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Page 1: 高次脳機能障害に対するアプローチ 特徴を理解し、正しいアプ … · 脳損傷に起因する認知障害全般を指し、この 中にはいわゆる巣

72 月刊デイ Vol.225

 脳卒中や交通事故などによる脳損傷が原因で、言語や記憶、注意、情緒といった認知機能に起こる障害を高次脳機能障害と呼びます。すぐに疲れてしまい耐久力がない、さっき言われたことを忘れてしまう、集中力が続かない、感情のコントロールができない、何をするにも時間がかかってしまうなど、症状はさまざまで、高次脳機能障害

 高次脳機能障害とは、病気や交通事故など、さまざまな原因によって脳に損傷を来したために生ずる、言語能力や記憶能力、思考能力、空間認知能力、行動抑制力などの認知機能の障害のことを指します。

 図1に、高次脳機能障害の症状と、それに対応する脳の局在の図を示しました。患者さんに、図1にあるような症状があり、それを説明できる頭部MRIやCTの画像所見、症状を裏付ける神経心理学的検査の結果、この3つがそろって初めて高次脳機能障害と診断されます。 学術用語としての「高次脳機能障害」は、脳損傷に起因する認知障害全般を指し、この中にはいわゆる巣

そう

症しょう

状じょう

としての失語・失行・失認のほか注意障害、記憶障害、遂行機能障害、社会的行動障害などが含まれます。

特徴を理解し、正しいアプローチで回復をめざす

外見からは分かりにくい障害

すぐに忘れる、集中できない、うまく話せない…高次脳機能障害とは

はしもとクリニック経堂   院長 橋本 圭司

日常生活の場面でみられるさまざまな症状・記憶障害………・注意障害………・遂行機能障害…・失語症…………

・地誌的障害……・半側空間無視…

・脱抑制…………

今朝の朝食の内容が思い出せなくなった作業に集中できなくなった計画が立てられなくなった言葉が上手に話せなくなった人の話が理解できなくなった

道に迷うようになった左側のおかずに目が留まらず残すようになった感情のコントロールができない

【図1】症状+画像所見+神経心理学的検査結果=高次脳機能障害はしもとクリニック経堂HP(http://www.keiman.co.jp/)より

高次脳機能障害に対するアプローチ

を有する人は全国で約50万人いることが分かっています。 ここでは、外見からは分かりにくい高次脳機能障害について、障害の特徴やリハビリテーションの考え方、神経疲労への対応、ICT(information and communication technology)を用いた認知リハビリテーションなどについて解説します。

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Vol.225 月刊デイ 73

デイサービスデイケアでの脳卒中に対するアプローチ特集

 リハビリテーションの考え方としては、認知症や進行性の難病などと比較して、高次脳機能障害は「よくなる」可能性があることを知っておく必要があります。 脳には可

塑そ

性せい

があり、一度死んでしまった脳細胞は再生できませんが、脳が損傷した場所以外の場所、例えば、反対側の脳の同じ部位、または、脳損傷の周囲が、失われた機能の代わりを果たすということが、過去の研究で明らかになっています。 ですから、高次脳機能障害を持った慢性期の患者さんのリハビリテーションにかかわる人は、失われた機能を元に戻すという視点ばかりではなく、残っている機能をしっかり見極め、“残存機能を高めることで、失われた機能を補う”という視点で、リハビリテーションを行う必要があります。

 図2に「神経心理循環」という高次脳機能障害に対するリハビリテーションの進め方の概念の例を示しました。リハビリテーションで整えるべき順序は、次の通りです。

呼吸・循環

感覚・運動

食事・睡眠・情動

高次脳機能

高次脳機能障害は、ゆっくりだが回復する

高次脳機能を高めるには身体全体からのアプローチが必要

後天的である(生まれたときからあるのではない)

進行性(悪くなる)ではなく、時間はかかるが回復する

(軽くなる)

手足の麻痺の回復は月単位だが、高次脳機能障害の回復は年単位である

高次脳機能障害の特徴は、患者本人に障害の自覚がないことですが、無理に障害を認識させたり、受容させようとしたりするアプローチは、かえって障害の気づきを阻害することになりかねないので、注意が必要です。

高次脳機能障害の特徴

ポイント

【図2】『脳解剖から学べる高次脳機能障害リハビリテーション入門 』改訂第2版,(橋本圭司・上久保 毅編著),東京,診断と治療社,2017. p94より

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 脳損傷や脳機能障害の結果として、精神的エネルギーを簡単に使い果たしてしまう傾向のことを神経疲労(易

疲ひ

労ろう

性せい

や精神疲労とも呼ぶ)と言います。この症状は、認知を要求される課題の後に出現し、頭痛やめまい、眼の痛み、姿勢の崩れなどとして表れることもあります。高次脳機能障害の回復には、まず、この神経疲労の克服が鍵となります。 神経疲労のサインとして、右記のようなものがあります。

全身状態が整って初めて脳に十分な酸素が供給され、感覚や覚醒が維持されます。

身体的な充実によって、精神的な耐久力を持続させ、自分自身の行動を抑制することができるようになります。

感情や情緒を抑制できるようになることで、良い行動が習慣化され、自ら物事に積極的に取り組む発動生が高まり、注意・集中力が上がります。

注意・集中することによって、人の言っていることが理解できるようになり、情報を適切に処理できます。

情報の入力が適切になされることで覚えられ、そして、適切な行動を記憶することで、次の行動の段取りが良くなります。

適切な行動を一通り実行することで初めて、自分は高次脳機能障害ではないかという「気づき」を得ることができます。

感覚や覚醒が維持されると、手足を動かし姿勢を維持できるようになります。姿勢が保持できると、安全な摂食行動が可能となり、身体的な耐久力が養われます。

神経疲労の克服が鍵

・ 何事にも耐久力がない・ いつもあくびばかりしている・ 視点が合わない・ 反応が鈍い・ 座っていられない

神経心理循環:障害の「気づき」を得るまでのアプローチ

呼吸・循環感覚・覚醒

運動・姿勢摂食・嚥下

耐久力・抑制

意欲・発動性注意・集中力

記憶・遂行機能

情報処理

気づき

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デイサービスデイケアでの脳卒中に対するアプローチ特集

 2008年に筆者らは、レデックス株式会社と花まる学習会の高濱正伸氏の協力を得て、認知機能を客観的に測定することができるPCソフト「高次脳機能バランサー」を開発しました。「高次脳機能バランサー」は、高次脳機能を客観的に評価し、それを高めることを目的とした認知リハビリテーションソフトとして、広く世の中に普及し、同ソフトによるノウハウは、2018年現在、認知機能の見える化プロジェクトの一環として、「脳活バランサーCogEvo」というクラウド型の認知機能トレーニングシステムに進化を遂げ、株式会社トータルブレンケアにより運用されています。 「脳活バランサーCogEvo※」は、認知機能を「見当識」、「注意力」(図3)、「記憶力」、「計画力」(図4)、「空間認識力」の5側面に分類し、個々の認知機能の特性を測定できます。また、時系列で測定結果を記録することで、データの推移を分析することができ、認知機能の経過を客観的に知ることができる便利な機器です(図5)。 「脳活バランサーCogEvo」は、高次脳機能障害の評価はもちろんのこと、認知症の進行予防を目的としたリハビリや薬物療法の効果判定にも有用で、高齢者の施設では、認知症短期集中リハビリテーション加算対象ツールや認知症予防のトレーニングツール、認知機能低下の発見ツールなどとしても活用されています。

 神経疲労は、脳の酸欠状態が原因で引き起こされますので、対応法の原則は、脳に酸素を供給することです。私が普段、患者さんとご家族に指導しているリハビリ法は、右記の通りです。

ICTを活用したトレーニングシステム:認知機能の見える化プロジェクト

・ 姿勢を正す・ 深呼吸をする・ ストレッチをする・ 水を一口飲む・ 緑の中を歩く (30分の有酸素運動)

図3 視覚探索 (数字や文字の順番通りにタッチする課題)

図4 ルート99 (スタートからゴールまで番号順にたどる課題)

図5 脳活バランサーCogEvoによる認知機能経過の記録※「脳活バランサーCogEvo」特設サイト(https://cog-evo.jp/)


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