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第 1章 序論1.1 研究の背景と目的
街路環境は、 道そのものの形態だけでなく、 周囲の建築、 行き
交う車やそこで見られる人々の活動など、 多様な要素によって形成
されており、 人は多くの事象をそこから感じ取っている。 我々が街路
空間を歩く時、 それは各シーンの断片的な経験としてではなく、 そ
れらの集合体として、 つまり一連のシークエンシャルな経験として知
覚される。 そのため、 同じ大通りに至るのでも、 例えば小さな路地
を抜けてそこに至るのと、 見通しの良い大通りを通ってそこに至るの
では、 受ける印象が異なるように、 我々は前後の経験や、 それらと
の関係によって環境を知覚していると言える。 そして道を歩く時の緊
張感や高揚感は、 その場の環境だけでなく、 過去の経験に基づく
この多様な「変化」 によってもたらされるのではないかと考えた。
ますます多様化・ 複雑化する現代社会において、 より良い都市空
間を形成するためには、 個々の要素のデザインに留まらず、 要素ど
うしや全体との関係性を考慮してデザインすることが求められている。
そのため本研究では、 街路空間の構成要素の地理的情報を数
理的に分析するだけでなく、 その環境評価をシークエンシャルなも
のとして捉え、 それらが歩行者にどのように知覚され、 経路選択に
影響を与えているのかを明らかにする。 景観を点や線ではなく、 エ
リア一体の面として捉えてその構造を読み解くことで、 より良い街路
空間をデザインするヒントを抽出することを目的としている。
1.2 研究の対象と方法本研究では具体的に京都市街地の性質の異なる 2つのエリアを
対象として分析を行う。 まず、 対象エリアの街路空間の構成につい
ての把握を行う。 しかし、 歩行者が街路空間を歩いて経路を選択
するという行為はそのような静的で、 客観的なものではなく、 動的
で主観的な評価を伴うものである。 そこで、 多くの被験者に自由に
経路を選択しながら歩いて街路空間の印象を評価をしてもらう「経
路選択歩行実験」 による検証・ 分析を行う。
1.3 既往研究と本研究の位置付けまず街路空間の構成に関する客観的記述に関する研究にとして
は S.Kostof による街路の形状に関する分類や分析を行った研究 1)
や、 J.Massengale や V.Dover による街路空間を平面、 断面的に
捉えた分析・ 研究などが挙げられる 2)。 また、 国内では、 街並みを
ミクロな物理的要素に分解し記号として記述することで、 様相の構
成要素を明示的にとらえようとした門内の研究 3)がある。
次にシークエンスに基づく歩行空間の研究としては、 東京・ 表参
道の街路空間の分節や、 キャンパス内経路における圧迫感の増減
について調べた大野らの認知研究 4)5)がある。 また、 船越らは歩行
実験を通して、 街路の空間構成要素の分類し、 参道空間の空間
把握に関する研究 6)を行っている。 D.Appleyard らは車のドライバー
が運転中に注目した要素を記述させ、 多くのドライバーが共通して
記述したものを取り出す研究 7)を行っている。
さらに街路の記述方法という点では、 北は経路歩行実験により、
歩行者の主観的な事象から都市の「様相」 という概念を数理的に
分析した 10)。 また藤原も同じく歩行実験により嵐山の地域資源の解
読をした研究を行っている。
本論は、 街路空間の構成要素について客観的な評価だけでな
く、 繋がりの観点から見たその構成が歩行者の動的で主観的な印
象に与える影響についての分析を行う。 これらの多角的な視点に基
づき、 我々が街路空間においてどのような事象の影響を受けて経路
経路の繋がりに基づく街路空間の構成と歩行者の印象評価に関する研究―京都市街地における経路選択歩行実験を通して―
A study on composition of streets and pedestrian's impression based on connection of routes-A case study of walkthrough experiments of route seletction in Kyoto urban area-
建築学専攻 建築環境計画学講座 三浦研究室 村田裕介
選択を行っているのかということについて、 経路の繋がりに着目する
ことで解明していく。 以上の分析により、 そこで活動する人間に豊か
な経験をもたらす街路空間をデザインするための要素を抽出する。
第 2章 街路空間の評価に関する概念の整理2.1 人間-環境系における多層性と階層性
門内は、人間が環境を知覚するときその環境の重層性について、
人間-環境系という視点から、 多様な環境の概念は、 ①自然環境、
②社会・ 文化環境、 ③構築環境、 ④情報環境の 4つに分類するこ
とができ、 「人間はいくつものレベルの環境に重層的に包まれてい
る。 12)」 と述べている。 街路空間の環境もこれに当てはまる。
さらに人間-環境系において考慮すべき重要な特性の1つがミク
ロな環境からマクロな環境に至る階層性であり、 階層間にダイナミッ
クな相互作用があるという点である。 建築と、 街路、 都市の関係な
どはその典型といえる。
2.2 環境評価について環境評価に関して、 多層的な環境とそこで行動している人間を
互いに影響を及ぼしあう分けることのできない構成単位として考え、
その関係を探ることを目的とした環境心理学の概念を導入する。
E.H.Zudeらは景観評価には①専門家パラダイム、 ②心理物理的パ
ラダイム、 ③認知的パラダイム、 ④経験パラダイムの 4つがあるとし
ている。 街路空間における歩行者の環境評価は、 「環境の中から
情報を選択し、 過去の経験や目的を踏まえて情報を処理し、 意味
を見出す過程 13)」 とする認知的パラダイムに該当する。 そしてそれ
に伴う結果として経路が選択される。
2.3 ネットワークを用いた都市の分析都市における対象の関係性を定量的に評価し、 その構造的な特
性を明らかにするものとして、 Bill Hillerによって提唱された Space
Syntax理論がある。 しかし、 この分析手法はグリッド状の都市や長
い直線に沿って発達した都市に対して有効な手法であり、 異なる
文化圏や形態の都市に対しては不適である。
これに対し、 N.Napongは、 「ネットワークパターンモデル」 という
グリッド状の都市だけでなく曲線状の街路にも適用できる詳細な分
析モデルを提唱している。 その手法の特徴として、従来の「軸性図」
と異なり、 交差点(ノード) と街路セグメント(エッジ) といったより局
所的な街路要素を用いている、 という点がある。
2.4 環境評価における動的モデルの構築以上の概念を総合的に捉え、 本論ではまず、 街路を分岐点(ノー
ド) と街路セグメント(エッジ) とに分割し、 街路環境の捉え方につ
いてノードを対象とした Fig.1のような動的モデルを作成した。 ノード
Vnの印象 Inは、 その周囲の環境によってのみ決まるものではなく、過去に通った経路の経験 Ik(k=1,2,…,n-1)や、 次の経路選択における目的の総体として決定される。 さらに環境とは、 歩行者の主
観的な視点から見た隣接する分岐点の環境や奥への見えなども含
むものとしている。 本論では、 これらの総体として得られる印象 Inを分岐点 Vnのポテンシャルと表現する。
Vn Vn-2 Vn-1 VnI n I n-2 I n-1 I n
経験 環境目的環境
Fig.1 認知的パラダイムによる動的モデル
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第 3章 グラフ理論に基づく街路構成要素の分析3.1 分析対象の概要と選定理由
京都市街地の性質の異なる2つのエリアを対象に分析を行う
(Fig.2)。 1つ目は川端四条から清水寺を結ぶエリア(以下、 エリア
Ⅰとする)、 2つ目は川端から烏丸御池を結ぶエリア(以下、 エリア
Ⅱとする) である。 両者は同程度の面積、 距離であるものの、 前
者は複雑で多様な街路構造を持ち、 勾配も大きいが、 後者はグリッ
ド状の街路構造を持ち、 平坦であるといった性質の違いが見られ
る。
3.2 グラフ理論に基づく街路空間のネットワーク記述街路空間において歩行者が感じる印象や経路選択は、 道どうし
の繋がりや相互の関係にも大きく起因すると考えられる。 そこでグ
ラフ理論に基づき歩行空間を対象とした街路をノードとエッジによる
ネットワークとして捉えることにより、 それらを明らかにしていく。 作
成した各エリアのネットワーク図を示す。
3.3 中心性に基づく街路空間の分析街路の繋がりを評価するにあたって中心性という指標を導入する。
中心性とはネットワークにおける各ノードの重要性を評価したり、 比
較したりするのに有効な指標である 14)。 交通の観点から、 街路がど
のように組み合わされ、 その結果どのノードが理論上が重要である
のか、 どこに人が集中し、 分散しやすいのかという傾向の把握を試
みる。
3.3.1 次数中心性次数中心性とは、 各ノードに接続しているエッジ数である。 その
ため街路空間においては各分岐点に入る道の本数を表す。 つまり、
十字路は次数 4、 丁字路やY字路などは次数 3、 直角に折れ曲が
る角は次数が 2の交点として分類することができる。
エリアごとにネットワーク図を作成し、その配列を比較した(Fig.4)。
エリアⅠは各次数のノードがそれぞれ均等に分布しており、 多様な
次数を持った街路が集まってできるクラスターがいくつか形成され
ている。 一方で、 エリアⅡは東西で次数が 3のノードと 4のノードが
はっきりと分かれており、 エリア内を横断的に移動した際の変化が
乏しいことが読み取れる。
また、 Simpsonの提唱する多様性尺度に基づき、 エリアⅠ、 Ⅱの
次数の構成の多様性を比較したところ、 それぞれ 0.565と 0.496で
あった。 したがってエリアⅠの方が次数の観点から見るとより多様な
街路構成であるということがわかる。
3.3.2 媒介中心性媒介中心性とは、 ある頂点が他の頂点間の最短経路上に位置
する程度を示すものである。 値が大きいほど、 グラフの中で理論上
よく通られ得るハブとなるノードである。
エリアⅠでは大通りで高い値を示すノードがある。 それらのノード
の周辺に中ぐらいのものや、 値の小さなノードが集まっていくつかの
クラスターを形成しており、 隣り合うノード間での値の変化が大きい。
東大路通り沿いや、 清水寺付近や五条通沿い、 建仁寺の西側など
にクラスターが確認できる。 一方、 エリアⅡではエリアの東側の新京
極や寺町を除き、 値が規則的な配列をしており、 歩行者がノード間
を移動する際隣り合うノードでの変化に乏しいことがわかる。
第 4章 経路選択歩行実験歩行者は分岐点においてどのような事象を認知し、 どのような因
子によって経路を選択しているのか。 街路の構成要素とそこから歩
行者が受ける印象との関係を把握するために経路選択歩行実験を
行った。
4.1 予備実験実験内容を検討するためにまず 3人の被験者を対象に、 11月上
旬に予備実験を行った。 京阪祇園四条駅をスタートとし、 エリアⅠ
は清水寺、 エリアⅡについては烏丸御池の交差点をゴールとして、
スタートとゴールの間を自由に経路を選択しながら往復してもらっ
た。 手順を以下に示す。
1) 被験者に実験内容や方法に関する説明を行う。2) 歩行中、 分岐点に差し当たるごとに、 各分岐点において
以下の項目についての記述と、 それぞれについて「快-不快」 を5段階で評価をする。
2-1.直前に通った道の歩きやすさ 2-2.分岐点に至った時の印象 2-3.選んだ経路の印象、 理由 2-4.選ばなかった経路の印象、 理由 2-5.その他備考3) 選んだ経路、 選ばなかった経路の写真を撮影する。4) その他歩行中に感じた印象があれば記述・写真撮影を行う。5) 各エリアの往復が終了した際に被験者から聞き取りを行う。
予備実験の結果の考察から、 設問の順番を直観的にこたえられ
るものから提示した方が、 より正確な印象評価が得られること、 設
問項目が多く、 被験者の記述に後半疲労がうかがえること、 「選ん
だ経路」、 「選ばなかった経路」 という問いかけは、 それぞれ印象
評価にポジティブと、 ネガティブな先入観を与えてしまうこと、 印象
評価は 5段階では正確にとらえられないことなどが明らかになった。
これらの結果に基づき、 実験内容の再構築を行った。
Fig.2 対象エリアの概形と位置関係
Fig.3 各エリアのネットワーク図 (左:エリアⅠ、右:エリアⅡ )
Fig.5 エリア別媒介中心性 (左:エリアⅠ、右:エリアⅡ )
Fig.4 エリア別次数中心性 (左:エリアⅠ、右:エリアⅡ )
2 3 4 5 6
9 10 12 1314
15 16
18 19 21 22
23
24
25 26
272829
30 33
34 35 3637
383940 42 43 44
454647 48 49 50 51
52
53
54
55
56 57
5859
61 62 63
6465 66
67 68 69
71
73 74
75
7677 78 79 80 81
8283 84 85
86 87
88 8990
9192
939495
9697 98
99100
101102
103
106108 109
110111 112
113114116
117
118119 120121 122
123 124 125 126127 128
129
130
131
132133
134135 136
137138 139
140141
142 143
144145146147
148149 150
151 152 153
154 155 156 157 158 159160161
162 163164
165166
167
168169
170171
172
173
174175
176 177
178 179
181 182
183184
185
186187
188 189
190191
192
194
195
197 198199
200201
202203
204205
207
212
215
217
220
248
251252 253
255256257 258
259 260 261
262 263 264265
266267268
269270
272 273
274 275
277 278279 280
283284 285 286
287
288
289
290
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297298299
300
301
302303
307
309
310311
312
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319 320
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330
332
333334
335336
337
338
339
344
345
348
349
351
353
355356
357
358359
360
361362
363
364365
366
367
368
373
374 375
376
377378
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382
383
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385386
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396
397
398
399
400
401402
403
405406
407
340
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342
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513 514 515 516 519 520 521 522 523 524 526
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531
535 536
537 538 541 542 543 544 545 546547
548549 550
551 552553 556
557 558 559 560
561 564 565566
567 568 569 570 571 572573
574 575 577
578 579
580 581582 583
584 585
588 591 592 593 594 595 596 597 598 599
608609
610611
612
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618 619 621 622 623 624 625 626 627628
640 641 642 643 644645 646647 648
649650
651652
653654
655656
657
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660 661 662 663 664 665 666667 668 669 670 671 672
673 674 675 676 677 678 679 680
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698
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700
701
702
703
704
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190189187
191
179
123373
183344185
184178
377
138141
125
139
378
144142140
124
145161
9290
351
9193 345
94
89
9695 97
5269
80
532756
7967
400
51
39
336 68
78
165
156
28
315314
321325328355
366148357356
367
358149147 150
86
132120121
133131
399398 134
174173
175177
176
172
168151
169
359360
167166164215200 201
202
165217
204205
171203
207220
170
152156
154155
153365
212198197 199
301322
311310
309302317389
380349
379296286
297
195
341
332324323
327329
320
334330
333313
407319
194
300
316
388318
192162
384
383 406
307303 287
382
27281 261
263 273262
269264
268 270
265
267 274
280 289
275278279
277
340
387386
385
163
312
288
283
405
295284 299
290
285
294381
298
260259
258
5755
256252257
126
266
143
337
34898
146
54248
255
253251
117
361
116114
127112
128
362
2122
24339
58
6376 48476677
2
12
40 29
4
9
23
10
342368
7374
1035975
353
6546
45
4243
6461
4462
100
10671
110
99
113
109108
111 130129
403363
397364
396119
102
19
82
18
101
85
8483
118395
313
3425
14
2633
30
3735
49
36 38
33550
401
88
338
87
122402136
158157
135374
376
159
375137160
704
513
501
537
703
702
502 503
515514
674
538
568565701 569564 567566 570561 571
595 597592 593 596594
608 610
618
700 591588
619699
504 505 507675 506673 676
624 625621 622 623 626 627
542
519
527
516
541
520 521
543
528
531
533 532
546544 545
677
679
509508 511510 512
678
680
681
536526524523522 535
615612
640
645
647
641
628
646
642
648
557
552551
553
549548
547
558
613609 617
611 685614
616 686
577579
580581
578
575
556
559
573
574
583582
584 585
598 599
572
560
550 682
684
683
696 694 693 692 691 690 689698 695 687
650 643649
655
644651 653
654
672
652
670
659
669
657 656
671 688663 664662 665 667666 668660 661697
5525825757
259260
279
380
379296286
278
349297
56
34580
97
125
28
53
142285
270
267
272
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268
295
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265
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283294
25154 273252 274255
262263
256
261
264
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136 135
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137
130396397
403364
132
156
154
131
120
398
155
11885
368119
117103395
388
318319
407
320324
332 309 307322389 317
323
314
333313194
312
315316
162
146
386340163
298299
387
192385
405302
288
300
303 289301
406
287
382
334
341327 310329
145
173172
174
176
175177
205
191
171203204 207
3519586 87 94
96
7374
58
59
342
64
24
6265
6175
5047 4946 4851 39
27 15
335
16
38
3726 14
336
929190898893
40052
7867 68 69
76
6663
7977
123
141140373138
124
139144
23 29 331325
1230
35 3644 4540 4334
42
358
147148357149150
99 111100
109110
113
355356
187377
188
161
378
189190
375376
167
201202
198367366
164200165166
199
178374
160159179
10
19
82 83
21
101
127361
151
360
168169359
114
22
116
339
102
112
84353
185184
182183186
344
545538 542 546541 531 544537 547543
522
527
535526524
548
523 536
549528
501
505 506
502
504
503
507
513 515 519514 516 520 521
508 510 511509 512
666660 667665663662 664661 668
622621619618 624623 625
588 595593 594591 596592 597
564 568567 571570561 565 569566
627
640
610
611
612
645
626
608
647
649
617
550
577
560
575
580
646
653 643644
641
650
648
642
655654
552
553
558
573
574
583
659
671
656652
672669
657
670
572
598
609
551
557
582
584
651
579
559
578
556
581
616
628
615
614
613
599
585
-
4.2 本実験予備実験を基に予備実験の方法に修正を加え、 2016年の 11月
下旬から 12月の上旬にかけて京都大学、 同大学院の学生を中心
に被験者を募り、 本実験を行った。 実験概要を Tab.1に示す通り
である。 また、 手順を以下に示す。
Tab.1 本実験概要行程 距離(往復)所要時間 日時 被験者
エリアⅠ四条川端交差点南東角 ~清水寺仁王門 3.6km 約2.5時間
2016年11月25日(金),26日(土)、12月1日(木),2日(金),4日(日),8日(木)
32人
エリアⅡ四条河原町交差点北西角 ~烏丸御池交差点南東角 3.6km 約2.5時間
2016年11月25日(金),26日(土),12/1(木),2(金),4(日),7(水),10(土),11(日)
34人
1) 被験者に実験内容やアプリの利用方法に関する説明を行う。
2) スタート地点と目的地間を自由に経路を選択しながら歩いてもらう。 歩行中、 道の分岐点に差し当った際に、 各分岐点において以下の項目について回答する(質問 A)。
2-1.進行方向の各街路の写真撮影 2-2.各街路の印象評価(7段階: 好ましい~好ましくない) 2-3.各街路の印象記述3) 分岐点以外に歩行中に印象を受けたことがあれば上記の
項目について同様に回答する(質問 B)。4) 各エリアについて②、 ③の内容に回答してもらい、 それ
ぞれ歩行終了後に被験者から聞き取りを行う。尚、 歩行中の印象評価や記述は ESRIジャパンが提供する
Survay123というスマートフォンで利用できる GISアプリを用いた。
4.3 実験から得られたデータの整理歩行後の聞き取りでは、 通った経路と、 その際の歩行経験につ
いて地図に記入してもらった。 後日その内容を Illustratorで整理し、
被験者ごとに経路マップを作成した。 また歩行中に回答してもらった
内容については、 位置情報と写真をもとに、 Excelで分岐点や被験
者の情報ごとに分類し、 整理を行った。 結果の一部を Fig.7に示す。
4.4 記述内容の傾向実験から得られた内容のうち、 印象記述の内容から被験者の環
境把握に関する全体の傾向を見る。 Fig.8のノードの大きさは、 そ
の単語の出現回数を、 また、 エッジの太さは結ばれた 2つの単語
が一つの記述のうちに同時に
発せられた共起回数を表してい
る。 その結果、 人通りの多さや、
それに伴う歩きやすさ、 また視
覚による要素の知覚、 「京都」、
「雰囲気」、 「景観」 のような、
文化・ 土地の固有性の関連が
見られた。 この結果を基に 5章
でさらに、 歩行者の印象評価と
経路選択について細かく分析し
ていく。
第 5章 印象評価に基づく経路選択因子の解読5.1 記述内容の分類、整理
各分岐点において歩行者が知覚している情報の特徴を明らかに
するため、 まずは記述内容を単語に分解し分類・ 整理を行った。
その内訳を見ると、知覚される対象としては「街路形状」 や「建物」
をはじめとする構築物、 さらに「人」 が、 また評価の軸としては「好
み」 や「驚き」、 「量」 などが多くみられた。 それに加えてエリアⅠで
は「風情」 が、 エリアⅡでは「活気」 に関する記述が多くみられた。
さらに、 記述の多かった要素を主成分分析し、 新たな統合指標
を抽出した結果、 歩行者によって評価される対象として、 形として
あらわれるような「形態」 とあらわれない「様態」 とに分けられた。 こ
の2つを経路選択因子としてさらに分析を進める。
5.2 形態に関する経路選択因子の解読街路空間において歩行者はどの情報を知覚・ 判断し、 経路選択
を行っているのか、 またそれがどこで知覚されるのかを明らかにする
ために、 まず形態カテゴリーについて、 要素毎にその頻度や分布
を見る。 ここで、 街路形状は「見通し(抜け /突き当たり /曲線)」 や
「幅員(広さ /狭さ)」、 「勾配(平坦 /坂)」 など、 その属性に応じて
さらに細かく分類している。 それに「構築物(建物 /その他構築物 /
素材)」 を加えた 10要素を「形態」 のカテゴリーとした。 また、 経路
選択因子を解読するため、 選択された経路に関する記述のみを抽
出し、 分析を行った。 特に特徴が大きく表れた要素を以下に示す。
抜け(見通し)
「見通し」 に関する記述は、 勾配との関係が深く、 また道に沿っ
て連続して分布していることが特徴として挙げられる。 坂の上りまた
は下り始めや曲がり角のような環境の変化が大きい点で強く認識さ
れていることが読み取れる(Fig.10)。 またエリアⅡはグリッド状で直
線的な街路構造であるにもかかわらず、 「抜け」 に関する記述はエ
リアⅠの方が多かった。 これは、 エリアⅡでは他の経路と形態の変
化が少なく、 隣接するノードと同じ印象を与えているためであると考
えられる。 一方で、 エリアⅠは 3章で述べたように隣接する分岐点
Fig.6 実験の様子
Fig.10「抜け」に関する選択経路の記述分布(エリアⅠ)
Fig.7 実験から得られたデータ
Fig.8 印象記述の共起回数
写真撮影
回答データ
印象評価 ・記述
経路マップ
実験後の聞き取り
Fig.9 項目別記述内容の出現頻度(上:エリアⅠ、下:エリアⅡ)
: 自然環境 :構築環境
:色
:社会・文化環境 :感情 :様態
:身体感覚 :物理的尺度 :方向性 :歩きやすさ
0
100
200
300
400
500
600
エリアⅠ記述回数
0
100
200
300
400
500
600エリアⅡ記述回数
① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨
① ② ③ ④ ⑤⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩
⑩
① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩
-
どうしでの要素の変化が大きく、 特に前の分岐点と比較して視線が
大きく変化する点で「抜け」 に関する記述が多くみられた。
広さ(幅員)
エリアⅠにおいて広さに関する記述は、 道幅の広い大通り沿い
ではなく、 大通りに隣接した細い道で多く知覚・ 記述されていた。
また、 エリアⅡの 617のノードでは河原町通からより道幅の狭い歩
行者天国の蛸薬師通に差し当った際に広く感じたという記述が多く
みられた。 従って物理的な道の広さよりも、 歩行空間の広さによっ
て、 それが知覚されているということが考えられる(Fig.11)。
「広さ」 が経路の選択因子として
あらわれているノードでは概ね狭く
見通しの悪い道から開放的な大通
りに出ることによる安心感や、 歩き
やすさに関する記述との関連が深
く、 そのような変化として知覚され
る傾向にあった。
5.3 様態に関する経路選択因子の解読次に様態のカテゴリーについても、 同様に印象記述の要素毎に
その頻度や分布を見る。 このカテゴリーには「活気(賑わい /落ち着
き)」、 「統一感(統一 /雑然)」、 「雰囲気(風情・ 文化土地性 /街
並み /京都)」 が該当する。 以下に特徴的な要素について示す。
賑わい(活気)
エリアⅠにおいて「賑わい」 は①四条通周辺や、 ②松原通沿い
の清水の観光エリアへの入り口や二年坂、 産寧坂といった環境の変
化する点で大きな値が確認できる(Fig.12)。 ①については、 通り沿
いではなく、 四条通の両端や、 復路において花見小路通りから突き
当たる点で大きな値が見られることから、 活気のあるエリアの入り口
での変化として、 歩行者に印象付けられていることが読み取れる。
また、 エリアⅡを見ると、 Ⅰの
ように変化点としての分布よりも、
通りに沿って連続して分布してお
り、 途中で曲がるよりも、 同一の
経路に沿って進む傾向にあること
や、 また往路か復路かによって印象が異なることが確認された。
5.4 歩行者の印象評価に基づく経路選択の傾向次に理論上の通られやすさにあたる媒介中心性と、 実際に通ら
れた頻度を示す記述回数の分布を比較することにより、 被験者が
街路の環境から経路選択の影響を受けた程度を考察する(Fig.14)。
それを見ると、 エリアⅡの方がその分布に相関が見られた。 そのた
めエリアⅡは街路の形態や様態に対する環境の変化が小さく、 その
ため被験者が受ける印象が比較的弱いことが予想される。
そこで本実験の 2-2の質問項目により得られた街路の「好ましさ」
に関する印象評価を基に、 歩行者がそれぞれの街路をどう評価して
いるのかについて考察する。 印象評価のスコア(-3~ +3の 7段階)
の内訳をエリアごとに算出すると、 エリアⅡは +1~ -1と回答している
ものが全体の 8割を占めており、 いずれもエリアⅠより多くの割合を
占めていた。 一方で、 -3、 -2、 2、 3といった値の高い評価はエリ
アⅠよりも少ない。 このことから、 総じてエリアⅠの方がその良し悪し
に関わらず、 街路環境がより強い印象を歩行者に与えており、 逆に
エリアⅡは比較的歩行者が受ける印象は弱いということが読み取れ
る。 これは街路の形態や様態に対する環境の変化が小さいというこ
とが理由として考えられる。 その結果、 景観などの因子よりも、 目的
地に向けての方向を意識して歩く傾向が強くなる。 その結果エリア
Ⅱの方が媒介中心性と実際の記述回数の相関が強くなったというこ
とが推測された。
第 6章 結論と今後の課題本 研 究 で は 、 ネ ッ ト ワ ー ク を 用 い た 街 路 構 造 の 分 析
と、 経路選択歩行実験を通して、 歩行者が街路空間から何
を経路選択因子として読み取っているのかを把握することを試みた。
その結果、 街路構造から読み取れる要素の分布と歩行者が実際に
感じる印象には相違する点が見られた。 このように街路空間におけ
る歩行者の印象とは、 部分的な物理的環境によってのみ決まるの
ではなく、 周辺街路との繋がりや、 それに伴う変化、 過去の体験
や、 目的によっても決定されることが確認できた。 これらの結果は
街路空間のデザインだけでなく、 より快適な街づくり、 また建築計
画にも応用できるものであり、 歩行者の豊かな経験をデザインする
手掛かりを掴むことができた。
1) Kostof,S. :TheCityShaped:UrbanPatternsandMeaningsThroughHistory,Bulfinch,1993.
2) Massengale,J.&Dover,V. :StreetDesign :TheSecrettoGreatCitiesandTowns,Wiley,2013.
3) 門内輝行:街並みの景観に関する記号学的研究,東京大学学位論文,1997.
4) 箭内亮一 ,長谷川諭 ,小林美紀 ,大野隆三:環境視情報の計測に基づく街路空間の分節化に関する研究:その 1実空間実験:日本建築学会大会学術講演梗概集 .E-1,Vol.1998pp.941-942,1998.
5) 大野隆三・辻川理枝子・稲上誠:屋外空間での移動に伴い変化する感覚の連続的評定法:環境視情報の記述法とその応用に関する研究 ( その 2),日本建築学会計画系論文集,No.570pp.65-69,2003.
6) 船越徹ら:参道空間の研究(その 1~その 15),日本建築学会大会学術講演梗概集,1977 ~ 1989.
7) Appleyard,D. ,Lynch,K.&Mayer,J. :TheViewFromtheRoad ,TheMITPress,1964
8) Anderson,S:onSTREETS,TheMITPress,19789) Thiel,P:People,Path,andPurposed:10) 北雄介:経路歩行実験による都市の様相の記述と分析 ,日本建築学会大
会学術講演梗概集 .E-1,Vol.2008pp.957-96211) 藤原真名美:テクスト性に基づく地域資源の発見と創造に関する研究―
京都・嵐山のエリアデザインに向けて―,京都大学.201312) 門内輝行:人間-環境系のデザインの展望―21世紀のデザインビジョン
,新建築,78 巻 1号 ,pp.94-97,200313) 羽生和紀:環境心理学 人間と環境の調和のために,サイエンス社,
2008,pp.44-4714) 鈴木努:R で学ぶデータサイエンス 8 ネットワーク分析 , 共立出
版 ,2009,pp.41-72
①②
③
④
媒介中心性
記述回数
①
②
媒介中心性
記述回数
Fig.12「賑わい」に関する選択経路の記述分布(エリアⅠ)
Fig.14媒介中心性と記述回数の関係(左:エリアⅠ、右:エリアⅡ)
(横軸が記述回数、縦軸が媒介中心性の値を示す)
Fig.11「広さ」が知覚されたノード
Fig.13「賑わいの分布」(エリアⅡ)
①
②