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2変量確率分布に従う位相スペクトルをもつ2信号間の位相限定相関関数の統計的性質

Statistical Properties of Phase-Only Correlation Functions Between Two Signals

With Phase Spectrum Following Bivariate Probability Distributions

鈴木亮 † 八巻俊輔 ‡  川又政征 †  吉澤誠 ‡

†東北大学大学院工学研究科‡東北大学サイバーサイエンスセンター

Ryo Suzuki† Shunsuke Yamaki‡  Masayuki Kawamata†  Makoto Yoshizawa‡

†Graduate School of Engineering, Tohoku University

‡Cyberscience Center, Tohoku University

アブストラクト 位相限定相関関数 (POC関数: Phase-

Only Correlation Functions)の性質に数学的根拠を与え

るため,POC関数の統計的解析を行う.本稿では,2信

号の位相スペクトルがともに確率的に変化する場合を考

え,2信号の位相スペクトルが 2変量確率変数であると仮

定する.2信号の位相スペクトルが 2変量確率分布に従う

とした時の POC関数の期待値と分散を導出する.このと

き,POC関数の期待値と分散の一般式は 2次元の特性関

数を用いて導出できることを証明する.

1 はじめに

2 つの信号の類似度を評価する方法の一つとして,信

号のもつ位相情報を用いる位相限定相関関数(POC 関

数:Phase-only-Correlation Functions)を用いる方法があ

る.POC関数は振幅スペクトルを 1に正規化した信号(位

相限定信号)に対して相関を計算することで求められる.

2つの信号が類似しているときに,POC関数は鋭いピー

クが観測される.また POC関数は,2信号間の幾何学的

な関係を求めることができる.例えば,POC関数のピー

クの出現する位置のずれを信号の位置ずれに変換して表

現することができる.これらの特徴から,POC関数は指

紋認証技術 [1]や画像マッチング技術 [2],周期性のある

DNA配列の探索 [3]などに応用されてきた.

2つの評価したい信号が等しいときは,それぞれの信号

の持つ位相情報は等しく,2つの信号の位相スペクトル差

は 0である.位相スペクトル差が 0となる時の POC関数

はデルタ関数になる.また,2つの信号の位相スペクトル

差が 0ではない時,POC関数はデルタ関数と異なる.し

かし,これまでの研究では,2信号間の位相スペクトル差

が 0ではない時に,POC関数がどれだけデルタ関数と異

なるかについて数学的な根拠が与えられていなかった.

 著者らのグループでは,これまでに 2信号間の位相ス

ペクトル差を 1変量確率変数と仮定して,POC関数の統

計的解析を行った [4].また,位相スペクトル差が直線上

で与えられる 1変量確率分布に従うと仮定して POC関数

の期待値と分散を導出した.

 これらに対して本稿では,2信号の位相スペクトルを 2

変量確率変数と仮定して,POC関数の統計的解析を行う.

具体的には,2信号の位相スペクトルが平面上で与えられ

る 2変量確率分布に従うと仮定して POC関数の期待値と

分散を導出する.その結果,POC関数の期待値と分散の

一般式は 2次元特性関数を用いて導出できることを証明

する.

2 POC関数の統計的解析

2.1 POC関数の定義

まず最初に位相限定相関関数 (POC関数)を定義する.

信号長が N の 2つの複素信号を x(n)と y(n)とする.こ

れらの信号 x(n)と y(n)の 1次元離散フーリエ変換は以

下の式で表される.

X(k) = DFT [x(n)] =N−1∑n=0

x(n)WnkN = |X(k)|ejθk (1)

Y (k) = DFT [x(n)] =N−1∑n=0

y(n)WnkN = |Y (k)|ejϕk (2)

ここで k = 0,…, N −1は離散周波数インデックスであり,

WN = exp(−j2π/N) は離散フーリエ変換の回転因子を

表す.また |X(k)|は信号 x(n)の振幅スペクトルであり,

θk は x(n)の位相スペクトルである.同様に |Y (k)|は信号 y(n)の振幅スペクトルであり,ϕk は y(n)の位相スペ

クトルである.POC関数は 2つの信号の正規化クロスパ

第30回 信号処理シンポジウム

2015年11月4日~6日(いわき)

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ワースペクトルの離散フーリエ逆変換として以下の式で

与えられる.

r(m) = IDFT

[X(k)Y ∗(k)

|X(k)||Y (k)|

]=

1

N

N−1∑k=0

X(k)Y ∗(k)

|X(k)||Y (k)|W−mk

N

=1

N

N−1∑k=0

ejαkW−mkN (3)

(m = 0, 1, ..., N − 1)

ここで‘ ∗’は複素共役を表し,αk = θk − ϕk は 2つの信

号の位相スペクトル差を表す.つまり位相スペクトル差

αk がわかると POC関数を求めることができる.

2.2 POC関数の期待値と分散の一般式

著者らのグループでは,文献 [4]で,位相スペクトル差

αkを確率変数と仮定して,POC関数の期待値と分散を導

出した.POC関数の期待値E[r(m)]および分散Var[r(m)]

の一般式は以下の式で表される.

E[r(m)] = Aδ(m) (4)

Var[r(m)] =1

N(1− |A|2) (5)

ここで位相因子 ejαk の期待値を

A = E[ejαk

](6)

とおいている.ここで,位相スペクトル差 αkは,すべて

の周波数インデックス k に関して独立かつ同一な確率分

布に従うと仮定している.式 (4)と (5),(6)より位相ス

ペクトル差 αk の確率密度関数を与えることで,POC関

数の統計的性質を表すことができる.

2.3 特性関数を用いた POC関数の期待値と分散の

導出

位相スペクトル差 αk の確率密度関数が与えられたと

き,式 (6)の計算にその特性関数を用いることができる.

確率変数 αkの確率密度関数 p(αk)の特性関数 ψα(t)は以

下で定義される.

ψα(t) = E[ejαkt] =

∫ ∞

−∞ejαktp(αk)dαk (7)

ここで t = 1とすることで,位相因子の期待値を以下の

ように求めることができる.

ψα(1) = E[ejαk ] =

∫ ∞

−∞ejαkp(αk)dαk

= A (8)

従って,位相スペクトル差 αkの確率密度関数が与えられ

たとき,式 (8)を用いることで POC関数の期待値と分散

を導出することができる.

3 2信号の位相スペクトルが 2変量確率分布に従う場合

の POC関数の統計的性質

3.1 2信号の位相スペクトルにおける仮定

著者らのグループがこれまでに行ってきたPOC関数の

統計的解析では,信号 x(n)の位相スペクトル θk を確定

信号とし,一方,信号 y(n)の位相スペクトル ϕk を確率

信号であると仮定をおいていた.しかし,実際の信号処

理においては,2信号 x(n)と y(n)の位相スペクトル θk

と ϕkがともに確率信号である場合も考えられる.本研究

では,2信号の位相スペクトル θk と ϕk が確率的に変動

すると仮定して,POC関数の統計的解析を行う.この時,

2信号の位相スペクトル (θk, ϕk)は,2変量の確率変数で

あると仮定している.

3.2 POC関数の期待値と分散の一般式

αk = θk − ϕk の関係式を式 (6)に代入すると,以下の

ように位相因子 ejαk の期待値を表すことができる.

A = E[ejαk

]= E

[ej(θk−ϕk)

](9)

ここで,2信号の位相スペクトル (θk, ϕk)は,すべての周

波数インデックス k に関して独立かつ同一な確率分布に

従うと仮定している.式 (9)と (4),(5)より位相スペクト

ル (θk, ϕk)の 2変量確率密度関数を与えることで,POC

関数の統計的性質を表すことができる.

3.3 2次元の特性関数を用いた POC関数統計的性質

の記述

2信号の位相スペクトル (θk, ϕk)の確率密度関数が与え

られたとき,2次元の特性関数を用いて POC関数の期待

値と分散を表すことができる.2信号の位相スペクトルの

確率密度関数を p(θk, ϕk)としたとき,その 2次元特性関

数 ψθ,ϕ(t1, t2)は以下の式で与えられる [5].

ψθ,ϕ(t1, t2) = E[ej(θkt1+ϕkt2)

]=

∫ ∞

−∞

∫ ∞

−∞p(θk, ϕk)e

jθkt1ejϕkt2dθkdϕk (10)

次に,式 (10)において t1 = 1, t2 = −1を代入すること

で,以下のように位相因子の期待値を導出することがで

きる.

ψθ,ϕ(1,−1) = E[ej(θk−ϕk)

]=

∫ ∞

−∞

∫ ∞

−∞p(θk, ϕk)e

jθke−jϕkdθkdϕk

= A (11)

従って,2確率密度関数 p (θk, ϕk)の 2次元特性関数を導

出できる場合には,式 (11)を用いることで POC関数の

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期待値と分散を以下の式で導出することができる.

E[r(m)] = Aδ(m) (12)

Var[r(m)] =1

N(1− |A|2) (13)

ここで位相因子 ejαk の期待値を

A = E[ejαk

]= E

[ej(θk−ϕk)

]= ψθ,ϕ(1,−1) (14)

とおいている.

3.4 2信号の位相スペクトルが独立な場合の POC関

数の統計的性質

2信号の位相スペクトル (θk, ϕk)の 2変量確率密度関数

を p (θk, ϕk)とし,θk と ϕk の周辺確率密度関数をそれぞ

れ p (θk)と p (ϕk)とおく.このときに

p (θk, ϕk) = p (θk) p (ϕk) (15)

が成り立つ場合,2信号の位相スペクトル (θk, ϕk)は互い

に独立であるといえる.式 (10)において,p (θk, ϕk)に式

(15)が成り立つとすると,その 2次元特性関数は以下の

ように導出することができる.

ψθ,ϕ(t1, t2) = E[ej(θkt1+ϕkt2)

]=

∫ ∞

−∞

∫ ∞

−∞p(θk, ϕk)e

jθkt1ejϕkt2dθkdϕk

=

∫ ∞

−∞

∫ ∞

−∞p (θk) p (ϕk) e

jθkt1ejϕkt2dθkdϕk

=

∫ ∞

−∞p (θk) e

jθt1dθk

∫ ∞

−∞p (ϕk) e

jϕkt2dϕk

= ψθ(t1)ψϕ(t2) (16)

ここで,ψθ(t1)とψϕ(t2)は,それぞれ周辺確率密度関数

p(ϕk)と p(θk)の特性関数である.従って,式 (16)に t1 =

1, t2 = −1を代入することで,以下のように位相因子の

期待値を導出することができる.

A = E[ejαk

]= E

[ej(θk−ϕk)

]= ψθ(1)ψϕ(−1) (17)

ここで,式 (17)を式 (4)と式 (5)に代入することで POC

関数の期待値と分散を導出することができる.

4 計算例

4.1 2変量正規分布に従う場合の POC関数の統計的

性質

2 信号の位相スペクトル (θk, ϕk)が 2 変量正規分布に

従うと仮定する.この時,平均 µ,共分散行列Σの 2変

量正規分布N(µ,Σ)の確率密度関数は以下の式で与えら

れる.

p(θk, ϕk) =1

2π|Σ| 12e−

12 (Θ−µ)Σ−1(Θ−µ)t (18)

Θ =(θk ϕk

)µ =

(µθ µϕ

)Σ =

(σ2θ ρσθσϕ

ρσθσϕ σ2ϕ

)σ2θ , σ

2ϕはそれぞれ 2信号の位相スペクトル (θk, ϕk)の分散

を表している.このとき,σθ, σϕ は σθ > 0と σϕ > 0を

満たす.また,ρは相関係数と呼ばれ,−1 ≤ ρ ≤ 1を満

たす.相関係数 ρ = 1の時は,θk = ϕk であり,ρ = −1

の時は,θk = −ϕk となる.p (θk, ϕk)が式 (18)で与えら

れる場合,その 2次元特性関数は以下のように導出する

ことができる.

ψθ,ϕ(t1, t2) = ej(µθt1+µϕt2)e−12 (σ

2θt

21+2ρσθσϕt1t2+σ2

ϕt22)(19)

ここで,式 (19)に t1 = 1, t2 = −1を代入することで以下

のように位相因子の期待値を導出することができる.

ψθ,ϕ(1,−1) = ejµe−σ2

2

= A (20)

σ2 = σ2θ − 2ρσθσϕ + σ2

ϕ

µ = µθ − µϕ

式 (20)を式 (4)と式 (5)に代入すると,以下のようにPOC

関数の期待値と分散を導出できる.

E[r(m)] = ejµe−σ2

2 δ(m) (21)

Var[r(m)] =1

N

(1− e−σ2

)(22)

一例として,位相スペクトル (θk, ϕk)の分散 (σ2θ , σ

2ϕ)が

それぞれ (1, 1)であるとき,相関係数 ρ及び平均差 µの

変化に対する POC関数 r(m)のピークの期待値 |E[r(0)]|と分散 Var[r(m)]を図 1と 2に示す.分散 (σ2

θ , σ2ϕ)がそ

れぞれ (1, 1)である場合は,POC関数のピークの期待値

|E[r(0)]|と分散 Var[r(m)]は以下の式で表わされる.

|E [r(0)]| = e−σ2

2 = e(ρ−1) (23)

Var[r(m)] =1

N

(1− e−σ2

)=

1

N

(1− e2(ρ−1)

)(24)

式 (23)と (24)より,POC関数のピークの期待値と分散

は平均差 µに依存しないことがわかる.また相関係数 ρ

が-1から1に増加するに従い,位相スペクトル差のばら

つきが小さくなるため,POC関数のピークの期待値は増

加し,分散は減少する.図 1と 2にもその傾向が表れて

いる.

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図 1: 2信号の位相スペクトルの相関係数及び平均差が変

化した時の POC関数のピークの期待値の挙動

図 2: 2信号の位相スペクトルの相関係数及び平均差が変

化した時の POC関数の分散の挙動

図 3: 2信号の位相スペクトルの分散が変化した時のPOC

関数のピークの期待値の挙動

図 4: 2信号の位相スペクトルの分散が変化した時のPOC

関数の分散の挙動

次に,相関係数 ρ = 0.5であるとき,位相スペクトル

(θk, ϕk)の分散 (σ2θ , σ

2ϕ)の変化に対する POC関数 r(m)

の期待値 |E[r(0)]| と分散 Var[r(m)] を図 3 と 4 に示す.

相関係数 ρ = 0.5である場合は,POC関数の期待値と分

散は以下の式で表される.

|E [r(0)]| = e−σ2

2 = e−12 (σ

2θ−σθσϕ+σ2

ϕ) (25)

Var[r(m)] =1

N

(1− e−σ2

)=

1

N

(1− e−(σ

2θ−σθσϕ+σ2

ϕ))

(26)

式 (25)と (26)より,POC関数の期待値と分散は平均差

µに依存しないことがわかる.また,σ2 の値が大きくな

るに従い,POC関数の期待値は減少し,POC関数の分

散は増加する.図 3と 4にもその傾向が表れている.

4.2 2変量一様分布に従う場合の POC関数の統計的

性質

2信号の位相スペクトル (θk, ϕk)が 2変量一様分布に従

うと仮定すると,その確率密度関数は式 (27)で定義する.

p(θk, ϕk) =

1

2a

1

2b

(−a < θk < a

−b < ϕk < b

)0 otherwise

(27)

ここで,θk と ϕk は独立であると仮定している.式 (27)

の 2次元特性関数は以下のように導出することができる.

ψθ,ϕ(t1, t2) = sinc (at1) sinc (bt2) (28)

ここで sinc関数は以下の式で与えられる.

sinc(x) =

1 (x = 0)

sin(πx)

πx(x ̸= 0)

(29)

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図 5: aと bが変化したときの POC関数の期待値の挙動

図 6: aと bが変化したときの POC関数の分散の挙動

よって,位相因子の期待値は式 (28)に t1 = 1, t2 = −1を

代入することで以下の式のように導出できる.

A = ψθ,ϕ(1,−1) = sinc (a) sinc (−b)

= sinc (a) sinc (b) (30)

ここで式 (30)を式 (4)と式 (5)に代入すると,以下のよ

うに POC関数の期待値と分散を導出できる.

E[r(m)] = sinc (a) sinc (b) δ(m) (31)

Var[r(m)] =1

N

(1− |sinc (a) sinc (b)|2

)(32)

一例として,a と b の変化に対する POC 関数 r(m) の

ピークの期待値 |E[r(0)]|および分散 Var[r(m)]を図 5と

6に示す.図 5と 6をみると,aと bの値が 0から πに増

加するに従い,POC関数のピークの期待値 |E[r(0)]|は減少し,分散 Var[r(m)]は増加していることがわかる.

5 まとめ

本稿では,2信号の位相スペクトルを 2変量確率変数

と仮定して,POC関数の統計的解析を行った.具体的に

は,2信号の位相スペクトルが平面上で与えられる 2変量

確率分布に従うと仮定してPOC関数の期待値と分散を導

出した.その結果,POC関数の期待値と分散の一般式は

2次元特性関数を用いて導出できることを証明した.

参考文献

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2002.

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