半導体結晶の光学的評価:~光学スペクトルから結...
TRANSCRIPT
1
半導体結晶の光学的評価:~光学スペクトルから結晶を観る~
中山 正昭
大阪市立大学大学院工学研究科 電子情報系専攻(応用物理学講座)
〒558-8585 大阪市住吉区杉本3-3-138
(Tel & Fax) 06-6605-2739 (email) [email protected]
(概要) 簡便で非破壊なプローブである光によって半導体結晶を評価することは、電子状態[バンド構造
と励起子(励起された電子・正孔のクーロン束縛状態)]と格子振動(フォノン)を光学スペクトルとして観測
することに帰結する。電子状態の評価については、熱的攪乱を防ぐために極低温での測定が必須であり、
極低温では励起子が光学(反射、吸収、発光)スペクトルの主体となる。その励起子光学応答について、
電磁波論的光物性(誘電関数応答)と光学遷移の量子論を理論的な基礎として、評価の観点から、多様
な実験データを示し(GaN と ZnO の結晶薄膜試料が主対象)、何故、励起子光学応答が高感度に観測さ
れるか、そして、そのスペクトルをどのように解釈するかについて述べる。例えば、光学スペクトルがブロ
ードな場合、誰もが結晶性が悪いと評価するが、それが何故かということには、ある程度の光物性の理論
的概念(欠陥や不純物の存在によって光学遷移における波数ベクトル(運動量保存則)が破綻すること、
格子歪みによるバンドギャップエネルギーの局所的不均一性)が重要であることを説明する。発光特性に
関しては、発光効率と熱的消光という結晶性と密接に関連する現象について速度論的な解説を行い、励
起子発光と発光励起スペクトルの関係、さらには、高密度励起条件での発光特性(励起子分子と電子・正
孔プラズマ)の概略について述べる。フォノン特性からの結晶評価については、フォノンによる光の非弾性
散乱によって生じるラマン散乱スペクトルの観点から、ラマン散乱機構の概略、ラマン選択則と結晶面方
位との関連、ならびに、ヘテロ接合系での格子歪みの評価について述べる。
1.はじめに
光の反射、吸収、散乱、発光という現象は、我々が日常的に目にしているものであるが、物
性的な観点に立つと、それらは光と物質との相互作用(光物性)を反映した現象と言える。し
たがって、光という簡便で、かつ、非破壊なプローブを用いることによって、多様な光学スペ
クトルから結晶の特性を観ること、即ち、結晶の評価が可能となる。
結晶の特性は、大きく分けると、電子状態[バンド構造と励起子(励起された電子・正孔の
クーロン束縛状態)]と格子振動(フォノン)に分類できる。最も利用しやすい近紫外、可視、
近赤外領域の光をプローブとする場合、反射、吸収、発光のスペクトルからは電子状態を、ラ
マン散乱(光の非弾性散乱)からはフォノンを観ることができる。これらのスペクトルは、今
や誰でも簡単に測定できる装置が揃っている。
光学的評価の中核は、スペクトルが何を意味しているのかを理解することにある。そのため
には、何故、反射、吸収、発光、ラマン散乱が生じるのかという光物性の基礎が重要であり、
それが理解できれば、豊かな情報を光学スペクトルから得ることができる[1-4]。これらの光学
スペクトルの概略については、以下のように述べることができる。尚、詳細は後述する。
(1) 反射スペクトル:バンド構造、特に、励起子構造の状態密度特異点における光学遷移に対
して敏感に応答する。
(2) 吸収スペクトル:バンド構造・励起子構造の状態密度と光学遷移確率を反映した情報が得
られる。
2005年 11月 14日応用物理学会結晶工学分科会第 10回結晶工学セミナーテキスト
2
(3) 発光スペクトル:励起されたキャリア・励起子の最終的なエネルギー緩和状態から光が放
出される。したがって、高品位試料の場合は、励起子発光が主発光となる。また、不純物
や欠陥による局在電子状態に敏感である。励起強度が強い場合は、高密度励起条件特有の
励起子分子(励起子2量体)や電子・正孔プラズマ発光が観測される。
(4) ラマン散乱スペクトル:格子振動(フォノン)の状態が観測される。フォノンは結晶の対
象性を反映しているので、結晶性、結晶の面方位、格子歪みが評価できる。
光学スペクトルによる評価において、例えば、反射、吸収、発光のスペクトル幅が広い場合、
結晶性が悪いと誰もが簡単に解釈するが、「それは、何故なのか?」。そこには、結晶性の乱れ
(格子欠陥や転移、格子歪みの不均一性など)が、光学遷移の機構を変化させ(具体的には、
「運動量保存則:波数ベクトル選択則」の破綻)、そして、格子歪みによりバンドギャップ・
エネルギー(Eg)が不均一に変化するという物理現象が潜んでいる。以上のことは、ラマン散
乱においても類似した考察につながる。
本稿では、上記の評価の視点を、具体的なデータを示しながら、光物性の基礎的な理論を踏
まえて解説する。
2.励起子状態の基礎
反射、吸収、発光のスペクトルによる結晶の評価では、評価対象である電子状態の熱的攪乱
を防ぐために、極低温での測定が必須である。現在では、簡便なコンプレッサ型循環式 He ク
ライオスタットが広く普及しているので、取り扱いが面倒な液体 He を用いなくとも 4~10K
程度の極低温条件を容易に得ることができる。極低温での測定では、反射、吸収、発光のスペ
クトルにおいて、「励起子(exciton)の光学応答」が主体となる。本章では、励起子に関する基本
概念を説明する、
励起子とは、伝導バンドの電子と価電子バンドの正孔がクー
ロン引力によって束縛された準粒子であり、図1に、その空間
的な概念図を示している。励起子は、ワニエ(Wannier)型とフレ
ンケル(Frenkel)型の2種類に分類される。ワニエ型励起子は、
図1に示しているように、電子・正孔対が結晶空間の中で、あ
る程度の広がりを持っている状態であり[その広がりを有効ボ
ーア半径(Bohr radius)と呼ぶ]、水素原子型エネルギー系列
(Rydberg series)のエネルギー状態を有している。半導体の励
起子は、一般的にワニエ型である。フレンケル型励起子は、結
晶の単位胞の中に励起子が閉じ込められた状態であり、有機分
子結晶の励起子がその典型例である。以下では、ワニエ型励起子を対象に議論を進める。
励起子の有効質量 Schrödinger 方程式は、励起子包絡波動関数を F(R,r)とし(ここで R が励
起子の重心運動座標、rが電子-正孔間の相対運動座標)、重心有効質量を M=me+mh、換算有効
質量を=1/(1/me+1/mh)と定義して、クーロン相互作用を考慮すると以下の式で与えられる。
)()exp(1
),(),,(),(422 0
22
22
2
g rRKrRrRrRrR
i
NFFEF
r
e
ME
(1)
h
e
図1:電子と正孔が結晶空間
において広がりを持ってク
ーロン束縛しているワニエ
型励起子の概略図。
3
式(1)は、変数分離によって、下記の重心(並進)運動項[式(2)]と相対運動項[式(3)]に方
程式を分けることができる。
)()(2
22
RRR REM
, )exp(
1)( RKR i
N (2)
)()(42 0
22
2
rrr
rEr
e
, ),()()( mllnmln YrRr (3)
式(2)の解は単純で、次の重心運動エネルギー(励起子波数ベクトル K に関する励起子エネル
ギー分散:励起子バンド)を与える。
MER 2/22K (4)
一方、式(3)は、基本的には、陽子(+e)と電子(-e)がクーロン相互作用している水素原子の
Schrödinger 方程式(学部の量子力学で学ぶ)と類似である。尚、Rnl(r)が動径波動関数、Ylm(,)
が球面調和関数を意味している。励起子の固有状態は、水素原子と同様に、主量子数 nを基準
として、1s, 2s, 2p, 3s, 3p, 3d,---, ∞(連続状態)に記述できる。ここで、光(厳密には1光子)
と相互作用できるのは、波動関数の対称性から 1s, 2s, 3sという s 状態のみであることを知って
おく必要がある。したがって、以下では、s 状態に限って理論を展開する。
励起子束縛エネルギー(有効 Rydbergエネルギーとも呼ぶ:Ry*)と有効ボーア半径(aB*)は、
式(3)から以下のように導出できる(水素原子と類似した形式)。
)nm(053.04
,)eV(11
6.131
2)4(
1 0
2
02
*
B20
2222
4
20
*
m
ea
nmn
eRy
(5)
ここで、式(5)の 13.6 eVは水素原子 Rydbergエネルギー、0.053 nmは水素原子ボーア半径であ
る。以上のことから、最終的に励起子のエネルギー分散関係は、以下の式で与えられる。
M
Ryn
EEn2
1)(
22*
2g
KK
(6)
この励起子エネルギー状態の概略を示したのが図2(b)であり、比較のために、バンド間遷移に
関する概略を図2(a)に示している。図2(b)は、以下のことを意味している。
Photon
dispersion
図2:(a)バンド間遷移の概略図
(Eg がバンドギャップエネル
ギー)。
(b) 励起子状態のエネルギー構
造の概略図。Ry*が励起子束縛エ
ネルギーに相当し、励起子状態
は、主量子数 n=1,2,---, ∞(連
続状態)のエネルギー分散(励
起子バンド)を形成する。波線
は、光の分散関係を示しており、
光の分散と励起子分散の交差す
るところで光との相互作用が生
じる(光学スペクトルが現れ
る)。
4
(1) 励起子エネルギーは、バンドギャップエネルギー(Eg)よりも励起子束縛エネルギーだけ低
いエネルギー状態である。即ち、光学スペクトルの主役となる。
(2) n=∞の連続状態(水素原子ではイオン化状態に相当する)が電子・正孔の非束縛状態(自
由キャリア状態)に対応し、その下端エネルギーが Egに相当する。
(3) 波線で示した光の分散関係と励起子エネルギー分散の交わるところで、光と励起子の相互
作用(反射、吸収、発光)が生じる。尚、厳密には、光と励起子の混成状態である「励起
子ポラリトン(exciton polariton)」が形成されるが、それについては省略する。
したがって、励起子状態を考慮した半導体の吸収スペクトルは、概略的には図3のようになる。
図3では、完全結晶で、かつ、熱的攪乱が無いと仮定しており、この場合、励起子吸収は、励
起子分散と光分散の交点で生じるために、デルタ関数的離散スペクトルになり、連続状態(n=
∞)ではバンドの状態密度を反映して連続スペクトルとなる。吸収スペクトルの典型例として、
図4に高品位 GaAs結晶薄膜の 1.2 Kでの吸収スペクトル[5]を示している。
表1は、各種の半導体の励起子束縛エネルギー(n=1)と有効ボーア半径をまとめたもので
あり、近年、ワイドギャップ半導体として注目されている GaNや ZnOは、大きな励起子束縛
エネルギーを有している(言い換えると、励起子状態が安定)であることが分かる。
表1:いくつかの半導体の励起子束縛エネルギーと有効ボーア半径
半導体 束縛エネルギー
(meV)
ボーア半径
(nm) 半導体
束縛エネルギー
(meV)
ボーア半径
(nm)
GaSb 1.4 23 ZnSe 19 4.5
GaAs 4.3 13 CdS 28 2.7
GaN 28 3.2 ZnO 60 1.4
3.反射・吸収による光学応答
3-1.電磁波論的光物性と励起子誘電関数
Maxwell方程式に基づくと、物質中における光(電磁波)の伝播と特性は、光の振動数と波
数ベクトルをと k、真空中の光速を c、光に対する物質の誘電関数を(,k)とすると、原理的
図4:高品位 GaAs結晶薄膜の 1.2 Kでの
吸収スペクトル[5]。
図3:完全結晶で、かつ、熱的攪乱が無い場合
の理想的な励起子吸収スペクトル。Eg 以上のエ
ネルギーがバンド間吸収(連続状態)。
5
に次の方程式(ポラリトン方程式とも呼ぶ)に帰結する。
),(2
22
kk
c
(7)
式(7)から、電磁波としての光の物質中での伝播を決定する「一般化した波数ベクトル」は以下
のように記述できる。
)],(),([2
)],(),([),(~),(v
kkkkkkk
inin
cn
cc (8)
ここで、 ),(~),( k nk が複素屈折率、複素屈折率の実部 ),( kn が屈折率(refractive index)、
虚部 ),( k が消衰係数(extinction coefficient)、vが真空中の光の波長を意味する。式(8)の一般
化した波数ベクトルを波動式に代入すると、物質中の光波動の電場項は以下のように表現でき
る。
]),(2
exp[]),(2
[exp)](exp[vv
00 rkkrkkErkE
tniti (9)
式(9)の右辺の第1exp 項が光の振動と屈折という現象を表し、第2exp 項が光の減衰(吸収)
を意味している。光の強度は電場の2乗であるので、光吸収は最終的には次式で表される。
)exp()0()()(2
zIzEzI , v/),(4 k (10)
また、光の反射率は、結晶表面[真空(空気)/物質の界面]での電磁波の連続性を考慮す
ると、垂直入射の場合は、以下の式で与えられる。
)(]1)([
)(]1)([)(
22
22
n
nR (11)
尚、薄膜結晶の場合は、薄膜構造特有の干渉効果(Fabry-Perot 干渉)を考慮する必要があり、
フレネル公式に基づいた厳密な解析については、文献[6]に詳細が述べられている。
以上の物質の電磁波論から、光と物質の相互作用は、物質の誘電関数 (,k)によって決定さ
れることが理解できる。したがって、誘電関数の概念は、光物性の中核となるものであり、以
下ではその概略を述べる。
ここでは、簡単化のために、誘電関数の空間分散、即ち、波数ベクトル依存性を無視して議
論を進める。尚、励起子光学応答(励起子ポラリトン)を厳密に理解するためには、誘電関数
の空間分散が重要であり、その概念については文献[1]の6章を参照していただきたい。空間分
散を無視した誘電関数は、一つの光学的振動子に対して、一般に次式で与えられる。
nn
nbn
i
f
22
0
1)( (12)
ここで、bが物質の背景誘電率、が光の振動数、0nが光学遷移共鳴振動数(いわゆる共鳴遷
移エネルギー)、nがブロードニング因子(結晶性の乱れやフォノン散乱に依存する)、fnが振
動子強度(光学遷移確率に相当する)である。励起子光学応答を考える場合は、この誘電関数
に励起子遷移に関するパラメータを導入すれば良い。尚、複数の振動子を対象とする場合は、
6
)(n
n を考慮する。式(12)を実部と虚部に分解すると、以下のようになる。
)()()()(
)(1)( 2122222
022222
0
22
0
i
fi
fb
(13)
図5は、誘電関数の(a)実部1と(b)虚部2、及び、誘電関数から導出した(c)消衰係数と(d)屈
折率 n の振動数(エネルギー)依存性を示している。図5では、共鳴振動数0をTと表現し
ている。その意味は、誘電関数には必ず2つの振動数特異点があり、1が発散的になり2がピ
ークとなる特異点振動数が、励起子の場合には横型励起子振動数(フォノンの場合は横型光学
(TO)フォノン振動数)T と定義される。一方、=0 となる特異点振動数が縦型励起子振動
数(フォノンの場合は縦型光学(LO)フォノン振動数)とL定義される(T <L)。その差を L-T
分裂振動数(L-T 分裂エネルギー:LT)と呼ぶ。図5の(c)と(d)からも明らかなように、光学
定数である消衰係数と屈折率 n も、この L-T 分裂振動数領域で特異的な振る舞いを示す。し
たがって、このT とL の領域で励起子遷移に特徴的な光学スペクトル構造が出現することが
理解できる。また、ブロードニング因子の大きさによって、それらの光学応答は大きく変化
する。
3-2.励起子の反射・吸収スペクトル
以上の電磁波論的誘電関数応答の基礎を踏まえて、実際の光学スペクトルについて述べる。
図5:式(13)の誘電関数の(a)実部1 と(b)虚部2、及び、誘電関数から導出した
(c)消衰係数と(d)屈折率 nの振動数依存性。ここでは、共鳴振動数0をTと表
現している。また、ブロードニング因子の効果も示している(=0, 0.2LT)。
LTは L-T分裂エネルギーを意味している。
7
図6は、MOVPE法によって )0211( 面 Al2O3基板上に結晶成長された2種類の GaN薄膜(層厚
4 m)の 10K での反射スペクトルを示しており、励起子光学応答が明確に現れている。GaN
の結晶構造は(ZnO も同じ)、六方晶系ウルツ鉱型構造をしているために、結晶場とスピン軌
道相互作用によって、価電子バンドには A, B, Cの3種類の正孔バンドが分裂して存在する。
したがって、電子・正孔対である励起子も、価電子バンドに対応して3種類の A, B, C励起子
が存在する。尚、GaAs結晶のような立方晶系の場合、価電子バンドの点頂上で、2つのバン
ドが縮退しそれらを重い正孔(heavy hole)バンドと軽い正孔(light hole)バンドと呼び、スピン軌
道相互作用により分裂した正孔バンドをスプリットオフ(split-off)バンドと呼ぶ。
図6の GaN(No.1)試料の反射スペクトルでは、A, B励起子の 1s状態と 2s状態の反射構造が
明確に観測される。それに対して、GaN(No.2)試料では、2s 状態の構造がぼやけている。尚、
A 励起子の 1s 状態[EA(1s)]の低エネルギー側の大きな振動構造は、薄膜特有の Fabry-Perot
干渉によるものであり、この干渉パターンが観測されることは、薄膜の平坦性が優れているこ
とを意味し、さらには、干渉の振動周期を解析することにより層厚を精密に評価できる[1,6]。
上記のスペクトル比較から、No.1 試料の方が No.2 試料よりも結晶性が良いと結論できる。言
い換えれば、2s 状態の励起子反射が明確に観測される No.1 試料は、極めて高品位の結晶性を
有していると評価できる。No.1 と No.2 試料では、MOVPE 成長において基板温度が異なって
おり、その基板温度の違いが結晶性に反映している。このように、結晶成長条件の違いによる
結晶性の変化を、高感度で、かつ、簡便に、励起子反射スペクトルを通してプローブすること
が可能である。以上の評価結果を式(12)の誘電関数から考えると、現象論的には、結晶性の違
いがブロードニング因子を支配していると言える。このブロードニング因子については、光
学遷移の量子論と結晶のバンド構造に対する歪み効果の立場から後述する。
次に、吸収スペクトルと反射スペクトルの比較について述べる。図7は、rfマグネトロンス
パッタリング法により(0001)面 Al2O3基板上に成長した ZnO 結晶薄膜(100 nm)の励起子エネ
ルギー領域における 10 Kでの吸収と反射スペクトルを示している[7]。吸収スペクトルにおい
Photon Energy (eV)
Re
flecta
nce
(arb
. units)
GaN thin film (No.1) 10 K
GaN thin film (No.2)
EA(1s)
EB(1s)
EA(2s) EB(2s)
3.48 3.50 3.52
Inte
nsity
(a
rb.
units)
Photon Energy ( eV )
EA(1s) EB(1s)
EA, B (2s)Absorption
Reflectance
71 meV
EA(1s)-1LO
ZnO thin film
3.35 3.4 3.45
図6:MOVPE成長 GaN結晶薄膜(4 m)
の励起子エネルギー領域における反射ス
ペクトル(10 K)。試料 No.1 と No.2 は成
長における基板温度が異なっている。
図7:rfマグネトロンスパッタ法により成
長した ZnO結晶薄膜(100 nm)の励起子エ
ネルギー領域における吸収と反射スペク
トル(10 K)。
8
て、A, B 励起子の 1s 状態と 2s 状態が明確に観測され、それに対応して、反射スペクトルに
も励起子構造が現れている。この試料は筆者の研究室で作製したものであるが、スパッタリン
グ法という比較的簡便な成長手法によっても、高品位 ZnO 結晶薄膜が作製できることを光学
スペクトルは示している。図7から明らかなように、吸収と反射スペクトルには、極めて大き
な相関がある。ただし、反射スペクトルでは、特に薄膜の場合、Fabry-Perot 干渉を考慮したス
ペクトル形状解析が必要である。この解析問題は、比較的高度なテーマであるので本稿では省
略し、量子井戸構造の励起子反射スペクトルを対象とした筆者の論文[8]をその一例として示す
に留める。尚、評価の観点では、吸収スペクトルの場合、厚い結晶では強い吸収による飽和現
象が生じて測定が不可能となり、また、エピタキシャル薄膜では基板の吸収が薄膜の吸収を阻
害する場合があるので、反射スペクトルは、どのような結晶形状でも測定が可能であるという
大きな利点がある。
図8は、MOVPE 成長 GaN 結晶薄膜(No.1)の励起子エネルギー領域における反射スペクト
ルの温度依存性を示している。40 Kでは、10 Kで明確に観測されていた 2s状態の励起子反
射が消失し、さらに温度上昇するにしたがい基礎光学遷移である 1s状態の反射構造が広がり、
かつ、弱くなり、室温ではほとんど励起子構造は観測できなくなる。この温度依存性から、極
低温での光学評価が如何に重要であるかということが明らかである。励起子反射構造の広がり
は、式(12), (13)の誘電関数のブロードニング因子の温度依存性と関連している。ブロードニ
ング因子の温度依存性は、一般に次式によって表される[9]。
)(1)/exp(
)( imp
BLO
LO0 T
TkTT
(14)
ここで、右辺第1項(0)が結晶の不完全性等による不均一幅、第2項が音響フォノン散乱、第
3項が縦光学(LO)フォノン散乱、第4項が不純物散乱を表しており、主として、フォノン散乱
が図8に示したスペクトル広がりの温度依存性を支配する。また、励起子エネルギーの温度依
存性は、励起子束縛エネルギーが温度に依存しないので、バンドギャップエネルギー(Eg)の温
度依存性に対応している。Egの温度依存性は、現象
論的に、次式の Varshni則によって表現される。
)/()0()( 2 TTETE gg (15)
Eg(0), , は物質固有のパラメータであり、GaNの A
励起子の場合、Eg(0)=3.485 eV, =8.32x10-4
eV/K,
=835 K である[10]。尚、は物性的にはデバイ温度に
対応する。
反射スペクトルをさらに高感度に測定する分光法
が、変調反射分光法であり[11]、筆者らは、量子井
戸(quantum well)や超格子(superlattice)の量子化サブ
バ ン ド 構 造 の 解 析 [12-15] 、 そ し て 、 HBT
(Heterojunction Bipolar Transistor)などのデバイス評
価[16]を対象に、その研究を積極的に展開している。
変調分光法とは、試料に周期的な物理的外部摂動を
GaN thin film
Re
fle
cta
nce
(a
rb.
un
its)
Photon Energy (eV)
R.T.
200K
160K
120K
80K
40K
10K
EA(1s) EB(1s)
3.40 3.45 3.50 3.55
図8:MOVPE 成長 GaN結晶薄膜(4 m)
の励起子エネルギー領域における反射ス
ペクトルの温度依存性。
9
与えてバンド構造を変調し,それに同期した反射光
や透過光の変調成分を検出する方法であり、極めて
高感度に状態密度特異点の光学遷移を測定すること
ができる。代表的な手法としては、光変調反射
( Photoreflectance: PR)分光法と電場変調反射
(Electroreflectance: ER)分光法が挙げられる。ここ
で,PR分光法は,半導体表面近傍での不純物準位や
表面準位によるポテンシャル湾曲を光励起キャリア
(Ar+レーザーなどを用いた数 100Hz 程度のチョッ
ピング励起)で変調する分光法であり、光励起によ
る一種の ER分光法と見なすことができる。図9は、
MBE成長 GaAs(15 nm)/AlAs(15 nm)多重量子井戸構
造(Multiple Quantum Well: MQW)の室温における光
変調反射スペクトルと反射スペクトルを示している。
通常の反射スペクトルでは、Fabry-Perot 干渉以外の
励起子遷移構造は明確でないが、光変調反射スペク
トルでは、室温条件でさえ、GaAs基板から MQW の
第4量子サブバンドまでの励起子遷移が明確に観測されている。この結果は、変調反射分光法
が量子構造の評価において極めて高感度であることを明示している。
4.光学遷移の量子論: なぜ波数ベクトル選択則(運動量保存則)が成立するのか
ここでは、バンド間光学遷移について、量子論の立場から光と物質の相互作用を摂動として
取り扱う[3]。光との相互作用が無い結晶の電子状態の基本ハミルトニアンを、結晶ポテンシャ
ル(結晶格子の周期配列ポテンシャル)を V(r)として、以下のように定義する。
)(2/20 rp VmH , )/( ip (16)
この式(16)が結晶のバンド構造を決定する。光と物質の相互作用については、光のベクトルポ
テンシャル Aを運動量演算子 pに対して以下のように繰り込む。
App e (17)
したがって、光と物質の相互作用を繰り込んだ全ハミルトニアンは次式で与えられる。
pAApArprAp )/()/()(2/)(2/)( 02222 meHemeVmVmeH (18)
式(17)から、 pA )/( me 項が光と物質の相互作用の摂動項となることが明らかである。
一般に、初期状態 i から終状態 f への光学遷移確率は、次式の Fermi の黄金則(Fermi’s
golden rule)によって定義される。
)(if2
)( if
2
eRif
EEHW (19)
ここで、始状態と終状態をそれぞれ、価電子バンド v と伝導バンド c とする。
図9:MBE成長GaAs(15nm)/AlAs(15
nm)多重量子井戸構造の室温における
光変調反射スペクトルと反射スペク
トル。
Photon energy (eV)
Inte
nsity (
arb
. units)
GaAs(15 nm)/AlAs(15 nm) MQW R.T.
Photoreflectance
Reflectance
GaAs sub.
E1HH1
E1LH1
E2HH2
E3HH3
E4HH4
1.4 1.5 1.6 1.7 1.8
10
)exp()(c),exp()(v c,cv,v vvrkrrkr kk iuiu (20)
式(20)において、uv,kv(r)と uc,kc(r)はそれぞれ価電子バンドと伝導バンドの正孔と電子の基底関
数であり、kvと kcは波数ベクトルを意味している。この式(20)を用いて、摂動ハミルトニアン
を pA )/( meHeR とすると、バンド間遷移確率は次式によって与えられる。
))()((v/c2
)( vvcc
2
kkpA EEmeW
(21)
式(21)のデルタ関数項がエネルギー保存則を意味している。ここで注目すべきことは、kvと kc
が独立であること、即ち、波数ベクトル選択則(運動量保存則)が規定されていないことであ
る。式(21)の摂動項(ブラ・ケット)は、具体的には以下のように記述できる。
rdiuiiuE
vc 3v,vc
*,c
0 )exp()()exp(ˆ)exp()(2
(vc
rkrprqerkrpA kk
(22)
式(22)において、 )exp(0 rqe iE
が光のベクトルポテンシャルに対応し、E0 が電場強度、 eが偏
光ベクトルで q が光の波数ベクトルである。式(22)は、簡単な演算の結果、次のように表され
る。
rduiuE
vc 3,vcv
*,c
0 )(ˆ])(exp[)(2 vc
rperqkkrpA kk
(23)
ここで、位置ベクトルを結晶の格子ベクトル Rjと単位胞(unit cell)内の位置ベクトル r’に分解
し、 'rRr j とする。これによって、式(23)の空間積分は次のように変形できる。
')'()ˆ](')(exp[()'(])(exp[ 3,vcv
*,ccv vc
rduiui
cellunitj
j rperqkkrRqkk kk
(24)
格子ベクトル項は、次式に帰結する。
)(])(exp[ cvcv qkkRqkk
j
ji (25)
この式(25)の波数ベクトルに関するデルタ関数項が、波数ベクトル選択則(運動量保存則)を
定義するものである。尚、光の波数ベクトル qは結晶の波数ベクトルに対して無視できるほど
小さいので、近似的に、 cvcv )( kkkk となり、いわゆる、「光学遷移は波数空間(運動
量空間)において垂直遷移」であるということが成立する。ここでは、理解しやすいために、
バンド間遷移を対象として理論を展開したが、励起子遷移においても同様の帰結となる。
以上の光学遷移の量子論を、評価の観点から考えてみる。式(25)の波数ベクトル選択則(運
動量保存則)のデルタ関数が成立するためには、格子ベクトルに全く乱れの無い完全結晶であ
ることを前提としている(数学的に言えば、位置座標と波数ベクトルのフーリエ変換関係)。
ここで、欠陥、転位や不純物などの結晶構造を乱す要因が存在していると考える(一般に完全
結晶は存在し得ない)。結晶構造が乱れるということは、式(25)左辺の格子ベクトル和が有限の
空間に限られることに対応して、右辺のデルタ関数が数学的に成立しなくなり、波数ベクトル
選択則が破綻する。そのために、光学遷移はある程度広がった波数空間の中で生じることにな
11
り、光学スペクトルの幅が広がるという現象が生じる。結晶構造の乱れが大きいほど、言い換
えれば、結晶性が悪いほど、波数ベクトル選択則の破綻の度合いが大きくなる。このことが、
「スペクトル幅が広い場合は結晶性が悪い」と一般的に言われることの量子論的な解釈である。
式(24)の単位胞(unit cell)内の空間積分は、上記の波数ベクトル選択則(デルタ関数)を考
慮すると次式となる。
cv,v,c3
,v*,c
ˆ')'()ˆ()'( Puurduu
cellunit
kkkk perper (26)
式(26)の Pcvが光学遷移行列要素(transition matrix element)であり、2
cvP が遷移確率に比例す
る(誘電関数の振動子強度 f に相当する)。さらには、基底関数と光の偏光ベクトル eとの関係
から、光学遷移の偏光選択則を導出することができるが、ここでは誌面の都合上省略する。
5.バンド構造に対する格子歪み効果
結晶のバンド構造を評価する際に、格子歪みによるバンド構造の変化に関する知見は極めて
重要である。格子欠陥や転位が存在する場合は、局所的な格子歪みが光学スペクトルに影響を
与える(具体的にはスペクトル幅の広がりとして現れる)。また、エピタキシャル薄膜(量子
井戸や超格子を含む)では、ヘテロ接合による格子不整合歪みの効果が顕著に現れ、それを積
極的にバンドデザインに利用する「歪み量子井戸構造」が既にデバイスにも応用されている。
ここでは、一般に格子歪み効果の解析のベースとなっている k・p 摂動論[17]に基づいて、バ
ンド構造に対する格子歪み効果について解説する。尚、理論の簡単化のために、立方晶系を対
象とする。
立方晶系のバンド構造に対する歪みハミルトニアン(Hst)は、軌道角運動量項(H1)とスピン・
軌道相互作用項(H2)の和によって、以下の式で与えられる[17]。
21 HHH st (27)
]c.p)[(3]c.p.)3/[(3)( 122
111 xyxyyxxxxzzyyxx LLLLdLbaH L (28)
]c.p)[(3
]c.p.)3/[(3))((
2
222
xyxyyx
xxxxzzyyxx
LLd
LbaH
LσσL (29)
ここで、ij が弾性歪み、L が軌道角運動量演算子、がスピン演算子を意味している。また、
最も重要なパラメータとして、「変形ポテンシャル(deformation potential)」がある。変形ポテ
ンシャルは、電子-格子相互作用によるバンド構造の変化の大きさに対応する物理量であり、
式(28)と(29)において、a が静水圧変形ポテンシャル、b が正方晶変形ポテンシャル、d が斜方
晶形ポテンシャルに対応する。
この歪みハミルトニアンを一般化して解くことはかなり複雑なので、ここでは、最も単純な
場合について適用する。具体的には、立方晶の x方向と y方向に等方的2軸性歪みが存在する
場合で、格子不整合のあるヘテロ接合(歪み量子井戸や歪み超格子)の場合に相当する。この
場合、歪み条件は、弾性マトリックスから、
12
0,)/2(, 1112 xzyzxyzzyyxx CC (30)
となる(Cijは剛性率)。この条件では、比較的容易に歪みハミルトニアンを解くことができる。
詳細な解析の例は、筆者の歪み超格子に関する論文[13]を参照していただき、ここではその概
念に的を絞って述べる。
格子歪み効果によって、バンドギャップエネルギー(Eg)が変化すると共に、立方晶では点
において縮退している重い正孔(HH)と軽い正孔(LH)が分裂する。重い正孔と軽い正孔の Egの
エネルギーシフト(EHHとELH)は次式によって与えられる[13]。
2/SHHH EEE (31)
)2/()(2/ 02 SSHLH EEEE (32)
ここで、EHが静水圧変形エネルギーシフト[式(33)で与えられる]、ESが正方晶変形エネルギ
ーシフト[式(34) で与えられる]、0がスピン軌道相互作用分裂エネルギーである。
]/)[(2 111211 CCCaEH (33)
]/)2[(2 111211 CCCbES (34)
以上の理論から、歪みがある条件での半導体の Eg は、EH によって平均エネルギーがシフト
し、ESによって HHと LHが分裂することが理解できる。即ち、HHバンドギャップと LHバ
ンドギャップが形成される。表2に、GaAsの歪み効果に関するパラメータ値を示している[13]。
表2:GaAsの歪み効果に関するパラメータ値[13]
a
(eV)
b
(eV)
C11
(1011
dyn/cm2)
C12
(1011
dyn/cm2)
0
(eV)
GaAs -8.9 -1.7 11.9 5.38 0.34
GaAs結晶を例に、格子歪みによってどれだけ Egが変化するかを以下に示す。
(eV)5.6(eV),7.9 SH EE (35)
式(35)から、1%の格子歪みによって 100 meV 程度という極めて大きな Egの変化が生じること
が分かる。したがって、結晶性が悪く格子欠陥や転位が多く存在している場合、それらによる
極めて小さな局所的格子歪みに(例えば 0.1%の歪みで 10 meV 程度の Egの変化)の空間的な
不均一性によって、スペクトルが顕著に広くなることが概念として理解できる。
ここでは、立方晶系の歪み効果について解説したが、GaN や ZnO などの六方晶系の場合の
理論については、文献[18]を参照していただきたい。
6.発光特性
6-1.発光過程の概念
図10は、バンド間発光過程の概念図を示している。光励起もしくは電流注入された伝導バ
ンドの電子と価電子バンドの正孔は、高エネルギー励起状態から主に光学フォノン散乱によっ
て ps オーダーの極短時間でバンドの底近傍にエネルギー緩和し、電子・正孔再結合発光が生
じる。尚、結晶評価において重要な低温条件では、バンドの底近傍にエネルギー緩和した電子・
正孔は励起子を形成し、励起子発光が主体となる。励起子発光の具体的な例については、次節
13
で実際の発光スペクトルを参照して解説する。
以下では、結晶性と密接に関連する発光効率と熱的消光(thermal quenching)、即ち、温度が
上昇すると伴に発光効率(強度)が低下するという現象について、速度論の立場から解説する。
発光過程の速度論的方程式は、励起子消滅を前提とした場合、一般に以下の式で与えられる。
GtNT
tNdt
tdN
i i
)(
)(
1)(
1)(
,nrr (36)
ここで、N(t)は励起された励起子密度、τrは物質固有の励起子発光寿命(量子力学的なエネル
ギー構造により決まる)、τnr(T)は欠陥や転位等に起因するエネルギー損失(散逸)による非
発光寿命、Gは励起子生成率(励起光強度に相当する)を意味している。ここで、非発光寿命
が、次式で表されるように、温度に依存する熱励起型(活性化エネルギー:EA)であることに
注意しなければならない。
)/exp()0(/1)(/1 ,,, TkET BiAinrinr (37)
式(36)から、定常状態を仮定して、発光効率の定義式を導出する。定常状態での励起子密度は
次式で与えられる。
GT
TN
i
inrr
s
)(/1/1
1)(
, (38)
したがって、発光強度は次式で定義される。
GT
TNTI
i
inrr
rrsPL
)(/1/1
/1)/1()()(
,
(39)
式(39)の Gの係数が、いわゆる発光効率(内部量子効率)ηである。
図10:バンド間発光過程の概念図。(a)バンド分散(運動量空間)でのエネルギー緩和
過程。(b) 状態密度と励起キャリア分布。
14
i
inrr
r
TT
)(/1/1
/1)(
,
(40)
発光効率η=1という理想状態は、完全結晶で非
発光過程の寄与が全く無いことを意味する。し
かしながら、実際の結晶では、欠陥や転位が存
在するために非発光過程の寄与が温度上昇にと
もなって大きくなり、発光効率が低下する。図
11に、1つの非発光過程を仮定した発光効率
の温度依存性の計算例を示している。これが熱
的消光であり、結晶性が悪い場合は、いくつも
の非発光過程が関与し、ある程度温度が高い条
件では、極めて微弱な発光しか観測されないと
いうことになる。したがって、一般的に、結晶性が悪い場合、発光効率が低いということに帰
結する。尚、この発光効率は、非発光寿命の要因であるτnr(0)とその活性化エネルギーによっ
て大きく変化する。例えば、欠陥が多く結晶性がそれほど良くなくても、非発光過程のτnr(0)
が発光寿命に比べて長い場合や、活性化エネルギーが大きい場合は、発光効率の低下は顕著に
ならない。最近の LEDや LDに用いられている InGaN系の場合は、その一例とも言える。
6-2.励起子発光スペクトルと発光励起スペクトル
図12は、MOVPE成長 GaN結晶薄膜(4 m)の励起子エネルギー領域における 10 K での反
射スペクトルと発光スペクトルを示している。図から、反射スペクトルの A励起子(1s)と同じ
エネルギー位置に、明確な発光スペクトルが観測される。これが「自由励起子発光」であり、
拡大した発光スペクトルを見ると、B 励起子(1s)と A 励起子(2s)からの発光も観測される。こ
のように、極低温において自由励起子発光が明確に観測されるということは、結晶性が良いこ
とを意味している。A励起子(1s)発光の低エネルギ
ー側の発光は、浅い不純物(shallow impurity)に励起
子が束縛された「束縛励起子(bound exciton)発光」
に対応する。不純物が多い場合は、ほとんどの自
由励起子が不純物に束縛されて、自由励起発光が
消失する。さらに、格子欠陥が多く結晶性がかな
り悪い場合は、このような励起子エネルギー近傍
の発光は観測されず、励起子エネルギーよりも数
100 meVから 1 eV程度低いエネルギー領域にブロ
ードな欠陥発光が観測される。
励起子発光スペクトルは、一般に顕著な温度依
存性を示す。図13は、MOVPE 成長 GaN 結晶薄
膜(4 m)の励起子エネルギー領域発光スペクトル
の温度依存性である。尚、各スペクトルの強度は、
Temperature (K)
Lu
min
escen
ce E
ffic
ien
cy
0 50 100 150 200 250 300
0.2
0.4
0.6
0.8
1
図11:発光効率の熱的消光の計算例。
Photon Energy (eV)
Inte
nsity (
arb
. units)
10 KReflectance
PLExc. He-Cd laser (325 nm)
GaN thin film
EA(1s)
EB(1s)
EA(2s)
EB(2s)
x50
3.46 3.48 3.50 3.52
図12:MOVPE 成長 GaN 結晶薄膜(4
m)の励起子エネルギー領域における反
射スペクトルと発光スペクトル(10 K)。
15
最大強度で規格化している。図から、束縛励起
子(BE)発光が、温度上昇にしたがって相対的に
低下し、60 K で消失していることが分かる。こ
れは、浅い不純物への励起子の束縛エネルギー
が小さいために、束縛励起子状態が熱解離して、
自由励起子に戻るためである。したがって、液
体窒素温度(77 K)程度での測定では、不純物の情
報を十分に得ることができないことに留意しな
ければならない。また、温度が上がるにしたが
って、A 励起子発光の高エネルギー側にサイド
バンドが明確に現れている。この原因は、自由
励起子が励起子バンドの中で B 励起子に熱分布
していることに起因している。励起子発光スペ
クトル幅に着目すると、図8の反射スペクトル
の温度依存性と同様に、温度上昇に伴ってブロ
ードになっている。発光スペクトルの場合は、
温度ブロードニングには2種類の要因があり、
一つが励起子反射の説明の際に述べた励起子-
フォノン相互作用によるものであり[式(14)]、もう一つが励起子バンド分散での熱分布である。
室温近傍では、励起子そのものが熱解離するために、励起子発光とバンド間発光が混ざったブ
ロードな発光スペクトルとなる。
次に、励起子局在について述べる。図14は、MOVPE 成長 In0.02Ga0.98N希薄混晶の 10 Kでの
吸収スペクトルと発光スペクトルを示している[19]。混晶の場合、原子配列がランダムになるため
に(InGaN の場合は In と Ga の配列)、結晶ポテンシャルが乱れる。その結果、吸収スペクトル
がブロードになると共に(反射スペクトルも同様)、励起子は、低温においてランダムポテンシャ
ルによって局在化する。図14を見ると、A励起子吸収
から 25 meV程度低エネルギー側に励起子発光ピークが
観測される。このエネルギー差を「ストークスシフト
(Stokes shift)」と呼び、励起子局在の目安として考え
る。このような励起子局在は、混晶系だけでなく、
GaAs/AlAs 量子井戸などのヘテロ接合系においても、界
面の乱れによって生じることが良く知られている。
続いて、発光励起(photoluminescence excitation:
PLE)スペクトルについて述べる。発光励起分光法とは、
ある発光バンドで受光波長を固定し、励起光の波長を変
化させてスペクトル測定する分光法であり、励起光源と
しては、波長可変レーザーが汎用的に用いられている。
しかし、筆者の経験では、受光系に光子計数法を用いれ
ば、極めて微弱な発光を検出できるので、W ランプや
Photon Energy (eV)
PL
In
ten
sity (
arb
. u
nits)
EA
BE10 K
20 K
30 K
40 K
60 K
80 K
120 K
160 K
200 K
250 K
R.T. GaN thin film
3.40 3.45 3.50
図13:MOVPE成長 GaN結晶薄膜(4 m)
の発光スペクトルの温度依存性。EA がA励
起子発光、BEが束縛励起子発光を意味して
いる。各スペクトルは、最大強度で規格化
している。
Exc. He-Cd Laser
10 K
EA
Photon Energy (eV)
Inte
nsity
(arb
. u
nits) Abs.
PL
In0.02Ga0.98N thin film
3.35 3.40 3.45
図14:MOVPE 成長 In0.02Ga0.98N
希薄混晶の 10 K での吸収スペクト
ル(波線)と発光スペクトル(実線)
[19]。
16
Xe ランプを分光した励起光源で十分であると言え
る(高価で波長帯域が限られる波長可変レーザーは
必要ない)。ただし、受光側には、励起光の迷光を
除去するために、小型のダブル分光器(焦点距離 25
cm程度で十分)が必要である。
発光励起スペクトルは、しばしば吸収スペクトル
と類似のものと扱われているが、得られる情報はか
なり異なる。発光励起スペクトルでは、吸収過程に
加えて、キャリア・励起子のエネルギー緩和過程が
スペクトル形状を支配する。図15は、MOVPE 成
長GaN結晶薄膜(4 m)の 10 Kでの発光スペクトル
と発光励起スペクトルであり、受光エネルギーを束
縛励起子発光と欠陥発光に設定した2種類の発光励
起スペクトルを示している。束縛励起子発光(3.491
eV)で受光した励起スペクトルでは、A励起子と B
励起子の吸収ピーク構造が明確に現れている。また、
励起子の高エネルギー側では励起スペクトルの強度
が顕著に低下している。このことは、バンド間励起
(励起子連続状態)になると、キャリアのエネルギー散逸が生じて発光励起光率が低下しているこ
とを示している。一方、欠陥発光(2.234 eV)で受
光した励起スペクトルでは、A励起子と B励起子の
エネルギー領域がディップ構造となっている。この
現象は、励起子共鳴励起条件では、欠陥状態へのエ
ネルギー緩和が抑制されている、言い換えると、励
起子系発光に効率的に励起エネルギーが移動してい
ることを意味している。このように、励起スペクト
ルには、多様な情報が含まれており、その解釈に慎
重な考察が必要である。
本節の最後に、高密度励起条件での発光特性の概
略について述べる。図16は、半導体の励起状態の
励起強度依存性の概念図を示している。高密度励起
条件特有の発光特性としては、励起子系に関しては、
励起子分子形成(励起子2量体)と励起子-励起子
散乱発光が最も特徴的である。特に、励起子-励起
子散乱発光(P 発光と呼ばれる)は、誘導放出を生
み出すので、光機能性の観点からも重要であり、ZnO
や CdS の II-VI 族系半導体結晶では、1970 年代から
盛んに研究が行われている[1,20]。また、ごく最近、
筆者らは、InGaN 薄膜において、極めて低いしきい
Photon Energy (eV)
PL
In
ten
sity (
arb
. u
nits)
x50
PL 10K
Exc. He-Cd laser
(325 nm)
Det. 3.491eV
(Bound Exciton)
Det. 2.234eV
(Defect state)
PLE
EA(1s)
EB(1s)
3.48 3.50 3.52
図15:MOVPE 成長 GaN 結晶薄膜(4
m)の発光スペクトルと発光励起(PLE)ス
ペクトル(10 K)。図では、受光エネルギ
ーを束縛励起子発光と欠陥発光に設定し
た2種類の発光励起スペクトルを示して
いる。
図16:高密度励起状態の概念図
17
値特性を有する励起子-励起子散乱発光の発
現と光学利得の存在を見いだしている[19]。さ
らに、励起子間の距離が励起子のボーア半径
程度になるまで励起光強度を増大させると、
励起子を形成している電子と正孔はクーロ
ン遮蔽効果のため解離し、電子・正孔プラズ
マ状態と呼ばれる多粒子状態へと移行する
[1, 21]。電子・正孔プラズマ状態では、光励
起キャリアの擬フェルミエネルギーが伝導
バンドと価電子バンドの中に位置し、金属と
類似の状態となる(半導体-金属転移:モッ
ト転移)。モット転移には臨界密度(nc)が
存在し、その密度は、クーロン遮蔽効果と多
体効果を無視した単純な見積もりの場合、励
起子のボーア半径(aB)を基準とすると次式
で与えられる。
B3
1
c )π3
4( an
(3次元)
B2
1
c )(π an
(2 次元) (41)
式(41)はキャリア間平均距離が励起子ボーア半径と等しくなる条件を意味している。また、
高密度の電子や正孔が存在する場合、バンド構造に対するキャリア多体効果によってバンドギ
ャップの再構成(band-gap renormalization: BGRと略される)が生じ、バンドギャップが収縮す
ることが知られている。図17は、MOVPE成長 GaN薄膜の 10 K における弱励起発光スペク
トルと高密度励起発光スペクトルを示しており、高密度励起条件では、典型的な励起子分子発
光と電子・正孔プラズマ発光が見られる。
7.フォノン・ラマン散乱
物質に光が入射すると、物質内の不均一性によって散乱という現象が生じる[22]。光散乱は、
大きく分けて、入射光と散乱光のエネルギーが等しい弾性散乱と、エネルギー変化が生じる非
弾性散乱に分類できる。弾性散乱をレイリー(Rayleigh)散乱と呼び、非弾性散乱をラマン
(Raman)散乱と呼ぶ。光の非弾性散乱を引き起こす物質内の不均一性は動的なものであり、物
性物理学では素励起と呼ばれるものである。ラマン散乱の対象として代表的なものが、物質を
構成する原子の振動である格子振動(フォノン(phonon))と言える。また、電子のプラズマ
集団振動(プラズモン(plasmon))や磁性体でのスピン波(マグノン(magnon))などによっ
てもラマン散乱が生じる。ここでは,最も代表的な結晶におけるフォノン・ラマン散乱を対象
として論を進める。フォノンは、結晶の対称性,構成原子,格子歪み,不純物,格子欠陥など
の影響を受けるために,そのラマン散乱スペクトルの測定から結晶性を評価することができる。
Photon Energy (eV)
PL
In
ten
sity (
arb
. u
nits)
EA
GaN thin film
PL (Exc. He-cd)
BiexcitonPL (Exc. N2 laser)
I0=5 mJ/cm2
0.8 I00.5 I00.4 I00.25 I00.20 I00.10 I00.05 I00.025 I00.01 I0
EHP
10 K
3.35 3.40 3.45 3.50 3.55
図17:MOVPE成長 GaN薄膜の弱励起発
光スペクトル(上図)と高密度励起発光ス
ペクトル(下図)。測定温度は 10K。
18
7-1.フォノンの基礎
ラマン散乱を理解するためには、まず、散乱を引
き起こす対象について知っておく必要がある。ここ
では、結晶のフォノンについての概略を述べる。
図18は、中性子散乱によって測定された GaAs
結晶の[100]方向のフォノン分散関係を示している。
横軸は波数ベクトル(q)であり,波数空間をブリルア
ン(Brillouin)ゾーンと呼ぶ。ここでは、ブリルアンゾ
ーン端の波数(|q|=2/a: a は格子定数で GaAs の場合
a=0.5653nm)を 1として表示している。また、q=0 を
点、q=(100)を X 点と呼ぶ。図18から明らかなよ
うに、フォノンには基本的に4種類のモードがある。
振動数がゼロから始まるフォノン分散が音響フォノ
ンに、有限の振動数から始まるフォノン分散が光学フォノンに対応する。また、各フォノンに
は、フォノンの伝播方向と同じ方向に格子振動する縦モード[縦音響(longitudinal acoustic: LA)
フォノン及び縦光学(longitudinal optic: LO)フォノン]と、直交方向に格子振動する横モード[横
音響(transverse acoustic: TA)フォノン及び横光学(transverse optic: TO)フォノン]があるために、
全てで4種類のモードとなる。GaAs のような閃亜鉛鉱構造の場合、ブリルアンゾーンを形成
する基本ユニットは1対の構成原子(GaAs の場合は Ga と As)で構成される。したがって、
フォノンモードの数としては、3次元の自由度を考慮して 3x2=6であり、その内の 3モードが
音響フォノンに、残りの 3 モードが光学フォノンとなる。各モード数に関しては、LA フォノ
ンが 1、TA フォノンが 2、LO フォノンが 1、TO フォノンが 2 である。尚、GaAs のような
化合物半導体の場合は、極性があるために点において TO と LO フォノンは分極相互作用に
より分裂しているが、Si や Ge のような元素半導体の場合は,無極性であるために点におい
て TOと LOフォノンは縮退している。
ラマン散乱において観測されるフォノンは、Γ点のモードであり(その理由は後述する)、
一般には光学フォノンが評価対象となる。尚、半導体超格子では、その特異的なフォノン分散
のために、音響フォノンが明確に観測されるが、詳細は筆者の解説[23]を参照していただきた
い。
7-2.ラマン散乱機構の基礎
ここでは、まず、電磁波論的な側面からラマン散乱機構を解説する。光の偏光ベクトルを e,
波数ベクトルを k、振動数をとし、入射光(添字 i)と散乱光(添字 s)の電場を次のように
定義する。
)](exp[),( iiiii tiEt rkerE (42)
)](exp[),( sssss tiEt rkerE (43)
19
散乱に対する電磁波論的過程は、入射光電場(Ei)によって物質中に電子分極と呼ばれる双極子
モーメント(M)が形成され、その双極子モーメントによって散乱光が輻射されるというもので
ある。輻射の立体角をとすると、双極子モーメントによる単位時間当たりの輻射エネルギー
(W)は、次式で表される。
2
s
4
s/ Me ddW (44)
)](exp[][),(][ iiiii tiEtr rkeEM (45)
ここで、[]は結晶の感受率テンソルであり,光による結晶の分極密度を決定するものである。
感受率[]は、格子振動(フォノン)によって揺らいでいるので、[]を格子の平衡点の周り
で次のように展開することができる。
)])((exp[
][)])((exp[
][][][ *
*
0 tiuu
tiuu
qrqqrq
(46)
ここで、uが振動振幅、qがフォノン波数ベクトル、(q)がフォノン振動数であり,*印は複素
共役を意味している。尚、式(46)では1次までの展開にとどめているが、当然のことであるが
2次以上の高次項が存在する。1次の展開項が、1次フォノン・ラマン散乱に対応する。式(46)
を式(45)に代入し、その結果を式(44)に代入することにより、光散乱の電磁波論的表現が得ら
れ、ラマン散乱光の電場の時間・空間振動項は、次式で与えられる。
))]((exp[)](exp[)](exp[ iiss qqkrk iiti (47)
したがって、次式の波数ベクトル(運動量)と振動数(エネルギー)の保存則が与えられる。
)(, isis qqkk (48)
式(47), (48)において、マイナス符号がストークス(Stokes)散乱、プラス符号が反ストークス
(anti-Stokes)散乱を意味している。ストークス散乱では、(q, (q))のフォノンが生成(放出)さ
れ、反ストークス散乱ではフォノンが消滅(吸収)される。したがって、ストークス散乱の場
合は、散乱光は入射光よりも(q)の振動数だけ低振動数側にシフトし、反ストークス散乱の場
合は、高振動数側にシフトする。このような散乱光の振動数のシフトをラマンシフトと呼ぶ。
光の波数ベクトルの大きさ(2n/v,n は屈折率,v は光の波長)は、ラマン散乱の測定に
用いる光の波長が数 100 nm~1 m程度であるので,先に述べた格子定数によって決定される
結晶ブリルアンゾーンの大きさの 1/1000 程度である。したがって,式(48)の波数ベクトル保存
則から、ラマン散乱に寄与するフォノンは 0q となり,点近傍のフォノンが観測される。尚、
光学フォノンの場合、図18のフォノン分散関係から明らかなように、点近傍の振動数変化
はほとんど無いので、一般にラマン散乱で観測される光学フォノンは、点モードと近似して
取り扱う。
ストークス散乱光の場合、その強度は次式で表される。
)(
1))((][2
is4
sStokesq
qee
n
uI (49)
ここで、n()は量子統計で用いられるボーズ因子( ]1)//[exp(1)( B Tkn )である。式(49)
20
の u /][ が、1次のラマンテンソル[R]に相当し、その詳細は次節で説明する。ストークス
散乱光と反ストークス散乱光の強度比は、次式で与えられる。
Tkn
n
I
I
BStokes
Stokesanti )(exp
1))((
))(( q
q
q
(50)
式(50)から、ストークス散乱光の方が反ストークス散乱光よりも強いことが明らかであり、そ
のために、一般的には低振動数側にラマンシフトが生じるストークス散乱の測定を行う。また、
ストークス散乱光と反ストークス散乱光の強度比を測定することにより、光照射条件での試料
の実質温度を評価できる。
先の光学遷移の量子論において、格子欠陥等による結晶性の乱れによって波数ベクトル選択
則が崩れることを述べた。この概念は、ラマン散乱においても同様であり、結晶性が悪い場合
には、式(48)の波数選択条件が破綻し、ラマンスペクトルがブロードになる。これは、評価の
視点において重要である。尚、ラマン散乱の場合、このような波数選択則の破れは「有限サイ
ズ効果」と呼ばれ、理論と実験の両面で明確に証明されている[24]。
結晶のラマン散乱の量子論は、40 年ほど前に Loudon によってほぼ確立された[25]。ここで
は、電子状態との関連からその概略について述べる。
ラマン散乱過程は、量子論的には次式で表現される(厳密には全てで6過程あるがその一つ)。
, si
AELA
)()(
0||,||1,||0
EE
HnHnH (51)
この過程は、以下のように述べることができる。
(1) 入射光によって、電子状態が基底状態 0| から仮想的中間状態 | (エネルギーE)に
励起される(光-電子系相互作用ハミルトニアン HA)。
(2) 励起された電子状態とフォノンとが相互作用し(電子系-格子系相互作用ハミルトニアン
HEL)、フォノンの生成(n+1)もしくは消滅(n-1)が生じ,電子状態は別の励起中間状態 | (エ
ネルギーE)へ変化する。
(3) 励起中間状態 | から、散乱光を放出して基底状態へ戻る。
量子力学的には、上記の(1), (2), (3)の現象はどのような順番でも良く(例えば(2)→(3)→(1),(3)
→(1)→(2)など)、その全ての組み合わせを考慮すると、ラマン散乱過程としては6過程存在す
る。
式(51)の分母項に着目すると、 i E (入射光共鳴)と s E (散乱光共鳴)の条件
で、ラマン散乱強度が非常に増強されることが明らかである(共鳴ラマン散乱効果)。尚、実
際には、励起状態寿命による共鳴幅(ダンピング)が存在するので発散は抑制される。この共
鳴効果を利用して、物質の電子状態をラマン散乱によって探ることが可能である。
7-3.ラマン散乱選択則とラマンテンソル:結晶面方位の評価への応用
ラマン散乱選択則は、ラマン散乱の測定において最も重要な概念の一つである。式(49)に基
づくと、ラマン散乱が生じる条件は、次式で与えられる。
0][ si ee R (52)
21
即ち、入射光と散乱光の偏光ベクトルとラマンテンソル[R]の相互関係によって決定される。
ラマンテンソルは、群論に基づく結晶構造の対称性(結晶群)によって決定され、全ての結晶
群に関して明らかになっている[22,25]。ここでは、GaAs などの閃亜鉛鉱構造のラマンテンソ
ルと選択則について解説する。閃亜鉛鉱構造の対称性は、点群 Td(別の表記法では m34 )で
表現される。点群 Td では、ラマン活性の光学フォノンは、F2(T2 ともいう)対称モードに分
類され、そのラマンテンソルは以下の通りである。
)(F)(F)(F
000
00
00
00
000
00
00
00
000
222 zyx
d
d
d
d
d
d
(53)
ここで、(x, y, z)はフォノンの分極(振動)方向を
表している。
エピタキシャル成長半導体の評価で広く行われ
ている(001)面に対する後方散乱配置(図 19)を例
にして、ラマン散乱選択則を考える[(100), (010)
でも同じ]。式(48)の波数ベクトル選択則から、観測されるフォノンの波数ベクトル方向(伝播
方向)は、q // z=[001]である。したがって、LOフォノンの分極は z 方向、TOフォノンの分極
は(x, y)方向であるので、ラマンテンソルとしては、LO フォノンに対して F2(z)を、TO フォノ
ンに対して F2(x)と F2(y)を適用する。入射光と散乱光の偏光ベクトル(ei, es)は、x=[100]もし
くは y=[010]とする。この条件で、偏光ベクトルとラマンテンソルの全ての組み合わせに関し
て式(52)の計算を行うと、LO フォノン散乱が ei⊥esの条件で観測され、TO フォノン散乱は禁
制であるという結果が得られる。ラマン散乱の測定配置の表記法は、これまで述べてきた(001)
面後方散乱配置での LO フォノン観測の場合、 zyxz ),( というように表現される。ここで、
zyxz ),( とは,[入射光の方向(入射光の偏光方
向,散乱光の偏光方向)散乱光の方向]を意味
している。閃亜鉛鉱構造におけるラマン散乱選
択則を表3にまとめている。このラマン散乱選
択則から、結晶の面方位を評価することが可能
である。
表3:閃亜鉛鉱構造結晶における後方散乱
配置でのラマン散乱選択則。
結晶面 TOフォノン
選択則
LOフォノン
選択則
(001) 禁制 許容
(11-0) 許容 禁制
(111) 許容 許容
ik
sk q
z // [001]
入射光
散乱光
フォノン
図19:(001)面後方散乱配置の模式図。
Raman Shift (cm-1
)
GaAsLO
TO
(001)
(110)
(111)
Inte
nsi
ty (
arb
. unit
s)
220 240 260 280 300 320
図20:GaAs結晶の(001)面,(110)面,(111)
面の後方散乱配置における室温でのラマ
ンスペクトル。
22
図20に、GaAs結晶の(001)面,(110)面,(111)面の後方散乱配置におけるラマン散乱スペク
トルを示しており、表3に示したラマン散乱選択則が満足されていることが分かる。また、こ
れらの基本面方位のラマン散乱強度が実験的に求められれば、3次元的な座標回転から、多様
な結晶面方位の評価を行うことができる。
7-4.ラマン散乱による格子歪みの評価
多様な電子・光機能デバイス材料として用いられているヘテロ接合半導体系では、
GaAs/AlxGa1-xAs系以外のほとんどは格子不整合による歪みを無視することができない。ここ
では、最も一般的な(001)基板上にエピタキシャル成長した歪みヘテロ接合系のΓ点光学フォ
ノン振動数に対する歪み効果について述べる。格子不整合によって、ヘテロ界面方向(x=[100]
と y=[010])に一様な格子歪み()が生じていると仮定すると、弾性理論から各歪成分は次のよ
うに与えられる。
0,2
,1211
12
xzyzxyzzyyxxSS
S (54)
ここで、Sij は弾性コンプライアンス定数である。立方晶の格子変形によるフォノン振動数変
化の解析に用いられている理論に基づけば[26]、上記の歪み条件における LO フォノン[(001)
面でのラマン許容モード]の振動数変化について次の式が得られる[27]。
q
SS
Spqp yyxxzz
1211
12
00
LO
1)(
2
1 (55)
ここで、 0が歪みの無い状態でのフォノン振動数を意味している。また、(p, q)は、格子歪
みによるフォノン振動の有効バネ定数の変化率に対応するパラメータである。 式(55)において、
の係数は物質定数なので,GaAsのLOフォノ
ンの場合、 LO 52 102. (cm-1
)という単
純な比例関係式が得られる。比例係数は負の
値であるので、界面方向の引っ張り歪み(>0)
と圧縮歪み(0)によって、それぞれ低振動
数側と高振動数側への振動数変化が生じるこ
とが理論的に予測される。
図21は,(001)GaAs基板上に結晶成長され
た GaAs(10nm)/In0.2Al0.8As(10nm)歪み超格子の
ラマンスペクトルである[27]。289 cm-1のラマ
ンバンドが GaAs 層に由来する GaAs型 LO フ
ォノン、237 cm-1と 396 cm
-1のラマンバンドが
In0.2Al0.8As層に由来する InAs型 LOと AlAs型
LOフォノンに対応する。図中の矢印は、歪が
図21:(001)GaAs基板上に結晶成長された
GaAs(10nm)/In0.2Al0.8As(10nm)歪み超格子の
室温でのラマンスペクトル。
23
無い状態での振動数を示しており、GaAs 型 LO フォノンは低振動数側にシフトし、InAs 型と
AlAs 型 LO フォノンが高振動数側にシフトしている。InxAl1-xAs の格子定数は GaAs よりも大
きく、x=0.2 の場合、格子不整合は約 1.4%である。図21に示されたフォノン振動数のシフト
方向から、格子定数が小さい(大きい)GaAs 層(In0.2Al0.8As 層)には界面方向に引っ張り歪
み(圧縮歪み)が生じていることが明らかである。定量的には、GaAs 型 LO フォノン振動数
のシフト量(3.5±0.5 cm-1)から、GaAs層の引っ張り歪みは 0.67±0.1%程度という値が得られ
る。この値は、GaAs/In0.2Al0.8As 格子不整合の約半分であり、この超格子では、格子不整合に
よる転位は発生せずに、弾性歪みにより緩和されていると評価できる。
上では、格子歪みが均一なヘテロ接合系について述べた。これを参考にすると、格子欠陥や
残留歪みなどの局所的な歪みの不均一性がある場合、フォンノン振動数の空間的不均一性が生
じるために、ラマンスペクトルがブロードになることが理解できる。
8.おわりに
以上、半導体結晶の光学的評価について、反射、吸収、発光、及び、ラマン散乱の観点から、
それらの基礎と評価への応用までを解説した。ここで述べた光学的評価手法(分光法)は、既
に確立されて広く普及しており、特別な技術が無くとも簡便に測定ができると言っても過言で
はない。しかしながら、その現象(光物性)は多様かつ奥深いものであり、本稿がそこに踏み
込む一助となれば幸いである。
最後に、本稿で示したGaN系のスペクトルは、豊田合成(株)オプトE事業部においてMOVPE
成長された試料を測定したものであり、試料を提供していただいた安藤雅信氏と上村俊也氏に
感謝いたします。
参考文献
[1] C. F. Klingshirn: “Semiconductor Optics” (Springer, Berlin, 1997). 半導体光物性に関して、理論
と実験の両面のバランスがとれた最も優れたテキストである。
[2] M. Fox: “Optical Properties of Solids” (Oxford Univ. Press, 2001). 光物性全般に関して、良くま
とめられたテキストであり、導入書として[1]よりも読みやすい。
[3] P. Y. Yu and M. Cardona: “Fundamentals of Semiconductors” (Springer, Berlin, 1996). 半導体物性
に関する最もまとまったテキストであり、光物性の記述も詳しい。
[4] 工藤恵栄:「光物性の基礎」(オーム社, 1977). 光物性の総合的な和書の解説書として、優
れている。
[5] G. W. Fehrenbach, W. Schäfer, and R. G. Ulbrich: J. Lumin. 30, 154 (1985).
[6] M. Born and E. Wolf: “Principles of Optics” (Pergamon, Oxford, 1977).
[7] T. Shimomura, D. Kim, and M. Nakayama: J. Lumin. 112, 191 (2005).
[8] M. Nakayama, I. Tanaka, T. Doguchi, and H. Nishimura: Jpn. J. Appl. Phys. 29, L1760 (1990).
[9] J. Lee, E.S. Koteles, and M.O. Vassell: Phys. Rev. B 33, 5512 (1986).
[10] S.C. Jain, M. Willander, J. Narayan, R. Van Overstraete: J. Appl. Phys. 87, 865 (2000).
[11] D.E. Aspnes, “Handbooks on Semiconductors” vol.2, ed. by M. Balkanski (North Holland,
24
Amsterdam, 1980) p.110. 変調分光法の解説として優れている。
[12] M. Nakayama, I. Tanaka, H. Nishimura, K. Kawashima, and K. Fujiwara: Phys. Rev. B 44, 5935
(1991).
[13] M. Nakayama, T. Doguchi, and H. Nishimura: J. Appl. Phys. 72, 2372 (1992).
[14] M. Nakayama, I. Tanaka, H. Nishimura, H. Schneider, and K. Fujiwara: Phys. Rev. B 51, 4236
(1995).
[15] M. Nakayama, T. Nakanishi, K. Okajima, M. Ando, and H. Nishimura: Solid State Commun. 102,
803 (1997).
[16] H. Takeuchi, Y. Yamamoto, and M. Nakayama: J. Appl. Phys. 96, 1967 (2004).
[17] M. Chandrasekhar and F. H. Pollak, Phys. Rev. B 15, 2127 (1977).
[18] J. B. Jeon, B. C. Lee, Yu. M. Sirenko, K. W. Kim, and M. A. Littlejohn:J. Appl. Phys. 82, 386
(1997).
[19] M. Nakayama, R. Kitano, M. Ando, and T. Uemura: Appl. Phys. Lett. 87, 092106 (2005).
[20] C. Klingshirn and H. Haug, Phys. Rep. 70, 315 (1981). 高密度励起子発光のレビューとして。
[21] H. Kalt: “Optical Properties of III-V Semiconductors” (Springer, Berlin, 1996). 化合物半導体の
電子・正孔プラズマ発光に関して詳細な解説。
[22] M. Cardona, “Light Scattering in Solids II”, ed. M. Cardona and G. Guntherodt (Springer, Berlin,
1982) Chap.2. ラマン散乱を中心とした光散乱の最も優れた解説。
[23] 中山正昭:固体物理 22, 383 (1987). 半導体超格子のフォノン・ラマン散乱の解説。
[24] M. Nakayama, K. Kubota, H. Kato, and N. Sano: J. Appl. Phys. 60, 3289 (1986).
[25] R. Loudon, Adv. Phys. 13, 423 (1964).
[26] F. Cerdeira, C.J. Buchenauer, F.H. Pollak and M. Cardona, Phys. Rev. B 5, 580 (1972).
[27] M. Nakayama, K. Kubota, T, Kanata, H. Kato, S. Chika and N. Sano, J. Appl. Phys. 58, 4342
(1985).