張力構造の形状決定における応力密度法の拡張に関する基礎的考察 - 2010

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1 構造工学論文集 Vol.56 B(2010 3 ) 日本建築学会 張力構造の形状決定における応力密度法の拡張に関する基礎的考察 FUNDAMENTAL STUDY OF EXTENSION OF FORCE DENSITY METHOD ON FORM-FINDING OF TENSION STRUCTURES 三木優彰 , 川口健一 ** Masaaki MIKI, and Ken’ichi KAWAGUCHI Form-finding of tension structures is the process in which we find the appropriate form that enables the structures to have the initial self-equilibrated states, so-called prestress states. For the form-finding we usually carry out numerical analysis to solve special equations. Equations are formulated according to the self-equilibrated states or the stational condition of special functionals. This paper proposes an extension of force density method, which is the direct solution of self equilibrated equation. The extension is proposed as a generalization of the functional which its stational condition is identical with the equilibrated equation of the force density method. Each functional gives different result, while they all satisfy the condition of self-equilibrated states. Some of the newly introduced functionals enables us to find the form of tension structures with compressive components, such as Tensegrities. In the first half of the paper the concept of the extension is introduced. In the second half some numerical results are shown and discussed. Keywords : Computational Morphogenesis, Form-Finding, Tension Structure, Cable-Net Structure, Membrane Structure, Tensegrity, Functional, Force Density Method 形態解析, 形状決定,張力構造, ケーブルネット構造, 膜構造, テンセグリティ, 汎関数, 応力密度法 1 はじめに ケーブルネット構造、張力膜構造、テンセグリティ構造などの張 力構造は初期張力(プレストレス)の導入により剛性が付与され安 定化される。したがって、初期張力の導入が可能な適切な初期形状 を与える必要があり、これは一般に形状決定問題として知られてい る。張力構造の形状決定問題には種々の方法が既に提案されている。 例えば力の釣り合い式を直接解くものとして応力密度法 1) が挙げら れる。これは主にケーブルネット構造の形状決定を目的としたもの である。 応力密度法は引張り材(引張り力にしか抵抗できない部材を本論 では「引張り材」と称す)のみからなる系の形状決定には効果的で あるものの、引張り材と圧縮材が混在した自己釣り合い系に応用す ることが困難である。そこで本論は応力密度法を拡張し、圧縮材を 含んだ張力構造の簡便な形状決定の方法について考察することを 目的とする。 力の釣り合い式を解くものは変分原理などを拠り所に、一般に汎 関数の停留問題に定式化できる場合が多い。形状決定の手法として は汎関数の停留問題にとして定式化されるものも多く提案されて おり、代表的なものとして極小曲面の形状決定 2)3) がある。本論で はまず応力密度法も汎関数の停留問題に帰着できる点に着眼し、汎 関数をうまく選ぶことにより引張り材と圧縮材の混在した系の形 状決定も行える場合があることを示す。 また、この結果を踏まえ、張力構造の形状決定問題に対し、物理 的な意味に捉われず汎関数を自由に設定するという視点を導入し、 種々の汎関数が与える形状について考察を行う。 2 応力密度法とその拡張 2.1 応力密度法 まず、応力密度法 1) の概略を示す。応力密度法(Force Density Method)1973 年に発表された主にケーブルネット構造の形状決 定を目的とする数値解析手法である。 文献 1) ではまず応力密度 q L n q / (1) として定義される。これは、各々のケーブルにおいてケーブルの負 担する軸力 n をケーブルの長さ L で除した量である(1)。文献中 では軸力はsと表記されているが、本論では以下の議論との整合 性のため、軸力を表す文字として一貫してn”を用いるものとする。 このように未知のケーブル長や軸力を含んだ量である応力密度 をすべてのケーブルに既知量として与える点が、応力密度法の大き な特徴となっている。応力密度の具体的な与え方については文献中 *東京大学大学院工学系研究科・博士課程 Graduate Student, Dept. of Engineering, the University of Tokyo **東京大学生産技術研究所 教授・工博 Prof., IIS, the University of Tokyo, Dr. Eng.

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1

構造工学論文集 Vol.56 B(2010 年 3 月) 日本建築学会

張力構造の形状決定における応力密度法の拡張に関する基礎的考察 FUNDAMENTAL STUDY OF EXTENSION OF FORCE DENSITY METHOD ON FORM-FINDING OF

TENSION STRUCTURES

三木優彰*, 川口健一** Masaaki MIKI, and Ken’ichi KAWAGUCHI

Form-finding of tension structures is the process in which we find the appropriate form that enables the structures to have the initial self-equilibrated states, so-called prestress states. For the form-finding we usually carry out numerical analysis to solve special equations. Equations are formulated according to the self-equilibrated states or the stational condition of special functionals. This paper proposes an extension of force density method, which is the direct solution of self equilibrated equation. The extension is proposed as a generalization of the functional which its stational condition is identical with the equilibrated equation of the force density method. Each functional gives different result, while they all satisfy the condition of self-equilibrated states. Some of the newly introduced functionals enables us to find the form of tension structures with compressive components, such as Tensegrities. In the first half of the paper the concept of the extension is introduced. In the second half some numerical results are shown and discussed.

Keywords : Computational Morphogenesis, Form-Finding, Tension Structure, Cable-Net Structure,

Membrane Structure, Tensegrity, Functional, Force Density Method

形態解析, 形状決定,張力構造, ケーブルネット構造, 膜構造, テンセグリティ,

汎関数, 応力密度法

1 はじめに

ケーブルネット構造、張力膜構造、テンセグリティ構造などの張

力構造は初期張力(プレストレス)の導入により剛性が付与され安

定化される。したがって、初期張力の導入が可能な適切な初期形状

を与える必要があり、これは一般に形状決定問題として知られてい

る。張力構造の形状決定問題には種々の方法が既に提案されている。

例えば力の釣り合い式を直接解くものとして応力密度法 1)が挙げら

れる。これは主にケーブルネット構造の形状決定を目的としたもの

である。

応力密度法は引張り材(引張り力にしか抵抗できない部材を本論

では「引張り材」と称す)のみからなる系の形状決定には効果的で

あるものの、引張り材と圧縮材が混在した自己釣り合い系に応用す

ることが困難である。そこで本論は応力密度法を拡張し、圧縮材を

含んだ張力構造の簡便な形状決定の方法について考察することを

目的とする。

力の釣り合い式を解くものは変分原理などを拠り所に、一般に汎

関数の停留問題に定式化できる場合が多い。形状決定の手法として

は汎関数の停留問題にとして定式化されるものも多く提案されて

おり、代表的なものとして極小曲面の形状決定 2)3)がある。本論で

はまず応力密度法も汎関数の停留問題に帰着できる点に着眼し、汎

関数をうまく選ぶことにより引張り材と圧縮材の混在した系の形

状決定も行える場合があることを示す。

また、この結果を踏まえ、張力構造の形状決定問題に対し、物理

的な意味に捉われず汎関数を自由に設定するという視点を導入し、

種々の汎関数が与える形状について考察を行う。

2 応力密度法とその拡張

2.1 応力密度法

まず、応力密度法 1)の概略を示す。応力密度法(Force Density

Method)は 1973 年に発表された主にケーブルネット構造の形状決

定を目的とする数値解析手法である。

文献 1)ではまず応力密度 q が

Lnq / (1)

として定義される。これは、各々のケーブルにおいてケーブルの負

担する軸力 n をケーブルの長さ L で除した量である(図 1)。文献中

では軸力は”s”と表記されているが、本論では以下の議論との整合

性のため、軸力を表す文字として一貫して”n”を用いるものとする。

このように未知のケーブル長や軸力を含んだ量である応力密度

をすべてのケーブルに既知量として与える点が、応力密度法の大き

な特徴となっている。応力密度の具体的な与え方については文献中

*東京大学大学院工学系研究科・博士課程 Graduate Student, Dept. of Engineering, the University of Tokyo

**東京大学生産技術研究所 教授・工博 Prof., IIS, the University of Tokyo, Dr. Eng.

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に言及はなく、試行錯誤や経験が必要といわれている。

もう一つ応力密度法の大きな特徴として挙げられるのが、1 回の

線形逆計算で形状決定が行える点である。ケーブル同士の接続、固

定点の座標、節点に作用する外力を指定したとき、系全体の力の釣

り合い式は

ffzffyffx zDpzDyDpyDxDpxDrrrrrrrrr

(2)

と書ける。ここに D は釣り合い行列、 zyxrrr

,, は節点座標を並べた列

ベクトル、 zyx ppprrr

,, は節点に作用する外力の成分を並べた列ベク

トルである。また、添え字 f は固定点に関するもの、添え字 f のな

いものは自由節点に関するものを表す。 (2)式は自由節点の節点座

標を未知数とした線形連立方程式である。(2)式は D の逆行列を用

いて

)(

)()(1

11

ffz

ffyffx

zDpDz

yDpDyxDpDxrrr

rrrrrr

(3)

として単純に解くことができる。

特に外力を 0rとおいた場合、その解は自己釣り合い力モードを持

ち、初期張力の導入が可能なケーブルネットの形状として利用する

ことができる。初期張力の導入により実現が期待される自己釣り合

い力モードは、予めケーブルごとに与えた応力密度と、解の形状か

ら得られるケーブル長から、(1) 式を用いて求めることができる。

不静定次数が 1 の構造の場合期待される自己釣り合い力モードが

必ず実現する。また、不静定次数が 2 以上の構造の場合も最低ひと

つの自己釣り合い力モードの存在が保証される。

応力密度法を用いると、固定点の座標、応力密度、外力などを変

更可能なパラメータに据えることで、ケーブルネット構造の形状の

スタディを簡便に行うことができる(図 2)。

図 1 応力密度の定義

図 2 応力密度法によるケーブルネットの形態解析(文献

1)より)

2.2 圧縮材を含んだ系への拡張と、生じる困難

(a) 解 1 (b) 解 2

図 3 X 型テンセグリティ 図 4 複数の解

本節では圧縮材を含み固定点を持たない自己釣り合い系、特にテ

ンセグリティ構造に応力密度法を適用する場合に生じる困難につ

いて述べる。

(1)式の軸力 n は引張りを正としている。従って負の応力密度を

圧縮材に与えることで、引張り材と圧縮材の混在した自己釣り合い

系にも適用できるように思われる。ところが、応力密度法をこのよ

うな系に応用すると、様々な困難が生じてしまう 4)5)6)。この困難を

ここでは X 型テンセグリティと呼ばれる構造を例に説明する。

X型テンセグリティは、図 3に示すように 2本の圧縮材(太線)と、

4 本の引張り材からなる平面状のテンセグリティである。引張り材

はその両端が圧縮材に接続されている。圧縮材は互いに接続されず、

独立し、引張り材とのみ接続されている。

このような自己釣り合い系において(2)式は

0zD0yD0xDrrrrrr

(4)

という形に帰着する。(2)式と比べて簡略化されているのは、X 型テ

ンセグリティは外力に依存せず自己釣り合い力のみで釣り合い、さ

らに固定点ももたないためである。逆行列を用いて本式を解くと以

下のように総ての節点が原点に集まった無意味な解しか得ること

ができない。

0z0y0x

0Dz0Dy0Dxrrrrrr

rrrrrr

,,

,, 111

(5)

(5)式は D が正則な行列の場合の解である。この場合は(5)式のよう

な解しか得られない。しかし、D が非正則な行列の場合は、(4)式に

余解が存在し、(5)式以外の解を得ることができる。 (4)式の余解は

行列 D の零空間を解析することで得ることができる、文献 4)5)6)はそ

のような観点からテンセグリティ構造の形状決定を試みている。

しかし、文献 4)5)6) のような手法により応力密度法を X 型テンセ

グリティに応用し、(4)式を解いた場合にも結局、以下のように、

解が一意に定まらないか、もしくは無意味な解しか得られないとい

う困難が生じてしまう。

・ 4 本の引張り材の応力密度と 2 本の圧縮材の応力密度の比

を 1:1:1:1:-1:-1 としたとき無数の解(余解)が得られる。例え

ば図 4(a)、(b)のどちらも解の資格を満たす。すなわち解が

不定となり一意には決まらない。釣り合い行列の例と、得

られる x の余解を以下に示す。a,b,c は任意のパラメータで

ある。y,z についても同様な余解が得られる。

1100

001

1

1111

,

11111111

11111111

cbaxD

・ 上記以外の応力密度の与え方をしたとき無意味な解が得

られてしまう。釣り合い行列の例と、得られる x の余解を

以下に示す。総ての節点の x 座標が等しいことを表してい

る。y,z についても同様な余解が得られる。すなわちこれは、

すべての節点が一点に集まっている状態である。

1111

,

13223122

22312213

axD

Page 3: 張力構造の形状決定における応力密度法の拡張に関する基礎的考察 - 2010

3

2.3 汎関数の停留問題への帰着

一般に力の釣り合いに関する問題の大部分は、汎関数の停留問題

に帰着させることができる。そこで、本節では応力密度法を汎関数

の停留問題の一解法として捉えなおす。

外力が一切作用しないとき、応力密度法における力の釣り合い式

は、次に示す簡単な汎関数の停留問題に帰着することができる。

stationary)()( 2

jjj Lw xxrr

(6)

ここに、 xrは節点の x,y,z 座標を並べた行ベクトルである。Ljは

直線部材の長さ、wjは直線部材ごとに与えられた重み係数である。

以降では x,y,z 座標の区別なく n 個の未知数を並べたものとして

nxx Lr

1x (7)

とする。ただし、自由節点の座標変数のみ含めるものとし、固定点

の座標変数は予め除いておく。また、添え字 j は部材番号、w は直

線部材ごとに与えられた重み係数、 jL は第 j 直線部材の長さを与え

る関数である。(6)式は、文献 1) 4 節における定理、“外力が作用せ

ず、自己釣り合いの状態にあるケーブルネットの形状は、その応力

密度によって重み付けされた長さの 2 乗和を最小にする形状と同

一である”(筆者和訳)と一致する。

ここで、(6)式の停留条件を書き下すと、

0xx rr

r

jjjj LLw2)( (8)

と書ける。ただし、∇は関数の勾配を与える演算子であり、具体的

には以下のように行ベクトルを与えるものとする。

n

jjjj x

LxLL

L Lr1x

(9)

(9)式は関数 jL の最大変化方向を表す。

本論では、関数 jL として第 j 直線部材の両端の座標変数(6 パラ

メータ)から 2 点間距離を計算するものに限定して考察を行う。こ

のとき(9)式は図 5(a)に示すように、部材の両端における 1 対のベク

トルを表す。その大きさはいずれも 1 で、その向きは互いに逆向き

で部材に並行である。

一方、軸力 n を負担し、両端に作用する外力と釣り合っている直

線部材を考える(図 5(b))。

このような直線部材の両端に作用する外力は、大きさが軸力 n と

等しくその向きは部材と平行で、互いに逆向きである。図 5(a)と図

5(b)を比べることで、このような直線部材のみからなる自己釣り合

い系の力の釣り合いは

0r

jjj Ln (10)

と書ける。(7)式と同じ次元の任意の列ベクトルと(10)式の内積をと

ることにより、仮想仕事式

01

n

jjj

x

xLnw M (11)

が得られる。さらに、部材長さの変分を

n

jj

x

xLL M

1

(12)

とおけば、(11)式は

0j

jj Lnw (13)

と書くことができる。(13)式は、自己釣り合い系において、境界条

件等を適切に満たす仮想的な変形に伴う部材長変化は仕事をしな

いことを意味している。

ここで、力の釣り合い式である(10)式に応力密度の定義式(1)を代

入することで次式を得る。

0r

jjjj LLq (14)

(14)式は力の釣り合い式に応力密度の定義式(1)を代入したもの

であるから、外力を 0rとした場合の応力密度法の釣り合い式とまっ

たく同一であり、形式が異なるだけである。さらに、(14)式と(8)

式を比べれば、外力がない場合の応力密度法の釣り合い式と(8)式

の停留条件が一致することがわかる。また、(8)式の重み係数 2wj

と(14)式の応力密度 qjが、形状決定問題において同等な役割を担う

パラメータであることもわかる。

2.4 応力密度法の拡張

前節を踏まえ、本節では応力密度法と同等な汎関数の停留問題で

ある(6)式の拡張を行うことをもって、応力密度法の拡張とする。

まず、図 3 に示した X 型テンセグリティには固定点がなく、(6)

式のままでは拘束条件が存在しない。そこで、圧縮材についてはそ

の長さを拘束条件として与えることにする。このとき(6)式は次の

ように拡張される。

stationary))(()(),( 2

kkkk

jjj LLLw xxλx

rrrr (15)

j は引張り材の部材番号、k は圧縮材の部材番号を表す。 λrは

Lagrange未定乗数、L kは圧縮材の長さの拘束値を表す。ところが、

(15)式を用いても 2.2 節で述べた解の不定性は生じてしまう。例え

ば圧縮材の長さをすべて 1 とし、引張り材の重み係数 wjもすべて 1

としたとする。このとき図 4(a)(b)のいずれも解の資格を満たしてし

まう。この事実は 2.2 節で述べた解の不定性は拘束条件の有無に起

因する問題ではないことを示唆している。ここで試みに(15)式の第

1 項 L の指数を 2 乗から 4 乗に変更した場合について考える。なぜ

ならば、(15)式に物理的意味はなく、従って、第 1 項の次数が 2 乗

である必然性もないと考えることが可能であるからである。

stationary))(()(),( 4

kkkk

jjj LLLw xxλx

rrrr (16)

(16)式を用いると、圧縮材の長さ L k をすべて 1 とし、引張り材

の重み係数をすべて 1 としたとき、唯一の解として図 4(a)が得られ

る。すなわち応力密度法と同様な不定性は(15)式を用いた場合にの

(a)長さの勾配 (b)直線部材の力の釣り合い

図 5直線部材

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4

み生じ、(16)式のような汎関数を選択することで不定性を回避でき

る場合があることがわかる。(16)式においても重み係数 wjの与え方

に任意性があるのは応力密度法と同様である。すなわち重み係数

wjは変更可能なパラメータとして扱うことができる。例えば、引張

り材を 2 本ずつ 2 グループに分け、1:8 の重み係数を与えると唯一

の解として図 4(b)が得られる。大きな重み係数を与えた引張り材は

短く、小さな重み係数を与えた引張り材は長くなった。このような

傾向も応力密度法と同様である。このように、重み係数 wjに異な

る値を与えることで、異なる形状を得ることができる。

ここで、(15)、(16)式をさらに一般化して次に示す汎関数につい

て考察する。

stationary))(())((),(k

kkkj

jj LLL xxλxrrrr

(17)

(17)式の xrに関する停留条件は次のようになる。

0x

rr

kkkj

j j

jj LLL

L )( (18)

ここで、前節で導いた直線部材のみからなる自己釣り合い系の釣

り合い式を再度次に示す。

0r

jjj Ln (19)

また、(19)式を満たす 0rでない軸力の組み合わせ

mnn Lr

1n (20)

は一般に自己釣り合い力モードと呼ばれている。 (17)式が停留し

たとき、(18)式と(19)式を比べることで、

LLr

11

11 )(LLn (21)

として自己釣り合い力モードを必ずひとつ見つけることができる。

従って、一般に(17)式のような汎関数の停留問題の解は初期張力の

導入可能な張力構造の形状に応用することができる。また、(21)式

は、未定乗数 L1 にも圧縮材の圧縮力という物理的意味があるこ

とを示唆するものである。

さて、(17)式にポテンシャルエネルギーなどの物理的な意味は与

えられていない。従って、関数πjの選択には本来何の制約もない。

以降では関数πjを要素内汎関数と呼ぶこととし、本論文では、要

素内汎関数に対し、物理的意味に捉われず、自由に選択するという

視点を導入する。

以上を踏まえて張力構造の形状決定に対し、次に示す 2 つの方針

を提案する。

・ 自由に設定した汎関数の停留問題を解くことにより張力

構造の形状決定を行う

・ 設定した汎関数において解の不定性といった困難、不都合

が生じたとき、汎関数を再度選択しなおす 応力密度法との関連は次のように考察することができる。例えば

2wL を要素内汎関数に設定した場合(21)式より

jjjjjj LnwLwn 2/2 (22)

なる関係が導かれ、重み係数の指定と応力密度の指定が同等である

ことがわかる。また、wjLj4 を要素内汎関数に設定した場合について

同様に考察すると

33 4/4 jjjjjj LnwLwn (23)

なる関係が導かれる。すなわち重み係数を指定することと、新規に

定義した量 nj/4Lj 3 を与えることとは同等であり、応力密度法と極め

てよく似たアプローチといえる。本研究ではこのような量を仮に拡

張応力密度と呼んでいる。

ここで、自己釣り合い系の形状決定手法として応力密度法を考察

しなおせば、

1. まず、適切な拘束条件(固定点の座標)と適切なパラメー

タ(応力密度)を与えて力の釣り合い式を立式する

2. 次に力の釣り合い式の解法として、逆行列を用いた線形逆

計算を選択する ものといえる。一方、本論で提案する圧縮材を含む自己釣り合い系

への拡張は、

1. まず、適切な拘束条件(圧縮材の長さ)と適切なパラメー

タ(拡張応力密度)を与えて力の釣り合い式を立式する

2. 次に力の釣り合い式を汎関数の停留問題に帰着させ、一般

の非線形方程式の数値解法を用いて解く ものである。従って応力密度法と同様なアプローチであるが、異な

る解法を選択したものということができる。ただし、実際の解析の

手続きにおいては、力の釣り合い式を経由せず、汎関数の停留問題

を直接書き下す方が直感的であり扱いやすい。

3 長さの累乗和を最小にする形

図 6 コネクティビティ(カッコ内は固定点座標値を表す)

図 7 長さの総和最小

図 8 長さの 2 乗和最小

図 9 長さの 3 乗和最小

図 10 長さの 4 乗和最小

図 11 長さの総和最小

図 12 長さの 2 乗和最小

図 13 長さの 3 乗和最小

図 14 長さの 4 乗和最小

2.1~2.4 節の議論を補う目的で、簡単なコネクティビティ(節点位

置や部材長によらない部材の接続関係)をもつケーブルネット構造

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5

(図 6)についてケーブルの長さの様々な累乗和を最小にする形を求

めた。1、2、3、4 乗和を最小にする形を図 7~図 10 に示す。

また、図 11~14 は 3 本の圧縮材と 9 本の引張り材からなる自己

釣り合い系について同様な計算を行ったものである。この自己釣り

合い系は一般にシンプレックス型テンセグリティと呼ばれている。

最小化は引っ張り材の長さについてのみ行い、圧縮材の長さは拘束

条件として総て等しい値を直接与えている。これらの結果、特に図

8 と図 12 を比較することによりケーブルネット構造と圧縮材を含

んだ自己釣り合い系では異なる汎関数を選択する必要があること

が示唆される。

4 張力構造の形状決定例 本章では前章までの考察を踏まえ、様々な張力構造の形態解析例

を、用いた汎関数と共に紹介してゆく。

汎関数の停留問題は一般に λxrr

, を未知数として解かれる。しかし

本研究ではケーブルや膜に関する項を目的函数とし、圧縮材に与え

られた条件を満たしながら、目的函数を単に最小化して解を得てい

る。これは、実質的に未知数を xrのみに削減したこと、すなわちス

テップ毎に本来未知の λrを与えていることに相当する。

一般の非線形方程式の数値解法においては、解の近くに初期値を

設定することが必要である。しかし、本研究では解の予想が難しい。

そこで初期値として、すべての節点の座標に-2.5~2.5 の実数をラン

ダムに与えた。このような初期値の設定の仕方を選択しても、不都

合が生じることはなく、安定的に解を得ることができた。これは、

汎関数が大域的に凸であるためと考えられる。何故なら、圧縮材に

与えられた条件を満たしながら、総てのケーブルの長さ、膜の面積

を 0 にすることが不可能であるためである。

重み係数 wjには次元があり、物理的意味をもつ。しかしその与

え方は、今のところ試行錯誤であり、その変更の仕方も直感に頼っ

ているのが現状である。

4.1 ケーブル材とストラット材からなる構造

(a)節点番号 (b)節点 1、2 に接続する 8 本の

ケーブル(N=6 の場合) 図 15 20 ストラット-テンセグリティのコネクティビティ

20 本の圧縮材(以下、ストラット)を定め、1 本目の両端に節点番

号 1,2 を、2 本目の両端に節点番号 3,4 を…という順序に番号を割

り振る。節点番号は 1~40 が割り振られる(図 15(a))。さらに、N

を 1 から 9 までの整数から任意に選んだ定数とする。第 i 節点はケ

ーブルにより第 i+2N 節点と第 i+2N+1 節点、第 i+(40-2N)節点、第

i+(40-2N-1)節点に接続される。節点番号が 40 までしかないので、

接続先の節点番号が 40 を超える場合は接続しないものとする。こ

のようにすると、すべての節点にケーブルが 4 つ接続された 9 種類

の相異なるコネクティビティを得ることが出来る。図 15(b)は N=6

の場合について節点 1、2 に集まる 8 本のケーブルを示したもので

ある。ケーブルの総数は 80 本である。

このようなコネクティビティをもつテンセグリティ構造に関し

て、次に示す汎関数の設定により形状決定を行うことができた。

stationary))(()(),( 4

kkkk

jjj LLLw xxλx

rrrr (24)

第 1 項はケーブル、第 2 項はストラットに関する項である。

N や重み係数を様々に変えた場合の(24)式の与える解を図 16,17

に示す。図中に併記された重み係数 wの値は、第 i 節点 から第 i+2N

節点と第 i+(40-2N)節点に接続した 40 本のケーブルの重み係数であ

り、残りの 40 本のケーブルについては一貫して 1.0 を与えている。

これら 9 種類のコネクティビティは、どのような初期値から計算

を開始しても必ず収束し、意味のある解が得られた。また重み係数

やストラットの長さをどのように変更しても形状が破綻すること

はなく、安定的に解を得ることができた。ただし、初期値によって

は希に、図 16,17 に示したものと異なる形状が得られることがあっ

た。これは、複数の停留点が存在するためと考えられる。

図 16 コネクティビティによる形状の違い

図 17 重み係数による形状の違い

4.2 ケーブルと膜、ストラットからなる構造

本節ではケーブル部材だけでなく、膜材も含んだ張力構造の形状

決定の試行例を紹介する。

ケーブル部材は 2 節点直線要素の集合でモデル化し、膜材は 3 節

点三角形要素の集合でモデル化する。圧縮部材(ストラット)につ

いては 2 節点直線要素と区別してストラット要素と呼ぶことにす

る。要素内汎関数はすべての直線要素、三角形要素に個別に与える。

また、ストラット要素にはその長さを拘束条件として与える。

膜材も含めた場合、(17)式はさらに次に示すように拡張される。

Page 6: 張力構造の形状決定における応力密度法の拡張に関する基礎的考察 - 2010

6

stationary))((

))(('))((),(

kkkk

jjj

jjj

LL

SL

x

xxλx

r

rrrr

(25)

第 1 項は直線要素に関する総和、第 2 項は三角形要素に関する総

和、第 3 項はストラット要素に関する総和を表す。L はトラス要素、

ストラット要素の長さ、S は三角形要素の面積を表す関数である。

L はストラット要素の長さの拘束値を表す。その xrに関する停留

条件は、

0x

rr

kkkj

j j

jjj

j j

jj LSS

SL

LL )(')(

(26)

と書ける。さらに、

j

jjj

j

jjj S

SL

Ln

)(')( (27)

と置きなおすことで、次の形式で書くことができる。

0x

rr

kkkj

jjj

jj LSLn (28)

(28)式に(11)~(13)式と同様の手続きを適用すると、仮想仕事式

0k

kkjj

jjj

j LSLnw (29)

を導くことができる。これは、境界条件等を適切に満たす仮想的な

変形に伴う部材長変化、膜の面積変化が仕事をしないこと、すなわ

ち自己釣り合い系であることを表している。

本節では 6 枚の膜と 6 本のストラットからなり、それぞれの膜の

境界にケーブルを配置した構造を直線要素と三角形要素でモデル

化したもの(図 18)について次式を用いた形状決定を紹介する。

stationary))((

)()(),( 24

kkkk

jjj

jjj

LL

SwLw

x

xxλx

r

rrrr

(30)

図 18 モデル化

図 19 解

図 20 ケーブルと膜、ストラットからなる構造

直線要素の重み係数に 100 を、三角形要素の重み係数に 200 を、

ストラット要素の長さに 10.0 を与えたときの解を図 19 に示す。重

み係数やストラット要素の長さを様々に指定したときの解を図 20

に示す。ストラット要素の長さやその他重み係数をどのように与え

ても形状が破綻することはなく、ケーブルや膜が柔軟にその形を変

え、常に力の釣り合いを満たした。

重み係数を大きくした直線要素の長さや三角形要素の面積は小

さくなる傾向にあった。例えば、図 19 の状態から膜材を構成する

三角形要素の重み係数を一括して大きくすると、図 20(a)に示すよ

うに境界の曲率が大きくなり、膜材の面積が減少した

4.3 ケーブルと膜、ストラット、固定点からなる構造

1957 年竣工で、初期の張力膜構造の実例として有名なケルンの

ダンス場屋根(Frei Otto 設計)を想定した数値解析モデルを作成し、

次式による形態解析を試行した。

stationary))((

)()(),( 24

kkkk

jjj

jjj

LL

SwLw

x

xxλx

r

rr

(31)

重み係数やストラット要素の長さを様々に変更し、形状を探索し

て行った様子を図 21 に示す。

ストラットの長さを変更すると、ストラットと地面の間の角度が

大きく変わった。また、重み係数の変更により、直線要素の長さや

三角形要素の面積が大きく変化したが、それに伴い境界ケーブルの

曲率も大きく変化した。実際の設計では、これらの中から実際の施

工に適したものを選ぶ、というアプローチが可能である。

5 まとめ 応力密度法を汎関数の停留という観点から捉えなおし、圧縮材を

含んだ自己釣り合い系の形状決定に拡張した。また、物理的な意味

に捉われず様々な汎関数を自由に設定することが可能であり、かつ、

これにより様々な自己釣り合い形状が得られることを示した。

参考文献

1) Schek, H. J., The force density method for form finding and computation of general networks, Comput. Meth. Appl. Mech. Engng.,1974, 3, pp.115–134.

2) 鈴木俊男, 半谷裕彦, 極小曲面の変数低減による有限要素解析, 日本建築

学会構造系論文報告集, 1991, No.425, pp.111-120.

3) 川口健一, 柯宛伶, 三木優彰, 付帯条件付き極小曲面と一般化最急降下法

に関する基礎的研究, 日本建築学会構造系論文集, 2008 ,No632, pp.1773-1777.

4) Connelly, R., Tensegrity structures: why are they stable?, in: M.F. Thorpe and P.M. Duxbury, ed., Rigidity theory and applications, Plenum Press, New York, 1999, pp. 47-54.

5) Vassart, N. and Motro, R., Multiparametered form finding method: application to tensegrity systems, International Journal of Space Structures, 1999, 14(2)., pp.147-154.

6) Tibert, A. G. and Pellegrino, S., Review of Form-Finding Methods for Tensegrity Structures, International Journal of Space Structures, 2003, 18(4), pp.209-223.

図 21 ケルン・ダンス場の形態解析