「経済的・社会的・文化的自由(特に、職業選択の 自由(22条) … ·...

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衆憲資第 52 「経済的・社会的・文化的自由(特に、職業選択の 自由(22条)・財産権(29条))」に関する基礎的資料 基本的人権の保障に関する調査小委員会 (平成 16 5 20 日の参考資料) 1 6 衆議院憲法調査会事務局

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衆憲資第 52 号

「経済的・社会的・文化的自由(特に、職業選択の

自由(22条)・財産権(29条))」に関する基礎的資料

基本的人権の保障に関する調査小委員会

(平成 16 年 5 月 20 日の参考資料)

平 成 1 6 年 5 月 衆議院憲法調査会事務局

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この資料は、平成 16 年 5 月 20 日(木)の衆議院憲法調査会基本的人権の保障

に関する調査小委員会において、「経済的・社会的・文化的自由(特に、職業選択

の自由(22 条)・財産権(29 条))」をテーマとする参考人質疑及び委員間の自由

討議を行うに当たっての便宜に供するため、幹事会の協議決定に基づいて、衆議

院憲法調査会事務局において作成したものです。 この資料の作成に当たっては、①上記の調査テーマに関する諸事項のうち関心

が高いと思われる事項について、衆議院憲法調査会事務局において入手可能な関

連資料を幅広く収集するとともに、②主として憲法的視点からこれに関する国会

答弁、主要学説等を整理したものですが、必ずしも網羅的なものとはなっていな

い点にご留意ください。 なお、景観形成と財産権制限につきましては、野呂充・関西大学教授の委託調

査報告書「日本とドイツにおける都市計画・都市景観形成と財産権制限」(衆憲資

第 53 号)を併せてご覧ください。

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【目 次】

Ⅰ 総論

1 経済的自由の源流………………………………………………………… 1

2 経済的自由の展開………………………………………………………… 2 (1) 近代市民革命期と経済的自由の保障…………………………… 2 (2) 経済的自由の絶対的保障の変化…………………………………… 4 (3) 「欠乏からの自由」による経済的自由権の制約………………… 6 ① ルーズベルトの四つの自由………………………………………… 6 ② 世界人権宣言と国際人権規約における経済的・社会的・文化的権利 7

3 日本国憲法における経済的自由権……………………………………… 10 (1) 基本的人権の分類………………………………………………… 10 (2) 日本国憲法における経済的自由権の位置づけ………………… 11

Ⅱ 職業選択の自由

1 意義………………………………………………………………………… 12

2 営業の自由………………………………………………………………… 12

3 経済的自由の限界と規制立法の違憲審査基準……………………… 13 (1) 経済的自由の規制と二重の基準論………………………………… 13

① 「二重の基準」論………………………………………………… 13 ② 「合憲性推定の原則」と「合理性の基準」……………………… 13 ③ 二重の基準論と判例……………………………………………… 14

(2) 規制目的二分論……………………………………………………… 14 ① 規制目的二分論の内容…………………………………………… 14 ② 判例と規制目的二分論…………………………………………… 15 ③ 規制目的二分論の問題点…………………………………………… 17

Ⅲ 居住・移転の自由

1 居住・移転の自由の意義………………………………………………… 20

2 海外渡航の自由…………………………………………………………… 21

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3 国籍離脱の自由…………………………………………………………… 22

Ⅳ 財産権

1 財産権総論……………………………………………………………… 23

2 財産権保障の意味………………………………………………………… 23 (1) 29条 1項は何を保障しようとするのか……………………………… 23 (2) 「個人に固有のものとしての財産権」と「社会公共の利益とし

ての財産制度」……………………………………………………… 24 (3) 29条 1項は何を保障しようとするのか-帰結……………………… 25 (4) 制度的保障の核心………………………………………………… 25

3 財産権規制立法と違憲審査基準…………………………………… 26 (1) 公共の福祉による制限……………………………………………… 26 (2) 森林法違憲判決…………………………………………………… 26

4 財産権の制限と補償の要否……………………………………………… 27 (1) 「公共のため」の意味……………………………………………… 28 (2) どのような場合に補償が必要か………………………………… 28 (3) 「正当な補償」の意味するところ………………………………… 30 (4) 公用収用を定めた法律が補償規定を欠く場合、憲法 29 条 3 項に 基づいて補償を請求できるか…………………………………………… 31

(5) 公用収用と公用制限における損失補償………………………… 32 ① 公用収用の例―土地収用法……………………………………… 32 ② 土地収用法の特別法―駐留軍用地特別措置法………………… 37 ③ 公用制限の例―自然環境保全法………………………………… 40

(6) 景観的利益の保護による財産権制限…………………………… 42 (参考)「景観」に係る規定を有する諸外国の憲法の例………………… 45

参考文献………………………………………………………………………… 47

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Ⅰ 総 論

1 経済的自由の源流

財産権(所有権)を中心とする経済的自由権は、古くは市民革命期にまで

さかのぼることができる。

例えば、フランス革命前のフランスの旧体制(アンシャン・レジーム)に

おいては、聖職者(第一身分)・貴族(第二身分)・平民(第三身分。聖職者・

貴族以外の都市市民階層や領民など)の三者に身分が区別されるとともに、聖

職者や貴族はその所領を支配し、農民をはじめとして所領に属する領民は、領

主に対して、租税を負担し、領主裁判権に服する義務などを負っていた。そし

て、領主が所領で行使する諸権利は、農業や商工業の自由な発展を著しく阻害

するものであった。

このような旧体制を鋭く批判したのがロック1やモンテスキュー2に代表さ

れる自然法思想や啓蒙思想家であり、それに正当化の基礎を与えられた近代憲

法の人権宣言においては、ブルジョワ階層が、旧体制の束縛から解放され、自

由な経済活動を行うため、財産権(所有権)を中心とする経済的自由権の絶対

的な保障が要求された。1789 年のフランス人権宣言が、所有権を「神聖かつ

不可侵の権利」としたことは(17 条)、その典型的な表明であった。絶対的な

経済的自由権は、近代的人権の中核をなすものだったのである。それは、その

後の資本主義社会の発展を支えるものとなった3。

【参考 人及び市民の権利宣言(フランス人権宣言) 1789 年】

第 17 条〔所有の不可侵、正当かつ事前の補償〕

所有は、神聖かつ不可侵の権利であり、何人も、適法に確認された公の必要が明白

にそれを要求する場合で、かつ、正当かつ事前の補償のもとでなければ、それを奪われ

ない。

(訳文の出所は、樋口陽一・吉田善明編『解説世界憲法集』第 4版(三省堂, 2001 年))

1 ジョン・ロック(John Locke, 1632-1704) 名誉革命期(1688 年)のイギリスで活躍し

た政治哲学者。自然状態にあってすべての個々人は平等であり、生命・身体・自由・財産

を自然権として享受するものと考えた。人びとは社会契約を締結し、共同社会を形成する

ものであり、政府権力は人民から信託をうけ、自然法を実定法化し権利を擁護するもので

あると説き、立法権と行政権との二権分立について言及した。主著に、『統治二論』『寛容

書簡』など。 2 モンテスキュー(Montesquieu, 1689-1755) フランスの啓蒙思想家。裁判官から文筆

活動に入り、1748 年『法の精神』を著した。これは、法と風土・習俗・宗教・経済・環境・

生活様式等との密接な関連を明らかにしようとした比較的・実証的方法に特徴があり、法

社会学研究の先駆として高く評価されている。また、近代憲法の基本原理となる三権分立

についても論述している。 3 浦部法穂『全訂憲法学教室』(日本評論社, 2000 年)200-201 頁

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2 経済的自由の展開

(1) 近代市民革命期と経済的自由の保障

ロックやルソー4といった 17~18 世紀の啓蒙思想家は、近代自然法(自然

権)思想を提唱した。この思想によれば、①人間は生まれながらにして自由か

つ平等であり、生来の権利(自然権)を持っている、②その自然権を確実なも

のとするために社会契約を結び、③政府が権力を恣意的に行使して人民の権利

を不当に制限する場合には、人民は政府に抵抗する権利を有する。こうした政

治社会の成立が個人の間での契約に基づいており、そのために政治権力は正当

性を持つとする理論のことを社会契約論という。

例えば、ロックは、名誉革命期にジェイムズ国王側と対立してオランダに

亡命するが、1689 年に帰国、『統治二論』(Two Treaties of Government, 1689)を刊行した。『統治二論』は、R.フィルマーの王権神授説を批判した第一論文

及び市民政府の始まりやその目的、権限の範囲等について検討する第二論文か

らなっている。ロックの思想を簡単にまとめるならば、「自然状態5は戦争状態6ではない。それは平和的共存の状態であり、私有財産制もすでに開始してい

る状態である。つまり「人々が自然法の範囲内で、その行動を律し、自ら適当

と思うままに、その財産(possessions)と身体(persons)を処置するという

完全に自由な状態」である。この自然的自由への権利において、すべての人は

平等である。そして理性の命令である自然法は、何人も他人の生命・自由・財

産を傷つけるべきでないと定めている。こうしてすべての人は、生まれながら

に生命・自由・財産(これらは所有物 property と総称されている)への自然

4 ジャン・ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778) 18 世紀フランスに

おいて思想、文学、宗教などあらゆる分野においてその才能を発揮した人物。政治思想に

おいては、徹底した人民主権論や一般意思論、さらには直接民主制論を提唱した。1762 年

に発表した『エミール』は教育の書として有名であると同時に、政治的社会化論の先駆的

業績として評価される。主著に、『人間不平等起源論』『新エロイーズ』『社会契約論』『エ

ミール』など。 5 「自然状態」とは、国家ないし政府の成立する以前の状態であり、個人が自由で独立して

いる状態である。また自然法の行われている状態、または個人が自然権をもっている状態

でもある。近代自然法論では、このような自然状態から出発し、個人が全員一致の合意で

ある社会契約を媒介にして国家状態に入るという構成がとられている(田中成明・竹下賢・

深田三徳・亀本洋・平野仁彦『法思想史』〔第 2 版〕(有斐閣, 1997 年)47 頁)。 6 T.ホッブズ(Thomas Hobbs, 1588-1678)の『リヴァイアサン』(Leviathan, 1668)によ

れば、自然状態は「万人の万人に対する闘争」であり、その内乱を克服し平和を維持する

ためにも絶対主権をもって君臨する国家(旧約聖書の『ヨブ記』に記された「地の上に並

ぶものなき」怪獣=リヴァイアサンに象徴される)を社会契約をもって構築することが必

要であるとされる(同 53-56 頁)。

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権をもっている。自然権のなかでもとくに生命・自由への権利は不可譲の権利

とされている。またすべての人は、神の与えた豊富な共有物に、自己の所有す

る身体の労働を加えたものに対して権利をもつとして、財産への権利が説明さ

れている」7。 ロックの『統治二論』で展開されている政治思想は、アメリカの独立宣言

に取り入れられることとなった。ただ、ロックと独立宣言との大きな違いは、

ロックが基本的な権利の内容を「生命・自由・財産」としたのに対して、独立

宣言はこれを「生命・自由・幸福の追求」としたことであって、ロックの人権

論の大きな特徴は財産権の考え方にあるといってよい8。

【参考 アメリカ独立宣言】

〔…略…〕 われらは、次の事柄を自明の真理であると信ずる。〔即ち〕すべての人は平等に造ら

れ、造物主によって一定の奪うことのできない権利を与えられ、その中には生命、自由

および幸福の追求が含まれる。〔また〕これらの権利を確保するために人びとの間に政

府が組織され、その権力の正当性は被治者の同意に由来する。〔さらに〕いかなる統治

形態といえども、これらの目的を損なうものとなるときは、人民はそれを改廃し、彼ら

の安全と幸福をもたらすものと認められる諸原理と諸権限の編成に基づいて、新たな政

府を組織する権利を有する。 〔…略…〕 (訳文の出所は、樋口陽一・吉田善明編『解説世界憲法集』第 4 版(三省堂, 2001 年))

このような市民革命期における「経済的自由」は、絶対王制の経済的基盤

7 同 57-59 頁 8 浜林正夫『人権の思想史』(吉川弘文館, 1999 年)32-36 頁。また、『統治二論』の第二論

文「市民政府論」の訳者である鵜飼信成教授は、次のように述べている。「このロックの諸

説には、注意を要する点が二つある。その第一は、基本的自然権の中に所有を数え、所有

権の保障を、市民政府設立の大きな目的とみていることである。所有権については、ロッ

クは、さらに所論を展開して、それが労働に基づくものであることを論証した。これがロ

ックの理論の立つ社会的基礎を示すものであることは、疑いをいれないであろう。アメリ

カの独立宣言は、ほとんど文字通りに、ロックの原理をとり入れたのであるが、この基本

的自然権についてだけは、ロックのそれの中の、所有権にかえて、幸福の追求に対する権

利をあげており、独立宣言にならった日本国憲法もまた、同様である〔…略…〕。これが、

どのような社会的条件の変化を示すものであるかを検討してみることも、本書の読者にと

っての、興味ある課題となるであろう」(ジョン・ロック(鵜飼信成訳)『市民政府論』(岩

波文庫, 1968)249-250 頁)。しかし、ロックも、私的所有を無制限に認めたわけではない。

私的所有が認められるのは、あくまで人間が労働によって価値を加えた限度においてであ

り、しかもそこには二つの重大な制限が置かれていた。第 1 は、ある人の私的所有はその

人の消費に必要な限りでのみ認められるということであり、第 2 は、私的所有は他の人に

よる所有に十分なものを残しておかなければならないということである(松井茂記『日本

国憲法』第 2 版(有斐閣, 2002 年)545 頁)。

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であった「初期独占」を解体して、経済の外的強制下にあった人々を、封建的

な土地と中間団体の拘束から解き放ち、「自由」で「対等」な契約当事者へと

転ずる(「身分から契約へ」)という文脈において、「自由な経済活動」、すなわ

ち「自由放任(レッセ・フェール)」の創出を目的とするものであった9。その

意味で、フランス人権宣言 2 条及び 17 条では、「財産権」が「国家からの自

由」であることが強調されたのである10。

(2) 経済的自由の絶対的保障の変化

しかし、この状況は、資本主義経済、特に産業革命以降、変化を見せるこ

ととなる。浦部法穂教授によれば、「ロック流の自然権思想は、私的所有を、

みずからの生存を維持するために自分で働いて得たものである、ということに

よって正当化するものであった。しかし、絶対不可侵の経済的自由を背景に発

展してきた資本主義経済は、とくに産業革命以後、「所有」と「労働」とをは

っきり分離することとなった。そこでは、財産(生産手段)をもっている者は、

労働力という「商品」を買い入れることによって、自分で働くことなくその労

働生産物に対する所有権を取得する、という仕組みが成立した。こうなると、

「自分で働いて得たものだ」という正当化は、もはや通用しない。私的所有を

なおも正当化するためには、別の理屈をもち出してこなければならない。こう

して、産業革命以後の 19 世紀の社会では、かつてブルジョアジーのイデオロ

ギーとして市民革命を支えた自然権思想が排斥され、それに代わるものとして、

「最大多数の最大幸福」を掲げるベンサム流の「功利主義思想」11が全盛をき

わめることとなった12。「最大多数の最大幸福」は、各人が自由に自分の利益

9 森英樹「経済活動と憲法」樋口陽一編『講座憲法学 4 権利の保障 2』(日本評論社, 1994年)21 頁 10 辻村みよ子『憲法〔第 2 版〕』(日本評論社, 2004 年)273 頁 11 事務局注「功利主義(utilitarianism)」 代表的な思想家にベンサム(Jeremy Bentham, 1784-1832)、J.S.ミル(John Stuart Mill, 1806-73)がいる。「最大多数の最大幸福」とい

う定式によって表現され、そこには、行為などの正しさは結果によって判定されるという

「結果主義」、快楽が唯一の善、苦痛が唯一の悪とする「快楽主義」、行為などの正しさは

すべての人々の幸福全体への寄与によって判定されるという「総量主義」が含まれている

(田中成明・竹下賢・深田三徳・亀本洋・平野仁彦『法思想史』(有斐閣, 2000 年)75 頁)。 12 事務局注 社会契約論に基づき近代憲法が成立した後、19 世紀までは、自由放任主義(レ

ッセ・フェール)が自由主義の主流を形成した。しかし、1929 年の世界大恐慌を期に自由

放任主義は終焉を迎え(ケインズ『自由放任主義の終焉』)、個人の福祉の向上に対して政

府や社会が責任を持つべきであるとする現代リベラリズムが形成された。特に、第二次大

戦後は、現代リベラリズムは先進国において福祉国家体制という形で結実することになる。

このような現代リベラリズムの理論的支柱となったのが J.ロールズであり、R.ドゥーキン

である(『基本的人権と公共の福祉に関する基礎的資料―国家・共同体・家族・個人の関係

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を追求することによってもたらされるから、国家は人々のいろいろな活動に介

入してはならないというのが、功利主義思想における「自由」の位置づけであ

る。だから、国民の経済活動についても、国家は不介入の態度をとらなければ

ならない、ということで、経済的自由権の絶対性が維持されることになったの

である。近代の「基本的人権」の思想は、人が人間として生きていくための不

可欠の権利として主張され、そういうものとして普遍的な価値を担うものであ

ったが、ここでは、そういう普遍的価値はもはや切り捨てられ、要するに「国

家立入禁止」という形式的な意味での自由それじたいが価値あるものとされた

のである。それは、まさに自由放任主義であった」13のである。 しかし、「19 世紀の終わりから 20 世紀にかけて、資本主義の独占化が進ん

でくると、〔…略…〕経済的自由権は、ほんのひとにぎりの独占資本家にとっ

ての自由でしかなく、それ以外の大多数の人々にとっては、自由な生存に対立

するものでしかないことがはっきりしてきたのである。こうして、これまで国

家が手を触れてはならない絶対的な自由とされてきた経済的自由権に対し、国

家によるその規制を求める運動が、労働者や農民を中心として大規模に展開さ

れることとなった」。労働者や農民の要求をある程度受け入れることによって、

1917 年のロシア革命にみられるような社会主義革命を防止するという意味か

らも、「20 世紀の資本主義国家は、もはや、自由放任主義をあくまでも貫き通

すというわけにはいかなくなってきた。国家は、労働者や農民などの要求を受

け入れて、経済活動に対し一定の法的規制を加えるとともに、経済的弱者の権

利を積極的に保護する施策を展開していく必要に迫られたのである。このこと

の人権論への反映が、経済的自由権の絶対性の喪失とその裏返しとしてのいわ

ゆる社会権の保障である。それを実定憲法の上ではじめて規定したのが、1919年のドイツの「ワイマール憲法」である。そして、これ以後、とくに第二次大

戦後の各国の憲法は、各種の社会権の保障規定を置くと同時に、経済的自由権

に対する制限を定めるようになった。」「このように、経済的自由権が近代にお

けるような神聖不可侵性を失ってきたことと、社会権の保障とは、表裏の関係

にある。社会権を保障するために、つまり、経済的・社会的弱者の生存を積極

的に保護していくために、経済的自由権は制約を受けるべきものとされること

になったのである。ところが、とくに 1929 年から 30 年代にかけての世界的

大恐慌をきっかけに、経済の領域への国家の積極的介入は、もう一つ別の意味

合いをもたされることになった。この大恐慌は、もはや資本主義経済が自律性

を失い、経済の力だけでは運営されていけないものとなったことを明らかにし

た。この大恐慌から脱し、資本主義経済体制を維持していくためには、国家が

の再構築の視点から―』(衆憲資第 31 号・衆議院憲法調査会事務局, 2003 年)26 頁)。 13 浦部前掲注 3・200-201 頁

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さまざまな経済・金融政策を展開して広範に経済の領域に介入するしかないと

いう状況に立ち至ったのである。この点からも、こんにちにおいては、経済的

自由権は、もはや国家が手を触れてはならない神聖なものではなくなり、政策

上の制限の対象とされることになったのである」14。 経済的自由権の絶対性の変容は、次のワイマール憲法の条文に象徴される。

また、以下に述べるアメリカのルーズベルト大統領の「四つの自由」とそれを

取り入れた世界人権宣言・国際人権規約へと引き継がれていくのである。 【参考 ワイマール憲法】

第 151 条第 1 項 経済生活の秩序は、すべての者に人間たるに値する生存を保障する目

的をもつ正義の原則に適合しなければならない。この限度内で、個人の経済的自由は確

保されなければならない。 第 153 条第 3 項 所有権は義務を伴う。その行使は、同時に公共の福祉に役立つべきで

ある。 (訳文は、浦部前掲注 3 によった。)

(3) 「欠乏からの自由」による経済的自由権の制約

① ルーズベルトの四つの自由

1941 年 1 月 16 日、アメリカ合衆国のフランクリン・ルーズベルト大統

領は、一般教書演説において、①表現の自由、②信仰の自由、③欠乏からの

自由、④恐怖からの自由という四つの民主主義の原則を示した。ここで掲げ

られた四つの自由は、のち英米共同宣言(1941 年)、国際連合憲章(1945年)、ポツダム宣言(1945 年)、日本国憲法前文、世界人権宣言(1948 年)、

そして国際人権規約などに影響を与え、取り入れられていくことになった15。

【参考 ルーズベルト大統領の一般教書演説(“The Annual Message to the

Congress. January 6, 1941”)】

〔…略…〕 われわれが安全にしようと努める将来の日には、つぎの 4 つの本質的な人間的自由

に基づいた世界を、われわれは楽しみにして待ち望んでいる。 第 1 番目のものは、言論と表現の自由である―世界のあらゆるところで。 第 2 は、すべての人が自分自身の方法で神を礼拝する自由である―世界のあらゆる

14 同 202-203 頁。ただし、浦部教授は、このような観点からの経済的自由に対する制約は、

同じ政策的観点からの制約であるとはいえ、「弱者保護」のための制約とは異なるものであ

ることに注意する必要があると指摘する(同 80-81 頁)。 15 原秀成『日本国憲法制定の系譜Ⅰ―戦争終結まで』(日本評論社, 2004 年)121,125 頁

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ところで。 第 3 は、欠乏からの自由である―世界の言葉に翻訳するならば、それはどの国も、

その住民に健康な平時の生活を確保するという経済的な合意を意味する―世界のあら

ゆるところで。 第 4 は、恐怖からの自由である―世界の言葉に翻訳するならば、それはどの国家も

その隣国に物理的な侵略行為をすることができないような程度と徹底した方法におい

て、世界的に軍備を削減することを意味する―世界のいかなるところでも。 〔…略…〕 (訳文は、原秀成『日本国憲法制定の系譜Ⅰ―戦争終結まで』(日本評論社, 2004 年)

379-383 頁によった。)

② 世界人権宣言と国際人権規約における経済的・社会的・文化的権利

1948 年 12 月 10 日に第 3 回国連総会において「世界人権宣言」(Universal Declaration of Human Rights)が採択されたが、国連人権委員会は、次い

で、国際人権規約の作成作業にとりかかることとなった。当初、国際人権規

約の草案には、市民的及び政治的権利(Civil and Political Rights)(いわゆ

る自由権及び参政権)に関する条項と、その実施措置として人権委員会

(Human Rights Committee)の制度に関するものが含まれていた。しか

し、1950 年の第 5 回国連総会においては、世界人権宣言が理想とする「自

由な人間」であるためには、市民的及び政治的権利が保障されるだけでなく、

「欠乏からの自由」つまり「経済的、社会的及び文化的権利」の確保が必要

であるとの観点から(この趣旨は、後掲の国際人権規約(A 規約)前文にあ

らわれている。)、規約草案にこれらのいわゆる社会権と男女平等の規定を含

めることが決定された。その後、1951 年の第 6 回国連総会においては、規

約草案の作成に当たり、「市民的政治的権利に関する規約」と「経済的、社

会的及び文化的権利に関する規約」とに分けて、二つの国際人権規約を作成

することが決定された。そして、1954 年、国連人権委員会は、それぞれ実

施措置を盛り込んだ二つの国際人権規約の草案、すなわち、「経済的、社会

的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約・A 規約)及び「市民的

及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約・B 規約)の草案を作成、

この草案は 1966 年 12月 16日、国連総会において全会一致で採択された16。 ルーズベルト演説の「欠乏からの自由」には、各人の自由を保障した上で、

それでも「欠乏」している人や状態をなくし、救済していくという当時の民

主党の政策を反映しているといわれる。戦後、日本の憲法のため GHQ 案を

起草したケーディスたちは、民主党のニュー・ディール政策を推し進めた

人々であり、「欠乏から免かれ」るべきことは、日本国憲法前文第 2 段に明

16 『世界人権宣言と国際人権規約―世界人権宣言 50 周年に当たって―』(外務省, 1998 年)

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示的に宣言され、第 25 条の生存権保障などの社会権が広く取り入れられる

ことになったのである17。

【参考 国際人権規約(A 規約)前文】

この規約の締結国は、 国際連合憲章において宣明された原則によれば、人類社会のすべての構成員の固有

の尊厳及び平等のかつ奪い得ない権利を認めることが世界における自由、正義及び平和

の基礎をなすものであることを考慮し、 これらの権利が人間の固有の尊厳に由来することを認め、 世界人権宣言によれば、自由な人間は恐怖及び欠乏からの自由を享受するものであ

るとの理想は、すべての者がその市民的及び政治的権利とともに経済的、社会的及び文

化的権利を享受することのできる条件が作り出される場合に初めて達成されることに

なることを認め、 人権及び自由の普遍的な尊重及び遵守を助長すべき義務を国際連合憲章に基づき諸

国が負っていることを考慮し、 個人が、他人に対し及びその属する社会に対して義務を負うこと並びにこの規約に

おいて認められる権利の増進及び擁護のために努力する責任を有することを認識して、 次のとおり協定する。

【表 1 人権宣言史からみた経済的自由の沿革】

①国民権から人権へ

中世身分社会

(13 世紀~16・17 世

紀)

自然権思想の登場

(17世紀後半~18世紀

前半)

近代憲法

(18 世紀の市民革命

後)

例えば、イギリスにおいては、マグナ・カルタ(1215 年)以来、

15・16 世紀を通じて古くから徐々に獲得した権利と自由を弁護

し、確認した臣民権ないし国民権として保障されていた。

自然権思想に基づき、人間であることに基づいて当然に一定の生

来の権利を有し、それは不可譲・不可侵という人権概念が登場

「(財産権は)神聖不可侵の自然権」(1789 年 フランス人権宣

言 2 条・17 条)とされるなど、封建的な身分社会から解放され

たブルジョワジー階級が「自由な経済活動を行う権利」として保

障され、「国家からの自由」が強調された。

17 原前掲注 15・125 頁

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②自由権から社会権へ

人権の拡大と実定化

(19 世紀的人権思想)

第一次世界大戦後

(20 世紀前半)

人権は単なる倫理的な要請ではなく、具体的かつ執行可能な保護

手段となる。同時に、人権はその自然権的性格を失い、憲法ない

し国家によって認められた国民の権利・自由(外見的人権宣言)

として保障されることになる(特にドイツ)。

少数の資本家への富の集中、貧困者失業者の増大による自由主義

社会内部での深刻な階級対立、ソビエト共和国憲法(1918 年)

の影響を受け、伝統的な自由権を保障しつつ多くの社会権規定や

所有権制約条項を設けたワイマール憲法が成立する。

「所有権は義務を伴う。その行使は、同時に公共の福祉に役立つ

べきである」(ワイマール憲法 153 条, 1919 年)

③「法律による保障」から「法律からの保障」へ

第二次大戦後

(20 世紀後半)

自然権思想の復活

財産権の社会化

ナチズムの苦い経験の結果、法律による権利・自由の保護を信ず

るよりも、法律からの保護の必要性を感じて、法治主義ないし法

の支配の考え方が形式的なものから実質的なものへと変化する

(自然権思想の復活)。

「人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、かつ、保護するこ

とは、すべての国家権力の責務である」(ドイツ連邦共和国基本

法, 1949 年)

自然権思想の復活と並んで、「国家による自由(社会権)」が保障され、

財産権にもその影響から社会的制約が強調されるようになる。

「法律は、私有財産の社会的機能を確保し、それをすべての人に

とって近づきうるものにする目的で、その取得、共有の方法、お

よびその制限を定める」(イタリア憲法 42 条, 1948 年)

財産権の社会性について「その運営が国の公益または事実上の独

占の性格を有するときは、すべての財産および企業は、社会の所

有となる」(フランス第 4 共和制憲法・国有化の原則, 1946 年)

④国内的保障から国際的保障へ

1948 年

世界人権宣言

1966 年

国際人権規約

国際連合憲章(1945 年)を具体化するものとして人権問題が国内

的なものから国際的な規律の対象であることを明らかにする。

「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)」「市

民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)」「同選択議定書」

「同第二選択議定書」からなる国際人権規約採択(B 規約の第二

選択議定書は 1989 年)。条約であり、締結国は、規約に規定して

いる権利を尊重し、確保し、あるいはその完全な実施のための措

置を約束する点で世界人権宣言と異なる。

(芦部信喜『憲法学Ⅱ人権総論』(有斐閣, 1994 年)2-41 頁及び『世界人権宣言と国際人権規約―世界人権宣言 50 周年に当たって―』1頁をもとに作成)

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3 日本国憲法における経済的自由権

(1) 基本的人権の分類

学説は、基本的人権の分類をさまざまに試みる。例えば、表 2 は、日本の代

表的学説である芦部信喜教授による分類である(ここに掲げた分類は絶対的な

ものではないことに注意する必要がある。例えば、教育を受ける権利や生存権

などの社会権も、公権力によって不当に制限されてはならないという自由権的

側面を有する18。)。この分類によれば、

このような基本的人権の分類について、松井茂記教授は、次のように述べている。

「基本的人権は、さまざまに区分されている。例えば、人権思想からの区分

により前国家的権利と後国家的権利に、歴史的区分により自由権と社会権、そ

して内容による区分により、平等権、自由権、社会権等などにである。

しかし、このような基本的人権の類型論の基礎となっているのは、イエリネ

ックの人権体系論である。〔…略…〕学説はイエリネックの類型論を批判しな

がらも、その体系論を引き継いだ形で基本的人権を分類してきている。」19(※)

【表 2 日本国憲法における人権の分類】

包 括 的

基本権 13 条

法 の 下

の平等 14 条

内面的な精神

活動の自由

19条(思想・良心の自由)

20 条(信教の自由)

23 条(学問の自由) 精神的自由権

外面的な精神

活動の自由

20 条(信教の自由)

21 条(表現の自由)

23 条(学問の自由)

経済的自由権 22・29 条

自由権

人身(身体)の自由 18 条,31-39 条

受益権 16 条,17 条,32 条

参政権 15 条

社会権 25-28 条

(芦部前掲注 18 をもとに作成)

18 芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法 第三版』(岩波書店, 2002 年)83 頁 19 松井前掲注 8・302-304 頁

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※ イエリネックによる分類 イエリネックは、国家に対する国民の関係として、

国家に従属するという「受動的地位」、国家権力から自由であるという「消極的地

位」、国家の活動を自己のために請求するという「積極的地位」、国家活動を担当す

るという「能動的地位」、の四つをあげ、これらに相応して、いわゆる「義務」、「自

由権」、「受益権」および「参政権」という権利・義務をすえた20。

※ 基本的人権の歴史、分類については、『市民的・政治的自由(15~21 条/23 条)

(特に、思想良心の自由(19 条)、信教の自由・政教分離(20 条・89 条))に関す

る基礎的資料』(衆憲資第 43 号)1-15 頁を参照されたい。

(2) 日本国憲法における経済的自由権の位置づけ

日本国憲法における経済的自由権には、憲法 22 条・29 条で保障される

職業選択の自由(営業の自由)、居住・移転の自由、財産権が含まれる。 大日本帝国憲法では、法律の範囲内で居住・移転の自由(22 条)と所

有権の不可侵、公益のための処分の法定(27 条)が定められていたが、

日本国憲法は、22 条 1 項で居住・移転の自由のほかに職業選択の自由を

明示したうえで、現代憲法の歴史的要請を踏まえて、22 条 1 項と 29 条 2項(財産権)の二つの条項に「公共の福祉」による制限を付した。これら

の「公共の福祉」による経済的自由の制限は、社会・経済的平等を確立す

るための積極的・政策的制約であり、憲法 12 条・13 条の「公共の福祉」

による消極的・警察的制約、あるいは内在的制約とは異なるものと一般に

説明されている21。

【参考 大日本帝国憲法】

第 22 条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス 第 27 条 日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルヽコトナシ ② 公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル

20 佐藤幸治『憲法〔第三版〕』(青林書院, 1995 年)407 頁 21 辻村前掲注 10・273-274,179-182 頁

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Ⅱ 職業選択の自由

○日本国憲法

第 22 条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自

由を有する。 ② 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

1 意義

憲法 22 条 1 項の保障する職業選択の自由は、自己の従事する職業を決定す

る自由を意味する22。近代社会が成立した際、従来の身分制秩序が解体された

ことで、それまで各自が所属する身分・団体によって異なる特権と地位を有し

ていた人々は、平等な権利を享有する人一般となり、職業についても、従来の

さまざまな職能団体の独占や規制から解放されて、職業を選択する自由を獲得

したといわれる23。

2 営業の自由

職業選択の自由とは別に、選択された職業を遂行する権利としての営業の

自由があるといわれることがある。遂行する自由を伴わない選択の自由はほと

んど無意味であるから、憲法の保障する職業選択の自由は営業の自由を含むと

考えられる(最大判昭和 47・11・22 刑集 26 巻 9 号 586 頁《小売商業調整特

別措置法事件》)。もっとも、営業の自由が保障されているからといって、あら

ゆる職業が営利活動として成り立つよう、国家が配慮する義務を負うわけでは

ない。公共の福祉に基づく制約のため、ある職業が実際上、営利活動としては

成り立たなくなることも考えられる。営業活動が、私有財産を投資・運用し利

益を得るという側面を持つ点に着目して、営業の自由はむしろ憲法 29 条の財

産権の保障の下にあるとする考え方もあるが24、いずれの条文の下に保障され

るかは、具体的な問題の解決にさして影響を与えないとされる25。

22 芦部前掲注 18・204 頁 23 長谷部恭男『憲法』第 3 版(新世社, 2004 年)237 頁 24 芦部教授は、営業の自由が 29 条の保障の下にあるとするわけではないが、「営業の自由

そのものは、財産権を行使する自由を含むので、29 条とも密接にかかわる」とする(芦部

前掲注 18・204 頁)。 25 長谷部前掲注 23・237-238 頁

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3 経済的自由権の限界と規制立法の違憲審査基準

(1) 経済的自由の規制と二重の基準論

①「二重の基準」論

二重の基準は、人権のうちでも精神的自由と経済的自由とを二つに分け、

精神的自由は、経済的自由より優越的地位を占め、その結果、人権を規制す

る法律の違憲審査に当たって、精神的自由はより厳格な基準によって審査さ

れなければならないというものである。

二重の基準の根拠としてあげられているのが、「民主的政治過程論」と「経

済規制の領域での司法の限界」である。

前者は、表現の自由や選挙の公正が確保され、民主政の過程が維持されてい

る限り、経済活動に対する不当な制約については、民主的政治過程を通じてそ

れを修正することが可能であるが、表現の自由が侵害された場合には、民主政

の過程自体が傷つけられるため、議会による矯正は困難となり、裁判所による

積極的な介入が要請されるという議論である26。

経済的自由との関係では、後者の論拠が重要となる。即ち、「経済的自由

の規制は社会・経済政策の問題と関係することが多く、その合憲性を判定す

るには政策的な判断を必要とするが、裁判所はそのような能力に乏しい」と

いうことである27。

この二重の基準論によると、経済的自由の規制については、立法府の判断

を尊重するのを建前とすべきであるから、その合憲性は、精神的自由の規制

立法に適用される基準よりも緩やかな基準、「合憲性推定の原則」と結びつ

いて広く用いられる「合理性」の基準によって判断されることになる。

②「合憲性推定の原則」と「合理性の基準」

「合憲性推定の原則」とは、立法目的及び立法目的達成手段の合理性を支

える立法事実の存在が推定されるということ(つまり、立法府の判断に合理

的な立法事実の基礎が欠けている場合には合憲性が推定されないというこ

と)を意味する。したがって、ある立法措置の違憲を主張する側で、原則と

して、この推定をくつがえすよう立法事実を検出し論証することが必要にな

る。

「合理性の基準」は、この「合憲性推定の原則」と表裏の関係にある。と

いうのは、合理性の有無は、立法目的と立法目的達成手段の両面にわたって、

26 長谷部前掲注 23・124 頁 27 野中・中村・高橋・高見『憲法Ⅰ』〔第三版〕(有斐閣,2001 年) 245-246 頁

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立法府の判断に合理性があるかどうかを、立法事実を検出・審査し様々な利

益を衡量して具体的に決定されるのが建前であるからである。そして、合憲

性推定原則を排除するに足る「合理的な疑い」とは、立法事実の審査と利益

衡量の結果得られる裁判官の違憲性についての疑いをいい、そういう重大な

疑いがあれば、合憲性の推定は覆されると解されることになる。28

③ 二重の基準論と判例

二重の基準論は、「学説において広く支持されているばかりでなく、判例

においてもとり入れられている」とされる29。しかし、経済的自由に関する

判例法理として展開されているにすぎず、精神的自由に関する判例のうちに

二重の基準論を採用したものが見出しがたいことを指摘する学説もある30。

(2) 規制目的二分論

① 規制目的二分論の内容

判例が二重の基準論を採用しているか否かはさておき、通説は、判例が経

済的自由の規制立法の違憲審査基準について「合憲性推定の原則」に裏打ち

された「合理性の基準」を用いていると理解する。さらに通説は、判例は規

制立法の目的の相違に応じて違憲審査基準を区分するという審査方法(規制

目的二分論)を展開してきていると理解する。これによれば、まず、規制立

法の目的について、①経済の調和のとれた発展を確保し、とくに社会的・経

済的弱者を保護するためになされる積極的・政策的規制(積極目的の規制)

と、職業活動から生じる弊害から社会公共の安全を確保するために課せられ

る消極的・警察的規制(消極目的の規制)とが区別される。そして、それぞ

れの規制の違憲審査基準として、積極目的の規制については、規制が著しく

不合理であることが明白である場合に限って違憲と判断するといういわゆ

る「明白の原則」が適用され、消極目的の規制については、規制の必要性・

合理性について他の代替手段の有無をも考慮して厳格に審査するという「厳

28 芦部信喜『憲法学Ⅱ人権総論』(有斐閣,1994 年)235-237 頁 29 芦部前掲注 18・101 頁 30 野中ほか前掲注 27・247 頁。また、戸波教授は、「薬事法距離制限違憲判決(最大判昭

50・4・30 民集 29 巻 4 号 572 頁)は、「職業の自由は、それ以外の憲法の保障する自由、

殊にいわゆる精神的自由に比較して、公権力による規制の要請がつよく、憲法 22 条 1 項が

『公共の福祉に反しない限り』という留保のもとに職業選択の自由を認めたのも、特にこ

の点を強調する趣旨にでたものと考えられる」と判示し、二重の基準論を示唆して注目さ

れた。しかし、精神的自由に関する判例のうち、厳格な審査基準を適用して違憲判決が下

されたといえる例はあまりみられず、判例が二重の基準論を採用しているとはいえない状

況にある)」とする(戸波江二『憲法[新版]』(ぎょうせい, 1998 年)159 頁)。

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格な合理性の基準」が適用されるというものである31。

【表 3 二重の基準の理論と経済的自由の規制立法の違憲審査基準】

精神的自由

(表現の自由)

文面判断のアプロ

ーチ

【検閲禁止】

明確性の理論(過度に

広汎性ゆえに無効法

理・漠然性ゆえに無効

法理)

【表現内容の規制】

【用いられる審査基準】

・「明白かつ現在の危険」の

基準 など

経済的自由

(職業の自由)

【表現の時・所・方法の

規制(内容中立規制)】【消極目的規制】

事実判断のアプロ

ーチ

【用いられる審査基準】

・「より制限的でない他の選

びうる手段」の基準など

【用いられる審査基準】

・「厳格な合理性」の基準

【積極目的規制】

【違憲審査】

厳↑↓緩

【保障の程度】強↑↓弱

【用いられる審査基準】

・「明白性」の原則

(出所:芦部信喜『憲法学Ⅱ人権総論』277 頁以下)

② 判例と規制目的二分論

この目的二分論を最高裁が採用したと一般的に(通説的に32)評されるの

が(1)小売市場距離制限事件と(2)薬局距離制限事件である。

31 戸波前掲注 30・287 頁 32 通説はこのように解するが、これに対して、前田徹生教授は、小売市場距離制限事件判

決も薬局距離制限事件判決も、そもそも規制目的二分論を定式化したわけではないのでは

ないかとの問題提起をしている(前田徹生「経済的自由規制立法の違憲審査基準と最高裁

判所―小売判決と薬事法判決の再検証―」栗城古稀『日独憲法学の創造力』上巻(信山社, 2003 年)621-641 頁

の部分は、判例が採用してい

るか否かは争いがある。

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【小売商業調整特別措置法事件(最大判昭和 47・11・22 刑集 26 巻 9 号 586

頁)】

「小売商業調整特別措置法 3 条 1 項が小売市場(1 つの建物を小さく区切って小売商

の店舗用に貸付・譲渡するもの)の開設を許可する条件として適正配置(既存の市場

から一定の距離〔たとえば大阪府では 700 メートル〕以上離れていることを要求する、

いわゆる距離制限)の規制を課していることの合憲性が争われた事件。最高裁は、①

経済活動の規制について積極目的の規制と消極目的の規制とを区別し、②積極目的の

規制に対しては「明白性の原則」が妥当すると説き、③本件の規制の目的が、経済的

基盤の弱い小売商を相互間の過当競争による共倒れから保護するという積極目的の規

制であると認定して、規制を合憲とした」33。

【薬局距離制限事件(最大判 50・4・30 民集 29 巻 4 号 572 頁)】

「薬局の開設に適正配置を要求する旧薬事法 6 条 2 項および広島県条例の規制の合

憲性が争われた事件。最高裁は、①消極目的規制については、規制の必要性・合理性

の審査と、よりゆるやかな規制手段で同じ目的が達成できるかどうかの検討が必要で

あるとし、②薬局の距離制限は国民の生命・健康に対する危険の防止という消極目的

のものであると認定し、③「薬局の開設の自由→薬局の偏在→競争激化→一部薬局の

経営の不安定→不良医薬品の供給の危険性」という因果関係は、立法事実によって合

理的に裏付けることはできないから、規制の必要性と合理性の存在は認められないと

し、また、④立法目的はよりゆるやかな規制手段、すなわち行政上の取締りの強化に

よっても十分に達成できる、と論じて、適正配置規制を違憲とした」34。

【表 4 経済的自由にかかわる主な最高裁判決の流れ】

小売商業調整特別措置法判決

(最大判昭和 47・11・22)

薬事法違憲判決

(最大判昭和 50・4・30)

少なくとも「職業選択の自由」の領域について、

積極目的の規制立法には「合理性の基準」(明白

の原則)を、消極目的の規制立法には「厳格な合

理性の基準」(「必要性・合理性の原則」)を適用

すべしとする「規制目的二分論」を準則化したと

評価されている。

森林法違憲判決

(最大判昭和 62・4・22)

薬事法事件判決を引用しているが、「規制目的二

分論」はとらなかったと評価されている。

公衆浴場距離制限第二小法廷判決

(最二判平成元・1・20)

小売商業事件判決を引用しているが、学説上その

評価は、「規制目的二分論」に依っているとする

ものと理論構成が不明なまま「著しく不合理であ

ることの明白」の基準だけが適用され合憲の結論

が導かれているとするものに分かれる。

33 芦部前掲注 18・207 頁 34 同 207 頁

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公衆浴場距離制限第三小法廷判決

(最三判平成元・3・7)

「規制目的二分論」はとらず、消極目的と積極目

的が混在しているケースとして扱ったのではな

いかと評価されている。(※)

西陣ネクタイ訴訟判決

(最三判平成 2・2・6)

小売商業事件判決を引用しているが、学説上その

評価は、「規制目的二分論」に依っているとする

ものと理論構成が不明なまま「著しく不合理であ

ることの明白」の基準だけが適用され合憲の結論

が導かれているとするものに分かれる。

酒類販売免許制合憲判決

(最三判平成 4・12・15)

薬事法事件判決を引用しているが、「規制目的二

分論」はとらなかったと評価されている。

たばこ小売販売業距離制限合憲判決

(最二判平成 5・6・25)

小売商業事件判決を引用し、理論構成が不明なま

ま「著しく不合理であることの明白」の基準だけ

が適用され合憲の結論が導かれている。

特定石油製品輸入暫定措置法合憲判決

(最一判平成 8・3・28)

小売商業事件判決を引用し、理論構成が不明なま

ま「著しく不合理であることの明白」の基準だけ

が適用され合憲の結論が導かれている。

司法書士法違反事件判決

(最三判平成 12・2・8)

薬事法事件判決を引用しているが、いかなる法理

を採用したか説明がなされず、「公共の福祉」適

合性のみで判断されている。

(前田徹生「経済的自由規制立法の違憲審査基準と最高裁判所―小売判決と薬事法判決の

再検証―」栗城古稀『日独憲法学の創造力』上巻(信山社, 2003 年)621-622 頁をもとに事

務局作成。(※)の欄は、木下智史「公衆浴場の距離制限の合憲性」平成元年度重要判例解

説(ジュリスト臨時増刊 No.957)31-32 頁を参考にした。)

③ 規制目的二分論の問題点

しかし、規制目的二分論に対しては、次のような問題点が指摘されている35。

(ⅰ) すべての経済規制立法を、この二つの立法目的にそって明確に区別し

うるわけではない。

この点、芦部教授は、次のように言う。「〔…略…〕規制目的のみですべ

て判断できると考えるのは妥当ではない。積極目的・消極目的の区別は相

対的であり、たとえば各種の公害規制や建築規制のように、従来消極目的

の規制とされてきたもののなかにも、積極目的の要素をも含んだ規制が増

加しつつあるのが実情だからである。公衆浴場の距離制限のように、消極

目的規制と考えられたものが、事情の変化により、積極目的規制と解され

るようになったものもある。したがって、規制の目的を重要な一つの指標

としつつ、それだけではなく、いかなる行為がどのように規制の対象とさ

れているかなど、規制の態様をも考えあわせる必要があろう。たとえば、

同じ消極目的であっても、職業へ新たに参入することの制限(職業選択そ

35 長谷部前掲注 23・249 頁、戸波前掲注 30・288 頁

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のものの制限)は営業行為(選択した職業遂行の自由)に対する制限より

も一般に厳しく審査されるべきだし、参入制限についても、一定の資格と

か試験のような要件ではなく、本人の能力に関係しない条件、すなわち本

人の力ではいかんともなし得ないような要件(たとえば競争制限的規制)

による制限である場合には、薬局距離制限事件の最高裁判決のように、厳

格にその合理性を審査する必要があろう。」36

(ⅱ) なぜ立法目的の相違に応じて審査基準が変化するのか根拠が明らか

でない。

この点、長谷部教授は、「とりわけ、〔この〕批判は深刻である。判例法

理を額面どおりに受け取るなら、消極的警察目的の規制がねらいとする国

民の生命や健康の維持よりも、積極的経済政策の実施の方がより保護に値

するとの不自然な前提をとっているかに見える」からであるとする37。そ

こで、長谷部教授は、この点を「政治的多元主義」の立場から説明しよう

とする。

【「政治的多元主義」からの違憲審査基準が経済規制立法の目的によって異なることの

説明】

「政治的多元主義と呼ばれるこの考え方によれば、民主的政治過程とは、多様な

利益集団がそれぞれにとって有利な政策決定を獲得すべく抗争し妥協する過程であ

る。競争に打ち勝った集団が、自らにとって有利な立法や政治的決定を獲得すること

ができる。そこでの裁判所の任務は、多様な集団の政治活動が透明かつ公正に行われ

る環境を整えることである。政治過程では、すべての利益集団に公平な代表の機会が

与えられるべきであり、競争と交渉も透明で公正なルールの下に行われなければなら

ない。表現の自由や選挙権の平等が裁判所によって厚く保護されるべき理由も、それ

らが多様な集団の利害を、公平に議会に代表されるうえで不可欠だからである。経済

的自由権を制限する立法について、いかなる違憲審査を行うべきかも、このような民

主的政治過程の維持という観点から説明できる。」

「経済的自由を規制する立法の多くは、特定の市場への参入制限や価格統制など、

競争を制限する性格を持つ。このような立法は、通常、当該規制からカルテル類似の

利益を得ようとする集団のために制定される。〔…略…〕ところが、この種の規制の

立法目的としては、より普遍的で正当らしく見える公益の増進がうたわれることがあ

る。当該立法が真に社会全体の利益となるのであれば、その利益は個々の国民にはき

わめて薄くしか及ばない。そのため、個々の国民には自らその立法に向けて努力しよ

うとするインセンティブが生まれにくいはずである。実際に成立する経済規制立法の

多くが一部の業界や団体の利益のみに仕えているのではないかと想定されるのもそ

のためである。」

「その際、裁判所の任務は経済規制立法が適切な情報の下で公正かつ透明に行わ

れる環境を整えることに尽きる。したがって、薬事法距離制限規定のように、国会が

36 芦部前掲注 18・208 頁 37 長谷部前掲注 23・250 頁

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19

特定の業界の保護立法をあたかも国民一般の福祉に貢献する消極的警察規制である

かのように装って制定した場合には、裁判所は目的と手段との関連性を立ち入って審

査し、合理的関連性が無い場合には違憲無効とすべきである。このような審査が行わ

れる結果、立法過程において手段と直接に関連する特定の業界保護という本来の立法

目的が明示される効果が期待できる。特殊権益の保護立法に反対する勢力にとって、

正確な情報を得るためのコスト(情報費用)は低下し、透明で公正な環境の下で利益

集団相互の競争が行われる。」

「他方、小売商業調整特別措置法のように、国会が正面から特定の業界の保護を

うたって法律を制定した場合、それは国会が本来果たすべき交渉と妥協による利害調

整の結果であるから、裁判所が立ち入った審査を行う必要はない。その立法がなされ

る以前の法律状態も、それ自体なんらかの利害調整の帰結と考えることができ、裁判

所として新たな利害調整の結果よりも以前のそれの方が優れていたと判断すべき根

拠は見いだしにくい。このような場面では、私的利害の抗争と妥協の結果こそが「公

共の福祉」に他ならず、その他に「公共の福祉」を決定する独立の判断基準が存在す

るわけではない。消極的警察目的の立法は、より普遍的で強い正当性を標榜するから

こそ、その立法目的が反対派の目を眩ます意図で濫用される危険を抑制する必要があ

る。」

〔…略…〕「このように、判例の違憲審査基準論は、さまざまな利益集団の抗争と

妥協による過程として立法をとらえる見方によって整合的に説明することができる

と思われる。もっとも、立法過程に対するこのような見方が憲法秩序全体から見て妥

当と言えるか、さらに、このような立法過程を維持することがなぜ裁判所の正当な任

務といえるかという点については、なお疑問を提起することができる。」38

また、戸波教授は、「経済規制立法の目的のみによって違憲審査の基

準を分けるのが不当なのであり、職業選択の制限か職業活動の制限か、

特別の資格が要求されているかどうか、規制される経済活動がどのよう

なものかなどの事情を勘案して合憲性を審査すべきなのである。積極目

的か消極目的かは、合憲性審査の際の一つの考慮事由にとどめれば足り、

したがって、経済規制については基本的に合理性の基準によって一元的

に審査すればよいと思われる」とする39。

38 同 250-253 頁 39 戸波前掲注 30・288 頁

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Ⅲ 居住・移転の自由

1 居住・移転の自由の意義

憲法 22 条の定める「居住・移転の自由」及び「外国に移住しまたは国籍を

離脱する自由」は、歴史的には職業を選択する自由の前提として、身分制の下

で人を一定の土地と結びつけていた制度を廃止した結果生じたものであり、経

済的自由としての側面をもつ。しかし同時に、自らの生活の場を選択し、自由

に他の地域の人々と情報や意見を交流するための条件をも保障するもので、人

格の発展を基礎づける人身の自由および精神的自由としての側面が職業選択

の自由よりも大きい(最判昭和 60.1.22 民集 39 巻 1 号 1 頁への伊藤正巳裁判

官補足意見参照)。旅行の自由や移住の自由が、個人の生き方の選択にとって

持つ意味は、近年では、ベルリンの壁とその崩壊とが象徴している。たとえあ

る程度の生活水準が維持されていても、旅行や移住の自由が大幅に制限された

国民を自由な国民ということは難しいであろう40。 長谷部教授は、この点に着目し、これらの自由を制約するためには、その目

的の正当性についても、また制約手段が目的達成のために合理的かつ必要であ

るかという点についても、経済活動の規制立法の場合より厳しい審査が要請さ

れると考えられるとしている。 【表 5 居住・移転の自由の複合的性質】41

精神的自由としての側面

経済的自由の性質 人身の自由

としての側面 表現の自由 との関連性

個人の人格形成 の基礎

近代市民社会は、土地から切り離された人の自由な移動なくしては成立しえない。その意味で、居住・移転の自由、職業選択の自由、営業の自由および財産権の保障と並んで、人と物の自由な移動を前提条件とする近代社会が存立しうる不可欠の要素として、経済的自由の性質を有する。

居住・移転の自由は、経済活動の目的だけではなく、広く人の移動の自由を保障し、その意味において、人身の自由としての側面を有する。けだし、人身の自由は、ただ単に消極的に拘束されないというだけではなく、より積極的に自己の好むところへ移動する自由を含むものと解されるからである。

移動の自由は、さらに、表現の自由とも密接な関連を有する。このことは、自由な移動の制限が、人々が差し向かいで行う意志伝達、意見交換の抑制を意味し、また、集会・結社・集団行進などの自由に対する抑圧が、居住・移転の制限という形をとって行われうることからも明らかである。

居住・移転の自由は、人の活動領域を拡大することによって見聞を広め、新たな人的交流を可能とすることで、人格形成に必要な不可欠の条件ともなりうる。それは、人格の陶冶に寄与するという意味で、人間存在の本質的自由としての意義をもつ。

40 長谷部前掲注 23・253-254 頁 41 野中ほか前掲注 27・420 頁

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2 海外渡航の自由

居住・移転の自由に関連して、海外渡航の自由(外国旅行の自由)の保障が

問題となる。その根拠については、種々考え方はあるが、外国への移住に類似

するものとして、22 条 2 項によって保障されていると解するのが、多数説・

判例の立場である42。 一方で、人の生まれながらの自由としての性格を強く持つ国籍離脱の自由お

よび外国移住の自由と、日本政府の保護を受けあるいはそれを期待しつつ一時

的に外国に旅行する自由とは、性格を大きく異にしているとして、外国旅行の

自由は条文上も「公共の福祉」による制限を前提とする 22 条 1 項によって保

障されていると考えるべきとする説43も有力である。また、海外渡航の自由を

13 条の幸福追求権の一つと解する説もある。 海外渡航のためには、旅券法に基づいて旅券を所持することが義務付けられ

ているが、この点に関して、「著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害す

る行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者」に対して外務大

臣が旅券の発給を拒否できると定めている旅券法 13 条が、違憲ではないかが

問題となったのが、帆足計事件である。 ○帆足計事件(最大判昭和 33 年 9 月 10 日民集 12 巻 13 号 1969 頁)

昭和 27 年 4 月 3 日から 10 日にかけてモスクワで開催される国際経済会議への招請状を

受けた帆足計ほ あ し け い

前参議院議員(ほか 1 名)が、外務大臣により旅券の発給を拒否され国際会

議に出席できなくなったため国に対して起こした損害賠償請求事件。1、2 審では原告敗訴。

(上告棄却、原告敗訴確定)

〔①憲法 22 条 2 項は外国へ一時旅行する自由を含むか〕「憲法 22 条 2 項の『外国に移

住する自由』には外国へ一時旅行する自由を含むものと解すべきであるが、外国旅行の自

由といえども無制限のままに許されるものではなく、公共の福祉のために合理的な制限に

服するものと解すべきである。」〔②旅券法 13 条 1 項 5 号の規定は、合理的な制限といえ

るか〕「旅券発給を拒否することができる場合として、旅券法 13 条 1 項 5 号が『著しく且

つ直接に日本国の利益又は公安を害する虞があると認めるに足りる相当の理由がある者』

と規定したのは、外国旅行の自由に対し、公共の福祉のために合理的な制限を定めたもの

とみることができ、〔…略…〕右規定が漠然たる基準を示す無効のものであるということは

できない。」〔③本件について旅券法 13 条 1 項 5 号に当たるとした外務大臣の認定は適法

か〕「占領下我国の当面する国際情勢の下においては、上告人等〔の出国が旅券法 13 条 1項 5 号に該当するとの判断に基づく外務大臣の拒否処分〕は、これを違法ということはで

きない。」44

42 芦部前掲注 18・221 頁 43 長谷部前掲注 23・254 頁 44 野中俊彦・江橋崇編『憲法判例集』〔第 8 版〕(有斐閣, 2001 年)109 頁

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3 国籍離脱の自由

国籍は特定の国家に所属することを表わす資格であり、それを個人の自由意

思で離脱することは、明治憲法時代の国籍法では許されず、原則として政府の

許可を必要とした。その意味で、憲法 22 条が国籍離脱の自由を認めたことは、

一つの画期と言えよう。しかしそれは、無国籍になる自由を含むものではない。

国籍法が、「外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う」と定めている

のは(11 条 1 項)、その趣旨である。45

45 芦部前掲注 18・212 頁

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Ⅳ 財産権

○日本国憲法

〔財産権〕

第29条 財産権は、これを侵してはならない。

② 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

③ 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができ

る。

1 財産権総論

「Ⅰ 総論」でみたように、歴史的にみると、財産権は、18 世紀末の近代憲

法においては、個人の不可侵の人権と理解されていた。1789 年フランス人権

宣言の、「所有権は、神聖かつ不可侵の権利である」という規定(17 条)は、

この思想を表わす。しかし、社会国家思想の進展にともない、財産権は社会的

な拘束を負ったものと考えられるようになった。1919 年のワイマール憲法が、

「所有権は義務を伴う。その行使は、同時に公共の福祉に役立つべきである」」

(153 条 3 項)と規定したのは、その思想を表現した典型的な例である。第二

次世界大戦後の憲法は、ほとんどすべて、この思想に基づいて財産権を保障し

ている46(「Ⅰ 総論」参照のこと)。

2 財産権保障の意味

(1) 29 条 1 項は何を保障しようとするのか

29 条 1 項は、「財産権はこれを侵してはならない」と規定し、2 項は、「財

産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」と規定し

ている。したがって、これをそのまま読めば、29 条 1 項の財産権の保障は、2項に従い法律で定められた財産権の憲法的保障にすぎないことになってしま

う。しかし、通説は、これでは財産権を保障する意味がどこにあるのか疑わし

いと考え、そこに国会をも拘束する憲法的な意味があると考えてきた。つまり、

憲法は、立法府による定義以前に存在する財産権を憲法的に保障しており、立

法府はそれを「制約」し得るのだという考え方である47。 それでは、このような憲法的に「侵してはならない財産権」とは何か。

46 芦部前掲注 18・213 頁 47 松井前掲注 8・559 頁。ただし、松井教授は通説を批判している。

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(2) 「個人に固有のものとしての財産権」と「社会公共の利益とし

ての財産制度」

従来、①「憲法は、個人の現に有する具体的な財産上の権利を保障してい

る」という考え方と②「憲法は、個々人の個別の財産よりも、むしろ個人が財

産を享有しうる法制度、つまり私有財産制を保障している」という考え方とが

提示されてきた。 この二つの考え方の区別は、財産権が保障される根拠は、それが個人に固有

の権利であるからか、それとも財産権を保障することが社会公共の利益にかな

うからかという考え方の違いに対応しているとされる。この点を長谷部恭男教

授は、J.ロックと D.ヒューム48を例にとって、次のように説明する。 「ロックの議論は、個人に固有のもの(property)としての財産権を保障

すべきだという議論の典型である49。ロックは、個人の身体は彼自身の所有物

だという前提から出発する。そうである以上、体を動かすこと(労働)から生

ずるものも個人のものであり、労働から生じたものが、自然のままの全人類が

共同所有するものと混和した場合には、それもその個人のものになる。たとえ

ば、人はまだ誰のものでもない土地を開墾し耕すことで、その土地と収穫物に

対する所有物を獲得し、野生の鹿や兎を捕らえ、魚を釣ることで、それらを手

に入れる。彼は労働によって、それらのものを自然状態から自らのものとして

取り出したわけである。こうして各人が得たものは、彼の固有のものであるか

ら、それを侵すことは禁じられる」。 「これに対して、ヒュームは、誰がいかなるものについてどのような権利を

持つかは、それぞれの社会のルールによって異なるものであり、何時でも何処

でも同じように妥当する自然法があるわけではないと考える。しかし、いった

ん人がある社会に所属した以上は、その社会のルールに従うことは、彼にとっ

ても彼以外の人々にとっても等しく利益になる。財産の所有や交換について、

なんらかの共通のルールにすべての人が従うことで初めて人々は財産を安全

に保有し、互いに交換して社会生活の便宜を享受することが可能となるからで

ある。したがって、その社会の財産制度を保障することが出発点であり、その

帰結として各個人の財産も保障されることになる」。

48 デビッド・ヒューム(David Hume, 1711-76) 代表的なスコットランド啓蒙思想家。

彼は、歴史的資料には社会契約の痕跡はなく、またそのような契約を結ぶことは未開人に

とって思いもよらないことであり、またほとんどの政府は歴史的事実としては、征服や権

力の奪取、つまり暴力によって樹立されているとして社会契約説を批判した。また、功利

ないし効用(utility)の観点から正義を説明した。代表作に『人生論』(1739-40)、『人間

悟性論』(1748)、『道徳原理の研究』(1751)など(田中ほか前掲注 5・70-71 頁)。 49 事務局注 ロックの財産権に関する議論の法思想史上の位置付けについては、2 頁以降

参照

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「このような考え方からすれば、人が耕地を開墾したことで、それを所有する

権利がアプリオリに正当化されるわけではない。しかし、他人が自由に刈り取っ

ていける土地を汗水たらして耕す間抜けな人間はそう多くはない。また、誰も契

約を守らない社会で自分一人誠実に契約を履行する人間もいないだろう。各人に

一定の財産について独占的な処分権を与え、契約の遵守を強制することで、社会

全体として経済活動が活発となり、万人が利益を得ることになる」50。

(3) 29 条 1 項は何を保障しようとするのか――帰結

しかし、①の考え方と②の考え方は、互いに相反するものではない。「個人

の固有のものとしての財産は、社会公共の利益を理由としても侵害しえない、

最低限の生活保障のため、あるいは個人の自由な私的生活領域を保護するため

に不可欠な財産と考えることができる。このような財産は憲法 29 条 1 項によ

る保障の中核にあり、法律によっても侵害しえないものである。」「これに対し

て、現在の高度に複雑化した経済社会を規制する財産法制の大部分は、当該社

会のメンバーが、それに従うことに共通の利益を見いだすからこそ存在するも

のであろう。このような財産法制は、29 条 2 項の定めるように、社会全体の

利益つまり公共の福祉という観点から立法府によってその内容を定められ、変

更されうる」51。 29 条 1 項は、「個人の現に有する具体的な財産上の権利の保障と、個人が財

産を享有しうる法制度、つまり私有財産制の保障の二つの面を有する」52もの

であると説明することができるのである。

(4) 制度的保障の核心

②の意味での財産権の保障をいわゆる「制度的保障」53と理解する場合、制

度の核心は法律によっても侵すことはできないが、その核心は何かが問題とな

る。従来の多数説は、生産手段の私有制であると考え、社会主義へ移行するに

は憲法改正が必要であると説いている。他方、私有財産制の核心は、人間が人

50 長谷部前掲注 23・241-243 頁 51 同 243-244 頁 52 芦部前掲注 18・213-214 頁。この見解が通説であるとされる(辻村前掲注 10・275 頁

など)。 53 人権宣言は、個人の権利・自由を直接保障する規定だけでなく、権利・自由の保障と密

接に結び合って一定の「制度」を保障すると解される規定を含んでいる。このような個人

的権利、とくに自由権と異なる一定の制度に対して、立法によってもその核心ないし本質

的内容を侵害することができない特別の保護を与え、当該制度それ自体を客観的に保障し

ていると解される場合、それを一般に「制度的保障」という(芦部前掲注 18・84 頁)。

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間たるに値する生活を営むうえで必要な物的手段の享有であるとし、それが侵

されない以上、生産手段の社会化は憲法改正によらずに可能であるとする説54

も有力である55。

3 財産権規制立法と違憲審査基準

(1) 公共の福祉による制限

憲法 29 条 2 項は、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律

でこれを定める」と規定する。これは、1 項で保障された財産権の内容が、法

律によって一般的に制約されるものであるという趣旨を明らかにした規定で

ある。 ここにいう「公共の福祉」は、各人の権利の公平な保障をねらいとする自由国

家的公共の福祉のみならず、各人の人間的な生存の確保を目指す社会国家的公共

の福祉を意味する。つまり、財産権は、内在的制約のほか、社会的公平と調和の

見地からなされる積極目的規制(政策的規制)にも服するのである。56

(2) 森林法違憲判決

しかし、国会は、法律によって財産権の内容を何の制約もなく自由に定め

ることができるわけではない。国会の立法裁量の行使には憲法上の限界がある。

1987 年の森林法違憲判決(最大判昭和 62・4・22 民集 41 巻 3 号 408 頁)は、

公共の福祉の観点から財産権を規制する立法がどのような基準を満たすべき

かという問題を扱っている57。 「この事件は、父親から山林を譲り受けた兄弟が各自 2 分の 1 の持ち分について共

有の登記をしていたが、兄が森林の一部を伐採したことから争いとなり、弟が持ち分に

応じた森林の分割を求めて出訴したものである。森林法 186 条は持分が 2 分の 1 以下

54 前述のヒュームのような考え方からすれば、社会全体の利益に適うからこそ社会のルー

ルに従うことが要請されるのであるから、もし一定の財(例えば大規模な生産財)につい

ては、私的所有権を認めないで公有化し、計画的にそれを管理・運営した方が、経済成長

の促進や、所得・富の公平な配分という点で社会全体の利益となるとすれば、そのような

経済体制に転換しても憲法の財産権保障には反しないというのが帰結となろう(長谷部前

掲注 23・243 頁)。 55 芦部前掲注 18・214 頁 56 同 214 頁 57 長谷部前掲注 23・244 頁

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の共有者による分割請求権を否定していたため、この条項の合憲性が争点となった。 最高裁の判決は、まず単独所有が「近代市民社会における原則的所有形態である」以上、

「共有物がその性質上分割することのできないものでない限り、分割請求権を共有者に否定

することは、憲法上、財産権の制限に該当」し、憲法 29 条 2 項にいう「公共の福祉」に適

合していない限り、その制限は違憲となるとしたうえで、森林法 186 条の立法目的は、「森

林の細分化を防止することによって森林経営の安定を図り、ひいては森林の保続培養と森林

の生産力の増進を図り、もって国民経済の発展に資することにあるが、このような目的は公

共の福祉に合致するとする。しかし、持分価額 2 分の 1 以下の共有者に分割請求権を否定す

ることは、この「立法目的との関係において、合理性と必要性のいずれをも肯定することの

できないことが明らか」であるから、同条は憲法 29 条 2 項に違反し、無効であるとし、結

論として、持分価額 2 分の 1 以下の共有者についても、民法 256 条 1 項本文を適用して分割

請求を認めるべきであるとしている。」58 なお、森林法違憲判決は、経済的自由権の制限立法についての審査である

にもかかわらず、積極目的・消極目的二分論を採用せずに、森林法 186 条を

違憲と判示している。その趣旨が、職業の自由と財産権とは異なると解したの

か、積極目的・消極目的区分論の妥当しない分野の問題と解したのか、積極目

的・消極目的区分論そのものを否定したのか、必ずしも明確ではない59(規制

目的二分論については、14 頁以下参照)。 なお、森林法 186 条は、森林法の一部を改正する法律(昭和 62 年法律 48号)によって削除された60。

4 財産権の制限と補償の要否

憲法 29 条 3 項は、私有財産を公共のために収用又は制限することができる

ことを明示し、さらにその際には「正当な補償」が必要であるとするものであ

る。 明治憲法は、憲法自体に補償に関する規定を欠いていた(27 条)ため、憲

法制定者の意図に反し補償はもっぱら立法政策の問題とされ、憲法上の要求と

はみられなかった。公用収用や制限が行われた場合に補償を実施すべきかどう

かは、実定法が補償の規定を置けば補償を要するが、「法の沈黙は補償を否定

する趣旨」と解されたのである61。 29 条 3 項については、主に、次のような点が問題となる。

58 同 244-245 頁 59 戸波前掲注 30・288 頁 60 法案の提出理由は、「森林法中共有林の分割請求の制限に関する規定は憲法違反であると

の最高裁判所判決があつたことにかんがみ、当該規定を削除する必要がある」とされてい

る。 61 原田尚彦『行政法要論』全訂第四版増補版(学陽書房, 2000 年)249 頁

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(1) 「公共のため」の意味

「公共のため」とは病院、学校、鉄道、道路、公園、ダムなどの建設のよう

な公共事業のためだけでなく、戦後の自作農創設を目的とする農地買収のよう

に、特定の個人が受益者となる場合でも、収用全体の目的が広く社会公共の利

益(公益)のためであればよい。「用ひる」とは強制的に財産権を制限したり

収用したりすることを言う62。

(2) どのような場合に補償が必要か

① そもそもなぜ補償が必要になるのか―負担の公平

公共のために私有財産が用いられた場合に補償が必要となる理由として

は、通常、「負担の公平」が提示される。例えば、道路やダムの建設などの

公共事業のために土地が収用された場合、本来は社会全体で負担すべき損失

が特定の土地所有者に課されたことになる。このため、所有者には事業者が

補償金を支払うが、その金は最終的には税金や公共料金を通じて、事業の受

益者に広く負担させることが要請されることになる63。

② 補償の要否64 補償が必要とされる場合とは、一般に、私有財産の制限が特定の個人に対

して特別の犠牲を強いるものであるか否かという点に求められる。すなわち、

3 項によって補償を要するのは、特定の者に対してその財産権に内在する社

会的・自然的制約を超えて、特別の犠牲を課する場合であるとされる。 この場合の「特別の犠牲」が何を指すか。学説は次の二つに分かれる。 【形式・実質二要件説】

これは、「特別の犠牲」にあたるか否かの判断基準を、(a)侵害行為が広

く一般人を対象とするものか、それとも特定の範疇に属する人を対象とする

ものか(形式的要件)、(b)侵害行為が財産権に内在する制約として受忍す

べき限度内にあるのか、それとも財産権の本質的内容を侵すほどに強度なも

のか(実質的要件)という二つの要件に求めるものである。 【実質要件説】

これは、特定の具体的な権利が指定されている場合でない限り、法律によ

る規制は、その形式において常に一般的なものであるから、「形式・実質二

62 芦部前掲注 18・216 頁 63 長谷部前掲注 23・246 頁 64 野中ほか前掲注 27・449-451 頁

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要件説」の(a)ではなく、(b)の実質的基準に拠るべきだとするものであ

り、次のような基準によって補償の要否が判断せられるべきものとされる。

(ⅰ)財産権の剥奪または当該財産権の本来の効用の発揮を妨げることとなる

ような侵害については、当然、補償を要する。(ⅱ)次に、(ⅰ)の程度に到

らない場合には、財産権行使の制限の程度が、第一に、当該財産権の存在が

社会的共同生活との調和を保ってゆくために必要とされるものである場合

には社会的拘束の現われとして、補償は不要とされ(たとえば、建築基準法

に基づく建築制限)、第二に、他の特定の公益目的のために、当該財産権の

本来の社会的効用とは無関係に、偶然に課せられる制限であるときには補償

を要するものとされる(たとえば、自然公園法に基づく国立公園内の自然風

物維持のための制限)。

従来、「形式・実質二要件説」が通説とされてきた。しかし、この説のい

う「形式的要件」については、規制の対象が一般人か特定の者かの区別は相

対的なものにすぎないという問題があり、「実質的要件説」が有力になりつ

つある65。

③ 消極目的の作用と損失補償の要否

損失補償を要するのは、通常、積極目的の国家作用により財産権が「特別

の犠牲」に供せられる場合であり、適法な警察作用による財産権の制限は、

一般的に、憲法上は補償を要する「特別の犠牲」に当たらないとされる66。

【参考 奈良県ため池条例事件】

〔最大判昭和 38・6・26 刑集 17 巻 5 号 521 頁〕

昭和 29 年制定の奈良県ため池の保全に関する条例は、所定のため池の堤とうに竹木

又は農作物を植える等の行為をした者を 3 万円以下の罰金に処するとの定めを設け

た。本件は、従来からため池堤とうで耕作を続けてきた原告らが、条例制定後もなお

耕作を続けたため、同条例違反に問われた刑事事件。1 審では罰金刑が下ったが、2審では違憲の主張を認めて無罪、検察側が上告した(破棄差戻し)。

「本条例は、災害を防止し公共の福祉を保持するためのものであり、その 4 条 2号は、ため池の堤とうを使用する財産上の権利の行使を著しく制限するものではある

が、結局それは、災害を防止し、公共の福祉を保持する上に社会生活上已むを得ない

ものであり、そのような制約は、ため池の堤とうを使用し得る財産権を有する者が当

然受忍しなければならない責務というべきものであって、憲法 29 条 3 項の損失補償

はこれを必要としないと解するのが相当である。」67

65 芦部前掲注 18・217 頁 66 野中ほか前掲注 27・451 頁 67 野中・江橋前掲注 44・121 頁

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30

(3) 「正当な補償」の意味するところ

財産権の規制に対して与えられる「正当な補償」が何を指すかについても

議論の対立がある。

【相当補償説】

昭和 28 年(1953 年)の最高裁判決(最大判昭和 28・12・23 民集 7 巻 13号 1523 頁)は、戦後の農地改革に際して、農地買収の対価が実際の経済価格

と比べて著しく低かった問題について、ここでいう「正当な補償」は、「当時

の経済状態において成立することを考えられる価格に基き、合理的に産出され

た相当な額をいうのであって、必しも常にかかる価格と完全に一致することを

要するものでない」とし、補償の額は市場における自由な取引によって成立す

る価格と一致する必要はないと述べている68。

【完全補償説】

確かに、市場における自由な取引によって成立する価格は、実際に自由な

取引をしてみなければ判明しないはずであり、その価格と補償額との完全な一

致を要求することは非現実的である。しかし、個人に固有なるものを保障する

という観点からはもちろん、社会の構成員に共通する利益の保障という観点か

らしても、市場で成立するはずの価格から著しくかけ離れた額を補償額とする

ことは、29 条 3 項に反すると考えられる69。

農地改革に関する最高裁判例を支持する見解も多いが、占領下における前近

代的地主制の改革という憲法が前提とする社会を憲法外において創設した例

外的な事態に関する射程の限られた判断と考える余地があるとする見解も多

い70。最高裁自身、後に土地収用法上の損失補償について、収用の前後を通じ

て被収用者の財産価値を等しくする補償が必要だとし、いわゆる「完全補償説」

の立場をとっている(最判昭和 48・10・18 民集 27 巻 9 号 1210 頁)。

完全補償とした場合には、収用される財産の市場価格のほか、移転料や営業

上の損失など附帯的損失も含まれる。問題は、たとえば山村の村がダム建設で

水没し、離村・転業を余儀なくされるように、財産権制限によって従来の生活

を根本的に変えざるをえなくなる場合、附帯的損失を含む金銭的補償だけで

「正当な補償」が行われたといえるか、ということである。この場合、特別の

犠牲を払う者に対する―単なる金銭補償を超える―現物補償や生活再建措置

が問題となる71。この問題については、それを憲法上の要請だと考える説と立

68 長谷部前掲注 23・246 頁 69 同 247 頁 70 同 247 頁、芦部前掲注 18・217 頁 71 野中ほか前掲注 27・454 頁

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法政策による補償と解する説とが対立している。実際には立法によって補償す

る事例が少なくない(例、公共用地の取得に関する特別措置法 4 条、都市計画

法 74 条、水源地域対策特別措置法 8 条)72。

(4) 公用収用を定めた法律が補償規定を欠く場合、憲法 29 条 3 項

に基づいて補償を請求できるか

憲法上、補償が要求されるはずであるのに、補償に関する規定を備えてい

ない法令の効力をどのように考えるべきかという問題がある。 最高裁は、補償の規定のない河川附近地制限令により従来から行ってきた砂

利の採取を禁止された者は、被った損失を具体的に主張立証することにより、

「直接憲法 29 条 3 項を根拠にして、補償請求する余地が全くないわけではな

い」としている(最大判昭和 43・11・27 刑集 22 巻 12 号 1402 頁)。このた

め、補償の規定を備えていない法令も、そのために直ちに違憲無効とはならな

いことになる73。 学説も一般にこれを支持し、三項は私有財産を公共のために用いた場合の救

済規定であり、当然に憲法上補償請求権が発生すべきものと解する74とされる。

【予防接種禍と憲法 29 条3項】

予防接種法に基づいて行われた予防接種の副作用により、乳幼児が死亡しあるいは重

篤な後遺障害を被ったため、被害者およびその両親が国を相手取り損害賠償又は損失補

償を請求した事例につき、憲法 29 条 3 項を根拠として補償請求できるかが問題となった。

このような事例においては、主に、以下の二つの問題があると考えられる。

①憲法 29 条 3 項に基づく直接請求の可否

補償請求は通常、関係法規の具体的規定に基づいて行う。しかし、法令上補償規定を欠く場

合でも、一般に憲法 29 条 3 項を直接根拠にして、補償請求することができると考えられてい

る75。判例も「直接憲法 29 条 3 項を根拠にして、補償請求する余地が全くないわけではない」

としている(最大判昭和 43・11・27 刑集 22 巻 12 号 1402 頁)ことは、既に指摘した。

②「公共のために私有財産が用いられた場合」の規定である 29 条 3 項を生命・身体に

対する侵害の補償にも適用することの可否

肯定説及び肯定する判決が多数であるが、近時否定する判決もある。

肯定説としては、例えば、東京地判昭和 59・5・18 判時 1118 号 28 頁は、被害を受け

た児童らの特別犠牲によって国民全体が利益を受けていることを指摘し、しかも「財産

上特別の犠牲が課せられた場合と生命、身体に対し特別の犠牲が課せられた場合とで、

72 芦部前掲注 18・219 頁 73 長谷部前掲注 23・247 頁 74 芦部前掲注 18・218 頁、野中ほか前掲注 27・455 頁 75 芦部前掲注 18・218 頁、長谷部前掲注 23・247 頁

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後者の方を不利に扱うことが許されるとする合理的理由は全くない」として、「生命、身

体に対して特別の犠牲が課せられた場合においても」憲法 29 条 3 項を類推適用して、国

に直接正当な補償を求めることができるとした。また、財産権の侵害に補償が行われる

のなら、本来侵してはならない生命・身体への侵害に補償がなされるのは当然であるか

ら、29 条 3 項の勿論解釈をとるべきであるとする判例もある(大阪地判昭和 62・9・30)76。 これに対して、上記東京地判昭和 59・5・18 の控訴審の東京高等裁判所は、本件予防

接種禍は、法によっても侵害することが許されない生命・健康という法益の侵害にかか

わるものであるから、財産権に対する適法な侵害に関する補償を定めた憲法 29 条 3 項を

根拠に損失補償請求権を導き出すことはできないとし、むしろ、厚生大臣(当時)の過

失を広く認める手法で、被害者の救済を図っている(東京高判平成 4・12・18 高民集 45巻 3 号 212 頁)77。

(5) 公用収用と公用制限における損失補償

【公用収用と公用制限】

行政が公共事業その他公益目的を実現していく過程で国民の特定の財産を利用し

たり、その利用方法に制限を課す必要が生じる場合がある。法律はそうした場合に備

えて、行政庁に私人の財産を強制的に取得し、あるいはその利用方法の制限を命じる

権限を与えている。道路建設に必要な土地を所有者がどうしても売ってくれないとき

に、強制的にこれを取得する権限を行政側に認めたり、自然公園の美観を守るために、

当該特定地域内での土地の原状変更行為を禁止ないし制限する権限を行政庁に与え

るなどがこれである。前者を公用収用、後者を公用制限という78。

損失補償を定めた規定はきわめて多数あるが、損失補償の手続が定められ

ている法律として主要なものには、①土地収用関係では土地収用法(46 条

の 2~46 条の 4・94 条)、②農地買収関係では農地法(11 条~13 条)、③公

用制限関係では自然環境保全法(33 条)や自然公園法(52 条・64 条)、④

応急負担関係では河川法(21 条)や道路法(69 条・70 条)などがある79。

① 公用収用の例――土地収用法

土地収用法は、「公共の利益の増進と私有財産との調整を図る」(1 条)こ

とを目的として、土地などを収用又は使用するための手続や補償の内容など

について規定する。

76 長谷部前掲注 23・247-248 頁、辻村前掲注 10・288 頁 77 長谷部前掲注 23・247-248 頁 78 原田前掲注 61・248 頁 79 西埜章・田辺愛壹『損失補償法 理論と実務の架橋』(一粒社,2000)195-196 頁

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【土地収用の流れの概要】

【事業認定】 起業者は、土地を収用し、又は使用しようとするときは、「事業の認定」を受けなければ

ならない。国土交通大臣又は知事は、申請に係る事業について、要件に該当するかどうかを判断し、事業の認定を行う。起業者は、原則として、事業の認定を受けなければ裁決申

請等をすることができない。大臣又は知事は、事業認定をしたときに告示をする。 ↓

【収用又は使用の裁決の申請】 起業者が土地を収用し、又は使用しようとする場合は、収用委員会の裁決を必要とする。

起業者は、事業の認定の告示があった日から 1 年以内に限り、収用し、又は使用しようとする土地が所在する都道府県の収用委員会に収用又は使用の裁決を申請することができ

る。 ↓

【受理・審理】 収用委員会は、却下の裁決をする場合を除くほか、申請書を受理する。2 週間の縦覧期間

経過後、収用委員会は審理を開始する。

↓ 【収用又は使用の裁決】 収用委員会は、収用又は使用の裁決をする。収用又は使用の裁決は、「権利取得裁決」及び「明渡裁決」である。 権利取得裁決がなされても、土地の明渡しがなければその土地を使用することができない。そこで、起業者等は、明渡裁決の申立てをすることができる。明渡裁決は、権利取得

裁決と併せて、又は権利取得裁決のあった後に行われる。

↓ 【不服申立て及び訴訟】 収用委員会の裁決に不服がある者は、国土交通大臣に対して審査請求をすることができ

る。また、収用委員会を被告として裁決の取消しを求める訴訟を裁判所に起こすこともできる。裁決のうち、損失の補償について不服がある場合には、直接、起業者対土地所有者又は関係人で裁判所で争うことができる。 起業者は、土地所有者及び関係人がその土地又は物件を明け渡さない場合には、行政代

執行法に基づく代執行を請求することができる。

【収用委員会】

土地収用法によって土地収用の裁決等を行うため都道府県に置かれる行政委員会。

議会の同意を得て都道府県知事が任命する 7 人の委員で構成される。任期は 3 年。

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実線部分の鶴ヶ島 JCT―青梅 IC は 96 年に開通、その先の日の出 IC は 02 年に開通し、供用中。大栄―大芝間は事業計画調査中。点線部分は、事業着手。あきる野IC は青梅 IC・日の出 IC に続いて工事が進められた。日の出 IC―あきる野 IC間の約 2kmのうち 80mが未着工(国土交通省 HP より)。

【参考 圏央道建設に伴う土地収用問題(係争中)】

ここでは、土地収用に関して問題となっている事例として、圏央道建設に伴

う土地収用の状況とそれに対する住民の動きについて紹介する。80 ○圏央道あきる野 IC 付近の土地収用についての動き

圏央道は正式名称を首都圏中央連絡自動車道といい、首都中心部から 40~60km の位置に計画されている延長約 300km の環状の自動車専用道路で

ある。3 環状9放射ネットワークの一翼を担い、首都交通を分散させ、(1)

慢性的な交通混雑の緩和、(2)地域活性化の支援、(3)地域の交通環境改善を

目的に計画が推進されている。

圏央道の計画は、昭和 61 年に国土庁が第四次首都圏整備計画として策定

後、平成元年に東京都が圏央道を都市計画決定した。しかし、平成 7 年の工

事着手後も一部地権者の協力が得られないことから、用地買収が進まず、現

在あきる野市 IC 付近 80 メートルの区間の工事がストップしている(平成

16 年 4 月 22 日現在)。

裁判上の争いとしては、まず土地収用をめぐって、平成 15 年 10 月東京

地裁(藤山雅行裁判長)が都知事の代執行停止を命じる決定を出したが、同

年 12 月、東京高裁(鬼頭季郎裁判長)は同決定を覆し、代執行が認められ

た(最高裁は、高裁決定を支持して地権者側の抗告を棄却)。続いて、平成

16 年 4 月 22 日、東京地裁(藤山雅行裁判長)は、国土交通省による事業認

定と都収用委員会による収

用裁決を取り消す判決を下

した。藤山裁判長は、「騒音

被害や大気汚染が予想され、

交通渋滞の緩和も具体的な

裏付けを欠く。事業の必要

性は低く、事業によって得

られる公共の利益の判断の

過程には、社会通念上見逃

せない過誤欠落があり、違

法だ」と述べ、事業認定を

取り消した。収用裁決につ

いても「事業認定の違法が

承継される」として取り消

80 国土交通省 HP、平成 16 年 4 月 22 日朝日新聞夕刊及び同月 26 日東京新聞夕刊を参照

した。

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した。国及び東京都は、4 月 27 日、東京高裁に控訴した。

東京地裁藤山判決を受けて地権者 5 人は、改めて代執行停止を申し立てた

が、東京地裁(鶴岡稔彦裁判長)は 4 月 26 日、「最高裁で強制収用停止の却

下が確定した後、特段の事情変更が認められない」として却下した。司法判

断が二転三転したことなどについて東京地裁 4 月 22 日判決において藤山裁

判長は、「法の支配を有効に機能させるためには事業計画の適否について、

早期の司法判断を可能にする争訟手段を新設する必要がある」と現行制度の

問題点に言及した。

<圏央道をめぐる一連の流れ>

昭和 54(1979)年 大規模事業計画として本格的に調査開始 昭和 59(1984)年 圏央道計画が明らかになり、反対運動が始まる 昭和 61(1986)年 第四次首都圏整備計画として策定 昭和 62(1987)年 第四次全国総合開発計画において高規格幹線道路に位置づけ 平成元(1989)年 東京都が圏央道を都市計画決定(東京・埼玉県境~国道 20 号) 平成 4(1992)年 用地買収着手 平成 5(1993)年 用地買収交渉開始(現在まで 1300 回以上) 平成 7(1995)年 工事着手 平成 11(1999)年 国が土地収用法に基づき事業認定申請 平成 12 (2000)年

1 月 2 月

10 月 12 月

建設大臣があきる野市牛沼地区の事業認定告示 住民が異議申し立て 国が東京都収用委員会に裁決申請 住民が事業認定取消訴訟を提訴<被告 国土交通大臣>

平成 14 (2002)年

9 月 11 月

東京都収用委員会が牛沼地区の明渡裁決 住民が収用裁決取消訴訟を提訴<被告 都収用委員会> (事業認定取消訴訟と東京地裁にて併合審理に) 同時に、住民が裁決執行停止を申し立て

平成 15 (2003)年

6 月 8 月

10 月 12 月

国が都知事に代執行を請求 都が住民に対し、戒告 東京地裁代執行停止を命じる決定→即時抗告申し立て 東京高裁、地裁決定を覆し、執行を認める

平成 16 (2004)年

4.15

4.22

4.26 4.27

翌日代執行を着手予定であったが、住民が自主的に取り壊し を始めたため、代執行着手を見送る 東京地裁、国土交通大臣の事業認定と東京都収用委員会による 収用裁決をともに取り消す判決を言い渡す 東京地裁、代執行停止の申立てを却下 国と都、東京高裁へ控訴

(国土交通省HPなどをもとに事務局において作成した。)

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<圏央道あきる野 IC 付近の土地収用をめぐる問題の経緯>

土地収用手続の流れ 住民の動きと判決

H.12.2 月 建設大臣の事業認定に対して異議申立て H.12.12 月 国土交通大臣を被告として事業認定取消訴訟を東京地裁に提訴

代執行停止の申立て(2 回目) H.16.4 月 26 日 東京地裁が却下

H.14.11 月 ・都収用委員会を被告として収用裁決取消訴訟を提訴 (事業認定取消訴訟と東京地裁にて併合審理に) ・同時に、裁決執行停止の申立て

H.16.4 月 22 日 東京地裁、国土交通大臣による事業認定と東京都収用委員会による収用裁決をともに取り消す判決を言い渡す。 4月27日 東京高裁へ控訴

代執行停止の申立て (1 回目) H.15.10 月 東京地裁、代執行停止を命じる決定を出す。都、即時抗告。 同年 12 月東京高裁が地裁決定を覆し、執行を認める。 のち、最高裁で確定。

【事業認定】 H.11 国が土地収用法に基づき建設大臣に対して事業認定申請 H.12.1 建設大臣が事業認定を告示

【権利取得裁決申請と明渡裁決申立て】H.12.10 国が権利取得裁決の申請と明渡裁決の申立てを行う。

【収用又は使用の裁決】 H.14.9 月 都収用委員会が、明渡裁決を行う。

【受理・審理】

【代執行】 H.15.6 国が都知事に代執行を請求 H.16.4.15 都、代執行を着手予定であったが、住民が自主的に取り壊しを始めたため、代執行着手を見送る

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② 土地収用法の特別法――駐留軍用地特別措置法

【表 6 沖縄における駐留軍用地をめぐる歴史の概要】

昭和 20(1945)年 終戦-沖縄では米軍基地の建設を目的に民有地の接収

が行われる 昭和 22(1947)年 日本国憲法施行 昭和 26(1951)年 サンフランシスコ講和条約で沖縄が米国の施政下にと

どまる。 日米安保条約・日米地位協定締結 土地収用法制定

昭和 27(1952)年 「駐留軍用地特別措置法」制定 昭和 35(1960)年 日米安保条約・日米地位協定改定 昭和 47(1972)年 沖縄が日本に返還―沖縄に憲法・日米安保条約・日米

地位協定が適用される。日本国政府は新たに土地所有

者との賃貸借契約の締結を進める。 平成 7(1995)年 大田沖縄知事の代理署名拒否に対して、国が職務執行

命令訴訟を提起 平成 9(1997)年 「駐留軍用地特別措置法」改正

【駐留軍用地特別措置法の概要】 我が国は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」

(「安保条約」)及び「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保

障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地

位に関する協定」(「地位協定」)により、我が国に駐留するアメリカ合衆国

の軍隊に対し、その用に供する施設及び区域を提供する義務を負っている。

このため、施設及び区域内の土地等のうち民公有地に属する部分については、

国が売買や賃貸借等の契約を締結して用地の使用権原を取得し、これを駐留

軍に提供すべきこととなるが、合意による権原の取得ができない場合には、

「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基

づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の

実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」(昭和 27 年法律第 140 号、

「駐留軍用地特別措置法」)により、土地等の使用権原を取得することが認

められている(同法 1 条、3 条)。 同法は、防衛施設局長を使用又は収用の手続等を行う起業者に、内閣総理

大臣を認定機関にそれぞれ位置付けた上で、原則的に土地収用法の規定を適

用することとしている(同法 4 条 1 項、5 条、14 条 1 項)。81

81 行政事件訴訟実務研究会編『判例概説土地収用法』(ぎょうせい, 2000 年)448 頁

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【表 7 土地収用法と駐留軍用地特別措置法の比較】82

土地収用法 駐留軍用地特別措置法

目的 公共の利益となる事業に必要な

土地等の確保 駐留米軍の用に供する 土地等の確保

事業認定者 国土交通大臣又は都道府県知事 内閣総理大臣 市町村長が事業認定申請等の写しを

公衆の閲覧に供する(24 条) →なし

利害関係人が知事に意見書を提出す

ることができる(25 条) →なし

公聴会を開催する(23 条) →なし

事業認定

なし← 裁決前においても、土地等を暫定

的に使用できる(平成 9 年改正) 収用裁決 土地収用法の規定を適用(14 条)

【大田沖縄県知事(当時)の代理署名拒否に対する職務執行命令訴訟】 83

沖縄県の駐留軍用地の一部は、地主が政府との賃貸借契約を拒否していたことから、

政府は、昭和57年、昭和62年、平成4年の三度、駐留軍用地特措法に基づく使用裁決を

受けた上でその使用権原を取得してきた。これに次いで、政府は、賃貸借契約による使

用期間及び前回の使用裁決期間の終了により、平成8年4月及び平成9年5月に新たな使

用権原を取得する必要がある駐留軍用地について、駐留軍用地特措法に基づく使用裁決

の手続きに着手し、この手続に必要な土地調書・物件調書への立会・署名押印84、いわ

ゆる代理署名を沖縄県知事に求めた。これに対し、県は、これを行うべきか否か、関係

市町村、各種団体等の意見、前回(平成3年)の公告・縦覧を代行した際の経緯及びそ

の後の政府の対応、さらに最近の在沖米軍基地を取り巻く政治社会状況など、あらゆる

角度から慎重に検討した結果、土地調書及び物件調書への署名押印は極めて困難である

との考えに達し、署名押印はできないと判断した。 これに対し、政府は、地方自治法に基づく勧告・命令を経て、平成7年12月7日、沖

縄県知事を被告とする職務執行命令訴訟85を、福岡高等裁判所那覇支部に提起し、平成8 82 仲地博・水島朝穂編『オキナワと憲法』(法律文化社,1998)をもとに事務局において作成。 83 沖縄県庁 HP『沖縄の米軍基地関連資料』 84 駐留軍用地特措法 14 条 1 項により適用される土地収用法 36 条(土地調書及び物件調書

の作成)は、起業者が作成する土地調書及び物件調書には、所有者及び関係人の署名押印

が必要であるが、土地所有者及び関係人が署名押印を拒んだ場合などは、市町村長(又は

当該市町村の吏員)が、市町村長が署名押印を拒んだときは、都道府県知事の指定する立

会人が署名押印すると規定する。 85 機関訴訟(国又は公共団体の機関相互間における権限の存否又はその行使に関する紛争

についての訴訟・行政訴訟法第 6 条)の一つとして、旧地方自治法 151 条の 2 に規定され

ていた。平成 12 年 3 月の地方自治法改正における国の機関委任事務の廃止に伴い、同条は

削除されたが、新たに法定受託事務に基づく職務執行命令訴訟(地方自治法 245 条の 8 第 3

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年3月25日、判決が言い渡され、県の敗訴となった。同年4月1日、沖縄県は、判決を不

服として最高裁判所に上告した。沖縄県の訴えに対し、8月28日に言い渡された最高裁

判所判決では「米軍基地への土地の提供を定めた駐留軍用地特措法は憲法に違反せず、

沖縄県への特措法の適用も憲法違反とは言えない。よって、沖縄県知事の署名代行の拒

否は、著しく公益が害されることが明らかである」として、上告を棄却、県の敗訴が決

まった。 県は、最高裁判決、県民投票の結果等を踏まえ、また、沖縄の米軍基地問題や沖縄の

振興開発に関する県の要望に対し、国が前向きに取り組んでいくことが表明されたこと

から、国と県が連携を図ることが最も重要であると判断して公告・縦覧代行に応ずるこ

とを決定した。 【平成9年駐留軍用地特別措置法の改正―暫定使用制度の創設】 86

平成9年4月23日、改正駐留軍用地特措法が公布・施行された。 駐留軍の用に供している土地等の使用期間が満了を迎えるが引き続きこれを駐留軍

の用に供する必要がある場合、合意に基づく使用権原の更新を行うか、駐留軍用地特措

法に基づいて、新たに使用又は収用の手続を行う必要がある。しかし、同法に基づく手

続が行われるときで、当初の使用期間が満了するまでの間にすべての手続が完了しない

場合、条約に基づく国の義務の履行に重大な支障を生じ得るという事態が想定されてい

た。そこで、暫定使用制度の創設を中心とする法改正が行われた87。 改正法の主な内容は、① 防衛施設局長は、駐留軍用地について、その使用期限切れ

後から収用委員会の裁決による権原取得日の前日まで、それを暫定的に使用できるこ

と、② 暫定使用に際しては、担保を提供して損失補償を行うこと、③ 暫定使用につい

ては、改正法の施行日以前に裁決申請が行われた駐留軍用地についても適用されること

の三つである。 この法改正は、平成10年5月14日に使用期限の切れる嘉手納飛行場など12施設用地と

平成9年4月1日から使用権原のない状態が続いていた楚辺通信所用地についての使用

権原を得る必要性という具体的な事件が契機となった。那覇防衛施設局長は、改正後の

駐留軍用地特措法の規定により、平成9年4月24日、楚辺通信所用地の一部土地の暫定

使用に係る担保を那覇地方法務局沖縄支局に供託し、これによって、改正法に基づき翌

25日から暫定使用が開始された。また、同施設局長は、改正後の駐留軍用地特措法の規

定により、平成9年5月6日から、嘉手納飛行場等12施設の一部土地の暫定使用に係る担

保を那覇地方法務局等に供託し、これによって、改正法に基づき同年5月15日から、暫

定使用が開始された。

項~12 項)の制度が設けられた。 86 沖縄県庁 HP『沖縄の米軍基地関連資料』を参考にした。 87 行政事件訴訟実務研究会編前掲注 81・470-471 頁

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③ 公用制限の例――自然環境保全法

ほとんど人の手が加わっていない原生の状態が保たれている地域やすぐ

れた自然環境を維持している地域について、自然環境保全法に基づき、原生

自然環境保全地域及び自然環境保全地域を指定し、自然環境の保全に努めて

いる。

【図 1 自然環境保全法の概要】

(環境省自然環境局 HP88をもとに作成した。)

88 http://www.env.go.jp/nature/pamph/14.html

原則立入禁止

自然生態系に影響を与える行

為は原則禁止

立入制限地区

原生自然環境保全地域

人の活動の影響を受ける

ことなく原生の状態を維

持 し て い る 地 域

(1,000ha 以上、島しょ

は 300ha 以上)

自然環境保全地域 特別地区 各種行為は一定の基準に合

致するもののみ許可

野生動植物

保護地区

特定の野生動植物の捕獲、

採取は原則禁止

普通地区 各種行為は届出

下記に示すようなすぐれ

た自然環境を維持してい

る地域

ア)高山・亜高山性植生

(1,000ha 以上)、すぐ

れた天然林(100ha 以

上)

イ)特異な地形・地質・

自然現象(10ha 以上)

ウ)すぐれた自然環境を

維持している河川・湖

沼・海岸・湿原・海域

(10ha 以上)

エ)植物の自生地・野生

動物の生息域のうち、ア

~ウと同程度の自然環境

を有している地域(10ha

以上)

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【自然環境保全法における損失補償制度】

自然環境保全法においては、特別地区内において環境大臣の許可を要す

るとされている行為について当該許可を得ることができないため等によ

り損失を受けた者に対して、通常生ずべき損失を補償する旨の規定が設け

られている。

(損失の補償)

第三十三条 国は、第二十五条第四項〔特別地区内における環境大臣の許可を要

する行為〕、第二十六条第三項第六号〔野生動植物保護地区における環境大臣

の許可を得て行う行為〕若しくは第二十七条第三項〔海中特別地区内における

環境大臣の許可を要する行為〕の許可を得ることができないため、第二十五条

第五項、第二十六条第四項若しくは第二十七条第四項において準用する第十七

条第二項の規定により許可に条件を附せられたため、又は第二十八条第二項の

規定による処分〔普通地区において一定の行為をするための届出があった場合

において環境大臣が命ずる行為の禁止、制限又は措置〕を受けたため損失を受

けた者に対して、通常生ずべき損失を補償する。

2 前項の補償を受けようとする者は、環境大臣にこれを請求しなければならな

い。

3 環境大臣は、前項の規定による請求を受けたときは、補償すべき金額を決定

し、当該請求者にこれを通知しなければならない。

4 国は自然環境保全地域の指定若しくはその区域の拡張、自然環境保全地域に

関する保全計画の決定若しくは変更又は国が行なう自然環境保全地域に関す

る保全事業の執行に関し、地方公共団体は当該地方公共団体が行なう自然環境

保全地域に関する保全事業の執行に関し、第三十一条第一項〔実地調査〕の規

定による当該職員の行為によつて損失を受けた者に対して、通常生ずべき損失

を補償する。

5 略(準用規定)

(訴えの提起)

第三十四条 前条第三項(同条第五項において準用する場合を含む。)の規定に

よる決定に不服がある者は、その通知を受けた日から起算して三月以内に訴え

をもつて補償すべき金額の増額を請求することができる。

2 前項の訴えにおいては、国又は地方公共団体を被告とする。

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(6) 景観的利益の保護による財産権制限

【景観緑三法案】

景観法案を含む景観緑三法案が、平成 16年 2月 12日衆議院に提出され、

4 月 20 日の本会議における趣旨説明を経て、同日、国土交通委員会に付託、

同委員会の質疑を経て、5 月 14 日、衆議院本会議で可決された。

【第 159 回国会に提出された「景観緑三法案」の概要】89 法案名 提案理由・概要

景観法案

良好な景観の形成に関する基本理念並びに国、地方公共団体、事業者及び住

民の責務を明らかにするとともに、都市、農山漁村等における良好な景観の

形成を促進するため、景観計画の策定、景観計画区域、景観地区等における

良好な景観の形成のための規制等、所要の措置を講ずる。

・市町村(又は都道府県)が景観計画を作成。対象区域内での建物の新築、

工作物の設置、土地変更などについて届出を求めるとともに、計画に合わな

いものは変更を勧告、命令できる緩やかな規制誘導制度を導入。

・ 景観地区…景観計画区域内において、より積極的に景観形成を図る地区

について指定する。建築物や塀などのデザイン、色彩なども規制できるよう

になる。

景観法の施行

に伴う関係法

律の整備等に

関する法律案

景観法の施行に伴い、都市計画法、屋外広告物法その他の関係法律の整備等

を行う。

(主な改正点)

・ 美観地区を廃止し、景観地区を追加。

・ 景観重要建造物(景観上重要な建築物・工作物等で指定を受けたもの)に

関する制限の緩和。

・ 市町村が屋外広告物に関する条例を策定できるようにする。

・ 屋外広告物法の許可対象区域を全国に拡大。

都市緑地保全

法等の一部を

改正する法律

都市における緑地の保全及び緑化並びに都市公園の整備を一層推進し、良好

な都市環境の形成を図るため、緑地保全地域(仮称)における緑地の保全の

ための規制及び緑化地域(仮称)における緑化率規制の導入、立体都市公園

制度の創設等所要の措置を講ずる。

(主な改正点)

・ 都市公園の整備及び緑地保全・緑化の総合的推進

・ 立体的に公園区域を定める制度の創設

・ 都市近郊の里山の緑を保全する制度の拡充

・ 大規模建築物における緑化率規制の導入

89 上田貴雪『ヨーロッパの景観規制制度―「景観緑三法」提出に関連して―』国立国会図

書館 ISSUE BRIEF №439 より引用した。

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(参考)景観緑三法案の趣旨説明(第 159 回国会平成 16 年 4 月 20 日・衆議院本会議) ○国務大臣(石原伸晃君)

景観法案、景観法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案及び都市緑地保全

法等の一部を改正する法律案につきまして、その趣旨を御説明申し上げます。 まず、景観法案につきまして申し上げます。 近年、経済社会の成熟化等に伴い、個性のある美しい町並みや景観の形成が求めら

れるようになっており、各地で良好な景観の形成に向けた取り組みが進められており

ます。また、国としても、観光立国を実現するという観点から、良好な景観の形成に

向けた取り組みを進めております。 このような景観をめぐる状況の変化に対応し、良好な景観の形成を国政の重要課題

として位置づけるとともに、地方公共団体の取り組みを支援するために、良好な景観

を形成するための法的な仕組みを創設することが求められております。 この法律案は、こうした状況を踏まえ、我が国で初めて景観についての総合的な法

律として定めようとするものでございます。 次に、この法律案の概要につきまして御説明申し上げます。 第一に、良好な景観の形成に関し、基本理念を定め、並びに国、地方公共団体、事

業者及び住民の責務を明らかにしております。 第二に、都市、農山漁村等における良好な景観の形成を促進するため、景観計画の

策定、景観計画区域、景観地区等における規制、景観重要公共施設の整備、景観協定

の締結等について定めております。 その他、これらに関連いたしまして、所要の規定の整備を行っております。 次に、景観法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案につきまして申し上げ

ます。 この法律案は、景観法の施行に伴い、都市計画法、建築基準法、屋外広告物法その

他の関係法律について必要な規定の整備を行うものです。 次に、この法律案の概要につきまして御説明申し上げます。 第一に、都市計画法の改正により、都市計画の地域地区として、景観地区を規定し

ております。 第二に、建築基準法の改正により、景観地区等における建築物の規制に関する規定

を整備するとともに、条例で景観重要建造物に対する規制の緩和を行うことができる

としております。 第三に、屋外広告物法の改正により、市町村が屋外広告物に関する条例を制定でき

るようにすること、屋外広告物の許可対象区域を全国に拡大すること、簡易除却の対

象となる屋外広告物等を追加すること、屋外広告業の登録制度を創設すること等の措

置を講じております。 その他、これらに関連いたしまして、所要の規定の整備を行っております。 次に、都市緑地保全法等の一部を改正する法律案につきまして申し上げます。 この法律案は、都市の緑とオープンスペースの効果的かつ効率的な保全、増加が求

められている状況にかんがみ、緑地の保全、都市の緑化、都市公園の整備を総合的に

推進するための制度の創設、拡充等の措置を講じようとするものです。 次に、この法律案の概要につきまして御説明申し上げます。 第一に、市町村の定める緑地の保全及び緑化の推進のための基本計画の記載事項

に、都市公園の整備の方針等を追加しております。 第二に、都道府県は、都市計画に緑地保全地域を定めることができることとし、当

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該地域内の建築物の新築等について届け出制を導入しております。 第三に、市町村は、都市計画に緑化地域を定めることができることとし、当該地域

内で敷地が大規模な建築物の新築等を行う場合には、一定割合以上の緑化施設を敷地

内の空地や屋上に設けなければならないとしております。 第四に、都市公園について、効率的な都市公園の整備を図るため、立体都市公園制

度を創設しております。 その他、地区計画等の区域において条例により緑地の保全のための規制を行う制度

並びに首都圏及び近畿圏の近郊緑地保全区域における管理協定制度の創設等、所要の

規定の整備を行っております。

以上が、景観法案、景観法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案及び都市

緑地保全法等の一部を改正する法律案の趣旨でございます。(拍手)

【参考 国立マンション訴訟】

東京都国立市の通称「大学通り」に建設された地上 14 階建て(高さ 44m)のマンショ

ンをめぐって、周辺住民ら約 50 人が「景観権」の侵害などを主張して、市条例が定めた

高さ 20mを超える部分の撤去などを求めた訴訟で、東京地裁は平成 14(2002)年 12 月

18 日、住民側の請求を認め、7 階以上に当たる高さ 20 メートル以上の部分の撤去を命じ

た。判決は「特定地域内の景観利益は法的保護に値し、マンション建設は耐えられる限

度を超える権利侵害をした。金銭賠償では救済できない」と、条件付きで「景観権」を

認める初判断を示した。既存の建物の撤去命令は極めて異例といわれる。ただ、住民側

が都と市に損害賠償を求めた別の訴訟では正面から「景観権」が争われたが、東京地裁

八王子支部は訴えを退けている点などから、今後「景観権」が確立するかどうかは微妙

であるというのが法曹界の一致した見方であるとされる。90

90 「司法記者の目-国立マンション訴訟 都市景観を重視」ジュリスト№1238

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【参考 「景観」に係る規定を有する諸外国の憲法の例】

諸外国における「景観」に係る規定を有する憲法として、ブラジル連邦共和国

憲法とスイス連邦憲法を以下に紹介する。

○ブラジル連邦共和国憲法

樋口陽一・吉田善明編『解説世界憲法集 第 4 版』,三省堂,2001 (共同の権限)

第23条 以下の事項は、連邦、州、連邦区および市の共同の権限に属する。

(一及び二 略) 三 文書、作品その他歴史的、芸術的、文化的価値を有する財産、遺跡および

著名な天然の景観ならびに考古学的地域の保護。 (四以下 略) (競合的立法権限)

第 24 条

以下の事項は、連邦共和国、州および連邦区の競合的立法権限に属する。

(一~六 略) 七 天然の景観美を含む歴史的、文化的、芸術的および観光的記念物の保存。 八 環境、消費者、天然の景観美を含む芸術的、美術的、歴史的、観光的価値

を有する財産および権利の毀損に対する責任。 (九以下 略)

○スイス連邦憲法

樋口陽一・吉田善明編『解説世界憲法集 第 4 版』,2001,三省堂 (自然および邦の保全)

第 78 条

① 略 ②連邦は、自己の任務の遂行にあたって、自然および郷土の保全にかんする懸

案に顧慮する。連邦は、土地状況、地域景観、史跡および自然的記念物およ

び文化的記念物を愛護する。連邦は、右のものに公的利益が認められる場合

には、それを完全な形で保存する。 ③及び④ 略 ⑤特別の美観と全スイス的意義を有する湿原および湿原景観は、これを保護す

る。そこにおいては、施設を建築することも、何らかの形態で建造物を変形

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することも、これをしてはならない。ただし、保存目的または湿原および湿

原景観の従来からの国家経済的利用に資している施設は、この限りではない。

(燃料に対する消費税およびその他の通行税)

第 86 条

①及び② 略 ③連邦は、燃料に対する消費税の純収入の半分および国道使用料の純収入を、

左の、道路交通に関連した任務および出費に充当する。 a~c 略

d. 自然の暴威を防ぐ建造物を設け、また、道路交通によって不可欠となった

環境および景観の保護のための措置を講じることの負担。 e 及び f 略 ④ 略

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【参考文献】 芦部信喜『憲法学Ⅱ人権総論』(有斐閣, 1994 年) 芦部信喜『憲法』〔第三版〕(有斐閣,2002 年) 浦部法穂『全訂憲法学教室』(日本評論社, 2000 年) 佐藤幸治『憲法〔第三版〕』(青林書院, 1995 年) 辻村みよ子『憲法〔第 2 版〕』(日本評論社, 2004 年) 野中・中村・高橋・高見『憲法Ⅰ』〔第三版〕(有斐閣,2001 年) 長谷部恭男『憲法』第 3 版(新世社, 2004 年) 松井茂記『日本国憲法』第 2 版(有斐閣, 2002 年) 野中俊彦・江橋崇編『憲法判例集』〔第 8 版〕(有斐閣, 2001 年) 樋口陽一・吉田善明編『解説世界憲法集 第 4 版』(三省堂,2001 年) J・ロック(鵜飼信成訳)『市民政府論』(岩波文庫, 1968 年) 原田尚彦『行政法要論』全訂第四版増補版(学陽書房, 2000 年) 行政事件訴訟実務研究会編『判例概説土地収用法』(ぎょうせい,2000 年) 西埜章・田辺愛壹『損失補償法 理論と実務の架橋』(一粒社,2000 年) 田中成明・竹下賢・深田三徳・亀本洋・平野仁彦『法思想史』〔第 2 版〕(有斐

閣, 1997 年) 前田徹生「経済的自由規制立法の違憲審査基準と最高裁判所―小売判決と薬事

法判決の再検証―」栗城古稀『日独憲法学の創造力』上巻(信山社, 2003 年) 浜林正夫『人権の思想史』(吉川弘文館, 1999 年) 原秀成『日本国憲法制定の系譜Ⅰ―戦争終結まで』(日本評論社, 2004 年) 森英樹「経済活動と憲法」樋口陽一編『講座憲法学 4 権利の保障 2』(日本評論

社, 1994 年) 仲地博・水島朝穂編『オキナワと憲法』(法律文化社,1998) 「司法記者の目-国立マンション訴訟 都市景観を重視」ジュリスト№1238 上田貴雪『ヨーロッパの景観規制制度―「景観緑三法」提出に関連して―』国

立国会図書館 ISSUE BRIEF №439(2004 年) 『世界人権宣言と国際人権規約―世界人権宣言 50 周年に当たって―』(外務省, 1998 年) 『衆議院ロシア等欧州各国及びイスラエル憲法調査議員団報告書 別冊 訪問

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録, 2004 年) 国土交通省HPhttp://www.mlit.go.jp/ 沖縄県庁HP『沖縄の米軍基地関連資料』

http://www.pref.okinawa.jp/kititaisaku/D-mokuji.html