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荒野のリボン付き

野獣後輩

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【注意事項】

 このPDFファイルは「ハーメルン」で掲載中の作品を自動的にP

DF化したものです。

 小説の作者、「ハーメルン」の運営者に無断でPDFファイル及び作

品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁

じます。

  【あらすじ】

 その昔、世界の底が抜けて、そこから色々なものが降ってきた。穴

からやって来たユーハングはイジツに様々なものをもたらし、そして

帰っていった。

 1999年、空は砕かれ、無数の光の矢が降り注いだ。隕石は世界

中に降り注ぎ、世界は混沌の渦の底に叩き込まれた。

 そして2020年、空に開いた穴から一人のパイロットがイジツに

降ってくる。

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  目   次  

───────────────────

第一話 極寒の死神 

1

───────────────────

第二話 死神の帰省 

13

───────────────────

第三話 迷子の死神 

22

───────────────────

第四話 死神の遭遇 

29

──────────────────

第五話 未知との遭遇 

41

───────────────────

第六話 死神の着陸 

50

───────────────────

第七話 死神と社長 

56

──────────────────

第八話 死神の歓迎会 

64

───────────────────

第九話 死神の離陸 

71

───────────────────

第十話 死神と空賊 

78

─────────────────

第一一話 始まりの笛音 

87

──────────────────

第一二話 死神の行先 

98

──────────────────

第一三話 死神と歴史 

107

──────────────────

第一四話 死神の愛機 

118

──────────────────

第一五話 死神と自由 

127

───────────────────

第一六話 死神と隼 

137

─────────────────────

第一七話 初陣 

144

──────────────────

第一八話 エスコート 

155

──────────────────

第一九話 死神と隊長 

164

────────────

第二〇話 戦域攻勢計画4101号 

170

────────────────

第二一話 死神とマフィア 

185

──────────────

第二二話 死神とゲキテツ一家 

195

────────────────

第二三話 Inferno 

201

─────────────────

第二四話 無慈悲な摂理 

209

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──────────────────

第二五話 死神と挫折 

216

──────────────────

第二六話 砂漠の電撃 

223

──────────────

第二七話 Two Pairs 

232

──────────────────

第二八話 死神と懲罰 

242

──────────

第二九話 Fire Youngman 

249

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第一話 極寒の死神

  『警告、強力なECM!』

『総員第一種戦闘配置!』

『上空に多数の敵機を確認! レーダー員は寝てたのか!?』

 山間部にある基地に警報音が木霊し、それをかき消すかのようない

くつものエンジン音が空気を震わせる。それに混ざって聞こえてく

るのは銃声。基地の一角で爆発が起こり、赤い火の玉が空へと立ち上

る。爆発の度に、地面が大きく揺れた。

『こちらボーンアロー2。管制塔、状況は!』

 蛍光灯の光に照らし出される掩体壕の中、並んで駐機していた二機

の戦闘機から甲高いエンジン音が鳴り響く。垂直尾翼に稲妻と蟹の

EF─2000

フー

パーソナルマークを描いた

のパイロット、オメガが慌

てた様子で管制塔を呼び出した。しかし先ほどまで出撃準備の指示

を出していたはずの管制塔からの応答はない。この攻撃が始まった

直後、管制塔は敵機の攻撃を受けて破壊されていたことをオメガは知

らなかった。

『くそっ! あんなデカい機体、どうしてこんなに近づくまで気づか

なかったんだ!?』

 開かれた掩体壕の扉から見える滑走路は、夕暮れ時のように真っ暗

だった。今日の天気は曇り時々晴れ、しかし先ほどまでは雲の隙間か

ら太陽が差していた。上空の何かが太陽の光を遮り、基地全体を暗闇

に包みこんでいた。

『おいおい、この掩体壕大丈夫なのかよ? 奴らバンカーバスターと

か使ってこないだろうな?』

 オメガがキャノピー越しに掩体壕の天井を見上げた。頑丈な鉄筋

コンクリート製の掩体壕は、ちょっとやそっとの銃撃や爆撃ではびく

ともしない。しかしこの攻撃がちょっとやそっとの規模でないこと

は、先ほどから聞こえてくる爆発音が教えてくれている。

 近くで爆発が起き、掩体壕が震えた。もしかしたら掩体壕にも何発

1

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か爆弾が直撃しているかもしれない。

『ブロンコとゼブの機体は滑走路上でやられちまった。心配するな、

脱出は出来たらしい。にしても離陸準備中を狙われるなんて、俺たち

ツイてないな』

 滑走路の上ではいくつかの戦闘機が、真っ二つになり赤い炎を噴き

上げていた。この基地が奇襲を受けた際、地上で撃破された機体だ。

スクランブルに上がる間もなかった。

F─16F

ファイティングファルコン

MiG─29

ファ

 燃えている機体の中に、

がある。どち

らもオメガの僚機、ボーンアロー隊の仲間の機体だ。オメガたちより

も先に滑走路に出ていた彼らは、スクランブルに上がろうとしていた

基地所属の機体もろとも爆撃を受けた。

 幸いブロンコたちは攻撃を受けた直後、地上で射出座席を使用して

脱出に成功していた。今はどこかの掩体壕に逃げ込み、他のパイロッ

トや基地要員と共に攻撃をやり過ごしていることだろう。

『スクランブル出来るのは俺とお前だけだ、リーパー。対地兵装のま

まだが、大丈夫か?』

 タイフーンの操縦席に座るオメガは、自機の隣に並ぶ

Su─30SM

カー

に目をやった。青と水色の制空迷彩を纏ったフラン

無誘導爆弾

カーの翼には、

が鈴なりにぶら下がっている。

 敵の爆撃を受けたちょうどその時、オメガたちボーンアロー隊は今

まさに出撃しようとしている最中だった。任務は敵地上部隊への攻

撃。すでにエンジンには火が入っていて、ミサイルと爆弾の安全ピン

も引き抜かれ、さあひと稼ぎの時間だと今まさに掩体壕から出ようと

していたその時に、空襲を告げるサイレンが基地に鳴り響いた。

「換装している暇はない、このまま出る」

 リーパーと呼ばれたSu─30SMのパイロットはそう答え、風防

越しにオメガへサムズアップした。敵の第一波は過ぎ去り、基地には

つかの間の静寂が訪れている。

 複座であるSu─30SMの機体には、リーパーしか搭乗していな

い。戦闘爆撃機としても運用可能なSu─30SMの後席には副操

縦士か爆撃手が搭乗することになっているが、今の後席を占有してい

2

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るのは奇妙な機械だった。射出座席に固定された筐体と、そのてっぺ

んから突き出た黒い球体。後席キャノピーの両脇にはライトのライ

ンが引かれており、淡く青く発光している。

『まーた、うちのエース様は無茶をするねぇ…』

 いつもと変わらないリーパーの様子に、オメガは嘆息した。どんな

状況でも迷わず出撃、だからこそ彼はエースなのだ。

 既に整備員と共に確認は終わっていたが、この状況だ。改めて互い

に機体の動作をチェックする。フラップ、エルロン、ラダー、エレベー

ター、すべて操作通りに動く。火器管制システム、異常なし。エンジ

ン、電気系統にも異常なし。オールグリーン。

『敵の第一波が通り過ぎた。ボーンアロー隊、直ちに離陸せよ。滑走

路までは対空砲が援護する』

 破壊された管制塔に代わり、生き残った管制官たちが退避した予備

の管制室から指示が出る。『了解』と返し、オメガはリーパーに続いて

スロットルレバーをゆっくりと前進させた。爆撃を生き残った対空

砲が基地への再接近を試みる敵機へ向けて弾幕を張り、放たれた曳光

弾が空に美しい軌跡を描く。

「地上で撃墜されるなよ、オメガ」

『うるせぇ! 墜とされるんなら空の上だ!』

「いや、まず墜とされないようにしようよ」

 二機の戦闘機がゆっくりと掩体壕から出て誘導路へタキシングを

自走対空砲

グー

開始する。リーパーたちの隣を、空へ砲口を向けた

が並走

する。敵の第一波は通り過ぎたが、敵機がいくつかが反転して戻って

きている。基地の上空には未だに敵のラファールM戦闘機が何機か

飛び回り、爆撃を生き延びた基地施設に向けて攻撃を継続していた。

『何としても死神を上げろ! 彼さえ空に上がれば俺たちの勝ちだ

!』

『緊急発進急げ!』

 滑走路に向かおうとするリーパーたちの機体を認めた敵機が、高度

を下げてまっすぐ突っ込んでくる。対空砲が火を噴き、基地の防空要

SAM

地対空ミサイル

員が肩に担いだ携帯

を発射した。フレアを放出してSAMを

3

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回避した敵機に対空砲の曳光弾が突き刺さり、赤と黒の機体がバラバ

ラに引き裂かれる。炎の塊となった機体が、空の格納庫に突っ込んで

爆発四散した。

 地面に突き刺さった翼の破片には、赤黒の帯に6つの輪になった星

の国旗が描かれていた。ユージア連邦。今まさに世界に戦火を振り

まいている連邦国家の軍隊が、この基地を襲っている。

『おいおいおい、地上でやられるのはごめんだぜ!』

矢じり

ロー

 敵味方問わずに残骸が転がる地上を、三つの

のエンブレムを

纏った二機の戦闘機が滑走路へ向かって急ぐ。敵機から発射された

空対地ミサイルが基地の一角で曳光弾を打ち上げる自走対空砲に命

中し、その砲塔が吹き飛んだ。

『ボーンアロー隊、準備が整い次第離陸を許可する』

 こんな時でも管制官は冷静だった。いつもの通り風速、風向を告げ

る。指示を発する管制塔と敵機を捕捉できるレーダー群は爆撃で壊

滅しており、地上からの管制は不可能。離陸後は各自の判断で敵と交

戦。基地を襲撃した敵の重巡航管制機を撃墜せよ、と命令が下る。

 3本ある滑走路の内、二つは敵の爆撃を受けた上に、戦闘機の残骸

が滑走路を塞いでいて使用不能だ。しかし第1滑走路のみ、路肩に大

穴が開いているくらいの被害で何とか済んでいる。離陸は可能だ。

 リーパーはスロットルレバーを前に押した。アフターバーナーに

点火し、推力変更ノズルから青い炎が噴き出す。滑走を開始した機体

がふわりと宙に浮き、ランディングギアを格納した機体が一気に上昇

する。続いて離陸したオメガのタイフーンもギアを格納し、二機の機

体は灰色の空を駆ける。

『よし、死神が行ったぞ!』

『頼むぞリボン付き! 仲間の仇を討ってくれ!』

 ボーンアロー隊が離陸したのを見て、地上の味方から歓声が上が

る。死神、リボン付き、と呼ばれたリーパー搭乗のフランカーには、確

かにリボンのようにも見えるピンク色の∞のマークが、大鎌を抱えた

死神のエンブレムの頭にくっついていた。

『酷くやられたみたいだな』

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 地上の様子をうかがったオメガがそう漏らした。山間部に建設さ

れた基地のあちこちから、黒煙と炎が立ち上っている。撃墜されたの

か、すでに基地上空を離脱したのか、すでに基地周辺に敵機の姿はな

い。消火班があちこちを駆けまわり、火の回りを食い止めようとして

いる。幸いなのは山間部にあるという特性上、基地周辺に巻き添えで

被害を受ける民家がなかったことか。

『あら、空賊さん。久しぶりですね』

『その声は───!』

 リーパーたちの機体の後方から、4機の機影が近づいてきていた。

味方の識別信号を発しているその機体のパイロットの声に、オメガは

聞き覚えがあった。

『リッジバックス隊! どうしてここに?』

 前進翼に加えて、双発エンジンを上下に束ねた特異な機体形状。そ

れに加えてダークブルーの塗装と機体上部に走る一本の白いライン。

ASF─X

国連軍第19特殊飛行隊「リッジバックス」の

だった。

 正確には「元」第19特殊飛行隊というべきか。リーパーのボーン

アロー隊もリッジバックス隊も、今や国連軍タスクフォース118

「アローブレイズ」傘下の一部隊として編入されている。

空中哨戒

中にこの基地が敵の爆撃を受けたと一報が入って、急いで

駆け付けました。ですが間に合わなかったようです、申し訳ありませ

ん』

 リッジバックス隊を率いる若き女性パイロット、エッジが言った。

彼女の謝罪を聞いて、相変わらず生真面目な奴だな、とオメガは思う。

しかし最初に出会った頃と比べると、だいぶ砕けた方だ。彼女が変

わったきっかけは敬愛していたリッジバックス隊前隊長の死と、何よ

りリーパーと出会ったことだろう。

  それにしても、なんだあのデカブツは。オメガは西の空を見て、思

わずそう呟いた。雪に白く積もった山脈が遠くまで連なり、その上空

をまるでエイのような形状の航空機が悠々と飛行している。形状は

B─2ステルス爆撃機に尾翼を生やしたようなものだが、大きさが違

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う。上空を飛んだだけで基地を暗闇に落としたその機体の大きさは、

目測だが全幅は500メートルはあるかもしれない。

 それにしてはレーダーの反応が小さい。どうやらステルス性能を

持った機体のようだ。護衛機に囲まれたその機体を見て、オメガは

言った。あのシルエット、どこかで見たことがある。

『あれは…アイガイオンか?』

東京J4E

 以前

奪還作戦にて、リーパーやリッジバックス隊と共に撃墜し

た重巡行管制機。空中空母としての機能を持ち、さらには空中炸裂弾

頭を備えた巡航ミサイルまで装備した空飛ぶ要塞だ。ユージア軍は

アイガイオンを複数運用しているようで、さらに護衛機として航空プ

ラットフォームのギュゲス、電子支援プラットフォームのコットスと

共に空中艦隊を構成し、国連軍との戦闘に投入してきている。

『いえ、違います。XB─0、フレスベルグ。アイガイオンよりも前に

作られた、いわばプロトタイプの機体です。以前は爆撃能力しか有し

ていなかったようですが、あれはどうやら艦載機運用能力も加えられ

た改良型みたい』

 エッジがオメガの推測を否定した。追撃に上がったオメガたちを

探知したのか、護衛機が何機か反転し、こちらに接近してくる。どう

やら護衛機たちはフレスベルグから発艦したらしい。

『どうする、リーパー?』

 本来の任務では制空戦闘を行う予定だったので、オメガのタイフー

空対空ミサイル

ンの武装は全て

だ。しかしリーパーは敵地上目標へ

の爆撃を担当する予定だったので、翼端のランチャーに備えられた二

発の自衛用AAM以外、ハードポイントは全て爆弾が埋め尽くしてい

る。

 普通に考えれば制空戦闘は無理だ。しかし───。

『ボーンアロー1、そちらの指揮下に入ります。命令を』

 エッジが進んで編隊に加わってくれた。以前の彼女たちであれば、

空賊の指揮下に入るなんてとんでもない、自分たちだけでやる、とけ

んもほろろな態度だっただろう。

 しかしリーパーと共に飛ぶようになってから、彼女たちは変わっ

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た。プライドの高い精鋭部隊だが、最近はリーパーに感化され始めた

らしく、発想が柔軟になってくれているらしい。今はいかにあの重巡

行管制機を撃墜するか、それが重要だった。序列の争いなんてやって

いる暇はない。

「リッジバックス隊、敵護衛機を頼む。ボーンアロー隊は敵重巡行管

制機に突入し、これを撃墜する」

 まだ若いリーパーの声が無線機から流れる。その指示に異を唱え

る者はいなかった。

『了解! リッジバックス隊、敵護衛機をやる。空賊たちに後れを取

るな、腕を見せつけろ』

 エッジの言葉でリッジバックス隊の震電Ⅱが一気に加速し、敵護衛

機のラファールMと交戦を開始した。空に青と赤の軌跡が描かれ、そ

の中をフランカーとタイフーンがフレスベルグへ向かって真っすぐ

突っ込んでいく。

『リーパー、お前は攻撃に集中しろ! 俺が背中を守ってやる』

 爆装したリーパーの機体で空戦は難しい。以前のアイガイオンは

航空自衛隊やリッジバックス隊、そしてボーンアロー隊の総力を以て

どうにか撃墜できたが、今この空域にいるのは六機だけ。しかし何を

考えているのかは知らないが、リーパーはあのフレスベルグを撃墜す

る算段があるようだ。

 オメガは敵のラファールMの背後を取り、AAMを発射した。熱源

感知式のサイドワインダーが、敵機のエンジンからの排熱を感知し

まっすぐ突っ込んでいく。フレアを放出してミサイルを回避するこ

とは読めていたため、オメガは少し間を開けてもう一発ミサイルを発

射した。

 予想通り、ラファールはフレアを放出した。ミサイルのシーカーは

放出された火の玉を敵機の熱源と勘違いし、虚空へ突っ込んで爆発し

た。

 一発目を回避したことで安堵したのか、動きが鈍った敵機にもう一

発のミサイルが命中する。燃料と弾薬に引火した機体が爆発し、内部

から弾けた。

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 一方リーパーの方も、爆弾をぶら下げていて重い機体にも関わら

ず、ドッグファイトで敵機を撃墜していた。敵機にぴったりと追随

ヘッドアップディスプレイ

し、

に表示されるレティクルを一瞬後に敵

機がいるであろう未来位置に重ねる。リーパーが操縦桿のトリガー

を引くと、機体に内蔵された単砲身Gsh─30─1機関砲が、一瞬

で十数発の30ミリ弾を砲口から吐き出した。

 まさに死神が大鎌を振るうがごとく、曳光弾の混ざった砲弾が空中

を走り、敵機をズタズタに引き裂いた。パイロットが脱出した直後、

黒煙を吐いて落下する機体が爆発する。

 空中で開いたパラシュートに一瞬だけ目をやり、リーパーは機体を

フレスベルグへ向けた。接近してくるリーパーのフランカーを探知

したフレスベルグから、一斉に対空砲火が打ち上げられる。機体各所

に搭載された対空機関砲が弾幕を張り、分厚い主翼と胴体に埋め込ま

垂直発射機

れた

からSAMが発射された。

『敵機直上!』

『弾幕だ、弾幕を張れ! 敵機を寄せ付けるな!』

 フレスベルグの機内ではそんな言葉が交わされていることも知ら

ずに、リーパーは機体を急上昇させ、フレスベルグの上方に躍り出た。

そして一気に機体を下降させ、機首をフレスベルグの大きな主翼へ向

ける。

 リーパーは武装をUGBに切り替えた。HUDに着弾予測地点を

円ピパー

示す

が表示される。しかしリーパーはピパーの表示を無視し、己の

勘のみを信じた。ピパーはあくまでも地上目標を爆撃することを前

提に表示されるもの。相手がいくら超大型だからとはいえ、飛行する

航空機相手には役立ってくれない。

『まさか、爆弾でやるつもりか?』

 もう一機、敵機を撃墜したオメガが、フレスベルグへ向かって急降

下していくフランカーを見て目を見開いた。飛行中の航空機を爆弾

で撃墜するなんて正気の沙汰とは思えないが、リーパーはどうやら本

気のようだ。まるで大昔の急降下爆撃機のごとく、リーパーはまっす

ぐフレスベルグへ向かって降下を続けている。

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 リーパーの操るフランカーから爆弾が投下された。投下された3

発の爆弾はフレスベルグの右翼へ埋め込み式で配置された三つのエ

ンジンのノズル部分に直撃し、即座に起爆した。爆発でエンジンが破

壊され、一気にフレスベルグの飛行速度が低下する。大きくバランス

を崩した機体の中では、搭乗員たちがパニックに陥っていた。

『なんだ、何が起こった!?』

『第1から第3エンジン停止! 爆弾です!』

『バカな、飛行中の機体を爆撃だと…!?』

 フレスベルグの操縦士の一人が、今まさに自分たちの機体を爆撃し

た機体を目視し、呻く。

『死神だ! 俺たちを攻撃しているのはリボン付きの死神だ!』

『くそっ、死神を相手にするなんて! 第4から第6エンジン全開、姿

勢を立て直せ!』

『全対空火器を死神に向けろ! 他の機体はいい!』

『もうダメだ、お終いだぁ…』

 一度フレスベルグの下を通り抜けてから、再び機首を上げて上空に

戻ってきたフランカーが、再度フレスベルグへの急降下爆撃を敢行す

る。打ち上げられる機関砲弾を、対空砲の砲口の向きを見て躱す。ミ

サイルを回避するために放出したフレアが、灰色の空に天使の翼のよ

うな白煙の軌跡を描く。しかしフレスベルグの乗員たちには、それが

死神の翼のようにしか見えなかった。

 左翼のエンジンにも爆弾を命中させ、推力を失ったフレスベルグが

ゆっくりと降下を始める。しかし乗員たちは、まだ操縦桿を手放して

いなかった。

『近くの町へ機体を落とす! 地上の連中も道連れだ!』

 フレスベルグが降下していく先には、小さな町があった。人口は数

万人程度。燃料と弾薬を満載した全幅500メートルの機体が落下

した場合、甚大な被害が出るだろう。

『奴ら町へ機体を墜落させるつもりだ!』

 オメガはその意図に気づき、フレスベルグへミサイルを発射した。

ミサイルはフレスベルグの翼に命中したが、わずかに外装部品が剥が

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れただけだった。どうやらフレスベルグには分厚い装甲が施されて

いるらしい。

 敵の護衛機を全て撃墜したリッジバックス隊も、オメガに続いてフ

レスベルグへ攻撃を開始する。しかし効果はほとんどない。エンジ

ンを全て破壊され推力を失ったフレスベルグだが、グライダーの要領

で滑空を続けていた。このままでは後数分で、あの巨体が町へと墜落

する。

『町から住民を避難させないと!』

『間に合わない、あいつが地上に落ちる方が先だ!』

 いつもは冷静なエッジも、この時ばかりは慌てていた。ただ「敵」陣

営に属している町というだけで、ユージア軍は何の罪もない人々が暮

らす場所へ巨鳥を墜落させようとしている。

『リーパー、何をするつもりだ?』

 フランカーがまたもフレスベルグへ向かっていく。リーパーが何

を考えているのかはわからないが、きっと何かをしようとしているの

だろう。オメガとエッジはリーパーを援護すべく、未だに生きている

フレスベルグの対空火器を攻撃した。

 フレスベルグの前方に躍り出たリーパーは、残っていた最後の爆弾

の安全装置を解除した。先ほどは着弾と同時に爆発し、破片を撒き散

らす着発信管の爆弾を投下したため、露出している脆いエンジンノズ

ルにダメージを与えることが出来た。しかし機体自体にダメージを

与えるには、着弾と同時に爆発では不十分だ。

 地上で搭載兵装を換装しなくてよかった、とリーパーは思った。ス

クランブルする前の本来の任務である敵要塞の攻撃用に搭載してお

いた「とっておき」の兵装だったが、防御の固いフレスベルグを落と

すには何よりの武器だ。もっとも、本来の用途とはかけ離れた使い方

になるが。

『死神がこっちに向かってくる!』

 フレスベルグの副操縦士が叫び、機長は前を見た。胴体に爆弾をぶ

ら下げたフランカーが、まっすぐ操縦席へ向かって突っ込んでくる。

護衛機は全て撃墜され、対空砲も沈黙した。あの死神を阻むものは、

10

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何もない。

 だが機長はニヤリと笑い、操縦桿を握り直した。操縦席を覆うキャ

ノピーは分厚い防弾ガラスで覆われ、戦闘機のAAMの炸薬程度では

ヒビ一つはいらない。爆弾が表面で爆発したって、操縦席には被害が

及ばないだろう。確かにフレスベルグはエンジンが破壊され、滑空す

ることしか出来なくなっている。それでも自分たちが操縦桿を握っ

ている間は、機体を落とさせはしない。何としてもこの機体を町へと

墜落させ、反ユージアの連中たちをあの世への道連れとしてやる。

『構うな! 奴に出来ることはない、このまま飛行を続ける!』

 機長がそう指示を出した直後、乗員の一人が悲痛な声で叫んだ。

『敵機、爆弾投下!』

 せめてものあがきか。機長はまっすぐ突っ込んでくるフランカー

を見据えた。その機体下部から切り離された爆弾が、フレスベルグへ

向かってくる。

 そこで機長は気づいた。なぜ爆弾が真正面に見えるんだ? その

答えはすぐにわかった。死神はこの操縦席を狙って爆弾を投下した

のだ。

『バカな…!』

 いくら巨大な機体とはいえ、操縦席は大型貨物機と同じくらいの大

きさしかない。そこをピンポイントで狙うだと? そんなこと、常人

に出来るものか。

 いや、あいつは死神だ。人間ではない死神であれば、それくらいの

ことは当たり前に出来るのかもしれない。

 機長は出撃前に仲間から聞いた話を思い出した。国連軍の死神。

大鎌を振るい、どんな敵であろうと次々に屠っていくリボン付きの死

神。

『死神め…!』

 機長がそう罵った直後、バンカーバスター爆弾がフレスベルグの操

縦席を直撃した。いくら頑丈な防弾ガラスでも、2トン以上の重量が

ある爆弾の直撃には耐えられない。

 風貌が粉々に砕け、機長が冷たい風が顔に吹き付けるのを感じた直

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後、フレスベルグの操縦席を貫通したバンカーバスターが機内で爆発

した。爆炎と破片が操縦席を吹き荒れ、機内に搭載された燃料と弾薬

が誘爆する。

 コントロールを失った機体は大きく降下していき、雪山の山肌へと

その巨体を叩きつけた。地上で大きな炎が吹き上がり、大地が震え

る。直後発生した雪崩が、燃え盛るフレスベルグの残骸を雪の下へと

覆い隠していった。

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第二話 死神の帰省

 『ボーンアロー隊、そしてリッジバックス隊。緊急のミッションにも

関わらずご苦労だった』

 薄暗い搭乗員待機室のモニターに、眼鏡をかけた口髭の男が映し出

される。男はリーパーとオメガの雇用主であるアローズ・エア・ディ

フェンス&セキュリティ社の代表にして、タスクフォース118指揮

官を兼任するグッドフェロー。今は地球の反対側から、衛星中継でデ

ブリーフィングを行っている。

『かろうじてXB─0が人口密集地帯へ墜落する事態は避けられた。

リーパー、お手柄だったな。まさか操縦席をピンポイントで爆撃する

とは思ってもいなかった。しかもレーザー誘導式のバンカーバス

ターを、無誘導で放り込むなんて』

「うちのエース様に出来ないことなんてないからな」

 なぜかオメガは自慢げだった。

 フレスベルグを撃墜したボーンアロー隊は、その足でリッジバック

ス隊の基地へと向かった。元いた基地は壊滅的な被害を被っており、

到底着陸できる状況ではなかった。

『既に話は聞いていると思うが、あの機体はXB─0フレスベルグ。

ユージア連邦が某国から接収した重巡行管制機だ』

 某国がぶち上げた空中艦隊構想の一環として建造されたモデルで、

アイガイオンがギュゲスとコットスとの編隊を組んで真の威力を発

揮する機体であれば、フレスベルグは爆撃から艦載機運用、電子戦に

防空と全てを一機で賄えるように設計された機体らしい。その分全

ての性能が中途半端になってしまったらしいが、アイガイオンと比較

しコンパクトで、単機運用が可能というメリットがある。

「フレスベルグは以前、ヨーロッパ戦線にて他部隊により撃墜された

と伺っております。それが何故、また現れたのですか?」

 短い黒髪に整った顔のケイ・ナガセ───エッジが、グッドフェ

ローがこちらを見ているであろうカメラを向いて問う。この基地に

来る途中で、リーパーたちもナガセから詳細な話は聞いていた。フレ

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スベルグはヨーロッパのとある都市を一機で焦土に変え、国連軍に多

大な被害をもたらした後、作戦参加部隊の4割損失───つまり全滅

だ───と引き換えの決死の反撃で撃墜されたという。

「フレスベルグだけではない、アイガイオンやその随伴艦も、ここのと

ころ各戦線において目撃される回数が増えてきています。アイガイ

オンに至っては我々の手で撃墜したというのに」

「二回も、な」

 オメガがナガセの言葉に付け加えた。一度目は東京上空で、もう一

度は他の戦線で、リーパーたちはアイガイオンを撃墜していた。それ

もギュゲスやコットスといった、同じくデカブツの随伴艦と共に。

 それらの重巡行管制機が、最近あちこちの戦線で目撃され、国連軍

に多大なる被害を与えているらしかった。

「あんなデカブツ、一機作るだけでどれくらいの金がかかると思う?

 金だけじゃない、あんな巨体を飛ばすには広大な滑走路と工廠が必

要だ。それを何機も運用できるなんて、ユージア軍はよっぽどの金持

ちなんだな」

 ヨーロッパからアジアのユーラシア大陸にかけての広大な地域を

統合する形で樹立された連邦国家、ユージア。世界一の軍需企業であ

るヴェルナー・ノア・エンタープライゼス社の軍事部門トップだった

男、キャスパー・コーエンが、「世界が混乱の中にあるにもかかわらず、

私腹を肥やす国家や官僚を粛正する」と宣言して生まれた国家。難民

たちや国連の支援が行き届かない貧しい国々の賛同を得て樹立され

たユージア連邦と、国連は今戦争の真っただ中にある。

 ユージア連邦はヴェルナー社の工廠や生産設備を接収。ユージア

連邦に加わった国々から人員を募り、強大な戦力を有している。しか

しそんなユージア軍でも、アイガイオンなどの空中艦隊やフレスベル

グを次から次へと生産するのは難しいのではとオメガは思った。

 金と資源はどうとでもなったところで、どこで作るかという問題が

ある。全幅500メートルを超える重巡行管制機を、そこらの戦闘機

や輸送機と同じ工場で作ることはできないし、どこから飛ばすのかと

いう問題も起きる。

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「あれだけの巨大な機体を作る工廠なら、衛星でとっくに見つかって

るはずだろ? 何で国連軍はそこを叩かないんだ?」

『工廠が見つけられてないんだ、オメガ。あれらの機体がどこから飛

んできたのか、どこで作られているのか、我々はまだそれを把握でき

てない』

「おいおい、じゃああれは四次元ポケットから出てきたとでもいうの

か?」

 オメガがリーパーとナガセの顔をちらりと見て言った。確か彼ら

の生まれ故郷でやっている国民的アニメで、何でも出てくる未来のポ

ケットを持ったタヌキ型ロボットがいたと聞いている。

『こちらでもユージア軍の主な兵器生産拠点は大方把握している。

が、それらの工廠からあれらの超巨大兵器がロールアウトしたという

情報はどこからも入っていない』

 モニターの向こうでグッドフェローが苦々しげに言う。宇宙条約

で破壊を免れている偵察衛星を使えば、あの巨大機を作れる工廠など

簡単に見つけられるだろう。フィルムで撮影した写真を現像し、虫眼

鏡を使って分析していたのは冷戦時代まで。今の偵察衛星は地上に

置いた煙草の箱の銘柄まではっきりと見えるし、赤外線カメラで人や

物の動きまで把握できる。それでも国連軍が敵の工廠を見つけられ

ていないのは、こちらの情報部がマヌケなのか、それとも敵の隠蔽能

力が予想以上なのか。

『とにかく、こちらで今回襲撃してきたXB─0がどこから出撃した

のか調査は継続する。それとボーンアロー隊、急だが移動命令が出

た』

「移動? どこへ?」

『オーストラリアだ。次の大規模作戦の準備に当たってもらう』

 モニターに世界地図が映し出される。トルコからインド、朝鮮半島

まで、ユーラシア大陸の広大な地域が赤く染められている。ユージア

連邦が実効支配している地域だ。オーストラリア大陸は、かろうじて

ユージア連邦の支配下には入っていない。

『移動は一週間後、リッジバックス隊もボーンアロー隊に続いての移

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動となる。今のうちに荷物を纏め、ゆっくりと身体を休めておけ』

 再び地図が表示される。映っているのは日本の関東地区だ。

『出発はニホンの百里基地からだ。リーパー、たまには家に帰ったら

どうだ?』

 グッドフェローの言葉に、今まで黙っていたリーパーが無言で首を

縦に振った。

   デブリーフィング後、リーパーは基地の格納庫へ向かった。爆弾の

直撃にも耐えうる頑丈な格納庫にはリッジバックス隊の震電Ⅱが駐

機し、整備員たちが走り回っている。その隣にあるのはオメガのタイ

フーン。リーパーのSu─30SMはそこからさらに離れたところ

に駐機してあったが、今機体を取り囲んでいるのはツナギを着た整備

員ではなく、白衣の研究者然とした男たちだった。

「グランダー社の連中、もう来てたのか。さっき基地が爆撃を受けた

ばかりだってのに、お仕事熱心だな」

 一緒についてきたオメガが、白衣の男たちを見て呟く。

 彼らは軍人でも、リーパーたち民間軍事会社の社員でもない。ヴェ

ルナー社と並び、世界有数の軍需企業であるグランダーI.G.社の

研究者だ。彼らはリーパーのSu─30SMの後席に取り付けられ

た奇妙な物体を取り囲み、そこからケーブルで繋がれたタブレット端

末を見て何事か確認している。

 データ取り。それが彼らの仕事だ。

 事実上ユージア軍に接収されてしまったヴェルナー社に変わり、グ

ランダー社が国連軍の使用する兵器の大半を供給することになった。

さらにグランダー社は国連に対し、資金の拠出まで行った。「ユリ

シーズの厄災」後、世界経済の破綻で資金不足に陥っていた国連は、グ

ランダー社の支援を諸手を挙げて歓迎した。

 代わりにグランダー社はユージア戦争の各戦線に社員を派遣し、兵

器のデータ収集を要求してきた。ヴェルナー社の開発した兵器群に

対抗するためという名目に、反対する者は誰もいなかった。ノーと

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言ってグランダー社が国連への兵器と資金の提供を止めてしまった

場合、この戦争に打ち勝てる見込みはない。

  グランダー社はデータ収集のテストパイロットにリーパーを指名

し、その見返りとしてアローズ社のパイロットが使う機体を無償で提

供することを提案した。民間軍事会社───平たく言えば傭兵の集

まりであるアローズ社は、各国正規軍と異なり自分たちで使う機体を

確保しなければならない。民間軍事会社の装備は国民の税金で買っ

てもらえる代物ではなく、自分たちで稼いだ金で戦闘機を購入し、次

の任務をこなしていかなければ給料はもらえない。しかしグラン

ダー社が機体を提供してくれるのであれば、資金面でかなりの余裕が

ある。

 グランダー社がリーパーを指名した理由は深く考えずともわかる。

死神、リボン付き、悪魔、鬼神。今や誰も追いつけないエースとなっ

たリーパーの二つ名は様々で、各地の戦線でリーパーは恐れられてい

た。死神が上空を飛んでいれば地上の士気は上がり快進撃を続け、死

神のエンブレムを見たというだけで戦う前に逃げ出す敵もいた。

∞リボン

リーパーのパーソナルマークに描き加えられた

のマークは、死神の

マークを気味が悪いと思ったオメガがマシにしてやろうと描き加え

たものだった。しかし今やそのマークは、撃墜数をこれ以上誰も数え

インフィニティ

られないという

のマークとなってしまっている。

 グランダーI.G.本社から派遣された研究員たちは、リーパーと

共に各地の戦線を移動していた。先ほどフレスベルグに爆撃を受け

た基地にも滞在していて、ついさっき連絡機でこの基地にやって来た

ばかりだった。

 彼らが取り囲んでいるSu─30SMの後席に積まれた機械はコ

プロというらしい。何の略称かはわからないが、リーパーの機体から

飛行データと戦闘データを収集しているようだ。またリーパーが飛

行中に身に着けるヘルメットも特殊なものを用意されており、戦闘中

にリーパーがどこを見ているか、視線移動を検出する機器とカメラが

備わっている。

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 あいつら、あれで何をやろうとしてるんだろうな。そうリーパーに

問うても、彼は首を横に振るだけだった。グランダー社の研究員たち

は、肝心なことを教えてはくれない。リーパーのフライトデータを収

集して、それをどうするのか。何に使うのか、それをオメガはおろか、

グッドフェローも詳しくは知らないようだ。

 グッドフェローはグランダー社の介入に反対したらしいが、国連上

層部が押し切ったらしい。リーパーをテストパイロットにすること

にも最後まで反対していたようだが、最終的にはグランダー社の要求

が通る形となった。

「ま、きちんと給料払ってくれればそれでいいけどさ」

 それがオメガの偽らざる心境だった。 

   三日後、航空自衛隊百里基地。

  海を挟んでユーラシア大陸と面している日本は、ユージア戦争にお

ける極東戦線の最前線だ。自衛隊に加えて国連軍が各地の基地に駐

留し、さらに大陸に築いた橋頭保に毎日のように兵員や物資が輸送さ

れている。時折ユージア軍が海を渡って本土に攻撃を仕掛けてくる

ものの、今のところ防衛には成功している。

 その百里基地の滑走路上には大陸から戻ってきた輸送機の群れに

加えて、二機の戦闘機が並んでいる。輸送部隊の護衛がてらやって来

た、ボーンアロー隊のリーパーとオメガの機体だった。ボーンアロー

3と4、ブロンコとゼブは先日の空襲が原因で負傷し、現在入院中

だった。退院までは2週間かかるらしく、今回の移動はリーパーとオ

メガのみ先行することとなった。

「俺は観光に行くけどよ、お前はどうする?」

 国連軍専用に確保されている駐機場に機体を移動させ、タラップを

降りたオメガがリーパーに尋ねる。今回の百里基地への移動には、グ

ランダー社の白衣の連中はついてきていない。リーパーの機体に取

り付けられたコプロも取り外され、Su─30SMの後席はがらんど

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うだ。何かシステムトラブルでも発生したのか、一度本社研究所に持

ち帰るらしい。オーストラリアへの移動後、再度コプロを取り付ける

ようだ。

「家に帰る」

 リーパーはそう言って、空を見上げた。雲一つない、どこまでも澄

み渡る青空。その遥か上空の衛星軌道上には、今も無数の小惑星片が

漂っている。

  ユリシーズの厄災。ユージア戦争の原因となった20年前の惨劇。

 木製軌道上の小惑星ユリシーズに別の小惑星が衝突し、ユリシーズ

は1万個の破片となって地球へ降り注いだ。世界各国は隕石迎撃用

超大型レールガン「ストーンヘンジ」等多数の迎撃手段を講じ、当初

想定されていた人類滅亡という事態は避けられた。

 世界秩序の崩壊、という代償と引き換えに。

  この日本にもいくつかの隕石群が落着し、かつての首都だった東京

にも大きなクレーターが出来ている。世界中に降り注いだ隕石群は

文字通り厄災をもたらした。空から降ってきたのは悪いものばかり

だ。

   リーパーは電車で実家まで帰ることにした。リーパーの実家は、百

里基地から電車とバスで30分ほどの距離にある。平日の昼間と言

うこともあってか、リーパーが乗り込んだ電車は空いていて、座る席

を見つけるのにさほど苦労はしなかった。

 リーパーは駅のコンビニで買った新聞に目を通した。ここのとこ

ろずっとユーラシア大陸戦線を転戦していたので、こうしてじっくり

と新聞を読む時間もなかった。久しぶりに目にする日本語をどこか

懐かしく思いながら、リーパーは新聞を捲る。

『未確認機の領空侵犯事件について防衛省がコメント。ユージア軍と

は無関係』

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 そんな記事が一面の片隅に載っていた。何でも一年前、真昼間に突

如未確認飛行物体が首都上空に出現したのだという。休日の昼間と

いうこともあってその未確認機は多くの人々に目撃されていて、その

際に撮影された写真も載っていた。

 当初はユージア軍の戦闘機と思われたその飛行物体は、スクランブ

ル発進した航空自衛隊機に捕捉され、付近の飛行場に強制着陸させら

れた。しかし一年にわたる調査の末、ユージア軍とは無関係の機体で

あったと言うことが、昨日防衛省によって発表されたというのが記事

の内容だった。

「なんだ、こりゃ」

 その未確認機とやらの写真を見て、リーパーは思わず呟いた。前大

戦末期に試作されたという骨董品じゃないか。

 名前は確か、震電と言ったか。リッジバックス隊が運用する震電Ⅱ

の、スピリット的なご先祖様と言える旧日本海軍が試作した局地戦闘

機だ。

  カラー印刷された写真には、真っ赤な塗装が施された震電がビル街

上空を飛行している様子が写っていた。第二次大戦中の機体とは思

えない、一見ジェット機のようにも見える太い胴体と、主翼を後ろに

配したエンテ翼が印象的な独特なシルエット。機体後部にあるはず

のプロペラが無いように見えるのは、画像が粗いからだろうか?

  しかし、この震電はどこからやって来たのだろう? リーパーが覚

えている限り、試作機だった震電を飛行可能な状態で保存していると

いう団体はない。現存するのはアメリカの博物館が分解状態で保管

している一機のみだ。

 記事を読み進めていくと、震電のパイロットはどこかの商社の会長

で、古い戦闘機のマニアなのだという。自分で震電のレプリカを作成

し、つい飛行許可も取らずに離陸してしまった───というのが防衛

相の発表だった。機体は没収、パイロットは厳重注意処分で終わり。

 何か変だな、とリーパーは思った。この程度の事件なら、わざわざ

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一年もかけて調査した挙句に、防衛省が会見を開くほどのことでもな

い。バカな金持ちが昔の飛行機のレプリカを作って勝手に飛ばしま

した、終わり。と、一年どころか翌日にでも会見が開ける。さっさと

無断で飛行したパイロットを警察に引き渡して、航空法違反なりなん

なりで処分してしまえば済むことだ。

 にもかかわらず、去年の無断飛行事件について今さら会見を開く。

本当は事件の裏には何か特別な事情があって、それを隠したがってい

るかのようだった。

  電車が駅に止まり、リーパーは新聞を畳む。久しぶりの帰省だな、

と、リーパーは荷物の入ったダッフルバッグを担ぎ、座席から立ち上

がった。バッグの中には甥たちに渡すお土産がたくさん詰まってい

る。

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第三話 迷子の死神

 『ボーンアロー隊、タキシングを許可する。滑走路手前で待機せよ』

 管制塔からの指示で、リーパーはスロットルレバーをわずかに前進

させた。ターボファンエンジンのタービンが回転する甲高い金属音

と共に、Su─30SMの機体が誘導路を前進し始める。彼に続き、

オメガの搭乗するタイフーンもタキシングを始めた。

『雨とはツイてないな』

 オメガが空を見上げて呟き、リーパーは「ああ」と短く返した。天

気予報では晴れだったのに、十数分前から急激に雲が空を覆い始め

た。灰色の空から降り注ぐ雨粒がキャノピーに当たり、重力に引かれ

て地面へ流れていく。

『タキシング中になんだが、忘れ物はないよな? 俺はきちんと土産

を忘れずに買ってきたぜ』

 数日間の日本滞在をオメガは十分満喫したようで、彼が基地に戻っ

てきた時、その両手には土産が入った袋がいくつもぶら下がってい

た。それらは彼の私物と共に、ハードポイントの一つに取り付けられ

たトラベルポッドにまとめて詰め込まれている。オーストラリアに

着いたら、買ってきたお土産を堪能するつもりなのだろう。

 リーパーは後部座席をちらりと振り返り、「大丈夫だ」と答えた。い

つも後部座席を占有していたコプロは取り外され、射出座席には人一

人入れそうな大きなダッフルバッグが一つ、シートベルトで固定され

ていた。

『いいよなお前は。複座だから後ろに荷物を放り込めて』

「じゃあ機体を交換するか?」

『俺はタイフーンが良いんだよ。まあミサイル一発くらいなら下ろし

ても問題はないと思うが』

 リーパーとオメガの機体の翼には、これでもかとばかりにミサイル

がぶら下がっている。オーストラリアは未だに国連勢力の地域だが、

そこに行くまでにユージア軍の襲撃を受ける可能性がある。

 ユージア軍は太平洋進出を試みており、近頃は太平洋上でもユージ

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ア軍の偵察機や爆撃機が目撃されていた。航空戦力だけでなく海上

戦力も、太平洋沿岸の基地に集結している。

 それだけでなく途中上空を通過する東南アジアでは、海賊や空賊が

のさばっているとも聞く。海賊は言わずもがな、空賊は輸送機や旅客

機を襲撃し強制着陸させて物資を奪ったり、人質を取って身代金を要

求してくる連中だ。装備は旧式のMiG─21などがほとんどだが、

その数は侮れない。

アドバンスト・オートメイテッド

 ヴェルナー社が開発した

アヴィエーション・プラン

トは、既存の戦闘機を安価で大量に生産することを可能にした。その

結果中古の戦闘機が大量にブラックマーケットに流れ、ゴロツキ連中

が戦闘機まで保有する事態を引き起こしてしまっている。

「何事も無ければいいけど」

 リーパーは機体に満載したミサイルを使わないことを願った。途

中の着陸予定はなく、まっすぐオーストラリアへ向かうコース。機内

タンクに加えて胴体下に増槽をぶら下げていても途中で給油が必要

になる距離のため、太平洋上で空中給油機と合流する予定だ。

『ボーンアロー隊、離陸を許可する。良い旅を』

 管制官から離陸許可が下りる。スロットルレバーをさらに前進さ

せ、エンジンを全開。あっという間に機体が加速していき、格納庫や

駐機する機体があっという間に後方へと流れていく。キャノピーを

打ち付ける雨粒も、筋になって流れて視界から消えていく。

 テイクオフ。

 リーパーはランディングギアを格納し、機首を南に向けた。地面を

埋め尽くしていた田んぼはあっという間に見えなくなり、変わって高

層ビルが立ち並ぶ無機質な都市部が下に見えてくる。日本国の旧首

エリアJ4E

都、

 視点を西に転じると、墨田川の近く、かつて押上駅があった場所に、

巨大なクレーターが形成されている。かつて世界中に降り注いだユ

リシーズの破片。その一つは日本の首都であった東京にも落下し、甚

大な被害をもたらした。クレーターの外縁部は山のように高く連な

り、中心地点には海水が流れ込んでいて、まるで湖のようだった。

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『懐かしいなあ。お前が最初のミッションに出撃したのも、ちょうど

ここだったよな』

 クレーターの上空を飛行しながら、オメガが感慨深げに言った。東

京に出現した所属不明無人機の迎撃任務。それがリーパーがアロー

ズ社に入り、初めて参加した作戦だった。

『あれからまだ二年も経ってないなんてな。あの時のルーキーが、今

や誰も追いつけないエースパイロットだ』

「オメガのおかげだよ。アローズに入ったばかりの俺に色々教えてく

れたし」

『へへ、まあな。感謝しろよ』

 リーパーはクレーターを見下ろして、自分が初めて実戦を経験して

からそれほど経っていないことに驚く。もう何十年も空を飛んでい

るような気がしているのに。

 たったの二年で、自分はどれだけの敵機を落としてきたのだろう

か。リーパーは途中から数えることを止めていた。作戦記録を見れ

ばわかるのかもしれないが、数える気は起きなかった。

  まだほんの少ししか実戦の空を飛んでいない。にもかかわらず今

やリーパーは敵から恐れられ、味方から歓声と共に迎えられるエース

パイロットとして名を馳せていた。二年目のパイロットと言ったら

まだまだルーキー扱い、ペーペーの下っ端で当然なのに、リーパーは

ボーンアロー隊の隊長を任され、時折他部隊と行われる合同作戦にお

いても、当たり前のように隊長を命じられた。

 それに異を唱える者はいなかった。それどころか「リーパーについ

ていけば生き残れる」とばかりに、皆が進んでリーパーの編隊に入り

たがった。「死神の下は安全地帯だ」、地上部隊ではそう言われている

と聞く。

 他のパイロットたちは、リーパーの下で飛べば自分も生きて帰れる

と確信しているようだった。そしてリーパーは彼らの期待を裏切っ

たことはない。

 

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 移動とはいえ、こうして久しぶりに戦闘以外で自由に空を飛べるこ

とが嬉しかった。守るべき味方も撃ち落とすべき敵機もない、ただ飛

べばいいだけの任務。

 そういえば、なぜ俺は空を飛ぼうと思ったんだろう。ふとリーパー

は思った。リーパーのTACネームを与えられる遥か以前から、彼は

空を飛びたいと思っていた。だがその理由は今になっては思い出せ

ない。子供の頃、俺はなぜ広大な空に向かって手を伸ばしていたんだ

ろう───。

 『雲に入るぞ、着氷に注意しろ』

 オメガの言葉でリーパーは我に返る。前方には分厚く、灰色の雲が

広がっていた。予定のコースを飛行するには、この雲の塊を突っ切ら

なければならない。

「了解」

 リーパーはそう返して、雲に突入した。あっという間に視界が真っ

白に染まる。計器がなければ、上下の間隔を失ってしまいかねない。

もっとも、リーパーは空間失調症になったことなど一度もないが。

 続いてオメガの機体が雲に入るのを、リーパーはレーダーで確認し

た。───が、次の瞬間、一気に視界が真っ暗になった。まるで見え

ないブラインドが一斉に降りたかのように、操縦席から見える光景が

一気に暗闇に包まれる。

  ブラックアウト───ではない。操縦席内の計器類ははっきりと

見えている。まるでキャノピー全面を黒いペンキで塗りつぶされた

かのように、操縦席から見える周囲の光景が全て闇に包まれている。

「なんだ?」

 レーダーを確認する。スクリーンには、すぐ後ろをついてきていた

輝点ブリップ

はずのオメガの

が表示されていない。

 まさか、また墜ちたのか? 一瞬そう思ったが、無線機からはオメ

ガの喧しい声が聞こえてくる。

『おいリーパー無事か!? こっちのレーダーからお前の機影が消え

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た、今どこだ!?』

「わからない、真っ暗で何も見えない」

『真っ暗って、こっちは快晴だぞ? 雲の上は青空だ、それに今は昼間

だぞ』

 どうやらオメガは無事のようだ。リーパーは内心胸を撫でおろし

た。

 しかし、これはどういうことだ? 自分より後に雲に突入したオメ

ガが、自分より先に雲から出ている。

  突然機体が小刻みに振動を始めた。リーパーは計器を確認した。

GPSと作戦本部とのデータリンクシステムがダウン。高度計、速度

計、気圧計は正常に動いているようだが、周囲が暗闇に包まれている

この状況では、表示されている情報が正しいのかすら判断できない。

 自分が今どこを飛んでいるのか。そもそも前進しているのか静止

しているのかすらもわからない。

「何も見えない、ここはどこだ?」

『GPSは使えないのか?』

「さっきからエラーのままだ。現在位置を見失った」

 しかしリーパーがこの漆黒の空間に突入した時と同様に、終わりも

唐突にやってきた。機体の振動が止まる。いきなり視界が晴れ渡り、

眩しい光が目に突き刺さる。

   見渡す限り一面の青空が広がっていた。雲一つない青空。先ほど

までの雨雲はどこへ行った? リーパーは周囲を見回し、そして絶句

した

 地上には、見渡す限りの荒野が広がっていた。茶色い大地が水平線

の彼方まで広がっている。

「ここはどこだ?」

 さっきまで自分がいた場所は、灰色の都会である東京上空だったは

ず。そのまま予定通り南に飛行していたら太平洋に出るので、下に見

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える光景はどこまでも続く大海原でなければならない。仮に雲の中

で方向を間違えたのだとしても、こんな広大な荒野がどこまでも続く

大地は、日本にはない。

 もしかして飛行中に意識を失い、気づかない間にユーラシア大陸ま

で飛行を続けていたのか? そう考えたが、腕時計の針はリーパーが

雲に突入してから数分も経っていなかった。時計と自分の感覚を信

じるなら、今いる場所は太平洋上でなければならない。こんな広大な

荒野が視界に入るはずがないのだ。

『リーパー、無事か?』

「ああ、なんとか。そっちは?」

『俺も無事だ。現在地点は太平洋上、下に海上自衛隊の艦隊が見える』

 オメガとの無線通信だけは、辛うじて繋がっていた。どうやら彼は

予定のコースを飛行中らしい。

『レーダー、目視共にお前の機体を確認できない。今どこだ、何か見え

るものはあるか?』

「わからない、ここはどこだ? 下には一面の荒野が広がってる」

『荒野? 何を言ってるんだ、大地が見えるはずないだろ』

「でも現にここは…」

  周囲を見回したリーパーの視線は、青空の一点で止まった。青い空

のど真ん中に、穴が開いている。

 言い方は適切ではないのかもしれないが、穴という以外に他に適切

な表現が思いつかなかった。

 青空に大きな光る輪っかが浮いていて、輪っかの中はそこだけ周囲

の空間と色が違って見える。何もない空間に冗談のように開いてい

る穴の向こうの景色は水面のように揺らいでいて、そして唐突に穴が

縮小を始めた。

 もしかして自分はあの穴を通ってここに来たのか? そう思った

リーパーは機体を反転させた。あの穴からここに出てきたのであれ

ば、あそこを通れば元いた場所に戻れるかもしれない。しかし穴は急

速に小さくなっていて、リーパーは穴の周囲に三つの輪っかが重なり

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合っているのを見た。細い雲のようにも見える輪っかは揺らぎなが

ら、急速に離れていく。

 今まで重なっていた三つの輪っかは時間と共にさらに離れ、その距

離が広がるにつれて穴の大きさもどんどん縮小していく。さっきま

で戦闘機が入れそうなほどの大きさだった穴は、今は車一台がやっと

通れるかというほどの大きさで、しかも揺らいで今にも消えてしまい

そうだ。

『…い、聞こえ…か? 応……ろ』

 おまけに無線通信にノイズが混じるようになってきた。リーパー

もオメガに呼びかけたが、彼がリーパーの言葉を受け取った気配はな

い。何度も自分を呼ぶオメガの声は、やがて完全にノイズにかき消さ

れた。

 それと同時に穴は完全に消滅し、空に浮かぶバラバラに離れた三つ

の輪っかだけが残った。その輪っかもしばらくすると消えてしまい、

エンジン音を轟かせて飛行を続けるリーパーのSu─30SMだけ

が虚空に取り残された。

 

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第四話 死神の遭遇

  オメガとの交信が途絶えてから、リーパーは味方との通信を復旧さ

せるためありとあらゆる手を試した。データリンクシステムを再起

動し、司令部を呼び出した。しかし付近の空域で、リーパーの問いか

けに答えてくれる味方はいない。

 GPSも電波が届かず、エラーの表示を吐いたままだ。衛星が撃ち

落とされたり、強力なジャミングが掛けられているのでもなければ、

軍用GPSは常に正確な座標を示してくれるはずだった。ユージア

軍も馬鹿じゃないので、衛星を撃ち落とすような真似はしないだろ

う。宇宙条約破りの攻撃を仕掛けてしまえば、報復で自分たちが使っ

ている衛星も国連軍に全て落とされてしまうからだ。半面こちらも、

ユージア軍が衛星軌道上に設置した兵器システムへ手を出すことが

出来ないのだが。

 ユージア軍がジャミングを仕掛けてきている様子もなし。仮に

ジャミングでGPSやデータリンクシステムが全て狂っているのだ

としても、一瞬のうちに太平洋から無限に続く荒野に移動してきたこ

との理由がつかない。寝ぼけていてユーラシア大陸まで飛んでた─

──なんて予想は、オメガとの交信で即座に否定された。オメガは予

定のコースを飛行していたのに、一瞬で自分だけどこか遠くまで行け

るはずもない。

 

救難信号

メー

デー

 リーパーは最終手段として、オープンチャンネルで

を発信

することにした。これを誰かが聞いていてくれれば、こちらの座標を

特定して救助を送ってくれるだろう。やってきたのがユージア軍

だったらと思うと若干気が重くなるが、この状況から助け出してくれ

るのであれば誰でもよかった。

 もっともユージア軍がリボン付きの死神のエンブレムを目撃した

ら、こちらが救難信号を発していても彼らは容赦なく攻撃してくるだ

ろうが。「リボン付きは発見次第最優先で撃ち落とせ」、などという命

令がユージア軍には出ていると聞いている。

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  リーパーはメーデーを発しつつ、周囲の状況を確認した。どこまで

も続く荒野。ところどころに川や湖が見えるものの、海はどこにもな

い。となると、ここはどこかの大陸の上だろうか。

 もしかして目的地のオーストラリアに着いたのでは? などとい

うバカげた想像をする。無論、オーストラリアのはずがない。着く前

に燃料切れで墜落している。

  先ほど穴があった場所を中心に旋回を続ける。地上にはいくつか

町が見えた。町と言ってもコンクリートで出来た高層ビルなど一つ

もない。何もない荒野の真ん中に、民家が寄せ集まってできている

町。まるで昔映画で見た、開拓自体のアメリカのようだ、とリーパー

は思った。

 奇妙なことに、どの町にも飛行場らしき設備がある。ユージア軍は

大陸の各地に秘密の飛行場を構築し、そこから大量の戦闘機を発進さ

せていると聞く。となるとあの飛行場がある町も、ユージア連邦に属

しているのだろうか。

  もっと低空を飛行すれば町の詳細を把握できるのかもしれないが、

あの町の住民たちが友好的であるという保証は何もない。ユリシー

ズの厄災後、貧しい人々や国家はかつての大国や国連から見捨てら

れ、その恨みからユージア連邦に加わっているものも多い。あの町が

ユージア派であれば、国連軍所属のリーパー機が近づいてきたら

地対空ミサイル

を発射してくるかもしれない。ミサイルを警戒した

リーパーは、高高度を保ったまま飛行を続けた。幸い離陸直後、しか

も増槽を抱えているということもあって、燃料はほぼ満タンに近い。

  最悪の場合は、どこの勢力に属しているかもわからないあの飛行場

に着陸するしかないか。リーパーが覚悟を決めたその時、HUDの下

に取り付けられたモニターの一つにいくつかの輝点が表示された。

レーダーコンタクト、航空機だ。

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 大きい反応が2と、小さな反応が30から40。大きい輝点の動き

は遅く、反面小さな輝点は激しく動き回っている。戦闘でも起きてい

るのだろうか。

敵味方識別装置

 

の反応がないということは、敵である可能性が高

い。民間機の識別信号も無し。だがこの不可解な状況から抜け出せ

るのであれば、リーパーは相手が出来だろうと何だろうと構わなかっ

た。もしユージア軍に遭遇したとすれば、それはそれでここが自分が

いる地球だという証明になる。

 リーパーは操縦桿を傾け、未確認機のいる方向へと機首を向ける。

マスターアームスイッチは、まだ解除しない。可能な限り、交戦は避

けるつもりだった。

   「3時方向、新たな敵機!」

 レオナの言葉でキリエは右を見た。三式戦闘機飛燕。強力な20

ミリ機関砲で武装した戦闘機が4機、交戦中のキリエの機体にまっす

ぐ突っ込んでくる。

「ああもう、しつこい!」

 先ほどからキリエの機体にしつこく追いすがってくる四式戦闘機

疾風が、翼内の20ミリ機関砲を発射した。曳光弾の群れが風防のす

ぐ脇を流れていく。キリエはバレルロールで追いかけてくる敵機の

後ろを取ると、スロットルレバーの発射レバーを握った。機首の1

2.7ミリ機関銃から連続して銃弾が吐き出され、疾風の翼に穴が開

く。

 被弾した疾風がふらふらと降下していったが、安堵するにはまだ早

い。先ほど突っ込んできた飛燕に今度は後ろを取られ、またもや追い

かけっこが始まった。

「なんなのこいつら! 空賊のくせに!」

「空賊じゃない、イサオ連合の残党」

「どっちもダニ野郎に変わりありませんわ」

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 黒い塗装の疾風に銃弾を叩き込んだチカが叫び、それをケイトが訂

正する。眉間にしわを寄せたエンマが、敵機のエンジンを撃ち抜い

た。機首から炎を噴き出しながら、飛燕が高度を落としていく。

「連中を飛行船に近づけるなよ!」

「せっかく作り直した羽衣丸に傷一つでもついたら、マダムが怒るわ

ね」

 レオナはとにかく敵を撃ち落とすことに専念した。彼女たちの後

方には、二隻の飛行船が飛んでいる。

 一隻は彼女たちコトブキ飛行隊の雇い主、オウニ商会が有する羽衣

丸。もう一隻はオウニ商会が拠点とする町、ラハマと友好関係を結ぶ

ガドールの飛行船だった。

「随分と人気のようね、ユーリア議員」

 羽衣丸のブリッジでキセルを片手に、ルゥルゥは呟いた。無線機の

マイクはその言葉を一言一句拾っており、ガドールの飛行船に登場す

るユーリアは目尻を吊り上げた。

「何よ、私のせいだって言いたいわけ?」

「反イサオ連合のトップだったあなたは色んな人から恨まれているも

のね。今回の襲撃もあなた目当てじゃない? あなたを殺せば自由

博愛連合が復活するって信じてる人は多いわよ?」

 物資を輸送する飛行船を襲撃する空賊たちは、いまだにイジツの各

地で跋扈している。しかし今回羽衣丸を襲撃してきた連中は、そこら

のゴロツキではないとルゥルゥは直観していた。装備もいいし、腕も

いい。反イサオ連合を率いていたユーリアに恨みを持つ、かつてのイ

サオ連合の残党だろう。

「そっちは積荷だけだからいいけど、こっちは人が乗ってるのよ!」

「あら、積荷だけとは失礼ね。これは私たちの生きる糧なのだけれど」

「とにかく、護衛に失敗したら報酬はナシよ!」

「護衛に失敗してもなお、あなたと私が生きていればね」

 以前羽衣丸───今は無き、イケスカで穴に突入して失われた初代

だ───でユーリアをラハマまで運んだ時も、空賊たちが彼女を狙っ

て襲撃してきたことがあった。今回も同じ手合いかと思ったが、敵の

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練度ははるかに上がっている。ガドールからユーリアの護衛でつい

てきた戦闘機隊は今回まだ一機も撃墜されていないが、逃げ回るのに

精いっぱいなようだ。

 今はコトブキ飛行隊が敵を抑えているが、防衛線を食い破られれば

一気に空賊たちは二隻の飛行船に接近してくるだろう。彼らの目的

が積荷ではなくユーリアの身であれば、容赦なく攻撃を仕掛けてくる

に違いない。

「6時方向、新たな機体を探知! これは───!」

 レーダー担当のオペレーター、アディが息をのむ。「なになに、どう

したの?」と続きを促すサネアツ副船長の言葉で、彼女は慌てて口を

開いた。

「速いです! 不明機、急速に接近!」

「うそぉ!?」

 サネアツが目を見開いた直後、まるで地鳴りのような音が轟き、羽

衣丸のブリッジが震える。ドードー船長がぐええと鳴きながら翼を

羽ばたかせた。雷鳴かと思ったが、羽衣丸の周囲には雲一つない。

「あれ!」

 操舵輪を握るアンナが、空中の一点を指さす。どこまでも続く青空

を、何かが猛スピードで飛んでいる。

 コトブキ飛行隊の隼や、空賊の疾風と飛燕よりも速い。その何か

は、羽衣丸の近くを通り過ぎた後、少し距離を取って周囲を旋回して

いた。

「あれは…戦闘機なの?」

 ルゥルゥが未確認の機影を見据え、ポツリと呟く。

  「なんだ、ありゃ」

 レーダーで捉えた機影を目視で確認したリーパーだったが、視界に

入ってきた光景に面食らった。飛行船だ、飛行船が飛んでいる。

 リーパーは飛行船をほとんど見たことがなかった。昔街の上空で、

広告用の機体が飛んでいるのを見たことはあるが、その程度だ。しか

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し今見えている二隻の飛行船に広告の類はない。一隻には「羽衣丸

弐」と漢字で書かれているのが見えたが、それだけだ。どう見ても広

告会社が飛ばすような機体ではない。

 飛行船の機外には推進用のエンジンがいくつも突き出ていて、そこ

から伸びるプロペラが猛然と回転している。この時代にレシプロと

は…と、リーパーは自分の中の違和感がどんどん大きくなっていくこ

とに気づく。

 無論、飛行船がこの時代に飛んでいる合理的な理由を強引にこじつ

けようとしなかったわけでもない。高高度における通信プラット

フォームや空中給油機として長時間滞空出来る飛行船を利用しよう

というアイディアは聞いたことがあるし、重巡行管制機とはまた異な

る空中空母としての飛行船を研究しているという話も聞く。あれも

その一種なのではないか、そう思おうとした。

   だが飛行船から離れたところで繰り広げられている光景が、リー

パーから今度こそ、今見えているものに合理的な理由付けをしようと

いう気力を奪っていた。青空を背景に、戦闘機の群れが空戦を繰り広

げている。青空を曳光弾が切り裂き、被弾した機体から黒煙と炎が上

がる。

 飛んでいるのはプロペラ機のみ、ジェット戦闘機は一機も見当たら

ない。そのプロペラ機も対テロ・ゲリラ戦で今でも用いられているよ

うなスーパーツカノやAT─6などではない。とっくの昔に引退し、

今は博物館にしか見当たらない第二次世界大戦時代の機体だ。

「あれは…飛燕か?」

 尖った機首が特徴的な機体を見て、リーパーは呟く。他にも飛んで

いる真っ黒な機体は四式戦闘機で、それらに追いかけられている緑色

の機体は一式戦闘機だろう。どれもこれも日本が戦争で負けた際に

残らず破壊され、今はわずかな数がマニアの手で保存されているだけ

の戦闘機のはずだ。

 それが何十機も空戦を繰り広げている。どこかのマニアたちが実

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弾を使って空戦ごっこをしている───と思おうとしたが、実際に目

の前で撃墜されている機体がある状況ではその言い訳も空しい。

「なんなんだ、ここは…」

 見たところどうやら二つの勢力が戦闘を繰り広げているようだが、

どちらもユージア軍ではないようだ。最初に遭遇したのが敵ではな

くて嬉しい反面、謎がますます深まっていくリーパーは、数機の飛燕

が飛行船の方へ向かうのを見た。

 隼が飛燕を追いかけようとするが、背後から追いかけてくる疾風が

それを邪魔する。どうやら隼が飛行船を護衛していて、疾風と飛燕が

それを攻撃しようとしているらしい。飛燕と飛行船の距離は徐々に

詰まってきていて、あと1分もしないうちに飛行船は射程圏内に入る

だろう。

  自分には関係ないと放っておくか、それとも介入して戦闘を停止さ

せるべきか。

 リーパーは後者を選んだ。今の自分は一応国連軍の一員だ。目の

前で起きている戦闘をただ眺めていました、なんて真似は許されな

い。

  リーパーはスロットルを上げて、飛行船に向かう飛燕を追う。最高

時速がせいぜい600キロの飛燕に、マッハ2.3で空を飛ぶフラン

カーはあっさりと追いついた。リーパーは飛燕の上方にフランカー

を張り付け、オープンチャンネルに設定した無線機で呼びかける。

「あー、あー、こちらは国連軍タスクフォース118。この空域を飛行

中の全ての航空機に告げる。直ちに戦闘行為を停止せよ。繰り返す、

直ちに戦闘行為を…」

   「なんだ、あれ…?」

 隼の操縦桿を握るレオナは、ゴーグルを外して思わずそう呟いてい

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た。羽衣丸へ敵機を近づかせまいとしていたが、空賊の数は予想より

も多かった。何とか抑えようとしたものの叶わず、空賊の飛燕を何機

か羽衣丸の方へと逃がしてしまい、急いで追いかけている最中に「あ

れ」がやってきた。

  戦闘機、なのだろうか。見たこともない機影は甲高いエンジン音を

轟かせながら、羽衣丸へ向かう空賊機の上空を占位している。パイ

ロットの腕はいいのか、飛燕の直上を、ぴったりと追随して飛行を続

けている。

  レオナはイケスカにおける空戦で、コトブキ飛行隊を近接信管付ロ

ケット弾で襲撃してきた銀色の戦闘機を思い出した。プロペラがな

く、後退角が付いた主翼が特徴的のその機体に積まれていたのは、

ジェットエンジンという新型の発動機らしい。

 富嶽製造工場襲撃時にケイトが撃墜したイサオの震電にも、同じエ

ンジンが積まれて修復され、イケスカでの空戦に参加してきたと聞い

ている。だが肝心の銀色の戦闘機は墜落時にバラバラになり、震電も

イサオと共に穴の向こうに消えてしまったため、新型発動機について

わからないことはまだまだ多かった。今でもあちこちの都市が目の

色を変えて新型発動機の研究を進めていると聞いている。

「何アレ? イケスカの連中の機体? イサオが残した秘密兵器?」

「にしては様子が変ね」

 空賊たちも突如現れた謎の機体に戸惑っているらしく、動きに乱れ

が生じていた。ザラはその隙に一気に敵機から距離を取り、今まで分

散していたコトブキ飛行隊が再集結する。

「レオナより羽衣丸、空賊の飛燕が3機そっちに向かった。あと未知

の戦闘機も一機、そっちに向かってる!」

『こちら羽衣丸! ケイトさん、何かよくわからない通信がオープン

チャンネルで入ってます!』

 羽衣丸も羽衣丸で、慌てた様子のベティが通信を寄越してくる。レ

オナはベティの言葉を聞いて、無線機の周波数をオープンチャンネル

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へ切り替えた。若い男の声が聞こえてくるが、何を言っているのか理

解できない。無線機から聞こえてくるのはイジツ語ではなかった。

「これは、ユーハング語」

 兄のアレンと共にユーハングの研究を行っているケイトだけが、唯

一男が何を言っているのか理解することが出来た。「なんて言ってる

の?」というザラの言葉に、ケイトは無線機から聞こえてきた言葉を

そのまま通訳する。

「こちらは国連軍タスクフォース118。この空域を飛行中の全ての

機体に警告する。直ちに戦闘行為を停止せよ。従わない場合、実力を

持って阻止する───と言っている」

「コクレングン? たすくふぉーす?」

 チカが首を傾げた。「少なくとも空賊の味方ではないようですね」

とエンマ。

「こちらの味方と決まったわけでもない。キリエ、ケイト、飛燕を追う

ぞ!」

 未確認機に追われてもなお、飛燕は羽衣丸への攻撃を諦めていない

ようだ。ザラたちに他の空賊機の足止めを依頼し、レオナは3機の飛

燕を追った。だが隼と飛燕では、飛燕の方が最高速度が上だ。スロッ

トルレバーを全開にしても、全速力で飛行する飛燕に追いつくのは難

しい。

「ユーハング…」

 キリエは前方を飛ぶ、青と水色に塗り分けられた未知の機体を見据

えた。あの戦闘機もサブジーと同じユーハングから来たのだろうか

? だとすると穴はもう一度繋がって、またユーハングの人たちがイ

ジツへやってくるのかもしれない。

  突如、3機の飛燕を追いかけていた青い戦闘機が一気に上昇し、編

隊から離れていく。そして飛燕の群れから距離を取ると、突然加速を

始めた。青い戦闘機のスピードがぐんぐん上がっていき、まるで銃弾

のようなスピードで飛燕の群れに突っ込んでいった。

 青い戦闘機は羽衣丸へ向かう3機の飛燕を掠めるように飛び去る。

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次の瞬間、飛燕の群れがまるで何か見えない手ではたかれたかのよう

にバランスを崩し、編隊が乱れた。3機の飛燕はてんでバラバラな方

向に、ふらふらと逃げ去っていく。風防を閉めていても、耳をつんざ

く雷鳴のようなエンジン音が聞こえている。

「なに? 何をやったの?」

「衝撃波で飛燕を威嚇したと思われる」

「衝撃波? ケイト、何それ?」

「物体が音速を超えた時に生じる圧力の波」

 どうやらあの青い戦闘機は、羽衣丸へ向かう空賊を追い散らしたら

しい。「味方…なのか?」とレオナは呟いた。

「6時の方向、敵機!」

 飛燕の群れを追いかけていたレオナたちに、空賊の疾風が攻撃を仕

掛ける。それぞれ散開して攻撃を躱すが、空賊の機体の方が圧倒的に

多い。しかしさっきまでの勢いがないように感じられる。あの青い

機体がこの戦闘に乱入してきたからだろうか? 

『直ちに戦闘を停止せよ!』

 ユーハング語でなおも警告が発せられている。おそらくこの警告

をしているのは、あの青い戦闘機を操縦しているパイロットだろうと

ケイトは思った。

 あの青い戦闘機は、さっき羽衣丸へ向かう空賊たちを撃墜すること

なく、威嚇し追い払うに留めていた。あの速度が出せるのであれば、

敵機に対して優位な位置につき、撃墜することも簡単だったに違いな

い。それでも飛燕を撃墜しなかったのは、単純に武装していないの

か、それとも他に理由があるのか。

  空賊の疾風がレオナ機の尻についた。疾風の射線上に入らないよ

う、機体を左右に振る。放たれた20ミリの曳光弾が、機体を掠めて

飛んでいく。

「このっ…!」

 レオナを追う疾風の後方にザラが追い付く。レオナ機も疾風も、敵

の照準に入らないよう蛇のように曲がりくねった軌道を描きながら

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飛行している。

  突然、上から光の矢が降ってきた。少なくともザラはそう思った。

重々しい機関砲の発射音と共に、隼を追っていた疾風の操縦席の真横

を、数発の曳光弾が掠めた。いつの間にかザラ機の後方に移動してい

た、青い戦闘機からの発砲だった。

「へたくそ! 当たってないじゃん!」

 チカが叫んだが、今の射撃を間近で見ていたザラは、青い戦闘機が

わざと狙いを外して撃ったのだとわかった。この距離では外す方が

難しいし、闇雲に撃っている様子もなかった。青い戦闘機から威嚇射

撃を受けた疾風が慌てて反転し、レオナの機体から遠ざかっていく。

「あっ、待て! 逃げんな!」

 疾風迅雷の異名通り、頭に血が上ったらしい。青い戦闘機の出現に

パニックに陥り、この空域から離脱しようとする空賊たちをキリエが

追いかけようとする。逃げる飛燕の後姿を照準器に納め、今まさに発

砲しようとしたその瞬間、何かがキリエと空賊の間に割って入ってき

た。

 青い戦闘機だ。あまりにも大きいその機体が空賊の飛燕を覆い隠

し、まるで盾になるように照準を遮る。それだけでなく青い戦闘機か

らの排気をモロに浴びたキリエの隼は、気流に煽られ大きくバランス

を崩して急降下した。

「うわっ!」

 キリエは慌てて操縦桿を引いて高度を回復させたが、その頃には空

賊の編隊はこの空域から遠ざかってしまっていた。コトブキ飛行隊

の任務はあくまでも羽衣丸とガドール飛行船の護衛、空賊の討伐は仕

事のうちに入っていない。レオナは敵の追撃は行わず、羽衣丸への帰

還を命令した。

「なんなのこいつ、敵なの味方なのどっち! コウモリ野郎じゃん、

撃ってもいいよね撃つからね!」

「撃つなキリエ! 何か考えがあるのかもしれない」

「でもあいつ空賊を逃がしたんだよ! 敵の味方するなら敵じゃん

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!」

「だがさっきは空賊の飛燕を追い払っていた。味方ではないかもしれ

ないが、敵でもない」

 レオナは轟音と共に飛行を続ける青い戦闘機を眺めた。見れば見

るほど、レオナの知る戦闘機という概念から外れた機体だと思った。

機体の大きさは隼の二倍はあるだろう。垂直尾翼が二枚と、水平翼は

六枚もある。翼の下にいくつもぶら下げている物体は、ロケット弾だ

ろうか?

 

翼を左右に振っ

 青い戦闘機が

て、速度を徐々に落としていく。敵意

はない、ということか。無線機では先ほどからオープンチャンネルで

同じ男の声が聞こえていたが、レオナは相変わらず男が何を伝えよう

としているのか理解できない。

「全機、私がいいと言うまであの機体を撃つな」

「撃っても当たるとは思えないけどね」

「だな…」

 悔しいが、ザラの言う通りだった。空賊の飛燕を吹き飛ばした際の

あの速度を以てすれば、あっという間にあの青い戦闘機はこの空域か

ら離脱してしまうだろう。一瞬の後にはこちらの銃弾が届かない距

離まで行ってしまっているに違いない。

「とにかく、彼が何者なのか知りたい。ケイト、ユーハング語の通訳を

頼む」

「了解」

「じゃあ、いくぞ。…あー、こちらオウニ商会所属コトブキ飛行隊。そ

この青い戦闘機、所属と飛行目的を明らかにしてくれ」

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第五話 未知との遭遇

 『こちらオウニ商会所属、コトブキ飛行隊。青い戦闘機のパイロット

へ、所属と飛行目的を述べよ』

 無線機から日本語で女性の声が聞こえてきた時、リーパーは内心胸

を撫で下ろした。どうにか言葉が通じる人間がいるらしい。先ほど

飛行船に漢字が書かれていたので日本語と英語で交戦中の両勢力に

呼びかけていたのだが、どちらも通じなければどうしようかと思って

いたところだった。

「こちら、国連軍タスクフォース118所属ボーンアロー隊。当機は

現在移動命令に従いオーストラリアへ向けて飛行中」

『オーストラリアとは?』

「ええ…?」

 リーパーは困惑した。地理に疎い人間でも、流石にオーストラリア

のことくらいはわかるだろうに。

 リーパーは敵意が無いことを示すため、スロットルを落として隼の

一機と並んで飛行していた。フランカーと付かず離れずの距離を保

ちつつ、ぴたりと隣を飛んでいることから、パイロットの腕は良いら

しい。

 リーパーは隣を飛行する、紫の矢印が尾翼に描かれた隼のパイロッ

トが、銀髪の少女であることに気づいた。先ほどの空戦でどの隼も飛

燕や疾風を一機や二機落としていたが、そのパイロットがこんな少女

であるとは。

 リーパーはヘルメットのバイザーを上げ、酸素マスクを外した。こ

の高度と速度であれば、呼吸困難に陥る恐れはない。

「あー、情けない話だが、当機は現在位置を見失っている。ここはどこ

か教えてもらえないだろうか?」

『遭難?』

「端的に言えば、そうなる。今飛んでいる場所はどこだろうか」

『ラハマ南西から50キロクーリルの空域』

「ラハマ? クーリル? すまない、何を言っているのかさっぱりわ

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からない」

 リーパーの心の中で、一つの疑問が膨れ上がっていく。ここは本当

に、自分がいた世界なのかと。

 現役の飛行船に、レシプロ機で行われている空戦。無論戦闘機は自

分の生まれ故郷で作られた機体なのだから、きっと日本と何か関係は

あるのだろう。しかしここが本当に地球なのか、リーパーは自信を

持って断言できなくなっていた。

  「どうやらあの機体は遭難したらしい」

「遭難って…乗ってるのは素人なの?」

 ケイトの通訳を聞いて、キリエは呆れた。自分の位置を見失うなん

て、新米操縦士がやることだ。

「それにしても大きいね、この戦闘機」

「隼の二倍はありそうね」

「ねー、あの戦闘機の尾翼のマーク、エンマのに似てない?」

 通訳のケイトが青い戦闘機の真横を並んで飛ぶ間、他の機体はその

後ろをぴったりとついていく。青い戦闘機の操縦士に交戦の意志は

ないようだが、それでも万が一に備えてだ。もしも不審な動きを見せ

たその時には、レオナは攻撃命令を出すつもりだった。

「まあ失礼な! あんな気味の悪いマークと一緒にしないでくださ

い」

「でも似てるじゃん、ほら大鎌描かれてるし」

「あれは死神でしょう!」

 チカの言う通り、青い戦闘機の尾翼には大鎌を携えた骸骨───死

神が描かれている。奇妙なのは、その頭にピンク色のリボンが上から

描かれていることだった。確かにエンマのパーソナルマークである

大鎌とバラという要素のうち、片方だけ当てはまってはいる。しかし

エンマのマークが美しさを感じさせるものであれば、青い戦闘機の

マークは不気味と言えた。

「だいたいなんですの、あれは。リボン付きの死神なんて、ますます気

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色悪いですわ」

「可愛くしたかったのかな?」

「だったらそもそも死神なんて機体に書かないと思うけどねぇ…」

 僚機の会話を聞きながら、レオナは無線機のチャンネルを切り替え

て、再びケイトに通訳を依頼した。

「なぜ先程、空賊を逃がした? あなたは空賊の仲間なのか?」

『空賊? そう言われることもあるが…』

「空賊?やっぱこいつ敵じゃん!」

 早とちりしたキリエとチカが、青い戦闘機への攻撃位置に付こうと

する。「早まっちゃダメよ」とザラがたしなめ、レオナは続きを促し

た。

『こちらからも質問だ。そちらはユージア軍と何か関係があるのか

?』

「ユージア軍? なんだそれは?」

『ユージア軍も知らないのか…となるとやっぱりここは…』

 青い戦闘機の操縦士が、先ほど空賊を追い散らしつつ彼らを逃がし

た理由を話し始める。

  「こちらとしては、あなた方と敵対する意図はない」

 リーパーは誠心誠意、自分の意志が伝わることを願って理由を述べ

た。もっとも、通訳してくれているのが無機質な声音の少女であれ

ば、その誠意もどこまで伝わるか疑問だったが。

「国連軍としては現在行われている戦闘行為を見過ごすことはできな

い。そのため戦闘を停止させるべく、あのような手段を取るしかな

かった」

『私たちや空賊を撃墜しなかったのは?』

「撃墜命令が出ていない。威嚇射撃をするのが精いっぱいだ」

 命令無しの独自判断で行う威嚇射撃も、本当なら軍法会議に送られ

ても仕方ない行為なのだが。もしもこの場に命令と規律に厳格な

早期警戒管制機

の管制官がいたら、顔を真っ赤にして怒っているだろ

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う。以前ヨーロッパ方面での作戦時に管制下に入った機体、名前は確

かサンダー「石頭」ヘッドだったか。彼も相当頭の固い管制官だった。

「双方の交戦理由がわからない状況では、どちらか一方を攻撃するこ

とは出来なかった。その空賊連中があなた方を撃墜するのを見過ご

すことは出来なかったし、逆にあなた方が空賊を撃墜することを手助

けすることも出来ない」

 敵味方がわからない状況で、一方に肩入れすることは出来なかっ

た。だからああして、双方を引き離すことしか出来なかったのだ。

『そちらが空賊でないことは理解した。もう一つ質問がある』

「なんだ」

『あなたはユーハングの人間か?』

 ユーハング。そんな言葉聞いたこともない。

 何かの勢力の言葉だろうか、とリーパーは思った。それか彼女たち

にしか通じない意味を持っている言葉か。

「ユーハングとは何か?」

『70年前、「穴」を通ってこのイジツにやって来て、そして帰っていっ

た人々。ユーハングとは「日本軍」とユーハングの言葉で呼称する』

「日本軍? こちらの所属は国連軍だが…」

 自衛隊のことか? と思ったが、どうやら違うらしい。それよりも

引っかかったのは、イジツという単語と、「穴」のことだった。

 リーパーの中で何かが繋がった。ここがどこなのか、それがわかっ

たような気がした。わかりたくない気もしたが。

「穴と言うのは、空に浮かんでいた穴のことか?」

『肯定。その穴を通り、ユーハングは他の世界からこのイジツにやっ

てきた』

 他の世界。どうやらここは、リーパーの暮らしていた世界とは別の

世界らしい。

   『…私はユーハングではない。だが恐らく、その人々が来たのと同じ

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世界からやって来たと思われる』

「思われる、というのはどういう意味か」

 レオナが通訳を依頼する前に、ケイトが質問していた。口調はいつ

もの通りだが、そこに興奮の感情が浮かんでいることをキリエは気づ

いていた。

 無理もない。兄のアレンが長年研究していたユーハングの人間が、

今この場にいるのだ。穴とユーハングのもたらすものを独占しよう

としたイサオによって、アレンは飛行機を撃墜され重傷を負った。そ

のアレンの研究が一気に進むかもしれないとあれば、いつもは冷静な

ケイトですら興奮してもおかしくはない。

『私は自分の意志でここに来たわけではない。元の世界で飛行中、気

づいたらここに迷い込んでいた』

「迷ったって、子供じゃないんだから…」

 大きい戦闘機に載ってるくせに、パイロットはルーキーなのか。キ

リエはそれが気に入らなかった。

 それに青い戦闘機自体も気に入らない。このエンジン音を聞いて

いると、イサオを思い出してしまう。キリエを撃墜寸前まで追い込ん

だ男。何とか一矢報いたものの、結局は自分の手で倒すことが出来な

かったサブジーの仇。イサオは消えていく「穴」の中に飛び込んで

いったが、今どこで何をしているんだろうか。

「生きててくれないかな? じゃないと私の手で倒せないし」

「物騒なこと言わないでくれます、キリエ? それにあのクソ野郎が

まだ生きてたら、奴を殺すのは私ですわ」

 エンマの方が物騒じゃん、とキリエは思った。

「コトブキ飛行隊、一度状況を整理する。全員話を聞いてくれ」

 レオナがそう言って、無線機のチャンネルを切り替えるよう指示し

た。どうやら青い戦闘機のパイロットに聞かれたくない話らしい。

「あの青い戦闘機はユーハングの世界からやって来たものだそうだ。

幸いなことに、空賊の一味ではない。そして私たちと敵対するつもり

もないそうだ」

「ほんとかな?」

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「今は信じるしかないわよ」

 ザラが言う。少なくとも、青い戦闘機がユーハングのものであるこ

とは疑う余地もない。あんな飛行機、イジツでは作れない。

 だが本当に彼はこちらと敵対する気はないのか。もしかしたら

「穴」の向こうに消えていったイサオが、ユーハングで作った仲間なの

ではないか。そんな疑念が絶えない。

「そして彼は遭難してイジツにやって来て、今はユーハングの世界に

帰還する手段を探している。マダム、聞こえていますか?」

 ケイトが通訳する青い戦闘機の操縦士との会話は、無線機越しに羽

衣丸のルゥルゥに全て伝わっていた。

 ルゥルゥは敢えて、交信内容をユーリアには繋いでいなかった。7

0年ぶりに現れたユーハング。70年前イジツに飛行機や文化と

いった様々なものをもたらし、イジツの地に産業革命を起こした

人々。イジツはユーハングがもたらしたものによって、人々の生活が

飛躍的に進歩した。だが今のユーハングの世界は、それ以上の発達を

遂げているらしい。

 あの青い戦闘機は金の塊以上に価値がある存在だった。あの青い

戦闘機とそのパイロットを確保できれば、オウニ商会はさらなる発展

を遂げられるかもしれない。いくら旧知の中とはいえ、ユーリアに青

い戦闘機を渡すことは出来なかった。

「聞こえてるわレオナ。青い戦闘機のパイロットにこう伝えてちょう

だい。『あなたが元の世界に帰還する手段が見つかるまで、我々が保

護する』とね」

「元の世界に帰還するだけなら、穴を見つけてそこに飛び込めばいい

だけでは?」

 サネアツが首を傾げた。

「馬鹿ね、宝の山をそう簡単に手放すわけないでしょ。それに…ケイ

ト」

「最近出現する穴は、戦闘機一機が通ることが出来ないほど小さいも

のが多い。あの戦闘機では間違いなく入れない。赤とんぼでも難し

い」

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 「穴」を研究し続けていたアレンのおかげで、計算によって次に穴が

いつどこに開くか大まかな予想は出来る。しかし当面、イケスカやラ

ハマに空いたような大規模な「穴」は開かないだろうというのがアレ

ンの予想だった。

 アレンが予想できるのは大規模な穴の出現だけで、不定期にイジツ

の各地に出現する小規模な「穴」の予測までは出来ない。今回あの青

い戦闘機が迷い込んだのも、そういった計算で導き出せない小規模な

「穴」からだろう。不定期に、しかもいつどこに現れるかわからない、

さらに通れるかどうかもわからない穴の出現を待つのは、博打も同じ

だ。

「ということで、どのみち彼は当面イジツに留まるしかないのよ」

「断ったら?」

「それも一つの選択肢ね。まあこの状況じゃそれも難しいでしょうけ

ど、話を受けるのも断るのも彼の自由よ。さ、ケイト。彼に伝えて

ちょうだい。一人でこの世界を当てもなく飛び続けるか、私たちの保

護を受けるか」

   『空の穴は不定期に開く。そのため、今すぐあなたが元の世界に帰還

することは難しい』

 リーパーはその言葉を聞いてがっかりした。彼女たちの話を聞く

限り、以前も地球からこの荒野が続く世界に迷い込んできたり、ある

いは自らの意思でやって来た者たちがいたらしい。だがリーパーが

通ってきた「穴」は、人工的に開くことが出来ないようだ。

「次に穴が開くのはいつか、わかるのか?」

『大まかな予測が出来る。ただし100%の保証が出来るものではな

いし、繋がった先がユーハングの世界とも限らない。直近の予測で

は、次に大規模な穴が開くのは1年後』

 1年か…とリーパーは呟いた。それに「穴」はリーパーのいた地球

だけでなく、他の世界に繋がることもあるらしい。「穴」が開いている

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からと飛び込んでいった先が、人間の生きられないような世界だった

らと思うと恐ろしい。

 ただし、「穴」が開いている間は元の世界と無線通信が可能であるこ

とは、オメガと通信が繋がっていたことではっきりしている。空に

「穴」が開いていないか飛び回って、「穴」を見つけたら無線で元の世

界か確かめて───となると、気の遠くなるような時間が必要にな

る。

 だからと言って、この世界に1年も留まっているつもりはなかっ

た。今のリーパーは国連軍の一員なのだ。次に行われるというユー

ジア軍への大規模作戦を何としても成功させるために、早いところ元

の世界への機関の道筋を立てなければならない。

『こちらから選択肢を提示する。このまま一人で穴を探して燃料切れ

になるまで飛び続けるか、私たちの保護下に入るか』

「…タダで保護してもらえるわけではないんだろう? 何が目的だ

?」

『現在のユーハングについて教えてもらいたい。政治、経済、軍事、技

術、その他諸々。そしてあなたが搭乗しているその戦闘機について

も、可能な限り技術開示を行ってもらいたい』

「断ったら?」

『あなたはこの荒野を一人で彷徨うことになる』

 実質的な選択肢はなかった。彼女たちの申し出を断れば、リーパー

は何も知らないこの世界を一人で生きていかなければならなくなる。

穴を見つけるまで飛び続けて燃料切れでどこかへ不時着し、機体をダ

メにするよりかは、彼女たちについていってこの世界の情報を集める

と共に、元の世界へ帰還できる「穴」を見つけるまでの生活基盤を築

いた方がいい。

   『…了解した、そちらの指示に従う』

 青い戦闘機の操縦士がそう答えたのを聞いて、ルゥルゥはさっそく

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ラハマと連絡を取った。あの戦闘機が着陸できるよう、飛行場を空け

ておいてもらわねばならない。この件に関してはオウニ商会が主導

権を握れるよう、他の街に誘導するつもりはなかった。

 あの戦闘機はこのイジツに様々なものをもたらすだろう。それに

よっては、このイジツはさらなる発展を遂げられるだろう。あるいは

さらなる混沌を招くか。いずれにせよ、あの青い戦闘機がもたらすも

のは、使いようによっては宝にも毒にもなる。

「70年前に来たユーハングは、良いものも悪いものも、美しいものも

汚いものも、このイジツにもたらした。今度来た彼がもたらすもの

は、いったい何かしらね?」

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第六話 死神の着陸

  その日、ラハマの街はこれ以上ない混乱に包まれていた。ラハマを

拠点とするオウニ商会。そして空賊や自由博愛連合から何度もラハ

マの街を守ってくれたコトブキ飛行隊から、緊急の通信が入ったの

だ。

「ユーハングの戦闘機がラハマ飛行場に着陸する。受け入れ準備をさ

れたし…って、いきなり無茶言わないで欲しいなぁ…」

 かつてラハマの貴公子とも呼ばれた町長が、そう嘆きつつ雷電の操

縦席に太った身体を押し込む。この雷電はラハマの街が所有する、数

少ない戦闘機のうちの一機だ。自警団の97式戦闘機に比べて圧倒

的に火力も速度も上昇力も上、空賊にも十分太刀打ちできる街の守り

神だが、町長はなぜだかこの雷電でもユーハングの戦闘機にかなわな

いのではないかという気がしていた。

 イケスカ動乱の話については、ラハマの街にも広く知れ渡ってい

る。「ジェットエンジン」と呼ばれる新型発動機を搭載したイケスカ

の戦闘機が、あのコトブキ飛行隊の隼を次々撃墜していったらしい。

ジェットエンジンはユーハングの最新技術であり、イジツでもあまり

研究は進んでいないものの、今回やってきたユーハングの機体は、そ

のジェットエンジンを積んでいるようだ。

「ユーハング人が平和的な人だといいんだけどなぁ」

 もうすぐ町長選が始まる時だというのに、余計な問題は抱えたくな

かった。

 しかしユーハング人がどのような者であれ、見ず知らずの者である

以上警戒を怠るわけにはいかなかった。既に自警団を出動させて飛

行場から住民を遠ざけた上で、対空砲を搭載したトラックを周辺に配

置している。万が一ユーハング人がラハマを襲うつもりであれば、何

としても撃墜する覚悟を固めていた。

  ラハマ自警団の97式に続き、雷電が離陸する。街の外れで、二隻

の飛行船がラハマに向かって飛行を続けていた。オウニ商会の羽衣

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丸と、ガドールの飛行船だ。そこから少し離れたところを、7機の戦

闘機が飛行している。

「なんだ、この戦闘機は…」

 町長は、コトブキ飛行隊に取り囲まれるように街へ向かって飛行し

ている青い戦闘機を見て、思わずそう呟いた。少なくとも、町長の知

る戦闘機の形とは大きくかけ離れている。プロペラが無いし、翼も

まっすぐ伸びていない。まるで三角定規のような翼だ。

「ユーハングではこんなものが飛んでるんですかね…?」

 97式の操縦桿を握る自警団長も青い戦闘機に目を奪われつつも、

コトブキ飛行隊と並んでいつでも射撃できる位置につく。もしも不

審な動きを見せれば、容赦なく撃つ。それが自分の街を守るというこ

とだ。

  『ユーハング機へ、着陸を許可』

「了解」

 リーパーはそう答え、街への着陸コースを取る。

 上空から見た街は、かなり小ぢんまりとしている。カラフルな屋根

の民家が立ち並び、その中心を大通りが貫いている。郊外には飛行船

が二隻は係留できそうな広大な飛行場が備えられているが、鉄筋コン

クリートでできた高層ビルなどは一つも見当たらない。

 大通りのあちこちで、フランカーを見上げる街の人々が見えた。

ジェットエンジンの轟音は、街の人々にとっては聞き慣れないものな

のだろう。誰もかれもが皆ぽかんと口を開けて、上空を旋回するフラ

ンカーを見上げていた。

「着陸態勢に入る」

 誘導こそないものの、滑走路の広さは十分。着陸するのに支障はな

い。ギアを下ろし、フラップとエアブレーキで速度を落とし、いつも

通り着陸。きちんと舗装されているおかげで、エンジンに異物を吸い

込む恐れもなかった。管制官がいたら「見事だ、ボーンアロー1」と

褒めてくれただろうか。

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 爆撃機の銃座を転用したものなのだろうか。滑走路脇には荷台に

風防付きの対空機関銃を搭載したトラックが数台並んでいる。銃口

は空を向いているが、もしもリーパーが不審な動きを見せたら、あっ

という間にハチの巣にされるだろう。

 トラックの周りには、散弾銃やボルトアクション式ライフルを携え

た男たちの姿も見える。同じく銃口こそ向けてこないものの、その顔

にはどこか怯えや不安の色が見える。

『エンジンを切り、風防を開けてほしい』

 そう指示があったため、大人しく従うことにした。何かあればすぐ

に離陸できるようエンジンは動かしたままの方が良かったのだが、ど

のみち着陸してしまった今、自分の運命はこの街の人たちが握ってし

まっている。今から離陸しようとしたところで対空機銃が撃ってく

るだろうし、空にはコトブキ飛行隊の隼が旋回を続けている。逃げら

れはしない。

 リーパーは胸の前に取り付けたホルスターから拳銃を引き抜いた。

スライドを引いて、いつでも撃てるようにする。

『万が一ベイルアウトした際に、敵の部隊に追われて丸腰だったら

あっという間に殺されちまう。だから、きちんと銃は持っとけよ』

 この拳銃は「被」撃墜王ことオメガから、その言葉と共に誕生日プ

レゼントとしてリーパーが受け取ったものだった。しょっちゅう撃

墜されるオメガは、そのたびに無傷で生還してくる。時には敵部隊と

交戦し、時には同じく墜落した味方を救助しながら、いつも帰還して

いた。オメガの陸戦能力は陸軍一個中隊分、なんて冗談があるほど、

地上がどんな危険地帯であってもオメガは帰ってくる。

 その時は「墜とされなければいい」と軽く考えていたが、今はオメ

ガに感謝していた。この状況で丸腰、なんて事態は想像したくない。

周りを対空機銃と十数丁のライフルが囲んでいる状況では拳銃一丁

など非力も同然だが、あるのとないのでは大違い。

 いずれにせよ、これに頼る事態に陥りたくはないが。リーパーは拳

銃をホルスターに戻し、キャノピーを開く。空を見上げると、コトブ

キ飛行隊の隼が着陸態勢に入ろうとしていた。

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   「初めての飛行場への着陸にしては見事ね。腕はそれなりにあるみた

い」

 ザラは青い戦闘機の着陸を見て嘆息した。初めて訪れる飛行場へ

着陸する際は、勝手を知らないので慎重になる操縦士が多い。慎重に

なりすぎて、滑走路の手前からではなく真ん中から降りてしまい、停

止距離が足りなくなってオーバーランする者も珍しくない。

 しかしあの青い戦闘機は迷う挙動も見せず、滑走路の端から着陸し

た。度胸がある、ザラはそう思った。

 青い戦闘機は滑走路脇のエプロンで待機している。既にエンジン

の火は落とされ、風防は開いていた。きちんとこちらの指示に従って

いる。

「なあケイト、アレンを呼んだ方がいいんじゃないか?」

「先ほどのエンジン音を聞いて、既に病院から抜け出していると思わ

れる。呼びに行く必要はない」

 「穴」の調査中にイサオに撃墜され、車いす生活を送っていたアレン

だったが、最近ではどうにか松葉杖を使って歩けるまでに回復してい

た。それでも病院でリハビリ生活を送っている彼だが、街中に響いた

青い戦闘機のエンジン音を聞いて、いてもたってもいられなくなって

いるだろう。今頃は病室から飛び出して、飛行場に向かっているに違

いない。

「コトブキ飛行隊、着陸する。いいか、くれぐれもユーハング人に失礼

な真似はするなよ」

 レオナはそう言って着陸態勢に入る。見慣れたラハマの飛行場。

しかしそこに迷い込んだあの青い戦闘機のせいで、なんだかここが知

らない場所のように思えてしまう。

  着陸後、レオナはケイトを引き連れて青い戦闘機のもとへ向かっ

た。他の者は青い戦闘機の操縦士が不審な動きを見せた場合に備え

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て、隼の中で待機している。もっともエンジンの火が落とされている

今、あの操縦士に出来ることはこちらの指示に従って機を降りること

だけだ。

「ケイト、通訳してくれ。こちらの指示に従って頂き感謝する。その

まま機体から降りてくれ」

 青い戦闘機はかなり大きいせいで、操縦席も高い位置にある。隼の

ように翼に足をかけて飛び降りる───というのは難しいだろう。

梯子ラダー

 自警団員の一人が

を持ってきて、操縦席の脇に掛けた。操縦席

の中で人影が立ち上がる。青い戦闘機の操縦士は警戒するかのよう

に周囲を見回すと、軽く両手を上げ、その後ラダーを降りてきた。レ

オナはその操縦士の胸に、拳銃の収まったホルスターがぶら下がって

いるのを見逃さなかった。

「変わった格好ですわね」

 降りてきた操縦士を見て、隼で待機するエンマが言う。青い戦闘機

の操縦士はヘルメットに濃緑色のツナギを身に着けていて、下半身に

はさらに何かを纏っているようだ。さらにごてごてと色々なポーチ

が付いたハーネスを上半身に身に着けていて、あれでは動きにくそう

だとエンマは思った。

「初めまして。私はコトブキ飛行隊の隊長、レオナだ。こちらは同じ

くコトブキ飛行隊の一員で、ユーハング───あなたのいた世界の研

究をしているケイト」

 レオナはそう言って手を差し出した。まだ若いな、と、青い戦闘機

の操縦士を見て思う。歳はレオナとさほど変わらないか、もしかした

らもっと下かもしれない。キリエやケイトと同い年くらいだろうか。

 ユーハング人の操縦士はレオナとケイトの顔を見て、それから差し

出された手を見た。そしてレオナの手を握り返す。ユーハングにも

握手の文化はあるんだな、とレオナはどうでもいいことを考えた。

「私は国連軍タスクフォース118所属、ボーンアロー隊隊長のリー

パー。着陸許可を頂き感謝する」

 ケイトがユーハング人の言葉を通訳する。彼の瞳には怯えや不安

と言った色は見えなかった。周囲の様子を伺い、相手がどう動くか、

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自分はどう動くべきかを考えているらしく、その顔色はいたって冷静

だ。

「リーパー、あなたがここに来た時の話を伺いたい。同行してくれ」

「…自分が乗ってきた機体はどうなる?」

 リーパーと名乗った操縦士が、背後の戦闘機を一瞥する。

「格納庫に移動させよう。それで構わないか?」

「ああ。ただし、くれぐれも扱いには注意していただきたい。それと

移動目的以外、機体には手を触れないで欲しい」

「承知した。ではついてきてくれ」

 交渉成立だ。レオナはコトブキ飛行隊の面々に、エンジンを止めて

降りてくるよう命じた。少なくともパイロットがいなければ、あの戦

闘機が飛び立つことはない。

 早速自警団員が運転するトラックが滑走路に侵入してきて、青い戦

闘機を牽引すべくランディングギアにロープを結ぶ。エンジンをふ

かして格納庫まで自走させたら、強風で色々なものが吹き飛ばされて

滅茶苦茶になってしまうだろう。

 飛行場の一角に今まさに着陸しようとしている羽衣丸を、リーパー

は興味深げに眺めていた。彼とルゥルゥが会談を行う場所は、まさに

あの羽衣丸の中だ。

「飛行船が珍しいのか?」

「ああ。私の世界では飛行船などほとんど飛んでいない」

 レオナはその言葉に軽く衝撃を受けた。ユーハングではあんな戦

闘機が飛んでいるのだから、てっきり飛行船ももっと進歩しているの

ではないかと思ったのだが。

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第七話 死神と社長

 「初めまして、ユーハングの方。私はこの羽衣丸を所有するオウニ商

会の社長、ルゥルゥよ。あなたのことはリーパーとお呼びすればよろ

しいかしら?」

 会談場所である飛行船。その客室の一つで赤いドレスに身を包ん

だマダム・ルゥルゥが待ち受けていた。貴賓室なのだろうか。赤を基

調としたやや広い部屋には、高級そうな家具やテーブルが置かれてい

る。

 彼をここまで連れてきたレオナ、そして通訳を務めるケイトと共に

貴賓室に足を踏み入れたリーパーは、ルゥルゥを見て「デカいな」と

思った。存在感と威圧感、そして身体の一部的な意味で。

「いえ、リーパーというのはTACネームなので」

「TACネーム? 何かしらそれは」

「あだ名のようなものと思って頂ければ。私の名前は…」

 リーパーは本名を名乗った。TACネームは無線傍受されても個

人を特定されにくい、同姓同名の隊員がいても誰かわかるという理由

でパイロットごとにつけられている愛称だ。リーパーにもきちんと

親がつけてくれた名前があるし、同僚のオメガにも名前はある。しか

しパイロットは地上でもTACネームを使うことが多いので、名前を

聞かれてついTACネームを名乗ってしまう者もいる。

「なるほど、あだ名なのね。でもあなた個人のことについて色々と知

られるとマズいこともあるかもしれないし、リーパーと呼ばせてもら

うわ」

「はぁ、ご自由に」

「それでリーパー、無線であなたとレオナの通信についてはこちらで

も聞かせてもらっていたけど、改めてあなたの口から色々と説明して

もらうわよ。あなたは誰でどこから来たのか、このイジツにどのよう

にやって来たのか」

 どのように、と言っても自由意志でここに来たわけではないのだが

と思いつつ、リーパーはこれまでの経緯を正直に話すことにした。ア

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ローズ社のパイロットとして世界中の基地を飛び回った中で、何事も

正直で嘘をつかないことが一番だというのがリーパーが得た経験則

だった。嘘をつけば相手の信頼を損なうし、仮にその場をしのげたと

ころで、新たな嘘をつかなければならない。何よりこの孤立無援の状

況下では、イジツの住民の信頼を失うことは命取りになりかねなかっ

た。

 リーパーは正直に話した。自分の所属。移動命令に従って離陸し

た直後、真っ暗な空間に突入し気づいたらここにいたこと。そこで遭

遇したコトブキ飛行隊と空賊たちの戦闘を見過ごすことが出来ず、双

方引き離すことで対処したこと。決して自分は彼女たちの言う「空

賊」の一味ではないこと。

「なるほど。あなたはどこかの街の自警団員とかではなくて、雇われ

のパイロットなのね」

「いわゆる傭兵です。正規軍の一部では我々のことを空賊という者た

ちもいますが…」

「あら、別にあなたの生き方を責めているわけではないわ。為政者の

掲げる下らない正義とやらのために空を飛ぶよりも、お金という目的

のために空を飛ぶ人間の方がよっぽどわかりやすいし」

 リッジバックス隊辺りが聞いたら怒るだろうな、とリーパーは思っ

た。彼らは国連の掲げる正義を誇りにして飛んでいる連中だ。

「しかし、傭兵会社があんな戦闘機を所有しているなんて、ユーハング

…あなたの言うところの地球はとても技術が進んでいるのね」

「いえ、この飛行船を見て自分も驚きました。こんな巨大な飛行船が

使われているなんて。しかも戦闘機の発着艦も可能だとか」

 リーパーが何より圧倒されたのは、その大きさだった。下手をする

と米海軍の最新鋭空母並みに大きい船体が宙に浮かんでいて、しかも

全通式の飛行甲板まで備えている。

 地球でも第一次世界大戦後に航空機を搭載できる飛行船を作って

空中空母として運用していたらしい。だが羽衣丸のように飛行甲板

など備えていなかった上に、実用的でないとしてすぐに廃れてしまっ

たと聞く。空中空母というジャンルが確立したのは、某国が開発した

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アイガイオンやフレスベルクが実用化されてからだ。

「あら、地球では飛行船は飛んでいないの?」

「100年ほど前までは盛んに用いられていました。しかし大きな事

故があって、危険だと判断されてからはほとんど飛んでいません」

 リーパーはこの飛行船は地球からしても宝の山だろうな、と思っ

た。

 恐らくこの飛行船の浮揚ガスにはヘリウムガスが用いられている。

戦闘すら想定に入れた飛行船に水素など使っていたら、あっという間

に爆発炎上してしまうだろう。

 地球で飛行船が廃れた理由の一つに、浮揚ガスに爆発炎上しやすい

水素を用いざるを得なかったことがある。地球でのヘリウムガスは

90パーセントがアメリカ産で、戦略物資に指定され輸出を制限され

たために飛行船の浮揚ガスには入手しやすい水素が使われていた。

しかし水素ガスの飛行船の爆発炎上事故が起こったために、飛行船自

体が危険な乗り物と見なされ廃れてしまったのだ。

 ヘリウムは医療分野やハイテク産業での需要が急増しており、地球

ではヘリウム不足が深刻化している。しかしこのイジツでは、巨大飛

行船をそれこそ何十隻でも飛ばすことが出来るほど、ヘリウムは豊富

なようだ。資源会社がここを見つけたら、大喜びで採掘を始めるだろ

うな、とリーパーは思った。

「そう、ユーハングはこことまた随分違った発展をしているようね。

ところで地球では、イジツのことについてどれくらい伝わっているの

かしら?」

「いえ、まったく知られていないと思います。現に私も、ここに来るま

で何も知りませんでしたから」

 リーパーが学校で習った歴史でも、昔々異世界との交流がありまし

た、なんて記述はなかった。もっとも、政府のごく一部が今でも知っ

ているという可能性はある。

 その昔、70年ほど前にこのイジツに訪れたのは、地球で日本軍と

呼ばれる人々だったという。「穴」の存在が軍事機密に指定されてい

て、敗戦と共に全ての資料が処分されてしまったのなら、イジツの存

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在が現代に伝わっていなくてもおかしくはない。

「それじゃ、今後も地球から継続して人や物が定期的にやってくる、な

んてことはないのね」

 リーパーの話に、ルゥルゥは少し落胆した。ルゥルゥとしてはユー

ハング人が今後定期的にやってくるようであればリーパーを通じて

彼らとの繋がりを作っておいて、彼らがもたらすものをオウニ商会経

由でイジツに供給できればと期待していたのだが。

 しかし元々リーパーは迷子と言う話を聞いていたので、落胆の度合

いはそこまで大きくなかった。リーパーと彼の頭の中の知識、そして

彼が乗ってきた戦闘機だけでも十分に価値はある。

「ところでこちらからも聞きたいことがあるんですが───」

 リーパーが口を開きかけたその時、ドアの向こうで何やら騒がしい

声が聞こえた。

「ちょっ、駄目ですってばユーリア議員!」

「ドードー船長以下の男はどいてなさい! ルゥルゥ、ユーハング人

と一緒にここにいるんでしょ! 開けなさい、開けないとこっちから

入るわよ!」

 言い終わる前に、貴賓室のドアが勢いよく開かれた。部屋の中に

入ってきたのは、さっきまでガドールの飛行船に乗っていたユーリア

だった。その後ろには彼女の阻止に失敗したサネアツと、興味津々と

言った感じに貴賓室を覗き込んでいるコトブキ飛行隊の面々。

「あなた、何考えてるの!? せっかくユーハング人が来たってのに、独

り占めする気なの?」

「あら、いけないかしら?」

「当然よ! なぜあなたがユーハング人の身柄を預かることになって

るわけ? 一商会がユーハングとの関係を取り仕切るつもりなの?」

「でも彼はイジツ滞在中に、我がオウニ商会の世話になることを承諾

しているわよ? まさか本人の意思を無視して、ガドールにでも連れ

ていくつもりじゃないでしょうね?」

 それをやったらあの男と同じよ、とルゥルゥが呟くと、ユーリアは

苦々しげにルゥルゥを睨みつける。あの男、というのはイサオのこと

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だ。「穴」の向こうに消えていった男、彼がこのイジツに残していった

ものは良いものも悪いものも多い。しかしその強権的、独善的な手法

をユーリアは嫌っていたし、彼がいなくなって一年が経過した今もそ

の考えは変わらない。

 リーパーはルゥルゥとユーリアが何事かを言い合っているのを聞

きながら、こっちも中々デカいなと思った。主に態度的な意味で。

「彼女は誰なんだ?」

 そう傍らのケイトに尋ねる。が、リーパーの言葉を聞いたケイトと

レオナは驚きで目を見開いた。

「あなたはイジツ語が話せるのか?」

「驚愕」

「いや、正確には知りません。たださっきからあなた方の会話を聞い

ていると、地球での言語によく似ているなと思って」

 話を聞いている限りだと、イジツ語の文法や単語は英語とそっくり

だった。いくつか意味の分からない単語やよくわからない発音もあ

るが、イジツ語は英語とよく似ている。

 ここに来るまでは色々なことがあって頭がいっぱいであり、彼女た

ちの話す言葉をよく聞いている余裕が無かった。しかし落ち着いて

話を聞いていると、どうも彼女たちが話している言葉が英語によく似

ていることに気づいたのだ。そして試しに英語を話してみたところ、

見事にこちらの意図が伝わった。

「これは驚きね。ユーハングとイジツの言葉が似てるなんて」

「こちらの言語で書かれた本か何か頂ければ、より共通点がわかるか

もしれません」

「後で新聞を持ってこさせるわ。それで、あなたはこれからどうする

の?」

 なおも何か喚いているユーリアを無視し、ルゥルゥが続ける。無

論、答えは決まっている。

「早急に地球への帰還を目指します。私には向こうでやらなければな

らないことがあるので」

「それは何かしら?」

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「…向こうでは今、大きな戦争が起きています。私はその作戦に参加

するため移動中でした」

「その作戦とやらは、あなたがいなければ成功しないものなの?」

 リーパーは何と答えるか迷った。はい、と答えればなんだか自惚れ

ているような気がする。かといって「死神」だの「リボン付き」だの

言われて敵味方に広く知れ渡っている自分が、作戦に参加しなかった

場合どうなるか、それも読めない。今までもリーパーの参加を前提と

した作戦が、国連軍では実行されていた。

「なにあんた、自惚れちゃってるわけ? 別にあんた一人いなくたっ

て、仲間がいるなら何とかしてくれるでしょ。それともあんた、仲間

を信用してないの?」

 リーパーとルゥルゥの会話を聞いていたキリエが言う。キリエは

リーパーに空賊追撃を邪魔されて以来、彼のことが気に入らなかっ

た。

「いや、そういうわけでは…」

「おいキリエ、彼に失礼だろう。何をそんなに怒っているんだ」

「別にぃ、怒ってませーん。あんたのせいで空賊連中を取り逃がした

ことなんてこれっぽっちも怒ってないですよーだ」

 怒ってるじゃん、とリーパーは思った。性

質た

「すまない、彼女は頭に血が上りやすい

でな」

「いえ、俺が彼女の邪魔をしたのは事実なので…」

「まあまあ、その点も含めて誤解を解くためにも歓迎会をするのはど

うかしら? ジョニーに頼んでサルーンの用意をさせるわよ?」

 リーパーが腕時計を見ると、既に夕方だった。イジツの時間の流れ

が地球と同じであれば、だが。

「マダム、先ほど町長たちが歓迎会を開くかどうか協議していたよう

ですが」

「あれについては私の方から明日やると言っておいたわ。どのみちあ

なたの戦闘機を見て、明日には大勢の人がこのラハマに押しかけてく

るでしょうし。その前にしばらく行動を共にするコトブキ飛行隊と、

親睦を深めておいた方がいいわよ」

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 リーパーは素直にルゥルゥの提案を受けることにした。今のリー

パーは外交官も同じだと言うことを自身も理解していた。

 今後「穴」を通じ、再びイジツと地球の交流が再開される可能性も

ある。その時に彼らは地球人を、リーパーのイメージを通して見るこ

とになる。リーパーが失礼なことをすれば、地球人のイメージも悪く

なってしまうのだ。そうなることは避けておいた方がいいだろう。

「マダムは参加されますか?」

「私は町長たちと打ち合わせがあるから遠慮させてもらうわ。それ

に、若い人たち同士の方が盛り上がるでしょ? 副船長、彼に部屋を

一つ用意してちょうだい」

 羽衣丸はメンテナンスも兼ねて、ラハマの街にしばらく係留の予定

だった。その間リーパーは羽衣丸で寝起きすることになる。ラハマ

の街はこれと言った観光名所も資源もないため、外から訪れる人も数

もそう多くはない。アレシマやショウトならば賓客用のホテルでも

あるだろうが、ラハマで用意できるのは旅人向けの粗末な宿だけ。そ

んなところにリーパーを寝泊まりさせるのは危険だとルゥルゥは判

断した。

  しかし、面倒なことになりそうね。ルゥルゥは窓からガドールの飛

行船を見て思った。ユーリアと共にラハマにやって来たのは、街同士

の提携について話し合うべくガドールから派遣された議員たちだ。

議員の中には企業のトップを務める者も多い。そんな彼らが金の卵

戦闘機

フランカー

も同然のリーパーと、彼の乗ってきた

を放っておくはずもな

かった。

 ルゥルゥがリーパーをオウニ商会の保護下に置いたのも、オウニ商

会の利益のためだけでなく、彼をガドールや他の街の権力者たちから

守るためという一面があった。街の権力者には強欲な連中が多い。

本人の意思などどうでもいいとばかりに、リーパーとフランカーを力

づくで自分たちのものにしようとするイサオのような者たちが出て

くるだろう。

 最悪の場合、リーパーを殺してフランカーだけ奪おうとする連中も

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出てくるかもしれない。確かにリーパーの持っている情報も重要だ

が、あの戦闘機はこのイジツにおける空戦の概念をひっくり返してし

まいかねない代物だ。

 あのフランカーを手に入れて複製に成功すれば、あるいは使われて

いる技術だけでも吸収することが出来れば、その街はイジツを征服す

ることすらできるかもしれないのだ。

「とんでもないものが落ちて来たわね…」

 ルゥルゥは窓から空を見上げて呟く。リーパーの来訪は、このイジ

ツに新たな混沌をもたらすだろう。

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第八話 死神の歓迎会

 「それでは、ユーハングから来た我らが友人に乾杯」

 レオナが音頭を取り、ビールの入った樽がぶつかり合う。羽衣丸船

内の酒場では、リーパーの歓迎会が開かれていた。

 もっとも主賓であるリーパーは、ビールの入った樽に目を落とし、

どこか浮かない顔をしていた。テーブルに料理の盛り付けられた皿

を運んできたリリコが、リーパーの顔を覗き込む。

「あら、どうしたの? 毒なんか入ってないわよ?」

「いえ、そういうわけでは…。こんなことをしていていいのかなって」

 あくまで民間軍事会社の社員とはいえ、今のリーパーは国連軍の一

員だ。司令部からの作戦命令に従い、オーストラリアに向かうのが今

の最優先事項だった。こんな宴会に参加していていいものか、そんな

ことを考えてしまう。本当ならば今すぐフランカーで離陸して、空に

「穴」が開いていないか探して回りたい気分だった。

「君が元の世界に早く帰りたい気持ちはわかるよ。でも穴が開かない

限り、どうしようもない」

 リーパーの隣に座る男が、さっそく樽のビールを飲み干して言う。

ケイトの兄で、ユーハングの研究家であるアレンだ。70年前に穴の

向こうに帰っていったユーハング人が、事故とはいえイジツにやって

来たのだから、この集まりに参加しないわけがなかった。歓迎会が始

まる前からリーパーにあれやこれやと質問を繰り出し、いつの間にか

彼の隣の席に陣取っていたアレンの息は、既に酒臭かった。

「僕らも君がユーハングの世界に早く帰れるように協力するからさ、

今はこうして楽しくお酒を飲もうよ。歓迎会ってめでたい場なんだ

から、たくさんお酒を飲んだって罰は当たらないさ」

「アレンはいつもお酒を飲んでいる。歓迎会は関係ない」

「あはは、ビールお代わり!」

 イジツ語が英語とよく似ているおかげで、リーパーとアレン達の意

思疎通はほとんど問題なく行えていた。もっとも専門用語やスラン

グなどまではわからないので、アレンやケイトの通訳が必要だが。

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 だがアレンの言う通り、今リーパーに出来ることは何もない。リー

パーがイジツにやって来た時の「穴」は閉じてしまい、次にいつ開く

かもわからない。歓迎会を固辞し一晩中フランカーで飛び回ってい

たところで、元の世界に帰れる「穴」を見つけられるかもわからない

のだ。

 しかも知らない場所での夜間飛行は危険行為に他ならない。陽も

落ちた今、リーパーに出来ることは何もなかった。

 だったら今はイジツの人々と交流を深め、少しでも友好的な関係を

築いておいた方がいい。リーパーはそう思い直し、ビールの入った樽

に口をつけた。地球のビールとほとんど変わらない味だった。

 「それにしてもユーハング人って、本当にいたのね。話には聞いてい

ても会ったことはなかったから、御伽噺の中の人かと思っていたわ」

「ユーハング人が帰っていったのって70年前だっけ?」

「その後も時折穴から迷い込んだ者がいたと思われる。ただし、記録

には残っていない」

「こうしてユーハングの方とお会いしていることって、もしかしたら

とてつもなく貴重な経験なのかもしれませんわね」

 唐揚げに醤油をかけていたチカが、「そうだ!」と何かを思い出して

叫んだ。

「ね、ユーハングには海があるんでしょ? ウーミもいるの?」

「ウーミ?」

「これ!」

 チカが一冊の絵本をリーパーに突き出す。開かれたページには、大

きい目玉の魚らしきキャラクターが描かれていた。

「なにこれ? ゆるキャラ?」

「ユルキャラ? 違うよ、ウーミだよ。えーっと、毒がある魚で…なん

て名前だっけ?」

「フグ。主に海水魚だが、汽水や淡水にも生息種類がいる」

 ケイトがすかさず答える。これがフグなのか…とリーパーは絵本

を見て思った。どこかの自治体のゆるキャラ、と言った方がまだ納得

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できる。

「そういえば、イジツには海がないんでしたっけ?」

「そう。大昔に海は枯れちゃって、今は僅かな湖と小さな川が残って

いるだけさ。海が消えた原因は、恐らく穴にあるんだと僕は考えて

る」

 海が丸ごと消えるなんて、リーパーには考えられなかった。もし地

球で地表の7割を覆う海が消え去ったら、水不足や魚資源の消失なん

て騒ぎどころではないだろう。それこそ人類が絶滅していてもおか

しくはない。

「それで、ウーミはいるの?」

「フグならいるけど、ウーミは見たことないな。でも、海の底はまだわ

かってないことが多いから、もしかしたらいるんじゃないかな?」

 子供───あくまでもリーパーより年下という意味で───の夢

を壊さないよう、リーパーはそう答えた。実際に深海についてわかっ

ていないことは多く、宇宙と並んで最後のフロンティアと呼ばれるく

らいだ。今後海底の探索が進めば、海のウーミのようなフグも見つか

海洋研究開発機構

るかもしれない。たぶん、恐らく。なので

の方々頑

張ってください、とリーパーは思った。

 もっともリーパーにとっては、シンファクシ級潜水空母やらユージ

ア軍の機動部隊やら、最近の海に関する思い出は物騒なものばかり

だった。特にシンファクシ級の散弾ミサイルについては、今も思い出

したくない悪夢も同然だ。

「そういえばソメイヨシノもユーハングから持ち込まれたものですわ

よね?」

「ええ。春になると一面のソメイヨシノが咲いて、その下で皆で宴会

をしています。花見って言って、食事を持ち寄ったりお酒を飲んだ

り」

「それは是非一度見てみたいですわ。私の家にもソメイヨシノの木が

ありますけど、一本しかないもので」

 そういえば日本で撮った写真の中に桜の写真があったな、とリー

パーは思い出した。スマートフォンはリーパーが使う部屋に運ばれ

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たダッフルバッグの中だが、後でエンマに見せてあげようとリーパー

は思った。

「まあお酒、興味深いわ。ユーハングのお酒ってどんなものがあるの

?」

 酒の話に食いついたのはザラだった。既にテーブルの上には空に

なった樽がいくつも並び、リリコが新しい樽を運んでくる。どうやら

彼女もアレンと同じ大酒飲みらしい。

 それにしてもザラは、あの格好で空を飛んでいて寒くないのだろう

か。リーパーは露出の多い彼女の服装を見て、どうしてもそう考えて

しまう。色々と出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んで

いるスタイルのザラだが、欲情するよりもまず心配が先に出てくる。

「色々ありますよ。でもビールはイジツのものと同じですね」

「へえ、やっぱり世界が違ってもお酒は同じなのね」

 リーパーの持ってきた荷物の中に、酒瓶が二本入っている。グッド

フェローに頼まれて日本で買ってきた芋焼酎と大吟醸で、オーストラ

リアで彼に渡す予定だったものだ。

 グッドフェローには悪いが、異世界交流のためにイジツの人々に進

呈しよう。それにリーパーが行方不明になっている今、酒の一本や二

本で騒ぐ男でもあるまい。

「ちょっと皆、肝心なこと聞き忘れてない?」

 今までパンケーキに被りついていたキリエが、リーパーに冷たい目

を向けながら口を開く。

撃墜数

「あんた戦闘機のパイロットなんでしょ? 

は?」

「おいキリエ…」

「まーどうせ大したことないんでしょーけどね! 空賊を撃たないで

逃がしちゃうくらいだもんねー!」

 黙り込むリーパー。うーんと唸る。

「撃墜数か、数えてないなあ…」

「数えてない? 数えるほど落としてないの間違いじゃないの?」

「いや、200を超えたあたりまでは覚えてるんだけど…」

 その言葉で、酒場の空気が凍り付く。キリエがフォークを取り落と

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す音が響いた。

「に、200…?」

「無人機とヘリも合わせれば250くらいいってるかも。あ、地上撃

破の分を数えてなかった。後で端末を見ればわかるかもしれない」

「…冗談よね? ちなみに、操縦士になってからどれくらい経つの?」

「訓練生時代を除けば、実戦に出てから2年くらいですね」

 キリエがナサリン飛行隊と初めて会った時の撃墜数が43で、コト

ブキ飛行隊全体のスコアは200オーバーだったか。その後の空賊

や自由博愛連合との戦い、そして羽衣丸の護衛で順調にスコアを稼い

で今はコトブキ飛行隊で合わせて300機以上の撃墜数を誇ってい

る。他の飛行隊ではとても追いつけないほどのスコアだ。

  それをリーパーはたった一人で250機撃墜。しかももっと多い

可能性もあるとくれば、皆が目を丸くするのも当然だった。

 しかもそれをたったの二年で。単純計算で一年で100機以上。

七日に一回出撃するとして、一度の出撃で2機かそこらは撃墜してい

ることになる。しかも出撃の度に敵機と遭遇するとは限らないから、

恐らく出撃毎の撃墜数は2機では足りないだろう。

「…う、ウッソだぁ〜。そんなに落とせるわけないでしょ」

「確かに自分でもそう思うことはあるけど」

「だったら私と勝負しろ!」

 キリエが握り直したフォークをリーパーに突き付ける。「はしたな

いですわよ」とエンマ。

「え? 隼とフランカーで?」

「無謀、困難。あのユーハングの機体と隼では、隼が勝てる見込みはほ

ぼない」

 ケイトが言わずとも、コトブキ飛行隊の面々は直観的にそのことを

理解していた。隼が得意とするのは格闘戦。しかしフランカーのあ

の速度では格闘戦に持ち込もうとも追いつくことすらできない。

「ぐっ…そんなのやってみなきゃわかんないじゃん!」

「まぁまぁ落ち着いて。でも、確かにあなたの乗ってきたあの戦闘機

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…なんだっけ?」

「Su─30SMフランカーF2、複座型多用途戦闘機」

「そうそう、とても速かったわね。一度乗ってみたいわ」

 コトブキ飛行隊が今まで目撃した中で一番早い航空機は、イケスカ

での戦いの際に襲撃してきた銀色のジェット戦闘機と、イサオが搭乗

していた震電改だった。だがリーパーの話を聞く限り、彼が乗ってき

たフランカーはそれらよりももっと速く飛べるのだという。

「僕は明日乗せてもらうことになってるけどね」

「えー、アレンだけずるい!」

「僕には彼と一緒に、穴の調査をするって目的があるからさ」

 明日の朝、リーパーはアレンを後部席に乗せて今日自分がやってき

た「穴」があった空域を飛行してみる予定だった。もしも「穴」が再

び現れて、その向こうが自分がいた地球だということが確認できれ

ば、そのまま帰還を試みるつもりだ。その場合後部席のアレンも一緒

についてくることになるが、彼にとってはむしろ都合がいいらしい。

「〜っ、とにかく! 一度私と勝負しろ!」

「うーん、そのうちで」

「逃げんなよ!」

 キリエはそういうと、再び猛然とパンケーキを口に運ぶ。リーパー

はアレンにこっそりと聞いてみた。

「どうしたら彼女の機嫌が直るんだ?」

「キリエはパンケーキが大好物だからね、一度作ってみてあげればい

いんじゃないかな? ユーハングのとびっきり美味しいパンケーキ

をさ」

「パンケーキかあ…お好み焼きなら作れるんだけどなあ」

 昔から家事を任されていた上に、ボーンアロー隊では新入りが料理

を作るという決まりがあったので、料理の腕自体には自信がある。た

だしパンケーキを作った経験はそれほど多くない。地球から持ち込

んだタブレット端末の中にレシピ本の電子書籍があったので、後で見

てみようとリーパーは思った。

「あの、こっちからも質問していいですか?」

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「なにかしら?」

「どうして皆、唐揚げに醤油やソースをかけてるんですか?」

 パーティが始まってからずっとリーパーが気になっていたこと

だった。

 パンケーキをはじめ、イジツにも地球と同じ料理があることはテー

ブルの上を見ればわかった。カレーやステーキ、焼き鳥など。海がな

いせいで魚が食卓に出ることはほとんどなく、一般人の手が届かない

料理だというのは衝撃的だったが。

「あら、地球ではソースをかけないの?」

「唐揚げには醤油に決まってんじゃん。パリッとした衣にジューシー

な鶏肉、なのになんでそこにソースなの? 台無しじゃん!」

「唐揚げに醤油かけるチカの方がありえないよ。なんで醤油味の唐揚

げにまた醤油かけるわけ? しょっぱくて食べれらなくない?」

 リーパーの不用意な一言で、唐揚げにはソースか醤油かの論争が始

まってしまった。チカは醤油派、キリエはソース派らしい。

「まあまあ、二人とも落ち着いて。ユーハングでは唐揚げに何をかけ

て食べるの?」

「え? レモンですけど」

 ザラの質問に答えた途端、場が再び静まり返った。皆があり得ない

ものでも見るかのような目を、リーパーに注いでいる。

「えぇ、唐揚げにレモンかけるの…?」

「レモンって、あの果物のレモンだよな?」

「理解不能」

「私も唐揚げにレモンはありえないと思いますわ。そんな風に唐揚げ

を食べる人はちょっと…」

 どうやら地球人とイジツ人の間には越えられない壁もあるらしい。

リーパーはそう実感した。

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第九話 死神の離陸

  翌朝。ラハマ飛行場の周辺には大勢の住民が集まり、滑走路に引き

出された一機の戦闘機を遠巻きに眺めていた。自警団員が集まる住

民らを飛行場に入らないよう整理に当たっているが、その団員たちの

視線も時折滑走路に向いてしまっている。

「なんだぁ? エルロンが垂れ下がってるじゃないか。故障か?」

 いつも通りのタンクトップ姿のナツオが、滑走路上のフランカーを

間近で見ながら指摘する。整備士という職業柄、未知の機体に対する

興味があるらしい。リーパーとしても機体の見学を断る理由はない

ので、時折ナツオから飛んでくる質問に答えつつ離陸の準備を始めて

いた。

「この戦闘機は隼みたいにケーブルでエルロンやラダーを動かしてる

わけじゃないんです。操縦桿の動きを電気信号に変換して、アクチュ

エーターまで伝達しているんです。だからこうして駐機している時

は電気信号が来ないから…」

「エルロンも力が抜けた感じになるってか。ケーブルに繋がった操縦

桿を力いっぱい引くより、そっちの方が楽そうだな」

「まあ簡単に操縦桿の動きが反映されてしまうので、下手に倒すと急

激な機動で気絶しかねないんですけどね」

 フライバイワイヤの機体は、キリエ達が乗る隼のように操縦桿を思

い切り引かずとも、数ミリ動かしただけで機体が思い通り動いてくれ

る。その反面システムにバグがあったら即墜落、なんて事態もありう

るので、アナログ式と比べて一長一短だが。

「こいつがジェットエンジンか。実物を見るのは初めてだな」

 ナツオがそう言って機体後方に回り込む。危ないのでエンジン始

動時には離れるように注意しておいてから、リーパーは松葉杖をつい

てやって来たアレンの姿を視界の端に認めた。

「いやあごめんごめん、この耐Gスーツってのを着るのに手間取っ

ちゃってさ」

 今のアレンはリーパーが貸した予備のパイロットスーツに加え、同

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じく予備で持っていた耐Gスーツを下半身に纏っていた。まだ完全

に足を自由に動かせない彼にとって、着るのは難しかっただろう。

「この耐Gスーツってのは興味深い代物だね。急激なGがかかると膨

らんで、下半身に血が溜まらないようにする。そうすることで失神を

防げるってわけか」

「これがあれば、より大胆な戦闘機動を行うことも可能」

 アレンの着替えを手伝っていたケイトが、耐Gスーツを摘まみなが

ら言った。ケイトは興味津々と言った感じで、アレンに負けず劣らず

リーパーにフランカーや装備品のことを次々と尋ねてくる。最初見

た時は無口な人なのかと思っていただけに、リーパーにとっては意外

だった。

「邪魔かもしれないけど我慢してくれ。でないと飛行中に、上と下か

ら色んなモノを垂れ流しながら気絶する羽目になる」

「ユーハングの最新鋭戦闘機に乗せてもらうんだ、文句は言わないさ。

フライト前にお酒が飲めればもっと良かったんだけどね」

「朝っぱらから酒を飲まないでくれよ。吐いたら許さないからな」

「はは、わかってるって」

「本当にわかってるのかな…」

 アレンのパイロットスーツのポケットにスキットルが収まってい

るのを見て、没収。耐Gスーツをちゃんと着ていることを確認してか

ら、フランカーの操縦席脇に立てかけられたラダーをアレンが上るの

を手伝う。下から彼の身体を押し上げ、後部座席に座らせる。

「これが計器の代わりになるのかな?」

 アレンが操縦席に据え付けられたモニターを指さして言った。グ

ランダー社の手によってグラスコックピット化された操縦席には、ア

ナログ計器の類はほとんどない。必要な情報は全て、座席正面に取り

付けられた数枚のモニターに表示される。

 操縦席にアナログな計器が無いことから、モニターが計器代わりに

なるのだろうという考えに至ったアレンはやはり研究者といったと

ころか。リーパーはアレンの身体をハーネスで座席に固定しつつ、彼

の洞察力の深さに舌を巻いた。

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「そうだ。でも飛行中は一切触らないでくれ。一応後部座席の操縦系

火器管制システム

統と

はロックしてあるが、念のためだ」

 FCSという単語の意味は分からないだろうが、後部座席からの機

体操作は一切できないことだけはわかったらしい。「了解。僕の運命

は君次第だね」とアレンは笑った。

「座席の足元に黄色と黒のレバーがあるだろ? それは絶対に、俺が

いいというまで触るなよ」

「これは何かな?」

「それを引くとキャノピーが吹っ飛んで、ロケットで椅子ごと上空に

放り投げられる。緊急用の脱出装置だ。万が一機体が操縦不能に

なった際には俺が指示するから、それまでは絶対に引かないでくれ

よ。引いたらもう飛べなくなるからな」

 ダチョウ倶楽部じゃないからな、とリーパーが言うと、なんだいそ

れはとアレンは首を傾げた。だが射出座席のハンドルは引いてはい

けないということはきちんと伝わったようだ。

「パラシュートの操作は出来るよな?」

「もちろん。こう見えても僕は飛行機乗りだからね」

「安心した。じゃ、万が一の場合でも大丈夫だな」

 ヘルメットを被らせ、酸素マスクの装着方法を教える。アレンの準

備が終わったことを、隣で前席の様子を眺めていたケイトに伝える。

「それじゃあ、君のお兄さんを少しお預かりする」

「もしかしたら一緒にユーハングに行くかもしれないけどね」

「了解。兄をよろしく」

 ケイトがラダーを降りて、飛行場の一角に駐機する隼の群れへと

走っていく。今回の調査飛行には、コトブキ飛行隊も同行することに

なっていた。先に離陸し、昨日リーパーがイジツへ迷い込んだ「穴」が

ある空域に向かうことになっている。

「それにしても、凄い人だかりだな。まるで航空ショーだ」

 コトブキ飛行隊が離陸したのを見計らって、リーパーも操縦席に収

まる。羽衣丸のクルーがやって来て、ラダーを外す。ナツオたちはそ

のまま滑走路脇まで退避し、滑走路にはフランカーのみが残される。

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「昨日あんなにエンジン音を派手に鳴らしてたからね、皆この戦闘機

の存在に気づいてるさ」

「あのスーツ姿の人たちは?」

 滑走路内でユーリアと共に、十人ほどの恰幅のいいスーツ姿の男た

ちが、フランカーを見て何事か言葉を交わしていた。住民の滑走路へ

の立ち入りは禁止されているはずだが、とリーパーは呟く。

「あれはガドールから来た議員たちだよ。皆どこかの商会の代表さ」

「ガドールって、ここよりも大きい街だっけ?」

「そう、イジツでも有数の大きさを誇る街。賄賂と汚職が蔓延する都

市さ。きっとあの議員たちも、この機体に目をつけているだろうね。

ユーハングの最新鋭の戦闘機、欲しがらない人はいないよ」

 イジツの航空技術については、70年前からほとんど変わっていな

いらしい。「穴」を通ってイジツにやってきたユーハング───日本

軍は、イジツの各地に工廠を建設し、技術を広めた。だがそこから技

術の発展がほとんど起きていないのだという。

 ユーハングが残した工廠は今でも稼働しており、そこで多くの航空

機が作られている。だがそこで用いられている図面は70年前のも

ので、自分たちで一から新しく設計した飛行機が作られたことはな

い。模倣はできても、創造は出来ていない。

 戦国時代に自動小銃とそれを作る工場が持ち込まれたようなもの

か、とリーパーは思った。イジツの文明が自力で飛行機を作るレベル

に達していない状態で、ユーハングが飛行機を持ち込んだ。一から理

論と技術の積み重ねがない状態だから、図面を自分たちで引くことも

ままならない。あるいは、求められている航空機のレベルが現状の第

二次大戦レベルのもので良しとされているのか。

「自分たちでオリジナルの飛行機を作ろうとは思わなかったのか?」

「ユーハングが残した図面に頼らないで、自分たちで一から飛行機を

リバースエンジニアリング

作ろうって人もいるよ。エンジンや飛行機を

して、技術と

理論の蓄積を図っている人たちもいる。だけど、中々難しい。そうい

えば、ジェット戦闘機についてはユーハングでは試作レベルのもの

だったんだろう?」

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「ああ。作っている最中に戦争に負けた。まさかこっちで実用化され

ているとは思わなかったけど」

「僕らはユーハングが残したものからしか飛行機を作れない。この世

界を発展させるためには、もう一度ユーハングに来てもらうしかない

という人もいるくらいだ。だからこの戦闘機はイジツに革命をもた

らす。君たちの世界で70年分進歩した技術の結晶だからね」

 もしもイジツに地球並みの技術と文明があれば、今頃こっちでもフ

ランカーが飛んでいたのだろうか。リーパーはそんなことを思いつ

つ、離陸準備を整えていく。

「フラップ、ラダーが動作しているか確認してくれ。まずは右からだ」

「右ね」

 ジェットフューエルスターターを起動。エンジンを始動させ、甲高

いタービンエンジンが空気を震わせ始める。古い戦闘機ならば電源

車が無いとエンジンを始動させられないが、この機体は操縦士がエン

ジンマスタースイッチをオンにすれば周りの手を借りずともエンジ

ン始動が可能だ。リーパーはアレンに指示を出し、操縦桿やペダルを

操作する。アレンは振り返り、指定した部位が稼働しているか目視し

た。

「問題なし」

「次は左だ」

「こっちも異常なし」

 続いて兵装システムを確認。可能な限り戦闘は避けたいが、万が一

と言うこともある。こちらはアレンに頼まず、一人でチェックを行

人工知能

う。機体に常時自己診断プログラムを走らせている

が、異常

なしの反応を返す。

 機関砲は昨日の威嚇射撃で10発ほど消費してしまったが、まだ弾

倉は9割が埋まっている。ミサイルはハードポイントを介して懸架

されてものが、短距離と中距離合わせて12発。フレア、こっちは

使っていないので一切損耗無し。

 燃料系統も問題なし。増槽を装備しているおかげで、機内燃料は満

タンのままだ。急激な戦闘機動やアフターバーナーを多用しなけれ

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ば、3000キロは飛行できる。

「ラダー、フラップ、スラット、問題なし。燃料、FCS、計器、問題

なし」

「なんだかドキドキしてきたよ」

「頼むから吐いたりしないでくれよ。準備は良いか?」

「いつでもどうぞ」

 アレンのその返事で、リーパーはラハマ管制塔を呼び出す。離陸許

可が出る。こちらでは航空管制もあまり発達していないのか、そもそ

も管制自体を行うことがないのか、地球での離陸に比べると随分おお

ざっぱな指示だった。

 エンジン出力を上げ、タキシングを開始。機体を滑走開始位置まで

前進させる。最後に周囲を見回すと、リーパーはスロットルレバーを

目いっぱい前進させた。

「ボーンアロー1、離陸する」

   轟音と共に滑走路を前進するフランカーを、ルゥルゥはサネアツら

羽衣丸クルーと共に見つめていた。レシプロ機のそれとは比較にな

らないほどのエンジン音を轟かせながら、猛然とフランカーは加速を

続けていく。そしてふわりと宙に舞った。

「凄い音…」

 アンナが呟いた直後、ランディングギアを格納したフランカーの機

体が急上昇した。機首を天に向け、まっすぐ空へと昇っていく。隼で

あれをやろうと思っても、十分な速度を得られていないから無理だろ

う。この短距離、短時間で急上昇が可能なほどの推力を得られると

は。

「綺麗…」

 アンナの隣でフランカーを眺めていたマリアは、思わずそう口にし

ていた。あの戦闘機は、イジツのどの戦闘機とも違う。流線型のフォ

ルムはまるでナイフのように鋭く、それでいてどこか美しさを感じさ

せるシルエットを描いている。イジツの戦闘機は武骨だが、フラン

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カーは機能美というか、優雅さを感じさせる。

 飛行場脇でフランカーの離陸を眺めていたラハマの住人達がどよ

めく。急上昇したフランカーは翼の端から雲を引きながら、あっとい

う間にラハマの町の脇にそびえ立つ丘の高さを超え、進路を変えてコ

トブキ飛行隊が飛び立った方向へ向かって飛び去って行く。隼や零

戦、それどころか雷電ですら追いつけないほどの速度だった。ジェッ

トエンジンの爆音を残して、フランカーはあっという間に空の向こう

へ消えていく。

「あれがユーハングの戦闘機なんですね」

「そうよ。しかもそれが穴の向こうでは何百機、何千機と飛んでいる」

 そう言うルゥルゥの目は、フランカーが消えていった空に向いたま

ま。もうフランカーの機影はゴマ粒ほどの大きさにしか見えなくて、

瞬きしたら見失ってしまいそうだった。

 ユーリアと共にやって来た議員たちが何事か言葉を交わし、彼らの

周りを秘書らしき男たちが駆け回っている。恐らくガドールの街で

自分が社長を務めている会社に一報を入れているのだろう。きっと

今頃、あの議員たちは頭の中で算盤を弾いているに違いない。リー

パーとフランカーを手に入れたらどれだけの利益が得られるのか、そ

して彼を自分たちの側に取り込むにはいくら金を積めばいいのか。

「世界が変わるわよ」

 ルゥルゥが言う。アンナは今、自分が歴史が変わる瞬間に立ち会っ

ているのかもしれないと思った。

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第十話 死神と空賊

 「凄い機動だね、まるで踊ってるみたいだ」

 後席のアレンが手摺を掴みながら言う。離陸直後の急激な機動で

も減らず口を叩けるとは、この男も意外といいパイロットなのかもし

れない、とリーパーは思った。

「それで、ジェット戦闘機に乗った感想はどうだ?」

「最高だね。このままお酒を飲めればもっと嬉しいんだけどね」

「それはダメだ」

 フランカーは巡航速度を維持したまま、高度を上げていく。レー

ダースクリーンの端に、6つの輝点が表示される。リーパーに先立っ

て離陸していた、コトブキ飛行隊だ。IFFなど搭載していないので

当然敵味方の識別は出来ないが、距離と機数からコトブキ飛行隊で間

違いない。

「凄いね、この距離でもうレーダーで捕捉できるなんて。羽衣丸搭載

の物より性能がいいんじゃないかな?」

「地球での空戦は距離が命だからな。先に相手を見つけた方が勝つ」

格闘戦

ドッグファイト

 と言っても、最近では

が当たり前のように発生しているが。

地球に落下したユリシーズの破片に含まれていた特殊な鉱物が、粒子

となって漂っているせいだ。

 特殊な磁気を帯びたその鉱物が風に吹かれて地球を循環しており、

レーダー波を妨害してしまうことがある。AWACSやレーダーサ

イトの超強力なレーダーですら時折機能不全に陥ってしまうことも

あり、目視可能圏内に入ってようやくレーダー探知、なんてこともあ

る。

 ステルス戦闘機の登場で既存の戦闘機は全てただの的になるかと

思われていたが、そんなことは起きなかった。むしろレーダーの不調

が発生することで、既存の古い戦闘機でも十分戦える環境が発生して

いる。アフリカの反政府勢力では、今もMiG─21やF─5Eと

いった古い戦闘機が主力として使われていて、しかもそれが活躍して

いると聞いたことがある。

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「今の速度はどれくらいなんだい?」

「マッハ0.9」

「遷音速か、でもこれが最大速度ってわけじゃないんだろう?」

 リーパーはスロットルをわずかに前進させた。機体が加速し、マッ

ハ1を超える。

「おめでとう。あんたは今、たぶんイジツで初めて音速越えの飛行機

に乗った男になった」

「それは嬉しいね。できれば最大速度も体験してみたいんだけどな」

「燃費が悪くなるからダメ。こっちで調達できるんなら話は別だけ

ど」

 隼や飛燕、疾風に搭載されているレシプロエンジンの燃料はガソリ

ン。一方ジェット戦闘機に使われているのはケロシン───つまり

灯油だ。理論上ガソリンも使えないことはないが、不調が発生したら

困る。リーパーにはエンジンをオーバーホールできる技術はないし、

あったとしても部品が無い。地球への帰還を目指すには何としても

フランカーは飛ばせる状態を保っておかなければならず、ガソリンを

ぶち込むなんてのは言語道断だった。

「イケスカではジェット戦闘機用の燃料を精製していたと聞くけど

ね」

「イケスカ?」

「イサオっていうわるーい奴がいてね、そいつが市長をやってたイジ

ツで最大の都市さ。ジェットエンジンを実用化していて、さらに地球

から迷い込んできたジェット戦闘機も運用していたらしいよ」

 そのどっちも今はないけどね、とアレン。自分以外にも時折イジツ

に迷い込んでいた人がいたらしいことは彼から聞いていたが、ジェッ

ト戦闘機まであったとは。

「じゃあそのイケスカってところに行けばジェット燃料を入手できる

のか?」

「それは難しいと思うよ。イケスカはイサオがいなくなってから内戦

が勃発してね。今は何とか収まりつつあるみたいだけど、今も治安は

悪いと聞いている。それに反イケスカ連合だった僕らがのこのこ出

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て行ったら、銃弾で挨拶をしてくるんじゃないかな」

 イサオが「穴」の向こうに消えてから、彼が率いていたイケスカを

始めとする自由博愛連合に加わっていた街は分裂した。イサオがい

なくなっても自由博愛連合の理念を掲げ、都市の統一に邁進しようと

する者たち。イサオに成り代わってイジツを牛耳ろうと権力を求め

る者たち。そして自由博愛連合から脱退しようとして住民同士で意

見が分裂する街。

「今じゃあちこちの街でマフィアが跳梁跋扈してる有様で、おまけに

自由博愛連合の兵器類も空賊に渡ってしまってる始末だ。イケスカ

にジェット燃料が残っているかどうかも怪しいし、残っていたとして

も快く譲ってくれることはないだろうね」

「それは残念だ」

 リーパーはそう返し、目視圏内に入ってきたコトブキ飛行隊の編隊

を一瞥する。隼の二倍以上の速度で巡行するフランカーはあっとい

う間にコトブキ飛行隊を追い越し、さらに遥かな高みへ向かって飛ん

でいく。

「〜っ、あのやろー!」

 追い越しざま、フランカーがバンクしていったのを見てキリエが唸

る。まるで「ここまでおいで」と馬鹿にされているかのようだとキリ

エは感じた。ムキになってフルスロットルでスピードを上げるが、隼

とフランカーの距離は離れていく一方だ。

「こらキリエ、編隊を乱すんじゃない」

「あいつ私たちのことバカにして!」

「あら、単に挨拶しただけじゃない? 昨日話した限り、あの子、悪い

子には見えなかったわよ。唐揚げにレモンをかけるのは別として」

「ちょっといい戦闘機乗ってるからって私らのこと舐めんなよ!」

「ちょっといいどころではないと思いますわよ」

 エンマはさらに高度を上げていくフランカーを見て、綺麗だと思っ

た。無論自分の隼が一番であることに変わりはないが、それとはまた

別の美しさを感じる。余計なものをそぎ落とし、性能だけを求めたも

のに宿る機能美だろうか。

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「彼が昨日穴から出てきたのはこの空域だな?」

 レオナが地図を眺めながら、現在地を確認する。リーパーの記憶通

りならば、彼女たちが今飛行している空域が「穴」が開いていた場所

となる。下には街が見えるが、今はもう誰も住んでいない。地下資源

が枯渇し、5年ほど前に住民が皆立ち去って廃墟となった街だ。

「チカ、空に異常は見えるか?」

「特におかしいところはないよ。穴も見当たらない」

 雲が出ているものの、「穴」が開いていればすぐに見つけられる。レ

オナは編隊を散開させ、円を描くように飛行を続けながら空を見た。

チカの言う通り、「穴」はどこにもない。「穴」が出現する前兆とされ

る三つの輪っかも見当たらない。

  一方のリーパーもコトブキ飛行隊と共に旋回を続けながら、無線機

で司令部を呼び出してみた。だが何回コールしても、応答はない。地

球の衛星軌道上には無数の通信衛星が打ち上げられていて、地球のど

こにいようともリアルタイムで国連軍司令部とのデータリンクと交

信が可能だった。しかしそれが出来ないということは、「穴」は開いて

いないのだろう。

「やっぱりダメか…」

 事前に「穴」について話を聞いていたとはいえ、実際に帰り道が見

つからないことはリーパーにショックを与えた。昨日の今日で「穴」

が都合よく現れていてくれないかと期待していたのだが、やはり現実

は厳しい。

「明日来たら開いてる…なんてことはないよな」

「君には申し訳ないけど、たぶん、ないだろうね」

「だよな…」

 「穴」の研究家でもあるアレンにそう言われてしまうと、そうなんだ

ろうという気がしてくる。

 アレンの話によれば、大きい「穴」についてはある程度事前にどこ

に出現するかの予測ができるらしい。しかしその「穴」がリーパーが

元いた地球と繋がっているかは出現するまで分からない上に、「穴」に

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なりかけのまま消えてしまうこともある。そしてアレンの計算では、

次に「穴」が出現するのは、短く見積もっても一年後だそうだ。

 リーパーが出てきた小規模な「穴」ならば、不定期で出現を繰り返

している。だが同じ場所に連続して現れることは滅多にない上に、計

算で次の出現時期と場所を予測することも難しい。

「つまり俺が帰るにはイジツの空を飛び回って穴を見つけるか、ある

いは一年後まで待つしかないってことか」

「そうなるね。僕としては後者をお勧めするよ」

「だが一年も待ってられない、戦争はまだ終わってないんだ」

 ユージア軍と国連軍の戦線は膠着状態で、だからこそ次に行われる

大規模作戦は何としても成功させなければならない。ここでユージ

ア軍に対して大きな勝利を収めれば、ユージア連邦から離反する国々

も出てくるだろう。逆にこちらが負けてしまえば、この戦争に対して

態度を決めかねている国々がユージア連邦に加わってしまうことも

あり得る。

「そういえば君が来た地球では戦争をやってるって話だけど、どうし

て戦争なんかやってるんだい?」

「それは…」

 ルゥルゥとアレンには戦争が起きていることだけは伝えたが、なぜ

戦争が起きたのか、それがなぜ続いているのか、そこまでは話してい

ない。話すとユリシーズ落下まで遡らなければならないし、それを彼

女たちが理解してくれるかどうかもわからなかった。

  説明すべきかどうか悩むリーパーをよそに、レーダーに新たな機影

が表示される。数が多い。リーパーは話を切り上げ、コトブキ飛行隊

を呼び出した。

「こちらのレーダーで多数の機影を探知した。機数は約30、この

コースだとラハマに向かうコースか。距離はおよそ300」

『そんな数の飛行機が来るなんて話は聞いていない。空賊だ』

「あるいは自由博愛連合の残党か。どちらにせよ、友好的な連中じゃ

ないことは確かだろうね」

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 アレンがレーダー画面を見ながら呟く。画面に映る機体はどれも

小型で、戦闘機のようだ。

「そいつらが何でラハマを狙う? あそこに戦略的な価値はなさそう

だが」

「空賊だったら単純に略奪。イサオ連合の残党だったら自分たちを敗

北に追いやったコトブキ飛行隊と、反自由博愛連合の街への復讐って

いったところかな」

 いずれにせよ、仲良くできそうな連中ではないらしい。既にコトブ

キ飛行隊からラハマの街へ一報が入り、今頃は自警団が大慌てで離陸

準備をしているところだろう。ユーリアたちと共にガドールからつ

いてきた護衛戦闘機隊も、同盟関係にあるラハマを守るために出撃す

るとのことだった。

「それで、君はどうするんだい?」

「どうするって、何を?」

「彼女たちを手伝うのか、それともここで高みの見物を決め込むか」

 レーダー画面には空賊が飛来する方角へ向かって飛んでいく6機

の機影が表示されている。おそらく後30分もしないうちに、空戦が

始まるだろう。6対30では、明らかに分が悪い。

 だがリーパーがこの空域に来たのはあくまでも帰還のために「穴」

が開いていないか調査するためであって、空賊たちと戦うためではな

い。それに勝手にどちらか一方に肩入れして、現地の紛争に介入する

のは最もやってはいけないことだった。事情もはっきり分かってい

ない内はどちらかの味方など出来ない。それで数多くの失敗を繰り

広げてきたのが国連だ。

  『…本機は当空域で待機する』

「あのヘタレ! いい戦闘機乗ってるくせに私たちを見捨てるっての

?」

 リーパーが送ってきた通信に、キリエは失望し、そして怒った。昨

日オウニ商会の世話になったくせに、空賊に襲われそうなラハマの街

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を見捨てるなんて。ユーハング人は臆病で情けない、恩知らずの連中

なのか。

「よせキリエ、彼はこのイジツの人間じゃない。彼に私たちと一緒に

戦えなんて言うのは、こっちの勝手だ」

「でも!」

「あの子は迷子なの、本当だったら私たちとは何の関係もない人よ。

彼は自警団員でも用心棒でもない」

こっちの世界

 ザラの言う通りだった。リーパーはあくまでも

に迷

い込んできただけで、自分の意思でやって来たわけではない。彼に

地球

ユーハング

に帰還するという目的がある。

 自由博愛連合との戦いを経て、コトブキ飛行隊とオウニ商会には新

たな契約がいくつかの都市と結ばれていた。それはその都市が空賊

などに襲われた場合、近くを飛行中であれば救援に向かうという契約

だ。契約を結んだ都市からは毎月契約金が振り込まれていて、今回ラ

ハマに向かおうとしている空賊を撃退するもその一環だった。

 だがリーパーはその契約をどことも結んでいない。そして彼は自

警団員でもない。いくら良い戦闘機に乗っていようが、リーパーには

空賊と戦う義務も義理もないのだ。キリエもそのことはわかってい

たが、納得は出来なかった。

「あんにゃろ〜、地上であったら一発ぶん殴ってやる!」

 前方にゴマ粒をバラまいたかのような飛行機の機影が見えてくる。

それらは見る見るうちに大きくなっていき、やがて数十の戦闘機の機

影になった。

 機種は零戦21型が中心。塗装から考えて自由博愛連合の残党の

機体だろう。

「全機、いつも通り2:2でやるぞ。互いにカバーしあうことを忘れる

な。コトブキ飛行隊、一機入魂!」

 レオナの掛け声と共に、隼が零戦の群れへと突っ込んでいく。ここ

で時間を稼ぎ、ラハマ自警団とガドールの戦闘機隊到着まで持ちこた

えなければならない。もしも突破を許せば、零戦の群れはラハマを空

襲するだろう。

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  「戦闘が始まったみたいだね」

「だな」

 コトブキ飛行隊を示す輝点が、空賊たちの輝点の中に突っ込んでい

く。IFFを搭載していないので、もはやどれがコトブキ飛行隊でど

れが空賊なのか判別できない。こうなってしまえばもう、手を出すこ

とも出来ない。

「別に君の判断を責めるわけじゃないけど、理由を聞いてもいいかな

?」

「…ここで戦いに介入したら、俺は引き返せなくなる」

 もしも今後「穴」が開いて地球への帰還が可能になった時、この世

界との関りが深ければ深いほど、帰るのが難しくなる。彼らに必要と

されてしまうことがあれば、自分が帰った後にその人たちはどうなる

? それにあくまでも迷子の立場である自分が、イジツの人々の戦い

に首を突っ込んでいいのかという迷いもあった。

 ラハマの人々は自由博愛連合を悪いように言うが、リーパーはまだ

自由博愛連合側の人々と話をしたことが無い。本当は彼らも正義を

掲げて戦っているのかもしれない。もしかしたらユーリアたちが間

違っているのかもしれない。あるいは両方正しくて、両方間違ってい

るのかもしれない。

「だから今は戦えない」

「なるほど。でもそうも言ってられないみたいだよ」

 方位270、複数の機影を探知、とアレンがレーダー画面を見て言

う。今いる場所から、ラハマを挟んで反対側の方向だ。そこに複数の

輝点がレーダー画面に表示されている。

「なんだ、こいつらは…」

「この反応から見ると、どうやら大型機みたいだね。たぶん、爆撃機だ

ろう。小さいのは護衛機かな?」

「爆撃機だと? 街には一般人がいるんだぞ、それなのに空爆するの

か?」

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 だがアレンの話では、自由博愛連合は以前も自分たちに協力しない

都市に爆撃を加えていたらしい。イサオが「穴」を独占するための行

動だったが、そのせいでいくつかの都市が焼け野原となった。

「ラハマ飛行場、聞こえるか? そちらに爆撃機が3機向かっている」

 しかし自警団の97式と雷電、そしてガドール戦闘機隊の鍾馗は既

にコトブキ飛行隊に加勢すべく、爆撃機が飛来するのとは反対方向に

向けて飛行してしまっている。今から引き返しても間に合わないだ

ろう。不測の事態に備えて二機、自警団の97式がまだ地上で待機し

ているとのことだが、たったの二機ではどうしようもない。

「罠にかかったみたいだね。まさかあの数の戦闘機隊を囮にして、戦

力がそっちに向かった際に本隊の爆撃機が来るとは」

 それで、どうする? アレンがまたリーパーに問いかけた。

「ここで高みの見物を続けて、ラハマの街が焼け野原になるのをただ

見ているか。それとも街の人々を救うべく行動を起こすか。ユーハ

ングの人間である君が、この世界の戦いに手を出す義務は確かにな

い。その結果大勢の人々が死んだとしても、君には関係ないことだろ

うね」

「…お前、意外と性格悪いな」

 アレンが笑う。リーパーは大きく息を吐いて、操縦桿を握り直し

た。機首を反転させ、爆撃機が飛来する方角へ向かう。

「何かあった時には、お前がちゃんと証言してくれるんだろうな? 

俺は正しいことをしたって」

「いくらでもしてあげるよ」

「嘘だったら、松葉杖生活を2か月延長させてやる」

 それは困るなあ、とアレンが言うのを無視し、リーパーはスロット

ルを目いっぱい前進させた。マスターアームオン、交戦準備。

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第一一話 始まりの笛音

 「こちらラハマ自警団哨戒二号機、空賊の爆撃機を視認! 富嶽が1、

未知の4発爆撃機が2! 護衛機が6、ラハマに向かって真っすぐ飛

行している」

 哨戒飛行に出たラハマ自警団所属の赤とんぼこと九五式練習機は、

さっそく遠い西の空に複数の機影を見つけていた。後部席の団員が

双眼鏡を覗き込み、一機の超大型爆撃機と、その両脇を飛行する二機

の大型爆撃機を視認する。一機は以前、自由博愛連合が各地の都市を

空爆するのに用いていた超大型爆撃機、富嶽だった。

「くそっ、空賊どもめ! こっちが本隊か」

「九七式が2機だけじゃ話にならないぞ。早くコトブキ飛行隊をこち

らに向かわせてくれ! ガドールの鍾馗もだ!」

 ラハマ飛行場では待機していた自警団の九七式戦闘機が離陸した

が、会敵することにはラハマまで目と鼻の先まで迫ってしまっている

だろう。何より、7.7ミリ機銃を二挺しか積んでいない九七式で

は、装甲の厚い富嶽を落とすことなどできない。その前に護衛機に撃

墜されてしまうだろう。

 ガドール議員団の護衛の鍾馗も2機、ラハマで待機していたが、出

撃する気配はない。何をやってるんだと、赤とんぼの乗員は苛立っ

た。

 ラハマの街では対空砲を積んだトラックを自警団が展開させ、住民

の避難が始まっていた。普段は町長専用機である雷電を格納してい

る飛行場脇の洞窟に、住民たちが続々と逃げ込んでくる。命は助かる

が、爆撃で街は焼け野原にされてしまうだろう。裕福とは言えないラ

ハマの街にとって、それは致命的だった。

  一方でガドールからやって来た議員団は飛行船に乗り込み、さっさ

と逃げ出す準備をしていた。飛行場に残していた2機の鍾馗に離陸

するように命じたが、目的は爆撃機の迎撃ではない。ラハマを脱出す

る飛行船の直掩のためだ。

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「ちょっとあんたたち、自分たちだけ尻尾巻いて逃げるなんて情けな

くないの!? それでも市民に選ばれた議員なの?」

「私を選んだのはガドールの住民だ、ラハマの人間ではない!」

「こんな街のために命を危険に晒せというのか! まったく、こんな

ことになるなら訪問団に選ばれなければよかった」

「護衛機が2機では足らん。早く鍾馗隊を呼び戻せ」

 そう言って、コトブキ飛行隊の増援に差し向けていた残りのガドー

ル所属の鍾馗隊を呼び戻そうとする。ユーリアはその議員が握って

いた無線機のマイクを奪い取った。

「何をする!」

「30機を相手に6機で戦ってる彼女たちを見殺しにするの? ほん

と最低な男たちね、このタマ無し野郎!」

「なんだと、我々を侮辱するのか!」

「まだ議員の地位を剥奪されたいようだな」

 羽衣丸に戻ったルゥルゥとサネアツは、ガドール議員団の醜態を遠

巻きに眺めていた。ガドール飛行船のキャビンには、言い争うユーリ

アと議員たちの姿が見える。

「普段は威勢のいいことを言っておいて、いざ危険が迫ったら真っ先

に逃げ出す。情けない連中ね」

「ルゥルゥ、我々もここを離れなくていいんですか? 爆撃機が迫っ

てるんですよ?」

「飛行船の速度じゃどのみち逃げきれないわよ。それに…」

「それに?」

 サネアツがそう聞き返した直後、レーダー画面を見ていたアディが

口を開く。

ユーハングの機体

カー

「方位090、機影を探知。この速度は

です!」

「あら、やっぱり彼はいい人みたいね」

 ジェットエンジンの轟音で空気を震わせ、戻ってきたフランカーが

飛行機雲の尾を引きながら、爆撃機が飛来する方向へと飛んでいく。

『こちらアレン、リーパーがやる気になったみたいだ。爆撃機は僕た

ちで何とかするよ』

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 フランカーの後席に搭乗するアレンからだった。どうやら一緒に

戦ってくれるらしい。だがサネアツは、いくらユーハングの戦闘機で

も単機で何とかなるのか不安だった。

「コトブキ飛行隊でも撃墜するのにかなり手間取ったんですよ? 1

機で何とかなるんですかね?」

「さあ? でもその性能を見せてもらういい機会にはなるわよ。双眼

鏡はどこかしら?」

 ドードー船長が咥えてきた双眼鏡を受け取ったルゥルゥは、フラン

カーが飛んでいく方向にレンズを向ける。遠くの西の空に、針先ほど

の大きさの機影が見える。今まさに、ラハマを焼き払おうと接近しつ

つある空賊の爆撃機の群れだ。

  「さて、どうする?」

 羽衣丸との通信を終えたアレンが、前席で操縦桿を握るリーパーに

問いかける。既にフランカーは哨戒飛行中のあかとんぼを追い越し、

爆撃機をまもなく目視できる距離まで近づいていた。

「まずは警告する。従わなかったら、実力行使だ」

「その心は?」

「きちんとやるべきことはやった、って言い訳が立つようにするため

だ」

 もしリーパーが地球に帰還し、その後イジツと地球の交流が再開さ

れた際、リーパーが問答無用で空賊を撃墜していたことが問題になる

かもしれない。リーパーはラハマと空賊、どちらの味方でもないの

だ。今はラハマの一般市民を守るため、という名目で爆撃機の迎撃に

向かっているが、それでもいきなり撃墜するのは交戦規定上アウト

だ。これは正規の作戦に基づいて行われる戦闘行動ではない。

 リーパーはヘルメットに取り付けられたカメラがきちんと作動し

ていることを確認した。グランダー社が取りつけたもので、リーパー

の戦闘機動を記録するためのものだ。今後リーパーが交戦したこと

を問題にされても、きちんと警告したという証拠が残っていれば罪に

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は問われないだろう。

「さて、それじゃあユーハングの最新鋭戦闘機の実力を見せてもらお

うかな」

「最新鋭じゃないんだけどな。こいつが初飛行したのは30年以上昔

だ」

「ということは、もっと優れた戦闘機もあるのかい? それは楽しみ

だな」

 そう言いつつ、アレンが機内に持ち込んだ双眼鏡とカメラを用意す

る。レーダー画面上には、大型機の反応が3つと、その護衛機らしき

反応が6、合計で9つ表示されている。

不明機

ギー

は9。護衛機は爆撃機1機につき2機か、少ないな」

「戦闘機はコトブキ飛行隊をおびき出すための囮部隊に回しているん

だろうね。でも、自警団の九七式が二機だけじゃ太刀打ちは無理だ」

「敵爆撃機の種類は?」

 アレンが双眼鏡を覗く。

「富嶽が1、それと4発爆撃機が2。4発機は連山かな?」

「富嶽? そんなものが飛んでいるのか?」

「地球じゃ富嶽は飛ばなかったのかい?」

「試作どころか、工場を作る前に『これは無理があるでしょ』って放棄

された代物だ」

 太平洋を横断し、アメリカ本土を爆撃するための6発超大型爆撃機

「富嶽」。しかし当時の日本には富嶽を作る技術も資源もなく、設計図

の段階で開発が中止になっていた。それをイジツでは70年かけて

完成させていたとは。イジツの技術者は優秀なのかもしれない。

 連山も日本軍が開発した4発爆撃機で、それまでにない重武装と爆

弾搭載量、高速性と防弾性能を誇っていた。しかし試作機が完成した

のが戦争末期であったため、量産に入る前に終戦を迎えてしまった。

「あんな爆撃機、どこで作ってるんだ?」

「イサオが各地で確保していたユーハングの兵器工廠は、まだそっく

りそのまま残されているらしいからね。自由博愛連合の残党が接収

して、完成させたんじゃないかな?」

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「まだ、ってことは前にも作ってたのか?」

「もちろん。以前もラハマを富嶽が5機編隊で爆撃しようとしていた

ね。その時はコトブキ飛行隊が4機落としてくれたけど、結局1機は

最後まで撃墜できなかった」

 残った一機がまさにラハマに爆弾を投下したタイミングで、その時

ラハマ上空に開いていた「穴」に撃墜された富嶽が突っ込み、搭載さ

れた爆弾が爆発した。その爆発で穴が消失し、その際に周囲のものが

投下された爆弾を含めて吸い込まれてしまったため、奇跡的にラハマ

の街は被害を受けずに済んだ。

「前はどうやって撃墜した?」

「高高度を飛行中にロケット弾を撃ち込んで、低高度では翼とエンジ

ンを集中的に狙った。コトブキ飛行隊がね」

「隼で高高度は難しいんじゃないか?」

「まあね。その時はロケットブースターを取り付けて無理やり飛ばし

たけど、この戦闘機なら必要ないだろ?」

 アレンの言う通り、前方に3機の爆撃機を中心とした編隊が見えて

くる。中心の緑色の超大型爆撃機が富嶽で、その両脇の銀色が連山。

護衛機として疾風が6機、爆撃機を囲むように飛行している。

敵機視認

エネミータリホー

。まずは警告だ」

「素直に帰ってくれればいいんだけどね」

「そうなることを祈っててくれ」

 リーパーは大きく迂回するコースを取って、ラハマへ向かう爆撃機

編隊に背後から接近した。そして無線をオープンチャンネルにする。

「あんたがやってくれ」

「僕が?」

「俺がもし間違ったイジツ語を話して、向こうを刺激しちゃかなわな

いからな」

「ま、フランカーに乗せてもらってるんだし、それくらいのことはする

よ。あー、こちらオウニ商会。ラハマへ向かって飛行中の爆撃機に告

げる、直ちに進路を180度変針し、引き返せ。指示に従わない場合、

撃墜する」

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 アレンが告げる。リーパーはスロットルを上げ、フランカーが爆撃

隊の前に躍り出る。突然現れた正体不明のジェット戦闘機に驚いた

のか、編隊が乱れた。だが進路は変わらない。

「聞いてないみたいだね」

「もう一回警告を頼む」

「はいはい、っと…!」

 アレンが言い終わる前に、富嶽の機体上部に設置された20ミリ連

装機関砲が火を噴いた。連山からも対空砲火が上がり、青空を曳光弾

が引き裂く。リーパーは操縦桿を倒し、一度編隊から離れる。爆撃隊

を守るためか、疾風が数機、フランカーを追ってくる。

「撃ってきたね。どうする? もう一回警告するかい?」

「…こうなったらもう仕方がない。相手に引き返す意思はないみたい

だからな」

 速度を活かして追撃してくる疾風を容易く振り切ったリーパーは、

フランカーを爆撃隊の後方数キロの位置につけた。逃げたと思った

のか、疾風の群れが編隊に戻ろうとする。爆撃隊は後数分で、ラハマ

の上空に到達するだろう。

  HUDに表示される富嶽の機影に、緑色の目標コンテナが重なる。

火器管制レーダーが照射され、富嶽に重なったコンテナがアラームと

共に赤く変わる。

 ロックオン。後は引き金を引くだけで、ミサイルは獲物を見つけた

猟犬のごとくまっすぐ富嶽に向かって飛んでいくだろう。

 リーパーは大きく息を吸い、吐いた。もう迷わなかった。

「FOX3」

 操縦桿の発射ボタンを押す。胴体下に懸架されていた中距離

空対空ミサイル

が発射され、白煙の尾を引きつつ一直線に富嶽へ向

かって飛翔する。

 この距離からならば母機からの中間誘導は必要はなかった。発射

と同時にミサイルは搭載したレーダーを起動させ、母機がロックオン

した目標───富嶽へと突っ込んでいく。数キロの距離をミサイル

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はあっという間に飛びぬけ、そして富嶽の直上で近接信管を作動させ

た。

 爆発。富嶽の機体を無数の破片が引き裂き、途端にその大きな機影

が炎に包まれる。主翼が折れ、黒煙の尾を引きながら富嶽が急降下し

ていく。燃料と満載した爆弾に引火したらしい、ひときわ大きな爆発

が空中で起こり、その機体が大小いくつもの破片となって地面に降り

注ぐ。

 空賊たちが驚く間もなく、続いて二機の連山が火だるまになった。

バランスを崩した連山が一機、すぐ近くを飛んでいた護衛機を巻き込

んで墜落していく。爆撃機の乗員たちが脱出する間もなく、一機は空

中で爆発し、もう一機は地面に叩きつけられてバラバラになった。

「なんだ! 何があった!」

「攻撃です! ロケット弾です!」

「馬鹿な、あの距離からロケット弾が命中するものか…!」

 しかし護衛部隊の隊長は、本能的にこの場に留まるのは危険だと察

知していた。今まで見たこともないあの青い戦闘機。あれは自分た

ちがどうにか出来る相手ではない。きっと今爆撃機を撃墜したのも、

さっき猛スピードで飛び去って行った青い戦闘機だろう。自分たち

の疾風では、あの機体には勝てない。空戦で磨いたパイロットとして

の本能がそう告げている。

「撤退だ。爆撃機を落とされては作戦を続ける意味がない。陽動部隊

にも撤退するように伝えろ」

「陽動部隊からコトブキ飛行隊を見つけたと連絡が入りました。あい

つらを撃墜するまで帰投しないとのことです」

「あの馬鹿どもが! 死にたい奴らは死なせておけ」

 隊長はそう言って、進路を反転させた。命あっての物種だ。青い戦

闘機は追って来るかと思ったが、何もしてこない。

 隊長はすれ違った青い機体の尾翼に、死神のマークが描かれている

のを見た。ピンク色のリボンを付けた死神、なんて不気味なのだろう

か。

 青い戦闘機は撤退していく護衛機には見向きもせず、今まさに陽動

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部隊がコトブキ飛行隊と戦闘中の空域に向かって飛行していく。あ

の速度の機体に追われていたら、きっと逃げることも出来なかっただ

ろう。あるいは何が起きたのか自覚する間もなく、機体が爆散してい

たに違いない。

 どうやら自分は、死神が振り下ろした鎌を間一髪避けられたらし

い。隊長はその事実に安堵していた。

   ラハマの街からも、空賊の爆撃機が撃墜された様子は目撃されてい

た。

 遠くの空で突如爆発が起こったかと思うと、続けて二回爆発が起き

た。双眼鏡を持った住民が空を覗くと、炎上しながら墜落していく爆

撃機の残骸が見えた。

 すぐに自警団の赤とんぼから通信が入る。街へ接近していた爆撃

機は全機撃墜され、護衛機は撤退していく。撃ち落としたのは昨日

やって来たユーハングの戦闘機だと。

「富嶽をあっという間に…」

 ルゥルゥも流石にこの展開は予想していなかった。まさか一分も

しないうちに、3機の爆撃機を撃墜してしまうとは。あの戦闘機の性

能は、予想以上のものらしい。

 ラハマの住民たちが洞窟から出てきて歓声を上げる。その上空を、

死神のエンブレムを描いたフランカーが飛び去って行く。

   「敵爆撃機、3機撃墜。さすが、あっという間だね」

 カメラを構えていたアレンが驚嘆の声を上げる。コトブキ飛行隊

が6機がかりで、しかも必死になってどうにか撃墜した爆撃機を、

リーパーは瞬く間に撃墜して見せた。

「護衛機は追わないのかい?」

「連中の任務は失敗した。逃げていく連中に無駄弾は使いたくない」

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 それは事実だった。ミサイルを使えばレシプロ戦闘機は簡単に落

とせる。先ほど試しに連山の一機に対して赤外線誘導方式の短射程

AAMを発射したが、シーカーは問題なくレシプロエンジンからの排

熱も感知し、命中して見せた。レーダー、赤外線のどの誘導方式で

あっても、この時代の飛行機を撃墜することは容易だろう。

 しかしミサイルは撃ったらそれっきり、補充はない。今後何がある

かわからない以上、今は極力武装を温存しておきたかった。

「それで、次はどうする?」

「コトブキ飛行隊を助けに行く」

「お人よしだね、君は」

「たまに言われる」

 スロットルを上げ、コトブキ飛行隊が戦闘中の空域に急行する。速

度を上げると燃料消費量が急激に増えてしまうが、今は現場に急行す

ることが第一だった。

 レーダーに表示される機影は僅かに減っていたが、味方が優勢なの

か劣勢なのか画面の輝点を見るだけではわからない。IFFがあれ

ば一発で味方機を見分けられるのだが、ないものねだりをしても仕方

ないだろう。

「こちらアレン、爆撃機は全て片付けたよ。これから敵の零戦と交戦

するから、近くを飛行中の機は注意してね」

『こちらレオナ。爆撃機を全て撃墜したというのは本当なのか?』

「本当だよ。それじゃ…うおっと」

 アレンが言い終わる前に、リーパーが機体を加速させる。自警団の

九七式戦闘機が、空賊の零戦に付きまとわれている。

 あっという間にフランカーと零戦の距離が詰まっていく。HUD

に機関砲のレティクルが表示され、リーパーは操縦桿のトリガーを引

く。30ミリ機関砲弾が連続して吐き出され、零戦の機体をまるで紙

屑のようにバラバラに引き裂く。いくつかの破片に分解しながら燃

える零戦が、地面に落ちていく。

 交戦中のコトブキ飛行隊に、背後から襲い掛かろうとする零戦が数

機接近しつつある。流石凄腕用心棒集団といったところか、コトブキ

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飛行隊に被弾した機はまだ一機も無いようだ。だがこれ以上相手に

する機が増えるのもよろしくないだろう。

 リーパーはコトブキ飛行隊と零戦隊の距離が開いている間に、赤外

線追尾式のミサイルを発射した。距離が詰まってしまえば、IFFを

搭載していない味方の隼に命中してしまう可能性もある。

 発射されたミサイルは零戦隊のど真ん中で爆発し、破片の直撃を受

けた2機の零戦から炎が上がる。防弾装備が整っていない零戦は、被

弾に弱い。もっとも第二次大戦中の戦闘機なら、どんな機であろうと

ミサイルの被弾に耐えられるはずもないのだが。

「爆発?」

「なんか飛んできた。ロケット弾っぽいけど」

青い戦闘機

カー

 キリエは

から何かが発射された途端、零戦の編隊の中で

爆発が起きたのを見逃していなかった。ロケット弾にしては距離が

ありすぎるし、あの距離から命中させるのも困難だ。これもイジツの

70年先を行くユーハングの兵器なのだろうか。

「どうやら助けてくれたっぽいね」

 チカの言う通り、フランカーは空賊の零戦を追いかけまわし、機関

砲弾を浴びせ、撃墜していく。さっきまでは空賊に追いかけまわされ

ていた自警団の九七式も、フランカーが時間を稼いでいる間に集結

し、零戦に集団で格闘戦を仕掛けて追い込んでいる。

「なんだ、意外といい奴じゃん」

 さっき上空で待機するなんて言ってた際には情けない奴だと思っ

たし、我が身可愛さ故に高みの見物を決め込むのかと失望したけれ

ど、案外そうでもないようだ。本当に冷たい奴だったら、ラハマに迫

る爆撃機など放っておいて、さっさと逃げていただろう。

「この機を逃すな、敵を叩くぞ!」

 空賊の零戦は突然現れた未知の機体に総崩れとなっていた。連携

が乱れ、逃げ出そうとする敵機をコトブキ飛行隊と自警団、ガドール

の鍾馗が次々と撃墜していく。

 何機か逃げたようだが、彼らはもう戻ってこないだろう。尾翼に死

神を描いた未知の機体。数キロ離れた場所からでも正確に攻撃して

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くるユーハングの戦闘機がラハマにあると知ったら、空賊たちが今後

ラハマを襲うことはなくなるに違いない。

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第一二話 死神の行先

 『えー、それではラハマを救ってくれた我らがユーハングの友人に対

して乾杯したいと思います。乾杯!』

 ラハマの一角、土俵のような屋外会議室が設けられた広場には、大

勢の人々が集まっていた。町長を始めとしたラハマの住人、そしてオ

ウニ商会のようにラハマを拠点として活動している商社の人間だけ

でなく、普段は街で見かけることのないスーツを着た身なりのいい人

間もいる。ユーリアと共にガドールからやって来た議員団と、今日

やって来たばかりの各都市の商社代表や記者たちだった。

 人々が集まった目的は、リーパーを歓迎するためだった。70年ぶ

りにやって来たユーハングの人間。ラハマの住民は街を襲った空賊

を撃退したリーパーに感謝の意を伝えるため。そして外からやって

来た人々はユーハングの最新鋭戦闘機に関する情報を集め、少しでも

リーパーと繋がりを作っておくため。

 それだけ大勢の人間が集まれるホテルなどはラハマには無い。そ

のため広場を開放しての立食会が開催されることとなった。街の規

模を考えると豪華な料理がいくつもテーブルに並び、人手が足りない

ということで駆り出されたジョニーやリリコがラハマの人々と共に

調理を行う。町長の合図で皆がグラスを掲げ、さっそくリーパーは

スーツの男たちに囲まれた。

「いやあ、あの戦闘機は素晴らしいものですな。流石ユーハングだ』

「爆撃機をあっという間に撃墜した時は信じられませんでしたよ。ま

さかあの富嶽をたったの1機で撃墜するとは」

「是非、近くでじっくりと見てみたいものですな」

「ユーハングではあのような戦闘機が主流なんでしょうか?」

 誰も彼も恰幅のいい立派なスーツを着た男たちだ。どこかの会社

の社長や銀行の代表、といった肩書と共に男たちが名乗るが、彼らに

もみくちゃにされるリーパーは一々名前など憶えていられなかった。

愛想笑いと共に、怒涛の挨拶ラッシュを受け流していく。

「ユーハングからも今後大勢人々がやってくるのでしょうか?」

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「さあ、私は迷子みたいなもので…」

「迷子? それは大変だ。ユーハングと再び交流が再開するその日ま

で、是非我が社でお世話させていただきたい。ご安心を、何一つ不自

由な生活はさせませんよ。ユーハングの進んだ文明に比べれば劣る

でしょうが…」

この世界

 

での居場所がないというリーパーに対して、保護を申し出

る者もいた。もっともその狙いはリーパーの持つ地球の知識と、何よ

りフランカーだろう。

  ラハマを空爆しようとした爆撃機編隊を撃墜し、ついでとばかりに

コトブキ飛行隊や自警団と交戦中だった零戦を撃退したリーパーは、

ラハマの住民の歓声に迎えられ飛行場に着陸した。そのフランカー

は今は町長専用の雷電と共に洞窟に格納されており、中に誰も近づけ

ないよう自警団員たちが見張っている。

 数キロ先からでも正確に目標まで到達し、爆撃機を一発で撃墜する

ロケット弾。隼の倍以上の速度で巡行が可能で、最大速度はそれより

も遥かに速いジェットエンジン。300キロ以上先の目標まで正確

に探知するレーダー。どれもこれも、今のイジツでは作れないもの

だ。

 イジツの空を飛んでいる飛行機は、地球で言えば第二次世界大戦時

の技術レベルのものばかり。ユーハングか去ってから、イジツの航空

技術はほとんど進歩していない。

 あのフランカーを複製出来れば、その会社は大きな利益を上げるこ

とが出来るだろう。既存の戦闘機が全て空飛ぶ的になってしまうフ

ランカーは、誰もが欲しがるに違いない。あのフランカーを手に入れ

ることが出来れば、それこそイジツを自分の手で統一することだって

できるかもしれないのだ。

 だから議員や社長たちは、今のうちにリーパーと繋がりを作ってお

くことを目論んだ。もしも彼が自分のところに来れば、セットでフラ

ンカーもついてくる。あるいは今後ユーハングとの交流が再開され

た時、リーパーに恩を売っておけば彼がユーハングに口利きして、自

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分たちに有利になる取引を持ってきてくれるかもしれない。

 最悪フランカーだけでも手に入れたいが、それを動かすためには

ユーハング人であるリーパーの存在が必須だ。それに彼の頭の中に

は、イジツの70年先を行くユーハングの知識がぎっしりと詰まって

いる。その知識も、きっと金になるだろう。

 「彼、大変そうね」

 議員や会社の重役に取り込まれるリーパーを見て、ビールの樽を片

手にザラが呟く。地上に降りてから、コトブキ飛行隊の面々はまだ一

度もリーパーと話していなかった。

 着陸するなりリーパーはユーリアとガドール議員団に取り囲まれ、

雨霰と質問を浴びせられていた。それが終わったら今度は町長に呼

び出され、そのままこのパーティに直行だ。

「ああ。一度礼を言っておきたいんだが…」

孤児院

ホー

 ラハマにはレオナが育った

もある。もしも爆撃機がラハマ

に到達していた場合、もしかしたらホームの子供たちに被害が及んで

いたかもしれない。ホームを支えるために用心棒稼業を始めたレオ

ナにとって、子供たちは何としても守るべき対象であり、爆撃機を撃

墜して子供たちを守ったリーパーに対しては是非礼を述べたい気持

ちだった。

「そういやキリエ、地上で会ったらぶん殴るとか言ってなかったっけ

?」

 カレーのスプーンを口に運びながら、チカが茶化す。しかしリリコ

特製パンケーキの皿を手にしたキリエの顔に、怒りや苛立ちといった

表情は見られない。

「よく考えたらさ、あいつってこの世界で独りぼっちなんだよね」

「独りぼっち?」

「もしも私が穴を通ってユーハングの世界にいきなり放り出された

ら、きっと凄く怖いと思う。知らない街に、知らない人たちばかりで

さ。そこにはレオナもザラもエンマもケイトもチカも、羽衣丸の皆

だっていないんだよ? もしも隼が一緒だったとしても、とても不安

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になると思う」

 しかしリーパーは戸惑いの表情を見せることはあっても、怯えたり

不安そうな顔は見せていない。内心きっと怖いだろうに。そう考え

るとキリエは、彼に酷いことを言ってしまったのではないかと思う。

「私のことをバカにして、って思ってたけど、よくよく考えたらあいつ

こっち

のことを何にも知らないんだよね。きっとそんなつもりな

かったんじゃないかな、って思った。私が勝手に頭に血が上ってただ

けかもしれない」

「まあ、キリエが自分から反省するなんて。明日は嵐になりそうです

わね」

「意外」

「私だって自分の行動を落ち着いて顧みることくらい出来るし!」

 キリエはそう言ってパンケーキを口に運んだ。ユーハングにもパ

ンケーキはあるのだろうか、とふと思う。

 思えばキリエがこれまで出会ったユーハング人はサブジーだけだ。

サブジーも変わり者で知られていたが、リーパーもだいぶ変わった奴

だと思う。

 もしかしたらユーハングはああいった変わった人ばかりがいる世

界なのかもしれない。そんなことを考えつつ、キリエはパンケーキの

お代わりを貰いに行った。

  一方町長も、大都市の議員や商社の幹部相手の接待に奔走してい

た。

 ラハマは財政的に余裕がない街だ。主な特産品と言えば岩塩程度

で、その他にこれと言った地下資源もなく、また街を支えるような産

業もない。コトブキ飛行隊とオウニ商会の活躍でその名が知られる

ようになったものの、まだまだ知る人はそれほど多くない小さな街の

ままだ。

 今はまだ岩塩が出ているからいいとして、将来その岩塩すら枯渇し

てしまったらどうなるか。町長はそれが心配でならなかった。ラハ

マの近くにあるキマノがそのいい例だ。キマノの街は10年前に地

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下資源が枯渇してしまったため住民が次々と出て行ってしまい、今で

は廃墟しか残っていない。

 もうすぐ町長選で自分の任期が終わるとはいえ、今さえ良ければそ

れでいいというわけにはいかない。そのためにも大都市からの投資

を誘致したり、新たな産業を育てる必要がある。ガドール議員団の来

訪にその望みを賭けていた町長だったが、リーパーの来訪でガドール

以外からも人がやって来た今はチャンスだった。

 大会社の重役たちにお酌をして回り、世間話からラハマに何か誘致

が出来ないか話を探る。もっともやって来た議員や社長たちの話題

の的は当然リーパーとフランカーのことであり、ラハマの街に関する

話はそう多くはない。

 それでも70年ぶりにやって来たユーハング人が最初に訪れた街

ということで、ラハマの街を重要視する者もいる。今後新たにユーハ

ング人がやってきたら、リーパーの口添えでここが新たな交流の場所

となるかもしれないと考えているのだ。

「もしも今後ユーハングとの交流が再開されたら、ラハマにも大勢

ユーハング人がやってくるんでしょうなあ」

「今のうちにラハマにも投資をしておくのはどうだろう?」

「この街には外部の人間が泊まれるだけの施設がない。ユーハング人

を迎え入れるためのホテルを建設してはどうだ?」

「問題はいつ新たなユーハング人がこちらにやってくるかと言うこと

だ。彼らの技術を最初に手に入れた者が、このイジツの行く末を左右

することが出来る」

「他の商社に渡すわけにはいかないぞ」

    一方企業の重役や議員に囲まれていたリーパーはトイレの名目で

人の輪をなんとか抜け出していた。

 こういう歓迎会の場は嫌いではない。だが主賓が自分となると話

は別だ。散弾ミサイルのように雨霰と浴びせられる質問を何とかか

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わし、愛想笑いを顔に張り付け続けているのは苦痛以外の何物でもな

い。その点、昨日のコトブキ飛行隊の歓迎会は、規模も小さく歳が近

い人ばかりと言うこともあって、さほど苦にはならなかった。

「あ…」

 用を足し、トイレから出た直後、同じくトイレから出てきたレオナ

と出くわした。会釈して戻ろうとしたリーパーを、レオナが引き留め

る。

「少し、いいかな?」

 二人はそのまま近くのベンチに腰かけた。周りには誰もおらず、広

場での喧騒が嘘のように静まり返っている。

「昨日と今日、君には助けられた。礼を言わせてくれ」

 そう言って頭を下げるレオナ。

「いえ、礼を言われるなんてことは…それに昨日なんて場を引っ掻き

回してあなたたちに迷惑を掛けてしまいましたし、今日だって俺が行

かなくたってコトブキ飛行隊だけで空賊に対処出来てたでしょうし」

「だが君が爆撃機を撃墜していなければ、この街は炎に包まれ焼け野

原になっていただろう。私はこのラハマで育ったんだ、この街を守っ

てくれた君には礼を言っても言い切れない。この借りはいつかきっ

と返す」

「いや、借りなんて…」

 生真面目そうな人だなとは思っていたが、やはりその通りらしい。

頭を下げるレオナに困惑したリーパーは、思わず空を見上げた。星空

のど真ん中に、満月が浮かんでいる。

「やっぱり、ここは地球じゃないんだ…」

「え?」

「月の模様が地球と違うんです」

 まるでタヌキが逆さ吊りされているかのように見える月の模様に、

改めてリーパーはここが自分がいた世界ではないことを実感する。

生まれ故郷を離れ、世界各地を転戦し続けてきたリーパーだったが、

まさか異世界にまでやってくることになるとは思ってもいなかった。

「地球では、月の模様はどう見えるんだ?」

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「俺の国ではウサギが餅をついてるって言われてますけど、他の国で

はカニだとか、女の人の横顔だとか、色々言われています」

「面白いな。月の見え方ひとつとっても、人によって見方が変わるな

んて」

 星も地球に比べると、遥かにはっきりと見える。光害が無いため

だ。ラハマの街にも明かりは灯っているが、地球の同じ規模の街と比

べると遥かに暗い。だから星がはっきりと見えるのだろう。

 それにイジツにはユリシーズが落下していないのも、星が良く見え

る一因かもしれない。地球に落下したユリシーズの破片は大量の粉

塵を舞い上げ、それらは今も気流に乗って地球の大気を漂っている。

目には見えないし人体にも影響のないサイズの微粒子だが、それでも

気象条件によっては雲一つない環境でも空がぼやけて見えた。明か

りのほとんどない山奥の基地でさえ、星があまり見えないこともあっ

た。

「君はこれからどうする? 元の世界へ帰れるまではオウニ商会で面

倒を見るとマダムが言っていたが」

「さあ…どうしたらいいんでしょう」

 いつ元の世界に帰れる「穴」が開くかはわからない。不定期に、し

かもどこに開くかもわからない穴を探してイジツを飛び回るのは現

実的ではないし、一年後に開くという「穴」を待ってもいられない。お

まけに一年後に開く「穴」だって、地球に通じているという保証はな

いときた。もしかしたら、一生地球に帰還できない可能性だってあ

る。

 今頃地球はどうなっているだろうか? オメガはきちんとオース

行方不明

トラリアに辿り着けただろうか? 家族には自分が

になっ

たと伝わっただろうか? 脱走扱いされてないだろうか? 次に行

われる作戦は自分抜きでも成功するだろうか? 

 今まで考えないようにしていたが、やはりどうしても考えてしま

う。これからどうすべきか、何を頼りに生きていけばいいのか、まっ

たく分からない。考える余裕も無い。リーパーは途方に暮れていた。

「その、私に出来ることがあったら何でも言ってくれ。助けてもらっ

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た礼をしたい」

 レオナはそう言ってくれたが、何をすればいいのか自分でもわから

ない。

 だが、嘆いてばかりもいられないだろう。当面はこのイジツで暮ら

していかなければならないのだ。誰かの世話になろうが、帰還できる

日まで一人で生きることを決めようが、まずは情報が必要になる。

 だがこちらが情報を得るためには、相応の対価が求められるだろ

地球

ユーハング

う。恐らくイジツの人々は、

がどのような世界か知りたがるに

違いない。

 先ほどパーティの場でイジツの人々と話していると、どうも彼らは

理想郷

ユートピア

地球を

か何かと勘違いしているようだった。

 無理もない。70年前突如やって来たユーハングは、イジツの人々

に様々なものをもたらしていったのだ。飛行機を始めとする技術や

文化は、今でもイジツに大きな影響を与え続けている。ユーハングが

もたらしたものの中には悪いものや汚いものもあった。だが良いも

のが多かったことに違いはなく、イジツの人々は今でもその恩恵を受

けている。

 何よりも自由博愛連合のトップ、イサオが「穴」を独占しようとし

ていたのがその裏付けとなる。

 イサオは「穴」とそこから出てくるものを独占しようとしていた。

「穴」から良いものが出てくるからこそ、イサオは独占しようとしてい

たのだ───イジツの人々がそう考えても仕方はない。

「なあ、一つ聞いてもいいか?」

 恐る恐るといった感じで、レオナが切り出す。なんでしょう、と返

すと、彼女は意を決したようにリーパーに尋ねた。

「ユーハング───地球でも、イジツのように争いは起きているのか

?」

 そんなもの、戦闘機が飛んでいる時点でわかるでしょう。リーパー

はその言葉を飲み込んだ。

 きっとイジツの人々は、ユーハングは平和で争いのない豊かな世界

だと思っているのかもしれない。イジツは空賊や街同士の争いが絶

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えない世界で、大都市を除けば生活だって豊かとはいえない。

 だからこそイジツの人々はユーハングに夢を見る。ユーハングが

またイジツにやって来てくれれば、彼らは色々なものをもたらしてく

れる。イジツの人々の生活を豊かにして、争いのない世界だって作っ

てくれるかもしれない。パーティの場で色々な人と話していると、皆

が地球に対して過度な期待を抱いているのをリーパーは実感してい

た。

「ええ、ありますよ。昔から、そして今でも」

「…そうか。地球もイジツと同じなんだな」

 そういうレオナの顔は僅かに落胆したような、それでいてどこか安

心しているように見えた。ユーハングの人々もイジツと同じ人間な

んだな、と呟く。

 だがレオナは恐らく知らないだろう。70年前イジツにやって来

たユーハングの人間は、世界を相手にして数百万の犠牲を出しながら

戦争をしていた人々だと。

 その昔空が砕け、無数の隕石が落下し、数千万の人々が死んだこと

を。

 そして現在進行形で血で血を洗うような戦争が続いていて、毎日大

勢の人々が命を落としていることを。

 再び、空を見上げる。

 都会の喧騒もジェット機の騒音も、銃声も爆発音も人々の悲鳴もな

い、静かな空だった。

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第一三話 死神と歴史

  翌朝。起床するなりコトブキ飛行隊はマダムに呼び出され、彼女と

共にジョニーズサルーンへと向かった。副センことサネアツ、そして

アレンも一緒だった。

「マダム、これから何をするんですか?」

「あなたたちにも見てもらいたいものがあるの」

「えー? じゃあ朝ごはんは?」

「食べながら見ててもらえばいいわ。もうジョニーに用意してもらっ

ているから」

 そんなサルーンの様子はいつもと違っていた。先にいたリーパー

が、椅子を並べ替えたりジュークボックスを退かしたりして何かを用

意している。壁には真っ白なシーツが貼られ、反対側の壁際に置かれ

たテーブルには、見慣れない機械が置かれていた。その機械から伸び

るケーブルは、いつもはジュークボックスの電源として使われている

コンセントに繋がっている。

「すいませんジョニーさん、急にここをお借りしちゃって」

「いやいや構わないで。マダムのお願いごととあれば何なりとだから

ね」

 リーパーは壁のシーツと相対するように、人数分の椅子を並べてい

く。準備が出来たのか、「じゃあ座ってください」と言った。朝食がま

だのメンバーのために、リリコが人数分のパンケーキを運んでくる。

「マダム、これは…?」

「今日は歴史の勉強をしてもらうわ」

「私歴史の勉強嫌いなんだけどなあ」

「ユーハングの歴史、って言ったら興味を持ってもらえる?」

 それを聞いたチカが、面白そうと言って椅子に座る。他のコトブキ

飛行隊の面々も顔を見合わせながら、とりあえず椅子に座った。当然

のごとく、アレンとケイトが最前列に座る。

 オウニ商会の保護を受けるにあたり、ルゥルゥは色々とリーパーに

地球

ユーハング

条件を出していた。

に関する現状を知りたいと彼女が望んだた

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め、こうして朝からオウニ商会の面々を集めて歴史の講義の真似事を

することととなったのだ。

「それじゃ、電気を消しますね」

 部屋が真っ暗になったが、それも一瞬のことだった。すぐに壁の

シーツが、青い光に照らし出される。シーツには何かが映し出されて

いた。

「これは映画かい?」

「え、副セン映画見たことあるの?」

「前に一度だけ。あまり面白くはなかったけど…」

 イジツでは映画という文化はあるらしいが、地球ほど一般的な娯楽

ではないらしい。見られる場所は限られているし、内容も単調だと聞

いている。

「ええ、そんなものです。見て頂くのは映画ではありませんが」

 プロジェクターとスピーカーを持ってきていて良かった、とリー

パーは思った。映画鑑賞が趣味であるリーパーが、オーストラリアへ

の移動に際して私物として持ってきたものだった。

 電源は、サルーンのコンセントがそのまま使えた。恐らくユーハン

グが使用した規格を今でもそのまま使っているのか、コンセントの電

圧や電流が日本の物と全く同じだったのだ。

 リーパーはプロジェクターに繋いだタブレット端末を操作する。

アローズ社の社員全員に支給される端末で、軍用スペックを満たした

代物だ。リーパーはとあるアイコンをタップし、言った。

「ハイ、クヴァシル。歴史の授業を頼む」

「あいつ誰に向かって話してるの?」

 よくわからない機械に向かって話すリーパーに、チカが首を傾げ

る。しかし次の瞬間、スピーカーから電子合成された男の声が聞こえ

た。

『おはようございます。古代、中世、近世、近代、現代、どの歴史に致

しましょうか?』

「現代の歴史、第二次世界大戦終結後から2020年までの世界情勢

について簡単に頼む」

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 リーパーが持っている端末と会話しているらしい、とキリエはよう

やく気付いた。無線機か何かで、どこかの人と話しているのだろうか

? 同じことを思ったらしいザラが、手を挙げて尋ねる。

「それって、今他の場所にいる人と話してるの?」

人工知能

「違います。この端末の中に

───簡単に言うとこっちの質

問に答えてくれる機械が入ってるんです」

 もっとも、今はオフラインなので簡単な受け答えや通訳くらいと

いったアシスタント機能しか使えないが。アローズ社のネットワー

クに繋がっていれば、哲学的なものを除けばあらゆる質問に答えてく

れる。このAIソフト「クヴァシル」は、アローズ社の社員全員に支

給された端末に標準でインストールされている。

 アローズ社に入社する若者の中には、満足に教育を受けられなかっ

た者もいる。そう言った連中のために、基礎的な世界情勢や社会につ

いての知識が学べるアプリケーションが端末にはインストールされ

ていて、今回リーパーが参照しているのもその一部だった。

「これは驚きだな。機械が質問に答えてくれるなんて」

「驚愕、摩訶不思議」

 これはアレン達も興味深いだろうな、とキリエは思った。という

か、キリエ自身面白そうだと感じている。まだ見たことのない、ユー

ハングの機械。きっとユーハングには、あんな便利なものがたくさん

あるのだろう。

『承知いたしました。それでは1945年から2020年にかけての

世界情勢についてご説明致します』

 画面が切り替わり、いくつもの写真とムービーが再生される。最初

は興味津々と言った感じで画面を眺めていたキリエ達だったが、その

顔はだんだんと険しい表情に変わっていった。

 東西冷戦。世界を何度も滅ぼしかねない核兵器の存在。自由主義

陣営と共産主義陣営の争い。幾度となく繰り返される戦争。そのた

びに生まれる何十万人と言う死者。そして宇宙にまで波及する、両陣

営の競争。

地球

ユーハング

 

の社会や政治体制がイジツと全く異なることはなんとなく理

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解できた。だが一度の戦争で何万人も死者が出るなんてことは、キリ

エ達の理解の範疇を超えていた。

  9年前、リノウチでイジツ史上最大規模の空戦が起きた。その戦い

で新米操縦士だったレオナはイサオに助けられたが、大勢の操縦士が

命を落とした。墜落した飛行機は民間人にも被害を及ぼし、この戦い

で親を失った大勢の孤児が出たと言われている。

 だがそれでも、死者は一万人も出ていない。そんな数の死者が出た

ら、イジツでは街がいくつか消えてしまうだろう。だが地球では、そ

れが珍しくも無いのだ。

  キリエはユーハングは素晴らしい世界なんじゃないかと思ってい

た。だが機械が淡々と告げるユーハングの世界は、イジツよりも過酷

で、残酷なもののように思えた。

 優れた技術を持っているということは、それが兵器にも応用される

と言うことだ。技術が進めば進むほど、兵器もより高性能に、そして

大勢の人間を殺せるように発達していく。

 淡々とした説明が続く。やがて冷戦は共産主義陣営の脱落という

結果に終わり、自由と民主主義の潮流が世界を形作っていくと誰もが

信じた。だが───。

 『1994年、長い楕円軌道を描く一群の小惑星が発見されました。

それは木星軌道上の小惑星「1986VG1ユリシーズ」に、未知の

小惑星が衝突してできた破片でした』

 太陽系図がシーツに投影される。木星軌道上のユリシーズが無数

の破片となり、地球へ向かっていく。

『この「ユリシーズ小惑星群」は地球との衝突軌道にあり、、地球に一

万個の隕石が降り注ぐと判明します』

 地球へと降り注ぐ隕石のイメージ。隕石が流れ星と同じものだと

いうことはキリエも知っている。

 だが流れ星が地上まで落ちてきたなんて話は聞いたことが無い。

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しかしリーパーのいた世界では、それが起きてしまったようだ。

『全ての軌道変更は不可能なため、小惑星と隕石を迎撃・破壊する最後

の手段として超巨大地対空レールガン施設の建造が開始されます』

「レールガン?」

「物体を電磁誘導によって加速し、撃ち出す装置。イジツではまだ理

論段階」

 ケイトがいつもの通り答える。

『そして1999年7月、小惑星群が飛来します』

 映像が表示される。飛行中の戦闘機から撮影された映像。青空を

いくつもの流れ星が光の尾を引いて落下していく。昼間だというの

にその軌跡ははっきりと見えていた。

 映像が切り替わる。そこに表示されていた街は、イケスカよりも遥

かに発展していた。いくつもの高層ビルが立ち並び、地面をどこまで

も家々が埋め尽くしている。

 これはどこの街なんだろう。そうキリエが口を開く前に、その大都

会に落下していく流れ星が画面に映る。落下の瞬間画面が真っ白に

染まり、そしてノイズと共にブラックアウトする。

『レールガンにより被害はごく僅かに抑えられました。世界秩序の崩

壊程度でしたがね』

 地球のモデルが投影される。青い海と、緑に包まれた大地。イジツ

とは全く異なる星に、いくつもの流れ星が落下していく。

『これが有史以来、人類が初めて経験する未曽有の大惨事。「ユリシー

ズの厄災」です』。

 地球の各地が真っ赤に染まっていく。その脇にカウントされてい

地球

ユーハング

く数字は、死者数だろうか? 

の文字が読めなくてよかったと

キリエは思った。いったいどれだけの人間が死んだのか、考えたくも

ないし数えたくもない。

『既存インフラの喪失により世界経済は混乱し、特に被害の大きい

ユーラシア大陸ではアジア諸国、南欧州諸国が破綻を免れるために地

域ごとに共同体として再編。軍事予算を削減し、復興予算にその多く

をつぎ込みました』

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『領土縮小によるエネルギー資源の枯渇はどの共同体でも大きな問題

となり、天然資源を求めての紛争が激化していきます』

 空を飛ぶ戦闘機の群れ。爆発と共にその機体がバラバラになり、地

上に降り注いでいく。

 炎を背景に立ち並ぶビル。大きな荷物を抱え、地平線のかなたまで

連なり道路を歩く人々。

 やがて難民たちはユーラシア大陸の一か所に集まっていく。しか

しそれは、先進国が難民たちを一か所に閉じ込めたというようにも見

えた。

 世界は復興していく。ただし難民や貧しい国家に目を向けず、あく

までも先進国目線での復興が。

 世界各地で巻き起こる反大国のテロや武力行使。発展する多国籍

テロリズムネットワーク。国連は彼らをテロ組織と認定したが、難民

たちは国連を支持しなかった。自分たちを見捨てた国連を憎み、テロ

グループに加わり、賛同する者たちが続出した。

 そして難民たちは決起した。東ヨーロッパから極東にかけての広

大な地域を、ユリシーズ難民による国家「ユージア連邦」として独立

すると。「失われた世代」と呼ばれる難民出身者たちが大国のいいな

りとなり弱体化した国連に変わり、新たな秩序となり強力な統治機構

で世界の窮状を救うのだと。

 世界を巻き込む戦争が始まる。毎日大勢の人々が死んでいき、陸と

空、そしてイジツには存在しない海で血で血を洗う戦いが今も繰り広

げられている。国連とユージア、どちらが地球に秩序をもたらすかを

掛けて戦い、そんな戦いの空をリーパーは飛んでいた。

地球

ユーハング

「これが、今の

です。ユーハングはあなた方が思うほどいいとこ

ろではありません。むしろ、こちらよりも酷いかもしれない」

  その映像には誰もが言葉を失った。まさかイジツに様々なものを

もたらしてくれたユーハングの世界が、今こんな酷いことになってい

るなんて。理想郷とは程遠い、それどころかこの世の地獄のような光

景さえもが繰り広げられていそうだ。

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「俺が懸念しているのは、イジツの存在が地球に知られることで、戦争

がさらに長引くのではないかということです。イジツには恐らく、地

球の技術でならば採掘可能な資源がまだ大量に眠っているでしょう。

もしもユージアがイジツを見つけて先にやって来た場合、彼らはこち

らで大量の兵器を作り、戦争継続のための資源を確保し、地球に送る

に違いない。そうなったら戦争はいつまでも終わりません。もっと

多くの血が流れることになる」

 ユージア連邦の目的は、現体制の打破。すなわち国連を中心とした

各国協調の世界秩序ではなく、難民であり虐げられてきた民たる自分

たちユージア連邦が、世界を全て支配するということだ。ユージア連

邦が敗北しない限り、彼らは戦いを止めようとは思わないだろう。そ

して第二の地球も同然のイジツをユージアが見つけてしまった場合

は、戦いがさらに長引くことは容易に考えられる。

「これは、ここの人々には見せてはいけないものね」

 ルゥルゥが険しい表情で呟く。

「ユーハングで戦争が起きていて、しかもそれにイジツが巻き込まれ

るかもしれないとなったら、自由博愛連合が復活する可能性は大ね。

イサオの奴、空賊に対抗するために各都市をまとめ上げて強力な常備

軍を編成するって言っていたから」

 かつて自由博愛連合を率いていた男、イサオ。彼の目的は「穴」と

そこからもたらされる物を独占することで、自由博愛連合はあくまで

もそれをやりやすくするための手段に過ぎなかった。だがその理念

に共感し、連合に加わった都市や人々が大勢いたのも事実だ。

「穴の向こうに強大な軍事力を持った勢力がいて、それがイジツに

やってくるかもしれないと言うことを知ったら、皆恐怖を抱くでしょ

戦闘機

フランカー

うね。あの

を見た後ならば、イジツの兵器では到底太刀打ちで

きないと皆実感するはず」

 しかもユージア軍は何百万人という兵士を抱えている。それがも

しイジツにやってきたら、内戦前のイケスカ飛行隊だって敵わないだ

ろう。

「もしも侵略されるかもしれないと皆が思ったら、イジツを守るため

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に各都市を強力な統治機構でまとめ上げて対抗しなきゃいけないっ

てなるでしょう。そうなったら、私たちがやったことは全て無駄にな

るわ」

 自由博愛連合はその名に反し、全体主義的な側面を持った思想を

持った集まりだった。各都市や個人の権利を制限し、義務を定め厳格

なルールを課して上から下まで各都市を統制する。その反面空賊に

対抗できるほどの自警団を有していない都市のために強大な常備軍

を組織し、協力して治安維持に当たることを計画していた。もっとも

組織された常備軍はイサオが他の都市を空爆するために使われたの

だが。

「しかし、皮肉なことね。穴の向こうのユーハングでは、イサオが目指

していた自由博愛連合のような政治で世界が回っているなんて」

「地球ではどんな政治体制がいいのかを決めるために、何百年も多く

の血を流し続けてきました。今は一応そのイサオさんという方が掲

げていた理念が今のところ一番上手くいっているというだけで、本当

はもっと他にいいやり方があるのかもしれませんが」

 無制限の自由を認めていては人々が互いに傷つけあう自由すら容

認してしまう。だからルールを課して自由を制限し、権利を定めた。

共同体の構成員は各々に課せられた義務を果たさなければならない

が、その代わりいざという時には共同体で守ってもらえる。なるほ

ど、イサオが掲げていた自由博愛連合の思想に似ている。

 国連も似たようなものだ。だが今まで国連が理念通りに活動出来

ていたかということについては、正直なところ疑問もある。だが他に

上手いやり方が無いと言うことも事実だし、国連が世界平和のために

活動しているは間違いない。

「一つ聞いても良いでしょうか?」

 今まで黙って話を聞いていたエンマが手を挙げる。

「あなたが所属しているのは今ユーハングの主流勢力である国連とい

う組織でしたわね? そしてそれに反旗を翻しているのが、難民たち

が作った国家とやらのユージア。この認識に誤りはございませんか

?」

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「はい、その通りです」

「話を聞いていると、そのユージアという方に私は同情してしまいま

すわ。今まで誰も助けてくれなかった、だから自分たちが世界を変え

て新しい仕組みを作るんだというのが目的だったら、それはそれで正

しいんじゃありませんの? あなたはそのユージアという国家を悪

だと思ってらっしゃるようですが、あなたの所属する国連とやらが悪

ではないとどうして言い切れますか? その国連とやらも、イジツを

見つけて侵略しないという保証はないのでしょう?」

 エンマの指摘はもっともだった。これまで国連が大国のいいなり

となって活動してきたことについては、誰も否定できない。そのため

にユリシーズ難民に支援を行き渡らせることが出来ず、彼らを失望さ

せ、大勢の人々の死を招いてしまったことも事実だ。

 そして国連がイジツを見つけた際に、こちらを侵略しないというこ

とも言い切れない。国連も所詮は国家の集まりだ。イジツに手を出

そうという大国が現れた時、それを止めることが出来るのか。むしろ

ユリシーズ難民をイジツに放り込んで、代わりに資源を搾取するなん

てこともあるのではないか。

  だがリーパーはユージアよりも国連の方がマシだと思ったからこ

そアローズ社に残留し、国連軍の一員として戦っている。グッドフェ

ローやエッジ、オメガもそうだ。

 不完全で完璧ではないが、それでも国連は世界を良くしようとして

今日も戦っている。だがユージアがやろうとしているのは、世界を自

分たちが支配しようという侵略に過ぎない。

「ユージアは難民のためと言いながら、戦争でさらに多くの難民を生

み出しています。そして家族や家を追われた彼らを、ユージアは顧み

ることはない。それに何より、俺は彼らを許すことが出来ない」

 昨年行われた東欧への上陸を目的としたバンカーショット作戦。

劣勢に追い込まれたユージア軍は、軌道上に漂うユリシーズの破片を

落下させるという凶行に及んだ。

 ヴェルナー社が開発した軌道清掃プラットフォーム「OLDS」。

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軌道上のユリシーズの破片にレーザーを照射し、隕石表面を気化させ

て進路を変更。外宇宙へ排除するか大気圏に落下させて燃やすため

のこのプラットフォームを、ユージア軍は兵器に転用した。意図的に

大気圏で燃え尽きないコースでユリシーズの破片を落下させること

で、地上を攻撃したのだ。

 そのせいで大勢の兵士が命を落とした。また隕石は作戦地域外の

街や海に落下し、隕石の直撃を受けたり発生した津波で民間人にも多

大な被害が出た。戦いに敗れそうになったから、無関係の民間人をも

巻き込んで無差別攻撃を行う連中。そんなものは悪以外の何物でも

ない。

「確かに国連も正義とは言えないでしょう。でも、もし国連がイジツ

を侵略しようとするのであれば、俺が何としてもそれを止めます。た

とえそれが反乱になるのだとしても」

「…なるほど、あなたの覚悟はよくわかりましたわ。今はあなたの言

葉を信じましょう」

 だがいずれにせよ、「穴」の向こうの争いがイジツに持ち込まれるか

もしれないとなれば、イジツの人々が恐れを抱くのも当然だ。それに

対抗するために、せっかく倒した自由博愛連合を復活させようという

話も出てくるかもしれない。

 コトブキ飛行隊とオウニ商会、そしてルゥルゥや他の飛行機乗りた

ちも、自由が一番だと思ったからこそ自由博愛連合と戦う道を選ん

だ。だが自由博愛連合が復活すれば、多くの犠牲を払って得た勝利も

無駄になる。

 自由博愛連合は地球の脅威に対抗するという名目の下、さらに強権

的な各都市の統治を進めていくだろう。自由を捨て、満足な権利も得

られないまま、為政者だけに都合のいい政治が行われる。そんな未来

は誰も望んではいなかった。

「とりあえずこの件については、ユーリアに話をしておくわ。他の議

員に話したところで無用なパニックを起こすだけよ」

「なんだかんだでユーリア議員のことを信頼してるんですね、ルゥ

ルゥ」

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「勘違いしないで頂戴。彼女が一番話の通じる人間だというだけのこ

とよ」

 恐らくユーリアも、自由博愛連合が復活するような事態は望んでい

ないだろう。かといってこのまま地球の関する情報を隠蔽し続けて

地球

ユーハング

いくわけにもいかない。もしも今後永遠に

との交流が再開しな

いというのであればその問題もないが、アレンの計算では一年後に大

規模な「穴」が開く。その時になって慌てて対策を立てるよりも、今

のうちから備えておく必要があった。

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第一四話 死神の愛機

 「もしこいつが何かトラブっても、直すのは無理だな」

 リーパーの顔を見るなり、開口一番ナツオが言った。その手にはい

つものイナーシャハンドルではなくレンチが握られている。

「ですよね」

「部品がありゃ何とかなるかもしれないが、その部品すらないんじゃ

あな。しかもこいつはこんぴゅーたー? とかいうものがあちこち

に使われているんだろ? しかも真空管じゃなくてよくわからない

基盤回路を使ってる。私たちの手には負えないな」

 朝食後、リーパーたちは町長専用の雷電を格納している滑走路脇の

洞窟を訪れた。そこにはナツオ達羽衣丸の整備士たちが集まってい

て、さっそくフランカーの様子を確認していた。彼女たちにとっては

未知の機体だろうが、それでも興味の方が勝っているらしい。あちこ

ちのパネルを開き、内部を覗き込んでは何事か話し合っている。

 地球に帰還するその時まで、フランカーは何としても飛べる状態を

保っておかなければならない。この機体は孤立無援と言っていい

リーパーの最大の武器であり、そして生き残るための術でもあった。

 リーパーはラダーを昇って操縦席に乗り込み、機体に備え付けてあ

るメンテナンス用端末を取り出した。そしていくつかの項目を確認

する。今のところ、機体にトラブルは発生していないようだった。

 ヴェルナー社が開発した画期的な航空機生産方式で、供給される戦

闘機の数は大きく増加した。戦闘機の増加はパイロット不足と同時

に、整備士不足という深刻な問題も生み出した。それを解決するため

人工知能

に、先進各国では戦闘機や兵器への

の導入が積極的に進めら

れた。

 部品を始めとして機体各所にセンサーを配置し、AIが常に機体の

状況を把握する。部品の劣化や故障が発生した場合は直ちに各種端

末にトラブルの個所が表示され、これにより以前は一々パネルを開け

て目視で探すしかなかったトラブル箇所や劣化部品が、パイロット一

人で把握できるようになった。またエンジン等の部品自体の耐久性

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と信頼性が向上したこともあって、定期的に行われる整備やオーバー

ホールの頻度を大幅に減らすことが可能になった。

 もっとも飛行時間や回数ごとの定期的な整備は欠かせないし、部品

が故障すれば交換する必要もある。だがイジツにはジェットエンジ

ンについての知識を有する整備士はほぼいないだろうし、各種セン

サーが取り付けられた部品だって存在しない。何より機体を飛ばす

ためのソフトウェアについては、恐らく誰も何も知らないだろう。

 つまり壊れたらそれっきりということだ。全部あるいは一部でも

代替出来る部品があれば遠慮なく飛ばすことも出来るのだが、それは

無理なことだ。

「これは何?」

 いつの間にか隣にやって来ていたケイトが、リーパーの持つメンテ

ナンス端末を興味深そうに眺めている。

「あー、これは機体のメンテナンス用端末だ」

「ブラウン管よりも薄く総天然色での表示が可能。興味深い」

「見る?」

 頷いたケイトに端末を渡す。ケイトは端末に表示される機体の3

D図と実機を交互に眺め、何かを確認しているようだ。彼女にとって

この機体は宝の山みたいなものだろう。タップしただけで画面が切

り替わることに驚いているようだが、すぐに操作方法を把握したらし

い。機密事項にはロックがかかってるから見せるくらいなら問題な

いと判断し、リーパーはケイトにしばらく端末を貸すことにした。

「うわー、改めて見ると大きいな。雷電が子供みたいだ」

 チカがフランカーと、隣に駐機する町長専用雷電を見比べる。コト

ブキ飛行隊が使用する隼よりも一回り大きいサイズの雷電だが、フラ

ンカーはさらに全長も全高も雷電の二倍はある。フランカーの胴体

に雷電をぶら下げて飛べそうだ、とチカは思った。

「ねえ、これってどのくらいの速さで飛べるの?」

「最高速度はマッハ2.3だね」

「マッハ?」

 聞き慣れない単語に首を傾げたチカに、「音の速さの2.3倍って

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ことさ」と上から声が降ってくる。いつの間にかフランカーの操縦席

に座っていたアレンだった。

「隼の最高時速が520キロ程度だから、だいたいその4倍以上の速

さで飛べるみたいだね」

「凄い、私たちじゃ追いつけないや」

 チカが今まで遭遇した機体の中で、一番速かったのがイケスカの戦

いでケイトを撃墜した銀色のジェット戦闘機と、イサオが乗っていた

震電改だ。だがそのどちらよりも、このフランカーは速く飛べるのだ

ろう。

「随分重そうな機体ですが、重量はどれくらいなんでしょう?」

「えーと、大体17トンですね」

「ということは、隼の9倍…それでいて隼の4倍以上の速さで飛べる

なんて信じられませんわ」

 恐らく羽衣丸に搭載したら、重さで飛行甲板が抜けてしまうに違い

ない。重爆撃機である飛龍が二機分の重量。それでいて爆弾搭載量

は飛龍の8倍以上。イジツからしてみれば驚きの塊の機体だろう。

 イジツの───元は70年前にユーハングが持ち込んだものだが

───戦闘機とは根本的に設計思想が異なるのだろう、とエンマは

思った。隼が格闘戦で敵を制するための機体であれば、フランカーは

遠くから戦闘空域まで急行し、長射程の兵器を以て敵機を撃墜するた

めの機体。昨日聞いたところによるとフランカーのレーダーは15

0キロ以上先の戦闘機を探知し、同じ射程距離の誘導式ロケット弾で

撃墜できるのだという。求められている用途が異なるのだ。

 もっとも、格闘戦性能は同時代の戦闘機の中でもフランカーは1、

2を争うらしい。高速性能に加えて格闘戦能力も求められ、さらに航

続距離と兵器搭載能力まで要求された結果、このような大型機になっ

たとエンマはリーパーから説明を受けた。値段が高いことを除けば

優秀な戦闘機だとリーパーは言った。

 四式戦闘機「疾風」や五式戦闘機のようなものか、とエンマは思っ

た。あれらも速度や武装、防弾装備の優れた高性能戦闘機だ。隼ほど

ではないが、格闘戦能力も優れている。

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「おーい、ちょっと来てくれ」

 ナツオがリーパーを呼ぶ。彼女の足元には、フランカーの機体から

外された増槽が台車に乗せられ横たわっていた。昨日の戦闘でほぼ

増槽内の燃料を使い切ってしまったため、機動性と燃費向上のために

取り外したのだ。機内燃料はまだ満タンに近く、オーストラリアへの

長距離飛行のために普段は搭載しない増槽を装備していたのが幸い

だった。

「こいつがジェット燃料か。灯油…とはまた違うんだろ?」

 増槽内にわずかに残っていたジェット燃料が入ったボトルを、ナツ

オが手に取る。

「主成分は灯油とほぼ同じですが、色々な添加剤が入ってます。あと

上空で氷結しないように水分も除去したり。可能であればそれをと

全く同じものが入手出来ればいいんですが…」

「完全な再現は難しいだろうな。取引先のナンコー石油で分析しても

らうが、作れるかどうかはわからない」

 灯油でも飛べることには飛べるが、極力リスクは避けたい。ただで

さえ交換用の部品が存在しないのだ。可能であればJP─8規格の

ジェット燃料を使いたいところだが、最悪の場合は灯油で飛ばすこと

になるだろう。

「こっちは、作れるかどうかは運だな」

 そう言ってナツオが手に取ったのは、フランカーの機関砲の弾薬ド

ラムから取り出した30ミリ砲弾だった。「うわっ、でかっ」とキリエ

が目を見開く。

「やだ、すごい大きい…」

 ザラが砲弾を見て呟く。なんか引っかかる言い方だなとリーパー

は思ったが、確かに30ミリ機関砲弾は大きい。イジツのどの航空機

関砲の砲弾よりも、遥かに大きいだろう。

「確かにこんなものを食らったらバラバラになるな。隼の12.7ミ

リ弾の2倍以上はある」

 搭載されている30×165ミリ弾は、薬莢の長さだけで隼の1

2.7×81ミリ弾の全長を超えてしまう。太さに至っては牛乳瓶

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並みに太く、まるで杭のようだった。

 レオナは昨日の空戦でフランカーに撃たれた零戦がバラバラに吹

き飛ぶのを見たが、この砲弾を見ればそれも納得だ。リンクで繋がれ

た30ミリ砲弾が10発ほど、パネルを開けて露出された機関砲から

引き出されてくる。機関砲自体の大きさも、隼のホ103とは比べ物

にならないほど大きい。

「この機体には何発機関砲弾が装填されているんだ?」

「150発ですね」

「少ないな。発射速度は?」

引金トリガー

「毎分1500発から1800発、ってところですね。

を引きっ

ぱなしにしてたらあっという間に弾切れですよ」

 ミサイルが主体の現代の航空戦では、機関砲を使うこと自体があま

格闘戦

ドッグファイト

り多くはない。それでも最近のユージア軍との戦闘では

しょっちゅう起きていて、機関砲を用いた戦闘も重視されるようには

なってきている。

 隼のホ103機関銃の発射速度は毎分800発で装弾数が一丁辺

り270発。それに対しフランカー搭載の30ミリ機関砲は発射速

度は倍以上だが、砲弾の搭載数は半分近い。彼我の速度があまりにも

速い現代戦闘機同士でのドッグファイトでは、敵機があっという間に

照準から外れてしまう。照準に納めた一瞬のうちに、どれだけの砲弾

を送り込めるかが重要であるため、1秒で数十発も発射できるサイク

ルとなっているのだ。

 一昨日の威嚇射撃と昨日の空戦で、既に30ミリ弾は50発ほどが

消費されてしまっている。機関砲弾の複製が出来れば丸腰で飛ぶこ

ともなくなるのだが、問題は使用している砲弾が電気発火式の信管だ

ということだ。

「単純な撃発式なら複製も簡単なんだろうが、電気発火式はな…。

ユーハングの戦闘機に搭載されてるのは、ほとんどが撃発式信管を使

う機関銃だ」

「じゃあ作るのは無理そうですね…」

「いや、昔ユーハングが持ち込んだ数少ない電気発火式の機関銃があ

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るらしい。まうざーだかもーぜるだかは忘れたが、その機関銃の銃弾

を作っている工廠があるって誰かが言ってたな。そいつらなら、もし

かしたらこの砲弾を複製できるかもしれない。お高くなるだろうが

…まあ知り合いを当たってやるよ」

 リーパーが頭を下げると、「いいってことよ。こっちも面白いモン

見れたからな」とナツオが笑う。弾倉から取り出した30ミリ砲弾を

15発、複製のためにナツオに預ける。作れるかどうかは運と金次第

だろうが、希望は持てる。

「だが、これは無理だな。どう考えてもイジツじゃ作るのは無理だ」

 そう言って背伸びしたナツオが手を触れたのは、ハードポイントか

らぶら下がるミサイルだった。リーパーも、その点は最初から期待し

ていなかった。

「イジツの技術では近接信管付ロケット弾の複製が限界。それもイケ

スカ内乱が起きている今は、作れるかどうかも怪しい」

 リーパーが渡した端末を片手に、ケイトがミサイルのシーカーを眺

めながらナツオの後を継いで続ける。イケスカでコトブキ飛行隊を

襲撃したジェット戦闘機は、どうやらリーパーと同じく地球から迷い

込んできたものらしい。

 ケイトが描いてくれた戦闘機の絵と、それが搭載していた兵装か

ら、リーパーはイケスカが運用していたのがF─86D戦闘機だろう

と推測した。初期のジェット戦闘機で、爆撃機を撃墜するため機銃で

はなくロケット弾のみを搭載した機体だ。

 近接信管の製作には高度な技術力を要するし、作った後の品質管理

も厳格に行わなければならない。イジツで最も発展していたイケス

カであればそれも可能だっただろうが、内戦中の今もその技術力を

保っているかどうかは怪しい。

「結論。複製可能なものは燃料と機関砲弾のみ」

「まあ、わかってはいたけどさ…」

 ラハマの住民も他の街からやって来た議員や会社の重役たちも、フ

ランカーを無敵の戦闘機か何かと勘違いしている。確かに満足な補

給と整備が受けられるのであれば、きっとフランカーはイジツの空で

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は敵なしだろう。しかしミサイルも機関砲も撃ち尽くしてしまえば、

後はただ飛ぶことしか出来なくなる。それ以前に燃料が無ければ飛

ぶことだって出来ないし、故障した部品を使い続ければ墜落する可能

性だってある。

 フランカーは文字通りリーパーにとっての命綱だ。地球に帰還す

る手段として、そして地球に帰還するその日まで、自分の価値を高め

ておいてくれる道具。こいつが使い物にならない事態は考えたくも

ない。

「これからどうやって生きていけばいいんだろうな」

 オウニ商会に保護してもらうとはいえ、いつまでもただ飯を食らう

わけにはいかない。帰還の目途が点くその日まで、自分に何かできる

仕事をしながらこのイジツでの生活基盤を築く必要がある。もしか

したら、一生地球に帰れない可能性だってあるのだ。

 大都市からやって来たという議員や重役たちの世話になるつもり

は全くなかった。彼らが狙っているのはリーパーの持つ知識とフラ

ンカーだけで、それらを得るためならばどんな真似をしてくるかわか

らない。最悪の場合、リーパーを拷問してでもユーハングの知識を得

ようとするだろう。昨日のパーティで、リーパーはそのことを肌で感

じ取っていた。

 ルゥルゥもユーハングの知識とフランカーに興味を持っているよ

うだが、なぜだか彼女は信頼できる気がする。パイロットの勘ではな

いが、リーパーはそう感じていた。

「あんた飛行機飛ばせるんでしょ? なら私たちみたいに用心棒にな

ればいいじゃん」

 頭を抱えるリーパーに、キリエが「何を悩んでるんだ」とばかりに

言った。

「用心棒?」

「そう、あんたもユーハングで似たような仕事してたんでしょ? 

だったらユーハングに帰れるまでこっちでも用心棒やってればいい

じゃん」

「用心棒といったって、あいつは気軽に飛ばせないしなあ…」

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 リーパーが見つめる先には、今まさにナツオやアレン、ケイトに

よってあちこちを弄繰り回されているフランカーの姿。飛ばせば飛

ばす分だけ、故障のリスクは高まり部品の消耗も進む。それに武装

だって残弾に余裕はないし、補充だって利かない。フランカーはイジ

ツの空では無敵だろうが、用心棒稼業に用いるにはオーバースペック

の上に、あっという間に戦えなくなってしまう。

「別にあの戦闘機じゃなくたってさ、隼とか九七式とかでさ。それと

もあんた、良いのは戦闘機だけで操縦士としての腕は別なの?」

「…言ってくれるじゃないか」

 キリエの言葉で、リーパーの中である程度の覚悟が決まった。元の

世界に帰還できるまでオウニ商会の世話になりつつ、こちらでパイ

ロットとして働かせてもらおう。

 聞けば羽衣丸は物資輸送の関係であちこちの街を定期的に訪問し

ているらしい。各地を回るということは、その分不定期に開く「穴」に

遭遇する可能性も増えるのではないか。自分ひとりであちこちを飛

び回って「穴」を探すより、羽衣丸で用心棒として飛びつつ、「穴」に

関する情報を各地で集めた方が、一年後に開く「穴」を待つよりも早

く地球へ帰還できるかもしれない。

「ありがとう。君のおかげで覚悟が固まったよ。えーと…」

「キリエだよ。一昨日はいきなり突っかかってごめん、私よく頭に血

が上りやすいって言われてさ…」

「隊長さんから聞いてるよ」

「あんたはリーパーだよね? 変わった名前」

「リーパーってのはあだ名だ。本名は…」

 キリエに名前を名乗ると、彼女は目を丸くした。

「あんたの名前ってサブジーに似てるね。もしかして家族?」

「サブジー?」

「私に飛行機の飛ばし方を教えてくれた、ユーハングの人。今はもう

いないけど…」

「その人も操縦士だったのか?」

「うん。たぶんもう、生きてない」

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 悪いこと聞いたかな、と思ったが、キリエは気にしてないようだっ

た。

こちら

 そのサブジーとやらは仲間と共に「穴」の向こうに帰らず、

に残ったのだという。なぜ彼が地球へ帰らずイジツに留まる道を選

んだのか、それは誰も知らない。

 「ユーハング人」である自分も、そのうちサブジーの気持ちがわかる

のだろうか。今は一刻も地球に帰りたい気分だが、やがて帰りたくな

いと思うようになるのだろうか。

  「ところで、一つ聞きたいことがあるんだが」

「なに?」

「あのナツオって整備班長、歳はいくつなんだ?」

「うーん、詳しくは知らないけど大人のはずだよ?」

「…本当に?」

「本当に」

「どう見てもロ…子供にしか見えないんだが」

「本人にそれ言わない方がいいよ、イナーシャハンドルで殴られるか

ら」

「イジツって不思議な世界だなあ」

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第一五話 死神と自由

 「展示飛行…ですか?」

 ラハマに来てから4日目。呼び出され羽衣丸の社長室を訪れると、

そこには申し訳なさそうに部屋の隅で縮こまる町長と、いつも通りキ

セル片手のルゥルゥが待ち構えていた。

「そうなんだよ。君のおかげでこのラハマに大勢の人が来たのは良い

んだけど、『ユーハングの戦闘機は飛ばないのか』って皆うるさくて」

 リーパーがラハマに飛来して以降、この小さな町を訪れる人の数は

以前と比べ大幅に増えていた。ユーリアと共にやって来たガドール

の議員たちは言わずもがな。他にも70年ぶりに再来したユーハン

グ人とその戦闘機を目当てに大都市からも議員や大企業の重役が訪

問し、それを追って新聞記者たちまでもが詰めかけている。ユーハン

グ最新鋭戦闘機飛来のニュースはあちこちの街に伝わり、一目見よう

とフリーの飛行機乗りたちまでもが集まってきてしまっている。

 おかげでラハマの飛行場は飛行船と輸送機がひっきりなしに飛び

交い、通りには人が溢れている。どのレストランやバーも満員で、旅

館はとっくに部屋が埋まった。泊まる場所がない人々の中には、仕方

なく野宿している者すらいるという。

「このままだと人が集まりすぎて事故が起きそうなんだ。だからいっ

たん彼らを収めて帰ってもらうためにも、どうか一度皆の前で飛んで

もらいたいんだ」

 街を訪れる人間が増えるのは、ラハマにとって悪いことではない。

飛行場は使用料の収入が増えるし、レストランや旅館も客が増えるこ

とを望んでいた。だがこのペースだと、街全体がパンクしてしまう。

バーやレストランの従業員は休みなしで働き続けているし、飛行場は

もう駐機スペースがない。

 彼らの目的はリーパーが乗ってきたフランカーだ。それを見たら

帰ってくれるだろう。せっかくの客を返してしまうのはもったいな

いが、受け入れ態勢が整っていない以上、この状態が続けば大きなト

ラブルが発生しかねない。

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「もちろんお礼はします。街を救ってくれた君にこんなお願いをする

のも悪いとは思うけど…」

「…マダムは何も言わないんですか?」

 町長が話している間、ルゥルゥはずっと黙ったままだった。何か

言ってくるかと思っていただけに、思わずリーパーはそう尋ねてい

た。

「この話、受けるか受けないかはあなたが決めることよ。一応オウニ

商会で面倒を見るとはいえ、何かを強制するような真似はしないわ」

「そうですか…」

 リーパーは腕を組んだ。残燃料はまだ余裕が十分ある。部品の劣

化も一回程度の飛行では進まないだろう。何より今は資金が必要だ。

 ひとまずオウニ商会で用心棒として働かせてもらいたい、というこ

とはルゥルゥには伝えてある。だが用心棒になるにはまず、戦闘機を

買うお金が必要だ。ここで展示飛行をしてその代わりにお金を貰え

れば、当座の目的である戦闘機の購入に大きく近づけるだろう。

 何よりフランカーを維持するための燃料代と弾薬代も必要だ。ナ

ツオが伝手を当たってくれたことで、時間はかかるかもしれないが

ジェット燃料と30ミリ機関砲弾は入手できるかもしれない。だが

どちらも需要のなさからハンドメイドで作るのは目に見えており、入

手には高い金が必要になるだろうとナツオは言っていた。

 何より、この世界には自分以外にも地球から迷い込んできた者がい

るかもしれない。もしも自分以外にも地球からイジツにやって来た

者がいたら、協力して帰る道を探すべきだろう。そう言った人のため

にも、フランカーを飛ばして存在をアピールするということには意義

がある。

「…わかりました、やりましょう」

「本当かい? 助かったぁ」

 町長がほっとした顔で胸を撫で下ろした。展示飛行など地球でも

やったことはないが、まあ何とかするしかない。

  

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  翌朝、ラハマの街はこれまで以上の賑わいを見せていた。

 前日に町長から「ユーハングの最新鋭戦闘機が展示飛行を行う」と

街中に連絡があり、住民も観光客も企業の重役たちも、揃って見学席

に指定された飛行場脇の広場に集まった。

 広場には出店も並び、さながら祭りのようだ。休暇のコトブキ飛行

隊もリーパーの展示飛行を見学するべく、広場に向かう。

「あっ、いらっしゃーい」

「ジョニーじゃん、どうしてここに?」

 広場の脇に並ぶ屋台の一つでは、パンケーキとカレーを販売してい

た。パンケーキにつられて屋台に向かったキリエは、店主の顔を見て

驚く。普段は羽衣丸でサルーンをやっているジョニーが、屋台を開い

ていた。

「いやあ、これだけお客さんが集まってるからね。稼げる時に稼いで

おかないと」

「どっちかと言うと、集まってる人はリリコさん目当てだと思うけど」

「…だよね〜」

 その言葉でジョニーが肩を落とす。ジョニーの隣ではリリコがい

つもの恰好で、いつもと変わらない態度のまま客に包みに入った食事

を渡している。その美貌と意外と露出の多い恰好に、他所からやって

来た男たちが皆屋台に並んでは彼女に声をかける。だがリリコは冷

たい態度で次々と男たちの誘いをあしらっていく。

「おーいキリエ、こっちこっち」

 先に場所を確保しておいたらしいチカが、大きく手を振ってキリエ

を呼ぶ。見物客たちは地面にシートを広げて既に酒盛りを始めてお

り、チカの隣に座るザラもビールを手にしていた。足元には、既に空

になった樽がいくつか転がっている。

「ザラ、真昼間からそんなに飲んで大丈夫なの?」

「これぐらい平気よ。それにしてもあの子、よく飛ぶ気になったわね」

 燃料と部品の消耗は何としても避けたいと言っていたから、てっき

り断るのにとザラは思っていた。それをリーパーは二つ返事で引き

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受けてしまったらしい。今まで色々な人と出会ってきたが、あの子は

よくわからない子だな、とザラは思った。

「そういえばユーハングだと自由に空を飛べないんだって」

「え? チカ、それ本当なの?」

「昨日言ってたよ。飛行機を飛ばすには資格を取得して、飛ばす時も

きちんと飛行計画を提出して、その通りに飛ばなきゃいけないんだっ

てさ」

「それは窮屈そうですわね。アレシマで戦闘機を飛ばす時も面倒です

けど、そのさらに上をいく面倒くささなんて耐えられませんわ」

 大都市であるアレシマは発展している反面、用心棒も飛行機乗りも

全て当局に届け出をしなければならない。そういった点から街全て

を管理するというイサオの思想に賛同し、自由博愛連合側についた。

「だったら彼も今日は嬉しいんじゃないか? ラハマだと自由に飛行

機を飛ばせる」

「ああ、確かに。だから引き受けたのかもね」

「展示飛行って何をするんだろう? 単にまっすぐ飛ばすだけじゃ来

た人が怒りそうだけど」

 その時、松葉杖をついたアレンが、ケイトに支えられてやって来た。

彼の片手には酒が入ったスキットル。アレンもここで飲むらしい。

「こっちこっち」とキリエが手招きし、アレンがよっこいしょとシート

の上に座る。

「アレン、今日は乗せてもらわないの?」

「さすがに今日は止めとけって言われたよ。吐かれたりしたら困るっ

て」

「そんなに凄い機動するつもりなのかな」

 キリエが首を傾げると、「出て来たぞ!」と観客が誰か叫んだ。滑走

路を見ると、格納庫からトラックにけん引されて、フランカーが姿を

現す。

 滑走路上に引き出されたフランカーから、ジェットエンジンの轟音

が響き渡る。レシプロエンジンとは比べ物にならないその音に、観客

たちがどよめいた。エンジンの回転数が徐々に上がっていく。

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  『リーパー、離陸を許可する』

 ラハマ飛行場の管制塔から、自警団員のトキワギがそう告げる。昔

はいい加減だったラハマの航空管制も、空賊や自由博愛連合の襲撃を

受けてからしっかりと行われるようになったらしい。それでも地球

と比べると、なんだか物足りなかった。

「高度制限及び飛行制限空域はあるか?」

『ああ? そんなもんねえよ』

「それはいいことを聞いた」

 地球の空では考えられないことだった。アクロバットチームも高

度制限や飛行可能な空域に頭を悩ませ、その中で四苦八苦しながら演

目を決めているというのに。ブルーインパルス辺りが見たら、涎を垂

らして羨ましがる環境だろう。

 リーパーはスロットルを上げ、機体がふわりと宙に浮く。これだけ

大勢の人が見ている前で、恥ずかしい飛び方は出来ない。

   「飛んだぞ!」

 誰かが叫び、シャッター音がそれに続く。大都市からやって来た新

聞記者たちだろう。記者たちは広場の最前列を確保し、ユーハングの

最新鋭戦闘機の一挙手一投足まで見逃すまいとしているようだった。

 離陸したフランカーはランディングギアを格納すると、すぐさま急

上昇した。空気が震え、それだけで観客が歓声を上げる。離陸直後の

急上昇など、イジツの戦闘機では出来ない。

 フランカーは逆スプリットSをきめ、それからロールした。翼の端

飛行機雲

ヴェ

パー

から

の尾を引きながら、大きな円を描いて旋回する。そして

広場の上空をフライパスすると、機首の角度を上げて再び上昇を始め

た。

「テールスライドやるのかな? レオナの十八番だけど」

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 上昇するフランカーの速度が徐々に落ちていき、やがて完全な失速

状態に陥る。そのまま機首を下げるのだろうとチカは思ったが、一向

にフランカーの機首は上を向いたままだ。まるで糸で宙に吊られた

かのように、機首を上に向けたまま、その機体が徐々に降下を始めて

いる。まるで手品でも見ているかのように、観客は皆ぽかんと口を開

けて空を見上げていた。

「うっそ、どうやったらあんなこと出来るの!?」

「推力偏向ノズルと大馬力のエンジンなら可能」

「すいりょく…?」

 聞き慣れない言葉に、キリエがオウム返しに尋ねた。

「なにそれ?」

「推進力を機首とは異なる方向へ向けることが可能なエンジンノズ

ル。機体の運動性能が向上する」

「それって私たちでも出来る?」

「プロペラ機では不可能」

 フランカーは凧のように、斜め上を向いたままほとんどその場に静

止していた。ようやく機首を下げると、何事も無かったかのように飛

行を再開した。

 続いて再び上昇し、失速してから機首を真横に倒すハンマーヘッド

ターン。これくらいならキリエだって出来る。だが失速反転したフ

ランカーは、まるで独楽のように回転しながら降下を始めた。機首と

尾部が外側になって、ぐるぐると回りながら高度を落としていく。フ

ラットスピンだ。

 対処を誤ればそのままスピン状態から回復できずに地上へ墜落す

ることになり、観客の中には悲鳴を上げる者もいた。だがフランカー

のスピン状態はあっという間に収まり、再びエンジンを吹かして観客

の上空を一直線に飛んでいく。

 意図的にスピン状態に陥るなんて───とレオナはリーパーの腕

に内心舌を巻く。無論、空中接触等でスピン状態に陥った際に備え、

回復させる技術は飛行機の理として身に着けておかなければならな

い。だがわざと機体をスピンさせるような真似をする奴はいないだ

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ろう。それにスピン中は無防備だから、空戦でその技術を使おうとす

る者もいない。事故に繋がる可能性があるにも関わらずわざとそれ

をやるということは、自分の腕に自信があるか、機体の性能が優れて

いるか、あるいはその両方だ。

  観客の頭上で水平飛行中のフランカーが、徐々に速度を落としてい

く。そして一気に機首を持ち上げた。上昇するのかと思ったが、高度

は変わらない。機首が上を向いているにも関わらず、ほとんど同じ高

度で機体は垂直のまま前進を続けている。機体全体がエアブレーキ

の役割を果たしたのか、一気に速度が落ちた。それでも失速からの墜

落、なんて気配は全くない。

「あれはなんていうの?」

「コブラ機動。失速状況での機動性に優れた一部の機体しか出来ない

曲芸飛行。実戦向きではない」

「ケイト、どうしてそんなことを知っているのですか?」

 エンマの問いに、ケイトは手にした板を指さした。昨日リーパーか

ら借りたという、タブレット端末とかいうユーハングの機械だ。

「ここにユーハングの空戦技術の教本が入っている。非常に興味深

い」

 機首を上げたまま前進を続けていたフランカーが、ようやく機首を

下げる。そして旋回して戻ってくると、再び機首を上げた。同じコブ

ラ機動かと思ったが、今度はなんと機首を中心としてその場で一回転

した。クルビット機動というが、ケイト以外はその名前を知らない。

イジツの戦闘機では見れない機動に、観客が大歓声を上げる。

「なるほど、あれに乗ってたら確かに吐くかもしれないわね」

「僕としては、是非操縦席であの機動を体感したかったんだけどね」

 そう言いつつアレンは、持参したスキットルを呷った。

 その後もフランカーは、キリエ達が見たことのない機動を続けた。

まるで子供が飛行機の模型を手にして、遊んでいるかのような無茶苦

茶な機動ばかりだった。機首と進行方向が全く一致していなかった

り、空中でドリフトするかのように最小半径で旋回したり。

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「彼、楽しそうね」

「え?」

「自由に空を飛んでいる、って感じが伝わってくるわ」

 ザラに言われてみると、確かにそうかもしれないとレオナは思っ

た。同じ戦闘機が飛んでいるはずなのに、先日の空賊襲来時とは全く

異なる印象を受ける。

 様々な枷から解き放たれた者。まるで空が自分だけのものである

かのように振舞う天界の王。リーパーを見ていると、レオナは何故だ

かイサオを思い出した。無茶苦茶な機動でコトブキ飛行隊を追い詰

めたイサオも、空が自分のものだと言わんばかりに飛び回っていた。

「私たちも、いつかあんな風に飛べるのかな」

 ジェットエンジンの轟音が空気を震わせ、それに負けない観客の歓

声と口笛が上がる。飛行を終えたフランカーが、ラハマ飛行場に着陸

する。

  「いや〜、助かったよ! ありがとう!」

 夕刻。羽衣丸を訪れた町長は、その言葉と共にリーパーの手を固く

握った。

 ユーハング製最新鋭戦闘機の展示飛行に満足した観客たちは、午後

になり徐々に帰っていった。中には今日も泊っていく者もいるが、明

日には帰るのだという。人で溢れかえっていたラハマの街は、ようや

く落ち着きを取り戻しつつあった。

 もっとも、大企業の重役や議員連中、そして新聞記者たちが帰る気

配はない。彼らはしばらくラハマに残り、何としてもリーパーとフラ

ンカーについて情報を集めるつもりだろう。

 それはそれで、お客様が増えるからいいことなんだけどね。町長は

そう言って笑った。

「あ、そうだ。はい、今日の展示飛行のお礼です」

 そう言って町長が、札束の入ったカバンをリーパーに渡す。中に詰

まった札束は、折れたり皺が出来ていたり。ラハマを訪れた観光客た

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ちから得た儲けらしい。

「あの、これってどれくらいの金額になるんですか?」

 ラハマの通貨事情に疎いリーパーは、ルゥルゥに助けを求めた。ポ

ンドや銭といった単位が入り混じったイジツの通貨レートは全く分

からない。金額が高いのか低いのか、妥当なのかそうでないのかも把

握できない。

 町長が持ってきた支払通知書を見たルゥルゥが言う。

「あら、この金額だとあと少しで中古の隼1型くらいなら買えるわよ」

「え? そんなに貰っちゃっていいんですか?」

「いいよいいよ。どのお店も君が来てくれたおかげで商売繁盛して、

過去最高の売上を出してるからね。飛行場の収入だって素晴らしい

もんさ。これで自警団の戦力も増強できそうだよ」

 意外とリーパーが行った展示飛行の経済効果は良かったらしい。

ほくほく顔の町長を見ていると、リーパーはありがたく頂いておこう

と思った。もっと吹っ掛ける、なんて選択肢はなかった。このラハマ

の住民とは、可能な限り良好な関係を長く続けていたい。

「ところで、相談なんだけど…」

「何ですか?」

「今日やってくれた展示飛行、またやってもらえないかな? お客さ

んの中にまた見たい、今度は友達も誘って来るって人が大勢いてね。

またやってもらえると、こっちとしてもありがたいというか…」

 ユーハングの最新鋭戦闘機の展示飛行を見たいという人は大勢い

るだろう。今日フランカーを見た人が友達や親しい人にそのことを

話し、それを聞いた人たちがラハマへやってくるかもしれない。そう

すればラハマの街は、岩塩以外にも観光客から収入を得ることが出来

る。

「もちろん君が無理というのならばこれっきりで全く問題ないよ! 

あの飛行機が壊れたら直せないっていうのはわかってるから」

 町長はそう付け加えたが、本心としてはまたリーパーにフランカー

で飛んでほしいのだろう。定期的にフランカーが展示飛行をしてく

れれば、それを目当てにした観光客も訪れる。継続した観光収入が得

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られるかもしれないのだ。岩塩以外に特に産業のないラハマにとっ

て、このチャンスを逃さない手はない。

 リーパーは腕を組んで考えた。今日の展示飛行は10分程度だっ

たということもあり、さほど燃料の消費量は多くなかった。着陸後に

行ったメンテナンスでも特に異常は出ていない。もう一度やってほ

しいと言われたら、オーケーと言えるレベルだ。

 それにこうして展示飛行を行えば、その分得られる収入も増えるだ

ろう。何があるかわからないイジツの世界で生きていくためには、収

入が多いに越したことはない。

「わかりました。ただし、条件があります」

「なんだい?」

「展示飛行は多くても一か月に一回程度。機体への負荷を考えると、

それが限界です」

 一年後に帰還できるとして、それまでフランカーを飛ばせる状態を

保っておく必要がある。もっとも、一年後に開く「穴」が地球に通じ

ているのが前提だが。もしも「穴」が地球に繋がっていなければ、そ

れこそ一生をイジツで終える覚悟をしなければならない。

 「この条件でオーケーならば、今後も展示飛行をやりましょう」

「わかった。是非頼む…と言いたいところだけど、一度会議で確認し

てもいいかな? たぶん皆、賛成だと思うけど」

 わかりました、と言うと、町長は今にもスキップしそうな軽やかな

足取りで帰っていく。きっと今晩は安心して眠れるだろう。

「嬉しそうね」

「え?」

 ルゥルゥの言う通りだった。ただ飛行機を飛ばすだけでお金が貰

えるなんて、これ以上に楽な仕事はない。

 それに何よりも、イジツの空では自由に飛べる。高度制限も管制も

なく、自分の好きな速度で好きなように飛べる。空気を切り裂き、ど

こまでも。それがリーパーにとっては一番嬉しかった。 

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第一六話 死神と隼

 「おっ、ようやく戦闘機買えたのか」

 羽衣丸の飛行甲板に運ばれてきた一機の戦闘機を見て、ナツオが

リーパーに声をかけてきた。ペンキの入ったバケツを持ち、機体に何

かを描いていたリーパーが振り返る。

「ええ、これからよろしくお願いします」

「任せときなって、何かあっても部品さえあれば完璧に直してやるよ。

もっとも、機体を大切に使わねえとイナーシャハンドルケツにぶち込

むけどな」

「気をつけます」

 リーパーは新しく自分の愛機となる戦闘機を見回した。一式戦闘

機隼。優秀な運動性能で格闘戦能力に優れた機体だ。それなりの防

弾性能もある。不満な点と言えば武装が12.7ミリ機銃が二挺と

貧弱な点だが、現状手に入る戦闘機の中ではこれが最も優秀だった。

   「え? これじゃ足りない?」

 展示飛行と諸々の仕事でどうにか隼を購入できる金額が手に入り、

リーパーは飛行機業者を訪問したのは昨日のことだった。業者に用

事があるというコトブキ飛行隊も同行する。イジツでは戦闘機を始

めとした航空機を販売する業者があちこちにいるのだという。

 リーパーたち民間軍事会社の社員も戦闘機を使って仕事をしてい

るが、基本的に機体は会社の支給品だ。いくら大量生産で値段が下

がったとはいえ、それでも戦闘機など個人の手が届く装備ではない。

 もっともMiG─21やF─5Eと言った古い機体はほぼ投げ売

り同然で兵器市場に流れているらしく、リーパーの指導役だったヴァ

イパーが搭乗していたMiG─21も、自分で買ってカスタムを重ね

ていき、第4世代機に負けないほどの性能を持っていた。それにリー

パーがイジツに乗ってやって来たSu─30SMも、テストパイロッ

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トを引き受けたグランダー社からのプレゼントで、所有権はリーパー

にある。

 イジツでは空賊が蔓延り、用心棒稼業が盛んだ。だからこうして飛

行機業者も成り立っており、用心棒たちは自分で戦闘機を購入し、ど

こかの商会と契約を結ぶ。修理に掛かる費用や弾薬、燃料代も自腹だ

が、仕事を成功させればそれ以上の収入が得られる。

 リーパーが訪問した飛行機業者は中古の機体も扱っており、コトブ

キ飛行隊やナツオたちとも取引のある信頼できる業者だった。だが

リーパーが業者を訪れると、彼は申し訳なさそうに上記の言葉を述べ

たのだ。

「最近空賊連中が増えていて、そのせいで用心棒の飛行機乗りが増え

て戦闘機の需要が高まってるんだ。ここのところ、毎日機体の値段が

上がってる。一週間前ならその金額でも隼が買えたんだが、悪いな」

「そうだったんですか…」

「九七式辺りなら買ってもお釣りが返ってくるぞ?」

 リーパーの手元にある金額では、目標の隼2型にわずかに足りな

い。それより安い機体となると九七式戦闘機くらいだ。だが九七式

は格闘戦能力なら隼以上だが、固定脚で速度が出ないし武装も7.7

ミリ機銃二挺と隼よりさらに貧弱だ。貧しい街の自警団か、操縦士に

なりたての人間が買う機体だろう。練習機である赤とんぼもあった

が、非武装の機体など論外だ。

「ガドールのおっさんたちが金くれるって言ってたじゃん。そいつら

から貰ってくればいいんじゃないの?」

「あの人たちとはあまり関わりたくないんだよなあ…」

 一緒にやって来ていたチカの提案に、リーパーは苦い顔をした。こ

の世界で迷子も同然のリーパーを保護しようと申し出る商社や都市

の議員たちは何人もいたが、その目当てはリーパーの持つ知識とフラ

ンカーだ。

 そういった連中の中には大金を積んでリーパーを自分たちの手元

に置いておこうとする者もいる。彼らのところに行けば中古の隼ど

ころか、新品の飛燕だって買えるだろう。だがあからさまに金儲けの

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ための道具としか自分を見ていない彼らを頼る気には全くなれず、

リーパーはそれらの誘いを全て断っていた。彼らのところにいたら、

イジツ中を回って帰る手段を探すことが出来なくなる。恐らく、一生

軟禁状態に置かれるだろう。

「仕方ない、出直すか…」

 そう遠くないうちに、もう一度展示飛行をしてほしいと町長からお

願いされている。その時の代金も持ってくれば、機体を買えるかもし

れない。もっとも、さらに値上がりしている可能性もあるが。

「どれくらい足りないんだ?」

 リーパーが帰ろうとしたところで、レオナが業者に尋ねる。業者が

見せた金額に、レオナが顎に手を当てて何事か考える。

「そのくらいの金額なら、私が出そう」

「え?」

「前に助けてもらった借りがあるからな」

 そう言って財布を取り出そうとするレオナ。

「いや、悪いですよ。自分で何とかしますって」

孤児院

ホー

「君には爆撃機から

を守ってもらった礼もある。こんな形で借

りが返せるとは思えないが…」

「いやいや」

「遠慮するな」

「いやいやいや」

 財布から金を出そうとするレオナと、それを押さえるリーパー。意

外と力が強いんだな、と彼女の財布を握る彼女の腕を抑えて思う。

「あら、いいじゃないの。ここは素直にレオナの好意に甘えておけば

?」

 金を出すか出させないかで奇妙なバトルを繰り広げる二人を、微笑

ましく眺めていたザラが提案する。

「いえ、色々お世話になってるのにこれ以上頼ってしまうのは迷惑

じゃ…」

「じゃあ、ここはレオナから借りておくってのはどう? これでレオ

ナも貸し一つよ」

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 これから一緒に仕事をするかもしれない人から金を借りるのもな

んだか悪い気がしたが、一か月先まで何もせずグータラしているわけ

にもいかない。リーパーはありがたく、レオナの提案を受けることに

した。

「それにしてもあなた、こういう機体は飛ばしたことがあるの?」

「ええ、昔に。訓練生だった頃、最初に飛ばしたのがレシプロエンジン

のプロペラ機です」

 アローズ社に入社後、最初の実機飛行訓練で使ったのがかつて航空

自衛隊で使われていたレシプロの単発機だった。自衛隊が新型練習

機を導入する際に払い下げられた機体を、アローズ日本支社が自社訓

練機として買い取ったものだ。計器は全てアナログで、レーダーも射

出座席も備えられていない機体だった。飛行特性は異なるだろうが、

機体の操縦方法については同じ感覚で出来るだろう。

  業者が倉庫の奥から引き出してきたのは、状態が良好な中古の隼

だった。現在もユーハングが残した工廠で各種の戦闘機が作られて

いるが、新品の戦闘機は資金力のある大都市お抱えの飛行隊に回され

てしまうことが多い。それは飛燕や疾風、五式戦といった高性能な機

体も同じで、飛行機業者もそういった戦闘機は既に在庫切れだとお手

上げだった。

「懐かしいな…」

 アナログメーターだらけの計器盤に、思わず初めて乗った練習機を

思い出す。操縦桿を引くと、フランカーに比べると意外なほど重かっ

た。操縦桿と繋がったケーブルで、ラダーやエレベーターを操作する

のだから当然だ。だがきちんと操縦桿を倒した通りに、機体は反応し

てくれる。

「いい機体ですね」

「でしょ〜」

 なぜかキリエが「どうだすごいだろう」と言わんばかりの顔をして

いた。

 初期の戦闘機で全体的な性能は後発組に劣るものの、それでも隼で

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あれば十分戦うことが出来るだろう。可能であれば武装も速度も充

実し、格闘戦能力も優秀な四式戦闘機「疾風」や、陸軍最優秀戦闘機

と言われた五式戦闘機ならば良かったのだが、ないものねだりをして

も仕方がないし、そんなものはとても手が届かない。

 アローズに入社したばかりの頃のように、徐々にステップアップし

ていくしかないだろう。今でこそSu─30SMなどという高性能

戦闘機を任されているが、最初の頃は型落ちのF/A─18や初期モ

デルのF─16くらいしか乗せてもらえなかったものだ。

    そうして買った隼を、これからの職場となる羽衣丸へと飛ばして帰

る。フランカーに比べるとパワーがない、速度もない、操縦桿も重い

上にレーダーもないと何から何まで異なる機体だったが、離陸してか

ら数分後には、まるで昔から飛ばしていたかのようにリーパーは隼に

馴染んでいた。

「もう乗りこなせるようになったの? すごいじゃん」

「まあ、地球だと色々な戦闘機に乗ってたからな」

 キリエの言葉で、リーパーはアローズ社で飛ばした戦闘機の数々を

思い出す。古いものから最新鋭のステルス戦闘機、空軍機や海軍機を

問わず、さらにはA─10のような攻撃機まで任務によっては飛ばし

てきた。開発国も設計思想もバラバラだったが、それらに乗り込んで

今まで数々の作戦を成功させてきたのだ。今さらレシプロ機くらい

飛ばせずどうするという気持ちもある。

  そして羽衣丸でナツオら整備員たちの帰りを待つ間に、リーパーは

隼にパーソナルマークを描くことにした。隼の機体は業者から引き

渡される際に、注文した通り、フランカーと同じ青と水色を基調とし

た迷彩に塗り替えられていた。

「そういやさ、なんで死神がリボンをつけてんの?」

 四苦八苦しながら元のパーソナルマークを描くリーパーを眺めな

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がらキリエが尋ねる。そうだ、とばかりにエンマも続けた。

「死神だけならまだしも、ピンクのリボンを着けるなんて。あなたの

趣味はよくわかりませんわ」

「どっちも俺が選んだものじゃないんですよ。死神のエンブレムは社

長が選んだんだ」

「じゃあリボンは?」

「俺の上司から引き継いだもので、同僚が勝手に描いたんです」

 かつてのボーンアロー隊を率いていた、敵にも名が知られるエース

インフィニティ

パイロット「ヴァイパー」。リボンのようにも見える

マークは、

元々ヴァイパーが機体に描いていたエースと隊長の証だった。だが

ヴァイパーはパイロットを引退し、隊長の座はリーパーに受け継がれ

た。その際に∞のマークも一緒に引き継がれたのだが…。

「俺の同僚が勝手に『気色悪いマークだな、可愛くしてやる』って…」

「逆に不気味になってなくない?」

「まあ、一度見たらたぶん忘れられないマークにはなりますわね」

 おかげで敵味方から目立って仕方がない。おまけに敵には「リボン

付きは見つけ次第撃墜せよ」と命令が下っていると聞く。本当だった

ら死神なんてただでさえ不気味なものをパーソナルマークにしたく

はなかったが、今さら他のものを選べと言われても特に思いつかな

い。好きだろうと嫌いだろうと、このエンブレムは既にリーパーのシ

ンボルとなってしまっている。

 さらにリーパーは、三つの矢じりを模した所属部隊のエンブレムも

機体に描く。今も所属していることになっている、国連軍タスク

フォース118「アローブレイズ」のエンブレムだった。

 リーパーは羽衣丸で用心棒として働くものの、当面はパイロット一

人の飛行隊だ。一人で飛行隊を名乗っていいものか悩んだが、ある程

度自由に動くためだ。羽衣丸の護衛の際にはかつてのナサリン飛行

隊のように、コトブキ飛行隊と協力して飛ぶことになる。

「飛行隊の名前はどうするんだ?」

 レオナにそう問われ、リーパーは迷わず答えた。

「『アローブレイズ飛行隊』で」

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 たった一人の飛行隊。当面はコトブキ飛行隊と協力し、用心棒とし

て羽衣丸護衛任務やオウニ商会が受けた仕事をこなしていくことに

編隊

エレメント

なる。

を組む僚機がいないのは寂しいが、それでもリーパーは

どこか奇妙な安堵を覚えていた。

 これで僚機の命を背負って飛ぶ必要もない。自分の命にだけ責任

を持って飛べばいい。誰かから隊長と呼ばれることなく空を飛ぶの

は、随分と久しぶりのことだった。

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第一七話 初陣

  結局、他の街から来た議員団や企業の重役たちは、リーパーとフラ

ンカーを入手できないまま帰ることとなった。イケスカ動乱におい

て名を上げたコトブキ飛行隊と契約を結び、イサオが独占しようとし

ていた「穴」に飛行船を突っ込ませることで、結果的にイサオ排除の

立役者となったオウニ商会。自由博愛連合が引き起こした一連の騒

動でオウニ商会はあちこちの街や組織と繋がりを有しており、オウニ

商会を敵に回すと言うことは、その背後の大勢の人々と敵対するとい

うことにもなる。

 だからといってユーハングの最新鋭戦闘機を入手するという目的

が諦められたわけではない。彼らが帰る時には再度リーパーのとこ

ろに挨拶に来たし、考えが変わればいつでも連絡してくれと名刺が束

になるくらい渡された。

 リーパーは用心棒として羽衣丸に乗り込むことになるが、その間フ

ランカーはラハマの街に置きっぱなしになる。フランカーを狙う輩

が強奪を試みる可能性もあるが、町長や自警団が協力してくれて、町

長専用機の雷電と共にフランカーは厳重に保管されることとなった。

またランディングギアには頑丈な鎖が巻かれ、リーパーが携行する鍵

でしか外せないようになっている。

「君が無事に穴を見つけられるのを祈ってるよ」

 その言葉と共にアレンに見送られ、リーパーはタネガシ向けて出航

する羽衣丸の一員として、隼と共にラハマを飛び立った。最初の一日

は何事もなく終えることが出来たのだが…。

   「あれ、ケイトじゃん。もうご飯食べたの?」

 羽衣丸がラハマを出立した翌日。昼食の時間にキリエたちがジョ

ニーズサルーンを訪れると、そこには既に先客がいた。部屋に姿を見

せていなかったケイトと、ノート片手に何やら難しい顔をしている

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リーパーだった。

「まだ食べていない。これから」

「何やってんの?」

「彼にイジツ語を教えている」

 ケイトとリーパーが座るテーブルの上には、新聞紙と辞書。リー

パーがそれらを交互に見比べながら、ノートに何事かを書き留めてい

た。

「イジツ語は難しいの?」

「いえ、そんなには。ある程度法則性が掴めたら、なんとなくは読めま

す。細かいスラングはわかりませんけど…」

「勉強もいいけど、あまり根を詰めちゃダメよ? いつ出撃がかかる

かわからないから」

 ザラの言葉にリーパーが頷く。素直な子だな、とザラは思った。

「しかし、イジツ語は奇妙なもんだなあ。アルファベットとキリル文

字とカタカナが混ざってるなんて」

「こちらこそ地球の言語は興味深い。ユーハング語以外にも様々な言

葉があるとは知らなかった」

 イジツで使われているのはほぼイジツ語のみだ。しかし地球では

日本

ユーハング

語の他に中国語、英語、ロシア語、フランス語その他諸々と、そ

れこそ少数部族で使われているような言語を含めれば7000は種

類がある。自分たちの言葉が通じない地域がある、というのはイジツ

では考えられないらしい。

「なにそれ。じゃあ他の場所に行ったら言葉が伝わらないってこと?

 凄い不便じゃん」

「そうなんだよね。かといって一つの言語に統一するってのも難しい

ことだし」

「何で? 皆が一つの言葉を喋れたら便利じゃん。ちゃんと自分が考

えてることが伝わるんだし」

 ジョニーにカレーを注文しつつ、「何を言ってるんだ」とばかりにチ

カが首を傾げる。

「言語ってのはそこに住んでる人たちのアイデンティティだから、簡

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単に『今日から他の言葉を使いなさい』ってことは出来ないんだ。そ

れをやったらその人たちの尊厳や歴史を否定することになる。それ

に、新しく使うことになる言語に、自分たちだけで通用する意味のあ

る言葉が含まれているとは限らない」

「一つの言語だけを使うことは多様性の否定に繋がる。文化の消滅を

招きかねない」

 ケイトが補足した。「難しいことはよくわかんないな」とチカがス

プーンでカレーを口に運んだ。

「それにしても勉強なんて、学生時代を思い出しますわ」

「エンマさんも学生だったんですか?」

 ラハマには学校らしい学校というものが無かったので、リーパーは

てっきりイジツには学校というものがないのかと思っていた。昔で

いう寺子屋というものが主流で、子供たちは最低限の読み書きができ

るようになってからすぐ働くようになると聞いていたのだが、どうや

ら違うらしい。

「ええ。といっても他の街にある学校ですけれど。地球でも学校に通

う子供は多いのでしょう?」

「一応、6歳から15歳までの子供は全員学校に通う義務があります

ね。その後どうするのかは人それぞれですけど、大抵はもう3年から

7年、学校と大学に通います」

 リーパーは高校卒業後、すぐにアローズ社に入社したため、大学に

は通っていない。通信教育で単位を取り、大学を卒業したものの、い

わゆるキャンパスライフなどは送っていなかった。もっとも昔と違

い、ユリシーズの厄災後は経済の混乱で大学まで子供を通わせられる

余裕のない親も多く、高校卒業後に働く者も増えている。

「羨ましいな、全ての子供が学校に通えるなんて」

孤児院

ホー

「レオナは

を出たら、すぐに飛行機乗りとして働き始めたのよ

ね」

「ああ。ホームで読み書きは教えてもらったけど、学校なんて行く余

裕はなかったからな」

 聞けばレオナが飛行機乗りの用心棒として働き始めたのは、貧しい

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孤児院の運営を支えるためだという。仕事の報酬の大半を、今でも孤

児院に寄付しているらしい。

「リーパーはさ、どうして飛行機乗りになったの?」

 パンケーキを頬張りつつ、キリエが尋ねる。「食べながら喋らない

の」とザラ。

「俺の家系は昔から戦闘機乗りだったから。曾祖父も祖父も父も兄も

姉も、全員パイロットだ。だから俺も、大きくなったら戦闘機に乗る

もんだと思ってた。兄と姉はどっちも輸送機の操縦士だけど」

「ふーん、なんとなくってこと?」

「…まあ、そうなる」

「じゃあ、何のためにリーパーは空を飛んでるの?」

 その言葉に、リーパーは虚を突かれた気持ちになった。何のために

空を飛ぶのか。イジツに来る前に考えていたことだ。

 思えばそれを考えたことはほとんどなかった。昔は、何のために飛

ぶのか理由はあった気がする。だけど今はそれを思い出せない。戦

闘機パイロットとなり、戦争で数多くの敵機を撃墜し、ルーキーの身

分で隊長を任され部下を率いて飛ぶことになっても、「何のために飛

ぶのか」という理由を見いだせていない。

「俺は…」

 そう言いかけた直後、突如船内に警報が響き渡る。敵機に遭遇した

か、あるいは索敵レーダーを照射された際に自動的に発報されると事

前に聞いていた。空賊だろうか。

 すぐさま場の雰囲気が変わる。食べかけの食事をテーブルに残し、

サルーンにいたコトブキ飛行隊の面々や羽衣丸のクルーが即座に持

ち場に走っていく。

 こうやって艦上で敵襲を受けるのも久しぶりだな。そんなことを

思いつつリーパーはノートをポケットに丸めて突っ込むと、愛機が待

機している飛行甲板へと向かった。

 「敵は2集団。方位360と180、本船から3時及び9時方向から

接近中」

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「この距離だと後15分で会敵します」

「またウチを狙うの? もう勘弁してよ…」

 帽子を被り直しつつ、サネアツが戦闘配置を下命する。船内の照明

が非常灯に切り替わり、各所に設けられた対空機銃にクルーが向か

う。

『リーパー、君は羽衣丸の直掩につけ。敵機の迎撃はコトブキ飛行隊

で行う』

 隼の状態をチェックしている最中、無線機でレオナの指示が入る。

所属人員一名のみのアローブレイズはあくまでも独立した飛行隊と

いう位置づけだが、当面はコトブキ飛行隊を率いるレオナの指示に

従って飛ぶことになる。独自に行動できるのは、何回か戦闘を重ねて

からになるだろう。リーパーは「了解」と返し、フランカーで使って

いたヘルメットを被る。

 エンジンを始動させたコトブキ飛行隊の隼が、次々と飛行甲板から

飛び出していく。最初に羽衣丸から発進する訓練をした際には、トン

ネルから飛び出していくような発進方法に驚いたものだ。まるでア

イガイオンのようだが、羽衣丸の飛行甲板は双発機でも十分発着艦が

可能なほど広く作られている。よっぽどのへまをしない限りは、壁に

ぶつかって墜落、なんてことはない。

 飛行船からの発進が空母からの発艦と異なるのは、カタパルトを使

用せずに自力滑走する点だ。最初はカタパルト無しで大丈夫なのか

と思ったものの、羽衣丸の飛行甲板は米軍の最新鋭空母以上の長さを

持つ。機体の軽いレシプロ戦闘機であれば、自力滑走でも十分な揚力

を得られる。

『アローブレイズ飛行隊、発進を許可します』

 ブリッジからベティの指示が入り、リーパーは了解の意を伝えてエ

ンジンスロットルを上げた。一気に機体が加速していき、そしてすと

んと落下するかのように飛行甲板の端から飛び出す。空母のカタパ

ルトで射出された時のように一度機体が大きく沈み込み、そして緩や

かに上昇を開始する。

 空の状態は雲が出ていて、視界はそれほど良くない。羽衣丸は雲の

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上を飛行しているが、下方からの奇襲にも気を付けるべきだろう。羽

衣丸にもレーダーは備えられているが、構造上どうしても後方から接

近する機体の探知が難しくなる。それをカバーするのが今回のリー

パーの役割だった。

 今回は昼間の襲撃だが、腕に自信のある空賊は夜間にも奇襲を仕掛

けてくるのだという。空賊たちは飛行船を襲撃し、物資は略奪し乗員

は人質として捕らえて身代金を要求してくる。イサオが自由博愛連

合を結成してから、一時的に空賊の活動は抑えられた。だが自由博愛

連合は大人しくなった空賊たちに物資と飛行機を渡して私兵として

運用し、その自由博愛連合の勢力が弱まってからは却って空賊が以前

よりも勢力を増してしまっている。

「レーダーとIFFがあればなあ」

 既にコトブキ飛行隊は二人一組の編隊を組み、南北から接近しつつ

ある空賊の迎撃に向かっている。リーパーは羽衣丸の後方に付き、も

しもコトブキ飛行隊が敵機を撃ち漏らした際の直掩に入る。

『敵機は零戦52型! この辺りを根城にしている空賊ハゲタカ団

か、良い装備をしている』

 イサオが台頭する前、空賊の装備はそこまで強力ではなかった。安

価で入手しやすい九七式戦闘機が主力で、よくて一式戦闘機隼や、ま

れにスクラップから再生した零戦などが混ざっているくらいだった。

 しかしイサオが自由博愛連合を結成するにあたり、邪魔な勢力を妨

害するために空賊を利用するため、高性能な機体をバラまいてからは

事情が変わった。空賊たちは飛燕や紫電改といったそれまでとは比

べ物にならないほど高性能な機体を入手して、さらにその脅威も増し

た。

『頼むよ皆、また羽衣丸を作り直すなんてことは御免だからね』

 サネアツが情けない声を上げる。いくら凄腕のコトブキ飛行隊が

護衛についているとはいえ、空賊の数はこちらより多い。既に戦闘が

始まっているのか、遠くの空で飛び交う曳光弾が見える。コトブキ飛

行隊は互いにカバーしつつ、着実に空賊たちを追い詰めていく。

『一機撃墜!』

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 キリエの声が聞こえ、北の空でぱっと何かが燃えた。撃墜された零

戦だろう。

 空中でパラシュートが開き、炎上する零戦が雲海に突っ込んで見え

なくなった。他にも続々と、敵機撃墜の報告が入ってくる。なるほ

ど、エリート飛行隊と言われるだけはあるな。リーパーは彼女たちの

機動を見て思った。

「今回の出番はないな…」

 その言葉通り、僚機を次々と撃墜された空賊たちは撤退を始めた。

撃墜数

コトブキ飛行隊の

は、全機合わせて11。その上一機も損失無

し。空賊たちは目標である飛行船に近寄ることすらできず、リーパー

は一発も撃たずに初出撃を終えた。

『どう? 私たちの腕は』

「良い腕だ」

 自慢げなキリエに、リーパーは素直に賞賛の言葉を送った。一番大

事なのは僚機を失わないこと。それが出来ている彼女たちは素晴ら

しい腕を持った飛行隊であることに間違いない。

『でしょ〜? 私は3機撃墜、チカは?」

『私は2だけどキリエの1機は私と一緒に落とした奴じゃん! キリ

エは2.5!』

『落としたのは私だから3機撃墜! チカは2だよ!』

 ぎゃあぎゃあと言い合いが始まる。空賊を撃退したコトブキ飛行

隊の面々が、羽衣丸の周囲に戻ってくる。

「…もしかして、いつもこんな感じなの?」

『いつもこんな感じですわ。ああ、気にしないで聞き流してください

な』

「そうします」

 喧嘩するほど仲が良い、というのだろう。たまにどこまで本気なの

かわからないような喧嘩もしているが。いずれにせよこういったや

り取りが出来るほど、彼女たちはお互いに信頼し合っているのかもし

れない。仲が良いのは良いことだとリーパーは思った。

 

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  「ふう、今回は無事に済んでよかったぁ。このまま何事もなく到着で

きればいいなぁ」

 羽衣丸の船橋では、空賊の撤退を確認したサネアツが帽子を取って

汗を拭う。そんな彼に「もっとしゃっきりせんか」とばかりに、船長

帽を被ったドードー船長が鳴く。

「コトブキ飛行隊、着艦態勢に入ってください。アローブレイズ飛行

隊はコトブキ飛行隊の収容が完了するまで待機」

 レーダースクリーンには未確認機の表示はない。交戦で燃料と弾

薬を消耗したコトブキ飛行隊を先に収容し、万が一に備えてリーパー

には羽衣丸周辺での空中警戒待機が命じられる。コトブキ飛行隊が

集結し、着艦態勢に入るべく羽衣丸の船体後方についた直後、ベティ

が叫ぶ。

「救難信号受信! タネガシの飛行船です」

「タネガシ? これから向かう街じゃないか」

 空賊を退けたばかりとはいえ、救難信号を無視するわけにはいかな

い。さっきの嫌な予感が当たったと、サネアツは自分が呪われている

のではないかと思った。良い予感は当たらないのに、悪い予感だけは

当たる。

『こちらタネガシ二号! 現在空賊の襲撃を受けている。空賊の数は

約20、護衛機が次々墜とされてもう保たない!』

「こちらオウニ商会羽衣丸。タネガシ二号、そちらの現在地を教えて

ください」

『オウニ商会? コトブキ飛行隊がいるオウニ商会か? 頼む助けて

くれ、こちらの現在地は…』

 タネガシの街が保有する飛行船「タネガシ二号」の現在位置は、羽

衣丸が飛行している位置から南東で、彼我の速度も考えるとおよそ3

0分で到着が可能な距離だった。積荷は鉱石で、タネガシへ向けて輸

送中のところを空賊に襲われたらしい。護衛機は空賊に次々と墜と

されていて、こちらが全力で救援の機を飛ばして到着まで、ギリギリ

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持ちこたえられるかどうかという状況だった。

 空賊が蔓延るイジツでは、救難信号を受信したら近くの飛行船は救

助に向かうことが暗黙のルールで定められており、またそれに疑問を

持つ飛行船乗りはいない。困ったときはお互いさまで、相手を助けな

ければ、今度は自分が困ったときに誰かに助けてもらえなくなるから

だ。無論救助に掛かった費用などは、あとで救助された側に請求する

のだが。

「救難信号?」

 いつの間にか船橋にやって来ていたルゥルゥがサネアツに尋ねる。

「はい、これから向かうタネガシの船です。空賊に襲われているとか

…」

「だとしたら、尚更見捨てるわけにはいかないわね。オウニ商会の名

に傷がつくし、何より恩を売ることが出来るから。あの子たちに救援

に向かえるか聞いてちょうだい」

 タネガシ二号の船長も災難だろうな、とサネアツは思った。きっと

ルゥルゥは高い金額を請求するに違いない。空賊に襲われて身ぐる

み剥がれて最悪命を失う可能性に比べれば、まだマシなのだろうが。

「こちらレオナ。各機、燃料と弾薬の残りはどうだ?」

「こちらキリエ。機銃はカンバン、燃料も足りないよ」

「チカだけど、こっちも同じ」

 空中戦は激しく燃料を消耗する。どの機も先ほどの戦闘で残燃料

が心許なく、タネガシ二号のいる空域に到達できるくらいの量しか

残っていない。そんな状態で辿り着いても、燃料消費の大きい空中戦

は無理だ。それに機銃弾が無ければ、空賊を追い払うことも出来な

い。

「レオナです。一度燃料と弾薬を補給しないと、現地についても空戦

は出来ません。このまま向かうのは無理です」

 だが今から羽衣丸に着艦し、どんなに急いで燃料と弾薬を補給した

としても、再度の発進まで15分から20分は掛かる。それから現場

の空域に到着するまで30分。その頃にはタネガシ二号は空賊の手

に落ちているだろう。

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 だがリーパーは違った。ずっと羽衣丸の後方で空中警戒に当たっ

ていたリーパーの隼は、一発も機銃を撃っていない。それに空戦もし

ていないので、燃料消費もコトブキ飛行隊と比べると抑えられてい

た。

『こちらアローブレイズ飛行隊。当機は弾薬消費は無し、燃料も十分

残ってます。俺が先行して時間を稼ぎます。補給が完了後、コトブキ

飛行隊も合流してください』

「だけど君は1機だけだろ? 無謀じゃないか?」

地球

ユーハング

 

でエースパイロットだったという、リーパーの腕を信用して

いないわけではない。だが20機相手に1機で突っ込んだところで、

それは自殺行為でしかないのではとしかサネアツは思えなかった。

 しかしルゥルゥの考えはサネアツとは違うらしい。彼女は少し口

角を上げると、無線機のマイクを握った。

「あなた、20機を相手にする自信はあるの?」

『地球じゃしょっちゅうですよ、マダム。敵機を撃墜できなくても、コ

トブキ飛行隊の皆さんのために時間稼ぎくらいはしてみせますよ』

「いい度胸ね。行きなさい、きちんと報酬はタネガシに請求しておく

から」

『了解。アローブレイズ飛行隊、これよりタネガシ二号の救援に向か

います』

 リーパーの青い隼が船橋の脇を通り抜け、タネガシ二号が飛行中の

空域に向かって飛んでいく。翼を振った隼は、あっという間に羽衣丸

から遠ざかっていく。

『マダム、1機で向かわせるなんて無謀すぎます!』

 着艦を開始するコトブキ飛行隊。レオナがルゥルゥに抗議の声を

上げる。

「あら、あなたあの子を信用していないの?」

『信用するしないの問題ではありません! たった1機で先行させる

なんて危険です。我々と合流した上で改めて…』

「それじゃ間に合わないわよ。それに、あの子の実力を見るいい機会

でもあるでしょ」

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 ルゥルゥはリーパーが飛んでいった方向を見つめた。既にその機

影は、針の先程の大きさしか見えなくなっている。

 もしもリーパーがコトブキ飛行隊の到着まで時間稼ぎが出来てい

たら、彼は十分腕のある操縦士だと言うことになる。そんな操縦士で

あれば、たとえユーハング人でなくとも、この先も手元に置いておき

たいものだ。

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第一八話 エスコート

 「オウニ商会からの援軍はまだなのか!」

 タネガシへ向かって全速力で航行中の飛行船では、船長がマイクを

片手に今にも泣きそうな目をしていた。明日にはタネガシへ到着で

きるというタイミングで空賊に襲われるとは、まったくもってツイて

いない。

 近くに街はなく、一番近くを飛行中の飛行船が「あの」コトブキ飛

行隊が所属するオウニ商会の羽衣丸だったのは幸運だった。だが彼

女たちの到着までこのタネガシ二号が持ち堪えられるか、正直なとこ

ろ怪しいものだ。

「また1機撃墜されました! 護衛機、残り3!」

 船橋のレーダー員が叫ぶ。タネガシ二号を襲ったのは、この辺りを

根城としているスナネズミ団と呼ばれる空賊たちだった。以前から

目撃情報があり、その時には隼1型を使用していると聞いていたのだ

が、今日襲ってきた連中はどこかで手に入れたらしい三式戦闘機飛燕

に乗ってやって来た。

 タネガシ二号にも護衛機はいたが、いかんせん数が少ない。護衛機

8機に対し、空賊は20機。既に5機が撃墜され、残った機も逃げ回

るので精一杯だ。

『とっとと飛行甲板を開けて降伏しやがれ! でないと護衛機を全部

撃ち落とした後でブリッジに鉛弾をぶち込むぞ!』

 オープンチャンネルの無線機からは、荒々しいスナネズミ団長の降

伏勧告が聞こえてくる。空賊の狙いは輸送中の鉱石だ。飛行船ごと

乗っ取って、後で飛行船共々どこかで高く売りさばくつもりだろう。

 空賊たちは飛行船を丸ごと捕獲したいのか、まだ船体に損害はな

い。だが護衛機が全て撃ち落とされたら、もう出来ることは無くな

る。そうなる前に何としてもコトブキ飛行隊に駆けつけてもらいた

いところだが───。

「来ました! 羽衣丸からの援軍です!」

「来たーっ! 早くコトブキ飛行隊に空賊を撃退するよう言ってくれ

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!」

「それが…コトブキ飛行隊ではないようです。援軍は単機、6機では

ありません」

「単機だとぉ?」

 イケスカの戦いで活躍したコトブキ飛行隊のことならば、飛行船乗

りであれば誰もが知っている。6人の女性パイロットで構成される

エリート用心棒集団。単機で来るはずがない。

「敵か?」

「通信が入っています」

 まさか空賊側の増援ではないよなと思いつつ、船長は無線機のマイ

クを握り、ヘッドホンを耳に当てた。

『こちらオウニ商会所属、アローブレイズ飛行隊隊長のリーパー。こ

れよりタネガシ二号の援護に入る』

「アローブレイズ飛行隊? 聞いたことないぞ! それに1機だけの

飛行隊があるものか、コトブキ飛行隊はどうした!」

 無線機から聞こえてくる若い男の声に、船長はがっかりした。今さ

らたった1機で何が出来るものか。護衛機が何機か撃ち落としてく

れたとはいえ、敵はまだ10機以上残っている。

『コトブキ飛行隊は空戦で燃料、弾薬を消耗し補給作業中だ。当機に

遅れて到着する』

「1機だけでこの状況が何とかなるものか! もうおしまいだぁ…」

『コトブキ飛行隊が来るまでの時間稼ぎはしてみせる。敵機とそちら

の護衛機の機種は?』

 何とかなるとは思えないが、コトブキ飛行隊が来るまで時間を稼い

でもらえるならばそれでいい。船長は藁にも縋る一心で、リーパーと

名乗った男に空賊の情報を伝えた。

  『敵はスナネズミ団という空賊だ。三式戦闘機に乗ってるが、細かい

型式まではわからん。まだ15機残ってる』

「了解。そちらの護衛機は?」

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『紫電だ。急いでくれ、もう3機しか残っていない!』

 船長が悲鳴のような声を上げる。事態は切迫しているらしい。

 コトブキ飛行隊の補給を待たずに先に出発した判断は正解だった。

もしも補給を待って編隊を組んでいたら、今頃護衛機は全て撃墜され

ていただろう。

 リーパーは機体を傾けて窓の外を見た。下の方に飛行船が一隻と、

その周辺を飛び回る戦闘機が見える。追われているのは、タネガシ二

号の護衛機である紫電だろう。悪い機体ではないそうだが、いかんせ

ん数で押されている。

 だがこういう状況を、リーパーは以前にも経験したことがある。

ユージア連邦から亡命する技術者と、その家族を乗せた2機の旅客機

の護衛。たまたま哨戒飛行中だったリーパーが現場に急行し、その護

衛を行った。運悪くエレメントを組んでいた仲間の機体が不調で帰

還していたこともあり、単機で十数機の敵機と渡り合いながら旅客機

を護衛する羽目になったものだ。

「始めるか」

 幸いリーパーの高度は空賊たちより上で、しかもまだ気づかれた気

配はない。飛燕は武装と速度では隼よりも上だが、旋回性能では隼の

方が優れている。

 まずは奇襲で一撃を加えてから、場を引っ掻き回してやる。リー

パーは無線機のスイッチを入れ、眼下で追われている紫電に呼びかけ

た。

「翼に1と書いている紫電、聞こえるか? これよりそちらに加勢す

る。三つ数えたら、大きく右旋回しろ」

『あんたは誰だ!』

「早くしろ。そっちももう限界だろう?」

 長時間の空戦を続けているためか、護衛機のパイロットたちには明

らかに疲れが見える。それは空賊たちも同じだが、数が多い分空賊た

ちの方がまだ良いコンディションなのだろう。何機もの敵に追いか

けまわされ続けていられるのも、あと少し。このままでは動きが鈍っ

たところを撃墜されてしまう。

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「カウントする。1…2…」

 相手の返事を待たず、リーパーは機首を下げた。重力に引かれ、隼

の機体がぐんぐん加速していく。紫電を追いかけまわしている空賊

たちは、目の前の獲物に夢中で頭上から迫る隼に気づいていない。

 機体が軋み、操縦桿が震える。空中分解しないギリギリの速度を保

ちつつ、隼は上から飛燕の群れに襲い掛かる。

「3、今だ」

 リーパーの言葉を信用したのか、はたまたたまたま回避行動をとっ

たのか、紫電が大きく右に旋回した。それにつられて後を追う飛燕

も、右に旋回する。リーパーが狙った通りの軌道を、飛燕の群れが描

く。

 スロットルレバーに備えられた発射ボタンを引くと、軽やかな銃声

と共に12.7ミリ弾が放たれる。照準器の先には今まさに紫電を

追って旋回した飛燕があり、放たれた銃弾が飛燕の翼に吸い込まれて

いくように突き刺さる。旋回中にエルロンが吹っ飛んだ飛燕が、くる

くると回りながら編隊から脱落し、下降していく。

 リーパーは降下を続けながらさらにもう一機を照準に納め、再び射

撃。今度は飛燕の機首に命中し、銃撃を受けた飛燕が機首から黒煙を

吐いて落ちていく。

「なんだ!?」

「上だ!」

 突然二機を墜とされた空賊たちが周囲を見回し、一人が上から降下

してくる隼に気づく。すれ違いざまに、その青い主翼に大鎌を持った

死神が描かれているのが見えた。何かの冗談なのか、ピンク色のリボ

ンが頭についている。

 隼は紫電のさらに下へと降下し、そして地表近くで機首を上げた。

急降下からの急上昇で、機体が大きく震える。機体の振動がダイレク

トに操縦桿に伝わってくるのは、フライバイワイヤが基本の現代機で

は味わえない感覚だな。空戦の真っただ中であるにも関わらず、そん

なことを思う。

 そのままほとんど垂直に上昇し、頭上を紫電が通り過ぎたところで

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発砲。ちょうど隼の真上を通り過ぎる形となった飛燕が、下からエン

ジンを撃ち抜かれる。失速する前に機体を水平に戻す。

「このやろ、ふざけやがって!」

 空賊の団長は紫電を追いかけるのを止め、突如乱入してきて3機も

部下を落とした謎の青い隼を追いかける。だが旋回性能に優れる隼

は、団長が発砲しようとする直前で右へ左へと旋回し、それにつられ

て機首を振る団長の飛燕は、徐々に速度を落としていく。速度を活か

して一撃離脱に徹すればよかったのかもしれないが、今まで乗ってい

た機体と同じ感覚で格闘戦を挑もうとしてしまった。

 ハイGターンで大きく旋回した隼に、団長も追随しようとする。し

かし旋回性能の差は大きく、あっという間に隼は団長の後方に回り込

んだ。

「くそっ、撃てない!」

 団長を助けに入ろうとした仲間の機体だが、隼は団長の乗る飛燕の

背後にぴったりとくっついて離れない。団長が回避運動を行っても、

そのすぐ真後ろの位置をキープして味方に射撃をする隙を与えない。

発砲したら確実に団長の機体まで巻き込むのは目に見えており、仲間

を撃ち落としたらと思うと空賊は引き金を引けなかった。

「おい、早く何とかしろよ!」

 隼に背後を取られ追いかけまわされている団長は恐慌状態に陥っ

ていた。隼は団長がいくら回避運動をしても、まるでその機動を読ん

でいたかのように後をついてくる。自分がいつ撃たれてもおかしく

はない状況だと思うと、団長の気は狂いそうだった。

 こいつは死神だ。必死に操縦桿を右に左に倒し、何とか追跡を振り

切ろうとする団長は、隼に描かれていた死神のマークを見てそう感じ

た。死神が大鎌を振り上げて、いつ自分を殺そうか狙っている。その

頭に描かれていたリボンのピンク色が、団長の目に焼き付く。

 隼が発砲した。翼を銃弾が貫通し、燃料タンクに引火する。団長の

操る飛燕が、炎に包まれながら降下していく。

「よくも団長を!」

 隼の後を追っていた空賊が、団長が落とされたのを見て激昂する。

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発射ボタンを押し込むが、目の前にいた隼は一瞬のうちに照準器から

外れてしまっていた。

 どこへ行った? そう思ったのもつかの間、頭上を何かが遮り操縦

席の中が暗くなる。見ると団長を撃墜したばかりの隼が、バレルロー

ルを打って飛燕の背後に回り込んでいた。

 これが狙いだったのか。空賊は隼の操縦士がなぜ団長に中々発砲

しなかったのか理解した。考えなしに団長の機体を撃墜していれば、

同士討ちの恐れがなくなりすぐに後続の飛燕に撃墜されてしまう。

だからタイミングを見計らっていたのだ。

 団長を撃墜した直後に、後続の仲間が発砲してくることは簡単に予

想できる。こちらが射撃を開始するタイミングを読んで、隼は団長機

を撃墜すると同時に、バレルロールを打ってすぐ後ろについていた飛

燕の背後に回り込んだ。前方と後方に同時に注意を払いつつ、双方と

の距離を見計らわなければできない芸当だった。

「こいつ、後ろにも目がついてるのか…?」

 再び隼が発砲。機首の12.7ミリ機銃が火を噴き、水平尾翼を吹

き飛ばされた飛燕がコントロールを失いふらふらと降下していく。

空中にパラシュートが二つ開き、地面に激突した無人の機体が爆発炎

上した。

「なんだコイツ…!」

 他の護衛機を追いかけまわしいたぶっていた空賊たちも、本能的に

この隼は危険だと認識したらしい。タネガシ二号の護衛機である紫

電から離れ、青い隼を追いかけようとする。ドッグファイトから解放

された紫電が3機、一時離脱して再度編隊を組む。

 今度は追いかけられる側となった隼だが、その高機動性を巧みに活

かして中々照準に入らせない。低空ギリギリを飛行し、渓谷や丘陵の

地形にぴったりと追随して地面すれすれをキープしている隼相手に

は、飛燕の速度を活かした一撃離脱戦法は難しい。下手に上空から降

下すれば、そのまま地面に激突してしまう。空賊たちは弾を無駄にば

らまきながら、ムキになって青い隼を追う。

『味方が1機やられた! 用心棒の増援だ!』

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 突然、上空から青い隼を狙おうとしていた飛燕が、黒煙を吐いて降

下していく。その上空には緑を基調とした迷彩を施した、6機の隼。

『コトブキ飛行隊!? くそっ、逃げるぞ!』

 オレンジの円に赤い二翔のプロペラマーク。そのエンブレムを知

らない空賊はいない。今まで数々の空賊たちを撃墜してきたコトブ

キ飛行隊だ。まともに戦って勝ち目のない相手であることは、この場

にいる誰もが理解していた。

 続けてもう1機飛燕が撃墜され、空賊たちは青い隼の追撃を中止し

て逃げ始めた。飛燕に乗っていてよかった、と空賊の一人が思った。

最高時速は隼よりも飛燕の方が上だ。逃げ足だけなら速い方がいい。

「あーっ、あいつら逃げてく! せっかく急いで来たってのに!」

「全員やっつけようよ!」

「キリエ、チカ、深追いは無用だ。それに隼ではどのみち、飛燕には追

い付けない」

 レオナの言う通り、逃げる飛燕との距離はどんどん離されていく。

キリエは唇を尖らせ「了解」と返し、進路を反転し機首をガドール二

号の方へと向ける。今まで低空で空賊と追いかけっこを続けていた

リーパーの青い隼が、高度を上げる。

「遅くなってごめんね。損傷はない?」

「大丈夫です。あのまま10機相手に追いかけっこを続けてたら、俺

も墜とされてました」

「それにしてはずいぶん余裕があるように見えるけど」

 リーパーの隼には、一発の被弾痕もない。おまけに不意をついた形

とはいえ、どうやら空賊の機体を5機も撃墜したようだ。

 何が「時間稼ぎをする」だ、とザラは思った。もしかしたらコトブ

キ飛行隊が増援に入らずとも、リーパーだったら残りの空賊たちもす

べて撃墜していたかもしれない。

 風貌越しに見えるリーパーが、ヘルメットのバイザーを上げる。そ

の顔には疲労の色は全く見えない。

 空賊たちの動きには、どこか恐怖があるように見えた。何としても

ここで撃墜しなければ、次は確実に自分たちが喰われる番になるとい

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う恐怖。だから空賊たちは操縦士が疲弊して動きが鈍っていたタネ

ガシの護衛機を放り出し、全機でリーパーの追撃に向かったのだろ

う。

「まさか単機で5機も墜とすとはな…」

 レオナも同じ感想らしい。羽衣丸を襲った空賊との戦闘で消耗し

た弾薬と燃料を補給し、大急ぎでリーパーの後を追ってきたコトブキ

飛行隊だが、結局発砲したのは前衛として突っ込んでいったキリエと

チカだけ。残った空賊も、コトブキ飛行隊を見て逃げ出してしまっ

た。

「ユーハングではどうだったか存じ上げてはおりませんが、腕が良い

というのは確かみたいですわね」

「同意。地球での戦闘記録閲覧を所望する」

「それは後だ。コトブキ飛行隊は周辺警戒をしつつ、撃墜された護衛

機乗員の捜索を行う。リーパー、君は一度タネガシ二号で補給を受け

ろ。燃料はもう限界だろう?」

 レオナの言う通り、リーパーが登場する隼に燃料はほとんど残って

いなかった。タネガシ二号のいる空域まで飛ばし、さらに空賊たちと

空戦を繰り広げていたため、燃料消費が激しい。

 既にタネガシ二号の飛行甲板のハッチが開かれ、生き残った護衛機

の紫電が着艦を始めている。リーパーが着艦と補給の許可を求める

と、タネガシ二号からは二つ返事でオーケーが返ってきた。

「この世界じゃ、空中給油機は必要ないな」

 飛行甲板を備えた飛行船が飛んでいて、いつでも補給に戻れるので

あれば、長距離飛行でも空中給油機は必要ない。燃料だけでなく、弾

薬までも補給できるのだから。ユージア軍がアイガイオンやフレス

ベルグといった空中空母を運用したがるのもわかる気がした。

「アローブレイズ飛行隊、着艦態勢に入ります」

 そう告げて、リーパーは編隊から離れた。

 初めてのレシプロ機での空戦にしては、うまくやった方だろう。

もっとも今回は相手が空賊で、凄腕の用心棒というわけではない。コ

トブキ飛行隊ほどではないにせよ、凄腕の用心棒操縦士はあちこちに

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いる。そういった連中を相手にしても、生き残らなければならない。

 この程度の勝利で浮かれていては、次の戦いで堕とされてしまう。

リーパーは気を引き締め、タネガシ二号への着艦態勢に入った。

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第一九話 死神と隊長

 「初スコアおめでとう。かんぱ〜い」

 ザラが音頭を取り、ビールの樽がぶつかる乾いた音がジョニーズサ

ルーンに響く。テーブルを囲んでいるのはコトブキ飛行隊と、先ほど

タネガシ二号から帰還したばかりのリーパーだった。

 イジツで初撃墜を成し遂げたリーパーの祝勝会…という名目だが、

実際にはザラがそう言っているだけに過ぎない。サルーンにいる時

で、酒を飲んでいないザラの姿をリーパーは見たことが無かった。

「あんた凄いな! 最初の出撃で5機も撃墜するなんて、ほんとに腕

がいいんだね!」

 ジュースのグラスを手に、チカがリーパーの背中をバシバシと叩

く。飲んだばかりのビールでむせそうになりながらも、「どうも…」と

リーパーは何とか返した。

「おかげでタネガシ二号からも救援の報酬が頂けて助かりますわ」

「エンマたちは何もしてないけどね。敵を撃墜したのは私とキリエだ

けだし」

「あのダニどもにもう少し甲斐性というものがあって、逃げていなけ

れば私たちが遠慮なく叩き潰して差し上げたのですけど」

 タネガシ二号を襲撃していた空賊が撤退した後、目的地が同じだと

いうことで羽衣丸とタネガシ二号は合流し、ともにタネガシを目指す

ことになった。幸い護衛機の操縦士たちは全員無事に脱出に成功し

ており、重軽症を負ってはいるものの、全員命に別状はない。

 空賊からタネガシ二号を救助したことで、リーパーたちには事前の

取り決め通り報酬が支払われた。タネガシ二号の救助に際し、撃墜数

の大半はリーパーが稼いでいたので、レオナはその報酬の8割はリー

パーが受け取るべきだと主張した。しかしリーパーは7等分してコ

トブキ飛行隊の全員も平等に受け取るべきだと譲らず、結局リーパー

の意見通りになった。

「でも、いいの? チカの言う通り、私たちは何もしてないわよ? な

のに報酬は7等分って…」

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「いえ、俺一人であのまま飛んでたら墜とされてたかもしれません。

空賊が撤退したのは、皆さんが増援に来てくれたからです。コトブキ

飛行隊が来たからあいつらはビビッて逃げた、だから皆さんも報酬を

受け取る権利は十分にあるはずですよ」

「あなたはお人よしですわね。お人よしは早死にすると言いますわよ

?」

「よく言われますよ」

 ザラはレオナがなにやら険しい顔をして、テーブルと睨めっこして

いることに気づく。「そんな顔してたらビールがマズくなるわよ」と

声をかけると、レオナは慌てて顔を上げた。

「また借りを作った、とか考えてないわよね?」

「いや、そんなことは…」

「レオナってさー、いっつも貸し借りとか難しいことばかり考えてる

よね。ここはさ、ありがたく貰っておけばいいじゃん。せっかくくれ

るって言ってるんだし」

 キリエがパンケーキを切り分け、フォークで口に運ぶ。そしてその

ままヤキトリ丼を掻っ込む。パンケーキとご飯を一緒に食べる人は

初めて見たな、とリーパーは軽く衝撃を受ける。どうやらキリエに

とってパンケーキは主食らしい。

「そうそう、借りとか借金なんて踏み倒せばいいんだよ!」

「驚異の経済論」

「それは違うと思いますけど、何でも貸し借りで考えるのもレオナの

悪い癖ですわ。前にも言いましたけど、もっと他の人に頼っていいん

ですよ?」

「そうそう。隊長だからって、何でも責任を感じたりする必要はない

のよ」

 そこでザラが、「そういえば、あなたも隊長だったのよね」とリー

パーを見る。

「え? 私たちと同じくらいの歳なのに隊長なの?」

「まあ、一応」

「貸してもらった端末に興味深い記事があった。それによるとリー

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パーは初の実戦後、半年で飛行隊の隊長まで昇格している。その後の

複数の飛行隊が参加したいくつかの作戦では、実質的な現場指揮官を

務めている」

 淡々と語るケイト。彼女に一時貸し出していたリーパーのタブ

レット端末には、アローズ社の社内報も載っていた。そこで何度かイ

ンタビューを受けた時の記事を読んだのだろう。

「そうなのか? 君も隊長だったなんて…」

「いや、レオナさんと違って隊長らしいことなんて何も出来てなかっ

たですよ。勝手に飛んで、敵を墜とすのに夢中になって周りが見えな

くなる。良く言われましたよ、『もっと周りを考えて飛んでくれ』と

か」

 特にオメガにはいろいろ愚痴を言われたものだが、それでも彼はい

つもリーパーについてきてくれた。キャリアで言えば遥かにリー

パーより上なのに、それでもリーパーが隊長に選ばれた時には自分の

ことのように喜んでくれたいい奴だった。

「それでも隊長として皆がついてきてくれたってことは、よほど信頼

されてたのね」

「まあ、そうだといいなって思います」

「チカが隊長を務めるようなもんかな? チカっていつも好き勝手に

飛んでるし」

「それは…ちょっと考えたくはないですわね」

「悪夢」

「なにそれ酷くない?」

 むくれるチカを見て、皆が笑った。ザラに宴会に誘われた時には参

加するかどうか迷ったものだが、やっぱり参加してよかったかな、と

リーパーは思った。

 目的地のタネガシには明日到着する。タネガシでは休養と荷下ろ

しのため二日ほど滞在する予定だ。その間リーパーはイジツの他の

街を見物し、ついでに情報収集のためにタネガシを散策する予定だっ

た。

 聞けばタネガシはマフィアが多くいる街だという。今はなんとか

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というマフィアに統一されて抗争など起きてはいないようだが、それ

でも地球人からすればマフィアと言う人種は近寄りたくはない。

 気を付けて出歩くことにしよう。リーパーはオメガから貰った拳

銃の出番がないことを祈った。

   羽衣丸にはビリヤードやダーツが楽しめる会議室兼用の娯楽室が

ある。夕食後、各々が部屋に戻る中、リーパーはアローズ社支給の端

末を持って一人娯楽室に向かった。中には誰もおらず、リーパーは端

末をテーブルに置くと、ヘルメットに取り付けられていたカメラのメ

モリーカードを挿入する。

 今日の戦闘の振り返りのためだった。戦闘の後はこうして映像で

自分の戦闘機動を振り返ることが、イジツに来る前からの日課となっ

ている。いつもは撮影したデータはグランダー社のエンジニアにも

渡っているのだが、彼らはここにはいない。

 映像を再生する。戦闘中は思った通りの機動が出来ていたと感じ

ていたのだが、こうして映像を見ているとやや動きに甘いところがあ

るのが自分でもわかった。それに弾薬をやや多く消費している。や

はり12.7ミリ機銃が二挺では威力不足だな、とリーパーは感じ

た。

 なるべく早くもっと強力な武装を多く装備した機体を入手するか、

あるいは隼の武装を20ミリ機関砲に換装して3型相当にしてもら

うのもいいかもしれない。イジツでは航空機の発達に伴い、個別に戦

闘機を改造する業者もいると聞く。新しく機体を購入するよりも武

装のみ換装の方が費用も安く仕上げられる。

「あとは照準器だな…」

ヘッドアップディスプレイ

 地球のジェット戦闘機は

の装備が当た

眼鏡スコープ

り前だったので、隼1型の

式の照準器は中々慣れない。敵機を正

面に捉え、さらに照準器を覗き込むという動作が必要となるため、少

しでも頭を動かしてしまうと正しく照準を定められない。また、照準

器を覗き込まなければならないので、視野も狭くなる。照準器を覗か

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ず曳光弾の軌跡を元に弾道を修正するという手もあるが、それだと無

駄弾をバラまいてしまう。

照準

レティクル

 その点パイロット正面に設置されたレンズに

を投影するタイ

プの光像式照準器であれば、HUDと同じ感覚で照準を定められるこ

とが出来る。何より、操縦士が頭を動かしても照準はズレない。隼2

型からは眼鏡式に代わって光像式の照準器が搭載されているとのこ

とだが、先に照準器だけでも交換しておきたいところだった。

 スロットルレバーに機銃の発射ボタンが付いていることにも違和

感はあるが、こればかりは機体の構造上仕方がない。早く慣れるしか

なかった。

  娯楽室の窓から外を眺める。窓の外には、並んで飛行するタネガシ

二号の航空灯が見える。それ以外にも荒野の所々に、小さな町や集落

のものらしき光が輝いていた。だが地球で見たような、大都会の人々

の営みが発する、夜空の星々さえもかき消してしまうような都会の光

というものは、ここには無い。

 「あら、ここにいらしたのですか?」

 娯楽室の扉が開かれ、コトブキ飛行隊の面々が顔を覗かせた。だが

ザラとレオナの姿は見えない。ザラはまだサルーンで酒を飲んでい

て、レオナは今日の戦闘についてルゥルゥに報告に行ったのだとい

う。地

ユーハング

でのリーパーの戦闘記録閲覧を所望する。イジツより70年

以上進んでいる地球ではどのような空戦が行われているのか、非常に

興味深い」

「私らも暇だからついてきちゃった。またあの映画? 見せてよ」

 グランダー社がデータ収集のためリーパーのヘルメットに取り付

けていたカメラの映像は、機密部分に当たる個所を削除してアローズ

社にも提供されている。無論テストパイロットたるリーパーもデー

タを受け取っており、端末の中には一年分近いデータが入っている。

 外部の人間に見せていいのかは判断がつかないが、アローズ社では

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「リーパーに学べ」とばかりに戦闘の記録映像を社員たちに配信して、

その空戦技術を学ばせようとしていた。一応、見せるだけならば大丈

夫だろう。

「わかりました。じゃあプロジェクターを…」

「部屋まで取りに行ってもらうのは恐縮。その端末で十分」

「早く早くぅ」

 キリエとチカが急かすので、投影ではなく端末で直接見ることに

なった。一応、12.3インチの大画面だから、少人数であれば十分

見られるだろう。

「それで、どんな戦闘の映像をご所望で?」

「地球での一般的な空戦の映像を希望する」

「了解」

 データベースを漁ると、該当する映像記録はいくつも出てくる。そ

の中でリーパーは、半年ほど前に行われた作戦の記録を呼び出した。

その作戦は既に終了していて、戦闘の経過も新聞などで大々的に報道

されている。現在進行形で行われている作戦の映像は流石に見せら

れないが、一般的にも知られている戦闘記録ならば見せても問題ない

だろう。

 リーパーは「戦域攻勢作戦計画4101」と記載されたファイルを

タップし、端末をテーブルに置く。再生が開始されたのは、国連軍が

半年前に行った運河の強行突破作戦だった。

「ちょっと、チカもっと詰めてよ」

「えー、キリエそっちに行ってよ」

「二人とも、始まりますわよ。静かになさい」

「狭い。もう少し間隔を開けることを提案する」

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第二〇話 戦域攻勢計画4101号

 『ブリーフィングを始める』

 グッドフェローの言葉と共に、搭乗員待機室のスクリーンに世界地

図が表示される。カーソルが地図上を移動し、紅海を中心に拡大す

る。

『先日国連海軍インド洋方面艦隊が敵襲を受け、空母ヴァルチャーが

被弾損傷、ドッグ入りすることとなった。そこで大西洋艦隊から空母

ケストレル打撃群が、インド洋艦隊の増援も兼ねて現地へ向かう』

 洋上を航行する空母を中心とした艦隊の映像がスクリーンの端に

輝点ブリップ

表示され、「KESTREL」と表示された

が大西洋から地中海を

抜け、スエズ運河を通ってインド洋へ向かう進路が地図に重なる。

『なんでスエズ運河なんだ? 一応紅海の両岸は国連が抑えてるが、

すぐ北のイランとイラクはユージア勢力内だろう? 危険が大きす

ぎやしないか?』

『その通りだ。だが一週間後、インド洋方面で大規模な作戦が実施さ

れるため、そこに空母の投入は不可避となっている。それに…』

 スクリーン上のアフリカ大陸の地図が移動し、今度は南端の喜望峰

を中心とした表示に切り替わる。喜望峰周りの航路がいくつか表示

されるが、そのどれもが赤線で×印が付けられている。

『アフリカ大陸南部は反政府勢力の活動が激しく、海賊の出没も多い。

ユージア軍も現地の反政府勢力に人員と兵器の支援を行っている。

またここ最近では喜望峰周辺における敵潜水艦の活動も活発だ。作

戦実施までの時間を考えると、喜望峰を迂回するルートは危険な上に

間に合わない』

 再び地図が紅海を中心とした表示になる。

『ケストレル打撃群は先日スエズ運河を通過し、現在は紅海上をアデ

ン湾に向かって航行している。だが、敵もケストレルのインド洋到達

を何としても阻止しようとするだろう。現地でのユージア軍および

反政府勢力に動きがあるとの情報も入っている。敵は、アデン湾でこ

ちらに攻撃を仕掛けてくるつもりだろう』

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 地図がズームアップされ、アデン湾をケストレル戦闘群が進んでい

くイメージが表示される。アデン湾の北側、サウジアラビアは国連に

協力的だが、内戦が続くイエメンではユージアが支援する反政府勢力

が攻勢を強めている。そのためサウジアラビアは味方を示す青、イエ

メンは敵を表す赤に地図が塗り分けられていた。

『そこで、ケストレル戦闘群のアデン湾通過及び、アデン湾一帯の海上

優勢確保を目的とした大規模な協同作戦計画の実行が決定した。本

協同作戦計画を「戦域攻勢計画4101号と呼ぶ』

 ケストレル戦闘群から三つの線が伸び、それぞれ異なる方向へと向

かっていく。一つはアデン湾の北側、もう一つはケストレル戦闘群の

前方、そして最後の一つはそこからさらにアデン湾からインド洋へと

つながる、いわゆる「アフリカの角」と呼ばれる半島北端まで伸びて

いく。

『戦域攻勢作戦計画4101号は3つの局地的航空作戦任務で成り

立っている。1つを『ゲルニコス作戦』と呼ぶ。本作戦はユージア軍

航空部隊及び地上兵器を殲滅する対地・対空攻撃任務である』

 アデン湾北、イエメン南部が円で囲まれ、そこに出現が予測される

敵戦力がCGと共に表示される。長距離対艦ミサイルを搭載した爆

撃機と、地対艦ミサイル部隊が予想される敵勢力としてマップに描か

れる。

『1つを『ラウンドハンマー作戦』と呼ぶ。本作戦はユージア艦隊を殲

滅する対艦攻撃任務である』

 アデン湾の出口に陣取るユージア艦隊がマップに重なる。ミサイ

ル艇から巡洋艦まで、ユージア連邦が運用する海上戦力は強大だ。中

にはシンファクシ級潜水空母などという怪物艦もあるが、それに関し

てはリーパーたちが別の作戦で撃沈していたので、今回の作戦には出

現してこないだろう。

『1つを『コスナー作戦』と呼ぶ。本作戦は原子力空母ケストレルを中

心とする艦船の護衛任務である。いずれの作戦でもユージア軍の激

しい攻撃が予想される』

 ケストレルを中心とした艦隊はイージス艦から補給艦まで十数隻

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の艦艇で構成されているが、そのうち何隻が無事にインド洋に到達で

きるだろうか。イージス艦の防空能力は強力だが、アデン湾の北岸に

は敵の対艦攻撃部隊が展開している。そこからの長距離ミサイル攻

撃を捌きつつ、敵航空部隊の迎撃も行わなければならない。

『ボーンアロー隊にはケストレル護衛が任務のコスナー作戦に参加し

てもらう。リッジバックス隊は敵艦隊攻撃を行うラウンドハンマー

作戦を実施。他にも空母ケストレル所属の航空部隊と、現在アフリカ

で対テロ及び海賊掃討任務にあたっているタスクフォース108か

ら増援を受け、本計画を実施する』

 ゲルニコス作戦に参加する部隊には『ウォードック』、『ウォーウル

フ』の名前が見える。どちらもユージア戦争で名前が知られた国連軍

飛行隊だ。

『凄い、オールスターじゃないか』

『ここまでしなければケストレル打撃群のアデン湾突破は困難だとい

うことだ。これから君たちもケストレル打撃群に合流してもらう。

事前に説明した通り、今回の任務は空母艦載機を使用して臨んでもら

う。リーパー、君にはグランダー社がF─14を用意している。後席

にはいつも通り例の機械が乗っているが───まあ君ならどんな機

体でも大丈夫だろう』

『ちぇ、今回はタイフーンはナシか』

 オメガが最後に愚痴をこぼし、スクリーンが消灯される。同時にガ

タっと何かが動く音がして、画面にリーパーの顔が大写しになり、そ

してブラックアウトする。

   「空母って何?」

 開口一番そう尋ねてきたのはチカだった。

「飛行甲板を備え、洋上での航空機運用を可能とした船舶の一種」

「羽衣丸みたいなもん?」

「まあ、そんな感じ。海の上に浮かんでる滑走路だな」

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 ケイトの言葉を捕捉したリーパーは、続きを再生する。さっきまで

再生していたのが、リーパーたちが空母ケストレルに移動する前に受

けたブリーフィングの映像。これからはいよいよ、コスナー作戦当日

の映像が再生される。

   『もうゲルニコス作戦とラウンドハンマー作戦は始まってる。リッジ

バックスの連中、上手く敵艦隊を沈められてるんだろうな』

 空母の狭い通路を歩くオメガの姿が画面に映る。視線の位置が低

いのは、リーパーがカメラ付きのヘルメットを腰に抱えているから

だった。すれ違う水兵たちが、リーパーのエンブレムを見て敬礼す

る。

『先行する艦隊がグアルダフィ岬沖で敵艦隊と交戦中。現在のところ

作戦は順調に進行中。各員、アデン湾突破まで気を抜かないように』

 艦長が館内放送で呼びかける。名前はウィーカーと言ったか。退

役した前艦長の後任として、新たにケストレルに着任したばかりの艦

長だ。

『せっかくの真夏の海だってのに、泳ぐんじゃなくてドンパチしに来

るとはな』

『ベイルアウトすれば下は一面の海だ。好きなだけ泳げるぞ』

『勘弁してくれ。ナイスバディのねーちゃんとならともかく、サメと

なんか遊びたくもないぜ』

 オメガがそう言って、通路の先の扉を開ける。二人が出た先は空母

の艦載機格納庫で、今まさに発艦準備中の機体が整備員らの手によっ

て最後の調整を受けていた。爆弾やミサイルを満載したトーイング

カーが、リーパーとオメガの横を走り抜ける。

『F/A─18とはな。随分久しぶりに乗る機体だ、新入社員以来か

?』

『オメガが昔乗ってたのはレガシーホーネットだろ? こっちは最新

型のアドバンスド・スーパーホーネットだ。せっかくの最新鋭機だ、

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また墜とすなよ』

 オメガが笑って、ラダーを上りF/A─18Eの操縦席に乗り込

む。カメラの視点が動き、リーパーがヘルメットを装着した。そして

目の前の巨大な機体を見上げると、操縦席の脇に立てかけられたラ

ダーを上る。今作戦におけるリーパーの搭乗機は、グランダーI.G

社によって改造が施されたF─14D戦闘機だった。

 後部座席にはいつもの通り、コプロが陣取っていてリーパーの戦闘

データ収集に努めている。発艦準備のアナウンスが流れ、リーパーは

操縦席に乗り込んだ。

 機体に問題が無いことを確認すると、リーパーのF─14はトーイ

ングカーに牽引され、舷側のエレベーターに後ろ向きで押し込まれ

る。トーイングカーが離れていくと、エレベーターが昇り始め、ビル

のようにそびえ立つ艦橋が目に入ってくる。

『カタパルト圧力上昇。70,80,90。ポイント15、48、32、

確認』

『OKです! 打ち出し準備完了です!』

 無線機を通じ、クルーたちが発艦準備を行う様子が聞こえてくる。

目の前の広大な飛行甲板に設けられた4基のカタパルトのレールか

らは水蒸気が立ち昇り、ある種幻想的な風景を醸し出していた。

 アングルドデッキには今まさに発艦しようとしている2機のF/

A─18が並んでいた。クルーが大きく腰を落として前方を指さす

と、それを合図にカタパルトで戦闘機が打ち出される。翼下に大量の

ミサイルをぶら下げたF/A─18がカタパルトで打ち出され、一瞬

視界から消えた後、空高く上昇していく。

『次来るぞ! 準備急げ』

 クルーの合図でリーパーは機体を前進させ、艦首カタパルトまでF

─14を移動させる。緑のジャケットを着た誘導員の合図で機体を

停止させると、クルーたちがカタパルトのシャトルとF─14の主脚

に取り付けられたローンチ・バーを引っかける。

『シャトル接合完了!』

 赤いジャケットを着た兵装係がミサイルの安全ピンを外し、チェッ

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クして回る。他の白いジャケットの安全担当クルーも機体の下に潜

り込み、機体とカタパルトの最終確認を行う。

『準備完了! 機体の最終チェックどうぞ!』

『バリアー上げろ!』

 カタパルトの後方、F─14の背後で、排気からクルーたちを守る

ジェットブラストシールドがせり上がる。

 管制官の指示で、リーパーはいつも通り各種機器や機体が問題なく

動作するか確認する。展開した可変翼とラダー、フラップ、スラット、

火器管制システム、レーダー、その他諸々。後方を振り返りながら、フ

ラップやエルロン、エレベーターがきちんと操作した通り動くか

チェックする。その間周囲のクルーは片膝を立てた耐ブラスト体勢

で待機を続ける。

 操作系統に問題が無いことを確認したリーパーは、右手を額に当て

てカタパルトオフィサーに敬礼した。

『ボーンアロー1、発艦を許可する』

 黄色いジャケットを着たカタパルトオフィサーが腰を落として姿

勢を低くし、片手を突き出して前方を指さした。その合図でカタパル

トが射出され、リーパーの乗ったF─14は一瞬のうちに時速300

キロ近くまで加速され、そして甲板から放り出された。機体が一瞬沈

み込み、そして上昇を開始する。続いてオメガの乗ったF/A─18

も射出され、ボーンアロー隊が編隊を組む。

『ボーンアロー隊、方位200より接近中の敵機を迎撃せよ。敵機は

4グループ。高度は…』

早期警戒機

 強力なレーダーを装備する

から目標の指示が入る。『了

解』と返し、リーパーはボーンアロー隊の面々に指示を下す。

『いつも通りワンとツー、スリーとフォーでエレメントを組む。最優

先目標は空母を狙う敵攻撃機だ』

 ケストレル打撃群に南西から接近中の機影はおよそ4つの集団に

分かれ、リーパーたちにはそのうちの1グループが割り当てられる。

機数はおよそ20から30。

 ユージア連邦に同調する、アフリカの反政府軍が送り込んだ機体だ

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ろう。反政府軍と言ってもその実力は侮れず、最近では傭兵やユージ

アの軍事顧問団が大量に送り込まれ、さらには最新鋭の機体まで装備

していると聞く。

 青い空に眩しい太陽。視界を下方に転じれば、どこまでも続く海。

オメガの言う通り、ここが戦場でなければ泳ぐのに絶好の場所だろ

う。だが敵機に撃墜されてしまえば、サメが群れる海で嫌が応でも海

水浴を楽しむ羽目になる。

『お仕事の時間だ』

 スロットルを上げ、F─14の可変翼が後退する。機体が雲に突入

し、窓に着いた水滴があっという間に後ろへと流れていく。

  

空対空ミサイル

 レーダーが目標を捉え、中距離

の射程に入る。敵機

がボーンアロー隊を捕捉した様子はなく、戦闘はボーンアロー隊が有

利な状況で開始された。

『FOX3』

 隊長機のリーパーがミサイルを発射し、続けてオメガたちも発射す

母機F─14

る。発射されたミサイルは

からの指令を受け、100キロ以上彼

方の敵機へ向けてまっすぐ飛翔していく。目標集団に接近したミサ

イルは今度は弾頭部に備えられたレーダーで敵機を探知し、自ら目標

を識別して突入する終末誘導に切り替わる。そのタイミングでリー

パーは第二波のミサイルを発射した。

敵機撃墜

スプラッシュ1

!」

 データリンクでAEWから送られてくる敵機の輝点が、レーダー画

面上からいくつか消える。恐らく何もわからないまま、突然ミサイル

の突入を食らったに違いない。第二波のミサイル群が終末誘導に入

るタイミングで第三射の発射命令を下そうとしたリーパーだったが、

突然レーダー画面に靄のようなノイズが走る。

『電波障害だ。各機、交戦に備えろ』

 ユリシーズに含まれていた特殊な磁気を帯びた鉱石が、微粒子と

なって今も大気圏内を風に乗って漂っている。普段は電子機器の動

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作に影響を及ぼすことはないものの、風の流れによっては粒子の濃度

が高くなり、レーダーでの目標探知や通信に障害をもたらすこともあ

る。アフリカ大陸には複数のユリシーズの破片が落着していたため、

特に電波障害が起きやすい地域となっていた。

 こうなってしまえばレーダーは頼りにならない。時折粒子が途切

れてレーダースクリーンがクリアになるものの、基本的には目視で敵

機を探すしかない。近距離まで接近すればレーダーでの探知も可能

となるが、探知したら1分以内に格闘戦が始まる。

 リーパーはレーダー画面と空を交互に見ながら、時折表示される敵

機の輝点の方向へと進んでいく。最初に会敵したのは

ボーンアロー3

4ゼブ

のエレメントだった。

MiG─29

ファ

Su─24

フェ

サー

『敵機は

! 敵の対艦攻撃部隊だ』

『了解、すぐそっちに行く』

 既に格闘戦が始まっていた。対艦ミサイルをぶら下げたSu─2

4を攻撃しようとするF/A─18に、MiGがしつこく絡みつく。

F/A─18が発射したミサイルを、Su─24がフレアを放出して

回避した。そのまま艦隊からのレーダー探知を逃れるべく、低空へと

降下していく。

『やるぞリーパー!』

 オメガが言わずとも、リーパーは既に敵機を捕捉していた。味方機

に食らいつくMiG─29をロックオンし、ミサイルを発射。敵機が

回避行動に移ったところでもう一発を発射する。一発目を避けて安

堵からか動きが鈍っていたMiG─29が、ミサイルの直撃を受けて

爆散する。

『こいつは死神だ!』

 電波障害で無線が混信しているのか、敵パイロットが驚愕する声が

聞こえた。リーパーはそれに構わず、オメガの後方に陣取っていた敵

機にミサイルを撃ち込む。近接信管が作動したミサイルが炸裂し、破

片を浴びたMiG─29が翼をもがれてくるくる回りながら降下し

ていく。

『なんてこった、死神だ!』

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『くそっ、ツイてないぜ! まさか死神が相手とは』

『全機、死神を優先して狙え。他の機には構うな、単機での交戦は禁

止』

『あいつを墜とせば名が上がる! やってやる!』

 機体に描かれたリボン付きの死神のエンブレムを認めた敵パイ

ロットからの声が聞こえてくる。それと同時に、レーダー画面に映る

ようになった敵機が、一斉にリーパーの方へと殺到してくるのが見え

た。敵機にロックオンされていることを告げる警報が鳴りっぱなし

だ。リーパーは一度雲に進入し、敵の視界から逃れる。

『リーパー、後方に敵機!』

 オメガが告げるまでもなく、バックミラーに移る敵機を認めていた

リーパーは、ハイGターンで敵機と相対する。軽量小型で格闘戦能力

の高いMiG─29だが、F─14も自動制御される可変翼のおかげ

で格闘戦も十分こなせる。

 ヘッドオンの状態から即座にミサイルを発射し、同時にフレアを放

出しつつ急降下し、正面の敵機が発射したミサイルを躱す。敵機も回

避運動を取ったためにリーパーが放ったミサイルは命中しなかった

が、回避運動から戦闘に復帰したのはリーパーが先だった。リーパー

はさっきまで自分を追っていた敵機の背後に着くと、操縦桿のトリ

ガーを引く。毎分6000発の発射速度を誇るバルカン砲から一瞬

で数十発の20ミリ機関砲弾が吐き出され、MiG─29の機体をズ

タズタに引き裂いた。

『FOX2、FOX2!』

 リーパーが敵の護衛機と戦闘を繰り広げている間に、オメガたちも

続々と敵機を撃墜していた。低空に降りたSu─24に、F/A─1

8が背後から追いつく。Su─24は回避運動を取り始めたが、機体

の重い戦闘爆撃機は機動力が劣る。

『ミサイルを抱えたまま墜ちやがれ』

 海面近くで爆発の華が咲き、対艦攻撃部隊はミサイルの発射位置に

つく前に全機撃墜された。残っていた護衛機も肝心の戦闘爆撃機が

撃墜されたためか、はたまた死神のエンブレムを恐れたのか、反転し

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て撤退していく。

『艦隊に接近中のSu─24を味方機が撃墜! 死神の部隊です』

『流石だ…話には聞いていたが、この目で死神の戦いを見るのは初め

てだ』

 攻撃してきたのはアフリカの反政府勢力だろうか。元々貧困や飢

餓、民族間紛争で争いが絶えないアフリカ大陸だったが、数年前から

『アフリカを取り戻す』のスローガンの下、各地の反政府勢力やテロリ

ストが統合され、組織化された軍隊と化している。装備も充実した彼

らは、小国の正規軍なら圧倒できるほどの戦力を整えていた。そこへ

ユージア軍が兵器や人員を供与しているので、その実力は侮ることが

出来ない。

『ボーンアロー隊、そこから方位080、30マイルの地点でガーゴイ

ル隊が敵機と交戦中だ。押されている、至急援護に向かってくれ』

 管制官の指示に『了解』と返し、リーパーは編隊の状況を確認した。

被弾した機は無し。ミサイルも各機残り2発か3発程度しか残って

いないが、燃料も十分残っていてまだ戦える。

『本艦に接近する新たな高速小型目標を探知、敵対艦ミサイルと思わ

れる! 方位180、距離───』

『ESSM、攻撃はじめ!』

『インターセプト5秒前、スタンバイ!』

『艦隊、輪形陣に以降。本艦をケストレルの盾にする、何としてもケス

トレルだけは通すんだ』

 アデン湾を東に向かって航行中の艦隊も敵の攻撃圏内に入ったら

しく、先ほどから無線は敵の対艦ミサイルを迎撃する味方艦隊の通信

が飛び回っていた。リーパーたちの部隊は敵対艦攻撃機を全機撃墜

したが、他の部隊では撃ち漏らしたところもあるようだ。

 それにアデン湾の両岸には、偽装を施した敵のゲリラ部隊が潜んで

いて、トラックに搭載された長距離ロケット弾や対艦ミサイルで、湾

のど真ん中を進むケストレル打撃群に攻撃を仕掛けている。事前に

ゲルニコス作戦で敵の大規模な対艦ミサイル部隊は掃討されている

が、広大な砂漠に点在するようにして隠蔽された敵攻撃部隊を全て潰

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すのは困難だった。

 さらに沿岸部に隠匿されていたミサイル艇なども活動を開始し、遠

距離から対艦ミサイル攻撃を開始している。艦隊もそのことを覚悟

して、航行を続けていた。

艦対空ミサイル

が撃ち漏らした一発、来ます!』

撃ててー

『主砲撃ちーかた始め! 用意、

!』

迎撃開始

コントロールオープン

『CIWS、

『駆逐艦アイオライト、フリゲート艦ピトムニク被弾! 損傷軽微、戦

闘継続は可能です』

 撃沈された艦こそ未だに出ていないものの、ユージア軍の攻撃の手

は止まない。艦隊がアデン湾を突破するまで、あと30分といったと

ころか。

『この分だと、何隻か沈むのは覚悟しないとな…』

『安心しろ、上空の護衛機は死神だ。あいつの下なら安全だ』

『それは本当か? 希望が見えてきたな』

 「リーパー、期待されてるぞ」とオメガ。「やるだけやるさ」と返し、

リーパーは味方編隊の援護に向かう。

  『こちら空母ケストレル艦長ウィーカーだ。我が艦隊はアデン湾の通

過に成功した』

 30分後、艦隊はアデン湾を抜けてインド洋への進出を果たした。

既にミサイルを撃ち尽くし、機銃のみで敵機を追い回していたリー

パーは、ケストレル艦長の通信と共に敵機が撤退していくのをレー

ダー上で確認する。数隻が被弾していたが自力航行不能な状態にま

で追い込まれた艦はなく、また最重要目標の空母は無事だった。

 アデン湾の出口はユージア艦隊が封鎖していたが、ラウンドハン

マー作戦により敵艦隊は壊滅し、残存戦力もケストレル打撃群からの

対艦ミサイル攻撃で無力化された。生き残った敵艦は這う這うの体

で撤退していき、ケストレル打撃群が敵の救命ボートの収容に当たっ

ている。

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『本艦隊の損害は極めて軽微。航空部隊の諸君に感謝する』

『…終わったな』

 やれやれと言った感じで、オメガが一息ついた。リーパーもヘル

メットのバイザーを上げ、周囲の味方機を確認する。

 ボーンアロー隊に被弾機は無し。救援に向かったガーゴイル隊は

何機か墜とされたようだが、撃墜された者も無事にベイルアウトに成

功して、今は洋上で救難ヘリを待っている。そのガーゴイル隊もリー

パーたちが援護に入ってからは、1機も墜とされていなかった。

『さすがは死神だ。あいつと一緒に飛んでいれば生き残れるぞ』

『あいつがいればこの戦争に勝てる』

『死神のマークが頼もしく見える日が来るとは思わなかったぜ』

 無線機ではリーパーを称賛する声が飛び交っているが、当の本人は

何も言わない。代わって、『うちのエースは誰にも墜とせないのさ』と

オメガが自慢げに応える。

『任務完了、帰投する』

 そう告げて、リーパーはF─14の機首をケストレルの方向へと向

ける。その後をぞろぞろと、ボーンアロー隊とガーゴイル隊がついて

いく。

『ボーンアロー1、レーダー上で貴機を確認した。着艦体勢に入れ』

 ボーンアロー隊が味方艦隊上空に戻ると、既に戦闘を終えた艦載機

部隊が続々と着艦を開始していた。管制官の指示でリーパーはラン

ディングギアとアレスティングフックを展開し、空母後方から接近し

て着艦体勢に入る。

『デッキOK。ボーンアロー1、着艦を許可する』

 今の時代はどの艦載機にも自動着艦装置が備わっていて、ボタン一

つ押せばコンピューターが勝手に機体を制御し、誤差30センチの範

囲内で速度のコントロールから着艦まで全てやってくれる。だが腕

が鈍る、機械を信用できないというパイロットも多く、手動で着艦す

るパイロットがほとんどだ。リーパーもよっぽどの事情がない限り、

自分の手で操縦桿を握って着艦を行っていた。

『進入コース適正。その状態を維持せよ』

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着艦信号士官

 

の指示に従って減速、コース修正、機首角度修正を行

い、目の前に広大な空母の飛行甲板が近づいてくる。こうして間近で

見ると巨大な空母だが、空の上からでは広大な海原に浮かぶ落ち葉ほ

どのサイズにしか見えなかった。

 F─14Dの機体後部から伸びたアレスティングフックが飛行甲

板に張られた4本のワイヤーのうち、一番手前のアレスティングワイ

ヤーに引っかかり、リーパーはスロットルを絞った。機体が急減速

し、ハーネスが身体を締め付ける。ランディングギアが甲板に触れ、

一気に速度が落ちた機体は、着艦甲板であるアングルドデッキの中ほ

どで止まった。

『いい腕だ、ボーンアロー1。駐機スポットへ移動、次の指示を待て』

 リーパーが了解と返し、F─14が駐機スポットへと自力で移動を

開始する。リーパーが大きく息を吐く音と共に、映像の再生が終了す

る。

   「…なんかよくわかんないけど、あんたが凄いことだけはわかった」

「キリエ、それは矛盾している。わからないのかわかったのかはっき

りしてほしい」

 映像の再生が終了し、最後にデブリーフィングの内容が表示され

た。ケストレル打撃群はインド洋への進出に成功。今後のインド洋

方面における作戦成功のカギとなるだろう。以上。

 リーパーたちが交わす細かい用語などキリエにはさっぱりだった

が、それでも彼の腕がいいであろうことは、映像を見ていても思った。

リーパーは味方から賞賛され、敵からは恐れられている。一度の戦闘

で4機から5機を撃墜していることからも、彼の腕の良さがなんとな

くわかった。

 もしも自分が同じ戦闘機を操縦していたとして、同じような戦果を

挙げることが出来るだろうか。キリエは今日の戦闘の結果も併せて、

リーパーへの認識を改めた。最初に200機以上を撃墜したと聞い

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た時には大ぼら吹きかと思っていたが、本当なのかもしれない。良い

機体に乗ってるからそんなに戦果が良い、というのも誤りだろう。

「地球の海ってあんなの広いんだね。見渡す限り水たまりが広がって

るなんて凄いな、きっとウーミもあの海のどこかにいるんだろうね」

 一方チカは別のところに感動していた。リーパーのヘルメットに

取り付けられたカメラは、戦闘中ほとんど空か海を映していた。以前

に海の映像をチカにも見せていたのだが、何度見ても素晴らしいと感

じているらしい。

「しかし、ユーハングでは船がそんなに重要なのですか? 空路での

輸送はイジツほど盛んではないと聞きますが」

「船では重量物も大きいものも運べますからね。それに飛行機と違っ

て、動力を失っても墜落する恐れがない。こちらの飛行船以上に、船

での輸送は重視されています」

 イジツでは陸路での輸送が盛んでないことにリーパーは疑問を抱

いていたが、広大なイジツに点在する街を繋ぐインフラを整備するに

は、膨大な時間と費用と物資が必要になるに違いない。それに作った

後も保守点検しなければならず、その上空賊もいる。

 せっかくインフラを作っても、あっという間に風化してしまうだろ

うし、空賊に破壊されてしまえばお手上げだ。おまけに一部の地域で

は瘴気と呼ばれる毒ガスのようなものが地表を覆い、おまけに古代の

生物が進化した怪物もいるらしい。そんな状況では車両を使った陸

上輸送よりも、用心棒の飛行隊をつけた飛行船での輸送が主流になる

のも当然だった。

「この映像は非常に参考になった。見せていただき感謝する」

「いつかイジツでも、あんな戦闘機が飛ぶようになるのかな?」

「私は隼一筋だし! どんな戦闘機だって隼で撃墜してやるもんね!

 イサオの震電だって撃ち落としたんだから!」

「キリエ、あなたあのケツ頭野郎は撃墜してないでしょう? 結局あ

のクソ野郎が死んだところは誰も見ていないまま、震電は穴の向こう

に消えたんですから」

「あいつの機体を穴だらけにしてやったんだから、撃墜したも同然で

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しょ!」

 ふふん、と自慢げに胸を張るキリエだったが、リーパーは何やら首

を傾げていた。

「ん? どしたの?」

「今震電が穴の向こうに消えたって言った?」

「言いましたけど、それが何か?」

「その震電って、どんな色でしたか?」

「趣味の悪い赤色だったけど、それがどうしたの?」

 リーパーがなにやら苦い顔をする。なぜリーパーがもういないイ

サオと、その震電のことについて聞きたがったのか、キリエはわから

なかった。

「…俺、そのイサオって人を知ってるかもしれない」

 リーパーはイジツに来る前に見た新聞のことを思い出す。一年前

に突如首都上空に現れた、商社の会長が道楽で作ったという赤い震

電。あれはもしかしたら、そのイサオとやらのことではないか? 

 これまで自由博愛連合のトップだったイサオという男が、イケスカ

の戦いで「穴」の向こうに消えたという話は聞いていた。だがもうい

ない人についてどうこう考えても仕方ないと言うことで消えた時の

詳しい話は聞いていなかったのだが、もしも彼が地球に来ていたとし

たら?

 あのユーリアって議員が聞いたら怒るだろうな。彼女がイサオに

ついて話していた時のあの嫌そうな顔を思い浮かべたリーパーは、し

かし黙っておくことは出来ないとキリエ達に新聞記事のことを話し

た。

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第二一話 死神とマフィア

  タネガシ。湖に囲まれた山のような地形のこの街は、貴重な水源地

帯ということで昔からマフィア同士の抗争の舞台となってきた。血

で血を洗う抗争が幾度となく繰り返され、そのたびに大勢の死者が出

たという。そんなタネガシだが、今は一つのマフィアがタネガシ一帯

を治め、大規模な抗争は起きていないらしい。

 タネガシ二号と羽衣丸は目的地であるタネガシに到着後、荷下ろし

と乗員の休養で数日滞在することとなった。タネガシ二号を襲って

いた空賊を撃退したリーパーは、船長からうちで働かないかとの誘い

を丁重に辞退し、レオナと一緒に街へと出かける。他のコトブキ飛行

隊の面々は、それぞれ行きたい場所があるのか自由行動を取ることに

なった。

「マフィアが牛耳ってるって聞いたからもっと治安が悪いと思ったん

ですけど、そうでもないみたいですね」

「彼らも無駄に血を流すことを好む連中ではないからな。住民として

もきちんとみかじめ料を納めておけば、有事の際にはマフィアに守っ

てもらえる。実際に空賊連中への対処は自警団ではなく、マフィアが

主体となってやっているそうだ。持ちつ持たれつといった関係だな」

 リーパーの前を歩くレオナが、まあ悪い話でもないと続ける。地

球、それも日本だったら考えられないことだろう。癒着だ暴対法だと

騒がれ、街から追い出されているに違いない。それにニュースを見て

いると、とても反社会勢力のアウトローたちが良い人のようには思え

なかった。

 だが街の治安がいいということは、実際にマフィアたちがきちんと

活動していることの表れなのだろう。皮肉なことにこのタネガシの

自警団は団長の汚職で一度解散する羽目になり、現在は再編途中らし

く、彼らの分までマフィアが治安維持活動を担っているとのことだっ

た。

「拳銃、持ってくる必要はなかったですね」

「いや、最近タネガシでもガラの悪い連中がまたうろつきだしたらし

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い。マフィアじゃないが、空賊まがいの用心棒連中だ。イケスカの内

戦で雇われてる連中が、こっちに流れていると聞いている。使わない

に越したことはないが、持っておいた方がいいな」

 そのマフィアの一人に、リーパーとレオナは用事があった。レオナ

はタネガシを納めるマフィアの幹部の一人と面識があり、その幹部は

情報通とのことだった。

 リーパーが元の世界に帰るには、イジツの空に不定期で現れる「穴」

を見つけなければならない。そのために羽衣丸に搭乗して各地の空

を飛ぶことになったが、自力で見つけるにも限界はある。一応ラハマ

の自警団に貸しを作った関係で、ラハマ近郊に「穴」が開いたらすぐ

に教えてもらう手筈になっているが、それだけではやはり足らない。

各地に人脈を作っておく必要があった。

「すいません。自由時間なのにわざわざ付き合わせてしまって」

「いや、気にするな。君も元の世界に帰りたいんだろう?」

「もしかして、借りを返したいって考えてます? それなら───」

「いや、これは貸し借り抜きの話だ。困っている人がいたら助けたい、

そう思っただけだよ」

  二人が訪れたのは、一軒のバーだった。目的のマフィアの幹部と関

係のあるバーらしく、「自分に用があったらここに来い」と教えてくれ

たらしい。

「そんなに仲が良いんですか? どんな関係で?」

「彼女と初めて会ったのはアレシマでね、そこで素晴らしいものを

売ってくれたんだ」

「素晴らしいもの?」

「おへやではしるくんというトレーニング器具だ! しかも一台しか

ない貴重なものなんだぞ。アレのおかげで飛行船の中でも走ること

が出来てとても便利なんだ」

 なぜかトレーニングの話になると、レオナは目を輝かせる。ランニ

ングマシンみたいなものか、とリーパーは思った。確かに飛行船の中

ではランニングが出来ない。飛行甲板には戦闘機が係留されている

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し、ナツオら整備員たちが作業をしているので自由に走る、と言うこ

とも出来ない。通路は狭く、走ったら迷惑だ。

「ちょっと待っていてくれ、彼女と連絡を取ってくる」

 レオナはそう言って、カウンターに向かいマスターと何事か言葉を

交わしている。恐らく、そのマフィアの幹部とやらに会いたいと告げ

ているのだろう。アスターとレオナはそのまま店の裏に行ってしま

い、姿が見えなくなった。

 彼女の話を邪魔するわけにもいかず、リーパーはウェイトレスにサ

イダーを注文した。レオナを待っている間、客が置き忘れたのであろ

う新聞が隣の椅子に置いてあったので、なんとなく拾い上げて読み始

める。

 ケイトからある程度のイジツ語の読み方は習ったが、まだ一々イジ

ツ語から英語へ変換し、そこから日本語へと理解するのは中々時間が

かかる。それでも、新聞に何が書かれているのかはわかった。

『イケスカの内戦終結へ。協和派が勝利』

 イサオがいなくなった後、彼が率いていた自由博愛連合はいくつか

の勢力に分裂した。自由博愛連合に加盟していた中でも最大の都市、

イケスカでは、複数の勢力による内戦まで勃発していたことは、リー

パーもある程度話は聞かされていたので知っている。

 リーダーを失った自由博愛連合は過激派と協和派、そしてその他

諸々の勢力に別れて、自博連における主導権争いをしていたのだとい

う。過激派は「イサオの意思を継ぐもの」を称し、彼が行っていたよ

うな過激な行為を続けていた。空の駅に銃撃を加え、反自博連勢力の

飛行船を襲撃したり、街に爆撃を行ったり。以前もコトブキ飛行隊と

その過激派の間でひと悶着あったらしい。空賊みたいな連中だ。

 協和派は、自博連の理念自体は素晴らしいものだという考え方の勢

力で、イサオが表向き語っていたような「協力してイジツの諸問題を

解決しよう」という勢力だった。イサオのせいで自由博愛連合の威信

は地に落ちたようなものだが、それでもその理念自体は正しいと思う

人は大勢いる。その理由の一つが、空賊の跋扈だ。

 空賊は未だに大勢の人々を苦しめており、その空賊を強力な武力を

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以て撃退するという自由博愛連合の方針に共感する人は多いらしい。

特に空賊やならず者のせいで家族を失ったり、家を失って難民になっ

た人々の支持を得ているようだ。他にも空賊の被害に悩まされてい

る小さな街も、多くが口には出さないものの自博連に賛同している。

 その協和派と過激派が今まで内戦を繰り広げてきたが、協和派の勝

利となったと新聞には書かれている。過激派のほとんどは降伏し、

リーダー格だった連中は軒並み処刑された。今は協和派主導でイケ

スカの復興が始められている。

「どこの世界も似たようなもんだな」

 リーパーは運ばれてきたサイダーを口にしつつ、そんなことを思っ

た。地球でもイジツでも、主義主張による争いは無くならないらし

い。

 「なんだオメェ! 俺と一緒に酒が飲めねえってのか!」

 空気を震わせる罵声が背後から聞こえ、リーパーは思わず振り返っ

た。ボックス席に座ったいかにもガラの悪そうな男たちが、ウェイト

レスの腕を掴んで無理やり自分たちの席に引き寄せようとしている。

酔っぱらっているのか、それともここをキャバクラか何かと勘違いし

ているのか。

「お客様、ここは女の子と遊ぶ店では…」

「うるせえんだよ! こっちは金を払ってんだ、少しくらいサービス

しろよ!」

 若いウェイトレスはそれなりに整った顔をしており、男たちが手を

出そうとする気持ちもなんとなくわかった。だがここはバーで会っ

て、キャバクラではない。店員の言う通り、女の子と遊びたいのなら

他の店に行くべきだろう。

 だが男たちは嫌がるウェイトレスの姿を見て増々興奮したのか、彼

女を強引に自分たちの隣に座らせた。怯えるウェイトレスに向かっ

て顔を近づけ、ニヤニヤしながらその身体を撫でまわす。黒いジャ

ケットを着たリーダー格らしき男が、君の悪いニヤケ面でウェイトレ

スに迫る。

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「なあ、俺たちイケスカの内戦に行ってたんだよ。だから疲れてるん

だ、マッサージしてくれよ」

 そう言って男の一人がウェイトレスの手を掴み、自分の股間に持っ

ていこうとしたのを、流石にリーパーも見過ごすことは出来なかっ

た。余計なトラブルは御免だが、かといって何もしないわけにはいか

ない。

「おい、その辺でやめとけ」

 だが男たちはウェイトレスに夢中で、リーパーのことには気づいて

いない。マスターとレオナは店の裏に行ってしまっていて、残ってい

る店員たちもどうすればいいのかおろおろしている。男たちに絡ま

れているウェイトレスは、今にも泣き出しそうだった。

「やめろって言ってんのが聞こえないのか」

 こうなっては仕方ない。リーパーは立ち上がり、ウェイトレスを掴

んでいた男の手を払う。そして強引にウェイトレスを立たせると、カ

ウンターの方へと押し出した。

「んだテメェ! 引っ込んでろ!」

「これから俺たちはその子とお楽しみタイムなんだよ、邪魔するん

じゃねぇ」

 黒ジャケットの周りで、次々と男たちが立ち上がる。その人数は1

0人。酔っぱらっているのか、それともストレスが溜まっているの

か、その発散する矛先を欲しがっているようだ。

 マズかったな、とリーパーは自分の向こう見ずさを少し悔やんだ。

黒ジャケットの仲間がこれほど多いとは思わなかった。だが人数が

多くても少なくても、恐らく自分は行動を起こしていただろう。

「舐めてると殺すぞ、この野郎」

「俺たちを誰だと思ってんだ? イケスカの内戦で20機を撃墜した

マキシ飛行隊だぞ。てめえみてえなガキが舐めた口聞いて許される

と思ってのか?」

 バーの客たちが一斉に黒ジャケットとその仲間たちから遠ざかる。

だが怖がっているのではない、むしろこれから起こるであろう喧嘩を

楽しんでいるようだ。「さっさとやれ!」と誰かが煽る声が聞こえた。

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 男たちがリーパーを取り囲む。一対一、もしくは一対二程度であれ

ば、何とかなる自信はある。だが10人全員となるとキツイ。なるべ

拳銃こ

く人を殺すような事態は避けたいが、最悪の場合は

に頼らなけれ

ばならなくなるかもしれない───。

 「お前ら、ここがどこだかわかってんのか!」

 突如、若い女の声が店中に響いた。その声がした方向、店の入り口

を見ると、一人の少女が腕を組んで仁王立ちし、男たちを睨みつけて

いる。

 黒い帽子を被り、ジャケットをマントのように肩から羽織る少女。

だがデカい。身長のわりに態度も身体の一部もデカい。

「あ? んだこのガキ?」

「ガキだと? このわたしを誰だと思ってる? ゲキテツ一家幹部の

───」

「うるせえチビ、引っ込んでろ」

 ぶちり、と何かが切れる音が聞こえた、ような気がした。

「チビ、だとぉぉぉおっ!? お前、このフィオ様をチビって言ったな!?

 もう許さないからな!」

 フィオと名乗った少女が、一番手近なところにいた男の一人に頭突

きをくらわした。うげえ、と男が呻き、口からさっき食べたものを吐

き出しながらのたうち回る。

「んだこのチビ! ガキでも容赦しねえからな!」

「いい度胸じゃねえか、お前ら全員ぶっ飛ばしてやる!」

 男たちがフィオに向かっていく。だがフィオはその小柄さを活か

し、男たちが繰り出す拳を避け、カウンターパンチを叩き込み、さら

に蹴りを入れていく。

「このクソガキ!」

 男の一人が椅子を持ち上げて、フィオに殴りかかろうとしたので、

リーパーは思わずそいつの肩を掴んでいた。そして自分の方を向か

せると、その顔面にパンチをお見舞いする。多勢に無勢のようにしか

見えないフィオを、放ってはおけなかった。

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「おう? にーちゃんわたしに加勢してくれんのか?」

「まあ、女の子一人でチンピラ10人を相手にするのは大変だろうな

と思って」

「この私を誰だと思ってる? ゲキテツ一家のフィオ様だ! この人

数ならタイマンだって負けやしない」

 リーパーは殴りかかってきた男の腕を掴むと、そのまま背負い投げ

を決めた。背中から床にたたきつけられた男に、フィオがジャンピン

グエルボーをお見舞いする。突進してきた男を避けたついでに足払

いをして、床とキスをした男の脇腹に蹴りを入れた。

 横から男が殴りかかってきたので、両手でその腕を掴む。そして思

いっきりその身体を振り回して、壁に叩きつけてやった。その横では

フィオが男たちの懐に飛び込んで、アッパーカットを繰り出す。

「やるじゃねえか、にーちゃん」

「とはいえ、二人でこの人数は…」

 男たちがリーパーとフィオを取り囲む。どいつもフィオとリー

パーに殴られ、蹴られ、鼻血を出していたり歯が欠けてしまっている。

だが闘争心の方が強いのか、痛みをほとんど感じていないようだ。

「この野郎、よくも舐めた真似してくれたな…」

 先ほどフィオに顔面にパンチを食らい、鼻を潰されていた黒ジャ

ケットの男が、懐から何かを取り出す。彼の手に握られていたのは、

刃渡り20センチはありそうなナイフだった。

「おいおい、タイマンに武器を持ち出すのは反則だろ」

 そう言いつつも、どこか余裕の表情を見せるフィオ。彼女はいった

い何者なんだろう、とリーパーは思った。さっきゲキテツ一家と言っ

ていたが、その名前を最近どこかで聞いたことがあるような気がす

る。

  ナイフを大きく振りかぶった黒ジャケットが、まっすぐ二人に向

かって突っ込んでくる。相手が武器を持っているのであれば仕方が

ないと、リーパーも拳銃を引き抜こうとしたその時、店内に銃声が響

き渡った。

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 同時に黒ジャケットが握りしめていたナイフが、刃が根元から折れ

て柄だけになっていた。黒ジャケットの男はいきなり刃が吹き飛ば

されたナイフを見て、戸惑いの色を顔に浮かべていた。

「そこまでよ。それ以上やるなら、今度は貴方を撃ちます」

 リーパーが振り返ると、店の入り口にまた女性が立っていた。銃口

から硝煙が立ち昇る拳銃を構えた、金髪で長身の美女。彼女が黒ジャ

ケットのナイフを撃ち抜いたらしい。

「おいローラ、せっかくいいところだったのに…」

「ローラ、だと?」

 フィオの言葉を聞いた男たちがざわめく。

「死神のローラだ、あいつはヤバい!」

「逃げろ、命あっての物種だ!」

「くそっ、覚えてやがれ!」

 ローラ、という名前を聞いた途端、男たちが蜘蛛の子を散らすよう

に逃げていく。男たちは彼女の持つ拳銃ではなく、彼女そのものを恐

れているようだった。「あっ、あいつら金払ってねえ!」とフィオが

言ったが、後の祭りだった。

「まったく、逃げ足だけは速いみたいだな。おいにーちゃん、怪我はな

いか?」

「まあ、何とか」

「手間かけたな。本当ならああいった空賊崩れの連中は、私らゲキテ

ツ一家が対処するんだが…」

「ゲキテツ一家?」

 首を傾げるリーパーに、「あん? ゲキテツ一家を知らないのか?」

とフィオが目を丸くする。

「すいません、何分ここら辺には来たばかりで。それで、ゲンナリ一

家ってなんですか?」

「ゲキテツ一家だ! 私らはここら一帯を納めてるマフィアだ」

「ああ、思い出しましたよ。昔はこのタネガシは抗争ばかりだったけ

ど、ゲンメツ一家ってマフィアが今はここを納めてるって」

「ゲ・キ・テ・ツ・一家だ! 最初と最後しか合ってないぞ!」

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「それで、フィオさんでしたっけ? あなたがそのオゲレツ一家の幹

部だと」

「ゲキテツ一家だぁぁぁあっ! お前、ふざけてんのか!」

 肩で息をするフィオに、「二人とも、怪我はない?」とローラ。

「ごめんなさい。堅気の人間を巻き込んでしまったわね」

「いえ、こちらこそ助けていただきありがとうございました」

 リーパーはそう言って頭を下げる。「こちらこそ、ゲキテツ一家の

シマを守ってくれてありがとう」とローラも頭を下げた。いい人そう

だな、とリーパーは思った。

「あーあー、うちの店で派手にやってくれちゃったっすねぇ」

 食器の破片や椅子が散乱する店内に、ひょいと一人の女性が顔を覗

かせる。その後ろには、自分がいない数分のうちに荒れ果てた店の惨

状に困惑するレオナ。どうやら、彼女がレオナと知り合いのマフィア

らしい。

「レミ! お前どこをほっつき歩いていたんだ! 自分のシマの店く

らい、自分で守れ!」

「私も用事があったんすよ〜。でもよかったじゃないっすか、誰もケ

ガしなかったっすから」

 レミと呼ばれた頭にバンダナを巻いた女性が、ひょいとリーパーの

顔を覗き込む。

「君がユーハングから来たパイロットっすね〜? さっきレオナさん

から話は聞いたっす。手前はゲキテツ一家幹部のレミ。流れ雲のレ

ミともよばれてるっすよ。どうぞよろしくっす」

 そう言ってレミが手を差し出してくる。その手を握り返しながら、

ノーブラか…とリーパーは思った。こちらも中々デカいものをお持

ちのようだった。

「ここで話すのもなんだから、うちに来てくださいっす。あ、よかった

らフィオとローラもどうっすか?」

 散らかった店の中では、さっそく店員たちが掃除を始めていた。だ

が他の客が帰る様子はなく、また酒を飲み始めている。どうやらイジ

ツでは、あの程度の喧嘩は日常茶飯事らしい。

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第二二話 死神とゲキテツ一家

 「ん? にーちゃん面白いエンブレム付けてるな」

 レミ組の屋敷に向かう途中、フィオがリーパーの来ているフライト

ジャケットを見て声をかける。リーパーがフライトスーツの上に着

ているジャケットは、地球から持ってきた荷物の中に入っていたもの

だ。右肩部分に死神のパーソナルエンブレム、左方にはボーンアロー

隊のエンブレムワッペンが貼り着けられ、背中にはタスクフォース1

18の紋章であるスリーアローヘッズが刺繍されている。せっかく

だし皆でお揃いのジャケットを作ろうと誰かが言い出し、タスク

フォース118の隊員に販売されたものだった。

「そのエンブレム…死神か? にしては頭にリボンが着いてるが。な

んだか気味が悪いな」

「ちょっとフィオ、失礼でしょ?」

「ああスマンスマン、悪かったなにーちゃん」

 ローラに注意され、素直に頭を下げるフィオ。「着いたっすよ〜」と

レミが案内した屋敷は、数人の男がたむろする洋風の建物だった。

「クロ、客人が来たんでちょっと人払いしてほしいっす」

 クロと呼ばれた男にレミがそう言うと、あっという間に屋敷の中か

ら人の気配が無くなる。マフィアというより、暗殺者みたいな連中だ

な。リーパーはなんとなくそう感じた。

「改めて、手前はゲキテツ一家幹部のレミ。よろしくっす」

「私はオウニ商会所属、コトブキ飛行隊隊長のレオナ。レミさんとは

面識があるが、あなた方とは初めましてになる」

「おお! あんたがあのコトブキ飛行隊の! わたしはゲキテツ一家

幹部のフィオだ、よろしく」

 レミはレオナと知り合いらしいが、フィオとローラはそうでもない

らしい。だが彼女たちの活躍は広く知れ渡っているので、名前は知っ

ているのだろう。レオナが差し出した手を、フィオががっちりと掴

む。有名人と会えて嬉しい、という顔だった。

「どうも。俺は…」

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「あなたのことは知ってるっすよ。ユーハングから来たパイロット、

通称リーパー。ラハマを襲った自博連残党の爆撃機3機を、たった1

機であっという間に撃墜して見せた。話題になってるっすよ」

「なに? ローラ知ってたか?」

 初耳だと言わんばかりにフィオが尋ねると、ローラは呆れたような

顔をする。

「フィオ、あなた新聞は読まないの?」

「マフィアにそんなものは必要ない。必要なのは腕っぷしと部下とシ

マの住民の尊敬を集める人柄だ!」

「つまり活字が苦手ってことっすね」

「うぐっ…」

「新聞くらい読まないとダメっすよ。情報収集の基本っすから」

 そう言ってレミがテーブルの上にあった新聞をフィオに手渡す。

新聞には大空をバックに飛ぶフランカーのモノクロ写真が、一面に大

きく掲載されていた。「新たなるユーハング人、来る」、そんな見出し

が新聞には踊っている。

「飛行機乗りの間じゃ話題になってるっすよ。速度も機動もイジツの

戦闘機じゃ全く太刀打ちできないって、こぞって皆が情報を集めて

るっす」

 それに…とレミが続けた。

「タネガシ二号の船長から聞いたっす。何でもタネガシ二号を襲って

いた空賊15機を、たったの1機で蹴散らしたとか」

「それは本当か?」

「確かっすよ。船長がしきりにウチの護衛に引き抜きたいって言って

たっすから」

「そうか。にーちゃん、ありがとう。礼を言わせてくれ。タネガシの

船を守ってくれて感謝する」

 そう言ってフィオは頭を下げる。「どうもっす」「ありがとうござい

ました」と、レミとローラも続いて礼を述べた。

「最近空賊どもが増えているって話は聞いていた。本当だったら

ゲキテツ一家

でこのタネガシの飛行船も守らなきゃならないところ

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なんだが、何分人手が足りなくてな」

「空賊が増えているのは、やはりイケスカの内戦が終わったことと関

係があるのか?」

 レオナの問いに、レミが頷く。

 イケスカの内戦では各勢力が用心棒を雇って戦力を増強し、その中

にはかつてイサオと繋がりのあった空賊連中まで含まれていた。大

勢の用心棒が、職を求めてイケスカの空を飛んでいたという。

 だが内戦が終わってしまえば用心棒の需要は減る。優秀な連中は

新しいイケスカの飛行隊として今後も雇われることになるだろうが、

それ以外の連中───ほとんど空賊みたいな用心棒たちは、契約が打

ち切られて行き場がなくなった。そうして職にあぶれた用心棒たち

が、空賊になって各地で飛行船や街を襲ったり、さっきのバーのよう

に街で暴れたりしているのだという。

「最近は街同士のやり取りも増えて飛行船の発着回数も増えていて、

護衛が追い付かないんです」

「飛行機乗りの需要は増えてると聞いていたが、そういう事情があっ

たとは…」

「おまけに最近はああいったガラの悪い輩がこのタネガシをうろつく

ことも増えてきてるんだ。ゴロツキどもと空賊、両方に対処しなきゃ

ならん」

 みかじめ料を貰っている以上、マフィアは街の治安を守らなければ

ならない。もしも街にゴロツキやチンピラがのさばっていても、ゲキ

テツ一家が何もしなければ、あっという間に堅気の人間はマフィアを

信用しなくなるだろう。彼らの心はゲキテツ一家から離れ、街から追

い出されるかもしれない。

 だからバーの時のように、ゲキテツ一家が街を見回って治安を守っ

ている。だが街と街を結ぶ飛行船まで守るとなると、どうしても手が

足らない。街の飛行船には用心棒を雇って自衛してもらうしかな

かった。

「はいはい、空賊の話はそこまでっす。そろそろ本題に入るっすよ。

それでレオナさん、私らに依頼したいことがあるっすよね?」

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「ああ。彼が元の世界に帰るための手助けをしてほしいんだ」

「手助け? 何をすればいいんだ?」

 まだ何も言ってないのに、さっそく助けてくれそうな雰囲気のフィ

オに、少しリーパーは警戒した。もしかして手助けすると言って、そ

の見返りに何か高額な代金をふんだくられるのではないか。送り付

け商法とかあるしなあ…とリーパーは少し不安になる。

 だがフィオはリーパーの考えていることがわかったのか、笑って

言った。

「そんな怖い顔するな、にーちゃん。別に金を取ったりはしないさ」

「え? いいんですか?」

「にーちゃんにはバーであのチンピラどもを追い払ってもらったし、

タネガシ二号も守ってもらった礼があるからな。義理と人情がゲキ

テツ一家のモットー、恩人から金を取ったりしたらマフィアの名が廃

る!」

 こういう気骨が地球のマフィアやヤクザにもあればいいのだが。

大きな胸を張るフィオを見て、リーパーはそう思う。

「空に開く穴がイジツとユーハングを結んでいるのは皆さんご存知だ

と思いますが、その穴がこのタネガシ近辺に出現した場合、そのこと

をすぐに連絡してほしいんです」

「穴と言うと、完全に開かなくてよく途中で消えると聞くけど?」

「その状態でも構いません。穴が完全に開いていなくても、無線で

ユーハングと連絡さえ取れればいい。俺の無事を知らせて、現在の向

こうの状況を知りたいんです」

「なんだ、そんなことでいいのか。それくらいならお安い御用だ」

 どやぁ、と自慢げな顔をするフィオ。タネガシ一帯を取り仕切るゲ

キテツ一家にしてみれば、それくらいの情報収集など朝飯前なのだろ

う。

「他には何か知りたいこととかないっすか?」

「あるっちゃありますが、俺以外にもユーハングから来た人がいたら、

その人も一緒に連れて帰りたいなって」

 リーパーの言葉で、「あー…」とゲキテツ一家の三人が顔を見合わせ

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る。何かマズいことを聞いてしまったのだろうか、とリーパーは少し

警戒する。

「あー、ユーハング人っすね。まあ、いるっちゃいるっすけど」

「え? その人も迷子ですか? その人も俺と同じく帰りたがってな

いですか?」

「いえ、その方は自分の意思でこのイジツに残っているの」

「あー、他言はしてほしくないんだが、そのユーハング人ってのはうち

の親父なんだ」

「親父? フィオさんのお父さんですか」

「ゲキテツ一家の首領っす」

 このタネガシを統べるゲキテツ一家。その首領はユーハングから

来た人間らしい。と言っても、このイジツにやって来たのはかなり昔

のことらしいが。

 首領であるゲキテツは抗争が続くタネガシのマフィアをあっとい

う間に納めてしまい、一大勢力を築いた。どういう事情があってこの

日本

ユーハング

イジツに来たのかは知らないが、本人はもう

に帰るつもりはな

いのだという。今は用事があってタネガシを出ているとのことで、

戻ってくるのは当分先になるらしい。

「首領も穴のことについてはよく知ってるっぽいっすけど、最近はそ

の情報も当てにならないってぼやいてたっす。なんでもイケスカに

出た穴がイサオと一緒に消えてから、もう何もかも滅茶苦茶だって」

「そのイサオだが…」

 レオナがイサオが地球でまだ生きているかもしれないことを告げ

ると、彼女たちは一堂に嫌そうな顔をした。リーパーがルゥルゥにそ

のことを告げた時も、ゲキテツ一家と同じような反応が返ってきたも

のだった。

「あのイサオってやつ、直接会ったことはないけどなんか胡散臭い奴

だったよな」

「私も正直言って、好きにはなれなかったわ。言ってることは正し

いってわかるけど…」

「マフィアも厳しく取り締まるって言ってたっすからねえ。あのまま

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自由博愛連合がイジツを納めてたら、わたしら縛り首っすよ」

 総じて、好意的な評価は得られなかった。主張はわかるし、自由博

愛連合の理念が正当なものであることも理解はしている。だがなん

となく好きにはなれなかった。自由博愛連合を巡る戦いには巻き込

まれていなかったタネガシだが、そこの住民たちも自博連は好きにな

れない者が多いという。もっとも、タネガシはマフィアに守られてい

るからこその意見かもしれなかったが。

「とにかく、タネガシ近辺で穴が開いてたり、その予兆があればあなた

に伝えればいいのね?」

「ええ。あと、他の場所でそういう話を聞いた場合も、出来れば教えて

もらえると助かります」

「わかった! にーちゃん、このフィオ様に任せておけ! わーっ

はっは!」

 高笑いするフィオを見ていると、なんとなく安心するリーパーだっ

た。この先訪れる街でも、こうして地元の人々といい関係を築ければ

いいのだが。情報が多いに越したことはないし、もしも「穴」に関す

る情報提供者が多ければ、それだけ帰れる日が早くなる。

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第二三話 Inferno

  羽衣丸は荷物の積み替えと乗員の休養を終え、いよいよタネガシを

出立する日がやってきた。次の目的地はイズルマという、飛行船建造

で栄えている街だ。この第弐羽衣丸も、その前の羽衣丸も、そのイズ

ルマで建造されたという。

 今回イズルマを訪問するのはタネガシで積み込んだ商品を運ぶだ

けでなく、定期点検も兼ねてのことらしい。大規模な損傷などは受け

ていないが、それでも空を飛ぶものである以上、定期点検を怠るわけ

にはいかない。現地では3日から4日程度滞在する予定とのこと

だった。

「ラハマ管制塔、こちらコトブキ飛行隊。離陸許可を求める」

 出立当日、コトブキ飛行隊とリーパーはラハマ飛行場の滑走路で離

陸許可を待っていた。羽衣丸を始めとしたにも飛行甲板はあるが、係

留中は使用不可能となる。その時に空賊などの襲撃を受けては応戦

が出来ないため、飛行船を係留する時は護衛機は全て地上に下ろすの

が一般的だった。

 既に羽衣丸は係留塔を離れ、街を出ようとするコースを飛行してい

る。羽衣丸がタネガシの郊外に出たところで、後から離陸したコトブ

キ飛行隊とリーパーが合流する予定だった。

「…返事がないな」

「寝てんじゃない?」

 チカが呑気そうに言った直後、ようやく管制官から応答があった。

だがその口調はどこか慌てている。冷静沈着が求められる管制官が

この状況では、何かあったに違いない。

『コトブキ飛行隊、アローブレイズ飛行隊、離陸を中断せよ。緊急事態

が発生した』

「緊急事態?」

『空賊に襲撃され、被弾した輸送機が緊急着陸する。一時待機せよ』

 あらまあ、とザラが口に手を当てる。空賊が空を行き交う飛行船や

輸送機を襲撃するのは珍しくないことだが、このタネガシ近辺でもそ

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んなことが起きるとは。

「あれ!」

 キリエが東の空を見て叫ぶ。見ると青空をバックに、黒い煙の線が

走っている。その出どころは1機の百式輸送機からで、その機体は今

にも墜落してしまうのではないかと思うほど、左右にふらついてい

た。

「護衛機が見えないな。撃墜されたのか?」

「あれ、マズくない?」

 被弾した輸送機は何とか着陸態勢を取ろうとしているようだが、エ

ンジンをやられているのか十分な推力が得られていないようだ。そ

れに主翼にも被弾しているらしく、ロールしそうになる機体を無理や

り抑え込んで、どうにか水平を保っているようにも見える。

 滑走路に飛行場の消防車と救急車が入ってきて、輸送機の不時着に

備える。だが輸送機の機体は既に限界を迎えていたらしい。突如右

エンジンから火が噴いたかと思うと、急激に高度を落としていく。空

中で複数の爆発が起き、そのたびに輸送機が大きく揺れた。

 地上からでもパイロットの必死の形相が、風防越しに見えた。何と

か滑走路を塞がないようにと最後まで頑張っていたのか、それとも単

純に操縦不能に陥っていたのか。

 斜めに傾いた機体が滑走路脇の誘導路に接触したかと思うと、轟音

と共に地上で待機しているコトブキ飛行隊の隣を、火の塊となった輸

送機が滑っていった。

「くそっ!」

 着陸に失敗した輸送機の破片が周囲に飛び散り、機体に破片が当た

る乾いた音が響く。墜落した輸送機はいくつかの破片に分裂し、その

中で一番大きい胴体部分が誘導路脇の格納庫へと転がっていく。爆

発音と共に、脱落したエンジンが派手に吹き飛んだ。

「うわ…」

 チカが思わず言葉を漏らした。あの状態では、パイロットの生存は

絶望的だろう。消防車が駆け付け消火を始めたが、火の勢いは弱まら

ない。

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『レオナ、聞こえる? 緊急の依頼よ』

 管制塔の指示を待っていたコトブキ飛行隊とリーパーに、先に離陸

していた羽衣丸のルゥルゥから通信が入る。

「マダム、依頼とは?」

『タネガシに多数の空賊が接近中よ。恐らく、今墜落した輸送機を

襲った連中ね。そいつらを迎撃してほしいと、今タネガシの市長から

連絡があったわ』

「空賊が到達するまであとどれくらいですか?」

『10分から15分といったところね。低空を飛行して、タネガシま

で接近してきたみたい』

 タネガシにも自警団はいるが、現在再編中の上に練度も低いと聞い

ている。おまけにさっき墜落した輸送機が転がっているのは、自警団

の戦闘機がある格納庫の前だ。格納庫自体は無事のようだが、輸送機

の残骸を退かさないと出撃できないだろう。

『報酬は普段の3倍出すと市長は言っているわ。それで、どうするの

?』

「受けるしかないでしょう。今対応できるのは私たちしかいない」

 いいな、皆。とレオナ。ノーと言える状況ではなかった。今すぐ対

応できるのは、離陸準備中だったコトブキ飛行隊とリーパーたちだ

け。自警団は出撃出来ないし、自警団に代わって実質的に街を守って

いるゲキテツ一家の連中が今から離陸準備を始めたとしても、最初の

機が上がる頃には空賊がタネガシの目と鼻の先まで迫っている。

「リーパー。君もこの依頼を受けてくれるな?」

「もちろん」

「…ということだ。管制塔、離陸許可を」

 既に管制塔にもコトブキ飛行隊が空賊に対応するという話は伝

わっていたらしい。すぐに、離陸許可が出た。

「墜落機の破片を踏まないように注意しろ。指示は離陸後に出す。

リーパー、今回も君は私たちと一緒に行動してくれ」

「了解です」

 頼りにされてるのか、それとも手元に置いておかないと何をしでか

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すかわからないと不安なのか。リーパーは前者であることを願った。

 破片が散乱する滑走路に、ゆっくりと7機の隼が進入を開始する。

戦闘機ということである程度の不整地運用も想定されている隼だが、

鋭利な金属片を踏んでしまえばタイヤがパンクしてしまう。地上の

作業員が完全に滑走路上の破片を除去してから離陸するのが望まし

いが、それでは手遅れになる。

  レオナ機を先頭に、コトブキ飛行隊が離陸を開始する。彼女らに続

き、最後にリーパーも離陸を開始しようとしたその時、格納庫の脇を

誰かが走っているのが見えた。

「あれは…」

 ゲキテツ一家のフィオだった。子分らしき男を何人か引き連れた

彼女は、滑走路を指さして何事か怒鳴っている。だがいつまでもその

様子を見ているわけにもいかず、リーパーも滑走を開始した。

 離陸速度に達し、操縦桿を引き起こす。破片でタイヤをパンクさせ

ることもなく、リーパーが乗る隼はふわりと宙に浮いた。ある程度ま

で高度を上げたところで主脚を引っ込め、離陸失敗時に備えて脱出し

やすいように開けていた風防を閉める。

『こちらタネガシ管制塔。空賊はタネガシの東、方位080から接近

中。数はおよそ40。距離は約20キロクーリル、高度は600クー

リル。街の上空に到達する前に撃退してくれ』

「了解した」

『頼むぞ、コトブキ飛行隊!』

 下を見れば一面の民家が広がっている。もし戦闘空域が市街地の

上空に移動してしまえば、撃墜された機体の残骸が人々に向かって降

り注ぐ事態となる。それだけは何としても避けなければならない。

空賊が街に到達する前に、全機撃退する必要があった。

「空賊の連中、なんでまたわざわざタネガシを襲うんだろうね? こ

こってゲキテツ一家ってマフィアが街を治めてるんでしょ? そん

な人たちに喧嘩売ってタダで済むと思ってんのかな?」

 リーパーも全く同意見だった。だが最近になってゲキテツ一家の

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シマにちょっかいを出してくる空賊連中は増えているらしく、また他

の街のマフィアもタネガシに勢力を伸ばそうとしてきているのだと

いう。

 ゲキテツ一家の評判に泥を塗ろうとする連中の仕業だろうとリー

パーは思った。もしも空賊の襲撃を防ぎきれずに住民に被害を出し

てしまった場合、ゲキテツ一家の評判は下がる。せっかくみかじめ料

を払っているのに、ゲキテツ一家は何をやっていたんだと街の住民は

思うだろう。そう思う住民が増えていけば、ゲキテツ一家は反感を買

いいずれ街を追い出されることになる。

「リーパー、君は前衛だ」

「了解です。編隊は組みますか?」

「まだ君と連携する訓練はしていない。周囲の状況を確認しつつ、自

分の判断で交戦しろ。ただし、離れすぎるなよ」

「了解です。ボーンアロー隊、コトブキ飛行隊の指揮下に入ります」

 連携の取れない味方は敵より恐ろしい。が、この状況でリーパーの

戦闘力を放っておくわけにもいかなかった。タネガシ二号の時の戦

闘で、彼の実力はある程度分かる。一人でも十分戦えるだろうと判断

したレオナは、敢えてリーパーを編隊には組み入れなかった。

 もっとも、それはリーパーを一人で戦わせると言うことではない。

いざという時には自分とザラがサポートに入るつもりだった。

「彼、なんだか嬉しそうね」

 隊員らに指示を出した後、二人だけの周波数でザラが話しかけてく

る。「そうか?」とレオナは返した。

「私は特に何も感じなかったけど」

「もう、レオナはやっぱり鈍いわね。彼、指示を出してもらえるのがな

んだか嬉しいみたいよ。ユーハングだと、いつも隊長として飛んでい

るからかしら?」

 ザラと二人で始めたコトブキ飛行隊だが、隊員が6人になるまでに

は時間がかかった。それでも長いこと、レオナは隊長としてザラたち

を率いて飛んでいる。だがリーパーは初めての実戦から、ほんの半年

で隊長を任されたのだという。

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 レオナも駆け出しのころに経験したリノウチ大空戦の直後、ザラと

出会ってコトブキ飛行隊を結成し、隊長として飛んできた。そういう

意味ではレオナとリーパーには、どこか似たところがあるのかもしれ

ない。

「確かに、部下の命を預かって飛ぶことには重責を感じるよ」

「やっぱり誰かの下で飛んでみたいと思うことはある?」

「ああ。自分の判断一つで皆が死ぬかもしれないと考えると、そう感

じることもあるよ。だが今の私はコトブキ飛行隊の隊長だ、責任から

逃げ出したりはしない」

「それを聞いて安心したわ。…っと、お客さんみたいね」

 遠くの空に、ゴマ粒をバラまいたかのような機影が見える。それは

あっという間に、40機近い戦闘機の形となってコトブキ飛行隊に接

近しつつあった。

「翼の下にガンポッド、紫電ね」

「これはまた良い機体だな、空賊にはもったいない」

 とはいえ、隼が一番なことに変わりはないが。レオナはいつも通

り、2機ずつの編隊を組むように命令した。キリエとチカ、ケイトと

エンマ、そしてレオナとザラの3編隊だ。リーパーは、キリエ達と一

緒に前衛を任せることになる。

「行くぞ。コトブキ飛行隊、一機入魂!」

 はい! と5人が返事した。だが、リーパーだけは何も言わなかっ

た。リーパーはスロットルを上げ、敵機の群れに突っ込んでいく。瞬

く間にヘッドオンで2機を撃墜し、それを合図に空戦が始まった。

「あいつ、いきなり突っ込んでいくなんて…!」

 バカ、とレオナは呟くと、自らもザラと共に空賊を追いかける。空

賊たちはいきなり突っ込んできたリーパーに混乱しているようで、動

きが乱れたところにチカとキリエが後に続き、空賊たちにドッグファ

イトを仕掛けていた。

   

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「ヘイハチ、早くしろ! この街はゲキテツ一家が守るんだ、カタギに

任せてられるか!」

「ですが親分、まだ誘導路に破片が…」

「全部綺麗にする必要はない! わたしの紫電が滑走路に入れるくら

いの隙間だけ破片を取り除いてくれればいいんだ!」

 一方滑走路脇に並ぶ格納庫の前では、格納庫から引き出された紫電

一一型の操縦席に収まったフィオが、フィオ組副長のヘイハチをどや

しつけていた。

 墜落した輸送機が誘導路に破片をバラまいてしまったせいで、それ

らを取り除かなければ格納庫の機体は滑走路へ進入できない。フィ

オは空賊接近の一報を聞きつけて、他のゲキテツ一家幹部と共にタネ

ガシ飛行場でゲキテツ一家が占有している格納庫へと向かった。だ

が運悪く直前に墜落した輸送機で誘導路が使えなくなってしまい、今

はゲキテツ一家の組員を総動員して路面の掃除と整備をしていると

ころだった。

「早くしろ〜早くしろ〜」

「フィオったら、そんなに急いでるなら自分も掃除した方がいいん

じゃないの?」

 同じくゲキテツ一家幹部であるシアラが、自らも愛機の雷電に搭乗

しつつからかうような口調で言う。既にローラたち他の幹部も機体

に搭乗していたが、誘導路が使えるようになるまでもう少し時間がか

かりそうだった。

「急いで当然だ! タネガシを守るのはこのゲキテツ一家だ。いくら

あのコトブキ飛行隊とはいえ、カタギに任せてたらマフィアの名折れ

だ!」

「首領が留守の間に攻めてくるとは、空賊たちも意外と頭がいいよう

だな」

 会合に出席していたため遅れてやって来たイサカが、零戦二一型の

座席に座りつつ言う。ゲキテツ一家首領がいない間にタネガシを守

るのは、残留する幹部たちの役目だった。コトブキ飛行隊に任せて自

分たちは何もしなかった、なんて報告はしたくはない。たとえ滑走路

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を使えるようになるまで時間がかかったという理由があったとして

もだ。

「それにしても、あの青い戦闘機のパイロットは誰かしら? コトブ

キ飛行隊は6人で構成されているのよね?」

「あの青い隼っすか? 尾翼にピンクのリボンを付けた死神が描いて

あったから、例のユーハングから来たパイロットじゃないっすか?」

「死神にピンクのリボンなんて趣味わる〜い。フィオならピンクのリ

ボン、似合うんじゃない? 子供っぽくてかわいく見えるかもよ?」

「うるさいシアラ! 誰が子供だ!」

 ぎゃあぎゃあと言い合う間にも、組員たちが滑走路に散らばった破

片を取り除き、墜落時に抉れた路面には土を盛って均す。フィオたち

がやって来て10分もしないうちに、ひとまず誘導路は復旧した。

「行くぞ! 皆私に続け!」

「ちょっと〜、何勝手に仕切ってるの?」

 フィオたちの搭乗する戦闘機たちが誘導路を通り、滑走路へと向か

う。そんな中、ニコはただ一人黙ったままだった。

「(…フィオにピンクのリボン。絶対にかわいい、見たい。今度プレゼ

ントしようかな)」

 ニコがそんなことを考えていることなどつゆ知らず、先頭に立つ

フィオが紫電を離陸させる。空戦が得意というわけではないが、タネ

ガシを守るためには苦手だなんだと泣き言を言っているわけにもい

かなかった。

 

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第二四話 無慈悲な摂理

  一人で何でも出来るなら、編隊なんて組む必要はない。レオナは以

前、ザラに言われた言葉を思い出していた。あの言葉でレオナは、そ

れまで拘っていた「誰かに借りを作りたくない」という気持ちから抜

け出し、本当の意味でコトブキ飛行隊の皆に頼ることが出来た。

 一人で何でも出来ないからこそ、皆で助け合う。それがコトブキ飛

行隊だ。だが───。

「あいつは───」

 レオナは空賊の群れに真っ先に突っ込んでいったリーパーの隼を

見て、思わず言葉を失った。ヘッドオンで二機を撃墜し、さらに敵機

の群れをかき乱しつつ一機を撃墜。今は空賊の紫電の背後を取って

追いかけまわしている。

 空賊たちも突然単機で突っ込んできたリーパーに驚いたのか、動き

が乱れている。この好機を見逃すわけもなく、レオナは攻撃を命じ

た。二機編隊を組んだ隼が、紫電の群れに食らいつく。

「リーパー、一人で無茶をするな!」

「了解」

 一言だけ、返事が返ってきた。

 リーパー機の機動は、どこか異質だった。リーパーは紫電の一機の

背後を取り、ひたすら追いかけている。数十メートルの距離まで近づ

き、右に左に旋回して振り切ろうとする紫電にぴったりと追随してい

る。中々撃たないのは、必中を狙っているからなのだろうか。

 空賊の紫電がバレルロールを打って、リーパー機をオーバーシュー

トさせようとする。だがそれを見越していたかのように、リーパーの

隼が全く同じタイミングで、しかも空賊の紫電と全く同じ軌道でバレ

ルロールを打った。バレルロールでリーパー機を躱したと思ったの

か、安堵したらしい紫電の戦闘機動が一瞬鈍くなる。だがリーパーは

ぴったりと背後についたままだった。

 ようやくリーパーが発砲した。放たれた銃弾は至近距離から紫電

の操縦席を背後から撃ち抜き、風防が割れ赤い液体がべっとりと飛び

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散る。機体がふらふらと降下を始め、その頃にはリーパーは他の機体

を追いかけていた。

「まるでエンマね…」

「ああ、だがどこか違う。やろうと思えばいつでもやれたはずだ」

「そうですわ。第一私は、あんないたぶるように敵を追いかけ回した

りはしませんわよ」

 エンマも空戦では、目を付けた相手を追い回すことが多い。リー

パーも先ほど敵機を追い回し、その末に撃墜していたが、もっと早く

撃墜出来ていたはずだ。なのに彼は中々撃とうとしなかった。

「死神のエンブレムは伊達じゃない、ってことか…」

 いつ相手を殺すかタイミングを伺う死神。あの距離まで近づいて

いれば、機銃を撃ちまくれば何発かは当たったかに違いない。だが

リーパーは確実に、一撃で敵機を撃墜出来るタイミングを伺ってい

た。そしてリーパーが放った銃弾は全て敵機に命中し、確実にパイ

ロットの命を奪った。

「後ろに敵が…」

 リーパー機の背後から二機の紫電が迫っていることに気づき、キリ

エが警告しようとする。だが最後まで言い終える前に、まるで最初か

ら背後の敵機に気づいていたかのようにリーパーは回避行動を取っ

ていた。後ろにも目があるみたいだ、とキリエは思った。

 機動性に勝る隼の特性を活かし、リーパーがハイGターンを決め

る。旋回中にリーパー機が発砲し、背後からならば気づかれていない

だろうと慢心していた紫電を一機撃ち落とす。そのままリーパー機

はもう一機の背後を取り、攻守が入れ替わった。また追いかけっこが

始まり、数秒後、紫電が撃墜される。

「なんだコイツは!」

 一方空賊たちも、次々と確実に仲間を仕留めていくリーパー機の存

在を脅威と捉え始めていた。最初はリーパーの機体よりも、コトブキ

飛行隊の方を脅威と考えていた。だが流石のコトブキ飛行隊でも数

で圧倒できるだろうと余裕をこいていられたのもつかの間、空賊たち

の意識がコトブキ飛行隊に向いている間に、次々と仲間がリーパーに

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落とされていた。

 死神のエンブレムを付けた隼はいつの間にか背後に忍び寄ってい

て、こちらがいくら回避行動を取ってもまるで見えない糸でつながっ

ているかの如く正確に追随してくる。そしてこちらの機動が鈍った

その一瞬に、必中の銃弾を叩き込んでくるのだ。

 こちらが背後を取っても、トリッキーな機動でいつの間にか背後に

回られている。それが一対一であっても、一対二であっても同じだ。

それ以前に、中々背後を取ることすらできない。まるで後ろにも目が

ついているかの如く、攻撃が回避されてしまう。

「なんだこのバケモンは…」

 空賊たちは本能的な恐怖を抱いていた。コトブキ飛行隊を相手に

している時は、まだ人間と戦っているという気がする。だがこの青い

隼は何かが違う。淡々と、だが烈火の如く次々と空賊たちを屠ってい

く。

「捕食者だ…」

 誰かが呟いた。自分たちはあの死神のエンブレムの機体にとって、

獲物

ターゲット

経験値

」でしかない。撃墜して

を稼ぐだけの標的でしかない。

 「凄いや、7機目を撃墜!」

 また1機、リーパーが空賊機を撃墜する。その様子を見て、チカが

驚嘆の声を上げた。コトブキ飛行隊が連携して空賊に挑んでいる間

に、リーパーは次々と敵機を屠っていく。

 今も紫電に追われているリーパーの機体が、突然180度ロールし

て背面飛行になると、そのまま下方向へ逆宙返りを行った。スプリッ

トSだ。自機を追ってきていた空賊機と高度差がある形で正対し、下

方から紫電に向けて発砲する。下からエンジンを撃ち抜かれた紫電

が、黒煙を吐きながら急降下していく。

「何かイサオみたいだね」

 かつて自由博愛連合を率い、コトブキ飛行隊と激戦を繰り広げた、

「天空の奇術師」と呼ばれた男。リノウチ大空戦では一回の出撃で1

2機を撃破し、レオナの命をも救った男は、反自由博愛連合同盟との

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戦いでも自ら操縦桿を握って戦った。その機動はどんなパイロット

でもついていくことが出来ず、多くの機体が彼によって撃墜された。

「あら、どちらかというと一心不乱のレオナじゃありませんこと?」

「いや、彼は確実に敵機を仕留めてから次に移っている。私とは違う

よ」

 今はこうして隊長機として飛んでいるからこそ、好き勝手な飛び方

は出来ないものの、かつてのレオナはともすれば敵機撃墜以外のこと

を考えられなくなるようなパイロットだった。その結果ついたあだ

名が一心不乱のレオナ。だが一心不乱モードと呼ばれる彼女の空戦

機動にも弱点があり、敵機に攻撃を命中させると確実に撃墜できたか

確認せず次に移ってしまうところがあった。

 かつてアレシマを空賊が襲撃した際、イサオと共にこれを迎撃した

ことがある。その時のレオナはキリエのように頭に血が上り、ひたす

ら敵機を追いかけまわしていた。あの時撃墜されなかったのは単純

に運がよかったのと、ケイトがレオナを庇って被弾したことで冷静に

なれたからだった。

 リーパーもひたすら敵機を撃墜することだけを考えているように

も見える。だがあくまでも冷静だ。そして炎のように激しく敵を

屠っていく。全くタイプの違う人間だが、確かにイサオのようだっ

た。

「よくあんな機動していて疲れないね」

「ジェット戦闘機に掛かるGはレシプロ機よりも遥かに大きい。彼に

とってこの程度のGは十分耐えられるレベルと推測」

 自らも空賊機を撃墜しながら、冷静に語るケイト。その目はさっき

から、自由に飛び回るリーパーの方へと向いていた。

「ケイトのように冷静で、チカみたくトリッキーな飛び方が出来て、そ

の上レオナのように激しく戦い、エンマの如くしつこく敵を追いかけ

まわす。一人でコトブキ飛行隊四人分の働きね」

「彼はユーハングでもあんな風に戦っていたのかな」

 タネガシ二号を救援した時には、既に戦いはほとんど終わっていた

ので直接リーパーの腕を見る機会はなかった。だがこうしてリー

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地球

ユーハング

パーの戦闘を見ていると、彼が

でもエースパイロットだったと

いう話は本当だったのだと実感する。

「私たちも負けてられないね!」

「ああ、タネガシには絶対に近づけるなよ!」

 レオナは敵機の一機を照準に納めると、スロットルレバーに取り付

けられた発射レバーを握る。軽やかな銃声と共に12.7ミリ弾が

機首の機関砲から吐き出され、曳光弾が空を引き裂く。空賊の紫電の

翼に機銃弾が突き刺さり、炎に包まれた機体からパイロットが脱出

し、パラシュートが荒野に向かって降下していく。

『オラオラ、空賊ども覚悟しろ! ゲキテツ一家ただいま参上!』

 無線機からやかましい声が聞こえ、直後6機の機影が戦闘空域に

突っ込んできた。機種はそれぞれバラバラだが、機体にはリボルバー

拳銃の弾倉を象ったエンブレム。ゲキテツ一家の幹部たちが、ようや

く空賊撃退のために到着した。

『手間を掛けさせた。私はゲキテツ一家幹部のイサカ、後は我々が引

き受ける』

 零戦二一型がコトブキ飛行隊と並んで飛び、翼を振って仲間だと示

す。その後遅れてやって来たいくつかの機体は、彼女たちの子分の機

体だろう。

 空賊たちは旗色が悪くなったと見たのか、続々と逃げ出し始めた。

「一機も逃がすな!」とイサカが言うと、「イサカ、勝手に仕切るな!」

とフィオが返す。

「凄い暴れっぷりっすねえ」

 零戦五二型に搭乗するレミが、逃げる空賊を追撃するリーパーを見

て呟く。彼女たちが見ている前で、また空賊の紫電が墜ちていく。

やったのはやはりリーパーだった。

「隊長さん、迷惑かけちまったな。あと、タネガシを守ってくれてあり

がとう。後は私らでやるよ」

 レオナの機体と並んで飛ぶフィオが、風防越しに手を振る。ゲキテ

ツ一家が迎撃に出たのならもう大丈夫だろう。レオナはそう判断し、

羽衣丸への帰船を命じた。逃げる空賊たちが、ゲキテツ一家の手で

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次々と撃墜されていく。空賊たちが街を襲う余裕はもうないだろう。

「リーパー、撤収だ。羽衣丸に戻るぞ」

「了解」

 その返事と共に、今まで散々暴れまわっていたリーパーの隼が、急

に敵機の追撃を止めて引き返してくる。てっきり全機撃墜するまで

戦い続けることを選ぶかと思っていただけに、彼が素直に命令を聞い

たのは意外なことだとレオナは思った。

「青い隼のパイロット…もしかして昨日のにーちゃんか?」

「ああ、リーパーだ。今はこうしてコトブキ飛行隊と行動を共にして

いる」

「そうか。ありがとな、コトブキ飛行隊。それとにーちゃん、あんたに

助けられたのはこれで二度目だな。礼を言う。この借りは絶対忘れ

ないからな、何か困ったことがあったらいつでも私らを頼ってくれ

!」

 リーパーは黙っていた。しばらくして、「…輸送機のパイロットは

どうなりました?」と返ってくる。

「輸送機のパイロット? 飛行場に墜落した機体か?」

「はい、パイロットは…」

「残念だが死んだ。最後に滑走路を塞がないように頑張ったんだろう

な。この落とし前は空賊どもに絶対に払わせる、安心してくれ」

 イジツではしょっちゅう人が死ぬ。街での乱闘、喧嘩、決闘。街を

一歩出れば空賊たちが跳梁跋扈していて、護衛機をつけていても襲わ

れる。人の命が機銃弾一発並みに軽い、それが今のイジツだ。

 だから空戦で人が死ぬのは当然のことだとレオナは思っているし、

コトブキ飛行隊の中でそう思っていないメンバーは誰もいないだろ

う。今までは運よく隊員に死人を出さずにやってこれたが、これから

先も上手くいくとは限らない。次の出撃で、誰かが死ぬかもしれな

い。もしかしたら、自分が死ぬ番が来るかもしれない。

 リーパーのいた地球でも、世界を巻き込んだ大きな戦争が起きてい

るのだという。そして彼自身、今まで200機以上の敵機を撃墜して

きた。その過程で何人も敵機のパイロットを殺してきただろうし、何

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人も味方が死ぬのを見て来ただろう。だからリーパーも自分たちと

同じく、人の死には慣れているに違いない。レオナはそう思ってい

た。

「…くそっ」

 無線機から、小さくリーパーがそう呟く声が聞こえた。何かを後悔

するような、そんな声。

 空賊の追撃から戻ってきたリーパーの青い隼が、コトブキ飛行隊と

並んで空を飛ぶ。レオナは風防越しに、その操縦席を覗いた。

 リーパーは被ったヘルメットのバイザーを下ろしたままだった。

その顔がどんな感情の色に染まっているのか、レオナは伺い知ること

が出来なかった。

「…戻りましょう」

 何かを察したように、ザラがそう促す。レオナとしても、ゲキテツ

一家がやって来た以上長いことこの場に留まる必要もなかった。そ

れに空戦で燃料と機銃弾を消耗してしまっている。早いところ羽衣

丸に合流して、護衛という本来の仕事に戻らなければならない。

「そうだな。コトブキ飛行隊、これより羽衣丸に帰還する」

 レオナが先頭に立ち、コトブキ飛行隊がそれに続く。少し遅れて、

青い隼が後を追う。

 

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第二五話 死神と挫折

 「あら、彼は来てないの?」

 夕食の時間になっても、リーパーはジョニーズサルーンに姿を見せ

なかった。既にコトブキ飛行隊や手の空いた羽衣丸クルーが夕食の

ためにサルーンにやって来ているが、その中にリーパーの姿はない。

空賊を撃退し羽衣丸と合流してから、彼の姿を誰も見ていなかった。

「病気かなぁ?」

「顔色、歩行共に問題はなかった。体調不良の可能性は低い」

 首を傾げたキリエに、ケイトがすかさず返す。

「あっ、班長! リーパー見なかった?」

 整備士たちと共にサルーンにやって来たナツオにキリエが尋ねた

が、皆首を横に振った。

「あいつか? いや、見てないぞ。機体の整備が終わったのを確認し

てから、それっきりだ」

「そういえば、どこか落ち込んでいるようにも見えましたわね」

「落ち込む? 何で? 空賊もやっつけて、報酬もたくさんもらって、

悪いことなんて何もないのに」

 チカがリリコの運んできたカレーうどんを口にしながら、何をバカ

なことをと笑う。

 タネガシを襲おうとしていた空賊を撃退した後、タネガシの役所か

ら飛行機で今回の報酬が運ばれてきた。今回は全員で空賊撃退に当

たったため報酬は七等分したが、それでも結構な額だった。どうやら

ゲキテツ一家が礼として、大目に報酬を支払ってくれたらしい。

 タネガシの街に被害はなく、報酬もいつもより多くもらえた。チカ

の言う通り、悪い話など何一つない。だがリーパーは羽衣丸に戻って

からも、明らかに喜ぶ様子はなかった。

「彼、自分を責めてるのかもしれないわね」

「責める? 何を? 空賊を全員撃墜出来なかったこと?」

「私たちが離陸する前に、空賊に襲われた輸送機が墜落していただろ

う? あれを救えなかったのを後悔しているのかもしれない」

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「でも、あの輸送機は私たちが離陸するはるか前に空賊に襲われてい

ましたわ。あのタイミングでは、私たちが何をしようとあの輸送機を

救うことは出来なかったと思うのですが」

 滑走路に墜落した百式輸送機の乗員は、全員死亡していたらしい。

本来タネガシへの着陸予定はなかったが、タネガシ近郊で空賊に襲わ

れ緊急着陸を試みていたようだ。輸送機の護衛機も全滅していたと

いう。

 確かにエンマの言う通り、目の前で空賊に襲われていたのならばと

もかく、自分たちが離陸する前に離れた場所で襲われていたのでは、

何も出来なくて当たり前だ。そのことで誰もリーパーを責める者は

いない。あの輸送機の乗員たちは、ただ運が悪かった。それだけの話

だ。

「何でそこまで自分を追い詰めるかな? もっと気楽にやればいいの

に」

「能天気なキリエには自分を責めるとかいうことは出来ないもんね」

「うっさい、バカチ!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐチカとキリエ。キリエの言う通り、リーパーも

もっと肩の力を抜いて飛べばいいのに。ザラはそう思った。

 だが隼から降りた時のリーパーの顔を見て、ザラはレオナと初めて

会った時のことを思い出していた。あの時の彼女もリーパーも、どち

らも自分を責めて思いつめた顔をしていた。駆け出しだったレオナ

は、リノウチ大空戦での自分の未熟さを思い知らされ打ちのめされて

いた。その時のレオナの様子は、今でもよく覚えている。

   コトブキ飛行隊と羽衣丸のクルーが夕食を終え、一時間ほどたった

後、客が誰もいないサルーンにリーパーが一人やって来た。グラスを

磨いていたジョニーが「いらっしゃい」と声をかける。

「注文は?」

「サイダーを」

「食べないの?」

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 リリコの問いかけに、リーパーは無言で頷く。その目は伏せがち

で、テーブルの上で組んだ自分の両手を見つめている。

 リリコがサイダーの入ったタンブラーをリーパーの上に置いた。

「ありがとうございます」と返したものの、その手がタンブラーに伸び

ることはない。

「ここにいたのね。あなたの部屋に行ってみたんだけど、行き違いに

なっちゃって」

 その声で顔を上げると、ザラがリーパーの前に立っていた。

「あら、まだお腹が空いてたの?」

「飲み直しよ。ビール2人分お願い」

 そう言ってザラが、リーパーのテーブルの椅子に座る。運ばれてき

たビールを一樽、リーパーの前に置いた。

「ほら、飲んで。私の奢りよ」

「いや、もう頼んで…」

「まだ一口も飲んでないじゃない。せっかく生きて帰ったのに、そん

な辛気臭い顔してちゃダメよ」

 かんぱーい、とザラが樽を掲げる。リーパーは戸惑いつつも彼女が

差し出したビールの樽を掴み、乾杯した。

「やっぱり仕事の後のビールは最高だわ。あなたはお酒飲まない方な

の?」

「いや、そういうわけでは…。一人の時はあまり飲まないだけです」

「じゃ、二人だからお酒飲みましょ。ほら、飲んで飲んで」

 ザラにそう言われ、リーパーはビールの樽をぐいっと呷った。苦い

味が口の中いっぱいに広がる。大人になればビールの良さが分かる

と子供のころから父親に言われていたが、今になってもあまりよさは

わからない。

「…あの輸送機の人たちのこと、気にしてるの?」

 答えるべきか迷ったが、リーパーは黙って頷いた。空賊との戦闘

後、ずっとそのことが頭から離れなかった。

「あの人たちの死に、あなたには何の責任もないわ。ただ運が無かっ

た、タイミングが悪かった。イジツの空を飛ぶと言うことは、常に死

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を覚悟しなければならないということ。いつ自分が死んでもおかし

くないという覚悟を持って、飛ばないパイロットはいないわよ」

「ええ、それはわかってます。わかってるんですけど…」

 あの時点でリーパーに出来ることは何もなかった。飛行中ならと

もかく、地上の戦闘機に出来ることなど何もない。ザラに言われるま

でもなく、リーパーもそのことは理解している。

「でも、考えてしまうんです。もし数分、離陸してるのが早かったら。

俺はあの人たちを助けられたんじゃないかって」

「意外ね。ユーハングでエースパイロットと呼ばれるほどのあなたで

も、そうやって悩むことがあるなんて」

「…いつも悩んでばかりですよ。でも、空を飛んでいる間だけは悩む

ことを忘れていられる」

 そう言ってリーパーはビールに口をつけた。地球でもイジツでも、

やはりビールは苦いものだ。

「奇跡でも起きない限り、あの人たちをあなたが救うことは出来な

かった」

「奇跡を起こすことを義務づけられてるんですよ、俺は」

 酒が入ったせいか、リーパーはいつもより饒舌だった。彼自身その

ことを自覚していたが、止めるつもりはなかった。ここにはアローブ

レイズ隊の面々も、国連軍の仲間もいない。地球では決して吐き出せ

なかった感情が、リーパーの中から溢れてくる。

「俺はいつも誰かに何かを期待されて飛んでいる。俺が出撃すればそ

の作戦は成功する。死神の下は安全地帯だ、死神と一緒に飛んでいれ

ば生き残れる。そう言われてずっと飛んでいた」

新米ルーキー

 最初は

ということで、リーパーに向けられる目は他の新人パイ

ロットと同じものだった。だが周囲が彼を見る目が変わっていった

のは、ストーンヘンジ攻略作戦空だった。

 あの時リーパーは壊滅した地上部隊に代わって、危険を冒してス

トーンヘンジに突入し、それらを完膚なきまでに全て破壊した。誰も

が無理だと思っていたが、リーパーはそれをやり遂げた。

 それからだ。死神のエンブレムが、味方にとって幸運の象徴だと言

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われ始めたのは。

 作戦中に味方から助けを求められることも格段に増えた。そして

リーパーは、それらの助けを求める声に全て答えた。地上部隊が包囲

されていれば近接航空支援で反撃の機会を与え、敵機に追いかけられ

ている味方機がいたら助け出した。

 助けられた味方は口々に言った。「彼は奇跡を起こすパイロット

だ」「死神は幸運の象徴だ」「死神についていけば生き残れる」「死神の

下は安全地帯だ」「死神が味方ならこの戦争を終わらせられる」。

「俺はただただ、助けを求めている人たちを助けようとしただけです。

…だけどいつの間にか、俺はどんな絶望的な状況でも勝利をもたらす

者として、皆から扱われていた。そして俺自身、そうするのが当然だ

と思っていました」

 だからリーパーは、あの輸送機が墜落する瞬間に、「助けられなかっ

た」と思ってしまった。今目の前でまさに死にかけていて助けを求め

ている人がいたのに、自分は何も出来なかった。あの時点で出来るこ

とは何もなかったのだと自分に言い聞かせても、輸送機のパイロット

の必死な形相が頭に染み付いて離れない。

「わかってはいるんですよ。どんなに手を伸ばしたところで、助けら

れない人もいるって。でも…」

 俯いたリーパーを見て、ザラは彼も普通の若者なのだと言うことを

実感した。

 ザラも似たような経験をしたことが何度もある。最初の頃は自分

を責めたし、他に何かできたのではないかと考えることもあった。だ

が用心棒として空を長いこと飛んでいる内に、自分にはどうしようも

ないこともあるとそれを受け入れられるようになった。

 だがリーパーは、まだ戦闘機のパイロットになってからまだ二年も

経っていないという。技術だけは超一流だが、普通のパイロットが長

い間かけて体得していく考え方や観念などを、彼はまだ身に着けてい

ない。

 ほとんど挫折を味わったことが無いのも、彼が今こうして打ちのめ

されている原因かもしれないとザラは思った。リーパーは凄腕のパ

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イロットだ。それはザラにもわかる。だが彼は凄腕であるがゆえに、

本来誰もが通る道である「失敗」や「挫折」をほとんど経験せずに、エー

スパイロットとしてもてはやされるようになってしまった。

 もしもリーパーが普通のパイロットであれば、彼もここまで悩むこ

とはなかっただろう。自分の力ではどうしようもないこともある。

自分の手が届かず、目の前で人が死んでしまうという経験も味わった

だろう。そうして皆挫折し、その経験をバネに歩き出す。

  だがリーパーはどんな絶望的な状況でも「何とかしてしまった」。

本来死ぬはずだった人たちを、彼は片っ端から救ってきた。助けを求

める声があれば、その全てに応えてきた。リーパーにはその技術が

あった。

 だからリーパーには挫折という経験がほとんどない。彼は今まで

一度たりとも、自分の参加した作戦が失敗に終わるという経験がない

からだ。

「エース故の苦悩ね…」

 いつかリーパーも、失敗を経験し挫折を味わうことがあるのかもし

れない。あるいは、ずっと失敗などすることなく、これからも飛び続

けるのかもしれない。だけど彼が味わっている苦悩とやらを理解で

きる人間は、このイジツにどれだけいるだろうか。

 今や凄腕の用心棒パイロット集団ともてはやされているコトブキ

飛行隊だが、誰もが何かしら失敗や挫折を味わっている。全員一度は

被撃墜経験があるし、自由博愛連合との戦いではみすみす敵の罠に

引っかかったり、爆撃機全機撃墜という目標を達成できなかったこと

もある。だから誰もが失敗を経験している。

「人生の先輩として、アドバイスしていいかしら?」

「…どうぞ」

「人間、何事も経験よ。今のうちにいっぱい悩んでおきなさい。悩む

のを止めるってことは、何も考え無くなるってことだから。もちろん

空戦の最中に悩むのはダメだけど、こうして飛行機を降りている間く

らいは、悩んだっていいのよ。そしてもっと成長するの。今回の経験

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だって、きっといつか役に立つわ」

 コトブキ飛行隊に入る前に、色々やっていたザラだからこそ言える

ことだった。ザラも昔は、自分はこのままでいいのかと悩んでいたも

のだ。そんな時にレオナと出会って、コトブキ飛行隊を結成し空を飛

ぶという道を選んだ。

 だがそれまでにやって来た別の仕事の経験が、全て無駄だったかと

いうわけでもない。それらを経験したからこそ、今の自分がある。そ

う考えれば、無駄なことなど何もないのだ。

「あと、もう一つアドバイス。どうしようもなかったことで悩んでい

る時は、お酒を飲んで、仲間に愚痴を聞いてもらうのも一つの手よ。

もっとも、お酒に逃げるようになっちゃダメよ?」

「ザラさんが毎日お酒を飲んでるのも、何か悩みがあるんですか?」

「あら、私は単にお酒が好きなだけよ? ほら、ビールが冷えてるうち

に飲まないと。美味しいビールの飲み方は、冷たいうちに飲むことな

んだから」

 既に樽が空になっていたザラは「もう一杯追加ね〜」とリリコに言

う。リリコが運んできた樽を受け取り、「かんぱ〜い」とザラ。リー

パーは半分ほど中身が減ったビールの樽をぶつける。

 酒は苦手だが、今はこうして酒で気分を紛らわせるのもいいのかも

しれない。それが大人の特権というものだろうか。

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第二六話 砂漠の電撃

  羽衣丸の船体が大きく揺れる。目的地のイヅルマに近づくにつれ、

風が強くなってきた。目的地付近の天候はよくないらしい。

「戦闘機の固縛急げ! 船が揺れたから戦闘機ぶっ壊したなんてこと

になったらイナーシャハンドルケツにぶち込むぞ!」

 羽衣丸の飛行甲板では、ナツオがクルーを指揮して戦闘機の固定作

業を進めていた。イヅルマ一帯の天気は雷雨、そして嵐とのことだ。

先ほどから羽衣丸の船体は左右に揺れていて、このままだと飛行甲板

の戦闘機が衝撃で破損する羽目になりかねない。

「こういう天気って、よくあるんですか?」

「イヅルマ付近だと雷雲が発生しやすい場所があるんだよねぇ。今回

は上手く避けられるかと思ったんだけどなぁ」

 羽衣丸の操舵室では、船長席に座ったサネアツがアンナとマリアに

指示を出していた。強風の中、巧みに操船の指揮を行い、前方に広が

る雷雲を避けるコースを取る。やることが無いリーパーは、操舵室で

外の様子を眺めていた。

「おまけにこの辺りにはイカヅチ団って空賊が出るらしいんだ」

「イカヅチ団?」

「なんでもこの辺り一帯の天候をかなり把握していて、雷雲が出現す

るポイントを正確に予測できるらしいんだ。雷雲に敵機を追い込ん

で逃げられないところを襲って来る、かなり厄介な空賊だと聞いてる

よ」

「確かにそいつは厄介ですね…」

 基本的に現代の航空機は、落雷を受けても飛行に全く支障は起きな

い。雷は金属製の機体の表面を抜けていくから内部の乗員は安全だ

し、燃料タンクなども落雷を受けても爆発などが起きないように厳重

にテストが行われている。落雷で機体表面に小さな穴が空いたり、電

子機器にトラブルが発生したりするだろうが、雷の直撃を受けただけ

で航空機が墜落することはない。

 だがそれは、あくまでも「現代の」航空機の話だ。イジツで使われ

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ているのは、地球から70年前の機体。その頃の機体には落雷対策が

十分でないことが多い。最悪の場合燃料タンク内の可燃ガスが雷で

引火し、爆発するなんてことも起きうる。基本的に、雷雲は避けるに

越したことはないのだ。

「船長、イヅルマの管制塔から連絡です。現在イヅルマ市内は荒天の

ため、郊外で待機されたし…とのことです」

 ベティの言葉に、「あちゃー」とサネアツが頭を抱える。

「しょうがない、この辺りで停泊しよう」

「ここで、ですか?」

「このまま進むともっと荒れた天気になってそうだからねぇ。無理や

り進んで事故が起きたりしたら大変だし、この分だと向こうも着陸許

可は出してくれないだろうね」

 頼りない上にクルーからも粗雑な扱いをされているサネアツだが、

航行に関する判断だけは的確だ。嵐が通り過ぎるまで、羽衣丸はイヅ

ルマ郊外の渓谷に停泊することとなった。イヅルマへ輸送中の貨物

はあるが、到着予定日まではまだ余裕がある。

 それにしても、酷い揺れだ。リーパーは窓の外を見て思った。遠く

の空には黒雲が浮かんでいて、時折空が光っている。海がないという

イジツだが、雷雨や嵐は発生するらしい。まるで船に乗っている時の

ように、強風で船体が揺れる。

「副船長、レーダーに感あり。方位350、距離10キロ。機数は6。

この反応だと戦闘機と輸送機です」

 レーダー画面を見ていたアディが報告し、サネアツが顔をしかめ

た。

「空賊かな? 勘弁してほしいな…」

「いえ、違うようです。所属不明機から通信が入っています」

 空賊ならばわざわざ通信を寄こしてきたりなどしない。サネアツ

は無線に応えるようベティに指示を出す。

   部屋に戻ろうとしていたリーパーは、突然鳴り響いた警報と共に

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船橋ブリッジ

『コトブキ飛行隊、アローブレイズ飛行隊、至急

へ集合してくださ

い』との放送を聞いて、元来た通路を引き返した。自室で待機してい

たらしいコトブキ飛行隊も、すぐにブリッジへ集まってくる。

 無線機のマイクを手にするサネアツの顔は険しかった。彼がこん

な顔をしている時は、大抵何か問題が起きている時だということを、

最近リーパーもなんとなくわかってきていた。

「お休み中のところ申し訳ない。実はさっきこの近くを飛んでいた戦

闘機から救援要請が入ってね」

「救援要請? 誰からですか?」

 トレーニング中だったらしく、やや顔が赤いレオナが尋ねる。

「イヅルマのカナリア自警団って飛行隊と、あと…」

「あと?」

「…ハルカゼ飛行隊」

 その名を聞いた途端、コトブキ飛行隊の面々の顔色が変わる。一方

リーパーはそれが誰なのかわからず、隣に立つキリエに尋ねた。

「…誰?」

「私らの後輩…みたいなもん? レオナのホームの後輩だって」

 なるほど、知り合いということか。であれば彼女たちの顔色が変わ

るのも当然だとリーパーは思った。

 ハルカゼ飛行隊はイヅルマへ飛行中の輸送機を護衛していたが、そ

の途中で先ほどリーパーとサネアツの話に出てきたイカヅチ団とい

う盗賊に襲われたらしい。飛行隊は二手に分かれ、一方は輸送機の護

衛を続行。もう一方は空賊の足止めをすべくその場に留まって戦闘

中とのことだが、かなり押されているようだ。

 またイカヅチ団を追ってイヅルマのカナリア自警団もやって来て

ハルカゼ飛行隊と共に戦闘中とのことだが、雷雲に囲まれての空戦と

いうことで苦戦しているらしい。今回の救援要請は、輸送機と共に戦

闘空域を脱出したハルカゼ飛行隊から発せられたということだった。

「報酬が出るかはわからないけど、どうか引き受けてくれないかなぁ

?」

 襲われている輸送機を救助したというのならばともかく、今回救援

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要請を出しているのはその輸送機を護衛していた飛行隊だ。彼女た

ちを助けたところで、輸送機の雇い主が報酬を出してくれるとは思え

ない。かといって、新米飛行隊のハルカゼの面々が報酬を出せるはず

もないだろう。

「マダムはなんと?」

「君たちに任せるってさ。どっちにしろ、早いところ決めないと飛行

甲板からの発進も難しくなる」

 強風にあおられ、羽衣丸は左右に揺れている。地球の航空母艦同

様、揺れが激しいと発進すらできなくなってしまう。それに空賊と戦

闘中のハルカゼ飛行隊と自警団がどこまで持ちこたえられるかもわ

からない。決断のタイミングは今しかなかった。

「皆、すまないがついてきてくれるか? 私はユーカたちを見捨てた

くはないんだ」

 レオナの言葉に反対する者はいなかった。知り合いであってもそ

うでなくても、報酬が出ないから助けを求めている人たちを見捨てる

なんて真似は、彼女たちには出来ない。

「ハルカゼの皆には、今度一回サービスで働いてもらうってのはどう

?」

「ああ。そうとなったら早く出よう。リーパー、君は…って、聞くまで

もないって顔だな」

 タダ働きと言う形になるが、リーパーもハルカゼ飛行隊の救出には

賛成だった。無言で頷いたリーパーに、レオナが頭を下げる。

「こんな悪天候で緊急発進たぁ、正気か?」

 飛行甲板では緊急発進を告げる警報を聞いて、ナツオが顔をしかめ

ていた。外は荒天、雨も風も強まっている。

「せっかく固定が終わったのに…」

「黙って手を動かせ! コトブキの連中が来るまでに発進準備が出来

てないと、ケツに蹴り入れっからな!」

 整備士のボヤキを一喝し、ナツオは悪天候に備えて行っていた戦闘

機の固縛を解き始める。緊急発進が出来るように素早く解けるよう

工夫はしてあったが、それでも7機分の固定を一斉に解くのは時間が

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かかる。しかしナツオは整備員たちの尻を蹴とばすようにして、数分

以内に再び戦闘機を発進出来る状態に整える。

「すまない班長!」

「気にすんな! それよりしっかり仕事をしてこい! あと、隼を

ぶっ壊すなよキリエ!」

「何で私だけ!?」

「お前がいっつも機体を壊して帰ってくるからだろうが!」

 コトブキ飛行隊の面々が、隼の操縦席に乗り込んで飛行前のチェッ

クを始める。操舵、燃料、武器。最後にやって来たリーパーも自分の

青い隼に搭乗して飛行前点検を始めたが、火器管制装置やらレーダー

やらを搭載したジェット戦闘機と違い、確認項目がそれほど多くない

ことが救いだった。

 主翼の下に潜り込んだナツオら整備員たちが、イナーシャハンドル

を回してエンジンを始動する。隼の栄エンジンに火が入り、プロペラ

が軽やかなエンジン音と共に回転を始める。

「ハッチ開け」

 船橋のシンディの操作で、羽衣丸飛行甲板の前後を塞ぐハッチが倒

れ、飛行甲板の一部となる。途端に、船内に強風と共に雨水が吹き込

んできた。天候はますます悪化している。

「全機、無事に帰ってくてくれよ…」

 船橋ではサネアツが、今まさに発進していく隼の群れを見て祈って

いた。先ほどまで遠くに見えていた雷雲は、徐々に羽衣丸にも近づい

てきている。早くことを終わらせなければ、帰還した彼らを収容する

ことも出来なくなってしまう。

   一方、発進したコトブキ飛行隊も、大自然の猛威に晒されていた。

吹き付ける強風で機体がふらつき、風防をひっきりなしに雨粒が叩

く。ハルカゼ飛行隊と自警団が戦っているのは、今まさに目の前に広

がっている雷雲の向こうだった。

「前方に機影を確認、ハルカゼ飛行隊とその輸送機みたいね」

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 事前にレーダーと無線で位置を確認していたので間違いない。空

賊から辛くも逃げ切った輸送機が、こちらの編隊に向かって飛んでく

る。その周囲を飛んでいるのは、護衛のハルカゼ飛行隊だろう。青を

基調とした塗装に、ピンクのラインが走る隼三型が4機、ふらつきな

がら飛んでいる。だが機体の挙動が不安定なのは、強風が吹いている

からだけではなかった。

「こちらはコトブキ飛行隊。ハルカゼ飛行隊、無事か?」

『はい、レオナさん。何発か被弾しましたが、まだ何とか飛べます』

 そう返事をしたのは、ハルカゼ飛行隊副隊長のエリカだった。彼女

たちの機体のあちこちに、いくつか弾痕が空いていた。エンジン等に

致命的な損傷はないようだが、それでも傷ついた機体で無理は出来な

いだろう。

「付近に空の駅がある。そこに退避しろ。足止めのために残っている

のは二機だけか?」

『ユーカとベルが。それとイヅルマのカナリア自警団という方たちが

一緒に空賊と戦ってます』

 ガデン商会に所属しているハルカゼ飛行隊だが、今回は別の商会の

護衛を請け負っていたらしい。イヅルマへ輸送機で物資を運ぶ仕事

の最中に、件のイカヅチ団という空賊に襲われたという。

 護衛対象である輸送機を守るべくハルカゼ飛行隊は戦ったが、空賊

の数と立ち込める雷雲のせいで状況は良くなかった。そこへイカヅ

チ団盗伐のために出動していたカナリア自警団がやって来て、後は彼

女たちに任せて被弾した機は輸送機と共に離脱してきたとエリカは

語った。

『レオナさん、ユーカとベルをお願いします。このままじゃ…』

「わかった。その前にまず自分たちの心配をしろ。イヅルマは荒天の

ため着陸許可は下りない。空の駅に退避して、天候の回復を待つん

だ」

『はい!』

 まだ若く、元気な返事が返ってくる。付近の空の駅に向かって進路

を変更するハルカゼ飛行隊を見送り、コトブキ飛行隊は彼女たちが

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やって来た方向へと機首を向ける。

『こちら羽衣丸。雷雲のせいで探知精度が下がっていますが、そちら

の前方に複数の機影を確認。方位350、距離6000』

 羽衣丸でレーダーを担当するアディから通信が入る。詳細な機数

まで把握したいところだが、雷雲のせいで探知は難しい。雲の向こう

の機影を捉えられただけでも御の字だ。レオナはアディに礼を言っ

て、機首を北に向ける。

 まるで大きな黒い綿あめのような雷雲が、前方に広がっている。標

高が高いせいか地表付近まで立ち込める雷雲の切れ間から、雷とは違

う一筋の光が見えた。戦闘機の曳光弾の航跡だ。

「見えた! …って、雲で見失っちゃったけど」

 強風で雲が流れ、さっき見えた複数の機影は雷雲の向こうに消えて

しまった。このまままっすぐ突っ込んでいけばすぐにハルカゼ飛行

隊のユーカ達に合流できるだろうが、そのためには雷雲の中を飛行し

なければならない。被雷する可能性や強風で地面に叩きつけられる

可能性を考えると、雷雲を避けて戦闘空域まで向かう必要があるとレ

オナは考えた。

「レオナさん、まっすぐ行かないんですか?」

 ふと、今まで黙っていたリーパーが口を開く。最後尾を飛ぶ彼は強

風の中でもほとんど機体をふらつかせることなく、むしろ風に乗って

いるかのように安定した飛行を続けていた。

「ああ。時間はかかるが仕方ない。雷雲の中を飛ぶのは危険すぎる」

「あの何とかって飛行隊の人たちは、今も戦っているんでしょう? 

一々雷雲を避けていたら、間に合わなくなるかもしれない」

「被雷したら墜落するかもしれないんだ。隊長として、可能な限り部

下の命は危険に晒したくない」

 レオナも5人の隊員の命を預かる身だ。雷雲の中を飛べ、なんて自

殺行為も同然の命令を出すわけにはいかない。

 レオナの言葉に、リーパーは無言だった。納得してくれたのか、と

思ったレオナは、雷雲を避けて飛行するコースを選択する。そこかし

こに雷雲が立ち込めているせいで、迷路を進むようにまっすぐ行くこ

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とは出来ないだろう。

「まるで雲の迷宮ですわね」

 風貌の外を見てエンマが呟く。入ったら出てくることが出来るか

もわからない、雲の迷宮。この迷宮を突破しなければ、ハルカゼ飛行

隊の二名を救うことはできない。

「また光った!」

 チカが雷雲の向こうを見て叫ぶ。仲間を逃がすために残ったユー

カ達は、今も空賊と悪天候と戦っているのだろう。隊員の命を危険に

晒すことが出来ないためとはいえ、まっすぐ彼女たちを助けに行けな

い自分を歯がゆく思ったその時、突然最後尾のリーパーが進路を変え

た。

「おいリーパー、どこに行く!」

「先行して援護に向かいます。皆さんは後から合流を」

 そう言ってリーパーの機体は、黒い雷雲の中に突っ込んでいった。

すぐさま、雲に呑まれたその機影が視界から消える。止める間もな

い、あっという間の出来事だった。

「ちょっ、あいつ雷雲に突っ込んじゃったよ!?」

「無謀、命知らず」

「あの方、冷静なようでとんだ大馬鹿野郎みたいですわね」

 後を追いかけるべきか迷ったレオナだったが、結局雲を避けて飛ぶ

コースを選んだ。仲間の命を危険に晒せないという思いもあったし、

何より雷雲の中に突っ込んでいくだけの度胸がなかった。

「行かせていいの?」

「いいも何も、行ってしまったんだから仕方ないだろ。今の私たちに

出来ることは、急いで彼と合流───」

 レオナが言い切る前に、さらにもう一機、編隊から離れた。キリエ

の機体だ。

「私も行く! あいつだけに任せてらんない!」

「あっ、キリエおい待て───!」

 キリエの機体が雷雲に飛び込んだ直後、まるで龍のような紫の稲妻

が地面に向かって走っていった。直後、爆発音のような雷鳴が耳をつ

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んざく。リーパーの後を追っていったキリエの機体も、雷雲の向こう

に消えてしまった。

「あのバカ…!」

「彼も中々、キリエと同じで無茶する子みたいね」

「もっと冷静で後先考えて行動する奴だと思ったんだがな。二人とも

後で説教だ!」

 説教するためには、二人に無事に帰ってきてもらわなければならな

い。頼むから敵と戦う前に落ちてくれるなよ。そう思いつつ、レオナ

は大きく操縦桿を傾け、雷雲の間をすり抜けていく。

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第二七話 Two Pairs

  リーパーを追って衝動的に雷雲に飛び込んだキリエだったが、乱気

流にもみくちゃにされ、何とか進路をまっすぐに保つのが精いっぱい

だった。機体が細かく振動し、操縦桿から一瞬でも手を放してしまえ

ば、その瞬間に強風で吹っ飛ばされてしまうのではないかと思うほど

だ。

 それなのにキリエの前を飛ぶリーパーの機体は、吹き付ける強風の

中でもいつもと同じように飛んでいる。キリエにはそう見えた。ま

るでそこだけ風が避けて行っているように、嵐の中でもリーパーの機

体はふらついていない。

「あんた、どうやったらそんなにまっすぐ飛ばせんの? こっちは何

とか飛ばされないようにするだけで精いっぱいなのに」

 本当に同じ戦闘機に乗っているのかと思うほどだ。ガタガタ揺れ

る機体の中、必死に操縦桿を抑えるキリエは思わずそう呟いた。

「飛行機は飛ばすもんじゃない、自然に飛ぶもんだ。パイロットはそ

れに寄り添うだけだ」

「え、それって…」

 どうしてサブジーの言葉を知ってるの? キリエが言いかけたそ

の時、「前方に敵機」といつもと変わらず落ち着いた口調でリーパーが

続ける。機体が雷雲を抜け、風防を叩きつけていた雨粒の群れが後方

に流れて消えていく。

 雷雲と雷雲の間を、必死に逃げ回っている二機の戦闘機がいた。隼

三型、ハルカゼ飛行隊の機体だ。

 その背後を飛んでいる雷電は、恐らくハルカゼ飛行隊を襲撃したと

いう空賊イカヅチ団の機体だろう。黄色い稲妻が描かれた雷電が2

0ミリ機関砲を発射し、曳光弾が風雨を切り裂いて黒い雷雲を照らし

出す。

 隼は格闘性能に優れた機体だが、雷雲の間に追い込まれてしまって

は自由に動くことすらままならない。下手に空戦機動を取ろうもの

ならば雷雲に突っ込んでしまいかねないし、軽い機体では強風で地面

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や渓谷に叩きつけられる可能性もある。それに常に強風が吹きつけ

ている中では、思った通りの戦闘機動すら出来ないだろう。

 一方で雷電は機動性は劣るが馬力は隼よりも遥かに強力で、エンジ

ン出力にモノを言わせて強風の中を突き進んでいく。こうして雷雲

の壁に獲物を追い込んで、身動きが取れなくなったところを撃ち落と

すのが、イカヅチ団とやらのやり方らしい。

 雷電が二機、ハルカゼ飛行隊を雷雲の方向へと追い込もうとしてい

る。時折その翼内の機銃が火を噴くが、放たれた20ミリ弾は隼には

当たっていない。外れているのではなく、外しているのだとキリエは

感じた。空賊たちは背後を取って発砲し、ハルカゼ飛行隊が焦る様子

を楽しんでいるのだ。

「リーパー、やるよ! あんたは右の奴をやって、私は左!」

「了解」

 出会った時の印象があまりよくなかったのでハルカゼ飛行隊はど

こか苦手なキリエだったが、だからといって彼女たちが死んでもいい

存在だなんてこれっぽっちも思っていなかった。大切な後輩たちだ、

何が何でも守らなければならない。

    一方雷電に追われるユーカとベルも、いよいよ体力が限界に近づい

てきていた。

 空賊たちに追われ、被弾した機と輸送機を逃がすためにこの場に留

まり、そこへ空賊たちの討伐にやって来たカナリア自警団と合流出来

たところまでは良かった。だがこの空域では空賊たちの方が一枚上

手なようで、ユーカ達はカナリア自警団と分断され、ひたすら雷電に

追いかけまわされている。

「ダメ、もう…手が…」

 ユーカと並んで飛ぶベルの機体が、フラフラと高度を落とし始め

る。嵐の中で機体をまっすぐ飛ばすだけでもかなり体力を使うのに、

その上空賊の機体に背後を取られているのだ。

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 二人の機体はまだ致命傷こそ負っていないものの、このままでは雷

雲の壁に行く手を阻まれ、袋の鼠だ。隼三型の優れた格闘性能も、こ

の強風の中では空戦機動を取ることすらできない。一方雷電は単調

な動きしかしてこないものの、馬力があるおかげて強風の中でもそこ

そこまっすぐ飛べている。このままいけば疲労で機体をコントロー

ルできず、雷雲に突っ込んでしまうかもしれない。

「諦めないで! エリカたちが助けを呼んでくれる。あと少しで助け

が来るよ!」

 とはいうものの、助けが来るまであとどれくらいかかるだろうか。

ユーカたちは空賊に追われている内に、いつの間にか雷雲立ち込める

空域に入り込んでしまっていた。

 助けが来るとしても、雷雲を避けてやってくるだろう。となれば相

当時間がかかるに違いない。それまで二人とも体力が保つだろうか

? 

 イチかバチか雷雲に突っ込む、という手も考えたが、ユーカには出

来なかった。目の前で幾筋もの稲妻を地面に降らせている雷雲を見

ていると、その中に突っ込もうなんて気はこれっぽっちも起きなかっ

た。仮に空賊を撒けたとしても、被雷して機体が爆発するかもしれな

いし、強風で機体が地面や渓谷に叩きつけられるかもしれない。何よ

り雷雲に近づいただけでも機体を持っていかれそうなほどの強風な

のだ。強風で機体がバラバラになってしまうのではないかとすら思

うほどだった。

「わっ!?」

 ユーカの機体のすぐそばを、一筋の曳光弾が掠め飛んでいった。翼

に20ミリ弾が命中したが、角度が浅かったのか銃弾が弾かれる。深

刻なダメージはないが、次は操縦席に命中したっておかしくない。

「ユーカ、前!」

 ベルが叫ぶ。いつの間にか二人の前には、黒く大きな雷雲が立ちは

だかっていた。紫の稲妻がいくつも地上に落ち、隼の操縦席を明るく

照らし出す。

「追い込まれた…!」

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 空賊たちの狙いはどこか甘いところがあると感じていたが、これが

狙いだったのか。ユーカは自分の迂闊さを呪った。空賊たちは自分

たちをわざと雷雲のある方向へと追い込んでいたのだ。無邪気な子

供が虫をいたぶって殺すように、空賊たちもユーカたちが右往左往し

て逃げ回っている様子を楽しんでいたに違いない。

「私たちで遊んでいたっていうの!?」

「ベル逃げて! あいつらは私が何とかするから!」

 空賊たちの機動が明らかに変わった、とユーカは思った。今までは

どこか遊んでいるような動きだったのが、こちらが雷雲を前に身動き

が取れなくなった途端、まっすぐユーカに突っ込んでくる。

 ベルに逃げてと言ったものの、かといって何かが出来るわけでもな

かった。空戦で銃弾も燃料も消耗し、さらにこちらの体力消費も著し

い。

 さらにヘッドオンでの撃ち合いとなれば明らかにハルカゼ飛行隊

が不利だった。隼の風防は防弾ガラスでない上に、武装も12.7ミ

リが二挺だけ。それに対して雷電は正面風防に防弾ガラスが施され、

その上武装も20ミリが四挺だ。正面から撃ち合っても勝ち目はな

い。強風の中では優れた格闘性能を活かすことも出来ず、速度で逃げ

切ることも出来ない。

「ーッ!」

 真正面から迫りくる雷電、その20ミリ機銃の黒い銃口が見えた。

次の瞬間には機銃が火を噴き、そこから吐き出された20ミリ弾が隼

をズタズタにしているだろう。

 ユーカは思わず目を閉じかけたその時、真正面から迫りつつあった

雷・

雲・

の・

中・

か・

ら・

雷電の横腹に、複数の曳光弾が突き刺さった。

飛んでき

た銃弾が雷電の垂直尾翼を撃ち抜き、ヨー方向の安定性を失った雷電

が風に吹き飛ばされてくるくる回りながら降下していく。

「え? 何? 誰!?」

 ユーカが目を見張った瞬間、黒い雷雲の中から一機の隼が飛び出し

てきた。青を中心とした迷彩を施した機体。その機体に描かれた死

神のエンブレムが、ユーカの目に焼き付く。頭にピンクのリボンを付

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けた死神なんて、気味の悪いエンブレムだなというのが正直な感想

だった。

 続いてその後を追うように、もう一機隼が雷雲から出てくる。銀色

に緑の塗装を施したその機体のロゴマークと、垂直尾翼に描かれた赤

い猛禽のエンブレムには見覚えがあった。

「キリエさん!」

『ごめん、遅くなった!』

 そう言ってキリエはもう一機の雷電を追う。ユーカたちと同じく、

まさか雷雲の中を通り抜けてくる戦闘機がいるとは思わなかったら

しい。もう一機いた空賊の雷電の反応が一瞬遅れ、その隙に背後を

取ったキリエが機銃弾を叩き込む。

『後方、さらに敵機』

 ユーカとキリエの通信に、知らない男の声が混ざる。青い隼のパイ

ロットだろう。

 空賊の雷電がもう一機やってきて、青い隼の背後を取ろうとする。

だが青い隼は機体を90度傾けて水平旋回の姿勢を取った次の瞬間、

ほとんどその場で180度機首の向きを変え、一瞬で真後ろを向いて

いた。

 空賊は青い隼の背後を取り、有利になったと油断していたらしい。

まさか一瞬で青い隼がこちらを向いているなんてことに理解が追い

付かず、動きが固まった。動きが鈍い雷電に、青い隼がヘッドオンで

銃弾を叩き込んでいく。エンジンを撃ち抜かれた雷電が、雨の中炎を

噴き上げて地面に墜落していった。

『え? 今のどうやったの!?』

『風を利用してフック機動の真似事を試してみた。まさか出来るとは

思わなかったが』

 驚くキリエと、冷静な男の声が無線機から流れる。ユーカもキリエ

と同じ気持ちだった。

 吹き付ける強風に乗って、その場で180度機首の向きを反転させ

るとは。ユーカは青い隼のパイロットが同じ人間だとは思えなかっ

た。

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 しかも彼は、自分たちが飛び込むことを躊躇した雷雲の中をいとも

簡単に通り抜けてきた。キリエも同じく雷雲を抜けてきたが、恐らく

あの青い隼のパイロットを追いかけて来たんだろうなとユーカは

思った。

 二機の隼1型が、ユーカ達に近づいてくる。青い隼のパイロット

は、バイザー付きのヘルメットを被っているせいで顔が見えない。

『あんたたち、ケガはない?』

「はい、なんとか…機体もまだ飛べます」

『ハルカゼの他の子たちも無事だよ。ここから南に空の駅があって、

皆そこに退避してる。あんたたちも早く!』

「はい、キリエさん。何とお礼を言えばいいか…」

『話せる余裕があるうちに離脱しろ。我々は何とかという自警団の救

援に向かう』

 青い隼のパイロットは至って冷静だった。何度礼を言っても足り

ないくらいだし、何ならキリエたちと一緒にカナリア自警団の救援に

同行したいくらいだったが、既にユーカとベルは長時間の空戦機動で

ふらふらだった。それに、燃料にも余裕がない。

 青い隼がバンクして、再び雷雲の中に突っ込む。『待ってよリー

パー!』とキリエが言い、後に続いて雷雲の中に消えた。

「キリエさんたち、凄いわね…流石コトブキ飛行隊ね」

「あの青い隼を操縦してるのは誰なんだろう? コトブキ飛行隊の人

じゃないよね?」

「さあ…でもベテランであることに変わりはないでしょうね。あんな

飛び方をしてるんだもの」

「きっと私たちよりもずっと年上で、もう10年くらい飛んでるパイ

ロットなんだろうなぁ」

     一方、再び雷雲に飛び込んだリーパーとキリエだったが、今度は

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さっきまでとは違い無傷ではいられなかった。

「ぎゃーっ!?」

 耳をつんざく爆音。それと共に突如キリエの視界が真っ白に染

まったかと思うと、いきなり機体ががくんと下を向いた。ぐんぐん数

値を減らしていく高度計。ようやく、自分が雷に打たれたのだとキリ

エは理解した。慌てて操縦桿を引き、何とか地面とキスだけはせずに

済んだ。

「落ち着け。エンジンは無事か? 燃料漏れは起きてないな?」

 一緒に飛んでいる仲間が雷に打たれたというのに、リーパーは相変

わらずだった。キリエは計器類を一通りチェックし、機体に問題が無

いことを確認する。燃料計の減り方に異常は見られず、ナツオ達が整

備してくれたエンジンも快調に動いている。通信がノイズ交じりで

あることを除けば、飛行に支障はない。

「あんた、なんでそこまで落ち着いてられんの?」

 だがリーパーが答える直前、彼の機体にも雷が落ちた。キリエがそ

うであったように、リーパーの隼も機首が一瞬だけ下がったが、すぐ

に持ち直した。そのまま二機の隼は、黒い雷雲から飛び出す。

「………」

「ちょっと、何言ってんのか聞こえない」

「前方に複数の機影。紫電と雷電だ」

 ノイズ交じりのリーパーの声が聞こえる。彼の言う通り、いくつか

の機影が前方に見える。白い塗装の紫電が、イヅルマのカナリア自警

団の機体だろう。自警団員は全員で六人とのことだが、今見えるのは

三機だけだ。他の機体は、別の場所で戦っているのかもしれない。

 それを追う雷電は六機。まだ雷雲から出てきたキリエ達には気づ

いていない。まさか空賊たちも、雷雲の中を突っ切ってくる大馬鹿野

郎がいるとは思わないだろう。

「行くよ、リーパー!」

 返事はノイズで聞こえなかったが、キリエは迷わずカナリア自警団

を追う雷電の群れに突っ込んでいく。きっとリーパーなら一緒に来

てくれるだろう。なぜだかその確信があった。

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 二機の隼が、背後から雷電の群れに襲い掛かる。不意を突かれた雷

電が慌てて回避行動を取り、その間に追われていたカナリア自警団の

紫電が集結する。

「よし、二機!」

 キリエが撃墜した雷電が二機、嵐の中地上へと降下していく。同じ

く二機を仕留めたリーパーだったが、空賊の新手がやって来て、彼の

背後にぴったりとくっついた。援護に行きたいキリエだったが、撃ち

漏らした二機が反撃を始め、それの相手をするのに精いっぱいだっ

た。

 追われるリーパーの隼と、空賊の雷電の距離はかなり近い。さっき

の空戦機動を取っても、機首が後方を向く前に撃たれてしまうだろ

う。だがリーパーなら何とかする。キリエはそんな予感がして、そし

てその予感は間違っていなかった。

 追われるリーパーの隼が機首を上げたと思うと、一瞬でその機体が

地面と垂直に立つ。機体全体がブレーキの役割を果たし、一瞬で急減

オーバーシュートし

速した隼を雷電が

てしまう。

 追う者と追われる者の立場が瞬く間に入れ替わる。機首を水平に

戻し、雷電の背後を取った隼が12.7ミリ機銃を発砲する。翼が折

れた雷電が、雨の降り注ぐイジツの荒野へ落ちていく。

 今の動きは以前リーパーがフランカーで見せてくれた、コブラとい

う空戦機動にそっくりだった。プロペラ機では出来ないとケイトが

言っていたが、それをリーパーはあっさりとやってのけた。恐らく吹

き付ける強風があるからこそできた芸当なのかもしれないが、不安定

な気流を読み、そしてそれを利用しようと思いつき、なおかつそれを

やってのけるだけのリーパーの度胸に、キリエは内心舌を巻いた。

「あれでまだ2年目なんて…」

 歳も自分とさほど変わらないのに、リーパーの機動はベテランパイ

ロットのそれだった。ひどく荒れた空でも機体を自分の手足のよう

に操り、自由に飛び回る天空の王。

「サブジー…」

 なぜだか彼の機動を見ていて、キリエは思わずその名を口にしてい

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た。かつて自分に飛行機の飛ばし方を教えてくれた頑固なユーハン

グ人。トンビみたいな飛び方だったとイサオに称えられ、そして彼の

手下に撃墜されたキリエの大事な人。

 なぜその名が出てきたのかはわからなかった。だがリーパーを見

ていると、どこかサブジーを思い出す。

『キリエ! リーパー! 二人とも無事か!?』

 突如無線機からレオナの声が聞こえてきて、それと共に雷雲の間か

ら五機の隼が姿を見せた。遅れてやって来たらしい、レオナたちの機

体だった。

『こちらはカナリア自警団団長のアコです! あなたたちは?』

『我々はオウニ商会所属、コトブキ飛行隊だ。そちらの救援に来た』

『あのコトブキ飛行隊ですか!? お会いできて光栄です!』

『挨拶は後だ、早くここを脱出しよう』

 レオナたちの機体の後ろには、もう三機の紫電が並んで飛んでい

る。先に他のカナリア自警団員を助けてから、リーパーたちに合流し

たらしい。被弾した機体もあるようだが、致命傷は負っていないよう

だ。

 一方でイカヅチ団も、相手が多すぎて不利だと判断したらしい。突

如機首を反転したかと思うと、雷雲の間を通り抜けてどこかへと去っ

ていく。

 空賊を放置しておくのはマズいが、かといって嵐の中追いかけっこ

をするわけにもいかない。それに目的はあくまでもハルカゼ飛行隊

とカナリア自警団の救出だ。その両方を救助した今、いつまでも嵐の

中に留まっておく理由はない。

『全機、帰還だ。カナリア自警団も我々についてきてください、空の駅

まで誘導します。それとキリエ、リーパー!』

 突如レオナに大声で名前を呼ばれ、キリエは思わず背筋を伸ばし

た。これは本気で怒っているな。長い付き合いの中で、キリエはレオ

ナが怒る時の前兆をだいたい理解していた。

『羽衣丸に戻ったら覚悟しておけ』

「…はい」

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『リーパーは?』

『了解』

 雷雲の中で雷を食らい、この分だと羽衣丸に戻ってからもレオナの

雷が落ちるだろう。食らうならどっちの雷の方がマシだろうか。キ

リエは雷雲の中に逃げ込みたい気分に駆られた。

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第二八話 死神と懲罰

 「こんの大馬鹿野郎!」

 羽衣丸の飛行甲板に、ナツオの怒声が響き渡る。覚悟はしていたが

その大きな声に、キリエは思わず首をすくめた。

 空賊と戦っていたハルカゼ飛行隊とカナリア自警団を救出し、近く

の空の駅へ誘導した後、コトブキ飛行隊は羽衣丸へ帰投した。着艦す

るなり、キリエとリーパーはナツオに頭をぶん殴られた。

「雷雲の中に突っ込むなんて何考えてやがんだ! おかげでこっちは

お前らの機体を総点検しなきゃならんだろうが!」

 お冠のナツオの背後では、キリエとリーパーの隼に取りつき、あち

こち覗き込んでいる整備士たちの姿。戦闘機に雷が落ちると、機体の

表面に小さな穴が開く。

 翼の外板にほんの一ミリか二ミリ程度の穴が開いたところで、飛行

に支障はない。だが問題は燃料タンクだ。燃料タンクに穴が開いて

中身が漏れてしまったら、何かの拍子で気化したガソリンが爆発しか

ねない。そのためナツオたちはキリエとリーパーの機体が戻ってく

るなり、燃料タンクに穴が開いてないかチェックする作業に追われて

いた。

「でも、結果的に皆無事だったから良かったんじゃない? ハルカゼ

も何とかって自警団も全員助けられたし」

「偶然と幸運と根性に頼るのはパイロットとして下の下だ!」

 ナツオの代わりに口を開いたのは、二人の前で腕を組み、仁王立ち

するレオナだった。整備班の班長と、コトブキ飛行隊の隊長。その二

人が揃ってお説教という光景は、なかなか見られない。

「確かに今回は幸運にも全員無事に帰ってこれた。だがお前たちのス

タンドプレーで全員を危険に晒す可能性だってあったんだ。キリエ、

スタンドプレーは慎めと何度も言っているだろう?」

「それに落雷で機体が花火になってたらどうするつもりだったんだ

?」

 レオナとナツオの言っていることは理解している。レオナの命令

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を無視し、勝手にリーパーについていった自分も悪いということはキ

リエも自覚していた。だが全員助けられたんだからそれでよかった

じゃないか、というのがキリエの偽らざる感想だった。

「リーパー、お前も無茶をし過ぎだ。名目上は別の飛行隊ということ

だが、当面は私の指示に従えとマダムに言われているだろう? なぜ

私の指示を聞かなかった?」

 うって変わって、今度は諭すような口調でレオナがリーパーに尋ね

る。キリエと違い弁明も口答えもせず、機を降りてからずっと黙って

いたリーパーが、ようやく口を開く。

「…あのままだと、レオナさんの後輩たちの救援が間に合わないと

思ったからです」

「確かに、雷雲を避けて飛んでいたら時間はかかっただろう。君が彼

女たちを危ないところで救ってくれたことには感謝している。だが

それとこれとは話が別だ。なぜ、わざわざ危険な真似をする?」

 リーパーはハルカゼ飛行隊の面々とは一度も会ったことが無いは

ずだ。顔も名前も知らない、そんな人たちのために、リーパーは危険

な雷雲へと突っ込んでいった。彼をそこまで突き動かすものは何な

のか、この場にいる面々は誰も知らない。

「もう二度と、目の前で誰かが死ぬのは御免なんですよ」

  ───リーパー、またな。スラッシュ、ベイルアウトする。

  リーパーがボーンアロー隊に入ってすぐの頃、何かと突っかかって

きた国連軍のエリート。嫌味な奴だったが、悪い奴でもなかった。そ

んな彼と何か通じ合えたと思った直後、彼はリーパーの目の前で死ん

だ。被弾した機体から脱出したところを、無人機に攻撃されて。

「だけど俺が指示に従わなかったことは事実です。大変申し訳ありま

せん」

 命令違反は重罪だ。コトブキ飛行隊は軍隊ではないが、そのことは

指示に従わずに好き勝手に動いていいという理由にはならない。

「まぁまぁ、今回は彼の判断も間違っていなかったってことでいいん

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じゃない? 全員無事に戻ってこれたんだから」

「そうですわね。レオナも彼も、どちらの判断も正しかったというこ

とでよろしいのではないですか?」

 リーパーが頭を下げると、横からザラとエンマが助け舟を出してく

れた。レオナはなおも険しい顔をしていたが、頭を下げるリーパーを

見て、ふーっと息を吐いた。

「…確かに今回は君の判断も間違っていなかったと言える。あのまま

では私たちがハルカゼ飛行隊の救援に間に合わなかった可能性も

あった。だから、今回の君の行動は不問に付す」

「やったぁ!」

「調子に乗るなキリエ! お前には罰として廊下の掃除を命じる」

「ええっ!? なんでわたしだけ!?」

「お前はコトブキ飛行隊の一員だからだ。それに命令を無視してスタ

ンドプレーに走るのはこれで何度目だ」

 口をとがらせブーイングを飛ばすキリエ。そんな彼女を見て、チカ

がニヤニヤ笑う。

「じゃあ頑張って掃除してね、キリエ。掃除が終わった後埃が残って

ないかチェックしてやるからさ」

「うっさいバカチ! やな小姑かあんたは!」

 ぎゃあぎゃあといつものように騒ぎながら、キリエ達がそれぞれ自

分の部屋へと戻っていく。リーパーは彼女たちの後に続かず、ナツオ

のところに向かった。

「班長、今回は申し訳ありませんでした」

「まったくだ。あんな無茶な真似する奴、今まで見たこともないぞ」

「はい。レオナさんに怒られました」

「これに懲りたらもう二度と雷雲になんか突っ込むじゃねーぞ…って

言っても無駄だよな。そんな目をしてる」

 やれやれ、といった感じでナツオは溜息を吐く。

「それにお前、随分な空戦機動をしたみたいだな。あちこちガタが来

てるぞ。こいつは整備に時間がかかりそうだ」

「…すいません」

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「まあ、こっちも性能を限界まで発揮してくれるような奴の機体は整

備し甲斐があるよ。もっとも、ぶっ壊されるのは御免だけどな」

 再びリーパーは頭を下げる。だがナツオは背伸びして手を伸ばす

と、オイルに塗れた手袋を外して彼の頭をごしりと撫でた。

「ま、今回は誰も死なせずに帰ってきたんだ。大目に見てやるよ」

「ありがとうございます」

「礼なんて必要ねーよ。それに、わたしらが整備した機体で墜落とか

されちゃ、気分も悪いしな」

 ナツオはそう言って、「お前ら、穴一つでも見逃したらケツにイナー

シャハンドル突っ込んでかき回してやるからな!」と整備班にハッパ

を掛けた。

   「うー、私だけ掃除なんて…」

 夕食が終わり、皆が部屋に戻る中、キリエだけはモップとバケツを

手にひたすら羽衣丸船内の廊下を磨いていた。清掃員などいない羽

衣丸ではクルーが交代で掃除を行っているが、時折こうして何かの罰

として、一人で掃除を命じられることがある。羽衣丸の船内はそれほ

ど広くないし、廊下も狭いが、それでも一人でこなすにはかなりの面

積がある。

 ぶつぶつとレオナの文句を言いながらキリエがモップを床に擦り

つけていると、廊下の曲がり角からリーパーが姿を見せた。あくまで

もコトブキ飛行隊の一員ではないという名目で、キリエと違い彼は罰

を受けていない。

「何よ、人が苦労してるところを笑いに来たの?」

「いや、手伝おうと思って」

 そう言うリーパーの手には箒と塵取りがあった。キリエの返事を

待つことなく、リーパーは手早く廊下を掃いていく。

「命令違反で罰を受けたのは私だけなんだけど」

「でもきっかけを作ったのは俺だし、勝手に動いたのも俺だ。レオナ

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さんは俺がコトブキ飛行隊のメンバーじゃないから罰は与えなかっ

たけど」

 リーパーは口を動かしながら、手慣れた手つきで素早く廊下の隅に

積もっていた埃やゴミを塵取りに集めていく。さらに雑巾で床を拭

き、あっという間に廊下が綺麗になっていくのがキリエにも目に見え

てわかった。

「あんた、掃除も上手いね」

「元いたところじゃ新入りが掃除洗濯炊事当番って決まってたから

な。否が応でも上手くなる」

「え? でもあんた隊長だったんでしょ?」

「隊長でも俺が一番の新入りだったんだよ」

 コトブキ飛行隊の隊員たちにパシリ扱いされるレオナの姿を思い

浮かべたキリエは、「ないな」と思った。いくら新入りでもリーパーの

ような人間に掃除を押し付けられる彼の同僚は、どんな人たちだった

のだろうか。きっとチカみたいに図太い神経の持ち主に違いない、と

キリエは自分を棚に上げて思った。

「そういやさ、あんたハルカゼの連中を助ける前に言ってたこと覚え

てる?」

「…なんだっけ?」

「『飛行機は飛ばすもんじゃない、自然に飛ぶもんだ』って。あの言葉、

どこで知ったの?」

 かつてキリエに飛行機の操縦技術を教えたユーハング人のサブ

ジー。彼はイサオの謀略に手を貸すことを良しとせず、キリエに何も

言わぬまま彼女の前から去ってしまった。そしてそのまま、イサオた

ちの手によって撃墜されてしまった。

 リーパーが言っていた言葉は、そのサブジーがキリエに教えてくれ

た言葉だった。同じユーハング人とはいえ、リーパーはサブジーと面

識はないはずだ。それなのになぜ彼は、サブジーの言葉を知っている

のか?

「俺のひい爺さんが教えてくれたんだよ。ひい爺さんは───という

か俺の家系は代々パイロットで、ひい爺さんがよく言ってたんだ」

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「ひい爺さん? その人もパイロットだったの?」

「ああ。海軍…って言ってもわからないよな。海で戦うパイロット

だった。お爺さんと親父は空自で、俺はアローズ社。さっきの言葉も

お爺さんと親父から教えてもらった」

「そのひいお爺さんは今も生きてるの?」

「俺が子供の頃に病気で死んだよ」

 一瞬、リーパーのひいお爺さんがサブジーなのではないかと思った

キリエだったが、サブジーは穴が閉じた時にユーハングに帰らず、そ

れから70年もイジツに留まったままだった。リーパーのひいお爺

さんはもう何年も前に、ユーハングで死んでいるという。サブジーが

リーパーのひいお爺さんであるはずがない。

 だが黙々と床を拭いているリーパーの横顔が、どこかサブジーと重

なってキリエには見えた。頑固そうな真一文字に結ばれた口と、どこ

か強い意志が籠っている瞳。そして卓越した空戦技術。

「ねえ、そのひいお爺さんの写真とかってある?」

「あるかもしれないけど…今手元にあるかな?」

「あったら私に見せてよ」

「いいけど、どうして?」

「私の知り合いがあんたによく似てるんだよね。その人もユーハング

から来てさ、あんたみたいに変わってて頑固でへんちくりんなひと

だった」

「それって遠回しに俺を貶めてないか?」

 困ったようなリーパーの顔を見て、こんな顔も出来るんだとキリエ

は思った。普通というか、どこか抜けてそうな奴なのに、戦闘機に

乗ったら誰も手が付けられない死神になる。人は見かけによらない

なと思った。

 彼と戦ったら、その強さの秘訣を知ることが出来るのだろうか。

もっとリーパーのことを知りたい。キリエは心からそう感じる。

「ねぇ、今度私と模擬戦やってよ」

「模擬戦? 別にいいけど」

「私が勝ったらパンケーキ食べ放題の店で奢ってね! あんたが勝っ

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たら…私があんたにパンケーキを奢ってあげるよ」

「どっちにしてもキリエがパンケーキを食べることに変わりはないん

だな…」

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第二九話 Fire Youngman

  イヅルマ。巨大な建物が並ぶ大きな街で、空から見下ろした街並み

は迷路のように入り組んでいた。飛行船製造で有名な街ということ

で、大きな工場がいくつも立ち並び、飛行場もかなりの規模がある。

 嵐の翌日、羽衣丸は空の駅に避退していたハルカゼ飛行隊とカナリ

ア自警団を伴い、イヅルマに到着した。コトブキ飛行隊がイヅルマの

飛行場に着陸するなり、先に降りていたハルカゼ飛行隊の面々が彼女

たちに駆け寄る。

「お疲れ様です、レオナさん! 昨日は助けていただきありがたく存

じ上げまする!」

 機を降りたレオナに、開口一番そう言ってユーカが頭を下げる。ハ

ルカゼ飛行隊の隊長である彼女に倣い、他の面々も感謝の言葉を述べ

た。

「コトブキ飛行隊の方々に来て頂かなければ、あのまま空賊に撃墜さ

れていました」

「すいません、私たちが未熟なばっかりに迷惑を掛けて…」

 落ち込む副隊長のエリカ。彼女はエリカとベルに護衛されて輸送

機と共に戦闘空域を離脱した機を纏めていたが、何も出来ずに逃げ回

るしかない自分たちの不甲斐なさに腹が立っているのだろう。唇を

かみしめる彼女を見て、レオナは「落ち着け」とでもいうように両手

を掲げた。

「全員無事なら何よりだ。それに、礼を言うべき相手は私じゃないだ

ろう?」

「そうだ! 昨日雷雲を突破してきたあの青い隼のパイロット! あ

の方がギリギリで私たちを助けてくれたんですよ!」

 駆け出しで空戦の経験はさほど多くないユーカであったが、青い隼

のパイロットがコトブキ飛行隊並みに優れた腕を持っていることは、

なんとなくわかっていた。それに最短コースを飛ぶために雷雲を突

破し、風を味方につけて予測不可能な機動をするその腕前。きっと大

ベテランのパイロットに違いない。

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「凄いよなー、雷雲を突破するなんて。アタシらはどうにか雷雲に入

らないように右往左往して逃げるしか出来なかったのに」

「いや、それが普通だと思うわよ?」

 ボーイッシュなオレンジの髪をした少女、アカリの言葉に、ザラが

微妙な笑顔を浮かべて答えた。ザラも長いこと空を飛んでいるが、あ

んな無茶をするパイロットにはそうそう出会ったことがない。

「それで、その青い隼の操縦士の方は?」

「彼ならもうすぐ着陸するわよ、ほら」

 ザラが指さした方向を見ると、ランディングギアを下ろして着陸態

勢に入った青い隼が目に入る。隼は模範にしたいくらいの見事な軌

道で滑走路に着陸し、駐機場まで前進した。

 中に乗っているのは一体どんなパイロットなんだろうとユーカは

息を呑んだ。あんな空を知り尽くしたようなパイロットだ、きっと自

分たちやレオナよりも遥かに年上の大人に違いない。ハルカゼ飛行

隊の面々も同じように考えているのか、緊張で固まっているようだっ

た。そんな彼女たちの様子を見て首を傾げるレオナと、反面彼女たち

の思い込みに気づいているらしく悪戯っぽい微笑みを浮かべるザラ。

  エンジンの止まった隼の風防が開き、中からヘルメットを被ったパ

イロットが姿を見せる。バイザーを上げ、ヘルメットを脱いだその下

から現れた顔に、ユーカは少し驚いた。

「え? あの人ですか? まだ私たちよりほんの年上くらいにしか見

えないんですけど」

「驚いたでしょ? でも昨日あなたたちを助けようとして無茶をした

のは、まぎれもなく彼よ」

「あの年であんなに凄い動きが出来るなんて、きっともう何年も空を

飛んでいるんでしょうね」

 感心したように言うベルの背後で、「いや、二年目のペーペーだっ

て」とチカが口を挟む。

「えっ!? じゃあガーベラたちとほとんど同じじゃん!」

「ひょぇぇ…きっと人間じゃないんだよ…」

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 口々に驚きを示すガーベラとダリアをよそに、ユーカは青い隼のと

ころへと駆け出していた。隼から降りてきた若い男───リーパー

が、駆け寄ってくるユーカを見て首を傾げる。

「あの! あのあのあの! 昨日は助けていただきありがとうござい

ましたっ!!」

「ええと、君は…ああそうだ、レオナさんの後輩だっていう…」

「はい!」

「ソヨカゼ飛行隊だっけ?」

 真顔でそう言ったリーパーに、ユーカはずっこけた。そんなリー

パーを見て、キリエが助け舟を出す。

「ハルカゼ飛行隊だよ。あんたって名前を覚えんの苦手なの?」

「まあ、そんなところ。そうか、君がレオナさんの後輩か」

「はい。改めてお礼を言わせていただきたく…」

「あー、全員無事だったならそれでいい。怪我も無かったんだろう?」

 空賊の襲撃で機体に穴は開いたが、奇跡的に全員ケガもなく、あの

空域を離脱することが出来た。もしもコトブキ飛行隊とリーパーの

救援があと少し遅れていたら、きっと殿として空賊の相手をしていた

ユーカとベルは撃墜されていたに違いない。

「あの! まだパイロットになって二年目って本当ですか!?」

「訓練生だった頃を含めればもっと長いけど、実戦に出てからって意

味じゃ確かにそうだけど」

 訓練生時代が3年、実戦に出てから1年半程度。それがリーパーの

飛行経験だ。地球の基準ではペーペーもいいところだが、イジツでは

特に操縦免許等も必要ないので、子供の頃から飛行機を飛ばしている

者も多いと聞く。

「二年目であんな飛び方が出来るなんて…」

「はいはーい! 質問です! どうしたらあんな風に飛べますか!」

 感心するベルの横で、ユーカが再び手を上げた。そんな彼女たちを

見て、エンマが呆れたように言う。

「あなたたち、彼の機動は真似するものではありませんわ」

「え、どうしてですか?」

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「命がいくつあっても足りない」

 ケイトが端的に、しかし本質を突いた答えを言う。雷雲に突っ込

み、強風を利用して本来出来ない無茶な機動をする。命知らずの大馬

鹿野郎にしか出来ない空戦だ。下手に真似をすれば、それこそ敵と戦

う前に墜落しかねない。

「失礼ですが、お名前を伺っても?」

「ああ、俺は───」

「こいつはリーパー。ユーハング人だよ」

 リーパーが本名を名乗る前に、キリエが先にエリカに答えていた。

ユーハング人、という言葉にハルカゼ飛行隊がざわめく。

「ユーハング人? 本当にいたんだ」

「アタシたちと同じ人間なんだね」

「話でしか聞いたことなかったから、本物を見るのは初めてだよぉ」

 まるで珍獣でも見るかのような視線で上から下まで眺められ、リー

パーは少し困惑する。興味津々といった彼女たちに、「はいはい、彼は

この後用事があるからその辺にしてね」と、ザラが手を叩いた。

「用事? どっか行くの?」

「『穴』の情報がないか、ここの自警団本部で教えてもらいに」

「それに自警団の子からも是非会って話がしたいって言われてるの

よ」

 ザラはカナリア自警団のアコとミントと面識があった。アコとエ

リヰト興業の姐さんと呼ばれる画家が悪質なウキヲエ師に拉致され

た際に、協力して救助に向かったことがある。今回イカヅチ団と戦っ

ていたカナリア自警団に加勢したことで、是非会って礼をしたいと言

われていたのだ。

「そういうわけで、私たちはこれから自警団の本部に言ってくる。ま

た後で会おう」

「はい、お疲れさまでした!」

 ユーカ達はそう言って、自警団本部の方へと歩いていくコトブキ飛

行隊を見送った。その少し後ろを、興味深そうに周囲を見回しながら

リーパーがついていく。

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「ユーハング人かぁ、でもそれなら凄い空戦技術を持ってるのも納得

だなぁ」

「飛行機はユーハング人がもたらしたものだから、ユーハングだとイ

ジツ以上に飛行機が発達していて、誰もが空を飛べるようになってい

るんでしょうね」

「ユーハングの話聞きたいなぁ、どんな世界なんだろ」

 ハルカゼ飛行隊の面々が口々にユーハングへの想いを語る中、ユー

カは昨日のリーパーの戦闘を思い出していた。悪天候すらも味方に

つけているのではないかと思うような、縦横無尽で予測不可能な戦闘

機動。自分もあんな風に戦闘機を飛ばすには、あとどれだけ頑張れば

いいのだろうか。

   一方自警団本部に向かってイヅルマの市街を歩くリーパーは、迷路

のような街並みに目を取られていた。

 かつての東京ほどではないものの、大きな建物が並ぶイヅルマは、

イジツでもかなり発展している部類に入るのだという。

「危ない」

 街並みに見とれていたリーパーは、突然背後からケイトに腕を掴ま

れてその場に立ち止まった。そんな彼の目の前を、汚れてボロボロの

衣服を身にまとった少年たちが、腕に果物やパンなどが詰まった箱を

抱えて走っていく。

「待て!」

 そう叫び、警棒を掲げて少年たちの後を追うのは、自警団と思しき

格好の男たちだった。どうやら少年たちは泥棒らしい。だが自警団

が既に動いているのであれば、わざわざ手助けをする必要もないだろ

う。

 転んだ少年の一人に自警団員が馬乗りになり、その顔に警棒を振り

下ろす。顔を庇おうと少年の動きが鈍ったところで、もう一人の団員

が手錠を嵌めた。

「お前たちは残りの連中を追え! 俺はこいつを詰所に連れていく」

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 団員たちが二手に分かれ、残った連中が拘束された少年を乱暴に立

たせる。そして警棒で小突きながら、元来た道を引き返していった。

「この泥棒が。子供だからって許されると思うなよ、牢屋にぶち込ん

でやる」

「ここんとこ毎日お前らみたいなコソ泥の相手だ。いっそのこと浮浪

者は全員追い出しちまった方がいいんじゃねえか?」

 捕まった少年が助けを求める視線を周囲の人々に投げかけるが、彼

を見つめる人々の視線は冷たい。子供とはいえ泥棒で捕まったのだ

から当然ともいえるが、それにしては何か様子がおかしかった。

「また難民かよ、いったいどれだけやってくるんだ?」

「自警団だけじゃ足りねえ、俺たちの手で難民どもを追い出してやら

なきゃな」

 あからさまに少年に敵意を向ける者もいた。リーパーは引き留め

てくれた礼をケイトに行ってから、尋ねた。

「このイヅルマって街は治安が悪いのか?」

「イヅルマの治安はイジツの諸都市の中でも良好、だった」

「だった?」

「最近は難民の流入が増加し、それに伴う問題も発生していると聞い

ている。今の子供たちも難民と思われる」

 難民、ここでもその言葉を聞くとは。難民たちが作り上げた巨大国

家と戦っていただけに、リーパーが難民に対して抱く気持ちは複雑

だった。

「それにしても、なぜ難民が? 紛争でも起きてるのか?」

「色々な原因があるのよ。空賊に襲われて逃げ出してきたり、そもそ

も住んでいた街の資源が枯渇して収入が無くなったり」

 ザラが代わりに答えた。空賊は都市間を行き交う飛行機や飛行船

を襲うだけでなく、街を襲うこともあるらしい。大きな街では自警団

の戦力が充実していたり、そうでなくとも裕福であれば腕利きの用心

棒を雇うことが出来る

 だが小さな街ではそれが出来ない。ラハマがそのいい例だ。小さ

い街では自警団の戦力は質も量も乏しいか、そもそも自警団すら存在

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しないところもある。そういう街を空賊は襲って、なけなしの金や収

穫されたばかりの作物などを丸ごと奪い取っていくのだ。

 そういった街の人々が取る手段は二つ。一つは屈辱に耐え空賊に

大人しく望むものを差し出し、彼らが暴れないで帰ってもらうように

祈ること。もう一つは街に見切りをつけて出て行くことだ。生まれ

育った町を捨てることになるが、空賊に生殺与奪を握られるよりは

よっぽどマシ、と言うことだろう。

  人々が街を出て行く理由はもう一つ、資源の枯渇だ。

 ラハマはかろうじて質のいい岩塩が算出され、それを主な交易品と

して何とか成り立っている。だが仮に岩塩の算出が途絶えてしまっ

たら、ラハマの街は収入を得る手段は無くなる。観光資源はなく、か

といって投資を呼び込めるような産業の土台があるわけでもない。

だからこそ町長はリーパーがフランカーでエアショーをやってくれ

ることを期待しているのだが、資源枯渇とそれに代わる新たな産業の

発展という問題が解決されたわけではない。

 石油でも鉱物でも、算出が途絶え収入が無くなってしまえば、途端

に街は立ちいかなくなる。人々は税金を払えなくなるし、街も生活

サービスの提供が出来なくなる。その結果街はどんどん貧しくなり

荒れていく。

 リーパーは行ったことはないが、ラハマの近くにはキマノという街

があった。10年前までは栄えていたが、主要な算出品である地下鉱

物が枯渇してしまったために、どんどん人口が流出しついには廃墟に

なってしまったという。そうやって無くなっていく街が、最近ではど

んどん増えているというのだ。

「そうして住むところを失った人々は、大きな街へと向かう。そこな

ら仕事があって、豊かな暮らしが出来るんじゃないか。安心して暮ら

せるんじゃないかと思って」

「でも実際には簡単によそ者なんて受け入れてくれるわけもないし、

元から住んでいる人たちも自分たちの仕事が奪われるんじゃない

かって警戒しちゃうのよね。根無し草が簡単にお金を稼げる食料に

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就けるわけもないし」

 レオナが連れていかれる少年を見て、どこか悲しそうな目をしてい

た。孤児院で育ったレオナとしては、親が無く貧しいが故に盗みに手

を染めてしまった少年にどこか同情する気持ちもあるのかもしれな

い。

 地球でもイジツでも、同じ問題は起きるんだなとリーパーはどこか

虚しくなった。同じ人間である以上、同じ問題が起きるのは当然なの

かもしれない。もう何十年にもわたって地球で起きている問題が、よ

うやくイジツでも起き始めたということか。できればそういった悪

いところまで、地球の水準に追いついてほしくはなかったのだが。

「イサオがいなくなってからだよね、空賊たちがまた暴れ始めたの」

「難民問題もあちこちの大都市で起きていると伺っていますわ。大都

市がその力を背景に小さな街から不当に安く特産品を買い叩いて、結

果小さな町がどんどん貧しくなっているとか」

「…私たちがイサオを倒していなければ、こんなことにはならなかっ

たんだろうか」

 レオナが溜息を吐く。自由博愛連合を結成しイジツを支配しよう

としていたイサオだったが、自博連の理念は傍から見れば立派なもの

であったとレオナは思うし、実際に自博連のおかげで空賊たちの脅威

が鳴りを潜めていた時期もあった。

 それに自博連は各都市の特産品の専売制を進めることによって、価

格の安定化や不当な買い叩きの阻止なども目標にしていたと聞く。

もしも自博連がイジツを統一していたら、空賊たちはいなくなり、小

さな街も安定した収入を得て発展出来ていたのではないか。最近各

地で起きている問題を聞くたびに、レオナはそう考えてしまう。

「あら、私はあんなクソ野郎に支配される世界なんて御免ですわよ?」

「そーそー、それにイサオって結局自分のことしか考えてなかった

じゃん。イサオの奴がトップになったところで、本当にイジツが平和

になってたか怪しいもんでしょ」

 そう口々に言うエンマとチカ。

「ケイトも同意。そもそも自博連はイサオのカリスマによって成り

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立っていたもの。仮にイサオが欲望の塊のような人物でなくとも、一

個人の存在に全てが左右される巨大組織は必ず立ち行かなくなる」

 仮にイサオが清廉潔白な人物だったとしても、結局独裁になってし

まうことに変わりはない。どんなに立派な人間でも堕落はするし、そ

うでなくとも巨大組織の上から下まで全て一人で管理監督するのは

不可能だ。必ず目の行き届かないところで誰かが好き勝手してしま

う。そう考えると、イサオのカリスマによって成り立ち、イサオが全

てを支配する自博連は最初から無理がある組織だったのかもしれな

い。

「そうよレオナ、私たちがやってきたことは無駄じゃなかった。少な

くとも今は、そう思いましょう?」

「…ああ、そうしよう」

 隊長の自分が、今までの決断を後悔するようなことを言ってどうす

る。レオナはそう思い、意識を切り替えることにした。すぐそこま

で、目的地のイヅルマ自警団の大きな建物が見えてきていた。

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