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50  JANUARY 2016

た上で,利用される映像教材の特徴をまとめ,実際に学校や家庭でどんな風に利用されているかをみていきながら,今後の映像教材の方向性を探っていく。

1. 家庭に学校に広がる  タブレット端末利用

(1)家庭でのタブレット端末・       スマートフォンの利用状況

タブレット端末やスマートフォンの利用が広がってきている。総務省の『情報通信白書』によるとスマートフォンの利用者は全年代で52.1%,タブレットは20.2%となっている1)。

はじめに

タブレット端末やスマートフォンの普及が進み,学校の授業や家庭の学習で利用されることが増えてきている。インターネット環境の充実により,特に映像教材を利用して学習することが容易になってきており,対応するコンテンツも次 と々開発されてきている。

授業時間に子どもたちが個々のタブレット端末で必要に応じて映像を選択して,それぞれ異なる映像を見て学習したり,移動中や家庭で手軽に映像を見たりできるようになることで,学習の仕方も映像の作り方も変わってきている。

本稿では,タブレット端末の利用状況を示し

タブレット端末やスマートフォンの普及により,授業や家庭での学習で,映像を利用して学ぶ機会が増えてきている。2014 年度の「NHK小学校教師のメディア利用と意識に関する調査」では,タブレット端末を授業に利用できる環境にあった教師は24%であるが,「今後授業で利用したいメディア」としてタブレット端末をあげた教師は68%と他のメディアよりも高かった。調査後の2015年度からタブレット端末の学校への導入を決めた自治体も多く,授業での活用が進み始めている。

また,これまで通信教育を提供してきた企業に加え,新規の企業が次 と々,小中高校生が家庭でタブレット端末を利用して学習するサービスを始めている。こうしたサービスの中心になっているのが,紙の時代には実現できなかった映像教材である。

映像教材の利用は長い歴史があるが,これまでと異なるのは,「多様化」と「個別化」が進んだことである。教室で全員に映像を提示する授業や,個人で定められた映像をもとに学習するだけでなく,授業でタブレット端末を利用して,複数の映像教材から興味・関心に沿って映像教材を選択したり,学習者個別の進度にあわせて適切な映像教材を見たりできるようになってきている。

こうした時代に,どんな映像教材が必要とされているのか,学習効果が上がっているものにはどんな特徴があるのか。主として小中学生の子どもたちのタブレット端末利用の事例をもとに,最新の教育メディアの研究成果や,全国の学校などでの事例を交えながら,タブレット端末時代の映像教材のあり方について論考する。

タブレット端末の映像教材で学ぶ子どもたちの現状

メディア研究部 宇治橋祐之  

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タブレット端末やスマートフォンを,家庭でインターネットを利用する機器として利用する人も増えている。NHK放送文化研究所の全国7歳以上の男女を対象にした「2015年6月全国放送サービス接触動向調査」2)では,付帯質問でインターネット利用機器について尋ねている。2014年11月調査までは「パソコン」が最も多かったが,2015年6月調査で初めて「スマートフォン」(37.0%)と「パソコン」(35.2%)が同程度となった。そして次に多かったのは「タブレット端末」(10.4%)である。

さらに年層別にみてみると7 ~ 12歳では,スマートフォン(26%),タブレット端末(18%),パソコン(16%)の順,13~19歳でみるとスマートフォン(67%),パソコン(41%),タブレット端末(16%)の順に多かった。なお7 ~ 12歳の

「タブレット端末」利用は2014年度(9%)より増加している。

同じ調査で付帯質問として,YouTubeやニコニコ動画といった動画サイト利用についても尋ねている。動画サイト利用者は全体では43.3%で,前年,前々年より増加。若年層をみてみると,7 ~ 12歳男女45%,13 ~ 19歳男性85%,13 ~ 19歳女性87%となっている。

インターネットをスマートフォンやタブレット端末で利用し,そこで映像を見ることが,中学生や高校生を中心に,子どもたちの間に広がってきている様子がうかがえる。

(2)学校でのタブレット端末の利用状況

学校でのタブレット端末の利用も少しずつ広がってきている。

文部科学省では教育の情報化を進めているが,特に2010(平成22)年8月に骨子を公表した「教育の情報化ビジョン」3)以後,学習

者用情報端末の導入を進めている。総務省の「フューチャースクール推進事業」と連携した

「学びのイノベーション事業」では全国20の学校(小学校10,中学校8,特別支援学校 2)で,1人1台の学習者用情報端末を利用した実践研究が行われた4)。

こうした動きは文部科学省だけのものではない。政府としても「情報通信技術を活用した新たな学びの推進」という方針を打ち出しており,2015(平成27)年6月30日に閣議決定された「世界最先端IT国家創造宣言」では,教育環境として「学校の高速ブロードバンド接続,1人1台の情報端末配備,電子黒板や無線 LAN環境の整備,デジタル教科書・教材の活用など,初等教育段階から教育環境自体のIT化を進め,児童生徒等の学力の向上と情報の利活用力の向上を図る」としている。

ここでいう1人1台の情報端末はタブレット端末とほぼ同義と考えられるが,現時点ではその種類はいろいろである。画面サイズは新書サイズの7インチから,B5からA4サイズ弱の10~ 12インチなどがある。キーボードはなく画面で入力するだけのものもあるが,ディスプレー部分を回転させたり,水平にスライドさせたりすると,キーボード部が現れて,通常のパソコンと同じように利用できるコンバーチブル型と呼ばれるものや,画面とキーボードが分離可能なものもある(タブレットPCともいう)。本稿では,画面をタッチしたり,ペンで入力したりし,持ち歩きができる大きさのものはキーボードの有無を問わずタブレット端末としている。

さて,こうしたタブレット端末は学校でどの程度利用されているのであろうか。文部科学省の「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」5)によると,2015年3月1日現在,

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全国の公立小中高,中等教育学校,特別支援学校のタブレット端末の配備台数は15万6,018台。前年の7万2,678台から倍増している。ただしこれは,全国3万4,458校の合計値である。

また,NHK放送文化研究所の小学校教師を対象にしたメディア利用に関する調査では,授業で「タブレット端末を利用できる環境にある」とした教師は,2013年度は12%であったが 6),2014年度には24%であった 7)。表1に示したように,9割近くの教師が利用できるとしたデジタルカメラやパソコンなどほかのメディアと比較するとまだ広がっているとはいえないが,メディア機器としては価格が安いことや操作が容易であることなどもあり,導入が進んでいる。

また,学校にタブレット端末を導入する場合,複数の台数を購入することが多いのも特徴的である。同じ2014年度の調査で「授業で児童にタブレット端末を利用させている教師」は6%にとどまったが,「児童が利用できる端末」の平均台数は13.3台であった。40人の学級だとしても3人で1台を利用できることになる。また,利用している教科は国語,算数,理科,社会のほかに,体育や総合的な学習の時間など多岐にわたっていることも明らかになった。後述するように,タブレット端末を先進的に導入している学級では,教師が教材提示に利用するだけでなく,グループで1台あるいは1人1台の端末を,さまざまな教科の授業で多様に使っている様子がみられる。

タブレット端末がほかのメディア機器と比べて特徴的なのは,現時点で利用できる小学校教師の数は少ないが,授業で利用したいという教師が多いことである(表2)。

2014年度の小学校教師を対象にした調査で,タブレット端末を今後の授業で利用したいとした教師は全体で68%,2013年度の54%から増加している。年代でみると,20代,30代で7割を超え,他の新規メディアと比べて特に若い世代の利用意向が高いことがわかる。

表 1 小学校教師が授業で利用できる 環境にあるメディア(2014年度)

表 2 小学校教師が今後授業で利用したいメディア(2014年度)

デジタルカメラ・デジタルビデオカメラ 89

パソコン 88 インターネット 84 実物投影機 80 テレビ受像機 76 録画再生機 73 プロジェクター 73 電子黒板 48 タブレット端末 24

(%)

(%)

(n=2,795)

教師全体(2,387)

男女別 年代別男性

(n=947)女性

(n=1,430)20 代

(n=415)30 代

(n=530)40 代

(n=706)50 代

(n=700)電子黒板 68 64 70 69 67 67 68タブレット端末 68 75 63 74 74 68 60

指導者用のデジタル教科書 59 56 60 54 60 63 56学習者用のデジタル教科書 45 48 44 49 45 46 43協働学習で利用できるソフトウェアやツール 27 33 22 26 32 29 22

教師が教材などについて意見交換できるウェブサイトや SNS 25 28 23 27 24 26 23

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これは教師自身も日常的にスマートフォンやタブレット端末を利用していて操作に慣れ親しんでいるためや,さまざまな設定が必要なコンピューターに比べ手軽なイメージがあるためと考えられる。

家庭に学校にタブレット端末は広がりつつあり,そこで映像を見る環境も整ってきている。

2. 「多様化」「個別化」が進む映像教材

(1)タブレット端末で利用される映像

タブレット端末は学校でどのように利用されているのであろうか。文部科学省では『学びのイノベーション事業 実証研究報告書(概要)』で,「ICTを活用した指導方法」として,「一斉学習」「個別学習」「協働学習」の3つの学習形

態を示し,計10場面での実践事例を類型化している(図1)。

このうち,映像の活用に関わるのは,例えば,「A1 教員による教材の提示」での動画の提示や,「B1 個に応じる学習」「B2 調査活動」「B3 思考を深める学習」「B5 家庭学習」などで,デジタル教材としての動画を見たり,教師や自分たちが作成した自作教材を見たりすることである。

学びのイノベーション事業の実証校では,「学習者用のデジタル教科書」8)として,動画やシミュレーション教材などを1人1台の情報端末で利用することもできた。同報告書には数多くの実践事例が紹介されているが,その中からタブレット端末の動画活用で効果があったと報告されているものをいくつかあげてみる。

図 1 ICT を活用した指導方法

『学びのイノベーション事業 実証研究報告書(概要)』

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授業でのタブレット端末の動画利用にはいくつかの傾向がみられる。まずは,教室内で見ることができなかったり,静止画だけではわかりにくかったりする事象を,子どもたちが個別に確認する利用法である。「理科」「社会科」「国語(古文)」,そして「図画工作・美術」における鑑賞などである。もともと授業での映像利用はこうした教科で多かったが,1人1人がタブレット端末で動画を見られることで,学習効果が高まると考えられる。

また,子どもたちが実際に身体を使って何かをする際の確認用としての動画利用もさまざまな教科でみられる。「理科」の実験,「外国語活動」の発音練習,「音楽」の楽器の練習,「家庭科」の調理手順,「体育」の器械運動などである。こうした動画には見本となる既製のものと,タブレット端末の撮影機能を使って教師や子どもたちが自作するものとがあるが,いずれにせよ1人1人のペースにあわせて,動画を繰り返し再生したり,途中で静止したりすることで,技能の定着に役立つと考えられる。

これまでの放送番組やDVD教材,パソコン教材などの動画教材は,全体の情報量の制約などがあり,1つの単元に対応する1つの動画だけが用意されていることが多かったが,自作動画も含め多様な動画が用意され,学習者が個別に自分のペースで見られる動画がタブレット端末で利用されているといえる。

(2)NHK─for─School の番組とクリップ

では,全国各地の学校で利用されているNHKの学校放送番組や関連する映像教材

(NHK for School)はこうした動きの中,どのように制作されているのであろうか。

NHK学校放送番組は,2001年からインターネットで番組と関連する動画クリップのストリーミングでの公開を行っている。

動画クリップとは資料映像を1~3分に編集した,いわば映像の百科事典である。例えば,2001年から放送と動画クリップの公開を始めた総合的な学習の時間向け番組『おこめ』の場合,国内外の稲作作業の様子などの社会科に関係する映像,発芽の様子や田んぼの生き物などの理科に関係する映像,米の調理法など家庭科に関係する映像など,約200の動画ク

(国語)・古典の学習において学習内容に関連した

動画を児童がタブレット PC 上で繰り返し視聴する。

(理科)・児童が実験器具の操作手順についての動

画資料を各自のタブレット PC で確認した後,実験する。

・児童がタブレット PC のカメラを活用して植物の成長の様子を撮影し,デジタルノートに観察記録を作成する。

(外国語活動)・児童が学習者用デジタル教科書・教材を

活用して各自で発音練習を行う。(音楽)・合奏の個人練習の際,各パートの音源を

保存したタブレット PC を児童が確認しながら各自で楽器の練習をする。

(図画工作)・グループごとに児童がタブレット PC で

撮影した画像を用いて電子紙芝居(アニメーション)を作成する。

・絵や立体,工作等の作品の画像や動画を児童がタブレット PC で鑑賞する。

(家庭科)・調理や制作の手順に関し,動画や画像を

電子黒板や児童用タブレット PC に提示し,児童が確認する。

(体育)・器械運動の様子をタブレット PC を使っ

て児童が互いに撮影し,自身の動きの改善点を確認する。

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リップを,15分×20本の番組とあわせてウェブサイトから見られるようにした 9)。個々のクリップ映像は番組と関連づけられているが,その番組だけでなく,ほかの番組や学習内容からも参照できるように,汎用性を持たせて制作されている。

それまでの学校放送番組は,原則15分の番組を年間20 ~ 35本のシリーズとして構成して,基本的には学級全体で同時に視聴して学習することを前提として制作してきた。しかし,番組とあわせて,インターネットで動画クリップを提供できるようになったことで,番組は問題を投げかけるオープンエンドの形式で制作して,その問題を考えるのに役立つ事例をクリップとして公開することもできるようになった。また,番組で扱った用語や概念など基礎的な内容についてのクリップや,関連する情報のクリップ,番組では取り上げなかった発展的な内容のク

リップなど,さまざまなレベルのクリップも提供できるようになった(図2)。

こうした形で動画を提供するようになった背景には,知識は教師から子どもたちに一方向に伝達されるものではなく,子どもたちがある対象について,それぞれ異なる理解を組み立てるような形で構成していくものだという学習観もある。複数の動画からそれぞれの学習者の状況や必要に応じて選択していくことで,知識が構築されることをねらっているのである。

(3)『未来広告ジャパン』───────(5 年生社会科)の番組とクリップ

具体的な番組とクリップの関係をみていこう。2015年度から放送が始まった小学校5年生向け社会科番組『未来広告ジャパン』は,番組とクリップを計画的に制作している番組である。その典型的な回である「日本の食料自給率は低いままでよいか」(9/9放送)を見てみる。

10分の番組では「現在の食料自給率は39%であること」「食生活の変化や輸送技術の進歩により輸入が拡大したこと」「海外での災害や異常気象などの際に食料輸入が難しい場合もあること」などの現状を示した上で,「農産物直売所などの地産地消の試み」と「植物工場の試み」が始まっていることを取り上げている。しかし,番組では結論を出さず,「日本の食料自給率は低いままでよいか」と子どもたちにあらためて投げかけるオープンエンド形式になっている。

図 2 番組とクリップの関係図

『未来広告ジャパン』(小学 5 年社会科)http://www.nhk.or.jp/syakai/mirai/

番組(第1回)

番組(第1回)

基本情報クリップ

基本情報クリップ

基本情報クリップ

関連クリップ

関連クリップ

関連クリップ

発展クリップ

発展クリップ

発展クリップ

番組(第 2 回)

番組(第 2 回)

番組(第 3 回)

番組(第 3 回)

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番組とあわせて提供されているクリップのタイトルは以下のとおりである。計13本で,トータルの時間数は34分52 秒になる。

クリップの内容はいくつかの種類に分類することができる。用語や概念を詳しく説明する1や2のクリップ,そして輸入の現状を伝える3や4のクリップは全体像の理解につながる基礎的なものである。続く5 ~ 7は食料を輸入に頼ることと,そのことによる問題点を取り上げたものである。番組でも扱っている内容である

が,より端的に問題点を指摘している。8 ~ 11は食料自給率アップのためのさまざまな取り組みの紹介である。番組で取り上げた農産物直売所や植物工場だけでなく,ほかの事例も扱っていて,さらに学習を深められるようになっている。12 ~ 13は自給率アップとも関連するが,日本食を輸出するという,番組では扱っていない視点である。

問題提起となる番組は学級全体で見ることを想定しているが,13本のクリップは,教師や子どもたちが選択的に見ることを想定している。特にタブレット端末がグループに1台,あるいは個人に1台ある場合には,教師がグループごとに見るべきクリップを指示したり,子どもたちが個別に必要と思うクリップを視聴したりすることが考えられ,実際にそうした授業も行われている。

NHK for Schoolでは現在,理科,社会科を中心に,『未来広告ジャパン』以外の番組シリーズでも10 ~ 15分の番組1本に対して10 ~20あまりの動画クリップが提供されている。動画クリップは合計5,000本以上公開されており,番組に紐づいた関連クリップとして示されるだけでなく,キーワードや学習指導要領をもとに検索して,個別に視聴することもできる。

放送番組だけの時代からインターネットの時代になり,動画の「多様化」と「個別化」が進んでいる。

3. 授業で広がるグループや個人での        タブレット端末利用

(1)NHK─for─School の       ─タブレット端末での活用

では,実際にNHK for Schoolの番組や動画クリップを利用してどんな授業が行われている

第 9 回「日本の食料自給率は低いままでよいか」関連動画クリップ

http://www.nhk.or.jp/syakai/mirai/shiryou/2015_009_04_shiryou.html

1. 日本の食料自給率(3 分 3 秒)2. フード・マイレージ (2 分 33 秒)3. 外国産の安い食料(2 分 16 秒)4. 輸入がささえる豊かな食生活(2 分 24 秒)5. 食料を輸入にたよることの問題(1 分)6. 食料の輸入増加と日本の農業・漁業

(2 分 26 秒)7. 大量の輸入と食べ残し(2 分 10 秒)8. 農産物直売所~地産地消の取り組み~

(3 分 13 秒)9. 工場で育てる野菜(1 分 49 秒)

10. 野菜くずをえさにする(3 分 4 秒) 11. フード・アクション・ニッポン

~食料自給率アップ作戦~(5 分 9 秒)12. 外国での和食ブーム(1 分 55 秒)13. 世界に売りこむ日本の食(3 分 50 秒)

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のだろうか。放送番組や視聴覚教材を授業で利用してきた教師の間で進められている,タブレット端末での動画利用の実践をみてみる。

2015年8月4日(火)~ 5日(水)に国立オリンピック記念青少年総合センター(東京都渋谷区)で開催された,第19回視聴覚教育総合全国大会兼第66回放送教育研究会全国大会では,タブレット端末で映像を利用した実践の発表が相次いだ。特にテーマ「タブレット端末を活用した『わかる・できる』授業」では,3つの典型的な事例の発表があった。

1つめは浜松市立三ヶ日西小学校の菊地寛教諭の6年生理科「食べ物のゆくえ(消化)」の授業である。グループで1台のタブレット端末を活用した。授業はまず小学校6年生向け理科番組『ふしぎがいっぱい(6年)』の「食べると…」

(10分)の回をクラス全員で視聴することから始まる。

番組視聴後,グループごとに学習課題を持ち,何を追求するかの計画を立てる。その上で,例えばヨウ素デンプン反応の実験などを行い,消化についての理解を深めていく。この場面でタブレット端末が活用される。子どもたちは,実験内容にあわせて必要な動画をタブレット端末で選択視聴する。さらにこの学校には無線LAN環境があるので,教室だけでなく理科室でも動画の視聴は可能である。そこで実験をする傍らにタブレット端末を置いて,動画で手順などを確認したという。菊地教諭によると,グループごとに動画クリップの再生と一時停止を繰り返して,「消化」とは何かを話し合う様子も見られたという。

2つめは石川県金沢市立十一屋小学校の福田晃教諭の授業である。6年生社会科「武士の世の中」の調べ学習で,1人1台のタブレッ

ト端末を利用した授業を行った。授業のねらいは「源頼朝及び源義経の活躍を取り上げ,平氏と戦った源氏が勝利をおさめたことを理解する」ことである。

授業を行うにあたり,福田教諭は子どもたちに具体的なイメージを持たせるために,タブレット端末でNHK for Schoolの動画クリップ「平氏と源氏」(2分14秒),「源氏と平氏の戦い」(2分32 秒),「平氏の滅亡」(2分),「頼朝の約束」

(2分1秒)の4本を見られるようにした。児童には調べた内容をノートに整理して記述することを指示し,教科書,資料集とあわせて,動画教材をもとに調べ学習が行われた。福田教諭によると,動画クリップの視聴により具体的なイメージを持てたことで,子どもたちのノートの記述量が増えたと考えられるという。

3つめは東京都北区立豊川小学校の岡田江奈実教諭の3年生体育のタブレット端末を活用した授業である。持ち運びが可能なタブレット端末は校庭や体育館,プールなどの体育の授業でも活用が始まっている。

授業ではまず,ばた足で泳ぐ子どもたちの足の動きを,教師が防水ケースに入れたタブレット端末で撮影した。次の時間は教室で行い,小学校3~6年向け体育番組『はりきり体育ノ介』の「け伸び・ばた足・かえる足に挑戦だ!」を全員で視聴する。その後にタブレット端末をグループに1台配布し,動画クリップの「できるポイント」と,教師が撮影した各自の泳ぎの動画を比較しながら視聴する。その振り返りをもとに,再びプールでばた足の練習を行った。岡田教諭は,動画クリップで泳ぎのイメージを獲得し,そのことで練習する際の目当てが明確になったことで,子どもたちの泳距離が伸びたり,泳げなかった子が泳げるようになったりしたの

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ではないかとしている。菊地教諭の授業はグループ1台のタブレット

端末で,番組の全体視聴と動画クリップの選択視聴の2 段階で構成されている。福田教諭の授業は1人1台のタブレット環境があることもあり,個人で動画クリップを選択視聴することが中心となっている。また,岡田教諭の授業は番組と動画クリップだけでなく,自分たちの泳ぎの動画と比較したところが特徴的である。

教科の内容や授業でのねらい,タブレット端末の台数などの環境で,授業の内容は異なるが,複数の動画の中から必要に応じて選択をして,それを「全体で見る」「グループで見る」「個人で見る」などさまざまな見方を組み合わせた授業が全国で少しずつ行われ始めている。

(2)タブレット端末での動画活用の広がり

54頁の「学びのイノベーション事業」の実践事例で紹介したように,授業で多様な動画の活用が始まっている。さらに1人1台のタブレット端末環境になった場合に期待されているのは,図1の「B5 家庭学習」で示した「情報端末の持ち帰りによる家庭学習」である。

特に最近は反転授業(Flipped Classroom)と呼ばれる学習形態に注目が集まっている。反転授業は一般に「説明型の講義など基本的な学習を宿題として授業前に行い,個別指導やプロジェクト学習など知識の定着や応用力の育成に必要な学習を授業中に行う教育方法」とされている10)。授業前に視聴する動画は,教師が自作する場合や,既存の教育用の動画を利用する場合がある。

反転授業が小学校での実証研究として初めて行われたのは,宮城県黒川郡富谷町立東向陽台小学校の佐藤靖泰教諭と東北学院大学の

稲垣忠准教授によるもの11)で,2012年度から始まり今も行われている。6年生の算数,比例と反比例の単元を対象とした1クラスのみでのトライアルである。教科書の例題に相当する部分を,指導者用のデジタル教科書を使って佐藤教諭が説明する5分程度のビデオを作成,子どもたちは映像の入ったタブレット端末を自宅に持ち帰って視聴して,その内容をノートにまとめた後に授業を受ける。

稲垣准教授によると,実証授業の結果,「反転授業の導入により,学校での授業展開に余裕が生まれ,児童が話し合い,理解を深める時間を確保しやすくなる」「家庭では平均3回程度ビデオを視聴している。ビデオ視聴を授業の前提にすることで,すべての児童が事前に視聴できた」「事前・事後の単元テストを実施した結果,下位群が0名となり,評価テストの期待平均点を上回った」という3点が明らかになったという。

より大規模に反転授業を実施しているのが佐賀県の武雄市である。武雄市では2014年4月に市内の全小学生にタブレット端末を配布,スマイル学習(武雄式反転学習)を2014年5月から開始した。対象は市内全11校の小学校3年生以上の算数と4年生以上の理科で,動画は,各校の教員が原案を作り,作成は民間の教育業者が行った(2015年度からは中学校全学年の理科と数学でも実施)。

2015年9月に出された「検証報告書要約版」によると,学校間で実施率に大きな差が生じたという。また,教員へのアンケートでは動画コンテンツは使いやすかったという肯定的な回答が多かった一方,こうした学習に不向きな単元もあるという指摘もあったという。なお,成績向上への寄与については明らかになっていな

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い。学校と家庭をつなぎ,タブレット端末で反転学習を行うという試みはまだ端緒についたばかりで,さらなる検証が必要と考えられる。

4. 家庭でのタブレット端末を利用した           学習の広がり

(1)無料の大規模公開オンライン講座

家庭で個人が自主的にタブレット端末を利用して行う学習も広がり始めている。その契機となっているものに,大規模公開オンライン講座と呼ばれる,MOOC(Massive Open Online Course) がある。2012年にアメリカで,

「Cousera」「Udacity」「edX」という 3 つのサービスがスタートしている。

Couseraは大学の講義をMOOCとして公開する教育ベンチャー企業である。2015年9月時点で,世界 120の大学や組織が1,000を超える大学レベルの MOOCを公開しており,受講者は1,300万人を超えている。また学習コースは多言語で提供されており, 日本からは東京大学が参加している。

edXは米国を中心とした大学連合がオンライン講座をMOOCとして公開するコンソーシアムである。2015年9月時点で世界70の大学や組織が500を超えるMOOCを公開している。日本からは京都大学,東京大学,大阪大学,東京工業大学,北海道大学が参加している。

そして日本でも一般社団法人日本オープンオンライン教育推進協議会(略称 JMOOC)が 2013年に設立され,2014年4月からNTTドコモとドコモgaccoが運営する「gacco」,ネットラーニング社が運営する「Open Learning」,放送大学が運営する「OUJ MOOC」の3つの配信プラットフォームでのサービスが行われている12)。

こうした講座がこれまでの教育サービスと異なるのは,基本的には無償で受講できること

(有償で認定証を発行するものもある),そして数週間程度で学べる「学習コース」として,段階的に学習を進められることである。例えば JMOOCでは,1週間を基本的な学習の単位とし,その週に見るべき10分程度の講義動画が5~10本公開される。受講者は動画を視聴し,確認のための小テストに答えていく。最後に課題が提示されるので,提出期限内に提出する。

「1か月コース」であれば,これを4週繰り返し,最後に出される総合課題を提出して完了。週ごとの課題と総合課題の全体評価が修了条件を満たせば修了証がもらえるという仕組みだ。ただしMOOCの受講は受講者の自主性に任されており,ウェブサイト上で受講登録をするだけで入学資格も必要ない。そのため受講の完了率は低く,概ね1割程度である。

MOOCは高等教育が中心だが,初等中等教育向けの無料の教育ウェブサービスの「Khan Academy(カーンアカデミー)」も広く世界で利用されている。

個人による映像制作が容易に可能となり,YouTubeなどを利用して手軽に動画を公開できる環境が整ったことで,こうした教育動画が広がりつつあるのである。

(2)民間教育企業などの動画サービス

日本でもウェブを使った教育サービスが生まれてきている。

教 育 系NPO法 人まにゃびーは, 無 料で大学受験勉強が可能なウェブ授業サービス

「manavee」を2010年に開設している。動画は日本全国の大学生や社会人が先生となり黒板などを使い講義するもの。動画1本の長さは長く

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ても15分程度で,現在,大学受験に関係する11科目で1万以上の授業動画を公開している。さらに講義ごとに設置した掲示板で講師や他の生徒への質問も可能で,受講者が確認テストを作って共有しほかの受講者が解くなど,受講者同士で交流できる機能も備えている。

こうした動きに対して,これまで紙ベースで通信教育を提供してきた民間教育企業や,学習塾,予備校事業者でも,タブレット端末で動画を利用するサービスが始まっている13)。「進研ゼミ」で知られるベネッセコーポレー

ションでは,2014年4月からタブレット端末向けサービス「チャレンジタッチ」を始めている。入会すると専用のタブレット端末が届き,子どもたちはタブレット端末の音声や動画の教材にペンでタッチしながら学習を進めていく。また,これまで郵送していた課題は,タブレット端末上で即時に採点し個別に答えの解説画面を提供しているという。タブレット端末だけでも学習は完結するが,現時点では記述力をみる問題などでは印刷物のテキストも併用しているそうだ。

Z会も2015年度から,添削のやりとりをオンライン化した「iPadスタイル」というサービスを開始した。大学受験生向けの「映像授業」を閲覧して手書きで解答した答案をiPadで撮影して提出し,添削された答案はiPad上に配信されるという仕組みだ。タブレット端末はiPadに限られるが,家庭にiPadがあればそのまま利用できることが特徴である。

通信教育以外の民間教育企業でもタブレット端末を利用した教育サービスに取り組むところが増えている。塾や予備校では近年,授業の様子を映像で撮影して,遠隔地などに配信する事業を強化しており,その延長線上にタブレット端末での動画活用が位置づけられているとい

える。タブレット端末を利用した学習コースを導入した学習塾・予備校としては,「栄光ゼミナール」「学研教室」などがある。

さらに,これまで教育コンテンツを制作してこなかった業種からの新規参入もみられる。

リクルートマーケティングパートナーズが展開する「受験サプリ」は,2012年からスマートフォンなどで見られる無料のコンテンツを公開するとともに,定額で講義動画見放題のサービスを始めている。講義はその教科の有名講師が行うもので,1講座は20分×3回で構成され,講義の後に確認テストで知識を定着するという仕組みだ。

こうしたタブレット端末で動画を利用したサービスは受講者がログインして映像を見るので,視聴履歴というビッグデータを活用できるのが大きな特徴だ。例えば,動画制作にあたっては,受講者の動画再生時間や,どこで脱落したかなどのデータをもとに作り方を変えることができる。また,個々の受講生に対しては,視聴履歴をもとに見るべき動画を推薦するなど学習のフォローアップも行える。それぞれのサービスはまだ始まったばかりで,データの蓄積が十分ではない部分もあるようだが,個人個人のニーズにあわせた学習サポートが行える可能性があり,今後の動きが注目される。

5. まとめ

学校が各教科で教える内容を定めた学習指導要領の改定作業が進んでいる。実際の施行は2018(平成30)年度以後になるが,その基本となる論点整理が2015(平成27)年8月26日に公開された。そこでは,「何を知っているか」にとどまらず,「何ができるようになるのか」を

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重視すること,知識から「資質・能力」へのシフトが強調されている。そして「深い学び」「対話的な学び」「主体的な学び」をもたらすためにアクティブ・ラーニングの導入が推奨されている。

タブレット端末で動画を活用した学習も,大きくはこの流れに沿った形で広がっていくと考えられる。学校では,同じ動画を一斉に視聴する授業とあわせて,グループや個人で動画を選択的に見る授業が進められ,家庭では,個人が主体的に学ぶのをサポートする教育コンテンツの利用が進むと考えられる。そしてこうした選択が有効に行われるためにビッグデータが活用されるようになるであろう。

教育現場で利用される動画の中には,すでにこうした動きにあわせたものが現れてきている。「多様化」と「個別化」はますます進むと考えられる。

ただその一方で,短い動画教材がたくさんあっても本当に自律的に選択できるのか,また,短い動画だけを見るのでは,一定の長さとストーリーを持つ映像を読み取る能力が身につかないのではないかという議論もある。タブレット端末があれば,時間と空間を越えて学習できる便利さがある一方,画面の大きさの制約や,動画の時間の制約が生まれるのではないかというのである。

1人1台のタブレット端末での動画活用については,今後もさまざまな動きがあると予想されるが,教育界の大きな動きや,これまでの映像視聴能力に関する知見なども参考にしながら,引き続き動向を注視していきたい。

 (うじはし ゆうじ)

注: 1) 『情報通信白書平成 27 年版』 http://www.soumu.

go.jp/johotsusintokei/whitepaper/index.html 2) 調査の詳細については「人々は放送局のコンテン

ツ,サービスにどのように接しているのか ~『2015年 6 月全国放送サービス接触動向調査』の結果から~」『放送研究と調査』2015年 10月号を参照。

3) 『教育の情報化ビジョン』全文(2011〈平成 23〉年 文部科学省)http://www.mext .go.jp/b_menu/houdou/23/04/1305484.htm

4) 「学びのイノベーション事業 実証研究」の成果については,2014(平成 26)年 4 月発行の報告書に詳しい。http://www.mext .go.jp/b_menu/shing i/chousa/shougai/030/toushin/1346504.htm

5) 「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」については下記参照のこと http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/1287351.htm

6) 調査の詳細については「メディア変革期にみる教師のメディア利用 ~2013年度『NHK 小学校教師のメディア利用に関する調査』から~」『放送研究と調査』2014 年 6 月号を参照のこと。

7) 調査の詳細については「進む多様化と新しいメディアへの期待 ~2014年度『NHK 小学校教師のメディア利用と意識に関する調査』から~」

『放送研究と調査』2015 年 6 月号を参照のこと。 8) 学習者用のデジタル教科書は,主に子どもたち

が個々の情報端末で学習するためのもので,教科書紙面データだけでなく,音声,動画等のさまざまなコンテンツを含む。教科書という名称であるが,現行制度上は副教材と位置づけられる。

9) NHK の番組と動画クリップに関する取り組みの経緯は下記に詳しい。教育放送研究会編(2012)

『教育放送 75 年の軌跡』日本放送教育協会 10) 反転授業と反転学習については東京大学大学院

情報学環・反転学習社会連携講座のウェブサイトに詳しい。http://flit.iii.u-tokyo.ac.jp

11) 詳細は「「一人一台端末時代」のメディアと教育」稲垣忠『放送メディア研究 12』NHK 放送文化研究所を参照のこと。

12) MOOC の動向については,「日本 教育工学会SIG-05レポート」(2015)を参照した。

13) 教育産業でのタブレット端末の利用動向については,『教育産業白書 2015 年版』矢野経済研究所を参照した。

JANUARY 2016

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