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家族ができるよ! やったねモモンガ様!

万歳!

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【注意事項】

 このPDFファイルは「ハーメルン」で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので

す。

 小説の作者、「ハーメルン」の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を

超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。

  【あらすじ】

 リアルではモモンガ様を愛してくれる人は誰もいませんでした。そんなモモンガ様

にとっての唯一の心の拠り所が、友人たちと共に作り上げたナザリックです。

 では、仮にモモンガ様にナザリック以上の心の拠り所ができて家族を作る事に成功す

れば、NPCたちもモモンガ様の望みを理解して心の壁を取り除けるのではないでしょ

うか?

 注意事項です。

 本編の構成は最終的にほのぼの多めになります。

 王国と法国は一部を除き救いはありません。

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 独自要素、改変要素、web版からの設定の輸入、拡大解釈や捏造要素が存在します。

 一部、NPCに対してリアルの事を暴露する描写が存在します。

 覇王少女ネムのリメイク・改訂版となります。

 ネム×モモンガ↑アルベド(やきもち100%)の予定です。なので様々な紆余曲折

の末、ハーレム展開突入の可能性があります。

 p.s

 なお今作ではモモンガ様がマザコンからYesロリータ!!Goタッチ!! になる過

程をできる限り綿密に書いていきます。なお、良い子も悪い子も決して真似はしないで

ください。もし真似をされた場合、たっち・みー様の化身があなたの目の前に降臨され

る事でしょう。責任は負いかねます。

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  目   次  

Prologue 鈴木悟はマザコンで

ある

───────────

 第1話 

1

───────────

 第2話 

23

───────────

 第3話 

42

───────────

 第4話 

62

───────────

 第5話 

83

───────────

 第6話 

116

───────────

 第7話 

137

───────────

 第8話 

156

───────────

 第9話 

186

──────────

 第10話 

212

────────────

 外伝 

234

第1章 そして、ロリコンへ

───────────

 事案1 

271

───────────

 事案2 

295

───────────

 事案3 

319

───────────

 事案4 

345

───────────

 事案5 

369

────────────

 幕間 

390

───────────

 事案6 

413

───────────

 事案7 

433

───────────

 事案8 

456

───────────

 事案9 

486

──────────

 事案10 

510

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Prologue 鈴木悟はマザコンである

第1話

  ネム・エモットはあの日の出来事を忘れはしない。帝国の騎士たちに平穏を奪われた

あの日を。

 父がいて、母がいて、姉がいた。農村での暮らしはけして豊かとは言えない。でもネ

ムにとって、とても大切な日常を。

 でも日常は奪われた。父は逃げる時間を稼ぐために死んだ。母も同じだ。姉と二人

で逃げた。姉も私を必死に守ろうとしてくれた。

 騎士から必死に二人で逃げているときネムは転倒してしまった。姉が助け起こそう

物日常

者悪魔

とした時に、絶望がやってきた。大切な

を奪った

たちは嘲笑気味に言った。

「無駄な抵抗をするな」

 その目は語っていた。お前たちが死ぬ運命は変えられない。余計な手間をかけさせ

るな……と。

 なんで、私には家族を守る力がないんだろう。

騎士悪

 

は二人に近づいてくる。ゆっくりと剣を持ち上げる。まるで恐怖心を煽るかの

1 第1話

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ように。

(どうしてこんな目に遭うの。家族で平和に暮らしていただけなのに……)

 結末は決まっている。姉と共に二人で殺される。それはネムにとって覆えしようの

ない事実だった。しかし姉は違った。

「なめないでよねっ!」

「ぐがっ!」

騎士悪

 

が装備する兜を思いっきり殴ったのだ。いったいどこからそれだけの力を出し

ているのかネムには分からなかった。

「はやく!」

  私は姉に連れられ逃げ出そうとする。

騎士悪

 しかし

は逃がしてくれなかった。

「───っく!」

「貴様らぁぁ!!」

騎士悪

 姉が

に斬られていた。自分を庇うかのように。

「お姉ちゃん!」

悪魔騎

 どうしてネムの大切な物を

は奪おうとするんだろう……

悪魔騎

 ネムは何もできない。当然だ。ただの子どもが

に勝てるはずがない。

2

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 初めから殺される運命は決まっていたのだ。彼らに標的にされた時点で。

(せめて二人で死ぬ事ができますように……)

 ネムは、何も助けてくれない神にそう祈った。

 本心では誰でもいいから、私たちを助けてくださいと……私の大切な物を奪わないで

下さいと願いながら。

 視線だけは騎士から目を逸らさずに──それがせめてもの抵抗のように──そして

奇跡は起きた。悪魔が止まったのだ。悪魔はただ一ヵ所に視線を留めている。何が起

きたのか分からず、ネムも悪魔たちが見ている方向に視線を向けた。

 漆黒色の絶望が存在した。何かの扉のように見える。

 そして扉から死が現れた。

 悪魔よりも怖い死がこちらを見ていた。まるで私たちを迎えに来たように。

 形を作った死は呪文のような物を唱えていた。

心臓掌握

グラスプ・ハート

 ネムは一瞬殺されると思い目を閉じた。しかし気づけば自分たちの後ろで何かが崩

れる音が聞こえた。怖がりながら振り返ると悪魔が倒れていた。

 一体何が起きているのか分からない。

連れて行か

(なんでネム達を

なかったんだろう?)

3 第1話

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 考えを読んだのか死はこちらに近づいてきた。今度はネム達を殺すために。

 しかし、その考えは外れていた。死はネム達を通り過ぎた。理解ができない。

 そしてネム達を庇うかのように二人の前に立った。近くにいたもう一人の悪魔は怯

えるように後退した。

「……女子供は追い回せるのに毛色が違う相手は無理か?」

 ネムは理解した。あの御方は私の願いを叶えてくださる方なんだと……ネムは無意

識的に呟いた。

「神……様?」

 その後神様はもう一人の悪魔を簡単に倒して、何かを作りだす。思わず姉共々、悲鳴

を上げてしまう。

 神様が作り出した物に命令を下す。

この村を襲っている騎士を殺せ

 作りだされた存在は、命令に応えるように、咆哮を上げる。

「オオオァァ!」

 そして村の方へ駆けだした。

 神様は本当にネム達を助けに来てくれたんだと理解した。

 ネムは姉から手を離し、神様に向かって歩き出す。お礼を言うために。

4

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「ネム!? 行っちゃ駄目!!」

 なぜかお姉ちゃんは焦った声で神様に近づくのを止めるが無視する。──途中また

黒い靄のような物から何かが現れビクっと驚くが──そして自分からお礼を言う前に

神様が話しかけてくる。

「どうした?」

 ネムは頭を下げながら答えた。願いを叶えてくれた事に。

「神様……ネムを、お姉ちゃんを助けてくれてありがとうございます」

 ネム・エモットはこの日両親を殺された。決してその事を忘れる事はできない……

 同時にアインズに救われた事も忘れないだろう。

 ★ ★ ★

 モモンガは困惑していた。助けに来たのは一目瞭然であるはずなのに、まるで変な行

動をしているかのように、戸惑いを見せている少女たちに。ただ姉の少女は剣で切られ

ているため疑問を晴らす時間がない。そのため二人の少女を自らの背に隠し、現れた騎

士に対して言葉をかける。

「……女子供は追い回せるのに毛色が違う相手は無理か?」

 後ろから「神……様」との声が聞こえて。少し疑問が晴れた。死にかけているときに

助けに来たのだから錯乱しているのだろうと。

5 第1話

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死の騎士

 実験も兼ねて騎士を殺し、

を召喚する時、黒い靄が騎士に纏わりついて召喚

される。姉妹も悲鳴を上げるがモモンガも悲鳴を上げたいほど驚いた。ユグドラシル

ではありえないからだ。そして自分が人間を殺して何も感じない事に、人間を止めたの

だと理解した。悲しみはなかった。

 また召喚者の近くしか行動できないはずのユグドラシルとの違いを見せつけられ驚

愕していた時、後ろから妹と思われる少女の方が近づいてきた。

 近づくときに姉の方が近づいちゃだめと叫んでいたが、助けに来たはずなのに、なぜ

そんな事を叫ぶのだろう……と困惑したが、血が足りず錯乱しているのだろうと思う事

死の騎士

にした。少女が近づく合間にもう一体

を媒体がなくても召喚できるかの実験

と護衛のため召喚しておく。

(どうやら媒体がなくとも召喚は可能のようだ……さらに実験が必要だな)

 そして近づいてきた少女は比較的錯乱していないように見える。

「どうした?」

 自分の言葉に反応したのか、深々と少女は頭を下げる。

「神様……ネムを、お姉ちゃんを助けてくれてありがとうございます」

 モモンガは一瞬驚いた。とはいえ、お礼を言ってきたのは素直に嬉しい。

(……そうだよな! 助けに来たんだから、これが正しい反応だよな! しかし神だと

6

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……俺の事だよな、これは訂正しとくべきだよな)

 そしてモモンガは片腕を顎に当てながら誤解の解き方を考える。

「ふむ……何か勘違いしているようだな私は神ではない。私はモモン──」

 名乗ろうとして止めた。今の自分はモモンガと名乗るべきではない。俺、いや、私は

ただ一人ナザリックに残った最後のプレイヤーなのだ……少女が首を傾げている。途

中で名乗りを止めたからだろう。

「少女よ、我が名を知るがいい、我こそが、アインズ・ウール・ゴウンである」

「アインズ・ウール・ゴウン様」

「アインズで良い……ところでだ、私は確かにお前たちを助けに来たがお前の姉はまだ

助かっていないぞ?」

 目の前の少女と姉が同時に「「え」」と呟いた。背中を切られているのに助かったと

思っていたのだろうか?

「お前の姉は剣で斬られて血を流している以上治療をしないと助からないぞ?」

マイナー・ヒーリング・ポーション

 目の前の少女が悲しそうに目を伏せるのを見ながら

を取出し姉の方

に近づく。

 姉の少女は何が起きているのか分からないかのように困惑した顔を浮かべている。

早くポーションを使わないとまずいだろう。

7 第1話

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「お願いします。私なら、何でもします! だから、お姉ちゃんを助けてください!」

「ああ。助けよう」

 錯乱している少女に近づき、薬を突き出す。

「飲め」

 姉は何が何だか分からないような顔を浮かべ硬直している。

(物事を認識する事も難しいくらい血を失ったか……当然と言えば当然だが……どうす

る? 私が直接口に流しこむのはまずいだろう……下手したらセクハラになるかもし

れないし)

 決してまともに女性と触れ合った事がないからへたれた訳ではないと誰かに言い訳

セクハラ

タッ

しながら──自分の部下に

をしている事を頭の隅に追いやりながら──

「ネムだったか? 姉を助けたいならこの薬を飲ませろ。すでに物事を認識できないほ

ど血を失ってるらしい」

「わかりました!」

 よほど慌てたのか転びそうになりながら傍にまでくる。薬を渡すとすぐに受け取り

姉の口に薬のビンを持っていく。姉は困惑したようにネムを止めようと叫んでいたみ

たいだが、叫んで開いた口に薬を飲ませた。姉は口の中に無理やり瓶を突っ込まれたた

め、少し苦しそうにしていたがある程度飲み干したようだ。

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 それにしても、嫌がっている姉に無理やり、液体を口に突っ込んで飲ませる妹。何か

背徳的な雰囲気を感じる。そしてネムの立場に自分を当てはめてみる。自分が飲ませ

ていたら間違いなく、たっち・みーが本業をすることになった。

(……うん。ここにペロロンチーノさんがいたら、間違いなく喜んでいたな。やっぱり

俺が飲ませなくてよかった)

 さらに口から流れるように零れ落ちて、服が濡れていることも変な想像を加速させ

る。……どうやら効果が出たようだ。姉の少女が目を見開いている。

「うそ……」

 呟きながら自らの背中の感触を確かめていた。ネムという少女もとても嬉しそうに

涙を滲ませながら喜んでいる。何となく、心温まる光景だ。

 丁度そこに転移門からアルベドが現れた。

 アルベドは普段と違い完全装備だ。命令は伝わっているようだな……などと考える

と転移門が消えアルベドが話しかけてくる。

「遅くなり申し訳ありません」

「構わない」

「ありがとうございます。そこの下等生物はどう致しますか? よろしければ私が処分

いたしますが?」

9 第1話

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 どうやら命令は途中までしか伝わっていなかったようだ。自分が上位者と意識しな

がら問い質す。幼い少女とは友好関係を構築できているのだ。このままいけば、姉の方

やほかの村人たちとも友好関係を構築して情報収集ができそうなところで、ぶち壊しに

されたら困る。

「セバスにはこの村を助けると伝えるよう命令したはずだが……何を聞いた?」

「申し訳ありません!」

「……まぁ、ここでしっかりと認識してくれれば構わない。とりあえずの敵はそこの騎

士だ。村人に敵意を向けるな」

 そこには無邪気に喜んでいる少女と今のアルベドの発言からか怯えながらネムを庇

おうとしている少女がいる。

(確かに、恐ろしい事を言っているが、私が助けたのは理解できているはずなんだがな〜

ネムの方はしっかり理解しているみたいだし)

 まあいいかと考え、姉妹の周りに防御の魔法をかける。対魔法用の魔法はどうするか

と考え一応唱えておく。

「防御の魔法をかけておいた。そこにいれば大抵は安全だ──後は……そうだな」

月光の狼

ムーン・ウルフ

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力を解放し、

を召喚する。

「二匹は周辺を警戒せよ。一匹はこの少女達の近くで護衛せよ」

10

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 命令に従い二匹が散る。一匹は待機している。二匹は発見器としての狙いもある。

死の騎士

デス・ナイト

先程の騎士は弱く

も現状倒されていないが拮抗しているか圧倒しているかの

判断材料にはなる。倒されればレベル20以上の敵が周辺に存在する事になるだろう。

ナザリックに所属する者から見れば弱いが、多少の判別には使えるだろう。それに失っ

ても特に惜しくは無い。

 さらにモモンガ改めアインズは最初姉の方に渡そうかと考えたが今までの反応から

ネムに近づき、膝を突く。目線を合わせ、二つのみすぼらしい角笛を手渡す。

 アインズはできる限り優しく語りかける。

小鬼ゴブリン

「その角笛を吹けば

──小さいモンスターがネムに従うために召喚されるはずだ。

月光の狼

ムーン・ウルフ

それで自分と姉の身を守るといい。一応

一匹は護衛にしておく」

「アインズ様、ありがとうございます!」

「アインズ様? 何を言ってるのかしら。その御方は──」

 ややこしくなりそうだったのでアルベドに仕草で後で説明すると伝え、ネムに向き直

る。

魔法詠唱者

マジック・キャスター

「それとだネム。お前は

を知っているか?」

 これは聞いておく必要がある。もしいなければ、対応を考えなければならない。下手

をすればこの少女たちの口を封じる必要が出てくる──できるなら避けたい──しか

11 第1話

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しそうはならなかった。

魔法詠唱者

マジック・キャスター

? ンフィー君もそうです! アインズ様は違うんですか?」

 少し首を傾げながら返答される。何故だろう。小動物のようでかわいい。

(確かにあれだけ魔法を使えばそう思うか……いや大事なのは使用する人間が近くに存

在する事だな。しかし幼いな。信じても良いのか?)

 もしかしたら手品を魔法と勘違いしている可能性も0ではない。

(しかし姉の方に聞くにしてもさっきまでの反応を見ると信用しかねるな……ここは信

じよう)

 万が一の場合の口封じ方法を考える……そもそもこの少女の口を封じる必要はない

のだ。村人たちは別に対応は考えなければならないかもしれないが、二人だけならナザ

リックに連れて帰って見てもいいのだ。

魔法詠唱者

マジック・キャスター

「あぁ私も

だ。これから村の人達を助けに行ってくる。じっとしてるんだぞ

?」

 その言葉を聞き現状を思い出したのか、ネムは少し泣き出しながらお願いをしてく

る。何となくお願いの内容は想像がついた。

「お願いします、お父さんたちも助けてください! 私はどうなっても──」

「それ以上言う必要はない。生き延びているなら必ず助け出そう。アインズ・ウール・ゴ

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ウンの名に誓って」

 それを最後に立ち上がり村に向かい歩き出す。途中からアルベド達も追従する。そ

の時、後ろからおそらく正気を取り戻したのだろう少女の声が聞こえる。

「助けて頂いてありがとうございます! 図々しいと思いますが家族を助けてください

!」

 手をヒラヒラと振る事で返答として村の方向に向かう。

魔法詠唱者

マジック・キャスター

(正気に戻ったなら、戻って

の存在を確かめるべきだったか? ……確実に

正気かどうかも分からない以上、これ以上の時間の浪費は避けるべきだな──それと

たっちさん……俺は恩を少しでも返せましたか? たっちさんに少しでも近づけまし

たか?)

 傍にいないはずの友に語りかける。想像の中の友はしっかりと首を縦に振ってくれ

ていた。

(ふ……これはただの願望だな……だが悪くは無いな)

 その背中はとても喜びに満ちていた。

   少し歩いた後、機嫌が良さそうなアインズをアルベドが何かあったかと質問した。

13 第1話

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「モモン……失礼いたしました。アインズ・ウール・ゴウン様」

「アインズで良いぞ、アルベド」

 アインズの答えを受けアルベドは混乱を表すかのように動く。

「しっ至高のお方の名前を略すなどは、ふ、不敬でしゅ!」

 構わないと思うのだが……それこそウルベルトさんがこの場にいて、毎回フルネーム

で呼ぼうとしたら、いつか舌を噛みそうだ。本人だってこそばゆいだろう。

「それだけ、この名を尊い物と思ってくれて嬉しいぞアルベド。私は仲間たちが戻る日

までこの名を名乗る。お前や他の者に思うことは無いか? もし不快にさせるのであ

れば止めるぞ?」

 そしてアルベドは動きすぎだと思う。顔が見えないから奇妙だ。

「とんでもない! ただ、」

「ただ? 何だ?」

 アルベドが居住まいを正す。今までの動きがなくなり、しっかりと自分を見据えてい

る。

「アインズ様を不快にさせれば自害を命じてください。他の至高の方々がモモンガ様を

差し置いて名乗った場合思う所はあるかもしれません。しかしモモンガ様なら喜びだ

けです!」

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「……そうか。そうだな。感謝するぞ、アルベド」

「あぁ♡ アインズ様に感謝するぞと言っていただけるなんて幸せでございます! っ

は! もしかして私だけ特別だから名前を略させて頂けるのでしょうか!!」

 アルベドがさらに喜びを表すように体をくねらせている。喜ばれるのは嬉しいが誤

解は解く必要はある。

「長い名前で呼ばれるのがこそばゆいだけだ。全員私の呼び方は統一するぞ? という

少女ネ

よりさっきの

にアインズと呼ばせていただろう?」

 アルベドの動きが一瞬にして止まる。

 何故アルベドが止まったのか分からずアインズも立ち止まる。

「どうした」

 返事がない。ただの石像のようだ。

(何か問題が起こったか? そんな気配はないが? いや前衛職のアルベドが返事を返

せないくらい固まっている以上何かあったと考えるべきか?)

 考えに従い配下に命令を下す。

死の騎士

デス・ナイト

アルベドが何かを感じたらしい、警戒を密にせよ」

死の騎士

デス・ナイト

 無事に命令を受諾したようだ。一応、村の方の

にも命令を下す。

死の騎士

デス・ナイト

(しかし、この返答の感覚は謎だな……救援に行かせた

も無事なようだし、村の

15 第1話

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方にも強い敵はいなかったようだが)

死の騎士

デス・ナイト

 村に送った

からも受諾の意思が返る。こちらに戻さないのはおとりにする

ためだ。死ねばすぐに帰還するしかないだろう。あの少女との約束を破る事になるの

月光の狼

ムーン・ウルフ

は残念だが……一応偵察にだした

にも強者を探せと命令する。

 少し語尾を強めながらアルベドに尋ねる。

「アルベドよ…どうしたのだ。強者が存在するのか? お前をして固まるような存在が

!」

「違います! アインズ様!」

 アルベドの叫び声が返ってくる。その姿は悲しんでいるようにも怒り狂っているよ

うにも見える。下手をすれば。自分に襲い掛かりそうだ……何か地雷を踏んだのだろ

うか? この距離は不味い。この距離でアルベドに襲い掛かられたらほぼ勝ち目がな

死の騎士

デス・ナイト

い。そのため

に自分とアルベドの間に入れと命令しようとするが、どうやら間

に合わなかったようだ。

「なぜあの小娘に優しくするのですか! まさかアインズ様はあのような小娘を妃にす

るつもりですか!!」

 アルベドの怒りに満ちた大声が村に向かう道に響き渡る。途中から怒りではなく悲

しみが満ちた声で泣きそうになりながら。最初アインズはアルベドが何を言っている

16

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のか理解できなかった。意味を咀嚼すると感情が鎮静化される。つまりそれほど大き

く感情が動いたのだ。

「アアアルベドよ一体何を言っているのだ!」

「だってアインズ様は膝まで突いてやさしいお言葉をかけておられたではありません

かっ!」

「誤解だ! アルベドよ私にはそんな気持ちはなかった! あのとき優しくしたのは昔

を思い出していたからだ!」

 それにたいしてアルベドは訝しそうに発言する。どうやら信じていないようだ……

アルベドには私がロリコンにでも見えているのだろうか? ロリコンはペロロンチー

ノだけ(もっとも、彼はロリコンだけではなかったが)で十分だと思う。

PK殺

「私はな……昔、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』ができる前だ。その時

されか

PK死

けたのだ、いや何もなければ確実に

んでいた」

 一瞬の空白の後、アルベドが憤怒の感情を表す。はっきり言って自分でも怖い。

「わ、わたしの大好きな──」

「続けるぞ。あのとき死んでいれば私は完全に死んで今この時お前たちと一緒にいる事

もなかっただろう。しかしだ。私はたっちさんに救われたのだ……あれがあったから

こそ今の私がある」

17 第1話

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 アルベドが驚いた感情を露にする。フルプレートのせいで顔は見えないが間違いな

いだろう。

「私はな、あの姉妹を救った時にたっちさんに少しだが近づけた、恩を返せた、そんな気

がしたのだよ。アルベドよ。だからあの少女に恋愛感情はない。あるのはたっちさん

に近づく事ができた、恩を返す事ができたと思える事に対する感謝だよ」

 無言のまま時間が経過する。暫くすると意味を理解できたのだろう。

「失礼致しました。アインズ様」

「良い。ではアルベドよ何も問題がないのであれば村を助けに行くぞ……それとだ、恥

ずかしいから他のNPC達には内緒だぞ? それに俺は必要があればどんなことでも

するつもりだからな。純粋にたっちさんと同じ事をするつもりはないからな?」

NPC

子どもたち

(実際たっちさんみたいになりたいと考えているのを

に知られるのは何かが辛

い。それに下手をすると不和を撒き散らす事になりそうだからな。……ウルべルドさ

んは悪に括ってた訳だし)

 そしてアルベド達を伴いアインズ達は村に近づいていった。

 ★ ★ ★

 法国の偽装工作の兵士たちは絶望を感じていた。仲間が次々と死に、現在生きている

のは四人だ。しかも実力で生き延びた訳ではない。我々に死を撒き散らした騎士が急

18

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に止まったのだ。まるで何かを警戒するかのように。この隙に逃げられるのであれば

良いが足がすくんで動かない。だだ恐怖の混じった息遣いだけが聞こえる。仲間だけ

でなく村人も同じようだ。

存在超越者

 早く終わってくれと願っていると死の騎士より恐ろしい

が近づいてきた。よく

見れば死の騎士が後一体いる。早く悪夢が終わる事を騎士たちは祈った。

 「はじめまして、村に死を撒き散らした騎士たちよ。私はアインズ・ウール・ゴウンとい

う。お前たちが降伏するなら命を助けよう。戦いたいのなら──」

 言葉は続かなかった。なぜなら全員がすぐに武器を捨てたからだ。

死の騎士

デス・ナイト

「……ずいぶんお疲れのご様子だな。しかしだ、そこにいる

の主人に頭を下げ

ないのはどうかな?」

 すぐさま騎士たちは頭をたれる。はたから彼らを見れば死刑を待つ死刑囚のようだ。

「騎士の諸君。この辺で二度と虐殺をせぬよう上に伝えよ。さて、それでは逃げてくれ

死の騎士

デス・ナイト

て構わないよ……

途中までお見送りしてやれ」

死の騎士

デス・ナイト

 騎士たちは戸惑うが

が走り出そうとするのを見て逃げ出す。後ろから

死の騎士

デス・ナイト

が追いかける。

(多少離れたら、戻ってこい)

19 第1話

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 それを見送り村人に近づく……しかし村人たちは近づくたびに怯えの色を大きくす

る。

(助けたはずなのになぜこいつらは怯えているんだ? まともな反応を返したのはネム

だけだぞ?)

 疑問に思いながら近づく。彼らはより怯える。助けているのになぜ、こんな対応なの

だろう?

「さて、君たちはもう安全だ。安心すると良い」

 そう言葉を発すると、村人たちは絶句したように眼を見開いた。

(なぜそれほど驚愕するんだ? 助けに来たと言っているのに……まともな対応をする

のはネムだけか?)

 疑問はすぐに解決した。なぜなら村人の代表と思われる者が怯えながら口を開いた

からだ。

「あ、あな、あなた様はせ、生命を憎み死をま、撒き散らす、アン、アンデッドではない

のでしょうか?」

(…………はぁ!! 死を撒き散らすって…鎮静化した。この世界じゃアンデッドはそう

思われてるのか。だったらさっきの姉の方の対応も当たり前か。死を撒き散らす物っ

て考えられているなら……ネムの方はなぜ私に感謝したのだ? むしろネムの方が錯

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乱していたのか? しかしこれは失態だな。何とか誤魔化さないと……)

 アインズが考え込むと村人たちの不安は増す。さらにアルベドがアインズが黙り込

んだことを怒りと感じて動き出したのだろう。村人達の恐怖はさらに上昇したようだ。

「助けて頂いておりながら、感謝の言葉すら表さないとは……その罪万死に値する!」

バルディッシュ

 アルベドが

を持ち上げた。村人を殺すため殺気を撒き散らしながら……ここで

村人の何人かは倒れたようだ──モモンガは自分達の力が村人達から見れば完全に異

質な物とようやく理解できた──

「止めよ! アルベド! 私は村人を助けると命令したぞ!!」

 アルベドが何かを言いかけるが、無視する。情報収集のためにもアルベドの身勝手を

許す訳にはいかないのだから。

「部下がすまない。確かに私はアンデッドだが、死を撒き散らそうとは思わない。今回

は君たちが殺されているのを見かけたから助けに来たのだ。見過ごせなくてね……し

かしだ、アンデッドがこの辺りでは死を撒き散らすのが当たり前なら、こちらのルール

に従った方が良いのかな?」

言葉ボール

 少し冗談を交えて

を投げる。後は相手の反応を待つだけだ……少し待つと理解

ができたのかなぜかより大きい混乱が生じる。

「とんでもない! こちらこそ助けていただいた方に失礼を致しました! どうかお許

21 第1話

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しください! 殺さないでください!」

 土下座しながら話してきた。それに付随して他の村人たちも土下座を始め意識があ

る者たちは泣きながら命乞いをし始めている。

 アインズは思う。

(どうしてこうなった)

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第2話

  アインズの混乱した思考は、鎮静化により強制的に冷静な思考状態に戻された……

もっとも、普段の自分に戻ったところで、こんな状況経験した事が無いため、誤差の範

囲かもしれないが。

(さて、この状況をどうするか)

 村人たちは何かを叫びながら土下座を続ける。これからどうすれば良いかを考えな

がら、アインズは声をかける。最低でも、村人たちから情報を収集できる程度には、自

分を受け入れてもらう必要がある。

「立ち上がってください皆さん」

 アインズの言葉に全員が即座に立ち上がるのは、アインズを恐れているからだろう

……それは諦めた。情報を収集するためにも誤解を解く必要はあるが。

「私は本当に貴方達を、殺そうとは思ってはいません。確かに一般のアンデッドは死を

撒き散らす者かもしれませんが私は別です。もし本当に殺すつもりなら貴方達は既に

死んでいるはずです。部下が貴方達を殺そうとするのも止めません」

 これでも、自分が普通のアンデッドではないと納得しないか? ……少し観察してみ

23 第2話

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たところ、どうやら村人たちは混乱しながらも少しずつ信じはじめたように見える。

 不安の色はまだ消えていないが。そんな中一人の村人が意を決したように一歩前に

進み出る。村人の中心的人物にみえるのだから、おそらく村長だろう。彼が代表して質

問をしてくる。

「では、なぜ助けて頂けたのでしょうか?」

 村人が自分に対して疑問をぶつけた事に、アルベドは怒りを表すが手で止める。疑問

を投げかける事すら、怒りを表すのは問題じゃないかと考えて……改善の必要があると

心のメモ帳に記入しながら。

「先程も述べましたが、見過ごせなかったのと……そうですね理由を挙げるなら二つで

す」

「何で……しょうか?」

 村長の不安が透けて見える。やはり自分が彼らを殺すつもりだと考えているのだろ

うか? いい加減、自分が彼らを殺そうとしていないことぐらいは納得してもらいたい

が。

「私はこの辺りのアンデッドではないので、この辺の常識を知らないのです。長い間ナ

ザリックという場所に引きこもっていたので……そのため情報が欲しいのです。私に

とっての常識が貴方達にとって非常識な場合もある。丁度、今のようにね。なので貴方

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達の常識を助けた報酬として教えて頂きたい」

 村人たちの顔色から少し緊張が薄れ、理解の色が浮かぶ。人間は無報酬で助けられる

のを恐れる。無料よりも怖いと言う物はないからだ。例えば、ユグドラシル。基本料無

料と謳われているゲームに一体どれ程の金額をつぎ込んだだろう? 後悔は一つもな

いが。

「それと……これは個人的な事ですが、純粋に人助けをしたいと思ったからです」

 村人が驚愕の色を浮かべる。アンデッドが生命を憎むと言うのが常識なのだから

……その存在が純粋に人を助けたいと言った事は驚愕を浮かべるしかないだろう。少

し自分の常識に当てはめて考える。たっち・みーが『悪』に括り、ウルべルトが『正義』

に括っている状況を想定するのが妥当だろうか? ありえない光景に一瞬沈静化が発

動する。

(……うん。何か、納得できた。自分にとっての常識外の行動を取られたら怖い)

 アンデッドは人の命を奪う存在。確実に裏があると疑われて当然なのだ。

 自分だって先程の、たっち・みーとウルベルトの主義主張の入れ替わりが現実になっ

たら、間違いなく気絶したはずだ。だってありえない光景だから。もっともアンデッド

になった今では気絶もできないだろうが。

 だからこそ打算を述べて安心させて、正直な気持ちを述べる事で信頼を勝ち取るべき

25 第2話

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だ。顔が割れていなければ、別の方法もあったが、もう遅い。さすがに全員の記憶を魔

法で書き換えるのは無理だろうし。何れ、実験を行うべきかもしれないが、今じゃない。

「……昔。本当に昔、私もある人に助けられた事があるんです。その人の事が頭に浮か

んでしまってね……いてもたってもいられなかったんです。私は彼に憧れているので

す」

 感情を抑えきれずに笑ってしまう。そうだ。あれが、あったからこそ自分は救われた

のだ。

 村人たちからすると骸骨が笑うのは少し怖いのだろうが、機嫌が良くなったのは分か

るのだろう。安堵の表情が浮かぶ。

 これはアインズが気付かなかったことであるが、アインズの顔は何かを成し遂げる事

が、願いをかなえる事ができたようなニンゲンのものに村人達は見えた。一瞬の事だっ

たので村人達も錯覚かと感じたが、なぜか一瞬の出来事を忘れる事ができなかった。

「それでは、常識の話をする前に、向こうで助けた少女二人を連れてくるので少し待って

いてください」

 そこまで話をして歩き出す。何も命令はしていないが、アルベド達も追従する。はっ

きり言ってナザリックの主として失格と思われている可能性もある。成果を上げるし

かない。

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(……しかし、先程逃がした騎士たちはどうするか? それとネムにも少し話を聞かな

いとな……なぜ常識外の判断をしたのか…魔法を使って記憶を覗いてみるか? いや、

折角気分が良いんだ。止めておこう。それに、「困っている人がいたら助けるのが当然」

か、たっちさん。私はあなたに近づけたでしょうか?)

 考えながら最初に救った少女たちへ歩いていく。──アインズの背中は……輝いて

いた……アインズの一瞬の笑顔をみたアルベドは黙って付いていく。彼女の頭の中で

はアインズの一瞬の笑顔が繰り返し再生されていた。それほどまでに魅了されていた

のだ。それ程美しい物だったのだ──

 ★ ★ ★

 エンリは一体何が起きているのか理解できなかった。

 先程の方は生命を憎むアンデッドなのになぜ私達を助けてくれたのか。

 なぜネムは、助けてくれたと信じられたのか。自らの疑問に従いエンリは妹に問いた

いが、近くにアインズが召喚した狼が存在する。疑うようなことを聞いても大丈夫か少

し不安になる。もしかしたら、アインズに知られるかもしれないのだから。とはいえ、

聞かない訳にもいかないので意を決して質問する。

「ネム、なんでアインズ様が私たちを助けに来てくれたと分かったの?」

 ネムは少し首を傾げながら答えようとする……そんなに疑問なのだろうか? 一応、

27 第2話

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アンデットが生命を憎むの存在と言うのは常識なはずだ。知らなかったとしても恐れ

ると思うのだが?

「……私も聞きたいな。ネム」

 どきりとしてしまう……恐る恐る振り返るとそこには、助けてくれた方がいた。タイ

ミングがいいのは気のせいだろうか? やはり何かの魔法で聞いてから移動したのだ

ろうか? 疑問が募る。いや疑っている訳ではないのだが……単純に間が悪いのだろ

う。

「アインズ様!」

 ネムが元気よく立ち上がりお礼を言っている。アインズがネムを止めている。先程

の質問振りでは、自分が感じていた物とほぼ同じ疑問を感じていたようだが……言い方

は悪いが、アンデッドと同じ思考なのは何か変じゃないだろうか?

 やはり、自分が可笑しいのだろうか?

「あぁ、君が私に感謝してくれているのはよく理解できる。だからこそ聞きたいのだ

……先程村人達から聞いたがこの辺の常識ではアンデッドは死を撒き散らす存在らし

いな? なのになぜネムは私が助けに来たと理解できたのだ? はっきり言ってこの

見た目だ。今更だが、怖がられるのが当然だと私も思うが?」

 ネムが首を傾げる……ネムは怖いもの知らずなのかもしれない。こんな場面でなけ

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れば素直に感心できたかもしれないが、ふとした拍子にアインズ達を怒らせそうで不安

だ。

 特に、素顔が見えない鎧の人を。というより、先程武器を振りかざした時、アインズ

が止めていなければきっと自分達は死んでいた。そこまで思ってはたと気づく。

(……あれ、もしかしてネムの行動って正しいの?)

 鎧の人──胸に膨らみがあるから女性だろう──はアインズに従っている。でも、彼

女は私たちが嫌いに見えた。だったら、アインズと仲良くしていれば、彼女に殺される

事はないんじゃないだろうか? ……そうこう考えていると、最善の手段を取っている

と思われるネムが理由を話していた。

騎士悪

「? だってアインズ様私たちを殺そうとした

を殺す時に「……女子供は追い回せ

るのに毛色が違う相手は無理か?」って言いながら私たちを庇ってくれたもん!」

 ……確かによく思い出すとそうだ。そう言っていた。ネムがお礼を言った時には助

けに来たと明言していた。気づけなかった自分が恥ずかしい。

(……私の方が年上なのに)

 妹の方が冷静だった。姉として助けると誓ったのに状況の判断も出来ていない。自

分は何をしているんだろう。少し自虐してしまう。

「確かにそのとおりだ。しかし、だからこそ気になる。先ほども言ったがアンデッドは

29 第2話

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死を撒き散らすのが常識なのだろう? 怖くなかったのか?」

「えっと……最初門から出てきた時と、そこの騎士さんが、出てきた時は怖かったです」

「なるほど」

 助けてくれた骸骨が相槌を打ちながら続きを待つ。まるで人間のように。もし最初

から体や顔を隠されていたら、人間と勘違いしていただろう。

 それとも、生前は人間だったのだろうか? それにしては、アンデッドが人間に恐れ

られているのを知らない様子が不思議だが。

「その……助けに来てくれたって思うと何も怖くなかったんです。アインズ様は優しい

騎士悪

方と理解できたんです……

の方が怖かったんです。私から大事な物を奪っていく

騎士悪

が……」

 ネムが泣き出す。その時の恐怖を思い出したのだろう。アインズが召喚した狼? 

がネムを心配そうに見上げているようにも見えた。

 ……ネムの言うとおりだ。悪魔はあいつらだ。私達から、平穏を奪っていった。気づ

けば私の目からも、涙が溢れていた。理不尽を強いた世界に対して。

「……すまない、つらい事を聞いたな」

 アインズがネムの頭を撫でる。そしてネムが少し泣きやむと……泣いた跡を拭いて

ネムを優しく立たせている。何故だろう、鎧の人の視線が強くなった気がした。怖い。

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「さて、そろそろ村人たちの方向に向かうか。君たちの両親が生き延びているかの確認

もしなくてはな」

 それに現状を思い出す。自分達は人間に襲われたのだ。今目の前にいる人たちは、助

けてくれた人たちなのだ。必死に繰り返して恐怖を振り払う。

「では、行こうか」

 全員が歩き出して村に向かう。エンリはアインズに謝罪する。今までの失礼な態度

を。これ以上失礼な態度を取らないために。

「助けて頂いたのに、失礼ばかりして申し訳ありません!」

「気にするな、君は常識に従っただけだ」

 確かに常識に従った結果だ……しかし常識とは良い事なのだろうか? 騎士に襲わ

れる結果になったのは、常識に従っていたからではないだろうか? 草原には今のエン

リの心を表すかのようにヒュウヒュウと風が吹いていた。

(両親が生き延びていますように)

 アインズが来るまで生きていれば、助かっている可能性はある。もっとも自分でもあ

りえないと考えてしまったが……

 ★ ★ ★

(それにしても、子どもとは偉大だな……常識に囚われず、私が助けに来たのを理解する

31 第2話

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のだから。もしかして、やまいこさんが学校の先生をしていたのも、子どもの純粋さが

好きだったからかもしれないな)

 アインズはリアルで学校の教師をしていた仲間の事を思い出す。何故か分からない

がこの村を訪れてから、仲間を思い出すことが多くなった。ついで、仲間の軍師の行動

を思い出しながら、今後どうするべきかを考える。

(さっきの騎士は見逃していいだろう。常識から考えればアンデッドが人を助けたとは

思えないだろう。彼らが「アンデッドが人を助けたんだ!」と言ってもバカにされるだ

けだろう。その分村の人達とも話を合わせないとな……)

死の騎士

デス・ナイト

 打ち合せを考えながら村人達と合流する。

も戻っている。二人の少女も村

月光の狼

ムーン・ウルフ

人たちの方に行き、村人達と生き延びた事を喜びながら両親を探している。

付いて行くが特に問題ないだろう。

「では村長、話を伺っていいだろうか? 他の村人たちは、他にする事があるだろう?」

「おお、ありがとうございます!」

「一つだけ皆さんに頼みがあります。この村を助けたのはアンデッドではなく──」

 片手を上げて構わないと返事をしながら、嫉妬する者たちのマスクを取出して顔に付

ける。なぜ自分はこれを装備してしまったのか迷いながら。まぁたくさんあるんだ、こ

れを選んでも仕方がない。

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魔法詠唱者

マジック・キャスター

「仮面を付けた

という事にしておいてください。知られるとお互い大変で

しょうし……」

 村長たちはその言葉にアンデッドに助けられたと言えば、他の人達から差別される可

能性を理解したのだろう。彼らは自らの意志ではないが、世の中の常識から外れたのだ

から。

「……分かりました。決して誰にも言いません。しかし騎士達は」

「あなたたちの言葉通りなら、アンデッドは死を撒き散らす者なのでしょう? あなた

達が助けた人は仮面をしていたと言えば、恐怖で錯乱したんだろうと、バカにされます

対象死の騎士

よ。丁度恐怖の

も存在しますしね」

「……分かりました。ただこれだけは言わせてください。我々を助けてくれた方に数々

のご無礼をして申し訳ありませんでした。村を助けて頂き感謝いたします!」「「本当に

ありがとうございます!」」

 村長が頭を下げる。それに続くように遅れて村人全員が頭を下げながら感謝を言っ

てくる。

 アインズは少し瞠目した。この世界に来る前にこれほど純粋な感謝をされた事はな

い。それもこの人数にだ。少し気恥ずかしいが、それ以上に胸が熱くなり嬉しい思いが

駆けあがる。

33 第2話

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 そしてその余韻を楽しむように、先程まではしていないことを実行する。自分が助け

た人がどんな人達か知りたいのだ。村人たち全員を眺める。最初に目についたのはや

はりネムだった。何となく自分でもそうなるのではないかと予想はついていた。続い

てエンリ。先程とは打って変わり、彼女も心底自分に感謝してくれている。

 それだけではない。ほかの村人たちも同じだ。この場にいる村人全員が同じようだ。

自分に感謝をしてくれている彼らの顔を記憶に残そうとしている時に……村長に隠れ

てよく見えなかった人物を見つける。その瞬間アンデッドの体に電流が走り、瞬時に沈

静化が起こり続ける。

 沈静化が何度も起こり、起きなくなってからは思考が停止して、ただただ、呆然と立

ち尽くす。一点を眺め続けながら。

 アインズは可笑しな状況に巻き込まれて、未知の世界にいるのは自分だけではない可

能性を信じていた。そう、自分以外にもアインズ・ウール・ゴウンのメンバーもいるの

ではないかと、予測はしていた。仲間たちが同じように巻き込まれていて、もう二度と

会えないはずの仲間たちに会える可能性に希望すら抱いていた。

 だからこそ、『アインズ・ウール・ゴウン』の名を自分が背負い、世界中に自分の名前

が轟けば再会の可能性も高まると思い改名を実行したのだ。 

 何度も言うが、仮想世界が現実になった以上、どんな不思議なことだって起きてもお

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かしくない。アインズだって、そう考えてできる限り慎重に行動したつもりだ──すぐ

に失敗したが──

 だが、この出来事は予測すらしていなかった。

 自分の視界の前には、少し暗そうで静かな雰囲気を漂わせている女性がいる。

アインズ

には朧気だが見覚えがあった。

 リアルでは生き抜くのに必死で、少しずつ記憶に浮かぶ顔は摩耗した。だとしても絶

対に彼女の存在は忘れない。

 (…………かあ、さん?)

 そう、自分を生んで、育ててくれた母だ。アインズ……いや、鈴木悟の前には、亡く

なったはずの母がいた。仲間と再会するため、ナザリックのために『アインズ・ウール・

ゴウン』の名を背負うと誓ったはずだ。なのに強制的に鈴木悟に戻されていた。母を見

たせいで。

 (…………いや、違う。似ているだけの、別人だ)

  そうだ。母がいる訳がない。母は自分が子供の頃に亡くなっているのだ。いるはず

35 第2話

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がない。そもそも、自分は別世界に来ているのだ。いていいはずがない。

 それによく見れば、母と顔立ちが異なる事も理解できる。それでも間違えてしまう程

度には面影がある。二度と見ることが叶わないはずの母が目の前にいるのだ。

 別人だと分かっていても、仮面越しで彼女の姿をずっと眺めてしまう。目を離せな

い。離したくない。

 そしていつの間にか、周りが不審に思い出す程度には眺め続けたのだろう。

「如何なされましたか、アインズ様?」

 アルベドが兜越しに自分を眺めていた。正気に戻される。自分はここに情報を収集

するためにいるのだ。思考を停止して固まっている訳には行かないのだ。

 村人たちも少し困惑しているようにも見える。これ以上、黙っているのは不味いだろ

う。

(……冷静になれ、アインズ。ぷにっと萌えさんの言葉を思い出せ)

 冷静な論理思考こそ必要。視野を広く考えに囚われず、回転させるべき。要約すれば

こうだったはずだ。後はもう一度実践するだけだ。それにアルベドが完全に味方かも

確定していない現状で、これ以上弱みを見せるべきではないのだ。

「いや、何でもない」

 できる限り威厳を出したつもりで、会話を続けさせないようにする。アルベドとこれ

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以上話すのは危険だ。自分が襤褸を出す可能性が非常に高い。時間を置くべきだ。

 それに、村人たちとの話を進めるべきだ。いつまでも彼女達に頭を下げさせているわ

けにはいかないだから。

「頭を上げてください。私は自分のためにあなた方を助けただけです……感謝されるよ

うなことじゃない」

「……それは承知しています。ですが我々は死しかない未来をあなた様に覆していただ

いたのです。ありがとうございます。アインズ・ウール・ゴウン様のおかげで多くの村

人が生き延びる事ができました!」

「「アインズ・ウール・ゴウン様、ありがとうございます!」」「アインズ様、ありがとう

ございます!」

 先程の少女達も一緒に唱和している。仲間達に置いて行かれて生まれていた心の澱

みに、光が差し込んだように。ようやく気付いた……村人達を助ける事で、自分は救わ

れていたのだ。

 何よりも、母に似た人を救えた。それで十分であるし……一番嬉しいかもしれない。

やはりあの時行動したのは正しかった。そして、仲間への感謝を。

(たっちさん……また、あなたに助けられました) 

 あの時、あの場所にいたのがセバスで無ければ、きっとこの村を見捨てていた。今の

37 第2話

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ように幸せな気持ちに包まれることもなかっただろう。

「……受け取りましょう。あなた達の感謝を……頭を上げてください。……そうですね

村長。常識の話をする前にまずは村人の生き残りを探しましょう。アルベド、我々も手

伝うぞ」

「アインズ様!?」

 少し驚愕したようにアルベドが叫ぶ。止めようとしたのかもしれないが、その言葉は

出来る事はなかった。なぜなら、アルベドには涙を流せないアインズが泣いているよう

に見えたからだ。

「みなさん急ぎましょう。今なら救える人がいるかもしれない」

「「「ありがとうございます」」」

「では、生きている人を助けに行くぞアルベド……」

 全員が行動を開始した……ある者は友人を救うために。ある者はだれかを救い、自分

がより救われるために。ある者は疑問を頭に過ぎらせながら、命令に従うために。

  ★ ★ ★ 本日の守護者統括

 アルベドはアインズに従い続けていた。そんな中、アルベドでさえ。いや、NPCの

誰もが見たことない笑顔をアインズは見せた……アルベドはその笑顔にただただ見惚

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れた。

(美しかったわ……ただ、私に対して見せて頂けた訳ではない事だけが口惜しいわ)

 それを思うと、アインズの美しすぎる笑顔を向けられた人間達に嫉妬する。しかし、

それだけでもない。

(アインズ様があんな笑顔もなされる事を教えてくれた事だけは、感謝してあげるわ

……せいぜい、アインズ様のお役にたちなさい……それがあなた達のできる事なのです

から)

 だからこそ、苛立たしくなる気持ちを抑えて、人間を助けているのだから……それに

おそらくだが、モモンガは人間が嫌いじゃない。むしろ、好きなのかもしれない。この

村でアインズが人間に見せた優しさを見れば理解できる。

 だが、確証がない。アインズは我々より頭が良いのだ。本当に情報を得るために演技

をしているだけなのかもしれないのだ。

 仮に、アインズが人間を好きというのであれば……私も愛そう。愛する人が愛するな

ら。むろん例外はあるが。筆頭はモモンガを除いた至高の40人だ。どのような理由

であれ、あいつらはモモンガや自分たちを捨てたのだから。

 とはいえ、たっち・みーがモモンガを救ったのであれば、多少標的を選ぶ必要もある

かもしれないが……モモンガとあいつらの詳しい関係を探ってみるべきかもしれない。

39 第2話

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 そして、もう一つの例外がアインズに擦り寄る泥棒猫だ。筆頭はシャルティアだ。そ

して、アインズに救われたあの小娘だ。

(あの小娘、アインズ様がいくらお優しいからって、ベタベタベタベタ)

 アインズに抱き着いて、涙を拭いてもらう。自分だってしてもらったことなんてな

い。はっきり言えば羨ましすぎる。だが、自分の勝ちだ。アルベドは胸をおさわりされ

ているのだ。それもモモンガが望んで、だ。緊急事態でなければ、玉座の間で破瓜して

いたのだ。

 その事を思い出すと下着が濡れてくる。鎧から漏れ出さないか心配でもあるし、今す

ぐにでも慰めてほしい。それが駄目なら、あの笑顔で愛していると耳元で囁いてほし

い。このまま、想像だけで逝けそうだ。

 …………大きく深呼吸して発情した思考を頭の隅に追いやる。

 今のモモンガは少し浮かれているようにも見える。それ自体は嬉しい。だから、自分

が冷静でいて情報を多く得る。危険を見逃さないようにすべきだ。

 仮面をしてからのモモンガは何かが可笑しい。

 村人を眺めている時、アインズは驚愕したかのように止まっていた。さらに、スタッ

フ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが手から滑り落ちて、手で何かを捕まえるように

伸びようとしていた。ただ事ではない。

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 何よりアインズに声をかけたが、最初の2回は声が届いていないようだった。顔を覗

き込んで話しかけた3度目にして、ようやく反応が返ってきたのだ。

 そして、今は人間を助けている。おそらく、アインズだけが感じた何かがあったのだ

ろう。

 アルベドはそれが何かを考えながら、アインズの手伝いに従事し続けた。

 なお。アルベドは気づいていないが、多くの村人はアルベドを恐れていた。あれだけ

の殺気をまき散らしたのだから当然である。──この事が、アインズの妻の座を競う上

でアルベドの足を引っ張ることになる事を、アルベドはまだ知らなかった──

41 第2話

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第3話

  暫くの時間が過ぎさり、アインズは村長の家の椅子に座っていた。救助作業があらか

た終了したので、報酬の話をするために場所を変えたのだ。今は、死体の後片付けの時

間だろう。これは家族や友人を亡くした者たちが、行うべき作業。自分たちができるの

は死体を一か所に集めたりする手伝い程度である。だったら、自分は不要だ。

(そういえば、ネムの両親はどうなったか……それにしても母によく似ている)

 アインズは少女の事を思い出してしまうが、今考えるべきことは別だと思い目の前の

人物について観察する。

ミラー・オブ・リモートビューイング

 母と彼女は違う。違うが、もし最初に

で見つけたのがネムではなく

今にも殺される寸前の彼女だったら、セバスの存在など忘れて「母さん!」と叫び後先

何も考えずに助けに行ってたかもしれない。先程は間近にいながら間違えかけて……

一瞬とはいえ間違えたのだから。……これも今考えるべきことではない。

 村長の家の中は、可笑しいほど洗練されていない。一つも機械製品はないのだ。見た

限り、大した技術もないのだろう。この村限定で今見た限り、と前置きがつくが。

 今自分が座っている椅子はアインズの動きに比例して悲鳴を上げている。これも時

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代を表していると言えるが、下手な体重移動を行えば壊れるだろう。修理の手間をかけ

させるわけには行かない。慎重に行動しなければならない。

「何か、お飲み物を用意しましょうか……いえ、用意してよろしいでしょうか? その

……」 

 向かいに座った村長夫人が言い淀みながら話しかけてくる。隣には村長もいる。む

しろ村長が主で夫人が副だろう。

(仮面があってよかった)

 恐らく、自分は村長が目に入っていない。彼女に気づいてからほとんど、彼女の行動

を追いかけてしまっている。仮面がなければ、間違いなくストーカーと疑われるほど

に。

 ……軽く頭を振って、馬鹿な考えを振り払う。今から行われるのは交渉だ。浮かれた

頭では失敗する。まずは夫人の質問に答えるべきだ。言葉に詰まったのは、アンデッド

である自分に飲み物は失礼にあたるかもしれないと考えたからだろうか?

「いえ、見ての通り私はアンデッドです。なので、飲食は不要です。ご厚意ありがとうご

ざいます……後で時間が取れた時に、私の部下……アルベドに飲ませて頂ければ幸いで

す」

「……分かりました」 

43 第3話

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 今は情報を集めるべきなのだから。まずはフレンドリーに呼んで貰うところから始

めて距離を縮めてみよう。彼らも毎回フルネームで呼ぶのは疲れるだろう。

「それと毎回フルネームで呼ぶのは長いですし、アインズで結構ですよ。村長……それ

に奥様」

 村長や夫人が少し戸惑いや困惑、そして不思議そうな顔をする。……また常識はずれ

な行動をしているのだろうか?

「……ゴウン様。誠に失礼なのですが、この周辺では目上の人等と話す時などは名字か

ら呼ぶのです」

 なるほど。西洋式の呼び方が一般的なのか。確かに村人全員は外人の様に見える。

なら、基本的な食生活等の常識は西洋に準じていると考えていいのだろうか? 魔法が

ある異世界である以上、固定観念を持つのも危険か。 

「構いませんよ。ある程度親しくなれたと私は考えているので、よろしければアインズ

と呼んでください。他の村人達にも伝えてください……奥様もそれでお願いします」

 それに村長達が朗らかに笑う……何となくだが、自分との繋がりがあるように感じ

た。夫人ともだ。

「よろしいのですか、アインズ様?」

「構いません、それで……」

44

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 アインズは話を進めようとする。しかし話が進むことはなかった。村長たちが途中

で口をはさんだからだ。

「アインズ様。帝国の騎士達の殺戮から助けて頂いただけでなく、救助作業までして頂

きありがとうございます!」

「アインズ様。村の者達を助けて頂き、ありがとうございます」

 村長達は先程の件を述べているのだろう。壊れた家等に押しつぶされた人たち。た

死の騎士

だの村人では生きていても救助はできなかっただろう。その時役立ったのが

だ。

月光の狼

ムーン・ウルフ

 軽々と重い物を持ち上げ、生きている人を救い出した。また

も狼らしく鼻が

利き埋もれた人たちの発見に役立った。

 自分は助けた人たちの治療に従事した。そこに夫人もいたのと、助け出された人たち

の何人かは致命傷だったためポーションを使い治療するためだ。こんな事なら、プレア

デスからルプスレギナも連れてくるべきだっただろうか? いや、人間にここまで、親

しくしている姿を多くの者に見せるのはリスクがある。やはり来させたのはアルベド

だけで正解だろう。

 「貴重な薬まで使って頂き申し訳ありません……」

45 第3話

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 そしてこの場にいないアルベドにはポーションを幾つか預け治療を任せている。召

喚した者達は現在もアルベドの指示の下、村人たちの手伝いをしているはずだ。それに

しても、ここまで人間に肩入れしたことをどうごまかすのが正解だろう?

(ここで、多くの情報を得るしかないな。そうすれば、自分の行動が正しかったと証明で

きるし)

 人間に肩入れしたのが正解だったとアルベドに思わせるしかない。それでも、疑問を

持つなら、先程アルベドに語った、たっち・みーの件で押し切ろう。これも本心なのだ

から。

 それにしても、助けた人たちが感謝してくれるのは素直に嬉しい。しかし一方で、母

に似た人に感謝されるのはくすぐったい。別人と分かっていてもやはり重ねているの

だろう。

「構いませんよ。村長……それに奥様。私も無償で助けた訳ではないので。……報酬を

期待してますよ?」

お支払

「責任重大ですが、しっかり

させて頂きます」

マイナー・ヒーリング・ポーション

(まぁ個人的には十分頂いたと思うがな……それに、あの薬は

だからそ

こまで貴重じゃないんだが……これも俺がずれてるのか? その当たりも聞かないと

な)

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 様々な事をアインズは質問していく。通貨の事や物価等、村人から当たり前と思われ

ることにも村長は分かる範囲で説明した。ただただ時は過ぎていき、夫人は村人達を手

伝うために途中で離席した──残念とは一つも思っていない──……そのため夫人が

いては聞きにくい国の話に踏み込んだ。下手をしたら彼女を怒らせたり、悲しませたり

してまうかもしれないからだ。それは嫌だ。

「なぜ王国は村に兵士を派遣しなかったのですか? 民が襲われたら助けを出すのは当

然だとおもいますが?」

 アインズとて本気でそんな事を思ってるわけではない。リアルの世界でも、政府は弱

者を助けてくれない。共通点であり、あまり口にしたくないことだ。が、次の話に繋げ

るために必要だから質問した。

「……王様が我々民を助けてくれることはありません。税は六割以上持っていかれ、毎

年行われる帝国との戦争に若い男達は連れていかれます」

 思った通り、気分を害してしまったようだ。やはり、夫人が居ないときに聞いてよ

かったと思いながら、次の疑問を口に出す。

「……これは失礼しました。しかし徴兵されるのであれば、多少武芸の心得がある者も

いたのでは? それにこれだけの辺境の地なら、モンスター等から身を守る手段はある

と思うのですが……私の思い違いでしょうか?」

47 第3話

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 それに村長が毎年のように戦争が起き始めたのはここ数年であり、自分は立場と年齢

で徴兵されていないから、聞いた話になると前置きをしてから話し始める。徴兵された

本人がいるなら、直接話を聞くべきなのだろうか? 後でアルベドに相談してみよう。

「……帝国の騎士達は戦いを専業にした兵士らしく、徴兵で訓練を受けた程度ではまと

もに戦えないらしいのです。モンスターに関しては……お恥ずかしい話ですが、我々は

森の賢王様と言われる強い存在の縄張りの近くに村を作っております。そのため森の

賢王様が防波堤の様になっておりまして、今までまともに魔物に襲われた経験もないの

です。人間が襲ってくる事もなかったので、まったく警戒もしていなかったのです」

「……なるほど。確かにそれなら、油断をしていても仕方ないかもしれませんね」

 彼らにとって、何も防衛手段を整えなくとも、安全と言うのが常識だったのだろう。

しかし、人の悪意は容易く常識を壊す。例え、悪意がなかろうとも常識は崩れ去る。ア

インズとて何度も経験している。

 彼らは運が良く、今まで常識が崩れなかっただけだ。そして、最悪の出来事で常識が

崩れたのだ。人間に襲撃を受けて死人が出るという悲劇で。

「ですが、今回の事で自分達はただ言い訳をしていただけと思い知りました……我々も

覚悟を決めて村を守るために努力したいと思います」

 村長の目にはとても強い意志が存在した。たとえ命を賭してでも必ず子どもたちの

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未来を切り開くと。愛するものを守ると。

(ああ……死を覚悟の上で進むか……強い目だな。先程私に、ただ救われただけの村人

とは思えない……憧れるよ)

 もし仮に、自分が彼らの立場だったら、何もできなかっただろうと思いながら……

アンデッド

 ──余談だが…村長がここまで覚悟をしたのは

の人を救いたいという意

思を見たからである。死者になったとしても自分を失わない存在がいる事を知ったか

らだ。つまり、自身のお陰で強い意志を持ったことをアインズは知る由もなかった──

 ★ ★ ★

 村長との話が終わり、村の広場に向かう。周囲を見渡すと夫人が、火を作り始めてい

た。近くに水があるのを見る以上、アルベドの飲み物を作ってくれているのだろう。

 近くを見れば、多くの死体が存在した。アインズたちは尽力したが、やはり救えない

人物は存在したのだ。特にアンデッドである自分を真っ先に受け入れてくれたネムの

両親が亡くなっていたのは辛い。広場ではネムたちが両親の亡骸に縋りつき泣きつい

ていた。アルベドが自分に付いて来るのを横目にアインズは少女たちに近づく。

「すまない。私がもう少し早く、行動していれば……」

ミラー・オブ・リモートビューイング

 思わず、謝罪の言葉を述べていた。そして、これは事実だ。

の操作

に戸惑っていなければ、襲撃前に訪れていたかもしれない。──最もその場合、友好関

49 第3話

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係を構築する難易度が上昇していただろう。アンデッドであるアインズにここまで心

を開いてくれたのは、人間に襲撃されたことが大きな要因なのだから──

 自分たちに気づいた二人は縋りついていた両親から手を放して立ち上がる。そして

口々にお礼を言う涙を堪えるような仕草で。

「……アインズ様がいらっしゃなければ、二人とも、生きていませんでした」

「お姉ちゃんを助けてくれて、ありがとうございます」

(……強い、な。俺とは大違いだ)

 何となく、慰めるつもりで二人の頭を撫でる。何故だろう? エンリは最初戸惑って

はいたようだが、拒絶はしていなかったと思う。しかし何故か顔を引きつかせ始めてい

る。そんなに嫌だったのだろうか?

 ネムはいつの間にか自分に抱き着きながら、涙を流しているのに。年齢のせいだろう

か? それにしては、必死に何かを伝えようとしているように見えるが。

(うん? どうも必死に後ろを指さしているのか…………あ)

 まずい。何がまずいって、アルベドだ。恐る恐る後ろを窺うと瘴気を纏っているよう

に感じるアルベドがいる。と言うより、危機感が強い人たちは逃げ出しそうだ。

 どうしよう。どうも、エンリと気持ちが通じ合ったようだ。やはり、自分が何とかし

なければならないのだろう。正直逃げたい、逃げたいが逃げちゃ駄目だ。自分の不注意

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が招いたことだから。何かきっかけさえあれば、上手く話しかけられるのだが……どう

やら、自分は運があるようだ。丁度、村長夫人がおどおどしながら大変そうに作ってく

れていた飲み物を持って来てくれている。

「その、お飲み物をお持ちしました……アルベド様」

「アルベド。先程私に出そうとしてくれていたのだが、私は飲めないから断った。お前

が私の代わりに好意を受けてくれ」

「…………畏まりました」

 ネムに抱き着かれたまま、振り返り頼む。これがアルベドの不機嫌を治す、好機に代

わってくれると信じて。

「ただの白湯じゃない……こんな物をアインズ様にお出ししようとしてたの? 失礼に

も程があります」

「も、申し訳ありません。村ではこれが精一杯なんです」

「アルベド、失礼なことを言うな! 私もすべては見ていないが、火を起こすところから

始めていた。大変な重労働に見えたぞ。部下が失礼な態度をとって申し訳ない」

「い、いえ、こちらこそ、申し訳ありません」

「いや、こちらこそ。アルベド、私にこれ以上恥をかかせるな」

「……申し訳ありません」

51 第3話

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 未だに、納得しきれてはいないようだが、不承不承と頷いて兜を外す。そして、今ま

で隠れていたアルベドの素顔が明らかになる。傾国の美女と言われても可笑しくはな

いほどの美貌を。どうやらこちらを注視していた全員がアルベドの素顔を凝視してい

るようだ。あるいは兜の中から出てきた、異様な角に驚いたのだろうか。泣いて自分に

抱き着いていたネムも目をぱちくりさせながら、アルベドを見ている。

「きれい……もしかして、アインズ様のお嫁さんですか?」

「ええ、そうよ」「いや、違うぞ」

「「え」」

「?」

 ……アルベドの不機嫌が一応収まりを見せ、ネムが抱き着いていても文句を言わなく

なったから良しとしよう。それにしても、自分はなぜこの少女にここまで優しくしてい

るのだろうか? 自分に最初に感謝してくれたからだろうか? それもあるだろうが、

何かが欠けている様に感じる。何か手掛かりになる物はないかと周りを見る。あるの

は彼女たちの両親の遺体だけだ。

(ああ、そうか)

 自分が母を失った時は丁度ネムと同じぐらいではなかっただろうか? 最低でも近

い年齢だったはずだ。無意識のうちに重ねていたのかもしれない。境遇は大きく違う

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……それでも、理不尽に家族を奪われたことは一緒だ。

 膝をついて、しっかりネムと目線を合わせる。

「いいか、ネム。君は一人じゃない。確かに、両親を失ったのは辛いだろう。だが、君に

はまだ家族がいる。大切にするんだぞ?」

「……はい!」

 俺と違って、ネムにはまだ身近で愛してくれる人がいる。ネムを手放して、村人たち

と共に遺体を村外れに運び出し葬儀に向かう。周辺で陣頭指揮をしていた村長は申し

訳なさそうにしていたが、一度深々と頭を下げて、村人たちに続く。

 そして、アインズは彼らが墓地の方向に向かうのを仮面越しに眺め続ける。

 ──通称、嫉妬マスク。聖夜の夜に一人身の者が一人身ではない者に対して、怒りや

涙を現す象徴だ……だが今回嫉妬マスクは別の使われ方をした。アンデッドが人間達

に存在する物に対して、自分に無い事に悲しみを表現する物として……もしかしたらこ

の使い方も正しいのかもしれない。だって嫉妬マスクは自分には存在しないものを表

現する象徴でもあるのだから──

  村人たちを見送った後、アインズ達は村外れに移動する。これから行われるのは死者

の弔いだ。アンデッドである自分が葬儀に出席するのは、死者への冒涜になるかもしれ

53 第3話

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ない。

 やるべきこともある。今まで得た情報を頭の中で整理することだ。村長と徴兵制の

話になった時、気になったのが常備軍がいないかどうかだ。やはり、存在するらしい。

徴兵制もある以上そこまで人数はいないだろうが。

 特に、御前試合で優勝した王国戦士長とその直属の戦士たち。そして、

生まれながらの異能

。はっきり言って危険だ。ユグドラシルには存在しなかった力だ。

生まれながらの異能

その中でも、村に時々訪れる、ンフィーレア・バレアレの

は、あり

とあらゆるマジックアイテムが使用可能という力。危険すぎる。ネムが言っていた人

物と同一人物だろう。人となり等を詳しく聞いてみたほうがいいかもしれない。

報酬情

(それにしても本当に十分な

を頂いた、貰いすぎた気もするな……ひとまず、エ・ラ

ンテルに誰かを送るべきだな。後でアルベド達と作戦を考える必要があるな。それと

死者蘇生の実験も何れは必要だ。今行うべきか?)

 もし、ここで彼らを救えば、きっと自分の心はより満たされるだろう。だが死者蘇生

を行う訳には行かない。

(情報が少なすぎる。止めるべきだ)

 もしかしたら、この世界には死者蘇生の魔法は公に広まっていない、もしかしたら存

在すらしないかもしれない。それなのに死者蘇生を行えば、必ず誰かが疑問に思う。

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 村人たちだけなら黙っているように説得できるかもしれないが、見逃した騎士たちが

いる。そこから嘘が漏れる可能性が高い。やはり彼らは見逃すべきではなかったのか

もしれない。だが、時間は戻らない。あるいは超位魔法を使えば時間を巻き戻すことも

可能かもしれないが……確実に愚かな考えだ。

 故にアインズに死者を蘇らせることはできない。

(それにも拘らず、私は亡くなった村人たちを蘇生させたいと考えている。だがこれ以

上援助するのはまずい。情報も不足している……私は何だ。アインズ・ウール・ゴウン

の名を背負う以上、ナザリックの利益を一番に考えるべきだ)

 何よりもナザリックの安全のために。危険性が高い行為は慎むべきだ。もし仮に、ナ

ザリックが存在しなければ、危険を冒してもよかった。だが、ナザリックは存在する。

自分の宝物が、だ。

 少し自虐しながら自分の心と向き合う……それでも、この村を守りたいと言う気持ち

……自分に最初に感謝してくれた少女。母の面影がある人を見捨てたくない気持ちが、

どうしても邪魔をするのだ。

 彼女は母ではないのだ。割り切らなければならない。ネムだって十分幸せになれる

はずだ。どこかで線引きは必要なのだ……愚かな思考のなか、アルベドから声がかか

る。

55 第3話

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「アインズ様。後詰の者が参りました」

 どうやら、セバスに頼んでいた後詰が到着したようだ。隠密能力や透明化の特殊能力

を所持しているものを送り込むように命令したはずだ。今からでも、騎士たちの後を追

わせてみるか? ……世辞を言ってくるが遮る。早く後詰の部隊編成を把握しなけれ

ば。

「四百のシモベが到着しました。いつでも襲撃可能です」

 ……今こいつは何と言った? 自分に救いを与えてくれた者を襲う? ……母に似

た人を殺すだと。俺はまた失うのか?

 ──アインズは鈴木悟に戻り、ナザリックを共に築き上げた大切な者たちとの思い出

が駆け巡る。そしてそれを失った時の記憶が次々とよみがえる。

 多くの者達とまた遊ぶ約束をした。しかしその願いはほとんどかなえられなかった。

リアルが大切なのだから仕方がない事だ。

 しかし、寂しいのだ。ユグドラシル最終日でさえ、集まってくれたメンバーは極僅か

である。それでも納得できたはずだった。例え、『アインズ・ウール・ゴウン』がただの

残骸だったとしても。

 だが、何の奇跡か気まぐれかは分からない……分からないが、確かなこともある。自

分は望んでいた、ユグドラシルの続きをすることができるのだ。上手くいけば、仲間達

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との再会だってあるかもしれない。

者たち

 いや、例え再会できないとしても、仲間たちが残していった

がいる。それだけ

でも、鈴木悟には十分すぎる。さらに言えば、一番最初にアンデッドである自分に感謝

をして受け入れてくれたネム。ネムと同じように感謝してくれた村人たち。

 リアルでは得る事が出来なかった、温もりを与えられたのだ。手に入ることがないと

諦めていた物を、だ。

 正確には、鈴木悟にも温もりが存在した。自分を育ててくれた母だ。母は確実に自分

を愛してくれていた。だからこそ、自分を育てるために過労死したのだ。

 そして、断言できる。鈴木悟は母を愛していた。今までは決して面に出てこなかった

感情だ。だが、母に似た人を見たせいで、思い出してしまったのだ。

 それも当然だ。鈴木悟が手に入れた温もりは常に無情にも、その手をすり抜けて行っ

たのだから。自分の感情を守るためにも、心の奥底に押し込んでいたのだ。

 鈴木悟にとって、温もりを得ることは一番嬉しいことだ。それと同時に常に失ってき

た故にトラウマでもある──

 感情を抑えきれない。アンデッドの特性で何度も鎮静化が起きるが、無駄だ。この怒

り、いや、この悲しみだけは止まらない。彼は正しく、トラウマを抉ったのだ。大切な

人が自分の手から離れていくことの。

57 第3話

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「私は、この村を、助けるために来たのだ! なぜそんな話になっている! ……止めて

くれ、私からこれ以上大切な物を奪わないでく──」

「申し訳ありません! アインズ様、守護者統括である私のミスでございます!」

「………………いや、すまんな。どうかしている」

  沈静化が追い付いたようだ。とはいえ、何かあれば直ぐに沸騰するだろう。先が思い

やられる。どこかで区切りをつけなければならない。どれだけ似ていようとも、彼女は

母ではないのだ。これ以上過去の幻想に振り回されるわけにいかない。

 このままではナザリックを、『アインズ・ウール・ゴウン』を背負えないと自分に言い

聞かせて。

 ★ ★ ★ 今日の守護者統括

 モモンガが情報の収集をすることに対してアルベドは何も思うところはなかった。

村人を助けるように命令されたことにも思うところは一つもなかった。

 しかし、しかしだ。今のアルベドは苛だたしさを隠しきれなかった。何故か? 簡単

だ。

 モモンガが小娘二人の頭を撫でているからだ。さらに言えば、小さいほうはアインズ

に抱き着いていても咎められない。

58

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小娘ロ

(…………アインズ様。そんなに

が良いのですか?)

 抑えるべきだ。いや、もしかしたらこれこそ噂に聞く放置プレイだろうか? 昂った

女性を放置して別の女性とイチャイチャする。

 ……私自身それでも構わないが、できれば、手を早く出してほしい。それとも、アン

デッドだから性的な考えは抑圧されるのだろうか? しかし、同じアンデッドのシャル

ティアはそんなこと無かったはずだが……色々情報を集めるべきだ。

 そんなことを思案していると一人の女が近づいてきている。手には飲み物を持って

来ているようだ。アインズに出すためだろう。当然だ。遅いぐらいだ。

「その、お飲み物をお持ちしました……アルベド様」

「アルベド。先程私に出そうとしてくれていたのだが、私は飲めないから断った。お前

が私の代わりに好意を受けてくれ」

 どうやら、私に用意したようだ。つまり、どれほどの飲み物を出すか調べろという事

だろうか? 調査の一環だろう。それとも、アインズだけが理解しているこの村特有の

何かだろうか?

「…………畏まりました」

 手を出して受け取り飲み物を見る。もし、これを本気でアインズに出そうとしていた

のなら期待外れだ。

59 第3話

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「ただの白湯じゃない……こんな物をアインズ様にお出ししようとしてたの? 失礼に

も程があります」

「も、申し訳ありません。村ではこれが精一杯なんです」

「アルベド、失礼なことを言うな! 私もすべては見ていないが、火を起こすところから

始めていた。大変な重労働に見えた。部下が失礼な態度をとって申し訳ない」

「い、いえ、こちらこそ、申し訳ありません」

「いや、こちらこそ。アルベド、私にこれ以上恥をかかせるな」

 アインズに出すのにこんな粗末な飲み物を出すことは侮辱だ。しかし、主の言葉なら

従おう。

「……申し訳ありません」

 そして、飲むために兜を外す。どうやら、村人の多くが息を飲んだようだ。アインズ

のためにあるアルベドの美貌を見たからだろうか? 当然と言えば、当然だ。多少不機

嫌そうな顔だとしてもだ……もっとも、不機嫌はすぐに吹き飛んだが。それも、一番ア

ルベドを苛つかせていた小娘によって。

「きれい……もしかして、アインズ様のお嫁さんですか?」

「ええ、そうよ」「いや、違うぞ」

「「え」」

60

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 なぜ、否定されるのだろう。無性に悲しかった。

61 第3話

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第4話

  ふと気が付くとアインズやアルベドたちの周りを、気まずい空気が覆っていた。もち

ろん、自分が怒鳴ったせいであり、アルベドに責任はない。しかし、アルベドは自分の

せいだと発言した。故に否定の言葉を発する必要がある。元はと言えば、セバスがしっ

かりと命令を伝えていなかったせいで……

 自分がセバスにした発言を唐突に思い出す。話の流れで分かると思ったが、確かに村

を助けるとは一言も明言していないのだ。そしてさらに言えば、配下のミスは上司のミ

スでもある。つまり、今回の出来事全ての責任を持つのは最初からただ一人しかいない

のだ。

(……俺の、せいか)

 この事態を招いたのは一重に、アインズ自身の采配ミスのせいである。もし一言でも

助けると明言していれば、この事態は避ける事ができたのだろう。

「アルベド。今回の事は全て私の命令ミスだ。すまなかった」

「そのようなことはありません! アインズ様の御考えを理解しなかった我々が悪いの

でございます!」

62

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 アルベドが大きく頭を下げている。このままでは埒が明かないと考えて……感情を

大きくぶつけてしまったシモベに話を振る事にした。それにしても、このシモベにも悪

いことをした。

八肢刀の暗殺蟲

エイトエッジ・アサシン

「……その話は後にしよう、アルベド。

、お前たちの指揮官は誰だ?」

「はっ。アウラ様と、マーレ様です」

八肢刀の暗殺蟲

エイトエッジ・アサシン

「そうか。ならアウラとマーレ、

たちのみ周辺で待機し、他の者たちは帰

還させろ……それと、怒鳴ってすまなかったな」

「至高の御方が、我々に謝られる必要はございません!」

「それでも、だ。アウラたちへの命令の伝達を頼む」

八肢刀の暗殺蟲

エイトエッジ・アサシン

 納得はしていなかったようだが、命令に従うように静かに頷き

が下が

る。そして、何かを言いたそうにしているアルベドに向き直る。

「ここで死者蘇生の実験をするのは如何でしょうか?」

 アインズは思わずアルベドを見つめた。予想だにしない事だったからだ。だが、嫌で

はなかった。

「ユグドラシルから転移した事により、様々な点で実験が必要になっております。その

ため、この村の人間はアインズ様に感謝の念を示しておられますので、確実に裏切らな

いように恩で縛っては?」

63 第4話

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(確かに何れはしないといけない事だがなぜ今進言してくる? アルベドなら情報が足

りていない段階での死者蘇生は危険だと気付けるはずだが……いや私の考えを汲んで

くれたのか?)

 アインズは嬉しくなると同時に……自分を恥じた。ナザリックのために私情は殺す

べきだ。情報がない現状では、特にだ。

(仲間の子ども達に俺は何を言わせている。俺がしっかりしなくてどうする!)

 自分にはNPCたちが思うような能力はない。しかし名ばかりではあろうとも、彼ら

の上に立つのだ。方針に責任ぐらい持つ必要がある。だから、カルネ村の事は割り切ら

なければならない。

「アルベド。私の意を汲んでくれた事、感謝する。実行すれば、この村との友好関係はよ

り強固になり、これからも利用できるだろう。しかし、だ。現状では蘇生を行う危険性

の方が高い。今回はやめておこう。すまんな、迷惑をかけて」

「迷惑だなんて! 私たちはアインズ様に従うために存在しているのです! 迷惑など

ではありません!」

「ありがとう。なら、今回は死者蘇生の実験は行わない。命令だ」

「……畏まりました」

「ところでだ、アルベドよ、人間は嫌いか?」

64

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「……アインズ様がお助けするのをみて申し上げるのは失礼ですが、あまり好きではあ

りません…………でした」

 何か裏がありそうに、声が小さくなっていく……深入りして聞きたいが、この場では

止めるべきだろう。万が一の場合を考えて、玉座の近くで、自分が身を守れる周辺で聞

くべきだ。今までの自分の言動を顧みれば忠誠心が揺らいでいたとしても可笑しくな

い。そこまで行かずとも、ナザリックの主に相応しいか疑問に思っているだろう。

  そう考えれば、先程の人間を蘇生させるべきとの発言も別の視点が浮かび上がる。つ

まり、自分がナザリックの主に相応しいか、テストしているのかもしれない。先程、断っ

たのは正解なのだろう。

 現状では、アルベドがナザリックのナンバー2だ。自分がトップに相応しくないと判

断されれば、弾劾される可能性も0ではない。

「そうか……しかし演技は大切だぞ……アルベド。ここではできる限り、やさしく頼む

ぞ」

 アルベドに言いながら、自分にも演技の重要性を言い聞かせる。どんな理由であれ

子ども

たちに対して偽るのだ。むしろ、自分にこそ演技は大切だ。

 ……アルベドが小さく頷くのを見て思考に没頭する事にする。何かあれば、アルベド

65 第4話

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が気付いてくれるだろう。そして何より、思考を一度リセットする必要がある。このま

までは、最低限の演技すらできなくなる。……アルベドがこの場で自身を支配者の器で

はないと断じて、敵に回る可能性を無意識の内に除外しながら。

死の騎士

デス・ナイト

(それにしても不思議だ……なぜ

一体は消えていないのだ。死体を使えばずっ

月光の狼

ムーン・ウルフ

ゴッズアーティファクト

と消えないのか? これも要検証だな。

の方は

を用いた特別な召喚

だから帰還させない限り残るのは分かるんだが……もう暫く出しておくとしよう)

  ★ ★ ★

 葬儀が終わった後引き続き、村長宅で続きの話をする。ある程度の常識を学び終える

頃には夕陽が浮かんでいた。その夕日はあの時見たキラキラと輝いていた夜空とは趣

が異なる。それでありながら、モモンガの心を引き付けていた。

 だがそれ程美しい風景でも、モモンガの心を完全に埋めてはくれなかった。ぽっかり

と、心に穴が開いているのだ。

(美しいな……夕陽というものは。みんなと一緒に見たかったな)

 もし、仲間たちと一緒に見る事ができれば、どれだけ嬉しい事だろう。この幻想的で

ありながら、力強くもある夕焼けを見れば、普段は仲の悪い組み合わせの人々(たっち・

みーやウルベルド、ぶくぶく茶釜やペロロンチーノの組み合わせである)でも魅了され

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ただろう。ブループラネットに至っては自分たちの制止を振り切って、太陽に向かって

飛んで行ったかもしれない。

 若しくは、この場に母がいれば……思考がまた可笑しくなっている。先程から思考が

ずれる。もちろん原因は分かっている。彼女のせい……違う。一重に自分のせいだ。

全ては彼女を亡き母と重ねていることが、過ちなのだ。

(やれやれ。本格的にナザリックの支配者失格、かな? アルベドにギルド長から引き

ずり降ろされたほうが、ナザリックのためかもな)

 愚かなことを思い浮かべてしまう。しかし、モモンガの能力を考慮すれば、ナザリッ

クの長には相応しくないのも必然だ。なぜならギルド『アインズ・ウール・ゴウン』は

多数決を重んじていたからだ。

 仲間たちがともにあった時でも、自分の仕事は仲間たちとの連絡や精々、まとめ役で

ある。つまり、本来なら率先してリーダーとして振舞うべき役割を経験したことは少な

いのだ。またギルド長としての特権すらほとんど使用していない。

 だとしても、自らの意志でギルド長を降りる事はできない。それは逃げだ。ナザリッ

ク全体への背信だ。モモンガがすべきことはただ一つ。ナザリックの主に相応しくな

るように努めることだけである。だからこそ、鈴木悟の私情は捨てなければならない。

(……この村で学べる事はもうないだろう。より情報を手に入れるためにも、早急にナ

67 第4話

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ザリックに帰還して情報を共有するべきだ)

「この村でするべき事は終了した。アルベド、ナザリックに帰還するぞ」

 アルベドは自分の命令に従ってか柔らかい雰囲気を出している……それこそ本当に、

自分の妻になって欲しいと願いたくなるほどの……そんな事はしないが。

「承知しました」

(アルベドの柔らかい雰囲気は、私が命令したから浮かべているのだろうな……もし自

発的にしてくれているなら、あるいはこの村とも……)

 そこで考えを切る。人間を敵視するナザリックの支配者が浮かべてはいけない物な

のだから。何よりも、今のモモンガの考えは、ナザリックのためではない。自らのため

に思った事柄だ。

(これ以上、ナザリックの支配者に相応しくない事を考えるべきじゃない。NPC達に

失望される可能性がある事は避けるべきだ)

 もっとも、アルベドに関しては手遅れかもしれないが。カルネ村に降り立ってから、

何度も無様な姿を見せ続けているのだから。

 とはいえ、カルネ村は情報源として大変有用でもあり、初めて友好関係を築くことが

できた村だ。自分の正体を知っていることもあるので、継続して情報のやり取りをする

ことも可能なはずだ。多少甘い顔をしても許してくれると信じよう。後は、自分が鈴木

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悟の感情に区切りをつけて、彼女に母を重ねなければ、全て上手くいってくれるはずだ。

 アインズは村長たちに別れを告げるために探し出す。途中でネムを見つける。ネム

月光の狼

ムーン・ウルフ

もこちらに気づいたのか近づいてくる。

も一緒だ。

(ずいぶん仲良くなったように見えるな)

 一人と一匹は笑顔でじゃれ付いているようにも見える。何となくペロロンチーノが

幼女ロ

幼女ロ

が好きだったのも分かる気がする。

が天真爛漫な姿でいるのは心が温かくな

る。ロリコンになるつもりは一切ないが。

「ネム、私たちはそろそろナザリックに帰ろうと思う」

 ネムが目を見開き驚きを表現している……アインズが帰るのが寂しい。まるで帰ら

ないで欲しいかのように。ネムの子供らしい率直な感情表現を見ていると、荒んでいた

心が落ち着いた。ネムはモモンガの感情にとって癒しのようだ。……ロリコンではな

いが、ただ見て癒されるぐらいはセーフだろう。そう、ちょうど小動物を見ているよう

な感覚だ。だから、俺は決して道を踏み外していない。

(この思考も、今までの失敗からくる逃避なのかも、な)

「……もう帰られるんですか?」

「あぁ……私がここでできる事は終わったからな……後はネムたちがすべきことだ」

月光の狼

ムーン・ウルフ

 ネムがより寂しそうにしている……

と別れるのも辛いのだろうか? 自分

69 第4話

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からみても仲良くなっているようにも見える。……ンフィーレアの事もある。ネムと

も仲良くしていても、アルベドも特に問題はしないだろう。

月光の狼

ムーン・ウルフ

「ネム……そう寂しそうな顔をするな。また会える。それと

、私がいない間

しっかりネムに仕えて、この村を守るんだぞ?」

「……良いんですか? ありがとうございます、アインズ様!」

「構わない。ところでネム、村長たちはどちらかな?」

「はい、こっちです!」

月光の狼

ムーン・ウルフ

 ネムが大きな声で話しながら、

と一緒に小走りで駆け出す。アインズ達も後

ろから歩いて追いかける。歩幅の違いでネムが小走りでも、周りを観察するぐらいの余

月光の狼

ムーン・ウルフ

裕はあるぐらいだ。そのとき警戒に出していた

から二つの集団がこちらに近

づいてきたとの報告がきた。

(また敵か……この村を滅ぼすつもりか……)

 周りを見ると村人たちはアインズに感謝を述べながらも、全力で様々な作業に取り組

んでいる。その眼には虐殺をされたとは思えないほどの、強さを感じた。

(なぜ、この村を滅ぼそうとするんだ……彼らはその日その日を、全力で生きているだけ

だろう!……なぜ彼らを苦しめるんだ!)

 アインズは、彼らに命の輝きを見た。鈴木悟のころには無かった人間の光を……掛け

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替えのないものを。だとしても彼らを救うことはできない。もし、ナザリックが存在せ

ず、この世界に来たのが自分ただ一人であるなら、命を懸けて救ってもよかった。しか

し、自分にとっての宝物が存在しているのだ。

 (……俺は、ナザリックの支配者だ。仲間たちが見つかるまで、これは不変だ。……確か

に彼らには十分以上の報酬は頂いたが、これ以上ナザリックに危険を招きかねない行動

は慎むべきだ……そうだ。彼女は母じゃない。ただ似ているだけの他人なんだ。彼女

と母をこれ以上重ねるな。……優先順位を間違えるな、『アインズ・ウール・ゴウン』!)

 何度も心の中で繰り返す。自分はアインズ・ウール・ゴウンであると……そして村長

の下に辿り着く。何人かの村人達と真剣に話し合っている。もしかしたら危険が迫っ

ている事に気付いたのかもしれない。

「何かありましたか、村長?」

「おお、アインズ様。実は戦士風の者達が近づいているらしいのです。」

 村長達は少し遠慮がちに伝えてくる。これ以上迷惑をかけるわけにはいかないとい

う感情が伝わる。しかし手を借りなければ生き残れないのも分かっているのだろう。

村長が意を決して話しかけてくる。

「アインズ様! ご無礼は重々承知です! 何度も手を借りるのは間違ってるのも分

71 第4話

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かっております。ですがお願いです! ……女と子ども達を逃がしては頂けないで

しょうか?」

 ……意表を突かれた。村の助けを求めるとばかり考えていた。村人たちも何か覚悟

を決めた眼をしている。

死の騎士

デス・ナイト

「なぜ私に助けを求めないのです?そこの

を使えば、おそらくあなた方全員を

救えるはずです」

「我々は、アインズ様に返しても返しきれないほどの恩を受けました!これ以上ご迷惑

をおかけしたくありません!……それなのに女子供を助けてくださいと願うのは間違

いなのは承知しています! ですがどうかお願いします!」

「「お願いします!アインズ様!」」

 村人たちも村長に続きお願いをしてくる。何故だろう? 彼らの姿は輝いているよ

うに見える。全員が死を覚悟しているからだろうか?

(……この村人たちを、見捨てる? 女子供を救うために、命を捨てる覚悟をしている者

たちを? 私にこれ以上迷惑をかけずに、解決しようとしている者達を?)

 ネムが前から少し不安そうに見上げてくる……一瞬だがその目に、悔しさを見る……

自分が何もできない事に対して。仲間たちを失った日……母を失った日、自分もそう

だったのではないか?

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 そして、彼女も……母に似た人も自分を見つめている。

 止めてくれ。俺にこれ以上、過去を思い出させないでくれ。母を思い出させないでく

れ。俺を、鈴木悟に戻そうとしないでくれ。俺は、アインズ・ウール・ゴウンなんだ。ナ

ザリックの安全を最優先で考えるべきなんだ。だからあなたたちを見捨てるしかない

んだ。

「アインズ様。私からもお願いします。どうか子どもたちだけでも、お救い下さい」

 止めろ。俺を母に似たその瞳で見るな……そうだ。1日にこんな辺鄙な村が何度も

襲われるんだ。確実に危険だ。自分達がどれほどの強者か分からないんだ。ナザリッ

クを危険に晒していいはずがない。

 例え、自分に人間の輝きを見せてくれた彼らが虐殺されるのだとしても。ナザリック

のためなら我慢できる。

 例え、アンデッドになった自分を最初に受け入れてくれたネムが面白おかしく玩具に

されたとしても、ナザリックのためになら、辛くとも許容して見せよう。

 例え、母に似た人が切り刻まれ、誰かを庇って殺されたとしても。残虐な拷問をされ

て殺されるのだとしても許容して……

 ──『悟』──

 …………駄目だ。ナザリックのためだとしても、許容できない。ほかの者たちを見捨

73 第4話

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てる事は、ナザリックのためなら、どんなに辛くとも許容してみせよう。だが、彼女だ

けは見殺しにできない。ナザリックの安全のためだとしても許容できない。

 彼女が母ではなく、ただの赤の他人だとは分かっている。だとしても見捨てられな

い。もし仮に、彼女を見捨てれば永遠に後悔する。だって、自分は彼女を母と重ねてい

るのだ。彼女を見捨てる事は間接的に母を見捨てる事になってしまう。

 それは、それだけは、絶対に許容できない。

 それでも見捨てれば、アンデッドの特性すら凌駕して、きっと心が壊れる。ナザリッ

クの支配者に必要な演技すらできなくなる。

 ……故に救おう。彼女たちを。だが、これは『アインズ・ウール・ゴウン』の支配者

に必要な感情ではない。モモンガ、否、鈴木悟の個人的な感情だ。

「……少し待っていて……いや、村人たちを一か所に集めていてください。アルベド付

いてこい」

「畏まりました」

 少し歩く。村人たちから遠すぎず、内緒話ができる程度の距離だ。アルベドも自分が

内緒話をしたいと感づいているのだろう。質問をしてくる。

「……如何なさいますか、アインズ様? 御命令さえあれば、この村に近づく者たちは、

私が排除いたしますが?」

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「それには及ばない。私の手で救おう」

「畏まりました。僭越ながら前衛を──」

「いや、それにも及ばない。アルベド、今すぐこの場を離れ、アウラたちと合流せよ」

「なっ! 危険です! 誰がアインズ様を護衛するのですか!」

「護衛は、いらん。これは『俺』の個人的な感情だ。私情でお前たちを危険に晒すわけに

はいかん……アウラたちと合流次第、ナザリックに帰還せよ」

「いけません! アインズ様が何をお考えかは私には理解できません! しかしアイン

ズ様を危険に晒す命令を受け入れる事なんて──」

「お前が……お前たちが本当に、私に対して忠誠を誓ってくれているなら、今だけは命令

に従ってくれ」

 アルベドの絶句した表情が目に浮かぶ。それと同時に、絶対に受け入れないという意

志を感じる。だが、『鈴木悟』も引く訳には行かない。彼らは仲間たちとの思い出の結晶

だ。ナザリックに何一つ関係がない、自らの私情で彼らを危険に晒すわけにはいかな

い。支配者として失格と思われたとしても。

「これは『アインズ・ウール・ゴウン』としてではなく、ただのモモンガとしての感情だ。

ナザリック全体を危険に晒すわけにはいかん」

「……モモンガ様の御意思こそ、ナザリック全体の御意思で御座います!」

75 第4話

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私鈴木悟

「……すまない。一つ誤解をさせた。これは、モモンガになる前の

の感情だ。故に、何

一つナザリックは関係がない。仲間たちの遺産でもある、お前たちを危険に晒すことは

できない」

 アルベドの表情から光が抜け落ちていくのがわかる。やはり、ナザリックの支配者と

して、相応しくないと考えられただろうか? だとしても、もう後には引けない。賽は

投げられたのだ。 

「モモンガ様がこの村に何を見られたかは、私ごときには理解できません。ですがモモ

ンガ様に、万が一の事があれば我々は生きていけません! モモンガ様を危険に晒すぐ

らいなら、どうか私を使い潰してくださいますよう、お願い致します」

 ……これは説得に時間がかかる。下手をすれば、説得すらできない可能性がある。彼

らを危険に晒したくはなかったが、妥協しよう。

「ならば、だ。アウラたちの下に向かえ。敵が強敵だった場合、伏兵として行動せよ。そ

れと、これを持っていって護衛せよ」

 これなら、自分の願いとアルベドの思い、どちらの思いもくみ取ったものだ。どちら

の立場でもベストではないが、ベターにすることができる。後は『スタッフ・オブ・ア

インズ・ウール・ゴウン』をアルベドに預けて、護衛してもらえばいい。ギルド武器が

失われるリスクを考えれば、ナザリック最高の楯ともいえる、アルベドに護衛してもら

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うのがベターなはずだ。例え、自分に不慮の事態が起きたとしても、ナザリックの滅亡

と言う、忌避すべき最悪の事態は避けられる。

 本来なら、この村を見捨てて帰還するのが最善なのは分かっている。若しくは、彼ら

を全員連れて逃げ出すかだ。とはいえ、どこに逃がすかが問題になる。一番はナザリッ

クの第6階層かもしれないが……それこそ、人間に対する悪感情で何かが起きる可能性

もある以上、除外するしかない。

 だからこそ、自分がすべきことは、彼女たちを守りたいという『鈴木悟』の私情を成

し遂げる事、『アインズ・ウール・ゴウン』としてナザリックを危険に晒さないことだ。

同時に実行しようとする以上、ギルド武器がない事で起きる、ステータスの低下と、前

衛がいない事のリスクを許容しよう。自らのステータス低下等にによる敗北のリスク

より、『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』が破壊されることのリスクの方が

高い。それに、ギルド武器は、ギルド長より価値がある。

 ユグドラシルではギルド長が死んだとしても、プレイヤーである以上レベルダウンだ

けで蘇生できた。しかし、ギルド武器は一度破壊されれば、それで終わりである。『ス

タッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』が破壊されることはナザリックの滅亡と同

義だ。それに対してギルド長の死亡のリスクは軽い。例え、この世界で蘇生ができるか

は分からず、一度死んでしまえば終わりだとしても、だ。

77 第4話

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「………前者は了解いたしました……しかし、その杖をお預かりすることはできません。

それは、モモンガ様だけがお持ちになるべき物で御座います」

 違う。この武器は仲間たちとの思い出の結晶でもある。危険に晒すことはできない。

だが、時間が惜しい。早く動かなければならない。マジックキャスターである自分には

戦いのためには準備が必要である。それが整う前に敵が到着してしまえば、より不利な

戦いになってしまう。

(皆さん……すいません。俺はナザリックを危険に晒します。間違いだってことは分

かってます。それでも、この村が滅ぼされることは見過ごせないんです。たっちさんが

……皆さんが私を救ってくれたみたいに、救いたいんです。だから、この村を救います

!)

 頭の中で大切な仲間達に村を救うと宣言する。きっと誰もが仕方ないと言ってくれ

ると信じて。

 そして、母に似た人を救おう。

「分かった。ならば、行動を開始せよ……敵が我々を打倒できる存在だった場合、私より

ギルド武器を守れ。私は死んでも蘇生できるが、この杖は別だ」

「なっ! そのような事──」

「時間は有限だ。行動を開始せよ……文句は後で聞こう」

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 アルベドが一瞬影のある表情を作ったように見えるが、静かに礼をして、アウラたち

のもとに向かう。やはり、ナザリックの主失格と思われただろうか? 当然なのかもし

れない。もし仮に、アルベドがナザリックの主失格と言うのであれば、大人しく弾劾を

受け入れよう。アルベドがそれでも自分が主に相応しいというのであれば、少しでも彼

らが言う絶対の支配者に近づく努力をして見せよう。

 だから、この場だけは、自分の私情の下に動こう。モモンガは自分から離れ行くアル

ベドをもう一度眺めて、村人たちの元に戻る。

 ナザリックの主であるアインズ・ウール・ゴウンやモモンガとしてではなく、ただの

鈴木悟として。その背中には絶対にこの村を守る覚悟があった。

  ★ ★ ★ 今日の守護者統括

 アインズは何も答えない。だが、一つだけはっきりしたことがある。この村には何か

がある。モモンガの大切な物が、だ。それが何かは分からない。どちらにせよ、アルベ

ドにとって嬉しい話ではない。恋敵になる可能性がある者がいると判断できるのだか

ら。だがそれに対する嫉妬心が今は浮かび上がらない。

 だって、今のモモンガは壊れそうなのだ。

 感情がただ揺さぶられたでは済まない。本来ならアンデッドの特性で、すぐに沈静化

79 第4話

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しているはずだ。しかし沈静化が追い付いていないのだろう。沈静化が追い付かない

ほどのモモンガの何かを抉ったのだ。

 それを思うと、ただ命令されただけのシモベをこの手で八つ裂きにしたいほどだ。だ

が、本来の罪人は別にいる。

(セバス! なぜ、モモンガ様のご命令をちゃんと伝えないの!)

 ……後で、叱責すべきことだが、今考える事ではない。考えるべきことは他にある。

モモンガは「私からこれ以上奪わないでくれ」と明言した。

 つまり、だ。モモンガ以外のギルドメンバは─何者かに奪われた可能性が浮上した。

自分たちやモモンガを捨てたわけじゃない可能性が、だ。

 仮にこの考えが事実なら、アルベドの恨みを向ける対象は変更される。モモンガから

ギルドメンバーを奪い去った者たちにだ。

 それとも、感謝すべきなのだろうか? 彼らがいないことで、自らがモモンガの一番

になれる可能性が上昇したのだから……今のモモンガを見ていなければ、そう思ったか

もしれない。

(私は……どうすれば、モモンガ様の御心をお救いできるの?)

 分からない。何があったのか分からない以上、自分に判断することはできない。仮に

彼らがいれば、救えただろうか? モモンガを救った、たっち・みーなら救えるのだろ

80

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う。だが、彼らが今いない上に、モモンガを捨てた可能性も現時点では完全には排除で

きないのだ。

 それに、アルベドにはもう一つ疑問がある。モモンガの怒りは、ギルドメンバーを奪

われたことではなく、何かもっと根源的な物に思えた。

 その証明として、名乗るといわれた『アインズ・ウール・ゴウン』としてでも、モモ

ンガとしてでもなく、それ以前の名前でこの村を救うと仰ったのだ。

 だからこそ、アインズ・ウール・ゴウンの一部である、私たちに帰還するように命令

されたのだ。ギルドの象徴を持って。万が一の場合、死ぬのはモモンガだけでいいと判

断されて……もっとも、それは絶対に許容できないため、一部は撤回させたが。

 (……アウラたちと合流して伏兵として動く準備を整えないと。エイトエッジアサシン

たちは……村人の護衛? 私たちがモモンガ様を護衛として動けばいいのかしら?)

 そして、モモンガが別れ際に発した一言を考える。自分よりもギルド武器を守れ。論

理的に捉えるとしたら、正解なのかもしれない。プレイヤーは蘇生できることは知って

いる。しかし、ギルド武器である『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』は『ナ

ザリック』その物ともいえる。

 仮に破壊されれば、ナザリックの全てが崩壊するかもしれないのだから。だが、それ

81 第4話

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でもモモンガの死亡は絶対に許容できない。他のNPCたちも同じなはずだ。

 それに本当に蘇生できるかもわからないのだから。

 万が一の場合は、アウラたちにギルド武器を持って、ナザリックに救援を呼びに逃げ

帰ってもらうしかない。そして、自分がモモンガの楯になる。現状で考えられるのはこ

れだけだ。

82

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第5話

  アルベドを見送ったモモンガは、アルベドに後ろ髪を引かれながら村人たちの元に戻

月光の狼

ムーンウルフ

る。途中召喚者のつながりを通じて、二匹の

に自分が戦いの準備をする間、少

しでも時間を稼ぐように命令を下しながら……どうやら村人たちは一か所に集まって

いるようだ。

「……アインズ様。アルベド様は?」

「アルベドには伏兵になってもらいました。今から私は魔法で戦いの準備をします。女

子供たちだけで避難する必要はありません。この村は……あなた方は私が守りましょ

う」

「…………ありがとうございます!」

「「ありがとうございます!」」

 村長をはじめ、村人たち全員が感謝の印としてだろう。深々とお辞儀をする。

「構いません。それに、私にも目的があります」

「……目的、ですか?」

「ええ。目的です。生前では叶えることができなかった、願い。かの……あなた達を助

83 第5話

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ける事で、私は生前の願いを一部ながら叶えることができます……なので、私があなた

達を助ける事で気に病む必要は一切ありません」

 村長をはじめ村人全員が困惑している。なぜ自分たちを助ける事で、生前の願いをか

なえることができるのか不思議なのだろうか?

(まぁ、代償行為に過ぎないんだがな……)

 自然と視線は一人の女性に吸い込まれていた。仮面があるからはばれてはいないだ

ろう……浮かついている場面ではない。気を引き締めなければ。敗北は許されないの

だから。

「さぁ、皆さん下がっていてください。今から私は魔法などを使って戦いの準備をしま

す」

「……アインズ様。よろしければ、いえ、私たちも共に戦わせてください。アインズ様だ

けに戦わせるなんて失礼な真似はこれ以上できません。足手まといかもしれませんが、

どうか」

 確かにそうだ。自分は彼らを守るために戦う。本来なら自身で身を守らなければな

らない以上、アインズが戦うのは一重に彼らの代理と言う立場ではあるのだろう。

 村長は先ほど言った通り、命を懸けても子供たちの未来を守りたいのだろう。もちろ

ん、村長だけでなくほかの村人たちも。これが、これこそが本当の人間だと信じたい。

84

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(……人間とは、かくも偉大な者だったのだな……)

 それでも、彼らともに戦う訳には行かない。だってこの戦いは自分の我儘でもあるの

だから。

「共に戦うと言ってくれるのは、嬉しいです。ですが、強力な魔法を使用することになる

可能性もあります。なのであなた達は、私の後ろで女性や子供たちを守ってください

……あなたたちの真の戦いは、この後です」

 そう、彼らはこの後村の復興をしなければならないのだ。それこそが、彼らがすべき

ことだ。村長達も理解しているはずだ。それに村長が傷つく事は彼女が悲しむ結果に

なる。それは嫌だ。

 「……感謝いたします」

「感謝には及びません……さぁ下がっていてください」

 有無を言わさずに下がるように言う。これ以上時間のロスは許容することはできな

い。村長や村人たちは静かに礼をして後ろに下がる。ただ、夫人は下がらずに前に出

た。あ

りがとうございます

悟、

 ただ、その一言だけを述べて下がっていった。何に対しての感謝だったかは分からな

85 第5話

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い……だが、自分の判断は間違っていなかった。ただ、その感情を深く噛みしめながら、

敵が近づいている方向に向き直る。

 その時、聞き覚えのある声が聞こえた。

「アインズ様! 無事に帰ってきてくださいね!」

 その声の持ち主は自分が最初に助けたネムである。

(……守らなければならない物が、たくさんあるな)

 今アインズが守らなければならないものは多い。本来ならナザリックだけでよかっ

た。だが、自分に最初に感謝をくれたネム。ネムの存在は大きい。彼女がいなければ、

ここまでこの村と仲良くなることもできなかった。もし、ネムが自分に怯えていたら、

きっと素顔を晒すことはなく、ずっと自分を偽るしかなかった……きっと母に似た人と

も仲良くなることはなかった。

 振り返らずに手を上げる事でネムに対する返事として、自分や村人たちに防御の魔法

を唱える。MPを考慮して適切に配分しながら。

「防御魔法はこれぐらいでいいだろう。後は、前衛か」

 元々アインズは前衛無しで戦うつもりであった。アインズ自身には複数の前衛を召

喚する能力を持ち合わせているが、今すぐに使える物がなかったからだ。

特殊技術

 例えば

で召喚できるアンデッドの副官は経験値を使用して自身が弱体化す

86

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るため、敵の強大さが分からない現状では使う訳にはいかない。それに今回の件を乗り

越えた時のことを考えても、リスクが高すぎるため自ずと却下されてしまう。

特殊技術

 また

アンデット創造を使用すれば、七十レベルまでであるが前衛を召喚でき

る。敵が自分と同格と考えても、楯の役割ぐらいならこなしてくれるはずだ。とはい

え、アンデッドが生者を憎んでいる事が常識である以上、これ以上アンデッド系のモン

スターを召喚する事は却下だ。彼女たちを不安にさせる真似は慎もう。今召喚してし

死の騎士

デス・ナイト

まっている

は諦めるしかないし、自分ではなく彼女の護衛にするため自分の前

衛にはなりえない。

(……それに、アンデッド系のモンスターは人間に対して、危険なパッシブスキルを持っ

ている存在も多いしな)

 例を挙げればオーバーロードである、モモンガ自身だ。パッシブスキルである、絶望

のオーラを解除していなければ、この村の者たちは誰一人生きていない。そしてアン

デッド系モンスターは少なからず、自分に近しいパッシブスキルを持っている。召喚し

た時点でモモンガの望みである、彼女たちを救うという目的の達成は不可能になる。例

え、敵が強大だったとしても絶対に召喚できない。

(ははは……本当に不利な戦いだ、な。オーバーロードの利点を封じて戦わなければな

らないなんて……)

87 第5話

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 だが、後悔はない。救うと決めた時から、不利は覚悟はしていたのだ。

 次に、位階魔法で前衛を召喚する事も考えたがMPを相応に使用するため、継戦能力

が落ちる。アインズのMPなら誤差かもしれないが、MPの回復は時間経過しかない。

使用するなら、敗勢濃厚で彼女……村人たちをどこかに逃がす場合だ。

 では前衛を呼び出す手段として、超位魔法はどうだろう? ……確かに護衛対象が多

いこの場で最適と言えるかもしれない魔法もある。アンデットである自らに相応しい

天軍降臨

とは決して言えない超位魔法、

だ。

(これなら、護衛の役目も楯の役割……殿もこなしてくれるはず何だが)

 ネムは自分を神と間違えていた。あるいは今からでも、アンデットの姿をした神の演

技をしてみてもいいかもしれない。

 超位魔法に弱点が存在しなければ、だが。残念ながら超位魔法にも弱点が存在する。

発動までに長い詠唱を必要とし、リキャスト時間が長く再使用に時間がかかるのだ。前

者は課金アイテムで解除できるが、後者はどのような手段でも解除できない。

 何よりも戦術的に超位魔法を先に放つのは愚かの行為でもある。ユグドラシル時代

のプレイヤー戦では先に超位魔法を放って勝ったためしがほぼ存在しないことが、先手

を打って超位魔法を放つことが下策であると証明している。

(それに、超位魔法を一度も実験せずに行使するのは怖い)

88

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 威力故に一度も検証せずに使用する事には躊躇いもある……使用しなければどうし

ようもなくなった場合には、躊躇なく使うつもりだが。

 以上の点からアインズは自身の能力で前衛を呼び出すつもりは無かった。しかし、し

かしだ。ここにはそれを覆すアイテムが存在する。

 そう、『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』だ。アルベドに預けるはずだっ

た、最重要アイテムだ。この武器は召喚魔法では召喚が叶わない、最上位に最も近い精

霊を呼び出すことが可能だ。レベルも80代後半である。

 アルベドには劣るが十分にアインズの前衛を務める事ができる。スキルで召喚した

ものと違い、村人たちに悪影響を及ぼすパッシブスキルもない。熱波は危険かもしれな

いが、十分離れている。それに火に対する防御魔法はかけている。万が一の場合の殿と

して使い捨てにもできる。一定時間が経過すれば何度でも呼び出せるのだから。

 良いことづくめだ。

(……この杖が傍にあることに感謝だな……これがあれば、同格の敵がいてもどうにか

月光の狼

ムーンウルフ

できる……それにしても、足止めに出した

たちも無事だな……敵は弱いのか?

 いや、弱いモンスターがいる事で逆に警戒しているだけのかもしれない)

月光の狼

ムーンウルフ

 アインズは二匹の

たちに自分に合流するように命令を下す。3匹とデス・ナ

イトは彼女たちの護衛に専念させよう。

89 第5話

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(さて、準備は整った。始めよう)根

源の火精霊

プライマル・ファイヤーエレメンタル

 そして火の宝玉の力を開放し、

を召喚した。村の中心の空気を燃や

しながら炎の渦が走り、やがて人型となった。

     アインズにより召喚された炎の塊を見た村人たちの心はただ一つである。それを代

表するかのように幼い一人の少女の声が村中に響いた。

「……すごい」

 ★ ★ ★

  ガゼフ以下戦士達は急いでいた。

 ガゼフ以下戦士達には使命がある。無差別に殺戮されている、村人たちを救う事だ。

これはガゼフ達にしかできない事だ。

 いや、ガゼフを殺すために無関係の村人を殺戮しているのだから村人を救出する事は

義務である。

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 辺境の村では魔物が出ても誰も手を差し伸べてはくれない。金がなければ冒険者を

雇うこともままならない。貴族は一部を除き助けてくれない。

(だからこそ、村人を救う存在がいる事を絶対に示さなければならない)

 間に合ってくれと。これ以上犠牲が出ないようにとガゼフは願う。

「戦士長! 次の村が近づいてきました!」

「そうか……各員戦闘準備! 必ずこれ以上の殺戮を止めるぞ!!」

 ガゼフ直轄の戦士達が同意の返事を力強く返してくる。ただ我武者羅に馬を走らせ

村に向かう草原を突っ切る……そして、ガゼフは何かを感じた。感じたままに叫ぶ。

「止まれ! 武器を構えろ!」

 訓練された部下たちは、自身の言葉に何も疑うことなく命令に従う。全員が草原の真

ん中で、警戒する。

 ……草原が風で動いたのではない不自然な動きをし、何かが目の端を横切った。

「っ!?」

 気づいた時ガゼフは剣を振るっていた。大きな狼が飛び掛かっていたのだ。驚いた

ことに狼の研ぎ澄まされた牙と剣が硬質な音を周囲に響かせた……結果は簡単だ。周

辺諸国最強の戦士であるガゼフが攻撃を防ぎ、足場がない空中でガゼフを前に一瞬であ

るが無防備な状態をさらした。特徴である敏捷を活かせない以上、狼の死亡は明白だ

91 第5話

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……そう、本来ならそうなるはずであった。第二の攻撃がなければ。

 そう、気づいた時にはもう一体の狼が先程と同じようにガゼフに襲い掛かっていた。

今のガゼフは一匹目に追撃しようとしていたため虚を突かれる結果になった。受けれ

ば死にはしないが大ダメージを追う。

 咄嗟にガゼフは馬から落馬するように爪の一撃をよける。二匹目の大きな爪が空気

を裂きながらガゼフは地面に着地……それを待たずに着地を済ませてた一匹目がすで

に、馬を回り込むようにして自身に追撃をかけようとしていた。

「このっ!」

 しかし狼の攻撃はガゼフに届かない。事態に気づいた戦士たちが馬上から各々武器

を振るって攻撃を仕掛けていたからだ。だが敵も然るもの。敏捷を活かして武器が振

り下ろされた場には既におらず、もう一匹と合流してこちらに唸り声をあげているの

だ。

 ガゼフに対処を遅らせたあの敏捷なら、部下たちの攻撃を無視して突っ切ることもで

きたはずだ。しかしそれをしないのは相手も理解しているのだ。ガゼフ相手に一瞬で

も隙があれば負けると。

「戦士長、御無事ですか!?」

「大丈夫だ! それより、あの二匹から目を離すな!」

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 一瞬でも隙を見せれば、奴らはまた襲い掛かってくる。何より脅威なのは二匹ともガ

ゼフに準ずる力を持っていることだ。一対一なら負けはない。二匹同時に襲い掛から

れても、後の事を考えず深手を覚悟すれば確実に勝てる。しかし、部下たちは別だ。こ

の場にガゼフがおらず、戦士たちだけで戦えば全滅の恐れすらある。それほどまでに、

あの二匹は危険だ。一匹ずつの難度は六十位だろうか?

 単純に難度が六十程度であればガゼフなら簡単に勝てる。しかし、狼たちの特徴であ

る敏捷さと連携を活かされ、長期戦に持ち込まれた場合、ガゼフですら殺しきられる可

能性がある。

 イヌ科の動物たちは賢い。同じイヌ科の狼たちも同様なはずだ。彼らは集団で人間

を襲う。そして襲う方法も恐怖を感じる物だ。数日間、あるいは数週間に渡って付け狙

い続けるのだ。自分たちが眠りについた瞬間に彼らは襲いかかり睡眠をとらせずにガ

ゼフの疲弊を待ち、ガゼフが疲弊しきった瞬間に、咽喉元に食らいつくのだ。

 馬を利用して撤退した場合、自分の手が回らない方向から少しずつ戦士たちを消して

いくはずだ。ガゼフが庇うように隙を見せればそこに喰らいつく。

 救いがあるとすれば、群れではない事だ。もしあの二匹が多少力が劣る狼たちを連れ

て群れを形成していたのであれば対処する方法はなかった。少なくとも貴族たちに装

備を奪われた今は。 

93 第5話

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 それに狼たちも分かっているのだ。狼たちの脅威となる存在がガゼフしかいないと。

仮に部下たちを守ることを考えて戦う場合、完全武装のガゼフならいざ知らず今のガゼ

フの武装では荷が重い。この後襲撃を受けた村人たちをエ・ランテルまで護衛をするこ

とまで考えれば絶望的とも言える。

(だが、襲撃してきた今なら倒せる。いや、今倒すしかない!)

 単純に考えればあの狼の討伐はミスリル級の冒険者なら十分勝算があるだろう。一

匹ならば、だ。二匹同時の連携を考慮した戦力で考えた場合、ミスリル級の冒険者でも

厳しいと言わざるを得ない。二匹同時に討伐するなら最低でもオリハルコン級冒険者

が必要だ。

 それも、あちらから襲い掛かってくれればだ。逃げに徹されたら追い付けない可能性

が濃厚だ。そして万が一逃げられれば、多くの村人や行商人、ミスリル以下の冒険者が

犠牲になる。

 またあの二匹は帝国がガゼフを殺すために差し向けた存在……逸脱者が使役してい

るかもしれないのだ。

 故にガゼフは覚悟を決めた。手痛いダメージを追うことになろうとも、必ずこの場で

二匹を討伐すると。

 暫くの睨み合いを得て、ガゼフが武技を発動して踏み込もうとした瞬間、あの二匹は

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動いた。自分に向かってではなく、村に向かって。

「まずい! お前たち、今すぐに村に向かうぞ!」

 ガゼフは馬に乗り全力で駆け出す。途中、部下たちに村人の生き残りを連れて逃げる

ように命令を下しながら。村人たちが少しでも多く生き残っていてくれと願いながら。

途中、莫大な炎の渦が巻き起こった……まだ距離はあるはずなのに、熱波さえ感じられ

る。

 元々、今回の任務はガゼフを殺すための帝国の謀略ではないかとの予想は存在した。

魔法詠唱者

マジック・キャスター

なら、あの場にはガゼフを上回る

、フールーダ・パラダインがいるはずだ。

……もし本当にいるのならば勝ち目は無い。

(やはり、逸脱者があの場にいるのか? ……だが、引く訳には行かない)

 ガゼフは先程から鳴りやまない、チリチリとした殺気のような何かを意識的に無視す

る……無視し続ける。だが戦士たちは別だ。誰も彼も表情が強張り呼吸が荒くなって

いる。この結果だけで、ガゼフが英雄であると暗示していると言える。

 村が見えた。村の広場の辺りに来ると、ガゼフは驚愕を隠せなかった。ガゼフが想像

していたものと全く違うのだ。

 大きな炎の塊がこちらを見下ろしていた……炎は全てを焼き、新しい物を生み出す。

また、物語などでは不浄な存在を浄化する役目を担う時もある。それを証明するように

95 第5話

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アンデッド系のモンスターは火が弱点なことが多い。また火は救済や信仰の対象にも、

恐怖の対象にもなりうる。では、目の前の存在は何か?

 きっと、人間が想像しうる全ての概念を兼ねた物なのだろう。暖かくもあり、恐怖を

精神に直接語り掛けている。しかし、鍛え抜かれた体は何も言ってくれない。本来な

ら、あれだけの炎の塊であれば強敵と断言できるはずだ。

 ならばある程度の力量なら理解できるはずだ。しかしガゼフは相手の力が分からな

い……それは非常に歪だ。

 自分を含めた戦士たち全てが、心に直接訴えかけるような恐怖からか呆然としてしま

う。ただその中でも観察を続けることはできたのは、幾度も死線を超えてきたからだ。

 先程ガゼフに襲い掛かってきた、狼二匹も唸り声を上げて警戒を露わにしている。ど

うやらあの二匹も炎の塊の仲間のようだ。

 ……気づいた。先程の攻撃は囮だったのだ。恐らく炎の塊の後ろにいる仮面をした

魔法詠唱者

マジックキャスター

が、炎の塊を召喚するための時間稼ぎだったのだ。そう、ガゼフに準ずる力

を持つ二匹の狼たちはただの、時間稼ぎでしかなかったのだ。

 よく目を凝らせば、後ろにいる村人たちの近くには死の姿を象ったと言える、アン

デットの騎士の姿すら見える。……それにガゼフたちに襲い掛かってきた狼と同種が

もう一匹。

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(……まずい!)

 本能が告げている。今すぐにこの場から逃げだせ、と。

 ガゼフが見たところアンデットの騎士は自分と同格と捉えるしかない。それを使役

魔法詠唱者

マジック・キャスター

する

も逸脱者と同格か、それ以上と捉えるべきだ。いや、炎の塊を使役して

いる点からも、間違いなく逸脱者よりも上だ。

 それに、アンデットの騎士の強さはある程度理解できたのだ。力量差が分からないよ

うに、何らかの魔法をかけられた訳ではないのだろう。つまり、炎の塊はガゼフが力量

差を把握できないほどの絶対的な差があると考えるしかない。それなら、本能がこの場

から逃げろと言っているのも良く分かる。

 ……完全装備のガゼフでさえ、逸脱者には勝てるか分からない。なのに、逸脱者以上

魔法詠唱者

マジック・キャスター

が自身と比べて桁外れの前衛を呼び出し、ガゼフと互角のアンデットの騎

士を使役し、ガゼフに準ずる三匹の狼を使役している。

魔法詠唱者

マジック・キャスター

 ガゼフでは

が使役している中で一番弱いはずの狼三匹の連携にすら絶対

に勝てると断言できない。死の騎士とは一対一で立ち会ったとしても、完全武装でなけ

魔法詠唱者

マジック・キャスター

れば勝ち目は低い。炎の塊と

に関しては戦いになるかすら分からない。

 戦力差は絶望的であり、ここは死地だ。しかし引く訳にはいかない。何故か? もし

仮に卑怯にも逃げ出したとしても、数歩も行かないうちに追いつかれ殺されるからだ。

97 第5話

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逃げる事は意味がないのだ。

 さらに言えば、彼らと敵対することは愚かだからだ。例え王国の全戦力を以てして

も、彼らには叶わない。ガゼフはそう直感してしまう。

 ──ガゼフの考えは当たっている。もし仮に『アインズ・ウール・ゴウン』を打倒し

ようとした場合、法国、評議国、八欲王の戦いに参戦しなかった竜王たち……現地の全

戦力が集結しなければ敵わないのだから─

魔法詠唱者

マジックキャスター

 救いがあるとすれば、

は村人たちを庇うように立っていることだ。村人た

ちが一切恐れた表情を出してない事からも間違いがないはずだ。

 なら、交渉の余地はあり敵対しない方法も、友好関係を築くことも不可能ではないは

ずだ。

 ガゼフの後ろで驚愕と恐怖を滲ませた戦士達が立ち直る前に、ガゼフは身分を明か

す。分かりあえると信じて。友好関係を気付くことが、自分を引き上げてくれた王の恩

義に報いる結果になると信じて。

「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフである! 王命により近

隣を荒らす騎士たちの討伐のために村々を回っている……我々は君達の敵ではない!

 どうか、話を聞いてもらいたい!」

 ★ ★ ★

98

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 王国戦士長の声を聞き周りではざわめきが起こる。アインズは村長に聞いた話の中

に王国戦士長の話があった事を思い出す。王直轄の精鋭を指揮する戦士らしい。

(しかしなぜ戦士長が来たのか……名を騙ってる人物ではないか?)

 上層部に属する者が助けに来るのは信じられない。アインズは後ろにいる村長に聞

こえるように、大声を上げる。本物かどうかの確認のためだ。

「目の前の人物は本物ですか?」

「……申し訳ありません。噂でしか聞いたことがありませんので……誰か、知ってるか

?」

 村長の質問に村人全てが首を横に振る……つまり彼らはグレーな存在だ。敵とも敵

でないとも断言できない。

 しかし一つだけ言えることがある……警戒が滲みでる空気を無視して大声を張り上

根源の火精霊

プライマル・ファイヤーエレメンタル

げて自らの名前を名乗った……本物の戦士長かは判断しかねるが、

無視できるのだから……大物ではあるのだろう。

 事実、彼以外は驚愕の姿勢から立ち直れず恐怖の表情から立ち直れていない。彼が、

ほかの者たちと違う事を証明している。

 そう、自らに匹敵する強者の可能性だ。

「…………あなたは一体何者ですか?」

99 第5話

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「……私はアインズ・ウール・ゴウン。この村を騎士たちから救った者です」

 その返事を聞きガゼフは馬から降りて、自らに近づいてくる。何をするつもりか分か

根源の火精霊

プライマル・ファイヤーエレメンタル

らないが、もし

を避けて自分や村人たちに接近しようとした場合、即

座に攻撃を下す必要がある。しかしその必要はなかった。

根源の火精霊

プライマル・ファイヤーエレメンタル

 なぜなら王国戦士長と名乗った者は、

の前で立ち止まって頭を下げ

たからだ。

「この村を救って頂き、心から感謝する!」

 一瞬の静粛の後、後方の村人たちからも動揺が起こる。当然だろう、特権階級と思わ

れる者が身分不明の者に頭を下げるのだから。

「……みなさん、恐らくですが王国戦士長と言うのに偽りはないでしょう。……しかし

欺くための罠という事も考えられます。警戒は怠らないでください」

 後方の村人たちに指示をしながらどうするかを考える。一番は敵の強さを調べる事

だが、残念なことにモモンガは敵の強さを調べる魔法を所持していない。なので奇妙な

月光の狼

ムーンウルフ

月光の狼

ムーンウルフ

繋がりを通して彼の足止めを行った

に確認してみると、

を少し上回っ

死の騎士

デス・ナイト

ている程度であり、3匹同時でかかれば勝ち目は大きくなり、

ならほぼ勝てる

との返事が奇妙な繋がりを通して返された。

根源の火精霊

プライマル・ファイヤーエレメンタル

 つまり、

が前衛としているアインズにとって万が一にも負けはない

100

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敵だ。

(……偽物か? 王直轄の精鋭を指揮する人物がその程度とは考えられない。いや、力

生まれ持った異能

を隠している可能性もあるか? もしかしたら強力な

を保有してい

るからこその戦士長なのか?)

 警戒は続けるべきと結論付けたアインズは、戦士長に話しかけ少しでも多くの情報を

集めることにした。

「……失礼な話をしているのですが、何も言わないのですね?」

「この村は騎士に襲われている。警戒があっても仕方がない。……それにしても村人達

はゴウン殿を信頼しているな……」

 後方の村人達から声が上がった「アインズ様は私達を騎士から助けてくださった!」

「死にかけている者にポーションを振る舞い、救助活動も手伝ってくださった!」

 村人から声が飛んでくる。それを聞いたガゼフは驚愕を露わにする。

「……そこまでしてくださったのか……本来は我々がすべきことだが……ゴウン殿。

我々の代わりにそこまでして頂き感謝する。掛かった費用を教えてくだされば用意し

よう」

「それには及びませんよ……報酬は既に村人達から頂いている」

「報酬? ……すると冒険者なのかな? 私は寡聞にしてゴウン殿のような偉大な

101 第5話

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魔法詠唱者

マジック・キャスター

の名前を存じないが……」

「旅の途中でしてね? 名前は売れてないでしょう」

 予想していた質問なので上手に、誤魔化して強い情報の流出を避けることができた。

まぁ、これから少しずつ名前を売るつもりではあるが。

「……旅の途中か。ゴウン殿のような仁徳ある方の時間を奪うのは心苦しいが、時間を

頂いても?」

死の騎士

デス・ナイト

「構いませんよ。騎士達の事等説明も必要でしょう? 大半はそこの

に命を奪

わせましたが」

「なるほど、ではそちらの狼もゴウン殿が召喚したのかな?」

月光の狼

ムーンウルフ

「えぇ。そこの

は鼻が利くので敵の警戒に召喚しました。中々優秀でしてね

?」

「……では、この炎の塊もゴウン殿が?」

根源の火精霊

プライマル・ファイヤーエレメンタル

「……ああ。

の事ですか。ええ。そうですよ。その精霊は私が召喚し

ました」

「精霊……ですか」

根源の火精霊

プライマル・ファイヤーエレメンタル

 戦士長は

を見上げながら少し考え込む。まるで何かを迷っている

かのように……

102

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「……それでは、もう一つだけ聞かせて頂きたい……その仮面は?」

「敵になる可能性がある人物に、顔を見せるのは危険ですから……呪術の中には顔が分

かれば呪いをかける物もあるかもしれませんし。名前を教えたのはかなりの譲歩です

よ?」

「……なるほど」

 つまりまだ自分達はお前を疑っていると伝えると、深く悩み始める……相手が疑いを

晴らす方法を考えている間に話を進める。そう、これだけは確認しておかなければなら

ない。

「ところで戦士長殿。私が召喚したシモベが見つけた集団は二つ。一つがあなた達で、

もう一つの集団がいます」

 戦士長の顔は変わらない。しかし確かに空気が変わった。まるで新たな危険を感じ

たかのように。

「単刀直入に聞きます。あなた達は本当に村人の味方ですか? もう一つの集団が村の

味方ですか?……それともどちらも敵ですか?」

死の騎士

デス・ナイト

月光の狼

ムーン・ウルフ

 アインズの言葉で

達が警戒心から敵意を露わにし臨戦態勢に入

根源の火精霊

プライマル・ファイヤーエレメンタル

り、

が呻き声を上げ体から火花が散り真下にいたガゼフに降りかか

る。

103 第5話

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根源の火精霊

プライマル・ファイヤーエレメンタル

 

に威圧されたのか後ろの戦士団は表情に恐怖を表しながらが武器

を手にかける。

 それに応じるようにアインズもスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを構える。

……火花が散ってくるのを腕で庇っていた戦士長は部下たちを咎める大声が響いた。

「お前達、今すぐ武器を下ろせ! 我々は本当にあなた方の敵ではない! 信じてくれ

!」

「…………では、その集団は王国戦士長を殺すための集団ですかな? 多少この村を見

たところ、なぜ虐殺されたのか理解できない。……しかしあなた達をおびき寄せるため

に虐殺したのなら理解はできる」

「……なぜそれを?」

 非常に小さく喘ぐような声だったがアインズは聞き逃さなかった。……これで彼ら

に対する行動が決定した。

「なるほど。この考えは正しかったか……では戦士長殿、すぐにこの村を立ち去って頂

きたい……あなた個人はとても素晴らしい人物だ……身分不詳な私に対しても頭を下

げるほどのね。もし出会いが違えば、友になるのを願ったかもしれない」

 出会い方が違えばそれこそ共に冒険だってしてみたかったかもしれない。だが、彼ら

はカルネ村が襲われることになった原因でもある。……アインズの怒りを現すかのよ

104

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うに、仮面の下の目は赤い光を増していた。

「しかしだ……お前達はこの村に政治的な争いを持ちこんだ。彼らは一日一日を懸命に

生きているだけなのに。政治の都合で村は虐殺された……彼らは戦争にも出てない。

何も悪い事もしていないだろう? もしかしたら大勢の為という視点なら正しいのか

もしれない。多数の為にと言いながら少数を切り捨てる事はよくある事だ。お前がこ

の村の味方になろうとして、本当に村を救おうと行動しているのなら、今すぐこの村を

去れ! ……これ以上政治の都合を、この村に持ち込むな!」

 

根源の火精霊

プライマル・ファイヤーエレメンタル

 怒りのままに

に命令を下したい。だがそれはしない。ある意味彼

らは自分にとっての恩人でもあるからだ。カルネ村が襲われていなければ彼女と出会

うこともなかったからだ。最も許すつもりは一切ないが。理不尽ではあるかもしれな

いが、アインズは我儘である以上仕方がない。

 戦士長は頭を伏せて沈黙している。少し経つと何も言わずに馬の下に戻る。後悔を

滲ませながら村人たちに向かって頭を下げた。

「……行くぞ」

 ガゼフ達は何も言わずに村を立ち去ろうとした。しかし一歩遅かった。一人の戦士

が戦々恐々しながら近づいてきたからだ。

105 第5話

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「戦士長! 周囲に複数の人影が、この村を囲む形に接近しております」

「……どうやら警告を出すのが遅かったな……」

 アインズはぽつりと呟く。村人達から視線でどうすればいいかと問われながらアイ

ンズは考える。何が最善か、を。

 ★ ★ ★

 その後アインズは一先ず村人に村長の家の周辺に集まるように指示する。

 緊急事態なので戦士長達もそばにいる。村長も近くにいる。何かあった時にすぐに

根源の火精霊

プライマル・ファイヤーエレメンタル

村人達に指示するためだ。

が近くにいるため自分の安全も確保でき

ている。村人たちの安全も同様だ。

「……なぜ、スレイン法国の特殊工作部隊群の六色聖典たちが」

「知っているので?」

「詳しくは知らないが……貴族共を動かし、武装をはぎ取り何の罪もない村人を殺して

まで、私を殺そうとするとは……彼らは人類の守護者を自認しているはずだが……なぜ

このような事を!」

 戦士長が強い怒りを滲ませる。アインズは鼻で笑いながら話す。この男は確かに良

い人間なんだろう。見知らぬ民草のために怒っているのだから。しかし、村人が虐殺さ

れた要因の一つであるこの男に怒る資格はあるのだろうか?

106

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「それが政治では? 無辜の民少数を犠牲にして何かを掴もうとする……それに人類の

守護者? 表の顔でしょう?」

 つまりアインズは法国もどこにでもある利益を追求する国と断じているのだ。実際

人類の守護者を名乗る者たちが、なぜ無辜の民を殺すのかアインズには理解できない。

 ───これはアインズは知らない事だが……王国には罪がある。王や貴族、戦士長の

みならず、無辜の民にさえ存在するものだ。

 人類は法国がいなければ確実に滅んでいる。これは避けようのない事実である……

実際に竜王国という国はいつ滅んだとしてもおかしくない程にぼろぼろだ……法国の

秘密裏の支援がなければ確実に全ての人間が、生きたままビーストマンに食べられると

いう地獄を味わっただろう。現に、手が届かない場所では生きながら食われる人間が続

出しているのだ。

 そして王国の罪は重い。王国の隣にある帝国は腐敗を乗り越えて正常な国家への道

のりを歩み出している。帝国が人類の国を滅ぼそうとするのが、正しいかは判断が分か

れる所ではあるが……。

 しかし王国の腐敗は、帝国が王国を滅ぼす事を法国に容認させてしまったのだ。貴族

や王族は政争に明け暮れ、どれだけの民が飢えて死のうとも相手派閥が弱れば解決でき

ると現状を容認してしまっている。一部の貴族や国王を始めとした勢力が必死に立て

107 第5話

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直そうとしているが、ただ滅びの時の時間を延ばしているだけに過ぎない。

 麻薬を裏の産業にまで発展させ周辺国家に輸出しているのだ。

 たとえ法国が全力を出し切ったとしても、人類の滅びを回避できるかは分からない。

そんな現状を理解せずに同じ人間同士で争い麻薬を作り、犯罪組織が政治の世界にまで

勢力を伸ばしている。

「ふざけるな!!」

 法国が怒りのままに叫んでも許されるだろう。

 そして王国の上級階級に君臨する者たちにはより許されない罪がある。なぜならガ

ゼフ自身も認めているのだ。『冒険者』がいなくなれば、王国は滅びる事になると。だか

ら王国は冒険者に無理難題を強いれない。彼はここまで理解しているのだ。

 これは六大貴族と呼ばれる者達も理解しているのだ……国が常に滅びの可能性を占

めている事に対して自分達の手で身を守れず、所詮傭兵という要素が強く王国を去ろう

と思えば去れる者達に国の国防の一つを任せきりにしている。

 確かに冒険者がいるから何も手を打つ必要はない。住み分けは大事という考えもあ

るかもしれない。

 しかしだ。ガゼフは……平民出身であるガゼフだけは本当に理解する事ができたか

もしれないのだ。冒険者がいても王国がいつ滅んでもおかしくない事を。

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 辺境の村では魔物が来て、冒険者を雇えなければ、頭を低くして通り過ぎる事を願う

しかできないのだ。

 冒険者は適正な報酬が無ければ動く事はできない。それが冒険者のルールである。

これは冒険者の実力を考慮して実力に見合った敵と戦わせる、冒険者を守るという点で

正しいと言えるだろう。

 それが何十年も続いたらどうなるだろう?

 王国は税金がかなり高額であり、100の内60は税収として持っていかれる。残っ

た物では生きていく事がギリギリできるかどうかだ……そんな現状で魔物が来て、辺境

の村々が払う報酬があるだろうか? そもそも依頼を出すためには、冒険者組合がある

街に依頼をしに行かなければならないが、そんな時間的余裕はあるのだろうか? 依頼

を出しに行く途中で、村は滅びるのではないだろうか?

 塵も積もれば山となり、少しずつ村はなくなり王国は領土と税を納める平民たちを失

うのだ。

 ほとんどの貴族が村人を助けない。税金は払え、労役につけ。この現状が続けば王国

の民が住める場所は減少する。帝国ではなく、魔物によって。依頼が無ければ不幸な遭

黄金の姫

遇戦以外冒険者は動いてはいけないのだから。大都市では

の政策により多少

黄金の姫

改善傾向にあるが……もしかしたら

はこのことにまで気付いていたのかもし

109 第5話

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れない。だとすれば、どれだけ性根が悍ましい物であろうとも、王国に貢献しているの

は怪物である。

 しかし、いくら王国の問題を改善させようとも、焼け石に水だ。つまり王国は帝国で

はなく、魔物に滅ぼされる可能性すらある。

 万が一王国が滅びた場合、周辺諸国はどんな状況に陥るだろう? 法国は裏切り者で

あるエルフとの戦線を抱えている。また、竜王国にも支援をしなければならない。今で

すらギリギリ保っているはずの平和が崩れる危険性すらあるのだ。

 また人類の切り札と言われる、通常のアダマンタイト級冒険者は難度にして九十前

後。そしてこの世界には、アダマンタイト級冒険者を鼻で笑える強者が数えきれないほ

どいるのだ。そんな化物を相手に法国は単独で抗い続けている。

 スレイン法国からすれば、そんな現状で何も行動をしない、民も民だろう。現状を容

認してしまっているのだから。もし誰かが立ち上がれば現状を好転させる事が可能

だったかもしれないのに……確かに不可能に近いだろう。不可能と断言してもいいか

もしれない。そんな事をするのは後先考えない愚か者だけで、実際に行動すれば馬鹿に

されすぐに鎮圧されるだろう。

 しかし法国だけはそれを馬鹿にはしないし、それを不可能と断じないだろう。スレイ

ン法国は人類を救ってくれた六大神亡き後、人類滅亡という確定事項を覆し続けている

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のだから……

   こんなふざけた、現状を打開するために法国は動いた。この事を責める事ができる者

少数王

大人類

がどれだけいるだろう? 王国や人類の惨状を考慮すると、法国が

を切り捨て

切り捨てられる側

救うと決断したのを責める事はできない。

も批難する事は許されな

い。そんな行動をしなければならない程、法国を追い詰めたのは他ならない王国なのだ

から。

 全てを知れば、まともな人間ならば、法国とともに行動するしかないだろう。──少

数を切り捨てるという感情面を排除すればだが──人間の観点でみればスレイン法国

は正しいのだから。

 しかし、残念な事にアインズは法国の行動を理解する情報を持たなかった。

 もしもこの時点で人間の光をみたアインズと対話する事ができれば、手引き者と上層

部の犠牲だけで法国と手を取り合い人類すべてが黄金の時代を掴みとる事も不可能で

はなかったかもしれない。カルネ村はアインズに人の光を見せた。

 そして法国も人類の光を見せる事は可能だった。常に人類の生存競争の最前線に立

ち続け、後方では政治的腐敗を無くして前線をサポートできるように動く彼らを見れ

111 第5話

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ば。

 アインズはまだ知らない事が多すぎる。

 この時点で陽光聖典がアインズと手を取り合えない事で法国の将来は確定している

のだ。何より彼らは、知らない内にモモンガの逆鱗の一つに触れてしまった。故に人類

を懸命に救おうとした者達は、カルネ村に光を……母の面影を見たアンデッドに滅ぼさ

れるのだ───

   その後ガゼフ達は自分達のせいで村が虐殺された責任を負うために、アインズに村人

を頼むと言い特殊部隊に戦いを挑んだ。結末は決まっている。装備を剥ぎ取られたガ

ゼフではこの戦力差を覆す事は出来ない。

 ──また仮に武装が剥ぎ取られていなかったとしても、陽光聖典に魔神を単独で打倒

した存在であり、人間ではたどり着けないとされる第7位階を使える切り札を召喚され

れば、ガゼフたちに勝ち目は100%なかった。例え英雄に片足を突っ込んでいるガゼ

フであっても覆せない高みを陽光聖典は所持しているのだ──

 しかし、カルネ村には圧倒的戦力差を覆せる人物が存在する。

 ガゼフは敗北を覚悟した時、視界が変わりそばには農具を持った村長がいた。話を聞

112

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くと入れ替わるようにアインズの姿が消えたらしい。ガゼフは力を抜く。この村の滅

びは回避されたと思いながら。

 だが、この時のガゼフは知らなかった。

 確かにカルネ村は救われたが、この出来事が、ガゼフ自身の心を大きく切り付け、リ・

エスティーゼ王国滅亡への第一歩となることを……

 ★ ★ ★ 今日の守護者統括

「あれ、モモンガ様の護衛はどうしたのアルベド?」

「……後でモモンガ様からも伝えられるでしょうけど、先に伝えておくわね。モモンガ

様は、至高の御方々がナザリックに帰還なされるその日まで、『アインズ・ウール・ゴウ

ン』とお名乗りになられます」

 アルベドの目の前にいる後詰の部隊の指揮官である、双子が目を見開いている。だが

微妙に納得の表情も見受けられる。確かに、『アインズ・ウール・ゴウン』の名前は愛す

る人にしか相応しくない。

「それと、私がこの場にいる理由だったわね……アインズ様に伏兵として行動せよと命

令されたからよ」

「伏兵? でも、アインズ様の護衛がいないのは……問題じゃない?」

 アウラの顔が不満げに歪む。マーレは表情こそは変わっていないがやはり不満げの

113 第5話

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様子が見受けられる。当然だ。自分がアウラの立場だったとしても、同じように不満を

持つだろう。たった一人残られた慈悲深い御方を危険に晒すなんて、と。

「そのとおりね……でもそれがアインズ様の御命令なの……これでも多少御命令に逆

らったのよ? ……それは良いわ。とりあえず、私たちがどう動くべきかの計画を立案

します。異論は?」

 質問をしているがこれはただの確認にすぎない。確かに彼らは今回の部隊の指揮官

であるのだろうが、自分の方が上位者であり、モモンガの思いを聞いてこちらに来てい

るのだから、自分が指揮官になるべきだ。

 二人も思うはずだ。守護者統括が護衛の任を解かれ後詰の部隊と合流する。普通に

考えれば、アルベドに指揮権が移る命令が下されたもの、と。モモンガにはただ合流し

ろと言われただけだが、これぐらいの拡大解釈なら問題ないはずだ。

(……戦闘指揮官としては、不安は残るけど)

 アルベドはナザリックで比類なき智者である。上回るのはモモンガだけである。自

分に匹敵する智者はデミウルゴス及びまだ見ぬ財政面の責任者だけである。しかしそ

んなアルベドにも弱点はある。専門は組織の運営管理であり軍事面には不安がある。

だからこそ戦争時にはデミウルゴスが指揮官になるのだ。

 だとしても、アウラたちよりは効率よく指揮できるはずだ。それに、モモンガの心情

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を一番理解できているのは自分との自負もある。モモンガの思いを汲んで行動するた

めにも、アルベドが指揮権を握る必要がある。

「無いよ」

「え、えっと。だ、大丈夫です」

 二人が返事を返すのを聞きながら、二人にモモンガの思いを告げるべきか一瞬思案す

るが、二人に告げるには少し不安が残る。特にマーレに関しては、ナザリック以外はど

うでもいいとの思いが顕著だからだ。

 本来はそれが正しかったはずだが、今からは違う。意識改革には時間がかかる以上自

分から話すことはない。何より、モモンガの秘密を自分だけが知っている状況。必要な

ら崩してもいいが、進んで崩す気にはなれない。

「では、あなた達に命令を下します」

115 第5話

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第6話

  ガゼフたちは敵を引き付けて撤退するために、特殊部隊に突撃を開始した。別れ際に

村人たちを頼むとだけアインズに告げて。

 カルネ村の者たちを守るのは当然だ。そのためにアインズはここにいるのだ。言わ

れるまでもない。

  ただ彼らを村を確実に守るために利用させてもらいはした。特殊部隊の能力を把握

するために、魔法で観察していたのだ。

 そう、ただそれだけであった。どちらにせよ特殊部隊たちはアインズに能力をある程

度把握されたため、ガゼフたちが逃げ切った……または全滅した後に強襲される事は確

定していた。

 アインズにとってガゼフは生きようとも死のうとも、どちらでも構わない程度の存在

でしかない。だからこそ陽光聖典は全滅と引き換えに、戦士長殺害の任務は成功するこ

とが可能なはずであったのだ。

 

116

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 しかし、特殊部隊の長は決して言ってはいけない言葉を……アインズが絶対に許すこ

とができない言葉を吐いてしまった。

「──村長。戦士たちは敗北したようです。今から魔法で敵を排除してきます……邪魔

月光の狼

ムーン・ウルフ

死の騎士

デス・ナイト

になるので戦士団たちはこちらに転移させます。護衛として

を残

して置きます……それでは」

  隣にいた村長の返事を聞くこともせずに、魔法を行使した。はっきり言えば戦士団を

転移させるのは無駄の一手だろう。それでも転移させたのは情報の流失を少しでも避

けたいという思いが、辛うじて残っていたからである。

 理性が少しでも残っていなければ、この場でガゼフたちは巻き込まれて死んだ可能性

が高い。感謝すべきことである。

 だがここからは別だ。村人たちもいない。アルベドを含めた部下たちもいない。自

炎の根源精霊

プライマル・ファイヤーエレメンタル

分の周囲にいるのは前衛として呼び出した

と対峙する特殊部隊だけ

だ。

 つまり怒りの感情を理性でもって無理やり押し留める必要性は皆無だ。今までにた

まっていた怒りの全てを露にするのを止める存在はもういない。

「──クゥ、クズがぁあああああああ! 貴様らは俺が救った者達を、俺に憧憬の眼差し

117 第6話

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を抱かせた村人達を殺すと言ったのだぞ!……俺がようやくたっちさんに恩を返せた

と思える人達を殺すだと! ……俺の大切な人を殺すだと! 許せるかぁ! 許すも

のかぁ! ……もう二度と、死なせたりなんかしない!!」

 沈静化は行われる。しかし、このどうしようもない怒りは間欠泉の様に吹上、決して

収まることはない。

  

恐怖劇

グランギニョル

 ここに

の幕が切って落とされたのである。

  ★ ★ ★

 ニグンは焦っていた。目の前にいる存在は仮面やローブで姿を隠しているため、何者

かは不明だ。だが一つだけ分かることがある。

 この敵と対峙すべきなのは我々ではない。

 殲滅戦に長けた陽光聖典ではなく、英雄という人外たちで構成された漆黒聖典が対峙

すべきだという事だ。

(まさか、ガゼフ・ストロノーフの言葉は真実だったのか!?)

 

118

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 ガゼフは確かに強かった。数々の至宝を奪われ、力量差は明白であった。だがそれで

も、強く捨て身であった。

 陽光聖典に襲われ生き延びるには捨て身にならざるを得ないのは間違いない。それ

でもなお、ガゼフの強さは鬼気迫る物があった。もし後一手、ガゼフに何かがあれば、切

り札を使用することも検討せざるを得ないほどに。

 腹立たしかった。何故、王国に仕えているのかと。お前が仕える場所は違うだろう。

お前が武力を振るう場所はこんな場所じゃないだろうと。

 ……何かに駆り立てられたように戦うガゼフも遂に倒れた。後は止めを刺すだけ

……その時、ガゼフは自分より強い人がいると、どこか悲しそうに、しかしはっきりと

呟いていた。

 ハッタリだと思っていた。法国ならまだしも、王国に王国戦士長より強い存在がいる

訳がないと断じていた。

 しかし事ここに至っては、強者がいないとの判断は間違いだったと認めざるを得な

い。

  陽光聖典に所属する者たちは強い。人を超越した英雄たちで構成された漆黒聖典を

除けば法国の中でも精鋭中の精鋭である。そして仮に相手が漆黒聖典級の化物だとし

119 第6話

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ても、一人だけなら十分に勝ち目はあるはずなのだ。

 では、今目の前で起こっている惨状は一体何だ?

 ニグンも部下たちも目の前に相対する存在の危険性を感じとってしまった。だから

こそ、すぐに天使たちに突撃の命を下せた。しかし……仮面をした存在にはダメージを

与える以前に攻撃することすらできなかった。

「■■■■■!」

 そう、ほとんどの攻撃は、言葉にできない雄叫びを上げている、炎の巨人に遮られて

いるからだ。さらに言えば、迂回する形で炎の巨人を抜けた天使たち……恐らく見逃さ

れたのだろう。その天使たちの攻撃を喰らったはずなのに、仮面の存在はダメージを喰

らった素振りすら見せず、何らかの魔法で天使たちを消し飛ばしていた。  

 あれは化物である。陽光聖典では勝ち目が万に一つもない。深い絶望が陽光聖典を

覆っていた。

「……これで、終わりか?」

 仮面の存在が一歩踏み出す。ただそれだけで、法国の精鋭である陽光聖典の士気は地

に落ちる。すでに軍勢としてのモラルは壊滅寸前である。それでも誰も逃げないのは、

あの存在を相手に後ろを見せたくないからだ。

 仮面で顔を隠している存在は、化物だ。人間ではどうしようもない程の。そう、魔神

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と言っても差支えが無い存在なのだ。

(……まだだ、切り札はある)

 本来の陽光聖典では勝ち目は絶対にない。しかし、ニグンの手元には切り札がある。

だが、恐怖から体が動いてくれないのだ……もう、全てを忘れて楽になりたい。このま

ま目を閉じればきっと、全てが夢だ。

 そして、眠りに付こうとしたその瞬間、唐突に思い出す。

 ──もしここで陽光聖典が全滅すれば、竜王国は遠からず亜人たちに飲み込まれる。

そうなれば、人間の生存のための一角が食い破られたことになる。

 いや、殲滅戦に長けた陽光聖典がいなければ王国や帝国が、トブの大森林などから湧

き出てくる、ゴブリンを代表する亜人たちの狩場になるかもしれない。

 事実、そうなるはずだ。自分たちの任務は人類の生存圏で台頭しようとする亜人たち

の間引きなのだから。間引きする者がいなくなれば、結末は簡単だ。本来の食物連鎖に

従って、人間のほとんどが食べられるだけの存在に堕とされる。

 自分たちの代替えに成りうる者たちはほぼいない。代わりになれるとすれば、自分た

ちを上回る存在であり法国の切り札、漆黒聖典だけである。力量だけなら、アダマンタ

イト級冒険者でも可能だろうが……現状を理解しない者たちに期待するだけ無駄だ。

また漆黒聖典でも例外を除けば殲滅戦が得意と言える訳ではない。

121 第6話

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破滅の竜王

カタストロフ・ドラゴンロード

 それに、陽光聖典の任務を唯一肩代わりできる存在である、漆黒聖典は

の復活に備え神器の護衛に入っているため動けないのだ。

 漆黒聖典は切り札中の切り札。陽光聖典だけで対応可能な任務に彼らを投入するの

は愚の骨頂だ。いつ、漆黒聖典が必要になるか分からない以上、できる限り彼らにはフ

リーハンドでいてもらうことが重要なのだ。

 さらに言えば、敵は亜人や異形種たちだけではないのだ。裏切り者の薄汚いエルフど

も……同じ人間種でありながら、人類の生存を妨げようとする汚物たち。

 現状の法国は事実上のではあるが多方面作戦を実施している。戦力の分散は危険と

分かっていても、多方面作戦を実施せざるをえないのだ。

 だから、現状の法国に余力はないのだ。法国が、六つの神殿が、六色聖典が力を合わ

せる事で今はある。陽光聖典が崩れれば、法国はさらに余力を失うのだ。きっと、均衡

は大きく傾く。

  ……陽光聖典には自負がある。桁が違う漆黒聖典と共に人類生存への最前線に立ち

続けているという自負が。必要があれば同じ人間ですら手にかけよう。人類を守るた

めに。ただ一心に人類の未来を守るために……自分たちはこんなところで、死ぬ訳には

いかない──

122

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  恐怖で閉ざそうとしていた目を大きく見開いた。我を見失いかけていた。我々の任

務は人類を守護する事。ならば、漆黒聖典でも難しい任務であろうとも、決して諦める

訳には行かない。最後の時まであがき続ける。

「──最高位天使を召喚する! 時間を稼ぐのだ! それしか勝ち目はない!」

「……あれは、魔封じの水晶?……最悪の場合、切り札を切るか?」

威光の主天使

ドミニオン・オーソリティ

 聖なる存在、

は今ここに降臨した。陽光聖典を守るため、引いては陽光

聖典が守護する人類を守るために。しかし──

   ニグンは絶望の淵にいた。最高位天使の攻撃は炎の巨人を倒す事すらできずに、炎の

巨人のただ一度の反撃で消滅した。伝説の最高位天使はただの一撃で打倒された。

 そう、魔神すら単騎で打倒した最高位天使がただの一撃で破れたのだ……

(……人類は終わり、なのか?)

 もう人間の滅びを覆すことはできないのかもしれない。もし可能性があるとすれば

破滅の竜王

カタストロフ・ドラゴンロード

漆黒聖典が

と、目の前にいる最高位天使を歯牙にもかけなかった存在を

被害なく打倒して、際限なく湧き出る亜人たちを殲滅してくれることだ。

123 第6話

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 それが、どれほど可能性が低いかは理解している。だが、ニグンには望むことしかで

きなかった。

 陽光聖典の者たちはニグンも含めて心は折れてしまっていた。もう、立ち向かおうと

いう勇気も無様に生き延びようとする気持ちもない。

 これが絶望だ。これ以上の絶望があるはずがない。あって良いはずがないのだ。

 仮面の男が炎の巨人より前に出た。そしてまるで見せつけるように仮面を外した。

「………あ」

 ……知っている。知っている。自分たちはあの御方を知っている。

 六百年前に人類を救ってくれたのは誰だ? 我々人類を守護してその命を擲ってく

ださったのは誰だ?

 六大神様たちだ。そして目の前にいる御方は誰だ? 最後まで我々を守護してくだ

さり、大罪人によって追放された存在は誰だ? スルシャーナ様だ。

「スルシャ──」

「貴様らにはただの死すら生ぬるい……この村に殺戮を招いた事を永遠の絶望に身を包

ませて、後悔させてやる」

 その言葉を最後に何らかの魔法を使われたのだろう。ニグンの意識は落ちて行った。

我々は神と敵対し、神の思いを踏みにじった末に捨てられたことを理解して……信じた

124

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存在を知らず知らずに裏切っていた……真の意味で絶望しながら。

  声が消えた。近くであった戦いの音が嘘のように消えていた。決着が付いたのだ。

それも自分たちを救ってくれた方の勝利で。

 その姿が村に近づいてくるのをただ眺めていた。そして、少し離れた場所で村長との

話声を、お借りした狼を抱きしめて、ただ声を聞いていた。

「では、今日のところは失礼します」

「……はい。いつでもお越しください!」

「ええ。その時はぜひ……それと──」

 また会いたいな。そう思っていた……願いは比較的早く叶えられることになる。

  ★ ★ ★

『アルベド聞こえているか?』

『はい、聞こえております。アインズ様』

『ナザリックに帰還するぞ……私は一足先に帰る。それと、今回の件で話がある。お前

も私に言いたいことがあるだろう?……後で執務室に来てくれ』

『……承りました』

125 第6話

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『……あと、あの村での出来事は他の者たちには内密で頼む……ではな』

 本来なら一緒に帰るべきなのだろう。だがそれはできなかった。何故か? 簡単で

ある。アルベドに顔向けができなかったからである。

 鈴木悟としては今回の行動に恥じるべきことは一つもない。それは断言できる。し

かし、ナザリックのモモンガとして考えれば、行き過ぎだろう。

 アインズ・ウール・ゴウンとして、支配者として考えれば完全に失格である。

  ナザリックに帰還したアインズはアルベドと二人きりになる機会を作らずに、ギルド

の名を全世界に広める命令を階層守護者やシモベたちに伝えて、今は宝物殿に来てい

た。アルベドに自分が人間達にどのような思いを持っているか、自分がカルネ村でどの

ように行動したかの詳細の口外を禁じたまま。

  本来なら玉座での命令が終われば、カルネ村の件をすぐに話し合うつもりだったが、

その前に確認すべきこと……必要になる事があると思ったため、アルベドの件は後回し

にした。

 そう、もしかしたらアルベドはカルネ村の件で自分に失望している可能性すらある。

思われていなくとも人間を愛している事が知られれば、自分が支配者に相応しくないと

126

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思われる可能性が高い。いや、思われるはずだ。

 だがこれは偏に自分の想像でしかない。……ほかのNPCで失望されないかを聞い

て確かめるべきだ。

 宝物殿領域守護者なら外に出られないため時間は稼げる。それに自らが創造したN

PCなら安心感が違う。自身にとって味方に一番近いだろう。裏切りの可能性も一番

低いはず。

 いや、そうではないのだ。もし本当にアルベドが今の自分をギルド長として相応しく

ないと断じるのであれば、それは正しい。今の揺れに揺れている自分では受け入れるし

かない。

 沈静化を以てしても微弱な感情の揺れは続くのだから。

 隠居しろと言われれば、素直に受け入れよう。さすがに、殺されそうになれば、抵抗

はするだろうが。

  しかし、自らをギルド長から引きずり下ろすことを、アルベドにさせるには不安があ

る。アルベド以外から見れば自分は絶対の主に相応しいという思いに変化が無いはず

なのだ。そんな中アルベドが何か行動を起こしたとしても不和が残るだけだ。

 彼らがみんなの思いを受け継いでいるのなら、下手をすれば空中分解すら起きる可能

127 第6話

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性がある。たっち・みーやウルベルト・アレイン・オードルの様に……。

 それは嫌だ。ギルドの崩壊。それだけは絶対に阻止する。

 問題なくギルド長から降りる方法は一つしかない。ギルドメンバーが帰還して、多数

決を以て解任してもらう事だが、現時点ではできない。

 ならば少しでもナザリックに不和を残さない方法を、探さなければならない。アルベ

ドが決断したときに被害を少しでも減らすために。それが今の自分が唯一できる行動

だ。

 被害を減らすためには、アルベドが弾劾をしてはいけない。だが、自ら主の座を降り

るなんて無責任な真似はできない。

 なら代役を立てる必要がある。そして最適な人材はただ一人。自らが創造した宝物

殿領域守護者だ。

 彼が弾劾するのなら、ナザリック全体の不和は減るはずだ。少なくともすぐにナザ

リックが割れる事態は防げる可能性が高い。そうすれば、アルベドが事実上のトップ

だ。自らより、円滑にナザリックを運営できる。

 だがそれは自らが背負うべきはずの重荷全てを持たせるような事、自ら責任を放り投

げる事と同義でもある。一言でいえば……。

(最低だ……な)

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 いや、アルベドが自らを見放していない可能性もある。だからそれは本当に最後の手

段だ。ここに来た真の目的は別にある。自分の思いを話した場合NPCはどう行動す

るかを知ることだ。

 そして宝物殿領域守護者が自分に失望せず、アルベドも今でも自分を主として見てく

れているのなら、彼らが見ている主に近づこう。それが礼儀だ。

 だが自分には足りないものが多すぎる。誰かに教えを乞うしかないだろう。しかし、

ナザリック最高の智者であるデミウルゴスやアルベドに支配者として相応しい教育を

してくれなんて言える訳がない。

 そんな中、唯一の例外が彼だ。彼は表には出ない。他の者たちと知り合う機会もな

い。自らが創造したNPCであり、アルベドやデミウルゴスに匹敵する智者……教えを

乞うにこれ以上最適な人材はいない……何となく情けなくもあるが。

 合言葉で戸惑い時間を使ったが無事にたどり着いた。かつての友人の姿に変身して

いるNPCが見えた。

「戻れ。パンドラズ・アクター」

二重の影

ドッペル・ゲンガー

 言葉に従い、パンドラズ・アクターの姿が歪み真の姿が現れる。彼は

であり、

アインズが創り出したNPC……自らがカッコイイと思った、中二的な設定を詰め込ん

だ……黒歴史である。

129 第6話

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(認めたくないな……自分自身の若さゆえの過ちは)

「ようこそ、お見えになりました! モモンガ様! 私の創造主よ! このたびはどの

ようなご用件で? もしや私の力を振るう時が来たのですかな?」

「……そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」

 この返答は予想していなかったのか黒歴史が驚愕していた……オーバーなリアク

ションで……精神が削られていくようだ。アインズにこの世界で最初にダメージを与

えたのは黒歴史である。

「それは一体どのようなことでございますのでしょうか?」

「……そうだな。まずは現状の説明をする」

 アインズは今までに起きた事を要点を摘まんで黒歴史に語る。黒歴史も真剣に聞い

ているが。重要な事を話すたびオーバーなリアクションをするため説明は難航した。

……主にアインズの鎮静化で。

 自らが創り出した動く黒歴史と顔を合わせながら話す……ある意味地獄だった。

 苦行を何とか終える頃アインズのHPは大幅に削られていた。ような気がする。実

際肉体的には削られていないのだろうが、精神的には削られている。

 沈静化が無ければ即死だった。むしろ気絶したい。

「……では、アインズ様とお呼びいたします。それで私はどのような任務を拝命される

130

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のでしょうか?」

「その前に一つ、お前に聞きたい事がある」

 凛とした空気が張り詰め、黒歴史が襟を正し敬礼する。自らがカッコイイとありあり

と見せつけて。いや、まるでそこに舞台があり自らが主演役者の様に振舞っているのか

もしれない。

「どのようなことでもお聞きください! アインズ様に、我が創造主に対してお答えで

きない事など存在しません!」

強い感情

 死にた……逃げたい。先程まであったはずの覚悟や罪悪感より

が全身を駆

け上り……沈静化されてしまった。あと何度繰り返せばいいんだろう? いっそ清々

しいほどに絶望的な戦いである。

「……まず確認させてくれ。お前は私にどれほどの忠誠を捧げている?」

「私の全てを! たとえ他の至高の方々を殺せと命じられても迷いなく実行できます

!」

「なに!?……いや、そうか。ならば、もし私がナザリックの支配者として相応しくない行

動をした場合、お前は私に忠誠を誓えるか? もしお前を失望させる行動をとっても、

その忠誠は変わらないか? ……私が命令すれば、お前は私をギルド長の座から引きず

り下ろすことができるか?」

131 第6話

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 今まで自分が鎮静化されて止まった時のように黒歴史が固まった。立場が逆転し気

づけば先程まであった軽い空気がすべて消え去り、重苦しい空気だけが宝物殿を支配し

ていた。

「…………何が、ございましたか?」

「まず私の質問に答えよ」

 黒歴史が軍靴の音を鳴らして綺麗に敬礼する。

「失礼を、承知で言わせて頂きます。……何をふざけた事をあなた様は仰るのですか?」

 黒歴史は怒気すらこめて言い放った。これは予想がつかなかった。そう今まであっ

てきたNPCの中で自分に怒りの感情を示すなんて初めてのことなのだ。

「アインズさ……いえ、あえてモモンガ様とお呼びさせて頂きます」

 霊廟前には宝物殿の荘厳さに相応しくない、怒気が集っていた。

「もしモモンガ様がナザリックの支配者として、相応しくないと言う者がいるのでした

ら、どのような手を使ってもそいつを殺しましょう。モモンガ様以上にナザリックの支

配者に、相応しい方などいないのですから。他の方々はどのような理由であれ、ここを

お捨てになられたのだから……ナザリックにおられるだけでモモンガ様はナザリック

の支配者なのです」

 彼の口からは洪水のように言葉が飛び出す。一体何を言っているのか理解できない

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し、理解したくない。だがモモンガのその思いを汲まれずに、まるで宣誓のような思い

は続く。

「私がモモンガ様を裏切る? そんな事絶対にありません。たとえモモンガ様がどのよ

うな行動を取ろうと私の忠誠は揺らぎません。私がモモンガ様に対して失望する? 

ふざけないで頂きたい。モモンガ様がたとえ愚かな存在であろうと、忠誠を誓い続けま

す。モモンガ様が何かを成し遂げるのに邪魔な存在があれば全て取り除きます。仮に

世界級

ワー

を破壊すると仰れば、必ず破壊する手段を見つけ出して御覧に入れましょう」

 黒歴史がここまで言い切ると一瞬ではあるが静粛が戻ってきた……訳が分からない

……なぜそんな不可能な事でも実行すると言うんだ。

「……もしモモンガ様がナザリックが邪魔になり、ギルド長の座から降りたいと仰るの

であれば、私が先頭に立ち全てのNPCやシモベたち、必要があれば至高の御方々……

全てを殺害し自害致しましょう……これが私の嘘偽りのなに一つない私の思いでござ

います!」

  彼の思いや敬礼した姿に一瞬ではあるが魅了されてしまったのだろうか?……まる

で彼に触発されたかのようにモモンガは自分の思いや疑問を吐き出す……今までNP

C達に向けられて、疑問に思っていた全てを。

133 第6話

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 この後どうなるか全てを放り投げて。

「……なぜそんなことを言えるのだ! お前達は私が何者かを知らないだけだ!……私

は愚かなただの人間だ! お前に、お前たちに忠誠を尽くされるような存在じゃないん

だ!」

パンドラズ・アクター

 

が途中で話を遮ろうとするが無視する。だって我慢できないのだ。ただの

子供のように。

仮ゲーム

「私は、ただの人間だ! どこにでもいる社会の歯車でしかない。この姿は

の姿でし

幻想遊

かない! ユグドラシルなんてのはな、ただの

なんだ。いやだったんだ! 今でこ

フィクション

そお前達は自ら動き喋るがこの世界に転移する前はお前達はただの

に過ぎなかっ

た……お前達と喋れるのは嬉しいさ! でもな、俺がお前達に何をしたんだ……俺はお

前達に何もしていないだろう! ただのゲームだったんだぞ! 一度も話したことは

無いだろう!……お前はそんな奴に忠誠を誓うのか……何でお前達はそんな奴に忠誠

を誓うのだ!?」

 何度も鎮静化が起こるが、そのたびに自身の思いが憤怒のように燃え上がる。モモン

ガは長くて短い時間に疑問に思っていた事全てをさらけ出した。

 ★ ★ ★ 今日の守護者統括

 アウラたちの指揮権を得たが、使用する機会はなかった。敵が余りにも脆すぎたから

134

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である。それでも本当は駆けつけたかった……必死にその思いを堪えて、別方向からの

敵襲が無いかの監視に徹した。

 いやそれだけではないのだ。モモンガの余りの怒りの強さで動くことができなかっ

たのだ。アルベドも、アウラやマーレも。

 二人も疑問に思ったのだろう。何故そこまでの怒りを示してるのか分からずに最終

的に困惑していた。

 自分だって完全には理解できてはいない。だが、今はそれでいいのだ。

 撤退が始まり、玉座の間での命令の伝達……その間アルベドはアインズに避けられ続

けた。

 焦る気持ちが全くないと言えば?になるが、そこまで心配もしていない。後で詳しく

話すと伝えられている上に、自らの疑問に答えてくださると仰っておられるのだから

だ。そして何よりも重要なことは……

(ナザリックでモモンガ様に一番近い存在は私だわ)

 元々アルベドは守護者統括と言う地位であり、役職的には一番近かった。これに加え

て精神的にも近くなれる。嬉しいことだらけである。

 あの村の立ち位置が不明な点が気がかりではあるが……

「皆、面を上げなさい」

135 第6話

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 今考えるべきことではない。今は守護者統括として先程の命令の徹底及び、デミウル

ゴスの聞いた話を守護者各員で共有……少しずつ意識改革も必要だろう。

 嬉しさの感情を解き放つのはまだ早い。

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第7話

  モモンガは自分の内にあった黒い感情を吐き出した。いや、吐き出してしまった。言

わなくてもいいこと、言ってはいけないことまで、一時の感情で全て喋ってしまってい

た。

 確かに教えを乞うと思ってた以上、自分が支配者としての能力に欠如している点は、

言わなければならない。必要があれば、人間であったことまでは語っても良かったかも

しれない。

  だが、だからと言ってユグドラシルがただのゲームであったという、真実を話す必要

はなかったはずだ。

 否、NPCには絶対に告げてはいけない残酷な真実である。モモンガは正気に戻った

が、時既に遅い。

(……失態だ。ユグドラシルとリアルの事まで言うなんて、俺は何を考えていたんだ!

 裏切ってくれと言うようなものだろう!)

 殺されても仕方がない。この場で彼が自分を殺しに来たとしても、反論することはで

137 第7話

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きない。

 だからモモンガは、恐怖故に一度この場から逃げようと考えた。沈黙している今なら

パンドラズ・アクター

逃げられると……しかし実行には、どうしても移せなかった。

の語ってくれ

幻想ゲーム

た自分への思い。たとえユグドラシルが

であったとしても、彼の言葉に嘘は無いよ

うに感じた。

 そして、カルネ村で見た村人達の死を覚悟して進む意思……記憶に残る様々な遺恨。

これ以上、後悔を作る事だけはしたくない。今のモモンガにあるのはその思いだけだ。

その思いだけで目の前のパンドラズ・アクターを見据える。

(……目を背けては駄目だ。ここで逃げたら何かが終わる)

 先程から黒歴史は静かだ。まるで何かを考え込むかのように。その静粛はどれだけ

続いただろうか? 長い時間かのように感じられたし、とても短い時間だったのかもし

れない。

 そして、遂に審判の時は訪れた。長い沈黙の後、遂にパンドラズ・アクターが口を開

いたのだ。

「──ユグドラシルがゲーム、ですか」

 何を考えているのだろう。もしかしたら自分達の存在をゲームと呼ばれて怒ってる

のかもしれない。自分がただの人間と言う事に怒りを感じているのかもしれない。

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 そして、モモンガは信じられない事を聞いたのだ。

「なるほど。そういう事でしたか。言われてみれば、確かに思い当たるモノがあります」

 モモンガは固まっていた。なぜ怒りの感情を自分にぶつけないのか分からずに、困惑

してしまったのだ。

「……今回モモンガ様が来られる以前は、自分から話しかける事も出来ませんでした。

確かに私は置物でありました。命令されなければ何もできない」

「しかし、それではこの記憶は何なのでしょうか? この新たな世界に移動するまで、私

が置物であった事は理解できましたが、なぜユグドラシルの頃の記憶が存在しているの

でしょうか? ……何か心当たりはございますか?」

 予想も出来ない事で話を振られた。だが、確かにそれはモモンガ自身も疑問に思って

いたのだ。ユグドラシルの全盛期に大侵攻を受けた時、八階層で返り討ちにすることが

できた。

 できたが、被害も甚大で七階層守護者までのNPC全員が死亡していた。彼らの中で

その記憶はどうなっているのか? 死亡して復活した、同一人物なのか? だが残念な

がら、聞くことができない。アインズでは墓穴を掘る可能性が高いからだ。

「……分からない。この世界に転移した日ユグドラシルのサービスは終了するはずだっ

た。お前達も、私のこの姿も、泡沫の夢として消える運命だった。それがいきなり、リ

139 第7話

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アルの世界になったからな。法則にも変化が見えている。分からない事だらけだ」

「……さようでございますか。ではこの事を現状で、これ以上考えるのは無意味でござ

いますね」

 緊張感を纏ったまま、一呼吸置かれた。今までのは前振りだったのだろう。冷静にな

るための時間稼ぎだったのかもしれない。だから。今度こそ静かになされるはずの糾

弾を受け入れる。

「……モモンガ様はリアルの世界に帰られたいと思わないのですか? 超位魔法や

世界級

ワー

を使用すれば可能かと思われますが?……不可能な場合を考えてこの世界で帰

還のためのアイテムを探されるので?」

リアル

 だが、彼の言葉はモモンガを気遣う物であった。

に帰りたいのかと言う気づか

いだ。もし、リアルに未練が一つでもあれば、きっと幸せだったのだろう。だが、そん

なものモモンガには存在しない。

「リアルに未練はない。家族はいない。母は……私が小さいときに、俺の好物でも作ろ

うとしてくれたんだろうな。疲れた体に鞭打って……台所で、冷たくなってたよ」

 目の前の出来事に集中すべきなのに我知らず、震えてしまう。それが怒りなのか、悲

しみなのかは分からない。だが、あの時の母の姿が鮮明に、モモンガの頭に浮かぶ──

「……如何なされましたか?」

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「……いや、すまん。どうにもこの体になってから、感情が大きく動くと感情が抑制され

てしまうのだ。アンデッドの特性だな。どこまで話したか……リアルでは、ナザリック

の仲間たち以外に友人はいない。あの世界は地獄だからな」

 リアルの世界の状況をできる限り話す。

 リアルは人が生きる土地ではないこと。防護マスクをしなければ、生存すらできない

不毛の……死の大地。勝ち組が負け組を搾取し、梯子すら外された世界。

 緩やかに死滅していくだけの世界の事を、自らの知る限り語る。そして、同時にユグ

ドラシルの事も。

 仲間たちの間で決して埋まることがなかった溝……ウルベルト・アレイン・オードル

とたっち・みーのどうすることもできない、一方的な反目。

 最後にアルベドにしてしまった、馬鹿なこと。

 語る必要がないことまで、全て語ってしまう。きっと、誰かに悲しい胸の内を打ち明

けたかったのだ。

 もしかしたら、誰かに話して懺悔をしたい感情があったのかもしれない。人間───

多少語弊があるが──の心は複雑怪奇なもの。どれが正解かは判断できないが。

「……リアルとはそのような世界でしたか」

 途中、話は横にそれたが質問に答えることはできた。だが、黒歴史が静かに何かを考

141 第7話

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え込むばかり。モモンガが覚悟していたことは、決して言われない。

 自ら聞くことが、モモンガに課せられた罰なのだろうか? 一歩、踏みだした。糾弾

を受け入れるために。

「……パンドラズ・アクター。お前は私に騙されたと感じないのか? 本当の私は脆弱

な人間なんだぞ?」

「そのようなこと、決してありません。先程語った事が全て真実であります」

「……なぜだ? ユグドラシルの記憶があるらしいが、それは偽りかもしれない。それ

に私はお前に何もしていないだろう?」

「何もしていない? いいえ! いいえ! モモンガ様は私に掛け替えのない物をくだ

さいました! ……私を生み出してくださいました! 例え……例え、それがゲームの

一環だとしても、それだけは真実であり、それだけで私がモモンガ様に忠誠を尽すには

十分でございます!」

「……」

  耳を疑う言葉が聞こえ、彼からモモンガを詰る言葉は一つも出てこない。いや、信じ

られない事だが感謝の言葉すら述べられているのだ。……信じきれない。

「……私は確かにお前を生み出したかもしれない。だがな、ずっとここに閉じ込めてき

142

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た。怨まないのか? もし別の階層に配置すれば、偽りの記憶だとしても他のNPC達

との会話もあったかもしれない。常に一人でいる事もなかったはずだ」

「……なぜ怨まないといけないのでしょうか? モモンガ様。私は命令を下され、宝物

殿の領域守護者として、モモンガ様にとって、一番大事な場所を守護するように命令さ

れたのです。何よりもモモンガ様の命令です」

 言葉が区切られ、もう一度大きな敬礼がなされた。まるで、殉教者のように。

Wenn es meines Gottes Wille

!」

 パンドラズ・アクターは言いたい事を全て述べたのだろう。敬礼をしながらモモンガ

の言葉を待つ。

 今の彼は一言でいえば、輝いていた。普段ならドイツ語、オーバーなアクションでダ

メージを受けていた。だが、覚悟が伝わっている。

  パンドラズ・アクターは、自身にとって辛いはずの出来事を乗り越えている。自らが

意思を持たない、ただの人形だったと明言されても。

 アイデンティティが崩壊しても可笑しくないはずだ。だって、恐らく存在するのだろ

う記憶すら、偽物と断じられたのだから。

 だが彼は乗り越えて見せた。

143 第7話

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 これ以上彼の言葉を疑うのは間違いである。何より彼には鈴木悟の頃にはなかった

強い意思を感じた。そう、まるでカルネ村の人々が、家族や隣人を守るために見せた輝

きを目にした。

「お前の考えは分かった。疑ってすまなかった」

 モモンガは頭を下げる。パンドラズ・アクターが何かを言おうとしたが止める。

「そしてだ……お前のユグドラシルの頃の記憶は確かに偽りなのかもしれない。だから

記憶思い出

こそ、この現実で共に生きよう。……本物の

を作ろう。今度こそ一緒に、な」

 静寂が舞い戻り、モモンガの言葉が心に沁み込むのに十分な時間が経過し……パンド

ラズ・アクターから静かな嗚咽が漏れ始めていた。知らずに手が伸び頭を撫でていた。

「……我が神よ。ありがとうございます。」

「感謝するのは私の方だ、パンドラズ・アクター。お前のおかげで私は黒い感情を払拭す

る事ができた」

希望宝

(黒歴史、か。……いや、違うな、パンドラズ・アクターは俺の

だな。俺が創造した

存在が強い意志を持っていた。俺に可能性を見せてくれたのだから。だったら)

 これから言うことに一抹の不安はある。が、話さない選択肢はない。

「パンドラズ・アクター。そこまで畏まるな。私がお前を創ったのだから、我々は家族の

ようなものだ……これからは私がお前の父なのだから……お前が認めてくれればだが

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……」

パンドラズ・アクター

 自らの子供である

が深く頭を下げた。

「畏まりました。父上。私が認めぬ訳ありません。感謝致します」

「ふふ。それにしても人生は面白いな。リアルで一度も恋人がいなかったのにまさか子

持ちになるとはな?」

「確かに。面白い物がありますな父上。私が偽りの存在ではなく、本物になるのですか

ら」

 お互いを眺めあい、同じ拍子で大きく笑い出した。先程までの暗い空気はすべて消え

去り、二人の陽気な笑い声が宝物殿を支配して──

「ははは!…………っち」

「……抑制なされましたか?」

「ああ。役には立っているんだが、楽しい気分まで台無しにされるのは、嫌な気分だ」

「……それでしたら、何かアイテムをお探しになられますか? 一時的にですがアン

デッドの特性を解除できるアイテムがあったかと……確か完全なる狂騒という名前の

アイテムでした。それに宝物殿には似たようなアイテムがあったと思いますが……如

何なさいますか?」

 確かに感情を抑制されず楽しめるというのにはメリットがある。が、答えは簡単だ。

145 第7話

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「メリットとデメリットが釣り合わなさすぎる。確かに沈静化は面倒だが、役に立つ部

分も多いからな……特に支配者として演技をするときに」

「演技、ですか……失礼ながら、先程のお話をお聞きした限り、父上はただの一般人であ

り、社会の歯車でしかなかったとか?」

 ここからは本題だ。恐らくモモンガの目的にも感づかれたのだろう。緩やかな空気

から、重要な話をするとき……会社の会議で重要な議題を話し合う時の空気に変化して

いるのが証拠だ。

「その通りだ。そして、恐らくお前が思っている通りでもある。俺は上手くナザリック

を率いていける自信……方針を示せる自信……過ちを犯さない自信がない。手伝って

くれるか?」

「このパンドラズ・アクターめにお任せあれ! 必要な支配者としての振舞い、考えか

た、私の力の限り伝授致しましょう!! 父上のお望みを果たせるように方針も打ち立て

て見せましょう! ついに、このパンドラズ・アクターがお役に立つときが参りました

!」

 我が世の春が来たと、モモンガが考えたカッコイイポーズを繰り返しながら、喜んで

いる。喜んでくれるのは嬉しいし、父よりも賢い息子に申し訳無い思いも確かにある。

だが、どうしても早急に何とかしなければならない問題がある。

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 時々なら、良い。覚悟を見せてくれる時ならかっこいいと思える、はず。だが、普段

からは無理。

「なぁ、パンドラズ・アクター。敬礼は止めないか? あとその、過剰すぎるアクション

……舞台演技みたいなのも、な?」

 分かっている。理不尽だってことは重々承知している。パンドラズ・アクターがただ

単に自分が決めた当時カッコイイと思っていたポーズをカッコイイと理解して行動し

ているのも分かっている。全ての元凶は自分自身だ。

 だとしても、これから一生共に生きて行く過程で、その姿を常に見せ続けられるのは

……無理だ。とてもじゃないが耐えられない。

 いや、感情の動き次第で抑制される以上、耐える事ならできる。だが、確実に何かが

摩耗する事だけは分かる。

我が神のお望みとあらば

Wenn es meines Gottes Wille

父上

Vater

……いえ、違いますね。神ではなく、

なのですから

──」

「──ドイツ語も止めよう。頼むから? なっ?」

「は、はぁ」

 これ以上喋らせたら、沈静化があっても精神的に死亡するのは明白だ。

 敬礼をしてドイツ語を叫ぶパンドラズ・アクターを精一杯止める……納得はしていな

147 第7話

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いようだが。不承不承従ってはくれるだろう。どうすべきなのだろう? 本当のこと

を語るべきなのだろうか? いや、これは語るべきではない。

 お前の姿やドイツ語が常に私の精神にダメージを与えるから動きを抑えてくれ……

十中八九、リアルについて語る事と同じぐらい残酷なことだ。

 パンドラズ・アクターからは演技やドイツ語を話している時に何故か、誇りが見え隠

れしていることを考慮すれば、リアルのことを告白するよりも、反逆される可能性が高

いのではないだろうか?

 だから、傷つけないように誘導して、止めてもらうしかないのだ。

「……パンドラよ。お前は私の子どもなのだから、ユグドラシルの頃の設定全てに従っ

NPC

てはならないぞ? それでは私の子どもではなく、変化のない

と変わらないから

な?」

「……なるほど、そういうことでしたか。承知致しました、父上。必ず変わってみせま

しょう!」

「楽しみにしている。本当に、心から……それでだ、ここに来た理由のうち一つは方が付

いた。もう一つの難題だが、アルベドとどう話せば言いと思う?」

 変な方向に行っていた空気が修正されパンドラズ・アクターは熟考に入る。実際問題

この後で話し合う予定のアルベドとどうすべきなのだろう? どうするのが最善なの

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だろうか? アルベドの疑問全てに答えるのは恐らく難しい。

「まず、カルネ村での出来事を詳しくお聞かせ願いますか? それ次第で、今後の対応に

変化が現れます」

「そうだな。そもそも、カルネ村にはたっちさんへの恩返しのつもりで向かったんだ。

それで、ネムという子にとても感謝されてな、舞い上がってたんだろう。ネムの姉であ

るエンリという少女が、私の姿に恐怖を抱いていたことに気付かないぐらいに……その

せいで、アンデッドがこの周辺で生者を殺戮する存在と思われてることに気付けずに、

多くの者たちに顔を晒してしまった」

 そして最終的にアンデッドである自分を受け入れ、感謝してくれたことで親近感が湧

いてしまった事。そしてある意味、現在の全ての元凶ともいえる存在。

「母に良く似ている人を見付けてしまってな」

「──モモンガ様のお母様にですか!?」

「ああ。本来なら、ナザリックのためにあの村を見捨てる事が、最善だというのは分かっ

ていたんだ」

 確かに今になって思えばこれで良かったのだろう。しかし、情報が無いときにナザ

リックを危険に晒そうとしたこともまた変わりはない。

 もし、モモンガがナザリックを危険に晒すことを許容できるとすれば、ギルドメン

149 第7話

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バー……友達を救うのに必要な時だけだ。

「でもな、どうしても彼女を見殺しにすることはできなかったんだ……それに、あの村を

助けたこと、そのこと自体は一つも後悔していないんだ」

 だが、アルベドに無理やり帰れと命令したり、動揺した姿を見せすぎたり、理不尽に

も怒鳴ったりしてしまった。ナザリックよりもあの村を優先した姿を見せてしまった。

「まぁ、だいたいこんなところだ」

「なるほど……確かに絶対なる支配者が見せてはいけないお姿を、お見せになられすぎ

たかもしれません。ですが、問題は何一つないかと」

 それに、と一区切られ話は続く。

「……恐らくになりますが、アルベド殿の疑問の解消のために、先程私に話されたこと全

てを話さられても問題はないかと……ほかのNPCたちも同様かと思われます」

 モモンガは考える。自分が全てをアルベドたちに話した後のナザリックを。パンド

ラズ・アクターの言う通りなら、きっと重圧を感じずに……もしかしたら、仲間達がい

た頃のように過ごせるかもしれない、と。だがそれはできない。

「……いや、駄目だな。真実を話していいのは、NPCの創造主だけだ。私が彼らに語る

のは、裏切りだろう。パンドラ、お前とて私以外から、真実は語られたくないだろう?

 確かに私はアインズ・ウール・ゴウンとしてナザリックの代表ではあるが、彼らの本

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物の創造主にはなれない。ただの代理人に過ぎないんだ」

「他の御方々もこの地におられるので? 確か、アカウントでしたか? それを残され

ておられるのも、ごく少数とか? それに、ユグドラシル最後の瞬間、ナザリックにお

られたのはモモンガ様だけだとか。どのような条件で、この世界がリアルに変化したか

は皆目見当が付きませんが、他の御方々が存在される可能性は皆無といっても良ろしい

のでは?」

 ……深く、心が抉られる。パンドラズ・アクターの言うとおりだ。確かに自らは何ら

かの奇跡で、今この場にいる事ができる。だが、あの瞬間にログインしていなかった仲

間たちが本当にこの世界のどこかにいるのだろうか? 可能性はどれぐらい存在する

のだろうか?

「……ああ。お前の言う通りだろうな。可能性は低い。いや、皆無に近いだろう、な」 

「それでしたら、嘘偽りなく全てを語られたほうがよろしいのでは? それでこそ──」

「──それでも、俺は信じたいんだよ。パンドラズ・アクター。奇跡を、願いたいんだ。

もう一度、みんなに会えることを信じたいんだ。この世界には奇跡も魔法もあるのだか

ら」

 分の悪すぎる賭けだとしても信じたいのだ。

 この世界で、ようやく一歩踏み出した程度だ。なら、今までと同じように待ち続けて

151 第7話

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もいい。

 もちろん、出会えない事も覚悟はしている。独りなら耐えられないかもしれないが、

ナザリックには思い出がある。仲間たちの子供たちだっている。十分に耐えられる。

 もう、モモンガは独りぼっちではないのだ。

 それに、自らは寿命の無いアンデッド。永遠の時を以てしても絶対に再会することは

できないのだろうか? 否だ。世界の可能性はそんなに小さい訳がない。

「……左様でございますか。それは困りましたね……アルベド殿はナザリックで一、二

位を争う智者だとか……下手な回答では矛盾が生じて、違和感から何かを感づかれる場

合があります」

「……やはり、無理か? 例えば、リアルの事に関りが無い点だけで話を誤魔化すとかは

どうだ?」

「それも考えましたが、この後すぐにアルベド殿の疑問にお答えになられるとのこと?」

「……そうだ」

「では、モモンガ様と共に辻褄の合わせ方を考える、時間が足りないと思われます」

「……そうか」

 確かにアルベドからされる質問への対策。生半可な物では疑惑を残すどころか、より

深くアルベドに疑惑を植え付ける結果になる。

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 疑問を払拭するために疑惑を作るのでは意味がない。

「父上。アルベド殿の質問に答える時期を先延ばしにしては如何でしょう?」

「……なに? だがそれは、アルベドの疑問を高めるだけではないか?」

「いえ、アルベド殿は父上を愛しているとのこと。真摯にお願いすれば、問題はないかと

……それに見ようによっては、モモンガ様の秘密をただ一人握っている立場になりま

す。短期間でしたら問題はないかと」

 ……やはりそこを利用せざるを得ないのか。仕方がないのだろう。納得するほかな

い。

「それにナザリックが現状でどう変化しているかの情報収集も必要です。ある程度情報

が集まってからの方が私としても対応策を練りやすくなります……できれば、アルベド

殿の観察もしたいですし」

「……すまんが、頼む。ただ、アルベドには一言だけでもいいから謝りたい。問題はない

か?」

「問題はないかと思われます。後は……そうですな、父上がこの世界でなさりたい方針

をお教えください」

「方針か……そうだな。アインズ・ウール・ゴウンの名を全世界に広めること。ナザリッ

クを守り抜くこと……」

153 第7話

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 本来ならこの二つだけでいい。だが、断言しきれない。やはり引きずられているのだ

ろう。

「……前の二つに抵触しない範囲で、カルネ村を見守ること、だな。あと付け加えるなら

冒険もしてみたいな」

「承りました! このパンドラズ・アクターにお任せください!」

 これで二人の会話は終了した。モモンガはパンドラズ・アクターに自身の教育方針及

び、モモンガ自身の思いを元に、実際にどう行動するかを一任したのだ。

  ★ ★ ★ おまけ

 モモンガはこの時知るよしもなかった。パンドラズ・アクターが善意から……本当に

永遠力暴風雪

エターナルフォースブリザード

ただの善意から、モモンガを

する計画を立案していたことを。

「父上! 必ずや不肖パンドラズ・アクター、お望みに従いモモンガ様から頂いた設定

を、自らの手で昇華させて見せましょう! そう、定められた偽りの演技ではなく、モ

モンガ様が本心からかっこいいと思えるように!」

 モモンガは早まった。一言も止めろとは言っていないせいで、パンドラズ・アクター

は単に定められた演技では満足いかないから、止めさせられたと理解してしまったの

だ。

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 平穏をモモンガは得る事ができる。パンドラズ・アクター自身が満足できる代物にな

らない限り、モモンガは直に見ないで済むのだから。

 だから、モモンガの未来はとても明るい。誰が何と言おうとも、明るいのだ。ただ単

に勝手に黒歴史を昇華されて公開されるだけなのだから。

 独りぼっちで支配者の演技をして、知らない内に取り返しがつかずに世界征服しなけ

ればならない事に比べれば、ましなのだから。

   例え、パンドラズ・アクターの手によって、アルベドにモモンガがカッコイイと思っ

ていたポーズなどが暴露されて、アルベドがパンドラズ・アクターの動きやドイツ語を

真似してモモンガに披露してこようとも……

 それは遥か未来の話なのだから。

155 第7話

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第8話

  荘厳な廊下に、アインズの足跡が響く。アインズはアルベドの下に重くなりがちな足

を動かしていた。

 理由はもちろん、カルネ村の一件を話し合うためだ。 

 ここでアインズがすべきことはただ一つ、パンドラズ・アクターに言われた通り、時

間を稼ぐことなのだ。時間を稼いでモモンガがこの先、理の異なる世界でどう動くのが

最善かを知るための情報を集めること、アルベドにどのように打ち明けるか考えること

である。

 「アルベド、待たせたな」

「待ってなどいません! それに、待つことも至高の御方々に仕える、我らの務めでもあ

ります」

「……そうか」

 意外と簡単に時間を稼ぐことができそうだ。言葉通りなら、決死の覚悟は必要なかっ

たかもしれない。だが驕ってはならない。

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「それでは、だ。カルネ村での私の対応に、不満や疑問があれば答えよう」

「それでは……モモンガ様はあの村に、一体何を見られたのでございますか? モモン

ガ様になられる以前に何があられたのですか?」

 ……直球の質問である。そしてアルベドは自分をアインズではなく、モモンガと呼ん

だ。合わせてくれているのか、今のモモンガがアインズと名乗るのに力不足と思ったの

かは分からない。ただ、できる限り真摯に向き合うだけだ。最も真実を語ることはでき

ないのだが。

「何と説明すればいいのか……アルベド、すまんがその事を話すのには、もう少し時間を

くれないか? はっきり言って、自分でも上手く説明できるか分からん……それに、過

去の事を話すのは私自身に覚悟がいる」

「覚悟、でございますか?」

 例えユグドラシルの真実を話さないのだとしても、覚悟が必要だ。自身の過去と向き

合う覚悟が、だ。それに、勢い余って真実を明かさないように、パンドラズ・アクター

と辻褄を合わせて、台本を作る必要もある。

「そう、覚悟だ。私自身、辛くて忘れていた……忘れようとしていた過去に向き合う必要

がある」

「……モモンガ様のお許しさえあれば、原因を全力を以て排除いたしますが?」

157 第8話

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「排除、排除か……無理だな。どうやっても排除する事はできない、な。もう、すでに結

果だけが残っているのだから」

「……もしや、お辛い過去とは、至高の御方々が関わっているのでございますか?」 

「どうして、そう思った?」

「何となくで、ございます」

 まずい。何かアルベドが大きな誤解をしているような気がする。無いとは思うが、下

手をしたら仲間たちに何かを問い質すか……大事件が起きそうな予感がする。

 ここだけは、今すぐ誤解を解く必要がある。万が一にも刃傷沙汰になるのだけは回避

しなければならない。

「結論を言えば、仲間たちは関係ない……いや、ある意味では関わっているのか? 全て

に、自分の存在にすら希望を見いだせなかった私に、生きる希望を与えてくれたのだか

ら」

 アンデッドである以上、生きる希望と言う言葉には語弊があるかもしれないが、それ

以上に適切な言葉は無い。まさしく彼らはモモンガにとって希望なのだ。

「……希望で、ございますか? そう言えば、危ないところを、たっち・みー様に救われ

になられたとか?」

「そうだ。殺されかけていたと言ったな? もう少し詳しく言えば私がまだ弱いころ、

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プレイヤーたちにおもちゃのようにリンチにされていて──」

    「──は?」

  ……どうやらモモンガは、知らない間に踏んづけてはならない、特大の地雷を踏んづ

けてしまったようだ。アルベドから溢れてはいけない瘴気が漏れ出て、何らかのオーラ

を視覚化している。

 一言で言おう。怖い。人間だったなら、漏らして気絶していると断言できる。

(カルネ村の人たちの恐怖が良く分かった……多分、今のアルベドのように見えてたん

だろうな)

  アンデッドである自分は、ただの村人たちから見たら、今のアルベドのように見えて

いたのだろう。ただの現実逃避であるが、より納得できた。

 

159 第8話

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「お、落ち着いてくれ、アルベ──」

「落ち着けと……落ち着けと、仰られますか!? モ、モモンガ様が、殺されかけただけで

は飽き足らず、お、おもちゃのように、リ、リンチにされていたと聞いて、落ち着ける

者など、このナザリックにおりません!! い、今すぐにでも、討伐に行くべきで御座い

ます!」

「お、落ち着くのだ、アルベド! 私はたっちさんに救われたと言っただろう? その件

はすでに解決しているのだ!」

「…………畏まり、ました」

 不承不承ながらも、命令に従い、怒りを抑えようとしてくれている……しかし、まだ

活火山だ。ふとした拍子に噴火しても可笑しくない。

 否、噴火する。

 話を進めて有耶無耶にするしかない……後でパンドラズ・アクターとも詳しく話し合

うことになるだろうが、一応カルネ村をどうするか、アルベドにも相談してみよう。

「ところでだ、アルベド。現在カルネ村は、現地で初めて得た友好者だ。誰か信頼が置け

るもので連絡役を置くべきだと思うが、どう考える?」

影の悪魔

シャドウデーモン

「現在、

を配置しておりますが、連絡役には不向きでございます。誰か別の者に

任せた方がよろしいかと」

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「……では、ルプスレギナに連絡役を任せたいと思うが、意見はあるか?」

 ルプスレギナは神官であるため、万が一怪我人などが出ても、十分対応できるとの判

断であり、私情を極力排除してモモンガが考えてみた人選だ。

 余談ではあるが、私情最優先だった場合、最高位の神官であるペストーニャを派遣す

ることを決定した可能性が高い。

サディスト

「……恐れながら、ルプスレギナは真面目に仕事に取り組みますが、少し

であ

り、大雑把なところがございます。カルネ村への連絡役には不向きかと……万全を期す

のであれば、ユリ・アルファがよろしいかと」

 ルプスレギナがそんな性格なのであれば、残念ながら除外する他ない。さすがに、本

気でペストーニャを派遣するのは、メイド長と言う職責、ナザリックの運営と言う点か

らも不味いのは、小卒の自分でも良く分かる。

「そうか……教えてくれたこと、感謝するぞ」

「感謝だなんて! 愛する方のお役に立つのは当然で御座います」

「……アルベド、お前のその感情は私が書き換えてしまった物なのだ」

 そして──

 「……何とか乗り切った、か。出てこい、パンドラズ・アクター……それにしてもアルベ

161 第8話

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ドは怖かったな」

 結果として、モモンガはアルベドに設定を歪めたことを謝罪し、上手く誤魔化される

という結果に終わった。

 アルベドはすでにおらず、人払いもしているためこの部屋にはモモンガを除いて、誰

も存在しないはずだ。最低でも、アルベドはモモンガ以外いないと思っていただろう。

しかし、モモンガの声に従うように誰かが出てきた。

 パンドラズ・アクターだ。あの後、アルベドとの話し合いに際して、パンドラズ・ア

クターは傍でアルベドを観察する手筈になったのだ。

完全不可知化

パーフェクト・アンノウアブル

 探知系から完全に身を隠す指輪や

に代表される魔法やパンドラズ・ア

特殊技術

クターが仲間の姿を借りて使用した

などを使用した、とても豪華な手段だ。

 これだけすれば見つかる恐れはほぼ無い。モモンガも多くの魔法を使用しなければ

パンドラズ・アクターの姿を捉えるのは容易ではない。

 それこそ、高レベルの盗賊でもなければ。そして、アルベドは盗賊系の職業を有して

いない以上、見つかる可能性はないだろう。

 ただ一つ問題があるとすれば、パンドラズ・アクターが先程、NPCの真実を話した

時と同じような雰囲気を纏っていることだ。

 心なしか怒りも感じられる。

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 どうやらモモンガはアルベドに続き、完全に味方と唯一断言できる存在である、パン

ドラズ・アクターの地雷も踏んだようだ。

(俺、どこで地雷踏んだの!?)

 先程、パンドラズ・アクターに打ち明けた以上の地雷は、早々無いはずだ。それに自

分はアルベドと話し合っただけだ。パンドラズ・アクターの地雷を踏む要素なんて無

かったはずである。もしあったなら、大変遺憾である。

「パンドラズ・アクター、どうしたんだ? 何か私は失敗をしたか?」

 あるとすれば、アルベドとの普通の会話で何か大きな失敗をしたのだろう。皆目見当

はつかないが。

「……父上、先程アルベド殿に『おもちゃのようにリンチにされていてな』と、仰せにな

られましたね?」

「そ、そうだな」

「その件は、ナザリックの者たちに話さない方がよろしいかと。ナザリック全ての者た

ちが、許容できる範囲を遙かに超えております。父上から見れば当時は幻想だったので

しょうが、我々は別の受け取り方をします」

「……分かった。気を付けよう」

 パンドラズ・アクターが不機嫌なのも理解できた。確かに、自分はすでに過去のこと

163 第8話

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と受け入れている。しかしそれを誰かに話すことは問題なのだ。

幻想ゲーム

 彼らNPCにとって、自分の話は全てが真の話となる。自分が

の頃の話をしてい

たとしても、彼らは現実の話と受け取るのだ。

 モモンガ自身の意識も早急に改める必要がある。

 パンドラズ・アクターとモモンガの話し合いは終わることなく続いていく。

 ★ ★ ★

 悪夢の一日の最後、ネムはエンリと共に同じベッドで休息をとった。仲良く、何かへ

の怯えを互いに分かち合うように、抱きしめ合いながら。

 朝目が覚めると、エンリの用意した朝食を一緒に食べて、朝の仕事を一緒にする。そ

れなら今までと、何も変わりはなかったかもしれない。

 だが欠けている物もある。両親だ。

 二人はもう二度と帰ってこないのだ。そして、欠けているのは二人だけではないの

だ。

 カルネ村は人口百人前後の小さな村であり、村人同士助け合わなければならない。だ

からこそ、村人たちは全員家族同然でもある。

 そんな彼らが一気に減ったのだ。活気が無くなるのも当然と言える。実際村の外へ

出たネムはそれを肌で感じられていた。

164

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  しかし、そんなカルネ村に異物が存在した。武装した戦士たちだ。家族を理不尽に奪

い去った者たちが、目の前にいるのだ。

(……なんでお父さんたちを殺した人たちが、カルネ村にいるの?)

 彼らが来た時、アインズが話していた言葉は全ての村人に聞こえていた。当然だが、

ネムも聞いていた。

 アインズはネムの両親が殺されたことにそれほど大きな声で憤怒に交じっていた。

ネムはまだ幼い子供だ。難しい事は理解できない。それでも、両親たちを奪った原因の

一つが戦士団とは理解できていたのだ。

「行こう、コロちゃん」

 アインズからお借りした狼、コロちゃんに話しかける。──アインズから好きな名前

を付けていいと、そう言われていたネムは眠りにつく中で必死に名前を考えていた。

 そして、朝起きた時にまるで天啓のように、コロちゃんと言う名前が浮かんだのだ─

─  ネムはゆっくりと戦士長に近づいていく。近くには村長や村人、戦士達もいる。何か

険悪な空気が漂っているのが分かる。

165 第8話

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 傍目に見ても、とても緊迫していることが分かる。村長たちは大人なのだ。故に、ネ

ムよりもアインズの言葉を深く理解できるのも当然の帰結である。ならば、目の前にい

るのは紛れもなく、村を虐殺させた原因の一つなのだ。

 直接は手をかけてはいない。騎士たちへの怒りの方が強くはある。だが、それでも考

えてしまうのだ。もし、戦士長たちさえいなければ、虐殺されることはなかったかもし

れない、と。

 確かに虐殺されたことで得た物もあるのかもしれない。だが、怒りが消えてなくなる

ことはない。

 だからこそ、必死に怒りを抑え込もうとしているのだ。何の警戒もしていなかった自

分達にも……非はあると考えて。

 そして、戦士たちも村人たちの感情をある程度理解している。だからこそ、ただ一人

を除いて視線が揺れに揺れ、村人たちからの視線を直視することができないのだ。

 自分たちの罪が分かっているからこそ、被害者たちの視線に目を合わせることができ

ないのだ。

  ──これが普通の人間だ。いくら戦士として訓練を積んだとしても、自らの罪を直視

するのは難しい。

166

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 だが彼らは決して悪人ではない。もし悪人であるならば、そもそも罪とすら認めず逆

上するのが必然なのだ。

 もし、視線一つ逸らさず、眉一つ動かさずに自らの罪に対する糾弾を受け入れる者が

あれば、英雄と呼ばれても過言はないだろう。

 それはまさしく、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長に他ならない。しかし、今回の

虐殺の原因は彼だけではない。否、一番悪いのは貴族たちだ。

 そして、貴族を抑えることができなかった国王でもある。

 だが、そんな言い訳はガゼフはしないし、できない。そんな曲がった生き方ができな

いからこそ、別の世界でアインズにすら手に入れたい存在と思わせたのだから。

  はっきり言えば、ガゼフは弱い。周辺諸国最強の戦士と称されているが、それは単に

表向きな話だ。ガゼフをゴミのように殺せる存在は数えきれないほどいる。ナザリッ

クを除いたとしても。

 しかし、こと精神の輝きなら、ガゼフに勝る戦士はいないだろう。国王への忠誠。力

なき者を守ろうとする精神。どれだけの力の差を見せつけられたとしても、くじけぬ

心。

 ガゼフは紛れもない英雄である。だからこそ、村人たちの感情を……視線を逸らさず

167 第8話

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に受け入れているのだ──

 戦士長はネムの接近に気づいたようだが何も言わない。少し距離が開いたところで

立ち止まる。

 ネムは集団のリーダー、ガゼフに近づいて行った。

「……アインズ様が仰ってた事は、本当なんですか?」

 ネムが暗い表情で問いかけると、戦士長は顔を歪ませた。だが、決してネムから視線

を逸らさずに答えた。

「……そうだ」

「…………なら、なんでこの村にいるんですか! お父さんとお母さんを返してよぉ!」

 ネムが泣きながら、睨みつけながら叫ぶ。……戦士達は辛そうにネムから目を背けて

いた。見たくない物から目を背けるように……ただ一人、戦士長だけは辛そうな表情を

しながらも、ネムの目をしっかりと見据えている。

 「……すまない。全ては、誓って私のせいだ。君達の家族を……友人たちを、奪ってし

まった……私にできる事なら……何でもしよう」

 納得がいかない。家族が奪われたのだから当然だ。気づけばネムは、地面に落ちてい

る、小石を掴んでガゼフに投げつけていた。ただの小娘が投げた石だ。力が無く狙いす

168

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らまともにつかず、か弱く投げられた石は、しかし寸分違わず、戦士長の眉間に吸い込

まれ、額から赤い血を流した。

 「……でてって。カルネ村から出てって! この村にいないで……もう二度と来ないで

!」

「分か……った。お前達、行くぞ……ッ」

 戦士達は村を去った。何かに急かされるように……戦士達は何かから逃げるように

村を去る……ただ一人、馬の上から頭を下げている存在もいたが、関係が無い。

(……許さない)

 全ての村人が感じた事だろう。もし村の救世主であるアインズが訪れなければ自分

達も死んでいたのかもしれないのだ……否、確実に死んでいたのだから。

   戦士達が去った後、村人たちは広場に集合していた。議題はこれからどうするかだ。

 もう少し詳しく言えば、村を守る多面の見張りなどをどうするかである。

 だが、その問題のいくつかはすぐに解決することになった。アインズがネムに与えた

アイテムの存在である。ネムはそのアイテムを高らかに吹上……それから、月日は流れ

169 第8話

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た──

  ネムは現在エンリに言われた手伝いをしていた。今は拙い手順ながらも必死に薬草

を磨り潰していた。そのため周辺には強烈な匂いが充満していた。

 鼻が慣れていなければ、ネムは涙ぐむはめに成っていただろう。だが、ネムは問題な

い。しかし一匹だけだが、涙目……で正しいかどうかは不明だが、苦しい思いをしてい

る存在がいる。

 コロちゃんだ。当然と言えば当然である。嗅覚が普通の人間より優れている以上、鼻

を衝きさすような臭いは苦しいのだろう。

 人間でも涙を流さずにはいられないほどの匂いなのだから当然と言えば当然である。

だがらネムから、正確には石臼から離れようとしても当然である。

「どうしたの、コロちゃん?」

 自分から距離を取っていることに不信を覚えたネムは仕事を辞めて、コロちゃんに近

づき、撫で回した。当然逃げようとしたが、ネムは少し涙目になっていたため、本来の

主人の意向もあるため、匂いの辛さに諦めて撫でまわされたのは当然でもある。

  

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 暫くネムがモフモフを楽しみ、仕事を終わらせるとネムはコロちゃんに跨り、村の近

くの草原をかけていた。

 そして、急に立ち止まった。

「どうしたの?」

 駆けている時の気持ちいい風が急に無くなり、話しかけるが一方向に視線は固定され

ている。それに釣られてネムも見てみると目を見開いた。

 視線の先には生者を憎むアンデッドがいたからだ。だがネムは恐れない。

「アインズ様!」

 自分達を救ってくれた人だからだ。気付けばコロちゃんから飛び降りて、息を切らせ

ながら駆け出していた。

「元気にしていたか、ネム?」

「はい、元気です!」

 依然と変わらない、優しい村の救世主の姿である。

 そしてアインズの後ろを見て驚いた。

 綺麗な女性と、石でできた動像とコロちゃんの仲間達がいた。思わず呟いていた。

「綺麗……アインズ様のお嫁さんですか?」

 

171 第8話

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 ★ ★ ★

 アインズはネムの言葉で沈静化して固まってしまった。後ろでは同じようにユリ・ア

ルファが固まっているのが、アンデッドになったことで上昇した知覚能力で分かる。

「……違うぞ。ユリはな……そうだな」

 アインズは一歩後ろにいたユリに近づき頭を撫でる。その瞬間顔に赤みがでた気が

するが、気にせずに質問に答える。

「ユリは……姪……娘みたいな者だ……それに私を良く見てごらん?」

 萎縮させないできる限り優しい言葉に言葉を選ぶ。ネムがこちらを凝視して、自分の

姿を見終わった頃を見計らい話す。

「私は骸骨のアンデッドだぞ? 結婚してる訳ないだろう? それに、結婚は生者の特

権だからな」

「そうなんですか? 骸骨だと結婚しないんですか?」

 ネムが驚いている。そこまで驚くような事だろうか? とはいえ、お互いに常識を知

らない以上、そう思うのも仕方ないのかもしれない。

 分かっているのは、常識を知らないと言う事が、とても危険だと言う事だけだ。

「そうなんだよ。それで村長はどこかな?」

「……はい! こっちです!」

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月光の狼

ムーンウルフ

 ユリの頭から手を離して、

と一緒に村長の方へ案内してくれる。途中ユリが

……動かず固まっていたが、少し遅れながら行動を開始していた事で、アインズは特に

気を止めなかった。

 (本当に仲良くなったな)

 モモンガにとっても悪い事ではない。この少女の事は気に入っているのだから……

そんな事を考えていると、ネムが気まずそうに振り返りながら謝り出していた。

「アインズ様。ごめんなさい! アインズ様から頂いた笛を使っちゃいました……」

「別に気にしないぞ? 元々ネムにあげたものだからな。……それでゴブリン達はしっ

かり働いているか?」

「……うん! みんな一生懸命に村の人たちと働いてくれています。みんなで一緒に村

の周りに柵も作ってるんだよ!」

「ほう。確かに防衛には必要だな。ところでネムは何をしていたのかな? もしかして

遊んでたのかな?」

 これにネムが少し?れる。遊んでたと思われたのが嫌だったのだろうか?

「むぅ〜アインズ様違います! コロちゃんと一緒に見回りしてるんです!」

「これは失礼したな……そういえば、あの後何もなかったか?」

173 第8話

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 ネムが今までの明るさを無くして急に立ち止まり、アインズを不安にさせた。

「……アインズ様。実はネムが戦士達を追い出しちゃった……」

「……え?」

「その……石を投げつけちゃった」

 もう少し深く聞き出すと、何故ネムがそんなことをしたのかも理解できた。

 モモンガの家族の死と、ネムたちの家族の死は状況が異なる。だが、社会によって理

不尽に奪われたことに変わりはない。

 あるいは同じように、モモンガ以上にひどい状況で家族を奪われ、社会構造そのもの

を憎んでいた、ウルベルト・アレイン・オードルならより深く共感したかもしれない。

「彼の責任でもあるし、その事でこの村に不利益が起こる事は無いだろう……この村に

殺戮を齎した元凶の一人だからな……一応は高潔な人物なようだし……その話は止め

にしよう! 村長はどちらかな?」

「……はい、こっちです!」

 道中はネムの普段していることなどを聞いていた。

 穢れを知らず純真な子供特有のあどけない笑顔。ガゼフにしてしまった事も、ある意

味子どもゆえだろう。

 

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 ナザリックの者たちと過ごす時は常に肩肘を張る必要がある。それに、ナザリックの

女性陣の一部は怖いのだ。もしかしたら、トラウマになってしまうくらいには。

 さらに言えば、確かに一人は例外はいる。肩肘を張る必要は全くない。鈴木悟の素を

出しても問題ない存在もいるにはいる。しかし、彼と共に色々していると精神的にダ

メージを負うのも、紛れもない真実なのだ。

 家族として認めてはいる。しかし、それとこれとは別なのだ。支配者としてのポーズ

を考えて、それを実践させようとする姿。

 純真無垢なネムを見ていると、癒されなかった荒んだ心が浄化されていく気分であ

り、安らぎを感じるのだ。

(中二病のままいれたら、幸せだったのかな……)  

 少しだけ、パンドラズ・アクターとの支配者としての練習風景を思い出し、力なく思っ

てしまった。

 ただひたすらに、泣き叫んで、この遣る瀬無い気持ちをどうにかしたいが、アンデッ

ドであるため瞬時に沈静化される。ある意味アインズ、というよりモモンガや鈴木悟に

対する嵌め技だ。

 もし、パンドラズ・アクターとアインズが決闘をした場合間違いなく負ける。(ある意

味で)

175 第8話

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  ……いつの間にか村の中央についていた。周囲の村人たちが慌てているのが分かる。

やはり、何の連絡もなく岩の巨人が来れば驚くのだろう。

「ようこそお出で下さいました、アインズ様! 何か、ございましたか?」

「いやいや、特に何もないのですが……今回来たのは、あなた達にこのゴーレムを贈るた

めです。このゴーレムは命令に従って黙々と作業に勤しみます。この村のために役立

ててください」

「……ありがとうございます。しかしこれ以上、ご迷惑をおかけするのは……」

「迷惑なんかではありませんよ。あなた達のおかげで私は人間の意思の輝きを知る事が

できた……」

(家族ができたとは、さすがに言えないよなぁ……それに、それだけとも言えないし)

「……如何なさいました? アインズ様?」

 途中で黙ったからか、不自然に見えたのだろう。代表して村長が聞いてくる。

「いえ何でもありません。とにかくこれでも、あなた達への感謝は足りないぐらいです。

ユリ、挨拶を」

「畏まりました。ボク……失礼しました。私アインズ様のメイドであり、ユリ・アルファ

と申します。御見知り置きを」

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 メイドに相応しい美しい所作で挨拶をした。近くにいた村人全てが、男女に関係なく

ユリを見て視線を釘付けにしている。

 メイドが珍しいからか、ユリが美しいからか、はたまたその両方かは分からないが、仲

間の子どもにプラスの感情を持たれることは誇らしい気持ちになる、それだけは確か

だ。

「今回ユリを連れてきたのは、カルネ村との連絡役にするためです。さすがに常駐させ

る訳にはいきませんが、私が来られない時は、彼女に伝えてくれればできる限り村の事

を援助します」

「ありがとうございます。しかし、よろしいのでしょうか? そこまでして頂くのは

……」

「構いません……そうですね、ではこうしましょう。また遊びに来ますので、この村の発

展具合を私に見せてください。それと。収穫祭などの祭りの時に私を招待してくれる

と嬉しいです」

 それに、アインズが援助を申し出ているのは単なる善意ではない。パンドラズ・アク

ターと話し合って情報収集のために有用だと、判断されたからである。確かにカルネ村

との友好関係を維持するのは重要だ。個人的にネムや村人たちのことも気に入ってい

る。ナザリックに悪影響が出ない程度には保護してもいいぐらいには。

177 第8話

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 だが、それはいい訳にすぎないのだろう。

 何よりも、一人の女性のためなのだ。

(……代償行為、なんだろうな)

 アインズは感情の動きを、鈴木悟の心の叫び、そう分析していた。

 ここまでするのは、村長夫人を自分の母と重ねているから……もしかしたら、母にで

きなかった分の親孝行をしたいと、無意識のうちに望んでいるのかもしれないし、この

感情を否定することは、何となくできなかったのだ。

 とはいえ、これ以上彼女に近づくのは危険でもある。どこかで、折り合いを付けなけ

ればならないのは、明白だ。

「──分かりました! アインズ様をしっかりお招きできるように頑張らさせて頂きま

す!」

 ……どうやら、少し意識がそれていたようだ。やはり、彼女を見ているとアンデッド

なのに、沈静化が発動しない程度に精神的に不安定になってしまう。とにかく、上手く

話が付いたようで良かった。

石の動像

ストーン・ゴーレム

「楽しみにしています。それでは、今日はこの辺で失礼します。

は村長と……

そうだな、ネムの命令に従うようにしておきます。……ではユリ帰るぞ。しっかりカル

ネとの連絡役に従事するように! ……では、今日はこの辺で」

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 ユリの返事と村人たちの挨拶を聞き流しながら、天国でもあり、地獄でもある、我が

家への帰路に就く。

(さぁ、ナザリックへ帰ったら、パンドラズ・アクターと一緒に楽しい、支配者に必要な

勉強と……演技の練習だ)

 最後を思い出して、精神が抑制されていた。勉強の方は普通に耐えられる。むしろ、

パンドラズ・アクターの教え方が上手いせいか、面白くもある。

 だが、演技の練習。お前はダメだ。パンドラズ・アクター自身は言いつけを守ってい

るためか───時々出るが──過剰な演技は控えてくれているが、アインズ自身にそれ

に近い行為を手取り足取りでさせようとするのだ。しかも、上手くできていないとお手

本と称して……何の罰ゲームなのだろう。

 全力でお断りしたいが、「これが、支配者として相応しい在り方でございます!」など

と言われれば、残念なことにアインズには否定するための根拠がないのだ。一応、駄々

を捏ねれば減らしてくれるのがせめてもの救いだが。

 子どもに駄々を捏ねているためか、精神的苦悩は一切減らない。憂鬱である。もし、

仲間たちが入ればこの感情を分け合えたのだろうか?

(ヘロヘロさん……私はあなたをあの時引き留めなかったことを、心の底から後悔して

います)

179 第8話

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 とても口惜しい。自分が創り出した黒歴史を見て、悶えるのが自分一人と言うこと

が。

 仲間が欲しい。

「──アインズ様!」

 後ろからネムの声が届いていた。どうやら、一人と一匹で追いかけてきたようだ。先

程と変わらない、天真爛漫な笑顔を浮かべながら。

  自分を支配者として振舞う事もなく、他人行儀すぎる事もなく、見るだけで精神が不

安定になったり、精神に(無意識的に)攻撃をかけてくることもない。何て貴重な存在

なのだろう。

「途中までお見送りします!」

「……嬉しいぞネム」

 やさしく頭を撫でる。村の外れまで見送ってくれるようだ。嬉しいことであるし雑

惨劇喜

談で時間をつぶせるのにも感謝だ。何より、数十分後に起きる未来の

を一時的にで

も忘れることができることに、心から感謝だ。

「それでですね! あれ……そういえば、アインズ様はどちらに住まれているんですか

?」

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「むっ、私の住まいか」

 少しだけ頭で考えてみるが、別にナザリックは人間種を招くことを禁止している訳で

はない。なら、別にネムやほかの村人を招いても特段不都合ではないだろうし、仲間た

ちに怒られることもないだろう。

「……よし! もう少し状況が落ち着いたらになるが、ネムを……ネムたちを私達の家、

ナザリックに招待しよう。その時まで、どこに住んでるかは内緒だ」

「いいんですか!?」

「ああ。楽しみにしていてくれ」

「はい! 楽しみにしてます!」

「ああ。私もネムを招待できる日が楽しみだ。それとムーン……コロちゃんの食料は足

りているか?」

「はい! ジュゲムさん達のおかげで私たちも、昔よりたくさん食べられます」

 それなら、残り二匹もカルネ村に護衛として残すべきだ。はっきり言ってモモンガに

月光の狼

ムーン・ウルフ

はレベル的に必要がない。なら、残りの二匹もカルネ村の護衛にしても問題

は無い。

 裏ではパンドラズ・アクター監修の下、より強力な物たちがカルネ村に常駐する手筈

になっているが、表にもう少しおいていても構わないだろう。今回は見送るが。

181 第8話

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 「そうか……なら良かった。ネム、今日は楽しかった。我が家に招待する件、楽しみにし

ていてくれ」

「はい! 楽しみにしてます! アインズ様もお気を付けて!」

 そう言ってネムはコロちゃんに跨り、村外れから駆けていった。アインズは見えなく

なるまでネムを眺めていた。

 「……それでは、我が家に帰るとしよう」

「はっ」

(狼と戯れる少女、か……あの光景を、ぺロロンチーノさんが見たら泣いて喜んだだろう

な、きっと。……ぶくぶく茶釜さんに怒られただろうな)

  ★ ★ ★

 今までアルベドには部屋を与えられていなかった。常に守護者統括として玉座の間

に控えていたため、必要がなかったからだ。

 だが今回、モモンガの慈悲により予備の部屋を与えられた。

 至高の御方々の部屋と作りが同じ造りの素晴らしき部屋が、だ。だが、モモンガが立

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ち去ったあと、アルベドの表情は凶変していた。

 百年の恋も醒めるほどの狂相に、である。

 さらに言えば、至高の四十一人のために創られた美しいはずの部屋は、ほぼ原形を留

めないほど無残に破壊尽くされていた。恐らく、他のNPCたちがこの部屋の残状を見

れば、アルベドが情状酌量の余地もなく不敬罪で殺されるのは間違いない。

 防音性能が高い事を感謝すべきだ。

 最も、アルベドが怒りを滾らせている原因を知れば、全てのNPCが多かれ少なかれ、

アルベドと同じ状況に陥るだろうが。

「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな……ッ! モモンガ様をおもちゃのよう

に、リンチにして殺そうとしたですって!」

 アルベドの怒りの原因は明白である。

 『プレイヤーたちにおもちゃのようにリンチにされていてな』

 この言葉を聞いて、怒り狂わないNPCは誰一人いない。怒り狂わないNPCがいれ

ば、アルベドの手で処刑する。処刑して見せる。

  ……暫く破壊の限りを尽くしていると荘厳な部屋の一室は、原形が無くなるほどに破

183 第8話

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壊されつくしていた。

 この破壊された部屋がアルベドの心の怒りを表しているの。だが、そんな中ただ一つ

皺一つなく、原形を留めている物が存在した。今の部屋の現状を鑑みれば不自然なくら

いに。最も部屋の残状のせいか、多少の埃は被っているが、許容範囲であり、見事な美

しさを損ねてはいない。

 見ようによればその埃が、より素晴らしく見せる引き立て役にすらなっている、そう

見ることも可能かもしれない。

 それは入り口に飾られていた。もし仮に、ナザリックが一軒の家だった場合表札の役

割になるものだろう。いや、今でもそうだ。このナザリックが誰の所有物かを、明確に

表すものだ。

 そう、それは紋章旗だ。アインズ・ウール・ゴウンを象徴する旗であり、アルベドの

愛する人が名乗ると言われた名前と同じ名前を冠する者だ。

 アルベドは、怒りは収まらず、まだ壊したりないと言うが如く、紋章旗に手を伸ばし

──

 あと一歩でアルベドの射程に入るというところで、腕を止めた。暫くアルベドは紋章

旗を睨み続け、ふと力を抜いた。最後に紋章旗を一瞥してベッドルームに向かったの

だ。

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 瓦礫の山を歩くアルベドの足音だけが部屋に鳴り響き、アインズ・ウール・ゴウンの

紋章旗がただ、佇んでいた。

 そして、アルベドは立ち止まって、怒り、感謝……複雑な心情を知らず知らず、吐露

していた。

「……もし仮に、モモンガ様をお捨てになられたのなら、たっち・みー様でさえ殺して見

せます……ですが、モモンガ様をお救いになられたこと、それだけは、感謝いたします。

そして──」

 アルベドは目を閉じて、一度大きく深呼吸をして、複雑そうに胸の内を吐き出した。

「──ダブラ・スマラグディナ様が我々をお捨てになったのだとしても、私を、創造して

くださったこと……モモンガ様をお守りする機会を下さったことには、感謝致します」

 そこまで言い切ると、この場所に用はなくなったのだろう。今度こそアルベドは、

ベッドルームに向かっていった。

185 第8話

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第9話

  ンフィーレアはカルネ村に向かっている。本来はポーションの材料がまだ残ってい

るため、行く予定はなかった。しかし、最近気になる噂がエ・ランテルで流れているの

だ。

 その噂によると、帝国の騎士達が王国の村々を虐殺して回ってるとのことである。最

初は根も葉もない、悪質な噂だと判断していた。

 だが、ンフィーレアの祖母であるリィジー・バレアレはエ・ランテルにおいて最高の

ポーション職人でもあり、人脈も広い。だからこそ孫であるンフィーレアも、より一歩

踏み込んだ噂を知ることができた。

 王国最強の戦士である王国戦士長が失意の色を隠せずに、エ・ランテルを訪れていた。

配下の戦士団から戦死者も出ているらしい、と。

 そして噂を肯定するかのように、エ・ランテル最高で高価なバレアレ産のポーション

の売り上げが、増加していた。

 つまり、質の良いポーションが多く使用される何かがあった。これに疑いの余地はな

い。

186

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 では、誰に対してバレアレ家のポーションが使用されたのか? 値段なども考慮して

普通に考えれば、上位の冒険者たちしかいない。しかし噂のこともある。王直轄の兵士

たちが死傷していた場合、最高のポーションを購入することは妥当と言える。

 ついでに言えば、上位の冒険者たちの多くが死傷していた場合、エ・ランテルその物

の危機だ。冒険者組合が伏せているのはおかしい。何かしらの対策を取るはずである。

 仮に市井の混乱を避けるために情報の公開を避けているのだとしても、有事の際に必

要になるポーション作成のために、バレアレ家にはすぐさま情報が共有されるはずだ。

だが、そんな情報は共有されていない。

  これが、ンフィーレアが持っていた疑惑を最大限に高めた。

  カルネ村は虐殺されていない。噂はただの悪戯に過ぎず、自分の考えは的外れであ

り、ポーションが多く売れたのはただの偶然である。そう信じたい。

 だが、絶対とは言えない。だからこそ、薬草採取と言う名目の依頼を出して、絶賛片

思い中の相手の無事を確認しに行くのだ。

 今回は急いでいたのと、今まで雇っていた冒険者が不在であったため『漆黒の剣』と

言われる銀級冒険者を雇うことになった。可能なら、街一番の冒険者であるミスリル級

187 第9話

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冒険者を雇いたかったが、さすがに薬草採取と言う不釣り合いな依頼や、上層部が伏せ

ているかもしれない何かを考えて、銀級冒険者しか雇う決断はできなかった。

 ……彼らを雇ったのは大正解だった。カルネ村への道中に彼らと話せたことは、自身

生まれながらの異能

の不安を抑えるために有意義な事でもあった。強力な

持ちがいる

こともあり、戦力的にも申し分はない。不安が多かったンフィーレアの精神は、カルネ

村への道中は安定されていた。

 そして、精神が安定した事がまるで間違いだったかのように、カルネ村が見える位置

にまで来てンフィーレアは叫んでいた。

「……おかしい。カルネ村に何が起きてるんだ!?」

「ンフィーレアさん、落ち着いてください!」

 冒険者のリーダー、ぺテルが自分に冷静になるように呼び掛ける……その声に応じる

形で深呼吸をして気持ちを抑える。

 周りを見れば、冒険者たちは全員が警戒態勢に入っていた。早急に情報を共有して、

不自然さを伝えるべきだ。

「…あの村には柵なんて元々存在しなかったんです!……それだけじゃない。あんな頑

丈そうな塀は無かった! ただの村人に、短時間であれだけの作業を行えるなんて思え

ません!」

188

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「確かに完成はしていないみたいですけど……普通に考えれば、あれだけの作業を行う

なら、年単位は掛かりそうですね」

「……とりあえず、何が起きているのかの確認が必要ですね」

 漆黒の剣達が話し合う。雇い主をどのように守りながら、村の状況を調べるかを……

もしかしたら一度撤退して冒険者組合に報告するべきかと冒険者たちで話し合ってい

たが……状況は動いていたのだ。亜人達が秘密裏に近づいてきていたのだ。冒険者達

は異常事態に混乱していて、接近する存在に気づくのが遅れた。

 十分、致命的である。

「武器を捨ててくだせぇ。あんた達の会話は聞こえていたから、カルネ村の敵じゃない

とは予測できますが、確実じゃない。敵かどうか判断できない場合、あんたらをどんな

手を使ってでも殺します」

小鬼ゴブリン

 

はとても流暢な言葉で伝えてきた……姿が見えてなければ、人間と勘違いする程

に。

「……武器を捨てた場合、命の保証は?」

「敵じゃなければ、保証しますがね?」

 漆黒の剣のメンバーたちは黙りこくる。彼らにはこの村に何が起きてるのか理解で

きない。

189 第9話

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 今からできることで最善なのは、エ・ランテルに退却し冒険者組合に報告することな

のだろうが、全員が無事に退却できる保証はない。

 いや、一目見ただけで分かる。彼らは野良のゴブリンとは全く違う。戦闘に入れば、

間違いなく全滅する。

「あんた達には村の近くまで行って姫さんたちに会ってもらう。敵じゃないかの判断の

最終判断は姫さんたちが行うんでね」

「……姫さんとは誰ですか? 僕はこの村に何度も来ているけど、僕は知らない!」

「悪いが、名前を言う訳にはいかねぇな。俺達は詳しく知らねえが、魔法には名前を知っ

てるだけで、発動するものもあるらしいからな?」

 そんな魔法、聞いたことがない。だが、この中の誰かが、そんな魔法を使えるかもし

れないと、警戒しているのだろう。

 勘違いにも程がある。もし、そんな魔法があるとして、行使が可能だとしたら、アダ

マンタイト級冒険者を超えた先にいる、帝国の逸脱者だけに違いない。

  ……ゴブリン達が目で問うてくる。これが最後通牒だと。どちらにせよこの状況で

は彼らに従うのが最善だ。

 だとしても、ンフィーレアはゴブリン達に問う。どうしても一つだけ確かめたいの

190

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だ。

「……君達はカルネ村の敵じゃないんだね?」

 それに周辺にいるゴブリン達全てが、当然のように頷く。不安はまだある。だけど、

決断はできる程度の要素は整った。

「分かりました。あなたたちに付いて行きます。皆さんはここに残ってください」

「いいえ、私達も付いて行きます!  彼らの指示は全員が付いていく事です。それに

何かあった時に護衛が必要です。私達で切り抜けられるかどうかは分かりませんが。

できる限り努力します!」

  そして、対面の時は訪れた。ンフィーレアの目の前には三人の人間と……一匹の狼が

付き従っているように見えた。

 汗が引き、全身が総毛立つ恐怖を覚えた。それもンフィーレアだけではなく、銀級に

上った冒険者たちも同じだ。あの狼には自分達では勝てない。自分たちは単なる捕食

者に過ぎないのだ。

  だがそれ以上にンフィーレアは安堵していた。

 エンリが生きていたからだ。 

191 第9話

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「……エンリ、無事だったんだね!」

 それに対して、エンリはぎこちない笑みを浮かべていた。まるで、無事だったとは言

えないかのように。疑問に思い、さらに問いを投げようと思ったが、その言葉は出てこ

なかった。

「……ンフィー君?  今度はンフィー君達が私達から奪いに来たの? ……やだ!こ

れ以上私達から家族を奪わせないでっ!」

 エンリの妹のネムの言葉を引き金に、周辺の圧力が増した。比喩ではない。エンリが

生きていたことで一瞬とはいえ忘れていた、狼の恐怖を思い出した。

 いや、その恐怖は今も増え続けている。ただ、唸り声をあげているに過ぎない。しか

し、蛇に睨まれた蛙と言ってもいいぐらい、ンフィーレアたちは追い詰められていた。

「大丈夫よ、ネム。私はどこにも行かないから」

「……お姉ちゃん」

 ネムは涙目になりながらエンリに抱き着き、エンリもそれに応えている。ここだけを

見るなら、仲の良い姉妹なのだろう。

 恐ろしい推測が立っていなければだが。

「私から、何があったか説明しよう」

「……お願いします」

192

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 そしてカルネ村の村長は話し出し、内容を聞くに従い思わず呆然としてしまった。王

国の陰謀の実行場所として巻き込まれたこと……王国戦士長を殺すために貴族が行動

していたことを。

魔法詠唱者

マジックキャスター

 そのせいで、村に死者が出たことも。ある

が助けてくれなければ、口封じ

として村人全員が殺されていたことも。

 吐き気を覚えた。王国はここまで腐っていたのだ。薄々ではあるが、分かっていた。

王国にとって、平民の命はどうでもいいものだと。

(……ふざけてる。王国の上層部は何を考えてるんだ! ……もしかしてエ・ランテル

が兵士を派遣しなかったのも、戦士長を殺そうとしていたから? …………もし貴族達

が王国戦士長を政治の都合で謀殺しようとしていた事を、ただの村人が知ったら、王国

の上層部はどうする?)

 背中に冷たい物が走った。こんなことをした者達なら確実に、カルネ村の人間を皆殺

しにして口封じするという確信を得たからだ。

 例え逃げだしたとしても、絶対に見つけ出して口封じをするはずだ……。もう、彼ら

に安息の地はないのかもしれない。

 叫びたかった。カルネ村の人間たちは普通に平民としての義務を為してきた。そし

て訪れた結果が虐殺だ。義務を為していようがいまいがどうでもいいのだ。王国は。

193 第9話

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 怒りを開放したかった。だがその叫びよりも早く、別の人物の叫び声が聞こえてい

た。 

「──ふざけないでください!」

 最初に正気に戻っていたのは、冒険者のメンバーの一人だった。村に来る途中に聞い

た話では、貴族に隔意を一番抱いている人だ。 

 涙を流しながらの、心からの叫びだ。

豚達貴

私達村

「これだから、あの

は! 村人を

を何だと考えているんですか! 私たちは王

国の法律を守って、生きてきただけなのに!」

 一人の冒険者が大声で叫ぶ……まるで自分も似たような経験があるかのように、涙し

ていた。

 そしてエンリに抱き着いていた、ネムが顔を上げ一人の冒険者を見つめていた。

「お兄ちゃんも何かされたの?」

 目からは涙は引き、自分達と同じように何故か怒っている。

「……ニニャと言います。私は、私たちは、自分の口に入るものなんか、ほとんど残らな

豚貴族

いのに、必死に畑を耕して、税を納めていました。でもその結果、

に最愛の姉を連れ

ていかれました……ロクデモナイ噂しかない奴に」

「そっか、ニニャさんも家族を奪われたんだね……私達と一緒だね」

194

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 先程あった自分たちにあった怒りの空気は無くなり、狼からの威圧感も無くなってい

た。

 威圧感が無くなったことで、ンフィーレアも平静に声を出すことができた、尤も……。

「……エンリ、御両親はどうなったの?」

 唇が震えることを、抑えることはできなかった。

 恐怖からではない。怒りだ。こんなことを引き起こした王国への怒りだ。それに、本

当は答えを聞かなくたって分かってる。

 二人は亡くなっている。

「私たちを逃がして、ね」

「……そっか」

 命を懸けてエンリたちを助けたのだ。ンフィーレアにとっても彼らへの思いは深い。

エンリも当時のことを思い出したのか、辛そうな表情をしているが、すぐに引き締まっ

ていた。強くあろうとしているからだろうか。

「あー、それでどうします?」

 ゴブリンの中で、恐らくリーダーと思われる人物が空気を読んでくれているのだろ

う。本当に亜人なのだろうか。

「大丈夫だと思うよ……話を聞いてしまうと我々と同じだから、ね」

195 第9話

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 そして、許されたンフィーレアたちは村の中に入ることを許されたが、直前に待った

が入った。ンフィーレアにとって恐ろしい待ったが。

「ンフィー君は、私からお姉ちゃんを取ったりしないよね?」

「大丈夫よ、ネム。ね、ンフィーレア?」

ネム妹

 エンリが好きで、将来的には結婚したいとは願っている。やっぱりそれは、

から

エンリ姉

を奪うことになるのだろうか?

「ンフィーレア?」

「……も、モチロンだよ」

 少し黙っていたのと、声が上擦ってしまったせいか、エンリたちの視線がンフィーレ

アにはとても痛く感じられた。

 事情を知っている冒険者たちのあちゃーと言った表情が辛い。というより、何故村長

も同じような雰囲気なのだろう?

 徐々に視線に敵意が強まっている……誤解を解くしかない。だが、どう誤解を解けば

いいのだ。

 ……そして、ンフィーレアの顔は青白くなったり、赤くなったり、エンリたちからの

不審げな表情で遂に狂ってしまったのだろう。

 先のことを考えずに思いを口走っていた。

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 「──エンリ、僕は君が好きでした! 村に引っ越してくるから、結婚してください! 

ネムちゃんと引き離すようなことしないから!」

「……? …………っ!?」

  なお、隠れていた村人たち全てに、大胆な告白を聞かれたと知ったのは、暫く先のこ

とである。

 ★ ★ ★

 現在アインズは執務室に普段は姿を隠しているパンドラといる。

 アルベドが出ていくのを渋っていたが、「一人で熟考する」と言って報告書だけを提出

させ追い出していた。

 もちろん理由はある。報告書や組織作りに付いて分からない事だらけの自分に、パン

ドラから教えを請うためである。

 パンドラズ・アクターの教え方は実に上手で、詳しく聞くこともできる。父親失格と

思ったことは数えきれない。もし仮に誰からも助言を得られないまま、ナザリックの進

むべき道を判断しなければならない時がきていたとしたら……あの時パンドラズ・アク

ターに全てを打ち明けていなければ、必ずどこかで致命的なミスを起こしていた。その

197 第9話

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可能性があったことに恐怖した。

 ──余談だが、パンドラズ・アクターの設定の一部は今でも、否、今だからこそ致命

的なミスだと思う──

 当初の予定ではアインズが冒険者としてエ・ランテルに旅立ち、ンフィーレアと接触。

ありとあらゆる情報を収集しながら、アインズ・ウール・ゴウンの名を世に知らしめる

ために名声を得る予定であった。しかし、パンドラズ・アクターから諫言されたのだ。

「確かに、ンフィーレアという者には接触を図る必要があるでしょう。プレイヤーの情

報を探る必要もございます……しかし現状では、より気にするべき事があります……リ

アルの世界と、ユグドラシルの世界、今我々が存在する世界には明確な差異が存在しま

す。そのため、父上がナザリックから、遠く離れるのは避けるべきです。……父上に何

かあれば彼らも苦しむ事になります。全ては外に出る者達を信頼して任せるべきです」

 ……確かにその通りであった。自らが拙速であったことを悟ったのだ。今は、足元を

固めるべき時期なのだ。もしかしたら、誰かがイタズラ感覚で何かを仕込んでいても可

笑しくはない。

 最大の敵は内部に存在したとしても可笑しくはないのだ。

(実際、悪戯で何かを仕込んでいる可能性はあるからな……るし★ふぁーさんとか)

 アインズが思い出すのはかつて……いや今でも仲間だと思っている一人、るし★

198

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ふぁーだ。だが、るし★ふぁーと言う男は、ギルメンに深い友情を持っているアインズ

でさえ、苦手としてしまう程の問題児であったのだ……むしろ、何かを仕掛けていて当

然と考えるべきである。

 昔ならまだ、笑い話にできたかもしれないが、現状を考えれば致命的なデス・トラッ

プに変化している可能性だってある。もっとも、るし★ふぁーなら、単純なデス・トラッ

プよりひどい物を作成していても可笑しくない。

 恐怖を隠し切れない。

  まぁ、アインズにとって最強のトラップは今目の前にいる、パンドラズ・アクターの

オーバーなアクションだろうが。

  ……話がずれた。NPCたちの期待に応えるためにも、早急に支配者として完成しな

ければならない。腕の良い家庭教師もいるのだから、怖い物はない。不満も一つしかな

い。

 不満は動作だ。心を抉る時があるのだ。特に支配者の演技の練習の時間。地獄だ。

(パンドラズ・アクター。時々、思い出したように出るオーバーな動きは、本気で止めて

くれ……真面目モードの時はいいんだが)

199 第9話

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気付いてない

 なおアインズが

だけで、パンドラズ・アクターは常に真面目モードであ

る。

  モモンガの心からの願いは完全な形では、まだ成されていないのだ。とはいえ、出る

数も少なく沈静化がなくとも耐える事は可能──慣れたともいえる──な程度だ。逆

に、廷々と自分に見せて、何かを探っているようにも見える時があるが気のせいだろう。

気のせいに決まっている。

 閑話休題。

 現在パンドラズ・アクターに任せている任務は多種多様である。自分が分からない事

を教えること。息抜きもかねて、ユグドラシルやリアルのことを詳しく話し合ったり、

パンドラズ・アクターが所持している知識から接近戦のいろは教えてもらったり、実戦

経験の代わりに二人で模擬戦を行ったりしている。

 他の任務として現実になったNPC達がどのように動き、どのような考えを持ち、ど

のような知識を持ち、どのような会話をするか、ユグドラシルの頃の記憶をどんな形で

保持しているかなどを、秘密裏に収集及び分析をさせている。

 またできる限り知られない方が、任務の都合上やりやすいと言われたため、現時点で

はあるが、彼の存在や正体は誰にも明かしてはいない。

200

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(正直、プライバシーに当たりそうで嫌だが、俺が支配者を演じるなら必要になるからな

彼ら子ども達

……俺をどんなふうに

が見ているのか……何となく、想像付くけど)

 階層守護者たちの自分への間違った認識を思えば、ある程度の想像はつく。だが、確

証は必要だ。それに、もしかしたら、奇跡的に胃が痛くならない程度の認識をしてくれ

ている存在も……いるのだろうか?

 ……最後に任せてる任務だがエイトエッジアサシン、シャドウデーモンや自分が呼び

出した傭兵モンスターの中で情報収集に優秀と思われる者たちの、指揮を任せて外部の

情報収集を任せている。

 ちなみにエイトエッジアサシン達は、自分に護衛がいなくなるのを危惧していたよう

だが、パンドラズ・アクターが自分が護衛するから問題ないと言って、部屋からも追い

出していた。

 パンドラズ・アクター自身も部屋を辞去している時も多いため、アインズからすれば

プライベートな時間が残るので喜ばしい事だ。

 恐らくただの一般人であった鈴木悟に対するパンドラズ・アクター成りの配慮なのだ

ろう。

 エイトエッジアサシン達を別の任務に付けた事を知ったアルベドが煩かったが命令

する事で従わせた。納得はしてなかったが……正直命令するのは嫌だが彼らの主に相

201 第9話

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応しくなるのに必要な事なので、練習のつもりで実行した。

 またシャルティアたち、外に出る守護者にも時に何体か付けさせている。問題があれ

ば独自の判断で援護する者達であると、守護者達には伝えている。

 付随して時々自分に聞こえない程度の声で、部下とメッセージのやり取りをしている

ようだ。

 シャルティアを初めよく理解していない者もいたが、アインズ(本当はパンドラズ・ア

クター)直轄という事は理解できたのだろう。

 デミウルゴスだけが「……畏まりました。必ず御命令を成し遂げてみせます」と改

まって宣言していたが、何があったのか、凡才な身では理解できなかった。

 また、デミウルゴスには低位のスクロールの素材集めと、裏の情報収集を任せている。

なぜか「全て理解しております」みたいな顔だったが、パンドラズ・アクターが何も言

わない以上、特に問題は無いのだろう。

(やれやれ、デミウルゴスやアルベドの考えはよく分からないな……詳しくパンドラに

聞いてみるか? ……それにしても、これじゃ本当に父親失格だな。……早く一人前に

ならないとな!)

 そんな感じでパンドラから報告や講義を受けていた時に、カルネ村に置いている

月光の狼

ムーンウルフ

、コロちゃんから何者かが近づいていると召喚者との繋がりで報告を受けた。

202

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ミラー・オブ・リモートビューイング

アインズは

でカルネ村の様子を覗く。

 そのため、世にも不思議な告白をしている少年も目撃してしまった。少しだけ哀れ

ミラー・オブ・リモートビューイング

だった。

は声だけは拾ってくれないので声はコロちゃんからの念話

によるが……。それをパンドラズ・アクターとも共有する。

(……無粋だな、これ以上覗き見するのは)

 というより、彼らの会話を総合すると、ネムからエンリを奪う……偽装騎士たちが、カ

ルネ村にしたようなことをすると誤解されたが故に、誤解を解くため多くの観客がいる

前で愛を叫ぶことになったのだろう。

  確かに結婚した場合、妹から姉を奪うという見方も可能だ。彼もそのことに思い至っ

たから、言葉に詰まったのだろうが……いつか今日の出来事を思い出して恥ずかしい思

いをしない事を願おう。

 ほんの少し、嫉妬マスクを被って脅かしてやろうと思ったのは内緒だ。

(それにしても恋の力か、素晴らしいものだな。そう考えると、アルベドやシャルティア

も私に同じような恋をしていることになるのだろうか……いやいや、アルベドはタブラ

さんの娘で、俺が設定を勝手に書き換えたからだし……シャルティアもぺロロンチーノ

さんの娘だし……それに、あの二人怖い)

203 第9話

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 複雑に考えているが、恐らく最後が本音だ。感情が鎮静化される……鎮静化が起きる

ほど恐怖を与えるのは、女性の常識なのだろうか?

 いつか、少年もエンリから同じような恐怖を感じさせられるのかもしれない……そう

考えると仲良くなれそうな気がするから不思議だ。

 考えてみると、ペロロンチーノもぶくぶく茶釜に怯えていた……女性が怖いという真

エロゲー

実を知ったから、

に走ったのだろうか?

 当たってたら困る。

(……止め止め。それにしても、ネムも前線に立とうとするのはな……危険な行動だが、

あれだけの村を守るという意思があれば仕方ないか)

  村の男達も周囲に隠れて何かあればネム達を庇えるようにしていたようだ。ネムの

覚悟を尊重したのだろう。アインズが付けている護衛もいるから、危険はないはずだ。

  少しだけ、ネムと過去の自分を重ねてしまい、自分の過去、鈴木悟に対して幻滅して

しまう。

(それにしても、今まで俺は何をしていたんだか。あれだけ小さい子でも、あれ程の覚悟

を持てるのに……もし俺にあれほどの意思があれば、仲間達は今ここにいてくれただろ

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うか? それに、俺が一言でも母さんに休んでほしいと言っていれば、母さんが死ぬ事

も──)

 瞬時に抑制される。自分にとってそれだけ、大きな存在なのだ。母に似た人に出会わ

なければ、思い出すことすらなかったのだろうに。とんだ親不孝者だ。

 ……不毛である。別の事を考えるべきだ。

(ニニャだったか。絶対に姉を救い出してみせる、か……見事だな。絶対に勝利する事

貴族支配者

ができないはずの

を相手にする意思。素晴らしいな……そして彼の仲間達も

…………王国の上層部が屑なのもよく理解できた。まるでリアルの世界と同じだな、搾

取する者、される者か。ウルベルトさんは今俺が抱いている、遣る瀬無い気持ちを、ずっ

と持ち続けたんだろうな)

 ……首を大きく振る。今の自分は鈴木悟ではなく、ナザリックの支配者、アインズ・

ウール・ゴウンであると言い聞かせて。

「如何なさいました?」

「いや、何でもない……カルネ村を見るのは大体、一週間ぶりか? ゴーレムまで貸した

訳だし、ある程度復興できているようだな?」

「そのようでございますな。さて、それではカルネ村の無事の確認と、復興具合の確認も

できたことですし、講義を再開致しましょう!」

205 第9話

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「ははっ。スパルタな教師を持ったものだ……よし、では講義の再開を頼む」

(慣れてはきたが、やはりパンドラの行動は、込み上げる、ものがあるな。早く慣れない

とな……慣れて良いんだよな? 慣れて良いはずだよな? 父親なんだし。間違い

じゃない……それに少しずつだけど、減っているのは間違いないんだ。俺はお前を信じ

てる……今の苦しみが一時的なものだと!)

  アインズがいつか、パンドラが大げさな動作を完全に止めてくれるのを信じながら、

講義が再開される。次々と自分が知識を理解していっているのが理解できる。今の自

分ならリアルでもそれなりに出世できるのではないかとも……今更無意味なことだが。

「父上、少々お待ちください」

 どうやら何か報告が上がったようだ。少し待っていると、アインズにも報告された。

エ・ランテルで情報収集をさせていた者たちが、裏の者と思わしき者たちを捕らえたと。

 どんな物たちなのか詳しく聞こうとしたが、その考えはすぐに飛んだ。

 ドアがノックされたからだ。この部屋に訪れる者はメイド達かアルベドのどちらか

と考えながら、パンドラズ・アクターの任務の妨げにならぬように指示を下す。

「パンドラズ・アクター、一旦中止だ。姿を隠してくれ」特

殊技術

 パンドラズ・アクターが命令に従い仲間の姿を模写し

を使い完全に見つから

206

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ないようにしてから自分の後ろに立つ……隠れたのを知らなければ自分でも気付けな

いだろう。魔法を唱える十分な準備期間があれば別だが……つまり十分隠し通せると

言う事だ。

「入れ」

「失礼致します。アルベドにございます」

 アルベドが新たな報告書を持って部屋に入ってくる……自分に会えた嬉しさからか、

翼が大きく動いている……感情をまったく隠せていないアルベドを見ていると、小さな

子どもが頑張って背伸びをしているようにも見える。見えるのだが……シャルティア

とのやり取りを見ていると偽装にしか見えない。

 二人のケンカを見た身としては、怖い。女性は怖いとしか言えない。本来であるなら

ば、執務を行う時はアルベドと共にする予定ではあったのだ。そして、アンデッドの特

性を生かした夜に講義をフルで行う予定であったのだが、アインズ自身が少しでも早

く、支配者に相応しくなりたかったのと、二人のケンカを見ていてちょっとした恐怖感

を覚えたことで、少し距離を置いておきたかったのだ。

 怖くなくなる時まで。

「良く持ってきてくれたな。アルベドよ感謝する」

「感謝なんて、当然の事をしたまでです!……もし本当に感謝なされているのであれば、

207 第9話

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私にも報告書を読むのを手伝わせて下さいませ!」

「お前には本当に感謝している……しかし一人の方が効率が良いのだ。そちらが目を通

した分だ。そのとおりに実行せよ」

 「…………承りました。それでは失礼いたします」

 アルベドが非常に残念そうに……挨拶をしながら出ていく。先程まで大きく動いて

いた翼は力を無くしたかのように、止まっている。やはり、あの翼は感情表現のための

物なのだろう?

「……悪いことをしたな」

 罪悪感はあまりない以上、ほんのちょっとの苦手意識を克服しなければならない。

「左様でございますか。ところでモモンガ様。近いうちにカルネ村の者達をお招きにな

られては如何でしょう?」

「……いつか、状況が落ち着いたらな」

「いえ、できれば早急にお招きいただきたいのです」

 パンドラズ・アクターは何故か分からないが、執拗に食い下がる。アインズが少し戸

惑うほどに。

「……何故だ?」

208

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「情報の集まり具合で変更はありますが、カルネ村の者達と仲良くなる事には多大なメ

リットがございます。そして、カルネ村とその周辺の出方次第で、今後のナザリックが

歩む道が決まります」

「……なるほど。お前の中では既に、今後、ナザリックがどう動くべきか決まっているの

だな?」

 強く敬礼される。肯定の代わり、なのだろう。敬礼は正直止めてほしいが、一週間足

らずで、将来像を描いて見せたのだから、さすがナザリック最高の頭脳の一つと言う他

がない。

 だが、何故カルネ村の出方で決まるのか? 凡才であるモモンガには全く分からない

が、パンドラズ・アクターの事は信頼している以上、任せるのが上策だろう。

「分かった。お前に任せよう」

「畏まりました。では、モモンガ様が最初にお救いになられた姉妹と……村長夫妻をお

招き致しましょう」

 なぜ彼らを招こうとするのかは分からない。だが、村長夫人に限って言えば分かる。

代償行為であるが、リアルではできなかった、親孝行をさせようとしてくれているのか

もしれない。

 

209 第9話

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 それは素直に嬉しくもある……それに彼らを招くことはパンドラズ・アクター的に

は、大きな意味があるのだろう……だとしても叫びたい。

  彼女は母に似た別人だ。親しくすることに文句はない。ちょっとだけ、ナザリックを

危険にまで晒してしまうような危険をしてしまいそうで不安だが、パンドラズ・アク

ターが止めてくれるから問題はない。だが……黒歴史を見せるのは無理だ。

 覚悟ができない。

(パンドラズ・アクターを見られる? 確かに有能だ。家族としても認めている。……

それでもっ!)

 ──想像して欲しい。母に自分のカッコいいと思った要素全てを詰め込んで作った

物を見られる恥ずかしさを……受け取り手に寄っては、自家発電の最中を母に見られ

て、目があってしまったぐらいの気まずさが流れるだろう。

 そもそも、それ以前に黒歴史を公開するのを躊躇しない人間……アンデッドもいない

──

「なぁ、パンドラズ・アクター! 今回は村長夫妻はよそう! 二人は村の中心人物だ。

いきなりは不味いだろう! それに、エンリも彼氏がいるんだ! 延期しよう。なっ

!?」

210

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 逃避したのは当然であり、最終的にネムだけを招く事だけにできたのはきっと良い事

だろう。

 例え、これが単に先送りに過ぎないと分かっていても……

「それでは父上! ここからは、支配者としての演技のお時間でございます!」

 この後(考えることを放棄するほどに)めちゃくちゃ練習した。

211 第9話

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第10話

  演技の練習という、アインズにとっての絶望空間が展開されて、どれぐらいの時間が

経過しただろう? ちなみにパンドラズ・アクターは水を得た魚のようであった。

 それは、本当に突然だった。今まで生き生きとしていたパンドラズ・アクターが急に

停止したのだ。

「どうした? パンドラズ・アクター?」

「…………配下の者から、連絡が御座いました。シャルティア殿が、何らかのアイテムを

使用されて、無力化……端的に言えば、現地勢力に敗北した、とのことでございます」

「──」

 一瞬、パンドラズ・アクターが何を言っているのか頭に入ってこなかった。徐々に脳

に沁み込むように理解が追い付いてくる。沸々と心に怒りが沸き上がる。仲間の子ど

もが害された。事実なら許せることではない。

「な、に」

「父上。今すぐにニグレド殿に魔法の発動の御命令を! 今すぐに現状を把握すべきで

す! ……私も現場に急行致そうと思います!」

212

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「…………待て! ニグレドの件は了解したが、なぜお前が向かう必要がある! シャ

ルティアが敗北したのであれば動くべきではない! いや、外に出ている守護者たち全

てをナザリックに帰還させて、シモベたちにさせるべきだ!」

 ……信じたくはない。だが、そんな願望で頭を止めるのは愚かだ。何より、守護者最

強のシャルティアが敗北したのであれば、他の守護者たちが敗北したとしても可笑しく

はない。情報収集に向かっている全てのNPCたちをナザリックに撤退させて、傭兵モ

ンスターたちに情報を収集させるのが上策のはずであり、復讐はそれからだ。

 確かに対応力と言う点では、パンドラズ・アクターに勝てる者はナザリックには存在

しない。能力は落ちるが、ギルドメンバー全てに変身することができる、パンドラズ・ア

クターに対応できない状況はないだろう。

 しかし、真っ向からの対決では弱い。それこそ、仲間たちの武器をフルで使い捨てに

させるつもりで、事前準備を整えれば、百レベルのプレイヤーにさえ勝てるだろう。し

かし、そんなことアインズがさせるはずがない。

 つまり、パンドラズ・アクターは万能ではあるが、強さはそれなりとしか言えない。

シャルティアが敗北したのであれば、パンドラズ・アクターに勝ち目はない。

「真っ向から戦って敗北したのであれば、父上の言う通りでございます。しかし敗北し

た理由は異なります」

213 第10話

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「なんだと?」

「シャルティア殿の敗北は父上の命令を守らず、油断し、血の狂乱を発動させたことでご

ざいます。そこを突かれ、アイテムを使用され、無力化されました!」

 ……それが、事実だとすればシャルティアの敗北は慢心していたからなのだろう。意

識を引き締める必要がある。同じことを冒さないために。

「分かった。お前に任せる。私も動こう」

「感謝いたします。今から他のシモベを囮にして捕虜とともに生き延びるように命じた

者と合流し、より詳細の情報を得るように行動いたします!」

 ……パンドラズ・アクターは行動を開始した。ここからはアインズにとっても正念場

である。今すぐに行動を起こす必要がある。

 何よりも、ペロロンチーノの子供に手を挙げた存在に復讐しなければ。そんな思いを

抱きながらアインズはニグレドの下に向かった。

  ギリギリギリギリ。アルベドの歯ぎしりが廊下に響き渡っていた。

 愛する人が自分を追い出して、一人で何かをしている。いや、時々だが、人の気配を

感じる。

(……何故、私を追い出されるの?)

214

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 そしてアルベドが追い出された時期から前後して、変わったことがある。何故かは知

らないが、身振り手振りが増えているのだ。

   まさか、身振りの練習でもしているのだろうか? ……そんな訳がない。恐らく、ア

ルベドでは計り知れない、何かを思案されているのだろう。

 だが、何故自分を頼ってくれないのか。何故自分以外の誰かが、あの場にいる形跡が

あるのか。やきもちを抑えること何てできなかった。

 尤も、次の瞬間には守護者統括に相応しい存在に戻ったが。

「アルベド!? どこにいる!?」

「──こちらでございます、アインズ様」

 アルベドは声の方向に急いで向かう。そして同時にアインズもアルベドの声の方向

に向かっていたのだろう。すぐに、合流できた。しかしアインズは余りも焦燥して、取

り乱しているように見える。

 見方によれば、支配者としての威厳が吹き飛ぶほどに。

「アインズ様、出歩かれるさいは、供をお付けになるようにお願い致します」

「そんなことはどうでもいい! シャルティアが現地勢力に無力化……敗北を喫した」

215 第10話

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 アインズに苦言を呈したアルベドも一時的にだが、思考が停止した。それほどまでに

考えられない事だったからだ。誰が、階層守護者の敗北の可能性を予見していただろ

う。

 そして、驚愕から立ち直る前に、命令は下された。

「今すぐに外に出ている全階層守護者をナザリックに帰還させるように命令を下せ! 

セバス達にはより多くの護衛を出せ! いいな!? そして、いつでも追撃を行えるよう

にシモベたちの準備せよ」

「はっ! 今すぐに行動を開始致します!」

  ★ ★ ★

 漆黒聖典を率いる立場にある隊長は焦っていた。

 現在の状況は最悪と言っていい。護衛対象であるカイレが重体、カイレを庇った隊員

と吸血鬼を捕縛しようとした隊員の死亡。

 吸血鬼を捨て置き、撤退を開始したその瞬間、伏兵が現れた。神人である隊長なら、問

題ではない。しかし中には他の漆黒聖典の隊員に匹敵する敵もいたのだ。

 幸いにも隊長の獅子奮迅の活躍により、重軽傷者は出たが死者は出なかった。とはい

え、時間が掛かってしまったのは事実。

216

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 急いで法国に帰還しなければ、カイレは助からない。カイレが助からないことは、法

国にとって、否、人類にとって損失が大きすぎる。絶対に死なせる訳には行かない。災

厄の竜王の復活が予測されている現状では。

 そして……部下の一人が息絶え絶えになりながらも、恐怖故に独り言を発していた。

法国の、否、人間と言う括りで見ても、精鋭中の精鋭であり、切り札である漆黒聖典の

生き延びた者たちは恐怖を隠しきれていなかった。

「あいつらは、一体何なんだ……」

 恐らくと言う注釈はつくが、吸血鬼の仲間なのだろう。だが、疑問点もある。

 何故、最初から共に襲ってこなかったかだ。もし仮に供に襲い掛かってきた場合、十

中八九負けていた。あのモンスターたちに容易に勝てるのは、自分だけだ。そして、自

分では吸血鬼には勝てない。

 吸血鬼が、自分を嬲っている間に、モンスターたちが部下たちを襲う。これだけで、漆

黒聖典は秘中の秘である番外席次を除き全滅していた。

 何故、そうしなかったのかが、疑問なのだ。

 考えられるとすれば、吸血鬼とモンスターたちが別勢力の可能性なのだが……それで

は何故自分たちを強襲してきたかが分からない。何らかの目的があったのは間違いな

いだろうが。

217 第10話

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(……余計なことを考える余裕はないな)

 最終的な判断するのは神官長たちだ。自分はあった出来事をまとめて報告すればい

い。

 そのために少しでも早く、法国に帰還するだけだ。そう、隊長が思い至り、周辺の気

配を探った時、何かが動いた気がした。

 すぐさま、後ろを振り返れば、最後尾を守っていた者が、何らかの異形種に殺された

瞬間だった。ある意味、理想的な奇襲だ。

「──後ろだ!」

 叫びに呼応して異常に気付いた他の者たちも振り返り、傷ついた体に鞭を打ちながら

武器を構える。が、その瞬間には敵は森のどこかに潜んだ。

 危なかった……もし、自分が気付いていなければ、最低でも後数人、下手をすれば漆

黒聖典は全滅していた。

 敵が現れた方向を睨み続け、五分近くの間、警戒だけが続く中、隊長は思う。損害が

大きすぎた。漆黒聖典が部隊として機能できるのは暫く先になるだろう。カイレが重

体。漆黒聖典から戦死者が三名。怪我を負っていない者はほぼいない状況なのだから。

  戦力の一角である、陽光聖典の未帰還。巫女姫の死亡。破滅の竜王の復活。そこに漆

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黒聖典の行動不能が加わる。

 現在の法国は危地に立たされている。もし、覆すことが可能だとしたら……。

 ──大きく息を吸い込み、命を擲つ覚悟を決めた。いや、それは間違いだ。漆黒聖典

に所属する者は多かれ少なかれ、人類のために命を擲つ覚悟を決めている。

  だがそれでも、新たな決意をする必要があるほどに恐ろしいのだ。

 そう、漆黒聖典の隊長であり神人、法国の番外席次を除いた切り札である彼は、六大

神が残されたもう一つの秘宝である、己が持つ槍の真価を発動させる覚悟を決めた。

 吸血鬼だけなら、自分と番外席次や法国の者たちが協力すれば間違いなく打倒でき

る。

 しかし、あの異形種も吸血鬼に匹敵する強さを持っていた……。彼らが仲間同士で

あった場合……そして、漆黒聖典級のモンスターたちが連携した場合……まず間違いな

く、人類は滅びる。

 それを避ける方ために必ず一人、格上の存在を自分一人で殺す。

 圧倒的強者が一人減れば、番外席次と法国の総力を以てすれば、間違いなく打倒でき

るはずだ。

(口伝の通り、命を捨てることになろうとも、必ず)

219 第10話

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 ★ ★ ★

 アルベドと別れたアインズはコンソールを確認していた。そして、シャルティアに何

かがあったのは間違いがないことも自身で確認できた。

 そう、ユグドラシルとの時と同じなら、精神支配により一時的に敵対行動を取ったも

のの名前の変化だった。

 シャルティアは何者かに精神支配をされたのだ。

(誰が、シャルティアを精神支配した! どうやって、精神支配した!)

  シャルティアは吸血鬼であるため、精神への作用は無効のはずだ。可能性があるとす

れば、現地特有の何かになるだろうが、特定は難しい。

 だが、確定していることはある。下手人を見つけて必ず殺す。

  そこに、シャルティアを監視させていたニグレドから報告が上がった。シャルティア

が何者かに襲撃された、と。

 最終的に襲撃者は鎧に大きな穴を開けられ撤退したことを。

 ……追撃をして下手人を殺すことが難しくなった。ナザリックを叩ける存在が複数

存在する可能性が出て来てしまった故に。鎧の存在が何者か分からない以上、迂闊に動

220

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くことはできない。

 情報を共有する必要がある。どう行動するにしても、パンドラズ・アクターと自身が

得た情報を互いに共有しなければ、どうすべきかもわからない。

 メッセージの魔法を発動する。

『パンドラズ・アクター! 無事か!?』

『無事に御座います。父上! 今は一時的にナザリックに帰還を開始しております! 

今すぐにナザリックの総力を以て追撃を仕掛けて、奴らを殺すべきで御座います!』

 パンドラズ・アクターに本当に感謝している。もし、彼から授業を受けていなければ、

無様を晒していただろう。

『……私もそうしたい。が、それは難しい』

『何故でございますか!? 敵は一人を除いて重軽傷を負っております! それに──』

『あの後、シャルティアが何者かに二度目の襲撃を受けた』

 パンドラズ・アクターが止まった。想定していなかったのだろう。アインズとて同じ

だ。

 敵対勢力が複数の可能性がある以上、隙を晒すわけにはいかない。

『……成程、確かにナザリックの総力で追撃をかけるのは止めるべきで御座いますね』

『その通りだ。非常に業腹だがな……それで、先程は何を言いかけていたのだ?』

221 第10話

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『父上と別れた後、部下と合流し捕虜をナザリックに連れ帰るように命令を下し、敵対集

団に威力偵察を行いました』

 何となく、想像はついていた。パンドラズ・アクターが危険を承知で敵に奇襲をかけ

ることは。自らのために情報を集めるために。

 きっとパンドラズ・アクターの中では、自分の責任と思っているのだろう。アインズ

が同じ立場だとしても、自責の念に駆られる。

 やはり親子なのだろう。

『まず、敵対者は法国の方角に向かって退却しておりました……恐らくは、法国の手の者

かと思われます』

『……そうか。カルネ村だけに飽き足らず、ナザリックにまで手をだした、か……屑共

がぁ! まだ私を怒らせたりなかったのか! 絶対だ、絶対に滅ぼしてやる!』

 助かった。……沈静化されなければ、きっと不毛な時間を使ってしまっていただろ

う。

 時間は有限なのだ。

 

世界級

ワー

神器級

ゴッ

『そして敵対者は、

並のアイテムを二つ、また

を複数所持しているようでご

ざいます……今まで集めた情報と比較しますと、異常です』

222

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世界級

ワー

 今度は沈静化が起きた訳ではない。しかし、アインズは固まった。

の極悪さは

世界級

ワー

良く知っている。というより本来なら複数

を所持していること自体、異常だ。

世界級

ワー

 ナザリックは、

を二桁近く維持できているが、それはナザリックが最高のプレ

イヤーたちで構成されていたからに過ぎない。

  そしてそれなら、シャルティアが敗北したのも、精神支配されたことも納得できてし

まう。

 腹が立った。 

世界級

ワー

 ユグドラシル産のアイテムやモンスターが存在しているのに、現地勢力が

を所

持している危険性を見逃していた自分に腹が立つ。

パンドラズ・アクター

 気づけたはずだ。

が見逃してしまったのは仕方がない。だが、

プレイヤーであった自分が見逃してしまった事に腹が立つ。

 だが、今は自分を責めている余裕はない。

『続けてくれ』

『一つはチャイナドレス風のマジックアイテムでございます。ご存じでございますか

?』

『……知らないな』

223 第10話

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『左様でございますか。それと、使用者と目される存在が致命傷を負っていながら、アイ

テムだけでなく使用者も連れ帰っているところを見ますと、あのアイテムは使用者を選

ぶ可能性が高いと思われます……過信は禁物でございますが』

 確かに過信は禁物だ。もしかしたら、使用者を選ばないのに選ぶように見せかけてい

る可能性だってあるのだ。尤も一人を除いて重傷をほとんどの者が負っていたなら、そ

こまでする余裕があったかは分からないが。

『……そうなると、シャルティアにアイテムを使用したのは、その存在か?』

『その通りかと。また、それ以外の死亡者も擲たずに帰還しているところを見ると、替え

の効かない存在かもしれません』

世界級

ワー

 

所持者と相打ち。それはある意味で、大金星なのかもしれない。

 そう思いながら次の報告を聞く。それによれば、ガゼフ級の者と判断してよい者たち

が敵対者にはほとんどであり、楽に殺せる可能性が高いとも。

 つまり、ガゼフ級の者たちがこの世界では替えが利かないほどの存在と考えてよいの

だろうか?

世界級

ワー

 ……弱すぎる。なのに

を所持している。歪にも程がある。

『そして、恐らく隊長格と思われるものは、ソリュシャン以上の存在と考えてよいかと』

『ほう』

224

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 確かに強いと言っていいかもしれない。だが分からないこともある。何故、パンドラ

ズ・アクターは焦ったように追撃をかけるべきと言ったのか……確かに、現地の戦力と

比較すれば強力だが、ナザリックならば簡単であるはずだ。

 それでもプレイヤーと比較すれば十分弱者だ。

世界級

ワー

(いや、

が複数あった以上、可能なら追撃をかけるべきなのは当然か)

 そう思いなおし。続きを聞く。世

界級

ワー

『最後になりますが、もう一つの

は敵の隊長格が所持している、一見すれば何の力

世界級

ワー

もなく見える、みすぼらしい槍でございましたが、

の力を持っていたかと』

世界級

ワー

 沈静化が起こり、思考が止まった。みすぼらしい槍……そして、

。もし、自分

の考えが当たっているのだとしたら……間違いない。

 なぜ、そんな弱い存在にアレを装備させていたのかの疑問も氷解した。チャイナドレ

スは囮だったのだ。

 だが、アレなら弱者に装備させたほうが良いだろう。レベル差があろうとも、それを

覆し打倒できるのだから……ある意味で、とことん効率的だ。

 いや、チャイナドレスで精神支配を図り、失敗すればアレを使用する。

  つまりナザリックは、恐ろしい存在にケンカを売り、売られたことになる。

225 第10話

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ロンギヌス

・・・・・

の槍を所持している存在……法国に。

『パンドラズ・アクター! 続きは後だ! 今すぐ……今すぐに、ナザリックに帰還しろ

!? そのアイテムは危険すぎるッ!』

『──承りました』

 ……本当に、愚かだ。下手をしたらシャルティアは消滅していた可能性があるのだ。

 世界級

ワー

世界級

ワー

 

でしか防げない。プレイヤーならごく常識的なことだ。もしシャル

ティアに使用されていたら……パンドラズ・アクターにあれを使用されていたら……こ

世界級

ワー

れから外に出る者たちには

を所持させるのが最良だ。

 しかし、疑問に思う。本当に防げるのか? 実際にユグドラシル時代も、世界級での

効果を世界級を所持していたのに防ぐことはできなかった。あの出来事は例外として

扱ってもいいのかもしれないが……油断はできない。

世界級

ワー

 つまり、

を所持していたとしても、殺される可能性がある。検証もする訳には

世界級

ワー

行かない。なら、

を防ぐことは叶わないと思い、細心の注意を払い、絶対に使わ

せてはならない。

 アインズはもっと早く思いつかなかった自身の迂闊さを呪い、下手人を血を吐く勢い

で恨んだ。

226

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(必ずだ。必ず、代償は支払わせてやるっ)

 ★ ★ ★

 アルベドは、非常に苛立っていた。階層守護者が失敗をしたなら、自分達守護者が不

始末を拭うべきだ。なのに、自身一人で解決すると言うのだ。

 確かに、アインズは以前と比べてどこか、覚悟を決めた様子がある。それは認める。

 必ずこの場に戻ると玉座の間にて約束してくださった。だが、何故一人で向かわれる

のか。確かにシャルティアは強いが、守護者総出で掛かれば可能だ。シモベから何人か

護衛は連れていかれたようだが……楯の役割は自分のはずだ。

 何より、何故一人で向かわれるの聞いても、「私の罪だからだ」としか言われない。詳

しい事は部下に聞けとしか言われない。

 イライラは収まらない。

「少シハ落ツ着ケ」

「……ええ。その通りね」

 深呼吸を繰り返す。怒りも不安も今は飲み込むしかないのだ。そしてデミウルゴス

が到着したようだ。デミウルゴスもイライラを一つも隠そうとせずに、椅子に座った。

「──それで、何故アインズ様をお一人で行かせたのですか?」

「厳密には一人ではないわ。シモベから何人か連れて行かれたもの」

227 第10話

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「私が言っているのは、そう言うことではない! 御命令に背いてでも、我々が動きお守

りすべきでしょう!」

「私だって知りたいわ。何故、お一人で行かれたのか説明してくれる存在がいるらしい

わ……居るんでしょう?」

「何を言って……ッ!?」

 今までこの部屋には間違いなく、三人しかいなかった。だが、何者かが現れた。コ

キュートスは静かに武器を構える。

 その姿はナーベラル・ガンマの本当の姿に似ている……ドッペルゲンガーだ。

「御初に御目にかかります! パンドラズ・アクターと申します! この地に残られた

唯一の御方である、モモンガ様に創造された、宝物殿領域守護者でございます! 以後、

お見知りおきを!」

 パンドラズ・アクターは大袈裟な身振り手振りを交えて、まるでこの場が舞台上とで

も言うように、名乗りを上げた。

 モモンガ様に創造された……妬ましい。

 そして、自分がアインズの下から引き離されていたのは、間違いない、コイツのせい

だ。そう考えると今すぐこの手で殺したい……が、今は緊急事態。横に置いておき、後

で恨みをぶつけることにする。 

228

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 デミウルゴスが怒りをぶつけるのを止めるつもりはないが。

「……何故、モモンガ様をお引止めなさらなかった!? 例え。私達には無理だとしても、

あなたなら……モモンガ様に創造されたあなたなら、できたはずだっ!?」

 一番モモンガ様に近いあなたなら……そう、デミウルゴスの心の叫びが聞こえた。認

めたくはないが、そうなのだろう。でなければ、モモンガが自分を遠ざけることは無

かったはずだ。

 何より、先程のオーバーアクションは確かにモモンガに似ていた。

 デミウルゴスはパンドラズ・アクターの胸倉を掴む。

「……あなたの気持ちもごもっとも……しかし、モモンガ様は自身一人で向かわれるの

が最善と判断なされました。そして、私は反論はできなかった」

「何故だ! モモンガ様は我々が仕えることができる、最後の御方なのですよ!?」

「私はシャルティア殿が敗北した相手に威力偵察を、行いました。そして、敵対者は

世界級

ワー

を複数所持しておりました。一つはシャルティア殿を洗脳した、アイテム。もう

聖者殺しの槍

世界級

ワー

一つは……二十の一つ。

。使用者と対象者を完全に消滅させる、

イテムです」

 デミウルゴスが、コキュートスが、そしてアルベドが息を飲んだ。世界級が一つでは

なく複数所持している勢力が敵対している、由々しき事態だ。

229 第10話

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「そんな危険な物があると分かっていて、何故外に!?」

世界級

ワー

世界級

ワー

「ご安心を、

を所持していれば防ぐことは可能です……原則は、ですが」

 世界級を防ぐことは可能と少し安心した矢先に、爆弾が放り込まれた。 

「本来ならば、世界級は世界級で防げる……しかし、モモンガ様によれば防げなかった事

例もある、とのことでございます」

「……はっ?」

 もしそれが事実だとしたら……洗脳系のアイテムはまだ、後者と比較すれば許容出き

る。だが、後者はダメだ。もし、所持者とモモンガが遭遇したら……ナザリックにモモ

ンガはいない。一番安全な場所にモモンガはいない。溜まらず守護者統括としての威

厳を捨ててアルベドも叫んでいた。

「だったらどうして!? もし私がそのことを知っていたら、モモンガ様をシャルティア

の下に何て行かせたり何てしなかったわ!」

「簡単ですよ。我々がモモンガ様の足手まといだからですよ」

「私たちが、足手まとい? なら何で、シモベ風情がモモンガ様について行っているの

?」

 聞き捨てならないセリフだ。確かに、自分達がモモンガに劣るのは当然だ。我々が足

かせになりうるのも理解できなくはない。

230

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 では何故、至高の御方々に創造されていないただのシモベたちはNPCよりも、有用

だとでもいうのか。

  今、デミウルゴスもコキュートスも、そしてアルベドも切っ掛けさえあれば、この場

でパンドラズ・アクターを殺し、モモンガの下に馳せ参じるだろう。その後、殺された

としても。

「──シャルティア殿の敗北は、格下と侮った人間に一瞬の隙を突かれた故に起きたこ

とでございます……ここで質問です。あなた達は人間をゴミのような弱者と侮っては

おられませんか? 無意識レベルで、見下してはおられませんか?」

 ……思い当たる物は、残念ながらある。確かに人間を弱者と侮っている。見下しても

いる。

「シャルティア殿に限って言えば、敵を侮っていて正解だったのでしょう。もし侮って

いなければ間違いなく、洗脳系ではなく、消滅させるアイテムを使用されていたでしょ

うから……ですが、もし奴らとモモンガ様を含めた我々で集団戦をした場合、あなた方

の一瞬の隙を突かれ……ここまで言えば分かりますね?」

 力なく、デミウルゴスがパンドラズ・アクターから手を放していた……コキュートス

も、自分も力が抜けたように、座り込んでしまっていた。

231 第10話

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 自分たちの感情故に、モモンガを危険に晒そうとしていた。取り返しのつかない方法

で。

 NPCだけで挑みかかったとしても、損失がでるだけと、判断されたのだろう。

「万が一、億が一を考えれば、お一人で赴かれたほうが安全でしょう……そして何故シモ

ベたちを連れて行かれたかと言えば、世界級アイテムの攻撃を受けるためのデコイにす

るためです」

 ああ。確かにその点では、シモベの方が有益だろう。自分達には感情があるせいで失

敗するかもしれない。だが、シモベたちなら何の疑問も持たずに、行動できるだろう。

「勘違いしないで頂きたいのは、あなたたちに感情があることを、モモンガ様は喜んでお

られる。それに今までの意見は全て私の意見です……モモンガ様が赴かれたのは別の

理由からです。曰く、ケジメとのこと」

「自分が世界級に対して、まったく警戒をしていなかったから……警戒していれば、シャ

ルティア殿を傷つかせることも無かった……何より、至高の御方々が残された子供のよ

うな存在に争って貰いたくない、消滅させるような目にあわせたくない……これが、モ

モンガ様の思いです」

 自然とデミウルゴスやコキュートスの目から涙が流れていた。

 そして、アルベドも。それだけ、自分達はモモンガに愛されているのだ。それが至高

232

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の御方々の因果を受け継いでいることを、恨んでいるアルベドなら余計恨みを募らせて

も仕方なかった。

 だが、何故か至高の御方々を憎めなかった。

「それにモモンガ様は常にご自身を抑えられて生きてこられた……抑えるように進言何

て、できませんよ……何より、今のナザリックでは私が一番モモンガ様を知っているの

ですから」

 最後の一言で、アルベドの遣る瀬無い気持ちは全てパンドラズ・アクターに向かった

のは、当然である。

「──どうやら、始まるようです……勝利を祈りましょう」

233 第10話

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外伝

  デミウルゴスはアルベドと共にBARでパンドラズ・アクターを待っていた……副料

アルベド

様子

静かな怒り

理長は

がこの場所にいる事に少し不満げであったが、彼女の

を見て何も言

わないでいた。

(さて、どのようなお話でしょうかね? 他の階層守護者を除いて私とアルベドだけで

の会話……一応、副料理長がいますが、彼は例外でしょうし、アルベドは怒り心頭な様

子。恐らく自分の立場を奪われたと思っているのでしょう……しかし)

 思い出すのは、パンドラズ・アクターの姿……彼はナザリックにおいて双璧をなす頭

脳の持ち主である、デミウルゴスとアルベドに匹敵しているだろう……彼の発言などか

ら得られた情報から推測するに……アルベドが怒り狂うほどに役割を奪ったのは訳が

あるのだろう。

 そうするしかなかった事情が。それが何かは、まだ明確ではないが。アルベドがああ

だからこそ、自分が確実に見極める必要がある。

 これからのためにも。

(……現状で分かっていることは、彼の過剰な演技はそちらに目を行かせて、自身の真意

234

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を推測させないようにしていることですか……そして、演技を止めて言うことで、重要

な話を印象付けようとしていますか)

 あの演技に惑わされてはならない。彼と読み合いを行う以上、本質を見極めなければ

本当に必要な情報を得ることは叶わない。少しでも惑わされれば、読み合いに敗北す

る。

  ……デミウルゴスの脳内で高度な思考は複数展開される。モモンガが知ればさすが

はナザリック一番の智者と褒めたたえたろう。そして、デミウルゴスはその頭脳に相応

しくあることを思いつく。

 我々は、パンドラズ・アクターの情報を表面的にしか知らないのだ。確かにデミウル

ゴスも詳しく知らない者たちは他にもいる。

 だが、彼に限って言えば、余りにも情報がすくなすぎる。本来なら同じ仲間として、連

携ができる程度には情報が知らされていてもいいはずだ。

 階層守護者と同格の強さなら猶更だ。

 余りにも、不自然すぎる。

(……我々が知ることができないように、意図的に隔離されている? ……アインズ様

にとって、彼が切り札なのと、我々を信用しきれていないからでしょうか?)

235 外伝

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 とはいえ後者はパンドラズ・アクターの言うとおりなら、無いはずだ。アインズの慈

悲は山より高く、海よりも深い。その点を考慮するに、彼は切り札なのだろう。

(……もっとも、シャルティアの命令違反で、我々がアインズ様の御命令に従わない可能

性があることが、周知されてしまいましたが)

世界級

ワー

 結果的には、良かったのだろう。二十と思わしき、

を使われなかっただけ。も

し、油断していなければ、より悲惨な結果に終わったのだろうから。

 多少、シャルティアに対しても不快な気持ちは残るが。

(……少しずれてしまいましたが、彼が切り札であることに間違いはないのでしょう。

これ以上は情報が足りません。可能なら、アルベドの意見も伺いたいところですが)

 デミウルゴスは少し離れた所に座るアルベドに視線を向けるが……酒を勢いよく飲

み干しながら、副料理長に絡んでいた。

(やれやれ、先程よりも酷くなっていますね……アルベドに意見を聞くのは諦めましょ

う)

 デミウルゴスは静かにカクテルを飲む……本来BARではこのような飲み方が正し

いはずだが、アルベドのせいで雰囲気が壊れているのは御愛嬌だろう。

  さらに30分程経っただろうか……アルベドの飲み方に対して、副料理長が怒りが暴

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発しそうになる頃になって、パンドラズ・アクターが到着する。

 今までと何も変わらない、大振りな動作を伴って。

「遅くなり申し訳ありません! デミウルゴス殿! アルベド殿!」

「構いませんよ。アインズ様を優先するのは当然です……それと先程は申し訳ありませ

んね」

 先程怒りのまま胸倉を掴んでしまったことを謝罪する。どんな話になるにせよ筋目

は通さなければならない。

「問題ありません、そして感謝致します! さて副料理長、私にも何かカクテルを!」

「……畏まりました」

 副料理長が少し大声と過剰な演技で嫌そうな顔をする……アルベドを見てまだまし

だと判断した顔でカクテルを作り始めている。副料理長はどうやら、パンドラズ・アク

ターの演技に乗せられてしまったようだ。

  ……パンドラズ・アクターが席を一つ空けて自分の右隣に座る。その座り方は間に自

分を挿んでアルベドとパンドラズ・アクターを隔てているかのように……アルベドは先

程から嵐の前の静けさのように佇んでいる。

(……いけませんね……この空気は。まるでアルベドが今すぐにでも殺し合いを始めそ

237 外伝

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うです)

「……アルベド。今からパンドラズ・アクターから大事な話を聞かされるのです。気持

ちは分かりますが、少しは冷静になれませんか?」

「……冷静に? ……アインズ様に私をのけものにさせた相手に対して冷静に? さっ

きは緊急事態だったから……後に回したわ……でも今は別よ!」

 完全に頭に血が上っている状況だ……自分がいなければ、話をする暇もなく戦端が開

かれたかもしれない。そうではなくとも、彼を排除する手段を構築しようとしただろう

……だがここには自分がいる。

 NPC同士の内乱何てさせる訳がない。

「落ち着きなさい! 彼の行動には何かの考えがあるはずだ。怒りを解放するのも良い

ですが、まず理由を聞いてからでも良いのではありませんか、アルベド?」

「……アルベド殿。あなたの職務を理不尽に犯した事は謝罪しましょう……ですが、ま

ずは話を聞いて頂きたい……私があなたの代わりを務めなければならなかった理由が

あるのです」

 無言を貫いていたパンドラズ・アクターもアルベドに頭を下げる……丁度そこに副料

理長が場の雰囲気を察したのか急いで三人分のカクテルを差し出していた。

「ありがとう……申し訳ないが副料理長は一旦外に出て貰って構わないかな……コ

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キュートスに万が一の場合は突入するように伝えてくれないかい?」

「……畏まりました。では皆さま、一旦失礼致します」

 副料理長を外に出て行くように促す。最後の部分は二人に聞こえないように小声で

伝えた。建前の理由だが……真実になる可能性もある。もっとも我らの主の気持ちを

考えれば、絶対に回避しなければならない。

 とはいえ、ここらでアルベドのガス抜きはした方が無難と言える。貧乏くじを引くこ

とになったが、文句はない。

 「では乾杯しましょう。そうですね……共に働ける事に」

 デミウルゴスとパンドラズ・アクターがグラスをぶつけて乾杯をする。お互いアルベ

ドとも乾杯しようとするが、彼女は無視して酒をがぶ飲みほしていたため、自分達も酒

を口に含む。

「……それで、私をアインズ様から遠ざけた理由を速く教えてくれないかしら?」

 アルベドがパンドラズ・アクターを睨みつけながら口を開いた。片腕にはいつの間に

かバルディッシュが握りしめていた。

 ミシリと嫌な音が響いた。

 パンドラズ・アクターの受け答え方次第で、血が流れる結果になる。さすがにデミウ

239 外伝

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ルゴスは今すぐには割って入れない。理由を聞かなければ、フォローのしようもないか

らだ。

「分かりました……私はアインズ様からカルネ村で起きた出来事を聞かされました……

はっきり言いましょう。アインズ様はあなたに嫌われるのが怖くて、顔を合わせるのを

避けておられる……そしてあなたを変えてしまった事に対して罪悪感を抱かられてい

る……私もフォローしているのですがね……それも理由の一つです」

「……私はモモンガ様を嫌わないわ! 罪悪感を抱かられる必要もない!」

 デミウルゴスは二人の言葉を聞きながら、できる限り詳しい状況を推察する。

 二人の会話を総合すれば、モモンガがアルベドに対して何かをしてしまい、気を病ま

れているのだろう。

「……パンドラズ・アクター。私にもカルネ村で何があったかを聞かせてくれないかな

? 二人での会話だけでは私も判断をしかねるからね?」

「畏まりました……そうですね、一言で言いましょう。モモンガ様はカルネ村にて、自分

が人間を愛していたと理解されたのです」

 ……衝撃であった。アインズが人間を愛している……瞬時に信じられる事ではな

かった……だが真実なのだろう。アルベドの態度。彼が自分達NPCを遠ざけようと

した理由。アインズが自分達に嫌われるのを恐れている……今まで得た情報から真実

240

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とデミウルゴスは判断した。

「……なるほど……確かに我々は人間に対して『悪』であるか、食料としてしか見ていな

い者がほとんどだからね……。だが侮らないで欲しい。その程度の事でアインズ様へ

の忠誠は揺らぎはしない……そんな理由でアルベドをアインズ様から遠ざけたのです

か? ……さすがに越権行為が過ぎるのでは?」

「……本当にそうでしょうか?」

「……何が言いたいのかね?」

 先程から二人の仲裁役であったデミウルゴスもパンドラズ・アクターに怒りを示す。

パンドラズ・アクターの言い分は自分達の忠誠を否定する物なのだ……。だが、恐ろし

いほどに嫌な予感がする。

 直感が告げている。この先をパンドラズ・アクターに話させてはならない。だが、意

思の力でそれを捻じ伏せる。

 「──デミウルゴス殿。例えばです。『悪』に括られたウルべルト様が、モモンガ様を『殺

せ』と命令した場合、あなたはどうなされますか?」

「………………それは」

 今度はデミウルゴスが言い淀む番だった。

241 外伝

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 そして、言い淀んだのが答えだ。モモンガに恩義を感じている。自分達を捨てないで

創造主

ウルべルト

いてくれた事に対して……だとしても、自分の

に命令されればきっと創造主に従

うだろう、と。

「私とて、あなたと同じです。モモンガ様にご命令されれば、ウルベルト様に危害を加え

ましょう。もっとも、ありえないことでしょうが、ね……私があなた達をモモンガ様か

ら遠ざけるように行動している訳の一つです……それにもう一つ」

「……モモンガ様は、カルネ村で私にたっち・みー様に救われたと仰られたわ……カルネ

村を救われた時自分がたっち・みー様に近づけたみたいで嬉しかったとも仰せだったわ

……」

 沈黙を保つデミウルゴスの代わりに、アルベドが会話に参加する。先程とは打って変

わり、パンドラズ・アクターに対して理解の表情を見せているように見える……遠ざけ

た事に対して怒りが完全に消えた訳ではないようだが。

 ああ。デミウルゴスもパンドラズ・アクターの行動を示せた。当て嵌めて見ればわか

る事だ。モモンガは情が深い。だからこそ、万が一の場合に備えて、少しでも心に傷か

残らないようにしようとしていたのだ。

 それでも少しだけ釈然としないものが残るが。

 

242

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「その通りです……ですがモモンガ様はあなた達の創造理由を考えてデミウルゴス殿の

ように人間に対して悪であろうとする者達を容認される。それが、ナザリックの総意で

あると理解なさっておられるから……そのため私はあなた達の報告書を意図的に改竄、

モモンガ様に報告が挙がらないように動いています……少しでもモモンガ様の御心を

お守りするために」

「……あなたの言い分は分かったわ……でもそれなら私でも良かったのではなくて? 

必要があれば幾らでも報告書の偽造ぐらいこなしましょう」

「……残念ながら私はあなたの考えを今まで知らなかった。知っていればその選択肢も

あったかもしれませんが。それにモモンガ様の妃を目指されるのでしょう? そんな

方が汚れ仕事をする必要はないでしょう……妃になる方は汚れ一つなく、モモンガ様の

お傍に仕えるのが良いでしょうから」

 そこで意味有り気に視線がデミウルゴスに向く……その意味をデミウルゴスは理解

した。なぜこの話をアルベドだけではなく自分にもしたのかを悟ったのだ。

「…………分かりました。アインズ様の御気分を害すような仕事は、全て我々二人で握

りつぶすのですね?」

「私が内で、あなたが外で、ですね……万が一の場合には、全て私の責任にしてくれて結

構でございます」

243 外伝

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「……分かったよ。しかしアインズ様は我々を超える英知の持ち主……隠し通せるので

すか?」

「アインズ様は、我々に絶大な信頼を向けていらっしゃる……内部の者が行う分には、ば

れる心配もないでしょう」

 アインズが自分達にそれほどの信頼を向けてくれている……パンドラズ・アクター風

に言えば愛して下さってるのだろう……そんな方を悲しませたくない。

 心苦しいが情報の改竄に手を貸そう。

「分かりました。モモンガ様の御心を教えてくださったこと感謝いたします。ですが、

そうなると……実験も一部変更しなければなりませんね」

「構いませんよ。王国以外ではあなたの好きなようになさるとよろしい。先程も言いま

したが、アインズ様にとってウルべルト様の子どもである、あなたの思いの方が人間よ

りも優先されます」

「……分かりました。確かに補給は必要ですからね」

「外部の事はよろしくお願いします……王国は手出し不要で……ああ、そうそう。もう

一つ尋ねる事がありました……なぜ、世界征服をすることになっているのですか?」

「……ふむ? 妙な事を聞くね? アインズ様が世界を手に入れる事をお望みだからで

すよ?」

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「モモンガ様は、現時点で世界征服を望んでいない」

「……確かに情報収集ができていない現状で世界征服をするのは難しいでしょう。しか

し主の真意を受け止めて準備を行うのは当然でしょう?」

「……待って、パンドラズ・アクター」

 今まで複雑そうな顔で自分達の話しを聞いていたアルベドが動く。恐らく、パンドラ

ズ・アクターに対する蟠りに心の中で一応の決着を見せたのだろう。最低でもこの場で

は見せない程度には……ただそれにしては、顔が青白い。

 怒りを爆発させようとしていたアルベドとは違いすぎて違和感を感じる程度に。

「あなたの言う『世界征服を望んでいない』は……真実なの? デミウルゴスがモモンガ

様から聞いたと言われる話は間違いなの?」

「……その通りです。モモンガ様は真実、世界征服を望んでいらっしゃらない……あな

た達がいつの間にか暴走していたのです」

「……馬鹿な! モモンガ様は確かに『世界征服なんて面白いかもしれないな』と仰られ

ました!」

 頭の中を直接殴られたようだ……そしてその言葉が真実であるなら、アルベドを含め

たNPCを遠ざけようとしたことも深く納得してしまう。彼が自分達の監視を担う役

割についていた事も……だとしても、即座に認める事はできなかった。だってそれは

245 外伝

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……。

「……事実です。私がモモンガ様から直接お聞きして、世界征服は望んでいないと言わ

れております……その言葉は冗談のような物なのです……」

「……私は何て愚かな……モモンガ様のご意思を捏造するなんて……許される事ではな

い!」

「私があなた達を遠ざけようとしたもう一つの理由です……はっきり言いましょう。私

はモモンガ様と違い、あなた達NPCを信頼も信用もしていない。モモンガ様がお望み

でない事をモモンガ様のお望みと押し付けようとしているのだから。そしてモモンガ

様はあなた達の願いなら、自身の心を御偽りになられるでしょう」

 デミウルゴスは理解した。理解してしまった。自分はシャルティア以上の大罪人だ

と……パンドラズ・アクターが隠れていたのも全て自分の責任と理解してしまったのだ

から……先程までのアルベドの様子ではパンドラズ・アクターを殺すために何でも仕出

かしかねなかった。全て自分が原因だ。主の命令を捏造していなければ、パンドラズ・

アクターがNPCを敵に回しかねなかった行動はしなかっただろうと理解する。

 何より、今まで上げた発言は全て建前に過ぎなかった。自分の不注意が、パンドラズ・

アクターの行動をとらせてしまったのだ。

 静かな、BARに相応しいかもしれない沈黙がようやく訪れたのだ。ただそれにして

246

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は空気に怒りが込められていたかもしれない。

 ★ ★ ★

 アルベドはパンドラズ・アクターに怒りを抱いていた。自分と愛しい人の会える機会

を奪ったのだから。しかし、彼の行動の意味を理解する事で彼に共感を抱いた。完全に

怒りが消えた訳ではないが。

 パンドラズ・アクターの行動を正当な物と理解できた。彼が自分達を遠ざけようとす

ることも、信頼を抱けない事も、全て一人で成そうとした事も。

「アルベド殿が気付かれなかった場合……少しずつ内部の意識改革を行い中止に誘導す

るつもりでした……しかしです。真実をお話した以上、あなた達には協力して貰います

よ?」

「……構わないわ」

「……当然です……世界征服にナザリックが動き出したのは私の責任なのですから」

 アルベドを遠ざけた理由はほとんどが建前に過ぎない。最後の、モモンガの心を押し

つぶす事に加担していた事……それだけが理由なのだろう。特に、モモンガの人間に対

するスタンスを目の前で見続けてきたのだから。

 自分自身に怒りが沸騰する。気付けたはずだ。モモンガの行動を注意深く考えてい

れば、デミウルゴスの勘違いに。自分がモモンガの御役に立ちたいと、心が浮かれてい

247 外伝

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なければ。シャルティアと嫉妬が混じったケンカをしていなければ……モモンガの部

屋にいられる時間が少なくなった時に見つめなおしていれば。気付くタイミングが幾

らでもあったはずだ。

 だからこそ、ここから挽回する。

「宜しくお願いします! では世界征服に変わり『アインズ・ウール・ゴウン』の名を世

界に轟かせるか私の考えを話します……何か修正点があれば遠慮なく教えて頂けると

幸いです」

 パンドラズ・アクターがどうやってアインズ・ウール・ゴウンの名を世界に広めるか、

語り出す。自分たちが予想も付かない方法を……いや、そもそも端からそんな意思はな

かっただろう。

世界級

ワー

「まず、

所持の敵対者がいる以上、我々の存在は絶対に知られるべきでないと、思

案致します」

「……確かにその手もあるかもしれないが、表にでなければ後手に回る結果にならない

ですか? 絶対に表に出さないのは、不利益が大きすぎるのは無いでしょうか?」

「ええ。その通りです。そのため、モモンガ様が御助けになられた村を利用しようと考

えています」

「……アインズ様がお気に入りの村を利用するのは……駄目なんじゃないかしら?」

248

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 今まで、デミウルゴスたちの会話を聞くに徹していたアルベドが口を挟む。

 モモンガのお気に入りの村だ。それに、愛する人の素晴らしい笑顔を見せてくれた村

でもある。許すことはできない。

「ですが、分かっているでしょう? あの村は近い将来、王国に滅ぼされる」

 国において、上位の権力者を暗殺するためにコマにされた村。確かに、存在されたら

困る者たちが大勢いるだろう。

 どんな屁理屈をこねるかは分からないが、皆殺しにする事だけは確実だ。

「それに、アンデッドであるモモンガ様に感謝を示した者達です。確実に守る必要があ

る……ところで話は変わりますが、彼らは政治の都合で虐殺をされました。十分、復讐

の大義名分になると思うのですが? 如何でしょう?」

「……あの村に物資などを支援して、革命を起こさせるつもり? 私達はカルネ村以外

の者たちと接触しないと言うこと?」

 つまり、カルネ村をナザリックの意思を代弁する代理人に据えるのだ。いや、もしか

したらカルネ村をアインズ・ウール・ゴウンを信仰する宗教国家にまで発展させるつも

りかもしれない。

 デミウルゴスも同じ思考に辿り着いたのだろう。理解の色が浮かんでいる。

 

249 外伝

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「アインズ様たちを賛美する国家……素晴らしいですね。ですが、カルネ村の人員は少

ないと聞いているのですが、その点は?」

 問題点はただ一つ。村人の人口が百名以下の点だ。 国を建国するためには人口が

少なすぎる。

「その点は、セバス殿に王国によって地獄を見ている者達を救って、カルネ村に移住させ

ようかと考えております……そしてカルネ村が建国する時の名は『アインズ・ウール・ゴ

ウン』」

「人間達が作る国に偉大な名前を付けると……さすがにやりすぎでは?」

「いいえ! モモンガ様のお望みは至高の方々を見つける事。であるならばアインズ・

ウール・ゴウンの名を名乗る国が必要です……付随して、至高の御方々が分かるような、

目印を用意して……それと万が一の囮のためにも……その場合にはカルネ村の者たち

は避難させればいいでしょうし」

 デミウルゴスが静かに頷いていた。納得して見せたのだろう。カルネ村が建国する

国名は『アインズ・ウール・ゴウン』。

 間違いない、パンドラズ・アクターはカルネ村を宗教国家に変えようとしている……

モモンガへの恩があれだけあり、国家への恨みが骨髄にまで沁み込んでいる以上、可能

とアルベドも判断できた。

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「私は構わないわ。でも指導者は誰にするつもり?」

「ふむ? もう少し、抵抗があられるかと思いましたが……指導者はまだ決まっており

ません。ただ、革命軍の象徴に相応しい人物は決まっております。……が、少々見極め

る時間を頂きたい。それと今回の話はまだ、御内密に。まだ、情報を収集し終わってい

ない現状では、変更の可能性もありますので……では、もう少しカクテルを飲みましょ

う。副料理長を呼んできましょう」

「いえ、私が呼んで来ましょう」

 デミウルゴスが席を立ちBARを出る。きっと、今回の話を自分の中でまとめたいの

だろう。自分の大きなミスについて、心を整理したいのだろう。

 何より、パンドラズ・アクターと二人きりになれたのは都合がいい。

「ごめんなさいね、パンドラズ・アクター。全てあなたに押し付けてしまって」

「仕方がないでしょう、あなたはどうにも、感情的になり過ぎる場合がございますから

……特にシャルティア殿が絡むと」

「…………自分が恥ずかしいわ」

「とはいえ、独断であなたの地位を奪ったことは謝罪致しましょう」

 パンドラズ・アクターが深々と頭を下げて謝罪した。ここまで理解して、謝罪を受け

取らないのは恥知らずだ。

251 外伝

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「もう良いわ。納得しましたから。でも、これだけは伝えておきます」

「……何でしょう?」

「もし、タブラ様がモモンガ様を殺せと言えば、私の手でタブラ様を殺しましょう。モモ

ンガ様がタブラ様を殺せと言えば、モモンガ様の御命令に従いましょう」

 ……空気が変わった。パンドラズ・アクターは今までの申し訳なさを嘘のように消し

飛ばして、ただアルベドの瞳を覗きこんでいる。何かを探るように……

「その言葉、嘘偽りはありませんね?」

「愛する方に誓って! この言葉が危険なのはあなただって分かるでしょう? これ

が、私がモモンガ様を裏切らない証よ」

「……分かりました。モモンガ様に進言して、私は影となりましょう。……ですが、その

鞭打つ

・・・

言葉二度と口に為されぬが身のためかと。至高の御方々を

と言うのであれば、私

にも少々、考えがございます」

 鞭打つ……。この言葉にアルベドは、強い違和感を感じた。なぜ、その言葉なのか。

それではまるで……。聞くしかない。パンドラズ・アクターなら、確実に何かを知って

いるはずだ。

「一つだけ聞かせて。タブラ・スマラグディナ様たちは、私たちを、お捨てに、なったの

?」

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 唇が震える。所々、口がつかえる。アルベド自身は捨てたと思っている。だが、それ

が勘違いだとしたら?

「──アルベド殿、その認識には誤りがございます……モモンガ様の代わりにはっきり

申しましょう。至高の御方々のほとんどはお亡くなりになられておられます。モモン

ガ様ご自身も否定なされていますがね」

「……そ、う。亡くなって、おられるのね? 私たちを、モモンガ様をお捨てになったわ

けでは、ないのね?」

 パンドラズ・アクターが頷いていた。

 その言葉を聞いて、何故かは理解できない。だが、はっきりとアルベドの目から涙が

零れていた。何のためのナミダかは分からない。

 だが、胸のつっかえがなくなった気分でもある。

「もっとも、モモンガ様の生存を信じられたいお気持ちも、ご理解できますがね」

「どう言うこと?」

「簡単ですよ。この世界に降り立った日、モモンガ様もお亡くなりになられるはずだっ

た。他の方々と同じように」

「──え?」

 信じられない言葉が、パンドラズ・アクターから聞こえた。いや、信じたくないのだ。

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アルベドの顔は涙を未だに流しながらも、凍り付いていた。

「あの日から暫く、モモンガ様は混乱していたはずです。あなたにも、心当たりがあるの

では?」

 ……ある。確かにある。とても混乱されていた。普段は訪れ無かったはずの玉座へ、

セバス達を連れて参られたうえで、普段は持ち歩かない、ギルド武器を所持していた。

 今思い返せば、モモンガの表情は憂鬱にも、怒りすら滲ませていたように見えた。

「モモンガ様は、何の因果か死の定めを乗り越えになられた。そして、他の方々にも同じ

ような奇跡があっても良いと、信じられておられます」

 ★ ★ ★

  あの後アルベドは過度な情報を渡されすぎたため、混乱の極みにあった。

 目からは涙を流し、口からは言葉にならない、呻き声のような物が漏れ出していた。

 できるならこのまま飲み会を流して、今すぐに部屋に戻り眠りたかった。だが、そう

いう訳にも行かない。毒を喰らわば皿まで……。ここまで混乱したのだ。徹底的に、聞

きたいことを聞き出す事にしたのだ。

  そして何とかデミウルゴスと副料理長が戻って来るまでに一応再起動ができたので、

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三人でカクテルを飲み交わす事になった。親交を深める。下手なすれ違いを無くすた

めに。

 最初は普通の雑談を行っていた。普段はどうしているのか。趣味は何なのか。そん

などうでもいいことを。

 だが頃合いを見計らったアルベドの一言で、和やかな雰囲気が大きく変化していた。

 なお、副料理長はいつの間にか逃げ出していた。

「ところで、パンドラズ・アクター……あなたは私達の知らないモモンガ様を知っている

のではなくて?」

「確かに私も気になるね。差し支えなければ聞かせて頂きたいのですが?」

「……それでしたら、カルネ村を救われたもう一つの理由は如何でしょう?」

 面白そうではあるが、気乗りはしない。どうせ聞くのであれば、モモンガの過去の女

性遍歴を聞きたい。

「ねぇ……何か他にないのかしら……そうね、モモンガ様がどんな女性がタイプなのか

……とか……必要があればモモンガ様の妃になるために幾らでもイメチェンするわよ

?」

 モモンガは、初対面のあの少女にとても優しかった。つまりロリコンの可能性もある

のだ。仮に自分の考えが真実でモモンガがロリコンであるなら、どんな手段を使ってで

255 外伝

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もモモンガに相応しい体型に変えて見せよう。

「アルベド、御自身の創造主に不敬ではないですか? モモンガ様の御命令で変えるの

であれば、問題はないかと思いますが……」

 デミウルゴスが苦言を呈する……命令なく創造主に定められた事を放棄するのがデ

ミウルゴスからすれば許せないのだろう……だがそれが何なのだ。

 アルベドにとって、自分の創造主よりもモモンガの方が上なのだ。何故、遠慮しなけ

ればならないのだ。

「話は最後まで聞いてから判断して欲しいのですが……話の過程で、モモンガ様が深く

愛された女性の話をする事に──」

「今すぐ聞かせて頂戴」

 文句を言っていた人物とは思えない程の一瞬の早業である……なお、アルベドの頭に

は強敵の存在が浮かんでいた……モモンガに抱きついていた少女だ。アルベドには予

感があった。あの小娘はきっと、自分の強敵に成りうると言う確信が。

(あの小娘が……いえ問題ないわ。懐かしきと言っているから過去の女よ……でもまさ

か似て足り……そうよ。でなければ、あそこまで優しくなんてする訳ないわ)

「何を考えているかは知りませんが……あまりに不穏な空気をだされるのであれば、止

めますよ?」

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「大丈夫よ? だからすぐに話して頂戴」

 パンドラズ・アクターが口籠りデミウルゴスに視線を飛ばしている。視線で何か話し

合った後、溜息をついて話しだす。

 失礼な、何か問題を起こすとでも思っているのだろうか。ただ、モモンガの知らない

ところで不幸が起きれば良いのにと思っただけだ。

「……それでは! それは大昔……リアルでの世界での事です! 語り部は私、パンド

ラズ・アクターが務めさせて頂きます!」

 これにアルベドは驚いた……リアルでの世界の事に関連することを聞けるとは考え

ていなかったのだ。

「……予想以上ですね。まさかリアルの世界の話を聞けるとは……腰を折ってしまい申

し訳ない。どうぞ続けて下さい」

 パンドラズ・アクターが席から立ちあがり、アルベドとデミウルゴスの中間に仰々し

い動作を伴い立った。演目の開演だ。

「それでは……物語を始めましょう! 語り部は私、パンドラズ・アクターでございます

! モモンガ様がお若い頃、とある女性と共に暮らされていた……その女性とモモンガ

様は共に深く愛しあわれておられた! ……しかし不幸な事にその女性はモモンガ様

を置いて行かれてしまうのです……モモンガ様はそれはとてもとても深く嘆かれ、ご自

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身をお責めになられた」

「……モモンガ様の御寵愛を頂きながら、お捨てになるなんて。その女、殺すべきね……

パンドラズ・アクター……リアル世界への行き方を知らないかしら? 私が今からモモ

ンガ様を捨てた事を後悔させて、殺害してくるわ」

(私以外の女! 絶対に許さない……それもモモンガ様をお捨てになられた? 必ず殺

してやる)

 デミウルゴスも同意を示すかのように頷く……シャルティアやアウラ、その他のNP

Cに至る全てが賛同するはずだ。

 だが、パンドラズ・アクターから帰ってきた言葉は怒りだ。

「アルベド殿。そしてデミウルゴス殿……今の言葉をモモンガ様に仰られた場合、あな

た方は十中八九殺されますよ? ……仮にその女性を侮辱すれば、至高の御方々でさ

え、お許しになられないでしょう……下手をすれば、ナザリックは崩壊致しますよ? 

その女性は、モモンガ様にとって唯一、至高の御方々よりも優先順位が高い女性なので

すから」

 二人に戦慄が走る……まさか、それ程までの女がいるなんて思わなかった。だが、信

じられるものか。モモンガにとって一番は創造主たちだ。

 何よりも、そんな女絶対に認められない。

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 「……でも、モモンガ様をお捨てになるなんて! 許せない!」

「最後までお聞きなさい! 確かに私の言い方が悪かったかもしれませんが……冷静に

お聞きください! 続けますよ?」

 パンドラズ・アクターがグラスを手に取り、口を湿らせて話しだす……それが切欠で

さらに口がなめらかになったかのように……しかし語り口は先ほどよりも重い。

「……その女性はモモンガ様を、守られるために既に亡くなられているのです……絶対

に蘇生もできない…ね」

「ふーん。モモンガ様を守って、ね? 本当かしら……お優しいモモンガ様をお騙しに

なられているのではないかしら?」

「……さすがに、アルベドの考えは尖り過ぎかと思いますが……確かにモモンガ様が守

られる必要があるとは思えませんね……あなたにモモンガ様が嘘をおっしゃっていら

れるのでは?」

 そうだ。シャルティアとの戦いを見れば、守られる必要なんてないはずだ……それは

それで口惜しいが……不敬な考えだが、もう少し弱く在られても良かったのだ。

「……信じる信じないはあなた達しだいです……何の話……そうでした、何故カルネ村

を守ったかでしたね……一言で言えば、その女性に雰囲気の似た女性がおられたそうな

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のです……アインズ様も『ただの感傷だ』と仰られていましたが、やはり思うところが

あったのでしょう。お辛そうでしたからね……アルベド殿も、記憶にあられるのでは

?」

「……どこのどいつかしら……まさかあの小娘……ごめんなさい。少し用事ができた

わ」

 立ち上がる。その顔は嫉妬に満ち満ちていた。千年の恋も冷めるレベルである。

「……はぁ。やっぱり、こうなりますか……アルベド殿? 確かに少し誤解させるよう

な表現をしましたが……その女性は、モモンガ様の奥方ではない……恋人同士でもな

い」

 足が止まる……訳が分からない事を聞いたからだ……デミウルゴスも同じだろう。

「……なら、モモンガ様とその女の関係は何かしら?」

「……そうですね……我々の立場からすれば……恩人……いえ、最低でも至高の御方々

と同程度に捉える必要がある御方ですね」

「至高の御方々と同じ? それは……言いすぎでは?」

 パンドラズ・アクターの言いたい事が理解できない……一体何者なのかが全く読めな

い。

「モモンガ様との関係性を一言で表せば……母君です。モモンガ様がアンデッドになら

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れる以前の生命体であられた頃……モモンガ様をお守りになり、御落命されておりま

す」

 何を言ってるのか理解ができない……二人とも呆然とするしかない……デミウルゴ

スは比較的早く再起動したが……より深く暴言吐いたアルベドは別だ。

 (……母君? 亡くなられた? モモンガ様を守って?)

 だってもしそれが真実だとしたら、アルベドの暴言は全て、モモンガに対して言って

いたも同然だ。いつの間にか、病的なほどに顔が白くなっていた。

「……失礼しました。確かに、至高の御方々と同程度に捉える必要があるお方ですね」

「……その通りです。仮に母君様がモモンガ様をお守りになられなければ……この場に

おられなかったかもしれません」

 3人の間に暗い空気が漂う……特にアルベドは。

「……私は、何て失礼な事を……モモンガ様をお守りになられた母君を……私のお義母

様を……」

「……まぁ、私が誤解させる言い方をしましたし……しかしアルベド殿。あなたは常に

冷静であるべきだ……もし冷静でいれば、もしかしたら義母になる方にそこまでの失言

をする事はなかったはずだ……先程も冷静でいるべきと進言したでしょうに……デミ

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ウルゴス殿も思考を柔軟に働かせるべきです」

「……そうするわ」

「……気を付けましょう」

「まぁ、それもカルネ村を救った一つの理由と言うことです……というより、これが真実

でしょうね。あの村を救われた最初の理由はアルベド殿の言うとおり、たっち・みー様

に恩を少しでも返したかったから……後半は目の前でお母様に重ねて見てしまった御

方を殺されたくなかったからでしょう……」

 これを以て、パンドラズ・アクターの語りは終わり、同時に飲み会もお開きとなった。

 アルベドもデミウルゴスもこれ以上話す気になれなかったからだ。何よりも、得すぎ

た情報を整理したかったからだ。

  ★ ★ ★

 アルベドが歩く足あとが主寝室に響き渡る。心なしか足は速い。そして神速の勢い

で服を脱ぎ去り、ベッドに潜り込む。そして、今までの情報を整理して……。

「くふー!」

 思わず、笑い声が漏れてしまった。

 非常に有意義な時間だった。今でも、パンドラズ・アクターに対する、隔たりは多少

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ある。機会があれば仕返ししてもいいかな、そう思う程度には。

 だが、そんな気持ちすら、パンドラズ・アクターから齎された情報で全てお釣りが来

る。

 アルベドはほんの少しだが、モモンガが小さいほうが好きなのではないかと、不安を

覚えていた。あの幼女にしがみつかせたりしていて不安だった。

 いつか手を出すのではないかと。

 しかし、モモンガはロリコンではなかった。

   マザコンであったのだ! そして自分の体はどうだ? 母性豊かな体だ。

(タブラ・スマラグディナ様、私をこのように創造頂き、心から感謝申し上げます!)

 何より一番の収穫だったのは……。

 アルベドは今まで、絶対に認められない事があった。自分たちを捨てて行ったと思っ

ていた者たちが、自分よりもモモンガに愛されていたことだ。

 だがアルベドの思いは誤っていた。自分たちを捨てて行ったと思い悩んでいた存在

たちが、亡くなっていたのだ。

 自分たちを捨てた訳ではない以上、アルベドの心から蟠りはほぼ無くなっていた。勘

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違いをして申し訳なかったと思う程度には謝罪の気持ちもある。

 そして今だからこそ言えることがある。アルベドにとって、ナザリックを捨てた者た

ちが、アルベドよりもモモンガの心を占めているのが嫌だった。モモンガの一番に成れ

ないと分かっていたから、殺すほどに憎んでいたのだ。そしてそれは例え、彼らがナザ

リックを捨てた訳じゃないとしても、機会があれば……アルベドからモモンガを奪おう

とすれば、やはり実行に移していたのだろう。

 彼らが一番であり、自分が一番に成れないのであれば。

  だが、違ったのだ。

 モモンガの心を常に一番占めていたのは、創造主たちではなかった! モモンガが親

友と言っている者たちは、所詮二番手以降に過ぎなかったのだ!

  あいつらが入るから自分が一番に成れないと言う前提条件が崩れたのだ。

  そして、常にモモンガに一番に愛されていた、お母様を恨む必要は一つもない。自分

が愛するモモンガをこの世に生み出してくれたのだ。命を擲って愛する方を守ってく

ださったのだ。アルベドがモモンガの妃になる事も祝福してくださるだろう。

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 可能なら直接会って、馬鹿な嫉妬は謝罪したいが……不可能な以上、心の中で謝罪し

ていれば十分だろう。

  だからこそ、今のアルベドにとって他の至高の御方が帰還したとしても、──自分か

らモモンガを引き離そうとしない限り──問題はない。

(とはいえ、私たちがモモンガ様の心を占める割合も、実はより少なかったわけだけど)

 非常に残念であるが、今のところ自分達はモモンガにとって御方々の子ども……創造

主の影を重ねられてしかと見られていないのだろう。

  もし打開策が何もなければ、アルベドは非常に苛ついていただろう。自分一人ではど

うやっても創造主の幻影を断ち切ることは不可能なのだ。

 そして、例えこの手で創造主たちを殺したとしても同じだ。根本的な解決にはならな

いのだ。どうやっても、どれだけ勘違いから恨んだとしても、塗り替えることはできな

いはずだった。

  だがここに道はできた。

 カルネ村で会った、あのどこにでもいる凡俗としか見ていない、村長夫人。モモンガ

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に対して無礼としか考えていなかったただの人間。

  彼女は鬼札だ。アンデッドであるモモンガがあれだけ固まり、一時的にでもナザリッ

クよりも優先しようとした。……そう思うと少しだけ苛つくが、それだけ本物のお母様

に似ておられるのだろう。そしてこれからも、親交は深めるに決まっている。

 パンドラズ・アクターの考えるプランからしても、そうなるのは間違いない。

  推測になるが、彼女は現状で四十人しか登れなかった壁を、やり方次第では超えるこ

とも可能なはずだ。最後の本当のお母様の壁は越えられないだろうが、それで十分だ。

彼女が四十人より親しくなればいいのだ。

 (そう、私があの御方と仲良くなって、雰囲気を学び……モモンガ様の妃に相応しいのは

アルベドだと彼女の口から言って貰えればっ!)

 マザコンであるモモンガに対して、お母様と彼女を重ねて見てもらい……モモンガの

好感度ランキング第二位になってもらう。そしてアルベドを、三位に引き上げてもらう

のだ。

 何より、母親の言葉なら従うはずだ! アルベドと結婚すべきと言われれば、マザコ

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ンであるモモンガなら従うはずだ!

 そうすれば、アルベドの王妃の座は安泰だ。例え、創造主たちが返って来ようとも覆

すことはできない。

  そして、そうなってからも、モモンガともアルベドともさらに親しして頂き……彼女

が寿命でなくなる時が、アルベドが実質的にモモンガの一番に成る日だ。

 きっと嘆き悲しまれるだろう。そこを慰める。その時までに学んだ雰囲気と……ア

ルベドの体で包み込むのだ。

  もしモモンガが何らかの魔法で延命しても構わない。どちらにせよ、役割が全く違う

のだし、彼女とアルベドが仲良くしている限り、何の問題もない。

 彼女に夫がいる以上、アルベドの敵ではない。

  アルベドにお母様を重ねて見てもらい、創造主も重ねて見てもらう。単純な足し算

だ。最終的には自分の持つ魅力も使い、魅了する。

 (ごめんなさいね、シャルティア。モモンガ様はあなたようなロリが好きなロリコン

267 外伝

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じゃなくて、私のような女性らしさを持った女性がお好きなのよ!)

 かなりまな板であり、合法ロリのシャルティア……青い果実に負ける要素は一つもな

い。肉付も良くない。恨むなら、自分の創造主を恨むことだ。ロリコン御用達として創

造された自分を恨めばいいのだ。

(そう、どちらかと言えば、プレアデスやメイドたちを警戒すべきね……)

 シャルティアは既にアルベドの眼中になかった。

 プレアデスたちの多くは自分に協力してくれているが……油断は禁物だ。特にユリ・

アルファ。メロンのように胸が大きい。充分、母性があると言えるだろう。

  ……非常に業腹ではあるが、今はNPCはモモンガにとって横並びだろう。つまり、

現状ではモモンガと一番親しくなれる村長夫人を味方に付けた者が王妃争いにて大き

く先んじる……決定するのだ。

 ギリギリまで……。絶対にギリギリまで、モモンガのお母様の件は伏せなければなら

ない。まかり間違って、自分と同じようなこと考える者を出させないために。アドバン

テージを握り続けるべきだ。

 ばれるとしても、アルベドが正式にモモンガの妃になった時でなければならない。

 だが、女性型のNPCでこの、ナザリック全体を引っ繰り返せる情報を握っているの

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はアルベドだけ。デミウルゴスは、恐らく大丈夫だ。

 モモンガの許可なく広めるとは思えない。パンドラズ・アクターに関しても同じなは

ずだ。一本気な馬鹿が彼女を傷つけようとしない限り、黙っているはずだ。

「つまり、このまま何事もなくいけば、私の勝利よ!」 

 ★ ★ ★ おまけ

「ところでパンドラズ・アクター? 君のその身振りに何か意味はあるのですか?」

「モモンガ様がカッコイイと思われる姿でございます!」

 衝撃が走った。アルベドの頭に。確かに言われてみれば、モモンガに似ている。正直

アルベドは変な物を見ている気分だった。だが、モモンガが好きならば……。

「パンドラズ・アクター。私にも教えて頂戴」

「アルベド、さすがに無理が過ぎますよ? パンドラズ・アクターはモモンガ様に定めら

れている。それを教えてもらうなんて……」

「構いませんよ! 私はモモンガ様に創造理由を超えて見せろと言われております。今

は手始めに、配下の者たちに教えて、どう磨き上げるか考えている最中ですので! 一

人増えたところで、何の問題もございません……折角ですので、デミウルゴス殿も如何

ですか?」

「……君が構わないなら、ぜひ頼むよ」

269 外伝

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 やはりデミウルゴスも挑戦するのだ。当然ともいえる。上手くいけば、モモンガ様が

お喜びになり、今以上に仲良くなれる可能性もあるのだから……。

270

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第1章 そして、ロリコンへ

事案1

 「ふふふーん」 

 とある国の辺境にある小さな村で、ある少女の楽し気な鼻歌が流れていた。

 少女の名はネム・エモット。

魔法詠唱者

マジック・キャスター

 ネム・エモットは村の救世主である、大

様の御屋敷に招かれているのだ。

 一人だけ。

 今となっては、たった一人の家族である姉と共に行けないのは少々……いや、かなり

残念であったようだが、そんな素振りも今となってはない。ただ、楽しみなだけだ。

  あるいは、つらい記憶を無意識のうちに消し去ろうとしているために、一層無邪気に

はしゃいでいるように見えるのかもしれないが。

 「ネム、ちゃんとトイレには行った? 服は着替えた?」

「大丈夫!」

271 事案1

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 共に行くことができないネムの姉であるエンリは、今日のために一番良い服をネムに

準備してくれていた。

「そう? それと、ネム? お願いだから、アインズ様に失礼の無いようにね」

 少し落ち着きがなくはしゃいだ様子のネムに対して、姉であり熱烈な告白をされたエ

ンリは失礼な真似をしないように妹を諭す。

 だがそのことは、何度も言われて分かっているため、ネムも対抗して話題を変える。

 「大丈夫だよ、お姉ちゃん! ……そういえば、どうするの?」

 思わずと言った風に、ネムはニヤニヤしてしまう。特に農村では子どもでも毎日忙し

く仕事がある。こんな色恋沙汰は少女からしても楽しい娯楽である。

 そして、そんなネムの態度でエンリも何のことを言ってるのか、察したのだろう。顔

を真っ赤にしていた。その反応は分かりやすいと思う。

「ネ、ネムには関係ないでしょう?」

「ううん! 関係あるよ! もしかしたら、家族が増えるかも……」

 ……自分で言っていて悲しくなり、ネムは少し俯く。エンリも同じように、だ。

 家族を喪った傷はまだ癒えていない。

 このまま沈んだ空気に成りかけてしまったが、それを遮る存在がいた。

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「……くすぐったいよ、コロちゃん」

 少し離れたところにお座りをしていた、コロちゃんがいつの間にかネムの手のひらを

舐めていたのだ。思わず笑みが出る。

 つられてエンリも。

「……今日はアインズ様のお家で、楽しんできてね?」

「……うん!」

 すっかり元気を取り戻した二人で仲良く手をつないで、外に歩いて行く。その後ろを

一匹が付いて来る。よくある光景になりつつある。

 外には恐らく義兄になるンフィーレアと、昨日仲良くなった冒険者ニニャや、その仲

間たちもカルネ村に滞在している。

 彼らは本当にいい人たちなのはネムにも分かる。

(でもあの人たちが、特別なだけなのかもしれない)

 それでも、カルネ村で今まで共に暮らしてきた人たち以外の人間たちへの警戒心は失

せない。

 ……そんなことを考えつつ暫く待っていると、ネムと仲良くなっていた、ユリと……

初めて見る人が到着したようだ。

 その男?の人は変わっている。

273 事案1

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 目と口の部分が無いのだ。あるのは黒い穴のみ……それに歩き方が独特だ。常に踵

を鳴らしている。それに、帽子をつてに奇妙な手で押さえながら歩いている。

 ……冒険者の人たちは武器を手に持っていた。いや、冒険者だけでなく、ンフィーレ

アも同じようだ。それにエンリやネムを庇うように自分たちの前に立っている。少し

だけ離れた位置にいたゴブリン達も警戒心を露にしながら、近づいてくるのがネムには

見えていた。

 もっとも、ゴブリンたちもそこまで警戒心は高いようには見えない。それに周辺にい

る村人たちも、エンリも同じだ。

 何故か? 簡単である。コロちゃんが警戒していないからだ。だからきっとアイン

ズ様のお知り合いなのだろうと考えたからだ。

 そして、二人が十分に近づいて来た頃にネムはユリに話しかけた。

「ユリさん、おはようございます!」

「おはようございます、ユリさん」

「おはようございます、ネム様、エンリ様」

「それと、初めまして! アインズ様のお友達の方ですか?」

 ネムたちは朝の挨拶を交わしてから、もう一人の男に、自己紹介をする。だが、その

人は暫く黙ったまま立ってネムのことを少しの間だけ眺め、エンリや周囲にいる人たち

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を少しだけ見回すと、足音を大きく鳴らし、額に手を持って行った。

 一瞬すると額から手を離し、今度は胸の近くに持っていき、大きな動作を伴いながら

頭を下げた。

「……お初にお目にかかります! 私、パンドラズ・アクター! ユリ・アルファと同じ

ようにアインズ様にお仕えする者でございます! ですが、そうですね……そこにい

る、コロちゃんと同じ感覚で構いませんよ。以後お見知り置きを! 本日は、ネム様を

途中まで、ご案内するために参りました!」

 先程以上の大きな身振り手振りを交えながら、彼は自己紹介を始めた。そして、ネム

ではなく固まっている、ンフィーレア達たちの下へ語り掛けていた。

「安心してください。あなた達が怯える必要は何一つございません!」

 彼らは顔を見合わせた後、軽く頭を下げた。

「ネムの姉のエンリ・エモットです。あの、本当に妹が招待して頂いて良いのでしょうか

?」

「ええ、構いませんとも! それに本来なら村長御夫妻とあなたは共に招く予定でした

! が、村の中心人物である、村長夫妻がいきなり招待するのはまずいとの、アインズ

様の御判断で延期されたのでございます!」

 ……ではなぜ、姉とは一緒に行けないのだろうか? ネムは疑問をそのまま口に出し

275 事案1

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ていた。

「えっと、それなら何でお姉ちゃんは一緒に行けないんですか?」

「簡単ですよ!」

 そう言って、目の前にいるカルネ村の救世主の使者は、何故ネムしか招待しなかった

かのかを大きな身振り付きで説明を始めたのだ。

「コロちゃん……でしたか? あれはアインズ様によって召喚されたモンスター。故

に、召喚者との繋がりを通じてアインズ様との連絡を取り合うことが可能でございます

!」

 まずンフィーレアの顔が青ざめていた。それに少し遅れてエンリの顔は真っ赤に変

化していた。

「そして、あなたたちがカルネ村に訪れた時、連絡が来たため魔法を使って監視……もと

い、見学しておりました……いや、お見事でした! アインズ様も感心されておりまし

たぞ!」

 ンフィーレアが姉と同じように真っ赤になり、口から絞り出すように声を出してい

た。

「……他の人にも見られてたなんて」

「まぁ、そういう事です。ネム嬢、ご質問の解答にはなりましたかな?」

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「はい、ありがとうございます! ンフィー君凄かったですもんね! だって……モガ

モガ」

「ネムっ!?」

 慌てて真っ赤な顔のエンリによって口から上を掌で抑えられて、それ以上言わせても

らえなかった……だが、二人への追及は終わらなかった。

 別の存在からの奇襲があったのだ。

 「ええ! 告白した相手の実の妹や大勢の人に聞かれながら、いきなりプロポーズする

とは、普通ではありません! 素晴らしいことです!」

 必死に口を押えていたエンリは昨日のことを思い出したのか、力が抜けてしまったの

か、簡単にネムは脱出することができた。

 「でも、そう考えると、ちょっと残念です。何だかお姉ちゃんをンフィー君に取られ

ちゃったみたいで……」

 少しだけ、寂しかった。今まで傍にいてたった一人の家族である姉がどこか遠くに

行ってしまいそうで。

「問題ありませんとも! 何れは、一緒にご招待させて頂きますので! ……では、ネム

277 事案1

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嬢。私に付いてきてください」

 ネムはパンドラズ・アクターに言われた通りその後を付いて行き、何らかの木枠を超

えた。

   そして、ネムは茫然としていた。本当なら村の救世主のお住まいに招待されたはず

だった。しかし実際に招待された場所は……本当に家なのか? 家と呼んで良いのだ

ろうか?

 そう、ネムが連れてこられた場所はまるでお姫様が出てくる夢の世界のようなのだ。

 ただひたすら美しかった。いや、ネムにとって神々しかった。多分お話に出てきた王

宮とはこんなところなのだろうと、ネムは子供ながらに感じていた。

 床全体に敷き詰められた絨毯。これだけでも本当なら、ネムが見る機会もなかっただ

ろう。

「では、ネム嬢。このまま先にお進みください。この先にアインズ様がおられます。私

は少し用事がありますのでこの辺で……」

 声を遠くに聞きながら、絨毯の上ををまるで夢遊病者のようにネムは歩く。歩いてい

て分かるのは触ったら肌触りがよさそうと言うことぐらいだ。

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 ……そして、七色に輝く薄い膜のような物を進み、先程以上の豪華な通路に出ていた。

さらに……。

「いらっしゃいませ」

 豪華な通路の左右にはネムとカルネ村で仲良くなっていたメイドのお姉さんにも劣

らない美貌を持つメイド達がいた。白亜な床には塵一つなくて、天井にはキラキラ輝く

……大きな街にはあると言う、シャンデリアと呼ばれる物がぶら下がっていた……。

 先程まであった、姉を義兄にとられてしまったような少し悲しい気分もいつの間にか

吹き飛んでいた。

 だがそれ以上に、ネムはここが夢の世界ではないか、いつの間にか幻想の世界に迷い

込んでしまったのかもしれないと思い始めていた。

 確かめる為に思わず手を頬に持っていって、強く抓っていた。

「……いちゃい」

 頬に痛みが走った。つまり、まるで幻想のような世界は夢幻ではない。ネムの目の前

に実在しているのだ。思わず、きょろきょろと付近を見回してしまう。

「……凄い」

 そして、通路の一番奥に骸骨の姿の救世主をネムを見つけた。やはり、この物語に出

てくるような王宮みたいな家は本当に村の救世主様のお住まいなのだ……。

279 事案1

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(ううん、違う。やっぱり、アインズ様は神様なんだ)

 あの時は否定されていた。だけど間違いがない。ここは神が住む宮殿なのだ。そし

てネムは、そんな場所に招待されているのだ。本当に自分が物語の一員になったような

気分だ。

 そんな気持ちを持ったネムは、村の救世主でありこの宮殿の家主の下に、自身の感情

の赴くままに大声を出しながら走り出していた。

「凄い! 凄い! 凄い!」

 無邪気な声が空間に広がる。ネムの声は空間中に木魂し続け、さらに大きな声が伝わ

り、ネムは何事もなく無事にお目当ての人物の下に辿り着く。

「アインズ様! アインズ様のお住い凄いです! 今日はこんなすごい所に連れてきて

くれて、ありがとうございます!」

 ★ ★ ★

 アインズは今日ネム・エモットを招いていた。シャルティアの事件があったばかりで

あるため少しばかり、躊躇いはあったが、最終的にパンドラズ・アクターに押し切られ

る形で、だ。

 だが、今では呼んで良かったと心から思っている。これだけ、仲間たちとともに創っ

た物を凄いと素直に思っているのだから。

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 それは一緒に出迎えさせているメイドたちも同じだろう。自分たちが住む場所を褒

められて嫌なはずがない。

「……そんなに凄いかね?」

「うん、凄い! アインズ様が作られたんですか!?」

「そうだ。私の大切な仲間たちと一緒にな」

「すごーい! アインズ様も! お仲間の方達も! こんなに凄いお家を作るなんて

!」

 少し虚を突かれて沈静化が発揮していた。それも負の感情ではなく、喜びの感情で。

そして次の瞬間、アインズはアンデッドとは思えない程に朗らかに笑った。

「あははは! そうか……。いや、そうだな。その通りだ……! 私の大切な、素晴らし

い友人たちだ!」

 合間合間に沈静化が発して少し不快な気分になるが、関係ない。アインズは骨の手を

ネムの頭に伸ばし優しく撫でる。嬉し気に優し気に楽し気に。

 そして上機嫌なままにネムにナザリックの凄さを、徹底的に見せてやろうと決めたの

だ。

「よし。このまま私達の家を見て回ろう……どれだけここが、私たちのナザリックが凄

いか見せようじゃないか!」

281 事案1

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「はい! お願いします!」

「そうだな、ではまずは……ああ。お前達は通常の業務に戻れ」

 アインズは少し意識の外にあったメイドたちに通常業務に戻るように命令を下し、興

奮気味にネムの方に振り返った。

「さぁ、では今度こそ行こうか!」

「うん!」

  まず初めにネムを連れて行ったのは雑貨屋だ。雑貨屋には多くの商品が陳列されて

いる。尤も、今まで商品を見に来る存在はいなかったため、お客と言う意味ではネムが

初めてかもしれないが。

 NPCや自分たちプレイヤーはノーカンだろう。

「さて、ここは雑貨屋だ。食器やちょっとした人形や模型、アクセサリーにカーテン、い

ろいろ置いてあるんだぞ?」

 ユグドラシルでは様々なアイテムが存在していた。武器や防具以外にも様々だ。し

かもプレイヤーたちはありとあらゆるアイテムを自分たちの手で作成することもでき

た。

 ある意味でこの雑貨屋もアインズ・ウール・ゴウンの冒険の一部と言っても過言では

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ない。

 ここもアインズにとって大事な場所の一つだ。

 そんなことをつらつらと考えながら、自分が知っている蘊蓄をネムに披露する。そし

て最後に一言添えて。

「それで、どうだね?」

「……凄いです!!」

 感動の余りか、呆けたようにしていた少女はアインズの声に反応して喜びをあらわに

していた。

 アインズが望んでいたように。

「ふふふ。そうだろう? 手に取って見ても良いんだぞ?」

「良いんですか!? ありがとうございます!」

 そして少女は慎重に手を伸ばし、あと一歩で手が届くというところで手を引っ込め

る。それを慎重に繰り返し、遂に手に取ったようだ。

 最初に手に取ったのはシルクやレースで作られたカーテンだった。 

「すべすべだー! それに、柔らかーい!」

 最終的にネムはシルクのカーテンに頬ずりまで行っていた。感触が気に入ったのだ

ろう。

283 事案1

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 少しだけカーテンの感触が気になったのは秘密だ。

「ネム、他は見なくて良いのかな?」

「見ます!」

 アインズの一言で、カーテンから手を放して次の商品を見に行く。何となく小動物の

ようでかわいい。

 次に手に取ったのは食器のようだ。無地の白色のコップにアクセントのように何か

の文字が刻まれているのだろうか?

「うわー……こんな綺麗な食器初めて見ました。アインズ様たちは、こんな凄い食器を

使って食べられるんですか!」

「むっ……見て分かる通り、私はアンデッドだから食事は不要……というより食事はで

きないんだ。だから正確なところは何とも言えないな……尤も部下たちはそれよりも

良いものを使ってるはずだが」

「……凄いな〜!」

「後で、見せてあげよう。それと、だ。ここにある物でほしい物があったら言いなさい。

都合が付けば上げようじゃないか」

「……本当ですか!? 」

 ユグドラシルのアイテムは大別して二つある。モンスターを刈った際にドロップす

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るデータクリスタルを外装に複数個積み込んで作成されたオリジナルのアイテム。仲

間たちがデータクリスタルを込めて創った物をプレゼントするのは絶対に駄目だ。

 ……ペロロンチーノなら進んでプレゼントしそうだと思ったのは内緒だ。

 もう一方がデータクリスタルを組み込むことが不可能な、アーティファクトと呼ばれ

るアイテムだ。アーティファクトならば、プレゼントしてもいいだろう。

 しかし、アーティファクトの中でも上位に位置するアイテム、スタッフ・オブ・アイ

ンズ・ウール・ゴウンに組み込まれている宝玉シリーズ等の上位のアーティファクトも

駄目だ。

小鬼ゴブリン

 プレゼントするならば、一番最初にネムに出会った時に渡した、

将軍の角笛程度

のアイテムだろう。その程度のアイテムならナザリックには腐るほどある。

「ああ。本当だ。私の『アインズ・ウール・ゴウン』の名にかけて約束しよう」

「アインズ様、ありがとうございます!」

 構わないと頷きながらアインズは促す。どれかを選ぶようにと。そしてネムはいろ

いろと商品を見比べだしていた。

 微笑ましく思いながら、アインズは別のことを考えていた。

(食器や衣類ぐらいなら……よし、ネムへのお土産のついでに、村長達にも似たようなも

のをプレゼントするか)

285 事案1

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 そんな別のことを考えていると、本当に笑顔で楽しそうに、店の中を見て回る少女が

いる。

(……機会があれば、アウラたちと引き合わせてみるか)

 ネムのように無邪気に遊びまわるアウラたち……そんな光景をアインズは見てみた

いと思った。

  その後、一通り雑貨屋を見終わったアインズたち洋服屋に来ていた。ネムはいろいろ

ありすぎで。どれが欲しいか中々決めれず、最終的にありふれたアーティファクトの一

つである、髪飾りを贈った。

 それで良かったかどうかはアインズには判断しかねるが、喜んでいたのでいいのだろ

う。

「見て分かる通り、ここは服を置いている場所だ」

「綺麗なお洋服がいっぱいある!」

 ネムも随分とナザリックに慣れてきたのだろう。雑貨屋の時には商品を見るとき

おっかなびっくりだったり躊躇いが見受けられていたが、今はそんな様子はない。

 それを証明するように、この広い衣服屋の中をアインズを置いて一人で先に先にへと

歩いていき、服を眺めたり感触を確かめるように触れている。

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(……思い返すと、俺はリアルでまともに服を選んだ経験もないんだな)

 働くために必要最低限なスーツなどの服は所持していた。だがそれは、義務だから購

入したとしか言えない。

 部屋着も多少は所持している。だがこちらも、生活に必要だからという、義務故だ。

 今のネムのように楽しみながら、服を見るような経験は一度としてない。働き始めて

からは。働き始める前は……。

(……と、危ない危ない)

 心の奥深くから出てきかけた記憶に蓋をする。今までできなかったのなら、今楽しめ

ばいい。悩みも全て棚上げにして。ただそれだけでいいのだ。

「ネム、何か欲しい物はあったか!?」

「……えっ!? 服も頂いていいんですか!」

「ああ。何が欲しい?」

 アインズの言葉に従ってか、ネムは先程よりも真剣に服を探し始める。やはり子ども

とは言え女性なのだろうか? 

 女性は服を見るのも購入するのも好きと聞いたことがあるが……。実際見たことは

ないから判断はつかないが。

 そして暫く眺めていて、いくつか決まったのだろう。ニコニコしながら元気に持って

287 事案1

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こようとして、いきなり我に返ったかのように固まった。

「どうしたんだ」

「……よく考えたら、服が私より大きいです」

「……ああ」

  確かにネムの目から見れば、自身の体形に合わない大きなものしかないだろう。だが

実際はここに置いてある品々のほとんどは魔法のアイテムのはずである。

 価値が低いとしても魔法のアイテムなら、着る人物の体形に合わせて変化はするはず

だ。

 この世界では珍しい事なのだろう。

 それに今更ながら、先程ネムにプレゼントした一般的な髪飾りとは違い、この場所の

服には仲間たちが練習で作った品物が無いとも言い切れない。

 ここはネムの誤解を解かずに、アインズが一肌脱ぐことにしよう。

 「よし、服は後で別の場所で選ぶとしよう! 今ネムが手に取っている物よりも、良いも

のだと保証するぞ?」

 そう、アインズが今までに買い込んでいた物を、流用すればいいのだ。かなりの代物

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もあるはずだ。

(それに、少しだけデータクリスタルを組み込んでみて、ユグドラシルとの時と同じよう

に作成できるか試してみるとしよう)

 我ながら、良いアイデアだと心の中で自画自賛する。

「……ありがとうございます! アインズ様!」

「構わないとも……そうだな。では、次の場所に向かうとしよう」

 アインズの思考の中に次にどこに向かうか、色々と瞬時に浮かんでは消える。

 そして最終的にはギルド武器が置かれていた場所、仲間たちと一緒に集合して作戦を

話し合った場所であり、最後にヘロヘロと話した場所だ。

「では、後ろから付いてきてくれ」

 暫くネムの後ろからの感嘆の声をバックミュージックに廊下を歩く。

ラウンドテーブル

 

を見た時、どんな反応をするのかと考えながら。

(……それと、最後はあそこを見せなきゃな)

「ここだ」

 扉を開く。

ラウンドテーブル

 

に到着した。

「ここは、在りし日は私や私の仲間たちを含めた、四十一人が集合する場所だった……」

289 事案1

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「ここにアインズ様たちが……」

「そう、この場所でだ。それに──」

 アインズはアイテムボックスに手を突っ込む。それを見ていたネムが目をパチクリ

としているのが見える。

 手が空間で消えたのだからその反応は正しいといえる。アインズとてリアルの世界

で同じ光景を見たら目を疑う。

 そして、アイテムボックスから引き抜かれた腕にはある武器があった。

 アインズ・ウール・ゴウンの象徴であり、ナザリックその物と言っても過言ではない、

重要アイテム。

『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』。ギルド武器だ。

 これを何故アインズが今も所持しているのか? ギルド長と言う役職上で考えれば

正しい。だが、本来なら八階層の領域守護者の下で厳重に守護される予定であったの

だ。

 しかし、それはアインズが冒険者になって外で活動することがメインになっていた場

合だ。

 アインズはカルネ村での一件以降は、シャルティアの件でしか外に出ていない。それ

以外は全てナザリック内でしか活動していないのだ。そしてこれから先も暫くはそう

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なるだろう。

 また同じく、NPCたちの多くもナザリックか、ナザリック近郊での活動が主になる。

情報収集に関してはパンドラズ・アクターとその配下のシモベたちに一任することにな

るだろう。一部のNPCは別だが。

 その例外たちも、厳重な警備の下、時機を見て帰還させることになるだろう。

 それらの点から、アインズが外に出るとき以外は、常にギルド武器を携帯することに

なっているのだ。

「この杖を、飾っていた場所でもある。思い出の詰まった、大切な杖だ」

「その杖はあの時、カルネ村に来た時に持っていた物ですよね?」

「そうだ。この杖は、我々の結晶の一つだ」

 しみじみと呟く。瞼を閉じれば(無いが)在りし日の思い出が今でも浮かぶ。

「……あっ、思い出しました! 確か、その杖から、コロちゃんや火の巨人さんを出した

んですよね?」

 少しだけ、ネムの声に悲しみが過ぎった気がした。家族を失ったときのことが頭に過

ぎったのだろう。

 ……招いた以上、アインズにはネムを楽しませる義務がある。特に家族を失った悲し

みは今だけは忘れさせてやりたい。

291 事案1

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「ああ。その通りだ……この杖にはな、様々な効果があるんだよ? 聞きたいかね?」

「……聞きたいです!」

 どうやら興味を持ってくれたようだ。良かった良かった。

神器級

ゴッ

「そうか! まずこのスタッフの蛇が咥えている宝石はそれぞれ

……ああ。ゴッ

ズと言うのは私が知る限り上から二番目に価値がある物と考えてくれればいい。そし

て、この宝石は全て揃えることにより強大な力を発揮させる。ここにあるのが、月の宝

神器級

ゴッ

玉と呼ばれる

アーティファクトだ。ネムに分かりやすいように言えば、コロちゃ

んたちを呼び出したのはこの宝玉の力の一つでもある。それと、こっちにあるのは火の

宝玉だ。火の巨人を呼び出したのはこちらの力だ。他の宝玉にもそれぞれ力があるん

だ。これはな──」

 アインズの自慢はまだ始まったばかりである!

 ★ ★ ★

 アルベドは第一階層のシャルティアの下に一人で来ていた。

 現在シャルティアは休むようにアルベドの愛する御方に言い渡されていた。

 ……正直、シャルティアに対して苛つく気持ちはある。NPC全体忠義に泥を塗った

のだから。とはいえ、泥を塗らないように行動していた場合、より悲惨な結末になった

可能性が高いため、NPCたちは誰も何も言わないが。

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 そして、アルベドは自主的にシャルティアを慰めるという名目で来ていた。

 今日は残念ながら仕事はない……というより、パンドラズ・アクター主導の仕込みの

ため、愛する方が命令を下さなければならない仕事は、全て中止となっていた。

 アルベド単独でできる仕事は……言っては悪いが、片手間で終わる程度だ。

 だがそれ以外にも出来ることはある。否、本来なら今すぐにでもパンドラズ・アク

ターと共にカルネ村に赴くつもりだった。

 パンドラズ・アクターの策を考慮して……今すぐにとは、行かなかったが。

(その代わり、いつでも仕事を押し付け……代理して貰って時間が取れるようになった

わけだから、十分元は取れるわ)

 カルネ村で彼女と親交を深める……ナザリックに招待したときは仕事を任意で押し

付けることができるようになった訳なのだから損はない。

 それに、アルベドは一度モデルがいない状態でどこまでできるか試したかったのだ。

どうすれば母親っぽく見られるのかを。

  その意味でシャルティアは練習台だ。吸血鬼と言う特性を考えれば、決して子供とは

言えない。だが、落ち込んでいる上に、少しばかり頭が抜けている……。はっきり言え

ばアホの子だ。

293 事案1

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 性別も同姓等と全く違うが、実験にはもってこいだ。特にシャルティアは同性愛者で

もある。女らしく……母親らしくすれば喰いつくのは間違いないと言える。

  本気で胸にしゃぶりつかれそうなのは少々怖いが。その点を考慮すると、アウラで練

習したかった。が、落ち込んでいない上にシャルティアに比べて非常に賢い。精神的に

も現状安定している以上、練習にはならない。

  アルベドが愛する方と結ばれれば、シャルティアもアルベドの義娘になるのだ。

 子どもを恐れてどうすると言うのだ。実の子どもができた時の予行演習と思えば良

い。

 そう思えば、もう、何も怖くない。

 (さぁ、今の私でどこまでできるか試させてもらうわ、シャルティア!)

294

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事案2

 円

ラウンドテーブル

 

と呼ばれる部屋で骸骨が少女に対して熱弁を振るっていた。

 お互い椅子に腰かけながら、熱弁を振るうのはこの王宮の主、熱弁を振るわれている

少女はネム・エモットだ。

 なお、王宮の主は最初からあった椅子に腰かけたが、ネムは魔法によって生み出され

た、元々部屋にあった椅子とは造詣が異なり、足が高く小さな子供でも大人と同じ目線

になるように設計された椅子にである。

 通常の場合で考えると、小さな子供は一か所に留まるのは苦手だ。特にこのように凄

い場所であるならば、駆け出したり、かくれんぼをしたり、冒険をしてみたくなるもの

だろう。

 だが、ネムはそんなことはなかった。何故か?

 まず椅子の座り心地が良いのもあるだろう。長時間座っていたが、全く疲れないの

だ。むしろこのままずっと座っていたいと思うほどに。

 だがそれ以上に聞いている話が面白いことが、お利口にしている最大の要因なのだろ

う。

295 事案2

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神器級

ゴッ

「──そしてこの武器の最大の特徴は、

を超越した先にある、ネムに分かるように

世界級

ワー

言えば、私が知る限り、一番価値ある物体であり世界にたった二百個しかない、

アイテムに匹敵している点だ。しかもこのスタッフに自動迎撃システムも組み込まれ

ている。もし何者かがこのスタッフを破壊……害そうとした場合、私が手を下さずと

も、このスタッフ自身にやられるわけだ。尤も、傷つけさせたりなんかしないがね」

 正直言って、ただの村娘であるネムには喋られている事の半分も理解できていない。

分かるのは、ネムたちが村人とは住む世界が違うこと。そしてそれを、楽しそうに教え

てくれていることだけだ。

 だが半分以上理解できていなくとも、聞くことが楽しいというのは間違いない。もっ

と、この神話を聞きたいと思うほどに……。

  

世界級

ワー

「それと本当ならだ、

は我々が揃ったとしても、作成するのは不可能な事なんだ。

もちろん、匹敵する物を作るのもな。だが、我々は作成して見せた。莫大な時間と、多

大なる困難を乗り越えて……凄いだろう?」

「うわー! そんなに凄い物だったんですね!」

「そうだとも! だが余りの労力から、我々の間でも、もう諦めようという意見もあるに

296

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は合った。しかし私たちは友情の力で、乗り越えて見せたんだよ」

 ネムは先程からキラキラという瞳でスタッフを見つめている。

 アインズが一頻り、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの作成秘話や能力を

自慢し続けてからかなりの時間が経過したようだ。

 ネムは先程からスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをキラキラという擬音が

付きそうな目で見ているので、十分ナザリックやギルドメンバーの凄さを理解してくれ

たようだ。

案内自

 ……そろそろ、次の場所の

に向かうべきだろう。

「よし、では次の場所に案内しようじゃないか」

「はい!」

 ネムは今まで座っていた椅子から勢いよく立ちあがるのを見てから、アインズは魔法

を解く。

 すると、今までそこにあったはずの椅子は影も形もなく消え去っていた。

 なぜアインズは最低でも椅子は四十一人分態々魔法で椅子を新しく作ったのか? 

とても簡単である。ギルドメンバー以外を座らせたくなかったからだ。

 だからと言って、招いた存在であるネムを長時間立たせたまま話すもの気が引けるの

で、ネムにあった高さの椅子を作り出したのだ。

297 事案2

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ラウンドテーブル

 

から外に出て、暫く廊下を歩いていると、恐らく食堂からなのだろう。食べ物

の良い匂いが漂ってきていた。メイドたちの食事の時間なのだろう。

(それにしても不思議だ。何でこの体は味覚だけないのか……)

 普通に考えれば、味覚がないのは当然だ。アインズはアンデッドで食事は不要なのだ

から。もっともアンデッドでも骸骨でなければ、シャルティアのように食事が可能な種

族もあるが……骸骨であるアインズには関係のない話である。残るのは疑問だけであ

る。

(……考えても無駄だな)

 とにかくにも今日はナザリックの事をこの少女に自慢し尽くそうと決めた。

「……おいしそうなにおい! アインズ様、これは何て言うお料理何ですか!」

「むっ……何ていう料理かな……いや、そうだな」

 アインズは食べれないからと言って、ネムも食べない必要はない。いや、人間であり

成長期である以上栄養は必須だ。

 ナザリックに招待したのに、お腹を空かせたまま家に帰すのは、ナザリックの恥だ

……そこまでいかなくても、食事にすら事欠くという印象を与えるかもしれない。

「……よし! ネムもお腹がすいただろう! 飛び入りで参加しようじゃないか?」

「いいんですか! わーい!」

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「勿論だとも」 

 それに、普段メイドたちがどのように過ごしているのかを少しだけでも見てみると決

めアインズが先導する形で、二人は廊下を歩きだした。

「いや、待てよ」

 今までの彼女たちの様子からすれば、自分が行けば萎縮する可能性が非常に高い。で

あれば、彼女たちの休憩時間を奪うことになるのではないだろうか?

 それに……急に止まったためか、首をかしげているネムを見る。

 ネムもいきなり、大勢と一緒に食べるのも辛いだろう。メイドたちの食事はビュッ

フェ形式だという。飛び入りでネムが対応するのも難しいと思う。パンドラズ・アク

ターが入れば別だが、アインズではフォローは難しい。

 食事時間も終わっているかもしれないし……。そう考えたアインズはメッセージの

魔法を発動させた。

『聞こえるか、ペストーニャ?』

「これは、アインズ様? 如何なさいましたか、わん」

『応接室に、メイドたちが普段食べている物を……一人前でいいから持って来てくれ』

『畏まりましたわん。ですが、それでしたら、より良い物をお持ち致しますが?』

 確かに、どうせなら良い物を食べてもらった方が良いのかもしれない。だが、折角な

299 事案2

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らアインズも普段メイドたちがどんなものを食べているか見てみたいとも思う。ここ

は……。

「ネム、よければ晩御飯もナザリックで食べて行くかね?」

「……良いんですか!?」

「もちろんだとも」

 これで、どうするかは中で決まった。

『とりあえずは、メイドたちが食べている分でいい。頼んだぞ』

 メイド長、ペストーニャに持ってくる場所と了解の返事を聞きながら、メッセージの

魔法を切る。

「ネム、折角だから、別の場所で食べよう。静かなところで、ゆっくり食べて貰おうと思

う。付いて来てくれ」

「……はい!」

  そして、アインズは手近にある応接室へ入って行き、ネムと談笑しながら、料理が来

るのを待っていた。

「──それでだな……っと」

 どうやら来たようだ。ドアの外からノックがした。入るように促すと、メイドたち三

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人がそれぞれ食事が乗ったお皿を持って入室してくる。

 そして、その後を続くように何らかの料理器具と材料を持った、男性使用人の一人が

いた……。この場で何かを作るのだろうか?

 アインズ自身興味を持っていた。

「お待たせいたしました。お料理の方お持ち致しました」

「うむ。ネムの前に持って行ってくれ」

「承りました」

 メイドたちが頷くと同時に、早速ネムの前に色取り取りのお皿を置く。同時にコップ

や取り皿。目の前には調理台だ。

「アインズ様、本当に頂いてもいいんですか?」

「もちろんだとも」

「……ありがとうございます!」

 その感謝はアインズに告げると同時に、料理を持ってきたメイドたちにも言ったつも

りのようだ。

 尤も、メイドたちは優しく愛想の良い顔を浮かべているが、少し壁を感じさせるもの

のように感じた。次のネムに一言で崩れたが。

「やっぱり、皆さんもアインズ様の姪っ子さんなんですか?」

301 事案2

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 ……メイドたちはフリーズしているようだ。似たようなセリフを言われた時の、ユ

リ・アルファのようだ。なら。アインズが答えるセリフも決まっている。

「そうだ。そこにいるメイドたちも、目の前にいる彼も、私にとって大切な宝であり、仲

間たちの子どもたちだと思っている」

 ……一拍が置かれた後、メイドたちが泣き出した。

「そ、そんな風に言って頂けるなんて、お、恐れ多いです」

「ふむ……嫌なら、撤回するが」

「「「嫌なんかじゃありません! ただ、そんな風に仰っていただいて恐れ多い」」」

「お、おう。……あー、お前たちは下がっていいぞ……しっかりと午後の業務に励んでく

れ」

 とりあえず、泣きまくっていて、とてもじゃないが冷静ではないメイドたちは退出さ

せることにして……。

「……驚かせてすまなかったな、ネム。冷めないうちに食べてくれ」

「……頂きます!」

 いきなりメイドたちが泣き出したため、呆気にとられていたネムも、復帰したようだ。

それに、やはりお腹がすいていたのだろう。

 少しはしたないかもしれないが、フォークを拙いながらも使用して食べ始めた。

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「──おいしいっ! おいしすぎます! アインズ様!」

 ネムの美味しいという言葉が部屋中に響き渡る。そして、そのまま一気に食べ始め

て、咽喉に食べ物を詰まらせたのだろう。

 アインズは慌てて、背中を撫でながら飲み物をネムに飲ませる。

「飲み物もおいしい! ……ありがとうございます、アインズ様!」

「構わんよ。咽喉に詰まらせないように、ゆっくり食べると良い。誰も取ったりしない

からな」

「はい、気を付けます」

 そして、ゆっくりと食事を再開するネム。ネムがゆっくり食べているため、先程から

静かな男性使用人に話しかけて、料理を作るのかと質問すると、しっかりと頷いた。

「そうか、では始めてくれ」

 アインズの言葉に従い、男性使用人はまずバターだろうか? を、フライパンに均等

に馴染ませて、大鍋のような物からお玉で卵を掬うと、見事な手さばきでフライパンに

卵を載せた。

 余りにも見事だったためか、ネムも一時食べるのを止めてアインズと同じように魅

入っているようだ。

 幾つかの具材が投入されて、ほんの数分で美味しそうな焦げ目一つもない、オムレツ

303 事案2

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が完成して、空いていたお皿に盛り、ケチャップをかけると、ネムの前に出していた。

「これも食べていいんですか?」

「もちろんだ。食べて、私にも感想を聞かせてくれ」

「はい! いただきます!」

 そして、スプーンでネムがオムレツを掬うと息を吹きかけながら、一口。

「……ふわふわでとろとろで、甘ーい! おいしい!」

 そのまま、口元を汚しながら一気にネムは食べ続ける。所々で、飲み物を飲みながら。

「アインズ様も一緒に食べれたら良いのに」

「……確かに、作っているところを見ていると、私自身食べてみたい気もするが、骸骨だ

からな」

「うーん……アインズ様なら、何か魔法で食べれるようになったりしないんですか?」

 ネムの言葉でよくよく魔法を思い出してみる……が、最適な魔法はなさそうだ。ある

いは、超位魔法を使えば可能なのだろうが……。

 なお、アインズは気づいていないが男性使用人がアインズに熱い視線を向けていたの

は確かである。ネムの言葉で何れは自身が今のように調理をする機会が回ってくるか

もしれないと考えて、感謝しながら。

 ──実際のところ魔法を探したり、虱潰しにアイテムを探していけば、リスクがほと

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んどなく、食事をすることが可能な魔法やマジックアイテムはあるはずだ。だが、アイ

ンズは食べたいと思えないのだ。食べてはいけないと思っているのだ。そう、鈴木悟の

頃からアインズの心を縛る強迫観念によって──

「そうだな、あるかもしれないが……さぁ、冷える前に早く食べるといい。私はネムが美

味しく食べている姿を見るだけで満足だ」

「……はーい!」

 飲み物が無くなった時には、男性使用人がいつの間にかに継ぎ足している。

 手持ち無沙汰なのは内緒だ。

 密かにアインズは男性使用人を見る。見る限り、ネムに対して敵意はないようだ。こ

の調子なら、他の村人たちを招いたとしても、特に問題は起きないだろう。

 パンドラズ・アクターがどのように戦略を練っているかは分からないが、これなら問

題はなさそうだ。

(そういえば、アルベドはシャルティアの下に行っているんだったか……早く話し合わ

ないとな)

「──ごちそうさまでした!」

 思考に耽っていたが、どうやらネムは食事を終えたようだ。皿の上には何一つなく、

それがネムが美味しく食べたことの証だ。

305 事案2

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「もういいのか? ……オムレツはまだ作れるようだぞ? そうだろう?」

「イー!」

 奇声を上げながらもしっかりと頷く。

「なら、あと少しだけ食べたいです」

「そうか……私も興味があるから作るところを、もう一度良く見てみよう」

「はい!」

   ★ ★ ★

 暫く時間が経過し、ネムの食事が完全に終了した後、アインズは次に見せる場所に向

かっていた。

 ネムはそれはもう満足してくれたようだ。食事はもちろん、飲み物もかなりの頻度で

飲み続け、一人でピッチャ一つ程度は飲み干してしまったのだから。

「ここからは階段を降りるから、しっかり私に付いて来るように」

「はーい!」

 そしてアインズとネムは二人が手を大きく広げても空間にゆとりがある大きな階段

を独占して降りる。

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最古図書館

アッシュールバニパル

 次にアインズが案内している場所は、

だ。ここもまた豪勢な造りであり見

せたい場所の一つだ。

 次に見せる場所の前座とかは思ってはいない。

「凄ーい!」

「ネム。喜んでくれるのは嬉しいが、ここでは静かにするのがマナーなんだ」

 たしかに凄い場所で声を上げたくなる気持ちも分かる。しかし、ここは図書館静かに

する場所なのだ。 ……尤もNPCやシモベたちからすれば、アインズの一声で黒でも

白と言うだろうが。

「……はい。ごめんなさい」

「分かればよろしい。そういえば、物語は好きかな?」

 ネムに注意を終えて、子どもが読みやすい本が置かれている場所……児童書コーナー

に向かいつつ質問してみる。

「はい、好きです。ゴブリンさん達の名前もジュゲム・ジューゲムっていう物語から付け

てるんですよ」

 ジュゲム……アインズは詳しく知らないが、確かにリアルで有った言葉のはずだ。も

しかしたら、リアルの世界の残滓……プレイヤーやそれに近しい存在がここから分かる

かもしれない。 

307 事案2

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「ネム、その物語の作者は知っているかな?」

 とにかくにも、今は情報が欠けている。少しでも多く、情報を得る必要がある。直接

的に情報をを得れないとしても手掛かりにはなる、そんな思いでアインズはネムに質問

する。

「ごめんなさい。知らないです。お姉ちゃんや、ンフィー君なら知ってるかもしれない

です」

 ……当然と言えば、当然かもしれない。これは後でカルネ村に行っているパンドラ

ズ・アクターに知らせるべき事柄だろう。

「そうか、ありがとう。ところで、この本を読んでみるかね?」

「……ごめんなさい。私、文字が読めないんです。物語は村のみんなから教えてもらっ

たんです」

 アインズは近場にあった、子ども向けの絵本の一冊を手に取ってみたが、ネムから

帰ってきた返答は文字が読めないという、心なしか落ち込んだ返答であった。

(……そうか、識学率は低いんだな。当然と言えば、当然か)

 今まで得られた情報を総合すれば、魔法やユグドラシル産のアイテム、後は武技を除

けばリアルの中世程度と考えるのが妥当だろう。一部の生活レベルは魔法などで向上

しているが……。

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 それでも、小さな村の識学率を上げるほどの効果はなかったようだ。

 であれば、ネムにとってここはつまらない場所だろう。だが、何となくこのまま落ち

込んだままで終わらせるのは嫌だった。

 ……しばらく変な沈黙が続いて、アインズは唐突に思いついた。

 ここでネムを使ってある実験を行おうと。 

「……よし、ネム。このメガネをかけてごらん?」

 アインズはアイテムボックスから、あるアイテムを引き抜いた。本来ならこのアイテ

ムはセバスに預けていたため、アインズは所有していなかっただろうが、パンドラズ・ア

クターを運用している利点で、情報収集に必要なアイテムを宝物殿から取り出すことに

より補充が容易となっていた。

 このアイテムもその一つだ。

「え? 私、目は悪くないですよ?」

「いいから、いいから。騙されたと思ってかけてごらん?」

 驚いているネムを騙すように……言い含めてメガネをかけさせると、効果はすぐに表

れた。

「……えっ!? 私、文字が読めてる?」

「ああ。そのメガネには魔法がかけられているのだよ」

309 事案2

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 そう、ネムに手渡したメガネには文字解読の魔法がかけられているのだ。そして、先

程手に取った本を手渡し、

 本を開くとネムは驚きの声を上げた。

「凄い! 絵も描いてある!」

 先程アインズが手に取ったのは著作権が切れている児童向けの絵本だったが、どうや

らお気に召してくれたようだ。

 ついでにネムに好きな本を読むように言い、アインズは思索に耽る。

(……ネムは文字を読めるようになった。なら、その視界にはどんな風に映っているの

だろうか?)

 元々ネムは文字が読めないと言っていた。では、何故読めているのか。アインズやN

PCたちは元々分かる言語に翻訳されている。

 だが、元々読める文字がないのであれば……効果が違うのだろうか?

 この世界特有の言語と同じように直接、翻訳した結果を映しているのだろうか……。

それでも視覚で理解するなら、文字は必要だと思うのだが……。脳にでも直接理解させ

ているのだろうか?

 設定厨のタブラ・スマラグディナなら、何らかの答えを見いだせたかもしれないが、ア

インズでは無理だ。そういう物として理解するしかない。

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(やはり未知が多すぎる。要検証だな……パンドラズ・アクターにメッセージで物語の

件も含めて、伝えておくか)

  そして、パンドラズ・アクターとの簡易的なやり取りを終える頃には三十分程度、経

過したのだろう。

 ネムも丁度二冊目を読み終わって、手近にあった本を取り出して、二冊目の本を読み

だそうとしているところだった。切りもいい。

「ネム、そろそろ次の場所に向かおう。本は……そうだな、あと何冊か選んでくれ。次の

場所を見せた後にゆっくり読むと言い」

「……はい、分かりました!」

 食い入るように本を読んでいたネムが、今度は書棚を食い入るように見て……数冊の

本を選び、その本を手に持って近づいてきた。

「よし、では行くとしよう」

「はい!」

 ネムが選んだ本はアインズが受取、アイテムボックスにしまう事で荷物にならないよ

うにする。

 また、邪魔にならないように一旦メガネもアインズが仕舞っておく。

311 事案2

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  司書たちを尻目に豪勢な扉から出て、また暫く歩く。

 だが、途中少しネムが歩くスピードが落ちていた。

 振り返って後ろを見てみると、何故かはわからないが、ネムがモジモジと言う擬音が

付きそうに足を動かしていた。もしくはそわそわだろうか?

「どうした、ネム?」

「な、なんでもないです! 早く、次の場所が見たいです!」

「むっ、そうか? では行くとしよう」

 そしてアインズは特に気にも留めずまた歩き出した。今度はネムも歩くスピードが

落ちていない。今までと同じように、首を頻繁に動かしながら、興味深そうにナザリッ

クを眺めている。もしかしたら疲れたかと思ったが気のせいなのだろうと、アインズは

理解したのだ。

 ──尤も、アインズが早くあの場所を見せたいという気持ちになっていなければ、多

少何か変だと気づいたかもしれないが。まぁ、今まで実際に女性と関わってこなかった

以上、表情や仕草で気づけというのも無理な話である──

 今、アインズたちが向かっている場所はナザリックで一番荘厳に美しく創られた場所

だ。

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 いや、ナザリックは全てが美しく荘厳であることに偽りはない。全て仲間たちと共に

造った思い出の場所なのだ。

 だがそれでも、アインズがナザリックで一番大切な場所はどこかと聞かれれば……。

 最終的に選択肢は三つに絞られる。

ラウンドテーブル

 一つ目が

だろう。ギルドメンバー全員が集まっての作戦会議はあの場所で

やっていたし、通常の場合ログインした後一番最初に出る場所なのだから。そう考えれ

ば、仲間たちと一緒に一番長い時間を過ごした場所ともいえる。しかし、それでも残り

二つと比べると劣って見えてしまうのはしかたないのだろう。

 二つ目がリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使用しなければ訪れることすら

できない場所、宝物殿だ。アインズ・ウール・ゴウンの栄光の証だ。そして……。

 宝物殿最奥部霊廟だ。ここはアインズの友人たちの形が眠る場所だ。

 だが、ここは案内する場所には適さない。何より気に入っているとはいえ、部外者に

リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを一時的とはいえ貸すつもりはない。

 それに、あの場所は栄光と共に悲しみも抱えた場所でもある。アインズとて頻繁に見

たいわけではない。

 ならば残るは一つ。

ソロモンの小さな鍵

 アインズたちは今、

にいる。ここまでくれば、目的地はすぐそこ

313 事案2

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だ。

  ネムは目一杯楽しんでいた。凄いところを案内してもらい、美味しい物を食べさせて

もらえた。夜にはもっとおいしい物を食べさせてもらえるらしい。読めないはずの本

も読ませてもらえる。

 本を読むので一旦集中力が切れて、トイレに行きたいのを自覚したのは内緒だ。

 そして今もまた、新しい場所に案内されていた。その場所は半球状の大広間だ。きょ

ろきょろと見回しながら付いて行く。

 天井には白色光のクリスタル。壁の方に目を向ければ、たくさんの穴に今にも動き出

しそうな彫像。

 何よりも目を引いたのは、一番奥の大きな扉だ。そして辿り着く。

「──ここだ」

 アインズ様がその大きな扉に触れると、まるで魔法でも使ったかのように、自動で

ゆっくりと開いていく。

 ネムはここに来るまでに凄いものをたくさん見てきた。だからこそ、これ以上驚くこ

とも無いと無意識のうちに思っていた。

 だがそれは間違いだった。

314

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 その空間を見た時、ネムは呆然としてしまい驚きの声さえ上げられなかった。持ち主

であるはずの御方が感嘆のため息を漏らしていることを可笑しいとすら思わなかった。

 今までネムが目にしてきたものも本当なら一生目にすることもかなわなかっただろ

う。

 だが、この場所は本当に別格だ。

 そしてそれ以上に、ここほどに美しい場所もないと思ってしまう。

 目の前の人物が力強く歩き出すのを捉えたため、ただ何も考えずに付いて行く。

 今までもネムはたくさんの絨毯の上を歩いてきたが、正直それも別格だ。ふわふわし

すぎていて、ふとした拍子に転んでしまいそうだ。

 そんな失礼なまねはできないのと、少しでも長く全体を目に焼き付けたいため必死に

こらえているが。

「ここが、ナザリックの玉座の間だ。我々が全身全霊で作り上げた最大の結晶だ」

 丁度広間の中央辺りに来たぐらいで、言葉を受けて少しだけ我に返る。だが、まだ口

を開けるほどに冷静ではない。

 ただ凄いと感情を表に出して叫びたいという気持ちもある。だが、それは良いのだろ

うか? この場にて大きな声を出しても本当にいいのだろうか。

「ネム、君の素直な感想を聞きたいな?」

315 事案2

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 まるでネムの気持ちを見透かしたような言葉が耳に届く。

 そして意味を理解して遠慮なくネムは先程までトイレに行きたいと思っていたこと

も忘れて、お腹に力を受け大声で叫んでいた。

「凄い、凄い、凄い! すごーい! 綺麗です! 美しいです! 大きいです! えっと

! それから、それから! アインズ様たちは凄すぎです!」

 

第一階層守護者

シャ

ティ

 ★ ★ ★ 

の憂鬱

「はぁ……」

 第一階層守護者であり、守護者最強のシャルティアの部屋は、室内の照明は若干落と

されている。そしてそれに比例するようにシャルティアの気分も沈んでいた。

 いや、それは嘘だ。本来であるならば、シャルティアの部屋は甘ったるい匂いが濃密

に充満しており、空気にも色がついていると形容してもいいぐらいだ。

 実際今もそこに変化はない。

 では何故、シャルティアの気分は沈んでいるのか?

 唯一残られた至高の御方に刃を向けてしまったから?

 確かにそれも原因の一つではあるのだろう。シャルティアがしてしまった事は許さ

れざることである。だが、その件は一応の決着を見ている。

316

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世界級

ワー

 シャルティアと戦った存在が複数の

を持っていた点……シャルティアが慢心

抜きで戦ってていた場合の危険性……シャルティアは消滅させられていた可能性が高

い事が分かっているため、シャルティアの行動はbestではなかったが、bette

rではあった点。

世界級

ワー

 さらに至高の御方すら

の可能性を除外してしまっていた点。

 これらの点からシャルティアの罪は不問に処された。

 

世界級

ワー

 つまりシャルティアは至高の御方に刃を向けたのに事実上罪を許された上に、

を発見するのに貢献したとまで言われてしまっているのだ。自身の感情で罰を願うこ

ともできない。

 多少、冒険者や情報収集に有用な人材を逃がしてナザリックの存在を露見させようと

した点は小言を言われたが、階層守護者に随伴していた裏方のシモベたちが処理をして

いるため、それ以上の罰則はない。

 今は第一階層の自室にて休息を取るようにとお達しである。これが謹慎しろと言う

罰則であれば、どれだけよかっただろうかと、そう思ったこともある。

  だが、今シャルティアが沈んでいるのはその件ではない。

317 事案2

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 別件なのだ。あるいは、これこそが唯一残られたお方『アインズ・ウール・ゴウン』に

敵対してしまった罰なのだろうか?

「あら、どうしたのシャルティア。溜息何てついちゃって? 慰めてあげましょうか?

 さぁ、いらっしゃい?」

 今、変なことを言っているのは守護者統括アルベドだ。今日はアルベドの仕事は無く

なったため、遊びに来たとのことだ。

 このアルベドは本物なのだろうか?

 確かに、気配からはアルベドだとは分かる。だとすれば……。

(頭のネジが逝かれんしたか)

 明らかに普段と違い、この調子なのだ。本来ならシャルティアとアルベドは一触即発

……そこまで行かなくとも、どっちが正妃になるかで揉めてケンカしている。

 本当はアルベドが来たときはもしかしたら、新たに罰則が下されたのかと少しばかり

期待していた。期待外れだったが。

 今のアルベドは普段と違い、優しい……と言うよりも気色がわるい。

「うふふ。恥ずかしいのかしら? 良い子良い子」

「来るなでありんす」

 頭を撫でようとしてきたので横からひっぱたいたのは当然である。

318

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事案3

  その時、事件は起きた。

「……あぅ」

 大声を叫んでしまったせいだろう。我慢していた物の、一部が少しだけ漏れて下着を

汚したのが感覚で分かる。恥ずかしいし、濡れた感触が気持ち悪い。

 だが、何とか下着だけですみ、ネムが着ているワンピースはなんとか無事だった。姉

が用意してくれた一番良い服とすごく綺麗な広間が汚れなくて安堵していた。

 それも時間の問題だ。もうこれ以上我慢するのは難しい。宮殿の主に事情を話して

早急にトイレに連れて行ってもらわなければ、もっと恥ずかしく、凄い場所を汚してし

まうことになる。

 恥ずかしさを我慢してネムは発した。

「あ、あの」

「ああ、そうだろうとも! ここはこの杖と同じように、我々の結晶の一つなのだよ! 

この広さを見てくれれば分かるように、一度に数百人が入ることも可能だ……うん? 

何か言ったかな」

319 事案3

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「……何でもないです」

 これだけ喜んでいるのに水を差すことはネムにはできない。だから、何とか少しでも

気をまぎれさせようと、全体を見渡すと、周囲に天井から地面まで続く旗が四十枚見つ

けた。

 その旗には異なる絵が描かれていたのがネムの目に留まり意識を逸らすためにも質

問した。

 「アインズ様、旗の絵は何ですか?」

「ああ、あの紋様か? あれは仲間たちそれぞれを表した紋様だ……あれが、たっち・

みー。その隣が死獣天朱雀。餡ころもっちもち、ヘロヘロ、ペロロンチーノ……」

 失敗したと悟った。

 ★ ★ ★

 アインズは楽しくついつい話し込んでしまったが、ある程度今話したい事は終わった

ため、別の場所に向かっていた。

 そしてさすがにアインズも、ネムの体調が悪そうなのに気づいた。歩くスピードも落

ちて、息遣いも荒くなっているのが分かる。

「ネム、大丈夫か?」

320

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「……だい、じょうぶ、です」

 とても大丈夫そうじゃない。

「あー、なら、どこかで休憩するか? それとも、どこか行きたいところはあるかな?」

「……トイレに行きたいです」」

「……すまない、よく聞こえなかった。もう一度頼む」

「トイレに行きたいです!」

 ネムが顔を赤くしながら叫んだ。

 ここまできてようやく何故ネムが具合が悪そうにしていたのに悟った。アインズが

ずっと我慢させていたことに。

「わわわわかった。すぐに案内しよう!」

 アインズはネムの歩幅に合わせながら急いで、トイレに向かった。ここから一番近い

場所はスパの中にあるトイレだ。

 途中もう動けないかのように止まってしまったネムを。脇から腕を通して急いで連

れて行く。途中メイドたちに任せようとか考えていたが、通りかからない以上仕方がな

い。

 女性用トイレには入れないため、男性用トイレに急ぐ。男女共通のトイレがないのが

悲しい。

321 事案3

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 個室に入ると、人が来たのを感知したのか、自動的に便座のふたが上がる。

 後はネムが下着を脱いで便座に座らせるだけだ。だが、アインズへの試練はそれだけ

ではなかった。ネムに限界が訪れた。

「あっ、もう、だめ──」 

 ……結論から言えば、ネムは本当にあと一歩のところでトイレに間に合わず、自身の

服や床、アインズの手や服。その他諸々に汚すことになったのだ。

 アインズは呆然と立ちすくみ、少女の泣き声がトイレの一室に響き渡ったのだ。

  そして、アインズが沈静化が止まり再起動するほど時間が経過した後、とても奇妙な

光景が生まれた。

 トイレの一室で少女が泣き、骸骨が土下座するという奇妙な光景が。

 その後、泣きながら謝り続けるネムに、アインズは謝った。土下座した。誠意を込め

て。根気よく謝り続けて、どうにか、泣き止ませることに成功したアインズは、ネムと

一緒にトイレを掃除して、証拠隠滅を図った。

 二人とも汚れたことと、スパリゾートが目の前にあったため、一緒に入ることになっ

たのだ。

 逮捕待ったなしである。

322

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 ★ ★ ★

 ネムは前を歩く存在にタオルを持ってただ着いて行く。お互いに裸で。

「……では入るとしようか、ネム?」

「……はい」

 少しだけ元気がなかったが、入った先の世界を見ることで一気に拭き取んだ。

「わぁ!」

 少し部屋に見とれて足が止まってしまう。

 二人で服を脱いで風呂場に向かう。

「凄い凄い!」

 入った瞬間に空間の広さやお湯による湯気により驚いてしまう。

「そうだろう? ここは仲間達と一緒に作った物の中でも、特にお気に入りなんだ。

……まずはジャングル風呂に行こうか? 走らずに付いてきなさい」

「うん! 分かりました!」

 この場所のモチーフになった場所を教えてもらいながら、洗い場に付く。

「ネムは初めてだから、知らないかもしれないが、湯船につかる前には体を洗わなければ

ならない。特に大風呂の場合はたくさんの人が入るから、体を綺麗にしなければならな

いからだ。それでは体を洗うとしよう。そこから液状石鹸という物が出てくるから、体

323 事案3

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とタオルをしっかりお湯で濡らすんだぞ? ……それと私は洗うのに周囲が汚れるか

ら少し離れるといい」

 言われた通りネムは少し離れた場所にイスと桶を置いて、お湯を溜める。真似をする

ようにお湯を被る。

「……あったかい」

 そうなのだ。村の暮らしではお湯を作る事すら大変な作業なのだ……。

 彼女自身は実際に水を桶に入れて運んだことはない。

 水汲みは女の仕事であるが、彼女はまだ甕に水を入れて持ち運べるほど力がないの

だ。

 それでも姉が毎日やっていることと、真似をしようとしてお湯を作るのが大変だとよ

く理解している。

(アインズ様はやっぱり凄い人なんだ……)

 今までも神々しい物ばかり見てきたが、ある意味でこれが一番凄いと思うことで、現

実感があるかもしれない。

 そして、ボトルと呼ばれる物から、シャンプーと呼ばれるものを手に取って、暫く手

に塗り合わせる。不思議な感覚がする物体ではあるが、嫌な感じではなかった。

(どうしたんだろう?) 

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 何となく視線を感じる。しかし視線をあまり気にせずに、シャンプーを指先にまで塗

り付けてから、頭に手を持っていく。後は普段家で水で頭を洗うのと一緒だ。

 だが今までと違い気持ち良かった。

 いや、普段でも汚れを落とすのは気持ちが良かった。だが、シャンプーを使ったほど

ではなかった。

 まるで今まで水で洗うだけでは落ちていなかった汚れが、落ちて行っている感じだ。

 そして気づけば、頭には白く泡立ったものがたくさんついていたのを面白く感じた。

 頭を洗い終わると、次にタオルに石鹸を付けて、手と同じように塗り合わせる。する

と、頭の時と同じようにタオルが泡立ち始めた。

「おもしろーい!! これって何なんだろう?」

 今の言葉は質問をしたわけではない。ただ、口から洩れていたのだ。その勢いのまま

タオルで体をこすり始める。

 村でも布で汚れを落とすことはあるが、ここまで柔らかくはなかった。

 何より凄いのは柔らかいだけではなく、しっかりと汚れが落ちているという実感があ

る。

 気づけば全身が泡だらけになっていた。気持ちいいのは確かだが一部分、股の部分が

少しだけ沁みるようで痛かった。

325 事案3

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 いつの間にか視線は気にならなくなっていた。

  お互いに体を洗い終わった後ただの人間では、否、王族だったとしても生涯に渡って

見ることができないほどの大きな浴槽に二人で入った。

 体が芯からぬくもり、体の隅々にまで溜まっていた疲れが抜け落ちて行くような感覚

を味わったのだ。

 ★ ★ ★

「ふわー。気持ち良かったです!」

 あれから暫く立ち、二人はリラクゼーションルームにいた。残念ながら数種類の風呂

には回らなかったが、次の機会の楽しみに取っておくことになった。

 ネムの服装は、浴衣である。

「私としても、お客様をもてなせたようで良かったよ……」

 それに、気が晴れたようで良かった。本当に良かった。忘れているだけかもしれない

が、気にしていないようで。

「さて、十分涼んだようだし、私の部屋でゆっくりするとしよう」

「はーい!」

 そして、アインズは服を一応きたが、ネムは下着無しで直に浴衣と言う、とても防御

326

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力の薄く、肌色が多くペロロンチーノが喜びそうな格好でアインズの私室に向かう。

 その際に、メイドたちNPCに出会わずに済んだのは幸いだと思う。

 幼女を裸にひん剥いたうえで、浴衣だけを着させて出歩かせるという、出るところに

出れば確実に問題になる行為が、知られなかったのだから。

「わぁー! ここがアインズ様のお部屋何ですか?」

「そうだ」

 今までの案内してきた場所と違い、ここはアインズの自室だ。

 ナザリックや仲間たちのことを間接的とはいえ褒められるのは嬉しいが、自室を褒め

られているのは、何となく気恥ずかしい気持ちにアインズをさせた。

 それを振り払うように、説明をする。

「ここが客用寝室……お客様を泊めるための部屋だ」

 その部屋には一通りの家具が置かれていた。机や椅子、それにソファはもちろん、手

紙などを書くのに使用すると思わしき文具一式。ドレスコート。

 そして、何よりも目を引くのは天蓋付きの豪華なベッドだ。

 このベッドの寝心地はアインズでも最高と思う。

 そう言いつつ思う。晩御飯もネムが食べて行くのであれば……折角なら。それに彼

女をこのまま帰すわけにはいかない。

327 事案3

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「ネムさえよければ、今日はここに泊っていくかね? もう一度言うが、ネムさえよけれ

ばだが」

「……私、こんなお姫様が眠るような凄いベッドで眠っていいんですか?」

「ああ」

「……やったー!」

 もちろんよければではない。何があっても説得するつもりでいた。

「折角だし、今寝心地を確かめてみるかね?」

「はい!」

 ネムはベッドに近づいて、大きくジャンプして座ろうとする。が、スプリングが良

かったせいか、上手く着地できずに、ベッドの上でバウンドして、眠る体勢で着地する

ことになった。

 アインズとは違い、軽いからこそバウンドすることになったのだろう。

 一瞬、大丈夫かと心配になりアインズは近寄るが、ネムの目はキラキラしていた。

「ふかふかだー! アインズ様、本当に今日このベッドで眠っていいんですか?」

「……ああ。もちろんだとも」

「わーい!」

 これだけ喜ばれるとこそばゆいが、悪い気はしない。機嫌がいいアインズはネム……

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というより子どもがしたいと思うことに許可を出す。

「それと、ベッドで跳ねまわりたいなら、怪我をしないように跳ね回るといい」

 そしてネムはベッドをトランポリンのように飛び跳ね遊びまわる。

 横目に見ながら、ネムが読みたいと言っていた本を取り出して、もう一度声をかける。

「暫くここで楽しんでいてくれ。本もここに置いておくからな」

「はーい!」

 ほっこりした気持ちになりながら、アインズはアイテムの外装等の物置になっている

部屋に来ていた。その間にパンドラズ・アクターを通してネムが宿泊することを連絡さ

せておいた。

 服をプレゼントすることにしたので……というより、今は浴衣で代用させているが、

例の件

で服が汚れてしまった以上、あれに着替えさせて帰させるのはまずい。非常にま

ずい。ネムがかわいそうなことになる。アインズは社会的に死ぬ。

 であるならば、服をプレゼントするのが最適だと思う。洗濯して急いで乾かすという

のもあるが……。

(誰が洗濯するんだ)

 メイドたちに任せて洗濯させる? ……それはネムがかわいそうな気がする。

 若しくはアインズ自身が洗う?

329 事案3

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 想像してみよう。アインズが洗う場合は、NPCやシモベたちにばれない様にしなけ

ればならないため、洗濯機などは使用できない。なら、手洗いするしかない。

 少女の服や下着を風呂場などで洗うアンデッド……。いかがわしいにも程がある。

■ ■ ■ ■

 ネムの

がナザリックの者たちや、カルネ村の人たちにばれてしまった

ら、アインズがネムを連れ回してしまったせいで……ということもバレかねない。

 いくら忠誠を誓ってくれているアルベドを筆頭にしたNPCや……パンドラズ・アク

ターであれ、この件がばれたら見捨てられる気がするのは被害妄想なのだろうか?

 ……多分、ダイジョブだろうが、リスクは避けるに限る。それに何より、仮にギルド

メンバーが帰還した場合、NPCたち経由でこのことがばれてしまったら……。

(うん、間違いなく社会的に死亡して、ギルド長弾劾裁判が開かれるな)

 ギルド長の役職を奪われた上に、たっち・みーにドナドナされて一般人には関係がな

い場所に連れて行かれると思う。

 いやギルド長じゃなくなるのは別に良い。仲間たちが帰ってきてくれるのであれば、

すぐにでもギルド長の座を降りよう。降りた方が良いといわれればすぐに降りれる。

別に地位に未練はないのだ。

 大事なのは友情なのだ。

 だが今回の件の場合、他の仲間たちには友人が犯罪者になったという複雑な視線で見

330

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られ、女性陣には引かれるのだろう。ぶくぶく茶釜なら、アウラを庇うように立つのだ

ろうか? 学校の先生をしていたやまいこは、ゴミを見るような視線で、アインズを見

てくるはずだ。そんな光景が目に浮かぶ。

 友情がその時終わるのは、容易に想像がつく。

 それでもペロロンチーノは、ペロロンチーノだけは熱い友情を送ってくれそうな気も

するが……。

「いや、違うな……俺と、俺と変われ─!! そんなこと言いながら、殴りかかって来るか

な? ……ありそうで困る」

 分かっていることは一つ、今回の件がばれたら、アインズの人生、アンデッド生は終

わりを迎える……! これから先、もしかしたら仲間たちに再会できることをを楽しみ

にしながら、それと同時に今回の件が彼らに知られるのではないかという恐怖を持ち続

けることになる。

 というより、無いと思うが今この瞬間に帰ってこられたらと思うと、恐怖が湧きあが

る。沈静化が発動する程に。

 口止めが終わっていない今帰ってきたら、先程の想像通りになる可能性が高い。

  確かにカルネ村でギルド長という役割を剥奪されても良いという覚悟はあった。だ

331 事案3

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が、今回の件では別だ。今回の件で剥奪されたら泣く。泣けないが。

 ショック死する。できないと思うが。

 何より事実が事実だけにアインズが100%悪い。反論もできない。

 少女にナザリックを紹介するのが楽しすぎて、気遣わせたのを気付かずに我慢させた

うえで、トイレに行かせずに間に合わせず瞬間を目の前で見た……。

 そのせいで、お互いに汚れたため一緒にお風呂に入って裸を見た。

 こんな事情を説明したうえで、それでも俺は悪くないと仲間たちに主張してみよう。

(どう考えても、ペロロンチーノより悪化したロリコンとしか見られないだろうな……)

  だから、今回の事件はお互いの未来のために、決してアインズにやましい気持ちは無

いが、闇に葬るのが最善なのだ。そう、ネムのためにも。

 そして、アインズはネムの裸を見てほんの少しも好奇心を抱いてなんていないのだ。

絶対だ。

 視線が釘付けになったとかはないのだ。体のつくりが異なっていないか何て一つも

興味を持っていないのだ。

 アインズは誰に対してか分からない、いい訳を続けながら、急いでネムの服になる外

装を選ぶ。

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「……うん、やっぱ無理だわ」 

 アインズに女の子の服を選ぶなんて無理だったのだ。なので、ネムを連れてきてどの

外装が良いか選んでもらうとしよう。

 その後で、いくつかのデータクリスタルを込めればプレゼントとしても問題ないだろ

う。そう考えながらネムの下に向かう。

「ネム」

「はい! 何ですか、アインズ様!」

「ちょっとこっちに来てくれ」

 飛び跳ねるのを止めて読書をしていたネムが、読書をすることを止めたのを見て、目

的地に向かう。

 目的地であるバスルームに到着してネムに振り返る。

「えっと、ここは何ですか?」

「ここは、先程入った風呂の一人用だな。それで、だ」

 アイテムボックスからある袋入りのアイテムを取り出す。その袋は、アインズにとっ

て何の価値もない袋に過ぎない。

 だが、アインズにとってもネムにとっても忘れられないものだ。その袋からネムの事

件の証拠を取り出すころには忘れようとしていたネムが真っ赤になっているのが分か

333 事案3

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る。

使用済み

 アインズとて複雑な気持ちだ。どうして

の服等をアインズは手に取ってい

るのだろう。

 ……無言のままバスタブにおいて、シャワーを取り水をかけ始める。

 十分水浸しになった。これで分からないだろう。

「ああ。ネムすまない、水が思いっきりかかってしまったな。弁償しよう」

「……え、あの、その服とかは」

「いや、本当にすまない。お風呂に案内した時に間違って、蛇口を開いてビショビショに

してしまうなんて」

 ネムは最初は恥ずかしそうな顔をしながらも、何を言っているか分からない様な表情

をしていた。

 しかし次第に事態を飲み込めたようだ。理解の表情が浮かぶ。

「違いますよ〜。私が、間違って蛇口をひねって、水がかかっちゃったんですよ」

「うん? そうだったかな? まぁそれはどっちでもいいな? 大切なのは間違って、

水がかかってしまった事なんだから。そうだろう?」

「はい!」

 そう言う事にしようと、お互いに理解しあった。

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「そういえば、ネムは洗濯とかはできるかな?」

「お手伝いでしたことはあるけど、自分一人でしたことはないです」

「そうか、なら誤って水浸しにしてしまったこの服は明日持って帰った時にエンリに

洗って貰うということにしようか?」

 納得の表情で頷いている。

 これで、上手くいった。お互いに今回の件は無かったことにするということを心で通

じ合うことができた。

(上手くいって、本当に良かった)

 アインズの気持ちにあるのは一心に安堵だ。これでたっち・みーが帰ってきたとき

に、性犯罪者として逮捕されずに済む。

 ……思考が完全に犯罪者な気がするのは必死に目を逸らした。

「では、失敗は水に流して無かったことにするとして、ちょっとネムが着る服を選びに行

こう」

「はい……!」

 そしてアインズたちは風呂場を後にして、アインズの持っている外装の中からじっく

りと時間をかけて選んだあと、晩御飯を食べることにしたのだ。

 晩御飯は昼よりも豪華である。

335 事案3

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 リアルでは食べることが無かった肉。それもドラゴンの肉がメインのコースだ。

 ネムの食べ方はお世辞にも行儀がいいとは言えない。ただ美味しそうに食べてくれ

ていることが、喜んでいることを表している。

(それでも、少しでも丁寧に食べようとしてくれているんだろうが……まぁ、仕方ない

な)

 アインズとて食事の作法を知っている訳ではないのだ。

 それに少しだけ、味見してみたい気もしないでもないが、ない物ねだりだろう。

 食事を終えた後は自由時間としている。

 どうやらネムは、この部屋の中を探検しているようだ。

(確かにこの部屋広いもんな〜。……普段使いに適している部屋が欲しいな)

 正直言ってこの部屋は広すぎて落ち着かない。

 極短時間であるならば気分が良いだろうが。長いこといると、落ち着かない。やはり

人間は身の丈に合った生活をするのが一番だ。

(といっても、俺もう人間じゃないし、慣れてくしかないんだろうな)

 そんなことを考えていながら視線を人影の方に向けると、果物を食べているネムが目

に入った。

 かなりの量を食べたはずだが、やはり果物は別腹なのだろう。

336

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「オレンジ、おいしいよ〜」

 いや、果物だけではない。飲み物もどうやら飲んでいるようだ。成長を考えればいい

事だろう。

(アウラたちがどんな風に成長するかも考えなきゃな……)

 暫く幸せそうにしているネムを眺めていると、大きな欠伸が一つ。

 時計を見れば子供は寝る時間だった。

「……そろそろ、休むといい」

「はーい」

 眠たげに目をこすりながら、ネムは浴衣を脱ぎ始めた。そう、着ている服を脱ぎ始め

た。

 思わず叫んでいた。

「待て待て待て!? 何で服を脱ぐんだ?」

「えっ? カルネ村では普通ですよ?」

 アインズとの価値観の違いが浮き彫りになった瞬間だった。

 ……その後アインズは全力でネムを止めた後、適当に寝間着を用意してそれに着替え

させることに成功した。

「じゃあ、トイレに行ってから眠ると……うん?」

337 事案3

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 気付けばアインズにしがみついてネムは眠ってしまった。そのまま起こさないため

に一緒に横になることになった。

   可愛い寝息が部屋に響いていた。

 ベッドでは遊び疲れて眠りについたネム。

 そしてしがみつかれていて、最初は緊張していた。

 言っては悪いがアインズにとって女の子と寝るのは初めてのことだ。

 いくら子供とはいえ、緊張して何度か沈静化が起きていた。

 魔法使いには難度が高すぎるの。

 ──というより、アインズは気づいていないだけで、ロリコンの毛はあるのだろう。

でなければ、シャルティアの裸に釘付けになりそうになんてなるはずがないのだから。

類は友を呼ぶ。やはりモモンガはペロロンチーノの親友なのだ── 

 だが最初とは打って変ってアインズは、ドクンドクンというネムの心音を感じてい

た。体温を感じていた。

 生命の息吹を聞いていた。

(……暖かいな)

338

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 そのままネムの体温や心臓の音を聞いているとアインズの何かが溶け出す感じがし

た。

 しかし、一定以上の心の動きを感知したためか、アインズの心情を無視して、沈静化

が発動する。

(……邪魔、だな)

 転移してからこの方、沈静化には何度も助けられてきた。今日はとくに沈静化が多く

起きて助けられた。そしてこれからも助けられるのだろう。だが、今は邪魔だった。

アインズ

 沈静化が発動しなければ、何か大事なこと……

がどこかに置いてきた、大事

な物が分かるような気がするのだ。

 明け方まで、アインズはアンデッド故に悶々と眠れずに過ごすことになった。

 いつしか、ネムが選んだ外装にデータクリスタルを組み込もうと思っていたことも忘

れていった。

 ★ ★ ★

  可笑しい。どこで間違えたのだろう?

 シャルティアが信じられないほど威嚇してくる。何がいけなかったのだろうか?

「……叩くなんてひどいじゃない」

339 事案3

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「それはこっちのセリフでありんす! さっきから何の真似でありんしょうか!? 気持

ち悪い!」

「っな! 気持ち悪いですって!?」

 お互いに武器を構えて臨戦態勢に入る。尤もさすがに武器を振り回したりはしない。

なので、アルベドは一回深呼吸をして武器を下した。

 よくよく考えれば、おバカなシャルティアにアルベドの素晴らしい演技が理解できる

わけがないのだ。

(……それに、ちょっと加減が分からなくて、過剰すぎたかもしれないし)

 アルベドはモモンガに愛されるようになんだってするつもりだ。だが、過剰にアルベ

ドの考える母親という物をちりばめて接するのもまずい。

 本人を見たことも、似ている人とも長い間を接したことはないのだ。別な方向に行く

わけにもいかないのだ。

(……雰囲気をほんの少し醸す程度で行きましょう)

 ある程度アルベドの中でどうするか咀嚼を終えると、アルベドは椅子に座りなおし

た。その様子を見てようやく、シャルティアも座ったようだ。

「それで、何だったんでありんすか? 遂に壊れたでありんしょうか? ……っぷ。ア

ルベドがこの調子なら、私が正妻に選ばれるのは間違いないでありんすね!」

340

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 アルベドは気持ち悪いといわれた恨みを忘れていなかった。

 そして、今の一言でアルベドの怒りは流せる範囲を超えた。

(泣かせよう)

 早速、アルベドは今まで得た情報で、シャルティアに喋っても問題がない物をピック

アップする。

 「……あなたがそう思うのなら、そうなんでしょうね。シャルティアの中だけでは、ね」

「おや、降参でありんすか? 私は優しいでありんすから、第二妃に推薦しんしょうかぇ

?」

     ぷち。

   

341 事案3

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「───ところで知ってるシャルティア? モモンガ様は母性にあふれる存在がお好き

らしいわよ?」

 わざとらしく、シャルティアには無い本物を指さす。これなら、真実に近いが決して

真実が知られることも無い。

 凍った顔にさらに追撃を繰り出す。

「お互いに与えられたもので、正々堂々競い合いましょうね?」

 ぷるんぷるん。わざとらしく胸を揺らしてやる。

「…………嘘でありんす。だって、モモンガ様はペロロンチーノ様の御親友!? だった

ら、きっと──!」

 ぷるんぷるん。

 どうやら、シャルティアはアルベドの体の一部に釘付けで世迷いごとを言っているよ

うだ。

 青ざめた顔にさらに追撃を繰り出す。とことん絶望させてやろう。

「ふふふ。この話はね。アインズ様が御自ら創造されたNPCである、パンドラズ・アク

ターから聞いたのよ? あなたは、自分が知っているペロロンチーノ様より、私の方が

ペロロンチーノ様を知っているとでも言うつもり?」

 ぷるんぷるん。

342

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 自分より愛する方を知ってる存在がいるのは、かなり癪だが。何れはアルベドの方が

より深く知ることになる。

 何よりこう言っておけば、シャルティアはより深く絶望するはずだ。

 他のNPCが自分の創造主の内面をより知っているなんて、認めることは出来ないだ

ろう。

(……それにしても、かなり絶望的な表情じゃない。あと一歩ね)

 このまま終わらすのは気に入らない。いや、それだけでは気が晴れない。あと一歩で

泣かせられそうなのだから、今言おうとしている反論を論破して決着をつけるとしよ

う。

 ついでに、正妻戦争からも降りてもらおう。ライバルは潰すに限る。

(あなたが悪いのよ、シャルティア? 私が優しくしてあげたのに、気持ち悪いなんて言

うんだから)

 ここで潰せなくとも、多少は戸惑いが生まれるはずだ。そうなれば、より深く彼女と

仲良くなってアドバンテージを握ることもできる。やって損はないのだ。

「ま、まだでありんす。アルベドは知らんと思うけれど、ペロロンチーノ様は『男はみん

育て調教し

な小さい女の子を、自分好みに

たい』……光源氏計画という物があると仰られてい

たでありんす! だったら、モモンガ様も──」

343 事案3

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「──あなたがそう思うのなら、そうなんでしょうね? あなたの中では、でも良いのか

しら? 今あなたの言った通りだと、アンデッドで成長できないあなたも、対象外にな

るのだけれど? ……ナザリックの中でその条件に適うのはアウラだけかしらねー。

ああ。私、モモンガ様に選ばれないショックで泣いちゃいそう」

 マザコンな愛する方がロリコンなわけがない。何の心配もすることも無く、アルベド

は棒読みしながらウソ泣きをしてみることにした。

 ……暫くすると、目に大粒の涙をためたシャルティアが呟いた。

「……何でも無いでありんす……」

「ええ。そうでしょうね。えっと、何だったかしら。ああ。そうだったわ!」

 わざとらしく咳ばらいをして、先程のセリフをもう一度呟く。

お互い与えられたもので

正々堂々競い合いましょうね?

しょ

どっちが勝っても

……あなたがモモンガ様に

「──

 

恨みっこ無しね?

受け入れられるかは謎だけれどね?

 ようやくアルベドの優しさを理解したのか、シャルティアは嬉し涙を流し始めてい

た。

 めでたしめでたし。

344

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事案4

  抱きしめていたネムが起き出してアインズは手を放し食事の準備をさせる。途中パ

ンドラズ・アクターが合流する。

 昨日と同じようにネム朝食をご馳走した後は、お別れの時間だ。今は昨日と同じよう

美味しそうに食べているのを見ながらアインズは思案する。

(……とりあえず、アウラとだけでも先に引き合わせてみよう)

 パンドラズ・アクターの作戦の詳細はまだ知らないが、ナザリックの者たちが余り人

間を見下していると、作戦を実行するのが難しいらしい。

 それに折角なら、アインズも一部の人間たちとは仲良くしたいので、一石二鳥だ。招

待するつもりでもあるし。

(でもなー。正直、人間たちと仲良くさせるなんて無理じゃないか?)

 今までのNPCたちの対応を見ている限り、人間と仲良くするのは難しいのではない

だろうか?

 セバスを筆頭にした、一部のNPCは可能かもしれないが……所詮は一部。

 

345 事案4

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(……うーん。難しいところだな。命令すれば、今回のように抑えてくれるだろうけど、

根本的な解決にはならないし……強制的に意識改革はしたくないし……でも、な)

 アウラに限っては強制ではなく、ナザリックの者たちが人間と仲良くする事か可能か

どうかをモモンガが判断するための指針とするための、ちょっとしたテストの感じなの

で問題はとくにないはずだ。無理そうであれば、すぐに取りやめればいいだけなのだか

ら。問題はもう一つ。

(……俺はこの世界に、鈴木悟としてではなく、モモンガとしてやってきた)

 モモンガの場合、鈴木悟がいたリアルの世界を経由することなく、ユグドラシルの世

界からこの新天地にやってきた。

 そして、アインズの願いは友人たちが戻ってきてただのモモンガに戻ること。可能性

は低いかもしれないが願うだけなら損はない。それは良い。

 しかし、友人たちがこの世界に来てくれるとして、どうやって……どんな姿でこの世

界に来ることになるのだろうか?

 ユグドラシル時代のアバター姿……つまりモモンガのような姿で来てくれるのだろ

うか?

 それともリアルの人間の姿……鈴木悟と同じただの無力な人間の状態でこの世界に

神隠しに合う可能性もあるのだろうか?

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 ……もしも後者の考えが現実になった場合……この世界のパワーバランスを考慮す

ると即座に保護しなければ取り返しのつかない事態、簡単に殺されてしまう危険性があ

る。現地の生物はナザリックを基準で考えれば弱い。だが、リアル世界の人間の基準で

考えれば修羅の国だ。何もしなければ、すぐに死んでしまう可能性が高い。

 しかし残念なことにその危険性は、現在のナザリックで保護しても同じことが起きる

かもしれない。

 今のNPCたちの意識のまま……人間をゴミ屑と認識して見下している状態で、友人

たちと再会することができたとしても危険だとアインズは思っている。

 人間の敵であるべしと望まれて創造されたNPCたちもいる。邪悪であれと創造さ

れたものたち。食料としか見ていない者たちもいる。友人たちがそうあれと創造した

こと、それが悪かったわけではない。むしろこのような状況を想定して設定を考えろと

は酷だろう。それに先ほども言ったように、人間への悪感情はアインズが命令すれば強

制的に抑えることも可能なのだ。

 しかし、創造主が人間としてナザリックに戻って来る……。どんな反応が起きるかが

予測できない。それこそ、アインズの命令を無視し、現実逃避の果てに自らの創造主を

手にかけようとする存在が出てくる可能性もゼロとアインズには断言できない。

 できるほど、NPCたちと時間をまだ共有していないからだ。

347 事案4

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(……本当に、分からないことだらけだ)

 一つだけ分かっているのは、選択肢はできる限り多いほうが良いということだ。その

ためどのような行動をすることになるにせよ、人間と仲良くすることが可能な余地は残

せるように行動すべきだろう。問題はどうNPCたちを強制ではなく窘めるべきかだ

が……。

 この世界でナザリックをどう世界中に知らしめ、どのような立ち位置に付くにせよ、

高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応していくのが最善……そう認識させるしか

ない。

 ──余談ではあるが、アインズの危惧している事の大半は解決している。ナザリック

において人間に対して穏健のNPCたちは、至高の御方々に無礼を働かない、命令がな

い限り元々問題ない。そして過激である物たち、筆頭であるデミウルゴスについては、

ばれたら危険なことはするだろう。だが、ある事実を知っているため、絶対にばれない

ように行動するので、一部の人間たちとは仲良くすることも可能といえる。

 仮にギルドメンバーが人間の状態で神隠しにあったとせよ、ある事実のおかげで衝撃

は和らぐだろう。なので特に問題はないのだ。

 そしてもう一人の危険物、アルベドに関しては人間を殺そうとするなどの過激な言動

は控える。ある事実を知っているがゆえに。まぁ、アルベドの場合その事実を知ってい

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るのがごく少数なことを利用して、ある人物に失礼な真似をさせて、誰が妃になるかの

ライバル

シャルティア

筆頭に止めをさそうとするかもしれないが、その程度のはずだ。その程度で終

わるといいな。

 よって人間と仲良くするために必要な最小限度の土台はすでにできているのだ。モ

モンガが気づいていないだけで。後はいかにその土台を大きくしていくかだ。

 もっとも、その事実に気付いた時、アインズの前には、新たな問題が生まれているだ

ろう。ナザリック全体を危うくする、最悪の争いが始っていることに。

 アインズがナザリックに引きこもる政策をとったことにより、NPCたちは一部を除

いて、別のことに時間が割けるようになったのだから。

 特にアルベドの本来の業務は減少し、パンドラズ・アクターがその部分を請け負った

形で。

別のこと

 そのせいで、アルベドは政務よりも

に時間を割けるのだ。

 何より悲惨なのはカルネ村の一部の住人が大きく巻きまれることになるのだ。

 そう、誰がアインズの一番に選ばれるかという

 正妻戦争に──

 「ではネム。また近いうちに会おう。その時はさっき話したアウラと友達になってやっ

349 事案4

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てくれ」

「はい、分かりました! 本当に楽しかったです! ありがとうございました、アウラ

ちゃんと会うのも楽しみにしてますね!」

「ああ私も楽しみにしている。そういえば、ネムはどこが一番楽しかったかな?」

 どこが一番凄かったかなという愚門は聞かない。それは分かり切っていることだ。

ネムが見た中で一番美しかったのは玉座の間、それ以外にあるわけがない。尤も、宝物

殿も見ていれば、返答は変わったかもしれないが、見ていない以上、言ってもしょうが

ない事である。

「うーん。みた所全てて楽しくて凄かったですけど……玉座の間は楽しかったよりも

……うーん。何て言うんだろう……。やっぱり、お風呂が一番楽しかったです! お湯

がたくさんあって気持ち良くって! またアインズ様と一緒に入りたいです!」

「なるほど……いや引き留めて悪かった。これで今回はさようならだ。これはお土産

だ。村の人たちの分もあるから仲良く分けるんだぞ。またネムが良ければ一緒に風呂

に入ろうな? パンドラズ・アクター見送ってやれ」

「はい! ありがとうございました!」

「畏まりましたアインズ様!! ではネム嬢行きましょう!

「はい! パンドラズ・アクターさんもありがとうございました!」

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  アインズはネムを帰す前に、ネムだけではなくエンリや、村長夫人たちにもお土産を

持たせて帰らせることにした。友好を拡大するために。

 何がいいか、パンドラズ・アクターと相談しながらゆっくり考えて選んだのは食器と

飲み物系のピッチャーだ。これがあれば随分水の準備が楽になるだろうと見越してだ。

  アインズが所持している無限の水差しをまずは手に取り、同系統のアイテムである

ジュースを選択した。そして同じように所有している食器をいくつか見つくろう。

  彼女達だけ凄い物を貰えて、自分達は何ももらえない。他の村人たちからすればいい

モモンガ

気持ちはしないだろう。その結果彼女たちが不快な思いをするのは

の本意で

はない。 

 ちょっとした職権乱用ではあるが、アインズはお土産を料理人たちに用意させてい

た。少しではあるが宴会を開くことも可能だろう。幸か不幸か、村人の人数が減少した

こともあるので、この程度の準備で足りるだろう。

(服とかはどうするか……。やっぱり俺が選ぶのは無理だな。今度、彼女たちを招いた

時に選んでもらうとしようネムの分は適当にデータクリスタルを埋め込んだから大丈

351 事案4

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夫だろう)

 今から楽しみではある。そうしてネムは大きく手を振りながらナザリックを去って

いった。また会う約束をして。

 そして暫く時間がたちアインズがパンドラズ・アクターが持って来ていた書籍を読み

ふけっている時、ドアがノックされた。

「誰だ?」

「アルベドでございます」

「入れ」

 許可に従い扉が開かれ守護者統括、アルベドが入室してくる。アルベドが目の前にい

るのは話す覚悟ができたこともある。アルベドがあいさつしようとするのを途中で止

めさせ、本題を切り出す。

「……シャルティアはどうだった?」

「はい、アインズ様の御恩情に感謝を示しておりました。アインズ様が心配することは

一つもないかと」

「……そうか」

 アルベドが言うのであればそうなのだろう。なので、別の話をすることのしよう。話

すことはきまっている。

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(……いい加減、カルネ村での一件を話しておくとするか……下手に時間を置きすぎる

のも時間の問題だろうしな)

 時機を見て話すと言ってから暫くたつが、その間アルベドは一切そのことに触れな

かった。感謝を込めて、話すべきだろう。

 ある程度ぼかすが。さすがにパンドラズ・アクターに話した内容そのまま話すことは

出来ないのだから。

「さて、アルベドよ。以前お前に待ってほしいと言ったこと関して話そうと思う」

「……私のためにお辛い過去と向き合って頂き感謝申し上げます」 

 首を横に振る。アルベドに非は無いというために。今まで忘却の彼方にしていた自

分が悪いのだから。

「さて、前置きを抜きにして単刀直入に言おう。私が生者であったころ……私が幼い時

に亡くした母に似た人を見付けてしまった。瓜二つとまではいかない。だが、私に過去

の記憶を強く思い出させる程度には似ている人だ……」

  一度言葉を切る。アルベドの顔を見ると少しだけ驚きの表情に変化している。生者

であったということに驚いたのかもしれない。それとも母がいたことにだろうか。若

しくは間接的に自分は人間種であったことがあると言っていることにだろうか。

353 事案4

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 「そのことがなければ途中であの村を見捨てていたと思う。お前たちを、仲間たちの子

どもたちを危険に晒したくないからな。結果としては問題なかった。だが私の一存で

お前たちを危険に晒して本当に申し訳ないと思う」

 「そんな、頭をお挙げください!? アインズ様!」

  言い終わると同時に深く頭を下げる。これは謝罪だ。自分は上位者で支配者である

のに危険に晒そうとした、そしてこれからも危険に晒してしまうことに対しての。頭を

下げながら言葉を続ける。

 「アルベド、恐らくだが私は彼女を見捨てる真似はできない。別人だとは分かってる。

だが割り切れないのだ。沈静化があっても無理だった。故にだ、これから先もこのナザ

リックを危険に晒してしまうかもしれない。私は自分の事を、ナザリックの支配者失格

だと思ってる。だからお前が私を弾劾するのであれば、潔くこの座をお前に譲ろう。い

や、押し付けるのか……こんな支配者でお前たちは満足できるのか? 私はそれが不安

なんだ」

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 頭は上げない。パンドラズ・アクターからは大丈夫だと言われているがそれでも自分

自身本当に許されるのか疑問であるし、直視できないのだ。自分の罪に。ナザリックを

危険に晒してしまった事に。これから先危険に晒してしまうことに。

「これはモモンガになる前の私の残滓に過ぎない衝動だ。だがこの衝動は捨てれない。

この衝動を捨てるということは、友人たちとの出会いを、お前たちも間接的に蔑むこと

になってしまうからだ」

 言いたい事は言い切った。後はアルベドの言葉を待つのみである。気分は断頭台に

頭を載せているようだ。

「……アインズ様、いえモモンガ様のお母様ですか。私にとってその御方も守り抜く必

要がありますね。私の愛するアインズ様をお生みくださった方なのですから……」

  また一つ罪を思い出す。アルベドの一言に罪悪感を感じる。愛すると書き換えてし

まった事がここにも響くのかと。痛いほどの静粛が戻る。アルベドが何を考えている

のかが分からないのが沈静化が起きないほどの恐怖を生み出す。

 「まず失礼を承知しながら申し上げます。我々を御方々の子どもとみて頂けることは感

謝いたします。ですが、その事でモモンガ様のご負担になっているのなら私は娘でなく

355 事案4

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て構いません。そして弾劾する? なぜ弾劾しなければならないのですか!?」

  最初は淡々としていた。しかしいつしか悲鳴になりながらアルベドは叫んだ。生の

感情で。その感情の強さに思わず驚いてしまった。

 「我々は慈悲深い支配者であるモモンガ様に感謝しております! どうぞこのまま支配

者であり続けてください! そして我々にどうかカルネ村を守るようにとご命令くだ

さい!誰もがその命令に従うでしょう! 私は絶対従います!」

 モモンガはアルベドの真正面から見ることができずに下がらせてしまった。嬉しい

と感じながらどこか釈然としないものを感じながら。

 ☆ ☆ ☆

 「……どこかで見たことがある気がしたが」

 アルベドと会話している間、ほんの少しではあるがアインズは違和感を感じていた。

なんと表現すればいいか分からないが。誰かに似ている気がした。尤も、誰かは判別で

きなかったが。

(……タブラさんかな?)

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 それに思い至り、納得した。親は子に似るものだと。

 アルベドと別れた後、アインズは現在心理学に関する書籍を読みふけっていた。アイ

ンズは一応子どもを預かった立場と言えるため、少々親の立場を学びたかったのだ。今

の自分では不安だからである。童貞であるし。

「子育てにはコミュニケーションが非常に大切である、か」

 アインズがパンドラズ・アクターに頼んで図書館から借りてきた書籍は多岐に亘る。

経済学関連の書籍や経営学関連、心理学に関係する者である。現在読んでいる書籍は心

理学に関連した子育てに関する本だ。

「……コミュニケーションが足りなければ、精神面の成長に悪影響が出る可能性が高い、

か」

 その記述を見ながら鈴木悟の精神は自身の内面のことを考える。

 ……恐らく自分は、精神面に悪影響が出て大人になってしまったのだろう、と。だか

らこそ、ユグドラシル以外に興味が持てずに、友達ができなかった理由と言える。

 食べ物を金持ちの道楽と考え、切り捨てていたのは明らかに、精神面の悪影響がもろ

に出た結果なのだろう。

 ユグドラシルを始めたことは、後悔無いと断言できるし、食事を浮かせたおかげでそ

の分課金は出来たのでまぁいいかと流せる程度だが。

357 事案4

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 それに一つの結論として、あの地獄で……リアルでまともに成長できた人間は特権階

級を除けば、ほぼ存在しないと思える。さらに言えば、モモンガは小学校を卒業できた

だけ、十分に恵まれていたのだ。全ては亡き母のおかげである。寂しく辛かったが。い

や違う風化していたのだ。母の死から目を逸らし続けていたのだと思う。だがら今の

自分があるのだ。

 さらに本を読みながら、ナザリックの主であるアインズ、モモンガとしてではなく、人

間である鈴木悟として考えてしまう。

 もしも、母が生きていたら自分はどんな生活を送っていたのかと。

 あの日、母が倒れていなければ、母が作ってくれていた好物だったものを嬉しそうに

食べていたのだろう。普通に学校に行き、卒業して家計の手助けをしていたのであろ

う。

 それに恐らくではあるが、今の自分にとっての全てである、ユグドラシルをプレイし

ておらず、母と二人で幸せに暮らしていた可能性の方が高いのだろう。もしかしたらリ

アルで彼女ができて童貞を卒業していたかもしれない。仮にユグドラシルを初めてい

ても、課金はほとんどしていなかっただろうし、今のアンデッドのロールプレイをして

いたとも断言できない。

 つまり、大切な仲間たちとも出会えなかった可能性もある。

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(……ああ。そういえば、ウルベルトさんも同じかもしれないな)

 友人の一人であるウルベルトも自身の同じように家族を失っている。彼にはリアル

世界への体制に対する恨みが骨身にまであったように感じる。ありていに言えば自分

の可能性の一つだ。

 仮に彼の両親が生きていた場合、彼もまた別の人生を歩みユグドラシルで出会えな

かった可能性もある。お互いに家族を亡くしたことで出会うことができた。それを思

うと複雑である。喜べばいいのか嘆けばいいのか分からないほどに。

 話が脱線した。……仮に母が生きていても今と同じようなロールプレイで同じくら

い課金をしていたとしよう。

 その場合、このゲームの世界が現実になるという、現在進行形で味わっている異常事

態に巻き込まれていた場合、自分はきっとNPCやナザリックの全てを犠牲にしてでも

リアルへの帰還を──

「──有り得ないIFを考える必要はないな」

 思考が変な方向に向かっていた。もしも鎮静化が発動しなければ、絶対に考えてはな

らない事をアインズは考えていただろう。

「今の私はナザリックの主である、アインズ・ウール・ゴウンだ……一歩引いたとしても、

過去の残滓

モモンガでしかないはずだ。

に引きずられすぎる訳にはいかない」

359 事案4

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 だが完全に切り捨てることもできない。鈴木悟の全てを切り捨てることは同時に、友

人たちとの出会い、NPCである子どもたちまでも蔑むことにもなってしまうのだ。

 しかし同時に思う。アンデッドになった影響は確実に出ていると。人が死んでいる

のを見ても、恐怖を全く感じなかった。

 セバスがあの場にいなければ、在りし日を思い出して行動することも無かっただろ

う。だが、それは人間を救いたかったわけではなかった。 

 もしかしたら、何れ完全にアンデッドの精神に飲み込まれ、友人たちが知れば怒るよ

うなこともしでかしかねないのかもしれない。

 それに鈴木悟も狂ってはいたのだろう。心理学の本を読んでから切に思う。

「さて、ではまずはどう行動しようか?」

 危険な思考を振り払うように独り言を呟き、思考をまとめる。現在護衛の者達は外に

追い出しているため、主人が狂ったと思われる事もないだろう。

 まずはネムと約束したとおりアウラと引き合わせ……ナザリックの者達が外部の者

達と友好を構築する事ができるか確認すべきだ。その過程でNPCたちとコミュニ

ケーションをとろう。後はネムとコミュニケーションを取って不思議な感覚のことを

理解しなければならないと切に思う。それが分かれば何かの答えが出る気がするのだ。

「予定通り、アウラと会うとしよう。マーレはアウラの後だな。シャルティアは……ぺ

360

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子ども

ロロンチーノさんの子どもで幼く見えるが、

と言っていいのか? 分からんな

……後に回そう」

 それにシャルティアは、ナザリック一の変態であるペロロンチーノのフェチズムがこ

れでもかと詰め込まれた存在だ。子どもの遊び場に放り込むのは多少躊躇いを覚えた。

だからアウラだけで正解なはずだ早速メッセージを飛ばす。

『アウラ、聞こえているか?』

 少しだけ間を置いた後アウラに元気よく明るい声が返事として帰ってくる。

『……はい! 聞こえております、アインズ様! どうなされましたか?』

 『すまんが、少し聞きたい事と話したい事がある。今アウラがしている仕事を一旦中止

して、執務室に来てくれないか?』

 『畏まりました! すぐに参ります!』

  その言葉を最後にメッセージの交信が切れる。後はアウラが来るのを本を詠みなが

ら待つだけだ。それにしても不思議に思う。なぜナザリックに教育関連の書籍が置い

ていたのだろうか?

361 事案4

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 「……多分、やまいこさんが知らない間に置いていたんだろうな。なら経済学とかは教

授かな?」

  外にいるメイドたちにメッセージでアウラが来ることを伝え、在りし日を思い浮かべ

ながら、アインズは目を瞑った。未来のことを考えながら。

   ★ ★ ★

  アインズからメッセージの魔法が届いた時、アウラは部下に命令を出していた時だっ

た。その者達に、主からの命令でこの場を一旦ナザリックに戻ると告げて、足早にナザ

リックに戻った。アインズに命令された以上少しでも早く、アインズの元に向かうのは

NPCの使命である。そしてもう執務室は目の前にある。

 「お話は伺っております。アインズ様がお部屋で御待ちでございます。中にはアインズ

様以外おられませんので、そのまま御進みください」

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 「ありがとう」

  アインズお付きの護衛の者に返事して、ドアをノックする。それにしても中に護衛の

者すらいないとは何があったのだろうか?

 「……入れ」

 「アインズ様、お呼びに従い参りました!」

 「よく来たな……では初めに聞きたいのだが、作業の効率は順調か?」

  瞬時に自分が預かっている仕事の進歩率を思い出す。なお、無意識の内に声を出して

いた事にアウラは気付いていなかった。それをモモンガがほっこりとした気分で眺め

ていたことにも気づかなかった。

 「はい、今のところ順調に進んでいます」

363 事案4

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 「なら問題ないな、アウラの働きに感謝する。ご苦労だった」

  何と優しいことなのだろう。ただ命令に従っただけなのにここまで厚遇してもらえ

るのは嬉しい事である。

「苦労だなんて! 私はアインズ様の御命令に従っただけです」

 「そんな事は無いぞ、アウラ。これは私がお前に思っている率直な気持ちだ」

  今まで執務室に座っていたアインズが立ち上がり、アウラに近づく。アインズ様がア

ウラを見下ろす形になったと思ったら次の瞬間頭を撫でられていた。

 「あ、アインズ様?」

 頭を撫でられる。嬉しい事である。思考がアルベドやシャルティアほどではないが

思考がピンク色になる程度に。

 「私はな、アウラ。ぶくぶく茶釜さんに感謝すべきだと思っている」

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 「感謝、ですか?」

 「そう、感謝だ……少し昔話をしよう。聞いてくれるか?」

  即座に頷く。自分は恵まれている。アインズから頭を撫でられ続けられながら、ナザ

リックにいる者のほとんどが知らないアインズ……モモンガの昔話を聞けるのだから。

 「ありがとう。私は昔、誰にも必要とされていなかった時代があった。誰にも見向きも

されない、あの時本当に絶望していたよ……たっちさんに救われなかったら間違いなく

自殺していたと思う」

「……えっ?」

 自殺していた? 表情が固まり顔が青白くなる。それが本当だとしたら……恐怖を

感じる。もしたっち・みー様がお救いにならなければどうなっていたか……。

「たっちさんのおかげで俺は茶釜さんたちにも出会えた……本当に感謝している。お前

たちのようなかわいい子どもたちを残してくれて」

 ぶくぶく茶釜様の子どもと呼ばれ心が湧きたつ。だから次の言葉で固まる。

365 事案4

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「だから俺は自分を恥じている、今の俺は本当にナザリックの支配者に相応しいのかと」

 溜まらず叫んでしまう。この場に相応しくない音量で。顔が青くなっていたことも

頭を撫でられ続けていることも忘れて。

「相応しいに決まってます! アインズ様は唯一残られた至高の御方なんですから!?」

「……ありがとう。だがそうだな、今考えている事がある。ナザリックの者は命令では

なく人間と仲良くすることができると思うか?」

 質問の意味が良く分からないが少しだけ考える。きっと重要なことなのだろう。そ

して結論は出ている。

「人間と仲良くするのは命令でなければ多くのNPCは難しいかと……私も命令であれ

ば従えますが、自発的となると難しいかと。プレイアデスのリーダーである彼女は別で

すが……」

「そうか……実は今考えていることに人間と仲良くすることが有用なのだ……まず一人

からだが何れは多くの者と交流を持ちたいと考えている」

「なぜ、人間たちと仲良くする必要があるんですか?」

 下等生物と仲良くする。何か壮大なことを考えているとは思う。しかし不思議だ。

人間と仲良くすることのメリットをアウラは感じない。だからそう聞いてしまう。

「ああ、色々あるんだが……そうだな実はな少々恥ずかしい話だが、たっちさんたちに会

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う前の俺の恩人に似た人を見つけてな……何れその人をこちらに招待しようと思って

いる。だがら命令ではなくお前たちが自発的に人間と仲良くできるか試してみたくて

な。実験に付き合ってくれるか? アウラ?」

  答えは勿論決まってる。恩人という言葉が少し気になるが、命令でないにしても望ま

れている以上それを為すことが階層守護者の役割だろう。

「分かりました! どこまでできるか分からないですが頑張ってみます!」

「ありがとうアウラ、徐々にマーレやシャルティアもな……本当にありがとう」

 頭を撫でられて気持ちが良かった。この時間が永遠に続けばいいと思いながらアウ

ラは仕事に戻った。

  ☆ ☆ ☆

  アルベドはモモンガとの会話で少しだけ苛立っていた。いや苛立つというよりも自

分達が重しになっていることに気付き自分自身に怒りを感じていた。

 気配を真似る余裕はないと今更ながら気づいた。

 

367 事案4

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(早急にナザリック全体で、カルネ村と交流できる機会を作らないといけないわね。そ

れと同時に業腹ではあるけれど、早めにモモンガ様のお母様の件はナザリック全体に周

知しないと……重しになり続けるわね)

 少しだけ顔が曇ってしまった。だがモモンガを守るために思考は止めない。私情は

一旦、捨てよう。ギリギリまでと考えていたが早めに知らせるしかない。そうして我々

が受け入れる姿を見せなければ重しになり続けてしまう。だが、どう伝えるべきか……

ここはパンドラズ・アクターに頼るとしよう。彼なら絶妙のタイミングで伝えられるよ

うにするであろうから。私の場合嫉妬心でタイミングを読み間違えかねないから。

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事案5

  エンリ・エモットの朝は早い。

 ネムやゴブリンさん達、コロちゃんの食べる物の準備をしないといけないからだ。

 とはいえ、今日はネムがいない。あんな事があってから常に一緒にいたため少しだけ

不安が募る。やはり仕方ないのだろう。

 朝食の準備は少しだけ楽になるかと思ったが、一人いないのは誤差である。ついでに

ンフィーレアや冒険者の人たちの朝食も準備をしたが慣れていたためかそこまで大変

ではなかった。

 朝の日課が終わり、昼ご飯の準備をする頃異変……昨日ネムが出かけた時と同じよう

なゲートが開いていた。そして中から二人の人間?がでてきた。

「ただいま─お姉ちゃん! ただいまコロちゃん!」

 元気よく挨拶するのは妹のネム・エモットだ。今はペット?のコロちゃんに手を舐め

られながら擽ったそうにしている。

「おかえりなさいネム。失礼なことはしなかった? それといらっしゃいませ、パンド

ラズ・アクター様」

369 事案5

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「お邪魔いたします、エンリ嬢!」

 いきなり入ってきたが驚きはあまりなかった。事前にメッセージという魔法で帰っ

てくると連絡がパンドラズ・アクター様から連絡がされていたからだ。そしてネムから

話があった。

「えっと、これ水で濡れちゃったお洋服と、お土産! お土産は生ものは村の皆で食べて

だって!」

「私が持っているのもお土産でございます!」

 アインズ様からのお土産……一体何があったらお土産を貰えるのか不思議である。

確かにネムは気に入られていたが、それと濡れた服のことも気になる。

 「こんなにたくさんのお土産ありがとうございます。それとネム、慌てないの。まず何

があったか教えて、失礼なことはしなかった? それに今着ているお洋服はもしかして

頂いたの?」

「……失礼なこと何て、し、してないよ! ただ一緒にお風呂に入ったり一緒のベットで

眠っただけだもん、お洋服は頂いたよ!」

 エンリは固まった。一緒にお風呂に入って、一緒のベッドで寝た。異性と親以外で。

普通に考えたらアウトだろう。だが人間ではないからセーフなのだろうか。それとも

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もしかして村の救世主であるアインズ様はそう言う気があるのだろうか。分からない

が、考える時間を妹は許してくれなかった。

「お姉ちゃん早く! アインズ様から頂いたお土産がさめちゃうよ! 村の皆に持って

いこう!」

「分かったわ、ネム。だから引っ張らないですぐに行くから」

 素早く考えをネムに付いて行く方法にシフトする。思うのだ。アインズ様はそう言

う人ではないだろうとエンリは思う。何かが重なって一緒にお風呂に入る結果になっ

ただけだろうと、特に不安に思うことは無いはずだ。

 それに打算的ではあるが仮にそうであったとしてもあれだけ優しい人であればネム

が不幸になることも無いだろうと考えてネムに付いて行く。後ろからはパンドラズ・ア

クター様がお土産を持ってついて来る。

 エンリはネムと話しながらだったためうしろで何かしゃべっているのを聞き取れな

かった。

「無垢さ……いえ純真さ、素朴さゆえですか……その純真さが父上の救いになることを

願います」

 ★ ★ ★

 ネムを帰しアウラと話をして暫く本を読んで時間をつぶしているとパンドラズ・アク

371 事案5

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ターが意気揚々と帰ってきた。かなり元気そうである。

 アインズはパンドラズ・アクターからシャルティアの件で有耶無耶になっていた捕虜

の件に関して報告を受けていた。

「それで、捕虜たちはどうするのだ?」

「はい、シャルティア殿から逃れた者はカルネ村の護衛にしようと思っております」

「護衛にするのは構わんが……」

 カルネ村に人間の護衛が増えるのは良い。しかし捕虜は犯罪者だったはずだ。そこ

が不安である。犯罪者である以上何をしでかすか分からない。

「以前カルネ村に来た王国戦士長を打倒するために人生を捧げた者です。強くなれるの

であれば何一つ文句を言わない人物ですので表向きの護衛にはうってつきでしょう。

この世界で考えれば法国を除き最強格なのですから。また彼自身求道者であり、敵わな

いと知りながら、シャルティア殿との再戦を望む程度には貪欲ですので裏切りの心配は

ないかと。また、裏向きの護衛にはコキュートス殿を指名しようかと考えております」

 なるほど確かにそう考えると安全に見える。それにパンドラズ・アクターが認めてい

る以上、問題ないだろうと納得した。シャルティアと戦っているのが少し気になるが横

に置いておこう。万が一があってもコキュートスが入れば安心である。問題はコ

キュートスが外に出る以上危険な点だろうか。それはセバスと同等であると思い直す。

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よりNPC達の護衛を増強しなければならないだろう。直近の課題である。

「次にエ・ランテルで捕虜にした者たちですが。多くの者はどうでもいいような内容で

したが一人は法国に対して恨みを抱いている存在です。友人が目の前で死んだことや、

弱い頃に陵辱を受けたり、親の愛情が優秀な兄だけに向けられたことで、法国に恨みを

持っているため利用可能です。そのまま捕虜にして置き、何れ活用したいと考えており

ます。そしてもう一人──」

 法国に恨み……きっと法国の被害者なのだろう同情する。親からの愛情を得られな

かったことも同情に値する。自分は愛されていたと迷いなく言える。その女性の傷が

パンドラズ・アクターの計画の過程で癒えることを願おう。

 そして一度パンドラズ・アクタ─の言葉が切られた。恐らくもう一人の願いは想像を

絶する願いなのだろう。パンドラズ・アクターが言葉を切るぐらいなのだから。だがそ

の言葉はアインズの予想の範疇を大きく上回っていた。

「母親を蘇生させたい。その願いのために街を生贄にする方向で動いていたようです、

いえ母親を蘇生させる、その事だけに人生を捧げていたようです」

「──」

 呼吸していないのに息が止まった気がした。無いはずの心臓が止まったかと思った。

母親に会いたい。だってそれは鈴木悟と似た願いじゃないか。生贄を捧げる。最低な

373 事案5

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行為で犯罪者に過ぎない。そんな言い訳を押しのけてその夢を目指す。アインズには

できない。できる訳がない。それ程熱い覚悟何て持っていない。

 それに試したら母に怒られるだろう。だがそれでも……。きっと、その捕虜も蘇生に

成功すれば。今までしてきた悪事を母親に叱られるのだろう。だが、その思いには、母

親を蘇生させるために人生を捧げた覚悟には敬意を払おう。彼にとって叱られてはじ

めて、人生を新しく始めることができると信じて。

「──パンドラズ・アクター。その人物がどれほどの犯罪者だとしても、私にその報告を

挙げたということは利用価値があるのだな?」

「はい、この世界での基準で言えば中々の強者であり、利用方法はいくらでもあります。

特に外貨を得るために身分を偽らせ、私が現地で作ったアイテムを売らせる方向で活躍

させようかと思っております」

 成程、現在のナザリックは現地の金貨などを容易に用意できない状態である。その捕

虜を使い外貨を獲得するのは大きなメリットだろう。母親を蘇生させるためなら、裏切

る心配がないというのも安心点だ。自分の精神状態を除けばとつくが。

「……そうか、ならできる限り支援してやれ。それと私が母親に会えるといいなと言っ

ていたと伝えてくれ。すまない、少しだけ少しだけでいい、一人にさせてくれ」

 そう言って会話を終わらせた。静かにパンドラズ・アクターは退出するのを見届けて

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から呟く。他の人物を生贄にして蘇生させようとするなど、言語道断だろう。しかし、

それでも否定できなかった。もし自分が同じ立場だったら……そう考えてしまう故に。

「母親の蘇生か……羨ましいよ。この世界ではそんな願いが持てるんだから」

 悲しかった。無性に。泣きたかった。泣けない体が恨めしかった。大声を出して悲

しみを表現したかった。だが沈静化が邪魔をして何もできない。何度も繰り返してる

うちに思う。何故だか人の体温、心臓の鼓動を聞きたいと思った。自分が無くしてし

まった物だからだろうか。先日一緒に眠ったネムの温かさがとても切なく思い出され

た。

(邪魔だ、沈静化は。重要なスキルで自分を助けてくれるのは分かる。ないと困るのわ

星に願いを

シューティングスター

かってる。だがこの先のことを考えれば……

に願ってでも人間に変身でき

るようにするべきかもしれない、今俺が抱いている感情を忘れてしまう前に)

 今自分が抱いている感情をなんと表現すればいいかは分からない。だがこの感情は

捨ててはいけないと思う。忘れてもいけない、理解しなければならないと強く思う。ア

ンデッドのままでは忘れてしまいそうで怖い。そんなことを考えながら悶々とした時

間を暫く過ごした。

 ☆ ☆ ☆

 

375 事案5

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「パンドラズ・アクター、先程は醜態を見せた。すまなかったな」

「いえ、構いません」

 1時間程度した後、冷静になったと信じてアインズはパンドラズ・アクターを呼んだ。

軽く頭を下げるとパンドラズ・アクターから先程の続きの話を切り出された。

「では今後に関してなのですが、できれば早急にカルネ村の村長や奥様方を招待くださ

い。ネム嬢などの主だったものも招待すべきです」

 まだ少しだけ母に似た人をパンドラズ・アクターをみられるのは恥ずかしい。だがそ

れ以上にカルネ村に固執している理由が気になった。カルネ村はどこにもあるような

村に過ぎない。それなのに固執する理由は自分の妄執しかないと思うからだ。そんな

ことでナザリックの行き先を決めていいと思えなかったからだ。だから聞かずにはお

れなかった。

「パンドラよ、それは構わぬが、一体どのような計画を考えているのだ? 私の妄執に付

き合う必要はないのだぞ? それは本当にナザリックの益になる事なのか? コ

キュートスを護衛にする点を含めてだが……」

「はっ。ではまず、状況からお話しさせて頂きます。まず第一になのですがカルネ村は

王国戦士長暗殺の場となる場所でありました。そして王国の貴族が一枚噛んでいたの

は武器を奪われていたこと等から明白でしょう」

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 沈静化が起きないほどのちりちりとした不快感が募る。ガゼフという男にも……そ

れ以上に貴族に対して。ガゼフはまともだったからだ。立場が異なれば友になる事を

望んだだろう。その道は分かたれたが、あの男の人となりは認めている。罠に嵌められ

ながらも必死になって村を救おうとしていたことに関しては認めている。暗殺事件を

回避できなかったことは許せないが。

「そのため恐らくですが王国戦士長の報告の仕方次第でですが、カルネ村は貴族たちに

謀殺されるでしょう。」

 くそが。くそがくそがくそが。弱い物を殺して口を封じるつもりなのだ王国は。許

せないそんな国、滅んでしまえばいい。滅ぼしてしまいたい。だが自分は動けない。下

手に動けば法国やシャルティアと戦ったまだ判明していない強者にやられかねないか

らだ。ナザリックを私情で危険に晒してしまう訳にはいかない、絶対に。手遅れかもし

れないがそう思う。

 だが確信がある。きっとその時が来てしまえば自分は救いに動いてしまうだろうと

心の奥底で思ってしまっていることを。

「そう言った点を考慮して、表向きの護衛を用意していて時間稼ぎをさせている間にセ

バス殿に王国で苦しんでいて、尚且つ父上の正体を知っても普通の対応ができるものを

探します。父上の正体に関してはある程度の妥協は必要ですが、最終的には人口を増や

377 事案5

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した後にあの村には王国に対して革命を起こさせます」

「革命、だと」

「はい。革命によりカルネ村の名前を改めさせアインズ・ウール・ゴウン国、若しくはナ

ザリック国の名称にして至高の御方々を探すための目印としての特徴を作ろうと考え

ております」

 ……成程、カルネ村を護衛しつつナザリックを危険に晒さないための手段か。恐らく

カルネ村の件はパンドラズ・アクターが骨を折ってくれたのだろう。自分の妄執とナザ

リック両方を救える方法を導き出してくれたのだろう。感謝しかない。

 そしてその方法は確かに有用だ。我々が常に陰に徹して情報収集などし革命を起こ

させることで強者のあぶり出しを図るのだろう。だが思う。それは彼女が危険に晒さ

れるのではないかと。幾ら表向きの護衛がいたとしても危険ではないだろうかと。

「革命を起こさせるのは分かった。だが誰を旗頭にするべきなんだ? 余り言いたくな

いが彼らは無学の農民に過ぎないんだぞ? それに……彼女は安全に過ごせるのか?」

「その点に関しては、ンフィーレア・バレアレに革命軍のリーダに。それとネム嬢にも革

命軍の象徴になっていただこうと愚考しております。子どもが国に対する不満や不正

を糾弾する。時と場合を整えればそれだけで王国を滅ぼすことが可能です。後は帝国

も巻き込んでしまうかとも考えております。その点はもう少しお時間を頂きたいと思

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います。また護衛に関してなのですが先程は言いそびれましたが、アルベド殿やデミウ

ルゴス殿と話し合った結果で、コキュートス殿に裏向きの護衛をお願いしようと考えて

おりますので、問題ないかと」

 コキュートスが護衛する。成程、彼は武人としての側面もある上、護衛としての任務

なら手を抜かないだろう。万全を期すのであれば守護者最強のシャルティアだが、性格

的に少々不安である。よって人選は適任と言えるだろう。そう言ったことも考えてい

るのであればアインズから異存はない。NPCを外にだすのは少し恐怖を覚えるが、大

丈夫だともう一度思い直す。パンドラズ・アクターに任せていれば問題ないだろうと。

「分かった、委細はお前に任せる。任せたぞ?パンドラズ・アクター」

「お任せください、父上! 必ず結果を出して見せましょう!」

 最近はパンドラズ・アクターの行動で沈静化が起きる率がすくなってきた。つまり慣

れたのだろう。良いかは分からないがいい方向であると考えよう。そして先ほど言い

忘れていたことをいう。

 母親を蘇生させたいと願っている捕虜の件について。

「先程、母の蘇生のために命を懸けている者がいると言っていたな……ナザリックに対

する働き次第でペストーニャを派遣して蘇生させてやれ」

「はっ! 畏まりました!」

379 事案5

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 敬礼が出ているがもう突っ込むのも疲れたから黙認しているアインズであった。何

より今はその捕虜が母親と再会できることをただ願おう。自然に目を閉じて何かに祈

りながら。

 ★ ★ ★

 モモンガが眠れないながらも一人で横になってる時間、パンドラズ・アクター主催で

階層守護者全体の話し合いがもたれた。

 その席でアウラは少しだけ顔をしかめていた何故か分からないが……いや本当は分

かってる。ただ一人創造主がお隠れになっていないからだろう。単純な嫉妬だ。

 実際にはマーレやシャルティアを筆頭にNPC全員が多かれ少なかれ内心ではそう

思ってるはずだ。シャルティアは前回の失敗があるから絶対に表に出せないだろうが。

 「さて、アルベド殿、デミウルゴス殿、コキュートス殿以外は、改めて御初に御目にかか

ります! 私、パンドラズ・アクター、宝物殿領域守護者にてアインズ様に創造された

NPCでございます。アウラ殿、マーレ殿、シャルティア殿、以後お見知りおきを。で

は早速ですが、今後我々がどう動くべきか相談させてもらおうと思います」

「ちょっと待って、何であなたが仕切るの? こういうのは普通、守護者統括であるアル

ベドか、ナザリックの防衛責任者であるデミウルゴスがやるべきことじゃないの?」

380

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 思わず怒りの声を出してしまっていた。アルベドやデミウルゴスなら納得できた。

自分より賢いのは分かっているからだ。ナザリック運営の実質的な差配を行っており、

また親交もある。しかし彼は別だ。二人に並ぶ智者とは知っている。だが二人ともこ

こにいるのに何も言わずにこちらを奇妙な目で見てるのが癪に障る。

「これは失礼いたしました。実は以前3人で話し合ったことなのですがアルベド様は妃

候補ですので雑事は私とデミウルゴス殿が取り仕切ろうとの取り決めがありまして」

「パンドラズ・アクターが内で私が外でね……ああ、アウラ安心すると言い君も妃候補だ

よ、もちろんシャルティアもね」

「えっ、私も!……良いよ続けて」

「妃……悔しいでありんす……」

  妃候補と言われて少しだけ嬉しい。確かにNPCで選ぶなら私かアルベド、シャル

ティアが妥当だろう。後は一般メイドやプレアデスたちだけだろうが。だが、アルベド

の可哀そうな物を見る顔がむかつく。そしてシャルティアの泣きそうな顔が嫌な予感

を助長させるが、まずはパンドラズ・アクターの話に集中する。

「まずアインズ様が救われた村ですが、あの村に王国に対しての革命を行わせようと考

えております。そのため十分な援助をします。そしてカルネ村が建国した時の名前は

381 事案5

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『アインズ・ウール・ゴウン』若しくは『ナザリック』としたいと考えております」

 奇妙な沈黙が下りた。いや怒りを内包した沈黙である。至高の御方の名前を国名に

する。このナザリック地下大墳墓の名前を冠する。人間たちの手によって。不快感が

募るし受け入れることは到底できない。それも知識人を除いた全員が。

 「え、えっとそれはちょっとやりすぎじゃ」

 「ソノ通リダ」

 「不敬でありんす!」

 「3人の言うとおり、不敬だよ!」

  階層守護者が異口同音でパンドラズ・アクターを非難する。しかし当の本人であるパ

ンドラズ・アクターの表情は変わらず、アルベド、デミウルゴスの智者二人は飄飄とし

ているのが気にくわない。まるで想定通りと言っているかのように

「確かに、不敬かもしれません。いえ不敬にあたるでしょう。ですがモモンガ様の願い

382

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は世界征服の先にある、他の至高の方々と合流することです。世界征服が完了していれ

ばすぐに合流できますからね」

 それには4人とも驚いた。だがなるほど世界征服の目的はそれだったのだ。思わず

合流できた時のことを考えて笑顔を浮かべてしまう。すぐに会議の途中だと思い笑顔

は引っ込んだが。

世界級

ワー

「ですが

を複数所持している敵が存在していること等から考えるに、我々が表に

出て世界征服をするのはリスクが高すぎます。よって代理人に目印としての存在して

頂こう。これが我々3人の考えであります。それともう一点こちらはモモンガ様の私

事になりますが──」

 シャルティアを倒した危険な存在……20の一つを持った敵は確かに危険だとアウ

ラにも分かる。そう考えるとパンドラズ・アクターの言は正論である。だが次の言葉は

予想していなかった。いや予想できるほうが異常だろう。それほどまでに予想とかけ

離れた言葉だったのだ。

「──まだ、ここだけの話にして頂きたい。カルネ村にいる村長夫人はモモンガ様が生

者であった頃、産んで育ててくださった、亡くなった母君に似ているとのことです」

 最初守護者たちは呆然とした。何を言っているのかが理解できなかったからだ。だ

がその言葉の意味を理解すると守護者たち全員が沈黙の状態になった。パンドラズ・ア

383 事案5

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クターは何と言っただろうか、亡くなった母君。周りを見ると、アルベドとデミウルゴ

スを除いた全員の顔が、沈黙の状態から青白く変化している事が分かる。自分だってそ

うだ。

 だが一つ謎が解けた。なぜ至高の御方が人間に括るのかが。私を人間と仲よくさせ

るのはきっとこれが関係していると納得してしまった。なぜ命令で仲良くさせようと

しないかはまだ分からない。だが自発的に仲良くできるところを見せる必要ができた

のは間違いない。また恩人というのも母君のことなのだろう。

 そして思い出す。やまいこ様の妹君であるあけみさまのことを。彼女はエルフで

あった。それ故にナザリックに加入することは叶わなかった。どんなことでお二方が

姉妹になったかは分からない。だがもしかしたらアインズ様も生前人間種、エルフだっ

たのかもしれない。似たような答えを全員得たのだろう。謎が氷解するように感じる。

 シャルティアだけ「母性に溢れた。そういうことでありんしたか……」と寂しくつぶ

やいた後自分の胸を悲し気に見つめているのは訳が分からなかったが。

 暫くたち、全員が冷静になるのを待ってからだろう。一度咳払いをした後。もう一度

パンドラズ・アクターから別の言葉が切り出される。

「まだ詳細は上奏しておりません。それ故に皆さんの意見をお聞きしたい。可能であれ

ば何か至高の御方々の目印になるものを。事前の世界征服から多少変更がある以上、至

384

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高の御方々に見つけて頂かなければなりません」

「だったら、男の子は女の子の格好を女の子は男の子の格好をすれば、ぶくぶく茶釜様は

すぐに見つけてくれると思うよ!!」

 場がもう一度シンとした。パンドラズ・アクターが何かを見定めるかのようにこちら

を見ている。一体何を考えているのかアウラにはまだ分からなかった。ただ賢いのと

何よりもアインズ様を元に考えている事は分かっている。そのため何も言わないでい

た。この会談で十分に信頼を得ることができたからだ。

 「なるほど、それなら一目でぶくぶく茶釜様に見つけて頂けるでしょう。ですがよろし

いので?」

 何がとは何だろうか? これが一番ぶくぶく茶釜様に見つけて頂ける最短の方法だ

と誰もが分かるはずだ。何故それに疑問を呈するのかアウラには分からなかった。

「……何が?」

「確かにぶくぶく茶釜様が決めたこととして世界中に広めれば発見は容易になるでしょ

う。ですがお二方にとってはそれはぶくぶく茶釜様との絆になるのでは? 何よりお

二人を特別だと考えて、その恰好を許されたと考えるべきでしょう。もう一度お尋ねし

ます。本当にそれでよろしいので?」

385 事案5

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 嫌だ。自分たちの特別を人間たちに許すなんて許容できない。だが20を持つ敵の

存在。何より1日も早く抜くぶくぶく茶釜様と合流するためになら認めてみせよう。

またマーレに目配せしながら問に答える。

 「……確かに私たちだけで独占したいよ。でもそうしたほうが早く会える可能性が高ま

るなら私は我慢する。我慢して見せる。後で叱られたとしても、マーレもそうだよね

?」

「も、もちろんだよお姉ちゃん、早くお会いしたいなー」

  それにパンドラズ・アクターはとてもいい人物と理解できた。大きな身振り手振りだ

けが少し困惑してしまうがなれれば問題ない。あとマーレもぶくぶく茶釜に会えたこ

とを想像してか顔が笑顔になっている。気が早いが咎めることは出来ない。私だって

そうだろうから。

「よろしい! ではアインズ・ウール・ゴウン国では男の子は女の子の格好を女の子は男

の子の格好を婚姻まで続ける方向で調整しましょう!! 最終的な判断はアインズ様次

第ですが、何れは世界中にアインズ・ウール・ゴウンが一柱ぶくぶく茶釜が様がお決め

になったこととして公表いたしましょう!! このように他の方々も意見を出して頂け

386

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ると幸いです? できる限り至高の御方々が一目で分かるような目印だとなおいいで

す!」

  シャルティアやコキュートスだけでない、アルベドもデミウルゴスも全員が思索に思

索に耽っているのが分かる。

 「ムゥ……何ガ一番、武人建御雷様に分カッテ頂ケルカ……」

「ペロロンチーノ様の目印になる物……何が良いでありんすかね?」

「……ふむ。ウルベルト様のお好きな物……中々に難しいですね。これはアウラたちの

意見が一番わかりやすい目印になりそうです。尤も我々もただ座視するわけではあり

ませんがね」

「その通りね……タブラ・スマラディグナ様の目印になる物……何かいい物があるかし

ら……セバスや他のNPCにも意見を募る必要があるでしょうね。あとコキュートス、

あなたには頼みたい事があるの」

 今まで沈黙を守り裏方に回っていたアルベドが発言した。妃候補である以上雑事に

は加わらない。私もある程度ナザリックが安定したらそうなるのだろうか、少し期待を

持つが、次の会話でそんなことは吹き飛んだ。

387 事案5

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 「私が考えるに今の私たちはアインズ様の重しにしかなっていないわ。それは一重にカ

ルネ村の立ち位置がまだあやふやだからよ。あの村には絶対に守護しなければならな

い人物がいる。それは分かってくれたわね? アインズ様……モモンガ様は私に自分

は私情を優先する愚か者でナザリックを危険に晒していると私に漏らされたわ」

  沈黙が場を支配する。アルベドが何を負い言いたいか誰も分からない。いや智者二

人は分かってるのかもしれないが私たちには分からない。何れは分かるようになるの

だろうか。

「私が弾劾すればギルド長の座を降りると叡慮を伝えられたわ。分かる?」

  目を見開く。私だけでない。シャルティア、マーレ、コキュートス、デミウルゴスま

でも目を見開いているそして、アインズ様に重しになってることにわなわなと震えなが

ら自分自身に怒りを抱いている。

「パンドラズ・アクターの計画でカルネ村はモモンガ様の次に最重要守護対象がいる村

になったわ。そして計画の上からも護衛が必要な状況よ。コキュートス、あなたには影

に隠れてカルネ村を、そしてあの方を護衛してほしいの」

388

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「私からもカルネ村の影に隠れて護衛をお願いしたい。あの御方に何かあればモモンガ

様がどうなるか私には分かりません。どうかよろしくお願いします」

  アルベドとパンドラズ・アクターが同時に頭を下げるのを見守る。

 「……分カッタ。アインズ様ノ母君ト似タ方ヲ守ル。名誉ナコトダ。全力デ護衛シヨ

ウ」

「待つでありんす! 護衛任務なら、守護者最強の私こそ適任でありんす!!」

 シャルティアが立候補したが、上手くパンドラズ・アクター、デミウルゴス、アルベ

ドに言いくるめられ泣きそうになっていた……可哀そうではあるが自業自得である。

  こうして一人の領域守護者を交えた階層守護者たちとの話は夜遅くまで続けられ、そ

の後階層守護者たちから多くの領域守護者に話が伝わり徐々にどういった国になるか

の方向性が決まっていった。

  めでたしめでたし。

389 事案5

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幕間

  時間はアインズがネムと一緒に眠っている時間にまでさかのぼる。

 (……ここはどこだ)

 ブレイン・アングラウスはシャルティアという化物を前にして逃げ出した。そして影

が通り過ぎたと思ったら目の前が暗くなっていた。

 現状を把握しようと体を動かそうとすると、ロープなどで拘束されており動けないこ

とに気付き、誰かが喋りかけてきた。

「お目覚めのようですね?」

 その言葉に弾かれたように拘束されながら起き上がる。武器に手をかけようとして、

手が縛られてることを思い出し、さらに刀が無い事に気付く。埴輪のような顔をした魔

物がこちらをみている。

「私はパンドラズ・アクター。状況は覚えておられますか? ご自分がどうなったか?」

 そう言われ。思い出す。化物に遊ばれたことを。自然と体が震えだす。立ちあがっ

ていた体から力が抜けて尻もちのように倒れる。恐怖と傍観故に。

390

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「俺は……あの化け物から逃げ出したはず、そして何かに……」

「その通りです! シャルティア殿は私の同僚です! あの方が失敗をしないように部

下に見張らせておりました……我々の存在を知った者を、見逃すわけには行きませんか

らね?」

 ああ。やはりあの化物からは逃げ出せなかったのか。ブレインにはそんな感想しか

浮かばない。そしてこれから殺されることも察している。諦めている。

「そうか……俺の努力は無駄だと理解したはずなのにな……強い奴は生まれた時から強

いってな……なんで逃げられると考えたんだか……俺はこれからどうなるんだ……」

「それは貴方の返答次第です……まずお聞きしたいのですが、なぜあなたはあの場所に

おられたのですかな?」

 それが一体何になるのか分からない。そう考えながらも少しだけ俯いてからブレイ

ン・アングラウスはポツリポツリと自身の事を語り出す。強くなるために努力したこと

をそれ以外のことを擲っていたことを。それが壊されたことを。

「……俺は数年前に行われた御前試合で王国戦士長ガゼフ・ストロノ─フに負けた……

悔しかった。あいつに勝ちたいと思った。そのために、人生を剣に捧げた……どんなこ

とだってした……俺はあいつに憧れていたんだろうな……今なら理解できるよ……早

く殺してくれ。もう疲れたんだ」

391 幕間

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  絶望した表情で虐殺の事を語る。必殺の一撃は爪で弾かれた、努力が無意味だと嘲笑

われた事を……埴輪の顔がこちらを見通すかのような表情でいるのを諦めた目で見続

ける。

「……よろしいでしょう。あなたを楽にしてあげましょう……最後に一つ。あなたは本

当に諦められたのですか?」

 少し俯きかけた顔を挙げて。何故そんな事を問うのかと絶望した目でブレインは問

う。

「……楽にしてくれ……俺はもうこの世界で生きていたくない……お前達みたいな生ま

れながらの強者をみていたくない」

 ブレインは完全に絶望している。ここから抜けだせることができる人物はいないだ

ろう。だが例外もある。今回のように。ブレインは運が良かった。いや運が悪かった

のかもしれないが。

「……確かに私やシャルティア殿は、生まれながら強者として作られました……しかし

我々をお作りになられた方はその昔、あなたよりも弱かった。それを幾度の冒険を繰り

返し我々を創造できるほどの強さになられた」

 

392

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 その言葉に思わず、驚き目を開く。こいつらの主人が自分より弱かったことを聞い

て。内心で否定していた。自分より弱かったなんて。ありえていいはずがない。

「もう一度言いましょう。至高の方々は幾多の冒険を乗り越えて、強くなり、アイテムを

得られ、我々をお創りになられた。あなたは本当に諦めるのですか?」

「嘘だ! ……そんな事っ! あってたまるか! 俺達虫けらが、お前達にみたいに強

くなれるものかっ!?」

 叫ばずにいられなかった。だって自分の努力はシャルティアに踏みつけられたのだ。

もうどうしようもないほどに壊されたのだから。

「ええ! 最初から諦めていれば不可能ですね? あなたは本当に諦めますか? もし

あなたが少しでも強くなる気があるなら、私の手を掴みなさい! 条件はありますが

……あなたが強くなれるように私が協力しましょう!」

「……何でお前は俺が強くなるのを、協力しようとしてくれるんだ……お前には何のメ

リットも無いだろう?」

  もしかしたら強くなれるかもしれない。それは希望だ。強くなる方法をこいつらな

ら教えてくれるかもしれないという。そして大きな毒だ。太陽に飛び込むような。だ

が、一度絶望してしまったブレインには薬でもあった。

393 幕間

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「メリットならありますよ。我々にも目的がありますので……決断なさい。それさえで

きないのであれば、協力してもあなたは強くはなれない」

 悩む。だが最終的な答えは決まっている。強くなる道筋が示されている。この化物

に従えば強くなれるという確信がある。そしてブレインは何かを決めた視線……覚悟

を決めたのか俯かせていた顔を上げる。悩む必要なんてないのだ。今までだって強く

なることに全てを擲ってきたのだから。

「……本当に強くさせてくれるんだな? 俺はお前達のように強くなれるんだな?……

だったら何だってする! 何だってしてみせる!」

 パンドラズ・アクターの手を手枷をされたまま強く握る。勢いよく手枷でパンドラ

ズ・アクターの手をわざと殴るようにしている。だがこの男は何も堪えていない。それ

が分かり思わず笑みを浮かべていた。痛みを感じないほど隔絶した差があると分かっ

て。この男に従い戦い続ければいつか必ず、頂に辿り着ける。辿り着いて見せると誓い

を立てて。

「これで契約はなりました! さて、まずはこれを装備しなさい」

 空間から首輪のような物が取り出され、手枷が外されるが微妙な表情になったのは仕

方ない事だろう。これではペットのような物。そしてブレインは閃いた。

(こいつらからすると、ペットがどこまで強くなれるのか、そんな実験の意味もあるのか

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もしれないな。上等じゃないか……必ず一矢報いて見せるっ!)

「この首輪は自身の能力を減少させる代わりに、自身が強くなる速度を増加させるもの

です」

 強くなる速度を速める……それを聞いて抵抗はせずに首輪をつける。嫌悪感が無い

とは言えない。だが強くなるためならもう一度すべてを捧げようとブレインは決めて

いるのだから、納得して首輪を付ける。

「そしてこの装備をお付け下さい。肉体疲労や睡眠、飲食が不要となります……この意

味理解できますね?」

 思わず驚愕の表情を見せた。首輪を含めてこの男が渡してくれるアイテムは世界全

体からみても大変貴重な物だ。それをたかだか人間ごときに使う。この化物が何を考

えているかを全てを見通せないが、本気で強くしてくれようとしているのだろう。それ

でも思わず問いかけてしまう。

「……本当に良いのか?」

「構いません! 他にもあなたにしてもらう事がありますしね! ……では付いてきて

下さい。今からあなたに詳しい契約の内容を話しながら、最初に戦う敵のもとに向かい

ます」

 二人は歩き出す。この場所の詳細な情報を持ち出されないために目隠しをしてだが

395 幕間

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……。武技領域を使用して目隠しされても普通に歩く。

「それで、俺は何をすればいいんだ?」

「簡単に言えばあなたには、とある方と、とある村の護衛をして頂きたい」

「……理解できないな……お前達がいる周辺は安全だろう……」

 ブレインは素直に疑問に思った事を述べた。パンドラズ・アクター達の強さを知って

いるのだから当然の疑問である。大抵の敵なら、いやブレインクラスでも、鎧袖一触だ

ろう。

「最悪の場合、敵は我々を打倒し得る存在である可能性を持っているのです。それはず

ばり法国の者たちになります」

「……は?」

 一瞬驚いてしまった。そこまで強いやつが他にもいたのかと。だが納得もできるし、

そこまでの強さに至った前例があるのであれば、やる気も満ちる。ただ前だけを向いて

走ろうと。

「その村には我が主の恩人に似た方がいらっしゃいます。その方を守るために我々は法

国に備えます。あなたはがむしゃらに強くなって王国に備えなさい」

 なぜ王国に備える必要があるのか? 疑問に思う。武人であり考えることは得意で

はないので素直に問いかけた。

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「……どういう事だ?」

「彼らは偶然にも、王国戦士長を暗殺するための生贄に選ばれた」

「……はっ? あいつが殺されそうになったのか!?」

 絶叫をあげる。自分の目標が知らない所で殺されかけたのだから当然だろう。先程

憧れていたと自覚してしまったのだから衝撃はより強大である。

「ええ。政治の都合でね。彼は運よく生き延びたようです」

 安堵のため息が漏れる。あいつが死んでしまえば今から行う特訓も無駄になってし

まうのだから。俺はあいつを超えるために鍛えるのだから。あいつを倒すのは俺であ

る。それだけは他の誰にも譲れない。譲りたくない。そしてシャルティアに一矢報い

るのも俺だ。それが俺の生きがいだ。

「……村人達は偶然にも政治の都合で王国戦士長を国が殺そうとした事を知ってしまっ

た……上層部がそれを知ればどうすると思いますか?」

「…………確かに知れば口封じをしようとするだろうな……だがその情報は本当に相手

にバレているのか?」

 パンドラズ・アクターの首が横に振られる。情報が足りないというかのように。

「分かりません。それに先程も述べましたが、備えは必要なのです……場合によっては

法国の者から時間稼ぎをして頂かねばなりません」

397 幕間

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「……あんたの考えは理解できたが……そんな相手と俺は戦えるのか?」

「短期間で戦えるようになって頂くのです……足止めを行える程度には……勿論裏向き

の護衛も用意いたしますよ。喜びなさい。あなたは短期間で強くなる事ができる。場

合によっては裏向きの護衛とあなたが訓練するのもいいかもしれませんね……同じ刀

使いとして得られるものあるでしょう」

 そして徐々に近づいてきたのだろう。最初の敵が。第六感が自分でもわかる程度の

強者がいると囁いている。つまり自分が打倒できる可能性を持つ敵に他ならない。強

さは隔絶しすぎると分からなくなるとブレインは悟っている。強者と思う程度の敵で

足踏みをしている訳にはいかない。頂きを目指すために。

「さて! あなたの最初の敵はここにいる者です。難度で表した場合、あなたより多少

上の存在でしょう。今から能力上昇の魔法をかけます……最終的に敵は倒さずに捕縛

してください。今後のあなたの訓練と護衛にも使いますので殺さないように。最終的

に素の状態で上回って頂きます! いいですね?」

「上等だ……俺は必ず強くなってみせる」

 ★ ★ ★

 カジット・デイル・バダンテールは訳が分からなかった。何者かにいつの間にか拉致

され、拘束されているからだ。弟子やクレマンティーヌもいたのになぜ異変を察知でき

398

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なかったのか不思議である。だがそれ以上に怒りを感じる。あと一歩で……五年間か

けて作り上げた、努力の結晶が、全てが一瞬で崩壊するというのか……許されるわけが

ない。母に会えたのだ。会えるはずだったのだ……。

 ……最悪を想定しよう。弟子たちは既に生きていないと考えるべきだろう。全員何

者かに情報を吐かされ始末されたと考えよう。それはこの場所に弟子たちがいない事

から明白といえる。ズーラーノーンに所属して色々裏側を知っているが、なすすべもな

く我々に気付かれること無く捕獲することが可能な者は知らない。ズーラーノーンの

盟主や、逸脱者フールーダ・パラダインであれど不可能なはずである。いや漆黒聖典な

らあるいは可能かもしれないが、充分注意を払っていたので漆黒聖典ではないはずであ

る。もしかしたら一緒に捕まっているクレマンティーヌが連れてきたのかもしれない

が、彼女とて生き延びるのに必死のはずである。漆黒聖典から必死になって逃げている

のだから違うはずだ。それにもし本当に漆黒聖典なら既に我々は生きていないはずだ

ろうから、その可能性は除外できる。

 我々を捕獲した相手と交渉の余地があるかどうかで……私とクレマンティーヌの命

運はきまる。相手が圧倒的強者である以上素直に情報を吐くことで……生き延びる道

を探す。それしか方法はない。

「お目覚めのようですね?」

399 幕間

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 気付くと目の前に眼球や唇も舌もないのっぺらとした化物がいた。カジットはこの

二重の影

ドッペルゲンガー

化物の種族名を知っていた。おそらく

の上位種だろう。もしかしたら最初の

時点で部下の誰かに入れ替わっていたのかもしれないと考えた。そうであれば部下に

成りすましたうえで、一瞬で我々を制圧することも可能かもしれない……ただしその場

合、英雄の領域にいるクレマンティーヌにすら気づかれずに我々を打倒したことになる

のでどちらにせよ圧倒的強者であるということしかわからないが。

「あなたは、あの街で何をするつもりだったのですか?」

 何をするかだと? 決まっている。アンデッドになるための実験だ。だが真意は違

う。

「……笑いたければ笑え……始まりは母を復活させるためだ。だが母は低位の復活呪文

では蘇生できない。だからアンデッドになり不老不死になる事で、時間をかけて母を蘇

生させることができる新しい蘇生魔法を作り出そうとしていた」

「──」

 化物は何も言わない。いや、何か驚かせた気がする。一矢報いたと言えるだろうか

……。何故驚いたかは分からないが。

「貴方の願い……嘘偽りはなさそうですね……ではそこのあなた。確かクレマンティー

ヌでしたか? 狸寝入りを止めて、あの街で何をしようとしていたか真実をお話しくだ

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さい」

「……本当、なんでだろう……仕事でいろんな人を殺し続けたから? 優秀な兄と比べ

られ続け、愛情を貰えなかったからかな?それとも弱っちかった頃、輪されたからかな

? 友人が目の前で死んだからかな……まぁこんなところかな? それで法国から逃

げるためにガジッちゃんに協力してたわけ。それで私たちはどうなるの? カジッ

ちゃんの部下のように殺されるわけ?」

 化物は何かを考えこむような仕草で、クレマンティーヌの言葉を無視する。我々は既

に敗北者である以上仕方ないのだろう。何とか役立てるところをアピールしなければ

ならないが何が琴線に触れるか分からない以上、やはり黙っておくしか方法はないのだ

ろうか。

「──ふむ……あと一つだけ質問しますそれ次第で、あなた達は生かしましょう、代わり

に働いてもらうことになりますがね」

 どんな仕事かは分からない。だが、生き延びるチャンスをここに二人は得られそうで

ある。何故チャンスを与えられたかは不明であるが……。

「あなた方は、NPCあるいはプレイヤーについて何か知っていますか?」

 衝撃が走った。ここでその言葉が出てくる……恐らく100年の揺り返しなのだろ

う。ガジットはそこまで詳しくないが、クレマンティーヌは詳しいはずだ。何せあそこ

401 幕間

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に所属していたのだから。そしてなぜ我々を捕らえて情報収集しているのかが分かっ

た。まだこの地に来たばかりで現地の情報が不足しているのだ。これなら役に立つこ

とで生き延びることも不可能ではない。

 何よりガジットにとっては新しい、確実性のある方法で母親の蘇生が叶うかもしれな

いと、内心で興奮していた。

「──ええ。知っております。ぷれいやー様」

「残念ながら、私はNPCです。お二方ともどうやら知っているようですね……良いで

しょうあなた達の働き次第では願いを叶えることも考慮に入れましょう」

 その言葉を聞いてカジット・デイル・バダンテールは感動していた。遂に母と再会す

る目的が達成できそうだと。

 ★ ★ ★

 ネムが帰ってきたことで村は大きな歓声が鳴っていた。ネムがお土産としてとてつ

もないマジックアイテムをいくつももらってきたからだ。料理もある。

 貰ったものを返すことは失礼にあたるし、生ものもある。そのため村ではネムとエン

リが主体になって祭りが開かれていた。そんな中、パンドラズ・アクターはお土産を村

長に預けて今は村はずれで冒険者たちと話していた。

 

402

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 その村から少し離れた場所で冒険者たちは困っているようにンフィーレアには見え

た。その理由はのっぺらぼうの顔の人に依頼を持ち掛けられているからだろう。

「それでですが、私からあなた方に依頼があります」

「……依頼内容は? それが分からないとパーティーのリーダーとして受けられない」

 漆黒の剣のリーダーペテルがそう言う。本来なら依頼は組合を通さなければならな

い中、一応は話だけでも聞こうとしているのは村への同情と自己保身からだろうとン

フィーレアは思う。中でもニニャは特に彼らに同情している。パーティーの頭脳担当

が同情的である以上リーダーであるペテルは自分がどうにかしないわけにはいかない

と思っているのだろう。

 自己保身は敵に回すとどうなるか分からないという恐怖からのものだ。彼らではあ

の狼にさえ勝てない以上、それ以上の存在と目する相手を警戒するのは当然である。

「まず第1の依頼としてこの村の現状を、冒険者組合や王国に伝えないで頂きたい」

「それは僕からもお願いします、ペテルさん」

 ンフィーレアは漆黒の剣に向かって頭を下げる。それ程までにンフィーレアは王国

を許せないのだ。近々祖母を説得して引っ越すつもりでいる程に。

「あー依頼主の意向なら構いませんが……私達が伝えないだけでは本末転倒では?」

 それもその通りである。ンフィーレアは第2位階までの魔法を使えるが、それだけで

403 幕間

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王国の兵士たち、ましてや戦士長に勝てるとは彼も思っていない。

「その点はご安心を。表向きの護衛と影の護衛をそれぞれ用意しているので大抵のこと

ならば押しのけられるでしょう」

「あなたが言うならそうなんでしょうね……」

「そして表向きの護衛ですが……出てきなさい、ブレイン」

 呼ばれた名前にンフィーレアは驚愕を覚える。出てきた人物は首に首輪をつけてい

る。まるで奴隷のように。だが力量が隔絶しているのは彼にもよく分かる。まともに

戦えば一瞬で負けることも、戦士としての修行をしていない彼でも理解できた。

 だがそれ以上に驚くのはブレイン・アングラウスという名前である。かの王国戦士長

と互角の勝負を繰り広げた英雄級の武人である。力の差は明確である。隙が全く見当

たらない。恐らくではあるが本人で間違い無いだろう。

 確かにこれなら迂闊にこの村に手を出すことは出来ないだろうとンフィーレアは

思った。ブレインは彼らと慣れ合うつもりは無いのか言葉は発さないものの、威圧感を

放っていた。

 そんな中だからか奇妙な沈黙が落ちる。そのすきを縫うように顔のない怪物は何か

を出していた。杖に似たものだ。

短杖ワンド

「これは第4位階の魔力系の魔法が込められた

です。今回のことを黙っていてもら

404

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うために私が考えた、あなたたちに対する報酬です。そしてもう一つ模擬戦を提案いた

します。あなた方は冒険をするために強くなる必要があるでしょう? ンフィーレア

君も含めて。対戦相手は私です。私と戦えばあなた方は間違いなく強くなることがで

きるでしょう。最低でも格上と戦う時に動けなくなるということは無くなるでしょう

ね。どうするかはあなた方がお決めなさい。死ぬ可能性を念頭に置いたうえで」

 死ぬ可能性……それがあったとしても近いうちに王国が攻めてくるかもしれない。

王国からエンリたちを守るためにンフィーレアは出来る限り早く強くならなければな

らない。

「……僕はエンリを守りたい。だからあなたが僕達と模擬戦をして強くしてくれるとい

うなら、可能な限り戦いたいと思います、皆さんはどうされますか? 無理に付き合わ

れる必要はありません」

「……ンフィーレアさんの依頼は護衛ですからね。依頼主が戦うと言ってるのに後には

引けませんよ。私たちにもいい経験になるでしょうし」 

 本当に自分は良い冒険者たちと出会うことができたとンフィーレアは思った。一緒

に戦おうとしてくれるだけでも感謝である。

「話はまとまりましたね、では始めましょう。死ぬかもしれないと言いましたが這いつ

くばってでも生き延びるという意志を保てるならば、生き延びることは容易でしょう。

405 幕間

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意識をしっかりとお持ちなさい」

 その瞬間漆黒の剣のメンバー全員が、ンフィーレアが氷の刃が射出されたような殺気

にすくみあがる。ンフィーレアに至っては尻もちをついていた。一人だけ慣れている

かのようにブレインだけが竦み上がらず、ただ目の前の存在を見据えている。これが力

の差なのだろう。

 だがそれを覆さなければならない理由がある。ンフィーレア・バレアレは必死にエン

リを守る、守りたいという意思の下、立ちあがる。立ちあがり目の前の強敵を睨みつけ

る。ガクガクと震えながら。今にも倒れてしまいそうになりながらも。

 漆黒の剣のニニャは姉を救う。そのために人生を捧げている。この恐ろしい程の殺

気で竦み上がる心を必死に叱咤激励して前を向く。パンドラズ・アクターに対して。

 同じようにペテルも地に足をつけている。リーダーとしての責務ゆえだろうか。普

段おちゃらけているルクルットも恐怖を押し隠せてはいないが、必死に立ち続けてい

る。同じようにダインも。ただ仲間を守るために。

「さて、圧倒的強者の殺気を感じることはできましたね。これで私の修行はひとまず終

わりです。各々この事を糧に何かを得られることを願っております!」

 試練が終わったと聞くやいなや、思わずブレインは叫んだ。何かがあったかのように

悲痛な叫びであり……まるで絶対的強者と対峙した事が他にもあるかのようにン

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フィーレアは感じた。

「お前たちは何故、あの殺気の中立っていられたんだ!? 俺だって膝をついてしまった

んだ……俺より格下のお前たちがなぜ立っていられたんだ!?」

魔法詠唱者

マジックキャスター

 一番最初に答えたのは漆黒の剣の

ニニャであった。

「確かに、とても怖かったです。ですが私には絶対に救い出したい姉がいるんです。ど

れほど困難でも立ち止まる訳にはいかないんです。それに仲間たちがいてくれたから、

怖くても立っていることができました」

「ブレインさん、私達はあなたよりはるかに弱いです。ですが、チームとして築き上げた

物だけはあなたに劣らないと自負しています」

 そう言って冒険者たちは震えを誤魔化すかのように笑い合いながら仲が良いのをブ

レインやンフィーレアに見せつける。

 ンフィーレアは何故立つことができたのか? 答えは単純である。

「……僕はこの村に好きな人がいます。愛しています。僕は絶対に折れないと誓ってる

んです。だから立ち続けることができたんだと思います」

 その言葉を聞いた後……ブレインは暫くありえない物を見たかのように茫然として

いた。そのブレインの思考を縫うようにパンドラズ・アクターの話がすっと入ってき

た。

407 幕間

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「あなたが今まで必要ないと切り捨ててきたものでしょう。ですが人は大切な物があれ

ば恐怖を乗り越えることができる。ブレイン、あなたの修行は私たちとの模擬戦もあり

ますが、大切な物を見つけることも必要かもしれませんね」

「……そうだな、今までのやり方だけじゃ、ガゼフやあいつに届かないことはよく理解で

きたよ。まずは村人たちとコミュニケーションを取って、俺だけの譲れない何かを見つ

けなければならないな……あいつらに勝つためにも。強くなってみせる……きっと」

 何かを信じる殉教者の視線に変わりながら過去を振り返り、今自分たちの前で決意を

表明した……先程までのブレイン・アングラウスとは何かが違う。そう思わされた。一

瞬で存在が大きくなったように感じた……きっと彼ならいつかパンドラズ・アクターと

いう絶対的強者にも一矢報いて見せるだろう。ンフィーレアはそう思った。

「さてペテル殿、報酬の第4位階の魔法が込められたワンドをあなたたちに贈りましょ

う。有効に活用してください」短

杖ワンド

 第四位階魔法が込められた

。いったいどれほどの価値になるかは分からないが、

一つだけわかるのはこれは口止め料なのだということだ。彼らは遠慮なく貰うことに

した。

 第四位階。ベテランの魔法使いでも第三位階が限界に近い以上破格の報酬である。

村の現状を黙っておくだけでの報酬と考えるなら。

408

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 そしてこの町に恋人がいるンフィーレアにも別の報酬が渡された。

「あなたは依頼せずともこの村を守るでしょうが一応このアイテムを渡しておきましょ

う」

 錬金術師なら誰もが望む完成したポーション薬がそこにはあった。今のンフィーレ

アは絶対にエンリを守ると誓うと同時にこのポーションの秘密をすぐにでも解明した

いと考えるのは当然のことであった。

 だが優先すべきなのはエンリである。今のエンリはンフィーレアから見て不安定に

見える。そんな時だからこそ自分はエンリの傍にいるべきだと強く思う。だから迷わ

ず冒険者たちに声をかけることができた。

「ペテルさん、追加の依頼をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「……本当は組合を通さないといけないのでしょうが、死線を一緒に超えた仲です。聞

くだけなら」

「ありがとうございます。護衛任務はここで終了で構いません。代わりと言っては何で

すがこの赤色のポーションと後で祖母に向けて手紙を書きますので、それを祖母に渡し

て頂けないでしょうか?僕はこの村に残ってエンリを守るつもりですので」

「……それぐらいなら了解しました。ただ後一点、冒険者組合にも護衛任務が完了した

と一筆書いて頂けないでしょうか? その、自分達が護衛任務を放棄したと思われると

409 幕間

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大変なので」

「もちろんです! そうですね、依頼完了したという証拠は必要ですもんね。今から書

いてきますね」

 祖母はポーションを開発するのに命を捧げている。この完成品を見せれば間違いな

くこっちに引っ越してくるだろう。それに手紙にはできるだけ早く引っ越してほしい

と書くつもりだから、きっとすぐに引っ越してくれるだろうとの打算がある。

 そして急いで手紙を2通書くためにその場から去ろうと思ったところでパンドラズ・

アクターに声をかけられ引き留められた。

「あと、私からのもう一つの依頼としてこの村に移住者を募集したいと考えております。

その時によさそうと思う方がいらっしゃれば、紹介していただけると幸いです。特に王

国に恨みを持っていてこの村の現状を見ても普通に耐えられそうな人がいたら」

「はい……分かりました」

 確かに必要な処置である。この村は王国に裏切られているのだ。その上ゴブリンな

どの魔物たちと一緒に暮らしている。移住者を募集するにもその当たりは注意して募

集すべきだと理解できる。

 そしてこの依頼はンフィーレアだけでなく、冒険者たちにも向けられていた。ニニャ

は笑顔で快諾しようとしているのを、リーダーであるペテルが抑えながら依頼を受諾す

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るのを彼は見た。

 そして今度こそンフィーレアは手紙を2通書くために祭りを開いている村の方へ向

かっていった。

  ★ ★ ★

 「それでいつ、ナザリック全体に周知するつもりなの?」

 隙間時間を使ってナザリックの智者2人が会談を行っていた。アルベドとパンドラ

ズ・アクターである。デミウルゴスがいないのは単純に外に出ているので、会談をする

時間が取れなかったせいである。話し合う内容はきまっている。いつ、カルネ村の村長

夫人が主の母君に似ていることをナザリック全体に周知するのかである。

 階層守護者たちには情報の共有ができた。そして恐らくパンドラズ・アクター配下の

シモベたちも事情を知っているだろう。だがまだ多くのNPCたちはこのことを知ら

ない。口止めも行っているため、領域守護者ですら知らない者は多いはずだ。

「その件につきましては、お招きする当日にメイドたちに話して、全体に周知させようと

考えております」

「分かったわ……あなたに任せます。階層守護者たちにはあなたから伝えておいて」

411 幕間

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「了解しました!」

 大きな身振りを伴いながらパンドラズ・アクターからの了承の返事が返ってくる。

 短いやり取りであったが、もう例の件は秒読み寸前である。当日シャルティアは来さ

せないように調整しよう。アウラに関してはネムという少女と仲良くできるかの実験

台になるため来れないので問題にならないはずだ。

 他に同席する者はアルベドと比べると格下のメイドたちと、応援してくれているユ

リ・アルファたちだけだ。ならば何の問題もない。その時間で仲良くなってしまえば何

の問題もないのだから。

 勝つのは私だ。

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事案6

  今日はネム・エモットと私たち村長夫妻がナザリックという村の救世主のお住まいに

招かれている。

 前回もエンリは招待されていなかった。そして今回もエンリは招待されていない。

今回エンリが招待されていないのは、ネムが新しい友達を作るためだからだろう。それ

と多分だが、ネムがいない間に彼女はンフィーレアと仲を深めるのだろう。もしかした

ら若い二人が仲を深めることができるようにとの配慮で招待しなかったかもしれない。

優しい方と知っているから少しだけそう思ってしまう。

 不思議でもある。村長である主人が招かれるのは必然であると考えられるが、妻であ

る私まで招かれることは村のことを話し合うと言っても少し不可解ではある。むしろ

村の今後を話し合うとしても、主人だけで十分のはずである。それとも優しさゆえに一

緒に招待してくださっているのだろうか?

 そしていつものように言っていいのだろうか? ゲートが開かれる。いつもと違う

のはゲートが2か所ある点であろうか? 片方のゲートから出てきたのは、よく村に来

てくれるユリ・アルファというメイドの方と、以前白湯をお出ししたアルベドというい

413 事案6

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う方である。尤も防具ではなく目を見張るような美しいドレス姿であるが。前回の殺

気があるので少しだけ恐怖を感じる。

「お久しぶりです、奥方様!」

 前回は怒りと殺気を出していた人が今回は、とてもやさしげに私に話しかけてくる上

に手を取ってくる。恐怖を感じるが何とか表情には出さない。そんな失礼な真似は出

来ないからだ。

 「では、こちらへどうぞ……私はこの少女を一旦アウラの下へ送ってきますので、いらっ

しゃいネム・エモット」

「はい! じゃあおじさん、おばさんまた後でね! お姉ちゃん行ってきます!」

 一旦アルベドという方とネムと別れた。ネムの無邪気さには驚嘆する。恐怖を覚え

ていないことに、あと、ほとんど話す合間すらつかずにつれていかれて、ネムは驚いた

かもしれない。いやあの調子だと驚いていないだろうか。

「では村長様、奥様、私ユリ・アルファが先導させて頂きます」

 ユリ・アルファの先導に従い、小さくなりながら恐々と門をくぐる。目の前に現れた

のは白亜の宮殿であった。ネムから話だけは聞いていたが……実際に見るのと聞くの

では全然違うと実感する。この宮殿の凄さに触れながら歩いて付いて行く。歩いて行

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くとユリ・アルファと似たような服装のたくさんのメイドたちが畏まっている。メイド

たちに畏ずまられながらこの素晴らしい宮殿を歩く。正直に行って心臓に悪い。ただ

の村の村長夫妻である我々にとって荷が重すぎることだ。

 部屋に入ると、それはまた、とても綺麗な椅子やグラス絨毯など高級品が惜しげもな

く置かれている。座るように促され、小さくなりながら座る。本当に自分が座っていい

のか、何か間違えているのではないかと感じる。飲み物を用意されるがとてもじゃない

がこの状況では飲めない。

 そのため戸惑っていた。とにかくも村長夫妻、特に村長夫人は戸惑っていた。

 なぜ自分が救世主の黄金のような家に招かれているのかということを。

 彼女の体感ではこの宮殿の主とそこまで話してはいないのだ。主に話したのは彼女

の主人である村長であり、エンリ、ネムの姉妹なのだ。

 一緒に招かれるのはまだ分かる。だが、王族と言ってもいいような体験をすることに

なるとは思ってもいなかった。ただ招くだけで王族のような体験をさせるだろうか。

いやありえない。何かあるはずだと緊張する。

 多くのメイドたちから頭を垂れられ、先程あったアルベド様というこの白亜の宮殿の

主の側近である方が以前とは違い優しかったのだ。何かが可笑しいと感じてしまう。

 不思議であった。何よりも主が出てこない。すぐに現れるかと思っていたが何故か

415 事案6

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現れてくれない。そのため感謝も述べられない。それも重荷であった。なので部屋で

休ませてもらうことになった。精神的には休めないが。

 小さくなりながら椅子に座って待っていると、目と口がないのっぺらぼうで帽子をか

ぶった存在が現れた。

「御初に御目にかかります。私、パンドラズ・アクターと申します。お二人方今後はよろ

しくお願いしたします」

 また新しい方が黄金の部屋にやってきた。その方も私に対して敬意と優しさをこめ

ているように思える。不思議であると同時に重圧を感じる。後身振りが大きく感じる

のは気のせいだろうか。なぜ自分にアルベドという方や今目の前にいるような方が敬

意を示すのだろうか。戸惑いを感じざるを得ない。

「あなたが戸惑っているのはこちらも把握しております。ですが、あなたは賓客であり

我が主が何を犠牲にしても守ろうとしております。それに倣うのが臣下の務めです」

 なぜ主人である村長ではなく、自分を何を犠牲にしても自分を守ろうとするのだろう

か。せめて村ではないだろうか。守るなら。それに賓客? そこまで仲良くなってい

ただろうか? その事を不思議と問いかけていた。

「なぜ、私に? ただの老母にすぎ無い私が……」

 なぜ私を守るのか。村ではなく、私にそこまでの価値はない。どちらかといえば主人

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である村長の方が価値が高いと思うのだが。いやこの宮殿の主からすれば、我々が住む

村一つと比べても価値がないだろう。

 そしてパンドラズ・アクターからお耳に入れるか最後まで悩みましたがとの前置きが

される。何か危険なことであるのだろうか。

「答えは簡単です。あなたが我が主が生者であったころ……産んで育ててくれた母君に

似ておられるからだそうです」

 今まで無言で控えていたメイドたちが息を飲む声が聞こえ、私自身も呼吸が止まっ

た。同じように自分の主人も息が止まっているようだ。私が救世主の母君に似ている。

驚くべきことである。ただ納得もいった。アルベドという方も、私にはかなりの礼を尽

くしていたが、主人に関しては最低減の礼儀であったように見えた。この違いはそうい

うことだったのだろう。自分が主の母君に似ていたから敬意だけでなく優しさも醸し

出していたのだろう。そして主人だけでなく私が招かれたのは優しさなどではなく、必

然だったのだ。

「主はご自身の感情をただの代償行為に過ぎないと言っております。ですので、もし叶

うのであればこのまま何も考えず、何も知らずに、何も聞かなかったことにして、我が

主の歓待をお受けいただきたい」

 だが、それを聞いたとしても、自然体で振舞うのは難しい。ここは宮殿である。ここ

417 事案6

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で自然体で振舞えるのは生まれながらの王族ぐらいだろう。いや、王族でもこんな歓待

を受けて自然体で過ごすのは難しいだろう。しかしその言葉は発言できなかった。パ

ンドラズ・アクターののっぺら顔の表情で、真剣に頼み込んでいるのが分かるからだ。

「──それこそがあなたができる最大の感謝の現し方です。もしアインズ様に救われた

とお思いなら、どうか何も聞かなかったことにして、自然体で主とお話しされることを

願います」

 自然体で過ごすことが感謝。確かに母君と重ねられているのであれば、それが一番の

感謝の現したのかもしれない。つまり疑似的な親孝行を受けろということなのだろう

か? ただ親切にされるだけと考えても、とても難しく感じてしまう。

「我々はあなたを守ります。主自身も自身を捨てでもカルネ村を救おうとされているか

らです。理由はあなたがいたからです。他にも救う理由はあったでしょう。いえあり

ました。ですが最終的にあの村を救う一番の理由はあなたです。どうかお体大切に」

 それとと前置きしたうえで、さらに重要なことを話した。思いもかげないことを。あ

るいは当然だったのかもしれない。

「アインズ様の母君は幼いころのアインズ様をお守りして御落命されております。です

からどうか、アインズ様にあなたは……いやあなた方は守られてください」

 幼いころに亡くなっている……少しだけ私に執着している理由が分かった気がする。

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そしていつの間にか私が重要人物になったように感じてしまう。疑似的に宮殿の主の

親として存在するという重圧感を感じる。

「ここにいる者たちは全てアインズ様にとって親友の子どもたちのような者で家族で

す。そのため、アインズ様は命をかけてナザリックに住む者たちをお守りになるでしょ

う。親友たちの御帰りを共にお待ちするでしょう。ですがあなたは別格です。もし仮

にアインズ様と同格レベルの存在があなたを害そうとした場合、ナザリックに所属する

者を逃がして、自分一人であなたを守るために立ち向かわれるでしょう。そしてそれを

私は止められません……アインズ様の気持ちを知っているが故に」

 言葉にならない驚愕が顔に現れる。自分を守るために命を懸ける……。信じられな

いことだ。そして途中の言葉で一緒にいたメイドたちが泣いているのも分かる。ずっ

と表情を崩さなかった、メイドたち全員が悲し気にそれと同じぐらい嬉し気に泣いてい

る。大事にされていると思ったのだろう。だが少しだけ違和感を感じる。家族と言っ

てるのに……まるで仕えることが喜びのように感じているように感じてしまう。何故

だろうか。いや、このパンドラズ・アクターの言う言葉も疑問である。家族といいなが

ら、部下のように振舞っている。不思議である。

「あなたはこの世界でとても大切な存在です。仮にですが、あなたが寿命でなくなるの

は仕方ないと主は許容されるでしょう。ですが何者かに害されて殺された場合、一体何

419 事案6

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が起こるか私にも分かりません。世界のためにもあなたは長生きするべきです」

 私が呆然としている間にパンドラズ・アクターと名乗った方は去っていった。ただ一

つだけ変わったのは先程から傍にいる、ユリ・アルファを代表したメイドたちの表情で

ある。先程までも素晴らしい対応であったのが変わった。

 より何か間違いがあってはいけないかとより真剣になっているのが分かる。ただし

顔は涙で濡れており鼻水も出ている。恐らく自身たちの主の慈悲深さに感銘を受けて

いるのだろう。

 ……主人を見てみると、こちらを窺うように見ている……。どうするのかと目で問う

ているのだろう。ここまで聞かされた以上、可能な限りリラックスして過ごすしかない

だろう。特に私は。母君と重ねられている以上、できる限り自然に振舞うのが最善策で

ある。

 そして思うのだ、以前助けられた時生前では叶えられなかった願いの一部が叶うと

言っていた。恐らく。私を助けることで生前助けられなかった、本当のお母様を助けた

代わりにしようと考えたのだろう。きっと本物のお母様も生きておられず無念だった

ろう。アインズの成長を見守ることができずに。アインズの無念も計り知れないだろ

う。それを少しでも晴らすことができるなら……できる限り自然体で振舞おう。

 そう思っていると先程分かれた、アルベドが部屋に入ってきた。まるでパンドラズ・

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アクターと入れ替わるかのように。そして私に対して畏まった。そうただの老母に畏

まったのだ。話を聞かされていても心臓に悪い。

「……全員涙目と鼻水を止めなさい。奥方様に失礼でしょう!?」

「そんな、アルベド様が頭を下げる必要はありません!」

  胃が少しだけ痛む。先ほど言った通りこの間はかなり怒ってた人だ。理由は分かる。

確かにこれだけの豪華な所にお住まいの方に白湯を出すなんて失礼にあたるだろう。

いや殺そうと考えていたのも分かる。なので少しだけ腰が引ける。自分に危害が加え

られることは決してないと理解していても。

「いえ、この間は大変失礼しました! 改めまして私はアルベドと申します。どうかお

見知りおきを。アインズ様の妻となる予定の者でございます。どうぞ楽に我が家と

思ってお過ごしください。アインズ様は後で参ります」

 妻となる。アンデッドは結婚は必要かは分からない。しかし、母がいたなら昔は人間

種であったのだろうと推察できる。もしかしてこの人も私が母親に似ているというこ

とを知っているのかもしれない。いや知っているのだろう。やはり救世主の主の疑似

的に母君として扱っていと考えるべきだろう。

 少しだけ誰もしゃべらない時間ができる。その間に目を閉じて何度か深呼吸をする。

421 事案6

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ふと力を抜く。自分の中でようやくリラックスして過ごせるだけの用意ができたと

思った。

 それをまるで察知したかのように、アルベドから問を投げかけられる。

「教え頂きたい事があります。私はより、アインズ様と仲良くなりたいのです。どうす

ればいいか、ご意見を頂けないでしょうか?」

 そう言われ考える。何かがずれていると……違和感はずっとあった。畏まられるの

に慣れてリラックスできたからだろう。パンドラズ・アクターの言葉や以前ネムから聞

いた言葉を総合して考える。違和感が浮き彫りになった。家族だ。何故、家族と言って

いるのに部下のようにあろうとしているのか……。

「……一つだけ、疑問に思っていることがあります」

「ぜひお教えください!」

  用意されているグラスに手おかけ、一口飲み物を飲み口元を湿らす。アルベドやメイ

ドたちも今すぐ聞かせてほしいというような感じを受ける。それらを受けながら怒ら

せるかもしれないセリフを呟く。

「アインズ様は……本当にあなた達の在り方を望んでいらっしゃるのですか?」

「と、申しますと?」

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 メイドたちを含めた全員から強い視線が集中する。旦那からは、頼むから止めてほし

いというような懇願の目が届くが。私は本物の母君に似ているらしいのだ。であるな

らば私が代わりに指摘してあげないと、いけないだろう。それが私ができる恩返しにな

ると信じて。

「アインズ様は、何度もあなたたちをご友人の子どもと仰られていたと人づてに聞いて

います。またパンドラズ・アクター様からも家族であると聞いております。ですがあな

た達の態度は主従関係にあるように私は思います。違いますか?」

「はい、アインズ様は唯一このナザリックに、ただお一人残ってくだされた慈悲深い至高

の御方でございます」

「そこです。アインズ様はあなたたちと家族になりたいと考えておらっしゃるのでは?

 だからこそことあるごとに家族であることを仰られておられるのでは? それに妃

になるのであれば、それは家族なのでは? 私にはよくわかりませんが、私はアインズ

様は家族を欲しているのではないかと考えます」

 目の前に座るアルベドが驚愕の表情をしている。いや彼女だけではない、メイドたち

を含めた全員が目が飛び出すほど大きく見開いている。実際ネムに聞いた話ではある

が、ユリ・アルファを姪のような者であると発言している以上、間違いではないだろう。

何故ここに住む人たちはそんな簡単な気づけないのか少しだけ不思議である。

423 事案6

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 「……ですが我々はお仕えするために創造された──」

「──アインズ様はあなた方の変革を望んでいるのではないかと、思います。だからこ

そ、私を本当の母君と重ねて親孝行の真似をしようとしているのでは? アインズ様は

恐らく孤独なんだと思います。ご友人の方々が去られ、ご友人の子どもたちが主従の壁

を作っている……これは孤独ではないでしょうか?」

 私の思うところは全て話した。彼女たちは全員が驚愕の表情をしているが、これが私

なりの恩返しになるだろうか……? 私は本物の母にはなれない。当然である。ただ

実母と似ている面を重ねられているだけ……それで救われた私、私たちが言うのも何で

あるが、歪である。

 できれば、ここにいるナザリックの人たちが、救世主の本当の家族になってくれるこ

とを、ただ望むだけである。そうなれるように言葉は紡いだつもりだ。

  それから暫くすると、アインズ様がこちらに来られた、仮面を外したアンデッドの姿

で。即座に立ちあがり礼をしようとして悩む。疑似的に母親と扱われている以上どう

するのが最善か悩んで……それでも礼儀を示すため立ちあがろうとしたが、しかしそれ

は途中で身振りで止められた。

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「お久しぶりです、村長。それに奥様」

「お久しぶりです、アインズ様、今日は妻共々このような素晴らしい場所にお招きいただ

き感謝しております」

「ありがとうございます、アインズ様」

 一旦言葉が途切れる。そして言いにくそうに発言する。

「できれば仲良くなった証に……様付けはやめてほしいと思います」

 やはり先程の母君ということが真実なのだろう……主人は無理だろうが既に私は腹

をくくっている。こういう土壇場においては女性の方が元々覚悟を決めやすいのだ。

「では……アインズさんと」

「……ええ、それでお願い致します」

 さすがに呼び捨ては出来ない。もしかしたら、それを望まれているのかもしれない

が、私はただアインズ様の母君に似た存在である老母に過ぎない。一線は守るべきだろ

う。周りの視線を見ると全員が笑顔を作っているが私の話のせいか少しぎこちない。

だが普通であれば咎めるべきである呼び方を周りが咎めないところを見ると、黙認して

いるのだろう。

 ……私が母君と似ていることを知っていることは黙っていたほうがいいだろう。そ

うでなければきっとより重ねようとしてしまうだろうから。それはきっとこの方に

425 事案6

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とって良い事ではないと思う。

 私や村のことだけを考えるなら、いっそのこともっと仲良くなるべきなのかもしれな

い。何かあれば必ず守ってくれるのだろうから。しかし、そこまで人間性は腐っていな

い。

 なにより最初は私ではなく別の理由で村を助けてくれていたのだ。これ以上この方

に集るような行為は恥ずべきことだろう。ただ今回は恩返しも含めてできる限り、普通

に過ごそう。最初にパンドラズ・アクターに言われた通り、普通に過ごすべきなのだろ

う。後は、このナザリックに住む人たちの行動のしかた次第だろう。より私に母君を重

ねられるか、ナザリックの人たちが家族になるかを。機会があれば少しだけ家族になれ

るように背中を押してあげようと思いながら。

  ★ ★ ★

  アインズは柄にもなく緊張していた。いや常に緊張を強いられる支配者の役割はあ

るが、今回の緊張は別のことである。そう、自分が母と重ねている人と面会することで

ある。恐らくパンドラズ・アクターを見られているのも恥ずかしいが……それ以上に自

分がまともでいられるかが不安である。

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  まず最初の時点で名前の呼び方を変えてほしいと頼んでしまった。様付けはやめて

ほしいと。

 意外にも村長夫人は簡単にさん付けで呼んでくれることになった。少々意外ではあ

るが……少し物足りなくも感じてしまう。一度だけでいい、呼び捨てで『悟』と呼んで

ほしいような気持ちがある。だがそれは表に出すべき感情ではないと理解している。

ナザリックの支配者として。

 「ネムを通して、送ったピッチャーは役に立っていますか」

「はい、おかげさまで安全な水をいつでも楽に飲めるようになりました。本当に感謝し

ております」

「水汲みは女性の仕事でしたから、私も楽に過ごさせてもらっています。ありがとうご

ざいます、アインズさん」

 村長は依然と余り態度は変わっていない。しかし村長夫人は以前より柔らくなって

いるのが分かる。自分の姿に慣れてくれたのかもしれない。嬉しい事である

(……やはり別人だ。だが似ている)

 違いを探すかのように彼女を見てしまう。そして思う。本当の母との相違点は2割

427 事案6

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ぐらいしか見つけられないと思う……つまりかなりの点で似ていると思ってしまうの

だ……。カルネ村革命計画はパンドラズ・アクターに全面的に一任している以上、彼女

と会う機会も多いと考えると恥ずかしいが、あれだけ働いてくれているので少しは誇る

べきなのかもしれない。パンドラズ・アクターはアイテムが好きだったから、折を見て

何か送ろうと考ながら。その後、2時間ほどアルベドも含めて4人でできる限り普通に

談笑した後、扉が叩かれる。丁度会話の種が付きかけていたので嬉しい事である。入室

の許可を出すと入ってきたのは二人の子どもであった。アウラとネムである……。親

しげに見えるところを見ると、狙いは上手くいったようだ。

 「アインズ様! ご歓談中お邪魔いたします。それと村長様、奥様、お初に御目にかかり

ます!私アウラ・ベラ・フィオーラと申します。アウラと呼んでください!」

 アウラは自分に挨拶をした後すぐに村長夫妻に挨拶をしている。村長夫妻が目をパ

チクリしているのが面白く感じてしまう。

「この子もご友人の方の?」

「ええ、友人の子どもです。というよりナザリックにいるほとんどの者が親友の子ども

たちです」

 

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 そう言うとアウラの耳がぴくぴくと嬉し気に動いているのが分かる。心なしかメイ

ドたちやアルベドも嬉しそうにしているのを感じる。そして村長夫人がアウラの頭を

優しく撫でているのを見守る。

「やはり、アインズさんにとってこの娘たちは部下ではなくて、家族なんですね」

 ……優し気に呟かれた一言に大きく頷く。例え彼女たちが部下でいることを望んで

いるとしても、自分にとっては親友たちの忘れ形見であり、家族である。

 それを聞いた後……一拍おいてからであろうか……ここにいるメイドやアルベド、冷

静沈着であるユリ・アルファ等……全てのNPCが泣き始めた。最初は泣いていなかっ

たアウラも気づけば村長夫人に身を預けながら泣いている。

「お。お前たち、どうしたんだ? 何か私はお前たちが寂しがるようなことを言ったか

?」

「な゛ん゛で゛も゛な゛い゛ん゛で゛す゛……ただ嬉しくて……そして恥ずかしくて泣

いているだけです」

 代表するかのようにアルベドが返事をする。息も絶え絶えになりながら。

  ★ ★ ★

 

429 事案6

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 アルベドは少しだけ後悔していた。前回殺気を振り回したせいか若干ではあるが、村

長夫人に怯えられているからだ。だが話の結果。色々有用な情報を入手できた。

 主が望んでいるのは間違いなく対等で一緒にいてくれる家族だというのが、村長夫人

との会話で認識できた。だが、どうすればいいのかが分からない。どうすれば家族にな

れるかが分からない。妃になれば家族なのだろうか?

 村長夫人の言葉を聞いてしまうと違う気がする。孤独にさせてしまったのだろうか。

我々の在り方が。被支配者でいることが。

(家族、家族……家族、一体どうすればなれるのかしら)

 頭の中で家族へのなり方を必死に考えながら雑談にも参加する。パンドラズ・アク

ターが村長夫妻にも事情を話したおかげで彼女は腹を括っている様で、私以外にはとて

もやさしく会話している。もちろん私にも優しく丁寧に話してくれるのは分かってい

るが、少しだけ恐怖を持っているのも感じる。昔の自分を殺したいレベルである。

 家族になる方法は分からない。だが、依然言った通りこの方と仲良くなり、41人の

壁を壊す……。恐らくそれが家族になるための必須条件だろうし、最短距離であろう。

何よりも家族となりモモンガの孤独を癒す前提条件となるだろう。

 何度でも言う。この方に恐怖を植え付けた過去の自分を殺したい。これでは深く仲

良くなれず表面的な仲の良さで終わってしまうではないかと。その場合他のNPCた

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ちが仲良くなってしまい、アルベドが考えていたプランを実行される可能性が高い。

 そんなことを考えながら時間は過ぎる。気づけば、仲良くなったように見える、アウ

ラとネム・エモットが合流してきた……なぜそこで二人で遊んでなかったのかと怒りを

感じる。これでは村長夫人に私だけ取り入る計画が水に流されてしまうと理不尽な怒

りを抱えながら。だが、先に会ったというアドバンテージを信じて、何の問題もないと

信じていた。

 変化は村長夫人の何気ない一言であった。いや……あるいは我々の背を押してくれ

るためにわざと仰られたのかもしれない。

「やはり、アインズさんにとってこの娘たちは部下ではなくて、家族なんですね」

 少しだけ緊張して主を見る。この言葉次第で、主が本当に望んでいることが分かるは

ずだから。ここにいるNPC全員の視線が頂点に位置する方に集中して、大きく頷かれ

るのを見る。そして話を聞いていた全員が泣き出す。私とて例外ではない。アウラも

一拍遅れて……泣き出す。よく見るとネム・エモットも雰囲気につられてか泣き出して

いるが余談だろう。

 アインズは孤独だったのだ……我々はその孤独を癒すのではなくて、より大きくしよ

うとしていた。泣くしかなかった。

「お、お前たち、どうしたんだ? 何か私はお前たちが寂しがるようなことを言ったか

431 事案6

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?」

「な゛ん゛で゛も゛な゛い゛ん゛で゛す゛……ただ嬉しくて……そして恥ずかしくて泣

いているだけです」

  自分は寵愛を得たいと考えていた。今だってそうだ。だけどそれじゃ、それだけじゃ

ダメなのだ……何がダメなのかは分からないが、このままではだめなのだ。だが、どう

謝罪すればいいか、早く孤独を癒す方法が分からずに泣いてしまったのだ。ナザリック

の最高の智者の一人であるアルベドでも、どうすればすぐに家族になれるかが分からな

いのだ……智者失格かもしれないが涙が止まらない。

 時間をかければ村長夫人の力を借りれば、可能だと思うが……その場合自分ではなく

て、他のNPCたちが孤独を癒すことになりそうで嫌である。最初に癒すのは私であ

る。そこは譲れない。譲りたくない。

 ……あと、頭の片隅で村長夫人に慰められているアウラに少しだけイラっとしたのは

内緒である。

 自分より簡単に仲良くなりやがってなどとは決っっっして思っていない。

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事案7

 「気を付けてねネム!」

 その言葉がネムに届いたかは分からない。あまりにもアルベドという方に、急ぎで連

れて行かれたからだ。その速さに少しだけ目を丸くしてしまった。なぜそこまで急ぐ

のだろうと悩む。分からないが重大な理由があるのだろうと思うことにした。

 そして、村長夫妻が村の救世主の家にゆっくりと出かけるのを見送る。

 エンリの隣には恋人になったンフィーレアがいた。一度街に帰ると思っていたのだ

が、冒険者たちだけ帰して、そのまま帰らずにこの村で過ごしてくれているのだ。……

恋人として。一緒にネムの見送りにも参加してくれていたのである。

「大丈夫だよ、エンリ。ネムちゃんにはちゃんと、言葉は届いたと思うから」

 今までは仲の良い友人に過ぎなかったが、ここにきてンフィーレアは急激に大人びて

きたようにエンリは思う。自分から見てとても逞しくなったのだ。頬を少し赤らめて

しまうぐらいに。

 ゲートが消えてネムや村長夫妻が完全に見えなくなってから、エンリはンフィーレア

にしなだれかかる。恋人になってから急激に距離は近づいたと思う。羞恥心はあるが

433 事案7

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それ以上に自分が生きている、ンフィーレアがちゃんと生きているのを確認したいの

だ。少し依存してしまってるかもしれないが……妹がいない間だけは、怖がりな少女に

なっても許されるだろう。天国の両親も許してくれるはずである。

「お二人さんはいつも通りお熱いな?」

「茶化さないで下さい、ブレインさん」

 そこにいるのはパンドラズ・アクターが連れてきた、一人の人間であった。首に首輪

しているから、ちょっとだけ特殊な人かと思ったが話していると普通である。首輪も強

くなるスピードが速くなるからしているだけらしい。

 悪い人ではないと分かっている。村に馴染むようにに努力してくれているとも思う。

最初ゴブリンさんたちが彼のことを警戒していた。何かあったら自分達ではどうしよ

うもないほどの強敵であると教えてくれて。だが私から見ても彼は求道者に見える。

ただ刀に命を捧げているような……。そんな人物である。多少村人以外が来るのを警

戒する村人もいたがそんなブレインを見ていると誰も何も言わずに、苦笑するように

なっていった。

「悪い悪い。ただその感情を大事にしろよ。お前はその感情で、あの時立ちあがること

ができたんだから」

「もちろんです」

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 何かあったのだろうか少しだけ不安げな表情をしてしまう。もう誰も身近な人を失

いたくないのだ。多分、今ンフィーレアを失えばエンリは立ちあがることができなく

なってしまうだろうから。

「大丈夫だよ、エンリ。僕はずっと傍にいるから」

 思わずちょっとどころではなく赤面してしまう。近くにいた村人やジュゲムさんた

ちにもからかわれる始末である。一人ブレインだけが真顔であった……。

「……恋か。やっぱり俺には無縁だな。別の何かを探さないとな……仲間か? いや、

それもしっくりこないな……まぁいい徐々に見つけて行けばいい。自分が譲ることが

できない何かを」

 何を言っているか聞き取れなかったが、少しだけ寂しげにつぶやいているのが印象に

残った。そしてブレインはふと今までのことに興味を無くしたような表情になる。

「じゃあ俺は修行に戻る」

 そう言うと、ブレインは村外れに移動した。そこには森の賢者が一緒にいる。二人は

常に一緒で訓練をしているようだ。特にブレインの訓練風景はすさまじい。少しだけ

見学させてもらった村人たちも何をしているかが見えなかったと呟くぐらいに。

 自分も一度だけ見学させてもらった。何より凄いのは、ブレインは森の賢王の攻撃を

一つも喰らわずすべて受け流しているのだ。まるでこの程度の攻撃では意味がないと

435 事案7

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言わんばかりに……。そしてそれを見た森の賢王がより素早く攻撃をするが、それさえ

も防ぎ続ける。まるでそれ以上の攻撃を見た事があるかのように。とにかく彼は凄

かった。そんなブレインにも私たちのような春が来ることを心のどこかで願いながら

仕事に戻る。

「じゃあ、私も仕事に戻るねンフィー」 

「分かった、また後でねエンリ」

 そうしていつもの日課作業にエンリは戻っていった……ンフィーレアは薬草を作っ

たり、時々ブレインの訓練にゴブリンさん達と一緒に混ざっている様である。怪我をし

ないといいなとエンリは思った。

 ★ ★ ★

 今日もまた、ネム・エモットはナザリックに招待されている。今回も姉が一緒に来な

いのでンフィーレアに取られたようにも感じるが、その分これだけ幻想的な光景をもう

一度眺めることができたと思えば感謝である。悪戯心でンフィーレアを脅かしてあげ

ようかなと思ってしまうが。

 また、前回と違うのはアルベドという方が迎えに来て、ほとんど家族と会話する時間

が与えられないほど、急ぎであったからだろうか? ギリギリで村長さん達に挨拶がで

きたぐらいである。お姉ちゃんに手を振っていたけど届いたか心配である。届いたと

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信じよう。

 もう一点、前回と違う点がある。アウラちゃんという人と友達になるためだ。そのた

め年齢が違うとの理由で、今回も姉は一緒にナザリックを訪れていない。多分ンフィー

レアといちゃいちゃしているのだろう。姉の心を盗んでいったンフィーレアに対して

後で何かいたずらしようと心に固く誓っていた。大事なことなので2回言ったのであ

る。

 次回があれば今度こそ姉と一緒にこの場所を訪れたいなと思いながら。

「付いてきなさい」

 アルベドは急ぎ足であるが何とか付いて行けるスピードであるところを見ると、ちゃ

んとネムのことを見てくれているのだろう。だがここはどこなのだろう?

 ナザリックという至高の屋敷に招かれたはずであるが、ここは外、森の中である。不

思議に思ってしまう。

「付いたわ。ちょっと待ってなさい。アウラ! 連れてきたわよ!」

 その言葉に触発されたのか大きな声が聞こえてきた。

「ちょっと待ってて、開けるから」

「私は用事があるから、戻るから後はお願いねアウラ。ネム・エモットあなたは少しここ

で待ってなさい」

437 事案7

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「はーい」 

 そしてその少しだけ一人になる時間を使って周囲を観察する。森の中である。まご

うこと無き森の中である。そんな中目立つものがある。

 とてつもなく巨大な樹である。そこから声が聞こえた気もするので、多分この中にア

ウラがいるのだろう。そして1分ほどたった後だろうか、大きな樹が一部分扉のように

開かれる。

 出てきたのは自分同い年ぐらい少女?だった。服装が男性ぽっく見えるが女の子と

仰られていたから、女の子なのだろう。 

 とても美しい少女である。髪の毛は周囲の光を反射し、幻想的な美を引き立てている

ように感じる。耳は長くとがっていて自分とは違うようである。お話で聞くようなエ

ルフなのかもしれない。特に目の色が片目づつ異なるのは印象に残る。おそらく彼女

がアウラなのだろう。

 そして、どちらもどう話すか悩んで……アウラも緊張しているようなのでネムから先

に声をかけた。

「えっと、初めまして! アウラ様?私、ネム・エモットです」

「……初めまして、私はアウラ・ベラ・フィオーラよ。特別にアウラで敬称はいらないわ」

 嬉しい。一応敬称を使ったが仲良くなれるなら、敬称を付けずにしゃべったほうが良

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いと思うからだ。友達に様付けは何か違う気がする。

「ありがとうアウラちゃん! ここは森の中だけど、ナザリックの外なの?」

「いいえ、違うわ。ここはナザリックの第6階層でアインズ様たちが作られた一部よ」

 一瞬呆けてしまった。自然を作ることが可能なんて嘘を言っていると以前のネムな

らそう疑ったかもしれないが、今のネムはアインズ達の凄さを実感している。そのため

真実なのだろう。思わず感嘆の言葉が流れ出た。

 「……凄い! 地下にこんな凄い森を作るなんて、やっぱりアインズ様たちってすごい

んだね!」

「当然よ! いいわ特別にこのナザリックの話をしてあげる。よりナザリックの偉大さ

がわかる様に話してあげる、入ってきなさい」

 そして私を樹の家の中に招き入れてくれてから話が始まった。それはまるでおとぎ

話のような神話の話であった。

「まずナザリックの成立からね。昔、昔のこの地に至高の41人が現れたの」

 ワクワクとネムは自分の目がキラキラしているだろうと自覚している。そして41

人。ネムは疑問に思った事を、アウラに尋ねていた。

「その41人……アインズ様を除くから40人がアインズ様のお友達の方?」

439 事案7

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「そうよ! ……それと、ナザリックは元々ここまで大きくなかったの、アインズ様たち

の強大な力を持って、その力に相応しいように整えられたのが今のナザリックなの! 

ここまで分かった?」

 こくりと頷く。まるで自分がその話の登場人物になったかのようなアウラの話に吸

い込まれていた。その場にいるかのように、目で見ているように、その時の情景が思い

浮かぶ。アウラの話し方が上手だからだろうか。

「次に至高の方々はこの場所に存在する者たちを創造されたの。それが私たち階層守護

者であるNPCのことよ! 階層守護者以外にもたくさんのNPCがいるんだけどね」

「なるほど! アウラちゃんも至高の41人の娘なんだね?」

 アインズの言うとおりなら、友人の子どもたちなのだろう。間違いない。

「えっ? ぶくぶく茶釜様が私の母親? ううん。私は創造されたNPCでシモベだ

よ」

「そうなの? 前アインズ様がカルネ村にユリさんを連れてきて自分の姪のような存在

だって言ってたから。姪ってことは創造主?様の娘みたいなものでしょう? ユリさ

んもアウラちゃんと同じでNPC何でしょ?」

「ふっふーんそうなんだ。私、アインズ様から見るとぶくぶく茶釜様の娘なんだ」

 顔がにやけないようにしいようとしているが、にやけているアウラを見ているとこっ

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ちも嬉しい気持ちになる。不思議だ。

「えっと、どこまで話したかな。そうそう至高の御方々は何度も冒険に出られ、膨大な財

宝が宝物殿に集められてるの。至高の御方々でさえ入手するのが困難だったアイテム

もあるのよ」

 もしかしてアインズ様が手に持っているような美しいアイテムだろうか?

「それってもしかしてアインズ様が持っている、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴ

ウンみたいなアイテム?」

「あの杖も見たの!? ……そう確かにスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンはナザ

リックにおいても最高峰の一つよ。それ以上のアイテムなんて数えるほどしかない」

 やっぱりあの杖は素晴らしい物なのだ。アインズが喜びながら自分に見せて来るわ

けである。

「でも、そんな至高の御方々に対して嫉妬する愚か者たちも出てくるの」

 ごくりと息を飲む。アウラの表情が怒りに代わっているからだ。何があったのだろ

うか?

「至高の御方41人に嫉妬した者たちが、同じような強大な力を持った1500人から

なる軍勢でこのナザリックを攻めてきたの、集めた宝を奪うために」

 それに驚く。人の者を奪おうとするなんて許せない。まるで、自分達の村を襲った、

441 事案7

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騎士たちのように感じる。ここの財宝と村人の命だと比べ物にならないと思うが、それ

でも自分たちのことみたいに怒りを感じる。

「大切な物を奪おうとするなんて、ヒドイ!」

「そうだよね! 激戦だった、でもその1500人をアインズ様たちは打倒して見せた

の! 凄いでしょ? どうすこしはアインズ様の偉大さに感銘を受けたかしら」

「もちろん! 今までも尊敬していたけどこれからはもっと尊敬する!」

 ★ ★ ★

  話しているうちにこの娘は純粋であり、本当にアインズ様や他方々を尊敬していると

の気持ちが理解できた。そうなると必然的にアウラの対応も甘くなる。元より、カルネ

村の住人とは仲良くするつもりだったが、ここまでナザリックのことを褒められると、

おしゃべりが単なる話が長続きする程度には長引く。

 そこで別の話題を振ってみた村長夫人はどんな人かと。

「うーん……何て言えばいいのかな? 包み込んでくれるような人かな。とっても優し

くてネムもお姉ちゃんも街の人みんなが尊敬している人だと思う……あとやっぱり村

全体のお母さんって感じかな」

 包み込んでくれて尊敬されている……本当の御母堂様もそんな方だったのだろうか

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……似ているのは間違いないのだろう。でなければ公表はしないはずなのだから。

会ってみたい。どんな人か自身の目で確かめたいとアウラは思った。

 だが、今はこの娘の相手をするのが私に与えられた役目である。その役目を放棄する

訳にはいかない。命令ではなく、至高なる主のお願いなのだから。

「以前、ナザリックの9階層に泊ったらしいけど、どうだった? 素晴らしかったでしょ

う?」

「もちろんすごかったよ!! ナザリックに滞在させて頂いた時は、雑貨店や料理、円卓。

あと、玉座の間にも案内してもらったんだよ! 本当に凄いところだよね。私って本当

に幸福だと思うの! こんな凄いところ訪れる機会を何度も与えてもらってるんだか

ら」

「その通りね、アインズ様の偉大さ、寛容さに強く感謝することね! 本当にナザリック

は素晴らしいところだわ。住んでいる私たちから見ても素晴らしいところだってわか

るもの」

 思わず胸を張って同意をしてしまう。何となくではあるが、至高の御方が、この少女

を気に入ったのも合点が行った。ここまで明け透けなく裏表なくナザリックを褒めら

れるのは嬉しい。特に自分の主のことを尊敬した態度を見せてくれている点も気に

入った。

443 事案7

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 だがアウラ自身気になっている点もある。村長の奥様がどんな人なのかが、少し気に

なっているという気持ちである。ずっとその気持ちが頭の中に残っているのだ。アイ

ンズが疑似的に親孝行?をするのであれば、私たちは彼女に対して一体どんな態度を取

るべきかが分からないからだ。だから聞いてみたのだ。だがそんな情報が吹き飛ぶ情

報がネム・エモットから飛んできた。

「あと、スパリゾートも楽しかった!! モモンガ様と一緒に入浴させて頂いたけど、あそ

こが一番楽しかった気がする」

 その言葉にアウラに雷が落ちたように驚愕を露にする。恐らくアルベドやシャル

ティアが望んでいることをこの少女は既に成し遂げているのだ。

「えっ!? 一緒にお風呂に入ったの!?」

 だが自分自身も嫉妬した心を完全に抑えることは出来ない。至高の御方と一緒にお

風呂に入る。多くのNPCが望むことであろう。私自身入ってみたいかと言われれば、

多分入って見たくなるだろう。妃になれるかどうかは別にして仲良くなりたいと思っ

ているのだから。アインズ様と。

「……もしかして、アウラちゃんも、アインズ様と一緒にお風呂に入りたいの?」

 沈黙で返す。入りたいというのは何だが羞恥心が込み上げてくるし、入りたくないと

言えば嘘と失礼になるからだ。

444

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「アインズ様は優しいからお願いすればきっと一緒に入ってくれるよ! だって私と一

緒に入ってくれるぐらいお優しいんだから!! 姪っ子さんのお願いならきっと答えて

くれると思うよ!」

「そうかもしれない……いや、そうだろうけどさぁ。恥ずかしい……あっそうだ。なら

ネムも含めて3人で入ろう。そうすれば私も少しは羞恥心が薄れると思うから。どう

?」

「……私も、もう一度お風呂に入りたいからいいよ!」

 羞恥心はあった。だがお優しいあの方に少しでも近づきたいとの気持ちもあったの

で承諾した。ネム・エモットが一緒に入るのは多少気に入らないが、まぁいい。それに

今回のアウラの役割はネムと仲良くなることだからこれでいいはずである。それに二

人きりよりも無垢な子がいたほうがこっちもお風呂に入りやすいはずだ。

 そして二人はナザリック6階層を経由して村長夫妻がいるであろう9階層に来てい

た。途中第七階層を経由しなければならなかったので、ネムが炎熱に耐えられるか不安

であったが、アインズからもらったアイテムで装備を整えるほど気に入っているのだ。

当然のように服は炎熱耐性が施されており、第七階層をキラキラした目で観察しながら

至高の御方がおられる場所まで歩いた。

 メイドたちに聞くとこの部屋でアルベドを交えて談笑しているらしい。そこの扉を

445 事案7

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ノックして二人で入室する。

 ★ ★ ★

  メイドたちやアルベド、アウラたちが泣き止むまで暫くの時間が掛かった。全員が落

ち着くまでに30分ぐらいかかっただろうか。アインズが慰めていくことで全員が表

情を改めて、何かを決意しているように見えるのは気のせいであろうか?

 恐らくではあるが、村長夫人と何かを話したことで何かが変わったのだろう。それが

何かは分からないが、家族という部分で泣いた以上、悪い方向ではないのだろう。何よ

りいい方向であれば良いとアインズは願う。

 アウラは楽し気に、そして嬉し気に村長夫人の膝に腰を下ろしている。やはり子ども

だから母性……母親に飢えているのかもしれないと感じる。母親代わりになってくれ

る人はいない者だろうか。村長夫人に頼めたら最高だが……さすがに無理がありすぎ

るだろう。

 仲良くなったネムがそれまた楽しそうに、村長夫妻の間に腰かけていながら、アウラ

と近くにいる。仲良くなれたかの結果は聞かなくても分かっているが一応聞いてみる。

「それで、アウラはネムと仲良くなることができたかな?」

「はい! ネムとはいい友達になることができました!」

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 それなら良かった。これならマーレやシャルティアと引き合わせる価値も出てくる

だろう。それに今のメイドたちの感じを見るに極一部の人間を食料にせざるを無い物

たちを除けば、全NPCが仲良くなることは可能であろう。一部の者たちをどうするか

が問題であるが……何れパンドラズ・アクターと相談して決めよう。

 だがこれでようやく、少しではあるが、仮に友人たちが人間として転移してきたとし

ても多少は、安心できるようになった。後は村長夫妻やネムを利用して、もっとナザ

リック全体が人間と馴染むことができるように全力を出そう。

 そう考えていると、アウラが少しだけ恥ずかし気にしながら、自分に問いかけてきた。

少し恥ずかし気な気がする。

「アインズ様、お願いしたい事があるんですが……」

「何だ? 言ってみると言い。私ができることなら叶えてあげよう」

 そう言った後、少し俯く。そして顔を上げる。また恥ずかし気に俯く。それが何度か

繰り返された後、遂に意を決したようにアウラは村長夫人に頭を撫でられながら、言葉

を発した。

「私も、アインズ様と一緒にお風呂に入りたいです!」

 一緒にお風呂に入りたい。その言葉に空気が凍ったような気がする。隣からは驚愕

の表情をしているアルベドの素顔が……そして同じように驚愕をしている村長夫妻が

447 事案7

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……。

(……あれ、村長夫人はそこまで驚いていない?)

 何故驚いていないのか。その答えは村長夫人の次の言葉で氷解した。

「アウラちゃんは、アインズさんと一緒にお風呂に入りたいんだね。アインズさん、親代

わりなら一緒に入ってあげるべきかもしれませんよ」

「アインズ様! それなら、私も! アルベドもご一緒したいと思います! 私もタブ

ラ・スマラグディナ様の娘です! ご一緒しても問題ないかと!」

「……いや、アルベドは大人じゃん。私は子どもだもん。だから一緒に入っても問題な

いだろうけど、アルベドは問題でしょ? 大人なんだから? ねっアインズ様!」

 アウラの言うとおりである……確かにアウラは子どもだからまだ一緒にお風呂に入

ることは許されるかもしれないが、アルベドはどう考えてもアウトであろう。ただアウ

ラもアウトな気がする。だが何故、村長夫人はアウラを応援するのだろうか不思議であ

る。

 そしてアルベドの顔が凄いことになっている。まるで顔芸を披露してる様に感じだ。

「アインズ様! 私もアウラちゃんとも一緒にお風呂に入りたいです!」

「私もネムと一緒にアインズ様とお風呂に入りたいです」

 ……なんだがやばい気がするのは気のせいだろうか……村長夫人の顔が一気に変

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わったような気がするのは、気のせいだと信じたい。気のせいだと言ってほしい。

「アウラちゃんは、何でネムも一緒にお風呂に入りたいの?」

 頼むネム。お願いだから前回の事件については触れないでくれ。いや、大丈夫なはず

だ。そこに触れるとネム自身もおもらししたということで傷を負うことになるはずだ

から。

「えっと、一人だとやっぱり、アインズ様と一緒にお風呂に入るのが恥ずかしいというか

……友達も一緒なら恥かしくないかなって」

「……そうね。なら仕方ないわね。アインズさん、信じてますからね?」

 何故だろう。一緒にお風呂に入るのが既定路線になっているような気がする。だが

ここから回避して見せよう。でないと最悪ロリコンの二つ名を持つことになりそうだ。

 その二つ名はペロロンチーノ限定のはずだ。

 「いえ、アウラが望んでるのも分かりますが、やはり男の私が一緒にお風呂に入るのは問

題かと思います、緊急時ならまだしも。それこそ、アウラやネムそれにアルベドを含め

て奥様が一緒にお風呂に入られるのがいいと思います。その場合私は村長と一緒にお

風呂に入れますし」

 途中を、ネムに視線を送りながらどうやら気づいてくれたようです。顔が神妙になっ

449 事案7

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ている。また今の言葉からか、横から必死の形相をしたアルベドが援護してくる。

「アインズ様の言うとおりでございます! ぜひ一緒に入浴いたしましょう! 僭越な

がらこのアルベドが奥様の背中を流させて頂きますっ!」

「アルベドさんありがとうございます。ただ私は村に住んでいたので入浴したことが無

いんです、できるだけ綺麗にはしていますが、今回は遠慮させて頂きます、やはり子ど

もたちの願いを叶えることの方が大事だと思うから」

 ガーン! という擬音がアルベドから聞こえてきそうだ。アインズもアルベドが敗

北したことは痛い。もう逃れるすべはないだろう。アウラが恥ずかしながらもその気

で村長夫人が応援している以上、大勢は決した。諦めた。

 「……はぁ。仕方ない。アウラ、ネム、今から一緒に入浴しに行くぞ」

「「はい!」」

 2人の子どもの声が重なる。一人は純真さゆえに本当に喜びだけを、もう一人は嬉し

さと多少の恥ずかしさが混じった声であった。

 2人を立つように促し、扉の前に立ちながら泣き崩れているようなアルベドを見る。

本当に無念そうである。骸骨と入浴することがそんなに嬉しいか疑問ではあるが、アル

ベドは愛しているからなのだろうか? それとも別の理由だろうか。

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 とりあえず、村長夫妻の相手は入浴の間アルベドに任せよう。

「では、村長、奥様私たちは一旦入浴してきます。万事アルベドに任せるのでどうかご

ゆっくりとお過ごしください」

 アルベドの何かにすがるような視線は努めて無視しながら。

  ★ ★ ★

 アルベドは打ちひしがれていた。

 まずい。まずい。まずい。

 このままではアウラが一緒にアインズ様と一緒にお風呂に入ってしまう。何とか止

めなければならない。だが一番の味方になってほしい方はアウラの援護をしているよ

うに感じる……。恐らくアウラが一番家族に近いと感じているからだろう。一緒にお

風呂に入る事で家族になれると思ってるのかも知れない。

 それは私自身も同意する。アウラやマーレは子どもであるからこそ、支配者と被支配

者の壁を壊しやすいのは。だが認める訳にはいかない。

 それでは自分が一番になれない……どうすればいいのかが分からない。

 そしてアウラやネムの意見に押されてアインズは一緒にお風呂に入るために、既にこ

の場を後にしている。何とかしなければならない。

451 事案7

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「アルベドさん」

「……何でしょう奥様」

 少しだけ不機嫌な言葉で答えてしまう。それがまずいと分かっているが、どうしても

アウラの味方をされて敵意を持ってしまう。なぜ自分の味方をしてくれないのかと。

まぁ最初に失礼な真似をしたからだろうと自分でも思っているが。

「あなたは、アインズさんと結婚したいんでしょう? アウラちゃんの一緒にお風呂に

入るのは親が子どもに求めているような物でした。あなたがそこまで心配する必要は

無いのでは?」

「……いいえ、きっとアウラは大きくなれば妃になる事を願うと思います」

「大きくなればそうなるかもしれませんが……今は小さい子どもですよ? ネムもご一

緒していますし、心配に思うことは無いのでは?」

 それはそうかもしれないが。だが私以外でアウラがモモンガ様の裸を先に見るとい

うことが納得できないのだ。タブラ・スマラグディナがなぜ私をロリの姿で作らなかっ

たのか……怒りを感じてしまう。

「いえ、きっとアインズ様の偉大さに触れれば今すぐ結婚してほしいと言い出すものが

いるかもしれません。それに我々はアインズ様の後継者を欲しているのですから」

「それは、今すぐ必要なことなんですか? ……私には貴方いえ、あなた達が焦りすぎて

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いるような気がして仕方ありません」

「わたしが、私が一番になりたいんです!!」

 確かに焦っているかもしれない。モモンガがこの地を置いていくことはない。なら

ばゆっくりと仲良くなる方法が一番だと理性は言っている。しかし本能は自分以外の

女と一緒にお風呂に入るなんて許せないと拒絶している。

 ちょっと待て……。今何か、いい方法がなかっただろうか?

 少し情報を整理しよう。アウラと私は同じようにモモンガから見れば、同じ至高の御

方の子どもと認識していることである。ここまでは一緒である。

闇妖精

ダークエルフ

 違うのは私が大人のサキュパスの姿で創造されたのとアウラが子どもの

とし

て創造された点である……。

 ならば私も小さくなれば、アインズ様と一緒にお風呂に入ることができるのではない

だろうか?

 その事実に気づいた時、体中に電流が走った。

「奥様、村長様、急用ができましたので一旦失礼いたします! 上手くいけば! 私も一

緒にお風呂に入れるかもしれません! 後はパンドラズ・アクターに任せようと思いま

す。では失礼いたします!?」

 そう言い放つと暫くの間メイドたちに任せるとして、即座に立ちあがり部屋を出る。

453 事案7

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そして白亜の宮殿を全力で走り回る。なお村長夫人が最後に「……精神年齢が幼いのか

しら……小さい子どものようにも見える」等と言っていたが当然聞こえなかった。

 いない。いない。いない。パンドラズ・アクターはどこにいる。早く見つけなければ

手遅れになってしまう。アウラに先を越されることになってしまう。どこだどこにい

る。見つけた。

「パンドラズ・アクター!! 今すぐ私を幼女の姿にしなさい!!!!」

 叫びながら首元を占めてしまう。少し苦しそうにしているのに気が付き何とか手を

放すが、勢いは変わらない。

 他にもメイドたちがたくさんいて驚いているが気にしている余裕はない。

「あー守護者統括殿? なぜ幼女になりたいので?」

「決まってるは! 小さければアインズ様と一緒にお風呂に入って洗いっこができるか

らよ!!」

「──はっ? いや、今何と?」

「だから今アウラとカルネ村の小娘が一緒にお風呂に入ることになってるのよ! 小さ

いという理由だけで! だから今すぐ私を幼女にしなさい!!」

 沈黙が下りる。周りが「もしかしてアインズ様はロリコン」とか何か言っているがア

ルベドの耳には入らない。

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「小さくなられるのでしたら、確かアイテムの中で一時的にミニマムの職業を取ったか

のように小さくなれる指輪があったかと」

「今すぐそれを私に貸しなさい!!……それと村長夫妻の対応を任せたわ!!」

 押し問答を続けた結果、最終的にアルベドは勝利して。小さくなれる指輪を入手し

た。これで私も一緒にお風呂に入る権利をてにいれた。

「くふふ、アインズ様、今からアルベドいえロリペドがお傍に参ります!」

 おまけ

 なおこの事によりナザリックでは小さくなるのがブームになったかもしれない。小

さければ合法的に洗いっこできると知ったメイドたちによって。

455 事案7

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事案8

  今アインズは人生の岐路に立たされている気がする。アウラたちに流されて一緒に

お風呂に入ることになりそうだから。このままではまずい。このワードだけで非常に

まずいということは分かってくれると思う。誰か助けて。

 どう回避すればいいかが分からない。今いる場所は脱衣所である。ここが最後の回

避地点だと思う。アウラは先程から顔を赤くしている。ネムは平然として服を脱ぎに

かかっているが……やはり年齢の違いだろうか……アウラの方が大人で羞恥心がある

のだろう。

 多分二人で会話している時に、ネムが一緒にお風呂に入ったことをふとした拍子に

言ってしまったのだと思う。それでアウラは恥ずかしくながらも自分も入りたいと

思ったのであろう。なぜ羞恥心も強いはずなのに一緒に入ろうと言い出したのか……。

「アウラよ私と無理に入る必要はないのだぞ? ネムと二人で入浴したほうがゆっくり

できるのではないか?」

 2人で入るなら村長夫人も一緒に入れるはずであるし、あれだけアウラがなついて見

せたのだから、自分よりも3人いやアルベドも含めて4人で入ったほうがいいような気

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がする。

「いえ、大丈夫ですっ。あのえっとその少しだけ目を、瞑っていただけませんかアインズ

様」

「う、うむ分かったそうしよう」

 アウラに言われた通り目を瞑る。すると意を決したのか衣がすれる音がし始めた。

恐らく服を脱ぎ始めたのだろう。何故そこでベストを尽くしてしまうのか……。

「え、えっとはい! 準備完了しました!」

 ゆっくりと目を開けるとそこにはバスタオルで胸まで隠したアウラがいた。これな

らセーフである。セーフだといいな。アインズは遠い目をしながらはやくこの状況を

終わらせようとアウラたちを促した……諦めた気持ちで。あとネムよりも少女らしい

体形だとかそんなことは絶対考えていない。

「うむ、ではお風呂に行くとしよう。あとネムも前を隠すように」

「はーい」

  今まで平然と裸を見せていたがこの娘はまだ羞恥心が育っていないのだろうか? 

若しくは自分が骸骨のアンデッドだから羞恥心を感じないのだろうか……多分両方だ

ろう。いや、おもらしの事件を考えると羞恥心はある。つまり自分がアンデッドだから

457 事案8

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羞恥心を感じていないのだろう。

 自分だけ意識している。逆に変態に思えてしまうので、この思考は断ち切ろう。早め

に入浴を終わらせて、村長夫妻と合流しよう。

 がらっと音を出しながらスパリゾートのドアを開く。アウラの顔は真っ赤である。

何かいけないことをするかのように……。自分は何もしない。アウラにも何も起こら

ない。だから問題ないはずだ。

 3人でモモンガ、アウラ、ネムの順番で横並びになりながら、シャワーを浴びる。で

きる限り横を見ない様にしながら。目には決して入っていない。

 適当に自分たちで体を洗い、アウラたちの体を見ない様にしながら入浴して、見ない

ように上がる。困難な任務であるが、成し遂げて見せよう。そう思っていた。しかし事

情が一瞬で変わった。しまっていたドアがガラガラと一気に開けられ、何者かが飛び込

んできたのだ。裸で。

「アインズ様! アルベドが小さく、小さくなって参りました! ロリペドでございま

す! これで私も一緒にご入浴できますよね!?」

 入ってきたものの正体は小さくなったロリべド?アルベドであった。一瞬で沈静化

が発動して茫然としてしまった。

「ちょ、それはおかしいんじゃないアルベド」

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「あら、アウラったらアインズ様にお願いして一緒に入浴させて頂いてるのに、前を隠し

てるなんて失礼に当たるんじゃないのかしら」

 アルベドがやってきた……どうしてこうなったのだろう。そこには小さくなってい

るアルベドの姿があった。開いた口が塞がらなかった。そしてアウラを煽っている。

なおネムは前回の件もあるせいか、アルベドの一言で前を隠すのを止めていた……勘弁

してほしいのが本音である。これではまるで自分が変態みたいに思われるではないか。

 ネムは慣れてるからまだいいが。いや実際リアルで考えたらネムも美少女であるが、

ナザリックのNPCと比べたら数段劣るのが現実である。そのためか普通に子どもと

は言ってるだけと自分に言い訳ができた。

 アウラは父性を求めているのだろう。アウラは完全に美少女である。アインズの薄

くなった好奇心を刺激してしまうような。だが、まだ耐えられた、親友の子どもと頭の

中で何度も念仏のようにつぶやくことによって。

 しかしアルベドはアウトである。確かに小さくなっているが胸はそれなりの大きさ

を誇っている。たわわに実った果実を隠すことなく、いや見せびらかすかのようにして

いる。

「あ、あ、あ、アルベドよ! 私はアウラやネムが子どもだから一緒に入浴することに

なったのであって、アルベドお前は大人だろう? なっ?」

459 事案8

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 思わず懇願するかのように問いかけてしまった。懇願を聞いてはくれなかったが。

「いいえ!? 今の私はロリべドでございます。つまり子どもです。先程のアインズ様た

ちの会話を総合すれば、一緒に入浴しても何の問題もないと愚考いたします!」

 アルベドが胸をはるように言った。そしてその拍子に胸がプルンと震えるのが見え

て、沈静化が発動した。揺れるのか……。

「アインズ様」

 少し横を見るとバスタオルと腕で胸を隠していたアウラがジト目の表情になってか

らこういった。

「何だか変態さんみたいですよ」

「すっすまん」

 思わず平謝りしてしまった。実際反応した自分が悪いのだろう。何故気づかれたか

は分からない。だが考えてほしい。童貞である自分に、この状況をどうすれば打開でき

るというのだ。

「いいえ、アインズ様どうぞご覧ください! 私はそこにいる小娘と違って一緒にご入

浴するという栄誉を与えられながら、胸を隠すような真似何ていたしません! おさわ

りになられても結構ですよ?」

「ま、待つのだアルベド、それは教育上悪いだろう」

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「いえいえ、むしろ性教育を行いましょう二人に対して、今ここで! 私たちで!」

 アルベドがやばい。どう止めればいいのかが全く分からなかった。そしてネムが小

さく「性教育?」と呟いている。アウラは顔が真っ赤である。とにかく何とかしないと

いけないとの思いでこんな言葉が口から出ていた。

「せ、背中を洗って貰っていいか? アルベド?」

「──ええ、もちろんです、アインズ様ッ!」

 アルベドが体を洗う事を了承した。これで最悪の性教育は避けれるはずである。確

かに背中など洗いにくい場所もあるため……ちょっと危険だと思ったが洗ってもらう

ことにしたのだ。するとアルベドは自分の体に石鹸を塗りたくり始めた。予想外であ

る。

「アルベドよ。一応聞いておくが何をするつもりなのだ?」

「もちろんアインズ様のお背中を流させて頂きます。体を使って!」

 息が止まった。まさかそんな真似をして体を洗おうとするとは……。

「ちょちょっとアインズ様が困られてるじゃん!?」

 よく言ってくれたアウラ。何とかアルベドの暴走を止めてくれ。今はアウラだけが

頼りだ。

「あら、あなたも一緒にアインズ様を洗えば良いんじゃない?」

461 事案8

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「えっ私も?」

「ネム、折角だからあなたも一緒に体を使ってアインズ様をお洗いする?」

「はい! 楽しそうなのでお手伝いします」

 そう言い出すとネムも体中に石鹸を塗り手繰り始めた。どうやらアルベドの真似を

するらしい……。どうしてこうなった。

(たっちさん助けて!? このままじゃ俺たっちさんに逮捕されちゃいますよ!? 友人が

逮捕されるんですよ!? それで良いんですか!?)

 思わず今はいない仲間に助けを求めてしまった。もちろん願いが届くことは無かっ

たが。

 そうこう現実逃避していると、遂にアルベドとネムが近づいてきた。そしてネムの手

が腕にアルベドの胸が背中に当たり上下に動き出した。

「あ、アルベドよさすがにそれは──」

「良いネム? 殿方の体を洗う時は胸を使うのよこういう風に。分かった?」

「うん! 胸を使って体を洗うんですね?」

 そういうと今まで手で洗ってたはずのネムが胸を使ってアインズの手を洗い始めた。

先程から沈静化が発動して発動して発動して、休む暇もなく沈静化している。

「アインズ様? いかがですか? あらアウラまだいたの? 一緒に洗わなくていいの

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かしら?」

 軽くうなずくだけで返事とする。というよりそれ以上の行動が沈静化で取れないの

が現実である。そして少し俯いてプルプルしていたアウラがついに叫んだ。

「上等! 受けて立つわアルベド!?」

 そういうとアウラはバスタオルを脱ぎ捨てると、アルベドやネムのように体中に石鹸

を付けてネムとは反対側の腕に近づき洗い出した。胸を使って。

 右側からはほとんど胸の無い、しかし柔らかいネムの胸がアインズの右腕を洗ってい

る。左側では少女から大人になりかけの美少女であるアウラが必死に実りかけの果実

を使って、アインズの左手を洗っている。

 そして最後に背中側をアルベドが小さくなっても大きな胸を使って洗っている。更

に頭に息を吹きかけてくる。

「あと股を使って、しっかりとアインズ様の腕を洗うのよ? もちろん私もお洗い致し

ますわ、アインズ様!」

 沈静化が止まらない。股を使って洗うなんて、ちょっと待て3人とも待つ──

 キング・クリムゾン

 ★ ★ ★

463 事案8

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 アルベドが去った後、村長夫妻はパンドラズ・アクターと3人で会談していた。最初

に敬称は不要と仰ってメイドたちを下がらせてだ。何か重要な話があるのだろう。た

だのしがない村長夫妻に。いや恐らく疑似的母親である私に。

「アルベド殿なのですが……少女の姿になれば一緒にお風呂に入っても良いという図式

が、何故か頭の中でできたようです。それでアウラたちと共に一緒に入浴しているよう

です」

 沈黙が下りる。どうしてその図式になったのか不思議である。

「御止めにならなくて良かったのですが?」

 主人が問うていた。変なことにはならないだろうが。不安が残る。いやアルベドと

いう方は少し暴走すると思う。別れる時の表情を見るに。あの必死の表情を思い出す

と。

「主の望みは恐らく、ナザリックの者たちが家族になっていることだと思います。少々

不安ではありますが、我儘を言っているので、いいのではないかと思いまして、見過ご

しました」

「あの、それが分かってるならなぜあなたが動かないのですか?」

 この方は全てを見透かしているように思える。ならばなぜ働き掛けないのだろうか。

疑問である。

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「ナザリックにいる者たちは、至高の御方々……アインズ様の御友人に創造されしもの

です。そして一人の例外を除いて創造主は残られていないのです」

  友たちがいなくなる。とても寂しくて、悲しい事である。そして気づいた。恐らく

……。

「私の創造主こそ、アインズ様であらせられます。私がむやみに動きすぎると、却って主

従関係を取り払う障害物になりかねません」

 置いて行かれた者と、置いて行かれなかった者。置いて行った者と、置いて行かな

かった者。とても難しいかじ取りが必要だろう。確かに置いて行かれなかった者がむ

やみに動くと、何が起きるか分からない怖さがある。だから間接的に動いているのだろ

う。

「……あの時私が母に似ていると言って、家族と言う言葉を強調していたのはわざと何

ですね?」

 確信があった。この人は狂言回しのように大袈裟な動作を取っているが、私に家族に

なる必要性をとかせるように誘導したのだろう。疑似的に母親とみなしている者が、家

族になるべきといえば何かが変わると思って。実際これから変化はありそうな気がす

る。あのメイドたち、アルベドやアウラの姿を見ているとそう思う。

465 事案8

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「申し訳ありません……ですが私は事実しか語っておりません。どうかお許しくださ

い、奥様」

「許すも何も、あなたは間違っていないと思います。ここに住む人たちは家族ではなく、

仕えるということに縋っているようにも見えましたし」

 ……ああ。そうか。ここにいる者たちは全員精神年齢が幼いのだ。アインズを含め

て何人かの例外を除くとちゃんと成長できていない……それに精神的に不安定なのだ

ろう。家族になりたいとの気持ちに気付かないはずである。創造主……親がいないか

ら。いやアインズだって若しかしたら精神年齢は、ネムぐらいと考えても間違いではな

いのではないだろうか。幼いころに母親を亡くし、そこで成長が止まってしまったのか

もしれない。そう考えるのが自然である。

 そして恐らくではあるが、精神の安定さでいえばナザリックに住む者と比べた場合、

ネムの方が上かもしれない。

 多分このナザリックという場所は、アインズが離れたらどうなるか分からないと思う

恐怖感がある。それ程までに部下たちはアインズに依存しているのだろう。ここから

家族に戻すのは難しいといえる……いや違う。若しかしたら共依存しているのかもし

れない。アインズは部下たちに対して、部下たちはアインズに対して……確かに共依存

のような家族が存在するのは事実であるが、これは歪すぎる。

466

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 その点ネムはよく気にいられて普通に馴染めたと思う。私のような例外的事項が無

くて仲良くなっているのだから、コミュニケーション能力は確実に上だろう。

「話は変わりますが、できますれば本日はこのナザリックにお泊り頂ければ幸いです」

 主人を見る。私が主であったが、これは主人の決定に従うべきだろう。主人もとうの

昔に腹は括っているのだろう。拒否はしなかった。

「このような宮殿に止まらせて頂くのは恐縮ですが、よろしいのであればよろしくお願

い致します」

「食事はお2人……いえ、できますればアルベド殿を含めて3人でお願いしてよろしい

でしょうか? あの方は部下の中では一番階級は上なのですが、精神的に多少、不安な

箇所がありますので……疑似的な母親関係であるあなたと過ごせば変化のきっかけに

なると思われますので」

「……実は少し怖いですが。分かりました協力しましょう。できる限り彼女が精神的に

安定するように」

「ありがとうございます奥様。それと村長ご相談があるのですが」

「何でしょうか、パンドラズ・アクターさん」

  ここからは村の今後に関わる事であると念押しされる。つまり今まではアインズの

467 事案8

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私事の話から公の話になるのだ。ここからは私の出番ではなくて主人の出番だろう。

「まず村に関してなのですが、何れ王国戦士長の報告の仕方次第でですが、口封じをされ

る危険性があります」

 思わず二人とも息を飲んだ。そして思う。この王国ならそれをする可能性が高いと

も。実際に自分達は生贄にされかけたのだから。

「お二人やカルネ村の者たちをこれ以上殺させる真似は決してさせません。ご存知だと

思いますが、現在もブレインという表の護衛が一人、そしてコキュートスというアイン

ズ様の部下が一人カルネ村の護衛についておりますのでご安心を。何があっても、お守

りいたしますので」

 ですが、と前置きされる。

「疑似的な母君であらせられる貴方に何かあれば……王国は滅ぼされるでしょう。それ

は避けたいというのが本音です。なのでこちらから先制して立ち向かうことをご提案

させて頂きます。つまり、革命です」

 私たちには話が大きすぎるが、何とか聞きに回る。いや、最初に母君の話が無ければ

ついていけなかったかもしれないが。その話を聞いている以上安心して聞ける。そっ

ちの話の方が大きく感じるからだ。

「……私たちに王国への忠誠心はありません。革命を起こすことも辞さない程度には怒

468

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りがあります。ですが村長として勝算の無い博打を打つ訳にはいきません」

「当然です。今私が考えている手段は帝国を利用して戦争の時期に革命を支援してもら

うことです」

「帝国ですか?それは……」

「ああ、ご安心をというのは変ですか、前回の虐殺を行ったのは帝国兵に偽装した法国で

す。何れ落とし前は付けさせます」

「……ですが、村人の人口が足りません」

 主人が寂し気に首を横に振る。120人いた村が一気に半分近くに減ってしまった

のだ。責任を感じているのだろう。私とて同じだ。私や旦那にとっては村人全員が子

どものような物だったのだから。

 それに実際120人いたところで焼け石に水で革命は、頓挫するだろう。

「その点に関しては別口で王国によって地獄を見せられていて尚且つ、現在のカルネ村

の人間たちと共存できる人間やエルフたちを集めて行こうと考えております」

 なるほど、我々と同じように王国に絶望している者たちを集めて行くのか。確かにそ

れなら同じ被害者として手を取り合って仲良くしていけると思う。問題は誰が革命の

指揮を執るかだ。同じ疑問を持っていたのだろう。主人が問うていた。

「……革命の指揮は? 私は軍事などほとんど分かりません」

469 事案8

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 軍事何てほぼ経験していないのだ。村長が持っていない以上、何度か徴兵経験がある

者が指揮を執るべきかもしれないが……脆弱な知識しかないと思われる以上、不安が残

る。

「もちろん村長であるあなたに前線に立てとは言いません。今考えているプランではン

フィーレア・バレアレを革命軍の指揮官に考えています」

 ンフィーレア・バレアレ。確かに彼なら頭もよく恐らくエンリの夫になるであろう人

物だ。村人以外に対して排斥機運が高まっている中、村人の彼に対する信頼は厚い。恐

らく以前から足しげく通っていたことと、あの村人全員に見られながらの大胆な告白が

利いているのだろう。本人たちにとっては恥ずかしい事であるが、いい方向に向かって

いるようで良かった限りである。

魔法詠唱者

マジック・キャスター

 そして我々と違い、街に住んでいたのと

としての経験があれば村長や村人

に比べれば上手に村人の革命を指揮できるだろう。

 またンフィーレアだけで指揮をとることも無いだろう。恐らくパンドラズ・アクター

やアインズの部下の誰かが後援してくれるのだろう。

 ここまで後押しされている以上、返事も決まってくる。

「パンドラズ・アクターさんの中ではすでに革命の図案ができているんですね……私た

ちとしても座して死を選ぶ気はありません。あなたにお任せします」

470

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「村長殿、あなたの英断に心から感謝いたします」

 ★ ★ ★

 お風呂の喜劇? 惨劇が終わった後、アウラはこっちを真っ赤な顔で見ながら速やか

に仕事があると言って、自分の階層に戻っていった。アルベドとネムが元気だったのが

救いである……ただの現実逃避だが。

 あの後アルベドは小さくなった姿で、アウラがされていたように村長夫人に頭を優し

く撫でられていた。ただ少しだけ村長夫人の顔が強張っていたからアルベドが怖いの

かもしれない。以前あった時に怒気いや、殺気を出してしまった以上仕方ないだろう。

そこは自分で解決してくれとしかアインズには言えなかった。3人で食事をとるらし

いのでその時に誤解が解けて仲良くなってくれることを願うだけである。

 ネム・エモットと村長夫妻はナザリックに宿泊することが決まった。ネムは2回続け

てである。ここで自分が以前感じた何かを、ネムから知りたい限りである。

「アインズ様はどうやって私たちを見つけてくださったんですか?」

ミラーオブ・リモート・オブ・ビューイング

「うん? ああ、あの時か。

というアイテムがあってだな」

ミラーオブ・リモート・オブ・ビューイング

 そう言ってアインズは

を取り出す。使い方を少しだけ教えなが

ら実際に使ってみる。

「わー綺麗に見える!? 凄いアイテムですね!」

471 事案8

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「まぁそうだな確かにいいアイテムであるな。お陰でネムと出会うこともできた」

 その言葉に少しだけネムが心なしか、顔を締め付けられているように感じる

(……俺、馬鹿だろう。両親を失った出来事のおかげで出会えたなんて喜ぶはずがない

だろう)

 頭で反省しながら、ネムの頭をゆっくりと撫でる。

「すまなかったな。他意は無かったのだ。許してくれ」

「はい……でも私もアインズ様と出会えて本当に嬉しいです」

「そう言ってくれるだけで、嬉しいよネム」

 少しの間奇妙な沈黙が下りるが、いつの間にかネムは立ち直ったようだ元気に問いか

けてきた。

「アインズ様! 村やお姉ちゃんの様子を見て見たいです!」

「分かった。動かしてみようじゃないか」

 そして村全体を見るが見つけることができなかった。というよりこの時間になると

村人たちは眠っている時間のかもしれない。そこでネムが家の中を見たいと言ってき

たので、アイテムを使い家の中を覗き込んだ。

 すると男女二人が裸で乱れている姿が目に入ってきた。片方はエンリ・エモット、ネ

ム・エモットの姉である。もう一人はンフィーレア・バレアレという大胆な告白を実行

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したものであった。

 その二人は抱き合っていた。頭を近づけて、軽く触れるようなキスをしたり、何かを

語り掛けるように口を開いたり。舌と舌を絡めるようなキスをしたり……エンリはま

るでンフィーレアを逃がさないと言わんばかりにそう、確かぶくぶく茶釜が出演してい

るエロゲーで似たような展開があった気がする。そう、だいしゅきホールドだ。

「わぁ……お姉ちゃんもンフィー君も気持ちよさそう」

 アインズは沈静化が止まらずにいた。だが隣で喰いつくように二人の乱れ姿を覗き

ミラーオブ・リモート・オブ・ビューイング

見ているネムの姿を見ることで何とか冷静に戻り、即座に

を片づけ

る。これ以上ネムに性的な知識を教える訳にはいかない。何れお風呂場でした行為も

してはいけないことと、教えなければならないだろう。なぜ自分が教える羽目になった

のだろう……アルベドのせいか。

「ネムにはまだ早い」

「えーそうですか? 村では皆何となく知ってますよ? 子どもを作る行為ですよね

?」

「……だとしてもだ」

 農村の常識を一つ知った気がする。確かに狭い家である。若しかしたら夜、両親が合

体しているのを見かけることもあったのかもしれない。

473 事案8

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 そして暫くすると料理が二人分運ばれてきた。そう、ネムとアインズの分である。ア

インズは今回前々から思っていたことを実行しようと思っていた。

 そして料理を並べさせた後、メイドたちを下がらせた。不測の事態に備えさせるため

にパンドラズ・アクターだけを残した。

「あれ、今日はアインズ様も食べられるんですか? 2人分だと思うんですけど? そ

れともパンドラズ・アクター様が一緒に食事をとられるんですか」

「ああ。今日は私も一緒に食べようと思う。そのため私も一つ試してみようと思って

な。少し待っていてくれ」流

れ星の指輪

シューティングスター

 そう言うとアインズは

を取り出した。一度シャルティアで使用してい

るので、後2回しか使えない貴重な物である。最後まで悩んだ。いや今でも悩んでい

る。ただ人間に変身できるようにするためにこの指輪を使うことに対して。だが、これ

を使えば一度人間に戻れば大事なことが分かる気がするのだ。故に躊躇は捨てよう。

「ネム、今から私が知る中での最高峰の魔法を一つ見せてやろう。よく見ていると言い」

「はい! 見させていただきます!」

流れ星の指輪

シューティングスター

ウィッシュ・アポン・ア・スター

 そして

を使い

を発動させる。

私は願う

I WISH

「指輪よ

 以前使ったときのような多幸感をアインズに感じさせる。この魔法なら私が今しよ

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うとしていることが確実に叶うと信じて。

「私を人間の頃の姿に、任意で変身できるようにしろ!」

 その言葉で大きな力がアインズ全体にまとわりつき。自分が変わっていくのが分か

る。そして──

 ★ ★ ★

 勝った。間違いなく。胸の大きさで完勝しているのだ。ネム・エモットは論外とし

て、アウラもアルベドにかなわないと愛しの君は知っただろう。胸の大きさも懐の深さ

も。

 恐らく静かなのは沈静化が続いているからだろう。そうじゃなくても困惑はしてい

ても本気で嫌がって無かったはずだ。本気で嫌がっていれば、命令してきただろうか

ら。本気で命令されれば従うしかない。いや、家族になるのなら、本気の命令でも逆ら

う方が良いのだろうか? 要検討である。

 体を洗い終わった後も完璧だったはずだ。ネムという少女を利用して一緒に抱き着

いてみたり、それを見ているアウラを鼻で笑うと同じようにアインズに抱き着いてみた

りするのを見る限り、やはりアウラもどこかで妃になる事を望んでいる。それが分かっ

たのは今回の大きな収穫であろう。そして恥ずかしすぎて、一人で自分の階層に仕事を

するために逃げ込んだ以上、これ以上村長夫人と仲良くなることは不可能である。

475 事案8

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 勝つのは私だ。正妃の座は絶対に譲れない。第2妃や第3妃なら認めてやるが……。

そのためにはやはり村長夫人の協力が必要である。何とか今日でよりよい関係を作り

たい。そのためにはこのネム・エモットという少女を利用するのもいいかもしれないと

思っていた。実際体を洗う時役立ってくれたのだから。

 いやそれ以上にパンドラズ・アクターに感謝だ。村長夫妻と3人で夕食を取ることが

できる。ここできっと気に入られてみせる。残念なのはネム・エモットはアインズ様と

一緒にご飯を食べる?ことだ。観察されながら食べるということだろうか。

 それとも人間種か何かに変身して、ご飯を一緒に食べるということだろうか? 確か

以前、一緒に食べてみたいと言ってたと部下たちから聞いた気がするから、もしかした

ら、人間種か何かに変身されているのかもしれない。性交ができる体になってくれてい

れば万々歳である。

 ネム・エモットは確かに小娘にしては気が利く。ナザリックのことを大変褒めている

とメイドたちからも声が上がっている。きっと気に入っているのだろう。ペットみた

いに。アルベドもペットという立場に憧れはするが、正妃になるのを優先する。ならば

問題はないはずだ。

 将を射んとする者はまず馬を射よという。モモンガの正妃になるためには疑似的母

親である村長夫人が大きな力になるのは明白である。必ず信頼を勝ち取る。アウラは

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普段の業務に戻った以上……先程取られたアドバンテージ以上を獲得して見せよう。

 実際今だって頭を撫でられているのだ。(顔は強張っているが)

 必ず勝って見せる。そんな意気込みで食事を共にした。

 「アルベドさんは本当にアインズさんがお好きなんですね……その、お姿を変えられる

ほどに」

「はいっ! アインズ様が望めばどんな姿にでもなります!」

 一緒にお風呂に入るためなら子どもの姿にでもなって見せよう。そこまで深く愛し

ているのだから。

「アルベドさん。あなたがしないといけないことは何だと思います?」

 以前のアルベドなら仕えて尽くすことだと答えただろう。だが今は村長夫人の話で

それが正解か分からなくなっている。

「多分ですけど、アインズ様が欲しているのは、抱きしめてくれる誰かだと思います。も

ちろん自分の心の傷か何かを理解したうえで」

 なるほど、確かにそうかもしれない。だがどうすれば理解することができるのだろう

か?

「ただゆっくりと話すだけで私は良いと思いますよ。そしてお辛そうに、困っていたら

477 事案8

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抱きしめてあげる。それがあなたの目的の最短距離だと私は思います」

「ですがアインズ様はお辛そうにしている姿が……いえ、我々の在り方がお辛い気持ち

にさせていたのですね……ですが困った姿などおみせになられませんが」

「アインズさんは私を本当のお母様と重ねられています。これはきっとお辛い事があっ

てその傷が癒えていないからでは? アインズ様自身も気づいておられないかもしれ

ませんし」

 アインズ自身が気付いていない。それは確かにありそうだ。となるとやはりこの方

とアインズが話しているのを観察して、揺らぎを感じ取って、どこが傷となっているか

探すべきかもしれない。そしてその傷をいやすために行動する。それが最短距離だと

思う。やはりこの方と仲良くならなければ。

 アルベドは改めてそう思った。

 ★ ★ ★

 ──変身は成功した。だが……ある感情がアインズ否モモンガ否、鈴木悟の心を支配

心臓掌握

グラスプ・ハート

していた。自分は人を殺した。

で人を殺した、心臓を潰した感覚が残ってい

た。

 恐怖を感じた。自分は人を殺していながら何も感じていなかったのだ。そしてそれ

以上に友人たちに嫌われるのではないかとの恐怖が心の奥から次々と出てくる。

478

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 人間になっているため沈静化は始まらない。よって当然の帰結として、ここに誰がい

るかを忘れて、悟は絶叫していた。──

   ネムの目の前では大きな光が降り注ぎ、一瞬とはいえ目を閉じてしまっていた。そし

て目を見開くと見知らぬ男性が立っていた。

 恐らくあれがアインズの生前?の姿なのだろう。これで一緒にご飯を食べれるとネ

ムは喜んでいた。しかし、変化はすぐに起きた。

 「あああああああっ! 俺はなんてことを人を手にかけるなんて、違うんだ、たっちさ

ん、ウルベルトさん、ヘロヘロさん、皆許してください嫌わないで置いて行かないで─

─」

 恐らく友人たちの名前を呟きながら人を殺したことを謝っていた。多分自分たちを

助けた時のことだろう。自分だって同じ人間を殺したらこうなるかもしれない。そう

考えるとアインズが今まで罪悪感に締め付けられなかった方が可笑しいと思う。アン

デッドではなくなったから、人を殺した感覚があるのかもしれない。

 気づけばネムは泣いているアインズを抱きしめていた。いつも母が自分にしてくれ

479 事案8

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ていたように。

「アインズ様は何にも悪くないよ──アインズ様は私たちを助けてくれたんだから、お

友達の方も許してくれるよ、絶対に」

「──ネム……消えないんだ。あの兵士の心臓を握りつぶした感覚が……残ってるん

だ」

 アインズはネムの胸に顔を蹲せる。蹲せながらその目からとめどなく涙を流し、ただ

ネムに縋りつく。

「頼む、今だけは、人間の間はアインズじゃなくて、本当の名前である悟と呼んでくれ」

「分かったよ、サトル。いい子いい子」

 自分の胸に縋りつくサトルを優しく撫でる。母が自分にしてくれていたように。こ

うしていると大きいのに自分と同じぐらいの子どもに見えて、不思議である。

  気が付いた時パンドラズ・アクターもいなくなって二人きりになっていた。そこで慰

めながら今まで経験したことを思い出していた。

「皆ここを去って行ってしまった。事情があるのは分かってる。でも寂しいんだ孤独な

んだ!」

 泣きながらサトルが話すのを聞きながら思う。どうすれば自分はこの方を癒してあ

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げることができるだろうかと。

 思い浮かぶのは先程まで姉とンフィーレアがしていたことである。とても気持ちよ

さそうで幸せそうであった。それにネムも朧気ながら今日入浴した時にしたことが普

通ではないと理解していた。恐らくではあるが、エンリとンフィーレアがしている子ど

もを作るような事の延長線であると察している。

 思う。今この救世主を癒せるのは私だけではないかと。アインズという名前でなく、

本当の、生前の名前を名乗られて、自分に縋りつくように泣いているサトルを癒せるの

は。

 それに、みんな去ってしまって独りぼっちになってしまったサトル。私が癒してあげ

たいと思った。

 好きか嫌いかでいえば、サトルのことを好きだろう。自分や姉を助けてくれた。素晴

らしい物を見せてくれた。それにあの時視線を合わせて話してくれた。一緒にお風呂

に入った。嫌いだったら一緒にお風呂に入る、そんなことしない。できない。

 多分自分もンフィーレアとエンリほどではないが、この方に恋をしているのかもしれ

ないと思う。それはお風呂での行動による気持ち良かったことによる錯覚かもしれな

い。それに今自分に縋りついて泣いてる方に対して、自分は不釣り合いかもしれない。

いや不釣り合いだろう。あれだけ綺麗な人がいる以上、普通に考えたらああいった美少

481 事案8

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女がサトルを癒すべきだと思う。でも今まで心が強いと、偽って我慢していたサトル。

可哀そうだと思うし、凄いと思う。

 これが本当に恋かは分からない。でもそんなサトルのことが好きだと思うし癒して

あげたいと思う。

 ここの人たちは私でも分かるぐらい、家族ではなく部下であろうとしているのだか

ら。アウラだって娘と言われて嬉しそうにしていたが、部下であることを止めていな

かった。自分でもわかる。部下として接していたんじゃ癒すことは出来ない。時間を

かければ彼らも家族になっているかもしれないが、今は違うのだ。

 私が恋人に相応しいかは分からないが。しかし、今そんなサトルの隣にいるのは私な

のだ。彼女達ではなく。いや、恋人になることを考えるのではなくただ癒してあげた

い。そう考えれば、どういった行動を取るかは決まってくる。姉がンフィーレアにして

いたことやお風呂場でしたことをしてあげようと。

  そんなことを考えながらネムはただサトルを慰める。少しだけ泣く頻度が落ちてき

たので水分補給としてグラスに入っていた飲み物を一口飲む。その後反対側でサトル

に飲み物を飲ませる。サトルは逆らわずにコップの中の物を飲みほす。

 飲み干したグラスを短い手で必死に机に戻し。何故かはわからないが少しだけ思考

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能力が落ちて来ていた。それを無視して。ネムは縋りついてまだ泣いているサトルの

顔に両手を持っていき挟み込む。そして泣きながら不思議そうにしているサトルにキ

スをした。そのキスに呆然としているサトルのことをかわいいとネムは思った。

「私はサトルのことが好きだと思う。あの日私たちを助けてくれたサトルが大好き、私

に視線を合わせて、家族を大切にするように言ってくれたサトルが大好き。コロちゃん

を私のペットにしてくれたサトルが大好き、カルネ村のことを気にかけてくれるサトル

が大好き。ゴブリンさんたちを召喚させるアイテムをくれたサトルが大好き。ナザ

リックを楽しそうにして案内してくれるサトルのことが大好き……だから何にも怖く

ないよ、私はずっとそばにいるよ」

 言いながら思う。自分はサトルのことが本当に好きなんだと思う。呆然としている

サトルが少しだけ我に返ってこんな言葉を返してくれる。

「俺は……俺もネムのことが好きだと思う。助けた時にアンデッドなのに受け入れてく

れたことも、助けたことでたっちさんに近づけたと思わせてくれたことも、俺に恩を返

そうとしてくれていることも、俺と気負わず話してくれることも、ナザリックのことを

話して喜んでくれるネムのことを、あの日抱きしめて眠った時に感じていた人の暖かさ

もネムに貰った……私もネムのことを好きだと思う……前回一緒に眠った時に何か大

事そうなことが分かりそうだった……そんなネムのことが好きだと思う。だけど俺は

483 事案8

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ネムを一番に愛せない。俺は、俺にとって一番はナザリックだから……だからキスされ

る資格なんてない」

「一番じゃなくていいよ。多分そんなサトルを含めて私は、サトルのことが好きだと思

うから」

「ネム……」

「だから、お姉ちゃんやンフィー君たちがしているようなことしよう。きっと素晴らし

い事だと思うから」

 そしてネムとサトルの距離がもう一度短くなり──

         頭が痛い……多分眠る前に泣いてネムが差し出してきたグラスに入ってるお酒を飲

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みほしたからだろう。そして周りを見るとシーツや布団に血がついてあって、隣では自

分に抱き着くようにネムが眠っていた。そして眠る前にした行為を思い出す。事案の

ことを思い出してしまう。

「俺はなんてことを……なんてことを─!!」

 ネムを起こさないように小声で叫ぶという器用な真似をアインズはしていた。

 だが後悔は無かった。鈴木悟はずっと孤独だったのだ。友人たちができたおかげで

孤独は一度消えた。しかし得た友人をまた失ってしまったのだ。喪失感は大きかった。

だから孤独を癒してくれる、自分をただ抱きしめてくれる誰かを待ち望んでいたという

ことをようやく理解したからだ。そして抱きしめてくれる人を手に入れることができ

たのだから。

 今度は絶対に手放したくないと思った。

485 事案8

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事案9

  妹がおかしい。エンリ・エモットはそう感じていた。毎日寝る時間になると、ナザ

リックという場所で寝起きしているのだ。何故自宅で眠らないのか。何かがおかしく

感じた、エンリ・エモットは村の母親役である村長夫人に助言を頼み、3人で話すこと

になった。ここに自分の母親がいてくれればと思う。そうすれば村長夫人の手を煩わ

せずに解決できたのにと考えてしまう。

「ネムちゃん? 私の言う事に正直に答えて?」

「はーい!」

 変わらない妹の元気な声が家の中に響く。最近いつもより元気な気がするのは気の

せいだろうか。いや元気な気がする。間違いない。

「毎日あの宮殿で寝泊まりしているらしいけど、一体何をしているの?」

 ネムはコロちゃんに顔を預けてモフモフを堪能しながらだろう。そうしながら答え

た。

「お姉ちゃんやンフィー君の邪魔にならないように、サトル……間違えちゃったアイン

ズ様のお部屋で寝泊まりしています!」

486

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「ネム!」

 思わず声を荒げていた羞恥心からだろうか。確かにネムがいない事で毎日その、恋人

の営みをしてきたが……。気を遣わせていたのだろうか……。というより分かって

言ってるのだろうか?

「ネムちゃん? それだけじゃないでしょう」

 その言葉に、視線を少しだけ下げてネムは応えた。エンリには想像できない言葉で。

「……実はお姉ちゃんたちがしていることと、同じことをアインズとしています」

 目を見開いた。アンデッドと性的なことをしている。どうやって、いやそもそも、ア

ンデッドに性欲はあるのか、なぜそのような事になったのか。何故呼び捨てにできるほ

ど親しくなっているのか。エンリは不思議であった。というよりこれはもう自分が解

決できる事態を大幅に超えている。思わず村長夫人に縋ってしまう。年の功で何とか

問題点を解決してほしいと考えて。村長夫人も頭を痛そうにしているのが目に入った。

希望は無いのだろうか。

「……どうやってそう言う事をしているの?」

「えっと、アインズ様が人間に変身して悲しそうに泣いてて、慰めているうちにお姉ちゃ

んたちがやってることをすれば、サトルが救われるかなと思って」

「そう……人間の時のお名前はサトルっていうのね? ひどいことはされてない?」

487 事案9

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「うん! とっても優しくしてくれてるよ!」

 村長夫人が大きく息を吐いた。自分も同じく溜息を吐きたい。

「ナザリックの人たちより先にあなたが、アインズさんの家族になるとは思っていな

かったわ……でも酷いことをされていないなら望むべき縁談かもしれないわね」

 村長夫人がいう。確かにアインズと結婚すればネムは幸せになるだろう。あれだけ

魔法詠唱者

マジック・キャスター

の財力を所持していて、とても強い

なのだから。

 村長夫人のおかげで一つ謎が解けた、解けた謎は大きすぎる問題があるが、ネムが幸

せになれるなら良いだろう。そう思う程度には達観できていた。だけど不思議に思う

のは何故、私とンフィーレアの営みをネムは知ったのだろうか?

 確かに農村では動物のそういうところや、祭りの時に茂みに行く男女がいるのは確か

だ。だがこの年齢の時に正しい知識をエンリは持っていただろうか。いや、持っていな

かったと思う。

「ネム、その知識をどうやって知ったの?」

「えっと、以前泊らせて頂いた時にどうやって、私たちを見つけてくれたのかネムが聞い

てみたの。それでその、気持ちよさそうにしているお姉ちゃんたちを見ちゃったの。

ちょっとだけしか見せてくれなかったけど」

 エンリは救世主に営みを見られたことに羞恥心が込み上げて来ていた。あんまりで

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ある。一度救世主は恥ずかしい目に合えばいいのに。そう、感じてしまった。

 ★ ★ ★

  今日も起きると横にはネムがいた。その事にアインズは安堵していた。自分は一人

ではないと。アンデッドではなく人間に変身できるようになったことで、気づいた。人

を殺してしまった事に対する恐怖を。いやそれ以上に人を殺したと知った時のギルド

メンバーたちの自分を見る目を思ってしまった。人殺しと罵られて嫌われてしまうか

もしれないと。

 それをネムは大きな優しさで包み込んでくれた。それが無ければ、ギルドメンバーに

見捨てられるという悲惨な想像から立ち直ることは出来なかっただろう。

 ネムは既にアインズにとっていや鈴木悟にとって家族といえた。ナザリックの者と

どちらを優先するかといえば、苦渋の決断の後、ナザリックの者を選ぶ程度には家族で

あった。いやその時が来れば、もしかしたらネムを選んでしまうかもしれないが。

 そんな究極の選択をしないで済むように行動するのが今のアインズの中の鈴木悟の

目的となっていた。

 最近はネムは毎日ナザリックに泊り……いや自分の部屋に住んでいるというのが正

しいのだろうか? 毎日自分の部屋に来ている以上……泊りに来るという表現は正し

489 事案9

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くない。帰ってきてるのだから。ネムにとっても悟の部屋はもう一つの家となってい

るだろう。そう信じたい。転

移門の鏡

ミラー・オブ・ゲート

 そのための方法として

を利用してナザリックの自分の居室とネムの住む

エモット家を直接つなげるようにしている。エンリは既に恋仲となったンフィーレア

と一緒に眠るためにネムたちの両親の居室で寝泊まりしているため、エンリとネムの部

屋はネムの一人用になっていた。

月光の狼

ムーンウルフ

 問題は防備性であるが、ネムが自分の居室に来るときは常に

が居座る事で迷

い込まれないようにしていた、カルネ村じたいもコキュートスが滞在しているため、あ

る程度以上の防備が確保されているため、カルネ村とナザリックを常に繋ぎ続けるよう

にしていた。

 あと、たっち・みーに逮捕されることについては自身の中で決着が付いていた。端的

に言えば吹っ切れたのである。事情を説明すればきっと執行猶予にしてくれると信じ

て。

 土下座あるのみである。それでワンチャン許してくれると信じている。許してくれ

るといいな。どちらにせよ後には引けないが。

  あれから暫く日数は立つが悟は毎日のようにネムに手を出していた。性的に。ナザ

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リックは性的欲求を刺激してくる存在が多いのだ。アルベドやシャルティアはもちろ

んだが、一般メイドだってその美しさから性的欲求を擡げさせる。

 今、悟は誓っていた。親友の娘にだけは死んでも手を出さないと。それだけは絶対に

許されないと考えていた。だが、ネムの数段以上、美しくて性的欲求を発生させる美女

や美少女たち……彼女たちがいる限り、いつ自分自身の欲望のはけ口にしてしまうか分

からない恐怖がある。故に夜、愛してくれているネムと一緒に欲望を発散しているの

だ。最低である。

 ネムは早熟だったためか痛みをあまり感じていないのが救いである。いや2回目以

降、PvPの経験からか最低限気持ち良くさせることは出来ていると思うが。何となく

ネムの体の弱い部分は分かってきているのだ。ペロロンチーノを超えた変態である。

 だがその関係も何れ断ち切らないといけないと思っていた。疲れて眠りながら泣い

ているネムを見てしまった。「お父さん、お母さん」と呟いているネムを。電流が走った

思いだった。ネムは自分を孤独から救ってくれた。だがネムの孤独は癒されていな

かったのだ。考えてみれば10歳である。両親を求めるのが普通であり、今の悟とネム

の関係の方が異常である。それを理解したからこそ、考えを改めた。自分の欲望は我慢

できるものであり我慢しなければならない物である。だからこのネムと今の自分の歪

な関係に終止符を打とうと。

491 事案9

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  ★ ★ ★

 アインズはカルネ村にいつも連れ立っているユリ・アルファではなく、今回は初めて

ペストーニャを連れ立って来ていた。そしてそれを村中の人々が出迎えてくれた。も

ちろんネムも。ネムはペストーニャを見ても、会ったことがあるから驚かないのは分か

るが。他の村人たちも驚いていない。恐らくなれたのだろう。人間以外に訪れる者の

ことを。

「ようこそおいでくださいました、アインズさん? 今日はどういったご用件で?」

「いらっしゃいませ、さ、アインズ様!?」

 ネムが悟とアインズの言い方を間違えかけているのに少しだけ内面で笑ってしまう。

だがここで事件が起きた。そうンフィーレア・バレアレである。彼は自分がアンデッド

であることを知らなかったからだ。

「エンリ、ネムちゃん下がって!?」

 だがそれは村人中から誤解であり、自分達を救ってくれた人であるということで恐々

としながらも納得してくれたのだろう。最終的には、「誤解して申し訳ありません、村の

皆を、エンリを助けて頂いて本当に感謝しますありがとうございました」と深々と頭を

下げてきたからだ。

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 ……前回の話し合いの結果か村長も自分を様付けすることを止めてくれていた。仲

良くなった証拠といえるだろう。嬉しい事である。畏まられすぎるのは、肩がこる。N

PCたちももう少し砕けた態度を取ってくれると嬉しいのだが……最近アウラやマー

レは砕けた態度をとることが多くなってくれたのが救いである。お風呂での惨劇から

は目を逸らすが。

 そしてネムは先程まで一緒にいたためか間違えて名前を言い直している可愛いと思

う。今から手放すと思うと、アンデッド状態でも胸が締め付けられ沈静化が発動する。

だがそれが一番いいのだ。ネムのためにも、これから支配者としてナザリックに君臨す

るためにも。

「今回は一つ実験を行うためにこの村に訪れさせて頂きました」

「実験ですか?」

「はい、実験です。本当はもう少し早く行うべきだったのですが……まず謝罪させて頂

きます」

 アインズは大きく頭を下げる。誠意を見せるために。それに慌てるのは村人たちで

ある。救世主に頭を下げさせるなんて許される事ではないからだろう。ネムも驚いて

いる。そしてペストーニャは自分に追従するように頭を下げている。事前の打ち合わ

せ通りである。

493 事案9

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「そんな、どうか頭をお上げください!? 我々はアインズさんに助けられてばかりで何

も返せていないのですから」

「いいえ、充分報酬を頂きました……押し問答が続きそうですので、本題に入らせて頂き

ますね」

 一度言葉を切る。ここからが本題だ。

「こちらは、ペストーニャ・S・ワンコという私の家族の一人です。そして蘇生魔法の使

い手です」

「ペストーニャ・S・ワンコと申します……わん」

「そせい、まほう?」 

「そせい、まほうとはあの?」

 村長と村長夫人が呆然と呟く。いやネムや村人全員が今のアインズの言葉に驚いて

いる。この世界において蘇生魔法が貴重な物ではあるが存在していることは、パンドラ

ズ・アクターたちの尽力で入手出来ている。もちろん下位の蘇生魔法である以上、現地

の蘇生魔法での蘇生は不可能だろう。

 自分達が関与しなければ。蘇生は不可能なはずである。だがもう自分は迷わない。

母と似た人を喜ばせたいという気持ちもある。そして恋人となったネムの心を守りた

い。そう思ったからこそ、パンドラズ・アクターと相談の結果で蘇生させるのだ。

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 パンドラズ・アクターからは容易に許可が下りた。死者蘇生させることで人口を元に

戻し、王国への革命のための人口を増やすためにという当然の考えと、ここでアインズ・

ウール・ゴウンの伝説を作る事により、他の友人たちの目印にするために行うべきとの

許可を得ている。故に後は彼らの同意を得るだけである。

「あなた達の許可が得られれば、帝国の兵士に偽装した法国の者たちに殺された者たち

を、全員蘇生させようと考えております。今まで蘇生魔法があったのに黙っていて申し

訳ありません。私には覚悟が無かったため遅れてしまいました」

 村人たちは呆然としている。そんな中、意外にも早く復帰したのは村長ではなく村長

夫人だった。

「アインズさん。ありがとうございます。ですがなぜ、そこまでの厚遇を我々に与えて

くださるのですか? もちろん友人たちを蘇生して頂けるのは嬉しいです。ですが理

由をお聞きしたいのです」

 母と似た人が喜ぶからという理由、恋人の心を守りたい。など理由はたくさんある

が。それは言わない。それは内に占めておくべき感情である。実際この実験には色々

とした利益がナザリックにあるのだから。

「私があなたたちを、気に入っているというのもあります。ですが我々にも利益があり

ます。私の知っている蘇生魔法ではいくつかパターンがあるのです」

495 事案9

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 蘇生した場合どこで蘇生されるのか? 一つ目が死んだ場所での蘇生。二つ目がダ

ンジョンなどの入り口での復活。付近の安全な場所での蘇生。本拠地での蘇生。

「私が知る限り死者蘇生はこの4つのどこかで蘇生されます。どこで蘇生されるのか?

 それを確認するのが今回の実験です」

 村人たちが多少理解しているように感じる。いや理解できないのが理解できたとい

う雰囲気だろうか。とにかくにも自分にも利益があることは理解してくれただろう。

「ただし、死者を蘇生させるためには金貨や宝石など価値のあるものの利用が不可欠と

なります。これをあなた達は用意することができますか?」

 村人たち全員が顔を見合わせる。先程まであった喜びの感情は薄くなり、絶望的表情

である。当然であるアインズが知る限り、この村に60人近くを蘇生させるための宝石

などが用意できるとは思えない。いやンフィーレア・バレアレなら一人か二人までなら

蘇生させるための金銭があるかもしれないが、それでは周りからにらまれて蘇生しても

蘇生されなかった者もいるので不幸な事になるだろう。それが分かっているからかン

フィーレ・バレアレは無言を保っている。ネムは呆然と「もう一度お父さんたちに会え

るの」と呟きが聞こえてきたがあえて無視した。無視しないと、耐えられそうにないか

らだ。

「村長、革命の件は村人たちに話していますか?」

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「はい、多少は説明しており全員の了承を得ております」

「……分かりました。私はあなたたちを信頼しています。宝石などは一旦私が立て替え

ます」

 その言葉に村中がざわつく。喜びだからであろう。確かに大金であるが、村人を蘇生

させる程度なら、パンドラズ・アクターの配下で働いてくれている人間のおかげで、財

政面ではプラスの収支になっているからだ。

「おお」

「ですが何年かかっても構いません必ず返却してください。信頼していますよ? 村

長、奥様、村人の人たち」

「勿論です、アインズ様」

「では少々実験の準備をするのでお待ちください。パンドラズ・アクター! 宝石類を

持ってこい!」

 その言葉に呼応するように、ゲートからたくさんの宝石類を所持しているパンドラ

ズ・アクターが出てきた。打ち合わせ通りである。

「お持ち致しました、アインズ様!」

「村長それに奥様、私はこのままアンデッドの姿で彼らの蘇生に立ち会おうと思います。

彼らが混乱した場合なだめる作業をお任せしてよろしいでしょうか?」

497 事案9

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「勿論でございます。アインズさん」

「……村人たちをたしなめるのはお任せください、アインズさん」

 2人だけでなく、全ての村人が頷いてるのをアインズは見守る。

(ああ、やはりここに住む村人たちは良い人ばかりだ……憧れるよ。リアルで出会えれ

ば何か変わったかもな)

「ではペスト─ニャ、実験を頼む」

「畏まりました、わん」

 そしてペストーニャが蘇生魔法の行使を始めた。一人目の村人がよみがえった。村

の中で行ったが、墓地ではなくて村で蘇生された……これは、自分の本拠地で蘇生され

るということだろうか。それとも殺された場所がここだったのだろうか……。体はと

てもだるそうであり、混乱から抜け切れていない。そしてアインズを見て恐怖心を露に

しているが、村人たちが事情を説明すると一人目の村人はアインズに対して土下座する

ように畏まった。

 それが何度も繰り返される。そして遂にエンリとネムの両親の蘇生の番が来たのだ

ろう。二人が泣きながら事情を説明しながら抱き着いている。村人がペストーニャの

蘇生魔法に従い徐々に蘇生されていく。みんな混乱から中々立ち直れていないようだ

が、少しづつ落ち付いてきているように見える。そんな時だった村長夫人が目の前に来

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たのは。

「ありがとうございます、アインズさん。みんなを蘇生させてもらって」

「いいえ、構いません。私にもメリットがある事ですので」

「それと、ネムの事よろしくお願いしますね? 不幸にしたら許しませんから」

 少し虚をつかれた。思わずまじまじと村長夫人を見てしまう。何故自分たちの間柄

が知られることになったのか不思議で。そう不思議そうに思った事が分かったのだろ

う。さらに言葉を投げかけられていた。

「エンリが疑問に思って、私に相談してきたので3人で話し合ったんです。その時色々

と聞かせて頂きました。本当なら小さい子に手を出してと、怒るべきなのかもしれませ

んが……私はネムとあなたを応援します。ただ、ナザリックにいる人たちのことも気を

配ってあげてくださいね? 特にアルベドさんはあなたの妻になる事を心から望んで

いるように感じましたから」

 確かにアルベドは自分の妃になる事を望むだろう。だがそれは自分が書き換えてし

まった故に生み出されてしまった感情だと思う。最近シャルティアや恥ずかし気にし

ているアウラを見ていると少しだけ、素で自分を愛しているのかなと思う時もあるが。

だとしても自分から見ると彼女は親友の娘なのだ。より小さい子に手出しているが、親

友の娘に手を出すよりはましだと信じている。

499 事案9

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 そんなことを思っていると、思いがけない言葉が村長夫人から満面の笑みで言われ

た。

「それと、皆を蘇生させてくれて私たちを幸せにしてくれて、本当にありがとう、サトル」

 その言葉に思わず沈静化が発動する。何故知っているのかということを。悟という

名前はネムから聞いたのだろう。さっきも言い間違えかけていたから、2人に問い詰め

られた時にぽろっと話してしまうのは分かる。

 だが何故その名前で呼んだのか。聞こうとしたときにはすでに村長夫人は、今蘇生さ

れて困惑している女性に服をかけながら事情を説明している。その女性も事情を聴き

終わると自分に土下座している。もちろんペストーニャにも。

 それを見ながら不思議に思う。なぜ私のことを悟と呼んだのか。いや若しかしたら

……自分が母と重ねていたことを知っていたのだろうか? では何故知っているのか。

傍にいるパンドラズ・アクターに問いかけていた。ある確信を持ちながら。

「パンドラズ・アクター」

「お呼びですか? アインズ様!?」

 いつものように変わらない大振りな動作と、大きな声で帰ってきた。本当にいつも通

りのパンドラズアクターである。もう慣れた。

「彼女に話したか? 私が自分の母と重ねていることを」

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 だが今必要なのはそのパンドラズ・アクターではない。今必要なのは宝物殿で話した

時のようなパンドラズ・アクターが必要なのだ。声は若干責めるようになったかもしれ

ない。

「はい、それとナザリックの人間軽視を改めるためにナザリック全体にも周知いたしま

した」

「……そうか」

 パンドラズ・アクターに言いたい事は色々ある。勝手に自分の個人情報を話しやがっ

てとか。母に重ねているなんて、恥ずかしいことを当人に伝えるとか。しかもナザリッ

ク全体に周知するとか、普通ないだろうとか。

「現在ナザリックが少しざわついているのは、それが理由か?」

 今現在ナザリックはアインズにも分かる程度には混乱しているように見える。この

ことが原因だったのだろう。

「お気づきでしたか? 多少それもあります。ですが、悪い方向には動いてないのでご

安心を。むしろ良い方向に動いていると考えてよいかと」

「そうか……お前がそう言うなら、問題ないというならそうなんだろうな」

 思うところがないわけではない。だが、だからこそ村長夫人はあれだけ自分に親身に

なってくれたのだろう。となるとパンドラズ・アクターを責めることは出来ない。

501 事案9

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 いや最後に悟と呼ばれたこと……それを考えればパンドラズ・アクターに言う言葉は

きまっている。

「ありがとう、パンドラズ・アクター。俺が心の底で望んでいた本当の名前で読んで貰う

という願いが叶った……お礼と言ってはなんだがお前にはこれを渡して置こう」

流れ星の指輪

シューティングスター

 そう言いながら

の指輪を取り出す。パンドラズ・アクターはアイテムが

大好きである。既に2回使っていて自分には必要のない物だ。この辺りで功を報いて

やらねばならないだろう。

「おお! この指輪はっ!?」

「今までの感謝を込めてお前にやろう、パンドラなら変身して使うことも可能だからな。

いや変身せずとも使えるのだったかな。まぁどっちでもいい。自由に扱うと言い」

「感謝いたします、アインズ様!」

「構わん。だがやはり、名前で呼ばれるのは嬉しいが……物足りなく感じてしまうな」

 あの日、母が死んでいなければこんな気持ちにもならなかったのだろう……やはり似

ている人に呼ばれるだけでは物足りなく感じてしまった。

  そして近づかずにアインズは眺めていた……ネムが自分から離れてしまうだろうな

と思いながら……。自分以外に抱き着いている姿を見ると両親と知っていても嫉妬し

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てしまいそうである。

 そしてエンリの両親たちがある程度落ちついてからだろう。エンリの恋人であるン

フィーレア・バレアレが村中に聞こえるように叫んでいた。

「お義父さん、娘さんを僕に下さい!」

 そう彼は叫んでいた。そして顔が真っ赤になっているエンリと何故か、最初茫然とし

ていながらニコニコとこっちを見ているネムの姿が目についた。

 えっ?

 ★ ★ ★

 アルベドは気づいていた。ネム・エモットと愛しの君がただならぬ関係になっている

ことに。だがなぜそうなったかは分からなかった。だが毎日アインズの部屋に訪れて

いるとの状況証拠とサキュバスとしての勘が間違いではないと囁いていた。

 やはり村長夫人と最初から仲が良いというアドバンテージが大きかったのだろうか。

 だがそれ以上に……何か救われたような表情をする主に泣きたくなっていた。私た

ちが、私が本当なら癒すべきだったはずなのに、だが怒りは感じない。自分が悪いのだ。

孤独という物に怯えていたモモンガに気付くことができなかった……。外部にいる村

長夫人に言われてはじめて気づいたのだから。

 だがこれ以上負けることを看過することは出来ないでいた。しかしどう行動すれば

503 事案9

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家族になれるのか……ナザリックにいる者全てが分かっていなかった。あの日ナザ

リック全体にモモンガの母親に似た人物がいるという情報はナザリック全体に激震を

走らせた。そして似ている村長夫人が言った言葉、家族を求めて我々の変革を求めてい

るのではないかとの言葉でもう一度激震が走ったからだ。特にあの場にいたNPCた

ちの動揺はすさまじい。その動揺がナザリック全体に伝播しているのだ。一度は家族

になって見せようと考えたが、どうすれば家族になれるか誰もが分からなかったからで

ある。

 現時点で普段通りの業務を行えているNPCは少ない。補給と外担当のデミウルゴ

ス、王国革命計画そしてナザリック内担当のパンドラズ・アクター、カルネ村の連絡役

のユリ・アルファと裏の護衛役コキュートスと数えられる人物しかいない。

 その中で後者二人が動けているのは単に自分の役目がモモンガの命よりも大切な物

と理解しているからである。他の者たちは何とか惰性で任務をこなしているに過ぎな

い。作業効率の低下は著しい物がある。

 アルベドとて同様だ。もしパンドラズ・アクターがいなければナザリックは致命的な

機能不全に陥っていただろう。

 家族になりたい。だがなり方が分からない。ネム・エモットの真似をすれば家族にな

れるだろうか。いいや違うはずだ。家族のなり方は他にもあるはずである。やはり、以

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前村長夫人に言われた通り、モモンガが悲しんでいることを見つけて癒すしかないのだ

ろうか。だがその方法は恐らくネム・エモットに使われてしまった……。となるとやは

り同じ方法になるのだろうか? 駄目だ思考が堂々巡りを起こしている。

 格下と侮っていた人間の方がモモンガの傷を癒す。我々は何をしていたのだろう。

 なぜ誰も気づくことができなかったのだろう。モモンガの孤独を。私だけは気づく

べきだった。愛することをモモンガに許された時点で。それだけで、モモンガは孤独の

渦にあることを気付くべきだった。それを村長夫人に教えられるまで気づかないなん

てどうかしている。

 いやパンドラズ・アクターだけは、あるいは自身と同様に知っていた可能性もあるか

もしれないが。彼だけはモモンガに創造されたNPCなのだから。いや後で聞いた話

だが村長夫人に部下の様に振舞いながら家族と言う言葉を強調していたとユリ・アル

ファから聞いたことを勘案するに……つまり村長夫人がその事に気付くように誘導し

たのかもしれない。なぜ直接言わないのか……。その理由もアルベドは察している。

創造主に置いて行かれていないからだろう。我々は多かれ少なかれ、彼に嫉妬している

はずだから。置いて行かれたものとして、置いて行かれなかった者に。

 どうやって家族になるべきか。これは自分で答えを導くべきだと本能が言っていた。

しかし理性はパンドラズ・アクターに聞くべきだと言っていた。彼は聞けば答えてくれ

505 事案9

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るだろうという確信があった。

 いや本当は家族になる方法は気付いている。子どものように甘えればいいのだ。ア

ウラのように。アウラは既に一歩踏み出している。甘えるという行動を取ったことで

(私がその行動を台無しにしてやったが)。

 元々、御方々の子どもとみなされている以上、実際に子どもである、アウラとマーレ

は主従関係が薄いはずだからである。

 しかし、アルベドは無理矢理小さくなったまがい物にしか過ぎない。どうすればいい

のかアルベドは全く分からなかった。それにアルベドは子どもとして家族になりたい

のではないのだ。妻として愛する方を支えたいのだ。どうすれば妻として家族になれ

るか見当がつかないでいた。

 だが止まるわけにはいかなかった……既にネムにリードを許してしまったのだ。こ

のままでは独走態勢に入られて手が付けられなくなるかもしれないからだ。

(この際第2妃でも構わない。何とか妻として食い込まないと……でもそのためには妻

として家族にならないといけない……どうすればいいのよ)

 アルベドは情けなく涙目になっていた。それで思った。このままでは勝てないと。

そこで一つ疑問に思った事をパンドラズ・アクターに問いかけるために探していた。見

つけた。意外と簡単に見つかった。私やほかのNPCの代わりをしていて大変だろう

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が付き合って貰おう。

「パンドラズ・アクター、一つ聞かせて?」

「何なりと。ただ手短にして頂けると幸いです!」

「分かったわ。なら単刀直入に聞くわ。モモンガ様のお母様の蘇生は、本当に不可能な

のかしら?」

 今からでも本当のお母様を蘇生させることができれば巻き返しができるのではない

か、私の発案で蘇生すればモモンガが喜ばれるのではないか、そしてその御方と私が仲

良くなれば、妃として推してくれるのではないかと。そう考えてパンドラズ・アクター

に問いかけていた。

「……リアルとこの世界では既存の法則が異なっております。故に不可能であると断じ

ましょう」

「そう、分かったわ」

 アルベドは去っていった。元々無理だとは思って、他の方法を考えなければならない

と考えていたからだ。可能であればモモンガが既に実行に移しているだろうから。だ

からパンドラズ・アクターの最後のつぶやきを聞き逃していた。

世界級

ワー

「そう、第10位階の蘇生魔法では届かなかった。しかし

いえ、超位魔法ならある

いは……憶測にすぎませんがね」

507 事案9

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 ★ ★ ★

「死者の蘇生ね……ある程度の力があれば復活自体は可能だが……ただの村人を蘇生さ

せる部下がいるね……」

魔法詠唱者

マジック・キャスター

 思わずため息を吐いていた。成程、

で俺を遙かに超えているのはよく理解

できた。だがそんな奴も以前は弱かったということをパンドラズ・アクターから聞いて

いるし、変に人間味もあるから事実なのだろう。

 今見たのは完成された姿だ。ならば俺は剣士としてあいつに迫らなければならない。

ガゼフやシャルティアに勝利するためにも。

 頂きの高さは再確認できた。これは村人蘇生を行い混乱している村人たちを宥めた

りして混乱から解き放ちアンデッドの姿でも友好関係を結ぶための時間だ、なら俺には

関係がない。俺は求道者だ。ただ頂きを目指すために、シャルティアを仮想敵にしても

う一度、鍛錬に戻った。仮想敵のシャルティアに何度も小指の爪ではじき返されるのを

繰り返す。どうやっても届かない。そんな言い訳を彼方に追いやりながら。

   そしてそれを見ている男がいた。村人たちが行っていることを見ながら、離れながら

透明化のマジックアイテムで姿が映らないようにして、邪魔にならぬように護衛をして

508

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いる男だ。コキュートスである。強くなることに命をかけている、ブレインを眺めてい

た。自分と比べれば弱すぎる。しかし、何かがあるように見えた。

 武人としてこの男が高見に上るのを応援したいという気持ちも芽生えていた。

 コキュートス自身現在のナザリックが転換期にあるのを気付いていた。アインズの

真の望み、家族を作るということを聞いて、動揺していた。自分は御方の剣であろうと

していたからだ。だがそれではいけないと気づいてしまったからだ。何がどういけな

いのかは漠然としか分かっていなかったが。

 そのためどうすればいいのかは分からなかった。どうすれば家族になれるかを……。

その隙間を縫うように今のコキュートスにはある願望が生まれていた。この男を徹底

的に鍛えてやりたい。まるでシャルティアを仮想敵にしているように動くこの男を。

(アルイハコノ男ト親シクナレバ、家族トハ何カ聞キ出セルカモシレナイ)

 そんな思いでコキュートスは夜半村の者が寝静まった頃に護衛の邪魔にならない程

度で修行を付けてやろうと決めていた。

509 事案9

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事案10

  村人たちが蘇生された。その言葉に蘇った自分達は、元から生きていた村人たちの話

を受けて、蘇らせてくれた人とその主である、アンデッドに膝をついて土下座していた。

死んだはずだった人生をもう一度歩ませてくれる感謝しかない。土下座しながら息を

吐き生の実感を得ていた。そんな中だった、ンフィーレア・バレアレから言葉がかかっ

たのは。

「お義父さん、娘さんを僕に下さい!!」

 エモット夫妻は、驚いていた。自分たちが死んでいる間に何があったか分からずにい

たが、顔を真っ赤にしながらも驚いていない上の娘の表情を見て……自分たちが死んで

いる間きっとエンリをンフィーレア・バレアレが支えてくれていたのだろうと。

 そう思うとンフィーレア・バレアレには感謝の言葉しか出てこない。だが父親として

はしなければならない事がある。重たい体で立ちあがり、ンフィーレア・バレアレの方

を向く。

 深く90度以上に頭を下げていた。元々ンフィーレア・バレアレが娘のエンリのこと

が好きだということは察している。むしろ娘が気付かないことに危機感、少しだけ焦燥

510

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感すら抱いていた。

 ンフィーレア・バレアレは薬師として有名であり、エンリが結婚することに異存はな

い。

 しかし怒りを覚える。自分たちがいない間に恋仲になったことに対して。親の目を

結んで娘を女にしたのは許せない。死んでいたという仕方がない理由があったとして

も。

「ンフィーレア君」

「はい、お義父さん」

 その言葉に反応したように顔を上げるンフィーレアを、体が鉛のように重い中力を必

死に振り絞り腕を振りぬき殴る。衝撃を受けたようだが、一歩もあとずらずに受けたこ

とは驚愕である。ぶっ飛ばすつもりで殴ったのだから。倒れるぐらいはしてもらおう

と思っていたからだ。自分が弱くなったのか、彼が強くなったのか、どちらかは分から

ない。若しくは両方か。

 だがどちらにせよこれ以上は無粋だ。充分である。

「娘をよろしく頼む、ンフィーレア」

「……はい、任せてください、命に代えてでも僕がエンリを守ります!」

 村中から歓声が沸く。ンフィーレアがエンリと結婚することは他の村人たちも異存

511 事案10

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はないのだろう。村中を見渡すと、気づけばゴブリンの姿も見えた。危険かと思った

が、ネムが召喚した魔物であり、仲良くできると説明を受けて驚愕を受けた。

 さらに言えばネムの衣装が変わっていることに今気づいた。まるで王族が着るよう

な衣装である。いったい何があったのか少しだけ不安に思う。しかし村の救世主に近

づいて何かささやいているのを見ると気に入られたのかもしれない。そう思うと、自分

の娘を誇らしく思う。救世主に気に入られたことに対して。

 そしてエンリの顔が村中の騒ぎと反比例するように真っ赤になっている姿に笑顔を

浮かべてしまう。

 しかし蘇生直後に無理矢理力を使ったせいだろう。立っていることができずに膝ま

づく、それを慌てたようにンフィーレアが支えてくれた……。

(ああ、彼なら娘の婿として申し分ない)

 そう思いながら鉛のような体をンフィーレアに預けて意識を失った。途中でネムが

驚いていたうえで、救世主に近づいてニヤニヤしているのは何故か分からなかったが。

単純に姉の恋人ができたことに驚いたのかもしれない。そう思いながら笑顔のまま意

識を失っていた。

 このとき彼らはまだ知らなかったのである。ある事実に。

 ★ ★ ★

512

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 エンリの家族は全員救世主の家に招待されていた。あれから一度意識を失った父を

心配したが、単純に異常な脱力感の中、自分の恋人を殴るのに力を使ったせいだろうと

確信していた。そんなことしなくても良いと思うのだが。ンフィーレアも納得してい

るのだから必要なことなのかもしれない。なぜ必要かは分からないが。

 だが死んだはずの両親に認められて、晴れて恋仲になれたのは嬉しい。村の救世主に

感謝である。それとも義理の弟に感謝であるといった方が良いのだろうか……。悩ま

しいところである。義理の弟になるということが。

 恐らくであるが、今回エンリたちが全員で招待されている理由に、エンリは気づいて

いた。あの時のニヤニヤとした表情のネムと想定外のことが起きたかのように慌てふ

ためいていた救世主……もう答えは見えていた。一体どういう風になるかは疑問に思

うが、無事に終わってほしいと思う。

 そして自分たちはユリ・アルファの先導に従い黄金の宮殿を歩く。確かにネムが言っ

ていたように素晴らしい宮殿で畏怖を覚えてしまう。普通ならこんな凄い場所に訪れ

ることなどない。しかしそんな中慣れているかのように宮殿を歩く、ネムには姉ながら

感心してしまう。よくここまで純真でいられるものだと。いや、ここまで純真であった

からこそ、この宮殿の主の心を射止めることができたのかもしれない。

 そして一つの部屋に案内された。そこには骸骨の姿ではない人間の姿の村の救世主

513 事案10

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?がいた。ネムが「サトル」と言って抱き着いているのだから間違いないのだろう。こ

こから起きることを察しているのはエンリとンフィーレアだけである。ンフィーレア

には恋人として同じベッドで寝起きしている時に途中で事情を話したからである。す

ると彼も年齢差を考えなければとてもいい縁談であると納得してくれていた、両親は気

づいていない。むしろ気付けるはずがない。大人の大魔法使い、しかも骸骨のアンデッ

ドと娘が恋仲になっているとは思えないだろう。

 これからどういう行動になるか全くわからないが、隣にンフィーレアがいるだけで、

未来を歩んでいけそうな気がしていた。エンリは勇気をンフィーレアからもらってい

たのだ。

 ★ ★ ★

  悟はとても緊張していた。そう、今からンフィーレア・バレアレが行った事と似たこ

とをしないといけないからだ。年齢を考えれば普通にアウトである。だがそれでも逃

げ出すわけにはいかない。あのワクワクとしたような表情のネムを見ていると……逃

げ出すことは許されない。最初から人間の姿で出て行こう。気分は罪を執行される罪

人である。タッチさんに執行されそうである。いや本当に。

 ネムたちと会うのは一日ぶりだ。本当はも少し先延ばしにしたかったが、先延ばしに

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しても良い事はない。なので早めに行うことにしたのだ。あとネムが、自分達の関係を

言う前に先に言わなければならないという思いから、急いだという理由もある。もしネ

ムから自分達の関係を知られたらどうなるか分からないという恐怖感があるからだ。

(腹を括れ、鈴木悟!! ネムに手を出した時点で手遅れだったんだ。だったらその両親

の許可を得ることぐらい簡単だろう!?)

 自分自身で自身を必死に鼓舞する。鼓舞していないと今すぐにでもこの場から逃げ

てしまいそうだからである。退路は無い。勝機は前にしかないのだ。それに少し嬉し

くもある。ネムが両親が蘇っても自分と離れないでいてくれて。ここからは通過儀礼

である。殴られることも罵倒されることも視野に入れてメイドたちは全員下げた。こ

れで何一つの憂いもない。エモット夫妻の罵倒などを咎める存在はいない。自分はた

だ受け入れるだけである。

 本当は自分が出迎えるべきだったのだろう。だがそれをする勇気が無かった。そし

てドアが開かれた。それと同時にネムが人間時の体に飛びつく。

「サトルー」

 甘えてくるネムが可愛い。そう思うことで心を平常に保とうとした、エモット夫妻の

驚きを必死になって横に逸らしながら。

「どうぞ、楽にしてください、エモット夫妻」

515 事案10

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「は、はい。救世主様? にこのような場所に招待して頂き感謝で言葉もありません」

 多少戸惑っているようだ。自分が人間の姿であることに。だが事前に人間に変身で

きるということは村長夫人やネムたちから聞いていたのだろう。驚きはすれど、拒否感

は感じなかった。

「いえ、構いません。それに招待したのには理由がありますから……あと人間の姿の時

は悟でお願いします」

「は、はいサトル様」

 空間には微妙な空気が流れている。エンリとンフィーレアは高みの見物なのか達観

しているように見える。多分これから自分がする行動に気付いているのだろう。どう

なるかが分からないという点で同じ境遇である。というより義兄と義姉になってしま

うのだろうか……。

  エモット夫妻は先程から緊張しているのが分かる。すまない私はあなたたちに追い

打ちをしなければならない許してほしい。

 そしてネムは楽しそうに私の傍に立っている……覚悟は決めた。後は走破するだけ

である。力の限り。全力で。

「エモット夫妻に実はお願いがあります」

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「お願いですか? 娘たちを守っていただいた上に蘇生までして頂いたのです、可能限

り応えたいと思いますが……その内容は? それに我々が叶えられることなんてない

と思いますが?」

 ネムが横からニヤニヤと期待感がこもった眼で私を見てくる。ならば言うしかない。

例えこの後どうなろうと。

「──お義父さん、娘さんを私に下さい」

 その言葉で空間が凍ったのが分かる。エモット夫妻が何を言っているか分からない

かのように、混乱しているのまでは分かる。暫く時間がたち立ち直ったお義父さんが言

葉を発した。

「その……大変申し訳ないのですが、エンリはンフィーレアと恋仲でして……二人の仲

を引き裂くことは私にはできません」

「エンリではありません。私が欲しいのはネムです」

 茫然とした目でこっちを見ているのが良く分かる。気持ちはよく分かる。自分だっ

て同じ立場なら困るだろう。大の大人が10歳の子どもに求婚するなんて、馬鹿げてい

ると一蹴するだろうから。

「もう一度言います、お義父さん、ネムを私に下さい。必ず幸せにします」

 暫くの間沈黙が空間を支配した。そして大きなため息が義父となる方から吐かれた。

517 事案10

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義母となる方は驚きからまだ立ち直っていないようだ。

「ネムが、素晴らしい衣装を着ている訳が分かりました」

「いえ、その衣装は恋仲になる前にネムにあげた者です……私はネムのおかげで心を救

われた。年なんか関係ないんです。ネムがネムだから好きになったんです。もう手放

したくないほどに」

「……ではお聞きします。なぜ我々を蘇生させたのですか? 我々を蘇生させなけれ

ば、ネムを恋人にする事なんて容易だったでしょう。我々に遠慮する必要も無かったは

ずです」

「それは簡単です。一緒にネムと眠っていた時寝ぼけながら、お父さん、お母さんと呟い

ていたからです。私も小さいころに母を無くしています。家族を失う痛みは知ってい

るつもりです。だからネムの心を守ることもかねてあなたたちを蘇生させました」

 エモット夫妻が互いに目を合わせているまるで視線で会話をしているかのように。

いや小声で会話しているのだろう意識して、聞かないようにする。人間になってもこの

体はハイスペックなのだ。

「えーサトルさんと呼ばせて頂きます……こちらに来ていただいても構いませんか?」

「はい」

 立ちあがり向かい合って座っていたのを止めてエモット主人の目の前に立つ。

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 そして大きな打撃音が響いた。それはサトルを全力で殴ったエモット主人で会った。

後ろに下がらないように耐える。ンフィーレア・バレアレを真似して。

「正直私は10歳の子どもに手を出したあなたを許せそうにない」

「当然です。私でも同じ立場なら、同じ反応をしたでしょう」

「ですが、あなたは村の救世主であり、我々を蘇生させてくださった救世主でもありま

す。そんな方にならネムを任せても構いません」

 紆余曲折はあったが許可を得ることは出来た。先程の沈黙で少しだけ焦っていたネ

ムが満面の笑みを浮かべながら話しかけてきた。ネムも自分が殴られるのは想定の上

だったのだろう。その事には触れてこなかった。

「やったねサトル!? これで私たちもお父さんたちに認められた公認の恋人同士だよ!

 私、嬉しい!」

 可愛い笑顔をしたネムが自分にまとわりついて来る。そんなネムを遮るようにエ

モット主人が言う。

「言うまでもありませんが、必ずネムを幸せにしてください」

「もちろんです。ネムには私が個人的に持つ財産全てを使ってでも幸せにします」

 その顔にエモット夫妻が少しだけ顔を引きつかせている。いや、エンリやンフィーレ

アもだ。ああ金銭的に自分がマヒしていたのだろう。正直、今ネムが着ている服等を売

519 事案10

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るだけで彼らが一生きて行くことも可能だろうだから。

「では、ご両親の許可も得られましたので、食事にしようと思います。部下を呼びますの

で少々お待ちください」

 パンドラズ・アクターにメッセージの魔法を送る。人数分の食事を早急に持ってくる

ようにと。

 10分も立たないうちに、サトルの分を含めて6人分の料理が運ばれてきた。

 食事が配膳される。パンドラズ・アクターの配膳はとても洗練されていた。やはり舞

台役者として演じているのかもしれない。それは今は関係ない、食事が冷める前に食べ

なければ。

「マナーなど気にせず食事を楽しんでください。私も余りマナーなどは得意ではないの

で間違えるかもしれませんから」

 だがネムを除いた4人は食べ始めない。何故か分からない。ネムも食べようとして

他の4人が食べないのが不思議のようで手を止めていた。ネムはある程度であるが食

事マナーを覚えている様である。パンドラズ・アクターの指導のおかげだろう。パンド

ラズ・アクターが何時休んでいるのか不安になるぐらいである。自分より優れているか

ら体調面などを軽視している訳ではないだろうが。

 そんなことを考えていると、エモット主人から声がかかる。

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「あ、あのこちらの料理は本当に食べてよろしいのでしょうか?」

「勿論です! そういえば今日の食事の内容を説明していませんでしたね。パンドラ

ズ・アクター説明を頼む」

「畏まりました!? アインズ様!? 本日の給仕を担当いたします、パンドラズ・アクター

と申します! では食事内容を説明させて頂きます」

 いつものように大振りな動作を伴いながら本日のランチコースのメニューをパンド

ラズ・アクターが話し始めた。いやいつもよりほこりが立たないように控えめに見え

る。慣れたからそう思っているだけかもしれないが。

 そして思う。色々あって自分も食べるのが初めてである。少しだけ楽しみである。

「本日の予定はオードブルサラダ、ホタテガイのサラダ、プラムスターのコンフィ添えが

1皿目となります。2皿目がピアーシングロブスター、ノーアトゥンノ魚介をブルテー

ソースデございます。つづいて3皿目が──」

 まるで呪文のようなパンドラズアクターの料理の説明が流れる。

 対面に座るエモット夫妻たちは、混乱しているように感じる。自分も似たような物で

ある。聞いたことが無い食事ばかりである。だが良いにおいがしているのは間違いな

い。彼らもそれは分かっているのだろう。鼻を少し引きつかせているように思える。

においをかいでいるのだろう。

521 事案10

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  今から彼らと美味しい物を食べる。嬉しいと思う。新しくできた家族とその家族と

一緒にご飯を食べることに。だが、多少の罪悪感が残った。自分が美味しい物を食べて

いいのかと疑問に思ってしまった。食事をしようとすると、どうしても母のことを思い

出してしまう。あの自分の好物を作ろうとして倒れて冷たくなっていた母を思い出し

てしまう。

 それを思うと自分に美味しい物を食べる資格があるのか疑問に思ってしまう。

「……どうしたのサトル?」

「いや、何でもないんだ、気にしないでくれ」

 腹芸は上手くなっと思ったがどうやら微妙な雰囲気をネムに感づかれてしまったら

しい。楽しまなければ。ここに集まった人たちに悪い。大きく息を吸って吐く。いわ

ゆる深呼吸をして、いやな考えを外に放り出す。

「では頂きましょう」

 その言葉に恐る恐るといった感じで彼らも食べ始める。一瞬で顔が変わって嬉しそ

うにしている。良かった。苦手な味とかと思われないで。

 自分自身が食べた感想は絶品、その一言であった。お代わりしたいぐらいである。だ

がそれと同時に心に残ったのは母に食べさせてあげれない無念さである。

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 ★ ★ ★

 ギリギリギリギリ……歯ぎしりが止まらない。どうしてこうなったかが分からなく

て。ネム・エモットの両親が招待されている。恐らくその場でネム・エモットと結婚す

るということを告げるのだろう。何故、自分ではないのか。理由は分かっている。孤独

を私たちは大きくしようとしていたからだ。私たちは気づかなければならなかった。

世界征服という間違った願望ではなく、孤独であったモモンガの心に。

 パンドラズ・アクターによれば至高の御方々は全員亡くなられている。いったいどれ

ほどモモンガは辛かっただろう。昔の自分を殴りたい。自分のことだけを考えていた

自分自身を。その事に気付くことさえできていれば、自分が今のネム・エモットの立場

になる事も難しくなかったのだから。

 だが希望はある。この世界に来る前、本来ならモモンガも無くなるはずだったのだか

ら、可能性は低いが自分の創造主が戻ってきてくれる可能性もある。

  もしこの場にタブラ・スマラディグナがいれば、少しは変わっただろうか。いや今か

らでも合流できれば変わるかもしれない。今モモンガがしていることをタブラ・スマラ

ディグナにするような形で。タブラ・スマラディグナに私が泣きつくことによって。だ

がタブラ・スマラディグナが現れることはない。本当に使えない創造主である……。

523 事案10

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 この際、設定を変更したなら責任を取ってくださいと言って、モモンガに泣きつこう

か。そうすれば2番目にはなれるはずである。いや本当にそうだろうか。よくよく考

えてみる何か見落としていないだろうかと。ライバルはシャルティアだけだと思って

いた。だが、実際はどうだ? ネムというライバルを見落とし、アウラも同じように妃

になる事を望んでいるはずだ。

 そして電流が走った。思い起こすのはプレアデスである。プレアデスはユリ・アル

ファを筆頭に自身をモモンガの妃に押してくれていた。一部はシャルティアを応援し

ていたが……それはいい。重要なのは。今まではプレアデスと協力することができて

いたことが難しくなったかもしれないということだ。

 そう今までは。多くのプレアデスのユリを筆頭に多くのメイド達の支持も集めてい

るため敗北はなかったはずだ──

(──待ちなさい。確か、アウラとユリは仲が良かったのではなくて?)

 多くのプレアデスの支持を集めているが、それは積極的賛成ではない。シャルティア

が相応しくないと言う消極的賛成の筈だ。それも、ユリがシャルティアが苦手と言う理

由もあったはずだ。

 ならば、自分よりも仲が良い、アウラを応援するのではないだろうか? そして、ユ

リがアウラを応援する事態になれば、プレアデスの多くがユリに靡く可能性が高い。そ

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のうえ、アウラはマーレと双子だ。マーレが応援する可能性も大きくある。さて、守護

者で自分を大きく後押ししてくれる存在はいるだろうか? コキュートスはアインズ

に世継ぎができるのであれば、3人の内誰が妃になったとしても異論を挟まない筈だ。

セバスとて同じだろう。

 デミウルゴスも2人と同意見だろう。それにデミウルゴスが大きく動く事はない。

パンドラズ・アクターも交えてバーで話した時から、デミウルゴスは失意にくれている。

業務をこなして誤りを正す事が精一杯だろう。例え協力を申し出ても、役に立つかも分

からない。

 階層守護者ではなく、領域守護者ではどうだろう。確かに自らの姉等味方になってく

れる存在もいる。しかし彼女達は自らの守護領域を大きく動く事はしないだろう。支

援があっても相談に乗ってくれる程度と判断して言い。

 例外はパンドラズ・アクターだが、それも難しい。彼が何を目的に動いているか判断

する事ができないのだ。分かっている事は自分の敵にもなりうるし、目的次第では味方

にする事も可能なはずだ。

 つまりプレアデスから最悪の場合4人がいや、5人がアウラを応援する。シャルティ

アにはソリュシャンが応援する可能性が高い。守護者達はマーレがアウラに付いて、他

の者達が中立。若しくは味方でも意味を為さない者達。

525 事案10

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 現状では自分に有利に事を運んでくれる味方が誰一人いないのだ。

 シャルティアは味方がいたとしても警戒に値しないがアウラは違う。

 特にモモンガが家族を欲しているっと知ってしまった以上、多くの者がアウラを応援

する可能性は高い。自分達が家族へのなり方が分からない以上、アウラであれば、支配

者と被支配者の壁を壊すことができるかもしれないと考えて。実際一緒にお風呂に

入った時、「変態さん」と言っている以上、我々大人の守護者と違い家族になるのは容易

な気がする。無念である。

(くぅうう! まさか、ここまで追い詰められているなんて!)

 何とか挽回しなければ……ここはそう、疑似的母親である村長夫人に意見を聞きに行

こう。自分はどういう行動をするのが最善であるかを。

転移門

ゲー

 プレイアデスの末妹に頼んでカルネ村への

を開いてもらう。そのまま人口が

増えた街の中を平然と歩く。村長宅を目指して。

「これはアルベドさん? どうしました? 何かありましたか?」

「ご相談したい事があるのです、奥様、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「いいですよ、丁度休憩にしようと思っていたところですので」

 その言葉に従い、村長宅の中に案内され粗末な椅子に座る。……このまま粗末な生活

をおくらせる訳にはいかないだろう。その点も考慮に入れて話そう。

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「その、あなた様は偉大な御方の母君と似ておられます。アインズ様も重ねられておら

れます。よろしければ、家や調度品等を整えさせていただきますが?」

「ありがとうございます、アルベドさん。でも私たちはこれで良いんです。今アルベド

さんが座っている椅子は主人が私のために誕生日に作っていただいた物なんです。思

い出がたくさん詰まってるんですよこの家には……だから私たちはこのままで構いま

せん」

 思わず今座っている椅子を見る。そんな思い出が詰まっているとはしならかったア

ルベドは慌てて謝罪をした。

「申し訳ありません!? そのような大切な物と知らずに、勝手を申したことを心からお

詫びさせて頂きます」

「構いませんよ。実際に価値はないですからね」

 嫌味ではない。満面の笑みを浮かべての言葉だった。ああ。この顔ができれば、モモ

ンガの心を動かすことができたのだろうか。悲しみが後から、どんどん溢れてくる。

「何か、聞きたい事があるんでしょう?」

 笑顔で問いかけながらの言葉だった。眩しかった。まさか下等生物と思っていた存

在にそんな感情を抱くようになるとは、自分でも驚きである。変わっているのだろうか

? 自分自身が。だがモモンガを愛していることだけは変わりがない。

527 事案10

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「アインズ様は……私はモモンガ様に愛して頂いて妻になりたいんです。第2妃でもこ

の際構いません。何か良い手段はないでしょうか?」

「モモンガ様とはアインズさんのことでしょうか?」

 そうであった。そこから説明しないといけないのであった。アインズ・ウール・ゴウ

ンとはそもそも個人名ではなくて至高の41人のギルド名であることを説明する。4

0人が去られたため戻って来るまで自分がアインズ・ウール・ゴウンであると宣言した

ことを。そして個人名がモモンガであるということを全て説明する。外部の人間に込

み入った事情を全て話す。下手をすれば利敵行為に当たるかもしれないが、アルベドは

口を止めることができなかった。それに部外者といっても彼女は別格だ。問題ないは

ずである。

「モモンガ様によれば、私がモモンガ様を愛しているのはモモンガ様が設定を書き換え

たせいだと言われてしまいます。どんなに仲良くなろうとしても、そのことが私がモモ

ンガ様を愛していることを設定のせいにされてしまいます。私は一体どうすれば良い

かが分からないんです……」

「せっていとは?」

 そうか。設定とは何かについても説明しないといけなかったのだ。何て説明すれば

いいのだろうか……少しだけ考えた後に口を開く。

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「至高の41人が定められた性格や、人間関係のことだと思われます」

 少し考えこむようなことをした後、村長夫人は大きく溜息を吐いた。びくりと肩を揺

らしてしまう。叱られてしまうかもと一瞬だけ恐怖を感じる。ただの人間に怯える。

昔の自分が見たら信じられないだろう。だが母親と重ねていると知ってしまうと、この

方の機嫌を損ねることはモモンガに嫌われることに直結しかねないゆえの恐怖だ。

「私から見ると、アルベド様がモモンガさんのことを、心から愛しているということは伝

わってきます。それを設定のせいとして貴方の愛を拒絶することは許せませんね」

 これはもしかして助けて頂けるのだろうか? 村長夫人の助力が得られれば百人力、

いや千人力である。正当な方法で妃になることができる!

「私は、ネムがモモンガ様の家族になる事を反対はしません。あの純真さゆえにモモン

ガさんの心を射止めたのでしょうから。ですが、あなたの愛情を無かったことにしよう

としていることは、許せません」

 村長夫人の顔には私にではなくモモンガに対する怒りが渦巻いているのが分かる、あ

あ。その言葉が聞きたかった! きっと協力してくれる。まだ私が正当なルートで妃

になる道は消えてないのだ。

「ですが、私はただ母君に似ているという老母に過ぎません。私が関わりすぎれば、それ

こそ皆さんの関係も難しくなるのでは? なので私から言えることは一つです。心か

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ら愛しているという証拠を見せるしかないでしょう」

「ですが、それをどうすればいいのか分かりません。私たちは家族へのなり方が分から

ないんです」

 最後はまるで悲鳴のようになってしまった。だが本当に分からないのだ。あの場に

いたNPC全員が決意をした、そしてその他のNPCにも伝播した。しかし皆どうすれ

ば家族となれるかの問で回答に詰まってしまった。アウラやマーレは時間をかければ

可能かもしれないが……。我々大人として創造されたNPCには無理な方法である。

 何よりこの言い方では妃へなるための協力をしてくれるのか不安である。

「家族というのは複雑そうに見えて単純でもあるんですよ? 一緒にいることが苦にな

らない、一緒にいて楽しい、この人と一緒なら未来が分からずとも、共に歩んでいける。

そんな簡単なことなんです。家族へのなり方なんて時間が解決してくれるものなんで

すよ」

 小さくなっているアルベドに、視線を合わせるようにしながらアルベドの頬を両手で

包み込む。優しくてささくれた苦労した手であった。

 自分も変わったと思った。この世界に来た当時にこんなことをされていれば怒りか

ら殺していただろう。だが、今あるのは戸惑いである。なんと表現すればいいのかが分

からない感情が渦巻いている。

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「あなた達は力を入れすぎなんです。あなた達がほんの少しだけ力を抜けばモモンガさ

んも合わせてくれますよ。モモンガさんにとってすでにあなた達は家族なんですから」

 確かにあの日、あの時、自分達は家族であると宣言されていた。私達は難しく考えす

ぎていたのだろうか? 妃になるのも難しく考えすぎていただろうか? 

「後はそうですね、あまり殺気や怒気を表に出さないほうが苦手な人を作らないで済む

と思いますよ」

「あの時は大変失礼しましたっ!」

 注意されてしまった。意気消沈してしまう。それを困った娘を見るような表情で村

長夫人は私を眺める。本当に自分も変わったものである。人間に慰められるなんて。

「私はまだ少しだけ貴方に対して苦手意識を覚えています。ですがあなたの愛情を無視

しようとしているモモンガさんを許すことは出来ません」

「ならっ!?」

 これは行けるかもしれない。村長夫人が出張ってくれればまだ自分が第一妃になる

チャンスはある。

「ですが、それは私がモモンガさんの本当の母親だったならです。私がモモンガさんを

叱るのは僭越が過ぎるでしょう。それにこれから、ネムという一緒に歩んでくれる家族

ができたことで、今すぐに家族になるのは難しいかもしれません。実の母なら10歳の

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子供に手を出すなんてと叱りつけて、アルベドさんの気持ちも考えてあげなさいといえ

たかもしれませんが」

 ああ。やはりだめなのだろうか。この方の協力がないと自分は第一妃になれない。

最後の手段を除いて第二妃にもなれない。つまり穏便にはいかないだろうか。

「それに私とってネムも娘の様なものです。娘の幸せを願わない親はいないでしょう?

 なので私は止めません」

 そうだろう。この方からすると村人全員が子どものような物なのだろうから。ああ。

返す返すも依然無礼を働いた自分が許せない。それさえなければこの方の協力も得ら

れたと思うと、昔の自分を本気で殺害したいと思う。

「今のあなたには二つの選択肢があります。時間をかけてゆっくりと家族になる道と

……せっていでしたか? 設定を書き換えたのなら責任を取ってくださいと泣きつく

手段です。モモンガさんは王族のような物ですから多重婚も認められているでしょう

し……後はあなたが考えて答えを出すことです」

 そうして村長夫人とのひと時の会話は終わった。ナザリックに帰還しながら考える。

村長夫人の言うとおりなら時間をかければ間違いなく、家族になれるであろうことを理

解できた。

 そして返す返すも無念である。最初に会った時に仲良くできて苦手意識を持たれて

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いなければ、モモンガを叱ってでも、自分を愛するように言ってくれるかもしれないと

思って。好感度が足りないせいで……積極的に手を貸してくれないのだから……。消

極的に助言をくれたがこれでは妃になるには不足である。

(私はどうしたい? ゆっくり家族になる事を望むの?)

 ネム・エモットが寵愛を頂いているのを優しげな表情で眺める……。無理だ。そんな

ことできない。私は今スグにでも寵愛を得たい……家族になりたいのだ。それに時間

をかければ先程考えたようにアウラを後押しする勢力ができそうである。いや今この

瞬間にも誕生するかもしれない。そんなこと許せない。ならば方法はきまってくる。

 最終手段を実行せざるを得ない。

 ★ ★ ★

 アルベドから大事な話があるからと人払いを頼まれた。あれからずっとミニマムに

なる指輪を付けっぱなしでまるで子どものような姿である。ネムはすでに眠った後で

あり、エモット夫妻やエンリとンフィーレアもそれぞれ部屋に案内して眠っている時間

だ。確実に緊急の要件だろう。

「それでアルベドよ重要な話とは何なのだ」

「……アインズ、いえモモンガ様にお願いしたい事があります!」

 穏やかではなさそうだ。アインズではなくモモンガの名前で呼ぶということは……

533 事案10

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非常に重要な問題が起きたのかもしれない。

「聞こう、いや聞かせてくれアルベド」

「感謝いたします。どうか私にも、ご寵愛を賜りたく思います」

 そっちの話だったか。成程、それならアインズではなくてモモンガに話を持ってくる

のは当然かもしれない。

「前にも言ったが。アルベドよお前の私に対する感情は私がゆがめてしまった物なの

だ。お前の本心ではないはずだ……」

「いいえいいえ!! この感情は私の袂からでてきた私自身の感情でございます! 不敬

ながらもう一度お尋ねいたします。アインズ様に変えられる前の私はどんな設定だっ

たのでしょうか?」

 上手く答えられない。ビッチだったなんて。告げることなんてできない。

「……応えられないのでしたら、どうか私をお傍においてください」

 涙目になりながら必死にアルベドが懇願している……どうするべきなのだろう。こ

の身は既にネムと婚姻した身でもあると思っている。普通ならハーレムとかにあこが

れるかもしれないが、アインズにとっては興味はそこまでない。いや違う。興味はある

が親友たちの子どもに手を出したくないから、隠しているだけだ。

「モモンガ様、どうしても応じて頂けないなら、私も最終手段に出ざるを得ません」

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「……アルベドよ最終手段とは何だ?」

 アルベドの最終手段。危険な気がする。今すぐにでも護衛を呼ぶべきだろうか? 

いや本気で害をなすつもりは無いだろう。ならばアルベドに応じよう。

「どうか私の心を歪めた責任を取って私を妻にしてください!!!!」

 沈静化が発動した。そこを突かれると痛すぎる。確かにアルベドの感情は自分がゆ

がめてしまった物だ。なら責任を取らなければならないだろうか? そういう風にモ

モンガは考えていた。そのため一瞬だけアルベドから意識を外した。自分の内に意識

を集めた。考えた。だからこそ気づけなかったのだろう。アルベドが飛び掛かってく

るのを。

 そして気づけば床に押し倒されていた。

「もしも、私の心を歪めたことを責任に思っているなら、今すぐ生殖行為のできる姿に

なってください!」

 モモンガは非常に悩んでいた。確かに設定を歪めたなら責任を取るべきかもしれな

いと考えて。そして何故自分が生殖行為をできるようになったのか知っているかが不

思議であるがそれは今は脇において置く。今を対処しなければならない。

 考える。このままアルベドと自分の関係性を進んでしまっていいのか。それとも護

衛を呼んで助けてもらうべきかと色々悩んだ。まだネムと簡単に婚姻したばかりなの

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に、すぐに別の女性に手を出すのはどちらに対しても無責任で失礼ではないかと悩む。

 ぽつりと水滴がアインズの顔に当たる。それはアルベドの涙であった。

「モモンガ様のことを愛してるんです。家族になりたいんです。ですからどうか私も妻

にしてください」

 そのアルベドの涙に呼応して出てきた感情は不甲斐なさであった。何故ここまで愛

してくれる女性を泣かしているのかということと、このアルベドの感情は本当に心を書

き換えてしまったせいであろうかと疑問に思ってしまった。

 設定は絶対に近いが絶対ではないのだ。違和感がないように変更される場合もある

世界級

ワー

のだ。全ての

を知っていると設定していながら現在持っているアイテムしか知

識にないように。

 つまりアルベドがビッチの頃から自分を愛していた可能性もあるのだ。シャルティ

アのように最初から愛していた可能性に今気づいてしまった。

 だからだろう。今は美少女になったアルベドの望みをかなえてあげたい。もう、そう

考えるしかモモンガにはできなかった。

 それに家族になりたいと言ってくれたのは嬉しくもある。だから最後にアインズは

アルベドに聞いた。

「アルベドよ。家族になりたいと言ってくれたこと、心から嬉しく思う。その上で聞き

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たい。私はお前を確かに愛していると思う。親友の娘としてだ。私も家族になりたい

とは思っている。だがそれは妻にする以外の方法ではだめなのか? 姪っ子、いや娘み

たいな形ではだめなのか?」

「……ダメです。私はモモンガ様の妻になりたいんです。他の全てを投げ捨ててでもで

す。どうか、私をモモンガ様の家族、妻の一人にしてください」

 最後のモモンガのささやかな抵抗。姪っ子、娘ではだめなのかという言葉は妃になり

たいという、アルベドの言葉で無意味に喫した。だが妻の一人で良いということはネム

との関係を継続するのは良いということなのだろうか? アルベドの性格なら独占し

ようとして来てもおかしくないのだが。その場合護衛を呼んで逃げるしかないが。自

分にとって妻とはネムのことだからである。ネムと別れることは出来ない。たとえ死

んだとしても(骨ではあるが)。

 モモンガは最後に大きくため息をつく。びくっと馬乗りになっているアルベドの視

線が怖そうに揺れているのが分かる。自分が拒絶しないか不安なのだろう。

 「はぁ……分かった、アルベド今まで寂しくさせてすまなかった今から人間の時の姿に

戻る」

 アルベドの説得は不発に終わったと悟ったモモンガは悟の姿に戻る。

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 美少女に馬乗りに押し倒された状態のまま人間の姿に戻る。自分自身に対して嫌悪

感はある。……姪っ子といいながら、この美少女になっているアルベドを味わえたらど

れほど気持ちが良いだろうと考えてしまう。自分自身に対して。ネムを幸せにすると

言ったその日に浮気、いやハーレムを築くことになりそうな自分に対して。

 そしてあることを告げる。家族になってくれるとアルベドは言った。なら名前に関

してはアインズやモモンガではだめだろう。それでは本当の意味で家族になったとは

言えない。

「さて、人間に戻ったわけだが……このころの私は悟という名前だ。どう呼ぶかはお前

に任せる」

 アルベドがどの名称を選択するか興味がある。モモンガを愛している設定がここで

生きるなら、モモンガと呼ぶはずである。だが、本当に家族になりたいと考えてくれる

のなら……悟と呼んでくれるはずと思いながら、アルベドの返事を待つ。

「では……サトル様とお呼びさせて頂きます」

 アルベドは一瞬考えた後サトル呼びを受け入れてくれた。ここでモモンガと呼んで

いた場合、やはり護衛を呼んで助けてもらうしかなかっただろうから、良かったのであ

る。諦めを纏いながらサトルはそう思った。

 そして、アルベド自身も服を脱ぎ始める。自分の服装はアルベドによって既に下着以

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外剥ぎ取られている。それアルベドが服を脱ぐのをただじっと見つめる。下着を脱い

でいた……その下着から糸を引いているのが……悟にも確認できて思わずごくりとつ

ばを飲み込んでしまう。気づけば愚息も起き上がっていた。それを見ている、アルベド

の表情が喜びに変化するのを見ながら、悟は快楽に身を任せることにした。

 この後どうネムたちに言い訳をするかは必死に目を逸らして考えないようにしてい

た。これが何を意味するか分からないまま。

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