協働設計に向けた移動空間認知の技法開発の研究 -ローレンス・ … ·...
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協働設計に向けた移動空間認知の技法開発の研究-ローレンス・ハルプリンのモーテーションとデジタルツールの活用-
建設工学専攻建築設計情報研究
ME1 6 0 1 6 大内逸平指導教員 澤田英行
お お う ち い っ ぺ い
序章研究背景 建築設計者は、身体を取り巻く全ての環境を、客体として知覚・認識し、客観的に表現することから始める。しかし、同一の対象物でも捉え方の違いによって、表現の方法や様相が異なり、観察者の感覚的な思考のプロセスを、客観的に伝達・共有することが難しいとされている。つまり、チームで目標を共有しつつ、個々人が闊達に活動できるチームデザインを実現するためには、ある特定の条件下で相互に理解し合える共通言語やフレームワークが不可欠といえる。
2 . システム思考とデザイン思考の融合 観察者による移動空間認知の様態を把握することは容易ではない。観察者の思考のプロセスを客観的に伝達・共有するためには、様々な視点から対象を検証し、複眼的に把握する必要がある。そこで物事をシステムとして論理的に捉える「システム思考」と、チームで観察・発想・試作を繰り返し、発見的に価値を創造する「デザイン思考」を融合させたアプローチを行った。
3 . B IM / B - e IM の定義 芝浦工業大学澤田研究室では、B IM の概念を拡張し、独自の概念として B - e I M(B u i l t - e n v i r o nm e n t I n f o r m a t i o n M o d e l i n g)を提唱している。一般的な B IM が建築情報の一元的管理による生産性向上に着目しているのに対し、澤田研究室では設計者の気付き・発見を促す、発想・発見メディアとしての側面に主眼を置く。 本研究では、B IM の特性を活かし、目に見える情報のみならず、人間が把握しきれない膨大な情報をデーターベースとして記録し、可視化するプラットフォーム性に着目した。
4 . ローレンスハルプリンのモーテーション4 - 1 . モーテーションとは ランドスケープ・アーキテクト、ローレンス・ハルプリンは、観察者と環境が相関して生み出す、動的な空間様態を記述するための概念・方法であるモーテーションを示した。 fig . 1 は、ハルプリンが A 地点から E 地点への移動空間認知を、26 種類の記号を用いて記述した記入表である。左枠には、平面構成が記号で記述され、右枠には左枠に対応した前方に見えるものが記述される。
研究目的 本研究は、動的な空間様態を記述するための概念・方法である「モーテーション ( モーション+ノーテーション )」と、デジタルツールを用いて、チーム活動で共有できる移動空間認知のための技法を開発するものである。 実験結果をもとに、個とチームを双方向に、有機的に結び付ける移動空間認知の技法を検証した。
1 . 建築設計と協働設計 今日の社会は情報技術の発達やグローバル化によって、複雑で捉えがたい状況となっている。この状況下において建築設計者は、複雑で日々変容する社会を読み解き、自然・社会環境に潜在する問題を解決する行為でなくてはならない。前野隆司は、
と述べ、いろいろな人が協力しながら問題解決をするという協働のアプローチを重視している。 このような背景から、建築設計に取り組む私たちは、プロジェクトの結果に明確な貢献をもたらす専門的な技量を備えつつ、分野を超えて協働作業をする資質を備えなければならない。
4 - 2 . モーテーションの特性 本研究では、モーテーションの特性から以下の 2つに着目した。
②共通言語としての記号 26 種類の記号は、メンバーの技量に関係なく、特定の条件下で相互理解できる共通言語として扱える。
①視覚情報に富んだ移動空間認知モデル 観察者の複雑な移動空間認知を、視覚情報に富んだモデルに表示できる。観察者の空間認知を、構成する要素や関係によって、環境の特徴や性質を表すことができる ( fi g . 2 )。
5 . 協働設計に向けた移動空間認知の技法開発5 - 1 . データ収集 筆者がリーダーを担う、10 人のチームを編成し、建築設計プロジェクトの敷地調査・分析を行うシチュエーションを想定する。この場合、10 人には知識量や技術力の差はないこととした。 チームは、澤田研究室に関わる学生 ( 修士 2 年 1 名、修士 1 年 2 名、学部 2 年 1 名、学部 1 年4名、以下メンバーという ) とし、芝浦工業大学大宮キャンパスを対象に、11 シーンに対して、26 種類の記号を用いて記述する実験を行った ( fi g . 3 )。メンバーは、同一の条件で記述するために、視野角を限定する眼鏡を装着し、アイレベルで 60 度に限定した ( fi g . 4 )。
fi g . 1 ハルプリンによるモーテーション記入表
fig . 2 移動空間認知モデル観察者を取り巻く環境 移動空間認知モデル メンバー
伝達可能
現在は明治維新に匹敵する激変だといわれています。従来の産業構造を転換し、諸分野の者が力を合わせて問題解決すべき時代。
平面構成 前方方向
A
B
C
D
E
fi g . 3 モーテーションの実施風景 fig . 4 主要な記号 ( 一部省略 )
MO T A T I O N S YM BO L S垂直な要素
水平の要素
斜めの要素
カーブの要素
高い建築
低い建築
中間くらいの建築
建築群
タワー
ガード下、地下道
門
小山、丘、坂
山
谷
水域
流水
噴水
木
低木
人間
車
電車
※1
P h a s e 1 - 1 : 第 1 回モーテーションの実施 9 人のメンバーによって記述された空間認知モデル ( fi g . 8 ) を対象に、リーダーがデジタルツールを用いて分析を行ったところ、以下の発見があった。 記号で記述するという制限がある実験で、メンバーが各々の経験に紐づけながら技法 ( 描写法 ) を使っていた。その結果、技法に着目することで、各メンバーの移動空間認知の様態や意図が把握できるのではないか、と考えた。リーダーは、意図と技法を結びつけた移動空間認知モデルを、9 人分顕在化した ( fi g . 9 )。
P h a s e 1 - 2 : 知識伝達 リーダーは体系化した移動空間認知モデルをメンバーに伝達した。メンバーに同様の知識を伝達することで、個々のメンバーに応じた展開と応用を期待した ( fi g . 1 0 )。
P h a s e 2 : 第 2 回モーテーションの実施 各個人がメンバーの知識の享受をした上で、さらに高度化した移動空間認知を得るため、再度モーテーションを行ったところ、以下の発見があった。 個々のメンバーは、26 種類の記号の性質に関する属性情報 ( 木、低木、水平な要素など ) に加え、用途や働きなど、対象の機能に関する情報 ( 奥行性、方向性、空間分割など ) を付加していることが分かった ( fi g . 1 1 )。そのため、第 1 回モーテーションでは、自覚がない状態で技法を援用していたが、知識伝達後の第 2 回モーテーションでは、知識を応用して移動空間認知をしてたと考えられる。 リーダーは、第 1 回モーテーション分析と同様に、体系化した移動空間認知モデルを、9 人分顕在化した。
P h a s e 3 : アンケートの実施 第 1 回・第 2 回モーテーションに関して、メンバーにアンケート調査を行い、体系化した移動空間認知モデルの妥当性を確認した。アンケート結果から、第 2 回モーテーションで、伝達されたメンバーが、個々の知識を活用し、記述を行っていたことが分かった。それによって、体系化した移動空間認知モデルの妥当性を確認した。
考察 Ph a s e 1 から P h a s e 3 を通して、2 度のモーテーションを実施することで、メンバーの多様な移動空間認知を集積でき、対象敷地を多様なコンテキストで読解することが可能となった。また客観的な表現が難しいとされる移動空間認知を、伝達・共有可能な知識に変換し、再度個々のメンバーに分配するプロセスは、個人の移動空間認知を多様にするだけではなく、チームの知識向上にも繋がったと言える。
終章 モーテーションとデジタルツールを活用し、移動空間認知をチーム間で伝達・共有することを試み、個とチームを双方向に、有機的に結び付ける契機となる移動空間認知の技法を示した。これにより個々人が、技量に関係なく、闊達に活動できるチームデザインを実現することが可能となる。
参考文献※1 前野隆司著『システム × デザイン思考で世界を変える - 慶應 SDM「イノベーションのつくり方』日経 BP 社 2004 年・ 野中郁次郎・竹内弘高著『知識創造企業』東洋経済新報社 1996 年 ・『PROCESS : A r ch i t e c tu re NO .4』 プロセスアーキテクチュア 1978 年・ティム・ブラウン著『デザイン思考が世界を変える』早川書房 2014 年・佐々木正人著『新版 アフォーダンス』岩波書店 2015 年・川崎清著『仕組まれた意匠』鹿島出版会 1995 年・DH・カーンワイラー著 『キュビズムへの道』鹿島出版会 1970 年
5 - 2 . 対象敷地 大宮キャンパスのシーケンシャルな体験を記録するために、均等間隔ではなく、景観の変化に合わせて 11 シーンを選定した ( fi g . 5 )。
5 - 4 . 分析フロー メンバーには、「対象敷地を、多様なコンテキストで読み取るためにモーテーションを実施する」と伝え、建築設計チームの共通目標を掲げた上で、以下の分析フローで実施した ( fi g . 7 )。
5 - 3 . 分析方法 リーダー ( 筆者 ) は、メンバー9人の記述した移動空間認知モデルを、レイヤリング機能を備えた三次元オブジェクト CAD をプラットフォームに、複数のデジタルツールを用いて複眼的な分析を行った( fi g . 6 )。
アンケート
メンバー
筆者 移動空間認知
モデル体系化①
移動空間認知モデル体系化②
第一回モーテーション
実施
第二回モーテーション
実施
集合知
顕在化
移動空間認知モデル
知識伝達
Phase1-1
Phase1-2
Phase2 Phase3
3 D オブジェクト CAD
構成要素のつながりの把握
Ph o t o s h o p
ヒストグラム分析
体系化した移動空間認知モデルリーダーにより
メンバーに同様の知識を伝達
Ex c e l
記号の数の比較 木属性
方向性 奥行性
低木 水平な要素++++
空間分割
fi g . 1 0 知識伝達
fig . 6 複数のデジタルツールの活用
fig . 7 分析フロー
fig . 5 大宮キャンパスの 1 1 シーン
fig . 1 1 属性情報と機能情報
fig . 8 第 1 回モーテーション
fi g . 9 人分の体系化した移動空間認知モデル
機能
意図
技法
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
⑩
⑪
① ②
③
④
⑤
⑥ ⑦ ⑧
⑨
⑩
⑪