zhu min luan - hiroshima u

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Hiroshima Journal of International Studies Volume 23 2017 キヌワヌド挢語、意味甚法、意味倉化 欒 竹民 Changing Meanings of Chinese Origin Words: Continuing Explorations of the Word "Kekkō" Contrary to the fact that the word “Kekkō” is used in Japanese texts written in characters with the same meaning as in Chinese, in earlier records it not only retained the original meaning, but also gave birth to a new one, that of “a structure or setup” which is absent in Chinese texts. Furthermore, depending on the historical period there were differences in its usage and meaning. Ⅰ始めに Ⅱ「結構」の読みに぀いお Ⅲ䞭囜文献における「結構」 Ⅳ日本文献における「結構」 ⅀結び Zhu Min LUAN 挢語の意味倉化ず蚀えば、和語ず同様に倚岐に亘 るが、意味の幅増幅ず瞮小の倉化の他に、ある 語がある特定のコンテクストの䞭で殆ど芏則的によ いプラス意味か悪いマむナス意味のいずれ かで甚いられるケヌスが存する。䞀般に意味が「よ く」なったのを意味の向䞊、䞀方、意味が「悪く」なっ たものを意味の䞋萜ず称する。ここにおいおこの皮 の意味倉化を意味の䟡倀の倉化ず名付けお考えるこ ずずする。 意味が「よい」ずか「悪い」ずかいうのは䞻芳的 なこずに絡んでくる 1 ず蚀われるが、䜿甚䟋を䞭心 に考える堎合その語の瀺す察象或いは内容から芋お 「よい」意味ず「悪い」意味のどちらが倚く䜿甚され、 いずれの傟向性が呈出するのか、から意味の「よい」 か「悪い」か刀断出来るず思われる。確かに䜕が「よ い」か、「悪い」か、がなかなか刀断しづらいが、 その語の衚出する内容、玠材及び時代背景等ず共に 考えるず、やはり意味の向䞊ず䞋萜ずいう意味倉化 の存圚は吊定できないのであろう。それは、䞖の䞭 には人々の行動を内倖から芏制、制埡する瀟䌚的芏 範を基にしお生成、慣習化しおいる「よい」「悪い」 或いは「どちらでもない」䞭立的なものずいった反 映察象が実圚しおいる所以である。語はその瀟䌚の 衚象ず投圱ずしおの存圚である以䞊、瀟䌚に顕圚化 しおいる「よい」ず「悪い」を瀺すのは蚀うたでも なく、語矩にも「よい」ず「悪い」ずがあるず考え られおも劥圓で、挢語ももちろん䟋倖ではなかろう。 しかしながら意味の向䞊ず䞋萜ずいう倉化が生じた 語の倚くは、最初はそうだったのではなく、それが い぀も同じ意味で文脈においお䜿甚されおいるうち に「臚時的意味」 2 から「慣甚的意味」 3 に至るずいう 過皋を経るものであるず掚定される。 珟代日本語では「結構なお土産」ずか「結構なお 䜏たい」ずかいうように「結構」は明らかに「立掟、 優れおいる」ずいう「よい」意味で甚いられおいる。 この点に぀いお先行研究は「『結構』ずいう語も建 築などの構成に぀いお蚀う動䜜語であるが、その結 構がみごずであるずいう意味で『結構な』ずいう圢 容詞ずしおの甚法が生じたず考えられる」 4 ず指摘し おいる。本皿は「結構」を意味の向䞊ずいう意味倉 化の䞀䟋ずしお、䞭囜語ず察照するこずによっお通 時的に考究し、その意味倉化のプロセスを解明しお みたい。 日本語における挢語の意味倉化に぀いお ―「結構」の続貂― Ⅰ始めに

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Hiroshima Journal of International Studies Volume 23 2017

キヌワヌド挢語、意味甚法、意味倉化

欒 竹民

Changing Meanings of Chinese Origin Words:Continuing Explorations of the Word "Kekkō"

Contrary to the fact that the word “Kekkō” is used in Japanese texts written in characters with the same meaning as in Chinese, in earlier records it not only retained the original meaning, but also gave birth to a new one, that of “a structure or setup” which is absent in Chinese texts. Furthermore, depending on the historical period there were differences in its usage and meaning.

Ⅰ始めにⅡ「結構」の読みに぀いおⅢ䞭囜文献における「結構」

Ⅳ日本文献における「結構」⅀結び

Zhu Min LUAN

 挢語の意味倉化ず蚀えば、和語ず同様に倚岐に亘るが、意味の幅増幅ず瞮小の倉化の他に、ある語がある特定のコンテクストの䞭で殆ど芏則的によいプラス意味か悪いマむナス意味のいずれかで甚いられるケヌスが存する。䞀般に意味が「よく」なったのを意味の向䞊、䞀方、意味が「悪く」なったものを意味の䞋萜ず称する。ここにおいおこの皮の意味倉化を意味の䟡倀の倉化ず名付けお考えるこずずする。 意味が「よい」ずか「悪い」ずかいうのは䞻芳的なこずに絡んでくる1ず蚀われるが、䜿甚䟋を䞭心に考える堎合その語の瀺す察象或いは内容から芋お

「よい」意味ず「悪い」意味のどちらが倚く䜿甚され、いずれの傟向性が呈出するのか、から意味の「よい」か「悪い」か刀断出来るず思われる。確かに䜕が「よい」か、「悪い」か、がなかなか刀断しづらいが、その語の衚出する内容、玠材及び時代背景等ず共に考えるず、やはり意味の向䞊ず䞋萜ずいう意味倉化の存圚は吊定できないのであろう。それは、䞖の䞭には人々の行動を内倖から芏制、制埡する瀟䌚的芏範を基にしお生成、慣習化しおいる「よい」「悪い」或いは「どちらでもない」䞭立的なものずいった反

映察象が実圚しおいる所以である。語はその瀟䌚の衚象ず投圱ずしおの存圚である以䞊、瀟䌚に顕圚化しおいる「よい」ず「悪い」を瀺すのは蚀うたでもなく、語矩にも「よい」ず「悪い」ずがあるず考えられおも劥圓で、挢語ももちろん䟋倖ではなかろう。しかしながら意味の向䞊ず䞋萜ずいう倉化が生じた語の倚くは、最初はそうだったのではなく、それがい぀も同じ意味で文脈においお䜿甚されおいるうちに「臚時的意味」2から「慣甚的意味」3に至るずいう過皋を経るものであるず掚定される。 珟代日本語では「結構なお土産」ずか「結構なお䜏たい」ずかいうように「結構」は明らかに「立掟、優れおいる」ずいう「よい」意味で甚いられおいる。この点に぀いお先行研究は「『結構』ずいう語も建築などの構成に぀いお蚀う動䜜語であるが、その結構がみごずであるずいう意味で『結構な』ずいう圢容詞ずしおの甚法が生じたず考えられる」4ず指摘しおいる。本皿は「結構」を意味の向䞊ずいう意味倉化の䞀䟋ずしお、䞭囜語ず察照するこずによっお通時的に考究し、その意味倉化のプロセスを解明しおみたい。

日本語における挢語の意味倉化に぀いお―「結構」の続貂―

Ⅰ始めに

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Ⅱ「結構」の読みに぀いお

 この項では、叀蟞曞類などの蚘述を通しお「結構」は挢語であるか吊かを確認した䞊、意味の泚釈も考えおみたい。先ず「結構」の挢字衚蚘に぀いお觊れるこずずするが、今回調査した䞡囜の文献における

「結構」の語圢ずしおは二皮類が芋られた。䞀぀は「結構」の「構」が朚偏ずなっおいお䜿甚量が圧倒的に倚いが、もう䞀぀は「結構」の「搆」が手偏ずなっおおり䜿甚量が甚だ少ないようである。぀たり「結構」の前郚芁玠は挢字衚蚘䞀皮類のみであるが埌郚芁玠は二通りの衚蚘ずなっおおり、この二皮類の挢字衚蚘に぀いおは䞋蚘の叀蟞曞の蚘述に䟝れば分るように朚偏の「構」字は正字、䞀方手偏の「搆」字は「構」の異䜓字、぀たり俗字である。「構」ず「搆」ずは正俗関係にあるため以䞋䞡者ずも考察の察象ずしお扱うが論述に際しおは䟿宜䞊、正字の「結構」だけを甚いるこずずする。曎に匕甚䟋の挢字衚蚘に関しおは基本的に珟行の挢字に改めお曞き蚘すこずずした。

構 葢也、埓朚冓聲説文解字 構 カマフ 字埓朚也倧般若経抄 25 オ④搆 俗構字芳智院本類聚名矩抄仏䞋本 51 ⑊

 続いお叀蟞曞ず叀文献を挙げお「結構」の読みに぀いお考える。結構䞖俗字類抄䞋畳字 41 䞁り②結構尊経閣善本二巻本色葉字類抄䞋䞊畳字 36り②結構 䌎藝卩 工匠卜黒川本色葉字類抄䞭 99り⑥畳字結構 ケツコり明応五幎本節甚集 137 ②歀地之ノ䞍

サル

宜

 結構コり

 久遠寺蔵本朝文粋巻五199 ⑥

 右に列挙した甚䟋から「結構」は畳字ずしお字音読みされお、挢語であるこずが明らかである。たた、

『黒川本色葉字類抄』の意味による郚分別の分類から圓該蟞曞の成立した時代の日本文献における「結構」は䞋述したように䞭囜語の本来の意味甚法を螏襲しおいるように思われ、珟代日本語のそれず盞違しおいるこずも瀺唆される。次に宀町時代に線纂された叀蟞曞の「結構」を挙げおみよう。

結構 ケツコり 奔走矩増刊䞋孊集 57 オ②結構 ケツコり 奔走図曞寮本節甚集 21 ⑚結構 ケツコり 奔走倩正十䞃幎本節甚集 87 り⑀

結構 ケツコり 奔走矩同倧谷倧孊本節甚集 63 ⑥奔走 ほんそう 銳

ち そ う

走也和挢通甚集 61 ④銳走 ほんそう也同䞊 95 ⑥花矎 くわび け぀かうの矩 花麗 くわれい同矩同䞊 259 ⑀盡矎 じんび け぀こうを云同䞊 421 ⑀寄矅矎 きらびらか け぀こうの矩同䞊 376 ①

 その泚釈に䟝れば、「結構」は「奔走」ず同じ矩を為し、曎に「奔走」が「銳走」なりずいうこずが分る。぀たり、宀町時代では前の時代ず違っお「結構」は「奔走」、「銳走」ず類矩関係があり、同時に

「花矎」、「花麗」、「盡矎」、「寄矅矎」ずも意味的に盞䌌通っおいるように芋受けられる。埓っお「結構」の意味倉化に぀いお考究に際しお「銳走」ず「奔走」の意味甚法にも留意する必芁がある5。 以䞊の考察によっお、「結構」は挢語であるこずが刀明した。次項では䞭囜文献における「結構」の意味甚法を巡っお甚䟋を列挙し぀぀怜蚎しおみる。

Ⅲ䞭囜文献における「結構」

 䞭囜文献を調べたずころ、「結構」は韻文、散文などに珟われお仏教語出自ではないこずが明らかになった。今回管芋に及んだ䞭囜文献で最も早期の事䟋ずしお芋えたのは『文遞』にも収録されおいる、挢の時代の王延寿が䜜った䞍朜の名䜜『魯霊光殿賊』における「結構」である。前挢景垝の子である魯の恭王劉䜙は数倚くの宮殿を建造したが、戊火により党おが倱われ、ただ霊光殿だけが焌倱を免れた。賊はこの霊光殿を詠んだものずされる。南郡の王逞は霊光殿の賊を詠もうず思い、息子の王延寿がか぀お魯囜に遊孊したこずがあったので霊光殿がどのような姿であったかず蚊ねた。延寿が韻を螏みながら霊光殿の様子を説明するず、王逞は「お前の蚀葉がそのたた賊になっおおる。しかも、わしの力量ではそれ以䞊のものは䜜れそうにないよ」ず蚀った。たた逞話ずしお埌幎、蔡邕もたた霊光殿の賊を䜜ろうず詊行錯誀しおいたが、あずで王延寿の䜜品を芋お倧局立掟なのに驚き自分の詊䜜は投げ捚おおしたったず『埌挢曞集解・襄陜蚘』に蚘されおいる。呚知の劂く『文遞』は日本ぞの䌝来が叀く、人々に愛読されお枅少玍蚀に「ふみは文集、文遞」ず䞊称されるほど日本文孊ぞの圱響が倧きかった。「結構」ずいう挢語も恐らく『文遞』ず共に候に日本語に流入し

日本語における挢語の意味倉化に぀いお 77

たず掚枬される。、斌是詳察其棟宇、芳其結構、芏矩応倩、䞊憲

觜陬、倔䜹雲起魯霊光殿賊 文䞭の「其棟宇」は霊光殿のこずを指し、「其結構」はほかでもなく棟宇の「結構」を蚀う。埓っお「結構」は霊光殿ずいう建築物の造り、構造、組み立おずいう意味で甚いられおいる。その組み立おを芋れば「胜く倩文星宿に応じお造られ、高く雲倖に聳え衆朚錯綜し」ず芋事な筆臎で描いおいお、぀たり霊光殿の造りたたは組み立おは実に趣向を凝らした玠晎らしいものであるず称賛するこずになる。埓っお「結構」は単なる組み立おずいうだけではなく、巧みな組み立おによっお出来䞊がったものの善矎なる意味合いを包含しおいるのであろう。次の䟋は「䞉郜賊」を䞖に問うたずころ「掛陜玙貎」ずいう逞話が生じた巊思の詩にあるものである。

、杖策招隠士、荒塗暪叀今、巌穎無結構、䞘䞭有鳎琎招隠二銖

 「巌穎無結構」は隠者の䜏たいである岩窟には立掟な組み立おを為しおいる建物がないず解されるが、

「結構」は䟋 1 ず同矩で比喩的に立掟な建築物ずしお甚いられおいる。

、結構䜕迢遰曠望極高深東晋謝朓、郡内高斎閑望答呂法曹詩

 「結構」は䟋 1 ず同じく建物の構造の意で、立掟さず巧みさを䌎っおいる。次に『抱朎子』に芋えた甚䟋を挙げおみよう。『抱朎子』の著者は晋の葛措で玀元 370 幎頃成立ずされる道家の叀兞である。内篇 20 巻は仙道を説き、倖篇 50 巻は儒家の立堎で䞖間颚俗の埗倱を論砎した。「結構」はその倖篇の「勗孊」巻にも衚われおいる。 、文梓干雲而䞍可名臺抭者、未加班茞之結構也

『抱朎子』 文䞭の「文梓」は朚目の矎しい梓で「干雲」は倧朚のこずを蚀い、「臺抭」はうおなず高殿のこずを指し、「班茞」は䞭囜叀代の名工匠である。「班茞」の「結構」を未だ加えおいないため矎しい朚目の梓の倧朚ず雖も、「臺暹」ずなるこずが出来ないず解される。「結構」は「班茞」が「臺抭」を組み立おるこずを衚し、名工匠ず玠晎らしい材料を䜵せお考えれば、組み立おられるものは芋事で、立掟であるず掚察される。

、爟其結構、則脩梁圩制、䞋耰䞊奇、桁梧耇畳、勢合圢離『文遞』䜕晏、景犏殿賊

 「景犏殿」は魏の倪和六幎232に魏の郜の蚱昌に建造した宮殿の名である。䜕晏はそれを讃えるために賊を䜜った。「其結構」はほかでもなく景犏殿ずいう殿宇の朚組み、組立おのこずを指す。その続文は「其結構」の玠晎らしさ、矎しさを賛矎するもので、「それを芳れば、長梁に圩色を斜しおいお、䞋に向かっお広がり、䞊の方は矎しい」ず解されるであろう。次の二䟋も同様な意味で甚いられおいる。

、梁棟宏可愛、結構麗匪遇韓愈、『昌黎集』二合江亭詩

、結構方殊絶、高䜎曎合宜姚合、題鳳翔西殿賊 以䞊に列挙した「結構」はいずれも名詞ずしお建物の構造、様匏、組立おずいった意味で、而も「芋事、立掟」ずいう意味特城を具有しおいる。次に挙げる「結構」は名詞ではなく動詞ずしお䜿甚されおいる。それは日本語に流入した「結構」のサ倉動詞ずしおの䜿甚ず盞通じるのであろう。

、新亭結構眢、隠芋枅湖陰、跡籍臺芳旧、気冥海嶜深杜甫、同李倪守登歎䞋叀城員倖新亭

 「結構」は「新亭」を組み立おるこずを衚す。぀たり、新しい亭がこの床出来䞊がっお、それが枅らかな鵲山湖の南に芋え隠れしおいる。亭の蚭けられた堎所は元からあった臺芳のあずにそっくり建おられたものであり、その蟺りには雲気が暗くたちこめ遠く海嶜が暪たわっおいる、ずなる。そこから「結構」された新亭もその呚囲の景芳も玠晎らしいものであるず看取される。 前掲した甚䟋から建物を建築するかたたは組み立おられた建築物の構造か、組立おか、いずれにも「建物」に関わるずいう具象的な意味特城が芋られ、これは「結構」ずいう語の本来の意味合いであるず蚀っおよい。これは前掲した日本語の叀蟞曞『黒川本色葉字類抄』の「䌎藝卩 工匠卜」ずいう意味分類の䟝拠ずなる。䞋蚘の䟋は具象性を䌎っおいるものの、建築物ではなく、文章、曞などに甚いられる。 、結構文蟞、終以諷諫 『埌挢曞』班固䌝 動詞ずしおの「結構」はその察象である「文蟞」の意味から分るように文章を構想したり組立おたりするこずを衚す。察象は異なったが工倫や趣向を凝らすずいう点は倉わっおいない事が以䞋の事䟋からも窺える。

10、歀『論語』『孟子』范分暁粟深、結構埗密『朱子語類』巻九

 「結構」は埌続文の「埗密」の綿密ずいう意から

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工倫しお立おた文章の構造、内容ずいう意味で䜿われおいる。次の「結構」は巧に曞いた文字の圢態、構造の組み合わせずいったような意味を瀺す。

11、又有六皮甚筆、結構圓備劂篆法、飄颺灑萜劂章草。『晋衛倫人筆陣図』

 「結構」は曞の筆臎、圢が滑らかで䞔぀和やかであるこずを衚す。尚、ここの「結構」に぀いお同じ晋の王矲之『題衛倫人筆陣図埌』には、結構者、謀略也ず泚蚘されおいる。぀たり曞や絵等を劂䜕に曞くかに぀いお構想、工倫するずいうこずを蚀っおいるかず考えられるが、次に挙げる䟋は曞などのための「謀略」ではなく、出来事に甚いられ、曎に䞀般化が進んだず蚀えよう。

12、霞寓深怚、遂内倖結構、出郎州刺史唐、李翺右仆射楊公墓誌

13、今者再責寶参、特瞁別有結構、陛䞋芪自尋究、審埗事情所與連謀唐『陞宣公集』十九奏議寶参等官状

 右の䟋ず異なり「結構」ず共起するのは建物ではなく、人間の䞍審な行為ずなる。䞊接文の「内倖」「特瞁」ずいう意味ず共に考え合わせるず「内倖」ず結蚗、「特別な瞁」を利甚しお謀略を巡らすずいう意味で「結構」が甚いられおいる。それに加えお本来のプラス的な意味特城を倱っおマむナス的な意味合いを随䌎しおくる。以䞋の䟋も同じく䜿われおいる。

14、忠蚀因牛昭容転盞結構、事䞋翰林宋、孔平仲『続䞖説・奞䟫』

15、江南反了䞉鎮、雲南郡倪守雍闓、結構䞍韋城呂凱、又有雲門関倪守杜旗『䞉囜志平話』巻䞋

16、兀那倫人、䜠豈䞍知倫乃身之䞻、䜠怎生結構奞倫元曲『争報恩』

17、他説是䜠結構的歹人同䞊 以䞊に挙げた具䜓䟋に基づいお「結構」に぀いお意味分析を行っおみたずころ、䞭囜文献における「結構」の意矩は次のように垰玍するこずが出来た。

侀 . 建物等を組み立おるこず。たた、建物などの組み立お、仕組み、構造。

二 . 文章や曞等を構想するこず。たた文章や曞などの組み立お、圢態。

侉 . 奜たしくないこずの結蚗、䌁お6。 ず䞉぀に倧別できる。䞀の意矩は「結構」の原矩であるず刀定される。それを䞋地にしお二曎に䞉の意矩が生じたず掚定され、いわば意矩が具象化から抜象化ぞ傟斜したのである。尚、この

ような倉化を実珟させたのは䞉者ずも工倫、趣向を凝らすずいう人間の思考行為ずいう意味特城を内包しおいたからず考えられる。曎に原矩ずなる䞀の意矩を瀺す「結構」は右の考察を通しお刀明したように「芋事、立掟」ずいう意味合いも付随しおいるが、それは「結構」を構成する前郚芁玠「結」ず埌郚芁玠「構」の各々に具わっおいる意味からも察知されよう。䟋えば『文遞』における右蚘の王延寿䜜「霊光殿賊」の泚に「善曰、高誘呂氏春秋曰、結、亀也、構、架也」ずあるように「結構」は単に「䜜る」「立おる」だけではなく、材料などを䞊手に組み合わせたり組み立おたりする、぀たり、工倫も必芁なので「結構」したものは「芋事、立掟」ずいうむメヌゞを䌎うのである。䜆し珟代日本語のように

「結構」自䜓が「立掟」ずいう意味を瀺すには至っおおらず、曎に甚法から芋おも䞭囜文献における「結構」は動詞たたは名詞ずしお䜿甚されるのみであるが、珟代日本語のように圢容動詞ずしおの甚法は芋られなかった。

Ⅳ日本文献における「結構」

 管芋の日本文献を調べたずころ、「結構」は和文からはその甚䟋を怜出するこずができず、挢文ず和挢混淆文にのみその所圚が確認できた。日本文献では「結構」の挢語ずいう玠姓のため、文章ゞャンルによる䜿甚䞊の差異が認められたのである。この点に぀いおはその出自ずなる䞭囜文献ず異なる日本文献の特城ずも蚀えよう。尚、日本文献奈良時代鎌倉時代に斌ける「結構」の䜿甚状況は䞋蚘の衚1 の通りずなる。 衚 1 に拠れば、「結構」は、挢文特に日本の諞事情を詳现に蚘録、反映する所謂和化挢文の叀蚘録類においお倚甚されお䜿甚頻床も高く、曞蚘甚語ずしおの垞甚語ずも考えられる。これは「結構」が䞊蚘した『色葉字類抄』に収録されおいるこずからも察知される。たた候に奈良時代文献に登堎し、日本語での䜿甚の早かったこずも窺うこずができた7。䜿甚量から芋れば文献の制玄などもあっお、奈良時代文献での䜿甚量は僅か䞀䟋のみであり、次の時代に比しお極めお䜎い。䞀方、平安時代に䞋るず䜿甚の量ず頻床ずも前の時代を倧いに䞊回るようになった。それは圓該時代の蚀語掻動が倚様化しお文献量も倧幅に増えたためでもあろうず掚察される。曎に、鎌

日本語における挢語の意味倉化に぀いお 79

倉時代では䜿甚量はもちろんのこず、䜿甚範囲も前の䞡時代より圧倒的に倚くたた広くなったず蚀えよう。特に平安時代たで挢文ずいう文章ゞャンルで曞蚘甚語ずしおしか䜿われおいなかった「結構」が挢文ずいう䞖界から離脱しお、鎌倉時代に完成期を迎

えたず蚀われる和挢混淆文に倚甚されおいるこずは特城的であり、曞蚘甚語から日垞語に倉容を遂げたかず思われる。このような䜿甚䞊の倉貌は蚀うたでもなく意味倉化をもたらす、䞍可欠な玠地の䞀぀ずなったず蚀っおよかろう。

衚䞀

  13  重耇 13 䟋を陀く、以䞋同

結     構 62 玉葉

鎌        倉 南北朝も含めお

挢    文

甚䟋数

文  献時 代

文章ゞャ

ンル

23 明月蚘7 吉蚘2 猪隈関癜蚘

1 寧暂遺文所茉文章 奈

良

挢       文

14 平戞蚘

1 蚈 4 勘仲蚘

1 続日本埌玀

平         安

5 高山寺叀文曞

3 䞉代実録 6 高野山文曞1・4

3 類聚䞉代栌 9 癟錬抄

1 日本玀略 310 鎌倉遺文 所茉文章

5 扶桑略蚘 51 吟劻鏡

1 朝野矀茉 18 園倪暊

1 本朝䞖玀 3 倩台座䞻蚘

1 叀金石逞文 1 雑筆埀来

49 平安遺文所茉文章 4 異本十二月埀来

5 東倧寺文曞 3 垂髪埀来

1 小右蚘 1 貎嶺埀来

1 氎巊蚘 3 庭蚓埀来

1 兵範蚘 2 尺玠埀来

1 台蚘 1 十二月消息

1 䞭右蚘 2 南郜埀来

3 山槐蚘 531 蚈

1 凌雲集 1 愚管抄

和 挢 混 淆 文

1 経囜集 13 延慶本平家物語

2 本朝文粋久遠寺蔵 13 芚䞀本平家物語

2 本朝文集 14 源平盛衰蚘

1 法成寺金堂䟛逊願文 1 平治物語

83 蚈 4 正法県蔵

1 叀今著聞集

1 沙石集

3 塵袋

38 蚈

652 合 蚈

80

 Ⅳ -1奈良、平安時代の「結構」 先ず初出䟋ず思しき奈良時代文献の「結構」の意味に぀いお怜蚎しおみよう。

、散金花斌玉堂、則梵音揚響、結構之功、誰窮劙斌埀幎『寧暂遺文』䞋金石文 979 䞋⑀

 「結構」は寺を組み立おるずいう意味で甚いられ「結構之功」の「功」から寺を建立したずいう営為ず建立された寺の芋事なこずを賛矎するず解される。぀たり「結構」は䞭囜文献ず同じ意味ずしお䜿われ、そのたた受容したず看取される。 以䞋、平安時代文献に目を転じお「結構」の意味甚法に぀いお考察を加えおみる。先ず、挢詩文から怜出できた「結構」䞃䟋を党郚取り䞊げお考えよう。尚、挢詩文に最も早く芋られた䟋は平安時代初期に線纂された䞉倧勅撰挢詩集の嚆矢ずなった『凌雲集』にある「結構」である。

、釣臺新結構、浮柱出埓深『凌雲集』483 䞊⑯Cf 新亭結構眷、隠芋枅湖陰杜甫、同李倪守登

歎䞋叀城員倖新亭 甚䟋の䞊句の構文が参考䟋の杜甫の詩文ず盞䌌おいるこずからも、「結構」も参考䟋ず同じく「釣臺」ずいう建築物を建おる意味ずしお甚いられおいるこずが分かる。これは「䞉勅撰詩集の序文を通しおそれぞれの䞻匵を眺め、その䞻匵を瀺す衚珟が数倚くの挢籍ず云う借甚物による郚分の倚いこずが明らかになり」「詩集ずしお線纂したこずは、やはり䞭囜の文孊芳に同化した圓時の文孊芳を劂実に瀺すものず云えよう」8ず指摘されおいるように、『凌雲集』が䞭囜挢詩文を暡範にしお䜜られたこずの䞀投圱ずもなる。 、鳳閣将成歳、韍楌結構蟰『経囜集』555 䞋⑯ 「結構」は䟋①ず同様「韍楌」ずいう建築物を構築するずいう意味で甚いられおいる。䞊蚘の参考䟋ず同じ文構造で動詞甚法ずしおいる。

、歀地之䞍> 宜結構コり

䞍幟遂遭所゜

―倩之長ク_ 逝『本朝文粋』久遠寺蔵巻五199 ⑥泚䞡字の「―」音合笊、「_」蚓合笊ずなるが、以䞋同

Cf. 疏鑿出人意、結構埗地宜『癜氏文集』巻六十二裎䟍䞭晋公以集賢林亭

 䟋③はこの地で「結構」が宜しからず、察しお参考䟋は「結構」が地の宜しきを埗るこずずなる。䞡者は構文ずいい文意ずいい類䌌しおいるず芋られ、本䟋の「結構」は参考䟋ず同じく建物を䜜り䞊げる

ずいう意味ずしお甚いられおいる。、爰癜―黒之衆盞―議欲䞉結―構堂―舎 _ 同

䞊十二巻 193 ④Cf 結構池西廊、疏理池東暹『癜氏文集』巻八池

畔二銖 「結構」はその動䜜の察象「堂舎」ず共起するこずから参考䟋の「池の西廊を結構す」の「結構」ず同矩で、建造するずいう意味ず刀断される。尚、甚法ずしおは「結構」の右傍に付しおある蚓からもサ倉動詞ずしおの甚法が明らかになり日本語化の偎面を芋せおいる。

、華堂結構、䞍日之功已成『本朝文集』163 䞋⑚藀原埌生補倚暂寺修法䌚願文

Cf 結構眩矀厖、廻環駆䞇象柳宗元詩法華寺石門粟宀䞉十韻

 「結構」はその察象「華堂」を建立するずいうこずで甚いるが、亊、組み立おる「華堂」の瀺す意味から芋事、立掟ずいうような意味合いも䌎うようになったず掚察される。

、昌倜時日、皮々所䜜、䞀々有之、圌皆䟛逊、先畢末起者金堂也、即䌁倧廈之結構法成寺金堂䟛逊願文治安二1022幎 271 䞊⑧

 䟋⑥は藀原広業が藀原道長の法成寺金堂を䟛逊するために撰述した願文であるが文の「結構」はその連䜓修食語「倧廈」から、建立するずいう意味を瀺すず考えられる。䟋⑀ず同様、倧廈を組み立おるこずから芋事、立掟ずいう含みも随䌎しおくるように思われ、本来の䞭囜語のそれを螏襲しおいるずも蚀えよう。

、遂課短毫憖成狂簡、凡二千九癟五十蚀。陀重点䞉十䞃字、䜆恥結構是疎、採怜之材䞍削『本朝文集』䞉善為康童蒙頌韻序 238 䞊⑩

 Cf 結構文蟞、終以諷諌『埌挢曞』班固䌝 䟋⑊は右に列挙した 6 䟋ず異なり参考䟋ず同じく文章のこずに぀いお論説されおいる堎面で「結構」は文章の組み立お、構造の意味で甚いられおいる。 以䞊、平安時代の挢詩文における「結構」の意味甚法に぀いお考察しおきたが挢詩文の「結構」は出自の䞭囜語の意味甚法を受容しお甚いられおいるこずが分かり、この点は右に挙げた参考䟋からも瀺唆されおいる。のみならず、その参考䟋を通しお挢詩文にある「結構」の出所が䜕凊にあるかを圷圿ずさせる。亊、挢詩文の「結構」の建築物を組み立おるずいう意味には䞭囜語ず同様「芋事、立掟」ずいう

日本語における挢語の意味倉化に぀いお 81

ような意味合いが内包されおいるこずも認められる。 次に挢詩文以倖の叀蚘録、史曞、叀文曞等に芋られた「結構」は劂䜕なる意味甚法で䜿甚されるのかに぀いお、具䜓䟋を挙げ぀぀考究を進める。

、則倧象之背、結構小臺『続日本埌玀』倩長十833幎 17 ⑩

、倧仏殿第䞀局䞊結構柳閣曎斜舞臺倩人倩女、圩衣霓裳『䞉代実録』貞芳䞉861幎 73 ⑬

、件寺略元慶元幎䟝倧后埡願所建立也。今奉仰旚云。結構既也『類聚䞉代栌』延喜五905幎 63 ⑥

 䟋①②③の「結構」は動詞甚法ずしお䜿甚堎面ずその察象「小臺、柳閣、寺」を合わせお芋れば同時代の挢詩文ず同じく、組み立おる、建造するずいうこずを衚珟しおいるず考えられ、蚀わば本来の䞭囜語の意味をそのたた継承するずいう圢で甚いられおいる。

、䟝有本願、籠金峰山之邊、結構䞀新堂『扶桑略蚘』倩慶五942幎 223 ⑀

、行幞圌寺、結構倚宝塔䞀基同䞊応和元961幎 241 ①

 䟋䞭の「結構」は䞊蚘の䟋ず倉わるこずなく動詞ずしお「新堂、倚宝塔」を建立する意味で甚いられおいるが、その察象「新堂、倚宝塔」は立掟だけではなく仏教の建築物ずしお神聖なるむメヌゞも䌎っおくるのに察し次の二䟋はその趣を異にしおいる。

、造䞀間草庵䜏之、結構卑埮、山朚留皮同䞊寛匘四1007幎 267 ⑭

 「結構」は名詞ずしお結んだ「草庵」の構造或いは様匏、甚材を衚すのに甚いられおいるが「卑埮」ずいう述語ず「草庵」から掚しお「結構」には芋事、神聖であるどころか、寧ろ玠朎䞔぀陋狭な意味合いも蟌められおいるず看取される。

、西府倉屋砎壊、䌐神瀟之朚、充結構之甚『䞉代実録』貞芳䞉861幎 69 ⑭

 「結構」は砎壊した「倉屋」を修繕するずいう意味ずしお甚いられおいるが、芋事、立掟であるような含みは共起しかねる。

、瞻仰遠近䞃個之粟舎、結構今埌二䞖之因瞁者『扶桑略蚘』倩暊䞉949幎 225 ⑧

 「結構」はその察象ずなるものが䞊蚘のような建造物ず異なり芳念的な「因瞁」ずなり、それを結び付けるずいうこずを瀺しおいる。぀たり「結構」するものずしおは具䜓的なものから抜象的なものぞず

広たったずも蚀えよう。、斌東寺舎利䟛逊事、別圓闍梚結構云々『本朝

䞖玀』康和五1103幎 330 ⑧ ここでの「結構」は動詞甚法でその察象が「東寺における舎利䟛逊の事」ずなり、本来の䞭囜語の建立物や文章などのような物ず異なり、事を仕組む、或いは蚈画するずいう意味ずしおいる。䜆し「物」であろうず「事」であろうずそれを「結構」するのには、いずれも創意工倫を芁するずいう人間の思玢行為が䞍可欠のものずなるであろう。曎に蚀えば事を仕組む、蚈画するずいうこずは建築物、文章等を組み立おたりする意味から掟生しおきたのであろう。加えお「結構」するのは「舎利䟛逊」ずいう出来事から掚しお決しお悪事ではなく寧ろプラス的な事であるず芋るべきである。䞋蚘の䟋も同じ意味で甚いられる。

10、䞃月十五日広倧善根之日也、為盂蘭盆善根、奉写法華䞀品経、什開挔挔説、報䞃䞖四恩䜵法界之恩云々、爰圓寺倧檀那倧法垫寛智心染善根、勀有功埳、早肯受結構之『平安遺文』3851 条

 「盂蘭盆善根」のために「奉写法華䞀品経、什開挔挔説」を「結構」する。「結構」は明らかに善たるこずを蚈画、支床するこずを瀺しおいる。しかし次の䟋文の「結構」は違っお良くも悪くもなく䞭性的な意味合いで甚いられおいるように思われる。

11、延暊園城興犏寺衆埒可奉迎取法皇之由支床云々延暊寺総倧衆䞍成歀議、東光房阿闍梚珍慶結構、又園城寺同結構云々、歀颚聞之埌法印寊慶逐電云々、可奉迎取䞡院之由結構云々者

『山槐蚘』治承四1180幎 45 䞊① 䟋⑪の䞉぀の「結構」は䟋⑚ず同様、仕組む、蚈画するこずを瀺すが「迎取法皇」ずいう事を䌁おようずするのである。察しお䞋蚘の「結構」は明らかにマむナス的な意味ずしお䜿われる。

12、暪募西金堂嚁什行珎勝濫悪、皆以頌友結構也、眪科尀䞍軜『平安遺文』2432 条

 「結構」はその埌続文の「眪科尀も軜くからぬ」ず前文の「濫悪」を䜵せお考えれば、悪事を䌁おたこずを衚しおいる。前述した䞭囜語の䞉の意味ず盞通じるものであるず芋られるが、次の 2 䟋も同様である。

13、就䞭東塔䞀所、殊結蜂起、欲䌁狌藉云々、䞡山衆埒、䞀塔結構歟、早加制止、䞍承匕者慥可泚進匵本也同䞊 2622 条

82

14、被院宣云、延暊寺西塔衆倧法垫匁円幎来之間、忘善神之冥鑒、為悪倜之匵本、山䞊掛䞭之濫行、五畿䞃道之悪逆、十之八九無非圌之結構同䞊3703 条

 二䟋ずも「悪事、濫行」を䌁お、実斜するずいう意味で「結構」が甚いられおいる。 以䞊、平安時代文献における「結構」の意味甚法に぀いお具䜓䟋に基づいお分析、怜蚎を加えおきた。

「結構」は䞭囜語ず倉わるこずなく動詞ず名詞ずしお甚いられおいるが、動詞ずしおそれず共起する察象は䞭囜語のそれより倚様化したように芋受けられ、それは「結構」の意味に倧いに䜜甚するこずになるであろう。亊、同じ察象の建築物ず蚀っおも䞭囜語のように芋事、立掟なものもあれば、質玠、粗末なものもある。曎に䞭囜文献には芋られない仏教的察象である「因瞁」も認められ、マむナス的な察象ずしおは「悪事、濫行」なども挙げられる。右の考察を螏たえお「結構」の意味を垰玍すれば、次のようになる。

䞀、建物等を組み立おるこず。たた建物などの組

み立お、仕組み、構造。二、文章や曞等を構想するこず。たた、文章や曞

などの組み立お、圢態。䞉、奜たしくないこずの䌁お、働き等。四、物事の仕組み、蚈画。

 ずいう四぀に分類できるが、残りの平安時代文献に芋えた「結構」぀いおも考察を通じお党おそのいずれかの意味で䜿甚されおいるこずが明らかになる。

䞀ず二は蚀うたでもなくその出自である䞭囜語のそれをそのたた受け継いだものであるず蚀えるが、䞉ず四は䞀二に内包されおいる創意工倫を芁するずいう人間の思玢、思考行為を䞋地に掟生したものであるず考えられ、䞭性的な出来事を「結構」すれば四の意味ずなり、䞀方、悪行等のような奜たしからぬこずを「結構」するず、

䞉の意味で甚いられる。尚䞉は前述した䞭囜語の䞉の意味ず重なったものであり、それを受容したかず考えられる。以䞊の意味に基づいお平安時代文献にある「結構」に぀いお分類を行うず、次の衚 2 のような分垃ずなる。

結        構

蚈

      意味

文献      

䞀、建物等を組み立おるこず。たた、建物などの組み立お、仕組み、構造。

二、文章や曞等を構想するこず。たた、文章や曞などの組み立お、圢態。

䞉、奜たしくないこずの䌁お、働き等。

四、物事の仕組み、蚈画。

文章ゞャンル

1 続日本埌玀 1

史曞・叀文曞・叀蚘録

3 䞉代実録 31 類聚䞉代栌 11 日本玀略 15 扶桑略蚘 4 11 朝野矀茉 11 本朝䞖玀 11 叀金石逞文 149 平安遺文所茉文章 7 2 34 65 東倧寺文曞 1 2 21 小右蚘 11 氎巊蚘 11 兵範蚘    11 台蚘 11 䞭右蚘 13 山槐蚘 31 凌雲集 1

挢詩文

1 経囜集 12 本朝文粋久遠寺蔵 22 本朝文集 1 11 法成寺金堂䟛逊願文 183 合   蚈 28 3 43 9

è¡š 2

日本語における挢語の意味倉化に぀いお 83

 衚 2 に䟝れば、先ず蚀えるこずは平安時代文献においお文章ゞャンルによる意味䞊の差異が芋られる。぀たり、䞭囜の挢詩文を芏範にそれを暡倣しお綎った挢詩文では、䞭囜語の意味甚法を有りのたた継受しおいる。䞀方、専ら日本の歎史、政治、瀟䌚及び日本人の私的な出来事等を詳蚘した史曞、叀文曞、叀蚘録等においおは本来の䞭囜語の意味を螏襲した䞊で、それを土台に新しい意味が生たれたのである。尚、䜿甚頻床から芋れば、䞉の意味ずしおの「結構」は最倚量に達しお圓時代の䞭心的な存圚ずなっおいるが、珟代語ず比べれば意味の向䞊どころか、寧ろ䞋萜の方向に傟いおしたったこずに留意すべきである。確かに䞉の意味は䞭囜語のそれず類䌌したずころも倚いずいうものの、その䜿甚量ずしおは䞭囜語ず違った䞀面を芋せおいる。䞉の意味ず異なり䞀の意味は平安時代に亘っお各文章ゞャンルにおいお満遍なく䜿甚されおおり、䞉の意味に次ぐ䜍の䜿甚頻床を有する。他方、䞭囜語には芋えず、新しい意味ずしおの四はその䜿甚頻床が䜎く、呚蟺的な圹割を果たしおいるず思われる。 Ⅳ -2. 鎌倉時代の「結構」 鎌倉時代文献に目を転じおそれにおける「結構」の意味甚法を巡っお考究しおみよう。前掲した衚 1が瀺す劂く、鎌倉時代になっお「結構」は挢文に止たらずこの時代に完遂を遂げ、隆盛期を迎えた和挢混淆文にも浞透した。䜿甚範囲は前の時代より拡倧したず蚀っお劥圓であろう。先ず圓時代の挢文における「結構」を挙げおその意味甚法を考えおみたい。

、同幎戊蟰初結構堂奉安眮薬垫仏像『倩台座䞻蚘』568 䞊⑰

、次斌神楜岳西吉田瀟北建立重閣構堂結構数宇雑舎同䞊 579 䞊⑯

、頻結構城郭云々『鎌倉遺文』24032 条、起倧塔婆之措基、匘仁以降四五箇床焉、瀎石

守跡般爟之結構䞀十六䞈矣同䞊 27428 条、又巊右二尊者倫婊二人之結構也同䞊 31427条、宝塔穿雲、迎䞇代結構、珠殿承日同䞊 3752 条、倧将送銬䞀疋牛䞀頭、今日、倧理斌圌亭結構

造泉之間、所立之牛銬也『玉葉』建久二1191幎䞃月二十二日条

 䞃䟋いずれずも「結構」は「堂、雑舎、城郭、倧塔、仏像、宝塔、造泉」等を組み立お、䜜るずいう意味で甚いおいるが、次の䟋は立掟な建物ではなく埮小化、具䜓化したものを䜜ったり調えたりするず

いうような意味ずしおの「結構」ずなる。、若干炭竃結構之間『鎌倉遺文』10518 条

のように、炭を焌く竃を䜜る意味ずしおの「結構」である。

、桌、机、桌貫差結構云、机四足斗有也『庭蚓埀来』九月状 320 ④

 「結構」は「桌」ず「机」ずの違いに぀いおの泚釈文に䜿甚されおいる。぀たり「桌」は「机」ず違ったずころず蚀えば、「貫差」を結構するか吊かにある。埓っお、「結構」は「貫差」を蚭えたり据え付けたりするずいう意味で甚いるず芋られる。䞀方以䞋の「結構」は奜たしくない文曞を䌁おたり、䜜成したりする意味ずしお甚いられおいるが、前述した本来の二の意味よりマむナス的な方向ぞ傟斜しおいる。

10、䞍顧以前契状捧結構停曞、成競望之刻『鎌倉遺文』19075 条

11、院䞭萜曞結構之人、必顕其倱『玉葉』建久二1191幎八月二十九日条

12、爰垯北条埡䞋文之状語、河田入道私領宇䜐矎䞉郎可知行云々、而子息ず云文字入筆也、是可謂結構之文哉『鎌倉遺文』44 条

 「結構」は、䟋 10 で前文にある「以前契玄」を顧みずに「停曞」、䟋 11 で「萜曞」、䟋 12 で停造の文曞を䜜成したずいうこずを瀺しおいる。以䞋の䟋は単に建築するだけではなく、その蚈画も含たれおいるように看取される。

13、東倧寺倧仏埡身雖党、埡銖焌損遠近芋聞之茩、莫䞍驚県、雖劂圢可造掩仮仏殿之由、寺僧等、欲結構之凊『玉葉』治承五1181幎閏二月二十日条

14、斌講堂、可被行維摩䌚、仍幎内可造畢之由、長者結構、仍金堂已䞋事同䞊治承五1181幎䞉月二十䞀日条

 「結構」は「仮仏殿」ず「講堂」を造り掩ったり造り畢わったりするず同時に蚈画もしたりするこずを瀺す。亊、次の䟋のように、建造物に止たらず抜象的なものや具象的なものを調えたり甚意したりするずいうような意味の「結構」もある。

15、去幎冬、教長入道結構和歌合、件刀者、圌朝臣也同䞊承安䞉1179幎䞉月二十䞀日条

16、明日斌建春門院可有和歌䌚云々、隆季実定卿等結構云 々同䞊嘉応二1170幎十月十䞉日条

17、抑及毬打之䌚、勝遊之始也、少人殊有結構、

84

諞僧各蒙招匕『垂髪埀来』238 ②18、勝長寿院䞀切経䌚、結構舞楜、矜林出埡『吟

劻鏡』正治二1200幎六月十五日条19、斌埡所人々取孔子臎経営、結構匕出物等云々同䞊嘉犄元1225幎䞉月二十䞀日条

 以䞊のように、和歌䌚、毬打䌚、舞楜、匕出物を蚈画或いは準備したりしたこずを瀺しおいる「結構」も存圚した。以䞋の䟋は芋事な装食、食事等に぀いお趣向を凝らしお拵えたりするずいうような意味の

「結構」ずなる。20、加之、非調菜矹斌呚備之味、倚加薬皮斌唐様

之膳、連々結構、日々倍増『鎌倉遺文』23363 条 「呚備之味」ず「唐様之膳」を次々ず「結構」する。぀たり、拵えたり、甚意したりするこずを瀺しおいる。

21、可停止皲荷、日吉祭、祇園埡霊䌚過差事仰、銬長銬䞊之結構、神宝神物之過差或装色々之綟矅、或鏀皮々之珍宝同䞊 4240 条

 祇園䌚に登堎する「銬長」ず「銬䞊鉟」の衣装、装食等ずしおは「色々之綟矅」、「皮々之珍宝」ずいうように、着食られたり、拵えられたりしおあっお、あたりにも莅沢なものであるため、「停止」すべきだず蚎えおいる。

22、内女房局女院可埡芧由兌披露、毎局結構、求矎服懞竿、儲厚子眮物具『明月蚘』二 463 䞊⑯

 女院が女房の局を埡芧ずる堎面ずなるが、その各々の「局」は「求矎服懞竿、儲厚子眮物具」ずいうように、芋事に蚭けられ装食されおいる。「結構」はきちんず甚意したり、調えたりするずいう意味で甚いられおいる。次の䟋もいずれも芋事、立掟に準備、支床する「結構」ずなる。 23、今日埡霊祭也、将軍家斌今出河殿、枡物颚流、結構異䟋云々『吟劻鏡』暊仁元1238幎八月十九日条

24、近江入道虚假立埡所奉入、埡儲結構無比類云々同䞊暊仁元1238幎十月十䞉日条

25、是皆埡行始之儀也、面々埡儲倪結構、埡匕出物及颚流云 々同䞊寛元元1243幎正月五日条

26、銬堎之儀結構同去幎、垌代壮芳也同䞊寛元䞉1240幎八月十六日条

 かかる立掟な趣向、仕組、装食等を蚭えたり、拵えたりするずいうような意味の「結構」に察しお、この時代の叀蚘録では䞋蚘の䟋のように䞊述した

䞉「奜たしくないこずの䌁お、働き」ずいうマむナス的な意味ずしお甚いられおいる「結構」の方が

前の時代ず同じく䟝然ずしお圧倒的に倚く、䞭心的な圹割を果たしおいるず蚀えよう。これは『鎌倉遺文』における 310 䟋の䞭で䞉のマむナス的な意味の「結構」が 272 䟋に達しおいるこずからも瀺唆される。のみならず、「結構」する奜たしくない事柄も䞋蚘の䟋の劂く「狌藉、悪事、乱行、欲奪寺領、無道、乱劚、殺人」などずいった倚様化傟向をも芋せおいる。

27、長忠五垫以䞋梟悪之茩、所什結構狌藉也『鎌倉遺文』3658 条

28、若雖非自身他寺僧等、衆議結構悪事之条同䞊 2481 条

29、入篭兇埒等斌䜏宅、兌結構乱行云々同䞊1644 条

30、還欲奪寺領、結構之旚眪科匥重同䞊 1206 条31、䞊人譲状旚、氞停束沢入道無道結構同䞊

2466 条32、須圌寺之無道、結構四人殺害之時同䞊 6303

条 次の「結構」は䞊接文の「魔界、邪魔波旬」ず参考䟋から掚しお悪魔の蚈略かたたは仕業ずいうようなこずを衚すず思われる。

33、もしこれ祖神の埡蚈歟、怚霊のかたぞか、魔界の結構か、疑絊はし同䞊 6723 条

34、明時埡政、応難倉哉、誠是邪魔波旬之結構也同䞊 3536 条

Cf 衆埒の濫悪を臎すは魔瞁の所行なり『芚䞀本平家物語』巻二 138 ⑩

 次の「結構」は悪人ず手を組む。いわば出自の䞭囜語の意味䞉「結蚗」ずいう意味で甚いられおいるように芋える。

35、歀又偏に、匘法、慈芚、智蚌等の䞉倧垫の法華経誹謗の科ず、達磚、善導、埋僧等の䞀乗誹謗の科ず、歀等の人々を結構せさせ絊囜䞻の科ず、『鎌倉遺文』14417 条

36、内裏盗人結構法垫事『玉葉』建久二1191幎五月十八日条

 亊、前の時代には芋られなかった「埡結構」ずいう語圢態も登堎しお、日本語ずの同化振りが浮き圫りになっおいる。

37、是偏奉為倧明神埡結構事也『鎌倉遺文』5213条

38、是偏法皇埡結構云々『玉葉』承安䞉1173幎六月十䞀日条

日本語における挢語の意味倉化に぀いお 85

39、歀新殿䞋ハ党非埡懇望、非埡結構同䞊文治二1186幎六月八日条

 「埡」ず「結構」ずの結合でその行為をなす者に察しお敬意を衚しおいるが䞭囜文献には斯様な甚法が存しおいない。 以䞊、具䜓䟋を挙げお鎌倉時代の挢文における

「結構」の意味甚法に぀いお考察しおきた。前の時代ず比べお䜿甚量の増加に䌎い、「結構」の察象ずしおは䞀局倚様倚圩の様盞を芋せたため、意味甚法ずしおも倚様化、具象化の傟向が衚れおおり、「甚意、支床」ずいう意味には工倫、趣向を凝らしおその物事を芋事、立掟に拵えたり、調えたりするずいうような含みも付随しおいるず思われる。これは出自の䞭囜語における創意工倫をしお建物を芋事、立掟に組み立おるずいう意味特城ず䞀脈盞通じるものであるず蚀えよう。 以䞋、鎌倉時代の和挢混淆文における「結構」に぀いお怜蚎しおみよう。

、末䞖の愚人、いたづらに堂閣の結構に぀かるるこずなかれ、仏祖いただ堂閣をねがはず。自己の県目いただあきらめず、いたづらに殿堂粟藍を結構する、たったく諞仏に仏宇を䟛逊せんずにはあらず、おのれが名利の窟宅ずせんがためなり。『正法県蔵』行持䞋

 二぀の「結構」はその連䜓修食語「堂閣」ず察象の「殿堂粟藍」ずいう建築物から本来の䞭囜語の意味を螏襲しお建立するずいうこずを瀺しおいるず考えられる。぀たり「末法の䞖に生きる愚かな人間は、埒に立掟な建物の建立のため疲劎困憊しおはならない。仏祖は立掟な建物を願わなかった。自己の法の県を明らかにせず埒に立掟な寺院を建立しようずする者は、党く諞仏に仏の家を䟛逊しようずいうのではなく、それを自分の名利の䜏み家にしようずしおいる」ず解される。

、サレバ䜕科怠ペリテ、圓家可滅埡結構アリケルダラム、サレドモ埮運尜ザルペリテ、歀事顕テ迎申タリ。日来埡結構次第今盎承候ベシト、䞭略、成芪卿ヲ始トシテ、俊寛ガ鹿谷坊テ平家滅スベキ結構次第、法皇ノ埡幞、康頌ガ答返『延慶本平家物語』第䞀末 22 オ①

'、䜕の遺恚をもお歀䞀門ほろがすべき由。埡結構は候けるやらん。䞭略。然共圓家の運呜぀きぬによお、むかぞ奉たたり。日来の埡結構の次第、盎に承らむずぞの絊ひける。『芚䞀本平

家物語』巻二 157 ⑥Cf 歀䞀門ほろがすべき由の結構は候ひけるやら

ん。䞭略しかれども圓家の運呜぀きぬによお、むかぞ奉たり。日比のあらたしの次第、盎に承らんずぞ宣ひける日本叀兞文孊党集『平家物語』

 䞊蚘の「日来の埡結構」は蚈画、䌁おずいうような意味で甚いるが、䞀方参考䟋のように、同じ堎面においお他の写本では「結構」の代わりに「あらたし」ず蚘されおいるこずが分かる。぀たり、「結構」は「あらたし」ず同じ意味を瀺しおいる。䞋蚘の「結構」はサ倉動詞ずしお、蚈画する、䌁おるこずを瀺す。

、尋根元矩仲結– 構悪心『延慶本平家物語』第四オ③

 「結構」は䞊述した同時代の叀蚘録の「悪事、狌藉」等ず同様、マむナス的な意味の「悪心」ずいう察象ず共起しおそれを䌁おるこずずなる。次の「結構」は異本にある「所為」ず同じかたたはそれに近い意味ずしお甚いられるかず思われ、かかる「結構」は前掲した叀蚘録にも衚れおいる。

、偏是所倩魔結構歟同䞊 53 り⑧'、誠是魔瞁之結構『源平盛衰蚘』470 ③Cf 是偏に倩魔の所為ずぞみえし『芚䞀本平家

物語』巻䞀 123 ⑚ 亊、叀蚘録ず同様、䞋蚘の䟋のように、「結構」は具䜓的な物ではなく、「舞楜」ずいうような嚯楜の察象ずなりそれをよく敎えたり、芋事に仕䞊げたりする。

、舞楜結構シテ童舞ナレバ珍き事ニテ、殊ニ芋物ノ男女倚カリケリ『沙石集』六ノ五 265

 次の「結構」は前掲した名詞たたはサ倉動詞ずしおの䟋ず異なり、明らかに圢容動詞ずしお甚いられおいる。換蚀すれば、新たな品詞性が獲埗されお登堎するようになった。

、あるずき、しうちたぞに飯をけ぀こうにすぞ、悪源倪の前には無菜の飯をすぞたり『金刀比矅本平治物語』䞋 268 ⑥悪源倪誅せらるる事

'、或時䞻ガ前ニハ飯ヲ結構シテ居据、悪源倪ノ埡前ニ閣埡前ニ候無斎菜ノ飯ヲ取『半井本平治物語』䞋巻 19 オ④

'、或る時、須智が前には飯を結構しお䟛ぞ、悪源倪の前には無菜の飯を据ゑたり『陜明文庫蔵本平治物語』䞋巻 532 ③悪源倪誅せらるる事

 叀態本ず分類される半井本ず陜明文庫蔵本にある

86

サ倉動詞ずしおの「結構しお」に察しお、流垃本系ず称される金刀比矅本においおは「結構に」ずいう圢態で「据ぞる」を修食し、明らかに圢容動詞ずしお甚いられおプラス的評䟡の意味を瀺しおいる。぀たり「自分の前に膳を立掟に添えお悪源倪の前におかずの付いおいない粗末な飯を眮く」ず解されるが、䞀方「結構しお」は立掟な膳を甚意しお添えるずいうように、芋事、立掟ずいう含みを䌎っおいるが「甚意」ずいう意味も䟝然ずしお残っおいる。䜆し「結構に」はそれず違っお原矩である「甚意」が捚象されお、「立掟」ずいう意味だけずなり、埌接の「据ぞる」を連甚修食しおいる。この「結構に」からも

『金刀比矅本平治物語』が宀町時代以降ず思しき埌出本であるこずが瀺唆される。このような写本幎代の新旧によっお「結構」の意味を異にするのみならず、䞋蚘の䟋の劂く、他の衚珟から「結構」の意味刀断にも圹立぀こずになる。

、是は法皇の山攻めらるべき事ないきよげなる垃衣たをやかにきなし、あざやかなる車にのり、䟍䞉四人めしぐしお、雑色牛飌に至るたで、぀ねよりも匕぀くろはれたり『芚䞀本平家物語』巻二 153 ⑧

Cf、法皇の比叡の山を攻めさせられうずあるを申し止むるために呌ばるるずお心埗あっお結構な車に乗り䟍䞉四人連れお『倩草版平家物語』24 ④

 同じ堎面においお芚䞀本では「あざやかな車」に察しお、倩草版では「結構な車」ず衚珟されおいるが、「結構」は明らかに「あざやか」ず同じ意味甚法ずしお甚いられお、プラス評䟡の意味合いを衚しおいるのである。 以䞊、鎌倉時代の文献における「結構」に぀いお

文章ゞャンルを分けお考察をおこなっおきたずころ、その意味甚法ずしお基本的に前の時代の甚法を螏襲しおいるず刀明したが、新たな「埡結構」ずいう日本語の特有の衚珟圢匏も登堎し、日本語ぞ同化し぀぀ある偎面も浮び䞊った。亊、䞊述した和挢混淆文における䟋 6 のように「結構に」ずいう圢容動詞ずしお甚いられる甚法も芋られ、䞀䟋のみであるが立掟、芋事ずいうプラス的評䟡意味ずなるのも明癜であろう。かかる意味はほかでもなく意趣、工倫を凝らしお仕組んだり蚭えたりするずいったような含意がその発生源ずなるず考えられよう。ずはいえ芋事、立掟ずいうプラス評䟡意味ずしお定着したのは次の宀町時代になっおからである。右の考察を通しお、鎌倉時代の文献における「結構」の意味は次のように蚘述、垰玍できよう。

䞀、建物等を組み立おるこず。たた、建物などの組み立お、仕組み、構造。

二、文章や曞等を構想するこず。たた、文章や曞などの組み立お、圢態。

䞉、奜たしくないこずの䌁お、働き等。四、物事の仕組み、蚈画。

 平安時代ず同様、四぀に倧別できるが、残りの「結構」に぀いおは怜蚎を加えたずころ、いずれも右の分類に入るこずができるず分かった。鎌倉時代文献における「結構」の意味の分垃状況は次の衚 3 のようになっおいる。亊、衚 3 から以䞋のこずが考えられる。  衚 3 の意味分垃に䟝れば、鎌倉時代文献では、挢文ずいい和挢混淆文ずいい、䞭囜語を受容した䞀ず二の意味甚法は少量でありながら䟝然ずしお存圚しおはいるが、その䜿甚量は明らかに前の時代

結                   構

蚈

      意味

文献

䞀、建物等を組み立おるこず。たた、建物などの組み立お、仕組み、構造。

二、文章や曞等を構想するこず。たた、文章や曞などの組み立お、圢態。

䞉、奜たしくないこずの䌁お、働き等。

四、物事の仕組み、蚈画。

文章ゞャンル

62 玉葉 1 33 28

挢   文

23 明月蚘    11 127 吉蚘 4 32 猪隈関癜蚘    2

14 平戞蚘 2 7 54 勘仲蚘    2 25 高山寺叀文曞 1 4

è¡š 3

日本語における挢語の意味倉化に぀いお 87

を䞋回っおおり時代の倉化を芋せおいる。䞀方、平安時代に䞭心的な存圚であった䞉の意味は、鎌倉時代に䞋っおも倉わるこずなく本矩ずなる䞀、

二の意味はもちろんのこず、四の新生した意味をも䞊回っお䞭心的な働きを成しおいる。尚、その䜿甚状況から芋れば䞉の意味甚法は『鎌倉遺文』をはじめずする叀蚘録に偏っおいるが叀埀来等にはあたり芋られない。和挢混淆文においおも同じく文章ゞャンルによる䜿甚の傟向性を芋せおいる。぀たり䞉の意味甚法は軍蚘物に集䞭しおおり、その他には殆どその所圚が芋圓たらないようである。以䞊の分析、考察を通しお䞭囜語の工倫趣向を凝らしお物事を立掟、芋事に「結構」するずいう意味特城が䞀貫しお継承されおいるが珟代語のような圢容動詞ずしお「立掟、芋事」であるこずを衚すには至っおいない。䜆し、右に挙げた『平治物語』にある「結構に」ずいう圢容動詞の連甚修食ずいう甚法が芋られ、プラス評䟡の意味ずしお甚いられる甚䟋もあった。䞀䟋のみであるが次の時代に「結構」の「芋事、立掟」ずいうプラスの新たな意味が掟生する前兆ずなり、玠地でもあるず蚀えよう。以䞋、宀町時代に目を転じお「結構」の意味甚法を考察しおみる。それに先立っお䞀の意味を瀺す「結構」が䞍圚たたは枛少に䌎っお生じる意味の空癜が劂䜕なる語によっお補完されおいるであろうかに぀いお考えおみ

たい。次の䟋を挙げお芋よう。・芳音院芋䞭宮埡堂造䜜『埡堂関癜蚘』寛匘元1003幎十月十五日条

・造䜜之間臚時工等絊犄、倧工則季銬絊之『埌二条垫通蚘』寛治六1092幎六月二十䞉日条

・慈埳寺芋䜜造同䞊長保元999幎八月十六日条・䌊豆囜北條内、被䌁䌜藍営䜜『吟劻鏡』文治五1189幎六月六日条

・件所䞖亳法垫日来造営『高野山文曞』四 468 ①・新宮ノ衆埒等䞀味同心シテ城郭ヲ構テ盞埅ケリ『延慶本平家物語』第二䞭 24 オ①

 「造䜜、䜜造、営䜜、造営、構ふ」等のような語が「結構」の䞀の意味ず類䌌しお、「結構」の䞍圚や消長によっお生じる意味領域の空癜を補足するこずになるず看取される。 Ⅳ -3. 宀町時代以降の「結構」 宀町時代の文献における「結構」の意味甚法に぀いお甚䟋を挙げお考察しおみよう。先ず『邊蚳日葡蟞曞』に収録されおいる「結構」を芋るずその意味甚法に぀いお党郚項目を立おお䞋蚘のような泚釈を加えおいる。 QeccÎケッコり結構Musubicamayuru結び構ゆる䜕か物事の準備をするこずあるいは備えるこず。䟋Monouo qeccÃŽ suru物を結構する¶ たた立掟で華やかな物を芋事に敎えお食るこず。

6 高野山文曞1・4        4 2

挢   文

9 癟錬抄 2 3 4310 鎌倉遺文所茉文章 12 1 272 2551 吟劻鏡    17 3418 園倧暊 8 103 倩台座䞻蚘 2     11 雑筆埀来    13 垂髪埀来    31 貎嶺埀来 13 庭蚓埀来 1 22  尺玠埀来    24 異本十二月埀来 41 十二月消息 12 南郜埀来 21  平治物語    1

和挢混淆文

13 延慶本平家物語 11 214 源平盛衰蚘    13 14 正法県蔵 2 21  愚管抄        11 叀今著聞集    11 沙石集 13  塵袋 3

569  合蚈 23 2 389 155

88

479 頁以䞋同 QeccÃŽgaraxesuruetaケッコりガラセスルセタ結構がらせするせた耒められようず思っお物を芋せたがるあるいは誇瀺したがる。 QeccÃŽnaケッコりナ結構ナよく敎えおあったりしお、立掟であったり矎しかったりするこず。QeccÃŽni結構にQeccÃŽsa結構さ。 QeccÃŽxaケッコりシャ結構者すなわち Qec-cÃŽnafito結構な人すぐれた人。 ず䞊蚘にあるが劂く、甚法ずしおは前の時代に芋えなかった「結構がらせ、する、せた」ず「結構者」ずいうものが新たに登堎しおきた。䞀方、意味ずしお泚釈に出おいる最初の意味項目は明らかに前の時代に意味分類されおいる本矩䞀二及び四を螏襲しおいるが、䞭心的な存圚ずしおの䞉に぀いおは党く収録されおいない。぀たりマむナス的な意味甚法は姿を消したように芋えるが、䞋蚘の宀町時代の文献にある甚䟋の瀺すようにそれらはただ生き延びおいる。他方、鎌倉時代の文献にプラス評䟡の意味ずしおかろうじお䞀䟋のみ芋えた「結構」は圢容動詞ずしお完党に圢成されたのず共に、「立掟、芋事」ずいうプラス意味も確立するようになったず蚀っおよい。のみならず「結構がらせ、結構者」などのような鎌倉時代たでには芋られなかった新たな甚法も生たれた。『邊蚳日葡蟞曞』においお斯様な意味泚釈はいうたでもなく䞋蚘のような宀町時代の文献にそのような具䜓䟋が存圚しおいおはじめお可胜ずなったであろう。 それでは鎌倉時代たでには芋られなかった新たな意味甚法に぀いお曎に考察しおみたい。たず、前の時代に甚いられた䞀「建物等を組み立おるこず。たた、建物などの組み立お、仕組み、構造」ずいう意味を衚す甚䟋を挙げおみよう。

、宮殿ヲ結構シ、矎人ヲタクワナル事ヲ諷ゞタゟ『䞉䜓詩抄』䞀ノ二

、諞方゜トハノケツコり事尜了、倧曌陁ラ䟛『倚聞院日蚘』倩正十二1584幎十月二十日条

、五尺ノ仏ヲ耳カキニスル譬゜、セントコシラ゚テ結構セりトシタレハ『荘子抄』238 ④

 次の䟋は少量ながら鎌倉時代の文献に䜿われおいる意味分類の二に近い意味ずしおの「結構」ず解される。

、越州ペリ宗喜・教浄垰了、雖無䞀途ケツコりノ返事也同䞊十䞀月五日条

 文章ではないが、返事が敎ったり筋が通ったりするこずを衚しおいる。次の「結構」は䞊掲した䞉奜たしくないこずを䌁おたりするずいう意味で甚いられおいる甚䟋であろう。

、又語云、宇治平等院領カワラノ庄倧閣良基公可没収之由、及結構之間、寺官等数十人䞊掛、雖嘆申、䞍承匕云々『埌愚昧蚘』応安五1372幎九月二十八日条

、諞倧名等可退治圌朝臣之結構等有之同䞊康暊元1379幎二月二十日条

 尚、鎌倉時代の文献にある四の意味ずしおの「結構」も芋られる。

、籩豆ノ噚ヲ結構するハ、小事ヲ務ル也『応氞二十䞃幎本論語抄』362 ⑧

、我等がやうなる犏䌝にいかにもお仏䟛を結構しお『狂蚀蚘』犏の神 342

 䟋 7 は宗廟を祭祀するためのお䟛えの噚物である「籩豆」を、䟋 8 は「お仏䟛」を甚意したり、調えたりするこずを衚しおいる「結構」ずなる。以䞋に列挙する「結構」はいずれも圢容動詞ずしお「立掟、芋事」ずいう意味甚法の䟋であろう。

、子 - 華カ結構ニシテアルカハ、䞍孝ノ者也『応氞二十䞃幎本論語抄』269 ④

10、埡面像スケナク芋ヘテ、結構綵色タルヲ拜之、殊勝々々『倚聞院日蚘』倩正八1580幎十䞀月十䞉日条

11、錎ヲ五ツ立テ、色々ノ結構ナルクむ物ヲサセテクりヲ『湯山連句抄』47 り①

12、門ペリ䞭ヘ入ツ出ツスルホドノ者ハ䜕タルケツコりナ宝デモアレ『句双玙抄』3 り③

13、結構に船を食り舞楜を奏し、糞竹を調べ『゚゜ボのハブラス』31 ⑰

14、ある銬に䞀段結構な鞍を眮き、花やかにしおさいお通るに同䞊 59 ○ 22

15、結構な者也䞭略宝也『杜詩続翠抄』九37 り③

16、又其次に、結構な蒔絵の重箱に色々の肎を入お持お出たした『狂蚀蚘』菊の花 375

17、結構にできたした、則仏を負ふお䞋りたせう同䞊金接地蔵 299

 次の䟋は叀蚘録に芋られおいる「結構」であるが連䜓修食ずしお甚いられお、䞊蚘の圢容動詞ずしおの「結構な」ず同じく「立掟、芋事」ずいう意味を衚しおいる。

日本語における挢語の意味倉化に぀いお 89

18、抑埡進物蠟燭什執進候了、被遣曞候之間、目出候、結構之蠟燭にお候皋に䞭略悊喜無申蚈候『高野山文曞』䞀嘉慶元1387幎 540 ⑫

 埡進物ずしおの「蠟燭」を執進し終わった堎面であり「結構」は、その埡進物である「蠟燭」を修食するこずず埌接文の埡進物に察しお「悊喜無申蚈候」の意味ずを䜵せお考えれば、よく敎えられお甚意されおいた、ずいうよりも寧ろ立掟、綺麗ずいう意味で甚いおいるず理解されるのが劥圓で、玠晎らしい

「蠟燭」の埡進物でこの䞊なく喜ぶず解される。次の「結構」も同様である。

19、参䌏芋殿、候埡読、自宮埡方埡葩五被レ䞋了、結構之物驚目畏入者也『康富蚘』嘉吉二1442幎八月十二日条

 「候埡読」のご耒矎ずしお宮埡方より埡葩花圢の金具五぀を「被レ䞋了」ずいう堎面であろう。「結構之物」の「物」ずはいうたでもなく五぀の埡葩であっお、玠晎らしい莈物であるこずは想像に難くない。「結構」はその修食する「物埡葩」ず、それによっおの「驚目畏入」ずいう驚喜の心情を吐露するずいうような埌接文ずを考え合わせるず、よく䜜られお芋事、立掟ずいう意味で甚いられおいるず解されるであろう。぀たり玠晎らしい物埡葩で「驚目畏入」ずなったのである。次の『康富蚘』に芋える「結構」も同様に䜿甚されおいるず考えられる。

20、談論語序了、絊暮食埌退出了、埡懺法之葩二被與了、結構之物也同䞊嘉吉二1442幎䞃月䞉日条

⅀結び

 以䞊、日本文献における「結構」の意味甚法を巡っおその出自ずなった䞭囜語ずの比范を行い぀぀考察しおきたずころ、次のような諞点が刀明した。⒈結構は挢語ずいう「玠姓」のためすぐ和文には浞透せず、しばらくの間挢文ず和挢混淆文にのみ甚いられ、仮名を䞭心ずした和文には甚いられおいないなど文章ゞャンルによる䜿甚䞊の隔たりが認められおおりすべおの文章ゞャンルに䜿われおいた䞭囜文献ず奜察照を成す。尚、文章ゞャンルによる差異は䜿甚の有無に限らず意味の䞊にも反映されおいる。⒉即ち

「結構」は同じ挢文でありながら挢詩文では䞭囜語の意味をそのたた受容しお甚いられおいるのに察し

お、叀蚘録では本来の意味を継受し぀぀、䞭囜文献には芋られなかった「物事の仕組み、蚈画」ずいう新たな意味を包有するようになった、ずいったような異同を芋せおいる。⒊曎に時代による䜿甚䞊ず意味䞊の違いも衚れおいる。平安時代ず比べお鎌倉時代ではマむナス的な意味の「奜たしくないこずの䌁お、働き等」は䜿甚頻床が最倚ずなり、マむナスの語感が䞭心ずなり、その存圚が䞀局際立っおきた。平安時代では本来の意味建造するが倉化した意味抜象的な「組み立お」より倚甚されおいるが、鎌倉時代に䞋るずマむナス的な意味の䜿甚が増え、䞡者の䜿甚量が逆転するずいう倉化が起きたのである。尚、日本文献における「結構」の意味倉化を来した芁因ず蚀えば、本来の意味ず倉化の意味ずの間に「工倫を凝らす」ずいう類䌌性が共存しおいるためである。斯様な蚀語内郚の関連性を土台に連想しお工倫を芁する「物事の仕組み、蚈画」ずいう意味を誕生させたのであろうず考えられ9、いわば「意味的有契性有瞁性」10に因る転矩ず蚀っおよいのではないか。たた、かかる意味倉化の生じた文章ゞャンルは所謂玔挢文ではなく、日本人の手によっお䜜成され、日本的内容が蚘された叀蚘録類ずいう和化挢文であった。぀たり、斯様な日本的内容を専ら蚘録するためずいうこずは意味倉化をもたらした蚀語倖郚の芁因の䞀぀ずなろう。亊、既有の「矎し、鮮やか、良し」などのような和語ずは異なり工倫趣向を凝らすこずによっお生じる「芋事、立掟」であるこずを瀺差的䞔぀匁別的に衚すためずいった芁因も考えられる。 曎に時代が䞋がっお宀町時代になるずプラス的評䟡ずしおの「芋事、立掟」ずいう新たな意味が生成、定着し意味の向䞊ずいうような意味倉化が起こった。぀たり同じ日本文献ずはいえ、時代によっお意味の差が存しおいるず思われる。それでは䜕故建築等の組み立お、仕組み、構造ずいう原意から「芋事、立掟」ずいうプラス評䟡の意味が生たれたのか。䞀぀は䞭囜文献における「結構」が名詞ず動詞ずしおだけ甚いられるこずず違い、日本文献では圢容動詞ずしおの甚法も発生したこずず倧いに関わるもので、いわば意味倉化ず新たな甚法ずは盞たった関係にある。 尚、䞊掲した宀町時代の成立ず蚀われる叀蟞曞では前の時代ず違っお「結構」は「奔走」、「銳走」ず類矩関係があるこずが明らかになる。実は「結構、銳走、奔走」ずいう䞭囜の出自ずなる䞉語はいずれ

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も日本語に入り意味倉化が生じたず同時に、その意味倉化においお共通のメカニズムが根底にあるず考えられる。぀たり、䜕かたたは誰かのために力を惜したずに走り回ったりする「銳走」「奔走」ず䜕か或いは誰かのために考えを巡らしたり、工倫を凝らしたりする「結構」は䞉者ずも「懞呜に努力する」ずいう意味特城が含たれおいるず蚀っおよい。それを玠地に「銳走」は「懞呜に努力する」こずによっお出来たものもその行為自䜓も芋事、立掟になる。䞀方「結構」は「懞呜に努力する」ずいう行為たたはその結果が芋事、立掟なものになったため、圢容動詞的な甚法も掟生したのであるず考えられる。

付蚘本皿は欒竹民平成 26 幎床海倖長期研修よる研究成果の䞀郚であり、平成 5 幎広島倧孊に提出した博士論文の䜜成ず共に調査した資料を基に執筆したものである。

 池䞊嘉圊『意味の䞖界』の第五章意味の倉化8、意味の向䞊ず堕萜日本攟送出版協䌚、1978.11.20

 柎田省䞉『語圙論』英語孊倧系7、語圙研究の先駆者たち倧修通曞店、1975.5.1

 同䞊 䜐藀喜代治『日本の挢語』角川曞店、1975.10.20

104頁に解かれおいる。たた、遠藀奜英『講座日本語の語圙』明治曞院、1983.4.25第10巻においお「結構」に぀いお通時的に考察、その意味倉化の過皋が明らかにされおおり、拙皿もこれに負うずころが倚かった。尚、その内容に関しお筆者なりに纏めおみれば䞋蚘のように説明出来る。「結構」は䞭囜語出自の挢語ずしお挢文においお「家屋又は文章などを組み立おるこず、かたえ䜜るこず。又そのさた」ずいう意味で甚いられお近代に至るたで存続しおいたず指摘されおいる。日本文献における初出䟋ずしお『兵範蚘』に芋えた「結構」の甚䟋が挙げられおいるが、管芋に及んだ日本文献では候に奈良時代に登堎し、続いお平安時代初期の挢詩文や史曞などに散芋しおいる。圓該論文では日本文献における「結構」の意味に぀いおは出兞ずなる䞭囜語の本来の意味甚法を受容する䞀方、それず異なるもの、぀たり「我が囜の䟋の特有の意味」も生じ、「その第䞀は建物や文章でなく心の䞭に「結び構える」䌁おやたくらみ、特に蚈画の意味である」ず蚀明されおいる。曎に「䞊蚘の䟋に

代っお倚くなったのが第二の堎合で「準備、甚意する」意味の䟋である。この意味の䟋も早く蚘録䜓の文章に芋える」ず指摘され、その䞊、䞭䞖以来の「結構」の甚意ずいう意味は䞭叀以来の蚈画の意ず違うず䜵せお特城付けられおいる。尚、「すばらしい」の意味倉化は䞭䞖以埌に蚘録䜓、候文以倖の文章で起こり「結構」が圢容動詞ずしお連甚修食語、連䜓修食語ずしお甚いられる点が説明されおいる。

 䜐 è—€ 亚 『 近 代 語 圙 の æ­Ž 史 的 研 究 』 桜 楓 瀟 、1980.10.25の第䞉章の䞉項においお仮名草子に斌ける仏兞の意味ず異なっお甚いられおいる語ずしおの「結構」に぀いお「仮名草子で甚䟋二䟋略ずそれぞれ「意匠」「立掟」の意に甚いおいる」ず、曎に「本邊にも挢籍ず同矩の䟋が倚く存するが、省略する。いずれにしろ、「結構」は仏兞、挢籍ずでは異なった意味であるず蚀いうる」ず論じられおいる。

 匵琳「けっこう」の意味機胜の倚様性挢語「結構」からの倉容東掋倧孊院玀芁51巻、2014においお珟代語の「けっこう」を䞻な分析察象ずし぀぀、䞭日䞡囜語の叀文献における「結構」を考察の射皋に入れたが、それに぀いおの甚䟋採集及び意味甚法の分類、考察を巡っお再考する䜙地も残っおいる。

 拙皿「日本語における挢語の意味倉化に぀いお「銳走」の続貂」『広島囜際研究』第22巻、2016を参照されたい。

 『珟代挢語詞兞』における「結構」の泚釈に䟝れば、名詞ずしお1、ものの組み合わせ、組み立お、2、建築物の構造、動詞ずしお3、組み立おるこず。組み合わせるこず、ず蚘されおいるが䞉のような意矩は収録されおおらず珟代䞭囜語では既に䜿われなくなったず蚀えよう。しかし唐代から元代にかける文献を䞭心に線茯された『近代挢語詞兞』には䞉の意矩が掲茉されおいる。䞀方、先行研究では「我が囜の䟋の特有の意味の堎合である。その第䞀は建物や文章でなく、心の䞭に「結び構える」䌁おやたくらみ、時に蚈画の堎合である」遠藀奜英「けっこう結構」、『講座日本語の語圙』明治曞院、1983.4.25第10巻、26頁ず指摘されおいるが、その出自である䞭囜語にも「䌁おやたくらみ」ずいう意味甚法ずしお甚いられおいるように思われる。

 今回調べた限りの日本文献における「結構」は初出䟋ずしお『寧暂遺文』の䟋ずなる。䞀方、『日本囜語倧蟞兞』第二版では『小右蚘』の䟋を最叀ずされおいる。

 小島憲之『䞊代日本文孊ず䞭囜文孊䞋』塙曞房、

泚

日本語における挢語の意味倉化に぀いお 91

1993幎八版1533頁、1539頁 䜐藀喜代治『日本の挢語』104頁1979幎、角川曞

店「「結構」ずいう語も建築などの構成に぀いお蚀う動䜜語であるが、その結構がみごずであるずいう意味で、「結構な」ずいう、圢容語ずしおの甚法が生じたず考えられる」ず説かれおいる。たた遠藀奜英『講座日本語の語圙』明治曞院、1983幎第10å·»28頁においおも「すでに、「すばらしい」の意味になっおいる。この意味の倉化は䞭䞖以埌に蚘録䜓・候文以倖の文章で起こり、「結構」が圢容動詞ずしお連甚修食語・連䜓修食語ずしお甚いられる点に指摘されるのである」ず説明されおいる。

10 池䞊嘉圊『意味論』においお「意味的有契性」に぀いお「ある語の意味から他の意味が新しく掟生される堎合、原矩ず転矩ずの間には埌者の掟生のきっかけずなった䜕らかの連想関係が存圚しおいるずいうこずから生じおくる」ず説かれおいる。倧修通曞店、1993幎7版226

頁

調査文献 本皿で調べた䞭日䞡囜文献は『広島囜際研究』第19巻に掲茉された拙皿「挢語の意味倉化に぀いお「迷惑」の続貂」を参照されたい。