スマートグリッドシステムに対する · である. 図3から, 日射照度によりmpp...

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スマートグリッドシステムに対する カオスダイナミクスを用いた最適制御手法の提案 木村 貴幸 日本工業大学 工学部 電気電子工学科 345–8501 埼玉県南埼玉郡宮代町学園台 4-1 An Optimal Controling Method Using Chaotic Dynamics for Smart-Grid System Takayuki Kimura Department of Electrical and Electronics Engineering, Nippon Institute of Technology 4-1-1 Gakuendai, Miyasiro, Minami-Saitama, 345–8501 Japan 概要 近年,世界的な電力需要や化石燃料運用の価格上昇から,太陽光や風力などの再生 可能エネルギーを用いた発電方法に関する研究が盛んに行われている.これらの中で も,特に太陽光発電システムは,設置が簡単であり, HEMS や BEMS などのスマート グリッドシステムに対して導入が進められている.太陽光発電システムは,気象条件 による太陽照度の変化により,発電量が常に変動している.照度の変化応じて最大電 力点を得るため,通常,太陽光発電システムには,最大電力点追従(MPPT)制御手法が 実装されている. 代表的な MPPT 手法として,P&O 法や増分コンダクタンス法が提案 されているが,これら従来手法は最大電力点に対する収束速度と精度の間にトレード オフが生じ,これにより性能が劣化することが確認されている.そこでこの問題を解 決するため,本研究ではカオスダイナミクスを用いた制御手法の提案を目指して,ま ず 2 段階 MPPT 制御手法を提案する.提案手法の性能は,従来の手法よりも優れてい ることを計算機実験により明らかにした. 1. はじめに 近年,世界的な人口増加に伴う急激な 電力需要の増加により, 化石燃料枯渇 温室効果ガスの削減,安心安全なエコ 社会の実現を考慮した, 再生可能エネル ギー利用関心高まっている. これら でも太陽光発電は, バッテリーやハイブリット自動車, スマートグリ ット用太陽光発電などなアプリケ ーションで利用されている.太陽光発電 は, 発電する電力最大となる最大電力 点(Maximum Power Point,以下,MPP)する非線形電源である (1 日射照度温度などの影響により MPP は一定の値を とらないため,MPP 効率的追尾するこ とで発電量高効率化ることが要となる.MPP を追尾する制御法を最大 電力点追尾制御法(Maximum Power Point Tracking,以下,MPPT)(1 . MPPT 制御手法の目的は, 太陽電池出力特性 変化した場合に,効率的に MPP 追尾 することである.現在,MPPT 制御手法制御法として手法実現され実 装されている (1 .これらの手法はコスト, 収束速度や精度, 使用するセンサーのなどにより異なるため, 使用するアプ リケーションや重要とする条件

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Page 1: スマートグリッドシステムに対する · である. 図3から, 日射照度によりmpp が異なることが確認できる. このことか ら, 日射照度の変化に対応してmppでの

スマートグリッドシステムに対する カオスダイナミクスを用いた最適制御手法の提案

木村 貴幸 日本工業大学 工学部 電気電子工学科 �

〒 345–8501 埼玉県南埼玉郡宮代町学園台 4-1 � An Optimal Controling Method Using Chaotic Dynamics

for Smart-Grid System Takayuki Kimura

Department of Electrical and Electronics Engineering, Nippon Institute of Technology 4-1-1 Gakuendai, Miyasiro, Minami-Saitama, 345–8501 Japan �

概要 近年,世界的な電力需要や化石燃料運用の価格上昇から,太陽光や風力などの再生

可能エネルギーを用いた発電方法に関する研究が盛んに行われている.これらの中で

も,特に太陽光発電システムは,設置が簡単であり,HEMS や BEMS などのスマート

グリッドシステムに対して導入が進められている.太陽光発電システムは,気象条件

による太陽照度の変化により,発電量が常に変動している.照度の変化応じて最大電

力点を得るため,通常,太陽光発電システムには,最大電力点追従(MPPT)制御手法が

実装されている.代表的な MPPT 手法として,P&O 法や増分コンダクタンス法が提案

されているが,これら従来手法は最大電力点に対する収束速度と精度の間にトレード

オフが生じ,これにより性能が劣化することが確認されている.そこでこの問題を解

決するため,本研究ではカオスダイナミクスを用いた制御手法の提案を目指して,ま

ず 2 段階 MPPT 制御手法を提案する.提案手法の性能は,従来の手法よりも優れてい

ることを計算機実験により明らかにした.

1. はじめに

近年,世界的な人口増加に伴う急激な

電力需要の増加により,化石燃料の枯渇

や温室効果ガスの削減,安心安全なエコ

社会の実現を考慮した,再生可能エネル

ギー利用の関心が高まっている.これら

の中でも太陽光発電は,バッテリーの充

電やハイブリット自動車,スマートグリ

ット用太陽光発電など様々なアプリケ

ーションで利用されている.太陽光発電

は,発電する電力が最大となる最大電力

点(MaximumPowerPoint,以下,MPP)を

有する非線形電源である(1.日射照度や

温度などの影響によりMPPは一定の値を

とらないため,MPPを効率的に追尾するこ

とで発電量の高効率化を計ることが重

要となる.MPP を追尾する制御法を最大

電力点追尾制御法(MaximumPowerPoint

Tracking,以下,MPPT)と呼ぶ(1.MPPT

制御手法の目的は,太陽電池の出力特性

が変化した場合に,効率的に MPPを追尾

することである.現在,MPPT制御手法の

制御法として数々の手法が実現され実

装されている(1.これらの手法はコスト,

収束速度や精度,使用するセンサーの種

類などにより異なるため,使用するアプ

リケーションや重要とする条件に適し

Page 2: スマートグリッドシステムに対する · である. 図3から, 日射照度によりmpp が異なることが確認できる. このことか ら, 日射照度の変化に対応してmppでの

た手法を導入することが重要である.そ

こで本研究では,カオスダイナミクスを

用いた制御手法の実装に向けて,まず 2

段階増分コンダクタンス法を新たに提

案し,その性能の評価を行った.計算機

実験の結果から,提案法は良好な結果を

示すことを明らかにした.

2.PV等価回路

太陽電池は日射を受けることで直流電

流を生成する.このとき,直流電流は日

射照度や気温に応じて変化する.PV の等価回路を図 1に示す.図1において IL は太陽電池の電流,𝐼! はダイオードに流れ込む飽和電流,𝑅!! はシャント抵抗,

𝐼!! はシャント抵抗に流れ込む電流,𝑅! は

直列抵抗成分,𝐼 は出力電流,𝑉 は出力電圧である.

図1 太陽電池 PV 等価回路

このとき,図1の出力電流 𝐼 は次式で

与えられる. 𝐼 = 𝐼! − 𝐼![exp{𝑞 𝑉 − 𝑅! / 𝑘𝑇} − 1] − (𝑉 − 𝑅!)/𝑅!! (1) 式(1)において,𝑞は電荷量,𝐾はボル

ツマン定数である.また,太陽電池にお

けるセル温度𝑇は次式で与えられる(2.

𝑇 = 3.12 + 0.025𝑆 + 0.8999𝑇! − 1.3𝑊! + 273. (2)

式(2)において,𝑇!は周囲温度,𝑊!は

風速,𝑆は日射照度である.式(2)より,逆飽和電流𝐼!は,

𝐼! = 𝐼!" 𝑇/𝑇! ! exp[(𝑞𝐸!/𝑘𝐴)

{(1/𝑇!) − (1/𝑇)}], (3)

で定義される.上式において,𝐼!"は基準温度 301.18[K]での逆飽和電流,𝐸!はバンドギャップ,𝑇!は基準温度である.太陽電池の電流𝐼!は,日射照度やセル温度により次式で与えられる.

𝐼! = 𝐼!"# + 𝑘! 𝑇 − 𝑇! 1000/𝑆. (4) 式(4)において,𝐼!"#は𝑇!での短絡電流,

𝑘!は短絡電流の温度係数である.以上の式により,直並列接続されたセルの出力

電流は次式で与えられる.

𝐼 1 + 𝑅!/𝑅!! = 𝑛! 𝐼!! − 𝑛!𝐼! [exp 𝐾! 𝑉/𝑛! + 𝐼𝑅! − 1]. (5) 式(5)において,𝑛!は並列接続された

セルの数,𝑛!は直列接続されたセルの数である.パラメータ𝐾!は𝐾!=𝑞/𝐴𝑘𝑇で定義される.P-Vの出力特性を図2に示す.

図 2 P-V出力特性

0

50

100

150

200

250

300

350

400

450

0 10 20 30 40 50 60 70 80

Out

put P

ower

[w]

Output Voltage[V]

MPP

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図 2から,太陽電池における出力電力は,出力電圧が約 50[V]のときに最大電力点(MPP)をとることが分かる. 図3は日射照度が変化した場合の出力電力の結果

である. 図 3 から, 日射照度により MPPが異なることが確認できる. このことから, 日射照度の変化に対応して MPP での電力を得るためには, MPPT 制御法を行うことが必要となることが分かる.

図3 日射照度1000[W/𝑚!]と

1200[W/m2]におけるPVの出力特性

3.最大電力点追尾制御法

本章では,MPPT制御法の従来法である,

P&O法と増分コンダクタンス法,さらに,

提案手法である2段階増分コンダクタンス法について述べる.

3.1 P&O 法 P&O 法は,電圧を増加または減少させ

て得られた電力と,変化させる前の電力

を比較し,電力が増加した場合は,電圧

を増加し,電力が減少した場合には,電

圧を減少させることで MPPT 制御法を行

う(1.電圧変化後にMPPに到達した場合,

電圧変化前より電力が増加しているため, P&O 法では MPP 到達後も電圧を変化させ

最大電力点の探索を続ける. これの繰り

返しにより, 定常状態となっても MPP 近辺で動作点が摂動してしまうため, P&O法では常に MPP との誤差が生じる. 3.2 増分コンダクタンス法 P&O 法と異なり,増分コンダクタンス

法は, PV 特性における PV 曲線の傾きにより MPPT 制御を行う手法である.P&O

法と異なり,MPP 近辺で摂動してしまう

場合でも増分コンダクタンス法は常に

MPP の方向に電圧を修正するため誤差が

少なくなる. 3.3 2段階増分コンダクタンス法 P&O法や増分コンダクタンス法は𝛥𝑉の

値が一定であるため, 収束速度と収束精度を高く維持することが困難である. このため, MPP に接近するまでは𝛥𝑉を大きく変化させMPPに近づくと値を小さくす

ることで, 収束速度が速くかつ収束精度を高く保つことが可能となる.この効率的な MPPT制御法として 2段階 MPPT制御法が提案されている(3. 文献(3 で提案されている 2 段階増分 MPPT は,P&O 法を用いて𝛥𝑉を変化させ, 一定時間毎に電圧を初期化し, 照度の急激な変化に対応させている.しかし照度により MPP は変化

してしまうため,初期値の選択によりMPP

から離れた値に初期化されてしまう可能

性がある. そこで, より精度の高い MPPT制御を行うために, 本稿では P&O 法と増分コンダクタンス法を組み合わせた新た

な MPPT 制御法を提案する. この手法は, 第一段階においてP&O法によりMPPを素

早く探索し, 第二段階では増分コンダクタンス法を適用させることによりMPP近

辺での細かな追尾を行う. さらに, 一定時間経ったのち, 第一段階に戻して照度の変化に適応させている. 提案手法のフローチャートを図 4に示す.

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図 4 提案手法のフローチャート

4.数値実験

提案手法の評価を行うために,日射量

が変化する場合において数値実験を行い,

従来法である増分コンダクタンスとの比

較を行った.提案手法の電圧変化量は第

一段階では 1[V], 第二段階では 0.1[V]と設定した . 動作電圧の更新頻度は250[msec]とし,表 1 の実験条件を用いて日射照度を変化させ性能評価を行った.

表 1において, 条件 1は日射照度の変化頻度を 1〜10%変化させ,その最大変化幅は 5%と設定している. 条件 2 では日射照度の変化頻度を 5%と設定し, その最大変化幅を 1〜10%変化させている.実験に用いるパラメータを表 2 に示す.また,本実験では 30 回の結果の平均により評価した.

表 1 実験条件 条件 1 条件 2

日射照度の 変化頻度 1~10% 5%

日射照度の 最大変化幅 5% 1~10%

表 2の条件 1における従来法である増

分コンダクタンス法と提案手法の実験結

果を図 5と図 6に示す. 図 5と図 6から,

従来の増分コンダクタンス法と比較して, 提案手法は 0.01%と最大電力点との誤差が低く, 特に12時付近では0.005%以下と非常に少ないことが確認できる. 条件2における従来法である増分コンダクタンス法と提案手法の実験結果を図7と図 8に示す. 条件 1と同様に, 従来の増分コンダクタンス法と比較して,提案手

法は誤差が低く, 特に 12 時付近では0.005%以下と少ないことが確認できる. 以上の結果から, 従来法である増分コンダクタンス法と比較して, 提案手法はより細か最大電力点を追尾するため, 探索効率が向上することを確認できる.

表 2 性能評価のための パラメータ設定

𝐼!" 19.963 × 10!![A] 𝑞 1.602 × 10!!"[C] 𝑘 1.380658 ×10!!"[WS𝑘!!] 𝑇! 301.18[℃] 𝑊! 0[m/sec] 𝐴 1.72 𝑅! 5 ×10!! [Ω] 𝑅!! 15 ×10!"[Ω] 𝐼!"# 13.3[A] 𝑛! 300 𝑛! 3 𝑇! 25[℃] 𝐸! 1.2[eV] 𝑘! −0.0007[%] 𝑆 1000[W/𝑚!]

図 5 条件1での従来法の誤差

8 10 12 14 16 18Time[h]

1 2 3 4 5 6 7 8 9

10

Prob

abilit

y of

cha

nge[

%]

0

0.005

0.01

0.015

0.02

0.025

Page 5: スマートグリッドシステムに対する · である. 図3から, 日射照度によりmpp が異なることが確認できる. このことか ら, 日射照度の変化に対応してmppでの

図 6 条件 1での提案手法の誤差

図 7 条件 2での従来法での誤差

図 8 条件 2での提案手法の誤差

5.まとめ

本報告では, 太陽光発電の最大電力点追尾制御について従来法であるP&O法と

増分コンダクタンス法の性能評価を行っ

た. 数値実験の結果から従来法では収束速度と収束精度の両立が難しいという問

題を明らかにした. これらの問題を解決するために, 本稿では P&O 法と増分コンダクタンス法を組み合わせた新たなMPPT

制御法を提案した. 計算機実験の結果か

ら, 提案手法はMPPへの収束精度が高く, 効率的な探索を行うことを確認した. 今後の課題として, 部分影による影響を考慮した提案手法の評価や, より効率的な探索手法の提案が考えられる.

謝辞

本研究の遂行にあたり,公益財団法人

高柳健次郎財団の助成を受けました.こ

こに感謝の意を表します.

参考文献 1)T. Esram and P. L. Chapman,IEEE Trans. On Energy Conversion,Vol. 22,pp. 439-449,2007. 2) S. Premrudeepreecharn and N. Patanapirom , Proceedings of the International Power Tech. Conference,Vol. 2,pp. 5-9,2003. 3) H. Radwan, O. A-. Rahim, M. Ahmed, M. Orbi and A. El-Koussi , Fourteenth International Middle East Power Systems Conference,pp. 683-688,2010. 4)A. Mastromauro, M. Liserrer and A. Dell'Aquila, IEEE Trans. On Industrial Informatics,Vol. 8,No. 2,pp. 241-254,2012.

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