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お問合せ先 茨城大学学術企画部学術情報課(図書館) 情報支援係 http://www.lib.ibaraki.ac.jp/toiawase/toiawase.html ROSEリポジトリいばらき (茨城大学学術情報リポジトリ) Title 人間形成における初心生涯の意味 Author(s) 大谷. 時中 Citation 茨城大学教育学部紀要. 教育科学(28): 141-152 Issue Date 1979-03 URL http://hdl.handle.net/10109/11576 Rights このリポジトリに収録されているコンテンツの著作権は、それぞれの著作権者に帰属 します。引用、転載、複製等される場合は、著作権法を遵守してください。

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お問合せ先

茨城大学学術企画部学術情報課(図書館)  情報支援係

http://www.lib.ibaraki.ac.jp/toiawase/toiawase.html

ROSEリポジトリいばらき (茨城大学学術情報リポジトリ)

Title 人間形成における初心生涯の意味

Author(s) 大谷. 時中

Citation 茨城大学教育学部紀要. 教育科学(28): 141-152

Issue Date 1979-03

URL http://hdl.handle.net/10109/11576

Rights

このリポジトリに収録されているコンテンツの著作権は、それぞれの著作権者に帰属します。引用、転載、複製等される場合は、著作権法を遵守してください。

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茨城大学教育学部紀要(教育科学),28号(1979),141-15a                  141

人間形成における初心生涯の意味

大 谷 時 中

(1978年10月18日受理)

The Meaning of“shoshin・sh6-gai弱

in the Making of Man

Tokinaka OTANI

(Received October 18, 1978)

序    言

吉川文子編,講談社発行になる吉川英治余墨の第143図にu初心生涯”と書かれた吉川英治の静か

な筆をみるが,その註がきには,青梅茶道会の記念に求められて書き送ったもの 昭和26年淡彩

と記され,桔梗の絵が添えられている。初心生涯の語は,腔大衆即大知識”や“吾以外皆我師”とと

もに故吉川英治氏がしたしんだ言葉であると聞いており,筆者もここ数年来,初心生涯の語をあたた

めている。殊に,還暦を迎えた1973年には,私の道である教育学にこころざしてから早くも四十年の

歳月をすごしたことをかえりみて,私なりに私の初心生涯に萬感こもごもであった。このような私の

内心生活が私の初心生涯をっよく意識されてきた折に,たまたま東京大学仏教青年会による第135回

公開講座が,鵯初心と中道”という講題のもとに,東京大学名誉教授宮本正尊先生によって,おおや

けにされた。ときに昭和53年3月25日,土曜日のひるさがりであったが,私は,ひさかたぶりに先

生の講演によってつよい感銘をうけた。そして老年の初心とは何であるかをわが身に感じ,ふたたび

逞しく生きる道が開かれたのであった。ということは,名著驚雫根本中と空”,その他の仏教関係書を

数多くおおやけにされているその日の講師であられた宮本正尊先生が,日頃,筆者があたためていた吉

川英治氏の初心生涯を漉蓄された先生の中道から解明せられ,しかも八十年にわたる先生の生命的体

験が十分に披涯されていたからである。まことに,そこには,印度哲学および仏教学にその一生を捧

げてきた先生の現実の生命が如実に現成せられ,その打ちこまれてきた学問がふかい人生的幸福とい

うものを会場に流していた。

蓋し,初心の錬成には,多様な考えかたや方法をみるであろうが,生涯における個々人の生活過程

においては自己をならふ中道的な観法と,それから生ずる習空の生命的体験こそ緊要事であることを

痛感する。

このような動機にたって本論は執筆されたものであり,たまたま,やがて迎えるであろう私の定年

退官にもおもいを浮かべつつ叙述をすすめた。

本    論

1 初発心曹提心

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142          茨城大学教育学部紀要(教育科学),28号(1979)

初心の解釈について,小学館発行,日本大辞典刊行会編による日本国語大辞典には,1)初めに思い

たっね心。最初の決心。初一念。素志。初志。2)初発心の略。3)学問・芸術の道にはいったぽかりであるこ

と。また,その人。学び初め。4)世なれていないこと。また,そのさま。未熟。うぶ。などと四通り

の解釈が記されている。また,他の二・三の古語辞典をみるに,大体において,初一念,未熟,初学

の三類型に要約される。しかし,これら四通り,あるいは三類型の解釈は,われわれの人生において

は,いずれも表裏・前後が関係的に,あるいは相対的に展開されてくるものであり,それは生涯の過

程におけるひとつの精神作用を表現したものともかんがえられる。

この初心について,世阿弥,花鏡の奥段には,

「しかれば,当流に萬能一徳の一句あり。此句三今條ノロ傳在リ,是非トモ初心ハ不可忘。

伽不可忘時々伽不可忘綴伽不可忘,此三句,能々可為。傳.(11

と,初心の生涯性を説述しているが,それは初心のうつりかわりに対する大切な啓蒙の言葉である。

また,この初心を初発心と観じた永平二世,孤雲懐弊禅師(1198~1280)は,その正法眼蔵随聞

記に,

「一日示二云ク,人 ,法門を問ふ,あるイは修行の方法を問フ事あらば,柄子ハすべからく実を

以て是レを答フベシ。若シクは他の非器を顧み,あるイは初心未入の人意得べからずとて,方便不実

を以て答フベからず。菩薩戒の意は,直饒小乗の器,小乗ノ道を問フとも,ただ大乗を以て答フべきなり。如来一期の化儀もホ前方便の権教は実に無益なり。ただ最後実教のみ実の益あるなり。(ll

と,初心の一実性を説きあかしている様子である。

ここに世阿弥は,初心忘るべからずと,まず若年の初心を啓蒙し,つぎに,ときどきの初心忘るべ

からずと,中年の初心を啓蒙し,おわりに,老後の初心忘るべからずと,老年の初心をいましめてい

る。そこに初心の生涯性を強調している。であるから,

「凡此一巻,條々已上。轟研翻・の習事あるべからず。養能を知るより外の事なし。能を知るこ

群まりをわ轟へずぽ,此條々もい禽ら善㌔るべし。(3)」

と説くごとく,彼の芸道は,すべて若年より老後まで稽古で一貫するということ,それは懐弊のいう

初心未入のひとも,業を習い,智能を啓発して初心の一実性を理解するほかにてだてはないとみたこ

とと,その轍を一にするものである。蓋し,初心は,いずれの道を通るとはいえ,「生涯稽古」であ

る。

更に,世阿弥は言をっづけて,

「是非初らを舟るべからずは,若年の初心を舟れずして,身に義てあれぽ,老後に義さタま

の践あり。前々の非を知るを,後々轟とすと云り。先車のく璽)がへす所,後者のい評しめ云々。初

心を舟るエは,衝心をも舟る玉にてあらずや9)」と。

まことに,世阿弥が人生必携の原理となした初心を忘るべからずのr肉ま,若年の初心を忘れることな

く,おのれが身に体得していれば,老後はいたって安泰にしてさまざまの人徳がその人を潤してくる

ことになる。彼は,先人が遺された曜前々の非を知るを,後々の是とする”とか,覗先車の覆へす所,後車の戒と

す”という格言を我が身に体しつつ,子弟育成の信條にもしたものである。

すなわち,初心をあたためながら稽古に稽古をかさねていくことが彼の学道であり,そこに芸の花

が開いていくというその所信が花鏡には一貫して表現されているのであるが,このような心情を懐躰

は,

「示二云ク,当世学道する人,多分法を聞ク時,先ヅ好く領解する由を知られんと思ウて,答の言

の好力らんやうを思ふほどに,聞くことは耳を過ゴすなり。詮ずる処道心なく,吾我を存ずる故なり。

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大谷:人間形成に繭ける初心生涯の意味            143

ただすべからく先づ我レを忘れ,人の言は人事を好く聞イて,後に静力に案じて,難もあり不審も

卸あらば,逐ても難じ,心得たらぽ逐ッて帰すべし。当座に領(解)する由を呈せんとする,法を好ク

も聞力ざるなり鮎

と説いて,我田引水にいたりがちな人間の我執や汚染を戒しめ,人間の領解が,一般にあさいところ

で処理されていることを,世間にうったえているのである。

傍て,ここに記したように,世阿弥と懐弊に展開せられるその人生的体験が,極めて相似している

ことに人々は気がつくであろうが,それは,両人ともに,道元を人生の師とみたがためである。承知

のごとく,道元(1200~1253)は中国から帰って数年後,独立の道場をもって弟子の養成をはじめる

が,その当初に親しく道元に師事して,のちに永平二世を嗣いだのが懐弊であった。他方,世阿弥も,

その中年から晩年にかけて,殊の他,禅の風趣を性具するようになり,特に道元の道をその身にそな

えた様子である。

彼は,その晩年に風姿花伝,花鏡,劫来花などの作品を書いたが,その風姿花伝をとらえて,西尾

実氏は次のように述べている。

「風姿花伝第三問答条々の「花は心,種は態なるべし」は,「古人云はく」として禅宗の六祖慧能の

偶,

心地含諸種  普雨悉皆萌

頓悟花情己  菩提果自成

を引いて,その註にしている。起句と承句が「わざ」の稽古を意味し,転句と結句が菩提の果として

の「花」であることを示す引用であることはいうまでもない。とすると,当時すでに世阿弥は禅に触

れていたことが認められるとともに,この偶が道元の仏道の中に絶えず重要な位置を占めている六祖

慧能の偶である点で,その禅は道元の禅ではなかったかと推し測られる。何となれぽ,世阿弥は道元

の法孫に当る補厳寺二世竹窓智厳に帰依し,花鏡その他の伝書に禅語が多く用いられるようになって

いるばかりでなく,彼が京都から金春禅竹によせた自筆書状のなかに,「仏法にも,しうしのさんが

くと申は,とくほう以後のさんがくとこそ,ふかん寺二代はおほせ候しか」とある(香西精氏「世阿

弥の出家と帰依」,「文学」昭和35年3月号)。この,補厳寺二代から聞いているという「得法以後

の参学」こそ,道元禅の特質なのである。

世阿弥の稽古論は,能を「道」と呼ぶことによって出発している。風姿花伝の総序ともいうべき部

分に,「およそ,此道に至らんと思はん者は,非道を行ずべからず」とあるのが,稽古の基本をなす

立場である。「非道」は「能にあらざる道」である。したがって,これは一道への集中専念の要求で

ある。彼の能楽論のすべてがこの冠道集中の稽古によって貫かれているのは,道元の只管打坐を思わ

せるものがある。道元は正法眼蔵弁道話に,「諸仏如来,ともに妙法を単伝して,阿編菩提を証する

に,最上無為の妙術あり。これただ,ほとけ仏にさづけてよこしまなることなきは,すなわち自受用

三昧,その標準なり。この三昧に遊化するに,端坐参禅を正門とせり」と言って,端坐参禅を位置づ

けている動

元来,なにごとにもあれ,およそ仏性は煩悩に包まれてこそ必要になる。あとに述べるが,苦と楽

は人生における二つのおおきな煩悩の製作源であって,この苦と楽の二辺を離れるために,人は仏性

を人生のよすがとするようである。その仏性を,人生のよすがと理会していく学道,すなわちそれは

我が人生におけるおのおののつとめと,それに関する修行にあるが,ここに初心の領解がある。鱈初

心を忘れるな”(Be careful of your first steps・)ということは,仏性が現成した人生への

警告である。前述したことであるが,吉川英治が囎初心生涯”の四字を愛し,それをみずからの人生

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的心情となし,更には,その人間的信條にも,もちきたした彼の闘魂は這般にあるものである。

おおそれた説述になるが,およそ人生において,その道で成功せんと欲すれぽ,幾多の苦難に耐え

なければならないことは当然であろう。そして,もし,その苦難が,その人の人生的興味に成れぽ,

その人の人生は幸福である。仮初の苦難に溺れて,その初心を忘れる者を,仏性はこれを覗無明”と

云っている。であるから,吾人はその生涯におけるわが初心の芯(pith)をあたためて,わが道

(truth)を探究し,以て精進していかなけれぽならないものである。

惟うに,聖書も,ほろ

「狭い門からはいれ滅びにいたる門は大きく,その道は広い。そして,そこからはいって行く者が多し間命にいたる門は狭く,その道は細い。そして,それを見いだす者が少な」簡)」

と,人生試練の道は細く,且つけわしくとも,囎璽狭き門より入れ”と訓え,そこに真理の開かれるこ

とを説いている。

してみれぽ,初心生涯への精進は,あながち,仏の遺訓ではない。イエスもおなじくおしえたもの

である。

2 初心生涯に対する四諦八正道の実践的意義

苦・集・滅・道の四諦は,仏教教理の根本的な綱格をなすものであるが,それが人生の真実として具象化されるためには,十二縁起における無明と行と識との関係を五恵皆空の観法と実習によって領               P

解し,以ておのれが人生に対して正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定の八正道を現

成せしめていかなけれぽならない。この八正道は中正中道の完き修行の道であるから,これを正道と

称し,この八正道によって次稿の三に説述する中道主体性が生成され,そこに初心生涯の修練はみら

れる。そこで,本稿においては,初心生涯にいたる人生の過程としてこの四諦八正道を観法し,四諦

八正道の実践的意義を考えてみたい。

一般に宗教的世界は,それぞれの教義,教條に忠実であり,またそうあるべきものではあるが,根

本仏教の原始的態様はこのような教義・教條よりは,むしろ人間生活の反省からにじみでる吾人の実

践的な生活の修練にあったといわれる。たとえば,原始仏教においては六波羅密(布施,持戒,忍辱,

精進,禅定,智慧)の一つである禅定を浬薬の前提として重視しており,また禅定の定は戒・惹と共

に仏道三学の一つに数えられ,仏教における実践道の大綱であったこともその一つの例証である。仏

陀も,ひたすら禅定を修し,捨念清浄の第四禅に達し,以て渥架の門に入ったといわれるが,そこに

初発心・菩薩心の初心生涯を実践した仏陀の具体的人格をみることができよう。

然らぽ,禅定の定は,心を一つの対象に専注せしめて散乱しない精神作用とその状態を云うが,そ

れは静座して善悪を思わず,是非に関せず,有無に渉らず,心を安楽自在の境に適遙せしめる,所謂,

坐禅によりてこそ可能であるとされる。仏教学者ハイレルは,原始仏教にみられるこの禅定のすがた

が他の宗教における祈薦であるとかんがえ,「仏陀は禅定の主であるに対して,イエスは祈薦の主で

ある『)」と言明している。後世,道元が,人生の真実を普勧坐禅儀,正法眼蔵,永平清規などに説い

て,只管打坐という純粋な禅風を挙揚した所以もここにある。

さて,禅は,心理学的な観察によって,いくつかの階梯に分類されるが,いまここでは,阿毘達磨

大毘婆沙論(巻第80)によって彼の四禅の段階をみると,次のようである。

初禅(五支) 尋・伺・喜楽・心一境性

第二禅(四支) 内等浄・喜・楽・心一境性

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大谷:人間形成に澄ける初心生涯の意味             145

第三禅(五支) 行捨・正念・正慧・受楽・心一境性

第四禅(四支) 不苦不楽受・行捨清浄・念清浄・心一境性

である。

これら四禅における人間の精神的な変異をみると,第三禅における喜楽を捨てて平等平安となった

禅定のすがた,それは儒教における中庸・龍樹における中道を体得した人の心胸であり,それは正念

正智,以てその身に楽を感受することになるが,そこに四諦八正道へと,そのパーソナリティは成熟

していくものであり,わが心の安定と均衡性を創造していくことができる。さらに第四禅に入ると心

身は不動となり,心は一切の感覚や感情を受けいれず,苦楽の二辺を越えて空々寂々の心一境性に到

達する。これを仏は浬繋の境界とみたが,前述せる世阿弥花鏡のいう覗若人はいまの初心をわするべ

からず”と申し,閥若年の初心を忘れずして,身にもちてあれぽ,老後にさまざまの徳あり”と遺し

たおしえも,第四禅にいたらんとする人生的体験生活の苦楽に対処する,その人の心によって善処される

ものと考察できるのである。

それ故に,世阿弥は,

「上手は,轟藩ん歳、,心も身も+分セこ轟い編て過て,さ働七分身に身を鳶しみて藩

すく轟所を,初』の人,習もせで似すれば,心も身も七分になる也。さるほどに姦る也9」

と初禅に終始する通俗的な人間の心根をいましめて,一路,初心生涯にいたる真実をその習道智に訓

えているのである。

仏陀が哲学的思索よりは,むしろその生活体験の反省と,人類の本当の道と幸福は如何なるもので

あるかという問題解決から,人生の道を探究したということは,かくのごとく如実である。

であるから,ベックもその著仏陀に,

「仏陀の人格がその教養に対して表面に現われていないと言はれたことは或る意味では特にか

の原始仏教の場合には適合する。原始仏教とはアジアの南方諸国,即ちセイロン島と印度支那に於け

る仏教の基礎となっているものである。併し時代が経過するに随って別の傾向が発展して来た。この

傾向は原則として仏陀の人格にも高い意義を認めるのである。……(中間略)……「低級な行路」の

所属者は唯自分一個の為に聖者即ちアルハット(Arhat阿羅漢)の位を求めんと努力する。即ち唯自

己の「解脱」の為に活動するのであるが,これに反してマハーヤーナでは仏陀を模範とする高次の理               ..。...        (大 乗)z,即ち全世界の苦を一身に荷ひあらゆる生類の完成と解脱との為に活動せんとする誓願が主要であ

る。即ち仏陀も己れ独りの解脱への認識を見出したのみでは満足せず,更に躊躇の後断乎としてこの

認識を世界に開示し,自己の全生涯を挙げてこの使命を達成せんとする決意をしたのである。故に此

処に於いて仏陀は,仏陀無しにも存し得るやうな一の教義の宣説者であるのみではない。彼はこの教

義の内部の一の本質的要素であり,この教義の弟子達は努めてこれを模範とすることを最高の理想と

する。このマハーヤーナの教義は「原始的本源的」仏教の単なる改悪であると見ることは今尚よく行

はれる所であるが其は正しくない」1叫

と述べ,人類の精神的指導者のなかで,仏陀ぐらいその哲学的思索を避けた人は稀であることを特筆

している。かくして,仏陀はその初心を禅定によって解決していくが,この禅定のみなもとは,ここ

に四諦八正道の領解によって体得せられるものなのである。

大乗仏教は煩悩即菩提,生死即浬薬を説くが,それは人生における二つの大きな問題である苦と楽

を解決せんがためである。煩悩とは,人間衆生の身や心を煩らわせたり,悩ましたり,かき乱したり,

惑わしたり,汚したりする精神作用のすべてである。我々は,この煩悩によって業を起し,苦しみの

報をうけ,迷の世界につながれる。であるから,大乗仏教は,煩悩雑染を避けるために,心性本浄説

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146          茨城大学教育学部紀要(教育科学),28号(1979)

しようとく

を説き,仏性の性得性を観じて煩悩即菩薩と断定する。他方,生死はsam甑ra の漢訳にして,本来う化ね

は輪廻の意であり,人間が業因によって地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六道の迷界を生れかわり,

死にかわりして輪廻することで,浬桑(さとり)の道である。この苦悩の世界である生死の苦海を渡

って浬桑の彼岸にいたることが,生死即浬架である。煩悩即菩提と生死即浬薬は聯用せられる仏

教哲理にして,生死と浬架ならびに煩悩と菩提は,相即不二なるところに意味があり,我々人間は仏

智見を得れぽ,煩悩に煩悩の相はなく,浬架に浬架の相もなくなるから,全く一つになり,そこに人

生上に展開せられる繋縛に対処する解脱の道が開かれる。

しぼしぼ言及したように,初心生涯の修練には禅定によって煩悩即菩提,生死即浬薬の胸涯にいたる

ことが大切であり,それには苦・楽の二点を離れて中道の実践力が要諦となる。この中道の実践力が,

生涯を通してつづかないと初心も不毛に終って初心生涯にはならない。すなわち,我々は初心生涯の

原動力として,中道に対する実践と努力の理解を要する。そこで,中道の実践と努力のために,苦・

集・滅・道の四諦と前述したような正見・正思・正語・正業・正命・正精心・正念・正定の八正道が

吾人の人生的哲理として探究されなけれぽならない。

四諦の諦(satya)とは不変如実の真相の義にして,(1)苦諦とは現実の相を示し,およそ現実の人

生は苦なりと観ることであり,②集諦とは,苦の理由乃至根拠或は原因ともいわれ,苦の原因は煩悩

のかたまり,殊に流転の因果である愛欲と業を意味する。また,(3)滅諦とは悟りの目標にして,理想

の浬桑をさし,(4)道諦とは浬薬にいたる方法・実践の手段である。

この四諦説自体には,なんら積極的な仏智見をみないが,後代にいたる程,重要視されるようにな

ったのは,種々な体系を包括し,それが組織的にまとめられたからである。即ち,苦諦は無常・無我・

五蕩説を,集・滅の二諦は縁起説を,道諦は八正道をあらわすにいたった。この四諦八正道は,仏陀

が初転法輪に際して説かれたものであり,正見以下の八正道は,いずれも仏教の真理である四諦を自

覚した正しい見解,思想の現成をめざしてあげられたものである。                                 、

山に上り下りがあるように,人生には苦と楽がある。しかるに,人間は山の上りと下りのあること

を知りながら,人生における苦と楽の共在を知ろうとせず,ひたすら楽をもとめて苦を避けたがる。

これが人情であるとはいえ,ここに初心生涯に対する挫折のみなもとをみるのである。宇井伯寿博士

は,仏陀の根本的立場における苦と楽を次のごとく説述している。                     g   o   ●   ,   o   ●u苦(duk㎞a,duh-kha)の原語の本来の意味はウマク行カス,不適合,不満足などであって,楽

●   ●    ●   ●   ■

(su-kha)の原語の,ウマク行ク,適合,適意などといふ意味と相対する。即ち,愛の通りに適合し

ないのが苦と称せられるのである。故に,この苦は,仏教以外の諸学派が,肉体物質を事実上の原因

となす如き,実在の苦の意味ではなく,又,単なる生理的,心理的の苦痛の意味のみでない。同時に,

又,決して,厭世観的の世間避遁の如き意味に解すべきでもない。一般的にいへぽ,宗教的に眺める

限りは,人は,凡て,現在のままの生存を以て,満足して居るものでは無い。現状よりも,少しにても,

よりよき状態に,向上せむと希ふのが自然の性質であるから,酔生夢死に満足しない以上は,何人に

も,不満足心,即ち向上心がある。これが苦と呼ばれるものであると見るべきであって,換言すれば,

これ,即ち,宗教心の発現である。従って,人生観として苦観を取ることは,かかる点にも根拠があ

るとして考察するがよい。仏陀が愛を苦の條件根拠となしたのは,即ち,向上心の振起を教ふる意味に外ならぬと見て,然るべきである!11㍉

このような私の説述を通して,最近,私が痛感し,且つ感激した諸行無常の日常的生存の一例とし

て,私は東京大学文学部宗教学科の教授であり,且つ同大学の附属図書館長でもあられた岸本英夫氏

の闘病生活と,その晩年をみるものである。知るごとく,岸本教授が,たまたまアメリカで癌の宣告

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大谷:人間形成に論ける初心生涯の意味            147

を受けたのは1954年の秋であり,亡くなられたのは1964年1月25日である。余命3ケ月と宣告さ

れた岸本教授は,その診断がはずれ,それから約10ヶ年生きのびたものであるが,折角のたのしみに

していたスタンフォード大学の客員教授は,一転して死の奈落に落ちこんだといえる。岸本教授もま

た,苦楽二辺の共在性をまのあたりに体験した代表的な一人であるが,その人生に対処したいきかた

が初心生涯の典型をなしていた点で,私は同教授の生涯に感激したものである。

彼は“アメリカで癌と闘う記”のなかで,スタンフォード大学附属病院のクレスマン博士による診

察の結果,癌の疑を宣告され,その折におけるかえり道の心境をかく述べている。

「病院から帰りの自動車の中で,ふと気がついてみると,自分の心はすでに異様に緊張しているの

を知った。ほんの一時間ほど前,病院に向かう時には,冗談でも言えそうなゆったりした気持であっ

た。同じ自動車に乗っていながら,今は,まったく別人のような気持になっている自分を見出した。_  (12)   」:zミ々o

彼は癌の宣告を受けて左頸部から鎖骨にかけての大手術をするまで三週間の時間を得たが,その内

心は絶え間のない血みどろのたたかいの連続であり,時に死刑を宣告された死刑囚にふかい同情をよ

せたと告白している。そして,やがて彼が到達した安心立命の地は,死と正面からとり組んでみると

いうことであった。そして,見出したものが再び彼の若年の初心に帰ったその仕事であった。

「やはり,何よりも,私の心の支えになったものに,自分の仕事があった。自分が一生やり続けて

きた学問は,私一人のものではなくて,同じ道を行く多くの研究者との協同の仕事である。多くの研

究者の力によって,それは,一つの学問の流れをなしている。その流れは,私のしたささやかな仕事

も合わせて,私の死後も,さまざまに展開しながら,いつまでも流れつづけてゆくことであろう。自

分の生命の代りに,自分の仕事が,存続してゆく。そう考えることは,たしかに,大きな慰めになっ

た。ともあれ,それは手足の細胞の末に至るまでが,必至で死に抵抗しているような,痛烈な痛みで

あった。それを心に感じながら,私は,死を,じっと見つめているよりほかなかった」13)」

このように,岸本英夫教授は,癌という業病に挑みつつ,死の宣告をうけつつ,限られた自己の生

命力を知りつつ,その限定された時空のなかに,全力を傾注して初心生涯の仕事をつづけた。余命三

ケ月と宣告されてからの岸本教授の去就には,私のみならず,世間が感嘆のまなごを向けたものであ

るが,当時,彼と教授会の席にとなりあわせたという古川哲史教授は,このように這般の消息を述懐

している。

「そういう激務のさなか,ある日の教授会で,岸本さんは,わたしに,一片の紙きれを示されたこ

とがあります。手にとってみると,その紙きれに,つぎの歌が書いてありました。

秋の陽の木立に光る静けさに

生命ある間のひとときをすごす

わたしはこれをみて,辞世の歌だなあと直観しました。そして,そのときほど,秋の陽が荘厳にみえ

たことはありませんでした。

それから数ヵ月後に岸本さんは亡くなられたわけですが,……(1の」

これをみると,岸本英夫教授が闘病の結果到達した人生の航路も,やはり初心生涯の実践に帰着し

たことになる。しかも,彼は,いわゆる彼の専門的な学問である宗教学にとらわれないで,苦楽の二

辺を離れて四諦を禅定し,以て八正道を観法し,それを実践したものといえる。有限を問い,無限を

問う,それは人間意志の自由に委ねるが,しかし生きがいのある生涯とは何か,生きがいのある幸福

とは何かといえば,それは曹曾塒於芸”といわれる人生のなかにある。                              匁l諦八正道の観法とその実習こそは,世阿弥のいう哩璽万能を一心にて縮ぐ感力也”とあわせて,初

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心生涯にいたる大道無門に他ならないものである。

這般の消息を無門関は,建望至道無難,唯嫌煉択”と喝破している。

3 初心生涯と中道主体性

さきに初発心即菩提心に説いたように,初心という言葉には大切な意味がある。すなわち,初心は,

それが初心生涯,初心一生ということにおいて,生きるということである。吉川英治もw朝の来ない

夜はない”と初心生涯の人生航路を探究せられた。然し,初心をこのように生成発展せしめていくに

は,それなりな精神的活動が要求せられる。本稿では仏陀における“四諦八正道”を考察し,また世阿

弥が万能一徳の句として強調してやまなかった足璽初心不可忘”を反省したが,このような心のはたら

きをおさえていく芽として,ここに中道を考察してみたいと思う。

当今,革新中道とか,中道政治とか云々して政治・経済方面にも,無雑作に中道の語を使用してい

るが,中道とは,当世はやりの左右の中間,保革の中間などというものではなくて,苦楽中道・有無

中道・断常中道あるいは八不中道ともいわれるごとく,人生の過程にみられる苦とか楽というもの,

有とか無というもの,断とか常とみられるものの二辺を離れ,あるいは不生不滅・不去不来・不一不

異・不断不常の八不,即ち四対の不二を両捨していく,たえざる人生的自覚行なのである。そして,

ここでいう初心生涯に対する中道主体性とは,自分が主体になって中道を観法し以て実践していくす

がたをいう。

おもうに,人間形成の究極的な原理として,現在にその意義と活動を探究することは当然のことで

あり,そこに現実即自覚行として,吾人の“成る個性”をみつめていくことも大切なことになる。そ

のためにこそ・燗は現在する生命の驚をおおいに醐しそれを鎖していく・本来・現在を中

心として過去と未来の三世的な時間が相待って関係的に生成されていくことは,人の一生において極

めて幸福である。この三世的な因果関係が自我の手中に帰すれば,人は常に自由の身になれるし,ま

たさいわいである。然し,天上天下,唯我独尊と偶された仏陀も,それにつづけて三界皆苦,我当安

之と云々しているごとく,他方,啓蒙思想の先験者であったジャン・ジャック・ルソーも,“人間は

自由に生れて鎖に繋がれる”と云々しているように,そうたやすく三世的因果関係は自己の手中に解

決されるものではない。そこで,這般を解決する心のはたらきとして,本稿では仏教哲理のかなめで

ある縁起の法をたよりにするものである。

知るごとく,仏教思想の特異性は,その空観思想に由来する無とか空とかいわれるものにあり,そ

の空,無は,それを過程的にみれば,推移・変化・変遷であり,一方,概念的にみれぽ,無常・無自

性・変異とみられる。これらの精神的な意識作用は,吾人の,馴佳によって所詮,能詮されていくが,そこに

人間は規制されたり,限定されたり,また脱皮されたりして人間形成化あるいは人間類型化される。

そして,そのこと自体は,空や無に関する各自の自証性が,現実即自覚行として,われわれの在る個

性(性起)を成る個性(性具)へと止揚していくすがたになってくる。

かくして,各自の空や無に関する自証性が,人間の人生観や世界観をつくり,それが個々人の初心

生涯に映じていく。故に,空や無に関する自証的な精神作用である縁起の法によって中道の本質を

領解し,中道主体性のなかに初心生涯の原動力を理解することは緊要なことである。

龍樹は,その大智度論,無生品に日く,「遠離名般若波羅密」と。ここに彼は,遠離をもって般若

波羅密というが,それは何を意味しているのであろうか。囎曹遠離衆界人。遠離檀波羅密乃至禅波羅密。

遠離内空乃至無法有法空”と説かれている如く,すべての我執を遠離し,それを自省して,まず我が

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大谷:人間形成における初心生涯の意味             149

側にあるものを空(から)にすることを意味したことである。故に,龍樹はまた同処に,雫璽遠離者

是空之別名”と述べ,空の別名をもって遠離を意味している。だから,龍樹は,その中論冒頭の偶

に日く,般不生亦不滅 不常亦不断 不一亦不異 不来亦不出 能説是因縁 善滅諸戯論 我稽首礼仏

諸説中第一”と,所謂不生,不滅,不断・不常,不一不異,不去・不来なる八不をもって一切諸法を説

いた。

このように,二辺,すなわち両極端を離れることによって得られる中正なる道,中道を仏陀は禅定

によって生命体験したものであり,また彼はそれを中論に説いた。かくして,中論の八不は,

「凡て縁起の法は,吾等これを空性と説く。またこれ制約に依れる施設であり,即ち中道である9句」

また,これを偶して,

「因縁所生の法は,我れ即ち是空なりと説く。

亦は是れ仮名なりと為す。亦は是れ中道の義なり。⑯」

と領解され,二辺際断の智として,般若波羅密に止揚集積されたものとみることができる。

かくして,中道主体性は,人生における初心生涯の中心になるが,その具体的なすがたを宮本正尊

先生は般中の解明”において次のように述べておられる。

「……かく般中”なるものは夫々のものをあるべきようにあらしめる基準でありながら,遂には自

らの姿を没し去る性質を持っている。恰も点なるものは位置はあるが大きさが無いと言はれるに等し

い。中間もかうしたもので,位置があり,基準にはなるが,自己の大きさがあってはならないのであ

る。然るに二点はもと相依る相関の世界に於てある。相依るのは何等かの基準があって然らしめられ

る。即ちある制約の世界にあるのである。相依る処からは確かに有るのであるが,制約が動けば,随

って動く。我々は有るとしては制約の下にこれを領解し,有り得るとしては仮定の世界に於て思考の

訓練を為す。ともに思想言語の機構によって仮りの施設が為されて人生となっている。相依って成り

立つと理解する丈で充分のやうであるが,それが相依らなくなる過程を伴ってゐるのである。我々は

この構造を言語思想に訴へて適当に表示しつつ相互に人生の真実に徹せんとする。そこに中の意義が

ある。凡て目的と手段,境地と過程,真理と技術とは,常に相伴はしめて考察すべきものであり,如

何なる現実もこれに事歓けるものはなく,その上下・前後・左右に互り仔細に観察すればする程,限

りなき深さを湛へて来るものである5の」

般若心経秘鍵に曰く,u迷悟在我,則発心即到,明暗非他,則信修忽証”と。 蚊に即到といい,忽

証というのは,ほかならない真理の象徴である。

必然と自由は,洋の東西を問わず,人生上の重大な問題であるが,西洋の人生的体験は,これを権

利と義務による外部的な自由と必然に探究し,東洋のそれは義理と人情による内面的な心情にそれを

探究しているようである。然して,龍樹の中観は,これを縁起の法において禅定し,以てこの問題を

「繋縛と解脱(角によって探究したものと考えられる。

ここに,中道主体性は五纏の皆空へと発展し,それはまた四諦,八正道,十二縁起の観法ともなる

が,本稿では,一応,ここで筆を欄くことにする。ともあれ,初心生涯を克服している原動力として

中道的主体性の何であるかを理会していくことを期待してやまない。

結    語

初心生涯は人生的真実に到達する。一事理一体の体験一

嘗て,私は東大教授であられた鳥学者,内田清之助の随筆“鳥類学五十年”を読んだ思い出がある。

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150         茨城大学教育学部紀要(教育科学),28号(1979)

この書は,宝文館の発行になるが,同社は,この書を刊行するまえに,牧野富太郎博士のu植物学九

十年”や金田一京助博士の更セ言語学五十年”などを出版している。いずれも碩学が,その生命を打ち

こんだ初心生涯に於ける人生体験の著作である。然して,これらの書に一貫してみられるものは,三

人の著者には,ともども,それぞれの仕事(職業)と人生と人格が,その生涯を通して総合的に全体

的に処理・生成されていたということである。これを世阿弥に云わしむれば,曹雫若年の初心をわすれ

ずして,身にもちてあれば,老後にさまざまのと禦あり”ということになる。

また,西田幾多郎先生が昭和3年12月に書かれた随筆に,“或教授の退職の辞”というのがある。

これは,その人の名を出していないが,一教授の停年退官慰労会のことを書かれたものである。西田

先生は,その日の老教授の挨拶を一部特筆している。

「私は今日を以て私の何十年の公生涯を終ったのである。……(中間略)……回顧すれぽ,私の生

涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した,その後半は黒板を後にして立っ

た。黒板に向って一回転をなしたと云えぽ,それで私の伝記は尽きるのである。併し明日ストーヴに

焼べられる一本の草にも,それ相応の来歴があり,思出がなけれぽならない。平凡なる私の如きもの

も六十年の生涯を回顧して,転た水の流と人の行末といふ如き感慨に堪へない。私は北国の一寒村に

生れた。子供の時は村の小学校に通うて,父母の膝下で砂原の松林の中を遊び暮した。十三四歳の時,

小姉に連れられて金沢に出て,師範学校に入ったJP)」

この一・文のおわりに,西田先生は次のようなことを申されている。

「彼はかういう様なことを話して座に復した。集れる人々の中には,彼のつまらない生涯を臆面も

なくくだくだと述べ立てたのに対して,嫌気を催したものもあったであろう,心窃に苦笑したものも

あったかも知れない。併し凹字形に並べられたテーブルに,彼を中心として暫く昔話が続けられた。

その中,彼は明日遠くへ行かねばならぬと云ふので,早く帰った。多くの人々は彼を玄関に見送った。

彼は心地よげに街頭の闇の中に消え去ったぷ鴨

これは一老教授の停年退官に際して西田先生が観じられた人の生涯に対するはなむけの一文であるが,何故,西田先生がこの老教授の退職の辞を特筆されたのであろうか。それはこの老教授が,平凡             ●

ながらも,自己の生涯を回顧し,その初心の変遷を卒直に純心に吐露したからであろう。事実,この

老教授の挨拶には虚栄・虚飾らしきものみえず,“清忙は養を成す”とみられる人生の片鱗が各所に

みられる。その昔,親嫌は“雑行をすてて本願に帰す”と,免罪後の再起を教行信証化身上巻に申さ

れているが,この老教授が述懐された彼の生涯にも雑行というものがみられず,また過閑というよう

なものもなく,平凡ながらも,その初心を全うしてきたところに人生的幸福というものがもたらされ

たと考えられる。

いまひとつ,私は内村鑑三をして最後の武士であると言わしめた西郷隆盛の人格に内在する純粋さ

とその全力傾倒的な精神的発動を南洲遺訓の一・二から督見し,その初心生涯の所在をみてみたいと

思う。

○ 或る時「幾歴辛酸志始堅。丈夫玉砕塊額全。一家遺事人知否。不為児孫買美田」との七絶を示

されて,若し此の言に違ひなぽ,西郷は言行反したるとて見限られよと申されける。

○ 道を行ふ者は,固より困厄に逢ふものなれば,如何なる顛難の地に立つとも,事の成否身の死

生杯に,少しも関係せぬもの也。事には上手下手有り,物には出来る人出来ざる人有るより,自然心

を動す人も有れ共,人は道を行ふものゆゑ,道を踏むには上手下手も無く,出来ざる人も無し。

故に只管ら道を行ひ道を楽み,若し蝦難に逢うて之を凌んとならば,彌々道を行ひ道を楽む可し。

予壮年より難難に罹りしゆえ,今はどんな事に出会ふ共,動揺は致すまじ,夫れだけは仕合せな

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大谷:人間形成における初心生涯の意味             151

り。

○ 今の人,才識有れぽ事業は心次第に成さるXものと思へ共,才に任せて為す事は,危くして見

て居られぬものぞ。体有りてこそ用は行はるXなり。肥後の長岡先生の如き君子は,今は似たる

人をも見ることならぬ様になりたりとて嘆息なされ,古語を書て授けらる。

夫天下非誠不動。非才不治。誠之至者。其動也速。才之周者。其治也広。才与誠合。然後事可成。

以上にあげた遺訓の二・三でもわかるように,西郷隆盛こそは,誠則勇の具現者であり,その初心

は無欲にして無私,然も人間一般にとって死は人生の結論であるのに対して,隆盛においては死といr

うものが人生の前提であり,入口であったことをしめしている。

岸本英夫教授も,前述した遺著哩聖死を見つめる心”のなかで,璽璽本当の幸福とか仕事というもの,

あるいは生きがひのある生涯というものは,死によってその価値が減じないものであり,死を考えた

ときに価値がなくなってしまうようなものは真の幸福ではない”というような心境を吐露しているが,

私は大西郷に内在した人格性を,同じく岸本英夫教授の初心生涯にみるものである。

凡そ,純粋・無私・全我・動機・全力的ということは,初心生涯の形成上,極めて大切なことがら

にして,人生に勇気を与える象徴である。人生上,功利主義がつきまとうことを否定し得ないが,私

は,人間形成上,人生と動機主義を尊重していきたいものである。万事,二辺を離れて中道をゆけば,

すべては自然に開かれる。そこに,人生の過程における我々の初心生涯は,幼稚を恥じず,背伸びを

警戒しつつ,若年・中年・老年へと,その初心を集積していくことができる。

これを四諦・八正道及び中道に内在する仏教哲理からみれば,自然即因縁性から縁起相依性を観じ,

そこに現実を空即無と際断し,必過性空を経て人生における矛盾・対立を領解し,以て知人根としての

個性の開眼をみることになる。尚,ここに個性開眼のスタートである自然即因縁性はいわぽ人間の先天

的素質にして,それは在る個性(Sein-sein)とみられる。それが,縁起相依性ならびに空即無なる

現実によって陶冶され,成る個性(Sein-komen)を形成してゆく。その成る個性の第一次展開は個

より出る(往相)すがたであり,その第二次展開は個に還る(還相)すがたである。これを私は,・我亦伽として個性の開融とみるが,けだし燗形成における初心生涯の意味も,器

を空にした習空の観法と実践によって現成される。そこに理事一体の大陸仏教に対して,事理一体の

鎌倉仏教が栄え,日本仏教が民衆教化に稗益した所以がかんがえられる。

(1)能勢朝次著世阿弥十六部集評釈 上巻414頁 岩波書店。

世阿弥の引用については,考異をみるが,本論では能勢朝次著世阿弥十六部集評釈上・下巻岩波書店に

よった。

(2)正法眼蔵随聞記 八 人法門を問ふ。

(3)能勢朝次著上掲書 411頁。

(4)能勢朝次著上掲書 417-418頁。

(5)正法眼蔵随聞記 九 当世学道する人。

(6)西尾実著道元と世阿弥第一部道元から世阿弥へ 97-98頁岩波書店。

(7)日本聖書協会発行新約聖書 マタイによる福音書 第7章 13・14。

(8) F.Heiler;Die Buddhistische Versenkung,2Auflage,1922.

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(9) 能勢朝次著 花鏡 習道知の事 334頁。

(10) H.Beckh;Buddhismus(Buddha und seine Lehre)1 Einleitung, der Buddha,1928.

(11) 宇井伯寿著仏教思想研究第一部第一縁起説の発達と変遷第三章二仏陀の根本的立場岩波書店。

(12) 岸本英夫集第六巻生と死(死とたたかウ,アメリカで癌と闘う記)。

(13) 同上書。

(14) 古川哲史著 無私と純粋 IDE教育選書 135。

(15) 宮本正尊著根本中と空第六中の哲学的考察第二章2龍樹の中の型 378頁による 第一書房。

(16) 同上書。

(17) 同上書 第二章 1 中間の意義 376頁』

(18) 大谷時中著 仏教教育学研究叙説 第二章 仏教教育学の価値的所在とその人間像第三節 繋縛と解脱

参照のこと 三和書房。

(19) 西田幾多郎全集(新版) 第12巻 続 思索と体験 168-171頁 岩波書店。

(20) 同上書。

(21) 大谷時中著 前掲書 第五章 仏教教育学に澄ける個性観 第三節 我亦仙心として個性の開眼

一成る個性(その二)一