

【変化2】過疎化による公共交通・生活インフラ

の劣化

 もう一つ、第1章「先進国の本格的老衰 成

熟がもたらす新市場」がクルマに大きな影響を

もたらす変化として、過疎化による公共交通・

生活インフラの劣化がある。今後、少子高齢化

に伴う人口減少は、全国で均一に起こるわけで

はない。これまでも三大都市圏への人口集中の

傾向はあったが、今後もこの傾向は継続する。

図11-1-3 高齢者の事故原因高齢者では、運転操作が不適切だった場合が、高齢者以外の2倍以上を占める。

高齢者

その他42.9%

運転操作不適15.8%

運転操作不適7.5%

漫然運転14.7%

安全不確認10.1%

脇見運転9.0%

一時不停止7.5%

その他40.1%

漫然運転18.6%

安全不確認9.5%

脇見運転16.2%

歩行者妨害等8.1%

高齢者以外

出所:政府広報オンライン(http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201306/1.html)

11

自動車・エネルギーで大変化が起こる四つの分野

15メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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2005年時点でほぼ半々だった、三大都市圏と、

それ以外の地域の人口の比率は、2020年には

三大都市圏51.9%に対して三大都市圏以外の地

域は48.1%、2050年には56.7%に対して43.3%

へと、徐々に差が開いていくと予測されている

(図11-1-4)。

 特に人口減少が深刻なのは過疎化地域であ

る。過疎化地域の人口は、2005年には約289万

人だったが、2010年には約263万人に減少し、

2020年には約224万人に、2030年には約184万

人へと、2005年に比べて2/3以下に減少する見

通しである。長期的には、2050年に約114万人

と、2005年の約4割になると予測されている。

このように人口が減少すると、公共交通の廃止、

あるいは運転本数の減少につながるため、非常

に使い勝手が悪くなる。

 このような過疎化地域では、過疎化と同時に

高齢化が進行するため、問題は一層深刻になる。

というのは、こうした公共交通の劣化に伴って、

自動車が重要な交通手段になるが、先に指摘

したように高齢者は運動能力が低下している

ため、運転に不安を覚えているものの、生活の

ために仕方なくハンドルを握っている場合も多

い。また、外出するために、子供や孫の手を煩

わせるのに気が引けて、外出を控えがちになっ

てしまう高齢者もいる。

 こうした過疎化による公共交通劣化も、第12

章で解説する「クルマの知能化」を後押しする。

【変化1】でも挙げた「運転支援技術」や、その先

にある「自動運転技術」は運転の不安な高齢者

の認知・判断・操作のミスを防ぐ役割を果たす。

また【変化5】の項で詳しく説明するが、人間の

図11-1-4 都市への人口集中の予測2050年には、3大都市圏に住む人の比率が6割に達するとみられる。

60.0

55.0

50.0

45.0

40.0

35.0

30.0

25.0

20.0

1970

1975

1980

1985

1990

1995

2000

2005

2010

2015

2020

2025

2030

2035

2040

2045

2050(%)

(年)

50.2

(49.8)

27.0

56.7

三大都市圏

東京圏

三大都市圏以外の地域

(43.3)

32.5

推計値

出所:国土交通省国土審議会政策部会長期展望委員会「国土の長期展望」中間とりまとめ

16 メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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運転手を必要としない完全な自動運転が実現す

れば、利便性が高く利用料金の安い「無人タク

シー」が実用化し、こうした過疎地の交通手段と

して救世主的な役割を担うことになるだろう。

 もう一つ、こうした過疎化の問題で対応が必

要なのが、燃料補給インフラの問題である。全

国の過疎地でガソリンスタンド(SS=サービス

ステーション)が消えつつある。低燃費車の普

及などでガソリン需要が減っているうえに、収

益悪化で給油所を維持するのが難しくなった

ことが背景にある。老朽タンクの改修を2013年

1月末までに義務付ける規制も追い打ちをかけ

た。例えば北海道オホーツク総合振興局管内に

ある津別町。716km2と道内屈指の面積に、給

油所は2カ所だけしかない。町の中心部まで片

道30分かけて給油に行く住民もいる。津別町

のように市町村内の給油所が3カ所以下の自治

体を経済産業省資源エネルギー庁は「SS過疎

地」と呼び、2011年3月時点で全国に238市町村

(13.8%)ある。このうち北海道には52町村あり、

全国一だ。

 全国的に見ても1994年に約6万カ所あった全

国のSSは、2011年度には3万8000カ所以下へと

4割近く減少した。SSの減り方は、必ずしも地

方のほうが激しいわけではなく、例えば東京都

では、1996年に2765カ所あったSSは、2011年に

は1385カ所とほぼ半減しており、全国平均以上

の減り方を示しているが、元々の数が多いため、

現状では過疎というような状況にまでは至って

いない。しかし今後都市部でも、燃料の補給に

不便な場所が出てくることも考えられる。

 【変化7】で解説するが、これからもエネルギー

の価格上昇は続き、CO2削減要求も厳しくなる。

こうした社会的背景から、クルマの燃費向上は

今後も進み、向こう10〜15年でクルマの平均燃

費は1.5〜2倍に向上するだろう。そして2030年

以降に「完全自動運転」が実現すれば、クルマ

の主流はEV(電気自動車)に移行する公算が

強い。こうした燃費の向上やEVへの移行が、

SS過疎の問題を緩和するだろう。

【変化3】クルマの「情報爆発」

 第7章「リアルとバーチャルの相互運動」がも

たらす変化が「クルマの情報爆発」である。人

体を含むあらゆるものの「スマート化」が進み、

都市を構成するすべての要素はインターネット

に接続され、バーチャルの世界と現実の世界が

融合するようになる。この過程で、クルマも膨

大な情報を受信・発信する情報端末になる。こ

の情報爆発が、【変化1】で示したような社会の

高齢化と同時進行で起こるのが、これからの社

会の特徴である。つまり、個人の情報認識能力・

情報処理能力が低下していく中で、社会を流通

する情報量がますます増えるという矛盾した状

況が進んでいく。

 こうした変化を背景として、15章の「クルマ

のネットワーク化」で詳しく解説するように、ク

ルマのHMI(ヒューマン・マシン・インタフェー

ス)は大きく変わる。クルマの世界では、すで

に外界の風景に、現在の速度や進路を示す矢

印を重ねて表示するHUD(ヘッドアップディス

プレイ)が実用化されている。今後は、現実の

世界の「モノ」が表示されると、それに関する

「情報」がタグとして表示されるように、こうし

た機能は進化していく。

 それと同時に、車両からフェイスブックやツ

イッターといったSNS(ソーシャル・ネットワー

ク・サービス)にアクセスしたい、あるいは、ク

ルマで移動中に撮影した動画を友人たちと共

有したい、というようにクルマから発信する情

11

自動車・エネルギーで大変化が起こる四つの分野

17メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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報も増えていく。

 したがって、膨大な情報を、高齢化した運転

者や乗員に提供するために、表示の大型化や、

視線移動の少ないHUDのほか、音声、ジェス

チャー、視線などによって車両の機能が制御で

きる、運転者の安全運転を邪魔しないHMIの

搭載が進むだろう。

【変化4】新興国の台頭とグローバル化への対応

 第2章「新興国の成長ラッシュ 日本企業躍

進の起爆剤」、第3章「成長ラッシュの穽、早す

ぎる成長がもたらす負の現象」、第4章「市場の

巨大化、国家機能にもおよぶその影響」の三つ

の章のメガトレンドがもたらす変化は、一言で

いえばクルマの世界市場の中心が、先進国から

新興国へと移ることである。この章の冒頭でも

触れたように、2014年現在、すでに世界の自動

車販売に占める新興国の比率は半分を超えて

いるが、2024年には2/3を占めるようになると

予測されている。

 2024年にかけて、特に伸びが大きいと見込

まれる市場は、中国、インド、インドネシアの3

カ国である。2012年に約4500万台だった新興

国の自動車販売台数は2024年には8000万台以

上に拡大すると予想されているが、増加分の

73%をこの3カ国が占めると予測されている。

この3カ国の増加分は、合計で2600万台に上り、

その規模は2012年の米国、日本、ドイツの自動

車販売台数の合計を上回る。

 ただし、これらの国の1人あたりGDPは2020

年においても、それぞれ約1万4000ドル、約

5100ドル、約5700ドル(日本経済団体連合会21

世紀政策研究所「グローバルJAPAN― 2050年

シミュレーションと総合戦略 ―」の予測)と、同

じ時期の日本の約3万4000ドルに対して1/7〜

半分以下と予測されている。これらの市場でも

競争力のあるクルマを製造するために、第13章

「新興国への市場シフトとクルマの作り方革新」

で詳しく解説するように、クルマの「モジュー

ル化」による車両の低コスト化が進む。

 これまで日本の完成車メーカー、部品メー

カー各社は、新興国で要求される低コスト化に

対応するため、以下のような方策を進めてきた。

(1) 生産拠点の現地化

(2) 部品・資材調達の現地化

(3) 現地の生産拠点や現地で手に入る部品・資

材に合わせた設計変更

(4) 現地に設けた研究開発拠点における現地の

志向に合わせた製品開発

 こうした努力が今後も継続していくことは

間違いないが、今後はこれに加えて、クルマの

作り方そのものに「安く作れる仕組み」を組み

込むようになる。クルマのモジュール化は、多

様な製品を、いかに少ないバリエーションのモ

ジュールの組み合わせによって実現するかを追

求する手法であり、各企業の知恵が試される。

 こうしたモジュール化の考え方を進めてい

くと、徹底して変えない「固定部分」と、多用な

ニーズにこたえるための「可変部分」に車両の

構造を分離した構造に行き着く。可変部分につ

いては第三者企業や、場合によっては個人を巻

き込みながら、車両のカスタマイズに参加して

もらう「カスタマイズの容易なオープンプラット

フォーム」へと発展しそうだ。アプリの追加や

カバーの装着でスマートフォンを自分好みにア

レンジするような動きが、クルマにも波及する

ことになる。

18 メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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【変化5】価値観の「所有から利用へ」への移行

 第5章「消費が美徳だった時代の終焉、サス

テナブルな価値観の台頭」がもたらす変化が

「所有から利用へ」という価値観である。これは、

第8章「会社も働き方も変わる、一所一生懸命

からオンデマンド機能提供型へ」にも関連する

が、モノでも人でも、一つのところに固定して

おくのではなく、必要に応じてオンデマンドに

利用するほうが、資源を効率的に活用できると

いう考え方が広がっている。

 自動車においても、所有にこだわらず、必要

なときだけ利用できればいいと考える消費者が

増え、交通エコロジー・モビリティ財団による

と2014年1月でカーシェアの会員は全国で46万

5280人と、2010年からの4年間で約29倍になっ

ている。

 こうした消費者の志向を加速しそうなのが、

【課題1】【課題2】でも触れた「自動運転」の実用

化である。もし人間の運転手を必要としない完

全な自動運転技術が実用化すれば、利便性が

高く、利用料金の低い「無人タクシー」が登場

するだろう。無人タクシーは、好きなところに

呼び出せる、好きなところで乗り捨てできる、

状況に応じて車種を選べるなど、自家用車より

も利便性が高く、しかも自家用車よりも低コス

トで利用できるようになると考えられる。

 そうなれば、自家用車を手放し、専ら無人タ

クシーを利用する人が増えるだろう。まさにク

ルマの世界でも「所有から利用へ」という動き

が雪崩のように進むことになる。自動車産業は、

大きな構造変化を迫られるだろう。この問題に

ついては16章「自動車産業と社会の変化」で詳

しく考えていく。

【変化6】価値観の「ハードからサービス、ソフトへ」

への移行

 第2章「新興国の成長ラッシュ 日本企業

躍進の起爆剤」に関連するもう一つの変化が

「ハードからサービス、ソフトへ」への移行であ

る。このテーマは第6章「ポスト工業化社会の実

像 人の心を算出する機能の商用化」にも強く

関連している。

 第2章では、ハイテク商品への参入障壁が下

がり、コスト面で日本が新興国に太刀打ちでき

なくなる一方で、これからの有望な輸出産業と

してインフラ産業を挙げた。インフラ産業は、

単なるハードウエアだけではなく、「運用ノウハ

ウ」や「コンセプト」、さらには「ファッション」

「ブランド」といったソフトまでを含めた総合的

な「パッケージサービス」といえる。実際、日本

の貿易収支で赤字基調が定着する中で、所得

収支とサービス収支は拡大しており、モノで稼

ぐ時代から、投資やサービスで稼ぐ時代へと移

行しているのだ。

 こうした「ハードからサービス・ソフトへ」と

いう流れは、ポスト工業化社会の必然でもある。

ハードの付加価値が次第に減少し、価値は製品

そのものから、その製品上で動作するソフトや

アプリケーション、製品を使用するための消耗

品や保守・運用サービスへと移っていく。また

付加価値を生むプロセスも、製造から、開発や

品質保証、マーケティングへと移っていく。

 この意味で、今後はますます「ブランド」の

重要性が増す。従来、ブランドの価値は、ほと

んど製品の価値と等しかった。しかし現在のブ

ランドの価値は製品だけでなく、販売店、広告、

アフターサービス、口コミなど、消費者がその

ブランドに接するあらゆる接点(タッチポイン

ト)における経験(エクスペリエンス)の総体だ

11

自動車・エネルギーで大変化が起こる四つの分野

19メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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と考えられている。 

 今後、自動車産業においても新興国が台頭す

る中で日本メーカーが差別化を図っていくため

には、製品の機能・性能を向上させることはも

ちろん、あらゆるタッチポイントで一貫したブ

ランド価値を消費者に訴求していくことが極め

て重要になる。このブランド価値の問題につい

ては、13章の「新興国への市場シフトとクルマ

の作り方革新」で、詳しく解説する。

 サービス化とは「顧客情報を得ること、そし

て、その情報を編集して価値に変えること」だ

と考えれば、その行き着く先として、製品を売

るのではなく、顧客情報を得るために製品をタ

ダで配る、という従来とは手段と目的が逆転し

た姿すら考えられる。前項でも説明した無人タ

クシーは、まさにこの「ハードからソフト・サー

ビスへ」という動きを象徴するものだといえる。

 無人タクシーでは、付加価値の多くが、クル

マというハードではなく、無人タクシーを運用

するネットワーク運営会社に移るだろう。それ

は、無人タクシーを利用するユーザーの移動履

歴そのものが価値の高い顧客情報であり、また

無人タクシーそのものが「ユーザーを連れてき

てくれるネット端末」だからだ。ユーザーの移

動履歴を得るために、あるいはユーザーを連れ

てきてもらうために、無人タクシー料金を無料

にするようなサービスも登場するだろう。

 また、無人タクシーは車両単体で成立するも

のではなく、それを運用するネットワークまで

含めた「次世代モビリティ・インフラ」とでも呼

ぶべきものだ。この技術を早期に「確立すれば、

「インフラ・パッケージ・サービス」として新興

国向けの戦略商品に仕立てることができるだろ

う。

【変化7】世界的なエネルギー価格の上昇と超省

エネ化

 第5章「消費が美徳だった時代の終焉、サス

テナブルな価値観の台頭」というメガトレンド

の背景にあるのが、エネルギー価格の上昇であ

る。世界のエネルギー事情のこれからを見通す

と、2040年までに世界のGDP(国内総生産)は

2010年の2.3倍程度に成長するのに対して、世

界のエネルギー需要は1.35〜1.5倍程度にとど

まると予測されている。ただしそれでも、エネ

ルギー需要が大幅に増えることには変わりはな

く、エネルギー価格も継続して上昇すると見ら

れる。

 再生可能エネルギーの供給は急速に拡大す

るものの、それでも全体に占める比率は限定的

であり、また原子力発電所も新興国では増設が

進むものの、先進国での発電量はほぼ横ばいで

推移することから、依然として化石エネルギー

が世界のエネルギー供給の主役であり続ける。

ただし、その内訳は、石油が最も多い比率を占

めることに変わりはないものの、その比率は下

がり、またずっと2番目の地位を占めてきた石

炭は、天然ガスにその座を譲る。

 天然ガスの供給が今後拡大するのは二つの

理由による。一つは天然ガスが同じ熱量あたり

の比較で石油や石炭よりもCO2の発生量が少

ないこと、そして二つめがシェールガスなどの

非在来型資源の供給拡大で、価格が下がったこ

とだ。

 それでも2040年までを見通すと、エネルギー

価格は上昇を続け、石油の名目価格は2012年

から2040年にかけて9割以上上昇すると見込ま

れている。世界的にエネルギーの需要が増大し

続けるのに加え、資源の採掘コストも上昇する

と予測されているからだ。したがって、CO2抑

20 メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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制の観点からも、燃料コストの節約という観点

からも、燃費向上努力は今後も重要な技術課題

であり続ける。

 これまでも世界の完成車メーカーは、各国で

強化が進む燃費規制に対応するため、燃費の

向上を進めてきた。この結果日本で新車の平均

燃費(JC08モード)は、2000年の12km/Lから、

2011年には17.8km/Lへと、11年間に約48%も

向上している。しかし、クルマの燃費向上はこ

れで終わることなく、今後10〜15年のうちにク

ルマの平均燃費は現在の2倍以上になるだろう。

 日本では現在、平均燃費13.6km/Lという

2010年度の燃費規制が実施されており、2015

年度には規制値が17.0km/Lに、さらに2020年

度には20.3km/Lへと強化が進む。2020年の時

点で最も厳しい規制を導入する欧州では、CO2

排出量換算で、95g/kmという厳しい燃費規制

が実施される予定だ。この95g/kmという数字

は、ガソリン車の燃費換算で24.3km/Lとなり、

日本の2020年度燃費基準よりも厳しくなってい

る。

 しかも、欧州では環境保護団体のEuropean

Federation for Transport and Environment

が、2025年に60g/kmに低減する規制を提案し

ており、もしこれが正式な基準として採用され

れば、クルマ1台から排出されるCO2の量は、日

本の2015年規制(車両単体で130g/km)の半分

以下になる。これだけの厳しい規制を達成する

ためには、14章「世界のエネルギー事情の変化

とクルマのパワートレーン革新」で紹介するよ

うな、パワートレーンの革新が必要になる。

 日本で普及しているハイブリッド車(HEV)

は、世界的に見れば当面少数派にとどまり、

2020年ごろまではエンジンの改良が燃費向上

技術の中心だろう。しかし、2020年代の中頃に

は、ほとんどのクルマが簡易な電池やモーター

を装備するようになりそうだ。さらに2030年以

降に普及すると見込まれる無人タクシーでは、

ランニングコストの低さから、EVが主流になる

と予想される。

【変化8】人の気持ちを推定する技術の進化

 第6章「ポスト工業化社会の実像 人の心を

算出する機能の商用化」がもたらす変化は、人

の気持ちを推定する技術の進化である。第6章

ではマーケティングの新手法として「ニューロ

マーケティング」について紹介した。これは、脳

内の血流を赤外線で測定したり、MRI(核磁気

共鳴画像法)や PET(ポジトロン断層法)など

各種の医療機器を使って、脳が考えている内容

を直接読み取ろうというアプローチである。

 同様に第7章「リアルとバーチャルの相互連

動 脳から都市までスマート化」でも、脳を含

む人体の各部にセンサーを貼り付けて様々な情

報を収集してネットワーク上に蓄積し、ビッグ

データ処理することで、ビジネスに活用しよう

とするメガトレンドを解説した。

 こうした、人間の生体情報を自動車分野で活

用する方法としては、二つの方向がある。一つ

が「ハードからサービス・ソフトへ」のところで

も述べたように、マーケティングに活用する方

法である。この方法が実用化されれば、その商

品が「好きか嫌いか」「関心があるかないか」と

いう 情報を脳から直接得ることができるよう

になる。

 商品購入のプロセスは、「AIDMA(Attention:

注意、Interest:関心、Desire:欲求、 Memory:

記憶、Action:行動)」や 「AISAS(Attention:

注意、Interest:関心、Search:検索、Action:

行動・購入、Share:商品評価をネット上で共

11

自動車・エネルギーで大変化が起こる四つの分野

21メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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有)」といわれるが、こうした各プロセスで、消

費者の脳の反応を直接調べることで、人の気持

ちに合ったマーケティング手法の開発につなげ

ることができる。こうしたマーケティング手法

は、第13章「新興国への市場シフトとクルマの

作り方革新」で解説する「ブランド価値の再構

築」で活用されるようになるだろう。

 もう一つの方向は、商品開発そのものにこう

した脳の反応を生かすことである。現在でも、

クルマの使いやすさの評価に筋電図を活用す

るなどの例はあるが、基本は、試作したクルマ

を想定ユーザーに使ってもらってその様子を観

察したり、使ってみた感想を聞き取り調査した

りして、使いやすさや心地よさなどを評価する

手法が主流である。しかし今後は、脳を含む生

体情報を活用して、直接ユーザーの評価を測定

する手法の活用が広がりそうだ。

 こうした生体情報は、「安全性の向上」や「運

転負荷の軽減」に活用されるほか、15章「ク

ルマのネットワーク化」で取り上げる「次世代

ヒューマン・マシン・インタフェース」「次世代

インフォテインメント」の開発にも使われるだ

ろう。

【変化9】製品の長寿命化、保守性・補修性の

向上

 第5章「消費が美徳だった時代の終焉、サス

テナブルな価値観の台頭」では資源の有効活用

という観点から、また第6章「ポスト工業化社会

の実像 人の心を算出する機能の商用化」では

産業の発展段階としての「ハードからサービス

へ」という動きから、いずれも今後「所有から

利用へ」という動きが活発化するというメガト

レンドが導き出された。

 一つのハードを長く使い続けてもらうこと

は、サステナブルという観点からいえば、資源

の有効活用につながるし、「ハードからサービス

へ」という観点からいえば、そのハード向けの

消耗部品や補修部品、アプリケーションなどを

購入し続けてもらうことにつながり、自社のビ

ジネスを継続することができる。

 さらに「所有から利用へ」という観点からい

えば、クルマの主流が個人所有から、ここまで

触れてきた無人タクシーに移行すると、所有す

るのは個人ではなく企業になる。企業が所有す

る資産は、稼働率が利益率に直結するため、故

障が少なく、また修理が必要な場合でも短時間

で終了することが必須条件になる。つまり、い

ずれの場合でも、「製品の長寿命化、保守性・補

修性の向上」が今後重要になると考えられる。

 こうした製品の長寿命化、保守性・補修性の

向上というメガトレンドがクルマにもたらす変

化には二つの側面があると考えられる。一つは、

クルマが当初から持っている機能をそのまま維

持し、使い続けることができるという側面であ

る。これは、これまでのクルマでもずっと追求

されてきたことであり、日本車は故障が少ない

ことでは世界でも最高水準にあるので、特段新

しい努力が求められるものではない。

 もう一つは、機能や性能を常に最新に保つと

いう側面である。パソコンやスマートフォンが、

OSをバージョンアップしたり、アプリケーショ

ンソフト(アプリ)を追加することで、常に機能

をリニューアルし、最新の状態に保つことがで

きるようなことが、今後クルマでも進んでいく

だろう。例えば、ダイハツ工業が2014年6月19

日に発売した軽スポーツカー「コペン」は、ドア

以外のボディパネルを樹脂製とし、交換可能と

することで、外観をユーザーが変更できるよう

にしたのが大きな特徴だ。「所有しているあい

22 メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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だ、カバーを交換することで気軽に“モデルチェ

ンジ”して、ずっと楽しめるようにすること」(同

社)を狙った。

 このようにカスタマイズしやすい構造は、個

人所有のクルマはもちろんのこと、無人タクシー

の時代になってクルマの所有が法人に変わっ

てもメリットがある。無人タクシーの運営業者

にとって、利用者に自社のクルマを選んでもら

えるかどうかは死活問題となる。必死で利用者

のニーズを汲み取り、それを車両のカスタマイ

ズに反映しようとするはずだ。他社と同じ品揃

えでは、利用料金の安さを競う消耗戦に陥りや

すいからである。独自のカスタマイズによって、

他社にない、魅力的な車両を用意できれば、明

確な差異化ができる。

 また、車両の魅力が低下してきた場合でも、

パーツの交換によって車両をリニューアルでき

れば、利用者に対して新しい魅力をアピールす

ることができる。こうしたパーツの供給は、自

社だけで手がけるのではなく、技術情報を第三

者に開放することで、外部からのパーツ供給を

促し、商品の魅力向上につなげることができる。

 これは、アプリを充実させることがスマート

フォンの魅力を増すことにつながるのと同じ

だ。このように、単に長く使い続けるための「長

寿命化、保守性・補修性の向上」を超えて、常

に新しい魅力を保ち続けるためには、第13章

「新興国への市場シフトとクルマの作り方革新」

で解説するような、カスタマイズ可能な「オー

プン・モジュール・プラットフォーム」を車体構

造に採用し、そのプラットフォーム向けに部品

を供給しやすい「生態系」を構築することが求

められるようになるだろう。

【変化10】脳研究の進展

 第9章「超人化する人類、生態と進化の人工

操作への挑戦」から導き出されるメガトレンド

がクルマに影響を与える経路は二つあると考

えられる。一つは脳機能の機械による代替、そ

してもう一つが、身体機能の機械による代替で

ある。

 このうち、脳機能の機械による代替では脳研

究のモビリティ応用が進むだろう。詳しくは第

12章「クルマの知能化」で説明するが、安全性

や運転負荷の軽減を追求していくと、目指す究

極の姿は完全自動運転である。自動運転を実現

するうえでは、センサーで周囲の状況を認識し、

コンピュータで危険かどうかを判断し、もし危

険だと判断すればブレーキやハンドルを操作し

て危険を回避することになる。

 このうち、すでに周囲を認識するためのセン

サーの技術や、ブレーキやハンドルを操作する

ためのアクチュエータの技術は十分実用レベル

に達しており、最後の課題となっているのが、

頭脳にあたるマイコンの性能向上である。 

 特に、自動運転の実用化初期には、通常の人

間が運転するクルマと混在することになること

から、周囲のクルマがどう動くかを予測しなが

ら、自車両の動きを決めるという難しい判断を

迫られる。通常のコンピュータプログラムのア

ルゴリズムでは、制御対象を微分方程式などで

記述する。しかし、人間の運転するクルマの挙

動や歩行者の挙動は方程式にするのが難しい

ため、従来の技術では対応できなかった。

 これに対する一つの解決方法は、クラウド

の活用である。ネットワークを通じてクラウド

上のスーパーコンピューターにアクセスするこ

とで、強力なコンピューティングパワーを手軽

に利用できるようになった。このスーパーコン

11

自動車・エネルギーで大変化が起こる四つの分野

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ピューターに、機械学習により、歩行者や、人間

が運転する周囲の車両の挙動を予測させよう

というのだ。1台のクルマが収集するデータだ

けでなく、多くの車両に同時に学習させて、そ

のデータをネットワークを通じて集めることで、

短時間のうちに多くの経験を学習することが可

能になる。

 このような、いわば力任せのやり方に対し

て、もう一つのアプローチは脳の情報処理を真

似ようというものだ。典型的なのは第9章でも

紹介した東京大学の神崎亮平教授のグループ

の研究だ。昆虫は、極めて小さい脳を使って非

常に高度な動作を実現している。その仕組みを

解明することで、少ないリソースを有効に活用

した明らかにできれば幅広い用途を見込める。

神崎教授のグループは、危険を避ける昆虫の動

作アルゴリズムを調べ、ロボットの衝突回避な

どへの応用を狙っている。 同グループは、また、

スーパーコンピュータ「京」上でカイコガの脳を

シミュレーションする研究にも取り組んでおり、

その成果を人間の脳の理解に生かそうとして

いる。

 同様に、脳の情報処理をコンピュータ上で再

現しようという試みとして「ニューロコンピュー

ティング」がある。これは、脳の神経網である

「ニューロン」を模した構造の半導体「ニューロ

チップ」を用いたコンピュータで、同時並行的に

様々な処理を実行できるのが特徴だ。ニューロ

ンによる情報処理を応用し、人間がアルゴリズ

ムを設計しなくても大量の画像を読み込ませる

だけで、コンピュータが自ら、人間や道路の白

線などを認識できるようになる「ディープラー

ニング」という手法も注目されている。こうした、

クルマの知能化を支える「人工知能」の今後に

ついては15章「クルマのネットワーク化」で解

説する。

【変化11】人間をアシストするモビリティの普及

 第9章「超人化する人類、生態と進化の人工

操作への挑戦」から導き出されるもう一つのト

レンドは、12章「クルマの知能化」の中で詳しく

解説する「人間をアシストするモビリティ」であ

る。いわば、機械による身体機能の代替である。

 従来のクルマは、主に健康な人が、より遠く

へ、より便利に移動するための道具として発展

してきたが、少子高齢化が進行する日本では、

足腰の弱った高齢者が移動するための新たな

モビリティへのニーズが増していく。それに対

応した「アシストロボット」や「ロボットスーツ」

などの商品化が進みそうだ。

 アシストロボットの代表が、第9章でも紹介し

たアシストロボット開発ベンチャーのサイバー

ダインが開発した「HAL」である。HALはすで

に欧州で、脊髄損傷や脳卒中を含む脳神経筋疾

患に対する機能改善治療用に使われている。こ

うした医療用だけでなく、介護の現場などで働

く作業者の腰の負担を減らすタイプや、立ち座

りや歩行に不自由を感じる人の動作を補助する

福祉用などを開発中で、今後様々な用途への拡

大を狙っている。

 こうしたアシストロボットが発展すると、健

常者用の新たなモビリティの実現につながる可

能性がある。

24 メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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 12章以降では、これら11の変化がもたらすク

ルマの分野でのメガトレンドを四つの分野に分

けて解説していく。その四つとは「クルマの知

能化」(第12章)、「新興国への市場シフトとクル

マの作り方革新」(第13章)、「世界のエネルギー

事情の変化とクルマのパワートレーン革新」(第

14章)、「クルマのネットワーク化」(第15章)で

ある。そして最後の第16章で、こうした四つの

分野の変化がもたらす「自動車産業と社会の変

化」について考えていく。これらのメガトレンド

の方向性を考えるうえで考慮すべきなのは、第

1章でも示した技術のライフサイクルである(図

11-2-1)。

 典型的な「機械技術」の塊だった自動車は、

HEVやEVの登場によって、現在左下の、「電

気」「電子」の方向へ、さらにはその先の「情報

化」「サービス化」が急速に進んでいるのはここ

までに説明してきた通りだ。

 通信機能を装備するのは当たり前になり、ク

ルマは「走る情報端末」へと変貌しつつある。

環境性能を向上させたエンジンやモーターな

どのパワートレーンを精密に制御するのはソフ

トウエアであり、またIVI(車載情報機器:In

-Vehicle Infotainment)などの車載機器を機能

させるのもまたソフトウエアである。1台のクル

マに搭載されるソフトウエアの規模は、2000年

の約100万行から、2010年には、車種によって

は1000万行と、約10倍になった。この増大ペー

スは今後も続き、2020年には1億行以上に達す

ると見られている。

 また最近のエンジンでは、開発工数の6割以

上が、制御用ソフトウエアの開発に割かれてい

2. クルマに大変化をもたらす四つの分野

図11-2-1 技術のライフサイクルクルマは、機械技術の塊だったのが、左下の電気、電子、情報、そしてサービス化へと急速に進んでいる(図0-15の再掲)。

付加価値の道具(メカトロ)

駆動系光熱系蓄発電送受信視聴覚系

センサーアナログメモリーロジック

新たな機能が発見される領域

練られた度合い

土木建築

萌芽期

基本性能

成長期

多機能信頼性

成熟期

コスト・納期サービス

ライフサイクル差別化価値

スマートシティ化

新たな現象が発見される領域

人間宇宙に肉薄

石化機械

電気

電子

情報

ソフト

サービスバイオ

モノ~空間の電装・知能化

人周辺の電装・アシスト化

出所:川口盛之助氏作成

11

自動車・エネルギーで大変化が起こる四つの分野

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るともいわれる。つまり、クルマは事実上、ソフ

トウエアの塊になりつつある。この流れの延長

線上にあるのが「クルマの知能化」である。

自動車産業の定義を変える「知能化」

 クルマの知能化は、今後20年の間に自動車産

業、そして社会に最も大きなインパクトを与え

るメガトレンドといえる。現在のクルマでは、自

動ブレーキや駐車支援システム、車線維持支援

システムといった「運転支援システム」の普及

が進んでいる。この延長線上には、人の操作を

必要としない「自動運転技術」の実用化が控え

ている。限定的な自動運転技術は2016〜2017

年ごろから実用化が始まると見られており、高

速道路や主要な幹線道路に限定すれば、ほぼ

人間の操作を不要にした自動運転技術の実用

化が2020年ごろから始まりそうだ。さらに2025

年ごろには、その範囲が一般道路にも広がるだ

ろう。しかしこの段階では、人間の操作はほと

んど不要でありながらも、運転の責任は人間が

負っている。

 真の変化は、2030年ごろから実用化が始ま

ると見られる、人間を必要としない自動運転技

術、いわば「完全自動運転」の実用化によって

起こる。完全自動運転の実用化は、自動車産業

のみならず、社会全体に革命的な影響をもたら

すと考えられる。その技術の詳細は第12章で、

また社会の変化については第16章で取り上げ

るが、一方で、完全自動運転の実用化には、技

術的な課題だけでなく、法的な課題、社会的な

課題が山積しており、相当な困難が伴うと見ら

れる。

 それでも、この技術の実現は交通事故の激減

や渋滞の減少だけでなく、【変化1】や【変化2】

で触れたように、現在日本が直面している少子

高齢化や過疎化といった問題の解決に大きく

貢献するだけに社会的ニーズは高い。

 完全自動運転が実現すれば、【変化5】【変化

6】で触れたように、クルマの主流は自家用車か

ら“無人タクシー”となる公算が強い。この時代

には「自動車メーカー」の定義も変わる。自動車

メーカーは、単にクルマを生産するだけでなく、

無人運転車両を使ったサービスを設計・提供す

る「サービス・プロバイダー」へと変化する。こ

うした「サービス化」は、先ほど示した技術のラ

イフサイクルの進化の方向でもある。

クルマづくりは「ユーザー体験づくり」へ

 これまで日本の完成車メーカーは、ともすれ

ば「いいクルマを作る」ことだけに目が向きが

ちだった。しかし無人運転の時代を待たず、今

後の自動車産業はクルマづくりを、車両という

ハードウエアだけでなく、それに関連する「ユー

ザー体験」のすべてであると再定義するように

なる。

 クルマそのものだけでなく、販売店、アフター

サービス、広告、ウエブサイト、報道記事など、

ユーザーが接するあらゆる「タッチポイント」に

おいて「ユーザー体験を再設計する」という視

点で事業プロセスを見直すようになるだろう。

こうした、トータルなユーザー体験の再設計が

必要になるのは、今後自動車産業のグローバル

競争がますます厳しくなり、新興国メーカーと

いかに差異化するかが重要な課題になるから

だ。分かりやすくいえば、ブランド力の向上と

いうことになるが、日本ではブランドというと、

これまで広告戦略に矮小化されがちだった。

 しかし、実際のブランド力は、製品や広告だ

けでなく、ユーザーとのタッチポイントすべて

において、ユーザーがどのような体験をするか

26 メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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によって決まっていく。もちろんその中で商品

力が最も重要であることに疑いはないが、今後

はそれ以外の部分の重要性が増していく。それ

は、先ほど図11-2-1で示した技術のライフサ

イクルにおける「サービス化」への流れに沿っ

たものだ。

 こうした、自動車産業の「サービス化」と並行

して、クルマのハードウエアそのものに対する

コスト削減圧力はますます強くなっていく。そ

れは、世界の自動車市場に占める新興国の比率

が高まり、車両コストも新興国に見合う水準に

引き下げる必要があるからだ。同時に、国によっ

て異なる市場ニーズに対応するため、車種のバ

リエーションは増加させる必要がある。この矛

盾する課題に対応するため、自動車メーカー各

社は車体構造のモジュール化を徹底し、部品種

類を絞り込みながら、商品バリエーションを拡

大する開発・生産体制を構築するようになる。

 車体構造のモジュール化の目的は、コスト削

減だけではない。今後先進国においても、商品

に対するニーズは多様化し、所有するクルマを

自分仕様にしたいという「パーソナル化」「カス

タマイズ化」のニーズが高まっていく。同時に、

サステナビリティへの関心が高まる結果、一つ

の商品を、愛着を持って長く使う風潮が高まる。

車体の構造をモジュール化し、車体の構成部品

を部分的に交換できるようにすることで、パー

ソナル化に対応するだけでなく、車両購入後の

パーツ交換により、新鮮な気持ちで愛車を所有

し続けることができるようになる。

 クルマの構造のモジュール化は、クルマに使

用する素材の革新も促していく。後に説明す

るように、構造のモジュール化によって樹脂や

CFRP(炭素繊維強化樹脂)を部分的に使用し

やすくなる一方で、省エネルギー化ニーズの高

まりから、車体の軽量化もこれまで以上に進む。

したがって、車体への樹脂やCFRPの使用比率

はこれまで以上に増加する。樹脂の使用比率が

高まることや、パーソナル化への対応で、樹脂

部品を3Dプリンタで製造する場面も増えそう

だ。

エンジンの効率が大幅に向上

 新興国の経済成長は今後も進み、世界の人口

も増加し続ける一方で、世界で生産できる資源

の量はこれに見合うほどは増加しない。このた

め、エネルギー・資源価格は【変化7】で触れた

ように、今後も上昇を続ける。同時に、地球温

暖化を抑制するために、CO2の排出量規制も強

化される。これに対応して、燃費の向上は今後

も続く。ただし、2025年ごろまでは、世界的に

はエンジン車が主流で、HEVを含む電動車両

は1割以下にとどまると見られている。

 したがって、今後10年程度は、燃費向上技術

の中心はエンジンの改良だと考えられる。現在、

自動車用エンジンの最高効率は38%程度だが、

2025年には50%に達するエンジンが実現しそ

うだ。ただ、エンジン単体でそれ以上の効率を

実現するのは難しく、2030年を超えると世界的

にもHEVやEVの比率が急速に増加し、2040

年にはHEVとEVで4割近くに達すると見込ま

れている。このころには電池コストが下がり、

エンジン車との価格差が縮まると見られること

も普及を後押しする。

 また、12章で詳しく解説するように2030年以

降に自動運転技術による“無人タクシー”が実用

化されれば、ランニングコストの低さが評価さ

れ、この予測以上に電動車両が増加する可能性

がある。

 一方で、世界のエネルギー供給で存在感を増

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自動車・エネルギーで大変化が起こる四つの分野

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す天然ガスは、今後発電用などでは大幅な拡大

が見込まれているものの、自動車用途ではそれ

ほど拡大しないだろう。燃料補給インフラの不

足、高圧タンクが大きく車両レイアウトが難し

いこと、通常のガソリン車よりも価格が6000ド

ル程度高いことなどが要因として挙げられる。

 燃料電池車(FCV)も、普及は限定的なもの

にとどまるだろう。車両価格が高いうえに、燃

料の供給インフラの普及が進まないこと、燃料

の水素が高いことなどが原因だ。ポストEV、究

極のエコカーなどと呼ばれることも多いFCV

だが、普及が進まないうちにEVの性能が向上

し、少数派で終わる可能性が高い。

クルマにもクラウドサービスが浸透

 クルマもネットワークに接続することが当た

り前になり、車載情報システムは、カー・ナビ

ゲーション・システム(カーナビ)やオーディオ

など、従来の専用システムから、いわば車載ス

マートフォンのようなシステムに変貌する。ス

マートフォンと同様に、アプリをダウンロードす

ることによって機能を様々に拡張することが可

能で、カーナビやオーディオといった既存の機

能はもちろんのこと、SNS、検索サービス、メー

ル、天気情報など、様々なサービスがアプリに

よって実現するようになる。

 こうした次世代車載機器の機能自体はスマー

トフォンとほぼ同様だが、例えばカーナビの地

図情報は、最適な変速比を選ぶなど、走行系の

制御にも利用されるため、セキュリティ機能は

大幅に強化される。また、運転中に操作するこ

とを考慮して、ディスプレイを大型化する、ア

イコンを大きくして操作しやすくする、画面に

表示する情報の量を制限するなど、車載用とし

ての配慮を盛り込んだものになる。

 このため操作のほとんどは、ステアリングか

ら手を離さずに済むように、音声によって実行

するようになるだろう。すでにスマートフォン

では、例えば「iPhone」に搭載されている音声

認識ソフト「Siri」などのように、音声情報の解

析をクラウド上で実行することによって、認識

精度を飛躍的に高めたサービスが実用化して

いる。こうした技術を車載情報システムにも応

用することにより、認識精度の高い音声認識を

実現できるようになる。

 カーナビの目的地設定や、メールの操作・音

声による文章入力、オーディオでの曲目選択な

ど、様々な操作が音声によって可能になる。逆に、

メールの文面や、SNSの書き込みをシステムが

読み上げてくれるなど、運転者に情報を伝える

手段としても音声の重要性が増すだろう。

 音声以外では、ジェスチャーによる入力が

考えられるほか、視覚による情報伝達では、風

景の中に速度情報や進路情報を違和感なく重

ねて表示することにより、視線移動を減らす

HUDの搭載が増加するだろう。

28 メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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 こうした、クルマの世界での進化の方向を、

本書の序章で示したソーシャルグラフ的に表す

と図11-3-1のようになる。左上が統治したい

という勝利への欲求、左下が心を充足したいと

いう安寧を求める欲求、右上が楽をしたいとい

う省力化の欲求、そして右下が長生きしたいと

いう健康への欲求という、人間の四つの根源的

な欲求を示したものである。

 この中で、前節の四つの分野を位置付けると、

クルマの知能化は、省力化と健康という二つの

欲求を満たす技術といえる。このうち、省力化

のゴールは人間の代替物を作ることであり、自

動運転は、クルマの世界における究極の省力化

ということになる。

 自動運転車は、見かけはクルマの形をしてい

るが、その中身は人間の指図によって動作する

ロボットだといえる。人間の指図によって自動

的に目的地へ走るだけでなく、利用者の利用履

歴をクラウド上に蓄積することで、利用者の行

動を先読みするようになるだろう。

 例えばある曜日のある時間帯にはどんな行動

をするかというパターンを解析し、利用者が呼

ぶ前から利用者のところにやってきて、利用者

が目的地を告げる前から、目的地に向かって走

り始めるようになるかもしれない。つまり、そ

の目指すところは「人間に何もさせない」こと

であり、人間が指図しなくても、人間の行動か

ら欲求を読み取れるようになることだ。

 これに対して、同じクルマの知能化でも、ア

シストロボットは「人間の機能を補強・拡張す

3. 四つの分野のソーシャルグラフ的位置付け

図11-3-1 四つの重要技術分野のソーシャルグラフ的位置付け

無生物

ネットワーク

勝利

ソフト ハード

生物

クルマのパワートレーン

革新

クルマのつくりかた革新

ビッグデータ

統治したい

安寧心の充足

省力楽をしたい

健康長生きしたい

つながりたい

クルマの知能化

自動運転

アシストロボット

出所:川口盛之助氏のソーシャルグラフを基に筆者が作成

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自動車・エネルギーで大変化が起こる四つの分野

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るもの」と位置づけられる。自動車メーカー各

社は、人間の移動・行動を広く「モビリティ」と

捉え、それをサポートするロボットをアシスト

ロボットと位置づけて開発に取り組んでいる。

人間の身体機能の一部をアシストロボットが代

替することで、たとえ体に不自由な部分が出て

きても、健康的な生活を長く続けたいという、

図11-3-1の右下の欲求を満たすことができる。

 体が不自由になった人だけでなく、介護者の

動作を補助するアシストロボットも盛んに開発

されているが、この場合には身体と一体となっ

て、しかも介護者自身の力を増幅して動くこと

が求められる。「人間が何も関与しない」ことが

自動運転の究極の目標であるのに対して、アシ

ストロボットは「まるで自分の身体のように人

間の能力を増幅すること」が理想であり、同じ

ロボット化でも、180度異なる方向を向いた技

術開発であることが分かる。

 アシストロボットの技術が発展していくと、

介護の現場だけでなく、健康な人の身体の強化

という方向でも多くの場面で使われるようにな

るだろう。健康な人が、歩くよりも早く移動する、

工事現場や引っ越しの現場で重いものを持ち

上げる、あるいは工場で身体の負担の大きい作

業を楽にこなす、といった用途で使われる場面

も出てくるだろう。場合によっては、遠く離れ

た場所で作業をするための、遠隔操作ロボット

として使われる場面も出てくるかもしれない。

「つながりたい」と「統治したい」

 このように、クルマの知能化という技術開発

には「楽をしたい」と「思いのままに操りたい」

という対極的な二つの方向が含まれている。こ

れと同じように「ネットワーク化」という技術開

発の方向にも「心の安寧を得るためにつながり

たい」という欲求と「すべてを制御し、統治した

い」という対極的な二つの方向が含まれている。

 「つながりたい」という欲求を満たすための

代表的なネットワークの活用法は、先に述べ

たようにフェイスブックやツイッターといった

SNSを、クルマの中で安全に使うというものだ

ろう。クルマの中でSNSを使うことが当たり前

になれば、やがてクルマ専用のSNSも登場す

るだろう。自分の移動している位置を絶えず友

だちに知らせたり、別のクルマを運転中の複数

の友人と話をしながらドライブしたり、自分の

クルマに搭載されたカメラの映像を友人と共有

するなど、クルマならではの機能を盛り込んだ

SNSが普及するはずだ。

 「すべてを制御し、統治したい」という欲求は、

クルマを利用する人というよりも、クルマに関

連したビジネスを展開する立場からの欲求とい

えるだろう。クルマに通信機能を搭載すること

が当たり前になり、クルマの走行履歴や目的地

情報などがクラウド上に蓄積されていくと、こ

うしたデータはビジネスを展開していくうえで

宝の山となる。インターネット上での検索履歴

や、ウエブサイトの訪問履歴とは比べものにな

らない価値を持つようになるだろう。

 なぜなら、例えばあるレストランに行った、

あるいはあるテーマパークを訪れた、というリ

アルな世界での情報は、単にインターネット上

で検索したとか、ホームページを訪問したとい

う履歴よりも、はるかに強い興味をその対象に

抱いていることを示しているからだ。それはす

なわち、より購買行動・利用行動に結びつきや

すいことを示している。

 また、こうした行動履歴をビッグデータ解析

していくことにより、まだ訪問していない場所、

利用していないサービスについても、高い確度

30 メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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で購買行動・利用行動を予測することができる。

 ただ、同時にこうした行動履歴は極めてプラ

イベートな情報であり、収集されることに抵抗

を感じる利用者も多いはずだ。したがって、こ

うした情報を収集するには、利用者に情報を提

供してもいいと思わせるメリットを感じさせる

必要がある。利用するサービスを割引したり、

場合によっては無料にするなどの方策が必要

だろう。こうした利用者情報の収集を目的とし

て、車載情報端末を無料で配ったり、通信料を

無料にしたり、さらには“無料の無人タクシー”

といったサービスが登場する可能性もある。

ハード技術も社会的影響は免れられない

 「クルマのつくりかた革新」と「クルマのパ

ワートレーン革新」は、図11-3-1では中央上の

「統治したい」という欲求と、「楽をしたい」とい

う欲求の間に位置する。

 本書の序章図0-10で見たように、統治した

いという欲求は「社会の原理」、楽をしたいと

いう欲求は「モノの原理」を表している。これか

らのクルマづくりはハードウエア中心の開発か

ら、ユーザー体験をいかに設計するかという方

向に変えていく必要があることは先に触れた

通りだ。そこで設計すべきユーザーにとっての

「価値」は、当然のことながら時代的背景を反映

したものとなる。したがって、ユーザーにとっ

ての価値創造は、技術的な課題であるとともに、

社会的な影響を受けることは免れられない。

 同時に、「パワートレーン革新」も純粋な技術

的課題であるように見えて、今後どのようなエ

ネルギーを使っていくかということは、それぞ

れの国において極めて政治的・戦略的な課題

であり、技術はそれぞれの国の状況に合わせて

使っていくしかない。世界全体のパワートレー

ンの趨勢としては、2020年ごろまではエンジン

の改良が中心と考えられ、それ以降は燃費規制

の強化に対応して、電動化が徐々に進んでいく

と考えられるが、どのような燃料が中心となる

かは、地域による違いが、現在よりも大きくな

るだろう。

11

自動車・エネルギーで大変化が起こる四つの分野

31メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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 これからの20年で最大の変化はクルマの知

能化である。クルマは、道路、標識、道路標示、

他の車両や自転車、歩行者など周囲の物体を認

識し、自ら危険を避けながら、交通法規を守っ

て走行する存在に進化する。11章で触れたよう

に、2020年ごろには、高速道路や一部の道路で

自動走行が可能な技術が実用化されるととも

に、遠隔監視による無人バスの運行、私有地な

どでの無人運行システムや自動バレーパーキン

グの実用化などが実用化し、2025年以降には

一部の高速道路や公道で、完全自動運転が実用

化しているだろう。そして2030年以降には、一

般道路での完全自動運転が実用化する。

 すでに、周囲の物体を検知するための「目」

や「耳」にあたるレーダーやセンサーを搭載す

る車両は広く実用化しているが、今後最も大

きく進化するのは、「頭脳」にあたるコンピュー

タだ。このコンピュータで大きな技術革新が起

こっていることが、自動運転が現実的になって

きた背景の一つだ。その技術革新とは、人工知

能の急速な発達だ。この人工知能の進化は、ク

ルマの世界に限らず、今後の産業・社会を革命

的に変えていく可能性がある。

学習で進化する人工知能

 人間に近い知性を持つ人工知能の開発は、こ

れまでにも何度か試みられてきた。1980年代

には、人間の専門家の知識をルール化してコン

ピュータに実行させようという、いわゆる「エキ

スパートシステム」を開発する試みが盛んだっ

た。しかし、実際の世の中は多様さと例外に満

ちており、こうしたアプローチでは適用できる

範囲が非常に狭いことが分かり、「ブーム」は急

速に収束した。

 これに対して、現在の人工知能は、機械学

習とディープラーニングという技術がベースと

なっており、より幅広い用途に適用できる可能

性がある。機械学習の威力を示した最近の代表

的な例が、将棋・囲碁ソフトの進化と、米IBM

社の人工知能コンピュータ「Watson」、そして

米グーグル社の画像認識技術である。

 すでにチェスの世界では1997年5月に、当時

のチェスの世界チャンピオンを、米IBM社の

スーパーコンピュータ「ディープ・ブルー」が

破っている。しかし将棋は、相手から奪った駒

を自分の駒として使えるなどルールが複雑で、

コンピュータが人間に勝つのは当分先のことと

考えられてきた。

 さらに2016年3月には、米グーグル社参加の

人工知能開発会社である英グーグル・ディープ

マインド社の囲碁ソフト「アルファ碁」が、世界

で最も強い棋士の一人である韓国の李セドル

九段と対戦し、アルファ碁が4勝1敗で勝利し

た。将棋よりもさらに複雑な囲碁で人工知能が

勝ったことは、世界に大きな衝撃を与えた。

 もう一つの例である米IBM社の「Watson」

は機械学習を使った人工知能で、同社の米

Thomas・J・Watson研究所が4年の歳月をか

けて開発したものだ。2011年に、米国の人気ク

イズ番組「ジョパディ!」で人間のクイズ王に勝

利したことで一躍有名になった。同システムは、

大量の文献を読み込み、内容を理解することで、

質問の答えを自動作成する機能を備える。

 一方のディープラーニングの代表的な例とし

総論

12

クルマの知能化

35メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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1. 自動ブレーキの搭載は当たり前に

 2020年ごろまでに、軽自動車を含めて、AEB

はほとんどの車種で標準装備になるだろう。ま

た、普及価格帯の車種でも、AEBとセンサーを

共用できるACCやLDW、LKSといった機能が、

ほとんどの新車に搭載されるようになる。

 第11章で触れたように日本における交通事

故死者の数は、1970年の1万6765人をピークに、

2013年には4373人と、1/4近くに減っている。

一方で、交通事故で亡くなる人に占める65歳以

上の高齢者の数が約半数を占めるまでになり、

こうした高齢者の事故をいかに減らすかが大

きな課題になっている。高齢者の死亡事故は、

約半数が歩行中に、約1/4が自動車の運転中に、

残りの1/4は自転車やバイクの乗車中に発生し

ている。

 こうした高齢者の歩行中の死亡では、横断歩

道以外の場所の横断や走行車両の直前・直後

の横断、横断歩道での信号無視など、事故原因

のほとんどが高齢者自身による交通ルール違

反となっている。しかし、こうした交通ルール

違反の内容をよく見てみると、違反といっても、

横断歩道を渡れると思って歩き始めたけれど

も、途中で信号が赤に変わってしまったり、道

路を横断するときに、1台のクルマに気をとら

れて別の方向から来たクルマに轢かれてしまっ

た、などといった、運動能力・判断力の衰えに

起因するものが少なくない。

 もっとも、高齢者の死亡事故だけでなく、交

通事故全体の原因を見ると、その9割は人間の

認知ミス、操作ミスから生じているというデー

タもある。こう考えてくると、これ以上交通事

故の死者数を減らすためには、事故が起こって

からの対策だけでは不十分で、いかに人間の

認知ミス、判断ミスを補って、事故を予防する

かを考えなければならないことが分かる。今後

ADASが普及するのはこうした社会的な背景

図12-1-1 2003年に世界で最初に自動ブレーキ(プリクラッシュ・セーフティ・システム)を実用化したホンダ「インスパイア」

写真提供:ホンダ

12

クルマの知能化

41メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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 日本の完成車メーカーのクルマづくりは、い

ま大きな岐路に立っている。その要因の一つは、

生産国としても市場としても、新興国が急速に

台頭してきていることである。これまで日本の

クルマは、高い耐久信頼性と優れた燃費性能

を武器に、世界で販売台数を伸ばしてきた。こ

の結果、世界で生産・販売される自動車のほぼ

1/3を日本の完成車メーカー(合弁会社含む)の

クルマが占めるまでになった。

 しかし向こう10年で、世界の自動車市場の中

心は新興国に移る。そうなると、これまでの成

功方程式は通用しない。これまでの先進国中心

の市場では、共通のグローバルモデルを世界で

展開すればよかった。しかし新興国中心の市場

では、仕向け地ごとに好まれるクルマは異なる。

日本メーカーは、日本車としての価値を訴求し

つつ、仕向け地ごとに多様な商品を用意し、し

かも新興国で受け入れられるコストを実現する

必要がある。

 新興国の現地ブランドと差別化することを

狙って、日本メーカーはブランド価値を維持す

るための一貫した戦略を展開しつつ、新興国に

受け入れられるためのコスト削減の手段とし

て、モジュール化を一層進めるだろう。さらに、

これからも強化される燃費規制に対応するため

に、車体の材料を樹脂やCFRP(炭素繊維強化

樹脂)に置き換える「材料革新」も進展する(図

13-1)。

欧州・中国で弱い日本車

 世界の地域別に見てみると、日本車が強い地

域と弱い地域ははっきり色分けされる。日本国

内と北米地域、そして東南アジア地域では強い

競争力を保っているが、欧州市場での存在感は

まだ低く、世界最大の自動車市場となった中国

でも、ドイツ・フォルクスワーゲングループ、米

GM社、韓国現代自動車の後塵を拝しているの

が現状である。

 クルマの実用性を重んじる米国と異なり、欧

州ではブランドやデザイン、技術の先進性など

総論

出所:筆者作成

図13-1 市場の新興国シフトと完成車メーカーの課題

先進国中心のマーケット

市場の新興国シフトと完成車メーカーの課題

世界共通のグローバルモデル

を展開

新興国中心のマーケット

仕向地ごとに多様な車種を展開

全世界で一貫したブランド戦略

モジュール化と

材料革新

リーズナブルな価格、高い品質・耐久性、良好な燃費という日本車共通の価値

ブランド価値の明確化と市場との一貫したコミュニケーション

仕向地ごとに適した多車種の多様化と低コスト化を両立

日本車の美点はそのままに、ブランドごとの個性・価値を訴求する必要性

13

新興国への市場シフトとクルマの作り方革新

153メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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出所:日本エネルギー経済研究所「アジア/世界エネルギーアウトルック 2013」、2013年10月

図14-1 2040年までの世界の実質GDP成長と一次エネルギー需要の予測

 新興国の成長に伴って、今後も世界のエネ

ルギー需要は増加を続ける。米Exxon Mobil社

と日本エネルギー経済研究所(IEEJ)は、とも

に2040年までの長期エネルギー予測を、また

英The Economist Intelligence Unit(EIU)は

2020年までのエネルギー需給の予測を発表し

ているが、これらの予測によれば、今後も化石

燃料が世界のエネルギー供給の中心であるこ

とに変わらない。需要の増加に伴って、エネル

ギー価格は上昇を続けるものの、シェールガス、

シェールオイルなどの供給が今後増えると見込

まれることもあり、エネルギー需要の増加に供

給が追いつかず、エネルギー価格が急騰するこ

とはなさそうだ。

世界のエネルギー消費は1.35〜1.5倍に

 本レポートの序章で示したとおり、世界の人

口は現在の約70億人から、2040年には約90億

人に増加すると予測されている。また世界の実

質GDPはIEEJ、Exxon社の両者とも2010年か

ら2040年にかけて約2.3倍になると予測してい

る(図14-1)。

 予測のベースとなる米ドルのレートとして、

IEEJのレファレンスケースでは2010年、Exxon

社の予測では2005年のものを使っているた

め絶対額が異なるのだが、IEEJの予測では

2011年の65兆ドルから2040年は150兆ドルに、

Exxon社の予測では2010年の51兆ドルから

2040年には117兆ドルに拡大する。

 異なるのは、この間の世界のエネルギー消費

の伸びの予測である。これも、IEEJとExxon社

総論

Mtoe25,000

20,000

15,000

10,000

5,000

0

1990 2000 2020 20302011 2040

150

19,642

17,517

15,216

13,113

0

40

80

120

160

兆ドル(2010)200

(年)

一次エネルギー消費

実質GDP

65

88

118

14

世界のエネルギー事情の変化とクルマのパワートレーン革新

203メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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出所:筆者作成

クラウドサービスプロバイダー

スマートテレビ

PC

タブレット

地図情報、最適経路情報、音声認識情報、リアルワールドのタグ情報、SNS、電話、

ネットラジオ、テレビ、動画…

車両

ADASのセンサーパワートレーンのセンサーブレーキセンサーエアコンのセンサー…

車載情報端末

HMI

車載ディスプレイHUD

ジェスチャー入力カメラ、マイク…

HMI : ヒューマン・マシン・インタフェースHUD : ヘッド・アップ・ディスプレイ

位置情報、目的地情報、車両ステータス(速度、制動状態、バッテリー残量…)、

運転者の状態(瞼の動き、顔の向き…)…

車両の情報

車両を制御するための情報

運転者への情報

運転者からの情報

Wifi スマートフォン 通信モジュール

SNS : ソーシャル・ネットワーキング・サービス

ADAS : 先進ドライバー支援システム

図15-1 これからの車載情報端末の姿近未来の車載情報端末(車載端末)はクラウドに接続することが前提になる。動画、音楽の配信サービスをスマートフォン、タブレット、スマートテレビなどと同様に利用できるのはもちろん、個人がクラウド上に保存した動画、音楽、ドキュメントなどを、運転の妨げにならないHMI(ヒューマン・マシン・インタフェース)で運転者に提供する。車載端末は、外部から情報を取り込むハブになるだけでなく、車両のセンサーから取り込んだ位置や速度などの情報をクラウドに上げるためのハブにもなる。

 これからのクルマは、ネットワークに接続す

ることが当たり前になる。ここで、ネットワーク

に接続する意味は二つある。一つは、車両やク

ルマに乗っている人が、外部から情報を得るた

めである。車両は地図情報や渋滞情報など、ス

ムーズな走行に必要な情報を収集する一方で、

乗員は音楽や動画、各種のアプリを利用する

ための情報をネットワークを介して手に入れる

(図15-1)。

 そしてもう一つの目的は、クルマからネット

ワークを介して情報を集めるためである。クル

マがいまどんな位置にいてどこに向かっている

のかという情報を収集し、交通流の制御や渋滞

防止に役立てる。多くのクルマが止まっていれ

ば、通行止めや事故、災害の発生などをいち早

く検知できる。将来的に自動運転の時代になれ

ば、様々な走行状況をネットワークを通じて収

集し、機械学習に活用することで、自動運転ア

ルゴリズムの進化に活用できる。万一事故が発

生した場合も、その原因を突き止めるための情

報を収集するとともに、事故が起こった状況か

らも学習して、同じような事故が起こらないよ

うに役立てることができる。

 さらに今後、ウエアラブル端末が普及し、心

拍数や血圧など、健康情報を収集するようにな

れば、走行状況と乗員の身体の情報を照らし合

総論

15

クルマのネットワーク化

255メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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出所:筆者作成

図16-1 これからのクルマの変化と産業・社会の変化

 自動車産業にとって、これからの15〜20年間

は、その先の「断層」ともいうべき大きな変化を

乗り切るための準備期間と位置づけることがで

きる。その「断層」とは、第12章でその内容を詳

解してきた「完全自動運転」の実現である。完

全自動運転が普及すれば、自動車産業はまさに

その「定義」の変更を迫られるほどの変化を強

いられる。そしてまた、そのインパクトは社会

にも広く及ぶ。この章では、2030年以降に予想

されるその変化を予測し、そのためにどう備え

るべきかについて考える。

完全自動運転は「必然」

 今後10年程度を見通したハードウエアとして

のクルマの最も変化は、第13章〜第15章で説

明してきたように、ますますエンジン効率が向

上し、超省エネ化が進むこと、高速ネットワー

クに接続され、運転支援システムの普及と相

まって、車内での時間の過ごし方が大きく変わ

ること、車体の軽量化とカスタマイズ化・プラッ

トフォームのオープン化が進み、車体の材料と

して樹脂やCFRPが多く使われるようになる

ことだろう。しかし、この時期に起こる変化は、

2030年以降に起こる変化に比べればそれほど

大きいとはいえない(図16-1)。

 完全自動運転が実用化する時期を、第12章で

は2030年以降と予測したが、この時期を正確に

予測するのは難しい。純粋に技術的な問題では

総論

産業・社会の変化

クルマの変化

~2020年 2020年~2030年 2030年以降

ほとんど人間の操作が不要な自動化

完全な自動化が実用化

CFRPを多用樹脂化、Al化が進展

主に鋼製

高速道路、幹線道路など限定された条件での自動化

クルマの主流がEVに

電動化が進む世界的にはエンジン主体

自動車関連産業の変化「物流」「タクシー」「保険」「駐車場」

ビジネスが激変

素材産業「電池」「CFRP」「樹脂」の

重要性が増す

自動車産業の生態系ソフト、ハードの両面で

オープン化へ

自動車産業の姿「無人タクシー」を運用する巨大な

ネットワーク企業へ

クルマの使われ方「無人タクシー」が主流に

パワートレーン

車体構造

クルマの知能化クルマの知能化クルマの知能化

パワートレーン パワートレーン

車体構造 車体構造

自動車産業と社会の変化

297メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

16

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出所:経済産業省「2013年版ものづくり白書」

図16-4-1 日本の貿易収支内訳の推移日本は2011年に31年ぶりに貿易赤字に転落し、その後、黒字を回復できていない。

 こうした激動の時代に、日本の自動車産業と

その周辺産業はどのように対応していくべきな

のだろうか。コンピュータの世界で、メインフ

レームの時代の覇者だった米IBM社が、パソコ

ンの時代の到来とともに米マイクロソフト社に

その座を譲ったように、そしてそのマイクロソ

フト社も、インターネット時代にはグーグル社

やアップル社に主役の座を奪われたように、あ

る時代の覇者が次の時代の覇者になることは

容易ではない。

 もし、自動車の世界で同じことがいえるなら、

現在世界に冠たる地位を築いている日本の自

動車産業は、極めて危うい状況にあるといえる。

しかし、日本にとって自動車は、重要な産業で

ある。経済産業省の「2013年版ものづくり白書」

は第1部・第1章の第1節「我が国経済を支えて

きたものづくり産業の揺らぎ」で、これまで日

本の貿易黒字を支えてきた「輸送用機器」「電気

機器」「一般機械」の三本柱のうち、「電気機器」

の中核であるあるエレクトロニクス産業の競争

力が低下し、貿易黒字を稼ぐ力か衰えつつある

ことを指摘している(図16-4-1)。

自動車産業への依存度が高まる

 2012年の「電気機器」の黒字額は3.0兆円と、

2007年の約6割の水準に留まっていて、特に「テ

レビ」「携帯電話機」の2品目だけで、2012年は

1兆円を超える貿易赤字を計上した(図16-4-

2)。

 電気・電子機器の「稼ぐ力」の衰えで、貿易

4. 日本企業の進むべき道

326 メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.

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 ヘンリー・フォードが「T型フォード」の量産

を開始してから100年余りが経った。その間ク

ルマは、より快適な、より便利な、より安全な、

そして、より信頼性の高い乗り物として発達し

てきた。しかしその進化は、ハードウエアとし

ての進化にとどまっていた。

 それに対して、今後20年間にクルマに起こる

変化は、過去100年にクルマに起こった進化よ

りも格段に大きなものになるだろう。それは、

繰り返しになるが、クルマの知能化によって完

全自動運転が実用化するからだ。

 筆者はこれを、真のIT(情報技術)革命が起

こるのだと考えている。P.F.ドラッカーによれば、

イノベーションは、そのきっかけとなった技術が

実用化されるのと同時に起こるのではなく、そ

れから50年、場合によっては100年経ってから起

こるという。例えば産業革命のきっかけとなった

ジェームズ・ワットの蒸気機関が初めて産業用

として綿紡績に使われたのは1785年だが、その

影響は当初、限定されたものだった。

 「(前略)産業革命が、実際に最初の50年間に

したことは産業革命以前から存在していた製品

の生産の機械化だけだった。確かに、生産量を

大幅に増やし、生産コストを大幅に下げた。大

衆消費者と大衆消費財を生み出した。だが製品

そのものは産業革命以前から存在していた。製

品そのものは、以前のものよりも品質のばらつ

きがなくなり、欠陥が少なくなっただけだった」

(17-1)

 

 しかし、蒸気機関が綿紡績に使われてから44

年後の1829年に「まったくの新製品として鉄道

が現われ、世界の経済と社会と政治を一変させ

た」(17-2)とドラッカーは指摘する。鉄道の発

明は輸送の効率を大幅に向上させたのみなら

ず、人々の地理的な概念を全く変えてしまった。

 鉄道が発明されるまで、国という概念を一般

の人々は理解していなかった。当時の人々が理

解できるのは、せいぜい自分たちの住んでいる

街や村くらいだったのである。国という概念は、

彼らにとってあまりにも広すぎて、実感が湧か

なかった。しかし、鉄道の出現により、一般の

人々も高速に移動できるようになり、初めて自

分の「国」という概念を理解できるようになっ

たという。ここに至って蒸気機関は、単に人々

の利便性を向上させただけでなく、人々の価値

観の転換をもたらした。

IT革命はまだ変化をもたらしていない

 同様のことは、それ以前にも起こった。1455

年にグーテンベルクが印刷機と活字を発明した

あとも、50年ほどはそれまで修道士が筆写して

いた宗教書や古文書が印刷に置き換えられた

に過ぎなかった。それらの文書が入手しやすく、

かつ安くなったというところにとどまっていた

のである。ところが、グーテンベルクの発明の

60年後に、ルターのドイツ語聖書が非常に低コ

ストで現われ、数十万部が印刷されたことが、

その後のプロテスタンティズムへの道を開いた

とドラッカーは指摘する。

 自動運転は、こうした過去の革命に匹敵する

影響を、社会に与える可能性がある。大げさに

いえば、我々もいま新しい革命を目撃しつつあ

終章 新しい自動車社会が始まる

341メガトレンド 2017-2026 [自動車・エネルギー編] ©2016 Tsuruhara Yoshiro, All Rights Reserved.