軟体動物門 奈良教集中講義 2017/08/16-20...

5
1 9. 軟体動物:体が柔らかい 冠輪動物 奈良教集中講義 2017/08/16-20 新潟大学・自然環境科学・宮﨑 勝己 軟体動物門軟体動物門=MOLLUSCA ・語源=ラテン語の molluscus (=soft of body) ・「軟体動物」という日本語の 名称は、学名をそのまま訳した もの ・BC4世紀頃 アリストテレスのいう「殻皮類」が 今でいう「貝類」に、「軟体類」が 「頭足類(イカ・タコの仲間)」に、 それぞれほぼ該当する(ただし殻皮類 には、ウニやホヤが含まれる)。 軟体動物門・1650年 Jonstonが、頭足類とフジツボ類(節 足動物・甲殻類)を併せた群に対し、 Molluscaの名称を初めて用いる。 ・1735年 リンネLinnaeus「自然の体系 Systema Naturae」第1版では、現在の「軟体動 物」は「蠕虫類(Vermes)」に含まれる が、その中でまとまりを作っていない。 軟体動物門リンネ「自然の体系 第1版」の動物分類表 Linnaeus (1735) 今でいう「軟体動物」は「蠕 虫類」の中でまとまりを作っ ていない。 Linnaeus (1735) リンネは、後の版では蠕虫類 の中に「Mollusca」という 群を設置したが、そこには貝 類は含まれず、イソギンチャ ク、クラゲ、ホヤなどの別の 動物門に属する、体の柔らか い動物を含んでいた。 Linnaeus (1735) ・1795年 キュビエCuvierにより、 「軟体動 物」の内容が現在とかなり近くなった。 ・19世紀 シャミセンガイ(腕足動物)・ホヤ (脊索動物)・フジツボ(節足動物) などが、段々と軟体動物から外されて いった。 軟体動物門・江戸時代 本草学では、今でいう「軟体動物」 は、様々な「類」に入れられる。 例: 貝原益軒「大和本草」(1709) より烏賊魚(イカ) 海魚 ・海鹿(ウミジカ、あめふらし) 水蟲 ・蝸牛(カタツムリ) 陸蟲 ・(各種二枚貝、巻貝)介類 軟体動物門

Upload: others

Post on 10-Jul-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 軟体動物門 奈良教集中講義 2017/08/16-20 …mail2.nara-edu.ac.jp/~masaki/CBL-SITE/Other_files/9...1 9. 軟体動物:体が柔らかい 冠輪動物 奈良教集中講義

1

9. 軟体動物:体が柔らかい冠輪動物

奈良教集中講義 2017/08/16-20

新潟大学・自然環境科学・宮﨑勝己

「軟体動物門」

軟体動物門=MOLLUSCA

・語源=ラテン語の

molluscus (=soft of body)

・「軟体動物」という日本語の名称は、学名をそのまま訳したもの

・BC4世紀頃アリストテレスのいう「殻皮類」が

今でいう「貝類」に、「軟体類」が

「頭足類(イカ・タコの仲間)」に、

それぞれほぼ該当する(ただし殻皮類

には、ウニやホヤが含まれる)。

「軟体動物門」

・1650年Jonstonが、頭足類とフジツボ類(節

足動物・甲殻類)を併せた群に対し、Molluscaの名称を初めて用いる。

・1735年

リンネLinnaeus「自然の体系 SystemaNaturae」第1版では、現在の「軟体動物」は「蠕虫類(Vermes)」に含まれるが、その中でまとまりを作っていない。

「軟体動物門」 リンネ「自然の体系 第1版」の動物分類表

Linnaeus (1735)

今でいう「軟体動物」は「蠕虫類」の中でまとまりを作っていない。

Linnaeus (1735)

リンネは、後の版では蠕虫類の中に「Mollusca」という群を設置したが、そこには貝類は含まれず、イソギンチャク、クラゲ、ホヤなどの別の動物門に属する、体の柔らかい動物を含んでいた。

Linnaeus (1735)

・1795年キュビエCuvierにより、 「軟体動物」の内容が現在とかなり近くなった。

・19世紀シャミセンガイ(腕足動物)・ホヤ(脊索動物)・フジツボ(節足動物)などが、段々と軟体動物から外されていった。

「軟体動物門」

・江戸時代本草学では、今でいう「軟体動物」は、様々な「類」に入れられる。

(例: 貝原益軒「大和本草」(1709) より)

・烏賊魚(イカ)→海魚

・海鹿(ウミジカ、あめふらし)→水蟲

・蝸牛(カタツムリ)→陸蟲

・(各種二枚貝、巻貝)→介類

「軟体動物門」

Page 2: 軟体動物門 奈良教集中講義 2017/08/16-20 …mail2.nara-edu.ac.jp/~masaki/CBL-SITE/Other_files/9...1 9. 軟体動物:体が柔らかい 冠輪動物 奈良教集中講義

2

軟体動物の特徴軟体動物の定義は難しく、一般には以下のような形質の組合わせで、全体が定義される。(佐々木(2010)に従う)

①体は左右相称②体が伸縮自在で頭部・足・内臓塊に分かれる③炭酸カルシウムの殻もしくは棘を作る④腹側に匍匐用の足を持つ⑤背側が外套膜に覆われる⑥外套膜の一部が突出し外套腔を形成する⑦外套腔内に櫛鰓を持つ⑧外套腔内に粘液腺あるいは鰓下腺を持つ⑨嗅検器を持つ⑩歯舌を持つ⑪頭部神経環から二対の神経が伸びる

一般的な分類体系(現生種)軟体動物門

尾腔綱(ウミヒモの仲間)溝腹綱(カセミミズの仲間)多板綱(ヒザラガイの仲間)単板綱(ネオピリナの仲間)斧足綱(二枚貝の仲間)堀足綱(ツノガイの仲間)頭足綱(イカ・タコの仲間)腹足綱(巻貝・ウミウシの仲間)

・体は細長い虫状。・貝殻を欠く。・体表を石灰質の骨針が覆う。・体後端に外套腔を有し櫛鰓を持つ。・全て海産で海底の泥中に潜る。

尾腔綱(ウミヒモの仲間)

溝腹綱(カセミミズの仲間)

・体は細長い虫状。・貝殻を欠く。・体表を石灰質の骨針が覆う。・体後端に外套腔を有するが、櫛鰓は欠く。・腹側に溝を有する。・全て海産。

多板綱(ヒザラガイの仲間)

Brusca et al. (2016)

・体背側に8枚の貝殻を持つ。・腹面に発達した足を持ち、基質に付着。・貝殻と筋肉に、体節様の繰り返し構造を有する。(体節性とは無関係)・全て海産。

・体背側に1枚の貝殻を持つ。・鰓や筋肉や内臓器官に、繰り返し構造を有する。(体節性の反映?)・古生代に繁栄した「生きた化石」。・全て深海産で採集が困難。

単板綱(ネオピリナの仲間)

Brusca et al. (2016)

斧足綱(二枚貝の仲間)

・体左右に2枚の貝殻を持ち、背側で連結。・足が扁平で斧状。・歯舌を欠く。・多くは海産で、一部淡水へ進出。

藤田 (2010)

掘足綱(ツノガイの仲間)

藤田 (2010)

・貝殻は細長い筒状で、前端と後端が開口する。・頭糸と呼ばれる、触手状の摂食器官を持つ。・鰓を欠く。・全て海産。

頭足綱(イカ・タコの仲間)

藤田 (2010)

・貝殻は退化的。・一般に大型で遊泳力が高い。・幼生を出さない直達発生。・眼や中枢神経系がよく発達。・全て海産。

Page 3: 軟体動物門 奈良教集中講義 2017/08/16-20 …mail2.nara-edu.ac.jp/~masaki/CBL-SITE/Other_files/9...1 9. 軟体動物:体が柔らかい 冠輪動物 奈良教集中講義

3

腹足綱(巻貝・ウミウシの仲間)

藤田 (2010)

・貝殻は螺旋状に巻き、蓋を持つ。・発生の途中で、体制がねじれる。・現生群で最も繁栄している(約4万種)。・多くは海産だが、淡水や陸上へも進出。

各綱の消長

殻が化石に残りやすくカンブリア紀から確認されている。

(Hickman Jr. et al., 2015)

各綱の消長

巻貝と二枚貝が古生代に急激に増え、現生種の大部分を占める。

(Hickman Jr. et al., 2015)

節足動物門軟体動物門

現生既知種は約10万種。節足動物門に次ぐ。

(Pechenik, 2015)

軟体動物の基本的体制

循環系(心臓)

消化系(消化管)

神経系

(Hickman Jr. et al., 2015)

軟体動物の「殻」

殻は三層構造。石灰質の結晶構造は、脱皮をする節足動物のクチクラより安定。

角質層

石灰質外層

石灰質内層

外套膜表皮

口には「歯舌」があり、基質表面を削って、摂食する。

歯舌の存在Brusca et al. (2016)

消化管には、様々な腺が付属し、複雑な形状をとる。

肛門

Brusca et al. (2016)

神経系は原始的な「はしご状」から頭部集中による「脳」形成まで様々。

Brusca et al. (2016)

Page 4: 軟体動物門 奈良教集中講義 2017/08/16-20 …mail2.nara-edu.ac.jp/~masaki/CBL-SITE/Other_files/9...1 9. 軟体動物:体が柔らかい 冠輪動物 奈良教集中講義

4

心臓

動脈

静脈

血体腔

循環系は、ほとんどが「開放血管系」

Brusca et al. (2016)

心臓

囲心嚢

心臓の周りを「囲心嚢」という袋が覆う

Brusca et al. (2016)

老廃物は囲心嚢内に集められ、そこから排出器官を経て放出。

Brusca et al. (2016)

呼吸は基本的に「鰓呼吸」卵割は典型的な「らせん卵割」

(頭足類だけは「盤割」)多くの軟体動物で卵割時に

「極葉」形成を行う。

市川 (1968)

幼生は典型的な「トロコフォア幼生」

体腔形成

軟体動物

「血体腔」=体液に満たされた「胞胚腔」由来の体腔。節足動物と同様。

ウィルマーら(1998)

体腔形成

節足動物と異なり、発生の過程で「真体腔」はほとんど形成されない。

軟体動物節足動物

ウィルマーら(1998)

Page 5: 軟体動物門 奈良教集中講義 2017/08/16-20 …mail2.nara-edu.ac.jp/~masaki/CBL-SITE/Other_files/9...1 9. 軟体動物:体が柔らかい 冠輪動物 奈良教集中講義

5

軟体動物は何と近縁か?

トロコフォア幼生を共通して出す

無板類や多板類の示す繰り返し構造は「体節性」の名残り?

形態や発生から「環形動物」との近縁性が指摘。

軟体動物は何と近縁か?

トロコフォア幼生を共通して出す

無板類や多板類の示す繰り返し構造は「体節性」の名残り?

これらの繰り返し構造と、体節との関係性は疑問。

軟体動物は何と近縁か?

分子系統から見ても環形や腕足などと共に、「冠輪動物」を作る。

(After Aguinaldo et al., 1997)

軟体動物は何と近縁か?

「冠輪動物」内での位置については、明確でなかった。

(After Aguinaldo et al., 1997)

約150の遺伝子配列を利用した後生動物界の門間の複合分子系統樹。

(Dunn et al., 2008)

軟体動物は何と近縁か?

最近の成果では、内肛動物を除く他の冠輪動物群と姉妹群を作る。

(Dunn et al., 2008)

主に形態に基づく系統関係。収れん進化が多発しており、信頼性は低い。

綱間の関係

(Hickman Jr. et al., 2015)

現時点での主な系統仮説。分子系統学的解析も数多く行われているが、解決にはほど遠い。

(佐々木、2010)

綱間の関係