巨大ひずみ加工による 超微細組織制御 - 九州大学(kyushu ......図3にhpt...

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1.は じ め に アルミニウムを始め金属材料の強度を向上させるには,加 工強化(転位強化),固溶強化,析出強化(分散強化),結晶 粒微細化強化が代表的な強化法としてよく利用されている。 特に結晶粒微細化強化は基本的に組成を変えることなく強化 できることからリサイクル性に富んだ強化法として注目され る。他の強化法に比べれば,強度増加に伴う延性や靭性低下 が小さい強化法としても知られ,材料的にも魅力的な強化法 である。しかしながら,結晶粒微細化強化を効果的に発揮さ せるには,結晶粒径を 1 ミクロン以下に超微細化する必要が ありサブミクロンあるいはナノレベルでの組織制御が必須と なる。 近年,結晶粒を微細化する方法として巨大ひずみ加工が注 目されている。大量の,いわゆる巨大なひずみを試料内に 導入するには,加工しても形状が変化しない加工法を用いる ことが効果的である。代表的な形状不変加工法として, ECAP Equal-Channel Angular Pressing1HPT High-Pressure Torsion2ARB Accumulative Roll Bonding3MDF Multi Directional Forging4法などが知られている 5。いずれの方法 もバルク試料に巨大ひずみが導入できるため結晶粒をサブミ クロンレベルに超微細化できる。ここでは,このような巨大 ひずみ加工法の中でも超高圧下の変形によってひずみが導入 できる HPT 法や最近開発した HPS High-Pressure Sliding6について解説し,関連の特徴的な組織や特性をまとめて 紹介する。 2.高圧巨大ひずみ加工プロセス 2. 1 ディスク状 HPT 加工 高圧力を試料に付加しながらひずみを与えるアイデアは 1940 年代のブリッジマンの研究に遡る 2。その後ロシアの研 究者を中心に研究が進み 71990 年代に入って組織の微細化 に効果的であることが示された 82000 年代に入るとオース トリアなどロシア以外でも組織の超微細化研究に利用される ようになり 913,著者らも独自に装置を試作して研究を開始 14,今日に至っている。 HPT 加工の模式図を図1 a)に示す 14。ディスク状試料を アンビル中央の平坦なくぼみに入れて強制的に挟み込み圧力 (通常 1 GPa 以上)を掛けながら回転する。ディスク状試料 はねじり変形を受けてひずみが導入されることになる。回転 数と中心からの距離に応じてひずみ量が異なり,相当ひずみ で表すと次のように書ける 91ここで,e は相当ひずみ,r は試料中心からの距離,N は回 転数である。この HPT 法の特徴は,超高圧下で変形できる ため比較的延性の小さい材料でも試料破壊を最小限に抑えて 巨大ひずみが導入できることである 15,16。また,試料として 粉末からスタートすることも可能である 1719。異元素の混合 粉末であれば,元素の組合せによっては,溶解急冷するこ となく過飽和固溶状態を実現できる 20。メカニカルミリング と同様に複合物の作製も可能となる 2124。しかも高温に必 ずしも上げる必要がないことから,加熱による反応の進行や 特性の変化を避けるべき場合は有力な複合化プロセス法とな る。 2. 2 リング状 HPT 加工 ディスク状試料に関する原理や応用は,図 1 b)に示すよ うにリング状試料にも適用できる。ディスク状では,試料中 心でのひずみは原理的にゼロであり中心からの距離に比例し て導入ひずみ量が異なる。このため組織が中心と外周部で異 ε π 2 3 rN t 軽金属 第 60 巻第 3 号(2010),134–141 巨大ひずみ加工による 超微細組織制御 堀田 善治 * Journal of Japan Institute of Light Metals, Vol. 60, No. 3 2010, pp. 134–141 Ultrafine structures controlled by giant straining process Zenji HORITA * * 九州大学工学研究院材料工学部門(819–0395 福岡県福岡市西区元岡 744)。Department of Materials Science and Engineering, Faculty of Engineering, Kyushu University 744 Motooka, Fukuoka-shi, Fukuoka 819–0395. E-mail: [email protected] 受付日:平成 22 2 3 日 受理日:平成 22 2 18 図1 HPT 法の模式図。ディスク状試料の場合(左), リング状試料の場合(右)。

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  • 1.は じ め に

    アルミニウムを始め金属材料の強度を向上させるには,加

    工強化(転位強化),固溶強化,析出強化(分散強化),結晶

    粒微細化強化が代表的な強化法としてよく利用されている。

    特に結晶粒微細化強化は基本的に組成を変えることなく強化

    できることからリサイクル性に富んだ強化法として注目され

    る。他の強化法に比べれば,強度増加に伴う延性や靭性低下

    が小さい強化法としても知られ,材料的にも魅力的な強化法

    である。しかしながら,結晶粒微細化強化を効果的に発揮さ

    せるには,結晶粒径を 1ミクロン以下に超微細化する必要が

    ありサブミクロンあるいはナノレベルでの組織制御が必須と

    なる。

    近年,結晶粒を微細化する方法として巨大ひずみ加工が注

    目されている。大量の,いわゆる巨大なひずみを試料内に

    導入するには,加工しても形状が変化しない加工法を用いる

    ことが効果的である。代表的な形状不変加工法として,

    ECAP(Equal-Channel Angular Pressing)1),HPT(High-Pressure

    Torsion)2),ARB(Accumulative Roll Bonding)3),MDF(Multi

    Directional Forging)4)法などが知られている 5)。いずれの方法

    もバルク試料に巨大ひずみが導入できるため結晶粒をサブミ

    クロンレベルに超微細化できる。ここでは,このような巨大

    ひずみ加工法の中でも超高圧下の変形によってひずみが導入

    できる HPT法や最近開発した HPS(High-Pressure Sliding)

    法 6)について解説し,関連の特徴的な組織や特性をまとめて

    紹介する。

    2.高圧巨大ひずみ加工プロセス

    2. 1 ディスク状HPT加工

    高圧力を試料に付加しながらひずみを与えるアイデアは

    1940年代のブリッジマンの研究に遡る2)。その後ロシアの研

    究者を中心に研究が進み7),1990年代に入って組織の微細化

    に効果的であることが示された8)。2000年代に入るとオース

    トリアなどロシア以外でも組織の超微細化研究に利用される

    ようになり9)�13),著者らも独自に装置を試作して研究を開始

    し14),今日に至っている。

    HPT加工の模式図を図 1(a)に示す14)。ディスク状試料を

    アンビル中央の平坦なくぼみに入れて強制的に挟み込み圧力

    (通常 1 GPa以上)を掛けながら回転する。ディスク状試料

    はねじり変形を受けてひずみが導入されることになる。回転

    数と中心からの距離に応じてひずみ量が異なり,相当ひずみ

    で表すと次のように書ける9)。

    (1)

    ここで,e は相当ひずみ,rは試料中心からの距離,Nは回転数である。この HPT法の特徴は,超高圧下で変形できる

    ため比較的延性の小さい材料でも試料破壊を最小限に抑えて

    巨大ひずみが導入できることである15),16)。また,試料として

    粉末からスタートすることも可能である17)�19)。異元素の混合

    粉末であれば,元素の組合せによっては,溶解・急冷することなく過飽和固溶状態を実現できる20)。メカニカルミリング

    と同様に複合物の作製も可能となる21)�24)。しかも高温に必

    ずしも上げる必要がないことから,加熱による反応の進行や

    特性の変化を避けるべき場合は有力な複合化プロセス法とな

    る。

    2. 2 リング状HPT加工

    ディスク状試料に関する原理や応用は,図 1(b)に示すよ

    うにリング状試料にも適用できる。ディスク状では,試料中

    心でのひずみは原理的にゼロであり中心からの距離に比例し

    て導入ひずみ量が異なる。このため組織が中心と外周部で異

    επ

    �2

    3rNt

    軽金属 第 60巻 第 3号(2010),134–141

    巨大ひずみ加工による

    超微細組織制御

    堀田 善治 *

    Journal of Japan Institute of Light Metals, Vol. 60, No. 3(2010), pp. 134–141

    Ultrafine structures controlled by giant straining processZenji HORITA*

    解 説

    *九州大学工学研究院材料工学部門(〒 819–0395 福岡県福岡市西区元岡 744)。Department of Materials Science and Engineering, Faculty ofEngineering, Kyushu University(744 Motooka, Fukuoka-shi, Fukuoka 819–0395). E-mail: [email protected]受付日:平成 22年 2月 3日 受理日:平成 22年 2月 18日

    図 1 HPT法の模式図。ディスク状試料の場合(左),リング状試料の場合(右)。

  • J. JILM 60(2010.3) 135

    なり不均一になり,試料内で特性に違いが生じることになる。

    一方,リング状試料では外周部のみとなることから,リング

    状試料全体では,均一な組織となる。また,リング状試料で

    は中心部を除いている分だけ同一圧力のもとではリングの

    径を大きくできる利点がある。実は,組織の均一性を上げる

    には中心部を除くことが有効であることがブリッジマンの著

    書に書かれており3),その後,Erbel25)や SaundersとNutting26)

    がリング状試料で組織の微細化ができることを示した。著者

    らのグループでは HPT加工原理を利用したアンビルで容易

    にできることを示し,種々の金属や合金に適用した 27)。直径

    も大きくでき,リング幅が 3 mmのものであれば,これまで

    に直径 100 mmの純アルミニウムのリング試料で適用できる

    ことを示した 28)。

    2. 3 HPS 加工

    HPS法は高圧下での巨大ひずみ加工を角状の板状試料で実

    現するものである。図 2に模式的に示すように,2枚の試料

    を押棒と上下アンビルの凹状部にそれぞれ挟み込み,高圧を

    付加しながら中心の押棒をスライドさせてせん断ひずみを導

    入する。スライド量を Xとしたとき板厚 tの試料では次のよ

    うな相当ひずみが導入されることになる 6)。

    (2)

    この方法は最近著者らのグループで開発したばかりで,応用

    例はまだ十分ではないが,3. 4で,純アルミニウムに適用し

    た結果を紹介する。

    3.純アルミニウムの巨大ひずみ加工

    3. 1 硬度変化

    図 3に HPT加工で用いる直径 10, 20 mmのディスク状試料

    と外径 20, 30, 40 mmのリング状試料を示す。図 4は,99.99%

    高純度アルミニウム(4 N–Al)よりこのような形状の試料を

    準備し,室温で 1 GPaのもとに 1/8�1回転 HPT加工を行ったときのビッカース硬さを中心からの距離に対してプロットし

    たものである。ディスク試料とリング試料では硬さに違いは

    なく,試料形状の違いによらず,回転数と中心からの距離で

    硬度値が決定されることがわかる。しかし,回転数が少ない

    ときは硬さは中心からの距離とともにいったん上昇して低下

    し,また回転数が大きくなると硬さは中心からの距離によっ

    て連続的に減少する傾向がみられ複雑である。いま硬度値を

    式(1)で示される相当ひずみでプロットすると図 5に示さ

    れるように,すべての硬度値は相当ひずみの一義的な関数と

    して一つの曲線に沿って変化していることが明らかとなる。

    すなわち相当ひずみが増えるにつれて硬さは上昇し,相当ひ

    ずみ約 2で最大値をとった後ひずみ付与とともに減少し,相

    当ひずみが 6�10で一定レベルになりこれ以上のひずみでは,

    ε� Xt3

    図 2 HPS法の模式図。全体図(左),断面図(右)。

    図 3 HPT加工で用いるディスク状試料とリング状試料の外観。

    図 4 高純度アルミニウム(4 N–Al)のディスク状試料とリング状試料を室温で 1 GPaのもとに 1/8�1回転 HPT加工したビッカース硬さと試料中心からの距離との関係。

    図 5 図 4のビッカース硬さを相当ひずみに対してプロットしたグラフ。図中の番号は組織観察したときの相当ひずみに対応。

  • 136 軽金属 60(2010.3)

    ひずみの増加とともに硬さが変化しない定常状態になる。

    3. 2 加工組織(異常な回復と再結晶)

    硬さ変化に対応した,すなわち付与ひずみとともにどの

    ように組織が変化するかを EBSD(Electron Back Scatter

    Diffraction)で調べた結果を図 6(a)�(e)に示す29)。それぞれ図 5に記した番号(1)�(5)の相当ひずみに対応するものである。亜結晶粒の形成,さらに粒界角の大角化が明瞭に確

    認され,定常状態になるとランダム方位の微細粒からなる組

    織が形成され,さらなるひずみの付与によって変化しないこ

    とが確認される。焼なまし後の組織と異なるところは,4 N–Al

    という高純度であるにもかかわらず結晶粒径が 1�2 m mと極めて小さいこと,および加工よって形成された組織のために

    低角粒界からなる亜結晶粒が存在することである。

    図 7(a)�(c)は代表的な相当ひずみに対応して透過電子

    顕微鏡で組織観察した結果である。それぞれ(2),(3),(6)

    と記した組織に対応し,最大硬さ,硬さが低下するとき,定

    常状態時での組織となる。最大硬さでは,粒内に多数の転位

    が見られ,粒界は曲がりくねった複雑な形状を呈している。

    一方定常状態では対照的に粒内転位は極めて少なく,粒界も

    直線的であたかも高温で焼なました状態に類似した組織と

    なっている。最大硬さと定常状態の間で硬さが低下するひず

    み領域では,転位を多数含んだ結晶粒と少ない結晶粒が混在

    していることが確認された。このひずみ域で硬度値に大きな

    ばらつきが出ているのは両者の組織が混在していることによ

    るものである。

    透過電子顕微鏡観察や EBSD(結晶方位)解析結果も含め

    て純アルミニウムの結晶粒超微細化をまとめたのが図 8で

    ある 29)。第一段階(I)は,ひずみ導入に伴って転位が蓄積

    し,相当ひずみが 2程度まで増え続け,同時に亜結晶粒が形

    図 10 6 GPaで 1/2回転 HPT加工した 4 N–Alのディスク中央部断面(a点)とエッジ部断面(b点)でのEBSDによる方位像と粒界角度分布。

    図 6 EBSDで観察した方位像と粒界角度分布。(a)�(e)はそれぞれ図 5の(1)�(5)の相当ひずみで観察した結果に対応。

    図 13 HPSで X�30 mm加工した試料を EBSDで観察した方位像。

  • J. JILM 60(2010.3) 137

    成し,ひずみが増えるとともに粒界角度が高角化する。亜結

    晶粒内の転位が飽和に達するところで硬さが最高値に達する。

    さらにひずみを加えると,第 2段階(II)として,粒内転位

    密度は減少して硬さは低下し,結晶粒界の高角化が進んでい

    く。第 3段階(III)ではひずみを加えても硬さが一定値を示

    す定常状態が実現される。高角粒界では転位は粒界に吸収さ

    れやすくなり,ひずみ付与による転位の発生量と吸収による

    消滅量がバランスして定常状態が実現されるものと考える。

    結晶粒径が 100 m m以下に小さくなるとこの最大硬さは低ひずみ側にシフトすることが示されている 30)。これは,結晶粒

    界で転位が消滅すると考えた場合,結晶粒径が小さくなると

    消滅箇所が増えることから合理的に理解できることである。

    ここでは,さらに 4 N–Alの試料を 6 GPaで 1/2回転 HPT加

    工した試料を図 9に示すような位置と方向より EBSDで観察

    した結果を示す。図 10(a),(b)はそれぞれ,中心付近(相

    当ひずみが約 2.5)および外周付近(相当ひずみが約 10)で

    図 8 高純度アルミニウムの巨大ひずみ加工に伴う硬さ変化と微細粒組織の形成過程。

    図 9 HPT加工したディスク状試料の断面観察位置。x–y線上に沿った中心から 1 mm(a点)と 4 mm(b点)で観察。

    図 7 TEMで観察した明視野像(上)と暗視野像(下)。(a),(b),(c)はそれぞれ図 5の(2),(3),(6)の相当ひずみで観察した結果に対応。

  • 138 軽金属 60(2010.3)

    観察したときの方位像と粒界角度分布である。せん断ひずみ

    が回転とともに試料面に平行に入ることを考慮すると,圧延

    組織を圧延方向に平行な断面で観察する場合と等価になり,

    平行な組織になるべきところである。中心付近では横方向に

    伸びた組織となっているが,外周付近ではほとんど等軸な結

    晶粒組織となっており,低角粒界が存在する場合を除いては

    ランダムな高角粒界の結晶粒で形成されている。このことは,

    加工に伴って図 8のような復旧過程(回復・再結晶)と微細粒組織の形成が進行していることを示すものである。なお,

    復旧過程が動的か静的かについては明らかではなく,ただし,

    静的な場合は荷重を除荷後に急速に組織変化が起こっている

    ことが考えられる。

    3. 3 純度の影響

    次に,このようなひずみに対する硬さ変化が純度によって

    どのように変化するか調べた。図 11 は 99%(2 N–Al),

    99.999%(5 N–Al),99.9999%(6 N–Al)のような純度の異なる

    試料を準備し,99.99%(4 N–Al)の場合と同じ条件で HPT加

    工したときの結果である。ここで,2 N–Alは市販の 1100を

    使用した。2 N–Alのビッカース硬さはひずみとともに硬さが

    増加するが,4 N–Alと異なって最大値が現れず,そのまま定

    常状態になる。一方,5 N–Alでは硬さはひずみとともに増加

    するものの硬度値のばらつきが大きく硬さの最大値に対応す

    るひずみが 4 N–Alのように明確に決定しにくい状況にある。

    6 N–Alではもはやひずみの付与に伴う硬さの増加は観察され

    ずに硬度は付与ひずみとともに低下する。図 3に示す 4 N–Al

    の結果も含めると,純度の影響は歴然としている。不純物原

    子の存在で転位のすべり運動が著しく妨げられ,これより転

    位の蓄積が生じ,結晶粒界の形成や粒界角度の大角化が進行

    するものと思われる。一方,純度が高いと転位の交差すべり

    や回復が容易に進行して十分な転位の蓄積が起こらず,結晶

    粒微細化が生じないものと考えられる。

    3. 4 HPS 法による板状試料の加工

    図 12は 4種類のスライド量(X�5, 10, 15, 30 mm)で得た

    硬度値を HPT法で得た硬さと相当ひずみ量とのグラフにプ

    ロットしたものである 6)。いずれの硬度値もほぼ一義的な曲

    線状にのることが確認される。図 13は X�30 mmの試料を

    EBSDで観察した方位像である。ランダムな方位を有する結

    晶粒径約 1.5 m mの微細結晶粒組織が得られた。透過電子顕微鏡でも図 7(c)と類似の組織が確認され,HPS法は HPT法

    と同様に微細組織を形成できる。図 14は HPS後の試料より

    ゲージ部の長さ 5 mm,幅 2 mm,厚さ 0.6 mmの引張試験片を

    切出し,室温で 3.3�10�3 s�1の初期ひずみ速度で引張変形し

    たときの応力 –ひずみ曲線である。付与ひずみ量が増えるに

    つれ降伏強度は少し低下するが,破断伸びが増加し,高ひず

    み状態ほど延性が改善される結果が得られた。これより高圧

    巨大ひずみ加工が HPS法を用いて薄板状試料への適用可能で

    あることが示される。圧延工程への組込みなど実用的な展開

    も期待できる。

    4.高強度・高延性化

    4. 1 析出強化と結晶粒微細化強化

    結晶粒をサブミクロンレベルに微細化したままナノレベル

    の微細析出物を結晶粒内に分散させ,両者の強化を同時に狙

    う試みは例が少ない 31)�33)。これは,通常の加工熱処理法で

    は,結晶粒をサブミクロンレベルに微細化させることが容易

    図 12 0.5 GPaのもとに HPS加工した 4 N–Alのビッカース硬度と相当ひずみの関係。HPT 加工した4 N–Alのグラフ27)にプロット。

    図 14 HPS加工した試料を室温で 3.3�10�3 s�1の初期ひずみ速度で引張変形したときの応力 –ひずみ曲線。

    図 11 1 GPaで 1/8�1回転 HPT加工した 2 N–Al,4 N–Al,5 N–Al,6 N–Alのビッカース硬さと相当ひずみとの関係。

  • J. JILM 60(2010.3) 139

    でないこと,また微細粒を保ったまま結晶粒内に微細粒子を

    分散させることができにくいことによる。図 15は HPT加工

    を 7075時効硬化型合金に適用した結果である。直径 10 mm

    のディスク状試料を 763 Kで 5時間溶体化処理後,6 GPaの

    もとで 3回転 HPT加工を行い,373 Kで 300時間まで時効処

    理した結果である。試料中心からの距離がそれぞれ 0,1,2,

    3,4 mmの箇所で時効に伴う硬さ変化のプロットしたもので

    ある。比較のために,HPT加工せずに溶体化ままの試料を時

    効した場合,および T6処理条件(393 K, 24 h)で時効した場

    合の結果も含めている。HPT加工した場合硬さレベルが高く

    なり,また付与ひずみが大きいエッジ部に近いほど硬さレベ

    ルが高い。また,ひずみ量が小さい中心部では硬さが連続的

    に時効時間とともに増加し,30時間後にピーク硬さを呈す

    る。付与ひずみ量が大きく中心からの距離が 3 mm以上の領

    域(外周部)では,いったん硬さが低下して 30時間後にピー

    ク値に達する。4 mmの距離では時効処理に伴って最高硬さ

    240 HVが得られている。外周部で時効時間とともにいったん

    硬さが低下するのは,転位密度の低下に起因し,硬さ上昇は

    時効析出による硬化と考えられる。

    図 16は,ディスク状試料の中心より 3 mm離れた箇所から

    ゲージ部の長さ 1 mm,幅 1 mm,厚さ 0.6 mmの引張試験片を

    切出し,室温にて 3.3�10�3 s�1の初期ひずみ速度で引張変形

    したときの応力 –ひずみ曲線である。溶体化処理材,HPT材

    を含め,T6処理材,溶体化後あるいは HPT後にピーク硬さ

    まで 30時間時効した試料の結果も含める。引張強さは硬さ

    と同様に HPT後は大幅に増加して 840 MPaになり,30時間

    のピーク時効によってさらに 930 MPaまで硬化した。一方,

    破断伸びは減少して,HPT後では 2%,さらに 30時間時効し

    た後では 1%となった。いかに延性を確保するかは今後の課

    題である。解決方法の一つとして時効条件の設定が重要と考

    える。Al–10.8mass%Ag合金は典型的な時効硬化合金として

    知られるが,溶体化処理後に ECAPで巨大ひずみを加へ 373 K

    で時効すると硬さ増加とともに,均一伸びが同時に向上する

    結果が得られている32),33)。サブミクロン結晶粒内にナノ粒子

    が微細に析出して硬化が進行したが,同時に時効中に加工で

    導入された転位が減少したために延性向上に繋がったものと

    考える。

    図 17は 7075時効硬化型合金を HPTで 3回転加工後に

    ピーク硬さまで 30時間時効処理したときの透過電子顕微鏡

    組織である。明視野像(左),暗視野像(中)と直径 80 m m領域より撮影した制限視野回折パターン(右)を示す。矢印

    の回折波を使って撮影したのが図中の暗視野象である。結晶

    粒径約 200 nmあるいはそれ以下の組織が観察され,373 K, 30

    時間にもかかわらず結晶粒は微細なまま存在していることが

    知られる。高分解能電子顕微鏡観察によれば,h �相や h 相の析出粒子が確認された。

    4. 2 複合材の創製

    最後に,アルミニウムとカーボンナノチューブ(CNT)の

    複合化に初めて HPT加工を適用した結果を紹介する24)。混

    合粉末を高温で圧縮成型すると CNTとアルミニウムが反応

    して Al4C3の炭化物が形成され,CNT特有の優れた機械的特

    性を損なうことになる34),35)。したがって,反応温度以下で複

    合化することが必須である。アルミニウム粉末と 5 mass%の

    CNTを含む混合粉を作製し,室温で 2.5 GPaのもとに 30回転

    の HPT加工を試みた。図 18は硬度値をディスク試料中心か

    らの距離の関数としてプロットしたものである。比較のため

    に純アルミニウム粉末のみの場合や純アルミニウムのバルク

    材を HPT加工したときの結果も合せてプロットしている。

    CNTを含む場合の硬さは中心からの距離に沿って急激に増加

    しており,中心と外周部では 2倍ほどの違いに達している。

    図 16 室温にて 3.3�10�3 s�1の初期ひずみ速度で引張変形したときの応力 –ひずみ曲線。溶体化処理材,HPT加工材を含め,T6処理材,溶体化後あるいは HPT後にピーク硬度まで 30時間時効した試料の結果も含める。

    図 15 7075時効硬化型合金を 763 Kで 5時間溶体化処理後,6 GPaのもとで 3回転 HPT加工し,373 Kで300時間まで時効処理したときの時効曲線。比較のために,HPT加工せずに溶体化まま時効した場合,および T6処理条件(393 K, 24 h)で時効した場合の結果も含む。

  • 140 軽金属 60(2010.3)

    アルミニウム粉末を HPTした場合,バルク材に比べて 10 HV

    ほど硬さが高い。これは粉末粒子表面に形成された酸化膜

    (アルミナ)が HPT加工で分散したためである。

    HPT加工後の CNT複合材およびアルミニウム粉末材の透

    過電子顕微鏡組織を図 19に示す。結晶粒径は図 7の定常状

    態における結晶粒径約 1.5 m mと比べると,純度は同じであるにもかかわらず,粉末成型材で約 500 nm,CNT複合材で約

    100 nmと小さい。酸化膜や CNTが存在するため 99%純度の

    アルミニウムのときと同じように転位の移動が妨げられ,粒

    界の形成に多くの転位が寄与したためと考えられる。

    ところで,アルミニウムの粉末やバルク材では中心からの

    距離にかかわらず硬さは一定である。30回転の HPT加工で

    は十分定常状態に入っていることから理解できるが,CNT複

    合材では硬度値は外周部に向かって増加している。これは

    CNTの分散が回転とともに進行しており,均一な平衡分散に

    達していないことを意味している。同様なことがフラーレン

    を複合化したときも観察されている23)。

    図 20は CNT複合材よりゲージ部の長さ 1 mm,幅 1 mm,

    厚さ 0.5 mmの引張試験片を作製し室温で 3.3�10�3 s�1の初期

    ひずみ速度で引張変形したときの応力 –ひずみ曲線である。

    アルミニウム粉末の HPT材の結果も示して比較した。図 14

    の HPS結果と比較しても引張強さが増加し CNT複合材では

    引張強さが 200 MPaを超え均一伸びが 15%を超える状況にあ

    る。わずか 5 mass%の CNT添加で強度や伸びの改善が図ら

    れることが知られる。なお,アルキメデス法による密度測定

    によれば,CNT複合材で 98%,アルミニウム粉末材で 99%

    の充填率であることが確認され,HPT加工が充填率の高い複

    合化に有効であることが示される。

    5.お わ り に

    本解説では,高圧下の巨大ひずみ加工を利用することで,

    アルミニウムが本来有する性質を明瞭に示すことができたも

    のと思っている。高純度アルミニウムは加工でひずみが増え

    てくると回復や再結晶の復旧過程も大きくなり加工硬化に限

    界があること,2 N以上の純度になれば組織や強度特性が純

    度にきわめて敏感になることである。また,巨大ひずみ加工

    は新たな組織制御技術になりうることができることも示した。

    サブミクロンレベルの超微細粒組織を合金種によらずに作り

    出すこと,したがって強度や延性などの力学特性の向上をも

    たらすこと,さらには時効処理を施すことで,通常の加工熱

    図 18 HPT加工で作製した純アルミニウム(4 N–Al)とカーボンナノチューブ(CNT)複合試料のビッカース硬さと相当ひずみの関係。比較のために4 N–Al粉末のみや 4 N–Alバルク材を HPT加工したときの結果も合せてプロット。

    図 19 HPT加工後の CNT複合材および 4 N–Al粉末材の透過電子顕微鏡組織。

    図 17 7075時効硬化型合金を HPTで 3回転加工後にピーク硬度まで 30時間時効処理したときの透過電子顕微鏡組織。明視野像(左),暗視野像と(中)直径 80 m m(右)領域より撮影した制限視野回折パターン。

  • J. JILM 60(2010.3) 141

    処理技術では難しかった結晶粒微細化効果と析出硬化を同時

    に実現でき,はるかに高い硬さを達成できることである。ま

    た,新たな複合化技術としても捉えることができる。特に加

    熱なしでも室温で充填率の高い複合化が可能であり,焼結に

    際してこれまで問題となった不用意な反応を避けて複合化す

    ることができる。その他,紙面の関係で割愛したが,過飽和

    固溶体も作り出すことが可能となり,固溶強化と結晶粒微細

    化強化の複合強化や,さらに時効処理して析出強化も狙うこ

    とが原理的に可能となる。

    高圧下でしかも巨大なひずみ加工ということで,この手の

    研究は実用レベルには程遠いものとしてとらえられがちであ

    る。しかし,従来の加工熱処理技術では現在のところ材料特

    性向上がかなり限界に近いところまで来ていることを考える

    と,新たに挑戦していかなければならない開発技術と考える。

    既存の生産技術に組込める新たな高圧巨大ひずみプロセスの

    開発も今後は重要課題であると考える。本解説が,巨大ひず

    み加工の研究開発のみならず軽金属材料研究開発の活性化に

    繋がることを切に願う。(著者らの HPT装置や HPS装置の実

    際については,2009年 7月の軽金属「九州支部特集」で紹介

    した。一覧いただけれは幸いである 36)。)

    謝 辞

    本稿には,九州大学大学院生の原井陽介,伊藤優樹,岡崎

    弘伸君の修論研究より一部未発表データを使用した。本研究

    成果は,軽金属奨学会「統合的先端研究:巨大ひずみ超微細

    粒アルミニウム合金の時効析出強化技術の開発」,九州大学

    教育研究プログラム・研究拠点形成プロジェクト(P&P)「巨大ひずみによる新機能材料創出」,文部科学省科学研究費特

    定領域研究「巨大ひずみが開拓する高密度格子欠陥」の一環

    とて得られたものである。ここに記して謝意を表する。

    参 考 文 献

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    図 20 CNT複合材を室温で 3.3�10�3 s�1の初期ひずみ速度で引張変形したときの応力 –ひずみ曲線。比較のために,純アルミニウム(4 N–Al)粉末の HPT加工材の結果も含む。