超音波浮揚における保持現象に関する研究 - 東京工業大学第1章 序論 -1-...
TRANSCRIPT
修士論文
超音波浮揚における保持現象に関する研究
平成 14 年 2 月
指導教官 上羽 貞行 教授
提出者 東京工業大学
総合理工学研究科
電子機能システム専攻
00M36271
羽田 浩二
目次
第 1 章 序論 ·····································································1 1-1 本研究の背景 1 1-2 本研究の目的 4 1-3 本論分の構成 4
第 2 章 近距離場音波浮揚における浮揚物体の保持原理····························5 2-1 近距離場音波浮揚現象の概要 5 2-2 流体中の音響非線形現象 6 2-3 保持現象の特徴と音響流モデル 9
第 3 章 本研究で用いた振動系 ··········································· 13 3-1 音源の仕様 13 3-2 浮揚物体の仕様 18
第 4 章 保持力の数値解析 19 4-1 解析を用いた保持力の計算手順 19 4-2 FEM 解析モデルに関する検証 21 4-3 まとめ 28
第 5 章 実測と解析結果の比較 ··········································· 29 5-1 保持力の測定系 29 5-2 係数 K による保持力の評価 30 5-3 2種類の振動系における保持力測定 33 5-4 まとめ 37
第 6 章 結論 ··································································· 38 6-1 本研究の成果 38 6-2 今後の課題 38 謝辞 39 参考文献 40 関連発表 41
第1章 序論
-1-
第1章 序論
本章では、本研究の背景、目的、及び本論文の構成について述べる。
1-1 本研究の背景
音場内の物体に一定方向の力が作用する現象は、音響非線形現象として古くから知られて
いる。この現象を利用して、超音波で物体を浮揚させる試みが試されてきている。このような超
音波浮揚では、図 1-1 に示すように音源と反射板の間に定在波音場を形成し、音圧の節の位
置で発泡スチロール球のような小さく軽い物体であれば簡単に浮揚させる事ができる。このよう
な超音波浮揚現象については古くから様々な報告がされてきており、比較的最近の応用例と
しては、無重力状態におけるスペースシャトル内での物体のポジショニング用 1)に、また液滴の
浮揚による密度測定 2)などが報告されている。しかし、音源と反射板の間に定在波音場を形成
することによって得られるこの従来の超音波浮揚現象では、浮揚可能な物体が数ミリグラム程
度の微小物体に限られているために、工学的な応用範囲は限られているのが現状である。
図 1 - 1 音波浮揚現象
第1章 序論
-2-
これに対して近年近距離音波浮揚と呼ばれる、たわみ振動及びピストン振動の放射面近傍
における板状物体の浮揚現象が見出され、実験及び理論的報告が行われてきた 3)-6)。この現
象は、図 1-2 に示すように、物体自身が反射板となり音波の放射圧を直接受け、放射面から
1/10 波長以内の近傍で板状物体が浮揚する現象である。
近距離音波浮揚現象の工学的応用としては、半導体やガラス液晶基板の製造ラインに用
いられる非接触搬送法が主に研究されている。これらの製造ラインにおいては機械的な接触
による塵埃微粒子の発生は商品の歩留まりの低下につながり、物体を非接触で搬送する装置
が望まれている。表 1-1 に現在研究されている非接触搬送法の一覧を示す。
表 1-1 非接触搬送法
気流搬送
マイスナー効果
磁気搬送
枚葉送り(短距離)
静電気搬送
キャリア式(長距離) 磁気搬送
図 1-2 近距離場音波浮揚現象
第1章 序論
-3-
これらの搬送法においては搬送物体の材質が制限されたり、高価な冷却液や大量のクリー
ンガスを消費するといった短所が挙げられる。これに対して、音波浮揚を用いた非接触搬送法
では次のような特徴が挙げられる。
(1) 材質に関わらず搬送可能
(2) 底面が平面な物体の搬送が可能
(3) 商用の電力のみを使用
(4) 装置が小型で安価
(5) 音波遮蔽が必要
以上の特徴を生かして、近距離場音波浮揚を用いた非接触搬送について様々な検討が行
われている 7)-12)。これまでに検討された非接触搬送の方式は、図 1-3 に示されるような2つの
方式に大別される。
(a) 定在波による非接触搬送
(b) たわみ進行波による非接触搬送
このうち、(a)の「定在波による非接触搬送」は、放射板上に板状物体を浮揚させると水平方
向に位置保持される現象を利用する搬送システムである。この搬送システムは、リニアステー
ジに音源を搭載し、被搬送物体を音源とともに運搬することにより実現される。このシステムの
特徴は、位置決め精度が高く、移動経路選択の自由度が大きい非接触搬送装置を実現でき
ると考えられることである。
一方、(b)の「たわみ進行波による非接触搬送」は、浮揚物体を音波自身の力で搬送させるも
ので、振動板のたわみ振動を進行波にすることによって実現されている。具体的には、1つの
振動板に2つの振動子を取りつけ、片方の振動子(図 1-3(b)においては左側)を駆動側、もう1
つの振動子(右側)を負荷側としてエネルギの流れを発生させることにより、進行波を励振して
いる。この(b)「たわみ進行波による非接触搬送」においては、(a)「定在波による非接触搬送」と
異なり、超音波浮揚装置以外のアクチュエータが不要となるメリットが得られる。しかし、振動モ
Transportation
Levitated object
Vibrating plate
Sound source
Vibrating plate
Levitated object
Horn
Transducer
Sound source
Transducer
Horn
Vibrating plateLevitated object
(a) (b)
図 1-3 近距離場音波浮揚を用いた非接触搬送法
第1章 序論
-4-
ードの制御による位置決め精度が低いこと、及び搬送経路が長い場合には多数の振動子が
必要となり高コスト化が予想される。
以上、近距離場音波浮揚を利用した非接触搬送法について述べてきた。現在これらの搬
送装置の実現はされていない。この搬送装置の実用化には大きな保持力が必要であるからで
ある。保持力が大きな振動板を設計するためにはこの保持現象を理解することが必要である。
1-2 本研究の目的
本研究の目的は、近距離場音波浮揚現象において保持力発生メカニズムを解明すること
である。 本研究では現在までに提案されている保持力発生原理であるストークス粘性の考え方に基
づき、FEMを用いた解析結果をもとに計算値を出し、実験結果と比較することでこの考え方の
妥当性を検証した。
1-3 本論文の構成
まず、第1章においては、本研究の背景や位置付け、及び目的について述べる。
第2章においては、現在考えられている浮揚物体の保持原理について述べる。
第3章では本研究で用いた振動系について示す。
第4章では保持力の計算方法について述べ解析モデルについても検討する。
第5章では保持力の測定方法をしめし、解析結果との比較を行った。
第6章では本研究で得られた成果及び今後の課題について述べる。
第 2 章 近距離場音波浮揚における浮揚物体の保持原理
-5-
第 2 章 近距離場音波浮揚における浮揚物体の保持原理 本研究ではこれまでに、振動板周辺に生ずる空気の流速が水平方向の保持力の大きさ
と相関関係があることから、保持力はストークス粘性によるものであると推測している
3)。本章では、浮揚物体が水平方向に保持される原理について、音響非線形現象の一つ
である音響流に求め、そのモデルを提案する。
2-1 近距離場音波浮揚現象の概要 近距離場音波浮揚現象について概要を述べる。図 2-1 に示すようにたわみ振動モード
(もしくは縦振動モード)のボルト締め Langevin 型振動子により駆動された振動板ある
いは放射体の上に、底面が平面の形状を持つ物体を平行に乗せる。すると、音波の伝搬
を遮るように置かれた物体の境界面に放射圧と呼ばれる力が生じ、物体の自重と釣り合
った位置で浮揚する。
浮揚物体
振動板
ホーン
トランスデューサ
浮揚距離h
発振器
図 2-1 近距離場音波浮揚
第 2 章 近距離場音波浮揚における浮揚物体の保持原理
-6-
この近距離場音波浮揚現象については、放射面と浮揚物体をともに円形のものを用い
た際、浮揚物体の水平方向の動きについて以下のようなことが実験的に観測されること
が確認されている。 (1) 放射面にたわみ振動板を用いた場合、浮揚物体の半径が放射面の振動モードに
おける節円の半径に近いときに位置保持が可能 (2) 放射面にたわみ振動板を用いた場合、放射面と浮揚物体の大きさがほぼ一致す
るときに位置保持が可能 (3) 放射面と浮揚物体の大きさがほぼ一致するときに保持力が最大
ここでの保持とは、「浮揚物体が振動板上のある位置を中心として、水平方向に(振動
板の半径に対して)微小な振幅で揺動(ほぼ調和振動)を行いながら浮揚すること」を指し
ている。 すなわち、浮揚物体は何らかの外力を受けても、その外力が小さければ放射板の上か
ら脱落することなく非接触で保持される。
2-2 流体中の音響非線形現象 4) 近距離場音波浮揚現象においてその理論的解析を行う際には、音波伝搬の非線形性を
考慮に入れる必要がある。この音響の非線形現象というのは2次あるいは2次以上の微
小音響量によって発生した物理現象である。近距離場音波浮揚現象において浮揚物体に
働く力(浮揚力及び保持力)を説明する音響の非線形現象として次の 3 つが挙げられる。 (1) 音響放射圧 (2) 音響流 (3) 音響粘性力 音響放射圧と音響流は古くから知られている音響現象で、数多くの研究者により研究
が行われている。音響粘性力の概念は境界層内の音響流理論と共に、1950 年代に
W.L.Nyborg によって理論的に提案された。 2-2-1 音響放射圧 音波が存在する流体中に物体がおかれると、その物体が音波によって直流的な応力を
受ける。これは音波が波動としての性質のほかに、伝搬媒質を介して音響エネルギを遠
方にまで伝えるという性質をもっているためで、音響エネルギを測定するための放射圧
計の原理などに応用されている。この応力は音響放射圧と呼ばれ、どんなに微小な音場
にも存在しうるものである。5),6) 音響放射圧は、理論的には、完全流体に対する Euler の運動方程式と連続の式
第 2 章 近距離場音波浮揚における浮揚物体の保持原理
-7-
( ) pgradt
−=∇⋅+∂∂ vvv ρρ (2-1)
0=+∂∂ vρρ divt
(2-2)
及び境界条件を解くことによって得られる圧力を時間平均することにより、音響放射圧
を求めることができる。ここで、ρ,p,v はそれぞれ密度、圧力、粒子速度ベクトルで
ある。しかしながら、この厳密解を求めるのは非常に難しく、物体と音場の性質により
近似して求めるのが現実的である。近距離場音波浮揚現象においては、音響放射圧を平
面浮揚物体で分けられる前後の媒質中に蓄えられるエネルギ密度差に相当する値とし、
さらに非線形性を考慮することで、放射圧として浮揚力の式(4-3)が導出され、実験とよ
く一致することが確認されている。
2
202
41
hac
SW ργ+
= (2-3)
ここで、W : 単位面積当たりの重量 [N]
S :浮揚物体面積[m2] γ : 比熱比 ρ : 媒質の密度 [kg/m3] c : 媒質の音速 [m/s] a0 : 放射面の振動振幅 [m0-p] h : 浮揚距離 [m]
振動板
音響放射圧
(流体中)
振動板
音響放射圧
振動板
音響放射圧
(流体中)
図 2-2 音響放射圧
第 2 章 近距離場音波浮揚における浮揚物体の保持原理
-8-
2-2-2 音響流 空気や水などの流体中に強力音波を放射すると、音波の伝搬方向に媒質が観測される。
この流れは音響流(acoustic streaming)あるいは直進流と呼ばれる。7),8) 音響流は非圧縮性流体についての連続の式と Navier-Stokes の方程式で表される。
0=∇ U・ (2-4)
pt R ∇−=∇−∇⋅+
∂∂ FUUUU 2
00 )( µρρ (2-5)
ここで、ρ0は音場的擾乱がない場合の流体の密度、U は流れの速度ベクトル、p は流
れ場の圧力、µは媒質のずり粘性、FRは駆動力である。また、駆動力は
VVVVF ⋅∇+∇⋅−= 0ρR (2-6)
であり、V は流体粒子の振動速度ベクトルである。
2-2-3 音響粘性力 流体音場におかれた物体の表面が流体粒子の振動速度に垂直でないとき、その物体の
表面には図 2-4 に示すような厚さδの音響境界層が発生する。ただし、δ = (2ν /ω)0.5であ
り、ν = µ /ρ は空気の動粘性係数、ω は駆動角周波数である。この音響境界層の中では、
接線方向の粒子振動速度の法線方向空間変化率は境界層の外よりも遙かに大きい。よっ
て、音響流から物体が受ける力は単位面積当たり、等価粘性µeq を用いて次のような式
で表される。9)-13)
zUτ eq ∂
∂= µ (2-7)
物体に働く力は、音響粘性力を物体の全表面で積分することにより求められる。しかし、
定在波の場合のように、物体全体に対して総音響粘性力が必ず存在するとは言えない。
振動板
音響流
振動板
音響流
図 2-3 音響流
第 2 章 近距離場音波浮揚における浮揚物体の保持原理
-9-
2-3 保持現象の特徴と音響流モデル 2-3-1 保持現象の特徴 保持現象について、その発生メカニズムのモデルを提案する前に、円形放射面を用い
た円板の浮揚・保持現象において、これまでの研究及び観測で認められる特徴について
以下に列挙する。ただし、保持可能とは、水平方向に浮揚物体が放射板の中心を振動の
中心とする調和振動が観測されることをさす。 (1) 放射面の径,浮揚距離,浮揚物体を同一にした際、振動モードが異なる放射面に
おいて保持力が異なる。 (2) 放射面,浮揚物体を同一にした際、保持力に放射面の振動振幅依存性がある。 (3) 放射面,浮揚物体材質,浮揚物体厚さを同一にした際、保持力は浮揚物体円板の
径に依存し、放射面の径と浮揚物体の径がほぼ一致するときに保持力が最大とな
る。 (4) 縦振動板では、浮揚物体の径と放射面の径がほぼ一致したときのみ保持力が得ら
れる。一方、たわみ振動板では、浮揚物体の径が放射面の振動モードの節円に近
いときに保持可能である。 (5) (4)で保持可能でない場合でも、放射面の径に対し浮揚物体の径が小さい場合でも、
図 2-5 のように浮揚物体が放射面上から落ちないような動きをすることが観測さ
れている。
V
z
音響流音響粘性応力τ
物体
音響境界層厚さδ
図 2-4 音響粘性力
第 2 章 近距離場音波浮揚における浮揚物体の保持原理
-10-
これらの実験的事実に基づき、2-3-2 節及び 2-3-3 節で音響流による保持現象のモデ
ルを提案する。 2-3-2 浮揚空間内の音響流 音響流によって浮揚物体に水平方向の力が働く、図 2-6 のようなモデルを提案する。 浮揚物体がほぼ静止していると仮定すると、浮揚空間内での空気のξ方向の流れ ux及
び y 方向の流れ uyの z 方向分布は以下の2つの仮定から、ポアズイユの流れになると
考えられる 14),15)。 (1) 浮揚空間上下の壁面ですべりが無い (2) また浮揚空間が波長に比べて微小なので、z方向に音圧分布がないと考えると駆
動力 FRは z 方向に分布せず成分を持たない 従って、z 方向の ux,uyの相対的な分布は浮揚距離、放射面の振動振幅、振動モードに
よらず浮揚空間中央部でその最大値を取り、その相対的な分布はほぼ一定と考えられる。
従って、浮揚物体底面に与えられるストークス粘性力は空気の粘性係数をµとして次式
で与えられる。
hz
yy
hz
xx z
uzu
== ∂
∂=
∂∂
= µτµτ (2-8)
よって、その強さは浮揚距離が一定ならば、浮揚空間中央部での流れの強さで比較可
能となる。また、ux,uyは全てが浮揚空間から外向きとは考えられないことから、その
向き、強さが浮揚空間周囲で x 方向または y 方向に分布しているものと考えられる。い
ま、浮揚物体が静止していると仮定しているので、流れから受ける力を面積分すると、
浮揚物体全体では 0 となる。
浮揚物体
放射面
浮揚物体
放射面
浮揚物体
放射面
図 2-5 浮揚物体の挙動
第 2 章 近距離場音波浮揚における浮揚物体の保持原理
-11-
このモデルにおいては、発生する空気の流れは音響流で、前述したようにその駆動力
は(2-6)式のように与えられるため、Renolds 応力の空間変化率によって発生する。空気
の振動速度は次式のように、浮揚空間の音圧分布に依存する 15)ため、最終的に音響流
の駆動力は浮揚空間内の音圧分布に依存することになる。
tp
∂∂
−=Vρgrad (2-9)
ここで、p は音圧,V は粒子の振動速度ベクトル,ρは媒質の密度を表す。 2-3-3 音響流による復元力モデル 浮揚物体が静止位置から移動した際に、復元力(保持力)が働くことを考える。浮揚
物体が静止位置から移動すると、放射面と浮揚物体の浮揚空間内の音圧分布が変化する。
これは、振動振幅が位置によって均一でないたわみ振動板は当然のことであると考えら
れるが、一様に振動を行う縦振動ホーンにおいても変化することが考えられる。これは、
放射圧が音圧の2乗で与えられる式であるため、浮揚物体の移動により、音圧分布が変
化するからである。具体的には、縦振動ホーンの場合では浮揚物体が傾き、浮揚距離が
浮揚空間内で不均一となると考えられる。音響流の駆動力は音圧分布に依存するため、
音響流が変化し、静止時におけるストークス粘性力の均衡が破られ、浮揚物体が全体と
して力を受けるものと考えられる。以上をまとめると図 2-7 のようになる。この図は左
から、「静止時には、音響流によるストークス粘性力は均衡 → 物体の移動により、浮
揚空間内の音圧分布が変化 → 音響流の均衡が崩れる → 浮揚物体全体としてストー
クス粘性力を受ける」ことを示している。
浮揚物体 τ
xy
z=h
振動面
音響流の分布
z
浮揚物体 τ
xy
z=h
振動面
音響流の分布
浮揚物体 τ
xy
z=h
振動面
音響流の分布
z
図 2-6 浮揚空間内の音響流モデル
第 2 章 近距離場音波浮揚における浮揚物体の保持原理
-12-
実際に、浮揚物体が静止位置から移動する距離は、浮揚物体及び放射面の寸法,波長
に比べて微小であるため、浮揚空間の音圧分布については、大きな変化があるとは考え
にくい。よって、保持力の大きさは、静止時に発生している音響流の強さが大きく関係
しているものと考えられる。第 4 章においてこの仮定について、実験的に検討を行う。
音圧分布が変化 均衡が崩れる ストークス粘性力音響流は均衡
図 2-7 復元力(保持力)発生メカニズムのモデル
第 3 章 本研究で用いた振動系
-13-
第 3 章 本研究で用いた振動系 近距離場音波浮揚において、これまでに異なる振動モードを持つ数種類の音源(ピス
トン音源、たわみ音源)を用いた場合について、最大の保持力を得る振動条件を見出す
ための検討を行ってきており、たわみ音源を用いた場合に大きな保持力が得られること
がこれまでにわかっている。ここで、本章では、ストレートホーン、正方形たわみ振動
板を用意し、それぞれの振動系について示す。
3-1 音源の仕様 本研究において、実験で使用した放射面は図 3-1 に示すような□51.7mm×1.7mm の
アルミニウム製正方形たわみ振動板と同形状のストレートホーンを用いた。
放射面の駆動周波数は、それぞれの音源における共振周波数を用いた。実際には、正
方形振動板においては周波数 18.8kHz 前後、ストレートホーンにおいては周波数
19.2kHz 前後の Langevin 振動子を用いた。また、たわみ振動板の場合にはホーンには
直径がφ30.0mm、12.0mm の図 3-2 に示されるアルミニウム製のステップホーンを介
して振動しに固定され、M6P1 のステンレス製皿ネジを用いてホーンと接続されている。
ステップホーンの振動板側の端部に関しては、振動板との接続部がφ8.0mm になるよう
φ12
φ6.5
1.7
3.0
51.7
51.7
(尺度1:1)
φ12
φ12
φ6.5
φ6.5
1.7
3.0
51.751.7
51.7
51.7
(尺度1:1) 図 3-1 正方形たわみ振動板
第 3 章 本研究で用いた振動系
-14-
に加工が施されている。
Langevin 振動子と接続されたたわみ振動板の様子を図 3-3,3-4 に示す。
次にそれぞれのアドミタンス特性を示す。たわみ振動板では複数の共振が見られるが浮
揚距離のことも考えて 18.8kHz のときの振動モードを用いた。
12225
φ16
27 10 1570
140
R9
1
M14P1 810
φ12
M6P1φ8
φ30
(unit in mm)
図 3-2 たわみ振動板用ステップホーン
Longitudinal horn
BLT
Step horn
BLT
Vibrating plate
図 3-3 縦振動ホーン 図 3-4 たわみ振動板
第 3 章 本研究で用いた振動系
-15-
0 5 10 15 20 25 30
1E-4
1E-3
0.01
Adm
itta
nce[S
]
Frequency[kHz]
図 3-5 アドミタンス特性(たわみ振動板)
5 10 15 20 25 30
1E-4
1E-3
0.01
0.1
Adm
itta
nce
[S]
Frequency[kHz]
図 3-6 アドミタンス特性(ストレートホーン)
次に、振動板の振動様態を示す。正方形たわみ振動板を中心において 18.8kHz で駆
動させたときの振動分布及び音圧分布を図 3-7 に、ストレートホーンを 19.2kHz で駆
動させたときの振動分布及び音圧分布を図 3-8 に示す。また、図 3-7 の(a)に振動モード
の写真、(b)に実測した際の振動分布、(c)に有限要素法(FEM 解析)によって求めた振動
板-浮揚物体間の音圧分布を示す。同様に図 3-8 の(a)に振動モード、(b)に音圧分布を
示す。これらの図から分かるように、振動板の振動モードと音圧分布は一致しない。な
お、振幅は規格化した値を示している。 以後、本論文における正方形たわみ振動板、ストレートホーンはこれらを用いる。
第 3 章 本研究で用いた振動系
-16-
-20 -10 0 10 20
-20
-10
0
10
20
X [mm]Y [
mm
]
0.20 ~ 0.400 ~ 0.20
0.60 ~ 0.800.80 ~ 1.0
0.40 ~ 0.600.20 ~ 0.400 ~ 0.20
0.60 ~ 0.800.80 ~ 1.0
0.40 ~ 0.60
(a)たわみ振動モード(写真) (b) 振動分布(実測)
-20 -10 0 10 20
-20
-10
0
10
20
X [mm]
Y [
mm
]
0.20 ~ 0.400 ~ 0.20
0.60 ~ 0.800.80 ~ 1.0
0.40 ~ 0.600.20 ~ 0.400 ~ 0.20
0.60 ~ 0.800.80 ~ 1.0
0.40 ~ 0.60
(c) FEM による音圧分布解析
図 3-7 正方形振動板の振動分布及び音圧分布
第 3 章 本研究で用いた振動系
-17-
2 4 6 8 10
2
4
6
8
10
X Axis Title
Y A
xis
Title
-10.00-9.000-8.000-7.000-6.000-5.000-4.000-3.000-2.000-1.00001.0002.0003.0004.0005.0006.0007.0008.0009.00010.00
(a) 振動分布(実測)
-3 -2 -1 0 1 2 3
3
2
1
0
-1
-2
-3
X Axis Title
Y A
xis
Title
0
1.5E5
3E5
4.5E5
6E5
7.5E5
9E5
1.05E6
1.2E6
(b) FEM による音圧分布解析
図 3-8 ストレートホーンの振動分布及び音圧分布
第 3 章 本研究で用いた振動系
-18-
3-2 浮揚物体の仕様 浮揚物体にはそれぞれの振動板と同じ面積・形状をもつ厚さ 0,5mm のベークライト
板と厚さ 1.1mm のガラス板(図 3-9)を用いた。それぞれの浮揚物体の質量を表 3-1 に示
す。以後、本論文における浮揚物体はこれらを用いる。
表 3-1 本研究で用いた浮揚物体の質量 正方形浮揚物体 長方形浮揚物体
ベークライト板 2.00 [g] 10.66 [g] ガラス板 8.34 [g] 46.44 [g]
図 3-9 正方形浮揚物体(ベークライト板、ガラス板)
第 4 章 保持力の数値解析
-19-
第 4 章 保持力の数値解析 本研究では保持力の発生メカニズムがストークス粘性で説明できると考えている。そ
こでこの原理にそって計算した値と実測値を比較することにより原理解明を行ってい
く。この章では計算を行う具体的な方法と、解析の際に用いたモデルについて述べる
4-1 解析を用いた保持力の計算手順 浮揚空間における 3 次元の図を図 4-1 に示す。また図 4-2 に振動板-浮揚物体間の粒
子のモデルを示す。
y
x
z
振動板
浮揚物体
FyFx
図 4-1 3 次元の浮揚空間の図
浮揚物体
xy
z=h
振動面
(h:浮揚距離)
z
uao(ua0,va0,wa0)
浮揚物体
xy
z=h
振動面
(h:浮揚距離)
z
uao(ua0,va0,wa0)
図 4-2 浮揚空間の粒子
第 4 章 保持力の数値解析
-20-
まず FEM によって振動モード解析を行い実際の振動モード、共振周波数が得られる
ような振動子のモデルを作成する。次にこの振動子のモデルに空気部分をあらせたモデ
ルを使って振動板-浮揚物体間の空気層の音圧分布を計算する。この音圧分布から各点
の差分を取ることにより粒子速度をえることができる。この粒子速度を Nyborg の理論
式(4-1: x 方向)、(4-2: y 方向)に代入することで流速を求める。
x 方向:
∂∂
−⋅∇+∂∂
+= −δγβαω u
zw
uuz
wiuuqu a
aa
ax0
00*
01
2 )(Re u (4-1)
y 方向:
∂∂
−⋅∇+∂∂
+= −δγβαω u
zw
uuz
wivuqv a
aa
ay0
00*
01
2 )(Re u (4-2)
ここで、ua0,va0,wa0 はそれぞれ x,y,z 方向への粒子速度を表しており、音圧の差分をと
ることで求められる。また、ua0*,va0*はそれぞれの共役複素数を表し、ua0は粒子速度ベ
クトル(3 次元)を表す。また、qx、qy、uα、uβ、uγ、uδはそれぞれ
∂
∂⋅+
∂∂
+
∂
∂⋅+
∂∂
=y
vy
uv
xv
xu
uq yxa
aa
yxa
aax
eeee *0
*0
0*
0
*0
0 (4-3)
∂
∂⋅+
∂∂
+
∂
∂⋅+
∂∂
=y
uy
vv
xu
xv
uq xya
aa
xya
aay
eeee *0
*0
0*
0
*0
0 (4-4)
( ) ( ) ( ) 41
41 sinexp2exp −−+−= nnnuα (4-5)
( ) ( )( ) ( ) ( ) ( )( ) ( )( ) ( ) ( ) ( ) ( )[ ]4
341
41
21
21
21
21
2expsinexpcos)exp(sincosexp
cosexpsinexpsincosexp
+−+−+−−+−−+
+−−−−−−=
nnnnnnnnni
nnnnnnnnuβ
(4-6)
( ) ( ) ( )[ ]41
41
21
21
21 )2exp()sin)(cosexp()sin)(cosexp( −−−−−+−+−= nnnninnnuγ (4-7)
( ( ) ( ) ( )[ ]41
41
21
21
21 )2exp(sin)exp(cos)exp( +−−−−+−−= nnninnuδ (4-8)
を表し、ex、eyはそれぞれ x、y 方向の単位ベクトルである。またρ0は密度、βは境界
層の厚さの逆数で、(2ν/ω)-1/2で表され、νは空気の動粘性係数である。この境界層内
の音響流によりストークス粘性が発生するが、このとき、2 章で示したように粘性力は
流速の z 微分で求まるので、かかる力はそれぞれ次の式で与えられる。
第 4 章 保持力の数値解析
-21-
x 方向: ( )
∂∂
+⋅∇−∂∂
+= −
zw
iz
wiuqF a
aa
axx0
00*
01
0 Re4 uβρ (4-9)
y 方向: ( )
∂∂
+⋅∇−∂∂
+= −
zwi
zwivqF a
aa
ayy0
00*
01
0 Re4 uβρ (4-10)
ただし、qx、qy はそれぞれ(4-3),(4-4)式で表したとおりである。これをすべての点にお
いて計算した。また浮揚距離 h は音波の波長に比べて極端に小さいため、粒子速度は z方向には分布しないと考えることにより、z 成分に関しては無視して計算を行った。 浮揚物体全体に働く力を浮揚物体に面した部分全体で面積分をすることにより求め
る。
FdSFall ∫= (4-11)
4-2 FEM 解析モデルに関する検証 先に示した計算方法において重要となる点はFEM解析の際に実際の音圧分布を表す
ことができるかどうかである。このためには解析モデルをなるべく厳密(現実に近い条
件)に再現しなくてはならないが、FEM の性質上あまり複雑なモデルを使用した場合計
算時間がかかりすぎ、あまり効率的とはいえない。そこでどの程度簡易な解析モデルで
必要な値が得られるかを検証した。今回 FEM で用いたプログラムである ansys では空
気のみのモデルを計算することはできず、振動子の部分はこれ以上簡単にはできない。
そこで浮揚物体を含む振動子以外の部分について検証している。 4-2-1 浮揚物体の材料定数について まず浮揚物体による音波の吸収・反射の影響を考えた。なるべく単純なモデルの方が
良いという条件では、適切な音響インピーダンスを与え浮揚物体をモデルの中で再現し
ないことが望ましい。
第 4 章 保持力の数値解析
-22-
Lateral displacement=500μm
levitation distance=500μm
Levitated object
図 4-3 解析モデル
そこで不要物体としてアルミニウム、ベークライト、浮揚物体なしで代わりに音響イン
ピーダンスの比が 0 という条件を与えた 3 つのモデルで比較検証してみた。またそれ以
外の条件については図 4-3 に示してあるように浮揚距離 500μm、浮揚物体のずれ 500μm、振動子としてストレートホーンを用いて計算している。
4.0mm
0.5mm
0.5mm
impedance=0
4.0mm
0.5mm
0.5mm
(a)浮揚物体なし (b)浮揚物体なし
図 4-4 解析条件
第 4 章 保持力の数値解析
-23-
-0.03 -0.02 -0.01 0.00 0.01 0.02 0.03 0.04
0
20000
40000
60000
80000
100000
120000
140000
160000
Acoust
ic p
ress
ure
[P
a]
X Axis [m]
alminum bakelite nothing
図 4-5 X 軸に対する音圧分布
それぞれの計算結果の X 軸に沿った音圧分布を図 4-5 に示す。このとき振動子の平均振
幅はほぼいっしょであった。図 4-5 をみるとベークライトでは音が吸収され音圧がほか
の 2 つの条件のときよりも小さくなっている。特に中心付近では値が小さくなってしま
っている。4-1 で示したように保持力を計算する際には音圧の微分(差分)を取った値を
もちいて計算するので、図 4-5 に出ている影響は無視できる値ではないことが分かる。
またこの結果より浮揚物体の材料を変えたときは新たにモデルを作成し、計算しなおさ
ねばならず、浮揚物体の材料でも保持力の大きさが変わってしまうことが分かる。 4-2-2 浮揚物体の変位による影響について 実際の現象では浮揚物体がずれることにより音響竜のバランスが崩れ保持力が働く。
これを解析で再現するには当然図 4-6(b)のようなモデルを考えなくてはならないのだ
が、これをモデル化することにより計算がかなり複雑になってしまう。
第 4 章 保持力の数値解析
-24-
ずれている
計算は複雑
実際に近いモデル
ずれていない
計算は簡易
実際とは少し違う (a)浮揚物体のずれを考慮しない (b)浮揚物体のずれを考慮する
図 4-6 解析条件
そこで浮揚物体の変化が微小であることを考え、このとき音圧分布に変化がないと考
える。モデルは図 4-6(a)のようになる。このモデルで解析したとき音圧分布は変化しな
いと仮定しているので当然保持力分布も変化しない。このとき図 4-7 のように浮揚物体
がずれた分保持力と逆向きの成分の力が減少するのでこの差を保持力として計算する。
実際には FEM モデルの 1 つの要素が 1mm 程度なので浮揚物体の辺にそった要素のみ
について積分している。
-3 -2 -1 0 1 2 3
3
2
1
0
-1
-2
-3
X Axis Title
Y A
xis
Title
0
1.125E4
2.25E4
3.375E4
4.5E4
5.625E4
6.75E4
7.875E4
9E4
-3 -2 -1 0 1 2 3
3
2
1
0
-1
-2
-3
X Axis Title
Y A
xis
Title
0
1.125E4
2.25E4
3.375E4
4.5E4
5.625E4
6.75E4
7.875E4
9E4
釣り合いが取れてて0 この部分を計算 この部分は0 図 4-7 保持力の計算方法
図 4-8 に保持力と浮揚距離の関係を示す。上で述べた浮揚物体のずれによる影響を考
慮しないときの保持力を○印で、浮揚物体のずれをモデルの中で再現したときの保持力
を△印で、実際に測定した保持力を□印でしめす。測定については 5 章で詳しく述べる。
浮揚物体のずれの影響を無視した場合浮揚距離が大きくなるにつれて保持力が小さく
なる結果となってしまった。しかし実際には浮揚距離が大きくなるにしたがって保持力
も大きくなる結果となっている。一方浮揚物体のずれをモデルの中で再現したほうでは
実測結果とよく似た傾向を示した。この結果より多少複雑になってしまうが解析モデル
の中で浮揚物体のずれを考慮しなければならないことが分かった。
第 4 章 保持力の数値解析
-25-
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6
0.4
0.6
0.8
1.0N
orm
aliz
ed f
acto
r K
Levitation distance[mm]
measured calculated calculated
図 4-8 浮揚距離に対する保持力の関係
4-2-3 空気端からの反射の影響について 実際の測定の際には音の反射の影響はない。しかし解析モデルの中では空気端から音
の反射を完全に無視できない。これは空気端の部分に音響インピーダンス1を与えても
完全に除去することはできない。この影響を小さくするには空気のモデルの大きさを大
きくすることで完全ではないが小さくすることができる。しかしあまりに大きなモデル
を使用すると計算時間がかかりすぎ効率が悪くなる。そこでモデルの中での空気の大き
さを変えてそのときの影響を検証した。検証には図4-9 に示す5つのモデルを用いた。
このときの浮揚物体はベークライトを用いた。それぞれの解析結果の X 軸に沿った音
圧分布を図 4-10 に示す。
第 4 章 保持力の数値解析
-26-
4.0mm
0.5mm
0.5mm
30mm
impedance=1
4.0mm
0.5mm
0.5mm
Bakelite
Aluminium
① ②
4.0mm
0.5mm
0.5mm
70mm
4.0mm
0.5mm
0.5mm
③ ④
第 4 章 保持力の数値解析
-27-
14mm
0.5mm
0.5mm
⑤ 図 4-9 解析モデル
-0.03 -0.02 -0.01 0.00 0.01 0.02 0.03 0.04
0
20000
40000
60000
⑤ ④ ③ ② ①
Acoust
ic p
ress
ure
[P
a]
X Axis [m]
図 4-10 X 軸に対する音圧分布
第 4 章 保持力の数値解析
-28-
まず①と②を比較する。このとき中心付近でわずかに①のほうが小さい値を取ってい
る。これより浮揚物体の上にもある程度の空気モデルが必要であることが分かる。次に
②と⑤を比較する。この 2 の値にはほとんど変化が見られない。このことから横方向へ
の空気モデルは 5mm 程度考慮すれば十分でありそれ以上は必要ないことが分かる。最
後に②と③と④を比較することで下方向の空気モデルについて考える。④の結果がほか
の 2 つに比べ大きく違っている。これはこのモデルでは下方向からの音の反射が大きく
影響を与えてしまうためと考えられる。③と④を比較すると大きな違いがない。このこ
とより下方向にはある程度の空気モデルを考えれば十分であることが分かる。
4-3 まとめ 本章では、具体的な計算方法を述べ、解析の際に用いるモデルについて検証した。そ
の結果解析モデルでは浮揚物体の材料特性、浮揚物体のずれによる影響、空気端からの
反射の影響を考慮したモデルで計算する必要があることが分かった。今後この 3 つの点
を考慮したモデルで解析し、その結果より得られた音圧を使い保持力を計算する。
第 5 章 実測と解析結果の比較
-29-
第 5 章 実測と解析結果の比較 本章では、2 種類の振動系を用いて浮揚物体に働く保持力を実験的に評価した。また、
FEM 解析を用いて計算した振動板と浮揚物体との間に生ずる音圧分布から、ストーク
ス粘性が境界層に生ずる音響粘性力と仮定して保持力の大きさを計算し、相対的に実測
結果と比較した。
5-1 保持力の測定系 図 5-1 に保持力の測定系の模式図を示した。浮揚物体側面にレーザ変位計のセンサ光
を水平方向に当てることで浮揚物体が水平方向(正方形振動板においては 1 方向、長方
形振動板においては 2 方向)に揺動する周期振動波形を取り込む。また、浮揚物体上面
にレーザ変位計のセンサ光を当てることにより浮揚距離を測定する。浮揚物体にレーザ
光を当てる際には、図 5-1 中に示すように 5 インチフロッピーディスクのライトプロテ
クトに用いられるシールを貼り、測定しやすくした。なお、レーザ変位計はキーエンス
社製の LC-2440 を用いた。
オシロスコープ
レーザ変位計
図 5-1 保持力の測定系
第 5 章 実測と解析結果の比較
-30-
5-2 係数 K の導入 図 5-1 に示す装置で観測される近距離場音波浮揚現象について、浮揚物体側面にレー
ザ変位計のセンサ光を当てることによって測定した浮揚物体が揺動する際における水
平方向の変位の一例を図 5-2 に示す。また、図 5-3 は図 5-2 を FFT 解析した結果であ
り、浮揚物体が水平方向にほぼ調和振動をしていることがわかる。
0 1 2 3 4 5
-0.10
-0.05
0.00
0.05
0.10
Devi
atio
n [
mm
]
Time [s]
図 5-2 浮揚物体の水平方向の揺動
0 10 20 30 40 500.00
0.02
0.04
0.06
0.08
Frequency [Hz]
Am
plitude
[m
m0-p]
-1800
180
0 10 20 30 40 50Frequency [Hz]
Phas
e [
deg.
]
図 5-3 浮揚物体の揺動の FFT 解析結果
第 5 章 実測と解析結果の比較
-31-
ここで、図 5-2 の変位が 0 というのは、振動板と浮揚物体底面の半径が一致している
位置を示している。すなわち、水平方向の揺動は振幅が微小であれば、振動板と浮揚物
体底面が一致する位置を振動の中心として、ほぼ調和していると考えられる。よって、
浮揚物体の質量を M、調和振動の角周波数をω、浮揚物体の変位を x とすると浮揚物体
には図 5-4 の側面図に示されるような、以下の 2 式で表される x=0 を中心とする復元
力が働いていると考えられる。 KxxF −=)( (5-1)
2ωMK = (5-2) 従って、浮揚物体が揺動する際における水平方向の変位の角周波数ωを測定すること
で、復元力を支配するバネ定数 K[N/m]を推定することができる 17)。また図 5-5 に示す
実験方法で変位が微小な状態での保持力と変位の関係を調べこの K の考え方の妥当性
を調べる。この実験方法で測定したとき保持力は重力の水平成分とのつりあいであらわ
されるので、式(5-3)のようにあらわせる。
θsinMgF = (5-3) 測定結果を図 5-6 に示す。この図より浮揚物体の変位が微小であるとき、浮揚物体の変
位と保持力には比例関係が存在していることがわかる。これにより保持係数 K の考え
方が十分可能であることが分かった。本研究においては、この K により保持力を評価
する。
x 変位
振動板
浮揚物体Kx
0 x 変位
振動板
浮揚物体Kx
0
図 5-4 浮揚物体に働く復元力(側面図)
第 5 章 実測と解析結果の比較
-32-
浮揚力
保持力
重力θ
浮揚物体(Mg)
図 5-5 保持力の測定方法
0 1
-0.002
0.000
0.002
0.004
0.006
0.008
0.010
0.012
0.014
0.016
0.018
-50
0
50
100
150
200
250
300
350
400
450
500
measured
Y A
xis
Title
X Axis Title
calculated
Displacement[mm]
図 5-6 保持力と浮揚物体の変位の菅家(微小区間)
第 5 章 実測と解析結果の比較
-33-
5-3 2 種類の振動系における保持力測定 図 5-7に解析の際に用いたモデルを示す。4 章で示したように振動子の周囲には十分
な大きさの空気のモデルを考慮してある。
図 5-7 解析モデル
5-3-1 浮揚物体の変位と保持力の関係 まず浮揚物体の横方向の変位に対して保持力を測定した結果を解析結果と合わせて
図 5-8 に示す。浮揚物体の変位が大きいときは先に示した保持係数の考え方を利用する
ことはできないので、加速度と力の関係に着目し取り込んだ振動変位の波形を 2 階微分
することにより保持力を求めた。図 5-8 をみるとわずかな違いが見られるものの特性が
よく一致している。また変位が大きいときには外乱の影響が大きくなってしまうので解
析結果と測定結果に違いが生じたのだと考えられる。また浮揚物体の変位を変えたとき
の音圧分布を図 5-9 に示す。浮揚物体が存在している位置を白の点線で示してある。
第 5 章 実測と解析結果の比較
-34-
-2 0 2 4 6 8 10
-2
0
2
4
6
8
10
0
50000
100000
150000
200000
250000
300000
350000
measured
Y A
xis
Title
X Axis Title
calculated
Displacement[mm]
Hold
ing
forc
e
図 5-8 保持力と浮揚物体の変位の関係
-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4
4
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
X Axis Title
Y A
xis
Title
-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4
4
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
X Axis Title
Y A
xis
Title
(a)1mm (b)3mm
第 5 章 実測と解析結果の比較
-35-
-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4
4
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
X Axis Title
Y A
xis
Title
-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4
4
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
X Axis Title
Y A
xis
Title
(c)5mm (d)7mm
-4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4
4
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
X Axis Title
Y A
xis
Title
(e)10mm
図 5-9 音圧分布
浮揚物体の変位が 1/2 以上になると音圧分布のモードが変化していることが分かる。こ
れは浮揚物体と振動面の間で定在波が起こりこれにより音圧分布があるモードを持つ
ことによる。これが原因となり浮揚物体の変位が 1/2 以上になると保持力が減少すると
考えられる。これは別の振動板を用いたとき、別の共振モードを用いたときも波長の 1/2 以上のずれが生じたときは保持できないことを示している。
第 5 章 実測と解析結果の比較
-36-
5-3-2 浮揚距離と保持力の関係 浮揚距離を変えたときの保持力の変化について検討した。図 5-10 にストレートホー
ンでの解析結果、測定結果を示す。同様に図 5-11 にたわみ振動板を用いたときの結果
を示す。どちらの結果でも解析結果と測定結果の特性はよく一致している。またストレ
ートホーンでの結果から求めた解析結果と測定結果の比を用いることで、たわみ振動板
での結果がよく一致していることを確認した。このことから定性的だけではなく定量的
にも解析結果と測定結果が一致しているといえる。
300 400 500 6000
2000
4000
6000
8000
0.08
0.10
0.12
0.14
0.16
0.18
0.20
0.22
Fac
tor
K
calculated
levitation distance[μm]
measured
図 5-10 保持係数と浮揚距離の関係(ストレートホーン)
第 5 章 実測と解析結果の比較
-37-
200 300 400 500
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
1.4
1.6
1.8
2.0
2.2
200 300 400 500
0
20000
40000
60000
80000
100000
measured
Fac
tor
K
levitation distance[μm]
calculated
図 5-11 保持係数と浮揚距離の関係(たわみ振動板)
5-4 まとめ 本章では、2 種類の振動系によって実験的に得られた保持力を測定した。また、保持
力をストークス粘性による理論式によって計算することを試み、実測値との比較検討を
行った。その結果、測定値と計算値が定性的に一致するだけではなく定量的にも一致す
ることを確認した。これにより保持力の振動板の設計が可能であることが分かった。ま
た浮揚物体がある程度横方向にずれてしまうと保持力が働かなくなってしまい、そのず
れ量は波長の 1/2 程度であることを確認した。
第 6 章 結論
-38-
第 6 章 結論 本章では、本研究で得られた成果及び今後の課題について述べる。
6-1 本研究の成果 本件球では保持力発生メカニズムがストークス粘性によるものと仮定し、数値
計算と測定結果を比較することによりこの考え方の妥当性を検討した。本研究で行った
数値計算では、まず振動面の振動分布を既知として、浮揚物体周囲の音圧分布を有限要
素法(FEM)で計算し、これから求めた粒子速度分布から Nyborg の式を利用してストー
クス粘性による保持力と算出している。 まず、音場を FEM 解析する際のモデルについて検討した。FEM 解析の際には解析
モデルはなるべく簡単なほうがいいのであるが、音圧分布を正しく計算するためには浮
揚物体の材料特性、位置ずれを考慮に入れ、対象物体周囲の計算領域を十分に大きくと
ることが必要であることを確認した。次に実際に測定した保持力を計算値と比較した。
浮揚物体の横方向変位と保持力の関係において 2 つの結果はよく一致し、変位が小さな
ところでは変位と保持力は比例関係にあることを確認し、保持力が働く限界の横方向変
位が存在することを見出した。この限界値は波長の1/2程度であり、音圧分布のモー
ドが変化してしまうためであることを明らかにした。次に浮揚距離と保持力の関係につ
いても2つの結果を比較し、こちらでも2つの結果がよく一致し、ある程度浮揚距離を
大きくすると保持力が減少する実験事実を計算で再現した。また複数の異なった振動源
についても同様の比較を行いそのときの解析結果と測定結果の比がほぼ同じ値をとる
ことから定量的にも比較が可能であることを確認した。以上より、保持力発生メカニズ
ムとしてストークス粘性が主に作用しているという結論に至った。 6-2 今後の課題 本研究では保持力の発生メカニズムの解明をめざした。結果、保持力はストークス粘
性でよく表すことができる事を確認した。またこの原理に基づいて保持力を計算する方
法も示した。この原理を用いることで保持力の大きな振動形の設計が可能であると考え
られるので、今後は実際に振動系を設計し、非接触搬送装置の実現を目指す。
-39-
謝辞 本研究を行うにあたって、指導教官として研究全般に関するご指導、適切な助言をし
ていただいた上羽貞行教授に心から感謝いたします。また、輪講をはじめとする研究室
生活全般において貴重な意見をいただき、お世話していただいた中村健太郎助教授に心
より感謝いたします。 測定と解析の両面にわたってご指導をいただいた芝浦工大の小池義和先生に深く感
謝いたします。芝浦工大に赴任してますます多忙になりながら来ていただき、特に理論
や研究方針の部分で親切に指導していただいたことに感謝しております。実験装置の使
い方や材料についての知識などについて指導していただいた石井孝明助手に感謝いた
します。解析プログラムの ansys において様々なアドバイスをいただいたジェームズ・
フレンド氏に感謝いたします。 振動板製作において協力をいただいた精密工学研究所機械工場の和田選助手、横塚浩
一氏、岡部信次氏、長峰靖之氏、杉原輝哉氏に感謝いたします。高橋久徳技官には良い
研究環境を整えていただき、加藤孝子事務には研究室の事務的な面でサポートしていた
だきありがとうございました。 本研究で実験を行うにあたって、実験装置の提供など、多大な援助をしていただいた
㈱カイジョーの産機システム事業部課長橋本芳樹博士に心より感謝いたします。 豊田自動織機㈱の高三正己氏には、実験装置など多大な援助をしていただき心より感
謝いたします。 博士 3 年の尹喆鎬氏、山本満氏(日本電気㈱)、博士 1 年の吉住夏輝氏には研究だけで
なく、普段の生活においてもいろいろと教えていただき心より感謝いたします。 同学年の梅嶋彰氏、川井博氏、小杉勉氏、中村重紀氏、長瀬和幸氏には研究以外にお
世話になりありがとうございました。また、修士 1 年、学部 4 年の皆様にも研究の援助
をしていただき、またそれ以外の部分でも大変お世話になり感謝いたします。 本研究は、研究室の方々や企業の方々に多大なるご協力をいただいて行うことができ
ました。ここに感謝の意を表し、結びとさせていただきます。
-40-
参考文献 1) Y.Hashimoto, Y.Koike and S.Ueha: J. Acoust. Soc. Am., 100(4) 2058(1996)
2) Y. Hashimoto, Y.Koike and S.Ueha: Jpn. J. Appl. Phys., 36-5B, 3140(1997)
3) 天野,小池,中村,上羽,橋本: 日本音響学会講論集, pp.313 (2000.3)
4) 胡: “非接触駆動高速超音波モータに関する研究”,東京工業大学博士論文 (1997.6)
5) 三留,“音の放射圧と非線形音響”, 日本音響学会講論集,pp.863-866(1995.3)
6) 小池,橋本,上羽,“音波浮揚を利用した非接触物質搬送Ⅶ-浮揚現象の理論式の再検討-”,日
本音響学会講論集,pp.1087-1088 (1995.3)
7) W.L.Nyborg, “Acoustic streaming,” in Physical Acoustics Vol.IIB edited by Mason. New
York: Academic, 1965, p.265-337
8) 鎌倉,松田,熊本: “超音波ビーム内での音響流”,日本音響学会誌 52 巻3号,pp.217-221
(1996)
9) W.L.Nyvorg, “ acoustic streaming near a boundary”, J. Acoust. Soc. Am. 30,
No.4 ,pp.329-339(1958)
10) C.P.Lee and T.G.Wang, “Near-boundary streaming around a small sphere due to two
orthogonal standing waves”, J. Acoust.Soc.Am.85,No.3,pp.1081-1088(1958)
11) C.P.Lee and T.G.Wang,“Outer acoustic streaming”, J. Acoust. Soc. Am. 88, No.5 ,pp.2367
-2375(1990)
12) F.H.Busse and T.G.Wang,“Torque generated by orthogonal acoustic waves theory”, J.
Acoust.Soc.Am.69,No.6,pp.1634-1637(1981)
13) T.G.Wang and H.Kanber, “ Non-linear acoustic torque in intense sound field ” ,
J.Acoust.Soc.Amer.Suppl.1,64,S14(1978)
14) 潘,鳥居,小池,上羽,橋本,“近距離音波浮揚の理論的検討(2)-有限開口たわみ振動板による
浮揚力”,日本音響学会講論集,pp.911-912(1996.9)
15) 那野比古:”わかりやすい液晶のはなし”,日本実業出版社
16) C. P. Lee and T. G. Wang: J. Acoust. Soc. Amer., 85(3) 1081-1088(1989)
17) 松尾,小池,天野,中村,上羽,橋本: 日本音響学会講論集, pp.893 (1999.3)
18) J.H.Hu, K.Nakamura and S.Ueha: Ultrasonics, 35, 459-467, (1997)
-41-
関連発表 1) 羽田、小此木、中村、上羽、橋本、高三、小池:“近距離場音波浮揚における音響
流流速と保持力との関係”,日本音響学会平成 13 年春季研究発表会(2001.3). 2) 羽田、中村、上羽、橋本、高三、小池:“近距離場音波浮揚における保持力発生メ
カニズムの解明-有限要素法を用いた数値的検討-”,日本音響学会平成 14 年春季
研究発表会(2002.3). 本研究以外の発表 1) 羽田、 石井、中村、上羽:“高出力多自由度超音波モータの小型化”,日本音響学会平
成 12 年秋季研究発表会(2000.3).