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血管新生 浸潤 細胞増殖 転移 ATP (アデノシン三リン酸) EGF (増殖因子) アポトーシス抵抗性 EGFR (上皮増殖因子受容体) 細胞膜 EGFR-TKI 受容体型チロシンキナーゼ シグナル伝達を抑制する チロシンキナーゼの 自己リン酸化をEGFR-TKI が阻害 図1 EGFR チロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)の作用機序 日本ケミファ㈱発行[PHARMACY DIGEST2016Oncology特別号 18 Pharamacy Digest的わかりやすいがん治療 ഏがんの߅がん薬 8 ഏがん内服ඪత療薬ͷ ػংͳͲ 1)ഏΜͷ療ઓ 前回示したように、非小細胞肺がんの治療戦略は扁 平上皮がんと非扁平上皮がんで大きく分けられます。 2000年以前の非小細胞肺がんの治療戦略はシスプラ チンベースの治療が中心でしたが、近年では、遺伝子 変異のタイプによって治療戦略が異なることから、治 療前に遺伝子情報を得ることが重要となっています。 肺がん分子標的治療薬の中心的役割はチロシンキナー ゼ阻害薬です。 細胞の増殖は、増殖を促すシグナルが細胞外から細 胞内の核へ伝達されることで起こります。細胞膜上で 増殖因子の受け皿となるのが受容体であり、その多く がチロシンキナーゼ活性を持っています。この部位に 異常があると、増殖因子の結合とは無関係に受容体が 活性化され、増殖シグナルを下流へと伝達します。こ のことががん細胞の増殖や転移につながると言われて います。 )ഏΜඪత療ༀͷػ1) EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(ゲフィチニブ、エル ロチニブ、アファチニブ) 非小細胞肺がんや大腸がんなどでは、細胞膜上に上 皮増殖因子受容体(epidermal growth factor receptorEGFR)が過剰発現しています。EGFRチロシンキ ナーゼ阻害薬は、EGFRのチロシンキナーゼの自己リ ン酸化を強力かつ選択的に阻害して、がん細胞増殖を もたらすシグナル伝達を抑制します。これにより細胞 増殖因子の産生阻害などを引き起こし、がんの増殖を 抑制します(図1)。 ALK阻害薬(クリゾチニブ、アレクチニブ) 非小細胞肺がん患者の約5%にみられるALKana- plastic lymphoma kinase)融合遺伝子を阻害する薬 剤です。ALK阻害薬はキナーゼ活性を選択的に阻害す ATP競合性のチロシンキナーゼ阻害薬です。ALK合蛋白は二量体化することで恒常的に活性化し、下流 にある多数のシグナル伝達因子を活性化させて細胞周 期、増殖および生存を促進します。このALKを阻害す ることでこれらの因子の活性化を抑え、腫瘍細胞の増 殖や血管新生を抑制して抗腫瘍効果を示します(図2)。 3)ഏΜඪత療ༀͷҧʢ表1EGFRチロシンキナーゼ阻害薬は1日1回、ALK害薬は1日2回の服用です。アレクチニブは1回300 ㎎ですが、本邦では珍しくボトル調剤となり、40カプセルを7つ、20㎎カプセルを1つ服用しなけれ ばならず、薬局薬剤師の十分な指導が必要な薬剤です。 また、内服分子標的治療薬は食事が体内動態に影響を 及ぼすものがあるため(表1参照)、服薬指導では患 者さんの生活リズムに合った服用時間をつくることが 大切です。 ഏがん内服ඪత療薬ͷ෭༻ର1)ഏԌ 添付文書上では、ゲフィチニブで10%未満、エル ロチニブで4.4%、アファチニブで3.1%発症すると されています。クリゾチニブでは2.1%、アレクチニ ブでは1.7%です。主な症状は「息切れ(呼吸困難)」、 「痰の絡まない咳(空咳)」、「発熱」などで、風邪の初 期症状に似ています。ゲフィチニブによる間質性肺炎 は、国内臨床試験結果により、リスク因子として「喫 煙歴あり」、「男性」、「既存の特発性肺線維症」、「全身 状態不良」などが挙げられ注意が必要です。発症は治 療数日後から4週間以内の発現率が高いですが、数カ

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血管新生浸潤

細胞増殖転移

ATP(アデノシン三リン酸)

  EGF(増殖因子)

アポトーシス抵抗性

EGFR(上皮増殖因子受容体)細胞膜

EGFR-TKI受容体型チロシンキナーゼ

シグナル伝達を抑制するチロシンキナーゼの自己リン酸化をEGFR-TKIが阻害

図1  EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)の作用機序

▶▶▶日本ケミファ㈱発行[PHARMACY DIGEST]2016年 Oncology特別号18

Pharamacy Digest的わかりやすいがん治療

肺がんの内服抗がん薬第8回

肺がん内服分子標的治療薬の作用機序など1)肺がんの治療戦略 前回示したように、非小細胞肺がんの治療戦略は扁平上皮がんと非扁平上皮がんで大きく分けられます。2000年以前の非小細胞肺がんの治療戦略はシスプラチンベースの治療が中心でしたが、近年では、遺伝子変異のタイプによって治療戦略が異なることから、治療前に遺伝子情報を得ることが重要となっています。肺がん分子標的治療薬の中心的役割はチロシンキナーゼ阻害薬です。 細胞の増殖は、増殖を促すシグナルが細胞外から細胞内の核へ伝達されることで起こります。細胞膜上で増殖因子の受け皿となるのが受容体であり、その多くがチロシンキナーゼ活性を持っています。この部位に異常があると、増殖因子の結合とは無関係に受容体が活性化され、増殖シグナルを下流へと伝達します。このことががん細胞の増殖や転移につながると言われています。

2)肺がん内服分子標的治療薬の作用機序1)

● EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(ゲフィチニブ、エル

ロチニブ、アファチニブ)

 非小細胞肺がんや大腸がんなどでは、細胞膜上に上皮増殖因子受容体(epidermal growth factor receptor:EGFR)が過剰発現しています。EGFRチロシンキナーゼ阻害薬は、EGFRのチロシンキナーゼの自己リン酸化を強力かつ選択的に阻害して、がん細胞増殖をもたらすシグナル伝達を抑制します。これにより細胞

増殖因子の産生阻害などを引き起こし、がんの増殖を抑制します(図1)。●ALK阻害薬(クリゾチニブ、アレクチニブ)

 非小細胞肺がん患者の約5%にみられるALK(ana-plastic lymphoma kinase)融合遺伝子を阻害する薬剤です。ALK阻害薬はキナーゼ活性を選択的に阻害するATP競合性のチロシンキナーゼ阻害薬です。ALK融合蛋白は二量体化することで恒常的に活性化し、下流にある多数のシグナル伝達因子を活性化させて細胞周期、増殖および生存を促進します。このALKを阻害することでこれらの因子の活性化を抑え、腫瘍細胞の増殖や血管新生を抑制して抗腫瘍効果を示します(図2)。

3)肺がん内服分子標的治療薬の違い(表1) EGFRチロシンキナーゼ阻害薬は1日1回、ALK阻害薬は1日2回の服用です。アレクチニブは1回300㎎ですが、本邦では珍しくボトル調剤となり、40㎎カプセルを7つ、20㎎カプセルを1つ服用しなければならず、薬局薬剤師の十分な指導が必要な薬剤です。また、内服分子標的治療薬は食事が体内動態に影響を及ぼすものがあるため(表1参照)、服薬指導では患者さんの生活リズムに合った服用時間をつくることが大切です。

肺がん内服分子標的治療薬の副作用対策1)間質性肺炎 添付文書上では、ゲフィチニブで10%未満、エルロチニブで4.4%、アファチニブで3.1%発症するとされています。クリゾチニブでは2.1%、アレクチニブでは1.7%です。主な症状は「息切れ(呼吸困難)」、「痰の絡まない咳(空咳)」、「発熱」などで、風邪の初期症状に似ています。ゲフィチニブによる間質性肺炎は、国内臨床試験結果により、リスク因子として「喫煙歴あり」、「男性」、「既存の特発性肺線維症」、「全身状態不良」などが挙げられ注意が必要です。発症は治療数日後から4週間以内の発現率が高いですが、数カ

表1 肺がん内服分子標的治療薬の違い

薬品名 適応 用法・用量 食事の影響 主な副作用ゲフィチニブ ① 1回250㎎1日1回 食事に関係なく 間質性肺炎、発疹、ざ瘡様皮疹、下痢エルロチニブ ②③ 1回150㎎1日1回 空腹時投与※ 間質性肺炎、発疹、ざ瘡様皮疹、下痢アファチニブ ① 1回40㎎ 1日1回 空腹時投与※※ 間質性肺炎、下痢、皮膚障害、口内炎クリゾチニブ ④ 1回250㎎1日2回 食事に関係なく 視覚障害、間質性肺炎、悪心・嘔吐、下痢、浮腫アレクチニブ ④ 1回300㎎1日2回 空腹時投与※ 間質性肺炎、肝機能障害、味覚異常、発疹① EGFR遺伝子変異陽性の手術不能または再発非小細胞肺がん、② 切除不能な再発・進行性で、がん化学療法施行後に増悪した非小細胞肺がん、③ EGFR遺伝子変異陽性の切除不能な再発・進行性で、がん化学療法未治療の非小細胞肺がん、④ ALK融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん※食前1時間以内と食後2時間以内は服用しない。※※食前1時間以内と食後3時間以内は服用しない

ATP(アデノシン三リン酸)二量体化したALK融合蛋白

ALK阻害薬

シグナル伝達を抑制する

腫瘍細胞増殖・生存 血管新生

ALKの活性化を阻害

図2 ALK阻害薬の作用機序

日本ケミファ㈱発行[PHARMACY DIGEST]2016年 Oncology特別号◀◀◀ 19

参考文献1) Herbst RS;Expert Opin Invest Drug 2002;11:837-849.2) NCCN guideline sntiemetics guideline 2015 ver.1.0 (http://www.nccn.org/

professionals/physician_gls/pdf/antiemesis.pdf).

月で発症することもあり、投与中は注意します。上記のような症状があった場合は早期の治療が必要となるため、医療機関を受診するよう伝えます。また、家族が症状に気づく場合もあるため、家族にも初期症状を伝えるようにします。

2)皮疹 皮疹は、ゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブ、アレクチニブで高頻度に発現する副作用で、多くのEGFRチロシンキナーゼ阻害薬で問題となります。軽度では、赤い斑点やにきびのような発疹が頭や顔、胸部から腹部、足などに出ます。中程度になるとかゆみや痛みを伴う皮疹となります。医師から処方される保湿クリームを発症前から定期的に使用することが重要であることを伝えます。また服用中は肌のバリア機能が衰えているため、直射日光に対して敏感になり、皮膚症状が起きやすくなります。屋外では日焼け止めを塗り、帽子やサングラスをして日焼けを防止する、また入浴時やヒゲを剃るときなど肌に刺激を与えないなど、生活上のアドバイスをします。

3)下痢  アファチニブ、エルロチニブ、クリゾチニブに多く見られる副作用です。下痢は便とともに電解質も失われていくため、スポーツドリンクを摂取するなど、脱水症状予防の指導を行う必要があります。

4)悪心 (クリゾチニブ) 米国NCCNの経口抗がん薬の予防的制吐療法ガイドラインでは、高度/中程度の内服抗がん薬には予防的に連日、経口5-HT3受容体拮抗薬±必要に応じてロラゼパム0.5~2.0㎎、H2ブロッカーまたはPPIを、また軽度/最小度の内服抗がん薬には必要に応じて、メ

トクロプラミド、プロカルバジン、ハロペリドールまたは予防的制吐療法の薬剤と記載されています。クリゾチニブは、インタビューフォームによるとGrade1の悪心が47.8%あり、NCCNガイドラインでも高度/中程度に分類されているため、予防的内服薬が必要です。他の4剤は軽度/最小度に分類されているため予防的制吐療法は必要なく、必要に応じてメトクロプラミドやプロカルバジンなどを服用します2)。

5)視覚障害 視覚障害はクリゾチニブに特異的に見られる副作用で、添付文書には61.1%と記載されています。ものが二重に見えたり、霧がかかったようにかすんで見えたり、視覚が一部欠けて見えるほか、急な眩しさ、光を感じたり、目の前に浮遊物があるように見えたりと、さまざまな視覚障害があります。こういった症状も起こることを事前に話すことは大事であり、上記の症状が現れた場合は医療機関に連絡するように伝えます。

おわりに 内服抗がん薬は、効果もあまりなく副作用も少ないと考えている患者は少なくありません。近年、肺がん領域では分子標的治療薬(EGFRチロシンキナーゼ阻害薬)が多く、保険薬局で投薬される機会が増えています。服用方法や服用回数など正しい服薬指導を行わなければ、十分な効果が得られません。また治療継続には副作用マネジメントも重要な要素となるため、保険薬局薬剤師が十分な服薬指導とマネジメントを行うことを期待しています。