エラスチカばねの開発 -...

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2012 10 10 日(水)第 32 回 天文学に関する技術シンポジウム 2012(新前橋) エラスチカばねの開発 Development of Elastica Spring 石崎秀晴 A ,山元一広 B ,高橋竜太郎 A, B A: 自然科学研究機構 国立天文台(重力波プロジェクト推進室) B: 東京大学 宇宙線研究所(重力波推進室) Ishizaki Hideharu A , Yamamoto Kazuhiro B , and Takahashi Ryutaro A, B A: TAMA Project Office, National Astronomical Observatory, National Institutes of Natural Sciences. B: Gravitational Wave Project Office, Institute for Cosmic Ray Reserch, the University of Tokyo. abstract We are developing a spring mechanism called Elastica Spring. It is based on the post-buckling phenomenon of the long column. We made a prototype out of polyethylen terephtalate as spring brade, and found possibility of realization to tune a desired natural frequency. 1. Introduction 大型低温重力波望遠鏡(L arge-scale C ryogenic G ravitational wave T elescopeLCGT)は 2010 から建設が開始された。2012 1 月にトンネル掘削 が着工され,同時に LCGT の愛称も「かぐら(KAGRA)」 と決定し公表された 1) KAGRA は重力波の初検出を目的としてる。さらに, 定常的な重力波観測も目差して,中性子星連星合体 などの天文学的イベントが月に一回程度以上,観測 できるように 100 万個の銀河系を含む 7 億光年先ま での範囲を観測領域としている 2) 領域の先端付近で重力波イベントが発生したとし て,到来する重力波による空間の「ひずみ(strain)」= 信号(signal)は 10 -23 程度しかない。したがって, 重力波望遠鏡はあらゆる雑音(noise)をひずみに換 算して 10 -23 以下に抑えなければならない。 10 Hz 以下の低周波数部において主要な雑音源は 地面振動(seismic vibration)であり,これに対す る防振機構が低周波防振装置(S eismic A ttenuation S ystem SAS)である 3, 4) SAS は多重振り子などを多段に組合せた振動系で ある。地面振動における水平方向の振動絶縁は多重 振り子系と倒立振り子(I nverted P endulum IP)に より対応し,鉛直方向の振動には G eometric A nti- S pring GASFilter 等が防振の役割を担う 5, 6) 多段の振り子系の最終段がレーザー反射鏡(mir- ror)であり,これと一部の防振装置が 20 K 程度ま で冷却されて熱雑音(thermal agitaiton)の低減が 図られる。 われわれは昨年度より,冷却して鉛直防振に使用 されるエラスチカばねの開発に携わっている。エラ スチカばねは約 200 kg の負荷を支持し,固有振動数 1 Hz を全長 10 cm 程のスケールで実現し 2015 年度 から 2016 年度中に KAGRA 本体への組込を目標とす る。われわれはスケジュールに沿った開発と共にエ ラスチカばねの設計ノウハウの確立も目差している。 これまでの成果を報告する。 2. Elastica 7, 8) 図1に示すように,下端 O が地面に固定されてい る長さ l m,横断面積 A m 2 で断面2次モーメント I m 4 の細長い(λ = l/ I /A 1)柱が,上端から 軸方向荷重 P N を負荷されて ˙ ˙ ˙ ˙ でいるときの柱 の変形状態をエラスチカ(elastica)という。 36

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2012 年 10 月 10 日(水)第 32 回 天文学に関する技術シンポジウム 2012(新前橋)

エラスチカばねの開発

Development of Elastica Spring

石崎秀晴 A,山元一広 B,高橋竜太郎 A, B

A: 自然科学研究機構 国立天文台(重力波プロジェクト推進室)

B: 東京大学 宇宙線研究所(重力波推進室)

Ishizaki HideharuA, Yamamoto KazuhiroB, and Takahashi RyutaroA, B

A: TAMA Project Office, National Astronomical Observatory, National Institutes of Natural Sciences.

B: Gravitational Wave Project Office, Institute for Cosmic Ray Reserch, the University of Tokyo.

abstract

We are developing a spring mechanism called Elastica Spring. It is based on the post-buckling

phenomenon of the long column. We made a prototype out of polyethylen terephtalate as spring

brade, and found possibility of realization to tune a desired natural frequency.

1. Introduction

大型低温重力波望遠鏡(Large-scale Cryogenic

Gravitational wave Telescope:LCGT)は 2010 年から建設が開始された。2012年 1月にトンネル掘削が着工され,同時に LCGTの愛称も「かぐら(KAGRA)」と決定し公表された 1)。KAGRAは重力波の初検出を目的としてる。さらに,定常的な重力波観測も目差して,中性子星連星合体などの天文学的イベントが月に一回程度以上,観測できるように 100万個の銀河系を含む 7億光年先までの範囲を観測領域としている 2)。領域の先端付近で重力波イベントが発生したとし

て,到来する重力波による空間の「ひずみ(strain)」=信号(signal)は 10−23 程度しかない。したがって,重力波望遠鏡はあらゆる雑音(noise)をひずみに換算して 10−23 以下に抑えなければならない。

10 Hz 以下の低周波数部において主要な雑音源は地面振動(seismic vibration)であり,これに対する防振機構が低周波防振装置(Seismic Attenuation

System :SAS)である 3,4)。SAS は多重振り子などを多段に組合せた振動系で

ある。地面振動における水平方向の振動絶縁は多重

振り子系と倒立振り子(Inverted Pendulum:IP)により対応し,鉛直方向の振動には Geometric Anti-

Spring (GAS)Filter等が防振の役割を担う 5,6)。多段の振り子系の最終段がレーザー反射鏡(mir-

ror)であり,これと一部の防振装置が 20 K程度まで冷却されて熱雑音(thermal agitaiton)の低減が図られる。われわれは昨年度より,冷却して鉛直防振に使用

されるエラスチカばねの開発に携わっている。エラスチカばねは約 200 kgの負荷を支持し,固有振動数1 Hzを全長 10 cm程のスケールで実現し 2015年度から 2016 年度中に KAGRA 本体への組込を目標とする。われわれはスケジュールに沿った開発と共にエラスチカばねの設計ノウハウの確立も目差している。これまでの成果を報告する。

2. Elastica7,8)

図1に示すように,下端 Oが地面に固定されている長さ l m,横断面積 A m2 で断面2次モーメントI m4 の細長い(λ = l/ I/A 1)柱が,上端から軸方向荷重 P Nを負荷されてた̇わ̇ん̇で̇いるときの柱の変形状態をエラスチカ(elastica)という。

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Page 2: エラスチカばねの開発 - NAOatc.mtk.nao.ac.jp/CommonUse/Records/seika12/006r...われわれは昨年度より 冷却して鉛直防振に使用 されるエラスチカばねの開発に携わっている。エラ

x

y

P

(X, Y )

O

(x, y)

l

αs

θ

Fig.1 Model of the slender beam/column.

エラスチカの変形と運動を記述する方程式 9,10) は

∂x

∂s= cos θ , (1)

∂y

∂s= sin θ , (2)

∂M

∂s= −P sin θ + Q cos θ , (3)

∂P

∂s= −µ

∂2x

∂t2, (4)

∂Q

∂s= −µ

∂2y

∂t2, (5)

∂θ

∂s=

M

EI. (6)

ここに,座標系 x − y は図 1のように採り,原点 O

から柱の中心軸に沿って距離 s mを測り,任意の s

点の座標 (x, y),たわみ角 θ である。先端(s = l)では変位 (X, Y ),たわみ角 α とする。荷重 P は x

軸に沿って作用し,y方向に作用するQ ≡ 0とする。M Jは曲げモーメントである。静的な変形を考える(式 (1)~(6)のうち式 (4),(5)

を除く)。式 (3),(6)から

d2θ

ds2= −p2 sin θ (7)

を得る。ただし,p = P/(EI) m−1である。式 (7)

は単振り子の運動方程式と同形 7,8) であるから,

sinθ

2= k sinφ , k = sin

α

2(8)

と角変数 φを導入することにより

s =1p

F (φ, k) , (9)

x =2p

E(φ, k) − s , (10)

y =2k

p1 − cos φ , (11)

θ = 2 cos−1 dn(ps, k) , (12)

M = P Y − y (13)

と解かれる 7,8)。ここに,F (φ, k)と E(φ, k)は母数k の第一種,第二種楕円積分であり,dn(u, k) は変数 u = psで母数 k のヤコビ楕円 dn関数である。また,以下も計算の際には有用である。

cos θ = 1 − 2k2sn2(ps, k),

sin θ = 2k sn(ps, k) dn(ps, k),

sinφ = sn(ps, k), cos φ = cn(ps, k), φ = am(ps, k).

式 (8)より先端では sin φ = 1でなければならず,したがって φ = π/2となる。式 (9)~(13)は

l =1p

K(k) , (14)

X =2pE(k) − l , (15)

Y =2k

p, (16)

α = 2 cos−1 1 − k2 = 2 sin−1 k , (17)

M = 0 . (18)

ただし,K(k), E(k)は完全楕円積分である。

3. Critical Load

式 (8) より母数 k は先端のたわみ角 α に依存し,αがゼロに近づけば k → 0となる。すなわち,たわみがなくなって柱が垂直のとき k = 0である。このとき式 (14)は

pl =π

2(19)

となる。一方,式 (7)の但し書きより

p =P

EI

であるから,

π

2l=

P

EI.

∴ Pcr =π2

4EI

l2(20)

を得る。式 (20)の Pcr Nは,垂直の柱が座屈して,たわみ始めるときの荷重 P であり限界荷重(critical

load)という。式 (20)をさらに変形すると

σcr =Pcr

A=

π2

4E

l2/(I/A)=

π2

4E

λ2. (21)

ここに,σcr Paは限界応力で λは細長比である。式 (21)において,降伏応力(弾性限度を超えて塑

性変形が開始される応力)σY Pa が σcr の上限であり,より λ が大きい(細長い)とき(σcr σY となって)式 (20)の理論式が実験結果とよく一致する。

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このことを昨年度に報告 4) し,本年度もピアノ線(材質と製造工程が厳密に管理された硬鋼),銅線とベリリウム銅板で確認した(実験の詳細は割愛)。

4. Elastica Spring

われわれが開発しようとしているエラスチカばねの概要を図2に示す。これにより,最終段に懸架されているレーザー反射鏡に対する鉛直方向の振動絶縁に寄与する。設計仕様としては 200 kg 程度の負荷(payload)を支持し,固有振動数 1 Hz である。最初に常温の下で上記の仕様を達成する。次に冷却時にも破綻なく仕様を満足するものに仕上げる予定である。使用方法は,板ばね(spring brade)に限界荷重程度の負荷を課し座屈した状態でさらに僅かに負荷を増加させて固有振動数を所望の値に調整することを想定している。したがって,最適な荷重が仕様に規定された負荷重量に一致するように設計されなければならない。そのような設計技術(ノウハウ)が確立されることが目標である。エラスチカばねの変形と運動を解析する。対称性からブレードの中心付近に原点 Oを置き座標系を図3のように採る。ブレードが x 軸と交わる点 i は変曲点(inflection point)である。s = 0の端点から上端点までのブレードの長さは l/2 m(全長= l m)とし,両端点は固定されていると考える。変曲点 iは x

軸方向の中間点である。点 i におけるたわみ角は α

とする。この場合の支配方程式も式 (1)~(6)である。ここ

でも静的な変形のみを考慮する。解もほぼ,式 (9)~(13)と一致するが,式 (11),(13)の y, M が異なり

y = −2k

pcos φ , (22)

M = −Py . (23)

displac-ment

payload

ElasticaSpring

Fig.2 Sketch of Elastica Spring.

O

x

y

i

θ=

αs

Fig.3 Modeling of Elastica Spring.

角変数 φはφ = am(ps, k)

の関係より,s = 0 において φ = 0 であり,点 i において φ = π/2となる。よって,上端点 s = l/2では φ = π である。すなわちブレードの全長を考えるとき,φの定義域は −π φ π と拡張される。この結果,上端点における他の変数は

l

2=

1p

F (π, k) =2p

K(k) , (24)

X =2p

E(π, k) − l

2=

4p

E(k) − l

2, (25)

Y =2k

p, (26)

θ = 2 cos−1 dn(pl/2, k) = 2 cos−1 1 = 0 , (27)

M = −PY . (28)

前節と同様に,ブレードが垂直のとき(座屈する前)k = 0である。この場合,式 (24)から

pl = 4 · π

2, ∴ Pcr = 4π2 EI

l2. (29)

式 (29) はエラスチカばね(一枚のブレードあたり)の限界荷重 Pcr Nを与える。荷重が限界荷重を超えて(P = Pcr + ∆P)座屈

し始めたときの変位 X mは式 (25)より,k ≈ 0として

X ≈ 2π

p1 − k2

4− 3

64k4 − · · · − π

p

≈ π

p1 − k2

2− 3

32k4 − · · ·

≈ πEI

Pcr1 +

∆P

Pcr

−1/2

1 − k2

2− · · ·

≈ l

21 − 1

2∆P

Pcr1 − k2

2− · · ·

≈ l

2− ∆P

Pcr+ k2 l

2+

∆P

Pcrk2 l

8.

∴ ∆X ≡ l

2− X ≈ ∆P

Pcr+ k2 l

2− ∆P

Pcrk2 l

8. (30)

ただし,∆P Nは Pcr からの超過分,∆X mは元の位置(l/2)からの変位(降下)量である。

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したがって,式 (30) から先端点の変位 ∆X はk2 ∝ ∆P/Pcr とみなすと

∆X ∝ ∆P − ∆P 2

の傾向を示すものと見込まれる。

5. Toy model

まず,簡単な玩具(toy model)を作ってみた。これは形状(幅(b mm),厚さ(t mm),長さ(l mm))が b× t× l = 20×0.5×110の PET(PolyEthylene

Terephthalate)樹脂のブレードを用いた。写真を図4に示す。荷重と変位の関係を調べた。一例を図5に示す。横軸は荷重 P N で右縦軸は変位 ∆X m,左縦軸が変位の自乗 ∆X2 m2 である。前節の議論と整合し,変位の自乗が直線のグラフとなったので近似直線が横軸と交わる点を限界荷重Pcr Nとした。少数(4 cases)であるが,限界荷重を平均し一枚のブレード当り約 1.84 N 188 gwを得たので,式 (29)によりヤング率 E Paを計算したところ E 2700 MPaとなった。

PET 樹脂に関する web site 上の資料を探したところヤング率として 2000 MPa~4000 MPa 程度までに亘って数値が示されているが 2000 MPa台の値が主要のようであり,実験結果は的外れではないと考えられる。したがって,ここでも(限られたサンプルであるが)限界荷重に関して理論と実験が一致したといえる。なお,PET樹脂ブレードの細長比 λ = 762であり,充分に大きく 3節の議論とも整合している。また,限界荷重を超えて座屈しているときの復元力は負荷が増加すると低下する傾向が観察された(中心に設置された棒と装置の摩擦力が相対的に大きく作用するので自由振動は直ちに(一周期程度で)収束してしまった)。一般に,バネ(定数:κ N m−1)—質量(µ kg)系の固有振動数 ω s−1 は

ω =κ

µ

と表される。エラスチカばねにおける κは,具体的な詳細の検討は未だであるが,復元力に依存する。よって,負荷(の質量)が増加すると復元力が低下するのであれば,ω が低下することが期待できる。よって,目的の固有振動数を得られるように負荷を最適化する設計の可能性が見えてきた。

Fig.4 Photos of Toy model

Fig.5 Load vs. Disp. & Disp.2 Curve

6. Summary

エラスチカばねと称する長柱の座屈後現象を応用したバネ機構を開発している。ブレード板が PET

樹脂である玩具を製作し,所望の固有振動数実現の可能性が見出された。

参考文献

1) http://gwcenter.icrr.u-tokyo.ac.jp

2) 上記 page の ∼/multimedia/image/pamphlet

3) 石崎秀晴,低周波防振装置(SAS)構造に現れる不安定現象,第 30回天文学に関する技術シンポジウム 2010

集録,pp35-38,2010.

4) 石崎秀晴,座屈現象と限界荷重,第 31回天文学に関する技術シンポジウム 2011集録,pp25-28,2011.

5) 石崎秀晴,他,TAMA300 の低周波防振装置 (SAS) に組込まれた倒立振り子 (IP)の力学特性,国立天文台報,第 13巻,pp1-13,2010.

6) 石崎秀晴,他,重力波干渉計の低周波防振装置(SAS)に組込まれた倒立振り子(IP)の係数励振,国立天文台報,第 14巻,pp1-14,2011.

7) S. P. Timoshenko, J. M. Gere, Theory of Elastic

Stability 2nd ed., pp76-82, McGraw-Hill, 1961.

8) 戸田盛和,楕円関数入門,pp54-68,日本評論社,2001.

9) J. S. Chen, Y. Z. Lin, Snapping of a Plannar Elas-

tica With Fixed End Slopes, Journal of Applide

Mechanics, Vol. 75, 2008.

10) S. T. Santillan, Analysis of The Elastica With

Applications To Vibration Isolation, Department

of Mechanical Engineering and Materials Science,

Duke University, Thesis of Doctor of Philosophy,

2007.

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