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こころのケア研修マニュアル (救護員指導用) 平成 24 年 6 月改訂版

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こころのケア研修マニュアル

(救護員指導用)

平成24年6月改訂版

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目 次

はじめに

第1章 日本赤十字社のこころのケア

1 学習の概要と目標 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1

2 日本赤十字社のこころのケア

(1)赤十字とこころのケア ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1

(2)赤十字のこころのケアの歴史 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1

(3)災害とこころのケア ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4

指導用スライド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9

指導展開要領 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12

第2章 災害時のストレスとストレス反応

1 学習の概要と目標 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13

2 ストレス反応と災害時のストレス反応

(1)ストレス反応とは ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13

(2)災害時のストレス反応とは ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13

(3)ストレスへの対処の方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17

(4)トラウマ的ストレス反応 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18

指導用スライド ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20

指導展開要領 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23

第3章 被災者へのこころのケア

1 学習の概要と目標 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25

2 避難所という環境の理解

(1)避難所の特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25

3 救護所における心理的支援

(1)求められる医療救護・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26

(2)救護所での対応の重要性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27

4 救護員の果たすべき役割

(1)早期発見、早期対応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27

(2)ストレス緩和・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27

(3)予防保健活動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28

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5 被災者への接し方

(1)基本的態度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28

(2)こころのケア活動の基本・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28

(3)コミュニケーション技術について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28

6 心のトリアージ

(1)トリアージ1:即時ケア群・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29

(2)トリアージ2:待機ケア群・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30

(3)トリアージ3:維持ケア群・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30

7 こころのケア活動の実際

(1)被災地に到着後の手順・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30

(2)被災者との関係作り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31

8 特別な配慮を要する人々へのケア

(1)子ども・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32

(2)高齢者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33

(3)特にケアを必要とする人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34

9 対象喪失と悲嘆、グリーフケア

(1) 対象喪失と悲嘆 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35

(2) 悲嘆のプロセス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35

(3) グリーフケアとは ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35

(4) 災害時のグリーフケアのポイント ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36

(5) 注意を要する悲嘆(複雑化した悲嘆) ・・・・・・・・・・・・・・・・・36

10 地元地域との連携、協力

(1)地元の支援組織の把握・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37

(2)支持と支援・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37

(3)地元支援組織との連携協力・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38

(4)役割の引継ぎにあたり心がけておくこと・・・・・・・・・・・・・・・・・38

指導用スライド ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40

指導展開要領 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45

第4章 救護員へのこころのケア

1 学習の概要と目標 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50

2 救護員のストレッサー

(1)危機的ストレス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50

(2)累積的ストレス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51

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(3)基礎的ストレス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51

3 ストレスからくる反応

(1)身体面に表れる反応 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51

(2)精神面に表れる反応 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52

(3)行動面に表れる反応 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52

4 救護者のストレス対処法

(1)自己管理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・53

(2)相互援助 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54

(3)リーダー管理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54

(4)ミーティング ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54

5 派遣後のサポートへの取り組み

(1) 派遣後のストレスへの対応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55

(2) 日常業務の調整・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56

(3) 救護活動についての価値づけ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56

指導用スライド ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 57

指導展開要領 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 60

第5章 こころのケアの実際

1 学習の概要と目標 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63

2 こころのケアの実際

(1)派遣形態によるポイント ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63

(2)診療形態によるポイント ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・64

(3)救護活動時期・対象者の違いによるポイント ・・・・・・・・・・・・・・66

(4)地元機関との連携 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・68

(5)こころのケアとはなにか ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・69

(6)救護員のこころのケア ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・70

3 ロールプレイ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・71

指導用スライド ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・74

指導展開要領 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・80

参考資料 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・82

日本赤十字社のこころのケアとは ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・91

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はじめに

日本赤十字社の災害時における被災者の救護活動は、赤十字の理念と使命に

基づいて、医療救護を中心に実施してきましたが、災害は人々の生命や財産に

多くの被害をもたらすだけでなく、同時に心にも大きな傷を残します。阪神・

淡路大震災を契機に、それまであまり重要視をされてこなかった心の問題にも

注目が集まるようになり、災害時のストレス反応は、「誰にでも起こる異常な出

来事に対する正常な反応」であるという認識を持たなくてはならないことや、

災害によってストレスを受けるのは被災者ばかりではなく、救護活動に当たる

援助者である救護員も同様にストレスを受けることも認識されてきました。

日本赤十字社におけるこころのケアは、阪神・淡路大震災の経験を踏まえ、

平成 15 年から国際赤十字・赤新月社連盟のこころのケアプログラムを参考に、

看護師、臨床心理士等を対象にしたこころのケア指導者の育成を開始し、平成

16 年の新潟県中越地震災害以降、活動実績が定着してきております。平成 17

年には「こころのケア研修実施要綱」を制定し、救護活動の重要な柱の一つに

位置づけられ、東日本大震災では、長期間かつ広範囲にわたる全国的な派遣調

整を行うなど、大規模な活動を初めて実施しました。しかし、日本赤十字社の

みならず被災県等の要請に基づく国から派遣された精神科医チームや各種団体

による活動も展開され、日本赤十字社としてこころのケア活動を展開して行く

うえでの問題点も明らかになりました。

今回のこころのケア研修マニュアルの改正は、東日本大震災における救護活

動の全体総括に基づく「課題解決に向けての実行計画」に沿って行うものです。

この研修をより実践的な内容とし、救護班要員をはじめ救護員や防災ボラン

ティアに対する研修をさらに充実させることによって、こころのケアが名実共

に赤十字が行う災害救護活動の柱となることを望んでいます。

平成 24 年6月

日本赤十字社

Copyright Japanese Red Cross Society, 2012

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第1章 日本赤十字社のこころのケア

第1章 日本赤十字社のこころのケア

1 学習の概要と目標

2 日本赤十字社のこころのケア

(1)赤十字とこころのケア

赤十字が、なぜこころのケアに取り組むのか。その源流は、赤十字が生まれるもと

となった19世紀ヨーロッパの戦場までさかのぼる。イタリアのソルフェリーノの丘

の激戦地で、双方の軍隊の数多くの兵士が負傷したまま救護もされずに苦しんでいた。

偶然そこを通りかかったスイス人のアンリー・デュナンは、その場の光景に圧倒さ

れたが、次の瞬間には地元の村人を集め、教会の鐘を鳴らし、負傷者を集め、敵味方

の立場を問わず、苦しむ人々の手当を行った。注目すべきは、このとき、単なる傷の

手当にとどまらず、両軍の兵士一人一人の戦場の恐怖体験に耳を傾け、真摯に受け止

めたこと、さらには、口述筆記により兵士から家族へのおそらく最後となるであろう

手紙の寄託を受けたことである。

また、“赤十字は苦痛と死とに対して戦う”とジャン・S・ピクテは「赤十字の諸

原則」の中で述べており、苦痛とは体の苦痛だけではなく心の苦痛をも意味するもの

である。赤十字のこころのケアは、こうした心で苦しむ人々のためにあるのである。

(2)赤十字のこころのケアの歴史

ア 国際赤十字・赤新月社連盟のこころのケアの歴史

平成2年、国際赤十字・赤新月社連盟(連盟)は、国際防災の 10 年を契機に心

理的支援の必要性についての調査を行った。翌3年、デンマーク赤十字社が第1回

心理支援会議(コペンハーゲン会議)を開催し、連盟と8つの赤十字社、世界保健

機構(WHO)などが参加して心理的支援プログラム(Psychological Support

Program:PSP)についての検討が行われた。

平成5年にはイギリスのバーミンガムで連盟総会が開催され、各国社の心理的支

概 要:

国際赤十字・赤新月社連盟と日本赤十字社のこころのケアの歴史を説明する

目 標:

1. 災害時のこころのケアの必要性について理解する

2. 日本赤十字社のこころのケアの仕組みと救護員の役割について理解する

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第1章 日本赤十字社のこころのケア

援プログラムの必要性が検討された。その結果を受け、翌6年、連盟とデンマーク

赤十字社が協力してコペンハーゲンに心理的支援センター(Reference Centre

for Psychological Support )が設立された。

心理的支援センターの役割は、連盟と協力して

① 各国社のPSPの援助

② 連盟のPSPの推進

③ 各国社の情報の収集と伝達

④ PSPのガイドラインと経験の普及

を行うことにある。

平成7年、心理的支援センターの機関紙である“Coping with Crisis”が発刊さ

れ、平成10年には各国社の心理的支援の担当者を集めてPSP研修会が開催され

た。その後は、毎年、各国社の心理的支援担当者を集めた会議を開催してPSPを

推進している。

また、平成 16 年にはその名称を心理社会的支援センター(Reference Centre

for Psychosocial Support)と変更し、平成 20 年にはその研修マニュアルを改

正して「地域社会に基づいた心理的支援(Community based Psychosocial

Support)」を作成した。

連盟のPSPの取り組みは、各国赤十字社に“心の救急法”(Psychological First

Aid)を普及させることを目標としている。そのためにまず、その国の赤十字・赤

新月社でPSPの指導者を養成(Train the trainers)する。そして、その指導者

がボランティアを訓練する。また、各国社への普及は、連盟のPSPをそのまま押

しつけるのではなく、その国の文化や民族性を考慮して、その国に適したPSPを

作り上げることを目指している。

イ 日本赤十字社のこころのケアの歴史

日本赤十字社のこころのケアは昭和57年の「災害時の精神異常者への対応」

の検討に始まり、平成5年に発行された救護員マニュアルでは、「災害神経症」が

とりあげられた。

その後、災害時には被災者だけでなく、援助者にも心の問題が生じることがわか

ってきた。たとえば、昭和60年の御巣鷹山の日航機墜落事故では多くの救護員が

遺体の処理などに従事したが、彼らの中には肉が食べられなくなったり、今でも当

時を想起すると心が不安定になる者もいる。また平成6年のルワンダ難民の救援で

は、悲惨な状況の中での過酷な救援活動で“燃え尽き症候群”(P.51 参照)になっ

て国際赤十字の職員も少なくなかった。

平成7年1月17日の阪神・淡路大震災では、発災直後から神戸赤十字病院に

「震災・心の電話相談」を開設し、相談活動を行った。また、被災者のストレス状

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第1章 日本赤十字社のこころのケア

態を把握するため、日本赤十字社医療センターが中心となって避難所を定期的に訪

問し、面接調査を行った。さらに、同年の12月に8,000人以上の被災者を対象

としたアンケート調査(参考資料№1参照)を実施した結果、日本赤十字社は、災

害時のこころのケアの必要性を再認識するに至った。

平成8年には、こころのケアの先進国である米国赤十字社やデンマーク赤十字

社のこころのケア・プログラムの視察を行い、また、連盟、赤十字国際委員会(ICRC)、

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や WHO などの国際機関を訪問して、難民

や災害の被災者と援助者に対するこころのケア活動について調査を行った。また、

国内では救護員の研修会や日本赤十字社幹部看護師研修所(現:幹部看護師研修セ

ンター)の訓練において、こころのケア研修を導入した。

平成9年、こころのケア・マニュアル作成委員会が設置され“「こころのケア」

の手引き”が作成された。また、阪神・淡路大震災の被災地であった兵庫県では、

平成8年1月に被災者の診療のため、神戸赤十字病院に心療内科を新設した。

平成10年からは日本赤十字社も連盟主催の心理的支援ワークショップに参加し、

連盟のこころのケア・プログラムの導入と連盟との協力関係の強化を図ってきた。

平成12年3月の有珠山の噴火災害では、日本赤十字社として先駆的に多職種、

ボランティア、心理学専門団体との連携による組織的なこころのケア・プログラム

を計画、実施した。

平成13年の芸予地震災害では、被災地の赤十字病院に電話相談窓口を開設する

など、支部レベルでもこころのケアを実施した。しかし、この時期の日本赤十字社

のこころのケアはまだ体系的に確立されておらず、実際の災害に直面して被災地支

部が臨機応変に対応したものであった。

平成15年、こころのケアが日本赤十字社の災害救護活動の柱の一つとして位置

づけられ、こころのケアを体系化して推進するため、基本的な考え方を整理した「こ

ころのケア事業実施計画」を策定した。この計画により、 “「こころのケア」の手

引き”を見直し、より実践的な手引きとして“災害時のこころのケア”を作成した。

手引きでは災害によるストレス反応、被災者のこころのケア、援助者のストレス管

理について実際の現場で活用できるように説明されている。

また同年、こころのケアを普及するため連盟や外国から専門家を招聘して、医

療センターにおいて国際シンポジウムを開催した。

平成 15、16 年度は、連盟のPSPの指導者養成の方針に沿い、連盟から講師

を招いてこころのケアの指導者を 120 名養成し、この指導者が全国の支部・施

設で救護員やボランティアの指導を行うこととした。平成 17 年度以降は、日赤

のこころのケア指導者が講師となってこころのケア指導者の研修会を実施してき

た。

平成16年10月新潟県中越地震災害の際には、こころのケア指導者を中心に

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第1章 日本赤十字社のこころのケア

日赤として初めて組織的な活動を行なった。また、このとき「こころのケアチー

ム」として独立した活動を行った。

同年、中越地震での経験を踏まえ、こころのケア普及作業部会を設置し、ここ

ろのケア指導者による救護員のこころのケアの指導のために救護員研修標準プ

ログラムの作成とこころのケア指導者マニュアルの編纂を行った。

平成17年からは本格的に各支部で救護員に対する研修を実施し、平成 22年

末までに 380 名のこころのケア指導者が養成されており、彼らがこころのケア

の研修をおこなった救護班要員は 9,154 名、防災ボランティアリーダーは

3,396 名にのぼった。

平成23年の東日本大震災では岩手、宮城、福島の被災 3 県に対し、3 月の

発災直後から 8 月末までに 588 名のこころのケア要員を派遣し、14,039 名の

被災者にこころのケアを提供した。また、大部分の避難所が閉鎖された 9 月以

降の宮城県と岩手県では、仮設住宅の被災者に対して、こころのケア要員や奉仕

団、各県の臨床心理士のボランティアによる支部を中心とした持続的な支援が行

われ、福島県でも、発災直後から地域の奉仕団が、避難所や避難地域周辺の市町

村で心理社会的支援を行なってきた。しかし、未曾有の災害の中で日赤のこころ

のケアも様々な課題に直面したことも事実であった。

震災後、外部団体による救護活動の評価を実施し、結果に基づき、こころのケ

アの活動内容の見直しを行なった。平成24年度にはそれまでの経験を踏まえ、

こころのケア指導者研修体系の改正を行い、こころのケア指導者を対象として研

修会を実施した。

(3)災害とこころのケア

ア こころのケアの国際基準

“こころのケア”の名称は、連盟から psychological support(心理的支援)を

導入した際に、親しみやすいようにと取り入れた訳語であるが、東日本大震災では

精神科医を中心とする心のケアチームも活動をおこなったので、“こころのケア”と

いう呼称をめぐって混乱も生じた。こころのケアについては国際的な指針や基準が

存在するので、それらを理解することが重要である。

(ア)IASC ガイドライン

国連が中心となり連盟なども加わって組織された人道機関間常任委員会(Inter

Agency Standing Committee:IASC)の作成したガイドラインでは、災害な

どの非常事態時の“こころのケア”を表現するのに、“mental health and

psychosocial support”(精神保健と心理社会的支援)と並記している。精神保

健とは精神科医などの専門家がおこなう精神治療や心理療法などによる介入であ

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第1章 日本赤十字社のこころのケア

り、心理社会的支援とは赤十字のこころのケアのように特別に訓練を受けた非専

門家による支援である。この両者があいまって広義のこころのケアを形成してい

る。また、心理社会的支援は被災者一人一人に対するこころのケア、すなわち“こ

ころの救急法”と、被災者とその家族や友人などとの人間関係や、被災者の属す

る地域社会との関係を支援する社会的支援からなっている。

“こころの救急法”とはボランティアなど、精神保健の専門家でなくともトレ

ーニングを受ければ行うことが出来るこころのケアであり、支持、傾聴、共感、

具体的な支援の4つの要素からなっている。

(イ)スフィア・プロジェクト

スフィア・プロジェクトは 1994 年のルワンダ難民救援でNGOの救援内容に

ばらつきが生じ、難民の人権をも侵す事態が発生した反省から、1998 年に連盟

をはじめ多くのNGOが集まって作成した“緊急援助の最低基準”である。その

保健分野の中にこころのケアに関する以下の最低基準が掲げられている。

・急性期のストレス緩和のための個人に対する“こころの救急法”の提供

・緊急時の精神科医療システムへの紹介(可能な場合)

・既存の精神疾患の治療の継続

・災害が大規模な場合には、復興期にむけて地域社会を基とした支援を行う

連盟の心理的支援センターがその名称を心理社会的支援センターと変更した

ことは先に述べたとおりであるが、赤十字のこころのケアは被災者一人一人への

支援だけではなく、その人の家族や地域社会に対する支援も重視する。

イ 災害時のこころのケアの必要性

阪神・淡路大震災や東日本大震災のような大規模な災害が発生した場合、多くの死

傷者が発生し、多くの建物が倒壊してライフラインが途絶してしまう。さらに、行政

組織も一時的に機能せず、地域社会におけるコミュニケーションも乱れ、被災者は生

活の支援も受けられなくなる。

被災地の行政職員や日本赤十字社の職員等は、被災者でありながら同時に救援者で

あるという困難な立場に置かれる。そして、被災地域外から被災地に向かう救護員な

どの救援者もまた、悲惨な状況を目の当たりにし、重責と被災地の困難な状況下での

活動によって相当のストレスを受ける。

また、航空機事故や列車事故などの人的災害では、その職員は加害者的な立場に立

たされる。このように災害時には、人々は様々な状況に陥り、複雑なストレス状態に

あるため、状況に合わせた支援が必要となる。

こころのケアは、発災からできるだけ早期に開始することが重要で、ストレスを緩

和することにより、急性ストレス障害(Acute Stress Disorder:ASD)や外傷後ス

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第1章 日本赤十字社のこころのケア

トレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder:PTSD)などの深刻な障害の進行

を食い止める効果がある。しかし、水や食料もない状況下で、こころのケアだけを行

なっても救援の効用が低いのは明らかであり、こころのケアは生活支援や医療救護と

並行して行わなければならない。

また、救護員やボランティアなど救護や支援に当たる援助者もまたストレスを受け

るので、ストレスへの対処法を熟知し、ストレスを自己管理するとともに、組織的に対

処する必要がある。

ウ 日本赤十字社のこころのケアの活動形態

日本赤十字社のこころのケアは災害による被災者の全てを対象としている。けがや

心身の不調を訴えて救護所で診察する被災者はもちろんのこと、避難所に逃れている

方、自家用車に避難し生活している方、損壊した家に残っている方など全ての被災者

は、程度の差こそあれストレスを抱えている。これら被災者の健康状態を把握するこ

とは、早期にストレスによる障害を発見し、対応するために重要である。これは被災

者のストレスの程度を判断し、専門的な対応を必要としているかどうかを見極める作

業でもある。これには医療救護を行うすべてのスタッフやこころのケア要員が当たら

なければならない。

そして、これらの活動の中でストレスの程度がひどく、専門家の対処が必要と思わ

れる被災者(時には救援者側にも存在する)が見出された場合、医療救護に当たる精

神科チームに引き継いだり、こころのケア要員である精神科医や心理カウンセラーが

対応する。こうした専門家による対応をスペシャル・ケアと呼ぶ。

また、不安のために頻繁に救護所を訪れる被災者や、ストレスが累積して疲労感を

募らたり、健康を損ねた被災者に対して、こころのケア要員はあらゆる場を活用して、

不安の軽減とストレス緩和(例えばバイタルサインの観察、傾聴、マッサージなど)

の働きかけを行う。これがこころのケア要員の主たる活動領域となる。当然のことな

がら、精神科チームがケアの対象とされる被災者に対しても、専門家の助言を得なが

らストレス緩和の側面から援助と働きかけを行う。このような個別の働きかけを、プ

ライベート・ケアと呼び、赤十字の“こころの救急法”がその基本となる。

また、こころのケア要員は健康の保持と病気の予防のための助言、広報、研修会な

どを行うこともある。

ボランティアは、それぞれの持ち味を生かして被災者のニーズに応じた支援活動を

行う。例えば被災者の年齢や性別、地域などなんらかの共通の要素を持つ被災者を対

象とした、体操、スポーツ、サークル活動などがある。このような集団を対象とした

対応をマス・ケアと呼ぶ。ボランティアの対象は被災者のストレスからくる反応の程

度にかかわりなく、ニーズを持つ被災者すべてに門戸を開いたものである。

なお、被災地での保健師の役割は、たとえば避難所では被災者全員の健康管理と医

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第1章 日本赤十字社のこころのケア

療救護班との連絡調整、その他様々な任務がある。健康を害している被災者を看なが

ら、健康状態の悪化した被災者の後方搬送、専門機関への紹介などを行うケア・マネ

ージャー役でもある。したがって日本赤十字社のこころのケア要員は、保健師や医療

救護班との連携がとりわけ重要である。やがて被災地の保健、医療、福祉機関が復帰

すればこころのケア要員の役割は主に保健師に引き継ぐべき活動であるが、その過渡

期に多忙な保健師を支援する観点を忘れてはならない。またこの活動はプライバシー

にかかわる活動であるだけに信頼関係を大切にして緊密な連携を常に心がけなければ

ならない。(参考資料№2参照)

エ 日本赤十字社のこころのケア指導者の役割

日本赤十字社のこころのケア指導者とは、こころのケア指導者養成研修会を修了し、

認定を受けた者をいい、その役割は以下のとおりである。

(ア)都道府県支部あるいは施設にあって、こころのケア研修会を開催して救護員

の指導を行う。

(イ)赤十字防災ボランティアに対してこころのケアを普及する。

(ウ)災害時にこころのケアの実行計画を策定し、指導及びこころのケア活動を行

う。

(エ)支部、施設において救護員のストレス緩和を図る。

(オ)日本赤十字社のこころのケアの進歩、向上に貢献する。

オ 救護員の役割

日本赤十字社の救護班は、単に治療を行うだけではなく心理的支援、すなわちここ

ろのケアを提供することが必要である。

また、被災地で救護員が活動を行う際には地元行政機関、保健、医療、救急隊、警

察など他機関の職員と連携し、協働しなければならないが、彼らもまたストレス状態

にあることを念頭に置いておかなければならない。

救護員は、日常の生活を離れて被災地という特殊な環境下で活動しなければならず、

その任務を果たすのが困難なことも多く、精神的にも困難な活動を遂行するためには

救護員自身のストレス管理が重要である。

そのために全ての救護員が「こころのケア」の研修を受講することが必要である。

カ 他機関との協力・連携

災害時のこころのケアは日本赤十字社の職員やボランティアだけでできるもので

はなく、地域の保健所や精神保健機関との協力が不可欠である。

日本赤十字社の災害救護は、基本的には災害直後の緊急援助であり、日本赤十字社

が行うこころのケアについても同じことがいえる。しかしながら、医療救護活動は、

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第1章 日本赤十字社のこころのケア

災害時の応急治療から被災地の医療インフラの復旧までの数ヵ月間を要するように、

こころのケアも被災者が立ち直るまでの長期的な支援を必要とするものである。従っ

て、被災地域でこころのケアを計画し、開始する段階から地元の保健師や精神保健施

設等とよく連携を保ち、協力し合って、初期から中・長期の支援が円滑に継続するこ

とが必要である。また、日本赤十字社として長期的な支援ができるような地域のボラ

ンティアを組織することが自助努力・相互扶助を進めていく点からも重要である。

また、日赤のこころのケアチームと精神科医の心のケアチームが避難所など、同じ

地域で活動する場合には IASC ガイドラインの多重層支援のピラミッドに示される

ように、その活動はお互いに競合するものではなく、相互補完的に働くものである。

日赤のこころのケアは心理的支援および社会的支援を行い、その中で専門家の介入が

必要な被災者を精神科のチームに紹介、引き継いでゆくのである。

また、平成23年の東日本大震災では日本赤十字社は臨床心理士会と協力関係を結

び、臨床心理士が日赤のボランティアとして日赤のこころのケア班とともに長期にわ

たって活動したが、その評価は高く、今後も緊密な協力関係を維持してゆくことが重

要である。

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第1章 日本赤十字社のこころのケア

指導用スライド

こころのケアの国際的基準

スフィア・プロジェクト最低基準

IASC ガイドライン精神保健・心理社会的支援

国際赤十字・赤新月社連盟地域社会に根ざした心理的支援

日本赤十字社こころのケア

5

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第1章 日本赤十字社のこころのケア

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第1章 日本赤十字社のこころのケア

日本赤十字社のこころのケア指導者の役割

1 各県支部あるいは施設にあって、救護員の指導を

行う

2 赤十字防災ボランティアに対してこころのケアを

普及する

3 災害時に、こころのケアを指導・実施する

4 支部、施設において救護員のストレス緩和を図る

5 日本赤十字社のこころのケアの進歩、向上に貢献

する 14

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第1章 日本赤十字社のこころのケア

指導展開要領 ≪30 分≫

項目 スライド

No. 指導の展開要領及び注意点・方法

1 学習の概要と目標 1 この章における学習の概要と目標を説

明する。

2 日本赤十字社とこころのケア

(1) 赤十字とこころのケア 2 導入としてイタリア・ソルフェリーノ

の丘における救護活動に触れ、こころ

のケアの重要性を示す。

(2) 赤十字のこころのケアの歴史 3,4 連盟のこころのケアの歴史を踏まえ、

心理的支援センターの役割と日本赤十

字社のこころのケアの歴史について説

明する。

(3)災害とこころのケア

ア こころのケアの国際基準 5-10 IASC ガイドラインに触れ、「精神保健」

と「心理社会的支援」の違いについて

説明する。

イ 災害時のこころのケアの必要性 11 災害時のこころのケアの必要性とその

対象者を示す。

ウ 日本赤十字社のこころのケアの

活動形態

12,13 一般的に、こころのケア要員と救護班

要員が同一視されることから、全ての

救護員に必要な知識であることを説明

する。

エ 日本赤十字社のこころのケア指

導者の役割

14 日本赤十字社のこころのケア指導者の

役割を示す。

オ 救護員の役割

カ 他機関との協力・連携

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第2章 災害時のストレスとストレス反応

第2章 災害時のストレスとストレス反応

1 学習の概要と目標

2 ストレス反応と災害時のストレス反応

(1)ストレス反応とは

ストレスという語は、もともと「歪み」を意味する語から派生した。人生において

人は様々な出来事に直面する。人は、出来事による環境の変化に対して適切に反応す

ることによって、生体内の恒常性(ホメオスターシス:参考資料№3参照)を維持し

ようとするが、有害な刺激にさらされて恒常性が維持できない状態を「ストレス」と

呼んだ。今日ではストレスは「外部からの刺激に対する生体の非特異的な防御反応」

と説明されている。

一方、生体内の恒常性に対して影響を及ぼす外部からの刺激すべてをストレッサー

と呼ぶ。(ストレス刺激、ストレス因とも呼ばれる)

ストレッサーに対する反応(いわゆるストレス反応、またはストレス状態)は、身

体面だけでなく感情面、行動面、認知面(出来事をどのように受けとめ、考えるか)

にも変化を起こす。

(2)災害時のストレス反応とは

突然起こる災害は予期できないことが多く、通常の対処(coping:コーピング)

では間に合わない。ほとんどの人々はこのような事態に直面した場合、ストレス反

応を起こす。この場合ストレッサーは、配偶者や近親者の死亡、本人のけが、住居

や財産の喪失などといった出来事であり、災害時には「悲嘆」を伴う「対象喪失」

がストレッサーとなることが多い。

概 要:

典型的なストレス反応と、人によってストレスへの対処の方法が異なること、さらに、対

象喪失によって起こる悲嘆のプロセスについて説明し、一般的なストレス反応とトラウマ

的ストレス反応との違いを示す

目 標:

1. ストレスとその対処についての用語の意味を理解する

2. 人がストレスにどのように反応し、対処するかを理解する

3. 一般的なストレス反応とトラウマ的ストレス反応との違いを理解する

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第2章 災害時のストレスとストレス反応

ア ストレスの下で人々はどうなるか?

大規模災害で、被災者を取り巻く環境の変化や諸問題の発生が個人の対処能力を

凌駕する場合、対象喪失の受容や日常生活への復旧に多くの時間を要するため、ス

トレス反応は長時間続く。このため冷静さを失いがちになり、客観的、論理的な物

の見方ができなくなることがある。さらにストレッサーの大きさによっては、より

激しく複雑な身体的・感情的変化が起こることもある。さらに、性格や、精神疾患

の既往歴などにより、反応が深刻になったり、反応の経過に影響を及ぼすこともあ

る。

イ 反応の4段階

ストレス反応は身体面、感情面、行動面、認知面のいずれにも影響を及ぼす。大

きなストレスにさらされる人は、急性期・反応期・修復期・復興期の4つのストレ

ス反応段階を経る。

これらは普通の人が特別な出来事に遭遇した時に示す典型的なパターンであり、常

に起こるものでも、特定の順序で起こるものでもない。程度も様々で、行きつ戻りつ

することも多い。

ウ ストレス反応「急性期」

この段階は数分間、または数時間あるいは数日間続くといわれている。

人は強いストレスに遭遇すると身を守るために闘うか逃げるか(fight or flight)

のどちらかの反応を起こしやすい。闘争か逃走いずれの反応が起こるにしても、体

は肉体的活動の準備をする。つまり、交感神経が優位となり、活動エネルギーを全

身に供給するためにアドレナリンが放出され、多くの酸素を取り入れるために呼吸

は速くなり、栄養と酸素を含む血液を送り出すために心拍が速くなる。このような

状況下では消化器系の働きが抑制されて食欲がなくなり、排泄機能も抑えられる。

警戒心が高まっているために覚醒水準が高くなり睡眠が妨げられる。このような一

連の体の反応は生体防御のための自然な反応と考えられている。

この一連の反応を身体面、感情面、行動面、認知面からみた場合、次のような反応

があげられる。

身体面での反応

・心拍数や血圧の上昇

・呼吸促迫

・唇や手の震え

・胃のむかつき

・吐き気

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第2章 災害時のストレスとストレス反応

・寒気

・発汗

感情面での反応

・苛立ちや怒り

・極端に高揚した気分

・恐れ

・悲しみ

・悪夢を見ているような驚愕

ただし、当事者自身の反応がなかったり、無関心な時は、ショック状態と理解する

必要がある。また、苛立ちや怒りから猜疑心が強くなったり、何かがうまくいかな

ければスケープゴート(責任を押しつける対象)を探すような行動につながること

もある。

行動面での反応

・集中困難

・健忘

・やる気の減退

・他者とのコミュニケーションが困難

様々な考えが頭の中を交錯し、他人と会話したり物事を覚えたりすることが困難

になる。人、時間、場所について見当識を失うこともある。聞いた、理解したと思

っている事実でもすぐに忘れてしまい、繰り返してもらわなければならない場合も

ある。論理的に考える能力が衰えることから「心が狭くなる」ような状態になり、

行動が頑固になるため、他者とのコミュニケーションが難しくなったり、引きこも

ってしまう場合もある。

認知面での反応

・自己評価の低下

・無力感

・絶望感

・不安感や抑うつ感の増強

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第2章 災害時のストレスとストレス反応

エ ストレス反応「反応期」

この段階は1週間から6週間続くといわれている。

反応期で特筆すべき特徴は、それまで抑えられ、あるいは否定されていた混乱した

感情がこの時期になって表面化してくることである。これらの感情は非常に強いも

ので、人を無力にしてしまうこともある。こうした感情は安心できる環境の下で、

時を経て表現できるようにすることが重要である。それにより、混乱した感情は整

理され解消される。この段階における特徴的なストレス反応には次のようなものが

ある。

・災害現場に戻ることへの恐怖感

・ストレスを引き起こした出来事についての悪夢、不安、不穏、不眠

・筋緊張、振戦(震え)、驚愕反応

・易刺激性亢進(苛立ちやすさの増強)、孤立感、抑うつ状態

・生存の不安、罪の意識、悲嘆

オ ストレス反応「修復期」

この段階は1ヵ月間から6ヵ月間続くといわれている。

ストレス反応は反応期と基本的に同じである。違いは、反応が以前ほど強くないこ

とである。つまり、非常に強い混乱した感情を「修復」し始めたのである。この段

階の特徴は次のようなものがある。

・傷心は続くが、今では対処できる

・日常生活に関心が向く

・将来の計画を立てられるようになる

カ ストレス反応「復興期」

ストレスを与える出来事が起こってからおよそ6ヵ月間たてば、ストレス反応がな

くなっていることが理想的である。つまり、被災者はその出来事を振り返ってもス

トレス反応を起こすことなく経験を受け入れ、他のストレスを受ける活動に対応す

る準備ができる状態になっている。

しかしながら、長期にわたる避難所生活は新たなストレスとなり、落ち着くと次に

は生活再建にかかわる不安が大きくのしかかり、被災者のストレスは複雑に交錯し

て持続的なものになる。ただ、社会的な支援の規模や支援環境によって違いが生じ、

被害の大きさによってもストレスの強さ、継続性に違いがあり、個々の被災者によ

ってストレスからの回復過程に違いが出てくる。

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第2章 災害時のストレスとストレス反応

(3)ストレスへの対処の方法

ア ストレスへの対処

ストレスへの対処とはストレスのかかる出来事にさらされた時、悪影響を克服しよ

うとして試みる行動であり、コーピングという。そしてストレスに対処するにはス

トレス反応の発生メカニズムを踏まえた次の3つの対処ポイントがある。

(ア)ストレッサーそのものへの対処

原因となるストレッサーを取り除くこと、ないしは遠ざけることができればスト

レス反応を引き起こさずにすむ。被災地からの避難は、脅威からの安全を確保する

うえで自然な防御手段である。安全性の高い場所や避難場所に逃れることもその一

つである。

(イ)ストレッサーの正確な認知と自己の対処能力への評価

脅威となる出来事を事実に即して正確に判断し、経験者や識者の考えを取り入

れ、デマに惑わされず、合理的に判断することによって、自分が対処可能な事柄か

どうかを計ることができる。また自分に生じている反応が「異常な事態に対する正

常範囲の反応である」と考えることができれば、ストレッサーの圧力を緩和し、対

処可能なものかどうかを判断できる。つまり、ストレッサーを正確に認知するとと

もに、自己の対処能力を信頼することが効果を発揮する。

(ウ)ストレス反応への対処

過剰な防御機能が働いた後は、まず休養や睡眠によって疲れを取り身体機能を

正常化させることがストレス低減に役立つ。安心できる環境で、ありのままの感情

を表現したり、適度な運動をしたり、レクリエーションや種々のリラックス法(例

えば、深呼吸、マッサージなど)を行うことがストレス反応への有効な対処法とな

る。

イ 対処の例

コーピングの向けられる方向としては、「接近的」か「逃避的」があり、その方

法としては「認知的」か「行動的」がある。この方向と方法の組み合わせにより以

下のようなコーピングのパターンがある。

(ア)接近的・認知的対処

出来事について一所懸命に考え、そこから何かを学ぼうとする

目標を設定しそれを達成する計画を立てる

(イ)接近的・行動的対処

自分の経験したことを話し、起こったことを理解しようとする

他の人から支援を求める、あるいは他の人を支援する

(ウ)逃避的・認知的対処

あきらめる、何事も起こらなかったと考え否定する

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第2章 災害時のストレスとストレス反応

信頼できるものは何もないと放置する

(エ)逃避的・行動的対処

酒で気分を紛らわせる

煩わしいことを避け人任せにする

これらのパターンは、ストレッサーの認知や人の性格によって異なる。

日常生活においては逃避的コーピングをとる方が不適応を起こしやすいが、大規模

災害時には逃避的コーピングをとることも一時は避けられない方策であろう。

これらはいずれも何とかしてストレスによってもたらされる不安を軽減しよう

とする、あるいはストレスが持続しないように状況を変えようとする試みである。

(4)トラウマ的ストレス反応

ア トラウマ的ストレス反応とは

トラウマとはその人の生命や存在に強い衝撃をもたらす出来事に出会うことを指

し、トラウマ的ストレスとは、「個人のコーピングの能力の限界を超え、コーピング

が破綻するようなストレス」のことである。そのような体験(トラウマ体験)によ

って生じる変調をトラウマ反応あるいはトラウマ的ストレス反応という。

トラウマ的ストレス反応には次のようなものがある。

(ア)その出来事が頭にこびりついて離れない

(イ)それほど関係ないことからでも、その出来事が再び起こったような生々しい

感覚や感情におそわれる。(侵入的な想起(フラッシュバック)が起こる)

(ウ)危機が去っても、怯えたような反応が続く

(エ)感情をコントロールするのがいっそう難しくなる

(オ)その出来事について悪夢をみる

(カ)すぐに苛立ちを覚える

(キ)ストレスに弱くなる

(ク)物音などに敏感になる

(ケ)現実感を失う

(注)災害時のストレス反応の多くは「異常な出来事に対する正常な反応」である。

しかし一定した見解は得られていないが、数パーセントの人に上記の「トラウマ

的ストレス反応」が長期間にわたって表れ、一定の診断基準を満たしたとき、

PTSD やうつ病などの診断がなされる。

つまり「殆どの人には病的な障害は起こらない」ということを認識すべきである。

したがって安易に「トラウマ」とか「PTSD」という言葉を用いることは避けな

ければならない。(参考資料№4参照)

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第2章 災害時のストレスとストレス反応

イ 専門家への紹介

赤十字のこころのケアは第1章で述べたように心理的支援(こころの救急法)と

社会的支援であり、専門家の行なう治療やカウンセリングではないので、被災者に

接する中でその力の及ばない困難な事例に遭遇することも考えられる。

もともと精神疾患があり、服薬が中断したり、症状が顕性化あるいは増悪した場

合や、被災体験がきっかけで新たに精神症状を発症した場合、そして、ストレスの

症状が強く、ASD や PTSD のように生活に支障が認められたり、自殺のおそれや

他人に危害をくわえるおそれのある場合には、専門家に相談あるいは紹介すること

が必要である。

こころのケア要員は、こころのケア指導者、救護班と帯同している場合は救護班

の班長(医師)、こころのケア班として活動している場合はその班長あるいはここ

ろのケア・コーディネーターに報告と相談を行ない、専門家との連絡を図る。その

際はまず、被災地の医療救援のミーティングなどで情報を得て、活動地域で信頼の

できる精神保健の専門家チームや、地域の精神保健施設を探して相談をすることが

重要であり、被災者の利便性もよい。また、地域に適当な専門家がいない場合には、

救護班やこころのケア班の班長あるいはこころのケア・コーディネーターは、日赤

内の信頼できる精神科医師と連絡を取って助言を求めることが必要である。

日本では、精神科を受診するということにはまだまだ心理的な抵抗があり、受診

を進めても被災者の了解を得ることが難しいことが多い。また、避難所などのプラ

イバシーの確保が困難な状況ではコミュニティー内で偏見を受けるおそれがある

ので、こうした話をする際には注意が必要である。被災者に精神科の受診を進める

際には、「決して精神病を疑っているわけではないが、被災者の気持ちが辛そうな

ので症状を和らげるために専門家の助言を受けることが必要」ということを丁寧に

説明し、できれば受診の際に付き添うことが好ましい。また、専門家へ紹介した後

も、こころのケアを継続することが必要である。

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第2章 災害時のストレスとストレス反応

指導用スライド

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第2章 災害時のストレスとストレス反応

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第2章 災害時のストレスとストレス反応

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第2章 災害時のストレスとストレス反応

指導展開要領 ≪50 分≫

項目 スライド

No. 指導の展開要領及び注意点・方法

1 学習の概要と目標 1 この章における学習の概要と目標を説

明する。

2 ストレス反応と災害時のストレス

反応

(1)ストレス反応とは 2 ストレス反応の現れる機序、ストレス

反応により現れる状態を説明する。

(2)災害時のストレス反応とは 3 災害時のストレッサーがコントロール

不能になる理由を説明する。

ア ストレスの下で人々はどうなる

か?

4 災害時のストレス反応が現れる根拠と

その徴候を説明する。

イ 反応の 4 段階 5 ストレス反応に4つの段階があること

を説明する。

ウ ストレス反応「急性期」 6 急性期におけるストレス反応の特徴を

説明する。

エ ストレス反応「反応期」 7 反応期におけるストレス反応の特徴を

説明する。

オ ストレス反応「修復期」 8 修復期におけるストレス反応の特徴を

説明する。

カ ストレス反応「復興期」 9 復興期におけるストレス反応の特徴を

説明する。

(3) ストレスへの対処の方法

ア ストレスへの対処 10 ストレスに対して人間がどのような対

処パターンを示すか説明する。

イ 対処の例 11 ストレス対処の例を説明する。

(4)トラウマ的ストレス反応

ア トラウマ的ストレス反応とは 12 「トラウマ的ストレス」という言葉の

意味とその症状について説明する。

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第2章 災害時のストレスとストレス反応

イ 専門家への紹介 13-15 専門家からの助言を受けるにあたっ

て、活動形態の違いによって、報告の

スキームが異なることを説明する。

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第3章 被災者へのこころのケア

第3章 被災者へのこころのケア

1 学習の概要と目標

2 避難所という環境の理解

(1)避難所の特徴

ア 避難所での被災者の状況

阪神・淡路大震災の場合、被災者の大半が学校に避難し、職員が施設を開放する以前に殺

到して、解放とともにすぐに満杯状態になった。場所取りは早いもの勝ちで、一人分のスペ

ースは狭く、隣との間仕切りもなかった。学校によっては遺体も安置された。

東日本大震災では、多数の被災者が津波を逃れて高台の狭いお寺や小さな集会所等にも避

難した。高血圧や心臓病等の持病がありながら、手持ちの薬を持って避難する時間が無かっ

た介護が必要な高齢な避難者が多かった。

どの避難所にどれだけの被災者が避難しているのか、どのような生活環境にあるのか、健

康状態や医療ニーズ等の情報収集が困難であった。避難所では断水のため、トイレは排泄物

で汚れ、被災者によっては食料や水、寝具などの救援物資が行き渡らなかった。

そもそも避難所とは、被災者が自宅にとどまることができない時に、事前に行政機関が指

定した場所(学校や公民館など)を指すものである。しかし、避難所として使われる場所は

本来、そこで生活することを想定しておらず、プライバシーが十分配慮される環境とは言え

ない。そのうえ、誰もがいつでも出入り可能で、誰もそれを規制できない。

中越沖地震では、夏の蒸し風呂のような体育館で暑さに対応できずに、皮膚のトラブルを

発症する人が多かった。東日本大震災では、3 月から 4 月にかけて、降雪と零下にまで落ち

概 要:

被災者の置かれた状況を理解し、救護員が果たすべき役割を説明する

さらに実際に被災地で活動する際に留意すべきことを説明する

目 標:

1. 避難所という特殊環境下で、避難生活が被災者に及ぼす影響について理解する

2. 救護所における心理的支援とこころのケア要員の役割について理解する

3. 被災者への接し方について理解し、コミュニケーション技術を養う

4. こころのケア要員として被災地で活動する際に必要な知識・態度等について理解する

5. 特別な配慮を要する人々について理解し、ケアの特徴について理解する

6. 対象喪失と悲嘆のプロセスを理解し、特に遺族へのグリーフケアにいて理解する

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第3章 被災者へのこころのケア

込む寒さの中で寝袋等が行き渡らず、風邪やインフルエンザが流行した他、6 月からは、津

波で流されてきた汚泥等による臭気とハエの発生、熱中症が問題化した。

イ 避難生活が及ぼす影響

被災者は災害による精神的ショックと喪失の経験にとどまらず、避難所生活でのプライバ

シーの欠如や不自由さなどが加わり、ストレスに満ちた生活が続く。

阪神・淡路大震災により避難所生活を強いられた被災者の不満や悩みは、主に

(ア)着替える場所がない

(イ)配給制のため、好きなものが食べられるわけではない

(ウ)子どもが騒ぐのが気になる

(エ)他人のいびきで眠れない

(オ)老若男女が混在している

(カ)プライバシーがなく、経済的なことや家族の話もできない

(キ)精神疾患、結核、その他の感染症の人が隣にくることもある

(ク)トイレに行きづらいので水を飲むのを極力控えてしまう

などであった。加えて東日本大震災では数カ月に亘る避難所生活を強いられ、季節によっ

ては、

(ケ)室温・湿度が調整できず体調を崩す

といったケースも多く、集団生活になじめない人もいた。

以上のように、避難所の不自由な生活は、尋常な生活ではないといっても過言ではない。

3 救護所における心理的支援

(1)求められる医療救護

救護員は発災後様々な場面、時期に被災者と関わる。

<参考:主な災害による避難者数>

発災年月日 災 害 避難者数(ピーク時)

平成 7年 1月 17 日 阪神淡路大震災 約 300,000 人

平成 12 年 3月 31 日 有珠山噴火 約 16,000 人

7 月 14 日 三宅島噴火 約 3,800 人

平成 15 年 7月 26 日 宮城県北部地震 約 3,000 人

平成 16 年 10 月 23 日 新潟県中越地震 約 100,000 人

平成 19 年 7月 16 日 新潟県中越沖地震 約 13,000 人

平成 20 年 6月 14 日 岩手・宮城内陸地震 約 350 人

平成 23 年 3月 11 日 東日本大震災 約 338,000 人

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第3章 被災者へのこころのケア

なかでも日本赤十字社は、急性期の医療救護と生活支援に力を注いできた。

発災後の急性期は、外科的な救命を中心に、医療救護が最も求められる時期である。この

時期を過ぎると、困難な避難環境のために感冒や、胃炎、下痢など内科的な疾患が増え易い。

しかし、体調が悪くても自分から救護所に出向くことなく、状態を次第に悪化させていく

被災者も少なくない。ましてや不安感や恐怖感が強いときは、自分の体調さえ判断できない

こともある。心配があっても、他の被災者も同じ境遇にちがいないと思うと、遠慮から相談

に行きづらいのが被災者である。

(2)救護所での対応の重要性

救護所は、特定の避難所内に場所を見つけて常時開設して活動を行なう場合や、数カ所の

避難所を巡回することで時間を決めて開設される場合が多い。時には、戸別に訪問すること

もあり、避難所内を回って必要に応じて往診することもある。

多くの被災者の体調の変化は一時的なものである。しかし、不安感が強い被災者の場合、

体調の異常を増幅して訴えたり、繰り返し救護所を訪れたりすることがある。救護活動に従

事する者が、その訴えの内面にある不安感を受けとめつつ救護に当たることが、大きな心理

的支援となる。

これは平時の活動と同じである。不安感は受けとめてくれる者がいれば軽減するものであ

る。

4 救護員の果たすべき役割

(1)早期発見、早期対応

発災直後の混乱した状態では誰もが不安感が強いものだが、中には、その不安感が続いて

精神的に不安定になったり、持病をこじらせたり、病気の再発を招いたりする被災者も少な

くない。

東日本大震災では、津波によって、各家庭内でも多くの命が奪われ、精神的なショックの

大きい者や、持病の内服薬を持ってきていないために血圧がかなり高く、不眠を訴える者も

多かった。このような場合、ストレス緩和のためのケアに当たりながら、健康状態やストレ

スの程度を判断し、救護所や専門家へ紹介するなど、次の段階に引き継いでいくことが重要

な任務である。

(2)ストレス緩和

被災者にとっては、救護員の存在そのものが安心感を与え、救護員との対話や交流が、心

の解放の一つの場となる。個別に被災者から面談を求められて、不安感情を打ち明けられた

り、その対処法を尋ねられたりすることもある。

集団で催される行事やレクリエーションが安息をもたらすこともある。

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第3章 被災者へのこころのケア

(3)予防保健活動

避難所内を巡回しながら体調に不安のある被災者のバイタルチェックを行ない、健康上留

意すべきこと(適度な運動、食生活など)を助言することは、心身両面へのケア活動となる。

また、行政機関職員、避難所のリーダーや被災地の学校教員、子どもの保護者などへのス

トレス対処法の指導も避難所という一つのコミュニティーに対するケアとして重要である。

5 被災者への接し方

(1)基本的態度

救護員は被災者の心労を受けとめ、生活の改善のために援助し、コミュニティーの再建を

目標として被災者が自らの力で立ち上がることを支援することが原則である。

被災者を支援するときの一般的な留意点をあげる。

ア まずは危険からの保護と身体的救護、物質的な支援を優先する

イ あらゆるニーズに誠実に対応する

ウ 不確かな対応をせず、正確な情報を提供する

エ プライバシーの保護と倫理的配慮を忘れない

(2)こころのケア活動の基本

こころのケア活動を行うにあたっての留意点をあげる。

ア 共感的、支持的、肯定的、積極的な態度でしっかりと話を聞く

イ 気持ちをありのままに受けとめ、むやみに励まさない

ウ 今はできなくても行動を強要せず、自己決定を尊重する

エ 現在までの努力と対処の仕方を認める

オ 助言は具体的で実際的であること

カ 救護員ができること、できないことをはっきり返事する

キ 心の問題でなくても耳を傾け一緒に考える

(3)コミュニケーション技術について

救護員が被災者とのコミュニケーションを図るには、通常の人間関係と同様に技術を要す

る。まず、

ア 相手の顔を見て(但し、見つめ過ぎると無遠慮になる)、目と目を合わせて、早口で

上ずった声にならない

イ 話に耳を傾けていると分かるしぐさ・表情に気をつける

ウ 相手との適当な距離と位置関係にも留意する

等が重要である他、

エ 「傾聴」し、相手の話を自然に引き出す(参考資料№6参照)

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第3章 被災者へのこころのケア

傾聴とは、「聴き方の技術」である。被災者の話を聴くには、この方法が適している。通

常の会話では一方が話すと、他方がそれに関連した自分の体験を話したり、感想や意見を言

ったりするものであるが、傾聴では基本的に善悪の判断、批評、助言はしない。会話の主導

権をとらずに被災者のペースに委ねて、ひたすら「聴き役」に徹する。

また、被災者が話しやすいように、

オ 必要に応じて相槌を打ったり質問を向けたりする

質問は、「はい」「いいえ」で答えられるようなものではなく、なるべく話を引き出すよう

な尋ね方をする。話を聴くには、まずいつ、どこで何が起きたのかという「事実」から質問

を始め、最後に「どう感じましたか」という感情面に視点をあてるとよい。しかし、むやみ

に感情を掘り起こすことは自然な回復を妨げ、有害といわれるため、

カ 体験を語りたくない被災者に対しては、その気持ちを尊重する

災害や悩みごとについて、絶えず話をしている必要などなく、忘れている時間や冗談に笑

う時間も必要なのである。被災者に対して「今、話したい気分ですか?」と聞いてみるのも

良い。被災直後の被災者にはかける言葉もなく、被災者もうちひしがれて話も出来ないよう

なときであっても、状況に応じて傍らにいてあげることが大切であり、毛布や暖かい飲み物

などを差し出すことも有効である。

また、チームとして活動する際のコミュニケーションツールとして、「災害時高齢者生活

支援講習ハンドブック」に掲載のある、ホットタオルを用いた清拭や簡易足浴、エコノミー

症候群予防や風邪・食中毒予防の公衆衛生指導、リラクゼーションやリクリエーションによ

るストレス緩和等の選択肢を持って臨むことで、それぞれの状況に合わせた対応ができる。

6 心のトリアージ

トリアージとは限られた医療資源のなかで、被災者の病態から救命できる可能性に照らし

て治療、搬送の優先順位をつけることである。多くの人々がこころの危機状態にあるときに

も同じように、専門家の援助の必要性の緊急度を判断して「心理的トリアージ」が必要なこ

とがある。トリアージの観点から、状態は3つに大別される。

(1) トリアージ1:即時ケア群

この群は最優先で対処し、精神科医や心理カウンセラーなどの専門家に相談することが必

要である。対象者には、暴力行為や自殺のおそれのある人、虐待や犯罪のおそれがある人、

アルコールや薬物依存、危険行動に結びつきそうな人、パニック状態あるいは解離状態(参

考資料№7参照)にある人が含まれる。

パニック状態となっている人は、不安に襲われたり、気が動転し、ふらつき、震え、めま

い、呼吸困難を訴えたりする。

解離状態を示す人は、思考の流れを欠いたり、記憶が途切れたりする。

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第3章 被災者へのこころのケア

「パニック」はめったに起こらない現象であるが、パニック状態にある場合には、すぐに

対処する必要がある。なぜならば、「パニック」現象は周囲の人に伝染するため、「パニッ

ク」を起こしている人も、それ以外の人も危険に巻き込まれることがあるからである。

(2)トリアージ2:待機ケア群

即時ケアの必要な人の対応が終了した後に、こころのケアを行う群である。対象者は、こ

のままケアを行わないと即時ケア群になることが予測される人、後日、相互支援やカウンセ

リングなどが必要な人、悲哀・悲嘆が強く、引きこもりや過剰な行動が見られる人が含まれ

る。

(3)トリアージ3:維持ケア群

即時ケア、待機ケアの必要な人の後に対応することになる。被災者の様子を見ながら対話

をしたり、グループ活動への参加を促したりすることが効果的な人たちである。ストレス対

処法を伝え、自分で対処できそうな人、会話を中心としたコミュニケーションが維持できる

人である。

7 こころのケア活動の実際

被災地に出発する前にできるかぎりの情報を得ておくことはもちろんであるが、現場に到着

後に自分の目と耳で行なうべきことがある。

(1)被災地に到着後の手順

ア 被災現場状況の把握

まず、被災現場状況の把握である。災害の程度、被災者の状況、救援組織の活動状況等の

全般的事項、ついで疾病や外傷の種類と程度、人数、併せて被災者の心理状況についても情

報収集し分析を行う。第2章にある「ストレス反応」を参考に、現場の状況が全体として混

乱状況にあるのか、あるいは落ち着いているのか等、被災状況を先任者や現場をよく知る人

からの情報収集と自分の五感を通じて感じ取ることが重要である。

そして、通常、発災数日内には行政機関の対策本部が設置され、被災者救援の基本方針が

出される。日本赤十字社その他外部からの援助者も行政機関の調整のもとに配置され、行動

することを求められる。このように地元行政機関の方針が決った段階では、その方針に沿っ

て行動しなければならない。

イ 日本赤十字社の活動状況の把握

日本赤十字社が活動を開始している場合は、日本赤十字社の現地対策本部や救護所、赤十

字防災ボランティアのいるボランティアセンター等の活動状況について情報収集する。その

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第3章 被災者へのこころのケア

際には、活動の妨げにならないよう状況を見て、現状を察して、自ら判断することも必要で

ある。

ウ 避難所の状況の把握

救護班の場合、避難所で活動する機会が多い。避難所や被災者の様子について情報収集す

るだけでなく、避難所の責任者(通常は行政機関職員や自治会の方など)に自己紹介をし、

活動の目的や方法を伝えて了解を得ることが必要である。

保健師が常駐している場合は、緊密な連携を保ち、その活動に協力する旨申し出ておくと

よい。避難所の責任者は自らも被災者でありながら責任者としての職務にある。強いストレ

ス状態にある場合、責任者に過度の負担を与えないように、責任者の労をねぎらい、負担を

分担して安心して活動ができるように対応することが重要である。

(2)被災者との関係作り

こころのケアは被災者に会うところから始まり、この被災者との関係作りが重要になる。

それには、被災者の生活圏に入り込んでいくという立場を十分踏まえておくことが大切であ

る。

被災者との良好な関係を作るうえで、留意しておきたい4つの事項を説明する。

① 赤十字マークの効用

救護班で出動する場合、救護員作業衣を着用する。この救護作業衣の「赤十字」のマーク

は、私達が赤十字の救援者であることを被災者に伝え、関係を作るうえで大きな助けとなる。

② 自己紹介

「赤十字」マークをつけているから赤十字の救援者と解かってくれていると思い、被災者

にいきなり「具合はいかがですか?」等と声をかけるのではなく、先ずは自己紹介を行う必

要がある。被災者に「○○赤十字病院からきました看護師の△△です」、あるいは、他の都

道府県から応援に駆けつけた場合は、「○○県から来ました。△△赤十字病院に勤務してい

る看護師の□□です」等と、自己紹介を行う。

また、被災者自身が名前を告げた時は、名前を覚え(メモをとる必要がある場合には、そ

の場を離れてから記録することが望ましい)再度会った時には名前を呼ぶことにより、関係

を良好にすることができる。

③ 自然な交流からケアが始まる

他人の家を訪問するときのように、欠かさず挨拶する。そして「たいへんでしたね」等と

ねぎらう言葉をかけ、被災者の心をほぐす。

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第3章 被災者へのこころのケア

不用意に「こころのケアをします」と宣言して支援を始めてはならない。なぜなら「ここ

ろのケア」という言葉の意味が人によって受けとめ方が様々だからである。被災者の方々に

「いかがですか?」「具合の悪いところや気にかかるところはありませんか?」、「血圧を

計りましょうか?」などと尋ね、被災者とふれあう自然な機会を作っていく。

また、救援者自身が過度の緊張をせず自然に振舞えるよう、自分を客観的に観察しながら

被災者に接するようにする。

④ 状況に合わせたケアを心がける

被災者は家の片付けや必要な手続きに追われていたり、食事の支度に忙しい時もある。自

宅と避難所を行き来している場合もある。話し合いを希望されてもこちらが時間を取れない

ときもある。お互いがそれぞれの都合のよい時間、場所を約束して状況に合わせて計画的に

行動することも大切である。ただし、状況は絶えず変化しており、臨機応変な対応が必要と

なる。

8 特別な配慮を要する人々へのケア

(1)子ども

災害に遭えば誰でも動揺するが、子どもは特に影響を受けやすいと考えられている。しか

し、子どもの多くは適切な支援があれば十分回復していく力を持っている。子どもといって

も年齢によって成長発達段階が異なることを考慮しなければならない。

子どものこころのケアを行う場合についての要点を説明する。

ア 子どものストレス反応を見極める

まず、「子どものストレス反応を見極めること」が大切である。救援者はその子の普段の

様子を知りえないため、親やその子をよく知っている人から聞きとる必要がある。

そして子どもの周囲との関わり方や、過ごし方に目を向けて、他の子と特に変わりはない

か、年齢相応の態度か、どんな遊びをしているかなどを観察する。

イ 典型的なストレス反応

子どもの典型的なストレス反応としては、

(ア)退 行 現 象:恐怖と不安から一人になることを極度に嫌がり、親にまとわりつ

く、年齢よりも幼い行動をとる、例えば指しゃぶりや爪をかむ、

夜尿など

(イ)不 眠:寝付けない、夜間に目が覚める、暗いところを怖がる

(ウ)身 体 的 反 応:腹痛、頭痛、吐き気、など

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第3章 被災者へのこころのケア

(エ)過 敏 な 反 応:音、光、においなどを災害時のショックと結びつけて、同様の音

や光等に恐怖を覚えたり、身体症状などを示す

(オ)集中力・思考力の減退:落ち着きがなく、すぐに気が散ってしまったり、考えようとする

力が落ちてしまう。

ウ 対処方法

子どもの周りにいる大人の安定が、子どもの安心の基盤になる。また、子どもはストレス

の対処法を周囲の他の子どもや大人から学ぶ。したがって、子どもだけを支援するのではな

く、まずは子どもの保護者や周囲の大人を支援することがとても重要になる。

次にいつも通りの行動を続けられるように支援する。突然、日常には起こり得ない体験を

した子どもには、普段通りの生活ができることが安心を作る第一歩となる。例えば、歯を磨

く、顔を洗う、通学する、勉強するなど、強制ではなく年齢相応の習慣的行動が行えるよう

支援する。

また、できるだけ子どもの求めに応じる。普段より子どもが甘えることを許す。それは、

子どもは甘えながら辛い体験を克服しようとするからである。甘えたり年齢に相応しくない

要求をしてきたりしたときに、子どもは耐え、悲しみや辛さを乗り越えようとしているので

ある。

起こった出来事について、子どもにわかるように話をすることはとても重要である。そし

て子どもの方からあなたに話しかけてきたら、どんなことでも耳を傾ける。災害や子どもが

体験した出来事にまつわる話も、全く関係のない話と思われることも、子どもにとって話を

することはとても大切な作業である。話を聞くと子どもの気持ちや考えや関心、体験した出

来事への対処方法を探っていくことができる。

(2)高齢者

高齢者は傷つきやすい存在である。突然の災害でこれまで築いた全てのもの、すなわち家、

家族、財産等を失うショックに直面し傷ついてしまうことがある。

また、普段から一人で生活している人も多く孤立しがちである。極力一人にすることなく

地域と絶え間ない接触の機会を持てるようにすることが大切である。しかし、あくまでも高

齢者自身の考えを尊重し尊厳を守るよう接することを忘れてはならない。

ア 特徴的な反応

高齢者が災害に遭ったときの反応として次のような特徴がある。但し、個人によって反応

も様々であるので、臨機応変な対応が必要となる。

(ア)身体的な弱さからけがや病気になりやすい

(イ)明るい将来を思い描くことができない、将来を悲観的に考える

(ウ)喪失感を深めやすい

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第3章 被災者へのこころのケア

(エ)睡眠や食欲など基本的な欲求が低下する

イ 対処方法

(ア)一人にしない

最も大切なことは、一人にしないことである。誰と一緒にいたいか、どこにいたいか、

どうすれば気持ちが落ち着くか、安心できるのか等を尋ねてできるだけ希望に沿えるよ

うにすることが大切である。救援者側が勝手に様々なことを決めてしまうことは、高齢

者の感情や自尊心を傷つけてしまうので注意が必要である。

また、他の人が利用できる救援や支援のサービスが確実に手に届くようにする。他の

人や地域との交流を持つことは情報を得ることになり、安心感にも繋がる。

(イ)正確な情報を伝える

高齢者は、食料等の救援物資の配給時間、巡回活動のアナウンスなどが、注意力の衰

退により耳に入らなかったり、生活情報が掲載されても目に入らないことなどがある。

情報を正確に伝えることが重要で、高齢者の理解力を確認しながら個別に何度か繰り返

し伝えることに配慮する。

(ウ)役立っていると感じられる機会を作る

高齢者は過去に災害や困難な状況に直面しながらも、乗り越え生き延びてきた経験を

有している人が多い。その時の状況や経験に耳を傾けると、自分自身への信頼と現在の

心配事に立ち向かう強さが再認識されてくる。

また、長い人生の中で得た経験と知恵を持っているので、話しを聞いて得意なことや

能力を発揮できる機会を用意することも大切である。高齢者自身が、地域の役に立って

いると思えるように配慮する。

(3)特にケアを要する人

災害は、誰でも大きなストレスを受けるが、身体や精神に障害がある人、慢性疾患や持病

を持っている人、妊娠している人、小さな子どもを抱えている人、親族・配偶者をなくした

人、経済的に不利な立場にいる人などは特に慎重なケアを必要とする。どのような人に対し

ても、接するうえで配慮することは変わらないが、専門家からの助言を受けたり、専門機関

と十分に連携を取ることが重要である。

ア 既存の医療サービスとの連携を取る

慢性疾患や持病があり通院治療をしている被災者の場合、最寄りの救護所に速やかに連絡

を取り、被災者の身体状況等を早期に把握して、地元医療機関やかかりつけの医師と連携の

必要が生じることがある。

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第3章 被災者へのこころのケア

イ 地元の専門家と連携を取る

地元の保健師や社会的支援の専門職員(児童相談所職員・精神保健福祉士・ケースワーカ

ーなど)は、その地域で可能な支援・サービスを熟知しているので、連携を取ることにより

正確な情報を被災者に伝えることが可能になる。

9 対象喪失と悲嘆、グリーフケア

(1)対象喪失と悲嘆

対象喪失とは、「その人にとってかけがえのない何かが奪われた状態」のことである。悲

嘆(グリーフ:grief)とは「対象喪失によって起こってくる心理的・身体的・社会的な反応」

であり、対人関係や人生観などに強い影響を与える。悲嘆は正常な反応であるが、文化によ

って表現は異なる。

災害では、同時多発的に喪失体験が生じる。家族や友人や身近な人との死別、自身の健康

状態の喪失、家屋や家財道具や思い出の品などの所有物の喪失、職業の喪失や経済的損失、

住み慣れた環境やコミュニティーや故郷の喪失、安全感や信頼感、未来への希望などの喪失

があげられる。

(2)悲嘆のプロセス

悲嘆のプロセスとして、以下のような局面があらわれる。

ア 感覚鈍麻、ショックを受けて茫然とする

イ 混乱、興奮、パニック状態

ウ 事実を否認する

エ 怒りがこみあげてくる

オ 起こりえないことを夢想し願う

カ 後悔や自分を責める

キ 喪失した事実に直面し、落ち込む

ク 絶望や深い悲しみ

ケ 喪失した事実を受け入れたり、あきらめる

コ 再出発を期する

これらの反応を長い時間をかけながら、行きつ戻りつしていく。

(3)グリーフケアとは

グリーフケア:grief care とは、広義では悲嘆全般に対するケアのことであるが、通常は

遺族の悲嘆への援助を指す言葉である。遺族が悲嘆のプロセスをたどりながら、徐々に「故

人を失った現実に再適応していくこと」をサポートすることと言える。

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第3章 被災者へのこころのケア

(4)災害時のグリーフケアのポイント

ア 傾聴・共感

基本はまず、遺族の様々な思いを、共感をもって傾聴することである。下手な慰めの言

葉よりは「黙ってそばにいる」だけで十分な場合もある。遺族が自身の語りを通じて、心

におちる所、いわば「ある種の納得を得る」ことが重要であり、「そっと寄り添う」という

姿勢である。

イ 個別性を尊重する

遺族の悲嘆反応は個人差が大きく、家族の中でも違いがある。こうあるべきという正し

い反応があるわけでもないので、個々の反応を尊重する。

ウ 死亡の状況を説明する

遺族の中には、故人の亡くなった際の状況を詳しく知りたいと熱望する者もおり、「死

亡時の状況を、配慮をもって説明する」ことがグリーフケアとなりうる。また黒タッグへ

の記載も重要な意味を持つので、状況が許せば死亡を確認した時刻や「CPA(心肺停止状

態)」と記載することが望ましい。遺族にとって自分の愛する家族が放置され見捨てられ

ていたのではなく「誰かが死を看取ってくれた」ことの意味は大きい。

エ 抑圧され、遺族自身も気づいていない悲嘆もある

死別直後の遺族が冷静に振る舞い、元気そうに見えている場合もあるが、遺族自身もま

だ自分の悲嘆に気づかず、心の奥底に押し込めている可能性もあるので、不用意に感情表

出を促さないという配慮も必要である。

オ 遺族のニーズにあわせる

メンタルなことよりも情報提供や現実的なサポートの方が必要ということもある。ひと

りよがりにならないように。

カ ケアギバー(ケアする側)の限界を知る

遺族からネガティブな感情を向けられることへの心の準備が必要であり、二次受傷にも

注意する。必要な場合は専門家につなげる。

(5)注意を要する悲嘆(複雑化した悲嘆)

悲嘆反応は喪失体験の後、誰にでも起こりうる正常な反応であるが、時には通常のプロセス

をたどらない場合もあり、注意が必要である。以下のような場合は早急に専門家につなげる。

ア うつ病に陥っていると思われる場合(ただし、うつ病の診断は喪失後 2 ヶ月以上たっ

てから)

イ 希死念慮が強くなっていたり、自傷他害のおそれがある場合

ウ アルコール依存などの問題が生じている場合

エ 避難所などでの集団生活ができないほど、感情コントロールができない場合(周囲の被

災者に悪影響を与える)

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第3章 被災者へのこころのケア

注:「専門家」とは、精神科医や臨床心理士などの専門家チーム、医療機関、保健所および

精神保健福祉センターなどを指す

10 地元地域との連携、協力

(1)地元の支援組織の把握

被災地には、多くの支援組織が存在している。地方行政機関(市役所、役場、保健所、児

童相談所、社会福祉センター)をはじめ、病院、ボランティアセンター、消防団、農協等、

災害時のネットワークについて可能な限り事前に情報を得ておき、また被災地に入った際に

速やかにこれら組織や災害対策上の位置づけの把握に努めることが支援活動を円滑に進め

るうえで大切である。

実際には、被災県支部(こころのケアセンター)の指示のもと、活動する被災地の災害対

策会議や連絡会議に出席し情報収集に努める。被災地によっては、こころのケアに関するこ

とのみ別途会議を行う場合もあり、二つの会議に出席しなければならないこともある。(活

動形態によっても若干違ってくる。いずれにしても、他団体の動きや同じ赤十字チームの動

きを十分に把握し、被災者の混乱を招かないよう配慮すると同時に、他団体との連携がスム

ーズであるよう努める)

(2)支持と支援

地元支援組織の職員は、被災者の援助者でありながら、同時に被災者でもある。職員自身

の自宅が倒壊したり、家族がケガをしている場合もある。また、発災直後は、職員の参集が

困難で、少人数で対応しなくてはならない場合もある。このような場合は、まずは地元関係

<参考:DMORT について>

DMORT:ディモートとは、Disaster Mortuary Operational Response Team の略であり、

米国では実際に活動して遺体の身元確認などの活動を行っているが、日本ではまだ DMAT

(Disaster Medical Assistance Team)のような組織化や派遣システムが確立しているわけで

はない。しかし、JR 福知山線脱線事故(2005 年)を契機に 2006 年 10 月に発足した日本

DMORT 研究会(代表:兵庫医大地域救急医療学教授・吉永和正、事務局:神戸赤十字病院心療

内科部長・村上典子)を中心として、日本においても災害医療関係者を中心にその認知は広まり

つつある。同研究会では DMORT の訳を「災害死亡者家族支援チーム」としており、「災害急性

期からの遺族支援」が主な役割となると考えている。

日本の DMORT では、以下の3つの役割が柱になる。

ア 現場 DMORT(災害死亡者家族支援チーム):災害現場での死亡者の家族への支援

イ 長期にわたる遺族支援:グリーフケアの専門家や長期支援組織とのネットワーク作り

ウ 啓発・研修活動:黒タッグの扱いや急性期からのグリーフケアに関して

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第3章 被災者へのこころのケア

者にねぎらいの言葉をかけることが大切である。日本赤十字社の救護員は、長期にその場に

留まるわけではなく、あくまでも地元の人々が自らの力で復興するのを手助けし、復旧の状

況を見極めて引き継ぐ役割を担っている。地元関係者が主体となって円滑に救援活動を継続

できるよう、支持し支援する態度が重要である。

(3)地元支援組織との連携協力

ア 初動期には支援内容について上部組織の了解を得ておく

初動期には、現場で支援にあたっている地元行政機関職員に、事前の調整無く赤十字の救

護員が支援を申し入れても、判断できないばかりか、かえって救援現場を混乱させる結果に

なるおそれがある。(既に被災県支部が調整に入っているときは、上部組織の了解を得るこ

とは不要となるが、その場合、どのような了解を取っているか、誰が窓口であったかを把握

しておく)

イ 具体的な支援内容を提案し選択して貰う

「どのようにしたらいいですか?」等の曖昧な支援協力の申し出を、地元支援組織等の職

員にしても、多忙な職員にかえって負担をかけてしまう。選択肢は具体的に、かつ少数に絞

って提案し、選択して貰うようにすると良い。

日本赤十字社の救護員として自律しながらも、連携を取りつつ活動する。

行政機関による基本方針のある場合は、その方針に添って活動し、その結果を行政機関に

報告することが、新たな方針のための一助となる。(参考資料№9実際の過去の活動例参照)

ウ 地元関係機関の職員への配慮

被災地が落ち着いてくると、日本赤十字社としての支援策が円滑に実施できるよう、地元

関係機関の職員に事務的なことや、広報活動等様々な依頼をしたくなるものである。しかし

負担をかけないよう配慮し、連携を密にして、救護員自身ができることは自ら行う。

エ 地元関係機関職員のストレスを緩和する

状況が安定してくると、蓄積したストレスを自覚する時期でもある。

発災直後から被災者への支援を行ってきた地元関係機関の職員の疲労とストレス緩和に

繋がる支援を行う。

このような被災地の地元関係機関の職員を支援しようとする姿勢が、地元関係機関との円

滑な関係を構築ことに寄与する。

(4)役割の引継ぎにあたり心がけておくこと

日本赤十字社のこころのケア活動は、災害の急性期を主な対象としており、被災者が立ち

直るまでその場に留まって支援することはできない。しかし、日本赤十字社の 救護員が撤

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第3章 被災者へのこころのケア

収するのと同時に被災地の支援体制や支援内容の質や量が一時期に、急激に低下してしまう

ような事態は避けなければならない。有効な支援体制が被災地で継続されるように、考慮す

る必要がある。

ア 活動開始当初から地域の人材を活用する

救援活動開始当初から、撤収時(活動終了時)のことを十分に考慮して、被災地域の赤十

字防災ボランティアや地域・学生奉仕団、様々なボランティア団体、行政機関等の人材を活

用して協力体制を構築し、役割分担しながら支援を展開する。

イ 良好な協力関係を築く

被災者に必要な支援内容は状況によって変化する。支援内容の維持に固執することなく、

状況の変化に柔軟に対応して活動できるよう、被災地域で支援活動を展開する各種機関と良

好な協力関係を築く。

ウ 地域医療機関、保健師と情報の共有と連携を図る

地域医療機関や地域住民の生活を熟知している保健師と情報を共有し、被災者の支援につ

いて検討する。これにより、日本赤十字社の救護活動が、地元の保健・医療機関に円滑に引

き継がれていくことが期待できる。

エ 他のこころのケア専門団体との協働

日本赤十字社以外にもこころのケア活動を行なっている被災地の専門団体と情報を交換

し、協力関係を作り上げることで、こころのケア活動は、長く継続的なものとなる。

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第3章 被災者へのこころのケア

指導用スライド

避難所という環境の理解

(1)避難所の特徴

2

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第3章 被災者へのこころのケア

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第3章 被災者へのこころのケア

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第3章 被災者へのこころのケア

指導展開要領 ≪70 分≫

項目 スライド

No. 指導の展開要領及び注意点・方法

1 学習の概要と目標 1 救護員として被災地に派遣された際の

ことをイメージしながら学習を進める

よう配慮する。

この章における学習の概要と目標を説

明する。

2 避難所という環境の理解

(1)避難所の特徴 2

ア 避難所での被災者の状況 避難所の写真を例示して避難所の特徴

と避難者の生活についてイメージ化を

図る。

イ 避難生活が及ぼす影響 3,4 避難所生活を余儀なくされた被災者の

新たなストレスについて考える。

3 救護所における心理的支援 5

(1)求められる医療救護 急性期は外科的救命が求められるが、

その後は風邪・胃炎等の内科的疾患が

増加し、心療内科的処置へと移行して

くる。この間、医療処置等にだけ専念

するのではなく、一般の診療と同様、

被災者への精神面への配慮も忘れては

ならないことを説明する。

(2)救護所での対応の重要性 救護所に訪れる被災者の内面にある不

安感を受け止めながら救護にあたるこ

とが大きな心理的支援となることを説

明する。

4 救護員の果たすべき役割 6 こころのケア要員の役割りについて、

救護所及び巡回活動の内容と関連付け

て説明する。

(1)早期発見、早期対応

(2)ストレス緩和

(3)予防保健活動

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第3章 被災者へのこころのケア

5 被災者への接し方

(1)基本的態度 7 被災者の心労を受け止めて、被災者が

自分の力で立ち上がっていく過程を支

援できるよう、救援者の基本的態度を

説明する。

(2)こころのケア活動の基本 8 被災者の心労を受け止めて、被災者が

自分の力で立ち上がっていく過程を支

援できるよう、こころのケア活動をお

こなう際の留意点について説明する。

(3)コミュニケーション技術につい

9,10 こころのケア要員に求められる「聴き

方の技術」とホットタオル等具体的な

コミュニケーションツールについて説

明する。

6 心のトリアージ 11

(1)トリアージ1:即時ケア群 救援活動で「身体的トリアージ」と同

様に実施される、心理面に焦点をあて

た「心のトリアージ」の概要と重要性

について説明する。

(2)トリア-ジ2:待機ケア群

(3)トリアージ3:維持ケア群

7 こころのケア活動の実際 12

(1)被災地に到着後の手順

ア 被災現場状況の把握 現状把握のポイントとして、災害全体

と救護員が担当する地域・避難所等の

両者の状況把握に努めるよう説明す

る。

イ 日本赤十字社の活動状況の把握 赤十字の救護班として、赤十字組織の

活動状況の把握と共に、行政機関や各

種団体の活動状況についても情報収集

する必要性について説明する。

ウ 避難所の状況の把握 単に情報集を行うだけでなく、関係諸

機関に自己紹介を行うなど、緊密な連

携を保つことが重要であることを説明

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第3章 被災者へのこころのケア

する。

(2)被災者との関係作り 13

ア 赤十字マークの効用 赤十字の救護班として赤十字の基本原

則に則り、信頼を得られる態度・行動

を常時留意するよう説明する。

イ 自己紹介

ウ 自然な交流からケアが始まる できるだけ自然な関わりができるよう

に、救護員自身が自分の心の変化にも

目を向け、無理をしないよう他の救護

員と協力しながら活動を進めることの

重要性を説明する。

エ 状況に合わせたケアを心がける

8 特別な配慮を要する人々へのケア 14

(1)子ども 15

ア 子どものストレス反応を見極め

子どもに特徴的なストレス反応につい

て説明する。

イ 典型的なストレス反応 子どもを援助する時には、子どもだけ

でなく子どもの周囲にいる大人(家族

等)への援助も重要であることを説明

する。

ウ 対処方法 参考文献の提示(参考資料№8参照)

(2)高齢者 16

ア 特徴的な反応 高齢者を孤立させないことを説明す

る。

イ 対処方法 高齢者自身を尊重し、尊厳を確保する

ためにも、何か役割を担っていると自

覚できるようにすることの重要性を説

明する。

(3)特にケアを要する人 17

ア 既存の医療サービスとの連携を

取る

医療機関に掛かっている場合は、速や

かに継続した支援が受けられるよう手

配する必要があることを説明する。

イ 地元の専門家と連携を取る 社会的支援が受けられるよう、行政機

関等と情報交換を密にするよう説明す

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第3章 被災者へのこころのケア

る。

9 対象喪失と悲嘆、グリーフケア

(1)対象喪失と悲嘆 18 対象喪失と悲嘆の意味について説明

し、災害時における喪失にはどのよう

なものがあるかを説明する。

(2)悲嘆のプロセス 19 悲嘆のプロセスにはどのような反応が

あらわれるかを説明する。順番通りに

現れるのではなく、行ったりきたりす

るものであり個人差があることにもふ

れる。

(3)グリーフケアとは 20 グリーフケアは主に遺族の悲嘆援助の

際に使う言葉だと説明する。

(4)災害時のグリーフケアのポイン

災害時のグリーフケアのポイントにつ

いて説明する。特に基本は共感・傾聴

であり、遺族がある種の納得を得るた

めに、「そっと寄り添う姿勢」が重要

であることと、不用意に感情表出を促

さない配慮について説明する。

(5)注意を要する悲嘆 21 悲嘆は正常な反応ではあるが、中には

注意を要する悲嘆がある。早急に専門

家につなげる必要のあるものについて

説明する。

<参考:DMORT について> 22

10 地元地域との連携、協力 23

(1)地元の支援組織の把握 地元地域との連携、協力については次

の2つのことを基本に置いて説明す

る。

(2)支持と支援 地元地域で救援活動を展開している

人々は、救援者である前に被災者でも

あること。

日本赤十字のこころのケアは災害の急

性期を対象としているので、被災者が

回復するまで援助することはできな

い。従って、当初から地元地域の人々

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第3章 被災者へのこころのケア

が主体となって活動できるような体制

を整備することが重要であること。

(3)地元支援組織との連携協力 24 災害の時期によって地元地域の人々と

対応する場合の留意事項が異なること

を説明する。

ア 初動期には支援内容について上

部組織の了解を予め得ておく

イ 具体的な支援内容を提案し選択

して貰う

ウ 地元関係機関の職員への配慮

エ 地元関係機関の職員のストレス

を緩和

(4)役割分担の引き継ぎにあたり心

がけておくこと

25 支援を開始する当初から、撤収時期や

方法等を考慮すること、また地元行政

機関(特に保健師やボランティア団体)

と常に情報交換、連携を保ちながら活

動することを説明する。

ア 活動開始当初から地域の人材を

活用する

イ 良好な協力関係を築く

ウ 地域医療機関、保健師と情報の

共有と連携を図る

エ 他のこころのケア専門団体との

協働

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第 4 章 救護員へのこころのケア

第4章 救護員へのこころのケア

1 学習の概要と目標

2 救護員のストレッサー

災害時に被災者の救護に当たる救護員は、災害現場の悲惨な状況にさらされる。

・ひどい身体の損傷を目の当たりにする

・血の臭いなど特有の刺激

・幼い子ども等、自分の家族を連想させる無惨な姿からくる恐怖

・救援の不十分さのために放置せざるを得ない被災者への罪悪感

・不眠不休の作業に従事しつつはかどらない任務

・不確かな情報

・通信や交通手段の断絶

・絶対的な救護員の不足

・胸を締め付けられるような話やおぞましい経験の繰り返し

・ひとときの休養を望んでも口に出すことができない状況

などが挙げられる。

このように救護員には肉体的疲労の蓄積に加え、心理的に重い負担となる特有のス

トレッサーがある。

そのストレッサーには大別して「危機的ストレス」、「累積的ストレス」、「基礎的ス

トレス」がある。例を交えて説明する。

(1)危機的ストレス

凄惨な場面や危機的な状況に直面することからくるストレスである。トラウマ的

ストレスとも呼ばれている。

概 要:

災害時に被災者の救護に当たる人々は災害現場の悲惨な状況にさらされ、肉体的疲労の蓄

積に加え、心理的に重い負担となる特有のストレスにさらされる

そこで、救護員が背負う様々なストレッサーとそのことから起きるストレス反応について

認識し、自分自身や同僚に生じる可能性のある事態に備え、その対処法を説明する

目 標:

救護員のストレッサー、ストレス反応、ストレス対処法について理解する

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第 4 章 救護員へのこころのケア

ア 同僚の死や死体の処理に携わる体験(接死体験)をする

イ トリアージなど人の生死に関わる責任を負う

ウ 自分自身もけがや被災の危険にさらされる など

(2)累積的ストレス

救護活動に没頭するなかで高じてくるストレスである。

ア 終わりの見えない作業に長時間従事する

イ 不十分な作業しかできないいらだちが続く

ウ 負傷者や被災者遺族などの激しい感情の矢面に立たされる

エ 任務から逃れたくとも逃れられないジレンマを抱く など

(3)基礎的ストレス

非日常的生活とチームの人間関係などからくるストレスをいう。

ア 仮設テントや臨時の寄宿舎での不自由な共同生活を送る

イ 家族、友人など支えとなる環境から離れた生活を送る

ウ リーダーへの不満やチーム内の不和、葛藤 など

3 ストレスからくる反応

通常、救護員は使命感と責任感をもって現場に入る。しかも感情的にも高ぶって い

ることが多いため、疲れや自分の変調を自覚しにくい。

ストレス反応はストレッサーに対して生体を防御するために起こるものである。しか

し過剰な反応が続くと心身のバランスを失い抵抗力が低下していく。それは身体面、精

神面、行動面いずれにもさまざまな表れ方をする。これらは過労状態のサインでもあり、

放置すれば「燃え尽き症候群」と呼ばれる深刻な事態を招くことがある。さらに、被災

者同様、ASD や PTSD、その他の疾患を患うことや不慮の事故や過労死を招くことも

ある。

(1)身体面に表れる反応

ア 睡眠の障害(寝付けない、すぐに目が覚める)

イ 食欲の低下、胃腸の変調

ウ 動悸、息切れ

エ 頭痛、頭重感

オ 全身倦怠感

カ 平衡感覚の障害(ふらつく、転びやすい)

キ 視野が狭くなる など

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第 4 章 救護員へのこころのケア

(2)精神面に表れる反応(⇔ は両極端な表れを示す)

ア 意欲、気力の低下 ⇔ 高揚感、万能感(興奮気味で疲れ知らずに没頭する)

イ 無力感、罪悪感 ⇔ 過剰な責任感から任務に執着する

ウ 集中力の低下(忘れっぽく、間違いが増える)

エ 思考力の低下(考えがまとまらず、判断に時間がかかる)

オ 感情統制力の低下(怒りっぽくなったり、涙もろくなる)

カ 現実感覚、見当識の低下(方向や時間感覚が不確かになる) など

(3)行動面に表れる反応

ア 攻撃的行動

イ 逃避的行動

ウ 多飲、過食 など

ストレスが重症化したとき、援助者がもっとも陥りやすいのは「燃え尽き症候群」

といわれている。

<参考:燃え尽き症候群(Burnout Syndrome)とは>

対人関係を職とする人に見られる特有の反応である。使命感にかられて自らを酷使す

るなかで責任の重さや負担がつのり、極度の心身の疲労と感情の枯渇を主とする状態で

ある。このような状態に至る前に休養をとりあい、救援者同士が協力関係を築いておく

ことが重要である。もちろん専門家の援助を得ることも大切である。

自ら被災しながら救護活動に携わっている人々(地元行政機関職員、保健師、教員、

消防隊員など)はとりわけそのリスクが高い。

・主な症状

無感情で機械的、表面的な仕事ぶりになる

自尊心、意欲の喪失が著しい

アルコール、たばこ、薬物の量が増える

抑うつ的になり、自殺などに傾いていく危険をはらむ など

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第 4 章 救護員へのこころのケア

4 救護員のストレス対処法

救護員がストレスの重圧を和らげ、精神的にゆとりを持って任務に従事するには

様々なストレス対処法がある。まず自分で対処する「自己管理」、同僚や仲間同士で

行う「相互援助」、チームで行動している場合はチームのリーダーによる「リーダー

管理」、救護員の定期的な会合のなかで行う「ミーティング」がある。

(1)自己管理

救護員自身の自己管理は他の人々に有効な援助を行ううえで重要である。

出動前、出動中、帰還後それぞれの場面で留意すべきことを挙げる。

ア 出動前

(ア)派遣活動についての不安、緊張感を当たり前のことと受け止める

(イ)派遣を新たな経験の機会と前向きに考える

(ウ)任務について家族と話し合い、理解を得る

(エ)派遣に備えて十分な休養をとる など

イ 出動中

(ア)恐怖感、悲哀、無力感などの感情は正常な反応と心得る

(イ) 信頼できる人や親しい人と話し合う機会を持つ

(ウ)定期的にミーティングに参加して意見を交換する

(エ)緊張を解く体操、入浴、呼吸法、諸活動(スポーツ、音楽など)に心がける

(オ)食事をしっかりととる(食欲がないときも消化のよい糖質のものをとる等)

(カ)休養、睡眠を十分にとるように心がける

(キ)自分や他人に過大な期待をかけない(「よくやっている」と自分をほめてやる)

など

ウ 帰還後

(ア)帰還後の特有の反応について知っておく

次のような例がある

・被災地と帰還地の雰囲気の落差に虚しさをおぼえる

・被災地の出来事が絶えず思い出される(自問自答、反省、後悔ばかりする)

・目前の現実感が薄れてぼんやりしている自分に気づく

・人との会話が疎ましく、静かな時間を求める

・感情があふれて抑えにくくなる

(イ)いつもの自分と違うことを自然なことと理解する

(ウ)報告会や体験記録など、言葉や文字にする機会を活用して経験を整理する

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第 4 章 救護員へのこころのケア

(「精一杯やったんだ」と自分を評価する目を失わない)

(エ)孤立した存在ではなく家族や同僚の協力で活動できたことを思い出す

(オ)無理をせず自分のペースで徐々に派遣前の生活に復帰する

(カ)反応が長引けば専門家の援助を求める など

(2)相互援助

自分の背中は見えない。知らないうちに常軌を逸した行動をとっていても、自分で

気づきにくいため、同僚、仲間の言葉に耳を傾け、自分で気づく手がかりにする。

お互いの仕事をねぎらい認め合うこと、そして孤立せず連帯感をもって活動するこ

とはストレスへの抵抗力を高めてくれる。

ア 同僚からの忠告、助言を真摯に受け止める

イ 任務の合間に話し合い、交代で休憩をとり協力して活動する など

(3)リーダー管理

チームリーダーは活動計画や役割分担を明確に示すだけではなく、無理のない交

代制のシフトを組み、メンバーの安全と健康管理にも注意を払って以下の点を配慮

するとチーム力を維持できる。

ア チーム内に円滑な人間関係を築く

イ どんなに忙しくても定期的に休息をとらせる(リーダーも例外ではない)

ウ 疲労の度合いを個別に判断して離任、休養を命じる

エ 孤立、混乱、対立には介入し、ミーティングでテーマにする

オ 定期的に話し合いの場を持つ(毎週、時には毎日) など

(4)ミーティング

自分の感情や考えが混乱し整理がつかなくなったとき、それを言葉にして表現し他

者の意見を聞くと整理しやすくなることが多い。このような経験をふまえて話し合い

の場を持つ「ミーティング」がある。ミーティングの運営はメンバーが交代で司会役

をする。助言者がいるといっそう良い。

ミーティングでは率直な意見や感情が表現されることが望ましい。しかし、その内

容を不用意に外部に漏らしてはならない。テーマによっては記録を取ることも控える。

ア 出動前

出動命令や任務の説明をブリーフィング:Briefing と呼ぶが、こころの準備に重点

を置き、ストレスへの対処の仕方を含めた情報の共有(心理的ブリーフィングという)

が重要である。経験者からの助言が役立つ。

(ア)任務の説明を受け、予想される状況など必要な情報を共有する

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第 4 章 救護員へのこころのケア

(イ)ストレス反応のサイン、対処法などの予備知識を共有する など

イ 出動中

現場では鬱積した感情がつのりがちである。その感情のはけ口を設けることが効果

的である。これをデフュージング:Defusing と呼ぶ。デフュージングとは元来、不

発弾の信管を抜くことを意味するが、雑談に近い非公式な話し合いを指している。

(ア)一日の終わりに集まり体験を話し合う

(イ)批判や非難をせずオープンな雰囲気で「共有する」ことを大切にする

(ウ)観念的にならず、現実的で経験に基づく意見交換を行う など

ウ 任務完了後

帰還し、解散する前に非日常的な体験に区切りをつけるため、心の整理をしておく。

これからの生活上の留意点やストレスへの対処法の助言を受ける。これをデブリー

フィング:Debriefing と呼ぶ。参加は自由であるが公式の集まりで、リーダーが司

会する。(デブリーフィングとは元々は「報告を聞く」という意味)

(ア)メンバーが集まり体験した出来事(良かったこと、ひどかったこと)や感じた

こと、いまの感情などを話し合う

(イ)任務の成否や責任を問わず体験を「分かち合う」ことに重点をおく

(ウ)専門家の援助が必要なメンバーには助言し、放置しない

以上のように様々な場面で救護員のストレスを予防し、緩和することが救護活動を

実りあるものにする。

5 派遣後のサポートへの取り組み

派遣された救護員が強いストレスを残さないようにするためには、組織的な対策が必

要となる。派遣後の救護員が強いストレスを受けることが明らかになっており、派遣元

の組織の責任という面でも、組織全体の問題として取り扱う必要がある。人事管理から

見ても、派遣後のストレスによりメンタル面の不調者が生じた場合、デメリットは大き

い。派遣後のストレスのために生じる問題を少しでも軽減できるよう、各組織に合った

ストレス対策を導入する。

(1)派遣後のストレスへの対応

派遣後の特有の反応やストレス対処法についての教育、必要時に相談できる場所の

情報提供、場合によっては、スクリーニングによるハイリスク者の把握とフォロー体

制の整備などを行う。

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第 4 章 救護員へのこころのケア

(2)日常業務の調整

派遣後には、様々なストレス反応、世界観の変化、被災地と日常とのギャップなど

から本来の生活環境へ再適応することに時間がかかる場合もある。派遣後に休養を取

ることができる体制作り、徐々に日常勤務に戻れるような業務調整などが必要となる。

(3)救護活動についての価値づけ

救護員の活動に従事した個々人が組織の中で評価されることも、重要な派遣後のサ

ポートとなる。災害救護活動に関して管理者が理解を示し価値を認めていること、災

害救護活動の意義や効果について広報などでその価値を明確に記載すること、帰還時

の出迎えなども派遣後のストレス軽減に大きな役割を果たす。

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第 4 章 救護員へのこころのケア

指導用スライド

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第 4 章 救護員へのこころのケア

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第 4 章 救護員へのこころのケア

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第 4 章 救護員へのこころのケア

指導展開要領 ≪60 分≫

項目 スライド

No. 指導の展開要領及び注意点・方法

1 学習の概要と目標 1 この章における学習の概要と目標を説

明する。

救護員は隠れた被災者であることを強

調する。

参考資料№11,12 を引用し、活動中だ

けでなく帰還後も不安と緊張感が生活

を脅かすことを説明する。

2 救護員のストレッサー 2 災害現場で遭遇する様々な事態を、大

別して 3 種のストレスで示す。

(1)危機的ストレス 心理的な外傷体験となる場面などの危

機的な状況を説明する。トラウマ的ス

トレスもここに含まれる。

(参考資料№11,12 参照)

(2)累積的ストレス 救護活動を続ける中で生じてくるスト

レッサーでボディブローのように徐々

に応えてくるものを説明する。

(3)基礎的ストレス 日々の生活の足元にあるストレスで、

寝不足が続いた時のような疲れの元に

なるものを説明する。

3 ストレスからくる反応 3 身体面、精神面、行動面に分け、さら

にそれが重症化した場合に起きる危険

性がある「燃え尽き症候群」を挙げる。

(1)身体面に表れる反応 身体面に表れる多様な反応を示す。参

考資料 11,12 に多数例。一般的には血

圧の上昇、眠りが浅くなることが多い

ことを説明する。

(2)精神面に表れる反応 精神面に表れる反応を示す。活動初期

には誰もが高揚した気分に支配されや

すいが徐々に沈静化していくことを説

明する。

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第 4 章 救護員へのこころのケア

(3)行動面に表れる反応 いくつかの問題行動を示している。休

養が第一であり、仲間からの助言が重

要であることを説明する。

<参考:燃え尽き症候群> 地元機関の担当者、救援者にリスクが

高い。外部から入る救護員は彼らを休

ませる役割がある。究極の行動化が自

殺であることを説明する。

4 救護員のストレス対処法 4 4形式の対処法を示す。

(1)自己管理 5 自己管理を出動前、出動中、帰還後に

分けて説明する。

ア 出動前 心身の準備をすること、前向きな姿勢

をもつことの重要さを説明する。

イ 出動中 被災者への対応に悩むことは避けられ

ない。お互いを認め合い、寛容になり、

冷静な自分を取り戻す知恵と工夫を説

明する。

参考資料 No.10 の概念を紹介する。

ウ 帰還後 感情を整理し帰還後の生活を再開する

ためのストレス緩和法を説明する。

帰還後に特有の反応があることを説明

する。

参考資料 No.11 参照

(2)相互援助 6 仲間、同僚との協力関係と連携がスト

レスへの抵抗力を高めることを説明す

る。

自分が疲れたときの反応を同僚に話し

ておくと指摘してもらうことができ

る。自分の背中は見えないことを説明

する。

(3)リーダー管理 7 チーム力を維持していくための具体的

な方策を説明する。

(4)ミーティング 8 出動前、出動中、任務完了後に分けて

説明する。

ア 出動前 公式の集まりを持ち、心の準備に必要

な情報を共有することを説明する。

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第 4 章 救護員へのこころのケア

イ 出動中 感情のはけ口となる場を設けることの

大切さを表している。ガス抜きを軽視

しない。他機関の救援者との連帯感を

育む機会にもなることを説明する。

ウ 任務完了後 心の整理を助けるための集まりである

ことを説明する。

5 派遣後のサポートへの取り組み 9 組織として取り組むことを説明する。

また、具体的な方法についていくつか

例を挙げて説明する。

(1)派遣後のストレスへの対応 10

(2)日常業務の調整 11

(3)救護業務についての価値づけ 12

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第 5 章 こころのケアの実際

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第 5 章 こころのケアの実際

1 学習の概要と目標

2 こころのケアの実際

救護班がどのような派遣や救護形態をとるのかによって、被災者に対する留意点や配

慮の仕方は異なってくる。

(1)派遣形態によるポイント

ア 救護班に帯同して活動する場合

こころのケア要員が救護班に帯同して行うこころのケア活動は、救護班の救護活

動の一部として行なうことが基本である。

(ア)こころのケア要員は、救護班から情報を得て、心理的な支援が必要な被災者に

かかわり、結果を班長に報告する。

(イ)救護班要員はこころのケア活動が医療救護活動に比べ、対応に時間を要するこ

とを理解する。

(ウ)こころのケア要員は、被災者のみならず、救護班要員に対するこころのケアも

活動の一つであることに留意する。

イ こころのケア班員として活動する場合

こころのケア班はこころのケア・コーディネーターの調整のもと独立して活動を行

うが、救護班と密接な連携をとることも重要である。こころのケア班は班長、ここ

ろのケア要員、主事で編成され、こころのケア要員には、こころのケア指導者とこ

ころのケア研修を受けた救護班員を含む。

概 要:

実際の災害状況の中では、こころのケアの必要なポイントとその対処の方法は多様である

ここでは、救護形態、こころのケアの活動時期、対象(ケアの必要な人々)に分けて、実

例からこころのケアのあり方を見ることとする

目 標:

1. こころのケアの観点から、救護形態が異なっても救護活動を工夫することができる

2. 活動の時期によって適切なニーズを捉え、状況に応じて対処が可能になる

3. 救護員自身のストレスの軽減を図るために必要な対処法を工夫することができる

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第 5 章 こころのケアの実際

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(2)活動形態によるポイント

ア 避難所

(ア)避難所に日赤の救護所があることで、単に医療が受けられるという実際的な意

味ばかりでなく、避難者に「何かあっても頼れる」という安心感や安全感を与え

られ、心理的支援の意味がある。

(イ)救護所では、被災者が安心して受診できるように、プライバシーや個人情報の

保護に配慮し、避難者の尊厳を守るよう努力する必要がある。

(ウ)避難所内の救護所で活動する場合には、診療した医師や看護師からの依頼を受

けて、受診した患者のストレス症状や不安などに対してこころのケアを提供する。

(エ)避難所の居住区で活動する場合は、避難者全員の状況の把握に努めるとともに、

声かけを行ない、こころのケアを必要としている人を探しながら、活動する。こ

の時、避難者が話すことを希望しないようであれば、挨拶程度にとどめ、無理に

聞き出すことはしない。

(オ)日赤の救護服を着た我々がそこにいるだけで、避難者に“自分は一人ではない”、

“自分は気にかけてもらっている”という安心感を与えられる。

(カ)ケアに当たっては、看護師であれば血圧測定から入るなど、自分の職種にあっ

た支援や、肩揉みやハンドマッサージなど、個人の技能を生かした入り方を工夫

することが重要である。

(キ)生活支援はこころの安定の基本であり、医療救護や救援物資の配付、炊き出し

などの赤十字の諸活動は、こうした「こころの基本的な安定」を図る意味がある。

実際例1

〇避難所となった体育館の一角を救護所にしていた。この時、つい立てとして卓球台

を利用した。

〇救護活動の円滑を図るため、連絡や休憩場所として避難所の一室を確保した。

実際例2

〇こころのケア活動(看護学生による子供や高齢者へのケア活動、理学療法士による

健康教室、作業療法士による遊びの教室)を行うために、避難所施設の責任者、自

治組織のリーダーに了解を得てから実施した。

〇責任者やリーダーに「何が必要ですか?」と問いかけると、困惑された。こちらか

らまず具体的に提案してくれと言われた。

実際例3

〇行政職員、保健師、避難住民と共同して、炊き出し(豚汁/そば/うどん/シチュ

ー)のメニューを実現させた。その後、「赤十字そば」「赤十字うどん」と呼ばれ、

好評であった。

〇炊き出しもボランティアと情報交換を上手に行うことが大切である。そうしないと、

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第 5 章 こころのケアの実際

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メニューが重なったり、同じメニューが続いてしまうことになる。

イ 巡回

(ア)巡回による活動にも、救護班と帯同する場合と、こころのケア班単独で行なう

場合がある。

(イ)巡回する対象としては、数箇所の小さな避難所を回る場合と、自宅避難者の多

い地域を回る場合がある。

(ウ)避難所では活動にあたって、あらかじめ避難所の運営管理者や自治会の了解を

得ることが必要だが、地域を巡回する場合にも、可能な限り自治会長や町内会長

など地域の責任者を探して活動の趣旨を説明し、了解を求めるとともに、こころ

のケアが必要そうな住民の情報を得ることが重要である。

(エ)巡回する場合には、被災地域内を移動するため、交通事故の防止など安全を期

する必要がある。また、女性の要員が一人で行動することを避けるなどの配慮も

必要である。

実際例4

〇「やっと来た」と言われる位、被災者は待ちこがれているのである。

〇血圧測定は、被災者との関わりやすさを作る(「血圧を計りましょうか?」「肩もみ

をしましょうか」と申し出をしながら、被災者に声をかける)

〇怪我の手当をしながら、状況を聞く。

実際例5

〇被災者は、様々な具体的に解決すべき問題を述べることがある。

赤十字は、具体的問題を聞いても行政的な事柄には対処できない。しかし、被災者

の語る話をまとめ、住民の要望として、行政側に伝えるならばそれは行政機関にとっ

ても貴重な情報となる。

グループワーク1

課題例

〇避難所の救護所を利用しやすくするためにどのような工夫が考えられるだろうか

ウ 仮設住宅

地震や津波など、多くの住居が被害を受けた場合には、被災者は仮設住宅での生活を

強いられることとなる。仮設住宅は生活を継続する上では極めて重要であるが、元の居

住地から離れた不便な場所に建設されることが多く、また、プレハブの建物は保温性や

音の遮断性に問題があり、その居住空間も必要を満たしていないことが多い。また、元

の地域の住民が集まった場合は地域社会が維持されるが、まったく知らない他の地域の

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人々が集まった仮設住宅では近隣の住民との交流も少なく、孤立してしまう避難者も多

く、新たなストレス源となることが危惧される。

(ア)仮設住宅の集会所を利用して、被災者が集まって、互いにコミュニケーション

が取れるような集まりを組織する。

(イ) 被災者が自らの意思で地域社会を形成し、互いに助け合えるよう支援を行なう。

(ウ)孤立化した老人や問題のある被災者には、戸別の訪問をして情報提供やこころ

のケアを提供する。

(3)救護活動時期・対象者の違いによるポイント

救護班が救護活動を行うのが、初動期なのか、回復期なのか、撤収期なのかで、被

災者のおかれている状況も救護に対するニーズも、そして救護員が救護活動の中で経

験する事柄は異なってくる。また、子供、老人、病人、障害者は、災害弱者と言われ

ている。救護の時期や対象者の違いには、具体的にはどのようものがあるのか、医療

救護活動から考えてみる。

ア 初動期1

(ア)情報を得る

災害の性質/被害予測/任務期間/チーム編成/役割/自分自身が気掛かりな

ことも明確にする

(イ)こころのケアと医療救護との関連について考える

医療救護者の働きの中に、こころのケア活動はある。

(ウ)介入のポイントを探す

どこから手を付けるか、雑多な状況の中から自分がまず始められることは何か

を考えてみる。

初動期に求められる大切な姿勢には、今何が必要かを考えるのではなく、今できる

ことを現場に入りながら考える、ということがある。

机上ではふさわしいアイディアは生まれない。しかし、一人で現場に入らないとい

うことも大切である。そして、必要を満たそうと考えると、できないことばかりのよ

うな気がしてくるので、今できること(自分の持ち札から)から考える、という現実

的かつ積極的姿勢が大切である。

イ 初動期2

(ア)「衣食足りて」というように、災害当初は、様々ないつもあるものが足りな

いばかりでなく、それ以上にダメージを受けているのが普通である。それゆえ混

乱かつ混沌としている。言うなれば全てがストレッサーである。

(イ)災害時要援護者とは子供、高齢者、病人、障害者等であるが、これらの対象

者は案外ケアの手が向くことが多い。逆に、がんばり屋さんほど後回しになると

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いうこともあり、元気な人にも注意を向けることも忘れないようにしたい。

(ウ)医療救護のトリアージとこころのケアの観点からの緊急度は一致しないこと

がある。

実際例6

〇持病のある被災者はそれを悪化させることが多い。避難所に避難した精神障害者の

多くは、雑多な団体生活に耐えられず避難入院をすることがよく見られる。

〇普段介護保険制度を利用している被災者は、避難所では制度を利用できず、付き添

いの家族の負担が大きくなる。

〇意識不明の重傷者は、医療救護の緊急度は高いが、こころのケアという観点からは、

むしろ付き添いの家族の方が緊急性は高くなる

実際例7

〇行政機関職員は、発災後、寝食も忘れて活動しており、気付いたら何日も食事もと

っていなかったということがある。

〇まるでボランティアのように、赤十字の手伝いをしてくれている被災住民に声をか

けると「いや腰が痛くて」と言う。詳しく聞くと「今朝の地震でタンスが倒れて挟

まれたものだから」と笑って述べるのであった。すぐに赤十字救護所で状態を見て

もらった。

ウ 回復期

(ア)時間の経過とともに、被災者の被害程度/回復力の差異は明らかになってくる

(イ)そのため、支援を必要とする人々、必要な支援の内容が明確になる

(ウ)そして一方で自立的な動きが出てくる

(エ)行政機関職員・責任者は、発災当初から過活動状態にあるが、住民サービスを

優先し自らケアを受けようとしない傾向がある。それゆえに行政機関職員への支

援は工夫が必要となる。

(オ)混乱がおさまってくるときには、避難生活に疲れがたまってきており、様々な

事柄に耐える力が乏しくなってくる面がある。

実際例8

〇避難所のプライバシー配慮の工夫として高さ1m ほど(立つと全体を見渡せるが、

座ると他の人が視野に入らない)のつい立てで、家族ごとに間仕切りを作る。

〇昼間に避難所に人がいなくなる。その間に行政機関職員のケアに当たる。

実際例9

〇被災者のストレス対処法として、リラクゼーション教室を赤十字スタッフが計画し

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ても、行政機関職員・保健師は自分のためには参加しようとしない。行政機関職員・

保健師には、被災者に役立てる方法の学習会であると申し出ると参加してくれる。

(試食と称して栄養を取ってもらうのに似ている)

実際例10

〇雑多に生活せざるを得ない避難所で、乳幼児を持っている家族、受験生を持ってい

る家族には個室が必要となる。ある一室を 10 時までは勉強部屋、それ以降は「夜

泣き部屋」として活用していた。

エ 撤収期

様々な援助の手が離れていく時から、深刻なこころのケアのニーズは高まっている可

能性がある。しかし、ニーズの所在は見えにくい。そのためほとんどは個人にその解決

がまかされている。

実際例11

〇赤十字の医療救護活動が撤収を計画する段階では、避難所で生活する人は少なくな

り、仮設住宅やその他の復興作業が進められている。しかし、なお避難所に残って

いる人は、被害の程度が深刻で先の見通しの立たない場合が多い。医療的に介入点

はないように見えるが、様々なニーズがあり、血圧を測ったり、時にはお茶を一緒

に飲んだり、雑談をすることも意味がある。

実際例12

〇赤十字が持つ様々な役割と機能の中で、その場に残していけるような機能はないか、

を考えながら撤収を計画することは大切な配慮である。赤十字がいなくなって大鍋

も、全てなくなった、ということを避ける。

グループワーク2

課題例

〇救護時期によって、被災者のニーズはどのように変わっていくか

〇各時期に求められる救護の内容と必要なこころのケアについて考えてみる

(4)地元機関との連携

赤十字機関は緊急援助機関であり、災害状況が落ち着き、地元機関が回復してくれ

ば撤収する。赤十字よりも長く関わることになる地元機関の専門家や援助者と、はじ

めから上手な連携を探ることは、スムーズな引継ぎや撤収のためにも大切な作業であ

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第 5 章 こころのケアの実際

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る。

東日本大震災では日赤と臨床心理士会との間で協約が結ばれ、臨床心理士が日赤の

ボランティアとしてこころのケア要員と一緒に避難所で被災者のこころのケア活動

を行い、また、仮設住宅では支部と協力して長期にわたって支援活動を行った。この

協力関係により、被災者により良いこころのケアが提供され、参加した日赤のこころ

のケア要員、臨床心理士の双方にとっても実りの多い活動となった。このことから、

今後も臨床心理士会との協働を進めていくことが重要である。

実際例13

○保健師は、特に日頃からケアを必要とする地元住民のことを良く知っており、避難

所に来ている人、来ていない人がすぐにわかる。

心理学専門団体は、災害時に被災住民のために必要な支援を行いたいと考えている。

しかし、専門団体であっても、避難所や被災地に直接入ることは難しい。そこで、

赤十字ボランティアとして初動期から活動してもらうことで活動が容易になり、赤

十字の活動を引き継いでもらえる。

実際例14

〇ボランティアセンターには、多くのボランティアが登録していて、被災住民のニー

ズに応える実動部隊ともなる。火山灰や汚泥の除去などには人手が多く必要である。

防災ボランティアと救護班が情報交換をすることで、救護活動によって聞くことが

できた具体的な困りごとの解決のために、ボランティアの力を活用することができ

る。

(5)こころのケアとは何か

こころのケアは医療救護や生活支援とどのような関係にあるのか。そしてこころの

ケアとは、どのようなものであるのだろうか。実際例から考えてみると以下のような

ことがあった。

実際例15

「トイレ掃除はこころのケア活動にもなる」

避難所で大きな問題となっていたのは、トイレの汚れであった。この時、心理学専

門家は、トイレ掃除が、専門活動といえるか大きな議論となった。

しかし、ストレッサーの軽減という観点からみると、トイレ掃除をすべきである。

つまり、トイレ掃除は「こころのケア」=「ストレッサーの軽減」と考えると、大切

なこころのケアになるのである。しかし、そのトイレ掃除が、専門家しかしないとな

るとそれは専門家の介入とは言えない。「トイレ掃除」というストレッサーを軽減す

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る活動がその場に残るように、例えば避難住民を組織化をしていくなどの工夫を図る

ことが重要である。

それゆえ、こころのケアは救護員にできるのか、という問いには、もちろんできる、

ということになる。つまり、医療活動そのものも、そして医療救護活動を通じて行う

被災者との関わりは、こころのケア活動になるのである。

(6)救護員のこころのケア

災害は、被災者だけでなく、救護にあたる救護員にも大きな影響を与える。

救護員自身のこころのケアは、救護活動の円滑化のためにも是非必要である。

実際例16

〇日航機墜落事故において御巣鷹山の遺体処理にあたった救護員の多くは、食事も睡

眠もろくにとることができなかった。そして、今も肉を食べられない人がいる。

しかし、以前に遺体処理の経験があったり、一人になったときに大声で泣くなど感

情処理を上手に行った人には、影響が少なかった。

実際例17

〇突発的な災害の場合、救護員自身が家族安否を確認できないまま、救護班の一員と

して活動しなければならなくなることがある。救護員に代わって待機要員などが家

族安否を確認できることが、救護員にとって大切である。 仮に、家族に何かあっ

たことがわかった場合、その時点で、全体として対応を考えていくことができる。

実際例18

〇救護班はミーティングを頻回に行うことが多い。このミーティングは、単に反省会

や指示の場ではなく、お互いの心情を分かち合ったり、受け止める上で大切な機会

ともなる。自分が経験した事実や感情を話し、また、他の救護員の話すことを批判

せず、耳を傾けることは、各人にとって大切なストレス処理の場となる。

次の活動のためには、「できなかったこと」ではなく「できたこと」を話し、次に

「しなければいけないこと」ではなく「したいこと」から、方針を決めていく。

グループワーク3

課題例

〇救護班員として、他の機関の専門家と連携を図る上でどのような点に留意すべきだろ

うか。

〇自分たちの精神衛生のためにチームとして救護班の中で心がけておきたいことにど

のようなことがあるか。

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3 ロールプレイ

ロールプレイは、各自がシナリオにそって配役を担い状況を再現する。この状況の中

で救護員がどのように関わるかを模擬的に示すものである。

シナリオを再現することが目的ではなく、与えられた役を通じて、被災者の心情を体

験的に理解し、救護員の関わりについて被災者の役から感じ取ること、そして救護員役

も役を通じて、このような状況での関わりのポイントや難しさを体験的に理解し、概念

的理解から体験的に味わうことがロールプレイの目的である。上手な演技でなくて良い。

また、指導者は、シナリオを上手に演技することを参加者に求めることではなく、役

を通じてどのような体験を得たかに主眼をおく。つまり、演技するために行うのではな

く、このような手法を用いて参加者にどのような体験となったか、そして発見があった

かを共有させることが大切である。

ロールプレイ後のコメントは最小限で行い、こうしたシナリオを参加者が演技するの

を観客の立場から見て、どのような発見や気付きがあったかをフィードバックするのが

コメントのポイントである。演技の評価は必要はない。演技してくれたことに対するお

礼をするようなつもりのコメントである、と考えるとよい。

以下のシナリオは、災害時要援護者のいくつかの実際例を簡単にシナリオ化したもの

で、ロールプレイの際の参考例として使用してもよい。高齢者、子ども、身体及び精神

障害者、不安や恐怖の訴えなど、心理的支援の必要となる人や状態をテーマとしている。

〇50代 女性 恐くて家に居られないと訴える女性 巡回活動中

こころのケアスタッフ二人が市内を巡回中に、路上で女性が立ち話をしている。

大変でしたねえと声をかけると、女性たちは、地震発生後、家は何とか大丈夫で、か

たづけに来たのだが恐ろしくて一人では家に居られないと話す。

皆も同じであると言うが、そのうちの一人が、自分もかたづけなきゃいけないが家に

入ることもできないんです。と声を震わせて言う。家族は皆無事だとのことである。

〇20代 女性 妊婦 巡回活動中

震災後1週間。もうすぐ臨月になる女性が、壊れたアパートに一人でいる。

夫は出張。連絡もとれない。夫が戻ってきた時に自分がいなければ心配するだろうか

ら、アパートを出るわけにいかない。身よりも近くにはいない。

しかし、水を運んだりするのが難しく、生活もしにくいので困っている。

〇40代 男性 寡夫 巡回活動中

震災後、3カ月。テントで避難生活をしている。お母さん(妻)は亡くなってしまっ

た。お父さん(本人)と小学3年の男の子と小学5年生の女の子。学校は再開してい

71

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第 5 章 こころのケアの実際

Copyright Japanese Red Cross Society, 2012

るが、子どもたちが学校に行こうとしないので困る。子どもたちはテントの奥に不安

げにこちらを見て座っている。

〇50代 女性 夫の介護 避難所

夫は四肢麻痺で身体障害者。普段は介護を受けているが、噴火災害のためにヘルパー

さんに来てもらえず、全て妻がしなければいけない。夫は口うるさいし、すっかり疲

れてしまった。避難して2週間目だがこっちが倒れてしまいそうだ。

〇60代 女性 眠れないと訴える女性 避難所

噴火災害後、一緒に公民館で避難している人の中に、夜中うろうろして落ち着かず出

たり入ったりする人がいる。ただでさえ寝にくいのに、気になって寝付けない。他の

人も苦情を言っている。避難して一週間になる。

出入りするその人は普段精神科を受診している人らしい。

〇40代 男性 母親がご飯食べないと訴える 避難所

台風による水害後、避難所生活が1週間になろうとしている。40代後半の男性が、

うちのばあさん(母親)が食欲なくてご飯あまり食べないと訴える。母親の話を聞く

と、私が生き残って、うちの孫娘が流されて死なしてしまったと語る。

○40代 女性 避難所の自治会長だった 仮設住宅訪問

娘と共に避難所で生活。弟は津波で行方不明。自治会長として頑張りすぎるくらい頑

張っている。体重も著しく減少しているため、こころのケアチームが声をかけようと

するが、「私は大丈夫」と目を合わせようとしない。

娘が関東方面へ就職し、仮設住宅に移った頃から「さみしい」と訴え、一旦訪問する

と多弁で帰そうとしない。精神科に対しては強いアレルギーを示している。

○60代 夫婦 自宅避難している 巡回活動中

津波により隣の家までは流されてしまった。幸いにも自宅は被害を免れたが、電気、

水道、ガスなどは止まったままで、不自由な生活を強いられている。「家をなくした

人がいる避難所に食料や水などをもらいにいくのは気がひける」と自宅に備蓄してい

るものでなんとか暮らしているが、いつまで持つかと不安げである。

次に、シナリオを使わないロールプレイの例を挙げる。

〇3人一組とし、一人は話す役、一人は聞き役、一人は観察者となる。

72

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第 5 章 こころのケアの実際

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話し手は何でも自由に話をする。この時聞き役が二通りの聞き方をする。はじめに話

し手の話を聞かないそぶりをする。次によく耳を傾けて聞く。その様子を観察者は観

察する。

3人は順次役割を変え3人とも全ての役割を行う。

「よく聞く」態度のみを行うことも出来る。また、3人一組でなくとも2人一組でも

出来る。

73

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第 5 章 こころのケアの実際

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・日赤の救護服を着た我々がそこにいるだけで被災者に“自分は一人ではない”、“自分は気にかけてもらっている”という安心感を与えられる

・ケアに当たっては、看護師であれば血圧測定から入るなど、自分の職種にあった支援や、肩揉みやハンドマッサージなど、個人の技能を生かした入り方を工夫することが重要である

・生活支援はこころの安定の基本であり、医療救護や救援物資の配付、炊き出しなどの赤十字の諸活動は、こうした「こころの基本的な安定」を図る意味がある

5

活動形態によるポイント

74

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第 5 章 こころのケアの実際

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指導展開要領 ≪180 分≫

項目 スライド

No. 指導の展開要領及び注意点・方法

グループワークとロールプレイは、参加者の理解を助けるために有意義であることから、

本章に限らず各章毎の指導にあたり、グループワークやロールプレイを取り入れた展開を

してもよい。

グループワークについては、各章の時間の範囲内で行い、参加者の経験を共有しながらデ

ィスカッションすることにより学びを深めること。

なお、グループワークの課題、ロールプレイのシナリオは例示であるので、指導者の判断

により修正や新しい課題、シナリオを準備することは差しつかえない。

1 概要と学習目標 1 この項目における学習の概要と目標を

説明する。

※グループワーク グループワークは、参加者の動機づけ

を高め、その後の講義の導入としての

目的もあるが、参加者同士がよく知り

合う機会ともなる。グループで話し合

ったことをまとめることで、グループ

もまとまっていく。

話し合いが進まないグループには、指

導者が積極的に介入し、ファシリテー

ターとなる。

話し合った内容については、模造紙に

書き出すなどしてグループ毎に代表を

出して発表してもらい全体で共有す

る。

話し合った内容を書いたり、発表した

りする作業を通じて、参加者の能動性

は高まる。

2 こころのケアの実際

(1)派遣形態によるポイント 2-3

(2)活動形態によるポイント 4-7 避難所と巡回、仮設住宅の 3 つの形態

から考えてみることを説明する。全体

に問いを投げかけるように進める。

ア 避難所 8-10 ・実際例 1-3

80

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第 5 章 こころのケアの実際

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イ 巡回 11,12 ・実際例4,5

グループワーク 1

ウ 仮設住宅

(3)救護活動時期・対象者の違いに

よるポイント

13

ア 初動期 1 14 ・実際例6

イ 初動期2 15 ・実際例7

ウ 回復期 16-18 ・実際例8-10

エ 撤収期 19,20 ・実際例 11,12

グループワーク2 同じ救護活動でも、救護を行う時期に

よる違いがあることを説明する。

各時期の分類は大まかな目安であり、

実際ははっきりと区分できるものでは

ないことを念頭に置くことを説明す

る。

(4)地元機関との連携 21-23 ・実際例 13,14

(5)こころのケアとは何か 24 ・実際例 15

(6)救護員のこころのケア 25-27 ・実際例 16-18

グループワーク3 テーマはいくつかに分かれているが、

実際に現場で出くわしては悩む事柄で

ある。

特に、救護員のこころのケアについて

は、各人が経験する可能性のある課題

となる。この例にこだわらず、いくつ

か時間の範囲で例を付け加えると良

い。

3 ロールプレイ 28-35 シナリオ化した災害時要援護者の実際

例を、必要に応じ活用する。

81

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参考資料

<参考資料>

第1章

№1 <参考>

『大規模災害発生後の高齢者生活支援に求められるメンタル・ヘルス・ケアの対応

に関する調査研究』 (平成7年度厚生省老人保健事業推進費等補助事業)

№2 <参考>

個人情報についての取扱いについて

平成 17 年 3 月 30 日 厚生労働省通知

(宛先)各都道府県医政主管部(局)担当者

薬務主管部(局)担当者

高齢者福祉関係部(局)担当者

「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」に関する

Q&A(事例集)について

個人情報の保護に関する法律(平成 15 年法律第 57 号)の全面施行(平成 17 年 4 月

1 日)に向け、「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライ

ンについて」(平成 16 年 12 月 24 日付医政発第 1224001 号・薬食発第 1224002 号・

老発第 1224002 号厚生労働省医政局長・医薬食品局長・老健局長通知)を各都道府県知

事あて送付したところですが、同ガイドラインに関する Q&A(事例集)をとりまとめ、厚

生労働省ホームページ

(http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/seisaku/kojin/index.html)に掲載しまし

たのでお知らせします。

なお、Q&A につきましては随時更新する予定です。

(照会先)

厚生労働省医政局総務課(下記以外)

医薬食品局総務課(薬局関係)

老健局総務課企画法令係(介護関係)

(参考)

「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」に関す

るQ&A(事例集)(抄)

82

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参考資料

平成 17 年3 月作成(平成 17 年5 月 20 日改訂版)

<個人データの第三者提供>

Q5-17 大規模災害や事故等で、意識不明で身元の確認できない多数の患者が複数の医

療機関に分散して搬送されている場合に、患者の家族又は関係者と称する人から、患者が

搬送されているかという電話での問い合わせがありました。相手が家族等であるか十分に

確認できないのですが、患者の存否情報を回答してもよいでしょうか。

A5-17 患者が意識不明であれば、本人の同意を得ることは困難な場合に該当します。

また、個人情報保護法第23条第1項第2号の「人の生命、身体又は財産の保護のために

必要がある場合」の「人」には、患者本人だけではなく、第三者である患者の家族や職場

の人等も含まれます。このため、このような場合は、第三者提供の例外に該当し、本人の

同意を得ずに存否情報等を回答することができ得ると考えられるので、災害の規模等を勘

案して、本人の安否を家族等の関係者に迅速に伝えることによる本人や家族等の安心や生

命、身体又は財産の保護等に資するような情報提供を行うべきと考えます。なお、「本人の

同意を得ることが困難な場合」については、本人が意識不明である場合等のほか、医療機

関としての通常の体制と比較して、非常に多数の傷病者が一時に搬送され、家族等からの

問い合わせに迅速に対応するためには、本人の同意を得るための作業を行うことが著しく

不合理と考えられる場合も含まれるものと考えます。

Q5-18 上記の状況で、患者の家族等である可能性のある電話の相手から、患者の容態

等についての問い合わせがあれば、どの範囲まで回答すべきでしょうか。

A5-18 電話による問い合わせで、相手と患者との関係が十分に確認できない場合には、

存否情報やけがの程度等の情報提供に限定することも考えられますし、相手が患者の特徴

を具体的に説明できるなど相手が患者の家族等であると確認できる場合には、より詳細な

情報提供を行うことも可能と考えます。(参照:ガイドラインp8)

Q5-19 上記の方法により連絡のついた家族等から、意識不明である患者の既往歴、治

療歴等を聴取することは問題ありませんか。

A5-19 治療のために必要な既往歴、治療歴等の情報を家族から取得することは、個人

情報の適正な取得であり、問題ありません。この場合、本人の意識が回復した後に、家族

等から取得した情報の内容とその相手について本人に説明することになります。(参照:ガ

イドラインp8)

Q5-20 Q5-17 のような状況において、報道機関や地方公共団体等から身元不明

の患者に関する問い合わせがあった場合、当該患者の情報を提供することはできますか。

A5-20 報道機関や地方公共団体等を経由して、身元不明の患者に関する情報が広く提

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参考資料

供されることにより、家族等がより早く患者を探しあてることが可能になると判断できる

場合には、A5-17 のように「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合

であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」に該当するので、医療機関は、存否

確認に必要な範囲で、意識不明である患者の同意を得ることなく患者の情報を提供するこ

とが可能と考えられます。具体的な対応については、個々の事例に応じて医療機関が判断

する必要があります。

第2章

№3 <用語解説>

生体内の恒常性(ホメオスターシス)

アメリカの生理学者 W.B.キャノンの命名。生物体の体内諸器官が外部環境の変化

や主体的条件の変化に応じて統一的・合目的的に働き、体内環境をある範囲に保って

いる状態。

№4 <参考>

アメリカ精神医学会における PTSD の判断基準(DSM-Ⅳ)

診断を確定するには以下の診断基準 A-F を満たさねばならない。

診断基準 A トラウマの定義として、(1)と(2)を満たさなければならない。

(1)実際に死に至るような重傷を負う出来事を体験したか、または他人がそのよ

うな重傷を負う場面を目撃した。

(2)患者の反応は強い恐怖感、無力感、戦慄を伴う。

判断基準 B 出来事に対する再体験の有無。(1)-(5)のうち1つ以上の症状

がある。

(1)反復的で侵入的で苦痛な想起がある。

(2)出来事についての反復的で苦痛な夢を見る。

(3)外傷的な出来事が再び起こっているかのように行動したり感じたりする。

(4)外傷的出来事を象徴するきっかけに暴露されたときに強い心理的苦痛を感じ

る。

(5)外傷的出来事を象徴するきっかけに暴露されたときに生理学的反応性を生じ

る。

診断基準C 出来事に対する回避と麻痺についての以下の症状のうち3つ以上

の症状がある。

84

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参考資料

(1)外傷と関連した思考・感情または会話を回避しようとする努力

(2)外傷を想起させる活動、場所、または人物を避けようとする努力

(3)外傷の重要な側面の想起不能

(4)重要な活動への関心または参加の著しい減退

(5)他人から孤立しているまたは疎遠になっているという感覚

(6)感情の範囲の縮小(愛情を持てないなど)

(7)未来が短縮した感覚(正常な一生を期待しないなど)

診断基準D 覚醒の亢進状態を示す症状で以下の2つ以上の症状がある。

(1)入眠または睡眠維持の困難

(2)易刺激性または怒りの爆発

(3)集中困難

(4)過度の警戒心

(5)過剰な驚愕反応

診断基準E B,C,D の症状が1ヵ月以上持続する。

診断基準F 障害が臨床的に著しい苦痛または社会的、職業的または

他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

№5 <参考文献>

「日常生活からの心理学入門」 鈴木由紀生・小川俊樹 編 教育出版

「対象喪失 悲しむということ」 小此木啓吾 著 中央公論社

第3章

№6 <参考>

傾聴の実際

実際の方法については、被災者に声をかける際、救護員が避難所や被災現場でアプロー

チする時は、いきなり近づいてびっくりさせたり、ズケズケと押しつけがましい感じにな

らないように注意する。まず深呼吸して自分の心を落ち着かせて、自信を持って静かに歩

み寄り、自然なタイミングで声をかける。被災者が話を始めたら、「誰が」「何を」「いつ」

「どこで」「どうやって」の質問を使いながら、体験の事実を聴く。感情より事実の方が話

しやすい。同じことを繰り返したり、記憶を探るのに手間取っても、せかさずに聴く姿勢

は崩さないことが必要である。相手に注意を集中し、時々被災者の言葉を繰り返すなどし

て相槌を打つことは、被災者に「理解されている」という安心感を与え、記憶の整理を助

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参考資料

けることになる。次に被災者の考えを聴くが、これは何が起きたかを理解し、自分の考え

を整理する為の作業となる。適切でないと思われる考えでも、批判したり論評を加えたり

せず、受けとめる姿勢が求められる。その次に感情を聴くが、多くの被災者は、考えを話

すうち自然と感情を表現するが、場合によってはソフトに質問を向ける。理解と共感を持

って話を聴き、「自分だったらこう感じる」等の指示やコメントは避ける。深い悲しみの真

っ直中にいる被災者は、感情に関する質問に対しイライラし、不快感を持つものである。

土足で踏み込まないよう注意することが必要である。恐怖や不安を口にすると、たいてい

の被災者は自分が弱い存在だと感じるものである。過度の哀れみや同情は、相手の無力感

を強めてしまうので、サポートの姿勢が望まれる。

被災者へのフィードバックとしては、大部分がストレスへの正常な反応であり、時と共

に薄らいでいくことを伝えることが効果的である。

「頑張って下さい」といたずらに励ますのではなく、「無理をしないで下さい」、「こまめに

休みを取るといいですよ」、「食欲がなかったら、少しずつ何度も分けて食べるとよいです

よ」などの気遣いが必要である。

№7 <用語解説>

解離状態

意識・記憶・同一性・知覚などの通常は統一されている自我の機能が破綻している状態

であり健忘・遁走・人格の交代などの症状を呈する。

№8 <参考資料>

服部祥子、山田富美雄編集:「阪神・淡路大震災と子どもの心身―災害・トラウマ・スト

レス」名古屋大学出版会

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参考資料

№9 <参考>

保健師チーム

こころのケアチーム

精神科医療チーム

(医師、心理士など)

高ストレス群

中ストレス群

低ストレス群

各専門家チームの位置づけ

高ストレス群は少数ではあるが精神科医療チームが対象とし、ASD,PTSDなどを

含む。中ストレス群は被災者の多くを占めており、赤十字社の「こころのケア」チームが

主としてかかわりの対象とする。同心円内に高ストレス群を含んでいるのは、高ストレス

群といえども入院などによって場所を変えていない限りは同じ環境下で過ごしているた

め、注意深く「こころのケア」の対象としてケアに当たる必要があるからである。

低ストレス群はすべての被災者を含むと考えられる。保健師チームは担当する場の被災

者すべての健康管理を預かっている立場から、低ストレス群のみならず、中、高ストレス

群すべてを視野に入れたケア・マネージメントの役割を担っている。こころのケアチーム

は精神科医療チームと保健師チームとの連携が重要になる。

ボランティアは被災者のストレスの強度とは無関係に、被災者を対象とした支援活動で

ある。時には子ども、時にはお年よりを対象とする。被災者すべてを対象としているとい

う意味では保健師と変わらないが、役割が異なっているので図には含めない。

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参考資料

第4章

№10 <参考>

西尾メリー 「NOVA の働きと役割」こころの科学、65,78-86、日本評論社、

1996.

アメリカの被害者支援機構(NOVA:The National Organization for Victim

Assistance)は災害ボランティアの健康状態を維持するために実行すべきこととし

て「EARNEST」という概念を紹介している。

E Exercise 運動

A Aerobically 血行よくする

R Recreate リクレーション

N Nutrition 栄養

E Educate 自ら学び、他人からも学ぶ

S Sleep 睡眠(眠っている間に心理的、肉体的に癒される)

T Talk 語ること(人々と語り合い、相手からのフィードバックを得る)

№11 <参考思料>

1.日本赤十字社「救護体験記」-85.8.12 日航機墜落事故現場から-.1986.

日赤救護班員の墜落現場での遺体収容を中心とした救護体験が記されている。精神的

にどのような状態となり、影響を受けたかを知るうえで参考になる。

<一部抜粋>

「すでに館内で嗅覚は麻痺してしまったが、救護服や髪の毛や指先に異臭が付いてい

るようで、早く風呂に入り,今日あったことすべてを洗い落としたかった。」

「あまるのは食料だけで食欲のない人がほとんどであった。・・・遺体のすぐそばで

平然と弁当を食べておられる医師会の先生も稀にはみられたが、おそらく戦場の経験

のある方でしょう。」

「一ヵ月たった今も文章にすることはむずかしい。あの時以来、心のある部分で、ま

だ何かにつけ想い出している。・・・最近は、通勤電車に乗っても人物全体を見るこ

とが出来るようになったが、当初一週間くらいは吊革を掴んでいる手、新聞を手にし

ている腕、あるいは下腿部、胸、腹部あたりと前の座席の人物を部分的にしか見るこ

とができなかった。二日間の救護後、同行した仲間と別れた後、院内のシャワーを浴

びながらとてもこわかった。」

2.長塚 訓「墜落遺体」御巣鷹山の日航機 123 便. 講談社. 1998.

著者が群馬県警在職時に墜落事故があり、身元確認班長として指揮をとる。退官後に

当時の現場での体験を発表したもの。警察官や検案に当たる医師、汗みどろの看護師、

ボランティアなど、当時の救護者の様子をリアルに描いている。

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参考資料

(一部抜粋)

「事故発生以来、四日間というものほとんど寝ていない。整然と並んでいる棺と棺の

5,60センチの間隔の通路を、まっすぐ歩けなくなってきていた。蛇行して歩く

ようになったので、時々棺の縁に膝がしらをぶっつけて、痣をつくった。」

「泣きたい時に泣くことは、強烈なストレス解消になる。期間中体育館に通いつめた

歯科医師の N は、毎朝出勤前にトイレに入り『ウウッ…』と30秒くらい思いき

り泣いた、と当時の心情を明かした。」

「疲れによる自分の行動の変化を最初に意識したのは、車の運転である。いつ通って

いる道なのに、気がついたら車は反対方向へ走っている。・・・赤信号で交差点に

入り、気がついて急停車したが、次にどうしたらよいか判断がつかなくなって交差

点内に立ち往生してしまった。」

№12 <参考資料>

神戸市消防局「雪」編集部・川井竜介編 「阪神大震災 消防隊員死闘の記」

労働旬報社 1995.

消防隊員の体験記録集。

(一部抜粋)

「『私が殺した』と母親が号泣。『くそー、くそー』と父親が叫ぶ。私にも子どもがい

る。どうしてもだぶらせて考えてしまう。目頭が熱くなる。このような悲しい場面

の連続で『夢ではないか、夢であってほしい』と願う。…この現実離れした事実を

受け入れるにはあまりにも短い時間だった。私の中には長くつらい時間が残るだろ

う。」

「今までどのような災害に出会っても、仲間とともに救出、救助、消火活動をし、こ

の仕事に誇りを持っていた。が、今回は違った。助けを求めてきている人々に応え

ることのできない自分の力のなさを嘆き、自然の恐ろしさに驚異を感じた。」

「9日ぶりで家の敷居をまたいだとき、体中に安堵感が沸き、わが家と家族がぶじで

あったことを神に感謝した。ところが布団にもぐり込んでみるも、身も心も休んで

くれなかった。瞼の裏側に震災の惨状が映像となって現れるし、寝返りをうてばあ

らゆる関節が音をたてて睡眠を阻止したからだ。頭も体も自分のコントロールでき

る状態ではなかったのだ。映像が繰り返し繰り返し映し出され、思考力はまったく

無力となっていた。」

№13 <参考>

ストレス症状の自己診断「災害時のこころのケア」日本赤十字社、p30、2003.

援助者のストレスチェック表を参照

89

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参考資料

№14 <参考資料>

怒りの感情への対処

( 藤森和美・藤森立男「心のケアと災害心理学」芸文社.1995. から修正し引用)

① 相手の怒りに対し、自分個人が責められていると受け取らない

(持って行き場のない感情が向けられていることが多い)

② 暴力的な怒りからは身を守る(身体の安全を優先する)

③ 一人で相手を訪問することは避ける(二人一組で)

④ 一呼吸おいて自分の動揺をしずめる(自分の緊張状態を自覚する)

⑤ 相手の怒鳴り声に負けまいと大声を出さない(普通の声のトーンで話す練習)

⑥ 相手に対しいいわけをしない(いいわけは新たな火種になる)

⑦ 根本的に何が不満なのか注目する

⑧ 話しを聞いて受け取ったこと、理解したことを言葉で伝える

⑨ 謝ってその場を乗り切ろうとしない(理解を欠いた謝罪は相手を傷つける)

⑩ 自分が動揺してしまうことが予想されたら相手をする役目を引き受けない

№15 <参考文献>

デビッド・ロモ(水澤都加佐監訳)「災害と心のケア」

アスク・ヒューマン・ケア 1995.

90

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日本赤十字社のこころのケア

日本赤十字社(日赤)は、阪神・淡路大震災での教訓をもとに、国際赤十字・赤新月

社連盟のこころのケアを取り入れ、全国に 92 ある赤十字病院の看護師を中心に、災害

時に備えてこころのケア指導者を養成してきました。

東日本大震災では色々な“こころのケアチーム”が活動しましたが、名称が同じでも

その構成要員や活動内容に大きな違いがあり、混乱も生じました。

国連が提唱している IASC(Inter Agency Standing Committee:人道機関間常任

委員会)のガイドラインでは、非常事態時の“こころのケア”を表現するために“メン

タルヘルス(精神科医療)と心理社会的支援”と並記しています。

日赤のこころのケアは、この心理社会的支援にあたり、個々の被災者に提供する心理

的支援と、避難所や地域に基づいた社会的支援を目指しています。また、心理的支援は

支持、傾聴、共感、具体的な支援の4つの要素からなる“こころの救急法”がその基本

となっています。

日赤のこころのケアは、特別に訓練を受けたこころのケア要員が避難所や地域を巡回

しながら、被災者の方々に接する中で、健康や身近な悩みなどをお聞きして、そのお力

になれるように支援するとともに、ストレスやその対処法などについてお話し、安心・

安全感を築きます。また、こうした活動の中で専門家の介入が必要と判断された場合に

は、責任をもって精神科の医師につなぎます。

同じ避難所などで、精神科医のこころのケアチームと日赤のこころのケアチームの活

動が重なることがありますが、それは上に述べましたように、けっして競合するもので

はなく、お互いに協力しあい、補完しあうことによって被災者の方々に安心と安全を提

供することができるのです。

91 Copyright Japanese Red Cross Society, 2012

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広義のこころのケア

精神保健と心理社会的支援との関係

心理的支援と社会的支援

こころの救急法

社会的支援

地域社会

家族

心理的支援

IASC指針の多重層的支援

専門的支援

限局的非専門的支援

基本的支援と安全保障

地域社会・家族支援

精神保健

心理的支援

(こころの救急法)

社会的支援

一般的支援

日赤のこころの

ケアチー�

専門家のこころのケアチーム

92 Copyright Japanese Red Cross Society, 2012