黒川 衣代 1979年 お茶の水女子大学家政学部卒業...

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食事マナーの伝達に関する日米比較(2) -アメリカの共働き子育て世代の実態- Comparative study on passing down table manners in Japan and the U.S. (2): The reality of American double income families in their child-rearing stage Deteriorating of table manners among children has become noticeable in Japan, whereas, in general, American children behave very well at restaurants in spite of the high rate of working mothers in the United States. The aim of this study is to investigate how table manners have been passed down in American families, especially from young and middle age parents who are busy working and child-rearing to their children. We distributed questionnaires from November 2006 through February 2007 in five different states. The questionnaires included the questions of how table manners were taught in their childhood and how they taught table manners to their children. We analyzed the answers of forty respondents who were in their 20s through 40s because they were considered to be in the child-rearing stage. The majority of the respondents answered that they passed down more than 90% of the table manners that they had learned in childhood to their children. But their discipline was more relaxed compared to their parents’generation because families were busier and had less time to eat together. They recognized table manners were important in terms of showing respect for others and indicating how you were brought up. The respondents valued table manners in connection with social interactions. 77 略 歴 1979年 お茶の水女子大学家政学部卒業 兵庫県下の県立高校で家庭科教諭 1993年 米国インディアナ州立パーデュー大学 大学院修士課程修了 1997年 和歌山信愛女子短期大学専任講師 1998年 大阪市立大学大学院生活科学研究科 後期博士課程退学 1999年 秋田大学教育文化学部助教授 2005年 鳴門教育大学教授 共同研究者 大森 桂 (山形大学地域教育文化学部・准教授) クロカワ 川 衣 キヌヨ

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食事マナーの伝達に関する日米比較(2)-アメリカの共働き子育て世代の実態-

Comparative study on passing down table manners in Japan and the U.S. (2): The reality of American double income families in their child-rearing stage

 Deteriorating of table manners among children has become noticeable in Japan, whereas, in general, American children behave very well at restaurants in spite of the high rate of working mothers in the United States. The aim of this study is to investigate how table manners have been passed down in American families, especially from young and middle age parents who are busy working and child-rearing to their children.  We distributed questionnaires from November 2006 through February 2007 in five different states. The questionnaires included the questions of how table manners were taught in their childhood and how they taught table manners to their children. We analyzed the answers of forty respondents who were in their 20s through 40s because they were considered to be in the child-rearing stage. The majority of the respondents answered that they passed down more than 90% of the table manners that they had learned in childhood to their children. But their discipline was more relaxed compared to their parents’ generation because families were busier and had less time to eat together. They recognized table manners were important in terms of showing respect for others and indicating how you were brought up. The respondents valued table manners in connection with social interactions.

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略 歴1979年 お茶の水女子大学家政学部卒業    兵庫県下の県立高校で家庭科教諭1993年 米国インディアナ州立パーデュー大学    大学院修士課程修了1997年 和歌山信愛女子短期大学専任講師1998年 大阪市立大学大学院生活科学研究科    後期博士課程退学1999年 秋田大学教育文化学部助教授2005年 鳴門教育大学教授

共同研究者

大森 桂(山形大学地域教育文化学部・准教授)

黒クロカワ

川 衣キヌ ヨ

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1.はじめに

 日本では以前から、子どもの食事マナーに関し、箸を適切に持つことができない、食事中に立ち上がる、口に食べものを入れたまま話すなどの問題が指摘されている(日本体育・学校健康センター2001、1996)。その背景には、夫婦共働きが増加し、家庭において子どもだけで食事をするケースが増えたことや食事の簡素化が進んでいること等が考えられる。しかし、共働き先進国でありながら、アメリカの子どもの食事マナーは日本に比べてよいことが報告されている(日本女子社会教育会1995)。これらのことをふまえ、著者らは、アメリカ家庭においてどのように食事マナーが伝達されているのかを調査研究することは、今後の日本の家庭における食事マナーの伝達に関して有意義であると考え、これまで調査研究を行ってきた。第一報(黒川と大森 2006)では、子育てを終えたアメリカ人夫婦を中心に聞き取り調査を実施し、貧しさから豊かさへの転換を体験した世代の特徴を明らかにした。しかし、課題として、豊かな環境で育った現代の共働き世代の実態を探る必要性が示された。 そこで本研究は、第一報に引き続き、家庭における食事マナー伝達の日米比較をするための基礎資料として、共働き先進国アメリカの共働き子育て世代が、どのように親から食事マナーを伝えられ、また、子どもに伝えているのかを明らかにすることを目的とし、調査を行った。

2.方 法

 研究代表者の知人であるアメリカ人研究者や友人、ならびに日本人の友人を介し、2006 年 11月~2007年 1月に質問紙をミネソタ、ニュージャージー、ニューヨーク、オレゴン、カリフォルニアの各州で配布した。質問項目は表1に示した通りである。アメリカ在住の成人男女 75 名から回答を得たが、本研究の目的に鑑み、子育て世代と想定できる20 ~ 40 歳代男女計 40 名を対象に分析を行った。分析対象者の属性は表 2に示した通りである。この中には専業主婦や独身、離婚者も含まれているが、子ども時代の例数を確保し、また共働き家族の特徴を明らかにするための比較対象になると考え、分析の対象に含めた。なお、生育(出身)地がアメリカ以外であっても、アメリカでの生活の方が長い3名(J10:ジャマイカ、Y13:中国、J14:台湾)は分析の対象とした。

3.結果および考察

(1)どのような食事マナーが伝達されたか 子どもの時に教えられた食事マナーとして多かった回答は、「口を閉じて食べる」「食卓にひじをつかない」「ナプキンを使う」「断ってから食卓を退席する」「手をのばさずに人に頼んで料理などを取る」「食べ物が口に入っている時には話さない」等であった。食事中に禁止されたことは、「おもちゃや本」「けんか」「歌」「げっぷ」「帽子」「指や手で食べる」等であり、逆に食卓で要求されたことは、「祈りをする」「プリーズ、サンキューを言う」「残さない」「食器の片付け」「食器類の適切な使い方」等であった。 親になってから子どもに教えたマナーもこれらと同様の内容であったが、その他に、「食事中のテ

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レビゲームや電話の禁止」など現代的な内容も見られた。また親の立場の回答において、子どもが幼少である場合には食事マナーとして多くを求めておらず(O8、Y5)、各家庭で子どもの発達段階に応じた食事マナー教育がなされていることが示唆された。 子ども時代における食事マナーの伝達者は「両親」「主に母親」という回答が多かったが、その他に「祖母、祖父母」(C1, O13, J14)「学校の授業」(O3)「大学の寮」(O1)「テレビ」(Y18)「本」(O1)「外食時」(Y18)「他者の観察」(Y18)という回答もあり、様 な々方法で食事マナーを学んでいた。O13 は、「子どもたちは食事を作った人に感謝をすることがよくある(私たちが彼らにこのようなことを教えた記憶はない)」と述べており、食事マナーは、家族を中心としながらも、家庭外の社会的な人間関係やマスメディアを通じても伝達されていることが示された。

表1 質問項目

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表2 対象者の属性

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(2)食事マナーを破った時の対応と食事マナーを教える上での工夫 子ども時代と親としての立場に共通して多かったのは、「食卓を退席させ、別室に行かせる」「言葉でさとす」であった。一例だけだが、「親である私の方が食卓から去ることもある」(J5)という回答もあった。子ども時代に体罰を受けたという回答は数例あったが、親として体罰を与えるという回答はなかった。 親の立場として食事マナーを教える上で工夫した、あるいは工夫していることについても尋ねた。「特にない」「ただやるのみ!」といった回答が多く、特にこれといった効果的な方法もなく苦労しながら教育している様子がうかがえた。「妻がガミガミ言うが効果はない。何かいい考えはないか?」(O1)という記述もあった。一方で挙げられた工夫は、「モデルとなる、一貫して食事を一緒に食べる」(O8)、「自分自身の中で何が重要で、それはなぜかということを明確にしておく、家族全員が一緒に食べたり話したくなるように楽しい食卓の雰囲気を創出する。子どもたちの良いマナーを認めてあげるようにし、彼らの前で自分が良いマナーを使うようにする。」(C1)、「例を示す、ルールの根拠を説明する」(M9)等であった。さらに以下の二人は、非常に具体的で工夫された実践例を紹介していた。Y22 の例は、「両親のうち一人が『大人』の役、もう一人が『子ども』の役になり、『大人』が『子ども』に適切な食べ方を見せるのを自分の子どもたちに助けさせた」というものである。O5の実践例は手が込んでいる。「子どもが幼かった時のことだが、夕食に謎のゲストを招くと話し、子どもたちにテーブルセッティングをさせた。ゲストの名前はミス・エタ・ケット(エチケットをもじった名前)といい、紙袋と自分の服で手作りしたマネキンである。食事中、このマネキンを食卓に座らせ、子どもたちと一緒にマナーを練習させた」という工夫である。2例の共通点として、これらは子どもが、更には親も楽しみながら、食事マナーを子どもに具体的に提示できる方法であろう。

(3)家庭での共食状況と親(夫婦)の就労状況 まず、質問では「食事を家族で一緒にとるか」という聞き方をしたのに対し、回答では圧倒的多数で「夕食」についての記述が多かった。このことから「夕食」が、子ども時代とともに親としての現在も、「家族の時間」として重要視されていることが推察される。 子ども時代においては、「夕食は毎晩家族一緒に食べた」という回答がほとんどで、その他に「日曜日に教会に行った後の食事は家族一緒に食べた」という回答もあった。就労状況に関しては、父親はフルタイム、母親はパートタイムの仕事をしていたというパターンが多かったが、両親共にフルタイムで働いていても、毎晩夕食は家族一緒に食べたという回答もあった。一方、親がフルタイムで農業に従事していた家庭では農繁期等に共食できないことがあり(O13,M11)、8才の時に両親が離婚したケースでは、「家族は一緒に食事をしなかったと記憶している」と答えていた(M10)。 親の立場としての回答においては、「朝食や昼食は別個でも、夕食はできるだけ家族一緒に食べるようにしている」という回答が目立った。しかし、回数でいえば、週に2回から毎日までのばらつきがみられる。共食できない理由としては、「子どものクラブ活動」「親の仕事」「会合」「パートタイムの仕事」などが挙げられていた。離婚後フルタイムで働いている母子家庭2例ではいずれも、家族が一緒に食べるのは「仕事の都合がつく時だけ」(J16)、「週末だけ」(J10)と他よりも共食頻度は少なかった。 就労状況に関しては、夫はフルタイムで働いているが、妻は専業主婦(6名)、パートタイム(11

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名)またはフルタイム(13 名)の仕事をしている者とさまざまであった(括弧内は回答から明確に確認できた人数である)。妻がフルタイムで働いていても毎日家族一緒に食事をしている家庭(O3, Y19, O13, J18)がある一方で、妻が専業主婦であっても、夫の仕事や子どものスケジュールの都合で家族一緒に食事ができないケースがあった(Y16, O16)。 以上のことから子どもとしての時代・親としての現代共に、必ずしも両親共働きが家族の共食頻度にネガティブな影響を及ぼしている訳ではないと推察される。日本人家族を対象とした先行研究(表ら1990)においても、専業主婦の家庭よりも母親が働いている家庭の方が、夕食に家族が揃う割合は高いと報告されている。 今回、子どもとして、親としてそれぞれの立場で答えてもらう質問で、共食頻度についての尋ね方は同じであったにもかかわらず、親としての立場での回答では共食できない理由を書く者が多かった。このことから、共食できないことを親自身も問題と認識している様子が伺える。家族員それぞれが忙しい毎日を送っている中で、意識的に共食の機会を作るように努めなければ、家庭における共食は減少の一途をたどる可能性があると言える。

(4)食事中の会話およびテレビ視聴 子どもとしての家族、親としての家族共に食事中には家族で会話を楽しんだという回答が圧倒的に多かった。食事中のテレビ視聴に関しても、子ども時代、親になってから共に基本的に「見ない」「まったく見ない」という回答がほとんどである。ただ、スポーツイベントや特別番組、映画、ニュースを週末等に例外的に、また親としての家族では、「家族全員が揃わない時」や「子どもの学校が休みの時、子どもが先に寝た時」に見るという回答も見られた。これらのことから、食事中にテレビを視聴することは、家族のコミュニケーションを減らし、食事の場にふさわしくないものと認識して節制している姿勢が読み取れる。しかし、特別な機会においては家族のコミュニケーションを補完して活発にしたり、あるいは家族が食事時間を楽しみ、リラックスするためにテレビが利用される場合もあることが示唆された。なお、日本人中学生を対象とした調査(黒川と小西 1997)では、7割以上が「いつも」あるいは「たいてい」テレビを見ながら夕食を食べると回答しており、テレビ視聴の有無は日米の食卓風景の大きな違いの一つと考えられる。

(5)外食の頻度と内容 外食の頻度は「月に数回」という回答が最も多いが、「まったくしない」から「週に2、3回」まで様々な回答がみられるという点は、子ども時代、親時代に共通していた。また、子どもの年齢が上がると外食の機会は増加していた。個 人々で子ども時代と親になってからの変化をみると、子ども時代に比べて親になってから外食頻度が増加または同程度の者が多く、減少した者は少なかった。子ども時代では旅行中や休暇、誕生日等特別な時に外食するという意見が多くみられたが、親としては、忙しい時や金曜夜に利用するという回答もみられ、持ち帰りや宅配も選択肢に加わり、「外食でもファーストフードは利用しない」(O8, O10, O16, M8)という回答や、「ファミリーレストランは洗練されたマナーを要求せず、子ども向けの安価なメニューを用意しているので利用する」という者(J5)もいた。このように現代では、家族のニーズに応じて外食を「選んで」利用していることが分かる。

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(6)拡大家族での共食状況 親の立場でのみの設問であるが、拡大家族で一緒に食事をする機会として、クリスマスやサンクスギビングといった祝日、誕生日を大多数の者が挙げていた。それ以外にも、拡大家族や友人と月に数回食事をする機会があるという回答が多数みられた。子どもにとっては、これが自分の家族以外の大人と一緒に食事をする機会であり、食事マナーの大切さを感じたり、社交について学ぶ機会にもなっていると考えられる。

(7)世代間での食事マナーの伝達程度と変化 「自分が教えられた食事マナーの約何パーセントを自分の子どもに伝達したか」を尋ねた結果、15%から100%までとばらつきは大きかったが、ゆうに半数以上が 90% 以上という回答であった。伝達したマナーがどの程度、子どもが身につけているかは別の次元の話であるが、少なくとも親としては、自分が教えられたマナーを子どもに伝える精一杯の努力をしている者が多いと言える。100%に及ばなかった部分がマナーの変化ととらえられるが、具体例には、「食事中のテレビ視聴の許可」「ナプキンと片手を必ずしも膝の上に置かなくてもよい」「服装や姿勢がリラックスしたものでよい」「残さず食べる等を要求しない」などが挙げられていた。その他に少数だが、親となって食事マナーを追加したり、改良した者(O10, O1, O9)、幼少期の厳しいしつけが嫌だったので自分は15%しか子どもに伝達していないと答えた者(Y16)もいた。 なぜ子ども時代に比べ食事マナーが厳格でなくなった、すなわち緩和したのか(less strict、relaxed)を探るため、変化の理由に関する回答を分析したところ、生活の変化の傾向を表す次の3つのキーワードが得られた。一つめは「多忙化」である。変化の激しい社会において家族が皆いつも忙しく、急いでおり(Y20, O2, O13, C2)、親の仕事(J16)や子どものスケジュールの都合で一緒に食べる機会が減ってきている。多忙になったからこそ共食の機会は貴重であり、夕食時は電話をとらないようにしているというケース (Y20)もあったが、多くの家庭では多忙になったことが、食事マナーが緩くなった要因の一つと考えられる。 二つめのキーワードは「個別化」である。家族が必ずしも皆同じ食事をとらなくなり(Y17)、コンピュータやテレビゲーム(O13)、スポーツイベントのテレビ観戦(O3)のように娯楽も多様化し、さらには、教えられたマナーが夫婦間で異なる(O5)。このように人々のライフスタイルや価値観が多様化したことにより、形式的な食事を尊重する意識が相対的に低下したと推察される。一方、夫婦共に家族の時間として食事を大切にする家庭で育ち、そのような互いの両親の良好な意識に感謝すると共に自分の子ども達も同じように育てたいという者(O8)もおり、家庭での食事マナーの伝達において、夫婦間で食事に対する価値観がどの程度一致しているかが重要であることが示唆される。 キーワードの三つめは、「カジュアル化」である。食事を安く簡単に済ませたい(O2)、食事や会話を楽しみたい(C1, M11, O16)、物事や文化全般に非形式化・カジュアル化している(Y17, C2)といった回答があり、結果として堅苦しいマナーは敬遠されるようになったと考えられる。  食事マナー緩和の理由として、他に、現代では、健康上の理由から「残さず食べる」ことは子どもに要求しない(C1)、物理的に居住空間が狭くなり、食卓からテレビが見えてしまうようになった(O2)といった例があった。

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(8)食事マナーの意義 ほとんどの回答者において食事マナーは重要と認識されており、「相手への敬い(respect) 」を示し、食卓を囲む他の人たちを不快にさせないために必要と考えられていた。さらに、食事マナーはその人の人となりを表すものであり、マナーを通してその人物が評価されると考えられていた。他方、数は少ないが、食事を楽しむことができなくなるので、食事マナーを過度に重視すべきではないとの意見もあった。 食事マナーにおいて最も重要な事として、「礼儀正しさ(Be polite)」「敬い(Respect)」「食事と会話を楽しむこと」を挙げる者が多かったが、その他に、「食べながら話さない」「正しい姿勢」「ナプキンの使用」といった具体的なマナーを挙げる者もいた。一方、食文化伝承の観点から食事マナーは重要であるという意見は皆無であった。日本では、箸の持ち方に代表されるように、食事マナーにおける所作や伝統的文化の継承という側面も重視されると考えられるが、アメリカにおいては社交的文化の観点から食事マナーの意義が認識されていると推察される。

(9)高齢者世代との比較 筆者らは 2004 年に、子育てを終えた高齢者のアメリカ人夫婦を中心に聞き取り調査を行い、その結果を第一報(黒川と大森 2006)としてまとめ、報告した。最後に、その報告を元に今回の調査対象となった世代との比較を行う。 まず変化がないと考えられるのは、食事マナーを破った時にその場を離れさせるという対応と食事は家族で会話を楽しむ機会であるという食事観、従って普段の食事ではテレビをつけないことである。また、対人関係的側面を重視する食事マナー観もしっかりと受け継がれていた。 顕著に変化が見られる点は、食事マナーの伝達内容において「お祈りをする」「残さずに食べる」ことへの言及が減少していたことである。料理の量を見きわめてから取り分けるなど、食べものに余剰がなかった高齢者世代にとって、食べるという行為は神や自然の恵み、料理を作ってくれた人への感謝と切り離すことができなかったであろう。しかし、物質的豊かさの実現と共に、有り余るほどの食料が当たり前となった世代にとっては、食することへの「ありがたみ」を実感することが少なくなり、食事マナーにおける感謝を表す側面に変化が現れたと考えられる。この変化には産業構造の変化により、多くの家族にとって、食べ物が生産するものではなく買って消費するものに変化したことや、若い世代の宗教離れも影響しているであろう。 また、子育て世代が家族揃っての共食に努力していることは伺えたが、共働きの増加、離婚等による家族形態の変化、家族員の個別化指向、情報化による忙しい時代等を背景に、家族の共食が減少傾向にある反面、外食は増加傾向であること、食事マナーが緩くなってきていることが高齢者の世代から継続した変化であることが明らかになった。

4.まとめと今後の課題

 本研究は、共働き先進国アメリカにおいて現在、共働きで子育てをしている世代が、どのように親から食事マナーを伝えられ、また、子どもに伝えているのかを明らかにしてきた。 伝達され、伝達したマナーの内容に大きな変化は窺えず、また、子どもに食事マナーを習得させ

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るために、繰り返し注意をしている地道な努力や独創的な工夫がみられた。マナーの伝達率について半数以上が 90%という高い割合には、こうした自分たちの努力への思いがあるのかもしれない。しかし前述したように、子どもが食事マナーをしっかりと身につけているかは別の話であるので、10代の若者の実態調査とともに、もし彼らにマナーの崩れが見られるならば、なぜ受け継がれていかないのか、その要因を探ることが課題となろう。 実際の食事風景において、子ども時代と親になってからで変化がないわけではなく、食事マナーが緩くなる傾向にあった。また、家族一緒の共食はやや減少した反面、外食は増加していることが分かった。このような変化は、人々の生活において多忙化、個別化、カジュアル化が進んだことが深く関与していると推察される。しかし依然として食事マナーは重要と考えられており、その主な理由は、共食者に敬いの念を示し、不快な思いをさせずに食事や会話を楽しむためであり、食事場面での振る舞いが自己の評価にもつながるためといった社交上の必要性であった。ここからアメリカ人の「プライベート」に相対する「公共」への強い意識の存在や、食事を社会的関係性が伴う場として認識する特質が読み取れる。 日本との対比で考えれば、分析した多くのアメリカの家族には、家族での共食頻度の高さ、食事中のテレビ視聴がないこと、拡大家族や友人家族との食事が共通していた。これらは、かつての日本においても当たり前であった事柄であろう。なぜ、日本においては急激に変化してしまったのに、アメリカでは日本ほど変化しなかったのか、根底にあるのは人間関係重視の食事マナー観の継承であるかもしれない。 以上のことをふまえ、今後は日本の実態について研究を進めていきたい。

5.謝 辞

 本研究は、財団法人アサヒビール学術振興財団の研究助成を受けて行われたものであり、当財団に深く感謝いたします。また、質問紙の配布にご協力下さった神戸松蔭女子学院大学の竹田美知先生、Dr. Jan Gembol、Mrs. Terry Walsh、Mrs. Yoko Fukuda、Dr. Edward Hoffman、Dr. Dan Johnson、Mrs. Jennifer Hoggan、並びに質問紙に回答して下さいました皆さま方に厚く御礼申し上げます。

6.引用・参考文献

黒川衣代・大森桂(2006)食事マナーの伝達に関する日米比較(1)-アメリカからの示唆-,食生活科学・文化及び地球環境科学に関する研究助成研究紀要,19,アサヒビール学術振興財団,p61-69黒川衣代・小西史子(1997)食事シーンから見た家族凝集性-中学生を対象として-,家族関係学,日本家政学会家族関係学部会,p51-63表真美・小澤千穂子・袖井孝子(1990)母親の就業と食生活,国民生活研究,30(2),国民生活センター,p47-59日本女子社会教育会(1995)「家庭教育に関する国際比較調査報告書」

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日本体育・学校健康センター(1996)「児童生徒の食生活等実態調査-平成7年度-」日本体育・学校健康センター(2001)「平成 12 年度 児童生徒の食生活等実態調査報告書」石毛直道(2005)二〇世紀の食卓風景,「食卓文明論 チャブ台はどこへ消えた?」中公叢書,p178-219石毛直道(2004)食卓,「食卓の文化誌」岩波現代文庫,p13-22井上忠司(1999)食事空間と団らん,「講座 食の文化 第五巻 食の情報化」(財)味の素食の文化センター,p104-119