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分散形態論による現代日本語の不規則活用の分析:
形態統語環境と異形態
田川拓海(筑波大学)
@dlit
日本言語学会第
14
5回大会
九州大学
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目的
�分散形態論(Distributed Morphology)を用いて
1) 変格活用動詞「来る」「する」
2) 特定の文法環境に現れる命令形
の二種類の不規則活用形を分析
➥異形態の形式的取り扱い
(13) a. この記事の下の方を見*(ろ)!
b. この記事の下の方を見てみ(ろ)!
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主張
�分散形態論のモデルは、(後期挿入を採用している≒具現的モデルである、ことによって)
1) 変格活用動詞が五段動詞と一段動詞の混合型であること
2) 限定された環境にのみ現れる形態
をうまく取り扱うことができる
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不規則形を研究する意義
�戸次(2010)で提案されている「網羅性」の高い分析を目指す
(2) 日本語の語幹、活用語尾、助動詞、接尾辞、態(ヴォイス)といった単文構造から、連体節(関係節)、連用節、条件節、引用節といった複文構造に至るまで、広範囲の現象をできるだけ例外のないように捉える。(戸次(2010): 8)
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二種類の網羅性
(3) 活用研究における二種類の網羅性
a. 文法環境に対する網羅性
b. 形態(音形)に対する網羅性
➥戸次(2010)は (3b)の網羅性についてもかなり広くカバー
➥さらに、(理論的)形態論研究としては
“どのようにして/なぜ”そのような形態/音形の分布になっているのか
という問題の形式的取り扱いにも踏み込みたい
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分散形態論(1): モデル
(4) 分散形態論の文法モデル
Pure Lexicon
統語部門
Spell Out Morphology PF(音声形式)
LF(論理形式) Encyclopedia
• Pure Lexicon: 統語計算の対象になる形式素性がある
• Morphology(形態部門): 形式素性の具体的な音形が決定する
➥統語部門の計算が終わった後に形式素性の具体的な形態/音形が決まる:後期挿入(Late Insertion)
分散形態論(2): 特徴
�“Piece-based” Morphology (cf. morpheme/word-based)
➥「洗練されたIAアプローチ」
�具現的(realizational)
➥後期挿入:文法/形態素性が音形を認可
�非パラダイム基盤(non-paradigm-based)
➥「パラダイム」を道具立てとしては採用しない
�反語彙主義(anti-lexicalism)
➥語と句の連続性を重視し、それを統語論の枠組み(+α)で取り扱うアプローチ
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活用形に関する規則
(7) 動詞の活用形に関する形態規則・音韻規則
※Vcfは子音語幹動詞、Vvfは母音語幹動詞を表す
a. {V[+V], Fin[+Irrealis], M[+Imp(erative)]} ↔ Vcfに/e/、Vvfに/o/を付加 命令形
b. {V[+V], Fin[+Irrealis], M[+Woll]} ↔ Vに/yoo/を付加 意志形
c. {V[+V], C[+Cond(itional)]} ↔ Vに/eba/を付加 仮定形
d. {V[+V], T[-Past]} ↔ Vに/u/を付加 終止形
e. {V[+V]} ↔ Vcfに/a/を挿入/ Neg{ない, ず, ん, ねばならない} a形(未然形)
f. {V[+V]} ↔ Vcfに/i/を挿入 i形(連用形)
g. a, c, dの場合/r/を挿入/Vvf suffix
• (7a-d):機能範疇にある素性の具現に関する形態規則
• (7e-g):挿入音(epenthesis)に関する(形態)音韻規則
規則と規則の関係
(8) 競合(competition)
形態規則は指定の多いものから順に適用される
(the most highly specified wins (Embick 2008: 64))
➥競合を採用することにより、多数の文法環境を少数の活用形でカバーしているという活用の非一対一対応問題に対して分析が与えられる(田川 (2009, 2012))
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三原健一・仁田義雄(編)『活用論の前線』くろしお出版
【【【【所収論文所収論文所収論文所収論文】】】】
• 仁田義雄「語と語形と活用形」• 益岡隆志「日本語動詞の活用・再訪」
• 野田尚史「動詞の活用論から述語の構造論へ」
• 吉永尚「テ形節の意味と統語」
• 三原健一「活用形から見る日本語の条件節」
• 西山國雄「活用形の形態論、統語論、音韻論、通時」
• 田川拓海「分散形態論を用いた動詞活用の研究に向けて」
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「来る」「する」のパラダイム語幹語幹語幹語幹 連用連用連用連用 タタタタ/音便音便音便音便 未然未然未然未然 終止終止終止終止 仮定仮定仮定仮定 命令命令命令命令 意志意志意志意志
書く書く書く書く kak kak-i ka-i-ta kak-a kak-u kak-eba kak-e kak-oo
食べる食べる食べる食べる tabe tabe tabe-ta tabe tabe-ru tabe-reba tabe-ro tabe-yoo
来る来る来る来る k k-i k-i-ta k-o k-u-ruk-u-reba
(k-o-reba)k-o-i k-o-yoo
するするするする s s-i s-i-tas-i-nai
s-e-zus-u-ru s-u-reba
s-i-ro
s-e-yos-i-yoo
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�「来る」「する」➥子音語幹動詞(太線より前)母音語幹動詞(太線より後)の混合型
再調整規則(1)
�再調整規則(readjustment rule)を導入する
➥個々の語彙に特有の形態音韻規則
例) destr-oy / destr-uc-tion
統語計算➜語彙挿入➜再調整規則➜(形態)音韻規則
(9) 「来る」:語幹/k/
a. /k/→/ko/ /_{[+Neg], [+Imp], [+Woll], [+Cond],
[+Caus(e)], /rare/}
b. /k/→/ku/ /_{[-Past], [+Cond]}
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再調整規則(2)
�「する」はもう少し複雑
(10) 「する」:語幹/s/
a. /s/→/se/ /_{/yo/[+Imp], /zu/[+Neg]}
b. /s/→/si/ /_{[+Imp], [+Woll]}
c. /s/→/su/ /_{[-Past], [+Cond]}
• (10b)の/si/の形態は連用形とする方が自然?
➥命令形・意志形の形態が/ro/, /yoo/と母音語幹動詞に接続する場合と同じになっている
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形態の重複(doublet)
�「来(く、こ)れば」の分布をどう分析するか
(9) 「来る」:語幹/k/
a. /k/→/ko/ /_{[+Neg], [+Imp], [+Woll], [+Cond],
[+Caus(e)], /rare/}
b. /k/→/ku/ /_{[-Past], [+Cond]}
• Adger(2006)などによる確率を採用するアプローチ
➥方言などのバリエーション(の影響)もうまく取り扱えるか
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変格活用と分散形態論
�「来る」「する」は基本的に子音語幹であり、母音語幹的な性質は再調整規則によって得られる
➥統語部門の後に音形をまとめて決定・調整する分散形態論でうまく取り扱える
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連用形命令(1)
�現代共通日本語ではいわゆる連用形命令法は基本的に不可能
(11) a. それ、早く食べ*(ろ)!
b. 先に 走れ/*走り!
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連用形命令(2)
�「(て)くれる」「てみる」は現代共通語でも連用形命令が可能
➥ただし「てみる」は「てみろ」の形もある
(12) a. もっと高いやつをくれ(*ろ)!
b. 早く見てくれ(*ろ)!
(13) a. この記事の下の方を見*(ろ)!
b. この記事の下の方を見てみ(ろ)!
c. ちょっと考えてもみ(ろ)、
すぐおかしいってわかるだろう
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命令形の形態規則再考
�(共通語の)連用形命令は命令形の形態の有無の問題なので、M[+Imp]に関する規則を整備する
(14) a. M[+Imp] ↔ /∅/ /{√kure_, ([MP [VP [TP …te] √mi] _])}
b. M[+Imp] ↔ /i/ /√k_
c. M[+Imp] ↔ /yo/ /[Vvf_ [+Formal]]
d. M[+Imp] ↔ /o/ /Vvf_
e. M[+Imp] ↔ /e/
• 統語環境による文脈指定を導入➥これも分散形態論のモデルではうまく捉えられる
(cf. 削除分析)
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その他の異形態
�他にも統語環境に依存する異形態は色々ある
(15) 賢太郎はもっとテレビに露出す(る)べきだ
➥「する」に関する規則というよりは、[-Past]の形態規則の整備によって分析する
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命令形のパラドクス?
�Nishiyama(1998):命令形の形態を決定するには動詞語幹の音形が決まっている必要がある
➥√(語幹)の音形が早い段階で存在すると仮定(Embick & Noyer (2007))すれば良いが…
語彙挿入による
s-i ro
再調整規則による
�再調整規則は語彙挿入より後に適用される規則
➥しかし、/ro/の挿入は前の要素が母音語幹動詞であることに依存
➥再調整規則の位置づけをより厳密に考える必要がある
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おわりに
�分散形態論では後期挿入を採用していることによって、特定の語彙・文法環境に限られる異形態をうまく取り扱うことができる
➥どうしても個別に指定しなければならないものはあるが、その中に見られる規則性もできるだけすくい上げたい
�このように少しずつ網羅性を上げる≒具体的な規則を書いていく、ことによって形式的な問題が出てこないか検証することができる
➥さらに、統語研究から(形態)音韻論研究への橋渡しに
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課題
�「問うて」「なさい」など未分析の形態が山積み
�随意的な形態の出現や交替をどのように理論的に取り扱うか
�規則基盤(rule-based)の音韻分析の検証
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