まえがき...目次 Ⅰ基礎知識編 第一章 相談に役立つ基礎知識 6...

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2

 あらゆる疾病対策の基本は、その病気と対策について、一人でも

多くの一般国民に、少しでも早く正しく知っていただき、必要な対策

を行っていただくことにある。そのために、本やパンフレットが刊行

され、色々な催しが開催され、テレビやラジオを通じての働きかけも

行われている。エイズとその対策も例外ではない。しかし、一人ひと

りの人がある病気に対して感じ、あるいは持つ悩みや疑問は、本や

パンフレット、講演会、ラジオやテレビの番組を見ただけでは解決

されない。ことに、エイズのように差別や偏見が残念ながらまだ

かなり存在する病気の場合には、両親や友人、あるいは学校の教師

にも手軽に聞くことは難しい。そこで重要な役割を果たすのが保健

所や企業や学校の保健室で受ける相談、そして当財団を含めて全国

各地で行われている電話での相談である。

 HIVに感染してしまった方、あるいはエイズを発症した方の場合

は、問題はもっと深刻になる。詳しい検査をどこで受ければよいの

か、家族への告知をどうすればよいか、エイズを発症していても、

適切な治療を受ければ、ほぼ通常の社会生活を送れるといっても、

そのためにはどこで治療するのか、その費用はどうすればよいのかな

ど多くの難問を抱え、これに対応するためには、医師や看護師だけ

でなく、多くの職種の方がチームを作って対応せねばならない。相談

内容も多岐にわたることになる。

 このように、あらゆる場面でHIV 感染やエイズについて相談を

受ける方々のために用意したのが、今回刊行した「エイズ相談マニュ

アル」である。2003 年に、当財団は「エイズ相談マニュアル事例集」

まえがき

3

を刊行したが、このマニュアルでは全国でエイズに関する相談を担

当している方への手引書として使われることを意図したものであっ

た。それ以来 6 年が経過し、エイズの様相も変わりつつあり、治療の

進歩も著しい。前回のマニュアルでは、エイズとその対策の動きの早

さを考慮して、差し替えが可能なリーフレット方式としたが、実際に

購入していただいた方の総てを把握して、新しい知見が出るたびに、

その部分だけを差し替えることはできないことが判明したので、今回

はまとまった一冊の本にして出版し、適切な時期に改訂版を出す形を

とることとした。

 今回のマニュアルでは、全体を「基礎知識」、「相談のヒント」、

「情報」の3 編に分け、それぞれ専門の方に執筆をお願いした。

特に「第 3 編 情報」には、特別な相談対象と対応する場合留意せねば

ならないポイント、さらに最近の話題まで掲載した。

 実際に相談を受けていると、かなり熟練した方でも、自分の知ら

ないことについて相談されることも希ではないと思われる。その場合、

ちょっと待っていただいて、本書の目次から該当する項目を見つけ

出して、専門家の見解はこうですという形で答えていただくのに

ご活用いただければ幸いである。

 本書が相談を担当される方々に活用され、わが国のエイズ対策が

一歩でも、二歩でも進むことを祈念している。

財団法人 エイズ予防財団

会長 島尾忠男

目次

Ⅰ 基礎知識編第一章 相談に役立つ基礎知識 61.HIV/AIDSの疫学、治療の実際 62.HIV 検査について 203.性感染症について 284.活用できる福祉制度 35

第二章 利用者の心理とその対応 401.HIV 検査利用者の心理状況とその対応のポイント 402.HIV 陽性者の心理状況とその対応のポイント 463.精神症状の理解とその対応~電話相談の困難事例を中心に 56

Ⅱ 相談のヒント編第一章 相談とは何か 621.相談の基本姿勢 622.電話相談の特徴と課題 653.相談という援助の限界:  スーパービジョン、紹介(リファー)、ネットワークという対処の方法 71

第二章 援助・相談体制をめざして 751.チーム医療 752.地域で活動するということ:ネットワークづくり 793.各職種別の相談への姿勢 ~その役割や課題 83

●看護の立場から── 83 ●保健行政の立場から── 85 ●カウンセラーの立場から── 88 ●ソーシャルワーカーの立場から── 90 ●NPOの立場から── 92

Ⅲ 情報編第一章 トピックス 97<相談の対象層:それぞれの課題と相談で留意するポイント>

第二章 Q&A 128

●血友病── 97 ●ゲイ男性── 99 ●女性── 103●セックスワーカー── 105 ●外国人── 107 ●中高年── 109 ●高齢者── 112

●職場とエイズ── 114 ●薬物使用とHIV ── 116 ●HIV 検査相談── 120 ●世界のエイズ問題と日本── 124

<エイズの最近のテーマ>

2まえがき

4

157 158 159

附録 情報一覧執筆者一覧あとがき

基礎知識編

第1章 相談に役立つ基礎知識

1.HIV・エイズの疫学、治療の実際

2.検査について

3.性感染症について

4.活用できる福祉制度

第2章 利用者の心理とその対応

1.HIV 検査利用者の心理状況とその対応のポイント

2.HIV 陽性者の心理状況とその対応のポイント

3.精神症状の理解とその対応 ~電話相談の困難事例を中心に~

5

6

第1章

1HIV/AIDSの疫学治療の実際

相談に役立つ基礎知識

●● HIV/AIDS とは ●●

1)HIV/AIDSを理解するための基本用語

❶ HIV(エッチ・アイ・ヴイ)

 Human Immunodeficiency Virus(ヒト免疫不全ウイルス)の略称でウイルスの名前です。

細菌は自らの力で分裂することによって増殖しますが、ウイルスは細菌よりさらに小さく、ほ

かの生き物の細胞に感染することによってしか生きることができません。ウイルスは細胞に感

染した後、その構成成分は一旦バラバラになり、大量に新たなウイルスを複製することによっ

て増殖します。ウイルスが感染した細胞は、多くの場合その機能が破壊されて死に至りますが、

HIVの場合は「CD4 陽性リンパ球」という免疫機能の中枢的な細胞に感染することにより、数

年〜十数年の経過で免疫機能を破壊します。

❷ AIDS(エイズ)

 Acquired Immunodeficiency Syndrome(後天性免疫不全症候群)の略称で病気の名前です。

HIV 感染によって免疫力が低下し、厚生労働省の指定する23の合併症(日和見感染症)のいずれ

かを発症した状態を指します。したがって、HIVに感染してもただちにエイズを発症するわけで

はありませんし、免疫機能が低下しても日和見感染症を発症しない限りエイズではありません。

7

第一章

 相談に役立つ基礎知識

HIV/AIDSの疫学、治療の実際

1

❸ 免疫系とCD4 陽性リンパ球

 免疫系とは「自己」と「非自己」を区別するシステムのことですが、一般的には病原体(病気

の原因となる微生物)が体の中に入り込んだとき、その病原体の増殖を抑制し排除するシステ

ムを指します。

 病原体に対する特異的免疫系は、きわめて巧妙なネットワークによりつくられており、その

主役はリンパ球(B 細胞・T 細胞)とマクロファージです。マクロファージは侵入してきた病

原体や異物を消化し、ヘルパー T 細胞(CD4 陽性 T 細胞)にその情報を伝える「抗原提示」と

いう役目を果たしています。抗原提示されたCD4 陽性 T 細胞は、さまざまなサイトカインを

放出して、免疫系を調節する役割を果たしており、免疫系をコントロールしています。

図 1 白血球の分類とCD4 陽性 T 細胞の位置   

リンパ球

T細胞

B細胞

CD4陽性T細胞(700~1500)

CD8陽性T細胞

好中球

好酸球

好塩基球

単球

通常の検査データでは、リンパ球数は白血球に対する割合(%)で表示され、CD4陽性T細胞数(単に「CD4」と表わすことが多い)はリンパ球に対する割合(%)で表示される。したがって、CD4数=白血球数×リンパ球(%)×CD4(%)で計算され、「CD4:250」というように表記される。

白血球

❹ 日和見感染症

 免疫機能が低下したときに発症する感染症で、その多くは免疫系が正常に機能していれば、

人体に害を与えない病原体によって起こります。感染症の中には、白血球や液性免疫がその防

御に大きな役割を果たしているものが多いのですが、細胞内に入り込んで増殖するタイプの感

染症では、白血球や免疫グロブリンが病原体に接触することができず、細胞性免疫がその防御

に大きな役割を果たします。

 HIV 感染症においては、通常血液1μℓ(mm3)中に700 〜 1500 個程度あるCD4が、おおむ

ね200 以下になると、日和見感染症を発症しやすくなります。CD4が減少するにしたがい、

細胞性免疫の方がより強く障害されるので、HIV 感染に合併する日和見感染症の多くは細胞

内寄生性感染症です。このため、通常の細菌性肺炎に罹患することなく、突然ニューモシス

ティス肺炎(カリニ肺炎)を発症して、HIV 感染が判明するといった症例を経験することにな

ります。  

 

8

表 1 厚生労働省の指定する23のAIDS 指標疾患

A.

B.

C.

D.

E.

F.

真菌感染症

原虫感染症

細菌感染症

ウイルス感染症

悪性腫瘍

その他

1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.

カンジダ症クリプトコッカス症コクシジオイデス症ヒストプラズマ症ニューモシスティス肺炎トキソプラズマ症クリプトスポリジウム症イソスポラ症化膿性細菌感染症サルモネラ菌血症活動性結核非結核性抗酸菌症(MAC)全身播種した場合など反復性肺炎サイトメガロウイルス(CMV)感染症単純ヘルペス感染症進行性多巣性白質脳症カポジ肉腫原発性脳リンパ腫非ホジキンリンパ腫浸潤性子宮頸癌リンパ性間質性肺炎HIV脳症HIV消耗性症候群

(食道・気管支・肺など)(肺以外)(全身播種した場合など)(全身播種した場合など)(カリニ肺炎)(生後1か月以降)(1か月以上持続する下痢)(1か月以上持続する下痢)(13歳未満で再発するもの)(再発を繰り返すもの)

(粘膜・皮膚潰瘍が持続)(PML)

❺ レトロウイルス

 ウイルスの基本構造は単純で、遺伝子をたんぱく質の殻で包んだだけのものです。遺伝子に

はDNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)の2 種類があり、すべてのウイルスは、遺

伝子としてDNAまたはRNAの一方のみを持っています。ふつうの細胞では、まずDNAの持

つ遺伝情報がRNAに「転写」されるのに対し、遺伝子としてRNAを持つHIVは「逆転写酵素」

を持ち、遺伝情報がRNAからDNAに「逆転写」されるところからウイルスの複製が始まるの

で、RNA ウイルスのことは「レトロ(逆の)ウイルス」と呼ばれます。そのため、HIV 感染症

に対する抗ウイルス治療のことを、抗レトロウイルス療法:anti-retroviral therapy=ARTと

言います。

❻ ウイルス量(HIV-RNA)

 HIVに感染すると、血液中にウイルスが検出されるようになりますが、ウイルス量が多いほ

ど免疫力が早く低下することが予測されます。血中のウイルス量は、Viral load(VL)とも言い、

抗 HIV 治療の効果を判定する重要な指標です。血液 1ml 中に存在するHIV-RNAの数を、PCR

という特殊な方法で増幅させて測定するもので、単位はcopies/ml、35000は「3.5 × 104」と表記

します。

 ただし、HIVはリンパ節などの中でも増殖しており、血中ウイルス量が体内全体のウイルス

量を表すわけではありません。また、PCRを用いた測定法は、ウイルスのRNAを増幅させて

定量するために誤差も大きく、一桁(10 倍あるいは10 分の1)の変化でないと有意な変化とは

言えません。治療が成功すると「検出限界以下」という結果となりますが、現在の測定限界は

40copies/mlであり、血中にウイルスがいないことを示すわけではありません。

9

第一章

 相談に役立つ基礎知識

HIV/AIDSの疫学、治療の実際

1

2)HIV 感染症の臨床経過

 図 2に示すのは、治療しなかった場合の臨床経過です。エイズ発症前に抗ウイルス治療を

行った場合には、無症状な期間が大幅に延長されます。また、エイズ発症後に抗ウイルス治療

を開始しても、多くの場合、免疫機能の回復は可能です。感染してから免疫機能低下が明らか

になるまでの間は、以前は「潜伏期」と考えられ、HIVはリンパ節などの中で「潜伏」してい

ると考えられていました。最近では、この「潜伏期」に見える期間にも、HIVはきわめて活発

に複製を繰り返して、1 日に100 億個産生され、6 〜 8 時間生存し、感染を受けたCD4 細胞は

2 〜 3 日で死滅すると考えられています。HIV 感染後の通常の経過としては、

①感染急性期:HIVに感染して3 〜 6 週間、HIVに対する抗体が産生される過程で、発熱・

リンパ節腫脹・肝酵素上昇・皮疹などの症状が現れることが多くあります。

② CD4 < 500:軽度の免疫機能低下:帯状疱疹・結核などの疾患にかかりやすくなります。

これらは、HIVに感染していない人でも、加齢や術後などの免疫力低下状態で発症しやすい

疾患です。

③ CD4 < 200:免疫不全状態:ニューモシスティス肺炎(カリニ肺炎)・食道カンジダと

いった、HIV 感染症に特徴的な日和見感染症にかかりやすくなります。かつては、感染者の半

数以上がニューモシスティス肺炎を発症しました。

④ CD4 < 100:進行した免疫不全状態:サイトメガロウイルス(CMV)による網膜炎・非

結核性抗酸菌(MAC)感染症・進行性多巣性白質脳症(PML)など、HIV 感染症にしか見ら

れない日和見感染症が出現します。

図 2 HIV 感染症の臨床経過(治療しなかった場合)

数年~十数年は無症状

感染

CD4細胞数

CD4

1000

500

200

0

抗ウイルス治療によりCD4は回復する

結核・帯状疱疹・カンジダ症などが起こりやすくなる

ニューモシスティス肺炎などHIVに特徴的な疾患が起こりやすくなる

サイトメガロ感染症・非結核性抗酸菌症・PMLなどHIV以外では見られない疾患が起こりやすくなる

10

●● HIV の感染経路 ●●

 HIVに感染している人の体の中で、HIVが存在するのは血液・精液・腟分泌物・母乳に限ら

れ、唾液・汗・尿・便などにHIVが含まれることはありません。一方、HIVを含む体液が体

に侵入する経路は主に粘膜であり、皮膚からHIVが侵入することはありません。

1)性行為での感染

 表 2はコンドームを使用しない性行為を想定したものです。ほかの性感染症による潰瘍など

の傷があると、感染の可能性は高くなります。腟性交ではペニス→腟、腟→ペニスいずれの

方向にも感染の可能性がありますが、精液の方が腟分泌物よりも多くのウイルスを含むため、

ペニス→腟の方が感染する可能性は高くなります。肛門性交ではペニス側がHIV 陽性の場合、

精液が長時間直腸内に留まるため、感染の可能性が高くなります。一方肛門側がHIV 陽性の

場合、直腸粘膜の損傷による出血により、やはり感染の可能性は高くなります。

 抗ウイルス治療によって血中のウイルス量が減少しても、精液中のウイルス量が低下すると

は限らず、感染の可能性が低くなるかどうか、十分なデータはありません。

表 2 さまざまな行為におけるHIV 感染の可能性

男性性器

女性性器

肛門・直腸

性用具の共用(ディルドなど)

注射針・注射器の共用

口(キス)

男性性器(フェラチオ)

女性性器(クンニリングス)

肛門(リミング)

口(フェラチオ)

女性性器(腟性交)

肛門(アナルセックス)

口(クンニリングス)

男性性器(腟性交)

口(リミング)

男性性器(アナルセックス)

× 唾液にHIVは含まれず感染しない。

○ HIVを含む精液-口腔粘膜

◎ HIVを含む精液-腟粘膜

◎ HIVを含む精液-肛門・直腸粘膜

○ HIVを含む腟分泌物-口腔粘膜

◎ HIVを含む腟分泌物-ペニスの先・尿道

○ 肛門から出血した血液-口腔粘膜

◎ 直腸肛門からの出血-ペニスの先・尿道

○ 感染の可能性あり

◎ 注射針に残っている血液が血管内に入り  感染の可能性が高い。

陽性の人 感染する可能性のある人 感染の可能性

可能性が高い◎ 可能性あり○ 可能性なし×

11

第一章

 相談に役立つ基礎知識

HIV/AIDSの疫学、治療の実際

1

2) 血液を介した感染

 かつて、非加熱血液製剤により多くの血友病患者がHIVに感染しましたが、現在の日本で

は、輸血による感染はほぼ根絶されました。注射を自ら行う人々(IDU)の間での注射器共用

によるHIV 感染は、世界での主要な感染経路のひとつとなっており、多くの国々で使い捨て

注射器の交換プログラムが実施されています。

表 3 血液を介したHIV 感染経路

輸血

注射器の共用

医療での針刺し事故

HIVが混入した血液を輸血すれば、90%以上の確率で感染が成立。1999年以降NAT(核酸増幅検査)によるスクリーニングの強化により、日本の輸血製剤はきわめて安全になったが、2004年に輸血によるHIV感染が起こっている。

麻薬・覚醒剤などの静脈内薬物使用において、感染者と注射器を共用することにより、30%以上の確率で感染が成立する。

針刺し事故での感染率は0.3%とされているが、事故後の予防内服により、感染率を大幅に低減することができることが証明されている。

3)母子感染

 母親がHIVに感染している場合、妊娠出産の過程で子どもにHIVが感染する確率は25 〜

30%とされてきましたが、妊娠中の抗ウイルス剤の内服・37 週で帝王切開・手術中の抗ウイ

ルス剤の点滴・新生児に抗ウイルス剤を投与・哺乳の禁止、といった対策により、母子感染を

ほとんどゼロとすることができるようになりました。しかし、世界の多くの国々では、母子感

染が主要な感染経路のひとつであることに変わりはありません。

表 4 母から児へのHIV 感染様式と感染予防対策

胎盤を通じた感染

出産時の感染

母乳感染

妊娠中にも経胎盤的に感染する可能性があるが、妊娠初期から抗ウイルス剤を内服して、血中ウイルス量を減らすことにより予防できる。

母子感染における主要経路と考えられているが、以下の予防策が有効。● 37週前後で選択的帝王切開● 分娩中に抗ウイルス剤を点滴● 新生児に抗ウイルス剤を投与

哺乳の禁止で予防できる。

12

●● HIV 感染症の治療 ●●

1)HIV 感染症の治療

● 抗 HIV 治療:抗 HIV 薬を内服することにより、ウイルスの増殖を抑える治療です。治療

により免疫機能の維持、一度低下した免疫機能の改善が期待できます。

● 日和見感染症の治療:日和見感染症が発症すれば、抗生剤などによる治療が必要となりま

す。CD4 < 200になれば、起こってくる日和見感染症は予測できるので、予防と早期発見

が重要です。

2)抗 HIV 治療開始の時期

 表 5は、は、「HIV 感染症『治療の手引き』〈第 12 版〉」で推奨されている抗 HIV 治療の開

始基準です。

表 5 最新の抗 HIV 療法の治療開始基準

臨床症状・CD4数 推  奨

• AIDS発症• CD4<200• CD4:200~350• HIV陽性妊婦• HIV腎症の患者• HBV感染の治療を必要とするHIV・HBV重複感染患者

• CD4>350で上記以外の場合 結論が出ていない

抗HIV療法開始を推奨(AIDS発症およびCD4<200では、CD4:200~350の患者に対してよりも推奨度が強い)

図 3 治療開始時期の考え方

感染

治療した場合

無治療の場合

CD4は十分上昇し予後はあまり変わらない。

CD4 は十分上昇しないこともある。

日和見感染症を発症する危険がある。

CD41000

500

200

13

第一章

 相談に役立つ基礎知識

HIV/AIDSの疫学、治療の実際

1

 CD4が高いうちに治療を始めれば、ウイルスの増殖を早期に抑制して免疫機能を保持でき、

無症候の期間を延長できるという利点がありますが、抗ウイルス剤の内服期間が長くなれば副

作用が蓄積したり、将来抗ウイルス剤の選択肢の範囲が狭くなるという欠点があります。一

方、早期から治療を始めても、ウイルスを体内から駆逐することは困難であること、CD4があ

る程度(200 〜 350まで)低下してから治療を開始しても、免疫機能の改善が得られることが

明らかになってきました。しかし、CD4が200 以下になるまで治療開始を延期すると、免疫機

能の十分な改善が得られなかったり、日和見感染症を発症する可能性があるため、CD4が200

〜 350の範囲で治療を開始するのが適切であると考えられるようになっています。

 どの時点で治療を開始するにしても、治療効果は服薬のアドヒアランス(確実に内服を続け

ること)に大きく左右されるので、医療者と個々の患者との間で、治療のメリット・デメリッ

トを十分に検討した上で、治療の開始が決定されるべきです。

3)抗 HIV 薬の開発状況

 1987 年にAZTが開発され、続いて多くの抗 HIV 剤が開発されてきましたが、1996 年にプ

ロテアーゼ阻害剤が開発されて以降、作用が強力で副作用が少なく、1 日の服用回数が少ない

薬剤が次々に開発されてきています。  

表 6 最新の抗ウイルス剤(太字は最近よく使われるもの)

ジドブジン/AZT

ジダノシン/ddI

ザルシタビン/ddC

ラミブジン/3TC

サニルブジン/d4T

アバカビル/ABC

テノホビル/TDF

エムトリシタビン/FTC

AZT/3TC合剤

ABC/3TC合剤

TDF/FTC合剤

ネビラピン/NVP

エファビレンツ/EFV

デラビルジン/DLV

エトラビリン/ETV

レトロビル

ヴァイデックス

ハイビッド

エピビル

ゼリット

ザイアジェン

ビリアード

エムトリバ

コンビビル

エプジコム

ツルバダ

ビラミューン

ストックリン

レスクリプター

インテレンス

1987.9

1992.6

1996.4

1997.2

1997.7

1999.9

2004.4

2005.3

1999.6

2005.1

2005.3

1998.11

1999.9

2000.2

2009.1

一般名/略号

核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTI)

非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI)

商品名 承認年月

インジナビル/IDV

サキナビル/SQV

リトナビル/RTV

ネルフィナビル/NFV

ロピナビル/LPV/r合剤

アタザナビル/ATV

ホスアンプレナビル/FPV

ダルナビル/DRV

ラルテグラビル/RAL

クリキシバン

フォートベイス

ノービア

ビラセプト

カレトラ

レイアタッツ

レクシヴァ

プリジスタ

アイセントレス

1997.3

1997.9

1997.11

1998.3

2000.12

2003.12

2005.1

2007.12

2008.6

一般名/略号

プロテアーゼ阻害剤(PI)

インテグラーゼ阻害剤

マラビロク/MVC シーエルセントリ 2009.1

侵入阻止剤(CCR5阻害剤)

商品名 承認年月

14

4)抗ウイルス治療:HAART

(Highly Active Antiretroviral Therapy:単に ART ということが多い)

 抗 HIV 治療の原則は、強力な抗ウイルス剤によって、血中のウイルス量を測定限界以下(現

在は1μℓあたり40 個以下)に抑制することです。そのためには、抗 HIV 剤 3 剤以上の併用治

療が必要であり、このような抗 HIV 治療をARTと呼びます。これによって、ウイルスの複製

はほとんど行われなくなり、CD4 細胞数の増加を期待できます。薬剤が不適切な場合や規則

正しい服用ができなかった場合は、薬剤耐性のウイルスが生じて抗 HIV 治療の効果が失われ

ます。近年、1 日 1 回内服の組み合せの処方が増加してきています。

5)現在の抗ウイルス治療の問題点

● 治癒困難: HIV の一部がメモリー T リンパ球と呼ばれる非常に寿命の長い細胞に潜伏感染

しているため、ARTによりHIVの複製を完全に抑制できたとしても、この感染細胞が消滅

するまで治療を続けなければHIVを体内から駆逐できず、そのためには70 年以上の治療が

必要と推定されています。

● 薬剤耐性ウイルス:内服率が95% 以下になると容易に耐性ウイルスが出現しますが、確実

に内服しても耐性ウイルスは出現し得ます。この場合、薬剤の変更が必要とりますが、現

在使用可能な抗ウイルス剤の種類には限界があります。最近では、治療前にすでに薬剤耐

性ウイルスが検出される例も報告されています。

● 副作用:たとえば、AZTには貧血・血小板減少などの骨髄抑制、EFVには悪夢・ふらつき

などの中枢神経作用、プロテアーゼ阻害剤には中性脂肪増加などの脂質代謝障害といった

副作用があります。内服期間が長くなれば、特に代謝系の副作用が蓄積される可能性があ

り、心血管系合併症の増加が懸念されています。また、EFVは催奇形性があり、妊娠する

可能性のある女性に対しては禁忌とされています。

● 相互作用:抗ウイルス剤の中には、ほかの薬剤と相互作用のあるものが多く、併用には

注意を要します。

● 免疫再構築症候群:ARTによる免疫再構築の過程で、軽快していた日和見感染症が増悪し

たり、新たな日和見感染症が顕在化してくる病態を指します。免疫機能の急速な改善によっ

て、体内に潜伏していた病原体に対する過剰な免疫反応が起こるためであると考えられて

います。

● 高価:月 20 万円近くかかります。日本では医療費の助成が行われていて、自己負担は一定

以下となっています。この価格の薬を必要なだけ入手できる国は少なく、パテントを無視

した自国生産も行われています。

15

第一章

 相談に役立つ基礎知識

HIV/AIDSの疫学、治療の実際

1

●● HIV/AIDS の広がり ●●

1)HIV/AIDSの始まり

 1981 年 5 月、米国 CDC(疫病管理予防センター)発行のMMWR(疾病・死亡週報)に、「ロ

サンジェルス在住の男性同性愛者 5 名にカリニ肺炎が発生した」との報告が掲載され、これが最

初のエイズ患者の報告となりました。カリニ肺炎(現在のニューモシスチス肺炎)は、特殊な免

疫不全状態でしか発症しない肺炎です。同年 7 月には、同じく男性同性愛者 26 名に、カポジ肉

腫が発症したと報じられました。カポジ肉腫も免疫不全状態において発症する疾患であり、当

初、これらの免疫不全は男性同性間の性行為に関連したものと考えられました。ところが、1982

年 7 月には血液製剤を使用している血友病症例、10 月には女性症例、12 月には輸血を受けた幼

児症例と母子感染によると思われる幼児症例などが次々と報告されるようになり、B 型肝炎と同

様に、性行為や輸血によって感染する感染症であることが明らかになりました。そして、この病

態は後天性免疫不全症候群(AIDS:acquired immunodeficiency syndrome)と命名されます。

 1983 年 5 月、パスツール研究所(フランス)のリュック・モンタニエ博士のグループが、

この疾患の原因となるウイルスを発見し、その後、ヒト免疫不全ウイルス(HIV:human

immunodeficiency virus)と名づけられました。

 1984 年以降、米国では感染者の爆発的な増加が起こり、世界各国から同様の免疫不全症例

の報告が相次ぎます。1987 年、米国ではじめての抗ウイルス剤(AZT)が認可、その後次々

と抗ウイルス剤が開発されるようになります。1995 年プロテアーゼ阻害剤の登場により本格

的な抗ウイルス治療の幕が開け、1996 年、米国では流行開始以来初めて死亡者数の減少を記

録しましたが、一方で、世界的な流行状況が明らかになります。

2)世界のHIV 流行状況

北アメリカ130万

カリブ湾諸国23万

ラテンアメリカ160万

西ヨーロッパ76万

東アジア・太平洋地域80万

東ヨーロッパ・中央アジア160万南アジア・東南アジア400万

北アフリカ・中東46万

サハラ以南のアフリカ2250万

オーストラリアニュージーランド7.5万

HIV/AIDSと共に生きている人々

3320万人

1年間に新たにHIVに感染した人々の数

250万人

1年間にAIDSで死亡した人々

210万人

表 7 世界のHIV/AIDS 流行状況のまとめ    (2007 年 12 月)

図 4 世界の各地域におけるHIV/AIDSの状況    (2007 年 12 月)

16

 2007 年末に全世界でHIVとともに生きる人々は約 3320 万人、2007 年に新たにHIVに感染

した人は250 万人で、この1 年間にエイズで死亡した人は210 万人と推定されています。HIV

とともに生きる人々の半数は女性で、その割合は世界的に増加傾向にあり、特にサハラ以南の

アフリカでは約 60%が女性です。

● アフリカ:2007 年末に、サハラ以南のアフリカには2250 万人の感染者がいると推定されて

おり、全世界の感染者の約 3 分の2、全世界のエイズでの死亡者の約 4 分の3 がこの地域に

集中しています。アフリカ南部で成人のHIV 感染率が低下したのはジンバブエのみであり、

スワジランドのようにHIVとともに生きる人の割合が、全国民の3 分の1に達する国もあ

ります。

● アジア:東南アジアでの感染率が高く、無防備な商業的セックスによる感染、注射器によ

る薬物使用者(IDU)や、男性とセックスする男性(MSM)間での感染、すべてが増加傾

向にあります。タイでは長年にわたるセーファーセックスキャンペーンの効果で、年間の

新規感染者数は減少を続けていますが、IDUやMSMの間での感染が広がっており、予断

を許さない状況にあります。中国では2005 年末で65 万人の感染者がいると推定されてお

り、一般国民の間で拡大傾向にあります。IDUの間での感染も多く、すでに1999 年から注

射針・シリンジの交換プロジェクトが始まっており、その成果が次第に現れつつあります。

● ラテンアメリカ:この地域の流行は安定しており、特にブラジルでは予防とともに、すべ

ての感染者に無料で治療を提供することに力点をおいた政策により、HIVの流行を食い

とめることに成功しました。

● 北アメリカ:米国・カナダにおいて、先住民・移民などのマイノリティーの間で、全人口

の中での感染率に比べて不釣合いに高い感染率を示しており、西ヨーロッパでも同様の傾

向が見られます。この地域では、これまでと同様に男性間のセックスが主要な感染経路と

なっています。

● 東ヨーロッパ・中央アジア:この地域でのHIVの流行は歴史が浅いですが拡大が続いてい

ます。ロシア・ウクライナなど多くの国で、IDUの間での不衛生な注射器の使用が主要な

感染経路となっています(UNAIDSとWHOは、毎年の年末に世界の流行状況を発表して

おり、国連のHPからダウンロードできる。その日本語訳は「エイズ予防ネット資料室」に

て検索することができる)。

17

第一章

 相談に役立つ基礎知識

HIV/AIDSの疫学、治療の実際

1

3)日本のHIV/AIDS 報告数の推移

1985 1990 1995 2000 2005 2007 年

人1800

1400

1600

1200

1000

800

600

400

200

0

AIDS

HIV

 図に示すように、毎年のHIV/AIDSの報告者数は増加を続け、2004 年には1165 例と初めて

1000 例を超えました。「HIV 感染者数」とは、エイズを発症する前にHIV 感染が判明した人の

数で、「エイズ患者数」とは、エイズを発症して初めてHIV 感染が判明した人の数なので、そ

の合計がその年に新たにHIV 感染が判明した人の数となります。2008 年までにHIV 感染者の

累計は16,877 人(血液製剤による感染者 1438 名を含む)となりましたが、実数はその3 〜 5

倍はいるであろうとの推定もあります。それでも日本のHIV 感染率は0.1%以下であり、世界

的に見れば低流行国に分類されますが、欧米高所得国においては、ほとんどの国で新規感染者

数が減少している中、日本は爆発的ではないにせよ、新たな感染者数が増加し続けている数少

ない国です。

 欧米では抗 HIV 治療の普及により、エイズ患者の減少が見られているのに対し、わが国で

は十分な抗 HIV 薬が使用可能な環境にありながら、エイズ患者数が増加しています。全報告

数のうち約 3 分の1は「エイズ患者」として報告されており、HIV 感染がエイズ未発症の段階

で診断されることなく、エイズ発症をもって診断される症例が多いことを示しています。これ

には地域差があり、東京都・大阪府ではその比率が20%前後となっていますが、そのほかの

地域では40%にのぼる地域もあります。

2.5

2.0

1.5

1.0

0.5

2007

2002

1997

1992

1987

人500

0

400

300

200

100

0北海道・東北

関東甲信越

(東京を除く)

東海・北陸

近畿

(大阪を除く)

中国・四国

九州・沖縄

東京都

大阪府

十万人当たりの陽性者数

46%

39%34%

36% 34% 29%

17%

19%

全国平均 28%

AIDSHIV

図 5 日本のHIV/AIDS   報告数の年次推移    (1985 ~ 2008 年)

累 計HIV 感染者 …… 10539 人AIDS 患者 ………4900 人凝固因子製剤による感染…………1438 人計……………… 16877 人

図 6 HIV 報告者に占める   AIDSの割合の地域差(2007 年)

図 7 日本の献血における   HIV 陽性率の年次変化(1987 年~ 2008 年)

18

     

 図 7に、献血における10 万人あたりのHIV 陽性率を示します。欧米では1995 年前後をピー

クとして、献血におけるHIV 陽性率は低下しており、10 万人あたり1.0 前後で推移しているの

に対し、わが国の2007 年における陽性率は2.065となっています。報告されている感染者数が

少ないにもかかわらず、献血における陽性率が高いという事実は、HIV 感染のリスクのある

人々が、HIV 抗体検査を受ける機会を持つことができておらず、潜在的な感染者が多数存在す

る可能性を示唆するものです。

 最近、クラミジアをはじめとする性感染症が、主に10 代の若者の間で増加傾向にあり、若

い人々の間で性感染症に対して無防備な性行動が行われていることを示しています。かつて

「わが国はコンドーム使用率が高いため、HIV 感染率が低い」と信じられており、実際そういっ

た側面もあったかもしれませんが、1980 年に7.5 億個あったコンドームの国内出荷量は、1999

年には約 5 億個に減少しています。「日本人はコンドームを使用する国民である」と言われる

のは、もはや神話に過ぎず、楽観できない状況にあります。

■■■ 参考 ■■■

HIVのライフサイクルと抗 HIV 薬の作用点

❶ 吸着・融合:HIVの複製は、HIVがCD4 陽性細胞に吸着・融合するところから始まります。

HIVの表面にあるgp120と言う糖たんぱく分子は、細胞の表面に突き出しているCD4と言うた

んぱく質に親和性があり、このCD4は細胞がHIVを受け入れる受容体(レセプター)として機

能します。ヒトの体の中でCD4を持っている細胞は、リンパ球 T 細胞の一部とマクロファー

ジなどに限られるので、HIVがこれらの細胞に好んで感染することになります。さらに1996

年になって、HIVが細胞に侵入していく過程で、重要な役割を果たしている第 2のレセプター

が発見されました。これらは「ケモカインレセプター」と呼ばれるもので、CXCR4・CCR5と

いった分子がその役割を果たしています。

出芽

吸着・融合

脱核

転写

逆転写

組みこみ

CD4 陽性細胞

プロウイルスDNA

HIV

RNA RNADNA

逆転写酵素阻害剤

プロテアーゼ阻害剤インテクラーゼ

阻害剤

ウイルス

蛋白の合成

組みたて

侵入阻止剤逆転写酵素阻害剤・プロテアーゼ阻害剤のほかに、HIVが細胞内に侵入するのを阻止する薬剤(T-20)や、複製過程に必要な酵素の一つであるインテグラーゼを阻害する薬剤などが開発されている。

19

第一章

 相談に役立つ基礎知識

HIV/AIDSの疫学、治療の実際

1

❷ 脱核:HIVが細胞内に侵入した後、ウイルスは殻を脱ぎ捨ててRNA 遺伝子が露出されます。

これを「脱核」と呼び、感染のもっとも重要な第一段階が終了します。

❸ 逆転写:HIVが持っている「逆転写酵素」の働きで、RNAからDNAへとその遺伝情報

が「逆転写」されます。さらに別の酵素の働きで、細胞のもつDNAと同じ構造をもつ2 本鎖

DNAがつくられます。

❹ 組み込み:こうしてできた2 本鎖 DNAは、細胞の核内に入り込み、細胞の持つDNAに組

み込まれます。細胞のDNAに組み込まれたDNAをプロウイルス DNAと言い、細胞が分裂し

て増殖するたびに細胞のDNAとともに転写されて、新しいウイルスが複製されていくことに

なります。

❺ ウイルスたんぱくの合成:複製されたウイルスのDNAは、細胞の持つたんぱく合成機能を

利用して、ウイルスに必要なたんぱく質を合成します。

❻ 組みたて:合成されたたんぱく質は、さらに「プロテアーゼ」と呼ばれるたんぱく分解酵素

によって切断されて、はじめてウイルスの粒子となります。

❼ 発芽:感染した細胞内で複製された多数のウイルスは、血液中へと「発芽」していきます。

この過程で細胞膜は穴だらけになることも、CD4 陽性細胞が死滅するしくみのひとつと考え

られています。

市立堺病院 松浦基夫

20

第1章

2

HIV検査について

 日本のHIV 感染者は年々増加し続けており、近年は年間 1,000 件を越えるHIV 感染者お

よびエイズ患者数が報告されています。HIV 感染者の早期発見とより早い医療へのアクセス

のため、さらには二次感染の防止やHIV 検査の陰性者への予防介入機会の提供など、HIV

検査はHIV 感染症の診断の必須項目であるとともに、予防施策上もますます重要となって

います。

 HIV 検査に関しては、最近の検査技術の進歩により、スクリーニング検査試薬や核酸増幅検

査試薬の精度が向上したことから、より急性期からの診断が可能となり、また、検査体制に関

しては、迅速検査試薬の開発により、検査現場でスクリーニング検査を行い、陰性であればそ

の場で結果を伝えることができる「即日検査」の実施が可能となるなど、検査法も検査体制も

進化しつつあり、HIV 検査相談機関における受検者数も大幅に増加しつつあります。

 ここではHIV 感染の診断のためのHIV 検査を中心に、検査の進め方や検査実施の時期、検

査法の種類、最新の検査法などについて、その特徴や注意点を解説します。

1)HIV 検査の進め方 -スクリーニング検査と確認検査-

 HIV 検査希望者が医療機関や保健所などの検査機関で自発的に検査を希望した場合、HIV

感染が疑われる症状や感染リスクがありHIV 検査を実施した方がよいと思われる場合、妊娠

中で母子保健上 HIV 検査を実施した方がよい場合、また、入院時検査や手術前検査などで

HIV 検査を実施する場合、などに被検査者の同意を得た上で採血を行い、検査を実施します。

 HIV 検査はスクリーニング検査と確認検査の二段階になっており、まず、スクリーニング検

査から行います(図 1)。スクリーニング検査はHIVに感染しているかどうかをふるい分ける

検査であり、感度のよい検査試薬が使用されます。スクリーニング検査で陰性であれば、「HIV

検査陰性」とします。ただし、HIV 検査試薬のウインドウ期間内(おおむね感染機会から3か

月以内)であったり、自覚症状がある場合には、ウインドウ期を過ぎてからの再検査や、さら

に感度のよい核酸増幅検査の実施も考慮します。スクリーニング検査で陽性であった場合に

21

第一章

 相談に役立つ基礎知識

HIV検査について

2

は、確認検査を実施します。スクリーニング検査の陽性には、HIV 感染による「真の陽性」と、

感染していないのに非特異反応により陽性となる「偽陽性」も含まれているため、それらを判

別するために確認検査を行います。確認検査で陽性であれば「HIV 感染」、陰性であれば「HIV

検査陰性」となります。詳しいスクリーニング検査法および確認検査法については後述します。

図 1 HIV 検査の流れ

2)HIV 検査を受けるタイミング -ウインドウ期-

 HIVの感染初期において、HIVに感染していても検査結果が陰性となる時期があり、これを

HIV 検査の「ウインドウ期(ウインドウ・ピリオド)」と言います。HIVに感染後、HIVが血

液に入りウイルス血症となるまでに要する期間は、感染経路や暴露量によって異なります。輸

血などによりHIV 感染血液が直接、血流中に入った場合は、すぐに血流中のウイルス増殖が

始まると考えられます。性感染などの粘膜感染では、HIVが粘膜から血流中に入りウイルス血

症となるまでの期間は、およそ1 週間前後と考えられています(図 2)。ウイルス血症となって

からHIV 検査で陽性となるまでの期間は、特に「感染性ウインドウ期」と言われています。ウ

イルス血症となってから、HIV 核酸増幅検査(NAT 検査、PCR 法)でHIVのRNA 遺伝子が

検出できるようになるまでには11 日間、HIV 抗原検査でHIVを構成するたんぱく質が検出で

きるようになるまでには16 日間、HIV 抗体検査でHIVに対する抗体が検出できるようになる

までには22 日間かかります。したがって、感染リスク後、核酸増幅検査では、約 1 週間+ 11

日で約 18 日から、抗体検査では約 1 週間+ 22 日で約 29 日から検出が可能となります。

 抗体検査法が開発された当初は、抗体が検出されるのに約 1 週間+ 42 日の期間が必要であった

ことから、陰性を確認するための時期が「感染リスク後から3か月以降」とWHOで設定され、現

在もそれがひとつの目安として世界的に用いられています。ただし、上述の検出可能時期から言え

ば、より早期の感染診断が可能であり、感染の早期発見と早期の医療へのアクセスの支援や二次

感染の防止の点から、また、感染不安者の心理的負担の軽減や検査目的の献血などを防ぐために

も、感染不安者への早期の対応が重要です。現在では、検査希望者が感染リスクから3か月以内

であっても、ウインドウ期を理解してもらった上でHIV 検査を勧めることが肝要と思われます。

22

 保健所などのHIV 抗体検査における感染リスクから3か月以内のHIV 検査の陰性結果の解釈

としては、感染リスクから1か月以上たっていれば、感染している場合には検査で陽性となる

可能性が高いため、検査で陰性であれば感染の可能性はかなり低く、また、2か月以上たって

からの検査で陰性であれば、感染の可能性はほとんどないと考えられます。ただし、感染経路・

暴露量の個人差なども考え、より確定的な診断のためには3か月以降の再検査を勧めています。

3)HIVの検査法

❶ 使用検体について

 HIV 感染は性的接触、血液(薬物静注、輸血など)、母子感染で起こります。HIVは粘膜あ

るいは血液を介し、ヒトのCD4 陽性細胞(ヘルパー T リンパ球、マクロファージ、樹状細胞)

に感染します。感染成立後、HIVは感染者の血液、精液、腟分泌液、唾液、母乳、尿などの体

液に含まれるようになります。

 HIV 検査は主として、HIVや抗 HIV 抗体が含まれている血液を用いて検査を行います。血

液を用いた検査は、血液そのもの(全血)を使用できるものもありますが、基本的には、血液

を遠心分離し、血清あるいは血漿を用いて検査を行います。全血あるいは血漿を用いる場合は、

抗凝固剤入りの採血管で血液を採取します。抗凝固剤には、EDTA、ヘパリン、クエン酸系の

ものがありますが、HIV 検査にはEDTAかクエン酸系のCPD 液を使用することが多いです。

ヘパリンは核酸増幅検査を阻害するため、HIV 検査には使用できません。

❷ 検出系について

 HIV 検査の検出系の主なものとして、HIVに感染した際に体内で産生される抗 HIV 抗体を

検出する「抗体検査」、HIVの構成たんぱくを検出する「抗原検査」、1 回の検査で抗 HIV 抗体

とHIVの構成たんぱく(HIV-1 型のみ)を同時に検出する「抗原抗体同時検査」、HIVの遺伝子

を検出する「核酸増幅検査」があります。

図 2 HIV 感染とウイルスマーカー

23

第一章

 相談に役立つ基礎知識

HIV検査について

2

❸ スクリーニング検査の検査法

 スクリーニング検査の検出系には、抗体検査と抗原抗体同時検査が主に使用されます。抗原

検査は、HIV 感染後、抗原が検出できる期間は短く、また、無症候期は検出できなくなること

が多いため、単独ではスクリーニング検査に用いられません。核酸増幅検査は、抗体検査で陰

性で、感染初期が疑われるケースに用いると有用ですが、最初のスクリーニング検査には一般

的には使用されません。献血では、血液の安全保持のため、抗体検査が陰性であった血液すべ

てに核酸増幅検査を実施しています。また、HIV 検査研究班において、希望者に試験的に核酸

増幅スクリーニング検査を実施している検査機関もあります。

 抗体検出系のスクリーニング検査試薬は、開発段階に応じて世代別に表現されることがあり

ます。第 1 世代試薬とは、最初に開発されたHIV 抗体検査試薬であり、ウイルス粒子由来の

抗原を使用した抗 IgG 抗体の検出用試薬で、HIV-1とHIV-2が別々の試薬でした。第 2 世代試

薬は、組み換え抗原および合成ペプチドを用いた抗 IgG 抗体検出用試薬となり、HIV-2につい

てもHIV-1と同じ試薬に含まれるようになりました。第 3 世代試薬は、検出系に抗原-抗体-

抗原サンドウィッチ法を用いることで、抗 IgG 抗体に加え、抗 IgM 抗体も検出できるように

なり、また、HIV-1 グループ Oについても検出が可能となりました。さらに第 4 世代試薬は、

抗 HIV 抗体とHIV-1 型のp24 抗原が同時に検出できる抗原抗体同時検出試薬となりました。

 現在のスクリーニング検査は、医療機関や検査センターでは第 4 世代試薬の抗原抗体同時検

査で検査されることが多く、保健所などの無料検査機関では第 3 世代試薬の抗体検査で検査さ

れることが多いです。第 3 世代試薬と第 4 世代試薬の間のウインドウ期は数日程度の差であり、

ウインドウ期のことを理解していれば、いずれを使用しても大きな違いはありません。

 抗体検査の検査法には、PA 法(ゼラチン凝集法)、EIA 法(酵素免疫測定法)、IC 法(イム

ノクロマト法:迅速検査法)があります。抗原抗体同時検査の検査法はEIA 法が用いられてい

ます。PA 法はこれまで抗体検査で非常によく使用されてきた検査法で、少数検体でも検査し

やすい方法です。検査結果が出るまでに2 時間程度かかり、検査技術や器材が必要です。EIA

法は専用の機械が必要で、多数検体を処理するのに向いており、医療機関や検査センターで使

用されています。EIA 法の種類により検査時間は異なりますが、一般的に使用されているEIA

法の一種類であるELISA 法(エライザ法:固相酵素免疫測定法)では3 時間程度かかります。

IC 法は検査時間が15 分と短時間であり、また、一検体ずつの個別試薬になっており、特別な

機器も不要なため、即日検査を導入しているHIV 検査相談の会場などで用いられています。

❹ 確認検査の検査法

 確認検査の検出系には、抗体検査と必要に応じて核酸増幅検査が使用されます。抗体検査の

検査法はWB 法(ウエスタンブロット法)とIFA 法(蛍光抗体法)がありますが、現在は主と

してWB 法が用いられています。核酸増幅検査はRT-PCR 法(HIVの遺伝子であるRNAを用

いて、逆転写酵素でDNAを合成してからPCR 法を行い、DNAを増幅させる方法)です。ス

クリーニング検査で陽性となった場合、まずWB 法で抗 HIV 抗体の確認検査を行います。

 スクリーニング検査試薬は1 種類あるいは2種類のHIV 構成たんぱくに対する抗 HIV 抗体

24

を検出するのに対し、WB 法はHIVのすべての構成たんぱくに対する抗 HIV 抗体の有無を調

べます。WB 法の検査試薬は、HIV-1 型とHIV-2 型が別々になっており、最初はHIV-1 型の

WB 法を行います(図 3)。HIV-1 WB 法で陽性基準を満たせば「HIV-1 型陽性」となり、陽性

基準には満たないけれども反応が少し見られる場合には「判定保留」、まったく反応が見られ

ない場合には「HIV-1 型陰性」となります。スクリーニング検査の偽陽性例は、真のHIV 構成

たんぱくとは反応できないため、WB 法で陰性となることが多いですが、交差反応が強い偽陽

性例の場合には、一部の構成たんぱくと反応し、判定保留となることもあります。また、感染

初期で抗体量が少ない段階では、典型的な陽性パターンとならず、判定保留となります。また、

スクリーニング検査で抗原抗体同時検査を使用し、感染初期で抗原(HIV-1 型のみ検出可能)

を検出して陽性となった場合は、WB 法では陰性となることがあります。そのため、判定保留

あるいは陰性でも感染初期を疑う場合には、核酸増幅検査を行います。現在市販されている核

酸増幅検査試薬はHIV-1 型のみを検出するものであり、HIV-2 型には対応していません。WB

法で判定保留または陰性で核酸増幅検査で陽性の場合には、「HIV-1 型陽性(感染初期)」とな

ります。陰性の場合は「HIV-1 型陰性」となりますが、HIV-2の感染リスクが否定できないた

め、HIV-2のWB 法を行います。陽性であれば「HIV-2 型陽性」、陰性であれば「HIV感染陰性」

となります。日本におけるHIV-2 感染例はこれまでに数例の報告があるのみで、感染初期を想

定したHIV-2の核酸増幅検査は通常は必要ないと思われます。

参考:HIV 感染者の経過観察のための検査法

 HIV 感染者の病態把握には、血中のCD4 陽性 T リンパ球数の測定と核酸増幅検査による

HIV-1 RNA 定量が行われます。CD4 数により、治療を開始するかどうか評価されます。また、治

療の開始前や治療中でもウイルス量が増加してきた場合などには、薬剤耐性検査が行われます。

4)スクリーニング検査の偽陰性、偽陽性、陽性的中率

 HIVに感染しているにもかかわらず、スクリーニング検査によって陽性反応が出ないこと

図 3 HIV 確認検査の結果判定

25

第一章

 相談に役立つ基礎知識

HIV検査について

2

を、スクリーニング検査の「偽陰性」と言います。前述のウインドウ期間中の検査では感染し

ていても当然陰性となりますが、感染リスクから十分に期間が経過したHIV 感染については

見落すことはほとんどありません。HIV-1 グループ O、N、組み換え型、HIV-2などについて

は、試薬によっては対応されていない場合がありますが、非常にまれなケースです。

 一方、HIVに感染していないにもかかわらず、受検者の体内にあるHIV 抗体ではないほか

の抗体などの反応が原因で、陽性反応を示すことがあります。このような例をスクリーニング

検査の「偽陽性」と言います。スクリーニング検査試薬でも、検査法により偽陽性となる割合

(偽陽性率)は異なり、通常のPA 法やEIA 法だと約 0.3%、現在使用されているIC 法の迅速

検査試薬では約 1.0%と若干高めです。スクリーニング検査を行ったときに、その検査で陽性

となった人の中で、何%が真の感染者であるかを示すことを「陽性的中率」と言います。陽性

的中率は、検査試薬の偽陽性率と検査する集団のHIV 感染率が関係します(図 4)。

図 4 HIV スクリーニング検査の陽性的中率

 日本における検査機関・集団別のHIV 感染者の割合は、東京都の特別検査相談機関や迅速

検査を行っているクリニックで約 1.0%、通常検査を実施している保健所で約 0.3%、妊婦集団

で約 0.01%、献血集団で約 0.002%です。例えば、偽陽性率 1.0%の迅速検査試薬でHIV 感染者

の割合が1.0%の検査機関において10,000 名のスクリーニング検査を行った場合、HIV 陽性者

は100 名、スクリーニング検査の偽陽性者は100 名となり、合わせて200 名が迅速検査で陽性

となります。200 名のうち100 名が真の感染者であり、その陽性的中率は50%(100/200)とな

ります。同様に、HIV 感染者の割合が0.3%の検査機関で10,000 名のスクリーニング検査を行っ

た場合、HIV 陽性者は30 名、スクリーニング検査の偽陽性者は100 名となり、合わせて130

名が迅速検査で陽性となり、陽性的中率は23%(30/130)となります。妊婦集団で同様に検査

を実施すると、HIV 陽性者は1 名、スクリーニング検査の偽陽性者は100 名となり、合わせて

101 名が迅速検査で陽性となります。陽性的中率は1%(1/101)となり、スクリーニング検査

で陽性となった人の99%が偽陽性という結果になります。このことから、感染率が低い集団ほ

ど陽性的中率は低下することがわかります。スクリーニング検査の結果を受検者に返却するよ

うな場合は、特にその結果の返し方について配慮が必要です。

26

5)HIV 検査の検査体制 -通常検査と即日検査-

 保健所など無料検査機関では、これまでスクリーニング検査を実施し、スクリーニング検査

が陽性であった場合は確認検査も引き続き行い、その総合結果を約 1 週間後に返却する「通常

検査」が行われてきました。近年、IC 法を用いて、検査現場でスクリーニング検査を行い、陰

性であればその場で結果を伝えることができる「即日検査」の実施が可能となったことで、現

在では約 6 割の保健所において即日検査が実施されるようになりました。

 即日検査の場合は、スクリーニング検査で陰性であればその日で終了しますが、もし陽性で

あった場合には確認検査が必要なため、受検者に約 1 週間後に確認検査の結果を聞きに来ても

らう必要があります(図 5)。即日検査を実施する場合には、迅速検査試薬の偽陽性率は1%と

高く、100 名に1 名の割合で偽陽性が出ることを念頭におき、受検者に迅速検査試薬の特性や、

もし陽性であった場合には確認検査が必要であることを検査前に説明するとともに、確認検査

の結果待ちの間の精神的フォロー体制や相談窓口などを整えておく必要があります。

 医療機関では、HIV 感染症が疑われる場合や入院前検査、手術前検査、妊婦健診などでHIV

検査が行われることが多いです。大規模の病院では自施設でHIV 検査を行っているところが

多いですが、診療所ではほとんどが検査センターへ委託されています。診療所の中には、HIV

検査希望者のために即日検査を実施している機関も増えつつあり、費用は自費診療扱いで、

5,000 ~ 10,000 円前後で行われています。

図 5 通常検査と即日結果返しの流れ

6)妊婦健診におけるHIV 検査

 日本における年間出生数は約 110 万人、そのうち約 95%にHIV 検査が行われていると報告

されており、年間約 100 万人の妊婦のHIV 検査が実施されています。このうち、妊婦のHIV

陽性例は40 例前後であり、近年では母子感染例はほとんど報告されていません。母子感染予

防対策は徹底されており、妊婦におけるHIV 検査は非常に重要な検査となっています。しか

27

第一章

 相談に役立つ基礎知識

HIV検査について

2

し、先ほども説明したように、スクリーニング検査では偽陽性反応が出現するため、HIV 感染

率が低い妊婦集団においては、スクリーニング検査の陽性例の多くが偽陽性によるものとなっ

ています。このため、医師が妊婦にHIV 検査を施行する場合には、HIV 検査前の十分な説明、

また、スクリーニング検査が陽性であった場合に結果を伝える場合には、陽性の結果を伝えら

れた妊婦の精神的不安を考慮に入れ、偽陽性もあることを含めた十分な結果説明および確認検

査の実施が必要です。

7)スクリーニング検査の新たな方法 -郵送検査、自己診断検査、唾液検査-

 近年、インターネットで「HIV 検査」と検索すると、多数の郵送検査や自己診断検査の広告

が多く掲載されています。郵送検査とは、受検者が指先から血液を採取し、ろ紙や採血管に保

存して検査会社に郵送し、検査会社でHIV スクリーニング検査を行って、結果を郵送などで

通知する方法です。あくまでも結果はスクリーニング検査のみの結果であるため、もし陽性で

あった場合には、受検者は保健所や医療機関で確認検査を受ける必要があります。結果返却が

直接対面でないことから、検査の解釈についての説明、確認検査の受検勧奨の充実など、多く

の課題が残っています。自己診断検査とは、検査試薬自体を個人輸入の代行業者のサイトを通

して購入し、自分で検査を行うものです。日本や米国ではHIVの自己診断試薬は承認されてい

ません。このようなサイトから購入する自己診断試薬では、偽造品や期限切れなどの製品が確

認されており、また、日本語サイトから発注しても添付文書も英文で書かれたもののみしか同

封されていなかったり、判定方法や確認検査、治療などに関する情報不足や誤りがあるなど、

問題が多数認められています。また、あくまでスクリーニング検査であり、陽性であった場合

には確認検査が必要なことを理解しないで使用すると、間違った結果解釈をする可能性があり

ます。このため自己検査キットの使用は控えるべきと思われます。

 唾液検査とは、口腔内の前面の歯茎部を検査試薬付属のパッドを用いて拭い取り、20 分で

結果判定が可能な抗体検査試薬です。米国においては2004 年にFDAで認可され、それを用い

た即日検査が多く実施されています。通常用いられている検査試薬と感度や特異性にはそれほ

どの違いはありませんが、日本ではまだ未承認のため、診断に使用することはできません。

神奈川県衛生研究所 佐野貴子、今井光信

▶ 参考資料・情報 ◀◇ 「保健所等における HIV 即日検査のガイドライン」 HIV 検査相談の説明相談の事例集Ⅰ ―検査前説明と即日検査での陰性事例、困難事例を中心に― HIV 検査相談の説明相談の事例集Ⅱ ―即日検査での陽性事例と確認検査での陽性事例を中心に―◇ 「HIV 検査・相談マップ」 (http://www.hivkensa.com:PC、携帯どちらからもアクセス可) 裏面に HIV まめ知識を掲載しています。(1. ウインドウ期説明カード、2. コンドーム啓発カード、  3. 性感染症の啓発カード、4. 女の子向けカード、5. 即日検査カード)

 それらの一部資料や HIV 検査機関情報、電話相談窓口情報などが掲載されているホームページです。 HIV 検査相談については、HIV 検査相談研究班より参考資料が発行されています。

28

第1章

3

性感染症について

●● STIの基礎知識 ●●

 STI(Sexually Transmitted Infection)は、性行為あるいはその類似の行為によって感染

する疾患の総称です。わが国ではかつて、梅毒、淋疾、軟性下疳、鼠径リンパ肉芽腫(第四

性病)の4つの疾患がいわゆる性病(Venereal Diseases:VD)として扱われていました。しか

し、その後の医学の進歩により、性行為に関連して感染する疾患がほかにも多く存在すること

が明らかになり、現在では約 20もの疾患がSTIとして扱われるようになっています。原因と

なる微生物も、細菌やウイルスだけでなく、原虫や真菌(カビ)など多岐にわたります。HIV

もSTIに含まれますが、ほかのSTIに罹患している場合、HIVに感染する危険性は何もSTIを

持っていない場合に比べ、数倍高くなることはよく知られています。さらに、性器ヘルペスな

ど潰瘍を形成するSTIに罹患している女性では50 〜 300 倍、HIVに感染しやすくなると言わ

れています。

 現在、わが国で感染症法により発生動向が調査されているSTIは、後天性免疫不全症候群

(HIV/ エイズ)、梅毒、淋菌感染症、性器クラミジア感染症、性器ヘルペスウイルス感染症、尖

圭コンジローマの6 疾患ですが、前者の2疾患は全数届出、後者の4疾患は定点調査による届出

が行われており、これらはいずれも現在の感染症法の分類で5 類感染症として扱われています。

●● STIの病原体と疾患 ●●

 おもなSTIの病原微生物と疾患について表 1に示します。大きく分けて、細菌によるもの、ウ

イルスによるもの、大きさからは、細菌とウイルスの中間の大きさのクラミジアやウレアプラズ

マと呼ばれる微生物によるもの、さらには真菌(カビ)や原虫、寄生虫によるものなどとなりま

すが、これらの微生物の感染によって生じる疾患は多岐にわたり、幅広い年齢層に見られます。

 現在のSTIの感染ルートはきわめて多様化しています。性器性交、口腔性交、肛門性交、接

29

第一章

 相談に役立つ基礎知識

性感染症について

3

吻などにより感染するだけでなく皮膚の接触だけでも感染するものがあります。性器性交以外

の類似した性行為により感染する疾患についてその感染ルートを知ることは、性感染症の予防

のために大変重要です。

 STIとして扱われる疾患すべてについて概要を述べることは紙面の関係で不可能ですので、

ここでは頻度の高い疾患を中心に述べます。

表 1 主な性感染症の病原微生物と疾患

1)淋菌感染症

 淋菌(ナイセリア・ゴノレア)による感染症です。最近の疫学的な特徴は、男性の淋菌性尿道

炎患者の約半数は、いわゆる性風俗店での口腔性交(オーラルセックス)によって感染してい

ることです。さらに注意すべき点は、口腔に淋菌を持つ保菌者がほとんど無症状であり、感染

を受ける側も口腔での性交によって淋菌が感染することには気づいていないことも重要です。

❶ 症状と診断

 感染して2日から7日後に、男性では尿道口から粘液性の膿(ウミ)が出はじめ、排尿をす

るときに激しい痛みを伴います。一方、女性では最初に子宮腟部に感染し、膿性のおりものが

   疾   患病原微生物

梅 毒

細 菌

クラミジア

マイコプラズマ

ウイルス

原 虫

寄生虫

トレポネーマ ・ パリダム

ナイセリア ・ ゴノレアヘモフィルス ・ デュクレイ

クラミジア ・ トラコマティス

ウレアプラズマ ・ ウレアリティクムマイコプラズマ ・ ゲニタリウム

単純ヘルペスウイルス (HSV)ヒトパピローマウイルス (HPV)ヒト免疫不全ウイルス (HIV)肝炎ウイルス (HBV,HCV,HAV)

トリコモナス ・ バギナーリスエンタメーバ ・ ヒストリティカ

プチラス ・ プービスサーコプテス ・ スカビエ

梅毒

淋菌感染症 ( 尿道炎、子宮頸管炎など)軟性下疳

性器クラミジア感染症( 尿道炎、子宮頸管炎など)

尿道炎子宮頸管炎、尿道炎

性器ヘルペス尖圭コンジローマエイズ(後天性免疫不全症候群)ウイルス性肝炎

腟トリコモナス症赤痢アメーバ

毛ジラミ疥癬

30

増えますが、あまり明確な症状はなくその変化に気がつかない場合も珍しくはありません。ま

た、淋菌による咽頭炎や直腸炎でも同様に症状は自覚されない場合がほとんどです。診断は、

男性では尿道から出るウミを採り、特殊な染色をして顕微鏡で見ることにより淋菌を確認する

ことができます。ただこの方法は女性では、腟内の雑菌が多いため正確な診断にはならず行わ

れません。基本的には培養法によって淋菌の分離・同定が行われますが、そのほかの検査法と

して現在では、腟の分泌物や尿(出始めの尿を使います)を用いて行う核酸増幅法と言われる

診断法(PCR 法など)が普及しています。

❷ 治療法

 治療には抗菌薬の投与が行われますが、淋菌は抗菌薬が効かなくなりやすい細菌であるため、

薬剤の選択には注意が必要です。また、淋菌感染症に使用される薬剤は、まん延予防のために、

原則として1回か3 日以内の投与で治せるものでなければなりません。現時点でガイドライン

などで推奨されている治療薬はいずれも注射薬で、セフトリアキソン、セフォジジム、スペク

チノマイシンの3 剤しかありません。また、咽頭の淋菌感染はほとんどが無症状ですが、感染

源となり得るため、たとえ症状がなくても治療が必要になります。この咽頭の淋菌に対しては、

セフトリアキソンだけが優れた効果を持つことが明らかになっています。

2)性器クラミジア感染症

 クラミジア・トラコマティス(クラミジア)による感染症で、現在わが国では最も多い性感

染症です。初感染部位は男性では尿道、女性では子宮腟部ですが、ほかに、男性では精巣上体

炎の原因となり、女性では子宮内膜炎や卵管炎、骨盤腹膜炎の原因になります。そのほか、ク

ラミジアに感染している妊婦からの出産の際に産道感染が起きると、新生児の結膜炎や肺炎な

どの原因になることもあります。性器クラミジア感染症はまた、症状がほとんどないため感染

に気がつかないことが多く、知らない間にまん延しやすいことが重要で、最近特に10 代の女

性での増加が大きな社会問題になっています。

❶ 症状と診断

 男性のクラミジア性尿道炎では感染後1〜3週間で発症します。淋菌性尿道炎と比べ症状は

軽くて、尿道からのウミもさらさらしていることが多く、排尿するときの痛みもそれほど強い

ものではありません。女性では子宮腟部の炎症ではじまり、帯下(おりもの)の増加や出血、

下腹痛などが見られますが、クラミジアに感染した女性の半数以上は全く症状がないと言われ

ています。女性で重要なことは、比較的早い時期に子宮から卵管へと感染が拡がり、先に述べ

たような合併症の原因になることです。

 診断法としては、男性では初尿(出始めの尿)、女性では帯下(おりもの)か腟の粘膜を擦っ

たものを検体として、酵素免疫法 (EIA 法 )や、核酸増幅法(PCR 法)などによって行われます。

31

第一章

 相談に役立つ基礎知識

性感染症について

3

また、男性ではあまり行われませんが、女性では、血清抗体検査が行われることもあります。

❷ 治療法

 クラミジアに効果がある抗菌薬は、マクロライド系やテトラサイクリン系、およびニユーキ

ノロン系と言われる抗菌薬の一部です。薬の投与期間は原則として1週間ですが、女性ではや

や長めの投与が必要なことがあります。治癒の判定は、尿や腟分泌物などを用いてEIA 法や

PCR 法によって行いますが、血清抗体検査では治癒の判定はできません。

3)梅 毒

 トレポネーマ ・ パリダム(トレポネーマ)が性行為を介して皮膚や粘膜の傷から侵入し、血

液を介して全身に拡がってさまざまな症状を引き起こす全身性の慢性感染症です。胎児が母親

の体内で感染したものを先天梅毒、それ以外を後天梅毒と言いますが、さらに梅毒による症状

が明らかなものを顕症梅毒、症状はなくても血清反応が陽性の無症候梅毒に分類されます。

❶ 症状 

▷ 先天梅毒 ◁

 母親が妊娠前半に梅毒にかかると流産や死産になることが多いのですが、妊娠後半に梅毒に

かかった母親から生まれた赤ちゃんでは、出生時に肝臓や脾臓が腫れたり黄疸や発育不良など

の症状が見られます。乳幼児期に症状を示さず、学童期以降になって角膜炎や難聴、ハッチン

ソン歯(永久歯が短くビール樽状を呈します)と言われる症状が現れることがありますが、こ

れはハッチンソンン3徴候と呼ばれます。 

▷ 後天梅毒 ◁

 後天梅毒は通常4つの病期に分けられます。

 第1期梅毒:感染後3か月までを言います。感染後約3週間しますと、トレポネーマが侵入

した部位に硬い小豆大のしこりができますが、これを初期硬結と言います。この初期硬結は

男性では陰茎の亀頭部や包皮に、女性では大陰唇、小陰唇などに好発します。この硬結は自然

に消失することもありますが、初期硬結が大きく盛り上がって中心の表面が潰瘍状になってく

ると、硬性下疳と言われる状態になります。初期硬結が見られてから数日から2週間で、両側

の鼠径部のリンパ節などが腫れてきますが、放置すると2〜3週間で消え、再び潜伏期に入り

ます。

 第2期梅毒:感染後3か月から3年までを言います。この時期はトレポネーマが血流にのっ

て全身に拡がり、皮膚、粘膜に発疹が見られたり、全身のリンパ節が腫れたりします。発疹に

は梅毒性バラ疹(胸腹部や顔、四肢に見られる、うす赤い小指の先ほどの目立たない発疹)や、

丘疹性梅毒疹(小豆大からえんどう豆大の赤褐色のぶつぶつ)などがあります。また、肛門周

囲や外陰部などに見られるピンク色から白っぽいイボ状の隆起が、潰瘍化してただれた状態に

32

なりますが、これを扁平コンジローマと言います。ここにはトレポネーマが多数存在している

ため、感染源としてきわめて重要です。

 第3期梅毒:感染後3年以上経過すると、皮膚や皮下の組織、筋肉、骨などに結節性梅毒疹

というしこりやゴム腫と言われる腫瘤(こぶ)が見られるようになりますが、現在ではほとん

ど見られません。

 第4期梅毒:感染後 10 年以上になりますと、大動脈炎や大動脈瘤や脳梅毒と言われる状態

になりますが、この第4期梅毒も今ではほとんど見られません。

❷ 診断

 梅毒疹の表面を擦るなどして得られた漿液を検体として、顕微鏡でトレポネーマを検出する

か、梅毒血清反応によって診断します。

❸ 治療と治癒判定

 梅毒の治療にはペニシリンが第一に選択されます。ペニシリンアレルギーの場合は、テトラサ

イクリン系の抗生物質が投与されます。なお、抗生物質の投与を開始した場合、開始後数時間で

トレポネーマが急激に破壊され、高熱や悪寒、全身倦怠感、頭痛などが見られることがあります

が、これは薬の副作用ではありませんので注意が必要です。治癒判定は梅毒血清反応で行いま

すが、トレポネーマが治療によって死滅した後、血清反応が陰性化するまでは早期梅毒では半

年から2年ほどかかりますし、十分な治療によっても血清反応が陰性化しない場合もあります。

4)性器ヘルペスウイルス感染症

 単純ヘルペスウイルス(HSV)1 型または2 型の感染によって、性器に潰瘍や水泡を形成し

ます。HSVは病変部に直接あるいは間接に接触することで感染しますが、性器に感染すると

HSVは腰の神経節に潜伏感染し、再発を繰り返すことになります。女性では性器クラミジア

感染症に次いで多いSTIです。

❶ 症状と診断 

 初めて感染すると(初感染)、感染後 2 日から10 日以内に感染部位の皮膚粘膜が赤く腫れて、

小さな水ぶくれが多発し、やがて潰瘍となって強い疼痛や局所の灼熱感を自覚します。鼠径部

のリンパ節が腫れたり、発熱が見られ、ときには激しい疼痛のために排尿障害をきたすケース

もあります。再発性の性器ヘルペスでは、初感染ほどの激しい症状ではありませんが、性器や

臀部に赤い腫れや小水疱を生じ、チクチクとした疼痛や灼熱感を自覚します。

 単純ヘルペスウイルスの診断には分離培養法がもっともよいとされますが、時間と費用がかかり

ます。血清抗体による診断は、初感染では急性期では陰性で、回復期になって初めて陽転するの

で、回復期にならないと診断できません。また、再発例では抗体が発症時から検出され、回復期

33

第一章

 相談に役立つ基礎知識

性感染症について

3

における上昇もないことが多いので診断には役立ちません。結局、性器ヘルペスの診断は、その

特徴的な症状により診断されることが多いのですが、鑑別すべき疾患も多くあるので注意が必要

です。

❷ 治療法

 抗ウイルス薬が用いられますが、これらの抗ウイルス薬には、内服薬、外用薬、点滴注射薬

があり、重症度によって使い分けられます。初発の性器ヘルペスの場合、アシクロビル錠やバ

ラシクロビル錠を5 〜 10 日間経口投与します。重症例では、点滴静注用アシクロビルを5 日

間点滴静注します。

 再発例についても、アシクロビル、バラシクロビルを同じように投与しますが、軽症例では、

ビダラビン軟膏やアシクロビル軟膏を1 日数回 5 〜 10 日間塗布します。これらの薬剤を発症

早期に投与することで、治癒までの期間を短縮することができますが、神経節に潜伏するウイ

ルスには無効であるため、再発を防ぐことは困難です。また、頻繁に再発を繰り返す場合は、

バラシクロビルなどを毎日継続して服用する再発抑制療法が行われます。この治療法は再発の

回数を減らすだけでなく、性的パートナーへの感染率を減少させることが証明されています。

5)尖圭コンジローマ

 ヒト乳頭腫ウイルス(HPV)による感染症です。ヒト乳頭腫ウイルスは皮膚型と粘膜型に分

けられ、またそれぞれが良性型と悪性型に分類されますが、尖圭コンジローマは粘膜型・良性

型のHPV-6 型、11 型の感染によるとされています。

❶ 症状と診断

 潜伏期間は数週から数か月と言われ、バラツキがあります。好発部位は、男性では陰茎の亀

頭部や包皮、女性では大小陰唇や腟ですが、男女で共通する部位として肛門周囲や会陰部、尿

道口などがあり、しばしば多発します。腫瘤は表面が乳頭状やイボ状、あるいはニワトリのとさ

かのような形をし、色は淡紅色または褐色調で痛みなどはほとんどありません。診断はほとんど

が臨床的診断によりますが、確定診断は生検と言って、組織を採取することにより行われます。

❷ 治療法

 液体窒素による凍結療法、電気メスや炭酸ガスレーザーによる焼灼が行われますが、大きな

ものは外科的な切除が行われます。最近、イミキモドクリームという新しい外用薬が使われる

ようになりました。男性で包茎がある場合などは再発しやすいため、包茎の手術が必要なこと

もあります。

34

●● STIの予防 ●● 

 STIの予防のためには、第一に、性感染症に関する正しい知識の普及と啓発が必要です。多

くの性感染症はコンドームの正しい使用によって防ぐことが可能ですが、この最も基本的な予

防法が普及していないことに問題があると思います。また、男性でも女性でもパートナーの治

療が重要になります。特に性器クラミジア感染症のように、症状が軽いかほとんどないSTIで

は、パートナーを放置することにより新たな感染症を引き起こす原因になることは明らかです。

特に、10歳代の若い性器クラミジア感染症患者が増加している現状では、単に患者の治療を

行うだけではそのまん延を防止することができないことは明らかで、パートナーの治療も含め

て早い時期に感染を発見して、治療を受けるようにすることが何よりも重要だと思います。

東京慈恵会医科大学 小野寺昭一

▶ 参考資料・情報 ◀◇「性感染症 診断・治療ガイドライン 2006」日本性感染症学会誌: 17 (1) Supplement , 2006

35

第一章

 相談に役立つ基礎知識

活用できる福祉制度

4

第1章

4

活用できる福祉制度

 HIV 感染者の社会生活は、治療の進歩により、大きく阻害されることが少なくなりました。

しかし、その治療のために高額の費用がかかることは依然として変わりませんし、日常生活に

支障をきたし、支援を必要とする人も徐々に増えています。

 社会保障制度は、このような状況におかれた人々の生活の安定に役立てることができます。

以下の表 1も参考にしながら、よりよい活用の仕方を考えましょう。

表 1 社会保障制度を利用できる可能性のある時期の目安

医療費助成

所得保障

生活支援

*あくまで HIV 感染症のみを前提とした目安なので、適用の基準はよく確認して下さい。

AIDS 以外の症状あり

服薬検討・開始

定期検査のみ AIDS 発症

陽性者の病状等

後遺症・生活障害

あり

傷病手当金

身体障害者手帳

障害者自立支援医療

高額療養費

介護保険

障害年金

自立支援

重度障害者医療

生活保護

一定等級で所得が制限内であるとき

連続して 4 日以上仕事を休んだ休んだとき

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1)医療費助成制度

❶ 高額療養費制度(申請窓口:各健康保険)

 健康保険に加入している人が、1か月に支払った医療費のうち、一定の限度額を超えた分

を返金する制度が高額療養費制度です。その基準となる限度額は所得によって決められてお

り、一旦通常の医療費を支払った後に返金されることが原則となります。ただし、入院の場合

は「限度額適用認定証」を交付してもらうことで、限度額のみの支払いとすることができます。

 また、健康保険によっては、外来医療費の立て替え負担を減らすため、貸付制度を設けてい

るところや、「付加給付」としてさらに負担を軽減しているところもあります。なお、高齢者

の場合は保険のしくみが違いますので、市町村などに確認しましょう。表 2に限度額の計算方

法を示します。

表 2 限度額の計算方法

❷ 障害者自立支援医療(申請窓口:市町村/区役所)

 免疫機能障害で身体障害者手帳を持っているか、申請予定の人で、HIVに対する投薬治療を

行う人に対して医療費を助成する制度です。

 HIV 感染症以外の病気で使うことはできませんが、身体障害者手帳の等級に関係なく利用す

ることができます。この制度を利用することによって、通常は3割程度支払う医療費が1割負

担となり、さらに所得によって限度額が設けられます。この制度は都道府県の指定を受けた医

療機関・調剤薬局・訪問看護ステーションで利用できますが、あらかじめ利用する機関を届け

出なくてはなりません。また、1年以内の有効期限がありますので、定期的な継続申請が必要

となります。政令指定都市などでは、独自に補助をしている場合もあるので、確認してみると

よいでしょう。

● 上位所得者(標準報酬月額 53 万円以上)       150,000 円+(総医療費- 500,000 円)× 1 %(多数該当は 83,400 円)

● 一般所得者       80,100 円+(総医療費- 267,000 円)× 1 %(多数該当は 44,400 円)

● 低 所 得 者(住民税非課税世帯)       35,400 円(多数該当は 24,600 円)

*多数該当:直近 12 か月以内に 3 回以上高額療養費の対象となっている場合、4 回目から( )の額になります。*平成 20 年度現在の限度額です。                                    

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第一章

 相談に役立つ基礎知識

活用できる福祉制度

4

表 3 免疫機能障害の自己負担限度額

❸ 重度障害者医療(申請窓口:市町村/区役所)

 名称が市町村によって異なることがありますが、身体障害者手帳を持っている人の医療費を

助成する制度です。一定等級で所得が制限内であることが条件になっていますが、その基準や

助成額は市町村によって違います。HIV 以外の病気でも利用することができますが、居住地以

外の都道府県で医療を受ける場合は、一旦通常の負担額を支払った後に、市町村に申請して返

してもらうことになります。

2)所得保障制度

❶ 傷病手当金(申請窓口:各健康保険)

 社会保険・共済保険に加入している本人のみが受けられる所得の保障制度です。国民健康保

険に加入している人や扶養家族は受けられません。

 病気などでその仕事を連続して休まねばならない状態のとき、給料の2/3が保障されます。

休み始めて4日目から起算して、1年半の期間内に休んだ日数分が支給されますが、途中で仕事

を退職しても、新たに社会保険に加入するか、働けるようになるまでは受給することができます。

❷ 障害年金(申請窓口:社会保険事務所)

 病気が長期化し、日常生活や就労に支障をきたしている場合に給付される年金です。

 慢性疾患の場合は、その病気で一番最初に医療機関にかかった日を「初診日」とし、そこか

ら起算して1年半が経過した日を「障害認定日」と考えます。年金受給の可否は、障害認定日

の時点で国の定める基準を満たしているかどうかで判断されますが、その時点で該当していな

くても、悪化して基準を満たすようになれば受給することができます。また、20 歳から初診

日の間に支払うべき年金保険料のうち、2/3以上が納められているか、直近1年間に滞納が

ないことも条件になりますが、20 歳未満で発症している場合、この条件は除外されます。障

害年金は「初診日」に加入していた年金で、受給できる年金の種類や金額が変わります。

*平成 20 年度現在の自己負担限度額です。

生活保護世帯

住民税非課税 で 本人所得 が 80 万円以下

住民税非課税 で 本人所得 が 80 万円以上か住民税所得割 が 3 万 3 千円未満

住民税所得割 が 23 万 5 千円未満

住民税所得割 が 23 万 5 千円以上

0 円

2,500 円

5,000 円

10,000 円

20,000 円

38

❸ 生活保護(申請窓口:市町村/区役所)

 病気や障害のために仕事ができないなどの理由で、生活に必要な経済力が得られない場合、

その不足分を補う制度です。預貯金や不動産、生命保険などの資産や近親者からの援助、利用

できる社会保障制度などを活用することが優先されます。世帯全員の所得を基準に判断されま

す。

3)生活支援制度

❶ 身体障害者手帳(申請窓口:市町村/区役所)

 身体障害者手帳は、さまざまな障害を持つ人が社会生活に必要な支援を得るための、身分証

明書のようなものです。HIV 感染症は免疫機能障害として位置づけられており、1級から4級

までのいずれかの基準を満たせば、身体障害者手帳を得ることができます。

 身体障害者手帳を取得すると、医療費助成制度や税金の控除、そのほか身体障害者福祉法に

定められているさまざまなサービスを受けることができます。

❷ 障害者自立支援(申請窓口:市町村/区役所)

 「障害者自立支援医療」は医療費を助成し、障害者への医療を保障する制度ですが、この制

度は障害者手帳を持っている人が利用できる生活支援サービスのひとつです。サービスを受け

るためには、障害者手帳を取得した上で改めて市町村へ自立支援認定の申請をし、訪問調査を

受けて障害区分の認定をしてもらうことが必要です。

 障害区分によって、ヘルパーや入浴サービス、ショートスティなどが利用できます。

❸ 介護保険(申請窓口:市町村/区役所)

 65 歳以上もしくは、40 歳以上で特定の疾患がある人が利用できる介護サービスです。

 障害者自立支援と同様に、市町村へ要介護認定の申請をし、訪問調査を受けて介護度の認定

をしてもらうことが必要です。介護認定には大きく分けて要支援と要介護があり、要支援では

介護状態になることを予防するためのサービスが、要介護では介護が必要な状態にある人への

介護支援サービスが受けられます。

39

第一章

 相談に役立つ基礎知識

活用できる福祉制度

4

4)活用する際の留意点

❶ 地域による差違と制度改正

 社会保障制度の中には、都道府県や市町村によって申請方法や適用基準が異なる場合があり

ます。自己負担額や所得制限、適用開始日や有効期限、身体障害者サービスの場合は対象等級

などを必ず確認しましょう。また、ここに書かれた情報は平成 20 年度の基準に基づいていま

す。制度はしばしば改定されますので、古い資料やネット情報を鵜呑みにせず、最新かつ正確

な情報を確認するようにしましょう。

❷ 制度の公正な利用

 社会保障制度は必ずしも使わなければならないものではありませんし、損得で利用するもの

でもありません。HIV 陽性者の中には将来への不安を強く持っている人もいます。中には不安

のあまり、利用にひどく消極的であったり、無理にでも制度を利用しようとする人もいるかも

しれません。何をメリットと考えるかは人によって異なりますので、相談者の価値観を押しつ

けるのではなく、その人のおかれた状況や希望をよく聞いた上で、有効に活用する方法を一緒

に考えましょう。また、制度は公正に活用されてこそ維持できるものですので、制度の限界を

理解していただくこともときには必要です。

❸ プライバシーへの配慮

 プライバシーは、必ずしも悪意をもって侵害されるとは限りません。利用する制度によって

は、申請後にその人に関する情報が管轄する行政などの複数の部署に共有されることがありま

す。それぞれの部署が必要に応じて連絡をしたり、通知を出すことが考えられますので、特に

同居者に病名を告知していない場合や、職場に連絡が行くような場合は注意が必要です。

 プライバシーを保護するということは、その人が知られたくないと思うことを知られたくな

い人に不本意な形で知らせない、ということです。他者に知られたくない理由はさまざまです。

HIV 感染症がすべての人に正しく理解されているわけではないという現状や、当事者のHIV

に対するイメージが影響する場合もありますし、心配をかけたくないという配慮からそう考え

る場合もあります。まずはその気持ちを受けとめ、尊重する姿勢が大切です。ただし、どのよ

うな制度を利用するにしても、思い通りにプライバシーを保護することが難しいことも事実で

す。万一の可能性も想定しながら、十分な話し合いをしておくことも必要でしょう。

兵庫医科大学病院 伊賀陽子

▶ 参考資料・情報 ◀健康保険法(大 11.4.22 法律第 70 号)、国民健康保険法(昭 33.12.27 法律第 192 号)障害者自立支援法(平 17.11.7 法律第 123 号)、身体障害者福祉法(昭 24.12.26 法律第 283 号)生活保護法(昭和 25.5.4 法律第 144 号)、介護保険法(平 9.12.7 法律第 123 号)

40

第2章

1HIV検査利用者の心理状況と

その対応のポイントはじめに

 HIV 検査を受ける人の心理状況はどのようなものでしょうか。その人のこれまでの性行動

を含めたリスクやおかれた状況、持っている知識の量などによって、また性に対する意識の持

ち方や性格そのものなど、その人個人の特性によっても変わってきますが、検査を受けたこと

のある人は、自分が検査を受けたときのことを思い出してみてください。これから検査相談に

関わろうとされている人で検査を受けたことのない人は、まず自分が一度検査を受ける体験を

しておくのもよいかもしれません。HIVの感染力はほかの性感染症に比べれば弱いのですが、

セックスをしたことのある人ならば(行為内容にもよりますが)、感染の可能性が完全にゼロ

とは言い切れません。自発的に検査を受ける人は、何かしら感染したかもしれないという心当

たりがあって検査に臨んでいる、つまり検査を受けようと考えているという時点で、程度の差

こそあれ、不安や心配を抱えており、あなたの前に現れている人は、心配がある人ということ

になります。

 また、感染の可能性がある行為は、性行為や薬物の利用ということになりますので、利用者

は引け目や負い目、罪の意識、自分が感染したかもしれない心配な行為に関して、話しにくい

気持を持っていることが多いのが特徴です。性に関しては、日本ではまだまだオープンには話

しにくいですし、特にセックスワーク従事者・利用者、MSM(男性と性行為をする男性)、薬

物利用者などは、自分の特性を他者から理解されないのではないか(場合によってはその特性

が明らかになれば)、非難されるのではないかという恐れを持ちながら、検査に臨んでいるか

もしれません。

利用者の心理とその対応

<注>HIVに関して相談を希望し、また活用する人たちを、本マニュアルでは「利用者」と呼んでいます。

41

第二章

 利用者の心理とその対応

HIV検査利用者の心理状況とその対応のポイント

1

 心配や恐れを抱いている人には援助者(相談を受ける側)からの教育、指導的なアドバイス

は、ときにその人を批判し脅かすものにしかならず、意味があるどころか害になる場合さえあ

ります。まずは利用者が安心して相談のできる環境を提供し、援助は自分の価値観をおいて、

利用者のあり方を受け入れることから効果的な相談や、今後の行動変容に結びつけることがで

きるのではないでしょうか。

1)相談を受ける側の基本的な姿勢、アセスメント

 検査相談においても一般的なカウンセリングや相談と同様に、利用者(受検者)を批判する

ことなく受容的、共感的に話を聞くことが、援助者の基本的な姿勢となります。こうした姿勢

を持って初めて、利用者の不安の解消や今後の予防につながる行動の検討ができるからです。

 その一方で客観的な判断、アセスメント(査定)をして、必要な情報は個人的な意見によら

ない中立的な立場から伝えていく作業も必要になります。検査のそれぞれの場面で必要になる

のは、知識のアセスメント(利用者がHIVに関して持っている知識がどれくらいで、どの程

度正確か)、リスクのアセスメント(利用者のこれまでの行動のリスクがどれくらいか)、精神

状態のアセスメント(利用者の不安がリスクに対して妥当な不安か、何かしらの精神症状とし

て捉えるレベルのものか、心療内科や精神科へのリファーが必要かなど)です。また、必要に

応じてその利用者が持っているリソース(利用者自身の使える能力や、人間関係、社会資源な

ど)を探索していくことにもなります。

 必要な情報は中立的に伝えていくけれども、利用者が今後どうしていくかということは、援

助者が指示することではなく、援助者が一緒に考え、最終的には利用者自身が決めるという認

識が大切です。そうした作業は利用者にとって安心できる環境でないと進めることができませ

ん。プライバシーが守られた相談であることは大前提ですが、自分のことを非難されたり自分

の存在が脅かされるようなところでは、自分の気持と向き合い落ち着いた相談をすることはで

きません。相談においては利用者の話したくないことを無理には話させないという配慮も必要

になってきます。例えばMSM 中には、自分が同性愛者であるというアイデンティティを持っ

ていない人もいます。そういう人に性行為の対象が同性か異性かを言わせることは、その人の

アイデンティティを脅かすことになりかねず、安心して相談することができなくなる恐れがあ

ります。また同性愛者というアイデンティティを持っていても、自分が同性愛者で知られるこ

とで差別的な扱いをされることを恐れる人もいます。リスクアセスメントにおいて重要なこと

は、性行為の相手の性別というよりも行為の内容ですから、性行為の対象の性別を二者択一的

に利用者に言わせなくとも、行為内容だけでリスクアセスメントをすることは可能です。また、

女性で、具体的な行為の内容を口にすることをためらう人もいますが、無理に言わせなくとも、

粘膜部位の知識の確認をした上で、性行為の際 HIVの含まれる体液が粘膜に付くような行為

があったか確認するなど、援助者の工夫で相談を進めることはできるのではないでしょうか。

42

2)検査前(採血前)相談

 検査を受ける前の相談で必要なことは、検査を受けようと考えている利用者が、検査を受け

るかどうか決定するサポートをすること、そして、検査に対する誤解がないように、気持を落

ち着けて検査を受けられるようサポートすることでしょう。

 検査を希望している人の中には、正確な知識がないために、リスクがないにも関わらず不安

になって、検査を希望している人もいるかもしれません。また、HIVに関して「陽性であるこ

とがわかっても治療ができずに、すぐ死に至る病である」というような誤ったイメージを持っ

ているために、感染している心配はあっても、検査を受けるメリットが見つからないという人

もいるかもしれません。リスクや知識のアセスメントをし、適切な情報を提供することで、利

用者の不必要な不安を減らして、検査を受ける(受けない)決定をサポートすることができま

す。具体的な感染経路や感染の可能性、陽性になった場合の生活や受けられるサポートなどを

伝えることで、不必要な不安は低減されますし、感染後の経過や治療についてイメージを持っ

てもらうことで、検査を受けるメリットを感じられるのではないでしょうか。これらの提供を

行った上で、最終的に検査を受ける、受けないの決定をするのは利用者です。正しい情報を中

立的に伝えた上で、利用者の不安や心配を一緒に取り扱っていく姿勢が重要です。

 利用者が検査を受ける決定をした場合には、検査の流れや結果の意味などを確認しておく必

要があるかもしれません。検査に関わっていると当然のことになってしまい忘れがちですが、

「陽性」「陰性」などの用語の意味を、利用者が理解しているか確認できるとよいでしょう。特

に、迅速検査の場合は、擬陽性の可能性や確認検査が必要になった場合の流れについて理解し

ているか、しっかりと確認する必要があるでしょう。

3)採血後〜結果待ち時相談

 この時期の相談では、利用者が検査の結果を受け取ることができるようにサポートすること

がひとつのポイントになります。検査前相談と同様に知識やリスクのアセスメントをし、適切

な情報提供をして不必要な不安は減らしていくと、利用者は安心して結果を受け取りに来るこ

とができるようになるでしょう。

 今後の感染予防に向けた話をしておくのもよいかもしれません。不安の高い人にはあまり効

果的ではないこともありますが、結果がまだわかっておらず心配のあるこの時点は、HIVに対

する意識の高い時期でもありますから、利用者からの質問もでてきやすくなっています。利用

者の多くは不安や緊張から、検査スタッフの説明が頭に残りにくい状態になっています。基本

的な知識の確認は、採血前後と結果時と二度繰り返して伝えることができると、より知識とし

て定着すると思われます。

43

第二章

 利用者の心理とその対応

HIV検査利用者の心理状況とその対応のポイント

1

 通常検査の場合は、結果までに1週間以上かかることが一般的ですが、不安が高く結果まで

待てずに相談を希望する利用者もいるかもしれません。採血前後に相談ができれば、結果待ち

の時期にその人が使えるリソース(ふだん行っているストレス対処の方法など)の探索をして

おくとよいでしょう。結果待ちまでの期間に相談を受けることが難しい場合などは、不安が高

そうな利用者に電話相談を紹介しておいたり、精神状態のアセスメントをした上で、必要なら

ば医療機関を勧めておく必要もあるかもしれません。

4)「陰性」結果通知時の相談

 利用者は結果を聞いてほっととしているところですが、「今回は陰性だったけれども、今後

も陰性でいることが重要なので」と相談に導入していきます。どの利用者も感染したかもしれ

ない心当たりがあったわけですから、心配だった行為などを聞くことから予防相談へつなげて

いくことができます。知識のアセスメントをしながら、最低限必要な知識として、HIVが含ま

れる可能性のある体液(血液、精液、腟分泌液、母乳)が、傷口や粘膜を通して体内に吸収さ

れると感染の可能性が生じるという感染経路や、症状からは感染がわからないこと、感染して

から発病までは長期間を要すること、治療が可能であることなどを確認し、知識の補充をして

おきます。利用者は検査時に基本的な知識を聞いていたとしても、不安や緊張などから覚えて

いないことも多いので、ある程度知識を持っている利用者の場合でも、これらの基本的な知識

はこの段階で再確認しておくと、より知識として定着しやすくなります。

 知識の確認をした上で、今後の行動について利用者と一緒に検討をしていきます。リスクア

セスメントをして、これまでの行動のよかった点は支持しつつ、どうリスクを減らしていける

のかを検討します。コンドームの使い方や、パートナーへの話の仕方など、具体的な話がで

きるとよいでしょう。ここでも重要なことは相談の基本姿勢です。一方的なお説教やアドバイ

スでは、利用者は自分の行動の具体的な検討に至ることができません。自分のことを非難した

りする人の前では、自分の気持と向き合うことも今後の行動を検討することもできません。例

えば風俗店を利用している利用者に「風俗を利用しなければいい」とアドバイスしたとしても、

今後も利用しようと思っている利用者には何の意味もありません。利用者の立場に立って受容

的に話を聞き、一緒に考えていくことが大切です。

44

5)特別な対応が必要なケース

 精神状態のアセスメントにつながりますが、HIVに関する正確な知識を持っているにもかか

わらず、リスクに見合わない不安を訴え続ける場合などは、検査相談の枠内では対応が難しい

ため、精神科や心療内科の利用を勧める必要があるかもしれません。一時的にせよ、不眠や食

事が喉を通らない、仕事が手につかないなどの症状があり、日常生活に支障を及ぼしている場

合も同様です。リファー(紹介)が必要な場合は、利用者の立場に立って、利用者がリファー

先に放り投げられたという感じを持たないよう、丁寧につないでいく必要があります。また、

必須ではないかもしれませんが、統合失調症(分裂病)、発達障害(アスペルガー症候群など)、

気分障害(うつ病など)、人格障害などその人のものの見方や行動に特徴が出るものに関して、

精神医学・心理学的な知識を持っていると、予防に向けた行動変容に対して、より理解のある

対応ができると思われます。

 検査相談は性的な内容が含まれるため、虐待や性被害の話が出てくることがあります。この

場合も同じように利用者の意思を尊重しながら、必要に応じて関係機関につないでいく必要が

出てきます。しかし、こうした相談はいつ出てくるかわかりませんから、そのために必要な関

係機関の紹介先を事前に調べておく必要があります。

6)「陽性」結果通知時の相談

 自発的に検査を受けている人は、心当たりがあって検査を受けているわけですが、感染の可

能性を予想していたとしても、陽性であると告知されることはショックが伴います。ある程度

正しい知識を持っている人にとってさえ、HIVは完治することのない病気と認識されていま

すし、ましてや古い知識しか持っておらず、すぐ死んでしまうというようなイメージや、偏見

や差別にさらされるというようなイメージを持っていた場合には、そのショックも大きいかも

しれません。告知直後には、告知を担当している医師などの言葉は耳に入りにくくなっている

と思われます。告知後の相談担当者は、必要なことが覚えられているか確認しておくとよいで

しょう。病院を受診する必要性や意味、ウイルス量と免疫力の経過、治療の流れ、相談先を含

めたサポート資源などの確認をしておきましょう。検査が行われた場所でそのまま診療が行え

る場合は別ですが、多くの機関では紹介して病院を受診してもらう必要が出てきます。陽性告

知時の告知をした側の対応が、告知を受けた人のその後の病院を受診するまでの期間や受診に

対する態度に、大きな影響を与えていると考えられています。陽性であることを伝えられた人

が、しっかりサポートしてもらえた、今後もサポートしてもらえると感じられることが大切で

す。検査をしているその機関での継続的な相談が難しい場合でも、告知後の相談でしっかり話

を聞いてもらえたということが、今後の治療につながります。

 表面上は落ち着いている人でも、手元足下がおぼつかなくなっていたりすることも多くあり

45

第二章

 利用者の心理とその対応

HIV検査利用者の心理状況とその対応のポイント

1

ます。少し時間をとって、話す内容はなくとも一緒にいられるような落ち着ける空間を設けら

れるとよいと思われます。告知を受けた人が帰る際には、「頭がいっぱいのときには注意が散

漫になりやすいので、帰り道は信号などに気をつけて」などと一言添えるくらいの心遣いがで

きるとよいでしょう。

最後に

 もうひとつ大切な視点は、検査相談に関わる人の言動は、利用者を通して世論をつくること

にもなるということです。HIVに感染するのは問題のあることをした人だというような意識を

持っている人がスタッフをしていれば、検査を受けた人の中にHIV 陽性者を差別するような

意識が広がっていくでしょうし、セックスワーカーや風俗利用者、MSMを批判的に見る人が

スタッフをしていれば、利用者にもその意識が伝わることでしょう。差別意識や批判的な意識

が広まると、感染の可能性がある人たちは検査を受けにくくなってしまいます。ひいては、そ

のことが感染拡大にもつながります。たくさんの人が検査を受けることになれば、そこでのス

タッフの対応や発言が大きな意味を持ってきます。個人の価値観をすぐに変えることは難しい

ですが、まず、自分の性に対する意識、マイノリティに対する意識に気づいて、できるだけ中

立的な対応ができるように心がけたいものです。

東京都南新宿検査・相談室 角田洋隆

46

第2章

2HIV陽性者の心理状況とその対応のポイント

「陽性告知」の前に

 「HIV 検査利用者の心理状況とその対応のポイント」にあるように、HIV 陽性がわかるとい

うことは、その結果、場面だけが切り取られたものではありません。その人の人生における、

それまでのプロセスと、これからの人生の経過という一連の流れの中に「陽性告知」が存在し

ます。そのため、陽性告知を受けたとき、ある人は過去を悔やみ、ある人は将来を悲嘆し、ま

たある人は諦念し、ときには動じないことでこの衝撃的な事態を乗り切ろうとします。

 本節では、そのような陽性者と出会う援助者に対して、「HIV 陽性者の心理状況」と「その対

応のポイント」について述べていきます。本稿を読む援助者が、自分の活動と重ね、イメージ

を膨らませながら読み進めていけるように、まずは、事前に以下の内容を再確認することをお

勧めします。

「わたしの仕事は・・・」

① どんな場所で

② どんな役割で 

③ 誰に対し

④ 何を

⑤ どのような目的で

⑥ どのように行うか

⑦ その他

病院か、保健所か、電話相談か、NPO など

カウンセラー、相談員、相談担当者、専門家/ボランティア など

陽性者、家族、遺族、知人、その他周囲の人、スタッフ など

相談(対面、電話、メール など)

悩みの軽減、問題解決、関係機関への紹介 など

時間(定期/不定期/単発)、場所(固定/流動)、有償/無償 など

役割以外への対応方法、援助者の相談先、業務の結果の責任者 など

47

第二章

 利用者の心理とその対応

HIV陽性者の心理状況とその対応のポイント

2

●● HIV 陽性者の心理状況 ●●

 ここでは、HIV 陽性告知後から、時系列に心理状況とその対応を述べていきます。

1) HIV 陽性告知直後

 保健所など(一次機関)での告知直後の対応は前項(第 2 章1.HIV 検査利用者の心理状況

とその対応のポイント)に述べたとおりです。本項では、陽性告知を受けた後受診した医療機

関や利用した電話相談(二次機関)での告知直後対応について述べていきます。

心理状況

 告知時やその直後の陽性者の様子は、さまざまです。激しく動揺を表す人もいれば、淡々

とした様子に見える人もいます。後にそのときの自分の反応を、「意外な反応だった」「結果を

聞いた後、自分が何をどう考え感じ、振舞っているのかわからなかった」と語る陽性者もいます。

 陽性者がこの時期のことを後々話題にすることがあります。そこでは、告知直後というのは、

大変な衝撃を受けている(衝撃)、人とのつながり、人生のつながり、社会とのつながりが途

切れてしまったように感じている(離断感、喪失体験)、頭の中が真っ白になり、何も考えら

れない(思考停止)、死のことばかり考える(死への捉われ)、一方で健康や死に関して恐怖や

不安を感じる(死への恐怖)、理由なく不安になる(漠然とした不安、安全感の欠如)、生活継

続の心配(経済的・社会的心配)、誰かに知られてしまうのではないか(プライバシーの不安)

などという状況であることが語られます。

 このように、陽性告知の衝撃とは陽性者にさまざまな心理状況をもたらし、ときには自殺を

想起させるほどの衝撃にもなり得るのです。

対応:対面と電話相談

❶ 物理的環境

 この時期の陽性者に対し、援助者は、まずは陽性者が安心して安全に気持ちを語れる場や時

間を提供することが重要となります。

 対面式(直接陽性者と出会い相談を受ける)では、周囲に声が漏れない個室や出入りが特定

されない動線を工夫することが望ましいでしょう。しかし、物理的にそのような場所が提供で

きない場合は、中の会話が聞こえないようにBGMを流す、パーテーションや動線を工夫する

など、その施設でできる対応を検討するものも一案です。対面式で相談を行う場合は、正面に

座るよりも90 度の角度で座る方が、双方の緊張が和らぐと言われています。声の調子(声量、

トーン、ペース)については、陽性者が沈んでいる場合、援助者は励まそうとするあまり明る

い調子で対応し、陽性者の様子とかけ離れることがありますが、それはかえって逆効果です。

48

陽性者の表情、姿勢、声の調子を観察しながら、それに近い調子で対応していくと失敗が少な

いでしょう。また、陽性者が援助者から視線をはずせるような空間づくり(窓、HIVと関係の

ない絵など)もよいでしょう。陽性者の緊張をほぐし、気持ちの切り替えや、考えをまとめる

のを助けます。

 陽性者を迎えるに前に、援助者が陽性者の席に座り、周囲を眺め、「ここで陽性告知後の相

談を受けたらどんな気持ちだろうか?」と想像してみることも大切です。

 一方、電話相談の場合は、声を頼りに互いの状況を確認していきます。聞き取りにくい、聞

き取られにくいのは当然よくありませんが、現在の電話の感度のよさから、陽性者が電話を通

して援助者の周囲の声を聞き取ることがあります。すると、「自分の話も誰かに聞き取られる

のではないか」と不安になることがあるようです。個室や専用の電話ブースが難しい場合は、

援助者の声量の調整、BGM、援助者同士の電話の方向など検討してみることが重要です。

❷ 実際の対応

 告知後の相談には、陽性告知に対する陽性者の理解、感情の整理を支援し、今後の生活につ

なげていくという役割があります。

 具体的には、陽性者に告知時の状況(情報)を尋ねることで、理解度や関心や印象に残った

内容を把握することができます。さらに既知の情報か未知の情報かを確認することで、感染に

まつわる本人の予見や環境(情報が得られるような生活であったか)を知ることも可能になっ

てきます。また、情報確認や検討の内容が、ある特定の話題(経済面、生死、告知)に集中す

る場合、陽性者がそれに対する関心、心配、不安を持っていることも考えられます。

 陽性者にとって、告知直後相談に乗ってもらい、気持ちの負担が軽減されても、告知体験は、

今まで人生の中で体験したことがない状況です。そのため相談中は援助者がいて保たれていた

自分の気持ちが、ひとりになった途端に保てなくなり、自分の感情に圧倒されることがありま

す。そのため、相談を終える前、電話を切る前に、援助者は以下のように陽性者の思考を日常

に戻していく手伝いをする必要があります。

 対面式では、帰路の方法を尋ね(質問例『ここから自宅に帰る方法(手段)はご存知です

か』)、安全に帰途につけるように支援します(ただし、自宅の住所を尋ねる必要はありませ

ん)。また自宅で不安になった場合の対処方法を話し合う、夜間帯や休日に利用できる相談機

関の紹介やパンフレットを渡すことも有効です。次回の約束がある場合は、「○日に来るので

すね。その日はどんな交通機関で来ますか?その前は何をしていますか?」など、次回までの

過ごし方を確認して一緒に考えていくことで、次回の約束までの生活の見通しを与えることが

できます。

 電話でも、電話を切った後の過ごし方(考えるのは翌朝以降にする、休養する、食事を摂る、

水分を摂る、眠る、など)を検討し、本人が安全に過ごせる手伝いをします。不安になった場

合の対処法を具体的に伝えておくことや、次回までの対応を具体的に伝えておくことは、対面

式同様有効です。

49

第二章

 利用者の心理とその対応

HIV陽性者の心理状況とその対応のポイント

2

 そのためには、援助者は①自分の役割の確認、②陽性者が利用できる資源の収集(パンフ

レットも含む)、③連携先の確認、などをあらかじめ準備しておくことが必要になります。

❸ 自殺予防の対応

 援助者が陽性者の相談において、「陽性者に自殺のリスクはないか」ということを確認して

いくことも重要です。自殺のリスクに関しては、陽性者から直接表現される場合(死にたい、

死について考える)がありますが、語られない場合もあります。その両方の可能性から、援助

者は自殺のリスクをアセスメントしていくことになります。

 具体的には、陽性者との話題において、一次機関から二次機関に至るまで、不眠や食欲減退、

気力減退など、いわゆるうつや自殺などで話題となる変化や状況が継続していないか、その状

況があった場合、状況に対する本人の自己認知が適切か、支援を求めようとしているか、将来

に対する見通しをどのように持っているかを把握していく中で明らかにしていきます。しかし、

このような作業は精神科診療や心理カウンセリングの専門家でない場合や、トレーニングを受

けていない援助者には対応が難しいものです。そのため、自殺のリスクが考えられる場合の対

応をあらかじめ施設内で検討しておき、陽性者に提示できる資材の準備や連携先、紹介先を確

認しておくことが重要です。

2)HIV 陽性告知から服薬/治療開始までの間

 この間の時間経過は、陽性者の健康状態により異なります。早い人では即日入院となり、日

和見感染症などの治療に一日も早く取り組まなければならないことがあります。遅い人では10

年以上経過しても服薬開始とならない場合があります。ここでは、時期を分けて心理状況と対

応を述べます。

告知後まもなく服薬/治療が必要な場合

心理状況

 この状況の陽性者は、治療や健康状態に由来する不安や動揺を感じています。ときにはHIV

以外の治療が先に行われることもあり、その状況とHIV 陽性をどう心の中で整理していけば

いいのか、悩む人も少なくありません。さらに、治療に伴う身体的苦痛や不安、それらを通し

て「本当に自分は治るのだろうか」という将来への不安が強くなる傾向があります。また、若

い陽性者の中には、「突然陽性告知を受け、入院となった」という一連の出来事に大きなショッ

クを受け、入院中、些細なことに過敏になったり、医療スタッフに対し一時的に依存的になる

場合があります。

50

対応

 告知直後、陽性者の身体状況から、必要に迫られて何らかの治療が開始された場合、本人の

病気に関する情報の理解や気持ちの整理が十分できないまま、状況は変化していきます。特に

治療の経過や来院時の病状により、本人と会話ができない場合、この傾向は顕著になります。

陽性者は、時々清明さを取り戻す意識の中で、自身の健康やHIV 感染、生死にまつわる不確

定な疑問を思い起こし、自分の現状に圧倒され、気持ちの整理が十分にできないということも

多くあります。このようなとき、援助者がその医療機関で会うことができる立場であれば、治

療状況とプライバシーに配慮しながら、本人との時間を短時間でも持つことが重要になります。

なぜなら、面談という形を取れなくとも、自分が辛いときにその状況を少なからず理解し、そ

ばにいてくれる存在がいること、相談したいときに相談できる相手が明確になることにより、

陽性者が支えられるからです。

 また、そのときの様子をほかの医療スタッフにフィードバックしたり、援助者がほかの医療

スタッフから陽性者の状況を教えてもらうことを通して、チームスタッフとの交流が図ること

ができます。チームスタッフは援助者の情報によって陽性者への理解が進み、陽性者の支援が

行いやすくなりますし、援助者はチームに支えられながら、陽性者を支えていくことができる

ようになっていくからです。

 しかし、陽性者の身体症状が出ていて、相談の時間が十分に取れない状況では、援助者は自

分のできることが限られているので、対応を焦ってしまいがちです。その場合も、援助者は陽

性者の回復を待ちつつ、チームとの連携を図り、陽性者の状況に合わせた支援を提供し、相談

体制をつくっていくことが重要となります。

告知から服薬開始まで年単位での時間がある場合

心理状況

 HIV 陽性者は、徐々に以前と変わらない(あるいはほぼその状況に近い)生活や人間関係を

取り戻す中で、告知直後の衝撃を緩和していきます。そのときに、告知直後には衝撃の強さの

ため語ることができなかった心理的動揺や、心理的課題が語られることがあります。このよう

なときも、告知直後の支援と同様に、陽性者が語りやすい物理的な環境を整え、支援を実施す

ることが重要です。

 また、告知直後に語ることができなかった気持ちを語ることでカタルシスを得る陽性者がい

る一方で、告知後の衝撃を再び思い出したり感じることで、再び混乱する可能性もあります。

そのため援助者は落ちついてきたからといって陽性者の気持ちをむやみに聞き出すようなこと

は控えた方がよいでしょう。

51

第二章

 利用者の心理とその対応

HIV陽性者の心理状況とその対応のポイント

2

対応

 上述のように、この時期の陽性者には、今まで感じないようにしていたことを感じること、

話せなかったことを話せるようになったことが生じてくることで、それらに起因する一過性の

強い不安を抱くことがあります。それが援助者にとって、役割として対応すべき範囲や内容で

ある場合は、陽性者の不安な気持を整理することを手伝う、一時的にそのような不安を持つこ

とがあることを伝える、日常生活を送れるよう支援するなどしながら、不安の軽減をしていき

ます。その一方で、専門的支援が必要な場合は、陽性者にその旨伝え、専門家につながる支援

に取り組んでいきます。

 また陽性者の中には、病状や生活が落ち着いていく中で、相談を不要と伝えてくる人もいま

す。その場合は、相談のあり方について陽性者と相談する場を設け、陽性者のセルフマネジメ

ントやサポート体制、援助者を含めた相談先の具体的な利用方法を再確認していきます。その

上で、今後も希望により相談再開が可能である「開かれた終結(オープンエンド)」が可能であ

ることを陽性者に伝え、陽性者と現時点での相談の持ち方について決定していきます。

 どのような状況でも、陽性者が相談を再び利用したくなった場合の具体的な手続きが提示さ

れていることや、援助者が対応を安心して行えるようにあらかじめ自らの役割の確認や専門家

へのリファーラルの方法を職場で決めておくことが重要です。

3)服薬開始前後

心理状況

 「服薬開始は二度目の告知」という表現があります。陽性告知を受けてから数年、定期受診

以外は生活の変化を感じなかった陽性者でも、些細な体調の変化から「感染しているからか?」

「病気が悪くなったのでは?」という不安を抱くことがあります。服薬開始前には、徐々に低

下していく免疫力と上昇していくウイルス量に、内心戦々恐々とします。服薬はその延長線

上で始まります。自分の健康維持のためとは言え、「薬を飲むたびに感染を思い出す」日々で

しょう。一方で「これでこれ以上悪くことはないのだろう」という安心感が生まれることもあ

ります。しかし副作用が出てきた場合は、「治療してかえって悪くなった」と感じたりもしま

す。このような中、長期服薬に伴う体調の変化や飲み疲れも出てきます。

 受診を続けていく中で、治療を検討したり始めるときに、陽性者が感染にまつわるさまざま

な思いや生活環境などから、受診や治療に否定的な感情を持つことがあります。そのような場

合、当初は「そんなことを考えてはいけない」「色々考えないようにしよう」などと意図的に自

らの考えを打ち消すことがあります。しかし時間が経過すると、意識から打ち消された感情が、

受診が不定期になってくる、アドヒアランスが低下するといった形で、行動として現れてくる

場合があります。

 また、告知後間もなく入院、治療が始まり、当初はスムーズに飲めていたのが、徐々に飲め

52

なくなる場合があります。これは初期段階にHIVに関する情報の整理や気持ちの整理の作業が

治療のためできないままで経過し、やがて体調は治療により改善していったため、陽性者の中

に知らず知らずのうちにHIV 感染症や病気に対して「不調が起これば病院で対処してもらう」

という行動パターンができてしまったためと思われます。心身の不調が生じたとき、病院を利

用するのは有効な手段ですが、HIV 治療では陽性者がセルフマネジメントの一貫として服薬を

続けていくことが重要になります。それは治療(ケア)であると同時に予防でもあります。セ

ルフマネジメントの視点を本人が持つことができるよう支援することも重要です。

対応

 この時期の対応としては、陽性者が自分の健康について考え、行動を起こすことを支援する、

セルフマネジメントを援助者が支援していくことが重要になります。具体的には、陽性者が、

治療に対する前向きな考えだけでなく、否定的な考えを含めたさまざまな想いを語る場や相手

が保障され、その想いを「これからの健康に生かすためにはどうしたらいいか」にむけて検討

していくことです。

 チーム医療の中で、医者の前では「頑張ります」と話した陽性者が、コメディカルに対し「本

当は頑張りたくない。飲みたくない」と語る場合があります。この場合、「飲みたくない」と聞

いた援助者は、医者との対立を促すのではなく、陽性者が自らの治療に対し何らかの考えを

持っていることを評価し、その「『自らの健康を考える姿勢』」を陽性者の健康につなげていく

には、どのように考え行動していけばいいか」を具体的に話し合います。

 直接該当する医療者と治療について話し合いをすることが、状況を好転させる場合もあるで

しょう。そのようなとき、援助者はあらかじめ陽性者とは医療者との話の進め方を検討し、医

療者には伝えられる範囲で概要を説明して、双方の話し合いが円滑に進むことを支援します。

 また、陽性者の病気にまつわる感情や環境、精神疾患などが受診行動に影響している場合が

あります。援助者は、陽性者の医療に関連したさまざまな感情をHIV 治療という関係のみで

聞き取るのではなく、あらゆる可能性から検討し、中立的な態度を取るようにします。

4)エイズ発症

心理状況

 陽性者の中には、エイズ発症状態で感染がわかる人がいます。その場合、より「死」がクロー

ズアップされます。何らかの治療が開始されれば、「エイズだからこのような治療が始まるの

か」とさらにその想いを強めることがあります。

 ある陽性者は、「エイズ発症」に驚き、恐れを抱きつつも、治療ができること、回復してい

くことに向けて積極的に取り組んでいきます。それは、エイズ発症をきっかけに、その人なり

に生きる目標を見出し、取り組んでいくプロセスです。しかし別の陽性者では、感染を知って

から何らかの理由で長期間医療機関に受診していない、または継続受診が困難になっていた結

53

第二章

 利用者の心理とその対応

HIV陽性者の心理状況とその対応のポイント

2

果、「エイズ発症」で再び医療機関を訪れる場合があります。このような陽性者では、エイズ

発症が伝えられた場合、治療を受けないことを選択したり、受診しても治療について医療者と

意見が異なる場合が出てきます。

 しかし、どのような場合でもこの時期の陽性者にとっては、「死」がクローズアップされる

中で、自分なりの生き方を模索していく時期でもあります。また、この時期に入院している陽

性者は、当人にとっては生死の境に近いところで「いかに生きていくのか」ということに日々

取り組んでいるため、医療スタッフに対し過敏な反応を示したり、受動的であったり、無気力

であったり、と反応はさまざまです。その人の本来持っている性格や傾向が強く出る場合も多

い時期です。

対応

 「エイズ発症」「エイズ」という言葉は、この時期の陽性者にとってはことさら重い意味を与

えます。明るく振る舞っていても、それは「深刻にするのは、かえって辛すぎる」という理由

のときもあります。援助者は陽性者はどのような様子で「エイズ」「HIV」という言葉を使って

いるか、または、ほかの人に聞かれることがない場合でも「あの病気」などと使うことがある

か、発言前に一瞬のためらいが見られなかったか、などに関心を払い、陽性者の病気や現状へ

の捉え方を把握した上で、対応していきます。

 また、この時期に治療を受けないという陽性者もいます。その場合、陽性者が治療の医学的

な内容や必要性を全く理解していないというわけではありません。むしろ「わかっていてもし

たくない」「自分としては別の方法でやりたい」という場合も考えられます。そのような陽性

者に対し、いきなり「治療すべき」と話題を提示しても、陽性者の気持ちを聞く環境はつくれ

ません。「なぜ治療をしないと考えるのか」ということを確認していく経過で、誤解や情報不

足があればそれを補い、心情的なものであれば、その気持ちを聞いていき、さらに「陽性者の

健康を目指して」検討していくことになります。

 陽性者の身体状況によっては、時間が限られている場合もあると思います。この場合、ほか

の時期同様、チームで役割分担し、連携して陽性者を支援していくことで、時間を有効に使い

ながら上述の作業をしていくことが可能となっていきます。

 治療を積極的に取り組んでいる人もそうでない(ように見える)人も、治療や健康状態につ

いては意識しています。過敏になってしまう意識を和らげ、落ち着いて考えることを助け、セ

ルフマネジメントの力を引き出せるような相談体制をつくることは、援助者の重要な役割とな

ります。

54

●● 最後に ●●

 以上、陽性者の心理状況と対応について述べてきました。「HIV 感染の事実がわかる」とい

うことは、すべての陽性者に何らかの心理的な変化を引き起こします。それは、本人や周囲が

すぐに気づくこともあれば、ライフイベントや治療の経過といった時間経過の中で明らかに

なっていくこともあります。

 「HIV 感染の事実がわかる」ということから始まる心理プロセスは、告知直後の混乱が沈静

化しても、感染の事実が消えない限り、なくなることはありません。また、陽性者一人ひとり

の背景や心理プロセスは異なります。パートナー告知を例に考えてもわかるように、優先順位

や対応のポイントは個人個人で異なってきますので、現場ではマニュアルを応用した個別の対

応が求められると思われます。そのようなときも、最初に確認した自分の援助者としての立場

を踏まえた上で、取り組んでいくことが重要です。

 私たちは、困難な状況では、「困難さ=解決できない」と一直線の思考になりがちです。し

かし困難な状況こそ、解決と思われる事態にはさまざまなバリエーションがあること、解決の

糸口は陽性者の中にあること、陽性者が「前進していく力」を持っていることを信じ、できる

ことから一つひとつ、陽性者や周囲の人と一緒に陽性者支援を進めていくことで、事態は前に

進んでいくと思われます。

 以下に今までの内容を筆者の所属する医療機関におけるカウンセリングプロセスとして説明

しています。

独立行政法人 国立病院機構 九州医療センター 辻麻理子

スタッフから患者の情報を収集し、ある程度の状況把握をする

① 診察での話題

② 健康状態

③ 治療の見通し

④ 疾患理解

⑤ 生活場面

②以下の内容に加え、自殺念慮などの危機介入など

AIDS 発症の有無、HIV ウイルス量、免疫力(CD4 値)、 合併症、病状変化、精神障害

服薬開始、服薬維持困難、現在出ている症状と治療、副作用、治療効果の実感の乏しさ

患者が自分の健康状態をどのように理解しているか、 HIV 感染症の知識の正誤

仕事、学業、恋愛、ライフイベント(結婚、妊娠、出産など)、 人間関係、告知、性指向、プライバシー、治療と生活、経済面、外国籍、薬物問題、独居、未成年、介護、予防行動

参考:拠点病院におけるHIV カウンセリングのプロセス

55

第二章

 利用者の心理とその対応

HIV陽性者の心理状況とその対応のポイント

2

状況把握を受けて、スタッフとリファーやリソースの確認

*「誰が、いつ、どのような形で、患者を支援するか」

*「カウンセラーまたはカウンセリングの中で取り扱うべきか、他のスタッフや時機   にする」

以下の点についてチーム内で検討(カウンセリング実施前後)

カウンセリング

①(2)までを踏まえた状況把握と実際のカウンセリング場面での患者の様子の相違

② カウンセリングでのカウンセラーによる見立てと確認

③ 以上のプロセスの繰り返し

④ 次回の診察までの生活の見通しの確認

患者の心理的背景に注意を払いつつ、主訴、テーマを患者と検討することと並行した作業

スタッフへの報告と検討

① カウンセリング前の状況把握や検討について、カウンセリングによる

  アセスメントをスタッフに報告

② カウンセリングで新たに明らかになった課題などを含めた情報共有と

  今後の対応の検討

③ 健康問題については、状況に応じて再診察の検討、実施

守秘義務を遵守した上でのチームでの情報交換

56

第2章

3精神症状の理解とその対応〜電話相談の困難事例を中心に〜

1) 電話相談がスムーズにいかない心の問題を抱えた人たち

 利用者が電話をかけてくる背景には、何らかの不安があります。語られる内容に援助者は耳

を傾け、不安に共感するとともに話の内容を整理し、必要に応じて説明や保証、助言を行いま

す。その結果、当初あった不安が軽減されて相談が終了することになります。ところが、こう

した電話相談の流れが、スムーズにいかない人たちもいます。その多くは、さまざまな心の問

題を抱えた人たちです。その病理的な特徴を理解し、その特徴に合わせた対応をすることが、

そういった人たちの相談では必要となります。ここでは、問題となることの多い3つの病理を

取り上げ、その特徴と対応のポイントについて述べていきます。

2)通常の電話相談で、不安が軽減しない人たちとその対応について

❶ 強迫的な人たち (強迫性障害)

 家を出てからしばらくして、ドアに鍵をかけただろうかとふと気になり、大丈夫なはずと思

いつつも不安をぬぐい切れず、引き返して戸締まりを確認する、誰にでも覚えがあるこういう

事態が、広い意味での強迫現象です。一度の確認ですめば問題ありませんが、いくら確認して

も安心できず、確認を繰り返すとなると病的な強迫ということになります。強迫的な人は、現

実のもつ不確実さ、曖昧さを適度に無視して安心することができません。そのために過度の確

認をしたり、曖昧さの残らない完璧な状態を求める傾向が強いのです。

 強迫の病理を持った人が、病気に対する不安を抱え電話相談をしてくる場合、典型的には次

のようなパターンになります。不安を解消したくて電話をしてくる利用者が求めるのは、「絶

対大丈夫」という保証です。それに応えて援助者は、必要な情報とともに、不安に対しては保

証を提供します。その結果利用者は納得し、ある程度安心を感じます。しかし、強迫的な人た

ちの心は、そこでとどまることができません。再び「でも、ひょっとして」というように不安

57

第二章

 利用者の心理とその対応

精神症状の理解とその対応〜電話相談の困難事例を中心に〜

3

を感じてしまうのです。そのため、もう一度保証を求めることになります。援助者は、もう一

度同じ説明をし、また同じようにつかの間の納得と安心は得られるわけですが、「でも、でも、

ひょっとして」という形で、みたび不安が出てきてしまい、結局振出しに戻ることになります。

これが際限なく繰り返されることになるのです。

 強迫的な人においては、1 回の電話相談でその不安が解消することはないと考えておくべき

です。親切な人ほどつい時間をかけて熱心に、何とかその人を安心させてあげたいと思いがち

ですが、実際は、時間をかければかけるほど、不安と保証のループがどんどんぐるぐる回り続

けるということになってしまいます。しかも、時間が経つにつれ、援助者の方に次第に余裕が

なくなり、同じ不安の訴えが繰り返されることに、次第にうんざりしてきます。そしてその気

持ちはどうしても声や口調に出てしまいます。これは、援助者の提供する保証の質がだんだん

悪くなっていくことを意味します。その結果、利用者側はますます不安を募らせるという悪循

環が成立してしまうのです。

 強迫的な利用者への対応において大切なのは、強迫の「無限ループ」にはまらないよう気を

つけることです。そのためには、相手の確認に対して、淡々と同じ調子で保証を繰り返すこと

です。「淡々と」話すことで、保証の質に一貫性を持たせやすくなります。その際注意すべき

は、「淡々」と「冷淡」の違いです。「冷淡」な口調は、相手に察知され、不安や不信感を強めま

す。「淡々とした対応」の背景にあるのは、相手の病理を理解した上で、このような対応の方

が相手の不安をあおらないですむという判断であり、つまり相手への優しさなのです。

 また、強迫的な人を無理やり納得させようとしないことも大切です。強迫は、不安を背景に

した強いこだわりですから、そのこだわりに対抗して無理に説得するようなことになりがちで

す。これは無効ですし、かえって相手のこだわりを強くしかねません。

 最後に、相談に時間をかけ過ぎないことです。時間をかけると、どうしても強迫のループが

回って保証の質が悪くなるからです。あえて時間をかけ過ぎないという意識を常に援助者の方

が持っていることが必要でしょう。

❷ 妄想的な人たち (統合失調症・妄想性障害)

 妄想とは、「訂正不能な誤った確信」と定義されます。妄想を主症状とする精神疾患の代表

が統合失調症です。統合失調症の場合は、妄想のほかに幻覚や思考障害、感情の障害なども見

られますが、妄想のみが症状の場合は妄想性障害と呼ばれます。   

 定義のとおり、妄想の内容は、いかなる理性的説明、説得、共感的理解をもってしても揺ら

ぐことも訂正されることもありません。したがって、通常の相談で妄想内容そのものを変化さ

せることはできません。本人が相談したいのは、妄想内容の真偽ではなく、妄想に伴う不安や

恐怖なのです。自分がHIVに感染しているという妄想の場合、感染はすでに事実であり、その

事実にもとづく今後の不安や恐怖、とるべき対処、あるいは自分に感染させた(と思い込んで

いる)誰かへの怒りなどが相談内容ということになります。援助者としては、相談の内容から

感染の可能性が極めて低いと判断すれば、誤った思い込みを正そうと努力するのは当然ですが、

その思い込みが妄想レベルと判断できないと、決して揺るがない利用者の態度に強い無力感を

58

覚えることになります。一方利用者にすれば、自分にとっては明らかな事実を援助者からしき

りに否定されるわけで、「この人はわかってくれない」という思いを抱くことになり、双方に

とって不毛な電話相談となってしまいます。

 では、妄想的な人への対応はどうしたらいいでしょう。まず、妄想の内容については、安易

に肯定しないのはもちろんですが、強く否定すること、説得しようとすることもさけるべきで

す。また、妄想を抱いてしまっている人の、人格を否定するような発言も無論慎しむべきです。

妄想にもとづく不安や恐怖を明らかにし、そこに共感することが大切です。その上で可能であ

れば精神科医療機関への相談を勧められるとよいでしょう。妄想の修正、消失には精神医療の

専門家による薬物療法が必要だからです。

❸ 境界例的な人たち(境界性人格障害)

 我々の常識で考えると、その人の性格傾向や行動傾向が、通常の範囲から逸脱しており、そ

れが持続的な傾向として見られる場合、人格障害と呼ばれます。その代表が境界性人格障害、

あるいは境界例と呼ばれる人たちであり、電話相談でしばしば援助者の悩みの種となります。

 境界例とは、常に感情が不安定で、自分で自分をなぐさめる、なだめるということが極めて

苦手な人たちと言っていいでしょう。不安やさびしさ、落ち込み、怒りといったネガティブな

感情状態を、ひとりそのまましのぐことができず、即時的な解消を他者との関係の中に求める

のです。しかし現実にはそんな要求が満たされるはずはなく、満たされない怒りを相手に向け

る傾向があります。したがって、他者との関係は常に不安定なものになります。また、境界例

の人は「別れ」が苦手です。他者と出会うことで生じた二人の間の関係が、別れた瞬間に消え

てしまうような心細さ、見捨てられるような不安を抱いてしまうのです。特に相手との関係が

ある程度深まると、別れること、見捨てられることへの不安から相手の気持ちを試したり、怒

りをぶつけたり、相手の身動きが取れなくなるような極端な手段を用いることもあります。電

話相談においては、この別れることへの抵抗が、電話をなかなか切れないという形で、しばし

ば現れることになります。

 こういうタイプの人たちが、感染に関連した不安を訴え相談をしてきた場合、はじめは「どう

にかしてあげたい」という感情が強くかき立てられることも多いようです。相談業務についてい

る人が持っている他者の役に立ちたいという思いが、境界例の人たちが向けてくる依存的かま

えに反応しやすいのでしょう。ところが、一生懸命対応しても、相手が満足することはありませ

ん。むしろ話しが長くなるにつれ、こちらを責めてきたり、親身に心配してくれているのか試す

ようなことをい言ったり、脅迫的な言葉を吐いたりするようになります。こうなると援助者はう

んざりしてきますし、怒りや恐怖の感情がかき立てられることになります。そしてこちら側の

そうした感情の変化を敏感に察知して、自分が見捨てられるのではないかという不安を、境界

例の人は募らせます。そしてさらに援助者を試したり、攻撃的なことを言ってしまうという悪

循環に陥っていきます。こうなると電話相談が泥沼のような様相を呈すこともあるのです。

 自分の抱える問題を、適切な距離をもってながめ、援助者の助けを借りて解決しようという

スタンスを、境界例の人はなかなかとることができません。今、自分が抱えているもやもやし

59

第二章

 利用者の心理とその対応

精神症状の理解とその対応〜電話相談の困難事例を中心に〜

3

た嫌な感情を、目の前にいるあなた(援助者 )が解決してくれという態度にどうしてもなりが

ちなのです。その態度に援助者が呼応してしまうと、問題解決の責任が援助者側に移行してし

まいます。しかも解決すべき問題が当初の相談内容から、利用者の情緒的問題へとすりかわっ

てしまいます。

 境界例的な人との対応の基本は、このパターンにはまらないように気をつけることです。具

体的には、援助者は、本人がそもそも電話相談の入り口として差し出してきた相談内容にこだ

わることです。ここで扱うべきは、あなたの情緒的不安定性ではなく、あなたが今相談して

きたその内容であり、それを一緒に考えましょうというメッセージを発し続けることです。そ

ういう対応に反応して、境界例的な人はしばしば援助者に対して「冷たい」とか「本当に私の

ことを親身に考えてくれているのか」といったことを言いがちですが、その物言い自体が、何

とか二者関係の世界で情緒的満足を得ようとする境界例的な欲求の現れとあらかじめ認識し、

淡々と対応することが大切です。また、こちらが提供できるサービスの限界を明確にすること、

必要に応じて相談の時間を設定することなどを通して、相談に一定の枠組みを設定することも

有効です。別れが苦手、という特徴から考えると、電話の切り際に気をつけることも大切です。

もう終了にしようとしても、なかなか切りたがらない相手の態度にこちらの情緒がかき乱され

ると、その揺れを敏感に察知して、また感情的に何かを言い始めるというようなことがありま

す。なるべく一貫した淡々とした態度で終始できることが望ましいでしょう。

3)そのほか対応についての覚え書き

❶ 病理をどうみきわめるか

 これまで述べてきたような病理に関する知識を持っていることは前提となりますが、実際の

電話相談においては、いつもの電話相談とどこか違う、と感じたら、まずその感覚を大切にす

ることです。そして少し気持ちを引いて、どこが「違う」のか自問し、自分と利用者のコミュ

ニケーションのパターンを観察してみるとよいでしょう。そうすることで、病理的パターンを

見きわめやすくなると思います。

❷ 強迫と妄想の区別

 こちらの説明に納得せず、同じ内容が繰り返される場合、それが「強迫」によるのか「妄想」

によるのか区別する必要があります。強迫的な人は、心配の不合理性について、知的な理解は

できるのに対して、妄想の人は、論理的説明もはじめから受けつけないという点が大きな違い

です。また、強迫的な人は、こちらに確認や保証を求めてくるのに対して、妄想の人は、求め

てこない(本人にとっては「事実」だから確認を必要としない)という違いもあります。訴えて

くる声、口調にも差があります。強迫の人の訴えの背景には不安がありますから、訴え方も情

緒的です。妄想的な人の訴えは、文字通り「憑かれたような」平板で一本調子の声と口調で語

られることが多いのです。    

60

❸ 相談の目標をどこにおくか

 これまで述べてきたような病理を抱えた人との電話相談においては、相談の目標をどこにお

くか、ということが重要になります。それぞれ病理は違いますが、いずれも通常の形で相談を

進めることが難しく、しばしば悪循環のループにはまってしまい、その電話相談の行き着く先

が見えなくなりがちです。それを防ぐための心構えとして、この相談はどこまでいったらよし

とするかという目標を、大枠としてこちらが持っておく必要があるということです。実際には、

相手の不安(不安定さ)が、電話をかけてくる前よりも高まらないことを目標にするのがよい

でしょう。一見後ろ向きの目標のようですが、決して易しいことではなく、電話をかける前よ

りも利用者の不安や不安定さが増して終わることも多いと思います。これは、こちらの対応の

問題以前に、相手がもっている病理にそういう性質があるのだと認識しておくべきです。です

から、せめて相談をしたことで不安が増さず、より不安定にならなかったら一応その電話相談

は成功だったと思ってよいのです。援助者のメンタルヘルスを維持する上でも、この考え方は

大切だと思います。

❹ 援助者はストレスマネジメントに心がける

 以上述べたような難しい事例の問題点を見きわめ、適切に対処するには援助者側の「ゆとり」

が大切です。そのためにも、日ごろから自らのストレスマネジメントに気をつけ、難しい事例

はひとりで抱え込まず、積極的に周囲に相談することを心がけるとよいと思います。

千葉大学 花澤寿

▶ 参考資料・情報 ◀◇「精神療法面接のコツ」 神田橋條治 岩崎学術出版社 1990◇「看護のための精神医学第2版」 中井久夫、山口直彦 医学書院 2004

相談のヒント編

第 1 章 相談とは何か

1.相談の基本姿勢

2.電話相談の特徴と課題

3.相談という援助の限界:スーパービジョン、紹介(リファー)、 ネットワークという対処の方法

第 2 章 援助・相談体制を目指して

1.チーム医療

2.地域で活動するということ:ネットワークづくり ―地域資源の情報収集・開拓・育成そして啓発活動―

3.各職種別の相談への姿勢〜その役割や課題〜 ●看護師●保険師●カウンセラー●ソーシャルワーカー●NPO

61

62

第1章

1

相談の基本姿勢

●● 相談で何を大切にするか ●●

1)相談が目指すもの

 HIVの分野でも「相談」という活動がいろいろな場面で取り上げられています。検査の場、

電話対応の場、医療の場、介護を含む地域支援の場と、その場面は違っても、支援の重要な

方法のひとつとして「相談」の活動が必ず含まれています。この相談業務を大別すると、次の

3つになります。

◎ 相談業務の3つの種類

❶ 正確な情報提供

 相手の理解度を確認しつつ、利用者が求める情報を正確に伝える。

❷ 心理的な支援

 利用者の不安感や恐れ、孤立感などを受けとめ、その気持ちを整理しつつ、次の方向性を一

緒に考える。

❸ 紹介

 利用者の益になるところへ利用者をつないでいく。紹介の意図、紹介先の情報を利用者に十

分に伝える。

相談とは何か

63

第一章

 相談とは何か

相談の基本姿勢

1

◎ 相談業務が目指すもの:利用者の自立

 この3つの活動(支援)に共通する姿勢については後述しますが、ここで、大切であるにも

かかわらず、つい見落としてしまうテーマを最初に押さえておきたいと思います。それは、私

たち援助者は相談という活動を通し何を目指すのか、というテーマです。この問いかけに対

し、例えば、利用者の負担を軽減する、気持ちを楽にする、輪を広げるなどいろいろな答えが

あるかもしれませんが、相談は、援助を提供する対象者(ここでは「利用者」)の自立を促すこ

とが最終の目的であることとをまず確認したいと思います。援助者はともすればこの「何のた

め」という目的を忘れがちになります。目の前の利用者の問題が大きければ大きいほど、その

「解決」に一生懸命になります(もちろん、その姿勢は大切です)が、その熱意があまりに強い

と、いつの間にか利用者の問題解決の肩代わりをして、結果として利用者の依存を引き出して

しまうという事態を引き起こすこともあります。もともとは利用者が自分の問題ときちんと向

き合えるよう側面から支援するつもりが、自分がその利用者の立場と入れ替わり、代弁者のよ

うな役割を担ってしまうという状態です。利用者の自立、言い換えれば、その人がその人らし

く、自分自身を信頼しながら生きていけるような状態を目指すこと、そして援助者はあくまで

黒子であること、援助とは一過性であり、利用者が主体的に病気や自分の課題に取り組めるよ

うになったときに、援助は終了するものであることを意識していければ、援助(相談)の基軸

が定まり、ブレが少なくなると思います。

2)「相談」と「管理」・「指導」の違い

 もともと援助する側と援助を受ける側(利用者側)の間には、自ずと上下関係が発生します。

提供する側のほうが、情報や知識を持っているため優位に立ちますが、その優位性を強力に発

揮する場合は、その活動は「管理」「指導」という対応になります。そのような優位性を意識的

に弱め、利用者と対等の関係に近づく活動が「相談」と言えます。相談では、援助者が関係を

コントロールするのではなく、利用者の能力(成長、気づき)を信頼しつつ、ともに問題を解

決しようとする共同作業を重んじます。管理や指導では、最初から答えはある程度決まってい

ます(「~すればよい」という方針などが定まっていて、そこにどう利用者を導くかという方法

です)が、相談では、ともに解決方法を模索し、そのプロセスの中で利用者が下す決定を、自

己決定として尊重します。相談の前提条件となる守秘義務(プライバシーの保護)は、利用者

が安心してこの作業に取り組むための基盤となります。

64

●● 相談の基本手法 ●●  3つの基本手法について、以下に説明を加えます。

❶「聴く」

 この作業が相談のもっとも大切な行為です。 こちらの意思で積極的に相手の訴えに耳を傾

ける態度を「積極的傾聴」と言います。

 自分の想像力をフル回転させ、利用者の状況や感情を察していきながら、相手の本当に言い

たいことを聞き取る作業は集中力を要します。単に利用者の言葉を聴き取るのではなく、言葉

の裏(奥)に含まれた感情を読み取る作業も、この「聴く」という作業に含まれます。

❷ 「観る」

 利用者の世界に近づく「聴く」行為と同様に、忘れてはならないのが「観る」という行為です。

これは、利用者を観察の対象として、一歩離れた所から眺め、客観的に理解する作業です。

 冷静な目で相手の表情や動作を観、また話の内容を吟味することで、利用者の理解を深めま

す。また、自分自身を観察の対象として、利用者への関わりや援助目的を、相手との関係性の

中で検討していきます。

 自分に溺れず、自分の限界を知りながら、援助がより効果的なものになるために必要な行為です。

❸「返す」

 私たちは、日常言語と非言語の2 種類のメッセージを利用者との間で交わしています。送り

手の方は、特に非言語のメッセージを無意識に相手に送っている場合が多いのですが、受け手

にとってこのメッセージは、かなり強い影響を与えます。自分の放つ非言語のコミュニケー

ションの影響を理解しておくことは、より的確な「返し」に役立ちます。

 また、言語的返しの場合、解答よりも利用者の話を促し、話の整理づけを助けるような返し

の方が、利用者にとって有益なときがあります。

 「急がば回れ」の諺のように、利用者の話を、確認/明確化/要約で返していくことで、利

用者自身の問題理解が深まり、その後に本人が自分で問題解決の糸口を見出すこともあります。

こちらからの保証や承認も、利用者の大きな力になる場合があります。

 

 実際の業務で、この基本手法をどのように活用しているか、どの手法が難しいかを振り返っ

てみることは、相談のスキルを向上させるのに重要でしょう。

 職場の同僚などと、この3つの手法を、それぞれがどのように行っているか一緒に検討する

ことも、特に「観る」部分を育てるのに役立ちます。

財団法人 エイズ予防財団 矢永由里子

65

第一章

 相談とは何か

電話相談の特徴と課題

2

第1章

2

電話相談の特徴と課題

1)HIV電話相談の役割

 HIV 電話相談の利用者とその相談内容は、以下のように大別されます。

❶ 感染の不安を持つ人

 性的接触に関する相談(性行為による感染リスクの確認、身体症状への不安、自分の性行動

への後悔など)と、検査に関する相談(検査機関の場所や日程、検査の種類や信頼性、結果の

意味の確認、自分が受けるべき時期、受検への不安、結果待ちの不安など)が大半を占めます。

❷ HIV 感染がわかった人

 告知直後の精神的なショック、病気の経過への不安、治療や医療機関に関する質問、生活に

関する相談(就労、制度利用、社会資源など)などが寄せられます。

❸ 感染者や感染不安を持つ人の関係者(家族、パートナー、友人、職場の上司など)

 当事者への支援や問題対処の方法についての相談や、感染者に関わる上での不安の訴えもあ

ります。

 これらの相談に対して、それぞれの質問に丁寧に応え、心理的なサポートも提供することが

電話相談の役割です。身近な人や機関に直接相談できずにいる人や、インターネット上に溢れ

る情報の取捨選択が困難な人にとっては、電話による相談の距離感と個別対応がきわめて有効

な支援となります。その意味で電話相談は、エイズ対策全体の中で、検査機関や医療機関の手

の届かないところにある相談ニーズを補完する役割や、検査をためらう人を受検に、また受診

に至っていない感染者を病院に、そして孤立している人を地域の社会資源へとつなげていく橋

渡しの役割を担っているとも言えます。

66

2) HIV電話相談の具体的な機能

❶ 情報を提供する

 多くの場合、利用者の持つ不安や心配は、HIVについての知識や情報の不足によって生じて

いたり、誤解や偏見によって増幅されていたりします。正しい知識や情報を、個々のケースの

必要に応じてわかりやすく提供することは、電話相談の重要な役割です。

❷ 感情面に対応する

 利用者はHIVに関連したことを誰にも相談できず、ひとりで抱えこんでいる場合が少なくあ

りません。不安だけでなく、恐怖、罪悪感、孤立感、怒り、焦りなどさまざまな気持ちを味わ

い、それに圧倒されて客観的な判断力を失っている場合もあります。そのようなときには、ま

ずは相談にアクセスした勇気をねぎらい、動揺や混乱を受けとめ、共感的理解に努めることが

求められます。

❸ アセスメントしながら❶と❷のバランスを適切にとる

 個々の利用者のおかれた状況や、相談時の心身の状態、直面しているリスクの程度、HIVに

対する理解度や理解力などを推し測りながら、必要な情報を「伝える」ことと、気持ちを「受

けとめる」ことの両方を、バランスよく行うことがHIV 電話相談には求められます。利用者の

気持ちがいくらかでも落ち着き、問題を理解・整理できれば、次の段階として利用者自身が問

題解決の方法を見出し、実行できるよう支援することが可能になります。

❹ 機会を捉えて予防への働きかけをする

 HIVの感染不安を生じているときは、HIVへの関心が高まっている時期とも言え、予防への

意識づけを促す好期です。「コンドームをつけましょう」といった一般論的なメッセージを伝

えるのみではなく、利用者が自分の性行動のリスクを知ること、今後そのリスクを減らすため

にできそうな方策を具体的にひとつでも見つけること、などは電話相談の中で達成可能なアプ

ローチです。やりとりの中でタイミングを捉え、こうした働きかけをすることも電話相談の持

つ重要な機能です。

3) 電話相談の特性と限界

❶ 電話相談の特性

 電話相談には対面の相談とは異なり、即時性・随時性(いつでもどこからでもアクセスでき

る)、匿名性(身元を明かさなくていい、顔や姿を見せなくていい)、クライエント・コント

67

第一章

 相談とは何か

電話相談の特徴と課題

2

ロール(相談を始めるのも打ち切るのもかけ手に委ねられている)、一回性(いつも同じ援助

者が対応するわけではなく、基本的には一期一会の関係になる)などの特徴があります。疾患

に対する社会的偏見があり、また、性にまつわることだけに相談行為自体に恐れや羞恥心を伴

いやすいHIVに関しては、アクセスが容易で話しづらいことも抵抗少なく開示できる電話相談

の存在意義が、ほかの疾患の場合以上に大きいと言えます。

 他方、電話相談は利用者にとってアクセスしやすい分、広い受け皿にいろいろなものが入っ

てきやすいという特徴があります。HIV 相談で言えば、感染経路についての質問を装ったテ

レホンセックス目的の電話もあろうし、精神病理的な問題を持つ人が不合理な感染不安や妄想

に基づく訴えで繰り返しかけてくる場合もあります。また、相談の背景に夫婦関係の問題や、

セクシャリティへの葛藤、あるいは性被害による心の傷つきなどがあって、より心理相談的な

ニーズの高いケースも少なくありません。HIV 相談として窓口を構えても、開設目的に沿った

相談だけが寄せられるわけではなく、多様な背景や目的を秘めた相談が入ってくるのは、電話

相談の構造上やむを得ないことと言えましょう。

 しかし寄せられたすべてに対して、援助者が救済者にならなければいけないわけではありま

せん。実際、不可能です。電話相談という手段の限界、電話相談を担う機関や組織としての限

界、相談を受ける個人の専門性や力量の限界をわきまえて、自分が責任を持てる一定の枠組み

を意識しながら相談にあたることが望ましいでしょう。

❷ 電話相談という手段の限界

 電話相談では相手がどれほど困っていても、援助者がすぐにかけつけて手を貸すことはでき

ません。その人のできないことを代行することも、物的な支援もできません。また精神病理的

な問題を持つ人に対して、治療的な関わりも電話相談の構造上、難しいと言えます。

❸ 機関や個人の限界

 ある保健所では保健師が、ほかの多くの(緊急性や優先度が刻々変化する)業務の合間に、

いつかかるかわからないHIVの電話相談に、手際よく対応しなければなりません。そこでは主

に検査に関する相談が多く、STIの医学的な質問なども含まれるでしょう。一方あるNGOの電

話相談では、一定の曜日・時間帯の中で、HIV 専用回線で、主にMSMを対象とした相談に応

じています。そこでの相談は、同性間性交の感染リスクを確認する質問が多いかもしれません。

このようにそれぞれの機関によって構造や特色の違いがある上に、電話相談従事者のバックグ

ラウンドも、医療や対人援助の専門職、MSMや感染の当事者、研修を受けた一般市民、など

多岐にわたります。基本的な情報提供や心理的サポートに関しては共通していても、それ以上

に対応できることがらについては、機関の条件や援助者の特性によって、その範囲や程度がお

のずから定まってくるでしょう。枠組みを越えた要求や期待が向けられたときには、無理やご

まかしをするよりは、できないことわからないことを率直に伝えることもときには必要です。

68

4) 電話相談の基本的な姿勢と対応の留意点

❶ 中立性

 電話相談に限りませんが、援助者側の価値観から一方的に利用者に批判や裁きを加えること

はあってはなりません。特にHIV 相談では、利用者の多様な性指向や性行動に直面し、戸惑っ

たり受け入れにくく感じることもあるでしょう。しかし、人々のセクシュアリティに多様性が

あることを理解し、自分の価値観は一旦棚上げして、中立的な姿勢で相手の訴えに耳を傾ける

ことが不可欠です。

❷ 聴き過ぎない

 何時間でも利用者が話すままに聴き続けること、あるいは相手が拒まないからといって、話

をどんどん掘り下げていくことは、必ずしもよい援助とはなりません。人が集中して他者の話

に耳を傾けられる時間には限度があります。それを超えると次第に疲れてきて、あいづちだけ

は打ちながら落書きをしていたり、次の仕事のことを考えたり、イライラを抑えつつ耐久レー

スのように聞いているということになりかねません。また話す側も、話すほどに感情が高ぶっ

たり、抑えていた思いが溢れてきたり、話が広がり過ぎて散漫になるなどして収拾困難になる

ことがあります。したがって、ある程度の時間枠の中で丁寧に対応し、区切りをつけ、未解決

のことはより適切なほかの資源に紹介する場合もあれば、少し時間をおいて自分で考えてみて

またかけ直してもらう、ということもあってもいいでしょう。

❸ 抱え込まない

 特定の利用者と特定の援助者が、ほかの人では代わりになれないような関係性を持つことも

望ましくありません。電話相談は基本的に一回性のものであり、いつかけても、違う人であっ

ても同質の対応、同レベルの援助ができることが、その相談窓口への信頼を形づくります。し

かしひとりだけが特別な対応をすることによって、利用者がその人のみを強く追い求めたり、

ほかの相談員を冷たいとか不十分だとして、不信感を向ける可能性があります。こうした抱え

込みにも注意が必要です。

❹ 偏見や逆転移に留意

 援助者の心の中にもさまざまな偏見は存在し、ものごとの受け取り方にそれが影響していま

す。また、あるタイプの利用者や特定の話題になると、決まって感情が刺激され動いてしま

う(拒否感や嫌悪感、あるいは保護や世話をしたくなる気持ちなど)ことがあります。相談関

係の中で、相談を受ける側に起こってくるこうした感情を逆転移と言いますが、相談員の中に

それまで生きてきた過程でつくられた価値観や、感情のツボのようなものがあって、それが反

応しているのです。こうしたことに自覚が全くないと、いつの間にか利用者に対して否定的な

メッセージが伝わってしまったり、ほかの人にとっては対応可能な話題に自分は早々に限界を

69

第一章

 相談とは何か

電話相談の特徴と課題

2

感じたり、ある利用者に対して、自分が受けるとほどよい距離が保てず親密になり過ぎる、と

いったことが起きるかもしれません。

 偏見の中身も、逆転移が起きやすい対象も、援助者個々に異なるものです。自分の偏見や逆

転移について点検しておけば、それをコントロールしながらより中立的な姿勢で相談にあたる

ことができます。

❺ 電話相談の中で利用者への援助となる関係性とは

 電話で対応する援助者は説教をする役でもなく、友達になるわけでもなく、指導者や治療者

でもありません。一期一会の電話相談の関係の中で、利用者にとって援助となる関係性とは、

今ここでの一時的なケアの提供者となることです。あるいはそれで満たされない援助ニーズを、

ほかのより適切な支援体制につないでいくことでしょう。

 今ここでの一時的ケアとは、何かに行き詰まったときに助けを求めて伸ばした手に、ささや

かでもタイミングよく支援を提供することによって、問題の悪化をくいとめたり解決までの時

間をしのぐのを助ける、危機介入的な機能とも言えます。

 例えば、話せて楽になった、疑問がとけて納得した、あるいは問題が整理できて見通しが持

てたなどのことにより、利用者が今の苦痛を何とか持ちこたえたり、気を取り直したり、一歩

前に進むきっかけを得たり、身近な社会資源につながったりすることがあります。こうしたケ

アが随時得られる体制があることは、取り去ることのできない困難を長期にわたり抱えて生き

る人(HIV 感染者やその家族など)や、問題解決までの曖昧な時間を耐えて待たなければなら

ない人(検査の結果待ちの人など)にとっては、特に有用なものと考えられます。

❻ 慣れに注意

 ベテランになるほど、どんな訴えや質問にもあわてず落ち着いて対応ができるようになる反

面、自分のスタイルの癖や傾向に修正が効きにくくなります。例えば常に冷静に対応をしてい

るつもりで、実はどんな訴えにも共感なしに、知識情報の提供に終始している場合があります。

援助者にとっては何度も聞いたような話だからといって、「この人」の「今の不安」に耳を傾け

ることなしに正しい知識を伝達しても、不安でいっぱいの利用者の心にはそれを納めるスペー

スはないかもしれません。

 また、話のさわりを聞いただけでこの人の悩みはこういうこと、と経験に基づく先入観に

よって決めつけや早わかりをしてしまい、利用者の真の訴えとずれていることに気づかぬまま、

最後まで押し切ってしまう場合もあります。慣れてきたことで「手慣れた」「無造作な」「自己

満足の」相談にならぬよう気をつけましょう。 

❼ 自分のメンタルヘルスを維持する

 電話相談では面接相談にはないストレスを経験することがあります。例えば、緊急性の高い

状況(自殺の危機など)に唐突に直面させられたり、見えない相手から激しい感情を一方的に

70

ぶつけられることもあります。電話が切られた後の相手へのフォローができないため、援助者

の側に不安や不全感が残る可能性も高いでしょう。

 さらにHIVの相談内容は生命・性・偏見といったテーマにも至り、援助者側の心の深いとこ

ろにも触れて揺り動かすことがあります。そのようなときは、「援助者であるからにはすべて

理解しなくては」「動揺してはならない」と考えて自分の中のもやもやや傷つきを無視したり

否認したりしないで、ほかの援助者と安全に共有できる場(検討会など)で、それを言葉に出

してみる、あるいはスーパービジョンを受ける、など自分自身への手当ての手段を持つとよい

でしょう。援助者自身のメンタルヘルスの維持は、バーンアウトを防ぎ、電話相談の質を落と

さないためにも必須です。

新潟大学医歯学総合病院 古谷野淳子

71

第一章

 相談とは何か

相談という援助の限界:

スーパービジョン、紹介(リファー)、ネットワークという対処の方法

3

第1章

3相談という援助の限界:

スーパービジョン、紹介(リファー)、ネットワークという対処の方法

●● はじめに ●●

 援助に関わるときには、通常「何ができるか?」「どのようなスキルが必要か?」と、援助

の具体的な内容を考えますが、同時に、「できることの限界は?」「限界を解決する方法は?」

と自分の援助の境界を考えることも重要です。両方を見ていくことで、自分が行う援助の全体

を見渡すことができるからです。援助の特徴と限界は、ちょうどコインの表と裏のように切っ

ても切り離せない関係にあります。

 第二章 1 相談の基本姿勢の「相談の基本手法」の中で、「観る」というアプローチについて述

べました(64 ページ)が、この手法の延長上に、限界を理解するという姿勢を考えることがで

きるでしょう。前章では、特に電話相談に焦点づけた援助で限界についても触れていますが、

本章では、援助全般に共通する限界について、その対応を見ていきたいと思います。

●● 限界への具体的な対応について ●●

1)スーパービジョン

 研修の技術演習などで、ロールプレイングをする機会がよくあります。グループワークの一

つとして用いられるこの手法は、当事者(援助の対象となる人)の立場に自分をおいて、擬似

体験を通して当事者理解を深めることを目的にすると同時に、客観的に自分を振り返り、自分

の気づいていない癖の気づきやアプローチの改善の糸口にすることにも重点をおいています。

ロールプレイングでは、演じる二人(当事者と支援者)のほかに、二人を見守る「観察者」と

いう役を担う人がひとり(あるいは複数)参加します。この「観察者」は、二人と距離を置い

72

て、やり取りの流れを冷静に見ていきます。そして、演習直後には、三者がロールプレイング

を振り返り、「観察者」から援助者役の人に対し、対応についての具体的なフィードバックが

寄せられます。日々の業務では「自分ひとり」で患者や検査の利用者援助に当たっている人も、

演習を通し第三者からサポートを得ることができます。「スーパービジョンを受ける」とはこ

のような体験を指します。

 スーパービジョンは、専門家を探して個人的に有料で継続的に受けるものがありますが、こ

れはかなり本格的な臨床心理の方法です。より手軽に、客観的なフィードバックを得たい場合

は、臨床心理の専門家による複数スタッフを対象とした合同スーパービジョンや、スタッフ間

での相互スーパービジョンなどがあります。ここでは、守られた空間の中で各参加者が自分

の対応について見つめる機会を持ちます。相談の内容の理解を深め、相談者への具体的な対応

について検討をすることがひとつの目的ですが、それと同時に、援助者自身を見つめる機会を

持つことも重要な目的となります。相談の専門家といっても生身の人間で、さまざまな感情を

持っています。相談業務を行っていていろいろな感情が湧き上がってきます。自分でも認めや

すい肯定的な感情だとよいのですが、不安感や混乱、あるいは嫌悪感など否定的な感情も沸き

上がってくる場合があります。ここで重要なのは、「援助者たるもの、かくあるべし」として

そのような感情を押し殺すのではなく、その感情と向き合うことだと思います。何故、ある特

定のテーマになると自分は独特の反応をするのか、理不尽な怒りや予測される反応以上の強い

悲しみを持つのか、などの疑問と向き合い、自分の中にあるとらわれやしこりのようなものを

見つめる作業がスーパービジョンのやり方です。ただ、ここで気をつけておきたいのは、各人

の心の準備性です。あまり無理して深追いをするよりは、専門的な機関において守られた枠付

け(場所、プライバシー、スーパーバイザーの高い専門性)の中でスーパービジョンを受ける必

要もあるかもしれません。まずは、自分がちょっと苦しくても、見つめることができるかなとい

うレベルからこのスーパービジョンを始めてみて下さい。ふだん何気なく行っている自分の癖

や傾向、そして自分自身の理解が進み、援助者としてひと回り大きくなれるかもしれません。

2)紹介(リファー)

 もし自分たちの機関で援助が難しい場合、あるいは、利用者に次のステップでの支援が必要

と思われた場合(例えば、より専門的な治療が必要と思われるとき、検査相談でHIV 陽性が

判明したときなど)、利用者にとって適切な機関や人材へつなぐことも、自分たちの援助の限

界が見えてきたときに行うひとつの方法です。

 医療の場では、患者の紹介は日常的に行われていて、珍しい方法ではありませんが、この場

で、紹介のポイントを確認していきたいと思います。紹介を行う場合、比較的スムーズにどの

部署でも行われているのは、担当者間の連絡です。以前の妊婦 HIV スクリーニング検査実施

の調査 1)でも、担当者間はコミュニケーションもきちんと取られていた事例が大多数でした。

しかし、一方で、利用者に対しては、この紹介の意味説明(なぜ、今の時点で紹介が必要か、

73

第一章

 相談とは何か

相談という援助の限界:

スーパービジョン、紹介(リファー)、ネットワークという対処の方法

3

なぜ、その機関に行かなければならないかなど)や紹介先の情報については、担当者に大きな

個人差があり、この説明がきちんとされていない妊婦は、紹介先にたどりついたとき、混乱や

動揺が大きかったという報告があります。

 紹介という方法のポイントは、主に3 点考えられます。

❶ 利用者の理解を確認しながらの説明

 なぜ、今の時点でこちらが紹介を考えているかという理由や、紹介することで利用者にどの

ような益があるのかについて、利用者の反応をよく「観ながら」、説明内容の理解を確認しつ

つ、説明を行います。紹介を行おうとする場面が、利用者に非常に大きな動揺を引き起こす可

能性があるときは(例えば、HIV 陽性告知直後)、特に、この「理解を確認しながら」が重要で

す。言葉だけの説明に終始すると、利用者によっては後で何も憶えていないという事態も生じ

ますので、紙媒体で資料や簡単な説明書きを手渡すのも一案です(しかし、この逆は無意味で

す。紙だけ渡して、後は利用者に任せるというやり方では、次の一歩が非常に気後れするもの

であればあるだけ、利用者が次の機関に行く動機がなかなか生まれません)。

❷ 紹介先が利用者に具体的にイメージできるような説明

 紹介とは、「( 自分の機関から) 送り出す」というより、「次につなぐ」作業と捉えた方が実際

の方法が見つけやすくなるかもしれません。その「次」の情報が具体的であればあるほど、利

用者は今後の行動について動機も高くなりますし、次の機関へのハードルが精神的にも低く

なると思われます。具体的には、もし病院の紹介であれば、単に病院名だけではなく、担当

医、担当医の外来日、病院までの交通や連絡先などが含まれます。援助者が紹介先をよく知っ

ていれば、説明もずっと具体的になりますし(「玄関を入って、左手に行くと受付があります

ので」、、、)、利用者も話を聞きながら、自分の行動の予行練習をする機会にもなります。もし、

紹介先の相手方をこちらがよく知っていて信頼がおける場合は、その気持ちが利用者にも伝わ

り、利用者も次のステップへ安心して進めます。その意味では、援助者が紹介先を知っておく

こと、紹介した相手についても事前にネットワークをつくっておくことが大切になってきます

(ネットワークづくりについては、後述します)。

❸ 利用者の選択を重視

 紹介時の「丁寧さ」は、「絶対に次につなぐこと」と必ずしも同義語ではありません。援助者

によっては業務の責任として利用者を「必ず」次の機関に紹介することを考えている場合もあ

りますし、その延長に、「次の機関に同行」というアクションを起こすこともあります。ただ、

ここで一度立ち止まって確認しましょう。この行動は誰のためにやるのかという確認です。利

用者が望めば、同行も「丁寧さ」になりますが、利用者が望まない場合は、どうでしょうか。

紹介で大切なのは、利用者にとって選択があるかどうか、その中で利用者が自ら選べるかどう

かという点ではないでしょうか。業務の時間を割いて紹介先の機関まで同行するという行為は、

非常に丁寧なフォローになり得る一面と、「こちらもそれだけの犠牲を払うのだから」という

74

有無を言わさない強制的な面を兼ね備えています。まずは選択肢が利用者にあって、その中か

ら結果として「同行」という流れ、あるいは、後日、利用者が出向くという流れなどが生まれ

ることが、紹介の基本ではと考えます。

3)地域の多職種によるネットワーク

 援助者が地域でどのようにネットワークをつくるかについては、第 2 章「地域で活動すると

いうこと」に具体的に記述されていますので、是非参考にして下さい。

 ここでは、相談の限界の対処のひとつとして、このような活動があることを確認しておきた

いと思います。ネットワークづくりには、利用者の幅広いニーズに応えるためという目的と、

援助者自身の孤立感を予防し燃え尽きを未然に防ぐという援助者自身の支援という目的の両面

があります。

 活動の限界をきちんと冷静に見ることは、その次の対応につながり、結果として限界は単な

る「限界」ではなく、「役割分担」というあり方に変えることができるという認識を持ちつつ、

日々の援助にあたりたいと思います。

財団法人 エイズ予防財団 矢永由里子

▶ 参考資料・情報 ◀◇「妊婦スクリーニング検査の実施と課題」分担研究報告  平成 18 年度厚生労働科学研究費エイズ対策研究事業  周産期・小児・生殖医療におけるHIV感染対策に関する集学的研究班 2007◇「妊婦HIV一次(スクリーニング)検査実施マニュアル」報告書  平成 19 年度厚生労働科学研究費エイズ対策研究事業  周産期・小児・生殖医療におけるHIV感染対策に関する集学的研究班 2008

75

第二章

 援助・相談体制を目指して

チーム医療

1

第2章

●● はじめに ●●

 HIV 感染症とは、疾病のケアには、診療とともに服薬、栄養、また患者や家族のメンタル

の面や社会福祉の面の支援が重要であることを、非常にわかりやすく示す疾患と言えます。そ

してそのケアは院内にとどまらず、地域全体での取り組みを必要とするため、院内と地域の両

方に視点をおいた援助・相談体制が重要になってきます。本章では、まず、院内体制の整備と

して、チーム医療を取り上げ、次章では、ひと回り大きな地域体制の整備を目的としてネット

ワークづくりを検討します。

 初めてHIV 医療に携わる相談担当者(主にカウンセラーやソーシャルワーカー)は、現場で

多職種が患者の治療やケアに同時に関わっているのに驚くこともあるでしょう。大学では、主

に援助対象となる人(主に患者)の理解と援助の方法を学び、自分の仕事の対象は患者と思っ

て医療の場に入ると、患者のケアを行う上で患者を担当する医師や看護師、薬剤師、栄養士、

検査技師などさまざまな職種の専門家との連携が必要となる場面にたびたび遭遇し、戸惑いを

感じることも少なくないと思います。本章では、主に相談を担当する援助者が、院内で他職種

と一緒に患者の支援を行う際のポイントについて押さえていきたいと思います。 

1

チーム医療

援助・相談体制を目指して

76

●● チーム医療のポイント ●●

1)患者理解:多職種による集団的な認識

 リハビリテーションの部門では、早くからチーム医療が取り入れられてきましたが、この部

門の専門家、上田1)は多職種の患者への関与を、「CT スキャンでの画像診断」に喩えています。

患者理解において、多職種編成の小集団(チーム)による集団的認識こそが、ニーズを把握す

るために重要な役目を果たすとしています。そして、各職種による専門的な捉え方を総合的に

まとめ、そして解析する「総合解析」のありようを、「CT スキャン」における多様な角度から

撮影した画像を集合した上で最終的に診断するさまに喩えています。このCT スキャンの喩え

は、筆者には非常に納得のいく説明でした。CT スキャンによる診察を受けた人たちは、自分

の体がいくつもの角度から撮られるのを体験したでしょう。そして、その診察の結果は、それ

ぞれの角度からの情報という断片的なものではなく、各情報を綜合した上で判断されたひとつ

のまとまりのある内容です。これまで単一の見方では見落としがちであった患者の側面にも視

点をおくことで患者理解が立体的・複合的になってきます(図1)。

 どの角度が大切かであるかという優劣をつけることはできません。大切なのはあらゆる角度

からの情報を得るということ、そしてそれをまとめていくという作業です。異なる角度からだ

からこそ見えてくる状況もあり、それぞれが独自の角度から得る情報は、どれも意味があるも

のです。各職種から出されたそれらの情報を冷静に綜合する作業には、お互いの職種の理解や

尊重が基盤になります。上田が提唱する「グループ(チーム)における小集団民主主義」の姿

勢はこの基盤のところを指していると思われます。 

      図 1 CT スキャンの働き

患者

医師 心理職

看護師 ソーシャルワーカー

薬剤師 栄養士

77

第二章

 援助・相談体制を目指して

チーム医療

1

2)スタッフとのコミュニケーション:協働(コラボレーション)に向けて

 医療現場は、多様な専門職種の人々が集まってくる場であり、各職種が持つ価値観や行動規

範なども入り混じっています。言い換えれば、多様な文化で形成される多文化社会とも言えま

す。このような場で援助者に求められるのは、コミュニケーション能力です。この能力には、

こちら側の考えや意向を伝える言語能力だけではなく、自分のおかれている状況を正確に読み

取り、その判断に基づき相手に伝わりやすい方法を工夫するという能力も含まれます。

 最近、協働(コラボレーション)という言葉が産業界やアートの世界で聞かれるようになり

ました。これまで接触することすらなかった全く異なる分野の人たちが場を共有し、各自の特

色を活かしながら、ひとつのものを創るという作業が試みられています。ひとつの分野では限

界のある創作が、ほかの分野を巻き込むことで新たな展開を生むというプロセスを度々目にす

るにつけ、このような化学反応の面白さを感じていますが、チーム医療もうまく進めることで

このような展開が広がる可能性も出てくるでしょう。

 ただ、前述しましたように、コミュニケーションは逆により複雑になり、一層の努力と根気

が求められます。長期にわたる地道な作業であることを覚悟しながら取り組むことが、ひとつ

のコツかもしれません。

3)患者とスタッフ、それぞれへの対応:バランスの保持

 医療の現場では、患者を支援することと、患者の診療やケアに従事する医療者との連携とい

う両方のアプローチが重要になります。この両方のアプローチに、どうバランスを持たせるか

がひとつの課題になります。

 成田2)は、患者の内的世界への働きかけと、スタッフとの連携という外的世界でのやり取り

の重要さと難しさを指摘しています。患者の内的世界への共感が偏重されると、外的世界に対

する冷静さが弱まり、外的世界のみを重視すると患者を理解する感受性が失われるリスクがあ

ると述べています。そして、心を扱う援助者は、この内的世界と外的世界のそれぞれの業務を、

一日のうちに何度も切り替えながら行うこと、いわばバランス感覚が求められているとしてい

ます。

 このようなバランス感覚を育てるためには、自分の活動を客観的に観る姿勢が必要でしょう。

「今」のこの時点で、患者から、チームの他職種から、自分に何が求められ、自分は何をしよう

としているか、そして自分の関わりが、患者のニーズに対し、チームのニーズに対しきちんと応

えている形になっているか、絶えず自分にフィードバックをかけることで、バランス感覚は磨か

れていくと思われます。スーパービジョンでこの課題を取り上げることも一案でしょう。 

78

4)パートナー・家族のケアの視点:援助者が持つ独自の視点

 最後に、医療の場では援助の対象としては忘れられがちで、しかし相談を担当する専門家に

は、是非視野に入れておいて欲しいグループがあります。それは、患者のパートナーや家族で

す。「治療」という視点から見ると、パートナーや家族は、患者を「支える」人たちであり、治

療方針や診療方針を決定する際は「キーパーソン」となる場合がありますが、通常は患者の後

景にいる人たちです。

 しかし、患者のメンタルヘルスという視点から見ると、患者と大変近い関係にある人たちの

心理社会的な状況は、患者のメンタルの面に直結しています。患者が安定すると家族も安定す

る、その逆もしかりです。医療の現場では、患者の命を守るために日々非常に早いテンポで治

療・診療が行われており、診療に関わる医療者は、患者の周辺にいるパートナー・家族につい

て、患者と彼らの間の問題が患者自身に直接影響を与えていることが見えている場合でも、直

接その問題に関わることは困難です。この部分に、相談に関わる専門家が積極的に関わってい

くことは大変重要と考えます。それこそチーム医療の活動の一環と見なすことができるのでは

ないでしょうか。今後のこの分野での働きに期待が寄せられています。

●● 型から入るか、人から入るか ●●

 日本の医療現場では、まだ上下関係が強く、また各職種は自分の職能団体への帰属意識の方

をチームの一員という意識よりも強く持っています。このような環境に抽象的な概念の「チー

ム医療」を持ち込んでも、実質的な機能はあまり期待できないでしょう。日々の臨床で、患者

の事例の一つひとつを丁寧に取り上げながら、患者のニーズに応えるためのより機能的な組織

とはどのようなものかと自問を繰り返しながら、徐々に「われわれのチーム医療」というもの

を創っていくことが、「チーム医療」体制への働きかけではないでしょうか。まず型ありきか

らスタートすると無理が生じます。同じ職場の人たちと地道な信頼関係をつくっていくことが、

チーム医療のスタートかもしれません。「急がば回れ」の諺は、チーム医療体制づくりにもあ

てはまるように思えます。

財団法人 エイズ予防財団 矢永由里子

▶ 参考資料・情報 ◀◇「リハビリテーションを考える」 上田敏 青木書店 1999◇ 「医学・医療の全体性を回復するために」 成田善弘監修 矢永由里子編  「医療のなかの心理臨床」 新曜者 2001

79

第二章

 援助・相談体制を目指して

地域で活動するということ :

ネットワークづくり

2

第2章

2地域で活動するということ:

ネットワークづくり―地域資源の情報収集・開拓・育成そして啓発活動―

 ここでは、クライエントすなわちHIV 陽性者や感染不安を抱えている人のケア、またHIV

予防に取り組む援助者が、地域の中でどのように活動していったらよいのかを考えます。院内、

所内から一歩出て、地域資源と連携したり、協働するとき、どのような点に留意したらよいの

でしょう。そこにはどのような課題があるのでしょうか。

1)地域で活動することの意義

 HIV 陽性者は地域で生活する人です。HIV 陽性者やその周囲の人々が、地域社会で安心し

て快適に暮らしていけるように支援することが大切です。そのために、地域資源の活用や地域

の人々との連携が必要になることもあります。HIV 陽性者がその地域で今までどおり生活でき

るように支援すること、また、HIVとともに生きていく上で、新たに必要となったモノやサー

ビスを提供する場合もあります。ま

た間接的支援として、その地域の

人々のHIV 理解を促進させる啓発

活動も重要です。HIV 陽性となった

ためにそれまでの生活がガラリと変

わり、自分の人生が分断され、生活

の基盤が揺らぐというようなことが

あってはなりません。HIV 陽性告知

の前も後も、同じ人間として自分の

アイデンティティを保って生きてい

くための支援が必要です。

 図1のように、HIV 陽性者にとっ

てHIV 陽性は生活の一部分であり、

図 1 HIV 陽性者の様々な側面

HIV 陽性

家族の成員

勤労者

趣味

社会参加

80

それ以外のさまざまな側面も持って地域で生活しています。病院や保健所でのケアだけでなく

地域での生活の保障が得られることによって生活の質が保たれるのです。また感染不安を抱え

ている人も地域で生活しており、その地域周辺で不安解消への支援を求めているわけです。多

くのHIV 陽性者は自分の問題を、その地域の人たちには知られたくないと考えています。守

秘を維持しながら、地域資源との有機的な連携を推進するには、きめ細かい注意と配慮が必要

です。

2)地域連携が必要となる状況

❶ ニーズ把握と同意

 HIV 陽性者支援のために必要なサービスは何か、それを提供してくれる資源は何か、そのア

セスメントが重要です。HIV 陽性者の気持ちに寄り添いながら話を聞いて、その人のニーズ

を把握します。そしてこちらの理解がHIV 陽性者の考えと一致しているかを確認します。地

域資源の担当者と連絡する場合もHIV 陽性者の承諾が必要です。たとえば、「この問題を解決

するために市役所の福祉課に問い合わせるとよいと思うが、自分で聞くか、こちらで聞くか、

どちらがよいでしょうか?」というように。また将来どんなサービスが必要になるのか、専門

家として見通しておく必要があります。今そのサービスを受けることをHIV 陽性者が躊躇し

たり、必要性を感じていなくても、いずれ必要となるかもしれません。今のニーズは?今後の

ニーズは?と常にアンテナを張って臨機応変に対応することが大切です。

❷ 対応が自分の守備範囲を越えたとき

 HIV 陽性者への対応に、それまでの手元のツールや資源だけでは間に合わないとき、他職種

と連携する必要が出てきます。たとえば強い不安を抱いて混乱しているとき、援助者が自分の

守備範囲を越えていると認識した場合は、精神科医や臨床心理士などの専門家に紹介すること

が必要になります。自分ひとりですべて対処しようとすることは、必要なサービスがすぐ届か

ず、かえって不利益となるでしょう。困ったときに、上司、同僚、同業者の先輩などまわりに

相談できる人を確保することも大事なことです。

3)地域資源を知る・開発する・育成する

❶ 情報収集

 地域で連携して援助にあたろうとしても、その地域の資源のことを知っていないと、つなげる

ことができません。公的機関、医療機関、NGOなど、必要な資源がその地域に存在しているの

か、存在しているならその場所、窓口担当者、現在の活動状況など、情報収集が必要です。

81

第二章

 援助・相談体制を目指して

地域で活動するということ :

ネットワークづくり

2

❷ 地域資源の開発・人材育成

 必要な資源が見当たらない場合、それに代わる資源はないのか、既存の資源の中でその機能

を担ってくれる所はないのか探すことも必要です。それでもない場合は、直接的な支援機関で

はなくても、支援してくれそうな地域の資源を発見し、協力を依頼し、協働を提案することも

必要でしょう。また中心となる人材の育成も重要な課題です。こちらの熱意が伝わると、それ

に応えてくれる人が出現するものです。その意味でも日頃の啓発活動、研修会が人を育てるよ

い機会となります。また日常業務の中で熱心に生き生きと活動していると、その姿に刺激を受

けて頑張ろうとする人が出てくるかもしれません。

4)地域資源との連携推進:ネットワークづくり

❶ 顔の見える関係の重要性

 HIV 陽性者のケアを行っていく上で、自治体のエイズ対策担当者、保健所、福祉事務所、医

療機関、NGOなどとの連携が必要になります。日頃から関連機関や担当者との情報交換をま

めにしておくと、必要なときに必要な機関に紹介するチャンスが生まれてきます。連絡会議や

研修会などさまざまな機会でお互いに顔を合わせ、情報交換し、名刺やメールアドレスを交換

して積極的に自己紹介することはとても大切です。専門職同士のネットワークづくりは、自分

の仕事がより有機的で実のあるものになっていくことです。それはHIV 陽性者にとっても安

心材料です。自分の担当者が顔見知りの専門家につないでくれるのであれば、安心して紹介を

受けられます。自治体などで担当者が交代する際は引継ぎを十分に行いましょう。

❷ 自分の職種・職務を相手に知ってもらう

 他職種と連携するとき、自分の業務内容を相手に知ってもらうことは必須のことです。カウ

ンセラーならHIV カウンセリングについて理解してもらうこと、たとえばプライバシーの保

てる環境が必要なこと、守秘義務がありHIV 陽性者についての情報を本人の了承なしに他者

に伝えないこと、カウンセリングは命令や説得はしないこと、など理解してもらうことは必要

不可欠です。このことを相手に知ってもらわないと専門家としてうまく機能しません。

❸ HIV 陽性者や関係者からの反応・評価

 自分の仕事ぶりについて、HIV 陽性者や連携の相手はどう考えているのか、評価を求めるこ

とも大切です。HIV 陽性者のためと思ってやっている業務が独りよがりであったり、自立を妨

げることになっていないか、本人に聞いたり、関係者に意見を聞いたりすることも大切なこと

です。HIV 陽性者や関係者からの反応・評価を得て、自分の仕事の振り返りを行いましょう。

82

❹ 地域のアセスメント

 その地域の精神風土や文化的背景はどんなものであるのかを知っておくことは、サービス提

供の上で重要です。ある地域では受け入れられたサービスが、ほかの地域では抵抗を受けるこ

ともあります。またグローバル化の進んだ現在、外国からのHIV 陽性者も増えています。出

身地の文化、言語、習慣を学習し、背景を理解することが求められます。さまざまな地域のア

セスメントをしながら、広範囲のネットワークづくりをしていくことが今後はさらに必要にな

るでしょう。

❺ 援助者の心構え

 「新規感染者は少ないし・・」と、今すぐに地域資源活用は必要ないように思えても、いつ

必要になるかはわかりません。明日必要になるかもしれません。そのときが来ても慌てないた

めに、物心の準備が大切です。地域資源を知っておくことは自分の仕事の守備範囲を広げるし、

不安を減らすことになります。

5)地域に対するHIV 理解・HIV 予防啓発

 HIV 陽性者が安心して暮らしていくためには、その地域の人々の理解、暖かい眼差しが何

より大切です。HIV 感染症についての科学的な理解があれば、HIV 陽性者への恐れ・ 偏見は

なくなるはずです。地域の学校や企業などでHIV 理解・予防啓発をしっかり行うことは、誰

もが暮らしやすい地域社会づくりにつながります。HIV 予防のためにはHIV 陽性者へのケア

がきちんと保障される必要があります。HIV 陽性者へのケアが保障されない限り、感染不安

を抱いている人は検査を受けようとは思わないでしょう。検査を受けてもHIV 陽性の烙印を

押されるだけなら、検査を受けるメリットはありません。HIV 感染予防とHIV 陽性者ケアは、

HIV 対策の必要不可欠な両輪なのです。HIV 陽性者ケアに関わる専門職は、代弁者として地

域に発言していくことも必要になります。またHIV 対策のさまざまなサービスが存在するこ

とを、地域の市民に周知しておくことはとても重要です。HIVに感染しても障害者手帳が取得

できる、医療費助成があるのだと知っておくと、自分が感染不安を持ったとしても、希望につ

ながります。このようなHIV 陽性者ケアとHIV 予防の両方が必要なのだということを、専門

職同士が連携し、また企業やメディアとも連携して発信し、地域のコンセンサスにしていくこ

とが、HIV 対策の重要な鍵になるでしょう。 

秋田大学 高田知恵子

83

第二章

 援助・相談体制を目指して

各職種別の相談への姿勢〜その役割や課題〜

3

第2章

3各職種別の相談への姿勢

〜その役割や課題〜

 現在 HIV 感染症は慢性的疾患と位置づけられ、看護に求められる役割が多大になりつつあ

ります。HIV 臨床に関わる看護師が、今、何を考え、何をしようとしているか、現状と課題を

述べるにあたり、まずは、これまでのHIV 看護を振り返ってみたいと思います。

1)HIV 臨床に従事し始めた頃

 皆さんご存知のように、HIV 感染症は1981 年、カリニ肺炎の症例が複数報告されたことか

ら始まりました。初めての抗 HIV 薬である「AZT(レトロビル)」による治療が開始されたの

が1985 年になります。1990 年代当時は、感染防止やプライバシーの保護が中心でした。まず

は、マスク・ガウンを着用してといった防御が求められる時代でした。また、患者のプライバ

シーを守るためと、病院がHIV 診療をしていることを公開できない、HIV 看護に従事してい

ることを他者に言えないといったこともありました。過去の経験ではありますが、現在でも皆

無とは言えないようです。

 また、治療の選択肢が少ない中、看護の役割は精神面での支援が重要な時期でした。ターミ

ナルケア・QOLといった、看護と同時に患者の生活に視点をあてた援助ができるようになっ

たのもこの時期です。

 日本では、「薬害エイズ訴訟」による血液製剤でのHIV 感染被害救済、そして、HAART(多

剤併用療法 Highly Active Anti-Retroviral Therapy)が、現在のHIV 診療に大きな変化をもた

看護 の立場から

東京都保健医療公社荏原病院 有馬美奈

―― 看護が今、何を考え、何をしようとしているか ――

84

らしました。当時は、インジナビルなどの8 時間後と空腹時に内服する薬など、複雑な服薬に伴

う服薬支援が看護の中心となりました。しかしHAARTにより長期的コントロールが可能となる

とともに、療養の場が外来・在宅へとシフトしていきました。

2)看護に求められる高い専門性と診療体制の変化

 看護全般が専門化傾向にある中、HIV 臨床においても「チーム医療加算」の制定により、専

任または専従看護師の配置が可能となりました。厚生労働大臣の定める施設基準を満たす施設

には、ウイルス疾患指導料と別に220 点を加算されることとなり、その基準のひとつとして、

HIV 看護に従事した経験が2 年以上の専従看護師が、1 名以上いることとされました。こうし

てHIV 看護は今、高い専門性が求められることになりました。

 次に、HIV 診療体制の現状を見ますと、ACC(国立国際医療センター戸山病院エイズ治療・

研究開発センター:AIDS Clinical Centerの略)およびエイズ診療ブロック拠点病院注 1 が中心

となり、その下に中核拠点病院注 2、さらには拠点病院との協力体制があるということになりま

す。また、それとは別に一般病院におけるHIV 診療や、都内では、診療所でのHIV 診療も活

発に行われるようになってきています。HIV 診療の裾野が広がる中で、それぞれ施設において

看護の役割も多様化しているのが現状です。

 こうした背景の中で、今、HIV 看護がどのような状況にあるのかを考えていきたいと思います。

3.HIV 看護の課題

❶ 役割を十分発揮する時間、体制がない

 多数の患者を診療をしている病院では、患者数の増大に伴い「人的・時間的問題」が深刻化

しています。患者ひとりあたりの診療時間が短縮され、十分な支援ができるだけの余裕がなく

なりつつあります。また、人事異動などで、チーム医療体制が継続できないといった問題もあ

ります。看護は専従・専任とされたものの、十分な役割を発揮できる体制が確保できない、ま

た職場での役割保障も得られず、孤軍奮闘している看護師も少なくありません。

❷ 治療困難な症例の増加

 外来看護が中心とされると言うものの、依然として、日和見感染症や悪性疾患を発症する患

者も少なくありません。そして、いくつもの疾患を合併していることも多く、最近では悪性疾

患など治療困難な症例も増え、臨床は複雑かつ多様化していると言えます。このような状況下

で、入院も長期化し、退院調整やそれに伴う患者-医療者間の人間関係に限界を感じることす

注 1:1997 年度より全国を8 ブロックに分け各ブロックに、HIV 診療とケアの中心となる病院が配置された。注 2:2007 年度より、全国の各自治体にHIV 治療とケアの重点化を目指した病院が配置され始めた。

85

第二章

 援助・相談体制を目指して

各職種別の相談への姿勢〜その役割や課題〜

3

らあります。

❸ 未経験な問題が発生

 また、HIV 診療では、これまで経験したことのない問題、または、これまで触れずに済まさ

れてきた問題に直面することが多々あります。特に、性や薬物の問題があげられます。

 日本では、全般的に自殺者も多い中、HIV 診療においてもそれは同様で、患者の自殺・孤独死

といった問題もあります。これらはHIVとは別な問題が関与していることもあり、看護師は、ど

こまで支援できるのかといった限界を考え、多職種と協働していくことが求められています。

❹ 慢性期におけるHIV 看護の新局面を迎え

 看護の患者を支援したいとの思いとは裏腹に、服薬や通院中断も増え、HIV 感染症が慢性化

する今、長期化する患者-看護師の関係性や「慢性期におけるHIV 看護」は新たな局面を迎え

ているとも言えます。これまで、そして、これからの経験を実践知として継承していくことで、

HIV 看護の可能性を広げていくことが重要な時期だと思われます。

4)エンパワーメントとスキルアップが必要

 こうして今、HIV 看護臨床は、裾野を広げるといった普遍性と専門性の追求との二局面へ

のアプローチが必要とされています。いくつかの限界を感じざるを得ない現状において、看護

ネットワークを活用した看護者自身のエンパワーメントにより、看護師自身がセルフコント

ロールできるということが、よりよい看護への前提となります。

 また一施設・職種を越えた場でのスキルアップは、チーム力の向上へとつながり、専門職とし

ての自己研鑽することで、自らの、そして、HIV 看護の役割確保へと努めていければと思います。

 まず行政での活動を理解していただくために、1.エイズ対策における行政保健師の活動、

2.新宿区の保健所と保健センターの役割と抗体検査についてを説明後、3.連携について最

後に4.療養生活の考え方を述べます。

保健行政 の立場から 新宿区保健所 高藤光子

86

1)エイズ対策における行政保健師の活動

 エイズ対策における行政の保健師の活動内容には次のようなものがあります。

① 健康教育・普及啓発

② 所内・電話相談

③抗体検査と検査に関わる相談(検査前後カウンセリング)

④患者の療養生活の支援、感染者の支援

⑤普及啓発(偏見差別のない社会づくりと、感染の早期発見・予防の推進に向けて、さまざま

な組織との連携のため)や療養支援のためのネットワークづくり  です。

2)保健所と保健センターの役割と抗体検査

 新宿区は保健所 1か所、保健センターが4か所あります。保健所は結核、エイズ、そのほか

の感染症全般の対策、精神保健福祉、難病の事務局的役割があります。保健センターは母子・

成人・障害者・難病・高齢者などの個別ケースワーク、乳幼児や生活習慣病など検診業務、健

康教育などを実施し住民に密着したサービスの提供をしています。

 エイズ対策において保健所は ①普及活動や健康教育、広報活動(例:講演会、中学生への

性教育、アルタビジョンでの放映など)②電話・来所相談 ③ HIV 抗体検査 ④療養支援(主な

対象者は結核を合併している人で、それ以外の人は保健センターが支援します)という役割で

す。保健センターは ①相談 ②療養支援(区内在住者のケースワーク)を行っています。

 次に、HIV 抗体検査について説明します。定期の検査(月 2 回)と、年 2 回、MSM 対象の

検査、今年度は検査普及週間で夜間検査を追加実施しました。外国人に対してもNGOから通

訳を派遣してもらい英語・タイ語・スペイン語・ポルトガル語に対応しています。検査日は

HIV・STIの基礎知識、検査内容、ウインドピリオドなどの説明や心配事に対するカウンセリ

ングを受検者全員個別に行い、今後の予防について一緒に考える機会としています。結果日は

医師から結果説明がありフォローが不要な人は終了し、HIV 感染のリスク行為を持ちやすい人

たち(例えば若者やMSM〈男性とセックスをする男性〉・SW〈セックスワーカー〉・STI〈性

感染症〉陽性者)や検査前相談で気になった人は、再度のカウンセリングでフォローします。

 新宿区は陽性率が高く、陽性確定後の陽性通知時カウンセリングは保健所の保健師は皆経験

しています。匿名のため後々までのフォローが困難ですが、本人が路頭に迷わず、次の一歩を

進めるよう「病気・医療・生活・制度(経済状況も確認)」「相談機関の紹介」をポイントに説

明や情報提供をし、パンフレットを渡しています。担当した保健師は名刺を渡し、いつでも相

談にのれることを伝えます。告知のときから療養支援は始まっていると思います。

87

第二章

 援助・相談体制を目指して

各職種別の相談への姿勢〜その役割や課題〜

3

3)連携について

 療養生活の支援は支援者同士の連携も重要です。過去にNGO(民間非営利団体)の人たちと

検査体制に関してやり取りしたことが、その後の連携につながり、参考となると思いますので

説明します。

 きっかけは「MSMと思われる人が多数受検しているにもかかわらず、MSMの性行動に対す

る知識に乏しく、対象に適した具体的な予防相談ができていないのではないか」という思いか

ら、NGOの人たちの協力でセクシュアリティの勉強会の開催やMSM 検査を共同開催するに

あたり、NGOやゲイコミュニティと話し合いを頻繁に行いました。何度も顔を合わせたこと

で、お互いの役割を理解し活動できるようになりました。そして保健所だけではフォローに限

界がある陽性者を、NGOに安心してつなげるようにもなりました。自分たちの思いを叶える

ために何が必要で、どうすればよいか考え行動することで、今までなかったものが得られます。

療養支援の連携も一緒で顔を合わせ、話し合い、お互いを理解し、何でも言い合えるうちに仲

間になって、連携がスムーズにいくようになると思います。

 連携し続けるコツは年に何回かは顔を合わせ話す場面をつくることです。担当が変わるにし

たがい当初の趣旨が薄れてしまったり、一方だけが連携しているつもりになってしまうことも

あります。過去の経緯を踏まえ、今できる連携の形をお互いに確認することが大切です。

4)療養生活の考え方

 当事者(HIV 陽性者)の観点での療養生活を可能にする条件とは

①「心身の安定」

 病状の安定のみならず、食事・睡眠・仕事・遊び・人間関係等々に及びます。医療とは縁が

切れないので、医療従事者とのコミュニケーションは重要です。

②「経済の安定」

 経済の安定は、精神の安定や療養生活へのモチベーション維持のために必要です。収入や支

出を見直したり、制度の利用なども考えられます。

③「ネットワークの安定」

 家族・友人・パートナーなど身近な人を軸に、職場や地域の人間関係など、必要に応じて使

い分けができるネットワークが必要です。

④「専門家の活用」

 当事者は必要な情報元・みちしるべやコーディネートをしてくれる人を確保します。専門家、

支援者は当事者の「~したい気持ち、自分(その人)らしさの尊重」と「支援者自身も孤独にな

らない」ことが大切で、仲間が必要です。

 療養支援のネットワークは、当事者(HIV 陽性者)や家族、友人、知人などがいて、拠点

88

病院・診療所・保健所、保健センター・福祉サービス・NGO・職場などがあり支援をします。

当事者の状況やニーズに応じて、どこを誰がやるのか変化していく場合もあるので、コーディ

ネーターは対応していきます。

 最後に「We ‘re already living together」について思うことをお伝えします。療養支援を考えるに

もヒントを与えてくれている気がします。「今の自分の状況から、どのように生きたいか、自分ら

しい生活とは何か」という原点を押さえ、そこに向かって当事者も支援者も、何をどうしたらよい

かともに考え行動していくことが、その人らしい生活を支援する上で大切なことだと感じます。

1)カウンセラーの仕事の内容

 滋賀県では、平成 5 年から派遣カウンセラー制度が始まり、19 年度からは、週に4 日の派遣

カウンセリングの仕事を3 人の臨床心理士が分担しています。仕事の内容は、不安を感じられ

る一般の方からの相談を受けるための電話相談、保健所での即日抗体検査時のカウンセリング、

患者感染者支援(医療機関での面接)と多岐にわたっています。

 県内で、数か所の医療機関でHIV 陽性者の医療が行われていますが、保健所や医療機関で

新たなHIV 感染告知が行われるケースでは、ほぼ全数でカウンセラーに派遣要請があり、そ

れぞれの病院に出向いてHIV 陽性者と出会っています。さまざまな方がおられます。

2)一人ひとりのHIV 陽性者によって異なる対応

 HIV 陽性者の属性別に見ると、薬害で感染された方、外国籍の方、数が多いのはMSMの方

たちです。ご自身がゲイであることを話題にできる方々と、バイセクシャルで、結婚しておら

れる方などとは、ケアの上で気をつけるところが違っています。女性のケース、ヘテロの男性

は割合としては少数ですが、面接の継続の確率は高くなっています。

 例えば、薬害被害のHIV 陽性者は、原疾患として血友病があり、HBV、HCVとの複合感染

カウンセラー の立場から

滋賀県健康福祉部健康推進課 鈴木葉子

   ―― 滋賀県派遣カウンセラーとして ――

89

第二章

 援助・相談体制を目指して

各職種別の相談への姿勢〜その役割や課題〜

3

もあります。彼らやそのご家族は、その体験に応じて医療や医療者への強い不信感を感じてお

られたり、今では忘れられている強いスティグマの時代を生き抜いてきておられます。病気と

のつきあいも長いですが、医療を受ける上でのさまざまな心理的問題を抱えておられ、性感染

の患者とは異なった援助の視点が必要です。

 また、妊娠中に感染が判明した女性では、妊娠の継続を自己決定するために、最新の医療情

報をその方にわかる形でお伝えする必要があります。パートナー告知や家族関係の調整も含め

て、限られた時間の中での支援となります。出産を選択された方では、子育てにまつわる援助

も必要となり、継続した支援を続けています。

 HIV 陽性者の属性によって、お伝えする情報(資料など)や、ご家族関係への配慮のポイン

トが異なるために、それぞれの方に合った援助を心がけています。

3)面接の時期、期間

 滋賀県は他県に比べ、HIV 陽性者が多いわけではないのですが、それでもここ数年は毎年、

10 名かそれ以上の新規陽性者が出ています。全数の方に継続的にお目にかかっているわけで

はなく、面接の継続期間でもいくつかのタイプに分けることができます。  

 半数ほどのHIV 陽性者は短期の介入ケースで、告知直後の何回かの面接の後、ご自身で受

診を続けながら、援助の必要なときにメールや電話などで連絡を取ってこられています。

 薬害のHIV 陽性者や他府県からの転入者の場合は、陽性告知から時間が経ってからの途中

介入になっています。単身で生活しておられて、ほかに支援者が見つからないケースや、ライ

フサイクル上の諸問題が継続して起こっているケース、また医療の継続に支障の出ている場合

には、心理的ニードに合わせて何年もの間、ずっと継続して援助しているケースもあります。

4)援助の具体的内容

 派遣カウンセラーとしてのHIV 陽性者への援助は、①病気の受容と医療参加の支援、②ソー

シャルワークを含む対人社会的援助、③心理臨床的な援助と、④生きることや死に関わるスピ

リチュアルなケアの4つに分けて考えています。

 病気の受容については、まずは、告知後の心理的な動揺の受けとめと、病気の理解の援助か

ら始まって、免疫力の推移、服薬の開始や性生活の再開などそれぞれのステップで、いろいろ

な形でテーマになっています。カウンセラーとしては、必要に応じて新しい医療情報の提供や、

HIV 陽性者が自分のつきあっていく病気としてどのような形でとらえることができるかを考えな

がら、援助を進めています。医療参加の援助では、特に言葉の問題がある場合には、受診に必要

な知識をお持ちか、医療情報が正確に伝わっているかの確認などにもポイントをおいています。

 最近では、医療機関の中にMSWさんがいて下さって、社会資源の紹介などについては役割

90

分担ができてきました。それでもまだ医療機関によっては、カウンセラーが身体障害者手帳申

請のお手伝いをしている場合もあります。

 社会的な援助では、HIV 陽性者がどのような対人環境を持っておられるかを理解し、また、

パートナーやご家族などともお会いすることで、支援環境を整えていく援助もしています。病

気を抱えながらの社会生活の中で、鬱病やパニック障害の診断を受けたHIV 陽性者には、で

きるだけ安定した形の面接の継続を心がけ、ターミナル期の方やご家族への支援も可能な範囲

で行っています。

 最近では多くの方が、病気についての理解ができると、死についての具体的不安からは解放

されますが、病気がわかった時点で、ほかの人には伝えにくい問題を抱えることになります。

一人ひとりのHIV 陽性者が病気と向き合いながら、個性的なライフスタイルを送ることがで

きるように支援していくことを目指しています。

1)現状と課題

 HIV 陽性者の治療や生活環境を整えるために必要な社会保障や福祉制度は、整ってきていま

す。

❶ 制度利用の支援は慎重に

 治療は全国約 370か所の拠点病院が担っており、医療保険が使えればほかの疾患と同様、

治療に関わる公的制度は使えます。エイズに特化すれば、身体障害者手帳(免疫機能障害)を

取得し自立支援医療を適用して、治療費の自己負担額を軽減することができます。通常、申請

は服薬が必要となった時点で、あるいは本人の希望に沿って行います。ところが制度は利用し

たいが、自らが役所の窓口に出向くこと、手続をしたことにより役所から自宅に連絡がいくこ

とを憚る人は少なくありません。加えて窓口担当者が不慣れであったり、地域ごとに制度運用

が異なる場合も見られます。制度利用の支援は本人の意向や希望に沿いながら、行政の理解と

協力を獲得しつつ、慎重に進める姿勢が求められます。なお、制度については、新潟大学医歯

学部総合病院感染管理部が編集した「制度のてびき」が大変使いやすくよくまとまっています。

ソーシャルワーカー の立場から 千葉大学医学部附属病院 葛田衣重

91

第二章

 援助・相談体制を目指して

各職種別の相談への姿勢〜その役割や課題〜

3

❷ ソーシャルワーカーに求められるコーディネート機能

 在宅の場合、公的制度により医療や看護を含む生活介護の支援を受けることができます。利

用者がスムーズにサービスを受けるために、拠点病院はサービス提供者に対し、疾患の正しい

情報と感染予防の知識を提供し、お互いに役割分担や緊急時の受け入れを含む連携体制を築く

ことが欠かせません。そのためソーシャルワーカーには、コーディネート機能が求められてい

ます。在宅支援に初めて取り組む場合に、千葉大学医学部附属病院の実践をまとめたDVD 注

「AIDS 患者を地域で支える 実例から学ぶチームケア」がご参考になれば幸いです。

❸ 非拠点病院や生活介護施設の受け入れが必要

 一方、要介護状態のHIV 陽性者の施設入所は、現時点では非常に困難と言わざるを得ませ

ん。一部の有料老人ホームでは受け入れられるようになってきましたが、経済的に裕福な層に

限られています。しかし要介護状態の在宅事例が、いずれは施設利用、施設入所を要する可能

性が高くなることは明らかであり、早急に介護保険施設が利用できるよう働きかける必要があ

ります。

 さらにHIV 感染症の予後の改善により、老化による疾患の後遺症や生活習慣病による合併

症のため、リハビリテーションや療養入院、人工透析などを要する事例も見られるようになっ

てきました。HIVのコントロールは良好であっても、リハビリテーションや療養などの専門医

療機関への受け入れは非常に厳しい現状です。治療の進歩、専門機能の分化と効率化、在宅の

推進など、時代は非拠点病院や生活介護施設に、HIV 陽性者の受け入れを推し進める方向と

なってきました。

2)取り組み

 これまでの経験から、サービス利用を阻んでいるのはやはり「HIV」です。「HIV」の何が障

壁かを考えました。まず、サービス提供者の疾患に対する無知や偏見による漠然とした怖れや

不安です。いまだに多くの人々は、サービスを提供する専門職であっても、「HIV」は自分に無

関係であると思っており、疾患や予防の正確な知識は不十分です。次いで支援経験のなさや乏

しさに基づく不安です。たとえ学習によりひととおり疾患や予防の知識を得ていても、実際の

支援経験がないため不安が高いのです。これはサービスを提供する側だけでなく、依頼する拠

点病院側においても同様です。HIV 陽性者が適切なサービスを利用するためには、依頼する側

と依頼を受ける側がお互いに不安の中身を明らかにし、その軽減方法について陽性者本人を含

めともに考えることが必要です。知識や情報不足への対応、支援者相互の役割分担の確認、拠

点病院のバックアップ体制の保障などは欠かせないと考えます。

 実際の取り組みは ①事例を通して個別に行う ②拠点病院間で情報や実践経験を学びあう

③職能団体の研修会、地域多職種の研修会を利用する、などが考えられます。

注:入手については、関西学院大学人間福祉学部教授 小西加保留先生 [email protected] にお問い合わせ下さい。

92

❶ 事例を通して個別に行う

 事例に関わるすべてのメンバーが当事者となりますので、最も実践的かつ効果的ですが、取

り組む意欲を持っている、または受け入れを検討しようとする事業者や施設を探し出すことは

難しいのです。それでも日頃のソーシャルワーク業務を通して、声をかけやすい人や組織の存

在を把握し、抵抗の低い取り組みやすいところから進めていく姿勢が必要です。

❷ 拠点病院間で学びあう

 拠点病院間の連携は「ブロック拠点病院研修会」などとして、すでに各地で実践されていま

す。研修テーマは、困難事例の検討や報告、地域の情報共有などが取り上げられており、拠点

病院スタッフにとって実践経験の学びにより、支援経験の乏しさを補いネットワークを創る適

切な機会となっています。今後の課題は、拠点病院集団と地域の非拠点病院や施設との連携を

推進することであり、それぞれの地域での取り組みが期待されます。地域からの求めを待つよ

り、拠点病院から持ち込んでいく企画や運営力が試されると思います。

❸ 職能団体や地域多職種の研修会の利用

 定期的に(エイズデーの頃など)エイズをテーマとし、支援経験者が企画し啓発活動を行う

ものを指します。介護保険はもとより自立支援法の公布により、独自の地域づくりに取り組む

方向が示されてきました。いわゆる「地域ケア会議」などを活用して、エイズの啓発を進める

ことは重要です。ただし地域多職種会議においては、その地域のHIV 陽性者のプライバシー

を十分に配慮することを忘れてはなりません。

1)なぜNPOの活動がこの分野で必要なのか

 ひとつは、差別があったからです。エイズという病がスティグマとなり、当事者を生きがた

くしている現実があった(今もある)からです。それがなければ、HIV 陽性者がふつうに地域

で診療が受けられていたら、ふつうに看取りされていたら、適切に陽性告知がなされていたら、

安心してHIV 検査に行ける状況があったならば、NPOが声を上げる必要はなかったと思いま

特定非営利活動法人 HIVと人権・情報センター 塩入康史

NPO の立場から

93

第二章

 援助・相談体制を目指して

各職種別の相談への姿勢〜その役割や課題〜

3

す。診療拒否があり、不当解雇があり、集団告知があり、当事者が必要なケアを受けられない、

人権が守られない、声を上げられない現実がありました。誰かが代わりに( 一緒に)やらなく

ちゃいけない。そこからエイズ NPOの活動は始まったのです。

 もうひとつは、薬害エイズがあったからです。血友病でHIV 感染した人たちが、赤瀬範保

さんを原告第一号として、国を相手に無謀と言われるような裁判を起こしました。誰が支援し

たでしょう。行政ができないところで動くのがNPOの働きですから、NPOがそこで必要だっ

たということだと思います。

 薬害エイズ裁判が和解したことを受けて、その後の拠点病院の整備や抗 HIV 薬の研究開発、

すべてのHIV 陽性者を対象とした身体障害者認定といった流れが生まれました。

2)NPOは何を大切にしているのか

 ひとつは当事者の視点、当事者主権です。行政は「公平・平等に」施策を行わなければなら

ない建て前があります。そこから漏れる人が出てくる。セイフティネットから漏れる人がいま

す。そういう人たちに対して必要な支援をし、その人たちの視点から政策提言していくことは、

NPOの大切な役目だと思います。

 活動においても同様です。例えば、HIV 検査機関の中には検査前の問診で、利用者のセク

シュアリティや思い当たる行為について問いただしているところがあります。これは必要で

しょうか? 感染不安を抱え緊張した状態にいる中で、初めて会った相手 ( 検査担当者)に、

なぜ最もプライベートなことを打ち明けなければならないのでしょう? そこで得られた情報

を、目の前にいる利用者の予防啓発に役立てられるだけのノウハウあってのことでしょうか?

 私たちは、当事者 ( =感染不安を抱く利用者 )の立場に立って事業を行うことが、結果的に

は、利用者の今後の予防行動にも、国内での感染拡大を防ぐことにも、つながると思っていま

す。

 HIV 陽性者、感染不安者、セクシャルマイノリティ、セックスワーカー等々、当事者 ( 弱者)

の声に耳を傾け、同じ視点に立ち、気持ちに寄り添うよう努め、人権の観点から活動を進めて

いくことは、エイズがスティグマ化されている現状では、とても大切なことだと思います。

3)NPOの使命とは

 NPOにはミッション=使命があります。ミッションが木の幹だとすると、枝がそれぞれの

戦略、葉っぱがそれぞれの活動、果実がそれぞれの成果です。相談事業、啓発事業、サポート

事業等々、それぞれの活動や戦略はミッションに基づいて生まれてきます。ミッションに基づ

いて活動評価がなされます。行政がNPOと連携するときには、パートナーとなるNPOのミッ

ションを理解していただくことが大切です。

94

 HIV 陽性者をめぐる状況が格段によくなった中で、また、エイズパニックも薬害エイズも知

らない若い世代が次々と出現してくる時代において、これからNPOは何をしていくか。それ

ぞれの団体が、ミッションと戦略を今一度確かめることが必要ではないかと思います。

4)NPOの課題とは

 最後にNPOの課題ですが、一番は基盤づくりだと思います。事務所があり専従職員がいて、

という国内のエイズ NPOは数えられるくらいしかありません。多くのNPOのメンバーはほか

に仕事を持ちながら、大変なところでやっています。2000 年にエイズ NPO 調査でイギリスに

行きました。どこも億単位のお金を行政から助成金としてもらっていました。学校ぐらいの大

きさの施設を持っています。専従職員が十数名います。それがロンドン市内に5つか6つあり

ました。

 NPOの中心メンバーが、ファンドレイジング(資金調達)やボランティアコーディネートな

どのマネジメントのスキルを身につけることは必須ですが、一方で、税金の適切な活用や寄付

文化の創造を含め、NPOの活動を社会全体が理解しバックアップするような、そういった社

会構造の変革、市民の意識啓発が重要だと感じています。

95

情報編

 ここでは、エイズの現在の課題について、各分野で積極的に取り組んで こられた方々に、現状と相談時に役立つ情報について記載をお願いしました。 二部構成になっています。前半は、相談を寄せる人たちの現状について、対象別に説明を加えています。後半は、エイズを取り巻く最近のテーマについての報告です。各機関で相談を行う際の具体的なヒントになればと思っています。 それぞれのトピックスについてもっと学習したい場合は、トピックスの 最後に情報の入手先を記載しています。ご参照ください。

第 1 章 トピックス

第 2 章 Q & A 附  録 情 報 一 覧執 筆 者 一 覧あ と が き

■ 相談の対象層:それぞれの課題と  相談で留意するポイント

■ エイズの最近のテーマ

1. 職場とエイズ2. 薬物使用とHIV3. HIV 検査相談 4. 世界のエイズ問題と日本

114116120124

1. 血友病2. ゲイ男性3. 女性4. セックスワーカー5. 外国人7. 中高年 6. 高齢者

9799

103105107109112

96

97

第一章

 トピックス

〜相談の対象層

血友病

1

▶▶ 血友病と薬害エイズ ◀◀

 HIVは、血友病の治療薬として使用されていた凝固因子製剤(以後、製剤と記す)を通して

血友病の患者の間に広がりました。血友病の患者の4 割、約 2000 人が、1982 年から85 年にか

けて感染したと言われています。HIVが日本の問題として世間の注目を集め、本格的に対策が

検討されたのはここが出発点です。それから約 10 年後の1996 年に和解は成立しました。今、

全国のHIV 感染者が助けられている医療体制、医療費支援システムや希少薬剤の迅速承認な

ど、わが国で先進的に行われたいくつかのHIV 医療体制は、その和解の上に勝ち取った恒久

対策の成果です。しかし、差別・偏見のためにHIV 感染を近隣に知られたくない、勤務先に

も言えないという状況は、裁判をしていた当時と変わっていません。また当時、信頼していた

医師の注射から感染した事実について、医療への不審、怒りと感謝、無力感など、気持ちを整

理しきれない患者も多くいます。

▶▶ 最近よくある相談とその対応 ◀◀

 基本的に幼少期から定期通院してきた血友病の患者は、ほかのルートの陽性者の人より、医

療機関との付き合い、身体不調の切り抜け方、薬の的確な使用に関して長けています。挫折や

ショックに対するタフさは目を見張るものがあります。ただ、そのような患者であっても悩み

ます。次に最近よく話題になるテーマについて述べます。

❶ 加齢と副作用

 関節や筋肉出血の訴えは、血友病の患者の相談の中では最も多い主訴のひとつです。体重が

軽い人は関節への負担は小さくて済みますが、年少の薬害患者でも20 代半ばを越え、大半の

トピックス

第1章

血友病

相談の対象層:それぞれの課題と相談で留意するポイント1

98

人はふつうに生活習慣病の心配を始める年代となりました。さらに抗 HIV 剤の副作用として

の肝臓や腎臓の機能低下、脂質代謝異常、脂肪分布異常などの影響も危惧しなければなりませ

ん。中には肥満傾向の目立つ人もいます。通常であれば、食事指導と並んで運動療法を勧める

のですが、血友病の患者は関節障害のために運動療法が難しいことがあります。また身体だけ

でなく、仕事、家庭生活や関節状態を考慮した、長続きできそうな対策を個別に考えて下さ

い。

 また抗 HIV 剤には出血傾向を促すものがあります。これまでにない膝や足首の違和感を訴

えた場合は、専門医への相談を勧めて下さい。心底に薬剤への不信感が強く残っている場合は、

違和感程度でも抗 HIV 剤を自己判断でやめてしまう人がいます。これを防ぐには、ふだんか

らちょっとした心身の変調について、気軽に話し合える関係でいることが大切です。

❷ 肝炎とインターフェロン問題

 血友病のHIV 感染者のほとんどがHCV(C 型肝炎ウイルス)やHBV(B 型肝炎ウイルス)

に同時感染しています。しかし、その治療は副作用の厳しさと投与期間の長さが相まって、社

会人の人は簡単に踏み切れません。EFV(ストックリン)などの抑うつ傾向が出やすい抗 HIV

剤を飲んでいる人はさらに注意が必要です。いつから、どのように開始するかについては職業

との関連も大切です。また投与が開始されるとさまざまな副作用が出現し不安になるので、最

初に説明するだけでなく、症状が出る都度副作用であることを確認し、細かく説明する配慮を

して下さい。「物忘れに対してはメモを携帯する」「怒りっぽくなるので、いつもよりも我慢す

る」などの工夫も一緒に考えて、患者の力になってあげて下さい。

❹ 挙児希望

 医学の進歩により、薬害患者でもふつうに結婚し、家庭を持つのが当たり前の状況になり、

挙児希望も増えています。現時点では、精液洗浄によるHIV 除去での体外受精を行っている

のは、厚生労働省科学研究班のグループのみです。これには時間、費用(洗浄ではなく、体外

受精にかかる費用)、そして不妊治療などのリスクが生じます。RNAを検出限界以下にすれば、

性交渉での感染確率もかなり低くなりますが、感染危険は残ります。このリスク評価から考え

る必要があります。しかし、ここにもうひとつ、配偶者への二次感染の防止だけでなく、血友

病がほぼ伴性劣性遺伝の疾患(希に後天性血友病もある)という問題があります。孫の代には

血友病が出現する可能性があるのです。挙児相談では、この点も含めて話し合って下さい。こ

うした新薬や新治療法に関しては、患者は期待のあまりリスクを過小評価する傾向も言われま

す。情報をよく集め、公正・中立的であるよう努めて下さい。なお産み分けの相談を多く受け

ますが、少なくとも血友病に関しては致死性の遺伝病ではないので、わが国において産み分け

を行ってくれる機関はありません。

❹ 医療への不信感

 時間がたったとは言え、薬害を経験した人はどこかで医療を不確かなものと考え、新薬や新

99

第一章

 トピックス

〜相談の対象層

ゲイ男性

2

しい治療法に対して警戒的になることがあります。その点でインフォームド・コンセントはと

ても重要です。必要があれば数回に分けて行うことも考え、丁寧に進めて下さい。服薬開始ま

でに時間がある人の場合は時期をみて十分話し合い、時間が切迫しているときでも患者の不安

を聴くことがまず重要です。無理して開始し、万一、副作用などで治療が中断すれば、医療不

信はますます悪化してしまい、その後の治療が軌道にのらないおそれがあります。

❺ 社会参加

 就職相談は活動シーズンになると多くなる相談ですが、一部の患者は関節状態の改善、免疫

状態の安定化待ちなどを口実として就労しない場合があります。自己イメージの損傷、自信の

なさや対人不信感が潜在化していることがほとんどですが、実際に関節状態が悪いことが多

く、しかも就職には疾患に関してカミングアウトをするかどうか、二重に悩むことになります

ので、本人を責めることはできません。現状では9 割の人が職場にはすべてを話してはいませ

ん。このあたりのことは健康診断書の書き方、製剤のもらい方、医療券の申請時期、さまざま

なコツがありますので、ひとりで悩まず、経験豊富な施設のスタッフにお尋ねになることをお

勧めします。

荻窪病院 小島賢一

▶ 参考資料・情報 ◀◇「血液製剤による HIV 感染者の調査研究—この 10 年の歩み—」 白阪琢磨   財団法人友愛福祉財団委託研究事業  エイズ発症予防に資するための血液製剤による HIV 感染者の調査研究班 2007◇ 血友病に関して   http://csws.tokyo-med.ac.jp/csws/tokyo-hemophilia-network/  http://www.aids-chushi.or.jp/

▶▶ ゲイ男性のおかれている社会的状況を知り、言葉遣いに気をつける

◀◀

❶ 同性愛者にとって生きづらい社会

 全国世論調査によれば男性の70%、女性の60%が「同性愛をひとつの愛のあり方として理

解できない」と回答しているわが国は、ゲイ男性にとっては生き辛い社会であると言えます。

ゲイ男性2

100

ゲイ男性を対象にした調査によれば、同性愛という性的指向を親へカミングアウト(告白)し

ている割合は10%前後、異性愛の友だちにカミングアウトとしている割合は50%前後ですが、

その大半は1 ~ 2 人程度にとどまっています。つまり、ゲイ男性にとって異性愛が自明視され

る社会において、異性愛ではない性的指向について他者に話すことはとても難しいことであ

り、容易なことではないと言えるでしょう。2007 年実施の調査(有効回答数 6,282 人)によれ

ば、全体の60%以上が日常生活で「彼女いないの?と聞かれたときに、適当に話を合わせなけ

ればいけないとき」や、55%以上が「結婚話を勧められたとき」に異性愛者を装わざるを得ず、

精神的に辛い思いをしていると回答しています(図 1)。これらの日々の生活における異性愛者

を装う心理的葛藤が強い人ほど、心の健康状態は概して悪く、抑うつや不安感、孤独感が強く、

自尊感情は低いことが明らかになっています。

❷ 学童期から始まるいじめ

 ゲイ男性の生きづらさは学齢期から始まっています。1999 年実施調査(有効回答数 1,025 人)

では、全体の80%がこれまでにいじめ被害経験に遭っており、60%は「ホモ・おかま」と言葉の

図 1 異性愛者を装うときの心理的葛藤とその状況場面(異性愛者的役割葛藤)

結婚話をすすめられたとき

「孫の顔が早く見たい」と言われたとき

彼女いないの?と聞かれ、適当に話を合わせているとき

テレビの「ホモネタ」を見て、周囲の反応に合わせているとき

彼氏のことを彼女に置き換えて話しているとき

イケている男性を見て「この人格好いい」と友達の前で言えないとき

ゲイの交友関係のことを気軽に話せないとき

彼氏とおしゃれなレストランへ行き、周囲の目を気にするとき

ゲイ雑誌を堂々と買えないとき

「男はたくましくあるもの」という考えを聞かされたとき

低い声で「男らしく」話しているとき

女の子に囲まれ、「両手に花だね」と言われたとき

女性から「好きだ」と言われ、嘘をついたり話をそらすとき

興味がない女性のことを、興味があるような言い方を自分がしているとき

女性が接待してくれるお店に「付き合い」で行くとき

時々感じる しばしば感じる

32.3

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100(%)

22.1

27.1 22.9

34.7 28.1

37.3 25.1

32.4 20.9

30.1 17.7

32.8 24.3

26.0 13.4

22.9 16.6

18.7 13.3

6.9 2.8

11.5 5.4

25.6 14.0

27.1 15.4

17.5 15.9

54.4%

50.0%

62.8%

62.4%

53.3%

47.8%

57.1%

39.4%

39.5%

32.0%

9.7%

16.9%

39.6%

42.5%

33.4%

101

第一章

 トピックス

〜相談の対象層

ゲイ男性

2

暴力被害経験があることがわかりました。また、65%は自殺を考えたことがあり、14%前後は

実際に自殺未遂の経験があります。一般に、ゲイ男性をはじめとするセクシュアルマイノリティ

(性的少数者)は、異性愛者に比較すると、いじめ被害や自殺未遂などの経験割合が高いこと

が明らかになっています。加えて、調査に回答した90%以上が学校教育で同性愛について一切

習うことがなかったり、同性愛は異常であるという否定的な情報を植えつけられ、適切な情報

提供をされずに育ってきていることもわかっています。

❸ 呼び方や発言に配慮が必要

 相談や検査の場面に際して、同性愛や同性愛者を指す言葉として「ホモの人」「おかまの人」

と言ってしまうことがありますが、こういった言い方は絶対にさけましょう。ゲイ男性の多く

は「ホモ・おかま」といった言葉によっていじめられ、傷つき、差別された苦しい経験をして

いる人が多くいるからです。相談者や検査の担当者に悪気がなかったとしても、そのたった一

言の言葉で、信頼を失ってしまうことにもなりかねません。「ゲイ男性」「バイセクシュアル男

性」という言い方が適切です(バイセクシュアルを「バイ」と略すこともさけた方がいいでしょ

う)。さらに、しばしば起こることとして「同性愛は個性だから気にしないでいいと思います

よ」と軽く言ってしまうことがあるようですが、これもさけた方がいいでしょう。ゲイ男性の

心理的ストレスやしんどさを、理解していない言動と、受けとめられてしまう場合がありま

す。不用意な言い回しがないように細心の注意が必要です。目の前にいる男性は、セクシュア

リティに苦悩した経験があるかもしれない、ということを理解して配慮する必要があります。

▶▶ HIV 感染予防行動を阻害する心理・社会的要因

◀◀

❶ 知識だけでは予防行動を促進できない

 HIV/AIDSの予防には正しい知識の獲得が有効である、という考えのもとに、HIV 予防キャ

ンペーンが繰り広げられた時期がありました。確かに正しい知識の獲得は不可欠ですが、現在

ではもはや、知識だけで予防行動を促進させることはできないと考えられるようになってきて

います。2005 年実施の調査(有効回答数 5,731 人)では、セックスに心理的なことを投影して

いる人のコンドーム常用割合の低さが指摘されています。具体的には、「病気の予防も大切だ

けれど、予防以上に相手とつながり合いたいと思うこと」「セックスしてくれるなら、コンドー

ムを使わないでもいいと思うこと」「コンドームを使うと、気まずい感じになるのではないか

と不安に思うこと」などと考えている人は、そうでない人と比べて、コンドーム常用割合が明

らかに低いことがわかっています。コンドームを使った上で、HIVをはじめとする性感染症の

予防に努めるよりも、感染リスクを認識しながらも、相手との一体感を希求したい強い衝動が

あるということです。

102

図 2 コンドーム使用に関連する心理・社会的要因

病気の予防も大切だけれど、予防以上に相手とナマでつながりたいと思うこと

コンドームを使うと、気まずい感じになるのではないかと不安に思うこと

セックスしてくれるなら、コンドームを使わないでもいいと思うこと

好きな相手だから、コンドームを使いたくないと思うこと

コンドームは相手との距離感を感じさせるものだと思うこと

コンドームが手元にあっても使わないこと

コンドームを使って欲しいと言ったけど相手が使ってくれなかったこと

コンドームを使って欲しいと言って相手が使ってくれたこと

自分がコンドームを使わないことで自分の愛情を相手に示そうとすること

自分がコンドームを使わないことで相手の愛情を確認しようとすること

目の前の相手とセックスできるなら予防は二の次と思うこと

薬で治る感染症なら「うつってもいい」と思うこと

危ないと判っていてもしたいことがある

自分がHIVに感染しても構わないと思うこと

「いつ死んでもいい」と思うこと

ある ない コンドーム常用割合

16.2%

13.9%

9.5%

15.5%

13.9%

7.8%

17.9%

27.3%13.1%

12.3%

8.3%

12.2%

19.7%

21.6%

14.8%

23.2%27.3%

27.4%

31.2%

27.4%

33.9%

29.9%

29.6%

28.1%

40.1%

30.1%

44.1%

29.4%

35.8%

45.6%

0 10 20 30 40 50 60(%)

1,714 人

653 人

988 人

1,634 人

725 人

1,137 人

671 人

2,145 人343 人

611 人

520 人

977 人

661 人

1,742 人

411 人

1,174 人1,314 人

2,077 人

746 人

1,827 人

1,511%

1,968 人

1,877 人

1,817 人

1,351 人

1,763 人

854 人

1,835 人

1,500 人

774 人

❷ 相談・検査場面で予防行動への働きかけが重要

 知識はあっても予防ができない、リスクはあっても相手とつながりあいたい、というこれら

の現象を批判的に捉えてしまっては、彼らの予防行動の促進を、効果的に支援することはでき

ません。予防行動を阻害する認知を変容していくことや、その阻害要因をひとつでも多く軽減

していくような働きかけが、相談や検査場面で重要になっていきます。また、抑うつや自尊感

情の低さが、HIV 感染予防行動を阻害しているという研究報告もあり、自分自身への自信の

なさや自己評価の低さが、「コンドーム使用を断られたらどうしよう」「コンドームをつけてと

言ったら嫌われるのではないか」という感情を生じさせているとも考えられます。コンドーム

を使わなかった・使えなかった背景要因は決して画一的ではなく、多種多様であることを理解

した上で、ゲイ男性の対応に臨むことが重要です。

❸ 手厚い対応や具体的な行動計画が効果的

 米国の研究では、HIV 抗体検査の面接時により手厚い対応をすればするほど、その後の生

活においてコンドームの使用が維持される割合が高いことがわかっています。「どんな場所で、

どんなタイプの人が相手だとセイファーセックスができないなどの傾向はありますか?」「コ

103

第一章

 トピックス

〜相談の対象層

女性

3

ンドームを使わなかった(使えなかった)理由として思い浮かぶことはありますか?」といっ

たやりとりを通じてリスク行動を一緒に振り返ることや、「コンドームを使うためにどんなア

イディアがありますか? 予防のためにどんなことなら取り組めそうですか?」と具体的な行

動計画を立てていくことも、効果的な支援方法のひとつです。

関西看護医療大学 日高庸晴▶ 参考資料・情報 ◀◇ゲイ・バイセクシュアル男性の健康レポート 2  http://www.j-msm.com/report/report02/index.html◇ゲイ・バイセクシュアル男性対象の 2003 年実施調査(有効回答数 2,062 人) http://www.joinac.com/spirits-wave2/◇ゲイ・バイセクシュアル男性対象の 2005 年実施調査(有効回答数 5,731 人) http://www.gay-report.jp/2005/◇ゲイ・バイセクシュアル男性対象の 2007 年実施調査(有効回答数 6,282 人) http://www.gay-report.jp/2007/

▶▶ 女性とエイズの問題 ◀◀

❶ 女性へのHIV 感染経路

 日本国籍の女性 HIV 陽性者は微増傾向ですが、若年層(15 ~ 19 才まで)の異性間性的接触

による陽性者は、女性が多いと報告されています。年齢が若く、性行動が活発なことに加えて、

薬物を使用しながらの性行為、注射器の回し打ちによる薬物使用やその人との性行為を持つこ

とで、二重の感染リスクが生じます。相手に複数の性的関係があること、その人がMSMとの

性行為があるなど、当人同士のみならず、それぞれの背景には、見えない性のネットワークが

存在しています。

 一方、年齢層の高い女性の世代は、生殖年齢を過ぎたことで避妊への意識が低くなり、コン

ドームを使用せずに性行為に至ることで、感染の可能性が生じています。 

❷ 女性特有の問題

▷ 性感染症とHIV ◁

 一般に女性がクラミジア感染症にかかると無症状のことが多く、感染後、気づかぬうちに子

宮経管炎など症状が進行していることがあります。通常、HIVが含まれる精液などの体液が腟

の粘膜に接触することで、HIV 感染症を引き起こしますが、子宮経管の炎症部分がHIVの進

女性3

104

入経路となり、HIVに感染しやすい状態になるなど複数の性感染症にかかる可能性があります。

性感染症を予防するためにはコンドームの使用が有効です。

 女性のヒトパピローマウイルスの感染は、子宮頸癌の危険因子とされていますが、女性 HIV

陽性者の場合、異型細胞の出現率が高いと報告されているため、子宮頸部細胞診の検診を継続

的に受けることが重要です。

 女性の中には、女性特有の症状である月経周期の変化や不正出血、帯下の変化などを男性医

師に伝えることを躊躇する人がいます。症状を伝えることはとても大切なことですので、女性

の看護師や、コメディカルを活用するとよいでしょう。

▷ 妊娠とHIV ◁

 コンドームは性感染症の予防および避妊にも有効ですが、感染症予防が行えない場合には、妊

娠の可能性も考えられます。HIVに感染している妊婦では、母子感染を防ぐために、本来は治療

しない時期に治療を開始したり、使用できる薬剤の制限があるなど、治療方針を検討しながら、

計画的に妊娠の経過を見守る必要があります。場合によっては、女性 HIV 陽性者と男性 HIV 陰

性者の配偶者間の人工授精が可能になってきましたが、実施するには、いくつかの条件があり、

女性自身が夫や家族と相談を重ねながら、慎重に決定していくことが望ましいと考えられます。

▷ ピアカウンセリング ◁

 わが国では男性に比べ、HIV 感染の女性陽性者が少なく、病気や療養生活に関して話せる相

手が限られ、情報を得る機会が多くありません。まずは、医療者との関係づくりを通して、支

援団体の紹介やピアと話す機会づくりを行うことが、病気に向き合えたり、QOL向上に役立

つ場合があります。

▶▶ 相談について ◀◀

❶ よくある相談とその対応

Q 1:妊娠と同時にHIV 感染が判明しました。妊娠継続は可能ですか?

A 1:母子感染予防(抗 HIV 療法・予定帝王切開術・母乳禁止)を確実に行うことで、

感染リスクを減らすことが可能になってきました。国内では母子感染率が0.5%未満と

の調査報告があります。専門病院にて、ご自身の状態を確認するとともに、妊娠継続に

関する相談を行うことをお勧めします。

Q 2:すでにHIV 感染が判明し通院しています。今後、妊娠は可能ですか?

A 2:パートナーがHIV 陰性の場合、パートナーへの感染を防ぎ、妊娠する方法に人工

授精がありますが、いくつかの条件を満たす必要があります。現在の状態と合わせて、

かかりつけの医師に相談することをお勧めします。

Q3:婦人科検診はどのくらいの間隔で受けた方がよいですか?

A3:子宮頸癌に対する子宮頸部細胞診の検診を、年に1度は受けることをお勧めしま

す。ただし、検査結果により、数か月に1度など、間隔が短くなることがあります。

105

第一章

 トピックス

〜相談の対象層

セックスワーカー

4

❷ 相談を担当する際に留意・配慮する点

 わが国のHIV 女性患者数は男性に比べて少ないため、地方や病院によって女性のHIV 陽性

者を支援した経験が異なります。診療やケアについてなど、都道府県やブロック拠点病院など

に問い合わせましょう。

 また、HIVに感染した妊婦の場合には、妊娠週数が進むと、妊娠継続時に必要な母子感染予

防(抗 HIV 療法)の開始のタイミングが遅くなること、人工妊娠中絶が不可能なことなどの不

都合が生じる可能性があります。相談対応時には妊娠週数を重要な情報として取り扱い、早め

に専門病院の受診を勧め、本人の状態確認と妊娠継続に関する相談、治療やケアを受けられる

ようにするとよいでしょう。

国立国際医療センター戸山病院 ACC 大金美和

▶ 参考資料・情報 ◀

◇「平成 19 年エイズ発生動向年報」厚生労働省エイズ動向委員会◇「 HIV 感染症-治療の手引き 第 11 版」P29-31 HIV 感染症治療研究会 2007   http://www.hivjp.org/◇「HIV 母子感染予防対策マニュアル第 5 版」 P103-104  予防情報ネット http://api-net.jfap.or.jp/ ◇「HIV 母子感染予防対策マニュアル第 5 版」 P110-113   予防情報ネット http://api-net.jfap.or.jp/ 

▶ 研修 ◀ ACC 研修等 http://www.acc.go.jp

 ここでは、相談に関わるときに重要だと思うことをふたつ述べたいと思います。まず、今の

風俗産業で働く人がどんな状況におかれているかということ、もうひとつは、どんなふうに接

してもらうと元気が出るか、です。これらは、風俗産業で働いてきた私が、同じような環境で

働く人たちに、何をどう伝えたらよいかを模索してきて、今の段階で実感していることです。

▶▶ セックスワーカーと病気の予防 ◀◀

 性風俗産業に従事する人の多くが、的確な予防行動をとれているわけではありません。想定

される理由は以下のとおりです。

セックスワーカー4

106

❶ 風俗という商業活動の制限

 顧客のニーズにより商売が成り立つため、安全度が高くても、ニーズが得られない行為(コン

ドーム使用のフェラチオなど)は風俗店が推奨しません。例えば、フェラチオを主なサービスと

するヘルスという業種では、口内で射精させる行為(口内発射という)が標準のサービスです。

❷ 皆が持つ風俗というイメージからの制限

 風俗という職業が肯定的に認知されていないことで、病院や保健所にかかるときに、後ろめ

たさを感じたり、言いたいことを言えなかったりする場合があります。これは、検査をしたり、

治療につながる行動へのハードルにもなり得ます。同様の理由で、家族や恋人、友人に悩みを

相談したり、助けを求めにくいことがあります。

❸ 当事者への情報の伝播方法の不備

 今は携帯やPCで情報を調べられるので、当事者が有益な情報へのアクセスしやすさや、目

に触れる頻度はあがったと言えるでしょう。ですが、STI 予防や、自分のからだに寄せる関心

の質、時間の割き方は千差万別です。風俗産業全体、一人ひとりの環境の大きな改善にはつな

がっていません。

 このような理由で、風俗産業で働くことが、HIVおよびSTIなどに感染するリスクが高いと

わかっていても、労働従事者が主体的、かつ積極的に予防することには、かなりの制限があり

ます。それぞれの援助者が気をつけている通常の相談の方針やアプローチに加え、以上のよう

な環境がバックにあること、また、働く職種やその人の働き方によって状況はさまざまだと思

われるので、その状況や要望を聴いた上でのアドバイザー、カウンセラー、支援者になってい

ただけたらと思います。

 また、根本的な改善の方向として、風俗産業の労働環境を変化させる動き、例えば、現場の

調査が進んだり、従事者の心身の健康を損なわないことに配慮した行政のサービスが提供され

ることを望みます。

▶▶ 風俗産業従事者への対応 ◀◀

 風俗産業の従事者の多くは、自分が風俗で働いていることをかなり意識していると思います。

しかし援助者は、相手が風俗嬢であることを、ことさら意識しなくてもよいのではないかと思

います。具体的なアドバイスをするためには、風俗産業の力関係や状況は知っておいた方がよ

いと思いますが、私の感覚では、「風俗嬢だから差別されること」がいやなのではなく、風俗

で働いていることで、「自分が尊重されないと感じること」がいやなのです。目の前にいる自

分を受けとめてくれていると感じる人であれば、多少差別的だったり、配慮が足りないと思っ

ても、それほど気になりません。受けとめられていると感じることは、それだけですごく力に

107

第一章

 トピックス

〜相談の対象層

外国人

5

なり、ありがたいです。自分たちを、感情がかようひとりの人格、として扱われることが何よ

りの力です。

 では、受けとめられている、と感じるとはどういうことでしょうか?

 相談に来るような心配事で頭がいっぱいの人は、自分がまるで枯れかけの植物のように、弱

弱しい存在だと感じています。しかし、元気であろうが病気であろうが老人であろうが、生き

ている限りは本人の意識がどうであれ、「生きようとしている」ということは紛れもない事実で、

人が元気になるということは、その「生きようとする力」に逆らわないこと、または、その力に

本人が気がつくということではないでしょうか。カウンセリングや医療は、その生きようとする

力への「がんばれー」という援助や、ちょっとした手助けのようなものではないかと考えます。

 相手の生命力への信頼を根っこにおいて接すること、それがつまり、相手を尊重していると

いうことのように思います。

 今後、各団体が協力して、個人がよりよい選択ができるような状況づくりのため、セックス

ワーカー当事者や、ワーカーに接する人々に対して、勉強会、ワークショップなどが開かれる

ことを願います。

セクシーマウンテン(現役セックスワーカーによる編集プロダクション)

タミヤリョウコ

▶ 参考資料・情報 ◀

◇「風俗嬢意識調査―126 人の職業意識」  要 友紀子、水島 希 ポット出版 2005◇「日本の性娯楽施設・産業に係わる人々への支援・予防対策の開発に関する学術研究」報告書  厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業

▶▶ 外国人の直面する問題 ◀◀

 日本に暮らす外国人は、HIVの情報、検査、診察のいずれにもアクセスしにくい状況にあり

ます。

 いくつもある阻害要因の第一は、多言語情報の不足です。HIVに関する情報が多言語で手に

入らないため、感染予防に関する情報や、無料・匿名の検査会場があることも知りません。

 第二の要因としては、言葉の壁があるため検査や診察が必要であると感じても、自分の訴え

や症状を伝えることができず、かなり日本語力がある人か、プライバシーが知られることを覚

悟で友人に頼める人しか、医療機関に出向くことができません。

外国人5

108

 第三の要因として、経済問題があります。外国人には在留資格の種類によって適応される社

会保障が異なるため、1年以上の滞在が許される在留資格がなければ、国民健康保険に加入す

ることすらできません。無保険の人は、高額な医療費の支払いを恐れて病院には行かずに、市

販薬や祖国から送ってもらった薬で、症状を抑えようとします。日和見感染症も、症状は風邪

や疲労に似ていることから、病院に行けずにいる間に悪化して、手遅れになることも少なくあ

りません。

 手術前検査や自覚症状があって診察を受けた際にHIV 陽性がわかった人にとってまず大き

な問題は、医療を受け続けることができるかということです。また病気のことを誰に相談した

らよいのかも問題です。

 HIV 感染についての間違った認識と偏見は外国人の間にもあります。多くの外国人 HIV 陽

性者は自分と同じ国出身の人たちに、自分が陽性者であることが知られるのを恐れます。外国

人 HIV 陽性者の多くは、安心して自分のことを相談できる場と人を求めています。

▶▶ 相談について ◀◀

❶ 常設の電話相談でよくある相談とその対応(⇒)

●外国語で診療を受けられる医療機関に関する問い合わせ

 ⇒エイズ拠点病院、婦人科、泌尿器科など英語で受診できる医療機関を調べ情報提供を行う

●外国語でHIVおよびほかの性感染症の検査を受けることができる検査会場に関する問い合わせ

 ⇒日本語を解さない人に対して対応している検査会場を調べ情報提供を行う

●感染不安についての相談

 ⇒感情の受けとめ、感染リスクの確認、HIV 検査受検を勧める

●陽性者からの体調の変動や薬の副作用に関しての相談

 ⇒苦痛や不安な気持ちの受けとめ、受診を勧める

●陽性者からの社会保障(身体障害者手帳、自立支援医療、重度心身障害者医療費助成など)

 の申請や更新についての相談

 ⇒一般的なことについては情報提供、個別なことについては病院のソーシャルワーカーに

  確認することを伝える

●陽性者からの生活全般の相談(母国の家族との関係、自分の子育ての問題、自分が受けてい

 る家庭内暴力、在留資格、帰国への不安など)

 ⇒問題が何かを明確にする、問題解決のために必要な手順を一緒に考える。必要に応じて

  弁護士や帰国後の支援団体を紹介

❷ 相談を担当する際に留意・配慮する点

▷ 正確な情報を準備しておくこと ◁

 電話による相談の中には、情報のみを求めている人も多くいます。的確な情報を提供するこ

109

第一章

 トピックス

〜相談の対象層

中高年

6

とによって、その人はすぐに次の行動に移れるため、正確で適切な情報を速やかに渡せる状態

にしておくことが重要です。医療機関の診療時間やNGOの担当者は変更もあるので、常に情

報を新しくしておくことが重要です。

▷ できないことまで引き受けない ◁

 中途半端な情報を提供することで、利用者を混乱させたり不安をつのらせたり、また間違っ

た行動をとることで手遅れになったりすることがあり得ます。そのような状況を防ぐためには、

自分の役割と限界を明確にし、できないことまで自分だけで引き受けないことが大切です。

▷ 他機関への紹介は責任を持って行う ◁

 利用者の訴えの中で、何が問題なのかを正確に捉えた上で、問題解決のためにはどの機関が

対応するのが一番よいかを判断します。紹介先の機関が問題に対応できるかどうか不確実な場

合は、むやみに紹介しない方が懸命です。地域の外国人支援団体と日頃から連携をとっておく

とよいでしょう。

特定非営利活動法人 CHARM(チャーム) 青木理恵子

▶ 参考資料・情報 ◀

◇ 移住連ブックレット 3「講座 外国人の医療と福祉─ NGO の実践事例に学ぶ」  移住労働者と連帯する全国ネットワーク編 現代人文社 2006◇「医療相談員のための外国人 HIV 陽性者療養支援ハンドブック」   平成 19 年度厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業  NGO による個別施策層の支援とその評価に関する研究班 2007◇「エイズとソーシャルワーク」 HIV とソーシャルワーク研究会編集 中央法規出版 1997

▶ 研修 ◀

エイズ予防・ケア研修(入門編)財団法人 エイズ予防財団 http://www.jfap.or.jp/NPO 法人 CHARM 医療通訳研修  http://www.charmjapan.com/

▶▶ 地方都市における中高年のエイズ ◀◀

 日本の地方都市において、HIV 感染症は若者のみならず、中高年にも多発している疾患とし

て位置づけられます。また、エイズ発症まで診断されないHIV 陽性者(いわゆる「いきなりエイ

ズ」)が多く、感染を知らずに生活しているHIV 陽性者が多数いるのも地方都市の特徴でしょう。

 たとえば、筆者が診療に従事している佐久総合病院(長野県東部)では、HIV 陽性の通院患

者の平均年齢は、男性で51 歳(32 人)、女性で41 歳(15 人)となっています。また、最近5

中高年6

110

年間(2003 ~ 2007 年)に、「いきなりエイズ」で診断された比率は、実に65.8%と高く、その

一方で自主的に検査を受けて診断されたケースは1例もありませんでした。なお、その感染契

機のほとんどが異性間性的接触と考えられます。

▶▶ 相談について ◀◀

❶ 家族という枠組みで捉える

 中高年のHIV 陽性者のケアにおいて注意すべき点は、「家族という枠組みの中で疾患を捉え

る」ということです。若者においても家族は重要ですが、中高年においては本人が家族の柱と

なっていることが多く、また逆に高齢になるにつれて、家族の支えなくして生活していけない

立場へと急速に転回していきます。いずれにせよ、その存在は家族と不可分なものなのです。

❷ 配偶者への通知

 配偶者への通知は、エイズ治療後の最初のハードルとして立ちはだかります。通知は必要で

すが、急ぐと病気への偏見が先行して、離婚という結果を招きます。配偶者との情緒的な葛藤

に理解を示しつつ、医学的・社会的に正確な情報を提供し、今後の家族の生活をイメージさせ

るような支援が必要です。

 この通知のありようは家族ごとに異なりますが、多くの場合、「伝えなければ状況は悪化す

るばかりですよ」という脅迫的な誘導は逆効果だと思います。本人は委縮し、かたくなになり

ます。むしろ、その一歩先にイメージを進めて「伝えたときに何と言われると思いますか?」

と想定した問答を重ねることが大切です。

 一方、通知された配偶者からの問い合わせ先として、担当する医師や看護師の連絡先を必ず

伝えておくことも大切です。これは、配偶者が不安にかられて友人や親族に電話で相談するこ

とを予防するためでもあります。こうした状況では、離婚を勧める友人や親族が少なくないこ

とに配慮しましょう。

 離婚はいつでもできます。配偶者にとってはストレスを鎮静化させる手段ですが、ストレス

の多くは時間の流れとともに、疾患への理解とともに癒されるものです。そのときなお、離婚

を求めるのなら、それは尊重されるべきなのかもしれません。

 なお、離婚を決断した配偶者には、病気のことを他言しないように強く念を押すことが重要

です。配偶者への通知を医療者として支援した以上、そこから病名が拡がらないように本人を

守る責任があるはずです。

❸ 子供への通知

 子供への通知は、状況に応じて判断して下さい。少なくともすべての子供に通知する必要は

ありません。介護者になる可能性のある子供、精神的な支えとなり得る子供について、本人と

よく相談して通知して下さい。

111

第一章

 トピックス

〜相談の対象層

中高年

6

 多くの場合、子供の受け入れは良好で、配偶者ほどの葛藤を見ることは少ないようです。た

だし、義理の息子・娘がいる場合は、いずれ伝わる立場にあることから、早めに医療者との関

係を構築するためにも、通知に同席させることが望ましいと思います。もちろん、本人の了解

を前提とすべきであり、子供には「あなたの配偶者にも知っておいてもらった方がよいと思う

が同席してもらってはどうか?」と確認しておくことも必要です。

 息子の受け入れが良好であったにも関わらず、嫁の理解が得られずに疎遠になった事例を筆

者は経験しました。孫もいたのですが「嫁が警戒して抱かせてもらえなくなった」と本人が嘆

いていました。病状説明をしようとしても、嫁は決して病院を訪れようとはしません。今後の

介護力も期待できないばかりか、「地域のヘルパーに病名を知られたくない」と介護保険の導

入も拒否されています。

 最初の通知から息子夫婦として巻き込むべきであったと反省している事例です。家族を枠組

みとして捉えることの大切さは、ここにも表れています。

❹ 高齢化に伴う課題

 HIV 感染症が慢性疾患となった現在、HIV 陽性者の高齢化はさけて通れない課題となって

います。筆者が高齢 HIV 陽性者の支援をしてきた経験では、主に3つの問題に直面してきま

した。

 まず、免疫の回復が不良となっていく問題です。医学的な背景は不明ですが、抗 HIV 療法

の効きが悪くなっていく人が多く見られます。アドヒアランスは良好で、耐性化も認めないの

ですが、それでも徐々にCD4が低下してくるのです。このため感染症に罹患しやすくなり、

細菌性肺炎や感染性腸炎による入退院を繰り返すようになります。

 次に、高齢者に普遍的な問題として、脳梗塞、心筋梗塞などの動脈硬化性疾患、糖尿病の合

併症の顕在化、あるいは悪性腫瘍などの合併があります。これらは高齢化によるものと考えら

れますが、抗 HIV 療法の長期化も作用している可能性があります。要介護状態が急速に進行

することがあるので、早い段階から介護支援の手続きを進めておくことが必要です。

 そこで最後の問題。介護者不在に直面します。家族や親族、地域の偏見にさらされ、あるい

は偏見を予感する本人は自宅に引きこもりがちになり、老人性うつを合併することもあります。

ここはエイズ脳症との鑑別が求められるところですが、いずれにせよアドヒアランスが悪化す

るので、服薬支援をとりながら、受け入れ介護施設などの検索を急ぐべき時期です。

 こうした介護者不在に陥らないように、できれば早い段階から家族を巻き込んで、家庭的さ

らには社会的な支えを整えておくことが求められているのだと思います。

佐久総合病院 高山義浩

112

 老化や高齢化により生じる状況が、HIV 陽性者の生活にどのような課題となって現れている

か、という視点で考えました。いずれもHIV 陽性が問題の中心にあります。

▶▶老化が原因とされる疾患の後遺症や

合併症の治療 ◀◀

 治療の進歩により、治療環境と生活環境を整えることで、HIV 陽性者は安定した社会生活を

送れるようになりました。したがって自然の経過や個人の生活様式や体質なども相まって、老

化による疾患や生活習慣病の治療、およびその後遺症や合併症に対するリハビリテーションや

療養入院、人工透析などが必要とされるようになってきました。急性期治療は、拠点病院のほ

とんどが高度先進医療機関や特定機能病院であることから、スムーズな受け入れが可能です。

ところが、急性期治療に目途がたち、リハビリテーションや療養などが必要となった場合、そ

の専門医療機関への転院は、HIVのコントロールが良好であっても非常に厳しいのです。維

持透析を受け入れるサテライト施設も見当たりません。療養型病院への転院は、薬価のしばり

が外されたにもかかわらず難しく、在宅準備が整うまでの1、2か月の受け入れは何とか検討

してほしいのですが、なかなか進みません。そのため拠点病院がこれらの機能を担わざるを

得ず、退院や転院支援を業務とするソーシャルワーカーの悩みどころとなっています。現時点

では「受け入れ先がないなら、リハビリはここ( 拠点病院 )で仕上げるしかない」「維持透析でも

サテライトには頼めない」など拠点病院的意識を頼りにせざるを得ません。非陽性者であればス

ムーズに受けられる高齢者の医療サービスが、HIV 陽性ゆえに難しいです。医療は責任が重く、

厳しいリスク管理が求められ、そのためハードルが高いことは理解できますが、疾患の正しい知

識、治療、感染予防を十分に理解し、その機関において可能な受け入れ体制を検討してほしい

ものです。そのために拠点病院や行政が何をするかを、ともに検討することが求められます。

▶▶ 介護施設への入所 ◀◀

 介護サービスは在宅であれば、公的制度によるサービスが受けられるようになってきました。

しかし要介護陽性者の施設入所は、非常に厳しい現状です。一般に施設は、入所用の診断書書

式が独自にあり、提出された内容により受け入れの可否を判断していますが、感染症について

高齢者7

113

第一章

 トピックス

〜相談の対象層

高齢者

7

は特別敏感です。その理由は主に、基本的に集団生活という環境のため、入所者同士の交流に

よる感染の怖れ、生活介護と身体介護を提供する職員への感染の怖れ、医療職の配置が乏しく

緊急時に対応できない、などが考えられます。しかしこれらは、感染経路を含む疾患の正しい

理解が得られれば払拭できるものであり、むしろHIV 陽性者の医学的状態を理解し、必要と

される介護が提供できるかどうか、という個別対応に焦点を絞り検討してほしいと思います。

介護においても、HIV 陽性でなければあたりまえに受けられる介護サービスの利用が難しいで

す。しかし、医療に比べ生活を支えるという視点が優っている介護の現場では、少しずつでは

ありますが利用が広がっています。

 最近、初めて「被生活保護、要介護のHIV 陽性者」の高齢者賃貸住居(高齢者施設の区分で

は「その他の施設」に分類される)入居を経験しました。これはひとえに、住居管理者の理念

と理解、バックアップ医療機関の理解と協力、行政の連携の賜物と考えられます。このような

施設の存在は、日頃のソーシャルワーク業務の中から把握していくものです。注目した施設に

それとなく打診し、感触がよければ入居を相談し、入居にあたって協力できることを具体的に

提示するなど、地道な働きかけを展開してほしいものです。

▶▶ 人生の終わり方 ◀◀

 高齢化はHIV 感染の有無に関わらず、多くの人にとって、自分で考え自分で決めて行動す

る能力を徐々に失う、あるいは突然失う可能性が高くなるということです。老いを感じ死につ

いて考えるとき、あるいは死が迫っていると感じられるとき、誰でも人生の終わり方を考える

でしょう。そのような時期に至ってきた高齢 HIV 陽性者にとって、陽性告知にまつわる問題

は重要と考えます。

 家族(配偶者や子ども)と同居し、そのうちの誰かひとりにでも告知をする、または告知し

てあればなんとかなりますが、未告知、単身で家族と疎遠、さらに家族がいないか音信不通の

場合、HIV 陽性者本人の準備が必要となります。同居家族に未告知あるいは家族がいるが疎遠

の場合、改めて家族に告知するかしないか、する場合はいつどのようにするか、しない場合は

どうするか、などを具体的に考えることは、自分の人生の終わり方に大きな影響を及ぼすと考

えられます。家族がいない、または音信不通の場合は、意思疎通困難時や終末期の医療の希望

を決め、支援者に伝えておくことが不可欠です。重篤な「いきなりエイズ」で入院となった単

身の高齢 HIV 陽性者に対しては、短時間にこれらの問題を整理し確認する必要に迫られるこ

とが多く、医療機関スタッフの課題でもあります。

 HIVとともに生きてきた人生の終わり方を自ら考え決める必要性を、日頃関わりがあり関係

のよい支援者から当事者に投げかけることは、高齢のHIV 陽性者支援のひとつとして欠かす

ことはできません。

千葉大学医学部附属病院 葛田衣重

114

▶▶ 就労と職場の問題 ◀◀

❶ 余命が延伸し、就労の重要性が増しています

 医療の進歩により、多くのHIV 陽性者は健康管理との調整をつけながら働き続けることが

できるようになり、就労は重要性を増しています。就労は、人間関係の幅を広げたり個人の能

力を生かしたりして生きがいとなるので、社会参加という意味で大切です。また食事や睡眠と

いった基本的生活リズムをつくるので、健康管理にも有効です。

 家事や育児、社会活動などが役割と言う人もいますが、HIV 陽性者には、男性の同性間性的

接触で感染した配偶者や子を持たない単身者が多く、家族による経済的扶養を期待しにくい中、

就労による収入は経済的基盤としても大切です。

❷ 就労経験の浅い若年者、転職の難しい中高年――人と仕事内容に応じた対応を

 HIV 陽性者には、若年層が多いという特徴があります。彼らは就労経験がなかったり、あっ

ても専門的な技術や能力といった職業上のキャリア形成が不十分であったり、職場の人間関係

をうまく調整する能力が身についていなかったりします。一方、余命が延びて中高年のHIV

陽性者も増えています。年齢が高いと容易に転職はできないため、無理をして働いている人も

います。

 また、職種や仕事内容によって、身体的、精神的な負担には違いがあるので、個人の基本的

属性や仕事内容、職場環境に合わせた対応が求められます。

❸ 職場で安易に病名を開示できないことの負担感

 HIV 陽性者にとって就労上の大きな問題のひとつは、本人の知らない間に職場で病名が漏洩

するのではないかという不安や、病名開示についてです。職場の同僚や上司は、HIV 感染症に

対する無用な不安や偏見を抱いていることもあります。相手がどう認識しているか、どう行動

するかわからない職場環境や、個人情報が本人の知らないところで広がっていくかもしれない

職場環境では、HIV 陽性者は安易に病名を告げることはできません。

 しかし、職場に病名を知らせずに働いている場合、病気に関連した問題があっても配慮が得

られません。通院や体調不良で休んでいると、HIV 感染を疑われるのではないかと不安を感

じ、無理をして健常者並みに働く人もいます。

エイズの最近のテーマ

職場とエイズ1

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第一章

 トピックス

〜最近のテーマ

職場とエイズ

1

❹ 障害者雇用制度の対象

 障害認定を受けているHIV 陽性者は、障害者雇用制度による就労が可能です。障害者職業

訓練制度などの支援制度も利用できます。

 ただし、障害者雇用制度での就労は、担当者に障害名を開示することになりますし、仕事内

容や昇格が限定されるため収入も低く、体調が回復してさらに働きたいと思ったときに不満も

生じます。長期的な視点にたって、健康状態や個人の状況に応じて利用するとよいでしょう。

▶▶ 相談・支援での留意点 ◀◀

❶ 告知の場に「就労」の視点を

 HIV 陽性告知の際、就労に関するアドバイスはとても重要です。告知直後には、衝動的に離

職する人がいますが、準備もなく離職した人が、よい条件で再就職することは容易ではありま

せん。まして病気を持つ場合にはより厳しいのが現実です。プライバシーを詮索されにくい、

通院日を調整しやすいと、正規雇用から非正規雇用に転職する人もいますが、一般には仕事内

容や賃金、昇進など労働条件は低下しますし、雇用関係も不安定です。

 また、告知直後には、生活環境を整えなくてはいけないと感じて、本人も動揺したまま職場

に病名を告げる人がいますが、同僚や上司もHIV 陽性者への対応を理解していないことが多

く、職場がパニックになることも多々あります。

 このような混乱は、告知時の対応で防ぐことができます。職場への病名開示や離職・転職は、

すぐに決断したり行動に移したりせず、ゆっくり考え、落ち着いて、環境を整えてから対応す

るようアドバイスすることが重要です。

❷ 治療の場に「就労」の視点を

 治療が長期化する中、少しずつ心身の負担が蓄積して、このまま仕事を続けていては体調を

悪化させるのではないかという不安を抱いたり、配置転換や離転職をすべきか我慢すべきかと

いった決断が必要になったりする場合もあります。このような不安や決断には、健康状態に対

する正しい認識や、将来的なHIV 感染症の予後、治療のあり方が左右します。しかし、客観

的な健康状態や病気の予後については、医療者のアドバイスがなければ、患者であるHIV 陽

性者には判断がつきません。医療者は、長期的な就労や社会活動との兼ね合いを考慮して、治

療や健康状態についてのアドバイスをすることも大切です。

 また、医師や看護師は、医療ソーシャルワーカーやカウンセラーを紹介したり、外部の就労

相談機関につなげたりして、相談の幅を広げることも大切です。

埼玉県立大学 若林チヒロ

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▶ 参考資料・情報 ◀◇「職場におけるエイズ問題に関するガイドラインについて」   平成 7 年 2 月 20 日基発第 75 号・基発第 97 号労働省労働基準局長・職業安定局長通知* 厚生労働省は、職場で留意すべきガイドラインを示しています(改定予定)。◇「障害者雇用マニュアル No.88 HIV による免疫機能障害者の雇用のために」  日本障害者雇用促進協会 1998◇「事例で学ぶ職場と HIV―働く HIV 陽性者と、ともに働く人々のために」   生島嗣、若林チヒロ、小西加保留 2006* 陽性者への調査結果を元に作られた、陽性者や職場向けの冊子です。◇「HIV 陽性者の療養生活と就労に関する調査研究」報告書 平成 16 年度厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業 HIV 感染症の医療体制の整備に関する研究班 2005

▶▶ 薬物乱用の影響 ◀◀

 注射薬物使用に伴う、回し打ちや注射器 / 針の共用は、HIV 感染のリスクを引き上げる要

因のひとつです。また、注射器を使用しない薬物乱用であっても、性交時に用いられること

で、冷静な判断が妨げられ、無防備なセックスにつながりやすいという指摘もあります。一方、

HIV 陽性者における薬物乱用を考えれば、一部の抗 HIV 薬において、覚せい剤などの乱用薬

物との相互作用(血漿中濃度の著しい上昇など)が報告されており、注意を要する必要があり

ます。また、薬物乱用の影響により生活リズムが不規則になり、結果として抗 HIV 薬の適切

な服用が難しくなる可能性もあります。

 わが国の薬物乱用・依存者を対象とした疫学調査によれば、1993 年の調査開始以後、対象

者間でのHIV 感染が拡大している様子は認められないものの、一般人口と比較すれば、覚せ

い剤患者におけるHCV(C 型肝炎ウィルス)抗体陽性率は、依然として高い状態が続いてい

ます。また、覚せい剤のあぶり(加熱吸煙)の流行に伴い、不衛生な注射器 / 針の共用は年々

減少傾向にはありますが、そのようなリスク行動が存在する限り、薬物乱用者の間でHIV 感

染が拡大する潜在的なリスクがあることに変わりありません。

▶▶ 薬物問題を理解する上でのキーワード ◀◀

 薬物問題を抱える利用者の相談を受ける際には、薬物乱用・依存に関わるいくつかのキー

ワードを理解しておくことが役に立ちます。

薬物使用とHIV2

117

第一章

 トピックス

〜最近のテーマ

薬物使用とHIV

2

❶ 薬物乱用 (Drug abuse)

 社会的規範から逸脱した目的や方法で、薬物を自ら使用する行為を薬物乱用といいます。例

えば、麻薬や覚せい剤は、法律によって製造、売買、所持だけなく、使用すること自体が禁じ

られており、そのような薬物を自ら使うことが薬物乱用と定義されます。乱用(Abuse)とい

う単語からは、繰り返し使用しているようなニュアンスを感じますが、わが国で用いられてい

る薬物乱用は、逸脱行為そのものを指しており、これまでに使用してきた回数や量に関わらず、

1 回の使用であっても薬物乱用と定義されることに留意していただきたいと思います。

❷ 薬物依存 (Drug dependence)

 依存性薬物の乱用を続けることにより依存が形成され、薬物依存となります。薬物依存と

は、再発を繰り返す慢性的な脳の疾患です。薬物依存になると、自身の身体的・精神的な健康

面のみならず、家族や仲間とのトラブル、学業や仕事上のトラブル、借金などの経済面での

トラブルなど、身の回りの生活環境についてもさまざまな不都合や不利益が生じているにも関

わらず、自らの意思では薬物乱用をやめることができないコントロール喪失の状態となりま

す。また、薬物を使いたいという強い欲求(渇望感)を抑えることができなくなり、薬物を手

に入れるための行動を起こし(薬物探索行動)、強迫的に使用するといった特徴が見られます。

薬物依存の状態となった人が、さらに乱用を続けることによって、慢性的な中毒症状 (Drug

intoxication)として、幻覚(例えば、本来聞こえるはずのない正体不明の声を聞くようになる

といった幻聴)や被害妄想(例えば、ヤクザや警察に追われているのではないかといった追跡

妄想)などの精神病症状を発現することもあります。

 薬物依存は、本人に薬物をやめる動機が芽生えたとしても、再発を繰り返すことが多い疾患

です。実際に、長期間薬物を使っていなかったとしても、ふとしたきかっけにより、再使用に

つながるケースも少なくありません。薬物依存者には、再発のきっかけとなる引き金があり

(例えば、以前薬物を買っていた街に行くことや、テレビに映った薬物の映像を見ることなど)、

薬物を再び使いたいという渇望感が湧いてきます。

 薬物依存者と関わりを持つ人は、このような疾患の特徴を理解した上で、より長期的な視点

で当事者を捉えることが求められるでしょう。

❸ 薬物乱用・依存者に対する社会資源

 薬物乱用・依存に関する相談は、各都道府県の精神保健福祉センターや保健所で受けること

ができます。精神科の病院に直接相談するという選択肢もありますが、残念ながら全国どの精

神病院でも薬物乱用・依存者を受け入れているわけではなく、さまざまな理由により、受診自

体が断られてしまう場合があります。まずは、精神保健福祉センターや保健所につなぐことで、

本人 (および家族 )の状態を見きわめ、必要な支援策を組み立てていくことが可能となります。

本人や家族が、医療機関の受診や、自助グループの利用を希望している場合であっても、精神

保健福祉センター・保健所を通じて紹介してもらう方がスムーズでしょう。

118

▶▶ 薬物に関連した相談への対応ポイント ◀◀

❶ 通報・告発について

▷ 公的機関での通報・告発 ◁

 公務員は、刑事訴訟法239条2項(職務を行うことにより犯罪があると思料するときは告

発しなければならない)により告発義務があるとされています。しかしながらこの告発義務と

守秘義務のどちらを優先させるべきかについては明確にされておらず、議論の余地があるで

しょう。相談機関が告発をすれば、相談数が減少しその機関の行政目的の達成に重大な支障を

きたすことも考えられます。

 通報の可能性がある状況とは、違法薬物を実際に所持している現場に直面した場合などであ

り、利用者から使用したことを口頭で聞いた場合は通報に値しません。

 公務員の場合、公務員としての職務以外の活動(ボランティア活動など)において告発義務

はありません。

▷ 医師の届け出義務 ◁

 医師は、麻薬及び向精神薬取締法第58条の2に基づき、診察の結果、受診者が麻薬中毒者

(麻薬、大麻、またはあへんの慢性中毒状態にある者)であると診断したときは、その受診者

の居住地の都道府県知事に届け出なければなりません。麻薬とは、麻薬及び向精神薬取締法で

規定される薬物であるため、覚せい剤は該当しません。

▷ 民間機関での通報・告発 ◁

 NGOなど民間機関のスタッフが、利用者の違法薬物の使用を知ったとしても、通報や告発

の義務はありません。

❷ 違法薬物を持ち込まれたときの対応

 違法薬物が施設・機関内に持ち込まれたことが判明した場合、通報するのかしないのか、す

る場合はどのタイミングにどういう方法で通報するのがよいのか、通報はしないが立ち入りを

禁止するかなど対応を事前に決めておくことが望ましいでしょう。本人の薬物依存からの回復

も重要ですが、相談機関の環境を守ることもとても重要です。また、違法薬物持込が判明した

場合にどういう対応をするか、前もって利用者にきちんと伝えておくことが望ましいでしょう。

 なお、取締機関への通報は、刑事司法の介入、つまり違法行為に対する罪の償いを目的とす

るものであり、薬物依存症からの回復のためのものではありません。

❸ 相談員としての対応

 利用者の話を非審判的に傾聴し、相談内容を整理します。薬物の使用について、援助者が批

判的・審判的な態度で臨むと、利用者は薬物だけではなくHIV/ エイズに関連する相談も一切

しなくなってしまう可能性があります。

 相談内容の中で、薬物に関連することについては適切な機関(精神保健福祉センター、保健

119

第一章

 トピックス

〜最近のテーマ

薬物使用とHIV

2

所、精神科医療施設)を紹介します。エイズに関連することについては対応します。例えば、

薬物を使ってセックスすることでHIV 感染を心配しているのであれば、セックスの中でどの

ように感染リスクを軽減できるかを話し合うことが可能となります。

 薬物の影響下にある状態での相談であれば、基本的には受け付けません。素面のときに再度

相談するように伝えます。

 トラウマなどの深い問題を抱えていることがあるため、むやみに“なぜドラッグを使いたい

のか”という心理を掘り下げない方がよいでしょう。

 利用者が安心して相談できる時間・場所を提供し、ひき続き、HIV/AIDSに関して相談しや

すい機関となれるように配慮することが大切です。

国立精神・神経センター精神保健研究所 嶋根卓也

特定非営利活動法人 アジア太平洋地域アディクション研究所 古藤吾郎

▶ 参考資料・情報 ◀

1)ご家族の薬物問題でお困りの方へ(発行:厚生労働省)薬物問題を抱える家族を持つ人を対象に作られたパンフレット。薬物依存症を理解するための解説、本人の回復のために家族ができること、家族の自助活動やその効果、家族相談などが掲載されている。巻末には、全国の精神保健福祉センター、家族会、自助グループの連絡先が掲載されている。

2)薬物問題 相談員マニュアル(発行:厚生労働省)薬物問題の相談を受ける人を対象に作られたパンフレット。薬物依存症を理解するための解説、相談時の留意点、薬物問題に関連する法律、Q&A などが掲載されている。

1),2)のダウンロード先:国立精神・神経センター精神保健研究所薬物依存研究部 HPhttp://www.ncnp.go.jp/nimh/yakubutsu/drug-top/booklet.htm

2) MY LIFE(発行:NPO 法人アジア太平洋地域アディクション研究所)MY LIFE:ドラッグ+セックス+健康ドラッグ+セックスと関係の深い HIV・エイズなどの性感染症についてのパンフレットMY LIFE:YOU +健康ドラッグの注射と関係の深い HIVと C 型肝炎についてのパンフレット問い合わせ先:NPO 法人アジア太平洋地域アディクション研究所〒 110-0014 東京都台東区北上野 2-2-2 ピースフル北上野1FTEL 03-5830-1790 FAX 03-5830-1791HP http://www.apari.jp/npo/ E メール [email protected]

3) This is hope 依存症・メンタルヘルスのもんだい、そして HIV のこと(発行:エイズ戦略研究 MSM 首都圏グループ事務局)依存症とともに生きるセクシャルマイノリティーの当事者の声を中心に作成されたパンフレット問い合わせ先:コミュニティセンター akta〒 160-0022 東京都新宿区新宿 2-15-13 第二中江ビル 301(開館時間:16:00 ~ 22:00)TEL 03-3226-8998 定休日:月曜日・年末年始HP http://www.rainbowring.org/akta/ E メール [email protected]※aktaでは他にもさまざまな HIV や依存症に関連する情報を入手することが可能。

和田清、他:薬物乱用・依存者の HIV 感染と行動に関する研究平成 18 年度厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業

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▶▶ HIV 対策と検査相談 ◀◀

 HIV 検査相談は、HIV 予防とケアの推進の上で非常に重要な位置にあると考えます。

相談のあり方については、担当部分(例えば「検査前」、「検査結果の通知時」)の具体的な相

談の方法について関心が寄せられ、特に、最近増加傾向にあるHIV 陽性判明の機会に対し、

どのような対応が効果的かという点に議論が集中しています。検査相談の業務が、各場面の対

応の検討という断片的な取り上げられ方をされる傾向にあると言えます。現場の忙しさを鑑み

れば、各自の担当部分をまず安全に務めることが優先されるのは自然なことかもしれません

が、検査相談の業務全体を一度俯瞰してみて、その中での自分の業務の位置づけを確認するこ

とは、各場面の相談の位置づけや意味を理解する上でも役立つと思われます。ここでは、検査

相談について、主にHIV 検査相談 研修ガイドライン 1)から抜粋して説明します。

 図 1に、HIV 対策におけるHIV 検査相談の位置づけを明記しています。

HIV検査相談3

図 1 HIV 検査相談の位置づけ

HIV 感染対策

検査相談はHIV感染対策の一部として重要な位置にある

=予防、医療、支援がつながるところ

 ・予防啓発活動の受け皿

 ・医療への窓口

 ・心理社会的支援サービスへの窓口

予防啓発

医療

心理社会的支援(ケア)

検査相談

121

第一章

 トピックス

〜最近のテーマ

HIV検査相談

3

①予防啓発の受け皿として:予防啓発や検査普及活動の情報に触れて、自分が感染しているか

どうかを知りたいと思った人が検査相談を利用します。予防啓発がなされるからには、受け皿

として検査や相談の設置が大前提になります。

②医療・心理社会的支援の窓口として:検査相談を利用する人の中には、ここで初めて感染を

知る人がいます。 その人たちにとっては、検査相談は医療、心理社会的支援の窓口となりま

す。また、感染がわかる人のみでなく、利用者の中には検査相談以外の支援(例えば、メンタ

ル面での支援)が必要な人もいます。 そういったことが明らかになり、検査相談の場の役割を

越える場合には、利用者をほかの適切な支援機関につなぐための窓口にもなります。

 検査相談はHIV 感染対策全体の中で、「予防」、「医療」、「支援」がつながる重要な位置にあ

ると言えます。

▶▶ 検査相談の 3 つの役割:「検査」「相談」「紹介」 ◀◀

❶ 検査

● 検査を希望する人に対し、「検査前に感染のしくみ」「予防方法」「検査結果の意味」「感染が

わかったらどうなるか」などの情報提供をする必要があります。その上で本人の受検意思を

確認してから採血をします。 HIV 検査は本人の同意が前提ですが、そのためには正確な情

報が必要です。

● 個別対応が難しい状況にある場合でも、利用者全員に最低限の正確な情報提供を確実にする

ことで、 HIV 感染症やHIV 陽性者に対する誤解したイメージ(例えば「すぐに死ぬ病気」)な

どを取り除く機会となります。誤った理解を強化しないようにすることは非常に大切です。

利用者の中には、この検査の結果、あるいは今回の検査ではなくても将来、陽性とわかる人

も含まれます。また、まわりにHIV 陽性者の知り合いがいる人もいます。そのことも踏まえ

て情報提供をする必要があります。結果通知のときの説明も同様です。

● 検査前にどういった情報が利用者に提供されたかということを、結果通知の担当者がわかっ

ておくことも大事なことです。

● 結果通知の場面では、結果のみでなく、その意味を利用者にわかりやすい言葉で説明するこ

とも大切な役割です。

❷ 相談

● 利用者にとって感染リスク軽減の機会になるように支援をすることや、陽性結果後の支援も

含まれます。また、即日検査では、要確認検査の場合(判定保留とも言われています)の支

援も同様です。

● 検査時は、利用者がHIVを身近に感じているときです。この機会を活かし本人が考え方や行

動を振りかえることができるように支援するのは、検査相談の大切な役割です。

122

● 個別に感染リスク軽減のための支援を提供する場合は、一般的な予防メッセージではなく、

目の前にした個人の行動やその背景に焦点づけることがとても大事です。個人がいかに感染

の可能性を「自ら」認識し、その可能性をどう軽減できるかについて考え、そして実行を決

定できるよう支援することが役割です。「一度の対応だけで行動が変わる」ということを目標

とするのではなく、「行動が変わるためのきっかけづくり」となることを目標と考えましょう。

● 検査時および結果通知時の個別対応をするときももちろんですが、検査相談の場全体として

このような意識を担当者が持つことが大切です。

● 陽性時の対応について、事前に準備を整えることは必須です。検査相談は本人にとって感染

を初めて知る場で、この場面が利用者に長く印象に残ることも多く、その後の闘病にも深く

影響します。誰がどのような対応をするかは、検査相談の場によってさまざまですが、陽性

とわかる人の反応はそれぞれ異なることを前提とし、支援者が落ち着いて対応できる準備が

必要です。具体的な対応についてはほかの講座で見ていきます。

❸ 紹介

● 紹介とは、利用者が必要とする医療、予防、心理社会的サポートサービスを利用できるよう

支援することです。

● 的確な支援を行うには、利用者の個別ニーズに対し、自分たちのところで提供できるのか、

それ以外の場所で提供した方がよいのかを見きわめることが必要になります。つまり、検査

相談の役割と限界を理解しておくこと(モニタリング)が大事になります。

● 陽性結果時の受療支援の準備が整っていることは、検査相談を提供する上で必要不可欠です。

診療病院のリストを見せて「この中から選んで下さい」というだけでは不十分で、本人がい

つどの病院にかかるかを決定できるように、診療病院の十分な情報提供が重要となります。

もちろんその前に、陽性結果の意味やHIV 感染症の基本情報を、本人に理解可能な言葉で伝

えられることが前提です。

● 検査相談以外のサービスを必要とする利用者に対して、適切なサービスを提供することも『紹

介』に含まれます。

● 情報提供の際、利用者が安心して利用できるかどうかを知った上で案内することが必要です。

そのため、まず、地域に存在する関係機関やサービスを開発したり、それらの機関と事前に

連携をしておくことが必要不可欠となります。

● 関係機関やサービスとは、例えば、性感染症を診ている病院、メンタルヘルス関係、薬物や

アルコール使用関係、家庭内暴力(DVとも言われます)やレイプ関係、セクシュアリティ

相談などを指します。

 また、保健所での検査相談の場合、所内の他部署との連携が有効な場合もあります。

123

第一章

 トピックス

〜最近のテーマ

HIV検査相談

3

▶▶ 検査相談における重要なアプローチ ◀◀

❶ 「予防」と「ケア」の両方の視点を常に持つ

● 検査相談には、色々な業務が一連の流れの中に含まれています。各業務を図 2で説明してい

ます。具体的な体制は、検査相談の現場によって異なります。しかし、どの現場においても、

「予防行動支援」と、「陽性者支援」の両方の視点や姿勢を一貫して持つことは大変重要です。

● 陰性結果のときは予防、陽性結果のときは支援、ということではありません。

 例えば、電話予約、情報提供や相談などでは、対応の際にエイズの誤ったイメージを強化す

る、またはHIV 陽性者を排除するようなメッセージはさける必要があります。検査普及のた

めの広報についても同様のことが言えます。HIV 陽性者や感染しているかもしれないと不安に

思っている人が目にするものであることを前提とした広報がとても大事です。

図 2 HIV 検査相談の要素

予 防 行 動 支 援

陽 性 者 支 援

検査相談には、検査・相談・紹介(リファーラル)の業務があり、様々な要素がある。そのすべてにおいて、予防行動支援、陽性者支援の視点や姿勢を持って担うことが大切である。

電話予約・相談

広報 検査前情報提供

検査時相談

陽性結果後支援

結果説明

他サービス紹介

受検意思確認受付

採血・検査

❷ 検査前対応の重視

● 検査前の対応については、最近「カウンセリングにかける時間はないので、検査前対応は不

必要」という声を聞くことがあります。そうでしょうか。ここで重要なポイントは、カウン

セリングの是非ではなく、検査前に十分な情報が利用者に伝わり、利用者はその内容を正確

に理解した上で、受検の同意に至っているかどうかというところだと思います。専門家によ

る「心理カウンセリング」は利用者全員に必要ではないかもしれませんが、正しい情報提供

という「ガイダンス」は必須と思われます。

● 検査前に、検査の内容(どのような検査か)、検査結果の意味(陽性が何を指すか;特にス

クリーニング検査時の陽性の意味)などが説明をされていない場合、どのような事態が起こ

124

るかについては、妊婦のHIV 抗体一次検査(スクリーニング検査)の件で検査や医療現場の

人たちは経験をしています。

 妊婦の検査前の対応については、準備の手順や検査時の説明と対応について、ステップごと

に実施マニュアルを作成し、現場から肯定的な反応を得ています 2)。ちょっとした工夫で、

利用者の検査時の混乱を未然に防ぎ、担当者も安心して検査に望むことができますので、是

非、検査前対応について、各現場で検討をしていってはいかがでしょうか。

▶▶ 今後のトレーニングのために ◀◀

 検査相談の機会が増えるにつれ、その対応の質も一層問われることになります。また、検査

相談を安全に行うためのトレーニングも今後ますます求められことが予想されます。

 以下にトレーニングの資料として、本稿でも一部その内容を抜粋した研修ガイドラインを記

載しました。今後、各検査相談の現場で安全性を高めるために活用して下さい。

 最初の「基本編」は、通常の研修のような講師の招聘は必要ありません。各現場で相互学習

ができるようにつくられていますので、手軽に「基本」の「き」を学ぶことができます。今後の

HIV 対策の予防とケアの向上に役立てて下さい。

財団法人 エイズ予防財団 矢永由里子▶ 参考資料・情報 ◀◇「HIV 検査相談研修ガイドライン」 基本編  平成 20 年度厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業  HIV 検査相談機会の拡大と質的充実に関する研究班 2008◇「妊婦 HIV 一次(スクリーニング)検査実施マニュアル」   平成 20 年度厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業  周産期・小児・生殖医療における HIV 感染対策に関する集学的研究班 2008 * 両資料についてご関心をお持ちの方は、エイズ予防財団までお問い合わせください。

▶▶ エイズ:人類が直面する地球規模の課題 ◀◀

 HIVとエイズ。世界がこの病気の存在を初めて確認してから25 年以上たった今でも、まだ

この病気を根治する治療法は開発されていません。日本は、HIV 感染率は他国に比べても低

世界のエイズ問題と日本4

125

第一章

 トピックス

〜最近のテーマ

世界のエイズ問題と日本

4

く、「低流行期」に分類される状況が続いていますが、それでも、エイズの問題が深刻でない

というわけではありません。この国においても、差別や偏見、長期にわたる治療と生活の両立

など、克服されるべき多くの困難が存在しています。

❶ 国・地域の存亡への脅威

 日本のような低流行期にある先進国においても、HIVとエイズの問題は決して軽い問題で

はない、ということをしっかりと認識した上で、世界のほかの国々に目を転じたとき、私たち

は、途上国、特にサハラ以南アフリカにおけるこの病気の想像を絶する拡大ぶりに衝撃を受け

ずにはいられません。世界のHIV 陽性者人口 3320 万人(2007 年 11 月 UNAIDS・WHO 発表)

のうち、90%以上が途上国、60% 以上がサハラ以南アフリカに集中しています。サハラ以南ア

フリカ全体のHIVの成人感染率は5%を超え、中には大人の5 人に1 人がHIVに感染している

国もあります。HIVは働き盛りの成人をターゲットにします。特に感染が集中している南部ア

フリカでは、エイズによって平均寿命が20 歳程度低下し、30 代にまで落ちた国、社会のしく

みを維持すること自体が困難になっている国・地域もあります。こうした地域では、エイズは

医療、保健の問題というだけでなく、まさに国・地域の生存・発展それ自体への直接の脅威と

なっているのです。

❷ 薬物乱用で拡大

 一方、特定の人口層に「HIV 感染」が集中的に拡大している、「局限流行期」の国々では、サ

ハラ以南アフリカのような、HIV 感染が社会全体に拡大してしまった「広汎流行期」の国々と

はまた異なった困難があります。日本は、中国、ロシアなど「局限流行期」の国々に取り巻か

れています。ロシアでは、HIVの感染が、薬物を使用する人々の間でまず拡大しました。ロシ

アの成人人口の1.1%がHIVに感染しており、そのうちの66%が注射針の回しうちなど薬物の

使用による感染によるものと言われています(国連合同エイズ計画〈UNAIDS〉のデータによ

る)。

❸ 国を挙げた対策が展開できない

 こうした国々では、コミュニティの主体的な参加による予防啓発と、感染した人々のケア・

治療などの取組みが集中的に必要です。しかし、こうした国々では、感染率が低いためにHIV

とエイズが深刻な保健問題と捉えられていないこと、また、MSM(男性とセックスをする男

性)、セックスワーカー、ドラッグユーザー、移民労働者など、感染が拡大している人口層が、

差別や偏見、場合によっては、政府による迫害の対象になっていることから、国を挙げた対策

が展開できていないことが多いのです。その結果、HIV 陽性者が直面する現実は、治療・ケア

へのアクセスの困難さ、差別・偏見の強さなどから、非常に深刻なものとなっています。

 HIVおよびエイズの問題は、世界の国・地域によって文脈は異なるものの、きわめて深刻で

す。まさにHIVおよびエイズは地球規模の課題なのです。

126

▶▶ 世界はエイズにどう取り組んできたか ◀◀

 では、この地球規模の課題に、世界はどのように立ち向かってきたのでしょうか。

 世界にエイズが登場してから25 年がたちます。この歴史を振り返るとき、私たちはもうひとつ

の衝撃を受けます。それは、この問題への政府や国際機関の対応の遅さ、そして、政府や国際機

関の支援なしでこの病気に立ち向かってきた、HIV 陽性者の当事者運動や市民社会の強靭さです。

 80 年代に米国にエイズが登場したとき、当時のレーガン共和党政権は、正面からこの病気

と向き合おうとしませんでした。それは、この病気が拡大した主要な人口層がゲイ、薬物使用

者、移民という、差別され、周縁化された存在だったからです。

❶ 遅すぎた取組み

 サハラ以南アフリカでこの病気が急速に拡大したのは、80 年代後半から90 年代にかけてで

した。このときに国際社会がとった対応は、これと共通していました。当時、欧米を中心とし

た国際社会は、返済に支障をきたすまでにふくれたアフリカ諸国の借金をとりたて、政府の財

政の「健全化」を目指す「構造調整」政策を推し進めていました。HIV 感染が急速に拡大して

いることはすでにわかっていましたが、この「構造調整」政策の中では、十分な資金がエイズ

対策に投入されることはありませんでした。1996 年に開発された抗レトロウイルス治療(三

剤併用療法)も、先進国政府と開発系製薬企業が掲げる「知的財産権保護」を理由のひとつと

して、途上国への導入は大幅に遅れました。世界が問題の深刻さに気づいたときには、南部ア

フリカの国々はすでに破滅の危機に瀕していました。2000 年に日本で開催されたG8 九州・沖

縄サミットと、同年の世界が「貧困」に正面から取り組むことをかかげた「国連ミレニアム特

別総会」を皮切りに、国際社会は「感染症」を主要な地球規模課題として定義しなおし、本格

的な取組みを始めましたが、この段階では、すでに「遅すぎた」と言えます。この「不作為」に

よって、多くの人命が失われ、アフリカの社会はより脆弱なものになってしまいました。

❷ 取り組ませたのは市民社会の運動

 今、世界はエイズ問題の克服のために積極的に取り組んでいます。2007 年、エイズ対策の

ための国際的な資金は、まだまだ不十分ではあるものの1 兆円の大台に乗りました。また、途

上国での三剤併用療法の導入についても、2003 年に国連合同エイズ計画(UNAIDS)と世界保

健機関(WHO)が「スリー・バイ・ファイブ」目標(2005 年末までに300 万人に治療を供給す

る)を打ち出したことによって大きく進展し、2005 年末には目標に届かなかったものの、2008

年現在では、途上国で300 万人がアクセスするに至っています。世界のエイズに対する取組み

の本格化は、政府や国際機関などが「与えてくれた」ものではありません。エイズに正面から

取り組もうとしなかった為政者たちを動かしたのは、途上国と先進国のHIV 陽性者をはじめ

とする市民社会の運動だったことを、私たちは今一度思い起こす必要があります。市民社会の

声がなければ、政府も国際機関も、また取組みを後退させてしまうかもしれないのです。

127

第一章

 トピックス

〜最近のテーマ

世界のエイズ問題と日本

4

▶▶ 日本にとっての「世界のエイズ問題」 ◀◀

 日本に住む私たちは、世界の問題と日本の問題を分けて考えがちです。しかし、日本と世界

は今や密接につながっています。エイズ問題についても例外ではありません。

❶ 外国人への対策・対応は不十分

 まず、日本における外国人とエイズの問題について考える必要があります。日本のHIV 感

染・エイズ発症数の約 4 分の1を外国人が占めています。日本には、HIV 陽性の外国人の入

国を規制する法律はありませんが、厳しい入管行政や、言語・文化的障壁の存在によって、医

療や社会保障への外国人のアクセスは容易ではありません。現在のところ、外国人におけるエ

イズ対策は不十分なままです。エイズを発症した外国人のHIV 陽性者が複数の病院から診療

拒否をされたり、緊急の治療が必要なのに、ビザがないために治療を受けられず症状が悪化す

るというケースが相次いでおり、日本で亡くなったというケースも多くあります。こうした事

例は、外国人のHIV 陽性者・エイズ患者の、医療を受ける権利を侵害しているばかりでなく、

国際的に日本のイメージを悪化させることにもつながっています。外国人のエイズ問題に対す

る日本の対応には、多くの改善が必要となっています。

❷ エイズ問題への貢献額も不十分

 一方、日本は世界第 2の経済力を誇る先進国であり、世界からは大国として認識されていま

す。この日本がエイズなどの「地球規模課題」にどれだけ取り組むかが、世界から注目されて

います。日本はこれまで、エイズ・結核・マラリアへの取組みに資金を拠出する「世界エイズ・

結核・マラリア対策基金」(世界基金)に合計 8. 5 億ドルの拠出を行ってきました。また、エ

イズ対策に特化した青年海外協力隊を編成し、年間 100 名を、サハラ以南アフリカ、中米・カ

リブ海、パプアニューギニアなどに派遣しています。また、2008 年に開催されたG8 北海道・

洞爺湖サミットでは、エイズも含む国際的な保健問題に関して、日本のイニシアティブで「洞

爺湖国際保健行動指針」が策定され、日本政府の国際保健問題に関する強いコミットメントが

示されました。一方、世界のエイズ問題に対する日本の貢献額については「世界基金」への貢

献を含めても、G7 諸国(米、英、独、伊、仏、カナダ、日本)中最低であり、世界からは、

日本がエイズ問題に対して、国力に見合った貢献をしているとは認識されていません。

 エイズは国境を越えた地球規模の問題です。日本は、エイズ対策のあり方を世界の実践から

学ぶことで、国内のエイズ対策を進展させてきました。国境を越えて相互に学びあい、取組み

の連携を深めることは、日本と世界のエイズ対策をともに進める上で不可欠であると言えます。

特定非営利活動法人 アフリカ日本協議会 稲場雅紀

128

1. エイズの基礎知識について

2. 性行為とHIV感染について

Q. 1

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Q.19

Q.20

Q.21

HIVはどうやってうつるのですか?

男性より女性の方がHIVをもらいやすいと聞いたのですが、本当ですか?

陽性者の血液でも乾いていたらうつりませんか?

麻薬や覚醒剤など薬物の使用は、どうしてHIV感染のリスクがあると言われるのですか?

蚊ではどうしてうつらないのですか?

トイレで感染することはありませんか?

女性が使った生理ナプキンを素手で触ってしまいました。

歯ブラシで感染することはないですか?

お酒などの回し飲みや、同じ皿のものを食べても感染しませんか?

陽性者と同じお風呂やプールに入っても大丈夫ですか?

銭湯においてあった剃刀で髭を剃ってしまいました。

理髪店や美容院で感染の心配はありませんか?

運動(スポーツ)していて感染する危険性はありませんか?

ピアスでうつりますか?

刺いれ

青ずみ

で感染しますか?

血液の付いたものを一緒に洗濯してもうつりませんか?

HIV陽性者の血液や精液が付いた衣類は、どうやったら消毒できますか?

猫のエイズは人間にうつらないのですか?

安心して歯の治療を受けていいのでしょうか?

内視鏡など、病院の検査で感染することはありませんか?

鍼はり

治療でうつりませんか?

Q. 1

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Q.15

HIVは1回の性交渉でも感染するのですか?

キスでも感染するのですか?

フェラチオ(ペニスを口で愛撫する性行為)でうつりますか?

クンニリングス(女性器を口で愛撫する性行為)でうつりますか?

口の中で射精されました。

アナルセックス(肛門性交)は膣性交よりもうつりやすいのですか?

外出し(膣外射精)でもうつりますか?

コンドームなしで挿入行為がありましたが

女性の膣に逆むけ(ささくれ)のある指を入れました。

性器具(バイブレーターや張り形など)を共用するのは危険ですか?

自分は感染しにくい体質と考えていいのでしょうか?

自分のパートナーが陰性でした。私も陰性と思っていいのでしょうか?

風俗(性風俗産業)や売買春で感染した人との性行為は危ないのでしょうか?

コンドーム(男性用)をしていれば、絶対にうつりませんか?

女性の主体的な予防方法はありませんか?

第 2 章 Q & A

129

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144

129

第二章

エイズの基礎知識について

1

Q&A

HIVは、主に血液、精液、腟分泌液、母乳を介して感染します。

通常の感染源は3つ

 HIVは感染している人の体液に含まれていますが、人に感染させるだけの量のHIVが含まれて

いるのは、血液、精液、腟分泌液、母乳、この4つです。ただし、母乳に関しては、身体の免疫

機能がまだ大人のように発達していない赤ちゃんが、(主食として)大量に飲むため、感染源とな

り得ますが、通常は、血液、精液、腟分泌液の3つが感染源と考えて下さい。

 この3つの体液のいずれかと、あなたの粘膜、あるいは傷口とが濃厚に接触した場合、HIVに感

染する可能性があります。「可能性がある」という言い方をするのは、必ず感染するというわけでは

ないからです(例えばコンドームなしのセックスで感染する確率は、0.1〜 1%と言われています)。

粘膜と傷口による感染

「粘膜と接触した場合」と言いましたが、粘膜の場合、そこに傷がなくてもHIVが取り込まれて感

染する可能性があります。また、傷口というのは血管が露出しているような傷のことです。人間

の皮膚は通常、身体を守るバリアや鎧よろい

のような役割を果たしているので、健康な皮膚に、HIVを

含む血液が多少付着した程度ではうつりません。性行為でHIVがうつると言われているのは、性

行為中に性器粘膜に腟分泌液や精液が付くからです。そしてコンドームの着用がHIV 予防に有効

と言われているのは、コンドームがバリアとなってその接触を遮断するからです。

 唾液の中にもHIVは含まれていますが、バケツに何杯というようなたくさんの量を一度に飲ん

だような場合に、初めて感染する可能性が出てきます。つまり、通常は唾液では感染しないとい

うことです。ただし、血液などの感染源となり得る体液がかなりまとまった量、唾液の中に混

じっているような場合は、これは唾液だけとは言えませんので、感染する可能性が出てきます。

 このほか、リンパ液や脳脊髄液にも、人に感染させ得るだけの量のHIVが含まれていますので、

血液に準じた取り扱いが必要となります。

Q.HIV はどうやってうつるのですか?感染経路を教えて下さい。

1

第2章

Q&A1. エイズの基礎知識について

130

「 何で感染するのか」を理解する

 このように、HIVに感染する機会というのは非常に限られていますので、「〜ではうつらない」式に

覚えるのではなく、「何で感染するのか」という基本をしっかり理解しておくことが大事です。そうす

ればいたずらに怖がることなく、基本を応用してどうすれば予防できるかがわかるはずです。

Q.男性より女性の方が HIV をもらいやすいと聞いたのですが、本当ですか?

2

本当です。

女性の身体の構造と文化・社会的背景が要因

 男性のペニスの粘膜は、ペニス先端の尿道口の部分ですが、女性の場合、外性器部分から

膣に至るまで、粘膜の総面積が男性よりもはるかに広く、また女性は妊娠・出産に都合がい

いように、精液が体内に留まりやすい身体の構造をしているため、どうしても男性よりも

HIVをもらいやすいと言えます。

 また、女性は男性と違って性感染症が重症化する傾向があり(性感染症がもともと外陰部

だけでなく、子宮や卵管、骨盤内など上部に広がりやすく、自覚症状も出にくいため)、そう

なるとさらにHIVに感染しやすくなります。

 このほか、文化・社会的な背景にもよりますが、避妊や性感染症の予防に対して、女性が

受け身的(男性まかせ)だったり、他人事意識を持っていたりすると、それも感染リスク(感

染する可能性)を高める要因のひとつとなり得るでしょう。

 したがって、一般的に「女性から男性」よりも「男性から女性」の方がHIVに感染しやすい

と言えます。

Q.空気に触れたら HIV はすぐ死にますか?陽性者の血液でも乾いていたらうつりませんか?

3

HIVは空気に触れた瞬間に死ぬわけではありませんが、血液がカラカラに乾い

た状態だと感染力は失われています。

131

第二章

エイズの基礎知識について

1

Q&A

感染力は弱いが条件がそろえば感染する

 HIVは乾燥に弱いと言われていますが、血液や精液、腟分泌液など、HIVを含む体液が身体の

外に出て、空気に触れた瞬間に死ぬ、つまり感染力を失うというわけではありません。厳密に言

えば、そのときの体液の量やそこに含まれるウイルス量、部屋の温度、湿度、どういう状態で体

外に出て、どういう状態で、どのぐらいの時間保存されたか、また体外に出た体液がどこにどう

いう状態で付着したか、あるいは付着しなかったかなど、さまざまな要因が絡んできますので、

一概に「何秒たったから感染力を失う」とは言えません。実際、陽性者の血液を大量に浴びて、長

時間それを放置しておいたことによって感染した例が報告されています。

 しかし、HIVは人間の血液、しかも主にリンパ球の中でしか生きられない、どちらかと言えば

感染力の弱いウイルスですから、ウイルスにとってかなりいい条件がそろわないと感染は成立し

ません。感染が成立するにはある程度まとまった量のウイルスも必要です。

 さて、乾燥についてですが、HIVを含む血液でもカラカラに乾いた状態ですと、血液の中のリ

ンパ球自体も破壊されていますので、その中でしか生きられないウイルスも、当然感染力を失っ

ていると言えます。

Q.麻薬や覚醒剤など薬物の使用は、どうして HIV 感染のリスクがあると言われるのですか?

4

麻薬を使用することで、必ずHIV 感染するというわけではありませんが、感染

の可能性は高まると言えます。それには2つの理由があります。薬物の入った

注射器の回し打ちや、薬物の作用が引き起こす無防備な性行動が、HIV 感染に

結びつくからです。

薬物を入れた注射器の回し打ちによる感染

 まずひとつは、注射器の使い回しや薬物の回し打ちです。

 静脈注射(静注)で覚醒剤などの薬物を使用するときに、ひとつの注射器をほかの人(仲間)と

使い回し(共用)する場合があります。注射針の中は空洞になっていますから、前に使った人の血

液が針の中に残っていることがあります。また、薬物を使用する人の中には、注射器の筒(シリ

ンダー)の中に残っている薬物を少しでも無駄にしないため、一度薬物を注射した後に筒の中に

血液を吸い上げ、その血液で残っている薬物を洗うようにして再度注射することがあるそうです。

このように使用した注射器を次々と使い回していくと、中にひとりでもHIV 陽性者が含まれた場

合、注射針や筒の中に残っている血液を介して、HIVに感染する可能性があります。HIVのみな

らず、HBV(B型肝炎ウイルス)やHCV(C型肝炎ウイルス)など、そのほかの血液で感染する

132

感染症についても、感染するリスクがあるわけです。

 したがって、こうした薬物を使用することの是非はともかく、もし使用するのであれば、一人

ひとり専用の、きちんと消毒した注射器や注射針を使う必要があります。

薬物の作用が無防備な性行動に結びつく

 では、注射器の使い回しや回し打ちをしなければ、薬物を使用していても感染リスクがないか

というと、そうではありません。感染のリスクがあると言われるもうひとつの理由は、薬物の使

用により、興奮作用や催淫作用があったり、あるいは判断力が鈍ったりする可能性が強く、無防

備な性行動に結びつくことがあるからです。通常、セックスのときにコンドームを使用する人も、

興奮状態にあったり、判断力が鈍っていたりすると、ついコンドームを使用しない、リスクのあ

るセックスをする可能性が高くなります。最近は注射による薬物使用だけではなく、「あぶり」と

呼ばれる、あぶって気化させた薬物を吸引するという使用方法も増えつつあると言われています。

また、薬物使用だけではなく、お酒を飲んで、判断力が鈍っているときにも同様のことが言える

でしょう。

 以上のような2つの理由から、薬物を使用するとHIV 感染のリスクが高まると考えられます。

Q.蚊ではどうしてうつらないのですか?

5

HIVは蚊の体内の消化液によって、感染力を失ってしまうからです。

蚊を媒介とするHIV 感染はない

 日本脳炎やマラリアなどは病原体が蚊の消化液で消化されず、蚊の体内(唾液腺)で急速に大

量に増殖するため、蚊を媒介として感染が広がっていきます。しかし、HIVは蚊の消化液で消化

されるため、蚊の体内では増殖できないどころか、感染力を失ってしまいます。したがって、仮

に陽性者を刺した直後の蚊に続けて刺されても感染することはありません。

 時折、「感染者を刺した直後の蚊が、私の生々しい傷口の上にとまり、それに気づいて蚊を叩き

つぶしたとき、つぶれた蚊から出た血液がその傷口に付着したらどうか?」というような、かな

り限定された状況での感染の可能性の質問が寄せられるときがあります。そのような場合でも、

HIVは蚊の体内では急速に感染力を失う上、蚊の体内から出た血液の量が微量のため、そこに含

まれるHIVの量も、人間に感染を成立させるほどの量が含まれていないと考えられますので、感

染はしません。

133

第二章

エイズの基礎知識について

1

Q&A

Q.トイレで感染することはありませんか?

6

便座共用も、はね返りも、心配ありません。

トイレの共用で感染した報告例はない

●便座を共用しても感染しない

 もし同じ便座の上に座ったとしても、そこに感染源となり得る血液や精液、腟分泌液がまだ乾か

ない状態で目に見えるほど付いていて、その上に座り、なおかつそこに触れた皮膚に傷口がない限

り、感染することはありません。健康な皮膚に多少付いたぐらいでは感染は起こりません。

●用を足したときのはね返りでは感染しない

 また、用を足したときに、水洗トイレからのはね返りのしぶきがたまたま性器粘膜に付いた、

あるいは付いたのではないかといったことについては、たとえそこにHIVを含む体液があったと

しても、水洗の水で薄まっており、もともと感染力の弱いHIVは感染力を失っているので、感染

することはないと思われます。

 世界的に見ても、トイレの共用で感染したという報告例はありません。

Q.女性が使った生理ナプキンを素手で触ってしまいました。もし、その女性が HIV 陽性者なら、感染する可能性はありますか?

7

その生理ナプキンの状態と、それを触ったあなたの手の状態にもよります。

傷口に血液が付着したのでない限り安心

 その生理ナプキンに目に見えるぐらいの血液が付いていて、かつ、それを触ったあなたの手に明ら

かな傷口があり、その傷口の上にナプキンの血液が付着した場合、感染する可能性があります。

 血液が付いているナプキンに、何も傷のない健康な皮膚で触った程度では感染しません。皮膚が

鎧のようなバリアとなって人間の身体を守っているからです。また手に傷口があったとしても、明

らかに血液が付いているとは認められないナプキンを触った程度では感染しません。もし、接触が

134

あったのでしたら、念のため、速やかに流水で洗い流しましょう。

 ただし、皮膚と違って粘膜の場合は、傷がなくても感染源となる体液と接触があると、そこか

らHIVが取り込まれて感染することがあります(粘膜というのは、目や口の中、腟、ペニスの尿

道口の部分などです)。

Q.歯ブラシで感染することはないですか?

8

血液・体液が明らかに付着したものでない限り心配ありませんが、念のため自

分専用のものを使うことをお勧めします。

歯ブラシなどは自分専用がベスト

 もし仮に、別の人の歯ブラシに血液など感染源となる体液がある程度まとまった量、明らかに

付いていて、それをそのままよくすすがないで使ったとすれば、口の中は粘膜ですから、そこに

傷がなくても感染する可能性があります。したがって、歯ブラシなど血液が付くかもしれない日

用品は、念のため共用せずに自分専用のものを使うようにして下さい。

Q.お酒などの回し飲みや、同じ皿のものを食べても感染しませんか?

9

感染しません。

唾液からは感染しない

 主に感染源となる体液は血液、精液、腟分泌液で、それらと濃厚に接触しない限り感染はしま

せんので、もしHIV 陽性者と食事をともにしたり、同じ食器を使ったりしてもその食器を経由し

た唾液からはうつることはありません。

135

第二章

エイズの基礎知識について

1

Q&A

Q.陽性者と同じお風呂やプールに入っても大丈夫ですか?

10

お風呂やプールで感染する可能性は全くありません。

お湯などで薄まれば感染力がなくなる

 たとえお風呂やプールに感染源となる体液が多少混じっていたとしても、お湯や水で薄まって

しまいます。HIVは感染力が弱いので、それだけ薄まれば感染力を失ってしまいます。

 また、HIVは人の細胞の中でしか生きていけないので、大量の水に溶け込んだまま、感染力を

保ち続けることは不可能です。したがって、同じお風呂やプールに入っても、感染することはあ

りません。

Q.銭湯においてあった剃刀で髭を剃ってしまいました。もし、前に使った人が HIV 陽性者なら、HIV に感染しますか?髭を剃るときにちょっと(自分の顔を)切ってしまった場合はどうでしょうか?

11

剃刀に血液などが付着していなければ、心配ありません。

常識的な使い方をしていれば問題ない

 その剃刀には血液など、HIVに感染するかもしれない体液が明らかに付着していましたか?も

し特にそういうものが付いていなかった、あるいは付いているようには見えなかった、というこ

とでしたら、まず感染の可能性はないと思っていいでしょう。実際、髭を剃るにはきっと石鹸も

使ったでしょうし、その前に剃刀を水の中にくぐらせたり、さっと洗い流したりしているかもし

れません。

 常識的に考えて、誰のものかわからない血液がべったりと付いているような状態の剃刀をその

まま使うとは考えられませんし、仮にHIV 陽性者の血液が付いていたとしても、流水で洗い流せ

ば感染力は失われます。

136

Q.理髪店や美容院で感染の心配はありませんか?

12

法律で衛生管理が徹底されているので、感染の心配はありません。

衛生管理を義務づける理容師法、美容師法

 理髪店や美容院で感染源として考えられるのは、HIVを含む血液ぐらいでしょうか。したがって、

血液の取り扱い方にしっかり注意が行き届いていれば、感染を心配する必要はないでしょう。

 理容師にも美容師にも、それぞれ理容師法および美容師法という法律があり、衛生管理が義務

づけられています。また同法施行規則によって、具体的な消毒方法が定められています。特に平

成 12 年 9 月 1 日から消毒方法が変わり、感染症対策の充実強化の観点から、B型肝炎ウイルス

(HBV)など、血液によって感染する可能性のあるウイルスにも効果の高い消毒方法に改正されま

した。HIVはHBVに比べて、感染力が非常に弱いので、HBV対策がきちんとなされていれば、当

然HIVにも感染する可能性はありませんので、心配無用です。

衛生管理を怠れば法律違反

 例えば理髪店で髭剃りの際に、HIVに感染しているかどうかわからない客の血液が剃刀に付い

たとします。その血液の付いた剃刀を、そのままほかのお客に使うというのは、現実にはちょっ

と考えにくい状況ですし、明らかに法律違反です。こういう場合、規定の消毒方法では、まず家

庭用洗剤を付けたスポンジなどで器具の表面をこすり、十分な流水で洗浄した後、消毒、水洗い

して保管することになっています。消毒方法は「血液付着の疑いのある器具の消毒方法」として厳

しく具体的に決められていますが、仮にHIVを含む血液が付いた剃刀でも、健康な皮膚の上にそ

の血液が少々付着した程度では感染しません。

 感染の可能性があるとしたら、その剃刀に付いた血液が、次の客や理容師、美容師の傷口か

ら体内に入ってしまう場合ですが、HIVを含む血液が付いた剃刀だとしても、流水で洗い流せば

HIVは感染力を失いますのでうつりません。問題は明らかに法律に違反しているような、衛生管

理が十分に行われていないお店でしょう。

心配なら事前確認を

 どうしても理髪店の剃刀が心配であれば、髭剃りを断るという方法もありますし、「ちょっと神

経質なので……」という程度のことでも言って、事前にその剃刀を見せてもらって、点検してか

ら剃ってもらうというようなことも可能ではないでしょうか。無理して我慢して髭を剃ってもら

う必要はありません。美容院のハサミについても同様です。

 大切なのは、安心して理髪店なり美容院なりを利用できるということですから、もし不安な点

137

第二章

エイズの基礎知識について

1

Q&A

があるのでしたら、逆に、どうなっていれば安心できるのか、一緒に考えてみましょう。

 もし、衛生管理が不十分、あるいは不衛生と思われるような理髪店、美容院があるのでしたら、

最寄りの保健所にその旨を相談して、場合によっては指導してもらうことも可能です。

Q.運動(スポーツ)していて感染する危険はありませんか?

13

一般的に、スポーツそのものを通して感染する可能性はありません。

傷口や粘膜に感染源の血液が付着したら危険

「感染者と一緒にスポーツをしていて感染する可能性があるか」というご質問でしょうか。

 汗や涙では感染しないので、スポーツをしていての感染は通常ありません。

 ただ、ボクシングやレスリングなどの格闘技や、格闘技ほどでなくとも激しい競技では、HIV

が陽性の人が競技中に何らかの怪我をして、出血することがあるかもしれません。そして、その

血液が誰かほかの人に付いてしまうこともあるかもしれません。そのような場合でも、健康な皮

膚に多少の血液が付着した程度では感染しませんが、もしそこに傷口があった場合や目や口の中

といった粘膜にその血液が付着してしまった場合、あるいは大量に血液を浴びてしまったような

場合には、感染する可能性が生じます。

Q.ピアスでうつりますか?

14

穴を開ける場合は器具などが衛生的であれば、また着ける場合は穴が生傷のよ

うな状態でなければ、感染することはありません。

器具の消毒と体液の付着が問題

●ピアスの穴を開ける場合

 医療機関でピアスの穴を開ける場合には、器具はすべて消毒済みのものが使われており、針な

どはすべて使い捨てのものが使われていますので、同じ医療機関でHIV 陽性者の人がピアスの穴

を開けていたとしても、感染する可能性はありません。しかし、医療機関以外で、もし消毒して

138

いないピアスの穴開け機や針などが、HIV 陽性者を含む人々の間で次々と使い回しされている場

合には、感染の可能性があります。穴開け機や針が使い回しされていても、そのつどすみずみま

できちんと消毒されていれば、感染することはありません。

●ピアスを着ける場合

 例えばお店で人が着けていたかもしれないものを試着した場合、そのピアスに、血液などHIV

が感染する可能性のある体液が、明らかにわかるほど、しかも生々しい状態で付着していました

か? 特にそういうものが付いていなければ、感染することはありません。また、汗では一切感

染しません。

 そういった感染源となる体液が付いていたかどうかわからない場合、仮に付いていたとしても、

ピアスの穴が生傷と言えるような状態でなかったのでしたら、そこからHIVに感染することはあ

りません。

Q.刺い れ

青ず み

で感染しますか?

15

使用する用具の消毒がきちんとなされていなかったり、同じ用具を複数の

人に同時並行的に使ったりしていると、感染する可能性があります。

不安があれば直接確認を

 針やインクをはじめとして、使用する用具の消毒がきちんとされていたり、ディスポーザ

ブル(使い捨て)だったりすれば、感染することはありません。

 しかし、ほかの客に使った、血液など感染源となり得る体液が付いている、あるいは混入する

可能性のある用具を、そのまま次の客にも使っていたり、同じ用具を複数の客に同時並行的に使

うというようなことがあれば、HIVのみならず、HBV(B型肝炎ウイルス)やHCV(C型肝炎ウ

イルス)など、血液を介してうつる感染症をもらってしまう可能性があります。

 ご不安な場合は、刺青師の人に直接確認してください。

139

第二章

エイズの基礎知識について

1

Q&A

Q.血液の付いたものを一緒に洗濯してもうつりませんか?

16

少量の血液であれば、洗濯でうつることはありません。

大量の血液の場合は塩素系漂白剤の使用を

 例えばHIVに感染している人の血液が少々付いていても、(洗濯)石鹸を使い、大量の水を使っ

て洗濯機で洗うとHIVは感染力を失いますので、ふつうに洗濯しても感染する可能性はありませ

ん。

 もし、かなり大量の血液や精液、腟分泌液が付いたタオル類や衣類を洗う場合は、念のため、

家庭用の塩素系漂白剤(洗濯用または台所用)を1,000 倍程度に薄めた液に1時間程度漬けて、消

毒してから洗うといいでしょう。

Q.HIV 陽性者の血液や精液が付いた衣類は、どうやったら消毒できますか?

17

まず十分洗浄した後、0.1%濃度の塩素系消毒剤の中に、1時間程度浸してお

けばいいでしょう。

HIVの消毒について

 HIVは、例えば医療機関で用いられる一般的な消毒薬の指定濃度よりも、はるかに低い濃度で、

かつ短時間で感染力を失うことが知られています。しかし、医療機関などではHIVよりも感染力

の強いほかの病原体が混じっている場合も考慮しており、特に日本ではHIVよりもはるかに感染

力の強いB型肝炎ウイルス(HBV)を基準にして、かなり厳しい消毒の条件が示されていること

が多くなっています。消毒はQ16の血液付着の場合と同じで、上述の に記したとおりです。

 付着した体液の量にもよりますが、まず十分洗浄した後、0.1%濃度の塩素系消毒剤(家庭用の

塩素系漂白剤でも可)の中に、1時間程度浸しておくといいとされています。

 付着しているかどうかわからない程度か、あるいはごく微量であれば、洗剤と水で洗濯するだ

けで十分です。そこから感染することはあり得ません。

140

Q.飼い猫が獣医にエイズと診断されました。猫のエイズは人間にうつらないのですか?ほかの動物にもエイズはあるのですか?

18

猫のエイズは猫に特有の病気で、人間やほかの動物に感染することはありませ

ん。

感染した猫は外に出さない

 猫のエイズを引き起こすのはFIV(felineimmunodeficiencyvirus:ネコ免疫不全ウイルス)とい

うウイルスで、人のエイズとよく似た症状を起こしますが、猫に特有の病気で人や犬に感染する

ことはありません。野良猫や屋外で放し飼いにされている猫が、けんかによるかみ傷などから唾

液や血液を通して感染すると言われています。

 ほかの猫に感染を広げないためには、すでに感染していることがわかっている猫を外に出さな

いようにする必要があります。そうすることで、感染して免疫力が低下した猫も、新たな感染症

をもらって、さらに病状を悪化させたりする機会を減らすことができます。詳しくはかかりつけ

の獣医さんにお尋ね下さい。

猿にもあるエイズ

 動物にはこの猫のエイズのほか、アフリカに生息する猿にもSIV(simian immunodeficiency

virus:サル免疫不全ウイルス)という免疫不全ウイルスがあります。HIVは、もともとこのSIVが

人に感染して分岐したのだろうと推測されていますが、SIVは自然界での元来の宿主である猿に

対しては病気を起こさず、宿主と共存することが知られています。

Q.歯科医院で感染した例があると聞いたのですが、安心して歯の治療を受けていいのでしょうか?

19

通常の歯科診療では、消毒や使い捨て容器の使用を徹底しているため、感染の

可能性はありません。

141

第二章

エイズの基礎知識について

1

Q&A

米国のキンバリー事件

 1990 年 9 月、米国でHIV 陽性者だった歯科医から、そこで治療を受けていた患者数人がHIV

をうつされたのではないかと疑われる事件がありました(訴えを起こしたひとりの患者の名前を

とってキンバリー事件と言います)。歯科医のHIVと患者のHIVの遺伝子の配列が共通していたこ

と、どの患者もそれ以外にHIVに感染する機会がなかったことなどがその理由でした。当時、こ

れは医療事故ではなく、歯科医が自分の血液を患者に注射するなどして故意に、つまり犯罪行為

として感染させたのではないかと推測されました。しかし、その歯科医がすでに亡くなり、キン

バリーさんも亡くなったため、結局どのようにして感染したのか、明らかにはなりませんでした。

その後、HIVの遺伝子配列が共通するだけでは、うつされたという根拠として不十分であるとか、

どの患者も実際には、ほかに感染し得る機会があったのではないかとも言われており、いまだに

真相は明らかになっていません。また、このキンバリー事件以外に、歯科治療においてHIVに感

染したとする報告はありません。

徹底した感染防御対策

 通常の歯科診療では、歯科医師は手指の消毒を行い、患者が使用するうがい用コップなどの器

具は滅菌消毒済みのものを患者ごとに取り替えたり、ディスポーザブル(使い捨て)のものを使用

したりしています。ですから、それらからHIVに感染する可能性はないと考えられています。

 HIVはHBV(B型肝炎ウイルス)と同様の感染経路で感染しますが、もし仮にHIVに感染する

ような歯科診療が行われていれば、日本国内に患者数がより多く、ウイルスの感染力がHIVの数

倍から数十倍と言われているB型肝炎が、もっと歯科医院で広がっていてもおかしくありません。

ですから、B型肝炎に対する感染防御対策がきちんととられている歯科医院では、当然のことな

がら、HIVに対しても感染防御対策がとられているということになり、うつらないと言えるでしょ

う。

 もし、行こうと思われている歯科医院の感染症対策がご不安な場合は、B型肝炎への対策がど

うなっているのか、あらかじめお尋ねになってはいかがでしょうか。そういった問いかけに対し、

あなたが満足いくような回答が得られない場合は、別の歯科医院に替えるのもひとつの選択で

しょう。

 また、B型肝炎などの感染症を持つ患者さんを積極的に受け入れているような歯科医院であれ

ば、感染症対策が整っていると考えられますので、かえって安心かもしれません。

HIV 陽性者も歯科医院の選択は慎重に

 まだHIVに感染していない人は、歯科治療でほかの患者さんからHIVをもらってしまうことが

心配かもしれませんが、すでにHIV 感染症を持っている陽性者にとっても、感染症対策が不十分

な歯科医院で治療を受けることは、免疫力の状態によっては別の感染症をもらってしまう危険性

がありますので注意を要します。免疫力の程度によっては、さけた方がいい歯科治療もあるかも

しれません。また、抗HIV 薬などを服薬中の方は、歯科医で処方される薬との併用に注意を要す

るものもあるかもしれませんので、あらかじめ歯科医に病名や病状を伝えておくことが望ましい

142

でしょう。

 HIV 陽性者の人の中には、歯科医院の感染防御体制が不十分、あるいはよくわからないため、

自分が歯科医やほかの人にHIVをうつしてしまうのではないかと懸念しているものの、さまざま

な理由から病名を伝えることを躊躇し、結果的に歯科を受診できずにいる人もいるかもしれませ

ん。もちろん、健康上の不利益を被らないように、本来は病名や病状を伝えるのが理想的ではあ

りますが、それがどうしてもできそうにない場合は、「感染症を持っている」とか「ウイルス性肝

炎と言われたことがある」とだけ伝えることもできます。

東京都などのネットワーク体制

 東京都などではHIV 感染症を持つ人への歯科治療について、協力的な歯科や歯科医院のネット

ワークをつくっています。HIV 陽性者が歯科治療を希望した場合、HIV 感染症を診ている主治医

にその旨を伝えると、主治医が東京都の担当者に問い合わせ、協力的な近所の歯科医を紹介して

くれます。患者には、主治医からその歯科医が紹介されるというしくみです。患者にとっては多

少はん雑な感じがするかもしれませんが、HIV 感染症のことを理解してもらった上で治療を受け

るわけですから、安心感があります。また、拠点病院などの中には、歯科もある病院もあります

ので、そちらを受診するのもひとつの方法です。

Q.内視鏡など、病院の検査で感染することはありませんか?

Q.20

病院の検査でHIVに感染することはありません。

徹底した洗浄・消毒とディスポーザブルの使用

 基本的に、内視鏡などの検査用具は、一人ひとりの患者さんの検査が終わるごとに洗浄と消毒

が行われています。また、そのほかの検査用資材では、できる限りディスポーザブル(使い捨て)

のものが使われていますので、そこからHIVに感染することはありません。

 HIVの感染率はB型肝炎ウイルスであるHBVに比べてはるかに低いので、HBV対策がきちんと

なされていれば、HIVに対して心配は無用です。

143

第二章

エイズの基礎知識について

1

Q&A

Q.鍼は り

治療でうつりませんか?

Q.21

鍼治療で使われる器具や手指の消毒は徹底しており、感染することはありません。

法律で定められる消毒法

 鍼をはじめ、鍼治療(鍼灸)で使われる鍼管や鍼皿などの器具や手指の消毒については、厚生

労働省が法律で義務づけています。多くの場合、使用後の鍼などは、高圧蒸気滅菌器(オートク

レーブ:121℃の飽和水蒸気中で20 分間保つ消毒法で、厚生労働省やWHOも認めている消毒方

法)を用いて滅菌しますが、鍼灸院によっては、さらに薬品を使って、より厳密な消毒を行って

いるところもあるようです。このようにきちんとした対応がなされているところでは、HIVより

もはるかに感染力の強いHBV(B型肝炎ウイルス)やHCV(C型肝炎ウイルス)といったウイル

スも滅菌されますので、HIVに感染することはまずありません。

 また最近は、ディスポーザブル(使い捨て)の鍼も普及してきており、主にそれを用いている

鍼灸院や、患者さんの希望によって用いているところ、あるいは別料金のオプションで用いてい

る鍼灸院もあるようです。

不安な場合は消毒方法などの確認を

 もし、鍼の消毒について不安があるようでしたら、直接鍼灸師に消毒方法を確認してみるか、

使い捨ての鍼を選べるかどうかなど、お尋ねになってみてはどうでしょうか。それで納得のいく

回答が得られなかったり、確認してみても、なお不安が募ったりするようでしたら、最寄りの保

健所などに相談されるか、転院するのもひとつの方法かもしれません。

「〜からはうつらない」「〜という状

況ではうつらない」というだけでは

なく、逆に、どういう状況だと感染

する可能性があるのかを提示すると

理解されやすい場合があります。

Point

144

Q.HIV は 1 回の性交渉でも感染するのですか?

1

感染する可能性はあります。

性感染症があれば、感染確率が高くなる

 WHO(世界保健機関)が1992 年に発表しているデータによると、1回の性交渉でのHIVの感

染率は、0.1 〜 1%と言われています。100 〜 1,000 回に1回の割合でうつるということです。し

たがって、コンドームを使わない(予防しない)性交渉があったとしても、その1回で必ず感染

するというわけではありません。しかし、要は確率の問題なので、初めてのたった1回の予防し

ない性交渉でHIVに感染した人もいますし、感染するかもしれない心当たりがこれまでに100 回

第2章

Q&A2. 性行為とHIV感染について

図1 ウイルス暴露経路ごとのHIVに感染する推定確率

暴露経路(感染リスク)

90%

0.67%

0.5%

0.3%

0.1%

0.067%

0.05%

0.01%

0.005%

9000

67

50

30

10

6.5

5

1

0.5

1回あたりの暴露で感染する可能性(%)

感染源に10,000回暴露された場合に感染が起こる回数の推定値

輸血 

静脈注射ドラッグ使用時の針の共有 

アナルセックス(受け入れ側)

針刺し事故 

膣を使ったセックス(女性側) 

アナルセックス(挿入側)

膣を使ったセックス(男性側) 

フェラチオ(受け入れ側) 

フェラチオ(挿入側)

※男性におけるオーラルセックスのケース※性行為は、いずれもコンドームを使わない場合

出典Dawn K. Smith, et. al: Antiretroviral Postexposure Prophylaxis After Sexual, Injection-Drug Use, or Other Nonoccupational Exposure to HIV in the United States.CDC: Morbility and Mortality weekly Report, Vol. 54, RR-2, 2005

145

第二章

Q&A

2

性行為とHIV感染について

あったとしても、たまたま感染しなかった人もいるということです。

 ただし、どちらかに性感染症があると、それも潰瘍を伴うような性感染症を持っていると、こ

の感染確率はぐっと高くなることが報告されています。

 図 1に2005 年のCDC(米国疾病予防管理センター)によるHIV 感染の推定確率を掲載します。

Q.キスでも感染するのですか?

2

現在のところ、キスだけで感染したという例は報告されていません。

唾液だけでは感染しない

 HIVはHIV 陽性者の唾液にも含まれていますが、人に感染させるだけの量は含まれていないた

め、唾液では感染しません。もし唾液だけで感染するとしたら、バケツ何杯分といったたくさん

の量を、一度に飲み込む必要があると言われているぐらいです。

 しかし、キスといってもいろいろな状況があるでしょうから、例えばハミガキ直後とか、歯周

病があるとか、抜歯直後であるなど、何らかの理由で口の中に出血している人と唾液の交換をす

るようなキスをすれば、その唾液には血液が混じっているわけですから、感染する可能性が出て

きます。

 また、キスとは違いますが、HIV 陽性者が、大人ほど身体の免疫機能が発達していない赤ちゃ

んに、口移しで食べ物を与えるというようなことは、念のためさけた方がいいでしょう。

Q.フェラチオ(ペニスを口で愛撫する性行為)でうつりますか?

3

フェラチオをされる側と、する側とでは状況が異なります。いずれにしても、

感染を予防するためには、コンドームを使用した方がいいでしょう。

フェラチオをされる側の場合

 フェラチオをされたときにペニスに付いたのが唾液だけでしたら、相手がHIV 陽性者であった

としても感染することはありません。しかし、例えば口の中に傷があって出血していたとか、常

146

時ジクジクと出血しているような歯周病があるとか、ハミガキ直後で出血していたというような

場合は、血液が唾液に混じりますので感染する可能性はゼロとは言えなくなります。ただし、そ

のような場合でも、ある程度まとまった量の血液が必要ですから、出血しているかどうかわから

ない程度の量では感染はしません。しかし、HIVよりも感染力の強い性感染症もありますので、

フェラチオされる場合もコンドームの使用がHIVを含めた性感染症の予防には有効です。

フェラチオをする側の場合

 コンドームなしでフェラチオをして、口の中に射精された場合、もし相手がHIV 陽性者だった

なら、口の中および食道は粘膜ですので、そこに傷がなくても、粘膜を通してHIVが体内に入り、

感染する可能性があります。一般に唾液や胃液には多少の殺菌力があると言われていますが、口

の中に射精された精液や飲み込んでしまった精液に含まれるHIVの感染力を失わせてしまうほど

の効果は期待できません。

 口の中で射精されても、精液を飲み込むより、すぐに吐き出した方が感染の可能性は低くなる

でしょうし、さらに吐き出した後、うがいをした方が感染する可能性は低くなると考えられます

が、いずれの場合も感染の可能性はゼロにはなりません。

 射精前であってもペニスの先端からカウパー液という分泌液(先走り液とも言う)が出てきま

す。このカウパー液自体に感染力があるかどうかはわかりませんが、HIVは含まれていますし、

精液が混じることがありますので、精液に準じた扱いをした方がいいと言われています。した

がって、コンドームなしでフェラチオをした場合、たとえ口の中で射精がなくても、感染の可能

性はゼロとは言えません。

 フェラチオのようなオーラル・セックス(口を使った性行為)においても、コンドームをする

ことが、HIVはもちろん、ほかの性感染症の予防となります。

 コンドームのラテックスの匂いが気になる場合は、(ラテックス・アレルギーに配慮した)低ア

レルギー仕様のものがゴム臭も少なく、また、ラテックスではないウレタン製のものも販売され

ています。あるいはフルーツなどの香りつきのものも市販されていますので、それらを試してみ

るのも一案でしょう。ただし、オーラル・セックスで使ったコンドームは歯などの摩擦で傷つい

ている可能性がありますので、挿入の際には新しいものに取り替えた方がいいでしょう。

Q.クンニリングス(女性器を口で愛撫する性行為)でうつりますか?

4

クンニリングスをされる側とする側とでは状況が異なります。いずれにしても、

コンドームやデンタルダムなどを使って、感染を予防することが大切です。

147

第二章

Q&A

性行為とHIV感染について

2

クンニリングスをされる側の場合

 クンニリングスをされても性器に付いたのが相手の唾液だけでしたら、相手がHIV 陽性者で

あっても感染する可能性はありません。ただし、相手がハミガキ直後で出血しているとか、歯周

病があってそこから出血している、あるいは口の中に傷があってそこから出血しているような場

合、しかもある程度まとまった量の血が出ているような場合は、唾液だけとは言えなくなります

ので、感染の可能性は出てきます。

 HIVを含む性感染症予防には、コンドームを切り開いて1枚の膜のようにして、それを押し当

てた上からクンニリングスをしてもらうといいでしょう。女性用コンドームも有効です。歯科治

療で使うデンタルダムというラテックス製の薄いシートも、オーラル・セックスによる性感染症

予防に有効です。

クンニリングスをする側の場合

 相手の腟分泌液を口腔粘膜で受けることになりますので、もし相手がHIV 陽性者ならば、粘膜

を通して感染する可能性があります。その際、粘膜に傷がなくとも感染の可能性はあります。特

に相手の女性が生理中の場合は、そこに血液が加わるため感染する可能性は高まります。

 予防するためには、コンドームを切り開いて1枚の膜のようにして、その上からなめるように

すると、直接腟分泌液と接触しないので感染予防になります。あるいは、先にも述べたように女

性用コンドームやデンタルダムも有効です。

Q.口の中で射精されました。精液は飲み込まないですぐに吐き出して、ヨード系うがい薬でうがいをしたのですが、それでもうつりますか?

5

感染の可能性がないとは言えません。

粘膜と精液が直接接触すれば可能性がある

 理論的には、うがいしないよりはした方が、それも単に水だけのうがいよりは、うがい薬を

使ってうがいをした方が、感染の可能性は低くなると考えられます。また、精液を飲み込むより

は、飲み込まないで吐き出した方が感染の可能性は低くなると考えられますが、それでも口の中

に射精され、あなたの口の中の粘膜と精液が直接接触する機会があったわけですから、感染する

可能性がないとは言えません。

 現にフェラチオしか心当たりはなかったけれど、感染したという例が実際にあります。しかし、

だからといって、必ず感染するというわけではありません。もし、感染したかどうかを知りたい

148

場合は、しかるべき期間をおいて、HIV 抗体検査を受けることを勧めます。

Q.アナルセックス(肛門性交)は腟性交よりもうつりやすいのですか?

6

肛門やそれに続く直腸の粘膜は薄くて傷つきやすく、毛細血管も多いため、

HIVを取り込みやすいと言えます。

予防にはコンドームと潤滑剤を

 もともと肛門やそれに続く直腸の粘膜は、外部からものが挿入されるようにできていませんの

で、薄く、傷つきやすいのです。また、腸は栄養分や水分を吸収するための器官ですから、毛細

血管がたくさん走っており、出血しやすいと言えます。したがって、HIV 陽性者とコンドームな

しの予防しないアナルセックスをすれば、挿入する方も相手(HIV 陽性者)の血液がペニスに付

着し、感染する可能性がありますし、挿入される方も(相手がHIV 陽性者なら)、肛門や腸の粘膜

は感染源となる体液(精液)を受けやすく、また傷つきやすいので、HIVを取り込みやすいと言え

るでしょう。

 アナルセックスでの予防にもコンドームの使用が有効ですが、腟粘膜と違って分泌液が出るわ

けではありませんので、コンドームが外れやすく、また破れやすいと言われています。その場合、

潤滑剤を使うといいでしょう。潤滑剤としてベビーオイルやハンドクリーム、乳液、軟膏、バ

ターなどの油性のものを使うと、コンドームが劣化し、破れやすくなるので、必ず水性のものを

使用して下さい。薬局などで手に入ります。

 肛門を使った性行為としては、このほかに肛門内に指や拳を挿入するフィスティング(フィス

トファック)や、肛門を舌で愛撫するアニリングスがあります。

フィスティングの場合

 手指で肛門を触ったり触られたりするだけでHIVに感染することはまずありませんが、フィス

ティングの場合、アナルセックスと同様に、挿入される側の粘膜が傷つく可能性がありますので、

爪などで傷がつかないように注意しましょう。潤滑剤やラテックス製の手袋を使用するといいで

しょう。また、挿入する側は、血液が粘膜や傷口に付かない限りHIVに感染することはありませ

んが、HIV 以外に糞便を通してA型肝炎やアメーバ赤痢などに感染する可能性があります。予防

するためには、ラテックス製の手袋を着用し、直接的・間接的に糞便が口に入らないように注意

しましょう。

149

第二章

Q&A

性行為とHIV感染について

2

アニリングスの場合

 なめられる側は唾液だけでしたら感染の可能性はありませんが、口の中に出血があった場合、

その血液から感染する可能性があります。なめる側はもし肛門に出血があればHIVに感染する可

能性があります。出血がなくても、HIV 以外に糞便を通してA型肝炎やアメーバ赤痢などに感染

する可能性があります。したがって、予防するには、コンドームを切り開いて1枚の膜のように

したものを押し当てて、その上からなめるといいでしょう。あるいは、もし手に入るようでした

ら、歯科治療で使うデンタルダムというラテックス製の薄いシートを使うという方法もあります。

Q.外出し(腟外射精)でもうつりますか?

7

感染の可能性はあります。

リスクの高い腟外射精

 フェラチオのところでも述べたように、射精前に分泌されるカウパー液も精液に準じて取り

扱った方がいいと言われていますので、射精がなかったからといって、感染の可能性はゼロには

なりません。さらに、腟外射精で妊娠した例があるように、射精の前にも若干精液が漏れ出てい

る可能性もあります。また、射精を100%コントロールするのは不可能ですから、腟外射精に失

敗するリスクは大いにあります。

 したがって、腟外射精は避妊にもならないどころか、HIVを含む性感染症予防にもなりません。

予防するのでしたら、挿入の最初から最後までコンドームを使用する必要があります。

Q.コンドームなしで挿入行為がありましたが、射精 もなく、すぐにペニスは抜いてしまいました。挿入はほんの数秒でしたが、それでも HIV に感染する 可能性はありますか?

8

射精がなかったとしても、コンドームなしで挿入した時点で、感染の可能性は

ゼロとは言えません。

150

カウパー液も精液と同様に考えて

 射精前に分泌されるカウパー液(先走り液)も、精液と同様に考えた方がいいと言われている

からです。また、ほんの数秒間の挿入だったということですが、何秒以上だと感染の可能性が

あって、何秒以下だと可能性がないというようなことは、データがないので言えません。もちろ

ん、挿入していた時間が長ければ長いほど、直接接触の時間が長くなるので感染の可能性は高く

なります。

 ただし、「コンドームなしで挿入があり、中で射精があった場合」よりも、感染の可能性が低い

のは確かです。ただこれも、どの程度低いのかといった数字は、データがありませんので表せま

せん。したがって、感染の可能性があるかないかで言えば、「ある」と言わざるを得ません。ちな

みに、コンドームなしの挿入行為で射精があった場合の感染率は、0.1 〜 1%と言われています。

HIV 以外の性感染症にも注意

 もし、客観的に感染していないことを確認したいのならば、しかるべき期間をおいて、HIV 抗

体検査を受けるという方法があります。

 また、HIV 以外の性感染症については、HIVよりも感染力が強いものもありますので、HIV 感

染の心配とは別に、感染している可能性を考えた方がいいかもしれません。

Q.女性の腟に逆むけ(ささくれ)のある指を入れました。感染しますか?

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表面の皮がほんの少しささくれ立った程度でしたら、まず感染することはあり

ません。

傷口があいている場合は感染の可能性も

 皮膚は身体を守る鎧のようなものですから、皮膚の上にHIVを含む体液が少々付着した程度で

は感染しません。しかし、ぱっくりと傷口があいているような場合でしたら、感染の可能性はゼ

ロとは言えなくなります。「いや、それほどの傷でもなかった」という場合でしたら、それよりも

当然、感染の可能性は低くなると考えられますが、具体的に逆むけの程度と感染率がどうかとい

うことについては、なかなかお示しすることはできません。

 ただ、明らかにHIV 陽性者に使用したとわかっている注射針を、医療者が誤って突き刺してし

まった、いわゆる「針刺し事故」の場合でも、感染率は0.3%程度と言われていますので、あるか

ないかわからない程度の浅い傷の上に、HIVを含む体液が多少付着したぐらいでしたら、それよ

151

第二章

Q&A

性行為とHIV感染について

2

りも感染率は当然低くなると考えられます。

心配なら「 陰性確認」の検査を

 もし、ご自身の感染の有無について、どうしても客観的指標によって確認したいと思われる

場合は、やはりしかるべき期間をおいた後、HIVの抗体検査を受ける以外に方法がありません。

ただ、その場合は「陰性か陽性かを確認するための検査」というよりも、「陰性であることを確認

するための検査」という目的の検査と言えます。

Q.性器具(バイブレーターや張り形など)を共用するのは危険ですか?

10

共用といっても、使い方によります。

そのまますぐに使うと危険

 もし、HIVに感染している人が使って精液や腟分泌液、血液が付いた性器具を、そのまま

すぐに次の人が使い、それらの体液がその人の粘膜や傷口に付着した場合、感染する可能性

があります。また、このような使い方だと、HIV 以外の性感染症があった場合、その感染症

をもらってしまう可能性もあります。

 感染を予防するには、各々が自分用の性器具を使うようにするか、使う人ごとに性器具に

毎回新しいコンドームを付けて使う、あるいは石鹸などでよく洗うか、きちんと消毒してか

ら使うようにして下さい。

Q.これまで何度も HIV 感染の可能性のある機会があり、絶対自分は感染しているものだと思い込んでいましたが、先日、検査を受けたところ、結果は陰性でした。自分は感染しにくい体質と考えていいのでしょうか?

11

感染しにくい体質かどうか調べるには専門的な研究が必要で、今回の結果だけ

では判断できません。

152

予防しなければ感染の可能性はある

 世界にはHIVに感染しにくい体質を持つ人が、わずかですが、いるということがわかっていま

す。しかし、個人の体質かどうかは、おそらく専門的に詳しく研究してみないとわからないで

しょうし、仮にそういう体質だったからといって、それだけで絶対感染しないという保証はあり

ません。

 今回、心当たりが何度もあって、絶対感染していると確信されていたのに陰性だったというこ

とですが、たまたま今まで感染しなかっただけ、ということも十分考えられます。というのも、

1回の予防しない性行為で感染する確率は0.1 〜 1%と言われており、これは確率論ですから、例

えば、1,000 回感染するかもしれない心当たりがあったからといって、必ず感染するとは限らな

いのです。当然、感染しない場合だってあるのです。逆に、心当たりはたった1回だったのに感

染した、という人も現実にはいます。脅かすわけではありませんが、機会さえあれば、いつだっ

て感染し得るのです。

 したがって、今回の経験で、自分が感染しにくい体質であると思ってしまうには無理がありま

す。これまでのことはこれまでのことと割り切って、もし、今後も感染せずにいたいと思うので

したら、これからは毎回きちんと予防することをお勧めします。

Q.自分の性的パートナーが HIV 抗体検査を受けて陰性でした。ということは、私も陰性と思っていいのでしょうか?

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HIV 抗体検査を受けた時期と、そのほかの状況を併せて判断して下さい。そし

て、必要ならご自身も検査を受けて下さい。

検査の時期とその後の心当たりを確認する

 お答えする前に、ちょっと確認させて下さい。

 あなたのパートナーは、①HIVに感染するかもしれない最後(一番最近)の心当たりから、し

かるべき期間(ウインドウ・ピリオドと言います)をおいて、HIV 抗体検査を受けられ、なおか

つ、②検査を受けてから結果が陰性と出て現在に至るまで新たな心当たりは全くなかったでしょ

うか? もし、そうならば「あなたのパートナーは現在、HIVに感染していない」と言えます。

 そのうえで、あなたにとって、HIVに感染するかもしれない心当たりというのは、そのパート

ナーとのセックスだけでしょうか? もしそうであるならば、「あなたも感染していない」と言え

ます。

 しかし、もしあなたに、パートナー以外の人から感染したかもしれない心当たりがあるのでし

153

第二章

Q&A

性行為とHIV感染について

2

たら、パートナーが陰性だったとしても、それはあなたの陰性を証明することにはなりません。

もし、あなたが自分自身の感染の有無を知りたければ、パートナーの検査とは別に、あなた自身

がHIV 抗体検査を受ける必要があります。

 また、陰性というHIV 抗体検査の結果は、厳密に言えば、過去、つまりウインドウ・ピリオド

の期間だけさかのぼった過去の時点でのあなたの状態を示しているに過ぎません。もし、検査を

受けてから結果が出るまでに新たな心当たりがあれば、そこからまたしかるべき期間(ウインド

ウ・ピリオド)をあけて検査を受けないと、現在のあなたの感染の有無はわかりません。また、

検査は予防注射ではありませんから、陰性という結果も、将来においてあなたが陰性であり続け

ることを保証するものではありません。

Q.風俗(性風俗産業)や売買春で感染した人との性行為は危ないのでしょうか?

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実態は把握できていませんが、HIVは誰でもいつでも感染し得るものというこ

とを認識しておきましょう。

予防しない性交渉があれば感染の可能性はある

 風俗であろうと、売買春だろうと、あるいはどのような地位・立場の人であっても相手がHIV

を持っていて、予防しない性交渉をしさえすれば、誰でもいつでも感染し得るのがHIV 感染症の

特徴です。

Q.コンドーム(男性用)をしていれば、絶対うつりませんか?

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絶対とは言えません。コンドームの脱落や破損などで感染する可能性があるか

らです。

154

脱落や破損を防ぐことが大切

 HIVを含めた性感染症の予防にコンドームは有効な道具ですが、100%完璧ではありません。と

いうのも、正しい使い方をしたとしても、脱落や破損などの事故が起きる可能性が多少はあるか

らです。特にコンドームを使い慣れていない場合や、使い慣れていてもお酒を飲んだときや薬物

を使用しているときなどは、判断力や感覚が鈍るので注意が必要です。

 脱落や破損を防ぐには、ふだんからある程度コンドームを使い慣れておく必要があります。い

ざというときのために、あらかじめ練習しておくといいかもしれません。実際の場面では、うす

暗いところで装着することもあるでしょうから、慣れておくか、明るいところで装着する(装着

するときだけでも部屋を明るくする)ように心がけましょう。

オーラル ・ セックスのときにも予防を

 最近はオーラル・セックス(口を使った性行為)を介した性感染症も流行していると言われていま

す。コンドームはペニス経由の性感染症を防ぐことはできても、予防しないオーラル・セックスがあ

れば、口腔粘膜からの感染は防げません。併せて予防することが必要です。

Q.女性は相手の男性がコンドームを着けてくれることでしか HIV を予防できないのでしょうか? もっと女性の主体的な予防方法はありませんか?

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女性用のコンドームがありますので、セックスする前にあらかじめ装着してお

けば、予防が可能です。

事前に装着が可能

 1984 年イギリスで女性用のコンドームが開発され、日本でも平成 12(2000)年 4月から販売

されるようになりました。これは薄いウレタンでできた筒状の袋を腟内に挿入して装着するもの

で、膣内に挿入・固定させるための内リングと、外性器のところで固定するための外リングとが

付いています。男性用コンドームと同様、表面には装着しやすいよう、潤滑剤が塗られています。

全国の薬局・薬店や量販店などで手に入ります。

 ペニスが勃起してからでないと着けられない男性用コンドームと違って、女性用コンドームは

実際にセックスする前から装着(挿入)しておくことが可能です。したがって、セックスの機会

が予想される場合に、女性側があらかじめ装着しておくことができます。もちろん、セックスの

直前に装着することもできます。

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第二章

Q&A

性行為とHIV感染について

2

❶コンドームは品質保持期限内のもので、かつ保管状態のいいものを使用しましょう。例えばお財布の中に入れたまま持ち歩いていたようなものは、摩擦で傷んでいるかもしれませんし、車のダッシュボードに入れたままのものは、高温によってすでに傷んでいる場合がありますのでさけましょう。陽の当たる場所や高温になる場所での保管、防虫剤と一緒にしまっておくのもよくありません。持ち歩く場合はハードケースに入れて持ち歩きましょう。

❷コンドームを取り出す際は、中のコンドームを袋の反対側の端に寄せてから封を切るなどして、装着前にコンドームが傷つかないよう気をつけます。爪が伸びていてもコンドームを傷つけることがありますので、爪はきちんと切っておきましょう。やすりをかけておくとなおいいでしょう。指輪なども要注意です。傷ついたり傷んだりしたコンドームは、使っている間に破れてしまう可能性が高くなります。

❸指でコンドームの先の精液だまりの部分の空気を抜いてから装着します。装着時にコンドームの先端部分に空気が入っていても、使用中に破れてしまうことがあるからです。

❹コンドームはペニスが勃起したらすぐ着けるようにします。

❺根元まできちんと伸ばして着けておかないと、途中で脱落することがあります。

❻裏表を間違えて装着すると、根元まできちんと伸びませんので、注意が必要です。

❼仮性包茎の場合は、まず包皮を根元まで下げてコンドームを装着します。それからコンドームが覆っている部分をコンドームごとそのまま亀頭のほうへいったん引き上げて、ペニスの根元にある余った皮膚を伸ばします。それからその皮膚の上にもかぶさるように、もう一度根元までコンドームを着けるようにすると、包皮全体にコンドームがかぶさるので、ピストン運動をしてもコンドームは脱落しにくくなります。

❽射精後はコンドームの根元を押さえて速やかに抜いてください。射精後も挿入したままにしておくと、脱落してしまったり、ペニスとコンドームの間から精液が漏れ出てしまったりすることがあります。

❾コンドームは根元から取り外し、精液がこぼれないように口を縛って捨てます。

❿一度使用したコンドームは再使用しないでください。

⓫コンドームの2枚重ねや女性用コンドームとの併用は、コンドーム同士の摩擦から、かえって破れやすくなりますのでやめましょう。

 コンドームなしでいったん挿入した後、射精直前にコンドームを装着するのは避妊にならないどころか、HIVを含めた性感染症予防にもなりませんので、コンドームは勃起したらすぐ着けるようにして下さい。

コンドームの正しい使い方

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性感染症の予防に効果的

 また女性用コンドームは、女性の腟粘膜だけでなく、外性器も覆うことができるので、より広

い範囲をバリアとして防ぐことができ、女性にとってより高い性感染症予防の効果が期待できま

す。また、避妊効果は男性用コンドームとほぼ同程度とされています。

 装着には、男性用コンドームと同様、ある程度慣れておくといいでしょう。ウレタンはラテッ

クスよりも高い強度があると言われていますが、一度使用したものは再使用しないで下さい。ま

た、男性用コンドームとの併用は、摩擦によりコンドームの位置がずれてしまったり、破れなど

の原因となったりしますので、さけて下さい。

女性用コンドームの正しい使い方

袋を開けコンドームを取り出す。(口や爪で傷つけないように)

外リングを外性器部にかぶせる。

手で腟口を広げ、もう一方の手で内リングを腟の中に挿入する。

内リングの大部分を挿入したら、人指し指をコンドームの中に挿入して内リングを押し込む。

外リングを上にして内リングを底部に移動させる。

内リングを外側から持ち外リングを下にたらす。

ペニスをコンドームの中に挿入する。

外リング

内リング

監修 東京ミッドタウンクリニック 源河いくみ

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関連ホームページ一覧

書 籍 一 覧

財団法人エイズ予防財団   http://www.jfap.or.jp/

エイズ予防 情報ネット   http://api-net.jfap.or.jp/

厚生労働省   http://www.mhlw.go.jp/index.html

国立国際医療センター  エイズ治療・研究開発センター http://www.acc.go.jp/accmenu.htm HIV/AIDS 検査・治療・看護  http://acc-elearning.org/AIDS/HowTo.html

HIV/AIDS 先端医療開発センター http://www.onh.go.jp/khac/index.html

HIV 検査・相談マップ  http://www.hivkensa.com/index.htm

あれどこ便利帳  http://www.hivcare.jp/aredoko/

日本エイズ学会   http://jaids.umin.ac.jp/index.html

UNAIDS(国連合同エイズ計画)  http://www.unaids.org/en/

CDC(Morbidityandmortalityweeklyreport)http://www.cdc.gov/mmwr/

UCSF HIVInsite   http://hivinsite.ucsf.edu/

AIDSinfo   http://www.aidsinfo.nih.gov/

「HIVQ&A改訂版」 岡慎一編 医療ジャーナル 2006

「カウンセリング活用の手引き」 財団法人エイズ予防財団 2008

158

執 筆 者 一 覧

特定非営利活動法人CHARM(チャーム)

東京都保健医療公社荏原病院

兵庫医科大学病院

特定非営利活動法人アフリカ日本協議会

神奈川県衛生研究所

国立国際医療センター戸山病院

東京慈恵会医科大学

千葉大学医学部附属病院

東京ミッドタウンクリニック

荻窪病院

特定非営利活動法人アジア太平洋地域アディクション研究所

新潟大学医歯学総合病院

神奈川県衛生研究所

特定非営利活動法人HIVと人権・情報センター

国立精神・神経センター精神保健研究所

滋賀県健康福祉部健康推進課

東京都南新宿検査・相談室

秋田大学

新宿区保健所

佐久総合病院

セクシーマウンテン

独立行政法人国立病院機構九州医療センター

千葉大学

関西看護医療大学

市立堺病院

埼玉県立大学

財団法人エイズ予防財団

青木理恵子

有馬美奈  

伊賀陽子  

稲場雅紀 

今井光信 

大金美和 

小野寺昭一 

葛田衣重

源河いくみ 

小島賢一 

古藤吾郎

古谷野淳子 

佐野貴子

塩入康史 

嶋根卓也 

鈴木葉子

角田洋隆  

高田知恵子  

高藤光子 

高山義浩  

タミヤリョウコ 

辻麻理子 

花澤寿   

日高庸晴

松浦基夫  

若林チヒロ 

矢永由里子

(アイウエオ順)

159

今回の改訂にあたり

 今回、エイズ相談マニュアル事例集を改訂する運びになりました。

 本マニュアルは長年皆様にご活用いただいており、内容は現在

も活用できるものも多くありますが、2003年に出版されて以来、

エイズを取り巻く状況も激変しています。それに伴い、相談の現場

に寄せられる内容もより多様になってきています。

 以前は情報を入手するにもそのルートは限られていましたが、

インターネットの現代において情報はかなり手軽に手に入れること

が可能になりました。

 改訂では、情報提供というよりも、相談を担当する際の具体的な

留意点などを取り上げ、相談のあり方や援助の方法に焦点を当てて

みました。また、「今」のエイズを取り巻くテーマについて、課題別

にまとめてみました。

 今回は、エイズの第一線でご活躍の方々に、エイズの現状と取り

組みについてご説明をお願いいたしました。多方面の方々のご協

力のお陰で、エイズ相談の担当者に向けた基礎知識の学習のための

最適な冊子ができ上がったと思います。この場をお借りして、

執筆者の方々のご協力に厚くお礼を申し上げます。

 なお、エイズ相談マニュアル事例集のQ&Aの中で、現在も電話

相談などで頻繁に相談が寄せられる内容については、今回の改訂版

の情報編にまとめました。

 皆様からご意見をいただきながら、改訂版がより一層役立つもの

になることを願っております。

財団法人 エイズ予防財団

あとがき

2008年 3月発行

発行 財団法人エイズ予防財団

制作 有限会社新企画出版

エイズ相談マニュアル

〒 101−0061 東京都千代田区三崎町1−3−12水道橋ビル 5F TEL.03−5259−1811 FAX.03−5259−1812http://www.jfap.or.jp