脳科学研究戦略推進プログラム · 活力ある暮らし班:...
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脳科学研究戦略推進プログラム
課題E: 「心身の健康を維持する
脳の分子基盤と環境因子」(略称、生涯健康脳)の概要
プログラムディレクター
津本 忠治
資料2-1
1
課題Eは、平成22年度に開始、 「発生から老化まで」という人間
の一生の3段階に着目し、心身の健康を支える脳の機能及びその範囲を逸脱するメ
カニズムを「分子基盤と環境因子の相互作用」という視点での解明を目指す 。
Ⅰ.「健やかな育ち研究班;脳神経発生・発達における健康逸脱メカニズムの解明」・精神・神経機能の発達における遺伝的背景と環境要因の相互関係を包括的に解析
・脳神経系の疾患について、発生・発達段階での異常の関与を明らかにし、小児期・青年期・成人に至るまでの脳の健康逸脱メカニズムを解明
Ⅱ.「活力ある暮らし研究班;脳による心と体の恒常性維持メカニズムの解明」・体の恒常性維持及び破綻機構を、「睡眠・リズム」「摂食・代謝」「ストレス」等について解明
・心の恒常性維持及び破綻機構(うつ等)を、環境要因と分子基盤との相関を考慮し、生物学的に解明
Ⅲ.「元気な老い研究班;健康な脳老化が病的な脳老化に至るメカニズムの解明」・脳の加齢に大きな個人差を引き起こす環境因子やライフスタイルの作用メカニズムを解明
・健康な脳老化と病的な脳老化の境界や、脳老化を促進する因子を探索し、機能不全に至るメカニズムを解明
「脳科学研究戦略推進プログラム」 課題Eの概要及び予算
概 要
予 算 (単位:億円)
※ 課題Eの予算は、全体予算の内数
平成22年度 平成23年度 平成24年度 平成25年度 平成26年度脳科学研究戦略推進プログラム・脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(全体予算)
23.9 35.9 34.9 34.9 54.8課題E(生涯健康脳)心身の健康を維持する脳の分子基盤と環境因子
4.6 4.8 4.3 4.2 4.0
2
1.PD・POに関する評価 2.課題Eの全体評価
3.研究班の研究内容に関する評価
PD・PO
理化学研究所 津本 忠治
(PD)
慶應義塾大学 柚﨑 通介
(PO)
理化学研究所 加藤 忠史
(PO)
代表研究者
研究班長
東京医科歯科大学 田中 光一健やかな育ち班:
脳神経発生・発達における健康逸脱メカニズムの解明
国立精神・神経医療研究センター
功刀 浩活力ある暮らし班:
脳による心と体の恒常性維持メカニズムの解明
東京医科歯科大学 岡澤 均元気な老い班:
健康な脳老化が病的な脳老化に至るメカニズムの解明
「脳科学研究戦略推進プログラム」 事後評価対象(課題E)
東京医科歯科大学 水澤 英洋
3
4.分担研究者の研究内容に関する評価
東京医科歯科大学 田中 光一 扁桃体の遺伝子データベースの作成と脳の形成異常及び興奮性増大に起因する機能障害の解明
東京大学 遠山 千春 環境からみた脳神経発生・発達の健康逸脱機序の解明
国立精神・神経医療研究センター 稲垣 真澄 発達障害児社会性認知に関する臨床研究
理化学研究所 下郡 智美 間脳形成における遺伝子環境相互作用
慶應義塾大学 仲嶋 一範 発生過程の可視化による海馬と大脳新皮質の形成機構の解明
健やかな育ち班 分担研究者
国立精神・神経医療研究センター 功刀 浩 体[睡眠・リズム]とこころの恒常性維持及び破綻機構の遺伝子環境相互作用に関する研究
国立精神・神経医療研究センター 三島 和夫睡眠調整に関わる生物時計及び恒常性維持機構の機能評価スキルの開発とその臨床展開
生物時計、睡眠覚醒、気分調節を結ぶ双方向的な機能ネットワークの分子基盤に関する研究
自治医科大学 矢田 俊彦 生体恒常性維持における視床下部ネスファチン回路網と迷走神経を介した末梢環境情報
東京医科歯科大学 岡澤 均 脳の正常老化と異常老化を分岐する環境由来の脳リン酸化シグナルの解明
東京医科歯科大学 水澤 英洋 脳老化と神経変成における環境・遺伝要因の解析
東京大学 岩坪 威 代謝恒常性の破綻と環境ストレスによる脳老化・変性促進の分子基盤解明
東京大学 一條 秀憲 環境ストレスが脳分子ストレスと神経変性を招来する分子機構の解明
活力ある暮らし班 分担研究者
元気な老い班 分担研究者
「脳科学研究戦略推進プログラム」 事後評価対象(課題E)
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1108-9162-5-N
「発生から老化まで」という人の一生に亘って、脳の健康を脅かす外的要因である環境因子(胎内環境・養育環境・摂食・睡眠・社会的ストレス等)と内的要因である脳の健康維持の分子基盤、及びそれらの相互作用を体系的に解明し、生涯に亘る脳の健康維持への戦略を探る。
課題E (生涯健康脳) の使命と研究体制
脳の健全な発達とその破綻の機序の分子基盤
田中光一 (東京医科歯科大学)
仲嶋一範 (慶応大学)
下郡智美 (理研BSI)
遠山千春 (東京大学)
稲垣真澄 (国立精神・神経
医療研究センター)
心身の恒常性維持とその破綻の機序の分子基盤
健全な脳老化と病的老化の機序の分子基盤
岡澤 均 (東京医科歯科大学)
水澤英洋 (東京医科歯科大学)
岩坪 威 (東京大学)
一條秀憲 (東京大学)
貫名信行 (理研BSI, 2013年
3月まで)
I. 「健やかな育ち」班 II. 「活力ある暮らし」班 III. 「元気な老い」班
功刀 浩 (国立精神・神経医療
研究センター)
三島和夫 (国立精神・神経医療
研究センター)
矢田俊彦 (自治医科大学)
拠点長:水澤英洋
生活習慣が生涯に亘る脳の健康或いは破綻をもたらすという新しい視点の導入
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社会行動異常認知機能障害
視床下部オキシトシンの発現亢進
過食社会行動異常
胎児期神経細胞移動障害
(下郡)母子分離の影響
マウスマーモセット
(稲垣)自閉スペクトラム症 (ASD) 児の声認知機能
ASDの客観的診断法の開発が必要
「健やかな育ち班」の目標と成果の一部:胎児期、生後発達期の脳形成・機能に及ぼす因子とその機序の解明
(仲嶋・遠山・田中)環境化学物質、胎児脳虚血の作用
(遠山)集団飼育下の行動解析
ダイオキシン 胎児期脳虚血
低体温やNMDAR阻害剤の防止・予防効果の発見
ASD児における声認知障害を検出できる検査法を開発
個体識別可能マウス集団飼育システムの
開発
母子分離が及ぼす作用の一端を解明
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幼児期:全児童
1.脳波による声認知検査法の開発
2.声認知に基づく聴力検査の開発
3.汎用化に向けた大規模調査の実施
聴力
検査
指標
脳波検査指標
全国8ヶ所
2014名に実施
幼稚園・公立小学校での実施成功
3〜12歳
聴力
検査
指標
年齢
〇年齢変化の特定
〇年齢に応じた基準値算出
■異常の検出へ
脳機能に基づく階層的診断プロセス
ASDの確定診断
1次スクリーニング(既存)問診:3歳児健診など
2次スクリーニング【本研究】「社会性聴力検査」
検査機器について特許検討中
3次スクリーニング【本研究】脳波検査+医師診察
異常
異常
異常
2014年1月~7月
成果の例(稲垣):自閉スペクトラム症 (ASD) の客観的検査法の開発
・雑音下で標的音(声/声以外)の聴力検査 (dB)
ヒトの声に特異的反応
脳機能に基づいた客観性段階的なプロセスによる確実性
既存の枠組みを利用した社会実装 7
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活力ある暮らし班:ストレス社会におけるうつ病, 摂食・睡眠障害のメカニズム解明
ストレス・うつ病(国立精・神セ 功刀)
食生活・栄養とうつ病の関係
ストレスとうつ病の関係
睡眠・リズム障害の客観的評価とうつ病
睡眠・リズム障害(国立精・神セ 三島)
リズム障害患者末梢細胞による慨日リズム評価系の確立
時計遺伝子のシグナル伝達解明
睡眠・リズム障害とストレス
ストレス社会・経済的、人間関係等における
慢性ストレス・飽食・食生活の西洋化
・運動不足・夜型生活/・夜勤・交代勤務
ストレスによる食行動異常うつ病による食欲変化栄養障害によるうつ病
リズム障害と食行動異常は密接に関連
摂食中枢の異常(自治医大 矢田)
ネスファチン、オキシトシンに注目した食欲制御メカニズムの解明
食欲制御異常モデル動物による睡眠・リズム障害やうつ様行動の解明
迷走神経を介する末梢-脳連関の解明
うつ病では睡眠障害必発ストレスによる睡眠の質の低下
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成果の例(功刀): うつ病の「精神栄養学」の展開
• うつ病患者における栄養学的異常
国内初の大規模な実証的研究– 肥満
– 脂質異常
– 葉酸欠乏
– トリプトファン低値
– 脂肪酸バランス
– 緑茶摂取量
– テアニンの向精神作用
・ 論 文J Clin Psychiatry (2014)Psychiatry Clin Neurosci (2014)New Diet Therapy (2013)Psychopharmacology (2011)
0
20
40
60
80
週3杯以下 週4杯以上
健常者(N=111)うつ病(N=99)
緑茶を飲む頻度が少ない
緑茶の成分テアニンの抗うつ様作用
強制水泳テスト(マウス)
P< 0.001
トリプトファンの低下を証明 P <0.000000019
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• 睡眠不足の自覚のない15名に十分な睡眠を取らせて必要睡眠量を計測した
• 12/15名で一日当たり1時間5分の睡眠不足あり
• 睡眠不足を回復すると代謝・ストレス系機能が有意に改善!
成果の例 (三島): 潜在的睡眠不足とストレス系機能低下の発見
-1
0
1
2
3
S13 S11 S04 S12 S02 S15 S07 S06 S09 S01 S08 S10 S14 S03 S05 MEAN
5
6
7
8
9
10
●自宅での睡眠時間○推定必要睡眠時間
一日当たりの不足時間 1.08時間
56.8 68.6
2030405060708090
100
充足前 充足後
HOMA-β (インスリン分泌能)
109.3 86.1
16.6
14.8
020406080
100120140
充足前 充足後
2.18
2.39
1.8
2.0
2.2
2.4
2.6
2.8
3.0
充足前 充足後
レプチン (ng/ml)
p<0.05p<0.05 p<0.01
A-グレリンD-グレリン(fmol/ml)
p<0.01
↓↑↑ ↓
十分睡眠を取ると・・
25.4
19.5
0
5
10
15
20
25
30
充足前 充足後
ACTH (pg/ml)
10
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スーパーノーマル(元気な老い)
正常老化
病的老化(変性)
遺伝的背景 環境因子
分子的変化分子マーカー認知・運動能力
年齢
既知の環境因子(肥満など)
リン酸化シグナル変化(東京医歯大・岡澤)
RNAシグナル変化(東京医歯大・水澤)
ストレスシグナル変化(東京大・一條)
未知の環境因子
「環境因子−脳老化シグナル 連関」への網羅的かつ統合的アプローチ
インスリンシグナル変化(東京大・岩坪)
『元気な老い班』 の目標と構成
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成果の例(岩坪): 脳インスリン作用障害がAD発症に及ぼす作用の解明
①HFD負荷によるADモデルマウスのアミロイド蓄積促進糖尿病がADのリスクとなる疫学的知見を裏付けるモデルの確立
代謝負荷後の食餌制限によるアミロイド蓄積の抑制Aβ異常発症後の食餌制限による予防効果を初めて実証
②HFD負荷マウス脳におけるAβクリアランスの減少糖尿病病態による脳Aβ代謝の変化をin vivoで解明
③糖尿病発症時の脳のインスリン作用低下を実証、そのメカニズムの1つとしてインスリン脳移行の低下を示唆
Chow HFD
p=0.07
ISF/plasma
0
20
40
60
80
100
120
-2 -1 0 1 2 3 4 5 6
ISF
Aβ(%
bas
elin
e)
Time from treatment (hr)
0
0.5
1
1.5
2
2.5
3
Chow HFD
Hal
f life
of I
SF A
β42
(hr)
**
020406080
100120140
pmol
/g w
et ti
ssue
0200400600800
1000120014001600
pmol
/g w
et ti
ssue
可溶性Aβ 不溶性Aβ
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1
1.2
Chow HFD
pIR
/IR
insulin -insulin +
Brain insulin response
***Chow HFD_ + _ +
pIR
IR
insulin
****
***
ISF Aβ ISF Aβ t1/2
Compound E
通常飼料 高脂肪食 カロリー制限 高脂肪→通常 高脂肪→制限食
(還流液中のAβ)
AD, アルツハイマー病
糖尿病によるAβ蓄積の亢進を再現、食餌制限により可逆的に抑制が可能であることや代謝負
荷によるAβ蓄積の主要な機序として脳Aβクリアランスの低下があることを示した。また、脳の
インスリン抵抗性の本態は脳におけるインスリン作用の低下である可能性を示唆した。 12
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成果の例(水澤): ヒトにおける小脳機能評価法の開発とその応用1. ヒト小脳の機能を定量評価できる機器を開発
小脳疾患患者70歳未満 70歳以上
健常者70歳未満 70歳以上
2. 認知症や小児の脳発達の評価に発展
Ada
ptab
ility
inde
x (A
I)
短期記憶の効果を、AIを目安に検索できることが判明した。
小児~老人までのAI分布
小学3年生頃(10歳前後)まではAIは特に低い傾向が見られた。機器開発では特許を出願し、普及目的に簡易型機器の開発を進めた。
AI (Adaptability Index) という指標を発見し、小脳の老化や疾患の指標(バイオマーカー)になることを見出した。 *:有意差あり
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論文発表:225件Science 2報、Nature 1報、Neuron 1報、Mol Psychiatry 1報、Mol Cell 1報、 Ann Neurol 1報、Nature Commun 1報、PNAS 1報、Biol Psychiatry 1報、J Neurosci 5報、Hum Mol Genet 2報、など
特許出願:14件(うち国外5件)
外部への研究成果発信プレスリリース : 35件脳プロ公開シンポジウムでの講演・ポスター展示 : 12件一般向け講演会 : 16件テレビ出演 : 6件出張授業 : 5件(中学高校)研究室公開 : 6件(高校生)
外部への研究成果等の発信状況
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倫理的・法的・社会的課題(ELSI)に係る事項への対処1.所属機関倫理審査委員会における承認の確認
分担者 課題名 承認日 機関名
田中光一 精神疾患及び緑内障におけるグルタミン酸トランスポーターの役割の解明
2011/7/19 東京医歯大
岡澤均 神経変性疾患ヒト脳の病理、タンパク、および遺伝子発現の解析 2010/2/24 東京医歯大
水澤英洋 小脳の運動学習機能の新しい評価法の確立と脳疾患での応用 2012/5/22 東京医歯大
功刀浩 気分障害に関する脳画像解析学的研究 2010/5/21 国立精神・神経医療研究センター
功刀浩 気分障害および精神病性障害の栄養学的研究 2010/12/17 国立精神・神経医療研究センター
三島和夫 生体組織を用いた睡眠・覚醒リズム障害の精密かつ迅速な診断システムの開発
2011/10/14 国立精神・神経医療研究センター
三島和夫 睡眠恒常性、気分・情動調節、エネルギー代謝の機能的関連の解明 2012/8/2 国立精神・神経医療研究センター
稲垣真澄 非侵襲的脳機能計測法を用いたヒト発達期における認知機能とその障害にかかわる中枢神経機構の解明
2011/5/13 国立精神・神経医療研究センター
一條秀憲 筋萎縮性側索硬化症診断法の開発に関する研究 2011/3/24 東京大学
2.各機関動物実験委員会および組換えDNA実験安全委員会における承認の確認
3.脳プロ倫理相談窓口の活用とELSI課題担当者の成果報告会への出席によるモニター
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1108-9162-16-N
1.胎児期の脳虚血、小児期の母子分離、発達障害、成人期のうつ、睡眠障害、摂食異常、老年期の認知症、小脳障害について、動物モデルの開発、分子基盤と環境要因の同定、ヒトにおける診断・治療法への応用という具体的成果を得ることができた。
2.食・環境ストレスが脳の健康と疾病に大きく関係していること、すなわち生涯健康脳に対する生活習慣の重要性を明らかにし、生活習慣改善による予防の可能性を示した。
3.自閉スペクトラム症、うつ病、睡眠障害、認知症、小脳疾患などの診断・治療における客観的指標として活用できるバイオマーカーを開発した。
4.本課題及び関連の脳研究は、胎児・小児期の脳の健康は成人後の脳の健康に影響し、発達期・成人期の脳の健康は老年期の脳の健康に影響すること、また老年期発症疾患であっても、脳病変は既に幼少期や成人期に始まっていることを示唆している。本課題の成果によって、“生涯に亘る”という時間軸の認識は、脳疾患研究にとっては極めて重要かつ有用であることが明らかとなった。
5.脳研究にはヒトの生涯にわたる時間軸を取り入れた長期間の研究が必須であり、その成果は健全な脳機能に基づく“健康長寿”社会の進展に貢献することが期待される。
課題E (生涯健康脳) の成果と展望
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