解説2 —...
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22 機 械 設 計
はじめに
地球温暖化の原因となる温室効果ガスの削減を目指し,1997年に地球温暖化防止会議において,気候変動に関する国際連合枠組条約である京都議定書が発効され,これに伴い省エネに対する市場ニーズが高まる中,当社では2000年に工作機械向けに業界初の省エネ回転数制御システム(当社ではハイブリッド油圧システムと呼称)であるエコリッチを上市し,以降,出力の拡大と制御性能の向上により適用市場を拡大してきた。今回,昨今のユーザーニーズに応えてエコリッチの全面モデルチェンジを行ったので,開発当時からの技術変遷を交えながら紹介する。
油圧システムの構成と特徴
1. 油圧ユニットの環境対応 機器に求められる環境対応要件は,大きく分けると「省資源/省エネルギー」,「廃棄物削減」「再生・再利用」「人にやさしい」に分類され,それを実現する具体的項目としては「ロスの削減」「作動油削減」「長寿命化」「解体容易化」「低騒音化」などがある。これを油圧ユニットに当てはめた場合の具体的な対応策を整理したものを図1に示す。ハイブリッド油圧システムはこの中でも「待機電力削減」「ポンプ駆動ロス削減」「電動機ロス削減」「作動油劣化抑制」「シール材の劣化抑制」に対して有効な手段となる(図1)。 2. 従来油圧システム 従来油圧システムでは,ポンプは一定速で回転
する誘導電動機で駆動され,アクチュエータを駆動するための圧力および流量はポンプ内蔵の可変機構もしくはバルブによって制御される。ポンプは一定速で駆動されるため,要求される流量を満足するために必要とされるポンプ容積は一意に決定される。保圧状態では可変機構を中立にすることで流量をほぼ0とするが,一定速で駆動される機械機構は動摩擦損失を発生し続図1 油圧ユニットに求められる環境要件と対応
シール材の劣化抑制
作動油劣化抑制
タンク小型化
電動機ロス削減
ポンプ駆動ロス削減
回路ロス削減(配管,バルブなど)
省資源/省エネルギー
不良品ロス削減
待機電力削減
油温上昇低減
高効率電動機
動摩擦抵抗
吐出量オンデマンド化
ロスの削減
作動油削減廃棄物削減
長寿命化
環境対応
解体容易化
低騒音化
再生・再利用
人にやさしい
ダイキン工業 仲田 哲雄*
*なかた てつお:油機事業部 技術部 主席技師
解説2 —ハイブリッド油圧システムの技術動向
特集 油圧技術の今がわかる実務講座
23第 62 巻 第 11 号(2018 年 10 月号)
油圧技術の今がわかる実務講座 特集
解説2ける。また,誘導電動機は固
定子の作る回転磁界により電気伝導体の回転子に誘導電流を発生させ,滑りにほぼ比例した回転トルクが発生する原理によっていることから,負荷の大小にかかわらず,この励磁電流による固定的な損失が発生する。 3. ハイブリッド油圧シス
テム ハイブリッド油圧はポンプに固定ポンプを適用し,圧力および流量制御をモータ回転数の可変制御によって行うシステムである。圧力はポンプ吐出口に搭載された圧力センサによるフィードバック制御,流量はモータ回転数によって制御される。モータ駆動と油圧制御機能を一体化したコントローラでは圧力・流量・馬力の油圧ユニット特性を記憶しており,これらの特性とセンサで取得した現在の負荷情報の比較を行うことで運転モードを決定するとともにPID制御によりモータの回転数指令を決定する(図2)。 (1)デマンド制御による省エネ ハイブリッド油圧システムにおける圧力流量制御はデマンド制御を基本とし,必要なときに必要な流量のみを供給するようにモータ回転数が制御される。圧力保持状態では回路の漏れを補充するだけの吐出量までモータ回転数を低下させた運転となり,不必要な動力ロスを削減することができる(図3)。 (2)ポンプの小型化 ポンプの吐出流量はポンプ容積×モータ回転数で決定され,モータ回転数が可変であるため任意のポンプ容積を選定することが可能である。また,モータ最高回転数を上げることにより従来油圧システムに比べて2/3~1/3の容積の小型ポンプを適用することができる。ポンプ小型化はポンプ回転部のイナーシャ低減につながり,後述の加減速応答においても優位となる。
(3)モータの小型化 モータの必要軸トルクTは,
T(N・m)=吐出圧力(MPa)・ポンプ容積(cc/rev)2π・ポンプ機械効率
…⑴ であり,ポンプ容積が小さくなるとモータに必要なトルクも比例して小さくなる。モータの体格は出力軸トルクによって決まるところが大きいため,結果としてポンプの小型化はモータの小型化にも寄与する。 (4)ポンプしゅう動摩擦低減 ポンプには吐出される高圧の油圧作動油を回転しながらシールする部分があり,しゅう動摩擦が存在する。ポンプ小型化によりこのしゅう動部も小型化されることにより摩擦抵抗が低減される。また,保圧時はポンプが低速運転となりしゅう動摩擦は比例的に低減されることから,しゅう動摩擦による動力損失は大幅に低減される。
図2 ハイブリッド油圧システムの構成
バルブ
M P
バルブ
M Pコントローラ
可変容量ポンプ
三相誘導電動機固定速度
圧力損失
従来油圧ポンプシステム ハイブリッド油圧システム
固定速度ポンプの機械損失
モータのエネルギー損失
切り替えのみ損失なし
高効率低発熱
回転数可変機械損失低減
小型固定容量ポンプ
可変速モータ
圧力センサ
図3 ハイブリッド油圧システムの省エネ原理
消費電力
消費電力
0.1秒以下
ハイブリッド油圧消費電力可変ポンプポンプ消費電力
保圧時
省エネ省エネ
動作時固定ポンプ保圧時
可変ポンプ保圧時
動作時
保圧時
可変ポンプ動作可変速動作
1800漏れ量 ポンプ回転数[min-1]
省エネ分(固定ポンプ比較)
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(5)メンテナンスサイクルの長期化 油圧では機械を作動させる運動エネルギー以外の余剰エネルギーはすべて熱に変換されて油圧作動油の温度を上昇させ,油圧作動油の酸化による劣化やゴムを主体とするシール類の劣化などの原因となる。ハイブリッド油圧では不要な油の吐出が極限まで抑えられるため,メンテナンスサイクルを広げることができる。
一例としてポンプのオイルシールの長寿命化を示す。オイルシールの寿命は主にリップ部の温度に依存し,リップ部の温度は油圧作動油の温度と周速(軸とシールの滑り速度)に依存する。回転数制御方式では固定回転ポンプに対して低油温上昇に加えて周速が抑えられるため,リップの温度上昇を大幅に抑えることができる。一定回転数で運転される誘導機+可変ポンプでは周速20 m/sで約1000 Hrの寿命であったものがハイブリッド油圧では平均周速が5 m/sに低下するとともに油温上昇低下の効果により約5倍となった。 (6)低騒音化 ポンプの騒音は主に回転数に依存する。ハイブリッド油圧の保圧時回転数は約200~300 min-1まで低下し,騒音値はほぼ工場の暗騒音レベルまで低下するため,作業環境の向上に寄与する。 (7)安定した応答性・再現性 可変ポンプや電磁比例弁の可変機構の制御部はばねと絞りで構成されるメカ部と動作圧力のバランスによって構成されており,油圧作動油の油温変化による粘度変化の影響を受けやすい。また,メカ部の静摩擦により同一指令においても5%程度のヒステリシスによるバラつきが生じる。また,
油圧比例弁の流量は励磁電流に対して比例的移動するスプールの通路開口面積によって決定され,指令-流量特性がJカーブ(2乗)特性となるため直線性が悪く,機械からの指令に対して比例的な流量を得るためには Jカーブ特性を逆補正するような処理が必要となる(図4)。 一方,ハイブリッド油圧では圧力および流量は圧力センサおよび回転数センサでフィードバック制御され,流量誤差はポンプ自身の漏れ流量のみであることから1%F.S.以下という非常に高い直線性と繰返し再現性が可能となる。これにより出来上がり製品のバラつきが抑制され,歩留りの向上が期待できる。また,油温変動にも強く,機械を運転し始めてから油温が安定するまでの暖機運転短縮による生産性向上を図ることができる。 (8)油圧回路の簡素化・機器の標準化 一般産業機械においては油圧回路の切換えで急激な減圧を行うと押さえつけた力が一気に開放されることによるショックや騒音が発生することから,圧抜き弁追加やスプールに特殊なノッチを追加したショックレス電磁弁などを使用する必要がある。これらは調整機構を持たないため最適なタイミングでの動作とすることが難しい上,特殊品となるため調達性にも難がある。 ハイブリッド油圧の上位機種では,モータ逆回転により配管ボリューム中の油を吸い出すことも可能であり,昇圧および降圧を任意の時定数パラメータを設定して動作させることが可能となっている。この機能により負荷回路のボリュームに対して最短時間での減圧,作動特殊なバルブ削減による回路簡素化,一般的なバルブのみでの油圧回路構成による機器標準化での調達性の向上などに寄与する。 (9)初期調整の容易化 従来油圧では流量や圧力の変更は六角レンチなどの機械工具を使用することが必要であり,設定再現にはねじの余り長さなどに頼ることになる。また,調整が必要となるバルブは油圧回路の圧力損失低減,スペース制約などにより設定変更が容易な位置に配置することは難しく,変更を容易にするにはパイロット弁など追加のバルブ類が必要
図4 指令-流量特性
012345678910
0 2 4 6指 令(V)
8 10
ハイブリッド油圧
比例弁
流 量