特集 家事支援サービスの基礎知識70% 図3...
TRANSCRIPT
特集 家事支援サービスの基礎知識
特集1 家事支援サービスの利用動向−サービス普及への課題を探る− 1
特集2 「掃除サービス」に関する最近の消費者トラブル 5
特集 3 法的な視点からみる家事支援サービス
コラム 家事支援サービスの品質確保のために−家事代行サービス認証制度の概要−
8
10
消費者問題アラカルト 住宅セーフティネット法の改正をどう読むか 11
新インターネットと上手につき合う 絵をみて分かるインターネット技術の基礎 ウェブの閲覧 14
賃貸住宅の基礎知識-入居から原状回復まで- 入居中のトラブルと相談対応(3)
−貸主・借主の変更−
消費生活相談に役立つ社会心理学 専門家の肩書きに注意
海外ニュース <イギリス>安心して海外パッケージツアーを利用するには
16
18
21
<EU(欧州連合)>食品の品質格差是正を
<ドイツ>野菜チップスは健康的なの?
<スイス>郵便局での菓子販売に幕
消費者教育実践事例集 ラップで啓発も!大学生による高校生への消費者教育 23
クレジットカード取引におけるセキュリティ対策 インターネット決済におけるセキュリティ対策(2)
明治時代の生活に学ぶ
25
28
苦情相談 無料点検を口実に訪問し、不要な赤水除去装置を契約させた業者
30
暮らしの法律 Q&A 中古住宅の庭木は売買の対象? 32
暮らしの判例 女性専用車両の違法性を否定した事例 33
誌上法学講座 新時代の消費者契約法を学ぶ 契約取消権(4条)(1)
啓発用リーフレット 『押し買い』注意報発令中!
36
40
ウェブ版
NO.65(2017)
目次
New!
“ちょんまげ”から“ざんぎり”へ-髪型の変化をめぐる人々の反応-
家事支援サービスの利用動向ーサービス普及への課題を探るー
1特集
専門は、不動産・住宅業界、住生活・子育て支援サービスに関する事業戦略立案支援、新規事業開発支援、政策提言等。主な著書に『東京・首都圏はこう変わる! 未来計画2020』(共著)(日本経済新聞出版社、2014年)がある。
武田 佳奈 Takeda Kana 株式会社野村総合研究所 上級コンサルタント
睡眠 仕事 家事関連 育児 自由時間 睡眠 仕事 家事関連 育児 自由時間
(分) (分)
夫婦のみの共働き世帯
0
100
200
300
400
500
0
100
200
300
400
500
夫婦と子の共働き世帯
夫妻
夫妻
453 436
1 4
284246
393
271
29
182
441 424
1656
230193
451
246
29
233
図1 共働き世帯における行動種類別生活時間(週全体平均*1)
(注)�家事関連には「家事」「買い物」を含む。自由時間には「テレビ・ラジオ・新聞・雑誌」「休養・くつろぎ」「学習・自己啓発・訓練(学業以外)」「趣味・娯楽」「スポーツ」および「ボランティア活動・社会参加活動」を含む
出典:総務省統計局「平成28年社会生活基本調査結果」
2017.12 1
家事支援サービスの基礎知識
特集
総務省の「平成28年社会生活基本調査」によると、共働きの世帯において、1日の生活時間のうち、炊事、掃除、洗濯、買い物等の「家事関連」に費やす時間は、男性は子ども(未婚の子、以下同じ)の有無にかかわらず十数分であるのに対し、女性は夫婦のみの世帯の場合は182分、夫婦と子どもの世帯の場合は233分となっています(図1)。共働き世帯であっても家事の大
女性に偏る家事の負担 半を女性が負担しており、子どもがいる場合は負担がより大きいことがうかがえます。最近は、ロボット掃除機、乾燥機能付き全自
動洗濯機、食器洗い乾燥機等、家事の省力化を期待できる電化製品が増え、活用する世帯も増加しています。しかしながら、こうした家事の効率化、省力化につながる電化製品の利用が進んでいる一方で、統計的にみると、働く女性の家事関連時間は1996年時点から減少傾向にあるものの、大きな低減には至っていないことが
*1 �土日を含む週7日間における1日当たりの平均生活時間
(年)
(分)
300
250
200
150
100
50
020161996
夫
2001 2006 2011
2916 20 24 26
233251 248 245 245
妻
図2共働き世帯(夫婦と子)における女性の家事関連時間の推移(週全体平均)
出典:総務省統計局「平成28年社会生活基本調査結果」
(N=41,330)
現在利用している過去利用したことがあるサービスは知っているが利用したことはないサービスを知らない
2%1%
27%
70%
図3 家事支援サービスの利用率・認知率
出典:�経済産業省「平成26年度�女性の活躍推進のための家事支援サービスに関する調査」
筆者作成
サービス名 サービスの内容
総合型 家事支援サービス(家事代行サービス)
スタッフが自宅を訪問し、炊事、洗濯、掃除等の家事全般または一部を代行する
個別型
ハウスクリーニング エアコンや浴室、換気扇等の清掃を専門的技術や機材を活用して代行する
洗濯代行サービス日常の洗濯物を自宅や店頭で回収し、水洗い・乾燥・折りたたみ等を代行して宅配や店頭で受け渡すサービス(一般的なクリーニングとは異なる)
食品・日用品宅配サービス 日常的に購入する食品や日用品の買い物を代行し、自宅に配達する
総菜・食材宅配サービス 総菜や調理に必要な食材を自宅に配達する
家事支援サービスの主な種類と内容表1
2017.12 2
特集 家事支援サービス の基礎知識
家事支援サービスの利用動向 ーサービス普及への課題を探るー特集 1
分かります(図2)。少子高齢化による人口減少、労働力の不足が
深刻化するなか、潜在的な労働力である女性の労働参加率を上昇させることは労働力確保に向けた有力な解決策の1つとされています。女性の労働参加を促すためには、女性が仕事と家事や育児を両立できる環境整備が重要です。これまでさまざまな両立支援策が実行されてきましたが、それらの支援策は、産前産後休暇・育児休業制度や育児短時間勤務制度の導入、保育サービスの充実等、「仕事」と「育児」の両立に主眼が置かれてきました。しかし、筆者は、女性が「家事」にも多くの時
間と労力を費やしていることから、家事の負担
軽減を担うサービスの1つである「家事支援サービス」の普及に注目しています(表1)。以下本稿では、家事支援サービス(総合型)の
利用実態と利用促進における課題を整理します*2。
野村総合研究所が経済産業省から受託して、2014年に実施した25~ 44歳の女性を対象とするアンケート調査の結果によると、家事支援サービスの利用率は約1%であり、過去に利用したことがある人も含めた既存利用者の割合(利用経験率)は約3%でした(図3)。また、既
利用率は低いものの、利用者の満足度は極めて高い
*2 �経済産業省「平成26年度�女性の活躍推進のための家事支援サービスに関する調査(野村総合研究所実施)」においては「家事支援サービス」を「事業者のスタッフが利用者宅に訪問し、主に利用者宅において、家事に関する業務(掃除、洗濯、炊事等)の全部または一部を利用者に代わって行うサービス」と定義している。本稿はこれに基づくものとする。
(N=767)
とても満足している(とても満足していた)まあ満足している(まあ満足していた)やや不満である(やや不満であった)とても不満である(とても不満であった)
2%
8%
26%
64%
図4 家事支援サービスの満足度
出典:�経済産業省「平成26年度�女性の活躍推進のための家事支援サービスに関する調査」
(N=205)
利用したいと思うまあ利用したいと思うあまり利用したいとは思わない利用したいとは思わない
2%
5%
50%
43%
図5 家事支援サービスの継続利用意向
出典:�経済産業省「平成26年度�女性の活躍推進のための家事支援サービスに関する調査」
共働き(家事従事者なし) 片働き(家事従事者あり)
世帯年収700万円以上
世帯年収400万円以上700万円未満
世帯年収400万円未満
世帯年収700万円以上
世帯年収400万円以上700万円未満
世帯年収400万円未満
子どもあり 25% 9% 2% 8% 5% 1%
子どもなし 19% 12% 11% 3% 2% 2%
出典:経済産業省「平成26年度�女性の活躍推進のための家事支援サービスに関する調査」
家事支援サービスの既存利用者の属性表2 (N=205)
2017.12 3
特集 家事支援サービス の基礎知識
家事支援サービスの利用動向 ーサービス普及への課題を探るー特集 1
存利用者の約44%が世帯年収700万円以上の共働き世帯でした(表2)。既存利用者の約90%が家事支援サービスの
利用について満足しており(図4)、約93%が継続して家事支援サービスを利用したいと考えていることも分かりました(図5)。また、既存利用者は、家事支援サービスを利用して得られたメリットとして、「自分の時間や仕事の時間が取れること」「肉体的・心理的負担が軽減すること」に加えて「生活全般に対する満足度が高まったこと」を挙げました。
9割を超える未利用者の利用しない理由については、「価格の高さ」を挙げる人も多かった一方で、「他人に家事等を任せること自体への抵抗感」「他人を家に入れることへの抵抗感」「セキュリティ等への不安感」や「どの会社が良いサービスを提供しているのか分かりにくい」と
利用しない理由は「価格の高さ」と「抵抗感や不安感の存在」
いったサービスの利用に当たっての抵抗感や不安感を挙げました(図6)。
政府は、女性のよりいっそうの活躍促進のためには、働き方の見直しとともに、家庭における負担を軽減することも重要であり、そのためには、家事支援サービスの利用促進が重要な手段の1つとして考えられるとし、「『日本再興戦略』改訂2014」�において、安価で安心な家事支援サービスを利活用できる環境整備を図ることを掲げました。そして、2014年7月、学識経験者、事業者らによる「家事支援サービス推進協議会」を設置し、家事支援サービスの品質確保に向けた検討を開始しました。協議会での検討結果等を踏まえ、家事支援
サービス事業者による品質確保のための取組指針となる「家事支援サービス事業者ガイドライン」を策定、2016年には、事業者の提供するサービス品質を書類と現地審査により評価し、
政府による利用環境整備
0% 10% 20% 30% 40% 50%
(N=1,314)
45%
12%
47%
37%
22%
16%
12%
8%
7%
3%
39%
1%
8%
所得に対して価格が高いと思われるため
サービス内容と価格が見合わないと思われるため
他人に家の中に入られることに抵抗があるため
他人に家事等を任せることに抵抗があるため
セキュリティ(破損、盗難、プライバシー情報の漏れ等)に不安があるため
どの会社が良いサービスを提供しているのか分かりにくいため
どのような会社がサービスを提供しているのか分かりにくいため
サービスが利用しにくいため(事前見積り、契約手続き等)
サービス・商品の質に不安があるため
家の近くにサービスを提供している会社がないため
家族内で対応できており、サービスを利用する必要性を感じないため
その他
特に理由はない
価 格
抵抗感
不安感
図6 家事支援サービスを利用しない理由(未利用者)
出典:経済産業省「平成26年度�女性の活躍推進のための家事支援サービスに関する調査」
2017.12 4
特集 家事支援サービス の基礎知識
家事支援サービスの利用動向 ーサービス普及への課題を探るー特集 1
安心・安全な家事代行サービス事業者として認証する第三者認証制度「家事代行サービス認証」が設立されました*3。現在までに5事業者が認証を受けています。また、女性の活躍促進や家事支援ニーズへの
対応、中長期的な経済成長を目的とし、国家戦略特別区域内において、家事支援活動を行う外国人を特定機関が雇用契約に基づいて受け入れる事業、「家事支援外国人受入事業」も始まっています。神奈川県、大阪府、東京都、兵庫県において事業が実施されています*4。このように、政府は、利用者における抵抗感
の軽減とサービス供給体制の構築の両輪で、女性のよりいっそうの活躍促進に寄与すると考える家事支援サービスの利用を促しています。
わが国においては、共働き世帯のみならず、今後増える高齢世帯での家事の支援ニーズも高まると予想されます。家事支援サービスはまだ新しいサービスであ
り、現状では、利用に対する心理的抵抗感の高いサービスですが、今後、世帯構造の変化、価値観の変化、事業者による多様なサービスの提供等によって、利用者における心理的抵抗感が軽減されていくことが期待できます。社会情勢の変化に伴って新たに生まれた家事
支援サービスが、生活インフラとなって根付き、さまざまな世帯の課題解決につながることを期待しています。
生活インフラサービスとしての期待
*3 本特集コラム「家事支援サービスの品質確保のために―家事代行サービス認証制度の概要―」�参照*4 内閣府国家戦略特区「家事支援外国人受入事業」�https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc/kajishien.html
2特集
国民生活センター相談情報部
「掃除サービス」に関する最近の消費者トラブル
2017.12 5
特集 家事支援サービスの基礎知識
社会の高齢化、単身世帯の増加や女性の社会進出が進むなか、炊事や掃除、洗濯等の家事を代行して支援するサービスが提供されるようになっています。一方、全国の消費生活センター等には、キッチンや浴室等の清掃、エアコンのクリーニング等、いわゆる「掃除サービス」に関する相談*1が寄せられています。そこで、本稿ではこれら掃除サービスについて、最近の状況を報告します。
掃除サービスに関する相談は、毎年度800~900件程度で推移しており、横ばい傾向です(図1)。2012年度以降の累積相談件数は4,814件で、エアコンや換気扇のクリーニングに関するトラブルの相談が多く寄せられています。
相談件数
掃除サービスにおける契約当事者の属性を分析すると、性別では男性が1,110件で全体の24%であるのに対し、女性が3,519件で76%を占め、契約当事者の4分の3は女性となっています。これは家事担当の主体が女性であることが影響していると思われます。年代別では、最も多いのが70歳以上の1,623
件で全体の38%を占め、次いで多い60歳代が776件の18%で、60歳以上の高齢者が56%を占めています。また、30歳代(504件、12%)、40歳代(646件、15%)、50歳代(623件、15%)でも一定数の相談が寄せられています(図2)。自分で動くことが難しくなってきた高齢者の利用が多いものの、共働き世帯や単身世帯等、幅広い年代で掃除サービスが利用されて
いることを示しています。60歳以上の年代の割合が高いのは、前述の理由のほか、後述する【事例3】のように、特別な低価格サービスの提供をきっかけに高額な契約を勧誘する事業者が、高齢者をねらっ
契約当事者の属性
(年度)
(件数)
778
936 912 869 867
452
0
200
400
600
800
1,000
2012 2013 2014 2015 2016 2017
図1 掃除サービスに関する相談件数
*1 �「掃除サービス」とは、事業者が家庭に出向いて、有料で掃除を行うサービスを指す。本稿におけるデータは国民生活センターと全国の消費生活センター等をオンラインネットワークで結び、消費生活に関する相談情報を蓄積しているデータベースであるPIOーNET(パイオネット:全国消費生活情報ネットワークシステム)に登録された相談件数である(2017年9月30日までの登録分)。消費生活センター等からの経由相談は含まれていない。データは2012年度以降の分析。割合は不明、無回答等を除く。
30歳未満122件 3%
60歳代776件 18%
50歳代623件15%
30歳代504件12%
40歳代646件 15%
70歳以上1,623件 38%
図2 契約当事者の年代
(n=4,294)
2017.12 6
「掃除サービス」に関する最近の消費者トラブル特集2
特集 家事支援サービス の基礎知識
ていることも挙げられます。契約当事者の職業では、家事従事者が1,621
件で37%、無職1,522件の35%と合わせると7割を超えています。一方、給与生活者も23%を占め、働いている人も掃除サービスを利用している状況が分かります。
寄せられた相談の契約形態をみると、訪問販売(1,549件、37%)が最も多く、店舗契約(957件、23 %)、電 話 勧 誘 で の 契 約(921件、22%)が続きます(図3)。また、トラブルの内容としては、販売方法や
品質、価格や料金に関するトラブルが多くみられます。
インターネットの広告を見て、自動清掃機能付きのエアコン2台のクリーニングを合計約3万円で依頼した。作業後、冷風が出なくなったエアコンがあったため、クリーニング業者に連絡したところ「掃除直後には冷風は出ていた。その後に故障したのではないか」と言われた。保証期間内であったためメーカーに修理を依頼したところ「温度センサーが水で濡れているが、このような掃除は故障の原因となる。温度センサーは保証対象なので、今回は無償交換する。内部には黒いカビが付いており、掃除は終わっていないようだ。掃除をやり直してもらってはどうか」と言われた。やり直しを求めたい。� (40歳代 女性)
換気扇のクリーニングを依頼したところレンジフードの塗装が剥げてしまった。築13年程経過している戸建て住宅であるが、作業前に塗装が剥げることがある
相談内容
相談事例
事例1
事例2
との説明は受けていない。業者に苦情を言ったところ補修をしてくれたが、色が異なるため補修の痕跡がはっきり分かる。納得できない。� (30歳代 女性)
突然自宅に電話があり、「宣伝のために通常の20%の料金でエアコンの掃除をするので依頼しないか」と勧誘され、3,000円で契約した。業者が来訪し、エアコンの掃除をした後、「水回りに汚れが付きにくいようにコーティングをしないか」と勧められた。浴室とトイレの洗浄とコーティングの契約で、支払いは36回のクレジット分割払いにして、手数料込みで総額35万円程になった。落ち着いてよく考えると高額である。キャンセルしたいが、クーリング・オフはできるだろうか。� (60歳代 女性)
⑴複数社から見積もりを取り、納得したうえでサービスを依頼しましょう
自分が望むサービスを明確にしたうえで、どのようなサービスがあるのか、どのように利用できるのか、どの程度の効果がもたらされるのかを事業者に確認しましょう。価格やサービス内容を比較するためにも、1社だけでなく数社を比較・検討することが重要です。���見積もりを依
頼する際には、自分の希望と事業者の認識にずれが生じないように、コミュニケーションを図
事例3
消費者へのアドバイス
訪問販売1,549件 37%
通信販売711件 17%
電話勧誘販売921件 22%
店舗契約957件 23%
図3 契約形態別
(n=4,138)
2017.12 7
「掃除サービス」に関する最近の消費者トラブル特集2
特集 家事支援サービス の基礎知識
りましょう。見積もりは必ず書面で受け取り、自分の希望どおりか確認しましょう。�契約の際には、契約書をよく読み、業務内容、
料金サービス対象範囲、クーリング・オフ等の解約方法、キャンセル料等について確認しておきましょう。�⑵破損や紛失等があった場合の補償等について、事前に十分確認しておきましょうサービス内容に不満が生じた場合や破損、紛
失等が発生した場合に備え、あらかじめ、見積もりや契約の段階で、事業者のトラブル対処策や、その補償規定等について十分に確認を行う
ことが重要です。事業者が賠償責任保険に加入しているかどうか確認しましょう。⑶自宅で掃除サービスの契約を締結した場合、原則としてクーリング・オフができます消費者が自宅で事業者と掃除サービスの契約
を締結した場合は、原則として特定商取引法の「訪問販売」に該当します。この場合、事業者はクーリング・オフ等に関する事項を記載した契約書面等を交付する必要があり(同法第4条、第5条)、消費者は書面交付から8日間はクーリング・オフの申し出を行うことができます*2。�
図4 掃除サービスを利用するときの注意点
*2 本特集3「法的な視点からみる家事支援サービス」参照
終了後・トラブル時
●サービスについての不満、清掃箇所の破損や物品の紛失等が発生したときには、速やかに事業者に 申し出ましょう。
●破損等は写真等証拠を残しておきましょう。●事業者との話し合いでは解決しない場合には、見積書や契約書等の書面を持参して、消費生活センター(188)に相談してください。
契約時・当日
●契約書をよく読み、見積もりの際に伝えた希望が記載されていることを確認し、分かりにくければ 口頭で説明を求めましょう。
●クーリング・オフや解約方法、破損や紛失等が起こった際の対処策方法等の補償規定について十分 確認しましょう。
●貴重品は必ず事前に片づけましょう。●強い薬剤を使用することもあるため作業後は十分に換気しましょう。
見積もり
●自分の希望と事業者の認識とにズレがないように、十分にコミュニケーションを図り、疑問点は必ず解消しておきましょう。
●見積もりは必ず書面で受け取り、記載内容に自分の希望が反映されているかチェックしましょう。●できれば複数の事業者から見積もりを取りましょう。
事業者の検討
●ホームページ等で情報を集め、複数社を比較・検討しましょう。●価格の情報を集め、一般的な価格を認識しましょう。●サービスの内容、利用方法、効果を確認しましょう。●掃除サービス業の開業には許認可等は不要ですが、掃除サービスに関する資格を有しているかや、
口コミ・評判等も参考にしましょう。
希望の明確化
●どこをどのようにきれいにしてもらいたいのかを明確にしましょう。●電話等で勧誘を受けた場合は、本当に必要か考えましょう。
法的な視点からみる家事支援サービス
3特集
小菅・島薗法律事務所。日本弁護士会連合会消費者問題対策委員会委員、栃木県弁護士会消費者問題対策委員会副委員長。著書に『実務解説特定商取引法』(共著 商事法務、2010年)等。
島薗 佐紀 Shimazono Saki 弁護士
2017.12 8
特集 家事支援サービス の基礎知識
家事(掃除、洗濯、炊事など)の全部または一部を利用者に代わって行う家事支援サービスは、一般的には、事業者との間で、家事に関する業務の委託契約を結び、事業者から派遣されたスタッフが業務を行う場合が多くなっています。最近では、事業者が提供するウェブサイト上で、利用者と家事サービス提供者が出会い、直接契約を結ぶ形態(いわゆるシェアリングエコノミーサービスの一種)のものもあります。このような法律行為以外の事務を委託する契
約は業務委託契約といい、民法上の準委任契約(民法656条)に当たります。委任契約(法律行為の委託)の規定が準用されます。したがって、事業者は、善良な管理者の注意義務、つまり、専門的な事業者として通常期待される注意をもって事務を処理する義務(善管注意義務)を負います(民法644条)。また、利用者も事業者も、基本的にいつでも契約を解除することができますが(民法651条1項)、相手の不利な時期に解除したときは、損害を賠償しなければなりません(民法651条2項)。
家事支援サービスと同様のサービスを行う職業として「家政婦」があります。家政婦は、家政婦紹介所等から紹介された家政婦と利用者が直接雇用契約を結ぶのが一般的です。家政婦との直接雇用契約で、トラブルが起き
家事支援サービスの法的形態
家政婦との違い
た場合は、基本的に直接家政婦と向き合ってトラブルを解決しなければなりません。これに対し、事業者と家事支援サービスの業
務委託契約をした場合には、事業者がトラブルに対応する必要があります。では、想定されるトラブルごとに法的な考え
方を整理していきます。
家事支援サービスについては、消費者が希望していた内容と提供されたサービス内容が違うという苦情も多いようです。では、見積書や契約書に記載された内容と
サービス内容が違った場合は、何が言えるでしょうか。例えば、①2人で2時間の掃除をする契約だったのに1人しか来なかった、あるいは②1人で2時間の掃除をする契約だったのに1時間しかしなかったというような場合です。まず、約束した債務の履行をしていないとし
て、完全な債務の履行(例えば、②ならあと1時間の掃除)を請求することが考えられます。また、契約を解除したり(民法541条、543条)、損害賠償請求したり(民法415条)できる場合もあります。このほかに、勧誘の際に、事業者が重要な内
容について実際のサービス内容と違うことを告げ(不実告知)、利用者がそれを信じて契約した場合には、消費者契約法(4条1項1号)により契約を取り消すことができる場合もあります。
希望していたサービスと違う場合
2017.12 9
特集 家事支援サービスの基礎知識
法的な視点からみる家事支援サービス特集3
では、換気扇を掃除してもらったけれど、汚れが残っていた場合はどうでしょうか。スタッフが掃除の専門業者として前述の善管
注意義務を尽くしておらず、汚れが残ってしまったような場合には、完全な履行を求めるか、場合によっては損害賠償を請求できる場合もあります。他方、換気扇がとても古く、汚れがこびりついていて善管注意義務を尽くしてもきれいにならなかったような場合には、それ以上の請求をできない場合もあると考えられます。
掃除の家事支援サービスを頼んだところ、スタッフが床や浴槽などを磨き過ぎて色が落ちてしまった、あるいは破損してしまった場合には、何が言えるでしょうか。こうした場合、債務不履行(床や浴槽等を傷
つけないように注意するべき付随義務の違反)としての損害賠償請求や、不法行為としての損害賠償請求ができる可能性があります。
契約の際の契約書・規約に不当な規定がある場合、必ず規定に従わなければならないのでしょうか。例えば、契約を解除した場合にはキャンセル料として○万円を支払うという規定がある場合はどうでしょうか。消費者契約法9条は、解除に伴う損害賠償額
の予定や違約金の条項につき、解除に伴い事業者に生ずべき平均的な損害を超える部分は無効としています。したがって、キャンセル料の条項も、事業者に生じる平均的な損害を超える金額である場合、超える部分は無効となり、支払う必要はありません。また、スタッフが家財を破損した場合、事業
者もスタッフも一切責任を負わないという規定はどうでしょうか。
破損などがあった場合
契約書・規約に不当な規定がある場合
消費者契約法8条1項(1号~4号)は、事業者の債務不履行や不法行為により消費者に生じた損害の全部または一部を免除する条項は無効と規定しています。したがって、事業者やスタッフが一切責任を負わないとする条項は無効であり、損害賠償請求をすることができます。
契約した状況によっては特定商取引法が適用されます。①事業者の訪問を受け自宅で契約した場合家事支援サービスを、消費者が自宅で事業者
と契約をした場合には、原則として「訪問販売」に当たるので、契約書面等を受領したときから8日間はクーリング・オフできます。なお、消費者が「家事サービスを依頼したいので自宅に来てほしい」と来訪を要請して自宅で契約した場合は、訪問販売には当たりませんが、単に見積もり依頼を行っただけの場合は来訪を要請したとはいえません。見積もり後、その場で契約したのであれば、訪問販売に該当します。②事業者からの電話で契約した場合事業者が電話をかけて勧誘し、郵便・電話・
インターネット・メールなどにより契約した場合には、「電話勧誘販売」に当たるので、契約書面等を受領したときから8日間はクーリング・オフできます。また、契約の締結について勧誘することを告げずに消費者に電話をかけさせて勧誘した場合も、電話勧誘販売に当たります。③無料のお試し後に契約した場合電話で家事支援サービスの無料の「お試し」の
勧誘があり、お試し後すぐにそのまま自宅で契約した場合には、訪問販売としてクーリング・オフできます。しかし、お試しの状況を踏まえ、後日自ら郵便・電話・メールなどで契約した場合には、事業者からの「電話での勧誘により」契約したとはいえず、クーリング・オフできない場合もあります。
クーリング・オフ
2017.12 10
特集 家事支援サービスの基礎知識
家事代行サービスを営む株式会社ベアーズ所属(取締役副社長)。家事代行サービス業界のスポークスマンとして、テレビ、新聞、雑誌を含め、さまざまな講演、執筆を行っている。
髙橋 ゆき Takahashi Yuki 一般社団法人全国家事代行サービス協会 副会長
コラム 家事支援サービスの品質確保のために―家事代行サービス認証制度の概要―
女性の社会進出の増加によるニーズの高まりや、テレビドラマ等による認知拡大を受け、家事支援サービスは共働き世帯を中心に、 需要の拡大が予想されています。経済産業省によると、市場は今後約6000億円まで成長するともいわれ、事業者も急増しています。
一方で「他人を家に入れることに抵抗がある」といった、消費者イメージも根強く存在しています。そこで、 サービス品質の「見える化」により、幅広い層にとって利用しやすいサービス供給体制を構築し、サービスの安心な利用と雇用を促進することを目的に、「家事代行サービス認証制度」が創設されました。
家事代行サービス認証制度は、サービス利用者が効率的、合理的にサービス事業者を選択することができるよう、家事代行サービスの品質を書類と現地審査により評価し、公表するというものです。経済産業省の委託を受け、一般社団法人全国家事代行サービス協会がスキームオーナーとなり、一般財団法人日本規格協会が第三者機関として審査を担っています。
評価する品質のポイントは次の3つです。①安全・安心
人、物などに対するリスクの発生を抑える取り組み、リスクが顕在化した場合で利用者がそれを許容できるようにする取り組みが確実に行われること。②機能同等性
家事代行サービス事業者のサービスレベルが利用者の行う家事レベルと同等以上であること。③接遇
対応のよさ・感じのよさなどの心地よさが家事代行サービスに備わっていること。
ニーズが高まる一方で
品質を評価し公表
家事代行サービス認証を受ける対象となる事業者は12カ月以上の家事代行サービス提供実績のある法人であり、かつ、以下に該当する事業者となります。・公序良俗に反する事業を行っていないこと・反社会的勢力および団体と関係を有していないこと
なお、シェアリングエコノミーでプラットフォームを提供する事業者は認証の対象外としています。
また、認証の対象となるサービス商品は、一般的な家事を超えたサービス内容を含まない、定期サービス、スポットサービスです。
認証の公表は全国家事代行サービス協会のホームページ上で行います。認証を受けた事業者には認証証と、認証マーク(図)を授与します。
認証制度は、誰もが安心して利用できる社会インフラサービスとしての 家事代行サービスの認知をさらに高め、サービス水準の向上、業界の発展にも大きく寄与するものです。
家事負担の軽減や女性の社会進出が注目されるなか、暮らしに寄り添う、「安心」「安全」「快適」「便利」なサービスの提供を行っていきたいと思います。
認証の対象となる事業者およびサービス商品
公表と認証マーク
図 認証マーク
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住宅セーフティネット法の改正をどう読むか
平山 洋介 Hirayama Yosuke 神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授専門は住宅政策、都市計画。著書に『都市の条件』(NTT出版、2011年)、『住宅政策のどこが問題か』(光文社、2009年)など。近刊共著にHousing in Post-Growth Society(Routledge)。
重視する方向に向かい、公営住宅の建設は、次第に周縁化し、1960年代までは、増えていたのに対し、70年代以降では、ほぼ一貫して減少しました(図)。
市場重視の傾向は、1990年代に、より鮮明になりました。住宅宅地審議会による1995年の答申は「住宅サービスは私的に消費されるものである。……どの程度の支出によりどのような住宅サービスを享受するかは、第一義的に個人の選択に委ねるべきものである」と述べたうえで、「より広く自由な市場の機能を活用」する必要性を主張し、続く2000年の答申は「住宅宅地の取得、利用は国民の自助努力で行われるべきという原則」のもとでの「市場重視」の方針を打ち出しました。さらに、社会資本整備審議会の2005年答申は、市場指向の住宅政策のための新たな制度枠組みを描きました。
住宅供給の「3本柱」は解体し、住まいの市場領域を押し広げる作業が進みました。公営住宅の建設は、1990年代後半から、さらに減少しました(図)。そのストックは、少ないとはいえ、少
住宅セーフティネット改正法(住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律の一部を改正する法律)は、2017年4月19日に成立し(4月26日公布)、同年10月25日から施行されました。市場経済のもとでは適切な住まいを確保できない「住宅確保要配慮者」に対応しようとする法律が、住宅セーフティネット法です。住宅政策の体系のなかで、住宅セーフティネットはどのような位置と意味を有し、その改正法はどういう内容と課題をもつのでしょうか。
戦後日本の住宅政策は、“階層別住宅供給”の体系として構成され、住宅金融公庫法(1950年)、公営住宅法(1951年)および日本住宅公団法(1955年)の「3本柱」を中心手段としました。地方公共団体は低所得者のために低家賃の公営住宅を建設し、住宅公団は大都市の中間層に向けて集合住宅の団地を開発しました。住宅金融公庫が供給したのは、中間層の持ち家取得に対する低利の住宅ローンです。住宅建設計画法の制定(1966年)に基づき、政府は、住宅建設5カ年計画を定期的に策定しました。この計画は、「3本柱」と民間住宅の建設戸数目標を明示することで、“階層別住宅供給”の政策に根拠を与えました。
しかし、住宅政策は、商品住宅の市場拡大を
はじめに
住宅政策の市場化
図 公営住宅の着工戸数
(年)
(万戸)
02468
101214
1960
1965
1970
1975
1980
1985
1990
1995
2000
2005
2010
2015
(資料)『建築統計年報』より筆者作成。
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この事実から無関係ではあり得ません。しかし、市場重視の政策は、住宅セーフティネットに周縁的な位置づけしか与えません。政府は、市場のなかで住まいを確保できない世帯が存在することから、セーフティネットを用意せざるを得ず、そして同時に、市場領域を拡張するためにセーフティネットの役割を最小限に抑制する、という矛盾した政策をとります。
では、住宅セーフティネット政策は、矛盾のなかで、どのように展開し、どのような課題をもつのでしょうか。まず、重要なのは、政策対象の設定の仕方です。住宅セーフティネット法は、「住宅確保要配慮者」を対象とし、その内訳を「低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子どもを育成する家庭その他住宅の確保に特に配慮を要する者」としました。さらに、省令によって、地方公共団体は、例えば、中国残留邦人、ホームレス、被生活保護者、失業者、DV被害者などを支援対象に含めることができます。
公営住宅の対象は、「住宅に困窮する低額所得者」(公営住宅法1条)です。これは、政策対象に普遍性があることを意味します。しかし、公営住宅の周縁化に伴い、その供給対象は、1960年前後から、「高齢」「母子」「障害」などの福祉カテゴリーに合致する世帯に次第に絞り込まれました。
この「カテゴリー」化の傾向がより鮮明に反映したのが、「住宅確保要配慮者」の定義です。「カテゴリー」世帯に対する住宅支援が必要であることは、いうまでもありません。しかし、施策対象の「カテゴリー」化によって、「カテゴリー」に合致しない「単なる低所得者」が政策支援を得る可能性はますます減りました。増えているワーキングプアの人たちに対する援助もまた、後回しになります。
低所得者向け住宅供給が少量であるがゆえに、その対象を限定する施策がとられます。さらに、住宅の市場化をめざす政策がセーフティネット
住宅確保要配慮者
しずつ増えていたのに対し、2005年度の219万戸をピークとして減少に転じ、2014年度では216万戸となりました。その主な原因は、住戸数の減少を伴う建て替え事業の増加です。住宅公団は、1981年に住宅・都市整備公団、1999年に都市基盤整備公団、そして2004年に都市再生機構に再編され、新しい機構は、住宅事業を大幅に減らしました。住宅金融公庫は2007年に廃止され、その後継組織である住宅金融支援機構は、住宅融資の直接市場から原則的に退き、主に住宅ローンの証券化支援に取り組んでいます。公庫の廃止によって、銀行は、巨大な住宅ローン市場を得ました。
住まいのセーフティネットをつくろうとする方針は、それ自体として完結するのではなく、住宅政策の市場化と密接な関係をもちます。戦後住宅政策を支えていた住宅建設計画法は、2006年に廃止されました。住宅のための新たな法律である住生活基本法は、同年に成立し、それに基づく住生活基本計画が策定されました。この法律は、政府セクターだけではなく、民間セクターの責務を設定し、市場利用を想定した住宅政策の組み立てを示しました。これに関連して、住宅セーフティネット法が翌2007年に制定されました。最新の住生活基本計画は2016年につくられ、セーフティネット法の2017年改正がこれに続きました。
新たな住宅政策は、原則として、人々に市場住宅の確保を求め、それが困難な人たちのためにセーフティネットを形成するという枠組みをもちます。戦後住宅政策を形づくった“階層別住宅供給”のフレームは解体し、“市場化とセーフティネットの組み合わせ”が新たなフレームとなりました。
しかし、新しい枠組みがそれ自体に矛盾を内在させている点をみる必要があります。住宅の市場領域が拡大するに従い、市場住宅を得られない人たちが顕在化します。住宅政策の運営は、
住宅セーフティネットの矛盾
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化助成はその1割程度にしか適用されません。さらに、改修費補助と家賃低廉化・家賃債務保証料助成は、法律では定められず、予算措置となりました。法的根拠をもたない施策は、持続するとは限らず、安定しません。ここには、住宅セーフティネットのための財政支出を最小限に抑えようとする方針が現れています。
住宅セーフティネット法によって、不動産関連団体、地方公共団体、社会福祉法人、NPOなどが構成する、入居支援のための居住支援協議会の設置が可能になりました。しかし、その実績は、乏しいままでした。これに対し、改正法は、都道府県によるNPOなどの居住支援法人の指定を可能にしました。この法人は、居住支援協議会の構成団体として、登録住宅に関する情報提供と入居相談、家賃債務保証などを実施します。入居支援の新たなシステムが適切に機能するかどうかをみていく必要があります。
先進諸国のなかで、日本の低所得者向け住宅施策は、際立って小規模です。例えば、公的借家の割合は、オランダでは34%、デンマークでは22.2%、フランスでは18.7%、イギリスでは17.6%を示すのに対し、日本では3.8%に過ぎません。家賃補助などの住宅手当の受給世帯は、フランスでは21.1%、デンマークでは16.6%、イギリスでは15.0%、オランダでは13.9% を占めるのに比べ、日本ではほとんど皆無です*。
低所得者向け住宅対策が伝統的に驚くほど小規模であることに加え、住宅をさらに市場化する政策が進展しました。そこでの住宅セーフティネットは、周縁的な位置づけしかもっていません。改正法がセーフティネット形成の新たな手法を用意したことは、事実です。新しい法律のもとで、住宅対策が少しでも進むとともに、その実践から、住宅政策の全体の枠組みを見直す機運が生まれることが、期待されます。
おわりに
形成を最小限にとどめようとすることは、述べたとおりです。「住宅確保要配慮」の範囲を拡大し、「住宅に困窮する低額所得者」の全体を対象とする普遍的な制度を構築するには、住宅政策の枠組みのあり方を問い直す必要があります。
住宅セーフティネット法の制定時では、公営住宅を中心とし、そこに民営借家などを組み合わせたシステムを構築する方向性が想定されていました。これに比べ、改正法は、民営借家ストックを利用する方針を強調しています。用意されたのは、①住宅確保要配慮者の入居を受け入れる民営借家の都道府県等への登録、②登録住宅の改修に対する補助、入居者の負担軽減のための家賃低廉化・家賃債務保証料助成などの経済支援、③住宅確保要配慮者の入居を円滑にする支援などのしくみです。民営借家の空き家率は上昇しています。にもかかわらず、家主は、家賃滞納のリスクなどから、高齢者、母子世帯などの入居を拒む傾向をみせます。この状況を背景とし、増大する空き家を住宅確保要配慮者に配分する新しい手法が考案されました。
しかし、長期にわたって空き家となっているストックは、たいていの場合、立地不便・老朽などの欠陥をもっています。住宅確保要配慮者を受け入れる登録住宅には、市場では競争力をもたない物件が多くなると予想されます。民営借家の家主に老朽空き家を修繕させ、登録住宅をつくるように誘導するには、強いインセンティブが必要とされ、この点に関し、改修費補助などが十分な効果をもつかどうかが問われます。
そして、民営借家ストックを利用するセーフティネット政策は、極めて小規模です。公営住宅入居への応募者数は、2013年度では64万2614でした。これに比べ、国土交通省の計画によると、2020年度末までの登録住宅確保の目標戸数は17万5000戸に過ぎず、家賃低廉
民営借家空き家の活用
* 2012-2020年のOECDデータ New OECD Affordable Housing Database http://www.oecd.org/social/affordable-housing-database.htm
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HTMLの例
<!DOCTYPE html><html lang="ja"><head><meta charset="UTF-8"><title>Hello</title></head><body><p>Hello</p></body></html>
高橋 誠Takahashi Makoto
株式会社アンクにて、システム開発の傍ら、『Cの絵本(第2版)』(翔泳社、2016年)を始めとするIT専門書の企画、監修、執筆を行っている。
システムエンジニア
絵をみて分かるインターネット技術の基礎
ウェブの閲覧第 回6
インターネットのしくみについて、基礎から分かりやすく解説します。
インターネットの利用といえば、ウェブの閲覧がほとんど、という人も多いことでしょう。今回はウェブについて詳しく見ていきましょう。
● HTML(Hyper Text Markup Language)WWWで利用される文書のことをWebページといいます。Webページは
HTMLというコンピューター言語のルールにのっとって記述されており、リンクや画像を埋め込むことができます。
Webページは、Webブラウザを使って閲覧できます。代表的なWebブラウザには、Internet Explorer(IE)、Microsoft Edge、Mozilla Firefox、Google Chrome、Safariといったものがあります。
● Webサイトとホームページ企業や学校などのWebサイトは、Webページや関連
する画像などの集合体です。入口となるページのことをトップページまたはホームページ(HP)といいます。ホームページはWebサイトの意味で使われることもあります。
● WWW(World Wide Web)ハイパーテキストをインターネット上で使えるように
したしくみがWWW(ワールドワイドウェブ)です。これは「全世界的なクモの巣」という意味で、「ウェブ」はWWWを省略した呼び方です。リンクのようすがクモの巣のように見えることから、その名前が付いています。
● ハイパーテキスト(Hyper Text)ウェブの話に入る前に、ハイパーテキストについて紹介しましょう。他の文書への参照情報(ハイパーリンクまたはリンク)が埋め込まれ
ている文書(テキスト)をハイパーテキストといいます。リンクをクリックすることで、いろいろなページに飛べるようになっています。
ウェブに関連する用語を知ることで、ウェブについて理解しましょう。ウェブとは何か
ホームページの元々の意味は、Webブラウザを起動したとき表示されるWebページのことです。
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Webブラウザ
● Webサイトを公開するには企業等では自社内にWebサーバを設置することもありますが、セキュリティやアクセス量の要件が
厳しくない場合は、レンタルサーバを利用するのが手軽です。レンタルサーバには有料のものと無料のものがありますが、無料のものは一般に広告が表示されるうえ、安定性やサポートの面で劣ります。なお、ISP(通信業者)と契約すると、無料でWebサーバを利用できる場合もあります。
インターネット上でWebページがどこにあるかは、URL(Uniform Resource Locator)という文字列で表されます。国民生活センターのURLを例にとって説明します。
ブラウザの上方に表示されているURLの意味を理解しましょう。
ウェブの閲覧には、さまざまな技術が使われます。通信のようすとそのしくみについて詳しく見てみましょう。
URLの読み方
Webサーバとのやりとり
http://www.kokusen.go.jp :80/news/news.html
スキーム名サーバとの通信方式(プロトコル)を表す文字列です。提供するサービスによってプロトコルは異なります。
ドメイン名*1
サーバの IPアドレスを名前で表したものです。
パスサーバ内のファイルの場所です。「/」で区切ってフォルダの階層構造を表します。
Webサーバ要求に対してコンテンツを提供します。
要求
応答
データベースいろいろなデータを格納します。
Webページのファイル名省略した場合は、index.htmlなどの既定の名前のファイルにアクセスします。
末尾にパラメーターなどの補足的な情報が付加されることもあります。
ポート番号*2
通信の窓口となる番号です。通信方式によって、既定の番号は決まっています(既定のポート番号は省略できます)。
http(Hyper Text Transfer Protocol) …WWWの基本的な通信方式(ポート番号:80)https …暗号化された安全な通信方式(ポート番号:443) ユーザー情報などを扱う場合はhttpsで通信します。
*1 ウェブ版「国民生活」2017年8月号「新インターネットと上手に付き合う」第2回「IPアドレスとドメイン」 http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201708_05.pdf 参照
*2 ウェブ版「国民生活」2017年10月号「新インターネットと上手に付き合う」第4回「家庭内のネット接続」 http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201710_06.pdf 参照
①WebブラウザでURLを入力したり、リンクをクリックしたりすると、Webサーバに要求が送られます。
③Webブラウザは受け取ったデータを元にWebページを組み立てて表示します。
②Webサーバは要求に対してHTMLデータとそれに付随する画像(jpegやpng形式)などのデータを返します。このとき使われる技術として次のようなものがあります。
CSS:色やフォントサイズなどWebページの見た目の定義JavaScript:Webページに動きをつけるスクリプト(簡易プログラム)Flashコンテンツ:Webページに複雑な動きをつけるしくみ
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第 回
村川 隆生 Murakawa Takao TM不動産トラブル研究所 代表住宅業界・不動産業界で約30年勤務後、一般財団法人不動産適正取引推進機構勤務。2016年11月に退職し、現在、同機構 客員研究員。
入居中のトラブルと相談対応⑶−貸主・借主の変更−
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せん。任意売却によるオーナーチェンジの場合、借主には何らの影響もなく、不利益を被ることもありません(相続により相続人が新貸主となった場合も同様です)。〈新貸主から新たな契約の締結を要求された場合〉
賃貸物件を購入した新貸主が新たな賃貸借契約書を作成して借主に署名・押印を求めることがありますが、前述のとおり、旧貸主との契約がそのまま引き継がれていますので、新たに契約を締結する必要はありません。オーナーチェンジがあった場合、貸主の変更に関する変更契約書(または変更覚書)を交わすのが通常です。
借主は、契約書に限らず、自分が同意できない不利な条件が書かれた書面に署名・押印をする必要はありません。内容を確認せずに安易に署名・押印しないことが大事です。
借主は、貸主が提示する新契約書に署名・押印しなくても住み続けることができます。⑵競売によるオーナーチェンジ
競売の買受人(競落人)に対し、借主に借家権の対抗力を認めて借主を保護していた「短期賃貸借保護制度」が、2004年4月1日、民法の一部改正・施行により廃止されました(民法395条の改正)。それにより、2004年4月1日以降に締結された抵当権の設定がある賃貸物件の賃貸借契約には短期賃貸借保護制度の適用がなくなり、借主は、競売の買受人に対して借家権を対抗することができなくなりました*。
貸主の変更には、賃貸借契約期間中に ①賃貸物件の所有者(=貸主)が賃貸物件を売却し、所有者がそれを購入した買主(購入者)になる場合と ②賃貸物件が競売に付されて賃貸物件の所有者が買受人(競落人)になる場合があります。①と②では新所有者に対する借家権の対抗力が異なります。
借主の変更では、法人契約から入居者個人(社員)への変更、離婚等のさまざまな事情による変更などがあります。
貸主・借主の変更が生じた場合の法的問題、必要な手続き等について勉強します。
賃貸建物の所有者が変わることを一般にオーナーチェンジといいます。⑴任意売却によるオーナーチェンジ
建物の引渡しを受けている借主は、建物の所有者が変わっても新しい所有者に対して借家権を対抗することができます(借地借家法31条)。
アパート等の賃貸物件が売却されて建物の所有者がAからBになり、Bが新しい貸主になった場合、新貸主Bは、旧貸主Aと借主との間で締結された賃貸借契約に関する権利・義務の一切を承継します。つまり、旧貸主と借主で締結された賃貸借契約が新貸主にそのまま引き継がれます。したがって、売買により貸主が変わっても、借主と新貸主との間には、これまでの賃貸借契約が存在しており、借主は、新たに新貸主との間で賃貸借契約を締結する必要はありま
貸主の変更(オーナーチェンジ)
* 賃貸借契約締結後に設定された抵当権に対しては対抗力がある。
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更契約ですむこともありますが、原則的には、貸主と会社間の契約を解約して、新たに賃貸借契約を締結することになります。いずれの場合も貸主が借主の変更に応じることが前提になります。
貸主が法人契約を契約の条件にしている場合、貸主が借主の変更に応じないこともあり得ます。更新拒絶(正当事由があることが要件)や貸主からの解約申出とは異なりますので、契約を拒絶することが信義則に反するなどの特段の事情がない限り、貸主は契約を拒絶することもできます。⑵事情による借主名義の変更
婚約破棄、離婚、その他の事情により、契約上の借主が賃借物件を退去することから、借主を同居人の名義に変更することが必要となることがあります。この場合も貸主の同意が必要であることは⑴の場合と同じです。⑶敷金、名義変更手数料等
変更契約に際しては、敷金の処理をきちんとしておくことが必要です。前借主が預け入れている敷金は前借主に返還され、変更後の借主は新たに敷金を差し入れることになります。⑴の場合において、会社ではなく入居者が敷金を負担しているときには、新借主名義の預り証を発行してもらっておく必要があります。⑵の場合において、前借主名義人が退去して敷金を預け入れたままであっても、新借主の名義人は新たに敷金を預け入れることが必要です。
管理会社が変更手続きを行う場合、名義変更手数料等を請求する場合があります。著しく高額でない限り(賃料の1カ月分相当額程度が一つの目安か)、スムーズに変更手続きが終了するためにも支払いに応じることが必要です。
次回(第7回)1月号は、「契約の更新」について勉強します。
したがって、2004年4月1日以降に賃貸借契約を締結している借主は、競売の買受人から建物の明け渡しを求められた場合、拒むことはできません。ただし、6カ月の猶予期間が付与されていますので、賃料相当分の対価を支払うことにより6カ月間は住むことができます(現民法395条)。また、借家権の対抗力がありませんので、買受人に対して敷金の返還を求めることもできません。もっとも、敷金を預託した元貸主に対しては敷金返還請求権を有していますが、元貸主は経済的に破たんしていると思われますので、現実には返還を受けることは困難といえます。〈媒介業者の説明責任〉
媒介業者には「登記記録に記載された事項」の重要事項説明義務がありますが、抵当権が実行されて競売に付された場合の説明までは求めていません。したがって、競売に関する説明をしていなくても宅建業法上の説明義務違反はありません。しかし、抵当権が実行された場合の借主の不利益について説明をしていない場合、民事上の責任として、損害賠償の請求が認められる可能性はあります。ただし、その場合でも、居住後間もなく競売により明け渡しを求められた等で借主に特段の不利益を与えた場合に限定されると思われます。
⑴法人契約から個人契約への変更勤務先の会社が借主として賃貸借契約を締結
している場合において、会社の事情変更によって入居者である社員の個人契約に変更を求められたり、退職により個人契約に変更することが必要になることがあります。
借主の地位の譲渡を行うときには、貸主の承諾が必要になりますので、貸主の承諾がないと借主の変更はできません(民法612条 無断譲渡の禁止)。貸主の対応により、単に借主の変
借主の変更
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今井 芳昭 Imai Yoshiaki 慶應義塾大学文学部教授専門は社会心理学。その中でも個人間の影響の及ぼし合い(対人的影響)や社会的影響力に関心を持っている。主著に『依頼と説得の心理学』(サイエンス社、2006年)、『影響力』(光文社新書、2010年)など。
専門家の肩書きに注意社会心理学
消費生活相談に役立つ
第 回5
はかかりますが)、知りたい情報を得ることができます。そして、弁護士からのアドバイスには従おうという気になります。
ただし、この際に重要なのは、その専門家が信頼できる人かどうかという点です。信頼できるとは、言い換えれば、うそをついていないこと、隠している情報がないこと、受け手の利益を専門家自身の利益よりも優先してくれることなどです。特に、受け手の利益を搾
さく取しゅし、自分
自身のためだけに行動する専門家は、信頼できないということになります。また、もう1つ、専門家について厄介な点は、
実際に資格認定されていなくても、専門家であるフリができてしまうことです。専門家のフリを可能にする1つ目の方法は、自己申告です。「自分は一級建築士です」と受け手に伝えれば、受け手は疑うことなく信じてくれます。それは、私たちが人の言うことを疑うことは失礼であると考えており、さらに、送り手がふさわしい身なりをしていれば、疑おうという考えは生じにくくなります。まさか、専門家が自分をだますことなどは、まったく予測していないからです。悪質な送り手は、受け手のそうした反応を計算したうえで、働きかけているといえるでしょう。専門家のフリを可能にする2つ目の方法は、
専門家であることを示す、ちょっとした小道具です。それを使うだけで、簡単に受け手をだますことができてしまいます。例えば、医師ではないのに、白衣を着て医師らしく振る舞ってい
専門家の信頼性
今回は、私たちが専門家の肩書きの影響を受けてしまいやすいことに目を向けたいと思います。私たちは、日々色々なことについて判断を下さなければなりません。例えば、自分の使い方に合うパソコンやタブレットはどの機種で、どこで安く買うことができるのか、自分の好みに合う服はどの店で売っているのか、今度の旅行はどのホテルに泊まれば、食事もおいしく、観光地へのアクセスもよいのかということです。しかし、自分の知りたいことについて十分な情報を持っていない場合もあります。そのようなときは、その道の専門家のお世話になるのが手っ取り早い方法です。専門家とは、どのような人を指すのでしょう
か。一般的には、特定の領域において豊富な知識と卓越した技能を持ち、それを認定するための資格試験に合格し、国や認定機関から資格認定を受けている人です。多くの場合、その資格に相当する社会的な地位も認められ、周囲の人から一目置かれることになります。具体的には、医師、看護師、弁護士、一級建築士、行政書士、公認会計士、不動産鑑定士、介護福祉士などで、国家資格だけでも300近くあるようです。私たちが専門家の意見や判断を尊重し、また、
その影響を受けやすいのは、専門家の判断に従っていれば、自分にとって望ましい結果(報酬)を効率よく得られる可能性が大きいからです。例えば、法律的な知識を十分に持ち合わせていない場合は、弁護士に相談すれば(相談料
専門家とは
2017.12 19
消費生活相談に役立つ社会心理学
メール内のURLをクリックしたところ、知らないサイトに会員として招待された。その後、有名タレント事務所の取締役や
所属タレント、マネジャー等からメールが届き、相談に乗ってほしいと言うのでメッセージのやり取りを始めた。最初は半信半疑だったが、真実味のある内容で、やり取りを続けるうちに信じてしまった。しかし、途中で有料だと気づき、相手に相談したところ、「お金を口座に振り込む」等と言われたので、口座番号を教えたが入金はなかった。その後も、振り込むために信用チェック
が必要等と言われ、メールを交換するために必要なポイントを何度も購入し続けた。始めはクレジットカードで支払っていたが、限度額がいっぱいになったので、電子マネーや現金振込で支払った。やり取りは1日中続き、精神的にも肉体的にも限界で、冷静な判断力はなかったと思う。それでもおかしいとは思ったが、「誰にも言わないように」「やり取りの記録は削除するように」などと指示されていたので、まわりの人にも相談できなかった。証拠もほとんどない。生活にも困るようになり、もうカード会社に支払うお金がない。� (30歳代�女性�給与生活者)
この事例では、有名タレント事務所の取締役やタレント、マネジャーという肩書きを言われ
るのを見れば、医師に見えてきます。弁護士バッジや警察手帳を提示されれば、それがたとえ偽造されたものだとしても、そのことを受け手が見破ることは難しく、本物の弁護士や警官であると思ってしまいます(図)。こうしたことは、結婚詐欺においても同様で
す。例えば、実在した、自称アメリカ軍特殊部隊パイロットの結婚詐欺師を基にした映画があります。主人公は一目見てパイロットと分かるような制服をほとんど常に着ていました。また、イギリスのエリザベス女王の血縁関係にあると相手の女性に伝えていましたが、その相手は、素直に信じていたようです。こうした専門家としての自称とそれに見合っ
た身なりに、前回の人間関係で見た、人当たりの良さが加わると、ますますその専門家としての存在を信じてしまいがちです。人によい印象を持たれる秘
ひ訣けつは、強さと温かさであることが
指摘されています*1。卓越した(ように見える)専門性に人当たりの良さが加わると、受け手に対して強力な影響力になるということです。ここで、肩書きの影響を受けてしまった事例
をみてみることにしましょう。
肩書きを信じてしまった: サクラサイト商法*2
携帯電話に知らないアドレスから「連絡が欲しい」というメールが届いた。知り合いがメールアドレスを変更したのだと思い、
事例
図 専門家の肩書きに注意
*1 �J.ネフィンジャー&M.コフート『人の心を一瞬でつかむ方法�人を惹きつけて離さない「強さ」と「温かさ」の心理学』(あさ出版、2015年)*2 �国民生活センター「詐欺的な“サクラサイト商法”にご用心!-悪質“出会い系サイト”被害110番の結果報告から-」(2012年4月19日)� �
http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20120419_2.pdf�より
受け手
効率的な専門的知識の獲得(受け手にとっての報酬)
専門家
特定の専門領域・豊富な知識(情報、体験)・卓越した技能
公的な資格認定(肩書き)・制服 ・服装・バッジ ・認定証
注意事項
特定の専門領域・知りたい情報と専門領域は合っているか?・専門家の資格は本物か?・専門家は信頼できるか? うそをつかない 受け手の利益を重視
2017.12 20
消費生活相談に役立つ社会心理学
てきたように、状況を冷めた目で見る自分に頼ることです。例えば、前記の有名タレントの事例であれば、
受け手は、有名タレントが1ファンである自分に、深刻な悩みを相談してくれているというような枠組み(「ストーリー」と言ってもよいかもしれません)でしか自分を取り巻く状況を見ることができていません。そうした状況に熱くなっている自分を冷めた目で見て、そもそも有名タレントが自分のようなファンに相談することは考えにくいこと、相談を装って自分から高額なメール代金を支払わせようとしていることなどに思い至る必要があります。すなわち、少し異なる角度から、異なる枠組みで自分の置かれている状況を見直してみるということです。「言うは易し行うは難し」という側面はありますが、現在、自分が理解している枠組みとは異なる枠組みがあるかもしれないと考えてみましょう。3つ目は、今までにも紹介してきたことです
が、人に相談することです。先の事例にあったように、昔話さながら「誰にも言わないように。相談しないように」と言われた時点で、「これは怪しい」と判断することです。送り手のほうは、受け手が他の人に相談してしまい、この状況の裏に気づいてしまう可能性を懸念しているわけです。したがって、賢明な受け手は、その逆を行き、積極的に周囲の人に相談し、色々な意見を聞くことです。そのうえで、何が真実なのか、自分は現在どのような状況に置かれているのかを冷静に判断することです。送り手が複数の専門家から構成されているよ
うな劇場型詐欺の場合は、受け手はかなり不利な状況に置かれることになります。そういう時こそ、焦らず、でも迅速に受け手側の支援部隊を調え、こちらも複数で立ち向かう必要があります。決して、単独で対応しようという気を起こさないことです。
るがままに信じてしまったところに、受け手が困った状況に陥った原因があるようです。タレントやそのマネジャーは、前述したような資格を持つ専門家ではありませんが、私たちが影響を受けてしまう構造は、専門家の場合と同じです。すなわち、特定のタレントが好きな人にとっては、そのタレントが自分に必要な報酬(例えば、タレントとメール交換できること、タレントの秘密を自分だけが知っているという優越感など)をもたらしてくれる存在であり、相手と対面しないインターネット上では、タレントであると自己申告されるだけで信じてしまいがちであるという点です。専門家は有用な情報や判断を提供してくれますが、このタレントの場合は、心理的な報酬を与えていると考えられます。そして、この事例の中に、私たちが専門家の肩書きの影響から身を守るための方策が示されていると考えられます。
それには大きく分けて3つあります。1つ目は、その専門家が問題となっている領域における本当の専門家であるかどうか、専門家の自己申告が正しいかどうかを確かめることです。自己申告は誰もが好きなように行うことができますので、その裏付けを自分できちんと確かめましょう。現在は、インターネットで検索すれば、たちどころに結果がパソコンや携帯電話の画面に表示されますので、それを確認することです。複数のサイトでその専門家の存在、経歴、評判を確認し、できればインターネット以外の方法でも確認してみます。2つ目は、その専門家の信頼性を自分の目で、
あるいは、自分の友人や知り合いの目を借りて確かめることです。専門家が受け手の利益ではなく、自分自身の利益を優先させようとしていないかどうか、うその情報を提供しようとしていないかどうかを検討するということです。この点に関する特効薬はなく、今までにも指摘し
専門家の肩書きから身を守るには
文/安藤 佳子 Ando Yoshiko
2017.12 21
EU(欧州連合)加盟国のうちいわゆる旧東欧諸国では、外見は同じでも食品の品質が他国より劣るという苦情が多い。スロベニアで販売されている苺
いちご
ヨーグルトに含まれる苺の量は、隣国オーストリアの同一製品より4割少ないため、隣国で購入する人もいる。フィッシュフィンガー(冷凍成形魚肉フライ)は、オーストリアでは魚肉65%だがスロバキアでは58%。ランチョンミートは、ドイツでは豚肉だがチェコでは成形鶏肉だ。いずれも同じメーカーである。メーカーや販売業者は地域の嗜
し好こう等を考慮
した結果と釈明するが、消費者団体等は、大企業の利益優先による「食品アパルトヘイト」と反発する。ユンケル欧州委員会委員長は一般教書演説におい
てEUの結束、経済の好転回復に自信を示した一方で、食品・製品の品質等の格差は容認できないと述
べた。その2週間後、EUの「食品情報規則」「不公正商行為指令」に基づき、加盟各国において不公正な食品を是正するためのガイドラインが発表された。さらに、加盟各国で品質比較等を適正・科学的に実施するため、食品品質検査方法の開発JRC(ジョイントリサーチセンター)へ100万ユーロを準備するとともに加盟各国が食品格差の調査研究等を実施するための資金100万ユーロを提供するとした。法務・消費者・男女平等担当のヨウロワーEU委員は「クロスボーダーの問題でありEU全体で取り組むべき。やっと是正へと向かう」と述べた。今後、「自主倫理綱領」作成へ向けたメーカー・業界との対話「消費者サミット」への参加、各国政府の消費者保護および食品安全担当部門のワークショップなどが実施される予定である。
●EUホームページ・プレスリリース �http://europa.eu/rapid/press-release_IP-17-3403_en.htm� �https://ec.europa.eu/commission/sites/beta-political/files/dual-food_en.pdf ほか
食品の品質格差是正をEU(欧州連合)
イギリスでは2016年、低価格パッケージツアーを販売する旅行会社が倒産し、海外旅行中の約27,000人が帰国できず、約11万人分の予約がキャンセルされるなど大きな影響が出たが、帰国便の手当てや返金などATOL(航空旅行会社ライセンス)制度ですべてのツアー客が救済された。ATOL制度は、旅行会社の倒産から消費者を保護するために創設され、現在は登録会社が1人につき2.5ポンドを供託しCAA(民間航空局)が管理する。2016年だけで19社が破産し補償金の支出は1470万ポンドに上った。2017年も、LCCのパイロット不足による大量
欠航や倒産で約11万人が海外旅行先で立ち往生するなどの事態になったことから、航空券やツアーの購入に際して旅行会社のパンフレット等に記載の「ATOL保持業者」を安心の目安にする消費者も多
い。Which?はこのほど旅行会社8社に対し「航空券だけの予約(購入)」「病気で旅行に行けなくなった」など10のケースでATOLの補償が受けられるか調査を実施した。その結果、世界的に有名な老舗旅行会社でも担当者が「知らない」と答えたり誤った回答をするなど、安心できない状況が明らかになった。ATOL制度は航空便を含むパッケージツアーが対象であり、また経営母体が外国であれば制度の対象外となる。大量欠航便を出したLCCの旅行会社は経営権が2017年にドイツ企業に移ったが、そうなると最悪の場合消費者には返金されず、置き去りにされても自費で帰国しなければならなくなる。Which?は、ATOL登録の旅行会社や、特にイギ
リス国内で営業する外国の旅行会社にその補償内容を消費者にしっかり伝えるよう改善を求めている。
●Which?ホームページ https://www.which.co.uk/news/2017/10/travel-agents-get-it-wrong-on-atol/●ATOLホームページ https://www.caa.co.uk/atol-protection/ ほか
安心して海外パッケージツアーを利用するにはイギリス
文/岸 葉子 Kishi Yoko
2017.12 22
郵便局で菓子をねだる子どもの姿は、スイスでよく見られる光景だった。菓子以外にも、玩具、書籍、宝くじ、台所・自動車用品等を取りそろえる郵便局は、地域住民の「よろず屋」として重宝される一方で、子どもを誘惑する菓子の販売は望ましくないという声も上がっていた。そこで、3つの消費者団体が菓子販売の反対運動
を続けた結果、郵便局から「徐々に撤去する」という回答を得たことから、2014年にその実態を調査した。3つの消費者団体とは、ドイツ語圏のSKS(消費者保護財団)、フランス語圏のFRC(ロマンド消費者連盟)、イタリア語圏のACSI(イタリア語圏スイス消費者連盟)である。同団体スタッフが分担してスイス国内の郵便局74カ所を訪れ、まだ菓子が
販売されているかどうか調べたところ、相変わらず72カ所で販売が続いていた。菓子の陳列棚は2~4台の局が多く、最高はローザンヌ中央局の7台だったという。いずれも窓口のすぐ横に、子どもの目の高さで、子どもの気を引く包装の菓子を並べた棚が設置されていたとのことである。そこで、これらの団体はさらに反対運動を続けた
うえ、2017年7月に同じ郵便局を訪れ、同様の調査を行った。その結果、郵便局はようやく消費者団体との約束を果たし、菓子の陳列棚を撤去したことが確認できた。狭い国土に複数の公用語が並存する同国では、こ
の3団体が各言語圏の消費者の利益を代表し、共通の目的に向かって活動している。
●SKSホームページ �https://www.konsumentenschutz.ch/themen/werbung/post-hat-versprechen-gehalten/� �https://www.konsumentenschutz.ch/themen/werbung/post-statt-service-public-suesses-fuer-die-kleinen/
●FRCホームページ �https://www.frc.ch/les-bonbons-ont-disparu-au-guichet-pour-apparaitre-ailleurs/� �https://www.frc.ch/maman-je-veux-des-bonbons/
郵便局での菓子販売に幕スイス
赤かぶ、さつまいも、パースニップ(にんじんに似たセリ科の植物)、にんじん等を使った野菜チップスの人気が高まっている。商品テスト財団がアンケートを取ったところ、回答に応じた消費者のうち40%が、「ポテトチップスよりも健康的だと思う」と答えたという。そこで、同財団は加塩タイプの野菜チップス15商品(そのうち8品が有機品)を対象に、テストを実施した。商品ごとに外観・香り・味・口当たり、油の質、有害物質等を調べるとともに、糖分、塩分、カロリー、食物繊維等については、15商品の平均値とポテトチップス14商品の平均値を比較した。その結果、野菜チップスの3商品が総合的に「良
い」と評価された一方、4商品が「不十分」とされた。油の質は全商品で良好、味等も許容範囲内とされた。
「不十分」と評価された商品のうち3商品(1商品が有機品)からは、高濃度のアクリルアミドが、1商品からは高濃度の硝酸塩が検出された。発がん性が疑われるアクリルアミドだが、現時点では一部の加工食品に指標値(法的拘束力なし)が設定されているにとどまる。そこで、EUは食品事業者にアクリルアミド低減対策を義務づける規則を準備中で、早ければ2018年春に施行予定だという。なお、平均値を比較すると、野菜チップスは食物
繊維が豊富だが、カロリー、塩分、脂質はポテトチップスと同程度で、糖分は明らかに高かった。同財団は、健康面では両者引き分けとしたうえで、多彩な味を楽しみたい人の選択肢のひとつとして、野菜チップスを位置づけた。手作りのためのレシピも公開中である。
●商品テスト財団『テスト』2017年9月号 https://www.test.de/Test-Gemuesechips-5220648-0/●商品テスト財団『テスト』2017年1月号 https://www.test.de/Rezept-des-Monats-Knabbern-im-Heimkino-Gemuesechips-aus-dem-Ofen-5115561-0/●欧州委員会ホームページ http://europa.eu/rapid/press-release_IP-17-2028_en.htm
野菜チップスは健康的なの?ドイツ
2017.12 23
このコーナーでは、消費者教育の実践事例を紹介します。
第 回45 ラップで啓発も!
大学生による高校生への消費者教育
高山 貢 Takayama Mitsugu 青森中央学院大学経営法学部教授専門は地域経済。青森県金融広報アドバイザー、青森県消費者協会理事。著書に『地域再生のための経営と会計』(共著 中央経済社、2014年)
に伝えてほしいとの思いから、「地域密着アクト」(以下、講義)において、大学生による消費者教育の実践に取り組むことにしました。これが、本学の消費者教育の嚆
こう矢し
となりました。講義では、協会の相談員、青森県金融広報アド
バイザー、大学教員を講師に招き、消費者トラブルの実例、消費者法の基礎知識、金融知識等について学びます。消費者教育を学び、実践する講義なので、前期は座学、後期は消費者教育の教材づくりが中心となります。2015年度の履修者はわずか数名でしたが、2016年度は12名となり、2017年度は30名を超えるまでになりました。
1年目の2015年度は講義でパワーポイントを使った「電子紙芝居」などを制作し、協会の紹介で「第1回大学生と高校生の消費者教育講座」を2016年1月に青森県立青森商業高等学校で行いました(表)。
2年目の2016年度は消費者教育教材を本格的に制作しました。当初はドラマ仕立ての若者
向け消費者トラブル防止の創作寸劇にチャレンジしようとしましたが、私の演技指導力不足と資金難から断念し、「電子紙芝居」「ラップで啓発」をグループ別に制作しました。「電子紙芝居」は、フリーイラス
ラップで啓発にチャレンジ
私が本学で担当している科目「地域密着アクト」では、2015年度より消費者教育をテーマに取り上げています。
消費者教育をテーマとした理由は、青森県でも消費者トラブルが急増し、新聞、テレビでお年寄りや若者がさまざまなトラブルに巻き込まれるケースが報道され、社会的な問題としてクローズアップされていたことにあります。大学生が消費者トラブル防止のために活動できないかと、青森県消費者協会(以下、協会)に相談し、2013年、大学として協会の「青森市若者に対する消費者教育推進モデル事業」に参加することになりました。
モデル事業では、テーマの「生活の管理と契約」のもと、授業に学内外の講師を招き、契約トラブル、生活管理、クレジットカード、金融知識を学び、大学生の消費者市民社会の一員としての意識の向上に努めました。
そして、授業で学んだ知識をより多くの若者
本学の消費者教育の取り組み
表 大学生と高校生の消費者教育講座の概要 第1回大学生と高校生の消費者教育講座2016年1月23日(2015年度)
青森県立青森商業高校
大学生6名、高校生50名⒈インタ一ネットの危ない世界 SNS、ワンクリック詐欺⒉電子紙芝居 ネットショッピング⒊消費者トラブル○×クイズ 知っておきたい消費者知識
第2回大学生と高校生の消費者教育講座2017年2月12日(2016年度)
青森県立青森商業高校
大学生10名、高校生30名⒈大学生による消費者トラブル未然防止 偽・詐欺サイト、架空請求メ一ル ワンクリック詐欺、デ一ト商法⒉若者の消費者トラブルと法律ミ二講義⒊ラップで啓発
2017.12 24
で質問しながら、やさしく解説しました(写真)。次に「若者の消費者トラブルと法律ミニ講義」
では、私が性格別に巻き込まれやすいトラブル診断と、法律の解説でトラブル防止をアドバイスしました。
最後に「ラップで啓発」として、架空請求編、出会い系サイトによるデート商法編を大学生が披露しました。
参加した高校生の9割以上がインターネット、SNSを利用していることから、年代が近い大学生が話す消費者トラブルの紹介は身近なものであり、参考になったようです。
消費者教育推進法、消費者教育の推進に関する基本的な方針に基づき、本学では消費者教育に体系的かつ継続的に取り組むため、大学における消費者教育を導入し、高校生への消費者教育講座を続けてきました。
消費者教育は若い世代から始めるのが効果的ですが、私は若者向けの消費者教育は講義形式のような一方的なものではなく、若者との意見交換やゲーム感覚で進められるような方法が効果的ではないかと考えています。
最後に、現在制作中の消費者啓発ラップのフレーズを紹介します。「安心が慢心、注意が肝心 細心の注意、回避、一大事 心を踏みにじる、振り込め詐欺 みんなで被害を食い止めたい」
若者への消費者教育を進めるために
ト、効果音を使用して、若者が巻き込まれそうな消費者トラブルを題材に注意点、アドバイス、法律的解釈を加え、最後に必ず「困ったら188」のフレーズを強調しました。
また、未成年者の取引や契約の知識などの法律問題を○×クイズ形式で出題、大学で法律を学んだ学生が高校生向けにやさしく解説しました。
そして、「ラップで啓発」ですが、このきっかけは大学のゼミ紹介で、あるゼミの学生がラップでにぎやかに行ったゼミ勧誘が大受けだったことでした。そこで、大学生が若者向け啓発をラップで行えば、高校生や中学生が関心を持ってくれるはずと、学生に作詞を依頼しました。でき上がったのが「消費者ラップ 架空請求編」で、「恐ろしい罠
わなで画面フリーズ、誰か助けてヘ
ルププリーズ」と、ラップのお約束の韻を踏むフレーズが盛り込まれています。そして、最後は「電話番号188でいやや、消費者センターはみんなの味方!」で終わります。
これらの作品を2017年1月に開催した「青森中央学院大学金融リテラシ―講演会」で披露したところ、協会のホームページの「消費者協会ニュース」で紹介され、地元で話題となりました。
そして「第2回大学生と高校生の消費者教育講座」(以下、講座)を同年2月に開催しました
(表)。なお、2017年度も新たなメンバーで消費者
教育教材を制作しており、「ラップで啓発」第2弾を近々お披露目する予定です。
講座の流れについて紹介します。最初の「大学生による消費者トラブル未然防止」では、高校生が被害にあいそうな消費者トラブルとして、偽・詐欺サイト、架空請求メール、ワンクリック詐欺、デート商法などをパワーポイントで説明し、高校生に被害防止のポイントをクイズ形式
参加型で楽しく学ぶ
写真 クイズ形式で楽しく講義
2017.12 25
クレジットカード取引におけるセキュリティ対策
山本 正行 Yamamoto Masayuki 山本国際コンサルタンツ代表関東学院大学経済学部経営学科講師、決済サービス事業の企画、戦略立案を専門とするコンサルタント。消費生活相談員を対象とした研修も実施。講演、執筆多数。
インターネット決済におけるセキュリティ対策(2)
最終回
保存しないばかりか、一時的にも保持せず、処理もしないことを意味します。カード情報の漏えいを防ぐにはカード情報を持たないことが最善というわけですが、カード情報を保持も処理もせずクレジットカード決済ができるのでしょうか。
通常、利用者がパソコンやスマホから打ち込んだカード情報は、EC事業者のサーバにいったん保存されます。しかし、EC事業者が決済代行業者のシステムを利用することで、カード情報を持たずにインターネット決済に対応することもできるのです。この方式は、クレジットカード決済に必要なオーソリゼーションや売上処理のすべてを決済代行業者が行い、EC事業者は決済代行業者とプラグインなどと呼ばれるソフトウェアで連携し、カード情報を含まない処理結果を受け取ります(図1)。
現在、既にこの方式のEC事業者は多数あり、
今回は、インターネット決済を取り扱う事業者が行うべきセキュリティ対策の内容を解説します。消費者からは見えにくい部分ですが、クレジットカードのシステムを理解するうえで重要な要素です。
2018年に予定される改正割賦販売法の施行に伴い、クレジットカードでインターネット販売を行う事業者(EC事業者)などに、①カード情報の漏えい防止対策 ②インターネット決済における不正使用対策—が義務づけられます。対策の目標、各主体の役割などは「実行計画2017」*1
に記されています。以下、「実行計画2017」の内容に従って解説します。
カード情報の漏えい対策として、EC事業者などに対し、①カード情報の非保持化(カード情報を保持しない) ②保持する場合はPCI DSS*2
に準拠—の2つのうちいずれかの対策が義務づけられます。①カード情報の非保持化
カード情報の非保持化は、クレジットカードを取り扱う事業者がシステム上にカード情報を
カード情報漏えい防止と不正使用対策の義務づけ
カード情報の漏えい対策
*1 ウェブ版「国民生活」2017年10月号「クレジットカード取引におけるセキュリティ対策」第5回「ICカードのセキュリティ対策(2)」 http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201710_11.pdf
*2 Payment Card Industry Data Security Standardの略。
図1 EC事業者がカード情報を保持しない方法
インターネット
連携
消費者
決済代行業者
カード情報
注文
決済代行業者が提供する決済用ソフト
(プラグイン)を導入
カード情報は決済代行業者に保存されECサイトからのアクセスはできない
EC事業者
2017.12 26
クレジットカード取引におけるセキュリティ対策
などには準拠していないところが残ります。PCI DSSに準拠していない事業者が新たに
準拠する際、多くの場合システム改修を伴い、さらにカード情報取扱いに関する運用ルール(業務)も変更しなければなりません。その後、PCI国際協議会によって認定された審査機関による訪問調査(オンサイトレビュー)を受けるか、自ら所定の自己問診を行うことで準拠ずみであることを確認します。ビザ、マスターカードなどの国際決済ブランドは、年間売上件数が一定以上の大手事業者にオンサイトレビューの実施を義務づけています。日本では一般社団法人日本クレジット協会が国内における運用ルールを定め、年間売上件数が少なく国際決済ブランドの基準に当てはまらない事業者にも自己問診によるPCI DSS準拠を義務づけました。
インターネット決済を行う事業者は、カード情報の漏えい対策を2018年3月末までに終わらせなければなりません。カード情報の漏えい対策は喫緊の課題であり、改正割賦販売法の施行(遅くとも2018年6月)まで待ってはいられないということです。なお、対面販売の加盟店の対応期限は2020年3月末です。対面販売の加盟店の場合は、カード情報の漏えい対策に加えてIC化対応も行う必要があり、その対応がより困難である点などを考慮した結果です。
不当に入手したカード情報を悪用する「なりすまし」の被害の発生を抑制するために、カード情報の漏えい対策に加えて、ECにおける不正使用対策も早急な対応が求められます。
インターネット決済を行う場合、カード番号に加え有効期限、利用者名、セキュリティコードなどを入力して認証を行うことが一般的です。それに加えてカード会社(イシュアー)による3Dセキュア方式に対応する事業者も増えています。3Dセキュアは、インターネット決済の際に、事
対応期限は2018年3月末
不正使用対策の現状
今後はこれが主流になっていくものと考えられます。決済代行業者が重要な役割を担う一例です。
さらに今後は決済代行業者ばかりでなく、アクワイアラー(主にクレジットカード会社)や決済サービスを提供するシステム会社などにも同様のサービスが増えるでしょう。②PCIDSSとは
EC事業者の中には運用上カード情報を保持せざるを得ない事業者も少なくありません。アマゾン、楽天市場などの大手EC事業者、アップル、グーグルなどのスマホのプラットフォーム事業者などは、利用者のアカウントにカード情報も登録し、ショッピングや有料サービスを利用する際に登録されたカード情報を用いて決済処理を行っています。
また、EC事業者がカード情報の非保持化を行っても、それをサポートする決済代行業者、クレジットカード会社(以下、カード会社)などはカード情報を直接処理するため、サーバ上にカード情報を保持せざるを得ません。結局誰かがカード情報を保持しなければならないわけです。「実行計画2017」はカード情報を保持する事業者にカード情報の厳格な取り扱い方法を求めるPCI DSSに準拠することを義務づけています。
PCI DSSはクレジットカードを含む国際カードを取り扱う事業者のセキュリティ対策基準を定めた国際的な標準規格で、ビザ、マスターカードなどの国際決済ブランドが共同で策定しました。表に示す6つの目標を掲げ、そのすべてを実現するための要件(12要件)を事業者に義務づけています。なお、先述の大手EC事業者、プラットフォーム事業者を含む多くの事業者が既にPCI DSSに準拠ずみですが、中小事業者
◦安全なネットワークの構築と維持◦カード会員データの保護◦脆弱性を管理するプログラムの整備◦強固なアクセス制御手法の導入◦定期的なネットワークの監視およびテスト◦情報セキュリティポリシーの整備
表 PCI DSSの目標
2017.12 27
クレジットカード取引におけるセキュリティ対策
大手EC事業者などにはクレジットカード決済の認証とは別に、取引を常時監視し、利用者の行動パターンや商品送付先に不審な点が認められる取引を保留にする、などの不正検知システムを運用するところがあります。今後はこうしたEC事業者による不正検知も含め、さまざまな手段を組み合わせ、多面的、重層的に不正使用を検知し対処していくことが義務づけられたのです(図2)。しかし、特定の方式を義務づけてはおらず、方式の選択は事業者の任意となっています。そのため、事業者にとって具体的な対策方法が分かりにくい点も否めません。
消費者には事業者が対策を施したかどうかが分かりにくいという問題があります。特にカード情報の非保持あるいはPCI DSSに準拠しているかどうかの判別は、消費者には困難です。最近は「PCI DSS準拠」などの表記を行うウェブサイトも増えていますので、注意してみることも大切です。不正使用対策に関しては、これまで3Dセキュアに対応していなかったECサイトで対応が進む可能性もあります。そのような場合は、インターネット決済の際にイシュアーのウェブサイトにID、パスワードの入力が必要となりますので、自分のID、パスワードを登録していない人はこの機会に登録しましょう。
消費者が注意すべきこと
前にイシュアーに登録したID、パスワードなどで追加の本人確認を行う認証方式です。3Dセキュアに対応したECサイトなどでインターネット決済を行うと、決済時にウェブサイトのドメインがECサイトからイシュアーに一時的に切り替わります。そこでイシュアーのウェブサイトにログインするためのID、パスワードなどを入力して認証します。この方式はイシュアーが直接利用者を認証するため、第三者がなりすましてクレジットカードを悪用する被害を食い止める効果があります。
こうして多くのEC事業者やイシュアーが、さまざまな方法で取引を認証し、不正取引を排除しようと心がけています。しかし、今でも「カード番号+有効期限」のみなど十分とはいえない認証方式のままクレジットカード決済を行う事業者が存在し、危険な状態が残ります。対応の足並みがそろわない点も問題であり、対応が遅れる事業者には早急な対応が求められます。事業者によって認証方式が異なり一貫性がない点も課題です。
さらに最近は不正使用の手口が巧妙になり、セキュリティコードや3Dセキュアなどのイシュアーによる対策だけでは十分とはいえない状況が指摘されます。EC事業者などによる協力も不可欠になってきています。
カード会社、決済代行業者に加えEC事業者などインターネット決済を行う事業者には、カード情報の漏えい対策と同じ2018年3月を期限に「多面的・重層的な不正使用対策の導入」が義務づけられました。少し分かりにくい表現ですが、これはセキュリティコードや3Dセキュアなどのイシュアーによる従来の認証方式に加え、EC事業者が行う利用者の「属性・行動分析」*3、それに商品送付先情報なども加味して、より高度な認証に対応せよ、という意味です。例えば、
新たに義務づけられた不正使用対策 図2 インターネット決済における多面的・重層的な
不正使用対策
◦カード番号+有効期限◦カード番号+有効期限+ セキュリティコード、 生年月日など◦3Dセキュア
従 来
セキュリティコード、 3Dセキュアなどに、属性・行動分析、商品送付先情報等を加え、有効性のある方策を多面的、重層的に併用
2018年4月以降
◦カード番号+有効期限のみなどの単純な認証方式を廃止◦セキュリティコード、 3Dセキュア等、より確実かつ有効な認証
方式を採用◦属性・行動分析、商品送付先情報等の情報も取引承認の判定に
組み込む、など
カード会社、決済代行業者、EC事業者の対応例…多面的、重層的に
インターネット決済時の認証方法
*3 通信時のIPアドレス等のデバイス情報や、過去の取引情報、取引頻度等に基づいたリスク評価を行い、不正な取引であるか判定する手法。
2017.12 28
第 回
新連載
“ちょんまげ”から“ざんぎり”へ
―髪型の変化をめぐる人々の反応―1
難波 知子 Namba Tomoko お茶の水女子大学基幹研究院准教授博士(学術)。専門は、近代日本の学校制服史。著書に『近代日本学校制服図録』(創元社、2016年)、『学校制服の文化史』(創元社、2012年)など。「明治150年」関連施策推進ロゴマーク審査委員。
平成30年(2018年)は、明治元年(1868年)から起算して満150年に当たります。政府では、明治以降の歩みを次世代に遺し、明治の精神に学び日本の強みを再認識するために、「明治150年」関連施策※を推進しています。その一環として本誌では、明治時代を生きた人々の暮らしを振り返り、現代の暮らしを展望します。
制するものではありませんでしたが、改革推進派の県令(県知事)が派遣された地域では、丁髷が厳しく取り締まられ、散髪が強制されていきました。
このように丁髷を排斥する背景には、開国後の日本にやってきた欧米人の目に、丁髷が未開の地を連想させる奇妙な風習として映ったことが挙げられます。近代的な国づくりを急ぐ明治政府の役人たちは、外国人の目に文明的でないと映る日本の古い慣習を廃止したいと考えました。しかし、男性の中には丁髷に対する愛着や誇りから、散髪に反対する者もいました。今まで慣れ親しんだ風俗を変えることは、そう簡単なことではありませんでした。
さて、人々にとって丁髷や散髪は、どうとらえられていたのでしょうか。水戸藩(現在の茨城県)の武士であった人物のエピソードから、江戸から明治にかけて男性の髪型が変化するようすや印象を紹介したいと思います。
このエピソードの主人公は、青山延のぶ
寿とし(1820-
1906年)という旧藩士で、女性解放運動の理論家として知られる山川菊栄(1890-1980年)の母方の祖父に当たる人物です。延寿は水戸の藩校(弘道館)で子弟教育に携わった学者でした。
“ちょんまげ”の苦労
今から150年前に始まる明治時代は、欧米から進んだ知識や技術を採り入れ、近代的な国づくりを進めていった時代といえます。その流れの中で、今、私たちが着ている洋服や靴も採り入れられました。和服から洋服への日常着の移行は、髪型や履き物、衣服の素材や作り方、洗濯や収納の方法、衣服をまとう身体や所作、服装に対する美意識の変容を伴いました。
このような大きな変化を明治の人々はどのように受け入れ、自分たちの文化を作り上げてきたのでしょうか。この連載の第1~3回では髪型・履物・衣服に焦点を当て、明治の人々の暮らしぶりをみていきます。第1回は「髪型」を取り上げます。
江戸時代以前の男性は、時代劇でもおなじみの“ちょんまげ”(丁髷)を結っていました。丁髷とは頭のてっぺん(月代:さかやき)を剃
そり、残っ
た頭髪を結って髷(まげ)をつくる髪型です。明治4年(1871年)になると、明治政府は散髪脱刀令を出し、丁髷を切り、散髪することを認めます。古い慣習を表す丁髷を切った散髪姿は、
“ざんぎり”頭と呼ばれ、文明開化を象徴する髪型になりました。散髪脱刀令自体は、散髪を強
散髪脱刀令―“ちょんまげ”から“ざんぎり”へ
※http://www.kantei.go.jp/jp/singi/meiji150/portal/
2017.12 29
うえ、髪型を維持するために相当な苦労が伴いました。夜寝る時も髪型が崩れないように気をつけなければならず、またいったん結うとしばらくそのままなので、しらみが湧いたり、ひどい臭いがすることもあったようです。
これに対して、西洋風の束髪は毎晩髪をほどいて寝て、朝起きたときに油を使わずに結うスタイルでした。清潔で軽快、かつ髪型が崩れることを気にせずに生活することができました。こうしたメリットを主張し、束髪を勧める運動も起こりました。明治18年(1885年)に婦人束髪会が結成され、西洋風の髪型が紹介、指南されていきます。青山延寿の娘、青山千世(山川菊栄の母)もこの時に束髪に変えています。千世は、束髪がとても軽便なため、周囲からもの珍しく見られても、それ以来ずっと束髪で通したようです(山川菊栄『おんな二代の記』)。
新しい文化の受け取り方や実践の方法は人それぞれですが、明治を生きた人々のエピソードを読み込んでいくと、自分たちの経験や感覚を通して、しっかりと判断していることがうかがえ、とても頼もしく感じられます。かつてない大きな変化を経験した明治の人々の物事・文化に対する適応能力に、現代の私たちも学ぶことがあるのではないでしょうか。
孫の菊栄が著した『武家の女性』には、延寿の髪型について、次のようなエピソードが語られています。
若いうちから髪の毛の薄かった延寿は、四十をだいぶ越した今は、もう自分の毛で髷を結うことができず、禿
はげ頭のまわりの毛
をびんつけ油で上の方へなであげ、つけ髷をして、そのまわりの毛を、また下の方へなでつけてもたせておくので、暑いころなどは、窮屈な服装でお城や学校へ出てキチンと坐
すわっている間に、びんつけ油はタラタ
ラ溶ける、つけ髷はゆるむ、何ともいえない厭
いやな気持だったそうで、御維新になって
世の中が変り、いろいろよくなったことが多い中にも、つけ髷の苦労のなくなっただけでも、どんなにホッとしたか分からない、ということでした。
延寿の場合、維新前の髷結いにとても苦労したようすがうかがえます。年をとれば、当然薄毛になり、丁髷を結うことが難しく、それでも体裁を整えるためにつけ髷をしなければなりませんでした。維新後、散髪が奨励されると、毎日の髷結いから解放され、楽になったことが容易に想像できるでしょう。このように、旧来の慣習に必ずしも固執する人々ばかりではなく、新しい文化の便利さや実用性を自らの経験に照らして判断し、その結果、変化を受け入れていった人々も数多くいたと思われます。それは政府による「上」からの強制とも異なり、人々の主体的な判断や行動に基づいていたと言えるでしょう。
女性の髪型についても、延寿の場合と同様のことが言えます。明治時代には、女性の髪型も西洋風の束髪へと次第に変化していきます。江戸時代に発達した女性の結髪は、油で塗り固め、複雑に結い上げるスタイルでした。とても美しい髪型かもしれませんが、髪の量が多くて重い
結髪の苦労、束髪の便利
図 明治時代の理髪店髪型の変容に伴い散髪屋も登場
出典: 平出鏗二郎『東京風俗志(中巻)』(1901年、国会図書館デジタル コレクション)
2017.12 30
無料点検を口実に訪問し、不要な赤水除去装置を契約させた業者
長野県東信消費生活センター
「無料で点検する」と販売目的を隠して訪問し、赤水除去装置を契約させた事例を紹介する。
関係な業者が訪問し、給湯器の10年保証や活水器の購入を勧めるという案件が発生している」という注意喚起のはがきが届き、初めて無関係の業者と契約してしまったことに気がついた。当時の契約書類を確認し、設置業者に電話し
たところ、保証期間は10年間で、まだ保証期間内であることが分かった。また、給湯器のメーカーに電話して確認したところ「当社の給湯器に赤水除去装置の設置は不要である」と回答があった。不要な契約をさせられたと分かったので契約をやめたい。� (50歳代 男性 自営・自由業)
赤水除去装置の販売業者(以下、販売業者)は、設置業者であるかのように相談者に思わせ、無料点検を口実に販売目的を告げずに訪問していることから、問題のある契約であると思われた。相談者はクレジットカード払いをしていたた
め、長野県東信消費生活センター(以下、当センター)は、クレジット会社と販売業者に経緯書を送ることを相談者に提案した。
結果概要
5年程前に自然冷媒式給湯器(以下、給湯器)の契約をした。その際、長期保証を付けた。今年の5月、自宅に男性から電話があり「お宅の給湯器は5年が過ぎたので保証が切れている。無料点検に伺いたい」と言われた。わが家の情報を知っていたため、給湯器の設置業者(以下、設置業者)の関連業者と思い来訪を承諾した。翌日、電話をしてきた業者が来訪した。業者
はフィルター等を点検した後、台所の蛇口から給湯器のお湯を出し、持参した白いボウルにためて薬剤を入れた。するとお湯が赤く変色し、赤水除去装置を設置したほうがいいと勧めてきた。赤水除去装置を設置すれば、切れてしまった給湯器の保証が今から10年間付き、年2回の無料メンテナンスも付く、との説明があった。終了した保証を新たに付けるためにも契約したほうがいいと思い、赤水除去装置31万円と10年分の交換用フィルター7万円の合計38万円の契約をした。代金はクレジットカード一括払いにした。1カ月経ったころ、設置業者から「弊社と無
相談内容
2017.12 31
損がないためその内容で合意する」と提案を了承した。合意書を取り交わし、全額の振り込みと、赤
水除去装置の撤去、フィルターの返品を確認し相談終了とした。
本件は、「給湯器の保証期間が切れている」と事実と異なることを伝え誤解させ、「無料で点検する」と販売目的を隠して訪問し、「赤水除去装置を契約することにより給湯器の保証が再び10年間付く」と誘い、不要と思える赤水除去装置を契約させた事案である。今回はクレジット会社の協力も得ながら交渉
を重ねた結果、販売業者が解決に向けて対応したが、消費者と販売業者とのやりとりの記録もなく、販売業者が強硬なままであれば、解決に至ることは非常に難しい事例であった。「無料で点検する」などと言って訪問し、点検後に消費者の不安をあおって商品やサービスを契約させる「点検商法」の被害が後を絶たない。中には今回の事例のように、契約から数年
経った購入者宅に電話をかけているものもある。無料点検と言って訪問し、不要な契約をさせている事例もみられることから、今後も注意が必要である。
問題点
まず、相談者がクレジット会社に経緯書を送り、その後当センターがクレジット会社へあっせんに入ることを連絡した。販売業者とクレジット会社の間に決済代行業者が介在していたため、決済代行業者にも連絡すると、「販売業者は、弁護士の指導も受けながら営業している。問題のあるような勧誘はしていない。そのうえで販売業者と交渉してほしい」とのことだった。次に販売業者との交渉に入ったが、「保証期
間が切れているという発言はしていない。会話は録音しているが、裁判の際の証拠としてしか出さない。赤水除去装置の設置は、メーカーが不要と言ったとしても、実際に赤水が出たため設置したので問題はない」と主張し、「言った」「言わない」の平行線になった。そこで、国民生活センターの経由相談に問い
合わせ、販売業者と決済代行業者の情報を得るとともに、クレジット会社にも交渉状況を伝えて協力を得ることが有効ではないか、との助言を得た。それを受け当センターは、クレジット会社に連絡した。すると、「決済代行業者から、解決に向けて話し合っているのでもう少し待ってほしい、と強く言われており、今は決済代行業者の対応待ちである」とのことだった。その後、販売業者は急に態度を変え、減額の
解決案を提示してきた。はじめに販売業者は、フィルター分の7万円を値引くので和解しないか、と言ってきたが、相談者は不要なものの契約は納得できないので、あくまでも解約で原状回復してほしいと提案を拒否した。次に販売業者は、原状回復をするための撤去
費用として7万円を負担してくれれば解約に応じると提案してきた。相談者はこれも拒否した。その後、販売業者は、「解約に応じ、撤去費
用も当社で負担する。だが、決済代行業者に迷惑をかけることは避けたい。契約者の口座に全額を振り込むのでクレジット決済はそのまま遂行してほしい」と提案してきた。相談者も、「実
2017.12 32
菅原 修 Sugawara Shu 弁護士。第一東京弁護士会、子ども法委員会所属。一般民事事件、夫婦・子どもの問題、相続問題等の家事事件、企業法務、刑事事件などを広く手がける。協力:萩谷 雅和(萩谷法律事務所)
中古住宅の庭木は売買の対象?
相談者の気持ち
知り合いから中古住宅とその敷地を買いました。庭木が気に入ったのも購入の決め手だったのですが、売主は庭木の一部を移すと言います。契約条件には入っていませんでしたが、庭木を残すにはどうすればよいのでしょう?
の所有権は売主にとどめたりする旨を合意した場合には、土地と樹木を独立したものとして取り扱い、樹木のみを売買の対象とする余地を認めています(大審院大正5年3月11日判決)。本件では、庭木の所有権を売主に保留するこ
とが売買契約の条件に含まれていませんので、原則どおり、庭木は土地の一部として取り扱われ、所有権は売主から買主に移転します。したがって、売主から「庭木の一部を移す」と言われても、買主はこれを拒むことができます。なお、本件とは異なり、庭木の所有権を売主
にとどめることが売買契約の条件に含まれていた場合、庭木の一部を他の土地等に移すことも可能です。ただし、他人の土地上に庭木を有していることになりますので、期限を決めるなどして速やかに他の土地等に移す必要があります。また、本件を離れて、中古住宅内にある畳や
建具、敷地にある庭石や石灯とう籠ろうについてみると、
これらは建物や土地の「従物」(法87条1項。主物の効用を補う物)に当たるため、「主物」(従物に効用を補われる物)である建物や土地の処分に従います(同条2項)。つまり、建物や土地の売買に伴い、売主から買主に所有権が移転することになります。
中古住宅(建物)およびその敷地(土地)の売主から「庭木(樹木)の一部を移す」と言われても、庭木の所
有権は買主に移転していますので、買主は売主の要求を拒むことができます。中古住宅およびその敷地を購入する場合、当
然、建物および土地は売買の対象に含まれています。では、土地に植えられた庭木はどのように取り扱われるのでしょうか。民法(以下、法)上、「土地及びその定着物は、不動産とする」と規定されています(86条1項)。そして、土地の「定着物」には、①土地とは独立した不動産とされるものと、②土地の一部とされるものがあります。建物は、①の典型例であり、土地とは別に売買の対象になります(なお、土地とは別に建物を売買する場合、賃借権などの借地権とセットで売買するのが通常です)。他方、庭木は②の典型例であり、土地の一部として取り扱われます。もっとも、庭木にはさまざまなものがあり、
名木など独立の取引価値が認められるものも存在します。そこで判例は、独立の取引価値がある樹木について、原則として土地の一部として扱われるものの、当事者が土地を売買せずに樹木のみ売買したり、逆に土地を売買するが樹木
第 回67
2017.12 33
判例暮らしの
消費者問題にかかわる判例を分かりやすく解説します
国民生活センター 相談情報部
に基づく運送条件の実施措置ではなく、あくまで乗客による任意の協力を得て、設定・運営されているものである。Xは、Aと称する会の構成員が2008年6月27日に女性専用車両に乗車するとの事前予告を受け、同日、a駅に赴き、他の4名の男性客(以下、Xら)とともに、午後8時24分発b駅行き区間電車に設定された女性専用車両に乗車した。上記予告を受けて、同日Yのa駅駅長は、鉄道警察隊に連絡を取って事前に待機し、Xらに対し、上記女性専用車両に乗車しないよう説得を試みたが、不調となり、
Yは、2005年9月1日より、自社の鉄道において、6両編成車両のうち、平日の始発から午前9時までの上り列車の最後部車両1両および午後6時以降a駅を発車する下り列車の先頭車両1両を、女性および小学生以下または身体の不自由な人(その介助者を含む)が乗車するための専用車両(以下、女性専用車両)と設定し、その旨を当該車両および駅のプラットホーム内に掲示した。女性専用車両は、鉄道営業法3条
事案の概要
女性専用車両の違法性を否定した事例本件は、女性専用車両に反対する任意団体の構成員とともに、事前に予告したうえで
女性専用車両に4人で乗車した男性が、鉄道会社に対して、女性専用車両は本来誰でも
自由に乗車できるものであるにもかかわらず、健常な成人男性の乗車を事実上禁止して
おり、その行為は憲法に違反し不法行為に該当するなどと主張して、損害賠償・謝罪広
告・女性専用車両の表示をしないこと等を求めた事例である。
裁判所は、鉄道会社が女性専用車両を設定した目的、時間帯などから、鉄道会社が女
性専用車両を設置したのは正当であり、その旨表示することも正当である等と判断し、
男性の請求をすべて棄却した。
女性専用車両の位置づけに関して裁判所が判断を示したという点において参考になる
判決である。
(東京地裁平成23年7月12日判決、
ウエストロージャパン)
原 告:X(男性)被 告:Y(鉄道会社)関係者:A(女性専用車両に反対する任意団体)
2017.12 34
暮らしの判例
いうべきである。しかも、本件鉄道において、女性専用車両が設定されるのは、平日の通勤時間帯の一部電車、しかも、同車両が設定されるのは6両編成の車両のうちわずか1両のみに過ぎず、これは健常な成人男性の乗客をして他の車両を利用して目的地まで乗車することを困難ならしめるものではないから、健常な成人男性の乗客に対し格別の不利益を与えるものでもない。さらに、上記のような女性専用車両の設定目的に鑑みると、その実効性の確保は重要であり、これを男性を含む本件鉄道の利用客に周知させる必要があることは論を待たないというべきである。本件鉄道の利用者は不特定多数に及ぶものであることからすれば、かかる不特定多数の利用者に対し、女性専用車両の存在を周知させるためには、その表示も相当程度簡明であることが必要であると考えられる。かかる状況に鑑みると、Yが女性専用車両について、健常な成人男性も乗車することができる旨をあえて掲示せず、これを「女性専用車」であり、女性および小学生以下または身体の不自由な人(その介助者を含む)が乗車するための専用車両であると掲示したことをもって、女性専用車両の表示に関するYの裁量権を逸脱した違法なものと評価することは相当でないし、これが社会的相当性を欠いた、男性の乗客に対する不法行為を構成するということもできない。●Xに対する鉄道警察隊等の行為の違法性についてXらは本件当日、電車の運行を妨害したり、
他の乗客に迷惑を掛けたりする意図はなかったにもかかわらず、Yまたは鉄道警察隊によって、Y女性専用車両から強制的に排除されたと主張する。しかし、本件当日のように、Xら等健常な成人男性が集団で同車両に乗車するとなれば、現に同車両に乗車する他の乗客に対し少なからぬ不安感を与えるであろうことは容易に想像ができる。そうすると、公共交通機関である本件鉄道を運行する会社であり、かつ自ら同車両を
鉄道警察隊4名、警備員2名とともに、同車両に乗車した。同車両は定刻に発車し、午後8時30分頃にc駅に停車するとXらは鉄道警察隊員らとともに女性専用車両から下車した。Xは、①女性専用車両は、本来誰でも自由に
乗車できるものであるにもかかわらず、Yは健常な成人男性の乗車を事実上禁止しており、当該行為は憲法で保障された居住・移転の自由を侵害するとともに法の下の平等に反し、不法行為に該当する、②同車両に乗車したXを強制的に排除したYの行為は不法行為に該当すると主張した。そして、事実上乗車したい列車・車両を利用
して目的地まで乗車することができなかったうえに、公衆の面前であたかも犯罪者のように扱われ、その名誉が毀
き損そんされるなどの著しい精神
的苦痛を被ったとして、Yに対して損害賠償(慰謝料300万円)と謝罪広告の掲載等を求めた。本件訴訟の主な争点は、Yが女性専用車両を
設定し、誰でも同車両に乗車することができるとの表示をしなかったことが、不法行為上の違法性を有するか否かである。
●Yが女性専用車両を設けたことについてXら男性について、憲法上、上記各基本的人
権が保障されることは当然としても、しかし、他方で、Yには、法人として、憲法上、営業の自由(22条1項)が保障されていることもまた否定できないものであるから、Yにおいても、事業の遂行ないし営業に関する自由な裁量権を有しているというべきである。そして、現在、Yを始めとする多くの鉄道運行事業者が実施している女性専用車両の設定は、平日の通勤通学の時間帯に相当な混雑をする首都圏等大都市圏の通勤電車において、痴漢犯罪の被害を受けるおそれのある女性の乗客に対し、少しでも安心、快適な通勤通学環境等を提供するために行われていると解せられ、これは目的において正当と
理 由
2017.12 35
暮らしの判例
ループの行為に対する対策として鉄道警察隊に要請して、当日、女性専用車両には乗らないようにと説得を続けた鉄道会社と鉄道警察隊の行為を契機に提訴された事件である。男性らは、女性専用車両の設置自体が憲法上の法の下の平等や移動の自由に対する権利侵害であるとして損害賠償、女性専用車両の掲示の取りやめなどを求めた。判決では、女性専用車両を設置した目的、時間帯、6両中の1両のみであること(男性はほかの5両に乗車することは自由である)、などを理由に、設置は正当なものであると判断した。また、その表示についても、正当なものであると判断した。女性専用車両の設置に反対するグループが、
反対の示威行動として複数名で女性専用車両に乗り込んだ際の警察官の行為が違法なものであったとして国家賠償法に基づき東京都に対して損害賠償を求めた事件として、参考判例がある。判決では、女性専用車両の設置について「近年都市部の鉄道の相当部分において混雑時間帯に女性専用車両が設定され、社会一般にその存在が相当程度認知されている状況にあること(公知の事実)」との指摘をしている(請求は棄却)。なお、本件訴訟では、Xは、Yは女性専用車
両において、主として女性を対象とする広告物を掲示するなどの営業的行為を行って不当に利益を得ているなどとも主張したが、判決では、「そもそもYが同車両を設定した目的は正当であることは上記に説示したとおりであるから、仮に、Yが同車両を利用して副次的に広告収入を得ていたとしても、直ちにこれを不当と評価するのは相当でない」と判断した。以上の判断はいずれも妥当なものであり類似
の事例の参考となる。
設定したYには、現に同車両に乗車する乗客の不安感を払
ふっ拭しょくするため最大限の行為を行うこと
がむしろ期待されているというべきであって、そのためにはXらに対しある程度強い説得行為が行われたとしても、これをもって直ちに社会的相当性を逸脱した行為と断ずることはできない。そして、一部の鉄道警察隊員が、女性専用車両に乗車中のXらに対して、「駅長さんの要請があれば、あなた方を逮捕しますからね」などとXらにとって必ずしも穏当とはいえない発言をした事実は認められるが、上記のとおりの状況下において、この事実から直ちに鉄道警察隊の行為が不法行為上の違法性を有するものと認めることはできないし、他にYの従業員や鉄道警察隊員が有形力を行使して、Xらをc駅で下車させたと認めるに足りる証拠はない。また、Yまたは鉄道警察隊において、Xを犯罪者として扱ったと認めるべき証拠もないから、かかる事実を前提とするXの主張も採用することはできない。
近年、首都圏を中心として多くの鉄道会社が平日の通勤通学時間帯に女性専用車両を設定するようになっている。事情としては、平日の通勤通学の時間帯等に痴漢事件が発生している事実があり、相当な混雑をする首都圏等大都市圏の通勤電車においては、痴漢犯罪の被害を受けるおそれのある女性の乗客に対して安心で快適な通勤通学環境等を提供することを目的としたものであると考えられる。ところが、女性専用車両の設置に反対するグループが、計画的に特定の日時を指定し女性専用車両に反対する旨のプラカードなどを持参して示威行動として女性専用車両に集団で乗り込む行動をすることを呼び掛け実施するケースがある。本件事件は、こうした事前の呼び掛けにより
男性らが女性専用車両に乗り込んだのに対して、事前に呼び掛けを把握した鉄道会社が、グ
解 説
東京地裁平成 24 年6月13日判決(ウエストロージャパン)
参考判例
2017.12 36
誌上法学講座 新時代の消費者契約法を学ぶ
第 回
契約取消権(4条)(1)
3
宮下 修一 Miyashita Shuichi 中央大学法科大学院教授博士(法学)。専門は民法・消費者法。消費者庁「消費者契約法の運用状況に関する検討会」委員等を歴任。
今回から4回にわたって順次検討していきますが、今回は、⑴のうち①不実告知(法4条1項1号)について検討することにします。
「不実告知」を理由とする契約取消権を規定する法4条1項1号は、次のア~カをその行使の要件として定めています。事業者が、ア「消費者契約」のイ「勧誘」に際して、その契約のウ「重要事項」についてエ事実と異なることの告知(=
「不実告知」)をした結果、消費者が、オエによって「誤認」をし(不実告知と誤認の因果関係)、カオによって申込みまたは承諾の意思表示を行ったこと(誤認と意思表示の因果関係)。さらに、取消権を行使するためには、キ取消しの意思表示をすることが必要です(民法123条)。
このうち、アは法2条3項の定義にかかわりますが、これは前回の連載で既に検討しました。キは、特に解釈が求められる内容ではありません。これに対して、イは、その解釈をめぐって争いがあります。また、他の要件については、裁判例を見ると、ウ・エはその有無がしばしば争われています。なお、オ・カについては、「誤認」の有無が争われることがあります。
ただ紙幅の関係もありますので、今回は、イ・ウ・エを中心に論じることにします(オ・カの「誤
「不実告知」による契約取消しの要件
消費者契約においては、契約締結段階における事業者の不適切な行為によって、消費者が本来は必要のない契約を締結してしまうことがしばしばあります。消費者契約法(以下、法)では、そのような行為のうち、次の3つの場合に契約取消権が消費者に付与されています。⑴「誤認」型:民法上の「詐欺」(96条)に当たるとまではいえないものの、事業者が不適切な情報を提供し、逆に情報を提供しなかったことによって、消費者が「誤認」して契約を締結した場合。①不実告知 ②断定的判断の提供 ③不利益事実の不告知がこれに含まれます。⑵「困惑」型:民法上の「強迫」(96条)に当たるとまではいえないものの、事業者が心理的な影響を与える方法を用いたことによって、消費者が「困惑」して契約を締結した場合。④事業者の不退去 ⑤事業者による退去妨害がこれに含まれます。⑶「つけ込み」型:事業者が、消費者が合理的な判断ができない状況にあることに「つけ込んだ」結果、消費者が契約を締結した場合。⑥過量契約がこれに含まれます。なお、過量契約については、民法上の公序良俗違反(90条)に問われることもあります。
「誤認」型・「困惑」型・「つけ込み」型
※ 本稿での『逐条解説』は、消費者契約法逐条解説(2017年2月)を指す。 http://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/annotations.html
2017.12 37
誌上法学講座誌上法学講座と判示しました。
本判決は、不特定多数の消費者向けであるというだけで「勧誘」に当たらないとはいえないとしたものであって、不特定多数向けであっても
「勧誘」に当たると断言したわけではありません。「勧誘」に当たるか否かは、あくまで個別の消費者の意思形成に直接影響を与えるか否かという観点から判断されることになります。もっとも、現実には広告等の記載にはそのような影響を与えるものが多いと考えられます。また、本判決の結論は、前述したように直接には法12条の「勧誘」に関する解釈をめぐる判断であることにも留意する必要があります。もっとも、同じ法律で同じ文言について異なる解釈をすることは避けるべきでしょうから、今後は法4条の「勧誘」についても同様に解釈することになるでしょう。実際に、現在の『逐条解説』はこの判例を引用し、解釈を変更しています*2。
ウ「重要事項」は、「不実告知」だけではなく、「不利益事実の不告知」にもかかわる要件で、その詳細は法4条5項で規定されています。
2016年改正前は、法4条4項として次のように規定されていました。
4 第一項第一号及び第二項の「重要事項」とは、消費者契約に係る次に掲げる事項であって消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきものをいう。一 物品、権利、役務その他の当該消費者契約
の目的となるものの質、用途その他の内容二 物品、権利、役務その他の当該消費者契約
の目的となるものの対価その他の取引条件
すなわち、ⅰ「当該消費者契約の目的となるもの」のⅱ「内容」または「取引条件」であって、かつ、それがⅲ当該消費者契約締結の「判断に通常影響を及ぼすべきもの」であることが必要と
改正前の「重要事項」の問題点
認」の有無については、次回以降検討します)。
消費者庁の以前の『逐条解説(第2版補訂版)』では、「勧誘」とは、「消費者の契約締結の意思の形成に影響を与える程度の勧め方」であり、特定の者に向けた勧誘方法は含まれますが、例えば「広告」や「チラシ」など不特定多数向けのものは、含まれないとされていました。これに対して、不特定多数向けの「広告」等であっても、その記載が消費者の最終的な契約締結の意思に実質的な影響を与えているのであれば「勧誘」に含まれるとする見解が有力に主張されてきました。
立法以来、この対立が続いてきたわけですが、2017年に入ってからそれが解消されるきっかけになる最高裁判決が下されました(最高裁平成29年1月24日判決、最高裁判所民事判例集71巻1号1ページ*1)。これは、クロレラを原料とする健康食品の効用等に関する新聞折り込みチラシの記載内容に不実告知(法4条)等があるとして、適格消費者団体が提起した消費者団体訴訟に関するものです。ここでは、法4条にいう「勧誘」の解釈ではなく、同条で取消しの対象となる行為につき適格消費者団体が差止請求権を行使できる旨を定めた法12条にいう「勧誘」をめぐる解釈が問題となりました。
最高裁は、「事業者が、その記載内容全体から判断して消費者が当該事業者の商品等の内容や取引条件その他これらの取引に関する事項を具体的に認識し得るような新聞広告により不特定多数の消費者に向けて働きかけを行うときは、当該働きかけが個別の消費者の意思形成に直接影響を与えることもあり得る」として、「事業者等による働きかけが不特定多数の消費者に向けられたものであったとしても、そのことから直ちにその働きかけが法12条1項及び2項にいう『勧誘』に当たらないということはできない」
「勧誘」の意義
*1 ウェブ版「国民生活」2017年6月号「暮らしの判例」 http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201706_14.pdf*2 内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査会(以下、専門調査会)の報告書(2017年8月)でも、「勧誘」要件のあり方について、本判決を受け、
必要に応じて検討することとされている。
2017.12 38
誌上法学講座誌上法学講座4条5項として次のような形に修正されました。
5 第一項第一号及び第二項の「重要事項」とは、消費者契約に係る次に掲げる事項(同項の場合にあっては、第三号に掲げるものを除く。)をいう。
一 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容であって、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの
二 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの対価その他の取引条件であって、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの三 前二号に掲げるもののほか、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害又は危険を回避するために通常必要であると判断される事情
1号と2号は、従来どおりの内容ですが、3号は、まさに動機づけに当たる部分も「重要事項」に含まれるものとしています(この3号は「不利益事実の不告知」には適用されませんが、次回詳論します)。現在の『逐条解説』では、前述の黒電話の事例も3号に該当するとしています。
もっとも、3号の表現は、何度読んでもすっと胸に落ちてきません。実は、2015年12月に公表された専門調査会の報告書では、特商法と同様に、「消費者が当該消費者契約の締結を必要とする事情に関する事項」というかたちで立法することが提言されていました。立法担当者によれば、核となる要素は「当該消費者契約の目的となるものが……必要であると判断される事情」であるとします。例えば、タイヤの溝が実際には走行に危険が生じるほどすり減っていないにもかかわらず、ガソリンスタンドでそのような危険が生じると告げられて消費者がそれを信じて新しいタイヤを購入したケースでは、「当該消費者契約の目的となるもの」である新しいタイヤが「必要であると判断される事情」
されていたわけです。とりわけ議論を呼んだのはⅰです。以前の『逐
条解説(第2版補訂版)』では、「今使っている黒電話は使えなくなる」と言われて新しい電話機を購入したという事例を示して、これは不実告知には当たるが、「当該消費者契約の目的となるもの」は「新しい電話機」であって「今使っている黒電話」ではないので取消しは認められないという解釈もありました。これについては、そもそも法4条4項の各号は重要事項のうち代表的なものを例示的に列挙したにすぎないとする見解、また、例えば前述の事例では「新しい電話機は、電話が使えなくなるという事態を回避するという性『質』を有し、電話の使用継続を可能とするという『用途』のものである」ととらえて重要事項の範囲を拡張して考えるべきであるという見解などが有力に示されてきました。
ところで、前述の事例の「黒電話が使えなくなる」という説明は、「新しい電話機」を購入する契約の動機づけに当たるものとも評価できます。実は、特定商取引法(以下、特商法)にも、2004年の改正で、「重要事項」に関する「不実告知」または「不利益事実の不告知」がなされた場合の契約取消権に関する規定が設けられましたが(現特商法9条の3)、このうち「不実告知」の対象となる「重要事項」については「顧客が契約締結を必要とする事情に関する事項」も含まれるものとされました(特商法6条1項6号)。そのこともあって、「不実告知」があった場合の契約取消しについては“特商法のほうが使い勝手がよい”という評価までなされていました。
このような状況を受けて、消費者契約法でも重要事項の範囲を拡大すべきであるという声が高まり、2016年の改正で実現しました。
2016年の改正で、従来の法4条4項は、法
特定商取引法上の「重要事項」との関係
改正後の「重要事項」の内容
2017.12 39
誌上法学講座誌上法学講座者の契約締結の判断に「通常影響を及ぼすべきもの」とは、契約締結時点の社会通念に照らして、一般的平均的消費者の契約締結の判断を左右すると客観的に考えられるような当該契約についての基本的事項を指すものとされています。
次に、エ不実告知についても、解釈論の対立があります。『逐条解説』では、不実告知の対象となる「事
実」には、例えば、「新鮮」「安い」「居住環境に優れた立地」「当社のマンションは安心」というように、主観的な評価であって客観的な事実から真正の有無を判断できない内容は含まれないとされています。
もっとも、これらは状況によってはいずれも客観的な判断が可能なものばかりです。「新鮮」であるかどうかは事業者がその商品を仕入れた時期で、また「安い」かどうかも同種の商品の同時期における一般的な販売価格と比較すれば客観的に判断可能です。さらに、「居住に優れた立地」であるかどうかは、例えば公共交通機関や商店などとの距離や周辺環境などの調査である程度客観化できますし、「当社のマンションは安心」であるかどうかは、耐震強度などのデータの有無で客観的に判断できるでしょう。
実際に、床下を点検すると称して本来は不要な通風用の換気扇や防湿剤を購入させるといういわゆる「点検商法」に関する事例では、「床下がかなり湿っている。このままでは家が危ない」という担当者の経験と感覚に基づく説明について、科学的な測定もせず、また商品の必要性について客観的な資料やデータを示さなかったとして、「不実告知」がなされたことを認めたものがあることに留意すべきでしょう(東京地裁平成17年3月10日判決、『消費者法ニュース』72号29ページ(要旨のみ))。
「不実告知」の意義
は、古いタイヤの溝が前述した危険が生じるほどすり減っていることであると説明されています。また、単に「必要」であると言っても抽象的であるため、どのような意味で必要であるかを明確にするために「当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害又は危険を回避するために」という文言を挿入したとのことです。ただ、そのような具体化によって、かえって私たち消費者にとっては不明確で分かりにくい表現となってしまいました。内容が特に変わらないのであれば、よりシンプルな表現にすべきであったように思います。
紙幅の関係で詳論はできないのですが*3、本法に関する下級審裁判例を分析すると、「重要事項」の範囲について、(a)契約の前提となる事情、(b)契約の目的となるものの付随的な契約条件、(c)商品・権利・役務を提供するための手段、についても広く「重要事項」に含まれるとするものが数多く存在します。
例えば、「一般市場価格(一般的な小売価格)」という趣旨でつけていた値札表示価格から大きく値引きするという説明を受けてダイヤモンドのファッションリングを購入したところ、実は一般的な小売価格が購入価格の半額未満であったという事例では、必ずしも契約目的物そのものの価格とはいえない一般的な小売価格という、いわば前述の(a)にあたる事情を「重要事項」の内容に含むかたちで不実告知の有無が判断されています(大阪高裁平成16年4月22日判決、
『消費者法ニュース』60号156ページ)。もっとも、前述した2016年の改正で新設さ
れた法4条5項3号の規定によって、従来の裁判例では「重要事項」に当たるか否か微妙な判断が迫られていた事情も広くカバーされることになるものと思われます。
なお『逐条解説』では、1号・2号にいう消費
「重要事項」の判断基準
*3 詳細は、宮下修一「消費者契約法4条の新たな展開⑴ −「誤認類型」・「困惑類型」をめぐる議論と裁判例の動向−」『国民生活研究』50巻2号(2010年9月刊)93 ~ 105ページを参照。
消費者宅を訪問して、事業者が不用品等を買い取るという取引形態を 「訪問購入」といいます。
消費者が困惑しているにもかかわらず、強引に貴金属等を買い取っていく悪質な訪問購入(押し売りならぬ「押し買い」)によるトラブルが増えています。
不用品等の買い取りを依頼するときは慎重に訪問購入は、特定商取引法による規制の対象です。ルールがあります ➡ 裏面へつづく
「不用品買い取ります」とやって来て…
●突然訪ねてきた買い取り業者に指輪やネックレスを売ってしまった。返してほしいが連絡先が分からない。
●貴金属も買い取るという話に乗せられ、ネックレス等を売ってしまった。すぐにクーリング・オフを申し出たが紛失したと言われた。
●本の買い取りを依頼した業者に貴金属はないのかと言われ指輪を見せた。売るつもりはなかったが、業者が帰った後、その指輪が見当たらない。
他にもこんな事例が
①
③
②
④
不用品はありませんか?何でも買い取りに
伺います。
全部で500円ですね。他にアクセサリーとか貴金属はないですか? 急に言われても…。
これも全部で500円ですね。
毎度あり〜!
え、そんな。どうしよう。
待って〜!積み込みま〜す!
●突然訪問してきた買い取り業者は家に入れないようにしましょう。
●買い取ってもらうつもりがない貴金属等の売却を迫られたらきっぱり断りましょう。 貴金属等はむやみに見せないように。
●売却後も8日間(クーリング・オフ期間中)は物品を引き渡さないほうがよいでしょう。
●不審な勧誘や、不本意な契約など、少しでも疑問を感じたら、消費生活センターにご相談ください。
自動車(2輪のものを除く)、家電(携行が容易なものは除く)、家具、本、CDやDVD、ゲームソフト類、有価証券等、物品によっては特定商取引法が適用されません。
そ の 1突然の訪問で不用品等を買い取ると勧誘することや、事前に消費者が査定や買い取りを依頼した物品以外についての勧誘は禁止されています。
そ の 2契約時には事業者の連絡先、物品の種類や特徴、購入価格、クーリング・オフに関する事項等について記載された書面の交付が義務づけられています。
そ の 3その2の書面を受け取ってから8日間は無条件で契約を解除(クーリング・オフ)できます。その期間中は物品の引き渡しを拒むことができます。
訪問購入の主なルール ~特定商取引法~
お住まいの自治体の相談窓口は…消費生活センターは、地方自治体が運営する消費生活に関する相談窓口です。
最寄りの相談窓口に電話がつながります。
2017年12月発行編集・発行:独立行政法人国民生活センターデザイン:(株)サンビジネス
(3桁の電話番号)
い や や !
消費者ホットライン188
トラブルを防ぐために
いらない食器を売ってくれませんか?
8日間は渡さないで
よく考えるわ!指輪A ¥5,000
食器B ¥1,500
(株)○△×
0X-XXX-XXX
注意
編集・発行
***********ウェブ版「国民生活」2017 年 12月号の訂正について***********
本誌の以下の箇所を訂正し差し替えました。
特集 2 「掃除サービス」に関する最近の消費者トラブル
7 ページ 右段 5 行目以下
訂正前:消費者が自宅で事業者と掃除サービスの契約を締結した場合は、特定商取引法の「訪問販売」
に該当します。この場合、原則として事業者はクーリング・オフ等に関する事項を記載した契約
書面等を交付する必要があり
訂正後:消費者が自宅で事業者と掃除サービスの契約を締結した場合は、原則として特定商取引法の
「訪問販売」に該当します。この場合、事業者はクーリング・オフ等に関する事項を記載した契約
書面等を交付する必要があり
以上